闇を切り裂く星達2
episode26〜

製作者:クローバーさん





目次3

 episode26――想いを賭けたタッグデュエル――
 episode27――吉野の願い、薫の想い――
 episode28――いつだって、どんなときだって――
 episode29――伝えたかった言葉――
 episode30――希望を焼く紅蓮の炎――
 episode31――想いが重なるその時に――
 ――エピローグ――



episode26――想いを賭けたタッグデュエル――

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 数分前、俺は薫さんと一緒に1階の階段にいた。
 武田の闇の力によって出現した穴はすでに塞がっていて、ここには俺と薫さんしかいなかった。
「大丈夫?」
「はい。なんとか……」
 穴に落ちる寸前、俺の手は空を切った。
 だがすぐに"命の綱"が伸びてきて、ギリギリでそれにしがみつき、穴に落ちるのを免れることができたのだ。
「薫さん、ありがとうございます」
「うん……でも……雲井君や真奈美ちゃんを助けられなかった……」
《心配するな。二人とも生きている》
「ほ、本当?」
《ああ、それより、先に進め》
「……分かったよ」
 薫さんは立ち上がって、俺を見下ろした。
「……大助君、これを渡しておくね」
「はい?」
 カードケースから3枚のカードを取りだして、薫さんは目を閉じる。
 するとそれらのカードが白い光を帯びて輝きだした。
「それは……?」
「私の白夜の力を宿したカードだよ。これをデュエルディスクに置けば、発動できるはずだよ」
「……どうしてこれを?」
「この先の部屋には、きっとまだ敵がいる。さっきみたいな事が起こったら、香奈ちゃんが手遅れになっちゃうよ。だか
ら大助君はこの"光学迷彩アーマー"を発動して、姿を消して進むんだよ」
「おとりになる気ですか!? だったら俺が――――」
「さっきの雲井君の言葉、覚えているよね。香奈ちゃんを危険な状態から抜け出させることは、私にも出来るよ。でもね
”本当の意味で”香奈ちゃんを救えるのは、大助君しかいないんだよ」
「…………」
「分かるよね。ピンチになったら残りの2枚のカードでなんとかして。でもこれだけは覚えておいてね。その3枚のカー
ドはそれぞれ1回限りしか使えない。使ったら、ただのカードに戻っちゃうよ」
「……分かりました……」
 覚悟を決めた。
「じゃあさっそく"光学迷彩アーマー"を付けて」
「はい」
 薫さんからもらった光学迷彩アーマーを発動する。
 すると、俺の体を白い光が包み込んだ。
「うん、バッチリ見えないよ」
「どれくらい保つんですか?」
「うーん、30分ぐらいかな。取り外したいときはデュエルディスクからカードを外せばいいだけだからね」
「はい」
「じゃあ行くよ!!」
 薫さんが、ドアを開けた。

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「だ、大助……?」
 香奈が信じられないといった様子で、見つめてきた。
「なんとか間に合ったな」
「ど、どうして……死んじゃったんじゃ……」
「話はあとだ。それより……」
 俺は香奈に背を向けて、周りを囲む富豪達と牙炎を見据えた。
 やれやれ、本当にギリギリのタイミングだったらしい。
「てめェ、どうして生きてんだァ? いや、それよりどうやってここに現れた?」
「答える必要はないだろ」
「ひゃはは! そうだよなァ、てめェはここで死ぬんだからなァ!!」
 牙炎の周りにいる数人の男から、闇が溢れ出した。
「決闘すんのもメンドーだからよォ……さっさと消えてもらうぜェ?」
「牙炎様、出力はいかがいたしましょう? 全力の場合、『商品』のほうにも被害が―――」
「あァ? んなもん全力でやりゃあいいじゃねェか。どうせこの男はあの女をかばうだろうからよォ。ひゃははは!」
 牙炎が大声を上げて笑う。
 たしかに、その通りだ。このまま闇の力で攻撃されれば、俺は身を挺して香奈を守らざるを得ない。
「……やれやれ」
 要するに、出し惜しみは出来ないってことだ。
「おい、北条牙炎」
「あァ?」
「お前のくだらない計画は、俺達が破綻させてやる」
 そう告げて、俺はカードをデュエルディスクに叩きつけた。

 ――光の護封剣!!――

 無数の光の刃が、部屋中に降り注いだ。
「うおっ!」
「ぎゃあ!!」
 光の刃が部屋中の壁や床に突き刺さり、辺りから悲鳴があがる。
 そして牙炎の側にあった謎の機械も、無数の光の刃に貫かれた。
 バチバチッとショートする音が聞こえ、そして――――

 ドオォン!!

 その機械は大きな爆発と共に破壊された。
「うわああああ!!」
 辺りが粉塵に包まれて、悲鳴がさらに大きくなった。
 一気に大パニックが起きて、富豪達が我先にと逃げ出す。牙炎達も人の波に飲み込まれて見えなくなる。
「だ、大助……」
 思っていたより上手くいった。逃げるなら今のうちだろう。
 俺は近くの床に刺さっていた光の刃を手にとって、香奈が縛られている縄を切った。
「大丈夫か香奈」
「え、ええ……でも……どうして……」
「だから、詳しい話はあとにしよう。とにかく今はここから逃げるぞ。立てるか?」
「う、うん……なんとか……」
 そう答えて立ち上がった香奈だったが、その膝が崩れてしまった。
 倒れそうになる寸前で、その体を支える。
「大丈夫か?」
「……ごめん。力が入らなくて……私のことなんかいいから、早く逃げて……」
「ふざけんな」
 香奈が歩けないなら、仕方ないな。
「ほら、乗れ」
 膝をついて、促した。
「え……」
「いいから乗れよ」
「………うん」
 香奈が背中に乗ったのを確認する。
「よし、じゃあ逃げるぞ!!」
 俺は立ち上がって、通信機に呼びかけた。
「佐助さん! 逃げ道ありますか!?」
《そのまままっすぐ進め。そこには誰もいないから、今のうちに早く逃げろ》
「はい!」
 そして香奈を連れて、俺は大混乱の部屋を抜けた。





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「ぐっ……」
 くそっ、武田の野郎……またいきなり仕掛けてきやがって……!
 落下による痛みを我慢して、目を開けた。最初に目に飛び込んできたのは、倒れている本城さんの姿だった。
「本城さん!!」
 急いで駆け寄る。
 体を揺さぶって、呼びかけた。
「大丈夫かよ。起きてくれ!」
「……ぅぅ……」
 本城さんが反応する。良かった。なんとか無事みてぇだ。
「く、雲井君……」
「大丈夫かよ」
「はい、なんとか……でもここは?」
 辺りを見回した。
 意外にも広い部屋で、辺りには様々な機器や資料の束が転がっている。
「何かの研究室か……?」
「そうみたい、ですね……」


『起きたね』


 少年のような声がした。
 俺達の意識はそっちの方へむく。
「誰だ!?」
『ボク? ボクはアダムって言うんだ。以後ヨロシク』
「アダム……だと……?」
 変な名前だと思った。そこには、真っ黒な服に身を包んだ少年がいた。
 だがそれはとても服とは言えない。まるで暗幕をそのまま羽織っているかのようだ。
「てめぇ、武田の仲間か?」
『うん。いまのところね』
 意味深な表情を浮かべて、アダムは言った。
「起きたか」
「……!!」
 武田の声。
 俺達は自然と身構えて、ドアの前に寄り掛かる武田を見据えた。
「てめぇ、ここはどこだ!?」
「ここは北条牙炎の研究所。ここで闇の力の研究をしていたんだ」
「闇の力の、研究ですか……?」
「そうだ。前の組織、ダークから受け取った資料を基に、闇の力を使った記憶削除に関する研究を行っていたらしい」
 つーことは、散らばっている機器や資料は研究の成果かってことか。
 ダークめ、こんな奴らにまで闇の力を広めていやがったのかよ。
「こんなところに落として、何するつもりだよ!!」
「決まってる。お前達を止めるのだ」
「なに!?」
「ここは地下だ。上がるには階段を使うしかない。朝山香奈を助けに行きたければ、私を倒せ」
「………ふざけてんじゃねぇぞ……!」
「ふざけないで、ください……!」
 俺と本城さんは同時に言った。
 武田の顔が、少しだけ険しくなる。
「朝山さんを……なんだと思っているんですか!?」
「そうだぜ!! 第一、俺達を止めたところで、中岸は止められねぇぞ!!」
「……どうして……邪魔をするのだ……?」
「あぁ!?」
「……どうして……君達は立ち塞がる。どうして………ここまで……」
 武田は震えながら、言った。
 怒っているのか、悲しんでいるのか、よく分からなかった。
『あははは、みんな楽しそうだね』
 アダムが言った。
『じゃあさ、決闘しようよ』
 アダムが無邪気な笑みで言う。その顔をみると、なぜか体に悪寒が走った。
 なんだこの感覚……。まるで、ダークと対峙しているかのような……。
「く、雲井君……」
 本城さんの顔が青くなっている。
「だ、大丈夫かよ?」
 そう言う俺も、冷や汗が流れていた。
 あのアダムとかいう少年がいるだけで、空気が一気に重くなってような気がした。
『武田はこの二人を排除したい。雲井君は武田を倒したい。真奈美さんは香奈さんを助けたい。ボクは決闘したい。それ
に間違いはないよね?』
「……!」
 名前を言っていないはずなのに、どうして俺達の名前を知っているんだ?
 しかも、その目的まで……。
「だったらなんだ?」
『決まってるよ。タッグデュエルしよう』
「なっ!?」
『いいよね。答えは聞いていないよ』
 アダムの体から、漆黒の闇が広がった。
「そうだ。君達にはもう、選択肢はない」
 武田の体からも闇が広がる。
 それらの闇は部屋全体を包み込み、真っ暗な空間へと変化させた。
「……やるしかねぇみてぇだな」
 たしか、遊戯王本社が定めているタッグデュエルのルールは――――

・2対2のタッグマッチ形式のみ
・使用するフィールドは1チームにつき1つ
・モンスターフィールドは1チームにつき5箇所
・融合ゾーンは1チームにつき2つ(パートナーの融合カードは利用不可)
・墓地ゾーンは1チームにつき1箇所(パートナーの墓地も利用可能)
・LPは1チームにつき8000
・フィールド魔法は通常の2人での対戦と同じく、ひとつまで
・デッキは1人につき1つ(1チームに2つ)
・パートナーの置いたカードは、自分のターンでも使用可能。
・チームメンバーに対するアドバイス行為は禁止

 たしかこんな感じだったな。
 タッグフォースのゲームと同じルール。ゲームではやったことがあるけど、実際にやるのは初めてだ。
「行くぜ本城さん」
「で、でも雲井君……!」
「どのみち、こいつらを倒さねぇと香奈ちゃんがいる場所にはいけねぇじゃねぇか」
「……! そ、そうですね……!」
 俺と本城さんはデュエルディスクを構えた。
 自動シャッフルがなされて、準備が完了する。
「雲井君、頑張りましょう」
「当然だぜ」
『あはは、楽しみだなぁ』
「行くぞ!!」



「「「『決闘!!!!』」」」



 雲井&真奈美:8000LP   武田&アダム:8000LP



 決闘が、始まった。



『タッグデュエルだとフィールド魔法は1枚しか発動できないから、ここは武田の闇の世界を使うね』
「……この瞬間、フィールド魔法発動!!」
 武田が叫ぶ。
 そのデュエルディスクから深い闇が溢れ出した。


 虐げられる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各プレイヤーはモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を
 1ターンに合計2回までしか行う事ができない。


「きやがったな」
 事前に中岸から聞いていた"虐げられる闇の世界"。
 これで、お互いにすべての召喚を合計2回までしか行えなくなっちまった。けどそんなの、俺にとっちゃたいしたこと
ないぜ。

「私のターンだ。ドロー!」(手札5→6枚)
 最初は武田のターンだ。中岸の話じゃ、何のデッキかよく分からなかったって話だけど……。
 いや、考えても仕方ねぇ。どんな戦術で来ようと、まとめてぶっ飛ばしてやるだけだぜ。
「私はデッキワンサーチシステムを使う」
 武田はデュエルディスクの青いボタンを押してデッキからカードを1枚引き抜いた(手札6→7枚)
《デッキからカードを1枚ドローしてください》
 俺のデュエルディスクから命令され、カードをドローした。(手札5→6枚)
「……モンスターをセット、カードを3枚伏せて、ターンエンドだ」
「へっ! 言うほどたいしたことねぇじゃねぇか」
「く、雲井君! 油断しないでください!」


 ターンが移行する。次は本城さんのターンだ。


「わ、私のターンです!」(手札5→6枚)
 本城さんはカードを勢いよく引き抜き、すぐに次の行動に移った。
「手札から"熟練の黒魔術師"を召喚します!」


 熟練の黒魔術師 闇属性/星4/攻1900/守1700
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 魔力カウンターが3つ乗っているこのカードをリリースする事で、
 自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


『へぇ〜、真奈美さんのデッキは魔法使いなんだぁ』
 何が面白いのか、アダムは楽しそうに笑っている。
 くそっ、あいつがいるだけで気分が悪くなるような感じがするぜ。
「さらに私は手札から"魔法吸収"を発動します!」


 魔法吸収
 【永続魔法】
 魔法カードが発動する度に、このカードのコントローラーは500ライフポイント回復する。


 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×0→1

 魔法カードが発動する度にライフが回復するカード。たしか本城さんのデッキは魔法カードがたくさん入っていたはず
だ。ライフが回復できれば、決闘も俄然有利になる。さすが、頼りになるぜ。
「そして"魔力掌握"を発動して、"熟練の黒魔術師"に魔力カウンターを1つ載せます! さらに"熟練の黒魔術師"も自身
の効果によって魔力カウンターを乗せます!!」
 本城さんから発動されたカードが光り、魔術師の杖に魔力を載せる。
 さらに魔法カードを発動したことで、暖かな光が俺たちに降り注いだ。


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。


 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×1→2→3
 雲井&真奈美:8000→8500LP

「魔力カウンターが3つ載った"熟練の黒魔術師"にをリリースして、デッキから"ブラック・マジシャン"を特殊召喚しま
す!!」
 魔力を溜めた杖を振って、黒魔術師が光に包まれる。
 するとどこからか、黒衣に身を包んだ魔術師が颯爽と姿を現した。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「最初のターンからいきなり最上級モンスターか……」
「このターン、私はもう召喚行為ができません。でも、いきます! "ブラック・マジシャン"で武田さんのセットモン
スターに攻撃します!」
 黒魔術師が杖の先に魔力を溜めて、姿の見えないモンスターへ解き放つ。

 ――黒・魔・導!!――

「その攻撃宣言時に、伏せカードを発動するぞ!」
「……!?」
 武田がカードを開いた瞬間、相手のいる地面が岩場になった。
 開かれたカードは――――


 金剛石の採掘場
 【永続罠・デッキワン】
 岩石族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分フィールド上に表側表示で存在する守備表示モンスターの守備力は倍になる。
 また自分のモンスターが反転召喚に成功したとき、相手に700ポイントのダメージを与える。
 自分の場に岩石族モンスターが表側表示で存在する限り、このカードは破壊されない。
 また1ターンに1度、デッキから岩石族モンスター1体を墓地に送ることが出来る。


 守備力を倍加するカードだと……!?
 てことは、武田のデッキは岩石族か。
「これで君の攻撃は防がせてもらう」
「……っ! まだです! 手札から速攻魔法"大魔導士の古文書"を発動します!」


 大魔導士の古文書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
 相手のエンドフェイズ時に、このカードをゲームから除外して、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。


 雲井&真奈美:8500→9000LP

「これで"金剛石の採掘場"を破壊します!」
「……残念だが、それにチェーンして、罠カード"宮廷のしきたり"発動する!」
「あっ!」


 宮廷のしきたり
 【永続罠】
 フィールド上に表側表示で存在する「宮廷のしきたり」以外の永続罠カードを破壊する事はできない。
 「宮廷のしきたり」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「この効果で永続罠である"金剛石の採掘場"は破壊されない。よって君の魔法カードは不発だ!」
「そ、そんな……!」
「そして、君が攻撃した私のモンスターは……」


 アステカの石像 地属性/星4/攻300/守2000
 【岩石族・効果】
 このモンスターを攻撃した時に相手プレイヤーがダメージを受ける場合、
 その数値は倍になる。


 アステカの石像:守備力2000→4000

「しゅ、守備力4000……!?」
「そうだ。そして"アステカの石像"には、反射ダメージを倍にする効果がある。君のモンスターの攻撃力と私の場にいる
モンスターの守備力の差は1500ある。よって3000のダメージだ!」
 魔術師の放った魔力の塊が、石像によって跳ね返される。
 それは一直線に、本城さんへ直撃した。
「きゃああああああ!」

 雲井&真奈美:9000→6000LP

「だ、大丈夫か!? 本城さん!?」
「うっ、は、はい……なんとか……私はカードを1枚伏せて、ターンを終了します……」
 苦しそうに顔を歪めて、本城さんはターンを終えた。

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 雲井&真奈美:6000LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札2枚
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 武田&アダム:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   アステカの石像(守備)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)
   伏せカード1枚

 武田:手札3枚  アダム:手札5枚
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「すいません、雲井君。ダメージを負っちゃって……」
「大丈夫だぜ。それに決闘はまだまだ始まったばかりだ」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
『あはは、ボクのターンだ。ドロー!』(手札5→6枚)
 アダムのターンになった。
 いったい、どんなデッキを使うんだ?
『あはは、いくよ!』
 アダムは楽しそうに笑いながら、モンスターを召喚した。


 人造人間7号 闇属性/星2/攻500/守400
 【機械族・効果】
 このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。


「…………はぁ?」
「じ、人造人間……7号……?」
 俺も本城さんもある意味、驚きを隠せなかった。
 このモンスター、最後に見たのいつだったっけ?
『あはは、いくよ。"人造人間7号"で直接攻撃だ!』
 今にも壊れそうな小さな機械が、本城さんへ突撃する。
 体当たりを食らった本城さんが、軽くよろけた。
「うっ……!」

 雲井&真奈美:6000→5500LP

「本城さん!」
 ちくしょう。タッグデュエルではターンプレイヤーが実際にダメージを受けるのか。
 さっきから本城さんしかダメージを受けてねぇ。くそ、これじゃあ彼女だけが傷つくだけじゃねぇか。
「だ、大丈夫です。雲井君……それより次のターン……」
「……! 分かってるぜ。まかせろ!」
『はは、じゃあボクはメインフェイズ2に"金剛石の採掘場"の効果でデッキから"はにわ"を墓地に送るね』


 はにわ 地属性/星2/攻500/守500
 【岩石族】
 古代王の墓の中にある宝物を守る土人形。


 アダムの墓地へ送られたのは、また雑魚モンスターだった。
「てめぇ……馬鹿にしてんのか?」
『どうして? ボクはいつだって本気だよ?』
 アダムは首をかしげながら答えた。
「へっ! だったら俺だって全力でいくぜ!」
『じゃあボクはカードを1枚伏せてターンエンド』
「この瞬間、墓地にある"大魔導士の古文書"の効果で、デッキから同名カードを手札に加えます!」(手札2→3枚)
 本城さんのデッキからカードが手札に加わる。
 さすが、無駄の少ないデッキだぜ。

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 雲井&真奈美:5500LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札3枚
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 武田&アダム:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   アステカの石像(守備)
   人造人間7号(攻撃)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)
   伏せカード2枚

 武田:手札3枚  アダム:手札4枚
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「俺のターンだぜ!! ドロー!!」(手札6→7枚)
 カードを引いて確認した手札は、良いとも悪いとも言えなかった。
 まぁこんなのいつも通りだ。いまさら気にする必要もねぇ。
「俺は"ブラック・マジシャン"をリリースする!」
「えっ!?」
「そして"偉大魔獣ガーゼット"をアドバンス召喚だぜ!」


 偉大魔獣 ガーゼット 闇属性/星6/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げた
 モンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。


 偉大魔獣ガーゼット:攻撃力0→5000

「な、なんてことするんですか!?」
「え?」
「か、勝手に私のブラック・マジシャンをリリースするなんて……そんな……ひ、酷いです……!」
 軽く涙目になりながら、本城さんが言う。
 なんかものすごい罪悪感を感じてしまった。
「わ、悪い……ちょうど良かったから……」
「うぅ………」
「と、とにかくバトルだぜ! "人造人間7号"に攻撃!」
 魔獣が右手に力を込めて、小さな機械へ向かって振り下ろした。
『うわぁ! やられちゃうよぉ!』
「そんな雑魚モンスターを場に出してるからそうなるんだぜ!」


『………なーんてね♪ ボクは武田の伏せカードを使うね』


 アダムは怯えていた表情をコロッと変えて、伏せカードを発動した。

 
 シフトチェンジ
 【通常罠】
 相手が魔法・罠・戦闘で自分のフィールド上モンスター1体を指定した時に発動可能。
 他の自分のフィールド上モンスターと対象を入れ替える。


 小さな機械の前に、石像が立ち塞がる。
 魔獣のパンチは小さな機械の代わりに、石像を破壊した。

 アステカの石像→破壊

「上手くかわしたな」
『はは、これぐらいフツーだよ』
「へっ! カードを1枚伏せてターンエンドだぜ!!」

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 雲井&真奈美:5500LP

 場:偉大魔獣ガーゼット(攻撃)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード2枚

 雲井:手札5枚  真奈美:手札3枚
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 武田&アダム:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   人造人間7号(攻撃)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)
   伏せカード1枚

 武田:手札3枚  アダム:手札4枚
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「私のターン……ドロー」(手札3→4枚)
 武田がカードを引いて、アダムを少し睨み付けた。
 アダムはその視線に気づかないようで、へらへらと笑っている。
「私は"人造人間7号"をリリースして、モンスターをセットする」
『あーあ、ボクのモンスターがリリースされちゃった』
 少し残念そうな顔をしながら、アダムは息を吐いた。
 真剣なのか、ふざけているのかよく分からない。
「私は"金剛石の採掘場"の効果で、デッキから"アステカの石像"を墓地へ送る」
 武田のデッキから岩石族モンスターが墓地へ送られた。
 さっきからアダムも武田も同じことをして、一体、何を狙っているんだ?
「ターンエンドだ」


 ターンが本城さんへ移った。


「私のターンです! ドロー!!」(手札3→4枚)
 本城さんは引いたカードを手札に加えたあと、すぐさまバトルフェイズに入った。
「バトルです!」
 魔獣が右手に力を込めて、姿の見えないモンスターめがけて振り下ろす。
 裏側になっていたモンスターが表になった。


 守護者スフィンクス 地属性/星5/攻1700/守2400
 【岩石族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターは全て持ち主の手札に戻る。


 守備力2400。倍にしても4800。これならガーゼットの一撃で倒せる。
 本城さんも、少し安心したような表情を見せた。
「ダメージステップにアダムの伏せカードを発動する!」
「えっ!?」
「なんだと!?」
 武田がカードを開く。その瞬間、スフィンクスの体が若干大きくなった。


 城壁
 【通常罠】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの守備力はエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。


 守護者スフィンクス:守備力2400→2900→5800

「これで、再び君の攻撃は防いだ」
「……!!」
 魔獣の一撃がスフィンクスに直撃する。
 だがスフィンクスはびくともせず、逆に跳ね返った衝撃が本城さんを襲った。
「きゃあ!」

 雲井&真奈美:5500→4700LP

「う……」
「本城さん!!」
 くそっ。また本城さんにだけダメージがいってる。このままじゃ彼女が倒れちまうじゃねぇか。
「だ、大丈夫です……カードを1枚伏せて、ターンを終了します」

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 雲井&真奈美:4700LP

 場:偉大魔獣ガーゼット(攻撃)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード3枚

 雲井:手札5枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   守護者スフィンクス(守備)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)

 武田:手札3枚  アダム:手札4枚
-------------------------------------------------

『ボクのターンだ!』(手札4→5枚)
 アダムはカードを引いて、すぐさまモンスターを召喚した。
『手札から"ラージマウス"を召喚するよ』


 ラージマウス 水属性/星1/攻300/守250
 【水族・効果】
 このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。



「ま、また直接攻撃モンスター……」
『ごめんね真奈美さん。もう少し痛いのを我慢してね』
「……!」
『バトル! "ラージマウス"で直接攻撃!』
 獣が本城さんへ体当たりを食らわせた。
「うぅ…!」

 雲井&真奈美:4700→4400LP

『そしてボクはメインフェイズ2に"守護者スフィンクス"を自身の効果で裏側にして、カードを1枚伏せるよ』
 スフィンクスの姿が再び見えなくなってしまう。
 これで次のターン反転召喚されたら、"金剛石の採掘場"とスフィンクス自身の効果でダメージとバウンスが発動する
ことになる。
 なんとかしねぇと……。
『そして"金剛石の採掘場"の効果でデッキから"はにわ"を墓地に送るよ。ターンエンド』


 そして、いよいよ俺のターンになった。


「俺のターンだぜ!! ドロー!!」(手札5→6枚)
 このまま何もなければ、一気に攻めることができそうだ。
 けど、なんかアダムの伏せカード……嫌な予感がするぜ……。
『どーしたの?』
「くっ!」
 このまま考えても仕方ねぇ。
 激流葬や聖バリの被害を抑えるために、このまま攻撃するしかなさそうだな。
「バトルだぜ! ガーゼットで"ラージ・マウス"に攻撃だぜ!!」
『あはは、来ると思ったよ。伏せカード発動!』
 突如、アダムの前に巨大な壁が現れた。


 銀幕の鏡壁
 【永続罠】
 相手の攻撃モンスター全ての攻撃力を半分にする。
 自分のスタンバイフェイズ毎に2000のライフポイントを払う。
 払わなければ、このカードを破壊する。


『この効果で、バトルフェイズ中に君のモンスターの攻撃力は半分になるよ』
「ま、まだだぜ! 半分になってもガーゼットの攻撃力ならそんなモンスターに負けることなんか――――」

 偉大魔獣ガーゼット:攻撃力5000→0

「……なっ!!??」
 なんだってぇぇぇぇ!!? 訳分からねぇ。いったいどうして0になっちまったんだ? 5000の半分は2500の
はずだろ?
『ははは、ガーゼットの攻撃力は元々の攻撃力を変化させるわけじゃないからね。何かのカードで半減させてあげれば、
攻撃力は0になっちゃうんだ♪』
「くっ……!!」
 魔獣がヘナヘナにしぼんでしまった。
 力を失ったモンスターは、獣の前に簡単に踏みつぶされてしまった。

 偉大魔獣ガーゼット→破壊
 雲井&真奈美:4400→4100LP

「ぐっ……!」
 くそっ、まんまと罠にかかっちまった。
 こんなことならモンスターを召喚しておくんだったぜ……。
『あはは、もう終わりかな?』
「まだだ! メインフェイズ2に手札から"ミニ・コアラ"を召喚! 効果でリリースしてデッキから"ビッグ・コアラ"
を守備表示で特殊召喚するぜ!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「これでターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:4100LP

 場:ビッグ・コアラ(守備)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード3枚

 雲井:手札5枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:8000LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター
   ラージマウス(攻撃)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)
   銀幕の鏡壁(永続罠)

 武田:手札3枚  アダム:手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 武田のターンになった。
「スタンバイフェイズ、私は"銀幕の鏡壁"のライフコストは支払わずに、破壊する」
 場にある水晶の壁が粉々に砕け散った。

 銀幕の鏡壁→破壊

「そしてメインフェイズ、"守護者スフィンクス"を反転召喚する!」
 武田の場に、スフィンクスが現れた。
「そして反転召喚時、スフィンクスの効果で少年に700のダメージ、さらにモンスター全てをバウンスするぞ」
 スフィンクスの目が光り、俺のコアラが手札に戻る。
 さらに相手の場から岩が飛んできて、俺に直撃した。
「ぐっ!」


 守護者スフィンクス 地属性/星5/攻1700/守2400
 【岩石族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターは全て持ち主の手札に戻る。


 雲井&真奈美:4100→3400LP
 ビッグ・コアラ→雲井の手札

「さらに"番兵ゴーレム"を召喚」
 スフィンクスの隣に、石像の兵士が現れた。


 番兵ゴーレム 地属性/星4/攻800/守1800
 【岩石族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。


「バトルだ!! "ラージ・マウス"と"番兵ゴーレム"で攻撃!」
 獣が俺に体当たりをして、石像の兵士が石を投げてきた。
「ぐぁっ……!」

 雲井&真奈美:3400→3100→2300LP

「くっ……」
「そしてスフィンクスで攻撃だ!」
 スフィンクスの目が赤く光る。そこから光線が勢いよく発射され、向かってきた。
「くっそ!」
「雲井君、私のカードを使ってください!」
「……!! 本城さんの伏せカードを発動するぜ!!」
 俺の前に大きな筒が現れて、その光線を飲み込んだ。
 そして武田の背後にもう一つの筒が現れて、飲み込んでいた光線を吐き出した。
「ぐぅ……!!」

 武田&アダム:8000→6300LP

「助かったぜ本城さん!」
「あ、は、はい!」
「……メインフェイズ2に"番兵ゴーレム"と"守護者スフィンクス"を裏側守備にする。そして"金剛石の採掘場"の効果
でデッキから"アステカの石像"を墓地に送る」
 またデッキからモンスターを墓地に送りやがった。
 さっきからいったい何を狙っているんだ?
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:2300LP

 場:魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード2枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:6300LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター×2
   ラージマウス(攻撃)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   宮廷のしきたり(永続罠)
   伏せカード1枚

 武田:手札2枚  アダム:手札3枚
-------------------------------------------------

 本城さんのターンになった。
 正直言って、状況はかなり悪い。なんとかしてくれ、本城さん。
「……君達はどうしてそこまで頑張るのだ?」
 不意に、武田が言葉を発した。
「中岸大助にしろ……君達にしろ……どうしてそこまで頑張るのだ……本城真奈美……君はどうして?」
 問いかける武田に、本城さんはまっすぐな瞳で答えた。
「……私は、朝山さんの友達です。だから、助けるんです!!」
「そうか……では少年。君はなぜだ? 恋敵であるはずの少年の手助けをして、失恋した少女をどうして助けようとして
いる? 本来なら、君には戦う理由がないんじゃないのか?」
「……!!」
「え、く、雲井君……朝山さんのこと……」
「………………………………」
 たしかに、中岸も似たようなことを言っていた。
 普通に考えてみれば、確かにそうかもしれない。フラれた相手を助けようとは思わないし、ましてや恋敵と一緒に行動
するなんておかしい。仮に、俺が香奈ちゃんを助けても、香奈ちゃんが俺に振り向いてくれるわけがねぇ。
 武田から見れば、俺がここにいる理由が分からないんだろう。
「少年。本当は、彼女のことを諦めきれていないのではないか? 後悔しているんじゃないのか? 中岸大助のことが、
本当は嫌いなのではないのか? だからライバルと名乗り、敵対しているんじゃないのか? 朝山香奈の記憶を消せば、
少なくとも中岸大助のことは忘れる。そうすれば、君にもチャンスが生まれるんじゃないのか?」
「………………………」
「無理に戦う必要など……ないのではないか?」
「く、雲井君……」
 まるで諭すように武田は言う。本城さんはただじっとこっちを見つめている。
 どっちも、俺の言葉を待っているみたいだった。
「はぁ……」
 大きく溜息をついてやった。


「みくびってんじゃねぇぞ。このクソ野郎」


「な、なに……?」
「俺がいつまでも失恋のショックを引きずってると思ってんのかよ。いや、そもそも俺だけが香奈ちゃんを好きだったと
思ってんのか!?」
「なっ……」
「ここだから言うけどなぁ、クラスの半分の男子は香奈ちゃんにフラれてんだ。てめぇはそいつら全員に向かって、今と
まったく同じ台詞を言うつもりかよ。香奈ちゃんは俺を選んでくれなかった。ただそれだけだ。悔しくて悲しい思いはし
たけど、そんなの戦いに関係ねぇ。中岸のことをライバルにしてんのも、純粋にライバルとして見てるだけだぜ」
 たしかに香奈ちゃんのことは好きだった。
 けどだからって、今さら再び告白しようなんて思わねぇ。俺はフラれたら、すっぱり諦めるタイプなんだ。
「では、どうして戦う?」
「……理由なんてねぇよ。ただ、てめぇのことが気にいらねぇんだ」
「私が……?」
「ごちゃごちゃ御託を並べてんじゃねぇ! てめぇは俺がぶっ飛ばす! 本城さん!! 頼むぜ!」
「……!! は、はい!! 私のターンです!!」(手札3→4枚)
 本城さんは勢いよくカードを引いた。
 その表情が、わずかだが綻ぶ。
「これ以上、あなた達の好きにはさせません!! 私は手札から魔法カード"死者蘇生"を発動します!! この効果で、
"ブラック・マジシャン"を特殊召喚です! さらに魔法カードを発動したことで、"魔法吸収"の効果でライフを回復しま
す!」
 聖なる十字架の光が、墓地から黒魔術師を蘇らせる。
 復活した魔術師は、本城さんの前に堂々と立ち上がった。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


 雲井&真奈美:2300→2800LP

「そして手札から"大魔導士の古文書"を発動して、"宮廷のしきたり"を破壊します!!」
 魔術師の杖から一筋の閃光が放たれる。
 その光が一直線に、武田のカードを破壊した。


 大魔導士の古文書
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
 相手のエンドフェイズ時に、このカードをゲームから除外して、
 デッキから同名カードを手札に加えることができる。


 宮廷のしきたり→破壊
 雲井&真奈美:2800→3300LP 

「さらに"千本ナイフ"を発動します!!」
「なにっ……!?」


 千本ナイフ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「さっきのターンで"守護者スフィンクス"の居場所は分かっています! 私が破壊するのは、その真ん中にいる裏守備
モンスターです!!」
 黒魔術師の周りに、無数のナイフが出現する。
 それらは一斉に放たれて、武田の裏守備モンスターを貫いた。

 守護者スフィンクス→破壊
 雲井&真奈美:3300→3800LP

「バトルです! "ブラック・マジシャン"で"ラージマウス"に攻撃します!!」
「くっ! 伏せカード発動だ!」
 攻撃宣言時に、武田がすぐさまカードを発動した。


 モンスターBOX
 【永続罠】
 相手モンスターが攻撃をする度に、コイントスで裏表を当てる。
 当たりの場合、攻撃モンスターの攻撃力は0になる。
 自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。
 払わなければ、このカードを破壊する。


「これでこの攻撃は――――」
「待ってください! それなら私も伏せカード発動です!!」
 負けじと本城さんもカードを開く。
 同時に、地面に大きな魔法陣が描かれた。


 マジシャンズ・サークル
 【通常罠】
 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキから
 攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。


「この効果で、私はデッキから"ブラック・マジシャン・ガール"を特殊召喚です!」
「くっ………私のデッキに魔法使い族はいない……」
 武田が悔しそうな表情を浮かべる。
 描かれた魔法陣の中から可愛らしい魔法使いが現れて、黒魔術師の隣についた。


 ブラック・マジシャン・ガール 闇属性/星6/攻2000/守1700
 【魔法使い族・効果】
 お互いの墓地に存在する「ブラック・マジシャン」
 「マジシャン・オブ・ブラックカオス」1体につき、
 このカードの攻撃力は300ポイントアップする。


「……だが、"モンスターBOX"の効果も発動する!!」
「あっ……!」
 デュエルディスクから、コインの映像が浮かび上がる。
 そのコインが勢いよく回転し始めた。
「私は表を宣言する!!」 
 武田が力強く宣言する一方で、本城さんは両手を組ませて祈るようにコインの映像を見つめている。
 俺も同じように祈った。はずれろ! 裏になれ!! 裏、裏、裏……!!
 コインが勢いを失っていく。
 そして、示されたのは――――


 ――【コイン:裏】――


「くっ……!」
「やった! お願い! ブラック・マジシャン!!」
 黒魔術師が杖に魔力を溜めて、一気に解き放つ。
 魔力の塊は獣を飲み込み、そのまま武田に直撃した。
「ぐあああああっ!!」

 武田&アダム:6300→4100LP

「これで、私はターン終了です!!」
 本城さんは真っ直ぐに武田を見据えながら、ターンを終えた。

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:3800LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃)
   ブラック・マジシャン・ガール(攻撃)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札1枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:4100LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター×1
   金剛石の採掘場(永続罠)
   モンスターBOX(永続罠)

 武田:手札2枚  アダム:手札3枚
-------------------------------------------------

『ふぅ、やっとボクのターンだ! ドロー!!』(手札3→4枚)
 アダムが笑いながらカードを引く。
 さっきから、直接攻撃系のモンスターしか場に出していない。
 いったい、こいつの狙いは何だってんだ?
『スタンバイフェイズになるけど、ボクは"モンスターBOX"がいらないから破壊するね』
「なっ!?」
 武田が驚愕の表情を浮かべた。
 相手の場に存在していたもぐらたたきのような箱が、粉々に壊れる。

 モンスターBOX→破壊

「き、貴様……どうして破壊した? そのカードがあれば相手の攻撃を制限できたのに……」
『え? だって武田だってボクの"銀幕のミラーウォール"を破壊したじゃん。だから、仕返しだよ?』
 さも当然のように、アダムは言う。
 武田は不審そうな目で、アダムを数秒睨んでいた。
『あはは、そんなに怖い顔で見ないでよ。ボク困っちゃうな〜』
「……………………」
『文句はないよね。そういえば、その"魔法吸収"ってカード、邪魔だなぁ』
「え……?」
『じゃあボクはこのカードを使おうっと♪』
 アダムはそっと、カードをデュエルディスクに置いた。


 魔法除去
 【通常魔法】
 フィールド上にある魔法カード1枚を破壊する。
 選択したカードがセットされている場合、そのカードをめくって確認し、
 魔法カードなら破壊する。罠カードの場合元に戻す。


「ま、魔法除去……って……」
『これでボクは真奈美さんの"魔法吸収"を破壊するね』
 アダムの発動したカードから鍵が飛び出して、本城さんのカードに突き刺さる。
 そして鍵を刺されたカードは、跡形もなく消えてしまった。

 魔法吸収→破壊

『そしてボクは"死者蘇生"を発動して、墓地の"ラージマウス"を守備表示で特殊召喚するよ』
「なっ!?」
 また雑魚モンスターを召喚した?
 いったい、何を考えているんだ?
『そしてボクは"番兵ゴーレム"を反転召喚。効果で"ブラック・マジシャン"を手札に戻して、"金剛石の採掘場"の
効果で700ポイントのダメージだ』
 石像の兵によって黒魔術師が手札に戻され、岩の破片が本城さんに当たった。
「きゃっ……!」

 ブラック・マジシャン→手札
 雲井&真奈美:3800→3100LP

「だ、大丈夫か本城さん!」
「は、はい……なんとか……」
 そう言う本城さんだったが、少しふらついていた。
 やっぱり受けたダメージが響いているんだ。くそっ、なんとかしねぇと……!
『このまま攻撃したいけど、"ブラック・マジシャン・ガール"がいるから無理だなぁ。よし、ボクはメインフェイズ2
に入って、"番兵ゴーレム"を裏側守備表示にして、"金剛石の採掘場"の効果で"はにわ"を墓地へ送ってターンエンド』
「あ、エンドフェイズ時に墓地にある"大魔導士の古文書"の効果で同名カードをデッキから手札に加えます!!」
 本城さんの墓地が微かに輝いて、デッキから同じカードが手札に加わった。(真奈美:手札2→3枚)
『あはは、やっぱり決闘は楽しいなぁ♪』
 闇の決闘にもかかわらず、アダムは無邪気に笑っていた。

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:3100LP

 場:ブラック・マジシャン・ガール(攻撃)
   伏せカード1枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:4100LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター×1
   ラージマウス(守備)
   金剛石の採掘場(永続罠)

 武田:手札2枚  アダム:手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだぜ!!」(手札6→7枚)
 ついに俺のターンだ。これ以上、本城さんにダメージを負わせるわけにもいかねぇ。
 なにより武田の強固な守備を破るのは、俺の仕事だ。
「いくぜ! 手札から"融合"を発動! 手札の"デス・カンガルー"と"ビッグ・コアラ"を融合するぜ!! 出てこい
"マスター・オブ・OZ"!!」
 手札の2体のモンスターが融合する。
 俺の場に、腰にチャンピオンベルトをかけたモンスターが光臨した。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


『うわぁ〜、これが雲井君の切り札かぁ〜』
「そうだぜ! このカードで突破口を開いてやるぜ! バトル!! 一斉攻撃だ!!」
 攻撃宣言をする。チャンピオンの拳が石像の兵を破壊し、魔法使いの魔力が獣の体を飲み込んだ。

 番兵ゴーレム→破壊
 ラージ・マウス→破壊

『あははっ、すごい威力だなぁ〜』
「へっ! これが俺の実力だぜ!! 武田!! てめぇのデッキじゃ、俺のモンスターを越えられねぇ!! この勝負、
俺達がもらったぜ!」
「……少年………」
 武田は何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。
 その代わり、表情がわずかだが真剣になったような気がした。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!!」
 心に僅かな余裕を作って、俺はターンを終了した。


 そして、次は武田のターン。


「私のターン……ドロー」(手札2→3枚)
 武田は引いたカードを見つめて、次に俺を睨んできた。
「私は"金剛石の採掘場"の効果で……デッキから"番兵ゴーレム"を墓地へ送る………」
 武田が静かに、モンスターを墓地へ送った。
 なんだ? 何か、嫌な予感がする……。
「……少年、私には、お嬢様を救う義務がある……!」
「……だ、だからなんだってんだよ」
「そのために、私はこのカードを使う!! 今、私達の墓地には岩石族モンスターが9体存在する!! それらをすべて
除外する!!」
「なっ!?」
 武田の場に広がる岩場から岩が盛り上がり、積み重なっていく。
 積み重なった岩石が形作られて、巨大なドラゴンに姿を変えた!!


 メガロック・ドラゴン 岩石族/星7/攻?/守?
 【岩石族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する岩石族モンスターを除外する事でのみ特殊召喚できる。
 このカードの元々の攻撃力と守備力は、特殊召喚時に除外した
 岩石族モンスターの数×700ポイントの数値になる。


 メガロック・ドラゴン:攻撃力?→6300

「攻撃力6300だって!?」
「そうだ! このカードのために毎ターン、岩石族モンスターを墓地へ送っていたのだ!!」
「そ、そんな……!!」
 本城さんが一歩退く。俺も危うく退きそうになった。
 岩石のドラゴンは俺達を睨み付けて、大きな咆哮をあげた。
「バトル!! "ブラック・マジシャン・ガール"へ攻撃!!」
 岩石のドラゴンが飛び上がる。
 このまま攻撃を通せば、ダメージで俺達は負けちまう!!
「くそ! 伏せカード発動だぜ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 岩石のドラゴンは魔法使いを巨大な体で踏みつぶした。
 それによって起こった衝撃は、俺の前に現れた小さな壁によって防がれる。

 ブラック・マジシャン・ガール→破壊
 雲井:手札3→4枚

「……なんとか防いだか……少年……」
「ま、まぁな……」
 危なかった。なんとかギリギリで防げた。
 それにしても攻撃力6300か……次のターンまでマスター・オブ・OZを保たせることが出来れば……。
 だけど次のターンは本城さんだ。このままじゃあ………。
「メインフェイズ2に、私は手札からモンスターをセットする。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:3100LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   伏せカード1枚

 雲井:手札6枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:4100LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   メガロック・ドラゴン(攻撃:6300)
   金剛石の採掘場(永続罠)
   伏せカード1枚

 武田:手札0枚  アダム:手札2枚
-------------------------------------------------

「わ、私のターンです……ドロー……」(手札3→4枚)
 本城さんはカードを引いたにもかかわらず、浮かない表情だった。
 手札は4枚もあるんだ。なんとかできるはずなのに……。
「どうしたんだ、本城さん?」
「く、雲井君……」
『あはは、きっといいカードが引けなかったんだね』
「なっ、どういうことだ?」
『今の真奈美さんの手札は"魔力掌握"、"ブラック・マジシャン"、"大魔導士の古文書"、そして今引いたカードで4枚
だよね。パートナーなら気づいてあげなよ。今までの攻防で真奈美さんの手札は腐っちゃったんだ』
「……!!」
 そう言われてみればたしかにそうだ。これじゃあ本城さんに出来ることは、ほとんどない。
 くそっ、もう少し早く気づいてやれていれば……。
「だ、大丈夫です!! まだ手はあります!!」
 本城さんが力強く叫ぶ。
 そして、デュエルディスクにある青いボタンを押した。
「私はデッキワンサーチシステムを発動して、デッキから"エターナル・マジシャン"を手札に加えます!!」


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 自分は魔法カードを発動するためのコストが必要なくなる。
 1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
 デッキまたは墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加えることが出来る。


 本城さんの手札にカードが加わった。(手札4→5枚)
 同時に武田もデッキからカードを引いた。(手札0→1枚)
「そして、手札抹殺を発動します!!」
 本城さんは4枚の手札を捨てて、次に4枚のカードをドローする。武田も1枚の手札を捨てて、1枚ドローした。
「あの、武田さん。捨てたカードはなんですか?」
「……"メガロック・ドラゴン"だ」
「わ、分かりました。私は……カードを1枚伏せて、"マスター・オブ・OZ"を守備表示にしてターン終了です」
 本城さんは表情を暗くしたまま、ターンを終えた。
 手札交換しても、良いカードは引けなかったみたいだ。


 そして、アダムのターンになる。


『あはは、ボクのターン!』(手札2→3枚)
 余裕なのか、単純に楽しんでいるのか、アダムはカードを引く。
 引いたカードを確認した瞬間、その口元に笑みが浮かんだ。
『ごめんね真奈美さん。守備表示にしても駄目だよ?』
「え?」
『ボクは"『守備』封じ"を発動するよ!』
「あっ……!」


 『守備』封じ
 【通常魔法】
 相手フィールド上の守備表示モンスターを1体選択し、表側攻撃表示にする。


 マスター・オブ・OZ:守備→攻撃表示

『これでダメージは通っちゃうね』
「うぅ……」
『さぁ、バトルだ!』
 岩石のドラゴンが再び飛び上がった。このままだと、また本城さんがダメージを受けてしまう。
 くそっ、なんとかできねぇのか!?
『いっけー! つぶしちゃえ!』
 岩石のドラゴンが、チャンピオンの体を押しつぶした。
 それによって起こる衝撃が、本城さんを襲った。
「きゃあああ!!!」

 雲井&真奈美:3100→1000LP

「うっ……うぅ……!」
 本城さんが膝をついてしまった。
 急いで側に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「は、はい……なんとか………」
『あはは、メインフェイズ2に手札から"神秘の中華なべ"を発動するよ!』


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 メガロック・ドラゴン→墓地
 武田&アダム:4100→10400LP

「一気にライフポイントが10000を越えた!?」
『これで完璧にボク達の勝ちだね』
「なに?」
『あはは、じゃあ教えてあげるよ。ボク達のライフポイントは10400。そしてさっき武田がセットした裏守備モンス
ターは"ロスト・ガーディアン"だ』


 ロストガーディアン 地属性/星4/攻100/守?
 【岩石族・効果】
 このカードの元々の守備力は、自分が除外している岩石族モンスターの数×700ポイントの数値になる。


『今、除外されている岩石族モンスターは9体だから守備力は6300。"金剛石の採掘"の効果で倍になって12600
になるんだ。しかもさっき真奈美さんがデッキワンサーチシステムを使ってくれたから、武田の手札には君達にトドメを
刺すカードが加わったよ。つまり、雲井君は次のターンでボク達を倒さないと、負けちゃうってことだよ』
「なっ!?」
 急いで手札を確認する。
 俺の場にあるカードは、俺が伏せたカードが1枚と本城さんの伏せカード"魔法石の採掘"だ。
 そして俺の手札は"コードチェンジ"、"野性解放"、オーバーブースト"、"ビッグバン・シュート"だ。


 魔法石の採掘
 【通常魔法】
 手札を2枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。


 コード・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を指定する。
 指定したモンスターの種族を、このターンのエンドフェイズまで自分が指定した
 種族にする。


 野性解放
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する獣族・獣戦士族モンスター1体の攻撃力は、
 そのモンスターの守備力の数値分だけアップする。
 エンドフェイズ時そのモンスターを破壊する。


 オーバーブースト
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスター1体を指定する。
 このターンのエンドフェイズまで、そのモンスターの守備力を攻撃力に加える。
 指定されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。


 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。


『さぁさぁ、雲井君はボク達を倒せるのかなぁ?』
「……………………」
 俺の手札の中に……モンスターが………いなかった………。





 アダムからの挑戦状




 episode27――吉野の願い、薫の想い――

『じゃあボクはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ』
 アダムが勝利を確信した笑みを浮かべて、ターンを終了した。
 タッグデュエルはいよいよ終盤。
 俺は手札を見つめながら、途方に暮れていた。

-------------------------------------------------
 雲井&真奈美:1000LP

 場:伏せカード2枚

 雲井:手札4枚  真奈美:手札3枚
-------------------------------------------------
 武田&アダム:10400LP

 場:虐げられる闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター
   金剛石の採掘場(永続罠)
   伏せカード2枚

 武田:手札1枚  アダム:手札0枚
-------------------------------------------------

 虐げられる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各プレイヤーはモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を
 1ターンに合計2回までしか行う事ができない。

 金剛石の採掘場
 【永続罠・デッキワン】
 岩石族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分フィールド上に表側表示で存在する守備表示モンスターの守備力は倍になる。
 また自分のモンスターが反転召喚に成功したとき、相手に700ポイントのダメージを与える。
 自分の場に岩石族モンスターが表側表示で存在する限り、このカードは破壊されない。
 また1ターンに1度、デッキから岩石族モンスター1体を墓地に送ることが出来る。


 今の手札に、モンスターはいない。このドローで、何か引かねぇと……!!
「お、俺のターン!! ドロー!!」
 引いたカードは"コピー・マジック"だ。


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


 俺の手札は5枚。しかもモンスターがいない。
 アダムが言うには、相手の場には守備力6300……いや、12600のモンスターがいる。
 しかもあの伏せカード……俺のデッキに相手の魔法・罠カードを除去するカードは入っていない。
「っ……!!」
 やっべぇ……本当にどうする?
「少年、諦めてくれないか」
「なんだと?」
 武田が諭すように言った。
「もう、少年に勝ち目はない。今のうちにサレンダーしておく方が身のためだ」
「へっ! そんなに俺のことが怖いかよ。心配されなくてもなぁ、こんぐらいのピンチは切り抜けてやるぜ!!」
「……なぜ、邪魔をするのだ……!!」
 武田が少しだが、怒っているように見えた。
「少年、君には分かるか? 大切なものを守るためなら、どんなものでも犠牲にしたいと思う気持ちが」
「なに?」
「あの少年は、中岸大助は、私と同じだ。他のすべてを犠牲にしても、大切なものを守るために戦っている。どうして、
それが分からない!? どうして否定しようとする!? どうして壊そうとしている!?」
「…………」
「私は誓ったんだ! お嬢様を守るためなら、他のどんなものでも犠牲にしようと。そしてその罪は、お嬢様を守るため
には仕方のないことなのだ。どうして邪魔をする!? 記憶がなくなっても、死ぬ訳じゃない。だったら――――」


「ごちゃごちゃうるせぇぞ!!」


「な……に……?」
「てめぇが中岸と同じだと……? ふざけたこと言ってんじゃねぇ。てめぇと中岸なんか、似ても似つかねぇだろうが。
結局てめぇは、お嬢様のためだって言いながら、お嬢様のせいにしているだけじゃねぇか。すべてはお嬢様のためだって
言い聞かせて、自分のすることの責任から逃げているだけじゃねぇか!!」
「………!!」
「大切なものを守るだと? 本当にそう思っているんなら、どうして中岸を殺すフリをした!? どうして香奈ちゃんや
他人を傷つけるようなことをした!? どうして俺達がてめぇらの前に立ち塞がる理由が分からなかった!?」
「……………」
「中岸はなぁ、誰かを犠牲にして誰かを救おうなんて考えてねぇんだよ。その代わり、自分がどれだけ傷ついてもいいか
ら、大切なものを守ろうって思ってんだよ。いや、中岸だけじゃねぇ。ここに乗り込んできた全員が、誰も犠牲になって
欲しくないって思ってんだよ。てめぇは今まで、何をしてきた。ボロボロになるくらい、戦ってきたのかよ。他人を傷つ
けて、その責任をお嬢様に押しつけてきただけじゃねぇか!!」
「っ……」

「てめぇのふがいなさのツケを、他人におしつけてんじゃねぇぞ!! 俺達はてめぇを倒して、先に進む!! てめぇが
どんだけ高い壁で立ち塞がったって、俺達が全部ぶっ壊してやるぜ!!」

 もうグダグダ考えるのはヤメだ。
 もともと、やることなんて一つしかないじゃねぇか!!
「雲井君! 私のカードを使ってください!」
「分かってるぜ!! 手札から"コピー・マジック"を発動!! 墓地にある"死者蘇生"を除外して、アダム!! てめぇ
の墓地にある"死者蘇生"をコピーして発動するぜ!! これで墓地から"エターナル・マジシャン"を特殊召喚だ!!」
 聖なる光が降り注ぎ、本城さんの墓地から白き魔法使いを蘇らせる。
 復活した魔法使いは青い瞳で敵を見つめ、手に持った杖を華麗に構えた。


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 自分は魔法カードを発動するためのコストが必要なくなる。
 1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
 デッキまたは墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加えることが出来る。


「さらに手札から"コード・チェンジ"を発動!! 俺は"エターナル・マジシャン"を機械族に変更する!!」
 俺の発動したカードから紫色の光が放たれて、白い魔法使いの体を包んだ。


 コード・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を指定する。
 指定したモンスターの種族を、このターンのエンドフェイズまで自分が指定した
 種族にする。


 エターナル・マジシャン:魔法使い→機械族

「そして"エターナル・マジシャン"の効果発動!! 手札のカード1枚を墓地に捨てることで、デッキか墓地から魔法
カードを手札に加える! 俺はこの効果で"野性解放"を捨てて、デッキから"リミッター解除"を手札に加える!!」
「……!!」
「続いて"オーバーブースト"を発動して、"ビッグバン・シュート"を装備するぜ! そして、ついさっき手札に加えた
"リミッター解除"を発動だあぁ!!」


 オーバーブースト
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスター1体を指定する。
 このターンのエンドフェイズまで、そのモンスターの守備力を攻撃力に加える。
 指定されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。


 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 エターナル・マジシャン:攻撃力3000→5500→5900→11800

『攻撃力11800かぁ……うん、さすがだね。でもそれじゃあまだ勝てないんじゃない?』
「大丈夫です!!」
『んっ?』
「雲井君!!」
 本城さんがこっちに視線を向ける。
 分かってるぜ。たしかに俺に手札はない。でも本城さんが伏せておいてくれたカードがある!!
「そして俺は伏せておいた"魔法石の採掘"を発動だぜ!!」


 魔法石の採掘
 【通常魔法】
 手札を2枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。


「ば、馬鹿な!? コストとなる手札が………そうか!」
 武田が驚きの声をあげる。
「そうだぜ! "エターナル・マジシャン"が場にいるとき、俺は魔法カードのコストを支払わなくて済むんだ! そして
墓地の"リミッター解除"を手札に加える!! そして、発動だぁぁぁぁ!!」

 エターナル・マジシャン:攻撃力11800→23600

「攻撃力23600!?」
「どうだ!! これが俺達の全力だぜ!! バトル!!」
「お願い、エターナル・マジシャン!!」
 俺と本城さんの呼びかけに応えるかのように、白き魔法使いは杖の先に膨大な魔力を集中させる。
 風船のように大きく膨らむ巨大な魔力の塊は、辺りの空間を振動させているような錯覚すら覚えた。
「「いっけー!!」」

 ――ハイパー・エターナル・マジック!!!!――

 轟音と共に、魔力が解き放たれる。
 逃げ場のない攻撃が、アダムと武田へ一直線へ向かう。
『あはは、じゃあボクは伏せカードを発動するね』
「なっ!?」
 余裕の笑みを浮かべるアダムが、カードを開いた。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


『これで雲井君達はダメージを跳ね返されて終了だよ』
「そ、そんな……!!」
『あはは、残念だったね〜』
 膨大な魔力が、筒の中に飲み込まれていく。
「く、雲井君……!!」
 本城さんが焦るように顔を向けた。


「残念だったのは、てめぇらの方だぜ!!!」


『え?』
「"魔法の筒"にチェーンして、最後の伏せカードを発動だぁあぁ!!」


 ファイナル・ビッグバン
 【通常罠】
 フィールドに表側表示で存在するモンスターの攻撃力の合計が
 20000を超える場合にのみ、発動することが出来る。
 お互いのプレイヤーは、相手の場にある最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力分の
 ダメージを受ける。


『そ、そんなことしたら、君達までダメージを受けちゃうんじゃ……!』
「いいや。てめぇらの場には裏守備モンスターしか存在していない。"ファイナルビッグバン"はお互いに相手モンスター
の攻撃力分のダメージを受けるカードだ! でもその攻撃力を判断するカードが無い以上、俺達はダメージを受けなくて
済むんだぜ!!」
『そ、そんな……!! じゃあ、最初からこれを狙って……!?』
「どうでもいいだろそんなこと! これで、俺達の勝ちだ!!!」
『そ、そんな……く、くそーーーー!!』
 アダムが大声をあげて、叫んだ。




『なーんてね♪』




「!?」
 この状況に、アダムは笑っていた。
『ボクは"ファイナルビッグバン"にチェーンして、このカードを発動するね』
 そう言って開かれたカード。
 それは、俺が予想もしていないカードだった。


 エネミーコントローラー
 【速攻魔法】
 次の効果から1つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の表示形式を変更する。
 ●自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体のコントロールを得る。


『この効果でボクは裏守備モンスターをリリースして、雲井君達の場にいる"エターナル・マジシャン"のコントロールを
得ることにするよ』
「…………!!!」
 アダムの場に現れたコントローラーからコードが伸びて、白い魔法使いの体に伸びる。
 すると魔法使いは混乱したかのようにフラフラと、アダム達の場に移動した。
『えーと、さっき雲井君は言ってたよね? 攻撃力を判断するカードが無い以上、自分たちはダメージを受けずに済むっ
てさ。あれ? そっか! こうすればボク達はダメージを受けずに済むんだね♪』
「なっ、なん……だと……!?」
 そんな馬鹿な。まさか最初から、こうなることを予想していたって言うのか!?
 いや、あり得ない。こんな小さな子供がどうしてそんなこと……………………いや、待てよ!?
 そもそもどうしてこいつはこんなにケロッとしているんだ?
 闇の決闘である程度のダメージを受けたはずなのに……ってちょっと待て!?
 冷静に考えてみればアダムって奴、決闘開始から1度もダメージを受けていない……!!
『君達との決闘、とても楽しかったよ。いい暇つぶしになった』
「て、てめぇ……一体、何者だ!?」
『ボク? ボクはアダムだよ。それよりいいのかな? こんなことしてて……』
「な、なに!?」
 見ると、正気を失ったエターナル・マジシャンの杖に込められていた魔力が際限なく膨張していた。
 制御できなくなったせいで、力が暴走しているのかも知れない。
『君達に23600ポイントのダメージだ。このぐらい大きなダメージなら、真奈美さんごと巻き込んじゃうね』
「……!!」
『じゃあね。最後に言うけど、本当に楽しかったよ』
「ち、ちくしょう――――」
 俺は本城さんへ向かって走り、手を伸ばす。
 膨張した魔力から光が漏れ始めて、やがて、巨大な爆発を引き起こした。



 雲井&真奈美:1000→0LP



 雲井達のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。





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 轟音と閃光が空間を支配した瞬間、私の体が勝手に地面に倒れました。
 辺りに強い衝撃が起こって、辺りの壁や機材にも多大な被害が出ていました。
「う、うぅ……」
 ズシリと、体の上に何かが乗っかっているのが分かりました。
 眼鏡に少しヒビが入ってしまっていますけど、なんとか使えるみたいです。
 23600ポイントものダメージを受けたにもかかわらず、大して体も痛くありません。
 私は、はずれかかっていた眼鏡をかけ直して、私に覆い被さっているものを見ました。
「…………え?」
 それを見たとき、言葉を失ってしまいました。


 私に覆い被さっていたのは、ボロボロになっている雲井君でした。


「く、雲井君……!!」
 そんな、まさか、私をかばって……!!
 急いで体を立ち上げて、雲井君を横にします。
「雲井君! しっかりしてください! 雲井君!!」
 必死で呼びかけます。体も揺すります。
 でも、反応がありませんでした。そう、まるで………。
『あはは、無事だったんだね真奈美さん』
「……!!」
 アダムが笑いながら近づいてきました。その隣には、武田さんも立っています。
『雲井君がかばってくれたんだ。良かったね』
「こ、来ないでください……!!」
 両手を広げて、立ち塞がります。
 こんなボロボロなのに、私を守ってくれたのに、今にも死んでしまいそうなのに、何をするつもりですか?
『あはは、大丈夫だよ真奈美さん』
「……!!」
『うーん、信用してないねぇ。じゃあこうすれば信じてくれる?』
 アダムが突然、武田さんの胸にある黒い結晶を掴みました。
 結晶を掴む手が、真っ黒な光を帯び始めました。
「な、何をする!?」
『え? これはボクの物だから、返して貰うだけだよ。ボクは十分に楽しんだし、決闘も終わったし、もう武田にこれは
必要ないよね』
「なっ!?」
 アダムは笑いながら、武田さんの身につけていた黒い結晶を取り外しました。
 武田さんは信じられないといった感じで、驚きを隠せていないようでした。
「き、貴様……何者だ?」
『ボク? 何度言えば分かるのかな? ボクは、アダムだよ』
 無邪気な笑みを絶やさないアダムは跳躍して、武田さんの額めがけてデコピンを当てました。
「っ!?」
 武田さんが気を失ったように、倒れてしまいました。
「な、何を、したんですか……?」
『ボクのことを忘れて貰ったんだよ。大丈夫、生きてるよ』
「………」
『雲井君は、運が良ければ生きてるだろうね。でもやっぱり、ボクのことを覚えておいて貰うわけにはいかないんだよ。
だから真奈美さんも、雲井君も、忘れて貰うね』
 アダムがゆっくりと、こっちに近づいてきました。
 私は雲井君を抱きかかえて、逃げようとします。
 でもやっぱり非力な私です。雲井君の体重を持ち上げることなんて出来なくて、あっという間に距離を詰められてしま
いました。
 言いようもない恐怖が、迫ってくるようでした。
『大丈夫だよ。殺したりなんかしないよ?』
「こ、来ないでください……」
『……ダメだって言われると余計にしたくなることない? ボクはある』
 アダムが手を伸ばしてきました。
 その手が不気味な黒い光を纏っていて、嫌な感じしかしませんでした。
「いやです……」
『じゃあ忘れて貰うね』
「いや……!!」
 アダムの手が、私と雲井君に触れようとしました。
 ですけど、次の瞬間――――


 バチッ!


 まるで強力な静電気が弾けたような音がして、アダムが手を引っ込めました。
『……………』
 驚いたような、戸惑ったような、そんな表情。
 アダムは少し考え込むと、すぐにまた元の笑顔に戻りました。
『あはは、そっかそっか。そういうことか。じゃあ仕方ないね』
「え……?」
『大丈夫、こっちの話だよ。じゃあね真奈美さんに雲井君。何度も言うけど、君達との決闘、とっても楽しかったよ』
 そう言って、アダムは煙のように姿を消してしまいました。
 いったい何がどうなっているのか気になりますけど、それより今は雲井君です。
 こんなにボロボロで、無事なわけがありません。
「雲井君! 雲井君!」
 私は何度も、必死で雲井君に呼びかけました。



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「あれ、ここは……?」
 真っ白な世界にいた。
 いったいここはどこだ? いったい俺はどうしちまったん…………そういえば、武田達と戦っていて、それで負けて、
本城さんをかばって大ダメージを受けたんだったな。
 ん? てことはもしかして俺、死んじまったのか?
「マジかよ……」
 カードゲームで死んじまうなんて、格好つかねぇなぁ。


「そんなことないよ」


 女の子みたいな声がした。
 振り返るとそこには、少女がいた。顔はよく見えない。
「だ、誰だ?」
「誰でもいいよ。それより、負けたこと気にしているなら、止めた方が良いよ。今の君達じゃ、カレに敵わないから」
「……ここってもしかして、死後の世界とかいう奴か?」
「うーん、どうだろうね? 教えるわけにはいかないんだ。それより、さっさと元の世界に戻ってよ雲井忠雄君」
「お、俺を知ってんのか!?」
「うん、みんな知ってるよ。中岸大助君も、朝山香奈ちゃんも、あと本城真奈美ちゃんとかも知っているよ。もちろん、
薫ちゃんや佐助君、伊月君、コロンちゃんのこともよく知ってるよ」
「な、なんで?」
「うーん、それはほら、企業秘密ってやつだよ」
「他のみんなは、てめぇのことを知っているのか?」
「ううん。ここに来たのは君が三人目。ワタシに会ったのは君が二人目だよ?」
「は?」
「分かんなくていいよ。どうせ起きたら、きれいさっぱり忘れちゃうし」
「は、はぁ……?」
「とにかく戻って雲井君。君にはちゃんと主人公になれる力がある。どーしよーもない運命を壊す力があるんだよ?」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ……」
「そうだね。じゃあ戻っていいよ」
「待てよ! まだ話は――――」
「忘れちゃうから意味無いけど、これだけは言っておくね」
「あぁ?」

「ワタシは、いつだって君達の味方だからね」

 少女は笑みを浮かべて、そう言った。



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「う、うぅ……!」
「雲井君!? 雲井君!!」
 本城さんの声が聞こえた。
 ゆっくりと目を開ける。
「あっ、雲井君! 私です! 分かりますか!?」
「あ、あぁ……」
 痛む体を起き上げて周りを見る。辺りはまるで暴風雨が通り過ぎたような跡になっていた。
 次に自分の体を見てみる。ところどころ服が破けていて、ボロボロになっていた。
「う、動かないでください!」
「は?」
「だ、だって、こんなにボロボロなのに……」
 今にも泣きそうな表情で、本城さんは言う。
 そこまで心配されると、逆に戸惑ってしまった。
「だ、大丈夫だぜ。これぐらい―――」
「駄目です! ただでさえ10000を越えるダメージは危険なのに……それに、どうして私のことをかばったりしたん
ですか!?」
「い、いや……なんとなく、本城さんが傷ついたら嫌だなって思って……なんつーか、体が勝手に……」
「ぇ…………………」
 本城さんは呆気にとられた表情をして、黙ってしまった。
 とにかく、体を立ち上げる。思ったより体は傷ついていないような気がする。
 いや、というより、まるで誰かに傷を癒してもらったみたいな気がした。
 ……まぁ考えても仕方ねぇ。そんなに深刻なダメージは受けていないってだけだろう。
「動いちゃ駄目ですよ……!」
「だ、だから大丈夫だぜ」
 本城さんって、結構な心配性だったみたいだ。

「……少年……」

 武田がこちらを見ていた。
 俺は本城さんの前に出て、次の言葉を待った。
「私は……間違っていたのか……?」
「あぁ?」
「君の言うとおり、私はお嬢様のためだと言いながら……中岸大助を、朝山香奈を、君達を傷つける言い訳が欲しかった
だけなのかもしれない………。吉野にも言われていたな……いい加減『覚悟』を決めろと。今にして思えば、私の曖昧な
覚悟を見抜いていたのだろうな……」
 武田はどこか悲しそうに笑みを浮かべながら、その場に座り込んだ。
 そして、ドアのほうをゆっくりと指差す。
「先に進め。君達には、その資格がある」
「……てめぇはどうするんだよ」
「私は……ここに残る。もう私に、出来ることはない……」
「……っ!! てめぇ……まだそんなこと言ってんのかよ」
「………………」
「覚悟が曖昧だと? だからなんだってんだ。そうして座り込んでいて、何か変わるのかよ。何も変わらねぇだろうが」
 武田は顔を下に向けて、答えなかった。
 俺が言葉を続けようとすると、今度は本城さんが言った。
「あ、あの、武田さん……一緒に行きませんか?」
「………」
「まだ朝山さんは無事です。中岸君が、一緒に逃げています。早く助けに行かないと……でも、屋敷のことはよく分から
ないですし……それに……その……」
「……私などで、本当に良いのか?」
「は、はい! 一緒に朝山さんを助けましょう! そのお嬢様だって、きっと闇の力のせいで意識不明になっているはず
です。それなら、薫さんが何とかしてくれるはずです! 雲井君も、いいです……か?」
 本城さんが恐る恐る尋ねてくる。
 その真っ直ぐな瞳には、反対する意欲も失せてしまった。
「はぁ……分かったぜ本城さん。その代わり、武田! 一発だけ殴らせろ!」
「えぇ!? だ、駄目ですよ!」
「いや、殴ってくれ少年。目を覚ますには、それぐらいがいい」
「言われるまでもねぇ!!」
 渾身の力を込めて、武田の顔面をぶん殴った。
 スッキリとは言えないが、とりあえずいいか。
「……あんまり強くないな少年……」
「う、うるせぇ! いいから行くぞ!!」
 そして俺達3人は、中岸達を手助けするために進むことにした。




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 時間は、雲井達が決闘する前にまでさかのぼる。

 姿を消した大助を先に行かせたあと、薫と吉野は戦闘を続けていた。
 身体能力と剣技で勝る吉野に対し、薫は他のカードを利用した遠距離攻撃で牽制する。
 共に体力は、白夜の力、闇の力で回復させているため苦しくはない。さらに言えば、お互いに相手の様子を探るような
戦闘を続けているのだ。苦しくなるはずもない。
「いつまで逃げるつもりですか?」
「……!!」
 吉野が前に出る。大きな剣を両手で構え、突進してくる。
 振り下ろされた剣をかわし、薫はレイピアで反撃を試みる。だがすでに視線の先に吉野の姿は無かった。
「っ!」
 後ろに気配を感じ、体勢を低くする。
 すぐに体の上を鋭い風が通り抜けた。
「良い反応ですね」
「私だって、たくさん訓練してるからね」
 白夜の力によって脚力を強化して、薫は吉野から一旦距離をとる。吉野は手に持った"闇の破神剣"を見つめながら小さ
く息を吐いた。
「やはり、使い慣れない武器ではいけませんね」
 吉野は"闇の破壊剣"をカードの状態に戻し、新たな武器を展開する。吉野の手に握られたのは、黒い刃を持った日本刀
だった。
「いきます」
 鞘に剣を収めた状態で、吉野は突進してくる。防御を取ろうとカードに手を伸ばした薫だったが、間に合わないと判断
した。繰り出される吉野の抜刀を、薫は手に持ったレイピアで受け止める。あまりの衝撃に防御は崩されてしまったが、
それでも抜刀による攻撃は防げた。だが――――
「ぅっ…!?」
 薫の脇腹に、鞘による一撃が入っていた。
「隙は見せません」
 凛とした態度で睨み付ける吉野から、薫はなんとか距離を取った。
 痛む脇腹を押さえながら、日本刀を構える相手を見据える。
「次は、外しません」
「それは、させないよ!」
「何を……なっ!?」
 吉野の周りに無数の光の玉が浮かんでいた。
 逃げようにも、玉の間に人間が通れる隙間はない。
「"光の護封剣"の球体バージョン。全方位360度、包囲完了。これならかわしようがないよ!」
「いつの間に、こんな物を……!」
 そう言いながら吉野が剣を鞘に収めた瞬間、全ての光の玉が一斉に発射された。
 眩い光を放ち、ぶつかり合った光の玉は小さな爆発を引き起こした。
「……まだ……みたいだね……」
 薫は爆発によって出来た粉塵を見つめた。
 その粉塵の中から、吉野が姿を現した。だが無傷ではない。スーツの右肩の部分が破れていて、右腿の部分は少し焦げ
ている。だがあれだけの攻撃を、その程度のダメージで回避した吉野の強さが伺えた。
「さすが、スターのリーダーですね。今までの敵とは手応えが違います」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、こういう戦闘はあんまり好きじゃないから、何とも言い難いかなぁ……」
「そうですか」
 吉野は鞘から剣を抜いた。そしてもう片方の手に鞘を構え、前に出る。
 対する薫も前に出て、迎え撃つ。
 繰り出された鞘の一撃をかわし、レイピアで斬りかかる。吉野はそれを剣で受け止め、今度は蹴りを繰り出した。薫は
それを後ろに跳んで回避し、光の玉を放つ。
「っ!」
 吉野はそれをギリギリのタイミングでかわし、再び剣を鞘に収めた。
「さすがです。私とここまで渡り合えるとは……」
「……どうしても……戦わなきゃいけないの?」
「世迷い言を言わないで下さい」
 互いの剣が交わり、部屋中に金属音が鳴り響く。
 剣戟が交わる度に二人の体には小さな傷が増えていった。
「なかなかやりますね」
「吉野さんも……凄く強いね」
「ですが、いつまでもあなたに構っているわけにはいきません。逃げたいならば、今のうちに逃げてください」
「………」
 薫は吉野から視線を外さずに、考えた。
 先程、大助が香奈と一緒に逃げているという佐助さんからの連絡が入った。ひとまず二人が敵の手から身を隠すまで、
目の前にいる相手に気づかれるわけにはいかない。
 いや、もしかしたらとっくに気づかれているのかもしれない。
 それならなおさら、目を離すわけにはいかなかった。 
「隙だらけですよ」
「っ!」
 いつの間にか距離が詰められていた。鞘の攻撃を、レイピアで受け止める。
 反対側から放たれた日本刀の一撃に対し、薫は手を前にかざして防御壁を形成する。
 大きな金属音が鳴り響き、剣の勢いが止まった。
「ぅぅ……!」
 左手のバリアが、嫌な音を立てる。気を抜けば押し切られてしまいそうだった。
 別の手段がないわけじゃない。だがそれをすれば…………。
「いつまで手加減しているつもりですか」
「……!! 気づいてたの?」
「なんとなく察していました。何か私に遠慮しているような、そんな感じが………。先程の"光の護封剣"も、その気に
なれば刃の形状に出来たはずです。あなたはまだ本気を出していない。違いますか?」
「……………」
 吉野の言うとおりだった。薫はたしかに全力は出していない。身体能力も白夜の力による攻撃も、全力時の7割程度
だ。だが全力で戦えば、相手を深く傷つけてしまう可能性がある。
「甘いですね。戦いに置いて、敵の命を気遣うなど……あなたは本当に組織をまとめるリーダーなのですか?」
「……たしかに……全力じゃないよ。でも、それはあなただって同じでしょ?」
「…………」
「さっきから、どんな攻撃も、一撃必殺の急所を狙っていない。その気になれば、いくらだって攻撃できるはずなのに、
そうしてこない」
「……さすがですね。ですが、だからといって、私があなたへ攻撃できないわけではありません」
 ガキィィン! と金属音が弾けて、吉野は後ろへ距離を取った。
 後ろへ跳んでから着地するまでの、わずか数秒。
 その数秒で生じた隙。
 薫は全力の速さで吉野へ向かって突進した。
 吉野はそれを目で捉えることは出来たが、体がついてこなかった。
 そして吉野の首元に、薫のレイピアの切っ先が突きつけられる。レイピアは首に当たる寸前で止められていた。
「……形勢逆転……だね」
「……………」
 吉野は、自身の不覚を後悔した。
 その手に持っている日本刀が、床に転がって消えた。

「お願い。道を空けて、私は香奈ちゃん達を助けに行かないといけないんだ」
「……そう……です……か……」
 吉野の手がゆっくりと、突きつけられたレイピアを掴んだ。
 あまりに突然のことで薫は動揺してしまう。
「ですが……私も譲るわけにはいかないんです……。お嬢様を助けると、誓ったのです。たとえ何が起こったとしても、
世界の全てを敵に回したとしても……お嬢様だけは守ってみせると誓ったんです!」
 剣の刃を掴む手から、ポタポタと赤い液体が落ちる。
 薫はたじろぎながらも、言葉の続きを待った。
「牙炎がしようとしていること……それは決して許せることではありません。何の罪もない少女を、犠牲にしていいはず
がありません。ですが、もう私には、これしか方法がないんです……。お嬢様を傷つけた男の命令に従って、計画を成功
させるしか……ないんです」
 剣をつかむ吉野の手から赤い液体が流れていく。
 薫はそんな姿を見ながら、尋ねた。
「……もしかして、お嬢様って……あなたの子供なの……?」
「いいえ。私は肉親ではありません。あの子の母親の友人です。おかしいでしょうね。他人の娘をそこまで守ろうとして
いるのは……」
「…………」
 薫は静かに、レイピアをカードの状態に戻した。そしてカードケースから1枚のカードを取り出す。
 傷ついた吉野の手を、白い光が覆った。
「何を――――」
「動かないで」
 白い光が消える。レイピアを掴んだことによって出来た傷が、塞がっていた。
 薫は数歩下がって、真っ直ぐに吉野を見つめた。
「あなたに、何があったの? 教えて。あなたがそうまでして戦う理由が分からないと、私も戦えないよ……」
「……少しだけ……昔の話です……」
 そうして吉野は、語り始めた。




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 昔から、吉野は優秀な人間だった。
 テストの成績は常に上位、スポーツも万能で、県大会出場も当たり前。
 周りの人間に気が利いて、当然ながら教師達の信頼もあった。

 ただ1つ欠点があるとすれば、吉野は孤独だということだった。
 その優秀すぎる能力のため、たいていのことは1人で出来てしまう。他人の手を借りず、他人よりも優れた結果を出し
てしまう。
 それが1回くらいだったなら、まだ良かったのかもしれない。また吉野自身も、手を抜けば良かったのかも知れない。
だが吉野は律儀な性格で、手を抜くことだけはしたくなかったのだ。
 必然的に生じる、周りからの嫌みや妬み。からかいというの名のイジメ。そして孤立。
 その時に、誰かが手を差し伸べれば良かったのかも知れない。吉野が誰かに助けを求めていれば良かったのかも知れな
い。だが不幸にも、周りの人間は手を差し伸べず、吉野自身も誰かに頼ろうとはしなかった。
 イジメをしてくる奴は吉野自身が反抗して解決し、暴力を振るってくる奴は吉野自身が力ずくでうちのめした。
 本来なら他人との関わりによって解決していくはずの問題も、吉野は1人で解決してしまった。
 だんだん周りの人間も、それが当たり前だと思うようになっていった。
 もちろん、たまにはクラスメイトとの付き合いで買い物に行ったり、映画を見たりしたこともある。だが心の繋がって
いない人間のそばにいても、つまらないだけだった。
 吉野は自然と一人になった。吉野の側に、誰もいようとはしなかった。
 また彼女は、誰かの側にいたいとか、誰かが側にいて欲しいとは思わなかった。
 年齢を重ねていく事に、両親も吉野のことを放っておくようになった。
 娘は1人でも生きていけると判断されたのだろう。吉野自身も、1人で生きていけると思っていた。

 勉強も出来て、スポーツも出来て、仕事も家事も出来て……何一つ不自由なことなどないはずなのに、何かが足りなか
った。その時の吉野には、いったい何が足りないのか、分からなかった。

 成人になった頃を機に、吉野は両親の家を出た。
 両親は何も言わずに、ただ納得してくれるだけだった。
「元気で暮らしなさい」
「たまには家に帰ってきなさいね」
 その両親の言葉が果たして本心から言っているのか、吉野には分からなかった。

 1人暮らしを始めて3年経った。
 23歳になった吉野は、大企業の会社で働いていた。優秀な働きによって、上司からも期待されていた。
 ただやはり吉野は孤独だった。会社仲間からの陰口は絶えないし、飲み会に誘われても断っている。
 さらに最近は、仕事自体にもやりがいが感じなくなってきていた。
 かといって辞めたら生活は出来ない。今さら両親の家に行ってお世話になることもない。
 心に穴が空いているような違和感は依然として拭えないが、病院に行っても異常は見られなかった。
「………ふぅ……」
 今日は仕事が休みだった。
 たまにはのんびりしてもいいと思い、吉野は公園に出掛けることにした。
 もちろん1人で。


 公園のベンチに座り、空を眺める。
 雲一つ無い青空が広がっている。明日も良い天気になりそうだ。
「……?」
 不意に、足下に何かが当たった。
 バスケットボールくらいの大きさの、柔らかいボールだった。
「ぁ……」
 そしてそのすぐ近くで、小さな女の子が立っていた。
 吉野の足下に転がるボールを見ながら、どうしたらいいのか困っているようだった。
「………」
 吉野はボールを拾い上げて、その少女へ近づいた。不思議なことに、その少女は警戒する様子は全く見せない。
 しゃがみこんで視線を出来るだけ同じにして、吉野はボールを丁寧に差し出した。
「あなたの?」
「うん! ありがとう!」
 少女は笑顔でお礼を言ってボールを受け取った。無邪気で明るい笑みだった。
 自分にもこんな時代があったのかと考えても、想像できなかった。
「まあ、すみません」
 今度は大人の女性がやって来た。夏の涼しげな格好はもちろん、腰まで届くほど長い焦げ茶の髪。麦わら帽子をかぶり
すっきりとした顔立ちの人だった。
 どことなく目の前にいる少女に似ているので、おそらく母親だろう。
「娘が、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「えぇ、何も心配ありません」
「そうですか。吉野さん、優しい人ですね」
「いいえ、当然のことをしたまで……………………え?」
 言いかけたところで気づく。今、目の前にいる女性は、自分のことを吉野と呼んだ。
 少女にも、もちろんこの女性にも名乗っていないはずなのに、どうして?
「あ、失礼いたしました。見ず知らずの人に名前を呼ばれたら、警戒しますよね」
「……どこかで、お会いしましたか?」
「いいえ吉野さん。あなたと私は初対面ですよ。気分を悪くされたなら、謝ります」
 その女性は丁寧に頭を下げた。その動作だけでも、どこか気品が感じられる。
 もしかしたら、どこぞの屋敷のお嬢様か奥様なのかもしれないと、吉野は思った。
「お詫びといってはなんですが、よろしければ屋敷に来てくださいませんか? ちょうどこれからおやつのために戻ろう
と思っていました。一緒に、お話しいたしません?」
「……初対面の人間を家に招いて、大丈夫だと思っているんですか?」
「えぇもちろん。吉野さんは、いい人ですから」
 爽やかな笑みを浮かべて、その女性は言った。
 作り笑いではない。本気で大丈夫だと思い、初対面の自分を信頼している顔だった。
「……ですが私も、名前の分からない人間の家についていくほど馬鹿ではありません」
「まあ、失礼しました。こちらの自己紹介がまだでしたね」
 女性は子供の手を取って、横に並ぶように立って言った。

「私は鳳蓮寺(ほうれんじ)咲音(さきね)。そして娘の鳳蓮寺(ほうれんじ)琴葉(ことは)です」

 咲音は優しく微笑んで、そう言った。


 咲音に誘われるまま、吉野は屋敷に案内された。万が一でも幽閉されそうになっても、1人で抜け出す自信が吉野には
あった。思ったよりも公園から近い場所にあるそこは、思った以上に大きな屋敷だった。
 玄関には黒い服を着たボディーガードらしき人物が3人いて、まるでどこぞのアニメやドラマに出てくるような豪華な
家。言うでもなく、咲音は富豪だったのだ。
「大きいですね……」
「はい。よく言われます」
 咲音は微笑みながら言う。その笑顔は、どこか安らぎを与えてくれるようだった。
 広間へ案内されて、椅子に座らせられる。大きな部屋には不釣り合いのように思える普通の机に、お菓子とお茶が用意
された。どうやら咲音が用意したらしい。
「あの……鳳蓮寺さん……」
「執事やメイドは先日、辞めました」
 先読みしたように咲音は言う。その表情は、どこか寂しそうだ。
「みなさん、私達が見抜いてしまうのが嫌だったんでしょうね……」
「……??」
 言っている意味が分からず、吉野は首を傾げる。
 咲音は寂しそうに笑って、言葉を続けた。
「ですが、世話してくれる者のいないおかげで、家事もこなすようになったので良かったのかもしれません」
 咲音は席について、お茶を一口飲む。
 琴葉はお菓子を上品に食べた。
 続いて吉野も、お茶を一口飲んだ………が……。
「……………」
「あら? お口に合わなかったですか?」
「いえ……ただ、もう少し美味しくなるはずですが……?」
「え?」
「この味は多分、ブルーアイズティーでしょう。ならば香りを引き立たせる入れ方をしなければいけません」
「そ、そうなんですか?」
 咲音は初めて戸惑った表情を見せた。
 こんな乙女のような表情ができるとは思っていなかったので、少し可笑しいと吉野は思った。
「あの、もし良かったら教えてくれませんか?」
「あぁ、はい。別に構いません」
 吉野は立ち上がり、実践をふまえて咲音に教えてあげた。
 ついでに他の家事のノウハウも、最適なやり方を教えてあげた。
 そして気づいたのだが、吉野から見て、咲音は驚くほど家事が出来なかった。いや、正確に言えば家事が出来ないわけ
ではなく、何かと無駄が多いし手際が悪いのだ。

 鍋でお湯を沸騰させるときに蓋をしないで火にかけるし、牛乳は賞味期限が近い物から飲まないし、冷蔵庫の野菜室に
肉やらソーセージやら入っているし、麦茶の作り方まで分からない。
 包丁を使うときには手を丸めないし、ニンジンを向くときにピーラーも使わない。
 掃除でも何かと無駄が多く、しかも綺麗になっていない。
 買い物も不必要な物を買うことを多いらしく、買い物袋に詰めるときも卵のパックを一番下にするという暴挙を行って
いるようだ。

「あらあら、本当に吉野さんは手際がいいんですね。私のやり方に無駄が多いと言うべきかしら?」
「あ、いえ……そんなことは……」
 相手は明らかに富豪。それだけの伝統や誇りがあるはずだ。
 下手なことを言って傷つけては面倒なことになりかねない、と思った。
「気を遣わないでください吉野さん」
「あ……」
 見抜かれたことに、軽く動揺する。
 そして同時に、不審に思った。
「……鳳蓮寺さん、どうして私の思っていることが分かるんですか? 私としては、他人に思考を読まれないことに多少
自信があったのですが……?」
「これは、鳳蓮寺の女性特有の能力なんです」
「能力……? なぜ分かるんですか?」
「……なぜと言われても困ります。分かるものは、分かってしまうんです。他人には全く解けない数学の問題が、自分に
は解き方が分かってしまう。他人に『どうして分かるのか?』と聞かれても、『分かるものは分かってしまう』と答える
しかない…………そう言えば、理解して貰えるでしょうか?」
「…………」
 それは吉野にとって最上の例えだった。
 成績優秀な自分は、他人に解けない問題を解いていた。どうしてそんな思考ができるのか。何か閃くコツがあるのか。
そんなことを聞かれても、分かるものは分かってしまうんだから答えようがない。
 咲音も、それと同じ……ということなのだろう。
「余計な詮索をしてしまったようですね」
「いいえ、吉野さん。気になさらずに」
 咲音はまったく気にした様子を見せずに、笑っていた。
「ママぁ、まだキッチン?」
 琴葉がクマのぬいぐるみを持ちながらやって来た。咲音はしゃがみこんで彼女の頭を撫でる。
「ごめんね琴葉。吉野さんに色々と教えて貰っていたのよ」
「ママもベンキョーしたの?」
「うん。ママもたくさん知らないことがあったみたい」
「じゃあ吉野さんって、ママのセンセイだね♪」
「なっ、せ、先生……?」
「吉野センセイ、これからもママに教えてあげてね♪」
「まあっ、琴葉ったら……」
 琴葉の無邪気な言葉に、二人は自然と笑ってしまった。
 それは他人と一緒にいて、吉野が初めてまともに笑った瞬間だった。


 それから少しの時間、世間話を楽しんだところで、吉野は帰ることにした。
 たいしたことはしていないはずだったのに、充実した休日だったような気がした。


 それから吉野は、たいていの休みの日には咲音と琴葉に会うようになっていた。
 たいした理由はない。ただあの公園に行けば、咲音と琴葉に会えるのだ。咲音が新たな家事の相談をもちかけてきたり
琴葉のおままごとに付きあっていたり、一緒に買い物に行ったりもした。
 もちろん帰りに鳳蓮寺家に寄って一緒にお茶をすることは当たり前になっていた。
 お茶を作るのが上手になるにつれて、次第に互いの素性なども話すようになっていた。
 咲音は現在24歳で、鳳蓮寺家の主を務めている。19歳で結婚をして、翌年に琴葉を産んだ。父親は仕事のため海外
を飛び回っていて、家族のことなど見向きもしていないらしい。
 もっとも咲音はそのことを見抜いた上で結婚していたらしいので、たいして気にしていないようだ。
「……それは大変でしたね……」
「いいえ、私が決めたことなので、後悔はしていませんよ」
 いつもの部屋で、琴葉を膝の上に乗せて咲音は微笑んだ。
 大変な人生を送ってきたのですねと、吉野は静かにそう言った。
「ママぁ、何をお話ししてるの?」
「うん。琴葉が産まれる前の話をしてたのよ」
「へぇー」
「……その見抜く能力は……生まれつきなのですか?」
 ずっと気になっていた質問を尋ねる。今までの関わりから、咲音は人の隠していることを見抜く能力があるということ
が分かった。ただなんとなく、そんな非科学的な力を信じたくない自分がいたのだ。
「はい。鳳蓮寺家の女性は、みんなこの力を持っています。本当のことを見抜く力。鳳蓮寺の女性は6歳の誕生日を迎え
ると同時に、その感覚が芽生えます。多少、訓練も必要ですが、年齢を重ねていく事にその力が強くなっていくんです。
そして成人を迎える頃には、その力は完全な物になる……と母から聞かされています」
「……第六感……というやつですか?」
「そう考えるのが自然でしょうね。琴葉も今は普通の女の子ですけど、そのうちこの力が芽生えるでしょう。母親として
この子の側にいて、この能力のことをちゃんと教えなければいけませんしね」
「そうですか………」
 なかなか信じられない話だったが、今までの経験が証拠となっている。
 本当に彼女には、本当のことが見抜けるのだろう。
「……では、私もそろそろ帰りますね」
「まあ、もう少しゆっくりしていったらいいのに」
「いえいえ、そろそろ明日の仕事の準備をしないといけないので、帰らないといけません。それに、鳳蓮寺さんに迷惑は
かけられませんしね」
 席を立って、玄関へ向かう。咲音と琴葉が見送りしてくれた。
「吉野さん」
 咲音が呼びかける。
「はい?」
「その、これから吉野って呼んでも良いですか? そして私や娘のことも、咲音と琴葉と呼んで頂けないでしょうか?」
「え……?」
 思いがけない言葉に戸惑ってしまう。
 相手は富豪の人間。自分とは生きている世界が違うと言っても過言ではない。それなのに気軽に名前など呼んでもいい
ものなのか、分からなかった。
「そう呼んでくださると、私も琴葉も嬉しいです」
「………分かりました。咲音さん、琴葉ちゃん。お邪魔しました」
「また、来てくださいね」
「また来てね♪ 吉野♪」
「まあ、琴葉ったら……」
 自然と空気が和む。ここにいるときだけは、吉野は心から笑えていた。会社でも、家でも、1人でいるときには決して
得られない感情が感じられた。
 そして、それがきっと、今まで自分に欠けていた物なのだろうと、吉野は思っていた。



 翌日、吉野はいつも通り会社に出勤していた。
 いつも通り仕事をこなして帰ろうと思っていたところ、急に上司から呼び出しをくらった。
 無視するわけにもいかないので付いていくと、なんと社長室に案内された。
「失礼します」
 丁寧な態度で中に入る。社長は愛想の良い笑顔で椅子に座っていた。
「おぉ、吉野君。まぁ座ってくれ」
「はい」
 言われるまま席に着き、社長と対面する。
 いったいなぜ呼び出されたのか、検討もつかなかった。
「何か御用でしょうか? 仕事ならミスは無いはずですが……」
「ああ、君の評判は聞いているよ。とても素晴らしいじゃないか」
「はい。ありがとうございます」
 ニコニコとしている社長は、置かれたお茶を飲み干した。
 言葉だけの評価など、まともに受け取る吉野ではない。
「それでね、君にちょっと相談があるんだ」
「はい?」
 また新たな仕事の依頼だろうか……そう思っていた吉野に投げかけた社長の言葉は――――


「君、鳳蓮寺っていう人と関わりを持っているでしょ?」


「……!!!」
「その反応、本当みたいだね。この前、たまたま私の部下が見たらしいんだ」
「……ですから、何でしょうか?」
「いやね、我が社もそろそろ勢力を拡大したいと思っているんだよ。それには少し資金が足りなくてね。どうだろう?
その人に上手く資金を提供してくれるように言ってくれないかな? すぐにとは言わない。まだ親しくないっていうなら
もう少し仲良くなって信用を得てからでもいい」
 社長の顔は、すでに笑っていなかった。
 嫌らしい笑みを浮かべる、悪人の顔になっていた。
「吉野君は優秀だから、友達から金を巻き上げることなんて造作もないでしょ?」
「っ……!」
 心の中で、何かが弾けたような気がした。
「もちろん君にもそれなりのボーナスを用意してあげようとも思ってる。もともと君は平社員程度じゃおさまりきらない
器だからねぇ。どうだろう、一気に私の側近とかやる?」
「……会社のために……鳳蓮寺家を利用しろ……と?」
「利用しろだなんて、吉野君も勘違いが激しいなぁ。我が社のためにちょっと協力してくれればそれでいいんだよ。それ
に鳳蓮寺家と関わりを持ったとなれば、他の大企業にも関わりが持てるしね」
「………………」
「いいだろう? 悪いけど、君に選択肢はないよ。これは社長である私の、会社の決定だ。逆らえば君はこの先、一生、
仕事が出来なくしてあげてもいいよ? あっ、もちろん脅しているわけではないから」
 社長はケラケラと笑いながらそう言った。
 吉野は下を向きながら、歯を食いしばっていた。
 どうしてだろう。胸がムカムカしてくる。拳に力が入る。歯ぎしりを立ててしまう。『怒り』という感情が、体を支配
していくのがよく分かった。だけど、その感情を抑え込もうとは思わなかった。むしろ逆に身を任せようと思った。
 ……選択肢はない……と、社長は言った。
 だがそんな脅しは、彼女にとって無駄な言葉だった。吉野の選択肢は無限に存在し、吉野はずっと、その選択を自由に
選んできた。小さい頃からずっとそうだったのだ。そしてそれは、これからも変わらない。
「……分かりました……」
 吉野は立ち上がった。拳を握りしめたまま。
「おぉそうか。さすが吉野君。君には期待しているよ」
 社長は晴れやかに笑いながら、肩を叩いてきた。
 吉野はその手を掴み、一気にねじりあげる。
「いたたたたたたっ!? 何をする!?」
「見て分かりませんか? あなたの手をねじりあげているんです」
「ぐっ…そういうことじゃない! しゃ、社長である私に手をあげて、どうなってもいいのか!?」
「構いません。あなたのような他人を利用するクズに従っているくらいなら、こっちから辞めてあげます」
 ねじり上げた手を離す。社長は顔を歪めながら、吉野を睨み付けた。
 邪心のこもった目を見ても怖くなかった。咲音や琴葉の優しくまっすぐな瞳の方が、遥かに強く思えた。
 権力を利用した汚い言葉よりも、本当のことを見抜いた上でかけてくれる優しさの方が、遥かに心に響いてくる。
 社長に刃向かう吉野の瞳に、迷いはなかった。
「いいだろう。君には期待していたんだがしょうがないな。望み通り君には辞表を出して貰う!」
「それならもうここにあります」
 吉野は胸の内ポケットから辞表を取り出した。
 いつでも会社を辞められるように、会社に入った頃から準備していた物だった。
「……さすが、用意周到だね……。後悔するなよ、泣いて謝っても、君にはもう居場所なんかないんだからな。人間関係
もまともに出来ない君に、仕事を取ってしまえば君を受け入れる場所はどこにもないんだよ!!」
「構いません。もともと私は1人だったんです。今までもこれからも、ずっと1人で構いません」
 そう吐き捨てて、吉野は社長室を出て行った。



 感情にまかせたまま、荷物をまとめて会社を抜け出す。
 外は土砂降りの大雨だったが、気にしなかった。常備している折りたたみ傘も使わなかった。
 一気に体はびしょ濡れになったが、そんなことどうでも良かった。
「…………………」
 後悔はしていない。ただ、どうしてあんなに怒ってしまったのだろうと思った。普段の自分ならあれぐらい簡単に対処
できるはずだった。社長の気を損ねずに、なおかつ鳳蓮寺家にも迷惑をかけない方法を選んでいただろう。
 だが、出来なかった。咲音を利用とした社長を許せなかった。
 なぜ怒ってしまったのだろう。たまたま近くの公園で知り合っただけの仲のはずなのに……住んでいる世界が違うはず
なのに……ただの……ただ……の……?
「……っ!」
 体が寒さで震えた。
 家に帰ろうと思った。

 だが足は、あの公園に向かっていた。
 いつものベンチに座り、下を向く。
「……?」
 自分でもどうしてここに来たのか分からなかった。早く家に帰って、風呂に入って、服を洗濯して、晩ご飯の準備をし
て、新たな仕事をさがす準備をしないといけない。こんなところにいても何も意味はない。
 分かっているのに、足は動かない。まるで何かを……誰かを待っているように。
 どうして?
 なぜ? 
 分からない……分からない……。
 フェルマーの最終定理の方がまだ分かる。
 今まで経験したことのない感情に、吉野は戸惑っていた。
「ぅぅ……」
 自分の体が冷たくなっていくのがよく分かった。
 小刻みに吉野の体が震え始めて、辛くなっていく。
 風邪を引いたらどこの医者へ行こう。いつもの医者に行った方がいいだろうか。
 いったい、自分はここで何をしているのだろう。
 分からないことだらけだった。
 何がしたいのか、何をして欲しいのか、何もかも、分からない……。





「吉野さん」





 聞こえた声。咲音が、傘も差さずに公園の玄関に立っていた。
 雨で髪が濡れ、服もびしょびしょになっている。息が荒くなっていることから、おそらく走ってきたのだろうと吉野は
思った。
「咲音さん……何を……しているんですか……」
「あなたを見かけて、心配になって家を出てきたんです。その……とにかくウチに……」
「……帰って、ください……」
「え?」
「……これは……私の問題なんです……あなたに情けをかけられる筋合いはありません……! 本当のことを見抜けるな
ら分かるはずです……! 私に……何があったのか……!」
 少し凍えた声で、吉野は言う。
 同時に、どうしてこんなに取り乱しているのだろうと不思議に思った。
「ええ、わかります」
 咲音は少しずつ吉野へ近づきながら、口を開く。
「私の会社は……あなた達を利用しようとした……! なぜか、許せなかった……!!」
「はい。それも、分かっています」
「だったら……放っておいてください……! このまま私と一緒にいれば、また迷惑をかけてしまいかねない!!」
「そんなことありません。私は―――」
「別に私は……独りで生きていけるんです……! 企業を辞めても、仲間がいなくても、居場所が無くても……独りだけ
で生きていける……! ですから――――」
 吉野の震える体を、咲音は抱きしめた。
 互いにびしょ濡れになっていても、咲音の温かさが、吉野に伝わった。
「ぁ……」
「……吉野さん……いいえ、吉野。前にも言ったと思いますけど、私は本当のことが分かるんです。ですから、大丈夫で
すよ。私の前では、強がらなくても……強くあろうとしなくても、大丈夫です」
「……!!」
「完璧な人なんてこの世にいません。今まで沢山、吉野に助けて貰いました。ですから、たまには私や琴葉にも、あなた
を助けさせてください」
「っ……!」
 吉野は咲音を突き飛ばした。
 不意の一撃を喰らった咲音は、雨で濡れている地面にしりもちをつく。
「よ、吉野―――きゃ!」
 その上から、吉野は咲音を押し倒すように覆いかぶさった。
「……同情しないでください……。私は、あなたに情けをかけられる覚えは……ありません……!」
「いいえ、情けではありません」
「だったら―――!」
 言いかけた瞬間、吉野は気づいた。
 咲音のまっすぐで優しい瞳が、こっちに向いていることを。
「っ!」
 胸に何かがこみ上げてくる。怒りとは別の……いや、それよりもっと苦しいような、切ないような、そんな何かが。
 一瞬だけだが、吉野の視界がぼやけた。瞳に溜まっていたものが、溢れ出してきている証拠だった。
「どうして……そんな優しい瞳をするんですか……!」
 吉野が体をどけた。
 咲音は倒れた体を起き上がらせて、再び、吉野を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
「ぅぅ……ぅっ……!」
 吉野は初めて、人前で泣いた。
 涙がこんなにポロポロ出るということを初めて知った。
 他人の心が、他人の体が、こんなに温かいことを初めて知った。
 自分にこんな感情があったことを初めて知った。降り注ぐ雨が、こんなに冷たいと初めて知った。
 咲音がこんなに優しいことを初めて知った。

 そして、自分に何が足りていなかったのか、ようやく分かった。
 それは、辛いときや苦しいときに、支えてくれる誰かがいる、大切な居場所。
 それが自分に足りない物であり、そして自分が心の底で最も欲しいと願っていた物だと、やっと分かった。
「ふふっ、私も吉野もびしょ濡れですね。屋敷に、行きましょう?」
「…ぐすっ…………はい………!」

 ―――20年以上、吉野の心に空いていた穴が、ようやく塞がった―――。






 それから吉野は、様々な仕事に就職しようとした。
 だが面接に言った途端、自分の顔を見るやいなや面接官が嫌そうな顔をするようになっていた。
「えーと、吉野さん……残念ながら……あなたは通すわけにはいきません」
「……そうですか……」
 言われなくても分かっていることだった。
 あの社長の圧力が掛かっている。とことん自分を再起させないつもりなのだ。
「……分かりました。落として貰って構いません。失礼しました」
 あくまで堂々とした態度は崩さずに、吉野は面接会場を出て行った。
「これで30個目ですか……」
 溜息はあまりつきたくないのだが、どうしても出てしまった。
 やれやれ……というところである。

 帰り道につく。
 するといつも通りかかる公園で、咲音と琴葉は遊んでいた。よく見ると近くの木の陰にはボディーガードが数人隠れて
いる。今まで気づかなかったが、こうして二人は身を守っていたのだろう。
「あ! 吉野だ♪」
 琴葉が無邪気な笑みを向ける。
 咲音も静かに微笑んで、温かく迎えてくれた。
「……また……駄目だったんですね……」
「ええ。仕方ありません、あの社長もメンツというものがあるのでしょう」
 いつものベンチに座って話す。
 琴葉は咲音の膝の上に座り、あやとりをしていた。
「いつになったら就職できるんでしょうね……」
「……すみません。鳳蓮寺には未来を見抜く力はないんです……」
「分かっています。それにこれは私の問題。咲音が気に病むことではありません。こうして話を聞いてくれるだけで助か
っているんです」
「ですけど元は言えば……私があなたを頼ってしまったから――――」
 暗くなりかけていた咲音の額を、吉野は軽く叩く。
 少し呆気に取られた表情をしながら、咲音は叩かれた箇所を抑えた。
「私は後悔していません。むしろ感謝しているくらいです。私の居場所をあなたは与えてくれた。ずっと心の底で願って
いたことを叶えてくれた……。もっとも、そんな私の気持ちくらい、咲音ならとっくに分かっているのでしょう?」
「……ふふっ、吉野先生には敵わないわね」
「なっ、だからその呼び方は――――」
「まんざらでもないって、思っているんでしょ?」
「……! まったく、困った生徒さんです」
 何の変哲も無い、些細で、普通の会話。だが吉野は、この空間が好きだった。咲音がいて、琴葉がいる。それが本当の
自分でいられる場所だと実感できていた。
 願わくば、ずっとこの空間にいたい。こうして公園で遊んで話して、咲音の家に行ってお茶をして……。
 もし、叶うのなら―――
「!!」
 ふと頭に、とんでもない考えが浮かんでしまった。
 すぐにその思考を停止する。咲音にそんな自分の考えを見抜いて欲しくなかった。それを知られたら、咲音がいなくな
ってしまうような気がした。せっかく見つけた居場所が無くなってしまうような気がした。
「吉野……どうしたの?」
 琴葉が首をかしげて、心配そうに見つめてくる。
 もうすぐ彼女は5歳の誕生日。あともう1年経てば、彼女は咲音と同じ力を持つことになるのだろう。
「なんでもないよ。琴葉ちゃん」
「ママぁ、ホント?」
「残念だけどウソね」
 咲音は微笑みながらそう言った。
「駄目だよ吉野。ママにウソついちゃ」
「……さ、咲音……ご、誤解しないでください……私は……」
 顔を合わせられなかった。咲音の顔を見るのが怖かった。
 鳳蓮寺を利用しようと勘違いされてしまうのが怖かった。
 咲音達がいなくなってしまうのが、怖かった。
「……心配しなくても、本当のことは分かっています。よく考えれば、それが一番いいのかもしれません」
「え……?」
 咲音はいつもの優しい笑みを向けてくれた。

「私からお願いします。吉野、鳳蓮寺の……私達の執事になってくれませんか?」

「……!! い、いいんですか……?」
「もちろん。断っておきますけど、決して同情ではありませんよ。私は、親友として、あなたがずっと側にいてくれたら
嬉しいです。琴葉もどう? 吉野と一緒に暮らさない?」
「吉野も一緒に住むの? えへへ、楽しそう♪ ねぇ吉野、一緒に住もうよ♪」
「琴葉ちゃん……」
「この子もそう言っていることですし、是非来てください。なんなら今から一緒に行きましょう」
 咲音と琴葉は立ち上がり、手を差し伸べる。
 今まで誰かに手を差し伸べられる経験のない吉野は、少し戸惑いながらもその手をとった。
 左手には温かくて優しい手。右手には小さくて温かい手。

「一緒に行きましょう吉野」

「………はい」
 吉野は立ち上がり、二人の手に引かれて歩き出す。
 この大切な居場所を、3人で笑っていられる居場所を守りたい。たとえ自分がどんなに傷つこうとも、咲音や琴葉だけ
は守ろう。自分に大切な居場所を与えてくれた二人だけは、守り抜こう。
 咲音に気づかれないことを祈りながら、吉野は心に、そう誓った。





 鳳蓮寺家に案内されて、吉野は何をすればいいのか尋ねた。
 咲音は吉野のあまりの真剣さに困りながらも、仕事の内容を教えた。家の掃除や他の富豪との会食の取り決め、その他
様々なことをするらしい。
「あまり1人でやろうとしないでくださいね?」
「大丈夫です。これぐらい1人で出来ます」
「……たしかに吉野は1人でやれる能力をもっています。ですけど、私はあなたを利用するために執事にしたんじゃあり
ません。ただ唯一の友人と一緒に暮らしたいから、私は………」
 咲音が心配そうに言う。
 吉野は笑って、答えた。
「すいません。今までずっと仕事をしてきたので、何かしていないと気が済まないんです。それに1人でなんかやりませ
ん。咲音と、琴葉ちゃんと一緒にやりたいと思っています」
「……それなら良かったです。じゃあ、一緒に頑張りましょうか吉野先生」
「だ、だから、その呼び方は……!!」
「ママぁ、何をお話ししてるのぉ?」
「吉野先生は、ママや琴葉と一緒にお仕事してくれるんだって」
「わたしもお仕事していいの? 邪魔じゃない?」
「ええ。ママも吉野も大歓迎。一緒に頑張りましょう」
「うん♪」
 琴葉の笑顔につられて、吉野も咲音も笑顔になった。
「咲音、その……不躾がましいのですが……」
「執事としての服ですか? そこまでしなくてもよろしいのに……」
「私はカタチから入る人間なんです」
「ふふっ、じゃあこちらへ」
 案内されたのは衣装部屋だった。とても日常生活では見られない服の数々が並んでいる。
 ドレスのような物も多くて、主にパーティなどで着込む用の物だろう。
「じゃあ、まずはこれを着てください」
「え……?」
 用意されたのは、メイド服だった。
「こ、これを……着ろと……?」
「嫌なんですか?」
「……い、いや、分かりました」
 早速試着してみる。
 フリルまできちんとついているメイド服を着ている吉野を見ながら、咲音と琴葉は笑いを堪えていた。
「に、似合って……ふふっ…似合ってますよ……ふふふ……」
「う、うん……はは……あははははは!」
「こ、こら琴葉……ふふふっ……!」
「………わ、笑わないでください……。ほ、他に服は無いんですか!?」
「ふふふっ、ごめんなさい。じゃあこっちのスーツにしましょう」
 そうして次に用意されたのが、真っ黒なスーツだった。
 すぐにメイド服を脱いでスーツに着替える。会社に勤めていたせいか、こっちの方が妙にしっくり来る気がした。
「うわぁ〜吉野カッコイイね♪」
「ふふ、そうね。ぴったりで良かった」
「じゃあ、早速やりましょうか」
「はい、先生」
「はい、センセイ」


 こうして吉野の新しい生活が始まった。
 今まで住んでいたアパートを出て、鳳蓮寺の家に住み込みで働くことになった。何度か行ったことのある家だったのだ
が、改めて住んでみると広い屋敷である。こんなところにたった2人で住んでいたのだ。それが幸せなのか、不幸せなこ
となのか、吉野には分からない。
 咲音が言うには、この鳳蓮寺家では執事やメイドとして雇う条件が3つあるらしい。
 1つ目は上司に従うこと。2つ目は咲音に善人だと判断されること。3つ目は主人と楽しく生活できること。それらが
出来なければ、雇わないと咲音は決めているようだ。
「……私は、その条件を満たせているのでしょうか?」
「ふふっ、吉野は私の親友なんですから、条件は100%オールクリアです。琴葉ももう少ししたら、善悪の区別が出来
るようになるでしょう。あの子が善い人だと判断した人がいたら、是非とも執事になって欲しいですね」
「……だとしたら、その人は私の部下になる……というわけですか」
「あら、だとしたらきっとその人は、大変になるでしょうね」
 咲音は笑って、そう言った。


 それから、様々な仕事をしていった。
 今までの仕事では感じられることがない充実感があるので、やりがいもある。
 執事として会食の管理や屋敷の掃除は大変だが、吉野にとって何よりもかけがえのない時間だった。
「今日もお疲れ様、吉野」
 大浴場で、咲音が言った。
 仕事も一段落して、咲音と琴葉と吉野は3人で風呂に入っていた。必ずというわけではなかったが、ほぼ毎日、こうし
て3人は一緒に一日の疲れを癒している。
「ありがとうございます。奥様、お嬢様、湯加減はいかがですか?」
「良いお湯ですよ……って、3人の時は咲音、琴葉と呼んでください」
「す、すいません……つい……」
「もう、吉野って器用なのに、不器用ね」
「そ、そんなことはありませんよ咲音。私は器用で有名だったんですから」
「ママぁ、ホント?」
「半分ホント、半分ウソってところね」
「……!! まったく……そろそろあがりましょう。のぼせてしまっては大変です」
「「はーい♪」」
 まるで子供のように笑う咲音と琴葉。吉野はやれやれと思う一方で、この空間が好きだった。
 表向きには執事と主人という関係でも、心の内で吉野と咲音は親友の関係だ。琴葉も他人の娘とは思わず、まるで自分
の娘のように、仕事ばかりの父親に代わって愛情を注いだ。
 一緒に生活し、心が満たされていく感覚。吉野はそれがたまらなく好きだった。



 そんな生活が2年ほど続いたある日、転機はやって来た。
 琴葉が寝静まった頃、吉野は咲音に部屋に呼ばれた。いつになく真剣な表情だったので、深刻な話だと思った。
「……あなたがここに来て、2年ですね……」
「そうですね……」
 この2年で、吉野は執事として大きく成長していった。最初は大変だったと思われた家の掃除もすぐに終わるようにな
ったし、咲音も料理や家事、裁縫など、母親として大きく成長していた。琴葉も鳳蓮寺の力を目覚めさせて、初見の人間
の善悪の判断がつくようになっていた。ムラはあるが、他人がウソをついているかホントのことを言っているかの区別も
できるようになってきている。
「いつだったか、強盗が押し寄せてきたときは大変でしたね……」
「ええ……」
「たしか大体の敵をあなた1人で倒して、警察につきだしたんでしたね……」
「そうでしたね……そろそろ本題に入りましょう咲音。何か、私に言うべきことがあるんでしょう?」
 我慢しきれずに、吉野は口を開いた。
 解雇するならそうするって素直に言って欲しかった。仮にも2年間、自分は最高の時間を過ごすことが出来た。それだ
けで十分だ。それを糧にして生きていける自信がある。
 だから素直に、包み隠さずに言って欲しかった。
「解雇の話ではありません。どちらかというと、私と琴葉の問題になります」
 見透かしたように咲音は言った。
「何があったんですか?」
「実は先日、夫から電話があったんです。私の、鳳蓮寺の能力が必要な仕事があるかもしれない。来てくれないかという
ことです」
「そんな……! いくら夫とはいえ、身勝手すぎませんか?」
「……吉野、断っておきますが、夫は私達を見向きしないだけで、私達を大切に想ってくれているんです」
「……? どういうことですか?」
「……今はまだ、教えられません。とにかく私はこれから、夫の元へ協力に行きたいと思います。なので吉野、お願いが
あります。私が帰ってくるまでの間、琴葉を守ってくれませんか?」
「……!! 連れて行くわけには、いかないんですか?」
「残念ですが駄目です……。私なら大丈夫です。必ず帰ってきます。1週間に1度は連絡もします。ですから……お願い
します……!!」
 咲音が深々と頭を下げた。ポタポタと涙が落ちているのが見えた。
 こんな態度、今まで1度も見たことはなかった。それほど深刻な想いなのだろう。
 そしてそれほどの想いを打ち明けてくれた咲音を、吉野は見捨てたくなかった。
「……分かりました。もともと私はあなた達の執事。ご命令をいただければ、何なりとやってみせましょう」
「吉野……ごめんなさい……」
「謝らないでください咲音。完璧な人間なんてこの世にありません。ですから、私にも助けさせてください」
「もう……それ、私の台詞です……!」
「そうでしたね。とにかく、私に任せてください。あなたが帰ってくるまで、お嬢様を……琴葉を守り抜きます」
「ありがとう……吉野……」
 二人は互いに抱き合った。互いの想いを確かめるように、互いの温かさを感じられるように……。
 咲音は必ず帰ってくることを誓い、吉野は必ず琴葉を守ることを誓った。


 そして咲音が出発する当日、琴葉に説明はしてあったらしく、見送りに二人は玄関に立っていた。
「ごめんね琴葉。ママはちょっと出掛けてくるね」
「ママ……絶対、帰ってきてくれる?」
 琴葉は潤んだ瞳で咲音を見つめる。
 咲音はいつもの笑顔で、琴葉の頬を撫でた。
「もちろん。絶対に帰ってくるよ。ママがいない間、琴葉には吉野がいてくれる。だから大丈夫よ」
「じゃあママ……指切り……して……?」
「うん。いいよ」
 咲音と琴葉は互いに小指を出して、交わらせた。
「「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたら針千本のーます」」
「……じゃあ、行ってくるね。あ、琴葉、最後に大事なことを教えてあげるね」
「なぁに?」

「私達は本当のことが分かる力がある。だから、あなたはいつも真っ直ぐでいてね」

「……???」
「ふふっ、今は分からなくてもいいよ。じゃあ、行ってくるね」
「うん! 行ってらっしゃい!」
「吉野……お願いしますね」
「はい!」
 そして咲音は行ってしまった。
 見送ったあと、琴葉は吉野に抱きついた。

「吉野……吉野は……どこにも行かない?」

 潤んだ瞳で訴える琴葉に、吉野は優しく微笑みかけた。
 頭を撫でて、そのあと抱きかかえる。
「大丈夫ですよお嬢様。私はずっと、あなたの側にいます。そしてあなたを必ず守ります」
「マモル……? マモルってなぁに?」

「……大切な人が、いつまでも笑っていられるようにすることです」

「そっか♪ じゃあ吉野も私が守ってあげるね♪」
「……そうですか。じゃあお互い頑張りましょう」
「うん!」
 そして、二人の生活が始まった。
 それから数ヶ月、一緒にお風呂に入ったり勉強したり、互いに絆を深めていった。
 武田という手の掛かる男も執事になった。琴葉の能力も、少しずつだが成長していった。


 そして、牙炎が現れて琴葉は意識不明になった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「私は、咲音と約束しました。お嬢様を守ると。そして私も、私自身の居場所を守るために戦います。誇りも命も、何を
捨ててでも、私は琴葉を守るために戦います。そして……彼女が助かったら……その時は……」
「……何を……するつもりなの……?」
「……北条牙炎を殺します。そして……私も……」
「そ、そんな……!!」
 吉野の目は悲しみに満ちていたが、本気だということが感じ取れた。
 その琴葉が助かったら、彼女は……消えるつもりなのだ。
「牙炎が何をしようとしているのか、それがどれだけ罪なことなのか分かっています。朝山香奈を犠牲にしたところで、
琴葉が助かるとは限りません。ですがどのみち、私は消えます。お嬢様を守れず、牙炎に従い、他人を犠牲にし、そんな
私では、お嬢様の側にいる資格はありません。そしてお嬢様の側にいなければ、私に居場所はありません。だからせめて
お嬢様の笑顔を汚す者だけでも倒して消えます」
「そんな……! あなたはそれでいいの!?」
「……いいんです。私はもう、十分すぎるくらいの幸せをもらいました。それだけで、十分なんです」
「そんな――――」
「他に方法もありません。朝山香奈を、他人を犠牲にした私に、咲音も琴葉も同じ笑顔を向けてくれないでしょう。言葉
で説得しようとしても無駄です。武田と違って、私の覚悟に揺るぎはありません。そこをどいてください。おおかた今頃
朝山香奈と一緒に中岸大助が逃亡しているところでしょう。あちらの部屋が騒がしくなりましたからね」
「……!!」
「私はこれから中岸大助を倒します。そして朝山香奈を北条牙炎に渡します。そして琴葉を救います。私は、自分の守り
たい者のために戦います。あなただって、そのためにここに来たのでしょう?」
「そ、それは……!!」
 薫は言葉に詰まってしまった。
 ここを退くわけにはいかない。だけど彼女と戦うことなんて……そんなこと……。


《薫、聞こえるか?》


 通信機から佐助さんの声が聞こえた。
《話は聞かせて貰った。戦うことを、迷うな》
「で、でも……」
お前は、お前が守りたいもののために戦え
「佐助……さん……!」
 通信はそこまでだった。
 薫は大きく深呼吸をして、吉野を見つめた。
「戦う気があるなら剣を握りなさい。戦う気がないなら立ち塞がらないでください。綺麗事の願いなどで、他人の覚悟を
踏みにじらないでください」
 吉野の鋭い視線が届く。だが薫も、強い目で視線を返した。
「たしかに、綺麗事かも知れないよ。でも自分で決めたことを、自分で曲げたくないんだよ!」
「そうですか……では、戦うしかありませんね」
「うん。私は、みんなを守るために、戦う!」
 薫は腕のデュエルディスクを展開する。
 これ以上、戦闘をしても意味がない。
 決着をつけるために、想いを伝えるために、決闘するしかないのだ。
「いいでしょう。では……始めましょう」
 自動シャッフルがなされて準備が完了する。
 互いに視線を交わして、二人は、叫んだ。



「「決闘!!」」



 薫:8000LP  吉野:8000LP



 決闘が、始まった。




episode28――いつだって、どんなときだって――

「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動します!」
 吉野が決闘開始と同時に叫ぶ。
 それに対して、薫も同じように叫んだ。
「私だって、デッキからフィールド魔法を発動するよ!!」
 吉野のデュエルディスクからは闇が、薫のデュエルディスクからは光が溢れ出す。
 光と闇は互いに打ち消しあい、普段の決闘と変わらない状況を作り上げた。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。


 幻覚を見せる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、モンスター1体の攻撃を無効にすることが出来る。


「なるほど……情報には聞いていましたが、本当に闇の世界が使用不可能になるのですね」
「そうだよ。これで、お互いに実力だけの真剣勝負だよ!」
「そうですか。では致し方ありませんね」

 吉野のデュエルディスクに赤いランプが点灯した。
 先攻は吉野からである。
「私のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 手慣れた様子でカードを引く吉野は、自身の手札を見つめて考え込んだ。
 薫はそんな彼女を見ながら、自身の戦略を組み立てていく。
「一気に決めさせてもらいます。私はデッキワンサーチシステムを発動します」
 吉野はデュエルディスクのボタンを押して、カードを引き抜いた。(手札6→7枚)
 最初のターンでのデッキワンサーチシステムの発動。
 あまり見ない戦術に不信感を抱きながらも、薫はルールによってカードを引いた。(手札5→6枚)
「そして私は、カードを3枚伏せて、ターンエンドです」
 7枚のうちの3枚を伏せて、吉野はターンを終えた。
 そのうちの1枚は当然、香奈を破ったデッキワンカードである。


 そしてターンは、薫へ移行した。


「私のターン、ドロー!!」(手札6→7枚)
 薫はカードを引くと、すぐさま行動に移った。
「手札から"レスキュー・キャット"を召喚だよ!」
 戦いの場に、ヘルメットを被った小さな猫が現れた。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「……なるほど。シンクロ召喚ですか……」
「そうだよ! "レスキュー・キャット"の効果発動。このカードをリリースしてデッキから"X−セイバー エアベルン"
と"N・ブラック・パンサー"を特殊召喚!!」
 薫の場にいる子猫が笛を吹き鳴らすと、颯爽と2体の獣が姿を現した。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 N・ブラック・パンサー 闇属性/星3/攻1000/守500
 【獣族・効果】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する事ができる。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカードはエンドフェイズ時まで選択したモンスターと同名カードとして扱い、
 選択したモンスターと同じ効果を得る。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「シンクロ召喚はさせません!」
 吉野はその瞬間、伏せカードを開いた。


 不協和音
 【永続罠】
 お互いのプレイヤーはシンクロ召喚をする事ができない。
 発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを墓地へ送る。


 途端に辺りに、奇妙な音が鳴り響き始めた。
「これで3ターンの間、あなたが得意であろうシンクロ召喚は不可能になりました」
「……シンクロ召喚対策のカード……か……」
 薫は少し考え込んだあと、次の行動に移った。
「じゃあバトルだよ! エアベルンで吉野さんへ攻撃!!」
 鋭い爪を持った獣が、吉野へ飛びかかった。
「そんな攻撃を、通すわけにはいきません!」
 吉野は素早くカードを発動する。すると場にボロボロのかかしが現れて、獣の爪を主人の代わりに受けた。


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「これでエアベルンの攻撃を無効にしました。よって、手札破壊の効果も発動しません」
「……! だったらブラックパンサーで攻撃だよ!!」
 今度は漆黒の豹が吉野へ飛びかかり、鋭い爪で引き裂いた。
「くっ……!!」

 吉野:8000→7000LP

「やりますね……ですがこのターンのエンドフェイズ時、その2体のモンスターは破壊されます」
「うん……私はカードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」
 薫のエンドフェイズの宣言と同時に、2体の獣が眠るように倒れ、姿を消した。

 X−セイバー エアベルン→破壊
 N・ブラック・パンサー→破壊

 そして同時に、吉野は密かに勝利を確信した。

------------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札4枚
------------------------------------------------------
 吉野:7000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚(そのうち1枚は"くず鉄のかかし")
   不協和音(永続罠)

 手札4枚
------------------------------------------------------

「私のターン、ドロー……残念ですが、もう終わりです」(手札4→5枚)
「……どういうこと?」
「こういうことです。伏せカード発動!!」
 吉野の伏せておいたカードが開かれる。
 すると吉野の場に、不気味な魔法陣が描かれた。


 封印解放の術式
 【永続罠・デッキワン】
 「封印されし」と名のつくモンスターが5枚入っているデッキにのみ入れることができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札から任意の枚数墓地に捨てることができる。
 そうした場合、捨てた枚数だけデッキからカードを選択して手札に加えることが出来る。
 そして、自分は手札に加えた枚数×1000ポイントのダメージを受ける。
 このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地から
 「封印されし」と名のついたモンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、リリースできず、手札に戻ることはできない。


「これで……………」
 言いかけた時、吉野は気づいた。
 薫の口元に、わずかな笑みが浮かんでいることを。
「やっぱりね。そうだと思ってたよ!」
 対する薫もカードを発動していた。


 ダスト・シュート
 【通常罠】
 相手の手札が4枚以上の場合に発動する事ができる。
 相手の手札を確認してモンスターカード1枚を選択し、
 そのカードを持ち主のデッキに戻す。


「……!!」
「最初のターンにデッキワンサーチシステムを発動する。手札を4枚残してる。相手の行動を防ぐ。手札破壊を嫌がって
いた……。だからあなたの使うデッキワンカードは、エクゾディア専用のデッキワンカードだと思ったんだ」
 堂々とした態度で、薫は言う。
 吉野は少し険しい表情になって、敵である薫を見据えた。
「……このカードの情報を……知っていたのですか?」
「うん。本社ではまだ全部のデッキワンカードの情報を明かしていないけど、危険性のあるデッキワンカードくらいなら
関係者は知っているんだ」
「なるほど……少し甘く見ていたかも知れませんね」
「"ダスト・シュート"の効果だよ。手札を見せて」
「……どうぞ」
 効果に逆らうわけにもいかないので、吉野はしぶしぶ手札を公開した。

・ライオウ
・封印されし者の右腕
・エンジェル・ソング
・ナチュラル・チューン
・異次元からの埋葬

「じゃあ……"封印されし者の右腕"をデッキに戻して」
「くっ……」
 吉野は仕方なくエクゾディアパーツをデッキに戻してシャッフルした。
 同時に、彼女の3ターンキル戦術は破られたことになった。
 だが吉野は態度を崩さずに、手札のカードに手をかけた。
「手札から"ライオウ"を召喚します」


 ライオウ 光属性/星4/攻1900/守800
 【雷族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。


 場に、雷を操るモンスターが現れる。体から迸る電流の音が、戦いの場に緊張感を与えた。
 吉野は薫を見つめながら、改めて気持ちを引き締める。
 今まで戦ってきた相手とはまるで違う。初見で自分の持つデッキワンカードを見破り、かつ対応してきた。少しでも隙
を見せれば、やられてしまうだろう。
 手札は残り3枚。ライオウの効果によって、自身もカードはサーチできなくなってしまった。
 だがそれよりも、薫のシンクロ召喚の方が脅威だと吉野は判断した。いくら"不協和音"によってシンクロ召喚を封じて
いたとしても、所詮は3ターンだけのこと。それがすぎれば、相手は自由にシンクロ召喚を行える。ライオウならば、そ
のシンクロ召喚を止めることができる。また、攻撃力1900であるため壁としても運用できる。このカードで相手を牽
制しつつ、戦えばいい。もちろん、このカードだけで押し切れるとは考えていない。何らかの方法で、ライオウを破壊し
てくるだろう。だがその頃には、自身も手札がたまっているはず。デッキワンカードの効果で、エクゾディアをサーチす
ればいいのだ。
「このモンスターがいるかぎり、サーチはできません。ですが、得意のシンクロ召喚も1度だけ止められますよ」
「……そうだね。でも、負けないよ!」
「バトルです!!」
 がら空きの場に、吉野は攻撃宣言する。
 強烈な雷が、薫の身を焼いた。
「うっ…うぅ……!」

 薫:8000→6100LP

 ライフが削られて、薫が苦痛の声をあげる。
 だがその瞳には、強い力が宿っていた。
「私はこのまま、ターンエンドです。」

------------------------------------------------------
 薫:6100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札4枚
------------------------------------------------------
 吉野:7000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃)
   伏せカード1枚("くず鉄のかかし")
   不協和音(永続罠)
   封印解放の術式(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------------

「私のターン! ドロー!!」(手札4→5枚)
 薫はカードを引き、戦術が破られたことに少しも動揺していない吉野を見つめた。
 たまたま"ダスト・シュート"を引けたから負けることはなかったけど、一歩間違えれば負けていた。
 彼女は、今まで戦ってきた敵とはまるで違う。心してかからないといけないと思った。
「私はモンスターをセットして、ターンエンドだよ!」
 さっきの"ダスト・シュート"で相手の手札は分かっている。
 早急に対策するカードがあるわけでもないから、勝負は次のターンである。


 そしてターンは吉野に移った。


「私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 自然と吉野の手札へと注目がいく。吉野からすれば自分の手札を5枚に出来れば即勝利。だが手札が5枚になるまで待
っていられるほどの相手ではない。薫からすれば何らかの方法で相手のデッキワンカードを除去できれば勝利が近づく。
だが相手の手札が5枚になれば即敗北。
 お互いにまったく気の抜けない状況なのだ。
「……バトルです! ライオウでセットモンスターへ攻撃!!」
 雷が薫のモンスターを遅う。
 リバースしたモンスターは――――


 ライトロード・ハンター ライコウ 光属性/星2/攻200/守100
 【獣族・効果】
 リバース:フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
 自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


「しまった……!!」
「この効果で私は、あなたの場にある"不協和音"を破壊するよ!!」
「っ……!?」
 雷が薫のモンスターを飲み込んだ瞬間、一筋の光が放たれて吉野のカードを貫いた。

 ライトロード・ハンター ライコウ→破壊
 不協和音→破壊

「さらにライコウの効果で、デッキの上からカードを3枚墓地に送るよ!」
 その光が薫のデッキを覆い、3枚のカードを取り除いた。

・魔轟神獣ケルベラル
・チューニング・サポーター
・ボルト・ヘッジホッグ

「なぜ"封印解放の術式"を狙わなかったのですか?」
「きっと、次のターンになれば分かると思うよ」
「……ではカードを1枚伏せて、ターンエンドです」
 吉野は険しい表情のまま、ターンを終了した。

------------------------------------------------------
 薫:6100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札4枚
------------------------------------------------------
 吉野:7000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃)
   伏せカード2枚(1枚は"くず鉄のかかし")
   封印解放の術式(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------------

「私のターンだよ! ドロー!!」(手札4→5枚)
 引いたカードを手札に加えて、相手の場を見つめる。
 シンクロ封じのカードは破壊できた。チャンスがあるとすれば、間違いなくこのターンしかない。
「いくよ!! 手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚!!」
 薫の場に、機械の龍が出現した。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「……その特殊召喚は、無効にしません」
 ライオウの効果で、特殊召喚を無効にして破壊することは出来る。
 だが相手はシンクロデッキ。サイバー・ドラゴンよりも強力なモンスターはエクストラデッキに潜んでいる。
 ここでライオウの効果を無駄打ちするわけにはいかない。仮にこのまま攻撃されても、場には"くず鉄のかかし"がある
ため、攻撃は防ぐことが出来る。
「じゃあ私は"ジャンク・シンクロン"を召喚するよ!! 効果で墓地から"魔轟神獣ケルベラル"を特殊召喚!!」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 魔轟神獣ケルベラル 光属性/星2/攻1000/守400
 【獣族・チューナー】
 このカードが手札から墓地へ捨てられた時、
 このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


「そしてレベル5の"サイバー・ドラゴン"にレベル2の"魔轟神獣ケルベラル"をチューニング!!」
 光の輪が出現し、2体のモンスターが同調する。
 辺りに薔薇が舞い始めて、その中から赤い荊の龍が現れた。
「シンクロ召喚!! 出てきて! "ブラック・ローズ・ドラゴン"!!」


 ブラック・ローズ・ドラゴン 炎属性/星7/攻2400/守1800
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、
 フィールド上に存在するカードを全て破壊する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する植物族モンスター1体をゲームから除外する事で、
 相手フィールド上に存在する守備表示モンスター1体を攻撃表示にし、
 このターンのエンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。


「それは……止めないといけませんね。"ライオウ"の効果によって自身をリリースして"ブラック・ローズ・ドラゴン"の
召喚を無効にします!」
 吉野の場にいるモンスターから雷が弾けて、赤い荊の龍を襲う。
 互いのモンスターの体には強烈な電気が流れ、活躍することもなく破壊されてしまった。

 ライオウ→墓地
 ブラック・ローズ・ドラゴン→破壊

「"ブラック・ローズ・ドラゴン"のシンクロ召喚が目的でしたか。残念でしたね」
「まだだよ! "リミット・リバース"を発動!!」
「!?」


 リミット・リバース
 【永続罠】
 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「この効果で墓地から"レスキュー・キャット"を特殊召喚! 効果で自身をリリースして、デッキから"デス・コアラ"と
"デス・ウォンバット"を特殊召喚!!」
 再び現れた白い子猫に呼ばれて、新たなモンスターが姿を現した。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


 デス・ウォンバット 地属性/星3/攻1600/守300
 【獣族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 コントローラーへのカードの効果によるダメージを0にする。


 レスキュー・キャット→墓地

「レベル3の"デス・コアラ"と"デス・ウォンバット"に、レベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング!」
 3体のモンスターが同調する。
 途端に辺りを冷気が包み、氷の柱が立った。
 そしてその氷の中から、氷を司る最強の龍が姿を現す。
「シンクロ召喚!! 出てきて! "氷結界の龍 トリシューラ"!!」
 薫の声に答えるように、氷の龍は雄叫びを上げた。


 氷結界の龍 トリシューラ 水属性/星9/攻2700/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手の手札・フィールド上・墓地のカードを
 それぞれ1枚までゲームから除外する事ができる。


「これは……!!」
「私の狙いは、最初からこっちだよ! いっけー!! トリシューラ!!」
 氷の龍から3本の氷柱が放たれる。
 1本は吉野の場にあるデッキワンカードを貫き、他の2本は墓地のモンスターと手札のモンスターを氷結させた。

 封印解法の術式→除外
 ライオウ→除外
 封印されし者の左足→除外
 吉野:手札3→2枚

「前のターンにも、エクゾディアパーツを引いていたんだね……」
「……………………」
「これで、完璧にあなたの戦術は封じ――――」
 言いかけた瞬間、薫の背筋に悪寒が走った。
 吉野の雰囲気が若干、変わっていた。
「なるほど。たしかにあなたは、今まで戦った相手の中で一番強いかも知れません。そして……私の戦術を破った最初の
人間です。ですが……私の戦術がこれだけだと思いましたか?
「え?」
「さぁ、どうしますか。このまま攻撃しても"くず鉄のかかし"で防ぎますが……?」
「…………」
 薫は手札を見つめながら考え込んだ。吉野の言っている言葉がハッタリには思えない。
 かといって、パーツもデッキワンカードも除外されている状況で、他に戦う術があるのだろうか。
 ……考えても始まらない。ここは相手の出方を見るべきだと、薫は思考にケリをつけた。
「私は……ターンエンドだよ」

------------------------------------------------------
 薫:6100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   氷結界の龍 トリシューラ(攻撃)
   リミット・リバース(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------------
 吉野:7000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札2枚
------------------------------------------------------

「私のターンです……ドロー!」(手札2→3枚)
 吉野はカードを手札に加え、薫を見据えた。
「私達、鳳蓮寺家の執事は……お嬢様からカードをもらっています。あなたに話したとおり、私は咲音と琴葉に仕えてい
ました。よって二人から、カードを授かっています。これから使うカードは、それらのカードです」
「……!?」
「手札から魔法カード"異次元からの埋葬"、そして伏せておいた永続罠"エンジェル・ソング"を発動します」


 異次元からの埋葬
 【速攻魔法】
 ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、そのカードを墓地に戻す。


 エンジェル・ソング
 【永続罠】
 このカードの発動時、除外されている魔法・罠カードはすべて墓地に戻る。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 自分フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターのレベルは1つ上がる。


「二つの効果で除外されている"封印されし者の左足"、"ライオウ"、"封印解放の術式"を墓地に戻します」
 2枚のカードの力によって、吉野の除外されているカードが戻ってきた。

 封印されし者の左足→墓地
 ライオウ→墓地
 封印解放の術式→墓地

「そして"封印解放の術式"のもう一つの効果を発動します
「それって……」
「そうです。このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地からエクゾディアパーツをすべて場に特殊召喚
します!」


 封印解放の術式
 【永続罠・デッキワン】
 「封印されし」と名のつくモンスターが5枚入っているデッキにのみ入れることができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札から任意の枚数墓地に捨てることができる。
 そうした場合、捨てた枚数だけデッキからカードを選択して手札に加えることが出来る。
 そして、自分は手札に加えた枚数×1000ポイントのダメージを受ける。
 このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地から
 「封印されし」と名のついたモンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、リリースできず、手札に戻ることはできない。



 吉野の地面に、再び不気味な魔法陣が描かれる。
 その魔法陣が光り輝き、召喚神の肉体の一部達を呼び出した。
 さらに場に響く天使の歌声が、その肉体の星を上げる。


 封印されし者の右腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の右足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されしエクゾディア 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 このカードに加え、「封印されし者の右足」「封印されし者の左足」「封印されし者の右腕」
 「封印されし者の左腕」が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する。


 封印されし者の右腕:レベル1→
 封印されし者の左腕:レベル1→
 封印されし者の右足:レベル1→
 封印されし者の左足:レベル1→
 封印されしエクゾディア:レベル3→

「一気に5体のモンスターを特殊召喚……!」
「ええ。そして私の手札を見たあなたなら、もう分かりますよね? 手札から"ナチュラル・チューン"を発動します。
この効果で"封印されし者の右手"をチューナーにします」


 ナチュラル・チューン
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4以下の通常モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限りチューナーとして扱う。


 封印されし者の右手:通常モンスター→チューナーモンスター

「まさか……シンクロ召喚……!?」
「正解です。これが咲音からもらった私の最初で最後、そして最高の切り札です。レベル2となったエクゾディアの四肢
とレベル4となったエクゾィアの頭部をチューニング!!」
 銀色の光の輪が出現する。
 エクゾディアパーツすべてが同調し、互いの力を高めていく。
 現れたのは、すべての力を解放した究極の召喚神。
シンクロ召喚! 現れなさい"解放されしエクゾディア"!!


 解放されしエクゾディア 闇属性/星12/攻4000/守4000
 【魔法使い族・シンクロ/効果】
 「封印されし」と名のついたチューナー+「封印されし」と名のついたモンスター4体
 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードは魔法・罠・モンスター効果、戦闘によって破壊されない。
 このカードがフィールドから離れるとき、墓地に存在する「封印されし」と名のつく
 モンスターカード1枚を除外することで、このカードはフィールドに留まる。
 手札を1枚捨てることで、相手フィールド上のカードをすべて破壊することが出来る。


 解放されしエクゾディア:レベル12→13

「な、なに……これ……!?」
 目の前には、封印の鎖を断ち切って全身が露わになったエクゾディアが君臨する。
 今まで感じたことのない威圧感。それは神のカードにも劣らない力を秘めている証明でもあった。
「これが……吉野さんの切り札……!!」
 それは、本来なら不可能なシンクロ召喚だった。「封印されし」と名のついたチューナーは存在しないうえ、エクゾデ
ィア達のレベル合計も12には届かないからだ
 だが吉野は、大切な人からもらったカードの力を得て、不可能を可能にしてしまった。
「いきますよ薫……バトル! エクゾディアでトリシューラに攻撃!!」

 ――殲滅の業火−エクゾディアフレイム!!――

 業火という名の膨大な光が放たれる。
 そのあまりの威力に、氷の龍は跡形もなく消し飛んでしまった。

 氷結界の龍 トリシューラ→破壊
 薫:6100→4800LP

「うああっ、あぁ……!!」
 生じた衝撃で、薫は後方へ飛ばされる。
 床に倒されて背中に痛みが生じた。
「う、うぅ……!!」
 だが薫は痛みに耐えて立ち上がった。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

------------------------------------------------------
 薫:4800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   リミット・リバース(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------------
 吉野:7000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)
   伏せカード2枚(1枚は"くず鉄のかかし")
   エンジェル・ソング(永続罠)

 手札0枚
------------------------------------------------------

「……もはやあなたに勝ち目はありません。サレンダーするなら、今のうちだと思いますが?」
「まだだよ……。私のターン!! ドロー!」(手札3→4枚)
 諭す吉野の言葉を無視して、薫はカードを引いた。
 召喚神は吉野の後ろに立って、抵抗しようとする敵を見つめていた。
「……私は手札から"調律"を発動するよ!! この効果でデッキから"ジャンク・シンクロン"を手札に加える!」
 安らかなメロディーが奏でられて、薫の手札にモンスターが舞い込む。
 そしてデッキの上からは、テントウムシのようなモンスターが墓地へ送られた。


 調律
 【通常魔法】
 自分のデッキから「シンクロン」と名のついたチューナー1体を手札に加えて
 デッキをシャッフルする。その後、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


 レベル・スティーラー→墓地

 墓地へ送られたモンスターを見て、薫は心の中でガッツポーズをとる。
 まだ手はある。エクゾディアは破壊できないのなら、破壊以外の方法をとるだけだ。
「そして手札から"ジャンク・シンクロン"を召喚! 効果で"チューニング・サポーター"を特殊召喚!! さらに私の
場にチューナーが存在することで、墓地の"ボルト・ヘッジホッグ"を自身の効果で特殊召喚だよ!」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 ボルト・ヘッジホッグ 地属性/星2/攻800/守800
 【機械族・効果】
 自分フィールド上にチューナーが表側表示で存在する場合、
 このカードを墓地から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚したこのカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。


 薫の場に一気に3体のモンスターが並ぶ。
 まだ諦めた様子を見せない彼女を、吉野はただ黙って見つめていた。
「レベル1の"チューニング・サポーター"とレベル2の"ボルト・ヘッジホッグ"にレベル3の"ジャンク・シンクロン"
をチューニング!!」
 光の輪が再び現れて、3体のモンスターが同調する。
 再び冷気が辺りを包み込み、氷の力を宿した龍が現れる。
「シンクロ召喚! 出てきて"氷結界の龍 ブリューナク"!!」
 冷気の中から、新たな氷の龍が咆哮を上げた。


 氷結界の龍 ブリューナク 星6/水属性/攻2300/守1400
 【海竜族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分の手札を任意の枚数墓地に捨てて発動する。
 その後、フィールド上に存在するカードを、墓地に送った枚数分だけ持ち主の手札に戻す。


「"チューニング・サポーター"の効果で、デッキからカードを1枚ドロー!!」(手札3→4枚)
「……なるほど。エクゾディアは破壊できない。ならばバウンスで除去する……ということですか」
「そうだよ。そのカードさえ取り除ければ、あなたにもう切り札は残っていないよね」
「その通りです。ですが、甘いですね」
 吉野は淡々とした口調で、伏せカードを開いた。
 途端に氷の龍に雷が落ちて、氷の龍は消滅してしまった。


 神の警告
 【カウンター罠】
 2000ライフポイントを払って発動する。
 モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。


 吉野:7000→5000LP
 氷結界の龍 ブリューナク→破壊

「……読まれていたんだね」
「その通りです。さぁ、どうしますか?」
「……私は……カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」

------------------------------------------------------
 薫:4800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   リミット・リバース(永続罠)
   伏せカード2枚

 手札2枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)
   伏せカード1枚("くず鉄のかかし")
   エンジェル・ソング(永続罠)

 手札0枚
------------------------------------------------------

「私のターン……ドロー」(手札0→1枚)
 吉野はカードを引く。
 そしてすぐに、引いたカードを発動した。


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「これで私の場にある"エンジェル・ソング"を墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローします」
 吉野の場にあるカードが光の粒となって、手札を補充する。
 琴葉からもらったカードを墓地へ送るのは少し心が痛んだが、勝利のために吉野はカードを引いた。

 エンジェル・ソング→墓地
 解放されしエクゾディア:レベル13→12
 吉野:手札0→2枚

 補充したカードを確認したあと、吉野は薫へ意識を向けた。
「……サレンダーする気は無いようですね」
「うん。私だって、守りたいもののために戦う。だから、負けるわけにはいかないんだよ。あなただって、琴葉ちゃんの
ために戦っているんでしょ?」
「その通りです。ただ断っておきますが、私は義務感でお嬢様を守ろうと思っているわけではありません。私が自分で、
琴葉を守りたいから戦っているんです。だから、お嬢様は何も悪くありません。朝山香奈を犠牲にすることも、他の罪も
すべて私の責任です」
 吉野は武田のように、お嬢様のためだと言って戦わない。
 誰かを犠牲にすることがどれほど罪な事か分かっている。だが吉野の胸には、咲音と琴葉の笑顔がある。
 自分に居場所を与えてくれた大切な人。小さいながらも自分を守ると言ってくれた大切な人。彼女達の笑顔を守るため
に、吉野は戦っている。
「……だから……琴葉ちゃんを助けたら、あなたは消えるって言うの!?」
「そうです。私は琴葉を守り抜くと咲音に約束しました。琴葉にも、あなたを必ず守ると約束しました。彼女達の笑顔を
守ると、二人に約束したんです。そのためなら――――」
違うよ!!
 吉野の言葉を遮るように、薫は叫んだ。
 このままにしてはいけないと思った。彼女は、大切なことを見失っている。そして、強がっているように見えて苦しん
でいる。そんな人を放っておけない。いや、放っておく訳にはいかない。
「そんなの、全然違うよ!! 咲音さんも琴葉ちゃんも、あなたがいなくなったら絶対に悲しむに決まってる。あなたが
守りたいのは、二人の笑顔なんでしょ!? だったら、あなたは消えちゃ駄目だよ! 今までと同じように、一緒にいな
きゃ駄目だよ!!」
「……ではあなたは、朝山香奈を犠牲にした私に、二人と一緒に住めと言うつもりですか?」
「香奈ちゃんも犠牲にさせないよ」
「おかしなことを言う人ですね。もう選択肢は二つしかないんです。朝山香奈を犠牲にして琴葉を助けるか、朝山香奈を
助けて琴葉を犠牲にするか……。その二つのどちらを選んでも私に戻る場所はないんです。咲音と琴葉と一緒にいる幸せ
な生活には………もう戻れないんですよ………」
 吉野は少しだけ悲しそうに顔を伏せた。
 その様子を見て、薫は確信する。やっぱり彼女は苦しんでいる。戻りたい生活に戻れなくて……幸せを取り戻したいの
に取り戻せなくて……。
「たしかにあなたの言うとおり、咲音と琴葉は悲しんでくれるかも知れません。ですが、あの二人のことです。きっと私
よりも善い人間と出会えるでしょう。私は二人が幸せでいてくれれば、それでいい。元々1人だった私です。1人になる
ことは何の苦にもなりません」
「じゃあ、どうしてそんな顔してるの? どうしてそんなに苦しんでいるの? 吉野さんだって、本当は分かっているん
じゃないの? 咲音さんや琴葉ちゃんと一緒に暮らしたいって、思っているんでしょ!?」
「……だからなんだと言うのですか? 他に方法があるとでも言うんですか?」
「私達が、北条牙炎を倒せばいいんだよ。琴葉ちゃんが意識不明になったのは、きっと闇の力が原因だよ。だから牙炎を
倒せば、琴葉ちゃんは元に戻る! だから――――」
 言いかけた時、薫は気づく。
 吉野の場にいる召喚神が、攻撃態勢に入っていた。
「決闘前にも言いました。言葉で説得しようとしても無駄です。私を説得したいなら、力で説得しなさい」
「……!!」
「その伏せカード……わざわざ破壊されるのが分かって伏せるあなたではないでしょう。なので私はあえて破壊効果を使
いません。バトルです!!」
 吉野の宣言と共に、召喚神が光を放った。
「…っ! "ガード・ブロック"を発動!! 戦闘ダメージを0にして、デッキからカードを1枚ドローする!!」
 薫の体を薄い光が包み込み、攻撃のダメージを打ち消した。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 薫:手札2→3枚

「……そうですか……私の思考の裏をかいたのですね。それとも単に正直なだけでしょうか?」
「…………………」
「まぁどちらでもいいでしょう。私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

------------------------------------------------------
 薫:4800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   リミット・リバース(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)
   伏せカード2枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札1枚
------------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いた瞬間、薫の目に強い力が宿った。
「何か良いカードを引いたようですね」
「うん、行くよ!! 手札から"死者蘇生"を発動!! 墓地にいる"氷結界の龍 トリシューラ"を特殊召喚!!」
 聖なる光が降り注ぐ。その光の中から、先程やられた氷結界の龍が蘇った。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


「そしてトリシューラのレベルを1下げて、墓地にいる"レベル・スティーラー"を特殊召喚!!」
 氷の龍から1つの星が落ちる。
 その星が、小さなテントウムシのモンスターに変化した。


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。


 氷結界の龍 トリシューラ:レベル9→8

「そして魔法カード"シンクロ・チェンジ"を発動! この効果でレベル8になっている"氷結界の龍 トリシューラ"と
エクストラデッキにいる"スターダスト・ドラゴン"を入れ替える!!」
 氷の龍が光に包まれてこの場からいなくなる。
 それと入れ替わるように、星屑の龍が戦いの場に飛翔した。


 シンクロ・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を除外して発動する。
 そのモンスターと同じレベルのシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 スターダスト・ドラゴン 風属性/星8/攻2500/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に
 存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


 氷結界の龍 トリシューラ→除外

「……たしかにあなたの展開力には感服しますが、エクゾディアの前ではすべて無力ですよ?」
「無力なんてことないよ。どんなカードだって完璧じゃない。必ずどこかに弱点があるんだよ!」
 薫は力強く叫ぶと同時に、手札の1枚に手をかけた。
「手札から"救世竜 セイヴァー・ドラゴン"を召喚!!」
 デュエルディスクにカードを叩きつけた瞬間、星屑の龍の隣に小さな竜が現れた。


 救世竜 セイヴァー・ドラゴン 光属性/星1/攻0/守0
 【ドラゴン族・チューナー】
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 「セイヴァー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


「救世竜……あなたが人を救いたいと願う想いの表れですか」
「そうだよ。このカードで、香奈ちゃんも、琴葉ちゃんも、あなただって救ってみせる!!」
「私を……救う? 何を言っているんですか。敵である私に情けをかけようと言うのですか?」
「違うよ。情けなんかじゃない。私は、みんなを守りたい。困ってる人を、苦しんでいる人を助けたい! あなたと同じ
ように、守りたいから、守るんだよ!」
 薫は正直に、まっすぐに想いを伝える。
 言葉で説得しても無駄だと、吉野は言った。
 だが薫は、そう感じていなかった。自分が語りかけることで、僅かに吉野の表情や態度に変化があった。
 それは自分の言葉が相手に伝わっている証拠だ。だから、どんなに無駄だと言われても、語りかけようと思った。
「……スターのリーダーともあろう人が、愚かですね。みんなを助ける? そんな綺麗事の想いだけで、救えると本気で
思っているんですか?」
「たしかに想いだけじゃ駄目だよ。成し遂げる力がないと、その夢は叶えられない。でも私は、みんなが幸せに暮らせる
世界が作れるって信じてる。そのために少しずつ、目の前の人を、自分の手が届く人を、救うって決めたんだよ!!」
「……! ふざけないでください。そんな簡単に人が救えるなら苦労しません。私を救う? そんな暇があったら、まず
は自分の心配をしなさい!」
「じゃああなたはどうして、自分のことを考えないの? 自分の幸せも考えないの? あなたが一番分かっているはずだ
よ。自分にとって何が一番幸せなのか。咲音さんや琴葉ちゃんにとって何が幸せなのか、分かっているはずだよ」
「っ……!」
 吉野はそっと拳を握りしめた。綺麗事ばかり言う薫が腹立たしいだけじゃない。薫に自分の心を少しでも見抜かれた事
が嫌だった。そして、薫の真っ直ぐな瞳と、真っ直ぐな言葉が嫌だった。
「……!! あなたのターンです。早くターンを進めてください」
「……じゃあ、いくよ! 私はレベル1の"レベル・スティーラー"と、レベル8の"スターダスト・ドラゴン"にレベル1
の"救世竜 セイヴァー・ドラゴン"をチューニング!!」
 無数の光の輪が出現する。3体のモンスターの力が同調し、星屑の龍は救世の力を得る。
 輪の中心に緑光の柱が立ち、救世の龍が咆哮をあげる。
「シンクロ召喚!! 輝け!! "セイヴァー・スター・ドラゴン"!!」


 セイヴァー・スター・ドラゴン 風属性/星10/攻3800/守3000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+「スターダスト・ドラゴン」+チューナー以外のモンスター1体
 相手が魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし、
 相手フィールド上のカードを全て破壊する。
 1ターンに1度、エンドフェイズ時まで相手の表側表示モンスター1体の効果を無効化できる。
 また、無効化したモンスターに記された効果をこのカードの効果として1度だけ発動できる。
 エンドフェイズ時にこのカードをエクストラデッキに戻し、
 自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


「これは……!」
「墓地の"レベル・スティーラー"を自身の効果で特殊召喚!!」
 救世の龍から1つの星がこぼれて、テントウムシのモンスターが蘇った。

 セイヴァー・スター・ドラゴン;レベル10→9

「"セイヴァー・スター・ドラゴン"の効果発動!! 相手モンスター1体の効果を無効にして、このターン終了時まで
その効果を得る!!」
 召喚神の体から、光が漏れて、救世の龍に吸収されていく。
 力を抜かれた召喚神は膝をつきながら、飛翔する龍を睨み付けた。
「これで――――!?」
 言いかけた瞬間、異変が起こった。
 救世の龍の周りを、黒い霧が覆い始めていた。
「狙いはいいですね。ですが、詰めが甘いです」
 吉野の場に、カードが開かれていた。


 闇の幻影
 【カウンター罠】
 フィールド上に表側表示で存在する闇属性モンスターを対象にする
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


「カウンター罠……!!」
「そうです。その救世の龍は相手のカード効果が発動すると全てを無に帰す破壊能力も持っています。ですが所詮はスペ
ルスピード2でしかない。カウンター罠のスペルスピード3には追いつけません。よって……」
「あっ…!!」
 黒い霧に包まれて、救世の龍は苦しそうに声をあげた。
 やがてその霧は龍の体を覆い隠し、無に帰してしまった。

 セイヴァー・スター・ドラゴン→破壊

「残念でしたね。あなたの救いの力は、私を救うには足りなかったようです」
「…………」
 吉野の鋭い視線に負けず、薫は姿勢を崩さなかった。
 むしろ、余計に力強い瞳になっていた。
 救世龍の力でも、彼女の心は救えない。それなら残る手段は………。
「私は……ターンエンドだよ」

------------------------------------------------------
 薫:4800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   レベル・スティーラー(守備)
   リミット・リバース(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)
   伏せカード1枚("くず鉄のかかし")

 手札1枚
------------------------------------------------------

「私のターンです。ドロー」(手札1→2枚)
 吉野は変わらぬ様子でカードを引いた。
 だがその心には、微かな動揺があった。さっき倒した救世の龍が、相手の切り札だったはず。
 それなのに相手は闘志を失っていない。むしろさっきよりも強くなっているようにも思えた。
「どうしたの?」
「……なんでもありません。私は"解放されしエクゾディア"の効果を使い、手札の"ダーク・バースト"を捨ててあなた
の場にある全てのカードを破壊します!!」(手札2→1枚)
 召喚神の掌から膨大な光が放たれる。
 それは薫の場を飲み込み、カードを跡形も残らず消滅させてしまった。

 レベル・スティーラー→破壊
 リミット・リバース→破壊
 スキルサクセサー→破壊

「なるほど、そんな伏せカードでしたか」
「うっ……」
「バトルです!! 散りなさい!!」
 召喚神は、今度は薫へ向けて一撃を放とうとする。
「させないよ! 手札から"バトル・フェーダー"を特殊召喚!!」
 攻撃の寸前に、薫の場に小さな古時計のようなモンスターが現れた。


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


 薫:手札1→0枚

「この効果で、あなたの攻撃を無力化するよ!!」
「……では私はターンエンドです。」


 ギリギリで吉野の攻撃を防ぎ、薫へターンが移った。


「私のターン……ドロー!!」(手札0→1枚)
 カードを引いて、薫はすぐに発動した。
「私は手札から"貪欲な壺"を発動するよ!!」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「ここでドローカードを引きましたか。さすがスターのリーダーですね」
「私がデッキの戻すのは……この5体だよ!!」
 薫はすでに決めていたかのように、デッキへ戻すモンスターを見せつけた。

・スターダスト・ドラゴン
・ジャンク・シンクロン
・魔轟神獣ケルベラル
・ブラック・ローズ・ドラゴン
・Xセイバー エアベルン

「デッキに戻してシャッフルして、そのあと2枚ドロー!!」(手札0→2枚)
 引いた手札を確認して、もう一つの切り札までの道のりを組み立てる。
 道のりはかなり厳しい。だが、やるしかない。
「相手の場にだけモンスターがいるから、手札から"ハネワタ"を召喚するよ!」
 薫の場に、羽を生やしたフワフワなモンスターが現れた。


 ハネワタ 光属性/星1/攻200/守300
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受ける効果ダメージを0にする。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「レベル1の"バトルフェーダー"にレベル1の"ハネワタ"をチューニング!!」
「性懲りもなく、またシンクロ召喚ですか」
 2体のモンスターが重なり合い、希望へ繋ぐ力となる。
 進化の可能性を秘めたチューナーが、薫の場に現れる。
「出てきて! "フォーミュラ・シンクロン"!!」


 フォーミュラ・シンクロン 光属性/星2/攻200/守1500
 【機械族・シンクロ・チューナー】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。
 また、相手のメインフェイズ時、自分フィールド上に表側表示で存在する
 このカードをシンクロ素材としてシンクロ召喚をする事ができる。


「"フォーミュラ・シンクロン"の効果でデッキからカードを1枚ドローするよ!」(手札1→2枚)
「……なるほど。面白い効果を持っていますね」
「そして手札から"サイクロン"を発動! あなたの場にある"くず鉄のかかし"を破壊するよ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 くず鉄のかかし→破壊

「何をしているんですか? そんなことではエクゾディアは破壊できません」
「やってみなくちゃ分からないよ!! まだ、終わってない!」
「そうですか。では、どうします?」
「…………ターン……エンド……」

------------------------------------------------------
 薫:4800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   フォーミュラ・シンクロン(守備)

 手札1枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「では、私のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認して、吉野は薫の場を見つめた。
「手札の"クリボー"を捨てて、エクゾディアの効果発動。あなたの場をすべて破壊します!!」(手札2→1枚)
 絶対の召喚神が、その手の光を解き放った。
 強烈な閃光に飲み込まれて、薫の場にいるモンスターは消滅した。

 フォーミュラ・シンクロン→破壊

「覚悟はいいですね?」
「っ…!!」
「バトル!! "解放されしエクゾディア"で直接攻撃!!」
 膨大な光が掌に溜まり、それが一気に放たれる。
 薫の場に防ぐカードは無い。
 その光は、薫へ直撃した。
「うあああああっっ!!」

 薫:4800→800LP

 強烈な一撃を喰らい、その体が後方へ吹き飛ぶ。
 闇の決闘によって作られた透明な壁に叩きつけられて、薫は倒れてしまった。
「……う、うぅ……!」
「もうそのまま休みなさい。もうあなたに勝ち目はありません。このままでは、命まで失ってしまいます」
「……駄目、だよ……」
 息を切らしながらも、薫は体に力を入れる。
 痛みを堪えて、ゆっくりと立ち上がった。
「ここで休んだら……香奈ちゃんも、琴葉ちゃんも、吉野さんだって……助けられない」
「……まだそんなことを言っているんですか。敵も味方も救おうなんて、そんな甘い考えは捨てなさい」
「捨てないよ……だって、決めたんだ。先輩と、スターのみんなと、約束したんだ。私は……私達はみんなの幸せを守る
ために戦うって……だから、リーダーの私が、捨てるわけにはいかないよ」
 薫は傷ついた体で、真っ直ぐに吉野を見つめる。
 これだけはゆずれないことだった。みんなを守りたいと、自分は心から願った。そして叶えようと思った。
 佐助も伊月も、他のスターのメンバーも、みんなが協力してくれている。みんなに支えられているからこそ、薫は戦え
る。その想いを崩すことだけは、誰にもできない。
「……綺麗事だけじゃ、救えないものもあります……」
「そうだね……でも、戦うことはやめないよ。あなただって、ちゃんと元の生活に戻れる方法があるはずだよ」
「もう、無理なんです……。咲音や琴葉と一緒に暮らす権利など……私には無い」
 歯を食いしばって言う吉野に、薫は首を横に振って答える。
「無理じゃないよ。まだ間に合う。香奈ちゃんも琴葉ちゃんも、どっちも助ける方法は絶対にある。だから消えるなんて
言わないで。あなたが消えたら、きっと琴葉ちゃんだって悲しむよ?」
「……ターン……エンドです……」
 吉野は静かに、ターンを終えた。


 そして、薫のターンになる。


「……私のターン……ドロー」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認して、薫は再び吉野へ語りかける。
「吉野さん、あなただって本当はそれを望んでいたんじゃないの? 誰も犠牲にならずに元の幸せに戻れることを……」
「……そうですね……。そうできたら、どんなに良かったことでしょう……。咲音と一緒にお茶をして、琴葉と一緒に
勉強して、そうできたら……とても幸せだったでしょうね」
「だったら――――」
「そんなにいけないことなんですか?」
 薫の言葉を遮るように、吉野は言った。
「……1人の少女の笑顔を守ろうと思うことが……そんなにいけないことですか?」
「吉野さん……」
「もう、あの頃の幸せは、もう戻ってこない! 咲音と琴葉と一緒に生活する夢は、もう叶わないんです!!
「違うよ! あなたの夢は終わってない! ううん、私達が、終わらせたりなんかさせない!!
 ただ真っ直ぐに、薫は想いを伝える。
 吉野はその言葉を聞きながら、苦しんでいた。
「……時間稼ぎは、やめなさい。時間がないんです。さっさとターンを進めなさい」
「私はカードを2枚伏せて、ターンエンドだよ!!」

------------------------------------------------------
 薫:800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札0枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 乱暴な手つきで、吉野はカードを引いた。
 薫の言葉が、確実に心へ響いていた。これ以上聞くと、自分の覚悟が揺るがされそうで嫌だった。
 早くこの決闘を終わらせて、中岸大助を倒さなければならないのに、目の前の人間がそうさせてくれない。
 それどころか自分を救おうなどと言う。そんな真っ直ぐな言葉が、まるで咲音と琴葉に言われているようで嫌だった。
「お願い! もう1度だけ考えて! 咲音さんや琴葉ちゃん、あなたにとって何が一番幸せか考えて!」
「そんな綺麗事を……言うなあぁ!!」
 気が付いたら、吉野は叫んでいた。
 これ以上、余計なことを言われたら、決意が崩されてしまいそうだった。
「私の場には、エクゾディアが存在している。この攻撃が通れば、無事では済みません。サレンダーするなら今のうちで
すよ!」
「そんなことしないよ! 伏せカード"リミット・リバース"を発動!」
 薫は伏せカードを開く。
 その場に、先程使用されたチューナーが蘇った。


 リミット・リバース
 【永続罠】
 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 フォーミュラ・シンクロン→特殊召喚(守備)

「血迷いましたか? "解放されしエクゾディア"には、手札を捨てることで相手の場をすべて破壊できる効果がある。
そんな壁モンスターを出したところで、無駄です!!」
「…っ!」
「手札の"クリッター"を捨てて、エクゾディアの効果を発動!! 消えなさい!!」(手札2→1枚)
 召喚神が光を放ち、薫の場へ襲いかかった。
 光が場を飲み込む直前、薫は伏せカードに手をかける。
「この時を待ってたよ! 罠カード"スターライト・ロード"を発動!!」
 消滅の光が、星屑の光によって遮られた。
 生じた衝撃によって、辺りに光の粒が舞う。そしてその光の中で、星屑の龍が飛翔した。


 スターライト・ロード
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在するカードを
 2枚以上破壊する効果が発動した時に発動する事ができる。
 その効果を無効にし破壊する。
 その後、「スターダスト・ドラゴン」1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。


 スターダスト・ドラゴン→特殊召喚(守備)

「これは……まさか……!!」
「そうだよ。これが私の全力!! "フォーミュラ・シンクロン"を素材にするとき、私は相手ターン中にシンクロ召喚
を行える!!」
「相手ターン中の、シンクロ召喚……!」
 吉野は驚愕を隠せなかった。相手ターン中におけるシンクロ召喚。
 噂には聞いていたが、まさか本当にそんなことをできるカードがあるとは思っていなかった。それを実行しようとする
人間がいるとも思わなかった。
 そして今、目の前の人物が強い瞳でそれを成し遂げようとしているのだ。
「レベル8の"スターダスト・ドラゴン"に、レベル2の"フォーミュラ・シンクロン"をチューニング!!」
 銀色の光の輪が出現し、2体のモンスターが重なり合う。
 集いし想いの結晶が、新たな進化の扉を開く。
 星屑は光を増し、輝く流星へと変化した。
シンクロ召喚!! 煌めけ!! "シューティング・スター・ドラゴン"!!


 シューティング・スター・ドラゴン 風属性/星10/攻3300/守2500
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 シンクロモンスターのチューナー1体+「スターダスト・ドラゴン」
 以下の効果をそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。
 ●自分のデッキの上からカードを5枚めくる。
 このターンこのカードはその中のチューナーの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。
 その後めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。
 ●フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する事ができる。
 ●相手モンスターの攻撃宣言時、このカードをゲームから除外し、
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする事ができる。
 エンドフェイズ時、この効果で除外したこのカードを特殊召喚する。


「こ、これは……!」
 光臨した流星の龍の体から、光の粒が零れていく。
 最強の召喚神と対峙する龍からは、溢れんばかりの力と想いが感じ取れた。
「"シューティング・スター・ドラゴン"は、破壊効果を1回だけ無効に出来る。さらに自身を除外することで相手モン
スター1体の攻撃を無効に出来る!!」
「……くっ、このターンは防いだということですか。ですがどうするつもりです? その流星の龍は攻撃力3300。
対するこちらは攻撃力4000。私の手札は"バトル・フェーダー"なので、このターンは何も出来ません。ですが次の
あなたのターン、あなたが何も出来なければ、次の私のターンに破壊効果を2回使って、その切り札を葬ることができ
ます」
「……!」
 吉野の言うとおりだった。
 最高の切り札を出せたまではいい。だが相手は最強の召喚神。次のターンになれば連続して破壊効果を使われてやられ
てしまう。
 つまりチャンス1回。次のターンのドローに掛かっているのだ。
「まさか、次のドローに賭けるというのですか?」
「そうだよ。強いあなたに対抗するには、こうするしかなかった。でもそれでいい」
「……強いのですね……薫……」
「……吉野さん、次のターンが、多分最後だよ。だから言っておくね。私は、みんなを助けてみせるよ」
「またその台詞ですか……まったく、綺麗事が好きな人ですね………ターンエンドです」

------------------------------------------------------
 薫:800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   シューティング・スター・ドラゴン(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 吉野:5000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃)

 手札1枚(バトル・フェーダー)
------------------------------------------------------

「私のターン……」
 薫はデッキの上を見つめて、祈る。
 このターンで決めなければ負ける。
 勝てる可能性はかなり低い。でも、負けられない。
「お願い……引かせて……!」
 想いを込めて、薫はカードをドローした。(手札0→1枚)
「……………」
 恐る恐る、カードを確認する。
「……!! やった!」

 ――手に入ったのは、逆転へのキーカード――

「手札から"心眼の鉾"を発動して、"シューティング・スター・ドラゴン"に装備するよ!!」


 心眼の鉾
 【装備魔法】
 装備モンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える場合、
 そのダメージ数値は1000ポイントになる。


「このカードを装備した"シューティング・スター・ドラゴン"があなたへ与えるダメージは1000ポイントになる。
そして私の墓地には"スキルサクセサー"がある。これを使えば"シューティング・スター・ドラゴン"の攻撃力はあなた
のモンスターの攻撃力を上回るよ!」
「……まさか、そんな無謀な……!? たしかに"シューティング・スター・ドラゴン"にはデッキの上からカードをめ
くり、連続攻撃を可能にする効果がある。ですが私のライフは5000。あなたがこのターンで勝利するには、5体の
チューナーをめくる必要があるんですよ!?」
 そう。これは無謀な賭け。
 今までたくさんシンクロ召喚をしていて、おそらく薫のデッキに残っているチューナーの数は少ないだろう。
 数十枚のデッキの上から5体がチューナーである確率はどれくらいだろうか。いや、そもそも残りのチューナーが5体
もいないかもしれないのだ。
「無茶です。そんな無謀な……」
「たしかに、そうかもしれないよ。でもあなたに勝つには、これしかなかったんだ」
 こんな状況にもかかわらず、薫は吉野へ笑いかけた。
 吉野は疑問に思う。どうして笑っていられるのだろうか。引ける自信があるとでも言うのだろうか。いや、そんなこと
はない。ただ追いつめられて、突飛な行動に出ただけだ。
 でも……もし、引けたとしたら?
 吉野の奥底に閉じこめていた感情が、少しだけ顔を出す。
「いくよ。私は墓地の"スキルサクセサー"を除外して"シューティング・スター・ドラゴン"の攻撃力を800ポイント
アップさせる!」
 薫の墓地から、赤い光が飛び出して、流星の龍の力になる。
 自身の力を上げた龍は、力強く咆哮を上げた。


 スキル・サクセサー
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
 攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
 自分のターンのみ発動する事ができる。



 スキル・サクセサー→除外
 シューティング・スター・ドラゴン:攻撃力3300→4100

「やる気……なのですね……」
「うん」
「そうですか……」
 吉野は自分でも気づかないくらい小さく笑うと、凛とした姿勢のまま薫を見据えた。
「あなたはあくまでも、私達を助けると言い張るのですね」
 その言葉に、薫は力強い表情で答えた。

助けるよ………いつだって、どんなときだって!!

 薫の想いに反応するように、フィールドに光が走る。
 デッキの上に手をかけて、薫は大きく深呼吸した。
「"シューティング・スター・ドラゴン"の効果発動!! デッキの上から5枚のカードをめくって、出たチューナーの数
だけ攻撃できる!! まず、1枚目!!」
 引き抜いたカードを、見せつける。

「チューナーモンスター、"魔轟神獣ケルベラル"!!」

 続いて、もう1枚。

「2枚目、チューナーモンスター、"ジャンク・シンクロン"!!」 

 さらに1枚。

「3枚目、チューナーモンスター、"霞の谷の戦士"!!」

 吉野も薫も、互いに顔が険しくなる。
 そして、もう1枚。

「4枚目……チューナーモンスター、"X−セイバー エアベルン"!!」

 そして、最後の1枚。
 デッキの上をめくることが、これほど緊張することはなかっただろう。
 でも、引かなければならない。

「お願い……! 力を貸して……!!」
 願いをこめて、カードに手をかけた。

「5枚目……!!」

 勢いよくカードを引き抜き、確認する。

 二人の間に、緊迫した空気が流れた。










「……"エフェクト・ヴェーラー"!! チューナーモンスターだよ!」

「そんな……5回連続攻撃……!?」
「これで、私の勝ちだよ! バトル!! シューティング・スター・ドラゴン!!」

 ――スターダスト・ミラージュ!!――

 流星の龍が5体に分裂する。
 5色の光をそれぞれの身に纏い、最強の召喚神へ向けて突撃した。
 そして流星の龍の5身1体攻撃は、吉野のモンスターを貫いた。
「うあああああああああっ!!!!」

 吉野:5000→4000→3000→2000→1000→0LP



 吉野のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。











 白夜の力によって、吉野の胸にあった黒い結晶が砕け散る。
 意識が遠のきそうになる中、吉野は倒れなかった。
 歯を食いしばり、全身に力を込め、琴葉を守るために、倒れたくない一心で、立っていた。
「ここで……倒れるわけにはいかないんです……。あの子を……救うまでは……っ!」
「吉野さん……」
「さぁ……来なさい。まだ……私は……戦えます。あなたも……最後……ま…で……」
 吉野の膝から力が抜ける。その体が、床に倒れそうになる。
 だがその寸前で、薫の腕が吉野を支えていた。
「だ、大丈夫!?」
「……どうして……手を差し伸べるんですか……その気になれば、このままあなたを組み伏せることだって――――」
「あなたは、優しい人だから」
「な……」
 思ってもみなかった言葉に、吉野は驚く。
 そんなことを言ってくれた人間は、咲音や琴葉以外にいなかったからだ。
「たしかに、やり方は間違っていたかも知れない。こうするしかなかったのかも知れない。でも、あなたの気持ちは絶対
に間違ってなんかいないよ」
「……またそんな……綺麗事を………」
 反論しようとする吉野を、薫は抱きしめた。
 咲音のように、優しく温かい抱き方だった。
「間違っていたなら正せばいい。今からでも、全然遅くない。一緒に助けようよ。また元の平和な日常を、取り戻そう」
「………………」
 吉野は戸惑いながらも、薫の温もりを確かめた。
 咲音以外、誰もこんな風に抱きしめてはくれなかった。自分の苦しみを、分かってくれる人はいなかった。
 もしかしたら……本当に……。
 そんな希望が、吉野の胸に生まれていた。
「本当に……助けてくれるんですか……?」
「え?」
「あの子を……琴葉を、救ってくれるんですか……?」
「絶対に助けるよ。もちろん香奈ちゃんだって。あ、動ける?」
 吉野はふらつく体を、気合いで立ち上げた。

「だから、一緒に行こう。琴葉ちゃんと香奈ちゃんを助けに行こう!」

 純粋な笑みを向ける薫に、吉野は小さく笑った。
「……まったく……綺麗事が好きな人ですね……」
「うん、よく言われるよ」
 少し照れくさそうに、薫は笑った。
「……ですが…………そんな綺麗事に付きあうのも……たまにはいいかもしれませんね」
「………………」
「一緒に行きましょう、薫。いいですよね?」
「もちろん!」
 二人は互いに握手を交わし、そして壊れた扉へと意識を向ける。
 この屋敷のどこかで大助と香奈が逃げている。早くしなければ、手遅れになってしまうかも知れない。
 そうならないために、急がなければならないのだ。
「では、行きましょう」
「うん!」
 二人は傷ついた体で、扉の先へ進んだ。




episode29――伝えたかった言葉――

 あのおかしな機械を破壊した俺は、香奈を背負って牙炎達から逃げていた。
 ときどき振り返って確認するが、幸いにも追手はいない。
 あの機械が引き起こした爆発で、会場は大混乱になっていた。そのおかげかもしれないな。
「佐助さん、どこに行けばいいですか?」
 装着しておいた通信機で連絡を取る。
 数秒経って、むこうから佐助さんの声がした。
《……あまり良いルートはないな。おい大助、窓から飛び降りられないか?》
「無茶言わないで下さい。香奈まで怪我したらどうするんですか」
《だらしないな》
 無線機越しに佐助さんの不満そうな声が聞こえた。
 たしかにここから飛び降りれば、屋敷から脱出することが出来る。
 だが香奈を背負った状態でそんなことをする自信も勇気もない。
「じゃあどこかに隠れる場所はないんですか?」
 人を背負いながら走るのも、なかなか疲れてきていた。
 このままじゃ体力が保たなくなりそうで心配だ。
《それなら……そのまま10メートルほど真っ直ぐ行って右の部屋に入れ。窓はないが、そこは位置的に倉庫として使わ
れているだろう。それなら隠れることも出来るはずだ》
「分かりました」
 佐助さんに言われたとおり、10メートルほど走って右に部屋に入る。
 たしかにそこには家具などはなく、大きなクリスマスツリーや雛壇。季節はずれのものばかりが置いてある。たしかに
倉庫の部屋のようだ。明かりは点いているが、隠れる場所は多そうだ。
《ひとまずそこに身を隠せ。そのうち薫達も駆けつけるはずだ》
「はい、分かりました」
 ドアを閉めて、中から鍵をかけた。
 なんとか敵に見つからずに逃げ切れればいいんだが……。

 とにかく今は考えても仕方ない。見つからないことを祈ろう。
 ドアから最も遠いところまで歩いて、部屋の角で止まった。
「香奈、下ろすぞ」
「うん……」
 膝をついて香奈を背から下ろし、そのまま壁によりかからせた。
「大丈夫か。どこか変なところはないか?」
「……うん……それより、本当に……大助なの……?」
「ああ」
 俺は香奈の手をしっかりと握った。
 手の温もりが、こっちに伝わってきた。
「本当だ……。でも、どうして?」
「……そうだな。とりあえず隠れてる間に、話しておくか」
 俺は香奈の隣に座り、壁に背を任せた。 
 香奈は下を向きながら言葉を待っている。その手は、俺の手を掴んだままだ。
「あの日、武田が撃ったのは麻酔銃だったんだ。血のように見えたのは、闇の力で出来た血のりみたいなものだったらし
い。そして俺が意識を失って、お前が連れ去られて、そのあとに吉野って人が俺を病院まで運んでくれた。それから2日
間ぐらい眠っていて、目覚めてから薫さんのところに行って、お前を助けに来た……って、聞いてるのか?」
「うん……聞いてる……」
 香奈はずっと顔を伏せたままだった。
 表情は見えないが、暗い顔をしていることはなんとなく分かった。
「本当に大丈夫か? ここに監禁されてて、何もされなかったか?」
「……そんなことより……大助……」
「ん?」


「このまま1人で、脱出して……」


「嫌だ」
 即答すると、香奈の手の力が強くなった。
 膝を抱えながら顔を隠して、その体は微かに震えている。
「……だって、動けないし……このままじゃそのうち見つかっちゃう。それに、私が一緒にいたって、またみんなに迷惑
をかけるに決まってる……!」
「香奈……」
「大助だって、たまたま生きていたから良かったけど、本当だったら死んでたのよ!? 私が武田達に従わなかったせい
で……私が大助の側にいたせいで……大助がボロボロになって……傷ついたじゃない……!! どうして私を助けに来た
のよ!? チャンスだったじゃない! こんな自分勝手で、最低な私なんか……見捨てれば良かったじゃない!! どう
してまた危険を冒してまで、助けに来たのよ!?」
 香奈が叫ぶように言った。
 やっぱり、俺が撃たれたことの責任を感じていたらしい。

見捨てられるわけ、ないだろ……!

「っ……!」
「あの日、たしかに俺は撃たれた。けどそれはお前のせいじゃない。相手はどのみち、俺を排除するつもりだったんだ。
それがたまたま、ああいう形になったってだけの話だろ」
「……でも私は……大助やみんなに……迷惑ばかり……!」
「そんなことない」
「嘘よ……! そんな慰めの言葉なんていらないわよ! 正直に言えばいいじゃない!! 私に振り回されて迷惑だった
って、私が自分勝手なこと言ってばかりで、うるさかったって言えばいいじゃない!! 夏休みに大助は、私は私でいれ
ばいいって言ってくれた!! けどそのせいで、みんなに迷惑かけたじゃない!!」
 想いを吐き出すように、香奈は言った。
 ずっと、香奈は自分を責め続けていたんだと思う。
 それに対して俺が出来ることは、自分の気持ちを正直に伝えることぐらいだった。
「……たしかに、お前は自分勝手で、うるさい奴かも知れない。迷惑だってかけたことがあるかもしれない。けどお前は
それ以上に、他人を支えてきたじゃないか」
「私が……誰かを支える……? だから、どうしてそんな嘘を――――」
「嘘じゃない。本城さん、言ってたぞ。香奈が一番最初に話しかけてくれて、友達になってくれたから、たくさんの友達
が出来たって。雨宮だって、お前が悲しんでいることを知って、本当に心配していたんだ。デパートで不良にからまれて
いた子供だって、お前が助けたから無事だった。それに俺だって、香奈に散々助けられてきたしな」
「私は……助けた覚えなんか……ないわよ……!」
 手の力が、さらに強くなった。
 見捨てろだの放っておけだの、散々ネガティブな発言をするくせに、香奈は俺の手を離さない。

 それだけで、香奈の本当の想いを感じるには十分だった。

 そして、正直な想いをぶつける理由として十分だった。

「……けど実際、俺はお前に助けられたんだ。香奈がいつも側にいてくれたから、俺は最後まで諦めずに戦うことができ
た。香奈が俺を忘れずにいてくれたから、俺は闇の世界から帰ってこれた。香奈が一緒に戦ってくれたから、ダークを倒
して世界を救うことが出来たんだ。本城さんも、闇の組織から解放することが出来たんだ。どれも、香奈が側にいてくれ
て、支えてくれたおかげだ」
「でも……だって……私は……!」
「別にいいだろ。迷惑かけたって」
「え……?」
「俺だって誰かに迷惑かけることだってある。実際、薫さん達に協力を頼むときも多少は迷惑かけたしな。多分、みんな
そうだと思うぞ。みんな誰かに迷惑をかけたり、誰かから迷惑をかけられたり、そんなことの繰り返しだ。迷惑かける量
が多いか少ないかってだけの話だろ」
 たしかに香奈は、端から見れば他人にたくさん迷惑をかけてきたのかもしれない。
 だがそれ以上に香奈は他人を支えている。香奈自身は気づいていないかも知れないが、こいつはたくさんの人の支えに
なっている。その明るい性格と笑みで、他人を振り回して支えている。
 迷惑だって思う奴もいるだろう。だが少なくとも俺は、何年も香奈の側にいる俺は、そう思わない。
「で、でも……私は…!」
 香奈は顔を上げて、こっちを見つめてきた。
 その瞳が潤んでいる。それが悲しみからくるものなのか、それとも別のものかは分からない。
 とにかく、今は俺の気持ちを伝えてやることしかできない。

「……それに、お前が自分勝手だろうがなんだろうが、元々そんなこと気にする必要なんかないんだよ」

「え……?」
 香奈は戸惑った表情で、首を少しだけ傾げた。
 俺は香奈を見つめながら、いつもの感じで素直に言った。

「少なくとも俺達は、そんなお前と一緒にいたいから、ここに来たんだからな」

「……大助………」
「自分勝手でもうるさくても、みんな香奈のことを想ってここまで来たんだ。俺や本城さん、薫さん、雲井に雨宮だって
みんなお前のことを心配してる。あっ、そういえば雨宮からの伝言があったな」
「雫が?」
「ああ。『勝手にいなくなったら許さない』ってさ」
「……雫……」
 
「だから香奈。迷惑だなんて思うな。自分がいなくなればいいなんて考えるな。お前は、お前が思っているように行動し
ていいんだよ。お前は、お前がいたい場所にいていいんだ!

「…………………………」
 香奈が下を向いて、再び表情が見えなくなった。
「でも――――」
信じられないんだったら、何度だって言ってやる!! 俺達は香奈と一緒にいたいんだ!!
「……っ!!」
 香奈がゆっくりと、俺の胸に顔を埋めてきた。
 微かに震える体の振動が、よく分かった。表情は見えない。
「きっと……これからも迷惑かけるわよ?」
「ああ、望むところだ」
「うるさいし……自分勝手にもするし……」
「かもしれない。けどそんなのお互い様だろ。だからいちいち気にするな。俺はずっと、お前のそばにいるから」
「……!!」
 俺にかかる重さが大きくなった。香奈が体重を預けているからだろう。
 香奈の顔がある位置が、湿ってきていた。

「…生意気っなのよ……大助の…っ…くせに…ぅっ…そんなこと…ぅぐ…言わなくても……ぇぐっ…大助は…ぐす…
ずっと……ずっと私の側に…っ…いさせてあげるんだからぁ……!」
 
 その言葉とともに、香奈は大声で泣き始めた。
 大粒の涙をこぼしながら、閉じこめていた想いを吐き出すように。
「うわぁぁぁぁぁん……!!」
 俺は黙って、背中をさすってやる。
「…ぐすっ………大助が…ぅっ…死んじゃったって……思ってた………!」
「ごめん」
「…怖かった…っ…もうみんなに…ぇぐ……会えないんじゃないかって……!」
「ああ」
「……記憶が…消されそうで…ぅぐ……みんなのこと……っ…忘れちゃいそうで……!」
「そうみたいだな」
「…ぐすっ……生きてるなら……そう言いなさいよ………さっさと助けに来なさいよ……!!」
「そうだな。本当にごめん」
 きっと、とても辛かったんだと思う。
 俺が死んだと思って、その責任を感じて、記憶まで消されそうで、それを誰かに相談することもできなくて……。
 香奈が泣いている姿はあまり見たくはない。だが今は、泣いていて欲しかった。気の済むまで、自分の苦しみや悲しみ
を吐き出して欲しかった。
 いつも支えられているんだから、こんな時ぐらい、支えてやりたかった。
「う、うぅ…うわぁぁん…っ!」
 背中をさする。その気になれば顔を見ることが出来そうだったが、見ないことにした。
 泣いた姿は見せても、泣いた顔を香奈は見られたくないだろう。
 今はこうして、ただ黙って香奈を受け止めることが最良だと思った。
「じゃあ……みんなで一緒に帰るぞ!」
「…ぐすっ……う゛ん!」
 香奈は泣きながらも、力強く、頷いた。





 それから少し時間が経って、香奈は少し落ち着いてきた。
 瞳は潤んでいて顔は少し赤いが、いつもの元気な表情に戻っていた。
「大丈夫か?」
「え、うん。大丈夫よ……。ご、ごめん……急に泣きついたりして……」
「気にするなよ。それより、体は大丈夫なのか? 動かないって言ったけど、もしかして何か変なことされたのか?」
「ち、違うわよ。屋敷を脱出しようとして、吉野って人と闇の決闘をして負けちゃったのよ……」
「……お前が負けたのか?」
「違うわよ! あの時は連戦で疲れてたし、なにより動揺してたし……とにかく、もう1度戦えば勝てるわよ!」
「そうかい」
 こういう会話も、ずいぶん久しぶりな気がする。
 香奈は俺から体を離して、再び壁に背を預けた。ただ、手は握ったままだった。
「佐助さん、まだ逃走経路は見つからないんですか?」
《無茶言うな。いくら闇の力の反応が少ないと言っても、そう簡単に経路が見つかったら苦労はしない。それに他の奴ら
は敵と決闘中だ。どちらもかなり厳しい状況にいるようだしな》
「そんな……!」
 雲井に本城さん、薫さんも決闘しているのか。
 みんな無事でいてくれればいいんだが……。
《とにかく、お前達はそこにいろ。幸いまだ近くに反応はない》
「分かりました」
 通信が再び切れた。
 やれやれ、もう少し隠れていないといけないらしいな。
「佐助さん、なんだって?」
「もう少し隠れていろ。だとさ」
「そっか……そうだ。大助に話しておきたいことがあるの」
「なんだ?」
「武田達が、何のために戦っていたのかってこと。それと、私が監禁されていて分かったこと」
「……分かった」
 香奈はゆっくりと語ってくれた。

 地下室にいた琴葉ちゃんという女の子のこと。
 その子が牙炎によって意識不明にさせられて、武田と吉野は彼女を助けるために戦っていたということ。
 牙炎の目的が、記憶削除の機械の販売と、記憶を失った人間の売買によって富を得るということ。
 そんなことのために、こんな事件を引き起こしたということを教えてくれた。

「……とにかく、そんな感じなの……」
「……そうか。じゃあ牙炎は、その琴葉ちゃんを人質にして武田達を動かして、香奈の記憶を消そうとしていたってこと
なんだな?」
「そうよ。あんな小さな子供なのに、傷つけるなんて許せないわ」
 香奈が少しだけ険しい表情をした。
 たしかにそのことも許せない。だがそれとは別に、気になることがあった。

 牙炎の目的が、記憶削除と人身売買だったとするならば、どうして香奈を連れ去ったりしたんだ?

 全国合わせて1億人は存在するこの日本で、どうして香奈を連れ去ろうとしたんだ?
 こう言うと不謹慎だが、別の誰かでも良かったはずだ。
 ましてや敵対するスターと関わりがある香奈を選ばなくても良かったはずだ。
 何か理由があるのか? 香奈でなければいけなかった理由が?
「…………………」
 考えても分からない。とにかく、牙炎は何らかの理由で俺達を狙っているのは間違いない。
 ということは……ここを無事に出ることが出来ても、また同じことが起こるかも知れない。
 そうさせないためには…………。
「大助?」
「あ、あぁ、なんだ?」
「何を考えてたのよ。言いなさいよ。隠し事は無しだって言ったじゃない」
「……それは――――」


 ボゴオォォォン!!!


 ドアが轟音と共に破られた。
 炎が壁を走るように広がり、迫ってきた。
「くっ!!」
 香奈の手を引いて、炎を避ける。
 部屋の中央まで来て、破られたドアを見つめた。
 そこには、あいつがいた。

「よォ、会いたいと思ってたぜェ?」

「北条……牙炎……!!」
「あぁん? 俺様の名前を、てめぇごときが名乗っていいわけねぇんだが……まぁいいか。それで? ウチの大事な商品
を連れてどこに行こうとしていたんだァ? まさか逃げようとしたんじゃねぇよなァ?」
「商品ですって!?」
 つっかかろうとする香奈を止めて、背中の方へ移動させる。
 やはり、おとなしく帰らせてくれるわけではないらしい。
「どうして、ここが分かったんだ?」
「昔からカンはいいんだよォ。てめぇみてぇなガキが隠れそうなのは、こんな場所だしなァ。ひゃはははは!!」
 笑う牙炎を無視して、辺りの状況を確認した。
 この部屋の壁全体に炎が広がり、それはドアの方まで広がっている。牙炎の闇の力によるものだろう。
 逃げ場がない。くそっ、こんなに早く見つかるなんて……!
「おいおいなんだァ? まさか俺様の計画を滅茶苦茶にしておいて無事に帰れるとでも思ってたのかよ? ひゃははは!
わりぃが、ハッピーエンドで終われると思うなよ? てめぇら全員、最高のバッドエンドを用意してやるよォ!!」
 牙炎の手から膨大な炎が放たれた。
 逃げ場はない。薫さんからもらったカードを、使うしかない!

 ――攻撃の無力化!!――

 襲いかかる膨大な炎が、次元の穴に飲み込まれる。
 牙炎は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに狂ったように笑った。
「っ……!」
 香奈のところへたどり着くまでに使用した"光学迷彩アーマー"。
 あの変な機械を壊すために使用した"光の護封剣"。
 そして今の攻撃を防ぐために使用した"攻撃の無力化"。
 これで、薫さんから貸して貰ったカードをすべて使い切ってしまった。
「ひゃははは!! さすがに防ぐってかァ? そうだよなァ、こんなんで簡単に燃えちまったら割に合わねぇもんな!」
「………当たり前だ」
「あァん?」
「ただで帰ろうなんて……思ってるわけ無いだろ! 闇の力を使って……琴葉ちゃんを人質にとって……武田達を利用
して……俺を殺そうとして……香奈を連れ去って傷つけて……金のために、自分の欲望のために、人を利用するお前を
放っておけるわけ無いだろ!!」
「……くくく、ひゃははははははは!! いいねいいねェ。そうくるかよォ!! 俺様と決闘して倒すってかァ」
 デッキケースからデッキを取り出して、デュエルディスクにセットする。
 そして構えようとしたとき、その腕を香奈が止めた。
「駄目よ! 大助!!」
「……大丈夫だ」
「強がってんじゃないわよ! 大助が戦うなら、私だって――――っ!?」
 立ち上がろうとした香奈だったが、その膝が崩れて立つことは出来なかった。
「ひゃははは! 無茶すんなよォ。吉野のエクゾディアを喰らっといて、決闘できるわけねェだろォがよォ」
「ふざけんじゃないわよ!! あんたは私が――――ぅっ!」
 再び立ち上がろうとした香奈だったが、やはり立てないようだった。
 エクゾディアで倒されたのか。実際に受けたことがないから分からないが、相当なダメージだったのだろう。
 これじゃあ、香奈を無事な場所まで逃がすことも出来ない。
「ひゃはは! 心配しなくても、こいつを消したらすぐに後を追わせてやるぜェ?」
「……ずいぶん余裕だな……」
「あァ? そういうてめェはもうちょっと焦ろよォ。俺様はこの組織のボスなんだぜェ? 勝てると思ってんのかァ?」
「………………」
 薫さんの話では、伊月は組織のボス、つまり北条牙炎にやられたらしい。
 あの伊月を倒してしまうほどの相手だ。どれだけの実力を持っているか分からない。
 だが、それでも……退くわけにはいかない。
「やってみなくちゃ分からないだろ」
「おいおいおい……マジで戦る気なのかァ? 白夜のカードもねェくせに、俺様と戦えんのかァ?」
 ……たしかに今、"先祖達の魂"と"大将軍 天龍"のカードは手元に無い。
 けど白夜の力は、カードにも持ち主にも宿っていると薫さんから教わった。つまりこの決闘に勝てば、牙炎の闇の力を
破壊して、炎のバリケードを消滅させて、脱出することができる。
「……白夜のカードが無くても、俺には白夜の力が宿ってる。決闘に勝てば、お前の闇の力は破壊できる!!」
「はァ? そういうこと言ってんじゃねェよ」
「なに?」
「白夜のカードを持ってねェのに、俺様と対等に渡り合えるとでも思ってんのかァ? ただでさえ勝てねェのに、さらに
勝てない状態で決闘するお前の気が知れねェぜ」
 余裕の笑みを浮かべながら、牙炎は言った。
「大助……」
「……たしかに今のデッキに、白夜のカードは入っていない。けどそれは、戦わない理由にはならない!」
「あァん?」
 堂々と言ってやった。たしかに、牙炎がどれほど強いかは知らない。
 だが、特別な力が無くたって、俺は大切なもののために戦える!
「お前を倒して、俺達は帰る!!」
「はっ! おいおいおい、笑わせんじゃねェよ。まぁ、意気込みとしては上等じゃねェか。てめェはあっけなく、消し炭
にしてやんよォ!」
 牙炎の体から、闇が溢れ出した。
 それは炎が広がるように、一気に部屋全体へと広がっていく。
「だ、大助……! 駄目よ! 戦わないで!!」
 後ろで香奈が大声で言った。
「嫌な予感がするのよ。大助が……いなくなっちゃうみたいな……。ダークの時みたいに……!」
 その腕が、俺の袖を掴む。
 不安そうな表情で、香奈は見つめてきた。
 その微かに震える手を掴み、俺は答えた。
「ごめん香奈。これだけは譲れない。牙炎を倒さないと、この事件は終わらない」
「え……?」
「仮にここで逃げたとしても、牙炎はきっとまたお前のことを狙ってくる。そしたら今度こそ、駄目かも知れない。だか
らここで牙炎を倒さないと、駄目なんだ」
「だって……!」
「それに琴葉ちゃんや伊月だって、牙炎に意識不明にさせられたんだ。つまり牙炎を倒せば、二人は元に戻る」
 もちろん確信はない。だが今までの戦いから考えれば、きっとそうだ。
 それに逃げようにも、周りの炎の壁は勢いが強すぎて突破できそうにない。
 つまり、もう俺に残された選択肢は1つ。北条牙炎と決闘することだけしかないんだ。
「心配するな。今度こそ、絶対に勝つから」
「……っ!! そこまで言うなら……このカードを使いなさいよ!!」
 香奈は自分のデッキからカードを1枚取りだして、俺に差し出した。
 それを受け取って、カードを確認する。
「これは……」
「私のとっておきのカードよ。きっと、役に立つから……!」
「……分かった。ありがたく使わせてもらう」
 香奈の想いがこもったカードをデッキに加えて、もう1度シャッフルした。
 なにがなんでも、負けるわけにはいかない。
「大助……本当に大丈夫なの……?」
「あぁ」
「負けたりなんかしたら、今度こそ絶対に許さないわよ!」
「……分かった」
 香奈の手を離して、牙炎と向き合った。
 牙炎は憎たらしい笑みを浮かべて、こっちを見ている。
「よォ、人生最後の言葉は言えたかァ?」
「最後なわけないだろ。まだ香奈に言いたいことはたくさんあるんだ。だから、終わりになんかさせるかよ」
「ひゃはははは!! いいねェ……俺様と決闘するくらいなら、そんくらいの威勢がねェと興ざめだもんなァ!!」
 牙炎がデュエルディスクを構えた。
 俺も同じように、デュエルディスクを構える。
 自動シャッフルがなされて、準備は完了した。
「いくぜェ!」




「「決闘!!」」




 大助:8000LP   牙炎:8000LP





 最後の決闘が、幕をあげた。





「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動するぜェ!!」
 牙炎のデュエルディスクから闇が溢れ出して、辺りを包み込んだ。
 景色は普通の闇の世界と大差ないように見える。
 ただ違いがあるとすれば、牙炎の四方に細く黒い柱が立っていることぐらいだ。
"欲望に染まる闇の世界"を発動だァ!!
 完全に闇が広がりきる。
 効果テキストは、闇が効果欄を覆っていて見えない。
 いったい、どんな効果を持っているんだ?


 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 ……よし、先攻は俺からだ。
「俺のターン!! ドロー!!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を確認して、牙炎を見据える。
 手札は良い。だが相手は組織のボスだ。どんなカードを使ってくるか分からない。
 ここは、とりあえず様子を見た方がいいだろう。
「手札から"六武衆−ザンジ"を召喚する!!」
 橙色の召喚陣が描かれて、中から薙刀を持った武士が現れた。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「ひゃは! そんな雑魚モンスターでいいのかァ?」
「なんとでも言えよ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」
 とりあえず下級の六武衆で様子をみるしかない。
 いったい、牙炎はどんなモンスターと戦術を使うんだ?


 そしてターンが、牙炎に移った。


「俺様のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 牙炎は引いたカードを確認すると、笑い出した。
「くくく……ひゃはははははは!」
「なにがおかしい?」
「あァん? たかだか1800程度のモンスターで様子見とは余裕じゃねェかよォ」
 ザンジを指さしながら、牙炎は言った。
 攻撃力1800は、4つ星モンスターでもかなり高い部類に入るはずだ。なのにどうして、そんなに余裕なんだ?
「俺様は手札から"クリムゾン・ナイト"を召喚するぜぇ!!」
「なっ!?」
 牙炎の場に炎が燃え上がる。
 その中から赤い騎士甲冑に身を包み、鋭い西洋風の槍を持ったモンスターが現れた。


 クリムゾン・ナイト 炎属性/星4/攻1900/守800
 【炎族・効果】
 1ターンに1度、このカードの攻撃力を700ポイントアップすることができる。
 この効果を使用したとき、自分は700ポイントのダメージを受ける。


「お前……!! クリムゾンシリーズを使うのか!?」
「あァ? 使っちゃわりィってのかァ?」
「…………」
 紅蓮の集団。クリムゾンシリーズ。高いステータスを持った炎属性・炎族で統一されたカード群だ。
 ライトロードと同時期に登場し、扱いが難しいテーマデッキのベスト3に入るカード群でもある。
 クリムゾンシリーズは高いステータスと強力な効果も持っている。だがそれらの効果は、使用したら自分にダメージが
飛んでくる諸刃の効果だ。サイキックのダメージ版……といった方が分かりやすいかも知れない。
 とにかくそのステータスと効果によって、必然的に短期決戦へと持ち込むことを目的としたカード群なのだ。
 当然、扱うのが難しすぎて使う人間は滅多にいない。
 実際に俺だって、相手にするのは初めてだ。
「ひゃはははは! おいおいおい、まさか安心なんかしていねェよなァ?」
「なに?」
「俺様のクリムゾンシリーズは、てめェの知ってるような甘っちょろいもんじゃねェんだよォ!!」
「……!?」
「"クリムゾン・ナイト"の効果発動!! このカードの攻撃力を700ポイントアップするぜェ!」
 紅蓮の騎士の持つ槍に、炎が灯った。
 それによって、騎士の攻撃力が大きく上がる。だがそれをすれば、牙炎のライフは――――

 クリムゾン・ナイト:攻撃力1900→2600
 牙炎:8000→8700LP

「なっ!?」
 信じられないことが起こった。
 効果を使用した代償として、牙炎のライフは700ポイント減るはずだった。
 それなのに、逆に回復している。何かカードを発動した訳じゃない。
 じゃあどうして…………いや……待てよ……。
「まさか……!」
 頭の中に、最悪のイメージが浮かんだ。
 まさか、牙炎の使う闇の世界は……!!
「あぁ気づいたか? 俺様の"欲望に染まる闇の世界"は、自分が受ける効果ダメージをすべて回復に変える


 欲望に染まる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 自分が受ける効果ダメージは無効になり、その数値分ライフポイントを回復する。



「そんな、それじゃあ……!」
 後ろで香奈が驚愕の声をあげる。俺も、驚きを隠せなかった。
 強力な効果を使う代わりにダメージを受けるクリムゾンシリーズ。自分が受ける効果ダメージをすべて回復に変える闇
の世界。これほどシナジーのある組み合わせが、他にあるだろうか。
 これで、伊月が負けた理由がはっきりした。
 シモッチバーンのキーカードである"シモッチの副作用"は、ライフ回復を効果ダメージに変える効果。一見すると無限
ループを起こしてしまいそうだが、本社の裁定によって無限ループは発動しない。そして、回復の効果は回復の効果とな
り、ダメージの効果はダメージの効果になる。
 クリムゾンシリーズは効果を使わなくても、高いステータスでビートダウンも可能だ。
 攻撃力の低い伊月のモンスターじゃ、勝てるはずもない。
「俺様に勝負を挑んだ時点で、てめェの運命は決まっちまってんだよォ!! バトル!!」
「っ…!」
 紅蓮の騎士が突撃し、武士を一気に貫いて燃やしてしまった。

 六武衆−ザンジ→破壊
 大助:8000→7200LP

「ぐぁぁ!!」
「大助!!」
「だ、大丈夫だ……」
「おいおい、まだまだ倒れんなよォ? 決闘はまだまだ始まったばかりなんだからよォ!! カードを2枚伏せてターン
エンド!!」
 牙炎のエンド宣言とともに、紅蓮の騎士の持つ槍に灯っていた炎が消えた。

 クリムゾン・ナイト:攻撃力2600→1900

------------------------------------------------------
 大助:7200LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
------------------------------------------------------
 牙炎:8700LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・ナイト(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
------------------------------------------------------

「俺の、ターン……」
 たった1ターンしか往復していないのに、状況はかなりまずいことになっていた。
 効果ダメージをすべて回復に変えるということは、牙炎はクリムゾンシリーズをすべて何の気兼ねもなく使用できると
いうことだ。ただでさえ強力なクリムゾンシリーズなのに、このまま放っておいたら、どんどんライフを回復されてしま
って取り返しのつかないことになってしまう。
 その前に、なんとかしないといけないな
「おいおい、てめぇのターンだぜ?」
「くっ……」
 余裕たっぷりの表情で、牙炎は言った。
 後ろで香奈が心配そうに見つめている。香奈もこの状況のまずさを理解しているのだろう。
「わりィがサレンダーなんかさせねェぜ?」
「そんなことするかよ。俺のターン、ドロー!!」(手札4→5枚)
 相手がクリムゾンシリーズで、ライフを回復していくというのなら長期戦にする意味はない。
 六武衆の展開力で、一気にライフを削りきるしかない!
「手札から"六武衆の結束"を発動する!!」
「あァ?」
 俺の背後に、緑色の光を放つ結束の陣が描かれた。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 六武衆専用のドローカード。これで手札を補充しつつ、モンスターを展開することが出来る。
「手札から"六武衆−イロウ"を召喚! さらに場に六武衆が1体いることで"六武衆の師範"を特殊召喚する!!」
 長髪の武士と隻眼の武士が颯爽と現れた。
 同時に後ろの結束陣も、大きく光り輝いた。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2

「"六武衆の結束"を墓地へ送って2枚ドロー!!」(手札2→4枚)
 後ろの陣が弾けて、新たな手札となった。
「ひゃははは! いいねいいねェ、そうこなくちゃなァ!!」
「……!! バトルだ! 師範で"クリムゾン・ナイト"に攻撃!!」
 隻眼の武士が刀を構えて、紅蓮の騎士へ突撃する。
「ちっ、くだらねェ。リバースカード発動だぜェ」


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「……!」
 紅蓮の騎士の前にバリアが現れて、武士の攻撃を弾いた。
 武士は険しい顔をしたまま、俺のところまで戻ってきた。
「そんなつまらねェ攻撃してくんじゃねェよ。俺様を誰だと思ってんだァ?」
 早めに決着をつけようとした思考を見抜いたように牙炎は言う。
 このターン、これ以上攻撃することは出来なくなってしまった。
「っ……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

------------------------------------------------------
 大助:7200LP

 場:六武衆−イロウ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
------------------------------------------------------
 牙炎:8700LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・ナイト(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------------

「ひゃははは!! 俺様のターン!! ドロー!!」(手札3→4枚)
 相手の場にはクリムゾン・ナイトが1体だけ。
 このターンを防ぐことが出来れば、次のターンで一気に――――
「俺様はてめぇの場にある2体のモンスターをリリースする!
「なっ!?」
 俺の場にいる武士達が、強制的にリリースされる。
「"溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム"をてめぇの場に攻撃表示で特殊召喚だ!!」


 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性/星8/攻3000/守2500
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に存在するモンスター2体をリリースし、
 手札から相手フィールド上に特殊召喚する。
 自分のスタンバイフェイズ毎に、自分は1000ポイントダメージを受ける。
 このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。


「わざわざてめェから2体もリリース要員を用意してくれてありがとよ。ひゃははは!!」
「くそ……!」
 油断した。炎属性にはこんなモンスターもいたんだった。
 だがこのモンスターの攻撃力は3000もある。これなら次のターンにいくらでも巻き返しができるはずだ。
「さァて、じゃあ邪魔者を消したところで、俺様のモンスターを返して貰うぜェ?」
「なんだと?」
「リバースカード発動だぜェ!!」
 牙炎がカードを発動した瞬間、俺の場にいる溶岩魔神が牙炎の場に移動した。


 洗脳解除
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分と相手の
 フィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る。


 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム→牙炎へコントロールが移る

「しまった……!!」
「ひゃははは!! わりィな。リリース要員を確保してくれるだけじゃなく、攻撃力3000のモンスターをプレゼント
してもらうなんて、てめェはマジで太っ腹だなァ! ひゃはは!」
 狂ったように牙炎は笑う。
 たった2枚のカードで、俺の場のモンスターはいなくなり、牙炎の場には攻撃力3000のモンスターが存在すること
になってしまった。
 これが牙炎の実力か。くそ、予想していたよりもずっと強い……!
「"クリムゾン・ナイト"の効果発動! このカードの攻撃力を700ポイントアップする。そして俺は700のダメージ
……いや、700ポイント回復するぜ」
「くっそ……!」
 再び紅蓮の騎士の槍を炎が纏った。同時に牙炎へ炎が向かうが、四方の柱がその炎を光に変える。
 そして牙炎のライフは回復した。

 クリムゾン・ナイト:攻撃1900→2600
 牙炎:8700→9400LP

「バトル!! クリムゾン・ナイトでダイレクトアタック!!」
 紅蓮の騎士の槍が、俺を貫いた。
「ぐあああああ!!」

 大助:7200→4600LP

 実際に槍で貫かれたわけではないが、それに相当する痛みが体を襲った。
 これで、ライフは残り半分近くしかなくなってしまった。
「いくぜぇ、ラヴァ・ゴーレムでダイレクトアタックだ!!」
 溶岩魔神が口から灼熱の炎を吐いた。
「まだだ! "ガード・ブロック"を発動する!!」
 俺の前に光の壁が現れて、灼熱の炎を防いだ。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「戦闘ダメージを0にして、デッキからカードを1枚ドローする!!」(手札3→4枚)
「なかなか踏ん張るじゃねぇか」
「当たり前だ!」
「ひゃは! そうこなくちゃなァ!! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 クリムゾン・ナイト:攻撃力2600→1900

------------------------------------------------------
 大助:4600LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
------------------------------------------------------
 牙炎:9400LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・ナイト(攻撃)
   溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム(攻撃)
   洗脳解除(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
------------------------------------------------------

「……俺のターン!!」(手札4→5枚)
 まだそんなにターンは経っていないはずなのに、状況はかなり不利だ。
 このまま放っておけば、牙炎のライフはどんどん回復していってしまう。
 はやく、なんとかしないと……!
「墓地のザンジとイロウを除外して、手札から"紫炎の老中 エニシ"を特殊召喚する!!」


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲーム
 から除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体
 を破壊する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事が
 できない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 六武衆−ザンジ→除外
 六武衆−イロウ→除外

「エニシの効果発動!! 俺はラヴァゴーレムを破壊する!」
 老中が剣の柄に手をかけて、目にも止まらぬ居合いを放った。
 真空の刃が溶岩のモンスターへ迫る。
「おっと、そうはさせねぇ。リバースカード発動」
 真空の刃が当たる寸前、牙炎のモンスターが光になって、牙炎に降り注いだ。


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム→墓地
 牙炎:9400→12400LP

「このカードでラヴァゴーレムをリリースして、攻撃力3000分のライフを回復させてもらったぜぇ」
「……!」
「ひゃはは、残念だったなぁ、せっかくのてめぇの策も無駄になっちまって」
「そうかよ」
 簡単に思い通りにはさせてくれないみたいだ。
 モンスター破壊の効果を使ったターン、エニシは攻撃できない。
 ここは、耐えるしかなさそうだ。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

------------------------------------------------------
 大助:4600LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃)
   伏せカード3枚

 手札2枚
------------------------------------------------------
 牙炎:12400LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・ナイト(攻撃)
   洗脳解除(永続罠)

 手札2枚
------------------------------------------------------

「ひゃは! 俺様のターン!!」(手札2→3枚)
 牙炎はカードを引くと、すぐに行動に移った。
「"クリムゾン・ナイト"の効果発動! 攻撃力700ポイントアップ! そして俺様のライフは700回復!」

 クリムゾン・ナイト:攻撃力1900→2600
 牙炎:12400→13100LP

「……!」
 来るのか……?
「そして"クリムゾン・ナイト"をリリースして、"クリムゾン・ルーク"をアドバンス召喚!!」
 紅蓮の騎士が炎に包まれて、武装した赤い戦車が出現した。
 キャタピラの部分を炎が纏っていて、砲台には紅蓮の炎が纏っている。


 クリムゾン・ルーク 炎属性/星6/攻2400/守2000
 【炎族・効果】
 このカードが破壊されて墓地に送られたとき、
 自分の場に「炎人トークン(星1・炎属性・炎族・攻0/守0)」を任意の数だけ特殊召喚できる。
 この効果で特殊召喚したトークン1体につき、自分は400ポイントのダメージを受ける。
 このトークンは炎属性モンスターのアドバンス召喚以外のリリースにすることができない。


「攻撃力2400か……」
 ナイトに比べたら、実質的な攻撃力は下がっている。
 これなら、いけるかもしれない。
「ひゃはは! バトルだ!!」
 砲台が動き、老中へと標準を向ける。
 そして、炎の弾丸が発射された。
「そんなことさせるかよ! 伏せカード発動だ!」
 途端に、戦車の大きさが半分になってしまった。


 収縮
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。


 クリムゾン・ルーク:攻撃力2400→1200

「迎撃しろ! エニシ!!」
 炎の弾丸を老中の刃が両断する。
 そのまま武士は高く飛び上がり、戦車を上から真っ二つに断ち切った。

 クリムゾン・ルーク→破壊
 牙炎:13100→12100LP

「チィ……だが"クリムゾン・ルーク"が破壊されて墓地へ送られたとき、俺様は任意の数だけトークンを特殊召喚して
その数だけ400ずつダメージを受ける!! 当然、俺様は5体を特殊召喚するぜぇ!! つーことで400×5体と
なり、合計2000ポイントのダメージを回復に変える」
 両断された戦車の中から、人型の炎達が現れる。
 それらは牙炎の前に横並びになり、守備体制をとった。


 炎人トークン 炎属性/星1/攻0/守0
 【炎族】
 このカードは炎属性以外のアドバンス召喚のためのリリースにはできない。


 炎人トークン×5→特殊召喚(守備)
 牙炎:12100→12500→12900→13300→13700→14100LP

「く……」
 せっかくダメージを与えたのに、さらに回復されてしまった。
 しかも相手の場には壁となるトークンが5体もいる。これじゃあ牙炎に攻撃を通すのが難しい。
 さすがクリムゾンシリーズってところか、厄介にも程がある。
「ひゃははは!! 俺様は、ターンエンドだ」

------------------------------------------------------
 大助:4600LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札2枚
------------------------------------------------------
 牙炎:14100LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎人トークン×5(守備)
   洗脳解除(永続罠)

 手札2枚
------------------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 これ以上、ライフを離されたら大変だ。
 なんとかできるカードがあるとしたら、これしかない。
「手札から"六武の門"を発動する!!」


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


 俺の背後に大きな門が出現する。
 そこには武士達の結束を示す陣が描かれている。
「ひゃははは、そんなカードでこの状況が覆せるとでも思ってんのかァ?」
「そうじゃなきゃ、発動していないだろ」
「ったく、生意気なガキだぜ。まぁそれぐらいあがいてくれねェとなァ!」
 牙炎はまだまだ余裕という感じで、笑っていた。
 たしかに状況は厳しすぎる。ライフ差はすでに3倍近くひらいていて、攻撃も通すのが難しい状況だ。
 けど、諦めるわけにはいかない。少しでも勝利に近づくために戦わないといけないんだ。
「バトル! エニシで炎人トークンを攻撃!」
 老中の居合い抜きが人型の炎を切り裂いた。

 炎人トークン→破壊

「たかが1体のトークンを倒したところで、いい気になってんじゃねぇよぉ」
 牙炎の言葉と同時に場にいる炎達がはしゃぐように飛び跳ねた。
 主人もモンスターも、俺を馬鹿にしているようだった。
「大助! 頑張りなさいよ!」
「分かってる」
 言われなくても、諦めるつもりなんかない。
 だがどうやったら、牙炎の戦略を封じることが出来るんだ?
「………ターン……エンド……」

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 大助:4600LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃)
   六武の門(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札2枚
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 牙炎:14100LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎人トークン×4(守備)
   洗脳解除(永続罠)

 手札2枚
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「俺様のターンだ。ドロー」(手札2→3枚)
 牙炎はカードを引いた瞬間、笑みを浮かべた。
「永続罠の"洗脳解除"を墓地に送って、"マジック・プランター"をするぜぇ」
「……! ドローカード……!!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 洗脳解除→墓地
 牙炎:手札2→4枚

「そして炎人トークンを2体リリースして、"クリムゾン・クイーン"をアドバンス召喚するぜぇ!」
 牙炎の場にいる炎達が光になる。その光が1つになり、中から紅蓮の女王が姿を現す。
 女王は真紅のドレスに身を包み、先端に炎の灯った双剣を装備していた。


 クリムゾン・クイーン 炎属性/星8/攻2800/守2500
 【炎族・効果】
 このカードが戦闘を行うとき、相手モンスターは攻撃表示になる。
 このカードの攻撃宣言時、相手の場に存在するモンスターを任意の数選択することで、
 選択したモンスター全てに攻撃することができる。
 このカードが破壊されたとき、墓地からレベル6以下の「クリムゾン」と名のつく
 モンスター1体を特殊召喚できる。
 この効果を使用したとき、自分は1000ポイントのダメージを受ける。


「こいつは攻撃時に選択した相手モンスター全てに攻撃することが出来る。つってもてめぇの場には1体しかいねぇか」
「っ……!」
「バトル!! クイーンでそこの老中を選択して攻撃だ!」
「くっ! 攻撃宣言時に、"死力のタッグ・チェンジ"を発動する!!」


 死力のタッグ・チェンジ
 【永続罠】
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターが戦闘によって破壊されるダメージ計算時、
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にし、そのダメージステップ終了時に手札から
 レベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


 女王は剣を構えて、素早く攻撃する。
 あっという間に斬られてしまった老中は、力無く倒れてしまった。

 紫炎の老中 エニシ→破壊

 だが俺へのダメージは、不思議な壁に遮られて届かない。
「"死力のタッグ・チェンジ"の効果で戦闘ダメージを0にして、ダメージステップの終了時に手札から"六武衆の御霊代"
を特殊召喚する!」
 老中が倒れたところに、肉体のない甲冑が姿を現した。
 そして俺の背後にある門も、新たな武士の登場を喜ぶように光り輝いた。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 大助:手札2→1枚
 六武の門:武士道カウンター×0→2

「ちっ、新たに特殊召喚されたモンスターは選択してねぇから攻撃できねぇ……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 牙炎が面倒くさそうに溜息を吐いた。

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 大助:4600LP

 場:六武衆の御霊代(守備)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   死力のタッグ・チェンジ(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
------------------------------------------------------
 牙炎:14100LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・クイーン(攻撃)
   炎人トークン×2(守備)
   伏せカード1枚

 手札2枚
------------------------------------------------------

 なんとかダメージは防ぐことができたが、依然として不利な状況は変わらない。
 それでも、負けるわけにはいかない。
「……俺のターン!! ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認して、すぐさまデュエルディスクに叩きつけた。
「"六武衆−ニサシ"を召喚する!!」
 緑色の召喚陣が描かれて、その中心から二刀流の武士が現れる。
 背後にある門も、大きく光り輝いた。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武の門:武士道カウンター×2→4

「さらに"六武の門"の効果で、武士道カウンターを4つ取り除いてデッキから"六武衆の師範"を手札に加える。さら
に今、手札に加えた師範を特殊召喚!!」
 二刀流の武士の隣に、隻眼の武士が現れた。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武の門:武士道カウンター×4→0→2
 大助:手札1→2→1枚

「さらに"六武衆の御霊代"を"六武衆−ニサシ"にユニオンする!」
 肉体にない鎧が分離して、二刀流の武士の体に装着される。
 強靱な鎧に身を包むことで、武士の力は少し大きくなった。

 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→1900 守備力700→1200

「御霊代を装備した六武衆が戦闘でモンスターを破壊したとき、デッキからカードを1枚ドローできる。さらにニサシは
他に六武衆がいるとき2回攻撃することができる!」
「ひゃはっ! なんだァ、手札補充が目的かよォ」
「なんとでも言え! バトルだ!! ニサシで炎人トークン2体に攻撃!!」
 武士は刀を構えて、踊る炎達へ斬りかかった。
「リバースカード発動だぁ!!」 


 次元幽閉
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。


「これでてめぇのモンスターは消えちまうなぁ!」
「させるかよ! 伏せカード発動!」


 トラップ・スタン
 【通常罠】
 このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「ちっ!」
「これで"次元幽閉"は無効だ!」
 素早い武士の刃が、瞬く間にトークン2体を切り裂く。
 装備された鎧の力によって、新たなカードが手札に舞い込んだ。

 炎人トークン→破壊
 炎人トークン→破壊
 大助:手札1→2→3枚

 クリムゾン・クイーンの攻撃力は2800もある。残った師範の攻撃力じゃ越えられない。
 だが、なんとか手札は補充できた。これでまだなんとかなるはずだ。
 でももし、牙炎が次のターンに何かしてきたら?
「ヒャハハハハハ、どォしたァ?」
「くっ……!」
 まずい。牙炎の戦術がどうしても破れない。
 いったい、どうしたら……。
 いや……考えていても、仕方ないな。
 今はやれるだけのことをやるしかない!
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」




episode30――希望を焼く紅蓮の炎――

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 大助:4600LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆の師範(守備)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態:ニサシに装備)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   死力のタッグ・チェンジ(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
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 牙炎:14100LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・クイーン(攻撃)

 手札2枚
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 決闘は中盤に差し掛かっていた。
 だが状況はかなり悪い。このターンで流れを引き戻さないと、取り返しのつかないことになりそうだった。
「ひゃははは! 俺様のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 牙炎の場には高い攻撃力を持ったモンスターがいる。
 けどあれさえ倒せれば、きっと勝てるはずだ。
「くくく、手札から"紅蓮の宝札"を発動するぜェ!」
「……!!」


 紅蓮の宝札
 【永続魔法】
 1ターンに1度、手札の炎属性・炎族モンスターを捨てることで
 デッキからカードを2枚ドローすることができる。
 この効果を使用したとき、自分は800ポイントのダメージを受ける。


「ここでドローカード……!!」
「わりぃなぁ。てめぇがドローするなら俺様もさせてもらうぜェ? 手札の"ヴォルカニック・バレット"を捨てること
でデッキからカードを2枚ドローする!」
 牙炎の手札の1枚が燃え上がり、さらなるカードとなって手札に舞い込む。
 そして燃え上がった炎が牙炎を襲うが、闇の力によって回復の光へと変換されてしまった。

 牙炎:手札2→1→3枚
 牙炎:14100→14900LP

「さらに"ヴォルカニック・エッジ"を召喚するぜぇ!」


 ヴォルカニック・エッジ 炎属性/星4/攻1800/守1200
 【炎族・効果】
 相手ライフに500ポイントダメージを与える事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。


「さぁさぁさぁ!! バトル!! クリムゾン・クイーンで師範とニサシを選択!! まずは師範に攻撃だぁ!!」
「だけど師範は守備表示だ! ダメージは――――」
「忘れたかぁ? "クリムゾン・クイーン"が戦闘を行うとき、相手モンスターは攻撃表示になるんだぜェ?」
「……!」
 女王の持つ双剣が、守備体勢をとる隻眼の武士へ向かう。
 隻眼の武士は体勢を変えて、攻撃態勢を取る。だが相手はそんなことも気にせずに、武士を炎の剣で切り裂いた。

 六武衆の師範:守備→攻撃
 六武衆の師範→破壊
 大助:4600→3900LP

「ぐっ……!!」
「さらにニサシへ向かって攻撃だぁ!!」
 隻眼の武士を倒した勢いで、紅蓮の女王は斬りかかった。
「手札の"六武衆の露払い"を捨てて、罠カード"ライジング・エナジー"を発動する!!」
 たまらず、カードを発動させる。
 迎え撃つ武士の体に、急激に力がみなぎった。


 ライジング・エナジー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。発動ターンのエンドフェイズ時まで、
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
 1500ポイントアップする。


 大助:手札2→1枚
 六武衆−ニサシ:攻撃力1900→3400

「ちっ、面倒なカードを使ってんじゃねぇぞ」
「そうかよ。迎撃しろニサシ!!」
 紅蓮の女王の剣をかわし、武士は素早い斬撃で反撃した。
 体を切り裂かれて、女王は悔しそうに膝をつき、倒れた。

 クリムゾン・クイーン→破壊
 牙炎:14900→14300LP

「ユニオン状態の御霊代の効果でカードを1枚ドローする!!」(手札1→2枚)
「ったく、うざってぇ……だがクイーンの効果発動だ。このカードが破壊されたとき、墓地のレベル6以下のクリムゾン
を特殊召喚する。この効果を使ったら、俺様は1000ダメージ。おっと、1000ポイントの回復だったなぁ」
 牙炎が嫌みな笑みを向ける。
 倒れた女王の体が燃え上がり、その灰の中から紅蓮の戦車が現れた。


 クリムゾン・ルーク 炎属性/星6/攻2400/守2000
 【炎族・効果】
 このカードが破壊されて墓地に送られたとき、
 自分の場に「炎人トークン(星1・炎属性・炎族・攻0/守0)」を任意の数だけ特殊召喚できる。
 この効果で特殊召喚したトークン1体につき、自分は400ポイントのダメージを受ける。
 このトークンは炎属性モンスターのアドバンス召喚以外のリリースにすることができない。


 牙炎:14300→15300LP

「メインフェイズ2に"ヴォルカニック・エッジ"の効果発動。てめぇに500ダメージだ」
 牙炎の場にいるモンスターの口から、炎が放たれる。
 炎は武士達を越えて、俺の体に直撃した。
「ぐぁ…!!」

 大助:3900→3400LP

「ひゃはは、カードを1枚伏せて、ターンエンドだァ」
 牙炎のエンドフェイズと共に、ニサシの増幅した力は元に戻った。

 六武衆−ニサシ:攻撃力3400→1900

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 大助:3400LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆の御霊白(ユニオン状態:ニサシに装備)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   死力のタッグ・チェンジ(永続罠)

 手札2枚
------------------------------------------------------
 牙炎:15300LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・ルーク(攻撃)
   ヴォルカニック・エッジ(攻撃)
   紅蓮の宝札(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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「俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 また相手の場に厄介なモンスターが戻ってきた。
 だがまだ終わっていない。まだ手はある。
「場の"死力のタッグ・チェンジ"を墓地に送って、手札から"マジック・プランター"を発動する!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 死力のタッグ・チェンジ→墓地
 大助:手札2→4枚

「おいおいおい、またドローカードかよォ」
「悪かったな。手札から"六武衆−ヤイチ"を召喚する!!」
 青色の召喚陣が描かれて、中心から弓矢を携えた武士が現れた。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武の門:武士道カウンター×2→4

「そしてヤイチの効果発動!! お前の伏せカードを破壊する!!」
「ひゃははは!! じゃあ俺様はリバースカードをチェーンするぜぇ」
「……!?」
 牙炎は笑いながら、伏せてあるカードを発動した。


 火霊術−「紅」
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「それは……!」
 あのサバイバル決闘で俺がやられたカード。こいつ、皮肉を込めて使っているのか?
「ひゃは! 俺様は"ヴォルカニック・エッジ"をリリースして、てめぇに1800のダメージを与える!」
「……!!」
 牙炎の場にいるモンスターが炎となって襲ってくる。
 対抗するカードは、もちろん無かった。
「ぐあああああっ!!!」

 ヴォルカニック・エッジ→墓地
 大助:3400→1600LP

「大助!!」
 香奈が叫んだ。俺も倒れそうになる体を、なんとか踏ん張らせた。
「っ……大丈夫だ」
 くそっ、さっきから思うように決闘を進められない。しかもライフは残り少ししか無い。
 いつになったら、牙炎にまともなダメージを与えられるんだ……?
「……俺は"六武の門"の武士道カウンターを4つ取り除いて、"六武衆の師範"を墓地から手札に加えて、そのまま特殊
召喚する!」

 六武衆の師範→特殊召喚(攻撃)
 六武の門:武士道カウンター×4→0→2

「そして"一族の結束"を発動する!!」


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。


 六武衆−ニサシ:攻撃力1900→2700
 六武衆−ヤイチ:攻撃力1300→2100
 六武衆の師範:攻撃力2100→2900

「ほォ……ちったぁマシになったじゃねぇか」
「バトル!! 師範で"クリムゾン・ルーク"に攻撃!」
 結束によって力を増した隻眼の武士の刃が、戦車を切り裂いた。

 クリムゾン・ルーク→破壊
 牙炎:15300→14800LP

「何回やりゃあ分かるんだよォ。ルークが破壊されたことで、俺様は5体のトークンを特殊召喚して、それによって発生
する2000のダメージを回復に変える!」
 破壊された戦車の中から、炎人トークンが一気に5体も姿を現した。

 炎人トークン×5→特殊召喚(守備)
 牙炎:14800→15200→15600→16000→16400→16800LP

「そんな……! またライフが回復した……!?」
「くっ、まだだ! ニサシでトークン2体を攻撃!」
 素早い刃が、トークンを切り裂いた。そして御霊代の効果によって、俺はさらにドローする。

 炎トークン×2→破壊
 大助:手札2→3→4枚

「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

------------------------------------------------------
 大助:3400LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆−ヤイチ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武衆の御霊白(ユニオン状態:ニサシに装備)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
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 牙炎:16800LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎人トークン×3(守備)
   紅蓮の宝札(永続魔法)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「よーやく、まともなモンスターが来たな。いいぜェその調子で戦ってくれやァ!!」
 牙炎は楽しそうに笑いながら、デッキからカードをドローした。(手札1→2枚)
「墓地にある"ヴォルカニック・バレット"の効果発動!! 500ライフポイントを払ってデッキから同名カードを
手札に加える!」


 ヴォルカニック・バレット 炎属性/星1/攻100/守0
 【炎族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、500ライフポイントを払う事で
 デッキから「ヴォルカニック・バレット」1体を手札に加える事ができる。
 この効果は1ターンに1度だけ自分メインフェイズに使用する事ができる。


 牙炎:16800→16300LP
 牙炎:手札2→3枚(ヴォルカニック・バレットをサーチ)

「そして"紅蓮の宝札"の効果で、"ヴォルカニック・バレット"を捨ててデッキから2枚ドロー! そして800ライフ
を回復ゥ!!」
「……!!」
 牙炎の手札が、補充されていく。しかも同時進行でライフまで回復していた。

 牙炎:手札3→2→4枚
 牙炎:16300→17100LP

「そして炎人トークン2体をリリースし、"クリムゾン・キング"をアドバンス召喚する!!」
 小さな炎達が燃え上がり、大きくなった炎の中から紅蓮の王が姿を現す。
 そいつは炎の王冠を頭に乗せ、巨大な盾を構えて俺を睨み付けた。


 クリムゾン・キング 炎属性/星9/攻2100/守3000
 【炎族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 1ターンに1度、墓地にいる炎属性モンスターを特殊召喚できる。
 この効果を使用したとき、自分は1000ポイントのダメージを受ける。
 自分フィールド上に存在する他の炎属性モンスターが効果の対象になったとき、
 そのカード効果を無効にして破壊することができる。
 この効果を使用したとき、自分は800ポイントのダメージを受ける。


「"クリムゾン・キング"の効果で、墓地の"クリムゾン・クイーン"を復活させるぜェ!」
「なっ!?」
 紅蓮の王の隣に、先程倒れた女王が蘇る。
 まさか、やっと倒せたモンスターをこんな簡単に蘇生させるなんて……。
「ただしこの効果を使ったら1000ポイントのダメージを受けるがなぁ……俺様にとっちゃ嬉しい限りだぜェ?」

 牙炎:17100→18100LP

「そしてクイーンでヤイチとニサシを選択して、攻撃だァ!!」
「っ!」
 紅蓮の女王の双剣が、弓矢を構えた武士と二刀流の武士に襲いかかる。
 片方はやられてしまったが、もう片方は装着していた鎧に助けられて一命を取り留めた。

 六武衆−ヤイチ→破壊
 六武衆の御霊白→破壊(身代わり効果)
 大助:1600→900→800LP
 六武衆−ニサシ:攻撃力2700→2200 守備力1200→500

「ぐっぁぁ!!」
「ひゃはははは!! もう残りあと少ししかねェじゃねェか。そんなんで大丈夫なのかァ?」
「くっ……!」
「もう少し踏ん張ってくれよォ? じゃねェとつまんねェからなァ。俺様はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

------------------------------------------------------
 大助:800LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
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 牙炎:18100LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・キング(攻撃)
   クリムゾン・クイーン(攻撃)
   炎人トークン(守備)
   紅蓮の宝札(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚
------------------------------------------------------

「俺のターン……」
 残りライフはわずか800しかない。このターンでなんとか出来なければ、負ける!
 頼むぞ、俺のデッキ。あのカードを引かせてくれ……!
「……ドロー!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを、恐る恐る確認した。

 …………来た!!

「手札から2枚目の"六武の門"を発動する!!」
「あぁ?」


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「そして伏せカード、"諸刃の活人剣術"を発動!! この効果で墓地にいるヤイチと露払いを特殊召喚!!」
 二つの陣が描かれて、その中心から二人の武士が現れた。


 諸刃の活人剣術 
 【通常罠】
 自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時にこの効果によって特殊召喚したモンスターを破壊し、
 自分はその攻撃力の合計分のダメージを受ける。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


 六武の門:武士道カウンター×2→4
 六部の門:武士道カウンター×0→2

「ヤイチの効果発動! お前の伏せカードを破壊する!!」
 武士の弓矢が一直線に牙炎のカードへ向かう。
 青い光を纏った矢は、確実にそのカードを破壊した。
「そして"六武衆の露払い"の効果発動! ヤイチをリリースすることで、"クリムゾン・キング"を破壊する!!」

 六武衆−ヤイチ→墓地
 クリムゾン・キング→破壊

「さらに師範をリリースして、お前の場にいる"クリムゾン・クイーン"を破壊だ!!」
 法衣を被った女武士が祈る。すると、隣にいる隻眼の武士の体が刃となって、紅蓮の女王を貫いた。

 クリムゾン・クイーン→破壊

「ひゃはは! 無駄だぜぇ? クイーンの効果で墓地の"クリムゾン・ルーク"を特殊召喚する! そして俺様は1000
ポイントのライフを回復だァ」
 倒れた女王の体が燃えて、中から紅蓮の戦車が現れた。

 クリムゾン・ルーク→特殊召喚(攻撃)
 牙炎:18100→19100LP

「関係あるかよ! "六武の門"のカウンターを4つ取り除いて、墓地にいる師範を回収! そして特殊召喚だ!」
 俺の場に、先程クイーンを貫いた武士が再び現れる。

 六武衆の師範→特殊召喚(攻撃)
 六武の門:武士道カウンター×4→0→2
 六部の門:武士道カウンター×2→4

「あぁん? てめぇ、まさかこれは……」
「そうだ! 六武の門で師範を回収して特殊召喚してカウンターを溜め、露払いの効果でリリースしてお前のモンスター
を破壊する! つまり、モンスター破壊の無限ループコンボだ!!
「ちっ……! てんめェ!!」
「いくぞ! 露払いの効果で師範をリリースして、お前の場にいる全てのモンスターを破壊する!!」
 法衣を被った女武士の祈りによって、武士が刃となって牙炎のモンスターを貫く。
 リリースしてばかりの師範に敬意を払いながら、俺は無限ループコンボを発動した。
 
 クリムゾン・ルーク→破壊
 炎人トークン×4→破壊
 六武の門:武士道カウンター×2→4→………×2
 六武の門:武士道カウンター×4→0→………×4
 牙炎:19100→19500→19900→20300→20700→21100LP

「ちぃ…!」
「やったわ! 牙炎の場ががら空きになる!」
 香奈の言うとおり、牙炎の場には炎人トークン1体しかいない。
 だが俺の場には"諸刃の活人剣術"で特殊召喚した露払いがいる。こいつを残しておけば、エンドフェイズに露払いは
破壊されて、その攻撃力分のダメージを受けてしまう。露払いには悪いけど、フィールドに残ってもらうわけにはいか
ない。
「最後に"六武衆の露払い"自身をリリースして、最後の炎人トークンを破壊する!」

 六武衆の露払い→墓地
 炎人トークン→破壊

「このクソガキがァ……!!」
 これで牙炎の場はがら空き。そして俺の場には"一族の結束"で攻撃の上がったニサシと師範が存在している。この2体
の攻撃なら、一気に牙炎のライフを削ることが出来る!
「バトルだ!! "六武衆−ニサシ"で直接攻撃!!」
 刀を構えて、勢いよく武士は牙炎へ突撃する。
 ニサシはその刀を大きく振りかぶり、牙炎の体を切り裂いた。
「がぁあぁあああ!!」 
 牙炎が大きく、悲鳴を上げた。






 牙炎:21100→23300LP

「なっ!?」
 そんな……馬鹿な……!? どうしてライフが回復して――――
どォしたァ? ちったァ希望が持てたかァ?
 牙炎は驚く俺を見ながら、大きく笑った。
 いったい何があった? たしかにニサシの攻撃は、牙炎に当たったはずなのに……。
「俺様の場をもう1度よく見てみろ」
「なに?」
 牙炎の場を見る。するとそこには、1枚のカードが発動されていた。


 ダメージチェンジ
 【永続罠】
 このカードがフィールドに表側表示で存在するかぎり、
 プレイヤーが受ける戦闘ダメージはカード効果によるダメージとして扱い、
 カード効果によるダメージは戦闘ダメージとして扱う。


「戦闘ダメージを、効果ダメージにするカード!?」
 だからニサシの攻撃分のライフが回復したのか。だがどうやって発動したんだ?
 相手の場にカードはなかったはずなのに……。
「ひゃははは! 不思議そうだなァ。俺様は墓地にあるこのカードを発動したんだぜェ」
 そう言って牙炎は、墓地にあったカードを見せつけた。


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。



「それは伊月のカード……!」
「ひゃははは! 俺様が白夜のカードを使っちゃいけねェってかぁァ? てめェも可哀想になァ、せっかくのチャンスを
仲間のカードに邪魔されちまったんだもんなァ! ひゃはははは!!」
「くっ……!!」
 さっきヤイチが破壊した伏せカードは"堕天使の診察"だったのか……!
「この効果を使用した"堕天使の診察"はデッキに戻る。ついでに、てめぇのライフも2000回復するぜェ? 良かった
じゃねェか。これでもう少し楽しませてくれんだろォ? ひゃはははは!!」

 堕天使の診察→デッキへ戻る。
 大助:800→2800LP

「さぁさぁさぁ、どうすんだァ? このまま攻撃すんのかぁ? つってもそうすれば俺様は回復しちまうけどなァ!」
「……! メインフェイズ2に、"六武の門"のカウンターを4つ取り除いて、デッキからカモンを手札に加える!」

 六武の門:武士道カウンター×4→0
 大助:手札3→4枚

「……俺はまだ、通常召喚をしていない……。モンスターをセットして、ターン……エンド……」

------------------------------------------------------
 大助:2800LP

 場:六武衆−ニサシ(攻撃)
   六武衆の師範(攻撃)
   裏守備モンスター1体
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   一族の結束(永続魔法)

 手札3枚(そのうち1枚は"六武衆−カモン")
------------------------------------------------------
 牙炎:23300LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   紅蓮の宝札(永続魔法)
   ダメージチェンジ(永続罠)

 手札1枚
------------------------------------------------------

「なんだなんだァ? 何も出来ないってかァ? ひゃはははは!! 俺様のターン!」(手札1→2枚)
 俺をあざ笑いながら、牙炎がカードを引く。
 そして引いたカードを確認した瞬間、その顔がニヤリと不気味に笑った。
「まずは墓地にいる"ヴォルカニック・バレット"の効果発動。500ライフを払って、デッキから同名カードを手札に
加える!」

 牙炎:23300→22800LP
 牙炎:手札2→3枚(ヴォルカニック・バレットをサーチ)

「そして"紅蓮の宝札"の効果で、手札にいる炎属性の"ヴォルカニック・バレット"を捨てて、デッキからカードを2枚
ドローする! ついでに800ポイントのダメージを回復に変えるぜェ」(手札3→2→4枚)
「く……!」
 再び牙炎の手札が補充され、ライフの値が上昇した。

 牙炎:22800→23600LP

「そして"死者蘇生"を発動!! 墓地にいる"クリムゾン・クイーン"を特殊召喚!!」
「……!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 聖なる光が降り注ぎ、紅蓮の女王が再び現れる。
 くそっ、また厄介なモンスターを召喚されてしまった……!
「そして手札からチューナーモンスター、"クリムゾン・ポーン"を召喚だぜェ!!」
「なっ!?」
 女王の隣に、紅蓮の兵が参上する。
 紅の軍隊服に身を包み、小さな体で小銃を構えていた。


 クリムゾン・ポーン 炎属性/星2/攻1000/守1000
 【炎族・チューナー】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を対象にとって発動する。
 そのモンスターのレベルを1下げて、攻撃力を500下げることができる。
 この効果を使用したとき、自分は500ポイントのダメージを受ける。
 また、このカードがシンクロ召喚に使われたとき、デッキの上からカードを1枚ドローする。


「まさか、シンクロ召喚……!」
「いくぜェ! レベル8の"クリムゾン・クイーン"にレベル2の"クリムゾン・ポーン"をチューニング!!」
 紅蓮の兵の体が燃え上がり、光の輪となって女王の身を包む。
 途端に炎が燃えさかり、その炎の中から、紅蓮の皇帝が姿を現す。
シンクロ召喚!! すべてを消し去れ! "クリムゾン・エンペラー"!!


 クリムゾン・エンペラー 炎属性/星10/攻3500/守2800
 【炎族・シンクロ/効果】
 「クリムゾン・ポーン」+チューナー以外の炎属性モンスター
 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
 1ターンに1度、相手の場に存在するカードをすべて破壊できる。
 この効果を使用したとき、自分は2000ポイントのダメージを受ける。
 このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
 バトルフェイズの間だけその相手モンスターの効果は無効化される。


「こ、これって……!」
「これが牙炎の切り札か……!」
 炎のマントを肩にかけ、巨大な剣を持って君臨する紅蓮の皇帝。
 輝かしい紅の鎧を付けて、強靱な肉体ですべてを破壊できそうな迫力が感じられた。
「"クリムゾン・ポーン"がシンクロ召喚に使われたことで、俺様はデッキから1枚ドローする」(手札2→3枚)
「また、手札補充を……!」
「ひゃははは!! そしてエンペラーの効果発動!! 1ターンに1度、相手の場のカードをすべて破壊する!!」
「なっ……!?」
 紅蓮の皇帝が、剣に炎を纏わせる。
 その剣を大きく振りかぶり、俺の場めがけて振り下ろした。
 そこから放射状に炎が広がり、俺のカードをすべて破壊し尽くしてしまった。

 六武衆−ニサシ→破壊
 六武衆の師範→破壊
 ネクロ・ガードナー→破壊
 六武の門×2→破壊
 一族の結束→破壊

「ぐっ……!!」
 破壊された衝撃が、こっちにまで伝わってきた。
「……"六武衆の師範"は相手のカード効果で破壊されたとき、墓地にいる六武衆1体を回収できる! 俺はこの効果で
墓地にいる師範を手札に戻す!」(手札3→4枚)
「この全体破壊の効果を使ったとき、俺様は2000ポイントのダメージを受ける。"ダメージ・チェンジ"の効果によ
って効果ダメージは戦闘ダメージとして扱われるから、"欲望に染まる闇の世界"で回復に変換はできねェ……」

 牙炎:23600→21600LP

 ダメージを受けたにもかかわらず、牙炎は少しだけ顔を歪めただけだった。
「っかァ〜なかなか効くじゃねェか。まァおかげで、てめぇの場はがら空きだけどなァ」
「……!!」
「安心しな。すぐに仲間も同じように消してやるよォ!! バトル!!」
 紅蓮の皇帝が再び剣を振りかぶった。
「……!! 大助ぇ!!」
「くっそ、墓地の"ネクロ・ガードナー"を除外して、相手の攻撃を無効にする!!」


 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


 ネクロ・ガードナー→除外

 紅蓮の皇帝が剣を振り下ろし、炎が襲ってくる。
 だが俺の前に不思議な壁が出現し、攻撃は通らなかった。
「ちっ、セットモンスターがそいつだったかァ……まぁいいか。次のターンに決めりゃあなァ!」
「まだだ……!」
「ひゃははは! まだ言うかよォ。いいぜェ、せいぜいあがけやァ!! ターンエンド!!」

------------------------------------------------------
 大助:2800LP

 場:なし

 手札4枚("六武衆−カモン"と"六武衆の師範"が1枚ずつ)
------------------------------------------------------
 牙炎:21600LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・エンペラー(攻撃)
   紅蓮の宝札(永続魔法)
   ダメージチェンジ(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------------

「俺の……ターン……!」(手札4→5枚)
 引いたカードを手札に加えて、状況を確認する。
 紅蓮の皇帝の攻撃力は3500もある。今の手札に、あのモンスターを倒すカードは存在していない。
 それなら……。
「手札から"六武衆−カモン"を召喚! さらに場に六武衆がいることで、"六武衆の師範"を特殊召喚!! そして場に
六武衆が2体いるから"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!!」


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「ひゃはははは!! おいおいおい、全力ですってかァ? そうだよなァ、エンペラーを相手にすんだから、それぐらい
してくれねぇと、割に合わねぇよなァ!!」
 余裕の態度は気に入らないが、今はこれしか手がない。
 相手のエンペラーの効果はたしかに強力だが、ダメージ・チェンジのおかげでダメージに変わっている。少しでも凌い
で、牙炎のライフを削るしかない。
「カモンの効果発動!! お前の場にある"紅蓮の宝札"を破壊する!」
 赤い鎧を着た武士が爆弾に火を付けて、牙炎の場めがけて投げる。
 その爆弾は放物線を描いて、牙炎のカードを破壊した。

 紅蓮の宝札→破壊

「ひゃは! まずはドローカードから潰すってかァ?」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」


 そして、ターンが牙炎に移った。


「俺様のターン、ドロー!!」(手札3→4枚)
 牙炎は引いたカードも確認せずに、すぐに行動に移った。
「いくらモンスターを並べたところで、エンペラーの前じゃ紙クズ同然なんだよォ!! エンペラーの効果発動! 相手
の場にあるカードをすべて破壊する!!」
「……! 伏せカード発動!」


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。


「この効果で紫炎をリリースして、その攻撃力2500ポイントのライフを回復する!!」
 皇帝の炎が焼き尽くす寸前で、将軍の体が光になって降り注いだ。

 六武衆−カモン→破壊
 六武衆の師範→破壊
 大助:2800→5300LP

「ちっ、エンペラーの効果によって、俺様は2000のダメージを受ける」
「俺だって、破壊された師範の効果によって、師範を手札に加える!」

 牙炎:21600→19600LP
 大助:手札1→2枚(六武衆の師範を回収)

「……ひゃはは、そォいうことかよォ。そうやってギリギリで防いで、俺様のライフを減らそうってかァ?」
「……!!」
 作戦が見破られてしまった。
「ひゃはは!! いいねいいねェ、そういう無駄なあがきを見るのは大好きだぜェ!!」
「お前……!!」
「バトルだ!! エンペラーでダイレクトアタック!!」
「くっ! 手札から"バトル・フェーダー"を特殊召喚して、バトルフェイズを終了させる!!」(手札2→1枚)


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


 小さな悪魔が、手に持った鐘を鳴らす。
 そこから発する特殊な音波によって、紅蓮の皇帝は攻撃を中断した。
「ひゃはは! まだ粘るかよぉ」
「当たり前だ!!」
「ひゃははははは!! 俺様はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

------------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:バトル・フェーダー(守備)

 手札1枚(六武衆の師範)
------------------------------------------------------
 牙炎:19600LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   クリムゾン・エンペラー(攻撃)
   ダメージチェンジ(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------------

「ひゃはははははは!! さぁさぁさぁ、どんな足掻きを見せてくれるンだよォ?」
「くっ……!」
 状況は悪い。手札も場も、牙炎の方に多くカードが存在している。
 俺の手札は"六武衆の師範"のみ。次のドローで、なんとかしないと……。
「あぁん? どォしたァ? まさかここまできて、助けてくれなんていわねェよなァ!」
「……言うわけ無いだろ。俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 望みを賭けて引いたカードを、恐る恐る確認した。
 ……これなら……もしかして……。
「俺は"バトル・フェーダー"をリリースして"六武衆の師範"をアドバンス召喚する!」
 小さな悪魔が光に包まれて、隻眼の武士が姿を見せた。
「"バトル・フェーダー"は場を離れるとき、除外される……」

 バトル・フェーダー→除外

「ひゃはっ! またその武士かよォ。そんな雑魚モンスターじゃあ、俺様のカードには勝てねぇぜェ?」
「そうかよ。カードを1枚伏せて、ターンエンド!!」


 そして牙炎のターンになった。


「俺様のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 牙炎は余裕の表情でカードを引き、俺を睨み付けた。
「さぁて、サービスタイムは終わりだぜェ?」
「なに?」
「俺様は自分でライフを削ってやるのは、このターンが最後だって、言ってんだよォ!」
 そう言って牙炎は、手札のカードをデュエルディスクに叩きつけた。


 クリムゾン・ビショップ 炎属性/星4/攻1800/守1000
 【炎族・効果】
 1ターンに1度、デッキの中からカードを1枚選択し、デッキをシャッフルしたあと
 選択したカードをデッキの一番上に置くことができる。
 この効果を使用したとき、自分は600ポイントのダメージを受ける。


「新しいクリムゾンか……!」
「その通りだぜェ! ビショップの効果発動! デッキからカードを選択して、デッキトップに置く! 俺様はこの効果
で"ダブル・サイクロン"をデッキトップに置くぜェ。そして俺様は600ポイントのダメージだ」
 紅蓮の聖職者が、手に持った杖を振る。
 すると牙炎のデッキから1枚のカードが選び出され、デッキの一番上に置かれた。

 牙炎:19600→19000LP

「これでデッキトップは確定したぜェ?」
「でも、それを引くのは次のターンのはずだ!」
「あぁん? 言っただろォが。ダメージを受けるのはこのターンだけだってなァ! リバースカード発動だぜェ!」


 強欲な瓶
 【通常罠】
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「……! しまった……!」
「この効果によって俺様はデッキからカードを1枚ドロー!」(手札3→4枚)
 固定したデッキトップが、相手の手札に入る。
 牙炎は嫌らしい笑みを浮かべながら、カードをデュエルディスクに叩きつけて発動した。


 ダブル・サイクロン
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚と、
 相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを破壊する。


「この効果で、うざってェ"ダメージチェンジ"ごと、てめぇの伏せカードを破壊するぜェ! 残念だったなァ。てめぇ
の場は今度こそがら空きだァ」
「……」
 心の中でガッツポーズをとる。

 ―――この時を……牙炎が俺の場の伏せカードを破壊しようとするのを待っていたんだ!―――

「"ダブル・サイクロン"にチェーンして、罠カード"グレイモヤ不発弾"を発動する!」


 グレイモヤ不発弾
 【永続罠】
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 選択したモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。
 このカードが破壊された時、選択したモンスターを破壊する。


「この効果で俺は"クリムゾン・エンペラー"と"クリムゾン・ビショップ"を選択する! そして"ダブル・サイクロン"
の効果で"グレイモヤ不発弾"は破壊される。そして、このカードが破壊されたとき、選択した2体のモンスターを破壊
する!!」
「なんだとォ!?」
 強烈な旋風によって、俺の場に置いてあった爆弾が吹き飛ばされる。
 その爆弾は放物線を描いて牙炎の場に落ち、凄まじい爆発を引き起こした。

 ダメージチェンジ→破壊
 グレイモヤ不発弾→破壊
 クリムゾン・ビショップ→破壊
 クリムゾン・エンペラー→破壊

「これで、がら空きになったのはお前の方だ!!」
 牙炎を見据えて、指を突きつける。
 強力なカードを操ることで生まれた一瞬の隙をついたんだ。これで、まだ状況は分からない。
「……………」
 牙炎は目を閉じて、心なしか顔を伏せた。
 まさかショックを受けているのか? いや、そんなはずは――――

「くくっ」

 その口から漏れた笑み。
「ひゃははははははは!! ハーハッハハハッハハッハ!! ヒャーハハハハハハハ!!」
 次の瞬間、牙炎は両腕を広げて、狂ったように笑いだした。
 不気味な笑いが、フィールド全体を包み込む。
「な、なによあいつ。どうしちゃったのよ!?」
「わ、分からない……」
 俺も香奈も、どうしてあそこまで笑っているのか分からなかった。
 ただ、背筋に嫌な汗が流れているのがよく分かった。香奈も拳を握りしめていて、不気味さを感じているようだ。
「ヒャハハハハハハ!! いいねいいねいいねェ!! そォ来なくちゃ面白くねェよ!! これでよォやく、俺様も全力
で戦えるってもんだァ!!!」
「なに!?」
 今までの戦いは、全力を出していなかったってことか?
 そんな馬鹿な。たしかクリムゾンシリーズの切り札は、クリムゾン・エンペラーだったはずだ。それを倒せたんだから
もう牙炎に切り札は残っていないはずだ。
 それとも、まだ他に切り札があるって言うのか?
「負け惜しみ言ってんじゃないわよ! あんたの切り札は大助が倒したわ!! もうあんたに手はないはずよ!」
 香奈が大声で怒鳴る。
 たしかに負け惜しみなのかも知れない。いや、そうであって欲しい。もしエンペラー以上のカードを出されたら、今度
こそ本当にどうしようもない。
「ヒャハハハハ! どォ思うかはてめぇらの勝手さァ。だがなァ、俺様には、神がまだ残っているんだぜェ?」
「なに!?」
「ヒャハハハ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだァァ!!」

------------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆の師範(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 牙炎:19000LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚
------------------------------------------------------

「……俺のターン……ドロー」(手札0→1枚)
 牙炎は言った。俺にはまだ神が残っている、と。
 神って、まさか闇の神のことか? そんな、たしかにアイツは俺と香奈が倒したはずなのに……。
 いや、たしか闇の神を召喚するには、墓地にレベル1から10までのモンスターがいないと駄目だったはずだ。少なく
ともその条件は満たされていない。
 それならまだ、大丈夫のはずだ。
「怖じ気づくんじゃないわよ。大助」
「分かってる。万が一、闇の神があるとしても、召喚される前に倒せばいいんだろ?」
「……分かってるなら、さっさと倒してきなさいよ」
「ああ。バトル!! 師範で直接攻撃だ!!」
 隻眼の武士が刀を構えて、牙炎へと斬りかかった。
「リバースカードを発動だぜェ!!」
「……!!」
 斬りかかろうとした師範の前に、炎の壁が出現する。
 その壁に阻まれたせいで、師範は牙炎を切り損ねてしまった。


 紅蓮の守護防壁
 【永続罠】
 相手モンスター1体の攻撃を無効にできる。
 この効果を使用したとき、自分は800ポイントのダメージを受ける。


 牙炎:19000→19800LP

「ヒャハハハハ!! わりぃなァ。また回復させて貰ったぜェ?」
「くっそ……!」
 "くず鉄のかかし"の永続罠版ってことか。
 このままじゃ、あのカードを破壊しない限り攻撃が通らない。
「さぁさぁさぁ、どォすんだよォ?」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
「よォく、噛みしめておけよォ? これから絶望のターンしか続かねだろうからなァ」
 牙炎は不気味に笑いながら、そう言った。



 ―――そして、牙炎のターンになる―――。



「俺様のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 いったい、牙炎は何をするつもりなんだ?
 闇の神を召喚する条件は、満たされていないはずなのに……。
「ククク……ヒャハハハハハハ!! てめぇの足掻き、なかなか笑えて楽しかったぜェ? 楽しませてくれた礼に、俺様
の究極のカードを見せてやるよォ!!」
「……!?」
 周りを囲む闇の色が、さらに濃くなった。
「俺様は墓地にいる炎属性モンスター10体を除外し、"GT−業火の雛鳥"を特殊召喚!!


 GT−業火の雛鳥 炎属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT(ゴッドチューナー)】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードは自分の墓地に存在する炎属性モンスター10体を除外したときのみ
 特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 1ターンに1度、墓地に存在するレベル10のシンクロモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚できる。
 この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効になり、攻撃力は0になる。


「なっ!?」
 目を疑ってしまった。
 GTだと……!? そんなモンスターが、他にもいたのか!?
「そして"GT−業火の雛鳥"の効果発動。墓地から"クリムゾン・エンペラー"を特殊召喚!!」
 紅の雛鳥が、その小さな体を羽ばたかせた。
 地面から業火が燃え上がり、紅蓮の皇帝が蘇った。

 クリムゾン・エンペラー→特殊召喚(攻撃)
 クリムゾン・エンペラー:効果無効。攻撃力3500→0

「ヒャハハハ!! いくぜェ! レベル10の"クリムゾン・エンペラー"に、レベル2の"GT−業火の雛鳥"をチュー
ニング!!」
 羽ばたいた紅の雛鳥が燃え上がり、無数の炎の輪に変化する。
 炎の輪は紅蓮の皇帝の体を包み込み、その姿が見えなくなった。
 次の瞬間、赤い光の柱が立ち、その輝かしい閃光がフィールドを支配した。

「ゴッドシンクロ!! すべてを焼き尽くせ!! "炎の神−クリムゾン・フェニックス"!!」

 その赤い光の柱が消え、灼熱の炎を司る不死鳥が、姿を現した。


 炎の神−クリムゾンフェニックス− 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−業火の雛鳥」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードがフィールドを離れたとき、自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚する。
 またこのカードがフィールドを離れるとき、フィールド上に存在するすべてのモンスターを破壊する。
 各プレイヤーは、破壊された自分のモンスター1体につき500ポイントのダメージを受ける。
 自分の場にいるモンスターが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、
 そのモンスターの代わりに、このカードがその効果を受ける。
 このカードの効果は無効にされず、コントロールも変更されない。


「……!! な、なんだ……!? こいつ……!?」
「な、なによ、これ……!?」
 俺も香奈も、言葉を失ってしまった。
 夏休みの戦いで経験した、神のモンスター独特の威圧感。そして神の名にふさわしい凶悪かつ強力な効果。
 熱気がこっちまで伝わってくる。これ以上近づけば、焼かれてしまうかも知れない。
「ヒャハハハハハハハ!! いいねいいねいいねェ!! その絶望の表情を待ってたんだぜェ?」
「……!!」
 牙炎の場を見つめる。
 全身がまるで炎のように燃え上がる不死鳥は、部屋一杯にその巨大な翼を広げている。
 金色にも見えそうな毛色の体からは、弾けるように炎が跳ねる。俺達を威圧するかのように、甲高い声で叫びながら、
青い瞳で睨み付けてくる。
 神独特の威圧感のせいか、体が一気に重くなったような気がした。香奈もそれを感じているのか、辛そうな表情をして
いた。
「ヒャーハッハッハッハハハハハ!!! せいぜい頑張れよォ! バトル!!」
「っ……!!」
 意識が決闘の方へ戻される。
 不死鳥が翼を羽ばたかせた。舞い散る羽が炎に変化し、一斉に隻眼の武士へと襲いかかる。
「ま、まだだ!! 伏せカード発動!!」
 隻眼の武士の体を、不思議な壁が包み込んだ。


 ドレインシールド
 【通常罠】
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 大助:5300→10300LP

「ひゃははははは!! ライフを回復して凌ぎましたってかァ? いいね、その調子で頑張ってくれよォ。せっかく俺様
が切り札を出してやったんだァ。それぐらい粘ってくれなきゃあ、話にならねェもんなァ!!」
「……!!」
 攻撃を防がれたことなど、どうでも良さそうに牙炎は笑った。
 なんとかギリギリで攻撃は防げた。だが、防いだところでどうするっていうんだ?
 あの炎の神を、倒す方法なんて、存在するのか?
「ヒャハハハハ!! ターンエンドォ!!」

------------------------------------------------------
 大助:10300LP

 場:六武衆の師範(攻撃)

 手札0枚
------------------------------------------------------
 牙炎:19800LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎の神−クリムゾン・フェニックス(攻撃)
   紅蓮の守護防壁(永続罠)

 手札2枚
------------------------------------------------------

「大助……大丈夫?」
 香奈が心配そうに見つめてきた。
 大丈夫だとは言い難かったが、こいつに不安を与えたくなかった。
「多分、なんとかなる……はずだ。俺のターン、ドロー!!」(手札0→1枚)
 一縷の望みをかけて、カードを引いた。
 俺はそのカードを確認して、すぐに場にセットした。
「カードを1枚伏せて、師範を守備表示にして、ターン……エンド……」
「ヒャハハハ!! 防ぐことしか出来ませんよってかァ?」
「……………」
 言い返すことも、出来なかった。




「ヒャハハハ、俺様のターン!!」(手札2→3枚)
 余裕の表情を保ったまま、牙炎はカードを引いた。
 それに対して俺は、まったく余裕がない。ライフポイントは10300あるとはいえ、あの炎の神の前ではすぐに削り
取られてしまう数値だ。
「さァ、ショータイムの幕引きだぜェ!」
 そう大声を出しながら。牙炎はカードを発動した。


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「……!!」
「これで、てめぇの伏せカードを壊させてもらうぜェ?」
「させるかよ! チェーンして伏せカード"活路への希望"を発動する!!」


 活路への希望
 【通常罠】
 自分のライフポイントが相手より1000ポイント以上少ない場合、
 1000ライフポイントを払って発動する事ができる。
 お互いのライフポイントの差2000ポイントにつき、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 大助:10300→9300LP

「この効果で、ライフ差2000ポイントにつき、俺はカードを1枚ドローできる! 俺とお前のライフ差は10500
ポイント。よってデッキからカードを5枚ドローする!!」(手札0→5枚)
 デッキの上から5枚の手札を補充する。
 まさしくこの決闘に活路への希望を開けるように、わずかな可能性に賭けて、カードを引いた。
「ヒャハハハ!! 一気に5枚ドローとは、やってくれるじゃねェか。じゃあこっちもそろそろ本格的に攻めさせてもら
うぜェ!!! 手札から"ビッグバン・シュート"を発動し、炎の神に装備させる!!!」
「……!!」


 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。


 炎の神−クリムゾン・フェニックス:攻撃力5000→5400

「攻撃力5400の貫通だって!?」
「ヒャハハハハ!! バトル!! そのウザってェ師範に攻撃ィ!!」
 不死鳥が炎の翼を羽ばたかせる。舞い散る羽が膨大な炎に変化して、隻眼の武士を再び狙う。
 武士は灼熱の炎に焼き尽くされて、勢いを失わない炎の波は、そのまま俺に襲いかかった。
「ぐあああああああああああああああああ!!!???」

 六武衆の師範→破壊
 大助:9300→4700LP

 全身が焼き尽くされたかのような感覚に襲われた。
 体から力が抜けて、倒れてしまった。
 この決闘内で受けた最大のダメージ。そして神からの攻撃によるダメージ。今までで受けたダメージの中でも、最大級
のダメージだった。
「ぐぁ……くっ……!」
「大助ぇ!!」
 香奈が駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫……だ……!」
 体に力を入れて、なんとか立ち上がる。
 視界が一瞬だけ歪んだ。体もふらついた。だが、倒れているわけにはいかなかった。
「ヒャハハハハ!! ずいぶん苦しそうじゃねェかァ!!」
「……そう、かよ……!」 
 いつの間にか、息が切れていた。
 想像以上のダメージで、体力も削られてしまったらしい。
「ヒャハハ!! いい加減、楽になりてぇかァ? そこの商品を俺様に渡せば、命ぐらいは助けてやってもいいぜェ?」
 香奈を指さしながら、牙炎は言った。
 俺は香奈を背に隠して、言い返す。
「ふざけるな! 香奈を、商品になんてさせてたまるかよ!」
「おいおいおい……熱いのもいい加減にしてくれよォ。そいつの記憶をぶっ飛ばせば、10億っていう大金が手に入るん
だぜェ?」
「10億……? そんな金、どこから……!」
「ヒャハハハ!! 俺様には心優しい協力者がいるんだよォ。実はそこの女を狙ったのもソイツからの依頼でなァ。成功
したら10億、いや、もっと出してもいいって言っているんだぜェ?」
「ふざけるな! 金のためなら、他人を犠牲にしていいなんて、あっていいはずがないだろ!! どうしてそこまでして
金に執着するんだよ!」
 ここまでの計画を実行してきたんだ。
 依頼があったとはいえ、牙炎が行動する何かしらの理由があるはずだ。じゃないと、こんなこと出来るはずがない。
「答えろ!! どうしてこんなことをしてまで、金を手に入れようとするんだ!」
「………………」
 牙炎は俺を見ながら、少しだけ俯いた。
 その拳が握りしめられて、ブルブルと震えていた。
「聞きたいかァ?」
「…………」
「ちっ、仕方ねェなァ……じゃあ聞かせてやるよォ……」
 牙炎は俯いたまま、話し始めた。
「実はなァ、俺には昔、生き別れた妹がいてなァ…………………」
 最初の言葉を口にして、牙炎は黙り込んだ。





















「なぁんて言うとでも思ったかァ?」



「……!?」
「ヒャハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハッハハ!!!!! 馬鹿じゃねェかァ? 理由なんざ考えるまでも
ねェだろォ? 世の中、金が全てだ。それが欲しいなんて思うのに理由なんか必要なのかぁ?」
「お前……!」
 牙炎の表情は不気味だった。
 欲望にまみれた顔で笑いながら、牙炎は俺達を見据えている。
「愛だの友情だの、そんな1円にもならない物なんざいらねェんだよォ。金さえありゃあ、この世の全てが買えんだよ。
知らねぇなら教えてやろうかァ? 命も記憶も感情も、金で簡単に買えるんだぜェ?」
「そんなことあるわけ――――」
「実際に、武田や吉野以外の、俺様の部下になったほとんどの人間は、大金を積まれて俺様に従っていたんだぜェ?」
「なっ!?」
 武田や吉野以外のほとんどの人間は……金で雇われていたのか?
 本当に牙炎は、金で他人を動かしていたっていうのかよ……!
「ヒャハハハハ!! 金こそが人間の持つ最強の力だァ!! 金さえありゃあ、世の中は何でも思い通りになんだよォ。
俺様ワァ!! 欲しい物はすべて、この力で手に入れてみせるぜェ!!」
「……………」
 歪んでる。心の底から、そう思った。
 牙炎はただ金のためだけに、自分の欲望を満たすためだけに、闇の力を使い、他人を平気で傷つけている。
 だからこそ、今まで会ったどの敵よりも恐ろしく感じてしまった。
「そもそもよォ。クズの命に価値なんざねぇェだろうが。むしろこうして俺様が金に換えてやろうって言ってんだぜェ?
価値のない存在を、金っていう価値のあるものに換えてやってんだ。泣いて感謝して欲しいくらいだぜェ」
「ふざけんじゃないわよ! そんな……そんな理由で琴葉ちゃんを傷つけるなんて、あんたの方がクズよ!!」
「あぁん?」
「香奈の言うとおりだ。たしかに、食べ物を買うのだって、学校に通うのだって、カードを買うのだって全部、金が必要
だ。だけど、だからってお前が、他人を犠牲にしていい理由にはならないだろ!! 金のためだと? ふざけんな。そん
な理由で、他人を傷つけるな。他人を殺そうとするな!!」
 こんなやつに負けたくない。いや、負けるわけにはいかない。
 こいつに負けたら、香奈は間違いなく記憶を消されて、犠牲になってしまう。
 それだけは、させるわけにはいかない!
「ヒャハハハハハ、おもしれぇこと言うじゃねぇかァ。これから消える人間の台詞にしちゃ上等だぜェ?」
「……!!」
「俺様はカードを1枚伏せて、ターンエンドだァ!」

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 大助:4700LP

 場:なし

 手札5枚
------------------------------------------------------
 牙炎:19800LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎の神−クリムゾン・フェニックス(攻撃)
   ビッグバン・シュート(装備魔法)
   紅蓮の守護防壁(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札0枚
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「ハァ…………ハァ…………!」
 息が乱れている。くそっ、さっきのダメージが思ったよりも効いているみたいだ。
 でもまだ立てる。手札もある。諦めるわけにはいかない!!
「大助……」
 香奈の手が、俺の袖を掴む。
 不安なのかどうかは分からないが、いつもより掴む力が強い気がした。
「大丈夫だ」
「でも……!」
「分かってる。なんとかしてみせる。だから、安心して待ってろ」
 香奈の手を離して、デッキの上に手をかけた。
「俺のターン!! ドロー!!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を見つめながら、戦略を考える。
 たしかに"炎の神−クリムゾン・フェニックス"は強力だ。だが闇の神に比べたら、対処法はたくさんある。
 幸いにも、炎の神には魔法・罠・モンスター効果による耐性は何もない。完全自己再生能力があるからだ。
 だが、その発動条件はフィールドから離れたときに発動する。つまり破壊しても、除外しても、墓地に送っても、エク
ストラデッキに戻しても効果が発動してしまう。
 だがそれは、表側表示で存在するときだけの話だ。
 それなら――――!!
「俺はモンスターをセットして、カードを3枚伏せる!!」
 残りのデッキは10枚を切っている。牙炎のライフを考えれば、このチャンスを逃せば勝機はない。
 だから、次のターンが勝負だ!
「俺はこれで……ターンエンドだ!!!」
「ヒャハハハハハ!! いいねいいねェ、お前は最高におもしれェよ。その礼に最悪のフィナーレでてめぇらをあの世へ
送ってやるぜェ!!!」
 牙炎が楽しそうに笑うと、さらに周りの闇が濃くなる。
 その中で俺は、まっすぐに牙炎を見据えたまま、3枚の伏せカードに望みを懸けた。




episode31――想いが重なるその時に――

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 大助:4700LP

 場:裏守備モンスター1体
   伏せカード3枚

 手札2枚
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 牙炎:19800LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎の神−クリムゾン・フェニックス(攻撃)
   ビッグバン・シュート(装備魔法)
   紅蓮の守護防壁(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札0枚
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 欲望に染まる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 自分が受ける効果ダメージは無効になり、その数値分ライフポイントを回復する。

 炎の神−クリムゾンフェニックス− 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−業火の雛鳥」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードがフィールドを離れたとき、自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚する。
 またこのカードがフィールドを離れるとき、フィールド上に存在するすべてのモンスターを破壊する。
 各プレイヤーは、破壊された自分のモンスター1体につき500ポイントのダメージを受ける。
 自分の場にいるモンスターが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、
 そのモンスターの代わりに、このカードがその効果を受ける。
 このカードの効果は無効にされず、コントロールも変更されない。

 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。

 紅蓮の守護防壁
 【永続罠】
 相手モンスター1体の攻撃を無効にできる。
 この効果を使用したとき、自分は800ポイントのダメージを受ける。


 決闘は終盤に差し掛かっていた。
 悪い状況は依然として変わらず、ライフの差は4倍以上にまで開いている。
 だがそれでも、諦めるわけにはいかなかった。
「ヒャハハハハハ!! 俺様のォ、ターン!!!」(手札0→1枚)
 牙炎はカードを引く。
 俺は伏せてあるカードに目をやった。今すぐ発動しても意味は無い。それに、牙炎がどんな手で攻撃してくるか分から
ない。だから、バトルフェイズで発動して相手の意表をつくしかない。
「俺様は"紅蓮の守護防壁"をコストに、"マジック・プランター"を発動するぜェ」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 紅蓮の守護防壁→墓地
 牙炎:手札0→2枚

「ヒャハハ!! てめェの命運も、どォやらここまでみてェだぜェ?」
「そんなこと……させるかよ……!」
 息が乱れる。今までのダメージが、思ったよりも効いているみたいだ。
 早く決着をつけないと、こっちの体が保たない。
「さらに俺様は、デッキワンサーチシステムを使用するぜェ」
「……! デッキワンカードを……持ってたのか!?」
 まずい。これは予想外だ。
 ただでさえ炎の神が強力なのに、デッキワンカードまで出されたら……!
 いや、大丈夫のはずだ。この3枚の伏せカードがあれば、どんな戦術だって凌ぐことが出来る。
「デッキワンサーチシステムで、俺様はデッキワンカードをサーチ!!」(手札2→3枚)
《デッキからカードを1枚ドローしてください》
 デュエルディスクから流れる音声に従って、俺もカードを引いた。(手札2→3枚)
「そして、デッキワンカード"不死鳥の聖域"を発動!!」
「……!!」
 牙炎の場に、不思議な魔法陣が描かれた。
 古代に開発されて、現在に受け継がれているような、そんな不思議な雰囲気を持っている。


 不死鳥の聖域
 【永続魔法・デッキワン】
 炎属性モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分の場にモンスターが召喚・特殊召喚・反転召喚されたとき、
 自分フィールド上に可能な限り「不死鳥トークン」(星1・炎属性・炎族・攻守0)を特殊召喚する。
 このトークンが破壊されたとき、1体につき相手に500ポイントのダメージを与える。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 炎属性モンスターの戦闘によって発生する自分へのダメージは0になる、
 また、自分の場に存在する魔法・罠カードが破壊されるとき、
 自分のモンスター1体を破壊することでその破壊を無効にできる。


「ヒャハ! 手札から"クリムゾン・ボード"を召喚するぜェ!!」
「また新しいモンスターか……!」


 クリムゾン・ボード 炎属性/星3/攻0/守2000
 【炎族・効果】
 1ターンに1度、自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
 フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力の半分のダメージを相手に与えることができる。
 この効果を使ったとき、自分は1000ポイントのダメージを受ける。


「モンスターが召喚されたことで、俺様の場に"不死鳥トークン"が空いているモンスターゾーンに特殊召喚されるぜェ」
 牙炎の場に、正方形のマス目が並べられている、チェスの盤のようなモンスターが現れた。
 一見すると壁にしか見えないモンスターだが、よく見るとマス目のところに赤い目がついている。
 さらに、新たなモンスターが召喚されたことで、牙炎の場に描いてある魔法陣が光り輝いた。
 魔法陣から小さな炎の鳥が出てきて、相手の場に並んだ。

 不死鳥トークン×3→特殊召喚(守備)

「これで、俺様の鉄壁の布陣は、完成だァ!」
「そうかよ」
「ヒャハハ!! 生意気なガキだぜェ。まずは"クリムゾン・ボード"の効果発動。このカードを守備表示にすることで
場のモンスター1体の攻撃力の半分のダメージを相手に与えるぜェ!! つまりフェニックスの攻撃力5000の半分
である2500ポイントのダメージだァ!! この効果を使ったら、俺様は1000ポイントのダメージを受ける。だ
が闇の世界によって回復に変換!」
「なっ!?」
 チェス盤のモンスターのマス目から、無数の火炎弾が放たれる。
 それらの炎は一気に俺へ襲いかかった。
「ぐああああああああああ!!!」

 大助:4700→2200LP
 牙炎:19800→20800LP

「ぁ……くっ……そ……!」
「おいおいおい、随分苦しそうじゃねェかァ!! もっと痛めつけんだからよォ、まだまだ立っててもらわねェと困るん
だぜェ?」
 牙炎が笑い、紅蓮の不死鳥が攻撃態勢に入った。
 俺は神経を集中させて、その攻撃に身構える。
「これで終わりだぜェ。"炎の神−クリムゾン・フェニックス"で、そのモンスターに攻撃だァ!!!」
 不死鳥が翼を広げて、羽ばたいた。
 貫通効果を付加する"ビッグバン・シュート"が装備されている不死鳥の攻撃を喰らえば、間違いなく俺は負ける。
 だけど、そう簡単に攻撃を通すわけないだろ。
「伏せカード発動だ!!」


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


「あァん?」
「フィールドから離れた時に発動する効果はモンスターが表側表示の時だけだ。裏側のまま破壊すれば、場を離れるとき
に発動する効果は使用できない! 六武衆なら、裏側のまま破壊できる効果を持つ武士がいる。これなら次のターンに、
絶対帰還能力も、全体破壊とバーン効果も突破できる!」
「なんだとォォォォ!?」
 月のマークが描かれた本から、淡い光が放たれる。
 それは紅蓮の不死鳥に襲いかかり、その姿を――――
「ヒャハハ!! だと思ったぜェ?」
「……!?」
「リバースカード、発動だァ!!」


 生贄の祭壇
 【通常罠】
 自分フィールド上のモンスター1体を選択して墓地に送る。
 このモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。


「そ、それは……!」
「ひゃはははは!! ざまァみろォ。これでフェニックスをリリースして、"月の書"の効果は不発!! そして俺様は
"炎の神−クリムゾン・フェニックス"の攻撃力分、つまり5000ポイントのライフを回復だァ!!」
 爆風が不死鳥を吹き飛ばす直前、不死鳥の体が光になって降り注いだ。
 牙炎は驚愕する俺を見ながら、その降り注ぐ光を浴びて大きく笑った。

 炎の神−クリムゾン・フェニックス→場から離れる
 ビッグバン・シュート→破壊
 牙炎:20800→25800LP

「そして"炎の神−クリムゾン・フェニックス"が場を離れたことで、フィールドのモンスターをすべて破壊。そして互い
のプレイヤーは破壊された自分のモンスター1体につき、500ポイントのダメージを受ける!!」
「そ、そんな……」
「てめぇの場にモンスターは1体、俺様の場にモンスターは4体。よっててめェは500、俺様は2000のダメージだ
ァ。良かったなァ。500しかダメージを受けずに済んでよォ」
「く……!!」
 紅蓮の不死鳥が消えた瞬間、辺りに灼熱の炎が巻き起こった。
 それは場にいる全てのモンスターを飲み込み、プレイヤーにも襲いかかる。

 六武衆−イロウ→破壊
 クリムゾン・ボード→破壊
 不死鳥トークン×3→破壊
 大助:2200→1700LP
 牙炎:25800→26300→26800→27300→27800LP


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


「ぐぁあ!!」
「さらに"不死鳥トークン"が破壊されたとき、1体につき500ポイントのダメージを相手に与える!! 俺様の場で
破壊されたトークンは3体! よって合計1500ポイントのダメージだァ!!」
「ぐっ……!」
 破壊された火の鳥が火炎となって、一気に俺へ襲いかかった。
「ぐああああああああ!!!」

 大助:1700→1200→700→200LP

「そして"炎の神−クリムゾン・フェニックス"は自身の効果で場に攻撃表示で特殊召喚される!!」
 先程光になった紅蓮の不死鳥が、再び炎の中から蘇る。
 同時に、モンスターが特殊召喚されたことで、牙炎の場に描かれている魔法陣から、火の鳥が4体現れた。

 炎の神−クリムゾン・フェニックス→特殊召喚(攻撃)
 不死鳥トークン×4→特殊召喚(守備)

 紅蓮の不死鳥と、4体の火の鳥。悠然と立ち塞がるその姿が、神々しくもあり不気味でもあった。
「クリムゾン・フェニックスはバトルフェイズ中の特殊召喚だから攻撃もできる。おやおやァ? いつの間にかてめェの
場はがら空きだなァ?」
「……お前……!」
「ヒャハハハハハ!! バトル!!」
 紅蓮の不死鳥が再び羽ばたいた。
 無数の炎が、一斉に俺へ襲いかかる。
「くっそ……!!」
 たまらず、伏せカードを開いた。


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。


 大助:200→100LP

「この効果で、墓地にいるザンジ、師範、御霊白、露払い、カモンを守備表示で特殊召喚する!!」
 俺の場に巨大な召喚陣が描かれて、その陣から5人の武士が姿を現した。
 だが炎の神の前に、武士達は仕方なく守備体勢をとっている。
「ヒャハハ! じゃあ"六武衆の師範"に攻撃だぁ!!」
 紅蓮の翼から放たれた炎が、隻眼の武士を焼き尽くした。

 六武衆の師範→破壊

「ぅ……!」
 破壊された衝撃が、体に響く。
 不意に、体がふらついた。視界も霞んで、前がよく見えなくなる。
「おいおいおい、攻撃防いだからって安心してんじゃねェぞオ!」
「な……に……?」
「メインフェイズ2に俺様はこのカードを発動するぜェ!!」


 エクトプラズマー
 【永続魔法】
 各プレイヤーは自分のターンのエンドフェイズ時に1度だけ、
 自分フィールド上の表側表示モンスター1体をリリースし、
 元々の攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える。


「それ……は……!!」
「そしてターンエンドォ!! エンドフェイズ時に炎の神をリリースして、モンスターをすべて破壊!! そしててめェ
にダメージを与えるゥ!」
「……!! 手札の"大将軍 紫炎"を捨てて、"ホーリーライフバリアー"を発動する!!」(手札3→2枚)


 ホーリーライフバリアー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。
 このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする


 灼熱の炎が再びフィールドを埋め尽くし、全てのモンスター達を焼き払った。
 だが俺に襲いかかってきた炎の塊は、聖人達によって作られたバリアによって弾かれた。

 六武衆−ザンジ→破壊
 六武衆の御霊白→破壊
 六武衆の露払い→破壊
 六武衆−カモン→破壊
 不死鳥トークン×4→破壊
 牙炎:27800→28300→28800→29300→29800LP

「ヒャハハハハハ!! やるじゃねェかァ!! 3枚もカードを使って、俺様の攻撃を防ぐなんてよォ!!」
「だ、大助……!」
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
「苦しそうだなァ!! 心配すんなァ、次のターン、一気にてめェを灰にしてやんよォ!!」
 場から一旦離れた紅蓮の不死鳥が、何事もなかったかのように元の姿で現れる。
 同時に4体の火の鳥が、不死鳥の周りを飛び回った。

 炎の神−クリムゾン・フェニックス→特殊召喚(攻撃)
 不死鳥トークン×4→特殊召喚(守備)

 そして、エンドフェイズが終わり、牙炎のターンが終わった。

------------------------------------------------------
 大助:100LP

 場:なし

 手札2枚
------------------------------------------------------
 牙炎:29800LP

 場:欲望に染まる闇の世界(フィールド魔法)
   炎の神−クリムゾン・フェニックス(攻撃)
   不死鳥トークン×4(守備)
   不死鳥の聖域(永続魔法・デッキワン)
   エクトプラズマー(永続魔法)

 手札0枚
------------------------------------------------------

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!!」
 くそ、なんでだ……!? 視界がぼやける。
 落ち着け、冷静に状況を整理しろ。なんとか、牙炎のターンは防ぐことができたみたいだ。だが俺の場にカードは残っ
ておらず、さらにライフ差は大きく広がっている。
 手札は2枚しかない。そして、相手の場には……炎の神が……存在……して…………。
「っ!」
 体がぐらついた。
 やばい。今の状況もそうだが、体力が限界だ。
「どォしたァ? まさか限界なのかァ?」
「そんなわけ……ないだろ……!! まだ……終わっ…て……!」
 力が抜けて、膝をついてしまった。
 なんでだ。どうして、力が入らないんだ。いくら闇の決闘によるダメージだからって……こんなはずは……。
「いい加減諦めろよォ。こっちもそろそろ飽きてきたぜェ? もともと俺様に勝てるわけねェんだからよォ!!」
「ふざ……けるな……!」
「あぁん?」
 全身に力を入れた。

「……お前がいくら強くても……どんなにライフポイントの差があっても………どれだけ炎の神が強力だとしても、俺が
諦める理由には……ならない!!」

 負けるわけにはいかないんだ。
 香奈を助けるために……守るためにここまで乗り込んできたんだ。ここで倒れたら……みんながしてくれたことが全部
…………無駄になってしまう。
 だから……このまま……倒れる……わけ……に………は………………。
「…ぁ……」
 体が力を失って、俺は地面に倒れてしまった。
 なんでだ? どうして、体に力が入らないんだ……?
「大助!!」
 香奈が寄ってきて、体を揺すった。
「ぐっ!!」
 その瞬間、全身に痛みが走った。くそ、どうしてこんなに傷ついているんだ。
 いくら牙炎の持つ闇の力が強くたって、こんなことになるはずがないのに……。
「ひゃははは! おいおいおい、大口叩いても、体の方が限界みてェだなァ!!」
「なっ……大助に何をしたのよ!」
「何をした? ククク…馬鹿じゃねェのかァ? そいつが今までどれくらいダメージを受けたか分かってんのかァ?」
「え?」
 今まで受けたダメージだと? そんなの………………まさか……!
「ヒャハハハハハァ!! そのガキが受けたダメージは、合計で16300ポイント!! とっくに普段の決闘で受ける
ダメージの容量を超えてんだよォ。しかもそいつは16300を一撃で喰らったんじゃなく、じわじわと受け続けていた
んだぜェ? 仮にライフはあっても、肉体へのダメージは尋常じゃねェはずだァ」
「そ、そんな……! 大助、あんたまたそんな無茶してたの!?」
「…………」
 無茶していなかったと言えば嘘になる。
 合計ダメージが10000を越えた辺りから、体が悲鳴を上げているのは分かっていた。
 でもまさか……立つことも出来ないほどのダメージになるなんて、思っても見なかったんだ。
「ヒャハハハハハ!! 所詮てめェの命運なんざァ、その程度なんだよォ!! ヒャハハハハッハハハハッハハハッハハ
ハハハッハハハハッハハハッハハッハッハハッハハ!!!」
「ふ…ざ……けんな……!」
 痛みが走る全身に、無理矢理力を入れる。
 ここで立たないでいつ立ち上がるって言うんだ。ここで勝てなきゃ、香奈を……守れないだろ…!!
「ぐっ……」
 なんとか体を起きあがらせようとするが、どうしても立てなかった。
 本当に……限界だった。
 度重なるダメージ、そして相手のライフがどんどん回復していく精神的なダメージ。そして神の攻撃による強烈なダメ
ージ。そのすべてが今になって全身への負担となってのしかかってきてしまった。
 戦う気力があっても、もはや体が動くことを拒否していた。
「ひゃははははは!! なんだぁ? 散々ほざいてその程度かよぉ」
「くっ……!!」
 駄目だ。本当に………もう………体が………。
「大助! しっかりして!!」
 香奈が再び体を揺する。
「ぐ!」
 たったそれだけでも、痛みが発生した。
 視界も霞んで、目蓋も、重くなってきていた。
「大……助……」
 香奈の弱々しい声が聞こえた。
「ヒャハハハハハ、どうやら終わりみてェだな。てめェはそこに這いつくばって、俺様を見上げてろォ」
「……! まだ……だ……!!」
 負けるわけにはいかない。立ち上がらなきゃいけないのに、その力が残っていない。
 くそ、視界が霞む。向かい合う牙炎の顔が見えない。
 本当に……もう限界なのか……? また俺は……香奈を守れないのか……?
「大助……!!」
「香……奈……」
「ひゃはははは。おいそこの女ァ。どうすんだァ?」
 牙炎がなぜか楽しそうに笑いながら、香奈に言った。
 その間に、何度も力を入れようとしたが、体を立ち上げるほどの力は出なかった。
「俺様も鬼じゃねェ。てめェが黙って俺様の商品になるってならァ、その男を見逃してやらないでもないぜェ?」
「なん、だと……!」
 こいつ、傷ついた俺を利用して、香奈のことを……!!
 ふざけんな。そんなこと、そんな最悪の結末なんて、あってたまるかよ……!
「……本当……に?」
「……! 香奈……やめろ……!」
 香奈がゆっくりと立ち上がった。
 引き止めたかったが、香奈の腕を掴む力すら、俺には残っていなかった。




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「本当に……助けてくれるの……?」
 私が尋ねると、牙炎は下卑た笑みを浮かべながら答えた。
「あぁ。てめェの答えしだいだけどなァ」
 私の隣で、大助がボロボロになって倒れている。
 医学には詳しくない私でも、ひと目で重傷だって分かるくらい、大助が傷ついている。
 服の所々が焦げているし、地面に倒れたときに出来た擦り傷とかもたくさんある。何より、大助はもう立ち上がれない
くらいの量のダメージを受けている。
 これ以上、決闘を続けたら間違いなく大助は死んでしまう。決闘内容も絶望的で、もう……勝てる可能性は0に近い。
 私が牙炎についていって……それで大助が助かるなら………それなら………。
「やめ……ろ……」
 大助が、声を振り絞るように言った。
 そんなボロボロな状態で言われても、辛いだけだった。
「……大助は……最後まで、頑張ったわよ……だから、もう…………」
「ふざ……けんな…! 仮に、お前が犠牲になって……みんなが助かったとしたって、そんなことされて、薫さんや本城
さん、俺が感謝するとでも……思ってんのかよ!?」
「……そんなの、分かってるわよ」
 言われなくても、分かってる。みんな、感謝なんかするわけない。それに、もしここで身を差し出したところで、牙炎
が大助を助けてくれる保証なんてない。
 最悪の場合、私があっちへ行った瞬間、牙炎は大助にトドメをさすかもしれない。
 でも……少しでも、大助が助かる可能性があるのなら……助けられる可能性があるなら……。
「ふざけてなんかないわよ。大助は、もう十分戦ってくれた。私と一緒にいようとしてくれた。それだけで――――」

 それだけで――――本当に……十分なの……?

 胸に、そんな想いがよぎった。

「行くな……香奈……!!」
 大助は必死に立ち上がろうとしている。
 けどやっぱりダメージが酷くて、立ち上がれない。
「ぁ……」
 口から、言葉がこぼれそうだった。

 頑張って。
 立ち上がって。
 負けないで。

 そんな言葉を言いかけてしまった。
「っ…!」
 右手を強く握る。
 やっぱり、そうなんだ。私は……大助に立ち上がって欲しい。立ち上がって、牙炎を倒して欲しいと思っている。
 けど、それがもう無理だとも思っている。
 大助はもう限界。ほんの少しでもダメージを受ければ、死んでしまう。
 ここで私が犠牲になる以外、大助が助かる道はないのに、私は………大助に立ち上がって欲しいと願っている。いつも
みたいに立ち上がって、そして、勝って欲しい。いつまでも、一緒にいて欲しいって願ってる。

 大助が死んだと思っていた時、琴葉ちゃんと一緒に眠っているときに、何度も見た夢。
 私が救って欲しいと願ったことで、大助が死んでしまう夢。

 私は、夢の中で勝手に助けを求めている自分が嫌いだった。大助が傷ついているのに、勝手に言葉を並べている自分が
嫌だった。だから、たった四文字しかない言葉を言ってはいけないんだと思った。そんなことをする資格は、私にはない
と思っていた。
「大助……」
「……香奈……俺は大丈夫だ……!」
 大助はまだ必死に立ち上がろうとしている。
 ボロボロになった体で、牙炎に勝とうとしている。
 必死に私を、守ろうとしてくれている。
「おいおいおい、どォすんだァ?」
 痺れを切らしたかのように、牙炎が尋ねてきた。

 もう……長く考える時間はなさそうだった。

「……私は……」
 大助を失いたくない。たとえ記憶がなくなったって、死ぬ訳じゃない。生きていればいつかまたどこかで、大助と巡り
会えるかもしれない。一生会えないとしても、どこかで生きていると分かっていれば、安心できるかもしれない。
 でもここで大助の方に行けば、きっと大助も私も死んでしまう。目の前で大助がいなくなるのだけは、嫌だ。
 だけど………それよりもっと嫌なのは………。
「私は……!」
 胸の前に拳を作る。
 目を閉じて、自分の気持ちを確認する。
 私は……大助を失いたくない……消えて欲しくない……。

 でもそれ以上に、私は大助と一緒にいたい。
 ほんの少しの間だったとしても、側にいて、笑っていたい。

 ―――誰がなんと言ったって、それが、私の本当の気持ち―――。

「大助」
「……?」
 できることなら、もっと大助と一緒にいたい。これから先も、ずっとずっと側にいたい。
 ちゃんとしたデートだってまだなのに……付きあってから1ヶ月も経っていないのに……キスだってまだ1回しかして
いないのに……まだまだ、やりたいことがたくさんあるのに………。
 こんなところで、終わりたくない。終わらせたくない。終わって欲しくない。
「私は……みんなや大助と……一緒にいたい」
「……香奈」
 絶望的な状況だってことは分かっている。1000人中1000人が、逆転不可能な状況だって思うに決まってる。
 でも、私は信じたい。大助が立ち上がって、そして勝ってくれることを信じたい。
 だって大助は、私の彼氏で、世界で一番愛しい幼なじみだから。
 どんな絶望的な状況でも諦めないで戦って、そして勝利をつかみ取る。
 何度も見てきた大助の姿を、信じたいから!
「だから、だから……!」
 無茶なのは分かっている。”それ”がどんなに難しいことなのかも分かっている。
 けど……それでも私は……みんなと……大助と一緒にいたい!

「お願い、助けて……!!」

「香奈……!」
「絶望的なのも、勝つ見込みがないのも……分かってる。でも、本当に守るなら、守ってくれるなら……! 誰もいなく
ならないように勝ちなさいよ!! 大助ぇ!!」
「……!!」
 言ってしまった。もう、後戻りはできない。でもこれでいい。これが私の選択よ。
 どんな結末になろうと、最後まで私は、大助と一緒にいるって決めた。誰にも文句なんて言わせない。
 もちろん、後悔なんてするわけない。
「……ちっ!」
 後ろで牙炎の舌打ちが聞こえた。
「おいおいおい……なんだァ? せっかく俺様が情けをかけてやったってのに無視かよォ」
「あんたの計画なんか知らないわよ! 私は、大助と一緒にいる!」
「そうかそうかそうですかァ。じゃあ望みどォり、二人まとめて消し炭にしてやんよォ!!」
 牙炎の目の色が変わる。
 同時に辺りの闇も深くなったような気がした。


「……そんなこと……させるかよ……!」


 大助の声だった。
 息も絶え絶えで、今にも力尽きそうな体で、立ち上がろうとしている。


「そんな最悪の結末で……終わらせて……たまるか……!!」


 そしてゆっくりと、大助は立ち上がった。




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「っ……!!」
 呼吸が辛い。全身が痛い。頭も上手く働かない。
 だけど、あのまま倒れているわけにはいかなかった。

 香奈は「助けて」と言った。「みんなと一緒にいたい」と言った。
 そんな言葉を聞いて、立ち上がれない理由がどこにある?

 たしかに状況は絶望的だ。
 俺と香奈のどちらかが、犠牲にならなければいけないのかも知れない。
 それしか、道は残されていないのかも知れない。

 だが、そんなの納得できるか。こんな結末を誰が望んでる? 牙炎か? 神か? それとも運命とかいうやつか? 
 この際、どれでもいい。いっそ全部でもいい。そんなことを望んでいるやつがいたら、真っ先にぶん殴ってやる。

 誰かが犠牲になってもいい結末なんか、あるわけがない。あっていいはずがない。
 もし結末が、最悪なものになるなら、なると決めつけられているのなら――――

 ――――そんな勝手な決めつけは、俺がこの手で覆す!!――――

「大助!」
 香奈が心配そうに見つめてくる。
 だが笑みを返す余裕も、答える余裕も、残っていなかった。
 大丈夫だという意味を込めて、首を縦に振ることしかできなかった。
「…………」
 なんとか体を立ち上げることが出来た。
 だからといってダメージが消えた訳じゃない。体はふらつくし、依然として視界は霞んでいる。
 だが香奈のあんな言葉を聞いて、倒れているわけにはいかないだろう。
「ククク……ヒャハッハハハハッハ!! いいねいいねェ、そう来なくちゃ面白くねェ。敵が倒れたまま勝っちまったら
興ざめだもんなァ!!」
「……!」
 言い返す余力もない。おそらく状況的にも体力的にも、あと1ターンが限界だ。
 つまり、この手札と次のドローで牙炎を倒すしかない。

 だが……どうやって倒せばいい?
 炎の神の攻撃力は5000。そんな高い攻撃力を越えられるモンスターは、俺のデッキに入っていない。
 たとえその攻撃力を越えて倒すことが出来ても、炎の神は場のモンスターすべてを破壊してダメージを与えて、すぐに
自身の効果で復活してしまう。裏側のまま破壊すれば効果は発動しないが、それを実行できるカードはすでに使ってしま
った。つまり、それ以外の方法で炎の神を倒すしかない。
 だが炎の神の効果は、場から離れたときに発動する。
 つまり何かのカードで除去した瞬間に、"転生の予言"などでデッキに戻して除去できる……なんてことは出来ない。
 場を離れたときに発動する効果は、どこに除去されても発動されてしまう。墓地へ送っても、破壊しても、デッキに戻
しても除外しても、必ず炎の神は復活する。
 "ヴォルカニック・クイーン"など強制的にリリースした瞬間、場のモンスターすべてを破壊してまた戻ってきてしまう
し、コストとして使用してタイミングを外そうにも、帰還能力は強制効果だから止めようがない。何かしらのカードで、
牙炎の場を埋めることができれば………いや駄目だ。全体破壊で吹き飛ばされてしまう。
 特殊召喚自体を止めるのはどうだ? たとえば"王宮の弾圧"とか………いや、ダメだ。ライフコストが足りない。それ
に、そんなカードは俺のデッキに入っていない。
 となるとやっぱり、炎の神を除去することは不可能だ。

 もっと考えろ。夏休みの戦いは、もっとキツイ場面があったじゃないか。
 デッキワンカードの方を除去するのはどうだ? あのデッキワンカードがある限り、炎属性モンスターの戦闘で発生す
るダメージは0になってしまう。だが逆に言えば、あれさえなくなれば戦闘ダメージは与えられるということだ。
 だが不死鳥トークンは守備表示。貫通効果でも与えない限り、ダメージは与えられない。
 もちろん六武衆に貫通効果を持っているモンスターはいないし、貫通効果を付加させるカードなんかデッキに入ってい
ない。当然、守備表示を攻撃表示にするカードなんてデッキに入れていない。
 そもそも牙炎の場にある魔法・罠カードを破壊しようとしたら、デッキワンカードの効果によって炎の神か不死鳥トー
クンが代わりに破壊されて防がれる。そして破壊されたことによって、俺にすぐさまダメージが飛んできてしまう。俺の
残りライフはわずか100。少しでもダメージを受ければライフは0になる。
 つまり、牙炎の場にあるカードを破壊しようとした瞬間、俺の敗北は決定する。
 だとすればあのデッキワンカードを破壊することは不可能だ。

 じゃあ効果ダメージで牙炎を倒す?
 馬鹿か俺は。牙炎の"欲望に染まる闇の世界"によって、効果ダメージは回復に換えられてしまう。
 仮に与えることが出来たとしても、29800ポイントのライフを削りきれるバーンカードなんかこの世に存在してい
ない。

 つまり牙炎を倒すには戦闘ダメージしかない。
 そしてダメージを通すには、神属性である炎の神に攻撃するしかない。だがあの炎の神が場を離れた瞬間、俺は負けて
しまう。だから一撃で決めるしかない。
 だが、どうやって?
 炎の神の攻撃力は5000。そして牙炎のライフは29800ポイント。一撃で決めるには、34800の攻撃力を叩
き込むしかない。…………いや駄目だ。雲井でもなければ、そんな攻撃力を叩き出せるわけがない。
 六武の門があれば、いつかは叩き出せるかも知れない。だが今の状況じゃ無理だ。


 ………駄目だ。本当にもう、どうしようもない。
 攻略法が思いつかない。炎の神を……牙炎を倒すことが……できない。
 もう……無理なのか? 取り返しのつかないライフ差になってしまったのか? せっかくここまで来たのに……香奈の
本当の気持ちを知ることが出来たのに……立ち上がることが出来たのに……勝てないのか?
 何も出来ずにターンを終えて、トドメを刺されて、俺は死んで、香奈が記憶を消されて商品として売られる。
 そんな最悪の結末で……終わってしまうのか?


 いや、駄目だ。そんなことさせるわけにはいかない。
 もう1度……いや、何度でも考えろ。
 無敵なカードなんてこの世に無い。どれだけライフがあったって、倒せないわけがない。
 何か方法があるはずだ。もっと考えろ。

 今の俺のライフは100。幸いにも2枚の手札のうち、1枚は"神極・閃撃の陣"だ。
 そしてライフが100ポイントなら、手札から"神極・閃撃の陣"を発動して、後半の強力な効果を使うことが出来る。
だがその効果で炎の神を破壊した瞬間、俺は負ける。
 実質的に、俺のデッキワンカードは封じられてしまっている。
 せめて効果ダメージを無効にするようなカードがあれば、このターンに負けることはない。だがそんなカードは、もう
俺のデッキには入っていない。
 そして手札には、どうして俺のデッキに入っているのか分からない魔法カードと、デッキワンカードが1枚ずつ。
 駄目だ……考えれば考えるほど、勝機が見えてこない。
 こんなに考えても、攻略法が思いつかない。そこから導き出せる結論は、1つ。

 ―――もう方法はない。ただ敗北を認めるしかない―――。

 ………本当にそうなのか? まだ何か、見落としていることがあるんじゃないのか?
 もう1度、状況を整理しろ。相手の場には絶対的な布陣。そして俺の場には何もない。
 ライフ差は約300倍。牙炎の場には炎の神が君臨している。

「ヒャハッハハッハハッハハ!! おいおいおい、どうしたんだァ? とっととターンを始めてくれよォ!」
「……!」
 牙炎は勝利を確信して、高笑いしている。
 言い返そうにも、そんな余力は無い。香奈も状況が分かっているのか、言い返そうとしなかった。
「大助……」
「っ………!」
 言葉を返すことが出来なかった。

 やっぱり、もう駄目なのかも知れない。
 散々守るって言っておきながら、肝心なときに俺は、守りたいものを守れない。勝つと誓っても、勝てない。
 どんなに意気込んでも、約束しても、英雄のように誰かを守ることなんてできないのかもしれない。

 アニメとかだったら辻褄合わせのオリカを使って大逆転が出来るかも知れない。
 だが所詮、それはアニメの世界だけの話。この世界に存在しないカードを使うことなんて、出来るはずがない。
 本当に……駄目なのか……?

「ヒャハハハハハ!! どうしたどうしたァ? もうカードを引く体力も残っていませんってかァ?」
「……………」
 どうしたらいいんだ。牙炎を倒す方法は……本当にないのか?
 くそ、駄目だ。体が重い。頭も働かない。視界も霞んで、もう……。
「っ」
 不意に、体がふらついた。
「大助!!」
 倒れそうになった体を、香奈が支えてくれた。
「大丈夫!?」
「…………」
 正直に言えば、あまり大丈夫とは言えなかった。
 体も限界で、どれだけ考えても攻略法は見つからない。
 思考を張り巡らせるのも、辛くなってきた。
「香奈、俺は―――」
「強がらなくていいわよ。私だって……分かってる。たくさん考えたけど、攻略法が分からない。だから多分………もう
駄目だから……」
「香奈……」
「でも、後悔なんかしないわよ。だから、大助も……最後まで……」
 真っ直ぐな目が俺を見つめた。だがその表情は暗い。
 さすがに香奈もこの状況が分かっているのだろう。いつもみたいな元気がない。
 支えてくれている腕が、少しだけ震えている。
「…………」
 俺はその震える手をとって、残った力で精一杯笑いかけた。
「最後になんか……させるかよ……」
「え……」
 やっぱり、諦めるわけにはいかない。
 どんなに不利な状況だろうと、どんなに絶望的な状況だろうと、香奈にこんな顔をして欲しくない。
 いまさらだが、親父が言っていた、『お前だけが、大切な人のことを考えている訳じゃないんだぞ』という言葉の意味
がやっと分かった気がする。俺が香奈を守りたいと思うように、香奈も俺のことを、大切に想っていてくれたんだ。

 香奈は、一緒にいたいと言ってくれた。
 だから俺も、その気持ちに応えたい。

「決闘前にも、言っただろ? 一緒に、帰るぞって」
「でも、こんな状況じゃ………」
「…………」
 強がってみても、状況は変わらない。
 絶望的なライフ差。強力な炎の神。除去不能な闇の世界。ダメージを飛ばしてくるデッキワンカード。
 どれをとっても、今の最悪な状況を示している。牙炎に勝利を確信させている。


「でも……信じてる」

 香奈がポツリと言った。
「え?」
「だ、だから、信じてるって言ったのよ!」
 少し顔を赤くしながら、香奈は言った。
 何の根拠もない言葉かもしれない。いつもの無茶苦茶な台詞だったかもしれない。
 だがそんな言葉だけで、少しだけ力が湧いてくるような気がした。
「信じて、くれるのか……?」
「あ、当たり前じゃない。いつだって、私は……!」
「そうか」
 少しだけ、笑みが浮かんでしまった。
 こんな状況なのに、香奈は信じてくれている。俺が牙炎を倒してくれると、信じてくれている。
「わ、私にここまで言わせたんだから、ちゃんと勝ちなさいよ!!」
「……ああ!」
 香奈の呼びかけに頷いた、その瞬間――――


 ――カッ!!――


 デッキが大きく、光り輝いた。
「なっ!?」「えっ!?」
 俺も香奈も、突然のことで驚いてしまった。
「あァ? なんだァそりゃあ…?」
 牙炎が不思議そうに言った。
 俺のデッキが……いや、デッキの一番上のカードが白い光を放っている……?
「これって……」
「ああ。白夜のカード……」
 でも俺のデッキに、白夜のカードは入っていないはずだ。
 それなのにどうして………。
 いや、待てよ……何か忘れていることがあったような……?

「……!!」
 頭の中で、何かが繋がった。

 白夜の温かい光のせいか、体も少しだけ楽になった気がする。そのおかげか、頭も冴えてくる。
 落ち着け。とにかく落ち着け。もう1度、もう1度だけ冷静に考えろ。

 君臨する炎の神を除去することは誰にも出来ない。俺にも、牙炎自身にも……。つまり、炎の神の弱点は、その効果が
すべて『強制効果』であるということだ。フィールドを離れたときにモンスターすべてを破壊するのも、ダメージを与え
る効果も、そして……”攻撃表示”で特殊召喚されることもだ。
 そしてなにより、炎の神の持っているもう1つの効果。自分のモンスターを対象にする効果は、すべて炎の神が請け負
うという効果……。
 "不死鳥の聖域"のトークン生成効果は『強制効果』で、戦闘ダメージを0に出来るのは炎属性のモンスターだけだとい
うこと。
 そして、俺に残された手札。次のドローカード。そして……。
 何も見えなかった暗闇の中に一筋の光明を見たかのように、頭の中で逆転への道筋が作られていく。
「……!!!」


 ―――そして俺の思考は、逆転へたどり着いた―――。


「……やれやれ……」
 ようやく、全てのカードが繋がった。
 理不尽な運命を覆すための布石は、いつの間にか整っていたらしい。
「おいおい、なんだそりゃあ? てめェ、白夜のカードを持っていないんじゃなかったのかァ?」
「……ああ。”俺は”持っていなかったよ」
「なにィ?」
「大助、どういうこと?」
 まだ分からないといった感じで、香奈が尋ねてきた。
 やれやれ、すっかり忘れているらしい。
 まぁ俺も今まで”あのカード”があることを忘れていたから、人のことは言えないな。
「香奈……ありがとな」
「え?」
「お前がいてくれたから、俺は……お前を守れる」
「な、なに言ってんのよ?」
「……牙炎を倒して、一緒に帰るぞ!! 俺のターン!!」
 デッキの上に手をかけた。
 これがおそらく最後のドロー。逆転への道筋は見えた。
 あのカードが引けないかも知れないという不安が一瞬だけよぎった。だがなぜか、大丈夫な気がした。
「おい、北条牙炎」
「あぁん?」
 白い光を放つカードの上に、手をかける。
 このドローが、この決闘での、最後のドロー。

「俺の……勝ちだ!!」

 そして俺は勢いよく、デッキからカードを引き抜いた。(手札2→3枚)
 白い光を宿したカードが、手札に加わった。

「お前の負けだ北条牙炎!! 手札から"神極・閃撃の陣"を発動!!」


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。 
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 また、手札からこのカードを発動したとき、以下の効果も使うことが出来る。
 ●この効果で特殊召喚したモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊することが出来る。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、自分のモンスターは相手のカード効果を受けない。


 大助:100→50LP

 地面に巨大で複雑な、光り輝く陣が浮かび上がる。
 これが最後の攻撃と言わんばかりに、その陣の中にある五つの円が輝いた。
「この効果で、墓地にいるザンジ、イロウ、ニサシ、カモン、ヤリザを特殊召喚する!!」
 巨大な陣の中から、5人の武士が堂々とした姿で現れた。

 六武衆−ザンジ→特殊召喚(攻撃)
 六武衆−イロウ→特殊召喚(攻撃)
 六武衆−ニサシ→特殊召喚(攻撃)
 六武衆−カモン→特殊召喚(攻撃)
 六武衆−ヤリザ→特殊召喚(攻撃)

「そして"神極・閃撃の陣"のもう一つの効果によって、俺は場にある5枚のカードを破壊できる!!」
「ヒャハハハハハ!! どうすんだァ? 俺様のカードを破壊した瞬間、てめェは死ぬんだぜェ?」
「……俺が破壊対象に選択するのは………ザンジとイロウとカモン!! そして不死鳥トークン2体だ!!」
「んだとォ!?」
 フィールド全体に描かれた陣から現れた光の柱が3人の武士を飲み込み、さらに牙炎の場にいる火の鳥へ襲いかかる。
「ヒャハハハハハ! わりィが"炎の神−クリムゾン・フェニックス"の効果で、俺様のモンスターを対象にしたら、こい
つが代わりに受けてくれる!! 不死鳥トークン2体の破壊を、代わりにフェニックスが請け負うぜェ!!」
 紅蓮の不死鳥が翼を広げて、火の鳥たちを守るように覆い被さる。
 陣から放たれた光が不死鳥を貫き、炎の神は倒れた。

 六武衆−ザンジ→破壊
 六武衆−イロウ→破壊
 六武衆−カモン→破壊
 炎の神−クリムゾン・フェニックス→破壊

「ひゃはははは!! これでてめェは終わりだァ!! 炎の神が場を離れたことで、場の全てのモンスターを破壊して、
てめぇにダメージを与えるゥ!!」
「"神極・閃撃の陣"の力で、俺の場にいるモンスターは相手のカード効果を受け付けない!!」
「だがこっちの不死鳥トークンは破壊される!! 不死鳥トークンが破壊されたとき、てめぇにダメージを与える!!
どうあがこォが、てめェの死は覆せねェんだよォォ!!」
 灼熱の炎がフィールドを包み込む。
 残った武士達は地面に描かれた陣の力によって守られたが、牙炎の場にいる火の鳥は犠牲になった。

 不死鳥トークン×4→破壊

 そしてその火の鳥が火炎弾となって、こっちへ向かってくる。
「……っ!」
 支えてくれる香奈の腕に、力がこもった。
 俺はその腕に、そっと手を乗せる。
「大丈夫だ」
「え……?」

 ―――火炎弾が直撃する寸前で、それらの炎が消滅した―――。

「なにィィ!?」
「炎の神の破壊効果にチェーンして、手札から"純白の天使"の効果を発動しておいたんだ!!
 そう言って、俺はついさっき発動したカードを見せつけた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。



 それは、香奈が決闘前に手渡してくれた”とっておきのカード”だった。
 そしてデッキの上で光を放っていたのは、このカードだったのだ。
 どうやら、また俺は香奈に守られてしまったらしい。だけどそのおかげで、俺も香奈を守ることが出来た。
「"純白の天使"によって、俺へのダメージはすべて0になる!!」
「チィ! だがクリムゾン・フェニックスの効果ダメージで俺様はライフを回復!! さらに炎の神は俺様の場に戻り、
不死鳥トークンも生成される!!」

 牙炎:29800→30300→30800→31300→31800LP
 炎の神−クリムゾン・フェニックス→特殊召喚(攻撃)
 不死鳥トークン×4→特殊召喚(守備)

「ヒャハハハハハハハ!! 結局、俺様の場は元通りだァ。白夜のカードに頼っても、てめェは1ターンを凌ぐことしか
できねェンだよォ!!」
「……勝手に決めつけるな」
「なァにィ?」
 たしかに、端から見れば状況は変わっていない。
 むしろ牙炎のライフが回復しているから、悪化していると言ってもいいだろう。
 だがそれでいい。この状況こそが、俺の思い描いた逆転への布石だ!
「そして……このターン俺は、4枚のカードを破壊した……」
「あァん?」
 手札に残った最後の1枚を見つめる。
 どうして俺のデッキに入っているのか分からなかったカード。
 ”武田が使っていたカード”が、どうして俺のデッキに入っていたのかは分からない。だがそれでも、この状況を覆す
力を持ったカードであることに変わりはない。
 俺は最後の手札を、勢いよくデュエルディスクに叩きつけた。
「手札から"煌めく星の光"を発動させる!!


 煌めく星の光
 【通常魔法】
 このカードの発動時までに破壊されたカードの数まで、相手モンスターを選択する。
 自分のモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの合計の攻撃力分アップする。


 フィールド全体に光の粒が舞い上がる。
 闇の世界によってもたらされた黒い闇の中を、無数の光が輝く様子は、まるで星の世界にいるようにすら感じた。
「そ、それはァ……!! 武田のカードだとォ!?」
「俺が破壊したカードは4枚。よって、俺は4体のモンスターから攻撃力を吸収できる!」
「は、はァ? だからってどォすんだァ? 俺様の場には攻撃力5000の炎の神しか…………ま、まさかァ……!」
 牙炎の表情が、一瞬で青ざめた。
 どうやら俺が狙っていることに気づいたらしい。
「俺が選択するのは……攻撃力0の不死鳥トークン4体だ!!」
「ぐっ……てんめェ!!」
「そして炎の神は、自分のモンスターが効果の対象になったとき、その効果を代わりに受ける効果がある。つまり、4体
分の効果を1体で受けることになる。攻撃力5000を4回分、つまり攻撃力20000ポイントを、"六武衆−ニサシ"
に吸収させる!!」
 炎の神の体から、膨大な光が放出される。周りに浮かぶ光の粒と共に、その光は武士の持つ二つの刃に重なり、巨大な
光の剣を生み出した。

 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→6400→11400→16400→21400

「こ、攻撃力21400だとォォォ!!??」
「バトル!! まずは"六武衆−ヤリザ"で、お前に直接攻撃だ!!」
 槍を構えた武士が、モンスターを越えて牙炎の体を貫いた。


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 

 牙炎:31800→30800LP

「がっ……!」
「そして"六武衆−ニサシ"は、他に六武衆がいるとき、2回攻撃することが出来る!!」
「な……!?」


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「いけ!! ニサシ!!」
 巨大な光の剣を構えた武士が飛びかかる。
 二つの剣を十字に切り、閃光の刃が紅蓮の不死鳥を切り裂いた。

 炎の神−クリムゾン・フェニックス→破壊
 牙炎:30800→14400LP

「がああああああああああああ!!!!????」
 大きな悲鳴を上げる牙炎とは逆に、紅蓮の不死鳥は何事もなかったかのように姿を現し、火の鳥たちも生成される。
 火炎弾として襲いかかってくる火の鳥たちも、小さな白い天使によって阻まれて消滅した。

 不死鳥トークン×4→破壊
 牙炎:14400→14900→15400→15900→16400LP
 炎の神−クリムゾン・フェニックス→特殊召喚(攻撃)
 不死鳥トークン×4→特殊召喚(守備)

「ガハッ! そ、そんなァ……馬鹿なァ……!!」
 焦点を失った目つきで、牙炎はこっちを睨み付けた。
 たしかに炎の神は、その名の通り不死のモンスターだった。だがそれを操る牙炎は不死なんかじゃない。どれだけ回復
して誤魔化そうとしても、ライフに限りがあるという事実は変わらない。
「俺様がァ、こんなァ、こんなはずじゃあ……!!」

「……結局、お前は何も手に入れられなかったんだよ」

「あァ!?」
 焦点を失い、狂気に染まった目がこっちを向く。
 それに対して、俺はまっすぐに牙炎を見据えた。
「どんなに金を使って部下を従えても、お前は香奈の記憶を奪うことはできなかった。武田達の信念だって、崩すことは
できなかった。俺達の想いだって、変えることはできなかった! たしかに金は大切だ。けどなぁ、金よりも大切なこと
だってあるんだ! それが分からないお前に、金にしか目のいかないお前に、負けるわけにはいかないんだ!!」
「このォ……クソガキガァァァァァアァ!!!!!!」

「これで、トドメだ!!」

 光の剣を持った武士が再び飛び上がる。
 二つの光の剣を1つに束ねて、紅蓮の不死鳥へ渾身の力で振り下ろす。
 そして巨大な光の追撃が、紅蓮の不死鳥ごと牙炎を切り裂いた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?????」


 炎の神−クリムゾン・フェニックス→破壊

 牙炎:16400→0LP




 牙炎のライフは0になり、胸にある黒い結晶が粉々になって消滅する。




 そして決闘は、終了した。



















 決闘が終了して、ソリッドヴィジョンが消える。
 辺りを覆っていた闇も消えて、白夜のカードも光を放たなくなった。
「……終わったのね……」
 俺達の視線の先には、牙炎が白目をむいて仰向けに倒れている。
 30000ポイント以上のダメージを受けたんだ。気を失わない方がおかしいだろう。
「大助、本当に大丈夫?」
「あぁ……なんとか……な……」
 緊張が解けたためか、全身の力が一気に抜ける。
 視界がぐらついて、意識が遠のいていく。
「大助!? ちょっと、しっかりしなさいよ!!」
 香奈の声が聞こえた。
 勝手に、体が地面に倒れてしまった。
「大助!? 大助!!」
 必死に呼びかける声が、聞こえる。
 やっぱり、少し無茶をし過ぎたのかもしれない。
「駄目よ! しっかりして、目を開けて!! 大助ぇ!!」
 聴覚だけが働いていた。体の感覚も、無くなっていた。
 てっきり白夜の光で回復したと思っていたのだが、どうやら1ターン分の体力を誤魔化していただけらしい。
 そう都合よくはいかない……ということか。
「返事しなさいよ! お願い!! 返事して!!」
「…………」
「――い! 起き――!」
 意識が薄れていく。香奈の声も、聞こえなくなってきた。
 本当に、限界だったらしい……。

 まぁ……香奈は無事だし……少しくらいなら……休んでもいいよ……な……?



 そこで、目の前が真っ暗になった。





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「佐助さん! こっちでいいの!?」
《ああ。そのまま真っ直ぐ進め》
 息を切らしながら、薫と吉野は通路を走っていた。
 その後ろには雲井と真奈美、そして武田もいる。地下から上がってきた雲井達と合流した薫達は、佐助の指示に従って
大助達のいる部屋に向かっていた。
 武田と吉野によると、牙炎の闇の世界は効果ダメージを回復に変える力。そしてデッキは強力なクリムゾンシリーズで
ある。まともにやり合えば、牙炎に勝てる可能性は限りなく0に近い。はやく手助けに行かなければ、手遅れになってし
まうのだ。
「あそこです!」
 吉野が指さす先に、ドアが燃やされて無くなっている部屋があった。
 薫がデュエルディスクを構えて、先陣を切る。
「大助君! 香奈ちゃん!」
 戦闘態勢を取った状態で、全員がその部屋に乗り込んだ。
 まず最初に飛び込んできたのは、白目をむきながら倒れて気を失っている牙炎の姿だった。
「この人が、牙炎?」
「ええ、その通りです。ですが、これは………!?」

 ――光の護封剣!!――
 ――グラヴィティ・バインド−超重力の網!!――

 有無を言わさず、薫はカードをかざした。
 無数の光の刃が牙炎の体をなぞるように打ち付けられて、その体を拘束する。
 さらにその上から光の縄が、縛り上げた。
「よ、容赦がありませんね……」
「組織のボスだから、これぐらいしないとダメだよ。本当はもう少し拘束しておきたいんだけど……」
 薫の視線が、牙炎から奥にいる人影に移る。
 大助が床に倒れていて、それを香奈が介抱していた。
「二人とも! 大丈夫!?」
 まず薫が駆け寄った。
 すぐに、床に横たわる大助の脈を取った。
「薫さん……大助が………大助が……!!」
 香奈が瞳に涙を浮かべながら、不安そうに見つめる。
 そういう彼女の体も、相当傷ついているのが分かった。
「大丈夫。気を失っているだけだよ」
「本当!? でも、大助は16300ポイントもダメージを受けて、それなのに、戦って……!!」
「だから、大丈夫だよ」
 落ち着かない香奈を、薫はなんとかなだめる。
 きっと壮絶な戦いだったのだろう。目の前で大切な幼馴染が傷ついていって、勝ったのに倒れてしまって、不安で仕方
がないのかもしれない。
「本当に大丈夫だよ。酷いダメージだけどね……。すぐに治療してあげたいんだけど……ここまでのダメージだと……」
 薫は、あまり回復を得意としていない。
 本当は伊月に頼みたいところなのだが、彼は入院中なので無理。そうなると……。
《状況はどうだ?》
「佐助さん。牙炎は拘束したよ。でも大助君と香奈ちゃんが酷いダメージを受けてる」
《そうか。今、コロンをそっちへ向かわせた。もうすぐ到着する》
「うん。分かった」
 薫は一旦、通信を切って、ドアの前で立ちすくんでいる4人へ呼びかけた。
「みんな、拘束解けると危ないから、こっちに来て」
 その言葉に従って、雲井と真奈美、武田に吉野がやってくる。
 真奈美は香奈の隣まで来て、その肩に触れた。
「あ、朝山さん……」
「真奈美ちゃん……本当に、来てくれたんだ……」
「は、はい! だって、友達じゃないですか……!」
 今にも泣き出しそうな顔で、真奈美は香奈に抱きついた。
 無事で良かったと思った。また、無事な姿で会うことができた。そのことが嬉しくてたまらなかった。
「良かったです……朝山さんが無事で……」
「何を言ってるのよ。私なら全然元気よ。私より、真奈美ちゃんの方が……」
「でも、本当に、本当に……ぐすっ……」
「ちょ、ちょっと、泣かないでよ!」
 泣きそうになった真奈美を引きはがす。代わりに薫が真奈美をを抱きしめた。
「良かったね。真奈美ちゃん」
「はい……!」
 誰もが安心しきった、その瞬間――――

 ―――ドアの方から、轟音が聞こえた―――。

「……!?」
 薫はとっさに防御壁を展開して、ドアの方を見つめる。
 拘束されているはずの牙炎の体から、炎が燃え上がっていた。
「な、なんですか、あれは一体……!?」
「わ、分からないよ……」
 何が起こっているのか事態が掴めず、薫達はただ呆然とするしかなかった。
 牙炎を拘束していた光の刃と縄は焼失し、牙炎の体が立ち上がる。
 だが様子がおかしい。たしかに牙炎は立ち上がっているのだが、その体に力は入っておらず、まるで勝手に立ち上げら
れているみたいだった。



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****************************************************



「……こ………れ……は……?」
 まるで呟くように、牙炎は自身の異常に気づく。
 その周囲に燃え上がる灼熱の炎が、紅蓮の不死鳥へと姿を変える。
『あはは、負けちゃったね牙炎』
 牙炎の頭に直接語りかける声。幼い男子のような声。
「……ア……ダ………ム……!」
『炎の神を渡すときに言ったよね? 神のカードを使って、万が一でも負けちゃったら、天罰が下るってさ♪』
「て…てめ……ェ……!」
『アハハ! そうそう! 朝山香奈の記憶を奪って、売って欲しいってお願いしたのボクなんだ♪』
「な、に……??」
 不可解なことだった。
 牙炎に依頼してきた電話の声は、明らかに老人だった。
 少なくとも、こんな幼い少年の声ではなかったからだ。
『声なんて、工夫次第でいくらでも変えられるんだよ♪ そんなことにも気付けないなんて、ホントに牙炎は馬鹿だね』
「ぐっ……アダム……!」
『でも実際は、朝山香奈の記憶なんてどうでも良かったんだよねぇ♪』
「な……に……?」
『闇の力で記憶が完全消去できるわけないじゃん♪ ボクだって、自分のことに関する記憶しか消去できないのに。ただ
の人間が、記憶”だけ”を消すなんて精密な作業は無理なんだよ。それに、消すなら頭部ごと消滅させた方が早いと思わ
ない? あ、でもそれだとグロテスクだからやっぱり全身を消滅させた方が手っ取り早いのかなぁ?』
「な、何を……だが……実際………!」
『アハハ♪ 実際に前金も貰ったし、闇の結晶も譲ってくれたって? アハハ、ボクがあんな大金を用意できるわけ無い
じゃん。アレはボクは闇の力で作った偽札だよ? すっごく良く出来てたでしょ? 闇の結晶だって、ボクの目的のため
に、スターのみんなに頑張ってもらうように、君達に渡しただけだよ?』
「……!!」
 そこまで聞かされて、ようやく牙炎は気づいた。
 自分はアダムの掌の上で踊らされていたのだ。金が欲しいという欲望を利用され、炎の神を渡されて、わざわざスター
と関わりがある朝山香奈を連れ去らせて…………。
『やっと気づいたの? 本当に牙炎って馬鹿だよね。ボクのために働いてくれてありがとう♪ お礼に、跡形もなく消滅
させてあげるよ♪』
「あ、アダム……!! 待て、待ってくれ……!! まだ俺様は戦える……!! 短い時間だったが、俺達は仲間だった
だろ!?」
『アハハ! 最後に見苦しく命乞いかぁ。やっぱり牙炎と出会えて良かったよ♪ 無駄に大きな欲望を持った小さな器は
利用するにはぴったりだからね♪』
「……!!」
『サヨナラ、牙炎と一緒に過ごせて、とっても楽しかったよ♪』
 その言葉が、最後だった。
 灼熱の炎の塊である紅蓮の不死鳥が、牙炎を飲み込んだ。
「………………!!」
 悲鳴を出す間の無かった。

 そして、牙炎はいなくなった。

 ”元”主人を焼失させたカードも、黒い霧のようになって消えてしまった。


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「えっ……!?」
 薫達は、目の前で起きた状況が信じられなかった。
「な、何が起きたのよ!?」
「何が起きたんですか?」
「なんで目を隠すんだよ!!」
 吉野が香奈と真奈美の目を腕でふさぎ、武田が雲井の視界を塞いでいた。
 二人とも、とっさに判断での行動だった。
《おい薫、何があった?》
「さ、佐助さん……牙炎が……消えちゃった……」
《なんだと? どういうことだ?》
「わ、私だって分からないよ……」
《……そうか……》
 通信が切れた。
 薫達は、どうしたらいいか分からないまま、その場に立ちつくしてしまった。



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 ――カッ!――

 薄暗い部屋で、眩い光が現れた。
『ふぅ、適当に飛んできちゃったけど、ここどこかなぁ?』
 コロンが辺りを見回しながら、溜息をついた。
『佐助、ここどこ?』
(なんだ? また適当に飛んだのか?)
 コロンと佐助は、テレパシーで会話をする。
 二人の間で行える、特殊な会話だ。
(そこは地下だ。薫達は2階にいる)
『オッケー』
 部屋の出口を探そうと、コロンは辺りを飛び回った。


「妖精さん?」


『ん?』
 コロンは振り返る。見るとそこには、髪の長い少女が居た。
『なんでこんな暗いところにいるの?』
「妖精さん、あなた、妖精さんでしょ?」
『私はコロンって言うの。まぁ妖精だけど……』
 その少女は目を輝かせながら、コロンを見つめていた。
 真っ直ぐなその瞳がとても綺麗だった。
「妖精さん、どうしてここにいるの?」
『あっ! そうだ。私は用事があってここに来たんだよ。悪いけど、あなたに構っているヒマはないんだ。ごめん!』
「待って妖精さん。一緒に連れて行って」
 おぼつかない足取りで走る少女を見ながら、コロンは小さく溜息をついた。
 コロンは指を弾く。その少女の足を白い光が覆った。
『はい。これでちょっとは楽に走れるよ』
「あ、本当だ! ありがとう、妖精さん!」
 少女は可愛らしい笑みで、そう言った。



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「……ぅ……っ…」
「大助? 大丈夫!?」
 香奈の声が聞こえた。重いまぶたを、ゆっくりと開ける。
 近くに、香奈の顔があった。
「香奈……?」
「……心配させんじゃ……ないわよ……!」
「……大丈夫か? 香奈?」
「馬鹿…! 私より、自分の心配しなさいよ……!!」
「あぁ、そうだな」
 そう言って笑いかけると、香奈の瞳から滴が落ちてきた。
 それが涙だと分かるのに少し時間がかかってしまった。
「良かった……気がついて……!」
「……………」
「本当に……良かった……!」
「……ああ」
 このまま横たわっているわけにはいかないと思い、起きあがろうとした瞬間、激痛が走った。
 やれやれ、本当に限界以上のダメージを負っていたらしい。
「牙炎は……?」
「……あいつは消えちゃったわ」
「消えた?」
「私も、よく分からないの。薫さんは闇の力を持った残りの人を倒しに行って、真奈美ちゃんと雲井はあっちで休んでい
るわ」
 香奈が指さす方向に首を動かす。
 雲井が壁により掛かって休んでいて、本城さんはその場に座り込んでいた。
「武田達は……?」
「ドアのところで見張りをしてるわ。吉野も一緒にね……」
「そうか……」
 どうにか、みんな無事に終わることが出来たみたいだ。
 あと残るとしたら……。
「っ!」
「あ、動かないで」
「いや、上半身ぐらいは起きあがらせてくれ」
「……分かったわよ」
 香奈の助けを借りて、俺は上半身を起きあがらせた。
 全身が痛いが、あのまま横になっているわけにもいかないだろう。
「あっ! 中岸君! 気がついたんですね!」
 本城さんがやって来た。雲井もどこか不機嫌そうにやって来る。
「ボロボロじゃねぇか」
「お前もだろ」
「ったく……まぁとりあえず……」
 雲井が拳を前に出した。
 俺も同じように拳を前に出して、拳同士を合わせた。
「一件落着ってやつか」
「……ああ」


「少年……目を覚ましたか……」
 武田がやって来た。その後ろには吉野もいる。
 思わず身構えそうになったが、体が痛くて無理だった。
「本当に……すまなかった……」
「別に、みんな無事だったんだから、いいじゃねぇか」
 俺が答えるよりも先に、雲井が言った。
 武田は申し訳なさそうに顔を伏せる。その様子を見て、今度は吉野が前に出た。
「中岸大助……朝山香奈……その……私は――――」


「あれ? 吉野に武田?」


 少女の声がした。武田と吉野が、驚いたように振り返る。
「あ、やっぱり吉野と武田だ♪」
「……お嬢様……」
「琴葉ちゃん……」
 香奈が呟くように言った。
 じゃあ、あれが……この家の主なのか?
「えへへ♪ やっと聞こえた♪」
 無邪気な笑顔で、琴葉ちゃんは駆け寄ってくる。
 吉野は膝をついて、まるで本物か確認するかのように、その頬をなでた。
「本当に……お嬢様ですか……?」
「もちろん。二人が、わたしを元気にしてくれたんだよね? ありがとう! 吉野に武田♪」
「お嬢様……!」
 吉野が真っ先に琴葉ちゃんを抱きしめた。
 武田も目元を拭って、小さく笑っていた。
「すみません、お嬢様……! ずっと、ずっとずっと寂しくて辛い思いをさせてしまって……!」
「そんなことないよ。だって、吉野も武田も、毎日来てくれたもん。わたし、寂しくなかったよ?」
「……!! ……ぅっ……琴葉……!!」
「吉野? どーして泣いてるの? どこか、痛いの?」
「いいえ、お嬢様。私は、嬉しいから泣いているんです……」
「嬉しいのに、泣いちゃうの……?」
「そういうことも……あるのですよ……お嬢様……!」
 琴葉ちゃんの温かさを感じるように、吉野は力強く抱きしめていた。
 その場の空気が、一気に和んだ気がした。



 こうして、北条牙炎が率いる組織との戦いは、終わりを告げた。




――エピローグ――

「……なるほどな。勝手に炎が燃え上がって、牙炎は消えてしまった……か……」
「そうなんだよ。闇の神のときみたいに、炎の神も暴走しちゃったのかな?」
「……さぁな」
 鳳蓮寺家での戦いから翌日、薫と佐助は家で情報の整理をしていた。
 牙炎が消えてしまったことで、集っていた部下達も全員戦意を失い、スターによって捕縛された。
 遊戯王本社は、姿を消した牙炎を捜索すると共に、鳳蓮寺家の地下にあった闇の力の研究データを調べる方針である。
「それにしても……また資料まとめの休暇か……」
「うん。まぁ仕方ないよ。本社の指令だもん……」
 今回も闇の組織を壊滅させたスターは休暇を言い渡された。当然、資料整理もおまけつきである。
 二人は膨大な資料を片目に、大きく溜息をついた。

「おやおや、溜息は幸せを逃す……と言いますよ?」

「あっ! 伊月君!! それに麗花ちゃん!」
 リビングのドアが開かれて、廊下から伊月と麗花が姿を現した。
 その両手には大きなビニール袋がぶらさげてある。
「やっほー薫! 遊びに来たよー!」
「おやおや、この場合、僕はただいまと言った方がいいのでしょうか?」
「え、もう大丈夫なの? 伊月君?」
「ええ。医者にも問題ないと言われましたし、あのまま眠っているわけにもいかないでしょう」
 いつもの爽やかな笑みを浮かべながら、伊月は言った。
 その笑顔を見るのも、とても久しぶりに思った。
「よかった。伊月君が無事で……」
「まったく、俺の忠告を聞かないからそうなるんだ」
 佐助は若干、不機嫌そうに言った。
 伊月は苦笑しながら、頭を下げて謝った。
『あ! 麗花ちゃん! その手にあるビニール袋って、もしかして?』
「そうだよコロン! 約束のプリンセット!」
『やったー!!』
 コロンが目を輝かせて、麗花の持つビニール袋に飛び付いた。
 はしゃぐコロンと麗花をよそに、伊月は口を開いた。
「資料まとめもしなければいけませんが、ひとまず今日はパーティーといきませんか?」
「……そうだね。今日くらい……」
「駄目だ。この資料をまとめ終わってからだ」
「そんなぁ……」
 頬を膨らませる薫を見ながら、佐助は大きくため息をついた。
 まとめた資料をホチキスで止めて、次の資料へと手を伸ばした。
「今日の夜からは、歓迎パーティーだったんだろ?」
「……あ、そうだったね。じゃあその前にある程度、終わらせておかないとね」
「歓迎パーティー?」
 尋ねる伊月に、薫は微笑みながら答えた。
「うん、今日からちょっと、友達が増えるんだ♪」
「……お前は甘すぎる」
「そんなこと言って……佐助さんの提案でしょ」
「………ふん」
「……まぁいいでしょう。それにしても、薫さん、大活躍だったそうですね。牙炎を大助君が倒したあと、残った部下達
を全員捕らえてしまったんですから」
 伊月は座り込み、積み上げられている資料の山へ手をかけた。
 とても1日で終わる量ではないように思えた。
「うん……でも、ちょっと違うんだよね。捕まえたのは私なんだけど……その人達みんな、闇の力が無くなっていたんだ
よ」
「無くなっていた?」
「うん。闇の結晶……っていう名前だったと思うけど、それが全部外されていたんだよ。外された人達に聞いても、何が
あったか覚えていないんだってさ」
「そうですか。まぁ今日くらい、仕事の話はいいでしょう。それより薫さん、あの二人は放っておいていいんですか?」
「……うん。闇の決闘によるダメージも、時間が経てば自然に回復していくし、せっかくなんだし、二人っきりにしてあ
げようよ」
「そうですか。優しいですね。薫さん」





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「ぅ…ん……」
 寝返りをうちながら、私は目を覚ました。
 寝ぼけた目で辺りを見回す。私はベッドの上にいて、部屋は薄暗い。窓からぼんやりとした光が差し込んでくるから、
明け方くらいの時間帯だと思う。近くに置いてある時計は、午前5時を指していた。
「あ、そっか……」
 牙炎達との戦いのあと、私と大助、真奈美ちゃんと雲井はこの星花病院に運ばれた。
 真奈美ちゃんと雲井はダメージがあまり酷くないという診断を受けたので家に帰されたんだけど、私と大助は多大な
ダメージを受けていたらしく、とりあえず1日は入院することになった。
 この病室に入れられてからすぐに、私も大助も、何の会話もしないまま眠ってしまったみたいだ。
「………………」
 そっと左を見た。隣のベッドで、大助が眠っている。
 医者が言うには、いつ意識を失ってもおかしくなかったらしい。それほど牙炎からのダメージが酷かった証拠だ。

 無事で良かった。本当に……良かった。

「……大助」
 呼びかけてみる。眠っているから当たり前だけど、返事はなかった。
 でも、それで良かった。今はゆっくり、戦いの傷を癒して欲しかった。
「おやすみ」
 ベッドに潜る。
「……………」
 もう1度眠ろうかと思ったけど、目が冴えてしまって無理だった。
 どうしよう……眠れない。眠れる気がまったくしない。というより、眠りたくなかった。
「……まったく、もう……!」
 ベッドから下りて、大助のベッドに向かった。
 体のところどころが痛かったけど、だいぶ回復したように感じた。

 近くの椅子を持ってきて、大助のベッドのすぐ近くに座った。
 ベッドに手を潜らせて、大助の手を探しただして、ギュッと握った。
「大助……」
 そっと呼びかけた。当然のように返事はない。
 掴んだ手から、優しい温かさが伝わってきた。

 ……本当は、心のどこかで思っていたのかも知れない。
 私は、大助の側にいてもいいのかって……。自分勝手な私を、大助は嫌っていないのかって……。
 でも大助は言ってくれた。「ずっと側にいる」って、言ってくれた。
 その気持ちを大助がいつまで持っていてくれるか分からないけど、そう言ってくれただけで、本当に嬉しかった。

「…………」
 眠っている大助の顔を見る。どこか、安心した表情だ。
 どんな夢を見てるんだろう。私の夢だったりして……って、何考えてるのよ!! 馬鹿みたいじゃない!
 ……だけど……もしそうだったら……嬉しいな。
「今なら……いいわよね……?」
 聞こえないくらいの小声で、確認を取った。
 上半身を乗り出して、大助に近づく。心臓の音が、どんどん大きくなっていくのが分かった。
 唇が触れるまであと少し、見てる人は多分いない。
 このまま……キスし―――
「ぅっ……」
「……!!」
 大助の唸り声で、思いとどまった。
 途端に自分がやろうとしていたことを思い出して、顔が沸騰しそうになった。
 何をやろうとしてたのよ……! そ、そんな……そんな恥ずかしいこと……出来るわけないじゃない!!
「はぁ…はぁ…!」
 心臓の鼓動が、大きく高鳴っていた。
 本当に、何やってんのよ……! 私のバカ!

 なんとか自分を落ち着かせて、もう1度、大助の寝顔を見た。
 また胸が苦しくなりそうだった。顔も熱くて、鏡を見なくても、顔が真っ赤になっていることが分かった。
「…………」
 掴んだ手を、もう1度ギュッと握った。
 あのとき、大助は言ってくれた。私は、私がいたい場所にいてもいいんだって。

 それなら私は、ずっとこうしていたかった。
 いつも大助の前だと、どうしても素直になれないけれど……せめて、こんなときぐらい……正直でいたかった。
 伝えておけば良かったと後悔しないように……大切な人との時間を大切に出来るように……。

 まだ面と向かって言える台詞じゃない。
 でも、言っておきたかった。
 届かなくても、伝えておきたかった。
 だって、私がいたい場所は、ここにあるんだから。

 誰にも聞こえないような声で、私は言った。


 ―――大好き―――


「……!!」
 すぐさま自分のベッドまで戻って、毛布にくるまった。
 トクントクンと鳴る胸の鼓動が、とても温かかった。 



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「う………」
 目蓋が光を感じて、俺は目を覚ました。
 時間は午前9時。どうやら検査を受けてこの部屋に来てから、すぐに眠ってしまったらしい。
 辺りを見回してみる。白い壁に白い天井。ドアの近くのテーブルには、ぬいぐるみが数体置いてある。
 俺の右のベッドでは、毛布をかけずに横になっている香奈の姿があった。
 ちょうどこっちを向いていて、すやすやと眠っている顔がとても可愛かった。
「まったく……」
 ベッドから起きあがって、香奈のいるベッドまで行く。
 全身に痛みが走ったが、我慢すれば大丈夫だろう。
「……クー……クー……クー……」
 スヤスヤと眠る香奈に、ずり落ちたであろう毛布をかけ直してやった。
 まぁとりあえず、無事で良かった。
「……むにゃ……大助……」
「ん?」
 無意識なのか、香奈が俺の手を掴んだ。
 突然のことだったので、驚いてしまった。
「……今度は……それ奢って……」
「…………」
 思わず溜息が出てしまった。
 夢の中まで、俺をこき使っているのか。まぁ楽しそうな夢みたいだし、いいか。
「……大助……むにゃ………ありがとう………」
「……どういたしまして」
 香奈の手を外そうと思ったが、すぐに思いとどまった。近くに置いてある椅子を動かして、そこに座る。
 さて、これからどうしたものか……。また眠ることも出来そうにないし、このまま香奈の寝顔を黙って見るのも、なん
だか悪い気がするし…………。
「……クー……クー……」
 眠っている香奈は、とても可愛かった。
 自然と心臓の鼓動が大きくなって、体も緊張してくる。
「……!!」
 まずい、変な気分になってきた。このままじゃ、まずいことになりかねない。
 いや……少しくらい、いいんじゃないか? いやいや、何を考えているんだ俺は。そんなことしたら駄目だろ。
 どうせなら起こしてしまうか? いや、たしか医者の診断では、あまり眠っていないから寝かせてやってくれって言っ
ていたし……。

「……ぅん……?」

 香奈が目を開けた。
 悪いことはしていないはずなのに、なぜか罪悪感を感じてしまった。
「あ、わ、悪い。起こしたか?」
「え……そ、そんなことないわよ。べ、別に……って、なんで私の手を握ってるのよ」
「いや、これはお前が握ってきたんだが……」
「え?」
 香奈は俺の手を掴む自分の手を見て、少し顔が赤くなった。
 しかも掴む力が、若干強くなったような気がした。
「な、なに言ってんのよ。そんなわけ……ないじゃない……」
「じゃあ離せよ」
 そう言って手を離そうとしたが、香奈は離さなかった。
「……は、離れないで……!」
「え?」

「そ、その……もう少しだけ……こうさせて……」

 香奈が顔を赤くしながら、恥ずかしそうに言った。
 その言葉を聞いて、少しだけ鼓動が早まった気がした。
「「……………………………………………………………」」
 かなりの沈黙が続く。経っていく時間に比例して、余計に緊張していく。
 俺も香奈も、互いに顔を合わせないようにそっぽを向いていた。
 ……………そ、そろそろ限界だ。な、何か話さないと……。
「「あっ」」
 俺と香奈は、同時に互いに顔を見合わせていた。
 しかも、切り出すタイミングまで同じだった。
「え、だ、大助から言いなさいよ!」
「あ、ああ……体調は大丈夫なのか?」
「ええ、だ、大丈夫よ……………………って、そ、それだけ?」
「ご、ごめん。香奈は、なんだ?」
「わ、私は……その……相談って言うか……意見を聞きたいって言うか……」
 言いながら顔を伏せる香奈。
 掴んだ手を握ったまま、俺は聞く姿勢をとった。
「……今回の事件で、私は、大助が死んじゃったって思ってた……」
「ああ」
「そのせいで、暗くなってた……」
「……それが普通だろ」
「え?」
「誰だって、親しい人が死んだら悲しむに決まってるだろ。悲しまない方が、異常だって」
「でも、また今回みたいな事が起こったら、私……どうしたら……」
「大丈夫だろ」
「え?」
「これから先、何が起こるとか、そんなの誰も分からないだろ。たとえば今から急に隕石が落ちてきて、地球が壊滅する
可能性だって零じゃないし」
「ば、馬鹿! そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
「分かってる。要するに、気にしても仕方ないってことだ。いつどこで誰がどうなるかなんて、誰にも決められないし、
決めつけることも出来ない。だから、こうしてお互いに無事な時は、気に病む必要はないと思うぞ?」
「大助……」
「未来なんて誰にも分からないから、こうして今を精一杯生きて、たくさん思い出を作ればいいんじゃないか? まぁ、
すごくベタベタな台詞だけどな」
「……ばか……」
「そうかい………ん?」
 ふと違和感を感じて、左ポケットに手を入れてみた。
 取り出してみると、それは星のペンダントだった。
「あ、そうだこれ返すぞ」
 綺麗な光の反射をする星のペンダントを差し出した。
 武田に撃たれた日、香奈が渡してきたペンダント。ずっとポケットに入れているのを忘れていた。
「ぁ……」
 香奈は受け取ろうと一瞬だけ手を伸ばしたが、すぐにその手を引っ込めてしまった。
 なんだ? もしかして、いらないのか?
「……だ、大助……」 
「ん?」
「わ、私、その、体に力が入らないから……それ、大助が、私にかけて?」
「なっ!?」
 視線をそらしながら、香奈は言った。
 今の言葉って……このペンダントをつけろって意味だよな……?
「じゃあ、後ろ向けよ」
「……正面から、付けてよ。目は、閉じておいてあげるから……」
「なっ……」
 香奈は体をこっちに向けて目を閉じた。
 握っていた手は離しているが、それはペンダントを付けて欲しいから離しただけだろう。
「………」
 い、いや、落ち着け。余計なことを考えるな。
 ただペンダントを付けるだけじゃないか。それ以上でも、それ以下でもない。
「じゃ、じゃあ、遠慮無く……」
「うん」
 ペンダントの首に巻く部分を二つに分けて、香奈の首に腕を回す。
 目を閉じた香奈の顔が、すぐ近くにある。このままあと10センチも近づければ、唇が触れてしまいそうだ。
「…………」
 妙な緊張のせいか、上手くペンダントの首に巻く部分を繋げられなかった。
 早く繋げないと、緊張でおかしくなってしまいそうだ。
 目を閉じて、何の警戒心もない香奈の顔が、すぐ近くにある。
 このまま、もう少しだけ近づいてしまおうか……。そんな考えが浮かんできてしまった。

 カチ

「あ……」
 ペンダントが繋がった。だが、俺は動けなかった。
 胸で膨らむ感情が、抑えきれなくなっていた。
「……か、香奈……」
 そっと、名前を呼んだ。
 目を開けた香奈は、俺の顔がまだ近くにいたことに、少し驚いているようだった。
「だ、大助……?」
 香奈の両肩を掴む。その動作だけで、なんだかとても緊張した。
 だがそれ以上に、香奈がとても愛おしかった。
 戸惑う瞳も、綺麗な肌も、サラサラとした髪も、何もかも愛しかった。
「ぁ……」


 ―――そして俺は、そのまま香奈と、唇を重ねた―――。


「っ……」
 香奈は一瞬だけ体を強ばらせたが、すぐに力を抜いた。

「「………………」」

 唇を離して、我に返った。
 なんてことをしてしまったんだろう……。
 こういうことは、もっとちゃんとしたときにするべきだったはずなのに……。
 罪悪感が体を支配すると共に、香奈の顔が見れなくなった。
 きっと、すごく怒っているに違いない。あんな事件のあとだったのに、勝手にキスをしてしまって………。
「わ、悪い。なんかこう、その……あれだ……体が勝手にって言うか……」
「…………………………」
 自分でも見苦しい言い訳だと思った。
 それに謝ったところで、許してくれるわけがないのも分かっている。
「わ、悪かった。勝手なことしたりして……」
「…………………………」
「や、やっぱり怒ってるよな……本当にごめん」

「………そんなこと……ないわよ」

「え?」
 恐る恐る、香奈を見てみる。
 その顔が赤くなっていて、表情は弛んでいた。

「そ、そりゃあ……少し驚いたけど…………う、嬉しいから……!!」

「なっ!?」
 こっちまで赤くなってしまいそうだった。
 いや、もしかしたらすでに赤くなっているのかもしれない。
「な、なに言ってるんだ!! へ、変なことを言うなよ!」
「なっ、なによ! だって本当なんだからしょうがないじゃない!! だ、だいたい、そんなんだから草食系なんて言わ
れるのよ! 男なら、もっと堂々としなさいよ!!」
「それとこれとは別だろ!? というか、何が『ペンダント付けて』だよ。全然元気じゃないか!?」
「うるさい!! あぁもう! どうしてこんなときだけ鈍感なのよ!!!」
「何の話だよ!? お前なぁ、これでもペンダント付けるとき滅茶苦茶緊張したんだぞ!?」
「はぁ!? 何よ。わ、私の……か、かか、彼氏なら……それぐらい出来るようになりなさいよ!! もう、知らないわ
よ! 大助のバカ!!」
 そう怒鳴り散らして、香奈は病室を出て行ってしまった。

 やっぱり勝手にキスしたことを怒っていたらしい。
 本当に、悪いことをしてしまったな……。






 コンコン


 ドアがノックされた。
 香奈ではないのは確かだから、別の誰かだろう。
 まったく、こんな時間に誰が訪問してきたんだ?
「失礼します」
 そう言って中に入ってきたのは、武田だった。
「お前……!」
 自然と身構えてしまった。
 武田は小さく笑って、ドア近くの壁に背を預けた。
「少年、具合はどうだ? それに、さっき朝山香奈様が出て行ったが、喧嘩か?」 
「まぁそんなところだ。それより、何の用だよ?」
 武田はもう1度だけ小さく笑うと、そうだなと言って口を開いた。
「……今までの謝罪と感謝、そして、私達の今後のことを教えに来た」
「……そうかよ」
 武田が語ったのは、こういう事だった。

 北条牙炎の率いていた組織は、スターによって壊滅した。
 ボスである牙炎の所在は今だ分かっておらず、使用していた"炎の神−クリムゾン・フェニックス"のカードも、その場
から無くなっていたらしい。牙炎の部下達は本社に送られて罪を裁かれるようだが、金で雇われていたうえに大した被害
をもたらさなかったので、事情聴取やら損害賠償やらを請求されて、すぐに元の生活に戻ることが出来るようだ。
 戦いの場となった鳳蓮寺家は、地下室にあった闇の力の研究資料を色々と調査するため、1ヶ月間は遊戯王本社の管轄
に置かれることなった。もちろん、家の主からの許可は得ているらしい。

「少年……君には、本当に悪いことをしたな……」
「まったくだ」
「償いなら、いくらでもしよう」
 武田は深々と頭を下げた。
 俺は武田に聞こえるように大きく溜息をついて答える。
「……別にいいさ。香奈にしたことは許せないが、結果的に香奈を救えたのは、あんたのおかげだしな」
「?」
 武田が首を傾げた。近くの机に置いてあったデッキケースを取って、デッキを中から出した。
 そして、"煌めく星の光"を取り出して、武田に渡した。
「このカードを俺のデッキに入れたのは、あんたなんだろ?」
「……そうだ」
 武田が使っていたカードが俺のデッキに入っていた理由。紛れ込むタイミングがあったとしたら、それは俺が撃たれた
あの日しか考えられなかった。
 意識を失って、白夜のカードを奪う際に、武田がこのカードを入れておいてくれたのだろう。
「お前がこれをデッキに入れてくれなかったら、俺は牙炎に勝つことはできなかった。だから、貸し借りは無しだ」
「少年……」
「ついでに言うと、俺は少年じゃない。ちゃんと、中岸大助って名前があるんだ」
 まっすぐに武田を見据えた。
 色々あったが、こいつが悪い人間じゃないというのはなんとなく分かる。だから、責める理由はない。
「……君とはいつか、ちゃんと決着をつけたいな」
 武田は部屋のドアに手をかけて、小さく微笑んだ。
 俺は、もう一度だけ溜息をついた。
「そうかよ。その時は俺が勝つけどな」
「言っておくが、あのデッキは私の本当のデッキでは無かったんだぞ?」
「馬鹿にするなよ。それぐらい分かってる」
「そうか……。そうだ少年、スターのリーダーからプレゼントだ」
「なんだ?」
 武田は懐から2枚のカードを出して、投げた。
 綺麗な放物線を描いて、その2枚は俺の手におさまった。
 それは、あの日から奪われたままだった"先祖達の魂"と"大将軍 天龍"のカードだった。
 2枚のカードは、まるで俺の手元に戻ったことを喜ぶかのように小さな白い光を放った。
「では、そろそろ私は行こうと思う」
「そうかよ…………そういえば、お前と吉野と琴葉ちゃんはどうするんだ?」
「……まだ言っていなかったな。私達3人は鳳蓮寺家の調査が終わるまで、スターの元で保護観察という扱いになった。
必然的に、スターと一緒に生活することになるだろう」
「そうか。よかったな」
「ああ。最後に、もう1度だけ言わせてくれ。ありがとう、中岸大助」
 その言葉を言い残して、武田は病室から出て行った。
 




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「もう……何なのよ。大助ったら……」
 恥ずかしさのあまり、勢いで病室を出てきてしまった。
 そりゃあ、ペンダントを付けてってお願いしたときは、キスして欲しいって思ってたけど……まさか本当に……。
「……!!」
 さっきのことを思い出すだけで、顔が熱くなってしまいそうだった。
 他人から見れば、ちゃんとしたキスじゃなかったかも知れない。ぎこちなかったかも知れない。
 だけど、やっぱり……………嬉しかった。
「……どうしよう」
 屋上の風にあたって、頭が冷やされていく。
 なんだか、すごく悪いことをしてしまったような気がした。
 でも大助のことだから、私が怒鳴ったのは、自分がキスしたせいだって思ってるわよね……。
「大助の……バカ……大馬鹿」
 もう少しだけ鈍感じゃなくなって、もう少しだけ積極的になってくれたら、もっといいのに……。
「はぁ……」
 自然と溜息が出てきてしまった。



「朝山香奈様」


 突然、後ろから呼びかけられた。
 驚きながら振り返ると、そこには――――
「………その様子だと、元気そうでなによりです」
 黒いスーツに身を包む、吉野が立っていた。
「な、なによ……」
 嫌な思い出があるせいか、つい警戒してしまう。
 吉野は一瞬だけ苦笑いをしたが、すぐに真剣な表情になって深々と頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「え?」
「あなたには、本当に色々と酷いことをしてしまいました」
「……そうね」
 この人には、かなり辛いことをされた。掌低や蹴りを喰らったり、ビンタされたり、辛い言葉をぶつけられたりした。
恨んでいないと言えば、嘘になる。でもこの人だって、琴葉ちゃんのために戦っていたのも、事実だ。
 それに……今回の事件は、辛いことだけだったわけじゃない。
「謝っても、許して貰えないと思います……ですが、謝りたいです。本当にすいませんでした」
 深々と頭を下げたまま謝る吉野は、私の言葉を待っているようだった。
 私は小さく溜息をついて、言った。
「もういいわよ。だから頭を上げなさいよ」
「……気を遣わなくても、構いません。私はあなたを犠牲にしようとした。どんな犠牲を払っても、お嬢様を救いたいと
いう勝手なわがままで……。許して貰うつもりはありません。何か償えることがあるなら、いくらでも――――」
「だから、別にいいって言ってるじゃない」
「で、ですが……私はあなたを傷つけた。あなたは、許すというのですか?」
「…………………………」
 たしかに、吉野を許せないって思う気持ちはある。
 でも、彼女が言ってたことは、間違いじゃないってことも分かっていた。
 吉野の言ったとおり、私は自分勝手でわがままだ。でも、大助や他のみんなは、そんな私でいいって言ってくれた。
 みんなの本当の気持ちを知ることができた。自分の本当の想いにも、気づけた。
 今回の事件がなければ、気付くことはなかったと思う。
 辛い事件だったけど、それ以上に、大切なことにも気づけた事件だった。
 だから、謝罪の言葉だけで十分に思えた。
「あんただって、不本意だったんでしょ? 琴葉ちゃんを助けるためだったんでしょ?」
「ですが……何かしなければ、私の気が済みません……!」
 頭を下げたまま、吉野は言った。
 なんていうか、不器用で律儀な人ね。
「なによそれ。うーん……そうねぇ…………じゃあお願いしていい?」
「はい。なんなりと」

「琴葉ちゃんを、学校に通わせてあげなさい」

「え……?」
 顔を上げた吉野の表情は、戸惑っていた。
「聞いたわよ。7歳なのに学校にも通っていないじゃない。あっち向いてホイも知らないからびっくりしたわよ」
「本当に……琴葉を知っているんですね」
「だから直接会ったって言ったじゃない。きっと、白夜の力で見えたのよ」
「そう、なんですか……」
 白夜の力で見えたっていうのは、カンで言ったに過ぎない。
 でもきっと、そんな気がした。琴葉ちゃんの透明な体が闇の力によるものだとしたら、白夜の力で見えないこともない
はずだから。
「琴葉ちゃんね、あんたのこと、すごく楽しそうに話していたわよ」
「……そうですか……」
 小さく笑う吉野。どこか、嬉しそうだ。
「というわけで、ちゃんと学校に通わせなさいよ。琴葉ちゃんだって、学校に通いたがっているんだからね」
「……分かりました。約束しましょう」
「ええ!」
 吉野は背を向けて、屋上のドアに向かって歩き出した。
 数歩歩いたところでその足が止まり、彼女は振り返った。
「……あなたとは、もう少し前から、別の形で知り合いたかったです」
「え?」
「いえ、過ぎたことを悔いても仕方ありませんね。朝山香奈様、またいつか、私と決闘していただけませんか?」
「……いいわよ。でも次会ったときは、私が勝つわよ!」
「とても3ターンで敗北した者の台詞とは思えませんね」
「な、なによ! あのときは疲れてたし、動揺してたし、私が本気でやれば、絶対に勝てたんだから!!」
 大声でいう私を見ながら、吉野はまた小さく笑った。
 小馬鹿にした笑いじゃない。どこか、温かい笑い方だった。
「では、そういうことにしておきましょう。ではまたお会いしましょう」
「あっ、待って! あんた達が捕まっちゃったら、琴葉ちゃんはどうなるの?」
「私がいつ、捕まるといいましたか? 私達3人はスターの元で保護観察という扱いになり、一緒に生活することになり
ました。薫が気を利かせてくれたらしいです」
「そう。よかったじゃない」
「ええ、本当に……。じゃあそろそろ……失礼します」
 去っていく吉野の姿は、凛としていてとても格好良かった。





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 そして月曜日、退院を許可された俺と香奈は、いつもの通学路を二人で歩いていた。
「結局、1週間も学校を休んじゃったのね」
 どこか暗い表情で香奈は言う。
 1週間も高校の勉強をほったらかしにしていたんだ。授業の内容を理解できるかどうか不安なのだろう。 
「そうだな。まぁ少しずつ取り戻していけばいいさ」
「なによ。ずいぶん余裕じゃない」
「まぁお前よりは勉強できるしな」
「な、なによ! 私だってやればできるんだから!!」
「はいはい」
 こんな会話をするのも、ずいぶん久しぶりな気がする。
 また平和な日常が戻ってきた証拠だろう。


 そんな会話をしていると、むこうのほうから見覚えのある人影がやってきた。
「へっ! 久しぶりだな中岸!!」
「……く、雲井……」
「今日こそてめぇの連勝記録を阻止してやるぜ!!」
 空気も読まずに堂々と人差し指を突きつける雲井。
 こいつも相変わらず普通に元気らしい。
「だ、駄目ですよ、雲井君!」
「そうだよ雲井!! 空気読めアホ!」
 その後ろから、本城さんと雨宮がやってきた。
「真奈美ちゃんに雫。おはよう」
 隣で香奈が言う。
 本城さんと雨宮は、互いにいつもの調子で朝の挨拶をした。
「あ、お、おはようございます。元気になったんですね」
「おっはよー香奈♪ 今日も中岸とラブラブだねぇ♪」
「な、そ、そんなわけないでしょ!!」
「またまた〜。まっ、お邪魔虫はさっさと退散するから、あとは二人でお好きにどうぞ♪ ほら、さっさと行くよKYな
雲井」
「え、ちょっ……!?」
 雨宮は雲井の後ろ襟を引っ張りながら、とっとと先に行ってしまった。
 あの襟の掴み方だと、首が締まると思うのだが……まぁ気にしないでおこう。
「あ、じゃ、じゃあ私も、先に行きますね」
「え、な、なんで?」
「え、いや、その、私は、く、空気が読めるからです。あ、それじゃ、ま、また学校で!!」
 本城さんも駆け足で行ってしまった。
 なんだか、余計な気を遣われてしまったらしい。
「大助、ど、どうする?」
「いや、普通に学校に登校すればいいだろ」
「……そうね」
 香奈は一瞬だけ笑ったかと思うと、急に俺と腕を組んできた。
 いつもより少しだけ、香奈の体が近くにある。
「なっ!?」
「なに驚いてんのよ。恋人なんだからいいじゃない。思い出をいっぱい作るんでしょ?」
「い、いや、そりゃそうだが……」
「ほら、さっさと行きましょう!」
 そう言って香奈はいつもの笑みで俺を引っ張る。
 心の中で溜息をつきながらも、少しだけ安心した。

 これからも、香奈にたくさん振り回されるかもしれない。
 闇の力に襲われて、今回のような事件がまた起こってしまうかもしれない。
 それでも香奈は笑ってくれる。俺の隣で、金では決して買えない笑顔を見せてくれる。
 どんなに自分勝手なことを言ったって、香奈はいつもそうやって周りに元気を振りまいてくれている。
 俺は、そんなこいつの側にいたい。
 そして出来ることなら、この笑顔をずっと守っていきたい。

「大助」
「ん?」
「―――き」
 香奈が何かを言った。
 声が小さすぎて、聞き取れなかった。
「なんて言ったんだ?」
「なんでもないわ。ほら、行きましょう♪」
「教えろよ。気になるだろ」
「大助には一生、分からなくていいわよ」
「なんだよそれ」
 香奈が腕を組むのをやめて、さっさと先へ行く。
「ほら、早くしないとおいていくわよ」
「……やれやれ」
 病み上がりの体を動かして、俺は香奈に追いつくように走り出した。


 今日の天気は晴れ。どこにも雨雲は見られない。

 秋の訪れを予感させる、涼やかな風が辺りを舞う。

 取り戻した笑顔と日常を彩るように、青く澄んだ空がどこまでも広がっていた。












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