闇を切り裂く星達2
episode15〜

製作者:クローバーさん





目次2

 episode15――それは少し過去の話――
 episode16――自責と別れの会話――
 episode17――高攻撃力の決闘――
 episode18――友達だから――
 episode19――ある少女との出会い――
 episode20――目覚めた希望――
 episode21――悲しみの1日。決意の1日。――
 episode22――いなくなったりなんかしない――
 episode23――脱出戦――
 episode24――想いを砕く召喚神――
 episode25――その目が捉えたものは――



episode15――それは少し過去の話――

 物語は少しだけ、過去にさかのぼる。
 これは、ある1人の男の物語だ。

「はい……はい……かしこまりました」
 1人の男が電話をとりながら、頭を下げていた。
 電話の内容は、仕える主人の仕事の依頼であった。

 男の名前は武田と言った。
 幼い頃から、他人の役に立つことを生き甲斐にしている。今の職業に就いているのも、他人の役に立ちたいという理由
からだった。仕事の役職を言えば『秘書』などの言葉が妥当だろう。もしかしたら『召使い』でもいいかもしれない。
 主人への仕事の依頼を受けて、主人のスケジュールや体調なども考慮して計画を立てて、主人に伝える。
 そしていつでも側にいて、何か用があればすぐに駆けつける。
 大まかに言えば、こういう仕事だ。簡単に見えて意外と大変である。
 だがそれでも、武田は苦に感じていなかった。
 人の役に立っている。そういう実感があったからだ。

「はい、では2日後の午後4時にですね。では、失礼します」
 電話を切って、武田はすぐさま手元の手帳にペンを走らせた。
 その手帳にはびっしりと予定が書き込まれており、そろそろ新しい物を買わなければいけないと思っていた。
「……で、なんだって?」
 主人がお茶をすすりながら尋ねてきた。
 武田は慣れたように手帳を見つめて、答える。
「今日の午後7時から、オルトカンパニーとの会食。その後こちらへ戻って頂いて、明日の会見の原稿を確認して頂きま
す。そして明日の午前9時から約3時間ほどの会見。その後ホテルで昼食を取って頂いて、カイナ新聞の取材を受けて頂
きます。そして明後日の午後4時に、ハガネ新聞からの取材でございます」
「またか。おい、カイナ新聞の取材は断ってくれ」
「かしこまりました」
 主人は、そこそこ名のある政治家だった。
 テレビなどでは特に目立った行動はしていないが、会議などではかなり発言をしていて話をまとめていっている。
 周りには顔の利く友人もいて、時々自分を自慢の秘書だと言ってくれた。
 武田はその言葉を聞くだけで、とても嬉しかった。この仕事を続けてよかったとも思った。
 そして、武田が仕事を始めてから、1年ほどの時間が経っていた。
「どうした武田?」
「……いえ、申し訳ございません」
「そうか。じゃあ俺は帰るから、戸締まりを頼む」
「ではお送りいたします」
「あぁ、それならいいさ。妻に迎えを頼んであっからさ」
「……そうですか。失礼しました」
「ん、じゃあ、あと頼むわ」
 主人は手を振りながら、部屋を出て行った。
(やはりおかしい……)
 今まで2年間付き添っていて、主人の奥さんが迎えに来たことは1度もなかった。
 最近ではよく出掛けているようだし、取材をキャンセルすることも多くなっていた。
 どこか体調でも悪いのかと聞いてみても、そんなことよりさっさと仕事をしろと怒られるだけだった。
「…………………」
 考えてみるが、やはり分からない。主人は明らかに、自分に何かを隠している。
 だが立場上、探りをいれることは御法度だとも思っていた。 
(……私は何を考えているんだ……)
 一瞬、嫌な予感が頭をよぎった。
 その考えを振り払って、武田は主人に言われたとおり、新聞社へ取材のキャンセルの電話をかける。
(私が心配などしなくても、いずれ主人は打ち明けてくれるはずだ)
 何の確信もない推測で、思考にケリをつけて、武田はいつも通り仕事に戻った。



 それから、もう2ヶ月程の時が経った。
 このころになると仕事も一段落してきて、武田は比較的、楽な生活を送っていた。
「おい武田、いるか?」
 主人が訪ねてきた。
 自分からやってくることのなかった主人が訪ねてきたことに、少しだけ驚いた。
「はい、なんでしょうか?」
「これを見ろ」
 そう言って、主人は紙の束を渡してきた。
 さっと目を通す。どうやら何かの資料のようだった。
「これが、どうかされましたか?」
「それ今夜中に上手くまとめておいてくれ。明日の演説に必要な大事な資料なんだ」
「はい、かしこまりました」
「おぉ、じゃああと頼む」
 主人はそう言って部屋を出て行くとすぐに、武田は仕事に取りかかった。
 渡された資料は膨大な量で、1日に出来るかどうかは分からなかった。だが頼まれた以上やるしかないと思った。
「さて……」
 さっそく、資料を見る。
 紙面に文字が敷き詰められていて、気が滅入りそうだった。
 しかも資料の内容もいまいち分からず、これは骨が折れる仕事になりそうだ。
 だがそれでも、やるしかない。それが、主人を助けることになるのだから。


 そして、明け方になった。
 徹夜してしまったが、なんとか資料をまとめ終わった。
「ふぅ……」
 仕事が終わったことで安心したのか、急に眠気が襲ってきた。
 主人が来るまで、あと数時間はある。それまで、眠っていても構わないだろう。
 資料をまとめた紙を自分のデスクの引き出しに入れて、カギをかけた。
 これで安心だ。武田はそのまま机に突っ伏す形で、眠ってしまった。


「おい武田、起きろ」
 主人の声だった。武田は目を覚ました。
「失礼しました。どうやら、眠ってしまったみたいで」
「資料はまとめ終わってんだろうな」
「はい、こちらに」
 武田はデスクの引き出しのカギを開けて、紙を取り出そうとした。
 だが……………。
「……あれ?」
 たしかに入れたはずの紙が、なくなっていた。
「そんな馬鹿な!?」
 武田は焦った。
 どうして、まとめた紙が中に入っていない? いったいなぜ?
「おい、どうした?」
「……! そ、それが、たしかにここに入れたはずなんですが……」
「はぁ!? おいおい勘弁しろよ!」
 必死で探すがどうしても紙は見つからない。
 それどころか、主人からもらった資料すら無くなっていた。
「おい! どうしてくれるんだよ!!」
「も、申し訳ありません!」
 深々と頭を下げた。我ながらありえないミスだと思った。
 1年以上も務めていたのに、こんな初歩的なミスをしてしまうなんて……。
「本当に申し訳ありません!!」
 頭を何度も下げて、謝った。

「もういい」

 冷たい声だった。
「本当にがっかりだ。まさかこんな初歩的なミスをする秘書がいるなんてな」
「……!!」
「もういい。武田、出て行け」
「そ、そんな――――」
「もう帰ってこなくていい。クビだ。どこへでも行ってしまえ!」
 そう吐き捨てて、主人は背を向けてしまった。
 武田は必死にすがりつく。
「ま、待って下さい!」
「しつこい!!」
 殴られた。
 机に叩きつけられる。
「辞表はそこに置いておけ」
 そう言って、主人は出て行ってしまった。
「…………………」
 武田はしばらく何も言えず、動けなかった。



 そして、武田は仕事をクビになった。
 なんのあてもなく、ただフラフラと町を歩き回る。
《えー、この度は……》
 声が聞こえた。見ると、テレビに主人の姿が映っていた。どうやら先日の会議の様子を撮影したものらしい
 武田の足が自然と止まり、その映像を見てみた。
《えー、この度は水産業拡大計画の概要を説明させて頂きたいと思います。まずこの計画は…………》
「なっ!?」
 武田は耳を疑った。
 なぜなら主人の話している内容が、自身がまとめた紙に書いてあったことと似ていたからだったからだ。
 いや、似ているどころか、まったく同じだったのだ。
 あの紙は紛失したはずだ。その紙をなぜ主人が持っている?
「……!!」
 武田は急いで、主人へ電話をかけた。
《はい?》
「私です! なんなんですかあれは!?」
《……そうか、見てしまったか》
「見つかったなら、どうして教えてくれなかったのですか!? どうして私をクビにしたのですか!?」
《…………ふっ》
 電話越しに、笑われてしまった。
《ふふふふふふ、どうしてだぁ? そんなの決まってるじゃないか。君が必要ないからだよ》
「なっ……」
《武田君は頑張りすぎなの。いつもいつもキツキツの予定を組んじゃって? 大変なんだよねぇ。それに――――》
《ねーえー、誰と話してんのぉ?》
 女性の声が聞こえた。奥さんとは違った声だった。
 しかも声から判断する限り、かなり若かった。
《なんでもないよぉ。ただの間違い電話さ》
「……!」
《そういうわけだ武田君。君は必要ない。あっ、あの紙のことだけどね、あれ俺が隠しておいたんだ。君をクビにして、
このかぁわいい秘書ちゃんを入れるためにさぁ》
《やぁだもー》
「っ……!!」
《ということだ武田君、今までご苦労だったねぇ。じゃ、バイバーイ》
 軽くて冷たい言葉と共に、電話が切られた。

 ツー……ツー……ツー……

 その音も、武田の耳には届かなくなっていた。
 力を失ったかのように、武田は下を向いた。
 そして再びフラフラと、歩き出した。

 目の前が真っ暗になったようだった。
 音も風景も人も、全てがなくなってしまったかのようだった。
「私は……私は……」
 ブツブツと、武田は呟いた。
 何を言っているのか、自分でも分からなかった。
 今まで1年間、主人のために精一杯尽くしていた。少なくとも、自分はそうしているつもりだった。
 その頑張りは伝わらなかったのか。
 しかも、あの女性は誰だったのだろうか。あんなふざけた声と態度で、秘書など務まるわけがない。少なくとも、自分
以上に務まるとは思えなかった。
 自分の努力は、あんな女の色気に負けてしまうほど小さなものだったというのか? 


 不意に、何かがぶつかった。


「おい、おっさん」
 見ると柄の悪い男達が、武田の周りを囲んでいた。
 どうやら、ぶつかってしまったらしい。
「ボーっとしてんじゃねぇよ。ぶつかっちまったじゃねぇか」
「そうそう。ちょっと裏に来いや」
 男達は強引に、自分を路地裏へ連れて行く。
 周りにいる人も、ただ黙っていて知らんぷりだった。
 抵抗しても良かった。だが今の武田に、それをやる気力も残っていなかった。
 路地裏に連れて行かれて、あとは言うまでもない。
 男達から袋叩きにあい、ボロボロにされたあと、残り少ない財布の金を抜き取られてしまった。
「じゃあなおっさん、ありがたくもらっとくぜー」
「ぎゃはは! おいこれからどこ行くー?」
「やっぱカラオケしょ!」
「ぎゃはははは!!」
 男達は笑いながら、去っていった。
 武田はおもむろに立ち上がって、元の道に戻った。


 雨が降ってきた。当然、傘は持っていない。
 しかも雨はどんどん強くなってきて、体はあっという間にずぶ濡れになっていた。
 だが武田は、足を早めようとも、雨宿りしようともしなかった。
 心も体もボロボロで、まともに思考を働かせることもできなかった。
 そして、公園の入り口のところに座り込んだ。
 容赦ない雨が、降り注いでいる。

 このまま、自分はのたれ死ぬのだろうな。

 そんなことを思いながら、武田は薄く笑った。
 自分はもう必要とされていないのだ。ならば、死のうが生きようが誰も文句は言わないだろう。
 このまま雨で冷えて、凍死するのもいいかもしれない。風邪をこじらせて寝込むのも良いかも知れない。ホームレスも
採用圏内だ。
 どのみち、行く当てもない。
 このまま静かに、深い闇へ堕ちてしまえばいい。それで、いいと思った。





「おじさん、大丈夫?」





 天使が呼びかけてきた。そう思った。雨も、当たらなくなっていた。
 あぁ、とうとうお迎えか。
 そんなことを思いながら、武田はゆっくりと視線を上に向けた。
 武田の目の前には、1人の少女がいた。
 小学校低学年だろうか、座り込んだ自分と同じくらいの高さの、髪の長い少女がいた。
 つぶらな瞳が、自分を見つめている。
 さらによく見ると、少女は小さな傘を自分にかけてくれていた。
「いけません、お嬢様」
 今度は女性の声がした。あのふざけた声ではなく、はきはきした声だった。
 肩に掛かるか掛からないくらいの長さの黒髪で、顎が細い。黒いスーツを着ているせいか、どこか力強いような、そん
な女性が見下ろしていた。
「だって、濡れてるよ? 風邪ひいちゃうよ?」
「それはそうですが……」
「吉野(よしの)。おうちへ連れて行こうよ」
「それはいけませんお嬢様。このような素性の分からない男を家に入れては、危険です」
 女性の言うことは、もっともだった。そもそも、ついていく気も無かった。
 だが少女は、笑顔のまま言った。
「大丈夫だよ。だってこの人、悪い人じゃないもん♪」
「…………分かりました。では、お連れしましょう」
「うん! ありがとう吉野!」
 無邪気な顔が、弾けるように笑った。
「お嬢様に、そう言って頂けて光栄です。では、行きましょうか」
「うん!」
「立てますか?」
 吉野と呼ばれていた女性は、武田に話しかけた。
 武田はその場から動こうとはしなかった。
「……………」
「仕方ありませんね」
 吉野は武田を持ち上げて、歩き始めた。
 女性に体を持ち上げられるのは、いささかおかしな気もした。
「うわぁ吉野って力持ちー♪」
「お嬢様、行きましょうか」
「うん!」
 少女がスキップしながら、先に進んでいった。
 武田は女性に担がれたまま、静かに、目を閉じた。



 目が覚めると、武田はソファで横になっていた。
 暖かな毛布が掛けられていて、側の机には甘い香りのする飲み物が置いてあった。
「そろそろ起きると思ってました」
 声のする方を向く。吉野が見下ろしていた。
「ここは……?」
「お嬢様の自宅です」
 武田は体を起こして、辺りを見渡す。最初に思い浮かんだ感想は、広いということだった。
 シャンデリアや暖炉といったものはないが、明らかに普通の家庭では考えられない内装だった。
 どうやらどこかのお屋敷か、そこらへんらしい。
「私は……」
「あなたは丸一日眠り込んでいました。服は濡れていたので、替えさせてもらいましたよ」
 見ると、いつの間にか着替えさせられていた。
 この女性が、着替えさせたのだろうか。
「さて、いくつか質問をしましょうか」
「……質問?」
 女性は向かい側のソファに座って、鋭い目つきで見つめてきた。
「あなたの名前は?」
「………………」
「あなたの名前は、なんですか?」
 鋭い視線から、目を背けることが出来なかった。
 このまま黙っているわけにもいかない。それに教えてもどうにかなるわけでもないと思った。
「武田だ」
「…………あの政治家の元秘書ですか」
「……! 知っているのか?」
「当然です。世間の状況くらい知っておくのが私の最低限の義務です。なるほど、最近クビになったと聞いていましたが
まさかあなただとは……」
 女性は小さく溜息をついて、立ち上がった。
「私は吉野と申します。この家でお嬢様の世話をしている者です。ひとまず落ち着くまで、お嬢様はあなたを家において
くださるようです。家にある物は好きに使って構いません。ですがお嬢様に手を出そうとしたら………」
 吉野は武田に向かって拳を鋭く突き出す。
 顔に当たる寸前で、止められた。
「こうです」
「……あ、あぁ……」
 怖い女性だと、素直に思った。
 突き出された拳を下げて、小さく息を吐いた。
「それと、あと1つ」
「?」
「短期間とはいえ、ここで過ごしてもらう以上、しっかり働いてもらいます。文句は聞きません」
「……分かった」
「では、これに着替えて下さい」
 そう言って吉野は、黒いスーツを手渡した。
 見た限り、サイズはピッタリだった。
「我が家ではお嬢様に仕える者はこれを着ることが規則です」
「わ、分かった」
 武田はすぐに着替える。
 本当にサイズはピッタリで、まるで以前から着ていたような感じがした。
「やはりちょうどいいサイズですね。では、仕事を教えるのでついてきなさい」
 吉野は早足で先に行ってしまう。
 どうも、この人には逆らえそうにないと思った。

 ひとまず吉野から仕事のノウハウを教えてもらい、武田は仕事に移っていた。
 やることは基本的に家の掃除だった。廊下や部屋など、広い家を掃除するのが役目だ。
「こんなに広い家を、毎日掃除しているのか……」
 思わず溜息が出てしまった。
「愚痴をこぼすな。さっさと掃除しなさい」
 吉野はそう言って、てきぱきと掃除を始めた。
 どこをとっても無駄が無く、まるで精密機械が掃除しているように、あっという間に部屋が綺麗になっていく。
 武田はただ、黙ってみることしか出来なかった。
「次、行きますよ」
「あ、はい」
 そして武田は、吉野の仕事ぶりを飽きるほど見せられる事になった。
(すごいな……)
 本当に、ただそれだけしか言えなかった。
 一応自分も似たような仕事をしていたのに、吉野の仕事ぶりはそれをさらに越えていた。
 こんなに広いお屋敷を、本当にたった1人で掃除していたのか。
 それだけで、敵わないと思った。


「ひとまず、今日はこれで終わりです」
 吉野は汗一つかかずに、そう言った。
「なぜ、あなた1人だけなんだ?」
 武田は疑問に思った。
 見て回った限り、そのお嬢様とやらはかなり裕福な家庭である。
 その気になればメイドでも執事でも、いくらでも雇えそうなものだった。
「見て分かりませんでしたか?」
「?」
「私がいれば、他の人間は必要ないからです」
 吉野は当たり前のように、そう言った。
 本当に、敵わないなと思った。
「もうこんな時間ですか」
 吉野は時計を見ながら呟いた。
「あなたに説明している時間分、ロスしてしまったようですね」
「……すまない」
「まったくです。これから夕食の支度があるので、大広間で待っていて下さい」
「それなら私が夕食を作っても――――」
「なりません。毒でも入れられたら敵いませんので」
「そ、そうか……」
 信用されていないのか。武田は苦笑した。
 そして言われたとおり、大広間で待つことにした。



 大広間で待つこと数十分、吉野があの少女と共に、食事を持ってやって来た。
「今日はオムライスだね♪」
「ええ、お嬢様も手伝ってくれたので助かりました」
「えへへ、褒められた♪」
 少女は楽しそうに、食器を机の上に置いた。
 吉野は自分の分と武田の分をおいて、少女の隣に座った。
「はい、じゃあ手を合わせて」
 少女と吉野が手を合わせた。武田はそれ続いて、手を合わせる。
「「いただきます」」
「……い、いただきます」
 武田は用意されたオムライスを、口に運んだ。
「……!!」
 美味しかった。今まで食べたどのオムライスよりも、上品な味だった。
「おいしいね♪」
 少女が微笑みながら、しゃべりかけてきた。
「あ、ああ……本当に、美味しい」
「吉野の料理って、すんごく美味しいんだよ♪」
「そんなに褒めないで下さいお嬢様。照れてしまいます」
「だって、美味しいもん!」
「ふふ、ありがとうございます」
 吉野は、さっきまで見せていた厳しい態度とはうってかわって、優しい表情を見せていた。
 この態度の違いはどうなのだろうと思ったが、言わないことにした。
「お嬢様、食べ終わったらお皿洗いを手伝っていただけますか?」
「うん!」
「ありがとうございます」
「それなら私――――」
結構です
 吉野は再び厳しい表情を見せる。
 不覚にも、気圧されてしまった。
「どーしたの? 吉野?」
「なんでもありませんよお嬢様」
「ふーん……あっ、そういえばおじさんは、お名前はなんて言うの?」
「武田だそうですよお嬢様」
「へぇ〜。武田さんは、どうして雨なのに公園で遊んでいたの?」
「あ、遊んでいた……?」
 遊んでいたというか、ボロボロになってのたれ死のうとしていたのだが……。
 目の前の少女には、遊びに夢中で雨に打たれていることにも気づかない人間に見えたのだろうか。
「お嬢様、お喋りはそれぐらいで、早く食べてしまいましょう」
「うん!」
「…………………」
 武田は、どこか複雑な気持ちでオムライスを口に運んだ。



 夕食が終わって、武田は大広間で一息ついていた。
 どうにも吉野に警戒されているらしく、目の届かないところでは何もさせてくれない。
 今もこうしてソファに座らされて、待たされている状態だ。
「まったく、どうしたものか……」
 助けてもらった以上、どうにかお礼をしたいと思っていた。
 いったいどうしたらいいのか……。
「まぁ、いいか……」
 心配しても仕方ないと思った。
 どのみち新たな仕事が見つかれば、この家を出て行くことになるだろう。
 その間までは、ゆっくりしてもいいはずだ。
「はぁ……」
 溜息がでてしまった。
 これから、自分はいったいどうするのだろう?
 そんなことを考えてみる。主人に仕えてきた傍ら、様々な資格は得ている。少女にはおじさんと思われていたが、そこ
まで年をとっているわけでもない。
 その気になれば、すぐに新しい仕事は見つかるだろう。
 だが新しい仕事をしても、それに一生懸命になれるかは分からない。
 またあの主人のように、切り捨てられるかも分からない。
 そう考えると、仕事へのやる気がなくなってしまいそうだった。
「武田、ちょっと来なさい」
 吉野に呼ばれた。
 ソファから立ち上がって、吉野の方へ向かった。
「なんだ?」
「別に。いるかどうか確認しただけです」
「なぜ?」
「勝手に他の場所へ行かれて、荒らされても困ります」
「……どうにも信用されていないみたいだな」
「当然です。私には、お嬢様を守る義務があります。あなたを簡単に信用するわけにはいきません」
「……ではどうしたら信用されるんだ?」
「そんなの自分で考えなさい。ほら、さっさとソファへ戻りなさい」
 武田は不満を感じながらも、しぶしぶ元の場所へ戻った。
「はぁ……」
 もう一度、溜息をついた。
 
 どうやら皿洗いも終わったようで、少女と吉野は別の部屋に行こうとしていた。
 このままここにいるべきか、それともついていくべきか悩んだところで、吉野が言った。
「あなたも来なさい」
「……なぜ?」
「野放しにしておくより、私があなたを見張っていた方が、安心できるからです」
「………そうか……」
 ここまで警戒されていると、逆に感心してしまう。
「どこに行くんだ?」
「お嬢様のお部屋です。これからお勉強の時間なので」
「そうか」
 ちょうどいいから私が教えよう、などと言えば間違いなく睨まれるだろう。
 ここは黙って、吉野に従うしかないと思った。
「では、行きましょう」
「あれ? 武田さんも来てくれるの?」
「ええ、ですが今日も私が教えてあげますね」
「うん!」
 少女は無邪気な笑みを見せる。
 その顔が、武田にはとても眩しく見えた気がした。



 少女の部屋について、武田は少女から数メートル離れた距離に座らされた。
 吉野は机で勉強する少女の隣について、勉強を見ながら、自分が何か行動を起こさないかと見張っている。
 器用な女性だと思った。
「えーと……2×6+3は……15?」
「正解です。よくできましたね。では、3÷1/3は分かりますか?」
「えーと………9?」
「正解です。素晴らしいですねお嬢様」
 優しく教えながら、吉野は笑った。
 本当に、1人でやっているのだなと感心した。
「ねぇ吉野。面白い問題ないの?」
「面白い問題……ですか?」
「うん!」
「そうですねぇ……パンはパンでも、食べられないパンはなんですか?」
「フライパン!」
「むぅ……さすがですね」
「もっと他にないの?」
「そ、そうですね……」


「電車に乗っている天使って、だれのこと?」


 武田は二人に聞こえるように言ってみた。
「え?」
 少女はあっけにとられたように、口をぽかんと開けていた。
「あなた……!」
「武田さん、分からないよぉ」
「……答えは『運転士』だ」
「あ! そっか!」
 少女は納得しようだった。なんてことない言葉遊びだが、少女にはちょうどいいだろう。
「もっと問題出してー」
「じゃあ、あたっても痛くない。それどころか、大喜びするものはなんだ?」
「えー!? 何でも当たったら痛いよ?」
「さぁ、どうかな?」
「お嬢様、答えは『宝くじ』です」
「あ、そっか! 武田さんって、面白いんだね」
「そうか」
 武田はかるく頭を下げて、さらに少女と距離を取った。
 吉野の眼孔が、さらに鋭くなったからだ。
「お嬢様、そろそろ問題に戻りましょうか」
「じゃあこれ終わったら、遊んでくれる?」
「ええ、いいですよ」
「わーい♪ わたし、頑張るね!」
 少女は可愛らしい笑みを浮かべながら、問題を解いていた。
 その笑顔が、本当に眩しかった。
(もし……叶うのなら……)
 ふと、そんなことを考えてしまった。
 そんなことを望める身分じゃないことは、十分に分かっていた。
 だが、それでも……もし叶うなら……。
 武田の心の中で、そんな想いが、芽生え始めていた。



 勉強とやらが終わって、武田は吉野に呼ばれて、ある部屋にいた。
 家具や窓はない部屋で、ただ広いスペースがあるだけの部屋だった。
「来ましたね」
 吉野はそう言って、ドアを閉めた。
 必然的に、二人っきりで閉じこめられた形になってしまった。
「さて、これでゆっくり話が出来ますね」
 そう言って吉野は、ゆっくりと近づいてきた。
「あなた、何が目的ですか?」
「目的……?」
「そうです。何か目的があって、お嬢様に近づいたのでしょう?」
「なぜ、そう思う」
「この家が、お嬢様が、お金持ちだからです。いつ誘拐されてもおかしくありません。私はお嬢様に仕えています。なの
でお嬢様に近づこうとする者は全員疑っています。たとえお嬢様が、悪い人じゃないとおっしゃった方でも例外はありま
せん」
 険しい表情で吉野は迫ってくる。自然と足が後ろに下がった。
 このまま何かあれば、本当に殺されるかもしれないと思った。
「今ならまだ、手足を折るだけで許して差し上げます。正直に言いなさい」
「……! 目的などない!」
「そうですか……では、死んでもらうしかありませんね」
「なっ!?」
 吉野は武田の体を掴み、一気に床へ叩き伏せた。衝撃が背中へもろに伝わる。
 そして仰向けになったところに、胸を思いっきり踏みつけられた。
「ぐっ…ぁ……!」
「今ならまだ間に合いますよ? 死にたくなければ、言いなさい」
「だから……何もない……ぐっ!」
 踏む力が強くなった。
 この女性のどこにそんな力があるのか分からなかった。
「断っておきますが、動かなくなったあなたをお嬢様にバレることなく埋めることぐらい、造作もないことですよ?」
「……!」
 殺される。そう思った。吉野の瞳は、本気だった。
「目的があるなら、いいなさい。目的ぐらいは、語らせてあげましょう」
「……!」
 ここで嘘でも目的があると言えば、この足はどけてくれるかも知れない。仮にどけてくれなくても、その目的を話すた
めの時間をくれるようだ。
 そう、わざわざ正直に踏みつけられている必要はない。
 嘘でもいい。とにかく、この場を離れることが出来ればそれでいいじゃないか。
「さぁ、話しなさい」
「わ、私は………」
 そうだ、言ってしまえ。
 嘘でもいいじゃないか。
 ただの嘘じゃない。生き残るための嘘だ。だから、言ってしまえ。
「わ、私は……!」
「………」


「私は……目的なんか無い!!」


「……!」
 我ながら馬鹿なことをしたと思った。
 だが、嘘はつきたくなかった。自分を陥れたあの主人のように、歪みたくはなかった。
 あの少女のように、まっすぐでいたいと思った。
「殺すなら……殺せ………」
「そうですか……」
 武田は諦めて、目を閉じた。 
 

「合格です」


 踏みつけていた足が、離された。
「ご、合格……?」
「武田、あなたを我が家の執事にします」
「なっ!?」
 思っても見ない言葉に、武田は驚いた。
 倒れていた体を起こして、吉野を見上げた。
「何を驚いているのですか?」
「な、お、おまえは私を……その、殺すんじゃなかったのか?」
「ええ、殺すつもりでしたよ。あなたが嘘をつけばね」
「……どういうことだ?」
 武田は立ち上がって、吉野を見つめた。
 先程の殺気のこもった目とは違った、どこか優しい目だった。
「我が家では、執事として務めるためにはいくつか条件があります。1つ目は上司に従うこと。2つ目はお嬢様を楽しま
せることが出来ること。そして3つ目が、お嬢様に気に入られることです」
「気に入られる……だって?」
「そうです。あなたも薄々、気づいているんじゃないですか?」
「なんのことだ?」
「まったく、鈍い男ですね」
 吉野はあからさまに溜息をついた。
「私も詳しくは分かりません。この家の血筋らしいのですが、この家の女性は、本質を見抜く不思議な力があるんです。
直感力と言ってもいいかもしれませんね」
「本質……?」
「ええ、例を挙げれば、この人は善い人間か悪い人間かが分かるということです。あの公園で、お嬢様はあなたをいい人
だとおっしゃいました。つまり、あなたは悪い人間ではないことは最初から分かっていたんです」
「それなら、どうして襲ってきた?」
「簡単です。人間というのは、命の危機が迫るとすぐに本質を変えてしまいます。そんな人間がそばにいては、困ります
ので、簡単なテストをさせて頂いたんです」
「……そうか」
「手荒な真似をしたことは謝ります。ですが、まだ完全にあなたを信用したというわけではありませんので、そこは理解
しておきなさい」
 吉野は凛とした態度で、そう言った。
「これからあなたには、お嬢様に仕える者として本気で仕事してもらいます。弱音を吐けば容赦なく制裁を下します。文
句は言わせません」
「ま、待て。テストに合格したが、まだ仕えるなど……」
「ここまできて嘘をつくつもりですか?」
「なに?」
「あなた、お嬢様に仕えたいと思い始めているのでしょう?」
「……!」
 見透かされていたことに、武田は動揺を隠せなかった。
 吉野は溜息をついて、武田の胸ぐらを掴んだ。
「シャンとしなさい。お嬢様に仕える以上、そんな態度は許しません」
 こうして、武田の新たな生活が始まった。



 吉野に嫌というほど執事の基礎を教え込まれて、武田はなんとか執事としての生活をしていた。
 給料は吉野が管理している。働き次第で、給料の上下が変わるようだ。
 お嬢様の名前は『鳳蓮寺(ほうれんじ)琴葉(ことは)』と言った。年齢はまだ7歳。学校には行っていないらしい。
「どうして、学校に行かないのだ?」
「……お嬢様の両親の方針です。学校は様々な危険が伴っているうえ、私でも付き添いきれませんから」
「だが、友達は?」
「…………………」
 吉野は答えなかった。
 たしかに誘拐などの危険が伴う以上、この家にいる方が安全だということが分かった。吉野や自分がいつも世話してい
るし、この家自体にも、様々な仕掛けがある。
 緊急時専用の隠し扉や隠し部屋が、この家にはたくさんある。どれも万が一の時、お嬢様の避難場所となるそうだ。
「そういえば、お嬢様のご両親は?」
「……両親は仕事でいません。ここ3ヶ月は帰っていません。母親には週1で連絡しています」
「そんな馬鹿な。親なら普通―――」
「ええ、普通ならそうです。ですが仕方ないのです。琴葉の母親も、本当は………」
「……?」
「いえ、なんでもないです。とにかく、今は私があの子の母親代わりになって一緒に過ごしているのよ」
「そうか……」
 武田は、なんとも言い難い気持ちになった。
 裕福な家に生まれていながら、いや、生まれているからこそ、こんな生活をしているのだろう。
 安全なのは分かっている。だがその代償に、何か大切なものを奪っているのではないだろうか?
 そんな考えが、武田の頭をよぎった。
「吉野。武田。どうしたの?」
 琴葉……もとい、お嬢様がやってきた。
 クマのぬいぐるみを抱きかかえて、首をかしげている。
「なんでもありませんよお嬢様」
「本当?」
「ええ、なので心配しないで下さい」
「……うん、分かった。じゃあさ、遊ぼうよ!」
「分かりました。何をして遊びましょうか?」
「えーとね、おままごとしようよ! 私がお母さんで、吉野がお客さんで、武田が宅配便の人ね」
「わ、私もやるのですか?」
「もっちろん! みんなで遊ぼうよ♪」
 無邪気な笑顔で、お嬢様は言った。
 小さな手で、吉野の腕を引っ張るお嬢様は、どこか幸せそうで、どこか寂しそうな気がした。
(……気にしても……仕方ないか)
 彼女にとって何が一番幸せか。まだ仕えて日も浅い武田には、見当もつかなかった。
 ただ、彼女が一番幸せだと思える道を歩んで欲しかった。
 
 せめて、彼女がいつまでも笑っていられるように。

 せめて、このあたたかな日々が続くように。

 武田は心の底から、そう願っていた。




 それから数ヶ月が経った。
 もう世間は夏休み中盤に突入していて、そろそろ冷房の準備をしないといけないと思っていた。
「武田、来なさい」
 吉野が、いつもの調子で呼んだ。
 庭の手入れを中止して、急いで吉野の方へ向かった。
「なんだ?」
「……お嬢様、どうぞ」
 見ると吉野の影に、お嬢様がどこかぎこちない表情で隠れていた。
 いったいどうしたのだろうか。
「お嬢様、私の時のようにすればいいのですよ?」
「うん……」
 お嬢様が前に出て、小さな箱を差し出した。
「これを私に?」
「うん。今日、武田がおうちに来てから3ヶ月でしょ? だからね、その……えと……なんて言うんだっけ?」
「勤続祝いです、お嬢様」
「あ、そっか! キンゾクイワイだよ♪」
 お嬢様がとても可愛らしく笑った。
 武田は箱を開ける。そこには、1枚の遊戯王カードが入っていた。


 煌めく星の光
 【通常魔法】
 このカードの発動時までに破壊されたカードの数まで、相手モンスターを選択する。
 自分のモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの合計の攻撃力分アップする。


「これは………」
「えへへ、吉野と一緒に探してきたんだよ♪ 綺麗でしょ?」
 カードイラストには、無数の輝く星が煌めいている様子が描かれている。
 効果もなかなか強力で、良いカードだと思った。
「心優しいお嬢様からのプレゼントです。鳳蓮寺家では、仕えた日数が3ヶ月になると主人からプレゼントを頂くことに
なっています。大切にしなさい」
 吉野が言う。そんなことを言われなくても、大切にするのは当然だ。
「お嬢様……」
「大切にしてね♪」
 無邪気な笑みを浮かべながら、お嬢様はむこうの部屋へ行ってしまった。
「ニヤけるな」
 頭を叩かれた。
「浮かれないでください。お嬢様にいかがわしい感情を持たれては困ります」
「……すまん」
「はぁ、まったく……。今日は、お嬢様を一目見たいと、別の屋敷から男性が来ることになっている。忘れたの?」
「……」
 そう言えばそうだったと、武田は思い出した。
 金持ち同士のつき合いなのか、お嬢様の家にはたびたび人が訪れていた。
 特にこれと言って何もすることはなく、ただ家を回って、お喋りして、それで帰るというほんの数時間の訪問だ。
 一体何をしに来たのだろうかと、武田はその度に疑問に思っていた。
「ちょっと、聞いてるかしら?」
「ああ、大丈夫だ。いつも通りにお持てなしすればいいのだろう。相手は誰だ?」
「聞いたことがない相手よ。北条と名乗っていたわ」
「………たしかに聞いたことがないな。まぁ関係ないか」
「ほら、さっさと掃除よ」
「ああ」
 武田は庭の手入れを後回しにして、玄関の掃除に向かった。

 庭に咲いている一輪の花が、欠けた。





 そして、いよいよ訪問者がやって来た。
 金髪の男性で、何かただならぬ雰囲気が漂っているような気がした。
「どうも、北条牙炎と申します。この度は急な訪問にもかかわらず、お持てなしありがとうございます」
 愛想のいい顔をして、牙炎は言った。
「こちらこそ、遠いところからわざわざ、ありがとうございます」
「では、こちらへどうぞ」
 武田と吉野は、牙炎を大広間へ案内した。
 大広間ではお嬢様が1人、椅子に座って待っていた。
「おぉ、これは可愛いお嬢様だ」
「……だれ?」
「……!」
 吉野と顔を見合わせた。お嬢様が、明らかに怯えていたからだった。
「私は北条牙炎って言います。琴葉ちゃん、一緒に遊びましょう」
「……いやだ……」
 それは、拒絶の言葉だった。
 お嬢様は椅子から降りて、すぐに吉野の後ろについた。
「ははは、参ったなぁ。恥ずかしがっているのかな?」
 牙炎は笑いながら言った。吉野が、臨戦態勢に入っていた。武田自身も、体にゆっくりと力を入れた。
「――――」
 牙炎が、何かを呟いた。
 なんと言っているか、武田も吉野も気づかなかった。
「琴葉ちゃん、一緒に遊ぼうか」
 牙炎はもう一度言った。
「失礼ですが、お嬢様は――――」
「いいよ」
 お嬢様が、前に出た。
 予想外の行動に、二人は驚きを隠せなかった。
「お嬢様!? いったいどうしたのですか?」
「え? 何でもないよ?」
「ですが、さっきは……」
「ううん、よく見たら、この人、悪い人じゃなかったみたい」
「そ、そうですか……?」
「うん! じゃあ吉野、武田、私は牙炎さんと自分の部屋で遊んでいるからね」
「わ、分かりました……」
「じゃあ行こう! 牙炎さん!」
「あぁ、行こうか。琴葉ちゃん」
 お嬢様と牙炎は手を繋いで、行ってしまった。
 その口元に、不気味な笑みを浮かべていることに、二人は気づいた。



 そして、平和な日常が崩れ去る。



 1時間ほど経って、お嬢様の様子を見るために武田と吉野は部屋に向かっていた。
「武田、分かってるわよね」
「もちろんだ」
 万が一、お嬢様に何かがあれば力ずくで救い出す。
 相手は1人。1人が相手をしているうちにお嬢様を救い出せればそれでいい。
「いくわよ」
「ああ」
 ドアを開け放った。
 目に飛び込んできたのは、倒れているお嬢様の姿だった。
「お嬢様!?」
「大丈夫ですか!?」
 急いで駆け寄った。息も絶え絶えで、かなり衰弱していた。
「貴様! お嬢様に何をした!?」
「おいおい、怒るなよ。武田、吉野」
 牙炎は不気味に笑いながら、そう言った。
「貴様ぁ!!」
 吉野が前に出た。
 だが、その体が床に叩きつけられていた。
「なっ!?」
 牙炎はそこから一歩も動いていない。それなのに吉野と武田は、床に叩きつけられていた。
 闇の力を使用していることなど、この時の二人に分かるはずもなかった。
 牙炎は相変わらず笑みを浮かべながら、二人を見下ろした。
「まぁ話を聞けよ。お二人さん」
「な……に……」
「今、そこのガキにはちょっとしたイタズラをしてやった。なーに、何も今すぐ死ぬって訳じゃない。もって1ヶ月って
ところかな」
「……!! 貴様、何をした!?」
「そんなことどうでもいいだろ? てめぇらがこのガキを救いたいなら、黙ってオレの言うことを聞きやがれ。そうしな
いとお嬢様、死んじまうぜ?」
「……!」
 それだけは、止めて欲しかった。
 お嬢様を死なせたくなかった。自分たちはどうなってもいい。だから、あのお嬢様だけは……救いたかった。
 だが、そのために、お嬢様を手にかけたこの男に従えと言うのか?
 そんなこと――――
「何を、すればいいの?」
 吉野が口を開いた。
 あれほど強かった吉野が、一番最初に。
「おい、武田。てめぇはどうすんだ?」
「……………」
 従うしか、選択肢は残されていなかった。
「分かった。従う。だから……お嬢様を……」
「ひゃははは! いいぜぇ。じゃあ、ありがたく協力してもらうぜ? 武田に、吉野。ひゃはははは!!」
 牙炎の笑い声が、部屋に響いた。
 その声を聞きながら、二人は唇を噛むことしかできなかった。



 そして牙炎から、おおまかな計画を告げられた。
 闇の力、そして白夜のカードのこと。そして計画。
 計画というのは、至極単純なこと。
 ある1人の少女を、連れてくるということだった。ただし、1人の少年がきっと立ちはだかるから、その少年を少女の
前で始末してこい。出来るだけ、残酷に。ということも付け加えられた。
 そして、ついでに白夜のカードも奪ってくるように、と言われた。
 もちろん連れてきた少女をどうするのかも聞かされた。
 計画通りにすれば、お嬢様は助けてやると言われた。
「じゃあ、これやるぜ」
 牙炎から渡されたのは、黒い結晶のペンダントだった。
「てめぇら、もちろん遊戯王はできるよなぁ?」
「…………」
 言われるまでもなく、二人はかなりの上級者だった。
 ときどきお嬢様の遊び相手として遊んでいたこともあり、のめりこんだ結果だった。。
「じゃ、まぁ頑張ってくれよ。お二人さん?」
「……!!」
 そして、二人は牙炎に従うことになった。

 牙炎の周りにはすでに、闇の力を持った人間がたくさんいた。
 どうやら金の力で手下にしたらしい。

 鳳蓮寺の家は牙炎の居住地となって、アジトとして扱われるようになった。
 意識を取り戻さない琴葉は、医者でも手の施しようがなく、計画が成功するまで生命維持装置の中に入れた。


 そして、誓った。

 必ずお嬢様を助けると。
 ただしお嬢様の未来が血に染められないように、誰も、何も殺さないと。
 だがそれ以外ならば、何でもすると。
 誰に恨まれても、どんな悲しみを背負っても。
 そう、たとえ――――


 ―――二度とお嬢様と一緒に暮らせないことになっても―――


 必ず助けると、二人は誓った。




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 そして話は、現在へ戻る。

「嫌なことを……思い出したな……」
 武田は閉じていた目を開けて、溜息をついた。
 少女を、朝山香奈を連れ去ってから1日経っていた。
「朝山香奈はどうした?」
「……まだ眠っているわ。睡眠薬が効いているみたいね」
 吉野が答える。
 部屋の一室で、二人は朝山香奈の監視をしていた。連れ去った後に、睡眠薬を投与して眠らせてあるのだ。
 そしていつ起きても押さえ込めるように、こうして二人で見張りをしているというわけだ。
「目覚めたら、朝山香奈はどうなる?」
「……分からないわ。ただ、間違いなく暴れるでしょうね」
「そうだな……」
 目の前で少年を失ったショックが、彼女にどういうことを引き起こすか、想像できなかった。
「なぁ吉野……」
「なに?」
「私達は……これで、よかったのか?」
「………これしか方法がなかったじゃない。何人もの医者に診せた。けど、駄目だったでしょ」
「……そうだな……」
「もう後悔しても遅いわよ。私達は、もう戻れないんだから」
「……そうだ……な……」

 二人の声が、廊下の暗闇に解けていった。






episode16――自責と別れの会話――

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 何もない、広場にいた。
 太陽が沈み始めていて、あと少しすれば沈んでしまいそうだった。

 あれ? どうして私はここにいるの?
 確か私は、牙炎とかいう奴に殴られて、気が遠くなって……それで……。

 突然、私の両腕を男達が掴んだ。振り解こうとしたけど、無理だった。
「待て……!」
 大助が現れた。
「助けて大助!」
 私は、勝手に叫んでいた。
 大助が走って、私へ向かって手を伸ばした。
「ひゃはは」
 不気味な笑い声が聞こえた。
 カチャリという音がして、拳銃が大助に突きつけられた。
 ……! やめて!

 銃声が鳴って、大助の体が、真っ赤に染まった。
 それでも大助は立ち上がって、ゆっくりと向かってくる。
「香奈を……離せ……!」
「早く助けて!」
 また、私が勝手に言った。
「ひゃはははは!!」
 また拳銃が突きつけられる。
「香奈を……離せよ……!」
 それにひるまないで、大助は歩み寄ってくる。
 もういい! もういいから、こっちへ来ないで……! それ以上近づいたら――――

 再び銃声が鳴って、大助が倒れた。
「なにしてるのよ! 早く立ちなさいよ!」
 自分勝手な私は、また勝手な言葉を発した。
 大助もそれに従うように立ち上がって、血が滴る体でこっちに向かってくる。
 ……いや……もう……やめて……! それ以上動いたら、死んじゃう……。
「そうよ! 早く助けて!」
 駄目! 助けに来なくていい。立ち上がらなくていいから、私はどうなってもいいから、だから……!
 だから、もう来ないで。立ち上がらないで。お願いだから……放っておいて。

 そして何度も鳴る銃声。大助の体が、どんどん真っ赤になっていく。
 それでも大助は止まらなかった。私も勝手なことばかり言っていた。

 血に濡れた大助の手が、私の体に触れた。
「香奈……」
 大助が吐血した。たくさんの血が、私に降りかかる。
「ひゃははは!」
 大助の体が突き飛ばされて、頭に銃が突きつけられた。
 ……! やめて! それ以上やらないで!

 乾いた音が鳴って、大助は、動かなくなった。



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「大助ぇ!!」
 目を開けて、飛び起きた。
 急いで辺りを見回す。今いる場所は、カーペットが敷き詰められた広い部屋だった。
 そして私はベッドの上に寝かされている。服はそのままで、持ち物はベッドの近くに全部置いてあった。
 地面の広がる広場ではない。当然、不気味な笑みを浮かべる牙炎や、大助の姿もなかった。
「………はぁ………」
 胸をなで下ろした。
 良かった。夢……だったんだ。
「そういえば、ここは……っ! なっ!?」
 体を立ち上げようとした。でも、手が自由に動かなかった。
 よく見ると、私の手首に手錠が付けられて、ベッドの近くの柱に巻き付けられていた。
「なによこれ!?」
 力任せに外そうとしても、無理だった。
 訳分かんない。いったい何がどうなっているの?

「お目覚めですか」

 武田がいた。大きなドアの前で、両腕を後ろに組んで立っていた。
「あんた……!」
「ぐっすり眠っておられたようで、安心しました」
「ふざけんじゃないわよ。早くここから――――」
 その瞬間、私は何が起こったのかを思い出した。
 あの広場で起こったこと。サバイバル決闘が行われたこと。牙炎が現れたこと。
 そして、大助が……銃で………。
「……!!」
 思考を中断した。
 違う! そんなことない! 大助が……そんなことに、なるはずない!
「どうされましたか?」
「な、なんでもない! 早く、ほどきなさいよ!」
「できません。力ずくで外そうとしても無駄です。それは闇の力によって作られている。人力では外せません。デッキも
預からせて頂きました」
「いいから、早く、ほどきなさい!!」 
 胸に渦巻く不安がどんどん膨れあがっていった。
 何かしていないと、心が押しつぶされてしまいそうだった。
「朝山香奈様」
「気安く呼ばないで!」
「……中岸大助がどうなったか、気になりますか?」
「っ!」
 見透かされてしまった。
 武田は下を向いて、どこか申し訳なさそうな顔をした。
「大助は…………」
 その先を尋ねることが、とても怖かった。
 でも、何より知りたいことだった。
「大助は……無事……なの……?」
 恐る恐る尋ねる。
 武田は数秒の間をおいて、答えた。


「少年は、中岸大助は、死亡しました」


「……!!」
 その言葉が私の心に深々と突き刺さった。
「嘘よ!」
「……嘘だと思われますか?」
「嘘よ!! 大助が、死んだなんて、そんなこと――――」
「香奈様も見たでしょう。彼が、拳銃で撃たれるところを」
「……!」
 嘘よ。そんなの、絶対に嘘。私を騙すための嘘だ。
 ウソに決まっているのに、頭の中で、あの光景がフラッシュバックしてきた。
「違う……違う!」
 頭痛がした。気持ち悪くなってきた。なんだか吐き気までしてきた。
「少年は、よく頑張ったと思います」
「……うるさい」
「サバイバル決闘で傷ついた体でも、必死に香奈様を助けようとした」
「うるさい……うるさい……!」
「拳銃で撃たれても、それでも助けようとした」
 うるさい。うるさい。うるさいうるさいうるさい!

 知ったように言わないで……!
 あいつを讃えるようなこと言わないで……!!
 大助が死んじゃったようなこと言わないで……!!

「結果として、助けられなかった。自身も、命を失ってしまった」
「やめて……」
「その頑張りは、私の心の留めておきます」
「もう、やめて……!」
 それ以上、言わないで。大助が死んだなんて、言わないで。
「彼は――――」
「やめてぇ!!!」
 必死で声を張り上げた。胸が苦しかった。呼吸も苦しかった。頭も痛かった。
 まともな思考も、出来なくなっていた。ただ、あの光景が何度も蘇えるだけだった。
「もう……やめて…………」
 全身から、力が抜けてしまったようだった。
 目から溢れる涙が、止まらなかった。
「………………」
 心が押しつぶされそうだった。
「……大助が………死ん……だ………」
 何度も、あの光景が蘇る。
 信じたくなかった。大助が、いなくなったなんて、そんなこと……信じられない。
 でも……生きてるわけがない。あんなに銃で撃たれて……頭まで撃たれて……生きてるはず……ないじゃない。
「……………ぃや……」
 そんなの嫌だった。大助が死ぬのなんて、嫌だった。
 大切な人が、いなくなるなんて考えたくもなかった。
 でも、私は失ってしまった。また、失ってしまった。しかも今度は、確実に失ってしまった。
 大助は、死んでしまった。もう、二度と、会えない。
「……いや…………イヤ……!」
 頭がどんどん痛くなる。気持ち悪い。何もかも気持ち悪い。
 もう大助と一緒に笑えない。決闘も出来ない。口争いすることも出来ない。
「イヤだ……!」
 大助が、死んだ。銃で撃たれて、死んでしまった。
 あいつに……あの男に……大助は………!

「邪魔するぜェ」

 タイミングを見計らったかのように、やってきた声。
 北条牙炎が、楽しそうに笑いながら部屋に入ってきた。
「あんた……!」
「ひゃはは、ずいぶん元気そうじゃねェか」
 全身の筋肉に力が入った。
 許さない。あんただけは絶対に許さない!
「そんなに睨むなよォ。怖いじゃねェか」
「うるさい!! 今すぐこれをほどきなさいよ!」
「おお怖い怖い。やっぱ手錠しておいて正解だったってところかァ?」
 牙炎は私の体が届かない場所で、笑っている。
 私が抵抗する様子を見て、笑ってる。絶対に、許さない。
「そんな殺気込めてんじゃねェよ」
「……!! 許さない。あんただけは……大助を殺したあんただけは……絶対に許さない!!」
「俺様が、中岸大助を殺した? なァに馬鹿なこと言ってんだ?」
「……!?」
 牙炎は笑うのを止めて、冷たい眼差しをこっちに向けた
「よォく考えろよ小娘。てめぇが慕っていた彼氏を、俺と武田はたしかに撃った。けどなぁ、撃たせたのは誰だ?」
「……どういう意味よ」
「分からねぇかなァ。俺様の目的は、てめぇと白夜のカードだったんだぜ? 中岸大助は、てめぇを守ろうとして、死ん
じまった」
「……!!」
「あの日、てめぇが黙って従っていりゃあ、こんなことにはならなかったんだぜ? てめぇが必死に呼ぶから、あのガキ
は必死になっててめぇを助けようとした。その果てに撃たれて死んだんだ。よく考えろ。てめぇが最初から俺様に従って
いれば、誰も傷つかなくて済んだんだぜぇ? 無駄な抵抗しないで従っていりゃあ、いや、てめぇがあの彼氏の側にいな
けりゃあ、そいつは死なずに済んだんだぜ?」
「そん、な……!?」
 大助が死んだのは、私のせい……?
 私が最初から従っていれば、こんなことにならなかった……? 大助は死なずに済んだ……?
「よーく考えとけ。中岸大助を殺したのは、いったい誰なのかをなぁ」
「っ……!!」
「ひゃははは! じゃあな、朝山香奈」
「……失礼しました」
 牙炎と武田は、部屋を出て行った。
 ドアがゆっくりと、静かに閉められた。
「……私は……!」
 頭を抱えた。気が狂いそうだった。
 さっきの夢が、思い出されていく。
 私が大助を呼んで、大助が撃たれて、それでも私が助けを求めて……。
 大助が立ち上がって、私のために…………私の…………せいで……。

「……私……だ……」

 大助が傷ついたのも……死んじゃったのも、全部……私のせいだ。
 私が、最初から武田達に従っていれば、素直についていけば、大助はきっと死なずに済んだ。
 大助を殺したのは…………私だ。最初から、あいつらに従っていれば……素直についていったら………大助が殺される
ことなんてなかったのに………私が……私の……せいで………大助は…………。
 涙が溢れ出してきた。悲しいのと、苦しいのが、一緒に混ざっているようだった。
 ベッドに顔を埋める。せめて、外の武田達に泣き声を聞こえさせないために。
「……大助……大助ぇ…………ぅぐっ…………ぇぐ………」
 涙が溢れだした。
 私の心は、絶望に染まっていた。






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「よーし、じゃあホームルームを始めるぞー」
 水曜日のHRです。山際先生が、どこか眠たそうに言いました。
「「「「「はーい」」」」」
 クラスのみんなが、いつも通り声を合わせて答えます。
 でも一つだけ、いつもと違うところがありました。
「じゃあ出席をとるぞ。まず曽原」
「うぃーす」
 座席順に、名前が呼ばれていきます。
 どんどん名前が呼ばれていって、みんなが返事をしていきました。
「雲井」
「はーい」
 私の前にいる雲井君が、机に突っ伏しながら答えました。
「じゃあ本城」
「あ、はい」
「どうした本城、具合でも悪いのか?」
「え、いえ、そんなことないです」
「そうか。じゃあ次……」
 具合が悪いわけじゃありませんでした。今日は目覚めも良くて、朝食もしっかり食べてきました。
 登校する道でいつも吠えてくる犬も、今日は吠えてきませんでした。
 朝の占いも上位でしたし、今日もきっと良い日になると思っていました。
 それなのに――――。
「中岸……朝山……」
「どっちもいませーん」
 誰かが代わりに答えました。
「そうか……」
 山際先生が、小さく溜息をつきます。
 私は空席になっている隣を見ます。中岸君と朝山さんが、月曜日から学校に来ていないんです。デパートで会ったとき
は凄く元気そうだったのに、なぜか学校に来ていないんです。
「誰か、何か知らないのか?」
「…………」
 誰も答えませんでした。というよりも、誰も分からないみたいでした。
 冗談を言うような空気でもなくて、なんだか重い空気が辺りを流れます。
「まぁ、風邪かなんかか」
 その空気を破るように山際先生は言いました。
 ですけど、まだ空気は重いままでした。
「よし、じゃあ出席とるのも終わったところで授業変更の連絡………」
 淡々と、山際先生は言葉を発します。
 出来る限り早く、このホームルームを終わらせたいみたいでした。




 午前の授業も終わって、私は雨宮さんのいる女子グループに混ざっていました。
 ただ朝山さんがいないせいか、どこか賑やかさが足りないような気がします。
「あれ、どうしたの本城さん?」
「あ、雨宮さん……」
 肩を叩いて、雨宮さんは笑いながら言いました。
「どうしたの? なんか悩み事?」
「あ、いえ……その、朝山さんが来ていないので、ちょっと心配で……」
「……そうだねぇ。香奈があたしに何も言わず、学校に来ないってのはたしかにおかしい。しかも中岸まで学校に来てい
ないってことは、やっぱ何かあったってことなのかなぁ?」
「も、もしかして交通事故ですか!?」
「あはは! そりゃあ無いね。香奈が交通事故なんか遭うわけないし、もし遭ったら学校に連絡くらい来るでしょ?」
「そ、そうですねよ……」
 あの朝山さんに限って事故に遭うわけ無いですよね。もし変な人に絡まれても、あんなに強い朝山さんならすぐに撃退
してしまうと思いますし……。
 でも、だったらなおさら、どうして来ないんでしょうか?
「あとで電話でもしてみる?」
「え、番号分かるんですか?」
「親友なんだから当然じゃん。ホントはあたしが電話したい所なんだけど、携帯を家に忘れてきちゃったんだよね。番号
教えるからさ、ちょっと電話してみてよ」
「あ、はい」
 雨宮さんはさらさらと紙にペンを走らせて、その紙を渡してくれました。
「ほらほら、こんなせっかくの昼休みなんだから、もっと話そうよ」
「でも、いつも香奈がみんなを引っ張ってたし……」
「なんか調子でないよねー」
 他の友達はお互いに顔を見合わせながら困っているみたいでした。
 たしかに、いつも朝山さんからこのグループは会話が弾んでいたから当然かも知れません。
「もう、みんなったら……よーしこうなったら帰りに香奈の家でも押しかけてみますか?」
「えぇ!? だ、駄目ですよ雨宮さん!」
「えーなんでぇ?」
「だ、だって急に押しかけたりしたら、朝山さん困りますよ」
「だいじょぶだいじょぶ。香奈ならあたしに免じて許してくれるさ」
 雨宮さんは笑いながら言いました。
 でもいつもの感じとは違って、どことなくぎこちない感じがしました。
「そういえば本城さん、香奈とのデパート巡りはどうだったの?」
「あ、はい。楽しかったですよ」
「ごめんねー。急に用事が入っちゃって行けなかったんだよ。あーあ、せっかく香奈に面白い服を買ってあげようと思っ
てたのになぁ……。メイド服とか、チャイナ服とか、ナース服とか、あとは……」
「あ、雨宮さん、それは面白いというより、別の方向なんじゃ……」
「ん? あっ、もしかして着たいの? いやぁ嬉しいなぁ♪ 本城さんもそういう趣味があったなら早く言ってくれれば
よかったのにぃ♪」
「ちょ、雨宮さん! 誤解を招くようなこと言わないで下さい!」
 一瞬だけそれらの服を着た自分を想像したことが恥ずかしかったです。
 朝山さんは、こんな風に毎日からかわれていたんでしょうか?
「へー、本城さんってそういう趣味があったんだー」
「なっ、みなさんまで……!」
「あはは! 冗談冗談♪ 香奈とはまた違った反応で面白いね本城さん」
「あ、雨宮さん!」
「ごめんごめん。ちゃんと謝るからさ」
 雨宮さんは笑いながら言いました。
 朝山さん、きっと大変だったんだろうなぁ……。
「そういえば雫。香奈と言えばさ、中岸との関係はどうなってるわけ?」
「んー、それがねぇ、なかなか白状しないのよ」
「え? 朝山さんと中岸君って、付きあっているんですか?」
 私が尋ねたとき、みなさん呆気にとられた表情をしました。
 ……何かおかしなことを言ってしまったでしょうか?
「マジで言ってる?」
「え?」
「ふむ、まぁ来たばっかだから仕方ないか」
 みなさんが呆れたように溜息をつきました。
「あのね本城さん。香奈と中岸は小学校以来の幼なじみなんだよ」
「はい、知ってますけど……」
「しかもほぼ毎日、一緒に登校してるんだよ?」
「はい。家が近いからですよね」
「そこまできたら、もう付きあっているみたいなもんじゃん。しかも香奈って可愛いじゃん? 男子からもたくさん告白
されてきたんだけど、全部断っているんだよね」
「そーそー。何人フったんだっけ? このクラスの男子の半分はフっているよね」
 朝山さんがそんなにモテているなんて知りませんでした。
 でもたしかに朝山さんって、胸は無いですけど、顔も綺麗だし髪もサラサラで、可愛いです。
 男子の人達が付きあいたいって思うのも無理はないと思いました。
「でも、それがなんで中岸君に繋がるんですか?」
「そんなの決まってるじゃん。香奈が断るのは、中岸がいるからだよ」
「え、そうなんですか?」
「本人は赤くなりながら否定するけどねー。その時の慌てっぷりは面白いよね」
「そーそー。香奈って核心をつかれると動揺を隠せないんだよねー」
「そうなんですか……朝山さんは嘘が付けない人だって思っていましたけど、少し違うんですね」
 核心をつかれると動揺が隠せないなんて、なんだか可笑しかったです。
 でもそういうところが、なんていうか、朝山さんらしい気もしました。
「じゃあ朝山さんと中岸君は付きあっているんですか?」
「私達の勘では、ほぼ間違いないね。男子達は全然気づいていないみたいだけど……というより、中岸の誤魔化しかたが
上手いのかもね」
「でも100%じゃないよね。本当は白状させて祝福してやりたいところなんだけど、邪魔が入ったりしてなかなか白状
させられないんだよ」
「そ、そうなんですか……」
 朝山さんと中岸君が、そんな関係だったなんて……私、鈍感だなぁ。
 もしかしてデパートで朝山さんが中岸君を呼んだのも、そういう理由だったんでしょうか? だとしたら私って、空気
読めない人に思われていたんでしょうか……?
「他にも色々あるよ。例えば――――」

 ……キーンコーンカーンコーン……

 昼休み終了のチャイムでした。
「あっやば! 次の授業って家庭科室じゃん!」
「ホントだ! 早く行かないと!」
 そういえばそうでした。早く行かないと、怒られてしまいます。
 私は急いで授業の道具を持って、みなさんと一緒に家庭科室へ向かいました。





 午後の授業も終わって、掃除もないので私は下校していました。
 ポケットを探って、携帯電話を取り出します。
 朝山さんも中岸君も、もう2日間も学校を休んでる。体調が悪いだけかも知れないですけど、心配です。
 特に、あんなに元気な朝山さんが……風邪なんかで学校を休むなんて思えませんでした。
「えっと……」
 私は雨宮さんからもらった紙を取り出して、そこに書かれている番号を登録します。
 朝山さんのメールアドレスは教えてもらっていたけれど、番号はまだ交換していなかったから助かりました。
「………」
 このまま電話してもいいのでしょうか?
 もし本当に具合が悪いのなら、電話しても悪いだろうし……いえ、朝山さんならきっと大丈夫なはずです。
 私は意を決して、その番号にかけました。

 プルルル……プルルル……プルルル……

 すぐには出ません。
 もしかして、私の番号を知らないから警戒しているんでしょうか。

 プルルル……プルルル……プルルル……

 ……長い。あとでかけ直した方がいいんでしょうか。
 それとも、電話にでられないくらい、体調が悪いんでしょうか。

 ガチャリ

 繋がった音。
 良かった。出てくれた。
「もしもし朝山さん? 本城です。あ、雨宮さんに番号教えてもらったんですけど、その、学校休んでますけど、大丈夫
ですか?」


《…………真奈美………ちゃん……》


 朝山さんの声でした。でも、いつもの様子からは想像できないくらい、暗くて弱々しい声でした。
「あ、朝山さん? 大丈夫ですか?」
《………じゃった……》
「え?」
《大助が……死んじゃった……》
「……え?」
 信じられない言葉でした。中岸君が……死んだって?
《私の…せいなの……》
「朝山さん?」
《私が……最初から従ってれば……こんなことに………!》
「お、落ち着いて下さい。いったい、何があったんですか?」
 必死で呼びかけてみました。
《…………私は……今までずっと……好き勝手やって…………大助にも……迷惑ばかり…かけて……》
 でも、私の声は朝山さんの耳に届いていないみたいでした。
《……もう、学校に戻らない……》
「え?」
《………いない方がいいのよ……自分勝手で………わがままで………うるさくて……………こんな私がいたって、みんな
の迷惑になるだけ……。だって、そうでしょ……? 真奈美ちゃんも………そう思うでしょ……?》
「そ、そんなこと――――」
《いいよ。気を遣わなくて。本当に……ごめんね……私ね……こんな私だけど………真奈美ちゃんと友達になりたかった
のよ? 決闘も強くて……気が合って………ゴメン……迷惑よね………私なんかが、友達になりたいなんて……思っちゃ
駄目よね……》

「そんなことありません!!」

 気がついたら声を張り上げていました。
 何が起こっているのか、さっぱり状況は掴めないし、何で朝山さんがこんなに弱々しいのか分かりません。
 でも、こんな……こんな悲しい言葉って……!
「……自分勝手とか、わがままとか、私はまだ朝山さんのこと、全然知りません!! でも、私に話しかけてくれた朝山
さんは優しかったです! クラスになじめるかどうか不安な私に、朝山さんは真っ先に話しかけてくれました!! 私、
本当に嬉しかったんです。少なくとも、迷惑だなんて思いませんでした!!」
《真奈美……ちゃん……?》
「決闘だって……まだ1回しかやってません! 私が……負けたままなんです! 朝山さんは……いなきゃいけません!
いいえ、いてください! 朝山さんは……香奈ちゃんは私の……友達です!! だから……だから………!」
 胸の奥が、熱くなっていた。
 視界が歪んで、携帯を握る手に力が入った。

「だから………! いなくなるなんて……言わないで下さぃ……!」

 目頭が熱くなって、涙が出てきました。
 以前まで私は、闇の力のせいで行方不明になっていました。そのときお母さんが凄く悲しんだことを教えられました。
 人がいなくなることが、どれだけ周りを悲しませることかを知っていました。
 だから、友達にそんなことを思って欲しくありませんでした。

《………じゃあ………どうしたらいいの……?》

「え?」
《……私だって………頭がぐちゃぐちゃで……何をしたらいいかなんて……分からないよ……》
「朝山さん! 朝山さん!?」
《……――――て……》
「え、今なんて?」
《……大助……大助ぇ………………うっ……ぅぐ……》

 プー…プー…プー

「……!」
 突然、電話が切れた。
「もしもし!? 朝山さん!? 朝山さん!!」
 必死で呼びかけたけど、繋がっていないから届くはずもありませんでした。
《今の会話を記録しますか?》
 携帯電話から尋ねられます。何かの拍子で、録音ボタンを押していたのかも知れません。
 私は「Yes」を選択して、もう一度かけ直しました。
《おかけになった電話番号は現在繋がっておりません。電源が入っていないか、電波の届かない――――》
 だけど、繋がりませんでした。
 そういえば朝山さんは、携帯の電池が切れそうだって言っていました。もしかしたらそのせいかもしれません。


 私はしばらくの間、呆然と立ちつくしていました。
 あんなに元気な朝山さんが、どうして……あんなことを……?
「…………」
 携帯を閉じて、ポケットに入れた。
 絶対に何かあったんだ。朝山さんに……。
 知りたい。何があったのか知りたい。でも、いったい誰が知っているんでしょうか?
 中岸君はいないし……雨宮さんや他の女子も知らないって言ってたし……あとは……
「あ……」
 頭に、1人の男子の顔が浮かびます。
 雲井君だ。彼なら、何か知っているかもしれない。
 私は急いで、学校に戻ることにした。




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「雲井、浮かない顔してどしたの?」
 雨宮が話しかけてきた。
 今は放課後の掃除中。他の連中はゴミ捨てやらなんやらで、教室には俺と雨宮しかいなかった。
「テストの点数でも悪かったの?」
「そんなんじゃねぇよ」
 確かにテストの点数は悪いが、そんなんで落ち込む俺じゃねぇ。
 というか、急に話しかけてきてどうしたんだ? いつもはあまり話さないのに……。
「じゃあ、なんか気になることでもあんの?」
「…………」
 そんなの決まってんじゃねぇか。中岸と香奈ちゃんが二人揃って休んでいるんだぞ。中岸のことなんかどうでもいいが
香奈ちゃんが休んだとなると一大事だ。何かおかしなことに巻き込まれているかもしれねぇし……。
「あぁ、雲井って、香奈のこと好きだからねー。やっぱ気になるの?」
「うるせぇ。香奈ちゃんには失恋中だ」
「えぇ!? 告白したの?」
「……まぁそんなとこだぜ」
「ははっ、それで見事に玉砕したってわけなんだ」
「まぁな」
 正確に言えば告白したわけではない。夏休みに、俺は香奈ちゃんに「大助のことが好きか」と聞いて「好きよ」と答え
られた。言うならば、告白せずにフラれたわけだ。さすがにそのショックからは立ち直ったけどな……。
「雨宮、なんか知らねぇのか?」
「あたしに聞かないでよ。雲井の方こそ、中岸のライバルなら何か知っているんじゃないの? ホントはそのことを聞き
たくて話しかけたんだけど……」
「知るかよ」
 なんで中岸のことを知っていなきゃいけねぇんだよ。
 いくらライバルっていっても、担任の山際が知らねぇことを知っているわけねぇだろ。
「そんなに苛立たないでよ。あたしだって香奈のこと心配なんだよ?」
「苛立ってなんかねぇよ。とにかく、二人のことは知らない」
「ふーん。まぁあんたでも香奈や中岸のこと知らないなら仕方ないね」
 雨宮は溜息をつきながら言った。
 悪かったな。中岸と香奈ちゃんの情報を知って無くて。


「雲井君、いますか?」


 澄んだ声がした。俺と雨宮が同時にドアの方へ視線を向ける。
 本城さんが、息を切らしながら教室を見渡していた。
「雲井ならここにいるよー」
 本城さんは俺を見るなり、どこか安心したように息を吐いた。
「どうしたの本城さん?」
「あ、雨宮さんもいたんですね」
「あーひどーい。あたしってそんなに影が薄かった?」
「そ、そんなことないです! 雲井君の後ろにいたので見えなかったんです」
「まぁいいさ。それで、雲井に何の用?」
「そ、そうなんです! 朝山さんが大変なんです!!」
「はぁ!?」
 香奈ちゃんが大変だって!? いったい、何があったんだ? ていうか、あいつは何してんだよ。
 いや、とにかく落ち着け俺。早とちりするとろくなことにならない。まずはしっかり本城さんの話を聞いてからだ。
「香奈が大変って、どういうこと?」
 雨宮の表情が変わった。いつもの飄々とした態度とは違って、険しい顔になっていた。
「そ、それが……それが……!」
 本城さんは目に涙を浮かべながら、言葉に詰まっていた。
「それが……ふぇぇん……!」
 ついには泣き出してしまった本城さん。
 雨宮が静かにその側によって、彼女を抱きしめた。
「よしよし、とにかくいったん落ち着こうか」
 本城さんを抱きしめながら、雨宮は優しく言った。
「……ぐすっ……はい……」
「うーん、ここじゃみんな帰って来ちゃうね。とりあえず中庭に出よう。雲井も来なよ」
「お、おう……」
 掃除用具を放り投げて、俺達は中庭へ行くことになった。


 中庭について、置いてあるベンチに座った。
 雨宮が落ち着かせてくれたおかげで、本城さんはなんとか話が出来る状態になっていた。
「それで、何があったの?」
「……はい。雨宮さんに携帯の番号教えてもらって、それで帰りに、朝山さんに電話してみたんです。そしたら……」
 本城さんはゆっくりと、何があったのかを説明してくれた。
 香奈ちゃんがいつもからは考えられないくらい弱々しい声だったこと。
 そして中岸が死んでしまったということ。
 もう学校には戻らないと言ったことまで、丁寧に説明してくれた。
「中岸が、死んだだと……!?」
 信じられなかった。あいつが死ぬような奴には、到底思えなかったからだ。
 交通事故に遭うような奴でもねぇし……あとは考えられるとしたら……。
「中岸が死んだって、本当に言ったの?」
「はい……たしかに、そう言いました……」
「……信じられないけど、もしそれが本当なら、香奈がそんなに弱々しくなるのも分かるよ」
「どういうことですか?」
 雨宮は一瞬こっちを見た。俺は黙って頷いた。
「本城さんは知らなくて当然だけど、実は似たような事件が前にもあったのね。夏期講習の時だったかな、香奈が私服で
学校に来て、中岸のことで大騒ぎしたんだ」
「大騒ぎ?」
「うん。原因は分からないんだけど、みんなが中岸のことを忘れていたんだよね。机も、名簿の名前も消えてるし、まる
で最初からいなかったみたいだったの。10日ぐらいしたら、みんな思い出したみたいなんだけどね」
「みんなって、一斉にですか?」
「そう。おかしな話だよね。とにかくそんなことがあって、香奈が大騒ぎしたの。教頭までカンカンになって大変だった
んだよ」
「そうなんですか……」
 俺は警察で事情聴取を受けていたから、実際に香奈ちゃんの大騒ぎを見た訳じゃない。
 でも、いったい何が起こっていたのかはよく知っている。
 生徒の間で話題になった『中岸大助消失事件』。それは圧倒的な闇の力を使うダークとの決闘で、中岸が闇の神の攻撃
で負けたのが原因だった。存在が消えるほどの深い闇に、飲み込まれてしまったことによる記憶の消失。白夜のカードを
持っていた香奈ちゃんは覚えていたみたいだけど、俺も含めてほとんどの人が中岸のことを忘れていた。
 結局、俺と香奈ちゃんで中岸を助け出して元に戻ったんだが、事情を知らないみんなの間では不思議な事件として記憶
に残っているみたいだ。
「雲井は、何か知らないの?」
「え、なにが?」
「ちゃんと聞きなよ。中岸が死んじゃったことについて、何か知らないの?」
「……………」
 心当たりがあると言えば、あった。
 でもそれを言うと、本城さんや雨宮にまで被害が出る気がした。
「しらねぇ」
「……あっそ。とにかく、先生に相談してみようよ。何か分かるかも知れない」
「山際に言っても、多分無駄だぜ?」
「どうしてあんたがそんなこと分かるの」
「いや、なんとなく……だぜ」
 雨宮は訝しげな表情で、俺の胸倉を掴んだ。
 予想していたよりも力強かったことに、少し驚いてしまった。
「雲井さ、なんか隠してるでしょ?」
 本城さんに聞こえさせないためか、囁くような声だった。
 だがその声の内には、若干の怒りが込められていた。
「香奈ほどじゃないけど、雲井だって嘘つくの下手なんだよ。知ってることがあるなら、白状しなよ」
「…………………」
「雲井!」
「…………悪い。言えないんだ」
 静かに答えた。雨宮の力が少し強まる。
「どうして!?」
「……説明しても分かってもらえねぇだろうし、俺だって確信がある訳じゃねぇ。それに、雨宮を巻き込みたくない」
「え?」
「もし俺が考えていることが正しくければ、きっと大変なことになると思う。最悪の場合、命の危険にも繋がるかも知れ
ねぇ……。そんな危険なことに、雨宮を巻き込みたくないだけだぜ」
「……雲井……あんた、いったいどんな世界にいんのよ」
 どんな世界と聞かれても、答えようがなかった。
 非日常なことであることは分かったが、どうにも上手い表現が思いつかなかった。
「本当にすまん! とにかく、俺なりに調べてみるから、じっとしておいてくれ!」
「……じっとできるわけ……ないじゃん。香奈が、あたしの親友が、学校に来ないって言っているんだよ!? 泣いて苦
しんでいるんだよ!? そんなの放っておけるわけないじゃん!!

 雨宮は譲らない。囁く声を止めて、もはや怒鳴るような口調になっていた。
 かといって、俺だって譲れなかった。クラスメイトを危険なことに巻き込みたくなかった。
「あたしは香奈の親友なんだよ! 香奈が苦しんでいるときに、じっとしているなんてそんなこと――――」
「遊戯王のできない雨宮がいても、足手まといになるだけなんだ!!!」
 声を張り上げた。突然のことに驚いたのか、雨宮が硬直した。本城さんも、驚きで目を見開いていた。
 自分でも、言ってはいけないことを言ってしまったと思った。けど、それが事実だ。
「……なによ……あたしには……出来ることが何もないの……?」
 下を向いて、小さく震えながら雨宮は言った。
 顔は見えなかったが、泣いていることが分かった。
「……親友なのに……こんなときに……何も出来ないの……?」
 数滴の滴が、地面に落ちた。
 俺はその言葉に、返す言葉が見つからなかった。
「っ……!」
 雨宮は俺を突き飛ばした。
 けっこう力強くて、尻餅をついてしまった。
「あ、雨宮さん……!」
 本城さんが呼びかけた。雨宮は数秒答えないで、袖で顔を拭った。
「カードゲームが出来ないから……あたしは駄目だって言ったよね……」
「……ああ」
「じゃあ、カードゲームが出来れば良いんでしょ?」
「それはそうだけど、今から教えても付け焼き刃じゃ――――」
「本城さん!!!」
 雨宮が振り返って、本城さんの肩を掴んだ。
「お願い! あたしの代わりに、雲井に協力して!!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 いくらなんでもそりゃねぇだろ。本城さんだって危険にさらしたくないことには変わりないんだ。
 たしかに本城さんは遊戯王が出来るけど、だからってそれは駄目だろ。
「本当はあたしが行きたいけど……足手まといになるんだったら行かない方がいい……でも、香奈を放っておけないの。
身勝手だって分かってる。でも、今は本城さんしか頼める人がいないの! お願い! あたしの代わりに、香奈のことを
調べて……!! お願い………!!」
 声を震わせながら、雨宮は懇願した。
 本城さんは優しく微笑んで、肩を掴む手を取った。
「分かりました」
「……! ありがとう………本城さん……」
「ちょ、ちょっと待てよ! 勝手に話を――――」
「雲井!!」
「は、はい!?」
「このあたしを足手まといって言ったからには、ちゃんと香奈のことを調べてきてよ! あと本城さんに手を出したら、
ぶっ飛ばすからね!! 分かった!?」
 雨宮は、さっきまで泣いていたとは思えない表情で言った。
 不覚にも気圧されてしまった自分が情けなく感じた。
「本城さん、いいのかよ!? 多分、危険なんだぜ?」
「はい。私だって、朝山さんを放っておけませんし……友達の頼みは、断れませんから……」
「……ありがとう……本城さん……この恩は絶対に返すから……」
「いいですよそれくらい。雨宮さんは、安心して待っていて下さい」
 本城さんは優しく笑って、そう言った。
 雨宮はまだ少し潤んだ目で、もう一度、ありがとうと言った。





 中庭をあとにして、掃除を手早く終わらせて、俺と本城さんは校門の前にいた。
 雨宮は教室に残ると言って、ついてこなかった。
「雲井君、心当たりがあるんですよね?」
「まぁあるけど……」
 このまま本城さんを連れて行動してもいいのか?
 もしダークが関わっているのなら、香奈ちゃんや中岸のことを探っている途中に闇の決闘を挑まれかねない。
 たしかに本城さんは俺より強いけど、だからって勝てるとは限らねぇ。
「雲井君? どうしたんですか?」
「え、あ、あぁ、なんでもないぜ」
「そうですか……」
 考えても仕方ねぇ。とにかく今は調査だ。まだダークが相手だって決まった訳じゃねぇし、仮にダークが相手だって分
かったら、頼れる人がいるじゃねぇか。
 思考にケリをつけて、俺は携帯電話を取り出した。
「誰に電話するんですか?」
「師匠だ」
「え、し、師匠……ですか……?」
「そうだぜ」
 夏休みに、ダークと戦うために色々と稽古をつけてもらった人。
 スター幹部の伊月師匠に電話することにした。
 佐助さんにこっそり番号を聞いておいて良かったぜ。
「その人が、どうして朝山さんや中岸君の事を知っていると思うんですか?」
「まぁ、ちょっと色々あるんだ……」
 伊月師匠の番号にかけた。
 仕事中じゃなければいいんだけどな……。

 プルルルル……ガチャリ。

 そんな不安とは裏腹に、すぐに電話は繋がった。
《もしもし? 伊月弘伸はただいま電話に出られないので代わりに私が出まーす》
 聞いたことのない女性の声が聞こえた。
 間違ったかと思って、番号を再確認する。だが間違いなく、伊月師匠の電話番号だった。
「あの、誰ですか?」
《それはこっちの台詞だよ。電話かけてきたなら、まずは自分から名乗ってよね》
「あ、す、すいません……俺は雲井って言って伊月師匠の弟子なんですけど……」
《雲井………ちょっと待ってね…………んーと……たしか50ページくらいに……あ、あった………あー雲井忠雄君ね。
大助君や香奈ちゃんと同じ高校のクラスメイトだよね。休日は趣味の服屋巡りをしていて、好きな食べ物はカレーライス
で、使うデッキは手札事故を無視したワンキルデッキで、学校での戦績は現在4勝30敗……》
「な、なんでそんなことまで知ってんだよ!?」
 かなり動揺してしまった。どうして誰にも言っていない服屋巡りの趣味のことまで知ってんだ?
 しかも学校での戦績なんか、普通は教師しか知らないはずだ。電話の女性は、一体何者なんだ?
《どうして知っているか……それは教えられないね。乙女の秘密さ》
「じゃあ、誰なんだよ?」
《おぉー、私としたことが失礼したね。申し遅れました》
 電話越しに、女性は笑ってこう言った。


《私は萩野麗花(はぎの れいか)。伊月の彼女やってまーす》


「師匠の……彼女!?」
 なんだそりゃ。そんなこと一度も聞いたことなかったぞ?
《そんなに驚かないでよ。事実なんだからさ。それで、雲井君は弘伸に何の用だったのかな?》
「あ、そ、それは……」
 どうする? この女性に事情を説明するか?
 いや、いくら師匠の彼女だっていっても、闇の力について知っているとは思えねぇ……。
《もしかして、大助君と香奈ちゃんのことかな?》
「な、なんでそれを!?」
《いやー、タイムリーな情報が他に無かったから試しに言ってみたんだけど、まさか当たりだとはねー》
「知ってんなら教えてくれ!!」
《んー、電話越しじゃ駄目だね。どうせそこ道端でしょ? だったらこうして会話している時点で危ないからさ、聞きた
いなら星花病院に来てよ。3056室だからさ》
「はぁ!? どうしてだよ!?」
《私だって自分が可愛いってこと。まぁ道中気を付けてね。じゃねー》
「ちょ――――!」
 引き止めようとしたが、電話が切られてしまった。
 ちくしょう。いったいなんだってんだよ。
「あの、雲井君? どうでしたか?」
 本城さんが不思議そうな表情をして覗き込んできた。
 俺は携帯をポケットにしまって、答えた。
「なんか事情を知ってそうな人がいたぜ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「多分。とにかく、話を聞きたいなら星花病院に来いって言われた」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ行きましょう雲井君!」
 本城さんが興奮したように言った。
 香奈ちゃんの情報が手に入るかもしれないと分かって、嬉しいのかも知れない。
 けど萩野とか名乗った人は、道中気を付けてと言っていた。普通に交通事故に気を付けろっていう意味かも知れないけ
ど、なんだか嫌な予感がする……。
「雲井君? どうしたんですか?」
「あ、あぁ、なんでもないぜ本城さん」
「そうですか……?」
「とにかく星花病院に行こうぜ」
「は、はい」
 俺と本城さんは早足で歩き始める。
 学校から病院までは歩いて1時間以上かかるが、バスを探して拾う方が時間が掛かるため、このまま歩いて行くことに
した。





 そうして歩くこと30分。俺と本城さんはずっと無言のまま歩き続けていた。
 せっかく女子と二人っきりなのに、何を話して良いのかまったく思いつかない。
 たしかに香奈ちゃんのことが気になるし、楽しく話せるような雰囲気じゃねぇよ。けどいくらなんでもこの空気はきつ
いものがある。つっても本城さんに何を話して良いのか分からねぇし……。
「あの、雲井君……」
「は、はい!?」
 不意な言葉に、声が裏返ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「ぜ、全然大丈夫だぜ本城さん。それで、話はなに?」
「あ、はい……あの、中岸君のことなんですけど……」
「あいつがどうかしたのか?」
「朝山さん、中岸君が死んじゃったのは自分のせいだって言って、泣いていました。いったい、どういうことなんでしょ
うか?」
「…………」
 考えても分からなかった。
「す、すいません。雲井君も分からないですよね……」
「いや、俺も答えられなくて……」
「い、いいんです。その師匠さんに聞けば、すべて分かるなら……でも……やっぱり朝山さんが、心配です……」
 本城さんが顔を伏せた。本当に香奈ちゃんのことが心配みたいだ。
 中岸の野郎、何しているんだ。香奈ちゃんだけじゃなく本城さんにまで心配させやがって。
「大丈夫だぜ」
「はい?」
「中岸はそんな簡単に死ぬ奴じゃねぇし、香奈ちゃんだってきっと大丈夫だって」
「そ、そうですよね。すいません……」
 再び気まずい空気が流れた。くそ、なにか明るい話題はないのか?

 曲がり角を曲がった。
 突然人影が現れて、ぶつかってしまった。
「って!」
 尻餅をついてしまった。
「ど、どこ見て歩いてんだよ!」

「ああ悪い。大丈夫だったか?」

 低い声だった。ストレートパーマをかけた髪に、白い長袖のシャツに青いジーンズ。40代後半ぐらいだろうか。俺よ
り10センチくらい高い大人の男性が、手をさしのべていた。
 俺はその手を掴む。すると、いとも簡単に立ち上げられてしまった。
「ごめんな。ちょっとボーっとしていたんだ」
「気を付けろよ」
「ははっ、ついでに聞きたいんだが、この近くにコンビニ無いか?」
「はぁ?」
「いやぁ、入院中の息子の見舞いに来たんだが、ここら辺に来るのは久しぶりなんだ。ちょっくらビールでも買って行き
たいんだが、場所が分からなくて困っていたんだ。ぶつかったのも何かの縁だし、知ってるなら案内してくれないか?」
 その男は笑みを浮かべて言った。
 なんかよく分からねぇけど、不思議な人だと思った。
「怪しい人に話しかけられたら無視しろって言われてるんだけど……」
「おいおい、勝手に決めつけるなよ。俺はれっきとした妻子持ちの普通のお父さんなんだぞ?」
 ……なおさら怪しい。
 でも、悪い人には見えなかった。
「コンビニならここを右に曲がってすぐの通りにあるぜ。でも俺達急いでいるから、案内はできねぇ」
「ありがとう。恩に着るよ。そっちのお嬢さんも、悪かったな」
「え、あ、はい」
「じゃあ。グッバイ」
 そう言って男の人は小走りで行ってしまった。
 なんだったんだ? あの人……。


「なんだか、不思議な人だったな」
「はい。そうですね」
 けど、なんか初めましてじゃないような感じがするんだよなぁ……なんていうか、誰かに似たような雰囲気があるって
いうか……。誰に似てるんだっけ……?
「じゃあ、行きましょう雲井君」
「あ、ああ!」
 そうだ。こんなところで油売ってる場合じゃねぇ。
 はやく萩野って人に会うために、星花病院に向かわないといけなかったんだ。







「あのぉ、すいません」


 また声をかけられた。だがさっきの男の人とは違って、なぜか背筋が寒くなる声だった。
 俺と本城さんは身構えながら振り返る。
「だ、誰ですか……?」
 本城さんが怯えながら言った。
 そこには黒いスーツを着た男と白衣を纏った女がいた。
「あぁ……俺は骨塚。この女性は……白石」
 骨塚の声は、とても暗かった
「ところで君達さ、そんなに急いでどこに行くの?」
 それとは対照的な明るい声で、白石が微笑みながら尋ねてきた。
 だがその表情は、なんとなく不気味だった。
「びょ、病院ですけど……」
「誰かのお見舞いかな?」
「い、いえ……ちょっと用事があって……」
 警戒心がないのか、単に馬鹿正直なのか、本城さんは答えた。
 そうしているうちにジリジリと、二人は俺達に歩み寄ってくる。
「俺達に何の用だよ」
「睨むな……雲井忠雄」
 骨塚の暗い声が、とても不気味だった。
「……! どうして俺のことを知ってんだよ」
「君だけじゃないよ。そっちは本城真奈美でしょ?」
「な、なんで……」
「君達の目的は分かってるよ。朝山香奈のことを探らせたりなんかさせない」
「……!! てめぇら、香奈ちゃんに何をした!?」
 拳を握りしめる。何かしたなんて言ってみろ。中岸の代わりにてめぇらをぶっとばしてやる。
「これを見ても、そんなことが言えるかな?」
 白石が笑った。
 そして同時に、骨塚と白石の体から、黒い霧のような物が吹き出した。
 その霧は辺りを覆って、道を塞いでしまった。
「こ、これって……闇の力!?」
 本城さんが驚いたように言った。
 なんで彼女がそんなことを知っているのか気になったが、今はそれどころじゃなかった。
「てめぇら……!」
 いったいどうなってんだよ。闇の力は無くなったんじゃなかったのか?
 でもこれではっきりした。香奈ちゃんが弱々しくなってしまったことには、この闇の力が関わっているってことだ。
 くそ、伊月師匠も中岸のやつも、どうして俺に何も教えてくれてなかったんだよ。
「本当はちゃっちゃと片づけたいけど、ここは人目につくからね。決闘で大怪我してもらった方が都合がいいんだ。じゃ
あ骨塚は、そっちの男子の相手してね」
「……よりによって、ハズレが相手か……」
 骨塚はつまらなそうに溜息をついた。
 この野郎……俺がハズレだとぉ……!!
「じゃあ私は本城真奈美と決闘するよ。楽しい決闘にしようね真奈美さん?」
「……ぁ……!」
 本城さんは明らかに怯えていた。
 体が震えていて、とても決闘できるようには見えなかった。
 でも、俺が助けに入ったところで、何が出来る? 闇の力を2人も相手にするなんてこと、できるのか?
「本城さんは関係ねぇだろ!!」
 そうやって、大声を上げることしかできなかった。
「関係ないなんてことないよ。主人の計画に邪魔になりそうな人は、みんな排除しろって言われてるんだ」
 白石は冷たい笑みを浮かべて、そう言った。
「じゃあ決闘しよう。もし私達に勝ったら、朝山香奈のことを教えてあげても良いよ?」
「……! ほ、本当……ですか……?」
「うん。まぁ万が一にも無理だろうけどね」
「……………………」
 本城さんは胸に手を当てて、大きく深呼吸した。
「……分かりました」
「本城さん、大丈夫なのか!?」
「……大丈夫です……怖いけど…………逃げられないのも分かっていますから……」
「よろしい」
 白石と骨塚はデュエルディスクを構えた。
 俺と本城さんはバッグからデュエルディスクを取り出して、腕に装着する。
「本当に大丈夫かよ本城さん」
「だ、大丈夫です……雲井君も、気を付けて下さい」
「分かってるぜ」
 絶対に負けてたまるか。こいつらをぶっとばして、俺達は病院に行くんだ。
「準備はいいみたいだね」
「………覚悟は……いいか…?」

 骨塚と白石は、そう言って笑う。
 広がる闇の中で、俺と本城さんはそれぞれの相手を見つめた。






episode17――高攻撃力の決闘――

「さーて、じゃあサシの勝負、始めようか」
「………………」
 白石が笑い、骨塚って奴が黙って頷いた。
 途端に闇の壁が出現して、本城さんが見えなくなってしまった。
 これじゃあ、お互いに戦況がどうなっているのか見ることが出来ねぇな。
「くひひ、これで……完全にサシだ……」
 暗い声で骨塚は言った。
 ちくしょう、これじゃあ本城さんの様子が分からねぇ。無事だと良いんだけど……。
「……はぁ……」
 骨塚が溜息をついた。
「なんだよ?」
「……よりによって……ハズレに……当たるとは……」
「な、なんだとぉ!?」
「怒るなよ……暑苦しい……」
 骨塚はもう一度溜息をついた。そして細い目で俺を一瞥して、静かに笑った。
 ちっくしょお、馬鹿にしやがって……! 絶対にぶっとばしてやる。
「ハズレかどうか、てめぇの目で確かめてみやがれ!!」
 俺もデュエルディスクを構えて、デッキをセットした。
 久しぶりの闇の決闘。絶対に負けるわけにはいかねぇ。
 いったい何があったかは分からねぇが、香奈ちゃんと中岸に起こった『何か』に、こいつらが関わっていることに違い
はないはずだ。
 だったら、ぶっとばす理由として十分すぎるじゃねぇか。
 それに、もし本当に中岸が死んでしまったなら、その敵をとれるのは俺しかいねぇじゃねぇか。
 だから絶対に負けるわけにはいかねぇんだ!
「あ、そう……じゃあ……始めよう……」
 骨塚が改めてデュエルディスクを構えた。
「行くぜ!!」



「「決闘!!」」



 雲井:8000LP   骨塚:8000LP



 決闘が、始まった。




「この瞬間……デッキからフィールド魔法を発動する……」
 骨塚のデュエルディスクから、深い闇が溢れ出した。
「ちっ、来やがったな!」
 デッキから発動されるフィールド魔法。
 たしかにフィールドから離れない効果は強力だけど、その効果自体はたいしたことねぇ。
 対象をとるようなカードをデッキに入れているわけでもねぇし、相手からライフを半分にしてくれるなら好都合だぜ。
 さぁ、どんと来やが――――

「フィールド魔法"亡者の彷徨う闇の世界"を発動する」

「なっ!?」
 辺りを深い闇が覆う。そして空中に、不気味な幽霊のような顔が現れる。
 その顔はまるでこの決闘を観戦するかのように、辺りに無数に浮かび上がっていた。


 亡者の彷徨う闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 自分のモンスターが戦闘で破壊され、墓地へ送られたとき、
 デッキからレベル1のモンスターを手札に加えることが出来る。


「な、なんだこりゃあ!?」
 ただの"闇の世界"じゃねぇ。戦闘で破壊されたときにモンスターをサーチできる効果を持ってる。
 いったい、どういうことなんだ? 倒したはずの闇が、パワーアップしてまた現れたってことか?
「……これが……俺の闇の世界……だ」
「へっ、た、たいしたことねぇな。サーチできるって言っても所詮レベル1のモンスターじゃねぇか。そんなモンスター
いくらサーチしても無駄だぜ!」
「……はぁ……」
 また溜息をつかれた。
「……じゃあ……教えてやる……」
「な、何をだよ?」
「この闇の世界の恐ろしさを……教えてやる……」
「へっ、やってみやがれってんだ!!」
 デュエルディスクの青いランプが点灯した。
 どうやら先攻は相手からみてぇだ。まぁ別に関係ねぇな。先攻だろうが後攻だろうが、有利不利が変わるわけでもねぇ
だろ。
「俺のターン……ドロー」(手札5→6枚)
 骨塚はゆっくりとカードを引いた。
 やせこけた体が本当に不気味で、背筋に嫌な汗が流れた。
「俺はモンスターをセット……カードを1枚セットして……エンドだ……」
 たいして何も起こさずに、骨塚はターンを終えた。
「はぁ? 恐ろしさを見せてやるって言ったわりには、ずいぶん守備的じゃねぇか」
「…………」
「まぁ手札事故だってならしょうがねぇ。こっちはこっちでやらせてもらうぜ!!」
 

 ターンが移行した。


「俺のターンだぜ!!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引いて、手札を確認する。
 うん、まぁいつも通りだ。幸いあまり事故ってないし、これならいけんだろ。
「俺は手札から"デス・カンガルー"を召喚するぜ!!」
 フィールドにボクサーのような格好をしたカンガルーのモンスターが現れた。
 そいつは素早く空に拳を放って、相手に力を見せつけた。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「さらに俺はこいつに"デーモンの斧"を装備するぜ!!」
 カンガルーの手に、巨大な斧が装備された。


 デーモンの斧
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を
 リリースする事でデッキの一番上に戻す。


 デス・カンガルー:攻撃力1500→2500

「バトルだぜ!!」
 カンガルーが斧を振り上げて、骨塚のモンスターに襲いかかる。
 その斧を振り下ろして、骨のモンスターを粉々にした。

 ワイト夫人→破壊

 ワイト夫人 闇属性/星3/攻0/守2200
 【アンデット族・効果】
 このカードのカード名は、墓地に存在する限り「ワイト」として扱う。
 また、このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 フィールド上に表側表示で存在する「ワイト夫人」以外のレベル3以下の
 アンデット族モンスターは戦闘によっては破壊されず、魔法・罠カードの効果も受けない。


「へっ! 守備力2200のモンスターか。なかなかやるじゃねぇか」
「……闇の世界の効果発動……この効果で……デッキから"ワイト"を手札に加える……」(手札4→5枚)
 辺りにいる幽霊みたいな奴らが、骨塚の手札に集まっていく。
 不気味な力によって相手の手札に1枚のカードが加わった。
「どうだ……お前が戦闘すればするほど………俺の手札は多くなっていく……」
「……!! たった1枚サーチしたぐらいでいい気になってんじゃねぇよ! 俺はこのままターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP           
                     
 場:デス・カンガルー(攻撃)
   デーモンの斧(装備魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 骨塚:8000LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚
                     
 手札5枚               
-------------------------------------------------

「……俺の……ターン……」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を見ながら、骨塚は小さく笑った。
「……"ワイト"を召喚する……」
 暗いフィールドに、小さな骸骨が出現した。


 ワイト 闇属性/星1/攻300/守200
 【アンデット族・効果】
 どこにでも出てくるガイコツのおばけ。攻撃は弱いが集まると大変。


「攻撃力300!?」
 雑魚モンスターかよ。なんか前にもこんな奴と戦ったことあったな。
 あんまり思い出したくないが……。
「……さらに伏せカード"同姓同名同盟"を発動」


 同姓同名同盟
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するレベル2以下の通常モンスター1体を選択して発動する。
 自分のデッキから選択したカードと同名のカードを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。


「……この効果で……デッキから"ワイト"2体……守備表示で特殊召喚……」
 骨塚の場に同じ姿をした骸骨のモンスターが現れた。
「また雑魚モンスターを出すのかよ……」
「……だから……?」
「……!!」
 くっそ、馬鹿にしやがって。
「……カードを1枚セットして……エンド……」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP           
                     
 場:デス・カンガルー(攻撃)
   デーモンの斧(装備魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 骨塚:8000LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   ワイト(攻撃)
   ワイト(守備)
   ワイト(守備)
   伏せカード1枚
                     
 手札4枚               
-------------------------------------------------

「俺のターンだぜ!! ドロー!!」(手札4→5枚)
 引いたカードを確認する。
 よし! これならいけるぜ!!
「手札から"ミニ・コアラ"を召喚するぜ!! さらにこのカードをリリースして、デッキから"ビッグ・コアラ"を特殊
召喚するぜ!!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 骸骨と同じくらいの大きさの獣モンスターが光に包まれて、大きな体をしたコアラが場に現れる。
 辺りにいる幽霊みたいな奴らも、突然のモンスターの登場に少し驚いているみたいだった。
「……でかい……」
「いくぜ! バトル!! "ビッグ・コアラ"で攻撃表示の"ワイト"に攻撃!!」
 大きなコアラの拳が、小さな骸骨を粉々に粉砕する。

 ワイト→破壊
 骨塚:8000→5600LP

「……闇の世界の効果で……"ワイトキング"を……手札に加える……」(手札4→5枚)
 ダメージを受けたのにも関わらず、骨塚はわずかに顔を歪めただけだった。
 これぐらいのダメージじゃあ、効いてないって事なのか……?
「……どうした?……これで……終わりか……?」
「まだだぜ!! "デス・カンガルー"で"ワイト"に攻撃!!」
 カンガルーの持つ斧が、骸骨を切り裂いた。

 ワイト→破壊

「……闇の世界で……"ワイトメア"を手札に加える……」(手札5→6枚)
 また骨塚の手札が増える。
 今更だけど、もしかしたらこの効果……まずいかもしれねぇ……。
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP           
                     
 場:デス・カンガルー(攻撃)
   ビッグ・コアラ(攻撃)
   デーモンの斧(装備魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 骨塚:5600LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   ワイト(守備)
   伏せカード1枚
                     
 手札6枚               
-------------------------------------------------

「……俺のターン……」(手札6→7枚)
 骨塚はカードを引くやいなや、すぐさまデュエルディスクにカードを置いた。
「……"痛み分け"を発動……」


 痛み分け
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動する。
 相手はモンスター1体をリリースしなければならない。


 お互いのモンスターを強制的に排除するカードかよ。わざわざ雑魚モンスターを場に残しておくくらいなら、俺のモン
スターごと道連れにしようってことか。
「……この効果で……俺は"ワイト"をリリースする」
「じゃあ俺は"デス・カンガルー"をリリースするぜ!!」
 相手の場にいた骸骨と、俺の場にいたカンガルーが地面に飲み込まれた。

 ワイト→墓地
 デス・カンガルー→墓地
 デーモンの斧→墓地

「どうすんだよ? 俺の場には攻撃力2700のビッグコアラがいるぜ。てめぇの使う雑魚モンスターじゃ、俺のモンス
ターは倒せねぇだろ!!」
「………ふっ………」
 半ば呆れたように、骨塚は小さく笑った。
「何が可笑しいんだよ!?」
「……2700なんて……簡単に越えられる……」
「なにっ!?」
 相手の場にモンスターはいない。コアラの攻撃力を越えるには上級モンスターを召喚するしかねぇはず。
 でも俺の場には"グラヴィティ・バインド−超重力の網"が伏せてある。たとえ上級モンスターが出されたって、攻撃は
止められる。恐れることなんて何もねぇ。
「やれるもんならやってみやがれ!!」
「……そんなに見たいなら……見せる……」
 骨塚はそう言って、手札から1枚のカードをデュエルディスクに置いた。
"ワイトキング"を召喚……」
 なぜか悪寒がした。
 相手の場に、藍色の布を羽織った骸骨モンスターが現れた。


 ワイトキング 闇属性/星1/攻?/守0
 【アンデット族・効果】
 このカードの元々の攻撃力は、自分の墓地に存在する「ワイトキング」
 「ワイト」の数×1000ポイントの数値になる。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分の墓地の「ワイトキング」または「ワイト」1体を
 ゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する。


「なんだこいつ!?」
「"ワイトキング"は墓地にいるワイトと名のつくカードの数×1000ポイントの攻撃力をもつ」
「なっ!?」
 たしか相手の墓地には"ワイト"が3体と"ワイト夫人"が1体いる。つーことは――――

 ワイトキング:攻撃力?→4000

「攻撃力4000だと!?」
 マジかよ!? そんなのありか!? レベル1で攻撃力4000って、おかしいだろ!
 これじゃあ俺の伏せカードは意味ねぇじゃねぇか。
「……バトル……」
 骸骨の王が、目の前に闇の力を溜め始めた。
 凝縮した闇の力がコアラに向かって放たれる。コアラはいとも簡単に、その闇に飲み込まれてしまった。

 ビッグ・コアラ→破壊
 雲井:8000→6700LP

「ぐあああああ!!」
 激痛が走った。
 やっぱり、これは闇の決闘に間違いねぇ……。
「……叫び声もうるさい……」
「うるせぇ!」
「……カードを1枚セット……エンド……」

-------------------------------------------------
 雲井:6700LP           
                     
 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 骨塚:5600LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   ワイトキング(攻撃)
   伏せカード2枚
                     
 手札4枚               
-------------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!!」(手札3→4枚)
 まさかいきなり攻撃力4000がでてくるなんて思わなかったが、まだ大丈夫だ。
 これくらいの攻撃力なら、すぐに逆転してやるぜ!
「手札から"死者蘇生"を発動するぜ!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で俺は墓地から"ビッグ・コアラ"を特殊召喚! さらにこいつをリリースして"偉大魔獣 ガーゼット"をアド
バンス召喚だぜ!!」
 聖なる十字架の光のよって蘇ったコアラが、光に包まれる。
 その光の中から、巨大な魔獣が現れた。


 偉大魔獣 ガーゼット 闇属性/星6/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げた
 モンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。


「こいつの攻撃力は、リリースしたモンスターの攻撃力の倍になる!!」
「……!」

 偉大魔獣 ガーゼット:攻撃力0→5400

「バトルだ!! "ワイトキング"に攻撃!!」
 膨大な力を持った魔獣が、骸骨の王に襲いかかった。
 骸骨の王は反撃しようとしたが、それよりも早く魔獣の拳が体を叩き込んだ。

 ワイトキング→破壊
 骨塚:5600→4200LP

「……くっ……」
「どうだ!! たかが4000なんて、俺の敵じゃねぇんだよ!!」
「……ワイトキングは戦闘破壊されたとき、墓地か――――」
「そうはさせねぇぜ!! 手札から"D.D.クロウ"を捨てて"ワイトキング"を除外するぜ!」(手札2→1枚)
 黒い翼が羽ばたき、蘇ろうとする王の体を次元の穴へと引きずり込んだ。


 D.D.クロウ 闇属性/星1/攻100/守100
 【鳥獣族・効果】
 このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
 相手の墓地に存在するカード1枚を選択し、ゲームから除外する。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 ワイトキング→除外

「これで復活はできねぇぜ!!」
「………闇の世界の効果で……"ワイトキング"を手札に加える」(手札4→5枚)
 そういえばその効果があったな。
 でも大丈夫だ。たとえ次のターン出されても、ガーゼットの攻撃力は越えられないはずだ。
 けど念のために、伏せておくか。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」

-------------------------------------------------
 雲井:6700LP           
                     
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 骨塚:4200LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚
                     
 手札5枚               
-------------------------------------------------

「……俺のターン……ドロー……」(手札5→6枚)
 骨塚の手札はまだ6枚。
 やっべぇ……少し調子に乗りすぎたか?
 いやそんなことはない! 俺の場には攻撃力5400のガーゼットがいるんだ。骸骨のモンスターなんかに負けるわけ
ねぇじゃねぇか。
「……どうした……急に静かになったな……」
「うるせぇ! てめぇのターンだ。さっさと進めやがれ!」
「……まったく……暑苦しい……手札から"ワイトキング"を捨てて"ワン・フォー・ワン"を発動する」
「……!!」


 ワン・フォー・ワン
 【通常魔法】
 手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。


 手札のモンスターを捨てて、デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚するカード。
 そうか。"ワイトキング"のレベルは1しかねぇ。このカードはうってつけってことだな。
「……この効果で……デッキから"ワイトキング"を特殊召喚……」
 骨塚の場に再び現れた骸骨の王。
 だけどまだ攻撃力は5000。ギリギリ、ガーゼットには届いてねぇ。まだ大丈夫だぜ。
「……さらに手札から"死者蘇生"を発動して……"ワイトキング"を特殊召喚……」
「っ……!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 現れる2体目の骸骨王。けどその攻撃力は4000に下がってる。全然問題ねぇ。
 いくら骨を召喚したところで、俺のモンスターには敵わないぜ。
「……もしかして……攻撃力は越えていないから大丈夫……とでも思ってるか?」
「それがどうしたよ。事実だろうが」
「……じゃあ……見せてやる……手札から"ワイトメア"を捨てて効果発動……」
「なっ!?」
 骨塚の手札から、今までと違う雰囲気を醸し出す骸骨が現れた。
 その骸骨はカタカタと笑うと、地面に潜り込んでしまった。
 すると突然、次元の穴が開いて中から除外されたはずの骸骨の王が現れてしまった。


 ワイトメア 闇属性/星1/攻300/守200
 【アンデット族・効果】
 このカードのカード名は、墓地に存在する限り「ワイト」として扱う。
 また、このカードを手札から捨てて以下の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●ゲームから除外されている自分の「ワイト」または「ワイトメア」1体を選択して自分の墓地に戻す。
 ●ゲームから除外されている自分の「ワイト夫人」または「ワイトキング」1体を
 選択してフィールド上に特殊召喚する。


「……これで……3体の"ワイトキング"の攻撃力は……5000……くひひ……」
「……!! け、けどまだガーゼットには届かないぜ!!」
「……伏せカード発動……"針虫の巣窟"……」


 針虫の巣窟
 【通常罠】
 自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。


「……デッキの上から……5枚墓地に送る……くひ……」
 骨塚は不気味に笑いながら、デッキの上からカードを墓地の送った。
 送られたモンスターは――――

 ワイトメア
 トライアングルパワー
 エンジェル・リフト
 ワイトメア
 魔の試着部屋

 ワイトキング:攻撃力5000→7000

「攻撃力7000が3体だとぉぉ!?」
 なんじゃそりゃあ!? ありえねぇだろ!! どうなってんだよ一体!?
 そんな高い攻撃力を3体も並べられるなんて、考えてもいなかったぞ!? しかも全員揃ってレベル1って、俺の場の
伏せカードにひっかからねぇじゃねぇか!
「……くひひ……青ざめた……」
「てめぇ……!」
「……睨むな……興が冷める……くひひ、バトルだ……"ワイトキング"で攻撃」
 骸骨の王が、その手に膨大な闇を溜め込んだ。
 そしてそれは黒い球体となって放たれて、俺の場にいる魔獣を飲み込んだ。
「ぐああああっ!!!」

 偉大魔獣 ガーゼット→破壊
 雲井:6700→5100LP

「ぐっ……!!」
 強烈な痛みだった。
 やっぱりダメージが少ないとはいえ、高い攻撃力の衝撃は相当強い。
 まずいぜ、このままじゃあ……!
「クヒヒ……トドメだ……」
「くっ! させっかよ! この瞬間、伏せカード発動だぜ!!」
 俺はたまらず、伏せカードを開いた。


 チャンピオン見参!
 【通常罠】
 自分のモンスターが戦闘で破壊されたとき、
 墓地の「デス・カンガルー」と「ビッグ・コアラ」を1体ずつ除外することで、
 エクストラデッキから「マスター・オブ・OZ」を特殊召喚することができる。
 その後、バトルフェイズを終了する。


「この効果で、俺は墓地からカンガルーとコアラを除外して、"マスター・オブ・OZ"を特殊召喚だぜ!!」
 
 デス・カンガルー→除外
 ビッグ・コアラ→除外

 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


「しかもこのターンのバトルフェイズは終了! これで、このターンは凌いだぜ!」
「……面倒なカード……別にいいか……エンド……」
 骨塚はどこか悔しそうにターンを終えた。
 よし、次は俺のターンだぜ。

-------------------------------------------------
 雲井:5100LP           
                     
 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 骨塚:4200LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   ワイトキング(攻撃)
   ワイトキング(攻撃)
   ワイトキング(攻撃)
   伏せカード1枚
                     
 手札2枚               
-------------------------------------------------

「俺のターンだぜ!!」(手札0→1枚)
 引いたカードは、師匠の使っていたカードだった。
 悪いな師匠。力を貸してもらうぜ!
「伏せカード発動だぜ!」
 序盤から伏せておいたカードを発動する。
 途端にフィールドに、巨大な光る網が出現した。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「くひひ……そんなもの使っても……俺の"ワイトキング"は止められない……」
「んなこと分かってるぜ。手札から"マジック・プランター"の効果を発動するぜ!!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「永続罠を墓地に送って、デッキから2枚ドローだ!!」(手札0→2枚)
 0枚だった手札が2枚に増える。
 だけどまだ逆転できるカードは手に入らない。
 ここはなんとしても、あのカードを引かなきゃ駄目だ。
 俺はさらにもう1枚の手札に手をかける。
「"成金ゴブリン"を発動するぜ!!」


 成金ゴブリン
 【通常魔法】
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手は1000ライフポイント回復する。


 相手のライフを1000ポイント回復させる代わりにデッキから1枚ドローするカード。
 俺のデッキの性質を考えれば、たかだか1000のライフなんて関係ねぇ。
「てめぇのライフは1000回復する。そして俺はカードを1枚ドロー!!」

 骨塚:4200→5200LP

「……くひ……頑張るね……無駄に」
「うるせぇ!! 手札から"コピーマジック"を発動だぜ!」
「……!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


「俺は自分の墓地の"死者蘇生"を除外して、てめぇの墓地にある"死者蘇生"をコピーして発動するぜ! 俺が復活させる
のは、てめぇの墓地にいる"ワイト"だ!!」
「……っ……」
 俺の場を聖なる光が照らした。
 その光の力によって、骨塚の墓地から骸骨のモンスターが蘇り、俺の場に現れる。


 ワイト 闇属性/星1/攻300/守200
 【アンデット族・効果】
 どこにでも出てくるガイコツのおばけ。攻撃は弱いが集まると大変。


「……そんなカードで……どうする気だ……? たしかに……墓地にワイトがいない分、攻撃力は下がるが……」
「そんなちゃちなことするわけねぇだろ。魔法カード"馬の骨の対価"を発動するぜ!」


 馬の骨の対価
 【通常魔法】
 効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「"ワイト"を墓地に送ってデッキから2枚ドロー!!」(手札0→2枚)
 デッキの上から、勢いよくカードを引き抜いた。
 引いたカードを確認して、ガッツポーズを作る。
 やっと、待ち望んだカードが来てくれた。
「手札から魔法カード"巨大化"を"マスター・オブ・OZ"に装備するぜ!!」


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→8400

 チャンピオンの体が一気に2倍ほどの大きさになる。
 それに比例して、その力もより大きくなった。
「……攻撃力……8400……!」
「これでてめぇの骸骨なんか一発だぜ!! バトル!! "マスター・オブ・OZ"で攻撃!!」
 チャンピオンが右拳に力を込める。

 ――マスター・オブ・パンチ!!――

 その拳を不気味に笑う骸骨に振り下ろし、一気に叩き潰した。

 ワイトキング→破壊
 骨塚:5200→3800LP

「……くぅ……」
「どうだ!! これでてめぇの自慢のモンスターは打ち破ったぜ!」
「……"ワイトキング"の効果……戦闘破壊されたとき……墓地の"ワイト"を除外して、墓地から特殊召喚する……」
「なにっ!?」
 倒したはずの骸骨の王が蘇る。
 マジかよ。せっかく倒したってのに……。

 ワイトキング:攻撃力7000→6000

「……墓地のワイトが1体少なくなった………攻撃力は1000下がる……」
「…………」
 あっぶねぇ。蘇生するけど攻撃力は下がるのか。それなら攻撃力8400のマスター・オブ・OZには――――

 マスター・オブ・OZ:攻撃力8400→2100

「げぇ!?」
 わけわかんねぇぞ。どうして8400もあった攻撃力が4分の1になってんだよ!?
 まさか、こんなときにデュエルディスクの故障か!?
「クヒヒ……何を驚いてる……?」
「なんだと?」
「今の攻撃で……お前のライフは俺のライフを上回った……"巨大化"の効果で……装備モンスターの攻撃力は半分になる
って知らなかったのか……?」
「……!!」
 しまったぁ、そうだったぁぁぁぁ!
 やっべぇ……いつも一撃で決めていたから全然気づかなかった。
 まさか"巨大化"にこんな弱点があったなんて……。
「クヒヒ……どうする……?」
「………」
 俺に残された手札は1枚だけ……。
 もし次のターン"サイクロン"とか引かれたらどうしようもねぇ……。
 けど、上手くいけば……!
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:5100LP           
                     
 場:マスター・オブ・OZ(攻撃)
   巨大化(装備魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 骨塚:3800LP          

 場:亡者の彷徨う闇の世界(フィールド魔法)
   ワイトキング(攻撃)
   ワイトキング(攻撃)
   伏せカード1枚
                     
 手札2枚               
-------------------------------------------------

「クヒヒヒ……俺のターン……ドロー……」(手札2→3枚)
 骨塚は不気味な笑みを絶やさずにカードを引いた。
 頼む! "サイクロン"だけは引かないでくれ!
「クヒヒ……いよいよ……俺の勝ち……みたいだな」
「まだわかんねぇだろ」
「クヒ……強がるな……この状況で……何か手段でも……あるのか?」
「……なめてんじゃねぇぞ。まだ俺が"ワイトキング"の弱点に気づいていないとでも思ってんのかよ」
「なに……?」
 そうだぜ。"ワイトキング"には、致命的な弱点がある。
 いくら攻撃力が高くたって、所詮それは墓地にいるワイトの数で決まる。つーことは……。
「てめぇのモンスターは、墓地にいるワイトの数で変わるんだよなぁ」
「……そうだ……墓地にワイトがいなければ……攻撃力は0……そうか……そういうことか……」
 骨塚の表情が少し険しくなった。
 もしかして、伏せカードがバレたのか?
「……まさか"ヘル・テンペスト"を伏せていたとは……」


 ヘル・テンペスト
 【速攻魔法】
 3000ポイント以上の戦闘ダメージを受けた時に発動する事ができる。
 お互いのデッキと墓地のモンスターを全てゲームから除外する。
 

「……"ワイトキング"で攻撃して……3000以上のダメージを受けたら……"ヘル・テンペスト"を発動……俺のカード
を除外すれば、"ワイトキング"の攻撃力は0になって……一気に有利になる……考えたな」
「……な、なに言ってんだ?」
「クヒヒ……図星か……けど残念だったな……俺の場には"異次元からの埋葬"が伏せてある……」


 異次元からの埋葬
 【速攻魔法】
 ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、そのカードを墓地に戻す。


「たとえ除外されても……クヒヒ……ワイトを3体戻せる……これで除外は心配ない……」
「……ごちゃごちゃうるせぇぞ。いいからかかってきやがれ!!」
「クヒヒ……そんなに言うなら……望み通り……バトル」
 骨塚の宣言で、3体の骸骨の王が闇を溜めだした。
「消えろ……雲井忠雄……」
 闇を凝縮した黒い球体が俺のモンスターに向かって放たれる。
 

 ――この時を、待っていたぜ!――


「伏せカード発動!!」
 3つの黒い球体がぶつかり、爆発を起こした。
 辺りが粉塵で包まれて、相手の姿が見えなくなる。
「クヒヒ……終わり……」
 ただ笑う骨塚の声だけが聞こえた。
 粉塵が消えていく。すると、だんだん骨塚の声も小さくなっていた。
「な……に……?」
 骨塚が驚いているのがよく見えた。


「どうした? 俺が無事なのがそんなにおかしいかよ」


 雲井:5100→1200LP
 マスター・オブ・OZ:攻撃力2100→8400→12600

「そ、そんな……馬鹿な……一体……何をした!?」
「このカードの効果だぜ」
 そう言って俺は、開いたカードを見せつけた。


 プライドの咆哮
 【通常罠】
 戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
 その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する。
 ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は
 相手モンスターとの攻撃力の差の数値+300ポイントアップする。


「この効果で、"ワイトキング"と"マスター・オブ・OZ"の攻撃力の差、3900ライフを払ったんだぜ。これで俺の
ライフはてめぇを下回って、"巨大化"の攻撃力を倍にする効果が適用される!! しかも"プライドの咆哮"の効果で、
払ったライフ+300ポイント、攻撃力がアップするんだぜ!!」
「なっ……じゃあさっきの弱点って言うのは………」
「簡単じゃねぇか。墓地のワイトの数で攻撃力が決まるってことは、最高でも11000の攻撃力までしかならないって
ことだ。つーことは、それを越える攻撃力を叩き出せばいいだけの話なんだぜ!!」
「………!!!」
「今度はこっちから言ってやるぜ! この勝負、俺の勝ちだ!!」
 体が巨大化し、さらに力を高めたチャンピオンが拳を振り上げる。
 真っ赤に染まる拳を、暗い世界を支配する骸骨の王めがけて、つきだした。

 ――マスター・オブ・スーパーパンチ!!――

 チャンピオンの巨大な力に、骸骨の王が粉々に砕かれた。
「ぎゃああああああ!!!」

 ワイトキング→破壊
 骨塚:3800→0LP



 骨塚のライフが0になる。




 決闘は、終了した。







「さぁ、話してもらうぜ。てめぇらが一体、何者なのかをな」
「……クヒヒ……」
 決闘に敗れて、倒れる骨塚に俺は言った。
 俺は中岸や香奈ちゃんみたいに白夜の力を持っていないから、闇の力を消すことは出来ない。
 けれど、闇の決闘で受けるダメージは相当な物だ。大きなダメージを受ければ、しばらく動けない。
「……教えたところで何も……できない……あの男と女のように……クヒヒ……」
「てめぇ! 香奈ちゃんに何をした!?」
「……クヒヒヒヒ………」
 負けたにもかかわらず、骨塚は笑っていた。
「何が可笑しいんだよ」
「クヒヒヒヒ……あの女には……もう会えない……そして……あの男も……息絶えた」
「……!」
「……主の計画に……楯突いたから……こうなるんだ」
「てめぇらの主だと?」
「そう……北条牙炎様……だ……クヒヒ、あの方がいれば、恐れることなんか……ない」
「北条……牙炎……」
 そいつが、ボスってことかよ。
 ダークじゃねぇって事は、今回の相手は別の組織ってことか……。
「上等だぜ」
 自然と右手に力が入った。
「クヒヒ……」
「さぁ、教えろ! 香奈ちゃんはどこにいる!?」
「クヒヒヒ……」
「てんめぇ!!」
「……なかなか……面白かったぞ……雲井忠雄」


 ――強制脱出装置!!――


 骨塚の体が黒い光に包まれて、消えてしまった。
「くっそ……」
 逃げられちまった。まぁ撃退したと思えば結果オーライだけど。
 それにしても、中岸の奴、本当に死んじまったっていうのかよ。まだ俺は認めたわけじゃねぇのに……。
「くそぉ!!」
 言いようもない感情が浮かんできた。
 絶対にゆるさねぇぞ北条牙炎! 本当に中岸が死んじまったなら、てめぇは俺がぶっ飛ばす!!

 隣を見た。
 闇の壁はまだ出現している。
 ということは、まだ本城さんの決闘は続いているって事だ。

 頼むぜ本城さん。こんなやつらに、負けないでくれ。

 ドーム状の闇を見つめながら、俺は心の中でそう思った。






episode18――友達だから――

「さーて、じゃあサシの勝負、始めようか」
「………………」
 白石と名乗った人が笑って、骨塚という不気味な男の人が黙って頷きました。
 途端に辺りの闇が大きくなって、黒い壁が出現します。
 そのせいで、雲井君の姿が全く見えなくなってしまいました。無事だといいんですけど……。
「さーてさて、じゃあ始めようか本城真奈美さん」
 白石さんは笑いながら言いました。
 私はデッキをデュエルディスクにセットします。
 自動シャッフルがされて準備は完了。これで、いつでも決闘が出来る状態になりました。
「本当に、私が勝ったら、朝山さんのことを教えてくれるんですか?」
「ああいいよ。まぁ万が一にもないけどね」
「………………」
 白石さんは不気味に笑っていました。
 この人、どうして闇の力を持っているんでしょうか?
 闇の力は、薫さんが倒してくれたおかげで無くなったはず。だからこそ私はこうして元の世界に入れるわけだし……。
ですけど……実際にこうして闇の力が現れている。
 どうして、なんでまた……こんな力が……。
「顔色が悪いねぇ。大丈夫?」
「……!! そ、そんなことありません!!」
「強がるね。まぁいっか。本城真奈美さんは病院に行きたいんだったよね? じゃあ大怪我してもらって、病院に行かせ
てあげるよ」
 白石さんの言葉から、やっぱり闇の決闘が始まるんだと思いました。
 あんな痛くて辛い決闘を、しなくちゃいけない……。そう考えるだけで、体が震えそうでした。
 でも……でも……!!
「そんなこと、させません!」
「やーっと、やる気になったねぇ。それじゃあ始めようか。闇の決闘をさ」
 白石さんの体から、闇が溢れ出す。
 私はデュエルディスクを構えて、相手を見据えました。



「「決闘!!」」



 真奈美:8000LP   白石:8000LP




 決闘が、始まりました。






「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動するよ!!」
「……!!」
 やっぱり、闇の世界を使うんですね。でも、私だって以前は使わされていたんです。
 対処法なら、いくらでもあります。
「フィールド魔法"物陰に潜む闇の世界"を発動!!」


 物陰に潜む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 相手は手札を全て公開し続けなければならない。


「えっ!?」
 闇の世界が広がります。でも、ただの闇の世界じゃありませんでした。
 辺りの空間に目のような物が無数にあって、その全てが私に向けて視線を注いでいます。
「うっ……」
 とても気持ちが悪くて、辺りがまともに見れなくなってしまいました。
「どぉ? 面白い世界でしょ? この目は君が倒れる姿を見るためにいるんだよ?」
「……っ……!」
 とても怖くなりました。こんな不気味な世界を、面白いだなんて……考えたくもありませんでした。
 
 デュエルディスクの赤いランプが点灯しました。
 先攻は私からです。
「私のターンです!」(手札5→6枚)
 カードを引いて、手札を確認しようとしました。
 するとその瞬間、私の頭上に何かが現れました。

「ふーん、そんな手札なんだ」

「……!!」
 私の上に現れたのは、私の持っている手札の映像でした。
"物陰に潜む闇の世界"が発動している限り、私に手札は筒抜けだよ
「そ、そんな……」
 手札が筒抜けということは、戦略は全て相手にばれてしまう。私が使わされていた闇の世界と、全然違う。
 周りの不気味な目が、手札をのぞき見ているということなのでしょうか。
 公開されている私の手札は――――

・魔導騎士ディフェンダー
・漆黒のパワーストーン
・魔力掌握
・魔法使い族の里
・ブラック・マジシャン・ガール
・魔法石の採掘

 あんまり良くないです。闇の世界が発動されているせいで"魔法使い族の里"は使えないですし、他のカードが使える状
況でもありませんでした。
「ずいぶん手札が悲惨だねぇ」
「ぅ……」
「どうしたの? あなたのターンだよぉ?」
 白石さんは嫌らしい笑みを見せて、そう言いました。
 たしかに手札は悪いです。でも、だからって何もしないわけにはいきません。
 今この手札で、出来ることをするだけです。
「わ、私は手札から"魔導騎士ディフェンダー"を召喚します!」
 暗いフィールドに鎧のような物を装着した騎士が姿を現しました。


 魔導騎士 ディフェンダー 光属性/星4/攻1600/守2000
 【魔法使い族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 フィールド上に表側表示で存在する魔法使い族モンスターが破壊される場合、
 代わりに自分フィールド上に存在する魔力カウンターを、
 破壊される魔法使い族モンスター1体につき1つ取り除く事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 魔導騎士ディフェンダー:魔力カウンター×0→1

「ディフェンダーは召喚時に魔力カウンターを自身に乗せる効果があります。そして魔法使い族モンスターが破壊される
とき、そのカードに乗っている魔力カウンターを取り除いて破壊を免れます!」
「なるほど、破壊耐性のある魔法使いか。結構厄介だね」
「そして私はカードを1枚伏せます」
「うんうん、"漆黒のパワーストーン"だよね」
「……! た、ターンを終了します……」
 やっぱり白石さんにはすべて筒抜けになってしまいます。
 ですけど、いくら伏せカードが分かっていても対応できるカードを引けなければ、結局同じ事のはずです。
 だから、怖がることなんてありません。


 ターンが移行しました。


「ほい。じゃあ私のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 白石さんは笑いながらカードを引きました。
 相手のデッキは分からないですけど、退くわけにはいきません。
「うーん……と、モンスターをセット。カードを2枚伏せてターンエンドだよ」
「…………」
 白石さんは静かにターンを終えました。

-------------------------------------------------
 真奈美:8000LP           
                     
 場:魔導騎士ディフェンダー(攻撃:魔力カウンター×1)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札3枚               
-------------------------------------------------

「わ、私のターンです。ドロー」(手札4→5枚)
 カードを引いた瞬間、私の上にカードの映像が映し出されました。

・熟練の黒魔術師

「へぇー、いいカードを引いたじゃん」
「……!」
 どうやっても、私の手札は白石さんにバレてしまいます。
 でも、闇の世界は絶対に場を離れないフィールド魔法ですから、どうすることもできません。
 とにかく今の手札では、やることは決まっていました。
「手札から"熟練の黒魔術師"を召喚します!」
 私の場に、黒い服装の魔術師が姿を現しました。
 いつものように手に持った杖を振って、相手を見据えました。


 熟練の黒魔術師 闇属性/星4/攻1900/守1700
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 魔力カウンターが3つ乗っているこのカードをリリースする事で、
 自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


「おぉー、じゃあ次は"魔力掌握"と"漆黒のパワーストーン"ってところかな?」
「……! 手札から"魔力掌握"を発動します!」


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。


 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×0→1→2

 カードを発動すると同時に、場にいる魔術師の持つ杖に光が灯る。
 私はデッキから"魔力掌握"を手札に加えて、行動を続けました。
「さらに伏せカード"漆黒のパワーストーン"を発動して、魔力カウンター1個を"熟練の黒魔術師"に移します!」
 現れた黒い石から光が放たれて、魔術師の杖に3つ目の光が灯る。
 3つの光によって、魔術師の杖が大きく輝きました。


 漆黒のパワーストーン
 【永続罠】
 発動後、このカードに魔力カウンターを3つ置く。
 自分のターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンター1つを取り除き、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカード以外の魔力カウンターを
 置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く事ができる。
 このカードに乗っている魔力カウンターが全て無くなった時、このカードを破壊する。


 漆黒のパワーストーン:魔力カウンター×3→2
 熟練の黒魔術師:魔力カウンター×2→3

「魔力の溜まった"熟練の黒魔術師"をリリースして、デッキから"ブラック・マジシャン"を特殊召喚します!」
 杖の光が大きくなり、魔術師の体を包み込む。
 その光の中から、黒衣を纏った魔術師が颯爽と現れました。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「お願いね"ブラック・マジシャン"」
 呼びかけると、ブラック・マジシャンは小さく頷いてくれました。
「バトルです! そのセットモンスターに攻撃します!」
「そうはさせないよ。罠カード発動!」
 白石さんは笑みを浮かべて、伏せカードを開きました。


 沈黙の邪悪霊
 【通常罠】
 相手バトルステップでのみ発動する事ができる。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、
 他の相手表側表示モンスター1体をかわりに攻撃させる。(対象が守備表示の場合は攻撃表示にする)


「これで"ブラック・マジシャン"の攻撃は無効。代わりに"魔導騎士ディフェンダー"に攻撃してもらうよ」
 ブラック・マジシャンが攻撃を止めて、今度はディフェンダーが相手に飛びかかりました。
 白石さんの場にいたモンスターが露わになって、その攻撃を受け止めました。


 黒蠍−棘のミーネ 闇属性/星4/攻1000/守1800
 【戦士族・効果】
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●「黒蠍」という名のついたカードを自分のデッキから1枚手札に加える。
 ●「黒蠍」という名のついたカードを自分の墓地から1枚手札に加える。


「これって……!」
「そう。私のデッキは黒蠍だよ。とりあえず反射ダメージいってみようか」
「うっ……!」

 真奈美:8000→7800LP

 体に痛みが走りました。やっぱりこれは、正真正銘の闇の決闘。
「戦闘ダメージを与えたからミーネの効果発動。デッキから"首領・ザルーグ"をサーチする」(手札3→4枚)
 ダメージを受けた上に、サーチまでされてしまいました。
 相手の使う黒蠍は、戦闘ダメージを与えるたびに効果が発動する戦士族デッキだったはずです。
 このままじゃ危ないかも知れません。でも私の手札には、対応できるカードはありませんでした。
「私はこのまま……ターンを終了します」

-------------------------------------------------
 真奈美:7800LP           
                     
 場:魔導騎士ディフェンダー(攻撃:魔力カウンター×1)
   ブラック・マジシャン(攻撃)
   漆黒のパワーストーン(永続罠:魔力カウンター×2)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   黒蠍−棘のミーネ(守備)
   伏せカード1枚

 手札4枚               
-------------------------------------------------

「ふむ、私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
「…………」
 相手のデッキが黒蠍ということを受けて、私の頭に最悪のイメージが浮かんできました。
 この人の目的が手札を見ることによる情報アドバンテージを得る事だけじゃなく、他の狙いもあるのだとしたら……。
「まずは手札から"黒蠍−強力のゴーグ"をコストに"ブラック・コア"を発動するよ」


 ブラック・コア
 【通常魔法】
 自分の手札を1枚捨てる。
 フィールド上の表側表示のモンスター1体をゲームから除外する。


 黒い塊がフィールドに現れて、私のブラック・マジシャンに向かってきました。
 ブラック・マジシャンはかわそうとしたけど、間に合わずに闇に飲み込まれてしまいました。

 ブラック・マジシャン→除外

「ブラック・マジシャン!!」
「あははは、残念だったねぇ。でもまだこれからだよ。手札から"首領・ザルーグ"を召喚。ついでに"一族の結束"も発動
しよっと」
 白石さんの場に、片目に眼帯をして銃を持った銀髪の人型モンスターが現れました。
 さらに発動された魔法カードによって、相手の場にいるモンスターの力が跳ね上がります。


 首領・ザルーグ 闇属性/星4/攻1400/守1500
 【戦士族・効果】
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●相手の手札をランダムに1枚選択して捨てる。
 ●相手のデッキの上から2枚を墓地へ送る。


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。


 首領・ザルーグ:攻撃力1400→2200
 黒蠍−棘のミーネ:攻撃力1000→1800

「あ……!」
「ミーネを攻撃表示に変更して、バトル! ミーネで"魔導騎士ディフェンダー"に攻撃!」
 女性型のモンスターが鞭を振って襲いかかってきました。
「ディフェンダーの魔力カウンターを取り除いて、1回だけ破壊を無効にします!」
「でもダメージは受けてもらうよ」

 魔導騎士ディフェンダー:魔力カウンター×1→0
 真奈美:7800→7600LP

「うっ……!」
「ミーネの効果でデッキから"黒蠍−罠はずしのクリフ"を手札に加える」(手札1→2枚)
 白石さんの手札がまた増えます。しかもまだ攻撃は終わっていません。
「続いて"首領・ザルーグ"で攻撃!!」
 眼帯をしたモンスターが銃を撃ちました。
 1回目の攻撃を耐えたディフェンダーも、その攻撃を耐えることはできません。

 魔導騎士ディフェンダー→破壊
 真奈美:7600→7000LP

「うぅ……」
「まだまだ、"首領・ザルーグ"の効果発動だよ。君の手札を捨てさせてもらうね」
「……!!」
 予想していたとおりでした。この人の本当の目的は、自分の好きな手札を捨てさせることだったんです。本来なら手札
破壊の効果はランダムですけど、手札が露わになってしまっているので、実質的に白石さんは私の手札を見て選択して捨
てさせることができます。
「じゃあ"魔力掌握"を捨ててもらおうかな」
 眼帯をしたモンスターが私の手札に向けて銃弾を放って私の手札を的確に撃ち抜きました。(手札4→3枚)
 これで、さらに状況は悪くなってしまいました。
「んー、とりあえずこんなとこかな。ターンエンド」

-------------------------------------------------
 真奈美:7000LP           
                     
 場:漆黒のパワーストーン(永続罠:魔力カウンター×2)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   首領・ザルーグ(攻撃)
   黒蠍−棘のミーネ(攻撃)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚               
-------------------------------------------------

「わ、私のターンです! ドロー!」(手札3→4枚)
 引いたカードを確認します。同時に場にも引いたカードの映像が浮かび上がりました。
「今度は何を引いたかな……むっ……」
 白石さんの顔が、一瞬だけひきつりました。
「手札から"リロード"を発動します!」


 リロード
 【速攻魔法】
 自分の手札を全てデッキに加えてシャッフルする。
 その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。


「残りの手札3枚をデッキに戻してシャッフルして、また3枚ドローします!」
 これでひどかった手札を交換して、体勢を立て直さなければいけません。
 手札をデッキに戻して、自動シャッフルが完了したあとに私は3枚カードを引きました。
「でも"物陰に潜む闇の世界"の効果で、手札は見せてもらうよ」
 手札を引いた瞬間、また場に手札の映像が浮かび上がります。

・サイレント・マジシャン
・魔法吸収
・砂塵の大竜巻

「ふーん、なるほどねぇ………」
 白石さんは私の手札をまじまじと見つめながら、何度も頷いていました。
「わ、私は手札から"魔法吸収"を発動して、"サイレント・マジシャン LV4"を召喚します!」


 魔法吸収
 【永続魔法】
 魔法カードが発動する度に、このカードのコントローラーは500ライフポイント回復する。


 サイレント・マジシャン LV4 光属性/星4/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 相手がカードをドローする度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大5つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードに乗っている魔力カウンターが5つになった次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、自分の手札またはデッキから
 「サイレント・マジシャン LV8」1体を特殊召喚する。


「私は"漆黒のパワーストーン"の効果で、"サイレント・マジシャン LV4"に魔力カウンターを1つ乗せます!!」
 場にある魔力の石が輝いて、小さな魔法使いに力を与えます。
 魔力の高まった魔法使いの体が、少しだけ成長しました。

 漆黒のパワーストーン:魔力カウンター×2→1
 サイレント・マジシャン LV4:魔力カウンター×0→1
 サイレント・マジシャン LV4:攻撃力1000→1500

「カードを1枚伏せて、ターンを終了します」
 これで私の手札は0枚です。ですからこの3枚のカードでなんとか立て直さなければいけません。
 状況は悪いですけど、これしか手がないから仕方ありませんでした。

-------------------------------------------------
 真奈美:7000LP           
                     
 場:サイレント・マジシャン LV4(攻撃:魔力カウンター×1)
   漆黒のパワーストーン(永続罠:魔力カウンター×1)
   魔法吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   首領・ザルーグ(攻撃)
   黒蠍−棘のミーネ(攻撃)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚               
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
「この瞬間、"サイレント・マジシャン"に魔力カウンターが1つ乗ります!」
 小さな魔法使いの体が、少しだけ大きくなりました。それによって、自身の攻撃力も上がります。

 サイレント・マジシャン LV4:魔力カウンター×1→2
 サイレント・マジシャン LV4:攻撃力1500→2000

「ふーん……なるほどねぇ。私が攻撃した瞬間に"砂塵の大竜巻"を発動して"一族の結束"を破壊。黒蠍は全体的に攻撃力
が低いから攻撃力2000のそのカードでも防げるってわけだ」
「………」
 完全に作戦がバレています。手札を見られていたから仕方ないですけど、なんだか不快でした。
「まっ、関係ないけどねー」
「え?」
「"黒蠍−罠はずしのクリフ"を召喚っと」
 相変わらず軽い感じで、白石さんはモンスターを召喚しました。


 黒蠍−罠はずしのクリフ 闇属性/星3/攻1200/守1000
 【戦士族・効果】
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 ●相手デッキの上から2枚を墓地に送る。


 黒蠍−罠はずしのクリフ:攻撃力1200→2000

「じゃあバトル。ザルーグで"サイレント・マジシャン LV4"に攻撃!!」
「え!?」
 盗賊のリーダーが銃を構えます。
 私の作戦を知っているのに、どうして攻撃してくるんでしょうか?
「……! ふ、伏せカード発動です!」
 とにかく、作戦どおりにするしかありませんでした。


 砂塵の大竜巻
 【通常罠】
 相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 その後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


 強烈な突風が吹いて、白石さんの場にあったカードを吹き飛ばしました。
 それと同時に、相手のモンスターの攻撃力は一気に下がりました。

 一族の結束→破壊
 首領・ザルーグ:攻撃力2200→1400
 黒蠍−棘のミーネ:攻撃力1800→1000
 黒蠍−罠はずしのクリフ:攻撃力2000→1200

「これでこのバトルは――――!」
 言いかけた瞬間、私の目に1枚のカードが飛び込んできました。
「ごめんねー。伏せカード発動だよ」
 白石さんの、カードでした。


 突進
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
 エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。


「これで、ザルーグの勝ちだね。あっ、でも君の"魔法吸収"の効果も発動するよ?」

 首領・ザルーグ:攻撃力1400→2100
 真奈美:7000→7500LP

 盗賊の銃弾が、小さな魔法使いを貫きました。
 サイレント・マジシャンは力を失って、その場に倒れてしまいました。

 サイレント・マジシャン LV4→破壊
 真奈美:7500→7400LP

「っ……!」
「作戦失敗、ご愁傷様」
 白石さんは小さく笑いながら、攻撃を続けます。
「じゃあミーネで攻撃!!」
 力のこもった鞭が、私を打ち付けました。
「うぅ…!!」

 真奈美:7400→6400LP

「ミーネの効果で"黒蠍−逃げ足のチック"をサーチするねー」(手札2→3枚)
 白石さんの手札に、また新たなカードが加わりました。
 今までの攻防で、かなりのアドバンテージが開いてしまっています。
 これじゃあ、私は…………。
「まだまだ攻撃は終わってないよ? クリフで直接攻撃!」
 細長い顔をした盗賊のモンスターが、小型のナイフで斬りつけてきました。
「きゃああ!!」

 真奈美:6400→5200LP

「クリフの効果で、君の場にある"魔法吸収"を破壊するねー」
「あっ……」
 白石さんの宣言通り、そのモンスターはさらに"魔法吸収"のカードを切り裂いてしまいました。
 
 魔法吸収→破壊

「うっ、うぅ……」
「苦しそうだねー。まぁなんとか頑張ってよ。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 真奈美:5200LP           
                     
 場:漆黒のパワーストーン(永続罠:魔力カウンター×1)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   首領・ザルーグ(攻撃)
   黒蠍−棘のミーネ(攻撃)
   黒蠍−罠はずしのクリフ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚               
-------------------------------------------------

「わ、私の、ターンです……! ドロー!!」(手札0→1枚)
「さぁ、手札見せてもらうよ」
 立った今引いた手札が公開されました。
 白石さんが、つまらなそう表情を見せます。

・マジック・プランター

「ドローカードかぁ……」
「私は手札から"マジック・プランター"を発動します!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 漆黒のパワーストーン→墓地
 真奈美:手札0→2枚

「手札見ーせて」
「……………」
 私の意志とは無関係に、手札が公開されます。

・聖なるバリア−ミラーフォース−
・ガード・ブロック

「うわー、なかなか凄い手札ね」
「……私は……この2枚を伏せて、ターン終了です」
 バレていると分かっていても、伏せるしかありませんでした。


 そしてターンが移ります。


「私のターン、ドローっと」(手札2→3枚)
 白石さんは引いたカードを手札に加えると、こっちを見つめました。
「頑張るねー本城真奈美さん。やっぱり、朝山香奈のためなのかなぁ?」
「……朝山さんに……何をしたんですか……?」
「別にぃ、勝ったら教えるって言ってるじゃん。それでさ、興味本位で聞くけどぉ、本気で朝山香奈なんかを助けたいと
思っているわけ?」
「ど、どういう意味ですか?」
「だってさ、彼女、情報だとすっごくわがままなんでしょ? 一方的に喋ったり、何かと上から目線らしいし……そんな
ウザい友達いらないでしょ。わざわざ調査しようとか、ましてや助けようなんて考えないよねー。あははは♪」
「……!!」
 笑う白石さんに、とても腹が立ちました。 
 どうして、笑っているんですか? 何か可笑しいですか?
「まぁどうせ救えないんだけどさー。それにしても君も可哀想だよねー。そんなわがまま娘に友達扱いされちゃったりし
てさ。きゃははは!」


「…………言わないで下さい………」


「ん?」
 胸の前で拳を作りました。
「私の友達の悪口を、言わないで下さい!!」
 突然の大声に、白石さんは少し驚いているようでした。
「わがままだとか……自分勝手とか……うるさいとか……そんなの、間違っています! 朝山さんは、いつもみなさんを
明るくしてくれるいい人です!」
 たしかに私が今、こうして調査しているのは雨宮さんに頼まれたからです。でも、朝山さんに何があったのか分かれば
助けてあげたいと思っています。
「あなた達が何をしたかは知りません! でも、朝山さんが苦しんでいるなら、私は、支えてあげたいんです!」
「へぇ……なんで?」
「……決まってます……朝山さんは、私の大切な友達だからです!!」
 この気持ちには、一点の曇りもなかった。
 私が高校に入って、初めて友達になってくれた人。初めて、友達だと言ってくれた人。
 そんな朝山さんが……苦しんでいます。そして……あの時は聞き取れなかった言葉………。きっと朝山さんは、こう言
おうとしていたんだと思います。

 ――たすけて――

 あれはきっと、朝山さんからのSOS。
 朝山さんのおかげでたくさんの友達ができました。朝山さんは私を引っ張ってくれて、いっぱい支えてくれました。
 ですから今度は、私が朝山さんを支える番なんです!
「教えて下さい! 朝山さんは、今どこにいるんですか!?」

「…………そっか。じゃあ、仕方ないね」

 白石さんの表情が変わった。へらへらしていた顔から、一瞬で冷たい表情になっていた。
「嫌いなんだよね、そういうの。友情って言うの? そういう、目に見えない事を、どうして信じられるわけ? あーあ
なんか一気に興ざめだよねぇ。もうちょっといたぶってあげようかと思ってたけど、やーめた」
「え……?」
「ごめんねー。でも君が悪いんだよ? 私に向かって友情なんか語っちゃってさ。友情なんて、そんなものないよ。少な
くとも私には、無かった」
「そ、そんな……」
「もうちゃちゃっと決めるね。私は手札から"黒蠍−逃げ足のチック"を召喚。ついでに"死者蘇生"を発動して、墓地にい
る"黒蠍−強力のゴーグ"を特殊召喚するね」


 黒蠍−逃げ足のチック 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【戦士族・効果】
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。
 ●相手のデッキの一番上のカードを1枚めくる(相手は確認する事はできない)。
 そのカードをデッキの一番上か一番下かを選択して戻す。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 黒蠍−強力のゴーグ 闇属性/星5/攻1800/守1500
 【戦士族・効果】
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
 ●相手フィールド上のモンスターカード1枚を持ち主のデッキの一番上に戻す。
 ●相手のデッキの一番上のカードを1枚墓地へ送る。


「こ、これって……!」
「君が悪いんだよ? そんなこと言わなきゃ、もう少し遊んであげたのに……。バトル、ゴーグで攻撃!」
「ふ、伏せカード発動です!!」
 たまらなくなって、私は伏せカードを開いていました。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「これで、白石さんの場は――――」
「だから無駄だって」
 冷たく言い放ちながら、白石さんは伏せてあったカードを開きました。


 盗賊団の防御壁
 【通常罠】
 自分フィールド上に「首領・ザルーグ」「黒蠍−罠はずしのクリフ」「黒蠍−逃げ足のチック」
 「黒蠍−強力のゴーグ」「黒蠍−棘のミーネ」が表側表示で存在する時に発動する事ができる。
 このターン、自分のモンスターは魔法・罠・モンスター効果を受けない。
 ただし、そのターン自分のモンスターの効果は無効になる。


 私の場に現れた聖なるバリアから無数の光が放たれた。
 それらは盗賊団に襲いかかったが、5人の前にもまた防御壁が現れて、その光を掻き消してしまいまいた。
「ということで聖バリは無駄ってことさ。じゃあ攻撃続行といこうか」
 筋肉隆々のモンスターが、武器を振り上げました。
「……! "ガード・ブロック"を発動します!!」
 振り下ろされた武器を、薄い光の壁が受け止めてくれました。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「ゴーグの攻撃によるダメージを無効にして、1枚ドローします!」(手札0→1枚)
「ふーん、まぁ手札見せて」
 白石さんはどうでもよさそうに、そう言った。
 私の上に、手札の映像が浮かび上がりました。 


 ダブルコストン 闇属性/星4/攻1700/守1650
 【アンデット族・効果】
 闇属性モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


「ふむ、まぁどうでもよさそうだね。じゃあ、残りのモンスターでバトルといこうか」
 白石さんの宣言で、モンスターが一斉に攻撃を仕掛けてきました。
 鞭で打たれ、ナイフで切り裂かれ、槌で殴られ、最後に銃弾が胸を貫きました。
「きゃああああああああああっ!!」

 真奈美:5200→4200→3000→2000→600LP

「あ……あぁ…っ!」
 膝から力が抜けて、両手を地面につきました。
 これで私のライフは残り600。風前の灯火です。
「うーん、仕留めきれなかったかぁ。まいっか。カード1枚伏せて、ターンエンドね」

-------------------------------------------------
 真奈美:600LP           
                     
 場:なし

 手札1枚(ダブル・コストン)
-------------------------------------------------
 白石:8000LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   首領・ザルーグ(攻撃)
   黒蠍−棘のミーネ(攻撃)
   黒蠍−罠はずしのクリフ(攻撃)
   黒蠍−逃げ足のチック(攻撃)
   黒蠍−強力のゴーグ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札0枚               
-------------------------------------------------

「どーしたのぉ? 君のターンだよ?」
「うっ……うぅ……!」
 体がとても痛くて、動けませんでした。
 もう、駄目です……相手の場には5体もモンスターがいますし、私の場には何もありません。罠を張ろうにも、手札は
相手に筒抜けで逆転することなんかできません。
 やっぱり私は、駄目なのかも知れません。雨宮さんから頼まれたのに……朝山さんを助けたいのに……私は………。
「動けないなら、ターンを進めちゃうぞ?」
「う、うぅ……」
 私はなんて、意気地なしなんでしょうか。決闘に勝てば、友達に何があったのか分かるのに、立ち上がれないなんて。
 昔から、私は自己主張が出来なくて、そのせいで友達があまりできなくて、闇の組織で働いていたときも、悪い自分に
飲み込まれそうで……。本当に私は、意気地なしでダメな子です………。
 雨宮さん、朝山さん、ごめんなさい。私は、やっぱり…………。
「早く引いてよぉ。進められないじゃん」
「………ぁ……」
 これ以上、引いたところで何が出来るのでしょうか。
 私のデッキには魔法カードが多く入っています。そのどれもが、魔法使いがいないと使えない物ばかりです。
 このまま続けても、絶対に勝てません。だったら、サレンダーした方が………。
 自然と右手が、ライフカウンターに向かいました。

 ……《お願い、本城さん!!》……

「ぁ……」
 小さく震えながら、私に必死に頼む雨宮さんの顔が、脳裏に浮かびました。
 そうです。私は、何を考えていたんですか……!
 ここで私が負ければ、朝山さんの手がかりを手に入れられない。雨宮さんのお願いを、叶えてあげられない……!
「どうすんのぉ? サレンダーする? それとも無駄な戦いを続ける?」
「……!!」
 無駄な戦い。たしかに、そうかもしれません。
 白石さんの場には5体もモンスターがいる。聖バリも使ってしまいましたし、それらの攻撃を止める手段なんて、私の
デッキにあったでしょうか?
 でも……たとえ無駄だとしても……私は……!!
「わ、私の……ターンです……ドロー!」(手札1→2枚)
 膝をついたまま、カードを引きました。
 攻撃を止めるカードなんて、私のデッキに――――
「あ……」
 引いたカードを確認して、思わず声が出てしまいました。
 場に現れた手札の映像を見て、白石さんがまたつまらなそうな顔をします。
「ふん、またそんなカードを引いたのねぇ……」
「……わ、私はモンスターをセットして、カードを1枚伏せて、ターン終了します」


 ターンが移行しました。


「私のターン、ドローっと」(手札0→1枚)
 白石さんは引いたカードを数秒見つめたあと、小さく溜息をつきました。
「手札から"盗人ゴブリン"を発動するねー」
「あっ……!」


 盗人ゴブリン
 【通常魔法】
 相手ライフに500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。


 カードから光が放たれて、私を貫きました。
 同時に、白石さんに光が降り注いで、ライフを回復させます。
「ぅっ……!!」

 真奈美:600→100LP
 白石:8000→8500LP

「これで、君はライフ100になっちゃったね」
「……!!」
「バトル!! 全員で攻撃!」
 盗賊団の一斉攻撃が始まりました。
 私はその瞬間に、伏せカードを開きます。
 すると、全ての攻撃が時空の穴に飲み込まれて、消えてしまいました。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 それは、朝山さんが私にくれたカードでした。
 一緒にカードショップに行ったときに、私が攻撃を止めるカードを持っていないことを言ったら、朝山さんが私にくれ
たんです。
 自分が大変なときなのに……朝山さんは、また私を支えてくれたんです。
 少しだけ、力が湧いてきました。

 ――――朝山さん、ありがとう――――。

「うっ……!」
 体は痛いです。でも、朝山さんが助けてくれたんです。
 負けそうで、弱気になっていた自分が恥ずかしい。もう、あの頃とは何もかも違う。
 周囲の環境も、私自身も……!!
「おー、なんとか立ったねぇ。けどさぁ、残念ながら無理だよ? 次のターン私は"必殺!黒蠍コンビネーション"を発動
してトドメをさしちゃうからさぁ」


 必殺!黒蠍コンビネーション
 【通常罠】
 自分フィールド上に「首領・ザルーグ」「黒蠍−罠はずしのクリフ」「黒蠍−逃げ足のチック」
 「黒蠍−強力のゴーグ」「黒蠍−棘のミーネ」が表側表示で存在する時に発動する事ができる。
 これらのカードは発動ターンのみ相手プレイヤーに直接攻撃をする事ができる。
 その場合、相手プレイヤーに与える戦闘ダメージはそれぞれ400ポイントになる。


 相手に直接攻撃するカード。
 モンスターが迎撃されることをおそれて攻撃しませんでしたけど、これなら攻撃しておけば良かったです。
「きゃはは! もう無理だねー。まぁあと1ターン、頑張って立っててよ。ターンエンド」

-------------------------------------------------
 真奈美:100LP           
                     
 場:裏守備モンスター

 手札0枚
-------------------------------------------------
 白石:8500LP          

 場:物陰に潜む闇の世界(フィールド魔法)
   首領・ザルーグ(攻撃)
   黒蠍−棘のミーネ(攻撃)
   黒蠍−罠はずしのクリフ(攻撃)
   黒蠍−逃げ足のチック(攻撃)
   黒蠍−強力のゴーグ(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札0枚               
-------------------------------------------------

「私の……ターンです!!」
 デッキを上に手をかける。これがきっと、最後のターンです。
 私のデッキには、まだ真の切り札が残っています!
「ドロー!!」(手札0→1枚)
「手札確認だよ」
 場に、手札の映像が浮かび上がりました。
 映し出されたカードは――――


 王立魔法図書館 光属性/星4/攻0/守2000
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「使えないカード、残念だったねぇ。きゃははは!!」
 白石さんは笑いながら、完全に勝利を確信しているようでした。
「結局、最後の最後まであなたは朝山香奈に振り回されていたんだねー。あー、一応言っておくけど、恨むなら私じゃな
くて朝山香奈を恨みなよ? きゃはは!」
 私はたった1枚しかない手札を見つめて、言いました。


「……恨むことなんか、ありません」


「はぁ?」
「だって朝山さんは、私の世界を変えてくれた、二人目の人ですから……!」
 一人目は、絶望に染まった暗い世界を切り裂いてくれた。
 そして二人目……朝山さんは、私を温かい世界へ連れ出してくれました。
 この控えめな性格のせいで、今まで私には友達と呼べる人が少なかったです。
 でも朝山さんのおかげで、たくさんの友達ができました。
 友達とデパートで買い物ができたり、学校で一緒にお弁当を食べたり、コスプレ好きの友達にからかわれたり、泣いた
私を慰めてくれたり……。暗い世界にいた頃、何度も夢見てきた楽しい毎日が手に入れられました。
 きっと朝山さんがいなかったら、そんな毎日は手に入れられなかったと思います。
 だから、恨むことなんて一つもありません。
 朝山さんも、雨宮さんも、他のみんなと同じ、大切な友達です。
 だから、助けたいんです!
「……白石さん。あなたは、私に似ているのかもしれません。朝山さんに出会わなかったら、私もあなたと同じように、
友情を信じられなくなっていたのかもしれません。でも、違うんです。友達になってくれる人は……いるんです!」
「……説得しようとしても、無駄だよ? あんたは私に負ける。そして朝山香奈は、この世からいなくなる。それは変え
られないよ」
「……!!」
「結局、そういうことなんだよ。いくら友情を語っても、私に勝てなきゃ意味がない。どれだけ想いを伝えたって、私を
倒せなきゃ、その想いは全部、戯れ言さ」
 白石さんは、どこか悲しそうで、辛そうな顔をしていました。
「さぁ、とっととそのモンスターをセットしてターンを終えなよ。もうその手札じゃ、抗えないでしょ。せめて苦しまな
いように、一撃で決めてあげる」
「………」
 私の手札は1枚だけ。しかもただのモンスターカード。
 白石さんは確実に、勝利を確信しているようでした。

 ―――でも私だって、勝利を確信していました―――。

「もう手札は……関係ありません!」
「はぁ? 何言ってんの?」
「私は、デッキワンサーチシステムを発動します!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押す。
 デッキから自動的に1枚のカードが突出して、勢いよく引き抜きました。(手札1→2枚)
 対する白石さんも、ルールによってカードをドローしました。(手札0→1枚)
「セットしてある"ダブル・コストン"をリリースします!!」
 私の場にいるモンスターが光に包まれました。
 "ダブル・コストン"は闇属性モンスターのアドバンス召喚に使用されるとき、1体で2体分のリリースとなることが
できます。そして召喚するのは、私の持つデッキワンカード。

「"エターナル・マジシャン"をアドバンス召喚です!」

 白いローブを纏った体が、暗い世界に一際目立つ。
 槍のように鋭い先端がある杖に、すべてを見抜くかのような美しく青い瞳。
 私の最後の切り札が、フィールドに現れました。
「……そっか、デッキワンカードを持っていたんだねぇ。けど、次のターンでいくらでも――――」
「次のターンはありません! 私は"エターナル・マジシャン"の効果を発動します。手札1枚を捨てることで、デッキか
墓地から魔法カードを手札に加えます!!」
「なんですってっ!?」
「私は手札の"王立魔法図書館"を捨てて、デッキから"拡散する波動"を手札に加えます!」
 白い魔法使いが杖を振ると、手札が光になって弾けました。
 同時に、私の手札に魔法カードが加わります。


 拡散する波動
 【通常魔法】
 1000ライフポイントを払う。
 自分フィールド上のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。
 このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃する。
 この攻撃で破壊された効果モンスターの効果は発動しない。


「ふっ、なんだぁ。発動するためのライフが全然足りないじゃん」
 白石さんは焦った表情を元に戻して、胸をなで下ろしていました。
 たしかに1000ポイントもライフを払わなきゃいけない"拡散する波動"を使うにはライフが足りません。
 でも、私の場には、魔法界最高の魔法使いであり、すべての魔法を自在に操ることが出来るエターナル・マジシャンが
存在しています!
「大丈夫です! "エターナル・マジシャン"がいる限り、私は魔法カードのコストを支払う必要がありません!!」
「な、なんですって!?」


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 自分は魔法カードを発動するためのコストが必要なくなる。
 1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
 デッキまたは墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加えることが出来る。



「そ、そんな、そんなことって……!」
「手札から"拡散する波動"を発動します! これで"エターナル・マジシャン"は全てのモンスターに攻撃できます。さら
に"エターナル・マジシャン"は、戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えます!」
「こ、これじゃあ、私は………!!」
「朝山さんが"攻撃の無力化"で守ってくれました。そのおかげで、私は"ダブル・コストン"をリリースすることが出来ま
した! そして――――!!」
 白い魔法使いが、杖を高く掲げました。
 杖の先端に膨大な魔力が集中して、巨大な魔力の塊が形成されていきます。
「バトルです!! "エターナル・マジシャン"!!」
 私の宣言で、魔法使いが杖を振り下ろしました。


 ――エターナル・マジック!!――


 白き魔法使いが杖を振り下ろすと同時に、魔力の塊が相手の場へ放たれます。
 強烈な閃光が走って、場のモンスターごと白石さんを飲み込みました。
「あああああああああああああああああ!!」

 首領・ザルーグ→破壊
 黒蠍−棘のミーネ→破壊
 黒蠍−罠はずしのクリフ→破壊
 黒蠍−逃げ足のチック→破壊
 黒蠍−強力のゴーグ→破壊

 白石:8500→7300→5500→3900→2500→500→0LP



 白石さんのライフが0になって 決闘は終了しました。



 決闘が終わると同時に、辺りを覆っていた闇が晴れました。
 白石さんは仰向けに倒れていて、動きませんでした。
「まさ…か……私が、負けるなんて……ね……」
「あ、あの……白石さん……」
「朝山香奈のこと……でしょ? 教えるわけ、ないじゃん」
「えっ」
「どっちみち、喋るつもりなんてなかったんだ。君に警告だよ、本城真奈美。もしこのまま朝山香奈や中岸大助のことを
助けようとすれば、後悔するかも知れないよ? 私より強い闇の力を持った奴らに、襲われるかもしれない」
「……!!」
「まっ、それでも友達を、本当に助けたいって思うなら、せいぜい気をつけることだよ」
「あ、ま、待って――――」
「じゃあね、本城さん」

 ――強制脱出装置!!――

 白石さんの体が闇に包まれていきます。
 そしてその闇が晴れた頃には、白石さんはいなくなっていました。
 多分、どこか別の場所に逃げていったんだと思いました。
「あ……」
 緊張が解けて、その場に座り込んでしまいました。
「大丈夫か!? 本城さん!!」
 雲井君が駆け寄ってきました。
 良かった。雲井君も勝てたんですね。
「だ、大丈夫です。なんとか」
「そうか。よかったぜ。立てるか?」
「あ、はい。なんとか……」
 体に力を入れて、立ち上がりました。
 少しふらついたけれど、あの頃の辛さに比べたらたいしたことありません。
「雲井君、行きましょう」
「え、大丈夫かよ本城さん」
「はい。少し辛いですけど、早く朝山さんのことが知りたいんです」
 白石さんは言っていました。これ以上、朝山さんのことを探るなら後悔することになると。
 後悔するかどうかは、まだ分かりません。ですけど――――

 ―――たとえ闇の力が相手でも、私は朝山さんの……友達の力になりたいと思いました。

「じゃあ行くか」
「はい!」
 前を行く雲井君について、私は歩き出しました。
 





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「ふぅ……」
「くっ……」
 雲井と真奈美に敗れた骨塚と白石は、アジトに戻っていた。
 辺りには誰もおらず、二人だけだった。
「負けちゃった……」
「くひひひ、まぁ、無事に帰ってきたし………いいんじゃね?」
「………………」
 白石の胸に、真奈美の言葉が残っていた。
 ”友達になってくれる人は、きっといる。”
 そんな綺麗事を認めたくない。でも、その言葉を信じたくなっている自分がいた。
 けどそれは、闇の組織にいては、絶対に叶わないことでもあった。そして、この黒い結晶を身につけている限り、闇の
組織から抜け出すことは出来ない。
「くひひ、牙炎様に、次の仕事……もらおう……」
「……………」
 骨塚が不気味な笑みを浮かべながら、立ち上がる。
 白石は床に座ったまま、動かなかった。
「くひ、どーした? さっさと次の――――」


『残念だけど、次の仕事はないよ』


 二人の体に、かつてないほど強烈な悪寒が走った。
 全身が凍てつくような、そんな感覚。
 二人は声のした方へ視線を向けた。そこには――――
『骨塚君はともかく、白石さんはもう戦うつもりないみたいだし、それ、返して』
 ”そいつ”は手をのばして、白石の胸にかかっている黒い結晶を掴んだ。
「な、なにを……!」
『こうするんだよ』
 キィィンという小さな音がして、黒い結晶が取り外された。
「なっ……!?」
 それは、信じられないことだった。なぜなら黒い結晶を取り外すには、対となる力で消滅させられるか、自分より遥か
上位の闇の力を持つ人物に外して貰うしか、方法は無いと説明されていたからだ。
 前者はまずありえない。後者だとしても、目の前にいる人物が、それほどの力を持っているとは信じられなかった。
『白石さん。君はもう帰って良いよ? 君はもう自由だ。牙炎にはボクが説明しておくから、友達を作って、楽しく生き
るといい』
「な……」
『心配しなくても、後始末なんて面倒なことしないよ? ボクね、女の子には優しいんだ。だから帰ってね。その代わり
ボクのことは忘れて貰うよ』
 ”そいつ”は白石の額に手を伸ばして、一発のデコピンを当てた。
「っ……!?」
 白石は気を失ったかのように、倒れた。
 そして次の瞬間、その姿が消えた。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「うっ……ここは……?」
 白石は自分の部屋にいた。
 牙炎の元で働くようになってから、一度も帰ってきていない場所だった。
「たしか……私は……」
 真奈美に敗れたことまでは覚えている。闇の力がはずれたことも覚えている。
 だがどうやってはずれたのか、どうやってここに来たのか、思い出すことはできなかった。
「いったい……私は……」

 ……ピンポーン……

 インターホンが鳴った。
 白石は立ち上がり、玄関に出る。
「はい。どちら様ですか――」
 ドアを開けると、そこには大学の同僚がいた。
「あ、いたいた。久しぶりだね」
「なんで……ここに……?」
「なんかここに来たら白石さんに会えそうな気がしてね。突然で悪いんだけど、映画のチケット余っててさ、もしよけれ
ば一緒にどうかな?」
「どうして、私に……?」
「え、それはその……白石さんと、仲良くしたいからかな♪」
 チケットを差し出しながら、その同僚は照れるように笑った。
 わざわざ家に尋ねてきてまで、映画のお誘いとは……いったい何を考えているんだろう。
「…………………」

 ――友達になってくれる人は……いるんです!――

 真奈美の言葉が思い出される。
 白石は小さく息を吐いて、その差し出されたチケットを手に取った。
「いいよ。ちょうど、暇だし」
「本当!? よかった。じゃあ行こう!」
「え、ちょっと……!」
 同僚は白石の手を引いて、走り出す。
 引っ張られる白石の顔には、僅かながら笑みが浮かんでいた。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




「なにっ……?」
 骨塚は目の前で起きたことが信じられずに、”そいつ”を睨み付けていた。
 ”そいつ”は小さく笑みを浮かべながら、言った。
『心配しなくても、殺してないよ。ボクに会ったことを忘れて貰って、自宅に送ってあげたんだ』
「く、くひひ……何者だよ……あんた……」
 ”そいつ”は危険だと、骨塚の本能が告げていた。
 ポケットのカードに手をかけて、隙を伺う。
『誰でもいいよ。どうせ君は、消えちゃうんだから』
「そうかい!!」
 骨塚はカードをかざした。無数の黒い刃が”そいつ”へと向かう。

 だが次の瞬間、それらの刃が消滅した。

「なに――――」
 先を言い終わる前に、骨塚の四肢を刃が貫いていた。
「がっ……!?」
 骨塚は倒れる。
 ”そいつ”は大きくあくびをしながら言った。
『ボクに向けて闇の力なんか使っちゃダメだよ。やっぱり君は、使えないね』
「……!? お、俺は、まだ……戦える……!」
『もういいよ。君は役不足だ。ボクも牙炎も満足させられない……。だから、消えようね?』
 ”そいつ”の手が、膨大な黒い光を帯びる。
 辺りの空気が振動し、手の光がさらに大きくなった。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
 逃げ出そうとする骨塚。だがその四肢は黒い刃に貫かれていて、動けない。
 同時に、辺りの空間を飲み込むかのような黒い光が”そいつ”の手から放たれた。


「うぎゃああああああああああああああ!!!!!」


 絶望の悲鳴が、響き渡る。
 黒い光が収束し、小さくなって消滅する。
 
 骨塚がいた場所には、何も残っていなかった。

『あはは、ごめんね。ボクは女の子に優しいけど、暗い男の子って嫌いなんだ』
 誰もいない空間へむけて、”そいつ”は言った。
『ふぁぁ……眠いなぁ。ちょっと寝よ』
 ”そいつ”はつまらなそうな顔をしながら、去っていった。






episode19――ある少女との出会い――

 真奈美ちゃんとの電話から、どれくらい時間が経ったんだろう…………。
 私は、まだベッドに横たわって泣いていた。
「ぅ……っ……」
 私がいたから、大助は死んじゃった……。
 大切な人を、失ってしまった……。
 どうしてもっと大助と一緒にいなかったんだろう。そうしていれば、少しは悲しまずに済んだかも知れないのに……。
 どうして、想いをちゃんと告げておかなかったんだろう。どうしてもっと、素直になれなかったんだろう。
 失ってから後悔することなんて、知っていたはずなのに…………。
 私は……最低だ……一緒にいたいって思っているのに、それも伝えないで、無理矢理連れ回して……。
 大助が側にいる。それが当たり前のことで、これからもずっと続いていくと思っていた。でも、違った。大助が側にい
てくれたんじゃない。私が、大助を側にいさせたんだ………。大助の気持ちも考えないで……ずっと………。
「……大助……」
 その名前を何度呼んだだろう。もういないのに……もう……会えないのに………。
 ずっと一緒にいたかった……ずっと笑っていたかった……もっと色んな所に行ったり……喧嘩したり……仲直りしたり
……決闘したり………もっと、もっと色んな事をしたかった。
 あの夏休みの戦いで、やっとお互いの気持ちに気づけたのに……幼なじみ以上の関係になれたのに………私は…………
…やっぱり私は……最低だ………。

 コンコン

 ドアがノックされた。
 返事はしない。というより、したくなかった。
 数秒経って、武田がお盆を持って入ってきた。
「失礼します。お食事を持って参りました」
「………いらない………」
 何も食べる気になれなかった。胸がいっぱいで……押しつぶされてしまいそうだった。
「ですが、せめてお水を飲まれなければ……」
「いらない………」
 食べることも、水を飲むことも、何もしたくなかった。
「……返してよ……」
「………」
「……大助を返してよ……! 返して……返して返して……………いくらでも協力するわよ………何でも……するわよ。
だから、だから……私の大切な人を……返して………!」
「………失礼、しました………」
 武田が部屋を出て行った。
 また、1人になった。机の上には食事の載ったお盆が寂しそうに置かれていた。
「………………」
 手錠はいつの間にか外されていた。もう私に抵抗する意志はないと考えて、解除したのかもしれない………。
 くやしいけど………その通りだった。

「……もう……いいよ……」

 近くの机に置いてある、万年筆が目に入った。
 それを手にとって、じっと見つめる。
 先が鋭く尖っている。
 力を少しでも入れれば、皮膚なんか軽く貫いてくれそうだった。
 この尖った先を、首にでも、手首にでも、胸にでも突き立てれば、あっという間に血が流れて……それで………。
「……死んじゃおう……かな……」
 大助がいない世界なんて、いたくない。
 いたくない場所に、いる必要なんてない。
 このまま万年筆を突き立てれば…………少しだけ痛いのを我慢すれば……………私は………大助のところに……大助と
同じ場所に行ける…………同じ場所で、ずっと……ずっと一緒にいられる……?


 万年筆を、強く握った。


===================================================
===================================================


 手に持った万年筆を振り上げて、手首へ振り下ろす。
 先端が深々と突き刺さり、赤い液体が流れた。
「っ…!」
 とても痛かった。
 声をあげて、痛みを訴えそうになった。
 でもここで叫べば、外にいる武田に気づかれてしまう。
「っ……っ!」
 唇を噛んで痛みに耐える。
 刺さった万年筆を引き抜いて、今度は腕に突き刺した。
 すごく痛かった。泣きそうだった。
 でもまだ足りない。大助はもっと痛かったはずだ。だから私も、もっともっと自分を傷つけなくちゃいけないんだ。
 万年筆を引き抜く。左腕が真っ赤に染まっていて、ポタポタと床に赤い液体が滴った。
 まだ2回しか突き刺していない。命を絶つには……まだ足りない。
 もっと、もっともっともっともっと……血を流さないといけないんだ……。
 大助の痛みを感じながら、大助と同じ感覚を共有しながら、大助と同じくらい苦しみながら、もっと……もっと……。
「っ……!!」
 今度は足へ突き刺す。思っていたよりも血は出ない。
 反対側の足へ突き刺す。綺麗な肌が、真っ赤に染まっていく。やっぱり痛い。
 もう何度か突き刺して、たくさん血を流す。
 不意にふらついた。原因は……貧血かな……?
「ぃっ…っ…!」
 呼吸が荒くなる。痛みを叫びたいのに、叫べないのもなかなか苦しい。
 でも、きっともう少しだ。もう少し我慢すれば……苦しくなくなるはずだ……。
 やっぱりたくさん血が出る場所といえば………首か胸……。首は怖いから、やっぱり胸にしよう。
 先端を左胸に向ける。肋骨に邪魔されなければいいな。
 そう思いながら、力一杯、万年筆を胸に突き刺した。
「ふっ……!!」
 嫌な音がした。腕に突き刺すより、数倍痛かった。
 深々と突き刺さった箇所から、大量の血液が流れていく。
 やっと、視界が霞み始めた。
 もうすぐ行ける。大助のいる世界に逝ける。
 そう思うと、なんだか安心した。
 突き刺さった万年筆を抜いた。赤い液体が、私の腕と足と胸から流れていく。
 それと一緒に、体の力も抜けていく。
 だんだん体も寒くなってきた。
 目の前がぐらついて、床に倒れた。
「大助も……こんな感じ……だったのかな……?」
 ポツリと呟く。
 トクン……トクン……と、鼓動が小さくなっていくのが、よく分かった。
 消えていく命の鼓動が、嬉しかった。
「ぁ………」
 体が動かなくなった。
 呼吸も、ゆっくりになっていた。
 床のカーペットは、私の血で真っ赤に染まっていた。

 もうすぐ大助と一緒になれるんだ。
 どうしてだろう……。すごく嬉しい。嬉しくて嬉しくてたまらない。
 そうよ。大事な人のいない世界なんて、いる価値なんかなかったんだ。
 こんなことなら、もっと早くこうしておくんだった。

 大助……喜んでくれるかな?
 うん、そうに決まってる。きっと喜んでくれるよね。
 大助、もうすぐそっちに逝けるよ。
 やっと、永遠に一緒になれるんだ。
 死への恐怖も、生の苦しみも、何もない楽な世界で、二人だけの時間が過ごせるんだ。
「……今……いくね……だい……す………け……」
 そして、私の体は、動かなくなった。


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===================================================



「……っ!」

 万年筆を投げ捨てた。
 床に叩きつけられた万年筆の先端が、へし折れてしまった。
「……馬鹿……馬鹿……!」
 自分から死ぬなんて、そんなこと出来るわけ無いじゃない。
 想像しただけでもこんなに怖いのに……現実で出来るわけ無い。

 それに大助なら、そんなこと許すはずが無い。
 誰かのあとを追って命を絶ったって、誰も喜ばない。
 私だって、逆の立場だったら、絶対に喜ばない。
「ホント……馬鹿みたい……」
 大切な人が死んじゃって、だから自分も死ぬなんて……。
 そんなことで解決するならこんなに苦しくならない。こんなに悲しくなんかならない。
 苦しみから逃れるために死んだって……そんなの、何の解決にもならない。 
 どうしたらいいか分からなくて、だから苦しくて……悲しくて……。
「……大助……真奈美ちゃん……雫……薫さん……みんな……」
 私はどうしたらいいの……?
 何をすればいいの……?
 誰でもいい。誰でもいいから………教えてよ……………。
「………………」
 でも、答えてくれる人はいなかった。
 それが、なんだかとても悲しくて、寂しかった。
「……………」
 ぼんやりと辺りを見回してみる。
 小さな勉強机が目に入った。ベッドから下りて、その机に近づいてみる。
 小学生くらいが使うような小さな椅子に、小学生の教科書が棚にズラリと並んでいた。
「誰の……かしら……?」
 つい最近まで、使われていたように見える。
 でも、武田や牙炎なんかが使うとも思えない。でも、こんなところに小学生がいるなんて思えないし………。
「…………」
 机に触ってみた。なんだか、とても懐かしい気分になった。
 私も昔は、こんな小さかったのかな……。
 椅子に座ってみた。やっぱり、小さい。
「………あれ?」
 机の脇に、小さなボタンが付いているのが見えた。
「……何かしら……これ……」
 ボタンを押してみた。
 すると突然、机が前方にスライドした。
 そして机が置いてあった場所の床が開いて、人間が1人入るくらいの穴が現れた。
「な、なに……これ……」
 中を覗き込んでみる。ハシゴがかけられていて、これを使えば下りられそうだった。
 辺りに誰もいないか確認する。
「………よし」
 意を決して、私は下りることにした。
 どこに繋がっているかは分からない。けれど私の直感が、そこは危険ではないことを告げていた。






 ハシゴを下りてみると、そこは一つの部屋に繋がっていた。
 その部屋は蛍光灯が点いていたけど、少し薄暗かった。ピッピッと、どこからか電子音のような音が聞こえた。
「ここって……」
 いったいどこなのかしら。

(おねぇちゃん、だぁれ?)

「……!!」
 幼い女の子の声がした。でもコロンの声じゃない。
 こんなところに、どうして子供がいるの?
(うーん、やっぱり聞こえてないのかなぁ)
「き、聞こえてるわよ……だ、誰よ……?」
(え、本当!? おねぇちゃん、こっちに来て)
「……こっちって、どっちよ」
(ピッピって鳴ってるところ)
 耳を澄ませて、電子音の出所を探った。たしかに、ピッピッと音が鳴っている。
 ひとまず、音の出所に行ってみた。
 電子音がするところには、透明な筒型のケースのような物と、隣には心電図のような機器が置いてあった。
「え………」
 目を疑ってしまった。
 透明なケースの中には、小さな女の子がいた。
 長い黒髪に、あどけない顔。ドレスのような服を着せられている。目は閉じていて、まるですやすやと眠っているかの
ようだった。
「これって……」
(わたしだよ?)
 そのケースの中から、その少女の顔が飛び出してきた。
「きゃっ…!」
 驚いて声を上げてしまった。はずみで床に尻餅まで着いてしまう。
(あ、おねぇちゃん、ごめんなさい。びっくりした?)
「なっ、えっ、え?」
 その少女の体が、ケースから出てきた。というより抜け出してきたと言った方が正確かも知れない。
 少女の体はぼんやりと光を帯びていて、少し透けているように見える。黒い髪に薄いピンクのドレスが、とても可愛ら
しかった。
 でも、その様子はまるで……そう、まるで幽霊みたいだった。
「え、えっと……」
 少なくともこの16年間。幽霊を見たことなんて無い。
 急に幽霊が見えるようになるなんて……大助が死んじゃったショックで、おかしくなっちゃったのかな。
 ……ということは、ついに私は、壊れちゃったのかな。
「ははっ」
 力無い笑みが浮かんできた。
(おねぇちゃん、わたしが、見えるの?)
「……ええ。霊感は、ないはずなんだけどね……あなたは、やっぱり幽霊なの?」
(おねぇちゃん。わたしはユーレイじゃないよ?)
「……あなたが幽霊じゃないなら……何が幽霊なのよ」
(ホントだもん。ユーレイじゃないもん)
 幽霊、もとい少女はほっぺたをふくらませた。
 本当に、生きているみたいだった。
「じゃあ……あなたは誰?」
(あ、ごめんなさい。自己紹介していなかったね)
 少女は後ろに手を込んで、可愛らしい笑みを浮かべて言った。


(わたし、鳳蓮寺(ほうれんじ )琴葉(ことは)。7歳だよ。おねぇちゃん、お名前は?)


 琴葉と名乗った少女は、無邪気な笑みでこちらを見ていた。
(おねぇちゃん?)
「え、あ、私は朝山香奈よ」
(えへへ、じゃあ、香奈おねぇちゃんだね♪)
 琴葉ちゃんは笑って、私の隣に座った。
 よく見ると足もあるし、幽霊じゃないのかもしれない。
(香奈おねぇちゃん。遊ぼうよ♪)
「え、き、急に?」
(だってわたし、ずーっと誰ともお話ししていないんだもん)
「……それって、みんなあなた……琴葉ちゃんの姿が見えていないってこと?」
(うん……。ここに来てくれる吉野も武田も、わたしが見えてないみたいなの……)
 武田という名を聞いて、胸に何か黒い物が渦巻いたような気がした。
(でも不思議だね。おねぇちゃんはわたしが見えるんだよね?)
「……ええ。ちゃんと見えるわよ。ちょっと透けて見えるけど……」
(わたしね。これって何て言うのか知ってるんだよ? えーと、えーと、ゆ、ゆ、ユータイリダツって言うんだよ?)
「そ、そうなのかもね……」
 幽体離脱という言葉は聞いたことはあったけれど、実際に目にするのは初めてだった。
 といっても、これが本当に幽体離脱だっていう確証もないんだけど……。
「すごいわね。そんな小さいのに、そんな言葉を知ってるなんて」
(てへへ、褒められた♪)
 琴葉ちゃんは頬をピンク色に染めて、照れたように笑った。
 なんでだろう。この子と一緒にいるだけで、心が安らいでいくような気がした。
(おねぇちゃん。一緒に遊ぼうよ♪)
「……じゃあ、何しようか?」
(えーとね、うーんと……ユーギオウがいいなぁ)
「……そう……でも私、デッキが奪われちゃって……手元にないの……」
(それって、きっとあれだと思うよ?)
 琴葉ちゃんは立ち上がって、向こうの方に行ってしまった。
 私は、電子機器に気を付けながらあとを追ってみた。
(こっちだよ香奈おねぇちゃん)
 手を振る琴葉ちゃんを目印に、薄暗い道を進んだ。
 そしてその場所まで行ってみると、そこにはデッキが置いてあった。その側にはデュエルディスクもある。
「これは……」
 急いで中身を確認する。
 間違いなく私のデッキだった。でも白夜のカードは入っていなかった。
(こっちにあるカードも、おねぇちゃんの?)
 そう言って琴葉ちゃんが示す先には、細長い板が置かれていた。
 その板に、5枚のカードが置かれていた。


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。


「これって、伊月のカード……」
 そういえば薫さんが、白夜のカードが奪われたって言っていた。
 ここにあるってことは、伊月はこの組織の奴に負けてしまったということだ。
 次に伊月のカードの左隣を見てみる。
 そこには――――


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私のカード……」
(これ、おねぇちゃんのカード? 綺麗なカードだね)
「………」
 ゆっくりと、2枚のカードを手を伸ばす。手が白夜のカードに触れた瞬間、白い光が一瞬だけ輝いた。
 まるで主が触れたことに反応したみたいだった。
(すっごーい。今の光、すっごく綺麗だったね)
「え、えぇ……」
 白夜のカードがあったことは嬉しいけれど、こんなところにカードを置いて、一体何がしたいのかしら。
(あ、おねぇちゃん。こっちにもカードがあるよ)
「え――――」
 示された方を見てしまった。
 そこには、同じく白夜のカードが2枚置いてあった。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「っ…!」
 カードを見た瞬間、胸に何かがこみ上げてきた。
 胸がズキッと痛むような感覚がした。
(おねぇちゃん?)
「……大助っ……!」
 現実を突きつけられているような気がした。
 大助の白夜のカードがここにあるということが、大助が死んでしまったということを表しているように見えた……。
 私のせいで……大助が死んだ……。私が……大助を殺した……。
(おねぇちゃん、大丈夫?)
 琴葉ちゃんが覗き込んできた。
 泣いている顔なんか見せたくなくて、急いで袖で目元を拭った。
「だ、大丈夫よ。少し、目にゴミが入っただけ……」
(本当?)
「うん。それよりほら、決闘したいんだよね?」
(え、うん……)
「じゃあ、やろっか?」
(……うん!)
 ここは少し暗すぎるということで、私達は元いた電子機器のある場所まで戻った。
 少しでも気が紛れるなら、遊びでも何でもしようと思った。
(あ、おねぇちゃん。そういえばわたし、カードさわれなかった……)
「え、そうなの?」
(うん。ほら――)
 琴葉ちゃんが飛び込んできた。受け止めようと思ったけど、掴めなかった。
 さらには琴葉ちゃんの体が私をすり抜けて、背中へ通り抜けていた。
(ね?)
「……わ、分かったわ。じゃあ別の遊びでもしましょう」
(うん! なにするの?)
 琴葉ちゃんはワクワクしながら、私を見つめていた。
 遊びといっても、小学生くらいの子供がどんな遊びをするかなんて知らなかった。
 とりあえず、思いついたのからやってみよう。
「そうね……あっち向いてホイでもやりましょう」
(……なーに、それ?)
「え、知らないの?」
(うん)
 琴葉ちゃんは、さも当たり前のように頷いた。
 遊戯王で遊ぶことは知っているのに、あっち向いてホイを知らないなんて……。
(もしかして、知らなきゃできない遊びなの?)
「え、だ、大丈夫よ。ルールは簡単だから、すぐにできるわよ」
(ホント?)
「ええ、まず、ジャンケンをするんだけど………ジャンケンは知ってる?」
(うん! グーと、チョキと、パーでしょ?)
「そうそれ。ジャンケンで勝った人が、こうして人差し指を相手に向ける。そして、『あっち向いてホイ』のかけ声で、
上、下、右、左のどれかを指さす。負けた人は『あっち向いてホイ』のかけ声で上、下、右、左のどれかの方を向くの。
それで勝った人が指した方と同じ方を向いちゃったら負け。違ったらもう1回ジャンケンから繰り返すのよ」
(うーん……難しそうだなぁ……)
「やってみれば分かるわ。じゃあはい。ジャンケン、ポン」
 私がパーで、琴葉ちゃんはグーだった。
「じゃあ行くわよ。よく私の指を見てね」
(うん)
「あっち向いてホイ」
 右に指を向けると、琴葉ちゃんはつられるように同じ方向を向いた。
(あっ)
「はい。琴葉ちゃんの負け」
(うぅ……香奈おねぇちゃん。もう一回やろ!)
「うん、いいよ」
 もう一回やってみる。
 今度は私がジャンケンに負けて、琴葉ちゃんが指さしてきた。
(あっち向いて、ホイ)
 琴葉ちゃんは下を指し、私は右を向いた。
「残念だったね。ジャンケン、ポン」
 そうして私達は何度かジャンケンを繰り返して、何度か指さしたり顔を動かしたりした。
 そして、6回目の勝負。
 琴葉ちゃんが指さした方向に、私は向いてしまった。
「あっ」
(やったぁ! 香奈おねぇちゃんに勝った! わーい♪)
 琴葉ちゃんはとても嬉しそうに喜んだ。
 こんな遊びでそこまで喜ばれると、なんだか逆に照れてしまいそうだった。
(おねぇちゃん。もう一回やろう♪)
「うん、いいよ」
(うん!)
 そうして私はしばしの間、琴葉ちゃんと遊ぶことになった。




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「ここか……」
 俺は目の前にある病院を見上げて、呟いた。
「なんとか無事につけましたね雲井君」
 隣で本城さんが言った。
「そうだな。じゃあ行こうぜ」 
「はい」
 俺達は病院の中へ入った。
 平日ということもあるのか、思っていたよりも人は少なかった。
「そういえば、どの部屋に行けばいいんですか?」
「……たしか、3056室だったと思うぜ」
「じゃあ3階ですね。急ぎましょう」
「おう」
 早速エレベーターに乗って、3階まで上がった。
 まったく、ここまで来るのに随分苦労したぜ。

 エレベーターが3階で止まり、通路に出た。
 3056号室はエレベーターの近くにあったため、すぐに見つかった。
「ここだ」
「そうみたいですね」
 部屋のドアの横にあるボードには、名前が書かれていなかった。
 つーことは、この部屋には誰も入れられていないってことなのか?

 コンコン

 本城さんがノックした。
「いいよー」
 向こうから声が返ってくる。
「失礼します」
 本城さんがドアを開けて、中に入った。
 それに続いて、俺も一緒に部屋に入った
「誰かな?」
 そこには小顔で茶色の長髪に、白い肌をした女性がいた。
 想像していたよりも綺麗な人で、少し驚いてしまった。
「あの、私、本城真奈美って言います」
「ああ! 来たんだね。ということはそこにいる男の子は雲井君かな?」
「そ、そうだぜ。お前が、師匠の彼女かよ」
「うん、まぁね」
「師匠はどこにいるんだよ」
「ここにいるよ」
「なにっ!?」
 見るとそこには、呼吸器が取り付けられてベッドに寝かされている伊月師匠の姿があった。
 マジかよ。伊月師匠が……やられちまったっていうのかよ。
「何が……あったんですか?」
「ん? 闇の決闘で負けたんだよ。相手のボスにね」
 平然と麗花さんはそう言った。
 闇の決闘という単語を知っているということは、この人も闇の力について知っているみたいだ。
「ボスって、北条牙炎のことか?」
「よく知ってるね。敵から聞いた?」
「そんなことどっちでもいいぜ。とにかくこうして来たんだ。さっさと香奈ちゃんと中岸のことを教えやがれ!」
「ま、待って下さい雲井君! 落ち着いて下さい……」
 本城さんが立ち塞がった。
 ……いけねぇ、俺としたことがついカッとなっちまった……。
「とにかく落ち着いて座って。話はそれからさ」
「……分かったぜ」
「分かりました」
 俺と本城さんは、空いているベッドに座って麗花さんと向かい合った。
 麗花さんはポケットから手帳のような物を取り出すとぺらぺらとページをめくり始めた。
「えーと、それで何から話そうか?」
「あ、その、朝山さんや中岸君に……何があったのか教えて下さい」 
「うーん、全部を完璧に知っている訳じゃない。知っていることだけを教えるけど、それでいい?」
「はい!」
「よし。まず結論から言うね。この事件には結構大きな組織が関わっているよ」
「大きな組織って、まさかダークか!?」
 思わず立ち上がってしまった。
「「シー」」
 麗花さんと本城さんが、口元に人差し指を当てて言う。
 ここは病院だ。静かにしろってことなのだろう。
「そ、それなら、早く警察に通報しないと――――」
「それが無理なんだよねー。相手はどこぞのお偉いさんと通じているみたいでさ、警察に通報しても捜査はしてもらえな
いと思うよ。仮に捜査しても、闇の力を持っている相手に太刀打ちできるわけないしさ」
 溜息まじりに麗花さんは言う。
 警察は頼れない。ってことはやっぱり、スターに頼るしかないのか?
「どうして、闇の力がでてきたんだ?」
「それは調査中。とにかく今回の敵は、闇の力を持った大きな組織だってことさ。下手に関わらない方が身のためだよ」
「じゃあ……中岸の奴は、本当に死んじまったのかよ?」
「……たしかに大助君は行方不明だよ。でも、まだ遺体は見つかっていない。そのことは調査中で、もうすぐ報告がある
だろうから、もうちょっと待ってて。まぁただ一つ、確かに言えることは、朝山香奈と中岸大助に関する情報がシャット
ダウンされていて、二人ともどこにいるのか分からないってことさ」
「そ、そうなんですか……」
 本城さんは残念そうに顔を伏せた。
 ちくしょう、せっかくここまで来たのに、結局あいつと香奈ちゃんの場所は分からねぇのかよ。
「そんな暗い顔しない。そろそろ調査報告が来る頃だと思うし」
「で、ですけど……」
 本城さんの声が暗くなった。
 ここに来れば情報が分かると思っていたのに、思ったような情報が得られなくてショックなのだろう。
「ふむ……それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだよ本城さん」
「は、はい?」
「本城さんさ、大助君や香奈ちゃん、ついでに雲井君に、あなたの秘密を伝えてあるの?」
「えっ……!!」
 本城さんの顔色が変わった。
 ついでにと言われたのが少し気にくわなかったが、それよりも本城さんの顔色の方が気になった。
「ど、どうして、そのことを……?」
「簡単だよ。私も、あなたと同じだから。薫から話は聞いていたしね」
「……! ですけど、あのことは……」
「あのことってなんだよ本城さ――――」
「雲井君は黙ってて」
 麗花さんに睨み付けられた。
 あまりの迫力に、言葉が喉元で逆流してしまった。
「……ですけど、あのことは……」
「まぁ言いたくないってのも分かるよ。でも闇の力が出てきたんだから、そうも言ってられないでしょ? 心配しなくて
も、そんなことじゃ大助君や香奈ちゃん、ついでに雲井君は本城さんを嫌ったりなんかしないよ。それに3人はある意味
本城さんの恩人でもあるんだから、きっとちゃんと分かってくれる」
「……………………………………」
「まっ、考えておきなよ」
「……………………………………はい」


 ブー…ブー…ブー…ブー…


 携帯のバイブ音だった。
「お、ちょうどよく電話が来たね」
 麗花さんが携帯を手に取った。
「もしもーし。調査終わった? うん、うん……そうか、そういうことね。分かった了解オーケーサンキュー」
 ほんの十秒ほどの電話だった。
「二人に良いお知らせだよ」
「はい?」
「なんですか?」
「実はね――――」
 麗花さんは笑って、言葉を続けた。




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「あっち向いてホイ」
(あぁ……負けちゃったぁ……)
「残念だったね」
(もう、香奈おねぇちゃん強いよぉ……)
「そんなことないわよ。琴葉ちゃんだってたくさん勝ってるじゃない。ついさっきルールを教えたばかりなのに、すごく
上手よ」
(てへへ、また褒められた♪)
 可愛らしく、琴葉ちゃんは笑った。
 なんだかこっちまで、笑ってしまいそうだった。
(あっち向いてホイが強いんだから、おねぇちゃんってユーギオウも強いんだよね?)
「それとこれとは違うわよ」
(あーあー、こんな体じゃなかったら、ユーギオウできるのになぁ……)
 琴葉ちゃんは少し下を向いて、残念そうに溜息をついた。
 彼女には悪いけど、今は決闘をする気にはなれないから、ちょうどいいと思った。
「……その体、どうしてそうなっちゃったの?」
(あの怖い人とデュエルしたら、こーなっちゃったの……)
「怖い人……?」
(うん……北条牙炎って男の人……)
「あいつ……!!」
 笑う牙炎の顔が、頭に浮かんだ。
(おねぇちゃん、知ってるの?)
「……ちょっとね……。いったい、何があったの?」
(うん……)
 琴葉ちゃんは、説明してくれた。
 自分がこの家の主であるということ。両親は家におらず、武田と吉野がいつも自分の世話をしてくれたということ。
 そして、あの日、牙炎が家に訪問してきたことを教えてくれた。
(あの人が家に来て、わたしと遊ぼうって言ってきたの……でもあの人、悪い人だから、遊びたくなくて……いやだって
言ったの……そしたらあの人が小さい声で、『じゃあ力ずくしかない』って言ったの……それで……吉田と武田が危ない
って思ったの……)
「だから、牙炎と遊んだの?」
(うん。あの人がデュエルしようって言ったの……だから、デュエルしたの……)
「それで?」
(辺りが黒くなって……痛くて……頑張ったんだけど……炎の鳥が出てきて、負けちゃったの……そしたら真っ暗になっ
て、気がついたらこうなっていたの………)
 痛くなったって……闇の決闘よね。
 こんな小さな子供が相手なのに、闇の決闘をするなんて……。牙炎って奴、本当に許せない。
「さみしく、なかったの?」
(ぜーんぜん。だって吉野と武田が、毎日ここに来てくれるんだよ。あっ、でも少しお腹空いているかも……)
「そう……その体、なんとかできないの?」
(……分かんない。でもね、吉野と武田が言ってるよ。もうすぐ、元気にしてくれるって♪)
「どうやって?」
(うーん、よく分かんない。なんだか、作戦が成功したらって言ってたよ)
「…………そう」
(でも、このままでも楽しいよ♪ だって、香奈おねぇちゃんがいるもん♪)
 無邪気な笑みを向けて、琴葉ちゃんは言った。
 少しだけ、嬉しかった。
(もっと遊ぼうよ。おねぇちゃん)
「ええ、でも……」
 ここに来てから、1時間くらい時間が経っている気がする。
 そろそろ上に戻らないと、武田達に気づかれてしまいそうだった。
(おねぇちゃん?)
「え、あ、その……そろそろ戻らないと、見回りしてるから……」
(大丈夫だよ。武田と吉野が部屋に見に来るの、3時間おきぐらいだもん)
「そうなの?」
(わたしの時もそうだったから、きっと香奈おねぇちゃんを見に来るのも、3時間おきぐらいだよ)
「……そっか……じゃあ、もう少し遊ぼうか」
(うん!)
 弾けるように、琴葉ちゃんは笑った。
 そろそろ”あっち向いてホイ”も飽きてきたし、何か別の遊びを考えないといけないわね。
「何かしたい遊びある?」
(うーん、おままごとは出来ないし……分かんないよぉ)
「琴葉ちゃん、学校とかで何して遊んでいるの?」


(……ガッコーって、なーに?)


「え…………?」
 言葉を失ってしまった。
「が、学校よ。小学校。琴葉ちゃんも7歳なんだから、学校ぐらい行っているでしょ?」
(うぅん……よく分かんないよぉ……)
「そ、そう……」
 学校にも行っていないなんて、どうなってるのよ。
 話しに聞いた限りじゃ、この状態になったのも少し前みたいだから、最初から学校に通っていなかったことになる。
「どうして、通っていなかったの?」
(吉野がね、お外は危ないって言うんだもん……)
「危ないって……」
 そりゃあ車とか色々危ない物はあるだろうけど、学校にまで行かないなんてそんなこと……。
「両親は、お父さんやお母さんは何て言ってるの?」
(パパとママは、お仕事で忙しいんだよ♪ だからね、吉野が、私のお母さんになってくれたんだよ♪ 武田もお父さん
みたいで、すごく面白いんだよ?)
「………そう……」
 子供がこんなに大変なときに、両親は何をやっているのよ。
 でもまさか、武田がこんなことをしていたなんて……。
(吉野って、すんごくデュエルが強いんだよ♪)
「……私の友達にも、薫さんっていう凄く強い人がいるわよ」
(吉野の方が強いもん!)
「うーん、多分、薫さんの方が強いわよ」
(ぜったいぜーったい吉野だもん!)
 琴葉ちゃんはほっぺたをふくらませて、駄々をこねるように言った。
 そこまで言うんだから強いんだろうけど、どうしても薫さんより強い決闘者が想像できなかった。
「分かったわよ。じゃあ吉野さんの方が強いのね」
(うん! えへへ、香奈おねぇちゃんとお話しするの、楽しいな♪)
「……そう。ありがとう」
 きっと、ずっと話し相手が欲しかったんだと思う。
 いくら毎日、誰かが来てくれるからって、こんな薄暗いところに1人でいるなんて寂しかったに違いない。
 私なんかで琴葉ちゃんの寂しさが紛れるなら、いくらでも付きあってあげたくなった。
(……ねぇ、香奈おねぇちゃん)
「なに?」
(ガッコーって、楽しい場所?)
「……ええ。友達や先生がいて、楽しいわよ。あっち向いてホイや、遊戯王より、何十倍も楽しいわよ」
(そっかぁ、いいなー。わたしも、行ってみたいなぁ)
「体が元に戻ったら、行けばいいわよ」
(うん! じゃあ吉野に頼んでみる! 香奈おねぇちゃん。ガッコーには何があるの?)
「……色々あるわよ。体育祭とか、文化祭とか、修学旅行とか、本当にたくさん、楽しいことがいっぱいあるのよ」
(タイイクサイってなーに?)
「えっと、そうね……説明するのが難しいんだけど、とにかくみんなで力を合わせて、色んな競技をするの。それで順位
とかで得点を競い合って、優勝を目指すのよ。最後のリレーとか、すごく盛り上がるんだから」
(へぇ〜。いいなぁ。いいなぁいいなぁ)
 琴葉ちゃんはクルクルと回りながら、そう言った。
 生まれて7年間。他人と付きあったことがないのだろう。やっぱり、可哀想だと思った。
(じゃあおねぇちゃんは、そんな楽しい学校に毎日通っているんだね)
「……うん……でも、今は、行けないの……」
(どーして?)
「それは……」
 武田に閉じこめられているから、と言いかけた。
 でもそれを言ったら、琴葉ちゃんは傷つくかもしれない。それに正確に言えば、武田達が私を閉じこめているのは牙炎
に命令されているからだということが容易に想像できた。
 闇の決闘で琴葉ちゃんを傷つけて、こんな状態にして、自分に協力すれば琴葉ちゃんを助けてやると言われたんだ。
 それで、望んでもいないのに闇の力を身につけて……それで………。
 武田を恨んでいた自分が、馬鹿みたいだ。
 武田は、琴葉ちゃんを守るために行動していた。それが、自分の望まないことだとしても……。
 だから恨めるはずなんか無い。だってそれは、大助が私にしてくれたことと、同じことだから。
 大切な人を守るために、自分の身を犠牲にしようとする姿は、まるっきり同じだったから。
(おねぇちゃん?)
「あ、ごめんごめん。なんでもないわ」
(そう?)
「大丈夫よ。それよりほら、学校のこと、教えてあげようか?」
(え、いいの!?)
「もちろんよ。言って減るものでもないしね」
(ありがとう香奈おねぇちゃん!)
「どういたしまして」

 それから、私は琴葉ちゃんに色んなことを話してあげた。
 学校という場所が、どういうところなのかを。
 体育祭や文化祭、修学旅行でどんなことをするのか、どんな面白いことがあるのか。
 そして、友達や仲間のこと、雫や、真奈美ちゃんのこと、ついでに担任の山際のことも教えてあげた。
 でも大助のことは話さなかった。今は、話したくなかった。

「とりあえず、ざっとこんな感じね」
(いいなぁ、楽しそう。はやく行ってみたいなぁ)
「その体が、元に戻ったらね」
(うん! あーあー、はやく元に戻りたいなぁ)
 ふと、時間が気になった。
 長く話し込んでしまっていて、そろそろ3時間くらい経つころだと思った。
「琴葉ちゃん、そろそろ戻らないと駄目かも……」
(えー、もっといようよぉ)
「でも、部屋にいないことがバレたら、きっと大騒ぎになるし……」
(じゃあ、わたしも一緒に行っていい?)
「え、行けるの?」
(うん。ほら、こんなこともできるんだよ♪)
 そう言って琴葉ちゃんは飛び上がった。
 まるで重力がないかのようで、自由気ままに空間を飛んでいる。
(ほら、すごいでしょ?)
「え、えぇ……」
 私はただ、苦笑することしかできなかった。


 ハシゴを上がって、元いた部屋に戻った。
 琴葉ちゃんも後ろからついてきて、一緒に部屋に入る。
「これ、どうしてこんな構造になってるの?」
(うーんとね……ゴートーが来たときとかに、すぐに逃げられるようにだって)
「そう。それで、どうやったら机を元の位置に戻せるの?」
(もう1回ボタンを押せば良いんだよ♪)
 言われたとおり、机に付いているボタンを押した。
 自動的に机が動いて、空いていた穴が塞がれる。なんていうか、凄いとしか言いようがなかった。
「琴葉ちゃんの家って、もしかして凄くお金持ちなの?」
(うん、そうだよ)
「そっか」
 お金持ちの家のお嬢様か。
 それなら、外が危ないって言われていたのも頷ける。身代金目当てに誘拐されてしまうかも知れないし、危険な人達に
狙われてしまうかもしれないからだ。
 でもだからって、学校にまで行かせないのは、どうなんだろう……。
(ここに来るのも久しぶりだなぁ)
「……もしかしてここって、琴葉ちゃんの部屋なの?」
(うん!)
「そ、そう……」
 1人の部屋にしては、広すぎる。
 鳳蓮寺の家って、もしかして相当な大金持ちなのかもしれない。
(あっ! ベッドだぁ)
 琴葉ちゃんはベッドに向かって飛び込んだ。
 けどベッドはその体を受け止めてくれず、琴葉ちゃんはベッドの中に消えてしまった。
「………えーと、琴葉ちゃん?」
(うーん、やっぱり駄目だぁ……)
 琴葉ちゃんの首がベッドから飛び出す。
 ここから見ると、小女の生首が置かれているように見えて気味が悪かった。
「こ、琴葉ちゃん。首だけ出すのは怖いからやめない?」
(そーなの? じゃあこれは?)
 そう言って、今度は手だけを飛び出させた。
「いや、部分の問題じゃなくて……」
(ふーん……わかった)
 琴葉ちゃんの返事が聞こえて、その体全体がベッドに横たわった。
 正確にはベッドに横たわって見えるように浮かんでいるんだけど……。
「浮いてるの疲れないの?」
(ぜーんぜん。香奈おねぇちゃん、一緒に寝よう?)
「……うん………」
 ベッドの上にあがって、仰向けになった。
 隣で琴葉ちゃんが、どこか嬉しそうに横になっている。
「なにか面白い?」
(ううん。なんだか、本当におねぇちゃんがいるみたいだなぁって)
「え?」
(わたし、おねぇちゃんも、妹もいないから、なんだか、おねぇちゃんがいるみたいで嬉しいの)
「琴葉ちゃん……」
 本当は、寂しかったのかもしれない。両親は仕事でほとんど家にいなくて、学校にも行ってないから友達もいなくて、
武田や、吉野さんって人はいるんだろうけど……いつも一緒にいるような人はいなくて………。
(わたし、本当におねぇちゃんがいたら、香奈おねぇちゃんみたいな人がいいなぁ)
「……私なんかで、いいの?」
(だって香奈おねぇちゃんといると、ホッとするし、楽しいんだもん)
「……そっか……」


 コンコン


 ドアがノックされた音だった。
(あっ、武田だ)
「……琴葉ちゃん、少し静かにしててくれる?」
(どーして?)
「ちょっとね。武田が部屋を出て行くまでだから、少しだけだから、ね?」
(……うん、わかった)

「失礼します」
 武田が部屋に入ってきた。
 私はベッドから体を起こして、武田を見つめた。
「なにやら話しておられたようですが、独り言でしょうか?」
「うるさいわよ。いいから出てって」
「……食事は召し上がっていないようですね」
「悪い? 食べたくないんだから、仕方ないじゃない」
「……ずいぶん、元気になられたように見えますが、何かあったのですか?」
「あんたに話しても意味無いじゃない。それより、いつまでこうして閉じこめておく気よ。はやくここから出して」
「そうはいきません。まだ香奈様にはここにいてもらいます」
「……………」
 私は武田を無言で見つめ続けた。
 こいつはこいつで、琴葉ちゃんを救うために行動していた。私を連れ去って、白夜のカードを奪うように命令されてい
たんだ。でも……だからって大助を殺すことなんてなかった。
 ちゃんと事情を説明してくれれば、考えも変わっていたかも知れないのに……どうして……………。
「どうして、私を誘拐したのよ……」
「……主の計画のためです」
「その計画って何よ!!」
「あなたを連れ去り、白夜のカードを奪えと言われました。それ以外は知りません」
「あっそ。とことん話さないってわけね」
「……そういうことです」
「出てって」
「…………失礼しました」
 武田が一礼して、部屋を出て行った。
 あっちの事情は分かっているはずなのに、どうしても怒りが湧いてきてしまった。
(おねぇちゃん……大丈夫?)
「……うん、大丈夫よ」
(おねぇちゃん、武田に怒っていたけど……何か、あったの?)
「……私がここにいるのは、武田に連れ去られてきたからなの……」
(どーして?)
「………分からないわ」
 嘘をついた。琴葉ちゃんのためなんて言ったら、責任を感じてしまうかも知れないからだ。
 でも琴葉ちゃんは、私の顔をじーっと見て、口を開いた。
(どーして、ウソつくの?)
「えっ、そ、そんなことないわよ」
(香奈おねぇちゃん、ウソついてるよ?)
「ほ、本当よ。分からないわ」
 分からないという点では、本当だ。
 琴葉ちゃんのために誘拐したまではいいけど、それから私は閉じこめられただけで何もされていない。いったい牙炎が
何を企んでいるのかも分からないのだ。
(そっか♪ じゃあいいや♪)
 琴葉ちゃんはそう言って、ベッドの上を転がって近寄ってきた。
(おねぇちゃん、お願いしていい?)
「な、なに?」
(ギュッてしてほしいなぁ)
「えっ、でも……」
 抱いてあげてもいいけど、今の琴葉ちゃんの体にはさわれない。さわろうとしてもすり抜けてしまって、抱くどころの
話じゃないからだ。
(フリでもいいよ)
「そ、そう? じゃあ……」
 小さな体を抱きしめるように、私は腕を琴葉ちゃんにまわす。
 できるだけ体をすり抜けないように、抱きしめる格好だけしてみた。
「こ、こんな感じ?」
(えへへ、おねぇちゃん♪)
 琴葉ちゃんの頬が桃色に染まっている。
 なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまいそうだった。
(あれ? おねぇちゃん……)
「なに?」

(おねぇちゃんの胸って、吉野みたいにフカフカしてないね。なんで?)

「………………………………………………………」
 琴葉ちゃんじゃなかったら、間違いなく怒っていたと思う。
 そりゃあ私は、真奈美ちゃんや薫さんみたいにちゃんとした胸があるわけじゃないけど……。
 色々と努力だってしているのに……。
(ねぇ、なんで?)
「……琴葉ちゃん。そういうことは、あんまり言っちゃ駄目なのよ」
(……?? わかった)
 首をかしげながら、琴葉ちゃんは答えた。
(ふわぁ……香奈おねぇちゃん、なんだか、眠くなってきちゃった)
「そう。じゃあそろそろ、お昼寝しよっか」
(……おねぇちゃん……あのね……一緒にお昼寝……して……?)
「……うん。分かった。一緒にお昼寝しようね」
(えへへ……おやすみ……香奈おねぇちゃん…………………クー……クー……)
 琴葉ちゃんは目を閉じて、スヤスヤと眠ってしまった。
 その眠っている様子を見ていると、まるで本当に妹ができたように感じた。
「…………………」
 武田は、琴葉ちゃんを救うために戦っていた……。
 ますます、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
 大助が死んで……武田達の目的も分かって……これから私は、何をしたらいいの?
「………大助…………」
 あんただったら、こんなときどうするのよ。
 幻想でもいい。夢でもいい。どこにでもいいから……現れてよ……。
「……もう……やだよ……」
 胸がいっぱいで、耐えられなかった。
 また、涙が溢れてきた。
 泣いてばっかりだ、私……。いつもの元気な朝山香奈は、いったいどこに行っちゃったのよ……。
「誰か………」 
 その先の言葉が、出てこなかった。
 言ってはいけない気がした。言う資格なんか、ないと思った。
 今まで散々、言いたいことを言ってきて、みんなに迷惑ばかりかけて……そんな私が、あの言葉を言っていいわけない
じゃない……。
「どうなっちゃうんだろう………」

 これから私に、いったい何が待っているんだろう………。

 ………どうでも……いいか……。

 考えるのを止めて、目を閉じた。




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 辺りが、やけに静かだった。

 白い壁紙が貼られた部屋に、窓から風が吹き込んでくる。

 壁紙と同じ色をしたベッドの上に、1人の少年がいた。

 近くの机には、少年が身につけていたバッグと、デュエルディスクが置かれている。

「う…………」

 そして――――

 とある病院の一室で――――




 ――――中岸大助は、目を覚ました。





episode20――目覚めた希望――

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 真っ白な世界にいた。
 辺りには何もなくて、地平線すら見えない。
「ここは……どこだ?」
 少なくとも、現実の世界ではないように思える。
 夢の世界……とかいうやつか?

「やっと会えたね、中岸大助君」

 少女のような声がした。見るとそこには、小学生くらいの背の高さの人物がいた。
 顔を見たかったが、なぜか逆光で見えなかった。
「誰だ?」
「ワタシは―――だよ」
「ん?」
 そいつの名前だけが、聞こえなかった。
「大助君。早く起きて。そうじゃないと、君の大切な人が手遅れになっちゃうよ?」
「……香奈のことか」
「そう。君なら香奈ちゃんを助けられるはずだよ。だから、起きて」
 光が強くなっていく。次第に相手の姿も、見えなくなってきた。
「待て! お前は……何者だ?」
「……どうせ忘れちゃうから言わないけど、これだけは言っておくね」
「……?」

「ワタシはいつだって、君達の味方だからね」

 光がどんどん強くなって、目の前が、真っ白になった。

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「う……」
 最初に感じたのは、蛍光灯の光だった。
「ここは……」
 目を開けて、辺りを見回してみる。真っ白な壁に、真っ白なカーテン。
 清潔感溢れるところを見ると、どうやらどこかの病室らしい。
「……俺は……」
 頭を手でおさえて、記憶を呼び起こしていく。
 たしか、香奈に呼ばれてデパートに行って、本城さんを含めた3人で色んな店を見て回った。
 親から帰ってこいというメールが来たと嘘をついて、自転車で家に帰っているところをキラとかいう敵に襲われたんだ
ったな。そこに佐助さんが助けに来てくれて、それから…………。
 胸に、何か光る物が見えた。
 それは、香奈が付けていた星のペンダントだった。
「……!!」
 ようやくすべてを思い出した。
 そうだ。俺は香奈を探して走って、武田達と対峙したんだ。そしてサバイバル決闘をやって俺は負けた。
 そして牙炎っていうリーダー格が現れて、俺は………撃たれた……?
 もう一度、体を確認してみる。服装はあの時と同じ普段着のままで、肩の位置には変色した黒い血が付いていた。
 だが体に痛みは無い。たしかに俺は拳銃で撃たれたはずなのに……どうして……。


「目覚めましたか」


 女性の声がした。体を起こして見てみると、ドアのところに黒いスーツを着た女性が立っていた。
 肩に掛かるか掛からないくらいの長さの黒髪で、顎は細い。鋭い目つきが、俺を見つめていた。
「おまえは……」
「私は吉野。武田の上司だと言えば、分かりますね?」
「……香奈は、どうしたんだよ」
「香奈様は、私達の屋敷に監禁しています。心配なさらずとも、手荒なことはしておりません」
 監禁しているということは、少なくとも生きているのは間違いないようだ。
 吉野は小さく息を吐いて、ベッドの側にある椅子に腰掛けた。
「何か質問でもあれば、答えられる範囲で答えましょう」
「……ここはどこだ? それに、どうして俺は生きているんだ?」
「ここは星花病院の特別部屋です。極度の重症患者や、再起不能な患者達専用の部屋。たまたま一部屋空いていたので、
無理を言って拝借させてもらったというわけです。あなたは武田から拳銃で撃たれたましたが、あれは武田が自身で改良
した麻酔銃です。撃たれた箇所からだんだんと体の力が抜けていき、やがて眠りに落としていく仕組みです。仮に0距離
で撃っても殺傷能力はありません。今回の場合は、闇の力も使うことでリアリティを高めていたようですけどね」
「そうか……」
 あれは麻酔銃だったのか、どうりで痛みを感じなかったわけだ。
 だとするとあの赤い液体が、闇の力で作られた血のりのような物だったのだろう。
「あの日から、どれくらい経っているんだ」
「……あなたが気を失い、牙炎が立ち去ったあと、私があなたを、誰の目にも付かないようにこの病院まで運びました。
あなたは約2日間、眠ったままでした。何発も撃たれたので、当然と言えば当然でしょう」
「そうかよ。じゃあ、どうしてあんたがここにいるんだ? まだ何か俺に用があるのか?」
「察しがいいですね。話が進みやすくて助かります。私がここにいるのは、あなたへ警告しにきたからです」
「警告だと?」
 尋ねると、吉野は立ち上がって俺を見下ろした。
 鋭い視線に気圧されてしまいそうだった。
「抵抗する意志を無くすために、香奈様にはあなたが死亡したと伝えてあります。そして、あなたの白夜のカードも奪わ
せて頂きました。デッキを確認してみて下さい」
 すぐに側の机に置いてあるデュエルディスクに手を伸ばした。
 デッキを取り出して内容を確認する。たしかに、"先祖達の魂"と"大将軍 天龍"のカードが無くなっていた。だがその
代わり、別のカードがデッキに入っていた。
「白夜のカードを奪って、香奈まで連れ去って、あんた達は何がしたいんだ」
「……あなたに教えて、何かメリットがあるのですか?」
「………………………」
「あなたの白夜のカードはありません。カードが手元になくても白夜の力は宿っているようですが、もうあなたに、決闘
において闇の力に対抗する術はありません。そして、もう一つ忠告しておきましょう」
「なに?」
「もしあなたが、それでも私達に刃向かうというなら、あなたの周りにいる人間を傷つけます。そうですね、身近でなら
両親に危害を加えても構いません。両親の仕事を奪っても構いません」
「……!! 脅迫してるのか……!」
「どうとるかは、あなたの自由です。ですが、その程度のことなら簡単に出来るということを認識しておいてもらいたい
ですね。高校生で路頭に迷うのは困るでしょう?」
「お前……!!」
「話は終わりです。いつでも退院は出来るようにしてあります。よく考えて、好きなようにして下さい。賢いあなたなら
何が本当に正しい選択なのか、分かってくれるはずですよね」
 吉野は冷たい視線を向けて、病室を出て行った。
 冷たい風が、窓から部屋に吹き込んできた。
「……………」
 唇を噛む。吉野の言っていることが、単なるハッタリだとは思えなかった。
 その気になれば、俺の周りの人にいくらでも危害が加えられるだろう。それだけの力が、吉野や武田の属している組織
にはあると思った。
 吉野の話を聞く限り、香奈は俺が死んだと聞かされて監禁されている。
 あいつが今頃どんな思いをしているかなんて、容易に想像できた。
 放っておけるわけがない。だが、香奈を助けようとすれば、他のみんなが危ないかも知れない……。
「くそ……」
 いったい、どうしたらいいんだ……!
 大切な幼なじみか、周りの大勢の人達かなんて……そんなの決められるわけないだろ。  
 あの日、俺が香奈を守れていれば……こんなことにならなかったのに……!!
「っ!」
 ベッドを殴りつけた。
 だがそんなことしても、虚しいだけだった。


 コンコン


 ドアがノックされた。吉野が戻ってきたのかも知れないと思って、返事はしなかった。
 数秒経って、ドアが開く。
「うぃーす。お、なんだ起きてるじゃないか」
「なっ!?」
 部屋に入ってきたのは、白い長袖のシャツに青いジーパンという格好をした男だった。
 相変わらずな格好で、飄々とした態度で、顎に無精髭を生やしたその男が、片手にビール缶の入ったビニール袋を持っ
て入ってきた。
「お、親父…!?」
「おっす、元気そうだな大助」
 中に入ってきたのは俺の父親である、中岸誠哉(せいや)だった。
「いやぁ、さっき出てきたねえちゃんは誰だ? 香奈ちゃんにしては胸が大きすぎたからなぁ……ははーん、さては二股
ってやつか?」
「違うに決まってるだろ。それより、何しに来たんだよ……」
「お見舞いに決まってるだろ。たまたま家に帰ってきたら、お前が2日間家に帰ってきていないって言うし、誰だか知ら
ないが電話が掛かってきて、息子さんがここで入院していますよって連絡を受けるし、母さんは買い物で出掛けていたか
ら、俺がこうして来たってことさ」
「ビール持って見舞いに来る親がどこにいるんだよ……」
「ここにいるだろ? はは、家じゃ母さんの目が厳しいからな、こういうときでもないと気軽に飲めないのさ」
 そう言って親父は椅子に腰掛けてビールの缶を開け、一気に一缶を飲み干してしまった。
 アルコール独特の臭いがこっちまで伝わってきた。
「っぷはぁ、それで、何があったんだ?」
「……言っても分からないと思うんだが……」
「おいおい、勝手に決めつけるなよっていつも言ってるだろう? 分からないかどうかは、父さんが決めることだ」
 親父は二つ目の缶を開けながら、そう言った。
「まっ、聞かなくてもいいんだけどな」
「どっちなんだよ……」
「ははっ、それで? 体の調子はどうなんだ?」
「まぁ……いい方だと思う」
「そうか。あっ、これは着替えな。ここに置いておくぞ」
 親父は微笑みながらビールを一口飲み、服の入った袋をベッドの上に置いた。
 真剣なのかそうじゃないのか、よく分からないこの態度は相変わらずだな……。
「いやぁ、まさか久しぶりに家に帰ってきたら息子のお見舞いに行くなんて思ってなかったぞ?」
「俺だってこんなことになるなんて思ってなかったよ」
 警察官という職業に就いている親父は、単身赴任のため滅多に家へ帰ってこない。
 2ヶ月に1度か2度帰ってくる程度で、帰ってきてもすぐに仕事場へ戻ってしまう。
 実際、こうして話をするのも2ヶ月ぶりなのだ。だが相変わらずなこの様子を見ると、親父もなかなか元気らしい。
「浮かない顔してどうした?」
「……なんでもない」
「そうか。まっ、元気そうだから安心したよ。おっ、なんだなんだぁ? ペンダントなんかかけちゃって。最近の流行な
のか?」
「違ぇよ」
 俺はペンダントを外して、ポケットに入れた。
「おいおい、久しぶりの再会だってのに冷たいなぁ。なんだあれか? ついにお前も思春期ってやつなのか? いや困っ
たなぁ……お父さん悲しいぞ?」
 そう言って親父は、本当に悲しそうな表情をしながらビールを飲んだ。
 本当に悲しく感じているのか、判断がつかなかった。
「さて、それじゃあ――――」


 コンコン


 親父が何かを言いかけたとき、ドアがノックされた。
 俺達の視線が、ドアの方へと向く。
「し、失礼します……」
 涼やかな声が、中に入ってきた。
「あの、中岸君?」
「本城さん……!」
 中に入ってきたのは、本城さんだった。その後ろには雲井までいる。
 二人とも、いったいどうしたっていうんだ?
「ちっ! なんだよ。生きてんじゃねぇか」
 雲井が舌打ちをして中に入ってくる。
 二人とも制服姿で、おそらく学校からそのままここに来たのだろう。
 だけどどうして、この場所が分かったんだ?
「あっ! てめぇ!!」
 雲井が親父を指しながら大声を上げた。
「よぉ少年。さっきはコンビニの場所教えてくれてありがとうな」
「中岸君の、お父さんですか?」
「察しがいいねぇお嬢さん。将来、いい奥さんになるよ」
「えっ、あの、その……」
 本城さんが顔を赤くしながら下を向いた。
 おい、あんまりからかうなよ。
「どうしたんですか? 雲井に本城さん」
「あっ、そうでした。中岸君、大丈夫なんですか!?」
 本城さんが心配そうな顔をして寄ってきた。
 雲井も険しい顔をして、俺の近くまでやってくる。
「大丈夫ですよ。このとおり」
 立ち上がって、何の問題もないことを二人に見せた。
「中岸、てめぇ……何があったんだよ!」
 雲井が険しい表情のまま突っ掛かってきた。
 少し考えてから、答えた。
「……なんでもない。ただ、車に撥ねられただけだ」
「はぁ!?」
「だから、帰り道に余所見してたら車に撥ねられたんだよ。でも怪我はたいしたこと無かったし、下手に学校に伝えても
騒ぎになりそうだったから誰にも伝えていなかったんだ」
 我ながら、見えきったウソだと思った。
 だが雲井や本城さんに、真実を伝えるつもりもない。
「……でも、朝山さんは大丈夫なんですか!?」
「ああ、あいつは普通に元気ですよ」
「そんな……でも、中岸君が死んじゃったって言って、泣いていました!」
「ははっ、あいつはそうやって注目されたがるんですよ。本城さんは、香奈の演技にまんまと引っ掛かってしまっただけ
です。だから、心配しなくて全然オーケー」
「……!! ふ、ふざけないでください!! そんな感じじゃありませんでした!! それに朝山さんは学校に戻らない
とまで言っているんですよ!? それでいいんですか!?」
 本城さんが詰め寄ってくる。
 あと、一押しというところだろう。
「別にどうでもいいですよ。あいつが戻らないって言うなら、それでいいんじゃないんですか?」
「…っ!! 本当に……そう、思っているん、ですか……?」
「当たり前じゃないですか」
「……………………」
「あーあー、せいせいするよ。いつも自分勝手なこと言ってたから、これで少しは平和に――――」

 パンッ!

 左頬に熱い痛みが生じた。
 すぐに、本城さんに平手打ちされたことが分かった。
「……見損ないました……最低ですっ!」
 本城さんは目を潤ませていた。
 叩かれた俺は、出来る限り無表情で言った。
「……用がないなら、さっさと出て行って下さい。病院内で騒がれても、迷惑ですよ?」
「言われなくてもそうします!!」
 香奈にも負けないくらいの大声を上げて、本城さんは部屋を出て行った。
 横開きのドアが大きな音と共に閉められた。
 少し、悪いことしてしまったかも知れないな。
「中岸……てめぇ……!!」
 雲井は俺を睨み付けながら、右手を振るわせていた。
「お前も用がないなら、さっさと出て行けよ」
「ああ!?」
「そんで、もう俺に関わるな」
「っ!」
 雲井が掴みかかってきた。そのまま壁に打ち付けられる。
 今にも殴りかかってきそうな勢いで、雲井は叫んだ。
「ふざけてんじゃねぇぞ!! 闇の力が関わってるのは分かってんだ!! 何があったのか話しやがれ!!」
 その迫力に、さすがに驚いた。
 だが俺だって、退くわけにはいかなかった。
「……なんにもねぇよ。いいからでてけ」
「てめぇ。何を考えてんだよ……!! 俺の知ってるてめぇは、そんな奴じゃねぇだろうが!!」
「そうかよ。いいから出てけよ」
「っ!!」

 思いっきり殴られた。

 口の中を少し切ってしまって、血の味がした。
「そうかよ! じゃあこっちはこっちで勝手にやらせてもらうからな!!」
 そう吐き捨てて、雲井は部屋を出て行った。
 残された俺と親父のいる空間が、しばらく静寂に包まれた。

「最低……か……」

 苦笑する。たしかに、自分でも呆れるくらいの最低野郎だと思った。
 もし俺が雲井や本城さんの立場だったら、間違いなく殴っていただろう。まぁ、これでいいか。あれぐらい言っておけ
ば、もう俺に関わろうとしないだろう。
 これで香奈の大切な友達を傷つけることは、きっとない。
「あれで、良かったのか?」
 親父が尋ねてきた。
 俺は小さく息を吐いて、頷いた。
「そうか」
 親父はただそれだけ言って、3本目のビール缶を開ける。
 そして中の液体を一口飲んで、壁にもたれかかるようにして俺の隣に立った。
「なぁ、親父……」
「どうした?」
「突然、仕事が無くなったら、どうする?」
 俺の突然の質問に、親父は少し困った表情をした。
 ビールを一口飲んで、しばらく考えたあとに、その口が開く。
「んー、そうだなぁ。たしかに最近は不景気でないことはないが、急にどうした?」
「たとえば……もし仕事がクビになりそうで、その原因が俺にあるとして、親父は仕事がクビになる前に俺を止めること
ができるとしたら………どうする?」
「そりゃあ、止められるなら止めた方がいいだろう。仕事が無くなれば、家族を養えなくなるからな。それに息子が間違
ったことしようとしてるなら、親としては止めないといけないだろ?」
「だよ……な……」
 そりゃあそうだ。息子が危険なことをしようとしているなら、それを止めるのが親の務め。
 親父は。何よりもまず家族を第一に考えて行動している。それが警察官だからなのか、1人の親としてなのかは分から
ない。
 つまり、俺が香奈を助けようとすれば、親父は…………。
「ただまぁ、理由次第かな?」
「え?」
「よければ、話してくれないか? 理由によっては、父さんも考えるところもあるかも知れないし」
「いいさ。どうせ言ったって無駄だし」
「おいおい、何事も勝手に決めつけるなって言ってるだろ? いいから、話してみろ」
「…………」
 手短に話した。もちろん闇の力のことは話さなかった。
 大切な人が連れ去られたこと、そいつを助けようとすれば、みんなに危害を加えると脅されたことを言った。
「なるほどな……また随分と面倒くさいことに巻き込まれているんだなぁ。父さんの若い頃にそっくりだ」
 懐かしむように親父は笑いながら、ビールを飲んだ。親父が昔はやんちゃだったことは母さんからよく聞いていた。
 少なからず、俺はその血を受け継いでいるのかもしれない。
「親父は……どうする?」
「ん?」
「俺の立場だったら、どうするんだ?」

「……答えられないな。父さんはお前じゃない。それに俺の答えが、お前の答えになるのは嫌だからな

「………」
「お前の中では、もう答えは決まっているんだろ?」
「っ!!」
 見透かされてしまった。いつも飄々としているくせに、どうしてこういうときは鋭いんだ。
 親父の言うとおり、たしかに答えは決まっている。でもそれをすれば…………。
「まったく……」
 突然、親父は俺の頭を掴んで、髪をくしゃくしゃにした。
 その手から、親父の力強さが伝わってくるような気がした。
「大助、お前は大人になるのが少し早すぎたからな………。母さんのことや、友達のことを心配するのは立派なことだ。
けどな、父さんから見ればお前はまだまだ子供だ。子供には子供の、大人には大人の世界がある。そういう面倒くさいこ
とは、大人の俺達に任せておけばいいんだ。だから、お前は好きなようにやれ。全部が全部そうじゃないが、親っていう
のは、いつだって子供の味方だぞ?」
 親父は優しく微笑みながら、そう言った。
 その顔は警察官としての親父ではなく、1人の父親としての親父だった。
「けどな、1人で解決しようとするな。お前には仲間がいるだろう? さっきの少年やお嬢さんだって、きっと協力して
くれるはずさ。人間は、1人で出来ることは限られている。だから仲間と一緒に行動するんだ。お前が1人でどれだけあ
がいても、所詮ガキの暴走にしかならない。だから周りを信用しろ。そして頼れ。それが子供の唯一にして最大の武器だ
からな」
「親父………」



「なーんてな。どうだ? ちょっとは格好良かったか?」



「………………………………………………」
「どうしたその顔は? ははーん、さては父さんの格好良さに声も出ないのか? でもだからって惚れちゃ駄目だぞぉ?
父さんには母さんっていう最愛の人がいるからな」
 親父はいつもの飄々とした態度に戻っていた。
 ……あぁ、格好良かったよ。途中までな。まったく、台無しもいいところだ。
 ふざけてるのか真剣なのか、もうちょっとはっきりしろっての。
「それで……行くのか?」
「……ああ。親父……」
「ん?」
「……ありがとな」
「おう。いいから行ってこい。あ、大助」
「なんだ?」
「お前だけが、大切な人のことを考えている訳じゃないんだぞ。それだけは、よく覚えておけ」
 親父は、そう言ってビールを飲み干した。
 何が言いたいのかは分からなかったが、親父なりの激励の言葉だったのかも知れない。
 着ていた服を脱いで、親父が持ってきた新しい服に着替えた。
「じゃあ、行ってくる!」
「おう! 暗くなる前に帰ってこいよ」
 カバンとデュエルディスク、そしてデッキを持って、俺は病室を出た。




---------------------------------------------------------------------------------------------------




 中岸をぶん殴って病室を抜け出したあと、俺は本城さんのあとを追っていた。
 まさか、本城さんがあんなに怒るなんて思っていなかったぜ。
「ちくしょお、どこにいるんだ?」
 病院内にはいなかったから、外に出てるだろうと思って俺は病院から出ていた。
 そう遠くには行ってねぇはずだ。まだ走れば間に合うかもしれねぇ。

 そして走ること5分。
 前に本城さんの後ろ姿が見えた。
「ま、待ってくれよ本城さん!!」
 呼びかけると、彼女は怒った顔で振り向いた。
「雲井君……」
「飛び出したはいいけど、どこにいくんだよ」 
「……すいません………」
「いや、別に怒ってる訳じゃねぇけどさ……」
 息を整えて、本城さんの隣について一緒に歩く。
 本城さんは下を向いたまま、黙って歩いていた。
「……最低ですよね、中岸君……」
 唐突に、本城さんが口を開いた。
「……朝山さんが大変なのに………あんなこと言うなんて。私、中岸君ってもっとちゃんとした人だと思っていました。
朝山さんと仲が良いから、きっと、そうだと思っていたのに……」
「…………………」
 たしかに、あの中岸は最低な野郎だった。
 けどなんか引っ掛かる。少なくとも俺の知っているあいつは、あんなことをいう奴じゃねぇ。殴りかかっても、いつも
なら簡単に受け止めてしまう奴だ。
 それが、殴れた。しかも簡単に。
 何かがおかしい。そんな気がした。
「雲井君……どうしましょう……」
「えっ」
「このままじゃ雨宮さんに報告できませんし……麗花さんも朝山さんのことを知らなくて……中岸君が頼りだったのに、
あんなことに……もう、他に手がかりはないんでしょうか?」
「…………」
 アテが無い訳じゃない。闇の力が関わっている以上、薫さんのいるスターに協力を求めれば済む話だ。
 けど俺や本城さんは白夜のカードを持っていない。協力したいと言っても、突き返されるのがオチのような気がする。
「「………………」」
 気まずい空気が流れる。
 くそっ、どいつもこいつもみんな中岸のせいだ。あいつがあんなむかつく態度しなきゃ、今頃こんなことにはなってい
なかったはずなのに。
「……朝山さんの家……」
 ポツリと、本城さんが呟いた。
「朝山さんの家って、雲井君知っていますか?」
「知ってるぜ」
「ど、どこですか?」
「ここから歩いて30分ぐらいだけど、行ってどうすんだ?」
「行きましょう! 朝山さんの両親なら、何か知っているかもしれません」
「………そうだな」
 たしかにこのままボーっと歩いているのも時間の無駄だ。だったら、香奈ちゃんのお母さんを尋ねてみるのも悪くねぇ
かもしれねぇ。
「じゃあ行くか」
「はい!」
 そうして俺と本城さんは、香奈ちゃんの家に向かった。





 早めのペースで歩いて20分。
 香奈ちゃんの家の前に来た。
「ここが、朝山さんの家……」
「そうだぜ。じゃあさっそく行こうぜ」
「はい」
 俺は玄関のインターホンを押した。

 ピンポーン……

 応答がなかった。

 ピンポーン……ピンポーン……

 やはり反応がない。まさか留守なのか?
「買い物に行っているんでしょうか」
「そうかもな……」
 念のため、ドアノブを確認する。鍵が掛かっているなら、出掛けていると考えてもいいだろう。
 だがドアノブを回してみると、玄関が簡単に開いてしまった。
「く、雲井君、勝手に開けちゃ駄目ですよ」
「わ、わりぃ。でもインターホンに応じないのに、玄関が開いているのはおかしくねぇか?」
「……そうですね。あっ、まさか強盗じゃ……!」
「マジかよ。大変だ!」
 玄関を開け放って、中に踏み込んだ。
 ここから見る限り、荒らされているような形跡はない。となると――――

「なんですって!?」

 近くの部屋から大声がした。一瞬、香奈ちゃんかと思ったが、声が大人びているためお母さんの方だろう。
「ど、どうしたんでしょうか?」
「さぁ……とりあえず、様子見てみようぜ」
「は、はい」
 足音を殺してドアに近づく。ドアは少し開いていて、中を覗き込むくらいの隙間はあった。
 中には香奈ちゃんのお母さんと、誰か1人いるみたいだった。

「武田さん、悪いけどもう一度言ってくれる?」
 香奈ちゃんのお母さんが、机に向かい合っているスーツ姿の男に言った。
 武田と呼ばれたその男は脇に抱えたアタッシュケースを机の上にあげて、こう言った。
「1億円入っています。これで、娘さんを我が家の養子にさせいただきたい」
「っ!」
 叫びそうになったのをギリギリで堪えた。
 なんだとぉぉ!? 養子だって!? しかも1億円!? マジかよ。どうなってんだ!? 
「……ふざけないで……!」
 香奈ちゃんのお母さんが、立ち上がった。
 その顔は険しくて、体は怒りに震えていた。
「1億円やるから、娘を、香奈を手放せって言うの?」
「ご不満でしたら、3億――――」
「ふざけないで!!」
 香奈ちゃんのお母さんが机を強く叩いた。
 ドア越しに見ているはずなのに、その迫力に驚いてしまった。
「あなた、子供はいるの!? いいえ、いないでしょうね。だからこんなことが言えるのよ。親っていうのはね、いつだ
って子供が心配なのよ! いつも子供と一緒にいたいの!! 幸せになって欲しいのよ!! なんで急に尋ねてきた赤の
他人に、香奈を養子にしなきゃいけないのよ。……さてはあの子が帰ってこないのも、あなた達のせいね! 香奈に会わ
せなさい!! 今すぐに!」
「……それは、できません」
「……!! だったらいいわよ。力ずくでも聞き出してあげるわ!」
 香奈ちゃんのお母さんは武田に掴みかかろうとした。
 だが武田は、軽くそれをあしらって、床に叩きつけた。
「うっ!」
「すいません」
 そう言って武田は、頭を下げた。
 香奈ちゃんのお母さんは再び立ち上がり、武田を掴もうとする。
 武田はポケットからカードをとりだし、かざした。

 ――闇の呪縛!――

「なっ――――!?」
 突如現れた鎖が、体の動きを封じるかのように香奈ちゃんのお母さんを巻きこんだ。
「こ、これは……?!」
「すいません。2分程経てば、自動的に消えます」
「う、うぅ……!!」
 香奈ちゃんのお母さんは、鎖で縛られても、必死で抵抗していた。
「待って! 香奈に、会わせて!」
「……もう、ここには来ません。失礼いたしました」
「会わせろって……言ってるじゃない!!」
 武田はもう1度頭を下げて、こっちのドアに向かってきた。
「香奈ちゃんのお母さん……!」
 本城さんが香奈ちゃんのお母さんに駆け寄った。
 俺は武田の前に立ち塞がって、睨み付けた。
「てめぇ、香奈ちゃんはどこ――――!」

 ――闇の呪縛!――

 問答無用で、鎖に巻き付かれてしまった。
 くそっ! いきなりそんなのありかよ!
「もう朝山香奈に会うことはできない。もし変なことをしようとすれば、その時はお前達だけじゃない。家族や友人にも
危害が加わると思え。容赦はしない」
「……!!」
 俺の頭の中で、何かが繋がった。
 そうか。そういうことだったのか……!
 あの大馬鹿野郎、最初から、これを知っていて……だからあんな態度をとりやがったのか!
「てめぇ……許さねぇぞ!」
「…………」
 武田は無視して、アタッシュケースを持って家を出て行った。
 目の前にいた敵に対して、何も出来なかったことが歯がゆかった。


 少し経って、体に巻き付いていた鎖が消滅した。
 俺はすぐに香奈ちゃんのお母さんに駆け寄った。
「大丈夫かよ!?」
 香奈ちゃんのお母さんは、椅子に座って、顔を手で覆っていた。
「雲井君……」
「本城さん、どうしちゃったんだ?」
「その、朝山さんのことで、ショックを受けているみたいで……」
「……そうか……」
「雲井君は、大丈夫ですか……って、雲井君?」
 俺は香奈ちゃんのお母さんに近づいて、顔を覗き込むようにしゃがんだ。
 顔は見えなかったけれど、暗い顔していることくらいは分かった。
「香奈ちゃんのお母さん……」
「……雲井君……だったっけ?」
「そうだぜ。大丈夫ですか?」
「……ごめんなさいね。あんな様子を見せてしまって……」
「心配ねぇぜ」
「……何がかしら?」
「あの武田って奴は、俺がぶっとばしてやる」
 俺は立ち上がって、部屋を出て、そのまま家から出た。後ろから本城さんもついてくる。
 向かうところは、あそこしかねぇ。多分今頃、あいつも向かっているはずだ。
 あのくそったれが。勝手に1人で背負い込もうとしやがって……。
 って、人のことは言えねぇな。俺も同じ立場だったら、あいつと同じことをしていたと思うし……。
「ま、待って下さい! どこに、行くんですか?」
「………………家に帰るだけだぜ」
「もしかして……中岸君の、ところですか?」
「……あぁ」
 俺は振り返って正直に答えた。
 本城さんは胸に手を置きながら、言葉を続ける。
「どうして? どうして朝山さんも雲井君も、あんな人と一緒にいるんですか!? 友達が大変なのに、それに見向きも
しないような、そんな最低な人とどうして……!? もしかして、何か弱みでも握られて――――」
「違うぜ」
「じゃあどうしてですか!?」
「……本城さんは、知らねぇだけだぜ」
「何が……ですか?」


「中岸大助が、どういう奴かってのを、まだ知らないだけだぜ」


「え?」
「まっ、分かんなくても仕方ねぇよ。じゃあな、本城さん」
「ま、待って下さい!」
 本城さんは俺の腕を掴んで引き止めた。
「わ、私も行きます!」
「本城さん……分かった。じゃあ行こうぜ」
「はい!」
 そして俺と本城さんは、歩き出した。
 きっとあいつも今頃向かうはずであろう、あの場所へ。




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 病院を抜け出して、俺は1人で歩いていた。念のため雲井達と出会わないように、別の道を通って遠回りしている。
 もう、やることは決まった。それをする覚悟も出来た。あとはあの場所に行くだけだ。
 けどその前に、やっておかなければいけないことがあった。
 俺は携帯を取りだして、星花高校に電話をかけた。
《はい。星花高校です》
 ちょうど、担任の山際の声だった。
「もしもし。中岸大助です」
《……中岸か。2日間も休んで何していたんだ?》
「すいません。あと、もう少し休むことになると思います」
《どうしてだ?》
「……すいません。答えられません」
《そうか……実はな、朝山から退学届けが出ている。しかも知らない女からだ。一体どうなっている?》
 相手はもうそんなことまでしていたのか。
 思っているよりも、時間の猶予はないらしい。
《何か、知っているんじゃないのか?》
「…………………………………………」
《答えられない……か……》
「すいません」
《……中岸、ここからは俺の独り言だから、聞き流しても構わない》
「はい」
《お前達がどういう状況に巻き込まれているのかは知らない。もし生徒が危険なことをしようとするなら、それを止める
のが教師の役目だと思っている。だがな、俺には夢がある。それは、お前らが卒業するのを見届けることだ》
「………」
《クラス全員、誰1人として欠けることなく卒業させること。それが教師としての俺の覚悟だ。だから、朝山の退学届け
は校長に提出しない。俺が責任を持って預かっておく》
「………」
《必ず帰ってこい。お前か朝山、どっちかがじゃない。二人揃って、登校してこい》
「……分かりました」
 携帯を切った。
 二人揃ってか。そうできればいいな。



 それからしばらく歩いて、目の前に見覚えのある姿が目に入った。
 そいつは俺を見るやいなや、陸上選手もびっくりな速さでやって来た。
「中岸!!」
「雨宮……」
 それは香奈の親友である雨宮だった。
 雨宮は大きく目を見開いて、驚いているようだった。
「あんた、死んじゃったんじゃなかったの!? ううん違う。そんなことより香奈が大変なの……!」
「…………」
「何よその顔。あんたまで、事情を知っているの?」
「……あぁ……」
「だったら教えてよ。香奈に何が起こったの? 教えてくれたら、あたしにできることならなんだって――!」
「ごめん。教えている時間はないんだ」
「……! 中岸まで、あたしに出来ることは、何もないって言うの?」
 雨宮は悲しそうな顔をして、少し俯いた。
 『中岸まで』って……雲井の奴、雨宮に何を言ったんだ?
「……じゃあ1つだけ、頼みたいことがある」
「なに?」
「香奈が帰ってきたときに、雨宮の元気な姿を見せてやって欲しい」
「……なに、それ?」
「何が起こっているかを話せば、きっと雨宮はついてくるだろ? でもそのせいで雨宮が傷ついたら、きっと香奈は悲し
む。だから、ここでじっと待っていて、香奈が帰ってきた時に元気に接してやって欲しいんだ」
「……それって結局、何もするなってことじゃん。ふざけないでよ中岸……!」
「ふざけてない。それに、これは雨宮だから頼むんだ。ごめん。本当に時間がないんだ。悪いけど、頼む!」
 頭を下げて、先を急ごうとする。
 雨宮が両手を広げて、立ち塞がった。
「待って!! 香奈に会ったら……伝えてよ。勝手にいなくなったりなんかしたら、私が絶対に許さないって。絶対に、
伝えて!」
「あぁ」
 香奈のところまで、たどり着けるかは分からない。
 だがもしたどり着けたら、絶対に伝える。
 そう決めて、俺は走り出した。




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 香奈ちゃんの家を出た俺と本城さんは、あの家に到着した。
 よくここまでの道のりを覚えていたもんだ。さすが俺だぜ。
「ここ、ですか?」
「あぁそうだぜ」
 インターホンを押した。


 ピーンポーン……


《はい。どなたですか?》
「雲井です。中に入れて下さい」
《あっ、雲井君? 分かった。ちょっと待っててね》
 少しして、家のドアが開いた。
「えっ!?」
 本城さんが声をあげる。
「あっ!」
 薫さんも、同じような反応をした。
「ま、真奈美ちゃん。どうしてここにいるの?」
「薫さんも……ここって、薫さんの家だったんですか!?」
 なんだなんだ? まさか知り合いだったのか?
 つーか俺を無視しないでくれよ。
「と、とにかく入っていいよ」
「ありがとうございます」
「お、お邪魔します」
 薫さんに案内されて、俺達は家の中に入った。
 ここに来るのは夏休み以来だ。あんまり変わってねぇみてぇだな。


 俺達はリビングまで招かれて。ソファに座らされた。
「ジュースだけしかないけど、それでいいかな?」
「あ、はい、すいません」
「いいよいいよ。気にしないで」
 薫さんは笑いながら、オレンジジュースを出してくれた。
 とりあえず一口飲んで、一息ついた。
「雲井君と真奈美ちゃんって知り合いだったんだね」
「あ、はい。同じクラスで……」
「へぇー、じゃあ大助君と香奈ちゃんとも同じクラスなんだ。」
「は、はい」
 心なしか緊張気味の本城さんは、そう答えたあとにジュースをさらに飲んだ。
 って、そろそろ本題に入らないといけねぇな。
「薫さん、実は大変なんだぜ!」
「うん? なにが?」
「香奈ちゃんが闇の力を操る組織に連れて行かれちまったんだ!!」
 そう言うと、薫さんは一瞬だけ動きを止めた。
 手に持っていたジュースを机に置いて、口を開いた。
「それ、本当に?」
「ああ。まず間違いないです」
「……雲井君も、巻き込まれちゃったんだね」
「俺もってことは、中岸や香奈ちゃんは、すでに巻き込まれていたってことだよな」
「……うん。その様子だと、真奈美ちゃんもみたいだね」
「あの、はい……」
「そっか……」
 薫さんは複雑な表情をしながら、立ち上がった。
「実はね、ついさっき麗花ちゃんから連絡があって、やっぱり香奈ちゃんは誰かに連れ去られたことが分かったんだよ」
「だ、誰に!?」
「敵組織のボスの名前は北条牙炎。組織って言っても、北条牙炎の元に集められたってだけの集団だけどね」
 骨塚が言っていた名前と一致している。
 ということは、間違いなくそいつが今回の事件の黒幕ってことか。
「そんな人が、どうして?」
「目的は分からない。でも、このままじゃ香奈ちゃんが危ないってことも確かだよ」
「そ、そんな……!」
 やっぱり北条牙炎が、原因だったのか。
 だったら話は早いじゃねぇか。
「じゃあ助けに行こうぜ!!」
「駄目だよ。君達はおとなしくしていて」
「ど、どうしてだよ!?」
「白夜のカードを持っていない君達が来ても、足手まといだよ。それに、これは私達スターの仕事。高校生の雲井君達が
関わっていいことじゃないんだよ」
 薫さんから、普段からは感じられないような迫力を感じた。
 悔しくも、それに気圧されてしまって言い返せなかった。
「話は終わりだよ。そろそろ暗くなるし、帰った方がいいよ」
「でも――――」
帰った方が、いいよ?
「あの――――」
聞こえないかな? 帰った方が、いいよ?
「………………」
 薫さんの迫力に、言葉が出なかった。


「薫、ちょっと二人を借りるぞ」


 深く渋い声。佐助さんが、やって来た。
「だ、誰ですか……?」
「佐助だ。お前とは初めてだな。名前は?」
「あ、本城……真奈美です……」
「そうか。薫、雲井と本城を借りるぞ」
「え、うん」
「二人とも、ちょっとこっちに来い」
「「は、はい」」
 佐助さんに付いていって、たくさんのパソコンが置いてある場所まで案内された。
 ここまで呼び出しておいて、何をされるのか不安だった。
 佐助さんは椅子に腰掛けて、険しい表情で尋ねてきた。
『ねぇねぇ、そういえば大助はどうしたの?』
 パソコンの画面から、コロンが顔を出した。
「きゃあっ!!」
 本城さんが飛び退く。
 たしかに初めて見れば、誰だって驚くかもな。
『あれ? そこの眼鏡ちゃんは誰?』
「本城真奈美だそうだ。コロン、ちゃんと挨拶しろ」
『はーい。初めまして真奈美ちゃん。佐助のパートナーのコロンです♪』
「え、え、え、えぇ……??」
 それから、戸惑っている本城さんを落ち着かせるのに十分ほどかかった。
 なんとか落ち着いた本城さんは、俺の隣で佐助さんとコロンを見つめている。
「……それで、大助はどうした?」
「中岸の野郎は――――」
「な、中岸君は来ません!」
 本城さんが割り込んできた。
「どうして来ないんだ?」
「だって……来るわけありません!! あんな……最低な人……」
 佐助さんは大きく溜息をついて、こっちを向いた。
「雲井、何があった?」
「……実は病院でちょっと……」
「……なるほど。おおかた、大助が柄にもないこと言ってお前達を帰らせた。そんなとこか?」
 めちゃくちゃ察しがいいな佐助さん……。
 俺はその通りだと言って、頷いた。
 ふぅと溜息をついて、佐助さんはパソコンの画面を指さした。
「この青い反応が見えるか?」
 画面には、青い点がゆっくりと移動しているのが見えた。
「これが、なんなんですか?」
「この反応は白夜の力を示す物だ。薫は今、家にいる。香奈は誘拐されているからいない。伊月は病院だ。となると残る
大助の反応だろう。まっすぐこっちに向かってきている」
「……そんな、偶然です」
「……本城。そこまで大助のことが信じられないか?」
「だって、中岸君は……!」
「……分かった。そろそろ大助がここにやってくる。お前達は隠れてろ」
「な、なんで俺までなんだよ!!」
「いいから隠れてろ。俺が合図するまで絶対に出てくるな」


 ピンポーン……


 インターホンが鳴った。
「来たな。ほら、そこの影にでも隠れてろ」
「わ、分かったぜ」
 俺と本城さんは、近くの本棚の影に隠れて、リビングの様子を見守ることにした。





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《どうしたの? 大助君》
 インターホンの向こう側から、薫さんの声がした。
「ちょっと入れて下さい」
《うん。鍵は開いてるから入ってきて》
「分かりました」
 俺は敷地内に入って、家のドアを開けた。
 そしてまっすぐにリビングへと向かう。リビングへはいると、そこにはちょうど、薫さんと佐助さんがいた。
「どうしたの? 大助君?」
 薫さんが尋ねてくる。回りくどく言っても意味はない。
 俺は単刀直入に、薫さんへ言った。
「香奈が闇の組織に攫われました。助けに行くんで、場所を教えて下さい」
「……!!」
 不意をつかれたのか、薫さんが動揺したのが分かった。
 この調子で、一気にたたみかけるしかない。
「佐助さん、場所を教えて下さい」
「待って!! 勝手に話を進めないでよ!!」
 薫さんが叫んだ。
 いつもからは考えられない声の大きさに驚いてしまった。
「……大助君。悪いけど、その頼みは聞けないよ。大助君が一番良く分かっているはずでしょ? これは一般人が関わっ
ていいようなことじゃないんだよ!?」
「…………」
 たしかに、一番よく分かっている。
 相手がどれほど強大で、どれほど強い力を持っている敵なのか、身をもって経験したんだ。
 だが、それでも俺は………
「駄目だよ。大助君。相手はそれこそ、ダークよりもタチが悪い相手なんだよ?」
「分かってます。すみません。どいてください」
「……!!」

 ――光の護封剣!!――

 薫さんがカードをかざした。
 途端に俺の周りに、無数の光の刃が突き立てられた。
「いかせないよ。君は普通の高校生なんだよ。闇の力に関わることなんて、ないんだよ。香奈ちゃんは私達が必ず助けて
あげる。だから、おとなしくしてて」
「………無理です」
「どうして……そんなに……?」
「簡単な理由です」
 そう、自分でも呆れるくらい、単純な理由だ。
 小学校の時から、俺はずっと香奈の側にいた。それが本意か不本意だったかは分からないが、とにかく側にいた。
 そしていつの間にか、あいつが側にいることが当たり前のようになっていた。
 それが、こんなことで離ればなれにさせられて、もう会うことはできないとまで言われて、そんなことで納得できる訳
がないだろ。

「あいつは俺の、大切な幼なじみだからです」

「そんな……」
「相手がどんな奴かも分かってます。でもだからって何もしない訳にはいかないんだ。あの日、俺は香奈を守りきること
が出来なかった。そのせいで、今頃あいつは大変な状況にいるはずなんです。白夜のカードは奪われて2枚ともないし、
助けに行ったところで、すぐにやられるだけかもしれない。けど、じっとしていられないんだ!」
 俺は英雄じゃない。ただの普通の高校生だ。そんなやつがあんな組織に楯突けば、結果は考えるまでもない。
 何もかも失って、それで終わる。敵をどんどんなぎ倒してヒロインを救うなんて、漫画やアニメの中だけの話だ。
 そんなこと、言われなくても分かっている。けどだからって、諦めたくない自分がいる。
 香奈を救えないかも知れない。いや、香奈にたどり着くことさえ出来ないかもしれない。
 可能性は限りなく零に近い。
 だが零じゃない。
 たった1%でも可能性が残っているなら、諦めるわけにはいかない。なにより、香奈を放っておくことなんて出来る訳
がない。あいつはきっと今頃、自分を責めてネガティブになっているはずだ。
 救えるかどうかじゃない。俺は香奈を助けに行くと決めているんだ。
 無謀なのも分かっている。
 馬鹿な行動なのも分かっている。
 でも俺は……あいつと………。
「お願いします!! 場所を教えて下さい!!」
 深々と頭を下げる。


 ……沈黙が……生まれた……。


「大助、頭を上げろ」
 佐助さんが口を開いた。
「はい」
「どうして、雲井に協力を頼まない?」
「……最初は1人で乗り込もうと思っていました。事情を話せば、雲井は間違いなくついてくる。本城さんだって、もし
かしたらついてくるかもしれない。雲井はまだいいけど、本城さんが傷つけば香奈はきっと悲しむ。だから巻き込みたく
なかった………。たとえ殴られても、教えたくなかったんです」
 せめて雲井にだけは伝えておいてもよかったかもしれない。
 もし無事に帰れたら、二人に謝ろう。
「仮に、それを俺が断ったら、どうするんだ?」
 佐助さんの鋭い視線が、俺を射抜く。
 拳を握りしめて、真っ直ぐに佐助さんを見つめた。
「……力ずくでも……聞き出します……!!」
 あれほど驚異的な強さを持つ佐助さんに、勝てる見込みは薄い。
 けど断られたくらいで、諦めてたまるか。
「……そうか……」
 佐助さんが微かに、笑った気がした。
「分かった。1時間ほど、待ってろ」
「佐助さん!!」
「無駄だ薫。こいつに止まる気はない」
「で、でも……伊月君だってやられちゃった相手なんだよ!? 私だって、勝てるかどうか分からないのに……。それに
大助君は白夜のカードを持っていないんでしょ? そのまま戦ったって……」
「薫。お前は、みんなが平和に暮らせるような世界にしたいって言ってたな」
「え……」
「そのために、悪い奴らを倒して、みんなを守るって言ったな」
「うん。だから――――」
「その覚悟があるなら、大助の想いも分かってやれ」
 佐助さんはそう言って、パソコンの前に座る。薫さんは大きく溜息をついて、ソファに座った。
 なんとか、説得できたみたいだ。
「ちょっと……部屋に行ってるね……」
 薫さんはそう告げて、リビングから出て行ってしまった。
 やはり、怒らせてしまったのだろうか……。
『佐助、私、薫ちゃんの様子見てくるね』
「ああ、頼む」
 コロンが部屋の方に飛んでいった。
 少しだけ、気まずい雰囲気が流れた。
「気にするな」
 佐助さんがキーボードを叩きながら言った。
「薫もそろそろ乗り込む気だったんだ。少しだけ早まったと思えばいい」
「すいません……」
「だから気にするな。ただな大助、分かっていると思うが1人で乗り込もうなんて考えるな。いくら粋がったところで、
お前は普通の高校生だ。何も出来ずに殺されて終わりだろう。まして相手は、ある意味ダークよりも厄介な敵だしな」
「…………」
「まぁ、お前が来なきゃ、薫が1人で乗り込んでいただろうがな」
「え?」
「伊月がやられて、薫なりに責任を感じていたんだろう。準備ができ次第、1人で乗り込む気でいたんだ。まったくどい
つもこいつも面倒な奴さ」
「そうだったんですか……」
 薫さんも、同じようなことを考えていたのかも知れない。
 けど無謀な俺と違って、ちゃんと戦える薫さんの方が利口なように思えた。
「これで、4人だな」
「……4人?」
 俺と薫さんと、佐助さんと……あと誰だ? もしかしてコロンか?
「おい、出てこい」
 佐助さんがそう言うと、近くにある本棚の影から雲井と本城さんが現れた。
「なっ……」
「へっ、なに驚いてんだよ。俺がいるのがそんなにおかしいかよ」
「どうして、お前がここにいるんだよ」
「てめぇの演技なんか全部お見通しだぜ」
 そう言って雲井は親指を立てた。
 人を殴っておいて、よくそんなことが言えるな……。
「お前だけならまだしも、どうして本城さんまでいるんですか……」
「え、その……」
 本城さんは口籠もりながら、下を向いた。
 まぁ、来てしまったものは仕方ない。それに佐助さんは、わざと二人を隠していたんだろう。
 やれやれ。下手な芝居して巻き込まないようにしたつもりだったが、無駄だったってことか。
「さぁて中岸。ここまで来たんだから、言い逃れは出来ねぇぞ。何があったのか、話しやがれ」
「……分かったよ」
 俺は溜息をついて、説明することにした。


 それから、1時間ほどかけて、俺は雲井と本城さんに何が起きたのかを丁寧に説明した。
 カードショップで武田という紳士風の男に出会ったこと。帰り道に襲われたこと。パーティに参加して、その時に襲わ
れてしまったということ。そしてあのデパートの帰りに襲われて、香奈が連れ去られてしまったことを話した。


 雲井は時々舌打ちをしながら聞いていて、本城さんはずっと下を向いたまま聞いていた。
「………まぁ、こんな感じだ」
「ちっ」
「本城さん、すいません。急に闇の力とか言われても、分からないですよね……」
「…………」
 本城さんは黙ったまま、下を向いている。
 いきなり訳の分からない話をされても、頭がついていかないのは当然だろう。
「……あの……」
「はい」
「実は、中岸君や雲井君に、話しておきたいことがあるんです……」
「なんですか?」
 急に改まって、本城さんは言った。
「あの、実は私、その……闇の組織の一員だったんです………」
「な、なんだってぇぇ!!!?」
 雲井が大声を上げた。
 おい、うるさいぞ。
「す、すみません。今まで黙ってて……でも、闇の組織には、望んで属していた訳じゃないんです。無理矢理……」
「……そうだったんですか……」
 本城さんが闇の力に関わっていたことには驚いた。
 ダークによって、操り人形として仲間にされていた人間は多いと、いつだったか薫さんが言っていた気がする。本城さ
んもそのうちの1人だったんだな。
 言いたくないのも、なんだか分かる気がした。
「話してくれて、ありがとうございます」
「え、あの、はい……」


「まいったな」


 佐助さんの声だった。
 俺達の意識が、そっちの方へ向く。
「どうしたんですか?」
「場所が割り出せない」
「え……」
「さすがに相手も馬鹿じゃなかったか。見事に痕跡を消している。これじゃあ香奈がどこにいるのか割り出せない。白夜
の反応や闇の力の反応も探してみたが、見つからないな」
「な、なんとかならねぇのかよ」
「無理だ。おおまかな位置までは分かったが、正確な位置が割り出せない。何か、手がかりがあればいいんだが……」
「そんな……」
 ここまできて、場所が分からないのか。
 これじゃあ、ここに来た意味がない。佐助さんだけが香奈の場所を割り出せると思っていたのに……
「あの……これって、駄目ですか?」
 そう言って本城さんが携帯を取り出した。
 そして何かを操作して、ボタンを押した。

《…………真奈美………ちゃん……》
《あ、朝山さん? 大丈夫ですか?》
《………じゃった……》
《え?》
《大助が……死んじゃった……》

 それは、会話記録だった。
「なるほど、音声か。貸してくれ」
「はい」

《………いない方がいいのよ……自分勝手で………わがままで………うるさくて……………こんな私がいたって、迷惑に
なるだけ……だって、そうでしょ……? 真奈美ちゃんも………そう思うでしょ……?》
《そ、そんなこと――――》
《いいよ。気を遣わなくて。……ごめんね……私ね……こんな私だけど………真奈美ちゃんと友達になりたかったのよ?
……決闘も強くて……気の合う友達に………なりたかった……………ゴメン……迷惑よね………私なんかが、友達になり
たいなんて……思っちゃ駄目よね……》

 香奈の弱々しい声と、本城さんの必死な声が、部屋に流れる。
 やっぱり香奈は、ここまでネガティブになっていたのか……。
「……ど、どうですか?」
「……なんとかなるかもしれん」
 佐助さんはコードを取り出して、携帯の端末に装着した。
 そして一分ほどして、佐助さんがコードを抜いた。
「この音声を解析すれば、何か分かるかもしれない。3人とも、今日は休め」
「えっ、でも……」
「早ければ明日にでも場所が分かる。そしたらすぐにその場所へ向かう。だからしっかり休んでおけ。親には上手く連絡
しておく。心配するな。この俺のプライドにかけて、必ず香奈の居場所は見つけ出す。お前達は戦う準備をしておけ」
「わ、分かりました……」
 とりあえず、俺達は休むことになった。
 今日一日だけで、色々あったような気がした。

 佐助さんのことだ。きっと明日か明後日には香奈の居場所を割り出してくれるだろう。
 それまで、香奈に何か起こらなければいいと思う。

 そして、もうすぐ迫るであろう決戦に、俺は心の中で静かに覚悟を決めた。





episode21――悲しみの1日。決意の1日。――

 あんまり眠れなかった。
 あの日の出来事が夢に出てきて、大助が撃たれてしまう。
 それを見るのが嫌で飛び起きて、また目を閉じて眠る。そしてまた夢を見て起きる。そんな繰り返しだった。
「……はぁ……」
 溜息が出てしまう。こんなに寝る時間が辛いのは久しぶりだった。
 隣では琴葉ちゃんが寝息をたてながら眠っている。
 どんな夢を見ているんだろう。せめて幸せな夢であって欲しい。少なくとも、私が見てしまうような辛い夢じゃなけれ
ばいいと思った。
(ぅん……香奈おねぇ……ちゃん……)
 楽しそうに微笑みながら、琴葉ちゃんは寝言を言う。
 私と遊んでいる夢でも見ているのかも知れない。
 髪を撫でようと手をのばしてみる。けど手は琴葉ちゃんをすり抜けてしまって、さわれなかった。
「……どうして……さわれないの……?」
 小さく呟く。
 姿が見えるのにさわれない。これじゃあまるで幽霊みたいだ。でも今までの様子から、とても幽霊には思えない。
(えへへ……褒められたぁ……♪)
「………」
 胸の方に手をやる。いつもそこにあったはずのペンダントがない。
 大助がくれた星のペンダント。私の大切な宝物。
 あの日、大助が倒れて、撃たれて、体が赤く染まっていて、死んで欲しくないと思った。
 だから渡したのに……星のペンダントは……大助を助けてくれなかった。
「……大助……」
 本当に死んじゃったの? いなくなっちゃったの? もう……会えないの?
 死んでいないことを信じたかった。重傷だってなんだって、生きていて欲しかった。
 でも……あんなに撃たれたら……生きている方がおかしいに決まってる。
「何やってるんだろ……私……」
 この部屋に入れられて、どれくらいの時間が経ったか分からない。
 学校、どれくらい休んでいるんだろう。まぁいっか……もう、戻らないんだし……。
 でも高校を辞めたら、どうしたらいいんだろう。母さんに迷惑をかけたくないし、働かなくちゃいけないのかな?
 いや、そもそも私はここから無事に出られるんだろうか。
 仮に出られたとして、仮に学校に戻ったとして、元の生活に戻れるのかな? 大助が隣にいない生活は、きっと寂しい
んだろうな。お墓参りにも行かないといけないかもしれない。花は何がいいんだろう。やっぱりユリがいいのかな?
 大助は、私がお墓参りに来ることを許してくれるのかな? 呪われたりしたらどうしよう……。でも、大助に呪われる
んだったら、構わないかもしれない。
 大助は――――
「あ……………」
 はっとなった。
 また私は大助のことを考えていた。死んでしまった大助に”会いたい”と思っていた。
(うん……おねぇちゃん……?)
 琴葉ちゃんが目を覚ました。時間は分からないけれど、窓から差し込む光が朝を告げていた。
「おはよう」
(うん、おはよう)
 琴葉ちゃんは大きくあくびをしながら、背伸びをした。
 私も体を起こして、寝ぼけている琴葉ちゃんを見つめた。
「よく眠れた?」
(……うん……)
 琴葉ちゃんは小さく頷くと、私を見つめてきた。
「どうしたの? 私の顔に、何かついてる?」
(おねぇちゃん……)
「ん?」


(どーして、泣いてるの?)


「……え?」
 目元を拭ってみる。透明な雫がこぼれていた。
(どうしたの? どこか、痛いの?)
「……っ!!」
 琴葉ちゃんに背を向けた
 気づかなかった。私、泣いていたんだ。
 もう涙は出ないと思っていたのに、いつの間にか泣いていたんだ。
(大丈夫? 香奈おねぇちゃん?)
「……うんっ……! 大丈夫っ……だからっ……!」
 震えそうになる声を、必死で抑えた。
 辛かった。苦しかった。大助がいないことが、大助にもう会えないことが、耐えられなかった。


「大助っ……! 会いたいよ……っ!!」


 声を押し殺して、私は叫んだ。






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 午前8時です。私は目を覚まして、背伸びをします。
 そして次に、眠っている場所が自分の家じゃなかったことに気づきました。
 そうです、私は薫さんの家に泊まっていたんです。他人の家に、しかも尊敬する人の家に泊まるのは初めてだったので
なんだか緊張します。
「あっ、おはよう真奈美ちゃん。よく眠れた?」
 薫さんがパジャマを脱ぎながら尋ねてきました。
「あ、おはようございます……」
「そんなに改まらなくてもいいよ」
「え、で、ですけど……」
「それよりほら、学校に行かないとでしょ?」
「えっ? あっ……!!」
 そうでした。冷静に考えたら、今日は平日でした……!
 どうしましょう。教科書とかは誰かに見せて貰えばいいですけど、今から支度しても遅刻してしまいます。
 転校してきたばかりなのに、遅刻したら大変です。
「ど、どうしましょう薫さん!」
「あはは、大丈夫だよ。私が送ってあげるからさ。ほらほら、はやく制服に着替えて」
「あ、は、はい!」
 借りていたパジャマを脱いで、制服に着替える。
 バッグを持って、すぐに準備は完了しました。
「はい。これコンビニで買ってきたおにぎりとお弁当。朝食と昼食の代わりだから」
 そう言って薫さんは、お弁当とおにぎりの入ったビニール袋を手渡してくれました。
 良かったです。これで学校に…………………って、ちょっと待って下さい。
「あの、薫さん?」
「なに?」
「中岸君と雲井君は、どうしたんですか?」
「…………二人は、学校に行かないみたいだよ」
「えっ!?」
「いつ香奈ちゃんの場所が分かるか、分からないからね。いつでも行けるようにしたいみたい」
 薫さんは小さく溜息をついて、言いました。
 たしかに考えてみれば、学校に行っている間に朝山さんの居場所が分かるかも知れません。居場所が分かれば薫さん達
はすぐに乗り込むでしょうし、おいてけぼりをされてしまうかもしれません。
「……私、何を考えていたんでしょう……。朝山さんの力になりたいのに、学校のことを考えていたなんて……」
「真奈美ちゃんは悪くないよ。大助君と雲井君が頑固なだけ。まぁ……私も少し頑固だけどね」
「でもだったら、私も……!」
「駄目だよ。真奈美ちゃんは、学校に行かないと」
「ですけど……! 私は、朝山さんの力になりたいです。助けたいです!」
 私が必死に訴えると、薫さんは私の肩に手を置きました。
 そして小さく微笑みながら言いました。
「真奈美ちゃん。その気持ちはすごく嬉しいよ。でも、やっぱり危険だよ。真奈美ちゃんなら分かるよね? 相手は闇の
力を使ってくる。雲井君も大助君も、もちろん私だって100%勝てるってわけじゃない。そんな危険なことに、女の子
の真奈美ちゃんを巻き込めないよ」
「で、でも、薫さんだって女性です!」
「私はほら、スターのリーダーだから例外だよ。本当なら大助君や雲井君が一緒に行くことだって反対なんだよ?」
 諭すように薫さんは語りかけます。
 このまま口を塞いでしまったら、押し切られてしまいそうでした。
「い、嫌です! 私だって、朝山さんを助けたいんです!」
「駄目だよ。真奈美ちゃん」
「こ、ここで学校に無理矢理行かせたら、私は、薫さんを一生恨みます!!」
「恨んでもらって構わないよ。真奈美ちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「……!! で、ですけど、私は雲井君より強いです! 雲井君より戦力になれるはずです!」
 なんとしても譲るわけにはいきませんでした。
 ここで退いたら、朝山さんを助けに行けなくなってしまいます。
「……真奈美ちゃんも、なかなか頑固だね。ここで助けに行かなくたって、全然恥ずかしくないんだよ?」
「恥ずかしいとか、そんなんじゃありません! 私は、朝山さんを助けたいんです!!」
「………真奈美ちゃん………」


 コンコン。


 ドアがノックされる音でした。
「入るぞ」
 低い声。たしか……佐助さんっていう男性の声でした。
 ドアが開いて、無精髭を生やした佐助さんが入ってきました。
「佐助さん、どうしたの?」
「こっちにまで口喧嘩が聞こえてきてな。少しは近所迷惑を考えたらどうだ?」
「ご、ごめんね。だって真奈美ちゃんが言うこと聞いてくれないんだもん」
「か、薫さんだって、私の言うことを聞いてくれてないです!」
「どっちでもいい。薫、早めに結論を出させろ」
「え、う、うん」
 ドアが閉められて、気まずい空気が流れました。
 私も薫さんも、お互いに視線を交わしながら黙っています。
 ここは、先に言葉を発した方が有利な気がしました。
「私、朝山さんを助けたいです!!」
「………危険だよ? それでも行きたい?」
「は、はい!」
「じゃあ約束できる? 絶対に生きて、無事に帰ってくるって約束してくれる?」
「……!!」
 相手は闇の組織。無事に帰ってくることができるかどうか分かりません。
 もしかしたら、死んでしまうかも知れません。でも……私は……!!
「約束します!」
「そっか……じゃあもう何も言わない。学校には、真奈美ちゃんから連絡しておいてね」
「あ、は、はい!」
「じゃあ先に行ってリビングで朝食を食べてるね」 
 薫さんは部屋を出て行きました。
 私の気持ちは、伝わったのでしょうか?
「あ、そうです。学校に連絡を………」
 携帯を取り出して、連絡を入れようとしました。
 でもよくよく考えてみたら、学校の電話番号を知りません。
 どうしましょう。ただでさえ学校を休むのはいけないことなのに、しかも無断欠席なんて……。
「あっ」
 そうです。連絡先を知っている人が1人いました。
 携帯の電話帳を開いて、雨宮さんに電話をかけました。

 プルルルルル……プルルルルル……

 ガチャリ

《はいもしもし》
「あ、雨宮さん! 本城真奈美です!」
《おう、どうしたの?》
「あ、あの、今日、学校を休みますから……その……山際先生に……その……」
《……本城さんまで、いなくなっちゃうの?》
「え……」
 電話の向こうから、寂しい声が聞こえました。
《昨日、中岸に会ったんだ。香奈に何があったか聞こうかと思ったけど……教えてくれなかった。どうせ、そこに雲井も
いるんでしょ?》
「あ、雨宮さん……」
《本当に、笑っちゃうよね。親友だなんて言ってるくせに、待ってることしかできないなんて……悔しいよ。親友失格だ
よね……私……》
 電話の向こうで、雨宮さんが悲しそうな表情をしているのが分かりました。
 待っていることしかできない……。それが雨宮さんにとってどんなに悔しいことか、なんとなくわかりました。
「あ、雨宮さん……!!」
《うん?》
「あの、こ、コスプレしましょう!」
《……は?》
 雨宮さんの呆気にとられた表情が浮かびました。
 冷静に考えれば、とても恥ずかしいことを言っているのは分かりました。
「あ、そ、その、私、見てみたいです。雨宮さんがコスプレするところ。あ、べ、別に、変な意味じゃありません。その
ただ純粋に……その……」
《……本城さん……》
「や、約束します! 雨宮さん。私達は、絶対に朝山さんを連れて戻ります! 戻って、雨宮さんのコスプレを見ます!
そ、そしたらみんなで、親友同士でコスプレしましょう。ですからその……待っていてください!」

《…………………ぷっ、あはははははは!》

 電話の向こうから、大笑いする声が聞こえました。
 え? 私、何か変なこと言ってしまったんでしょうか?
《本城さんにそんなこと言われるなんて、思ってもみなかったなぁ。でも、ネガティブな香奈を連れ戻すのって、大変だ
よ?》
「わ、私だけじゃないですよ? 中岸君だって、雲井君だって、他にもすごい人が……」
《……うん。じゃあ、頼んだね。本城さん》
「……! は、はい!!」
《山際には適当に説明しておくよ。じゃあ切るね》
「はい。お願いします」
 電話が切られました。
 これでいよいよ、あとには退けなくなりました。
 絶対に、朝山さんを助けます。そして、みんなで帰ります!

 小さな決意が、私の胸に生まれました。



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 真奈美が決意を固めている頃、薫はリビングに来ていた。
 テーブルにはコロンが作った朝食が並んでいる。香奈の居場所を探すのに忙しいせいか、いささか少なめな気がした。
『あっ、薫ちゃん。おはよう』
「おはようコロン。佐助さんは?」
『パソコンの前にいるよ』
「うん。分かった」
 薫は朝食を食べる前に、佐助のところへ足を運んだ。
 佐助は画面に集中しながら、キーボードを叩いている。
「……何か用か?」
 振り返らずに、佐助は尋ねた。
「うん。ちょっといいかな?」
「ああ。話していいぞ」
「実は、真奈美ちゃんも、行くことになりそうなんだ……」
「……そうか」
「大助君や雲井君が行くのだって、本当は嫌なのに……真奈美ちゃんまで来たら……私……」
 俯く薫は、その先の言葉が出なかった。
 佐助は小さく溜息をついて、パソコンに向けていた体を薫へ向けた。

「守りたいものが多すぎて、守りきれなくなるのが不安か?」

「……!!」
 相変わらず鋭いと思った。
 薫は首を縦に振って、その問いに答えた。
「私がもっとしっかりしていれば、伊月君はあんなことにならなかったかもしれない。もしまた、伊月君みたいなことが
起こったら、いやだよ……!! でもみんな、言うこと聞いてくれないし……どうすればっ……!!」
「……そんなことにならないように、お前は戦うんじゃないのか?」
「……っ!!」
「まぁ無理もないだろうな。お前が背負おうとしているものは、大助や雲井、本城に比べれば遥かに重い。あの3人だっ
て守りたいもののために戦おうとしている。お前はそれらすべてを守りたいと思ってる。そのまま無理に背負えば、いつ
潰れてもおかしくない」
「…………………」
『薫ちゃん………』
 コロンは佐助の肩に乗って、俯く薫を心配そうに見つめる。
 薫は手を握りしめて、言葉に迷っているようだった。
「なぁ薫。お前にとって俺達……つまり俺やコロン、伊月はどういう存在だ?」
「え……?」
 薫は顔をあげて、質問する佐助を見た。
「どうなんだ?」
「決まってるよ。大切な仲間だよ」
「そうか。じゃあスターの『リーダー』であるお前にとっては、『幹部』である俺達はそんなに頼りないか?」
「そ、そんなことないよ! みんなすごく頑張ってくれて、本当に助かってるよ」
 伊月の調査能力。佐助の情報処理能力。コロンの白夜の力。
 そのどれもがスターの活動の拠点になっている。どれかが欠けてしまえばダークを倒すことなんて出来なかった。
 そして今回も、みんなを守りたいという自分の想いを実現しようと頑張ってくれている。
 だから、本当に助かっている。その気持ちに嘘はなかった。
「そうか……」
 佐助は薫の言葉を聞いて、気づかないほど小さな笑みを浮かべた。


「それなら、お前が背負おうとしているものの半分くらいは、俺達にも背負わせろ」


「へっ?」
 思いもしなかった言葉に薫は戸惑う。
 佐助の肩に乗るコロンは、優しい笑みを浮かべていた。
「重い荷物なら分けて背負え。スターは1人じゃない。俺とコロンは決闘できないが、お前の負担は軽減してやる」
「……佐助さん……」
『そうだよ。だから薫ちゃんは、気負う必要なんてないよ。薫ちゃんが迷ってたら、みんな困っちゃうもん』
「……コロン……」
 薫は二人を見つめて、微笑んだ。
 そうだ。少し疲れていたのかも知れない。戦えるのは私だけだなんて、勘違いしていたのかも知れない。
 みんなが支えてくれるから、私は思いっきり戦える。
 恐れることなんて何もないんだ。だって私には、大切な仲間がいてくれるんだから。
「二人とも、ありがとう」
「……ふん」
『どういたしまして♪』
 佐助は無愛想に顔を背け、コロンは満面の笑みで頷いた。



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 一足先に朝食を済ませた俺は、外の空気を吸うために外に出ていた。
 今の気持ちとは裏腹に、空は心地良いくらいの快晴だった。
「……はぁ……」
 溜息が出てしまった。
 今頃、香奈はどうしているんだろう。
 早まったことをしていなければいいんだが……。
「……はぁ……」
 二度目の溜息。ひらいた右手を見つめた。
 あの日、俺がもっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったのだろうか。
 武田が時間稼ぎしていることに気づいて、最初に武田を倒していれば香奈は連れ去られずに済んだかも知れない。
 いや、そもそも香奈と本城さんを連れて早めに家に帰っていれば、襲われずに済んだかも知れない。
 ………考えても、キリがないな。
 クヨクヨしたってしょうがないのは分かっている。
 だが、どうしても考えてしまう。もっと自分に力があれば、香奈を守れたんじゃないのか……と。
 俺はいつも、他人に支えられてばかりだ。自分1人じゃ何も出来なくて……守りたいと思ったものも守れなくて……。
ダークとの戦いでも、俺1人じゃ絶対に勝てなかった。香奈やスターがいてくれたから、最後まで戦えて勝つことが出来
た。
 誰だったかに『お前程度の力じゃ、主の計画は阻止できない』と言われた。
 たしかに、その通りになってしまった。香奈は連れ去られて、俺は死亡扱い。敵の目的も分からず、しまいには居場所
まで分からない。現時点では、相手の完全勝利だ。
 もしこのまま……香奈の居場所が分からなかったらどうする?
 いや、そんなことあるはずがない。佐助さんとコロンが一生懸命に探してくれているんだ。
 信じろ。二人のことを。夏休みの戦いだって、あの二人の能力に何度も助けられたじゃないか。
「……香奈……」
 くそ。焦っても意味がないのは分かっているはずなのに、どうしても落ち着かない。
 早く場所が分かればいいんだが………。

「ちっ、こんなところにいやがったのかよ」

 このつっかかってくるような口調。
 雲井だった。
「何か用か?」
「けっ! なんでもねぇよ。てめぇはどうせ香奈ちゃんのことでも考えてたんだろ」
「悪いのかよ」
「誰もそんなこと言ってねぇだろうが」
 どこか不機嫌そうな顔をして、雲井は隣に立った。
 同時に、なんだか居心地が悪くなってしまった。
「なんだよ。辛気くせぇ顔をしてんじゃねぇよ。これから香奈ちゃんを助けようってのに、てめぇがそんなんでどうすん
だよ」
「分かってる。けど相手が相手だ。勝てるかどうか分からない」
「んなもん気にしたってしょうがねぇだろうが」
「お前は気にしなさすぎだろ」
「「………………………」」
 互いに視線を交わして、険悪なムードが漂う。
 なぜかは分からないが、どうも雲井と話すときはこういう雰囲気になってしまう。
 他に誰かがいればなんとかなりそうだが、今は他に誰もいない。
「なんかてめぇ、妙に落ち着いてやがるな」
「……焦っても意味ないだろ。今はただ、早く香奈の居場所が分かればいいって思ってるだけだ」
 嘘だった。言うほど落ち着いている訳じゃない。
「けっ! どうせならデッキ構築とか考えてろよ」
 雲井はあからさまに舌打ちをした。
 俺は小さく溜息をついて言う。
「……俺のこと、怒ってるだろ」
「あぁ?」
「……お前との約束を、守れなかった。香奈を泣かすようなことはしないって言ったのに、俺は……」
 俺は、香奈が泣く顔は見たくなかった。
 誰かが死ねば、あいつが苦しむことくらい分かっていたのに……。
 それなのに結局、俺は香奈を守りきれなかった。しまいには余計に香奈を苦しめるようなことをしてしまった。
 俺が撃たれて、倒れて、牙炎に蹴られて、香奈は自分を犠牲にして俺を助けようとしてくれた。
 結局、撃たれてしまったが、あそこで香奈が止めてくれなかったら本当に危険だったかもしれない。
 肝心なときに、俺はいつも誰かに助けられる。
 けど俺は、肝心なときに守りたいものを守れない。
 こんな俺が敵の所へ行って、香奈を助けることができるのか……?
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ」
「………」
「俺との約束なんか今さらどうでもいいんだよ。香奈ちゃんはてめぇを選んだんだ。誰がなんと言ったって、香奈ちゃん
を守れるのはてめぇしかいねぇだろうが」
「……雲井……」
 香奈が俺を選んだ……。そんなこと考えたこともなかった。
 いつも楽しそうに笑いながら側にいて、厄介ごとに首を突っ込んで、たまにすごく落ち込んだりして……。
 おそらく雲井が知らないであろう香奈の表情を、俺はたくさん知っている。
 いつも側にいて、元気を振りまいて、そんな香奈が隣にいるのが当たり前になっていて、そしていつの間にか、大切な
幼なじみだと思うようになって………。
 かけがえのない、大切な人だと思うようになって……。
「まったく……」
 ……やっぱり、このまま放っておくことなんかできない。
 あの日、守れなかったからなんだって言うんだ。馬鹿か俺は。
 過去の自分を悔やんでも、何も変わらない。
 香奈を助けるって決めたんだ。
 迷うことなんか、何もないじゃないか。
「じゃあ、デッキ構築でもするか」
「いいぜ。付きあってやるよ。ついでだからここで誓いやがれ。絶対に香奈ちゃんを助けるってな」
 雲井は真剣な眼差しを向けて言った。
 まったく、勝手なことをいう奴だな。
 

「そんなこと、言われるまでもない」


 雲井をまっすぐに見つめて、そう答えた。




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(おねぇちゃん、大丈夫?)
 琴葉ちゃんが心配そうな表情で言う。
「……ええ……大丈夫……」
 なんとか、落ち着いてきたみたいだ。
 胸にまだ重いものが残っているけれど、さっきよりはだいぶマシだった。
(具合悪いの?)
「ううん。違うわよ。そういうことじゃなくて……」
(そうなの? 大丈夫? 倒れたりしないよね?)
「だ、大丈夫よ。そんなに心配しなくても、私は元気よ」
 嘘だった。大丈夫なわけがない。元気であるはずがない。
 でも、琴葉ちゃんに心配をかけたくなかった。

 ……グー……

「あっ……」
 お腹が鳴ってしまった。
(あっ、分かった! おねぇちゃん。お腹空いていたんだね♪)
「え、いや、その…………うん。そうよ」
 否定しようとしたけど、そうすると面倒なことになりそうだったのでそういうことにした。
(それなら大丈夫だよ♪ もうすぐ武田が朝ご飯をもってきてくれるもん)
「え……」
 
 コンコン

 ドアがノックされた。
(ほら、武田だ♪)
「失礼します」
 琴葉ちゃんの言うとおり、武田が入ってきた。
 その手にはお盆があり、ご飯の良い香りがした。
「お食事を持ってきました。もう3日間も、何も口にしていらっしゃいません。そろそろ食べなければ、倒れられてしま
います」
「………………」
「倒れられてしまっては、彼が……」
「っ!!」
 恨みを込めて、睨み付けた。
 武田の事情は分かっている。けどだからって、大助を撃ったことを許せる訳じゃない。
「出てって……」
「朝山香奈様……それは――――」
「お願い……出て行って……。ちゃんと食べるから……」
「……分かりました。お食事は………ここに置いておきます……」
 武田は顔を俯かせて、部屋を出て行った。
 ドアが閉められて、再び琴葉ちゃんと二人っきりになる。
(おねぇちゃん?)
「あ、その……」
(どうしたの? 食べないの?)
「え?」
 琴葉ちゃんはベッドから下りて、食事の置いてある机の前の椅子に座った。
(ご飯はいつも吉野が作ってくれているんだよ。本当においしいんだよ♪)
「……うん。食べよっか」
(うん!)
 琴葉ちゃんは弾けるような笑顔で頷いた。
 ベッドから下りて、琴葉ちゃんの隣の椅子に座る。
 朝食は白いご飯に目玉焼きやベーコン。あとは味噌汁にサラダ。定番的な朝のメニューだった。
「じゃあ、手を合わせて」
(うん)
「いただきます」
 両手を合わせて挨拶をして、箸を手に取る。
 まずは味噌汁に手をのばす。何か変な薬を入れられていないかと一瞬不安になったけど、そのまま口に運んだ。
(どう? おいしい?)
「……うん。おいしい」
 とても美味しかった。母さんと良い勝負だ。
(吉野の料理って、すごくおいしいんだよ♪)
「そうね。私の母さんが作ったのと同じくらい美味しいわ」
(おねぇちゃんのママかぁ。いいなぁ。会ってみたいな♪)
「じゃあ、今度遊びに来てもいいよ?」
(いいの!? やったー!)
 琴葉ちゃんが飛び跳ねて、机を一周した。
「こら、食事中に立っちゃ駄目よ」
(ご、ごめんなさい)
 少ししょんぼりして、琴葉ちゃんは席に座った。
 と言っても、何も食べられないのにこうして私が食べている様子を見るのは、少しきついかもしれない。
 私は食べるペースを早めて、朝食を一気にたいらげた。
「ごちそうさまでした」
(わぁ……おねぇちゃん、食べるの早いんだね)
「いつもこんなんじゃないわ。琴葉ちゃんが退屈しそうだから、早めに食べただけよ」
(そっか。じゃあおねぇちゃん。遊ぼうよ♪)
「分かったわ。じゃあ何して遊ぶ?」
(おねぇちゃん。新しい遊びを教えて♪)
 琴葉ちゃんは目をキラキラさせて見つめてくる。
 そう言われても、すぐに何か思いつく訳じゃなかった。
「うーん……そうねぇ。じゃあ――――」
 私と琴葉ちゃんは、また二人で遊ぶことにした。




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 香奈に食事を運んだあと、武田は吉野の元へ訪れていた。
「何か用?」
 吉野は察したように言う。
 武田は俯いていた顔をあげて、彼女を見つめた。
「やはり、朝山香奈に言った方がいいのではないか」
「……何を言い出すかと思えば、そんなくだらないこと?」
「彼女にもう戦う気力はない。だから本当のことを言っても……中岸大助が生きていることを伝えても、ここから抜けだ
そうなどと思わないはずだ」
「……それ、本気で言ってる?」
「なに?」
 吉野は武田に掴みかかり、険しい表情で睨み付けた。
「朝山香奈がここから出ようとしないのは、中岸大助が死んだと思っているからなのよ。愛しい人が死んでしまって、ど
うしたらいいか分からないからここに留まっている。ただそれだけの話なの。もし中岸大助が生きていることを知れば、
少なくとも気力は取り戻す。そのせいで余計なことをされては、今までやって来たことがすべて無駄になる」
「だが……あまりにも……」
「もう戻れないのよ。お嬢様を……琴葉を救うには、こうするしかない」
「……よ、吉野……だが朝山香奈の精神状態は確実に悪くなっている。誰もいないはずなのに、まるで誰かと話している
ような声が時々聞こえる。もう、限界のはずだ」
「だからなに? 壊れてしまった方が彼女も楽なはずよ」
「吉野……!!」
「話は終わり。もし変なことを口走れば、その時はあなたを葬る。いい加減、覚悟を決めなさい」
 吉野は武田を突き飛ばして、行ってしまった。
 乱れた襟元を直しながら、武田は再び下を向く。
「……私は……」
 自分はお嬢様を助けなければいけない。そのためだったら、何だってしなければいけない。
 たとえ何を犠牲にしても、助けなければいけない。
 嘘をつき続けることがどんなに辛くても、壊れていく少女の姿を見ても、それでもお嬢様のために行動しなければいけ
ないのだ。
「……くっ!」
 壁に拳を叩きつける。
 何もかも、全部あの北条牙炎のせいだ。あの男がいなければ、こんなことにならずにすんだ……!
「……お嬢様……私は……!」
 言いようもない感情が、武田の心に渦巻いていた。



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 琴葉ちゃんと遊んだり、学校の話をしたり、勉強を教えてあげた。
 そして、その日はあっという間に夜になった。
 朝昼晩とちゃんと食事をとったせいか、体の調子はいいような気がする。
 でもやっぱり、元気とは言えなかった。
(あーあー、もう夜になっちゃった……)
「仕方ないわよ。楽しい時間は、すぐに過ぎちゃうから……」
(うん……。吉野も言ってた……)
「また明日、遊べばいいじゃない」
(うん! そうだ! 香奈おねぇちゃん、一緒にお風呂入ろ♪)
「え……」
 たしかにここに来てから、1度も風呂に入っていない。
(行こうよおねぇちゃん♪ 吉野に言えば、きっと案内してくれるよ♪)
「……そうね」
 琴葉ちゃんがお風呂に入りたいなら、そうしよう。
 とにかく駄目元で言ってみよう。

 ドアを出て、廊下に出た。
 武田が黙って、こっちを見ていた。
「何か御用でしょうか?」
「浴室に行きたいんだけど……」
「……かしこまりました。こちらです」
 武田の後ろについていく。思ったよりも簡単に了承してくれた。
(えへへ、おねぇちゃんとお風呂なんて初めてだなぁ♪)
「……うん。そうね……」
「何かおっしゃられましたか?」
「なんでもないわ。さっさと案内しなさいよ」
「…………………」
 武田は不審な目で私を見たあと、再び歩き出した。


 案内された浴室は、とても広かった。
 少なくとも私の家の浴室の4倍……薫さんの家の浴室の2倍くらいあるような気がした。
「私は外で待っています。着替えは中に置いてあるので、何かあればお声をおかけ下さい。ちなみに換気扇はありますが
窓はついておりませんので、脱出など考えないようにお願いします」
「あっそ。早く出てって」
「……かしこまりました」
 ドアが閉められる。
 間違っても誰かが入ってこないように鍵を閉めた。
(香奈おねぇちゃん♪)
 琴葉ちゃんは、いつの間にか裸になっていた。
「え、いつの間に脱いだの?」
(え? お風呂入ろうって思ったら、こうなってたよ?)
「……そっか。じゃあちょっと待ってて。すぐに入るから」
(うん!!)
 すぐに着ている服を脱いで、タオルで体を隠す。
 いくら子供の前だと言っても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいからだ。
 それに、誰かに自慢できるほどの体でもないし………。


 とりあえず、備え付きのシャワーで体を洗う。
 考えてみれば、お風呂に入るのは久しぶりかも知れない。
 お風呂か……いつだったか、薫さんと一緒に入ったっけ……。その時はコロンにイタズラされて、本当にどうしようか
と思った。それに好きな人が大助だって言い当てられたときは、びっくりしたんだっけ。
 シャワーを止める。
 とりあえず、さっぱりできた……ような気がした。
(おねぇちゃん。こっちこっち♪)
 琴葉ちゃんは、すでに浴槽の中にいた。
 私もとりあえず浴槽に浸かる。ちょうどいい温度だった。
(気持ちいい?)
 私のすぐ隣で、琴葉ちゃんは言った。
「うん。そうね」
(お風呂はいつも吉野が作ってくれるんだよ。それでね、いつもわたしと一緒に入ってくれるの)
「そっか。吉野さんって、優しいのね」
(うん!)
 とても嬉しそうに、琴葉ちゃんは笑った。
 その吉野さんっていう人は、本当の母親のように琴葉ちゃんに接してきたんだと思った。
 そういえば私の母さんは、今頃どうしているんだろう。
 心配していないかな? いや、心配しているはずだ。何の連絡もせずに、もう何日も帰っていないんだから……。
(ねぇ……香奈おねぇちゃん……)
「どうしたの?」
(あのね、その……)
「何よ。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいじゃない」
(うん……あのね……最近、武田と吉野が寂しそうな顔してるの。何かあったのかなぁ?)
「…………………」
 どうやって答えればいいか、分からなかった。
(おねぇちゃん。どうしてか分からない?)
「……分からないわ」
 中途半端な答えだった。武田達が私達に何をしたのかは知っている。でもそれと武田達の様子が関係しているかどうか
は分からない。変なことを言って琴葉ちゃんを傷つけても、可哀想だとも思った。
「きっと大丈夫よ。またそのうち、元気になるわよ。ほら、そろそろあがりましょう」
(……うん!)



 お風呂を上がって髪をかわかして、私と琴葉ちゃんは元の部屋に戻った。
 ベッドの上には浴室で脱いだ衣服が洗濯されて、たたまれていた。
(吉野がやってくれたんだよ)
「そっか」
 そんなに長い時間入っていたつもりはなかったんだけど………いつの間に洗濯したんだろう。
 まぁ、どうでもいいか。
「じゃあそろそろ寝ようか」
(うん!)
 電気を消して、ベッドに入る。
 隣で琴葉ちゃんが楽しそうに横たわっていた。
(あのね、おねぇちゃん)
「なに?」
(今日は楽しかったね♪)
「……そうだね」
 琴葉ちゃんはきっと、心の底から楽しんでいたんだと思う。
 でも私は違った。楽しいとか、嬉しいという感情はあっても、心の底から笑えていなかった。
 だけど別にいいとも思った。琴葉ちゃんが楽しいなら、それで良かった。
(……? 香奈おねぇちゃんは、楽しくなかったの?)
「……そんなことないわよ」
(……でも、ウソ……ついてない?)
 琴葉ちゃんが尋ねてくる。
 ときどき、彼女は鋭く私のことを見抜いてくる。
 かといって正直に答えて、どうにかなるわけじゃない。
「そんなことないよ。きっと、琴葉ちゃんが眠いのよ」
(……そっか。じゃあおやすみ、おねぇちゃん)
「うん……おやすみ」
 琴葉ちゃんは目を閉じて、すやすやと眠ってしまった。
 私も眠ろうかと思ったけど、眠れそうになかった。
 これからいったい、何が待っているんだろう。
 武田達は……北条牙炎は、私に何をさせたいんだろう。

 ………どうでも……いいか……。

 私は静かに、目を閉じた。





episode22――いなくなったりなんかしない――

(……ぅん……おねぇ……ちゃん………)
 琴葉ちゃんは、すやすやと眠っている。
 それに対して私は、一睡もしていなかった。
 時計を見てみる。今は午前2時くらい。もう6時間くらい、こうして琴葉ちゃんの寝顔を見ながら、ぼんやりとしてい
た。こんなに無気力になってしまったのは、夏休みに大助の存在が消えて以来だった。
「………はぁ………」
 溜息なのか、ただの呼吸なのか、よく分からない息を吐いた。
 琴葉ちゃんが側にいなければ、私は多分ベッドにうずくまって泣いていたと思う。
(てへへ……………むにゃ)
 琴葉ちゃんは、笑顔を浮かべた。
 いったい、どんな夢を見ているのだろう。きっと、楽しい夢なんだろうな……。
 私も眠れるなら、眠りたかった。でも眠ってしまえば、またあの日の出来事が夢に出てきそうで怖かった。
 もう、大助はいない………って、何回も同じことを考えてどうするのよ……馬鹿みたいじゃない……。
「………はぁ………」
 もう一度、溜息をついた。
(うぅ……!)
 突然、琴葉ちゃんが唸った。
(い、痛い……やめて……)
「琴葉ちゃん?」
(やめて、やめてぇ……!!!)
 寝言とは思えない大声を上げて、琴葉ちゃんは唸った。
 さすがに心配になって、呼びかける。
「琴葉ちゃん! 大丈夫!?」
(うぅ……ん……おねぇ、ちゃん?)
「そうよ。私よ。大丈夫? 怖い夢でも見た?」
(うん……吉野と遊んでたのに……あの怖い人が出てきて、みんな……消えちゃった……)
 みんな消えてしまう夢。想像するだけで、嫌な気持ちになった。
 琴葉ちゃんは瞳を潤ませて、こっちを向く。
(ごめんなさい……うるさかった?)
「大丈夫よ。眠っていなかったからね」
(……眠ってないの? 香奈おねぇちゃん)
 琴葉ちゃんが、心配そうに見つめてきた。
「大丈夫よ。眠くなかっただけだから」
 作り笑いを琴葉ちゃんに向ける。
 琴葉ちゃんは首をかしげながら、呟くように言った。

(……香奈おねぇちゃん、ウソついてる……)

「えっ?」
 見破られてしまったことに、少し動揺してしまった。
(おねぇちゃん。どうして、そんなに悲しそうなの?)
「そ、そんなことないわよ……」
(……香奈おねぇちゃん。わたしね、見れば、分かるんだよ? おねぇちゃん、ウソついてるよ?)
 琴葉ちゃんの視線から、目をそらせなかった。
 その純粋でまっすぐな瞳から、逃げられなかった。
「私は………」
 言いかけて、思いとどまる。
 琴葉ちゃんに言ったところで、どうなるのよ。琴葉ちゃんは武田のことを信用してるのよ。
 それなのに、あいつが大助を銃で殺したなんて教えたら、駄目に決まってるじゃない。
(おねぇちゃん?)
「だ、大丈夫よ。なんでも、ないから……琴葉ちゃんは気にしなくていいわよ」
(……おねぇちゃん。もしかして、武田が、何かしたの?)
「……!! な、なんでそう思うの?」
(だって今日、武田が来たときに、香奈おねぇちゃん、怖い目をしてたから……。武田が何かしたの?)
 琴葉ちゃんが、少しだけ近づいた。
 意外に鋭い言葉と、まっすぐな視線が、私を射抜いていた。
「わ、私は……」
 もうこのまま、言ってしまおうか。
 そんなことを考えてしまった。でも、こんな子供に話してどうするのよ。
「…………」
 言っちゃ駄目なのは、分かっていた。
 でも、琴葉ちゃんの視線から、逃げられる気がしなかった。
 そうよ。何も、全部丁寧に話す必要はない。武田がやったとか、琴葉ちゃんが傷つくような事実は隠して話せばいいだ
けじゃない。
「実は、ね……」
(なーに?)
「私には……大助って彼氏がいたの……あっ、彼氏っていうのは分かる?」
(うん。武田が教えてくれたよ)
「そっか。それでね。大助と一緒に私は、楽しく学校で生活してたの……でもね……その、ちょっと事件があって、大助
は………」
 胸が詰まる。涙が出そうだった。
 ギリギリで堪えて、言葉を続ける。
「大助は………いなくなっちゃったの…………もう、会えないのよ…………………」
(おねぇ、ちゃん……) 
「大助には、いつも迷惑かけてきた。大助だけじゃない。私は、ずっとみんなに、迷惑かけてきたの……勝手に、うるさ
くて、私は……最低な人間なのよ……」
(違うよ?)
「え?」
(香奈おねぇちゃんは、いい人だもん)
 さも当たり前のように、琴葉ちゃんは言った。
 ……なんで、そんなこと言うのよ。
「いい人? 私が……?」
(うん!)
 違う。私はそんな人じゃない。わがままで、うるさくて、周りに迷惑かけるような私がいい人であるわけがない。琴葉
ちゃんと遊んだのだって、大助が死んだ悲しみを紛らわすためだった。
 壊れそうになる心を紛らわせるなら、なんだって良かったのよ。
「私は、そんなやつじゃないわよ……」
(ううん。だって、分かるもん)
「……どうして分かるのよ。私は! 大助にいっぱい迷惑かけてきた!! やっとお互いが相手のことを好きだ
って気づけたのに、私は今までと変わらず大助を振り回してきた! 琴葉ちゃんと遊んだのだって、自分の気を
まぎらわせるためだった! 自分のことしか考えないような私は、いい人なんかじゃない! それに大助はもう
殺されて……もう会えないのに……!! 会いたくて仕方なくて……!! どうしたらいいか分からなくて……!!

 乱暴な言葉だと分かっていたけど、吐き出した。
 言っているうちに、涙が溢れてきた。
「私は……大助と………一緒にいたかったのに……もう……あいつは……………いないのに……」
 もっとたくさん、やりたいことがあった。
 ちゃんとしたデートもまだだった。恋人らしいことも、まだ何もしていなかった。
 ずっと一緒に、笑ったり、泣いたり、ずっと……ずっと側にいたかった……。
(おねぇちゃん……)
「……ごめんね……! 琴葉ちゃんにこんな話をしても……駄目だよね……私……悪い人だよね……」
 袖で涙を拭う。
 本当に、こんな子供に言ってどうするのよ。
 私は、何をやってるのよ。本当に、馬鹿みたい…………。


(大丈夫だよ)


 琴葉ちゃんが、そう言った。
(おねぇちゃんは、悪くないよ?)
「……え……」
(わたしは、おねぇちゃんが悪い人じゃないって分かるよ? ママがね、『私達は本当のコトを見抜けるんだよ』って、
教えてくれたんだよ。だからね、香奈おねぇちゃんが、いい人だって、分かるんだよ? それにね、おねぇちゃんといる
の、とっても楽しいよ♪)
「……琴葉……ちゃん……」
 琴葉ちゃんは下から私を覗き込んで、言葉を続けた。
(それに大助って、おねぇちゃんの彼氏なんでしょ? だったら香奈おねぇちゃんのことを置いて、いなくなったりなん
かしないよ♪)
 優しい笑顔で、琴葉ちゃんは言った。
「……………」
 大助は頭を撃たれて、死んでしまった。
 どんなに願っても、否定したくても、それは事実だ。


 ―――でも、琴葉ちゃんの言葉が、間違っていないのも確かだった―――


「……そう……かな……?」
(うん!)
「………そう…………よね…………」
 大助はいなくなってしまった……。
 けれど……私が忘れない限り、大助は心の中にいる。
 どうして、もっと早く気づいていなかったんだろう。大助は……ずっと私と一緒にいてくれたじゃない。

 大助が死んでしまっても、私の中にある大助との思い出は、大助と一緒に過ごした時間は、決して無くなったりなんか
しない。いつまでも心の中にある。心の中で、私を支えてくれている。

 本当に、私は馬鹿だ。今世紀最大の究極馬鹿よ。
 今まで私は、何をやっていたのよ。
 大助を殺した奴らのアジトにいて、泣いて、怒って、叫んで、ただそれだけしかやってこなかったじゃない。
 ようやく分かった。
 私がするべきことは、泣くことじゃない。私がするべきことは、大助の分まで生きること。大助の思い出と一緒に、生
きることよ。
 牙炎の言うとおり、私が従っていれば大助はきっと死なずに済んだ。だからこそ、私は生きなくちゃいけない。それが
償いのつもりですることなのか、それとも何か別の理由からやるのかは、まだ分からない。
 でももう決めた。
 失ってしまったものは、取り戻せない。
 だから私は生きる。心にいる大助と一緒に、生きていく。
 だったらやることは一つよ。
 いたくない場所に、いる必要なんかない。
 こんなところ、さっさと抜け出してやるわ!!
「琴葉ちゃん!」
(なーに? おねぇちゃん)
「その、突然で悪いけど、私はこの家を出て行くわ」
(え、どーして?)
「この家にいたくないからよ。でも勘違いしないでね。琴葉ちゃんが嫌いになった訳じゃないわよ」
(……おねぇちゃん、もう来ないの?)
 琴葉ちゃんが、少しだけ悲しそうな顔をした。
 私は頭をなでるように手を動かして、なぐさめるように言った。
「大丈夫よ。何もかも上手くいったら、絶対に会いにくるわ。琴葉ちゃんの体も、治してくれる人を連れてくるわよ」
 琴葉ちゃんの不思議な体は、おそらく闇の力によるもの。
 だったら薫さんに頼めば、きっと何とかしてくれるはずよね。
(……ホント? ウソ……つかない?)
「ええ、私を見て。嘘ついてる?」
(……ううん)
「よし、じゃあ行くわね。今度会ったら、新しい遊びを教えてあげるわ」
(…うん。約束だよ。絶対だよ?)
「ええ!」
 ベッドから起きあがる。
 やることが決まったなら、あとは行動するだけよ。
「琴葉ちゃん。あなたがいた部屋って、出口ある?」
(うん。あるよ)
「そこから、この家の出口って近い?」
(うーん、ちょっと遠いよ?)
「そう……」
 さすがにそこまで都合が良いわけないわよね。でも、このままこの部屋のドアから出て行ったってすぐに見つかるだけ
だし……だったら遠回りでも、行くしかない。
「じゃあ、さっきの部屋に下りるわ。あそこに、私のデッキとデュエルディスクって置いてあったわよね?」
(うん)
「ちょうどいいわ。じゃあバレないように、行きましょう!」
 ベッドから起きあがる。洗濯してある服に着替え直したあと、あの机に行ってボタンを押した。
 机がスライドして、地下へのハシゴが現れる。
「じゃあ、行きましょう」
(うん!)
 外にいる見張りに、いつバレるか分からない。出来るだけ物音を立てずに、隠密に行動しなきゃいけないわね。


 ハシゴを下りて、あの部屋に来た。
 電子音が部屋に響いている。
(……おねぇちゃん……)
「なに? どうかした?」
(絶対、戻ってきてくれる……?)
「もちろんよ。約束するわ」
(じゃあ、指切りげんまん、して?)
 琴葉ちゃんは小さな指を前に出す。私は小指を前に出して、頷いた。
 さわれない指が、交わった。
(ゆーびきーりげーんまーん、ウソついたら針千本飲ーます)
「……これでいい?」
(うん! 約束だよ。おねぇちゃん)
「琴葉ちゃんは、来ないの?」
(うん。武田と吉野が遊びに来るから、わたしはここにいないと駄目だもん)
「そっか……じゃあ、行ってくるね」
(うん! 行ってらっしゃい!)
 琴葉ちゃんが手を振る。
 デュエルディスクを装着して、置かれていた2枚の白夜のカードをとる。大助と伊月のカードがあるけれど、あいにく
デッキケースは手元にない。デッキに入れるわけにもいかないから、全てが終わったら、取りに来よう。
 白夜のカードをデッキに入れる。そしてそのまま、デュエルディスクに装着した。
「じゃあ、行ってくるね琴葉ちゃん!」
 ドアを開けて、私は部屋を出た。













 琴葉ちゃんのいた部屋を出た。
 夜も遅いはずなのに、通路には電気が点いていた。
 目の前に階段が見える。たしか琴葉ちゃんが、ここは地下だって言ってたから、この階段を上がれば1階に行けるはず
よね。
「よし、行くわよ」
 自分で自分に活を入れた。足音と息を殺して、私は階段を上がった。


 1階の通路もやっぱり電気は点いていた。
 幸い、見張りはいないみたいだ。
 足音を殺しながら、壁を背にして移動する。そして、最初の曲がり角。誰もいないことを祈って、顔を少し出して通路
を覗いた。
「………」
 誰もいないわね。
 曲がり角を曲がって、素早く移動する。
 このまま、誰にもバレずに移動できればいいんだけど……。

 ――カッ!――

 白夜のカードが光った。それは近くに、闇の力を持っている人間がいるということだ。
「んん? 何か光ったか……?」
 まずい。人がいた。どこかに隠れる場所は………。
 数歩後ろに、ドアがあった。通路に他の隠れ場所はなさそうだし、今はここに隠れるしかない。
 急いでドアを開けて、中に入った。
 ドアを背にして、耳を澄ます。
「んー、誰もいないなぁ……気のせいだったか?」
 そうよ。気のせいよ。だからさっさとあっちいきなさい。
「ふぁーあ、眠いのに見回りとは……やってらんねぇぜ……」
 眠いなら寝ちゃいなさいよ。脱出が楽になるんだから。
「あーあ……」
 男の眠そうな声が、どんどん遠ざかっていく。
 しばらくして、声がしなくなった。行ったの……かしら……?
 恐る恐るドアを開けて、通路を確認する。辺りには、誰もいなかった。
「よし」
 部屋から出て、再び通路を走る。
 まっすぐな通路が続いていて、このまま行けば出口が見えそうな気がした。

 ――カッ!――

 再びカードが光る。いったいどれだけ闇の力を持った奴がいるのよ。
 曲がり角の影に身を潜めて、顔を覗かせる。いったい、敵はどこにいるのかしら……。

「ちょっとちょっと」

 肩を叩かれた。慌てて振り返った。
「あ、やっぱり朝山香奈なのねー」
 そこには、白衣を着た女性がいた。
「い、いつの間に……」
「部屋を出てみたら、あなたがいたのよねー」
 見てみると、すぐそばのドアが開いていた。
 迂闊だったと後悔した。まさかこんな簡単に敵に見つかってしまうなんて……。
「もしかして、脱出しようとしてたのかしらぁ?」
「……当たり前じゃない。それが、どうしたのよ」
「ふふっ、残念だけど、そういうわけにはいかないわねー。あなたには少しだけ因縁もあるし」
「因縁?」
「私の名前は稲森(いなもり)ですって言えば、理解して貰える?」
「……! あんた、あの時の……!!」
 私の脳裏に、カードショップの帰りに襲いかかってきた女性の姿が浮かんだ。
「まぁ、私はあんたが戦った奴の姉なんだけどねぇー」
 たしかによく見てみれば、どことなく似ている気がする。
 あの人、姉がいたのね……しかも姉妹で闇の力に関わっているなんて……。
「というわけで、私はあなたをここから逃がすわけにいかないってことよ。古い言い方だけど、先に進みたければ私を倒
してからにしなさい?」
「……上等じゃない」
 もともと、ただで出られるとは思っていなかった。
 負けるわけにはいかない。絶対に勝って、ここを抜け出してやるわ。
「さて、邪魔が入らないようにしましょうか」
 稲森の体から闇が溢れ出して、辺りを包み込んだ。
 黒い世界が、広がった。
「これで邪魔は入らないわ。それでは早速…………」
 稲森がデュエルディスクを構えた。

 胸に手を当てて、心を落ち着かせる。
 
 私は覚悟を決めて、デュエルディスクを構えた。



「「決闘!!」」



 香奈:8000LP   稲森:8000LP



 決闘が、始まった。




「この瞬間、デッキからフィールド魔法発動!!」
 デュエルディスクから闇が放出される。辺りの闇をさらに深くして、フィールドの中心に黒い柱が立った。


 増幅する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上に存在する
 モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。


「妹と同じ闇の世界なのね」
「そうよ。まぁ出来の悪い妹だったけどねぇ」
 デュエルディスクの青いランプが点灯した。先攻は相手からだ。

「私のターン、ドロー。手札から"レッド・ガジェット"を召喚するわ」(手札5→6→5枚)
 稲森の場に、大きな歯車のような物を背負った機械が現れた。
 同時にフィールドの中心にある柱から黒い光が放たれて、機械の体を黒く染めた。


 レッド・ガジェット 地属性/星4/攻1300/1500
 【機械族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。


 レッド・ガジェット:攻撃力1300→1600 守備力1500→1800

「この効果でデッキから"イエロー・カジェット"を手札に加えるわ」(手札5→6枚)
「ガジェットのデッキね」
 召喚することでデッキから仲間をサーチする効果を持つ機械族デッキ。
 妹と同じように、機械族のデッキを使うみたいね。でもどんなデッキだって関係ない。私は私の戦術で、全力を尽くす
だけよ。
「カードを1枚伏せて、ターン終了よ」


 ターンが移行した。


「私のターン!! ドロー!」(手札5→6枚)
 手札を見つめる。あんまり手札はよくない。でも、嘆いてもいられなかった。
「モンスターをセットして、カードを2枚伏せてターンエンドよ!」

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 稲森:8000LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札5枚
-------------------------------------------------

「あら、ずいぶん消極的なターンね。私のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 稲森はカードを引いて、小さく笑った。
「"イエロー・カジェット"を召喚よ」


 イエロー・ガジェット 地属性/星4/攻1200/守1200
 【機械族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。


 イエロー・カジェット:攻撃力1200→1500 守備力1200→1500

「また機械のモンスターね」
「そうよ。手札から"シールド・クラッシュ"を発動」


 シールドクラッシュ
 【通常魔法】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。


 稲森の出したカードから、緑色の光が私の場にいるモンスターへ放たれた。
「させるわけないでしょ! カウンター罠発動!!」
 伏せカードを開いた。緑色の光が、防壁に弾かれる。


 八式対魔法多重結界
 【カウンター罠】
 次の効果から1つを選択して発動する。
 ●フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。
 ●手札から魔法カード1枚を墓地に送る事で魔法の発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。


「さすが、妹を倒したパーミッション使いではあるようね」
「これぐらい当たり前よ。さぁ、どうするのよ」
「ならバトル!!」
 稲森の宣言で、赤と黄の機械が突撃してきた。
 だがその攻撃は、柔らかい体を持つモンスターに受け止められてしまった。


 マシュマロン 光属性/星3/攻300/守500
 【天使族・効果】
 フィール上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、
 ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。


「"マシュマロン"は戦闘で破壊されないわ! しかも裏守備のこのカードに攻撃した相手は1000ポイントのダメー
ジを受ける!」
 マシュマロのようなモンスターがその大きな口を開いて、稲森に襲いかかった。
「ちぃ…!」

 稲森:8000→7000LP

「油断した、ね……」
「このまま一気に倒してあげるわよ!」
「あ、そう。ターン終了よ」

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:マシュマロン(守備)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 稲森:7000LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   イエロー・カジェット(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターン!!」(手札3→4枚)
 勢いよくカードを引く。
 先制ダメージは与えた。このまま一気に押し切ってやるわ。
「手札から"智天使ハーヴェスト"を召喚するわ!」
 私の場に、角笛を持った天使が舞い降りた。


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


「攻撃力1800か……」
「バトルよ! ハーヴェストで"レッド・ガジェット"に攻撃!」
 天使が機械へ突撃する。
「罠カードを発動よ」
 だが天使の体は、突然現れた次元の穴に飲み込まれてしまった。

 智天使ハーヴェスト→除外

「えっ!?」
「そんな単調な攻撃、通ると思ってた?」
 稲森は発動したカードを指さしながら言った。


 次元幽閉
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。


「っ……!」
 まさかそんなカードを伏せていたなんて……さすがに簡単には勝たせてくれないみたいね。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:マシュマロン(守備)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 稲森:7000LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   イエロー・カジェット(攻撃)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンね。ドロー」(手札5→6枚)
 余裕の笑みを浮かべて、稲森はターンを進める。
 そういえば、さっきから相手の手札の枚数が変わっていない。もしかしたら、まずいかもしれないわね……。
「"グリーン・ガジェット"を召喚するわ」
「……!」


 グリーン・ガジェット 地属性/星4/攻1400/守600
 【機械族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。


 グリーン・ガジェット:攻撃力1400→1700 守備力600→900

 ようやく気づいた。相手のデッキは、これらのモンスターで手札のアドバンテージを失わないように構築されたもの。
手札やカードを多用するパーミッションには、きつい部類の相手だ。
 でも、すでに対抗策は伏せてある。
「効果でデッキから――――」
「この瞬間、伏せカード発動よ!!」
 稲森が効果でサーチしようとした瞬間を見計らって、カードを発動した。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「これでサーチした"レッド・ガジェット"を墓地へ送るわ!!」
 相手の手札から、カードが叩き落とされる。
 稲森は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「そして、カウンター罠の発動に成功したわ!! "マシュマロン"をリリース!!」
 私の場にいるマシュマロのようなモンスターが、光に包まれる。
「"裁きを下す者−ボルテニス"を特殊召喚するわ!!」(手札2→1枚)
 その光の中から、雷を操る天使が光臨した。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「ボルテニスはこの効果で特殊召喚されたとき、リリースした天使族の数だけ相手のカードを破壊できる! 今はマシュ
マロン1体しかリリースしなかったけど、それで十分よ!」
「ちっ……!!」
 ボルテニスが手に裁きの雷を溜め込み、それを緑色の機械を放った。
 強烈な稲光が場を支配して、稲森のモンスターは黒こげになってしまった。

 グリーン・ガジェット→破壊

「どうよ! これで――――」
「魔法カード"地砕き"発動」
 私の場にいるモンスターが、巨大な拳に叩き潰されてしまった。


 地砕き
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。


 裁きを下す者−ボルテニス→破壊

「……もういいわ」
 稲森の口調が変わった。
「何が、もういいのよ……」
「あなたの実力は、十分に分かった。だからこれから、本気でやるわ」
「……!!」
「バトル。モンスターで一斉攻撃!」
 機械のモンスターが、一気に私へ突撃してきた。
 伏せカードに手をかけたけど、まだ発動するタイミングじゃなかった。
「うあああああっ!!」

 香奈:8000→6500→4900LP

「うっ……」
「いい悲鳴ねぇ。まっ、彼氏が死んだって言って泣いている声の方が好みだったけどぉ?」
「……うるさいわよ!」
「あら、ごめんあそばせ?」
 稲森は嫌らしい笑みを浮かべて言った。そういうところは、妹そっくりだ。
 同時に、余計に負けたくないと思った。
「カードを2枚伏せて、ターン終了ね」

-------------------------------------------------
 香奈:4900LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:7000LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   イエロー・カジェット(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン!!」(手札1→2枚)
 少しでも流れを引き寄せるために、力強くカードを引いた。
「この状況で、勝てるのかしら?」
「当たり前でしょ! 手札から"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!」
 私の場に、マントを羽織った天使が舞い降りた。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「そのモンスターを引くなんて、さすがね。でも伏せカードがあるのに、このままバトルするのかしら?」
「……………」
 たしかに、またあれが"次元幽閉"だったりしたらまずい。
 でも、そんなことで怖じ気づいてなんかいられないわよ。
「バトル! アルテミスで"イエロー・カジェット"に攻撃!!」
 アルテミスがその手に光の玉を浮かばせて、それを機械へ放った。
 光の玉をぶつけられた黄色の歯車は、粉々に砕け散った。

 イエロー・カジェット→破壊
 稲森:7000→6900LP

「ちぃ……」
「ブラフだったみたいね」
「まだよ。罠カード"奇跡の残照"を発動!」


 奇跡の残照
 【通常罠】
 このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られたモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。


「……!」
「この効果でさっき戦闘で破壊された"イエロー・カジェット"を特殊召喚するわ」
 稲森の場に、粉々になったはずの黄色の歯車が蘇った。
「さらに"イエロー・カジェット"の効果で、デッキから"グリーン・ガジェット"を手札に加える!」(手札3→4枚)
 また相手の手札が増えた。このままじゃジリ貧になって、いずれ………。
 ……! だめだめ。そんなこと考えちゃいけないわよね。
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 香奈:4900LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 稲森:6900LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   イエロー・カジェット(攻撃)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「では私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 稲森は引いたカードをしばらく見つめたあと、小さく笑った。
「何が可笑しいのよ」
「いいえ、別に。手札から"グリーン・ガジェット"を召喚します。この効果でデッキから"イエロー・カジェット"を手札
に加えます」(手札5→4→5枚) 
 これでまた機械族モンスターが場に3体並んだ。
 手札も場も、相手の方が圧倒的に多い。なんとか早めに勝負を決めないと、まずいことになりそうね。
「バトル!」
 3色の歯車を背負ったモンスターが、襲いかかる。
 私はすぐさま伏せカードを開いた。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 次元の穴が無数に出現し、機械族モンスターはそれに飲み込まれないように動きを止めた。
「アルテミスの効果でカードを1枚ドローするわ」(手札0→1枚)
「あら、ねばりますね」
「当たり前じゃない! あんたを倒して、私はここを出るわよ!」
「そう。やれるものならやってみなさい。カードを2枚伏せてターン終了」
 余裕の笑みを浮かべて、相手はターンを終えた。


 そしてターンが私に移る。


「私のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認して、すぐに行動に移った。
「カードを1枚伏せて、アルテミスを守備表示にしてターンエンドよ」

-------------------------------------------------
 香奈:4900LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:6900LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   レッド・ガジェット(攻撃)
   イエロー・カジェット(攻撃)
   グリーン・ガジェット(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「さぁ私のターンよ。ドロー」(手札3→4枚)
 私は集中して、相手の行動を見つめた。
 そろそろ相手が仕掛けてきてもおかしくないからだ。
「さて、ぼちぼちいきますか」
 やっぱり。くるわね。
「まずは手札から"レッド・ガジェット"を召喚するわね」
「"キックバック"を発動するわ!」


 キックバック
 【カウンター罠】
 モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、
 そのモンスターを持ち主の手札に戻す。


 召喚されたモンスターの地面が、突然はじけ飛ぶ。
 その衝撃で、稲森のモンスターは強制的に手札へ戻された。
「アルテミスの効果で、デッキから1枚ドロー!」(手札1→2枚)
 天使から優しい光が放たれて、私の手札を補充した。
「ならこっちも罠カードを発動よ」
 負けじと稲森も伏せカードを発動した。


 サンダー・ブレイク
 【通常罠】
 手札を1枚捨て、フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを破壊する。


「手札の"レッド・ガジェット"を捨てて、"豊穣のアルテミス"を破壊よ!」
「させないわ! "盗賊の七つ道具"を発動よ!」


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


 香奈:4900→3900LP
 サンダー・ブレイク→無効→破壊
 香奈:手札2→3枚

「ここまで防ぐなんてねぇ……」
「まだよ! 相手のカードを無効にしたから、手札の"冥王竜ヴァンダルギオン"を特殊召喚!!」(手札3→2枚)
「なっ……!?」
 私の場に、巨大な漆黒の竜が降り立った。


 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


「ヴァンダルギオンの効果発動! あんたの場にいる"グリーン・ガジェット"を破壊するわ!!」
「くっ!」
 冥王の竜が黒い炎を吐き出して、緑色の歯車を焼き尽くした。

 グリーン・ガジェット→破壊

「これで一気に逆転よ!」
「……それは、どうでしょうか?」
「え!?」
「罠カード"血の代償"を発動させてもらうわ」


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「しまった……!」
「ライフを500払うわ。そして2体のモンスターをリリース!! きなさい"古代の機械巨竜"!!」

 稲森:6900→6400LP 

 赤と黄の歯車が光に包まれる。
 その光の中から、巨大な機械の翼を広げる機械竜が光臨した。


 古代の機械巨竜 地属性/星8/攻3000/守2000
 【機械族・効果】
 このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
 以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、このカードはそれぞれの効果を得る。
 ●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
 守備表示モンスターの守備力を超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 ●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 相手ライフに400ポイントダメージを与える。
 ●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 古代の機械巨竜:攻撃力3000→3300 守備力2000→2300

「攻撃力3300……!?」
 いきなりこんな攻撃力が出てくるなんて、予想していなかった。
 ただ並べるだけのデッキじゃ無かったってことね。
「バトル! "豊穣のアルテミス"に攻撃!」
 機械竜が口から灰色の炎を吐いた。
 その炎に飲み込まれて、アルテミスは消え去ってしまった。

 豊穣のアルテミス→破壊

「うっ…!」
 破壊による衝撃がここまで伝わってきた。
「まだよ。"イエロー・カジェット"をリリースした"古代の機械巨竜"は、相手モンスターを破壊したとき600ポイント
のダメージを与える!!」
「なっ……」
 機械竜の羽から鉄の破片が飛んできて、私の体に直撃した。
「うぁ!!」 

 香奈:3900→3300LP

「ふふふ、良い声ねぇ。おねぇさんはもっとその声が聞きたいわぁ」
「……ふざけんじゃ……ないわよ……」
 痛みを堪えて、相手を睨み付けた。
「強がっちゃって、あなたの頼みのアルテミスは倒したわ」
「……………」
 たしかに、ドロー源だったアルテミスがやられてしまったことは痛手だった。
 でも、そんなことで勝負が決まるなんて、思いたくなかった。
「これで私は、ターン終了よ」
 稲森がターンを終えた。
 私は痛む箇所をおさえて、体に力を入れる。

 絶対に、負けない。
 勝ってここから、脱出してみせる!
 強い決意とともに、私はデッキの上に手をかけた。





episode23――脱出戦――

 決闘が続いている。
 闇の広がるフィールドで、私は強い眼差しで相手を見つめていた。

-------------------------------------------------
 香奈:3300LP

 場:冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 稲森:6400LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   古代の機械巨竜(攻撃)
   血の代償(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------

 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。

 増幅する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上に存在する
 モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。

 古代の機械巨竜 地属性/星8/攻3000/守2000
 【機械族・効果】
 このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
 以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、このカードはそれぞれの効果を得る。
 ●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
 守備表示モンスターの守備力を超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 ●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 相手ライフに400ポイントダメージを与える。
 ●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「私のターン!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 カードを引いて、確認する。
 相手の場には闇の世界の力で攻撃力が3300になり、2つ目と3つ目の効果を得ている"古代の機械巨竜"がいる。
 対する私の場には攻撃力2800の"冥王竜ヴァンダルギオン"が1体だけ。しかも、相手には連続召喚を可能にする
"血の代償"が発動してある。
 正直に言って、状況はかなり悪かった。
「あら、どうしたのかしらぁ?」
「う、うるさいわよ!」
 とにかく、今はこのカードにかけるしかない。
「カードを1枚伏せて、ヴァンダルギオンを守備表示に変更してターンエンドよ!」


 そして、ターンが稲森に移った。


「私のターン、ドロー」(手札2→3枚)
 稲森が笑みを浮かべながらカードを引く。
 もうほとんどのガジェットは墓地にいっている。今までみたいに損失無しでモンスターを展開することは出来ないはず
だ。"血の代償"があるのが、少し心配だけど………。
「手札から"貪欲な壺"を発動しますわ」
「……!」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「墓地から"レッド・ガジェット"を3体、"イエロー・カジェット"と"グリーン・ガジェット"を1体ずつデッキに戻し
てシャッフルして、デッキから2枚ドローよ」(手札2→4枚)
「ここにきて、そのカード……!」
 まずい。せっかく今までカウンターしてガジェットを倒してきたのに、それがすべて無意味になってしまった。
 私の場に伏せられているカードじゃ、止められないかも知れない……。
「ふふっ、いいカードを引いたわ。手札から"レッド・ガジェット"を召喚よ」


 レッド・ガジェット 地属性/星4/攻1300/1500
 【機械族・効果】
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。


「……!」
 さっき戻したガジェットの1体。この召喚を許したら、ガジェットに共通する効果と"血の代償"のコンボで一気に相手
の場にモンスターが並んでしまう。
 もしそうなれば、勝ち目はない。
「伏せカード発動よ!」


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 仲間を呼ぼうとする赤い歯車型の機械に、天からの雷が降り注いだ。

 レッド・ガジェット→破壊
 香奈:手札2→1枚

「あら、残念。せっかく一気にモンスターを並べてあげようと思ったのに……」
「そんなことさせるわけないでしょ!」
「ふふっ、そうね。じゃあもう"血の代償"はいらないわ」
 そう言って稲森は、手札からカードを発動した。


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 血の代償→墓地
 稲森:手札2→4枚

「ではバトル!! 機械巨竜でヴァンダルギオンに攻撃!」
 機械の竜が灰色の炎を吐き出す。
 その炎は守備体制をとる冥王を、簡単に焼き尽くしてしまった。

 冥王竜ヴァンダルギオン→破壊

「さらに相手モンスターを戦闘破壊したことで、あなたに600ポイントのダメージよ!」
 機械の竜から、再び鉄の破片が飛んできた。
「うっ……!」

 香奈:3300→2700LP

「さぁ、いよいよピンチねぇ。ふふっ」
「……!!」
 言い返せなかった。
「私はこのまま、ターン終了よ」

-------------------------------------------------
 香奈:2700LP

 場:なし

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:6400LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   古代の機械巨竜(攻撃)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン!! ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを手札に加えて、フィールドを確認した。
 場も手札も、圧倒的にこっちが負けている。この状況を変えられるカードは、もう”あれ”しかない!
「手札から"死者蘇生"を発動するわ!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、墓地から"アテナ"を特殊召喚よ!!」
 十字架の光が私の場に降り注ぐ。
 その光の中から、清らかな白い服に身を包んだ女神が姿を現した。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「いつそんなカード……そっか。さっきの"天罰"のコストで墓地へ送っていたのねぇ」
「そうよ! さらに手札から"純白の天使"を召喚するわ!」
「!?」
 私の場に、小さな白い天使が淡い光を帯びながら舞い降りた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「そんな!? 白夜のカードは地下に保管されていたはずなのに……あなた、どうやってそれを……」
「答えるわけないでしょ! 天使族モンスターが召喚されたことで、"アテナ"の効果発動よ! あんたに600ポイント
のダメージ!!」 
 女神の祈りで、白い矢が形成される。
 その矢は目にもとまらぬ速さで、稲森の体に突き刺さった。
「ぐっ!」

 稲森:6400→5800LP

「さらに"アテナ"の効果で"純白の天使"をリリースして、もう一回"純白の天使"を特殊召喚! さらにダメージよ!」
「つぅ……!」

 稲森:5800→5200LP

「行くわよ! レベル7の"アテナ"に、レベル3の"純白の天使"をチューニング!!」
 白い天使の体が光となって、女神の周りを囲み始めた。
 女神の持つ聖なる力が高められ、洗練されていく。
「シンクロ召喚!! 出てきて! "天空の守護者シリウス"!!!」
 そして眩い光と共に、すべてを守護する天使が光臨した。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私は第2の効果を選択するわ! そしてバトルよ!! 私の墓地にカウンター罠は6種類ある! よって――――」
 私の墓地から6つの赤い光が放たれて、シリウスの翼に入り込んだ。
 それによってシリウスの力が、大きく上昇する。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→5000

「攻撃力5000ですって!?」
「いっけー!! シリウスの攻撃!!」

 ――ジャッジメント・シャイン!!――

 シリウスの翼から、強烈な光が照射される。
 その光は機械の竜を襲い、稲森も飲み込んだ。
「ぐっあぁぁあぁ!!」

 古代の機械巨竜→破壊
 稲森:5200→3500LP

「どうよ!!」
 これでライフポイントはほとんだ並んだ。
 ここからが、本当の勝負よ!
「まだよ……!! ダメージを受けたことで、手札から"トラゴエディア"を特殊召喚する!!」
「っ……!」
 稲森の背後から、大きな影のようなものが膨れあがる。
 その影が輪郭を成していって、やがて禍々しい悪魔が現れた。


 トラゴエディア 闇属性/星10/攻?/守?
 【悪魔族・効果】
 自分が戦闘ダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の枚数×600ポイントアップする。
 1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターと
 同じレベルの相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体のコントロールを得る。
 また、1ターンに1度、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、そのターンの
 エンドフェイズ時までこのカードは選択したモンスターと同じレベルにする事ができる。


 トラゴエディア:攻撃力?→1800→2100 守備力?→1800→2100

「そんなモンスターがいるのね……」
 あのゴーズに似たモンスターがいるなんて、知らなかった。
 でも攻撃力は1800しかない。他の効果が気になるけど……とにかく、今は私に出来ることをやるしかない。
「メインフェイズ2に、私はデッキワンサーチシステムを使うわ!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押す。
 デュエルディスクから自動的にカードが突出して、私はそれを引き抜いた。(手札0→1枚)
「では私も引くわね」
 そう言って稲森はカードを引いた。同時に場にいる悪魔の体が、少し大きくなった。

 稲森:手札3→4枚
 トラゴエディア:攻撃力2100→2700 守備力2100→2700

「ふふっ、さぁどうするのかしら?」
「………………」
 どうするもこうするも、私にはもうこの手段しかない。
 私のデッキにある”最後の切り札”に、賭けるしかないんだから……。
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 香奈:2700LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 稲森:3500LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   トラゴエディア(攻撃)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 稲森がカードを引くと、さらに悪魔の体が大きくなった。

 トラゴエディア:攻撃力2700→3300 守備力2700→3300

「この瞬間、伏せカード発動よ!!」
 意を決してカードを開いた。


 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


 私のデッキが約半分になる。
 除外されたカードの中から、私は5枚のカードを選んでセットしなきゃいけない。"ファイナルカウンター"を使ったら
もうその5枚しか使えなくなってしまう。いつもなら直感で伏せるけど、今回は考えて伏せないと駄目な気がする。
 相手の手札は5枚。たとえ5枚のカウンター罠を伏せても、すべてを無効に出来るとは思えない。
 だったら…………。
「この効果で私は、5枚のカードをセットするわ! この効果でセットしたカードはこのターンでも発動できて、コスト
を支払わなくてもいいわ!」
「……!! ついにきたのねぇ。妹を破ったカードが……」
「あんたもこれで倒してあげるわよ!」
「ふっ、じゃあやってもらいましょうか。バトル!!」
 トラゴエディアが闇を溜めて、シリウスへ向けて放った。
 ファイナルカウンターの効果で墓地のカウンター罠も除外しているから、シリウスの攻撃力は上がらない。
 だから、このまま通すわけにはいかなかった。
「"攻撃の無力化"を発動するわ!!」
 放たれた闇が次元の穴に飲み込まれて、シリウスには届かなかった。
 

 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「ふふっ、まぁこれくらい当然でしょうね」
「…………」
「メインフェイズ2に入るわ。そして手札から"地割れ"を発動します」
「"マジック・ジャマー"で無効よ!!」


 地割れ
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する
 攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


「くっ……ここまで無効にするとはね……」
「当たり前でしょ!! さぁ、どうするのよ!」
「ならば手札から"地砕き"を発動です!」


 地砕き
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。


「また破壊カードを……!」
「ふふっ、さぁ、どうしますか?」
 いやらしい笑みを浮かべて、稲森は言った。
 もちろん、これを通すわけにはいかなかった。
「"神の宣告"で無効よ!!」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


「さすが、ですね……」
「………」
 残りの伏せカードは2枚なのに、相手の手札は3枚ある。
 そのせいで、ぜんぜん余裕ができないじゃない。
「私は………」
 稲森が手札に手をかける。
 一瞬だけ、息を止めた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドですわ」
「…………」
 そっと胸をなで下ろした。
 気づくと、相手の場にいる悪魔の体がさっきの半分ほどの大きさになっていた。

 トラゴエディア:攻撃力1500 守備力1500

-------------------------------------------------
 香奈:2700LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 稲森:3500LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   トラゴエディア(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン!! ドロー!!」(手札0→1枚)
 相手のターンはなんとか凌げた。
 攻めるなら、今しかない!!
「バトルよ!」
 私の宣言で、シリウスが翼を広げる。墓地から3つの赤い光が、シリウスの体に入り込んだ。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→3500

「……! 罠カード発動!!」
 稲森がカードを開いた。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 大助がよく使うカードだったせいで、一瞬だけ胸が痛んだ。
 このままこの発動を許せば、攻撃のチャンスは失われてしまう。でも、それの対策はとっくに伏せてあるわ。
「"魔宮の賄賂"発動よ!!」


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 稲森が発動したカードが弾けるように消滅した。
「カードを無効にしたから、あんたはカードを1枚引きなさい」
「では、お言葉に甘えて」
 そう言って、稲森がカードを引いた。同時に悪魔の体も少しだけ大きくなる。
 だけどこっちも、カウンター罠が増えたことで、シリウスの力も増加した。

 稲森:手札2→3枚
 トラゴエディア:攻撃力1500→2100 守備力1500→2100
 天空の守護者シリウス:攻撃力3500→4000

「いっけー!!!」
 シリウスの翼から輝かしい光が放たれて、悪魔ごと稲森を飲み込んだ。
「くっあぁっ!!」

 トラゴエディア→破壊
 稲森:3500→1600LP

「あなた……やるのねぇ……」
「このまま一気に押し切ってあげるわ! 私はこのままターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 香奈:2700LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:1600LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「ふふふ、頑張るのねぇ……」
「当たり前でしょ! あんたを倒して、私はここを出るのよ!!」
「そう。でも無理よ。あなたはここで負けて、また監禁されてしまうのだから。私のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 稲森の雰囲気が変わった。
 私は集中して、相手を見つめる。
「手札から"死者蘇生"を発動。効果で"古代の機械巨竜"を特殊召喚よ」
「……!!」
 稲森の場に、あの機械の巨竜が蘇った。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 古代の機械巨竜 地属性/星8/攻3000/守2000
 【機械族・効果】
 このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
 以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、このカードはそれぞれの効果を得る。
 ●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
 守備表示モンスターの守備力を超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 ●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 相手ライフに400ポイントダメージを与える。
 ●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 古代の機械巨竜:攻撃力3000→3300 守備力2000→2300

「……!!」
 この局面で攻撃力3000オーバーのモンスターを出されてしまった。
 でもまだシリウスの方が攻撃力は勝っている。恐れることなんて無い、はずよ。
「バトル!!」
「え!?」
 攻撃力が劣っているはずなのに、どうして?
 わけが分からないまま、機械の龍は攻撃態勢に入る。
 私の場にいるシリウスの力も、それを迎え撃つかのように上昇した。

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→4000

「分かってると思うけど、"古代の機械巨竜"の攻撃時、あなたはダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動で
きないわ」
「そんなこと分かって…………」
 言いかけた瞬間、頭に何かがよぎった。
「まさか……!」
手札から"リミッター解除"を発動よ!!
「なっ!?」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 古代の機械巨竜:攻撃力3300→6600

 機械の竜が莫大な灰色の炎を吐き出した。
 シリウスは受け止めようと刀を構えたが、その防御も虚しく、灰色の炎に飲み込まれてしまった。

 天空の守護者シリウス→破壊
 香奈:2700→100LP

「うああああああああああああ!!!」
 とてつもない衝撃が襲った。体が吹き飛ばされて、闇の力で作られた壁に叩きつけられた。
「うーん、いい悲鳴ねぇ」
「う……ぁぁ……ぁ!!」
 一気にライフが削られてしまった。
 膝をつく。体が、全身が痛みを訴えている。
「ふふふふふ、さーて、カードを1枚伏せてターンエンドよぉ」
 稲森の笑う声が、とても大きく聞こえた。
 場にいた機械の竜が、限界を超えた力を使った反動で、バラバラに崩れ去った。

 古代の機械巨竜→破壊

-------------------------------------------------
 香奈:100LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:1600LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「うぅ……!」
「ほらほらぁ、さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「う、くっ……!」
 全身に力を入れた。ここで、倒れているわけにはいかない。
 大助だって、いつもボロボロになりながら、それでも立ち上がっていたじゃない。だったら私だって、これくらいで、
へこたれているわけには、いかないじゃない!!
 痛みに耐えて、私はゆっくりと立ち上がった。
 視界が一瞬だけ、歪んだ気がした。
「……私の……ターン!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認した。
 だけど、この状況をなんとかしてくれるカードではなかった。 
「モンスターをセットして、ターン、エンド……」


 稲森にターンが移る。


「うふふふ、私のターン!!」(手札1→2枚)
 稲森が勝ち誇った笑みを浮かべて、カードを引いた。
 また、視界が霞んだ。
 駄目よ。倒れちゃ駄目。決闘が終わる最後まで、ちゃんと立っていなくちゃ。
「伏せておいた"二重魔法"発動。手札の"地割れ"をコストに、あなたの墓地にある"死者蘇生"を発動するわ」
「っ……!」


 二重魔法
 【通常魔法】
 手札の魔法カードを1枚捨てる。
 相手の墓地から魔法カードを1枚選択し、
 自分のカードとして使用する。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 再び十字架の光が降り注いで、機械の竜が蘇る。
 機械の竜は私を睨み付けて、大きく咆哮を上げた。
「さーて、さすがに"マシュマロン"ってことはないわよねぇ?」
「……さぁ……どうかしら?」
「バトルよ」
 機械の竜が、灰色の炎を吐き出した。
 巨大な翼を持つ天使が、焼き尽くされて消えてしまった。

 オネスト→破壊

 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


「あらぁ、1枚しかない"オネスト"ね」
「………………」
 大助から薦められたカードが、破壊されてしまった。
 オネストのカードを、丁寧に墓地へ送る。大助が薦めてくれたカード。このカードには、何度も助けられた。でも今回
ばかりは、私を助けてくれないみたいだ。 
 シリウスも、ファイナルカウンターも、オネストも破られた。私のデッキにもうあの機械竜を倒せるモンスターは存在
していない。
「このまま私は、ターンエンドよぉ」

-------------------------------------------------
 香奈:100LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 稲森:1600LP

 場:増幅する闇の世界(フィールド魔法)
   古代の機械巨竜(攻撃)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン……」
 カードをドローする。
 引いたカードは"冥王竜ヴァンダルギオン"だった。


 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


 カウンター罠がない今、召喚することはほぼ不可能だった。
 残ったもう1枚の手札は、"裁きを下す者−ボルテニス"だ。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


 ヴァンダルギオンと同じようにカウンター罠無しでは、ほぼ召喚不可能。
 少なくともこのターンに、壁モンスターとして場に出すことは出来ない。
 これで本当に、私には手が無くなってしまった。
「ターン……エンド……」


 そして稲森へ、ターンが移行する。


「私のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 稲森は余裕たっぷりの笑みを浮かべて、こっちを見つめてきた。
「……ずいぶん、楽しそうね」
「んん? 当然よぉ。もうあなたにトドメを刺せるんだからぁ」
「……………」
 たしかに、私の場にモンスターはいない。かといって伏せカードも、相手の攻撃を防げるカードじゃない。
 でもそれがなんだっていうのよ。大助だったら、たとえ場にカードが無くたって、ライフが1ポイントしかなくたって
絶対に諦めない。
 まっすぐに相手を見据えて、立っているに決まってる。
 私に、大助と同じことができるかどうかは分からない。
 でも私は、大助のように戦っていたかった。ここで諦めたりなんかしたら、大助に笑われてしまうと思った。
「そろそろ諦めたらぁ?」
 稲森が笑いながら、そう言った。
 こんなとき、きっと大助だったら、こう言うんだろうな……。
勝手に、決めつけんじゃないわよ
「……!?」
 自分でも呆れるくらいの虚勢だった。でも、最後まで頑張って戦おうと思った。
 どんなに不利な状況でも、私を守るために戦ってくれた大助のように……大好きな幼なじみのように……。
「私には、最後の伏せカードがあるわ!!」
「そう? そこまで希望があるとは思えないけどねぇ……」
「だったら、攻撃してみればいいじゃない!」
 私は稲森を睨み付けた。
 状況は絶望的。そんなのとっくに分かってる。けど、まだ可能性がある。
 針の穴の大きさほどしかない可能性が。
「さぁ、来るなら来なさい!」
「………………」
 稲森は場のカードを見つめながら、小さく微笑んだ。

「じゃあ、不安要素を取り除いておこうかな」

「……え?」
「手札から魔法カード"サイクロン"を発動よ」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「……!!」
「これで、あなたの最後の伏せカードを破壊するわ。残念だったわねぇ……その伏せてある最後の希望も、簡単に壊され
ちゃうなんて」
 突風が吹き荒れる。
 強烈な風が、私の場に伏せられているカードを襲った。


 ―――自然と、笑みが浮かんでしまった―――。


「カウンター罠発動!!」
 カードを開いた。
 すると辺りに吹き荒れていた突風が、突然止んだ。
 それだけじゃない。稲森の場にいる機械の龍が、不気味な光の輪に縛り上げられていた。
「な、なにをした!?」
「……もちろん、カウンター罠を発動したのよ!!」
 開いたカードを指さして、私は叫んだ。










 アヌビスの裁き
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てる。
 相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ
 魔法カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 その後、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える事ができる。



「そ、それは……!!」
 信じられないといった様子で、稲森が後ずさる。
 私は真っ直ぐに相手を睨み付けて、言ってやった。
「最後の最後に……油断したわね。本当に……賭けだったわよ。これで、私の勝ちよ!! "アヌビスの裁き"の効果で
"古代の機械巨竜"を破壊する! さらにその攻撃力分のダメージを受けなさい!!」
 私の場に現れたアヌビスの象から、不気味な光が放たれる。
 その光は機械の竜を貫き、巨大な爆発を引き起こす。そしてその爆風が、稲森を巻き込んだ。
「うわぁああああああああ!!!!!」

 古代の機械巨竜→破壊
 稲森:1600→0LP




 稲森のライフが0になる。





 そして決闘は、終了した。





















「うっ………!」
 緊張が解けたことで、倒れそうになった体を踏みとどまらせる。
 辺りの闇が晴れたと思うと、稲森が仰向けに倒れていた。
「ふふっ……いい気にならないことね……私を倒したところで……あなたは出られないわ」
「……やってみなくちゃ分からないじゃない。私は絶対に、脱出するわ」
「そう……」
 稲森は鼻で笑って、言葉を続けた。
「だったらいいことを教えてあげるわ」
「何よ?」
「このまままっすぐに行けば、出口につくわよ」
「………それ、本気で言ってるの?」
 意味が分からなかった。
 敵なのに出口を教えてくれるなんて……何かの罠……?
 でも嘘をついているようには思えないし……いったいどうして?
「どういうつもりよ。わざわざ道を教えるなんて」
「ふふっ、信じないかどうかはあなたの自由。でもね、あなたに出口を教えたところで、心配ないの」
「……?」
「一つだけ、予言をしておきます、朝山香奈」
「……あんた達、姉妹って、予言が好きなのね……」


出口にたどり着いたところで、あなたはここから出られません


「……どういうことよ?」
「行けばきっと分かります。じゃあ、せいぜい他の敵に見つからないように頑張ってね」
 稲森の胸にあった黒い結晶が砕け散った。
 相手は目を閉じて、気を失ってしまった。


 不意にふらついた。壁にもたれかかりながらも、なんとか立つ。
 思っていたよりも、ダメージを受けてしまった。少し休みたいけど、こうしている場合じゃない。
 他の敵に遭遇する前に、出口に、行かなくちゃ……。
「っ……!」
 体が痛い。
 でも、止まるわけにはいかない。
 頑張るって決めたのよ。大助の分まで……大助と一緒に生きるって……決めたんだから……!


 私は痛みを堪えながら、通路をまっすぐ進むことにした。





episode24――想いを砕く召喚神――

「はぁ……はぁ……はぁ……」
 息を切らしながら、私は廊下を歩いていた。
 稲森に言われたとおり、まっすぐに道を進んでいる。
 決闘で受けたダメージがまだ残っていて体がふらつくけれど、壁に寄り掛かりながら前に進むしかなかった。
「っ……!」
 いつも、大助はこんな痛みを感じていたんだ……。
 それなのに無理に笑って、強がって………それなのに私は………。
 ……ホント、馬鹿みたいよね……大助が無理してるってことぐらい、分かっていたじゃない。
 それなのに気遣ってやることも出来ないなんて……。
「……とにかく……進まなきゃ……!」
 ここを脱出してからいくらでも後悔すればいい。
 とにかく今は、脱出することに集中しなきゃ。


 それから廊下を歩いていると、むこうの方にドアが見えた。
「もしかして……出口……?」
 自然と足が速まる。ドアの前まで小走りでたどり着き、耳を澄ましてみる。
 何の音も聞こえない。誰かがいるような気配は無かった。
 念のため、ゆっくりとドアを開いてみる。

 ドアを開けると、そこは大広間だった。
 シャンデリアがあって、大きな部屋のすべてを照らしている。
「ここって……」
 出口ではなさそうだった。
 一瞬、騙されたと思ったけど、辺りを見回してみると、何やら一際大きなドアが目に入ってきた。
 テレビでよく見たことがあるような、豪邸の玄関ドアにそっくりだった。
「やった……!」
 稲森の言葉は嘘じゃなかった。あのドアを抜ければ、きっと外に出られる。
 なにが『出口にたどり着いたところで、あなたはここから出られません』よ。このまま誰にもバレずに、ここから抜け
出してやるわ!
「……っ……」
 痛みを堪えて、私はドアへ早足で向かう。
 思っていたよりも、簡単に脱出できそうだった。
 ドアの前に立って、周りに誰もいないか確認する。
 辺りには誰もいない。
「よし……!」
 閉められたいた鍵を開けて、私はドアを開けた。





「やれやれ、やはりですか」





「……!!」
 ドアを開いた先に、1人の女性が立っていた。
「こんばんわ、朝山香奈様」
 肩に掛かるか掛からないくらいの長さの黒髪。顎が細く、黒いスーツが似合っている。
 月明かりに照らされて、その女性は丁寧にお辞儀しながら、そう言った。
「あんた、誰よ……!」
「申し遅れました。私は吉野(よしの)と申します」
「……!!」
 琴葉ちゃんが言っていた人……!
 しかも、なんでだろう。相手は立っているだけのはずなのに、力強さというか……迫力が伝わってくる。
「どうして……こんなところにいるのよ?」
「あなたが監禁されていた部屋は、お嬢様のお部屋です。あそこには1つだけ脱出口があります。大方、あなたはそこか
ら抜け出してきたのでしょう。ならば武田のように正面のドアを見張っていても無駄。こうして、あなたが目指すであろ
う、最終目的地に待ち構えている方が合理的でしょう」
 突然、吉野の体が動いた。
 一瞬で距離を詰められて、胸に掌低を食らってしまった。
「っ!」
 床を滑るように、私は家の中に戻されてしまった。
「失礼。戻ってくださいとおっしゃっても聞かないと思ったので、無理矢理戻させて頂きました」
 吉野がそう言いながら中に入って、開いていたドアを閉めた。
 私は立ち上がって、相手を睨み付ける。
「こんな夜中に、待っていたって言うの……?」
「ええ。誰かがここに攻め込んでこないとも限りませんからね。もっとも、外に出ていたのはたまたまですが……」
 当然のように吉野は答えた。
「そこをどきなさいよ!」
「それは聞けません。ここをどいたらあなたは出て行くでしょう?」
「当たり前でしょ! こんな何をされるかも分からない場所に、いたいやつなんているわけないじゃない!!」
「そうですか。では、教えて差し上げます」
「……!!」
 吉野はそう言ってドアに寄り掛かった。
 私は警戒を解いて、その話を聞くことにした。

「……あなたは、記憶というのがどこにあるかご存じですか?」
「え……たしか……脳よね」
「その通りです。人間の記憶というものは脳の中に存在します。脳というものは不思議なものでしてね、本人が忘れたと
思っていても脳は覚えていたりするのですよ」
「それが……なんだって言うのよ」
「もし、記憶を削除できると言ったら……他人の記憶を削除できる力があったとしたら、どうしますか?」
「え?」
「あなたには分からないでしょうが、大人の世界、特に政治に関わる人物にはその力が喉から手が出るほど欲しい物なん
ですよ。自分にとって不都合な出来事を見られたり、機密事項を見てしまった人間を殺すよりも目立たずに処理できる。
いわば記憶のリセットです」
「……それが、なんだっていうのよ?」
「それがあの男、北条牙炎の目的です」
「え?」

「闇の力を使った記憶削除。また闇の力を使った軍事力。それらを商品として売り、金を稼ぐことがあの男の目的です」

「……記憶削除……?」
「あなたの仲間であった伊月の恋人に、萩野麗花という人がいたでしょう。あの二人がなぜ仲違いしていたかというと、
彼女の記憶がダークによって削除されていたことが原因です。もっとも、あの時の闇の力は不完全で、完全に削除できる
わけではなかったようですがね……」
「…………………」
「ですが、あの男は何かしらの方法で、闇の力を使って完全に記憶を削除できる方法を編み出した。その力を使えば記憶
を消すことができるということです。あなたを連れ去ったのは、これを実演するためです」
「な……どういうことよ!?」
「鈍いですね。これらの闇の力を他人に紹介するためには、実際にやって見せた方が早いでしょう。あなたは『商品』と
して、これから記憶を消されるんです」
「なっ!?」
 衝撃的な言葉だった。記憶を消す……? そして、商品にする……?
 わけ分かんないわよ。いったい、何を言ってるの?
「どういう経緯があったのか、北条牙炎に依頼があったらしいです。朝山香奈の記憶を自分の目の前で抹消して、売って
欲しいと。すでに莫大な前金ももらっているようで、あの男は大喜びで引き受けたようです」
「なっ……!」
「彼からしてみれば、この依頼は願ってもいないことだったでしょう。これから富豪に力を紹介するにあたって、実演を
することができる機会が出来たわけですから。あなたは翌日、もはや今日ですが、あなたは記憶を全て消される。友達も
家族も、愛しい人のすべてを忘れて、誰とも分からない人間に売られる。記憶のないあなたは好きに使われて、人間らし
くない人生を歩むことになるでしょう」
「そん、な……」
 すべてを忘れる? 母さんのことも、真奈美ちゃんや雫のことも……大助のことも、忘れる?
 全部忘れて、知らない人に売られるなんて……そんな……!
「……ふざけんじゃないわよ……!」
「なにがでしょうか?」
「ふざけてんじゃないわよ!! そんなこと聞かされて、黙ってるとでも思ってんの!? 琴葉ちゃんからあんたの話は
聞いていたけど、正直失望したわ!! 人の記憶を勝手に消して、商品として売るなんて、そんな計画に従っているなん
て、馬鹿じゃないの!?」
 私は叫んだ。吉野の顔が、少しだけ険しくなった。
「……なぜ、お嬢様の名前を知っているのですか?」
「実際に会ったからに決まってるでしょ!!」
「…………世迷い言を言わないで下さい。あの子は、今も意識不明で眠っている。そう、あの男のせいで……!」
「知ってるわよ。だから、私はここから出て、琴葉ちゃんを治してくれる人を連れてくる! だから、そこをどきなさい
よ!」
 私は前に出た。
 吉野の前に立って、睨み付ける。
「どきなさいよ!」
「……もう……無理なんですよ……」
 吉野が小さく、呟いた。
「あの子を治してくれる人を連れてくる? 何人もの医者に診せても、手の施しようがないと言われたあの子を、救える
人間がいるわけない。そう、あの男以外は……。仮にいたとしても……あの子はもう限界……もう保たないんです。そん
なわずかな可能性を待つより、目の前の確実な手段を取った方がよっぽどマシです」
「……だったら、力ずくでもどかしてあげるわよ!!」
 拳を前に突き出す。
 だけど吉野は、それを簡単にいなす。
 次の瞬間、腹部に重い蹴りが入った。
「……!」
 胃液が逆流しかけた。
「あなたがここを出るのは、不可能です。もう、諦めて下さい」
「ごほっ、ふざ……げほっ……ふざけんじゃ、ないわよ……! 諦めて、たまるもんですか!!」
「そうですか」
 平手打ちされて、床に倒される。
 私は立ち上がって、必死にファイティングポーズをとった。
 こんなことしても無駄なのは分かっていた。明らかに鍛錬している吉野に、ストーカー対策の護身術を習った程度の私
が敵うわけがない。
 でも、だからといって退くわけにはいかなかった。
「あんたを倒して、私はここから出て行く!!」
「……そうですか。ではこうしましょう」
 吉野はそう言って、デュエルディスクを取り出した。
 取り出したデュエルディスクを展開して、腕に装着する。
「あなたに手荒な真似はしたくありません。殺さずにあなたを止めるには、決闘で倒すのが最適でしょう」
「……!! やってやろうじゃない!」
 私はデュエルディスクを構えて、それに応えた。
 吉野を倒せば、私はここから出られる。
 さっきの決闘のダメージは残っているし、蹴られたり掌低を食らったせいで体がすごく痛い。
 でも、弱音を吐いているわけにはいかない。目の前には、出口がある。ここから脱出できる道がある。

 私は目を閉じて、集中した。
 真奈美ちゃん……雫……薫さん……大助……お願い……力を貸して……!

「覚悟はいいですね?」
「そっちこそ!!」
 吉野の体から闇が溢れ出して、辺りを包み込んだ。
 自動シャッフルがなされて、準備が完了した。





「「決闘!!」」





 香奈:8000LP   吉野:8000LP





 決闘が、始まった。









「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動します」
 吉野のデュエルディスクから闇が溢れ出す。
 辺りの空間を包み込むようにそれは広がり、辺りに紫色の霧がでてきた。
「これって……?」
「これが私の闇の世界、"幻覚を見せる闇の世界"です」


 幻覚を見せる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、モンスター1体の攻撃を無効にすることが出来る。


 1ターンに1度だけモンスターの攻撃を止める力。
 思っていたよりも、厄介なカードではなさそうだった。
「安心していませんか?」
「……!!」
 見透かしたように吉野は言った。
「あ、当たり前でしょ。1ターンに1度しか攻撃を無効に出来ないなんて、そんなカード――――」

「愚かですね」

 割り込むように、吉野の静かな声が言った。
「な、なに言ってんのよ!?」
「分からないなら構いません。私のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 吉野はカードを引いて、小さく息を吐いた。
「ほんの興味本位で聞くのですが、どうしてここを出たいんですか?」
「……なに言ってんのよ。あんな話を聞かされて、ここにいられるわけないでしょ!!」
「そうですね……では質問を変えましょう。あなたはここを出て、どうするつもりですか?」
「そんなの決まってるじゃない! 琴葉ちゃんを治して、牙炎を倒すわよ!」
「では、”そのあと”はどうするんですか?」
「……元の生活に戻るに決まってるじゃない!!」

戻れると思っているんですか?

 その言葉が、なぜか重く聞こえた気がした。
「え……?」
「中岸大助は死んだ。もう、二度と会うことは出来ません。大切な人が死んだのに、あなたはまた元の生活に戻れると思
っているんですか?」
「……!!」
 胸を抉られたような感じがした。
 大助は、死んだ。それはまぎれもない事実。もう二度と、大助が隣にいる生活は戻ってこない。
「……分かってるわよ。でも私は決めたのよ。私は、大助の分まで生きてみせる。大助との思い出と一緒に、生きていく
って決めたのよ!」
「愚かですね。朝山香奈」
「な、なにがよ………」
「あなたはまた自分勝手な思いで人を傷つけるんですか? 愛しい人が死んだ原因が、自分にあるという事実に目を伏せ
て……思い出と一緒に生きる? 笑わせないで下さい。あなたにそんな権利があると思っているんですか? 愛しい人間
を殺したあなたに、そんな資格があるとでも?」
「……! 資格とか、そんなのどうでもいい。これは私が自分で決めたことなのよ! あんたにどうこう言われる筋合い
は無いわ!」
 いつの間にか、声を荒げていた。
 冷静にならなくちゃいけないはずなのに、相手が私を怒らせようとしているのは分かっているのに……。

「……私はデッキワンサーチシステムを使います」(手札6→7枚)
《デッキからカードを1枚ドローしてください》
 デュエルディスクからの音声が聞こえて、私は乱暴にカードを引いた。(手札5→6枚)
どんな気分でしたか? 愛しい人が犠牲になった気分は?
「………何が……言いたいのよ……!」
「嬉しかったですか? 彼氏が自分を守ってくれて」
「………うるさいわよ……!」
「嬉しかったことでしょう。大好きな彼氏が守ってくれて」
「っ……!!」
「良かったですね。自分だけが、助かって」
「……うるさい……」
「他人が犠牲になってくれて、良かったですね」
「っ…!!」
 胸の中で、黒い物が渦巻いているような気がした。
 良かったわけ、ないじゃない。自分以外の誰かが傷ついて、自分だけ無事なんて……そんなの、嬉しいわけ無い。
「大丈夫です。あなたは悪くありません。人が人を犠牲にする。それはどの時代でも変わらず行われていることです。
あぁ、親しい人間の方が、犠牲にしやすかったですか?」
「うる……さい……!!」
「きっと彼は、あの世であなたを恨んでいるでしょう。あなたさえいなければ、自分は死ぬことはなかったと。あんなに
傷つかなくて済んだと思っているでしょう。そう、あなたさえいなければ……
「やめ……なさいよ……!」
「仮に生きていたとしても、彼があなたに会いたいと思うでしょうか? 一緒にいたいと思うでしょうか?」
 何かが壊れそうだった。
 静かな吉野の言葉が、頭の中で反響する。
「うるさくて、わがままで、傲慢で、そんなあなたに、居場所が残っていると思っているんですか? 恋人を殺し、周り
の人間に迷惑しかもたらさない。そんなあなたを、学校にいる仲間が受け入れてくれるとでも?」
「……!」

「あなたはまた、誰かを傷つけるために戻るつもりなのですか?」

「ぅる……さぃ……!!」
 かろうじて、その言葉をしぼりだした。
 胸が苦しかった。カードを持つ左手が、震えた。
 違う。誰かを傷つけるために戻りたいんじゃない。私は……私は……!!
「……そうですか」
 吉野は大きく溜息をついて、手札に手をかけた。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:なし

 手札6枚
-------------------------------------------------
 稲森:8000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターン!! ドロー!!」(手札6→7枚)
 もう私の中に、冷静になろうなんて考えは残っていなかった。
 一刻も早く、この決闘を終わらせたかった。
 辛い言葉をぶつけてくる吉野を、倒したかった。
「"光神機−桜火"を召喚!!」
 私の場に、獣型の天使が現れた。


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


「そのモンスターですか」
「バトル!! あんたに直接攻撃よ!!」
 獣型の天使が咆哮を上げて、吉野へ突撃した。

「"幻覚を見せる闇の世界"の効果発動です」

 吉野の体が、霧に包まれた。
 目標を見失った桜火が、当てずっぽうに突撃した。
 当然、その攻撃は空を切った。

 光神機−桜火→攻撃→無効。

「何をやっているんですか?」
「うるさい……!」
「本当のことを言われて、動揺しているんですか?」
「うるさいって、言ってるのよ……!」
「他人のことをうるさいうるさいと……そうやってあなたは、他人の意見を否定して、いつも自分の意見を貫き通してき
たんですね」
「……!」
「そうしてずっと、他人を犠牲にしてきたんですね」
「くっ……カードを2枚伏せるわ!!」
 荒々しく、カードを伏せた。
 伏せたカードは"神の宣告"と"魔宮の賄賂"。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 それは最強のカウンター罠。
 相手のすべてを無効に出来るカードだった。
「これで、ターンエン――――」
「リバースカード発動です」
 たった今、伏せたカードが鎖に巻き付かれて固定されてしまった。
 吉野の発動したカードは――――


 心鎮壷
 【永続罠】
 フィールド上にセットされた魔法・罠カードを2枚選択して発動する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、選択された魔法・罠カードは発動できない。


「これで伏せたカードは使えません。そして……」
 吉野が桜火を見つめる。
 私の場にいる桜火が、突然苦しそうな声をあげた。
「え!?」
「気づかなかったのですか? あなたのモンスターは、無理な召喚方法で場に出てきた。エンドフェイズになれば、壊れ
て当然でしょう」

 ガァアァァ……!

 私のモンスターは苦しそうに声を上げている。
 その体に亀裂が入って、崩壊が始まった。
「桜火……!」
 そして、光神機−桜火は粉々に砕け散った。

 光神機−桜火→破壊

 その姿が、夢で見た大助の姿と、重なった。
「ぃや……」
 頭に、あの時の光景が蘇りだした。
「だから……言ったとおりでしょう?」
 そして、追い打ちをかけるかのような吉野の言葉。

あなたのせいで、また誰かが壊れましたね

「……!!」
 私の中で、何かが、壊れるような音がした。

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 香奈:8000LP

 場:伏せカード2枚(使用不可)

 手札4枚
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 稲森:8000LP

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   心鎮壷(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札5枚
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「私のターンです。ドロー」(手札5→6枚)
 吉野がカードを引いた。
「……もう、いいですよね?」
「……………」
 答えられなかった。
 声を出そうと思ったけど、声が上手く出なかった。
「他人を犠牲にしてきたあなたに、手を差し伸べる者などいません。あなたはずっと独りです。これからあなたは、ただ
の人形として生きる」
「……………」

だから、私が終わらせてあげます。あなたの物語を

 吉野が静かに、伏せカードを開いた。
 それは、まさしくこの決闘を決める”最悪”のデッキワンカードだった。


 封印解放の術式
 【永続罠・デッキワン】
 「封印されし」と名のつくモンスターが5枚入っているデッキにのみ入れることができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札から任意の枚数墓地に捨てることができる。
 そうした場合、捨てた枚数だけデッキからカードを選択して手札に加えることが出来る。

 そして、自分は手札に加えた枚数×1000ポイントのダメージを受ける。
 このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地から
 「封印されし」と名のついたモンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、リリースできず、手札に戻ることはできない。


「これで終わりです。手札の5枚のカードを捨てて、デッキから5枚のカードを手札に加えます」
 吉野が冷たい表情で、カードを墓地に送った。(手札6→1枚)
 デッキから5枚のカードが、吉野の手札に加わる。(手札1→6枚)
「………」
 何も、出来なかった。
 私はずっと……独りなの……?
 もう戻ることは……できないの……?
「あなたにもう、居場所はありません……………私と同じように………」
 吉野の背後に巨大な五芒星が描かれる。
 その中から遊戯王界における最強の召喚神が現れた。


 封印されし者の右腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の右足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されしエクゾディア 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 このカードに加え、「封印されし者の右足」「封印されし者の左足」「封印されし者の右腕」
 「封印されし者の左腕」が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する。


 遊戯王では、ライフを削る以外に勝利する方法がいくつか存在する。
 デッキ破壊、ウィジャ盤、終焉のカウントダウン……その他etc。
 その中で、昔からユーザーに使われてきた戦術がある。

 ―――それが、手札に5枚のカードを揃えることで勝利を得るエクゾディアだ―――。

「覚悟は……いいですか?」
「……………………」
 どうやっても、私に対抗できる手段はない。
 覚悟があろうが無かろうが、私の敗北は決定していた。
 なにより、私にはもう……戦う意志が残っていなかった。
「朝山香奈……」
「……」
 吉野の顔が一瞬だけ、悲しそうに見えた。


「………私の勝手なわがままを……許してください」


「……………ぇ…………?」
 召喚神がその手に光のエネルギーを溜めた。
 そして、莫大な光が、私へ向けて放たれた。
 その光を、私はぼんやりと眺めながら受け止めることしかできなかった。


 香奈:8000→0LP



 意識が、光の中に消えていく。


 ……そっか……私……負けるんだ……。
 もう……戻れないんだ……。

 ごめんね、みんな……。

 ごめん……大助……。


 そして、目の前が、真っ暗になった。





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 午前五時。
 セットしておいた目覚ましを止めて、俺は目を覚ました。
 すぐ近くでは雲井が毛布にくるまっている。そのもう少し向こうの方では、本城さんが目を閉じていた。
 そうか、昨日3人でずっとデッキ構築をしていて、全員のデッキが完成したところでそのまま眠ってしまったんだ。

 俺は体を起こして、少しだけ体を動かした。
 外は明け方で、もうすぐ日が差し込んできそうな時間帯だ。
「………」
 少しだけ体を動かして、デッキを確認する。
 体の調子もいいし、考えられる限りのデッキは作った。あとは……。

「てめぇ……起きるのが早すぎんだよ」

 雲井の声だった。
 やれやれ、起きていたのか。
「悪いな。起こして」
「けっ! 寝不足で倒れてもしらねぇぞ」
「そんなわけあるかよ」
 眠いどころか、完全に目が冴えている。
 今すぐに敵陣に乗り込んでも大丈夫だろう。
「なぁ雲井……」
 俺は振り返って、雲井の顔を見た。
 寝起きのせいだろうか、少し眠そうだ。
「本当に……協力してくれるのか?」
「あぁ?」
「お前にとって、俺は恋敵だし、香奈はフラれた相手だろ。普通、そんな奴を助けるなんて……」
「ちっ、勘違いしてんじゃねぇぞ」
「は?」
「別にてめぇに協力するわけじゃねぇ。俺はむかつく野郎がいたから、そいつをぶっ飛ばしに行くだけだぜ」
「雲井………」

「てめぇは香奈ちゃんを助けに行く。俺はむかつく野郎をぶっ飛ばしに行く。それでいいじゃねぇか」

「………ありがとな」
「けっ! てめぇに礼をされたって嬉しくねぇよ」
「そうかい」

 ガチャリ

 部屋のドアが開いた。
 佐助さんが、目の下にクマを浮かべながら入ってきた。
「起きてるか?」
「おう、バッチリだぜ」
「そうか。たった今、香奈の居場所を特定した」
「本当ですか!?」
「ああ、本城の通話記録の中に、微かだが電車の音が聞こえた。その音を分析し、その時間に通っていた電車を調べて、
距離を計算したり……まぁ色々やった。そしてなんとか、場所を割り出せた」
「じゃあ……」
「ああ、行くぞ。もう薫は準備している。二人ともデッキは調整しておいたな?」
「もちろんだぜ」
 昨日の夜、散々試行錯誤してたからな……。
 とりあえず、考えられる最高のデッキに調整してある。白夜のカードは無いが、それを補うカードもなぜか入っていた
しな。上手くいけば、なんとかなりそうだ。
「よし、行くぞ」
「本城さんは、どうすんだ?」
「置いていった方がいい。いくら闇の組織に関わっていた経験があるとはいえ、危険すぎる」
 たしかに佐助さんの言うとおりだった。
 本城さんは決闘の面で言えば香奈と張り合える実力を持っている。
 けどだからといって、心配ないということには繋がらないだろう。
「起こさないようにそっとしろ。まずはリビングで――――」


「待って下さい!」


 本城さんが言った。
 いつの間にか、起きていたらしい。
「私も……連れて行って下さい!!」
「駄目だ。危険すぎる」
「お願いです。私、このままじっとなんかしていられません!」
「…………」
 佐助さんが深いため息をついて、俺に目配せをした。
 なんとかしろ。そう言っているようだった。
「本城さん。すいませんけど、これは遊びじゃないんです。闇の組織に関わっていたなら分かるでしょう? 俺達だって
勝てる保証なんかどこにもないんだ。だから――――」
「お願いします!! 朝山さんは……私の大切な友達なんです!!」
「……やれやれ」
 佐助さんは大きく溜息をついた。
「どうなっても知らんぞ」 
「……! はい!」
 本城さんは力強く、頷いた。
「よし、じゃあリビングに集まれ」
 俺達は部屋を出て、リビングに向かった。





 リビングには白いスーツ姿の薫さんがいて、すでに準備は完了しているようだった。
「あ、大助君に雲井君に真奈美ちゃん。おはよう」
「おはようございます。あの……薫さん……」
「ん? なに?」
「その、すいません……」
「気にしなくていいよ。私も、少し熱くなっていたかも知れないからね」
 薫さんは優しい笑みを向けて、そう言った。
 もう一度、俺は深く頭を下げた。
「全員、集まったな」
 佐助さんがパソコンのキーボードを叩きながら、説明を始めた。
「麗花からの情報もまとめて話すぞ。相手の目的はまだはっきりとしていない。だが闇の力を使って何か良からぬことを
しようとしているのは確かだ。香奈は、その良からぬことのために連れ去られたと考えるのが自然だろう。敵のアジトは
鳳蓮寺家だ」
「え? 鳳蓮寺家って、たしか富豪の家だよね?」
「そうだ。父親はかなりの企業家で毎日のように海外を飛び回っているらしい。母親はこの3ヶ月以上、家に帰っていな
い。娘がいるらしいが、情報は分からなかった。だがここ最近、近所の住民が異変を感じているらしい。どうやら、別の
人間が出入りしているらしい」
「もしかしてそれって……」
「おそらく香奈を連れ去った組織のボス、北条牙炎の部下達だろう。麗花の調査で、闇の組織ダークに資金を送っていた
ことも判明した。研究資金を提供する代わりに、闇の力についての研究資料をもらっていたんだろうな。とにかくそんな
奴らが相手だ。覚悟は良いな?」
「はい!」
「もちろんだぜ!」
「は、はい!」
「もちろんだよ!」
 俺達は同時に頷いた。
 佐助さんはフッと笑って、言葉を続けた。
「そこの机に置いてある通信機を付けろ。リアルタイムで全員と通信がとれる」
 佐助さんが示した方向には、耳に付ける最新の小型通信機が4つ置かれていた。
『準備オッケーだよ』
 コロンがパソコンの画面から顔を出した。
『鳳蓮寺家の座標と、中のマップ。あといくつか気になる情報も仕入れておいたよ』
「分かった。コロンと俺は、通信機でお前達に指示を出す。よっぽどのことがない限り従え。それと薫、ちょっと来い」
「なに?」
『"ポジション・チェンジ"を使うために、ちゃんと座標軸を調べておいたよ。教えるから覚えてね』
「うん、ありがとうコロン。今度プリンあげるね」
『分かった!!』
「じゃあ、さっそく教えて」
『オーケー』


 薫さんがコロンから説明を受けているのを見ながら、俺は机に置いてある通信機を耳に装着した。
 雲井や本城さんも俺に習って、同じように装着する。
「へへっ、本当に潜入するみてぇだな」
「遊びじゃないんだぞ」
「分かってるぜ。ついでに言うけどな中岸」
「なんだ?」

「……死ぬんじゃねぇぞ」

「分かってるさ」
 これから香奈を助けに行くのに、そんなこと考えるかよ。
 やれやれ……雲井にまで心配されるとは……。
「お前も、死ぬなよ」
「当たり前じゃねぇか。てめぇに負けっぱなしのまま死ねるかよ」
 雲井が親指を立てながら言った。
 正直に言って、お前が一番心配なんだが……。
「あの、中岸君……」
 本城さんが口を開いた。
「なんですか?」
「その……この前は……叩いてしまってすいませんでした……私、中岸君のこと、勘違いしていたみたいで……」
「気にしてませんから大丈夫ですよ」
「……はい。それと、あと……ありがとうございました」
「は?」
「薫さんから、聞きました。前の闇の組織『ダーク』を倒してくれたのは、中岸君だったんですよね?」
「………」
 たしかに、ダークにトドメを刺したのは俺だ。
 だがあれは俺自身の力じゃない。そう、世界を救ったのは……俺じゃない。
「……違いますよ」
「え?」
「世界を救ったのは、香奈です。だからお礼なら、香奈に言って下さい」
 香奈が最後に"オネスト"を引いて手渡してくれなかったら、香奈が俺を守ってくれなかったら、香奈がずっと側にいて
戦ってくれていなかったら、世界は救えなかったんだ。
 だから、感謝なら香奈に伝えるべきだと思った。
「………はい。わかりました」
 本城さんは小さく頷いて、微笑んだ。

「準備はいいか?」

 佐助さんが尋ねる。
「「「はい!」」」
「よし」

「よっしゃー! じゃあ行くぜ!!」
 雲井が大声を上げた。
「駄目ですよ雲井君」
「そうだよ。今回その役は、雲井君じゃないよ」
「マジか!?」
「そうだよ。ね、大助君」
「……………それって、俺にかけ声をかけろって意味ですか?」
「大助君以外に、誰がいるの?」
「……………」
 全員の視線がこっちに向いた。まっすぐな眼差しが、集中する。
 俺は全員の顔を見渡して、心の中で感謝した。


 ―――香奈、お前はまだネガティブな思考から抜け出せていないかもしれない。

 ―――自分のせいで誰かが傷ついたとか、自分の居場所は残っていないとか、思っているかも知れない。

 ―――けどな、お前にはこんなに仲間がいる。

 ―――お前のことを大切に想っている人達がいる。

 ―――お前は1人じゃない。いや、1人になんかさせてたまるか。


「じゃあ、行こう!」
「「『「「おう!!」」』」」



 ――――だから、待ってろ。



 ――――必ず、助けるから。





episode25――その目が捉えたものは――

 現在は午前6時。明け方の空から差し込む光が眩しい時間帯だ。
 薫さんの"ポジション・チェンジ"によって、俺達は敵のアジトである鳳蓮寺家の前にいた。
 そこはまるで絵で描いたような屋敷で、鳳蓮寺家はかなりの大金持ちだということが一目で分かる。
 予想とは裏腹に門番はいない。だが門には鍵が掛かっているようで、よじ登って入ることになりそうだ。
《4人とも、聞こえるか?》
 耳につけた通信機から、佐助さんの声がした。
「聞こえるよ。佐助さん」
 薫さんが答えた。
《よし、作戦の確認だ。今回の最優先事項は香奈の救出。香奈の居場所は調べておいた。正面のドアをまっすぐ入って、
目の前にある大きな階段を上がってさらにまっすぐ。ドアを3つ開けたところに香奈がいる》
「じゃあ、とにかくまっすぐってことですか?」
《そうだな。ただ香奈がいるところにはかなり大きい闇の力の反応がある。気を付けろ》
「うん、わかった」
 その大きい闇の力は、おそらく牙炎のものだろう。
 あいつが香奈に何かする前に、たどり着かないといけないな。
《あと薫》
「なに?」
《白夜の力は、好きに使っていいぞ》
「え、いいの?」
《ああ、救出に置いて最も重要なことは、素早く手際よくだ。それに鳳蓮寺家はかなりの富豪だ。多少壊れたところで、
直す資金ぐらいあるだろう。最悪の場合、お前の白夜の力で直してやればいい》
「そっか、分かったよ」
《中に入ったら俺も指示を出す。通信が繋がらなくなった場合、各自が自分の判断で行動しろ》
「了解!」
 俺達は門の前に立って、それを見上げた。
 かなり高い。よじ登れるかどうか不安だ。
「よし」
 さっそく、門に手足をかけた。

「大助君、何してるの?」

 薫さんが言った。
「何って……登らなきゃいけないじゃないですか」
「そんなことする必要ないよ」
「はい?」
 薫さんがカードをかざす。
 すると白い光と共に、機会の龍が現れた。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 嫌な予感がした。すぐに門から離れる。
「あの……何をするんですか?」
 本城さんが薫さんに尋ねた。
 薫さんは素晴らしいまでの笑みを浮かべて、答えた。
「もちろん、決まってるよ! 行け!! サイバー・ドラゴン!!」



 エヴォリューション・バースト!!



 機械の龍からエネルギー波が放たれて、門を吹き飛ばしてしまった。
「行くよ!」
「は、はい……」
 先陣を切る薫さんの後ろを、俺達はついていく。
 正面玄関の前に立って、薫さんがドアに手をかけた。
「ここからは迅速に行くよ」
「はい」
「闇の力による攻撃は私が防ぐけど、決闘しなくちゃいけないときは――――」
「分かってます。行きましょう」
「じゃあ、行くよ!」
 そう言って薫さんは、勢いよくドアを開け放った。
 デュエルディスクを構えて、一斉に中に入る。
 だが………。
「あれ?」
 中は思っていた以上に、手薄だった。
 いや、手薄というよりも誰もいないと言った方が正確だ。
「まだみなさん、眠っているんでしょうか?」
「分からねぇぜ」
 雲井の言うとおりだ。いくら朝早いといっても、誰も起きていないことなんかありえない。
《こちら佐助、聞こえるか?》
「佐助さん、聞こえるよ」
 通信が繋がる。どうやら建物の中でも通信は繋がってくれたらしい。
《よし、現在の状況はどうだ?》
「誰もいないみたいだね」
《そうか。こっちの画面にも反応はない。どうやら香奈の居場所に集まっているみたいだな》
「そっか。じゃあ心していかないとだね」
 敵のほとんどの勢力が、香奈がいる場所に集まっている。
 どう考えても悪い予感しかしない。何かある前に、間に合えばいいんだが……。
「じゃあさっそく――――」
《待て!! そこに誰かいるぞ!》
「え?」


「まさか、ここまで乗り込んでくるとは……」


「……!!」
 黒いスーツ姿、武田だった。
「お前……!!」
「少年、せっかく牙炎を騙せたのに、君が来ては意味が無いじゃないか」
「なんだと?」
「朝山香奈様は、君が死んだと思っている。ここに来て、それをバラされる訳にはいかない」
「……香奈は無事なんだろうな」
「ああ、今はな……」
 意味深な言葉を言って、武田は静かにデュエルディスクを装着した。
 反射的に、身構える。
「今は……って、どういうことですか?」
「朝山香奈は、これから闇の力によって記憶を抹消される。そして、商品として売られるんだ」
「なんだと!?」
 記憶を消す? そして香奈を、商品として売る?
 ふざけんな。そんなことのために、香奈を攫ったって言うのかよ。こんな戦いを引き起こしたって言うのかよ。
「助けに行かせはしない。お嬢様を助けるには、これしかないんだ……」
「どういうこと?」
「この家には、お嬢様がいた。だが北条牙炎の力で、意識不明の重体だ。救うには、牙炎に従って計画を成功させるしか
ないんだ」
「意識不明って……伊月君と同じ……」
「もう、時間はない。今日の計画が失敗すれば、お嬢様は死ぬ。頼む。このまま計画を成功させてくれ。償いならいくら
でもする。私はどうなっても構わない。だから――――」
「ふざけるな」
 俺は武田を睨み付けた。
「大助君……!」
「お嬢様が、どんな人なのかは知らない。だけど、何の罪もない香奈を犠牲にしていいはずがないだろ! それに、香奈
が犠牲になっても、その人が救われる保証だってどこにもないだろ!!」
「そんなこと分かっている! だが他に方法がないんだ!!」
勝手に決めつけるな! お前がなんと言おうと、俺は香奈を助けに行く!」
「少年……君には私の気持ちが、分からないのか?」
「……分かるわけないだろ。俺は諦めない。だから、お前の気持ちは分からない。そこをどけ! 道を空けろ!!」
「………少年…………」
 武田が下げていた頭を上げて、デュエルディスクを構えた。
 どうあっても、俺達を通すつもりはないらしい。
 デュエルディスクを構えようとすると、俺の前に雲井が立った。

「中岸、ここは俺に任せて先に行け」

「待て雲井、相手は―――」
「いいから行け。香奈ちゃんは、本城さんでも、薫さんでも、ましてや俺でもねぇ、てめぇを待ってんだ。いいから早く
行きやがれ。それに、俺はこいつに用があるんだからなぁ!!」
「雲井………」
 相手は、サバイバル決闘で俺にトドメを刺した奴だ。
 まともに戦って、雲井が勝てるかどうか分からない。
「さっさと行きやがれ! 手遅れになってもいいのかよ!!」
 雲井が強い口調で言った。
 右手を、強く握りしめる。
「……わかった。頼んだぞ」
「へっ、頼まれてやるよ仕方ねぇ」
「行かせはしないと言っているだろう!!!」
 武田がカードをかざした。
「みんな! 横に跳んで!!」
 薫さんの声。
 反射的に横に跳んだ。

 ――大落とし穴!!――

 辺り一面の床に、巨大な穴が開いた。
「マジかよ!?」
「きゃあ!!」
 足場がなくなった。反射的にそれを察知して、穴から回避していた薫さん。
 だが俺達三人は、間に合わなかった。体が落下していく。
 武田も、同じように落下していた。自分ごと穴に落とすつもりらしい。
「大助君!!」
 薫さんが手をさしのべる。
 俺は体が落下しながらも必死で手を伸ばした。
 
 だがその手は、空をきった。





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 香奈がいる二つ前の部屋で吉野は1人息を吐いた。
 もうすぐ、朝山香奈は記憶を消されて、計画は無事に成功する。
 そうすれば、お嬢様を……琴葉を救うことが出来る。
「っ……!」
 一瞬、香奈のことを思うと心が痛んだ。
 何の関係もない彼女を犠牲にして良いはずがない。辛い言葉で責めたのも、本心からではなかった。
 だが、そうでも言わなければ彼女は無理にでも脱出していただろう。
 それだけは、避けなければいけないことだった。どんなに辛くても、琴葉だけは守りたかった。
「咲音(さきね)……琴葉……」
 吉野は大切な2人の名前を、ポツリと呟いた。
 先程、玄関の方で大きな音がした。おおかた、忠告も聞かず中岸大助が乗り込んできたのだろう。周りの人間に危害を
加えると脅したつもりだったが、彼には意味がなかったらしい。
 いや、大助に脅しなど意味がないことなど、自分は最初から分かっていた。そして心のどこかで、この場所に乗り込ん
できて欲しいと思っていたのだ。香奈の記憶を消すことに代わりはないが、最後に二人を対面させてやりたかった。
 せめて最後くらい、朝山香奈には、安らかな気持ちでいてほしかった。
 だがそれは出来ない。万が一でも、計画が失敗する恐れがある要素は取り除かなければならない。
 武田が止めに向かったが、止められるかどうかは分からない。もし誰かが来たら、止めるのが自分の役目。
 そうしなければ、琴葉は死ぬ。
「……………」
 吉野は自分の手を見つめながら、自身の力のなさを恨んだ。
 どうして、お嬢様なのだろうか? あの子は何も悪いことはしていないのに……。
 いったいなぜ、北条牙炎という卑劣な男に命を握られなければいけなかったのか……。
 そして、どうして自分は琴葉を守ることができなかったのか……。
「……わがままなのは……私の方ですね……」
 その口から、力無い笑みがこぼれる。
 散々、香奈に傲慢だと言っておきながら、自分が最もわがままだということを吉野は知っていた。
 白夜のカードを持っているとはいえ、普通の少女を犠牲にして、自分はお嬢様を救おうとしている。それが取り返しの
つかないことだと分かっているのにも関わらず、実行しようとしている………。
「っ…!」
 吉野の右手に、力が入った。
 大それたことなど、望んでいなかった。ただ、お嬢様との平和な日々が続けばいいと思っていただけなのに……。
 北条牙炎が訪問してきたあの日、どうして自分はお嬢様の異変に気づいてやることが出来なかったのだろうか。
 悔やんでも悔やみきれない。
 あの日、琴葉を守れていたら……北条牙炎を家に入れていなかったら……こんなことにはならなかったのだろうか。
 何年も一緒にいたはずなのに、守ると約束したのに、何もできなかった。
 いや、今だってそうではないか。琴葉を傷つけた張本人である北条牙炎に従っているだけで、何もできていないではな
いか。牙炎の薄っぺらな言葉に、微かな望みをかけて行動しているだけではないか。
「っ……!」
 吉野は下唇を噛んで、思考を中断した。
 余計なことを考えてはいけないのだ。せめて、この計画が成功するまでは……。
 琴葉を救うためだったら、なんだってする。その想いで、ここまで我慢してきたのだから―――


 バン!!


 ドアが勢いよく開け放された。
 吉野はそこへ目を向ける。
「あなたは……?」
 茶色の短い髪に、童顔気味の顔。
 たしか情報にあったスターという組織のリーダー、薫だったなと、吉野は思い出した。
「……あなた1人ですか」
「そういうあなたも、1人なんだね。私は薫、あなたは?」
「私は吉野。お嬢様に仕える者です」
「そっか……」
 薫は吉野を見つめる。
 闇の力とは別に、ただならぬ雰囲気が感じ取れた。
「他の侵入者はどうしましたか? あなた1人ではないでしょう?」
「………………」
「なるほど、武田の手に掛かってここまで来れませんでしたか」
「香奈ちゃんは、この先にいるの?」
「ええ。ですがあなたはここで終わりです」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないよ!」
 薫はすかさず、カードをかざした。

 ――光の護封剣!!――

 無数の光の刃が吉野へ襲いかかる。
 だが吉野は素早い動きで、その光の刃を回避した。
「なるほど、力ずくというわけですか」
「…………」
 薫は光の護封剣のカードをしまいながら、冷静に相手のことを分析する。
 佐助から聞いていた、闇の力による身体能力の増強。たいていの相手ならかわせないはずの"光の護封剣"を、相手は
難なくかわしてしまった。
(厄介だなぁ……)
 そんなことを思い、次の行動へ思考を巡らす。
 ただの攻撃は通用しない。それなら――――

 ――サイバー・ドラゴン!!――

 薫の場に機械の龍が出現する。吉野はそれを見て眉をひそめた。
「どうあっても、通るつもりですか」
「もちろんだよ! 行け!! サイバー・ドラゴン!!」

 ――エヴォリューション・バースト!!――

 機械の龍から放たれたエネルギー波が吉野へ向かう。
「くっ!」
 吉野は体を反転させて、それをかわした。
 勢いを失わないエネルギー波は、そのまま前方にあった扉を破壊した。
「行って!」
 薫が大声で叫ぶ。
「……!」
 反撃する暇もなく、機械の龍が吉野へ襲いかかる。
 金属の尾を振ったり叩きつけたりと振り回すが、それらを吉野は紙一重でかわす。
 そして、生じた一瞬の隙をついて吉野は前へ跳んだ。
 カードをかざし、その手に黒い剣が握られる。

 ――闇の破壊剣!!――

 禍々しい刃を振りかざし、機械の龍へ斬りかかった。
 首の位置に深い斬撃を受けて、龍は苦しそうな声をあげた。
「サイバードラゴン!」
 薫は白夜の力を解除して、サイバードラゴンをカードの中に戻す。
「ごめんね」
「気にしている暇はありませんよ!」
 吉野が反撃に出る。

 ――ライトロード・レイピア!!――

 薫は反射的にカードをかざして、手に剣を握った。
 そして、剣戟が交わる。
 素早い攻撃を繰り出す吉野に対し、防戦一方になりながらも、薫はなんとか攻撃を防いでいた。
「はっ!」
 大きく吉野が振りかぶる。薫はとっさにレイピアを前に構えて防御姿勢を取る。
 剣が交わった瞬間、重い衝撃が薫を襲った。
「きゃあ!」
 衝撃に耐えきることが出来ず、薫はレイピアごと後ろへ飛ばされてしまった。
 床を転がりながらも、薫はなんとか体勢を立て直す。
「なかなかやりますね」
 吉野は剣を構えながら、そう言った。
「ですが、ここから先へは誰も通しませんよ」
「うっ……」
 薫は立ち上がって、吉野の後ろにある扉を見つめた。
 サイバー・ドラゴンによって破壊されているため、邪魔されなければ簡単に通り抜けられる。
「扉を通りたいですか?」
 見透かしたように吉野が言った。
 薫は答えなかった。
 悟られないようにしなければいけなかったからだ。
(頼んだよ……)
 薫は心の中で、そう呟いた。






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「……牙炎様、いかが致しますか?」
「この女は、まだ寝てんのかァ?」
「……起こすことはできますが………」
「よし、じゃあ起こせ」
「はい」



「……っ!!」
 覚醒は突然だった。
 全身に電流が流れて、強制的に目覚めさせられる。
 私はゆっくり目を開けて、前を見た。
「よォ、いい夢は見れたかァ? ひゃははは!」
 北条牙炎が、私を見ながら笑っていた。
「ここは………」
 確か私は、吉野との決闘に負けて……。
 それからどうなったんだっけ……。
「ここはただのでかい部屋だぜェ。なんだァ? まだ寝ぼけてんのかァ?」
「うっ……ぁ!!」
 また電流が流される。そこで、ようやく気づいた。
 私は椅子に座らされて、両手を縛られて椅子の後ろに回されていた。デュエルディスクは装着されているから、決闘の
あとそのままここに連れてこられたみたい。
 体には何も取り付けられていないから、電流は闇の力で流したものみたいだ。
「ひゃはははは!! やっと起きやがったなァ? 手間かけさせんじゃねェよ」
 笑う牙炎。その周りには、数人の黒いスーツを着た男達がいた。
 さらにその周りには、いかにもお金持ち風な人がたくさんいる。みんな、私を見ながら何かを話している。
「……! 私を……どうするつもり?」
「おいおい、吉野から聞いてンだろォ? てめぇはもうすぐ記憶を消されて、ただの人形になるんだよォ!!」
「っ……!」
 力を入れようとしたけど、決闘のダメージが残っているのか上手く力が入らない。
 それにたとえ拘束から抜け出せても、この人数を相手に逃げ切れるとは思えなかった。
「ひゃははは! どうしたどうしたァ。あがくならあがいてくれよォ。その方がおもしれェ」
「うっ……」
 抵抗したくても、力が入らなかった。
「なんだよ。マジで抵抗しねぇのかぁ? あァ、つまんねェ……」
 牙炎はいやらしい笑みを浮かべながら、溜息をついた。

 ギィ……

 不意に、ドアが開いた。
「おい、なんでドアが開くんだァ?」
「申し訳ありません。ちゃんと閉まっていなかったようです」
「おいおい、ちゃんと戸締まりぐらいしておけよォ、ひゃははは!」
 一瞬だけ期待してしまった自分が悲しかった。誰かが助けに来てくれたかと思ってしまった。
 そんなはずないのに……誰も助けに来るわけないのに……。
「牙炎様、もうすぐ例の品を地下から持ってきましょう」
「おォ、そうかァ」
「例の……品……?」
「あァ、てめェは知らなかったかァ」
 牙炎は私に向き直って、笑った。
「てめぇの記憶を消す機械のことだよォ。まだ試作品だが試すには十分だぜェ? 闇の力を溜め込むことで、普段の倍近
くの闇の力を使う。それを利用すりゃあ記憶なんてあっという間にパーだ。良かったなァ。てめぇは俺様の実験台1号と
して名を残せるぜェ? ひゃはははははは!!」
「……………………」
 そんな機械があるなんて………本気で、私の記憶を消す気なんだ。
 ということは……もう私が、私でなくなる時間が近づいてきたってことだ。
「牙炎様、そろそろお時間です」
「ひゃははは! さァ、いよいよショータイムだ。こいつらの前で実演販売といこうじゃねェか! ひゃーはっはっはっ
はっは!!」
 高らかに笑う牙炎。
 私はそれを、黙って見ていることしかできなかった。
「何か言い残したいことがあれば、聞いてやらねェこともねェぜ? まァ、伝えるかどうかは別だけどなァ」
「……クスクス……クスクス……」
 牙炎の言葉で、周りの富豪達から笑いが起こった。
 全然、笑えなかった。
 ここにいる全員が、私の記憶が消される瞬間を待ち望んでいる。このままいれば、間違いなく私は消えてしまう。
 でも……もう私に、抵抗できる力は残っていなかった。
 こんな私に、もう居場所なんか残って無い。仮に帰ったところで、またみんなに迷惑をかけるだけ。
 だったら……このまま記憶を消されても……構わないかも知れない……。
「どうしたどうしたどうしたんですかァ? もっともっとあがけよォ」
「クスクス……」
 辺りから、くだらない笑い声が聞こえた。
「牙炎様、品を持って参りました」
「やっと来たかァ」
 何かの機械が出てきた。大きな機械で、本棚くらいの大きさがある。
 けどその中には、不気味な黒い塊が渦巻いていた。
「さァさァみなさんご覧あれ! これからこの女の記憶を抹殺してやるぜェェェ!!」
 牙炎の大袈裟なパフォーマンスに、辺りから歓声が上がった。
 絶対におかしい。みんな、狂ってる。
「さーて、最後に何か言いたいことはあるかァ?」
 牙炎が卑下た笑みを浮かべて、尋ねてきた。
「……私は………」
 言っても意味がないと思った。
 その言葉を、牙炎が伝えてくれるとは思えなかった。
 伝えたいことなんて……本当はいくらでもある。でもそれをわざわざ牙炎に伝えることもない。
 だからせめて、心の中で言う時間が欲しかった。
「じゃあ……1つだけ……言わせて……」
「おぉ? いいねェ。そうこなくちゃなァ……」
 辺りが静かになる。
 みんな、私の言葉を待っているようだった。



 母さん……今頃心配しているわよね……ごめんなさい。私……もう母さんの娘じゃいられない。
 誰とも分からない人に売られて、きっと、酷い扱いをされてしまう。
 母さんが毎日作ってくれた料理、とってもおいしかったよ。沢山食べても太らないし……飽きないし……。
 そんな料理を……母さんが作る料理を……もっとたくさん、教えて欲しかったな……。

 薫さん……あんまり遊びに行けなくて……ごめんなさい。
 まだ、決闘もしていなかったわよね……。薫さんと、また一緒にお風呂に入りたかったな……。
 ついでに麗花さんとか、コロンとか、真奈美ちゃんとかも……一緒に………。

 真奈美ちゃん……いつも私ばっかり話していたよね……。
 それなのに真奈美ちゃんはいつも静かに聞いてくれて、笑ってくれたわよね。
 結局1回しか決闘していなくて、私の勝ち逃げになっちゃうけど………。
 電話で、友達だって言ってくれたとき……本当に嬉しかったよ。

 雫……あんたにはいつもからかわれていたよね。
 大助との関係も……散々聞いてきたわよね………。
 今さら……本当に今さらだけど、雫になら、私と大助の関係を話してもよかったかもしれない……。
 どんなコスプレだって、着てあげてよかったかもしれない。
 私……雫と親友になれて……本当によかった………。
 
 そして、大助……ごめんね……。
 私、頑張ってみたけど……駄目だったみたい……。
 大助の分まで、頑張って生きようと思ったけど……大助の思い出と一緒に生きていこうと思ったけど、無駄な努力だっ
たみたい。
 本当にごめん。私がいなければ、傷つくことなんてなかったわよね……死んじゃうことなんてなかったわよね……?
 思い返せば、私の日常には、いつも大助がいた。いつも隣で笑ったり、泣いたり、怒ったり……他にもたくさん……。
 私ね。大助に会えて、大助が隣にいてくれて、本当に良かった。
 ……本当に……今さらよね。
 大助が生きているときに、そう伝えられたら……こんなことには、ならなかったのかな?
 こんな……こんな悲しい気持ちに、ならずに済んだのかな?

 大助が告白してくれたとき、「俺も、香奈と一緒にいたい」って言ってくれたとき、本当に嬉しかった。
 短い間だったけど、大助の恋人になれて幸せだった。
 わがままで、うるさくて、他人の気持ちを考えないような、最低な私と付きあってくれて……ありがとう。

 もし、天国ってものがあるんだったら……また、そこで会ってくれる?
 また、一緒に笑ったり、泣いたり、喧嘩したりしてくれる?

 ……そんなわけ、ないか……会ってくれるわけ……ないわよね……。
 本当に……ごめん。


「……母さん……薫さん……真奈美ちゃん……雫……大助……みんな……」

 今まで、ありがとう。
 そして……さよなら。

「……みんな……バイバイ……」

 私は静かに、目を閉じた。








































































「勝手にサヨナラするなよ」




「……ぇ……?」

 聞き慣れた声がした。
 閉じていた目を開けて、そっと顔を上げる。

「……………うそ……………」

 頬を何かがつたう。視界が歪んで、前がよく見えなくなる。
 目元を拭いたかったけど、縛られているせいで拭えない。
 でも私は、歪んだ視界で必死に目をこらしていた。

 ―――それは、あるはずがないことだった。

 ―――それはきっと、神様が私に見せてくれた、最後の夢なんだと思った。

 ―――けど違う。夢なんかじゃない。たしかに彼は、そこにいる。



 私の目が捉えたもの。

 それは世界で一番愛しくて、大切な幼なじみの姿――――



「待たせたな、香奈」






 ――――中岸大助が、そこにいた――――。





続く...




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