正義の悪!
第二十九話〜
製作者:きつね丸さん
第二十九話 或る愛の出来事/プリメーロ
それはとても優しい風が吹いている日のことだった。
自分があの天使と出会ったのは。
いや、正確に言うと出会ったのはもっと前の事。
えぇっと、いつからになるのだろう……?
そうだ。部活に入ってからの自己紹介が一番最初だ。
「……よろしくお願いします」
そう最後に言って、手早く自己紹介を終えた彼女。
どこか他人と話すのが苦手そうな、そんな感じの話し方。
それが一番最初の出会い。最初に彼女の声を聞いた瞬間だ。
その時はただ単に、無愛想な人だな程度にしか思ってなかった。
でも今は違う。彼女は天使だ。
この地上に間違って降りてきてしまった小さな天使。
光輝く翼を持ち、愛らしい笑みを浮かべる女神さまなのだ!
女神なんて現実には存在しないと言われるかもしれない。
現に自分も最近まではそうだった。でも、今は違う。
あぁ……彼女の事を思うと胸が熱くなる。
とめどめなく溢れるこの感情。
抑えることの出来ないこのもどかしさ!
自分の心から現れた炎で、この身が焼かれてしまいそうだ。
でも、それでも、大丈夫。
もしこの身が地獄の業火に焼かれようとも、
彼女が白く艶のある手を差し伸べてくれるだろうから。
心配そうに、だけど自分が無事で安心したという表情で彼女は呟く。
「……大丈夫?」
そう、あの時と同じように。
あの時と同じ、短いながらも思いやりのある言葉で。
彼女は自分の手を取り励ましてくれるに違いない。
あぁ、愛。これが愛なんだ!
自分は彼女に何も求めない。
ただそばにいてくれるだけでいい。
見返りのない気持ち。ただ純粋な願い。
この世にこれ以上、愛という言葉がふさわしいことがあるだろうか!?
いいや、ないだろう!! そんなものは存在しない。
例え僕がこの世の全てを知っていたとしても、これは断言できる。
これこそが世界で最も美しい愛の形なのだ!
願わくば、この愛が彼女の心に届いて――
「青葉君!!」
突然、自分の頭上から怒りに満ちた声が響いた。
続いてスパコーンという軽快な音。自分の頭に走る衝撃。
驚いて顔をあげると、目の前にはスリッパを持つ数学の霧乃先生。
「私の授業中に居眠りだなんて! 一番前の席なのにだらしないわよっ!」
腰に両拳をあてた格好で、霧乃先生が怒る。
周りを見ると、他の生徒がクスクスと笑っていた。
「す、すみません……」
自分は立ちあがると、ペコリと頭を下げた。
霧乃先生が少しだけ怒りが収まったように頷く。
「まったく、一年生だからってこんな事じゃダメよ。もっと集中しなさい!」
「はい! 申し訳ないです!」
自分は再度、大きな声を出して謝った。
クスクス笑いはまだやんでなかったが、霧乃先生の表情は柔らかくなる。
ハァとため息を吐いて、霧乃先生がジトッとした目を向ける。
「これからは、気をつけなきゃダメよ?」
「はい、大丈夫です!!」
自分が答えると、霧乃先生は満足気な表情を浮かべる。
どうやら、何とかなったようだ。危ない所だった。
安堵の息を吐き、自分は席へと座った。霧乃先生が微笑む。
「ところで青葉君、天使とか女神って何の話しなの?」
「……へっ!?」
「なんだかさっきからうわ言のように呟いてたわよ。誰の話しなのかしら〜?」
先生がとても意地悪そうな笑みを浮かべた。
教室中から聞こえていたクスクス笑いが大きくなる。
おそるおそる、自分は尋ねた。
「あの……自分、口に出して言ってました?」
「うん。面白かったから、すぐには起こさなかったけどね〜」
先生の言葉に、自分は凍りついた。
き、聞かれた。秘かに心の内に秘めていた言葉を。
こ、この教室にいた全ての人に……?
自分は真っ赤になりながら、後ろを振り返る。
――皆、自分の事を見ながら笑っていた。
「さぁ、青葉君。居眠りの罰として今の話しをじっくりと聞かせなさい」
先生が笑いながら自分に迫る。
心臓の動悸が激しくなる。これはさっきまでの鼓動とは違う。
体の内から冷たくなるような、嫌な動悸だ。汗が出てくる。
「青葉く〜ん?」
先生が楽しそうに笑いながら催促する。
自分の心臓の動きがさらに速くなった。
ぱくぱくと、自分は必死に口を動かしていく。
「か……」
「か?」
先生が首をかしげる。
ゆっくりと息を吸ってから、自分は大きく口を開ける。
――そして、
「か、勘弁、して下さーいっ!!」
自分の絶叫が、学校中に響いた。
キーンコーンカーンコーン……。
下校時間を知らせるチャイムの音が、校内に響いた。
日は暮れはじめ、空はすっかりオレンジ色に染まっている。
各々が自由に過ごす時。そんな放課後の、ある一室。
「――チェックメイト」
3人だけがいる部屋に、その声は高らかに響いた。
声を発したのは、長髪で整った顔立ちの少年。
片手に3つのダイスを持ち、不敵に微笑んでいる。
「う、嘘……」
少年と対峙するように座っていた少女が言葉をもらす。
その視線は目の前に広がるボードに釘づけになっている。
ダイスによって造られた道と、そこを進むドラゴン。
ドラゴンの目の前には人を模した駒が置かれている。
駒に描かれているのは黒のハートが二と、ピンクのが一つ。
少年が微笑んで、言う。
「ふふっ。この攻撃で沙雪のライフはゼロ。つまり僕の勝ちさ!」
「ちょ、ちょっと待――」
少女が言い終わるより早く、少年がドラゴンの駒に指示を出す。
ドラゴンの駒が赤い火を吹き、人の形をした駒に攻撃する。
「ああっ!」
少女が思わず声をあげる。
だが時すでに遅く、火が当たった駒はコテンと倒れる。
残っていたピンクのハートが、黒くなった。
ダンジョンマスター ライフ1→0
「うっ。くぅ……」
悔しそうに呟き、拳を震わせる少女。
少年が心底楽しそうに高笑いする。
「あーっはっはっは! この僕にDDMで勝つなど百年早いのだよ! なにせ僕は――」
少年が持っていたダイスを空中に投げだす。
空中でクルクルと回転し、机の上に転がるダイス。
全てのダイスが、星の紋章を上にして止まった。
「誇り高き、ダンジョン・ダイス・コーディネーターだからね」
そう言ってウィンクすると、また高笑いをする少年。
少女が悔しそうに震えつつも、がっくりと肩を落とす。
その口が動き、言葉が呟かれた。
「こういうのだけは、無駄に強いのね……」
「ん? 何か言ったのかな、沙雪……?」
小馬鹿にしたような表情で少女の事を見る少年。
少女――DEC部長の白峰沙雪は、フンとそっぽを向く。
「別に、何でもないわよっ!」
「そうか。なら別に良いんだけどね。あっはっは!」
楽しそうに高笑いしながら少年――日華恭助が机の上を片付け始める。
白峰の後ろで試合の様子を見ていた天野茜が、おずおずと言う。
「それにしても、うちの部活の備品にはこんなものがあったんですね……」
机の上に並べられたダイスとボード、駒に視線を向ける天野。
得意げな表情になりながら、頷く日華。
「最近、ロッカーの中を整理していたら見つけたんだ。レア物だよ」
クルクルとダイスを指の先で回しながら言う日華。
その様子を面白くなさそうにみている白峰。
ダイスを空中に放ってから、日華はそれを片手でキャッチする。
「ちなみに、DDDに関しては、内斗君よりも僕の方が強いよ」
ニッと微笑み、ダイスを箱の中へとしまう日華。
その言葉を聞き、白峰がさらに悔しそうに唸る。
「そういえば……内斗先輩は?」
天野が部室の中を見渡しながら、二人に尋ねた。
普段なら放課後は部室にいる神崎内斗の姿が、今日はない。
彼女が部室に来た時にはすでに、二人の部長はDDDで対戦していたのだ。
「あぁ、内斗君は海の方へ釣りに行ったらしいよ」
DDDの箱を丁寧にかたしながら日華が答える。
「内斗君、釣り好きだから。今日は海のコンディションが良いんだって」
よく分かっていなさそうな口調で言う日華。
DDDの箱を棚へと戻すと、日華はティーカップに紅茶を注ぐ。
天野はその答えには納得するも、続けて尋ねる。
「あの……じゃあ、どうしてお二人はそのゲームで対戦してたんですか?」
その言葉に、またも嬉しそうに笑う日華。
それとは対称的に、白峰の表情は険しくなる。
ティーカップ片手に、日華が肩をすくめる。
「いつものように沙雪が内斗君にリベンジするために乗り込んできたから、いつものようにあしらおうとも思ったんだけど、せっかくDDMを発掘したんだからそれで勝負しようと言ったら、この通りという訳さ」
優雅な動作でティーカップを傾ける日華。
白峰がフンと鼻を鳴らし、腕を組む。
「別に、こんなもので勝っても意味なんかないわよっ!」
「ふっ。負け犬の遠吠えというのは、いつの時代も醜いものだね……」
余裕の微笑みを浮かべながら紅茶を飲む日華。
白峰の表情がさらに険しいものになる。一触即発の雰囲気。
殴り合いになるのを危惧して、天野が別の話題を振る。
「そ、それで、白峰先輩はDECには戻らなくてもいいんですか?」
天野の言葉を聞いて、白峰の表情から怒りが消えた。
日華から視線をそらすと、天野の方を見ながら白峰が答える。
「今は大会中だから、戻ってもあんまりやることもないのよ」
退屈そうにため息をつく白峰。
パイプ椅子に座ると、自分のデッキを取り出して眺める。
「今のところ私たちは順調に勝ち残ってるし、下手に決闘して他のチームのスパイにデッキのカードを見られたらダメだからね。だからチームのメンバーには、なるべく決闘を控えておくようにって言ってあるの」
淡々とした口調で説明する白峰。
その言葉に、天野が衝撃を受ける。
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
愕然とした表情で固まる天野。
白峰がその様子を見て不思議そうに首をかしげる。
フッと息を吐いて、日華が微笑んだ。
「言っとくけど、DECはDC研究会と違って有名だからそうしてるんだよ。うちのチームにスパイ行為してくるような輩はいないさ」
その言葉を聞いて、天野がホッと安心したように息をはく。
憂うように、日華が頭に手を当ててティーカップを机に置いた。
「まったく。真に注目すべきはデュエル・コーディネーターである僕なのにね……」
悩ましげな口調で言う日華。
その発言を、二人の女子は綺麗に無視した。
白峰が、天野の方を向いて言う。
「そうそう。最近は小城さんも人間が柔らかくなってきたわよ」
思い出したかのような口調の白峰。
その言葉に驚いたように、日華が目を丸くする。
「えっ。あの小城さんが……?」
「ええ。最近は他の人とも少しは話せるようになってきてるし……」
白峰の言葉に、さらに目を丸くさせる日華。
というか、今までは他人と話せてなかったの?
その目からは、そんな疑問がありありと伝わってきていた。
白峰が天野に向き直り、嬉しそうに微笑む。
「これも、天野ちゃんのおかげね。ありがとう!」
「えっ。別に私は、そんな大したことは……」
「なーに言ってるのよ。天野ちゃんと決闘してから変わったんだもの。あなたのおかげよ!」
白峰の言葉に、顔を赤くさせる天野。
だがその表情は恥ずかしいというより、嬉しそうなものだった。
その光景を見ながら、日華はうんうんと頷く。
「さすがは我が部活の後輩だ。これも僕の指導の賜物だね」
「絶対、違うわね。あんたに才能はないわよ」
振り返らずに、白峰が痛烈な言葉を放った。
その言葉は一本の針となり、日華の心に突き刺さる。
冷や汗をかきながら、日華はフッと微笑む。
「才能は関係ない。偉い人も言っていただろう。天才の99パーセントは努力だよ」
「あら、知ってるかしら。その言葉って本当の意味は『1%の才能も持ってないような人はどんなに努力しようとダメ』って意味なのよ」
「…………」
白峰の言葉に対して、日華は何も言い返せない。
さっきまでのお返しと言わんばかりに、白峰がたたみかける。
「人間、どんなに努力してもダメな事が一つや二つあるでしょ。そういうことね」
「…………」
日華が白峰から顔をそらした。
その肩がプルプルと震えているのは泣いているからだろうか。
ぶつぶつと、暗い声が部室の中に響く。
「僕には、才能あるもん……」
ズーンと暗いオーラを漂わせる日華。
その一画だけが、凍ってしまったかのように冷たい。
おろおろとしている天野と、クスクスと笑っている白峰。
「い、いいんですか?」
「いいのよ、これくらい。それにこれくらいじゃへこたれないわよ」
さらりと言ってのける白峰。
少しは気が晴れたのか、嬉しそうに笑っている。
困ったように頬をかく天野。
「それにしても――」
白峰がぼそりと呟く。
その目はぼんやりと天井を見ている。
「案外、人が少ないとここも退屈なものね」
三人しかいない部室の中で、白峰が肩をすくめる。
先程の精神攻撃から立ち直った日華が、言う。
「だったらDECに帰ればいいじゃないか。ここは見世物小屋じゃないぞ……」
「うーん、そうね……」
白峰が悩ましげに考え込む。
日華もまた、ぼんやりとしたような口調で言う。
「しかし、確かに今日は人が少ないな。内斗君は海釣りに行っちゃったし、ディア君もバイト。雨宮君は日直の仕事で遅くなるんだっけ?」
日華の質問に対してこくりと頷く天野。
唸り声をあげて、日華が考え込む。
「……今日の部活、もう終わりにしようかな」
ぼそりと、そんなことを呟く日華。
三人しかいない部室を見まわして、ため息をついた。
――廊下から、一人の足音が近づいてくる。
「珍しいわね。恭助がこんなに早く部活終わらせるなんて」
白峰が尋ねると、日華が両手を肩の所で広げる。
「だってしょうがないだろ。人いないし、やることも特にないからね」
「強くなるために、決闘の練習をするっていう発想はないの?」
白峰が嫌味にも聞こえるような声を出す。
その言葉を聞き、日華は大げさに肩をすくめて笑った。
いぶかしむような表情の白峰に向かって、言う。
「僕は、そんな考えはとっくに超越してるのさ」
「…………」
白峰の表情が微妙に渋くなった。
呆れているのか、黙ってため息を吐く白峰。
後ろで見ていた天野も、苦笑いを浮かべている。
――足音が、DC研究会の部室の前で止まった。
「やっぱり、部室に戻ろうかしら。詩織とか美樹もいるだろうし」
退屈そうな表情で呟く白峰。
その言葉を聞き、ぼんやりと考え込む日華。
「……あぁ、桃川君か。何だか久しぶりに聞いたね。元気にしてる?」
少しの間の後、日華が思い出したかのように言った。
何気ない質問だったのだが、白峰の表情が暗くなった。
眉をひそめ、白峰が小声になって尋ねる。
「あんた、何にも知らないの?」
「?」
険しい表情になってしまった白峰を、不思議そうに見る日華。
天野も訳が分からないようで、きょとんとした表情を浮かべている。
ゆっくりと、白峰が口を開いた。
「最近、美樹はDECの部員の一人に告白して、けっこう酷い振られ方されたのよ。元気なんてないわ」
「えっ! そ、そうなの……!?」
日華が目を丸くして驚いた。
天野もまた驚いて口に手を当てている。
「そうよ。噂程度だし、私も突っ込んだことは聞いてないけど、かなり散々な言われようで振られたらしいわ。わざわざ嫌味を言って振るなんて最ッ低の男よね」
かなり怒った様子で、白峰が吐き捨てるように言う。
日華もまた、その言葉に頷いた。
「全くだ。いったいどこのどいつだい? その男ってのは」
「……言ってもいいけど、今は会えないわよ」
日華の質問に対して、白峰が視線を伏せる。
白峰の言葉の意味が分からず、首をかしげる日華。
暗い表情を浮かべて、白峰が言う。
「そいつ、入院中なのよ。……例のシルクハットの怪人にやられたらしいわ」
「あぁ、あの……」
日華がこの前の事を思い出したのか、苦い表情を浮かべる。
現在、風丘町で流行している噂。シルクハットの怪人。
月夜の晩に現れ、女性に対して酷い事をした人間を倒す通り魔。
「まさか、こんな近くに被害にあった人間がいるなんて……」
どこか複雑そうな表情を浮かべて、日華が呟いた。
白峰もまた、微妙そうな表情を浮かべて答える。
「まったくね。自業自得だけど、何だか妙な気分だわ……」
白峰の言葉に、日華もまた頷いた。
微妙な空気が部室に流れる中、白峰が「よしっ」と声を出して言う。
「やっぱり、私はDECに戻るわ。美樹が心配だしね」
「……そうだね。それがいいよ」
日華も納得したように言う。
パイプ椅子から立ち上がり、部室にある唯一のドアへと向かう白峰。
その後ろ姿に向かって、日華が手をひらひらとさせた。
「桃川君に、よろしくね」
「……うん。気持ちだけは伝えておいてあげるわ」
そう言って微笑む白峰。
天野もまた「よろしくお伝えください……」と頭を下げる。
にっこりと笑い、白峰がドアノブを回して扉をあけた時――
「どわぁっ!!」
「!?」
突然、奇声とともに一人の人間が部室の中へと流れ込んだ。
驚いた白峰は体を引き、その人物は白峰の横を通り抜け、床へと落下する。
ガンッ!!
鈍い音が、部室に響いた。
三人が呆然とする中、床に激突した人物が頭を押さえる。
「痛たたた……」
顔をしかめながら、額を押さえる人物。
短く切られた髪の毛に、高校生にしては小柄な体格。
童顔で、少しぶかぶかのブレザーを着ている少年。
その姿を見て、白峰が驚いた声をあげた。
「あ、青葉君!?」
「……えーっと、誰?」
状況が把握できていない日華が、白峰に向かって尋ねる。
白峰が答えるより前に、少年がハッとなって立ち上がった。
「じ、自分はDECの一年生、青葉光太郎(あおば・こうたろう)と申します!」
「DECの、一年生君……?」
疑わしそうに少年のことを見る日華。
白峰がため息をついて、頷く。
「こう見えて、青葉君はDECのトーナメントメンバーの一人よ……」
「はい! DECの、ナンバー5をやらせてもらってます!」
その言葉に、日華と天野が驚きの表情を浮かべる。
DECは実力主義。大会でも、学年や役職に関係なく実力だけでメンバーは決められる。
現在参加中のファイブチーム・トーナメントは五人一組の大会で、出場しているのは上位五名。
白峰沙雪、桃川美樹、倉野詩織、小城宮子、そして残りの一人が――
「こ、この一年生君が大会メンバー!?」
日華が、青葉の事を指差しながら尋ねる。
白峰がその言葉に再度頷いた。青葉が、照れるように顔を赤らめる。
「いやぁ、お恥ずかしいです……」
後頭部をかきながらそう呟く青葉。
呆然としている日華をよそに、白峰が尋ねる。
「それで、なんで青葉君がここに? ていうか、何してたのよ?」
「す、すみません! 部長を探していて、それでここにいるということは分かったんですが、外からじゃ中の様子が分からなかったので、入るタイミングを測るために耳をドアに……」
ぺこぺこと頭を下げながら弁明する青葉。
日華が肩をすくめて、呆れた表情を浮かべて呟く。
「普通に、ノックすればよかったじゃん……」
「あっ! そ、そうか、そうすれば良かったんですね!」
心底感心したような声を出す青葉。
日華の表情がさらに苦いものへと変化する。
白峰が、大きくため息をつく。
「それで、どうして私を探していたの?」
部長らしい、威厳のある口調で尋ねる白峰。
その言葉で気づいたように、青葉の表情が真剣なものになった。
目を伏せがちにして、青葉が小さな声で言う。
「じ、実は、部長にどうしても相談したいことがありまして……」
「相談? 私に?」
首をかしげる白峰。
青葉は「はい」と答えると、ごくりと唾を飲む。
「誰に相談するべきか迷ったんですが、やっぱり部活での話しなので、部長が一番かなと……」
「いったい、何があったっていうのさ?」
白峰の後ろから、日華が言葉を投げかけた。
苦かった表情は、いつのまにかヘラヘラとした笑いに変わっている。
緊張感のない声で、日華が言った。
「ひょっとして、部長の指導が厳しすぎるとかかい?」
「ちょっと、ちゃかすのはやめなさいよ!」
日華の冗談にかみつく白峰。
自分の部活内でトラブルが起きたとなればその責任は部長にある。
かなり真剣な表情を浮かべながら、白峰が青葉に向き直る。
「何があったの、青葉君? 正直に言ってみなさい」
「は、はい。実は……」
そこまで言って、青葉が言葉をつまらせる。
よほど重大な事なのか、その表情はかなり真剣だ。
何回も深呼吸をくりかえし、唾を飲み込んでいる。
「し、実は自分……」
またもここで言葉をとぎらせる青葉。
どぎまぎとした様子。迷っているような表情。
チク、タクと時計の針が進む音だけが部室に響く。
沈黙。張り詰めたような空気。
永劫にも続くかのような緊張感。時間が流れるのが遅い。
白峰と天野は息を呑み、日華もまた頬に汗を流しつつ言葉を待っている。
緊張の刻。部室内の視線を一身に受けている青葉。
青葉の口が、ゆっくりと開く。
「実は……」
その言葉は、静かになった部室内にやけに大きく響いた。
ごくりと唾を飲み込み、次の言葉を待つ三人。
乱れる呼吸。心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらいに緊張している青葉。
外の木にとまっていた鳥たちが羽ばたく音が、耳に届く。
夕暮れが雲にかくれ、わずかだがオレンジの光が屈折した。
ゆっくりと青葉が、その顔をあげる。そして――
「実は……自分、小城さんの事が好きなんですっ!!」
青葉の叫びが、部室の中に響いた。
「きっかけは、つい先日の事でした……」
DC研究会の部室。
パイプ椅子に座った青葉が、思い出すかのように目をつぶり微笑む。
その様子を黙って見守っている三人。青葉の意識が過去へと飛ぶ……。
『うわっ!』
ある日のDECの部室内。
何人かの一年生で掃除をしていた時、青葉は転んだ。
その拍子に腰につけていたデッキケースが床に落ち、カードが散らばる。
『あっ!』
散らばってしまった自分のカードを必死に拾い集める青葉。
その様子を見て、周りの部員が嘲るような笑みを浮かべる。
『なーにやってんだよ、青葉』
『ほんと、落ち着かない奴だな』
『見た目だけじゃなくて、精神も子供かよ』
その言葉に爆笑する部員達。
青葉はムッとするが、カードを拾うことを優先する。
持っていた箒や雑巾をかたし、部員達は自分の鞄を持つ。
『もう掃除も終わったし、勝手にやってろよ!』
大きく笑い声をあげながら、他の部員達は青葉を残して出て行った。
一人部室内に取り残された青葉。カードを拾いながら、呟く。
『……冷たい奴らです』
丁寧に、拾ったカードを一まとめにする青葉。
カードの枚数を数えながら、ため息をつく。
実力主義のDEC内で、青葉は一年生とは思えぬ活躍を残していた。
先輩達をごぼう抜き、あっという間にトップ5入り。大会のメンバーにもなった。
だが……。
『……友達、いなくなりましたね』
さびしげな口調で、青葉はぽつりと呟いた。
さっきの連中も、最初のころは仲良くしていた連中だった。
だが青葉の実力が認められる毎に、嫉妬からか態度が冷たくなる。
今では、マトモに話すことさえ少なくなっていた。
『……はぁ』
ため息をつき、手を止める青葉。
ナイーブな気持ちになりかけるが、すぐに頭をふる。
いや、こんな所でくじけちゃダメだ。この程度で屈してはいけない。
なぜなら、自分には夢がある!
決闘によって世界の治安を守っているという、国際警察官になるという夢が!
部室の窓から見える夕焼けに視線を向け、青葉はぐっと握り拳を固める。
そのためにも、こんなことで心が折れていてはいけない。もっとがんばらなければ!
オレンジ色になっている空を見ながら、闘志を燃やす青葉。だが……
『……あ、あれ?』
拾ったカードを見終わり、青葉が呟いた。
一枚カードがたりない。それも、自分の切り札のカードが。
『ど、どこに……!?』
慌てて辺りを探し回る青葉。
そんな時、おもむろに彼の肩が何者かによって叩かれた。
驚いて振り向く青葉。そこにいたのは――
『……これ』
一枚のカードを差し出す、一人の少女。
黒の短髪に、ややつりあがっている目。浮かべているのは無表情。
DEC一年生の女子、小城宮子が箒を片手に立っていた。
『……大丈夫?』
ぼーっと小城の事を見ていた青葉に対して、小城が尋ねた。
ハッとなった青葉が、慌てた様子でカードを受け取り言う。
『あ、ありがとうございますっ!』
『……大丈夫なら、いいけど』
元気に頭を下げる青葉を見て、小城はそう言う。
持っていた箒をかたすと、自分の鞄を持つ小城。
『それじゃ、またね』
『は、はいっ!』
やけに気合いを入れて返事をする青葉を、不思議そうに見る小城。
首をかしげつつも、彼女は扉を開けて廊下へと出ていく。
ドアの隙間から、小城が自分の横の髪の毛をかきあげるのが、青葉には見えた。
それから、青葉は宿直の用務員に発見されるまでその場に立っていた……。
「もう、完全に惚れてしまいました……」
でれでれと、頬を赤らめながら頭の後ろを押さえる青葉。
話しを聞いた三人は、それぞれが全く違う反応を見せている。
「い、意外すぎるわ。こんな事って……」
白峰は呆然とした様子で、そう呟いた。
その横では、天野が目を丸くさせて口元に手を当てている。
日華だけが、面白そうに笑みを浮かべていた。
「なるほどね……」
うんうんと頷く日華。
ぽわぽわした表情で幸せそうに回想にひたる青葉。
だがそこから一転して、青葉が真剣な表情で白峰に迫った。
「そ、それで部長! つきましてはお願いが……!」
「な、何……!?」
青葉の迫力に押されて戸惑う白峰。
ゆっくりとした口調で、青葉が言う。
「じ、自分の告白を、手伝ってはもらえませんかっ!?」
「こ、告白ぅ!?」
白峰と天野が、声をハモらせて驚く。
その言葉に、緊張しつつも力強く頷く青葉。
「も、もう自分にはこの思いをどうすることもできません!! だから、思い切って告白を――」
「べ、別にそりゃかまわないけど、なんでそれを私に……?」
しどろもどろになりながら、白峰が尋ねる。
びしっと、青葉が敬礼のポーズを取りながら、口を開く。
「恥ずかしながら、自分こういう事はじめてでして、やり方が分からないんです!」
ものすごく正直に、理由を話す青葉。
白峰の顔がひきつり、その体をのけぞらせた。
悩ましそうに眉をひそめながら、白峰の方を見る青葉。
「や、やっぱり、ここは同じ女性なので、先輩にご教示願いたくて……」
「そ、そんなこと私に言われても……」
困ったような表情を浮かべ、慌てる白峰。
おろおろとする白峰に対し、青葉が深く頭を下げる。
「どうか、お願いしますっ!!」
「だ、だから、私にそんなこと言われてもね……」
「ふっふっふ……」
突然、二人の言葉を遮るように不気味な笑い声が響いた。
顔をあげる青葉と、後ろを振り向く白峰。
ソファーにふんぞりかえっている日華が、楽しそうに笑っている。
不敵な笑みをうかべながら、目を閉じている日華。
青葉が、不思議そうに白峰に尋ねる。
「えっと、どなたでしょうか……?」
「……ただの、バカよ」
頭を押さえながら、短く白峰が答える。
とても嫌な予感を直感的に感じ、白峰はため息をついた。
日華がもったいぶったように間を取ってから、口を開く。
「なるほど、話しはすべて聞かせてもらった……」
高笑いをしながら、日華が青葉に顔を向ける。
びくりと、どこかおびえたような表情を浮かべる青葉。
日華が、ゆっくりとした口調で話す。
「沙雪はそういう事にはてんでダメだ。だが安心したまえ。ここには、この僕がいる!」
すくっと立ち上がり、青葉の前に立つ日華。
キラキラとしたオーラを放ちながら、ポーズを決める。
「華麗なるデュエル・コーディネーター、日華恭助様の手にかかれば、人間関係の1つや2つを成就させることなどお茶の子さいさい。あっけらかんの木っ端の火なのだよっ!」
呆然と、日華の事を見つめている青葉。
白峰がため息をついた。これだから、このバカは……。
頭痛を感じながら、白峰が青葉にささやく。
「分かったでしょ、バカだって。だから――」
「す、素晴らしいですっ!!」
白峰の言葉を無視して、青葉が興奮したような声を発した。
目を丸くする白峰をしり目にして、青葉が目を輝かせる。
「あ、あなたのような自信に満ちた人は初めて見ましたっ! あなた様の力を借りれば、うまく告白できるような気がしますっ!」
「はっはっは! そうだろう、そうだろう!」
楽しそうに笑みを浮かべ、日華が高笑いする。
その光景を呆然と見ている白峰と天野。
ハッとなり、白峰が青葉に聞こえないよう尋ねる。
「ちょ、ちょっと! あんた、大丈夫なの……!?」
「どんと任せてくれたまえ。悪いようにはしないよ」
手をひらひらとさせる日華。
眉をひそめながら、白峰がさらに尋ねる。
「その、無駄な自信はどこから来るわけ……?」
「フッ、愚問だね。アレだよ」
日華が人差し指だけを伸ばして示す。
視線を指が示している方へと向ける白峰。
そしてその先にあったものは……
ファッション雑誌が大量に置かれている、棚だった。
白峰の顔が一気に渋くなる。
日華が微笑みながら、髪をかきあげた。
「ああいう雑誌にはえてして異性の落とし方が載っているからね。完璧さ」
「…………」
もはや、何の言葉も出ない白峰。
雑誌を読んだだけで、そんな事が身に着くはずがない!
白峰の目がそれを訴えていたが、日華は気づかない。
青葉の方へと向き直り、尋ねる。
「それで、今は小城さんはどこにいるんだい?」
「あっ、えっと、部室の方にはいなかったんですけど……」
困ったように答える青葉。
どうやら正確な居場所は把握していないらしい。
だが横にいた天野が、おそるおそる言う。
「えと、小城さんは日直ですから、きっと教室にいると思いますよ……」
「なるほど、教室か……」
顎の所に手をあてながら、日華が考え込む。
不気味な沈黙。何かを考えている日華がにやにやと笑っている。
青葉が、その様子をごくりと唾を飲み込みながら見つめていた。
「……なら、良い作戦があるよ」
笑いながら、そう言う日華。
青葉はその言葉に喜び、他の二人は不安そうになる。
……こうして、世紀の告白大作戦の幕は下ろされた。
それがどんな結末を迎えるかは、まだ誰も知らない。
夕焼けは天高く、空を赤く燃やしていた……。
風丘高校、放課後の廊下。
何人もの生徒が、楽しげな表情を浮かべて歩いている。
友達と談笑しながら、ふざけながら、携帯電話を見ながら……。
そんな中、廊下の曲がり角に隠れるように立つ、四人の人物。
「いいかい、作戦をおさらいするよ」
DC研究会部長の日華が、人差し指を伸ばす。
ゴクリと唾を飲み込み、青葉が神妙な面持ちで頷いた。
「はい! おねがいします!」
「うん。いい返事だ」
関心したように頷きながら、日華が微笑む。
その目からは、明らかに今の状況を楽しんでいる事がうかがえる。
キザッたらしく目をつむりながら、日華が言う。
「まず、沙雪が小城さんに近づいてデッキを見せてもらうように言う」
「……どうしても、やんなきゃダメ?」
露骨に嫌そうな表情を浮かべる白峰。
その言葉にびっくりとしたように、日華が目を丸くさせる。
「何を言う! 君んとこの後輩だろう! 沙雪が助けなくてどうする!」
「…………」
しばし考えるように、苦い表情を浮かべる白峰。
やがて観念したように肩をすくめると、頷く。
「分かったわよ……」
「よし。それじゃあ続きだ」
白峰の言葉に満足する日華。
はぁーっと大きいため息をつく白峰。
日華が青葉に向き直り、続ける。
「で、沙雪がデッキを見せてもらい始めたら、僕はさりげなく廊下からダッシュする」
「……さりげなくって」
白峰がジトッとした目つきで突っ込むが、日華はこれを無視した。
グッと握り拳をつくり、真剣な表情を浮かべる日華。
自然と、話しを聞いている青葉の顔も真剣なものになっていく。
「ダッシュしたら、僕は一直線に沙雪の横を通り抜けようとする。だが通り抜ける際に僕はバランスを崩して沙雪に激突。非常に申し訳ないが、小城さんのデッキを廊下にばらまく」
「ふむふむ……」
一言一言、真剣に青葉は聞き入っている。
さらに拳を固め、熱のある口調で日華は語る。
「沙雪は切れる演技をして僕と一緒に退散。そうすれば小城さんは一人でデッキを拾うことになるだろう。だがここで、さっそうと君が登場するのだよ、青葉君!」
ビシッと指を青葉に向ける日華。
天井を仰ぎながら、自信満々に微笑んで日華は言う。
「一人でカードを拾う小城さんを、君が横から手伝ってあげる。まさに君が体験したのとは逆のパターンを実行するという訳だ。そうすれば、君と同じように小城さんが青葉君の優しさに気づき恋に落ちる、かもしれない! 名付けて『恋の反復現象〜初めての共同作業が恋の道〜』大作戦〜!」
「おおーっ!!」
パチパチと拍手しながら、興奮したように青葉が声をあげた。
その様子を、どこか引いたような目で見ている女子二人。
おずおずと、天野が白峰に耳打ちする。
「……いいんですか?」
「……もう、私にも止められないわ」
天野の質問に、白峰は小さな声で答える。
はしゃいでいる二人の男子を見ながら、ため息をつく白峰。
呆れかえりながら、その口を開く。
「どうでもいいけど、やるんならもうそろそろじゃないの?」
「むっ。確かにその通りだね……」
日華がそう呟くと同時に、廊下の奥にある教室のドアが開いた。
学級日誌を片手に出てきたのは、まぎれもなく小城宮子。
四人の間に、微妙な緊張が走った。
「いいかい、青葉君。登場するタイミングを見計らうんだよ」
「は、はいっ! 心得ております!」
緊張した面持ちで、びしっと敬礼する青葉。
すーはーと深呼吸をしながら、青葉がその時に備え始める。
廊下を歩く小城を見ながら、日華がささやく。
「それじゃあ沙雪、頼んだよ」
「……分かったわよ」
仕方なさそうにため息をつき、曲がり角の死角から廊下に出る白峰。
少しだけ顔を後ろに向けながら、白峰は言う。
「ぶつかる時は、ちゃんと痛くしないようにしなさいよ」
「分かってるよ。軽くぶつかるから、沙雪はその場にデッキをぶちまけるんだ!」
日華の言葉を聞いても、白峰の表情は暗い。
仮にも部長なのに、こんな作戦に加担していいのかしら……。
そんな気持ちを抱きながらも、白峰は廊下を進んでいく。
ほんの数メートル歩いたところで、小城が白峰の姿に気づいた。
「あっ、部長……」
そう呟き、ペコリと頭を下げる小城。
その姿を見て、白峰は苦笑いを浮かべ片手をあげる。
不思議そうに、小城が尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「ううん。ちょっと、通りがかっただけよ……」
乾いた笑い声をあげながら、白峰はそう言う。
この状況になってなお、白峰は作戦を決行していいものか迷っていた。
だが背中から突き刺さるような視線を感じ、白峰も観念する。
「……ねぇ、小城さん。その……デッキを、見せてくれない?」
「えっ。……まぁ、構いませんけど、どうしてですか?」
どこか不安そうに尋ねる小城。
白峰は精いっぱいの精神力を使い、ひきつった笑みを浮かべた。
「い、いえ。私って部長だから、大会メンバーのデッキくらい把握しとこうかなって……」
「……はぁ」
どこか煮え切らない言い方に、小城は不審そうに眉をひそめた。
だがそれ以上は疑うこともなく、小城がデッキを取り出して白峰に差し出す。
「そういうことでしたら、どうぞ……」
「あ、ありがとう……」
デッキを受け取り、白峰はそれを見始める。
ゆっくり、一枚一枚カードを眺める白峰。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「ああああ、急がないとー、内斗君に怒られてしまうー」
そんな時、気の抜けた声が廊下に響いた。
その声を聞き、白峰の顔がひきつる。
額に手を当てて、憂いある表情を浮かべて廊下を走る日華。
「なんということだー。この僕としたことが日直の仕事に手間取ってしまったー。内斗君は時間に厳しいからなー。これは廊下を走らなければ間に合わないー。誰かにぶつからなければいいなー」
凄まじい棒読み口調で、日華は言う。
そんなわざとらしい説明口調で喋りながら走ったら、バレるでしょ!
白峰は心の中で叫ぶが、当然日華は止まらない。
ドンッ! という音が廊下に響く。
「あっ……」
驚いたように、小城の口から声が漏れた。
パッとまるで花びらのように、廊下にカードが散らばる。
そして突き飛ばされた衝撃で廊下に倒れる白峰。
「あああ、ごめん沙雪ー。大丈夫だったかーい?」
わざとらしく微笑みながら、倒れた白峰に声をかける日華。
プチッと、どこかの血管が切れるような音を、白峰は聞いた。
「恭助ーッ!!」
演技でもなく本気で切れながら、白峰は立ちあがった。
そのあまりの迫力にビビり、日華は驚きながら逃げ出す。
全速力でその場を離れる日華の背中を、白峰が叫びながら追った。
「待ちなさい、この大馬鹿野郎ーッ!!」
「あっ、部長――」
小城が呼びとめるのも聞こえず、白峰と日華は走り去ってしまう。
残された小城は、ハッとなって廊下にかがみこみカードを拾い始める。
それを遠くから見ていた青葉が、意気込んだ。
「よ、よしっ!!」
ぎくしゃくと、まるでロボットのような足取りで歩き始める青葉。
小城は床のカードを拾うのに必死になっていて、青葉には気づいていない。
緊張の一瞬。青葉は自分の心臓がバクバクとしているのを感じていた。
「いよいよみたいね……」
「痛い! 痛いよ沙雪、やめてぇ……」
廊下の隅から、白峰が日華の髪の毛を引っ張りながら呟く。
髪を引っ張られて涙目になりつつ、日華も視線は青葉に向けられていた。
あともう少し。青葉は、小城のほとんど目の前まで近づいている。
そして青葉の足元に落ちている、『始祖神鳥シムルグ』のカード。
小城はそのカードには気づいていない。
まさに絶好のチャンス。青葉が緊張しながら、カードに手を伸ばす。
(こ、これさえ拾えれば自分は……)
青葉の脳内で、小城が微笑んでいる姿が妄想される。
これからの事を考え、青葉は少しだけ口元に笑みを浮かべた。
青葉の後ろの方から覗き込んでいた天野が、小さく声をあげる。
「あっ……」
幸せな妄想に胸を踊らせている青葉。
もうすぐ、もうすぐ作戦は成功して小城さんとお近づきになれる!
気合いを入れながら、ドキドキとして手をカードに近づける青葉。
そして、青葉の手がカードをつかめそうになったその時――。
すっと、横から別の手が伸びて、カードが拾われた。
「あっ!?」
思わず声をあげて顔を上げる青葉。
遠くで見ていた白峰や日華も、驚く。
青葉が顔をあげた先、そこにいたのは――
「はい。どうぞ」
「あ。雨宮君……」
小城にカードを手渡す、雨宮透の姿だった。
ガーンと凄まじいまでのショックを、青葉は受ける。
床にキョロキョロと視線を送る雨宮。
「もう、大丈夫ですか?」
「あ、うん。これが最後のカードだったから。ありがとう」
小さく頭をさげて、小城が僅かに微笑んだ。
その光景を見て、青葉がコチンと石になったように固まる。
小城が立ち上がり、雨宮に学級日誌を見せた。
「それじゃあ、私はこれを届けに行くから……」
「はい。それじゃあ、また明日」
「うん、また明日ね……」
そう言って手を振りながら、小城が青葉の横を通り抜けていく。
そのまま天野が隠れていた廊下の角も通り過ぎ、廊下の奥に消える小城。
残された雨宮は、ホッとしたように息を吐いた。
「……さて、そろそろ部活に――」
雨宮がそう呟き、廊下を歩きだそうとした瞬間。
「ひ、ひどいですーッ!!」
青葉の叫びが、廊下に大きく響いた。
雨宮が、突然大声を出した青葉の事を見る。
泣いている青葉を見て、雨宮は驚きながら尋ねた。
「な、なんですか!? いきなり……」
「そ、それはこっちのセリフですーッ!!」
腕をばたばたとしながら、青葉が抗議する。
泣きそうな表情の青葉と戸惑った表情の雨宮。
そんな雨宮の後ろから、ポンと肩に手がのせられる。
「雨宮君……」
「ひ、日華先輩……?」
雨宮が振り向いた先には、日華が立っていた。
突然現れた自分の部の部長を見て、雨宮がまた驚く。
どんよりとした雰囲気で、日華がため息をつく。
「君、空気読みたまえよ……」
「……!?」
なぜ自分が怒られたのか理解できない雨宮。
その様子を見て、日華は呆れたように肩をすくめた。
廊下でむせび泣いている青葉の肩を叩き、言う。
「とりあえず、退こう。作戦の練り直しだ」
「は、はいっ……」
シクシクと涙で袖を濡らしながら、日華に連れられ去っていく青葉。
全く理解できないでいる雨宮に対し、さらに白峰が声をかける。
「恭助はああ言ったけど、私は良いと思うわ。グッジョブよ!」
「えっ……!?」
今度は褒められて、戸惑った表情を浮かべる雨宮。
白峰はグッと親指を突き出し、微笑んでから日華の後を追う。
残された雨宮は、けげんな表情になって呟く。
「な、何なんだ? 一体……」
訳が分からないでいる雨宮。
首をかしげながらも、とりあえず部室に行くため廊下を進む。
そして二手に分かれている所へとさしかかった時――
ぱっ。
突然、雨宮の目の前にカードが散らばった。
驚いて歩みを止める雨宮。廊下に大量のカードが落ちていく。
そして、それらのカードの奥にいるのは……
「あ、雨宮君……」
「あ、天野さん……?」
カードを前にして立っている、天野茜の姿だった。
呆然とする雨宮に向かって、天野が照れたように赤くなりながら、言う。
「その、カード、落としちゃって……。一緒に拾ってくれませんか……?」
「…………」
どきまぎとした様子で雨宮の事を見ている天野。
さっきのあれといい、これといい、今日はカードがよく落ちている。
いったい何の日だ? ひょっとして厄日なのか、今日は?
そんな事を考えながら、暗い表情で雨宮は頷いた。
「なるほど、そういうことでしたか……」
DC研究会の部室。
事情を聴いた雨宮が、暗い表情を浮かべながら呟く。
日華はまるで怒っているような口調で、頷く。
「そういうこと。つまり、君は僕たちの完璧な作戦を邪魔してくれた訳だ!」
「……完璧ですか?」
雨宮の素朴な疑問を、日華は無視する。
青葉はまだシクシクと、涙を流していた。
泣きながら、うらみがましい目を雨宮へと向ける青葉。
「も、もう終わりです。これで小城さんは、雨宮君に惚れてしまいました……」
「い、いえ。そんなことはないと思うんですけど……」
首と両手を振って雨宮は否定するが、青葉にその言葉は届かない。
ばたばたとソファーに体をうずめながら、むせび泣く青葉。
ものすごく厄介な事に巻き込まれた事に感づいた雨宮が、ため息をつく。
「で、でも。まだ終わった訳じゃないですよ!」
部室の隅、天野が明るい声を出す。
四人の視線が集まる中、天野が言い聞かせるように言う。
「まだまだ小城さんが雨宮君に惚れてしまったって決まった訳じゃありませんし、これから青葉君も好感度を上げていけば十分大丈夫だと思います!」
「好感度ねぇ。具体的にはどうやって?」
天野の言葉に、日華が疑問を投げかける。
その事を予想していなかったようで、天野は考え込む。
少し考えてから、自信なさげに天野は言った。
「そうですね……。やっぱり、普通にお話とかをしてお友達になっていけばいいんじゃないでしょうか?」
「ふむ。なるほど……」
天野の言葉を、日華が真剣に考え込む。
青葉も泣きやみ、彼らの言葉に真剣に耳を傾けていた。
白峰がため息をついて、言う。
「私としても、さっきの作戦よりは全然マシで現実味があると思うわ……」
疲れたように、そう呟く白峰。
だが青葉が、声を荒げて噛みつく。
「で、でも、それだと長すぎませんか!? その間に雨宮君とくっついちゃったら……」
青葉の言葉に、額を手で押さえる雨宮。
白峰が、言い聞かせるようにして青葉に言う。
「そん時は諦めなさい。そもそも、そんなあっさりいくもんじゃないの!」
「で、でも……」
「嫌なら、後は一人でやりなさいっ!」
だだをこねるような青葉の態度に、白峰が強い言葉をあびせる。
ビクリとおびえる青葉。日華が二人の間に入る。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。二人とも」
両手でお互いを制止しながら、日華が言う。
そして二人を離させると、青葉の方へ向き直った。
「とりあえず、天野君の案で行こう。こういう日常での好感度も最終的には重要だよ」
「は、はい。先輩が、そうおっしゃるのでしたら……」
日華の言葉に、青葉は渋々ながらも頷いた。
その様子を見て、天野と白峰、雨宮がこそこそと話し合う。
「完全に盲信してますね……」
「ああいうタイプが、宗教に走ったりするのね……」
「だ、大丈夫なんですかね……」
三人はそれぞれ不安そうな表情を浮かべる。
かくして、作戦の第二幕がはじまることとなった。
夕日はまだまだ、沈む気配を見せていない……。
風丘高校、DEC部室。
綺麗に整えられた会議用の机と、いくつもの椅子。
壁際の大きな棚。中には大会の記録をまとめたファイル。
そして誰かが持ち込んだ、ティーポットと緑茶の缶。
綺麗に整頓されたオフィスのような部屋、それがDECの部室だ。
もちろん、数十人の部員全員がこの部室に入れる訳ではない。
限られたトップクラスの実力者のみが、部室内を自由に使用できるのだ。
そして今日、部室内では三人の人物が各々の時間を過ごしていた……。
「ふーむ……」
一人はDECでナンバー2の実力を誇る二年生の倉野詩織。
紫色のラメ入りベールを顔の前にたらし、まるで魔術師のような格好。
なにやら水晶玉を覗き込みながら、真剣に考えている。
「…………」
その少し横ではぐったりと机に体を沈めているおさげの少女。
DEC副部長にして現在ナンバー4の二年生、桃川美樹だ。
暗いオーラを全身から放ちながら、ぐったりとしている。
「……先輩」
そんな桃川の事を、一年生の小城宮子が心配そうに見つめている。
倉野と桃川の間にはさまれるような形で座っている小城。
どうすればいいのか分からないようで、困った表情を浮かべている。
「こういう時は、放っておいた方がいいですわよ」
ほわほわとした口調で、倉野が小城にささやいた。
少し驚きながらも、倉野へと視線を向ける小城。
水晶玉を前にしながら、倉野がため息をつく。
「運命とは残酷なもの。仕方がないことですわ……」
「そう、ですけど……」
倉野言われてなお、心配そうに桃川の事を見る小城。
その様子を見て、倉野が頬に手を当て、またもため息をつく。
「お若いですわね……」
まるで自分はもう若くないような倉野の発言。
だが倉野がどこか浮世離れしている事は知っているので、小城は驚かない。
ぐったりとしている桃川の事を見ながら、小城は心の中で悲しむ。
(桃川先輩……)
基本的に他人とは話せない小城だったが、数少ない例外の一人が桃川だった。
確かに地味な人だが、そこには限りない優しさがある。まるで天使のように。
それゆえ、小城は桃川とは話せたし、友達にもなれたような気がしていた。
だからこそ、失恋のショックで沈んでいる桃川の姿は見るに堪えられない。
(なんとかして、先輩に立ち直ってもらいたい……)
そう考えるも、元々他人とはあまり話さない小城なので良い案は浮かばない。
どうにかしたいと思っていても、方法が分からない。もどかしい気持ち。
そんな事を抱えながら、小城はここ最近を過ごしていた……。
「小城さんってば!」
考え込んでいた小城だったが、横からの声で我に帰る。
顔をあげると、そこでは倉野がぷくっと頬をふくらませていた。
「先輩であるわたくしを無視するなんて、よくないですわっ!」
プリプリとした言葉を投げかける倉野。
どうやら考えすぎていて、呼びかけに気づかなかったらしい。
反省しつつ、小城は頭をさげて謝る。
「す、すみません……」
「もう。次からはお気をつけて下さいね……」
不満そうに言う倉野。
小城はさらに頭をさげる。
一通り頭を下げてから、小城は頭をあげて尋ねる。
「それで、何でしょうか……?」
「見えましたの!」
「はっ?」
「未来ですわ! わたくし、あなたの今日の運勢を占いましてよ!」
倉野の唐突な言葉に、小城は衝撃を受ける。
DECの実力者として名高い倉野だが、彼女にはもう一つ顔がある。
占星術師・倉野詩織としての顔が。
彼女の占いが、それこそが人間離れした確率で当たるのはここ風丘では有名だ。
風丘高校内でも、何人もの人間が彼女に占ってもらいたく倉野の下を訪ねてくる。
もっとも、彼女は気まぐれなのでそう簡単には占ってもらえないのが実状だが……。
「ど、どうして私の未来を!?」
かなり驚きながら、小城は尋ねる。
小城はあまり占いというものを信じる方ではない。
もちろん、倉野に占いを頼んだ覚えもない。それがどうして?
緊張する小城。倉野が、ゆっくりとその口を開く。
「暇でしたから」
「…………」
想像を絶する理由に、小城は黙り込む。
まさに気まぐれ。小城は倉野の本質を改めて理解した。
きゃぴきゃぴとした様子で、倉野が言う。
「小城さんにとって、今日はとっても目まぐるしい日になりそうですわ!」
「はぁ……」
「具体的には、何か大きな事に巻き込まれそうですわ。よく分かりませんでしたけど」
「…………」
全く具体的ではない倉野の言葉に、小城は頭が痛くなってくる。
本人には言えなかったが、小城は少しだが倉野の事が苦手だった。
なんというか、得体の知れない部分が、特に……。
「ですが、星の流れは悪くありません。きっと楽しい一日になりますわっ!」
「そ、そうですか……」
倉野の言葉を、半分聞き流しながら小城は頷いた。
キラキラと輝くような笑顔を見せている倉野から、顔をそらす。
楽しい、一日ねぇ……。
その言葉の意味を考える小城。
ひょっとして、今日はパパとママがあんまりいちゃつかないとか?
そんなあり得ないような事を小城が考えていると――
バンッ!
大きく部室の扉が開き――
「こ、こんばんわっ!!」
大きな声が部室内に響いた。
部室の入り口。緊張した表情の青葉が立っている。
倉野が微笑んで、小さく手を振った。
「あら、青葉君。ご機嫌いかが?」
「は、はいっ! 絶好調であります!」
緊張した表情は崩さずに、青葉が大きな声で応える。
その言葉を聞いて、楽しそうにコロコロと笑う倉野。
小城は特に何の感情も浮かべずに、手をあげて言う。
「……元気そうだね」
「は、はい! そりゃもう!」
ぱっと顔をほころばせる青葉。
そそくさと、さりげなく小城の隣りの席に鞄を置いて座る。
不思議そうに青葉の事を見つめる小城。青葉が言う。
「こ、小城さんは、元気ですか!?」
「えっ。えぇ、まぁ……」
青葉の質問に、微妙そうな表情で応える小城。
何で、私に話しかけてくるんだろう……。
そんな疑問が、その目からはありありと浮かんでいる。
しかし青葉は、そんな事には全く気付かない。
「きょ、今日は良い天気ですね!!」
「そ、そう、だね……」
窓の外に広がる夕焼けを見ながら、小城が頷いた。
明らかにテンションに落差があるが、気にしていない青葉。
倉野はとても面白そうにその様子を見ている。
「あ、あの、小城さん……」
もじもじと、少しだけテンションを下げて言う青葉。
そしてコトリと、机の上に青い色のデッキケースを置いた。
何やらセリフを思い出すように考えながら、青葉が言う。
「そ、その、自分のデッキを見てくれませんか!?」
「え。見る? 私が?」
小城が不思議そうに置かれたデッキケースに目を向ける。
指をもじもじとさせながら、青葉が照れくさそうに言う。
「や、やっぱり、こういうのは実力がある人に見てもらわないとダメですからっ!」
「……実力なら、私より部長とか倉野先輩の方が――」
「いいじゃありませんか、小城さんたら」
二人の会話に、倉野が口をはさむ。
いつものように微笑みながら、小城の肩に手を置く倉野。
そしてキラめく笑顔を、青葉の方へと向ける。
「一年生同士、仲良く交流するのは良い事ですわ。ね?」
「は、はいっ!」
思わぬ援護に、笑顔を浮かべる青葉。
なおも微妙な表情の小城に向かって、倉野がたたみ掛ける。
「いいじゃありませんか。小城さんはお強いですから、こういう事をしても」
「そ、そんなこと……」
「謙遜なさらないで。一年生でDECのナンバースリーですのよ。申し分ないですわ!」
倉野のお世辞に、小城は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
だがまんざらでもなかったようで、青葉のデッキケースを手に取った。
「……じゃあ、少しだけ」
「あ、ありがとうございますっ!」
キラキラと目を輝かせながら、頭を下げる青葉。
小城はまだ恥ずかしそうに、デッキケースからデッキを取り出して広げる。
その流れるような手つきを見て、青葉は素直に感動した。
「す、すごい綺麗に広げられるんですね、すごいですっ!」
「……うん。昔、両親に教えてもらった影響で」
微妙に表情が暗くなる小城。
デッキのカードを、丁寧に仕分けていく。
その手つきを感動しながら見ている青葉。
両手を合わせ、感無量といった表情で、口を開く。
「や、やっぱりすごいですね。小城さんは!」
「……別に、そんなこと」
「いえっ! もう本当にすごいですよ! 決闘の腕もピカ一ですし、お優しいし……」
「あ、あんまり褒めないで。照れるから……」
小城が顔をそむけるようにして視線をそらす。
少しだけ顔を赤らめながら、カードを仕分ける小城。
青葉はさらに言葉を続ける。
「ま、まだまだ褒めたりない位ですよ! それだけ、小城さんは素晴らしい人物ですから!」
「だ、だから、あんまり褒めないでって……」
慣れない言葉のせいか、すでに小城の顔は真っ赤になっている。
コロコロと小城の後ろで面白そうに微笑んでいる倉野。
小城の反応を見て、こっそりと部室を覗いている四人も興奮した声を出す。
「い、いけそうじゃない!?」
「そうだね! もうひと押しだ、青葉君!」
「……意外ですね」
「そ、そうですね。小城さんにもあんな一面があったんだ……」
それぞれがそれぞれの意見を述べる。
だが、全員が思っていたことは同じだった。
もう少しで、成功する。
その事は話しをしている青葉も感じていた。
もう少し、あと1つ決定的な事を言えば、小城さんと友達になれるっ!
ドキドキと青葉の胸が高鳴る。重大な場面。ミスは許されない。
「とりあえず、仕分けたけど……」
「あっ、はいっ!」
小城の言葉で、考えを中断させる青葉。
綺麗に並べられたカードを前に、小城が真剣な表情を浮かべる。
「青葉君のデッキは恐竜族が主体だから、とりあえず――」
青葉のデッキへのアドバイスを述べていく小城。
だが青葉は、その言葉をほとんど聞いてはいなかった。
重要な事は1つ。小城さんがアドバイスを言い終えた瞬間。
最高の殺し文句で、小城さんの心をゲットする!
青葉の胸の中にあったのは、ただそれだけだった。
日華にも話していない、とっておきのセリフ。青葉はそれを思い付いていた。
ドキドキしながら、その時を待つ青葉。そして、ついに――
「――とまぁ、私から言えることは、この位かな……」
小城が、アドバイスを終えた。
後ろで聞いていた倉野が、パチパチと拍手する。
「素晴らしいですわ! さすが小城さん!」
倉野の言葉に、照れたような表情を浮かべる小城。
あのセリフを言うとしたら、ここしかない! 青葉が素早く判断する。
そして満面の笑みを浮かべて、青葉が、言った。
「本当です! ご両親がプロ決闘者なだけあって、才能もすごいですねっ!!」
「!!」
青葉の言葉を聞いて、扉の所にいた四人が固まった。
その言葉を聞き、すっと小城の目が鋭くなり、雰囲気が暗くなる。
部室全体が凍りついてしまったかのような、冷たい沈黙が流れた。
「……あれ?」
思っていたのと全く違う反応で、青葉が首をかしげた。
そんな青葉の様子を見て、倉野が困ったように頬に手を当てている。
小城が青葉に鋭い視線を向けながら、ゆっくりと尋ねる。
「……それ、ひょっとしてバカにしてるの?」
「……へ?」
小城から明らかな敵意の眼差しを向けられ、動揺する青葉。
にらみつけている小城の迫力におされ、あたふたと言葉を取り繕う。
「い、いえ。じ、自分はそんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもりで言ったの……?」
「そ、それは――」
青葉が言葉をつまらせた。頭の中が真っ白になっていく。
どうすればいいのか分からない。砂漠にでも迷い込んだような気分。
そして小城が怒りを爆発させそうになった、その直前に――
バンッ!
「あ、青葉君!!」
部室の扉が開き、DEC部長の白峰が飛び込んできた。
驚いて振り向く小城。倉野はホッとしたように胸をなでおろしている。
呆然としている青葉に向かって、白峰が早口で言った。
「青葉君! 悪いんだけど今すぐにちょっと来てくれないかしら? あなたには今度の大会の件でそれはそれは大切なお話があるの! 今すぐちゃちゃっと荷物をまとめて、ちょっと一緒に来なさい! ほら、早く!」
言い終わるや否や、白峰が青葉を部室の外へと引きずっていく。
広げられたデッキも回収し、部室の外へと消えていく白峰と青葉。
小城は突然の出現と退場を、ただ呆然と眺めていた。
「本当、お若いですわね……」
倉野が誰に向かって言うわけでもなく、一人呟いた。
DC研究会の部室にて。
日華が、大きな大きなため息をついた。
「君ねぇ、何考えてるんだい……?」
「だ、だってぇ……」
「だっても何もないよ。小城君にご両親の話題は禁句だって、知らなかったの?」
「う、ううぅっ……」
日華に責め立てられ、むせび泣く青葉。
その様子を冷ややかに見つめている残り三人。
「ま、しょうがないわね」
「あのセリフは、ないですよね……」
「……ちょっと、可哀そうですけどね」
天野だけは青葉に同情の目を向けている。
だが雨宮と白峰は完全に呆れかえっていた。
泣いている青葉はよそに、白峰が肩をすくめて言う。
「もう、十分じゃない? 諦めましょうよ」
「そ、そんなっ!!」
考え込んでいる日華より早く、青葉がその言葉に反応した。
顔をあげて抗議するような目を向ける青葉。
だが白峰はため息をつくと、強い口調ではっきりと言う。
「ぶっちゃけると、もう青葉君に逆転の可能性はないわ。完全に詰みよ。小城さんが一番気にしている事を、本人を前にしてあそこまでどストレートに言っちゃったんだもの。下手したら、もう一生口も聞いてもらえないかもね」
「そ、そんなぁ……」
ぼろぼろと涙をこぼし、青葉が床に撃沈する。
そのあまりの悲痛な姿に、さすがの白峰や雨宮も同情する。
泣いている青葉に、三人が優しげに話しかける。
「元気だしなさいよ。今回は運が悪かっただけだから……」
「そうですよ。もっと素敵な出会いだって、この先あるはずですから……」
「小城さんは優しいですから、さすがに口も聞かない事はないですよ……」
だが慰める三人の言葉は、どれも次の事に言及するものばかり。
つまり青葉と小城がくっつく事はない、そう判断しての言葉だった。
その事が尚の事、青葉の心を傷つける。
「うぅっ……自分はっ……もうっ……」
限りない負のオーラを出しながら泣く青葉。
今にも死んでしまいそうな雰囲気。三人は顔を合わせる。
だが良い案は浮かばず、ただ困ったように青葉の事を見るだけだ。
「もうダメだ……。自分は一生、孤独に過ごしていくんだ……」
完全に絶望した言葉を吐く青葉。
その姿はかなり危ない状態に見える。
どうしたものか……。
三人が慰める方法を考えていたその時――
おもむろに、日華が口を開いた。
「一つだけ、方法がある……」
「!!」
その言葉に、その場にいた全員に衝撃が走った。
青葉が、まさに藁をもつかむような勢いで迫る。
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、今考え付いた。完璧な作戦だ。ただ――」
そこまで言って、言葉をつまらせる日華。
いつになく真剣な表情を浮かべている。
冷や汗を流しながら、ゆっくりと日華が言う。
「かなり危険な作戦だ。下手を打てば、大変な事になる……」
「た、大変な事というのは……!?」
日華のあまりの緊張ぶりに、青葉も言葉を震わせる。
その質問に対しても、日華はすぐには応えない。
ぜいぜいと息を切らし、汗を流して緊張している日華。
「もし失敗すれば、その時は――」
日華が、チラリと雨宮と天野の方を見た。
二人は何の事か分からず、ただ緊張して次の言葉を待っている。
そして、日華の口からその言葉は放たれた。
「金髪の悪魔を、敵に回すことになるだろう……」
雨宮と天野の顔に、限りない衝撃が走った。
白峰と青葉はきょとんとした表情を浮かべている。
「ねぇ、何? 金髪の悪魔って?」
「い、いえ、その。何と言いますか……」
白峰の質問に対して、天野は答えずらそうに言葉をつまらせた。
雨宮は真っ青になりながら、日華に向かって尋ねる。
「先輩、正気ですか? もしあの人が敵になったりしたら……」
「分かってるさ。言っただろう、危険な作戦だって……」
苦しそうな表情で日華は答える。
詳しい事情は分からずとも、白峰や青葉も何となくだが理解していた。
その金髪の悪魔とやらが、とんでもない存在だという事は……
「さぁ、青葉君。後は君だけだ」
すっと、日華が青葉に顔を近づけて尋ねた。
その表情は今までにない程に真剣だ。
「さっきも言ったが、この作戦は非常に危険だ。もし失敗すれば、君の命はないかもしれない」
その言葉を聞いて、白峰が息を呑んだ。
本当なの? と言いだけな視線を、天野に向ける白峰。
天野は少し考えた後、黙って頷いた。青くなる白峰。
日華が語りかけるように、青葉に言う。
「必要なものは勇気。そして小城さんへの思いだけだ……」
「小城さんへの、思い……」
日華の言葉を復唱する青葉。
彼の胸の中に、今までの熱い思いがよみがえってくる。
小城さんに対する愛。誰にも負けることのない、熱い思いが……。
日華が両手を広げ、大きな声で尋ねる。
「さぁ、青葉君! 悪魔と相乗りする勇気、あるかな……?」
「……自分は」
ぽつりと、下を向きながら呟く青葉。
今までの失敗。小城さんから激しく嫌われてしまったという現実。
もし、それが挽回できるのなら、たとえ悪魔とだろうと……
ゆっくりと、青葉はその顔をあげる。
もうその目からは涙は流れていない。
強い光だけが、小城への思いだけが、宿っている。
「やります……!」
力強く、青葉はそう答えた……。
第三十話 或る愛の出来事/ウルティモ
目の前には大海原が広がっている。
風丘町南部に存在している港。そこにある灯台下。
何人もの人間が、クーラーボックスを脇に置いて釣り竿を海に垂らしている。
オレンジ色の空に、カモメの鳴き声。波の音が、規則的に響く。
「…………」
神崎内斗は釣り竿を持ちながら、目をつぶって集中していた。
釣りの基本は待つこと。そしてチャンスを逃さず意識を集中させること。
心に何の邪念も持っていてはいけない。ただ無あるのみ――。
「…………」
波の音に耳をすまし、神崎内斗はひたすら待っていた。
キリキリと糸を巻きつつも、意識は途切れさせていない。
ゆっくりと、まるで瞑想をしているかのように呼吸を整えている。
そしてついに――
――クンッ。
竿が何かに引っ張られるような感覚が、走った。
超人的な反射神経でそれを感じ取り、目を開く神崎。
キリキリとリールを巻き上げ、一気に水上へと引き上げる。
ザバァン!
水しぶきをあげながら、竿の先に引っ掛かったそれが宙を舞う。
青色の体。グニャグニャとした手ごたえ。流れ出る海水。
夕暮れの光に照らされて宙ぶらりんになっているのは紛れもなく――
片方だけの、長靴だった。
「…………」
自分の釣り竿に引っ掛かった長靴を、しばし見つめる神崎。
そのまま何の反応も示さずに、ごそごそと大きなビニール袋を広げる。
既に、ビニール袋の中にはいくつものガラクタが入っていた。
無言で、長靴もその中へと放りいれる神崎。
「釣れないねぇ、あんちゃん」
その様子を見ていた近くの釣り人が、神崎に声をかける。
その釣り人のクーラーボックスには魚が何匹か泳いでいる。
「…………」
何も言わずに、釣り糸を元に戻して竿を振る神崎。
ヒュンッという音の後、ポチャンと音がしてブイが海に浮く。
再び両目をつぶって精神を集中させる内斗。見ていた釣り人達が、呟く。
「さすがは『海の掃除屋』だな。全然釣れてねぇ……」
「当たり前だ。坊やがこの釣り場に現れて一年。未だに一匹の魚も釣ってねぇんだぞ……」
「漁師連中からは感謝されてるぜ。海を綺麗にしてくれているってな……」
ひそひそと話す釣り人達の声も、集中している神崎には届かない。
キリキリとリールを巻きながら、ひたすらに呼吸を整えている神崎。
カモメ達の鳴き声。波が打ち寄せる音。夕焼けが真っ赤に燃える空。
――クンッ。
竿に何かが引っ掛かり、またも神崎が目を開けた。
先程と同じように、一瞬の内に引っ掛かったものを引き上げる神崎。
キラキラと水をとばしながら、もう一足の長靴が海から飛び出した。
「…………」
無言で、その長靴をビニール袋へと押し込める神崎。
いらだちそうになる心を、深呼吸で整える。
――海の心を感じ取るんだ。
精神を落ち着かせ、またも釣り竿を構える神崎。
ヒュッと釣り竿を振り、釣り針が海の底へと沈んでいく。
それを見届けると、またも目をつぶって精神を集中させる。
「…………」
キリキリと釣り糸を巻く音が辺りに響く。
遠くの方では、大きな漁船が海の上を走っていた。
夕日はまだまだ、沈みそうにない……。
強い風が吹き抜けた。
決闘盤を構えた格好で、対峙している2人の人間。
一人は全身黒ずくめの装束を着て白い仮面を付けた人物。
もう一人は黒髪の、やや目つきが鋭い少女だった。
『――これで、終わりだ』
仮面の人物が指を伸ばし、低い声でそう言った。
その言葉に頷くようにして、黒い影が少女に飛びかかる。
『くうっ……!』
黒い影の攻撃を受け、少女は悔しそうに声を漏らした。
衝撃からか、そのままその場へと膝をついてしまう少女。
少女の腕についていた決闘盤の数字が、動く。
少女 LP500→0
ブンッという音と共にソリッド・ヴィジョンが消える。
少女は敗北してしまった。悔しさから、拳を震わせる少女。
だがその表情も、すぐに恐怖のものへと変わる。
『さぁ、観念しろ。貴様も我らが仲間になるのだー!』
仮面の人物が、低い声を出しながら少女に近づいた。
その異様な雰囲気におびえる少女。涙を流しながら、首を振る。
『お、お願いだから……』
『フッ。聞こえないな』
少女の悲痛な声を聞いても、仮面の人物は笑うだけだった。
逃げようにも、いつのまにか周りには同じような黒装束の人間が集まっている。
もう自分ではどうしようもないということに少女は気づき、絶望する。
『だ、誰か……助けて……』
『フハハッ。貴様を助けてくれるような奴など、誰もいないわ!』
仮面の人物の言葉に、周りの連中も笑った。
首を振りながら、ポロポロとその場に涙を流す少女。
『お願いだから……』
仮面の人物が少女に向かって手を伸ばした。
その手には、不気味な白い仮面が握られている。
少女が震えながら、叫ぶ。
『お願いだから、誰か助けてーっ!』
少女の叫びが空にこだました、その時。
奇跡というものが、起こった。
『待てぇーい!!』
高らかに、その場に1つの声が響いた。
驚いて、声のした方向へ振り向く黒ずくめの男達。
そこには、きつねのお面をかぶった一人の少年が立っていた。
風でマントをたなびかせながら、たたずんでいる少年。
顔自体は仮面に隠れていて分からないが、少年は風丘高校の制服を着ていた。
『何者だ、貴様!?』
仮面の人物が、声を荒げる。
だがすぐにハッとなると、いまいましそうに呟いた。
『貴様、裏切り者の……!』
少年がかぶっているきつねのお面を見て、歯ぎしりする仮面の人物。
きつねのお面をかぶった人物が、おもむろに腕に付いた決闘盤を見せる。
『お前たちのような下賤な連中に、名乗る名などないっ!』
そう言ってデッキを取り出しカードを引く少年。
素早くカードを決闘盤に滑り込ませると、それらが実体化して黒装束の集団を襲った。
恐竜達の猛攻により、次々と黒ずくめの連中は倒れていく。
『大丈夫かい?』
その隙をついて、少年は少女の元へと駆け寄った。
少女はまだ事態を飲み込めていないようで、戸惑いながら頷く。
『わ、私は大丈夫。だけどあなたは……?』
『……僕は』
『そこまでだっ!!』
少年の言葉を遮るように、仮面の人物が大きく声をあげる。
振り向く少年。仮面の人物が、禍々しい形をした決闘盤を構えている。
『我らがマスクドデビルの裏切り者め!! 我らに復讐するか!!』
『当たり前だ! お前らを、許しておくわけにはいかない!』
『ほざけ、クズが!! 貴様に超強力な決闘者としての能力を与えたのは誰だと思っている!!』
『黙れ、悪魔ども! お前らのしている事は、この僕が必ず食い止める!』
その言葉を聞いて、仮面の人物は完全に頭にきたようだった。
怒り狂ったようにその場で大きな咆哮をあげ、決闘盤が変形する。
そして邪悪なオーラの宿ったデッキを取り出し、決闘盤にセットした。
『もう許してはおかぬぅ!! 貴様を叩き潰し、今度こそ脳改造してやるわぁっ!』
『やれるかな? お前ごときに!』
不敵に言いながら、少年もまた決闘盤にデッキをセットする。
そして不安げに少年の背中を見守っている少女に向かって、言う。
『大丈夫。僕が、必ず守り通すから』
先程までとは打って変わって優しげな少年の声。
その言葉を聞き、少女の顔が僅かに赤くなった。
仮面の人物へと向き直り、少年が決闘盤を構える。
『――決闘ッ!!』
仮面をつけた者同士の声が、辺りに響き渡る。
その様子を祈るようにして見守る少女。
――熾烈な戦いが、くり広げられる。
悪魔のような化物を使役する仮面の人物。
対するは恐竜を使役するきつねのお面をつけた人物。
2人の戦いは、かつてない程に凄まじい内容だった。
やがて、仮面の人物が不気味に笑った。
『フッハッハッハ! しょせん貴様は実験体! 生みの親である我には勝てぬ!』
『くっ……』
決闘の状況は、僅かだが仮面の人物に傾いていた。
熾烈な戦いの中。体力も限界に近付いている。
仮面の人物が、嘲笑いながら言う。
『どうだ? 再び我に仕えると言えば、この場は助けてやってもいいのだぞ?』
甘い言葉で誘惑する仮面の人物。
確かに、この決闘で敗北すれば間違いなく自分という存在は殺される。
ここで奴の部下になれば、自我だけは残れるかもしれない。
既に自分の体力は限界を突破している。このまま続けても勝機は――。
『さぁ、どうするのだ!! 答えろ実験体一号よ!!』
『……俺は』
きつねのお面をかぶった少年が、ゆっくりと口を開く。
不安げに目を見開いて言葉を待つ少女。仮面の人物がニヤリと笑う。
『……俺はっ!』
もう一度同じ言葉を繰り返し、少年は立ち上がる。
その目には赤い炎が宿っている。絶望の光ではない。
少年が、叫んだ。
『俺は、お前には絶対に負けない!!』
少年が、勢いよくデッキからカードを引いた。
引いたカードが、突如としてカッと輝き始める。
『な、ば、バカな……!!』
仮面の人物が驚いて声をあげる。
まばゆく輝く光の中。一体の恐竜が現れている。
光が、影を飲み込んでいく。苦しげな声を出す悪魔。
『バカな、こ、この我が!! マスクドデビル首領のこの我がぁ!! なぜっ!!』
光の中より現れた恐竜を見上げながら、叫ぶ仮面の人物。
きつねのお面をかぶっている少年が、静かに呟いた。
『首領! あんたは確かに強い。だがあんたにはなくて、俺にはあるものがある!』
『な、何だと!?』
『教えてやるよ。それは……愛だ』
少年がそう言い終わると同時に、恐竜が突進した。
悪魔へと組みつき、その鋭い牙をつきたてる。
そして牙によって砕かれた場所から、光が漏れた。
そして――
大爆発が起こり、悪魔が消滅する。
その衝撃が、仮面の人物を襲った。
『ぐおおおぉぉぉっ!!』
仮面の人物 LP2000→0
光の衝撃波によって、仮面の人物の体が消えていく。
怨念の悲鳴をあげながら、仮面の人物が呟く。
『こ、この我が……愛などという下らないものに……』
『理解できないさ。あんた程度にはな』
少年の言葉が仮面の人物に止めを刺した。
虚空に伸ばした仮面の人物の腕も、光に飲み込まれて消滅する。
仮面の人物が、体を大きく捻じらせて叫んだ。
『ば、バァカァなぁぁぁぁぁぁ!!』
それを最後にして、仮面の人物が完全に光の中へと消え去った。
同時に、周りに残っていた黒装束の人物達も姿を消していく。
そして残ったのは、きつねのお面をかぶった少年と少女だけになった。
『……悲しい奴だぜ』
少年が、誰に向かってでもなく呟いた。
そして少女の方を振りかえり、尋ねる。
『さっ。もう大丈夫だ』
『あ、ありがとう。あなたは、一体……?』
顔を赤らめて少年を見上げながら、少女が尋ねる。
少年が、少しだけ照れくさそうに後ろの髪の毛をかいた。
そしてゆっくりと、かぶっていたお面をはずす少年。そこには――
『あ、青葉君!?』
『へへっ』
照れくさそうに笑う、青葉光太郎の顔があった。
驚く少女。だがすぐに、嬉しそうに微笑んで言う。
『そっか……。青葉君だったんだ……』
『は、はい! 大丈夫でしたか、小城さん?』
青葉はいつものように頷きながら、尋ねる。
少女――小城宮子はその質問にさらに微笑む。
『うん、平気だよ。君が守ってくれたから……』
輝くような笑顔を見せる小城。
青葉はさらに照れたように後ろの髪をかいた。
そして、おもむろに小城が青葉へと近づき――
ギュッ。
青葉の体を、優しく抱きしめた。
赤くなりながら、驚く青葉。
『こ、小城さん……!?』
自分を抱きしめている小城を見る青葉。
小城はその質問には答えず、頬を赤らめながら尋ねる。
『……これからも、守ってくれる?』
今までにない、いじらしい口調で話す小城。
青葉は少しだけ驚いてから、力強く頷き微笑んだ。
『守ります。必ず……!』
そう言って小城の事を抱き返す青葉。
その言葉を聞いて、小城は嬉しそうに青葉の胸に顔をうずめる。
そして2人は、永遠に続く愛を誓ったのだった――。
「……とまぁ、以上が僕の考えた最終作戦『悲しい過去を乗り越えて、少年は未来への意思を掴み取る。そして必ず最後に愛は勝つ』大作戦なんだけど、どう?」
DC研究会部室に置いてあるホワイトボードの前。
話しを聞いていた俺達の顔を、DC研究会部長の日華先輩は見まわした。
日華先輩の長い話しを黙って聞いていた四人。顔を合わせて、言う。
「す、すごい、ですね……」
「ど、どこから突っ込めばいいのかしら……」
「……狂ってますね」
天野さん、白峰先輩、俺がそれぞれ自分の意見を言う。
それを聞いて不満気に眉をひそめる日華先輩。
ドン引きしている俺達に向かって、声を荒げる。
「何だい、どこか不満なんだ! 完璧じゃないか!」
「完璧って……。そもそも! なんなのよマスクドデビルって!」
白峰先輩の質問に対して、日華先輩がフッと微笑んだ。
嫌そうな顔になった白峰先輩に向かって、自信満々に言う。
「世界征服を狙う、悪の秘密結社だよ。架空の」
「…………」
その言葉を聞いて、白峰先輩がフラッと体を揺らめかせた。
どうやらひどい頭痛に襲われているらしく、パイプ椅子に座る。
天野さんがおずおずと、日華先輩に向かって尋ねた。
「じゃ、じゃあ、どうして青葉君は最初にお面なんかかぶってるんですか……?」
「良い質問だね。物語上では裏切り者である事を表現するためだけど、実際の理由は違う」
キランと白い歯を輝かせて笑う日華先輩。
天野さんもまた、嫌な予感を感じたようで、眉をひそめる。
その場でポーズを決めながら、日華先輩がウィンクした。
「正義の味方というのは、最初は正体を隠してた方がカッコイイからさ!」
「…………」
その言葉を聞き、天野さんもまたパイプ椅子へと腰を下ろした。
泣きそうな表情を浮かべて、天野さんが俺の事を見る。
額を押さえながら、俺はゆっくりと尋ねた。
「どうして、かぶってるのがきつねのお面なんですか……?」
正直言って、俺にとってみればここが一番の問題だった。
よりにもよってきつねのお面。何かの悪意さえ感じる。
日華先輩が、フフンと鼻を鳴らして答えた。
「この前の商店街トーナメントにそういうのが出たって聞いたから、それを参考にしたのさ」
「…………」
日華先輩の言葉に、俺は天井を仰いだ。
部室の中を流れる沈黙。青葉君はただ呆然としていて何も言わない。
顔をしかめながら、白峰先輩がゆっくり日華先輩の方を向く。
「そのシナリオ、全部あんたが考えたの……?」
「いや。この前やってた特撮番組を少し参考にしたんだ。後はオリジナルだけどね」
当然の事のように答える日華先輩。
ものすごく嫌そうにため息をつき、白峰先輩が尋ねる。
「どうして、告白のシナリオに特撮を参考にしたのよ……?」
その言葉に、白峰先輩だけでなく俺達2人も力なく頷いた。
三人の視線が日華先輩へと集まる。だがまるで動じていない先輩。
いつものようにキラキラとしたオーラをまといながら、きっぱりと答える。
「特に、深い理由はない」
「…………」
深い沈黙が、部室の中を支配した。
暗くなっていく雰囲気。重い空気が漂う。
大きくため息をついて、俺は口を開いた。
「じゃあ、百歩譲ってそれをやるとして、何で失敗すると金髪の悪魔が敵になるんです?」
「それはだね――」
説明しようとした日華先輩を、白峰先輩が手で遮る。
ギランと目を鋭くさせ、白峰が強い口調で言った。
「もうそんなことどうでもいいわ。やる訳ないでしょ、そんなの」
「えーっ! 自信作なのに……」
不満気に言う日華先輩だったが、白峰先輩に睨まれると黙る。
疲れた様子でため息をつき、白峰先輩がポンと青葉君の肩に手をのせた。
「分かったでしょ。こいつに頼ってもロクな事はないわ。分かったら素直にあきら――」
すっと、青葉君が肩にのせられた白峰先輩の手をはずした。
ぼんやりフラフラとした足取りで、そのまま日華先輩へと近づく。
虚ろな瞳。口は半開きで、どこかヤバそうな雰囲気。
「青葉君……?」
心配そうな声色で、白峰先輩が青葉君に向かって尋ねる。
その言葉を無視して日華先輩の前へと立つ青葉君。
さすがの日華先輩も、その様子にはわずかにたじろぐ。
「な、なんだい……?」
不安そうに目の前の青葉君に尋ねる日華先輩。
青葉君はまだぼんやりと、虚構を見つめている。
そして、おもむろに青葉君がその右手の拳を振り上げて――
ガシッと、日華先輩の両手を力強く握った。
「か、か、か、感動しましたっ!」
部室内に、青葉君の言葉が響き渡る。
青葉君の目からはポロポロと大粒の涙が流れていた。
涙をぬぐいながら、青葉君が言う。
「ま、まさかこんな完璧な作戦があっただなんて、凄いです! 先輩凄すぎです!」
「あっはっは。だろう?」
得意そうに笑いながら、答える日華先輩。
手を交わしながら笑っている2人を見て、俺達は呆然としている。
激しく暗い表情を浮かべながら、白峰先輩が呟いた。
「……そっか。青葉君も、バカだったんだっけ」
もはや何も言いたくない程あきれながら、白峰先輩は天井を見る。
青葉君が涙を止めて、輝くような笑顔で日華先輩に向かって言った。
「やりましょう! ぜひやりましょう、その作戦!」
「いいだろう! 善は急げだ。今日やっちゃおうか!」
日華先輩の言葉に、俺達は驚いた。
うんうんと頷いている青葉君は無視して、俺は先輩の前に立つ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そんな急にできるんですか!?」
「もちろんさ。というか準備ほとんどいらないしね、これ」
手をひらひらとさせ、当然の事のように答える日華先輩。
俺はその言葉を聞いて激しい頭痛を感じる。
そりゃ、準備自体は大してかからなさそうだけど、問題はそこじゃない……
日華先輩の作戦の欠点に、俺はすでに気づいていた。
それは非常に根本的で、なおかつ解決不可能な問題。
ゆっくりとため息をつき、俺はその疑問を口にする。
「誰がやるんですか、そのマスクド何とかを?」
そう、俺が抱いていた疑問。それは人員。
日華先輩が作ったシナリオには、黒ずくめの集団が大量に登場している。
リーダー格の仮面の男はもちろん、他の黒装束達も必要だ。
だが、今部室にいるのは全部で5人。内一人は主人公の青葉。
さすがに4人だけでは、足りないだろう。
第一、俺や天野さん、白峰先輩はそんな黒装束に扮するような気はさらさらない。
実質やれそうなのは日華先輩だけということだ。
「いくら先輩でも、一人じゃどうしようもないでしょう?」
ジトッとした目つきで、俺は日華先輩のことを見る。
さすがの日華先輩も、この事に気づけばこんなバカげた事はやめてくれるだろう。
そう踏んでの言葉だった。だがしかし……
「何だい。そんなことか」
日華先輩は逆に呆れたように俺を見ながら、肩をすくめた。
少なからず俺は動揺する。日華先輩がフッと鼻で笑って両目を閉じる。
「確かに、この作戦ではキャストが非常に重要だ。演技力もさることながら、人数、それに万が一のトラブルの事も考えて、なるべくだが小城さんが知らない人達だけでやった方が何かと都合がいいだろうね」
「だったら、なおさら……」
反論しようとしたところを、日華先輩が手で制した。
その顔には余裕ある微笑みを浮かべている。
思わず俺は黙り込む。ゆっくりと、日華先輩が口を開く。
「いるじゃないか。僕らには、そういうことにうってつけの知り合いが」
ポケットから携帯電話を取り出し、少しだけ操作する日華先輩。
そしておもむろに、俺と天野さんの方へ携帯のディスプレイを向ける。
そこに表示されていた文字を見て、俺達2人の顔から血の気が引いた。
「なるほど。つまり、こっちの女に絡んでから、こっちの坊やに倒されればいいんだな?」
風丘高校から少し離れた位置にある、大きな自然公園。
そこの草むらの中で、黒装束のような服を着た小柄な人物は尋ねた。
その言葉を聞いて、日華先輩は余裕ある微笑みを見せる。
「その通り。理解が早くて助かるよ」
「ふっ。当然だろう、なにせ私は――」
びしっと、天に向かって指を伸ばす黒装束。
そして余裕たっぷりに笑いながら、言った。
「偉大なる、ファントム・ナイト様だからな!」
風が吹いて、ファントム・ナイトこと千条明の髪が揺れた。
そんな彼女の姿を見て、面白そうに目を細める日華先輩。
「いやぁ、やっぱり頼りになるなぁ、千条君は」
クスクスと笑いながら、日華先輩が口元に手を当てている。
明らかにバカにした口調だが、千条さんはその事に気づいていない。
前々から思っていたが、単純だなぁ、彼女。
「……まさか、千条さんに助けを請うなんて」
俺の隣りで、天野さんが不安そうに呟いた。
俺もその言葉には同意する。よりにもよって、千条さんとは。
千条明。内斗先輩を盲信する、不良グループのリーダー。
確かに彼女たちならば、日華先輩の作戦に出てくる悪役にぴったりだ。
というか、チンピラレベルならまんま普段の彼女たちの姿だろう。
内斗先輩の影に隠れてはいるものの、彼女たちだって立派な不良だ。
「それにしても、いったいどうやって千条さんを……」
俺は考えをまとめるように、思った事を口にする。
彼女は内斗先輩のためなら何でもするだろうが、今回の作戦に内斗先輩は関わっていない。
内斗先輩の友達だからといって、彼女が日華先輩に協力する義理はない。
だとしたら、考えられるのは……
俺がある一つの考えに達した瞬間。
千条さんが、おずおずと日華先輩に話しかけた。
「そ、それで、この作戦に協力したら内斗様のブロマイドが貰えるというのは本当なんだろうな?」
その言葉に、日華先輩が肩をすくめて笑う。
「あぁ、もちろんだよ」
ごそごそと、制服の内ポケットを探る日華先輩。
そしてそこから、おもむろに数枚の写真を取りだした。
遠目に見ても、その写真に写っているのが内斗先輩だと分かる。
「僕は内斗君とは同じクラスだからね。これくらい余裕だよ」
写真をひらひらとさせながら、そう言う日華先輩。
食い入るように、その写真に見とれている千条さん。
やっぱり、買収か……。
俺は呆れかえりながら、納得する。
そんなことだろうとは思っていたが、本当に当たるとは。
俺は巻き起こる頭痛に、顔をしかめる。
「作戦としては特に付け加える事はない。君たちは町に紛れ込んだ不良軍団として小城さんに絡んでもらい、その後に突っかかってきた青葉君に適当に倒されるだけだ。まぁ、あんまり不自然にならないように負けてあげてね」
日華先輩の言葉を聞いても、ボーッとしている千条さん。
先輩はため息をつくと、写真を内ポケットにしまった。
「あっ!」
声をあげる千条さんだったが、
「これは成功報酬だ。作戦が成功すれば、ちゃんとあげるよ」
という日華先輩の言葉を聞いて、真剣な表情を浮かべた。
その目に光が宿り、ばさっと着ていたローブ風の服を翻す。
そうして振り返ると、千条さんがたむろしていた不良連中に声をかけた。
「よしっ! てめぇら、気合い入れろよーっ!」
テンション高くはっぱをかける千条さん。
だが当の不良連中は顔を合わせた後、
「お、おー……」
とても静かに、号令に応じた。
ひそひそと、後ろの方の不良達が話しているのが聞こえる。
「お、おい、いいのかよこんな事してて……」
「しょうがねぇだろ。リーダーの命令なんだから……」
「もし内斗様にばれたら、殺されるぜ……」
不安そうに語る不良達。
彼らの言い分はもっともだ。
内斗先輩は樫ノ原町を支配していた恐怖の象徴。『金髪の悪魔』
今はノホホンとした性格になっているが、切れた時は元に戻る。
もし内斗先輩がこの作戦を聞きつけたならば、タダではすまないだろう。
千条たち不良連中も、この作戦を企画した日華先輩も……。
『殺されたいんですか……?』
にっこりと微笑みながら、内斗先輩がそう言うのが想像できる。
その内からにじみ出るような迫力に、俺は体を震わせた。
想像しただけでコレなのだから、現実はどうなるか分かったものではない。
「……いいんですか?」
こっそりと、俺は日華先輩に耳打ちした。
正直、この作戦はあまりにも危険で狂いすぎている。
俺としては止めたかった。だが……
「雨宮君。君の言いたい事は、よ〜く分かる」
日華先輩がわざとらしげな口調で、そう言った。
そして手をヒラヒラとさせながら続ける。
「でも、考えてみたまえ。青葉君の気持ちを」
「青葉君の……?」
俺は首をかしげる。
先輩が何を言いたいのか、いつもの事ながら理解できない。
そりゃ気持ちは立派だろうけど、それと命じゃ割りが合わなさすぎる。
だが日華先輩は、俺の考えとは斜め上の言葉を口にした。
「そう、純粋で混じりけのない思い。実に『美しい』じゃあないか」
「……は?」
俺は理解できず、目を鋭くする。
おおげさな動作で、日華先輩が天に向かって両手を伸ばす。
そしていつものように微笑みながら、言った。
「美しいものには弱いものなのだよ、デュエル・コーディネーターというのは、ね……」
「…………」
俺はこの時ほど、真剣に退部を考えた事はなかった。
凄まじいまでの理論に、俺は頭がクラクラしてきた。
もはや、止めるのさえ馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「大丈夫?」
さっきから呆れるように事の様子を見ていた白峰先輩が、声をかけてくる。
俺が苦々しげな表情で視線を向けると、白峰先輩はため息をついた。
「恭助の電波にあてられると、徐々に脳細胞が死滅していくから気をつけてね」
まんざら冗談でもなさそうな言葉に、俺は力なく頷いた。
そんな俺たちの様子には気づかずに、日華先輩が青葉君に声をかける。
「という訳だ。シナリオは少々スケールダウンして不良に絡まれている小城さんを君がかっこよく救うというものになったけど、そこら辺は了承してもらいたいね」
「はい。問題ありません、十分ですっ!」
びしっと敬礼しながら、元気よく答える青葉君。
当初よりかは現実的な作戦になったものの、不安は残る。
だがそんな不安も、情熱に燃える青葉君には効かない。
――今度こそ、成功させるっ!
はたから見ても、青葉君がその思いに燃えている事が分かった。
ここまで来ると一途とかそういう言葉では言い表せなくなってくる。
まさに執念というか、怨念じみた迫力さえ感じてくる。
「そろそろ、頃合いかな……」
日華先輩が腕時計を見ながら、そう呟く。
がさごそと茂みの向う、一般的な遊歩道へと顔を向ける日華先輩。
そしてその目が、とぼとぼと歩く小城さんと桃川さんをとらえた。
「よし! いよいよだ。千条君!」
日華先輩が声をあげると、千条さんがこくりと頷いた。
そのまま部下達を引き連れて、素早く道の真ん中にスタンバイする。
いよいよ、作戦が決行されようとしている。夕焼けがまぶしい。
「青葉君は向こうの方で待機して、適当な所で飛び出したまえ」
日華先輩の言葉に、青葉君も頷いた。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、深々と頭を下げる。
「ここまで、本当にありがとうございます!」
「なに、気にすることはないさ」
さわやかな笑顔を浮かべる日華先輩。
グッと右手の親指を突き出し、日華先輩がウィンクする。
「自分を信じるんだ。そうすれば、道は開けるさ」
「日華先輩……」
青葉君が感動の涙を流しながら、日華先輩の事を見る。
はたから見ればバカげているのに、当の本人は気づいていない。
恋は盲目とは、よく言ったものだ。
「……いってきますっ!」
涙をぬぐうと、青葉君が千条さんとは反対の方向へと駆けていく。
いざ小城さんが絡まれた時になったら、後ろから飛び出るつもりらしい。
日華先輩がその姿を見送ってから、ふふんと微笑む。
「さて、後は結果を見るだけだ」
ルンルンと楽しそうに、日華先輩が草むらに近づく。
やはり、この人はただ自分が楽しみたいからこの作戦を決行してようだ。
今の日華先輩の姿を見て、俺はそう確信した。
「……俺は、止めましたからね」
そう言いながら、俺は日華先輩の横にかがみこんで道の様子をうかがう。
俺の隣りには天野さんが、日華先輩の向こうには白峰先輩がそれぞれかがみこむ。
後は、ただ成り行きを見守るだけだ。
風が吹いて、俺達が顔を出している草むらが僅かに揺れた。
真っ赤に燃える夕焼け。オレンジ色の空。
作戦が成功するかどうかは、誰も知らない。
ただ時が流れて、その結果を指し示すその時まで。
もう一度だけ風が吹き、そして――
「……何か?」
道の真ん中でたむろしている黒装束の軍団に、小城さんが声をかけた……。
私と先輩は道を歩いていた。
空は夕焼けでオレンジの色に染まり、白い雲が流れている。
風丘町にある大きな自然公園。そこの遊歩道を、言葉もなく歩く私と先輩。
普段から話さない方ではあるが、今日の桃川先輩は一段と雰囲気が暗い。
私は知っている。桃川先輩が告白をして、ふられたという事を。
人づてに聞いた話ではあるが、先輩の様子からしても間違いないだろう。
自慢ではないが私に恋愛経験はないので、そのつらさは想像できない。
だけど、普段からお世話になっている先輩が落ち込んでいるのは、つらかった。
『あなた、小城さんって言うんだ。よろしくね』
入部した当初、そう優しく声をかけてくれた桃川先輩。
他人からは地味な人とか言われ軽んじられていたが、私は違った。
穏やかで優しい性格の彼女は、私にとって大切な先輩だった。
『負けちゃった。すごいね、小城さん』
練習試合で負けた時も、そう穏やかに微笑んでいた桃川先輩。
皮肉でも何でもなく、純粋に私の実力を認めてくれた言葉。
声には出さなかったが、正直嬉しかった。
だからこそ、今の先輩の姿は見るに堪えない。
いつもはおどおどとしつつも、どこか明るい雰囲気だった桃川先輩。
だけど今は違う。しょんぼりとしていて、何をしていても上の空。
普段の姿は、そこにはない。
どうにかして、先輩には立ち直ってもらいたい……。
最近はずっとそう考えているのだが、どうも上手い案が思いつかない。
正直、こういうのはどうにも苦手。パパやママに相談するのも嫌だし……。
天野さんに尋ねようかと思っていたけど、今日は日直で聞けなかった。
そんな訳で、今日も私は桃川先輩と言葉ない帰り道を歩いていた。
とぼとぼと、暗いオーラを出しながら歩いている桃川先輩。
時折つくため息がまた、嫌に辺りに響く気がした。
「……先輩」
このままじゃ、いけない。
私は勇気を出して、先輩に話しかける。
うつろな表情で私の事を見る桃川先輩。
「……なぁに?」
小さな声で、そう尋ねる。
じっと見つめられながら、私は何とかして言葉を考える。
「その……あんまり、過ぎた事にこだわる事は良くないです」
精いっぱい考えながら、私はそう口にした。
桃川先輩は黒い髪を揺らしながら私の言葉を聞いている。
心の内に思っている事を、私は話す。
「私もそういう風に、一つの考えに捕らわれている時がありました。だけど、そんな事にこだわっていても何もないんです。だから桃川先輩も、いつまでも止まっていちゃいけないと思うんです!」
我ながら話し下手な言葉だと思った。
桃川先輩はきょとんとした表情で、私の事を見ている。
失敗したと思い、私は頭を下げる。
「……すみません、何だかよく分からない事を言ってしまって」
上手く慰める事もできない。そんな自分が嫌になる。
どんよりとした気持ちになりながら、私は顔をあげる。
その時――
むぎゅっ。
「!?」
唐突に、私は両頬を引っ張られた。
驚き前を見ると、なんと桃川先輩が微笑んでいる。
私の頬を引っ張りながら、クスクス笑う桃川先輩。
「あは。変な顔」
「ひぇ、ひぇんふぁい……?」
訳が分からないでいる私。
桃川先輩が慌てたように言う。
「あ、ごめんね。いつまでも引っ張ってちゃ痛いよね」
ぱっと両手を私の頬から離す桃川先輩。
頬を押さえながら、私は呆然と先輩に視線を向ける。
桃川先輩が、にっこりと笑った。
「ありがとうね、小城さん。私の事、はげましてくれて」
「い、いえ。私は、その……」
「ううん。言わなくていいよ。小城さんの気持ちは伝わったから」
さっきとは打って変わって穏やかな表情を浮かべる桃川先輩。
私は感謝された事が恥ずかしくて、顔を伏せる。頬が熱い。
木々を見上げながら、桃川先輩がゆっくりと口を開いた。
「そうだよね。いつまでもこだわってちゃ、ダメだよね……」
どこか悲しげに、そう言う桃川先輩。
やはりまだ完全に立ち直ったという訳ではないらしい。
だけどそれを隠すように、先輩はにっこりと微笑む。
「ありがとう、小城さん。少しだけど、元気になれたよ」
「先輩……」
私は顔をあげ、どう反応すればいいのか迷う。
嬉しがるべきか、それとも立ち直らせられなかったと悔しがるべきか。
だけどそんな事はお構いなしといった風に、桃川先輩が言う。
「さ、一緒に帰ろう」
「あ、はい……」
てくてくと前に進む桃川先輩の後を、私は追う。
横に並ぶ形で、2人で遊歩道を歩く。
風が吹き、緑色の葉っぱが少しだけ舞う。
「……ありがとね」
ぼそりと、桃川先輩が小さく呟いた。
その手が目もとをぬぐうようにして動く。
涙。それが何を意味する涙なのかは、私には分からない。
「先輩……」
私はただそれだけしか言えなかった。
桃川先輩は涙を拭きとると、またも微笑む。
「ねぇ、聞いて、小城さん。今日ねぇ――」
そう言って他愛もない雑談をはじめる桃川先輩。
一見明るい口調と態度だが、どこか無理をしているように見える。
だけど、私にこれ以上の事はできない。だから、そこには触れない。
2人で、いつものような雑談に花を咲かせる。
せめてこうして、話しを聞く事ぐらいしか私にはできない。
だから私は微笑みながら、桃川先輩の話しを聞くことにした。
それが私にできる、唯一の事だから……。
そんな事を考えながら話していた時――
「ね、ねぇ。なにかな、あれ?」
不意に、桃川先輩が不安げな声をあげた。
はっとなって顔をあげると、何やら異様な光景が見えた。
私たちの進んでいる道をふさぐようにしてたむろする、黒い服の集団。
一言で言うと『不良』みたいな連中が、そこにはいた。
だらしのない格好をしつつも、どこか不安そうに周りを見ている不良達。
唯一、一番前に立つ小柄な黒髪の女子だけが、堂々としている。
「な、なにかな……?」
「……とりあえず、進みましょう」
私は警戒しつつも、立ち止まらずに進んでいく。
桃川先輩は不安そうに、そんな私の後ろを付いてくる。
風が吹いて、葉っぱが舞った。不良達と私たちの距離が縮まる。
そして――
私は一番前で腕を組んでいる女子の前へと立った。
道をふさぐようにして立っている彼らだが、どく気配はない。
目の前の女子に向かって、私は尋ねる。
「……何か?」
その言葉を聞き、小柄な女子が不敵に、微笑んだ……。
「悪いけどな、ここは通行止めなんだよっ!」
声をかけられた千条さんが、バカにしたように言った。
その口調は俺の知っている中でも、最もベタなヤンキー口調だった。
横で日華先輩が、面白そうに目を細めている。
「……通行止め?」
むっとしたように、千条さんの事を見る小城さん。
続けて千条さんの後ろに集まっている十数人の不良達にも目を向ける。
「あなた達、見かけない顔だけど、一体何をしているの……?」
鋭い視線を向けながら、そう尋ねる小城さん。
もっともな疑問ではあるが、千条さんがどう答えるかは想像できない。
フッと片頬だけで笑うと、千条さんが人差し指を伸ばした。
「私たちはナイトメア。樫ノ原町を支配する恐怖の軍団だ!」
自信満々にそう答える千条さん。
大胆にも自らの素状を明かしてきたが、小城さんの反応は――
「……?」
よく、分かっていなさそうだった。
無理もない。いきなりそんな事言われても信じる奴は少ないだろう。
まして小城さんが、隣町の不良抗争に詳しいとは到底思えなかった。
「……あなた、頭大丈夫?」
心配そうに、千条さんの事を眺める小城さん。
むっとしたように顔をしかめる千条さんだったが、
すぐに余裕のある微笑みを浮かべる。
「ふん。しょせんカタギの連中には理解できないか……」
そう言う千条さんの表情を見る限り、どうやら本気でそう思っているらしい。
なにやら勝手に微笑み始めた千条さんを、小城さんはこの上なく冷たい目で見ている。
「……この人、おかしくない?」
小城さんの後ろに立つ桃川先輩が、こっそりと耳打ちした。
その言葉に頷く小城さん。ついでに俺や天野さん、白峰先輩も頷く。
ばさっとローブを翻しながら、千条さんが猛々しい声をあげた。
「ここを通りたいなら、通行料を払うんだな!」
「通行料……?」
「そう! お前の持つデッキを渡せば、通してやらない事もない!」
えっへんと胸を張るような格好で、千条さんが言う。
その言葉にさらに視線を鋭くする小城さん。
桃川先輩が小城さんの服を引っ張る。
「もういいよ。引き返そう……」
そうささやくように言い、千条さんに背を向ける桃川先輩。
だがその姿を見た千条さんが、フッと笑いパチンと指を鳴らした。
それを合図に、逃げ道を塞ぐように不良達が桃川先輩の前に並んだ。
びっくりとしたような表情を浮かべる桃川先輩と小城さん。
フフンと笑いながら、千条さんが腰に両手をあてる。
「引き返したいのならば、デッキを置いて行くんだな」
「そ、そんな! そんなのって……」
桃川先輩の抗議を、睨みつけて黙らせる千条さん。
さすがに不良のリーダーをやっているだけの事はあり、凄い迫力だ。
小城さんの影に隠れるようにして立つ桃川先輩に向かって、言う。
「ここでは私がルールだ。嫌なら、私達と殴り合いでもしてみるか?」
小馬鹿にしたようにせせら笑う千条さん。
桃川先輩が怯える中、小城さんが吐き捨てるように言う。
「……卑怯者ッ!」
怒りを露わにしながら千条さんを睨みつける小城さん。
かつてここまで感情を表に出している彼女を見たことがない。
桃川先輩をかばうように立ちながら、不良達をにらみつけている。
「……なんか、これだと小城さんがヒーローみたいね」
白峰先輩がぼそりと、そんな事を呟いた。
確かに構図としては当初の作戦に少し似ている。
小城さんはピンチのヒロインではなく、悪に立ち向かうヒーローだが。
「さて、もうそろそろかな……」
じりじりとした空気が流れている中、日華先輩がのんきにそう言った。
一触即発の睨みあいの空気の中、小城さんの後ろの方にある草むらが揺れる。
「ま、待てぇーいっ!」
そして声高らかに言いながら、草むらから一つの人影が飛び出した。
突然の事に、小城さんや桃川先輩、不良達も視線を向ける。
風丘高校の制服を着た小柄な男子。そんな彼が宙を飛び、そして――
「どわぁっ!」
派手に、着地に失敗した。
俺や白峰先輩がその光景を見て、額を押さえる。
おろおろとした様子になる天野さん。
「……青葉君?」
いきなり出てきてずっこけた青葉君に、不思議そうな視線を向ける小城さん。
その後ろでは桃川先輩も、普段のようにおろおろとしている。
「だ、大丈夫ですか……?」
心優しくも青葉君の心配をする桃川先輩。
痛そうに頭を押さえていた青葉君だったが、その言葉にハッとなる。
「だ、大丈夫です!」
がばっと立ち上がって元気に返事をする青葉君。
自信に満ちた瞳を、千条さんへと向ける。
「話しは全部聞かせてもらいました! 弱い者いじめはやめなさい!」
びしっと人差し指を伸ばしてきっぱりと言い切る青葉君。
その後ろで小城さんが、
「『弱い』者いじめ……?」
と、視線を鋭くしている事に彼は気づいていない。
知らず知らずの内に人の神経を逆なでる才能。
本人に悪気がない分、けっこうタチが悪いかもしれない。
「ふんっ。なんだ小僧、文句あるのか?」
「あ、ありますっ!」
凄まじい迫力でメンチを切る千条さんを睨み返す青葉君。
やや押され気味ではあるが、十分に立ち向かっていると言えるだろう。
小城さんや桃川先輩が、その姿に驚いている。
「お前、死にたいのか、それともバカなのか……。ま、いいや」
首をコキコキと鳴らしながら、千条さんが邪悪に微笑む。
黒い髪をかきあげるようにして、鋭い視線を青葉君へと向ける。
寒気のする雰囲気。殺気が放たれ始める。
「この私の前に立ちはだかる者は、何者でも許さない。叩き潰してやる」
ぽきぽきと指の骨を鳴らしながら、ゆっくりと言う千条さん。
雰囲気敵にヤバいと感じたのか、小城さん達が小声で言う。
「ちょ、ちょっと青葉君!?」
「あ、危ないですし、喧嘩は良くないですよ!?」
不安そうな2人の言葉。
だがそれを聞いても尚、青葉君は態度を改めない。
威風堂々と立ち向かいながら、彼は微笑む。
「大丈夫です。自分、絶対負けませんから」
そう言って再び千条さんをにらみつける青葉君。
その自信にあふれる物言いに、小城さん達は何も言えなくなる。
今日の青葉君は、どこか違う……。
そんなような事を、2人は考えているのだろう。
驚きつつも、どこか頼りにしたような視線を青葉君に向けている。
「良いセリフだ。彼も成長したなぁ〜……」
感動したように涙をハンカチでふく日華先輩。
その横では、白峰先輩が呆れた表情を浮かべている。
「八百長だもの。自信があって当然だわ……」
もっともな意見に、俺は黙って頷いた。
すでに遊歩道の方はクライマックスの雰囲気になっている。
圧倒的なオーラを立ち上らせる千条さんと、青葉君。
睨みあいながら、じりじりと距離をつめていく2人。
「……お願いしますよ」
後ろで見ている2人には聞こえないよう、小声でささやく青葉君。
その言葉に笑いながら、僅かに頷いて親指を曲げる千条さん。
作戦は成功だ。後は適当に小競り合いをして、千条さんが身を引けば終了。
果たして小城さんが惚れるかどうかは別だが、シナリオ的には完璧だろう。
日華先輩も少々驚いたようになりながら、口元に手を当てている。
「案外、上手く行ったね」
その言葉から察するに、やっぱりこの作戦は無茶だと分かっていたようだ。
だが天の神様に気に入られているのか、青葉君はここまで問題なく作戦を決行できた。
強いて言うなら、後は演技力の問題だろう。そんな事を考えていると――
「かかってこい、チビ!」
千条さんがちょいちょいと人差し指を動かし、彼を挑発した。
なかなかに様になっている辺り、普段もこんな事をやっているのだろう。
その言葉に乗るようにして、青葉君が拳を握り固める。
「あなたなんかには、負けませんっ!」
強い言葉を放ちながら、構えを取る青葉君。
素人目にもあまり喧嘩慣れしているようには思えなかったが、
青葉君の自信ある態度でそれはごまかされている。
風が吹いて、2人の間を通り抜ける。
微妙に張り詰めた空気が2人の間を流れていく。
事の成り行きを、不安そうに見守っているギャラリー達。
そして千条さんが軽く踏み込んだ時、
「それに――」
唐突に、千条さんの行動を打ち消すように青葉君が口を開く。
ペースを乱されたようで千条さんがむっとなる中、
青葉君がゆっくりと、余裕気に微笑みながら、言った。
「身長的にはあなただって大差ないでしょ。このチンチクリン!」
「!!」
稲妻が落ちたような衝撃が、俺達の間を駆けた。
正確には俺と天野さん、日華先輩、そして不良の連中達。
さっと血の気が引いて行くのが感じられる。心なしか、空気が冷たい。
人の神経を逆なでる才能。
それは無意識の内、まるで狙ったように発揮された。
千条さんが身長を気にしている事は、前に聞いた話から想像できる。
なんせ自分をチビ呼ばわりした不良を叩きのめしてリーダーになった位だ。
おそらく触れてはいけないタブー。そこに、青葉君は触れてしまった。
季節は夏だというのに、冷たい風が吹いた。
千条さんは顔を伏せていて、その表情をうかがい知る事はできない。
だが明らかにさっきまでとは雰囲気が違う。冷たい殺気。重苦しい空気。
しかも青葉君は、その事には気づいていない。
「さぁ、かかってきなさい!」
びしっとポーズを決めてそう言う青葉君。
止めてやりたい所だが、もはや俺たちにどうこうできる問題ではない。
不良連中の表情を見る限り、彼らでも無理そうだ。
「……ま、……った?」
冷たい空気が流れる中、ぼそぼそと小さな声を出す千条さん。
その言葉はあまりにも小さく、俺達は聞きとることはできない。
青葉君もまた、きょとんとした表情で首をかしげる。
「な、なんですって?」
不思議そうに千条さんの事を見ながら、そう尋ねる青葉君。
まだ彼は自分がスイッチを押してしまった事に気づいていないらしい。
ゆっくりと、青葉君に近づく千条さん。彼の胸倉を掴むと、
「今、何つったって聞いてんだよこのチビがあああぁぁぁ!!」
その怒りを、爆発させた。
ハッとなり、神崎内斗は目を見開いた。
波の音。カモメが鳴く声が騒がしい。
ボーッと、遠くの方で船が汽笛を鳴らしている。
(今のは……)
心の中、神崎内斗は考える。
今、一瞬だけ心をよぎった不安。
第六感が嫌な予感を伝えている。
(何だか、千条の声が聞こえたような……)
口元に手を当てながら、神崎内斗はそんな事を考える。
だがすぐにフッと、自嘲気味に笑った。
(そんなこと、ある訳ないか……)
釣りざおを構えながら、神崎内斗は思い直した。
それに、今はそんな根拠のない不安にかまっている場合ではない。
今日は海のコンディションが良い。今日こそ……
真剣な表情で、神崎内斗は海へと向き直った。
立ちふさがるは大自然。だが何者であろうと、関係ない。
今回こそ魚を釣り上げ、この大海原に引導を渡してやる。
「…………」
キリキリと釣り糸を巻きながら、呼吸を整える神崎。
集中。目の前に広がる海の中へ意識を溶け込ませていく。
自然に、それでいて大胆に。神崎内斗はその時を待つ。
――そしてついに。
クンッ。
釣りざお引っ張るような手ごたえを感じ、神崎は目を開けた。
そのまま一気に糸を巻き上げ、釣り針にかかったものを強引に引き上げる。
超人的な動体視力が、海から引き上げられたそれをいち早くとらえる。
……決闘盤。
そこには海藻まみれになった決闘盤がぶら下がっていた。
「…………」
無言で、決闘盤を足元のビニール袋にねじ込む神崎。
すでにビニール袋はパンパンだが、魚の姿はどこにもない。
ゴミ拾いでもしたかのように、あらゆる魚以外のもので溢れている。
「釣れないねぇ、兄ちゃん」
隣りに座っていたおじさんが笑いながらそう言う。
その人のクーラーボックスは、さっきより魚が増えていた。
「…………」
無言で、釣り竿を振る神崎内斗。
ぽちゃんと音がして、またも針が海に沈む。
――今度こそ!
神崎は目をつむり、神経を集中させる。
汽笛の音が響き、辺りの空気が震える。
夕日は、海の向こうへ沈みかけていた。
人は理解できない行動を目の前にすると、固まるという。
まるで時間が止まってしまったかのように、思考や動きが止まるのだ。
ごく自然な事だが、青葉君は突然キレた千条さんを見て固まっていた。
胸倉を掴まれていて苦しいはずなのに、理解が追い付いていない。
「てめぇ、何とか言いやがれっ!!」
千条さんががくがくと、青葉君の体を揺らす。
青葉君はただ訳も分からずに、蒼くなっているだけだ。
小城さんや桃川先輩も、何も言えずに呆然としている。
「ちょ、ちょっと、リーダー……!」
「まずいですってば……!」
周りにいた不良達がさすがにヤバいと感じたのか、止めに入る。
だが千条さんはそいつらを片手で払いのけると、冷たく言い放つ。
「邪魔すんじゃねぇよ……」
心の底から憎々しげに、千条さんは不良達を見る。
その姿にすくみあがってしまう不良達。もう、誰にも止められない。
当然、草むらの影から見ている俺達にも。
「ど、どうすんのよ!」
ただならぬ気配を感じた白峰先輩が、日華先輩に尋ねる。
しかし日華先輩もまた、困ったように眉をひそめるだけだ。
「さすがに、これは予想外だったな……」
他人事のように、そう呟く日華先輩。
打つ手なし。こんな状況を納められるとしたら、それはただ一人。
「内斗先輩に連絡をとりませんか?」
俺は日華先輩に、そう提案する。
もはやこうなってしまった以上、内斗先輩を呼ぶしか方法はない。
だが日華先輩は残念そうな表情で、首を振る。
「ダメだ。内斗君は海だし、ここに来るまでに時間がかかりすぎる。それに何より――」
「何より?」
「内斗君にバレたら、そっちの方が怖いじゃないか」
ぶるっと体を震わせながら、日華先輩はそう言った。
……正直、その言葉には反論できない。
虎を倒すために悪魔を呼び起こしても、状況は悪くなるだけ。
正真正銘、俺達は何もできなくなった。
胸倉を掴んでいる青葉君に、千条さんがゆっくりと尋ねる。
「私がチビで貧相な体つきをしているだと?」
「……え。そんな事、言ってな――」
青葉君は苦しげに反論しようとするが、睨まれて黙る。
千条さんがギリギリと歯を食いしばりながら、続ける。
「確かに私は自分でも小さいと思う。だがな……」
ひゅんっと、まるでボールのように青葉君を投げる千条さん。
投げられた青葉君は近くの木にぶつかり、痛そうに声をあげる。
そんな彼を見下ろしながら、千条さんが叫んだ。
「でかけりゃ良いってもんじゃねぇだろうがーっ!!」
そのあまりの怒号に、びくりと体を震わせる俺達。
まさに、魂の叫び。日華先輩がため息をつく。
「……絶対あれ、個人的なコンプレックスでしょ」
もはや青葉君の事など半分頭にない。
ただ彼女は、自分の傷をえぐられた事に怒っていた。
もはや作戦も何もなく、ただ怯えている青葉君に、視線を向ける。
「小僧、覚悟しろ。たっぷりと叩きのめしてやる……」
鋭い殺気を放ちながら、ゆっくりと青葉君に近づく千条さん。
青葉君は「あわわわ……」と半泣きになりながら、ただへたり込んでいる。
腰が抜けているのか、立ち上がる事さえできていない。
千条さんが近づき、その拳をふりあげたその時――
「やめろ!」
凛々しい声が、その場に響き渡った。
さっと小城さんが、両手を広げて青葉君と千条さんの間に入る。
びっくりとした表情になる青葉君。小城さんが、言う。
「こんな事しても、意味ない……」
「ふんっ! 邪魔だ、どけっ! 代わりに叩きのめされたいのか!」
威圧的に言いながら、小城さんを睨みつける千条さん。
その迫力に押されながらも、小城さんが震える口を開く。
「あなた、さっきデッキを渡せって言ってたよね?」
「それがどうしたっ!」
「という事はあなたも決闘者なんでしょ? なら――」
小城さんが肩から下げていた鞄を地面に落とす。
そしてその中から、決闘盤を取り出して見せた。
「決闘で、決着をつけよう」
千条さんの事をにらみながら、そう言う小城さん。
一見すると強気な態度に見えるかもしれないが、実は違う。
ぶるぶると、小城さんの足が小刻みに震えているのが分かる。
千条さんは曲がりなりにも樫ノ原の支配者。
その威圧感と殺気は、内斗先輩程ではないが強烈だ。
一般人の彼女でも、その事は分かるのだろう。だから、怖い。
恐怖をひた隠しながら、小城さんは強大な敵に立ち向かっている。
まるでテレビに出てくるヒーローのように。
勇気を振り絞り、2人の先輩と同級生をかばっている。
「小城さん……」
感動したように、青葉君が声をもらした。
桃川先輩も、震えながらも小城さんを見守っている。
「な、なんか、立場逆転してない……?」
「そ、そうですね……」
白峰先輩の言葉に、天野さんが頷いた。
確かに、当初の作戦とは180度違う展開になってきた。
戦う小城さんに、守られる青葉君。
まぁ、正直なところそっちの方がしっくりくる。
やはり青葉君にはあんな作戦は無理だったようだ。
決闘盤を見せながら、小城さんが尋ねる。
「どうするの? それとも、決闘じゃ勝つ自信がない?」
バカにしたように言う小城さん。
千条がフンと鼻を鳴らすと、腰から下げていたデッキケースを見せる。
「私――いや、俺を誰だと思っている」
すっと冷たい雰囲気になりながら、千条さんが口を開く。
どこからか決闘盤を取り出し、デッキを装着し構える。
ざわざわと、その長い黒の髪が揺れた。
「俺の名前はファントム・ナイト! 絶対無敵、最強の決闘者だ!」
強い殺気を放ちながら、高らかに宣言する千条さん。
その腕に付いた決闘盤が展開し、ライフポイントが表示される。
小城さんもまた、デッキを取り出して構えた。
2人の間を、冷たい風が通り抜ける。
激しい緊張感が流れる。
空気が震えているかのように、木々がざわめいた。
「……叩き、潰す」
千条さんが暗い表情で言い、カードを引いた。
小城さんもまた、黙ってカードを引いて構えた。
そしてしばしの沈黙の後――
「――決闘ッ!!」
2人の女子の声が、その場に響いた……。
第三十一話 或る愛の出来事/フトゥーロ
風が吹いて、木々の葉っぱが舞った。
青々とした自然に満ちた公園の遊歩道。
そこで決闘盤を構えて、にらみあう2人の女子。
DEC所属の小城宮子に、樫ノ原の支配者・千条明。
なぜこうなったのか。どこで間違ったのか。
だが始まってしまったものは、もう止められない。
草むらから顔を出しながら、俺達はただ成り行きを見守っている。
後ろでは桃川先輩と青葉君が、不安そうな視線を向けていた。
小城 LP4000
千条 LP4000
「私のターン……」
静かに、小城さんがデッキからカードを引いた。
彼女はDECの中でも五本の指に入る実力者。
集中するように、手札のカードに視線を向ける。
「私は聖鳥クレインを攻撃表示で召喚」
小城さんが手札から、一枚のカードを選んで出す。
場に真っ白な翼を広げた、巨大な鶴のモンスターが現れた。
聖鳥クレイン
星4/光属性/鳥獣族/ATK1600/DEF400
このカードが特殊召喚した時、
このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。
「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンド」
小城さんがさらに手札のカードを決闘盤にセットした。
攻撃表示のモンスターが1体に、伏せカード1枚。
落ち着いた表情で、小城さんはターンを終了する。
「さすが小城さん。堅実な1ターン目ね」
横で見ていた白峰先輩が、感心するように頷いた。
確かに、相手の出方が分からない1ターン目としては堅実な一手だ。
だが、それゆえに隙のある戦略でもある。
「確かに、悪くはないね」
日華先輩が口元に手を当てながら呟く。
その表情は言葉とは裏腹に、少々冷たい。
「だけど、千条君相手にはちょっと消極的過ぎるかな……」
日華先輩がそう呟き、視線を千条さんへと向けた。
黒いオーラを身にまとい、殺気を放っている千条さん。
その目は憎々しげに、小城さんをにらんでいる。
千条さんがデッキに手をかけて、叫んだ。
「俺のターン!」
勢いよくカードを引く千条さん。
ちらりと手札を見ると、すぐさま一枚を手に取る。
「俺はバーサークドローを発動! 手札のブラッド・ヴォルスを墓地へと送って、デッキからカードを2枚ドロー!」
バーサークドロー 通常魔法
手札から獣戦士族のモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
ブラッド・ヴォルス
星4/闇属性/獣戦士族/ATK1900/DEF1200
悪行の限りを尽くし、それを喜びとしている魔獣人。
手にした斧は常に血塗られている。
叩きつけるように、千条さんがカードを墓地へと送った。
さらにカードを2枚ドローすると、考える様子もなく言う。
「手札から二重召喚を発動!」
浮かび上がる魔法カード。
あれは前の決闘では使用されていないカード。
昔の内斗先輩らしい、攻撃的なカードだ。
二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。
小城さんが僅かに顔をしかめる。
すっと、2枚のカードを見せるように持つ千条さん。
「ジェネティック・ワーウルフと、ウィングド・ライノを召喚!」
その声と共に、2体の獣が姿を現す。
白銀の体毛を持つ巨大な狼と、鎧と棍棒で武装した翼の生えたサイ。
筋骨隆々とした荒々しいモンスターが、雄たけびをあげる。
ジェネティック・ワーウルフ
星4/地属性/獣戦士族/ATK2000/DEF100
遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しき心は完全に破壊され、
闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。
ウィングド・ライノ
星4/風属性/獣戦士族/ATK1800/DEF500
罠カードが発動した時に発動する事ができる。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを持ち主の手札に戻す。
「い、いきなり強力な下級モンスターが2体……」
小城さんの後ろで決闘を見ていた、青葉君が驚く。
桃川先輩もまた、不安そうに小城さんの事を見ていた。
荒々しい千条さんの戦略。だがまだ終わりではなかった。
「永続魔法、一族の結束を発動!」
さらに乱暴な動作で、千条さんがカードを場に出した。
永続魔法。薄緑色のオーラが2体のモンスターに取りつく。
目を輝かせ、獣たちがさらに大きく叫び声を上げた。
一族の結束 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
ジェネティック・ワーウルフ ATK2000→ATK2800
ウィングド・ライノ ATK1800→ATK2600
「攻撃力2800と2600のモンスター……!」
小城さんが一歩後ろに下がりながら、そう呟いた。
その表情は苦しげで、冷や汗をかいている。
千条さんが人差し指を伸ばして、言う。
「バトルだぁ! ウィングド・ライノで聖鳥クレインを攻撃!」
その言葉に反応して、サイのモンスターが鶴に向かって突進する。
手に持っていた棍棒を、圧倒的な力でなぎ払うように振って叩きつける。
ガシャーンと音を立てて、鶴のモンスターが砕け散った。
「くっ……」
小城さんが腕を顔の前に出して、衝撃を防いだ。
ビリビリとした空気の震えと共に、LPが減る音が響く。
小城 LP4000→3000
「さらにジェネティック・ワーウルフでダイレクトアタック!」
その言葉に、白銀の人狼が全身の毛を逆立てる。
雄たけびをあげながら、地面を蹴って小城さんへと飛びかかった。
驚異的な跳躍力。拳を振り上げ、打ち抜く。
「罠発動、ガード・ブロック!」
だが攻撃が当たる直前、小城さんが手を前に出した。
伏せられていた一枚が表になる。透き通るようなバリアが浮かんだ。
ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
「これで、私への戦闘ダメージは0になる……」
バリアによって、白銀の狼の攻撃ははじかれる。
悔しそうに小城さんの事を睨みつけるワーウルフ。
だがどうする事も出来ず、後ろへと飛び戻っていく。
「こざかしい真似を……」
ギリギリと歯をくいしばって睨みつける千条さん。
手札のカードを見ることもなく、腕を払いながら言う。
「ターンエンドッ!」
荒々しくエンド宣言をした千条さん。
その言葉を聞いて、小城さんがどこかホッとしたように息を吐く。
草むらから見ていた白峰先輩が、目を丸くした。
「な、なによ。あのむちゃくちゃな戦略は……」
驚いたように千条さんの事を見る先輩。
日華先輩が、肩をすくめる。
「高攻撃力のモンスターを並べて殴る。単純だけど効果的だね」
その言葉の後ろに「美しくないけど……」と付け加える日華先輩。
怒りに身をまかせているのか、千条さんの戦略は前以上に攻撃的だ。
伏せカードもなく、このまま攻撃力で押し切るつもりか。
「私のターン!」
カードを引く小城さん。
ガード・ブロックの効果もあってその手札は6枚。
相手の場には高攻撃力のモンスターが2体。どうするつもりだ?
俺が考えていると、小城さんが1枚のカードを選んだ。
「シールド・ウィングを、守備表示で召喚」
場に緑色の小さな鳥が現れた。
羽を交差させて、その身を守るような格好をしている。
シールド・ウィング
星2/風属性/鳥獣族/ATK0/DEF900
このカードは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されない。
白峰先輩が鳥の姿を見て、グッとガッツポーズを取る。
「よし! あれなら次の攻撃はほとんど防げるわ!」
嬉しそうに小城さんの一手を称賛する白峰先輩。
だがその横では日華先輩が、またも額を押さえていた。
憂うように鳥を見ながら、日華先輩が呟く。
「だから、ダメなんだよ。あんなんじゃ……」
その言葉に首をかしげる白峰先輩。
無理もない。先輩は前の千条さんの決闘を見ていないからな。
小城さんがさらに、2枚のカードを手に取る。
「カードを2枚伏せて、ターンエンド……」
場に伏せカードが2枚増える。
これで小城さんの場はかなり固められた。
だが千条さんの目に、動揺はない。
「俺のターン!」
カードを引いてそれを横目で見る千条さん。
そして視線を切ると、手札の1枚を荒々しく場へと出した。
「激昂のミノタウルスを召喚!」
「……!!」
場に斧を持った半牛の魔人が現れた。
その姿を見て、小城さんが緊張したように視線を鋭くする。
ミノタウルスが咆哮をあげ、他のモンスター達を鼓舞した。
激昂のミノタウルス
星4/地属性/獣戦士族/ATK1700/DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の
獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、守備表示モンスターを攻撃した時にその
守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
激昂のミノタウルス ATK1700→ATK2500
「あれは貫通効果を与えるモンスター!」
後ろにいた青葉君が動揺しながら言う。
そう、激昂のミノタウルスは味方の獣戦士族に貫通能力を与えるモンスター。
いくらシールド・ウィングでも、戦闘によるダメージは防げない。
「ま、まずいじゃない!」
白峰先輩が青くなりながら言う。
小城さんのLPは3000。全ての攻撃が通れば彼女は……。
バッと手を広げ、千条さんが叫んだ。
「バトルだ! ウィングド・ライノでシールド・ウィングを攻撃!」
サイのモンスターが雄たけびをあげた。
猛烈な勢いで突進し、棍棒を振り上げるウィングド・ライノ。
棍棒がシールド・ウィングに直撃し、衝撃波が巻き起こった。
「……ッ!」
衝撃波が小城さんに直撃する。
苦しそうに顔をしかめる小城さん。LPが動く。
小城 LP3000→1300
この攻撃で小城さんの残りLPは僅か。
シールド・ウィングは自身の効果によって戦闘破壊されてはいない。
容赦なく、千条さんがそのシールド・ウィングを指差した。
「ジェネティック・ワーウルフで、攻ッ撃ィ!」
白銀の獣が再び大地を蹴りあげた。
キラキラとした体毛を輝かせながら、飛びかかる狼。
青葉君や桃川先輩、天野さん達が思わず目をつぶる。
この攻撃が通れば小城さんは……
「罠発動、ドレインシールド!」
だが間一髪のところで、彼女の場の伏せカードが表になった。
鳥と狼の間に、薄いバリアのようなものが張られる。
狼の攻撃はそのバリアに阻まれ、衝撃は散り散りになった。
小城さんの頭上から、光が降り注ぐ。
ドレインシールド 通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。
小城 LP1300→4100
一気にLPを回復させ、さらに攻撃を防いだ小城さん。
額の冷や汗をぬぐいながら、白峰先輩が呟く。
「ひやひやしたわ……」
桃川先輩や青葉君、天野さんも安心したように息をはいている。
小城さん自身も、どこかホッとしたようにカードを墓地に送っていた。
「ミノタウルスーッ!!」
だがそんな安心感を吹き飛ばすように、千条さんが叫んだ。
ハッとなって見ると、牛の魔人が斧をシールド・ウィングに向かって振り下ろしていた。
その攻撃に耐えるシールド・ウィング。だが、衝撃波は発生する。
「うっ……」
衝撃波を受けて、体をふらつかせる小城さん。
せっかく回復したLPが、また削られる。
小城 LP4100→2500
苦しそうに場へと視線を向ける小城さん。
千条さんが、いらだったような様子で言う。
「こざかしい戦略ばかり! その程度でこのファントム・ナイト様に挑むとはな!」
小城さんを睨みつける千条さん。
その言葉に、小城さんが少しだけムッとなる。
だが殺気を放っている千条さんは気にしていないようだった。
高攻撃力に加え貫通効果を持つモンスターが3体。
場の状況は圧倒的に千条さんの方へと傾いている。
対する小城さんの場にはシールド・ウィングと伏せカードが1枚のみ。
今は堪えているものの、このままでは押し切られるのも時間の問題だ。
「やっぱり、相手が悪すぎたかな……」
俺の横で、日華先輩が呟いた。
頬をかきながら、困ったように小城さんを見ている日華先輩。
その言葉に、白峰先輩が視線を鋭くさせた。
「まだ、勝負は決まった訳じゃないわ」
きっぱりとした口調で、そう話す白峰先輩。
その目は真っ直ぐに小城さんの事を見ている。
「小城さんは誇り高きDECのメンバーよ。このまま終わるはずがないわ……」
白峰先輩の言葉通り、小城さんの表情に諦めの色は浮かんでいない。
キッと真っ直ぐに、千条さんの事を睨み返している。
フンと鼻を鳴らして、千条さんが腕を動かす。
「ターンエンドだ!」
その言葉を聞いて決闘盤を構えなおす小城さん。
戦う前の怯えた様子はそこにはない。
ただ目の前の決闘に集中している。
「私のターン!」
声高らかにそう言い、カードを引く小城さん。
引いたカードを手札に収めると、その中から一枚を選ぶ。
「私は手札から、神禽王アレクトールを特殊召喚!」
「!!」
この決闘の中で初めて、千条さんが動揺した様子を見せた。
小城さんがカードを置くと、場に神々しい光が発生する。
その中から銀色の鎧を身にまとう、美しい鳥のモンスターが現れた。
神禽王アレクトール
星6/風属性/鳥獣族/ATK2400/DEF2000
相手フィールド上に同じ属性のモンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択する。
選択されたカードの効果はそのターン中無効になる。
「神禽王アレクトール」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
「上手い。不利な状況を逆に利用したか……」
日華先輩も感心したように頷く。
小城さんが白い指を伸ばして、言う。
「アレクトールの効果発動。アレクトールは1ターンに1度、フィールドに表側表示で存在するカードの効果を無効にすることができる。私が無効にするのは、一族の結束!」
アレクトールの体がキラキラと光輝いた。
その光に当てられて、一族の結束のカードが光が消える。
薄緑色のオーラが払われ、獣達の体から力強さが失われた。
ジェネティック・ワーウルフ ATK2800→ATK2000
ウィングド・ライノ ATK2600→ATK1800
激昂のミノタウルス ATK2500→ATK1700
「くっ。こしゃくな真似を……!」
攻撃力が下がった自分のモンスターを見て、千条さんが顔を険しくする。
千条さんの場には伏せカードがない。攻撃するには絶好のチャンスだ。
小城さんが手を前に出して、言う。
「神禽王アレクトールで激昂のミノタウルスを攻撃!」
勇ましい声で指示を出した小城さん。
その声に反応し、アレクトールが翼を広げ宙を舞う。
そして鋭い二本の爪が、牛の魔人を切り裂いた。
千条 LP4000→3300
僅かながらダメージを与える事に成功した小城さん。
さらにミノタウルスが消えたことで、貫通効果もなくなる。
これでシールド・ウィングも、立派な壁へと成りうるだろう。
「ね、言ったでしょ? 小城さんがこのまま終わるはずないって」
白峰先輩が嬉しそうに日華先輩に向かって言う。
やはり後輩が活躍するのは嬉しいのだろう。
日華先輩も水を差すことなく、頷く。
「全くだ。さすがDECのナンバー3だね」
その言葉を聞いて微笑む白峰先輩。
天野さんも嬉しそうに目を細めていた。
「ターンエンド」
静かに、ターンを終了する小城さん。
少し控え目ではあるものの、反撃としては上出来だ。
場には伏せカードが一枚残っている。
「鳥、鳥、鳥! 出すのは鳥のモンスターばかり!」
千条さんが忌々しそうにそう言った。
小城さんが睨みながら、頷く。
「そうだよ。大空を飛ぶ翼には、何者も触れることはできない……」
自分のモンスターに自信を持っている小城さん。
前までとは違い、決闘することに苦しみや迷いは持っていない。
「だったら!!」
千条さんが大きく声を張り上げた。
その大声に、驚いたように体をビクリと震わせる小城さん。
ゆっくりとした動きで、千条さんが人差し指を伸ばす。
「墜としてやる!! そんな翼なんてーッ!!」
勢いよく言い、カードを引く千条さん。
3枚ある手札の中から、1枚のカードを見せる。
描かれているのは白と黒の色が混じった羽を持つ、野人。
小城さんがハッとなる。千条さんがカードを決闘盤に叩きつけた。
「黒羽を狩る者を召喚!」
パッと、辺りに黒い羽が舞い散った。
奇妙な仮面のようなものを頭につけた、野人が場に現れる。
「あのモンスターは……!」
日華先輩と白峰先輩が、ほぼ同時に驚く。
おもむろに手札の一枚を手に取りながら、千条さんが言う。
「黒羽を狩る者の効果発動!」
野人がその言葉を聞いて、背中の翼をバサリと広げた。
千条さんが持っていた手札の一枚を、墓地へと送る。
「手札を一枚墓地へ送り、相手フィールド上のモンスター1体を破壊する!」
「!!」
小城さんが驚くのと同時に、黒羽を狩る者が羽を動かした。
まるで弓矢のように、黒羽を狩る者の翼から羽根が飛んでいく。
降り注いだ羽根の嵐を受けて、シールド・ウィングの姿が砕け散った。
「シールド・ウィング……!」
小城さんが悔しそうに視線を向けて呟く。
黒羽を狩る者が嘲るように、顔に笑みを浮かべた。
黒羽を狩る者(ダークネス・ハンター)
星4/光属性/獣戦士族/ATK1700/DEF1000
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターが2体以上存在し、
そのモンスターの種族が全て同じ場合、手札を1枚墓地へ送る事で
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。
黒羽を狩る者 ATK1700→ATK2500
黒羽を狩る者の効果トリガーは相手の種族が統一されている事。
まさに言葉通り、出たモンスターが鳥ばかりだからこその破壊効果だ。
これで小城さんの場には、アレクトールと伏せカード1枚のみ。
「で、でも、どうしてシールド・ウィングを……?」
俺の横で天野さんが、不思議そうに首をかしげた。
確かに攻撃力の点で言えば神禽王アレクトールの方が上。
そちらを破壊した方が、何かと有利そうに見える。だが……
「千条君は、このターンでケリをつけるつもりなのさ」
日華先輩が肩をすくめながら、天野さんに向かって言った。
まだ意味が分かっていなさそうな天野さんを見て、さらに続ける。
「考えてみたまえ。もし仮に神禽王アレクトールを破壊した場合、シールド・ウィングが場に残る。シールド・ウィングは1ターンに2回まで戦闘では破壊されない。千条君のモンスターは全部で3体。貫通効果がない今、全てのモンスターで攻撃をしたとしても……」
「シールド・ウィングが破壊されるだけ。小城さんにダメージは通らない……」
状況を想像している天野さんが、ボソリと答えた。
そしてハッとなって、日華先輩の顔を見る天野さん。
「じゃ、じゃあ、このターンにシールド・ウィングを破壊したのは……!」
「そう、おそらく君の想像通りだろうね」
草むらから顔を出して場の状況をうかがう日華先輩。
2人のフィールドを見ながら、言葉を続ける。
「逆にシールド・ウィングを破壊すれば、アレクトールを戦闘破壊する事によって小城君の場は空になる。幸い一族の結束の効果は戻っているし、攻撃力では千条君のモンスターの方が上だ。ダイレクトアタックでとどめをさせるという訳さ」
「でも、小城さんの場には伏せカードが……」
「そう、あれがもしアレクトールを補助するカードならば、この作戦は破綻するだろうね。それ所か自分が不利になるかもしれない。だけどおそらくそんな事は分かった上で、千条君は勝負に出たのさ」
日華先輩が千条さんへと視線を向ける。
殺気を放ちながら、目の前の敵を睨みつけている千条さん。
そんな彼女を見て、日華先輩が体を震わせた。
「勝機とあらば危険を冒すことも辞さない。まさに野獣だね……」
そんな言葉で、千条さんの事を表現する日華先輩。
確かに今の彼女からは、作戦前のボケた様子はみじんも感じられない。
樫ノ原町最強の決闘者、金髪の悪魔。その魂が宿るデッキ。
それをほぼ完璧に使いこなしている彼女は、まさに亡霊。
ファントム・ナイトと言うにふさわしい姿、立ち振る舞いだ。
荒々しく、野性味溢れる戦略。今の内斗先輩とは対極的な戦い。
3体のモンスターの視線が、アレクトールへと集まった。
「バトルだ! ウィングド・ライノで神禽王アレクトールを攻撃!」
ばっと手のひらを前に出し、千条さんが叫ぶ。
ウィングド・ライノの攻撃力は一族の結束の効果で2600。
対する神禽王アレクトールは2400。このままでは勝てない。
サイのモンスターが怒号を上げて、アレクトールへ突進する。
この攻撃が通ってしまうと、小城さんの場はガラ空き。
残りのモンスターの攻撃で小城さんのLPは0になるだろう。
天野さんや白峰先輩が、祈るように両手を合わせる。
「速攻魔法発動、突進!」
その祈りが通じたのか、小城さんの場のカードが表になる。
勢いよく突き進むイノシシが描かれたカード。
アレクトールが甲高い声をあげる。
突進 速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、
ターン終了時まで700ポイントアップする。
神禽王アレクトール ATK2400→ATK3100
これでアレクトールの攻撃力は千条さんの場の全てのモンスターを上回った。
アレクトールが鋭い爪で、向かってきたサイを迎撃する。
千条 LP3300→3000
ライフが減り、さらにモンスターの数を減らすことに成功した小城さん。
結果論とは言え、ここでの千条さんの判断は間違いだったようだ。
ここはアレクトールを破壊し、確実に流れを取るべきだったらしい。
「よ、よし。これで流れは小城さんに……」
後ろで見ていた桃川先輩が、小さく呟いた。
青葉君もぱっと顔をほころばせている。
千条さんが残った最後の手札を見て、言う。
「……ターンエンド」
顔を伏せがちにして、暗い声を出す千条さん。
ホッとしたように、小城さんが両目をつぶり息を吐く。
よっぽど肝が冷えたのだろう。無理もないが。
安心したように、彼女が自分のデッキに手を伸ばす。
ぐしゃり。
その時、とても嫌な音が辺りに響いた。
ハッとなって、決闘を見ていた人間が顔をあげる。
驚いた表情を浮かべている小城さん。その視線の先にあるのは――
大地から現れた手に握り潰されそうになっている、黒羽を狩る者だった。
そして黒羽を狩る者を握り潰す、真っ赤な爪の生えた巨大な手。
その手に、俺達は見覚えがあった。あれは、まさか……
「なめられたものだな。この俺も……」
ゆっくりと、千条さんが顔をあげる。
鋭い視線。殺気。周りの空気が震えている。
「お前らからすれば、さっきの一撃は無謀な攻撃に見えただろう。だがこの俺が、最強の決闘者たるこのファントム・ナイト様が! 何の策も持たずに攻撃したと思うか!! 次の一手なぞ、もうとっくの昔に打っている!!」
そう言って、千条さんが決闘盤を構えなおす。
墓地から赤い色の光が、漏れる。
「暗黒のマンティコアの効果発動! 生け贄の力を糧にし、復活しろぉ!!」
黒羽を狩る者の姿が、完全に砕け散った。
大地が割れ、凄まじい雄たけびが上がる。
そこからゆっくりと、巨大な獣が姿を現した。
暗黒のマンティコア
星6/炎属性/獣戦士族/ATK2300/DEF1000
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。
暗黒のマンティコア ATK2300→ATK3100
「あれは……」
「千条君の、エースモンスター!!」
場に現れた異形の獣の姿を見て、日華先輩達が驚いた声をあげる。
白峰先輩が、悔しそうに爪を噛んでいる。
「黒羽を狩る者の効果で捨てたカード。あのモンスターだったのね……」
そう、千条さんがあのカードを墓地に送れたのはただ一度。
黒羽を狩る者の効果発動の際に、カードを捨てた時だけだ。
あの時、すでに千条さんは次の作戦の布石を投じていたのか。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないね。内斗君は……」
感心したような口調で、日華先輩が呟いた。
その言葉通り、内斗先輩(のデッキ)は手強い。
荒々しく攻めているように見えて、抑える所はきっちり抑えてくる。
「くっ、私のターン!」
苦しそうな表情で、小城さんがカードを引く。
これで彼女の手札は4枚。場にはアレクトール。
千条さんの手札は1枚なので、手札枚数では小城さんが有利だ。
だが千条さんの場には再生能力を持つ暗黒のマンティコアがいる。
生半可な攻撃ではマンティコアを倒す事はできない。
だが小城さんの手札に、この状況を切り崩すカードはないようだ。
苦しそうな表情のまま、彼女が手を伸ばす。
「アレクトールの効果発動。一族の結束を無効化する……」
アレクトールが体を輝かせ、一族の結束が光を失う。
それによって千条さんの場のモンスターが弱体化する。
暗黒のマンティコア ATK3100→ATK2300
ジェネティック・ワーウルフ ATK2800→ATK2000
だが暗黒のマンティコアの再生能力が消えた訳ではない。
千条さんの手札は一枚。それが獣戦士ならば、たやすく再生してくる。
獣戦士でなかったとしても、場のワーウルフを生け贄にすれば再生する。
だとしたら小城さんがやれる事は……
「神禽王アレクトールで、ジェネティック・ワーウルフを攻撃!」
そう、少しでも千条さんの戦力を削ることだけだ。
アレクトールが鋭い爪を向き出し、白銀の狼に掴みかかる。
上空からの攻撃に、狼はなすすべもなく切り刻まれた。
千条 LP3000→2600
ダメージを受けても顔色一つ変えない千条さん。
精神的には、完全に小城さんを押している。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド……」
小城さんの場に伏せカードが増える。
あれは確かこのターンにドローしたカードだったはず。
ブラフか、それとも有用なカードか……。
「俺のターン!」
デッキからカードを引く千条さん。
引いたカードと小城さんの場の伏せカードに、視線を向ける。
やや考えた後、千条さんが手を前に出した。
「バトルだ! 暗黒のマンティコアで攻撃! 血塗られた斬撃!!」
異形の獣が体を震わせ、大きく咆哮をあげた。
目をギラリと輝かせ、真っ赤に濡れた爪を構えるマンティコア。
そしてまるで獲物を見つけたライオンのように、飛びかかった。
攻撃力の差は歴然。
このままではアレクトールが破壊されてしまう。
だが鋭い爪が神々しい鳥を切り裂く直前――
「罠発動!」
小城さんの場の伏せカードが表になった。
キラキラとアレクトールが光になって消滅する。
「ゴッドバードアタック! アレクトールを生け贄に捧げる!」
ゴッドバードアタック 通常罠
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。
フィールド上のカード2枚を破壊する。
小城さんの発動した罠を見て、千条さんの視線が鋭くなる。
ばっと手を前に出して、小城さんが千条さんの場のカードを指差した。
「この効果で、私は『暗黒のマンティコア』と『一族の結束』を破壊する!」
強烈な光が突き進み、千条さんの場の2枚のカードに直撃する。
マンティコアは悲鳴をあげて消滅し、一族の結束も粉々に砕け散った。
これで、互いの場からカードがなくなった。
まっさらになったフィールドを、風が吹き抜けていく。
緊張しつつも、どこか落ち着いた様子の小城さん。
それとは対照的に、千条さんは明らかにイラついていた。
「カードを一枚伏せ、エンドフェイズ時に暗黒のマンティコアの効果発動!」
手札に残った一枚を見ながら、千条さんが言った。
大地が割れ、そこから猛々しい獣の声が上がる。
千条さんが持っていたカードを、墓地へと送った。
「復活せよ! 暗黒のマンティコア!」
ゆっくりと、大地の底から異形の獣が蘇った。
目をギラギラとさせ、小城さんを睨みつけている獣。
背中についた翼を広げ、獣が再び咆哮を上げた。
暗黒のマンティコア ATK2300
しかし先程とは違い、一族の結束はなくなっている。
攻撃力は2300。そこまで高い数値ではない。
落ち着いた様子で、小城さんがカードを引く。
「私のターン!」
引いたカードを、横目でチラリと見る小城さん。
フッと、わずかに小城さんが微笑んだように見えた。
だずそれもすぐに、彼女は無表情に戻る。
「私は手札から、古のルールを発動!」
そしてこのターンに引いたカードを決闘盤に出す小城さん。
古文書のようなものが描かれたカードが、浮かび上がる。
古のルール 通常魔法
自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。
小城さんが1枚のカードを表にして見せる。
描かれているのは巨大な鳥の姿。小城さんの切り札。
「私は手札から始祖神鳥シムルグを特殊召喚する!」
場に巨大な翼を広げた、黄金色の鳥が姿を見せる。
そのカードの枠の色は濃い茶色。効果モンスターだ。
千条さんが目を鋭くしながら、尋ねる。
「どうして、そいつが古のルールで出せる!」
「……このカードは手札にある時、通常モンスターとして扱う」
小城さんの言葉に、さらに目を鋭くする千条さん。
凄まじい殺気を放っている。周りの木々から鳥が飛び立っていく。
だがフィールドの状況は、小城さんに傾いていた。
始祖神鳥シムルグ
星8/風属性/鳥獣族/ATK2900/DEF2000
このカードが手札にある場合通常モンスターとして扱う。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
風属性モンスターの生け贄召喚に必要な生け贄は1体少なくなる。
風属性モンスターのみを生け贄にしてこのカードの生け贄召喚に成功した場合、
相手フィールド上のカードを2枚まで持ち主の手札に戻す。
攻撃力は2900。暗黒のマンティコアより上だ。
しかも千条さんの手札は0。マンティコアの再生能力は使えない。
伏せカードはあるものの、攻撃するとしたら絶好の状況だ。
「始祖神鳥シムルグで、暗黒のマンティコアを攻撃!」
小城さんが勢いよく、そう宣言する。
黄金の鳥が甲高い声をあげて、翼を羽ばたかせる。
巻き起こる旋風。それに巻き込まれていくマンティコア。
雄たけびをあげて、マンティコアの体が砕け散った。
そして残りの風が竜巻となって千条さんを襲う。
衝撃を受けて、千条さんが体を揺らめかせた。
千条 LP2600→2000
これで千条さんの場にはモンスターがいなくなった。しかも手札は0。
小城さんの場には、攻撃力2900の始祖神鳥シムルグが存在している。
状況は圧倒的に小城さんに有利。
次のターンに千条さんがモンスターを引かなければ、そのまま小城さんの勝利だ。
後ろで見ていた桃川先輩や青葉君も、この状況に顔をほころばせている。
「よしっ! さすがはDEC期待の新人ね!」
白峰先輩もまた、嬉しそうにガッツポーズをしている。
天野さんも微笑んでいるし、気分は既に勝ったような事になっている。
ただ一人、日華先輩だけは難しそうな顔で千条さんを見ている。
「……あの伏せカード」
何か嫌な予感でもあるのか、伏せカードをジッと見つめている日華先輩。
俺としてはあのカードから特に何かを感じるような事はない。
もしレーゼさんがこの場にいたら、何か見えるのだろうか。
「ターンエンド!」
そうこうしている内に、小城さんがターンを終了する。
手札は2枚。あれは最初の手札の時からずっとあったカードだ。
ここまで使わなかった所を見ると、おそらく下級モンスターだろう。
俺がそう考えた、その時――
「罠発動……」
不意に、千条さんの場のカードが表になった。
日華先輩を除いて、俺達は同時に驚く。
小城さんもまた、表になったカードを見て顔をこわばらせる。
千条さんが伏せていたカード。それは――
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「リビングデッドの呼び声……?」
小城さんが不思議そうに、呟いた。
確かにこのタイミングで発動するのは少し妙だ。
いや、それよりも問題なのは……
「何を蘇生させるつもりなのよ……」
不安そうに、白峰先輩が呟いた。
そう、問題はタイミングよりも蘇生させるモンスターだ。
千条さんの墓地に存在するモンスターは6体。
ブラッド・ヴォルス、激昂のミノタウルス、ウィングド・ライノ、
黒羽を狩る者、ジェネティック・ワーウルフ、暗黒のマンティコア。
これら全てのモンスターは、始祖神鳥シムルグより攻撃力が劣っている。
どれを蘇生させようと、この状況を逆転する事は――
そこまで考えて、俺はようやく気付いた。
千条さんの墓地にいるモンスターは6体ではない。
もう1体、マンティコアの蘇生コストとして墓地に送っているモンスターがいる。
さっきのターンに手札から捨てていたモンスター。
まさか、あの時に千条さんが捨てたのは……
「俺が蘇生させるのは……」
ざわざわと、千条さんの黒い髪が揺れる。
フィールドの大地が真っ二つに割れ、そこから雄たけびが上がった。
ゆっくりと、地上に這い出てくる大型の獣。
金色のタテガミに、手に持った赤い槍。四本の黒い足。
その姿を見て、小城さんが一歩、後ずさった。
獣の雄たけびが響く中、千条さんが高らかに、言う。
「――神獣王バルバロスッ!!」
神獣王バルバロス
星8/地属性/獣戦士族/ATK3000/DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。
「ば、バルバロス……!」
呆然としたように、小城さんが呟いた。
その顔は青くなっており、恐怖を浮かべている。
現れたバルバロスの迫力に、完全に呑まれていた。
「俺のターンッ! バトルだぁ! 神獣王バルバロスでシムルグを攻撃ィ!」
ぴっとシムルグを指差し、千条さんが言う。
バルバロスがその体を震わせ、シムルグへと駆けていく。
恐ろしい獣の迫力に満ちながら、槍を構えるバルバロス。
鋭い槍が、シムルグの体を正面から貫いた。
翼をブルブルと震わせて、力ない声をあげるシムルグ。
その体はゆっくりと地上へと堕ち、ガラスのように砕けて消えた。
小城 LP2500→2400
大空からその姿を消してしまったシムルグ。
状況は逆転。一転して小城さんが不利になってしまった。
「どうだ、これがファントム・ナイト様の実力だ!」
がら空きになった小城さんの場を見ながら、千条さんが言う。
その言葉に鼓舞されるように、バルバロスが大きく雄たけびをあげた。
小城さんは呆然と、その様子を眺めている。
「やばいわね、完全に戦意をそがれてる……」
そんな小城さんの姿を見て、白峰先輩が悔しそうに呟いた。
自分の切り札を叩き潰された時の精神ダメージは大きい。
小城さんもまた、目に見えて勢いがなくなっている。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
千条さんがさらにカードを伏せる。
これで千条さんの場にはカードが3枚。伏せカードが1枚と、
神獣王バルバロスにリビングデッドの呼び声だ。
小城さんの場には、1枚もカードが存在していない。
「私のターン!」
それでもまだカードを引く小城さん。
だがあまり有用なカードではなかったようで、顔をしかめる。
「……私はウィンドフレームを守備表示で召喚」
手札の1枚を場へと出す小城さん。
鳥の羽根がついた、竜巻のような生命体が現れる。
ウィンドフレーム
星4/風属性/鳥獣族/ATK1800/DEF200
風属性の通常モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
だが守備力は僅かに200。壁にしても低すぎる。
そんなモンスターを出さざるを得ない程、小城さんは追い詰められている。
さらにこのターンに引いたカードを持つ小城さん。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
強気な口調の小城さん。
だがその言葉とは裏腹にその表情は暗い。
確実に追い詰められている事を、彼女は理解している。
「俺のターン!」
デッキからカードを引く千条さん。
流れは完全に千条さんが掴んでいる。
そんな彼女がこのドローで引くカードは当然……
「不屈闘士レイレイを召喚!」
千条さんが引いたカードをそのまま場へと出す。
屈強な肉体を持つ獣人が、その姿を見せつけた。
不屈闘士レイレイ
星4/地属性/獣戦士族/ATK2300/DEF0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分ターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
やはり、流れは完全に千条さんのものだ。
きっちりと、止めを刺すためのモンスターを引いてきた。
千条さんが声を大にして、言う。
「これで終わりだ! 不屈闘士レイレイでウィンドフレームを攻撃!」
屈強な戦士がギリギリと拳を握りかためる。
そのまま大柄な体をねじ曲げてゆっくりと振りかぶる。
そして強烈なパンチを、竜巻の生命体へと見舞った。
竜巻の生命体が、砕け散る。
小城さんの場からモンスターが消える。
苦しげな視線を場に向ける小城さん。
容赦なく、千条さんが叫ぶ。
「神獣王バルバロスで、ダイレクトアターック!! 神殺しの斬撃ィ!!」
バルバロスが、その手に持つ赤い色の槍を構える。
獣の咆哮をあげると、一直線に小城さんに向かって場を駆ける。
「こ、小城さん!」
後ろで見ていた桃川先輩が叫び、前へと飛び出した。
だが攻撃が止まる事もなく、バルバロスが小城さんに迫る。
見ていた人達が、思わず目をつぶる。
「罠発動! 復活の旋風!」
だが小城さんはまだ、諦めていなかった。
場に伏せられていた1枚が表になる。
光の中より復活する、美しい鳥の姿が描かれたカード。
復活の旋風 通常罠
自分と相手はそれぞれの墓地からレベル4以下のモンスター1体を選択し、
守備表示でフィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、
フィールド上に表側表示で存在する限り表示形式を変更できない。
墓地からモンスターを特殊召喚するカード。
特殊召喚されるモンスターは守備表示だから、
バルバロスの攻撃を防ぐ即興の壁として使うつもりか。
「私は墓地からシールド・ウィングを特殊召喚!」
小城さんが墓地からカードを取り出しながら、言う。
緑色の鳥が、羽根を交差させた格好で蘇る。
シールド・ウィング
星2/風属性/鳥獣族/ATK0/DEF900
このカードは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されない。
だがモンスターを蘇生できるのは千条さんも同じ。
彼女もまた同じように、墓地からカードを取り出して言う。
「なら俺が蘇生させるのは、こいつだッ!」
荒々しく言ってカードを叩きつける千条さん。
場に雄たけびをあげながら、一頭の巨大な牛が現れる。
そのカードを見て、小城さんがさらに苦しげな表情になる。
激昂のミノタウルス
星4/地属性/獣戦士族/ATK1700/DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の
獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、守備表示モンスターを攻撃した時にその
守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
千条さんが蘇生させたのは激昂のミノタウルス。
あれは貫通能力を味方の獣戦士に与えるカードだ。
千条さんが手を前に出しながら、続ける。
「バトル続行ッ! バルバロスでシールド・ウィングを攻撃ィーッ!!」
獣が態勢を立て直し、緑色の鳥へと進路を変更する。
その体はまるで怒っているかのように赤いオーラに包まれている。
バルバロスが真っ直ぐに、鋭い槍の先端をシールド・ウィングへと突き立てた。
攻撃による、衝撃が巻き起こる。
シールド・ウィングは効果によって戦闘破壊はされない。
だが激昂のミノタウルスによってバルバロスには貫通効果が備わっている。
ダメージを防ぐ手段は、小城さんにはない。
衝撃波が小城さんを襲う。
「きゃあ!」
あまりの衝撃波に、小城さんが悲鳴をあげる。
苦しそうな表情を浮かべながら、衝撃に耐えている小城さん。
ライフポイントが、減る。
小城 LP2400→300
その衝撃は治まる事を知らず、辺り一帯に分散する。
遊歩道の道に散らばっていた砂が、竜巻のように巻き上がった。
一瞬にして、視界は細かい砂に覆われる。
「うわっ!」
突然巻き起こった砂埃に、草むらから様子を見ていた俺達も顔をひっこめる。
辺りはまるで爆発でも起こったかのように、砂が舞い上がっている。
辺りは薄茶色によって支配され、ほとんど何も見えない状況だ。
「な、なんなのよー!」
「う〜ん、何も見えないね……」
俺の横で白峰先輩と日華先輩がぼやいている。
天野さんは砂が目に入らないように、目をつぶっていた。
視界が効かない中、バルバロスの咆哮だけが辺りに響いていた……。
砂埃が舞い上がっている。
視界が効かない。すぐ前でさえ、何も見えない。
薄茶色に囲まれた世界の中に、自分はいる。
だが不思議と、自分の心は落ち着いていた。
『やめろ!』
自分が殴られそうになった瞬間。
小城さんはその身をていして、自分をかばってくれた。
ともすれば自分が殴られるかもしれなかったにも関わらず、だ。
そして今、彼女は自分を守るために戦いに挑んでいる。
桃川先輩がいたが、それは些細な事だ。
小城さんが自分をかばってくれた。それだけで十分だ。
彼女はやっぱり自分にとっての天使。最愛の存在だ!
だがそんな彼女も、今とてつもないピンチを迎えている。
目の前から襲いかかる獣を形どった野蛮な存在。
そしてそれらを使役する、黒い髪の怒り狂った小さな悪魔。
まさに化物じみた強さを発揮して、小城さんを追い詰めている。
怒った理由は自分にあるような気もするが、それは些細な事だ。
問題なのは、小城さんが今ピンチを迎えている事。
そして自分がその局面に立ちあっているという事実だ。
砂埃の中、自分は必死になって小城さんの姿を探している。
自分は今まで、ずっと彼女に助けてもらっていた。
だけど、今助けを求めているのは他ならぬ彼女。
だからこそ、自分は動かなくてはならない。この砂埃の中を。
彼女を助けて、自分のこの気持ちを伝えるために……。
助けられてばかりではいけない。助けなくてはならない。
それが、本当に愛を分かち合う事だと自分は思う。
このピンチな状況。今助けなくて、いつ助けると言うのだろうか?
策も何もない。ただ感情のみで、自分は動いている。
砂埃が舞い散る。視界は、まだ効かない。
だがやはり運命の天使は自分に味方していたようだった。
いや、自分と小城さんは運命の赤い糸で結ばれていたという事だろう。
砂埃の中、自分の目の前に人影が見えた。自分はその人影に近づく。
心臓の鼓動が激しく響いている。凄まじい緊張感。
もう、ここまで来たら覚悟を決めて言うしかない。
こざかしい作戦や決めセリフはもうやめだ。
この気持ちを、この愛を、ただそのままに伝えよう。
意を決して、自分は腕を伸ばす。そして――
がしっと、砂埃の中で人影の手を掴んだ。
「あ、あのっ!」
衝撃が巻き起こっている中、自分は精いっぱい大きな声を出す。
人影がその声に驚いたように、びくりと体を震わせる。
自分は顔を真っ赤にしながらも、一気に言葉を口にした。
「自分、今までずっと迷惑かけてばかりでした! それは一重に自分の責任であって、非難されるべき所です! だけど自分は、ただあなたに笑顔でいてほしかったんです! 今のような苦しみに満ちた顔は見たくありません! いつものように、可愛らしい微笑みを見せてもらいたかっただけなんです! ですから、その……」
息を吸い込む。砂が口の中にはいるが、気にしない。
ここが正念場である事は、本能で分かっている。
握りしめている手に力を込める。そして――
「――自分は、あなたを愛していますっ!! 付き合って下さい!!」
今までにない程に大きな声で、自分は言った。
砂埃が舞い上がっている中、その声は辺りに響く。
目の前の人影は何も言わずに、呆然としている。
自分の気持ちは、伝えた。後は答えを聞くだけ――
妙に落ち着いた気分になりながら、自分はじっとたたずむ。
衝撃が収まりつつあるようで、少しずつ視界の茶色が薄くなっていく。
まるで永遠にも思える時間が流れる。そして――
「あ、青葉君……」
小さな声が、自分の目の前から聞こえた。
それは本当に小さくて、消えてしまいそうな声だった。
砂埃が晴れていき、視界が元へと戻っていく。
自分の目の前、がっしりと掴んでいた手の先にいたのは――
DECの、桃川先輩だった。
かつてない衝撃が自分の体を駆ける。
ばっと辺りを見まわすと、自分の少し左の所に小城さんが立っている。
呆然とした表情を浮かべて、小城さんは自分と桃川先輩を眺めていた。
「こ、これは……!!」
さすがの自分も状況を飲み込み、慌てて訂正しようとする。
自分が告白しようとしたのは小城さんであって、桃川先輩ではない。
だが……
不意に、目の前の桃川先輩が、自分の胸に顔をうずめてきた。
驚いて桃川先輩へと視線を向ける自分。手はつないだままだ。
眼鏡と目の間から涙をこぼしながら、桃川先輩が、微笑む。
「……はい」
桃川先輩がそう言って、頷いた。
これはつまり、プロポーズオッケーという事……?
コチンと、自分の思考はそこで完全に停止した――。
「な、なにがどうなってる訳……?」
砂埃が晴れて視界が元に戻った頃。
日華先輩が呆然とした様子で呟いた。
その横では白峰先輩と天野さんが、固まっている。
俺もまた、目を見開きながら、ある一点を注視していた。
青葉君と、彼に抱きつく桃川先輩の姿を。
その横では小城さんが呆然と2人の事を見ている。
さすがの千条さんも、驚いた表情を浮かべていた。
砂嵐の中の、突然の愛の告白。
視界が効かない中、いきなりあがった大声。
それはその場にいた全員が聞いていた。
声の主は間違いなく青葉君だろう。他にはいない。
だが青葉君の目の前にいるのは桃川先輩だ。
これはどういう事か? なぜ小城さんではないのか?
だがその答えは、ほとんどの人間がうすうす感ずいていた。
視界の効かない程の砂嵐。青葉君の猪突猛進な性格。
考えられる結論は、ただ1つ――
「……バカ」
誰からともなく、その言葉は呟かれた。
げんなりと、冷たい空気が草むらに隠れる俺達の間に流れる。
日華先輩は額を押さえているし、白峰先輩はため息をついていた。
「で、でもどうして桃川先輩は告白を……?」
天野さんが不思議そうに俺たちに尋ねる。
確かに、考えてみればおかしい事だ。
なんで青葉君の愛を、彼女は受け止めたんだ?
「仕方がないことですわ……」
突如として、後ろからのんきな声が響いた。
声のした方を見て、俺達は全員驚く。
「く、倉野さん!?」
声をひそめながら、日華先輩が声をあげる。
そこにはいつもの怪しげな格好をした、倉野先輩が立っていた。
日華先輩が倉野先輩に迫り、尋ねる。
「ど、どうしてここが?」
心底、驚いた表情の日華先輩。
対称的に、倉野先輩の顔に動揺は浮かんでいない。
すっと、持っていた水晶玉を前に出して、あっさりと言う。
「占いましたの」
「…………」
想像を絶する答えに、俺達は何も言えなくなる。
倉野先輩が、草むらの向うの桃川先輩に視線を向けた。
そして頬に手をあてながら、目を細めて言う。
「仕方がないのですわ。女性というのは、傷心の時に甘くて強い言葉をかけられてしまうと、コロッとなってしまうものなのですわよ」
まるで人生を知り尽くしたかのような倉野先輩の言葉。
確かに、倉野先輩の言う通りの事は目の前で起こっている。
告白をした青葉君が固まっているのだけが、特殊だが……。
倉野先輩が、にっこりと微笑む。
「でも、けっこうお似合いですわね」
楽しそうな表情の倉野先輩。
俺達はただただ、その場で黙りこくっていた。
沈黙。無音の世界が、広がっている……。
「ご、ごちゃごちゃとしやがって! 何が愛だ!!」
だがその沈黙も長くは続かない。
決闘盤を構えた千条さんが、声を荒げた。
「くだらない! さっさと決闘を続けるぞ!」
ぶんぶんと決闘盤を付けた腕を振りながら、そう言う千条さん。
ハッとなって、小城さんもまた決闘盤を構えなおす。
だがそれもすぐに、小城さんの表情が凍りついた。
目を見開いている小城さんを見て、千条さんがフフンと微笑む。
さっきの告白騒動のせいか、さっきよりは心に余裕があるようだ。
「なんだ? 今さらこのファントム・ナイト様の恐ろしさに気づいたのか?」
得意げな表情を浮かべながら、そう尋ねる千条さん。
えっへんと胸を張っている姿は、普段の様子に近い。
だからこそ、彼女はこの場の空気に気づいていなかった。
張り詰めたような、緊張しきった雰囲気。
氷のように凍てつき、震える大気。鳥が逃げるように飛び立つ。
倉野先輩と千条さんを除き、その場にいる全員の顔が青くなっている。
黒い殺気。それがゆっくりと、千条さんに近づく。
「楽しそうだな。アキラ……」
「あぁん!? 誰だ、この俺の名前を気安く呼ぶの、は……」
後ろから声をかけられ、不機嫌そうに振り返る千条さん。
その言葉は少しずつ途切れていき、最後まで言い終わる事はなかった。
振り返った先。そこにいたのは紛れもなく――
「な、内斗様……!」
DC研究会副部長の、神崎内斗先輩だった。
満面の笑みを浮かべながら、千条さんを眺めている内斗先輩。
手には釣り竿と、ゴミの入った大きなビニール袋をひきずっている。
「よぉ、アキラ。お前、何してるんだ……?」
笑顔のまま、ゆっくりとそう尋ねる内斗先輩。
空気は震えて、その内側から凄まじい殺気に溢れている。
千条さんが顔を青くしながら、慌てる。
「な、内斗様! こ、これはですね……」
「アキラ。俺は言ったよな。お前は樫ノ原にいろと。ここには来るなと」
千条さんの声を遮るように、内斗先輩の声が響く。
風が吹いて、ざわざわと辺りの木々がざわめいた。
ゆっくり、笑顔で千条さんの顔を覗き込む内斗先輩。
「どうして、お前が、ここにいるんだ?」
一言一句区切って、内斗先輩が尋ねる。
よく見れば、その額にはピクピクと青筋が浮かんでいる。
千条さんは何も言えない。涙目になりながら、口をぱくぱくとしている。
風が吹いて、沈黙が流れた。
内斗先輩が額に手を当てると、ため息をつく。
たったそれだけの動作なのに、恐怖感はおさまらない。
むしろ増長さえしているようにさえ感じた。
「アキラ……」
内斗先輩が千条さんの肩に両手をのせる。
一瞬だけ顔を伏せる内斗先輩。そして顔をあげた時、笑顔は消えていた。
カミソリのように鋭く輝く視線が、千条さんへと向けられる。
凄まじい怒声が、風丘町を揺らした。
「本当に、すみません……」
ぺこりと頭を下げる内斗先輩。
頭を下げられた小城さん達は、困ったように顔を合わせる。
「い、いえ、その……」
「わ、私達は大丈夫でしたから……」
青葉君の手を握りながら、そう答える桃川先輩。
未だに青葉君は魂が抜けたように固まっていた。
内斗先輩が、視線を後ろへと向ける。
泣いている千条さんと、青くなっている不良連中。
それらを見て、ため息をつく内斗先輩。
DECの2人に視線を向けて、言う。
「あいつらは、もう二度とこんな事ができないようにキツく言っておきます」
「そ、そうですか……」
内斗先輩の迫力に押されながら、頷く小城さんと桃川先輩。
もう一度、深く深く頭を下げる内斗先輩。
「本当に、すみませんでした……」
「い、いえ……」
紳士的な口調で謝罪する内斗先輩に戸惑う2人。
雰囲気としては完全にいつもの内斗先輩だ。ではさっきのは……?
だが深く突っ込むのは危険と判断したのか、桃川先輩達が手をあげる。
「そ、それじゃ、私たちはこれで……」
そう言って青葉君を引きずるようにして去っていく小城さんと桃川先輩。
内斗先輩は去っていく2人に対して、姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
2人の姿が、完全に視界から消える。内斗先輩が、息を吐いた。
「さて、と……」
頭をあげて、内斗先輩が呟く。
そのままフラフラとした足取りで、不良達に近づく内斗先輩。
ポキポキと指の骨を鳴らして、内斗先輩が邪悪に微笑んだ。
「後はお前らの処理だけだな……」
まるで死刑宣告をされたかのように、顔が青くなる不良達。
鋭い殺気を出しながら、内斗先輩が一歩ずつ歩を進めていく。
そこまで見た所で、俺達は草むらから顔をひっこめた。
もう様子を見守る必要はない。
作戦は訳の分からない方向に進み、内斗先輩が降臨した。
もはやここにいても何もない。日華先輩が咳払いする。
「それじゃ、ここらで解散としようか……」
こそこそと、小さな声でそう言う日華先輩。
その目は明らかに、その場から早く去りたそうだった。
当然だろう。ここで内斗先輩に見つかれば、どうなるか分からない。
俺達もまたその空気を察して、黙って頷いた。
そして俺達が撤収しようと一歩踏み出した時――
「奇遇ですねぇ、恭助……」
とてもさわやかな声が、その場に響いた。
ピタリと同時に動きをとめる俺達。
ネジが切れかかった人形のような動きで、俺達は振り返る。
そこには、さわやかに微笑んでいる内斗先輩の姿があった。
俺達の顔から血の気が失せる。
内斗先輩の後ろでは、千条さんが泣きながら日華先輩を指差している。
「あ、あのロン毛の男が、協力したら内斗様のブロマイドをくれるって……」
涙をぬぐいながら、そう事情を話す千条さん。
日華先輩がアハハと乾いた笑い声をあげる。
「や、やぁ、内斗君。これは違うんだ。ちょっとした誤解だよ……」
青い顔で微笑みながら、そう言う日華先輩。
内斗先輩はにっこりと微笑んだまま、何も言わない。
風が吹いて、木々の葉っぱが散る。
俺と天野さん、白峰先輩は黙って成り行きを見守っている。
内斗先輩がゆらりと、俺達の方に視線を向けた。
そして少し考える様子を見せると、不意ににっこりとする。
「では、事情は恭助から聞く事にしましょう。白峰さん達は帰っていいですよ」
「そ、そんな!」
内斗先輩の言葉に、抗議するように声をあげる日華先輩。
だがそれも、内斗先輩の視線が向けられると黙る。
がしっと日華先輩の首根っこを掴み、微笑む内斗先輩。
「それじゃ、ちょっと恭助は借りていきますね……」
そう言ってずるずると、日華先輩をひきずっていく内斗先輩。
それはまるで売り出されていく牛の子供のようだった。
泣いて助けを請う日華先輩を、俺達は黙って見送る。
「自業自得ね……」
白峰先輩が、顔をひきつらせながら呟いた。
俺と天野さんも、その言葉に力なく頷く。
倉野先輩は水晶玉を覗き込みながら、笑っていた。
夕日は沈み、辺りは優しい闇に包まれようとしていた……。
「それじゃ、私はこっちだから……」
そう小城さんが言い、手を振って道を曲がった。
自分は何か言いたげに口をぱくぱくさせるが、気づいてもらえない。
そのまま小城さんの姿は、道の奥へと消えていってしまう。
「それじゃあ……一緒に帰ろうか」
照れたような口調で、桃川先輩がそう言う。
さりげなく、自分の横にぴたりとくっつく桃川先輩。
その感触が自分にとっては非常につらい。
自分が愛しているのは小城さんです! 桃川先輩じゃありません!
そう声を大にして言いたい所だが、どうにも言いにくい。
桃川先輩が振られて落ち込んでいるのは有名な話だし、
ここで誤解でしたと言えば、桃川先輩はさらに凹むだろう。
そんな事をすれば、小城さんに軽蔑されるのは必至。
今度こそ本当に絶交されてもおかしくない。
つまり自分は、ほとぼりが冷めるまでこの関係を続けるしかないのだ。
自分は心の中でため息をついて、横を歩く桃川先輩へと視線を向ける。
黒いお下げの髪、黒縁の眼鏡。優しげな笑顔。
……よーく見て見れば、そんなに悪くはないかもしれない。
地味ではあるが、顔立ちはそこそこ整っているし、可愛らしい。
性格も真面目だし、優しいし……
自分は首をぶんぶんと振った。
何を考えているんだ、自分は。
自分にとっての最愛のマイエンジェルはただ一人!
DEC一年生の可憐なる小城宮子さんだけだ!
それ以外の女性にうつつを抜かすなんて、言語道断……。
「……あっ」
不意に、隣りを歩いていた桃川先輩がつまづいた。
ぐらりとバランスを崩して、前に倒れそうになる。危ない!
とっさに前に出た自分が、その体を受け止める。
かちゃっ。
体を受け止める事には成功したが、先輩の眼鏡が地面に落ちた。
落ちてしまった眼鏡に視線を向けてから、自分は桃川先輩の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですか――」
そこまで言って、自分の言葉が止まった。
桃川先輩は不思議そうな表情で自分を見ている。
眼鏡をはずした桃川先輩の姿に、自分は釘付けになる。
今までは眼鏡のせいで地味に思えていた彼女。
だけど、眼鏡をはずしたその姿はとても美しく、輝いて見えた。
ドクンと自分の心臓が高鳴る。体がぼうっと熱くなってきた。
「あ、青葉君……?」
心配そうに、自分の事を見る桃川先輩。
遠くの方で電車が走る音が聞こえる。
「……天使だ」
桃川先輩を見ながら、自分は無意識に呟いた。
そう、赤い糸が結ばれていたのは小城さんではない。
目の前にいる、この小さな天使様の方。これこそが、運命。
星空の下、自分と桃川先輩はいつまでも見つめあっていた……。
第三十二話 交差する運命
夢を見ていた。
昔の話。思い出したくない記憶の夢だ。
白い柔道着を着せられて、黒い帯を巻いている俺。
今から十年近く前の、子供の頃の俺の姿だ。
俺の周りには、誰もいない。
どこまでも続く白い平地。
そこにポツンと一人で、子供の俺だけが存在している。
顔を伏せ、暗い顔でジッと白い大地を見つめている俺。
それをただ見つめている、現在の自分。
強い風が吹いて、髪が揺れる。
そして風が吹いた方向から感じる、凄まじい威圧感。
旋風のように吹き荒れる風を、子供時代の俺は必死に耐えている。
振り返り、現在の俺がゆっくりと視線を向ける。
そこにいたのは、黄金色に輝く巨大な竜。
まるで鎧のように全身を覆う黄金の鱗。
真っ赤な瞳に、鋭い爪。虹色に輝く翼。
荘厳な雰囲気を身に纏い、強烈なオーラを立ち昇らせている。
「お前が、お前がいるからっ!」
子供時代の俺が、竜に向かって恨みがましい声をあげた。
その目には涙をため、憎悪に満ちた眼差しで竜を見ている。
「お前のせいで、お前のせいで……!」
ウウッと泣き崩れてしまう子供時代の俺。
俺はその姿を、ただ呆然と眺める事しかできない。
白い大地。そこに子供の頃の俺が泣く声が響く。
グルルルと、黄金の竜は喉を鳴らしている。
これは夢だ。現実じゃない。
そう頭では分かっているが、気分は悪い。
俺は怒ったような悲しいような、複雑な感情でこの夢を見ている。
ふと、子供の頃の俺と、今の俺の目が合った。
「どうして、まだそのカードを持っているの?」
睨むように俺の事を見る子供時代の俺。
俺の手には、いつのまにか1枚のカードが握られている。
そこに描かれているのは、黄金の竜。
後ろにいた竜は、いつのまにか姿を消していた。
「どうしてそいつを使うの? まだ強くなりたいの?」
子供の頃の俺が、ゆっくりとした口調で尋ねる。
俺はその質問に対して、答えることができない。
ただ黙って、顔を伏せるだけだ。
沈黙が流れ、白い大地が静寂に包まれる。
俺の事をジッと見つめる二つの瞳。
俺はそれに目を合わせる事が出来ない。
視線をそらしたまま、俺は口を開く。
「俺は――」
そこまで言った所で、風が吹く。
徐々に薄れていく景色。消えていく声。
風に吹かれ、意識が遠のいていく……。
気がつけば、俺は自分の部屋の中で目を覚ましていた。
見慣れた部屋。僅かに差し込む朝の陽ざし。
傍らに置いてある時計は朝の6時30分を指し示している。
ぼんやりとした意識の中、俺は額を押さえた。
「夢か……」
ベットから半身を起しながら、俺はそう呟く。
さわやかな朝。それとは対照的な嫌な気分。
額を押さえながら、部屋に置いてあるテーブルに視線を向ける。
広げられたカード。俺のデッキ。
いや、正確に言うなら俺が作ったデッキではない。
このデッキを一から構築したのは俺の師匠だ。
俺はそれを受け取り、そして使っているだけだ。
「…………」
俺はしばし、ぼんやりと広げられたカードを見つめる。
昨日はデッキの調整をしていた。だからあんな夢を見たのか?
どうにしろ、良い気分ではない。むしろ最悪だ。
とりあえず、広げられたカードを片付け始める。
「……師匠」
カードを片しながら、俺は昔の事を思い返す。
初めてデュエル・モンスターズをやった時の事。
ジュニア大会で優勝した事。そして――
『小さいなぁ、少年は』
ヘラヘラと笑う、師匠の事を。
あの人を喰ったような態度は、今でも勘にさわる。
昔はプロだったとか言っていたが、俺にとってはただのダメ人間だ。
そして俺に、あのカードを押しつけた張本人。
デッキケースの一番底にしまわれているカード。
七番目の融合体ドラグーン。最強の一枚。黄金の竜。
「…………」
僅かな時間、俺はそのカードの事を考える。
だが今でも答えは変わらない。奴は封印した。
あんなカードを使って勝利しても、また人がいなくなるだけだ。
デッキをしまい、俺は部屋の窓を開ける。
優しい風が、俺の頬をなでるように吹き抜けていく。
風丘町のいつもの朝。平凡な、日常の一瞬だ。
俺は学生カバンの中にデッキケース入れ、学校に行く準備を始める。
いつかきっと、運命は俺に選択を迫るだろう。
それはきっと、全てを賭けた戦いの中で。
俺は大事な事を選択しなければならない。
過去から張り巡らされた運命の糸は、俺の体に絡みついている。
だが運命はきまぐれ。きっと誰も、運命を知る事はできない。
その時に俺が選ぶ選択によって、運命は変わるだろう。
それがどんな未来になるか、どんな結果になるかは分からない。
俺はただ、その時が来るのを待つ事しかできないのだ。
「…………」
学生服に着替えながら、俺はふと外の景色に視線を向ける。
窓から見える光景に陰りは見られない。晴れ晴れとした空、白い雲。
風が、いつものように吹き抜けていった……。
放課後のDC研究会。
いつものように、5人の人間がそこにはいる。
自由な時間。外からは運動部の練習の声が聞こえてくる。
窓から差し込む夕陽が、部室の中をオレンジに照らしていた。
「まったく、酷い目にあった……」
ぐったりとした様子で、DC研究会部長の日華恭助は呟いた。
どんよりとした雰囲気でソファーに腰かけている日華。
一年生の天野が、首をかしげながら尋ねる。
「どうかされたんですか……?」
「よくぞ聞いてくれた、天野君。昨日の青葉君事件は覚えているだろう?」
「……え、えぇ」
戸惑ったように、天野がそう答えた。
確かに、事件と言えば事件でしたけど……。
そう思った天野だが、言葉には出さない。黙って続きを聞く。
「君たちと別れた後、僕は内斗君に24時間営業のファミレスにまで連行された。そして400字詰めの原稿用紙の束とペンを取り出すと、内斗君はこう言ったんだ。『反省という文字を一万回書いて下さい』とね……」
「一万回……」
天野が呟き、頭の中で計算する。
一回の反省という文字を書くのに約2秒かかるとして、
それが1万回だから2万秒。それを分に直すから、60で割ると……
約333分。5時間半はかかる計算だ。
日華が同情を誘うような声色で言う。
「まったく。酷いだろう? 結局深夜近くまでかかったんだよ、それ……」
「恭助の集中力が貧弱なせいでしょ」
今まで黙っていた神崎内斗が、雑誌から顔をあげずに言う。
びくりと体を震わせる日華。怯えたように、体をのけぞらせる。
どうやら昨日の出来事がトラウマになっているらしい。
まるで生まれたての小鹿のように、日華は震えている。
「そういえば、千条さんはどうなったんですか……?」
おそるおそる、天野は神崎に尋ねてみた。
にっこりと微笑み、ティーカップを持つ神崎。
天野はその笑顔を見て、僅かに背筋がゾクリとした。
お茶の香りを楽しみながら、神崎が答える。
「あいつにはたった一言、『お前には失望した』とだけ言ったら、まるで世界が破滅したような顔で放心したんで、そのまま捨て置きました」
「…………」
天野がその言葉に微妙に顔をひきつらせる。
千条さんが愕然としたいる姿が、天野には容易に想像できた。
日華もまた、顔をしかめながら言う。
「それは、千条君にとっては一番効き目があるだろうね……」
「えぇ。それが狙いですからね」
同情する日華に対して、しれっと答える神崎。
日華には一瞬だが、神崎の髪の毛が金色に見えた気がした。
ディアがいつものように、ほんわかとした口調で言う。
「いいなぁ。そんな楽しそうな事があっただなんて〜」
「……まぁ、楽しかったけどね」
どこか煮え切らない様子で日華が頷いた。
その目がチラチラと、神崎の反応を伺っている。
神崎が、軽くため息をついた。
「こっちは良い迷惑でしたよ……」
ティーカップをテーブルに置き、神崎はぼそりと呟く。
その態度から、日華も幾分か普段の調子を取り戻した。
パイプ椅子に座っている雨宮へと、日華は視線を向ける。
「ね、雨宮君も楽しかっただろ?」
「…………」
日華の問いかけに、雨宮は答えない。
ぼーっとした様子で、窓の外の夕陽に目を向けている。
首をかしげる日華。つかつかと、雨宮に歩み寄る。
そして雨宮の耳元で、思い切り叫んだ。
「雨宮君!!」
「ッ! 何ですか、大声出して……」
ハッと我に返りながら、驚いたように言う雨宮。
耳を押さえながら、目を見開いて日華の事を見ている。
日華がため息をつき、両手を肩の所ですくめた。
「何だじゃないよ。先輩の発言を無視するなんて、感心しないね」
「……発言、ですか?」
雨宮がどこか困ったような表情で尋ねる。
どうやら完全にさっきまでの話しを聞いていなかったらしい。
日華が口元に手を当てながら、雨宮の顔を覗き込む。
「らしくないね。普段の君は冷静だけど、注意力が散漫してるようには思えなかったんだけど」
「……別に、こういう日もありますよ」
テンション低く、日華の発言に答える雨宮。
日華がますます不審そうに雨宮の事を見る。
微妙な緊張が張り詰める中、天野が明るい声を出した。
「じゃ、じゃあ、気分転換に決闘でもしませんか……?」
雨宮の対面に座っていた天野が、自分のデッキケースを見せた。
それを見て、雨宮の顔に微妙な衝撃が走る。だが天野はそれに気付かない。
「最近はあまりやれてなかったですけど……。今回こそ、負けませんよ!」
明るく取り繕いながら、天野がデッキを取り出してシャッフルする。
雨宮はただ、黙ってその様子を眺めている。デッキを取り出す気配はない。
天野が軽く微笑みながら、デッキを机の上へと置いた。
沈黙が流れる。
部室に備え付けられた時計の音だけが、部室の中に響く。
夕焼けが差し込む部室から、会話が消えた。誰も喋らない。
「……あ、雨宮君?」
天野が不安そうな表情を浮かべて、沈黙する雨宮に尋ねる。
何かを考えているように視線を伏せている雨宮。
そしておもむろに、雨宮がパイプ椅子から立ち上がった。
四人の視線が集まる中、雨宮が静かに言う。
「……すみませんが、今日はこれで帰らしてもらいます」
その発言に、雨宮以外の全員が目を丸くした。
だが当の雨宮本人は、手早く帰り支度を整えている。
日華が慌てながら、雨宮に小声でささやく。
「い、いいのかい? 決闘しないで……」
「……今日は、そういう気分じゃないんです」
どこか気まずそうに、雨宮はそう答えた。
床に置いていた鞄を手に持ち、パイプ椅子をかたす雨宮。
そのまま鞄を肩からぶら下げて、左手をあげる。
「それでは、今日はこれで……」
「あ、待って下さい! 私も――」
天野が慌てて雨宮の後を追おうとする。
だがそれを聞き、雨宮が歩みを止めて振りかえる。
そして視線を伏せながら、申し訳なさそうに言った。
「すみませんが、今日は一人で帰りたい気分なんです……」
その言葉に、天野がピタリと手を止める。
呆然とした表情で、雨宮の事を見る天野。
だが雨宮は何も答えない。おもむろに、ドアに手をかける。
そして逃げるように、雨宮は部室から出て行ってしまった。
4人になった部室に、深い沈黙が流れる。
外から聞こえてくる運動部の声が、やけに大きく聞こえる。
しょんぼりとした様子で、天野がパイプ椅子に座りなおした。
視線を伏せがちにして、天野が尋ねる。
「わ、私、何か嫌われるような事したでしょうか……?」
今にも泣きそうな表情で、天野はそう呟いた。
残りの3人が慌てて、天野を慰め始める。
「そ、そんな事ないわよ!」
「ちょ、ちょっと虫の居所が悪かっただけじゃないかな!」
「たまには、こういう事もありますよ!」
3人の必死の言葉に、天野が僅かに頷いた。
だがその不安そうな表情はまだ消えていない。
視線を伏せながら、誰に言う訳でもなく天野が呟く。
「……何だか、雨宮君が遠くに行ってしまう気がして」
その言葉に、残りの3人は何も言えない。
天野は顔を上げると、ぼんやりと窓の外を眺め始める。
オレンジ色の空には、僅かだが黒い色の雲が浮かんでいた……。
オレンジ色の空の下、俺は一人で道を歩いている。
どこかに行く当てがあるわけではない。
適当に道を曲がり、適当に進む。その繰り返しだ。
家に帰った所で、静かに過ごせる保証もない。
俺は黙って、ひたすらに風丘の道を歩く。
「…………」
道を歩きながら、俺はさっきの事を思い返す。
正直、天野さんには非常に申し訳ない事をした。
だがとてもじゃないが、今日は決闘をする気分ではなかった。
原因は分かり切っている。今朝の夢だ。
黄金の竜と、幼少の頃の俺。
久しぶりに見た、嫌な記憶の断片。
あれがあったせいで、今日の気分は最悪だ。
俺は大きくため息をついて、呟く。
「……明日、天野さんには謝らないとな」
さすがに明日には、この嫌な気持ちも収まっているだろう。
そうしたら、また決闘をする事だってできるはずだ。
明日こそは、天野さんに勝ちを譲ってあげよう。
バサバサと、鳥達が空を飛んでいく。
いつのまにか、俺は河原の道を歩いていた。
人通りの少ない道だ。俺はどこかホッとする。
こんな日は、誰にも会いたくない。そう思った時――
俺が進んでいる道の先に、一つの人影が見えた。
小学生くらいの身長に、淡い栗色の長い髪の毛。
両手には大きなスーパーの袋をぶら下げている。
オロオロと辺りを見回しているその姿は、迷子のように見える。
その後ろ姿を見て、俺は僅かに頬が引きつった。
「…………」
どうすべきか、俺は僅かな時間考える。
そしてため息をつくと、決断を下した。俺はその人影へと駆け寄る。
元々距離が離れていた訳ではない。すぐに追いついた。声をかける。
「何してるんですか? ――レーゼさん」
「あ。あ、雨宮……さん」
振りかえった少女――レーゼさんが目を丸くした。
ペコリと、礼儀正しく頭を下げるレーゼさん。
その背中に背負っているウサギの形をしたリュックが揺れた。
俺は両手を振ると、静かな口調で言う。
「別に、雨宮で良いですよ」
「でも、年上ですから……」
おずおずとした様子で、レーゼさんが答える。
確かに俺の方が歳は上だが、地位的には彼女の方が上だ。
グールズ幹部・天星の守護者、レーゼ・フランベルク。
若干9才ながらもその決闘の腕は本物。
さらにカードに宿る精霊を見ることもできる。
どう考えても、俺のような凡人とは素質が違う。
俺は微妙に緊張しながら、尋ねる。
「どうしたんですか? こんな道の真ん中で」
「あっ、えっと、その……。実は、道に迷っちゃって……」
恥ずかしそうに顔を伏せながら、レーゼさんは言う。
俺は拍子抜けした。てっきり、何か変な事でも起こったのかと思った。
礼儀正しくて聡明な印象の彼女だったが、まさか迷子になっているとは。
俺はホッとしながら、柔らかい声色で言う。
「なら、送りますよ。ちょうど暇でしたから」
「あ、ありがとうございます……!」
またもペコリと頭を下げる少女。本当に困っていたらしい。
ここまで年下に礼儀正しくされると、何だか変な気分になるな。
頬をかきながら、俺はレーゼさんに向かって手を差し出す。
「とりあえず、その荷物は持ちますよ」
「え。で、でも……」
「別に、大丈夫ですから」
そう言って、奪うようにスーパーの袋を受け取る俺。
ずしりと重い感覚が伝わってくる。けっこう重いな……。
俺が驚いていると、レーゼさんが慌てた様子で言う。
「無理しなくても、私が持ちますよ……」
「あ、いえ。予想よりも重かっただけですから。何を買ったんですか?」
俺はディンのマンションに向けて歩き始める。
レーゼさんが慌ててとことこと、俺の横に並んで付いてきた。
顔を伏せながら、レーゼさんが口を開く。
「お姉ちゃんがどうしても食べたい物があるって言うので、その材料です」
「どうしても食べたい物?」
「はい。カツカレーうどん定食って言うんですけど……」
か、カツカレーうどん定食?
聞いたことのない料理名に、俺は眉をひそめた。
全く想像がつかない。どこで区切るんだ、それ?
オロオロとしながら、レーゼさんが説明する。
「調べても全然分からなくて……。とりあえずカレーとうどんとカツの材料は買ってきたんですけど……」
……だからこんなにも大量の食材を買ってきたのか。
はた迷惑なディンの言動に、俺はため息をつく。
レーゼさんが助けを求めるような目で、俺の事を見る。
「あの、雨宮さんは知りませんか? カツカレーうどん定食……」
「……正直、聞いた事もありません」
俺の答えに、しょんぼりと頭を下げるレーゼさん。
悪いとは思うが、こればっかりはどうしようもない。
レーゼさんもそれ以上は何も言わず、黙って俺に付いてくる。
夕焼けの河原道を、とぼとぼと歩く俺とレーゼさん。
互いにそこまで明るい性格ではないので、会話が弾むこともない。
沈黙の中、ただひたすらに道を歩く俺達。時折、風が吹く。
どれくらい歩いただろうか。不意に、レーゼさんが口を開いた。
「……あの、ひょっとして何か悩んでます?」
「!!」
核心を突く一言に、俺は目を見開いて驚く。
慌てたように、レーゼさんが頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。見えたので、つい……」
「……いえ」
俺はなだめるように、一言だけ答えた。
そういえば、彼女はこの前の決闘でも似たような事をしていた。
今のこの気分を見透かす事だって、できても不思議ではない。
レーゼさんが、視線を落としてぽつぽつと呟く。
「私、いつもこうなんです。この目のせいで、色んな人から避けられてました。生まれ故郷でも、ずっと一人ぼっちで。カードの精霊とばかりお話してて……」
「…………」
「他の人には見えないものが見えるから、お前は悪魔だって言われたりもして。悲しい事ですけど、人間って自分達とは違うものは排除しようとするんですよね……。それで結局は両親にも見捨てられて、生まれ故郷からも……」
そこまで言って、レーゼさんがふるふると首を振った。
横を歩く俺の事を見上げながら、悲しげな笑みを浮かべるレーゼさん。
「ごめんなさい。こんな事、話しちゃって……」
「…………」
夕焼けの空を見上げながら、俺は考える。
沈黙する俺達の間を、風が吹き抜けていった。
ゆっくりと、俺は口を開く。
「同じですよ」
「え?」
「俺も同じです。都会に住んでいた頃、似たような目に遭いました。ジュニア・チャンピオンなんて呼ばれて、決闘で勝つ事に執着していた時に。強くなればなるほど友達が離れていって、一人ぼっちになってました」
昔の頃を思い出しながら、俺はそう話した。
レーゼさんが少しだけ驚いたように目を丸くする。
だがすぐに視線を伏せると、小さく頷いた。
「そう、なんだ。それで……」
それ以上は何も言わずに、レーゼさんは黙り込む。
何が言いたいのか分かった俺は、ゆっくりと頷く。
「ええ。今でも、その頃の事はひきずってます」
「……じゃあ、あの時の黄金の竜も?」
「……封印しました。その時に」
俺の言葉に、レーゼさんが納得したような表情を浮かべた。
もっとも、この言葉には少しだけ嘘が混じっている。
封印したと言っても、奴は俺のデッキにまだ入っている。
結局、未だに過去を断ち切れていないという事だ。
本当に封印したいのならば、机の奥深くにでも置いておけば良い。
なのにまだデッキに入っているという事は、まだ未練があるという事。
そんな中途半端な気持ちだから、あんな夢を見るんだ。
「……過去は変えられない。様々な運命の糸が、今もはりめぐらされている」
ぼそりと、俺は呟いた。
いつだか内斗先輩が言っていた言葉。
まさに今、運命の糸は俺に強く絡みついていた。
ふぅと、俺は息を吐いた。そして微笑む。
「……話したら、少しすっきりしました。ありがとうございます」
「……ううん。別に、平気だよ」
レーゼさんもまた、優しげに微笑んだ。
とことこと、河原道を歩く足音だけが辺りに響く。
夕焼けを見ながら、俺は言った。
「……お互いに、苦労してますね」
「……そうですね」
言いあって、俺達はもう一度微笑んだ。
似たような経験がある者同士の親近感というやつだろうか。
自分の思いを吐露した事もあって、足取りも少し軽くなる。
夕焼け空の下、ディンのマンション前まで辿り着いた。
高級マンション・フェナスの前。俺達以外には誰もいない。
レーゼさんが立ち止まり、改めて頭を下げる。
「ありがとうございました。後は私が……」
そう言って俺の手からスーパーの袋を取ろうとするレーゼさん。
だがここまで来たら部屋まで持って行っても大差はないだろう。
俺は首を横に振ると、微笑んで言う。
「いえ。部屋まで持っていきますよ」
俺がそう言った瞬間だった。
視界の隅に、あるものが映る。
ふわふわと空中を浮遊している、不気味な火の玉の姿が。
衝撃が走る。ドサリと、スーパーの袋を落としてしまった。
レーゼさんもまた、俺の視線を追って凍りついたように固まる。
フラフラとした動きで、火の玉が動く。まるで挑発しているかのように。
ついに、この時が来た。運命を決めるべき時が。
ごくりと唾を飲み込み、汗をぬぐう。
動悸が激しくなってくるのを感じた。強い緊張感。
固まっているレーゼさんに向かって、俺は静かに言う。
「……すみません。俺は行きます」
火の玉の後を追おうと、俺は一歩踏み出す。
だがレーゼさんが両手を広げて、俺の前に立ち塞がった。
「待って!」
いつになく大きな声を出し、俺の進路を塞ぐレーゼさん。
その目はとても鋭く、真っ直ぐに俺の事を見つめている。
そしてそのまま、レーゼさんは続けて言った。
「……私も、行く」
「レーゼさんも?」
俺は少し考える。彼女は確かに決闘の実力はある。
だがまだ9才の女の子である事実には変わりはない。
はっきり言って、連れていくのは危険だ。俺は首を振る。
「ダメです。あなたはここに残って、ディンの奴に連絡して下さい」
「……そんな事言って、一人で行って場所は知らせないつもりでしょ?」
レーゼさんが、ずばり俺が考えていた事を言い当てる。
さすがにディンの奴のように単純ではないか……。
困っていると、レーゼさんが丸い瞳を俺に向ける。
「それに、勘違いしているのは、雨宮さんの方」
「……?」
「私はグールズ幹部、レーゼ・フランベルク。つまりこれは『お願い』じゃなくて『命令』なんです。グールズ幹部としての」
「…………」
強い視線を向けながら、レーゼさんが話す。
その目には強い決意が宿っている。考えを曲げる気はなさそうだ。
少しの間の後、俺はため息をついた。仕方がないな。
「……分かりました」
それだけ言うと、レーぜさんが頷いた。
火の玉は待ちくたびれたように、ふわふわと空中を舞っている。
俺達は顔を合わせると、駆け足で火の玉に向かって駆けて行った。
火の玉はビクリとすると、まるで逃げるように俺達から遠ざかっていく。
その逃げる方角にあるもの。それは古ぼけた洋館のある深い森だった……。
深い森の中。
太陽を遮るように、森の木々は枝を伸ばしている。
未開の地。得体の知れない虫や鳥達の鳴き声が響く。
暗く、陰鬱な雰囲気を、森は醸し出していた。
そんな森の奥に存在する、古ぼけた洋館。
誰が住んでいる訳でもなく、誰が所有している訳でもない。
廃墟のようになりつつあるその洋館の中を、俺達は歩いていた。
真っ赤な絨毯の上、二つの足音が響く。その前を浮遊する火の玉。
「こ、ここは……?」
きょろきょろとしながら、そう呟くレーゼさん。
俺はその言葉に答えない。黙って、目の前の火の玉に付いていく。
長い廊下。窓から見える空は、濁っているように思えた。
火の玉が、ある大きな扉の前で止まる。
その扉は洋館のダンスホールへと通じる扉だ。
案内を終えたかのように、火の玉は静止している。
深呼吸をしてから、俺は扉に手をかける。
「……開けます」
俺の言葉に、レーゼさんが緊張しながら頷いた。
ゆっくりと力を込めて、俺は扉を開けていく。
扉の隙間から、強い光が漏れてくる。扉が、開いた。
目に入ったのは、ダンスホールを浮遊する無数の火の玉。
ふらふらと、生き物のように火の玉は宙を舞っている。
まるでダンスをしているように、火の玉達は動いていた。
異様な空気。レーゼさんが呆然とした表情を浮かべる。
「クックック……」
そして、ダンスホールの奥に広がる闇の中。
不気味な笑い声が響き、足音が近づいてくる。
そして一人の少年の姿が、闇の中から浮かび上がった。
黒い吸血鬼のような服に、赤い髪の毛。紫色の瞳。
火の玉がぐるぐると少年の周りを飛び交う。
その胸元では、黄金の十字架型ペンダントが揺れていた。
異様な気配。不気味な雰囲気の少年が、俺達の前に立つ。
「ベルフレア……!」
俺は視線を鋭くして、そう呟く。
ベルフレアは俺の方へと視線を向けると、笑った。
「久しぶりだな、レイン・スター。なんだ、今日はあのおかしな格好じゃないのか」
バカにしたように笑い声をあげるベルフレア。
それに合わせるように、火の玉達も上下に動く。
火の粉が飛び散り、ダンスホールの床を僅かに焦がした。
「精霊!? どうして実体化を!?」
俺の後ろで、レーゼさんが驚いたように叫んだ。
その言葉を聞き、ベルフレアが視線をレーゼさんへと向ける。
値踏みするようにレーゼさんを見るベルフレア。口元に手を当てながら、言う。
「ほぅ……。俺達の事をちゃんと認識できる人間か。珍しいな」
どこか感心したような口調のベルフレア。
だがすぐに、先程と同じような不気味な笑みを浮かべる。
肩をすくめると、ベルフレアがレーゼさんから視線をはずした。
「もっとも、そんなガキじゃ興味はないな。認識できた所で、何もできまい」
クックックと面白そうに笑うベルフレア。
カチャカチャと、胸元のペンダントが揺れている。
レーゼさんが、俺を押しのけるようにしてベルフレアの前へ出た。
真剣な表情を浮かべながら、レーゼさんが尋ねる。
「あなた、そのペンダントの力で実体化してるの?」
「ククッ。正解だが、知ってどうする?」
「……あなた、何が目的なの?」
レーゼさんの質問に、ベルフレアの表情が変わった。
まるで水をかけられたかのように、不機嫌そうになる。
フンと鼻をならし、そっぽを向きながらベルフレアが言う。
「俺達の目的は契約に従う事だけだ。つまり、キングに」
「キング?」
「契約者の名前だ。チェスの四騎士を束ねる者だから、キングだとさ」
不愉快そうに、ベルフレアが答えた。
その口ぶりから察するに、彼らの称号は後から付けられたものらしい。
どことなく、ディン達グールズ幹部と同じ物を感じる……。
ベルフレアが、ピーンと指で十字架を弾いた。
「まったく。契約してこのペンダントをもらった時は楽しくなりそうだと思ったのに、とんだ期待外れだぜ。もっとも、俺はキングなんざどうでもいい。好き勝手にやらせてもらうがな」
ベルフレアがニッと笑い、俺へと視線を向けた。
射抜くような視線。その体からは殺気が立ち昇り始めている。
やはり、奴の目的はこの前の決着をつける事らしい。
すっと、俺はレーゼさんの前に立つ。
レーゼさんが前に出た俺の事を見上げた。
申し訳ないが、彼女にはこの場にいてほしくない。
顔を合わせないようにして、俺は静かに言う。
「レーゼさん。ディンを連れてきて下さい。ここは俺が引き受けます」
「えっ。で、でも……」
「いいから!! 早く行って下さい!!」
渋るレーゼさんに向かって、俺は怒鳴りつけるように言った。
ビクリと、驚いたように体をのけぞらせるレーゼさん。
その目を丸くしながら、おそるおそるレーゼさんが尋ねてくる。
「あ、雨宮……さん?」
「……すみません。でも、急がなくちゃならないんです」
俺の言葉を聞いて、レーゼさんが考え込む。
じっと、その青みがかった瞳を桶へと向けているレーゼさん。
顔を伏せがちにして、レーゼさんは渋々と頷いた。
「……分かりました。お姉ちゃんを、呼んできます」
その言葉を聞いて、俺は安心した。
すっと、視線をベルフレアへと向けて俺は集中しはじめる。
「で、でも! 無茶はしないで下さいね!」
顔をあげて、レーゼさんが心配そうに言った。
俺はその言葉に、黙って頷く。それ以上は、何も言わない。
ただひたすらに、俺は目の前の敵へと意識を向けている。
不安そうな表情で、レーゼさんが小走りにホールから出ていこうとする。
火の玉達は何も言わず、出ていく少女を避けるように動く。
パタパタと足音を立てながら、レーゼさんがダンスホールから出て行った。
ホールから彼女が出ていくのと同時に、扉が音を立てて閉まる。
火の玉達は空中で浮遊しているだけだ。
俺はふぅと息を吐くと、静かに尋ねる。
「追う気はないのか?」
「フッ。あんなガキ、ほっといても問題はないだろう。それに――」
ベルフレアがぼんやりと後ろに視線を向ける。
そこには、ただ闇が広がっている。何もいる気配はない。
だが心なしか、俺の横を冷たい風が通り抜けていくような感覚があった。
だがそれも一瞬の事で、すぐに元の熱気ある空気になる。
俺の事を見ながら、ベルフレアが口を開いた。
「第一、お前は本気で仲間を呼びに行ってもらいたかった訳じゃない。ただあの小娘に出て行ってもらいたかっただけ、だろう?」
「……さぁな」
俺の答えを聞いて、ベルフレアが笑い声をあげた。
楽しそうに、その紫色の瞳を細めて言う。
「そうだ。それでこそ神聖な戦いの相手に相応しい」
ベルフレアがクックックと、不気味な笑い声を出す。
肩から下げていた鞄を床に落として、俺は決闘盤とデッキを取り出した。
そして集中するように、深呼吸する。
この決闘は俺の運命を決定づけるものだ。
もしここで敗北すれば、今度こそ俺は死ぬだろう。
そうなりたくないのならば、俺は奴を倒さなければならない。
奴の持つ、絶大な力を持つ神を。
俺の脳裏に、以前の決闘の光景が思い返される。
炎の不死鳥。破滅的な力を持つ、炎の旧神。
おそらく、今までの戦略では勝てる可能性は低いだろう。
もし勝てるとしたら、その時は――
デッキケースの底。融合の奥深くに眠るカード。
心なしか、そのカードが咆哮をあげているような気がした。
封印したカード。黄金の竜。運命を決める一枚。
究極の融合体ドラグーンである奴を使えば、俺は……
「クックック……」
ベルフレアが楽しそうに、笑い声をあげた。
その手の平から炎が上がり、決闘盤とデッキが出現する。
凄まじい緊張感。火の玉達が一斉に俺達から離れていった。
互いに決闘盤を付け、デッキを装着する。
まるで時が止まったかのように、静寂が流れる。
ジリジリと火の玉達が燃えるだけが、辺りに響く。
いよいよ、戦いの刻が始まる。生き残るのは、俺達の内の一人だけ。
ベルフレアが、高らかに声をあげた。
「さぁ、決着をつけようぜ! レイン・スター!」
その言葉を合図にして、決闘盤が変形してLPが浮かび上がった。
互いに視線を鋭くすると、決闘盤を構える。
そして――
「――決闘ッ!!」
棄てられた館のダンスホールに、その言葉は響き渡った。
運命の刻が動き始め、その先にある未来を決定する。
そして最後に立っている者は――
暗い森の中を、レーゼは走っていた。
草を踏みながら、必死な表情で森を駆けるレーゼ。
太陽さえも隠すかのように深く生い茂る木々。鳥や虫の鳴き声。
騒がしい森の中に、レーゼの荒い息遣いが響く。
だがレーゼは立ち止まる事なく、森を突き進んでいく。
一刻も早く、お姉ちゃんに知らせないと……。
レーゼ達グールズが探している、闇の道具を持つ者。
それがついに見つかり、しかもその正体はカードの精霊。
グルグルと混乱しそうになる中、レーゼは必死に思考を重ねる。
あの十字架、相当強い闇の力で出来た物だった。それに、あの精霊。
レーゼの脳裏に先程の赤い髪の少年が浮かび上がる。
ベルフレアと名乗っていたあの精霊。彼もまた、強い力を持った精霊だ。
今までにたくさんの精霊を見てきたから、分かる。おそらくかなりの強敵。
森の中、レーゼは必死に走り続ける。
今になって、雨宮に対する心配がふつふつと沸いてくるレーゼ。
戻る訳にはいかないものの、その思いはどんどん広がり心を支配していく。
その理由はあの精霊が強いというだけではなく、雨宮自身に問題があったからだ。
今の彼は、自分の力に迷っている。
帰り道、雨宮と会った時にレーゼはすぐにその事を見てとった。
あの河原での戦いの時もそうだったけど、彼はおそらく本気を出していない。
いや、出していないというより、出したがっていないという方が適切だろう。
だが、あの精霊はそんな気持ちで勝てる程弱い存在ではない。
むしろそんな事では、雨宮は殺されるかもしれない。
だからあの時、レーゼは本当はあの場から立ち去りたくはなかった。
だが雨宮の覚悟を決めた目を見て、レーゼも押し切られてしまったのだ。
雨宮さん……。
走りながら、雨宮の無事を祈るレーゼ。
もはや彼女には、ただ信じることしかできなかった。
いずれにせよ、早くこの事はお姉ちゃんに知らさなければ。
レーゼはそう考え、さらに走る速度をあげる。
辺りに、白い霧が立ち込め始める……。
不気味な、まとわりつくような白い霧。
視界が薄れ、道の先が徐々に見えなくなっていく。
早く町まで行かないければならないのに……。
レーゼが顔をしかめ、走る速度を僅かにゆるめたその時――
「……!?」
レーゼの視界に、前方から走ってくる何かの姿が映った。
霧に隠れていてよく分からないが、それは確かに存在していた。
誰かがレーゼに向かって、一直線に駆けてきている。
一瞬どうしようか、レーゼは迷う。
こんな森の中、偶然で人と出くわすだろうか?
ひょっとしたら、あの影は私にとって敵かもしれない。どうする?
考えつつも、走るのはやめないレーゼ。キッと、視線を鋭くする。
行こう。例え誰が来ようと、私だってグールズ幹部。引く訳にはいかない。
レーゼが覚悟を決め、さらに走る速度を上げる。
それに合わせるように、前方からの影も速度をあげた。
ぐんぐんと、霧の中で2人の距離が近づいていく。
そして――
「!!」
ピタリと、レーゼがその場に立ち止まった。
呆然とした表情を浮かべ、前へと視線を向けるレーゼ。
向かって来ていた影もまた、動きを止めている。
目の前にある物に目を向け、レーゼが呟いた。
「……氷?」
レーゼが手を伸ばし、道を塞ぐようにそびえる物に触れる。
ひんやりとした感触が、指から伝わる。それは確かに氷だった。
そして影の正体は、氷の壁に映ったレーゼ自身の姿。
氷はまるでお城の塀のように、横に長く長く存在している。
「でも、どうしてこんな所に氷が……!?」
あまりにも不可解な現象に、レーゼはそう呟く。
まるで鏡のように輝いている氷。不気味な霧。
ぞくりと、レーゼの心に言い知れぬ不安がよぎる。
そしてレーゼが冷や汗をかきながら一歩後ろへと下がった時――
「ふふっ」
突如として、レーゼの後ろから何者かの笑い声が響いた。
びくりとしつつ、勢いよく後ろを振りかえるレーゼ。
いつのまにか、そこには白いドレスを着た銀髪の女性が立っていた。
まるで雪のように白い肌。気品ある雰囲気。銀色の杖。
黄色の瞳を細めながら、女性は柔らかな笑みを浮かべている。
そして胸元で揺れる、黄金色の十字架のペンダント。
それを見て、レーゼが目を丸くした。
「あなたは……!」
「あら、お嬢さん。こんな所で迷子になってしまわれたのかしら?」
クスクスと笑いながら、余裕ある態度の女性。
レーゼは警戒して視線を女性からはずさない。
その様子を見て、女性はさらに楽しそうに微笑んだ。
「ふふ。あまり人の顔をジロジロと見るものではないですわ。はしたない」
「……あなたは、いったい?」
その言葉を聞き、またも笑みを広げる女性。
持っていた杖を片手に、優雅に微笑む。
「わたくしの名はフリージア。チェスの四騎士の一角。称号はクイーン・オブ・アイス」
銀色の杖でカツンと地面を叩く女性。
キラキラとその体が輝き、地面の草が凍りついた。
その光景を見て、レーゼはさらに警戒心を強める。
「いけませんわ、そんな怖い顔をしては。もっと優美に行きませんと……」
対照的に、女性――フリージアは余裕そうに微笑んだ。
見た目は普通の人間と同じだが、漂う雰囲気や気配は全く違う。
この人も精霊だ。それも、とても強い力を持った……。
レーゼはそう確信する。フリージアが困ったようにため息をついた。
「まったく、これだから闘いの事しか考えられない野蛮な精霊は困りますわ。独断で勝負をする事もそうですが、仲間を呼びに戻る少女に何の注意も払わず手も打たないだなんて、理知的ではありません事よ……」
ぶつぶつと、誰に聞かせる訳でもなく呟くフリージア。
レーゼはその様子をただ黙って眺めている。
フリージアがその黄色の瞳を、レーゼへと向けた。
「そういう訳ですので、ここを通す事は出来ませんわ、お嬢さん」
輝くような笑顔を浮かべながら、そう言うフリージア。
レーゼはその言葉にわずかに顔をしかめ、緊張感を強めた。
ビュウと切り裂くような冷たい風が、2人の間を通り抜ける。
「……あなたも、さっきの精霊の仲間なの?」
しばしの沈黙の後、レーゼがそう尋ねた。
フリージアは微笑みながら、頷く。
「ええ、そうですわよ。もっとも、あんな野蛮な精霊と一緒にされると心外ですけど」
「契約とかって言ってたよね。そのペンダントはその契約者にもらったとか……」
レーゼが探るような言葉をフリージアに投げかける。
その言葉を聞き、ムッとした表情を浮かべるフリージア。
ため息をつくと、視線をそらして呟く。
「まったく、そんな事まで話したのですか? あのうつけ者は……」
「答えて。契約とは何? あなた達は何が目的なの?」
じっとフリージアの事を見ながら、レーゼが強い口調で尋ねる。
2人の間を切り裂くような強い風が吹き抜け、通り過ぎていく。
睨みあう2人の少女。辺りの空気が張り詰めていく。
仕方なさそうに、フリージアが息を吐いた。
「……まぁ、いいでしょう。お答えしますわ」
その言葉に、僅かに驚くレーゼ。
だがそれもすぐに、フリージアが話し始める。
「契約というのはその名の通り、精霊が何者かと契約を結ぶ事ですわ」
静かな口調で、フリージアはそう答えた。
「精霊界より召喚した精霊と交渉し、決められた手順にのっとって誓約を結ぶ。そうすれば契約のカードというものが契約者の手に現れ、我ら精霊はその契約に従う事となる。もっとも、自分に不利になるような契約を結ぶような精霊はいませんけどね」
淡々とした様子で話すフリージア。
レーゼは初めて聞く話に、驚き目を丸くする。
フリージアが息を吐き、遠い目をしながら空を見上げる。
「わたくし達3人が契約を結んだのは3000年程前の事。報酬は闇の道具の力によるこの世界での実体化。契約の内容は部下として『大いなる主』に付き従うというものでしたわ」
「大いなる、主……?」
レーゼは首をかしげるが、フリージアはそれ以上何も言わない。
2人の間に沈黙が流れ、ざわざわと周りの木々が緊張するように揺れる。
ゆっくりと、フリージアが微笑みながらレーゼの方を向く。
「まぁ、お話はこれくらいにいたしましょう。あまりクドクドと話しては、淑女として失格ですわ。女性というのはもっと慎ましく行きませんと……」
「待って! まだ質問は――」
レーゼがそう声を荒げた瞬間、突如として冷たい風が吹き抜けた。
パキパキと音を立てて、レーゼの足元の草がわずかに凍りつく。
驚くレーゼ。クスクスと、フリージアが笑い声をあげた。
「お嬢さん、自分の立場をお考えなさい。わたくしは氷の精霊。その気になればあなたを氷漬けにする事くらい、たやすい事ですのよ?」
「くっ……」
その言葉にレーゼが顔をしかめる。
精霊を見る事ができるレーゼには、その言葉が嘘ではない事が分かっていた。
何も言えずにたじろぎ気味なレーゼに対して、フリージアは続ける。
「ついでに、なぜわたくしがこんな事をあなたにお話したのか教えてさしあげますわ。今お話した契約の内容は全て3000年前の物。現在のわたくし達は全く別の契約者の命令で動いているからですわ」
「別の契約者……?」
「えぇ。完全に別という訳ではないのですが、あなたには関係ありませんわね」
フリージアが意味ありげに微笑んだ。
レーゼにはその言葉の意味は分からない。
風が吹き抜け、フリージアの銀色の髪が揺れた。
「さて、わたくしは仕事に戻りますわ。つまり、あなたの足止めに」
瞬間、フリージアの周りの空気が変わった。
冷たく、凍てつくように大気が張り詰めていく。
下がっていく温度。近くの木から鳥が飛び去っていく。
そしてフリージアの体から発せられる、静かな殺気。
レーゼがその気配に、びくりと体を震わせる。
にっこりと、フリージアが輝くような笑顔を見せた。
その体がキラキラと輝き、足元の草がさらに凍りついていく。
「……!」
レーゼが顔をしかめて、フリージアに鋭い視線を向ける。
このままでは助けを呼びに行く事ができない。
ならばグールズ幹部として、やるべき事はただ一つ。
力づくでも、この精霊をどかすだけ!
レーゼが自分のリュックサックから、決闘盤を取り出した。
それを見て、あらと声をあげるフリージア。
面白そうに微笑みながら、フリージアが尋ねる。
「ひょっとして、このわたくしと決闘で勝負するのですか?」
「……あなたが、どかないのなら」
睨みつけるようにフリージアを見ながら、レーゼは答える。
腰につけたデッキケースからデッキを取り出すと、決闘盤に装着するレーゼ。
フリージアが考えるように、口元に手を当てる。
「さて、どうしたものかしら……?」
レーゼの方を見ながら、じっと考えるフリージア。
だがレーゼの真剣な表情を見ると、楽しそうに笑みを浮かべた。
頷くと、フリージアが持っていた杖を離す。
「まぁ、たまには戦うのも悪くありませんわね」
ガシャンと、杖がまるでガラスのように砕けた。
その破片はフリージアの左腕へ戻るように進むと、銀色の決闘盤へと変化する。
なでるような動作で、フリージアが空中からデッキを取り出した。
「さぁ、お嬢さん。覚悟はよろしいかしら?」
その言葉に、レーゼがさらに視線を鋭くする。
一片の隙も見せずに、レーゼはフリージアを睨みつけた。
ビュウと、冷たい風が2人の少女の間を吹き抜ける。
余裕そうな表情のフリージアと、緊張しているレーゼ。
フリージアの胸元ではかちゃかちゃと、ペンダントが揺れている。
そして夕日が地平線の向こうへと沈みきった瞬間、
「――決闘」
2人の少女の口から、静かに言葉が放たれた。
互いに五枚のカードを引いて、構える。
レーゼ LP4000
フリージア LP4000
「私のターン!」
レーゼがカードを引き、静かに考える。
できる事ならば短期決戦が望ましい状況。
しかし相手のデッキも何も分からなくては、それは難しい。
まずは様子見から。レーゼが手札のカードを選ぶ。
「私は天星霊エレジアを守備表示で召喚」
場に光が降り注ぎ、ハープを持った天使が降臨する。
ハープの音が鳴り響き、黄金色の魔法陣が地面に浮かび上がった。
天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
天星霊エレジア DEF1000→DEF2000
「さらにカードを2枚伏せて、ターンエンド!」
レーゼがさらに手札の2枚を場に出した。
堅実に自分の戦略を展開するレーゼ。
だが緊張したように、その表情はこわばっていた。
「ふふ。わたくしのターンですわね」
フリージアが優雅な動作でカードを引く。
1枚、1枚、ゆっくりと手札のカードを眺めるフリージア。
そしてその中から1枚を選ぶと、レーゼへと視線を向ける。
「まったく。ベルフレアやクロッカスもフィールド魔法を使っていますが、あの2人の世界には気品が感じられませんわ。本当に美しい世界というのは、あのような野蛮で無粋な効果の中にはありませんことよ。必要なものは謙虚さ、そして何よりも『さりげなさ』ですわ」
面白そうに笑うフリージア。
レーゼは全く警戒心を緩めない。
フリージアが持っていたカードを見せつけ、言う。
「フィールド魔法、月夜の銀世界を発動」
流れるような手つきで、フリージアがカードをセットした。
一瞬の内に、2人の居た世界が変化を遂げる。
銀色に続く凍りついた大地。漆黒の天空に浮かぶ満月。
どこか寂れた雰囲気の、とても静かな世界。
ちょろちょろと川の流れる音が、やけに大きく聞こえる。
空からは白い綿毛のような雪が、細々と降り注いでいた。
「……キョート?」
きょろきょろと変化した世界を見て、レーゼが呟く。
フリージアが黄色の瞳を向けながら微笑んだ。
レーゼの決闘盤に、月夜の銀世界のデータが表示される。
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
「シャッフル封じ……!?」
見たことのない効果に、レーゼが戸惑った。
その様子を見て、フリージアが微笑む。
「どうかしら? とてもさりげない効果でしょう?」
フリージアの言葉に、レーゼは顔をしかめる。
確かに書かれている効果自体はとてもシンプルなものだ。
だがその効果は想像を遥かに超える束縛力を持っている。
視線を鋭くするレーゼ。フリージアがさらにカードを手に取る。
「わたくしは禍舞羅(かぶら)を召喚!」
冷たい風が吹き、白い着物を着た色白の女性が姿を現した。
その手には扇子を持ち、まるで霧のように体全体が揺らめいている。
妖しげな気配のモンスターに、レーゼが思わず後ずさる。
「さぁ、始めましょうか……」
にっこりと、フリージアが微笑んだ。
冷たい風が吹き、粉雪が舞い散った……。
第三十三話 交差する過去
道場の中は、張り詰めた空気に包まれていた。
ギシギシと、床板が鳴る音が大きく響く。
壁にかけられた習字の表語に、竜の絵が描かれた水墨画。
綺麗に活けられた花を除き、道場内は静かな色で構成されていた。
まるで時が止まってしまったかのような、古めかしい雰囲気。
そんな道場の中央に浮かび上がる、対峙する竜達の姿。
赤い炎をまとった竜に、白い角の生えた竜。
その向かい側では、魔術師のような格好の竜が杖を構えている。
お互いに、睨み合っている竜達。緊張感はさらに強まっていく。
俺は静かに息を吐くと、真っ直ぐに前を見た。
雨宮透 LP1400
手札:2枚
場:フレイムアビス・ドラグーン(ATK1600)
シャイニングホーン・ドラグーン(ATK3200)
伏せカードなし
??? LP4000
手札:2枚
場:ガイアメイジ・ドラグーン(ATK1400)
伏せカード2枚
フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。
シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。
今は俺のターンのメインフェイズ。
このターンどう攻めるのかを、考えなければいけない。
相手の場に存在しているのはガイアメイジ・ドラグーン。
手札交換の効果は持っているものの、今は役に立つ効果ではない。
問題はあの伏せカードだ。あれらへの対策がまず第一だろう。
ジッと自分の手札を見ながら、俺は静かに考える。
向い側に立つ人物が、言った。
「おいおい、どうしたんだ少年?」
ヘラヘラと笑いながら、そう尋ねてくる人物。
黒の道場着に、バサバサとした髪の毛、無精ひげ。
いかにもダメそうな見た目のオッサンが、そこには立っていた。
俺はムッとしながら、顔をオッサンへと向ける。
「考えてるんだ。邪魔するな、師匠」
「フッ。甘いな、少年。男だったら決断はもっと早くするもんだ」
バカにしたように、両手を肩の所ですくめるオッサンこと師匠。
非常に勘に触る態度だが、今に始まったことではないので無視する。
あのダメ親父を叩き潰すためにも、ここは慎重にカードを選ばなければ。
様々なカードの可能性を、俺は考える。
やがて、俺は1枚のカードを手に取った。
「魔法カード、魂融合を発動」
カードを決闘盤へと出しながら、俺は言う。
師匠が目を細め、面白そうにニヤけた。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
「なるほど。それで、何を融合召喚するんだ?」
緊張感のない声で、そう尋ねる師匠。
だがそれもここまでだ。今日こそ引導を渡してやる。
鋭く師匠の事を睨みながら、俺は墓地のカードに目をやる。
ブルーウェーブ、ガイアメイジ、ソウルエッジ。
俺の墓地には、合計で3体のドラグーンが存在している。
この状況で融合に使うべきカードは、ただ1枚だけ。
俺は墓地から、ガイアメイジ・ドラグーンのカードを取り出した。
「場のフレイムアビス・ドラグーンと、墓地のガイアメイジ・ドラグーンを融合!」
俺の場の赤い竜の体が、赤い光に包まれた。
さらに墓地から、茶色く輝く光が、続けて飛び出した。
赤い光を飲み込み、茶色い光は巨大に膨張していく。
茶色い光が、はじけた。
「融合召喚! 現れろ、アブソリュート・ドラグーン!」
光の中より、巨大な竜がその姿を現す。
まるで大地を体現したかのような、ゴツゴツとした体つき。
黄色の瞳を輝かせながら、竜は茶色い鱗を震わせている。
そして自身を鼓舞するように、竜は雄たけびをあげた。
アブソリュート・ドラグーン
星8/地属性/ドラゴン族・融合/ATK3400/DEF2900
ガイアメイジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
融合召喚されたターン、このカードは自分フィールド上から離れない。
このカードは戦闘では破壊されない。
「ふーん。アブソリュートを選んだか……」
師匠が、口元に手を当てながら呟いた。
俺の選択が正解だったかどうかは、まだ分からない。
だがアブソリュート・ドラグーンは、大地の魂を味方につける無敵の竜。
融合召喚されたターンのみ、こいつはフィールドを離れない。
破壊も、除外も、コントロール奪取さえも受け付けない。
このドラゴンならば、師匠の場の2枚の伏せカードも怖くはない。
すっと指を伸ばし、俺は言った。
「アブソリュート・ドラグーンで、ガイアメイジ・ドラグーンに攻撃!」
大地の化身たる竜が、その言葉に体を動かした。
激しく雄たけびを上げながら、勢いよく地面に爪を突き立てる竜。
大地が砕け、爆発するような衝撃が地面を駆けていった。
この攻撃が通れば、師匠に2000の大ダメージ。
さらにシャイニングホーンでダイレクトアタックできれば、俺の勝ちだ。
ニヤリと、思わず俺の顔に笑みが浮かぶのを感じた。
ついにこの時が来た。あのバカ師匠に、引導を渡す時が!
俺はそう考え、歓喜する。だが――
師匠の顔にも、締まりのない笑みが浮かんだ。
ポリポリと髪の毛をかきながら、微笑んでいる師匠。
そしてやる気なさげに腕を前に出すと、あっさりと言った。
「罠発動。ソウルフルガード」
「!!」
師匠の場に伏せられた2枚のカード。
その内の1枚が、ゆっくりと表になった。
ソウルフルガード 通常罠
自分の墓地にドラグーンと名のつくモンスターが存在するとき発動できる。
次の効果のうち一つを選択して適用する。
●このターンのみ戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
●このターンのみカード効果による自分へのダメージを0にする。
「このカードの効果で、俺はこのターンのみ戦闘ダメージを受けない」
ヘラヘラとしながら、師匠がそう言う。
大地が砕け、魔術師のローブを着た竜が衝撃波によって消滅した。
だがソウルフルガードのせいで、ダメージは通らない。
「ぐっ。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
残っていた手札の1枚を場に出し、俺は乱暴にそう言う。
さすがにソウルフルガードを使われては、打つ手がない。
悔しさに目を鋭くしながら、俺は場の状況を見返す。
雨宮透 LP1400
手札:0枚
場:アブソリュート・ドラグーン(ATK3400)
シャイニングホーン・ドラグーン(ATK2900)
伏せカード1枚
??? LP4000
手札:2枚
場:伏せカード1枚
フィールドの状況自体は、俺の方へと傾いている。
だが相手はどんなに腐っていようと師匠だ。
何をしでかしてくるか、分かったものではない。
「惜しかったな。まっ、ドンマイだぜ、少年」
ヘラヘラとそう言いながら、師匠がカードを引く。
引いたカードを見て、一瞬だが師匠の瞳に強い光が宿った。
面白そうにニヤけながら、カードを手に取る。
「俺はウインドクロー・ドラグーンを召喚」
場に疾風が吹き、緑色の肌をした竜が姿を現す。
あのモンスター自体にはこの状況をひっくり返す能力はない。
だとしたら、狙いは一つ。師匠がさらに、カードを出した。
「魔法カード、魂融合だ」
フッと笑いながら、そう言う師匠。
場にさっき俺が使ったのと全く同じカードが、浮かび上がる。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
よりにもよって、ここでそのカードを使ってくるか。
俺は冷や汗をかきながら、魂融合のカードを睨みつける。
師匠が自分の墓地から、青い鱗の竜のカードを取りだした。
「俺は場のウインドクロー・ドラグーンと、墓地のブルーウェーブ・ドラグーンを融合!」
師匠が選んだのはブルーウェーブ・ドラグーン。
だとしたら、アポカリプスを呼んでアブソリュートの効果を無効にするつもりか?
確かに効果を無効にすれば、アブソリュートを倒せる可能性はある。
アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。
だが、アポカリプスが無効に出来るのはモンスター効果のみだ。
俺の場に伏せられたカード。その効果までは無効にする事はできない。
自分の場に伏せられたカードに、俺はチラリと視線を向ける。
聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。
このカードがあれば、師匠のモンスターを問答無用で破壊できる。
そうなれば返しのターンの反撃で、俺の勝ちだ。勝利に揺るぎはない。
俺はキッと、師匠に鋭い視線を向ける。
師匠が呆れたように、ため息をついた。
「ダメだな、少年。そんなんじゃ考えてる事がバレバレだぜ」
手をひらひらとさせながら、師匠が説教するように言う。
俺はムッとなったが、師匠はもう視線を俺には向けていなかった。
師匠の場には、巨大な緑色の光が輝いていた。
それはまるで宝石の翡翠のように、鮮やかな緑色だった。
グルグルと、その周りでは青い光が渦巻くように動いている。
あれはまさか。俺が考えるのと同時に、師匠が指を伸ばす。
緑色の光が、はじけた。
「融合召喚! 疾風の魂を持ちし竜、テスタメント・ドラグーン!」
場を、一陣の強い風が吹き抜けていく。
そして風の中から現れる、薄緑色の大きな竜。
その手には巨大な鎌を持ち、赤い目を俺へと向けている。
そよ風の中、竜は静かに浮遊し、たたずんでいた。
テスタメント・ドラグーン ATK2800
「テスタメント……!」
師匠の場に現れた竜を見ながら、俺は声をもらす。
楽しそうに微笑みながら、師匠が明るい声で言った。
「少年なら当然知っているだろう。テスタメント・ドラグーンは相手の魔法・罠・モンスター効果を受け付けない」
「くっ……」
テスタメント・ドラグーン
星8/風属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2300
ウインドクロー・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
師匠の言葉に、俺は顔をしかめた。
もちろん、俺はその効果の事を知っていた。
あのカードならば、俺の場のミラーフォースをすり抜けられる。
だが――
「それでも、攻撃力はこっちの方が上だ!」
叫ぶように、俺は師匠に向かって反論した。
確かにテスタメントの効果は強力だ。だがその分、奴は攻撃力が低い。
俺の場に存在するモンスターを倒す事はできないはずだ。
しかし師匠は余裕げに、チッチッチッと舌を鳴らし指を振る。
「そいつは、どうかなぁ?」
ヘラヘラと笑いながら、師匠が言う。
突如として俺の場の大地が割れ、足元がグラグラと揺れた。
ガクリと、シャイニングホーン・ドラグーンが跪く。
驚いている俺に対し、師匠が1枚のカードを見せる。
「墓地のガイアメイジの効果を発動。少年のシャイニングホーンの表示形式を変更だ」
「なに!?」
ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。
しまった。さっきの戦闘でガイアメイジが墓地に行ったのを忘れていた。
シャイニングホーンは墓地のドラグーンの数だけ攻撃力を上げる効果を持つ。
だが、その守備力は上がらない。シャイニングホーンの弱点の一つだ。
シャイニングホーン・ドラグーン ATK2900→DEF1500
師匠が笑いながら、腕を前へと出す。
攻撃をするつもりだろうが、俺にそれを防ぐ手立てはない。
真っ直ぐにシャイニングホーンを指差しながら、師匠が言った。
「テスタメント・ドラグーンで、シャイニングホーン・ドラグーンを攻撃!」
緑色の竜が、持っていた鎌を構える。
疾風のような動きで、一瞬のうちに距離をつめるテスタメント。
――――斬。
まるで居合のような動作で、テスタメントが鎌を動かし終えた。
シャイニングホーンに背を向け、鎌を肩の所に立てかけるテスタメント。
声も出さずに、シャイニングホーンが静かに砕け散った。
「くっ……!」
ダメージこそなかったものの、シャイニングホーンが倒されたのは痛い。
だが攻撃力は依然としてアブソリュートの方が上。次のターンの攻撃で……。
俺の考えを読み取ったように、師匠が目をつぶり微笑む。
「次はないぜ、少年。こいつで決着だ」
すっと、腕を前へと出す師匠。
伏せられていた最後の1枚が、表になる。
「罠発動。ソウル・スナッチ」
「!!」
ソウル・スナッチ 通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、そのモンスターを対象として
手札を1枚捨てて発動する。選択されたモンスターの攻撃力はこのターン戦闘で破壊したモンスターの
攻撃力分アップし、もう一度攻撃することができる。この効果の対象となったモンスターは、このターン
相手プレイヤーへダイレクトアタックできない。
「手札を1枚捨てる事で、テスタメント・ドラグーンの攻撃力は戦闘で破壊したシャイニングホーン・ドラグーンの攻撃力分だけ上昇する。さらにもう1つの効果。テスタメント・ドラグーンはこのターン、もう一度続けて攻撃できる」
持っていた手札を墓地へと送る師匠。
テスタメント・ドラグーンが持っていた鎌に、青白い光が宿る。
テスタメント・ドラグーン ATK2800→ATK5100
呆然と、俺はその光景を眺めている。
意地の悪い笑みを浮かべながら、師匠が手をあげた。
「終わりだ。テスタメント・ドラグーンで、アブソリュート・ドラグーンを攻撃! ジャッジメント・スラッシュ!」
テスタメントが再び鎌を構え、赤い目をアブソリュートに向ける。
大地の竜は雄たけびをあげると、地面を砕き疾風の竜へと攻撃を仕掛けた。
だが疾風の竜はまるですり抜けるかのように、その攻撃をかわしていく。
距離を詰めきると、竜は持っていた鎌を振り上げた。
鋭い風が、俺の前方から吹き抜けていく。
一瞬の内に、疾風の竜は大地の竜を切り裂いていた。
その斬撃は衝撃となり、アブソリュートの体を貫く。
大地の竜が悲鳴のような声をあげた。爆発が起こり、衝撃が起こる。
「うわっ!」
強い衝撃に、俺は思わず声をあげた。
後ろに吹き飛び、俺は床に背中を軽く打つ。
腕につけていた決闘盤の数値が、音を立てて動いた。
雨宮透 LP1400→0
ブンッという音と共に、ソリッド・ヴィジョンが解除される。
消えていく竜達。後に残ったのは静かな雰囲気の、古い道場。
背中を押さえながら、俺は立ち上がる。
「……くそぅ」
体を震わせながら、俺は悪態をついた。
結局、今回も師匠には1ポイントのダメージも与えられなかった。
敗北の悔しさ。それが胸をいっぱいにし、締め付けてくる。
「いやぁ、良い決闘だったなぁ。はっはっは!」
そんな俺の気持ちは露知らず、師匠が楽しそうに笑いながら近づいてきた。
俺が軽くにらみつけると、師匠が大げさに怖がって見せる。
「おぉ、怖い。もっと笑顔でいようぜ、少年」
「あんたに勝てれば、きっと笑顔になるさ」
「そいつは少々難しいな。あと10年は笑えないぜ」
そう言って、自分で自分の発言に大きく笑う師匠。
いつもの事なので、俺はそれ以上は何も言わない。
デッキを取り出して、道場の床に広げた。
今回こそイケると思ったのに……。
デッキのカードを仕分けながら、俺は考える。
だが負けてしまったことは変わりようのない事実だ。
一刻も早く、デッキを改良しこのバカを倒さなくては。
俺がカードを並べていると、師匠が横から覗き込んでくる。
「ずいぶんとデッキの扱いにも慣れてきたものだな、少年」
「あんたに勝てなきゃ、意味がない」
「そう言うな。初めて2ヶ月でここまでやれれば、大したものだぜ」
珍しく、師匠が俺の事を褒めるように言う。
だが俺はそんな言葉は全く嬉しくない。
デッキの扱いはともかく、師匠には未だに一度も勝ってないからだ。
思えば2ヶ月前、この道場に来たのがそもそもの間違いだった。
見た目からしてボロボロの、よく言えば古風の道場。
都市部からかけ離れた郊外の立地。看板さえ出ていない門前。
はっきり言ってやってるかどうかさえ、怪しかった。
しかし――
「こういう古風の道場こそ、昔からの信頼と実績があるものよ!」
そう言って、姉貴は渋る俺を強引に道場へと叩き入れた。
何でも、男だったら格闘技の1つや2つ習っておけという事らしい。
見た目だけで、姉貴はこの道場を隠れた名門の格闘道場だと思い込んでいた。
頭痛がしてくる。
その後に姉貴は今の師匠であるオッサンと話しをした。
そして師匠と意気統合した姉貴は、あっさりと俺をこの道場に通わせる事を決めたのだ。
「強くなってきなさいよ、透。お姉ちゃんを守れるくらいにね」
語尾にハートマークが付きそうな口調で、姉貴はそう言った。
強くなったら真っ先に姉貴を叩きのめす事を、俺はその時決意した。
そんなこんなで、俺はこの道場に週3で通う事になったのだ。
しかし姉貴は勘違いをしていた。
確かにこの道場は一昔前までは格闘道場だった。
だが今は違う。師匠は建前上として、俺に合気道の稽古をつけてくれる。
それでもメインとなっているのは、そんな格闘技ではなかった。
デュエル・モンスターズ。
今や世界中で人気となっているカードゲーム。
俺も一応、何枚かカードを持っているし、対戦した事もあった。
そんなカードゲームこそが、この道場での修行内容だった。
「元プロ決闘者の俺に教われるなんて、少年は幸せだぜ」
ヘラヘラと笑いながら、師匠はいつもそう言う。
師匠の実力は自称高いらしい。壁にも大会の賞状が何枚か飾ってある。
もっとも、具体的にどれだけ強いのかは未だに不明だが。
ともあれ、俺は師匠に決闘の手ほどきを受ける事になった。
正直なところ、俺としては合気道よりもそっちの方がありがたい。
このゲームは友達の間でも流行しているし、強くなりたかった。
いつかは誰にも負けないような決闘者になりたい。
秘かにそう考えていた事もあって、俺はこの指導に文句は言わなかった。
だからと言って、師匠に対して心から敬意を払っている訳ではないが。
師匠から貰ったデッキを広げながら、俺はデッキ内容を考える。
「それにしても、かなり上達したなぁ、少年」
俺がカードを入れ替える姿を見ながら、師匠が呟いた。
少しだけ、視線を師匠へと向ける。師匠が腕を組みながら言う。
「正直、このデッキをこんなにも使いこなせるようになるなんて、思ってなかったぜ」
「……そんなに難しいデッキなのか、これ?」
俺は師匠に向かって尋ねる。
決闘の稽古だと言って、師匠が貸してくれたこのデッキ。
確かに変なカードは多いが、そんなにも難しいデッキなのだろうか。
俺の言葉に、師匠が頷いた。
「あぁ。かなり特殊なデッキだぜ、ドラグーンデッキは。少なくとも少年みたいに年端もいかない小学校2年生が使いこなせるデッキじゃないな」
ごくあっさりとした口調で、師匠は言う。
使いこなせないと思ってたのなら、何でこのデッキを渡したんだ。
その適当さ加減に、俺はジトッとした目つきで師匠の事を見た。
師匠が慌てる。
「か、勘違いするな、少年。別にこれはイジメとかじゃないぞ。ただこの道場は一応ドラグーンデッキの流派として運営しているから、体面上の問題として他のデッキを渡すわけにもいかなかったんだ!」
「……そんな事言っても、門下生って俺しかいないじゃん」
「昔は、何人かいたんだ!」
「ふーん……」
俺は疑わしく思いつつも、頷いた。
まぁ、今さらそんな事はどうでもいい事だ。
何だかんだで俺はこのデッキを気に入ってるし、使いこなせている。
そこの所に不満はない。問題はたった1つ――
「どうして、師匠に勝てないんだ……」
デッキを見ながら、俺はそう呟いた。
師匠のデッキと俺のデッキの構成はほとんど同じ。
カードパワーの差で勝敗が決している訳ではない。
だとしたら、どうして……。
「知りたいか、少年」
俺が悩んでいると、師匠がそう声をかけてきた。
顔をあげると、師匠は普段とは違う表情を浮かべていた。
いつになく真剣な顔つき。鋭い光が宿った目。
俺は驚き、ごくりと唾を飲み込む。
まさか、本当に強さの秘訣というのがあるのか?
今まで師匠は、俺に対してそんな事を言ってきた事はなかった。
それとも今日の決闘を見て気が変わったのだろうか。
いずれにせよ、俺は緊張して師匠の言葉を待つ。
腕を組みながら、師匠がゆっくりと口を開いた。
「教えてやろう。強さに必要なもの、それはずばり『愛』だ……」
「…………」
冷たい沈黙が、道場の中を流れた。
一瞬にして凍りついてしまったかのような空気。
時が止まったかのように、俺達は1ミリも動かない。
かわいそうな師匠。ついに脳細胞がダメになったか……。
俺はそう考え、同情の眼差しを向ける。
師匠がその様子を見て、怒ったように叫んだ。
「これは本当の話しだぞ、少年! カードだって大切に愛を持って使い続ければ、やがてはその思いが通じるんだ。そうなればデッキのカードは少年の事を信頼してくれるし、少年も自分のデッキを信頼する事ができるようになる!」
「……本当か?」
かなり疑わしい話に、俺は眉をひそめる。
師匠が力強く、ヘラヘラと笑いながら頷く。
そして諭すような口調で、こう続けた。
「どんなものにも魂や思いは宿っている。それはもう消えてしまったものでも同じだ。人にだって、カードにだって魂は宿っている。それらへの敬意を忘れずにいる事が、ドラグーンデッキを使うための重要な心構えだぜ」
「…………」
魂、思い。俺にはまだよく分からない。
だが何となく、師匠が言わんとしている事は分かる。
考え込んでいる俺の背中を、師匠はポンと叩いた。
「ま、今は分からなくても平気さ。少年にはまだまだ時間があるからな」
ヘラヘラといつものように、師匠が笑った。
まったく、たまに真面目になると思うとすぐこれだ。
俺はため息をつくと、床に広げたカードをまとめる。
立ち上がり、俺は決闘盤にデッキを装着した。
「そんな話しはどうでもいい! もう一度勝負しろ、師匠!」
「おぉ、威勢がいいねぇ。だが俺に勝つにはまだ修行不足だぜ」
「うるさい! 今度こそ、絶対に勝って見せる!」
俺がそう吠えると、師匠がニヤリと笑った。
再び距離をあけると、決闘盤を構える俺達。
今度の今度こそ、俺は師匠を打ち砕いてやる。
いや、師匠だけじゃない。この世界の全ての決闘者を倒してみせる!
それこそが俺の秘かな夢であり、願いだ。
そのためにも、ここで負けるわけにはいかない!
強くなって、いつかは世界最強の決闘者になるんだ!
「いくぞっ!」
俺の言葉に、師匠が頷く。
互いに5枚のカードを引き、構えた。
「――決闘ッ!!」
風が、道場の中を吹き抜けて行った……。
棄てられた洋館。そのダンスホール。
焼きつくような鋭い緊張感が、辺りには漂っている。
周りに浮遊する火の玉。熱気を帯びた空気。
ダンスホールの暗闇が、赤い炎でチラチラと輝く。
目の前に立つ、赤い髪の少年。
黒い吸血鬼のような服に、真っ白な肌。
顔には不気味な笑いを浮かべ、紫色の瞳を細めている。
暴力的なまでの殺気が、少年の周りの空気を歪めている。
そして胸からぶらさげた、黄金色の十字架のペンダント。
ペンダントはほんのりと鈍い光を放っている。
その光に呼応するように、場の空気は重苦しく沈んでいく。
緊張。汗が頬を流れ、俺は唾を飲み込む。
「クックック……」
赤い髪の少年――ベルフレアが不気味な笑い声を上げる。
手に付けた決闘盤を見ながら、楽しそうに笑うベルフレア。
俺は鋭い視線を向け、尋ねた。
「お前、何が楽しくてこんな戦いをするんだ?」
「ん? この神聖な戦いの事か?」
上機嫌のまま、ベルフレアは俺に問い返してくる。
神聖な戦い。奴がたびたび使っている言葉だ。
俺には理解できない単語だが、奴にとっては重要な言葉らしい。
肩をすくめ、ベルフレアが小バカにしたような表情を浮かべる。
「人間風情には理解できないか。命を賭ける戦いの楽しみが」
ぶわっと音を立て、手の平から炎を出すベルフレア。
その赤い炎をジッと見つめながら、ベルフレアが口を開く。
「もっとも、今日の俺はそこまで高尚な精神でこの戦いに挑んでいる訳ではない。言うなれば憂さ晴らしだ」
「憂さ晴らし?」
「ああ、そうだ。精霊にだって感情はある。イライラするんだよ、無性に」
すっと、ベルフレアの顔から笑みが消えた。
まるで怒っているような表情を浮かべるベルフレア。
そこには一瞬だが、人間らしい感情のようなものが見えた気がした。
「それと、ついでに尋ねるが――」
俺の事を睨みつけながら、ベルフレアが拳を握り固める。
ゆっくりとした口調で、奴は言った。
「お前、紅い眼の決闘者を知っているか?」
「紅い眼だと……!?」
奴の口から出てきた思わぬ単語に、俺は驚く。
紅い眼の決闘者。風丘町に出没する伝説の存在。
なぜベルフレアの口からその言葉が出てくるんだ?
俺が疑問に思っていると、奴がさらに視線を鋭くする。
「知っているんだな。言え。奴はいったいどこにいる?」
「……そんな事、聞いてどうする?」
「決まってるだろう。叩き潰すのさ」
ベルフレアの発言から、俺は考えを巡らす。
奴の言葉を聞く限りでは、チェスの四騎士と紅い眼は仲間ではないらしい。
むしろ敵対するような存在である事が、今の言葉で分かった。
謎は増えるばかりだが、紅い眼についてこれ以上考える暇はない。
ベルフレアは露骨にイラついた様子で、俺の言葉を待っている。
「どうなんだ。知っているのなら、隠さない方が身のためだぜ?」
鋭い視線を向けながら尋ねるベルフレア。
グルグルと、俺の周りを火の玉が威嚇するように飛び交う。
火の玉の熱気に顔をしかめながら、俺は答えた。
「悪いが知らないな。むしろ俺が聞きたいぐらいさ」
「…………」
紫色の瞳を向け、射抜くように俺の事を見つめるベルフレア。
やがてフッと視線を切ると、顔をそむけながら呟く。
「本当に知らないみたいだな。ならば仕方がない……」
残念そうに顔を伏せるベルフレア。
落ち込んだかのように、奴は何も話さない。流れる沈黙。
だがそれもすぐに、奴の口から洩れた笑い声でかき消された。
先程までと同じ、不気味な笑い顔を浮かべるベルフレア。
ゆっくりと、なめるようにその視線を俺へと向け直す。
一転して楽しそうに、ベルフレアが言った。
「まぁ、いい。どちらにせよ、今はこの神聖な戦いの方が重要だ」
そう言ってクックックと笑うベルフレア。
俺はもう一度だけ、尋ねてみる。
「結局、お前はどうしてこの神聖な戦いとやらをやるんだ?」
さっき奴はイライラしているからと答えた。
だがそれは今日の気分の話しであり、根本的な答えではない。
精霊というのが何を考えているかは分からないが、興味だけはある。
俺の質問の意味をとらえたのか、ベルフレアが口元をつりあげた。
その笑みを見て、俺はゾクリと背筋が凍ったのを感じる。
紫色の瞳を伏せがちに、奴がゆっくりとした口調で答えた。
「ゾクゾクするんだよ。命を賭けた戦いの中には、全てを喰らい尽くす狂気の炎が宿っている。自分の中にも、対戦相手の中にもな。戦いのさなか、その炎は少しずつ俺達の体から湧き出で、這い上がり、広がっていく。そして最後に立っていた者だけが、対戦相手がその炎に飲み込まれる姿を見る事ができる。俺は見たいんだよ。心狂わせる、あの妖しい炎がなぁ……」
「…………」
恍惚とした表情で話すベルフレアに、俺は絶句する。
予想はしていたが、奴の考えは俺の理解をはるかに超えていた。
狂っている。やっぱり奴は俺達人間とは違う存在、精霊なのだ。
「ククッ。御託はこれくらいにしようぜ」
ベルフレアがそう言い、腕の決闘盤を見せてくる。
さらにその手に握られた、5枚のカード。
そう、戦いはもう始まっている。もう逃げる事はできない。
「さぁ、お前の中の狂気の炎を見せてくれ!」
ベルフレアが笑いながら、そう叫んだ。
ダンスホールの壁に反響し、その笑い声は不気味に響き渡る。
火の玉達がざわめき、光がぐらぐらと揺れた。
レイン・スター LP4000
ベルフレア LP4000
「俺の先攻、ドロー!」
勢いよくデッキからカードを引くベルフレア。
素早く、手札の1枚を決闘盤へと出す。
「フィールド魔法、滅びゆく世界!!」
一瞬の内に、世界が変化を遂げた。
茶色の大地に流れゆく溶岩。黒雲に覆われた空。
まるで地球の始まりのような、原始的な世界が現れる。
滅びゆく世界 フィールド魔法
召喚、セットされたモンスターはそのターンのエンドフェイズに破壊される。
この効果で破壊されたモンスターのいたモンスターゾーンは使用不能となる。
「いきなりか……」
「ククッ。どうだ、懐かしい光景だろう?」
赤い大地に視線を向けながら、ベルフレアが言う。
あのカードがある限り、通常召喚されたモンスターは全て破壊される。
互いに壁モンスターで時間をかせぐような戦略は使えない。
「俺は葬炎のサルタートルを召喚!」
ベルフレアがさらにカードを場に出した。
火柱が上がり、その中から1つの影が飛び出してくる。
奇妙な仮面をつけた、人型のモンスター。
チロチロと、その体から所々炎を吹き出している。
カタカタと人形のように関節部を鳴らしながら、そいつは笑い声をあげた。
葬炎のサルタートル ATK1500
「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンド!」
ベルフレアの声が、高らかにその場に響き渡った。
そしてその瞬間、奴のフィールド魔法が効力を発揮する。
黒い雲に覆われた空が、赤く輝いた。
奴の場の地面が崩れ、溶岩が勢いよくモンスターを飲み込む。
ケタケタと笑い声をあげながら、奴の場のモンスターが砕け散った。
だがその砕けた体から、勢いよく青い炎が飛び出る。
「葬炎のサルタートルの効果発動!」
ベルフレアが笑いながら、デッキの上に手をかけた。
「このモンスターがカード効果によって破壊されたとき、俺はデッキの上からカードを5枚めくる!」
そう言って奴が自分のデッキの上から5枚を表にした。
ソリッド・ヴィジョンによって、めくられたカードが場に浮かび上がる。
《炎蝕》
《ネクロフレア・シャーマン》
《業火の結界像》
《ファイヤー・トルーパー》
《終炎の導き》
奴のデッキコンセプトは炎。
めくられた中にも、炎を象ったモンスターが大量に含まれている。
クックックッと、ベルフレアが笑い声をあげて続ける。
「そしてめくられた中にモンスターカードが含まれていた場合、めくった中から1枚を選択して俺の手札に加え、それ以外のカードは墓地へと送る!」
ベルフレアがそう言いきった瞬間だった。
奴の場に浮かび上がっていたカードが、1枚を残して一斉に砕け散った。
その残ったカードを手札に加え、奴は残りのカードを墓地へと送った。
ベルフレアが手札に加えたのは、炎蝕。
枠の色からして魔法カードのようだが、それ以上は何も分からない。
だが奴がわざわざ手札に加えたという事は、かなりの力を持っているのだろう。
集中を途切れさせないようにしながら、俺は警戒する。
葬炎のサルタートル
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF500
このカードがカード効果によって破壊され墓地に送られたとき、自分の
デッキの上からカードを5枚めくる。その中にモンスターカードがあった
場合、めくった中から1枚を選択して手札に加え、残りは墓地に送る。
モンスターカードがなかった場合、めくったカードを全て墓地に送る。
「ククッ。お前のターンだぜ……」
楽しそうに笑いながら、ベルフレアがそう言った。
俺は静かに呼吸をしてから、デッキの上に手をかける。
「俺のターン!」
引いたカードはソウルエッジ・ドラグーン。
手札を見ながら、俺は静かに考える。
奴の場には滅びゆく世界と、伏せカード1枚。
モンスターが存在していないため、攻撃するチャンスだ。
さらに奴のフィールド魔法の性質上、長期戦になればこちらが不利。
ならばここは、危険を冒してでも攻めるしかない。
「俺はソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」
引いたカードをそのまま決闘盤へ。
白い光が現れ、剣を携えた竜が姿を見せる。
ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。
「さらに効果で、俺はデッキのウインドクロー・ドラグーンを墓地へ送る!」
デッキを決闘盤から外し、扇状へ広げる。
そしてその中から、緑色の巨大な爪を持つ竜を墓地へと送る。
薄緑色のオーラがソウルエッジの剣に宿った。
ソウルエッジ・ドラグーン ATK800→2300
モンスターなき今、奴を守る存在はない。
腕を前に出し、叫ぶ。
「ソウルエッジ・ドラグーンでダイレクトアタック、ソウルスラッシュ!」
白い竜が剣をかまえ、飛び上がった。
真っ直ぐにベルフレアに向かって、剣を振りかぶるソウルエッジ。
だがベルフレアは動揺せず、腕を前へと出す。
「罠発動! リビングデッドの呼び声!」
「ッ!」
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
蘇生用の罠カード。
しかも奴の墓地には先程の効果で、多くのモンスターが存在している。
ベルフレアが自分の墓地から、カードを取り出す。
「墓地より、ネクロフレア・シャーマンを特殊召喚!」
奴の場に火柱が上がり、奇妙な仮面が浮かび上がる。
そこからボロボロのローブを身にまとう、不気味なモンスターが現れた。
コキコキと首を鳴らしながら、そいつは無感情な瞳を俺へと向ける。
ネクロフレア・シャーマン ATK2000
「ネクロフレア・シャーマンか……」
俺は奴の場に現れたモンスターを見て、呟く。
戦闘で破壊しても、効果で蘇生してくる厄介なモンスター。
だがここで攻撃しなければ、どの道ソウルエッジは滅びゆく世界の効果で破壊される。
奴の手札を消費させるためにも、ここは攻撃するしかない。
俺はそう決断すると、指を伸ばして言う。
「ソウルエッジ・ドラグーンで、ネクロフレア・シャーマンを攻撃!」
白い竜が、顔を奴の場のネクロフレア・シャーマンへと向けた。
声を上げると、疾風の力が宿る剣を振りかぶるソウルエッジ。
ネクロフレア・シャーマンは、その光景をただ眺めている。
――――斬ッ!!
白い竜の剣が一閃し、奴の場のモンスターを切り裂いた。
うめき声をあげ、爆発するネクロフレア・シャーマン。
だがその場には、鳥のような形をした奇妙な仮面が残っている。
ベルフレア LP4000→3700
モンスターが破壊され、僅かにダメージを受けるベルフレア。
だがその顔には不気味な笑いが張り付いたままだ。
自分の場に残った仮面を見ながら、ベルフレアが高らかに言う。
「ネクロフレア・シャーマンの効果発動! 手札のUFOタートルを墓地へと送り、再び蘇る!」
ベルフレアが手札のカードを1枚捨てる。
瞬間、大きな炎が上がって奴の場の仮面を飲み込んだ。
その中からネクロフレア・シャーマンがまたも姿を現す。
ネクロフレア・シャーマン
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
このカードが戦闘又はカード効果によって破壊され墓地へと送られたとき、
手札の炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、墓地からこのカードを
自分フィールド上に特殊召喚することができる。
いずれにせよ、バトルは終了だ。
手札を見ながら、俺は僅かに思考を巡らす。そして――
「俺はカードを2枚伏せ、ターンエンド!」
手札の中の2枚を決闘盤にセットした。
溶岩が流れる中、裏向きのカードが2枚、赤く照らされている。
そしてエンド宣言と共に、黒い雲に覆われた空が赤く輝いた。
「滅びゆく世界の効果で、ソウルエッジ・ドラグーンは破壊される!」
ベルフレアがそう言うのと同時に、地面が崩れた。
白い竜は地割れに飲み込まれるような形で、溶岩へと落ち砕ける。
これで俺の場に残ったのは、伏せカードのみ。
「俺のターン!」
ベルフレアがカードを引く。
そのまま全く迷いを見せる事なく、カードを選んだ。
「手札より永続魔法、炎蝕を発動!」
場に、燃え盛る炎が描かれたカードが浮かび上がる。
先程の効果で手札に加えたカード。炎蝕。
見たことのないカードだ。それに永続魔法だと?
「さらに火口に潜む者を召喚!」
俺が警戒を強める中、ベルフレアはさらなるカードを出す。
ゴポリと溶岩が盛り上がり、何者かの目だけが浮かび上がった。
火口に潜む者
星4/炎属性/炎族/ATK1000/DEF1200
このカードが破壊され、フィールド上から墓地に送られた時、
手札から炎族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
またも破壊される事がトリガーとなる効果モンスターだ。
奴がターン終了時に破壊されても、別のモンスターが特殊召喚される。
……俺はそう考えたが、それは間違いだった。
「永続魔法、炎蝕の効果発動!」
ベルフレアが高らかにそう宣言した。
奴の場の炎蝕が、不気味に揺らめき輝いた。
「俺の場の炎属性モンスター1体を破壊する!」
「!?」
俺が驚くのと同時に、奴の場の火口に潜む者が砕け散った。
だが粉々になった火口に潜む者は、苦しそうな怨念に満ちた声を残す。
その声に導かれるようにして、新たなモンスターが出現する。
「火口に潜む者の効果で、俺は手札の炎族モンスターを特殊召喚できる……!」
目を細めながら、自分の手札を眺めるベルフレア。
ゆっくりと、その手が1枚のカードを掴み、表にする。
そこに描かれていたのは、巨大な炎を纏った竜の姿だった。
俺はその姿を見て、背筋が凍りつくような思いをする。
ベルフレアがカードを天へと掲げ、叫ぶように言った。
「現れろ! イグニス・インペラート!」
その言葉に反応するように、巨大な火柱が上がった。
炎の中、ゆっくりとした動きで竜がその姿をこの場に現わす。
ギョロギョロとした目。全身から吹き出る炎。いびつな体。
そして何よりも、その身から漂う異様なオーラ。
いびつな竜は天を見上げながら、大きく咆哮をあげた。
びりびりと、絶叫から空気が震える。
イグニス・インペラート
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF2200
このカードは戦闘以外の方法では破壊されずフィールドから離れることはない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、墓地に存在する炎属性モンスターの
数×100ポイントのダメージを相手に与える。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
●自分のデッキに存在する炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、
このカードの攻撃力は2000ポイントアップする。この効果は1ターンに1度しか
使えず、この効果を使ったターンこのカードは攻撃することができない。
ベルフレアの場に現れた竜。イグニス・インペラート。
戦闘以外ではいかなる効果でもフィールドを離れない無敵の皇帝。
前の決闘で俺を苦しめた、奴の切り札的存在だ。
ベルフレアが大きく笑い声をあげながら、腕を前に出す。
「さぁ、その身に再びイグニスの炎を刻みこみな! バトルだ!」
その言葉に反応し、またも絶叫をあげる竜。
炎が揺れ、滅びゆく世界の大地が崩れていく。
「まずはネクロフレア・シャーマンで、ダイレクトアタック!」
ベルフレアが俺を指差して、そう宣言する。
カタカタと壊れた人形のような動きで、魔術師は飛び上がる。
持っていた杖を振り上げ、ネクロフレア・シャーマンが俺へと迫った。
「くっ。罠発動、バトル・ジャミング!」
俺は苦しげな表情を浮かべながら言う。
伏せられていたカードが表になり、効力を発揮した。
「このカードの効果で、バトルフェイズを終了する!」
「……ふんっ」
ベルフレアが不満そうに鼻を鳴らした。
だがその表情には動揺はなく、余裕さえ感じる。
逆に俺の方は、苦々しくカードを墓地へと送った。
バトルジャミング 通常罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
また相手モンスターの直接攻撃宣言時、自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外して発動する事ができる。
このターンのバトルフェイズを終了する。
このターンのバトルフェイズは終了だ。
だが奴の場のイグニス・インペラートは攻撃宣言をしていない。
つまり、奴はその身に宿る効果を使用する事ができる。
これがイグニスの攻撃からだったなら、それはできなかった。
やはり奴は狂気に満ちているようで、その実とても計算された戦略を展開している。
「イグニス・インペラートの効果発動!」
ベルフレアが手をあげ、宣言する。
絶叫が響く中、奴がデッキを広げた。
「俺はデッキからチェーン・フレイムを墓地へ送る!」
素早く、1枚のカードを墓地へと送りこむベルフレア。
さらにそれに反応して、2枚のカードが墓地へと送られる。
チェーン・フレイムの連鎖効果だ。
チェーン・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK500/DEF500
このカードが墓地へと送られたとき、デッキの同名カードをすべて墓地へと送る。
このカードが自分の墓地に存在するとき、自分フィールド上の炎属性モンスターの
攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
そして奴の場に、不気味な青い火の玉が3つ出現した。
ふらふらとした動きで、辺りを飛び交う火の玉達。
それに鼓舞されるように、奴の場のモンスターの攻撃力が上昇する。
イグニス・インペラート ATK2400→ATK3000
ネクロフレア・シャーマン ATK2000→ATK2600
「さらにイグニス・インペラートは、自身の効果により攻撃力が2000ポイントアップする!」
竜の体から吹き出ている炎の勢いがさらに増した。
その身が焼ける苦しみを喜ぶように、竜は叫び声をあげる。
イグニス・インペラート ATK3000→ATK5000
奴の戦略を、俺はただ黙って眺めていた。
クックックと笑いながら、ベルフレアが視線を俺に向ける。
「俺はこれでターンエンドだぜ」
余裕ある口調で、ベルフレアがそう言う。
ここまでで、まだ3ターン目。だが場は圧倒的にベルフレアに傾いている。
漂う熱気からか、それとも恐怖からか、俺の頬を冷や汗が流れる。
竜が叫び声をあげ、その体が僅かに崩れた。
イグニス・インペラート ATK5000→ATK4800
奴の皇帝は少しずつだがその身を崩していく。
それでも、前回と違い攻撃力は4800。悠長に待てる数値ではない。
さらにベルフレアの場の、炎蝕のカードが輝いた。
「ククッ。炎蝕の効果で、俺はカードを1枚ドローする……」
炎蝕 永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する炎属性モンスター1体を破壊する。
エンドフェイズ時、そのターン中にこのカード効果で破壊したモンスターの
枚数分、自分はデッキからカードをドローする。
ただ破壊するだけではなく、ドロー効果まで付いていたのか……。
俺は顔をしかめる。あれがある限り、あらゆる効果を自発的に起動させられる。
どうにか破壊したい所だが、その手立ては俺の手札にはない……。
「さぁ、お前のターンだぜ」
急かすように、ベルフレアが言う。その手には2枚のカード。
場にはネクロフレア・シャーマンと、イグニス・インペラートが存在している。
状況は圧倒的に不利。次のターンに倒されても、おかしくはない。
「俺のターン……」
暗い気持ちで、俺はカードを引く。
引いたカードはソウルチェンジ。
どうやら、俺のデッキはまだ諦めていないらしい。
「手札より、ソウルドローを発動する」
ソウルドロー 通常魔法
自分のデッキから「ドラグーン」と名のついたモンスター1体を選択して墓地へと送る。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
デッキを広げ、その中から1枚のカードを選ぶ。
描かれているのは、白い角を持つ勇ましい竜の姿。
それを墓地へと送り、俺はカードを1枚引く。
「手札より、ガーディアン・ドラグーンを召喚」
静かに、俺は手札の1枚を場に出した。
銀色の鎧と盾で身を守る、ドラゴンがその姿を見せる。
ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。
「ククッ。まさか、それで終わりじゃないだろ?」
バカにしたような口調で、ベルフレアが尋ねる。
俺はキッと視線を鋭くしながら、さっき引いたカードを見せる。
ベルフレアがそれを見て、さらに笑みを広げた。俺は言う。
「魔法カード、ソウルチェンジ」
場に、白く表現された魂が交差しているカードが浮かび上がる。
俺の決闘盤が、墓地から先程の白い角の竜のカードを吐き出す。
「このカードの効果で、俺は場のドラグーンと墓地に存在するドラグーンの魂を交換する」
そう言いながら、俺はガーディアン・ドラグーンのカードを墓地へ送る。
淡く白い光が、ガーディアン・ドラグーンを包み込んだ。
ソウルチェンジ 速攻魔法
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスター1体を墓地に送る。
自分の墓地に存在する、またはゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のつくモンスター1体を選択し、自分フィールド上に表側表示で特殊召喚する。
まるで昇天するかのように、その姿を消すガーディアン。
代わりに、巨大な光の柱が天より光来し、場に溢れる。
光の中より、白き角を持つ竜が姿を現した。
シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
シャイニングホーン・ドラグーン ATK2300→ATK3200
墓地に存在する竜の魂の数だけ、その力を増すシャイニングホーン。
だが、それでも奴の場の炎の皇帝を倒せる程の数値ではない。
ベルフレアが白い角の竜に視線を向けながら、尋ねる。
「なるほど。それで、どうするんだ?」
「…………」
奴の質問に対して、俺は何も答えられない。
悔しいが、このターンに出来るのはここまでだ。
ベルフレアが、嘲るように笑いながら肩をすくめる。
「おいおい。もっとがんばってくれよ、好敵手としてな」
奴の発言を、俺は無視する。
すっと腕を伸ばしながら、俺は宣言した。
「バトルだ! シャイニングホーンでネクロフレア・シャーマンを攻撃!」
白い角を持つ竜が、咆哮をあげて口を開いた。
翼を広げながら、白銀のブレスを撃ちだすシャイニングホーン。
ネクロフレア・シャーマンの体が、ブレスに飲み込まれる。
ベルフレア LP3700→2500
「おっと……!」
ブレスの残留を喰らい、僅かに体をふらつかせるベルフレア。
だが苦しげな表情とは別に、明らかに奴はその痛みを楽しんでいるようだった。
笑いながら、手札の1枚を墓地へと送るベルフレア。
「ククッ。やはり闇の決闘は、こうこなくちゃな……」
楽しそうに笑い声を洩らしながら、そう呟くベルフレア。
火柱が上がり、ネクロフレア・シャーマンが復活する。
コキコキと首を鳴らしている魔術師を見て、俺は舌を鳴らす。
「俺はこれで、ターンエンド……」
残り2枚になった手札を見ながら、俺はそう宣言する。
場にはシャイニングホーン・ドラグーンと、伏せカードが1枚。
まだ運命は決定していない。どちらが勝つか。その運命は……。
「俺のターンッ!」
ベルフレアが勢いよくカードを引く。
チラと引いたカードを見ると、そのまま手札に加えるベルフレア。
これで奴の手札もまた、2枚となった。
「イグニス・インペラートッ!!」
ベルフレアが腕を伸ばし、高らかにそう叫んだ。
狂気を宿した竜が、炎を撒き散らしながら吠える。
ケラケラと笑いながら、ベルフレアがシャイニングホーンを指差した。
「行くぜ! イグニス・インペラートの攻撃、狂炎の旋風!!」
イグニス・インペラートの口端から、炎が漏れる。
一瞬の間の後、その口から強大な爆風が吐き出された。
空気が震え、凄まじい音と光が場を駆け抜ける。
「ガーディアン・ドラグーンの効果を発動!」
爆音が響く中、俺は腕を伸ばしそう宣言する。
俺の墓地が輝き、シャイニングホーンがその場に膝をついた。
瞬間、爆炎が白い角の竜を飲み込む。
シャイニングホーン・ドラグーンが苦しげに喉を鳴らす。
だがガーディアン・ドラグーンの効果により、破壊はされない。
ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。
奴のイグニス・インペラートの効果トリガーは戦闘破壊。
破壊さえされなければ、バーン効果は発動しない。
「ふんっ。またそいつか……」
興ざめしたような口調で、ベルフレアが言う。
伸ばしていた腕を下げ、視線を伏せるベルフレア。
どうやら、これでバトルフェイズは終了らしい。
持っている手札にも目をくれず、ベルフレアが言う。
「……ターンエンド」
ぼそりと、その言葉が辺りに響く。
あの様子からして、手札にも有用なカードはなかったらしい。
少しホッとしながら、俺はデッキに手を伸ばす。その時――
――クキャアアアアアア!!
突然、不気味な鳴き声が辺りに鳴り響いた。
キンキンとした高い音、それでいて怨念に満ちたような音。
まるで絶叫のような声が、空気を震わせている。
「クックック……」
驚いている俺の耳に、ベルフレアの笑い声が聞こえてきた。
見ると、奴は顔をあげて大きく口元をつりあげている。
ゆっくりと両手を広げ、ベルフレアが、口を開く。
「聞こえるだろう。地獄の底からの声が。炎の皇帝を呼ぶ声が!」
「……何を言っている?」
「ククッ。考えてみろよ、レイン・スター。国というものがあり、王という存在がある。だとすれば当然のことながら、そこには女王というも存在もあるんじゃないのか?」
「……!!」
奴の言葉に、俺は自分の心臓がドクンと脈打つのを感じた。
イグニス・インペラート。意味はラテン語で『炎の皇帝』。
ならば、それに対となる存在は――
ベルフレアが、すっと腕を伸ばす。
鳴り響く絶叫がさらに大きくなる。
ゴポリと、嫌な音が響いた。溶岩が勢いよく吹き出る。
そして吹き出た溶岩の中に浮かぶ、二つの目。
ギョロリと眼を動かし、その視線がネクロフレア・シャーマンで止まる。
――クキャアアアアアア!!
絶叫をあげ、溶岩の中の『何者か』が腕を伸ばした。
鋭い爪の生えた鱗に覆われた腕。それが、魔術師の体を掴む。
腕が、強靭な力でネクロフレア・シャーマンを握り潰した。
その光景に、俺は思わず顔をそらす。
ベルフレアが笑いながら、叫んだ。
「贄の力を得て蘇れ、イグニス・レギナレス!!」
ベルフレアが腕を天に向かって伸ばす。
溶岩の中より、そいつがゆっくりと姿を現した。
吹き出る炎。鱗の生えた体。焦点の定まっていない目。
不気味な容姿の、真っ赤に燃える竜が姿を見せる。
その体はイグニス・インペラートよりは小柄であるが、
漂う薄気味悪さや狂気は非常に酷似している。
ベルフレアが笑いながら、俺に向かって言う。
「イグニス・レギナレスは俺の墓地に存在する時、ターン終了時に生け贄を一匹捧げることで特殊召喚する事ができる……」
奴の言葉を聞き、俺は思案を巡らす。
……そうか、シャイニングホーン・ドラグーンで攻撃した時。
ネクロフレア・シャーマンの蘇生コストとして奴は手札を捨てていた。
あの時のカードが、このイグニス・レギナレスのカードだったのか……。
ベルフレアが笑いながら、口を開く。
「イグニス・インペラートは、戦闘以外では破壊されない無敵の皇帝」
奴の場の炎の皇帝が咆哮をあげる。
イグニス・インペラート
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF2200
このカードは戦闘以外の方法では破壊されずフィールドから離れることはない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、墓地に存在する炎属性モンスターの
数×100ポイントのダメージを相手に与える。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
●自分のデッキに存在する炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、
このカードの攻撃力は2000ポイントアップする。この効果は1ターンに1度しか
使えず、この効果を使ったターンこのカードは攻撃することができない。
「そしてイグニス・レギナレスは、戦闘では破壊されず味方を守る無敵の女帝」
奴の場の炎の女帝が絶叫をあげる。
イグニス・レギナレス
星6/炎属性/炎族/ATK0/DEF3000
自分のエンドフェイズ時にこのカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上の
炎属性モンスター1体を破壊する事で、このカードを守備表示で特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の
炎属性モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードは戦闘では破壊されない。
クックックと笑い声をあげるベルフレア。
紫色の瞳を細め、奴が俺の事を見る。
「ここからが本番だぜ、レイン・スター!!」
奴の言葉に、2体の竜達が同時に声をあげる。
びりびりと空気が震えて、滅びゆく大地が崩れていった。
俺はただ、奴の場の2匹の竜を呆然と眺めている。
……俺は、こいつらに勝てるのか?
俺は自分自身に問いかける。
明確な答えというものは出てきてはくれない。
だが少なくとも、奴らを突破するのが非常に困難な事は分かる。
そしてもし突破できなければ、その時は――
俺は奴の胸元で輝いているペンダントに視線を向ける。
まとわりつくような重苦しい空気。闇の力を帯びた決闘。
この決闘で敗北するという事は、つまり死ぬという事だ。
死ぬ。その言葉が、俺の心に反響する。
師匠はよく『死んでも魂や思いは残る』と言っていた。
だがここで負けた時、俺の魂は本当に残るのだろうか?
誰かが俺の意志を受け継いでくれるのだろうか?
――俺は。
「…………」
ゴポゴポと、溶岩が吹き出る音が辺りに響く。
漆黒の雲に覆われた空。未来のない世界。
ただ灼熱の炎だけが、この世界ではうごめいていた。
運命の刻は、確実に近づいている……。
第三十四話 交差する記憶
時は流れる。それが例え、どんな運命であっても……。
道場内、立ち込めているのは、張り詰めた空気。
俺の頬を汗が流れる。手札に残ったカードはゼロ。
そして場の状況は――
雨宮透 LP1800
手札:0枚
場:ソウルエッジ・ドラグーン(ATK800)
伏せカードなし
師匠 LP4000
手札:0枚
場:なし
俺に、傾いていた。
ゆっくりと深呼吸をする。緊張はほぐれない。
だが有利であるという事が、俺に僅かな余裕を与えている。
「……参ったなぁ」
師匠が困ったような表情で、ポリポリと頬をかいた。
すでに手札も場もゼロ。ライフにダメージはないものの、それもここまでだ。
俺は静かに、自分のデッキへと手を伸ばした。
「俺のターン!」
勢いよく、カードを引く。
そして俺の手に握られたのは――
「魔法発動、魂融合!」
この決闘を終わらせられる、俺の切り札だった。
魂融合の絵柄が、ソリッド・ヴィジョンによって立体となり浮かび上がる。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
俺の場のソウルエッジ・ドラグーンが白い光へと変化する。
そして墓地からも、赤い色の光が飛び出した。
ぐるぐると、巨大な白い光の周りを飛び交う赤い光。
白い光が、はじけた。
「融合召喚、ラグナロク・ドラグーン!!」
キラキラとした光の粒が、辺りを舞う。
白く煌めく巨大な竜が、その翼を大きく広げた。
咆哮をあげ、竜がその瞳を師匠へと向ける。
ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。
ラグナロク・ドラグーンは融合素材の魂を受け継ぐ竜。
俺が融合に使用したのはソウルエッジとフレイムアビス。
合計で2400ポイント、攻撃力が上昇する。
ラグナロク・ドラグーン ATK2500→4900
これで、ラグナロクの攻撃力は師匠のライフを上回った。
モンスターも伏せカードもない師匠に、この攻撃を防ぐ術はない。
師匠はただ悩ましげに口元に手を当て、何かを考えている。
俺は腕を上げ、叫ぶ。
「ラグナロク・ドラグーンでダイレクトアタック! トワイライト・ブレイズ!!」
その言葉に反応し、白銀に輝く竜がさらに咆哮をあげた。
翼を広げ、大きく口を開けるラグナロク。口の端から僅かに、炎が漏れる。
爆発するような炎が、撃ちだされた。
師匠はただ黙って、顔を伏せている。
珍しい。師匠はいつでもヘラヘラと笑って前を見ているのに。
ついに観念したという事だろうか。だがなんにせよ……
「この決闘、俺の勝ちだ!!」
師匠に向かって、俺はそう叫んだ。
ここで修業を始めて早半年。幾度となく師匠には敗北してきた。
だが、それもここまでだ。ついに俺は師匠に土をつける事ができる。
そして俺は、自分の夢に一歩近づけるのだ。
巨大な火球が、師匠に迫る。
顔を伏せたまま、何も言わない師匠。
髪が影となっていて、その表をは読み取る事ができない。
そしてラグナロクの炎が師匠に当たる直前――。
師匠が、顔をあげた。
すっと、右腕を伸ばす師匠。
そして――
ドゴオオオォォォン!!
トワイライト・ブレイズが、師匠に直撃した。
激しい衝撃が起こり、道場の壁や床をグラグラと揺らす。
衝撃と共に現れた大量の煙が、視界を遮った。
立体映像だと言うのに、俺は思わずせき込む。
そして徐々に煙は晴れていき――
「!?」
俺は大きく目を見開いて、驚いた。
何が起こったのか理解できなく、頭の中が真っ白になる。
そこには、さっきまでと変わらぬ体勢で立つ師匠の姿があった。
その腕についた決闘盤の数字は変わっていない。
つまり、ダメージを受けていないという事だ。
「ど、どうして!?」
俺は慌てながら、師匠に向かって尋ねる。
師匠はフッと、鋭く息を吐いて俺の事を見た。
そこに浮かんでいるのは、普段とは違う真剣な表情。
俺の事を睨むように見ながら、師匠がその口を開く。
「カーバンクルの奇跡」
「な、何?」
「カードの名前だ。少年の攻撃の際に、俺はデッキから『カーバンクルの奇跡』を発動させた。その効果で、俺はダイレクトアタックによるダメージを無効にした」
カーバンクルの奇跡 速攻魔法
このカードは手札から発動することはできない。
自分の墓地に「カーバンクル」と名のつくモンスターが存在し、相手モンスターから
直接攻撃を受けた時のダメージステップ時、このカードは自分のデッキから発動できる。
そのバトルによる自分への戦闘ダメージを0にする。
師匠がカードを見せながら、淡々とした口調で話す。
デッキから発動するカードなんて、俺は見たことがない。
もちろん今まで師匠と決闘していた時だって、そんなカードは使われなかった。
俺が混乱する中、師匠は話しを続ける。
「まさか、少年がこんなに早く俺を追い詰めるとは思ってなかった。本当なら勝たせてあげても良かったんだが、あいにく俺はそこまで甘くはないんだ……」
「し、師匠……?」
「フッ。ここまで俺を追い詰めたのは、いつかのプロ戦以来だぜ」
少しだけ楽しそうに笑いながら、師匠が壁際の写真に視線を向ける。
写真には若い頃の師匠と、司祭のような黒服を着た中年の男の人が映っていた。
肩をくみ、仲良さそうに笑っている2人。現実の師匠も、微笑む。
「少年には敬意を払わせてもらうぜ。最大級の敬意をな」
ニヤリと笑う師匠。だがその笑顔もすぐに消えた。
真剣な表情を浮かべ、射抜くような視線を俺へと向ける師匠。
今までに見たことのない程に、その姿は様になっている。
師匠が右手の人差し指を伸ばしながら、言う。
「――本気にさせたな」
凍てつくような鋭い殺気が、師匠の体から溢れた。
その迫力から、俺はビクリと体を震わせて一歩後ろへと下がってしまう。
師匠がデッキに手をかけ、言う。
「俺のターン!」
静かにカードを引く師匠。
チラリと横目で引いたカードを見る師匠。
そしてそのまま、引いたカードを決闘盤へと出す。
「魔法カード、ソウル・エボリューションを発動!」
師匠の場に、カードが浮かび上がる。
光輝く渦のようなカード。そこから感じる物凄い力。
師匠の決闘盤に、バチバチと電流のような物が走る。
爆風のような風が巻き起こり、俺は吹き飛ばされそうになる。
ソウル・エボリューション 通常魔法
自分の墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「魂融合」の効果でのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を「魂融合」による融合召喚
扱いとして融合デッキから特殊召喚する。
「こ、これは……!?」
吹き飛ばされそうになるのを耐えながら、俺は呟く。
何だ、あのカードは? 融合用のカード?
だけど、一体何を呼びだすつもりだって言うんだ。
突風に視界を遮られる中、師匠が口を開く。
「俺が融合するのは―――」
師匠の声も、途中からはこの風のせいで聞こえない。
風はどんどん勢いを増し、場を引き裂くように渦巻いている。
そして風の中心から現れた、金色の巨大な光。凄まじい輝き。
金色の光がはじけ――
「……攻撃だ」
まるで太陽のように巨大な炎が、放たれた。
まるで光。金色の輝きを帯びた炎が、ラグナロクを飲み込む。
衝撃で吹き飛ばされる中、俺の視界の隅に、あるものが映る。
黄金色に輝く竜。その背中から生えた虹色の翼。
それらは今までに見たことのない輝きを放っていた。
凄まじく強大で、荘厳な姿の竜が俺の事を見ている。
(……綺麗だな)
意識が消える直前、俺はなぜかそう思った。
理由は分からない。だけど何となく、俺はそう思ったのだ。
視界が暗転し、何も見えなくなった。
気が着くと、俺は道場の床に寝ていた。
半身だけを起き上がらせると、近くで座っていた師匠が見えた。
師匠はバツの悪そうな表情を浮かべ、片手をあげる。
「よ、よう、少年……」
視線をそらしながら、師匠が言う。
さっきまでの殺気は感じられない。普段と同じ様子の師匠。
俺は何も言わず視線を落とした。腕についた決闘盤が見える。
雨宮透 LP0
「…………」
赤い電光文字で表示されている数字はゼロ。
つまり、俺は負けたのだ。師匠に、いや本気の師匠に。
顔を伏せた俺に対して、師匠が慌てた様子で言う。
「わ、悪かったな少年。ついついプロだった頃を思い出しちまって、本気を――」
「いいよ」
俺は静かな声で、師匠の言葉を制止する。
そっぽを向きながら、俺は答える。
「師匠がプロだったって事は知ってた。本気を出せば、俺より強い事だって……」
「い、いやまぁ、そうなんだけどな……」
照れたような困ったような、微妙そうな表情を浮かべる師匠。
俺は大きくため息をつく。顔をあげ、俺は師匠をにらみつけた。
「だけど、いつかは絶対にあんたに勝ってやるからな!」
ビシッと人差し指を、師匠の顔へと突きつける。
そうさ、いつまでも敗北にクヨクヨしていたってしょうがない。
決闘で勝ち続けていけば、いつかこの師匠を倒せる日も来るはずだ。
「少年……」
俺の言葉を聞き、師匠が感動したような表情を浮かべる。
だがすぐにニカッと微笑むと、
「ま、あと10年くらい修行を積めば、そうなれるかもな!」
そう言って、俺の背中を叩いた。
痛みと衝撃で、俺は軽くむせる。
キッと視線を鋭くし、俺は抗議した。
「なにをする!」
「おー、そう睨むなよ、少年。笑顔、笑顔!」
だが俺の言葉をこのバカ師匠が聞く訳もない。
ヘラヘラと笑いながら、いつものようにあしらわれた。
何が笑顔だ、ふざけんな! 俺が怒りを露わにする。
師匠が両手を合わせ、軽く頭を下げた。
「ごめんごめん。悪かったよ。謝るからさー」
本気でそう思うんだったら、その笑顔をどうにかしろ!
怒ったのと呆れたのとで、俺は師匠から視線をそらした。
世の中は理不尽だ。こんなバカが強いだなんて……。
「悪かった、この通り! おわびに良いものを貸してやるよ」
しょうこりもなく、師匠がそんな事を言いはじめる。
一回、キツく言った方がいいかもしれない。そう思い、俺は口を開いた。
「だから、謝る時はその態度を――」
だがそこまで言いかけた所で、俺の言葉が止まった。
師匠から差し出されたもの。それに、視線が釘付けになる。
師匠が掴み差しだしていたのは、黄金の竜が描かれたカードだった。
「こ、こいつは!?」
驚く俺に対して、師匠が解説する。
「凄いだろ。世界に1枚しか存在しない、究極のドラグーンだ」
師匠が誇らしげな表情で、微笑みながら言う。
俺は視線を落し、慌ててカードのテキストを読んだ。
そんなに長くないテキスト。すぐに読み終わる。
「……こんなの、ありなのか?」
呆然とした口調で、俺は思わず口走ってしまった。
師匠がヘラヘラと笑いながら、頷く。
「あぁ、だって、現実にそのカードは存在してるだろ?」
「……そうだけどさ」
冷や汗を流しながら、俺はカードを眺める。
究極の力を宿した、最強の融合体ドラグーン。
これさえあれば、ひょっとしたら師匠にだって――
「おいおい、そんな目で俺の事見るなよ」
師匠が苦笑しながら、言う。
ハッとなって、俺は顔を赤くした。
どうやら思いが顔に出ていたらしい。
師匠が肩をすくめながら、口を開く。
「言っとくけど、あんま卑しい感情で使うおうとするなよ。そのカードは特別だからな」
「特別?」
「あぁ。そのカードにはな、精霊様が宿ってるんだよ」
「せ、精霊?」
うさんくさい話しに、俺は眉をひそめた。
だが師匠はヘラヘラと笑っているだけだ。
本気なのか、冗談なのか、検討がつかない。
かぎりなく冗談にしか思えなかったが。
「さーて、そんじゃあ、そろそろ少年も大会とかに出て良い頃かな」
「た、大会?」
師匠が大きく伸びをしながら、いきなりそんな事を言い出した。
俺は驚き尋ねるが、師匠は既に道場の奥へと引っ込んでしまっていた。
残された俺は、呆然としながら黄金の竜のカードを眺める。
金色の鱗。真っ赤な眼。背中から生えた虹色の翼。
ただのカードだというのに、そこからは凄まじい力のようなものを感じた。
師匠の言っていた精霊が宿っているという話しも、嘘ではないと思えるくらいに。
ごくりと、俺は緊張から唾を飲み込む。
カードの中に描かれている黄金の竜が、咆哮をあげたような気がした。
「おーし、見つけてきたぞー、少年ー!」
師匠の言葉に、俺はハッとなって振りかえった。
俺の後ろ、ヘラヘラと笑う師匠が一枚のチラシを寄こしてくる。
何の気なしに受け取り、俺はチラシに描かれている文字を読んだ。
『優勝者は未来のデュエル・キング!?』
カラフルで絵が多く使われている広告。
どうやら子供用の決闘大会のチラシらしい。
師匠が両手を腰の所に当てながら、言う。
「ま、少年の腕なら優勝できるだろう。料金は俺が出すから、行ってこい!」
「……なんか、そんな簡単な大会には見えないんだけど」
チラシに目を通しながら、俺は尋ねる。
キャッチコピーもさることながら、他にも色々載せられている。
イギリスのジュニア・チャンピオンがシードとして本選に参加とか、
好成績者は決闘の学校の入学権利が与えられるとか、色々と凄い。
この大会がいかに大規模な大会なのかが、読んでいるだけで分かる。
だが師匠はいつものように、微笑んだ。
「別に、少年なら平気だろ。強いし」
手をヒラヒラとさせてそう言う師匠。
嘘でも冗談でもなく、本気でそう思っているらしい。
相も変らぬ適当さ加減に、俺はジトッとした視線を師匠に送る。
だが、考えてみればこれは願ってもないチャンスでもある。
俺は強い決闘者というと師匠しか知らないし、決闘した事がない。
世界一の決闘者になるためにも、そういう大会に出て経験を積むのは悪くない。
むしろ師匠を倒すための、良い勉強ができるかもしれない。
「……分かった、参加する」
俺はチラシを手に、コクリと頷いた。
師匠がパッと顔をほころばせて、喜ぶ。
「そうか、さすが俺の一番弟子! そんじゃあ申込用紙は書いておくぜ!」
ルンルンとした口調で、そう言う師匠。
俺はため息をついて、チラシの最後の部分に目を通す。
そしてそこには、こう書かれていた。
『なお、本大会は一般の方は参加できません』
「…………」
難しい漢字だったが、ルビが振ってあったので俺にも読めた。
俺の知っている意味だとすると、俺はこの大会に出られないと書いてある。
喜んでいる師匠の背中をつついて、俺は尋ねた。
「おい、師匠。なんかこの大会、一般人は出られないらしいんだけど……」
「ん? ああ、そうだな。この大会ってけっこう大きく重要なやつだし」
「……だったら、俺も出られないんじゃないのか?」
俺がそう尋ねると、師匠がニカッと笑った。
白い歯がキランと光り、楽しそうな笑顔を見せる師匠。
かっこつけたようなポーズで、師匠が言った。
「安心しろ。俺は元天才プロ決闘者だからな、俺の推薦なら出られる!」
「……本当か?」
「本当だ! だいたい、そのチラシ自体が関係者にしか配られないしな」
師匠が平然とした様子で答える。
本当だろうか? 正直、かなり疑わしい。
だがここまで言われると、俺も頷くしかない。
「そうか、なら、頼んだ」
「おうよ、どーんと任せとけ。タイタニックに乗った気分でな!」
冗談なのか本気なのか分からない発言をする師匠。
俺は軽く頭痛がしてくるのを感じた。こんなのと付き合ってると、
将来に悪い影響が出てくるのではないかと、我ながら心配になってくる。
「……それにしても、由紀の奴もお節介な奴だな。こんなチラシ送ってくるなんて」
ボソリと小さな声で、師匠がそう呟いた。
――そしてそれから数週間後、俺はその大会に出場し優勝した。
正直、参加できないんじゃないかと思っていたが、普通に出場できた。
どうやら師匠には本当にその手のツテがあるらしい。嘘みたいだが。
出場できた俺は、並みいる対戦相手を順調に倒していった。
今まで師匠との対決で敗北しまくっていた分、俺は勝ち続けた。
決勝ではイギリスのチャンピオンとも当たったが、
師匠から借りていた黄金の竜の力で勝利できた。
つまり、俺は子供限定だが世界一になったかもしれないのだ。
優勝し、金色のトロフィーをもらう俺。
何だか恥ずかしくて緊張もしていたが、気分は晴れ晴れとしていた。
勝利の余韻。それが心地よく、俺の体を満たしている。
このまま上手くいけば、本当に世界一の決闘者にもなれるかもしれない!
そんな希望に満ちた思いを、俺は抱いていた。
本気の本気で、俺はその時そう考えていたのだ。
そしてそれが、俺が世界一の決闘者を目指していた、最後の時だった……。
炎が散り、熱気が肌を突き刺す。
俺の目の前に広がっているのは、未来なき世界。
そして2体の竜を従えた、赤い髪の少年だけ。
破滅への足音。それは確実に近づいてきている。
赤い髪の少年――ベルフレアが口元を歪めた。
「クックック……!」
レイン・スター LP4000
手札:2枚
場:シャイニングホーン・ドラグーン(DEF1500)
伏せカード1枚
ベルフレア LP2500
手札:2枚
場:滅びゆく世界(フィールド魔法)
イグニス・インペラート(ATK4600)
イグニス・レギナレス(DEF3600)
炎蝕(永続魔法)
伏せカードなし
奴のターンは既に終了している。
次は俺のターン。だが俺は呆然と奴の場を眺めていた。
イグニス・インペラートとイグニス・レギナレス。2体の竜を……。
イグニス・インペラート
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF2200
このカードは戦闘以外の方法では破壊されずフィールドから離れることはない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、墓地に存在する炎属性モンスターの
数×100ポイントのダメージを相手に与える。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
●自分のデッキに存在する炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、
このカードの攻撃力は2000ポイントアップする。この効果は1ターンに1度しか
使えず、この効果を使ったターンこのカードは攻撃することができない。
イグニス・レギナレス
星6/炎属性/炎族/ATK0/DEF3000
自分のエンドフェイズ時にこのカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上の
炎属性モンスター1体を破壊する事で、このカードを守備表示で特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の
炎属性モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードは戦闘では破壊されない。
奴らは互いの効果で、互いの弱点を補っている。
戦闘破壊に弱いイグニス・インペラートを、レギナレスが守る。
しかもそのイグニス・レギナレスは、戦闘では破壊できない。
加えて、墓地のチェーン・フレイムの効果で、2体の攻守は上昇している。
チェーン・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK500/DEF500
このカードが墓地へと送られたとき、デッキの同名カードをすべて墓地へと送る。
このカードが自分の墓地に存在するとき、自分フィールド上の炎属性モンスターの
攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
勝てるのか? 俺は、この2匹の化物を前にして……。
俺の頬を、冷たい汗が流れて行く。
むせかえるような熱気の中、俺の体は凍えそうに冷たい。
2体の竜が咆哮をあげ、炎が飛び散った。
「どうしたどうした! カードを引かねえのか、レイン・スター!」
ベルフレアが笑いながら、俺に尋ねてくる。
その表情は、心からこの闘いを楽しんでいるものだった。
奴にもリスクがあるというのに、それを全く感じさせない。
底知れぬ奴の実力からか、俺の頬を冷たい汗が流れる。
「くっ……。俺のターン!」
苦い顔をしながら、俺は震える指でカードを引く。
だがもう退く事はできない。奴を倒すしか道は残っていない。
こんな所で死ぬだなんて御免だ。俺はまだ、何もしていない。
引いたカードを見てから、俺はさらに決闘盤を構える。
「墓地のウインドクロー・ドラグーンの効果を発動! このカードをゲームから除外し、カードを1枚ドロー!」
ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。
滅びゆく世界に、一陣の風が吹く。
その風の流れに乗るように、俺はカードを引いた。
ドローしたカードは、魂融合。俺はしばし、考える。
墓地に存在しているドラグーンは、ソウルエッジのみ。
ここでラグナロク・ドラグーンを融合召喚したとしても、
奴のイグニス・レギナレスがいる限りインペラートには攻撃できない。
俺の手札にはブルーウェーブがいるが、アポカリプスではパワー不足だ。
結局、奴のあの陣形を崩すことはできない。
俺が悩んでいると、ベルフレアが笑い声をあげた。
「クックック! いよいよ手詰まりか? レイン・スターよ!」
嘲るような視線を俺に向け、奴が尋ねてくる。
正直な事を言うと、まったくもって奴の言うとおりだ。
この状況を逆転できるとしたら、それは――
俺の脳裏に、黄金の竜の姿が浮かびあがる。
究極の力を持つ最強の融合体ドラグーン。
奴ならば、この状況でも一撃で勝負を決めるだろう。
だが、俺はあいつだけは使う気がない。あのカードだけは……。
「ククッ。どうやら炎に飲み込まれるのは、お前のようだな……」
ベルフレアが他人事のように言う。
その言葉に、俺は僅かだが覚醒した。
もうなりふりは構ってはいられない。残された手はただ1つ。
今の俺に出せる全力を、奴のモンスターにぶつけるだけ!
だとすれば俺がやるべき事は1つだけだ。
カード達よ、俺に応えてくれ!
「シャイニングホーン・ドラグーンを攻撃表示に変更!」
「ん?」
俺は決闘盤のカードを動かす。
白い角を持つ竜が立ち上がり、鋭い視線を竜達に向けた。
ベルフレアは興味深そうに、その光景を眺めている。
シャイニングホーン・ドラグーン DEF1500→ATK2600
「さらに手札から、ブルーウェーブ・ドラグーンを召喚!」
手札のカードを、勢いよく決闘盤へ。
青い鱗を身にまとう竜が、俺の場に召喚される。
ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。
膝をつき、腕をクロスさせている竜に視線を向けるベルフレア。
そしてやや退屈そうな様子で、俺に向かって言葉を投げる。
「……それで?」
「…………」
奴の質問に、俺は何も答えない。
いや、正確には答えられない。
視線をそらし、俺は小さな声でボソリと言う。
「ターンエンドだ……」
その言葉に、ベルフレアが目に見えて落胆した。
さらに黒雲に覆われた空が、赤く輝く。
ブルーウェーブ・ドラグーンの足元が崩れ、溶岩に飲み込まれた。
滅びゆく世界 フィールド魔法
召喚、セットされたモンスターはそのターンのエンドフェイズに破壊される。
この効果で破壊されたモンスターのいたモンスターゾーンは使用不能となる。
「……俺のターン」
カードを引くベルフレア。
だがその瞳には先程までの光は宿っていない。
軽蔑するような視線を俺へと向け、ベルフレアが言った。
「つまらないな。お前の本気はそんなものか?」
「…………」
俺は奴の質問には答えない。
ただ黙って、奴の事を睨みつけている。
しばしの間、俺達の視線が空中でぶつかる。
まるで値踏みするかのように、俺の事を見つめるベルフレア。
だがやがて、がっかりとしたように肩を落とす。
ゆっくりとした口調で、ベルフレアが尋ねた。
「お前からは殺気が足りないな。本気で諦めたのか?」
「…………」
その言葉もまた、俺は黙殺する。
ベルフレアがため息をつき、コキコキと首を鳴らした。
「がっかりだな。俺の求める神聖な闘いはこんなものではない。もっとも、止める気はないがな……」
ブツブツと呟きながら、手札を見るベルフレア。
3枚ある手札の内、1枚を手に取り、言う。
「俺はサラマンドラ・クイーンを召喚!」
ゴポリと、溶岩が膨れ上がる。
中から巨大なトカゲのモンスターが飛び出した。
「さらに炎蝕の効果発動。サラマンドラ・クイーンを破壊だ!」
奴の場に表側表示になっているカードが、妖しく輝いた。
ガシャンと音を立て、ガラスのようにトカゲは砕け散る。悲鳴が響いた。
そしてその悲鳴を聞きつけ、仲間のトカゲが奴の場に召喚される。
サラマンドラ・クイーン
星4/炎属性/爬虫類族/ATK1900/DEF1700
このカードがカード効果で破壊されたとき、このカードと同名のカードを
デッキからすべて自分フィールド上に特殊召喚する。
サラマンドラ・クイーン ATK1900→2500
サラマンドラ・クイーン ATK1900→2500
これで奴の場のモンスターは全部で4体。
俺のライフポイントを削りきる準備は整ったようだ。
冷めた顔で、ベルフレアが腕を伸ばした。
「せめて、苦しんで死ぬんだな……!」
俺の事を見ながら、ベルフレアがそう言った。
赤い炎に包まれた竜が、咆哮をあげる。
「イグニス・インペラート! 今度こそあの竜を炭にしちまいな! 狂炎の旋風!」
その言葉に反応し、狂気に満ちた竜が口を開く。
爆発するような火炎。それがまさに撃たれようとしていた。
攻撃力の差は歴然。喰らえば、ひとたまりもない。
ベルフレアが、ぼそりと呟く。
「消えな」
それを合図に、奴の場の皇帝が炎を吐き出した。
まるで暴風のようなスピードで、炎はシャイニングホーンに迫る。
凄まじい熱気。圧倒的な力を持ってして、炎は突き進む。
だが、その炎が当たる直前――
「罠発動! ソウルバリア!」
俺は自分の場に伏せられていた罠を発動させた。
黄色いバリアが張られ、炎の攻撃を防ぐ。
ソウルバリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを1枚選択し墓地へ送る。
「……防いだか」
ベルフレアが考えるように、眉をひそめた。
俺はデッキを広げ、カードを1枚選択して抜き出す。
ガイアメイジ・ドラグーン。それを俺は墓地に送った。
これでシャイニングホーンの攻撃力は、さらに上昇する。
シャイニングホーン・ドラグーン ATK2900→3200
奴の残りの攻撃表示モンスターは、サラマンドラ・クイーンのみ。
あの攻撃力なら、シャイニングホーンを倒す事はできないはず。
ベルフレアが口元に手を当てながら、呟く。
「……今、一瞬だけだが」
かろうじて、俺にはその部分だけが聞き取れた。
それ以上は分からない。奴が何を言い、何を考えているのかは。
ベルフレアがゆっくりと、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「クックック……」
小さく肩を震わせながら、笑い声をあげるベルフレア。
不気味な気配を漂わせながら、俺の事を見る。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドだぜ!」
そう言ってベルフレアが手札のカードを場に出す。
裏側表示のカード。溶岩に照らされ赤みを帯びている。
そして奴の場の炎蝕のカードが、陽炎のように揺らめいた。
炎蝕 永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する炎属性モンスター1体を破壊する。
エンドフェイズ時、そのターン中にこのカード効果で破壊したモンスターの
枚数分、自分はデッキからカードをドローする。
その効果で、奴はカードを1枚引く。
これで奴の手に残ったカードは2枚。
さらにイグニス・インペラートの体が一部崩れ去った。
イグニス・インペラート ATK4600→4400
邪悪に微笑みながら、ベルフレアが言う。
「お前のターンだぜ」
「…………」
だが今の俺には、奴のその言葉さえ耳に入らなかった。
全てがかかったこのドロー。ここであのカードが引けなければ、
今度こそチャンスはない。俺は敗北するだろう。
祈るような気持ちで、俺はデッキに手を伸ばす。
ドラグーン達よ、俺に力を貸してくれ――。
「俺のターン!」
目をつぶりながら、俺は勢いよくカードを引く。
一瞬、ウインディ・カーバンクルの声が聞こえたような気がした。
それが何を意味する言葉だったのかは、分からない。
ゆっくりと、緊張しながら俺は目をあける。
そこには、俺の望んでいた1枚が握られていた。
「……ありがとう」
ボソリと、誰にも聞こえぬよう俺は感謝の言葉を述べた。
ベルフレアが俺の様子に気づいたのか、表情をこわばらせる。
顔をあげ、俺は引いたカードを手札に加えた。
「……ベルフレア」
「何だ? そんなに良いカードが引けたのか?」
「お前、さっき言ってたよな。殺気が足りないと」
「ふん、そのことか。確かにさっきまでは感じられなかったさ。『さっきまでは』な」
そう言ってから、ニヤリと笑うベルフレア。
クックックと楽しげに、ベルフレアが両手を広げる。
「今は違うぜ。前に戦った時と同じ……いや、それ以上かな」
紫色の瞳を俺へと向けるベルフレア。
右手の人差指で、俺の事を指差す。
「まったく、冷や冷やさせてくれる。お前、わざと殺気を隠していたな?」
「何の事かな?」
「とぼけるな。お前は自分が生き残るため、殺気を隠していた。そうだろ?」
ずばりそのもの、奴が俺の考えていた事を言い当てた。
俺はフンと鼻をならし、頷く。
「そうだ。お前の事だ、こうすれば適当な一手を打ってくれると思っていたさ」
「……クックック」
クスクスと、バカにされているにも関わらずベルフレアが笑った。
俺はその様子を、ただ冷ややかな視線ょ向けて眺めている。
奴の本質は、闘いを楽しんでいる所につきる。
神聖な戦いとか何とか言っているが、結局の所は戦闘狂だ。
だからこそ戦いの邪魔をされるのは嫌いだし、相手が降参するのも嫌がる。
全力で戦う相手を倒してこそ、意味があると考えているのだろう。
だからこそ、時間を稼ぐためにはこの手が一番だった。
殺気を隠し、さも諦めたかのようにふるまえば、奴は不機嫌になる。
そうなれば奴の攻撃の手も適当になるのではないかと考えていた。
事実、奴はごくあっさりと前のターンを終わらせている。
全てに気づいたベルフレアが、笑う。
「つまり、お前は俺を油断させたかったって訳だ。殺意のない、諦めた振りを装って俺のやる気を削ぎ油断へと導いた。という事はこのターン、今度こそお前は本当の全力を見せてくれるんだろう?」
「……そうだ」
「ククッ。嬉しいねえ。ゾクゾクしてきたぜ……!」
偽りでもハッタリでもなく、ベルフレアは楽しそうに言う。
だがそれもここまでだ。奴の言っていた通り、俺はこのターンに全力を尽くす。
俺の持ちうる全ての力を使い、奴の皇帝と女帝を叩き潰す。
「……いくぜ」
俺はカードを手に取り、言う。
ベルフレアは笑いながら、頷いた。
一瞬のためらいもなく、俺はカードを選ぶ。
「魔法カード、魂融合を発動!」
俺の場にカードが浮かび上がる。
白い角を持った竜が、銀色の光に変化した。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
さらに俺の墓地から白い光が飛び出す。
巨大に膨張し、輝きを増していく白い光。
その周りを、キラキラと銀色の光が舞う。
白い光が、はじける。
「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!」
光が砕け、中から巨大な竜が姿を見せる。
キラキラとした光の粒をその身にまとい、翼を広げる竜。
黒雲に覆われた空を睨みながら、竜が咆哮をあげた。
ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。
「クックック! そいつか……!」
ベルフレアが楽しそうに竜を見上げる。
その目には動揺は浮かんでいない。余裕のままだ。
ラグナロクの体が輝きを増し、攻撃力が上昇する。
ラグナロク・ドラグーン ATK2500→5600
「さらにフレイムアビス・ドラグーンを召喚!」
手札のカードを決闘盤へと出す。
火柱が上がり、中から人型の竜が飛び出してきた。
体に呪われた紋章を浮かび上がらせる、赤い竜が。
フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。
「ククッ。今度はお前か。だがそいつじゃ役不足じゃないか?」
ベルフレアがフレイムアビスを見て嘲る。
だが俺のデッキに、無駄なカードなど入っていない。
その魂は何者にも変えられないものだ。
すっと、俺はこのターンに引いたカードを構えた。
俺の顔を見て、ベルフレアが笑うのをやめた。
紫色の瞳を向けながら、次の言葉を待つベルフレア。
構えたカードを天に掲げ、俺は叫んだ。
「魔法カード――――魂融合を発動する!」
「ッ!? 2枚目だと!?」
ベルフレアがこの決闘中、初めて動揺する。
俺の場に浮かび上がったのはさっきと同じカードだった。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
フレイムアビスの体が赤い光になり、墓地からは青い光が出てくる。
天へと向かいながら、青い光がさらに膨張を続ける。
青い光が、はじけた。
「融合召喚! 現れろ、アポカリプス・ドラグーン!」
青き光の中から、青白く発光している竜が現れた。
真っ赤な目を相手の場に向け、低く唸り声を上げる竜。
不気味な気配を漂わせながら、竜はその場に存在している。
アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。
これで、俺の場には2体の融合体ドラグーンが存在している事となった。
対するベルフレアの場には、炎の皇帝と炎の女帝が存在している。
竜達はそれぞれ声をあげ、威嚇するように睨みあっている。
今までにない程の緊張感が、俺達の間に流れる。
「クックック! やっぱりお前は最高だ! それでこそ命を賭ける意味がある!」
ベルフレアが手を叩きながら、喜ぶ。
奴はいまだ余裕ある態度を崩してはいない。
伏せられた1枚のカード。あれに何か策があるのだろうか?
だがもはや、俺は退けるような状況ではない。
俺の出せる範囲での全力は出し切った。
何があろうと、このターンにする事は1つしかない。
「蹴りをつけるぞ!」
ベルフレアを睨みつけながら、俺はそう言う。
奴もまた笑いながらも、真剣な目を場へと向ける。
腕を伸ばしながら、俺は言う。
「アポカリプスは相手の魂を喰らう貪欲な竜。お前の場のモンスター効果は全て無効になる!」
アポカリプス・ドラグーンが、まるで悲鳴のような声をあげた。
その絶叫に恐怖したように、奴の場のモンスターから覇気がなくなる。
モンスター効果が無効になり、炎の皇帝の攻撃力が下がった。
イグニス・インペラート ATK4400→3000
だがアポカリプスが無効に出来るのは場の効果のみ。
墓地で発動しているチェーン・フレイムまでは無効にできない。
それでも、奴の場の布陣が崩れ去った事に変わりはない。
「さらに墓地のガイアメイジ・ドラグーンの効果を発動!」
俺の決闘盤の墓地が輝き、茶色の光が昇天する。
奴のイグニス・レギナレスが立つ地面が、崩れる。
「このカードをゲームから除外し、イグニス・レギナレスの表示形式を変更する!」
「……クックック」
ベルフレアが笑いながら、視線をレギナレスに向ける。
笑ってはいるものの、その頬には僅かだが冷や汗が浮かんでいた。
ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。
イグニス・レギナレス DEF3600→ATK600
これで、奴の場の皇帝と女帝は力を失ったも同然。
ラグナロクとアポカリプス、2体の竜が声をあげた。
ビリビリと空気が震える中、俺は指を伸ばす。
「バトルだ! アポカリプス・ドラグーンで、イグニス・レギナレスを攻撃! ディーペスト・クラッシュ!」
青い竜が体を震わせ、真っ赤な目を炎の女帝に向けた。
炎の女帝は呆然とした様子で、何の反応も見せていない。
アポカリプスが一直線に、イグニス・レギナレスへ近づいた。
魂を喰らうかのように、竜が女帝に噛みつく。
女帝が口を開き、震える声で絶叫する。
そしてその体から精神体のようなものが抜け出た。
空中でその魂は砕け、体が灰になり崩れる。
「イグニス・レギナレス……!」
ベルフレアが顔をしかめながら、そう呟いた。
舌打ちをすると、ベルフレアが腕を前に出す。
「罠発動! オーバー・フレイム!」
奴の場に伏せられていたカードが、表になった。
ベルフレアの周りに、巨大な炎の障壁が現れる。
「このカードの効果で、俺はこのターンあらゆるダメージを受けない!」
オーバー・フレイム 通常罠
自分の墓地に炎属性モンスターが5体以上存在する場合、発動可能。
このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは全て0になる。
ダメージを防ぐ、防御用のカードか。
俺は目を鋭くする。これで、このターンの決着はなくなった。
だがダメージは防げても、モンスターの破壊までは防げない。
「ラグナロク・ドラグーンで、イグニス・インペラートを攻撃! トワイライト・ブレイズ!」
白銀の翼を広げ、白い竜が翼を広げ口を開く。
一瞬の間の後、ラグナロクが巨大な火炎を撃ち出す。
もう奴の場に、伏せられたカードはない。
イグニス・インペラートが炎に飲み込まれ、悲鳴をあげる。
ギョロギョロと目を動かし、天を仰ぐ炎の皇帝。
やがてゆっくりとした動きで、皇帝は地へと伏した。
その体が溶けるようにして、消滅する。
これで奴の場の残ったのは、サラマンドラ・クイーン2体のみ。
厄介な2体のイグニス達は奴の場から消滅した。
少なくともインペラートに関しては、完全に消えたといっても過言ではない。
俺は自分の手札に残った1枚に、視線を向ける。
俺の手札の最後の1枚は、ウインディ・カーバンクル。
ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。
精霊の宿る、俺の大切なカードの1枚。
カードを引く際に聞こえた声。俺を励ましてくれたのか?
だとしたら感謝しなくては。ありがとう、ウィンディ・カーバンクル。
視線を上げ、俺はベルフレアに向かって言う。
「ターンエンドだ!」
力強く、その言葉は滅んでいく世界に響いた。
このターン、俺は持てうる全ての力を使い奴の場の2体の竜を叩き潰した。
多少ながらも、流れは俺に傾いている。そう、俺は感じていた。
――――だが
「クックック……」
ベルフレアが不気味な笑い声をあげた。
その表情には、もはや動揺は浮かんでいなかった。
俺が眉をひそめていると、ベルフレアが言う。
「そうだ。もっとだ。もっともっともっと! お前の中の炎を見せてくれ!!」
大きく叫び、ベルフレアがカードを引いた。
引いたカードを横目で見て、ベルフレアが大きく笑う。
その目に宿っている光は、狂気そのもの。
「手札より魔法カード、業火の契約を発動!」
場に1枚の魔法カードが浮かび上がった。
描かれているのは、燃え盛る炎と笑う剣士。
背筋が凍るような感覚が、体を走り抜ける。
業火の契約 通常魔法
デッキからレベル4以下の炎属性モンスターを1枚墓地に送る。
このターンのエンドフェイズ時まで自分フィールド上の炎属性モンスターの攻撃力は
墓地に送ったモンスターの攻撃力分アップする。この効果を受けたモンスターは全て、
そのターンのエンドフェイズに破壊される。
ベルフレアが笑いながら、デッキを広げる。
「このカードの効果により、俺はデッキから爆炎集合体 ガイヤ・ソウルを墓地へ送る!」
広げたデッキの中から、1枚を選択するベルフレア。
そのまま叩きつけるようにして、そのカードを墓地へと送る。
一つ目の巨大な炎の塊が描かれたカードが、奴の墓地へと消えていった。
爆炎集合体 ガイヤ・ソウル
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
自分フィールド上の炎族モンスターを2体まで生け贄に捧げる事ができる。
この効果で生け贄を捧げた場合、このモンスターの攻撃力は生け贄の数×1000ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
業火の契約は、墓地に送ったモンスターの攻撃力分だけ、
奴の場の炎属性モンスターの攻撃力が上昇するカード。
よって奴の場に存在するサラマンドラ・クイーンの攻撃力は――
サラマンドラ・クイーン ATK2500→4500
サラマンドラ・クイーン ATK2500→4500
「攻撃力4500だと……!?」
俺は顔をしかめ、奴の場のトカゲのモンスターを見る。
トカゲ達の体には、真っ赤な炎が纏わりついている。
だがそれはまた同時に、奴らの体を蝕んでいた。
焼ける苦しみから、奴らは絶叫をあげている。凄惨な光景。
ベルフレアがケラケラと笑いながら、腕を伸ばす。
「バトルだぁ! サラマンドラ達よ、狂いし炎の力で奴らを屠れ! 煉獄の火炎弾!」
サラマンドラ・クイーン達が同時に口を開き、炎を吐き出した。
火球は奴らの体に取りついた炎によって、何倍にも膨れ上がっている。
だが俺の場には伏せカードはない。攻撃を防ぐ術はなかった。
巨大な炎が、2体の竜を飲み込んだ。
咆哮をあげながら、2体の竜の体が燃え尽きて消滅していく。
さらに凄まじいまでの炎と衝撃が、俺へと迫った。
炎が直撃し、激痛が走る。
「ぐああああぁぁぁぁ!!」
レイン・スター LP4000→300
俺が叫び声をあげる姿を見て、ベルフレアが大きく笑う。
焼けるような激痛かせ体を支配し、意識が飛びそうになる。
何とか繋ぎとめようとしても、痛みは容赦なく襲いかかってくる。
――――勝てない。
意識が途切れる瞬間、俺はそれを確信した。
奴のデッキは俺の力をはるかに上回っている。
俺が持ちうる全力の攻撃さえ、奴を倒す事ができなかった。
――俺は、ここで
そこまで考えた所で、俺の意識がプッツリと途切れた。
漆黒の暗闇が辺り一面に広がり、全てを飲み込んでいく。
滅んでいく世界は消え、代わりに別の光景が思い起こされていく。
雨の降る、灰色の空。都会での光景。
これは俺が子供だった頃の風景だ。
風丘町ではない、都会に居た頃の光景。
俺はそこで師匠に出会い、決闘を覚えてそして――
記憶の海が、俺を飲み込んでいく……。
雨が降っていた。
冷たい水の雫。灰色の空。空虚な心。
傘を差していないから、俺の体はびしょびしょに濡れている。
道行く人が俺に視線を向けているが、そんな事さえ気にならない。
俺の心は空っぽだった。もう何も、残っていない。
「……師匠」
空を見ながら、俺はポツリと呟いた。
その声は雨が降る音にかき消されるように、消える。
ゆっくりとした足取りで、俺はさらに一歩踏み出した……。
なあ、師匠。勝つ事って、何なんだ?
大会が終わってから一週間後の道場。
外では雨がポツポツと降っていた。
じめじめとした空気が、道場の中にも漂っている。
「急にどうしたんだ、少年?」
俺の質問に対して、師匠が怪訝そうな顔になる。
俺は視線を伏せがちに、静かに言う。
「いいから、答えてくれよ。決闘で勝つ事って、どういうことだ?」
「…………」
しばし、ぼんやりとした表情で考え込む師匠。
ザーザーと、雨が降る音だけが道場内に響く。
ゆっくりと視線を俺に向け、師匠が答える。
「勝つ事ってのは、良い事だろ。勝たなきゃ、何にも手に入れられないぜ」
「……そう」
師匠の言葉に、俺は頷いた。
俺の様子を見て、師匠がまたも首をかしげる。
暗い気持ちのまま、俺はため息をついた。
そして自分のデッキケースを、師匠へと差し出す。
「……何のつもりだ、少年?」
差しだされたデッキケースを見て、視線を鋭くする師匠。
息を吐き、俺は静かに答えた。
「俺は、決闘を辞める」
外で降っている雨の音が、強まった。
沈黙が流れ、道場は静寂に包まれる。
大きく深呼吸をして、師匠が尋ねた。
「理由を、聞かせてもらおうか」
「師匠には関係ない」
俺の答えを聞き、師匠の顔がさらに険しくなった。
怒っているとも思えるような表情で、俺の事を見る師匠。
「そういう訳にはいかないな。一応授業料だって少年のご両親からは頂いているんだから、理由も聞かずに辞めさせるわけにはいかない」
いつになく真剣な口調でそう言う師匠。
俺は少しだけ考えると、再びため息をついた。
視線をそらしながら、俺は言う。
「嫌になった」
「え、何にだ?」
「決闘で、勝つ事に」
俺の言葉を聞き、僅かに顔をくもらせる師匠。
ポツポツと、俺は言葉を口から出す。
「決闘で勝った所で、何にもならない。少しの高揚感があって、それっきりだ。続ければ続ける程、勝てば勝つほどに多くの対戦相手を傷つける事になる。それが分かったから、俺はもう決闘なんてやりたくない」
「…………」
俺の言葉を、黙って聞いた師匠。
腕を組みながら、尋ねてくる。
「何があったんだ、少年?」
「…………」
俺は黙って視線をそらす。
だが、師匠に頭を掴まれて、無理矢理に師匠の方を向かせられた。
真剣な表情の師匠が、真っ直ぐに俺の事を見る。
「少年!」
「…………」
黙って、俺は俺の頭を掴んでいる師匠の手をふりほどいた。
そして睨むように師匠の事を見てから、俺は言う。
「俺と決闘した友達が、決闘を辞めた。何人も」
「…………」
「止めないにせよ、俺とは決闘したくないという奴もたくさんいる。『実力差がありすぎるから、勝負したくない』『勝負しても無駄』そんな事を言われ続けて、気がつけば、俺は一人ぼっちになっていた」
大会で優勝してから、最初の方はチヤホヤされていた。
だけど、それもすぐだ。気がつけば決闘をしてくれる友達はいなくなっていた。
誰も俺とは勝負したがらない。俺の周りには、誰も残っていなかった。
凄まじい力で相手を叩きのめせば、気持ちは良いだろう。
だけどそれは自分だけ。対戦相手からすれば、その差に絶望しかねない。
実際、それが原因で俺は何人もの友達を決闘から遠ざけた。
「結局、決闘で相手を倒しても、それは相手を傷つけるだけだ。違うか、師匠?」
「…………」
俺の質問に対して、師匠は何も答えない。
言い返せないのだろうか。いや、何か迷っているようにも見える。
だけど、そんな事はもう俺には関係ない。俺はもう決闘はしない。
少なくとも、本気の決闘は。
「これ、返すよ」
デッキケースを、俺は無造作に放り投げる。
何かを考え込んでいた師匠が慌てて、それを受け止めた。
俺はくるりと、師匠に背を向ける。
「今までありがとうな、師匠」
「お、おい、少年!」
そう言って、師匠が素早く俺の前に回り込んだ。
俺は不機嫌な表情を浮かべ、師匠の事を見る。
意を決したように、師匠が言う。
「少年の言っている事は、よく分かる。だけど勝つ事には、良い事だってある」
「なら、それを教えてくれよ、師匠」
俺がそう言うと、師匠がまたも困ったような表情になる。
ポリポリと髪をかきながら、師匠が真剣な視線を俺に向けた。
「……それは、少年自身が考えるんだ。壁っていうのは、他人の力で登るものじゃない」
「そんな事言って、本当は勝っても良い事なんてないと知ってるんだろ?」
俺の言葉を聞き、悲しそうな表情になる師匠。
だが俺は構わずに、師匠をよけて出口へと向かう。
「ともかく、俺は決闘を辞める。それじゃあな」
そう言い残して、俺は道場を後にした。
今度は師匠が制止してくることもなかった。
雨の中、俺は暗い気分で家へと歩みを進め始めた。
「…………」
道場内、残された男は立ちつくしていた。
その手に握られているのはデッキケース。
今しがた出て行った少年の持ち物だ。
「…………」
無言で、男はデッキケースを開いた。
一番上に仕舞われていたのは、黄金の竜のカード。
大会が終わった後もしばらくの間、男はそのカードを少年に託していた。
世界に一枚のカード。究極の力を持つドラグーンのカードを。
「……少し、荷が重すぎたかな」
カードを眺めながら、男はそう呟く。
続けて壁際に並べられた賞状に目を向ける。
過去の栄光。それが走馬灯のように、男の脳裏に浮かんだ。
「……潮時かもな。お前もそう思うだろ?」
男が目を閉じ、持っていたカードに話しかける。
黄金の竜は何も答えない。ただそこに存在しているだけだ。
男はフッと微笑み、カードを仕舞う。
「さて、そんじゃあ最後の仕事でもするかな……」
体を伸ばし、男が悲しげな声でそう言った。
そのままフラフラとした足取りで、男は道場の奥へと消えた……。
そして時は流れ――。
灰色の雲が空を覆う日。
俺はとぼとぼとした足取りで、道場へと向かっていた。
言うまでもなく、気分は最悪だ。これ以上なく酷い。
「謝ってきなさい!!」
俺が道場に行かなくなってから一週間。
辞めた事を必死に隠し通してきた俺だったが、ついに姉貴にバレた。
姉貴はまさに烈火の如く、怒り狂っていた。
「勝手に辞めるなんてお姉ちゃん許さないわ! 男らしくないわよ!」
「なんだよ、どうしようと俺の勝手だろ!」
「黙らっしゃい! ともかく、謝ってこないとあんた夕飯抜きよ!」
取り付く島もなかった。
姉貴の横暴は今に始まった事ではないが、今回ばかりは本気で怒りを覚えた。
もっとも、覚えた所で俺が姉貴に喧嘩で勝てるとは思えない。
結局、俺に残された道は道場に行く事だけなのだ。
はっきりいって気まずいが、もうこれしかない。
むしろ師匠に事情を話し、今度こそ正式に辞めさせてもらおう。
師匠が話しをすれば、いくら姉貴でも引き下がるだろう。
そんな事を考えながら、俺はとぼとぼと道を歩いていく。
どうやって師匠に説明すればいいのだろう。
はっきりいって会うのも気まずいが、仕方がない。
……食べ物で釣ればいいかな。
意地汚い師匠の事だ、そんな程度で大丈夫だろう。
俺がそんな考えに至ったその時。俺はようやく気がついた。
視界に入った道場。多数の人間が、出入りをしている。
大きな箱を抱えながら、忙しげに道場から出て行く人々。
まるで引っ越しをしているかのように。道場の物が運び出されている。
俺は慌てて、道場の入り口まで駆け始める。嫌な予感がした。
入口では、黒のビジネススーツを着た女性が、テキパキと指示を出している。
「そう、全部よ。全部運び出してちょうだい。取り扱いには気をつけてね」
同じような黒いスーツを着た男性達が、その言葉に頷いた。
頭を下げると、パタパタと道場の中へと入っていく。
黒スーツの女性は、ふぅとため息をついていた。
俺は出入りする人達をよけて、その女性に近づき話しかける。
「あ、あの!」
俺の声を聞き、女性が視線を下げて俺の事を見る。
不思議そうな表情の女性に向かって、俺は尋ねた。
「あ、あの、ここで、何をしてるんですか……?」
「……あなた、ひょっとして雨宮透君?」
「え!?」
その言葉に、俺は驚いた。どうして俺の名前を?
びっくりとしていると、女性が膝を曲げて俺の顔を覗き込んできた。
赤いルージュと、白い肌。香水の匂いが鼻につく。
「御影から聞いてたのよ。最高の弟子だって」
「み、御影?」
「御影真(みかげ・まこと)。あなたの師匠の名前よ」
その言葉に、俺はさらに驚く。師匠の本名を聞いたの初めてだった。
それにしても御影とは、また師匠の見た目からはかけ離れた名前だ。
正直な事を言うと、似合わない。
「そう。あなたが雨宮君なのね……」
俺の事を見ながら、女性の人が小さく呟いた。
じっくりと、まるで吟味するように俺の事を見ている女性。
思わず顔をしかめると、女性がハッとする。
「ごめんなさい。職業柄、人を観察するのが癖なのよ」
子供相手だと言うのに、礼儀正しく頭を下げてくれる女性。
スーツの胸ポケットから、名刺を取り出して俺に渡してくる。
「私の名前は下村由紀(しもむら・ゆき)。デュエルプロダクション・EPICの社長よ」
「しゃ、社長……?」
俺は名刺に視線を向ける。確かに、そこにはそう書いてあった。
それにデュエルプロダクション・EPICなら聞いたことがある。
確かエンタプロリーグを中心に活動している、大手の芸能事務所だったはずだ。
「……どうも」
何となくだが、俺は頭を下げてしまう。
相手は大企業の社長で、こっちは平凡な小学生。
本当にこんな所で話していていいのか不安になる。
「礼儀正しいのね。御影とは大違いだわ」
柔らかに微笑みながら、下村さんが言う。
俺としてはそう褒められても、顔を伏せるしかない。
おそるおそる、俺は尋ねてみる。
「あの。それで、下村さんはここで何を? 師匠とは知り合いなんですか?」
「…………」
俺の質問を聞くと、下村さんの表情が曇った。
膝を伸ばし、立ち上がる下村さん。
灰色の空を見上げながら、下村さんがポツポツと話し始める。
「私が御影と出会ったのは10年くらい前かしら。まだ私は事務所を立ち上げた直後。御影もプロとしてデビューしたばかりだったわ。あいつ、私のプロダクションに所属しているにも関わらず、全然私の言うこと聞かないのよ。プロエンタの決闘者でもないのに『決闘で勝つことなんて、興味ないな』とか言い出して、本気も出さないで適当な決闘ばっかりしてたわ。しかもそのくせ、ほとんど負けなし。天才というより、天災みたいな奴だったわ」
「…………」
「あげくの果てには『勝つ事が嫌になった』とか言いだして、3年程度で勝手にプロ辞めちゃうし。私が怒ってもヘラヘラ笑ってるだけ。ペガサス会長から特別にカードを貰える程の実力者だったのに、それっきりよ。まったく迷惑な奴だったわ。御影といい瞳ちゃんといい、私自ら担当する決闘者は迷惑な奴ばっかり。御影は特にそう。自分勝手でわがままで、傍若無人で……」
そこまで話し、言葉を詰まらせる下村さん。
顔をあげて、気づいた。下村さんは泣いていた。
俺は声を失って呆然としている。下村さんが、俺の事を見た。
「御影は――――」
そこから先は、今ひとつ記憶がはっきりしない。
断片的な言葉だけが、俺の中には残っている。
郵便局に行った帰り。トラック。子供をかばって――。
ぼんやりとした、現実感のない感覚が俺を支配する。
下村さんはもっと何かを俺に尋ねていた気がするが、
俺が何と答えたのかは、全く覚えていなかった。
ぼんやりとした足取りで、俺は道を歩いている。
灰色の空からは、ついに雨が降り始めた。
勢いよく、雨は地面へと吸い込まれるように降り注ぐ。
俺の体が冷たい水滴によって濡れて行く。
だが、俺は何も感じなかった。
空虚な心。まるで夢でも見ているかのような感覚。
現実感のない世界が、俺の前には広がっていた。
「……師匠」
空を見ながら、俺はポツリと呟いた。
その声は雨が降る音にかき消される。
何度呼ぼうと、その返事が返ってくる事は、永遠にない。
師匠は、死んだんだ……。
家に帰り、俺は自分のベットで眠りついた。
姉貴の奴も事情を話すと、何も言わないで頷いてくれた。
夕食も食べずに、俺は夢の世界へといざなわれる。
夢の中で、俺は師匠と決闘をしていた。
『まだまだだなぁ、少年は』
ヘラヘラと笑いながら、師匠はそんな事を言う。
俺はムッとしながら、その言葉を聞いているのだ。
今に見てろ。いつか必ず、あんたを倒してやる!
そんな事を考えながら、俺はカードを引く。視界が歪んだ。
ベットの上、俺は目を覚まして体を起こした。
傍らに置いてある時計を見る。午前3時。
変な時間に眠ってしまったせいか、こんな時間に起きてしまった。
ぼんやりと宙を見ながら、俺は口を開く。
「師匠……」
夢の中での決闘を思い出しながら、俺はそう呟いた。
いつか勝ってやる。俺は確かにそう言っていた。
だけど、もうそれはできない事だ。
例え俺がどんなに強くなっても、もう師匠とは会えない。
会えない以上、決闘をすることもできない。話す事だって。
「…………」
ポロリと、俺の目から涙がこぼれた。
慌てて、俺はごしごしとそれをふき取る。
くそぅ。どうしてまだ出てるんだ……。
鼻を鳴らしながら、俺は真っ赤になった目をこする。
しばらくの間、涙は流れ続けた。
「……水でも飲もう」
ようやく涙が収まった頃、俺はぼんやりとそう呟いた。
のろのろと体を動かし、部屋の電気をつける。
そして部屋から出て行こうとしたその時――
机の上に置かれた、茶色の小包に気がついた。
こんなものは、俺が道場へ行く前は置いてなかった。
ひょっとして俺が眠った後に、姉貴が置いてったのだろうか。
だが小包に貼られた名前を見て、俺は固まる。
『御影真より』
「し、師匠から!?」
思わず声に出して、俺は驚く。
そこに書かれていたのは、確かに下村さんから聞いた師匠の名だった。
呆然とする中、俺は下村さんが言っていた事を思い出す。
『郵便局に行った帰りに――』
ひょっとして、これは師匠が事故に遭う直前に出した物か?
分からない。だけど、俺にとっては師匠と繋がる最後の物であることに違いはない。
緊張しつつも、俺は丁寧に小包を開いていく。そこに入っていたのは――
「……俺の、デッキケースだ」
あの日、師匠に向かって投げつけた俺のデッキケースだった。
開けてみると、中にはちゃんと俺が使っていたカードが仕舞われていた。
黄金の竜のカードだけは、抜きとられていたが。
ぼんやりとしていると、視界に1枚の紙が入った。
何の包装もなく、直にたたんだ状態の紙。
だが何やら文字が書かれている事は、その状態からでも分かった。
紙を手に取り、震える手でそれを開く。
少年へ
突然こんな手紙を出して悪かったな。
だがどうしても伝えなくちゃいけない事があるんだ。
少年、確かに勝つ事ってのは決して美しいだけの事じゃない。
対戦相手を蹴落として、叩き潰す。少年の言った通りだ。
勝つ事ってのはむしろ残酷な事。それで人が離れる事も、確かにある。
畏怖され恐怖され、誰からも好かれなくなる事もある。
それでも、勝つ事には良い事だって存在する。
事実、俺はそれに気がつけたから、あの道場を運営できた。
少年とも楽しく決闘できたんだ。そこに嘘はないさ。
だけど、前も言ったがそれは少年自身が気がつかなきゃいけない事なんだ。
俺が教えた所で、それは少年にとっての本当の答えとは限らない。
正解なんてものはどこにもない。あるのは自分にとっての正解だけだ。
だから少年は、自分の力でそれを探すんだ。道はそれしかない。
大丈夫、少年ならきっと見つかるさ。俺は3年もかかっちまったが、
少年は俺より筋が良い。もっと早くに見つかるだろう。それを応援しているぜ。
俺は道場をたたんで、また旅に出ようと思ってる。だから近くでは少年の成長は
見届けられないが、俺の魂は少年に託したカードに宿ってる事を忘れないでくれ。
久しぶりに手紙なんか書いたら、疲れちまった。そろそろ筆を置くよ。
そうそう、少年は俺にとって最高の弟子だから、ちゃんとその証しを付けとくよ。
小包の底の方に入れとくから、受け取ってくれ。
それじゃあ達者でな、少年。
元天才プロ決闘者 御影真より。
「…………」
俺は黙って、小包の底の方をあさる。
白い包装紙に紛れて、丸められた紙が出てきた。
広げると、そこには『免許皆伝』という文字が筆で書かれていた。
筆で文字を書くのに慣れてないようで、所々がにじみ汚れている。
それでもがんばって、証明書は最後まで書かれていた。
不格好な証明書に、俺の目からこぼれた涙が落ちる。
「本当に、バカだろ、師匠……」
涙を抑えながら、俺はそう呟く。
視界がにじんで、証明書の文字がさらに歪んだ。
とめどめなく、涙は流れてくる。
そんな中、視界の片隅に金色が映った。
驚いて、ピタリと涙が引っ込む。
まさかと思いつつ、俺は手を伸ばして小包の底をあさる。
そしてそこにあったのは――
黄金の竜のカードだった。
しばらくの間、時が止まったかのように俺は固まる。
チクタクと、壁にかかっている時計の音が、やけに大きく響いた。
黄金の竜のせいで、俺はたくさんの友達をなくした。
あの圧倒的な力のせいで、俺は一人ぼっちになったのだ。
そういう意味では、こんなカードはもう見たくもなかった。
だけど、師匠はそれを知っていて、俺にこのカードを送りつけた。これはつまり……。
ぼんやりと俺は黄金の竜を眺める。やがて、呟いた。
「……分かったよ、師匠」
俺は頷き、自分のデッキに黄金の竜を入れた。
だけど、俺の心の中には奴への憎しみ、勝利へのむなしさが残っている。
勝利する事によって得られる事。答えはまだ、見つかっていない。
だから、その答えが見つかるまでこのカードは封印しよう。
いや、このカードだけじゃない。このドラグーンデッキ自体、
どうしても使わざるを得ない状況が来るまで使わないようにしよう。
もし決闘をする時は、適当なありあわせのデッキを使えば良い。
何だかんだ言って俺は決闘が好きだ。やっぱり、辞められない。
いつか自分だけの答えを見つけたら、師匠より強くなれるのかな……。
そんな事を考えながら、俺は自分のデッキケースを机の奥へとしまった。
その後、俺は都会から故郷である風丘町へと戻ることになる。
どうせ友達はいなくなっていたし、俺にとっては都合が良かった。
風の中、俺はゆっくりと自分の答えを探していた……。
第三十五話 交差する魂
最初に感じたのは全身の痛みだった。
続いて肌を刺すような熱気。
赤い光。苦しんでいるかのような悲鳴。
ぼんやりと歪んでいた視界が、徐々に元に戻っていく。
「クックック……」
ベルフレア LP2500
手札:2枚
場:滅びゆく世界(フィールド魔法)
サラマンドラ・クイーン(ATK4500)
サラマンドラ・クイーン(ATK4500)
炎蝕(永続魔法)
伏せカードなし
レイン・スター LP300
手札:1枚(ウインディ・カーバンクル)
場:なし
滅んでいく世界。未来なき世界。
破滅への足音は、既に俺の耳元にまで届いている。
俺の場にカードはなく、手札もたった1枚。
呆然としている俺に向かって、ベルフレアが言う。
「ようやく目覚めたか、レイン・スター! さぁ、もっと楽しもうじゃねえか! クックック!!」
狂気を孕んだ声が、この世界に大きく響いた。
俺は何も答えず、ただ下の方を向いて考える。
俺はここで死ぬのか?
人間はいつか死ぬ。そんな事は分かりきっている。
だがいざ死の直前にまで来ると、恐怖が俺の心を凍りつかせる。
震える体。冷たい汗が流れ、消えて行く。
――師匠、教えてくれ。俺は、どうすれば……
「永続魔法、炎蝕の効果発動!」
ベルフレアが高らかに宣言した。
奴の場の永続魔法のカードが揺らめき、妖しく輝く。
炎蝕 永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する炎属性モンスター1体を破壊する。
エンドフェイズ時、そのターン中にこのカード効果で破壊したモンスターの
枚数分、自分はデッキからカードをドローする。
「この効果により、俺はサラマンドラ・クイーン1体を破壊する!」
その言葉と同時に、奴の場のトカゲのモンスターの体が砕け散った。
いずれにせよ、奴のモンスターは業火の契約によってエンドフェイズに破壊される。
ならば炎蝕の効果で破壊した方が、ドローできる分有利という訳か。
恐怖を感じつつも、俺はそう分析した。ベルフレアがふぅと息を吐く。
「これで俺はターンを終了させるが、忘れてないよなレイン・スター? 地の底より轟く、この声を!」
すっと、ベルフレアが手をかざした。
一瞬の静寂の後、あの忌まわしい声が鳴り響く。
――クキャアアアアアア!!
溶岩が盛り上がり、そこから鱗に覆われた腕が伸びる。
腕はゆっくりと動くと、トカゲのモンスターの体を掴んだ。
そして凄まじい力で、サラマンドラ・クイーンを握り潰す。
ベルフレアが叫んだ。
「贄の力を得て再び蘇れ、イグニス・レギナレス!!」
大地が割れ、溶岩の中から炎の女帝が再び姿を現した。
不気味な容姿は変わらず、ギョロギョロと目を動かしている炎の女帝。
さらに墓地から飛び出した3つの青い炎が、女帝に力を与える。
イグニス・レギナレス
星6/炎属性/炎族/ATK0/DEF3000
自分のエンドフェイズ時にこのカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上の
炎属性モンスター1体を破壊する事で、このカードを守備表示で特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の
炎属性モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードは戦闘では破壊されない。
イグニス・レギナレス DEF3000→DEF3600
呼び出された女帝は守備表示。攻撃要員ではない。
しかしこれで、奴の場の守りが固くなったことは事実。
融合体ドラグーンなき今、俺に奴を突破する力は……
「さらに炎蝕の効果で1枚ドローし、ターンエンドだ」
ベルフレアがカードを引いた。これで手札は3枚。
視線を俺へと向け、ベルフレアが笑う。
「さぁ、お前のターンだぜ! レイン・スター!!」
「…………」
奴の言葉を聞きながら、俺は静かに考えていた。
もう俺の出せる力で、奴を倒せるカードは残っていない。
残るは、俺が出さないと決めている力だけ。
黄金の竜。究極の力を秘めた最強のドラグーン。
奴を使えば、勝つ見込みは十分すぎる程にある。
それでも、俺は奴を使いたくない。俺はまだ、答えを……。
「……俺のターン」
静かに、俺はデッキからカードを引いた。
ほとんど諦めに近い形のドロー。だが結果は違う。
「……くっ」
引いたカードを見て、俺は眉をひそめた。
どうして今ここで、俺はこのカードを引くんだ。
諦めるなと言っているのか? それとも……
「おいおい、何をぼさっとしている! 早くしろよ!」
待ちきれない様子で、ベルフレアが俺に向かって野次を飛ばす。
ハッとなり、俺は顔をあげた。いずれにせよ、仕方がない。
静かに、俺は引いたカードを決闘盤へと出す。
「魔法カード、朽ちゆく魂の宝札を発動!」
俺の場に、竜達の骸が描かれた魔法カードが浮かび上がった。
墓地が輝き、そこから2つの光が飛び出す。
「墓地のドラグーンと名のつく融合モンスター2体をデッキに戻し、カードを2枚ドローする」
墓地から出た光が、俺の手に吸い寄せられるようにして収まった。
ラグナロク・ドラグーンとアポカリプス・ドラグーン。
2枚のドラグーンをデッキへと戻すと、カードを引く。
朽ちゆく魂の宝札 通常魔法
自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた融合モンスター2体を選択する。
選択したカードをデッキへ戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
そうして引いたカードを見て、俺はまたも顔をしかめた。
ドローしたのは、ブラックボルト・ドラグーンと魂の転生。
なぜだ。なぜこのカード達が俺の下にやってくる? 偶然か? それとも――
俺は自分のデッキケースに、チラリと視線を送る。
黄金の竜が、咆哮をあげたような気がした。
その声は、俺には確かに聞こえた。
だがベルフレアは特に何か感じている様子はない。
幻聴? それとも、もっと別の何かか?
――だが、俺にできることは結局、
「魂の転生を発動!」
カードに導きに、応えるだけだ。
それがどこに行きつくのかは、まだ分からない。
だが俺にはもう、他の手立てはなかった。
「この効果で、墓地の魂融合をゲームから除外する!」
魂の転生 通常魔法
自分の墓地のカードを1枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。
魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
墓地から一筋の光が飛び出て消える。
さらに俺は手札のカードを手に取る。
「さらにブラックボルト・ドラグーンを召喚!」
黒雲に覆われた空から、黒い稲妻が落ちる。
俺の場に落ちたその稲妻は、黒い竜へと姿を変える。
ブラックボルト・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1500
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象と
なった時に発動可能。自分の墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に
特殊召喚し、攻撃対象をこのカードへと変更する。この効果で特殊召喚されたこのカードが
フィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。
これで、俺の手には再びウインディ・カーバンクルだけが残った。
視線を落としながら、俺は静かに言う。
「これで、ターンエンド……」
その言葉を聞き、ベルフレアが口元をゆがませた。
分厚い黒雲に覆われた空が、赤く輝く。
「滅びゆく世界の効果で、お前のブラックボルト・ドラグーンは破壊される!」
奴の言葉と同時に、溶岩が黒い竜を飲み込んだ。
悲鳴をあげて砕け散るブラックボルト・ドラグーン。
これでまた一歩、俺は破滅へと近づいた。
滅びゆく世界 フィールド魔法
召喚、セットされたモンスターはそのターンのエンドフェイズに破壊される。
この効果で破壊されたモンスターのいたモンスターゾーンは使用不能となる。
ベルフレアがクックックと笑い声を洩らす。
俺の場にモンスターは0。伏せカードもない。
紫色の瞳を細めながら、ベルフレアがデッキに手をかける。
「俺の、ターンッ!!」
勢いよくデッキからカードを引くベルフレア。
そしてドローしたカードを横目で見ると、笑う。
ゆっくり、奴がこのターンに引いたカードを表にした。
描かれているのは、杖を持った魔道師のような姿の人。
それを見て、俺の脳裏にあの炎が蘇った。
ベルフレアが腕を伸ばし、言う。
「永続魔法、炎蝕の効果発動! イグニス・レギナレスを破壊!」
奴の場のカードが、またも揺らめく。
炎の女帝が驚いたように振り返り、ベルフレアを見た。
だがベルフレアは当然の事のように、肩をすくめる。
「もう前座は終わりだ。神の横に、他の僕など必要ない!」
イグニス・レギナレスがその言葉に、体を震わせた。
恨めしげにベルフレアに向かって腕を伸ばす女帝。
だがその手が届く直前、その体が砕け散った。
これで、奴の墓地に存在する炎属性モンスターは合計15体。
ベルフレアがククッと笑いながら、手を伸ばした。
その手に握られているのは、1枚の魔法カード。
「魔法カード、二重召喚を発動!」
二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。
通常召喚を2回行うカード。
あの時と同じだ。だとすれば奴の狙いはたった1つ。
ベルフレアが3枚ある手札の中から、2枚を選ぶ。
「俺は葬炎のサルタートルと、原祖の支配者を召喚!!」
叩きつけるように、決闘盤にカードを出すベルフレア。
火柱が上がり、その中から奇妙な仮面をつけた人型のモンスターが現れる。
そしてその横に降臨する、魔道師の格好をしたモンスター。
魔道師の持っていた杖に、赤い炎が宿った。
ベルフレアがケラケラと笑いながら、言う。
「原祖の支配者は召喚時に属性を選択し、その属性の力を受け継ぐ。俺が選択するのは炎属性!」
原祖の支配者(エレメンタル・マスター)
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。
そう、それが奴の能力。そしてもう一つの能力は――
ゆっくりと、ベルフレアが腕を前へと出す。
ドクンと、俺の心臓が高鳴った。ベルフレアが叫ぶ。
「レベル4の葬炎のサルタートルに、レベル4の原祖の支配者をチューニング!」
魔道師のモンスターが、杖を天へと掲げた。
その体が砕け散ると、4本の緑色の輪が宙を動く。
大地が揺れ、黒雲が裂け始める。
「狂気の炎が揺れ動き、世界の全てを破壊する。煉獄の力が今ここに!」
ヒュンヒュンと飛び交う緑色の輪が、葬炎のサルタートルを取り囲んだ。
サルタートルの体が線だけの存在となり、やがて四つの輝きに変化する。
地響きが鳴り響き、火の粉が飛び散った。世界が壊れて行く。
光が、走った。
「シンクロ召喚! 降臨せよ! 旧神−クー・トゥー・グアラス!!」
ベルフレアの声と共に、赤い空がぐにゃりと捻じ曲がった。
そして天から飛来する巨大な存在。炎の不死鳥。
ゾクリと悪寒が走り、俺の体が総毛立つ。
全てを破壊する炎の神。
奴の切り札が、ついにこの地に降臨した。
炎の翼を広げて、不気味な咆哮を上げる炎の不死鳥。
凄まじい重圧と存在感が、襲い来る。
「クックック! これでフィナーレだな!!」
炎の不死鳥を見上げながら、ベルフレアがそう言う。
だが俺にはそんな言葉すらも、もはや届かなかった。
圧倒的なまでの力を秘めた神から、俺は目が離せないでいる。
炎の不死鳥が再び、甲高い咆哮を上げた……。
冷たい風が吹いた。
私は肩で息をしながら、視線を前へと向ける。
凍りついた大地に、薄雲が浮かぶ漆黒の夜空。
銀髪を輝かせながら、その女性はにっこりと微笑む。
「意外とやりますのね、お嬢さん」
「くっ……」
私は女性――フリージアに褒められて、顔をしかめる。
決闘は今の所ずっと彼女のペースだった。
あの奇妙なモンスター群の効果に、私は惑わされ続けている。
フリージア LP2500
手札:0枚
場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
伏せカード1枚
レーゼ LP4300
手札:0枚
場:伏せカード1枚
互いの場と手札に、カードはほとんど残っていない。
相手にはあの妙なフィールド魔法と、リバースが1枚。
次のフリージアのターンのドローカードが、鍵になるだろう。
私はそう、状況を分析する。ちらちらと、粉雪が空から降った。
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
冷たい風が、再び私達の間を吹き抜ける。
フリージアがにっこりと、微笑んだ。
「ふふ。わたくしのターン!」
華麗な動作で、デッキからカードを引くフリージア。
引いたカードを横目で見ると、ふふっと笑う。
私が警戒する中、ゆっくりとフリージアが手を前に出した。
「罠発動。リビングデッドの呼び声」
フリージアの場に伏せられていた1枚が、表になった。
不気味な墓場が描かれたカード。蘇生用のカードだ。
私は目を鋭くしながら、カードを睨みつける。
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「わたくしはこの効果で、墓地の夜叉狐を特殊召喚しますわ」
私とは対照的に、余裕ある態度でフリージアが言う。
墓地が光ったかと思うと、霧がフリージアの場を覆い尽くした。
そして霧が晴れると、そこには狐の仮面を被ったモンスターが復活していた。
夜叉狐 ATK1200
フィールドに復活したモンスターを見て、私は眉をひそめる。
どうして今さら、こんなモンスターを蘇生させるの?
だがそんな疑問も、すぐに解消される事となる。
「わたくしは手札より、このモンスターを召喚しますわ」
フリージアが微笑みながら、優雅にカードを見せた。
描かれているのは、魔道師のような格好のモンスター。
それを見て、私は直感的に嫌な物を感じる。
何? あんなモンスターは見たことがない。
それにあのカードから感じられる力。まるで――
フリージアがうやうやしく、カードを出す。
「お出でなさい、原祖の支配者!」
冷たい風が、フィールドを吹き抜けた。
場にカードが浮かび上がり、モンスターが実体化する。
魔道師の格好をしたモンスター。手には大きな杖を持っていた。
フリージアが微笑みながら、言う。
「原祖の支配者の効果。召喚時に選択された属性の力を得ますわ。わたくしが選ぶのは水属性!」
魔道師のモンスターが持っていた杖の先が、凍りついた。
属性を変化させるモンスター? 一体何を狙っているの?
フリージアがクスクスと、笑う。
「まさかお嬢さんがここまでやるとは思ってませんでしたわ。ですが、これでおしまいですわよ。わたくしの真の力を見せて差し上げますわ」
すっと、フリージアの周りの温度が下がったような気がした。
フリージアがにっこりと、笑う。
「安らかに、御眠りなさい」
先程と変わらぬ笑顔を見せるフリージア。
だけど、その奥から感じられる殺気は今までとは比べ物にならなかった。
すっと、フリージアが腕を伸ばす。
「レベル4の夜叉狐に、レベル4の原祖の支配者をチューニング!」
魔道師のモンスターが杖を天へと掲げ、砕けた。
砕けた所から、緑色の輪が4本飛び出てくる。
そしてその輪が、狐の仮面を被ったモンスターを取り囲んだ。
不気味な気配。私は思わず、一歩後ずさる。
フリージアが静かな口調で、唱えるように言う。
「絶望の氷は生まれ出で、未来を閉ざす雨となる。深淵の力が今ここに!」
4本の輪で囲まれたモンスターの体が、線だけの存在になった。
そしてその体が砕け、4つの光が一直線上に並ぶ。
静かだった世界の大地が揺れ、空に亀裂が走る。
フリージアが天に向かって、腕を伸ばした。
「シンクロ召喚! 現れよ、旧神−ク・トゥルー・ウ――」
そこまで、フリージアが言った瞬間だった。
爆発するような巨大な何かの気配が、私の中に走った。
凄まじいまでの殺気。今までにない程に巨大な力。
これは、フリージアのカードから感じる力ではない。
だとしたら、まさか……。私は1つの考えに辿り着く。
「あら。どうやら向こうはもう決着のようですわね」
フリージアもまたその気配を感じたようで、どこか遠くを見ていた。
いつのまにやら、彼女の体からはさっきまでの殺気が消えていた。
にっこりと微笑み、フリージアが指先で十字架のペンダントを弾く。
「勝負は、ここまでですわね。わたくしの目的はもう達成されましたわ」
「えっ!?」
私は驚いて、思わず声を出す。
クスクスと笑いながら、フリージアが言う。
「わたくしは別にお嬢さんを殺すのが目的ではありませんわ。あくまでも時間稼ぎが目的。旧神が出たのなら、もうベルフレアの勝ちは決しましたわ。時間を稼ぐ必要もなくってよ?」
輝くような笑顔を見せながら、フリージアが説明する。
鈍い光を放っていた十字架から、力が消える。
ソリッド・ヴィジョンが解除され、辺りの景色が深い森へと戻った。
フリージアはデッキを取り外すと、決闘盤を地面へ投げる。
決闘盤は砕けると、また元の杖へと変化しフリージアの手へ戻った。
杖を持ちながら、フリージアが言う。
「お嬢さんも命が惜しければ、あまりわたくし達の事を嗅ぎまわるのはお止しになった方が良いですわ。今度も見逃すとは限りませんから。わたくしも人を凍らせるのは、あまり好きではありませんのよ」
笑顔で、さらりと残酷な発言をするフリージア。
やっぱり、この人は精霊だ。私達とは違う。
私は視線を鋭くする。フリージアが手を振った。
「それでは、ごきげんよう、お嬢さん」
そう言い終わると、冷たい風が突如として吹き荒れた。
凄い勢いで吹き荒れる風を受け、私は目をつぶってしまう。
そして風が止み、目を開けると、そこには誰もいなかった。
逃げられた。私は苦い顔で視線を鋭くする。
だけど、すぐにハッとなって気がついた。
「……雨宮さん!」
さっき感じた異様な気配。フリージアの言葉。
もはや推測ではなく、確信できる。雨宮さんが戦っている。
しかも、戦局はあの赤い髪の精霊に傾いているようだ。
「……行かなくちゃ!」
私は気配を頼りに、またも森の奥へと走り始めた……。
ハッとなって、霧乃雫は目を覚ました。
風丘高校の職員室。様々な書類やプリントが入り乱れた机。
腕を枕代わりにして寝ていた霧乃は、『それ』を感じて立ち上がった。
隣りの机で仕事をしていた同僚が、不思議そうに霧乃を見る。
「どうかしたんですか、霧乃先生?」
「えっ。い、いえ、何でも……」
同僚の教師に尋ねられ、慌てて答える霧乃。
だが霧乃の様子は、明らかに普段とは異なっていた。
コホンと咳払いをすると、霧乃が顔を赤らめる。
「すみません、少しお手洗いに……」
そうして同僚が何かを言う間も置かず、霧乃は職員室から出て行った。
後ろ手で職員室のドアを閉めると、霧乃は静かに考える。
(今の気配は、まさか……)
目を鋭くしながら、先程感じた気配について思考を巡らす霧乃。
だが既に、霧乃の中で結論は出ていた。
(闇の決闘……!!)
口元に手を当て、霧乃はそう考える。
このままではまずい。一刻も早く決闘の場へ行かなければ。
だが気配は感じたものの、正確な場所までは分からない。
おまけに、まだ仕事は残っている。
あまり目立つような行為をする訳にはいかない。
だとしたら、できる事はただ1つだけ。
(指をくわえて、待つだけか……!)
鋭い視線を宙に向けながら、霧乃が親指の爪を噛んだ。
窓から差し込む夕焼けの光が雲に隠れ、霧乃の顔に影を差した……。
炎の翼が、天を覆う。
まるで太陽のような、巨大な炎。
真っ赤に燃える火炎は、ゆらゆらと揺れている。
凄まじい熱気。強烈な威圧感が、空気を歪める。
炎の不死鳥が、甲高い咆哮をあげた。
たったそれだけで、絶望の世界は崩壊を進める。
大地は溶岩へと飲み込まれ、刻々と消えて行く。
既に俺達の周りは、煉獄の炎で囲まれている状態だった。
ベルフレアがうっとりとした表情で、旧神を見上げる。
「いつ見ても素晴らしい。この圧倒的な力、究極の炎! 全てを葬り去るこの神こそ、この俺が求めていた物……」
不気味な微笑みを浮かべながら、ベルフレアがそう呟いた。
炎の旧神はさらに雄たけびを上げると、翼をはためかせた。
熱風が押し寄せ、俺は顔をしかめる。ベルフレアが腕をかざした。
「旧神−クー・トゥー・グアラスの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、墓地の炎属性モンスターを全て除外! そしてその数×800ポイントの数値が、クー・トゥー・グアラスの攻撃力となる!」
旧神−クー・トゥー・グアラス
星8/炎属性/炎族・シンクロ/ATK?/DEF?
炎属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する
炎属性モンスターをすべてゲームから除外する。このカードの元々の攻撃力・
守備力はこの効果で除外されたモンスターの数×800ポイントとなる。
このカードが守備表示のモンスターを攻撃したとき、守備力を攻撃力が上回って
いればその数値だけ相手のLPにダメージを与える。
ベルフレアの決闘盤が輝いた。
そしてそこから、大量の数の火の玉が飛び出し旧神へ向かう。
そして火の玉達は次々と、旧神の体に吸い込まれていった。
クー・トゥー・グアラスから放たれる、威圧感が増す。
鈍い光をその身に纏い、不死鳥はさらに声をあげる。
その声はまさに、破滅への足音。俺の命を燃やす狂気の炎だ。
ベルフレアが笑いながら、言う。
「除外されたモンスターの数は合計16体。よってクー・トゥー・グアラスの攻撃力は――」
旧神クー・トゥー・グアラス ATK12800
攻撃力12800。
当然だが、俺のデッキにこんな攻撃力を超えるモンスターは存在しない。
ベルフレアが俺の方へと、視線を向ける。
「さぁ、どうするレイン・スター! もう炎はお前の首元まで来ているぜ!」
楽しそうに笑い声をあげながら、ベルフレアは言った。
旧神もまた咆哮をあげ、ゆっくりと首を俺へと向ける。
冷や汗を流しながら、俺は一歩後ろへと下がった。
ベルフレアが、バッと手を前に出す。
「さぁ、全てを破滅させる炎の力を見せつけろ! クー・トゥー・グアラス!!」
その声に応えるようにして、旧神が翼を広げた。
その体の炎が逆巻くように動き、巨大な火球を作り上げる。
ベルフレアが、叫んだ。
「焼き尽くせ、煉獄の魔炎撃!!」
ゆっくりと、旧神が翼を広げ終える。
そして巨大な火球の前で、その両翼をはためかせた。
凄まじい旋風が巻き起こり、炎が千切れるようにして撃ち出される。
まるで津波のような勢いで、巨大な炎が襲いくる。
視界が真っ赤に染まり、周りの空気が捻じ曲がっていく。
強烈な旋風を受け、俺の体がさらに後ろへと下がった。
炎が、眼前へと迫る。
「ぼ、墓地のバトルジャミングの効果発動!」
熱気にあてられながら、俺はそう叫んだ。
決闘盤の墓地が輝き、1枚のカードが排出される。
カードが光になって消える中、俺はさらに叫ぶ。
「このカードをゲームから除外し、バトルフェイズを終了する!」
バトルジャミング 通常罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
また相手モンスターの直接攻撃宣言時、自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外して発動する事ができる。
このターンのバトルフェイズを終了する。
ぐにゃりと、まるで次元が歪むような感覚が走った。
炎が、まるで異空間に飲み込まれるかのように消えてなくなる。
ベルフレアが、チッと舌を鳴らした。
「フンッ! 仕留めそこなったか……」
不満そうにそう呟くベルフレア。
だがすぐに、奴特有の薄ら笑いを浮かべて言う。
「だがそれもこのターンのみ。もうお前に手は残されていないからな!」
ケラケラと、心の底から楽しそうにベルフレアが笑った。
俺は視線を鋭くして奴の事を見るが、何も言い返せない。
確かに奴の言う通り、状況は圧倒的に不利。
このターンを生き延びた所で、それは変わらない。
いずれ破滅の炎は俺を飲み込み、その命を奪うだろう。
死。それが目に見えた形で、俺へと迫っている。
体の震えが止まらない。血の気が失せて行くのを感じる……。
「さぁ、ターンエンドだぜ!」
ベルフレアが高らかに、そう宣言した。
炎蝕のカードが輝き、さらにカードを引くベルフレア。
これで奴に残された手札は、2枚。
ベルフレア LP2500
手札:2枚
場:滅びゆく世界(フィールド魔法)
旧神−クー・トゥー・グアラス(ATK12800)
炎蝕(永続魔法)
伏せカードなし
レイン・スター LP300
手札:1枚(ウインディ・カーバンクル)
場:なし
「……俺のターン」
震える指で、俺はカードを引く。
だが引いたカードを見ると、僅かに震えが収まった。
ソウルフルガード。これで次の攻撃も防げる。
ソウルフルガード 通常罠
自分の墓地にドラグーンと名のつくモンスターが存在するとき発動できる。
次の効果のうち一つを選択して適用する。
●このターンのみ戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
●このターンのみカード効果による自分へのダメージを0にする。
さらにスタンバイフェイズを迎え、魂の転生が効果を発揮する。
前のターンに除外した魂融合が、俺の手へ。
これで俺の手札にあるのは、合計で3枚のカード。
頼む、俺に力を貸してくれ……!
そう念じると、俺は1枚のカードを手に取った。
「ウインディ・カーバンクルを召喚!」
ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。
場にそよ風のような、優しい風が吹いた。
風の精霊である薄緑色の竜が、姿を現す。
ベルフレアが嘲笑うように笑う中、俺はさらにカードを出した。
「魔法カード、魂融合を発動!」
光の渦のようなものが描かれたカードが、浮かび上がる。
今回の決闘で3度目の発動となり、俺の切り札だ。
「場のウインディ・カーバンクルと、墓地のブラックボルト・ドラグーンを融合!」
その言葉に、俺の決闘盤が輝きを見せた。
墓地から黒い光が飛び出しウインディ・カーバンクルの周りを回る。
光に包まれ、その小さな体に巨大な光の翼が生えていく。
光が、はじけた。
「融合召喚! 来い、ドラグーンソウル・カーバンクル!」
光の中から、輝く翼を広げた格好で翼竜が飛び出す。
勇ましい格好で、旧神をにらむように見るカーバンクル。
光の翼が、さらに眩しく輝いた。
「ドラグーンソウル・カーバンクルの効果で、ゲームから除外されているドラグーンを全て墓地へ!」
ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。
今までに除外されていた大量のドラグーン達。
その魂が全て、光となって俺の墓地へと舞い戻っていく。
これで俺の墓地には、8体のドラグーンが揃った。
さらにドラグーンソウル・カーバンクルの攻撃力が上がる。
ドラグーンソウル・カーバンクル ATK0→ATK4000
だがこの程度の数値では、奴の旧神を倒す事はできない。
だからこそ、俺はドラグーンソウル・カーバンクルは守備表示で特殊召喚していた。
すまない、カーバンクル。俺を守ってくれ。俺はカーバンクルに視線を向ける。
にっこりと、カーバンクルが微笑んだ。
「はっ! 雑魚の精霊が一匹出てきた所で、何もできまい!」
ベルフレアがバカにしたように、大きく叫んだ。
ドラグーンソウル・カーバンクルがムッとした表情を浮かべた。
カーバンクルに睨まれたベルフレアが、笑う。
「お前の主人を見てみろ! もう息も絶え絶え、命の炎は尽きかけてるぜ!」
ベルフレアが俺の事を指差した。
カーバンクルが振り返り、心配そうに俺を見る。
俺は大きく肩で息をしながら、ある事を考えていた。
もう、準備が整ってしまった……。
あとはあのカードを引ければ、黄金の竜が召喚できる。
だが、俺はまだ答えを見つけていない。強さへの答えを。
黄金の竜は凄まじい力を持つカード。
奴を使えば、また俺の前から誰かがいなくなるかもしれない。
ある意味で、俺は黄金の竜の力を旧神と同じく恐れている。
もうあいつは使いたくない。俺はもう、誰も失いたくない。
大きく息を切らしながら、俺は手札の最後の1枚を手に取る。
「……カードを1枚伏せて、ターンエンド」
手札にあったソウルフルガードを伏せる。
これで次のターンの攻撃も、防ぐことができるはずだ。
俺の顔を見て、ベルフレアがニヤッと口元を歪めた。
「真っ青な顔をしているぜ、レイン・スター。死を意識し、戦意もなくなったみたいだな。だがな、安心しろよ」
ベルフレアが両手を広げ、旧神を仰ぎ見る。
「旧神の力は絶大だ。一瞬で、地獄に送ってやるからよ! クックック!!」
不気味な笑い声が、この絶望の世界に響き渡った。
俺は何も言わず、ただその時を待っている。
ゆっくり、ベルフレアがデッキに手をかけた。
「俺のターン!」
カードを引き、しばし手札を眺めるベルフレア。
だがすぐに、奴は顔を上げて腕を天に向かって伸ばす。
炎の不死鳥が、甲高い声をあげた。
「もう小細工はなしだ。今度こそ、お前に炎の痛みを味あわせてやるよ……」
狂気の宿った瞳を向け、ベルフレアがそう呟いた。
旧神が天へと飛翔し、空気が再び捻じ曲がっていく。
ベルフレアが、叫んだ。
「旧神−クー・トゥー・グアラスで、ドラグーンソウル・カーバンクルを攻撃! 全てを焼き尽くし、この世を灰へと変えろ!! 煉獄の魔炎撃!!」
旧神の前に、再び炎が収束していく。
凄まじい熱気と火の粉が飛び交い、まさに地獄のような光景となる。
炎の不死鳥が、ひと際大きく翼をひろげ、はためかせた。
炎が、撃ちだされる。
まるで太陽のように、巨大に迫りくる炎。
大地を削り、空を歪め、全てを巻き込む旋風。
煉獄の火炎が、俺の前へと押し寄せる。
恐怖を感じながらも、俺は腕を動かした。
「と、罠発動! ソウルフルガード!!」
伏せられていた1枚が表になり、俺の前にバリアを張る。
これで、何とかしてダメージを……。俺がそう考えた瞬間、
ガシャンと音を立て、俺の前に張られたバリアが砕け散った。
驚き、俺は目を見開いた。
そしてベルフレアが持っている、1枚のカードに気づく。
ニヤリと、笑うベルフレア。
「速攻魔法、フォマルハウトの旋風!! 俺の場に旧神が存在する時、俺の手札1枚をコストにしてお前の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する!」
その言葉は、まるで死刑宣告のように俺の心に響いた。
呆然とする俺を見て、ドラグーンソウル・カーバンクルが声をあげる。
だがベルフレアの言葉は、そこで終わりではなかった。
「さらにこの効果により、お前の場のモンスター1体を破壊する!!」
「!!」
ベルフレアの言葉を聞いて、カーバンクルが目を見開いた。
翼竜の下から巨大な炎が吹き出て、カーバンクルの体を包み込む。
苦しげな声をあげ、ドラグーンソウル・カーバンクルの体が砕け散った。
フォマルハウトの旋風 速攻魔法
自分の場に「旧神」と名のつくモンスターがいる時、手札を1枚捨てて発動できる。
相手の魔法・罠の発動を無効にし、相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスターを1体まで選択して破壊する。
ベルフレアが笑いながら、手札のガード・ブロックを捨てる。
これで俺の場には、何もいなくなった。手札にも墓地にも、策はない。
黙って顔を伏せる俺に向かって、ベルフレアが得意げに言った。
「これで分かったか! 旧神の前に、敵はないッ!!」
その言葉は滅びゆく世界に響き、溶けていった。
炎の不死鳥が、再び翼を広げた。バッと、ベルフレアが手を前に出す。
「旧神−クー・トゥー・グアラスで、ダイレクトアタック!!」
その言葉と同時に、旧神の体が輝き始める。
さらにベルフレアが首からぶら下げていたペンダントも。
真っ赤な光を身に纏った旧神が、雄たけびをあげる。
ごうごうと音を立て、旋風が巻き起こった。
破滅への足音が、近付いてくる。
結局、俺は何もできなかった。
何も残せなかった。師匠とは違って、何も……。
迷って、自分の力を恐れて、それで何もできなくて……。
旧神が、翼を広げ終える。
俺の脳裏に、今までの出来事が蘇ってくる。
風丘での日々、DC研究会での日常。そして、師匠との思い出。
いつもヘラヘラと笑っていた、ダメな師匠の姿を。
今の俺の姿を見たら、師匠は何て言うだろうか。
『まだまだだなぁ、少年は』
きっとそんな事を言って、またヘラヘラと笑うのだろう。
師匠はいつもそうだ。肝心な事は何一つとして言わない。
何も言わずに、勝手にいなくなる始末だ。
炎が、再び撃ちだされた。
空気を揺るがし歪めながら、炎が俺へと迫る。
だがそんな事も、もうすぐに感じなくなるだろう。
俺は負けた。もう俺には、残された道はない。
炎が、迫る。
そして結局、俺は答えを見つける事ができなかった。
師匠は最後の手紙で見つけられると書いていたが、俺には無理だった。
……なぁ、師匠。最後だから、教えてくれよ。強さの意味を。
色々な奴と闘って考えてきたけど、俺には答えが分からなかったんだ。
どうやら俺はあんたが思っていたより、出来の悪い弟子だったみたいだ。
あんたの答えでも構わない。だから教えてくれよ、師匠……。
目の前が、明るくなる。
それは俺の命を終わらせる光。
巨大な炎から放たれる、強烈な閃光。
だが、もはや俺の体は何も感じていなかった。
無意識の内に、俺は光に向かって手を伸ばす。
何だか、そこに師匠がいるような気がして。
いつものように笑っている気がして、俺は手を伸ばした。
そして一瞬だけ、炎が止まったかのような感覚が走った後――
俺の体が、巨大な炎に飲み込まれた。
風が吹いた。
とても優しい風。まるで地上をなでるように、通り過ぎる。
周りを埋め尽くすように咲く、金色の花々が揺れた。
花は1つ1つがぼうっとした輝きを放ち、辺りを光で満たしている。
むくりと、俺は体を起こした。
先程まで感じていた恐怖も痛みも、そこにはなかった。
一面に、どこどこまでも続く花畑の中央で、俺は立ち上がる。
光に満ちた、どこか不思議な風景を見て、俺は呟いた。
「ここは……?」
不思議な場所だ。どこか、懐かしいような気持ちさえ感じる。
まるで時が止まったかのような感覚を、俺は覚えていた。
キョロキョロと、俺は周りを見回してみる。
そして、その人物に気がついた。
少し離れた場所、俺に背を向けてあぐらをかいている人物。
黒い道場着に、ボサボサと伸ばされた髪の毛。浅黒い肌。
俺は慌てて、その人物へと駆け寄った。
金色の花びらが散り、まるで桜吹雪のように宙を舞う。
そのほたるのような光が、辺り一面をさらに幻想的に彩っていく。
俺が近づくと、その人物が振りむいた。
「――よう。久しぶりだな、少年」
「師匠……」
風が吹いて、俺達の髪が揺れた。
光が、俺達の間を流れるように動いていく。
師匠がいつもの、ヘラヘラとした微笑みを浮かべた。
「ずいぶんと大きくなったな。俺が死んでから、何年になるんだ?」
「……もう、10年前くらいさ」
師匠とは対照的に、俺は少しだけ暗い口調で答えた。
俺の言葉を聞いて、師匠が視線を遠くへ向ける。
「……そうか。もう、そんなに経つのか」
どこか、悲しそうな口調で答える師匠。
だがそんな感情もすぐに消えたようだった。
師匠が笑いながら、ドンと俺の背中を叩く。
「ってことは少年ももう16歳くらいか! 青春真っ盛りだな! あっはっは!」
「……師匠」
笑っている師匠を、俺は睨みつける。
いくら何でも、最後に会った時と変わらな過ぎている。
バカは死んでも直らないという言葉を、俺は思い出した。
呆れながら、俺はジトッとした目つきで師匠を見る。
「師匠は、俺が死んだっていうのに悲しくないのか?」
「ん? あぁ、そういやそうだな」
師匠が今さら気づいたように、呟いた。
だがそれは俺の死に気づいていないというよりも、
俺が死んだと思っていないような口ぶりだった。
師匠が、微笑む。
「まぁ、いいじゃねえか、細かい所は。それより座れよ、少年!」
「…………」
師匠にうながされ、俺は師匠の横に腰を下ろした。
2人並んだ形で、目の前に広がる金色の花畑を眺める。
師匠が笑いながら、呟くように言う。
「……綺麗な風景だな」
「……似合わないぜ、師匠」
師匠へは視線を向けずに、俺は言う。
露骨に残念そうに、師匠がため息をついた。
「変わらないなぁ、少年は……」
今度は、俺がため息をつく。
「それはこっちの台詞だ……」
師匠がどこかムッとしたような表情を浮かべる。
だが俺としても、訂正する気はない。
しばし、無言の睨み合いが続く。
風が吹き、辺りの花々がまた花を散らせる。
金色が飛び交う不思議な光景の中、俺達の勝負は続く。
やがて、俺はため息をついて視線をそらした。
「分かったよ。俺の負けだ」
「ふっ。まだまだ甘いな、少年!」
勝ち誇った表情で、師匠が頷いた。
何か言ってやりたい所だが、今はそんな事はどうでも良い。
花畑を見ながら、俺は師匠に尋ねる。
「……なぁ、師匠」
「うん?」
「師匠にとっての答え。勝つ事での良い事って、何なんだ?」
俺の言葉が、この世界に溶けるように響いた。
この問題を俺はずっと考えていたが、ついに完全な答えは出なかった。
だとすれば、もう師匠に聞くしか手はない。緊張しつつ、答えを待つ。
師匠が、腕を組んだ。
「あぁ、それか……」
そう呟いて、ボリボリと髪の毛をかく師匠。
悩むような表情を見せながら、師匠が口を開く。
「まぁ、教えてやっても良いが、本当に自分で考えたのか?」
「あぁ。ずっと悩み抜いたけど、分からなかった。教えてくれ、師匠」
俺はそう言って、師匠を真っ直ぐに見る。
師匠もまた、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
納得したのか、師匠が頷く。
「なるほど。分かった、教えてやるよ」
そう言って、視線を遠くへと向ける師匠。
ぽつぽつとした口調で、話し始める。
「勝つ事での良い事。それは、大切な人を守れるってことだ」
「……守る?」
「そうだ。少年にだってそういう、何が何でも守りたいような人がいるだろう。力があれば、強さがあれば、そういう人に襲い来る障害に打ち勝つ事ができれば、その人を守れるって事だ。力がなければ、それはできない」
「…………」
師匠の言葉を、俺は黙って考える。
確かに、言っている事は正しいし、理解もできる。だけど……。
暗くなった俺の表情を見て、師匠が尋ねてくる。
「どうだ? 納得できたか、少年?」
「……いや」
正直に、俺は首を横へ振った。
師匠が少しだけ驚いたように、目を見開く。
俺は師匠の方は見ないで、言った。
「確かに師匠の言っている事は正しいよ。だけど、凄い力を使ってその人を守っても、その人が元通り接してくれるかどうかは分からないだろ。逆にその力に恐怖して、離れて行くかもしれない。違うか、師匠?」
俺の言葉を、黙って聞いている師匠。
視線を伏せがちにして、俺はさらに続ける。
「ついでに、その考えは俺もとっくに導き出してたさ。だけど、何だかしっくりこなかったんだよ」
「……少年」
ポツリと、師匠が呟く。
ショックを受けているのか、その声は震えていた。
ちょっと悪い事したかなと俺が考えた瞬間――
ドンッ!
「!?」
いきなり、師匠が俺の背中を大きく叩いた。
驚いて振り向くと、師匠は嬉しそうに笑っていた。
そして訳が分からないでいる俺に向かって、言う。
「やっぱり少年は俺にとって最高の弟子だ! 免許皆伝なだけはある!」
「は? 何を言って――」
「いやぁ、まさかそこまで高い所に行っているとは、俺も嬉しいぜ!」
一方的に、感激している師匠。
俺は何も言えないでいる。ついに壊れたのか……?
そんな事を思っていると、師匠が大きく笑った。
「それでいいんだぜ、少年。それが正しいんだ!」
あっはっはと高笑いをする師匠。
何を言ってるのかさっぱり分からなかった俺は、尋ねる。
「ど、どういう意味だ?」
「迷ってるって所だよ! それが正解なんだよ、少年!」
ますます意味が分からない。
答えが分からなくて迷ってるのが正解だって?
俺の疑問を読み取ったのか、師匠が微笑んだ。
「少年は答えを見つけるために迷ってる。でもな、迷ってるって事は考えてるって事でもあるんだ。ちゃんとその問題に対して、真摯な気持ちで挑んでいるって事でもあるんだ。でなきゃ、適当なそれっぽい答えを見つけて答えにしちまうだろう。だけど、少年はちゃんと考えてるからそんな事はしないし、俺の答えだってすぐに受け止めたりせずに、ちゃんと考えて自分の意見を言っている」
すらすらと、言葉を口にする師匠。
ぽんと、俺の両肩に手をのせる。
「それで良いんだ、少年。少年にはまだまだ時間がある。目先の答えに飛びつく必要なんてない。考えながら、迷いながら前に進むんだ。そうすれば、いつか絶対に少年にとっての本当の答えが見つかるさ!」
「……師匠」
師匠の言葉を聞いて、俺の心に光が差し込んだ。
どこか解放されたような、すがすがしい風が吹き抜ける。
そうか、このままで、迷ったままで良かったのか……。
「……ありがとう」
俺が素直に感謝の言葉を述べると、師匠が大げさに手を振った。
「良いってことよ! 俺は少年の師匠だからな!」
そう言って大きな声で笑う師匠。
俺もまた、フッと微笑みを浮かべた。
俺達の間を、再び風が通り抜けて行く。
「……なぁ、師匠。久しぶりに決闘しないか?」
少しの沈黙の後、俺は呟くように師匠に向かって言った。
すっくと立ち上がり、いつのまにか腕に付いていてた決闘盤を見せる。
「あの後も色々な奴と決闘してきたんだ。今度は、負けないぜ」
決闘盤へと、視線を向ける俺。
師匠が考えるように、口元に手を当てる。
「んー、どうしようかな……」
珍しく、気乗りしないような表情の師匠。
俺は微笑みながらも、両手を肩の所ですくめた。
「なんだ、師匠らしくもない。元天才プロ決闘者だろ?」
「まぁ、そうなんだけど、時間がな……」
時間? 師匠の言葉に、俺は首をかしげる。
この世界にも、時間が流れているのか。そんな感覚はなかったが。
だが唐突に、強い風が俺の前方から吹き付けた。
「あぁ、やっぱりな。時間切れだ」
納得したように、頷く師匠。
俺はどんどん強さを増す風のせいで、身動きがとれない。
師匠が立ち上がり、ニカッと笑う。
「悪いな、少年。俺はそろそろ戻らないといけないみたいだ。ここの連中は時間に厳しくてな」
そう言って、俺に背を向けて歩き始める師匠。
風が吹き荒れる中、俺は声をあげる。
「お、おい、待て師匠!」
だが師匠は止まらない。
ゆっくりとした足取りで、前へと進んでいく。
そして師匠の目の前に、光で出来た扉が現れた。
師匠が振り返り、笑う。
「少年! 決闘がしたいって言ってたな。ならやるまでもない、結果を教えてやるよ!」
師匠の声は、まるで遠くからのように辺りに響いた。
いつものヘラヘラとした笑みを浮かべながら、師匠が右手の人差し指を伸ばす。
「少年の勝ちだ! 少年はもう、俺より強い!」
「な、何を言っている!?」
風のせいで動けない中、俺もまた叫んだ。
師匠が悪戯っ子のように微笑むと、答える。
「だって少年――笑えるようになってるじゃねえか!!」
その言葉で、俺の脳裏に師匠との会話が思い返された。
『おぉ、怖い。もっと笑顔でいようぜ、少年』
『あんたに勝てれば、きっと笑顔になるさ』
『そいつは少々難しいな。あと10年は笑えないぜ』
そう言って、昔の師匠は笑っていた。
あの時交わした、他愛のない会話。
師匠の奴、律儀にもずっと覚えていたのか。
俺の目から、涙がこぼれる。
「師匠!!」
「前に進め、少年!! それが俺からの、最後の教えだ!!」
師匠が光で出来た扉を、開く。
中から強烈な閃光が放たれ、辺りを白く染めた。
そしてその光の中へと、師匠は入っていく。
後ろを向いたまま、師匠が左手を、あげた。
「――それじゃあ、達者でな。少年」
その言葉を最後に、辺りがひと際強い光で包まれた……。
ハッとなって、俺は目を覚ました。
茶色で作られた大地。流れ出る溶岩。黒い雲で覆われた空。
痛みのある体を無理矢理に起こし、辺りを見回す。
ここは、現実の世界? じゃあさっきのは……?
疑問に思っていると、俺は自分の手にある1枚のカードに気がついた。
それは、昔師匠が使っていたカードだった。ゆっくりと、そのカードの名を呟く。
「……カーバンクルの奇跡」
カーバンクルの奇跡 速攻魔法
このカードは手札から発動することはできない。
自分の墓地に「カーバンクル」と名のつくモンスターが存在し、相手モンスターから
直接攻撃を受けた時のダメージステップ時、このカードは自分のデッキから発動できる。
そのバトルによる自分への戦闘ダメージを0にする。
カーバンクルが墓地にある時、デッキから発動できるカード。
見れば、俺の決闘盤のLPは300のままで残っている。
顔を上げると、ベルフレアの不機嫌な顔が見えた。
いまいましそうに、ベルフレアが言う。
「まったくしぶとい奴め! ターンエンドだ!」
旧神が甲高い、不気味な咆哮をあげて翼を広げた。
どうやら奴の言葉から察するに、俺はこのカーバンクルの奇跡を使ったらしい。
呆然と、俺はカーバンクルの奇跡のカードを墓地へと送る。
助けてくれたのか、師匠……。
カーバンクルの奇跡は、非常に希少価値の高いレアカード。
当然のことながら、俺はそのカードを持って『なかった』。
だからこそ負けを確信していたし、何も出来なかった。
どうして俺のデッキにこのカードが入っているのか、不思議でならない。
だがそれも、もはやどうでもよかった。
痛む体を震わせながら、よろよろと決闘盤を構える。
俺が出来る事はただ1つだけ。師匠の教えを、魂を、受け継ぐ事だけだ。
ゆっくりと、俺はデッキからカードを、引く。
「――俺のターン」
引いたカードを、何の迷いもなく俺は見る。
そこに描かれていたのは、巨大な光の渦。
いつのまにか俺の心は落ち着き、恐怖はなくなっていた。
ぼんやりと、俺はカードを見ながら考える。
(前に進め、か……)
僅かに顔を伏せながら、俺は心の中で呟く。
そしてデッキケースへと、視線を向けた。
もう一度、俺に力を貸してくれるか? そう尋ねると――
黄金の竜が、咆哮をあげたような気がした。
俺は頷くと、顔をあげてベルフレアを見る。
「ベルフレア……」
「何だ?」
露骨に不満そうな口調で、ベルフレアが言う。
腕を組み、紫色の瞳を俺へと向け続けるベルフレア。
天では旧神が、その翼を大きく広げていた。
だがもう恐怖はなかった。
今まで悩んでいた事も、迷っていた事にも、結論は出た。
俺は前に進む。そしてどこかにある答えを見つけ出す。
そうやって、俺は師匠の魂を受け継いでいく。
すっと、俺は右手を前へと出した。
ベルフレアがいぶかしむような表情を浮かべる。
俺はそのままゆっくりとした動きで、右手の人差し指を伸ばした。
そして、言う。
「――本気にさせたな」
ベルフレアがその言葉に、びくりと体を震わせた。
初めて奴の顔に、動揺と恐怖が浮かぶ。
俺はすっと、手札の1枚を決闘盤へ出した。
「魔法カード、ソウル・エボリューション」
ソウル・エボリューション 通常魔法
自分の墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「魂融合」の効果でのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を「魂融合」による融合召喚
扱いとして融合デッキから特殊召喚する。
バチバチと、電流のようなものが決闘盤に走った。
それは徐々に強くなっていき、決闘盤が駆け抜けて行く。
そして――
決闘盤から、6つの光が飛び出した。
白、赤、青、茶、緑、黒。
6つの光の球が、次々と決闘盤から吐き出され宙を回る。
ベルフレアが驚いた表情を見せる。
ぐるぐると、光が回りながら融合していく。
6つの光は交わり、やがて太陽のような巨大な黄金の光へと変化した。
それは空中へと飛び上がり、旧神の前まで行くとさらに膨張していく。
旧神が威嚇するように、声をあげた。俺は腕を、天に向かって伸ばす。
黄金の光が、はじけた。
「――究極の力を見せつけろ! 融合召喚、グランドクロス・ドラグーン!!」
まるで爆発したかのように、光の球が霧散した。
キラキラと光の粉が降り注ぐ中、巨大な竜が姿を見せる。
真っ赤な瞳。黄金に輝く鎧のような鱗に、鋭い爪。黄金の翼。
光に満ち溢れた、煌めきを放つ竜がそこには存在していた。
旧神を睨むと、グランドクロス・ドラグーンが咆哮をあげる。
その迫力からか、炎の不死鳥の翼が大きくざわめいた。
グランドクロス・ドラグーン ATK4000
「何だッ!? そいつはッ!?」
ベルフレアが黄金の竜を見上げて、目を見開き驚く。
その質問に対し、俺は何も答えない。ただ黙って、左手を前へと出す。
そこに握られているのは、6枚のカード。
黄金の竜が、さらに大きく咆哮をあげた。
俺は持っていた6枚の内1枚を手に取る。
描かれているのは、白く輝く翼を持つ白銀の竜。
そのカードを、俺は素早く墓地へ送る。
《Ragnarok Soul》
白い光が、黄金の竜の周りを回り始める。
さらに俺は、黒い悪魔のような竜が描かれたカードを墓地へ送る。
《Diabolus Soul》
赤い光が、さらに浮かび上がった。
体が微妙に発光している、青白い竜のカードを墓地へ送る。
《Apocalypsis Soul》
青い光が、浮かび上がる。
大地を体現したかのような、巨大な竜のカードを墓地へと送る。
《Absolute Soul》
茶色の光が、浮かび上がる。
巨大な鎌と赤い目を持った、薄緑色の竜のカードを墓地へと送る。
《Testament Soul》
緑色の光が、浮かび上がる。
最後に、不気味なオーラを身にまとう紫色の竜のカードを墓地へと送った。
《Catastrophe Soul》
黒い光が、浮かびあがった。
ぐるぐると、巨大な6つの光が黄金の竜を囲むようにして回る。
そして黄金の竜が咆哮をあげると、光は竜の体へと吸い込まれた。
グランドクロスの背中から生えた翼が、虹色に変化する。
天空を舞いながら、黄金の竜の体が白いオーラに包まれた。
そして大きく体を震わせると、視線を炎の不死鳥へと向ける。
大地を揺るがすような絶叫をあげ、黄金の竜が自身を鼓舞した。
すっと、俺は手を前へと出す。
過去からのしがらみ。絡みついた運命の糸。
それらは変わる事のない、永遠の繋がりだ。
そしてその中にある魂は、決して変わる事がない。
師匠の魂を受け継いで、俺は前に進む。
ゆっくりと、俺はその言葉を言った。
「――グランドクロス・テンペスト!!」
黄金の竜が、さらに咆哮をあげて口を開いた。
虹色の光を散らせながら、巨大なエネルギーがそこに収束していく。
旧神が、まるでたじろぐように後ろへ下がった。
黄金の竜の目が、輝く。
巨大な白い炎が、旋風と共に放たれた。
それは真っ直ぐに進み、旧神の巨大な体さえも飲み込んだ。
不死鳥がこの世のものとは思えないような、断末魔の悲鳴をあげる。
白い炎は旧神を貫くと、さらにその奥へと突き進んだ。
「ぐああああああぁぁぁぁぁ!!」
白い炎に飲み込まれ、ベルフレアもまた声をあげる。
真っ白な炎に包まれて、その姿が消えて行くベルフレア。
カチャカチャと首元で揺れていた奴のペンダントが、粉々に砕けた。
轟音と共に、白い炎は世界を飲み込んでいく。
それはまるで世界を終わらせる光であるかのように。
未来無き世界に、その閃光と旋風、轟音は響いていった。
黄金の竜が、赤い空を舞いながら咆哮をあげる。
……やがて白い炎が消え、世界に静寂が訪れた。
しんと静まりかえり、ほとんど何の音もない世界。
グランドクロス・ドラグーンが、喉を鳴らす音だけが響く。
俺は肩で息をしながら、決闘盤を構えるのを止めた。
バチバチと、空中で石のような色になり固まっていた旧神の体に電流が走る。
やがて旧神の体から炎が上がり、内部からボロボロと崩れていく。
炎の不死鳥は声もあげずに、ただその破滅を受け入れるように固まっていた。
そして最後には、旧神の体全てが灰となって、消滅する。
ベルフレア LP2500→0
ブンッと、決闘盤が音を立てる。
ソリッド・ヴィジョンが解除され、黄金の竜もまたキラキラと消えて行く。
そして俺達が元居た古い洋館の景色が、広がった。
「ば、ばかな……。旧神が……!」
痛そうに胸を押さえながら、ベルフレアが呟いた。
ギラリと紫色の瞳を俺へと向けると、尋ねる。
「お前、いったい、何をした……!?」
凄まじい迫力で俺を睨みつけるベルフレア。
俺は決闘盤にセットされた、黄金の竜のカードを手に取った。
そしてそれを見せるように持ちながら、言う。
「グランドクロス・ドラグーンは全ての魂を交差させる究極のドラグーン。墓地へ送った6枚の融合体ドラグーンの能力を、その身に宿す事ができるのさ」
グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。
俺の言葉を聞き、ベルフレアが目を丸くした。
呆然としたような表情を浮かべ、顔を伏せる。
「まさか、そんなカードがあるだなんて……」
小さな声で呟くベルフレア。
その体が、足元からキラキラと消えていっている。
ペンダントを砕いたせいだろうか。俺はそう考える。
その時不意に、ベルフレアが微笑んだ。
さっきまでの狂気を宿した笑みではない。
純粋に楽しそうな、面白く思っているような笑みだった。
俺が警戒する中、ベルフレアが手を叩いて言う。
「やはりお前は面白い! それでこそ、我が好敵手だ!」
「はぁ……?」
予想外の言葉に、俺は思わず声を出してしまう。
だがベルフレアは気にしていないようで、俺の事を指差した。
「だが忘れるな、レイン・スター! お前とは一勝一敗の引き分けだ! 決着はまだついていない!」
カラカラと、楽しそうに笑うベルフレア。
まさか今すぐここで決着とか言い出さないだろうなと、俺は少し不安になる。
だがベルフレアの体は既に、腰のあたりまで消えていた。
ニッと笑い、ベルフレアが言う。
「いつか必ず、この決着はつける。それじゃあな! クックック!」
そして特徴的な笑い声を残し、ベルフレアの体が炎に包まれながら消えた。
しんとした静寂が、誰もいない洋館に漂う。
凄まじい疲労を感じて、俺はため息をついた。
「……最後まで、騒がしい奴だった」
そう呟くと、俺は痛む体を引きずるようにして、ダンスホールを後にする。
廊下を歩いて、階段を下り、俺はこの古ぼけた洋館から外へ出た。
いつのまにか、空には星空が浮かんでいた。
漆黒の夜に浮かぶ無数の星を見上げながら、俺は心の中で呟く。
(俺は少しは前に進めたかな、師匠……)
決闘盤にセットされた黄金の竜を、俺は眺めた。
封印を解いたとはいえ、俺は今後もこいつは必要な時以外は使わないつもりだ。
ドラグーンデッキ自体も、以前と変わらず表だっては使わない。
まだ俺は前に進んでいるだけ。答えは、見つかってないから。
星空を眺め終えると、俺はデッキケースにカード達をしまった。
大切に、そこに宿る魂を感じながら、丁寧に。
しまい終えた所で、森への道から一人の人物が駆けてくるのに気づいた。
「あ、雨宮さん!!」
グールズ幹部の少女、レーゼさんが俺を見て声をあげる。
どうやら心配になって戻って来たらしい。こっちに向かって走って来る。
ディンの姿は見えない所を見ると、また道にでも迷っていたのだろうか。
俺はそんな事を考えて、フッと微笑む。
そして一歩、前へと踏み出した……。
第三十六話 妖精のワルツ
弾むような音楽が、ホールを満たした。
流れるように演奏される、ヴァイオリンの音色。
時に強く、時に弱く。繊細で、それでいて大胆なメロディ。
美しい旋律が、人々の心を飲み込んでいく。
最後の音が、ホールに響き渡った。
演奏が終わり、その人物がヴァイオリンを下ろす。
まるで眠るように演奏に聞き入っていた観客達が、ハッと目を覚ました。
ヴァイオリンを持った少女が、にっこりと微笑む。
爆発するような歓声と拍手が、巻き起こった。
パチパチと、大きな拍手の音がホールを包み込む。
熱気を帯びた表情の男達が立ち上がり、声をあげた。
彼らは全員が、はっぴを着てハチマキを額に巻いている。
「お嬢ーッ!! お嬢ーッ!!」
「今回の演奏も最高でしたーッ!!」
「L・O・V・E! お・じょ・う!!」
声をあげる男達に、少女は視線を向ける。
白い肌に、茶色がかったショートカット。大きな瞳。
少し小柄ながらも、どこか高貴な雰囲気を少女はもっていた。
にっこりと、少女が男達に向かって微笑む。
それだけで、男達のボルテージは跳ね上がった。
強烈な歓声をあげ、仲間同士で肩を組み、中には泣くものも見受けられる。
会場の熱気はまさに、最高潮へと達していた。
『素晴らしい演奏ありがとうございます!』
ステージの袖より、マイクを持った女子が小走りで駆けてくる。
少女はそれに気付くと、ゆっくりと顔を横へと向けた。
新聞部の腕章をつけた女子が、マイクを向ける。
『今のお気持ちは、どうですか?』
「……皆さん喜んでいただけて、とても嬉しく思います」
視線を伏せ、どこか照れたように言う少女。
その姿と声で、会場の男達のテンションがさらに上がった。
凄まじい歓声が上がる中、新聞部の女子がさらにマイクを向ける。
『本当に素晴らしかったです! ヴァイオリンはいつ頃から……?』
「……わたしが3歳の頃からですから、14年といった所でしょうか」
考えるように小首をかしげながら、少女が答えた。
その答えを聞いて、またも男達が声をあげる。
「さすがです、お嬢ーッ!!」
「まさに音楽に選ばれた、美の女神ーッ!!」
「マエストロの称号がふさわしいーッ!!」
どこか引いたような顔で、声をあげる男達へ視線を向ける新聞部の女子。
対照的にお嬢と呼ばれた少女はにっこりと微笑むと、手を振った。
それだけで、また何人かの信者が心を射抜かれたように悶える。
『そ、それでは最後の質問です!』
収集がつかなくなってきたのか、新聞部の女子が大きく言った。
少女が再び女子の事を真っ直ぐに見て、質問を待つように微笑む。
マイクにむかって、女子が叫んだ。
『ずばり、明日のファイブチーム・トーナメントへの意気込みは!?』
「…………」
質問を聞き、しばし考えるように顔を伏せる少女。
その様子を見て観客達も声をあげるのをやめ、静まり返る。
しんとした会場。何人もの人間が息を呑んで、答えを待つ。
顔をあげ、少女が、微笑んだ。
「出るからには、必ず勝ちます」
ホールにその声が響き、再び辺りは爆発するようにして熱気に包まれた……。
『デュエル・コーディネート!!
それは熱き魂の試み! 全く別の新次元への扉!
今までの常識を覆した数々の新規策!
人々の心を掴んで離さない、眩いまでの輝き!
友情! 努力! 勝利! 全ての要素がここにある!
そしてそれに命を賭ける人間を、人々は5C’sと呼んだ!』
「……何ですか、これは?」
チラシに目を通した内斗先輩が、一言一句ゆっくりと尋ねた。
前を歩いていた日華先輩が振り返り、微笑む。
「我がDC研究会の宣伝チラシ。その最新バージョンだよ!」
得意そうな顔で、そう答える日華先輩。
内斗先輩が悩ましげに髪をかき、ジトッとした目を向ける。
「恭助。いくつか聞きたい事があるんですが……」
「うん? なんだい、内斗君?」
「まず、この『眩いばかりの輝き』ってのは誤植ですか?」
内斗先輩がチラシの中央辺りを指差した。
確かに、これは誤植だな。俺もそう考え頷く。
日華先輩が、露骨に落胆した表情を見せた。
「何を言うんだ。この僕の決闘を見ただろ。素晴らしい輝きに満ちているじゃないか!」
「それは単に、恭助のデッキのモンスターが輝いているだけでしょ」
もっともな意見を言う内斗先輩。
ダイヤモンド・ドラゴンなんて、誰が使ってもキラキラする。
だが日華先輩はチッチッと、指を動かした。
「甘いね。僕のダイヤモンド・ドラゴンは特別さ。DC補正で他とは煌めきが違う!」
「一応聞きますけど、DC補正って何ですか?」
「D(デュエル)C(コーディネート)補正。華麗なるデュエル・コーディネーターの手によって、まるでカード達が生命の息吹を帯びたように光輝く現象の事さ。もちろんそれには個人差があるけど、これはあくまで総称だから」
「それ、今考えたんですか?」
内斗先輩の質問に対し、日華先輩は頷いた。
頭痛を感じたように、内斗先輩が頭を押さえる。
非常に苦しげに、内斗先輩が続けた。
「じゃあ、この『友情! 努力! 勝利!』の部分なんですけど――」
「あぁ、それがどうかしたかい?」
「恭助、昔、勝利するのが目的じゃないって言ってませんでした?」
内斗先輩の言葉に、俺達は頷いた。
何かとDEC(というか白峰先輩)に絡まれ、何度も敗北していた日華先輩。
その度に日華先輩はよく「僕は勝つのが目的じゃない!」と言っていた。
このチラシに書かれている事と、矛盾している。
「自分の発言まで忘れちゃったんですか?」
呆れたように、内斗先輩が言う。
だが日華先輩は、いつもの余裕ある笑みを浮かべた。
「そんな訳ないだろう。その発言は本当だよ。DCは常に勝利している!」
「はぁ?」
「内斗君、決闘というのはただ単にLPが0になった方が負けではないのだよ。例えルールでは負けても、内容では勝利する。それがデュエル・コーディネーターの真髄だ。相手がどんな強デッキであろうと、そいつを相手に《究極完全体グレート・モス》の1体でも出せればほぼ勝ちみたいなものだろう。その後のライフの上げ下げなんて、とるに足らない行為だね」
自信満々な口調で話す日華先輩。
それはまさに根本的なルールさえ無視した凄まじい理論だった。
内斗先輩が肩をすくめ、言う。
「つまり、負け惜しみというか、難癖ですか?」
「違う! 観客の心さえ掴めれば、誰でも勝者という事なんだよ!」
びしっと、天に向かって人差し指を伸ばす日華先輩。
ディアがキラキラとした瞳を向けて、パチパチと拍手する。
俺達は何も言えず、ただ黙ってため息をついた。
「まぁ、恭助がそう思うなら、そうなんでしょ。恭助の中では……」
激しい頭痛でも感じているかのように、内斗先輩が目を閉じた。
僅かな時間、歩いている俺達の間から会話が消える。
精神を落ち着かせるように、内斗先輩が大きく息を吐いた。
そして、言う。
「それじゃあ、恭助。最後の質問なんですが――」
「おおっ! 何だい内斗君!」
機嫌良さそうに、尋ね返す日華先輩。
内斗先輩が黙ったまま、チラシの最後を指差す。
顔をあげ、内斗先輩が、尋ねた。
「この『5C’s』って、何ですか?」
「え。そんなの、決まってるじゃないか」
内斗先輩の言葉を聞き、不思議そうな顔をする日華先輩。
だがすぐににっこりと微笑むと、言った。
「僕を含めた、才能豊かな5人のデュエル・コーディネーターの事だよ」
まるで慈愛の女神のように、にっこりと俺達に笑いかける日華先輩。
内斗先輩が不思議そうに頬をかく。
「恭助以外に、そんな奇特な人が4人もいるんですか?」
「はっはっは! なかなか面白い冗談だね、内斗君!」
日華先輩がオーバーなアクションで笑う。
そして嫌な予感がする中、日華先輩が、言った。
「ここにいる、僕達DC研究会のメンバーの事に、決まってるじゃないか!」
とても冷たい風が、俺達の間を通り過ぎた。
沈黙。俺と天野さんは、暗い表情で顔を伏せている。
不意に、内斗先輩がクスリと、微笑んだ。
輝くような笑顔を浮かべる内斗先輩。
その手の中で、チラシが粉々に引き裂かれた。
日華先輩の笑顔が、凍りつく。
凄まじい負のオーラを出しながら、内斗先輩が言った。
「冗談は寝てから言って下さいよ、恭助」
笑顔のまま、そう言ってパッと手の平を広げる内斗先輩。
粉々になったチラシが、風に乗って飛んでいく。
固まってしまった日華先輩の横を、内斗先輩が通り抜ける。
「ぼやっとしてないで、早く行きますよ」
とても容赦ない一言が、日華先輩に突き刺さる。
ぐすんと鼻をすすり、涙をぬぐいながら、日華先輩が動きだす。
「……負けないもん」
ツカツカと、内斗先を追い抜く日華先輩。
やれやれといった様子で、内斗先輩が肩をすくめた。
ぶつぶつと、日華先輩が呟く声が聞こえてくる。
「……例え1Cであっても、デュエル・コーディネートは不滅だもん……」
いじけるような口調になってしまった日華先輩。
こんなんで今回の試合は大丈夫なのだろうか。
俺は不安に思いため息をつく。横を歩いていた天野さんが、言った。
「今日の対戦相手は、聖レベリア学院のデュエルクラブさんですよね。チーム名は――」
「チーム、アルベリッヒワルツ」
前を歩いていた日華先輩が、きっぱりとした口調で言った。
さっきまでのいじけた顔はどこへやら、いつもの余裕ある微笑みの日華先輩。
大きく両手を広げながら、言う。
「素晴らしいネーミングだね! 誰が考えたかは知らないけど、きっとかなりのセンスの持ち主だ! 強敵に違いない」
相変わらず敵チームのネーミングで強弱を決めようとする日華先輩。
もっとも、既に大会もこれで三回戦目に突入した事は事実だ。
ここまで来れたという事は、強敵である可能性が非常に高い。
「いよいよ、後半戦ですね……」
内斗先輩が真剣な表情で、呟いた。
その言葉に、日華先輩を除いて全員が身を引き締める。
ファイブチーム・トーナメントの予選は、全部で5戦。
事実上、この戦いは準々決勝なのだ。
いつのまにやら、こんな部活でもここまでの位置に辿り着いていた。
不思議というか、悪運が強いというか。しぶといとも言えるな。
「そういえば、今日は風丘高校でDECが3回戦を行っているらしいですね」
天野さんが、誰にともなくそう尋ねた。
日華先輩が頷いて、口を開く。
「そうだね。まぁ、沙雪の奴なら大丈夫でしょ」
手をヒラヒラとさせながら、そう答える日華先輩。
確かに、DECはメンバー全員が生え抜きの実力者だ。心配はない。
ディアがフフンと笑いながら、言う。
「何だかんだで、白峰先輩を信用してるんですね、日華先輩!」
「ん? まぁね」
「一緒にいる時間も多いですし、ひょっとして恋人なんですか?」
ディアのストレートな質問に、俺達はギョッとする。
確かに、今までの関係を見ていると、そういう節もあるが……。
緊張したように、俺や内斗先輩、天野先輩が答えを待つ。
にっこりと、日華先輩が微笑んだ。
「いや、ただの幼馴染だよ。腐れ縁って奴だね」
「え〜っ! 本当ですか〜?」
ディアが納得できない様子で言うが、日華先輩は答えない。
ただいつものように余裕ある微笑みを浮かべ、日華先輩は歩いていた。
さすがのディアも、それ以上は何も尋ねない。
やがて、俺達の前に真っ白な建物が見えてきた。
遠目ながら、それが巨大な校舎である事は分かる。
近づくにつれ、その学校の豪華さが目に取れた。
「聖レベリア学院。ここで間違いないようだね」
校門の横に付けられたプレートを読み、日華先輩が頷く。
そして俺達は、校門をくぐって中へと入った。
まず目に入ったのは、とても広々とした面積の道とその奥にそびえる校舎だった。
校舎は美しい白色で、とても都会的で洗練されたデザインをしている。
それでいて横には綺麗に整えられた木々が並び、美しい景観を織り成していた。
そして校舎の横にそびえる、円形のホール。
まさにお金持ちの人間が通うような、小綺麗な学校がそこにはあった。
「わぁ、すご〜い」
校内に入ったディアが、感嘆の息をあげた。
キラキラと目を輝かせて、キョロキョロと辺りを見回している。
「すごく綺麗な学校ですね……」
天野さんもまた、感動したように呟いていた。
対照的に、内斗先輩は特に何の感情も浮かべていない。
俺自身も綺麗だとは思う反面、それ以上のものはなかった。
だが天野さんやディア以上に、感動している人がいた。
「な、なんて素晴らしい所なんだ……」
日華先輩が、感動した様子で涙を流す。
それを冷ややかな様子で見つめている内斗先輩。
日華先輩がポケットから白いハンカチを取り出し、涙をぬぐった。
「これだよ。僕が求めていたのは、こういう芸術的な場所なんだよ……」
ぶつぶつと呟きながら、校舎の方を眺める日華先輩。
内斗先輩が、呆れた表情を浮かべる。
「だったら、風丘高校じゃなくて、こっちに入学すれば良かったんじゃないですか?」
「むぅ。今からでも真剣に検討したいくらいだね……」
内斗先輩の嫌みにさえ、真剣に答える日華先輩。
どうやら本気でこの学校が気に入ったらしい。
内斗先輩がため息をつく。
「ま、その話はまた後で考えるとしまして、とりあえずは
試合が行われる校庭の方へ移動しましょう。遅刻したくないですからね」
ぐいと、内斗先輩が親指を曲げて道を示す。
俺達はその言葉に、コクリと頷いた。
日華先輩だけが、まだ校舎の方を見ている。
「ほら、行きますよ」
強引に、日華先輩の手を取る内斗先輩。
動かないでいる日華先輩を、無理矢理に連れて行く。
ズルズルと引きずるようにして、日華先輩の体は進んだ。
「ちょ、ちょっと内斗君! 痛いよ痛い! 体が擦れて痛い!」
「我慢して下さい」
日華先輩の文句を、たった一言で済ます内斗先輩。
日華先輩もじたばたと体を動かすが、内斗先輩の力には敵わない。
そのまま俺達は、校舎横の広い校庭へと出てきた。
いくらお金持ちの学校とはいえ、さすがに校庭には特殊なものはなかった。
多少地面が舗装されているものの、根本的には風丘高校と変わりない。
ここまで来てようやく、内斗先輩が日華先輩を解放した。
「さて、諸君。試合までには、まだたっぷり時間がある」
ボロボロになりながらも、カッコつけた口調の日華先輩。
優雅な微笑みを浮かべ、すっと指を伸ばす。
「という訳で、お茶にしよう。ちょうどそこに良い場所がある」
日華先輩が指差した先には、白のテーブルとイスがいくつも置かれていた。
学生用に造られた昼食を食べる場所、といった所か。いちいちお金がかかっている。
内斗先輩がフッと笑い、頷いた。
「ま、そうですね。試合までのんびりとしますか」
その言葉に、俺達は頷く。
一番手前にあった白のテーブルを囲むように、俺達はイスを動かし座った。
日華先輩がテーブルに体を投げ出して、ため息をつく。
「はぁ。こういう場所が、風丘高校にもあればなぁ……」
「校舎裏にテーブルとベンチでも持ち込めばどうですか?」
どうでもよさそうに、内斗先輩が言う。
日華先輩が残念そうに、首を振った。
「そういう問題じゃないよ。この学校を見てると、やっぱり風丘高校にはお洒落さが足りないって話さ」
「高校にお洒落さを求めるんですか?」
呆れたような視線を日華先輩へと向ける内斗先輩。
いつもの事なので、俺達3人はその事について何も口を出さない。
平和な雰囲気。いつも通りの風が、俺達の間を流れて行く。
と、その時、視界の隅に妙な物が映った。
校舎の方より歩いてくる、30人程の男の集団。
その先頭には背の小さな男子と、背の高い女子が1人ずつ。
その集団は真っ直ぐに、こちらへ近づいてくる。
「な、なんでしょうかね……?」
不安そうに、天野さんが俺に向かって言う。
俺もまた彼らが何なのか分からず、首をかしげた。
集団が、俺達のテーブルの横で、立ち止まる。
「お前らが、チーム・フィーバーズか?」
先頭を歩いていた背の小さな男子が、そう尋ねた。
そこでようやく、内斗先輩がその集団へと視線を向ける。
「そうですが、何か?」
不思議そうに彼らを見る内斗先輩。
その反応を見て、背の小さな男子がフッと笑った。
茶色がかった髪をかきあげて、男子が言う。
「何だ、今回はあんまり強そうなチームじゃないな。なっはっは!」
楽しそうに1人で笑い始める男子。
まぁ、実際に強くないんだから特に反論もでない。
俺やディア、内斗先輩は反応しないし、天野さんも顔を伏せるだけ。
日華先輩だけが、ムッとした表情を浮かべていた。
日華先輩が、肩をすくめる。
「随分と失礼な奴だね。君がアルベリッヒワルツのリーダーかい?」
「ふっ、あいにくだが俺はリーダーじゃない!」
えっへんと、威張ったような口調で答える男子。
得意そうな顔のまま、背の小さな男子がさらに続けた。
「俺の名は篠村九龍(しのむら・くりゅう)! アルベリッヒワルツの副リーダーだ!」
「……篠村?」
「……九龍?」
内斗先輩と日華先輩が、顔を合わせた。
俺達も驚きつつ、その男子に視線を向けている。
日華先輩が、ゆっくりと尋ねた。
「ひょっとして……篠村八宝君の兄弟か何か?」
その言葉に、背の小さな男子が目を見開いた。
びっくりとしたように、日華先輩に迫る。
「なっ、なんでその事を!?」
「だって、僕達が一回戦で当たった人だから……」
男子の勢いに戸惑いながら、日華先輩が答える。
そう、篠村という名前は、俺達が一回戦で当たった
祇園精舎というチームのリーダーの名前だ。
篠村八宝。あの自由奔放な人間の事が、脳裏に浮かぶ。
何かと日華先輩に似た変人だったが、まさか弟がいたとは。
よーく見てみれば、確かに顔付きが少し似ているように思える。
背の小さな男子――篠村九龍が頷いた。
「まぁ、確かに、俺には篠村八宝という兄貴がいる。だがな――」
顔をあげる九龍。
「俺はあんな変人を、兄貴とは思ってないからな! 俺は兄貴とは違う!」
強い口調で、九龍が断言した。
まぁ、変人という部分には大いに同意できる。
なんせあの日華先輩と通じる事ができる人間だし。
しかしアイドルのおっかけのような格好のせいで、後半は全く説得力がなかった。
内斗先輩が、苦しそうに額に手を当てる。
「兄とはまた別ベクトルの変人みたいですね……」
九龍に聞こえないよう小さな声で呟く内斗先輩。
その言葉に、俺達は頷いた。
「それじゃあ、君の横の女の子がリーダー?」
日華先輩が九龍の横に立つ、背の高い女子を指差した。
長い黒髪で、無愛想な表情。雰囲気はどこか小城さんに似ているが、
彼女はそれ以上に寡黙そうな印象を受けた。
九龍が首を横にふる。
「こいつは上杉椿(うえすぎ・つばき)。アルベリッヒワルツの三番手だ」
「……どうも」
ペコリと、軽く頭を下げる女子。
それにしても背が高い。見た感じ170cmくらいありそうだ。
相対的に、横の九龍が物凄く小さく見える。
「別に挨拶なんかしなくてもいいんだよ!」
頭を下げた上杉さんに対し、九龍が不満そうに言う。
上杉さんがその言葉に顔をあげ、しょんぼりとした表情を浮かべた。
とても小さな声で、「ごめん」と呟いている。
「デコボココンビって、こういうのをいうの?」
ディアが横に座る天野さんに向かって尋ねる。
困ったように首をかしげる天野さん。
コホンと、九龍が咳払いした。
「そして我らがアルベリッヒワルツのリーダーこそ、この聖レベリア学院のアイドルであり、我らが崇める女神! 現世に舞い降りた現代神こと、お嬢なのだーッ!!」
ドーンと、とても高いテンションで九龍が叫ぶ。
その言葉に、後ろで固まっていた男子連中が声をあげた。
上杉さんは、どこか恥ずかしそうに顔を伏せている。
「凄く残念な集団ですね……」
冷ややかな視線を向け、内斗先輩が呟いた。
非常に冷たい空気が、俺達の間に流れる。
「そんな訳で我らがチームの戦力はまさに無敵! お嬢親衛隊総勢300人による応援と合い合わさって、貴様らの敗北は目に見えてるな! なーっはっはっは!」
俺達とは対照的に、とても楽しそうに笑いながら九龍が言った。
見れば、確かに校庭にはいつのまにやらぞくぞくと人が集まりつつあった。
まるでアイドルのコンサートのような、奇妙な熱気になっている。
そして俺達に向けられる、敵意の視線。
「な、なんだかとってもアウェーな雰囲気ね……」
周りを見ながら、ディアがそう呟いた。
天野さんもオロオロとしながら、俺の方を見る。
「あ、雨宮君……」
不安そうに呟く天野さん。
だが俺はそこまで不安を感じてはいなかった。
なぜなら、うちのチームには悪魔がいる。
「ま、いいでしょ。とりあえず試合ではよろしくお願いしますね」
どうでもよさそうな口調で、内斗先輩が言った。
さすが元金髪の悪魔。この状況を歯牙にもかけていなかった。
冷たい視線を九龍へ向け、頬杖をついている内斗先輩。
九龍が、にやりと笑う。
「そうだな。だがどうだ? ここらでちょっとした前哨戦をするというのは?」
「前哨戦?」
ピクリと、九龍の言葉に反応する内斗先輩。
九龍が大きく頷き、周りの観客達をあおぐように声をあげる。
「ああ。なーに簡単だ。ちょっとした腕比べと行こうじゃないか。これで」
ドンと、九龍がテーブルに右手を置いた。
肘の部分を床に付け、握手するように右腕を伸ばしている。
内斗先輩がそれを見て、聞く。
「なるほど。腕相撲ですか?」
「ああ、単純で分かりやすいだろう?」
九龍が挑発するように、馬鹿にした口調で言う。
内斗先輩がその言葉を聞いて、微笑んだ。
ゾクリと、俺達の背筋に冷たいものが走る。
ゆっくりと、悪魔が微笑みながら口を開けた。
「いいですよ。でも僕、そんなに力ないんですよ。お手柔らかにお願いしますね」
すっと、右腕を伸ばす内斗先輩。
日華先輩が慌てて、九龍に耳打ちする。
「ちょ、ちょっと君! 悪い事言わないからやめたまえ!」
「ん?」
不思議そうに日華先輩の方を見る九龍。
だが日華先輩がさらに何か言おうとする前に、
内斗先輩が口を開いた。
「邪魔しないで下さいよ、恭助。大丈夫です、たかが腕相撲ですから」
にっこりと、笑顔を見せる内斗先輩。
その顔を見て、日華先輩の顔からも血の気が引く。
ゆっくりと、2つの右手が近づきそして――
「なにしてるんですか!!」
高い声が、辺りに響いた。
内斗先輩や九龍、俺達が声のした方へ顔を向ける。
そこには小柄な、茶髪の少女が立っていた。
息を切らし、どこか怒ったような表情を浮かべている少女。
九龍が慌てて立ち上がる。
「お嬢!」
「九龍さん、なにしてるんですか!」
ツカツカと、九龍に近づく少女。
九龍がしどろもどろになりながら、言う。
「あ、えーっとですね、ちょっと対戦相手と親睦を……」
「……わたくし、嘘は嫌いです」
きっぱりとした口調で、そう言う少女。
九龍がガーンとショックを受けて固まる。
少女は九龍を通り過ぎ、上杉さんに尋ねた。
「上村さん、なにをしてたんですか?」
「……九龍が、腕相撲をしようと」
決まりが悪そうに、そう答える上杉さん。
その言葉を聞き、悲しげな表情を浮かべる少女。
ゆっくりと、小さな声で呟くように言う。
「そのような争い事は、わたくし嫌いです。わたくしは皆さんにもっと笑顔でいてもらいたいのに……」
クスンと、鼻を鳴らして涙を見せる少女。
どよどよと、周りにいた男子連中が戸惑い始める。
立ち直った九龍が、慌てて言った。
「お、お嬢! 申し訳ありません! ですがこれもすべてお嬢の事を思えばこそなんです! なにとぞお許しを!」
物凄い勢いでまくしたて、頭を下げる九龍。
お嬢と呼ばれた少女が、顔をあげた。
メソメソと涙を流しながら、尋ねる。
「もう、しないと約束してくれますか?」
「は、はいっ! もちろんですお嬢!」
力強く断言する九龍。
その言葉を聞いて、少女がようやく涙を止めた。
にっこりと、少女が微笑んで頬を赤らめる。
「ありがとうございます。やはり九龍さんは、お優しい方ですね……」
その言葉を聞き、九龍が顔を赤くした。
嬉しそうにプルプルと震え、見悶える九龍。
その様子を上杉さんが、複雑そうな表情で眺めている。
「なんだ……つまらないですね」
腕相撲がふいになり、内斗先輩が残念そうに言った。
俺達はむしろ腕相撲がなくなった事でホッとしていたが。
少女が、俺達の方へと視線を向ける。
「では、今日はどうぞよろしくお願いします……」
そう言って、少女がペコリと頭を下げた。
その後ろでは九龍が不機嫌そうに俺達を睨んでいる。
そして男達を後ろに従えながら、少女は校庭の奥へと歩き始めた。
「な、なんだか、凄いチームだね……」
日華先輩が呆れたような、なんともいえない声で言う。
その言葉に、俺や天野さんはうんうんと頷いた。
ディアだけが、なにやら口元に手を当てて考えている。
「……なーんか、嘘くさいわね」
ぶつぶつと、納得できなさそうなディア。
だがその言葉も、校庭に大会スタッフの女性が到着した事で消える。
「それではこれより、ファイブチーム・トーナメント、第3回戦を始めます!」
観客が集まる中、スタッフの凛とした声が響いた。
どよどよと会場がざわめき、俺達の間に緊張が走る。
内斗先輩が真剣な表情を浮かべ、顔をあげる。
「それじゃあ、行こうか」
その言葉に、俺達は黙って頷く。
戦いの火蓋は、切って落とされた……。
フィーバーズ アルベリッヒワルツ
×天野茜 = ○杉下亮
×雨宮透 = ○流山新
○ディア = ×上杉椿
神崎内斗 = 篠村九龍
日華恭助 = 黒浦蘭
校庭に置かれた古い黒板。
そこに、今現在までの試合結果がチョークで書かれていた。
現在の所、一勝二敗。次の内斗先輩が負けると、敗退確定だ。
「すみません。また負けちゃって……」
ズーンと暗い雰囲気で、天野さんが頭を下げ謝った。
ディアは優しく微笑むと、首を横にふる。
「そんな気にしないで。勝負は時の運よ」
「……うぅっ、すみません」
しょんぼりとした様子で呟く天野さん。
その頭を、ディアはよしよしとなでている。
一通り慰め終えると、ディアが俺に視線を向けた。
「で、あんたは何してるのよ?」
さっきとは打って変わって、きつい口調で尋ねるディア。
どうやら俺を励ますという気はサラサラないらしい。
ため息をついてから、俺は答える。
「昨日の疲れがまだ取れてないんですよ。本当なら代理人を立てたいくらいです」
「あぁ、そういえばそうだったわね……」
俺の言葉に、納得したように頷くディア。
激しい疲労感を感じながら、俺は息を吐く。
あのベルフレアとの戦いは、想像以上に俺の気力や体力を削っていた。
それは1日寝たくらいでは到底回復せず、その結果がこの敗北だった。
いくら本気のデッキではないとは言え、不甲斐ない事に変わりはないが。
「ま、少なくとも次は大丈夫そうだけどね……」
ディアが校庭に視線を向けながら、そう呟く。
校庭では既に内斗先輩と九龍の決闘が始まっていた。
今の所、ゲームの流れは完全に内斗先輩に傾いている。
涼しい顔でカードを選ぶ内斗先輩。
それとは対照的に苦しげな表情の九龍。
この時点で既に未来は決しているように見えた。
「後は、大将戦で決まるわね……」
緊張したように、そう分析するディア。
だが当の日華先輩は、あまり緊張しているようには思えない。
それどころか、何やらボーッと考えている。
「……それにしても、やっぱりこの学校はいいなぁ……」
ぼそっと、日華先輩がそう呟くのが聞こえた。
ディアが微妙に眉をしかめる。
「……こんなんで、大丈夫かしら?」
こそこそと、俺と天野さんにむかってささやくディア。
俺達は顔は合わせると、ほぼ同時に首をかしげた。
そもそも、普通にやっても勝てるかどうか、かなり疑問だが……。
校庭では、内斗先輩が重力解除で敵の攻撃を受け流している。
ゲームの流れは相変わらず内斗先輩にあるようだ。
僅かな時間、俺は決闘している方へと視線を向ける。
ディアの言った通り、内斗先輩は問題なさそうだ。
と、その時、おもむろに日華先輩が立ち上がった。
そしてふらっとした様子で、校舎の方へと歩いていく。
「日華先輩、どこ行くんですか?」
少し心配そうな口調で、ディアが尋ねた。
俺達もまた、微妙な不安を感じている。
まさか、本気で転入手続きするとか言い出すんじゃ……。
俺は今日の昼間の事を思い出す。
ちょうど内斗先輩が手厳しい態度を取っていた。
それが原因で、風丘高校に愛想をつかしたという事も考えられる。
ごくりと、緊張して答えを待つ俺達。
日華先輩が、振り返る。
その顔にはどこか達観したような微笑みが浮かんでいた。
俺達の緊張が増す中、日華先輩がゆっくりと口を開く。
「ちょっと、お花を摘みに行ってくるよ……」
とても冷たい風が、俺達の間を通り抜けた。
ディアだけは意味が分からないようで、首をかしげている。
スタスタとした足取りで、日華先輩は校舎に向かって歩いて行った……。
黒浦蘭(こくうら・らん)。
それが、聖レベリア学院で《お嬢》と呼ばれている少女の本名だった。
歴史ある名家の生まれで、趣味はヴァイオリンの演奏と決闘。
ヴァイオリンの腕もさることながら、決闘の腕もピカ一である。
所属しているデュエル愛好会のリーダーの座も、実力で掴んだものだった。
美しく、高貴で、心優しく洗練された存在。
それが聖レベリア学院における彼女の評判だった。
しかし、彼女には人には隠している事が1つだけあった。それは――
一人きりの化粧室。鏡を前に、蘭が口を開く。
「あーもう、やってられんわーっ!!」
バリバリの関西弁のアクセントで、蘭はそう言った。
髪をかきながら、ため息をつく蘭。
「まったくえらい事になったわ。これも全部おとんが『学校では清楚でおしとやかにしいときや』なんて言うたからや! 仕事から帰ってきたらしばいたるで、ほんまにもう!」
ぷんぷんとした様子で、怒りを鏡の中の自分に向ける蘭。
ぶつぶつと文句を言いながら、乱れた髪を整え始める。
蘭が大阪の名家の出身で、家では関西弁な事を知る者はいなかった。
ついでに言うと、彼女の清楚な性格というのも本当の性格ではない。
転校してきた際は父の言葉通りに半分面白がって演じていたのだが、
ファンクラブが出来て親衛隊まで集まった今、戻すに戻せない状況になっていたのだった。
本来の性格は、普通のノリが良い女子高生である。
「ほんま、男はバカばっかや……」
自分の演じている清楚な性格を考え、呆れる蘭。
あんな天然記念物みたいな人間、今時おるわけないやろっ!
びしっと鋭く、心の中でつっこみを入れる蘭。
「少しはまともな男がいてもええんちゃうのかなぁ……」
丁寧に髪や眉毛の形を整えていく蘭。
その脳内では、理想の男性像を思い浮かべていた。
とりあえず、顔はイケメンやないとな。ほんでセンスも重要や。
性格も、優しくて気が利いてそんでもって上品で……。
「……無理やな」
自分もまた、親衛隊と同じく天然記念物級の理想を抱いていた事に気づく蘭。
何だかあの連中と同レベルになってしまったみたいで、物悲しくなった。
一通り準備も終わり、化粧道具を片付ける蘭。
「ま、ひょっとしたら万に1つの可能性もあるしなぁ。神様は気まぐれや」
そう言って自分を元気づける蘭。とりあえず試合に向けて集中する。
今回の対戦相手の名前は忘れてもうたが、そこら辺はなるようになるやろう。
豪快に考え、蘭は化粧室から出た。
外からは試合の歓声が聞こえてくる。
「……押されとるみたいやな」
聞こえてくる歓声から、蘭はそう判断した。
そして意外だと感じる。九龍は性格こそ残念なれど、
その決闘の実力『だけ』は蘭も認めていたのだった。
その九龍が今、大会参加以来はじめて押されている。
「存外、面白いやん。この大会も……」
決闘者としての闘志を燃やしながら、蘭が微笑んだ。
久しぶりに手ごたえのある決闘が出来そうや。胸も高鳴ってるわ!
そうとなれば、蘭はもうじっとしてられなかった。
「ほなら、とりあえず戻って応援の1つでもしてやるか!」
そう言って、廊下を小走りに駆けて行く蘭。
タッタッタという音が、誰もいない廊下に響く。
そして勢いよく外へと出ようとした時――
ドンッ!!
「!?」
ちょうど校舎へ入ろうとしていた何かと、蘭はぶつかった。
ゴテンと勢いよく頭をそいつにぶつける蘭。
痛さにおでこを押さえながら、蘭が顔をあげる。
「ど、どこに目ぇ――」
そこまで言いかけた所で、蘭は言葉を止めた。
思わず出てしまった関西弁のせいではない。
目の前に立つ男に、蘭は釘付けになる。
「大丈夫かい?」
男はキラキラとしたオーラを出しながら、そう尋ねてきた。
上品で柔らかな態度。茶色の長い髪が、背中で揺れている。
優雅な動作で、男が蘭の手を取った。
「すまない。前をよく見ていなかったものでね。怪我はないかい?」
「え、あ、は、はい……」
しどろもどろになりながらも答える蘭。
その言葉を聞いて、男はホッとしたようになる。
「良かった。レディに怪我をさせたとなったら、僕もコーディネーター失格だからね」
「こーでぃねーたー?」
「あぁ、気にしないでくれたまえ。僕の理想さ」
どこか憂いのある声で、そう答える男。
それを聞いた蘭の頬が、ぽっと赤くなる。
すっと蘭の手を離すと、男は校舎の中へと歩いていく。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
思わず、蘭が声をかける。
足を止め、ゆっくりと振り返り微笑む男。
「なんだい?」
「……ど、どこ行く気なんや?」
関西弁のまま、そう尋ねる蘭。
だがもはやそんな事は気にしていなかった。
目の前に男に、蘭は心奪われている。
しばしの間の後、男が笑いながら、ウィンクした。
「ちょっと、お花を摘みに行ってくるのさ」
透き通るような声で、男はそう答えた。
蘭の目には、男がキラキラと光輝いているように見える。
にっこりと微笑むと、男は男性用の化粧室へと入っていった。
残された蘭が、廊下に立ちつくす。
ドキドキと胸が高鳴っている。
さっきまでの決闘者としての高鳴りではない、別の高鳴りだ。
溢れんばかりの優雅さ、美しく整った顔。紳士な性格。
男が持っていたそれらを、蘭は感じていた。
彼は親衛隊の連中とは違う、いや今まで会った男全員と違っている。
蘭にとっての理想、その要素を全て持っていた。
『ちょっと、お花を摘みに行ってくるのさ』
男の残した言葉が、蘭の心の中で響き渡る。
続いてにっこりとした、輝く笑顔が。
やや呆然としたように、蘭が呟く。
「そ、そないな事、言われたら……」
プルプルと緊張しているかのように震える蘭。
そして大きな声で、言った。
「惚れてまうやろー!!」
蘭の絶叫は、外の歓声にかき消され、校舎の中に消えて行った……。
「ここが、聖レベリア学院ね」
白い校舎が見える、大きな校門前。
茶色がかった短髪の少女――DEC部長の白峰沙雪がそう言った。
その後ろで、DECの倉野詩織が頷く。
「はい。占いましたから!」
にこにこと微笑みながら、持っている水晶玉を見せる倉野。
その横ではDECの小城宮子が、顔を伏せている。
「……どうして当たるんだろう」
ボソリと、小城がそう呟いた。
倉野がその言葉に反応し、にっこりと微笑む。
「きっと日ごろの行いが良いからですわ!」
倉野の想像を絶する言葉に、小城はおし黙った。
白峰が顔をひきつらせながら、苦笑いする。
「ま、まぁまぁ、いいじゃない。ちゃんと辿り着けたんだし……」
微妙に倉野の力を恐れながら、フォローする白峰。
気を取り直すように振り返ると、奥の白い校舎を指差す。
「さっ、とりあえず試合を見に行きましょ! 敵情視察も重要だしね!」
そう言って堂々と校舎へと入っていく白峰。
倉野と小城が、その後ろを付いていく。
聖レベリア学院の校舎を前に、白峰が感嘆のため息をついた。
「すっごいわね……」
近代的なデザインの白い校舎。
ピカピカに整えられ、清掃も行き届いた道。
その小奇麗で洗練された校内に、白峰は圧倒された。
「とっても素敵ですわね〜」
のんびりとした口調で、倉野が言う。
その言葉に小城も小さく頷いた。
だが感動しているのもそこそこに、白峰が鋭い声で言う。
「でも、決闘の実力にこんなのは関係ないわ! やっぱり見た目より中身が重要よ!」
うんうんと、腕を組んで頷く白峰。
その言葉に、倉野がパチパチと拍手を送った。
フフンと得意そうになり、キョロキョロと周りを見回す白峰。
「さーて、試合やってるっていう校庭はどっちかしら?」
だが何かを見つけるより前に、巨大な歓声が耳に入ってきた。
まるでアイドルが登場した時のような、爆発するような熱気が伝わる。
「ずいぶん、盛り上がってますわね」
どこか不思議そうな表情で、倉野が頬に手を当てた。
小城もまたびっくりとしたような表情を浮かべている。
白峰もまた、首をかしげた。
「そうね。なんでこんなに盛り上がってるのかしら? ともかく、行ってみましょ」
白峰の言葉に、2人の女子が頷く。
テクテクと、舗装された道を歩いていく3人。
前を歩く白峰に向かって、倉野が尋ねる。
「部長。本当に敵情視察が目的なんですの?」
「へ? な、なによ?」
にっこりと笑っている倉野を見て、たじろぐ白峰。
倉野がふふっと、おしとやかに笑い声をあげる。
「そんな分かりきっているではありませんか。本当は、日華殿に会いに来たのではないのですか?」
「は、はぁっ!?」
白峰が驚いたように声を荒げる。
ずいと、倉野がまくしたてた。
「何だかんだでお2人は仲がよろしいですし、幼馴染なんでしょう? 部長も何かにつけて日華殿のいるDC研究会に行っているじゃありませんか」
「い、いや、それはただ単に腐れ縁で――」
「部長、日華殿が好きなんでしょ?」
動揺する白峰に向かって、倉野がストレートに尋ねた。
まるで石のように固まる白峰。その顔が真っ赤に染まる。
「な、な、な……!」
「ふふ、隠さなくても良いじゃありませんか。大抵の方は知ってますわよ。ね?」
倉野が唐突に、小城に向かって尋ねる。
唐突に会話に巻き込まれ、物凄く戸惑う小城。
だがそれ以上に、白峰が動揺していた。
倉野が憂いのある表情を浮かべ、ため息をつく。
「部長もそろそろ自分の気持ちに素直になりませんと。日華殿は美形ですし、性格もお優しく、家もお金持ち。もたもたしてると誰かにとられてしまいますわよ」
「な、あ、あんな奴がモテる訳ないじゃない! あんな変人が!」
倉野の言葉を強い口調で否定する白峰。
だが倉野はおっとりとした様子で、首を振る。
「そうでしょうか。見方によっては日華殿はまさしく理想の王子様のような性格をしているではありませんか。そういうのに憧れている女性も、けっこういるんですわよ?」
「り、理想の王子様……?」
青汁を飲んだかのように、渋い表情を浮かべる白峰。
対照的にニコニコと倉野は笑っている。
一瞬の間の後、倉野がポンと肩に手を乗せた。
「まぁ、今すぐに言えとは言いませんが、そろそろ素直になってもいい頃ですありません?」
「…………」
倉野の言葉に、沈黙する白峰。
3人の間から会話が消え、校庭からの歓声だけが響く。
たっぷりと沈黙した後、白峰が勢いよく首を振った。
「と、ともかく! 今は敵情視察に来たんだから、そんな話は後よ!」
「はい。そうでしたわね」
クスクスと笑いながら、倉野が答えた。
まるで白峰の心を見透かしているかのように。
白峰は顔を真っ赤にしながら、ツカツカと足早に校庭へと向かう。
「ふふ。本当に面白いですわ〜」
白峰の様子を見て、倉野が楽しそうに呟いた。
小城は倉野の気まぐれに巻き込まれた白峰に同情する。
倉野が白峰に追いつき、尋ねる。
「で、いつ告白するんですの?」
「だ、だから、そんなんじゃないってば!」
「またまた御冗談を。ひょっとして、今日の試合の時ですか?」
「ち、違うってば!」
「『この試合に勝てたら、私も素直になる。だから……負けないで』」
「ちょ、ちょっと! 変なセリフ造らないでよ!」
顔を赤くしながら、必死に否定する白峰。
それを見て倉野はますます面白そうに微笑む。
そんな事をしつつ、彼女達は校庭へと辿り着いた。
大勢の観客が、どよどよとざわめいている。
まだ決闘は始まっていないようだった。
何やら奇妙な空気が、会場には流れている。
「ど、どうしたのかしら?」
会場の異様な空気を感じ、白峰が呟いた。
倉野もまた白峰をいじるのをやめ、首をかしげる。
辺りを見回した白峰が、白いテーブル席に座るDC研究会のメンバーを見つけた。
「おーい!」
声をあげ、DC研究会の方へと向かう白峰。
その声を聞いた天野が、振り返る。
「あ、し、白峰先輩……!?」
「やっほ、天野ちゃん。どうしたの? 試合は?」
白峰の質問に、顔を曇らせる天野。
見ると、他の神崎や雨宮、ディアもポカンとした表情を浮かべている。
そして彼らは全員、校庭の中央をジッと見つめていた。
白峰が、彼らの視線を追う。そこには――
日華恭助と、その手を取って顔を赤らめる少女の姿があった。
白峰がその光景を見て、コチンと固まる。
追いついてきた倉野が、頬に手を当てた。
「まぁまぁ、これはこれは……」
意外そうな声をあげる倉野。
固まっていた白峰が、その声でハッと我に帰る。
そして感情にまかせるようにして、叫んだ。
「な、なにしてんのよーッ!!」
第三十七話 竜は踊る
10年前、風丘町のとあるカードショップにて。
幼い女の子が、隣りの男の子に尋ねる。
「ねぇ、きょーすけ。あなた、いまいくらもってる?」
「えっと……200えんだね」
小さなサイフの中を見て答える男の子。
女の子がにっこりと、輝くような笑顔をうかべた。
「わたし100えんもってるの! じゃあふたりあわせて、2パックかえるね!」
手のひらに持った100円玉を、得意そうに見せる少女。
少し考えてから、男の子が言う。
「……えっと、そのりくつはおかしいような――」
「はい! ほら、かってきてよ!」
男の子の発言を聞かず、女の子が100円を押しつけてくる。
手のひらにのった100円を、じっと見つめる男の子。
観念したように、ため息をついた。
「お買い上げありがとうございまーす」
レジのお兄さんから、2つのカードパックを受け取る男の子。
ワクワクとした表情を浮かべる女の子に、それらをみせる。
「はい。さゆきから、えらんでいいよ」
「じゃあ、わたしこっちー!」
男の子が右手に持っていたカードパックを指差す女の子。
それを黙って、男の子は差し出す。嬉しそうに、女の子はそれを受け取った。
「よーし、こんどこそ《うるとられあ》のカードをあてるんだから!」
カードパックを片手に、はしゃいだ様子の女の子。
対照的に、男の子の方は冷静な表情だった。
2人が同時に、カードパックを開く。
そろりそろりと、ゆっくりカードを取り出す女の子。
何の輝きもないノーマルカードをめくっていき、いよいよ残るは最後の1枚。
意を決したように、女の子がカードを見る。そして――
「やったー!!」
嬉しそうに、女の子がはしゃいだ。
そばに立つ男の子に向かって、カードを付きだす。
「ほらほら、きょーすけ! 《うるとられあ》のカードが当たったよ!」
カードパックを空けて呆然としていた男の子が、その言葉にハッとなった。
女の子が自信満々に付きだしているカードを、男の子は見る。
ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。
そこに描かれていたのは、白銀に輝く美しい竜の姿だった。
ウルトラレアの証である金色の輝きが、目に眩しい。
「きれいなカードだね」
女の子のカードを見た男の子が、そう言った。
女の子が得意そうに、えへへと笑う。
「そうでしょ! 《うるとられあ》だし、きっとすっごくつよいカードよ!」
嬉しそうに、カードを眺める女の子。
それを複雑そうな表情で見ている男の子。
ひとしきりはしゃいだ後、女の子が尋ねた。
「で、きょーすけはどんなカードがあたったの?」
男の子が持つカードをのぞきこむ女の子。
一瞬それらを隠そうとした男の子だったが、女の子の方が早かった。
奪うように、男の子の手から5枚のカードを取る。そして――
「あ、《うるとられあ》!!」
驚いたように、女の子が言った。
男の子が持っていたカードの最後の1枚。
それを、女の子がまじまじと見つめる。
真紅眼の黒竜
星7/闇属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。
描かれていたのは、真紅の瞳を持つ漆黒の竜だった。
ウルトラレアの輝きが、荘厳な雰囲気をかもしだしている。
「うーん、わたしのより、こうげきりょくがたかい……」
2枚のカードを見比べ、女の子が呟く。
その目は、どこか悔しそうな光を帯びていた。
だが、首を振ると女の子はカードを男の子へ差し出す。
「でも、カードはつかいかたによって、つよさがかわるんだから!
こっちのドラゴンだって、きっとつよくなるはずよ!」
そう言って、ダイヤモンド・ドラゴンのカードを見せつける女の子。
男の子は女の子が少しだけ強がっている事を、すぐに見抜いた。
差し出された黒い竜のカードを、男の子が見つめる。そして言った。
「それ、そっちのカードとこうかんしない?」
「え!?」
「さゆきは(らんぼうだから)そっちのカードのほうがにあうとおもうし。
ぼくもそっちのキラキラしたやつのほうが、すきだから」
()の部分は心の中で呟いて、女の子にそう言う男の子。
女の子が目を輝かせながら、尋ねる。
「ほ、ほんとうにいいの……?」
「うん」
何の迷いもなく、頷く男の子。
女の子が少しだけ考え、手に持っていたカードを引っ込めた。
「や、やった……」
カードショップからの帰り道、女の子は呟いた。
手に持った黒い竜が描かれたカードを、空にかかげている女の子。
キラキラと、夕陽の光が反射する。
「そんなにうれしい?」
女の子のはしゃぎっぷりを、どこか冷ややかに見ている男の子。
だがそんな事は気にせず、女の子はにっこりと笑う。
「うん! これでこんどこそ、きょーすけにもかてるもん!」
びしっと自信満々に、女の子が人差し指を伸ばす。
その表情を見て、男の子もフッと笑った。
夕焼けの下、2人の子供がてくてくと並んで歩く。
「……ありがとう、きょーすけ」
黒い竜のカードを片手に、女の子が小さく呟いた……。
会場は動揺したような空気に包まれていた。
ファイブチーム・トーナメント、第3回戦。
2勝2敗で迎えた大将戦にて、その事件は起こった。
聖レベリア学院側の決闘者――黒浦蘭の一言によって。
「君が相手か。よろしく頼むよ」
さかのぼる事、3分ほど前の事。
校庭の中央で相手と対峙した日華先輩が、そう言った。
向かい合っているのは、薄茶色のショートカットの少女。
「いよいよ大将戦ですね」
テーブル横の椅子にドカッと座りながら、内斗先輩が言う。
腕から決闘盤を外し、のんびりとした様子の内斗先輩。
片手で頬をつきながら、どうでもよさそうに校庭の方を見る。
「相手はあの残念な人達のリーダー、さしずめアイドルといった所ですか」
対戦相手の少女を、そう評する内斗先輩。
確かに、対戦相手はあの少女を『お嬢』と称して崇めていた。
現に今も、観客席からは爆発的な歓声が少女へよせられている。
「全く、情けない奴らですね」
黄色い歓声をあげている男達を、内斗先輩はそう切り捨てた。
どこか呆れたような目つきの内斗先輩に向かって、天野さんが尋ねる。
「あの……日華先輩、勝てると思いますか?」
「どうでしょうね。控え目に言っても、恭助は病気ですから」
肩をすくめて、そう答える内斗先輩。
特に期待してない様子で、先輩はさらに続ける。
「ま、運が良ければ勝てますよ。勝負なんてそんなものです」
達観した表情で、内斗先輩はそう言いきった。
柔らかい風が吹いて、俺達の髪がさわさわと揺れる。
校庭の中央。大会スタッフが声を張り上げた。
「それでは、第3回戦・大将戦! 日華恭助選手VS黒浦蘭選手の決闘を――」
「ちょっと、お待ちになってくれます?」
凛とした声が、その場に響いた。
大会スタッフが宣言を止め、いぶかしげな表情を浮かべる。
「どうかしましたか、黒浦選手?」
「はい。少し、良いでしょうか?」
そうスタッフに断りを入れ、黒浦さんが日華先輩の方を見る。
不思議そうに、目を丸くする日華先輩。会場全体もどよめき始める。
黒浦蘭が、うるんだ瞳を日華先輩へ向ける。
「うち――いえ、わたくしは聖レベリア学院の黒浦蘭と申します」
「ああ、これはご丁寧に。僕は風丘高校の日華恭助です」
優雅な動作で、かいがいしく頭を下げる日華先輩。
その姿を見て、黒浦さんの瞳がさらに輝き、そして言う。
「あの……ご趣味は?」
「趣味ですか。強いてあげるならば――青春、ですかね」
キランと、歯を輝かせて爽やかに微笑む日華先輩。
黒浦さんがそれを見て、頬をさらに赤く染めた。
内斗先輩が苦い表情を浮かべ、俺達に向かって尋ねる。
「……何してるんでしょうね? あの2人」
俺達は、その質問に対して困ったような表情を浮かべた。
正直、黒浦さんが何をどうしたいのかさっぱり分からない。
審判の大会スタッフが、コホンと咳払いをした。
「あの、そろそろ決闘を行って頂きたいのですが――」
「わたくし、決めましたわ……」
審判の越えわ遮るように、黒浦さんがはっきりとした声をあげた。
うっとりとしたような目つき、まるで夢を見ているかのような表情。
日華先輩に熱い視線を送りながら、黒浦さんが言う。
「この勝負、棄権させて頂きますわ」
「……え?」
さしもの日華先輩も、目を見開いて驚いた。
コチンと凍りついたように、場の空気が固まる。
一瞬の静寂。そして……
「ど、どういうことですかお嬢!?」
「一体、何があったんですか!?」
「具合でも悪いんですか!?」
応援していた信者達が、一斉に声をあげた。
凄まじい声、というか騒音が会場全体から巻き起こる。
一瞬にして、会場は混沌とした空気に包まれた。
「ど、どーいうことなわけ……?」
ディアが困ったように、呟いた。
俺や内斗先輩、天野さんはただ呆然としている。
本格的に、訳が分からない。
校庭の中央では、信者達が黒浦さんに詰め寄っている。
「お嬢、一体どうして――」
「なにがどういう訳なんですか?」
「せめて理由を教えてください、お嬢――」
がやがやと、黒浦さんの周りを囲んでいる信者達。
大会スタッフも事態の収拾を諦めたのか、日華先輩に話しかけている。
「……という訳で、そちらのチームの勝利です」
「はぁ。えっと、本当に良いんですか……?」
「向こうから申請した事です。こちらではどうしようもありません」
そう言い残し、大会スタッフの女性はさっそうと会場から去っていく。
つまりこれで、俺達は正式に3回戦をも突破したという事になった。
非常に実感がわかないが、勝利という事らしい。
信者達に取り囲まれている黒浦さんが、口を開く。
「だまらっしゃい!!」
ぴしゃんと、黒浦さんの凛とした声が響いた。
それによって周りの信者達が、黙り込む。
信者達をかきわけるようにして、黒浦さんが歩を進める。
日華先輩の前に立ち、その顔を見上げる黒浦さん。
頬をかきながら、日華先輩が尋ねる。
「えっと、あの、何か……?」
さすがの日華先輩も事態が読みこめていないのか、
今いち動きにキレがない。ほとんど素の状態のようだ。
すっと腕を伸ばし、黒浦さんが日華先輩の手を取る。
そして、言った。
「結婚を前提に、お付き合いして下さい」
日華先輩が苦笑いを浮かべ、固まる。
そしてそれ以上に、周りにいた信者の人達の顔色が悪くなった。
まるでフィルターを通したように、その顔が青くなる。
「お、お嬢……」
ぷるぷると、震えながら声を絞り出す九龍。
今にも死にそうという表現が、これほど似合う顔もないだろう。
黒浦さんは振り返ると、にっこりと笑う。
「ごめんなさい。だけど、わたくしは1人の女性として、幸せになりたいのです。分かって下さい。だから――」
にっこりと、黒浦さんが輝くような笑顔を浮かべる。
「笑顔で、見送ってやって下さい」
「お、お嬢〜!!」
信者達が、悲しげな声をあげた。
それがどんな感情によって発せられた声なのかは、分からない。
ただその声はこの校庭に響き渡ると、儚げに消えて行ったのだった。
内斗先輩がため息をつき、立ち上がる。
「それじゃあ、撤収しましょう……」
「え!? い、いいんですか!?」
ディアが驚いたように尋ねる。
内斗先輩は疲れた様子で、頷いた。
「もう、付き合ってられません」
確かに、大会が終わった以上、俺達がここにいる必要はない。
日華先輩が俺達の様子に感づいて、声をあげる。
「ちょ、ちょっと君達! 置いていかないでくれ!」
そう言って俺達の方へ駆け寄ろうとする日華先輩。
だがその手は黒浦さんに握られており、動く事ができない。
頬を赤らめた黒浦さんが、迫る。
「お返事を、お聞かせ下さいまし」
しおらしい声を出し、照れたように視線をそらす黒浦さん。
もはや先輩ははっきりと答えるしかない。イエスか、ノーか。
緊張した空気の中、皆の視線が日華先輩へと集まる。
ごくりと、唾を飲み込む日華先輩。
「ぼ、僕は――」
緊張の一瞬。時間が止まったかのような感覚。
日華先輩の頬を、一筋の汗が流れる。
ごくりと、日華先輩が再び唾を飲み込んだ。
「僕はだね――」
だがその言葉が言い終わる前に――
「な、なにしてんのよー!!」
会場に、鋭い声が鳴り響いた。
ハッとなって、俺達は声のした方へと視線を向ける。
そこにいたのは、茶色い髪の小柄な女生徒。
その姿を見て、日華先輩がさらに目を丸くした。
「し、白峰先輩!?」
ディアが驚いたように、声を出す。
いつからいたのか、そこにはDEC部長の白峰沙雪の姿があった。
白峰先輩は肩で息をしながら、校庭で手を取り合う2人を睨んでいる。
「……また、厄介そうなのが」
座っていた内斗先輩が、うめき声のような声をあげた。
白峰先輩の後ろには、倉野先輩と小城さんまでいる。
黒浦さんが不機嫌そうな表情を浮かべ、日華先輩の手を離した。
「誰ですか? あの野蛮そうな女性は」
日華先輩に向かってそう尋ねるが、返事はない。
額を押さえながら、顔色悪く日華先輩は目を閉じている。
ツカツカと、白峰先輩が校庭の中央へと歩いていく。
「ちょっと恭助、何がどうなってるのよ! 決闘はどうなったの!?」
大きく声をあげ、日華先輩へと尋ねる白峰先輩。
心なしか、いつもより迫力があるように思える。
日華先輩がため息をついて、答えた。
「勝ったよ。……不戦勝だけど」
「不戦勝!? 何それ、何があったのよ! それに――」
ギラリと、白峰先輩が視線を黒浦さんへと向ける。
「その女は、なんなのよ? ひょっとして、彼女ができたわけ?」
とてもとげとげしい言葉を投げかける白峰先輩。
日華先輩が両手を使い、落ち着くようなだめる。
「いや、これにはとても複雑な事情があってだね――」
「そうですわよ。わたくし、日華殿と結婚しますの」
日華先輩の声を遮って、黒浦さんが答えた。
白峰先輩が、目に見えて動揺する。
「け、け、け、結婚!?」
「そうですわ。愛する夫婦となり、手と手を取り合って生きて行くのです」
うっとりとした表情を浮かべて、そう言う黒浦さん。
呆然としている白峰先輩に向かって、日華先輩が言う。
「いや、僕は別に承諾した訳じゃないよ」
その言葉に、ハッとなる白峰先輩。
ぶんぶんと頭を振り、黒浦さんに向かって言う。
「なによ、まだ相手の返事も聞いてないのに結婚だとか何とか言っちゃって。あなた、ちょっと危ないんじゃないの?」
小馬鹿にしたように、見下した目を向ける白峰先輩。
だが黒浦さんはフッと鼻で笑うと、優雅な口調で答える。
「それほどまでに、わたくしの想いが強いという事ですの。人には運命の出会いというものがあるものですわ。もっとも、あなたのような乱暴そうな人には分からないかもしれませんが」
「……なんですってぇ」
その言葉を聞き、白峰先輩の額に青筋が浮かんだ。
ぷるぷると怒りで、その拳を震わせている。
だがそれでも、黒浦さんは余裕だった。
「それに、あなたはなんなんですの? 人の色恋沙汰に口を出して」
「私は……その、恭助の幼馴染よ」
少し言葉を濁したように答える白峰先輩。
黒浦さんが本当ですかと言わんばかりに、日華先輩を見る。
こくりと、日華先輩が疲れたように頷いた。
「まぁ、そうなのですか……」
ジロジロと、白峰先輩の事を見る黒浦さん。
頭の先から足元まで見終わると、余裕ある笑みを浮かべる。
「幼馴染にしては、日華殿とは似ても似つかないように思えますわね。性格も乱暴そうですし、釣り合うとは思えませんけど」
「い、言ってくれるじゃない。でもあなたこそ何な訳? そんなに男連中をはべらせて、女王様にでもなった気なの?」
白峰先輩の発言に、今度は黒浦さんがピクリと反応した。
バカにしたような表情を浮かべ、白峰先輩が続ける。
「何だかアイドルみたいにチヤホヤされてるようだけど、そんな風に男に媚び売りながら『運命の出会い』とか言うだなんて、ぶりっ子も良い所ね。本当は他にも彼氏がいるんじゃないの?」
「まったく、野蛮な方は考え方も野蛮ですね。わたくしはあなたのような不良とは違いますの。そのような妄言でわたくしを傷つけないで欲しいです。わたくしはあなたと違って、デリケートですので」
「あら、ひょっとして私のこの髪を見て不良とか言ってる訳? 悪いけどこれは地毛よ。それにあなたの愛しの日華君だって、髪は茶色じゃない。恋は盲目とかって言うけど、少しは自分の発言を振り返ったらどう?」
「わたくしは何もあなたの髪で判断したなどと一言も言っておりません。まぁ、あなたのような方が思いつく発想などその程度なんでしょう。さっきから噛みつくような発言ばかりで、本当に怖いですわ」
校庭に、これ以上ない程の険悪なムードが流れる。
女性同士の言いあいに、周りの男連中は誰も付いていけない。
ただ呆然と、祈るように2人を見守っている。
「…………」
「…………」
言い合うのもやめ、睨みあう両者。
おそるおそる、傍に立つ日華先輩が口をはさむ。
「まぁまぁ、2人とも。僕はこの辺りでそろそろ帰りた――」
2人の女子がその発言を聞き、キッと顔を向けた。
鋭い視線を向けられ、日華先輩の顔が青くなった。
まず白峰先輩が、強い口調で黒浦さんを指差す。
「はっきり言ってやりなさいよ恭助! この電波女に『結婚する気なんてない』って!」
「いや、それはだね――」
口ごもる日華先輩に向かって、今度は黒浦さんが言う。
「日華殿、まさかこの乱暴不良女の言う事を聞いたりしませんよね? わたくしは本気です!」
「あの、ちょっと落ち着いて――」
日華先輩が何とかこの事態を止めようとするが、効果はない。
2人の女子の間の空気は、どんどん険悪になるばかりだ。
もはや、綺麗に終わるような可能性はみじんも感じられない。
「なによっ!!」
「なんですのっ!!」
互いに顔を合わせ、睨みあう両者。
今にも殴り合いになりそうな空気だが、そこは自重しているようだ。
だが、他にも決着を付ける方法はある。
「もういいですわ。尋常に決闘で、決着をつけましょう!」
黒浦さんが、信者の手から決闘盤を奪うように取った。
デッキを取り出し、決闘盤にセットする黒浦さん。
赤いランプが光り、ライフポイントが表示される。
「正々堂々と勝負し、勝った方が日華殿を手に入れる。これで文句はないでしょう?」
「上等じゃないっ! やってやるわよ!」
白峰先輩もまた頷き、日華先輩の手から決闘盤を奪った。
デッキを取り出してセットすると、白峰先輩もまた決闘盤を構える。
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待って――」
後ろの方で日華先輩が止めようとしているが、もう聞きいられない。
2人の女子は既に、決闘に向けて精神を集中させている。
何を言っても、もう聞き入れてはくれないだろう。
決闘盤を構え、2人の女子が、叫ぶ。
「――決闘ッ!!」
白峰 LP4000
黒浦 LP4000
かくして日華先輩の叫びもむなしく、決闘は始まった。
決闘をしている2人の後ろで、日華先輩は頭を抱えている。
黒浦さんがゆっくりと、デッキに手をかけた。
「わたくしのターン!」
凛とした声をあげ、カードを引く黒浦さん。
6枚ある手札をさっと見ると、すぐにカードを選ぶ。
「わたくしはボタニティ・ガールを守備表示で召喚!」
桜色の花びらが、舞うように辺りに散った。
花のような姿をした少女型のモンスターが、姿を見せる。
ボタニティ・ガール
星3/水属性/植物族/ATK1300/DEF1100
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1000以下の植物族モンスター1体を
手札に加える事ができる。
「植物族デッキ……」
見ていた小城さんが、口元に手を当てながら呟いた。
その横に立つ倉野先輩もまた、頷く。
「なかなか、厄介な相手ですわね」
おっとりとした口調で、そう話す倉野先輩。
その口調は、あまり白峰先輩を心配しているようには思えない。
それだけ、白峰先輩の実力を信用しているという事だろう。
「わたくしはカードを1枚伏せ、ターンエンド!」
黒浦さんがさらにカードを伏せる。
これで黒浦さんの場には合計でカードが2枚。
感情とは裏腹に、堅実なプレイを実行している。
「私のターン!」
白峰先輩が声をあげ、カードを引く。
特に考える様子もなく、手札のカードを選んだ。
「私は仮面竜を攻撃表示で召喚!」
勢いよく、手札のカードを決闘盤へと置く白峰先輩。
光と共に、赤い鱗と白い仮面を付けた竜が現れる。
仮面竜
星3/炎属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
ドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。
その攻撃力は1400。
高くはないが、ボタニテイ・ガールの守備力よりは上だ。
ばっと、白峰先輩が腕を伸ばす。
「バトルよ! 仮面竜で、ボタニティ・ガールを攻撃!」
竜が雄たけびをあげ、ズンズンと地を鳴らしながら突進する。
キッとした表情を浮かべている花の少女。黒浦さんは、動かない。
竜の突進攻撃が決まり、少女型のモンスターは砕け散った。
「よしっ!」
先制攻撃を決め、得意そうに微笑む白峰先輩。
だが黒浦さんもまた、動揺した様子もなく微笑む。
「ボタニティ・ガールのモンスター効果発動!」
パッと、桜色の花びらが再び舞いあがった。
竜がそれに驚き、僅かにその身をのけぞらせる。
黒浦さんが決闘盤からデッキを取り外し、扇のように広げた。
「このカードがフィールドから墓地へ送られた時、デッキの守備力1000以下の植物族を手札に加える事ができるのです。わたくしが手札に加えるのは、このカード!」
すっと、デッキの中から1枚のカードを選ぶ黒浦さん。
それを見せびらかすかのように、白峰先輩へと向けた。
描かれていたのは、可愛らしい花の形をした獣。
ダンディライオン
星3/地属性/植物族/ATK300/DEF300
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に「綿毛トークン」
(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。
このトークンは特殊召喚されたターン、生け贄召喚のためには生け贄にできない。
「ダンディライオン……」
白峰先輩が、小さく呟いた。
その様子を見て、フフッと笑う黒浦さん。
カードを手札に加え、デッキをセットし直す。
「さぁ、いかがなさいますの?」
余裕ありげにそう尋ねる黒浦さん。
白峰先輩がくっと顔をしかめる。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドよ!」
5枚ある手札から、白峰先輩は2枚を選んで伏せた。
相手の反撃を警戒しているのか、その表情は鋭い。
冷静沈着に、相手の動向を見極めようとしている。
「それでは、わたくしのターン!」
白峰先輩とは対照的に、黒浦さんの表情に動揺はない。
むしろ計画通りに事が進んでいるかの如く、微笑んでいる。
「ダンディライオンを、守備表示で召喚!」
先程手札に加えたカードを、決闘盤へと出す黒浦さん。
ソリッド・ヴィジョンにより、可愛らしい獣の姿が実体となる。
ダンディライオン
星3/地属性/植物族/ATK300/DEF300
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に「綿毛トークン」
(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。
このトークンは特殊召喚されたターン、生け贄召喚のためには生け贄にできない。
きゅっと目をつぶり、顔の前で手を交差している獣。
相手の攻撃を防ごうとしているものの、その守備力は非常に低い。
次の攻撃を耐えきる事は、おそらくできないだろう。
すっと、黒浦さんが腕を下へと降ろす。
「ターンエンドですわ」
その言葉に、僅かに観客達がどよどよと声をあげた。
白峰先輩もまた、少し意外そうな表情で黒浦さんを見る。
「あら、そんたげ余裕ぶっときながら、それで終わりなの?」
挑発するような口調で、そう尋ねる白峰先輩。
だがその言葉を聞いても、黒浦さんは表情を崩さない。
「ええ。決闘とは攻めるばかりではありません。相手の手の内を伺い、そこから反撃の計画を打ち立て実行する。そのような緻密な計算を行った者にこそ、勝利の女神は微笑むものなのですわ」
「……ふーん。少しは、分かってるじゃない」
ほんのちょっとだけ、感心したような声をあげる白峰先輩。
だがそれもすぐに消え、集中するように表情を引き締める。
「だけど、計算だけじゃ勝てないのが決闘よ! 私のターン!」
勢いよく、デッキからカードを引く白峰先輩。
チラリと横目で引いたカードを見ると、手札に加える。
「私はスピア・ドラゴンを召喚!」
手札の左端にあったカードを、決闘盤へと出す白峰先輩。
小さな竜巻が現れ、その中から青く鋭い体を持った竜が現れた。
スピア・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1900/DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
「貫通モンスター……」
現れたドラゴンを見て、微妙に表情を曇らせる黒浦さん。
観戦していた倉野さんが、うんうんと頷く。
「ダンディライオンは優秀な効果を持っていますが、そのステータスの低さが弱点。貫通効果を持つモンスターによって狙われては、ライフポイントを大きく削られてしまう……」
ぶつぶつと、状況を把握するかのように呟く倉野さん。
その横で天野さんが、何やらこちゃこちゃと手帳にメモしている。
ばっと、白峰先輩が腕を前に出した。
「バトルよ! 仮面竜で、ダンディライオンを攻撃!」
仮面を付けた竜が、再び相手の場に向かって突進する。
慌てた表情を浮かべる花の獣だったが、能力差は歴然。
健闘する事もなく、突進攻撃によってダンディライオンは破壊された。
「ダンディライオンのモンスター効果を発動!」
だが、ダンディライオンもまた墓地に送られる事で効果が発揮する。
フワフワと辺りに浮いていたダンディライオンの欠片が集まり、綿となった。
綿毛トークン DEF0
綿毛トークン DEF0
効果により、2体の綿毛トークンが黒浦さんの場に特殊召喚される。
だが、その守備力は0。そこを白峰先輩は逃さない。
「スピア・ドラゴンで、綿毛トークンを攻撃!」
青い竜が口を開け、そこから小さな衝撃波を吐き出した。
風に吹かれるように、綿毛トークンが吹き飛ばされ砕け散る。
そして衝撃波は、黒浦さんへと向かった。
「くっ……!」
黒浦 LP4000→2100
スピア・ドラゴンの貫通能力により、大幅にライフが削られる黒浦さん。
複雑そうな表情で見ていた観客が、声をあげる。
「お嬢!」
「……大丈夫ですわ」
信者たちの言葉に、笑顔で答える黒浦さん。
髪を整えるようにかきあげると、視線を白峰先輩へと向ける。
「それで、終わりですか?」
「…………」
考えるように、白峰先輩が沈黙する。
攻撃を行った事で、スピア・ドラゴンの表示形式が変更された。
スピア・ドラゴン ATK1900→DEF0
だが白峰先輩の場には仮面竜とスピア・ドラゴン、そして伏せカードが2枚。
対する黒浦さんの場には、綿毛トークンと伏せカードが1枚のみ。
盤面上では、白峰先輩が有利な状況だ。
「……ターンエンド」
少しの間の後、そう言ってターンを終了する白峰先輩。
その表情は優勢にも関わらず、煮え切らない様子だ。
おそらく、黒浦さんのあの余裕が、気になるのだろう。
その言葉を聞き、黒浦さんが微笑む。
「では、リバースカード、偽りの種を発動!」
「!?」
黒浦さんの場に伏せられていたカードが、表になる。
そこにあったのは罠カードではなく、魔法カード。
偽りの種 速攻魔法
手札からレベル2以下の植物族モンスター1体を特殊召喚する。
「このタイミングで、特殊召喚?」
見ていた内斗先輩が、不思議そうに呟いた。
確かに、わざわざこのタイミングで発動するというのも妙だ。
だが黒浦さんは、くすりと微笑むだけだった。
「わたくしは手札より、イービル・ソーンを特殊召喚!」
黒浦さんが手札のカードを場に出す。
現れたのは、奇妙な種子を垂らす黒い木のような生命体。
ステータスを見る限り、強力なカードとは言い難い。
イービル・ソーン
星1/闇属性/植物族/ATK100/DEF300
このカードを生け贄に捧げて発動する。
相手ライフに300ポイントダメージを与え、
自分のデッキから「イービル・ソーン」を
2体まで表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚した「イービル・ソーン」は効果を発動する事ができない。
「何を……」
白峰先輩が困惑したように呟く。
僅かだが、たじろぐように後すざる白峰先輩。
黒浦さんが、にっこりと笑う。
「わたくしのターン!」
カードを引き、チラと視線を向ける黒浦さん。
これで彼女の手札は4枚。白峰先輩より、1枚だけ多い。
手札を眺めると、黒浦さんは顔をあげる。
「イービル・ソーンの、モンスター効果発動!」
その言葉に、顔をこわばらせる白峰先輩。
黒浦さんが、ふふっと笑う。
「このカードを生け贄に、相手のライフポイントに300ポイントのダメージを与えますわ!」
その言葉と同時に、奇妙な木が爆発するようにして内部から爆ぜた。
そして木の表面に生えていた黒い棘が、空を切って白峰先輩へと降り注いだ。
「ぐぅ……!」
白峰 LP4000→3700
白峰先輩が、痛そうに声をあげる。
それを見て愉しそうに笑い声をあげる黒浦さん。
男性同士の決闘にはない、奇妙な迫力がそこにはあった。
「さらにイービル・ソーンの効果により、デッキの同名カードを特殊召喚!」
うねうねと、黒い木々が黒浦さんの場に生えた。
驚異的なスピードで成長し、先程と同じ木へと形を変える。
イービル・ソーン ATK100
イービル・ソーン ATK100
「ふん、攻撃力100程度……」
白峰先輩が鼻を鳴らし、吐き捨てるように言う。
それを聞いた黒浦さんが、目を細めた。
「あら。ですが、あなたのスピア・ドラゴンの守備力よりは高い数値ですのよ?」
「……ッ!」
痛い所を突かれ、さらに顔をこわばらせる白峰先輩。
優雅な動作で、黒浦さんが腕を伸ばす。
「バトル。イービル・ソーンで、スピア・ドラゴンを攻撃」
ぐにゅぐにゅと、その言葉に木が体を捻じ曲げた。
そしてブルブルと震えた後、種子の棘を竜に向かって飛ばす。
白峰先輩が一瞬だけ考えるような素振りを見せる。
棘が深く刺さり、青い竜が声をあげて体を倒した。
「スピア・ドラゴン……」
悔しそうな表情を浮かべ、カードを墓地へと送る白峰先輩。
黒浦さんが、腕を下げる。
「ここでバトルは終了。さて――」
僅かに、自分の手札を眺める黒浦さん。
だがすぐに顔をあげると、口元に大きな笑みを浮かべる。
ゆっくりと、黒浦さんが言葉を発した。
「では、反撃させてもらいましょう」
静かに、それでいて威圧感のある言葉が、投げられた。
すっとおもむろに、黒浦さんが手札の一枚を手に取る。
「魔法カード、強制転移を発動」
「なっ!」
白峰先輩が、驚いたように体をのけぞらせた。
浮かんだのは、兵士の絵が描かれた魔法カード。
くすっと、黒浦さんが笑う。
「互いにモンスターを1体ずつ選択し、そのコントロールを入れ替えますわ」
強制転移 通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。
その言葉を聞いて、白峰先輩の表情は険しくなる。
当然だ。先輩の場にいるモンスターは、仮面竜ただ1体。選択の余地はない。
黒浦さんが、白い指を伸ばして言う。
「わたくしが選択するのはイービル・ソーン。さぁ、コントロールを入れ替えましょう」
ソリッド・ヴィジョンによって浮かんだ魔法カードが、青白く輝く。
まるで鏡が反転するかの如く、2体のモンスターの位置が入れ替わった。
仮面竜は黒浦さんの場へ、イービル・ソーンは白峰先輩の場へと移る。
「ふふ、あまり美しくはありませんが、よしとしましょう」
自分の場に移動してきた仮面竜を、そう評する黒浦さん。
その言葉を聞き、白峰先輩がムッとした表情になる。
だが先輩が文句を言うより早く、黒浦さんが口を開いた。
「わたくしは仮面竜を生け贄に捧げます!」
「!?」
白峰先輩が、さらに驚いた表情を浮かべる。
仮面竜の周りを、白い渦のようなエフェクトが駆ける。
黒浦さんがカードを片手に、言う。
「ギガプラントを、生け贄召喚!」
ばっと、カードを天へと掲げる黒浦さん。
仮面竜の姿が消え、代わりに巨大な植物の塊が現れた。
うねうねと動く触手のような蔓に、赤い顔。不気味な雰囲気。
全身の蔓を震わせながら、そいつは天に向かって吠える。
ギガプラント
星6/地属性/植物族・デュアル/ATK2400/DEF1200
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●自分の手札または墓地に存在する昆虫族または植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
「相手のモンスターを奪い、生け贄にする。単純ですが効果的ですわね」
「はい。それに、仮面竜の効果も同時に防いでいる……」
横で見ているDECの女子2人が、冷静にそう分析する。
既にフィールドの状況は、圧倒的なまでに黒浦さんへと傾いていた。
ころころと、黒浦さんが笑う。
「どうですか。なかなかの反撃でしょう?」
「ふ、ふんっ。大したことないわね……」
黒浦さんの言葉に、白峰先輩はそう答えた。
だが言葉とは裏腹に、その表情はあまり芳しくない。
白峰先輩としても、やはりこの状況はきついようだ。
黒浦さんが、肩をすくめる。
「まだ元気とは、やはりバイタリティに関しては不良のあなたの方が一歩上なのかしら」
さらりとした表情で、毒を吐く黒浦さん。
白峰先輩の額に青筋が浮かんだ。
ひきつった笑みを浮かべ、白峰先輩が言う。
「そうね。あんたみたいなオタクのアイドルと違って、気力は持ち合せてるのよ」
その言葉に、黒浦さんもまた拳を震わせた。
またも、フィールドには決闘とは関係なく険悪な雰囲気が流れる。
「……おっかないな」
元金髪の悪魔が、怯えたような様子で呟いた。
ふんっと、黒浦さんもまた鼻を鳴らす。
「では、もう少しだけ攻めてみましょうか」
冷静を装っているものの、内心かなり怒っている様子の黒浦さん。
手札に残った2枚の内1枚を、やや乱暴気味に決闘盤へと挿す。
「魔法発動、フレグランス・ストーム!」
フレグランス・ストーム 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
さらに、この効果でドローしたカードが植物族モンスターだった場合、
そのカードをお互いに確認し自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。
「まぁっ」
カードを見て、倉野先輩が声をあげた。
黒浦さんが、笑みを浮かべる。
「これによって、あなたの場のイービル・ソーンを破壊!」
黒浦さんが、白峰先輩の場に生えた黒い木を指差す。
魔法カードから柔らかなピンク色の風が吹き、木を揺らした。
突風にあおられるような形で、黒い木は砕け散る。
「そして、カードを1枚ドローしますわ」
自分のデッキからカードを引く黒浦さん。
そして引いたカードを見ると、それを表にする。
「わたくしが引いたのは植物族モンスターのロード・ポイズン。よってフレグランス・ストームの効果により、さらに1枚をドロー!」
「……!!」
ロードポイズン
星4/水属性/植物族/ATK1500/DEF1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分の墓地に存在する「ロードポイズン」以外の
植物族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
悔しそうな白峰先輩を尻目に、さらにカードを引く黒浦さん。
これで、彼女の手札は3枚まで回復した。
おまけに、白峰先輩の場にはモンスターはいない。
「ぶ、部長……」
さすがに心配になったのか、小城さんが心配そうな声をあげる。
その横の倉野先輩もまた、渋い表情だ。
「……沙雪」
後ろで決闘を見ていた日華先輩が、ぼそっと呟いた。
その言葉が、白峰先輩に届いたかどうかは分からない。
風が吹いて、白峰先輩の髪の毛が揺れた……。
第三十八話 愛の果てに
2人の少女の間に、風が流れた。
ゆっくり、茶色い髪の毛を揺らす2人の少女。
その目は互いに鋭く、目の前の状況を眺めている。
だがそこに浮かべている表情は対照的だ。
1人は微笑み、そして1人は――顔をこわばらせている。
微笑んでいる方の少女――黒浦蘭さんが、笑い声をあげた。
「ふふっ」
黒浦蘭 LP2100
手札:3枚
場:ギガプラント(ATK2400)
イービル・ソーン(ATK100)
綿毛トークン(DEF0)
伏せカードなし
白峰沙雪 LP3700
手札:3枚
場:モンスターなし
伏せカード2枚
場の状況を眺め、目を細める黒浦さん。
小バカにしたような表情を浮かべ、白峰先輩に向かって言う。
「どうかしら、オタクのアイドルに追い詰められた気分は?」
「くっ……」
黒浦さんの言葉を聞き、白峰先輩がさらに目を鋭くさせる。
悔しそうに唸る先輩だが、その口から反論の言葉が出ることはない。
事実、流れは完全に黒浦さんへと傾いていた。
「さ、さすがです、お嬢ーッ!!」
応援席にいた黒浦さんのファン達が、声をあげる。
さっきまでの告白宣言で微妙に意気消沈していた彼らだったが、
どうやら黒浦さんを応援するよう腹をくくったらしい。
痛々しい雰囲気ながらも、笑顔で黒浦さんを応援している。
「まさに、ファンの鏡ですわね……」
倉野先輩がそんな彼らの様子を見て、ボソリと呟いた。
その横では、内斗先輩が大げさに肩をすくめている。
スーッと息を吐き、白峰先輩が顔をあげる。
「まぁ、いいわ。それで、ターンエンドなの?」
微笑んでいる黒浦さんに向かって、そう尋ねる白峰先輩。
その目は鋭く、冷静に場へと向けられている。
黒浦さんが余裕ありげに、首を振った。
「いえ、まだですわ」
そう言って、自分の手札を眺める黒浦さん。
そしてその中の1枚を、手に取る。
「カードを1枚、伏せさせてもらいます。これで、ターンエンド」
黒浦さんの場に、裏側表示のカードが1枚浮かび上がる。
そのカードの正体は、まだ誰にも想像する事さえできない。
だが恐れる様子もなく、白峰先輩はデッキに手をかけた。
「――私のターンッ!」
集中した様子で、カードを引く白峰先輩。
これで先輩の手札は4枚。場にモンスターはなし。
チラリと場に視線を移してから、白峰先輩が言う。
「ドル・ドラを、攻撃表示で召喚!」
叩きつけるように、カードを決闘盤へとセットする白峰先輩。
二つの首を持つ竜が、雄たけびをあげながら出現する。
ドル・ドラ
星3/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、
エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになって特殊召喚される。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。
「あら、そんなドラゴンで何をする気なのかしら?」
クスクスと笑いながら、黒浦さんがそう尋ねる。
自信に満ちた表情。あの伏せカードに何かあるのか?
それとも攻撃を躊躇させるための、ブラフ?
だが俺が考えている間にも、白峰先輩は腕を伸ばして、言う。
「バトル! ドル・ドラでイービル・ソーンを攻撃!」
二頭の首を持つ竜が、声をあげた。
そのいびつな体を宙に浮かせ、翼をはためかせる。
突風が、黒い色の枯れ木へと迫った。
黒浦さんがフッと笑う。バッと、腕を前へと出した。
「罠発動、棘の壁!」
「!!」
表側表示になったカードを見て、白峰先輩が僅かに動揺する。
イービル・ソーンの前、突如として棘で出来た壁が大地より現れる。
棘の壁 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスターが
攻撃対象に選択された時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
ドル・ドラが起こした旋風は、棘の壁へと飲み込まれる。
突風をあびた棘の壁が、怒ったようにその全身を震わせた。
空を切る音と共に、凄まじい数の棘が竜に向かって吐き出される。
棘の雨が直撃し、いびつな体のドラゴンは砕け散った。
「ふっふふ、全滅ですわね。もっとも、1体しかおりませんでしたが」
黒浦さんが余裕そうに目を閉じ、そう言う。
白峰先輩は、その言葉に対して何も言わない。
ただ黙って、ドル・ドラのカードを墓地へと送る。
「……ターンエンド」
ぼそっとした口調で、白峰先輩がそう呟いた。
日華先輩や小城さんが、それを聞き不安そうな表情を浮かべる。
白峰先輩の決闘盤の墓地が輝き、ドル・ドラのカードが再びその姿を現した。
ドル・ドラ DEF1000
「再生能力。しぶといですわね」
蘇った竜の姿を見て、そう評する黒浦さん。
だが余裕ある表情を崩す事もなく、優雅に微笑む。
「もっとも、その程度でしたら問題ありませんことよ!」
自信満々にそう言い切る黒浦さん。
そのままゆっくりとした動きで、カードを引く。
「わたくしのターン!」
引いたカードを、横目でチラリと見る黒浦さん。
これで彼女の手札は3枚。その内の1枚は、
フレグランス・ストームでドローしたロード・ポイズンだ。
そして場には、大量のモンスターが存在している。
ゆっくりと、黒浦さんが口を開いた。
「まずは、イービル・ソーンを守備表示に変更しますわ」
フフッと笑い、カードを動かす黒浦さん。
黒い木が枯れるように、その枝をしおらしく折る。
イービル・ソーン ATK100→DEF300
「これで、あなたの野蛮な攻撃にさらされる心配も薄れましたわ」
満足そうに、イービル・ソーンを見る黒浦さん。
そのまま楽しげに、手札のカードを手に取る。
「ボタニカル・ライオを召喚!」
決闘盤に、新たなカードがセットされる。
光のエフェクトと共に、ライオンを形取ったモンスターが現れた。
その首元には、豪華な薔薇の花が咲いている。
ボタニカル・ライオ
星4/地属性/植物族/ATK1600/DEF2000
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
コントロールを変更する事はできない。
「……厳しい状況になってきたな」
ベンチに座っている内斗先輩が、視線を向けながら言う。
その言葉の意味が分からないようで、おろおろとする天野さん。
倉野先輩がうんうんと頷き、呟く。
「ボタニカル・ライオは植物族の数だけ攻撃力を増すカード。相手の方の場には、全部で4体の植物族」
「つ、つまり……?」
天野さんが、おそるおそる倉野先輩に尋ねた。
首を僅かに傾けながら、倉野先輩がにっこりと笑う。
「つまり、すっごく強くなるのですわ!」
楽しそうに、倉野先輩がそう答えた。
その凄まじいまでのアバウトな答えに、もはや誰も突っ込まない。
ただ黙って、黒浦さんの次の一手に集中する。
ボタニカル・ライオ ATK1600→ATK2800
「意外ね」
場に現れたボタニカル・ライオのカードを見て、白峰先輩が言う。
その言葉に、首をかしげる黒浦さん。いぶかしげに、尋ねる。
「あら、そんなに想定外の一手でしたかしら?」
「ええ、私だったら、そこのデカブツをデュアルさせてたわね」
黒浦さんの場に存在するギガプラントを指差し、そう答える白峰先輩。
確かに、ギガプラントは召喚権を消費する事で新しい能力を得る、
いわゆる『デュアルモンスター』の類のカードだ。
ギガプラントがデュアルによって得る能力は、強力な再生能力。
モンスターを増やすだけなら、デュアルした方が手札の消費を抑えられる。
そういう意味では、白峰先輩の指摘はもっともな物だった。
「ひょっとして、私への悪口に集中してて、ミスったのかしら?」
意地悪そうに微笑みながら、そう尋ねる白峰先輩。
さっきまでとは打って変わって、不敵な態度だ。
微笑みながら、黒浦さんの返答を待つ白峰先輩。
「…………」
顔をやや伏せがちにして、黙り込む黒浦さん。
まさか、本当にミスったとでもいうのだろうか?
一瞬、そんな空気が会場に流れた。
だがしかし――
「……ふふっ」
不意に、黒浦さんが微笑んだ。
そのまま大きく、声をあげて笑い始める。
白峰先輩は不敵な笑みをひっこめ、真剣な表情へと戻った。
「何がおかしいのよ?」
「あははは! まさか、わたくしが本当にそのようなミスを犯したとでも?」
白峰先輩の質問には答えず、そう言い放つ黒浦さん。
顔をしかめる白峰先輩に向かって、続ける。
「そのような事は、ありえませんわ! わたくしはチーム・アルベリッヒワルツのリーダー、黒浦蘭!」
笑いながら、鋭い視線を白峰先輩へと向ける黒浦さん。
ざわざわと風が吹いて、彼女の茶色い髪の毛が揺れる。
微笑んだまま、彼女がゆっくりとその白い指を伸ばした。
「そこら辺のパチモノアイドルとは違い、わたくしの実力は本物ですわ! 自らの実力とデッキで、この地位を得ましたの! そんなわたくしにとって、自分のカードの効果くらい百も承知ですのよ!」
ばっと、自分の手札からカードを1枚取る黒浦さん。
手に取ったカードを表にし、一瞬だけ白峰先輩の方へと向ける。
そこに描かれているのは、赤い炎に包まれた剣士の姿。
ハッとなって、白峰先輩が目を見開く。
黒浦さんが笑いながら、高らかと言った。
「装備魔法スーペルヴィスを、ギガプラントに装備!」
スーペルヴィス 装備魔法
デュアルモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターは再度召喚した状態になる。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが墓地へ送られた時、
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して特殊召喚する。
黒浦さんの場に存在しているギガプラントの体が、光輝いた。
金色の柔らかなオーラを身に纏い、咆哮をあげる植物の化物。
それを見て、黒浦さんがさらに微笑む。
ギガプラント
星6/地属性/植物族・デュアル/ATK2400/DEF1200
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●自分の手札または墓地に存在する昆虫族または植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
装備魔法スーペルヴィスの効果により、ギガプラントはデュアルされた状態になった。
つまり、その強力な再生能力を思う存分発揮する事ができるという事。
黒浦さんが、バッと腕を伸ばす。
「ギガプラントの効果発動! 墓地のボタニティ・ガールを、攻撃表示で特殊召喚!」
黒浦さんの決闘盤の墓地が、輝いた。
同時にギガプラントが咆哮をあげ、その体を輝かせる。
光が溢れ、その中から花のような姿の少女が、姿を現す。
ボタニティ・ガール
星3/水属性/植物族/ATK1300/DEF1100
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1000以下の植物族モンスター1体を
手札に加える事ができる。
ボタニティ・ガールは墓地に送られると効果を発動するモンスター。
ギガプラントの再生能力と合わせれば、何度でも効果を使われる可能性がある。
しかも、場に植物族モンスターが増えた事で、ボタニカル・ライオの攻撃力も上昇する。
ボタニカル・ライオ ATK2800→ATK3100
一気に、黒浦さんの場に5体のモンスターが並ぶ。
クスクスと、白峰先輩に笑いかける黒浦さん。
「どうかしら、これでこそ決闘。緻密な戦略に基づいた、美しき攻撃ですわ」
余裕そうに笑う黒浦さんに対し、白峰先輩は何も言わない。
ただジッと、黒浦さんの場に並んだモンスターを睨むように見ている。
見ていた小城さんが、小さい声で漏らした。
「強い……」
そう、彼女――黒浦さんは強い。
最初はアイドルだから祭り上げられてリーダーにされたものと思っていたが、
彼女のあの戦略やカードさばきを見る限り、その実力は本物だ。
DEC部長の白峰先輩と比較しても、全くそん色ない強さを持っている。
「白峰先輩……」
追い詰められた先輩を見て、天野さんが不安そうに呟いた。
その目は明らかに、白峰先輩が負ける事を心配している。
だが――
「心配いりませんわ」
天野さんの横に立つ倉野先輩が、あっさりとそう言った。
ざわりと、見ていた俺達の間に動揺がはしる。
皆の視線が集まる中、天野さんが尋ねた。
「え、あの、それは……占ったんですか?」
いぶかしげに、そう言う天野さん。
倉野先輩がその言葉を聞き、ニッと笑う。
その白い手を頬に当てながら、倉野先輩が口を開いた。
「もちろん、ただの勘ですわ」
非常にあっさりと言い切る倉野先輩。
場の空気が微妙に凍る中、コロコロと笑いながら続ける。
「でもでも、恋する乙女というものは何者にも勝る者なのです。そういう意味では、あの2人のどちらが勝ってもおかしくないかもしれませんわね。まったく、日華殿も隅に置けませんわー!」
きゃぴきゃぴとした口調で、はしゃぐ倉野先輩。
こんな人でも、DECの中で決闘の実力はピカ一。
おまけに超能力まがいの占い能力まで持ってるというのだから、世の中分からない。
「そーいえば、この決闘は日華先輩を賭けたものでしたね」
ディアが、思い出したかの如く手をポンと叩いた。
確かにドタバタとした始まりだったせいで、今いち印象に残ってなかった。
自然と、皆の視線が日華先輩へと向けられる。
「決着がついた時、日華先輩どうする気なんでしょうね……」
ディアがぼそっと、誰にともなく向かって言う。
今の所、黙って決闘を見守っている日華先輩。
その心の内は、俺達にはまだ分からなかった。
黒浦さんが、微笑みながら手を伸ばす。
「さぁ、終わりにしましょうか。これでバト――」
「罠発動!」
黒浦さんの言葉を遮るように、白峰先輩が叫んだ。
伏せられた2枚のカード。その内の1枚が、表になる。
凄まじい咆哮が、地を揺らした。
ビリビリと震える空気。
黒浦さんが耳を押さえながら、視線を鋭くする。
「威嚇する咆哮……!」
威嚇する咆哮 通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。
白峰先輩の場に浮かんだカードを睨みながら、呟く黒浦さん。
不愉快そうに首を振ると、ため息をついて言う。
「本当、野蛮ですのね」
「おあいにくさま」
しれっとした様子で、カードを墓地へと送る白峰先輩。
その表情はにこりともせず、ただ目の前の決闘に集中している。
手札に残ったカードを見て、黒浦さんが言った。
「ターンエンド」
たった1枚だけの手札。
それは先程引いたロード・ポイズンのカードだ。
召喚権を使ってしまった今、場に出せるカードではない。
これで、黒浦さんの場にはモンスター以外のカードが存在しなくなった。
「私のターン!」
白峰先輩が勢いよくカードを引く。
チラリと横目で引いたカードを確認すると、迷わずそれを決闘盤へと挿した。
「魔法カード、手札抹殺を発動!」
手札抹殺 通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。
「手札交換カードですか。まぁ、いいですわよ」
黒浦さんが手札抹殺のカードを見ながら、そう言う。
持っていたロード・ポイズンのカードを墓地へと送り、カードを引く黒浦さん。
白峰先輩もまた、自身の手にあった3枚のカードを相手に見せる。
真紅眼の黒竜
星7/闇属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。
デコイドラゴン
星2/炎属性/ドラゴン族/ATK300/DEF200
このカードが相手モンスターの攻撃対象になった時、
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、攻撃対象をそのモンスターに移し替える。
ミンゲイドラゴン
星2/地属性/ドラゴン族/ATK400/DEF200
ドラゴン族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
「全部ドラゴン族のカード!?」
天野さんが驚いたように、声をあげた。
そんな声を気にする事もなく、白峰先輩がデッキからカードを3枚引く。
鋭い視線を手札に向けた後、白峰先輩がその中の1枚を手に取った。
「私はドル・ドラを生け贄に捧げ――」
場に残っていた竜の体の周りを、光が渦巻く。
それを見て、微妙に表情をこわばらせる黒浦さん。
ばっと、白峰先輩が天に向かって腕を伸ばす。
「マテリアルドラゴンを、生け贄召喚!」
ドル・ドラの姿が消え、金色の光が溢れた。
黄金の輝きに満ちながら、1体の竜がその姿を現す。
マテリアル・ドラゴン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
ライフポイントにダメージを与える効果は、ライフポイントを回復する効果になる。
また、「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
手札を1枚墓地へ送る事でその発動を無効にし破壊する。
「くっ、厄介なのが……」
黒浦さんが渋い顔になりながら、呟いた。
金色の輝きを纏いながら、竜が小さく声を出す。
勢いよく、白峰先輩が指を伸ばした。
「バトルよ! マテリアルドラゴンで、イービル・ソーンを攻撃!」
白峰先輩の声に応えるように、竜が雄たけびを響かせた。
その口に光が集まり、全身の輝きが少しずつ増していく。
黄金の光が、空を切るように吐き出された。
閃光が走り、黒い木が光に飲み込まれ消滅する。
攻撃の衝撃から、黒浦さんが体をふらつかせた。
「ぐっ……!」
ライフにダメージはないものの、不愉快そうな表情の黒浦さん。
場の植物族の数が減った事で、ボタニカル・ライオの攻撃力がダウンする。
ボタニカル・ライオ ATK3100→ATK2800
「ですが……まだ盤面上ではわたくしの有利ですわね」
体勢を立て直し、フッと微笑む黒浦さん。
その場には依然として4体の植物族が並んでいる。
だが臆した様子もなく、白峰先輩が続ける。
「私はカードを2枚伏せ、さらにリバースカードをオープン!」
「!?」
手札に残っていたカード全てを、決闘盤へとセットする白峰先輩。
その行動と宣言に、黒浦さんが少なからず驚いた表情を浮かべた。
白峰先輩の場に伏せられていたカードが、表になる。
「超再生能力! このカードの効果で、私はエンドフェイズ時にカードをドローする!」
「なっ……!」
超再生能力 速攻魔法
エンドフェイズ時、自分がこのターン中に
手札から捨てた、または生け贄に捧げた
ドラゴン族モンスター1体につき、デッキからカードを1枚ドローする。
表になったカードを見て、苦しそうな声を漏らす黒浦さん。
超再生能力。このターン中に捨てたか生け贄に捧げた
ドラゴンの数だけ、カードをドローできるカード。
このターンに白峰先輩が捨てたドラゴン族のカードは――
「手札抹殺で捨てた、3枚のカード……!」
悔しそうな口調で、そう呟く黒浦さん。
白峰先輩がこくんと、頷いた。
「そう。さらに、マテリアルの生け贄となったドル・ドラも、その数に含まれるわ」
「ぐぐぅ……」
さらに悔しそうに顔を歪める黒浦さん。
ブルブルと拳を震わせながら、白峰先輩を睨みつけている。
すっと、落ち着いた様子で白峰先輩が言った。
「ターンエンド」
静かに、そう宣言する白峰先輩。
墓地へと送られていた超再生能力のカードが輝き、効果を発揮する。
一気に4枚、白峰先輩がデッキからカードを引いた。
鮮やかな戦略に、倉野先輩が感嘆の息を吐く。
「さすが部長、鮮やかに流れを取り戻しましたわ〜」
両手を合わせ、嬉しそうにそう言う倉野先輩。
確かに、この戦略で白峰先輩は大量の手札と流れを掴んだ。
だがフィールド上の面では、いまだ黒浦さんの有利に変わりはない。
ぶるぶると、首を横に振る黒浦さん。
「ふ、ふん。少しはやりますのね……。ですがまだ、わたくしの有利ですわ!」
自分の場に並んだ大量のモンスターを手で示す、黒浦さんが言う。
まるで自分自身を奮起させるかのように。
すっと、その手が自分のデッキの上へと伸ばされた。
「わたくしのターン!」
静かに、デッキからカードを引く黒浦さん。
引いたカードを見て、その顔が微妙に引きつった。
まるで引きたくないカードを引いてしまったかの如く、嫌な表情を浮かべている。
「あんたの有利じゃなかったの?」
微笑みながら、そう尋ねる白峰先輩。
その言葉を聞き、不愉快そうに頷く黒浦さん。
「ええ! そうですわよ、わたくしの方が有利です!」
「なら、早いとこ決めてちょうだいよ」
笑いながら、そう言って急かす白峰先輩。
その言葉を聞いて、黒浦さんがさらに不機嫌そうな表情を浮かべた。
怒ったように、鋭い視線を白峰先輩の場へと向ける。
「お望みとあらば、やってやろうじゃありませんか!」
ケンカ腰に、そう叫ぶ黒浦さん。
後ろで見ていた篠村九龍が、慌てた様子で声を出す。
「お、お嬢! どうか落ち着いて――」
「だまらっしゃい!!」
強い口調で、ピシャンと怒りの言葉を投げる黒浦さん。
びくりと恐怖したように、九龍が体を震わせる。
黒浦さんが、バッと手を前へと出した。
「バトル! ボタニカル・ライオで、マテリアルドラゴンを攻撃!」
虎のモンスターが、唸り声を上げて地面を踏みしめた。
砂煙を巻き上げながら、凄まじい速度で大地を駆ける花の獣。
爪をむき出しにし、金色の竜に向かって、飛びかかる。
「浅はかね……」
飛びかかってきたライオンを見て、白峰先輩が小さく呟いた。
すっと、ゆっくりとした動作でその手を前に出す。
「速攻魔法、突進を発動」
「!!」
突進 速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、
ターン終了時まで700ポイントアップする。
白峰先輩の場に伏せられていたカードが表になる。
突進。表になったカードが輝き、効力を発揮する。
マテリアルドラゴン ATK2400→ATK3100
攻撃力を上昇させたマテリアルドラゴン。
口を開き、反撃の光弾がライオンに向けられて発射される。
閃光が貫き、ライオンが飛びかかった体勢のまま地へと沈んだ。
黒浦蘭 LP2100→1800
僅かながら、黒浦さんのライフが削られる。
しかも突進の効力はこのターンのエンドフェイズまで続くため、
黒浦さんの場のモンスターでは、敵わない。
「ぐぐっ……」
物凄い迫力で、拳を震わせている黒浦さん。
白峰先輩はふぅと息を吐きながら、突進のカードを墓地へと送る。
「それで、どうするの? バトルを続けるの?」
無表情に、そう尋ねる白峰先輩。
ゆっくりと首を横に振り、黒浦さんがふりしぼるような口調で答える。
「……いいえ、バトルはこれで終わりですわ」
露骨に不愉快そうな表情の黒浦さん。
このターンで倒せなかったのが悔しくてたまらないといった様子だ。
一方の白峰先輩は、平然とした様子でそれを見ている。
「部長があんなに集中してるの、初めてかも……」
俺の横で観戦していた小城さんが、そう言った。
確かに、あそこまで無心に決闘している白峰先輩は今まで見たことがない。
倉野先輩が、クスクスと笑う。
「ふふ、これもひとえに、愛の賜物ですわね……」
いつになく意地悪そうな口調で、そう言う倉野先輩。
誰も、その発言にはあえて触れようとはしなかった。
黒浦さんが、腕を伸ばす。
「ギガプラントの効果発動! 墓地に送られたボタニカル・ライオを特殊召喚!」
植物の怪物が、体をざわざわと震わせた。
青い光の球が現れ、その中から先程の花の獣が姿を現す。
ボタニカル・ライオ ATK1600→ATK2800
黒浦さんの場の植物族は変わらず、4体。
突進の効果さえ切れれば、まだ十分にマテリアルドラゴンを倒す可能性がある。
残った2枚の手札を見る黒浦さん。そして――
「……カードを1枚伏せ、ターンエンドですわ」
このターンに引いたカードを、場へと伏せた。
裏側表示のカードが、黒浦さんの場に浮かび上がる。
さっき引いた時は嫌そうな顔になっていたが、いったい何のカードを――?
「私のターン!」
鋭い声を上げ、白峰先輩がデッキからカードを引いた。
さっきのターンに発動した超再生能力も合わさって、その手札は5枚。
反撃するには十分すぎるほどの手札だ。
手札のカードをさっと眺め、白峰先輩が言う。
「――行くわよ」
鋭い目を、黒浦さんへと向ける白峰先輩。
その迫力に、黒浦さんがハッと息を呑む。
手札の1枚を、白峰先輩が手に取った。
「ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−を召喚!」
「!!」
ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1100
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターを
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にする事はできない。
白峰先輩の場に、紺色のマントを身につけた人型のモンスターが現れる。
その全身からは、威厳溢れるような青白いオーラが放たれていた。
「まぁ、あのカードは!」
驚いたように、倉野先輩が声をあげる。
内斗先輩もまた、目を丸くして白峰先輩の場のモンスターを見ていた。
黒浦さんが冷や汗を流しながら、言う。
「……まさか」
呆然としたように、白峰先輩に視線を向ける黒浦さん。
白峰先輩が、手札の1枚を手に取り、表にする。
そこに描かれていたのは、竜を模した形の巨大な笛。
白峰先輩が、カードを掲げながら叫ぶ。
「さらに、ドラゴンを呼ぶ笛を発動!」
その言葉に、黒浦さんを応援していた観客達からも、声が漏れた。
ロード・オブ・ドラゴンの手に、巨大な竜が他の笛が現れる。
ドラゴンを呼ぶ笛 通常魔法
フィールド上に「ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−」が
表側表示で存在する場合、手札からドラゴン族モンスターを
2体まで特殊召喚する。
「このカードの効果で、私は手札のドラゴンを特殊召喚!」
ロード・オブ・ドラゴンが笛を口元に当て、吹き鳴らした。
低い不可思議な音色が、辺りへと響き渡る。
白峰先輩が、手札の2枚を手に取った。
「来なさい! タイガードラゴン!! タイラント・ドラゴン!!」
2枚のカードを、叩きつけるように決闘盤にセットする白峰先輩。
場に旋風が吹き荒れ、巨大な2頭のドラゴンが降臨する。
タイガードラゴン
星6/地属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF1800
ドラゴン族モンスターを生け贄にしてこのカードの召喚に成功した時、
相手の魔法&罠カードゾーンにセットされたカードを2枚まで破壊する事ができる。
タイラント・ドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族/ATK2900/DEF2500
相手フィールドにモンスターが存在する場合、
このカードはバトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
このカードを他のカードの効果によって墓地から特殊召喚する場合、
そのプレイヤーは自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げなければならない。
「すごい。上級ドラゴンを、一気に2体も……!」
天野さんが感心したように、そう呟いた。
白峰先輩の場には、一気にドラゴン族が3体も並ぶ。
これでモンスターの数でいえば、黒浦さんに追いついた。
「なんたること……!」
悔しそうに、爪を噛む黒浦さん。
いつになく優雅な表情を崩しながら、白峰先輩の場を眺めている。
白峰先輩が勢いよく、声を張り上げた。
「さぁ、これで決着よ! バトルッ!」
腕を前へと出し、そう言いきる白峰先輩。
確かにこの一斉攻撃が通れば、黒浦さんのライフは0になるだろう。
既に場の流れは、圧倒的に白峰先輩へと傾いていた。
風が吹いて、2人の女子の髪の毛が、揺れた。
白峰先輩の宣言を聞き、黒浦さんが僅かに顔を伏せる。
そしてそのまま、すっと手を前に出した。
「罠、発動……」
小さな声を出す、黒浦さん。
黒浦さんの場に唯一伏せられていたカードが、表になる。
凄まじい咆哮が、地を揺らす。
びくりと、驚いたように体を震わせる俺達。
見ていた観客達もまた、耳を塞ぐ。
グラグラと、空気が振動するのが感じられた。
威嚇する咆哮 通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。
「威嚇する咆哮……」
黒浦さんが発動したカードを見て、俺達は呟いた。
前に白峰先輩が発動したのと、全く同じカードだ。
しかも黒浦さんはその時、野蛮なカードと称している。
「あなた……」
白峰先輩があくまでも冷静に、語りかける。
ゆらりと、黒浦さんの体が揺れた。
ため息をついてから、黒浦さんが言う。
「もう、やめや……」
「え?」
目を丸くして、聞き返す白峰先輩。
黒浦さんがぐしゃぐしゃと、髪の毛をかくように頭を押さえた。
「やめや、やめや! もう全部やめやーっ! あんなお上品にやっとられるかーっ!!」
「お、お嬢……?」
「誰がお嬢やねん! そないなこそばい呼び方、やめてくれんかっ!!」
大声で、信者達に向かって言う黒浦さん。
心なしか、その目は先程よりも鋭くなっているような気がする。
なんにせよ、お上品なお嬢様といった雰囲気は、微塵も残っていない。
「もうやめや! 上品ぶるんは、もー終わり!」
ぷんぷんと怒ったように、カードを墓地へと送る黒浦さん。
髪の毛をかきあげてから、白峰先輩をキッと見て、言う。
「あんた、案外やるやん。まそかここまでやられるとは、思わんかったわ」
「……私も、あなたが関西出身とは知らなかったわ」
微妙に引きつった表情で、そう答える白峰先輩。
フンと、黒浦さんが鼻を鳴らす。
「うちかて、好きであんなキャラやっとんちゃうわ。まぁ、もうどーでもええけど」
ヒラヒラと手を振り、先程までのキャラを全否定する黒浦さん。
見守っていた信者達の中には、ショックを受けたような表情を浮かべる者もいる。
最前列で観戦していた九龍は意志のように、固まっている。
コキコキと、黒浦さんが首を鳴らした。
「ただの不良かと思うとったけど、まさかの実力者やな。あんた、名前なんやっけ?」
「……白峰、沙雪」
「そうか。ほなら沙雪、言うとくけどな、うちの実力と気持ちは本物や」
鋭い視線を向けて、そう語る黒浦さん。
すっと胸の所に手をあてて、口を開く。
「せやから、この決闘は絶対負けん! 勝ってお婿さんゲットするんや!」
握り拳をグッと握りながら、熱い口調で話す黒浦さん。
白峰先輩がその言葉を聞いて、さらに集中するように目を細める。
黒浦さんが、決闘盤を構えなおした。
「さぁ、突っ走るでぇ!!」
黒浦蘭 LP1800
手札:1枚
場:ギガプラント(ATK2400)
ボタニカル・ライオ(ATK2800)
ボタニティ・ガール(ATK1300)
綿毛トークン(DEF0)
スーペルヴィス(ギガプラントに装備)
白峰沙雪 LP3700
手札:1枚
場:タイラント・ドラゴン(ATK2900)
マテリアルドラゴン(ATK2400)
タイガードラゴン(ATK2400)
ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−(ATK1200)
伏せカード1枚
2人の間に、緊張した空気が流れた。
風が吹き、2人の髪の毛がバサバサと揺れる。
すっと、白峰先輩がおもむろに手札の1枚を掴んだ。
そして、言う。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
白峰先輩の場に、伏せカードが増える。
これで先輩の場には、全部で2枚の伏せカードが存在する事となった。
互いにモンスターの数は4体。いつ決着がついても、おかしくない。
「ほなら、うちのターンッ!!」
テンション高く、カードを引く黒浦さん。
その姿にはさっきまでとは違い、純粋に勝負を楽しんでいるような節があった。
引いたカードを見て、黒浦さんがニヤリと笑う。
「きたでぇ! まず、うちは手札から永続魔法、種子弾丸を発動や!」
黒浦さんが手札の1枚を決闘盤へと挿す。
彼女の場に、巨大な薔薇のような植物がうねうねと生えて現れた。
種子弾丸 永続魔法
植物族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
このカードにプラントカウンターを1つ置く(最大5つまで)。
フィールド上に存在するこのカードを墓地に送る事で、
このカードに乗っているプラントカウンターの数
×500ポイントダメージを相手ライフに与える。
「ここにきて、バーンカードか……」
冷静な様子で、そう呟く内斗先輩。
確かに、終盤のこの場面でのバーンはなかなか厄介だ。
しかも黒浦さんの場には、大量のモンスターが存在している。
先輩のライフが削り取られる可能性は、一気に高くなった。
「さらに、手札からローンファイア・ブロッサムを守備表示で召喚や!」
このターンに引いたカードを、表にする黒浦さん。
そこに描かれているのは、炎の土地に生えた奇妙な赤い花。
黒浦さんが決闘盤にそのカードをセットし、その姿が実体化する。
ローンファイア・ブロッサム
星3/炎属性/植物族/ATK500/DEF1400
自分フィールド上に表側表示で存在する
植物族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
自分のデッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
あのカードは自分の植物族を生け贄に、
デッキから新たな植物族を呼ぶ事のできるカードだ。
黒浦さんが、ふわふわと自分の場に浮遊している綿毛を、指さす。
「ローンファイアの効果で、うちは場の綿毛トークンを生け贄に捧げる!」
フィールドに生えた赤い花から、火花のようなものが飛び散った。
まるで火山の噴火のように、炎を飛ばす赤い花。
綿毛トークンが、炎に当てられて破壊される。
黒浦さんが、デッキを広げた。
「さらにその効果により、うちはデッキの植物族を特殊召喚する! うちが呼ぶのは――」
パラパラと、デッキのカードを落とすようにしてめくる黒浦さん。
そして落ちゆくカード達の中から1枚、抜き取るようにして掴む。
手に握ったカードを、黒浦さんが勢いよく決闘盤に叩きつけた。
「――椿姫ティタニアル!!」
ぱっと、場に赤い色の花が咲いた。
まるで血のように赤い色をした花は、徐々にその姿を変えて行く。
花の中より、色白の美しい美女が降臨した。
椿姫ティタニアル
星8/風属性/植物族/ATK2800/DEF2600
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体を
生け贄にして発動する。フィールド上に存在するカードを対象にする
魔法・罠・効果モンスターの発動を無効にし破壊する。
植物族における最上級モンスターの降臨。
さらに、場の植物族の増加にともなってボタニカル・ライオの攻撃力も上がる。
ボタニカル・ライオ ATK2800→ATK3100
「これは……」
内斗先輩が難しそうな顔をして、口元に手を当てた。
白峰先輩の顔からも、僅かに緊張したような雰囲気がにじみ出ている。
ばっと、黒浦さんが腕をあげた。
「バトルや! まずはボタニティ・ガールで、ロード・オブ・ドラゴンを攻撃!」
腕を動かし、まるで竜巻のように花びらを飛ばすボタニティ・ガール。
花びらに切り裂かれるようにして、ロード・オブ・ドラゴンが消滅する。
白峰 LP3700→3600
「次や! ボタニカル・ライオでタイラント・ドラゴンを攻撃!」
薔薇の獣が天高く咆哮をあげた。
大地を蹴り、凄まじい速度で巨大な竜へと近づくボタニカル・ライオ。
爪をむき出して、タイラント・ドラゴンへと飛びかかる。
空気を斬るような音と共に、獣の爪が竜の喉笛を切り裂いた。
白峰 LP3600→3400
これで白峰先輩の場に残っているモンスターは2体。
伏せカードも2枚あるものの、発動させようとする気配は全く感じられない。
勢いにのった様子で、黒浦さんがさらに続けた。
「椿姫ティタニアルで、マテリアル・ドラゴンを攻撃!」
花の精霊がゆっくりとした動きで、手を広げた。
可憐な花吹雪が、辺りを覆い尽くすようにして放たれる。
舞い散る花吹雪を喰らい、金色の竜は苦しむように声をあげて消滅した。
白峰 LP3400→3000
「最後や! ギガプラントーッ!!」
黒浦さんの声に、蔓を震わせるギガプラント。
それを見て頷くと、黒浦さんがひと際大きく、叫ぶ。
「ギガプラントで、タイガードラゴンを攻撃! テンタクル・ブレイクーッ!!」
植物の化物が声をあげ、全身の蔓を竜に向かって伸ばした。
竜の全身に、蔓がガッチリとからみつき、締め上げる。
だが苦しげな声を出しつつも、竜がその口を開いた。
その口より、巨大な火球がギガプラントに向かって放たれる。
蔓の一部を燃やしながら、突き進む火球弾。
一方で竜の体を締め上げる力も、さらに強まる。
一進一退の攻防。そして――
火球がギガプラントに直撃すると同時に、タイガードラゴンもまた砕け散った。
キラキラと光になって砕ける竜と、燃えて灰になる植物。
攻撃力が互角だったゆえ、互いのライフには影響がない。
だが……
「装備魔法、スーペルヴィスの効果発動や!」
得意そうな表情で、黒浦さんが叫んだ。
その腕に付けた決闘盤の墓地が、金色に輝いている。
「スーペルヴィスが墓地に送られた時、うちは墓地の通常モンスターを特殊召喚できる!」
スーペルヴィス 装備魔法
デュアルモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターは再度召喚した状態になる。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが墓地へ送られた時、
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して特殊召喚する。
独特のイントネーションで、そう説明する黒浦さん。
それを聞いて、天野さんが首をかしげた。
「あれ? でも黒浦さんの墓地には通常モンスターなんて……」
その言葉を聞いて、倉野先輩がフフッと笑った。
水晶玉を器用にまわしながら、天野さんに向かって答える。
「デュアルモンスターというのは、墓地にいる時は通常モンスターとして扱うのですわ」
倉野先輩がそう言い終わった瞬間。
竜の炎によって砕け散った植物の灰が、もぞもぞと動き始めた。
ざらざらと宙を舞いながら、上昇していく灰。
黒浦さんが、ニッと笑った。
「墓地のギガプラントを、再び特殊召喚!」
灰が1箇所にまとまり、その姿が変わっていく。
赤い顔に、蔦がからまって出来た身体。異様な姿。
ギガプラントが、蘇った喜びを表すかのように吠えた。
ギガプラント
星6/地属性/植物族・デュアル/ATK2400/DEF1200
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●自分の手札または墓地に存在する昆虫族または植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
「墓地に行った事により、ギガプラントはまだ攻撃可能! そしてあんたの場にモンスターはゼロ!」
びしっと、指を伸ばして白峰先輩を指差す黒浦さん。
白峰先輩は無表情に、その言葉を聞き流している。
カラカラと笑いながら、黒浦さんが腕をふり上げた。
「すましとっても無駄や! いくで、ギガプラントの攻撃! テンタクル・ブレイクーッ!」
植物の化物が、再びその身体を震わせた。
一本の太い蔓が伸びて、白峰先輩へと迫る。
なぐように、蔓が白峰先輩の体に直撃した。
「ぐっ!」
白峰 LP3000→600
苦しげに、顔をゆがめる白峰先輩。
それを見て、楽しそうに黒浦さんが笑う。
「どや! やっぱうちのが強いやん!」
胸を張って、さらに大きく高笑いする黒浦さん。
お嬢様な雰囲気は既にかなぐり捨てた後だが、本人は楽しそうだ。
白峰先輩が、苦しそうに声をあげながら、顔をあげる。
「……それで? まだ私のライフは残ってるわ」
ふらつく体を支えながらも、決闘盤を構え直す白峰先輩。
確かに、まだ彼女のライフはゼロになっていない。だが――
「甘いで! もうあんたは終わりなんや、このカードでなぁ!」
黒浦さんが、自分の場に咲く薔薇のような植物を指差した。
このターンの最初、彼女が発動した永続魔法、種子弾丸だ。
黒浦さんがフフンと笑いながら、言う。
「このカードは植物族が召喚・反転召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、このカードを破棄する事で乗っているカウンターの数×500ポイントのダメージを与える事ができるんや! うちがこのターンにやった召喚行為は全部で3回! よってカウンターは3つ乗っ取る!」
びしっと、右手の小指と親指を折りたたんで突き出す黒浦さん。
白峰先輩は無表情のまま、それを見ている。
種子弾丸 プラントカウンター×3
「これを破棄する事で、あんたには1500ポイントのダメージが飛ぶ。よって、ライフはゼロでうちの勝ちや!」
きゃぴきゃぴとした様子で、はしゃぐ黒浦さん。
笑いながら、その両手顔の前で合わせる。
「悪く思わんといてな。うちかて必死やねん。ほな――」
すっと、黒浦さんの指が決闘盤へと伸ばされる。
白い指が、魔法・罠ゾーンに挿していた種子弾丸のカードを、抜き取った。
ぶるぶると、ソリッド・ヴィジョンで表現された薔薇が震える。
「うちは種子弾丸を墓地へ送り、相手に1500ポイントのダメージを与える!!」
黒浦さんが、種子弾丸のカードを墓地へと送った。
薔薇の花がさらに大きく揺れ、そして――
薔薇が内部より爆発を起こし、可憐な炎をあげた。
そして衝撃と共に、無数の黒い棘が白峰先輩に向かって降り注ぐ。
黒浦さんが満足そうに、ニッと笑った。
小城さんが、叫ぶ。
「部長!!」
まるで悲鳴のような声をあげる小城さん。
その横では天野さんも、不安そうな表情を浮かべている。
内斗先輩もまた、目を閉じた。
「終わったか……」
ぼそりと呟く内斗先輩に向かって、
「あら、それはどうですかね?」
倉野先輩が、にっこりと笑いかけた。
その言葉を聞いて、内斗先輩が肩をすくめる。
白峰先輩の目前まで、棘が迫った。
「これでうちの勝ちやー!」
嬉しそうに顔を輝かせる黒浦さんに対して、
白峰先輩はゆっくりと、優雅な動作で腕を伸ばした。
「罠発動」
その口から、言葉が飛ぶ。
天から降り注ぐ黒い棘。
白峰先輩の場に伏せられていたカードが表になり、そして――
迫っていた黒い棘が、消滅した。
それを見て、笑顔を凍らせる黒浦さん。
白峰先輩が淡々とした様子で、カードを見せる。
「リビングデッドの呼び声。私は墓地のマテリアル・ドラゴンを特殊召喚」
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
墓場が描かれたカードが表になり、その効力を発揮する。
白峰先輩の決闘盤の墓地が輝き、金色の光が飛び立った。
金色の光の中より、1頭の竜が姿を見せる。
「マテリアル・ドラゴンが場にいる限り、ダメージ効果はライフ回復効果へと変換される」
マテリアル・ドラゴン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
ライフポイントにダメージを与える効果は、ライフポイントを回復する効果になる。
また、「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
手札を1枚墓地へ送る事でその発動を無効にし破壊する。
白峰先輩の場に降臨した金色の竜が、咆哮をあげる。
金色の光がその翼より広がり、フィールドを覆い尽くした。
黒浦さんが、葵顔になりながら口を開く。
「つ、つまり……」
「つまり、あなたの種子弾丸は私への回復効果となるってわけ」
白峰先輩の声を聞き、黒浦さんがぐはっと声をあげた。
オーバーなアクションで、痛そうに胸を押さえる黒浦さん。
白峰先輩の決闘盤の数字が、動く。
白峰 LP600→2100
「そ、そんなアホな……」
ふらふらと体を動かしながら、目を見開く黒浦さん。
既にその手にカードは残っていない。
放心しかかっている黒浦さんを無視して、白峰先輩が言う。
「私のターン――」
静かに、自分のデッキからカードを引く白峰先輩。
引いたカードをチラリと見ると、腕を伸ばす。
「バトルよ。マテリアル・ドラゴンで、ギガプラントを攻撃」
金色の竜が咆哮をあげて、巨大な植物へ向かって金色の火球を吐く。
植物もまた、蔓を伸ばして金色の竜へと打ち振る舞った。
互いに同じ攻撃力を持つ2体は、同時に消滅する。
「私はこれで、バトル終了」
マテリアル・ドラゴンのカードを墓地へと送る白峰先輩。
再び、先輩の場からはモンスターがいなくなった。
だがすぐに、白峰先輩が腕を伸ばす。
「罠発動、正統なる血統」
白峰先輩の場に伏せられていた最後の1枚が、表になる。
正統なる血統 永続罠
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。
「このカードの効果で、私は墓地の真紅眼の黒竜を特殊召喚する」
白峰先輩の決闘盤が、1枚のカードを吐き出す。
そこに描かれているのは、真紅色の眼を持つ漆黒の竜。
決闘盤に、そのカードがセットされる。
黒き竜が、漆黒の翼を広げながら降臨した。
真紅眼の黒竜
星7/闇属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。
凄まじい威圧感を出す真紅眼の黒竜。
ざわざわと、観客席にいる連中たちもその迫力にざわめく。
だが放心から立ち直った黒浦さんが、声をあげた。
「ふんっ! なんやそいつ!」
特に恐れた様子もなく、口をとがらせる黒浦さん。
「バトル終了してから呼び出すなんて、あんたアホとちゃうか? 何がしたいねん!!」
びしっと、白峰先輩に向かって突っ込む黒浦さん。
だが白峰先輩は、その言葉に対して何も反応を示さない。
黒竜が、巨大な咆哮を天に向かって響かせる。
「あなた言ってたわよね。私のこと、乱暴不良女って」
白峰先輩が、唐突にそう尋ねた。
その言葉に驚きつつ、頷く黒浦さん。
「そうや! それがどうしたんや!」
「あなたの言う通りよ。私は乱暴なの。だから――」
白峰先輩が、自分の持っているカードを表にする。
そこに握られていたカードを見て、黒浦さんの顔が青くなった。
白峰先輩が、言う。
「こんな決着しか、出来ないのよ」
すっと、白峰先輩が持っていたカードを決闘盤へと挿した。
「魔法発動、黒炎弾」
黒炎弾 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する「真紅眼の黒竜」1体を選択して発動する。
選択した「真紅眼の黒竜」の元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
このカードを発動するターン「真紅眼の黒竜」は攻撃する事ができない。
「黒炎弾の効果で、あなたのライフポイントに2400のダメージを与えるわ」
淡々とした口調で、そう話す白峰先輩。
黒浦さんが、震える指を伸ばした。
「ま、まさか! そのためにマテリアル・ドラゴンを……!!」
「さぁね」
冷たく言って、白峰先輩がくるりと黒浦さんに背を向けた。
ゆっくりと、俺達の方へと向かって歩み始める白峰先輩。
「ちょ、待てや、こらー!!」
黒浦さんが騒ぐが、白峰先輩は振り返らない。
代わりに、真紅眼の黒竜が、ひと際大きく咆哮をあげた。
ビクリと、体を震わせる黒浦さん。その目に恐怖が宿る。そして――
真紅眼の黒竜が吐いた黒い炎が、黒浦さんを貫くと同時に爆発を起こした。
凄まじい炎の爆発が、辺りを包み込む。
だがその爆発を受けてなお、白峰先輩は振り返ろうとしなかった。
目をつぶり、ただ淡々と歩いている白峰先輩。
「ぎゃあああああ!!」
黒浦さんの悲鳴が、炎の中から響き渡る。
ぷすぷすと煙をあげながら、黒浦さんがその場に膝をついた。
黒浦 LP1800→0
ブンッという音と共に、ソリッド・ヴィジョンが解除される。
ふぅと息を吐いて、決闘盤を腕から外す白峰先輩。
歩く先輩の前に、日華先輩が立ち塞がった。
「沙雪」
「……恭助」
目の前に現れた日華先輩を見て、立ち止まる白峰先輩。
いつになく真剣な表情を、日華先輩は浮かべていた。
倉野先輩が、水晶玉を手に声をあげる。
「いよいよですわね……」
とても楽しそうな、ワクワクとした表情の倉野先輩。
それを聞いて小城さんや天野さん、ディアまでもが緊張した表情を浮かべる。
向かい合う2人の部長。ゆっくりと、白峰先輩が口を開いた。
「……言っとくけど、私は別にあんたのために勝負した訳じゃ――」
「そんな事は、どうでもいい」
「え?」
白峰先輩の言葉を遮る、日華先輩。
その口調からは、ふざけている様子はみじんも感じられない。
じっと、白峰先輩の事を見つめる日華先輩。
「な、なによ……?」
白峰先輩もまた、緊張した様子で日華先輩に向かって尋ね返す。
その頬が僅かに赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。
普段と違って、その姿はどこかしおらしく見える。
「沙雪――」
日華先輩が、ゆっくりと口を開いてそう言った。
すっと、その両腕が白峰先輩に向かって伸ばされる。
まるで抱擁しようとするように。そして――
がしっと、日華先輩が白峰先輩の手を握った。
力強く握られた手を見て、白峰先輩が驚く。
そして白峰先輩の腕を握りながら、日華先輩が、言った。
「素晴らしいデュエル・コーディネートだった……」
「……は?」
一瞬の間の後、白峰先輩が顔をしかめて尋ねた。
日華先輩が涙を流しながら、続ける。
「あの追い詰められよう、そして返しの大逆転! まさにあれはデュエル・コーディネートそのものだった! いやぁ、沙雪は乱暴でがさつな決闘しかできないと思っていたけど、まさかあそこまで芸術的な決闘が出来るだなんて、思わなかったよ」
「……そ、そうね。そう言われれば、そうね」
「だろう! いやぁ、さすが我が幼馴染だ! はっはっは!」
楽しそうに、大きく笑う日華先輩。
白峰先輩はキョトンとした表情を浮かべ、それを見ている。
校庭でのやり取りを見た俺達が、一斉に言った。
「ごまかしたな」
「ごまかしたみたいですね」
「ごまかしましたわね」
そう言って、うんうんと全員で頷く俺達。
この決闘が始まったキッカケ。日華先輩の取りあい。
あの事を、先輩はごまかそうとしたのだろう。
だからこそ、白峰先輩に向かってあんな事を言ったのだ。
「さぁさぁ、決闘も終わった事だし、沙雪の勝利を讃えてどこか食事でも行こうよ!」
白峰先輩と一緒に帰ってきた日華先輩が、明るい口調でそう言った。
その言葉からは、早くここから離れたいという気持ちがありありと浮かんでいた。
内斗先輩が、フッと微笑む。
「そういう訳で、恭助の奢りだそうです。行きましょうか」
ベンチから立ち上がり、容赦なく支払いを日華先輩へと押し付ける内斗先輩。
日華先輩の笑顔がひきつり、内斗先輩を目だけで睨みつける。
睨まれた内斗先輩は、ただ肩をすくめるだけだった。
ディアが、倉野先輩に向かって、小声で言う。
「良いんですかね? せっかくの告白チャンスだったのに……」
その言葉に、にっこりと微笑む倉野先輩。
水晶玉を見ながら、優雅な口調で言う。
「良いのです。そういうもどかしさも含めて、青春なのですわ」
達観した様子で、そう答える倉野先輩。
なぜかその言葉には、妙な説得力があった。
さらに頷いているディアに向かって、言う。
「それに、進展はありましたわ」
そう言って、その白い腕を伸ばす倉野先輩。
俺と天野さん、ディアが伸ばされた手が示す先を見る。
そこにあったのは、手を繋いだままで話す2人の姿だった。
おそらくさっき握ってから、そのままの状態で帰ってきたのだろう。
2人は照れたような様子もなく、それを受け入れている。
表面上では、すでにさっきの決闘内容について喧嘩が始まっているが。
「青春ですわね……」
倉野先輩が頬に手を当てながら、そう呟いた。
クスクスと、倉野先輩が優しげに微笑む。
夕暮れの空の下、柔らかな風が吹き抜けた……。
「ううっ、ぐすっ……」
夕暮れも沈んだ夜。
1人の少女が、おでんの屋台で涙を流していた。
少女の前には、おでんの皿とジュースの入ったコップが置かれている。
「親父、おかわりや!」
おでんを煮込んでいる主人に向かって、声をあげる少女。
ねじりはちまきを巻いた主人が、顔をしかめる。
「そんなに飲んで、大丈夫かい?」
「うっさい! 飲んどらんと、やってられんわっ!」
噛みつくように答える少女。
主人はため息をつくと、コップにオレンジジュースを注ぐ。
コップを受け取ると、少女は中身を一気に飲みほした。
「うぅっ……!!」
ぐすんと鼻をならす少女。
カウンターに、その体を投げ出す。
「なんでやぁ……。うちのが絶対に可愛いはずやのにぃ……。おまけにあのバカファン共は揃って『例えお嬢が関西弁だろうと、一生付いていきます』とか抜かして今までと変わらずべったりやし。あーもう世の中は間違っとるわー!!」
タチの悪い酔っ払いのようにクダをまく少女。
店の主人はその手の客には慣れているのか、黙っている。
夜の闇に、少女がすすり泣く音が響いた……。
第三十九話 始まりの記憶
始まりの記憶は、黒と白。
空を覆う深い闇と、それを切り裂く白い色。
運命の歯車がまわって、私に選択を迫った日。
自分の世界全てが、変わった日。
黒と白がゆっくりと混じって、溶ける。
そして私は――――
『いい加減、成果の1つでもあげてほしいものだな』
ある朝、風丘町の高級マンションの一室にて。
1人の小柄な少女が、受話器を片手に困ったような表情を浮かべていた。
色白の肌に、淡い栗色の瞳。ぱっちりと開いた瞳が、揺れる。
「え、えっと……。でも、お姉ちゃんだってがんばって――」
『それはケーキ屋のバイトやら、高校での学園生活を、という意味か?』
受話器から、吐き捨てるような言葉が飛ぶ。
言い返すことができず、沈黙する少女。
少しの間の後、受話器の向こうの主が、ため息をつく。
『レーゼ、お前は何のためにそこにいる?』
「え。わ、私は、その……」
唐突に尋ねられた質問に、口ごもる少女。
電話口から、厳しい声が響く。
『お前の役目は、ディンがちゃんと仕事をするように見張る事だ。
仕事をしていないなら、注意の1つでもして無理矢理にでも任務を遂行させる。
それが、お前をその街に残した最大の目的だ。理解しているのか?』
「で、でも……」
『レーゼ!!』
ぴしゃりと、怒ったような口調が飛ぶ。
びくりと、体を震わせて目をつぶる少女。
怯えたように縮こまる少女に向かって、電話の主は続ける。
『お前がディンに対して恩義を感じている事は知っている。
だがな、本当に奴の事を思っているのなら、ここは注意すべき所だ。
お前だって、ディンの奴が降格するのを見たくはないだろう?』
「……うん」
『なら、きっちりと仕事させる事だ。お前ならそれができる。期待してるぜ』
その言葉を残し、ブツッと音を立てて通話が切れた。
少女――グールズ幹部のレーゼ・フランベルクは、小さく息を吐く。
しょんぼりとした様子で、受話器を置くレーゼ。
(分かってる。私が、しっかりしないといけないのは。でも……)
顔を伏せ、思考を重ねているレーゼ。
リビングに、ゆったりとした足音が響く。
「ふぁ〜あ。おはよ〜、レーゼちゃ〜ん」
大きく伸びをしながら、あくびをするディン。
風丘高校の制服を着て、眠そうに目をこすっている。
はっとなって、レーゼが顔をあげた。
「お、おはよう。お姉ちゃん……」
「うん、おはよ〜」
のん気に言って、フラフラとした足取りで洗面所へと向かうディン。
その様子を、レーゼは複雑な面持ちで見つめている。
顔を洗って戻ってきたディンが、またも大きくあくびをする。
「ふああぁぁ。眠っ……」
うとうとした様子で、椅子を引いて座るディン。
おそるおそる、レーゼがディンへと近づく。
顔を伏せがちに、ゆっくりと口を開くレーゼ。
「お、お姉ちゃん。あのね、その――」
「レーゼちゃん、今日の朝ごはんは何ー?」
だがディンはレーゼの雰囲気には気づかず、目を細めながらそう尋ねた。
言葉をつまらせるレーゼ。苦笑いを浮かべながら、答える。
「とりあえず、今日は簡単に、ベーコンエッグとトーストにしたけど……」
「おぉ、良いわね〜。本当、レーゼちゃんは良いお嫁さんになれるわよ〜」
寝ぼけたような口調で言い、レーゼの頭をなでるディン。
まんざらでもなさげに、レーゼが嬉しそうな表情を浮かべた。
きょろきょろと、ダイニングテーブルの上を見るディン。
「あれ、今日の新聞は?」
「あっ、まだ取ってない……!」
はっとなって、申し訳なさそうに言うレーゼ。
朝食を作り終え、新聞を取ろうとした矢先にかかってきた電話。
電話からの説教のせいで、レーゼはすっかり郵便物を取る事を忘れていた。
「ごめんなさい。今すぐ取ってくる!」
ぱたぱたと、玄関の方へとかけていくレーゼ。
そんなレーゼの様子を、微笑ましそうに見つめているディン。
近くのポットから紅茶を注ぐと、一口飲む。
「本当、良いお嫁さんになるよねぇ〜」
ふふっと笑いながら、目を細めるディン。
朝の日差しが降り注ぐリビングで、大きく伸びをする。
くぅーっと息を吐き、ディンがテレビを付けた。
ニュースチャンネルに、ぼんやりとした視線を向けるディン。
新しい一日が、ゆっくりと始まっていく。
「…………」
とぼとぼと、レーゼが顔を伏せてリビングへと戻ってきた。
暗く、悩ましげな表情を浮かべているレーゼ。
それを見たディンが、首をかしげる。
「レーゼちゃん? どうかしたの?」
「!! お、お姉ちゃん……」
驚いたように、顔をあげるレーゼ。
不思議そうな表情のディンに対して、レーゼが慌てたように笑顔を浮かべた。
「は、はい。これ新聞!」
持っていた新聞をディンへと渡すレーゼ。
そしてディンが何かを言う間もなく、レーゼが続けて言う。
「ご飯、取ってくるね!」
そう言い残してキッチンへと駆けて行くレーゼ。
ディンは新聞片手に、なおも不思議そうに首をかしげている。
かちゃかちゃと、食器の揺れる音が響いた。
「はい、お姉ちゃん」
トレーに乗せた皿を、ディンの前へと置くレーゼ。
半熟の目玉焼きと、かりかりに焼けたベーコン。付け合わせのポテトサラダ。
そしてバターの溶けたトーストの香りが、辺りに広がる。
にっこりと、笑うレーゼ。
「どうぞ、召し上がれ」
穏やかな表情を見せるレーゼ。
不思議そうな表情だったディンも、ホッとしたように頷いた。
にっこりと笑い、手を合わせるディン。
「うん! それじゃあ、いっただきま〜す!」
元気に言って、フォークとナイフを取るディン。
レーゼが嬉しそうに、その様子を見てくすくすと笑う。
エプロンを脱ぐと、レーゼもディンの対面の席にちょこんと座った。
「うん! 今日も美味しいよ、レーゼちゃん!」
卵焼きを口に入れ、声を弾ませるディン。
それを聞いて、レーゼが目を細め微笑んだ。
「そう。良かった」
そう言って、自らもフォークとナイフを手に取るレーゼ。
かちゃかちゃと、しばらく食器が鳴る音だけがリビングに響く。
ニュースをBGMに、黙々と食事をする2人。
「……そういえば、さっきゼファーから電話があったよ」
おそるおそる、口を開くレーゼ。
むぐっと、ディンが食べてた物を喉につまらせた。
胸を叩きながら、紅茶を飲むディン。ケホケホとむせながら、尋ねる。
「な、なんですって!? ゼファーから!?」
「う、うん。そうだけど、どうしたの……?」
ただならぬ様子のディンを、不安そうに見つめるレーゼ。
ディンがふんと鼻を鳴らして、持っていたナイフを軽く振る。
「あいつが連絡してくるなんて、どうせろくな事じゃないんでしょ?」
いまいましそうな口調で、そう断言するディン。
レーゼはその言葉を聞いて、苦笑いを浮かべる。
「えっ、で、でも、同じグールズ幹部同士なんだから、仲良く――」
「冗談。あんな雇われ決闘者崩れと仲良くなんて、私には無理」
手をひらひらとさせながら、そう言いきるディン。
もはや、レーゼには何も言う事ができない。
黙ってしまったレーゼに向かって、ディンが強い口調で尋ねる。
「それで、あいつ何て言ってたの?」
「あ、うん。その……。もっと積極的に、仕事しろって……」
言いにくそうに、視線をそらしながら答えるレーゼ。
ディンに気をきかせたのか、その表現は非常に穏やかなものだった。
だがそんな気遣いには気づかず、ハッと笑うディン。
「なんだ、何を今さら。私はちゃんと仕事してるわよ、ねぇ?」
「えっ……?」
戸惑ったように、ディンの方を見るレーゼ。
にっと笑いながら、ディンが指を伸ばす。
「正確には、私の部下がちゃんと仕事をしてるわ」
「……それって、雨宮さん?」
レーゼの質問に、頷くディン。
「そうよ。この前だって闇の道具を持った決闘者と戦って、見事撃破したみたいじゃない。
まぁ、闇の道具まで木端微塵にしちゃったのはアレだけど、よしとするわ。
さすがレイン・スターね。不器用だけど、やる時はやるわ」
はむと、目玉焼きを口にいれるディン。
困ったような表情で、レーゼが頬をかく。
「えっと……でも、それでいいの?」
「いいのよ。レーゼちゃんもグールズ幹部なら、部下はしっかりと使うべきだわ。
部下の失態は上司の失態だけど、部下の手柄も上司の手柄なのよ!」
ぐっと、拳を握りながら力説するディン。
レーゼが汗を流しながら、ぎこちなく笑う。
にっこりと、輝くような笑顔を浮かべるディン。
「それに、いざという時は私だって戦うわ。だから問題なんてない!」
びしっとした口調で、そう締めくくったディン。
得意そうな表情で、レーゼの反応をうかがう。
しばし、考え込むレーゼ。そして――
「……そ、そうだね。お姉ちゃんの言う通りだよ」
青い顔で笑顔を浮かべながら、レーゼは頷いた。
そうでしょ〜と、満足そうに頷くディン。
当然の事ながら、レーゼの本心には気づいていない。
そうこうしている内に、ディンの前に置かれた皿が空になる。
「ごちそうさま! さーて、それじゃあそろそろ学校に行かないとね」
時計を見ながら、立ち上がるディン。
はっとなって、レーゼがおろおろとしながら立ち上がる。
「お、お姉ちゃん!」
いつになく、強い口調で言うレーゼ。
ディンが首をかしげながら、ふりかえる。
「なぁに?」
にっこりと、優しげに笑いかけるディン。
その姿を見て、レーゼが顔を伏せる。
もじもじと指を動かすレーゼ。そして、おもむろに、言う。
「……今日の夕飯、何がいい?」
レーゼの質問に、拍子抜けしたようになるディン。
うーむと悩ましげに、額に指を当てる。
「そうねぇ。たまには、さっぱりしたものが食べたいわ。となると……」
ぶつぶつと、呟きながら考えているディン。
やがてポンと、思い付いたように手を叩いた。
「あ、あれよ! 《ショージンリョーリ》ってのが食べてみたいわ!」
「しょ、ショージンリョーリ?」
聞いた事のない単語に、戸惑ったような様子を見せるレーゼ。
ディンはうんうんと、無邪気に頷く。
「なんでも、日本では天国に行くための修行として食べてた料理らしいの。
よく分からないけど、健康には良いらしいわ。観光ガイドブックにも載ってたし」
自信満々な様子のディン。
レーゼはよく分からなさそうに、それを聞いている。
不安そうな表情で、レーゼは頷いた。
「わ、分かった。がんばってみる……」
「あ、別にさっぱりしてれば何でもいいから、無理しなくていいからね!」
思いつめたようなレーゼの表情を見て、慌てるディン。
あまりレーゼが悩まないよう、フォローする。
だが壁にかかっている時計を見ると、ディンは目を見開いて叫んだ。
「いっけない! このままじゃ遅刻しちゃうわ! と、ともかく、よろしくね!
あ、あと、今日はバイトで遅くなるから、夕飯は先に食べちゃっててもいいからね!」
「あっ、お、お姉ちゃ――」
レーゼが腕を伸ばして制止しようとするが、もう遅い。
ぱたぱたとした足音をたてながら、ディンが玄関の方へと駆けて行く。
そしてガチャンという音の後、ドアが閉まる音がリビングまで響いた。
「…………」
1人きりになってしまったレーゼ。
伸ばしていた手を降ろすと、諦めたようにため息をつく。
「お姉ちゃん、仕方ないんだから……」
顔を伏せて、小さくそう呟くレーゼ。
ごそごそとポケットをあさり、1枚のカードを取り出しダイニングテーブルに置く。
テレビのスイッチを切ると、レーゼは静かに朝食の後片付けを始めた。
青い空の下、穏やかな光が街へと降り注いでいた……。
暗い闇が、空を覆っていた。
誰もいないはずの広い森の中。
まるで音楽のように、木々がさざめき音を鳴らす。
真っ黒な森。まるで私を飲み込むかのように、広がっている。
森の中を、私は走っている。
1人寂しく、息を切らしながら。
必死になって、ただ前へと駆けている。
後ろからは誰かが、森をかきわけている音がする。
『そっちにはいたか!?』
『いや、まだだ。そっちはどうだ!?』
『こっちもだ!』
『くそっ! 早くさがせ!』
森の沈黙を破るように、響く怒声。
その声を発しているのは、黒い影のような存在。
人の形をしているが、私にはその姿は真っ黒に見えた。
影から逃げるために、私は走る。
この暗い森の中を、たった1人で。
頭の中がぐるぐるとしている。精霊の声は聞こえない。
闇の空が嘲笑うように、私の事を見下ろしている。
黒い森はどこまでも続く。
薄暗い空には、雲がかかっている。
いつも見える金色の月も、今は見えない。
空から落ちそうなくらいに輝いていたお月様。
1人ぼっちの私をずっと見ていてくれたお月様。
そこにいてくれるだけで、私は孤独な夜に耐える事ができた。
だけど、今はいない。
私は1人。この黒い世界で、たった1人。
息が切れる。自分の足がまるで石のように、動きを失っていく。
ぐらぐらと世界が揺れて、意識が遠のきそうになる。
眠い。いったいいつまで、この暗闇は続くのだろう。
私には分からない。辺りに満ちた黒は、あまりにも深かった。
ふらつきながら、私は何とか前へと一歩を踏み出していく。
怒声と共に、私の世界が暗転した。
強い力で、私は地面へと押し倒される。
痛い。勢いよく叩きつけられたせいで、全身が激しく痛んだ。
地面の冷たさと痛みを感じている私の耳に、声が届く。
『捕まえたぞ!!』
それはまるで濁ったような音で、辺りに大きく響いた。
顔をあげると、私の体を大きな黒い影が押さえつけているのが見えた。
じたばたと体を動かすが、私の力では影にはかなわない。
そうこうしているうちに、たくさんの黒い影が周りに集まってくる。
『ようやく見つかったか』
『手間をかけさせやがって』
『早く、教会へ運ぶぞ』
影達は、それぞれバラバラの声でそう言った。
濁った声。子供のような声。不自然に高い声。
まるで悪夢の登場人物のような声が、私の心に響き渡る。
『はなして!!』
自分でも意外な程に大きな声を、私は出した。
暗闇の中にざわめいていた影達が、その声を聞いて動きを止める。
じっと、私の事を見つめる黒い影。ざわざわと、風が吹く。
懸命に、影から逃れようと私はもがく。でも、できない。
『おい』
私の体を押さえつけていた影が、低い声を出した。
影は頭のような形の部分を別の影に向けると、頷くように動かす。
強い力で、私は無理矢理に立ちあがらせられた。そして――
破裂するような音が、暗い森の中に響きわたった。
強い衝撃と、痛み。それが私の頬から、全身へと広がる。
自然と、涙が溢れた。声にならない声をあげながら、私は呆然と顔をあげる。
黒い影が、かがみこむように私へ近づいた。
『今度うるさい真似をしたら、ビンタどころじゃすまないぞ』
影から、薄気味の悪い声が漏れた。
私はガタガタと震えながら、自分の頬を押さえる。
何も言わずに震えている私を見下ろしながら、影は言った。
『教会に行くぞ』
その言葉に、周りの影達も一斉に頷いた。
暗い森を、私は影に囲まれるようにして歩きはじめる。
冷たい。体中が寒くて、私は泣きながら自分で自分を抱きしめる。
のろのろと歩く私の周りから、ささやくような声が聞こえる。
『ようやく……薄ら気味の悪い……』
『悪魔の子供………これで安心……』
『……厄介払い……神の罰……』
どれもこれも、奇妙な声色ばかり。
ビデオテープを早回しにした時に聞こえるノイズのよう。
うねうねと動いている影を、私は見る事が出来ない。
私は1人。この暗い世界で、たった1人――
黒い森がざわめいて、闇が一層深くなる。
どれくらい歩いたのか、私には分からない。
だけど気がつくと、目の前には真っ黒な色の教会があった。
前を歩いていた影が立ち止まり、腕のような部分を伸ばす。
『入れっ!!』
どんと、強く、私は背中を押された。
倒れそうになりながら、教会へと入れられる私。
顔をあげると、中の様子が目に入ってくる。
黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。
一面見渡す限り、黒い影がうねうねと動いていた。
真紅色の絨毯の上、木製の長椅子の上、黒い壁の傍。
教会の中全面に、その黒い影は存在していた。
奥の祭壇。ステンドグラスを前に、ひと際真っ黒な影が言う。
『ようこそ、いらっしゃいました』
くぐもった、フィルターを通したような声を出す影。
にこにこと微笑んでいるのだろうか。声が弾むように上ずっている。
怯える私を、後ろにいる影達が押すようにして前へと進ませた。
バタンと、教会の扉が閉まる音が私の耳に届く。
『ごくろうさまでした』
真っ黒な影が、私を連れてきた影達に向かって言った。
その言葉を聞き、首のような部分を垂れる影達。
絨毯を踏みしめながら、真っ黒な影が私に近づく。
『おぉ、なんとかわいそうな。そのような力をもって、さぞ怖かったでしょう。
ですがもう大丈夫です。救いのない者など、この世には存在しません。
全ての者には平等に、神の愛が降り注がれるものなのです』
ばっと、2本の腕のような部分を伸ばす真っ黒な影。
その姿を見て、私の心が恐怖で震えた。
涙が、私の頬を伝って落ちていく。
『なぜ泣くのです?』
妙な強弱をつけた音が、真っ黒な影から出た。
デタラメに音量調節をいじったような声。
真っ黒な影が、にゅっと私の肩に手のような物を乗せる。
『泣く事はありません。怯える必要もありません。
なぜなら、あなたは今日、救われるからです。
神の前で自分の業と袂を別ち、生まれ変わる事ができるのですから!』
ぐっと、私の肩に強い力がかかった。
その痛みから、私は僅かに顔をしかめる。
私がもがくように体を動かしていると、突然後ろから別の影の声がした。
『さぁ、おとなしくしな!』
がばっと、黒い影が伸びて私の体にからみついた。
両腕に、両足。それに頭。それぞれに絡みついた影が、私の体を押さえる。
身動きできないでいる私に、真っ黒な影の頭部が迫る。
『あなたは悪魔に見初められてしまった』
奇妙な声を出す真っ黒な影。
揺ら揺らと、その姿がうごめく。
『生まれたその瞬間。神から魂を譲り受けたその時。
悪魔はあなたに近づき、そしてその瞳の中に隠れ潜んでしまったのです。
それゆえ、あなたは他の者には見えぬ物まで見えるようになってしまわれた』
私の瞳をじっとのぞくように、微動だにしない真っ黒な影。
ノイズ混じりの声を出しながら、腕の部分を広げる。
それはまるで、いびつな踊りのような動き。
『あぁ、なんと大いなる悲劇! 神はかくも残酷な運命をお与えなさる!
しかし嘆く必要はないのです。全ては神がお与えになられた試練。
悪魔に屈し、神に背をむける日々も、これで終わりなのですから!』
がばっと、私に背を向ける真っ黒な影。
綺麗なステンドグラスを前に、何かぶつぶつと唱えている。
祭壇の上、何かを取るように影が腕の部分を伸ばした。
『悪魔は、あなたの両目に潜んでいます』
ざざっと、視界が砂嵐にかかったかのようにぶれた。
祭壇の方へと向けられていた影の正面が、再び私の方へと向けられている。
そして真っ黒な影の腕が握る、少し大きめの白いロザリオが視界に入った。
涙を流している私に向かって、真っ黒な影は言う。
『それゆえに、今から私はあなたの目をえぐらなければなりません』
ノイズ混じりの声ではない、はっきりとした声。
それが、私の耳に反響するようにして届いた。
真っ黒な影が、自分の胸をおさえるような仕草をする。
『痛いでしょう。苦しいでしょう。もう2度と、光を見る事はできなくなるでしょう。
ですがっ、それでもっ! 私はあなたの目を潰さなければなりません!
それがあなたを救う唯一の術だと知っているから! 神にそむく悪魔を退治するためだから!
ゆえに私は!! あなたから!! 光を奪わなければならないのです!!』
まるで叫び声のような声。
黒い教会の中、その音は旋律を奏でて消える。
すっと、体が冷たくなる。震えが止まらない。涙がさらに溢れた。
悪夢の中、真っ黒な影がおどけるように動く。
『さぞ、つらいお気持ちでしょう。ですが仕方ないのです。
これも全てはあなたの業。生まれゆく時に悪魔の誘惑に負けてしまった、
あなたの心の弱さが原因なのです。ですが神から与えられたこの試練を乗り越えてこそ、
あなたはようやく救われ、新たな生を受ける事ができるのです!』
ぐにゃんと、真っ黒な影が横へとずれるように動いた。
教会の奥。別の黒い2つの影が、どこからともなく現れる。
すっと、私に近づく影。
『レーゼ……』
影の片割れから、声がもれる。
不協和音のような音。歪んだ声。
『分かってくれるわね、レーゼ。神父さんの言う通りよ。
あなたには悪魔がとりついているの。だから、その罰を受けなければならない』
ざざっと、影の姿が揺らいだ。
まるでカメラが切り替わったかのように、目の前の景色が変わる。
どこかの家、誰かの部屋。顔の見えない女性。
泣いている私の事を見下ろしながら、女性は口を開く。
『あんたなんか、生まれてこなければよかったのに』
画面が揺れて、元の教会の光景が戻ってきた。
さっきの影の横に立つ別の影が、前へと出る。
『これもお前のためを思っての事なんだ。
パパやママだってつらい事を、理解してくれ』
まるで涙をぬぐうような動作をする黒い影。
またも映像が揺れるようにして、目の前に別の光景が浮かび上がる。
暗い廊下。薄明かりのついた部屋から、漏れる声。
『あんな薄気味悪いガキ、まっぴらだ。生まれた時に捨てりゃあよかった』
その言葉を残して、その光景は消える。
がんがんと、頭が痛む。耳鳴りのような音が聞こえていた。
2つの影が後ろに下がり、再び真っ黒な影が私の前へと出てくる。
『心中お察しします。ですが、これも全ては彼女を救うため。
この子が光を失っても、あなた達家族の絆が途切れる事はないでしょう』
機械的な音を発しながら、そう話す真っ黒な影。
後ろの2つの影が泣き崩れるように、その身をねじる。
ゆっくりとした動作で、真っ黒な影が腕をあげた。
『さぁ、そろそろ時間です』
すっと、その手に持つ白のロザリオが、振りあがる。
鈍い光を放っているロザリオ。涙で世界がにじみ、見えなくなる。
とっさに目をつぶろうとしたが、別の影が私のまぶたを押さえつけた。
『心を落ち着かせ、運命を受け入れるのです』
嘲笑うかのような音。
世界でたった1人の私を、囲う影達。
暗闇の世界が、手招きをするように揺れている。
ステンドグラスに描かれた神様を背景に、影は言う。
『さぁ、祈りなさい――』
何人もの人間が喋ったような声が、反響した。
エコーがかかったように、何度も響く声。黒い音。
天に向かって、捧げられているかの如く制止していた白のロザリオ。
それが、空をきるようにして、振り下ろされる。
真っ黒な世界を切り裂くように、白い色が視界一杯に広がった。
はっとなって、私は目を覚ました。
がばっと、勢いよく起き上がり、周りを見る。
茶色のダイニングテーブル。大型のテレビ。食器の入った棚。
いつもと変わらぬマンションの様子が、そこには広がっている。
「……夢」
ぽつりと、私は小さく呟いた。
柔らかなソファーの上で、私は体を起こしている。
少しずつ、頭の中が整理されてきた。
「……そっか、掃除が終わって、疲れちゃったんだ」
頭を押さえながら、眠る直前の記憶を呼び覚ます私。
体からはびっしょりと冷や汗が浮かんでいて、酷く寒い感じがした。
僅かに震えながら、私はゆっくりと立ち上がる。
「……もう、2年もたってるのに」
誰に言うのでもなく、口に出してそう呟く私。
寒気がする体を動かして、リビングを歩く。
ふと、壁にかかった時計が目に入った。
それを見て、私は目を丸くする。
「あっ……!」
思わず、声が漏れた。
時計は規則的に動きながら、今の時刻を指し示している。
午後7時30分。振り返ると、窓の外はすでに暗くなっていた。
「……急いで、夕飯の支度しないと」
顔を伏せがちにして、そう呟く私。
エプロンを着ると、ぱたぱたとキッチンへと向かう。
ピカピカに磨かれたシンクを前に、私は料理用の本を開いた。
「ショージンリョーリ……」
朝、お姉ちゃんが食べたいと言っていた料理。
その名前を呟きながら、ページをめくっていく。
だが、それらしい名前の料理は見つからない。
もっと丁寧に調べれば分かるかもしれないが、そんな時間はなかった。
「……ごめんね、お姉ちゃん」
そう言って、私は持っていた料理の本を閉じた。
冷蔵庫を開けて、中に入っている食材を適当に取り出していく。
簡単に作れて、それでいて栄養価の高い料理。
メニューのバランスを考えながら、私は包丁を手に持った。
――しばらくの間、慌ただしく時間が流れた。
キノコとホウレンソウのサラダをお皿に盛りつける。
ラップで封をすると、私はお皿をダイニングテーブルの上まで運んだ。
コトンと、音を立てる食器。私はホッとしたように、息を吐く。
「できた……」
軽い安堵感と疲労感を感じながら、声を出す。
テーブルの上には合計で5皿程の料理が、色鮮やかに並んでいた。
時計を見ると、時刻は午後8時を少しまわった所だった。
「あとは、お姉ちゃんが帰ってくればいいだけ……」
エプロンを脱いで、丁寧に畳む。
バイトで遅くなると言っていたし、帰ってくるのはきっと9時くらいだろう。
ラップもしているし、それくらいまでは料理も温かいはずだ。
エプロンを片手に、私は自分の部屋へと向かった。
部屋といっても、大した広さの部屋ではない。
洋服や本、それにいくつかの絵が飾られた小さな部屋。
寝室はお姉ちゃんと共同で使っているので、
ほとんど何もないその部屋はひどく殺風景に思える。
「…………」
無言で、私は持っていたエプロンを床に置いた。
普段ならきちんとクローゼットにしまうのだが、今は仕方がない。
クローゼットを開くと、私はその中にしまわれたある服を取り出す。
黒いローブ状の、フードとチェーンがついた装束。
グールズの制服を取り出し、私はそれに袖を通した。
少しぶかぶかだけど、どこか安心できる制服。
暗闇に溶け込むような装束を身に纏って、私は部屋を出る。
ドアを閉める際、自分の部屋の光景が焼きつくように。私の目に映った。
リビングへと戻ると、私はテーブルの上に置かれた1枚のカードを手に取る。
朝、お姉ちゃんが出て行ってから置いたカード。
最後まで言おうかどうか迷っていた、その1枚。
無言のまま、再び私はそのカードに目を通す。
《 〜 招待状 〜 》
カードの一番上にはただ一言、そう書かれていた。
その下には、この街の地図と思われる絵が描かれている。
裏をめくると、銀色に輝く文字が目に入った。
《 〜 風の女王様へ 〜 》
そしてその下に描かれた、白いオブジェのような絵。
チェスゲームで使われるクイーンの駒が、そこには描かれていた。
うっすらと青く輝いているカード。僅かに、冷気を帯びている。
「…………」
私は静かに、カードを見つめている。
これが私宛のものではない事くらい、理解している。
そして、いったい誰が送ってきたのかも。
チェスの四騎士、クイーン・オブ・アイス、フリージア。
前に森の中で戦った、氷の精霊決闘者。
尋常ならざる闇の力を秘めた、この街に巣くう脅威の1人だ。
あの時の彼女の人間ならざる言動を思い出し、私の体が震える。
もし、お姉ちゃんがこの挑戦状の事を知ったら、きっとあっさりと受けるだろう。
だけど、相手は人間ではなく精霊。
いったいどんな手段に出るか分からないし、罠かもしれない。
そう思うと、私は何も言う事ができなかった。
「……お姉ちゃん」
カードを握りしめて、私は小さく呟く。
お姉ちゃんは私の事を受け入れてくれた、大切な人。
生きる意味と希望を教えてくれた、私にとってかけがえのない人だ。
――――だから
「……ごめんなさい」
お姉ちゃんに向かって小さく謝ると、
私は送られてきたカードを片手にマンションの部屋を出た。
冷たい風が、夜の街を切り裂くようにして吹き抜ける。
ばさばさと、私が着ていた服が風にあおがれて揺れる。
空に浮かぶお月様を見上げると、私は静かに一歩踏み出した。
金色の月が、人々を見下ろすように輝いている。
深い森の奥。古ぼけた洋館に向かうのとは、別方向の場所。
木々がおいしげる中、渦巻くような冷気が辺りを包み込んでいた。
凍りついた木。キラキラと、まるでガラスのように、妖しく輝く。
そして氷の覆われた大地に立つ、1人の女性。
白いドレスに、銀色のティアラ。銀色の長髪。
そして首から下げた、黄金色の十字架のペンダント。
右手に持つ細長い杖を肩にたてかけて、女性は静かに目をつぶっている。
心地よさそうに、冷気立ち込める空間の中央でたたずんでいる女性。
それはまるで1枚の絵画のように、美しく幻想的な光景だった。
微笑みを浮かべながら、じっと何かを待つようにしている女性。
冷たい風が吹き、彼女の銀髪がなびいてキラキラと光る。
と、女性が何かを感じたかのように、その目を開いた。
「――あら」
小さく、それでいて上品な声を出す女性。
がさがさと近くの木が揺れ、1人の黒装束の人物が姿を見せた。
コツン、コツンと、氷の上を歩いて女性に近づくその人物。
服に付けられたフードをすっぽりとかぶっており、その顔は見る事ができない。
その姿を見て、杖を持った女性が、フッと笑みを浮かべた。
「――ようこそ、いらっしゃいました」
うやうやしく、黒装束の人物に向かって頭を下げる女性。
にっこりと柔らかな笑みを浮かべると、続ける。
「招待を受けてもらえて、とても嬉しく思いますわ。
その度胸ある御立ち振る舞いに、称賛を送らせて頂きます。
さて、名前を名乗っておきましょう。わたくしの名前は――」
「チェスの四騎士、クイーン・オブ・アイス、フリージア」
きっぱりとした口調で、黒装束の人物が言った。
穏やかな笑みを引っ込め、けげんそうに眉をしかめる女性――フリージア。
杖を片手に、鋭い視線を黒装束へと向ける。
「あら、ご存知だったかしら――?」
考えるように、口元に手を当てるフリージア。
黒装束の人物が頷くと、フードを後ろへとずらして素顔を見せる。
淡い栗色の髪の毛を持つ、小柄な少女の顔が、闇の中より現れた。
「あなたは――!」
少女の顔を見て、声をあげるフリージア。
こくりと、少女が頷く。
「そう。あの時は名乗ってなかったと思うから、名乗ります。
私はグールズ幹部、天星の守護者、レーゼ・フランベルク」
「天星の守護者ですって?」
苦々しそうな表情を浮かべるフリージア。
目に見えて不機嫌な様子で、少女ことレーゼの方を見る。
「わたくしが招待したのは、『風の女王』とかいう方のはずです。
なのにどうして、お嬢さんがこの場に現れるのですか?」
「お姉ちゃんは来ない。私が、あなたを倒す」
強い口調で、そう答えるレーゼ。
それを聞いて、フリージアの周りの空気が凍りつく。
冷たい目を向けると、いつになく低い声を、フリージアが出す。
「お嬢さんがわたくしと勝負すると言うのですか? 面白くない冗談ですわね。
あなた如きが、このわたくしを相手にして、勝てるとでも?」
ビュウと音をたて、冷たい風が吹き荒れた。
パキパキという音と共に、レーゼの足元がさらに凍りつく。
冷や汗を流すレーゼ。だが真っ直ぐにフリージアを見ながら、言う。
「私だって、偉大なるグールズの幹部の1人!
例え誰が相手だろうと、グールズに敗北はない!」
大きく声をあげ、フリージアを睨みつけるレーゼ。
その真っ直ぐな視線を、フリージアは黙って受け止めている。
暗闇の中、空に浮かぶ月が雲に隠れる。
深い闇の中を、冷たい空気が流れる。
すっと、おもむろに腕を伸ばすフリージア。
その手に持っていた杖を、無造作に放る。
「分かりましたわ――」
銀色の杖がゆっくりと、孤を描きながら倒れる。
ガシャンと、ガラスの砕けるような音と共に、杖が砕けた。
そして、砕けた破片がフリージアの左腕へと集まっていく。
「少々手間は増えますが、お嬢さんを氷漬けにでもしてしまえば、
その『風の女王』の方も姿を現すでしょう。どうせなら相手のトップを
潰して戦う気を削ごうと思ってましたが、いた仕方ありませんわね」
砕けた杖の破片が集まり、銀色に輝く決闘盤へと変化する。
右手をなでるように動かして、宙から自分のデッキを取り出すフリージア。
静かに、それを決闘盤へとセットする。
ピーンと、フリージアが首から下げている十字架のペンダントを指で弾いた。
「わたくしは淑女ですから、あなたをいきなり凍らせたりはしませんわ。
その代わりに、この闇の決闘で、あなたを骨の髄まで震えさせてさしあげます。
絶望と後悔が渦巻く銀世界、己の浅はかさを思い知らせてあげましょう」
冷たい風が吹き荒れ、辺りに重苦しい空気が漂い始めた。
息をするのも苦しいような、濁った雰囲気。激しい威圧感が伝わってくる。
緊張しながら、決闘盤を装着するレーゼ。無言で、デッキを取り出す。
(お願い。みんな、力を貸して……!)
祈るように、自分のデッキに宿る精霊達に語りかけるレーゼ。
その言葉に応えるかのように、デッキが一瞬だけ光った。
互いに、決闘盤を構えるフリージアとレーゼ。
にっこりと、フリージアが大きく笑いながら、目を細める。
「それでは、安らかに、御眠りなさい」
まるで子供をあやすような、優しい口調で言うフリージア。
だがその内に秘めた静かな殺気を感じ、レーゼの背筋がゾクッとする。
しかしそれでもなお、レーゼは真っ直ぐにフリージアの事を睨みつけていた。
銀色に輝く氷の世界の中心で――
「――決闘ッ!!」
2つの声が、響き渡った……。
第四十話 思い出の記憶
世界が揺らいで、私の視界を白い色が覆った。
そして目の前に立つ、見た事のない顔の少年。
いつのまにか、どこからか突如として現れた存在。
まるで蜃気楼のように、不安定で記憶に残らない姿。
その首に巻いた白のマフラーが、風になびいて揺れる。
ゆっくりと、少年が口を開いた。
「――君は、綺麗な瞳をしている」
にっと、余裕ありげな、それでいて不気味にも思える笑みを見せる少年。
目を見開かせられている私は、ただ呆然とその姿に視線を向けている。
少年の後ろに立つ真っ黒な影が、声を荒げた。
「き、貴様! 何者ですか!?」
うろたえた様子で、そう尋ねる真っ黒な影。
その周りに立つ他の影達も、どよどよとざわめいている。
視線を一身に受けながら、なおも少年は笑顔を崩さない。
影達など眼中にないように、ただ私にのみ視線を向け、語りかける。
「君は精霊と心を交わす事ができる能力を持っていると聞いた。
俺は今、世界を巡りながら仲間を探す旅をしていてね。
どうかな? 君さえ良ければ、俺と一緒に来ない?」
優しく、言い聞かせるような口調の少年。
私は突然の事に、何も答えられないでいる。
がしっと、後ろから真っ黒な影が腕を伸ばして、少年の肩を掴んだ。
「聞いているのですか!!」
動揺しているのか、その声はどこか音が外れているように思えた。
ようやく、少年がその顔を後ろの方へと向ける。
「なんだ、あんた?」
興味なさそうな口調で言い、真っ黒な影の方を見る少年。
影が怒ったように体をねじ曲げながら、不自然に高い声を出す。
「私は神に仕えし神聖なる光の使徒!! この世に巣くう魔を退治し、
この世界に神による平和と愛をもたらすために働く、崇高なる修験者の1人!」
「神だって?」
フッと、小バカにしたような笑みを浮かべる少年。
喉を鳴らして笑いながら、両手を広げる。
「この世界に、神なんていないさ。あるのは混沌と欲望、
それに深い闇だけ。光だ平和だなんて、ちゃんちゃらおかしいね。
そんなものはお伽話の中にしか、ありはしない」
「き、貴様! 神を冒涜するか!」
「あんた程じゃないさ」
余裕たっぷりに笑ったまま、指を伸ばす少年。
真っ黒な影が手に持っている白いロザリオを、指差す。
「神への信仰心の証とも言えるロザリオで人様の目をえぐろうだなんて、
俺からすれば冒涜以外の何者でもないと思うがな。まぁ、きっと、
あんたが信じている神って奴は、よっぽどのサディストなんだろう」
けらけらと、楽しそうに笑う少年。
真っ黒な影の身体が、まるで炎のような赤い色へと変化した。
まるで悪魔の翼のように、真っ赤になった影が腕の部分を伸ばす。
「き、貴様ーッ!!」
激昂した声色で、少年へと掴みかかる真っ赤な影。
だがその腕の部分が少年に触れる直前、少年がニヤリと笑った。
キーンという音が響き、そして――
真っ赤な影が、勢いよく後ろへと吹き飛んだ。
鈍い音を立てながら、教会の床を転がるように吹き飛んで行く影。
骨が砕けるような嫌な音が、漆黒の教会の中に響く。
それを見ながら、少年はさも楽しそうに笑みを広げた。
「言わんこっちゃない。ま、これも神の裁きってやつかな」
軽い口調で言い、真っ赤な影に背を向ける少年。
正面から見て、私は初めて少年が首からぶら下げている、
奇妙なオブジェのようなペンダントの存在に気がついた。
メビウスの輪がいくつも重なったような形の、奇妙なペンダント。
その中心部には、不思議な青い光が宿っている。
まるで別の世界からやってきたような、強い違和感が私には感じられた。
静まり返る教会。少年が、口を開く。
「ねぇ。その娘、離してあげてよ」
私の体を押さえつけているいつくもの影に、視線を向ける少年。
びくりと、怯えたような反応と共に、影達が私の体を離した。
ふらつく私を、少年はそっと手を伸ばし支えてくれた。
「大丈夫かい?」
にっこりと微笑む少年。
その笑顔は、さっきまでのものとは違い、優しいものだった。
私はまだ口が開けず、力なく頷く。
ほっとしたように、少年が目を細めた。
「そう。なら良かった。それで、どうかな?
俺と一緒に来るかい?」
「…………」
少しの間だけ、私は考えた。
精霊が見えるという理由で、生まれた時から恐れられていた私。
友達はおろか、両親さえもが、私を悪魔と言い、迫害した。
もうここに、私の居場所はない。
こくりと、私は小さく顔を傾けた。
少年が嬉しそうに、微笑む。
「そうか」
それだけ言うと、少年が優しく私を抱き寄せた。
すっと、どこからともなく決闘盤を取り出す。
「ぐっ、き、さ、ま……」
真っ赤な影が、半身を起こしながら言う。
まるで悪魔が吐く呪詛の言葉のように、おぞましい音。
影達に取り囲まれるようにしながら、続ける。
「この、あく、ま……どもめ……」
周りの空気を歪めるような殺気。
それを放ちながら、真っ赤な影は私たちの方を向いていた。
だが、少年はまるで意に返さないように、笑う。
「悪魔だって?」
楽しそうに笑いながら、そう聞き返す少年。
その手には1枚のカードが握られていた。
少年が、カードを決闘盤の方へと持っていく。
「ずいぶんと、人聞きの悪い言い方だなぁ。
あいにく俺――いや、俺達はそんなものじゃない。
そうだな、強いて適当な言葉をつけるとしたら――」
決闘盤に、カードを挿し込む少年。
そして首からさげている奇妙なオブジェを、指で弾いた。
「正義の悪、とでも呼んでくれ」
オブジェから、キーンという音が広がるように鳴り響く。
ぐにゃぐにゃと、周りの空間が歪むような感覚がした。
だがそれも、ほんの一瞬の事だった。
気がつくと、私は見たことのない場所に立っていた。
柔らかな黄色のライト、ふかふかの絨毯。
豪勢なベッドが2つ、部屋の隅に並んで置いてある。
そしてその手前。白いソファーと、そこに座る1人の女の子。
状況が飲み込めないでいると、女の子が読んでいた雑誌から顔をあげた。
「あ、おかえりなさい」
軽い口調で、微笑みながら言う女の子。
その長く綺麗な金色の髪が、ばさりと揺れる。
だがすぐに、その顔から笑みが消えた。
「な、なによその格好!」
女の子が、私の姿を指差しながら叫ぶように言った。
目を見開き、まじまじと私の方を見ている女の子。
私もまた、自分の今の格好を見てみる。
影達に乱暴に押さえつけられていたせいか、私の服はボロボロだった。
泥や草があちこちへと貼りつき、所々が破れかかっている。
それに肌や髪にも泥やら何やらがくっ付いている上、
髪の毛はボサボサと乱れに乱れていた。
おそるおそる、女の子が私の横に立つ少年へと視線を向ける。
「ま、まさか、首領……!」
「言っておくが、俺がやった訳じゃないからな!」
女の子が何かを言いきる前に、強い口調で叫ぶ少年。
頭を痛そうに押さえながら、少年がため息をつく。
「事情は後で話すからさ。とりあえず、今はこの娘を風呂にでも入れてやれ」
疲れ切ったような表情で、そう言う少年。
金髪の女の子が、がくがくと頷いた。
「わ、分かったわよ。それじゃあ、ちょっとこっち来て」
女の子が私の手を握り、ぐっと引っ張った。
だけど、私の足は重心を失ったかの如く、上手く地面を踏む事ができない。
視界が暗転すると、私はとうとうその場で倒れるようにして、気絶した。
冷たい風が、突き刺すように吹き抜ける。
銀色に広がる、凍りついた大地。
幻想的で、それでいて不気味な光景。
全てを閉ざした冷酷な時が、そこには流れていた。
ゆっくりと、私は手を伸ばす。
「私のターン」
カードを引き、私は自分の手札をさっと眺める。
既に、前回の戦いで相手の戦術は僅かだが把握している。
そして、その戦略が私にとって苦手な部類に入る事も……。
じっくり、慎重に思考を重ねる私。
例えほんの少しでも、思考を途切れさせてはいけない。
一手一手、慎重に、私は勝利への道筋を思い描いた。
「私は天星霊セレナーダを、攻撃表示で召喚」
思考を終えると、私は手札の1枚を場へと出した。
光と共に、ヴァイオリンを持った白い鎧天使が降臨する。
天星霊セレナーダ
星4/光属性/天使族/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功したとき、自分は800ポイントの
ライフポイントを回復する。自分のライフポイントが回復したターンの
バトルフェイズ時、このカードの攻撃力はターン終了時まで倍になる。
「セレナーダの効果で、私のライフポイントが800ポイント回復」
天使が、持っていたヴァイオリンを構え、演奏する。
穏やかで心安らぐメロディが溢れ、私の体が光で満ちた。
レーゼ LP4000→4800
ごく僅かなライフ回復。
だけど、これでいい。少なくとも、このターンは。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」
さらに1枚を選び、自分の決闘盤にセットする。
裏向きのカードが静かに、私の場に浮かび上がった。
私は顔をあげ、対戦相手へと視線を向ける。
冷たい風が吹き、銀色の長い髪がなびくように揺れた。
純白のドレスに身を包んだ美しい女性の精霊。
うっすらと微笑みながら、その白い指を、優雅に伸ばす。
「わたくしのターン!」
チェスの四騎士の一角、クイーン・オブ・アイス、
フリージアがそう言って、デッキからカードを引いた。
その瞬間、私は腕を伸ばす。
「永続罠発動、星霊の恵み」
伏せられていた1枚が、表になる。
「このカードの効果で、私はスタンバイフェイズ毎にライフを回復する」
星霊の恵み 永続罠
お互いのスタンバイフェイズ時、自分は300ポイントのライフポイントを回復する。
光の粒が空から降り注ぎ、私の体を癒す。
レーゼ LP4800→5100
そんな私の様子を、黙って眺めているフリージア。
私の行動など意に返さないような余裕さが、その表情からは見てとれる。
顔をあげると、私は緊張しながら、相手の一挙手一投足に注意を向けた。
「そう緊張なさるものではありませんわ。淑女たるもの、常に余裕を持ちませんと」
くすくすと笑いながら、私に向かってそう話すフリージア。
私はその言葉を無視する。集中を途切れさせては、いけない。
ゆっくりと、フリージアが1枚のカードを手に取った。
「それでは、艶やかなるも妖しい氷の世界へ、ご招待いたしましょう」
持っているカードを、こちらに向けるフリージア。
描かれているのは、天に浮かぶ満月と白い雪に覆われた大地。降り注ぐ雪。
フリージアがカードを、銀色の決闘盤へと出した。
「フィールド魔法、月夜の銀世界!」
その瞬間、一瞬にして世界が姿を変える。
漆黒の空と、足元に広がる白く柔らかな雪。凍えた大気。
寂れた雰囲気の中、空からは粛々と雪が降りそそいでいる。
満月が浮かぶ閉ざされた世界。それが、目の前には広がっていた。
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
美しくも、得も知れぬ不気味さを感じる世界。
この世界では、私は自分のデッキにドロー以外で手を触れる事ができない。
希望も、絶望も、未来さえも、この世界には存在していなかった。
「美しき幻想の世界。ここで死ぬのならば、お嬢さんとしても本望でしょう?」
楽しそうに、そう話すフリージア。
私は何も答えず、ただキッと彼女を睨みつけた。
フリージアが残念そうに、肩をすくめる。
「それでは、無理にでもその現実を突きつけるしかありませんわね」
雪のように真っ白な指を動かすフリージア。
1枚のカードをはさむように持つと、静かに決闘盤へ。
「わたくしは、禍舞羅を召喚」
まるで吹雪のように、白い雪が渦巻くように舞い散った。
そしてそこから、白の着物を着た扇子を持つ色白の女性が、姿を現す。
美しい黒髪を揺らしながら、女性が私に冷たい視線を向けた。
禍舞羅 ATK1600
「あれは……」
現れた女性に視線を向けながら、呟く私。
前回の決闘にも現れて、私のエレジアを倒したモンスター。
相手の戦略を象徴するような、奇怪な能力を持つ者。
フリージアがゆっくりと、目をつぶりながら軽く頭を下げる。
「それでは、華麗なる氷の妙技、お見せいたしましょう」
まるで観客に呼びかけるように、優雅にそう宣言するフリージア。
微笑みを絶やさずに、その白い腕を前へと伸ばす。
「バトル。禍舞羅で、天星霊セレナーダを攻撃します」
その言葉を聞き、持っていた扇子を広げる禍舞羅。
まるで舞いを踊るかのような奇妙な動きで、天使へと近づいていく。
白い雪が舞いあがり、その様子を幻想的に彩っていた。
「セレナーダは私のライフが回復したターン、攻撃力が倍になる!」
無駄だと知りながらも、私はそう言う。
天使の体に赤いオーラがまとわりつき、力強さが増した。
天星霊セレナーダ ATK1200→2400
これで、セレナーダの攻撃力は禍舞羅を上回った。
だが、そんな事を聞いても相手の笑みは全く崩れない。
セレナーダへと近づく禍舞羅。持っている扇子を、広げる。
「禍舞羅のモンスター効果――」
ゆっくりとした口調で、微笑みながら。
フリージアの言葉がその場に響いた。
「戦闘を行うダメージステップ時、相手の攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる」
禍舞羅(かぶら)
星4/水属性/水族/ATK1600/DEF1200
このカードが戦闘する場合、ダメージステップの間戦闘を行う
相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
まるで霧のように、姿が揺らめいている禍舞羅。
白い天使が持っていた弓のつるを、レイピアのように突き出す。
だが突き出されたそれは空しく虚空を切り、そして――
後ろからの一閃によって、天使の身体が真っ二つに切り裂かれた。
まるで幽霊のように、突如として後ろから現れた禍舞羅。
扇子を口元に当てると、ゆっくりと天使に背を向ける。舞い散る雪。
天使の体が灰となり、崩れ去った。
「うっ……」
レーゼ LP5100→4500
決闘盤の数値が動き、ライフが削られる。
セレナーダの効果で倍増したのは攻撃力だけ。
守備力の数値は一切変わっておらず、1000のまま。
そして禍舞羅の力により、その数値が入れ替えられる。
つまり攻撃力は1000に、守備力は2400に。
禍舞羅の攻撃力は1600。1000の値では、勝てない。
「悠然たる一撃。お見事でしょう?」
くすくすと、目を細めて笑うフリージア。
黒髪を揺らしながら、禍舞羅が彼女の場へと舞い戻る。
白い肌に、金色の扇子。赤い色の帯が、風でなびいている。
「わたくしはこれで、ターンエンド」
手札を見る事もなく、静かにフリージアが自分の番を終えた。
その様子はまさに余裕。まるで私の事を、眼中にしていない。
今の内、相手が油断している間に、流れを掴まないと。
「私のターン!」
デッキからカードを引き、手札を見る。
さらに星霊の恵みの効果で、光が降ってライフが回復する。
レーゼ LP4500→4800
すっと、私は手札から1枚を選んだ。
「私は天星霊マーチャを召喚!」
天より一筋の柱のような光が降り注ぎ、天使が降臨する。
白い翼を広げ、シンバルを持つ天使。持っていたシンバルを、叩く。
「マーチャの効果で、墓地のセレナーダを特殊召喚!」
天星霊マーチャ
星4/光属性/天使族/ATK1000/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「天星霊」と名のついた
レベル4以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターは、そのターンのエンドフェイズに破壊される。
空気を震わせる音が響き、辺りの空間が歪む。
そして空間に生じた歪より、ヴァイオリンを持つ天使がゆっくりと現れた。
膝を付き、攻撃に備えるような格好の天使。2体の天使が並ぶ。
勢いよく、私はカードを叩きつけるように出した。
「魔法カード、融合発動!」
融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
描かれているのは、渦のような力に巻き込まれる竜と悪魔。
決められたモンスターを2体融合し、さらなる力を呼ぶカード。
私の場のマーチャとセレナーダの身体が、光に変化する。
「場の天星霊マーチャと天星霊セレナーダを融合。現れて、天星霊イーリス・マルキシオス!」
2つの光が混ざり合い、1つの巨大な光となる。
光が弾け、中から虹を従えた荘厳な大天使が降臨した。
金色の杖を掲げ、白い翼を広げる大天使。光が溢れる。
天星霊イーリス・マルキシオス
星7/光属性/天使族・融合/ATK2300/DEF2100
「天星霊」と名のつくモンスター×2
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、自分の墓地から
「天星霊」と名のついたモンスターを1体選択し自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃できない。
「あら、その天使は見た事ありませんわね」
私の場に現れた大天使を見て、微笑むフリージア。
だが怯えた様子もなく、あくまでもその態度は余裕そのものだ。
ばっと、私は腕を伸ばし、言う。
「イーリス・マルキシオスの効果発動。墓地の天星霊セレナーダを、守備表示で特殊召喚」
大天使の周りを取り囲んでいる虹が動き、魔法陣を形どる。
虹色の輝きが魔法陣から溢れると、セレナーダがその姿を見せる。
これで私の場のモンスターは2体。加えて、相手の場に伏せカードはない。
攻撃するなら、今。
「バトル! 天星霊イーリス・マルキシオスで、禍舞羅を攻撃。レインボー・シャイニング!」
腕を伸ばして、私は大きくそう言う。
大天使が持っていた杖を掲げると、その周りに虹が集まっていく。
漆黒の空を切り裂くように、輝く虹。だが――
「浅はかですこと」
私の思考を全て読んだかの如く、フリージアが言う。
その手に持っていた手札の内1枚を、私に向かって見せた。
「手札の夜叉狐の効果発動。このカードを捨てる事で、あなたのモンスターの守備力を0に」
「!?」
私は目を丸くする。
フリージアの場に、狐の仮面を被った奇妙な出で立ちのモンスターが現れた。
まるで幽霊のように透けている体。仮面の奥の目が、赤く光る。
突如として吹雪が吹き荒れ、大天使の体を飲み込んだ。
夜叉狐(やしゃぎつね)
星4/水属性/水族/ATK1200/DEF800
手札からこのカードを捨てる事で発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体選択し、
選択したモンスターの守備力をエンドフェイズまで0にする。
この効果は相手のターンでも使用できる。
天星霊イーリス・マルキシオス DEF2100→DEF0
「しまっ……!」
私は自分の失策に、顔をしかめて声をあげた。
だがその言葉が言い終わらぬ内に、禍舞羅は大天使の傍まで忍び寄っていた。
扇子を広げ、ゆっくりと踊るように動く禍舞羅。そして――
一瞬の内に、大天使の体をその扇子で真っ二つに切り裂いた。
切られた部分から光を出し、苦しげな声をあげるマルキシオス。
虹が震え、空に消える。大天使の身体が青い炎に包まれて、爆発した。
灰と共に、衝撃が伝わる。
「ぐっ……!」
レーゼ LP4800→3200
うかつだった。あんな単純な罠に引っ掛かるだなんて。
相手は闇の力を持つ精霊。油断も隙も、作っているはずがない。
悔しさと闇の決闘による痛みから、私は顔をしかめる。
「さて、もうお仕舞いかしら?」
微笑みながら、フリージアがそう尋ねた。
冷たい風が、私の身体を突き刺すように通り抜けて行く。
痛みに堪えながら、私は顔をあげる。
「まだ……」
短くそう答えると、私は手札のカードを1枚手に取る。
ゆっくりと、私はそのカードを決闘盤にセットした。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」
裏側表示のカードが、私の場に増える。
これで私の場には守備表示のセレナーダと、伏せカードが1枚。
それに回復用の星霊の恵みがあるだけ。
「わたくしのターン!」
優雅な動作で、フリージアがカードを引く。
同時に、光が私の頭上から降り注いだ。
レーゼ LP3200→3500
これでフリージアの手札にあるカードは、全部で4枚。
凍てつくよう気配を出しながら、彼女はカードを見つめている。
その手が動き、カードをはさんだ。
「わたくしは幻麟を召喚」
フリージアの場に、吹雪が巻き起こる。
そしてどこからともなく、馬の蹄の音が鳴り響いた。
白い雪の中より、霧に包まれた幻想的な姿の獣が現れる。
「幻麟が存在する限り、あなたの場のモンスターの守備力は、全て0に!」
幻麟(げんりん)
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上に存在する効果モンスターの守備力は0となり、
守備力を上昇させる効果も全て無効となる。
幻麟の身体から、白い霧が放たれて広がっていく。
漆黒の空を隠すかのように、辺りが白い色で染まった。
白い霧に飲み込まれ、私の天使の体から光が消える。
天星霊セレナーダ DEF1000→DEF0
「くっ……」
状況の悪さから、私は顔をしかめる。
あのカードがある限り、私の天星霊の基本戦略は無意味となる。
おまけに、相手の場には攻撃力と守備力の数値を入れ替えるモンスターまで……。
「バトル。禍舞羅でセレナーダを攻撃」
凍えるような吹雪が吹く中、着物の女性が扇子を構える。
その扇子が空を斬り、まるで居合い抜きのような静かな衝撃が伝わった。
セレナーダの身体が切断され、灰となる。
「幻麟で、ダイレクトアタック」
静かに、フリージアの言葉が響いた。
いななきを上げ、その体から雪を散らせる獣。
凍りついた地面を蹴ると、宙に踊り、私の方へと向かってくる。
獣の体が、私の全身をすり抜けるようにして貫いた。
「ぐぅ……!」
レーゼ LP3500→1700
少しずつ、だが着実に私のライフが削られていく。
今までに見たことのない奇妙な戦略とカード。
それらがじわじわと、私の命を凍らせつつあった。
「お分かりになったかしら。お嬢さん如きでは、わたくしの相手になりませんのよ」
苦しんでいる私の姿を見て、氷の精霊がそう言い切った。
私は痛みに震えながら、ただ黙って顔を伏せている。
脳裏に浮かぶのは、私の大切な人の姿。
『レーゼちゃん!』
分かってるよ、お姉ちゃん。
大丈夫。私だって誇り高きグールズ幹部の1人だから……。
体を押さえながら、私は顔をあげ、前を向く。
フリージアが少しだけ意外そうに、首をかしげる。
「まだ続けるのですか。人間の命は儚きもの。なのになぜ、それほど抗おうとするのです?」
「儚いからだよ」
短く答えると、私は決闘盤を構えなおした。
私とフリージア。2人の視線が、ぶつかり合う。
寂しげに光る満月。雪が、まるで涙のように降り注ぐ。
「……カードを1枚、伏せさせてもらいます」
手札のカードを場へと出すフリージア。
白い大地に、裏側のカードが浮かび上がる。
すっと、フリージアの雰囲気が変わった。
「なら、抗って見せなさい」
笑顔のまま、冷たい瞳を私へと向けるフリージア。
凍りつくような殺気が、突き刺すように私に向けられる。
ここにきてようやく、相手が私の事を敵として認識したようだ。
「私のターン!」
デッキからカードを引いて、手札に加える。
これで私の手札は3枚。そして、星霊の恵みでライフが回復する。
レーゼ LP1700→2000
「私は天星霊プレリアを召喚!」
手札の1枚を決闘盤に出す。
光の中より、チェロを持った天使が降臨した。
天星霊プレリア
星4/光属性/天使族/ATK1900/DEF1000
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分は1000ポイントのライフポイントを回復する。
天星霊プレリア DEF1000→DEF0
「バトル、プレリアで幻麟を攻撃!」
腕を前に出して、私は大きな声で宣言する。
白い翼を広げ、天へと飛び立つ天使。
漆黒の空を背景に、純白の羽根が天を覆う。
「そのような攻撃が、通用するとでもお思いかしら」
フリージアが幻滅したように、冷たい声を出した。
腕を伸ばすと、流れるような口調で言う。
「カウンター罠、霰返しを発動」
フリージアの場に伏せられていた1枚が表になる。
同時に、フィールドに暴風のような吹雪が巻き起こり始めた。
大地の雪が巻き上げられ、視界が真っ白になる。
「相手の攻撃宣言時、相手モンスターを全て守備表示に変更いたします」
霰返し カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの
表示形式を守備表示に変更する。この効果を受けた
モンスターはこのターン表示形式を変更する事ができない。
猛吹雪にあてられ、天使が地上へと墜ちた。
寒さに耐えるかの如く、膝を付く天使。その足が凍りつく。
「悪あがきにもなりませんでしたわね」
つまらなさそうに、そう話すフリージア。
だけど私は、その言葉に対してゆっくりと首を振った。
「そんな事はないよ」
小さく、だけどはっきりと、私は言う。
バトル宣言時、相手の意識が一瞬だけ
伏せカードに向けられたのを、私は見逃さなかった。
だから、今の攻撃は囮。
手札のカードを、場へと出す。
「速攻魔法、星霊融合を発動!」
私の場に、光輝く魔法カードが浮かび上がる。
鋭い視線を、カードへと向けるフリージア。
光が、カードを中心に場に広がる。
「この効果で、ライフを1000払ってこの場で融合召喚を行う!」
星霊融合 速攻魔法
1000ライフポイントを払う。
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターを墓地へ送り、「天星霊」と名のついた
融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードのカード名はルール上「融合」として扱う。
レーゼ LP2000→1000
「速攻魔法による、融合……」
口元に手を当て、考えるような仕草を見せるフリージア。
手札にある1枚を、私はさらに表にする。
「手札の天星霊エレジアと、場の天星霊プレリアを融合!」
場に、ハープを持った天使が現れ、光となる。
同じように光へと変化するプレリア。
2つの光が交わり、交差する。
腕を伸ばし、私は高らかに宣言した。
「融合召喚! 天星霊アレーティア・ヒエレウス!!」
光が弾け、そこからさらなる大天使がこの場に降臨する。
金色の鎧に、広がる三対の白い翼。手に持つ巨大な杖。
白い陶器の顔を向け、ゆっくりと、杖を天へと掲げる。
天星霊アレーティア・ヒエレウス
星7/光属性/天使族・融合/ATK2200/DEF2000
「天星霊」と名のつくモンスター×2
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、自分のデッキまたは墓地から
「融合」と名のついたカードを1枚選択し手札に加えることができる。
天星霊アレーティア・ヒエレウス DEF2000→DEF0
「あら。少しは、やりますのね」
無感動そうな口調で、フリージアが話す。
純白の羽根が私の頭上から降り注ぎ、さらに足元に青い魔法陣が浮かんだ。
「融合素材となったプレリアの効果で、私のライフは1000回復する」
レーゼ LP1000→2000
これで、さっきの分との差し引きはゼロ。
だけど今はまだバトルフェイズ。攻撃は可能だ。
加えて、相手の場には今度こそ伏せカードはない。
フリージアが、目をつぶりながら微笑む。
「ですが、そのような事をしても良いのかしら。また先程と同じように、
わたくしは手札からカード効果を発動させるかもしれませんわよ?」
持っている2枚の手札を、私に見せつけるフリージア。
だけど私は、首を横に振る。
「そんな事はない。あなたの意識は、その手のカードには向けられてない。
つまり、そこにある手札に使えるカードはない。そうでしょ?」
じっと、相手の目を見ながら、私は話す。
不快そうに目を鋭くするフリージア。
手札を下げると、その冷たい瞳を私へと向ける。
「人間風情にしては、随分と不気味な能力を持っていますのね」
「……よく言われるよ」
ばっと、腕を伸ばす私。
真理の大司教の身体から、光が溢れ出る。
「天星霊アレーティア・ヒエレウスで、幻麟を攻撃! トゥルース・ジャッジメント!」
持っていた杖を、さらに天高く掲げる大司教。
光と共に、純白の羽根が辺りを覆い尽くすかの如く舞い散る。
光の羽根がまとわりつき、幻想的な獣が光の中へと消えた。
フリージア LP4000→3600
幻麟が消えた事によって、辺りに立ち込めていた霧も消えた。
薄白い霧が消えた事により、私の天使達も本来の力を取り戻す。
天星霊アレーティア・ヒエレウス DEF0→DEF2000
これで、相手の厄介なコンボも僅かに崩すことに成功した。
まだ予断を許さない状況ではあるけど、流れは取り戻せた。
私の足元に輝く青の魔法陣が、光る。
「さらにアレーティア・ヒエレウスの効果を発動。
私のライフが回復したターン、デッキか墓地から、
『融合』と名のついたカードを1枚、手札に加える」
すっと、自分の決闘盤を構える私。
本来ならここでデッキからカードを手札に加えたい所。
だけど、場にはシャッフルを封じる月夜の銀世界がある。
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
あのカードがある限り、シャッフル処理をはさむ効果は全て無効となる。
ゆえに、アレーティア・ヒエレウスの効果も墓地のカードを
対象としなければ発動できない。厄介な能力だが、仕方がない。
「私は墓地の《星霊融合》のカードを手札に加える」
決闘盤が、1枚のカードを墓地から吐き出した。
先程使用した融合用のカード。それを、私は手札に加える。
これで、私の手札は星霊融合の1枚のみ。
「ターンエンド!」
声高く、私はそう宣言した。
白銀の世界に、一抹の希望が見え始める。
「人間にしては、やるじゃありませんか」
煌めく笑顔を浮かべ、フリージアが優しげに言った。
その手が動き、デッキからカードを引く。
星霊の恵みが輝き、ライフが回復する。
レーゼ LP2000→2300
白い雪が舞う中、幻想的に髪を揺らすフリージア。
微笑みながら、手札の1枚を表にする。
「では、ほんの少しだけ、本気を出してさしあげましょう」
周りの空気を殺気で歪めながら、フリージアが言った。
酷く冷たい風が吹き、私の身体を凍えさせる。
ゆっくりとした動きで、フリージアがカードを掲げた。
「このカードは、わたくしの墓地に水属性・水族の
モンスターが2体以上存在する時、手札から特殊召喚できます」
淡々とした声を出すフリージア。
私は注意深く、その手にあるカードを見る。
描かれているのは、竜の姿を象る色鮮やかなオーロラ。
凄まじいまでの禍々しさが伝わり、私は半歩後ろへ下がる。
すっと、フリージアが優雅な動作で、カードを決闘盤に置いた。
「現れよ、銀祇篭!」
一瞬、大気全体が凍りつくような感覚が走った。
凄まじいまでの冷気が、辺りの空間を支配していく。
漆黒の空、妖しげなオーロラが現れ、大地を照らした。
虹色の光がゆっくりと動き、竜のような形を作る。
まるで天を支配するかの如く、大気を漂うオーロラの竜。
禍々しくも美しく、それでいて夢幻の力が感じられる姿。
幻想的な世界に、透き通るような咆哮が響いた。
銀祇篭 ATK2400
「攻撃力、2400……」
決闘盤に表示された数値を見て、私は呟く。
アレーティア・ヒエレウスの攻撃力は2200。
攻撃力的には、アレーティアは銀祇篭には敵わない。
だけど、真に問題なのはあのモンスターの特殊能力だ。
あれだけの自信を持って相手が出してきたモンスター。
それが何の能力も持っていないとは、考えにくい。
「覚悟はよろしくて?」
考える私に向かって、そう尋ねるフリージア。
はっとなって顔をあげると、既にオーロラの竜は攻撃体勢になっていた。
奇妙ながらも強い威圧感を出しながら、オーロラの竜が吼える。
「銀祇篭で、天星霊アレーティア・ヒエレウスを攻撃します」
手を伸ばしながら、そう宣言するフリージア。
オーロラで出来た竜の身体が、宙へと拡散して広がっていく。
七色のオーロラが、天を覆った。
フリージアの言葉が、響く。
「妖しげなる夢幻の光に飲まれ、消えなさい。銀惑の極光!」
フィールドを覆い尽くすオーロラが、妖しく輝いた。
息苦しい感覚と共に、空間が捻じ曲がる奇妙な衝撃が伝わってくる。
杖を持つ大天使が、苦しげな声をあげた。
「と、罠発動! ドレインシールド!」
とっさに、私は声をあげて手を前に出す。
伏せられていたカードが、表になった。
「この効果で、銀祇篭の攻撃を無効に!」
ドレインシールド 通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。
この状況、相手からの攻撃を通してしまえば状況は逆転。
何としてもこの攻撃は止めたい。だけど、このカードが相手に通じるかは
分からなかった。緊張の一瞬。私の頬を、一筋の汗が流れる。
にっこりと、フリージアが笑い、そして――
「……残念ですわね」
ゆっくりと、首を横に振った。
七色の光が消え、代わりに私の頭上から白い光が降り注いだ。
レーゼ LP2300→4700
どうやら、攻撃を防ぐ事は成功したらしい。
ほっと、私は白い息を吐き出した。
銀色の世界に、白い雪が舞い落ちて行く。
「ですが、しょせんは付け焼刃の防御。わたくしの有利に変わりはない」
にこやかに、そう状況を分析するフリージア。
確かに、私の場にはもうアレーティアと星霊の恵みしかない。
加えて手札も、さっき墓地から回収した星霊融合のみ。
(やっぱり、この精霊、強い……!)
今さらながら、私は相手の強さを実感していた。
あの古い館で見た炎の精霊。あれは見ただけで危険だと分かった。
自分の実力を隠そうともせず、その圧倒的な暴力で相手を威圧するタイプ。
ベルフレアと名乗っていた精霊は、私の目にはそう映っていた。
だけど、目の前にいる氷の精霊は違う。
ともすれば矮小とも思える程に、静かで穏やかな存在。
だけどその実、あの炎の精霊と何ら劣る事のない程の実力を有している。
彼女が操る戦略も同じ。繊細で、一見すると地味にも思える構成。
でも気がつけば、いつのまにか私は追い詰められている。
静かに、それでいて絶え間なく続いていく彼女の戦略。
それは少しずつ私の力を奪い、徐々に大きな流れを造り出していく。
まるで流れる水のように。ゆっくり、その力を隠しながら……。
「言ったでしょう、お嬢さん」
漆黒の空の下、銀髪の精霊は微笑む。
「本当に重要なのはさりげなさ。目に見える形で相手を追い詰める戦略なぞ、
真の脅威ではありませんわ。本当の脅威というのは音もなく相手に忍び寄り、
相手が気づいた時には、既に取り返しのつかない事になっているものですのよ」
くすくすと笑いながら、余裕ありげに話すフリージア。
目を開けると、冷たい瞳を真っ直ぐに私へ向ける。
「さぁ、お嬢さんはどこまで抗えるかしら」
薄い雲が動いて、月を隠した。辺りが影によって、暗くなる。
凍りつき閉ざされた世界。残された私の未来は――
淡々と、空からは雪が涙のように降りしきっていた……。
柔らかな朝の日差しを感じ、私は目を開けた。
全身がだるい。酷く疲れた感じがする。
ぼんやりと霞がかったような頭を手で押さえながら、
私はゆっくりと自分の身体を起こした。
柔らかなベッドの感触。高級そうなホテルの一室が、見える。
「あ、気がついた! よかった〜!」
私が起きるのとほぼ同時に、明るい声が響き渡った。
視線を向けると、そこには金色の長髪を後ろで結んだ、小柄な少女が立っていた。
ほっとしたように、少女が胸を押さえる。
「昨日の夜から倒れっぱなしで、心配しちゃったよ〜。
本当にもう、首領の強引さ加減というか、適当さには呆れるわ」
「……ここは?」
部屋の様子をうかがいながら、私はそう尋ねた。
高級そうなホテルの一室。少女以外に、他の人の姿は見えない。
少女が、難しそうな表情を浮かべる。
「うーん、どこから説明したら良いのかしら……」
「……あの、私を助けてくれた人は?」
「え、それって首領の事?」
少女の質問に対し、私は少し考える。
昨日の夜、気絶する直前での少女の会話。
そこから判断して、私はこくりと頷いた。
少女が、呆れたように肩をすくめる。
「なんか、ふらっとどこかに行っちゃったみたいなの。
まぁ、ああ見えて首領は凄い人だし、心配する必要はないわ」
「……そう」
少しだけ残念なような、複雑な気持ちを私は抱く。
昨日の晩に助けてもらったお礼が、まだ言えてない。後で言わねば。
少女が、自信満々に笑い、口を開いた。
「自己紹介がまだだったわね。私はディン・ハプリフィス。
あなたを連れてきた首領の部下みたいなものね。あなたは?」
「あ、私は、その……」
少女の質問に対し、私は口ごもった。
まだ、首領と呼ばれる少年や少女の正体は分からない。
安易に名乗っていいものか、迷ってしまう。
だが――
「あ、別に無理に名乗らなくてもいいよ」
ごくあっさりと、少女がそう言い切った。
驚く私に向かって、少女は手をひらひらとさせる。
「人間、会ってすぐに信用しろだなんて無理だもん。
警戒するのは当然だよ。ねぇ?」
「え……あ、えっと……」
何と答えれば良いのか分からず、戸惑う私。
そんな私の様子を見て、少女がくすくすと笑う。
「うーん、可愛いわ〜。なんだか妹を思い出しちゃう」
「……妹?」
何の気なしに、尋ねた言葉。
だけどそれを聞いた少女は、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
微妙に視線を伏せがちにして、少女が笑う。
「実家にね、妹が1人いるの。でも私、家を出てきちゃったから。
多分だけど、もう会う事はないんじゃないかと思うなぁ……」
ぼんやりと、遠くを見つめる少女。
明るい口調だが、本当は悲しんでいる事が見て分かる。
何と言葉をかければ良いか迷っていると、少女が微笑んだ。
「ふふっ。別に、あなたがそんな表情になる必要ないのよ。
これは私が自分で決めて、それで起こった問題なんだから」
明るく、それでいて後悔のない言葉で話す少女。
その瞳は真っ直ぐに未来に向けられている。そんな感じがした。
私が黙っていると、少女がぱっと顔を明るくした。
「そうだ! 良い事思い付いたわ! あなた、私の妹になってよ!」
「え、えぇっ!?」
驚いて声をあげる私。
だがそんな事など気にせず、少女は早口に言う。
「首領からもあなたの事は全部任せるって言われてるし、
せっかくこれから一緒に暮らすんだもん、そっちの方が良いわ!
ね、ね、どう? 私の事『お姉ちゃん』って呼んで良いのよ?」
「お、お姉ちゃん……?」
あまりに唐突な提案に、私の思考が停止する。
これからの事や、昨日の晩の事。少年や少女の事。
聞かなくてはいけない事がたくさんあるのに、思考が回らない。
姉と、妹……? それって、家族になるって事……?
脳裏に、一瞬だけ私の家族の記憶が蘇る。
暗闇の部屋。そこで泣いている私と、それを見る女性。
『近づかないでよ、気味が悪い』
顔の見えない女性が、私に向かってそう言い放つ。
闇の中、私は1人ぼっち。家族も友人も、私にはいなかった。
ゆっくり、私は首を横に振った。
「無理だよ……」
少女に向かって、私はぽつぽつと話す。
「誰かと家族になるだなんて、私には考えられない。無理だよ。
それにあなただって、私の事を妹のように思うなんて、きっと無理。
私は普通じゃないもん。不気味だと思って、きっと離れていく……」
ぽたりと、私の目から涙が流れた。
孤独には慣れているはずなのに。
孤独である事を、受け入れたはずなのに……。
「…………」
泣いている私を、黙って見つめている少女。
その瞳はどこか悲しげに、私に向けられていた。
ゆっくり、少女が口を開く。
「似てる……」
「え?」
「あなた、私の妹に本当に似てるわ。
そういう風に、誰かと比べて全てを諦めちゃう所とか……」
悲しそうな表情を浮かべ、拳を握る少女。
どこか悔しそうな、怒ったような声を、少女は出す。
「私、そういうの本当に理解できないの。
他人は他人。自分は自分。どうして比べる必要があるのよ?
別にどっちが良いとか悪いとか、そんなの決める必要ないでしょ。
人は誰しも違うんだから、当然じゃない。例えそれが――」
一瞬、言葉を途切れさせる少女。
その瞳に、今までにない程に悲しげな光が宿る。
ゆっくり、ふりしぼるように、少女が言った。
「――例えそれが、血の繋がった姉と妹であっても、ね……」
太陽が雲で隠れたのか、僅かに部屋の中が暗くなる。
静寂。時計の針が進む規則的な音だけが、響く。
すっと、おもむろに少女が私の手を握った。
「あ……」
思わず、声をあげてしまう私。
握られている所から、少女の温かな体温を感じる。
少女が真剣な表情を浮かべて、私の顔を見た。
「だから、あなたも他人と比べて自分を卑下するのはやめなよ。
そんな事したって、あなたのためになる事なんて何もないでしょ?
わざわざ自分はダメだって言い続けてたら、本当にダメになっちゃうわ」
「だ、だけど、私は――」
少女の言葉に対して、口を開いた私。
だけど、その言葉がきちんと発せられる事はなかった。
少女が、そっと私の事を抱き寄せて、言う。
「ずっと1人ぼっちで悩んで、とってもつらかったでしょ?
でも、もうそんな事しなくても良いの。だって私はあなたのお姉ちゃんだから。
つらい事も、楽しい事も、みーんな私に話してくれて良いのよ? ね?」
にっこりと、優しげに微笑む少女。
私の心に深く立ち込めていた闇が、少しずつ晴れていく。
とめどめなく涙があふれ、私の頬を濡らしていった。
私は、私は、もう……。
私はもう、1人ぼっちじゃないんだ……。
第四十一話 終わりの記憶
冷たい風が吹き抜ける。
銀色の地面に、漆黒の空。降りしきる雪。
天を覆うように広がる幻想的なオーロラが、大地を照らす。
寂れた雰囲気につつまれた世界が、妖しげに彩られた。
レーゼ LP4700
手札:1枚(星霊融合)
場:天星霊アレーティア・ヒエレウス(ATK2200)
星霊の恵み(永続罠)
伏せカードなし
フリージア LP3600
手札:2枚
場:銀祇篭(ATK2400)
禍舞羅(ATK1600)
月夜の銀世界(フィールド魔法)
伏せカードなし
ゆっくりと、天に広がっていたオーロラが収束していった。
集まったオーロラは竜の形を作り、夢幻の瞳を向ける。
心を揺さぶるような奇妙な咆哮が、この大地に響いた。
「能ある鷹は爪を隠し、深き川ほど静かに流れる……」
くすくすと、余裕ある微笑みを見せる銀髪の精霊。
透き通るような黄色の瞳を私に向け、言う。
「お嬢さんはわたくしの実力を見誤ったのです。
以前わたくしと勝負したあの時から、今この時まで。
真に強者たる者ほど、自分の実力は見せないものですわ」
冷たい風が吹いて、銀色の髪が揺れる。
きらきらと輝き、優美な姿を見せる氷の精霊。
凍てつくような気配を出しながら、笑う。
「どうかしら? お嬢さんには、わたくしの力が見えますかしら?」
ゆっくりと、白い腕を伸ばして尋ねるフリージア。
私はその言葉に対して、ただキッと目を鋭くした。
だけど、私の心は困惑の思いで満ちている。
私には、この精霊の戦略が分からなかった。
いったいどこまでが本気で、どこまでが様子見なのか。
あの攻守を逆転させる能力が戦略の基本? それとも守備力を0にする方?
オーロラで出来た竜は切り札? それともただの上級モンスター?
シャッフルを封じるフィールド魔法はなんのために? ただ置いただけ?
まるで深い霧につつまれたように、相手の全貌は見えない。
だけど、たった1つだけ分かる事は――
冷たい風が、私の身体を吹き抜けて震わせる。
漆黒の空から降り落ちる白い雪。粛々と流れる時間。
顔をあげると、私は油断なく氷の精霊を見つめた。
――あの精霊は、桁外れに強いという事だけだ。
「銀祇篭の攻撃が防がれてしまった今、わたくしに手はありません」
手札を眺めながら、余裕ある声を出すフリージア。
その表情には、攻撃を防がれてしまった事による動揺はみじんもない。
にっこりと笑いかけながら、フリージアが短く言う。
「ターンエンド」
細々と雪が降る大地に、その言葉は響いて消える。
漆黒の空の下、オーロラの竜からの威圧を感じながら、
私は自分のデッキへと手を伸ばした。
「私のターン!」
ばっと、勢いよく私はカードを引いた。
手札に残っていたのは融合用の星霊融合のみ。
ここで何かを引けないと、私は負ける。
星霊の恵みが輝き、ライフが回復した。
レーゼ LP4700→5000
「……!」
引いたカードを見て、私は目を見開く。
そこにあったのは希望の1枚。まだ、決闘は終わらない。
叩きつけるように、私はカードを決闘盤に出した。
「魔法カード、フュージョン・コンバーター発動!」
場に、カードが浮かび上がる。
「この効果で、手札の融合を捨ててカードを2枚ドローする!」
フュージョン・コンバーター 通常魔法
手札から「融合」魔法カード1枚を捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
私は手札に残った最後の1枚のカードを見る。
天星霊専用の融合魔法、星霊融合。
このカードはルール上、融合の魔法として扱われる。
星霊融合 速攻魔法
1000ライフポイントを払う。
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターを墓地へ送り、「天星霊」と名のついた
融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードのカード名はルール上「融合」として扱う。
ゆえに、フュージョン・コンバーターで捨てる事は可能。
持っていた星霊融合を、私は迷いなく墓地へと送った。
フリージアが、口元に手をあてて、くすくすと笑う。
「絶望の大地に現れし一筋の希望、といった所でしょうか。
それが霧によって出来た蜃気楼でなければ良いのですけどね」
私は氷の精霊の言葉を無視する。
すっと精神を集中させ、私はカードを2枚引いた。
1枚は罠カード。そしてもう1枚は――
(天星霊コンチェルヴィア……!)
引いたカードに描かれていたのは、巨大な剣を持つ鎧天使。
金色の鎧を身にまとい、純白の翼を広げている勇ましい姿。
融合なしで呼べるモンスターとしては、私のデッキで最も強力な天使。
天星霊コンチェルヴィア
星8/光属性/天使族/ATK3000/DEF2500
このカードは通常召喚できない。
自分のライフポイントが回復したターン、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
攻撃力は3000。守備力も2500ある。
もしフィールドに出せれば、有利になる事は間違いない。
だけど、コンチェルヴィアは通常召喚ができない。
出すとすれば蘇生か、あるいは――
私の脳裏に、ある1枚のカードが浮かんだ。
あのカードを使えば、このカードを場に出す事ができる。
私のデッキにおける秘中の秘。お姉ちゃんにも内緒の、とっておきのコンボだ。
だけど、それをするための条件は、まだ揃っていない……。
「希望は見えなかったのかしら?」
いつまでも考え込んでいる私に向かって、フリージアが言う。
はっとなって、私は顔をあげる。視界にオーロラの竜が映った。
ともかく、今は相手の攻撃をしのぐ事が、先決だ。
「天星霊アレーティア・ヒエレウスの効果発動!」
腕を伸ばして、私は声高くそう宣言する。
私の足元に青い色の魔法陣が浮かびあがり、輝いた。
「私のライフが回復したターン、墓地から融合と名のつくカードを手札に加える!」
天星霊アレーティア・ヒエレウス
星7/光属性/天使族・融合/ATK2200/DEF2000
「天星霊」と名のつくモンスター×2
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、自分のデッキまたは墓地から
「融合」と名のついたカードを1枚選択し手札に加えることができる。
本当なら、ここでデッキからカードを手札に加えたい所。
だけど、相手の場に月夜の銀世界がある限り、
私はドロー以外で自分のデッキに触れる事はできない。
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
あのカードを無力にできない限り、仕方がない事だ。
私の決闘盤が、1枚のカードを墓地から吐き出す。
「私は墓地から、星霊融合を手札に加える!」
先程のフュージョン・コンバーターで捨てたカード。
それが再び、私の手の中へと戻ってきた。
これで、私の手札は全部で3枚。
すっと、その中の2枚を、私は手に取る。
「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」
「……2枚?」
私の言葉を聞き、僅かに首をかしげるフリージア。
私の場に、裏側表示のカードが2枚、浮かび上がる。
顔をあげると、私は相手の反応をうかがった。
「わたくしのターン」
静かに、デッキからカードを引くフリージア。
その瞳が自分の手札へと向けられ、ゆっくりと動く。
そして視線を切ると、私の場へと目を向けた。
「ふむ……」
ここにきて始めて、考える様子を見せるフリージア。
私は相手に自分の考えが悟られないよう、無表情で睨み返す。
淡々と、空から雪が、私たちの間に舞い落ちて行った。
「――では、参りましょうか。銀祇篭!」
少しの間の後、フリージアが声をあげた。
オーロラの竜が中に霧散し、漆黒の空が虹色に染まる。
フッと冷たく、フリージアが笑った。
「銀祇篭でアレーティア・ヒエレウスを攻撃! 銀惑の極光!」
空を覆い尽くすオーロラが、妖しげに輝いた。
再び、フィールドを押しつぶすような奇妙な感覚が走る。
だけど私は慌てずに、手を前へと出した。
「永続罠、強制終了を発動!」
伏せられていた1枚が表になる。
さらにその横に伏せられていた星霊融合が表になり、
光となって消えて行った。
「この効果で、私の場のカード1枚を破棄してバトルフェイズを終了する!」
「……ふん」
フリージアの顔から笑顔が消え、不快そうに眉をひそめた。
オーロラが光を失い、フィールドが静寂に包まれる。
強制終了 永続罠
自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
このターンのバトルフェイズを終了する。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。
強制終了は場のカードを1枚要求し、バトルを終わらせるカード。
普通なら乱用する事などできないが、天星霊はカード回収効果に優れている。
ゆえに、私は半永久的にこの効果を使用できる。
「それが、お嬢さんの足掻きですか」
冷たい口調で、呟くように言うフリージア。
パキパキと音をたてて、その足元が凍りついていく。
「随分と必死といいますか、優雅さを感じない醜い足掻きですわね」
失望したかのような表情で、私に向かって語りかけるフリージア。
私はその言葉を無視する。例えそれがどんな形であろうと、
生き残ってさえいれば、希望はあるはずだから。
「まぁ、せいぜいおがんばりなさい。
わたくしはただ華麗に、それを突破するだけですわ」
にっこりと、笑顔に戻るフリージア。
その手に握られた3枚の手札から、1枚を選ぶ。
「魔法発動、霙還り」
フリージアの場に、カードが浮かび上がる。
冷たい風が、渦巻くように吹き始める。
「この効果で、わたくしは墓地の幻麟と夜叉狐を手札に加えます」
霙還り 通常魔法
自分の墓地に存在する守備力1500以下の
水属性・水族モンスター2体を手札に加える。
「墓地のモンスターを回収するカード……!」
相手の場に現れたカードを見て、呟く私。
フリージアがにっこりと、余裕そうに微笑んだ。
青白い光が2つ、彼女の墓地から飛び出して手札へと加わる。
「さらに幻麟を召喚!」
カードを決闘盤へと出すフリージア。
白い雪が舞いあがり、再び幻想的な姿の獣が場に現れる。
薄い霧がフィールドを包み込み、私の天使から光が消えた。
幻麟
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターの守備力は0となり、
守備力を上昇させる効果も全て無効となる。
天星霊アレーティア・ヒエレウス DEF2000→DEF0
またも、相手の場に禍舞羅と幻麟が揃ってしまった。
相手の攻撃は強制終了で防げるが、このままでは私も攻撃できない。
何としてでも、あの厄介な幻麟は早く倒さないと……。
私がそう考えていると、フリージアがくすりと笑った。
「ひょっとしてお嬢さん、またも幻麟を倒そうなどと考えているのですか?
残念ながら、さっきと今とでは、状況が全く違うのですわよ」
「……?」
相手が何を言っているのか分からず、目を鋭くする私。
フリージアが不敵に微笑みながら、腕を伸ばす。
「銀祇篭の特殊能力――それはわたくしのモンスターが行う全てのバトルにおいて、
わたくしは相手の攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる」
「なっ……!」
フリージアの言葉を聞き、目を見開く私。
全てのバトルで、攻撃力と守備力を入れ替える事ができる?
という事は、つまり――
「理解できましたこと? そう、幻麟によって守備力は0となり、
銀祇篭によって数値が入れ替わる。よって――」
「――あなたのモンスターは、戦闘では無敵となる」
私の言葉を聞き、にっこりと頷くフリージア。
優雅な動作で、その両手を合わせた。
「その通りですわ。ただそこに存在するだけで敵は何もできない。
何もせずとも、相手を倒す。それこそが真たる強者ですわ」
漆黒の空の下、オーロラの竜が幻想的な咆哮をあげた。
その虹色の身体から放たれた咆哮は、空気を奇妙に揺らしていく。
空からは白い雪が、ただ淡々と降り注いでいた。
銀祇篭(ぎんしろう)
星6/水属性/水族/ATK2400/DEF2400
自分の墓地に水属性・水族のモンスターが2体以上存在する時、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが存在する限り、自分のモンスターが戦闘を行うダメージステップの間、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
このカードが守備力0の相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ終了時に自分はカードを1枚ドローする。
ゆっくり、私は深呼吸して心を落ち着かせる。
大丈夫。お姉ちゃんがこの場にいればきっとそう言うはず。
だから冷静になって、集中するの!
「さぁ、お嬢さんの番ですわよ」
余裕たっぷりに、そう宣言するフリージア。
私は白い息を吐くと、デッキに手を伸ばす。
「私のターン!」
カードを引き、それを横目で見る私。
星霊の恵みが輝き、光が降り注ぐ。
レーゼ LP5300→5600
引いたカードを見て、私は少しだけ動揺した。
その手に握られていたのは、残っていた1枚と同じもの。
(2枚目のコンチェルヴィア……!)
天星霊コンチェルヴィア
星8/光属性/天使族/ATK3000/DEF2500
このカードは通常召喚できない。
自分のライフポイントが回復したターン、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
悪くない引きではあるが、さすがにこの状況では役に立たない。
相手の場に存在する銀祇篭と幻麟を倒すには、もっとカードが必要だ。
苦しい表情になりながら、私は腕を伸ばす。
「天星霊アレーティア・ヒエレウスの効果で、墓地の星霊融合を手札に!」
その言葉を聞き、大天使が持っていた杖を掲げる。
足元に広がっていた青い魔法陣が、輝いた。
決闘盤がカードを吐き出すと、私はそれをそのまま決闘盤へセットする。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
裏側表示で場に出たのは、もちろん星霊融合のカードだ。
今はひたすら、アレーティアの回収能力と強制終了のコンボで耐えるしかない。
私の頬を、冷たい汗が流れて行く。
「ふふふ、本当に必死ですわね」
楽しそうに笑うフリージア。
冷たい殺気を出しながら、あくまでも優雅に話す。
「分かったでしょう? しょせんお嬢さん如き、わたくしの敵ではない。
決して埋まることのない格の違いというものが、あるのですわ」
「確かにそうかもしれない。だけどそこに希望がある限り!
どんなに小さくても可能性は残っている!」
そう、例えどんな状況であろうと、希望を捨ててはいけない。
故郷の森での出来事。まるで悪夢のような、現実味のない時間。
そんな場所にさえも、希望はあった。だから、私は諦めない。
私の言葉を聞いたフリージアが、せせら笑う。
「そうですか。ならば希望を抱いたまま、お死になさい。わたくしのターン!」
静かに、カードを引くフリージア。
スタンバイフェイズになり、星霊の恵みでライフが回復する。
レーゼ LP5600→5900
4枚になった手札を見つめる氷の精霊。
その瞳の奥に何を考えているのか。私にはまだ読みとれない。
冷たい空気が支配する中、フリージアがにっと微笑む。
「バトル――銀祇篭で、アレーティア・ヒエレウスを攻撃いたします」
オーロラの竜が声をあげ、またも宙へと霧散する。
警戒したように、大天使が杖を構える。
だけど、当然ながらここでバトルさせる訳がない。
「永続罠、強制終了の効果! 場の星霊融合を墓地へと送って、バトルを終わらせる!」
私の場で表になっている強制終了が輝き、星霊融合が消える。
同時に重苦しい空気がなくなり、オーロラの竜が元の姿へと戻った。
星霊融合のカードを墓地へと送りながら、私は考える。
ここまでは予定調和。次の一手、相手はどう動く……?
緊張しながら、私は視線をフリージアへと向ける。
銀色の髪をなびかせながら、静かにたたずんでいるフリージア。
その手が動き、1枚のカードをはさむ。
「カードを1枚伏せ、ターンを終了」
そう言ってごく静かに、フリージアが自分のターンを終わらせた。
意外にもあっけなくターンが回ってきた事に、私は驚く。
もっとも、相手の場にカードが1枚増えたのは事実。
あれが私のコンボを打ち破るカードであろうとなかろうと、
警戒しすぎる事にこした事はないだろうと、私は考える。
にっこりと、フリージアが微笑んだ。
「さぁ、どうぞ」
それを受けて、私も自分の指を伸ばす。
僅かな可能性を、掴み取るために。
「私のターン!」
勢いよく、カードを引く私。
星霊の恵みが輝き、ライフが回復する。
レーゼ LP5900→6200
引いたカードを見て、私は驚いた。
(またコンチェルヴィア!?)
天星霊コンチェルヴィア
星8/光属性/天使族/ATK3000/DEF2500
このカードは通常召喚できない。
自分のライフポイントが回復したターン、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
そこにあったのは、私のデッキ最後のコンチェルヴィア。
これで私の手札3枚は全てコンチェルヴィアという事になる。
上級モンスター3体。普通ならば酷い手札事故だ。だけど――
(……これは、チャンスかもしれない)
手札にある3枚を見ながら、考える私。
必要なカードは揃いつつある。しかも、最高の形で。
残るは、あのカード1枚のみ……。
「どうしたのです? 早くカードをプレイなさい」
冷たい瞳を向けながら、そう言うフリージア。
私ははっとなると、腕を伸ばして言う。
「天星霊アレーティア・ヒエレウスの効果で、墓地の星霊融合を手札に!」
青い魔法陣が輝き、再び星霊融合が手札に。
もう少し。あとほんの少し耐えれば、勝機はある。
手札に加えた星霊融合を、私は手に持った。
「カードを1枚伏せて、ターンエ――」
そこまで言った所で、私の背筋をぞくりと悪寒が走った。
それはまるで私の身体を貫くようにして、全身から熱を奪う。
危ない。私の勘が、たった一言そう告げる。
口を開けたまま、固まってしまった私。
フリージアが笑いながら、小首をかしげる。
「ターンエンドかしら?」
余裕そうに笑いながら尋ねるフリージア。
私はどうするか迷う。このまま終わらせるべきか? それとも――
悩んだ末、私は1つの決断を下す。
「……天星霊アレーティア・ヒエレウスを、守備表示に変更」
腕を伸ばし、決闘盤にセットされたカードの向きを変える私。
大天使が翼を折りたたみ、地上へと降り立った。
天星霊アレーティア・ヒエレウス ATK2200→DEF0
今まで強制終了があったから、攻撃表示のままだったヒエレウス。
だが今思えばそれは危険だ。もし相手に強制終了を破壊されれば、
銀祇篭の力で攻撃力と守備力を入れ替られて、バトルとなる。
攻撃力0のモンスターに攻撃されれば、それはダイレクトアタックと同じ。
無防備に大ダメージを受ける事になるだろう。
そんな事に気づかないでいたなんて……。
私が息を切らしていると、フリージアが微笑む。
「そろそろ、限界みたいですわね」
「え……?」
顔をあげる私。
フリージアが両腕を伸ばし、この大地を示す。
「気付かなかったのかしら。わたくしがなぜこのフィールド魔法を出したのか?
別に趣味で景色を変えた訳ではありませんのよ。狙いは、今のお嬢さんの状態ですわ」
楽しそうにそう話すフリージア。
漆黒の空から、白い雪が粛々と降り注ぐ。
「勝負に勝つのに、何も自分の力を高める必要なぞないのです。
相手に弱くなってもらえば、それはそれで勝利となるでしょう?
先程も申したではありませんか。真の強者は何もせずとも勝つ、と」
まるで遠い所から聞こえるかのように、少しずつ歪んでいく声。
ぐわんぐわんと頭が痛み、体がふらついていく。これは……。
はぁ、はぁと息切れしている私を見て、笑うフリージア。
「精霊と比べ、人間はぜい弱な肉体をしておりますからね。
このフィールド魔法を使うと、何もせずとも勝てるのです。
この極寒の大気に、人間の身体は耐えられないようですわね。
それに自滅せぬまでも、相手の能力を鈍らせる事くらいはできますわ」
くすくすと、口元に笑みを浮かべながら話すフリージア。
黄色い瞳を私へと向けると、意地の悪い笑顔のまま、尋ねる。
「ほら、お嬢さん。どうしたのです? 私の感情が見えるのではなかったのですか?」
にっこり、優しげにも見える表情で尋ねるフリージア。
私はふらつきながらも、フリージアに視線を向ける。
だけど、そこからは何の感情も見えなかった。
視界がぼやけ、頭にもやがかかったように思考が回らない。
ふらふらと倒れそうになる私を見て、アレーティアが心配そうに顔を向けた。
「ふふ。手下の精霊にまで心配されるとは、もうそろそろ末期ですわね」
そう言うフリージアの声さえも、私の頭には届かない。
身体が熱い。全身から汗が噴き出る。頭が痛み、胸が苦しい。
ぼんやりとしつつある頭で、私は考える。
この世界は、私の体力を消耗させるための世界。
決闘の初手で使用してから、一度もその効力を発揮していない理由も分かった。
この世界は存在するだけ――ただそれだけで、既に役目を終えていたんだ。
闇の決闘ならではの異端の戦略。私はそれにはまってしまった……。
「さぁ、お嬢さん。もうターンは終わりかしら?」
私を見下したような口調で尋ねるフリージア。
私はくっと顔をしかめると、ゆっくりと口を開ける。
「……ターンエンド」
ふらふらとしながら、そう宣言する私。
フリージアがそれを聞くと、目を細める。
「では罠を発動。冷厳なる氷嵐!」
「!?」
フリージアの場に伏せられたカードが表になった。
同時に、強烈な氷の旋風が大地に敷き詰められた雪を舞いあげる。
視界が真っ白になる中、フリージアの言葉が響く。
「手札を1枚捨て、あなたの場の強制終了を破壊しますわ!」
持っていた夜叉狐のカードを私へと見せるフリージア。
それを墓地へと送ると、旋風が渦を巻いて私の場の強制終了へと迫る。
冷たい衝撃と共に、強制終了のカードが吹雪に呑みこまれた。
「ぐっ……!」
「さらに、この効果で破壊されたカードは、この決闘中に再び発動する事ができない!」
冷厳なる氷嵐 通常罠
手札からカードを1枚捨てて発動する。
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
相手はこのデュエル中、この効果で破壊されたカード及び
同名カードを発動する事ができない。
強制終了のカードが青く凍りついた。
触れてみると、鋭い冷気が手を伝わってくる。
震える手で、私はそのカードを墓地へと送った。
これによって、私の攻撃を防ぐコンボは崩壊した……。
絶望的な状況の中、白い息を吐き続ける私。
苦しんでいる私に向かって、フリージアが優しく言う。
「さぁ、そろそろ終わりにいたしましょうか。わたくしのターン!」
デッキからカードを引くフリージア。
星霊の恵みから光が降り注ぐ。
レーゼ LP6200→6500
さっき手札を捨てたとはいえ、これで相手の手札は3枚。
下手をすれば、このターンで私は――
フリージアが、指を動かす。
「わたくしは白朧を召喚!」
決闘盤にカードを出すフリージア。
白い煙のような物が、妖しげな風と共に現れる。
まるで霧のような姿。もやもやと、宙を漂っている。
白朧(はくおぼろ)
星4/水属性/水族/ATK1500/DEF1300
自分の墓地に存在する水属性・水族のモンスター1体を選択し、
ゲームから除外する事ができる。このカードが自分フィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力・守備力・モンスター効果となる。
「これで、わたくしの場にはモンスターが4体」
唇に指を当てながら、微笑むフリージア。
弱っている私に向かって、語りかけるように言う。
「先程お嬢さんがその天使を守備にしたため、
このターンで決着を付ける事はできなさそうですが、
それでも致命的なダメージを与える事はできますわね」
銀髪を揺らしながら話すフリージア。
私はぼんやりとした頭の中、意識を途切れさせないよう必死になる。
耐えて、私。耐えさえすれば、その先にきっと希望が……
「バトル! 銀祇篭で天星霊アレーティア・ヒエレウスを攻撃、銀惑の極光!!」
漆黒の空を、鮮やかな虹色が覆い、輝く。
神秘的で幻想的な光景。だけど、そこにあるのは死の光だ。
光と共に衝撃が走り、アレーティア・ヒエレウスが灰となって消える。
「うっ……!」
ダメージこそ通らないが、その衝撃だけは伝わってきた。
体力は限界。倒れないようにするだけでも精一杯。
氷の精霊が笑みを浮かべながら、腕を伸ばす。
「銀祇篭の効果で、わたくしはカードを1枚ドロー」
デッキからカードを引き、手札に加えるフリージア。
そして冷たい冷気のような殺気を出しながら、続ける。
「これでお嬢さんの場にはモンスターがいなくなりましたわ。
さぁ、踊りましょう。永遠に続く、冷たい氷の舞いを――」
すっと、腕を伸ばすフリージア。
漆黒の空、冷たい風が通り抜けて行く。
ゆっくりと、まるで歌うように、フリージアが言った。
「禍舞羅、幻麟、白朧で――ダイレクトアタック」
その言葉に呼応して、白い猛吹雪が巻き起こる。
視界を埋め尽くす粉のような雪。周りも何も見えない。
ただ冷たい吹雪が、暴力的なまでに吹き荒れていた。
ドゴッ。
「!?」
鈍い音と共に、背中に衝撃が走った。
振り返ると、黒髪の女性が扇子を私へと突き立てていた。
さらにその後ろから馬の蹄の音が響き、私の身体を何かが貫いて駆けていく。
「あぐっ!」
衝撃を受け、私は声をあげる。
ふらふらとする足元。そして視界に、白い霧のようなものが映る。
突如として、強烈な耳鳴りのような音が私を襲った。
「あ、あああぁぁぁ!!」
激痛から、私の口から悲鳴のような声が漏れた。
それでも耳鳴りはやまず、ぎりぎりと締め付けるように鳴り響く。
永遠にも思えるような苦痛の時が、流れる。
そして、ようやく耳鳴りが収まった時――
「うっ……あっ……」
私の身体は制御を失い、冷たい雪の中へと倒れて行った。
柔らかい雪が私の小さな身体を受け止め、冷たい感覚が全身に広がる。
腕に付けている決闘盤の数字が、動いた。
レーゼ LP6500→1600
倒れている私を見て、フリージアが大きな笑みを浮かべる。
「あらあら、どうしたのかしら、お嬢さん。
まだお嬢さんには希望があるのではなかったのかしら?
さぁ、立ってわたくしにそれを見せて下さいな。ふふふ……」
閉ざされた世界に、その言葉はやけに大きく響いた。
しとしとと、空からはゆっくりと雪が降っている。
少しの沈黙が流れた後――
「……最初から、その、つもり……だよ……」
ゆっくりと、私は立ち上がった。
ふらふらとする身体を、無理矢理に立たせる私。
ここにきて始めて、フリージアが驚いた表情を浮かべる。
「……なんですって?」
私が立つとは思ってなかったのか、目を丸くしているフリージア。
ふらついている私の姿を見て、いつになく動揺した様子を見せる。
「なぜ立つのです? なぜ諦めないのです?
わたくしにはとてもじゃありませんが理解できませんわ!
なぜ、あなたはそうまでして、立ち上がろうとするのです!!」
さっきまでの上品な様子もなく、怒鳴るように尋ねるフリージア。
その目には言いようのない怒りの感情が浮かんでいるように、私には見えた。
ふらつく身体を支えながら、私はゆっくりと、その質問に、答える。
「……そこに、希望が、あるからだよ……」
一瞬、フリージアの顔から表情が消えた。
その時の彼女が何を考えていたのか、私には分からない。
白い雪が私たちの間を落ちて行く。静かに流れて行く時間。
そして――
「……下らない」
ぼそりと、フリージアが小さく呟いた。
すっと、冷たい表情のままフリージアが指を伸ばす。
「カードを2枚伏せさせてもらいます」
彼女の場に、さらにカードが増えた。
裏側表示のカードが2枚。状況はさらに絶望的になっていく。
フリージアが、その瞳を私へと向け、にらみつける。
「もうお嬢さんの戯言なぞ聞きたくありませんわ!
ターンエンドです。さぁ、早くカードをお引きなさい!」
いらついたような口調で急かすフリージア。
その美しい銀髪が、冷たい風によってばさばさと揺れる。
終わりの時が、近づいているような気がした。
レーゼ LP1600
手札:3枚(天星霊コンチェルヴィア×3)
場:モンスターなし
星霊の恵み(永続罠)
伏せカード1枚(星霊融合)
フリージア LP3600
手札:1枚
場:銀祇篭(ATK2400)
禍舞羅(ATK1600)
幻麟(ATK1800)
白朧(ATK1500)
月夜の銀世界(フィールド魔法)
伏せカード2枚
私はじっと、自分のデッキを見つめる。
きっと、これがこの決闘における私の最後のドローになるだろう。
どこか不思議な、奇妙に落ち着いた感覚を私は味わっていた。
「――私のターン」
小さくそう言って、私は指を伸ばす。
もう身体の痛みも何も、感じなかった。
ただ無心にカードをはさみ、ドローする。
星霊の恵みが輝き、光の粒子が辺りを舞った。
レーゼ LP1600→1900
ゆっくりと、私は引いたカードを表にする。
祈りはしない。ただ、運命を受け入れるだけ。
そして、そこにあったのは――
――希望の、一欠片だった。
「魔法カード、星霊融合を発動!」
腕を伸ばして、私はそう宣言する。
伏せられていたカード。光の力を放つ融合が、表になる。
星霊融合 速攻魔法
1000ライフポイントを払う。
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターを墓地へ送り、「天星霊」と名のついた
融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードのカード名はルール上「融合」として扱う。
レーゼ LP1900→900
「ここにきて、融合ですって……!」
私が表にしたカードを見て、苦々しい表情になるフリージア。
すっと、私は自分の手札にある3枚のカードを見せる。
そこにあるは、白き翼を持つ3人の屈強な天使。
それらを見せつけるようにしながら、私は叫ぶ。
「手札の天星霊コンチェルヴィア3体を融合!」
星霊融合のカードが輝き、私の後ろに巨大な光の柱が現れる。
漆黒の天空と、薄白い霧をかき消すかのように、光は黄金色の輝きを見せる。
旋風が駆け、閉ざされた世界に積もった雪が、舞い上がった。
――光が、はじける。
「融合召喚!! 天星霊セラス・カルディナリオス!!」
金色の光の中より、1つの光がその姿を現した。
荘厳な金装飾の鎧に、両手に持った巨大な2本の剣。
天を貫くように生えた3対の純白の翼。溢れ出る光。
強大な力を誇る聖天使が、私の場へと降臨していた。
聖天使の身体から光が溢れ、私の身体を包み込む。
優しげな光。暖かな感覚が全身を覆い、身体が癒されていく。
「ありがとう……」
小さく、呟くように私は言う。
聖天使は僅かに頷くような動作を見せると、私から視線を切る。
巨大な剣を構えると、聖天使がにらむようにフリージアの場へと顔を向けた。
天星霊セラス・カルディナリオス ATK3300
「ふんっ。今さらその程度のモンスターを呼んだ所で、
わたくしの有利に変わりはありませんわ!」
フリージアが吐き捨てるように、そう言う。
だけど、それは間違いだ。確かに状況はまだ彼女の方が有利。
あの銀祇篭と幻麟が居る限り、戦闘による勝利は不可能だろう。
だが――
「天星霊セラス・カルディナリオスの効果発動!」
私は腕を伸ばし、天高く宣言する。
聖天使の全身から金色の光が溢れ、フィールドを包み込んだ。
「私のライフが回復したターン、相手フィールド上に表側表示で存在する
カードを3枚まで選択して、その効果を永久的に無効にする!」
「なっ……!」
天星霊セラス・カルディナリオス
星9/光属性/天使族・融合/ATK3300/DEF2600
「天星霊」と名のつくモンスター×3
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、相手フィールド上に
表側表示で存在するカードを3枚まで選択し、そのカードの効果を無効にできる。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。
私の言葉を聞いて、絶句したようになるフリージア。
彼女の場には伏せカードが2枚あるが、セラスの効果に対してチェーンは不可。
聖天使が白い翼を広げ、天へと昇る。
浄化の光が、天からフリージアの場へと降り注いだ。
金色の光に貫かれ、相手の場のモンスターから妖しげな気配が消える。
力を失った事で、このフィールドを支配していた白い霧もなくなった。
銀祇篭→能力無効
禍舞羅→能力無効
幻麟→能力無効
「なんたる事を……!」
フィールドに視線を向け、悔しそうな表情になるフリージア。
これで彼女が築いてきたコンボは、完全にその力を失った。
ばっと、私は腕を伸ばして言う。
「天星霊セラス・カルディナリオスで、銀祇篭を攻撃!」
聖天使が2本の剣を構え、翼を広げる。
威嚇するように声をあげる銀祇篭。
だが、その身からは夢幻の力は感じられない。
金色の光に包まれながら、聖天使が銀祇篭に向かって急降下する。
「――ヴァルキュリアス・ブレイドッ!!」
その言葉と同時に、聖天使の持つ剣が煌めいた。
そして――
閃光と共に、オーロラの竜の体が真っ二つに切り裂かれた。
切られた所から虹色の粒子を出しながら、悶える銀祇篭。
聖天使はゆっくりとした動きで、オーロラの竜に背を向ける。
虹色の光を放ちながら、銀祇篭の身体が爆散し消滅した。
フリージア LP3600→2700
僅かだが、フリージアにダメージを与える事ができた。
だが当のフリージアは、気にしない様子で言う。
「たかだかその程度の事で、有利になったと思わない事ですわね!
わたくしの場にはまだ、モンスターが残っておりますのよ!」
自分の場を両手で示しながら、そう息巻くフリージア。
だけど、そんな事は言われなくても分かっている。
手札に残った1枚を、私は見る。そして――
くすりと、微笑んだ。
フリージアが当惑したように目を見開く。
今こそ、私のデッキ最大にして最強のコンボを見せる時だ。
ゆっくりと、私はその1枚を、決闘盤へと挿した。
「速攻魔法、融合解除を発動!」
融合解除 速攻魔法
フィールド上の融合モンスター1体を融合デッキに戻す。
さらに、融合デッキに戻したこのモンスターの融合召喚に使用した
融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
この一組を自分のフィールド上に特殊召喚する事ができる。
私の場に、緑色のカードが浮かんだ。
描かれているのは、悪魔と竜が分離していく様子。
融合とは逆。融合モンスターを、素材へと戻すカード……。
フリージアが目を見開いて驚く。
「ま、まさか……!」
氷の精霊が発したその言葉に、私はこくりと頷いた。
すっと腕を天へと伸ばし、言う。
「天星霊セラス・カルディナリオスの融合を解除!」
天に浮かぶ聖天使の身体が、金色の光へと戻っていく。
まるで昇天するかのように姿を消す聖天使。
代わりに3つの大きな光が、フィールドに現れた。
私が腕を降ろすのと同時に、光がはじける。
「墓地から天星霊コンチェルヴィア3体を、特殊召喚!」
光の中より、巨大な剣を持つ鎧天使が3体、姿を見せた。
金色の鎧と純白の翼。勇ましい声をあげ、持っている剣を掲げる。
天星霊コンチェルヴィア
星8/光属性/天使族/ATK3000/DEF2500
このカードは通常召喚できない。
自分のライフポイントが回復したターン、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
「攻撃力3000のモンスターを、一気に3体ですって……!」
私の場に現れた鎧天使を見て、声をあげるフリージア。
その驚きが演技ではなく真実の行動である事が、私には分かる。
声高く、私はフリージアに向かって言う。
「融合解除は速攻魔法。だから特殊召喚されたコンチェルヴィアは攻撃可能。
このバトルフェイズで、あなたのライフポイントは0になる!」
「ぐっ……!」
悔しそうな表情になって、唇をかみしめるフリージア。
その足元がパキパキと音をたてて凍りつき、周りの空気が歪む。
腕を伸ばしたまま、私は言う。
「天星霊コンチェルヴィアで禍舞羅、幻麟、白朧を攻撃! 終焉のコンチェルト!!」
鎧天使達が、全く同時に剣を構える。
光輝く天使達。その体から白い羽根が舞い落ちて行く。
聖なる光に包まれながら、鎧天使がゆっくりと剣をふりかぶる。
ひと際大きな閃光と共に、剣から放たれた衝撃波がフィールドを駆けた。
大地を割りながら、突き進んでいく3つの衝撃波。
迷うこともなく真っ直ぐに、それはフリージアの場へと進んでいく。
フリージアが目を見開いた。そして――
強烈な斬撃による衝撃が、この大地に轟いた。
「バカな――」
一瞬、フリージアの声が響いたが、それもすぐにかき消される。
衝撃波によって大地の雪が巻き上げられ、視界がきかなくなった。
凄まじい轟音が、まるで世界を終わらせる鐘の音のように響く。
漆黒の空より、雪が涙のように降り注いだ。
衝撃波による音も、徐々に小さくなり消えて行く。
少しずつ、世界は元の寂しげな様子を取り戻していった。
ホッと、私は息を吐く。
「勝てた……」
ぼそりと、呟く私。
言いようのない安心感が、心の中を満たす。
これで、きっとお姉ちゃんの仕事もはかどるはずだ。
そんな事を思いながら、私は1人空を見上げ、そして――
気づいた。
「……どうして、この世界が消えてないの?」
私は慌てて、周りの景色を見る。
どこどこまでも続く凍りついた銀色の大地に、寂れた雰囲気。
決闘が始まってから変わる事のない、重苦しい闇の空気。
決闘が終わったのなら、このフィールド魔法も解除されるはずだ。
なのに、この世界は終わっていない。
粛々と、何ら変わらずに空から雪を吐き出している。
私は視線をフリージアの場へと向けた。
衝撃波によって、白い煙が立ち込めていて視界がきかない。
目をこらし、精神を研ぎ澄ます私。そして――
「――バカな事をしたものですわね、お嬢さん」
その言葉が、この世界にゆっくりと響いた。
白い煙が晴れ、相手の場の光景が明らかとなる。
モンスターのいない場。表になっている1枚のカード。
そしてその奥にたたずむ、銀髪の精霊。
精霊は無表情を浮かべ、私へと視線を向けている。
どくんと、私の心臓が高鳴った。
「どうして……?」
思わず、疑問が口をついて出る。
その言葉を聞き、無言で手を伸ばすフリージア。
その指が、彼女の場で表になっているカードへと向けられる。
「罠カード、霞遷し」
「え?」
「霞遷しの効果により、わたくしはこのターン戦闘によるダメージを受けない。
さらにデッキからカードを1枚ドローしました。もっとも、戦闘による
破壊は防げないため、禍舞羅、幻麟、白朧の3体は墓地へと送られましたがね」
淡々とした口調で、そう語るフリージア。
私の顔から、血の気が引く。
霞遷し 通常罠
このカードを発動したターン、自分の場に存在する水属性モンスターとの
戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
戦闘によるダメージが0になったという事は、
彼女のライフは未だに2700。つまり、決闘は終わっていない。
おろおろとしている私に対して、フリージアは深いため息をついた。
「本当にバカですわね、お嬢さん。わたくしは淑女なのですのよ。
適当に降参でもしていれば、見逃してあげたものを。
それなのにここまで喰らいついてしまうとは。これでは――」
すっと、視線をふせがちにするフリージア。
その全身から放たれる凍てつく気配が強まる。
ゆっくりと、フリージアが、その言葉を発した。
「――本気で、お嬢さんを殺さなくてはいけないではないですか」
凄まじい殺気を放ちながら、そう言うフリージア。
私は心が凍りついたように、何も言う事ができない。
がたがたと、体が震える。恐怖が心を揺らした。
「わたくしのターン――」
ゆっくりと、フリージアが指を伸ばしてカードを引く。
これで彼女の手札にあるカードは合計で3枚。
場には1枚の伏せカード――。
「罠発動、リビングデッドの呼び声」
フリージアが腕を伸ばす。
彼女の場にあった最後の1枚が、表となった。
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「この効果で、墓地の夜叉狐を特殊召喚」
白い雪が舞いあがり、その中から1つの影が飛び出した。
狐の仮面をつけた、陰陽師のような格好のモンスター。
シャランと、持っていた杖を鳴らす。
夜叉狐
星4/水属性/水族/ATK1200/DEF800
手札からこのカードを捨てる事で発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体選択し、
選択したモンスターの守備力をエンドフェイズまで0にする。
この効果は相手のターンでも使用できる。
すっと、フリージアが手札の1枚を手に取った。
「お嬢さんの敗因は、たった1つ――」
流れるように、その口から言葉が漏れる。
「先程のターン、天星霊セラス・カルディナリオスの効果で
月夜の銀世界の効果を無効にしなかった事。それだけですわ」
「……えっ?」
私は目を大きくして、尋ね返す。
冷たい瞳を向け、無表情のままフリージアが言う。
「まさか、わたくしが本気であなたの体力を奪うために発動したとでも?
冗談はおよしなさい。闇の決闘においてそのような陳腐な戦略を取る程、
わたくしは落ちぶれてはおりませんし、手ぬるくもありません事よ」
私をにらみつけるように見ながら、話すフリージア。
私の心がざわざわと揺れて、困惑する。
ゆっくりとした口調で、フリージアが続ける。
「何回も申したでしょう。重要なのはさりげなさ。
そして真なる脅威は音もなく忍び寄り、気づいた時にはもう遅い、と」
真なる、脅威……。
私は今までの決闘を思い返す。
発動してから1度もまともに効果を使われないフィールド魔法。
まるで見えないカードであるかのように、放置されていた1枚。
大した意味なんてないと思い、無視し続けていた1枚。
フリージアが、目をつぶりながらため息をつく。
「大方、お嬢さんはこう考えていたのでしょう。
『ずっと効果を使っていないから、あれは無駄なカードだ』と。
しかしこうは考えられませんか? 使わないから無駄なのではなく、
たった一回。最後の瞬間にのみ使用する、エンドカードであると。
使わないのは意味がないのではなく、その時が来ていないからだと」
冷たい言葉が、漆黒の宙へと溶けて消える。
さめざめと降り注いでいく雪。私達の間を舞い落ちる。
フリージアが哀れむような表情で、私を見る。
「せめてそこを見誤らなければ、まだ生き延びられたかもしれぬものを。
そのちっぽけな、砂漠に浮かぶ蜃気楼のような希望を追えたものを。
ですが、お嬢さんはそれをしなかった。ならば、残った道は1つ」
すっと、持っていたカードを表にするフリージア。
描かれているのは、杖を持った魔導士のようなモンスター。
冷たい風が吹く中、フリージアが、言った。
「安らかに、御眠りなさい」
ゾクリと、言いようのない不安が私の身体を駆けた。
フリージアが、カードを決闘盤へと出した。
「わたくしはチューナーモンスター、原祖の支配者を召喚!」
1つの光が浮かび上がり、そこから先程のモンスターが姿を見せる。
深い闇の力を感じるその姿。ゆっくりと、持っている杖を構える。
原祖の支配者
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。
「原祖の支配者は召喚された時、属性を選ぶ事で
その属性のモンスターとなる。わたくしが選ぶのは水属性!」
パキパキと音を立て、魔導士が持っていた杖の先端が凍った。
これは、この布陣は……。私が怯える中、フリージアがさらにカードを出す。
「そして手札より魔法カード、属性支配を発動!」
銀髪の精霊の場に、さらなるカードが浮かび上がった。
空間より伸びた、巨大な手が描かれたカード。不気味な気配。
フリージアが腕を伸ばしながら、言う。
「属性支配は発動時に属性を選ぶ事で、このターンのエンドフェイズまで
互いの場と墓地に存在するモンスターの属性を、指定した属性のものとして扱う!」
「えっ!?」
「わたくしが選択するのは、水属性!」
その言葉と同時に、互いのフィールドの床が凍りついた。
さらに冷気が立ち込め、私とフリージアの決闘盤を包み込む。
音を立てて、決闘盤の墓地が凍りついた。
属性支配 速攻魔法
発動時、属性を1つ宣言する。
このターンのエンドフェイズまで、互いのフィールド・墓地に
存在するモンスターは宣言された属性のモンスターとして扱う。
これで、この場は完全に氷に支配されてしまった。
何もする事ができず、ただ呆然とその様子を見届けている私。
フリージアが、口を開く。
「レベル4の夜叉狐に、レベル4の原祖の支配者をチューニング!」
魔導士のモンスターの体が砕け、4本の輪となった。
不気味な緑色の輪が、夜叉狐の身体を取り囲む。
線だけの存在へと変化していく夜叉狐。
「絶望の氷は生まれ出で、未来を閉ざす雨となる。深淵の力が今ここに!」
静かに、そう唱えるフリージア。
夜叉狐の体が砕け、4つの光が一直線上に並ぶ。
世界が揺れ、白い雪が空へと舞い上がっていく。
光が、走った。
「シンクロ召喚! 現れよ! 旧神−ク・トゥルー・ウル!!」
一瞬の静寂の後、キラキラとした光が空より降り注いだ。
空を見上げる。透き通るような青色が、目に入る。
天空を支配する氷の孔雀。凄まじい威圧感と冷気。
まるで氷の結晶のように整った、美しい翼。
禍々しくも神々しく、全てを呑みこむ程の力を感じさせる。
そして圧倒的なまでに伝わる――絶望的なまでに開いた力の差。
氷の孔雀が、旋律のような美しい咆哮を響かせた。
びりびりと、空気が痛い程に振動する。
大地が割れ、氷が突き出るように飛び出していった。
フリージアが、無表情のまま、言う。
「旧神−ク・トゥルー・ウルがシンクロ召喚に成功した時、
互いの墓地に存在する水属性のモンスターを全てゲームから除外する……」
決闘盤が青白く輝き、カードを吐き出した。
属性支配によって私の墓地のモンスターは水属性に変えられている。
全部で11枚のカードが、ゲームから除外されていった。
氷の孔雀が翼を広げ、その透き通るような体を輝かせる。
「そして、この効果で除外された枚数分、
わたくしはデッキをめくってその順番を入れ替える事ができる」
「な、ライブラリー操作!?」
私が声をあげると、フリージアが頷いた。
「えぇ。その通りですわ。ただし――」
すっと、白い指を伸ばすフリージア。
氷のように冷たい表情を浮かべ、言う。
「操作させて頂くのは、お嬢さんのデッキですけどね」
「!?」
私が驚くのと同時に、私のデッキが青白く輝いた。
次々と、デッキの上のカードがソリッド・ヴィジョンによって具現化していく。
しかしそれらは全てフリージアの方へと向けられ、私からは見えない。
旧神−ク・トゥルー・ウル
星8/水属性/水族・シンクロ/ATK2700/DEF3300
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する水属性モンスターを
すべてゲームから除外する。この効果で除外したカードの枚数分、相手のデッキの上の
カードを確認し好きな順番で相手のデッキの上へ戻す。
淡々とした様子で、腕を動かすフリージア。
その動きに合わせて、私のデッキのカードが動く。
一通り操作し終わった所で、フリージアが腕を降ろした。
「……まぁ、こんな所でしょうね」
そう言い終わるのと同時に、浮かんでいたカードのヴィジョンが消える。
私のデッキから放たれていた青白い光が消える。
天空を飛ぶ氷の孔雀を見上げながら、フリージアが言った。
「ターンエンド」
「え!?」
「何を驚いているのです。ク・トゥルー・ウルの攻撃力は2700。
あなたのコンチェルヴィアには敵わない。ならばここは守備表示にして
その場をしのぐのが、自然な考えでしょう?」
まるで他人事のような口調で話すフリージア。
確かに、言っている事は正しい。
だけど、こんなにあっさりターンを終わらせるなんて……。
「さぁ、どうぞ、お嬢さんの番ですわよ。もっとも――」
つまらなさそうに、視線をそらすフリージア。
ぼそりと、小さく呟く。
「そこに希望など、ありはしませんがね」
冷たい風が、私達の間を通り抜けて行く。
寂しげな雰囲気。氷の孔雀の威圧感だけが、大地を支配している。
動揺しつつも、私はカードを引く。
「わ、私のターン!」
引いたカードを、横目で見る私。
さらに星霊の恵みが輝いて、ライフが回復する。
レーゼ LP1200→1500
ドローしたカードはヘブンズ・ウィンド。
デッキから天星霊と名のついたモンスターをサーチするカードだ。
私は迷うことなく、そのカードを決闘盤へと出す。
「魔法カード、ヘブンズ・ウィンドを発動!」
光と共に、1枚のカードが浮かび上がった。
金色の優しげな光を放ちながら、カードが輝く。
ヘブンズ・ウィンド 通常魔法
自分のデッキから「天星霊」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
すっと、デッキへと腕を伸ばす私。
だが――
突然、ヘブンズ・ウィンドのカードが凍りつき、砕けた。
驚いて、私は動きを止める。
なぜ? 相手の場には伏せカードはないのに……。
目を丸くしている私を見て、フリージアがため息をついた。
「お忘れかしら。月夜の銀世界が存在する限り、
シャッフル処理をはさむカードの発動は無効となるのです」
「あっ……」
月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。
思わず、声を漏らしてしまう私。
しまった。どうしてその事を忘れていたんだろう。
渋々と、私は無効となったヘブンズ・ウィンドのカードを墓地へと送り――
戦慄した。
青ざめている私を見て、フリージアが頷く。
「その通り。シャッフルを封じるとは、つまりデッキの順番を入れ替えられないという事。
ゆえにお嬢さんはこれから10ターン先まで、わたくしがク・トゥルー・ウルで
操作したカードを引き続けるしかないのです。この状況では意味のないカードを、延々とね」
冷たい感覚が、私の体に広がっていく。
何も言葉がでない。恐ろしい予感が、心をよぎる。
黙り込んでいる私の姿を尻目に、銀髪の精霊が腕を伸ばす。
「わたくしのターン」
すっと、カードを引くフリージア。
ちらりと引いたカードを見ると、すぐに腕を降ろす。
「ターンエンド」
あっさりと、ターンを返してくるフリージア。
だがターンが回ってきた所で、私にはもはや希望はなかった。
震える指を動かし、冷たくなったデッキからカードを引く。
「わ、私のターン……」
小さく言って、カードを引く私。
そこにあったのは融合賢者のカード。
シャッフル処理をはさむため、発動できない。
融合賢者 通常魔法
自分のデッキから「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
その後デッキをシャッフルする。
「た、ターンエンド……」
場にも手札にもなす術がなく、ターンを終わらせる私。
恐怖で叫び出しそうになる心を、必死に抑える。
落ち着きはらった様子で、銀髪の精霊が言う。
「わたくしのターン」
カードを引くフリージア。
これで、彼女の手札は全部で3枚。
だがまたも、フリージアはすぐに腕を降ろす。
「ターンエンドですわ」
あまり引きが良くないのだろうか。
だが、その表情に追い詰められた様子はみじんもない。
ただ興味もなさそうに、冷めた表情を見せている。
「私のターン……」
泣きそうになりながら、祈るようにカードを引く私。
だが、引いたカードは光の鎖。この状況では全く意味のないカード。
光の鎖 通常魔法
相手フィールド上の魔法・罠カードゾーンに裏側表示で存在するカードを
1枚選択して発動する。選択されたカードは相手ターンで数えて3ターンの間
発動することはできない。
「ターン、エンド……」
ふりしぼるようにして、私はそう言う。
漆黒の空から、白い雪が降り注ぐ。
まるで私のかわりに泣いているかのように、ポロポロと……。
「わたくしのターン」
フリージアが静かに、カードを引く。
そして引いたカードを横目で見ると、ふぅと息を吐いた。
ゆっくりと、引いたカードを決闘盤へと出すフリージア。
「魔法カード、深淵からの行啓を発動」
彼女の場に、カードが浮かび上がった。
描かれているのは、深い霧の中より降臨する雨蛙の姿。
淡々と、フリージアが言う。
「この効果で、わたくしは除外されている銀祇篭を特殊召喚いたします」
深淵からの行啓 通常魔法
ゲームから除外されている自分の水属性・水族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
深い霧がたちこめ、フィールドを包み込んだ。
そして霧の中から、色鮮やかなオーロラが姿を見せる。
漆黒の空を染め上げながら、オーロラが竜の形へと変化した。
銀祇篭
星6/水属性/水族/ATK2400/DEF2400
自分の墓地に水属性・水族のモンスターが2体以上存在する時、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが存在する限り、自分のモンスターが戦闘を行うダメージステップの間、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
このカードが守備力0の相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ終了時に自分はカードを1枚ドローする。
「さらに、わたくしは雫落としを発動。これによって、
除外されている幻麟と夜叉狐を手札に加えます」
雫落とし 通常魔法
ゲームから除外されている守備力1500以下の
自分の水属性・水族モンスター2体を手札に加える。
さらなるカードを決闘盤へと出したフリージア。
冷たい風が吹き抜けると、その手の中に2枚のカードが現れた。
そして手札に加えたそれを、すぐさま決闘盤へと出す。
「そして、幻麟を召喚」
コツン、コツンと蹄の音が響いた。
三度、フリージアの場に幻想的な姿の獣が現れる。
そしてその体から放たれた白い霧が、場を呑みこんだ。
幻麟
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターの守備力は0となり、
守備力を上昇させる効果も全て無効となる。
天星霊コンチェルヴィア DEF2500→0
天星霊コンチェルヴィア DEF2500→0
天星霊コンチェルヴィア DEF2500→0
白い霧に包まれ、私の天使が光を失った。
天を飛ぶ氷の孔雀が、私を哀れむように声をあげる。
きらきらと、雪の結晶が降り注いだ。
「旧神−ク・トゥルー・ウルを攻撃表示に変更――」
フリージアのその言葉さえ、今の私には届かない。
ただ絶望だけが、私の心を満たして支配している。
じわりと、私の目に涙が浮かんだ。
「バトル、銀祇篭で天星霊コンチェルヴィアを攻撃。銀惑の極光!」
オーロラの竜が吼え、宙へと霧散した。
空間がねじ曲がる奇妙な感覚が走り、鎧天使の攻守が入れ替わる。
天星霊コンチェルヴィア ATK3000→0
漆黒の空を覆い尽くしたオーロラが、輝く。
光に当てられ、鎧天使の体がボロボロと崩れ灰へと変化していった。
衝撃と共に、星霊の恵みで少しずつ回復していた私のライフが大きく削られる。
レーゼ LP3000→600
「う、あっ……!」
衝撃を受けて声をあげる私。
倒れそうになりながらも、何とか立っている。
だけど、それも、ここまで。
フリージアが、腕を伸ばす。
「人の世は夢。蜃気楼の中の、儚き虚空の存在。ならばせめて安らかなる死を――」
氷の孔雀が、翼を広げる。
冷気が巻き起こると、白い雪が幻想的に舞った。
漆黒の空。満月の光が、ただただ大地を照らす。
寂しげな静寂の中、銀髪の精霊の言葉が、響いた。
「――深淵の魔氷礫!!」
氷の孔雀が、その美しい翼を大きく広げた。
幻想的な雰囲気の中、まるで踊るように翼を動かす孔雀。
夢幻のような、非現実的な感覚が場を支配する。
そして――
凍てつく気配と共に、鋭い衝撃が一閃した。
私の足元の氷が崩れる。痛い。
胸に鋭く突き刺さるような痛みが、走る。
ぽろりと、涙が流れた。無意識の内に、私は手を伸ばす。
「お姉ちゃ――」
そう、私の口から言葉が漏れたような気がした。
だけどそれが本当はどうだったのか、私には分からない。
ゆっくりと、冷たい暗闇が私の目の前に広がっていき、やがて――
何も、見えなくなった。
「たっだいまー♪」
元気な声と共に、マンションの扉が開いた。
学校指定の紺色の制服に、金色の髪の毛。
両手にビニール袋を下げた少女が、靴を脱ぐ。
「あー、疲れた〜。でもおみやげ持ってきたよ〜。レーゼちゃ〜ん?」
どたどたと足音を立てながら、リビングへと向かう少女。
真っ暗闇のリビング。電気をつけると、きょろきょろと辺りを見回す。
「レーゼちゃん?」
不思議そうに尋ねる少女だったが、部屋からは何の反応もない。
首をかしげながら、荷物を床へと置く少女。
そして、ダイニングテーブルの上に乗った料理とカードに気づく。
「メッセージカード……?」
カードを持ちあげて、裏返す少女。
そこには小さな文字で、こう書かれていた。
『お姉ちゃんへ。
少し出かけきます。夕飯はテーブルの上です。
先に食べてて下さい。レーゼ』
「こんな時間に、お出かけ……?」
メッセージを読み終えたディンが、眉をひそめる。
時計を見る。時刻は午後10時を少し回った所だ。
こんな時間に出かける用事があるとは、思えない。
「……レーゼちゃん?」
得も知れぬ不安を感じながら、金髪の少女が呟く。
時計の針が規則的に進む音だけが、室内に響く。
窓の外では月が、寂しげに光り輝いていた……。
第四十二話 The Last Fever
「そこまで、勝者フィーバーズ!」
青空の下、その声は響いた。
風丘高校の校庭。柔らかな風が吹き抜ける。
校庭の中央で決闘盤を構えていた少女。
黒い髪を揺らしながら振り返り、そして――
「内斗様ー!! 見ましたかー、私勝ちましたよー!!」
黄色い声をあげなから、疾風の如き早さで俺達の方へと戻ってきた。
校庭の隅。そこに置かれた移動式のホワイトボードに、俺は目を向ける。
フィーバーズ クルセイダーズ
○天野茜 ×反町梨乃
○雨宮透 ×新田守
○千条明 ×浦部慎太郎
神崎内斗 小田雄大
日華恭助 東雲美帆
ファイブチーム・トーナメント4回戦。
クルセイダーズとの戦いは3勝して我らDC研究会の勝利だ。
DC研究会の部長である日華先輩が、笑いながら手を叩く。
「いやぁ、さすが千条君だ! 見事な勝利だったね!」
「ふふん、当然だ。なにせ私は――」
すっと、人差し指を天へと向けて伸ばす少女。
「偉大なる、ファントム・ナイト様だからな!」
声高らかにそう宣言する少女――、千条さん。
きらきらと、その表情は得意げに輝いていた。
内斗先輩が、ひきつったような表情で口を開く。
「……ごくろうだったな、アキラ」
まるで酷い頭痛に苦しんでいるかのような声を出す内斗先輩。
その視線はどこか遠くへと向けられており、千条さんの方を見ていない。
「内斗様……」
しかし、当の千条さん本人はその事に気がついてないようだ。
感動した様子で、目をうるませる千条さん。
ぽつぽつと、その口から言葉が漏れる。
「きょ、今日の朝に内斗様から連絡がきた時、私本当に嬉しくて……。
この前の一件で、てっきり内斗様は私に愛想をつかしてしまったのだと……」
「……お前しか、適任がいなかったんだ」
ふりしぼるような声で、そう話す内斗先輩。
額を押さえ、その表情はいかにも苦しげだった。
今から小一時間ほど前に行われた会話を、俺は思いだす。
『……なるほど、ディアさんが欠席するという事は、分かりました
それで、どうして代理人にアキラを呼ぼうという話しになるんですか?』
『だって、DC研究会はディア君を含めて五人だろ。
急に欠席って言われても、補充するための人員がいないじゃないか。
必然、どこか外部の人間を代理人にする必要がある』
『……まぁ、それに関しては異論はありませんよ。
で、問題はどうしてよりにもよってその第一候補として
上がった名前がアキラなんですか? ひょっとして嫌がらせですか?』
『ち、違うって! そんな目で睨まないでくれたまえよ内斗君!
いいかい、代理人といっても誰でも良いって訳じゃない。
今すぐ来いと言われて来れて、なおかつ決闘の心得がないと。
となると、この条件にぴったりなのは、ずばり千条君なのだよ』
『…………』
『千条君なら内斗君が声をかければ飛んでくるだろうし、決闘も強い。
これ以上ないくらい適任じゃないか。内斗君だって、この戦いで
僕達が負けてDC研究会がなくなると、困るだろう?』
『…………』
『頼むよ、内斗君。今回だけだから、ね?』
『…………』
結局、内斗先輩の方が折れて千条さんが呼ばれる事になったのだ。
そして彼女は日華先輩の読み通り速攻で風丘高校まで来て、
フィーバーズの一員として勝ち星をあげたのである。
「ま、まさか内斗様の口からそんな言葉が聞けるだなんて……」
そんな事情を知らずに、ただただ感動している千条さん。
ポケットからティッシュを取り出し、涙を拭いて鼻をかむ。
それでもまだ涙を流しつつ、千条さんは顔をあげた。
「わ、私、これからも精一杯がんばりますね!」
「……そうか」
千条さんとは対照的に、冷めた様子の内斗先輩。
日華先輩がその脇をつついて、小声でささやく。
「内斗君。ああ言ってるんだし、少しは褒めてあげなよ」
「……下手に褒めると、また勘違いされるじゃないですか」
いつになく困った表情で、そう答える内斗先輩。
確かに、今の状態の千条さんを褒めると、何を言い出すか分からない。
この前の日華先輩みたいな騒ぎになりそうだ。
「……そうだね」
内斗先輩の言っている事を理解したのか、日華先輩が頷く。
ふぅ、と内斗先輩が息を吐いた。
「……まぁ、後でちゃんと礼はしておきますよ」
視線をそらしながら、ぼそりと呟く内斗先輩。
それ以上の会話はごめんだと言わんばかりに、俺達に背を向けてしまう。
日華先輩は肩をすくめると、俺と千条さんに向かって言った。
「さて、諸君。知っての通りファイブチーム・トーナメントは全部で5回戦。
今4回戦が終わった訳だが、今日はそれで終わりではない。
このままここ風丘高校で第5回戦――つまり、決勝戦が行われる!」
「え、そうなの!?」
日華先輩の話を聞いて、驚く千条さん。
ふふんと得意そうに、日華先輩が続ける。
「まぁ、千条君は今日になって合流したばかりだから知らなくても無理はないね。
準決勝に風丘高校の部活が2つ残ったから、大会側が日程を詰めたんだよ。
向こうとしてもまとめてやっちゃった方が、何かと楽なんだろうね」
「ほぇー」
感心した様子で、間の抜けた声を出す千条さん。
だがそれもすぐに消えると、嬉しそうな表情を浮かべる。
「という事は……今日、これからさらに内斗様とチームが組めるんですね!」
「あぁ、そういうことになるね」
千条さんの言葉に、頷く日華先輩。
それを聞いて、さらに千条さんのテンションが上がる。
「や、やったぁ! 内斗様、私がんばりますね!」
「……あぁ」
先程と同じように、そっけなく言葉を返す内斗先輩。
だがそれは千条さんに構いたくないというよりも、
次の試合に向けて集中しているゆえの言動に見えた。
「……いよいよ、決勝戦ですか」
大きな瞳を揺らしながら、そう呟く内斗先輩。
その言葉を聞くと、なにやら感慨深い気分になってくる。
今までの大会の様子が、脳裏に浮かんでは消えて行った。
「ここまで、長かったね……」
どこかしんみりとした様子で、そう話す日華先輩。
内斗先輩が、ふっと息をはいて笑う。
「正直、ここまで勝ち残れると思ってませんでした」
「それは、俺も同感ですね」
「なんだい、失敬な奴らだね。僕は最初から信じていたよ」
「なにを調子の良い事を……」
肩をすくめながら、微笑む内斗先輩。
日華先輩もまた、楽しそうに微笑んでいる。
穏やかな空気。白い雲が、1つだけ空に浮かんでいる。
「ここまで来たら、勝ちましょうね」
ゆっくりと、それでいて決意に満ちた声で言う内斗先輩。
日華先輩が、微笑む。
「あぁ、もちろんさ。対戦相手は沙雪率いるDEC。
相手にとって不足はないよ。全力で戦おう」
不敵な表情を浮かべて、そう言う日華先輩。
いつになく部長らしい態度で、俺達にはっぱをかけている。
その言葉に、俺や内斗先輩、千条さんが黙って頷いた。
風が吹き抜けて、俺達の髪や服が僅かに揺れる。
いよいよ、この大会最後の戦いが始まる。
静かな緊張感が、この場の空気からも感じられた。
「それにしても……」
空を見ながら、呟く日華先輩。
「ディア君、どうしたんだろうね? 今日になって急に欠席するだなんて」
不思議そうに、考え込む日華先輩。
内斗先輩も分からないようで、肩をすくめている。
俺もまた、なぜ奴がこの土壇場で大会を欠席したのかは分からなかった。
まさか、闇の決闘を……?
そんな考えがよぎるが、前日までのあいつの様子は至って平常だった。
とても闇の決闘をするような雰囲気ではない。ケーキ屋のバイトもしてたし。
『今日は、レーゼちゃんがショージンリョーリ作ってくれるのよ〜』
姉貴のお使いでケーキ屋に買い物しに行った時も、
奴はのん気そうな様子でそんな事を言っていた。
やはり、何かあったとは思えない。
「まぁ、体調でも崩したんじゃないですか?」
冷静な口調で、俺は先輩達に向かって言った。
内斗先輩や日華先輩も、その言葉に頷く。
そしてそれ以上は、特にディアについて言及する事はなかった。
もう一つの準決勝が行われている体育館から、歓声が上がる。
「……どうやら、向こうも終わったみたいだね」
日華先輩が、そう呟いて大きく伸びをする。
空に向けていた視線を下ろす内斗先輩。
髪をそよ風で揺らしながら、言う。
「そのようですね。さぁ、行きますよ」
真剣な表情を浮かべ、体育館へと視線を向ける内斗先輩。
俺達は頷くと、体育館に向かって一歩進んだ。
と、体育館の方から小走りで天野さんが駆けてくる。
「おや、天野君」
こっちに向かってくる天野さんに気付いた日華先輩。
のんびりとした様子で、尋ねる。
「どうしたんだい? 君らしくもなく、ドタバタとして」
「あ、あの! 大変です!」
息を切らしながら、天野さんが叫ぶようにして言った。
俺達はそろって、きょとんとした表情を浮かべる。
青い空の下、体育館では歓声がこだましていた。
体育館はむせかえるような熱気に包まれていた。
小さな体育館の壁際に、所狭しと立ちつくしている生徒達。
その半分は風丘高校の制服を着ていたが、もう半分は違う制服の生徒だ。
真っ白で、近代的なデザインの制服。
胸の所には特徴的な形のエンブレムが付いている。
どうやらDECと対戦した学校の生徒達らしい。観戦に来たようだ。
体育館の中へと飛び込んだ俺達。すぐに、巨大なホワイトボードの文字に気付く。
DEC CWs
×青葉光太郎 ○Silvia
×小城宮子 ○Chiara
×桃川美樹 ○Rowland
倉野詩織 Elisha
白峰沙雪 Albert
「DECが……負けた?」
呆然とした様子で呟く日華先輩。
俺や天野さんも、驚いて何も言えないでいる。
きょとんとした様子で、千条さんが尋ねる。
「DECって、そんなに強かったんですか、内斗様?」
「……まぁな」
低い声で、そう答える内斗先輩。
いつになく鋭い目つきで、言う。
「少なくとも、そんじゃそこいらの一般人では太刀打ちできないはず。
そのDECが負けたとなると、対戦相手の実力はおそらく……」
ごくりと、唾を飲みこむ内斗先輩。
さすがの内斗先輩も、この事態には動揺しているようだった。
オロオロと、天野さんが不安そうな表情を浮かべている。
「対戦相手は、ストレート勝ちしたのか……」
ホワイトボードを見ながら、そう呟く日華先輩。
確かに、先輩の言う通りだ。
だが、それ以上に気になる事がある。
「……対戦相手の名前、全員外国人ですよね?」
俺の言葉に、頷く先輩達。
口元に手を当てながら、日華先輩が言う。
「おそらく、留学生のチームなんじゃないかな。
いずれにせよ、これは色々と予想外だね……」
難しそうな表情の日華先輩。
確かに、先輩の言っている事はもっともだ。
だが、俺はわずかながら違和感を感じていた。
それは心の片隅からわきあがったような感覚だった。
あのホワイトボードに書かれている名前。何かひっかかる。
もっと言うと、どこかで見たことがあるような……。
と、俺達の目の前にDECの御一行が姿を現した。
俺の中の疑問はひとまず置いておかれる。
どんよりとした様子のDECメンバーに、視線が向けられた。
「……あ」
先頭を歩いていた白峰先輩が、俺達に気づいて声をあげる。
気まずそうな表情を浮かべる白峰先輩。
だがそれ以上に、試合に出た3人の表情が暗かった。
「…………」
「……小城さん」
沈んだ様子の小城さんに、声をかける天野さん。
だが小城さんは視線を伏せ、沈んだ様子のままだ。
日華先輩が、片手をあげて爽やかな声を出す。
「やぁ、沙雪」
「……何よ」
ぶっきらぼうな様子で声を出す白峰先輩。
露骨に、凹んでいるようだった。
日華先輩が、ぽんぽんと白峰先輩の肩を叩く。
「まぁ、決闘っていうのは時の運だからね。
こういう事もあるさ。あまり気を落とすなよ」
微笑みながら、そう言う日華先輩。
その言葉を聞き、白峰先輩がため息をつく。
「恭助に慰められるだなんて、なんかもう末期かも……」
そう言いつつも、少しだけ白峰先輩の表情は和らいでいた。
もう一度、大きくため息をつく白峰先輩。顔をあげて、言う。
「それと、認めたくないけど今回の負けは時の運なんかじゃないわ。
対戦相手は、強かった。私達よりも。それだけの事よ」
悔しそうな表情で、そう言う白峰先輩。
後ろにいた3人の生徒が、声をあげる。
「すみません、自分が不覚をとらなければ……」
「い、いえ。私がもっとがんばれば……」
「……ごめんなさい」
しょんぼりとした様子でそれぞれ謝る3人。
白峰先輩が、慌てて首をふる。
「いいのよ。気にしてないわ」
だが、白峰先輩の表情はまだわずかに暗かった。
やはり実力主義のDECにとって、この敗北はあまりにも痛すぎたらしい。
ずいと、日華先輩が話題を変える。
「いったい、どんな相手だったんだい?」
その言葉を聞き、僅かに固まるDECの面々。
沈黙が流れ、どよどよとした周りの声がやけに大きく感じられた。
考え込んでいる白峰先輩。やがて、ゆっくりとした様子で口を開く。
「……なんというか――」
「そこな御仁方!」
突然、その場に鋭い声が響いた。
一瞬にして周りの声がやみ、辺りが静まり返る。
驚きながら、俺達は声のした方へと振り向いた。
視界に、綺麗な金色が映る。
白い肌に、まるで猫の耳のように立てられた金色の髪。
青い瞳を揺らし、室内だというのになぜかカラ傘をさしている。
俺達が呆然とする中、だるそうな様子でその少女が口を開いた。
「ここいらに、購買部というのはないでありんすか?」
「こ、購買部?」
少女の出で立ちに驚きながら、尋ね返す日華先輩。
カラ傘を回しながら、少女が頷く。
「うむ。ここは暑くて敵わないでありんすよ。
アイスキャンディーでも買おうと思うのでありんすが……」
「は、はぁ……」
どう反応していいのか分からなさそうな日華先輩。
と、少女が目をぱっちりと開けて、小城さんを見た。
「おや、誰かと思えば先程の!」
「……!」
小城さんの表情がこわばる。
からからと、少女が笑いながら手をヒラヒラとさせる。
「いやいや。お主、中々の実力でありんすな。
この大会であちしが戦った中では、間違いなく一番でありんすよ。
それに、無口な所もSAMURAIらしくてカッコいいでありんす」
「……侍?」
小城さんが眉をしかめる。
しかし少女は構わない様子で、1人うんうんと頷いている。
日華先輩が、白峰先輩に耳打ちした。
「……ひょっとして、この子が?」
日華先輩の質問に、白峰先輩は力なく頷いた。
先輩の顔が引きつり、視線が少女へと集中する。
「キアラ!!」
と、人ゴミの奥からまたも鋭い声が響いた。
短い金髪の、整った顔立ちの少女が人をかきわけて姿を現す。
ギランという鋭い目が、カラ傘少女へと向けられた。
「何をフラフラとしているか! もう次の試合が始まるのだぞ!」
「まぁまぁ、そう堅い事言うなでありんすよ、シルヴィア。
こうして対戦したチームと親睦を深めるのも、悪くはないでありんす」
のんびりとした様子で、答えるカラ傘少女。
短髪少女が、それを聞き声を荒げる。
「何をぬけぬけと! お前はただ単に日本人と友達になりたいだけだろ!
第一、日本にはもう侍も忍者もいないと、何回言えば分かるッ!」
「う、嘘でありんす! シルヴィアは知らなくとも、
日本にはまだSAMURAIもNINJYAもいるはずでありんすよ!
ディスカヴァリー・チャンネルでやってたでありんす!」
「お前が見てたのは時代劇、つまりオペラの日本版だ!
昔はともかく、今はそんな職種なぞありはしないッ!!」
ぴしゃりとした口調を浴びせる短髪の少女。
カラ傘少女が、その迫力に押されて体をのけぞらす。
「う、嘘でありんす……。そうでありんしょ?」
「え?」
カラ傘少女が、助けを求めるように小城さんを見た。
うるうると、瞳を濡らしながら小城さんをジッと見つめる少女。
小城さんが汗を流したまま、固まる。
「あ、あの。どうかしたの……?」
騒ぎを聞きつけたのか、今度は別の少年が姿を現した。
小柄な体格に、中性的な顔立ち。金色の髪の毛を、後ろで結んでいる。
おどおどとした様子で、少年がカラ傘少女と短髪少女の方を見た。
「キアラ、シルヴィア? いったい何が――」
「アルバート殿! 日本にはSAMURAIがいるでありんすよね!?」
「え、え? い、いきなりなに……!?」
「アルバート様! この分からず屋に現実を教えてやって下さいませ!!」
「し、シルヴィア!? え、えっと、その……」
困った様子で、顔を伏せてしまう少年。
それを見て、短髪の少女が大きくため息をついた。
「アルバート様! 何を口ごもっているのですか!
それでも誇り高きノースブルグ家の次期君主ですかっ!」
「そうでありんす! ちゃんと質問には答えるでありんすよ!
そんな態度、SAMURAIならHARAKIRIでありんすよ!」
「そ、そんな事言われても……」
少女2人に言われ、泣きそうな表情になる少年。
会話から察するに彼がチームのリーダーのようだが、
それらしい威厳はみじんも感じられなかった。
「あらあら、アルバート様。楽しそうですわね」
すっと、1人の少女が少年の横についた。
茶色の長い髪を揺らしながら、微笑んでいる少女。
白い制服の上に、メイドのようなエプロンを着ている。
「え、エリシア。ちょうど良かった。助けてよ……」
少年がすがるように、メイド風の少女に話しかける。
それを見て、短髪の少女が激昂した。
「アルバート様! 世話係であるエリシアに助けを求めるとは、
ノースブルグ家の者として情けないと思わないのですかっ!!」
「え、え!? べ、別に、僕はそんなつもりじゃ――」
「黙らっしゃい!! このっ、軟弱者がぁ!!」
戸惑っている少年に向かって、叫ぶ短髪の少女。
そのまま呆然としている少年へと、拳を振り上げる。
鈍い音が、体育館の中に響いた。
「うぎゃあ!!」
悲鳴をあげ、床へと転がる少年。
カラ傘少女が、感心した様子で言う。
「おぉー、見事な右ストレートだったでありんすな〜」
ぱちぱちと、手を叩いているカラ傘少女。
少年が、泣きながら体を起こす。
「う、うぅっ。ひどいよ……」
頬を押さえながら、涙を流す少年。
メイド風の少女が、おもむろに少年へと近づいた。
にっこりと、輝くような笑顔を浮かべるメイド風の少女。
「まぁまぁ。おいたわしいですわね、アルバート様」
「エリシア……」
「大丈夫ですわ。このエリシアめにお任せ下さいまし」
すっと、どこからともなく救急箱を取り出すメイド少女。
少年の顔が、ぱっと明るくなった。
「あ、ありがとう、エリシア……」
「いえいえ。私だけは、常にアルバート様の味方ですわ。
さ、アルバート様。頬をこちらに向けて下さいまし」
にっこりと、笑いかけるメイド少女。
その手には、消毒薬がしみこんだガーゼを持っている。
少年が元気に頷き、頬を差し出した。そして――
「い、痛! 痛いよエリシア!」
少年が、叫んだ。
だがメイド少女は、手を休めない。
「我慢ですわ、アルバート様。
それに治療ですから、痛いのは仕方ないのですわよ」
「そ、そうかな。で、でも、なんか傷口に押し付けてる気が……。痛っ!」
「いーえ、そんな事はしてませんわよ。ウフフ」
物凄く楽しそうに、傷口にガーゼを押し当てているメイド少女。
その頬は赤らんでおり、少年が苦しんでいる様を目を細めて眺めている。
手際よく、メイド風の少女が治療を終わらせた。
「さ、これでもう平気ですわよ」
にっこりと、少年に向かって笑いかけるメイド少女。
少年が輝くような笑顔を浮かべる。
「うん、ありがとう、エリシア!」
「いーえ。当然の事ですわ」
スカートのすそを持ちあげ、頭をさげるメイド少女。
少年が立ちあがり、視線をメイド少女からそらす。
にっと、メイド少女の口元に笑みが浮かんだ。
「それにしても――」
救急箱を片付けながら、呟くメイド少女。
「シルヴィアも手ぬるいですわね。やるならもっと、
ズタボロのボコボコにして下されば良いのに。
そうしてこそ、私に助けを求める姿が映えるというものですわ……」
その目に妖しい光を宿しながら、くすくすと微笑むメイド少女。
その言葉は周りの音にかき消され、少年には届いていなかった。
短髪の少女が、直立不動の格好で少年の前に立つ。
「失礼しました、アルバート様。少々熱くなってしまったようです」
「そ、そう。ま、まぁ、いいよ。僕も悪かったみたいだし……」
どこか煮え切らない様子だが、
それでも微笑みを見せる少年。
カラ傘少女が、うんうんと頷く。
「さすがアルバート殿! 自分のミスをちゃんと認めてこそ、
SAMURAI精神のYAMATO魂というものでありんすよ」
「そ、そうなんだ……」
「おい、キアラ! あまりアルバート様に変な知識を吹き込むな!」
またも、怒ったように声を荒げる短髪の少女。
少年がびくりと身体を震わせ、不安そうに2人の少女を見つめる。
「おーおー、まったく、騒がしいですね」
人ごみの中より、金色のウェーブがかった長髪を揺らす少年が現れた。
片手に持つ音楽プレイヤーをいじりながら、イヤホンを外す少年。
髪をかきあげ、流れるような口調で言う。
「少しは次の試合に向けて集中するとか、そういう事はできないのですか?
それでなくても、試合の合間というのはやる事がたくさんあるのに」
肩をすくめて、小バカにしたように微笑む少年。
短髪の少女が、フンと鼻を鳴らした。
「男の癖に、お前は見た目を気にしすぎだ!」
「何を言いますか。デュエリストにとって、
身だしなみを整えるのは必要最低限のマナーですよ。
それでこそ、美しきデュエルができるものです」
どこからともなく、薔薇の花を取り出す少年。
気取った様子で、それを鼻に近づけて香りを楽しむ。
「そんな態度だから、シルヴィアのデュエルは美しくないのですよ!」
オホホホホ、と高い声で笑う少年。
短髪の少女の額に、青筋が浮かんだ。
気弱そうな少年が、慌てて2人の間に入る。
「ちょ、ちょっとローランド、シルヴィア! ケンカは良くないよ!」
おろおろとした様子で、2人の顔色をうかがう少年。
薔薇を持った少年は肩をすくめ、短髪の少女の目が鋭くなる。
低い声で、ゆっくりと短髪の少女が言う。
「アルバート様、なんですか、今の態度は?」
「ふぇ?」
「あなたは、我らが偉大なる君主となるべき男なのですよ!
それなのにナヨナヨと、部下である私達にお願いする始末!
あなたは誇り高きノースブルグ家に、泥を塗るおつもりですかッ!?」
話していく内に、どんどん口調が荒々しくなる短髪少女。
少年が青くなりながら、手をふる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は別にそんな事は――」
「黙らっしゃい!! 一度ならず二度までもッ!!
その女の子のような性根を、私が叩きなおしてさしあげますッ!!」
まるで落雷のような勢いで切れる短髪少女。
少年が「あわわわ」と言いながら、薔薇を持つ少年の方を見る。
「ろ、ローランド! 助けてよ、君は僕を守る騎士だろう!?」
肩をすくめる長髪の少年。
「あいにく、私にはそのような泥臭い仕事は似合いませんね。
それに、シルヴィアの言うことにも一理ある。
アルバート様はもう少し、男らしくなるべきかと……」
「お、お前が言うなー!」
涙目になりながら、叫ぶ少年。
その背後で、短髪の少女がパキパキと指を鳴らす。
「さぁ、アルバート様! 覚悟はよろしいですねッ!!」
「ひ、ひぇぇぇー!」
少年が叫び、少女から離れるようにして逃げ出した。
人ごみの中に紛れるようにして駆ける少年。
短髪の少女が、さらに切れる。
「アルバート様ッ! 敵に背を向けて逃げ出すとはッ!!
もう怒りましたよッ!! 本気でやらせて頂きますッ!!」
ばっと、まるで疾風のように少年を追いかける少女。
少年の顔がさらに青くなり、逃げる必死さが増した。
カラ傘少女が、手を叩いて笑う。
「いいでありんすよー。火事と喧嘩は江戸の華でありんす! やれやれー!」
心から楽しそうに、二人の追いかけっこを見ているカラ傘少女。
その横では、メイド風の少女が頬を赤らめている。
「もぅ、シルヴィアったら、逃げられてるじゃない……。
早く捕まえられて、暴力の限りを尽くされ、ボロ雑巾のように
地面に這いつくばるアルバート様の姿を見せてくださいまし……!」
ぞくぞくと、興奮したような様子のメイド風少女。
長髪の少年は興味がないのか、薔薇の花をくるくると回している。
逃げている少年が、日華先輩にぶつかった。
「ふぎゃあ!」
「っと!」
頭からぶつかり、声をあげてよろめく少年。
少年が頭を押さえながら、謝る。
「ご、ごめんなさい。よく前を見てなくて……」
「い、いや、別に大丈夫だよ。それより、君――」
「アルバート様ッ!!」
ぴしゃりという口調。少年がびくりと体を震わせ、振り返る。
短髪の少女が、目を細めながらフッと微笑んだ。
「さぁ、もう逃げられませんよ。覚悟なさって下さいッ!!」
「あ、あわわわ……」
さっと、少年が日華先輩の後ろに隠れた。
短髪の少女の視線が、日華先輩へと向けられる。
「ん? なんですか、そこの方々は?」
「……多分、君達の次の対戦相手だよ」
苦笑しながら、答える日華先輩。
後ろに隠れていた少年が「えっ?」と言い、目を見開く。
他の4人もまた、俺達へと視線を向けた。
「た、対戦相手? 僕達の?」
おどおどとしながら、日華先輩の前に立つ少年。
すっと、メイド風の少女がささやく。
「さっ、アルバート様。記念すべき決勝戦の相手ですわ。
ガツンと一言、かましてやってくださいまし」
「え、え? 僕が?」
「エリシアの言う通りです! あなたは我らがチームのリーダー!
こういう時に何と言えば良いか、お教えしたはずですよ!」
短髪の少女もまた、急かすように少年の背をドンと押した。
よろめきながら、不安そうに顔をあげる少年。
少し考えた後、少年がどこか無理やりな笑顔を作った。
「え、えっと。は、はじめまして!
そ、そのぉ……どうか、よろしくね!」
ぺこりと、頭を下げる気弱そうな少年。
どこか不安そうに、俺達の反応を待っている。
だが俺達が何か言うより早く、短髪の少女が口を開いた。
「アルバート様ッ!! なんですか今のはッ!!
戦いの前は、もっと威厳たる態度で相手と接っするようにと、
お教えしたではありませんかッ!!」
烈火のような口調で、少年に向かって言う短髪の少女。
少年がびくりと体を震わせ、泣きそうな表情を浮かべる。
「え? で、でも、それじゃあ失礼じゃ――」
「なんと不甲斐ないことをッ! 仏の顔も三度までと言いますが、
もう我慢の限界ですッ! さぁ、いざ覚悟――」
またも、握り拳を振り上げる短髪の少女。
少年の顔に、恐怖の色が宿った。
だがカラ傘を持った少女が、間に入る。
「まぁまぁ、今はそんなことを言っている場合ではないでありんすよ。
シルヴィアも誇り高き騎士ならば、自分の名前くらい相手に
名乗ってあげたらどうでありんすか?」
「……ふむ。なるほど、確かにそうだな」
振り上げかけていた拳を引っ込め、うなずく短髪の少女。
直立不動の態勢になると、少女が俺達へと視線を向ける。
「私は誇り高きノースブルグ家に仕える騎士兼、
アルバート様の教育係のシルヴィア・ミルフォード!!
以後、お見知りおきのほどを!!」
叫ぶように言い、頭を軽く下げる短髪少女ことシルヴィア。
その横で、カラ傘をもった少女がからからと笑う。
「同じく、教育係のキアラ・ハミルトンでありんす。
まぁ、どうかよろしくお願いするでありんすよ」
手をひらひらとさせるカラ傘少女――キアラ。
だがすぐにその笑顔は溶け、代わりにだるそうな表情を浮かべる。
「それにしても……本当にここは暑いでありんすね。
アイスキャンディーが食べたいでありんす〜」
呑気な口調で呟き、カラ傘を回しているキアラ。
ぱたぱたと、手で自分自身を扇いでいる。
メイド風の少女が、スカートのすそを持ち上げ会釈した。
「私はアルバート様のお世話係をしております、
エリシア・マークベルと申しますわ。どうぞ、よろしく」
ふふっと、俺達に向かって笑いかける少女。
だがその瞳の奥で何を考えているのかは、分からない。
「フフン、仕方ないですね。私の名前もお教えしましょう!」
余裕ぶった態度のまま、口を開く薔薇を持った少年。
薔薇の花を愛でるように眺めながら、言う。
「私はアルバート様に仕える騎士、名はローランド・フランクルス!
本国では薔薇の貴公子とまで呼ばれた、美しきデュエリスト……」
フッと、気取った笑みを浮かべるローランド。
シルヴィアが顔をそらしながら、呟く。
「薔薇の奇行子の間違いじゃないか?」
その言葉を、ローランドは涼しい顔で無視した。
俺達のほうへと視線を向けると、考え込むローランド。
薔薇の花を向けながら、言う。
「ふぅむ。なんとも庶民的なチームですね。
そこの長髪の人は問題ないですが、
他の人はもっとお洒落に気を使うべきですよ」
長髪の人、のところで日華先輩を指さすローランド。
日華先輩がグッと、苦しそうな表情で息をつまらした。
冷や汗を流しながら、日華先輩が呟く。
「なんて、的確で容赦のない攻撃なんだ……」
愕然とした様子の日華先輩。
内斗先輩が、頭を押さえながらささやく。
「別に、そういう勝負じゃないでしょう……」
呆れたような表情の内斗先輩。
だがローランドは勝ち誇ったように、笑い声をあげていた。
俺達の視線が、最後の一人である少年に集中する。
「さ、アルバート様の番ですわよ」
メイド風の少女、エリシアが促すように言った。
びくりと、少年がその小さな体を震わせる。
「その通りです! さぁ、先ほど申したように、
誇り高きノースブルグ家にふさわしき一言をッ!」
シルヴィアもまた、急かすように声を上げた。
少年がまたも不安そうな、泣きそうな表情を浮かべる。
おどおどとしながら、少年が口を開く。
「え、えっと。僕はアルバート・デリック・ノースブルグっていいます。
このチームのリーダーで、えぇっと……」
顔を伏せ、言葉に詰まってしまう少年ことアルバート。
エリシアが、頬に片手をあてながらため息をつく。
「アルバート様。自己紹介くらいはちゃんとできませんと……」
「全くだッ! あまりに情けないッ!」
シルヴィアが怒ったような様子で、アルバートを睨みつけた。
やれやれといった様子で、キアラが肩をすくめる。
「いた仕方ないでありんすよ。アルバート殿はヘタレでありんすから」
からからと、能天気に笑うキアラ。
少年が顔をあげ、抗議するような眼差しを向ける。
だがその目は涙目で、迫力は微塵もなかった。
ローランドが、たしなめるような口調でキアラに言う。
「まぁまぁ、これでもアルバート様は凄かったのですよ、昔は。
イギリスのJrデュエルリーグの大会を総なめにして、
《翼を持つ幼き君主》という誉れある名を頂戴した事もあるのです」
「そ、そうだよ!」
その言葉を聞き、顔がぱっと明るくなるアルバート。
嬉しそうな様子で、アルバートがローランドの方を見る。
薔薇を片手に、ローランドが肩をすくめた。
「もっとも、その後に遠征した日本の大会でボコボコにされて以来、
今のようなヘタレで軟弱な性格にまで成り下がってしまいましたがね」
「なっ……!」
ローランドの言葉に、絶句するアルバート。
エリシアが楽しそうに、その様子を見ながら頷く。
「えぇ。おまけにデュエルもスランプに陥ってしまって、
最近になってようやく回復できた程ですわ。もっとも、
全盛期に比べるとまだまだ腕は落ちていますけど」
「うぐぅ……!」
エリシアの言葉を聞き、さらに落ち込むアルバート。
カラ傘を回しながら、キアラが笑う。
「やっぱり、ヘタレじゃないかでありんす」
「軟弱者がッ!」
キアラの横のシルヴィアが、ばっさりと切り捨てた。
目に見えて落ち込むアルバート。
「う、うぅっ……」
ぐすんと、半泣き状態になっているアルバート。
めそめそとした様子になっている彼を、エリシアが満足そうに見つめている。
内斗先輩が、小さな声でささやく。
「何だか、前にもまして凄まじいチームですね……」
「そ、そうだね。しかも実力自体は、DECより上ときている……」
さすがの日華先輩も、苦しげな表情だった。
天野さんが、こっそりと俺に耳打ちする。
「わ、私達、勝てるかな、雨宮君?」
「…………」
「あ、雨宮君?」
天野さんの不安そうな言葉も、今の俺には届かない。
先程から感じていたある感覚。それが、現実味を帯びて
俺の目の前に立ちはだかっていた。
メイド風少女、エリシアが俺達の方を見る。
「そうそう。あなた方、こんなお人をご存知ないかしら?」
ひらりと、一枚のチラシのような紙を差し出すエリシア。
そこにはクレヨンで書き殴ったような、訳の分からない絵が描かれている。
「……えっと、単刀直入に、なんですかこれ?」
絵を指差しながら、尋ねる内斗先輩。
エリシアが、にっこりと微笑む。
「まぁ、やっぱり分かりませんわよね」
差し出していた絵を引っ込めるエリシア。
手慣れた様子で、流れるように話す。
「私達がこの小さな大会に出場しているのも、
全てはある人物を探しているからなのですわ」
「ある人物?」
「えぇ。幼きアルバート様を叩きのめした、
類稀なる才能を持つ日本の少年決闘者ですわ。
年齢はおそらくあなた方と同じくらい。名前は、確か……」
ちらりと、アルバートの方に視線を向けるエリシア。
恥ずかしそうに顔を伏せながら、とても小さな声を出すアルバート。
「……トール・アマミャー」
「……は?」
ぽかんとした表情を浮かべる内斗先輩と日華先輩。
キアラが笑いながら、アルバートの頭をポンポンと叩く。
「だ〜か〜ら〜、そんな名前の日本人、ありえないでありんすよ。
かなり昔の出来事だし、なにかの間違いじゃありゃせんか?」
「ち、違うよ! 本当にそういう名前だったんだ!」
いつになく大きな声を出すアルバート。
ローランドが、はぁとため息をつく。
「念のために調べましたが、そのような名前を持つ少年はいませんでしたね。
それらしいデッキを使う人間も日本のJrデュエル界にはいませんでしたし、
やはりアルバート様の間違いでは?」
「うぅっ、そんなはずは……」
もじもじとしながら、顔を伏せてしまうアルバート。
その様子を見て、シルヴィアがため息をついて言う。
「やはり、この留学は間違いだったのではないか?
幼き頃のアルバート様が描いた下手くそな絵に、妙な名前。
それだけの手がかりで人を探すなど……」
「確かに、少々無謀だったかもしれませんわね。
しかし、アルバート様がどうしてもその方を探して
リベンジなさりたいと申すものですから……」
頬に手を当てて、困ったような表情を浮かべるエリシア。
キアラが、からからと笑う。
「まぁまぁ、いいじゃないでありんすか。
ちょっとした慰安旅行みたいなものだと思えば」
「確かに、お前は楽しいかもな、キアラ。
日本オタクのお前にとっては願ってもない事だろう」
「いやぁ、照れるでありんすね〜」
「褒めてない」
冷めた表情で、ぴしゃりと言い切るシルヴィア。
がやがやと、俺達の事をそっちのけで会話している相手チーム。
だがそれ以上に、俺は自分に集まっている視線を感じていた。
「……トール・アマミャー?」
内斗先輩が、口元に手をあてながら呟く。
すっと、俺の顔を覗き込む日華先輩。
「なんか、雨宮君の名前と、言葉の響きが似てるような気がするね」
じーっと、俺の事を見つめる日華先輩。
俺は何も答えずに、沈黙する。
だらだらと、嫌な汗が流れ始めていた。
「トール・アマミャー、トオル・アマミヤ、うーむ……」
ぶつぶつと、そう呟いている千条さん。
天野さんが、おそるおそる尋ねる。
「えっと……ひょっとして、雨宮君が?」
「…………」
俺は何も答えず、視線をそらす。
だが、不幸にもその一言は向こうの連中にも聞こえていたようだった。
ん? という顔をして、エリシアが天野さんに近づく。
「もし、あなた。今アマミャーと言いましたか?」
「え。い、いえ、その……」
答えにくそうに、言葉を詰まらせる天野さん。
だが彼女の視線が俺に向けられているのに勘付くと、
その目を俺へと向ける。
「そこな、あなた。私達は騎士道精神にのっとり名前を名乗ったのです。
ならばそちらも名を名乗るのが、礼儀というものではありませんか?」
にっこりと、俺に笑いかけるエリシア。
エリシアの様子に気づいたシルヴィアとキアラも、俺へと視線を向ける。
「エリシア、どうかしたのか?」
「なんでありんすか? また喧嘩でありんすか?」
どんどん、俺へと降り注がれる視線が増えていく。
流れる冷や汗の量が増えた。心臓の鼓動が速くなる。
すぅと、俺は大きく息を吸った。そして、言う。
「人違いだ。俺の名前は、御影真――」
そこまで言った瞬間。
「あっ、あああぁぁぁ!!」
悲鳴にも似た声が、俺の近くからあがった。
アルバート・デリック・ノースブルグ。
彼が俺の事を指差しながら、口と目を大きく開いている。
「と、と、と! トール・アマミャー!!」
俺の事を指差したまま、アルバートが大きく叫んだ。
ブルブルと、その体は恐怖におののいたように震えている。
その場に居た全員が、その言葉に驚いた。
「えっ!?」
「ま、まさか本当に雨宮君が!?」
目を見開きながら、体を乗り出す日華先輩。
冷や汗を流したままの格好で、俺は何も言えないでいる。
「ほほぉ、これは凄い。まさに運命ですね……」
ローランドが楽しそうに目を細めながら、呟いた。
薔薇の花から視線を離し、その目は真っ直ぐに俺へと向けられている。
にっこりと、俺に向かって微笑むローランド。
「という事は、あなたが幼きアルバート様を叩きのめして下さった訳ですね」
「しかも、次の対戦相手のチームメンバーみたいでありんすよ!」
ローランドに続き、キアラがはしゃいだ様子で話す。
「あのアルバート殿を打ち負かした者が所属するチームと対戦とは!
最近はつまらない連中との対戦ばっかりだったでありんすが、
これは久しぶりに楽しみでありんすよ!」
からからと、不敵な表情で笑うキアラ。
その横では、シルヴィアがキリッとした表情を浮かべている。
「油断するな、キアラ! 気を引き締めろッ!」
真っ直ぐに俺の事を睨みながら言うシルヴィア。
呆然としつつある俺達に向かって、エリシアが言う。
「ローランドの言う通りですわね。まさに運命。
まさかこのような場所で出会えるとは、驚きですわ」
くすくすと、楽しそうに笑うエリシア。
トビ色の瞳を俺へと向けながら、スカートのすそを持ちあげ会釈をする。
「我ら、5人。誇り高き《カナリア・ウェイブス》の
対戦相手として不足はありませんわね。
どうぞ、よろしくお願いしますわ」
にっこりと、輝くような笑顔を浮かべるエリシア。
日華先輩が体をのけぞらせて、驚く。
「か、カナリア・ウェイブスだって!?
沙雪、DECが戦ったのはカナリア・ウェイブスなのかい!?」
「えっ、えぇ、確かにそういう名前だったけど……」
なぜ日華先輩がこんなに驚いているのか分からない様子で、
白峰先輩が頷いた。日華先輩が凍りついたように、固まる。
「恭助、知ってるんですか? 相手チームの事」
内斗先輩が不思議そうに、日華先輩に尋ねた。
はぁと、呆れた様子でため息をつく日華先輩。
緊張した表情で、口を開く。
「カナリア・ウェイブスってのは、イギリスの伝説的な決闘クラブチームの名前だよ。
プロデュエリストさえよせつけない圧倒的な実力で、イギリスの大会を
制覇した5人組の集団。でも、確か数年前に解散したって聞いてたけど……」
ちらりと、様子をうかがうように視線を向ける日華先輩。
エリシアが微笑みながら、頷く。
「えぇ、あなたのおっしゃる通りですわ。
もっとも、解散したのは先代のカナリア・ウェイブス、
つまりアルバート様の兄上様が率いていたチームの事ですわ」
笑顔をアルバートの方へと向けるエリシア。
ぶるぶると、アルバートは怯えた表情で俺の事を見ている。
ふっと目を閉じ、肩をすくめるエリシア。
「当然、その華々しい活躍も先代によるもの。
アルバート様や私達がなしてきた事ではありませんわ。
もっとも――」
すっと、不敵な笑みを浮かべるエリシア。
ゆっくりとした様子で、口を開く。
「その名を冠する以上、それなりの実力は持ち合わせていますわよ?」
くすくすと、小さく笑うエリシア。
その後ろではシルヴィア、キアラ、ローランドが俺達の方を見ていた。
アルバートだけが、ローランドの後ろからそっとこちらを覗いている。
「それでは、そろそろ試合の時間ですわね。
どうぞ、楽しいデュエルにいたしましょう」
ぺこりと会釈をして、俺達に背を向けるエリシア。
だがふと思いついたように、振り返る。
「そうそう。アルバート様は5番目、つまり大将戦にて決闘なさいますわ。
ですからそこなあなたも、どうか大将戦にて出場なさって下さいまし」
俺に向かって、にっこりと微笑み掛けるエリシア。
その後ろで、キアラが笑い声をあげる。
「くれぐれも、大将戦までに決着がつくような事は避けてくれでありんすよ〜」
からからと、冗談じみた口調で話すキアラ。
だがその言葉の裏からは、彼女の自分の実力に対する自信が見て取れる。
白い制服を揺らしながら、向こうへと去っていく5人組み。
沈黙を破るように、内斗先輩が口を開く。
「……つまり、これはどういう事ですか?」
鋭い声が、俺達の間に響いた。
その視線は真っ直ぐに、日華先輩へと向けられている。
額を押さえながら、日華先輩が苦しそうに言う。
「簡単な事だよ。僕らが次に戦うチームは、
イギリス最強のクラブチーム。そういう事さ」
「それでは、これよりファイブチーム・トーナメント予選、決勝戦を始めます!」
クリップボードを片手に、スーツの女性が声高らかに宣言した。
観客として集まっていた生徒達が歓声をあげ、拍手を送る。
風丘高校の体育館には、かなりの数の生徒や見物客が来ていた。
「対戦するのは、風丘高校代表チーム、フィーバーズ!!」
風丘高校の生徒達が、大きな拍手を送った。
日華先輩は片手をあげ微笑んでいるが、
俺達4人は緊張したように無表情を浮かべている。
「そして白釧(はくせん)高校代表チーム、カナリア・ウェイブス!!」
白い制服を着た生徒達が、大きく声をあげた。
アルバート以外の4人は歓声には興味なさそうに、
俺達の方を睨むようにして眺めている。
アルバートだけが、縮こまって緊張した様子を見せていた。
がらがらと、移動式のホワイトボードが司会の女性の後ろに置かれた。
フィーバーズ CWs
天野茜 Silvia
千条明 Chiara
神崎内斗 Rowland
日華恭助 Elisha
雨宮透 Albert
それぞれ五人の名前が描かれた対戦表。
いよいよ、ここまで来てしまった。
泣いても笑っても、これがDC研究会の五人組、
フィーバーズとして戦う最後のゲームだ。
「最後の試合で、ディア君が欠席なのは残念だが……」
憂いある表情で、話す日華先輩。
だがすぐに、にっこりと微笑む。
「それでも、僕はこのチームで戦えて良かったと思うよ。
色々な事があったけど、凄く楽しかったと思う」
「確かに、恭助が遅刻したり、恭助が結婚を申し込まれたりと、
色々とロクでもない事が多々ありましたね」
微妙に棘のある言い方で、そう言う内斗先輩。
日華先輩の笑顔が僅かにひきつる。
フッと、息を吐いて笑う内斗先輩。
「まぁ、それでも、楽しかったですね。そこは同感ですよ」
体育館の天井を見ながら、遠い目をする内斗先輩。
天野さんがおずおずとしながら、口を開く。
「わ、私も、ほとんど勝てなかったけど……。
それでも、皆と一緒にがんばれて、楽しかったです……」
ちらりと、俺の方を見る天野さん。
俺は少しだけ微笑みながら、口を開く。
「そうですね。天野さんはこの大会で、凄く成長したと思いますよ」
俺がそう言うと、天野さん顔が真っ赤になった。
照れた様子で、顔を伏せる天野さん。
千条さんが内斗先輩の前に立ち、言う。
「な、内斗様! 相手が誰であろうと、私は勝ってみせます!」
「……あぁ、期待してるぜ、アキラ」
一瞬だけ、目を鋭くしながら答える内斗先輩。
それを聞き、千条さんが嬉しそうに頷いた。
日華先輩が、キラキラと輝きながら、言う。
「さぁ、いよいよ最後の戦いだ! 全力で行こう!」
その言葉に、俺達は各々の返事で答えた。
スーツの女性が、声を張り上げる。
「それでは、第一試合! フィーバーズ代表、天野茜選手!」
「は、はいっ!」
びくりと身体を震わせる天野さん。
スーハーと深呼吸をしてから、俺達の方を見る。
「……い、行ってきます!」
その言葉に、応援の言葉を投げかける先輩方。
俺は彼女の方を見ながら、黙って頷いた。
天野さんが集中した様子で、体育館の中央へと進む。
「そしてカナリア・ウェイブス代表、シルヴィア・ミルフォード選手!」
スーツの女性が叫ぶように言い、短髪の少女が前へと出てくる。
金色の髪の毛に、青い瞳。白いコートのような制服を揺らしながら、
その鋭い視線を天野さんへと向ける。
「貴殿が、対戦相手か」
威圧するような声を出すシルヴィア。
天野さんが体を震わせながら、頷く。
「は、はい。そうです……」
「ふむ。見た所、ただの一般女子生徒に見えるが……」
じろじろと、疑わしそうに天野さんの全身を眺めるシルヴィア。
だがすぐにキリッとした表情になると、決闘盤を取り出す。
「それでも、あのアルバート様を倒した決闘者のチームメイトで
ある事実に変わりはない。誇り高きノースブルグ家に仕える者として、
全身全霊の《剣》で相手させてもらおうッ!!」
叫ぶように言い、素早く決闘盤を装着するシルヴィア。
デッキを取り出し、決闘盤へとセットする。展開する決闘盤。
「わ、私も、負けません!」
天野さんも負けじと、彼女にしては大きな声で言う。
決闘盤を取り出し、腕へと付ける天野さん。
デッキもセットすると、またも大きく深呼吸する。
沈黙。水をうったように、体育館が静まり返る。
緊張した様子で、互いに睨みあう2人の女子。
そしてそんな彼女達に、観客の視線は釘づけになっている。
すっと、おもむろに審判の女性が手をあげた。そして――
「――決闘ッ!!」
最後の決勝戦が、始まった。
第四十三話 Phalanx and Forbidden Rainbow
「わ、私のターンです! ドロー!」
運命の一戦。それは静かに、始まった。
満員の観客が押し詰める体育館。張りつめた空気。
ファイブチーム・トーナメントの予選、決勝戦。
ゆっくりと、その第一戦は始まっていく。
天野茜 LP4000
シルヴィア LP4000
「私は白魔導士ピケルを、守備表示で召喚します!」
6枚ある自分の手札を見ていた天野さん。
その中の1枚を、おもむろに決闘盤へと出した。
フィールドに光が現れ、その中から幼い少女が姿を現す。
白魔導士ピケル
星2/光属性/魔法使い族/ATK1200/DEF0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。
白魔導士ピケル DEF0
「ピケル……?」
天野さんの最初の一手を見て、シルヴィアが小さく呟いた。
その目が鋭く、まるで睨みつけるように細くなる。
天野さんがさらに、カードを手に取った。
「そしてカードを2枚伏せて、ターンエンドです!」
彼女の場に、裏側表示のカードが浮かび上がった。
その数は2枚。最初のターンの牽制としては、
申し分のない数と言えるだろう。
相手が、普通の決闘者ならばの話しだが……。
「私のターンッ!!」
鋭く、空気を裂くような声が響いた。
シルヴィアが金色の髪を揺らしながら、ちらりとカードを見る。
引いたカードを手札に加えると、シルヴィアが真っ直ぐに前を向いた。
「さっきも言ったが、カナリア・ウェイブスは英国の誇り高き英雄!
ゆえにその名を冠する以上、我らもその名を汚すような決闘はできないッ!!」
凛とした声で、強く叫ぶように言うシルヴィア。
その目が一瞬だけ、アルバートの方へと向けられた。
ばっと、シルヴィアが腕を前に出す。
「誇り高き騎士の称号においても、この決闘負けられぬ!
全ての力と知恵を限界まで振りしぼり、貴殿らを打ち倒してみせようッ!!」
ギラリと、鋭い目を天野さんへと向けるシルヴィア。
その迫力に押されて、天野さんが体を僅かにのけぞらす。
シルヴィアが、カードを手に取った。
「ゆくぞ、フィーバーズッ! 誇り高きファランクスの一撃をその身に刻めッ!!」
凄まじいまでの気迫。
シルヴィアが叩きつけるように、カードを決闘盤へと出した。
「私はLW(リビング・ウェポン)−フィールグラッハを召喚ッ!!」
カードが決闘盤に触れた瞬間、光が走った。
そしてその中より、1体の奇妙な生命体が姿を現す。
鉄のような体に、いびつで尖った形状。
まるで生命と無機物の中間のようなモンスターが、そこにはいた。
LW−フィールグラッハ ATK1500
「り、リビング・ウェポン……?」
天野さんが不安そうに、シルヴィアの場のモンスターに視線を向ける。
ざわざわと、会場内もにわかにざわつき始めた。
千条さんが隣りに立つ内斗先輩を見上げる。
「な、なんですか、あれ? あんなモンスター、見た事ありませんよ……?」
「……俺も、初めて見るカテゴリーのモンスターだ」
いつになく緊張した表情で、答える内斗先輩。
その頬には冷や汗が浮かび、目は油断なくフィールドへと向けられている。
千条さんもまた、視線をフィールドへと向け直した。
「The Living weapon、すなわち命ある兵器……」
だがその横から突然、優雅な声が響いた。
驚いて視線を向けると、いつのまにかそこには
メイド風の衣装を着た少女が立っている。
「あ、あーっ! あんた敵チームの!」
千条さんが指を伸ばして叫んだ。
すっと、内斗先輩が冷たい表情を浮かべて千条さんの前に立つ。
「何か、御用ですか?」
短く、威圧するような声を出す内斗先輩。
だがメイド風少女のエリシアは動じた様子もなく、
ただ穏やかに微笑んだ。
「別に、これくらい良いではありませんか。
こうして一緒に試合を見る事くらい、ねぇ?」
「えっ!?」
横で試合を眺めていた日華先輩に向かって尋ねるエリシア。
予想外の質問に、日華先輩は言葉を詰まらせる。
くすくすと、エリシアが楽しそうに笑った。
「それで、本当は何をしに来たんですか?」
暗いオーラをまといながら、さらに威圧的に尋ねる内斗先輩。
周りの空気が、凍りつくように冷たくなっていく。
俺達が緊張して見守る中、エリシアが肩をすくめた。
「仕方ないですわね。もちろん、目的は敵情視察ですわ」
「へぇ。随分と堂々とした視察のやり方ですね?」
「私達は英国の紳士・淑女ですから。下卑たやり方なぞしません事よ?
あくまでも正面から、真っ直ぐにいくものですわ!」
内斗先輩の皮肉も軽くかわし、にっこりと微笑むエリシア。
さすがの内斗先輩も、どう反応して良いのか分からない様子だった。
近くに畳んであったパイプ椅子を広げ、エリシアが優雅に腰を降ろす。
「とはいえ、何も特別なことをするわけではありませんわ。
本当にただ、ここで一緒に試合を観戦させて頂くだけですの。
よろしいかしら?」
「……お好きにどうぞ」
あきらめた様子で、内斗先輩がそう言った。
にっこりと、微笑むエリシア。
そして楽しそうに、顔をフィールドへと向けた。
「さぁて、それでは、一緒に楽しみましょう?」
その言葉は、体育館の騒音の中に溶けて行った。
ばっと、シルヴィアが腕を前へと出す。
その手に握られているのは、5枚のカード。
「手札のLWの効果を発動!」
凛とした声で、話すシルヴィア。
「LWは生命宿る聖なる装飾具たち!
ゆえに装備魔法として、自軍のモンスターに装備できるッ!」
「えっ!?」
「さぁ、ゆくぞッ!」
驚く天野さんを尻目に、自分の手札を表にするシルヴィア。
その手にあった5枚のカードは、全てモンスターカードだった。
動揺が走る中、シルヴィアが全てのカードを決闘盤へと挿しこむ。
「手札のLW! コールブランディ! カランヴォルグフ!
フロレンティス! マカブレーゼ! エスカリエーラ!
それらを全てフィールドのフィールグラッハに装備させるッ!」
「なっ……!」
思わぬ戦略に、絶句する天野さん。
観戦していた日華先輩もまた、目を見開いて驚く。
「い、いきなり手札を全部使い切るだって!?
しかも1体のモンスターに装備魔法を5枚も!?」
「……正確には、装備魔法となるモンスターを5体、ですね」
日華先輩の発言を、内斗先輩が補った。
だが、普通に考えて、あんな戦略はあり得ない。
もし装備モンスターが破壊されれば、
彼女は場はがら空き。一気に敗北しかねない。
「さすが、シルヴィア。まったく容赦がないですわね」
だがチームメイトであるエリシアは、
彼女の戦略に驚いた様子もなく、ただ微笑んでいた。
フィールド中央、無機質なモンスターの両手には剣が握られ、
その全身からは緑色のオーラが溢れていた。
LW−フィールグラッハ ATK1500→ATK5300
「い、1ターン目から攻撃力5300……」
おびえたような表情で、そう呟く天野さん。
シルヴィアが、ふんと鼻を鳴らした。
「それだけではない! 装備魔法となったLW−コールブランディの
効果により、フィールグラッハは貫通能力を得ているッ!」
「!!」
LW−コールブランディ
星4/地属性/機械族/ATK1600/DEF1400
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
貫通。守備力が0のピケルが場にいる天野さんにとっては、
まさに最悪のものとなる効果だ。
金色の髪を揺らしながら、シルヴィアが叫ぶ。
「さぁ、ファランクスの力を拝むがいいッ!!
バトルッ! LW−フィールグラッハでピケルを攻撃だッ!」
無機質なモンスターが、その言葉を聞き剣を構えた。
強大な力を感じる大振りの剣を、幼い魔法使いへと向けるフィールグラッハ。
ピケルがあわてた様子で、天野さんの方を振り返った。
天野さんもまた、腕を前に出す。
「そ、速攻魔法発動! で、ディメンション・マジック!」
「ん?」
腕を下ろし、僅かにその表情をしかめるシルヴィア。
天野さんの場に伏せられていた1枚が、表になる。
ディメンション・マジック 速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄にささげ、
手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
「こ、この効果により、私は場のピケルを生け贄にささげます!」
おどおどとしながら、ピケルのカードを墓地へと送る天野さん。
幼い少女の魔法使いが、シルヴィアに向かってあっかんべーをしながら消える。
すっと、天野さんが手札のカードを決闘盤に出した。
「さ、さらに、手札のカオス・マジシャンを攻撃表示で特殊召喚!」
光が走り、魔力を纏った緑衣の魔導士が現れた。
すっと、その手に持つ特徴的な杖を優雅に構える。
カオス・マジシャン
星6/光属性/魔法使い族/ATK2400/DEF1900
このカード1枚を対象にするモンスターの効果を無効にする。
「よし、上手い! これなら!」
内斗先輩が声をあげた。
そう、ディメンション・マジックにはもう1つの効果がある。
それは――
「そ、そして! 私はディメンション・マジックの効果で、
相手フィールド上のモンスターを1体破壊します!」
天野さんがそう言って、フィールグラッハを指差した。
ざわざわと、観戦していた生徒達の間にどよめきが走る。
「一気に装備魔法を5枚もつけた所で、所詮は1体のモンスター。
装備モンスターが破壊されれば、形勢は一気に逆転だ!」
はしゃいだ様子で、そう叫ぶ千条さん。
真剣な表情を浮かべながら、天野さんが口を開く。
「ディメンション・マジックの効果で、フィールグラッハを破壊!」
緑衣の魔術師が呪文を唱えながら、杖を振りかぶる。
強烈な閃光が走り、その杖の先から魔法弾が撃ちだされた。
勢いよく、突き進む魔法弾。フィールグラッハの体が閃光で白くなる。
「その程度かッ!!」
だがシルヴィアは追い詰められた様子もなく、前を向いていた。
ばっと、その腕を前へなぐように動かすシルヴィア。
「装備魔法となっているLW−フロレンティスの効果を発動!
このカードを装備したモンスターが場を離れる時、代わりに
装備魔法を墓地へと送る事で、場に留まるッ!」
「えっ!?」
LW−フロレンティス
星4/地属性/機械族/ATK1800/DEF1600
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードが自分フィールド上を離れる場合、代わりに
自分が装備しているカード1枚を選択して墓地に送る事で
フィールドに留まることができる。
シルヴィアが素早く、決闘盤のカードを抜き取った。
「貴殿が攻撃表示で来ると言うならば、貫通はもう必要ないな!
フロレンティスの効果で、コールブランディを身代わりとし、
フィールグラッハはその場へと留まるッ!」
魔法弾が迫る中、フィールグラッハの前に魔法陣のような模様が浮かんだ。
激しい衝突音。火花を散らしながら、魔法弾が魔法陣に防がれ消えた。
フィールグラッハはその場に残り、真っ直ぐに前を向いている。
LW−フィールグラッハ ATK5300→ATK5000
「加えてコールブランディが身代わりになった事により、
装備魔法となっているマカブレーゼの効力も弱まる!」
LW−マカブレーゼ
星4/地属性/機械族/ATK1200/DEF1000
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に存在する
魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする。
LW−フィールグラッハ ATK5000→ATK4600
「だが、それでも貴殿のモンスターを打ち崩すのには十分だッ!
装備魔法となったカランヴォルグフによる強力な支援もあるッ!!
さぁ、ファランクスの牙を受けるが良いッ! フィールグラッハ!!」
シルヴィアの声に、再びフィールグラッハが剣を構えなおした。
両手に持つ剣をまるでレイピアのように構え、天野さんの場へと突撃する。
LW−カランヴォルグフ
星4/地属性/機械族/ATK1900/DEF1700
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。
頬づえをついたような格好で、エリシアが口を開いた。
「このバトル、通ったら終わりですわね」
「えっ!?」
日華先輩が声をあげて、エリシアの方を見る。
のほほんとした様子で、微笑むエリシア。
「フィールグラッハに装備されたエスカリエーラの効果。
それは戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える物。
つまり、あの攻撃は実質ダイレクトアタックと同じなのですわ」
「なんだって!?」
LW−エスカリエーラ
星4/地属性/機械族/ATK1900/DEF1600
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
日華先輩と同じように、俺も心の中で驚いた。
一度に5枚のカードを装備させた異端の戦略といい、
彼女――シルヴィアは、このターンでの決着を狙っているのか。
「装備魔法となるLWをLWで強化し、一撃で倒す。
まさに多数の力を集結させ相手を倒すファランクスそのもの。
この攻撃で、シルヴィアの勝ちは決まりですわね」
冷静な口調で、そう話すエリシア。
フィールグラッハが跳躍し、剣を振りかぶった。
「天野君!」
日華先輩が声をあげて椅子から立ち上がる。
観客の生徒達が、顔をそむける。だが――
「と、罠発動! 和睦の使者!」
攻撃が当たる直前、天野さんがそう言って腕を前へと出した。
天野さんの場に伏せられていたカードが、表になる。
和睦の使者 通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分モンスターは
戦闘によっては破壊されない。
「あら」
意外そうな表情で、目を丸くするエリシア。
内斗先輩が得意そうになって、叫ぶ。
「よし、これなら戦闘によるダメージも、効果によるダメージも防げる!」
その通りだ。相手のマカブレーゼのダメージ効果は、
戦闘による破壊がトリガーとなって引き起こされるものだ。
戦闘によって破壊されなければ、発動しない。
「ぐっ……!!」
天野さんの場に浮かんだカードを見て、悔しそうに顔を歪めるシルヴィア。
フィールグラッハの剣を、魔術師は自身の杖で受け止めた。
鈍い音が響くが、バトルによる衝撃波は発生していない。
「……な、なんとか防げました」
ホッとした表情を浮かべ、胸をなでおろす天野さん。
緊張した様子で、和睦の使者のカードを墓地へと送っている。
シルヴィアがギラリと、天野さんの事を睨みつけた。
「くっ。我がファランクスの一撃をかわすとは……」
ギリギリと、悔しそうに拳を震わせているシルヴィア。
その手にはカードはなく、何もする事ができないはずなのに、
凄まじいまでの気迫で天野さんの事を睨みつけている。
「あ、あの……」
不安そうに、おどおどとしている天野さん。
シルヴィアが歯を食いしばりながら、天野さんを指差した。
「覚えていろッ! 次のターン、この屈辱はかえさせてもらうッ!!」
体育館を揺らすかのような大声で叫ぶシルヴィア。
天野さんがびくりと、身体を震わせる。
ざわめく声が響く中、シルヴィアが腕を横へと伸ばした。
「ターンエンドだッ!!」
観客の騒音をもかき消すような大声で宣言するシルヴィア。
日華先輩が耳を押さえながら、顔をしかめる。
「な、なんて血の気の多い決闘者なんだ……」
後攻一ターン目だというのに、殺気向き出しのシルヴィア。
エリシアがそれを見て、くすくすと笑う。
「それでこそシルヴィア。カナリア・ウェイブスの名にふさわしい……」
何とか防げたとはいえ、先程の戦略にまだ会場はざわめいていた。
観客の注目が集まる中、天野さんがカードを引く。
「わ、私のターン!」
引いたカードを見て、はっとした表情になる天野さん。
一瞬だが、その視線を俺の方へと向けてくる。
怯えたような、複雑そうな表情を浮かべている天野さん。
だが、その目はまだ諦めていなかった。
「ま、魔法発動! トリック・シルクハット!」
おどおどとしながらも、天野さんが決闘盤にカードを出した。
場に巨大な、マジシャンが使うようなシルクハットのヴィジョンが現れる。
シルヴィアが不審そうに目を細める中、天野さんが決闘盤からデッキを取り外した。
「こ、このカードは場に魔法使い族が存在する時のみ発動できます!
その効果により、私は自分のデッキに存在する魔法・罠カードを1枚選択して、
自分の場に裏側表示でセットする事ができます!」
トリック・シルクハット 通常魔法
フィールドに表側表示の魔法使い族モンスターが存在する時のみ発動できる。
自分のデッキから魔法または罠カードを1枚選択し、自分の場にセットする。
このカードを使ったターン、自分はモンスターの通常召喚ができない。
自分の山札を、手の中で扇状に広げる天野さん。
シルヴィアが腕を組みながら、ふんと鼻を鳴らす。
「なにかと思えばサーチカードか。その程度の小細工では、
我がファランクスの一撃を止める事なぞできない!」
ぴしゃりと、あびせるような口調のシルヴィア。
だが天野さんは気にせずに、じっくりと自分のデッキを吟味している。
そしてやっと見つけたかのように小さい声を出し、1枚を抜き取った。
天野さんの場に、裏側表示のカードが浮かび上がる。
魔法か、それとも罠か。
それはカードを選んだ天野さんにしか分からない。
デッキを決闘盤へと戻し、天野さんが言う。
「これで、ターンエンドです!」
彼女にしては大きな声でのエンド宣言。
どうやら天野さんもまた、次のターンに賭ける事にしたようだ。
俺の脳裏に、DC研究会に入ってすぐの頃の光景が思い起こされる。
「あ、あの、雨宮君。こんなカードが当たったんですけど……」
ある日の放課後、部室で天野さんが1枚のカードを見せてきた。
差し出してきたカードを見て、俺は驚く。
「これは……!」
「こ、これって、トリック・シルクハットじゃないか!」
横から覗き込んできた日華先輩が、興奮したように叫んだ。
その言葉に、今度は天野さん自身が驚いたように体をのけぞらす。
「え、えっと。そ、そんなに凄いカードなんですか……?」
今いち、理解していないような表情の天野さん。
日華先輩がカードを指差しながら、言う。
「凄いなんてもんじゃない! 最高級クラスのレアカードだよ!
魔法使い族デッキを組む人間の憧れ、まさに夢の1枚――!」
ポエミィな言葉を吐きながら、芝居がかったように天を仰ぐ日華先輩。
その様子を冷ややかに見つめながら、内斗先輩が口を開く。
「まぁ、要は超レアカードって事ですね。
いずれにせよ、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
ペコリと、内斗先輩に向かって頭を下げる天野さん。
嬉しそうに微笑んでいる彼女に、カードを差し出し返す。
「はい。早速デッキに入れるんですか?」
「あ、えっと、その……」
カードを受け取りながら、言葉を詰まらせてしまう天野さん。
日華先輩がつんつんと、俺の背中を肘でつつく。
「ほら、雨宮君。アドバイス、アドバイス」
「……なんで、俺にその役目を押し付けるんですか?」
「そりゃあ、決まってるだろ?」
長髪を揺らしながら、意地の悪い笑みを浮かべる日華先輩。
内斗先輩が穏やかに微笑みながら、肩をすくめる。
天野さんがおずおずとしながら、俺の方を見た。
「……そうですね」
ぱっちりとした彼女の瞳に見つめられた俺は、観念したように口を開く。
「サーチ系のカードには色々な使い方がありますが、
自分のコンボを補助するだけでなく、相手に有効なカードを
ピンポイントにサーチするという使い方もありますね」
「相手に有効なカード?」
「えぇ。相手の攻撃を防ぐためにロック系の罠をサーチしたり、
相手のコンボを邪魔するような魔法をサーチしたりと、
要は、相手に合わせてサーチするカードを変える訳ですね」
「なるほど……」
頷きながら、手帳に俺の言葉をメモする天野さん。
一生懸命に文字を書いている彼女に向かって、俺はさらに続ける。
「そういう意味では、色んな種類のカードをデッキに入れておくと、
相手に合わせたサーチがしやすくなりますね。難しい用語で言うと
シルバーバレット戦術なんて言いますが、まぁ、覚える必要はないですよ」
さらに、手帳になにやら書き込む天野さん。
顔をあげると、恥ずかしそうに俺の事を見つめながら言う。
「あ、ありがとう。雨宮君……」
「……どういたしまして」
おずおずとした様子の彼女に向かって、俺は軽く頭を下げた。
そこまで思い返した所で、俺の意識は現実へと戻る。
あの時、何気なく話したシルバーバレット戦術。
まさか、天野さんはそれを……?
「私のターンッ!」
声高く叫び、力強くカードを引くシルヴィア。
その手にあるカードは1枚。場にはLW−フィールグラッハ。
ばっと、シルヴィアが腕を伸ばす。
「先程は少々手ぬるい攻撃をしたせいで防がれてしまったが、
今度はそうはいかんッ! 誇り高きファランクスの牙、
その真たる実力を今こそ見せてやろうッ!!」
さっきにも増して、気迫ある言葉で叫ぶシルヴィア。
エリシアが口元に手を当てながら、くすくすと笑う。
カードを指ではさみ、シルヴィアが構えた。
「ゆくぞ、フィーバーズ! 我が全身全霊の剣を受けよッ!!」
ばっと、シルヴィアが持っていたカードをこちらへと向けた。
描かれているのは、機械によって出来た純白の竜。
シルヴィアがカードを見せながら、叫ぶ。
「手札に存在するこのカードは、自分の場に表側表示で
存在するLWを3枚墓地に送る事で、手札から特殊召喚できるッ!!」
「!?」
「私は場のフィールグラッハ、フロレンティス、カランヴォルグフを墓地へ!」
驚く天野さんを無視して、決闘盤からカードを抜き取るシルヴィア。
装備元となっていたフィールグラッハが墓地へと送られたため、
実質シルヴィアの場のカード全てが墓地へと送られる事となった。
「ここにきてすべてのカードを墓地へと送るとは、
本気でこのターンでの決着を狙っているみたいですね……」
緊張した面持ちの内斗先輩。
天野さんを前に、シルヴィアがカードを天へと掲げる。
まるで神からの化身であるかのように、輝きだすカード。
鉄槌を下すかのように、シルヴィアがそれを振り下ろした。
「さぁ、現れよ! ファランクスを統べる機械仕掛けの竜よッ!!
クラウン・ウェポン・ドラゴン、特殊ッ召ッ喚ーッ!!」
シルヴィアの雄たけびと共に、フィールドに衝撃が渦巻いた。
強烈な閃光と、唸り声。機械の歯車が回る鈍い起動音。
純白のボディを輝かせ、刺々しい翼を天に広げた。
クラウン・ウェポン・ドラゴン ATK2000
「なんだ、あのモンスターは……!?」
呆然とした様子で、呟く日華先輩。
エリシアが得意そうに、目を細めた。
「シルヴィアの勝ち……」
凄まじい威圧感を漂わせる機械仕掛けの竜。
攻撃力はたったの2000。だがそこから感じられる力は、
巨大で、そして圧倒的なまでに荒々しかった。
怯えた様子の天野さんに向かって、シルヴィアが腕を伸ばす。
「クラウン・ウェポン・ドラゴンの特殊効果発動ッ!
特殊召喚に成功した時、私の墓地に存在する装備魔法を
可能な限り、このカードに装備できるッ!!」
「えっ!?」
天野さんが驚くのと同時に、機械仕掛けの竜の体が輝いた。
次々と、シルヴィアの墓地から光が飛び出し、
クラウン・ウェポン・ドラゴンの体に吸い込まれていく。
「LWはルール上装備魔法としても扱い事のできるカード。
つまり、クラウン・ウェポン・ドラゴンの効果対象なのです」
クスクスと笑いながら、誰に言うとでもなく呟くエリシア。
機械音声のような、奇妙な咆哮を響きならすクラウン・ウェポン。
全部で5つの光を吸収し、その体は激しく煌めいている。
クラウン・ウェポン・ドラゴン ATK2000→5800
「さらに、クラウン・ウェポン・ドラゴンはッ!!
自身の能力によって装備カードの数だけ攻撃力がアップするッ!!」
「!!」
クラウン・ウェポン・ドラゴン
星8/地属性/機械族/ATK2000/DEF1800
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する「LW」と名のついたモンスター3体を
墓地に送った場合のみ、手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
装備魔法カードを可能な限りこのカードに装備する事ができる。
このカードに装備された装備カード1枚につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
LWを吸収してからの、更なるパワーアップ。
機械仕掛けの竜の体が、ギャリギャリと唸りをあげた。
青白いオーラを纏い、機械仕掛けの竜がまたも咆哮をあげる。
その攻撃力の合計は――
クラウン・ウェポン・ドラゴン ATK5800→7300
「こ、攻撃力7300ッ……!!」
目を大きく見開きながら、体をのけぞらす天野さん。
苦々しい表情で、日華先輩が眉をしかめる。
「それだけじゃない。装備しているLWの力で、
あの竜には貫通、身代わり、そしてバーン効果が備わっている。
まさに完全な殺戮兵器。あの一撃を喰らえば――」
そこまで言って、言葉を詰まらせる日華先輩。
天野さんの場にはカオス・マジシャンと伏せカードが1枚のみ。
状況は、まさに絶望的だった。
「見たかッ!! これこそがファランクスの真の力ッ!!
そしてカナリア・ウェイブスの実力だッ!!」
力強く、勝利宣言に近い発言をするシルヴィア。
機械仕掛けの竜が、翼を大きく広げて攻撃態勢へと移った。
空気が震える中、シルヴィアが声を張り上げる。
「ゆくぞッ、フィーバーズッ!! ファランクスの一撃、
その大いなる力の前にひれ伏すがいいッ!!
クラウン・ウェポン・ドラゴンの攻撃!」
ギャリギャリという音と共に、モーターを稼働させる白き機械竜。
空気が渦巻くようにして、機械竜の口元へと集まっていく。
低い機動音にも負けないくらいの大声で、シルヴィアが叫んだ。
「これで終わりだッ!!」
天野さんを見据えながらそう言うシルヴィア。
会場の誰もが、その言葉に同意せざるをえなかった。
だが――
「あ、あなたの戦略には、致命的な欠陥があります!」
天野さんが、大きく声を張り上げた。
顔をあげ、真っ直ぐにシルヴィアの方を向いている天野さん。
ばっと、白き機械竜を指差す。
「あなたの攻撃は、あまりにも一撃的で真っ直ぐすぎます!
だから、そのクラウン・ウェポン・ドラゴンが倒されてしまえば、
あなたの勝利は限りなくゼロになってしまいます!」
いつになく自信ありげに、そう断言する天野さん。
シルヴィアもまた、くってかかる。
「それがどうした! 我がファランクスの布陣は完璧!
どんな御託を並べようと、我が攻撃を防ぐ術がなければ、
ただの負け惜しみにすぎないッ!!」
白き機械竜を従えながら、腕を横へとなぐシルヴィア。
天野さんがキッと鋭い視線を向けながら、にらみ返す。
シルヴィアが、大きく腕を振り上げた。
「貴殿の講釈はこの攻撃が決まった後に聞いてやろうッ!!
ゆけッ、クラウン・ウェポン・ドラゴンッ!!
全てを砕けッ!! ノーブル・エンフェンサーッッッ!!」
白き機械竜の全身の空気が震えた。
その目が輝くのと同時に、強烈な衝撃波が波紋のように撃ちだされる。
鈍く、それでいて疾風のように駆ける衝撃波。天野さんに、迫る。
「天野ちゃん!」
観戦していた白峰先輩が声をあげる。
その横では小城さんや倉野先輩も不安げな表情を浮かべていた。
凄まじい空気の振動が、体育館全体へと広がる。そして――
「――罠、発動」
その声がゆっくりと、響いた。
天野さんの場に伏せられていた1枚。
それがゆっくりと、表になる。
そこにあったのは――
あまのじゃくの呪い 通常罠
発動ターンのエンドフェイズ時まで、
攻撃力・守備力のアップ・ダウンの効果は逆になる。
「なにィ!?」
シルヴィアが驚いた様子で、目を見開いた。
天野さんが指を伸ばし、白き機械竜を指差す。
「あなたの戦略のもう1つの欠点、それは全ての強化をLWに任せている所です!
だからこそ、私はこのカードをセットして、その弱点を突かせてもらいました!
このカードの効果によって、あなたのLWの力はマイナスとなります!」
天野さんの言葉に、観客席から感嘆の声があがった。
日華先輩が、ポケットから取り出したハンカチで涙をふく。
「あ、天野君……。まさか、ここまで成長していただなんて……」
感動した様子で、シクシクと泣いている日華先輩。
内斗先輩もまた、穏やかな様子で天野さんの方を見ている。
俺も、まさか天野さんがそこに気づき、対策を取ってくるとは思わなかった。
(成長したんだな、天野さん……)
心の中、俺は小さく呟く。
万雷の歓声をあびながら、天野さんが腕を伸ばした。
「この反撃で決着です! カオス・マジシャン!!」
天野さんの声に応えるかの如く、杖を構える魔導師。
その体から薄緑色のオーラがあがり、魔力を増幅させていく。
白き機械竜と魔導師の間の空間に、呪文が浮かび上がった。
「これで――」
勝利を確信した様子で、笑う日華先輩。
「これで、勝つのは――」
「シルヴィアですわね」
横から放たれた声が、日華先輩の声をかき消した。
驚いて、声のした方へと俺達は顔を向ける。
パイプ椅子に座っているエリシアが、くすくすと笑っていた。
「な、なんだい、どこからどうみても、もうそっちに打つ手はないだろう!」
エリシアの言葉を聞き、怒ったように反論する日華先輩。
確かに、先輩の言う通り。シルヴィアにはもう手はないはずだ。
だがエリシアは余裕ぶった様子で、俺達の方へと視線を向けた。
「あら。そんな事はありませんわ。むしろ、最初から最後まで、
シルヴィアはそちらのチームの方を圧倒しておりましたわね」
くすくすと、楽しそうに笑い続けるエリシア。
そのミルクのように白い指を伸ばし、くるくると回す。
「シルヴィアの戦術を逆手にとった反撃はお見事でしたわ。
ですが、その程度の戦略がシルヴィアに通用すると思いまして?
あまり我らをなめない方がよろしくてよ?」
絶対的な自信を持った様子で、話すエリシア。
日華先輩がムキになった風に、声を荒げる。
「そんなバカな! 通用もなにも、彼女にはもうカードが――」
そこまで日華先輩が言った時。
内斗先輩が、ハッとなって顔をあげた。
「フィールグラッハ……」
「え?」
「違うんですよ、恭助! 相手の墓地にあったLWは5体ではなく6体!
最初の5体を装備していた、フィールグラッハも墓地へと行っている!
つまり最初の攻撃とは、装備しているLWの種類が違うんですよ!」
内斗先輩の言葉で、俺達は思い出した。
このターンの最初に、シルヴィアがした一連の行動を。
『私は場のフィールグラッハ、フロレンティス、カランヴォルグフを墓地へ!』
そう。そうだ。
内斗先輩の言う通り、相手の墓地にはもう1体のLWがいた。
装備元となっていたLW、フィールグラッハのカードが。
「ま、まさか……」
青い顔になって、フィールドの方へと顔を向ける日華先輩。
対戦フィールドの中央、白き機械竜は翼を広げ、大きく咆哮をあげている。
その体には青色のオーラが、うっすらと纏わり付いていた。
「その程度か……」
シルヴィアが、小さく呟いた。
その言葉に、驚く天野さん。
ゆっくりと、シルヴィアが口を開く。
「クラウン・ウェポン・ドラゴンに装備された、フィールグラッハの効果。
このカードを装備したモンスターは、相手の魔法・罠・モンスター効果を受け付けない!」
「!!」
LW−フィールグラッハ
星4/地属性/機械族/ATK1500/DEF1300
このカードはルール上「装備魔法」としても扱う。
自分の手札にあるこのカードを、装備魔法カードとして
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備できる。
このカードを装備したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
愕然とした表情になる天野さん。
白き機械竜の体から、ギャリギャリという稼働音が響く。
痛々しいまでの沈黙を切り裂くように、シルヴィアが叫ぶ。
「弱点だ何だともっともな事を並べた所で、そんな物に何の意味もない!
真の強者とは己の弱点を踏まえた上で、自身の戦略を組み立てるのだッ!
たった1つの欠点を突いた所で、勝てるのはせいぜい二流までッ!!
一流の決闘者に勝てる程の道理はないッ!!」
力強く、シルヴィアの言葉が体育館に反響する。
誰も、何も言えない。沈黙の中、機械竜が稼働する音だけが響いている。
ばっと、シルヴィアが腕を伸ばす。
「フィールグラッハの力により、あまのじゃくの呪いは通用しない!
よってクラウン・ウェポン・ドラゴンの攻撃力は7300のままだッ!!
さぁ、うなれッ!! クラウン・ウェポン・ドラゴンッ!!」
ギンと、その目に再び光が宿る機械竜。
空気が渦巻き、その白い身体へと集まっていく。
シルヴィアが勢いよく、叫ぶ。
「誇り高きファランクスの牙、その一撃をその身に刻めッ!!
クラウン・ウェポン・ドラゴンの攻撃ッ!!
ノーブル・エンフェンサーッッッ!!」
その言葉が言い終わるのと同時に、放たれる衝撃波。
強烈な衝撃が、津波のようにフィールドを突き進んでいく。
緑衣の魔導師の体が、衝撃に呑まれて粉々に砕けた。そして……
天野茜 LP4000→0
決闘は、終わった。
「ごめんなさい……」
俺達の所に戻ってきた天野さん。
しょんぼりとした表情で、小さく頭を下げた。
日華先輩が首を振る。
「いいや、そんな事はなさい。素晴らしい決闘だったよ」
にっこりと微笑み掛ける日華先輩。
内斗先輩もまた、頷く。
「えぇ。恭助なんかよりもずっと良い決闘でした」
日華先輩の笑顔が引きつった。
無言で抗議の視線を送る日華先輩。
内斗先輩はそれを無視する。
「しかし、さすが英国最強のクラブチームと謳われるだけの事はありますね。
初戦からあそこまでの実力者が出てくるとは……」
難しそうに、考え込む内斗先輩。
横にいたエリシアが、優雅に微笑む。
「まぁ、それ程の事もありましてよ?」
どこから持ち込んだのか、いつのまにか彼女の前には
白いテーブルが置かれており、その上には紅茶のポットが。
うやうやしい動作で紅茶カップを傾けるエリシア。天野さんがささやく。
「あ、あの、彼女、どうしてここに……?」
「……スパイ活動だそうです」
軽い頭痛を感じながら、俺はそう呟いた。
敵陣にわざわざ乗り込んだ上で、無駄にくつろいでいるエリシア。
余裕なのか、それとも日華先輩と同じ属性なのか……。
俺が考えていると、日華先輩がフッと肩をすくめた。
「まぁ、落としてしまったものは仕方ないさ。
次の対戦に勝利すれば一勝一敗、五分五分だよ」
そう言って、エリシアが持ち込んだテーブルへと椅子を付ける日華先輩。
流れるような動作で、彼女が淹れた紅茶をカップへと注ぐ。
琥珀色に染まったカップを見て、目を細める日華先輩。
「なるほど、ダージリンティーか。素晴らしい香りだ……」
「ふふ、本場イギリスのフォートナム&メイソンから取り寄せた、
ダージリンのオレンジペコですの。お気に召しまして?」
「あぁ、さすがカナリア・ウェイブス。かなりの実力だね……」
紅茶カップを片手に、微笑む合う2人。
その姿を見て、俺は彼女と日華先輩は同じタイプの人間であると確信した。
内斗先輩が酷い頭痛を感じているかの如く、頭をかかえている。
「続いて、第二試合を開始します!」
審判の女性が、声を張り上げた。
緊張したように、ざわついた空気が静まる。
少しずつ静まる体育館の中、審判の女性の声が響く。
「フィーバーズ代表、千条明選手!」
右手をあげ、俺達のチームを示す審判の女性。
黒の長い髪を揺らしながら、立ち上がる千条さん。
意気揚々とした様子で、振り返る。
「内斗様、行ってきますねー!」
語尾にハートマークが付きそうな声を出す千条さん。
どうやら、緊張はしていないようだ。うかれてはいるが。
「あぁ、頼んだぜ、アキラ……」
不安そうな表情の内斗先輩。
だが千条さんはそんな事も気にせず、にっこり微笑んだ。
「はい! 必ずや勝利してみせます!」
そう言うと、元気にフィールドへと駆けていく千条さん。
風丘高校の生徒ではないせいか、巻き起こる拍手もまばらだった。
それでも、彼女は楽しそうに前を向いている。
「さすが千条君。内斗君と一緒にいるせいか、調子良さそうだね」
紅茶を飲みながら、そう呟く日華先輩。
ざわざわと会場が騒がしくなる中、審判の女性が左手を上げる。
「そしてカナリア・ウェイブス代表、キアラ・ハミルトン選手!」
体育館に鋭い声が響き渡った。
沈黙。静まり返る体育館。そして出てこない対戦相手。
審判の女性が、相手チームの方へと顔を向ける。
「……キアラ選手?」
「おい、キアラッ!!」
先程の対戦相手であるシルヴィアの声が響いた。
そうまでしてからようやく、会場中に大きなあくびの声が響く。
そしてのそのそと、眠そうにキアラが立ちあがった。
「ふわぁー。あれ? シルヴィアの決闘、終わったでありんすか?」
「お前……ッ!」
寝ぼけた様子のキアラを見て、拳を震わせるシルヴィア。
横で見ていたローランドが、薔薇を片手に肩をすくめる。
「まぁまぁ、落ち着きましょう。ほら、ごらんなさい、シルヴィア。
今日はこんなにも空が蒼く、晴れ晴れとしているじゃありませんか」
薔薇を持っていない方の手で、外の様子を示すローランド。
確かに彼の言う通り、外は晴れ晴れとした太陽の光に照らされている。
シルヴィアが、拳を下げた。
「……そうだな。仕方のない事だった」
苦々しい表情ながら、なぜか納得しているシルヴィア。
俺達には、その会話の真意はまったく分からない。
ぼんやりとしているキアラに対し、アルバートが言う。
「で、出番だよ、キアラ!」
「おぉ、そうでありんしたか! では、行ってくるでありんす!」
ポンと手を叩くと、ごそごそと決闘盤を取り出すキアラ。
カラ傘を自分が寝ていた所に置いてから、ようやく出てくる。
のろのろと、歩くキアラ。千条さんと向き合う。
クリップボードを片手に、咳払いする審判の女性。
「……それでは、これより第二回戦を――」
「やあやあ、吾こそはアイルランドの天才! キアラ・ハミルトンでありんす!」
審判の女性の言葉を遮るキアラ。
表情を引きつらせる審判を尻目に、得意そうに続ける。
「畏くもノースブルグ家の勅命により、この大会に勝利しにここへ参ったでありんす!
あちしの天才的なカードテクの前には、何人たりとも敵う者はいないでありんすよ!
いざ尋常に、Say−Buy(成敗)するでありんすー!!」
とても楽しそうに、それでいて誇らしげにそう宣言するキアラ。
微妙に凍りつく会場内。ため息をつくカナリア・ウェイブス面々。
日華先輩が、向かいに座るエリシアに尋ねる。
「……色々と間違ってる事、教えてあげないのかい?」
「えぇ。そっちの方が、面白いですから」
にっこりと微笑むエリシア。
優雅な様子で、紅茶をすすっている。
「アイルランドの天才ー?」
うさんくさそうに、キアラの事を見る千条さん。
だがキアラはえっへんと、胸を張る。
「その通りでありんす。自他共に公認しているでありんすから、
気軽に《天才キアラ・ハミルトンちゃん》と呼んでくれて構わないでありんすよ」
からからと、楽しそうに笑うキアラ。
シルヴィアが目をつぶりながら、額を抑えている。
「……これ以上、カナリア・ウェイブスの名を汚さないでくれ。頼むから」
ふりしぼるような声で、そう呟くシルヴィア。
それを見ているエリシアは、楽しそうに笑っている。
千条さんが少しムッとしながら、決闘盤を構えた。
「言っておくけど、私だってそうは簡単にやられないからな!
なにせ私は、樫原町の支配者にして、かの偉大なる内斗様の右腕、
偉大なるファントム・ナイト様だぞ!」
びしっと、指を伸ばす千条さん。
キアラがむむっと声を漏らし、反論する。
「あちしだってアイルランドの天才の他にも、欧州ナンバー1とか、
不死鳥を越えし者とか、たくさんのあざ名があるでありんすよ!
あんたにゃ負けやしないでありんす!」
「どうだかな、私のデッキは樫原町最強にして伝説の内斗様のものだ!
そんじゃそこいらの一般デッキとは、訳が違う!」
「あちしのデッキだって、天才のあちしだからこそ操れると言われている
無敵のデッキでありんすよ! その名も、フォビドゥン・レインボウ!」
ばっと、デッキケースから取り出したデッキを高く掲げるキアラ。
千条さんも負けじと、自分のデッキをびしっと掲げた。
そのまま、睨みあう2人。意味不明な沈黙が流れる。
「……バカ同士の対決か」
ぼそりと、内斗先輩が呟いた。
「バカと天才は紙一重って言うからね」
日華先輩も続けてそう言う。
その言葉は、フィールド中央の2人には届かない。
審判の女性が、鋭い声を出す。
「いい加減、決闘を開始してくれませんか?」
露骨に、イラついた様子の審判。
その言葉を聞き、さすがの2人もデッキを降ろした。
おもむろに、決闘盤にデッキをセットする2人。
決闘盤が展開する。
睨みあう2人。だが心なしか、キアラはまだ眠たそうだった。
一瞬の沈黙。キアラが大きく欠伸をする。そして――
「――決闘ッ!!」
「ふぇ? あ、決闘ッ!」
ワンテンポ遅れて、キアラもまたそう宣言した。
千条 LP4000
キアラ LP4000
勢いよくカードを引く千条さんと、のそのそと引くキアラ。
もう一度欠伸をすると、キアラがようやくその表情を引き締めた。
フッと、不敵な笑みを浮かべながら、キアラが千条さんを指差す。
「そんじゃあ、あちしの天才的なカードプレイを
拝ませてやるでありんすかね。あちしのターン!」
デッキからカードを引くキアラ。
流れるように、引いたカードを手札に加える。
カナリア・ウェイブスの二番手、キアラ・ハミルトン。
自称天才の彼女、果たしてどんな戦略を使ってくるんだ……?
緊張して見守る俺達。エリシアは余裕そうに、紅茶の香りを楽しんでいる。
キアラが1枚のカードを、決闘盤へ出した。
「あちしは虹の使徒ヴァーミリオンを攻撃表示で召喚するでありんす!」
キアラの場に、丸い光が現れる。
そしてその中から、赤い色の翼を持つ鎧天使が姿を現した。
舞い散る赤い羽根。一瞬、フィールドに虹がかかる。
虹の使徒ヴァーミリオン ATK1800
「虹の使徒……?」
向かいに立つ千条さんが緊張したように目を鋭くした。
シルヴィアに続いて、彼女もまた俺達が見たことのないカードを使用している。
会場の空気が張りつめる中、キアラが指を伸ばす。
「ヴァーミリオンの効果発動!」
鎧天使の体が赤く輝く。
「このカードの召喚に成功した時、デッキの「虹の使徒」を
1枚選択して、墓地に送る事ができるでありんす!」
「なに!?」
虹の使徒ヴァーミリオン
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「虹の使徒」と名のついたモンスターを
1体選択して墓地に送る事ができる。
デッキから直接モンスターを墓地へと送る効果。
蘇生狙いか? それとも別のコンボのため?
考えているうちに、キアラがカードを選ぶ。
「あちしはデッキから、虹の使徒オリエンタルを墓地に送るでありんす!」
すっと、1枚のカードを引き抜くキアラ。
向こうの方で観戦していたアルバートが、立ち上がる。
「えっ!?」
驚いたような表情のアルバート。
だがキアラは聞こえていないのか、カードを墓地へと送った。
ごくりと、唾を飲む千条さん。キアラが不敵に笑う。
「ふっふっふ! オリエンタルの特殊効果発動!
このカードが墓地へと送られた時、デッキの同名カードを
表側守備表示で特殊召喚するでありんす!」
「な、なんだと!」
「なるほど、大量展開を狙ってきましたか……」
軽く動揺している千条さんと、冷静に分析する内斗先輩。
同名カードという事は、このターンで最大3体のモンスターが並ぶ事になる。
最初のターンから3体のモンスターを呼ぶとは、何かあるな。
「さぁ、現れるでありんす! 虹の使徒オリエンタル!」
ばっと、右手を高くあげるキアラ。
緊張の一瞬。果たしてどんなモンスターが出てくるのか。
会場中の視線がキアラの方に集中する。そして――
何も、起こらなかった。
「……ん?」
不思議そうな声を出す千条さん。
キアラが、首をかしげる。
「あ、あれ? 何で出てこないでありんすか? おーい!」
ペチペチと、自分の決闘盤を叩くキアラ。
何が何だか分からないでいると、アルバートが大きな声で言った。
「キアラ! オリエンタルはフィールドから墓地に送られた時に効果発動だよ!
デッキから墓地に送られても、効果は発動しないって!」
「……へ?」
アルバートの言葉を聞き、声をあげるキアラ。
そしてハッと気が付いたように、
「そ、そういえば、そうだったでありんす……」
ぼそりと、呟いた。
その場にがっくりと膝をつくキアラ。
ひらひらと、決闘盤からオリエンタルのカードが落ちる。
虹の使徒オリエンタル
星3/水属性/天使族/ATK0/DEF2000
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
「虹の使徒オリエンタル」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。
ざわざわと、ざわめく観客達。
天野さんがおずおずと、口を開く。
「え、えっと、つまり、あれって……」
「……プレイングミスだね」
内斗先輩が、静かに答えた。
沈黙。微妙な空気が流れる中、エリシアが笑う。
「まさに、天才的なカードプレイミスですわね」
ころころと、楽しそうな様子のエリシア。
日華先輩が腕を組みながら、苦しそうに言う。
「い、いや。相手は天下のカナリア・ウェイブスだ。
ひょっとしたら、わざとミスして相手の油断を誘う戦略かも……」
「……あれでもですか?」
すっと、フィールドの方を指差す内斗先輩。
そこでは、キアラと観客席のシルヴィアが言い争いをしていた。
「まったく、どうして普段の貴様はそう集中が切れやすいんだッ!!」
「仕方ないでありんしょー! 今日は既に1回決闘したんでありんすからー!」
「たかだか1回程度の決闘で実力が半分以下に落ち込むか、普通ッ!?
そんな事だから、普段の貴様はアルバート様と並んでダメなんだッ!」
「な、何を言うでありんすか! アルバート殿はともかく、あちしには謝るでありんす!」
ぎゃあぎゃあと、決闘そっちのけで騒いでいる2人。
その迫力は、演技とかそういう類のものには見えない。
日華先輩が、おずおずとエリシアに尋ねる。
「えーっと……今言ってた、1回の決闘で実力が半分以下になるってのは――」
「あぁ、本当の事ですわよ」
にっこりと、微笑むエリシア。
「キアラはかなりの気まぐれで、おまけに集中力が弱いですから。
最初の1回はともかく、連続して決闘していると目に見えて実力が落ちますの。
今日は既に4回戦で1度決闘していますから、あんな感じなのですわ」
まるで世間話のように、軽々しく言うエリシア。
さすがの日華先輩も、どう反応していいか分からない様子だ。
「で、でも、最初の1回は物凄く強いんですよね?」
おずおずと、尋ねる天野さん。
エリシアが、ゆっくりと首を横にふる。
「いいえ。最初でも中の中くらいの実力ですわよ」
あっさりと、言い切るエリシア。
その様子からしても、嘘をついているようには思えない。
沈黙。フィールド中央での言い争いの声だけが、響く。
「……どうして、そんな人をチームに入れたんですか?」
理解できなさそうな表情を浮かべ、内斗先輩が尋ねた。
もっともな疑問だ。俺達4人の視線がエリシアへと向く。
紅茶をかき混ぜながら、エリシアが優雅に微笑んだ。
「それは、キアラがある特殊な能力を持っているからですわ」
「……はっ?」
同時に声をあげる日華先輩と内斗先輩。
俺と天野さんも、彼女の言葉を聞いてポカンとしている。
ゆっくりと、紅茶カップを持ちあげるエリシア。
「まぁ、どちらかというと、能力というよりジンクスに近いかしら。
いずれにせよ、キアラはある条件を満たす事で凄まじい力を発揮しますの。
それこそ、彼女の持つあざ名の如く。天才、欧州ナンバー1、そして……」
そこまで言った所で、紅茶カップを傾けるエリシア。
音もなく紅茶を飲むと、にっこりと微笑む。
カチャリと、カップを置いた時の音がその場に響いた。
「さぁ、お喋りはここまでですわ。決闘観戦といきましょう?」
優雅な動作で、フィールドを示すエリシア。
内斗先輩が、ずいと彼女に顔を近づける。
「1つだけ聞かせて下さい」
「何でしょうか?」
「この決闘、どちらが勝つと思いますか?」
ストレートに、核心を突く質問。
真剣な表情の内斗先輩と、微笑みを崩さないエリシア。
体育館に風が吹き抜ける中、ほんの少しだけ考える様子を見せる。
そしてゆっくりと、エリシアが口を開いた。
「まぁ、十中八九、キアラの負けでしょうね」
輝くような笑みを浮かべながら、答えるエリシア。
フィールド中央では、審判の女性が鋭い声で話している。
「それ以上遅延行為を続けると、失格にしますよ?」
「えぇっ、そんな、殺生でありんす!」
「でしたら、早く決闘を続けて下さい!」
いつになくキツい言葉を浴びせる審判の女性。
キアラがあたふたとした様子で、自分の手札を見る。
「う、うぐぅ。えーっと、じゃあ、うーん……」
考え込むキアラ。
だがその指はフラフラと手札の上を右往左往しているだけだった。
やがて、キアラが頭を抱えながら叫ぶ。
「だーもう! ターンエンドでありんすー!」
まるで考えるのを放棄したかのような様子のキアラ。
相手チームの面々も、ため息をついたり肩をすくめたりしている。
エリシアはのんびりと、それを見守っていた。
「……勝てるのかな?」
日華先輩が、期待にも似た声を出す。
その言葉に、何も答えられないでいる俺達。
エリシアはただ黙って、紅茶を飲んでいる。
蒼い空の下、柔らかな風が吹き抜けた……。
第四十四話 "Wizard" have the strange rainbow
晴れ晴れとした太陽の光が、扉から差し込む。
風丘高校の体育館。揺れる空気。
熱気が渦巻き、肌を突き刺すように動く。
流れる強い緊張感。まさに、激しい戦いの最中。
「俺のターン!」
熱気を切り裂くように、小柄な黒髪の少女が叫ぶ。
勢いよくカードを引き、さっと手札に目を通す千条さん。
その大きな黒い瞳が、揺れる。
千条明 LP4000
キアラ LP4000
対するは、金色の髪を猫の耳のように逆立てた異国の少女。
自称アイルランドの天才――キアラ・ハミルトン。
そして彼女の場に立つは、赤い羽根を広げた鎧天使。
虹の使徒ヴァーミリオン
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「虹の使徒」と名のついたモンスターを
1体選択して墓地に送る事ができる。
虹の使徒ヴァーミリオン。
見たことのないカード。隠されているであろう未知の戦略。
本来ならば油断ならない状況だ。だが――
「暑いでありんす〜ッ!!」
のん気な声が、体育館に大きく響いた。
不満げに、ぶんぶんと腕を振り回すキアラ。
「どーしてここにはエアコンがないでありんすかー!
文明の利器がある以上、それに準ずるべきでありんすよー!」
誰に言うという訳でなく、ぎゃあぎゃあと騒いでいるキアラ。
向こうの方で観戦していたシルヴィアが、バンと床を叩く。
「集ッ中ッしろッッッ!!」
周りの騒音をかき消して響き渡るシルヴィアの声。
ぴたりと、観客の間から会話が消える。
だがキアラ自身は、止まらない。
「そんな事言われても、暑いものは暑いでありんすよー!
誰かアイスキャンディー買ってきて欲しいでありんすー!」
決闘そっちのけで、駄々をこねるキアラ。
エリシアが頬づえをつきながら、その様子を見守っている。
「完全に集中が切れてますわね〜」
目を細めながら、のんびりとした様子のエリシア。
日華先輩が紅茶カップを片手に、尋ねる。
「そんな気楽な感じでいいのかい? 大事な試合なのに」
カップを持っていない方の手を広げ、
いかにも呆れたような格好を見せる日華先輩。
だがエリシアはその言葉に、あっさりと頷く。
「えぇ。だって、昨日の時点で分かってましたから」
「え?」
「言ったでしょう。キアラはある特定の条件の時は無敵になる、と。
その特定の条件が、今日は無理そうだという事は、
昨日の時点で既に分かっておりましたわ」
紅茶のカップに視線を向けながら、答えるエリシア。
内斗先輩がムッとした表情で、尋ねる。
「で、その『特定の条件』ってのは、一体なんなんですか?」
鋭い視線をエリシアに向けながら、一言一句ゆっくりと言う内斗先輩。
ざわざわと、その周りの空気が揺れている。
溢れる暗い殺気。緊張する俺達。
「さぁ?」
エリシアが、はぐらかすように首をかしげた。
紅茶カップを片手に、ころころとした笑みを見せるエリシア。
だが内斗先輩が睨み続けているのを見て、その顔から笑みが消えた。
ため息をつくエリシア。
うやうやしい動作で、手を広げる。
「まったく。別に教えても構いませんが、
正直に申しまして、あなたは信じないと思いますわよ?」
「信じる信じないは、僕が決めますよ」
冷たい声を出し、エリシアを睨み続ける内斗先輩。
2人の視線が空中でぶつかる。さらに張りつめて行く空気。
数秒の沈黙の後、エリシアが手をあげた。
「仕方ありませんわね……」
そう呟き、ちょいちょいと内斗先輩を手招きするエリシア。
内斗先輩が座っているエリシアへと顔を近づける。
先輩の耳に、手を当てるエリシア。
「キアラが実力を発揮する条件は――」
そこから先は、俺達には聞こえなかった。
とても小さな声で、何かささやいているエリシア。
やがて、内斗先輩の耳から手を放す。
「いかがかしら? 信じますか?」
微笑を浮かべながら、尋ねるエリシア。
渋い表情を浮かべている内斗先輩。
「…………」
しばし沈黙した後、内斗先輩は首を振った。
そのまま、決闘が行われている方へと視線を向ける内斗先輩。
エリシアが肩をすくめる。
「ですから、言っても信じないと申しましたのに……」
不満気に言い、紅茶カップを傾けるエリシア。
内斗先輩の反応から察するに、どうやら相当特殊な条件らしい。
無言の内斗先輩。俺達もまた、フィールドへと視線を向ける。
「俺は神獣王バルバロスを攻撃表示で召喚!」
6枚ある手札の中から1枚を選ぶ千条さん。
叩きつけるようにカードを出すと、そこに描かれた獣が実体化する。
神獣王バルバロス
星8/地属性/獣戦士族/ATK3000/DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。
上級モンスター、神獣王バルバロス。
だが奴は自身の能力により、生け贄なしで通常召喚する事が可能だ。
場に現れる金色のタテガミを持つ獣。赤い槍を片手に、吼える。
神獣王バルバロス ATK1900
「うっ、攻撃力1900……」
バルバロスを見て、表情をしかめるキアラ。
手札を見て少しだけ考えた後、千条さんが腕をあげる。
「バトルだ! バルバロスで、虹の使徒ヴァーミリオンを攻撃!」
雄たけびをあげ、槍を振り回す神獣王。
空気が震える中、まるで疾風のように天使へと近づく。
巨大な赤い槍が天使の体を貫き、砕いた。
キアラ LP4000→3900
「ふぎゃあ!」
衝撃を受けて、声をあげるキアラ。
ペタリと、その場に尻もちをついて倒れる。
「うぐぅ、痛いでありんすぅ……」
しくしくと、悲しげに呟くキアラ。
シルヴィアがギリギリと歯を鳴らしている。
「これは、本格的にダメそうですね」
薔薇の花を愛でながら、ローランドが呟いた。
アルバートが不安そうに、キアラの事を見守っている。
「……お前、本当に天才なのか?」
かなり疑わしそうに尋ねる千条さん。
だがキアラの返答を待つ事もなく、首を振る。
「まぁ、なんだっていいさ。相手が誰であろうと、
俺の前に立ちはだかる者は許さない! それだけだ!」
ばっと、勢いよくキアラを指差す千条さん。
その指が、1枚のカードをはさむ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
場に、裏側表示のカードが1枚浮かび上がった。
これで、彼女の場にはバルバロスと伏せカードが1枚。
他するキアラの場には、1枚もカードがない。
「ば、バカにするなでありんす!
あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすよー!」
ばっと、怒ったような表情で立ちあがるキアラ。
決闘盤を構えなおすと、手を伸ばす。
「あちしのターン! ドローでありんす!」
勢いよく、カードを引くキアラ。
だが手札にあるカードを見ると、その表情が暗くなる。
「えーっと、墓地には虹の使徒が2体いるでありんすから、
ここをこうして、いや、それともこっちを……」
ふらふらと、手札の上を浮遊するキアラの手。
悩んでいるというより、その表情はどのカードを
使えばいいのか分からない、といった様子だった。
「重傷ですわ〜」
軽口で、そう評するエリシア。
ざわざわと、騒がしく見守る観客達。
やがて、キアラがようやく手札の1枚を選んだ。
「あちしは虹の使徒ネープルスを召喚でありんす!」
フィールドに、黄色の羽根が舞い散った。
先程とは微妙に違うデザインの天使が降臨する。
一瞬だけ浮かび、消える虹。
虹の使徒ネープルス ATK800
「ネープルスの効果発動!」
ばっと、指を伸ばすキアラ。
「このカードを生け贄に、墓地の虹の使徒を特殊召喚するでありんす!」
虹の使徒ネープルス
星2/水属性/天使族/ATK800/DEF800
自分フィールド上に存在するこのカードを生贄に捧げる事で発動できる。
自分の墓地に存在する「虹の使徒」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「虹の使徒ネープルス」を特殊召喚することはできない。
「蘇生効果か……」
口元に手を当てながら、呟く千条さん。
キアラが決闘盤からネープルスのカードを抜き、墓地に送る。
「ネープルスを生け贄に、墓地の虹の使徒オリエンタルを特殊召喚!」
天使の身体が光に包まれ、そのまま消えた。
代わりに別の光が浮かび上がり、中から別の天使が姿を現す。
青い羽根を閉じ、膝をつく格好で、鎧天使が優雅に降り立った。
虹の使徒オリエンタル
星3/水属性/天使族/ATK0/DEF2000
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
「虹の使徒オリエンタル」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。
虹の使徒オリエンタル DEF2000
「ふふん、オリエンタルの守備力は2000!
あんたのバルバロスじゃ敵わないでありんすよ!」
えっへんと、胸を張りながらそう言うキアラ。
無言の千条さんを前に、微笑むキアラ。
「これで、しばらくは耐えられるでありんしょう。ターンエンドでありんす!」
またも、カードを伏せずにターンを終了するキアラ。
どうも、本気であの布陣で耐えきれると思っているらしい。
向こうのチームの連中からため息が漏れる中、千条さんが言う。
「俺のターン!」
カードを引き、手札に加える千条さん。
素早く、手札のカードを選ぶ。
「魔法発動、バーサーク・ドロー!」
カードを見せる千条さん。
「この効果で、俺は手札のウィングド・ライノを墓地へと送り、
デッキからカードを2枚ドローする!」
バーサークドロー 通常魔法
手札から獣戦士族のモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
ウィングド・ライノ
星4/風属性/獣戦士族/ATK1800/DEF500
罠カードが発動した時に発動する事ができる。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを持ち主の手札に戻す。
カードを墓地へと送り、さらにデッキからドローする千条さん。
キアラはのほほんとした様子で、それを眺めている。
「なにをボーッとしている、キアラッ! もっと緊張感を持てッ!」
シルヴィアが痺れを切らしたかのように叫んだ。
だが当のキアラは、余裕そうに手をヒラヒラとさせる。
「大丈夫でありんすよ〜。あちしのオリエンタルの守備力を超える
モンスターなんて、そうは簡単には――」
「永続魔法発動、一族の結束!」
キアラの言葉を遮るように、千条さんが叫んだ。
千条さんの場に、1枚のカードが浮かび上がる。
「このカードの効果により、俺の場のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする!」
一族の結束 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
「へ?」
目を見開き、きょとんとした表情になるキアラ。
バルバロスの体に緑色のオーラが取りつき、筋肉が盛り上がる。
神獣王バルバロス ATK1900→2700
「こ、攻撃力2700でありんすとー!?」
驚いたように体をのけぞらせるキアラ。
だがすぐに、その顔に不敵な笑みを浮かべる。
「と、冗談はさておき。オリエンタルには仲間を呼ぶ能力があるでありんす!
それに守備表示ならば、あちしのライフにダメージは通らない。
当初の予定通り、時間稼ぎの戦略に破綻はないでありんすよー!
そこまで考えているだなんて、やっぱりあちしは天才でありんすね!」
えっへんと、物凄く得意そうな表情で語るキアラ。
まるで自慢できる内容じゃないのに、あの自信は凄いな……。
きゃぴきゃぴと、楽しそうな様子のキアラ。だが――
「激昂のミノタウルスを召喚!」
その思惑を破壊するカードが、一瞬にして現れた。
「ミノタウルスがいる限り、俺の場の獣戦士族は貫通能力を得る!」
「ふぇっ!?」
激昂のミノタウルス
星4/地属性/獣戦士族/ATK1700/DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の
獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、守備表示モンスターを攻撃した時にその
守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
激昂のミノタウルス ATK1700→2500
「か、貫通でありんすとー!?」
わりと本気で驚いた様子のキアラ。
あたふたとしている彼女を無視するようにして、千条さんが叫ぶ。
「バトル! バルバロスでオリエンタルを攻撃だ!」
雄たけびが響き、再び槍を構えるバルバロス。
今度は槍を薙ぐように動かし、力任せに鎧天使を粉砕した。
強い衝撃がフィールドを揺らす。
「わぎゃー!!」
キアラ LP3900→3200
衝撃を受けるキアラ。上がる悲鳴。
その痛さから涙目になりながら、手を伸ばす。
「お、オリエンタルの効果発動でありんす!
場から墓地に送られた時、同名カードを特殊召喚!」
場に青い光が2つ浮かび、その中からさっきと同じ天使が姿を現した。
先程と同じように、羽根を閉じて膝をつく。
虹の使徒オリエンタル DEF2000
虹の使徒オリエンタル DEF2000
「激昂のミノタウルスで、さらに攻撃だ!」
だがキアラの手にひるむ事もなく、腕を伸ばして宣言する千条さん。
ミノタウルスが持っていた斧を振りかぶり、思いっきり振り下ろした。
一刀両断され、天使の体が砕ける。巻き起こる衝撃波。
「ふぎぃーん!!」
キアラ LP3200→2700
衝撃で身体をふらつかせながら、目を回しているキアラ。
ライフへのダメージもさることながら、やはり集中力の欠如が致命的だ。
既に向こうのチームでは、諦めムードが漂っている。
「やはり、ダメだったか……」
がっくりと肩を落としているシルヴィア。
ローランドは黙って、肩をすくめて微笑んでいる。
「キアラ……」
心配そうに、アルバートが呟く。
千条さんがばっと、腕を動かした。
「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
自信満々に、響き渡る千条さんの声。
彼女の場にさらに伏せカードが増えた。これで2枚。
ふらふらとしていたキアラの動きが、止まる。
ゆっくりと顔をあげ、怒ったような表情を見せるキアラ。
鋭い視線を向けながら、キアラが千条さんを指差す。
「ぐっ、このままじゃ終わらないでありんすよ!」
いつになく真剣な声で、キアラが言う。
手を伸ばし、デッキからカードを引くキアラ。
「あちしのターン!」
カードを引き、手札を見るキアラ。
その手に握られているカードは5枚。
今度は考える様子もなく、素早くカードを選ぶ。
「あちしは虹の使徒ターコイズを召喚でありんす!」
場に光が現れ、その中からまたも鎧天使が現れた。
深い青、藍色の翼をはためかせながら、優雅に降臨する天使。
フィールドに虹がかかり、消える。
虹の使徒ターコイズ ATK1800
「今度は青い天使か……」
僅かに警戒する様子を見せながら、そう呟く千条さん。
キアラがばっと、手を伸ばす。
「ターコイズの効果発動! 1ターンに2度まで、
墓地に存在するカードを1枚選択してデッキに戻すでありんす!」
虹の使徒ターコイズ
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
墓地に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを持ち主のデッキに戻す。
この効果は1ターンに2度まで使用できる。
「墓地のカードを戻す効果か……」
観戦している日華先輩が呟いた。
難しそうな表情を浮かべながら、考える様子の日華先輩。
「正直、理解できないね。彼女、キアラ君が使っているデッキ。
いったいどんなコンセプトのデッキなんだい?」
向かいでくつろいでいるエリシアに、顔を向ける日華先輩。
確かに、彼女が使っているカード効果には一貫性がまるでない。
一部コンボになりそうな組み合わせはあるが、それも大した効果ではなかった。
「キアラの使っているデッキ、ですか……」
紅茶をかき混ぜながら、呟くエリシア。
考える様子も見せながら、ゆっくりと話す。
「The Forbidden Rainbow、すなわち禁断の虹。
その名の通り、あまりに強力なために封印されたカードを
モチーフとして構成されておりますわ」
「……封印されたカード? あれが?」
キアラの場の天使を指差す日華先輩。
だがエリシアは、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、虹の使徒はあくまで補助のためのカード群。
キアラのデッキの核は、まだ1枚も登場しておりませんわ。
もっとも――」
紅茶をかき混ぜる手を止めるエリシア。
頬に手を当てながら、憂いある表情を見せる。
「あのデッキはあまりにピーキーすぎて、誰にも扱えませんの。
もちろん、今使用しているキアラも含めて、誰も。
まさに存在そのものが、禁断のデッキなのですわ」
「誰も、って……」
驚いたよう表情になる日華先輩。
エリシアがすっと、脇に置かれた砂糖をつまむ。
白く、綺麗にカットされた角砂糖。エリシアの口が動く。
「ただし――」
角砂糖を放すエリシア。
「例の条件を満たしたキアラなら、話しは別ですがね」
ゆっくりと、宙を落ちる角砂糖。
ポチャンという音と共に、その白い姿が紅茶の中へと消えた。
キアラの声が響く。
「ターコイズの効果で、あんたの墓地のウィングド・ライノをデッキに戻すでありんす!」
藍色の羽根が舞い散り、天使の体が輝いた。
旋風が巻き起こり、千条さんやキアラの髪や服が揺れる。
千条さんの決闘盤が、カードを吐き出した。
「くっ、ウィングド・ライノが……」
苦しそうな声を出す千条さん。
さらにたたみ掛けるように、キアラが叫ぶ。
「ふふーん! これによって、あんたの墓地のモンスターはゼロ!
よって一族の結束の効果は、消えるでありんすよ!」
一族の結束 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
神獣王バルバロス ATK2700→1900
激昂のミノタウルス ATK2500→1700
「ちっ……」
イラついたように、舌を鳴らす千条さん。
キアラがそれを見て、不敵な笑みを浮かべる。
「あれって、条件を満たしたって事かい!?」
先程とは打って変わった鋭いカードプレイに、驚く日華先輩。
だがエリシアは、のほほんと紅茶を飲みながら答えた。
「いいえ。ロウソクは消える直前が一番輝くというでしょう?
それと同じですわ。最後の悪あがきですわよ」
あっさりと、そう話すエリシア。
その口調からして、嘘を言っているようには思えない。
黙り込む日華先輩。内斗先輩は、鋭い視線を場に向け続けている。
「バトルでありんす! ターコイズで、激昂のミノタウルスを攻撃!」
ばっと、腕を伸ばしてそう宣言するキアラ。
この決闘が始まって以来、始めての攻撃だ。
藍色の翼を広げる天使。宙を舞うようにして、獣人へと近づく。
「罠発動! 重力解除!」
だが天使の手が獣人に触れる直前、千条さんが大きく叫んだ。
伏せられた2枚の内1枚が表になる。浮かび上がるカード。
「この効果で、全てのモンスターの表示形式を変更だぁ!」
「なっ!!」
重力解除 通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。
神獣王バルバロス ATK1900→DEF1200
激昂のミノタウルス ATK1700→DEF1000
虹の使徒ターコイズ ATK1800→DEF1400
虹の使徒オリエンタル DEF2000→ATK0
フィールドをねじ曲がるような違和感が駆け、
モンスター達がそれぞれの体勢を大きく変化させた。
攻撃的な格好は、守備的に。守備的な格好は、攻撃的に。
「くぅ、あちしの攻撃がー!」
悔しそうに、腕をぶんぶんとさせるキアラ。
攻撃を防いだ方の千条さんは、油断した様子もなくそれを見ている。
ばっと、キアラが手札から1枚のカードを手に取る。
「えぇい! 1枚カードを伏せて、ターンエンドでありんす!」
半ばヤケになったような口調のキアラ。
ようやく、キアラの場に伏せカードが現れた。
だが――
「馬鹿ッ! オリエンタルが攻撃表示のままじゃないかッ!」
シルヴィアが体を乗り出すようにしながら、叫んだ。
「あ」と小さく呟くキアラ。さっと、その顔から血の気が引く。
「し、しまったでありんすー!」
頭を抱えながら、大きく叫ぶキアラ。
横に立っている審判の女性が、冷たい視線を向ける。
「言っておきますけど、もう変更はできませんからね」
「そ、そんなでありんすー!!」
涙目になりながら、必死な様子のキアラ。
勝手にミスして大騒ぎしている彼女を見て、
日華先輩がホッとしたように呟いた。
「……やっぱり、千条君勝てそうだね」
どこか嬉しそうな様子の日華先輩。
エリシアも黙ったまま、うんうんとその言葉に頷いている。
決闘盤を構える千条さん。
「俺のターン!」
勢いよく、カードを引く千条さん。
場にはバルバロスと激昂のミノタウルス。そして伏せカードが1枚。
3枚ある手札の中から、1枚を手に取る。
「俺は場のバルバロスを生け贄に――」
バルバロスの体が光に包まれ、昇天するように消えた。
代わりに巨大な竜巻が、千条さんの真後ろに現れる。
「うっ、ぐっ……!」
身体をのけぞらすキアラ。
ばっと、千条さんがカードを掲げた。
「――暗黒のマンティコアを、生け贄召喚!!」
切り裂かれる竜巻。そしてその中より、凄まじい咆哮が響き渡る。
筋骨隆々とした身体に、ライオンのような頭。コウモリの羽根にサソリの尻尾。
巨大な威圧感と共に、そのいびつな獣が姿を見せる。
暗黒のマンティコア
星6/炎属性/獣戦士族/ATK2300/DEF1000
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。
「あ、暗黒のマンティコア……!」
苦しそうな表情になるキアラ。
千条さんが腕を伸ばす。
「さらに、バルバロスが墓地に行った事により、一族の結束が再発動する!」
一族の結束 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
暗黒のマンティコア ATK2300→3100
激昂のミノタウルス ATK1700→2500
一族の結束の力により、再び強力な力を得る獣戦士達。
緑色のオーラを纏いながら、点に向かって雄たけびをあげた。
まさに勝利の咆哮。びりびりと、空気が震える。
「ま、まずいでありんす……」
冷や汗をかきながら、そう呟くキアラ。
彼女の場にはモンスターが2体と伏せカードが1枚。
貫通効果がある以上、あの伏せカードによってはこのターンで――
「言ったろう! 俺は偉大なるファントム・ナイト!
俺の前に立ちはだかる奴は、誰であろうと許さないとな!」
千条さんが大きく叫んだ。
その言葉に、びくりと体を震わせるキアラ。
ばっと、腕を伸ばす千条さん。
「バトル! 暗黒のマンティコアで、虹の使徒オリエンタルを攻撃だ!」
獅子の顔が、狂気の色で歪んだ。
ばっと、凄まじい速度で飛びかかる暗黒のマンティコア。
血で塗れたような真っ赤な色の爪が、迫る。
「キアラッ!!」
アルバートがガバッと、立ちあがって叫んだ。
決着を予感させる一撃。これで決まるか!?
観客達が息を呑む中、キアラが目を鋭くする。
「あちしは負けない! あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすー!」
そう叫び、腕をあげるキアラ。
彼女の場に伏せられていたカードが、表になる。
「罠発動! スペクトル・バリアー!
この効果で、戦闘によるダメージを0にするでありんす!」
「ッ!」
顔をしかめる千条さん。
キアラの前に、虹色のバリアが張られた。
スペクトル・バリアー 通常罠
自分フィールド上に「虹の使徒」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
このターン自分へのダメージは全て0になる。
発動後、このカードをデッキの一番下に戻す事ができる。
マンティコアの攻撃によって、破壊されるオリエンタル。
だが戦闘によるダメージは、バリアに守られたキアラには届かない。
ほっとした表情になるキアラ。だがふと、首をかしげる。
「はて、あちしはこのカードをどうするべきなんでありんしょう?」
カードを見つめながら、考えるキアラ。
苦しそうに、額に指を当てる。
「せっかく戻す効果があるんだから、戻すべきなんでありんすかね?
それともこのまま、あえて墓地に送るべきなんでありんすかね?
悩むでありんす。なにか、すごく重大な事の気がするでありんす……」
ぶつぶつと、難しそうな表情で呟いているキアラ。
千条さんが、イラついたように叫ぶ。
「おい!」
「あぁ、気にしないで欲しいでありんす。
どうぞ、攻撃を続けるでありんすよ」
興味なさそうに、手をひらひらとさせるキアラ。
さらに何か言おうとする千条さんを、審判の女性が手で制す。
「放っておきましょう、幸い、この効果の選択は決闘の盤面に
影響を及ぼすとは思えません。ダメージも通りませんし、どうぞこのまま攻撃を」
淡々とした様子で、そう話す審判の女性。
それを聞いた千条さんが、渋々と頷く。
手を伸ばす千条さん。
「激昂のミノタウルスで、虹の使徒ターコイズを攻撃!」
獣人が斧を振りかぶり、天使をあっさりと粉砕した。
ガラスのように砕け、消えてなくなる天使。
だがキアラは、それさえも気にしていない様子だった。
「……戻すべきでありんすか、それとも墓地に送るべきでありんすか……」
ぶつぶつと、未だにカードを見ながら呟いているキアラ。
千条さんと審判の女性が、ため息をつく。
「おい、俺はもうターンエンドだぞ!」
千条さんがそう言うが、キアラは反応しない。
エリシアが、けげんそうに首をかしげた。
「……おかしいですわね?」
そう言って、後ろを振り返るエリシア。
彼女の後ろには体育館の扉があり、外の景色が見えている。
さんさんと晴れ渡る外を、ぼんやりと眺めているエリシア。
「どうかしたのかい?」
日華先輩が、エリシアに向かって尋ねる。
姿勢を元に戻すエリシア。
「いえ。ただ、キアラがまるで条件を満たした時のような言動を
見せたものですから、つい確認を」
「確認?」
「えぇ。ですが、やはり今日は条件を――」
そこまでエリシアが言った時。
ふっと、キアラが何かに気づいたように顔をあげた。
「あ……」
ぼんやりと、遠い所を見ているキアラ。
ゆっくりと、その口が言葉をつむぐ。
「雨……」
「え?」
声をあげて、後ろを振り返る千条さん。
体育館の外。太陽の光が、地面を照りつけている。
「雨なんて、どこにも――」
表情を曇らせながら向き直る千条さん。
だがその直後、
――ポツ、ポツ。
突如として、キアラの言う通り雨が降り出した。
驚いて、もう一度振り返る千条さん。
太陽の光は、まだ地面を照らしている。
「これは……!」
外を見ながら、目を丸くしているエリシア。
日華先輩が外を見ながら、言う。
「狐の嫁入り、つまり天気雨か。珍しい事もあるものだね」
その言葉に、頷く俺と天野さん。
内斗先輩だけが、目を見開いて外の様子を見ている。
ぼんやりとしながら、口を開くキアラ。
「……あちしは、スペクトル・バリアーを墓地に送るでありんす」
すっと、キアラが持っていたカードを墓地へと送った。
フィールドに、虹がかかる。
天気雨はますます勢いを増し、普通の雨と変わらない程になっている。
顔をあげるキアラ。にっこりと、微笑む。
「やっと、うっとうしい暑さがマシになったでありんすね。助かるでありんすよ」
手をひらひらとさせながら、からからと笑うキアラ。
その表情は穏やかで、余裕さえも感じられた。
千条さんが目を丸くしながら、尋ねる。
「なんだ、急に。ずいぶんと余裕そうだな?」
不審そうな表情を見せる千条さん。
沈黙。ざわざわと、観客達が騒ぐ声が2人の間を流れる。
キアラがふっと、肩をすくめた。
「当然でありんす。なぜならあちしは――」
その青い瞳を、千条さんへと向けるキアラ。
「――天才でありんすから!」
にっこりと、笑うキアラ。
その得も知れぬ自信が、見ていた俺達にまで伝わった。
困惑する中、キアラが手を伸ばす。
「あちしのターン!」
デッキからカードを引くキアラ。
引いたカードを見て、ニッと笑う。
「さぁ! いくでありんすよ!!」
大きく叫び、楽しそうに千条さんを指差すキアラ。
手札の中の1枚を、表にする。
「このカードは、自分の墓地のカードが7枚の時のみ、発動できるでありんす!」
「えっ!?」
「魔法発動! レインボウ・ボルト!」
勢いよく、決闘盤にカードを叩きつけるキアラ。
場に、1枚のカードが浮かび上がる。
雨音が響く中、キアラが言う。
「この効果により、あんたの場のモンスターを全て破壊するでありんす!」
「なっ……!」
レインボウ・ボルト 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
キアラの場に浮かんだカードが輝いた。
同時に虹色の雷撃が、千条さんの場に降り注ぐ。
強烈な衝撃と共に、砕け散る獣人達。
「こ、これは……!」
驚いた様子で立ちあがる日華先輩。
内斗先輩の頬を、冷たい汗が流れていく。
「くっ……!」
焼け野原になった自分の場を見て、目を鋭くする千条さん。
だがすぐに顔をあげると、叫ぶように言う。
「そ、それがどうした! その魔法が墓地に行けば、お前の墓地にあるカードは8枚!
もうそんなふざけたカードは発動できないぞ!」
もっともな意見を述べる千条さん。
だがキアラは指を伸ばし、笑う。
「甘いでありんす! ちょろいでありんす!
ちょろ甘でありんすねッ!!」
手札のカードを手に取るキアラ。
「あちしはアイルランドの天才! キアラ・ハミルトンでありんす!
天才的なカードプレイ、とくと拝むでありんすよ!」
ばっと、持っていたカードを表にするキアラ。
描かれているのは、虹の橋から降臨する天使の姿。
「魔法発動、虹の呼ぶ声!」
カードを決闘盤に出すキアラ。
「この効果で、墓地の虹の使徒を蘇生するでありんす!
さらに、このカードは発動後、デッキに戻る!」
「なにっ!?」
虹の呼ぶ声 通常魔法
自分の墓地に存在する「虹の使徒」と名のつく
モンスター1体を特殊召喚する。
発動後、このカードをデッキの一番下に戻す事ができる。
光が現れ、その中より藍色の翼を持つ天使が現れた。
墓地のモンスターが1枚場に戻り、さらに蘇生用のカードはデッキへ。
つまり、キアラの墓地にあるカードの枚数は――
再び、キアラのフィールドに虹がかかる。
「これで、7枚でありんす!」
得意げに、そう叫ぶキアラ。
手札のカードを、決闘盤に出す。
「魔法発動、レインボウ・ドロー!
この効果で、デッキから2枚ドローするでありんす!」
レインボウ・ドロー 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
カードから虹色の輝きが放たれる。
デッキからカードを引くキアラ。
墓地のカードが8枚になったからか、虹が消える。
「虹の使徒ターコイズの効果発動でありんす!」
先程復活した、藍色の翼を持つ天使を示すキアラ。
「その効果で、あちしの墓地のレインボウ・ボルトをデッキに戻すでありんす!」
虹の使徒ターコイズ
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
墓地に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを持ち主のデッキに戻す。
この効果は1ターンに2度まで使用できる。
藍色の天使の体が輝き、羽根が散らばった。
キアラの決闘盤から光が飛び出し、デッキへと消える。
フィールドに、虹がかかった。
「これでまた、7枚でありんすね!」
ふふんと、不敵な笑みを浮かべるキアラ。
引いたカードの内1枚を、表にする。
「魔法発動、レインボウ・ドロー!
もう1度、デッキから2枚ドローでありんす!」
「なっ……!」
レインボウ・ドロー 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
虹色の輝きに包まれ、さらにカードを引くキアラ。
またも虹が消え、藍色の天使の体が輝いた。
「虹の使徒ターコイズの効果で、墓地のレインボウ・ドローをデッキへ!」
藍色の羽根が宙を舞い、フィールドに虹がかかる。
「さらに手札より、虹の使徒マンダリンを守備表示で召喚するでありんす!」
今度は、橙色の翼を持つ天使が現れた。
オレンジ色の輝きに包まれた身体が、地上へと降り立つ。
「マンダリンが存在する限り、墓地に送られるあちしのカードを、
ゲームから除外する事ができるでありんす!」
虹の使徒マンダリン
星1/水属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードが表側表示で存在する限り、墓地へ送られる
自分のカードをゲームから除外する事ができる。
このカードは戦闘では破壊されない。
うやうやしく、繊細そうな翼を広げる鎧天使。
橙色の羽根が舞い散る中、キアラがさらにカードを出す。
「魔法発動、レインボウ・ストーム!」
場に浮かび上がるカード。
描かれているのは、虹色の旋風。
「この効果で、あんたの場の魔法・罠を全て破壊するでありんす!」
レインボウ・ストーム 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
「嘘ッ!?」
千条さんがそう言うのと同時に、場に虹色の旋風が吹き荒れた。
旋風は千条さんの場を飲みこみ、彼女の場のカードを粉砕する。
伏せられていた脅迫の選択と一族の結束が、墓地に送られる。
脅迫の選択 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の装備魔法カードを一枚選択し、自分の場のモンスターに装備する。
装備対象が正しくなかった場合、その装備カードを破壊する。
「さらにマンダリンの効果で、レインボウ・ストームはゲームから除外されるでありんす!」
発動し終わった魔法カードを、そのままポケットに仕舞うキアラ。
千条さんの場からカードがなくなり、さらにキアラの場には虹がかかっている。
「そ、そんなバカな……」
たった1ターンで、場の全てのカードを破壊された千条さん。
雨の降る音が響く中、キアラが腕を伸ばす。
「バトルでありんす! 虹の使徒ターコイズで、ダイレクトアタック!」
藍色の翼を大きく広げる鎧天使。
羽根が舞い散る中、強烈な竜巻が千条さんに襲い来る。
「きゃあっ!!」
暴風雨のような衝撃を受け、悲鳴をあげる千条さん。
決闘盤に表示されたライフポイントが減る。
千条明 LP4000→2200
苦しげに、表情を歪ませる千条さん。
顔をあげ、小さく呟いた。
「こいつ、急に……」
鋭い視線を向ける千条さん。
キアラは余裕そうに、微笑んでいる。
「こ、これって……!?」
慌てた様子で、エリシアの方を見る日華先輩。
メイド風の少女が、微笑む。
「あなた方にとっては残念ですが、その通りですわ。
まさかこのような不思議な現象があるとは……」
外の景色を眺めながら、答えるエリシア。
太陽の光の中、雨はざあざあと降り注いでいる。
「まさか、実力を発揮する特定の条件って……雨?」
おそるおそる尋ねる日華先輩。
エリシアが、頷く。
「ご名答。雨が降っている時のキアラは、
なぜだか分かりませんが凄まじい強さを発揮しますの。
はっきりいって、雨の日のキアラは無敵ですわ」
「む、無敵!?」
身体をのけぞらせ、信じれらないといった表情になる日華先輩。
俺や天野さんもまた、そんな訳の分からない話しは信じられなかった。
しかしエリシアは、ただ余裕気に微笑む。
「そうとしか評しようがないのですわ。なにせ非公式とはいえ、
キアラはあのエド・フェニックスさえ打ち負かしているのですわよ」
「なっ……!」
「え、エド・フェニックスって、あのトップ・プロのですか!?」
天野さんが驚いた様子で、声をあげた。
エリシアが紅茶カップを持ちあげて、頷く。
「えぇ。完膚なきまでに、キアラはフェニックス殿を叩きのめしましたの。
それによって、彼女は『不死鳥を越えし者』というあざ名を手に入れたのですわ。
どうかしら? 雨の日のキアラの実力、お分かりになられましたか?」
エリシアの言葉に、俺達は何も答えられなかった。
鮮やかなカードプレイに、熱狂した声をあげている観客達。
内斗先輩は、真っ直ぐに千条さんに視線を向けている。
「さぁ、キアラ! その実力、存分にお見せなさい!」
フィールドのキアラに向かって、エリシアが大きな声で呼びかけた。
キアラがぐっと、親指を曲げる。
「任せるでありんすよ、エリシア!」
自信満々な笑みを浮かべるキアラ。
さっきまでのふぬけた様子は、みじんも感じられない。
素早く、1枚のカードを手に取る。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドでありんす!」
場に裏側表示のカードが浮かび上がった。
あれだけの猛攻をしたにも関わらず、彼女の手札はまだ2枚。
レインボウ・ドローによる大量の手札補充が、効いている。
千条さんが、顔をあげた。
「な、なにが天才だ! たった1ターンの活躍で、良い気になるな!」
声を荒げ、決闘盤を構える千条さん。
チッチッチと、キアラが指を振る。
「天才かどうかは、1ターンあれば十分に証明できるでありんすよ!」
からからと余裕そうに微笑むキアラ。
千条さんが「くっ」と言葉を詰まらせる。
手札のカードを表にする千条さん。
「墓地の暗黒のマンティコアの効果発動! 墓地に送られたターンのエンドフェイズ、
手札の獣戦士を1枚生け贄に捧げて、復活する事ができる!」
ばっと、勢いよく手札のイグザリオン・ユニバースを墓地に送る千条さん。
大地が割れ、いびつな身体を持つ狂気の獣が飛び出してくる。
暗黒のマンティコア
星6/炎属性/獣戦士族/ATK2300/DEF1000
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。
暗黒のマンティコア ATK2300
「俺のターン!」
カードを引く千条さん。
素早く、手札のカードを場へと出す。
「漆黒の戦士 ワーウルフを攻撃表示で召喚!」
場に、一陣の風と共に一頭の黒狼が現れる。
漆黒の戦士 ワーウルフ
星4/闇属性/獣戦士族/ATK1600/DEF600
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。
「よし! これで相手の伏せカードは封じた!」
日華先輩が大きく声をあげた。笑うエリシア。
千条さんが、手を伸ばす。
「バトルだ! 暗黒のマンティコアで、虹の使徒ターコイズを攻撃!」
狂気に満ちた獣が雄たけびを上げ、天使に向かって飛びかかった。
油断なく、鋭い視線を向けて相手を観察している千条さん。
(ターコイズは地味だが、間違いなくあいつのデッキのキーカードだ。
ワーウルフで罠が使えない今の内に、叩き潰す!)
真っ赤に染まった爪が宙を切る。
無言のままにそれを眺めているキアラ。そして――
狂獣の爪が、天使の体を引き裂いた。
キアラ LP2700→2200
「と、通ったか……」
ホッとしたように、息を吐く千条さん。
キアラが無言で、ターコイズのカードを墓地へと送る。
フィールドから虹が消えた。
「除外しない……?」
キアラのプレイを見て、呟く日華先輩。
だが千条さんはその事に関心を払う様子はなかった。
内斗先輩が、目を鋭く細める。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
手札に残っていた最後のカードを場へと伏せる千条さん。
これで彼女の手札は0。苦しげではあるが、
なんとかして先程のターンの損失を挽回しようとしている。
「さぁ、あちしのターンでありんすね!」
雨音が響く中、キアラが大きく叫んだ。
すっと、華麗なる動きでデッキからカードを引くキアラ。
心の底から楽しそうな声で、言う。
「あたしは虹の使徒マンダリンを生け贄に、虹の使徒マラカイトを召喚でありんす!」
ばっと、カードを掲げるキアラ。
橙色の翼を持つ天使の体が、光になって消える。
「生け贄召喚!?」
目を大きく見開く千条さん。
キアラが微笑みながら、カードを決闘盤に出した。
場に、翡翠色の羽根がさっそうと舞い散る。
虹の使徒マラカイト ATK2400
「ここにきて、上級モンスターか……!」
苦い表情で呟く日華先輩。
キアラが、指を伸ばす。
「虹の使徒マラカイトの効果発動! 召喚成功時、墓地に存在する
レインボウと名のついた魔法カードを1枚、手札に加えるでありんす!」
虹の使徒マラカイト
星6/水属性/天使族/ATK2400/DEF2000
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する「レインボウ」と名のついたカードを
1体選択して手札に加える事ができる。
翡翠色の翼を広げ、輝く天使。
キアラの決闘盤が1枚のカードを吐き出す。
「あちしはレインボウ・ドローを手札に加えるでありんす!」
ひらひらと、カードを見せびらかすキアラ。
だが彼女の墓地に存在するカードはまだ8枚。
フィールドに虹はかかっていない。
「くっ。発動もできないカードを回収した所で、そんなに得意げになるな!」
キアラに向かって、怒鳴るように言う千条さん。
だがキアラはふっと、肩をすくめて笑う。
「何回も言わせないでほしいでありんすよ!
あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんす!」
青色の瞳を向け、そう宣言するキアラ。
ばっと、腕を伸ばす。
「罠発動! 転生の予言!」
「なにっ!?」
キアラの場に伏せられていた唯一のカードが表になる。
そこにあったのは、攻撃を防ぐカードでもなければダメージを防ぐカードでもない。
墓地にあるカードを操作する、フリーチェーンのカードだった。
転生の予言 通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
「あんたの考えなんて、全部お見通しでありんすよ!」
得意そうに、そう宣言するキアラ。
その言葉にブラフ的な感情はまったくこもっていない。
本当に、千条さんの戦略を全て見透かしているようだった。
「あちしは墓地の虹の使徒ネープルスと、スペクトル・バリアーをデッキへ!」
キアラの決闘盤がさらに2枚のカードを吐き出した。
それをデッキに戻し、シャッフルするキアラ。
さらに転生の予言自体が、墓地へと行く。
フィールドに、虹がかかった。
「さぁ! いくでありんすよ!!」
不敵に笑いながら、カードを構えるキアラ。
勢いよく、カードを叩きつける。
「魔法発動、レインボウ・ドロー! 2枚ドローでありんす!」
レインボウ・ドロー 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
虹色の光に包まれながら、カードを引くキアラ。
これで彼女の手札は4枚。そして虹が消える。
「魔法発動、二重召喚!」
さらに素早くカードを出すキアラ。
場にカードが浮かび上がる。
二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。
「通常召喚を2回……?」
油断なく、緊張した様子で呟く千条さん。
観戦していた内斗先輩が、ぼそりと呟く。
「これで、墓地は9枚……」
ざあざあと、外で降る雨の音が大きくなった。
キアラが、カードを指ではさむ。
「あちしは虹の使徒ネープルスを召喚するでありんす!」
場に、黄色の翼を持つ天使が再び降臨した。
そしてすぐに、その身体が光に包まれる。
「ネープルスの効果で、ネープルスを生け贄に捧げるでありんす!」
虹の使徒ネープルス
星2/水属性/天使族/ATK800/DEF800
自分フィールド上に存在するこのカードを生贄に捧げる事で発動できる。
自分の墓地に存在する「虹の使徒」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「虹の使徒ネープルス」を特殊召喚することはできない。
ばっと、腕を天に向けて伸ばすキアラ。
「復活せよ、虹の使徒ターコイズ!」
得意そうに微笑みながら、キアラがそう宣言した。
光が弾け、中から藍色の翼を持つ天使が現れた。
ゆっくりと、地上に降り立つ天使。羽根が散らばる。
虹の使徒ターコイズ
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
墓地に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを持ち主のデッキに戻す。
この効果は1ターンに2度まで使用できる。
「また、そいつかっ……!」
苦しそうに、目を鋭くさせる千条さん。
日華先輩もまた、緊張した様子で唾を飲む。
「ここまで計算して、ターコイズをゲームから除外しなかったのか……!」
前のターンでの行動に、答えを出した日華先輩。
天野さんが尋ねる。
「で、でも、ああも都合よく自分の必要なカードが引けるかどうかは……」
もっともな事を言う天野さん。
だが横に座るエリシアが、くすくすと笑いながら答えた。
「雨が降っている時のキアラに、常識は通用しませんわ。
大方、きっとそうなる気がしたのでしょう。ゲームメイクや
ゲームの流れを読む点、そして勘においても、キアラは天才ですわ」
あっさりとした口調で、そう話すエリシア。
確かに、少なくとも今のキアラが先程と違うのは確かだ。
バカげた事だが、認めるしかないのかもしれない。
雨が降っている時のキアラは、紛れもなく天才だ。
「虹の使徒ターコイズの効果発動! あちしの墓地の
レインボウ・ドローと転生の予言をデッキへ!」
天使の身体が輝き、藍色の翼が舞い散る。
キアラの決闘盤から光が2つ飛び出し、デッキに消えた。
そして、フィールドに虹がかかる。
「魔法発動、レインボウ・ボルト!」
カードを出すキアラ。
「もう一度、あんたの場のモンスターを全滅させるでありんす!」
「!!」
レインボウ・ボルト 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
虹色の雷撃が千条さんの場を襲う。
強烈な閃光と共に砕け散るモンスター達。
これで、千条さんの場には、伏せカードが1枚のみ。
「見たでありんすか! あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすー!」
声高らかに、そう宣言するキアラ。
そのまま勢いよく、腕を伸ばす。
「虹の使徒マラカイトで、ダイレクトアタックでありんす!」
翡翠色の羽根を散らばせながら、腕を振り上げる鎧天使。
マラカイトの攻撃力は2400。千条さんのライフは2200。
この攻撃が通れば、終わりだ。
天使の腕が迫る。前を向いている千条さん。
「――罠発動」
ぼそりと、その口から言葉がもれた。
千条さんの場に伏せられたカードが表になる。
そこにあったのは――
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「いつまでも……良い気になるなーッ!!」
千条さんが声を張り上げた。
ばっと、決闘盤を構える千条さん。
「俺は神獣王バルバロスを、墓地から特殊召喚する!」
カードを叩きつけるように決闘盤へ出す千条さん。
金色の閃光と共に、獅子のタテガミをなびかせながら、
赤い槍を構える獣人が現れた。
神獣王バルバロス
星8/地属性/獣戦士族/ATK3000/DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。
「バルバロス! 墓地から蘇生したから、攻撃力は元の3000のままか!」
日華先輩が嬉しそうな様子で叫ぶ。
観戦していた連中からも、「おおっ」という声が漏れた。
攻撃を中断する鎧天使。キアラが、頬をふくらませる。
「もー! せっかくカッコよく決めようと思ってたのにでありんすー!」
ぷんぷんと、怒った様子のキアラ。
状況に反して、彼女には追い詰められた様子が全くない。
むしろ余裕そうに、この決闘を楽しんでいた。
「カードを1枚伏せて、エンドでありんすよー!」
手札にあった最後の1枚を伏せ、ターンを終わらすキアラ。
これで彼女の場には2体の虹の使徒と伏せカードが1枚。
対する千条さんの場には、リビングデッドで蘇ったバルバロスのみ。
手札は互いに0。勝負の行方は、まだ分からない。
雨の音が、体育館の中まで響く。
「俺のターンッ!」
声をあげ、カードを引く千条さん。
だがドローしたカードはそこまで良くなかったのか、
くっと苦しげな表情を浮かべた。
悩ましげな千条さん。時間だけが、流れていく。
「よし、これでいい……」
だがそんな千条さんの様子を見て、日華先輩はそう呟いた。
俺と天野さんが先輩に視線を向ける。フッと微笑む日華先輩。
「簡単な事さ。このまま時間を稼げば、雨がやむかもしれないじゃないか。
雨さえやめば、キアラ君も最初のアレな状態に逆戻りとなる。
そうなれば、この試合はもらったも同然だよ」
自信満々に、そう話す日華先輩。
なるほど、確かに彼女が実力を発揮するのは雨の時のみ。
雨があがってしまえば、もうあの複雑怪奇なデッキは操れない。
「随分と、卑怯な事を考えなさるのですわね?」
エリシアが不満そうな表情を浮かべながら言った。
ガチャンと、紅茶カップが大きい音を立てて置かれる。
肩をすくめる日華先輩。
「こっちも必死なんでね。それに卑怯とは人聞きの悪い。
戦略的判断と言ってほしいね。まぁ、美しくないのは認めるけど……」
最後の方は小声で言う日華先輩。
なんだかんだで、先輩としてもすっきりとしない作戦ではあるらしい。
視線を千条さん達の方へと戻す日華先輩。
「問題は、千条君がそれに気付き、実行してくれるか、という所かな」
真っ直ぐに、千条さんを見つめる日華先輩。
内斗先輩もまた、無言で彼女に視線を送っている。
カードを片手に、千条さんが前を向いた。
(時間を稼ぐんだ……)
のほほんとしているキアラを見る。
(悔しいけど、あいつは本当に天才だ。正直私じゃ勝てる気がしない。
だけど、弱点はある。さっき、観客席の方から聞こえてきた会話――)
先程の日華達の会話を思い起こす。
雨が降っている時は無敵。逆に晴れていれば最弱。
もしそれが本当ならば、勝つ方法は1つ。
(雨がやむのを祈りながら、なるべく時間を稼いでプレイする。
そうすれば、上手くいけば雨がやんで勝つ事ができるかもしれない。
チームは既に一敗している。ここで私が負ける訳には……)
じりじりと、考えが煮詰まっていく。
雨が降っているとはいえ、まだ蒸し暑い。頬を汗が流れた。
(そう、勝つためには、ここは――)
そこまで考えた所で、私の手が止まった。
脳裏に浮かぶのは、金色をなびかせる姿。
『俺の前に立ちはだかる奴は、誰であろうと許さない……』
私は首を横にふった。
そう、このデッキは内斗様が私に預けて下さった物だ。
だから私はファントム・ナイトを名乗り、その姿を真似していた。
もし内斗様がこの場に立っていたら……
その時、内斗様がする事は決まっている。
だったら、私はそれを真似すればいい。
例え内斗様本人には及ばなくとも、私は、私は――
「――私は偉大なるファントム・ナイト様だ!
私の前に立ちはだかる奴は、誰であろうと許さないッ!!」
大きく、私の声が体育館に響いた。
ばっと、カードを構える。
「いくぞ、キアラ・ハミルトンッ!!」
真っ直ぐにキアラの方を睨みながら、指差す。
キアラがフッと、不敵に微笑んだ。
「やっぱり、真正面から挑むか。ま、そうでないとね」
日華先輩がそう言って、肩をすくめた。
どこか楽しそうな様子で身を乗り出す日華先輩。
口の所に手を当てながら、日華先輩が叫ぶ。
「よし、千条君! 内斗君仕込みの豪快な力を見せてくれたまえ!」
その言葉に、頷く千条さん。
会場中から大きな歓声があがり、熱気につつまれる。
カードを持ったまま、千条さんが手を伸ばした。
「バトルだ! 神獣王バルバロスで虹の使徒ターコイズを攻撃! 神殺しの斬撃ッ!」
大きな咆哮をあげ、赤い槍を片手に敵陣に突っ込むバルバロス。
疾風の如く駆け、藍色の天使の前へと立つ。巻き起こる砂煙。
力任せに、獣が持っていた槍で天使の身体を貫いた。
天使の身体が砕け、衝撃が起こる。
僅かに顔をしかめるキアラ。
キアラ LP2200→1000
これでライフポイントの面では、千条さんがキアラを上回った。
しかもターコイズが破壊されたため、彼女の墓地は9枚。
墓地が7枚の時しか発動できないレインボウ系の魔法は、使えない。
「よし、これなら……」
日華先輩が呟いた。
さらに千条さんが、持っていたカードを決闘盤に。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
裏側表示のカードが1枚増える。
これでまたも、千条さんの手札は0。
総力戦が続く。
「誰であろうと止める事はできない!
あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすー!」
キアラが笑いながら、千条さんを指差した。
自信満々にカードを引くキアラ。
すぐに、引いたカードを決闘盤に出す。
「魔法発動、貪欲な壺!」
貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ここでそれを引くか……!」
千条さんが苦しげに呟く。
キアラの決闘盤が、5枚のカードを吐き出した。
ヴァーミリオン、マンダリン、そしてオリエンタルが3枚。
それらをデッキに戻し、シャッフルする。
虹の使徒ヴァーミリオン
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「虹の使徒」と名のついたモンスターを
1体選択して墓地に送る事ができる。
虹の使徒マンダリン
星1/水属性/天使族/ATK0/DEF0
このカードが表側表示で存在する限り、墓地へ送られる
自分のカードをゲームから除外する事ができる。
このカードは戦闘では破壊されない。
虹の使徒オリエンタル
星3/水属性/天使族/ATK0/DEF2000
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
「虹の使徒オリエンタル」を任意の数だけ表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
自分のメインフェイズ時に、手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このカードをデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローする。
デッキからカードを2枚引くキアラ。
すぐに、その内の1枚を表にする。
「そして虹の使徒ヴァーミリオンを攻撃表示で召喚!」
さっき戻したばかりのカードが、そこにはあった。
場に光が現れ、中から赤い翼の天使が姿を現す。
虹の使徒ヴァーミリオン
星4/水属性/天使族/ATK1800/DEF1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「虹の使徒」と名のついたモンスターを
1体選択して墓地に送る事ができる。
「そしてヴァーミリオンの効果で、あちしはデッキの虹の使徒ライラックを墓地に!」
天使の身体が輝き、赤い羽根が舞い散った。
デッキを広げ、その中の1枚を墓地へと送るキアラ。
紫色の翼を持つ天使が、そこには描かれていた。
虹の使徒ライラック
星4/水属性/天使族/ATK1600/DEF1400
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で発動できる。
手札に存在する「虹の使徒」と名のついたモンスターを特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン相手の
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならない。
「これで、彼女の墓地に存在するカードは合計6枚。まだ1枚足りないな……」
冷や汗をかいている日華先輩。
エリシアは面白そうに、微笑んでいる。
ばっと、キアラが腕を伸ばした。
「バトルでありんす!」
「!?」
驚く千条さん。
だがキアラは構わず、続ける。
「虹の使徒マラカイトで、神獣王バルバロスを攻撃!」
天使が拳を振り上げ、獣人へと飛びかかる。
カウンター気味に槍を突き出すバルバロス。
赤い槍に貫かれ、天使の身体がガラスのように砕け散った。
キアラ LP1000→400
ライフが残り僅かとなるキアラ。
だがそこに浮かんでいるのは、不敵な笑み。
「――これで、7枚でありんすね!」
マラカイトのカードを墓地へと送り、キアラがそう言った。
はっとなる千条さん。顔をゆがめ、苦しそうにキアラを見る。
フィールドに、虹がかかった。
「魔法発動! レインボウ・ストーム!」
手札に残っていた最後の1枚を表にするキアラ。
「あんたの場の魔法・罠を、破壊するでありんす!」
レインボウ・ストーム 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
「ぐっ……!」
キアラの出したカードを見て、声を漏らす千条さん。
虹色の旋風が巻き起こり、彼女の場の魔法・罠カードを全て砕いた。
そしてリビングデッドが破壊された影響で、バルバロスもまた破壊される。
リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
フォースフィールド カウンター罠
フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動を無効にし、
そのカードを破壊する。
伏せられていたフォースフィールドも含め、
決闘盤にセットされていた全てのカードを墓地へと送る千条さん。
これで、彼女の場と手札からカードが消えた。
「なにをしようと無駄でありんす!
なぜならあちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすから!」
人差し指を天に向かって伸ばしながら、微笑むキアラ。
千条さんは視線鋭く、その様子を眺めている。
「ターンエンドでありんすよ!」
弾むような声で、キアラがターンを終わらせた。
千条明 LP2200
手札:0枚
場:なし
キアラ LP400
手札:0枚
場:虹の使徒ヴァーミリオン(ATK1800)
伏せカード1枚
墓地:8枚
「まだ決闘は終わっていない! 例え相手が何者であろうと、私は負けない!」
気合いの入った声で、そう叫ぶ千条さん。
その手には何のカードもないにも関わらず、まだ彼女は諦めていなかった。
真っ直ぐに、前を向いている千条さん。デッキに手をかける。
「私の、ターンッ!!」
勢いよくカードを引く千条さん。
そして、叫んだ。
「魔法カード発動、死者蘇生ッ!!」
死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。
「千条君!」
日花先輩もまた叫んだ。
観戦していた内斗先輩が、ぎゅっと自分の腕を握る。
「この効果で、私は墓地の神獣王バルバロスを蘇生させる!!」
腕を伸ばし、高らかにそう宣言する千条さん。
粉塵が巻き起こり、フィールドを渦巻くようにして包み込む。
雄たけびが響き、獅子のタテガミを持つ獣人が再び姿を現した。
神獣王バルバロス
星8/地属性/獣戦士族/ATK3000/DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。
「バトル! 神獣王バルバロスで、虹の使徒ヴァーミリオンを攻撃! 神殺しの斬撃ッ!!」
地を揺らす咆哮を響かせ、槍を構える獣人。
地面を蹴り、疾風の如き早さで天使へと近づく。
血塗られた槍を片手に、獣人が顔を歪ませた。
「無駄でありんす! 凡庸でありんす!
凡無駄でありんすねッ!!」
キアラが叫びながら、腕を伸ばした。
「罠発動! スペクトル・バリアー!」
伏せられていたカードが、表になる。
スペクトル・バリアー 通常罠
自分フィールド上に「虹の使徒」と名のついたモンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
このターン自分へのダメージは全て0になる。
発動後、このカードをデッキの一番下に戻す事ができる。
「そいつは!」
目を鋭くさせる千条さん。
キアラがふふんと笑う。
「デッキに戻すという事は、こういう事でありんすよ!」
キアラの言葉を聞き、千条さんが顔をしかめた。
獣人の槍が天使の身体を貫き、破壊する。
だがダメージは虹色のバリアに守られ、通らない。
「さらにスペクトル・バリアーを、デッキの一番下へ!」
発動後のカードを、デッキに戻すキアラ。
これで彼女の墓地のカードは、これ以上増えない。
「くっ、ターンエンドだ!」
腕をなぐように動かして、そう宣言する千条さん。
再び、キアラのターン。場と手札にカードはなく、墓地は9枚。
だが彼女に、追い詰められた様子はみじんもない。
「あちしのターン!」
カードを引くキアラ。
そしてさも当然のように、カードを場に出した。
「魔法発動、虹の呼ぶ声!」
「!!」
虹の呼ぶ声 通常魔法
自分の墓地に存在する「虹の使徒」と名のつく
モンスター1体を特殊召喚する。
発動後、このカードをデッキの一番下に戻す事ができる。
「あれは……!」
言葉を詰まらせる日華先輩。
キアラが高らかに言う。
「この効果で、墓地の虹の使徒マラカイトを特殊召喚!」
カードを取り出し、見せつけるキアラ。
場に光が降り注ぎ、翡翠色の羽根が舞い散った。
虹の使徒マラカイト
星6/水属性/天使族/ATK2400/DEF2000
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する「レインボウ」と名のついたカードを
1体選択して手札に加える事ができる。
「そして、虹の呼ぶ声はデッキに戻るでありんす!
さらにマラカイトの効果で、墓地のレインボウ・ボルトを手札に!」
流れるように、カードを操作するキアラ。
翡翠色の羽根が散らばり、フィールドを包み込む。
決闘盤からカードが吐き出され、場に虹がかかった。
「魔法発動! レインボウ・ボルト!」
レインボウ・ボルト 通常魔法
自分の墓地に存在するカードの数が7枚の時のみ発動できる。
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
虹色の雷撃が降り注ぎ、千条さんの場が焼け野原となる。
不敵な笑みを浮かべながら、千条さんを指差すキアラ。
「言ったでありんしょう! 何をしようが、あちしを止める事はできない!
あちしは天才! キアラ・ハミルトンでありんすー!!」
その声は、体育館に大きく響いた。
黙り込んでいる千条さん。キアラが腕を伸ばす。
「虹の使徒マラカイトで、ダイレクトアタックでありんす!!」
翡翠色の羽根を広げ、大きく腕を広げる鎧天使。
閃光がフィールドを照らし、眩しさに目を細める。
羽根が舞い散り、全てが緑色に見えた。そして――
千条明 LP2200→0
静かに、決闘は終了した。
「ごめん……」
観客席の方まで戻ってきた千条さんが、頭を下げた。
その目はうるみ、しょんぼりとしたオーラにつつまれている。
両手を振る日華先輩。
「いや、負けたとはいえ凄く良い決闘だったよ。というか、相手が悪すぎた」
向こうの陣地の方へと帰っていくキアラに、視線を向ける日華先輩。
「まさかあんな決闘者がいるだなんて、想像した事もなかった。
世界は広いとは思っていたけど、まさかここまでとは……」
言葉をにごらせる日華先輩。
エリシアが、座ったまま肩をすくめる。
「まぁ、キアラは本当に特殊な方ですから、あまり参考にはなりませんわよ?」
その言葉に俺達は大きく頷いた。
あんな奴が、他にもいてたまるか。冗談じゃない。
ため息をついている千条さん。そこに、1つの影が近づく。
「あっ」
声をあげる日華先輩。
千条さんもまた、振り返ってはっとなる。
「な、内斗様……!」
「…………」
そこには、無言で立ち尽くす内斗先輩の姿があった。
鋭い視線を、千条さんへと向けている内斗先輩。
千条さんが、頭を下げる。
「す、すみません、内斗様!
内斗様のデッキを使ったのに、私、私……!」
頭を下げながら、あたふたとした様子で言葉をつむぐ千条さん。
エリシアが物凄く楽しそうに、その様子を見ている。
緊張が走る中、内斗先輩がゆっくりと口を開いた。
「なぜ、時間稼ぎをしなかった?」
「えっ……?」
「あの、悩んでいる時。お前も気付いていたんだろう。
時間を稼いで雨がやめば、勝てるかもしれない事に。
なぜ、お前はそれをしなかった?」
ゆっくりと、それでいて強い口調で、尋ねる内斗先輩。
千条さんが慌てた様子で、答える。
「そ、それは、その……。私は、内斗様のデッキを使ってます!
だ、だから、そういうやり方は、その、内斗様らしくないと思って……」
答えていく内に、どんどん声が小さくなっていく千条さん。
はぁと、大きく内斗先輩が息を吐いた。
すっと、千条さんに向かって腕を伸ばす内斗先輩。
「あぅっ……!」
怯えた様子で、千条さんが身体を震わせた。
とっさに、顔の前に腕を出す千条さん。
その閉じた目から、涙が数粒落ちる。
「な、内斗君!!」
日華先輩が驚き、声をあげた。
だが内斗先輩の腕は止まらない。
天野さんが口元に手を当てる。
そして――
「……よくやった」
ぽんと、千条さんの肩に内斗先輩の手が置かれた。
ポカンとした表情を浮かべる千条さん。
おそるおそる、尋ねる。
「な、内斗様? お、怒ってないんですか?」
それを聞き、渋い表情になる内斗先輩。
額に手を当てながら、ため息をつく。
「お前、俺の事、そういう風に思ってたのか……?」
「い、いえ! 決して! そういう意味では!」
慌ててフォローを入れる千条さん。
張りつめた空気が和らいでいく中、内斗先輩が話す。
「まぁ、お前が時間稼ぎだなんてショボい手を使った挙句負けたなら、
怒りの1つや2つあったかもしれないが、お前は正々堂々と戦って負けたんだ。
別にとやかく文句やら恨みごとやらを言う気はない」
普段と違い、荒々しい口調の内斗先輩。
千条さんが感動した様子で涙を流した。
「な、内斗様……!」
しくしくと、感動と敗北の悔しさの涙を流す千条さん。
フッと鋭く息を吐き、内斗先輩が口を開く。
「後は任せな、アキラ」
短く言い切り、千条さんに背を向ける内斗先輩。
真っ直ぐにデュエルフィールドの方を見ながら、たたずむ。
「そんな事を言っていいのかしら? ローランドは手強いですわよ?」
そんな内斗先輩に向かって、エリシアが言葉を投げかけた。
僅かに、後ろを振り向く内斗先輩。くすくすと、エリシアが笑う。
「キアラと違って、ローランドは純粋な実力者ですわ。あなたが敵うかしら?」
小悪魔じみた笑みを浮かべながら、そう尋ねるエリシア。
日華先輩が何か言おうとしたが、内斗先輩が手で制した。
真っ直ぐ、エリシアの方を見る内斗先輩。
「……僕、いや――」
目を鋭くさせる内斗先輩。
「――俺が負ける訳ないだろ」
低い声で、そう答える内斗先輩。
その迫力に気押されたのか、エリシアが体をのけぞらせた。
審判の女性が、声をあげる。
「それでは、これより第三試合を開始します!」
ざわついていた観客の声が消えた。
またも、張りつめた空気が体育館に流れる。
雨の降る音が響く中、風が静かに吹き抜けて行った……。
第四十五話 "Rose" have the beautiful thorns
風が吹き、体育館の中を通り抜けて行った。
雨の降る音をかきけすかの如く、騒いでいる観客達。
会場中に流れる緊張感とは別の『熱』が、そこからは感じられた。
何かに期待するように、視線を中央へと向けている観客達。
審判の女性が、右手をあげる。
「第3試合! フィーバーズ代表、神崎内斗選手!」
その言葉に、内斗先輩がゆっくりと立ち上がった。
黒髪を揺らし、いつになく真剣で鋭い表情の内斗先輩。
風丘高校の生徒達が歓声をあげ、拍手する。
「頼んだよ、内斗君……!」
祈るような口調で、日華先輩が呟いた。
チームは既に2敗。この試合を落とせば、俺達は終わりだ。
全てがかかった試合。期待の視線が、先輩へと集まる。
「そしてカナリア・ウェイブス代表、ローランド・フランクルス選手!」
審判の女性が左手をあげた。
そして、その瞬間――
「きゃー!! ローランド様ーッ!!」
爆発するような歓声が、あがった。
驚いたように、顔をあげる俺達。
黄色い歓声を背に、1人の金髪の少年が前へと出てくる。
薔薇を片手に、微笑む少年。ゆっくりと、両手を広げて言う。
「――ごきげんよう、麗しきお嬢さん方」
その言葉を聞き、さらにヒートアップする観客――
というより、白い制服を着た女子達。
口々に何か叫びながら、手を必死に振っている。
「な、なにこれ……」
引いたような表情で、日華先輩が呟いた。
エリシアが肩をすくめる。
「あぁ、いつもの事なので、気にしないでくださいな」
軽い口調で言うエリシアだが、
そう簡単に無視できるようなものではない。
「な、内斗様ー! 内斗様には私がいますよー!」
口に手を当てながら、叫ぶ千条さん。そういう問題でもない。
キャアキャアと、黄色い歓声に包まれている会場内。
「し、静かに! 静かにして下さい!」
必死に叫ぶ審判の女性。
だが物凄い歓声のせいで、その声もすぐにかき消されてしまう。
混沌とした会場内。だがそれも――
「ありがとう、お嬢さん方!」
ローランドの言葉が響くまでの間だった。
彼が口を開くや否や、ピタリと騒ぐのをやめる女子達。
集中した様子で、視線をローランドへと向ける。
「お嬢さん方の熱い思い――確かに、受け取りました。
後はこの薔薇の貴公子、ローランドにお任せを」
うやうやしく、女子の集団に向かってひざまずくローランド。
「ノースブルグ家に仕える騎士として、
君主であるアルバート様とあなた方に対し、
完璧なる勝利を、誓いましょう」
そこまで言い、立ち上がるローランド。
そして胸ポケットにさしていた薔薇の花を持つと、
微笑みながらウィンクする。
「美しきお嬢様達に、無上の幸福があらん事を!」
ローランドが、薔薇の花を観客の女子に向かって掲げた。
耳が痛くなるような凄まじい歓声が、女子達の間からあがる。
黄色い声を背に、ゆっくりとした足取りでフィールド中央へと向かうローランド。
内斗先輩を前にして、フッと微笑む。
「申し訳ないですね。お待たせしました」
薔薇の花を片手に、軽く頭を下げるローランド。
余裕そうな表情のまま、腕を自分の胸の前に当てる。
「改めて、自己紹介を。私の名はローランド・フランクルス。
薔薇の貴公子の異名を持つ、華麗なる決闘者……」
うっとりと、自分の言葉に酔った様子のローランド。
内斗先輩と審判の女性が、顔をしかめた。
頭を押さえながら、ため息をつく内斗先輩。
「お前も、どこかの馬鹿と同じように
デュエル・コーディネーターって奴なのか……?」
俺の隣りに座っているどこかの馬鹿が、「ん」と首をかしげる。
少しだけ考える様子を見せるローランド。
「デュエル・コーディネーター……?
なるほど、そういう考え方もあるのですか。
なかなか面白い事を言いますね」
クスクスと、楽しそうに笑うローランド。
薔薇を片手に、目を細める。
「ですが、あいにく私はそのような存在ではありません。
私はデュエルにおいて調整(コーディネート)なぞしませんから。
ただそこで戦うだけで、作品となる存在。そう、言うなれば――」
フッと、微笑むローランド。
「――デュエル・アーティスト、といった所でしょうかね」
ゆっくりとした言葉が、響き渡った。
黙り込む内斗先輩。女子の黄色い声援だけが聞こえてくる。
やがて、先輩が深いため息を吐いた。
「……久しぶりに、恭助より酷い奴にあったな」
ぼそりと、呟く内斗先輩。
その言葉は、ローランドには聞こえていなかったようだ。
審判の女性が、咳払いをする。
「それでは、両者ともに用意はいいですね?」
無理矢理にでも、決闘を始めようとしている審判の女性。
その言葉に、2人が決闘盤とデッキを取り出した。
決闘盤を腕に付け、構える両者。
楽しそうに、視線を向けるエリシア。
一瞬だけ、体育館の中が静まり返った。
緊張と、熱気。時が止まったような感覚が流れ、そして――
「――決闘ッ!!」
神崎内斗 LP4000
ローランド LP4000
大きな歓声が上がり、戦いが始まった。
カードを引き、構える両者。
内斗先輩が、鋭く言う。
「俺のターン!」
素早く、カードを引く先輩。
さっと手札を眺めると、すぐに1枚を選ぶ。
「俺は荒野の女戦士を召喚!」
カードが叩きつけられ、決闘盤によって立体化する。
冒険者風の出で立ちの女戦士が、光の中より現れた。
金髪を揺らしながら、ウィンクする女戦士。
荒野の女戦士
星4/地属性/戦士族/ATK1100/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で地属性の戦士族モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
内斗先輩がさらにカードを選ぶ。
裏側表示のカードが、女戦士の後ろに浮かびあがった。
歓声をあげ、その姿に熱狂する観客達。
風丘高校最強の決闘者、その本気がひしひしと伝わっていた。
声援を受けながらも、鋭く相手を睨みつけている内斗先輩。
すっと、ローランドが手を動かす。
「――では、私のターン!」
微笑みながら、ローランドが華麗な動作でカードを引いた。
内斗先輩の本気を受けても、まるで動じていないローランド。
余裕そうに、カードを構える。
「それにしても、あなた方のデュエルは美しくないですね」
「……なに?」
内斗先輩が不愉快そうに顔をしかめた。
ローランドが手を前に出す。
「おっと。誤解しないで頂きたいですが、私が言っているのは
あなた方の事だけではない。先程デュエルした我が愉快な仲間達――
シルヴィアとキアラのデュエルもまた、美しくない」
ふっと、気取った様子で断言するローランド。
向こうの方で観戦していた2人の女子が身を乗り出す。
「なにィ!?」
「なんでありんすと!?」
ぎゃあぎゃあと抗議の声と視線を向ける2人。
だがそんな彼女達を無視して、ローランドは続ける。
「我らがカナリア・ウェイブスの数少ない欠点はそれですね。
シルヴィア、キアラ、それにエリシア。彼女らの戦いには美しさが欠けています。
アルバート様は、まぁ、悪くないですけどね」
輝くような笑みをアルバートに向けるローランド。
照れた様子で、アルバートが顔を赤くしてうつむいた。
エリシアがくすくすと笑いながら、目を細める。
「まったく、御冗談がすぎますわね……」
その目は、明らかに笑っていない。
だがそんな事は無視して、ローランドはすっと薔薇の花を取り出した。
地のように、真っ赤に咲き誇る薔薇。それを愛でながら、続ける。
「あのような泥臭い試合、カナリア・ウェイブスらしいとは言えないですね。
デュエルとはもっと華麗にして、美しく繊細なるショーでなくては」
きらきらと、輝いたような様子のローランド。
「御託はいい。どんな試合にしろ、勝った奴が正義だ」
鋭く、重い言葉を放つ内斗先輩。
さすがは元ヤンキー集団のリーダーといった所か。
だが内斗先輩の殺気も気にすることなく、ローランドが微笑んだ。
「もちろん。勝つのはこの私ですよ」
すっと、1枚のカードを見せるローランド。
そこに描かれているのは、1人の少女の姿。
キザったらしくポーズを取ると、声を張り上げる。
「さぁ、華麗なるデュエル、お見せいたしましょう!!」
そう言って、ローランドが1枚のカードを決闘盤に出した。
「私はローズ・ヴィーナス LV3を召喚!」
白い光が現れ、弾けた。
光の粒子を撒き散らしながら、降り立つ1つの影。
薄緑色のドレスに、薔薇の髪飾り。白い玉のような肌。
きらきらとした輝きに包まれた幼い少女が、そこには居た。
青い瞳を揺らし、内斗先輩の方を見ている少女。
その表情はどこか不機嫌そうで、退屈そうだ。
ローズ・ヴィーナス LV3 ATK1000
「なんだ、あのカード……?」
内斗先輩を見守っていた千条さんが、驚いたように声をあげた。
俺もまた、あんなカードは見た事も聞いた事もない。
「英国には、あんなカードがあるのか……」
冷静な様子で、幼い少女を見ている日華先輩が呟いた。
エリシアは楽しそうな様子で、ローランドの方を見ている。
「さらに私は永続魔法ロサ・ベネディクトを発動!」
手札からカードを出すローランド。
場に1枚の魔法カードが浮かび上がり、輝いた。
「この効果により、ローズ・ヴィーナスの攻撃力は500ポイントアップします!」
ロサ・ベネディクト 永続魔法
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターがカード効果によって
フィールドを離れる時、代わりにこのカードを墓地へと送る事ができる。
薔薇の少女に、祝福するような光が降り注いだ。
不機嫌そうな表情のまま、当然のようにその光を受けている少女。
その体を包み込む光が、強まる。
ローズ・ヴィーナス LV3 ATK1000→1500
攻撃力1500。荒野の女戦士の攻撃力を、上回った。
集中した表情で、鋭くローランドの様子をうかがっている内斗先輩。
緊張した空気が流れる。
「さらに私はカードを1枚伏せ――」
手札のカードを決闘盤へと出すローランド。
裏側表示のカードが浮かび上がる。
「――ターンエンドです」
うやうやしく、ローランドが一礼した。
少しだけ意外そうな表情を浮かべる内斗先輩。
日華先輩もまた、目を丸くする。
「攻撃しない……?」
相手のモンスターの攻撃力は内斗先輩の女戦士より上。
戦闘によって効果が発動するのを避けたのか? それとも――
ローランドの真意は分からぬまま、決闘は進む。
「俺のターン!」
鋭く言って、カードを引く内斗先輩。
チラリと手札を見ると、すぐにカードを選ぶ。
「俺は
D.D.アサイラントを召喚!」
光が現れ、そこから大剣を担いだ忍者のような戦士が現れた。
ギラリと、少女を睨みつける忍者。だが、少女は気にもとめていない。
D.D.アサイラント
星4/地属性/戦士族/ATK1700/DEF1600
このカードが相手モンスターとの戦闘によって破壊された時、
そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。
「なるほど、モンスター効果で対処する気か!」
日華先輩が感心した様子で呟く。
確かに、相手がどんな効果であろうと、場にいなければ意味がない。
乱暴な解決策だが、効果はありそうだ。
「バトルだ! D.D.アサイラントでローズ・ヴィーナスを攻撃!」
腕をあげ、叫ぶ内斗先輩。
忍者が目を輝かすと、音もなく姿を消した。
そして一瞬の内に、幼い少女の前に現れる。
巨大な剣を振り下ろす忍者。空気を切る音がし、そして――
「……なに!?」
内斗先輩が、声をあげた。
くるくると、薔薇の花を回しているローランド。
目を閉じたまま、余裕そうに言う。
「ローズ・ヴィーナスは美しき女神。下賤な者には触れる事さえ叶わない……」
その言葉を聞き、目を鋭くさせる内斗先輩。
忍者風の戦士が振り下ろした剣は、少女の眼前で止まっていた。
退屈そうに、あくびをする少女。ローランドが微笑む。
「ローズ・ヴィーナスは、相手モンスターの攻撃対象にならない!」
「!!」
ローズ・ヴィーナス LV3
星3/風属性/植物族/ATK1000/DEF600
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを墓地へ送る事で、手札またはデッキから
「ローズ・ヴィーナス LV5」1体を特殊召喚する。
「なっ……!」
驚く日華先輩。
ざわざわと、観客達もまたざわめく。
「こ、攻撃対象にならないって、そんなのあり!?」
千条さんもまた、驚いた様子で身体をのけぞらせた。
そんなこちらの様子を見て、くすくすと笑っているエリシア。
チッと、内斗先輩が舌を鳴らした。
「……ターンエンドだ」
イラついた様子で、そう宣言する内斗先輩。
その手には4枚のカードがあるが、打開策はないようだ。
薔薇を片手に、微笑むローランド。
「それでは、私のターン!」
流れるようにカードを引くローランド。
紅茶を片手に、エリシアが言う。
「さぁ、ここからですわよ」
にっこりと、エリシアが微笑んだ。
すっと、ローランドが腕を伸ばす。
「私のスタンバイフェイズ時、ローズ・ヴィーナスのレベルが上がります!」
ローランドの場の少女の身体が光に包まれた。
カードを墓地へと送るローランド。
代わりにデッキを広げ、その中から1枚を取り出し、掲げる。
「降臨せよ、ローズ・ヴィーナス LV5!!」
カードを決闘盤に出すローランド。
光が弾け、花びらが辺りに舞い散った。
先程よりも成長した姿の乙女が、舞い踊る。
ローズ・ヴィーナス LV5 ATK2200
「さらにロサ・ベネディクトの効果で、攻撃力がアップ!」
ロサ・ベネディクト 永続魔法
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターがカード効果によって
フィールドを離れる時、代わりにこのカードを墓地へと送る事ができる。
ローズ・ヴィーナス LV5 ATK2200→2700
光をその身に纏い、微笑む乙女。
先程とは違い、その姿には余裕そうな雰囲気が流れていた。
内斗先輩に微笑みかける乙女。睨み返す内斗先輩。
「だが攻撃力が上がっても、アサイラントの効果があれば……」
ぼそりと、呟く日華先輩。
それを聞いたエリシアが、ゆっくりと首を横に振った。
「それは、無理ですわね」
きっぱりとした口調で、エリシアがそう言った。
日華先輩が振り返り、ジトッとした目を向ける。
「なんだい。あのカードには、効果が聞かないって意味かい?」
「いいえ、違いますわ。単に、ローランドはバトルをしないという意味ですの」
ますます分からないといった表情になる日華先輩。
バトルをしないって、それじゃあどうやって勝利する気なんだ?
小悪魔のように微笑むエリシア。ローランドが、言う。
「デュエルにおいて最も美しくない行為――それは、モンスター同士のバトル。
いくら美しく取り繕ったモンスターでも、戦いとなれば醜くその姿は歪む。
真に美しい者ならば、争いなどという愚かな行為はしない!」
自信満々に、そう言い放つローランド。
それを聞き、内斗先輩が顔をしかめる。
ばっと、ローランドが腕を前に出した。
「さぁ、華麗なる薔薇の舞いをお見せいたしましょう!」
ローランドの場に伏せられていたカードが、表になった。
「永続罠ロサ・コンチェルトを発動!」
表になり、光輝くカード。
薔薇の乙女の身体もまた、光に包まれる。
「このカードがある限り、ローズ・ヴィーナスは
相手プレイヤーにダレクトアタックする事ができる!」
ロサ・コンチェルト 永続罠
自分フィールド上に「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターが存在する時、
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果では破壊されない。
このカードが存在する時、「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターは
相手に直接攻撃する事ができる。
「なっ……!」
「ちょ、直接攻撃だってぇ!?」
千条さんが絶句し、日華先輩が驚いた。
おろおろとした様子で、天野さんが俺の方を見る。
「え? え? という事は……?」
「……相手には攻撃できず、向こうは壁を無視して攻撃してくる。
つまり、このままだと内斗先輩は何もする事ができない……」
俺の言葉に、天野さんが青ざめた。
動揺したように、観客達が騒ぎたてる。
すっと、ローランドが腕を伸ばした。
「バトルです! ローズ・ヴィーナス!」
その言葉に、ゆっくりと顔をあげる乙女。
薔薇の花を舞い散らしながら、まるで踊るように場を駆ける。
その目の前に立ちはだかる、2人の戦士。
ローランドが、微笑む。
「醜き者よ、おどきなさい!」
乙女がまるで幻のように、その2人をすり抜けた。
ぎょっとして、振り返る2人の戦士。だがもう遅い。
乙女の身体を中心に、薔薇の竜巻が巻き起こった。
「ロ〜〜ズ・ブリーズ!!」
ローランドが叫ぶと同時に、薔薇の嵐が内斗先輩に直撃した。
凄まじい衝撃が起こり、周りの生徒達が声をあげる。
内斗先輩の目が、痛みに耐えるかの如く鋭くなった。
「ぐっ……!!」
神崎内斗 LP4000→1300
一気にライフを削られた内斗先輩。
ローランドに向かって、黄色い歓声が飛ぶ。
それを受け止めながら、ローランドが余裕気に微笑んだ。
「さぁ、そろそろ決着をつけてしまいましょうか!」
その言葉に、俺達は色めき立った。
緊張が走る中、ローランドがカードを決闘盤に出す。
「魔法発動、ロサ・キッス!」
ローランドの場に1枚のカードが浮かび上がった。
ギロリと、それを睨みつける内斗先輩。
くるくると薔薇を回しながら、ローランドが言う。
「この効果で、あなたにはローズ・ヴィーナスの
レベル×400ポイントのダメージを受けてもらいます!」
「!!」
ロサ・キッス 通常魔法
自分フィールド上に存在する「ローズ・ヴィーナス」と名のつく
モンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの
レベル×400ポイントのダメージを相手に与える。
凍りついたような衝撃が体育館に走った。
内斗先輩のライフは僅かに1300。
これを喰らえば、間違いなく終わりだ。
「相手は何もできず、触れる事さえ叶わない。
これこそが完璧で美しい、華麗なるデュエルですよ!」
声高らかに、そう言うローランド。
もはや誰一人として、その言葉に反論できる人間はいなかった。
キザったらしく、ローランドがウィンクする。
「麗しき乙女のキスで、物語は終わりとしましょう。ローズ・ヴィーナス!」
ローランドの声を聞き、フフッと微笑む乙女。
口元に手を当てると、艶めかしい動作で投げキッスをする。
ピンク色の閃光が駆け、内斗先輩に迫った。
「な、内斗様!!」
身体を乗り出すようにして、叫ぶ千条さん。
これで決まりか!? 誰しもがそう思った。
だが――
「――罠、発動」
低い声で、内斗先輩が言った。
その言葉に反応して、先輩の場に伏せられていた1枚が表になった。
そこにあったのは――
エネルギー吸収板 通常罠
相手がコントロールするカードの効果によって自分がダメージを受ける場合、
そのダメージを無効にし、無効にした数値分だけ自分はライフポイントを回復する。
「おや」
笑みを引っ込めるローランド。
観戦していた白峰先輩が、叫ぶ。
「あのカードは!!」
そこにあったのは、効果ダメージを無効にする1枚。
エネルギー吸収板。いつだかの白峰先輩との勝負でも使っていた1枚だ。
乙女を睨みつけながら、不機嫌そうに口を開く内斗先輩。
「あいにくだが……バーン対策は嫌っていう程してあるんだよ」
吐き捨てるように、内斗先輩が言った。
桃色の衝撃がバリアによって守られ、代わりに光が内斗先輩に降り注ぐ。
乙女が不満そうに、眉をひそめた。
神崎内斗 LP1300→3300
ふぅと、息を吐く観客達。
椅子に体重を預けながら、日華先輩が呟く。
「そ、そういえば、内斗君は紅い眼を倒すためにこの街に来たんだったね……。
あの手のバーン対策は、ばっちりって訳だ。心臓には悪かったけど……」
顔色悪く、冷や汗をかいている日華先輩。
よほど肝が冷えたのだろう。あやうく、
DECと同じでストレート負けする所だったからな。
「ターンエンドですよ!」
あくまで余裕そうな態度を崩さないローランド。
その場に伏せカードはなく、全てはあの乙女を中心としたカードばかりだ。
エリシアが優雅に紅茶を飲む。
「俺のターン!」
鋭い声をあげ、内斗先輩がカードを引いた。
そしてそのまま、引いたカードを決闘盤に出す。
「魔法発動、増援!」
増援 通常魔法
自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。
デッキを広げ、さっと目を通す内斗先輩。
ローランドは腕を組み、微笑んだままだ。
「俺はデッキから鉄の騎士 ギア・フリードを手札に加え、召喚!」
デッキから1枚のカードを抜き取り、表にする内斗先輩。
素早い動きでそれを決闘盤に叩きつけると、カードが実体化する。
鋼鉄の鎧を身にまとった騎士が、厳かに現れた。
鉄の騎士 ギア・フリード
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。
「さらに手札から拘束解除を発動!」
拘束解除 通常魔法
自分フィールド上の「鉄の騎士 ギア・フリード」1体を生け贄に捧げる事で、
自分の手札またはデッキから「剣聖−ネイキッド・ギア・フリード」1体を特殊召喚する。
たたみかけるようにカードを出す内斗先輩。
鋼鉄の騎士の鎧が砕け、中から光が溢れ出て来る。
ばっと、内斗先輩が腕を伸ばした。
「デッキより、剣聖−ネイキッド・ギア・フリードを特殊召喚ッ!」
光が弾け、筋骨隆々とした戦士が姿を現す。
浅黒い肌に、長髪の髪。凛々しい顔つき。使いこまれた剣。
まさに歴戦の強者といった風な戦士が、そこにはいた。
剣聖−ネイキッド・ギア・フリード
星7/光属性/戦士族/ATK2600/DEF2200
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター1体を破壊する。
「……ずいぶんと、野蛮なモンスターですね」
露骨に嫌そうな顔を浮かべるローランド。
乙女もまた、嫌悪感丸出しの視線を戦士に向けている。
内斗先輩がカードを叩きつける。
「団結の力を発動!」
団結の力 装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体につき800ポイントアップする。
強力な力を持つ装備魔法が表になる。
その場で青白く輝く魔法カード。
戦士の体に、新たな力が宿る。
剣聖−ネイキッド・ギア・フリード ATK2600→5000
「さらに剣聖の効果発動! 装備魔法を装備した時、
相手モンスターを1体選択して破壊する!」
指を伸ばしながら、高らかに宣言する内斗先輩。
鋭い視線を、薔薇の乙女へと向ける。
「ローズ・ヴィーナスを破壊だ!!」
剣を構える剣聖。
その刃に、青白いオーラが宿る。
「相手の場に伏せカードはない! いけるか!?」
日華先輩が体を乗り出して叫ぶ。
エリシアがくすりと笑った。
ローランドが、薔薇の花をかざす。
「言ったでしょう! 下賤な者は、女神に触れる事はできないと!」
声高らかにそう言い、微笑むローランド。
ばっと、その腕を伸ばして続ける。
「ローズ・ヴィーナス LV5は、相手のカードの対象にならない!」
「……くっ!」
ローズ・ヴィーナス LV5
星5/風属性/植物族/ATK2200/DEF1800
このカードは通常召喚できない。
「ローズ・ヴィーナス LV3」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果の対象にならない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを墓地へ送る事で、手札またはデッキから
「ローズ・ヴィーナス LV7」1体を特殊召喚する。
物凄く不機嫌そうな瞳を乙女へと向ける内斗先輩。
それを感じた乙女が、フフッと余裕そうに笑いかけた。
ますます不機嫌になる内斗先輩。その拳が震えている。
「……ターンエンドだ」
絞り出すような声で、ターンを終わらせる内斗先輩。
ギラギラとした視線に、暗く鋭い雰囲気。
あそこまでイラついている内斗先輩は、初めてかもしれない……。
「内斗様……」
千条さんが、ぎゅっと自分の手を握った。
祈るように、フィールドを見つめている千条さん。
ローランドが、キザったらしく髪をかきあげる。
「では、私のターン!」
微笑みながら、優雅にカードを引くローランド。
そして引いたカードには目もくれず、腕を伸ばす。
「スタンバイフェイズ、ローズ・ヴィーナスはレベルアップします!」
ローランドの場の乙女の身体が光に包まれた。
またも、カードを墓地へと送るローランド。
そしてうやうやしい動作で、デッキから1枚のカードを取り出す。
「さぁ、麗しき女神の姿、その目に焼き付けなさい!」
カードをこちらに向けながら、得意そうな顔のローランド。
内斗先輩は腕を組み、イラついた様子でそれを見ている。
カードを掲げ、ローランドが大きく言った。
「――ローズ・ヴィーナス LV7!!」
光が弾け、フィールドに柔らかな風が吹き抜けた。
薄緑色の光につつまれた女神が、ゆったりと降り立つ。
落ち着いた雰囲気に、高貴な装飾。その姿は、まさに美の女神。
「う、美しい……!」
日華先輩が感動したように、呟いた。
その言葉を聞き、ムッとした表情になる白峰先輩。
感嘆の声が、観客達のあちこちから上がっていた。
ローランドが、高らかに言う。
「ローズ・ヴィーナス LV7はまさに究極の女神!
ゆえに、何者であろうとその身に触れる事はできない!
攻撃も、カード効果も! 何も受け付けないのです!」
ローズ・ヴィーナス LV7
星7/風属性/植物族/ATK2700/DEF2400
このカードは通常召喚できない。
「ローズ・ヴィーナス LV5」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果をうけない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
ローランドの言葉を聞き、目を鋭くする内斗先輩。
さらにロサ・ベネディクトの力で、女神の身体が輝く。
ローズ・ヴィーナス LV7 ATK2700→3200
「完璧ですわね」
紅茶カップを置きながら、エリシアが呟いた。
カチャリと、音を立てるカップ。俺達の視線が向く。
つまらなさそうに、肩をすくめるエリシア。
「ローランドの戦略は完成されました。
もう、あちらの方には何もする事ができませんわ」
内斗先輩の事を指差すエリシア。
その言葉に、千条さんが噛みつく。
「な、なんだと!」
怒った様子で、エリシアの方を見る千条さん。
だがエリシアは動揺する事もなく、フィールドを見つめている。
千条さんがさらに何か言おうと口を開いた瞬間、
「バトルです!」
ローランドの声が響いた。
振り向いてフィールドに視線を向ける千条さん。
薔薇の女神が、風に乗って駆ける。
剣を構え、立ちはだかる戦士達。だが――
「おどきなさい!」
そんな戦士達を嘲笑うかのように、
女神は薔薇の花びらを振りまきながら彼らを通り抜けた。
内斗先輩の目の前に立つ女神。にっこりと、微笑む。
「ロ〜〜ズ・ジ・エンドー!」
ローランドが叫ぶのと同時に、女神の身体から竜巻が巻き起こる。
巨大な旋風が切り裂くようにして、内斗先輩を直撃した。
「ぐっ!!」
低い声をあげる内斗先輩。
衝撃と共に、薔薇の花びらが宙を舞う。
神崎内斗 LP3300→100
「な、内斗様ー!!」
悲痛な声をあげる千条さん。
ライフこそ残っているが、まさに首一枚で繋がっている状態。
対するローランドは、未だに1ポイントもダメージを受けていない。
「つ、強い……!」
呆然とした表情で、天野さんが呟いた。
冷や汗を流しながら、ローランドの方を見ている日華先輩。
ゆっくりと、分析するように言う。
「攻撃対象にならず、相手のカード効果も一切受け付けない……。
加えてロサ・コンチェルトの効果で、モンスターを無視しての直接攻撃が可能……。
コンチェルト自体もローズ・ヴィーナスがいる限り破壊できない……。
そしてロサ・ベネディクトによる攻撃力の補完まで行っている……」
難しそうな表情の日華先輩。
「ぐっ」と短い声を出すと、顔をしかめる。
「ダメだ、完璧すぎる! まさに隙のない、無敵のコンボだ!」
嘆くように、頭をかかえる日華先輩。
エリシアが微笑み、泣きそうな表情になる千条さん。
ローランドが薔薇の花を片手に、言う。
「これこそまさに美しき完璧なデュエル。
あなた方では、到底追いつけないデュエルというものですよ!」
高らかに笑い声をあげるローランド。
無言で、顔を伏せている内斗先輩。
歓声を受けながら、ローランドが両手を広げた。
「私はこれで、ターンエンド。さぁ、あなたのターンですよ!」
余裕たっぷりに、そう宣言するローランド。
その目は既にまともに内斗先輩を見ていない。
完全に勝ちを確信した、そんな雰囲気のローランド。
腕を組んだ格好で、女神が微笑む。
「……俺のターン」
暗い雰囲気をまとった内斗先輩。
静かにカードを引くと、ちらりとそのカードを見る。
すっと、手札のカードを手に取った。
「……俺はコマンド・ナイトを召喚」
決闘盤にカードを置く内斗先輩。
真紅の衣装を身に纏った女性指揮官が、姿を現した。
コマンド・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1200/DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
「コマンド・ナイトの効果によって、俺の場のモンスターの攻撃力が上昇する」
淡々とした口調で話す内斗先輩。
赤いオーラが戦士達の身体から湧き上がり、攻撃力が上昇する。
剣聖−ネイキッド・ギア・フリード ATK5000→5400
D.D.アサイラント ATK1700→2100
荒野の女戦士 ATK1100→1500
コマンド・ナイト ATK1200→1600
「さらにモンスターの数が増えた事によって、団結の力の効力も増す……」
団結の力 装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体につき800ポイントアップする。
戦士の持つ剣に、さらに強大なオーラが宿った。
凄まじい力を放つ剣。だが、女神にその刃は届かない。
剣聖−ネイキッド・ギア・フリード ATK5400→6200
「…………」
無言のままの内斗先輩。
ローランドが口元に手を当てながら、尋ねる。
「それで、攻撃力を上げて、終わりですか?」
大げさな動作で肩をすくめるローランド。
内斗先輩はそれには何も答えず、じっと自分の手札を見つめている。
そしておもむろに、1枚を決闘盤に。
「……カードを1枚伏せ」
裏側表示のカードが浮かぶ。
「……ターンエンドだ」
暗い声のまま、内斗先輩がそう宣言した。
結局、このターンでは何もできなかった内斗先輩。
観客達も諦めた様子で、息を吐く。
「……内斗様ぁ」
千条さんが涙ぐみながら、呟いた。
泣き崩れそうな彼女の身体を、天野さんが支える。
暗い雰囲気が、俺達の間に流れた。
神崎内斗 LP100
手札:1枚
場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード(ATK6200)
D.D.アサイラント(ATK2100)
荒野の女戦士(ATK1500)
コマンド・ナイト(ATK1600)
団結の力(剣聖に装備)
伏せカード1枚
ローランド LP4000
手札:3枚
場:ローズ・ヴィーナス LV7(ATK3200)
ロサ・ベネディクト(永続魔法)
ロサ・コンチェルト(永続罠)
「フフン、やはりその程度でしたか。残念ですね」
薔薇の花を片手に、微笑むローランド。
キザったらしくポーズを決めながら、髪をかきあげる。
「アルバート様を打ち破った者がいるというから、少しは楽しめるかと思いましたが……。
まぁ、嘆く事はありません。あなたが弱いのではなく、私の戦略が完璧なのですよ」
薔薇の花をくるくると回すローランド。
「英国でも、この私に戦闘でダメージを与えた人間は1人を除いて存在しません。
つまり、極平凡なビートダウンのデッキでは、私に勝つ事は不可能という事です」
得意そうな表情のローランド。
その手がデッキからカードを引く。
「思ったより、長引いてしまいましたね。
ショーが長すぎると、観客も退屈してしまうものです。
そろそろ終わりにしましょうか」
その青い瞳を向け、にっこりと微笑むローランド。
優雅な動作で、腕を前に伸ばす。
「ローズ・ヴィーナス!」
女神がその言葉を聞き、微笑んだ。
またもゆったりとした動きで、舞うように場を駆ける女神。
戦士達が何とか女神を止めようと、構える。
「無駄ですよ! ローズ・ヴィーナスには、何人たりとも触れる事ができない!」
ローランドが大きく言い、女神が微笑んだ。
まるで気まぐれな風のように、戦士達をかわす女神。
指一本たりとも、その身に触れる事はできない。
内斗先輩の前に立つ女神。
目を細め、その両腕を伸ばす。
「――華麗な、決着を」
ローランドが静かに、そう言った。
その言葉は体育館に大きく響く。
女神の腕が動いた。観客が息を呑む。
そして――
「――罠、発動」
低い声が、響いた。
顔をあげるローランド。
眉をひそめながら、尋ねる。
「なんですって?」
「……罠、発動だ」
もう一度、低い声で答える内斗先輩。
どこか落ち着いたような、静かな口調の内斗先輩。
だがその言葉の温度は、凍りつくように冷たい。
「フッ。言ったでしょう! ローズ・ヴィーナスにはいかなる効果も通用しない!
醜く悪あがきするくらいならば、潔く女神の一撃に身を任せてはいかがですか?」
どこかバカにしたような口調のローランド。
内斗先輩は顔を伏せたままで、その表情は読みとれない。
ゆっくりと、内斗先輩が口を開く。
「御託はいい……」
すっと、指を伸ばす内斗先輩。
その指の示す先には、ローランドがいる。
「お前が英国でトップクラスの実力者であろうが、
コンボが完璧であろうが、そんな事は関係ない。
重要な事は、たった1つ――」
ローランドに向けていた指を、天へと向ける内斗先輩。
その顔が上がり、鋭い眼が露わとなる。
そして対戦相手に向けられる、漆黒の殺意。
「お前は、俺の前に立ちはだかった。この、俺の前に。だから――」
ギラリと、女神を睨みつける内斗先輩。
「――ブッ潰すッ!!」
大きく、叫んだ。
バンっと、乱暴に決闘盤のボタンを押す内斗先輩。
カードが表になる。
「罠発動ッ! 立ちはだかる強敵ッ!」
「なッ!?」
この決闘中で初めて、ローランドが驚いた。
エリシアもまた、目を見開いて立ち上がる。
「あれは!!」
表になったカードが、輝いた。
ばっと、腕を前に出す内斗先輩。
「このカードの効果で、お前はこのターン、
俺の指定したモンスターに攻撃しなければならない!
立ちはだかる強敵 通常罠
相手の攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。
発動ターン相手は選択したモンスターしか攻撃対象にできず、
全ての表側攻撃表示モンスターで選択したモンスターを攻撃しなければならない。
ざわざわとしだす観客達。
天野さんがおろおろとしながら、尋ねる。
「え? で、でも、相手モンスターはカード効果を受け付けないんじゃ……」
「確かに、その通りだ。ローズ・ヴィーナスはあらゆる効果を受けない」
人差し指を伸ばす日華先輩。
「だけど、それはあくまで『モンスター自身に効果を及ぼす効果』だけだ。
つまりモンスターではない、攻撃の宣言やフェイズの終了といった、
ルールやプレイヤーに直接関与する効果は、無効にできない……」
そう、日華先輩の言う通りだ。
いくら完璧な耐性を持っていても、バトルフェイズが終われば攻撃できない。
そして、いくら攻撃ができないモンスターであったとしても――
攻撃をさせる事は、できる。
「ま、まさか、そんな!」
動揺しきった様子のローランド。
叩きつけるように、内斗先輩が言葉を叫ぶ。
「ネイキッド・ギア・フリードッ!!」
その言葉を受け、頷く歴戦の戦士。
堂々とした構えで、剣を構える。
舞いのような動きで、女神が自ら戦士に近づいた。そして――
一瞬の閃光が走った。
向かい合ったまま、固まっている戦士と女神。
おもむろに、戦士が女神に背を向けた。
女神の頭から、ティアラが落ちる。そして――
時間差で強烈な衝撃が体育館を駆けた。
ガラスのように砕け散る女神。
閃光と爆発。強烈な衝撃で、目が開けられなくなる。
「ぬあああああぁぁぁぁぁ!」
衝撃が直撃し、ローランドが声をあげた。
先程までの余裕ぶったものとは違う、苦痛に満ちた声。
それを聞いた内斗先輩が、満足そうに微笑む。
「ハッ。ざまぁねぇな」
ローランド LP4000→1000
白煙が上がり、体育館を包み込む。
ゲホゲホとせき込む観客達。
椅子からずり落ちた日華先輩が、頭を押さえながら立ち上がる。
「な、なんて衝撃だ……。そして――」
フィールドに立っている内斗先輩に視線を向ける日華先輩。
黒い殺気を放ちながら、笑っている内斗先輩。
顔色悪く、日華先輩が呟いた。
「……金髪の悪魔、か」
その言葉に、俺と天野さんは力なく頷いた。
今の内斗先輩は、風丘高校最強の決闘者ではない。
樫ノ原町を統べる最凶の決闘者。金髪の悪魔だ。
千条さんが、感動した様子で笑顔を浮かべている。
衝撃もやみ、少しずつ落ち着いてくる体育館内。
ゆらりとした動きで、ローランドが立ち上がった。
「やってくれましたね……!!」
小さく、呟くように言うローランド。
その顔に、先程までのヘラヘラとした笑いは浮かんでいない。
青い瞳を鋭くさせ、敵意に満ちた表情を浮かべているローランド。
「まさか、ローズ・ヴィーナスの効果の穴を突いてくるとは……!
悔しいですが、このターンの攻防はあなたの勝ちですね」
吐き捨てるような口調のローランド。
顔をあげ、真っ直ぐに内斗先輩を見る。
「あなた、名前は……?」
「……神崎、内斗」
静かに、答える内斗先輩。
ローランドが大きく息を吐く。
「なるほど、分かりました。内斗、ナイトですか。
良いでしょう。この私に傷をつけた騎士(ナイト)、覚えておきましょう」
低い声でそう言いながら、頭を振るローランド。
金色の髪がバサバサと音を立て、揺れる。
胸ポケットに入れていた薔薇を、手に取るローランド。
「完璧なデュエルができなかった以上、今の私は薔薇の貴公子ではない……。
よって、これを持っている資格もなければ――」
ぱっと、薔薇の花を落とすローランド。
真っ赤な薔薇が、まるで血のように床に落ちる。
「――必要もない!!」
ダンッと、ローランドが落とした薔薇を踏みつぶした。
その行動に、決闘を観戦していた女子達が息を呑んで驚く。
内斗先輩を睨みつけるローランド。
「私はカナリア・ウェイブスの三番手、ローランド・フランクルス!!
我らがチームに必要なのは、美しさでも完璧さでもない!!」
勢いよく指を伸ばすローランド。
その指は真っ直ぐに、内斗先輩を指している。
「誇り高きカナリア・ウェイブスの名を汚さぬ、勝利!! ただそれだけだ!!」
大きく叫び、ギラリとした目つきを向けるローランド。
うっとうしそうな表情で上着のブレザーを脱ぐと、
白いワイシャツの第一ボタンをひきちぎり、胸元をあける。
「さぁ――」
その青い瞳に、静かな炎を宿しながら、
「――いきますよ!!」
ローランドが、荒々しく叫んだ。
それを受け、決闘盤を構えなおす内斗先輩。
ローランドもまた、決闘盤を構える。
巨大な歓声が上がり、体育館が揺れた。
耳がつんざくような凄まじい歓声。
地鳴りのような振動。両者に応援の声が向けられる。
「まさか、ローランドが本気になるとは……」
呆然とした様子のエリシア。
どうやら、彼女にとってもこれは予想外の事態らしい。
千条さんが、身を乗り出して叫ぶ。
「内斗様ー!! がんばってぇー!!」
その言葉に、内斗先輩が僅かに頷いたように見えた。
ばっと、ローランドが手を伸ばす。
「魔法発動! ロサ・ステアウェイ!!」
場に1枚の魔法カードが浮かび上がる。
ローランドの決闘盤の墓地が、輝いた。
「この効果で、墓地のローズ・ヴィーナス達を手札に!」
ロサ・ステアウェイ 通常魔法
自分の墓地または除外ゾーンに存在する「ローズ・ヴィーナス」と名のつく
カードを任意の枚数選択して発動する。選択したカードを自分の手札に加える。
ローランドの決闘盤が、一気に3枚のカードを吐き出した。
それらを手札に加えるローランド。これで手札は6枚。
流れるように、カードを選ぶ。
「そして、ローズ・ヴィーナス
LV3を召喚!」
カードを決闘盤に出すローランド。
フィールドに再び、幼い薔薇の少女が現れる。
退屈そうな表情を浮かべる少女。薔薇の花が舞い散る。
ローズ・ヴィーナス LV3
星3/風属性/植物族/ATK1000/DEF600
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを墓地へ送る事で、手札またはデッキから
「ローズ・ヴィーナス LV5」1体を特殊召喚する。
ローズ・ヴィーナス LV3 ATK1000→1500
「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドです!」
凛とした口調で、そう宣言するローランド。
先程までのふざけた様子は微塵も感じられない。
一片の油断なく、その瞳は内斗先輩へと向けられていた。
「俺のターンッ!!」
荒々しく言い、カードを引く内斗先輩。
その手にあるカードは2枚。
ギラリと、鋭い視線のまま顔をあげる内斗先輩。
「魔法発動、月の書!」
カードを叩きつける内斗先輩。
場に、月が表紙の書物が浮かび上がる。
「この効果で、お前の場のローズ・ヴィーナスを裏側表示に変更する!」
月の書 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。
「そうか! 攻撃対象にならない効果も、裏守備表示になれば意味がない!」
感心したように叫ぶ日華先輩。
エリシアが「ぐっ」と、苦しそうに顔をしかめる。
フィールドに漆黒が広がり、少女へと迫る。
「そんな小細工が、通用しますかッ!」
だが夜の闇を切り裂くように、ローランドが大きく叫んだ。
ばっと、腕を前に出すローランド。そして、言う。
「罠発動! ロサ・カウンター!」
ローランドの場に伏せられていたカードが表になる。
桜吹雪ならぬ薔薇吹雪が、巻き起こる。
「ローズ・ヴィーナスが存在する時のみ発動可能!
あなたの月の書の効果を無効にして、破壊します!」
ロサ・カウンター カウンター罠
自分フィールド上に「ローズ・ヴィーナス」と
名のつくモンスターが存在する時、発動できる。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・
特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。
月の書のカードに電流が走り、砕け散った。
漆黒の闇が霧のように消え、少女がホッとしたように息を吐く。
内斗先輩が大きく舌うちする。
「チッ。うざったらしい小娘が……!」
ぼそりと、そう呟く内斗先輩。
普段のギャップからか、ざわざわと観客が騒いでいる。
だがそれを気にする事もなく、内斗先輩がカードを選んだ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
ガラの悪い口調で、そう宣言する内斗先輩。
これで、内斗先輩の場の伏せカードは1枚。手札は0だ。
すっと、ローランドが集中した様子で手を伸ばす。
「私のターン!」
カードを引くローランド。
そして迷いなく、腕を伸ばす。
「スタンバイフェイズ時、ローズ・ヴィーナスのレベルが上がります!」
洗練された、それでいて鋭い声で、そう言うローランド。
カードを墓地に送ると、手札の1枚を決闘盤へ。
少女の身体が光に包まれる。
「現れよ! ローズ・ヴィーナス LV5!」
光が弾け、その中から薔薇の乙女が現れる。
柔らかな髪をなびかせながら、微笑みを浮かべている乙女。
薔薇の花が逆巻く風に乗って、舞い上がる。
ローズ・ヴィーナス LV5
星5/風属性/植物族/ATK2200/DEF1800
このカードは通常召喚できない。
「ローズ・ヴィーナス LV3」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果の対象にならない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを墓地へ送る事で、手札またはデッキから
「ローズ・ヴィーナス LV7」1体を特殊召喚する。
ローズ・ヴィーナス LV5 ATK2200→2700
「これで、もうあいつは剣聖の効果の対象にはできないか……」
苦しそうな表情で、そう分析する日華先輩。
確かに、先程の少女の時ならば剣聖の効果で奴を破壊できた。
完璧な耐性の中の僅かな隙。だが、それももうない。
ばっと、腕を伸ばすローランド。
「さぁ、バトルです! ローズ・ヴィーナス!」
その言葉に、こくりと頷く乙女。
踊るような奇妙なステップを踏みながら、場を駆ける。
内斗先輩の前に立つ戦士達が、身構えた。
「おどきなさいッ!」
荒々しい口調で叫ぶローランド。
乙女が風のように、戦士達の間をすり抜けた。
内斗先輩の前に立つ乙女。薔薇の風が渦巻く。
「ローズ・ブリーズッ!!」
ローランドが大きく言うのと同時に、薔薇の風が巻き起こった。
まるで竜巻のような勢いで、内斗先輩へと迫る風。
薔薇の花びらが、渦のようになって辺りを舞う。
「内斗君!」
日華先輩が叫んだ。
だが内斗先輩自身は、落ち着いた様子だ。
腕を伸ばす内斗先輩。
「罠発動! ガード・ブロック!」
ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
カードが光り、内斗先輩の前に薄いバリアが張られる。
薔薇の風を受け止めるバリア。薔薇の花が内斗先輩を避けて、
後ろの方へと流れて行く。ダメージはない。
顔をしかめるローランド。
「クッ、小癪な真似を……!」
「ハッ、お互い様だろ!」
悔しそうなローランドに向かって、そう言い切る内斗先輩。
その視線が空中でぶつかり合う。互いの闘志は、
萎える所かますます激しさを増しているように思えた。
手札を見るローランド。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドです!」
そしてその中から、1枚を場に伏せた。
乙女が不満そうな表情で、腕を組んでいる。
薔薇の花びらが、風に乗って転がる。
神崎内斗 LP100
手札:1枚
場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード(ATK6200)
D.D.アサイラント(ATK2100)
荒野の女戦士(ATK1500)
コマンド・ナイト(ATK1600)
団結の力(剣聖に装備)
ローランド LP1000
手札:3枚
場:ローズ・ヴィーナス LV5(ATK2700)
ロサ・ベネディクト(永続魔法)
ロサ・コンチェルト(永続罠)
伏せカード1枚
「場の状況は五分五分。だけど、やはりあの薔薇女神の効果が問題か……」
考え込むように、日華先輩が口元に手を当てる。
そう、一度は反撃に成功したとはいえ、やはり相手のコンボの完成度は高い。
攻撃出来ず、魔法・罠・モンスター効果も効かない。
そして直接攻撃を可能とする永続罠、攻撃力を上昇させる永続魔法。
「何度考えても、隙らしい隙が見当たらない。
さすがは英国トップクラスの決闘者といった所か……」
ごくりと、緊張したように唾を飲む日華先輩。
だがふと、思いついたように呟く。
「……そういえば、さっき彼は『英国で私に戦闘ダメージを与えたのは1人を除いていない』
って言ってたけど、英国にはあの戦略を打ち破った決闘者がいるという事か。
なんとも末恐ろしい話しだね……」
ぶるっと、身体を震わせる日華先輩。
それを聞いたエリシアが、目を開けた。
紅茶カップを片手に、くすくすと笑い声をあげるエリシア。
「あら。人をまるで化物みたいに言うとは、失礼ですわね」
「……えっ?」
目を見開き、振りかえる日華先輩。
意味深な笑みを浮かべているエリシア。
だが、それ以上は何も言わない。
内斗先輩が、カードを引く。
「俺のターン!」
引いたカードを横目で見る内斗先輩。
そして、そのままカードを決闘盤に出す。
「魔法発動! ハリケーン!」
ハリケーン 通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。
それを聞き、目を鋭くさせるローランド。
内斗先輩が指を伸ばす。
「破壊されない効果を持とうが、手札に戻す効果には無意味だな!」
ロサ・コンチェルト 永続罠
自分フィールド上に「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターが存在する時、
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果では破壊されない。
このカードが存在する時、「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターは
相手に直接攻撃する事ができる。
「さすが内斗君! あのコンボの一角を崩した!」
日華先輩が声をあげた。
強烈な暴風が吹き荒れ、場のカード達が手札に戻る。
残ったのは、モンスターだけ。
「ですが、それでもローズ・ヴィーナスの能力には対抗できませんわ!」
エリシアが大きく言う。
確かに、直接攻撃の能力を一時的に封じたとはいえ、その完全に近い耐性は健在だ。
奴をどうにかしない限り、勝機はない。
2枚になった手札を見てから、内斗先輩が言う。
「手札の団結の力を捨て、魔法カード二重計略を発動!」
場に魔法カードが浮かび上がり、輝いた。
持っていた団結の力を墓地に送る内斗先輩。
「この効果で、俺は墓地の罠カードを1枚選択し、場にセットする!」
二重計略 通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地から罠カード1枚を選択し、自分フィールド上にセットする。
内斗先輩の決闘盤がカードを吐き出した。
それを手に取ると、素早く場に伏せる内斗先輩。
何を伏せたのかは、内斗先輩にしか分からない。
「さらにモンスターを全て守備表示に変更し、ターンエンドだ!」
戦士達がその場に膝を付き、身を守る格好になる。
直接攻撃ができない以上、次のターンは何とか凌げるだろうか。
不安と緊張が入り混じった空気が、流れる。
「私のターンッ!!」
ローランドが大きく叫び、カードを引いた。
スタンバイフェイズになり、乙女の身体が輝く。
「麗しき女神の力、今ここに! 現れよ、ローズ・ヴィーナス LV7!!」
ローランドがばっと、カードを掲げた。
光が弾け、美の女神が再びこの場に降臨する。
きらきらと、輝きを放つ女神。勝利の女神のように、微笑む。
ローズ・ヴィーナス LV7
星7/風属性/植物族/ATK2700/DEF2400
このカードは通常召喚できない。
「ローズ・ヴィーナス LV5」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果をうけない。
「ローズ・ヴィーナス」と名のついたモンスターは
自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
「さらにロサ・ベネディクトを発動します!」
前のターンにハリケーンで戻ったカードを場に出すローランド。
カードが浮かび上がり、女神の身体に光が宿る。
ロサ・ベネディクト 永続魔法
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターがカード効果によって
フィールドを離れる時、代わりにこのカードを墓地へと送る事ができる。
ローズ・ヴィーナス LV7 ATK2700→3200
これで、相手の手札は先程戻したロサ・コンチェルトを含めて5枚。
つまり、最高であと4枚ものカードを使用できるという状況だ。
内斗先輩の場の伏せカードは1枚。防げるかどうかは、怪しい。
手札のカードを見ながら、ローランドは考える。
(あの伏せカード……)
真剣な表情で、相手の場の伏せカードを見る。
(奴の墓地にあった罠はエネルギー吸収板、立ちはだかる強敵、ガード・ブロックの3枚。
このターン引いたロサ・キッスを使えば、奴が二重計略の効果で
エネルギー吸収板を伏せていない限り、私は勝利できる……)
ロサ・キッス 通常魔法
自分フィールド上に存在する「ローズ・ヴィーナス」と名のつく
モンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの
レベル×400ポイントのダメージを相手に与える。
(ですが、奴のライフは今は100。もしエネルギー吸収板で回復されると2900。
迂闊な真似をして奴に恩恵をもたらすような事は、したくないですね)
冷静に、思考を重ねて行くローランド。
ちらりと、手札のロサ・コンチェルトを見る。
(このカードを伏せれば、次のターンには直接攻撃が可能となる。
無理にこのターンで決着をつける必要はありません。加えて――)
さらに先程伏せていたカードに視線を移すローランド。
(このロサ・ミラージュがあれば、奴が二重計略の効果で
立ちはだかる強敵を選択していたとしても、対応できる)
ロサ・ミラージュ 速攻魔法
自分フィールド上に存在する「ローズ・ヴィーナス」と名のつく
モンスター1体を選択して発動する。選択した自分のモンスターを
このターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。
(もし奴が立ちはだかる強敵を選択していたならば、このカードを発動。
ローズ・ヴィーナスを場から消し、バトル終了後のメインフェイズ2で、
ロサ・リバイブを発動してローズ・ヴィーナス LV3を回収し召喚する――)
ロサ・リバイブ 通常魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキから「ローズ・ヴィーナス LV3」を1枚選択し手札に加える。
●自分の墓地から「ローズ・ヴィーナス LV3」を1枚選択し手札に加える。
●自分の除外ゾーンから「ローズ・ヴィーナス LV3」を1枚選択し手札に加える。
手札のロサ・リバイブを見るローランド。
そしてその隣りの、ロサ・キッスに視線を落とす。
(後は、ロサ・キッスを発動してダメージを与えれば、私の勝利となる……)
真剣な表情で、さらに思考を重ねていくローランド。
(もし、奴がロサ・キッスを警戒してエネルギー吸収板を伏せていたならば、
話しはもっと簡単です。次の私のターンにロサ・コンチェルトを発動し、
ローズ・ヴィーナスで直接攻撃すれば、私の勝ち……)
ロサ・コンチェルト 永続罠
自分フィールド上に「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターが存在する時、
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果では破壊されない。
このカードが存在する時、「ローズ・ヴィーナス」と名のつくモンスターは
相手に直接攻撃する事ができる。
(つまり、いずれにせよ奴を詰むカードは手札に揃っているという事。
追い詰めましたよ、ナイト・カンザキ……)
勝利の確信を得て、それでいて油断なく、ローランドが結論づけた。
5枚の中の手札の内、3枚を手に取る。
「カードを3枚伏せ、ターンエンドです!」
裏側表示のカードが、一気に3枚浮かび上がった。
ロサ・コンチェルト、ロサ・ミラージュ、そして残る1枚は――
鋭い視線を、相手に向けるローランド。
心の中で、叫ぶ。
(誇り高きカナリア・ウェイブスの一員として、
このデュエル、必ずや勝利してみせましょう!)
神崎内斗 LP100
手札:0枚
場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード(DEF2200)
D.D.アサイラント(DEF1600)
荒野の女戦士(DEF1200)
コマンド・ナイト(DEF1900)
伏せカード1枚
ローランド LP1000
手札:2枚(ロサ・キッス、ロサ・リバイブ)
場:ローズ・ヴィーナス LV7(ATK3200)
ロサ・ベネディクト(永続魔法)
伏せカード3枚(ロサ・コンチェルト、ロサ・ミラージュ、???)
長い思考の果て、ターンを終わらせたローランド。
奴のあの雰囲気からしても、もう1ターンの猶予もなさそうだ。
決着が近い事を察したのか、観客達の声も大きくなっていく。
ちらりと、自分のデッキに視線を落とす内斗先輩。
「最後の1枚か……」
ぼそりと、そう呟く。
すっと、内斗先輩がゆっくり腕を伸ばしていく。
そして――
「――俺の、ターンッ!!」
勢いよく、叫んだ。
大きく腕を薙ぐように動かしながら、カードを引く内斗先輩。
何もなかった手札に、カードが増える。
静まりかえる体育館。永遠にも思えるほど、短い沈黙。
ゆっくりと、内斗先輩がその口を開く。
「俺はネイキッド・ギア・フリード、D.D.アサイラント、荒野の女戦士を攻撃表示に変更する……」
動揺する観客達。表情を引き締めるローランド。
膝をついていた戦士達が立ち上がり、剣を構える。
剣聖−ネイキッド・ギア・フリード DEF2200→ATK3000
D.D.アサイラント DEF1600→ATK2100
荒野の女戦士 DEF1200→ATK1500
「ですが、ローズ・ヴィーナスに攻撃はできないはず……」
緊張した様子で、そう呟くエリシア。
内斗先輩が、持っていたカードを構える。
暗い瞳を向ける内斗先輩。
「俺の前に立ちはだかる奴は、誰であろうと許さない。それが例え――」
持っていたカードを表にする内斗先輩。
そこに描かれているのは、旅商人のような格好をした美男子。
「――味方であろうともッ!!」
大きく叫び、内斗先輩がカードを叩きつけた。
「魔法発動! シエンの間者ッ!」
カードが浮かび上がり、輝く。
シエンの間者 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したカードのコントロールを相手に移す。
「なっ……!」
「なんですってぇ!?」
目を大きく見開いて、ローランドが叫んだ。
身体をのけぞらせ、驚いた様子のローランド。
指を伸ばし、内斗先輩が鋭く言う。
「完璧なコンボだろうが何だろうが、こうすれば隙ができるだろ!」
平然とした様子で断言する内斗先輩。
日華先輩が頭を抱えながら、呟く。
「な、なんて滅茶苦茶な戦略だ……!」
青い顔になって、絶句したような様子の日華先輩。
確かに、内斗先輩の理論と戦略はかなり滅茶苦茶だ。
だが――
「ま、まさか、こんな方法でローランドのコンボを破るとは……!」
エリシアもまた、青い顔で呟いた。
そう。この戦略は、立派に奴のコンボを打ち崩してもいるのだ。
カードが輝き、内斗先輩が大きく言う。
「シエンの間者の効果で、荒野の女戦士をお前の場に移す!」
冒険者風の戦士の身体が光に包まれ、相手の場へと転送された。
薔薇の女神の横に立つ戦士。勇ましく、剣を構える。
荒野の女戦士 ATK1100
「くっ!」
場に現れた女戦士を、苦々しげに見るローランド。
内斗先輩が、腕を伸ばす。
「バトルだ! 剣聖−ネイキッド・ギア・フリードで、荒野の女戦士を攻撃ッ!!」
長髪の戦士が、持っていた大振りの剣を構えた。
筋骨隆々とした肉体に力をこめ、爆ぜるように場を駆ける戦士。
冒険者風の女戦士が、びくりと身体をのけぞらす。
「そうはさせませんッ!!」
冷や汗を流しながら、ローランドもまた叫んだ。
ばっと、その腕を伸ばす。
「罠発動! ロサ・フェイバー!」
伏せられていたカードの内、1枚が表になる。
地面から薔薇の花が伸び、咲き誇った。
「この効果で、私への戦闘ダメージを0に!」
「……!」
ロサ・フェイバー 通常罠
自分フィールド上に「ローズ・ヴィーナス」と
名のつくモンスターが存在する時、相手ターンの
戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
長髪の戦士が剣を振りかぶる。
一瞬の閃光と共に、衝撃が場を貫くようにして駆けた。
砂煙が上がり、視界が薄茶色に覆われる。
「だが、ダメージは受けない……!」
視界が効かない中、誰かがそう言うのが聞こえた。
鈍い衝撃が徐々に弱まり、静まり返っていく体育館内。
はぁ、はぁ、と、ローランドがその場で息をきらしている。
「……あ、危ない所でした」
砂煙が止む中、ローランドがぼそりと呟いた。
額の汗をぬぐい、背筋をまっすぐにするローランド。
決闘盤を構えなおす。
「ですが、ギリギリ上回ったのはこの私です!
次のターン、今度こそあなたとの戦いに蹴りをつけて差し上げましょう!」
内斗先輩の方へ向かって、叫ぶローランド。
先輩の場にはまだ粉塵が上がっていて、様子がよく分からない。
だがやがて、それも薄らいでいく。
「…………」
目を閉じ、腕を組んでいる内斗先輩。
そして、その横にいるのは――
マジック・ストライカー
星3/地属性/戦士族/ATK600/DEF200
このカードは自分の墓地の魔法カード1枚をゲームから除外する事で特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーの戦闘ダメージは0になる。
「な、に……?」
呆然とした様子で、ローランドが呟いた。
淡々とした口調で、内斗先輩が言う。
「忘れたのか? 荒野の女戦士は戦闘で破壊されると、仲間を呼ぶんだぜ」
荒野の女戦士
星4/地属性/戦士族/ATK1100/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で地属性の戦士族モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
女戦士のカードを見せるように持つ内斗先輩。
ローランドの表情が凍りついた。
内斗先輩が、腕を前に。
「荒野の女戦士の効果で、俺はデッキからにマジック・ストライカーを特殊召喚。
さらにコマンド・ナイトの効果によって、攻撃力が400ポイントアップする」
コマンド・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1200/DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
マジック・ストライカー ATK600→1000
「ば、馬鹿な。私の、完璧な戦略が……」
ふらふらと、足元がおぼつかない様子のローランド。
そんな彼を見下すように、内斗先輩は暗い瞳を向けている。
すっと、指を伸ばす内斗先輩。
「マジック・ストライカーで、直接攻撃――」
魔法使いのような子供が、にっこりと微笑んだ。
くるりとその場で一回転すると、姿を消す少年。
気が付くと、彼はローランドの目の前で浮いていた。
ウィンクする少年。内斗先輩が、ローランドに背を向ける。
「――これが、お前の言う華麗な決着って奴だろ」
吐き捨てるように、内斗先輩が冷たい口調で言った。
少年が持っていた杖を構える。小さな火花が杖からあがり、そして――
ローランド LP1000→0
小さな衝撃音と共に、ローランドのライフが0になった。
ブンッと音をあげ、ソリッド・ヴィジョンが解除される。
水を打ったように、静まり返っている体育館。
内斗先輩が、こちらへ戻ってくる。
「どうした? 勝ったぞ」
当然の事のように、内斗先輩が決闘盤を外しながら言う。
そしてその瞬間――
爆発するような歓声が、観客達から上がった。
体育館が割れんばかりの大音量の歓声と拍手。
あまりにも凄まじすぎて、何が何だか分からない程だ。
「な、内斗様ぁー!!」
泣きながら、内斗先輩に抱きつこうとする千条さん。
内斗先輩がさっと、それをかわす。
ぎゅっと、力をこめて抱きつく千条さん。
「わ、私、最初から信じてましたからぁー!」
そう言って涙を流しながら胸に顔をうずめる千条さん。
だが――
「あ、あの、その……!!」
千条さんが抱きついているのは、
内斗先輩ではなく天野さんである事に、彼女はまだ気づいていない。
顔を真っ赤にしている天野さん。わんわんと、千条さんは泣いている。
「さ、さすが内斗君。僕は嬉しいよ……」
日華先輩もまた、感動したようにうるうると目を潤ませていた。
ジトッとした目つきで、そんな日華先輩を見る内斗先輩。
「だから、最初に言ったじゃないですか。僕が負ける訳ないって」
そう言う内斗先輩の口調は、普段の丁寧なものだった。
大騒ぎをしている風丘高校の生徒達とは対照的に、暗い雰囲気の相手高校。
すっと、エリシアが立ち上がる。
「それでは、これにて失礼させて頂きます」
いつのまにか、テーブルとティーセットを片付けているエリシア。
立ち上がり、俺達の方に冷たい視線を向けている。
「まさかローランドが敗れるとは。少々あなた方を甘くみていたのかしら」
「ふふん、怖気づいたのかい?」
勝利の嬉しさからか、得意そうな様子の日華先輩。
それを聞いたエリシアが、フッと口をつりあげて笑った。
目を細めながら、そのトビ色の瞳を日華先輩に向ける。
「まさか。むしろ嬉しいのですわ。この大会が始まって以来、
ようやくこの私が直々に決闘できるのですから……」
そう言って、エリシアが着ていたメイド服を脱ぎ捨てた。
その下にあったのは、金色のラインが入った白い色の制服。
先程まで戦っていた彼らが着ていたものと、同じ物だった。
ふぅと、涼しげに息を吐くエリシア。
「それでは、準備がありますので、私はこれで」
ペコリと会釈し、エリシアが相手チームの方へと去って行った。
残されたのは、脱ぎ捨てられたメイド服と呆然としている俺達のみ。
「……大丈夫なんですか?」
おそるおそる、俺は日華先輩に尋ねた。
次の対戦は日華先輩とあのエリシアによる対決だ。
負ければ、当然の事ながら俺達は敗退となる。
「さぁ? まぁ、なんとかするよ。僕は部長だからね」
だが日華先輩は、緊張感の欠片もない口調でそう言った。
それを聞き、俺と内斗先輩が同時にため息をつく。
そんな俺達の間を、風が吹き抜けて行った……。
続く...