正義の悪!

製作者:きつね丸さん






第一話  始まりの風と転校生

 風が吹いていた。
 
 強い風ではない。そよ風のような、優しい風だ。
 それが俺の髪をなでるように揺らしている。
 雲ひとつない、とても気分の良い青空が広がっていた。

 キーンコーンカーンコーン!

 チャイムが鳴り、授業が終わった。
 いそいそと教室を出て行く先生に、席を立つ生徒。
 これから昼休みだ。何人かがすでに机の上に弁当を広げている。

 俺――雨宮透(あまみや・とおる)――は軽く伸びをした。

 あくびを噛みころして、腕を伸ばす。
 高校生になったものの授業は相変わらず退屈だな。
 俺は机の横にかけてあるカバンから弁当を取り出す。
 とりあえずは俺も昼飯にするとするか・・・

「あ、あの、雨宮君……」

 俺の前の席に座っていた女子が振り向いて声をかけてきた。
 おずおずとした顔で、俺の様子をうかがっていた。

「よければ……一緒にお弁当食べませんか?」

「……かまいませんよ」

 俺が答えると、彼女は微笑んだ。
 そして椅子の向きを変え、俺と向かい合う形で座る。

 彼女の名前は天野茜(あまの・あかね)。
 俺と同じ部活に所属している、気の弱い女の子だ。
 セミロングのややぼさぼさとした黒髪で、いつも人の様子をうかがっている。
 知り合ってまだ二ヶ月程度だが、彼女がかなりの人見知りだということは分かっていた。

 俺は弁当を広げて、手を合わせる。
 心の中で「いただきます」と言ってから、箸を握った。

「あの……雨宮君はずっとこの街に住んでいるんですよね?」

 天野さんがオドオドとしながら尋ねてきた。
 俺はご飯を飲み込んでから言う。

「えぇ、そうですよ。昔、一年だけ都会にいってましたけど、後はずっとですね」

 すっと箸をのばして、卵焼きを取る。
 母さんが作る卵焼きは少し甘めの味になっている。
 個人的には辛いほうが好きなのだが、これも姉貴のせいだ。

「私はほんの一年前にこの街に来ましたけど、良いところですよね」

 天野さんが優しい笑みをうかべながら言った。
 俺はその言葉に頷く。

 日本の某県、その南に位置する街、風丘町(かぜおかちょう)。
 海に面した街だが、あまり港町という感じはしない。
 街の端には大きな河原があり、さらにその先に進むと山が連なって立っている。
 買い物はほとんど駅前の商店街。デパートなんてものは隣町まで行かないとありはしない。
 車の通りも少なく、ビルのような高い建物も存在しない。ほとんどが民家。

 つまり、分かりやすく言うなら田舎町だ。

 さすがに田んぼが一面に広がっているようなところではないが、
 それでも都会と比べれば田舎町であることは違いない。
 なんというか、中途半端に田舎な所だと思ってくれれば大丈夫だ。

「こういう自然に恵まれた場所って、なんだか癒されますよね」

 天野さんが弁当のおかずを食べながら言う。
 彼女は都会から風丘町に来たから、そう思えるのだろう。
 まだまだ日本には田舎な場所はあるはずだ。多分。

「そういえば、雨宮君はいつからデュエルモンスターズをやってるんですか?」

 無邪気な笑顔をうかべて、天野さんが尋ねてくる。
 俺は少し上を向いて考える。

「かれこれ……七年ほど前からですかね」

 俺が答えると、天野さんがびっくりしたように俺のことを見た。
 
「そんなにやってるんですか! だから強いんですね……」

「いえ。俺の実力はたいしたことないですよ」

 きっぱりと俺は答えた。
 そう、別に七年もの間ぶっつづけでやっていたわけではない。
 ただ七年前に始めたというだけだ。そりゃ初めて二ヶ月の天野さんよりは強いけど。

 俺は天野さんを眺める。

 高校入学直後のころに起こったある出来事がキッカケで、彼女はデュエルを始めた。
 あまり思い出したくないことだ。なんせそれには俺も深く関わっているから。
 そういえば、あの妙な部活動に入部したのも、そのせいだったな……

 俺の視線に気づいたのか、天野さんが顔を赤くした。

「な、何ですか? 私の顔に何かついてますか?」

「……いえ、気にしないでください」

 俺が言ってもまだ天野さんは疑わしそうに俺のことを見ていた。
 苦笑しながら、俺は弁当の残りを口に運ぶ。

 しばらくの間、俺たちから会話がなくなる。

 俺は弁当を食べるのに集中しているし、天野さんはあまり熱心に話すタイプではない。
 当然と言えば当然だが、それでもこの沈黙はいささか気まずいものがある。
 なんとかしたいが、どうにも話題がうかばない。

 どうしようかと思っていると、天野さんの方が口を開いた。

「そういえば……今日の放課後に転校生が来るらしいですよ」

 転校生? 俺は首をかしげた。
 もう六月になって、あとほんの一ヶ月程度で夏休みというこの時期に転校生?
 俺が考えていると、天野さんが続ける。

「なんでも急に決まった転校らしいですよ」

「はぁ……」

 俺は曖昧に答えた。そりゃまた何ともコメントしにくい状況だ。
 それにしても、どうして彼女はそんなことを知っているんだ? 
 俺の疑問を読み取ったのか、天野さんが言う。

「今日の朝に、霧乃先生が言ってましたよ。聞いてなかったんですか?」

 霧乃(きりの)先生というのは、俺たちの担任の先生の名前だ。
 今年になって赴任して来た綺麗な先生で、生徒・先生間での人気はかなり高い。
 どこか間のぬけたような部分もあるが、基本的には良い先生だ。
 ……年齢に関する質問をしたときを除けば。

 天野さんの言葉に、俺は顔をしかめた。
 そういえば今日の朝のHRはよく聞いてなかった。
 だから転校生のことも聞き逃していたのだろう。

「ダメですよ。ちゃんと先生の話は聞かなくちゃ」

 天野さんに怒られ、俺は素直にうなだれた。
 このままでは不利なので、話題をそらす。

「それで……どんな子が来るんですか?」

「それがその……分からないそうです」

 今度は天野さんがバツの悪そうな顔で答えた。

「本当に急な転校だそうで。女の子だってことだけしか分かってません」

「そうなんですか……」

 俺は弁当箱をカバンに戻した。すでに転校生への関心は薄れはじめている。
 たしかに謎の多い転校生が来るのは気になるが、俺には別に関係ない。
 俺はこの平和な田舎町でのんびりと過ごせればそれでいいのさ。

「……ふぅ。ごちそうさまでした」

 天野さんが箸を置いた。
 まだ半分ほど残っているが、どうやら食べきれないらしい。
 のんびりとした動作で弁当箱を片付けはじめている。
 まったくマイペースな人だな。とても都会から来たとは思えない。

「それじゃあ雨宮君、よければその……」

 もじもじと顔を伏せる天野さん。
 なんとなく言いたいことは分かっていたが、俺は黙ってその様子を見ている。
 軽く間をおいてから、天野そんがようやく言った。

「……決闘(デュエル)しませんか?」

 さっと彼女が自分のデッキケースを机に置いた。
 俺の返事も聞いていないのに、気の早い人だ。
 きっぱりとした口調で俺は答える。
 
「残念ですけど、それは無理ですね」

「ど、どうしてですか?」

 断られると思っていなかったのか、天野さんが不安そうな声をあげた。
 額には冷や汗をかいていて、明らかに動揺している。分かりやすい人だ。
 俺はなるべく優しい口調で言った。
 
「理由は簡単です。もう時間がありません」

 俺は教室の設置されている時計をゆびさした。
 すでに昼休みの半分以上が過ぎている。あと十分程度で次の授業だ。

「今はアレですから、決闘は放課後にしましょう」

「は、はい……」

 しょんぼりとしながら、彼女はデッキケースをしまった。
 別にそこまでしょげる必要はないと俺は思うのだが。
 
「それにしても……どんな子が来るんでしょうね?」

 ぼそっと天野さんが呟いた。
 決闘ができないショックからか、その声は暗い。
 
「さぁ……別に俺は誰が来てもかまいませんよ」

 俺は視線をそらして答えた。
 そう、別に俺は誰が来ようとかまわない。俺の平和さえ乱されなければ。

 それにしても……どうして転校生は放課後に来るんだ?

 普通は朝に来るものじゃないのだろうか。
少し考えたが、納得できるような答えは出てこなかった。
 実際に、転校生とやらに会うまでは……
 
 



 教室はざわめいていた。原因は分かっている。転校生だ。
 放課後になり、先生が転校生をつれてきたからだ。
 担任の霧乃先生が教壇に立つ。

「えー、朝のHRでも言いましたが今日は転校生がやって来てくれました」

 よく通る声で先生は言う。しかしほとんどの生徒が先生の声を聞き流していた。
 普段は先生のことばかり見ている男子連中も、視線は転校生に釘付けになっていた。
 
「転校生のディア・ローナリアさんです。ディアさん、あいさつを」

「はい」

 小さく頷いて、教壇に立ったのは金色の髪をポニーテイルにした女の子だった。
 日本人離れした白い肌に、青い瞳。黒い縁のメガネをかけていて、どこか弱々しい。
 背が中学生並みに低いが、かなりカワイイ部類に入ると思う。

「はじめまして。ディア・ローナリアです」

 小さめな声で彼女はあいさつする。
 どこかのんびりとした口調だ。

「本当は朝に来たかったのですが、飛行機の関係で遅れてしまいました。フランスからやって来ましたが、どうかよろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げる彼女に、大きな拍手がおこる。
 俺もとりあえず拍手する。なんともノンビリとした外国人がやってきたものだ。

「それではディアさんに何か質問はありますか?」

 先生が言うと、とたんに質問の嵐が巻き起こる。
 どうでもよさそうな質問にも、彼女はスラスラと答えていく。
 嫌そうな顔さえしない。マジメというか、律儀な人だ。

 俺の前に座っていた天野さんが手をあげて質問した。

「決闘はできますか?」

「はい。もちろんできますよ」

 言ってカバンからゴソゴソとデッキケースを取り出す。
 黒いケースには、なぜかクリボーのシールが貼ってあった。

「これでも決闘は好きです。フランスでもよくやってました」

 そう答えるや否や、数人の男子がカバンからデッキを取り出すのが見えた。
 すでに中身をチェックしている奴もいる。分かりやすい連中だ。
 先生がパンパンと手を叩いた。教室が静かになる。

「はーい、じゃあ今日はその辺にしておきなさい。帰りの会をはじめます」

 先生が教壇に立つ。しかし口を開けたまま、先生が固まる。
 しばしの間の後、先生が言った。

「……でも今日は連絡事項はありませんね。それでは今日はこれで終わりです」

 先生の発言に教室がワッとなる。
 霧乃先生は、大雑把というよりどこか抜けた性格をしている。
 だから生徒の間に人気があるのだろう。影では天然先生と呼ばれている。

 すでにディアさんの周りには何人もの生徒が集まり、何かを質問したりしている。青い制服に囲まれていて、ディアさんの姿はもはや見ることさえできない。

 俺はというと、特に興味はないので帰り支度を整える。そりゃ外国から転校生がやって来たのだから、まるで興味がないという訳ではない。しかしわざわざ何かを質問しにいくほど、好奇心があるというわけではない。

「あ、雨宮君!」

 俺がカバンを持って自分の席から立ち上がろうとすると、天野さんが声をかけてきた。

「何です?」

「あ、いや、その……」

 もじもじと天野さんが視線をそらした。
 俺はその姿を見て昼休みのことを思い出す。

「あぁ。そういえば決闘しようって言ってましたね」

「う、うん」

「じゃあどこか場所を変えましょうか」

 教室は転校生のせいで騒がしすぎる。
 部室にでも行くのがいいだろう。
 今日は部活動もない日だし、先輩達もいないはずだ。

 俺の言葉に天野さんが頷き、いざ教室を出ようとしたとき……

「ちょっと待ってください!」

 いきなり後ろから声をかけられた。
 俺と天野さんが振り返ると、なんと先ほどの転校生が立って俺を見上げている。

「今、決闘って言いましたよね。決闘やってるんですか?」

「ええ、一応……」

 俺と天野さんは顔を合わせて答える。
 お互いに、どうして転校生がわざわざあの人の壁を抜け出してココに来たのか分からない。
 ディアさんがすまなそうな表情をうかべて言う。

「ごめんなさい。急に呼び止めてしまって……」

「いえ。別に気にするほどのことでもありませんよ」

 天野さんが笑顔をうかべて答える。とりあえず話しを聞くことにしたらしい。
 ディアさんが再び俺のことを見上げた。コホンと小さく咳払いをすると、恥ずかしげに言う。

「実は……私と決闘をしてほしいんです」

「ええぇぇ――!!」

 その言葉にディアさんの後ろに立っていた男子達が声をあげた。
 なんせさっき必死にアピールしていた自分達をさしおいて、まだ一言も話していない俺と決闘したいと言いだしたからだろう。うらめしげな視線がいっせいに俺へと降り注がれる。

 俺と天野さんもポカンとしてあっけに取られていた。
 ディアさんが不安そうに尋ねてくる。

「どうでしょうか? 駄目でしょうか?」

「い、いえ。別にかまいませんけど……」

 俺が答えると、ディアさんが微笑んだ。
 まるで子供のような無邪気な笑顔だ。

「ありがとうございます。それじゃあココでやりましょう」

 彼女はデッキケースを取り出すと、天野さんの席に座って向きを変えた。
 すぐに俺の机の周りに人だかりができる。
 俺は申し訳なさそうに天野さんを一瞥してから、自分の席に座る。
 ディアさんがデッキを切りながら話しかけてくる。

「使用デッキは40枚。LPは4000のルールでいいですか?」

「えぇ。かまいませんよ」

 俺も自分のデッキを取り出してシャッフルする。
 机の上に、二つのデッキが置かれた。
 ペコリと彼女が頭を下げてくる。

「それでは、よろしくお願いします!」

「あぁ、よろしく……」

 なんだか調子が狂うな。
 ただでさえ外国人ってだけで他とは違うのに、このマイペースな感じがさらに調子を乱す。
 ……なにはともあれ、勝負開始だ。



「――決闘(デュエル)ッ!!」



 雨宮   LP4000
 
 ディア  LP4000


「それでは私から。ドロー!」

 元気よく言って彼女はカードを引く。
 青い瞳で手札を見てから、一枚のカードを選んだ。

「私はヒステリック天使(エンジェル)を攻撃表示で召喚!」


ヒステリック天使
星4/光属性/天使族/ATK1800/DEF500
自分のフィールド上モンスター2体を生け贄に捧げる度に、自分は1000ライフポイント回復する。


「うーんと……ターンエンドです!」

 少し考えてから、彼女はエンド宣言した。
 俺は初期手札の五枚を見る。悪くない手札だ。

「俺のターン、ドロー。俺はY−ドラゴン・ヘッドを召喚!」


Y−ドラゴン・ヘッド 
星4/光属性/機械族・ユニオン/ATK1500/DEF1600
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「X−ヘッド・キャノン」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)


「さらにカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

「私のターンですね。ドロー!」

 カードを引き、彼女が少し考える。
 おそらく俺の場のカードが罠だと考えているのだろう。
 彼女が不意に微笑んだ。

「なるほど・・・攻撃力の低いモンスターを囮にする作戦ですか。でもそれってバレバレですよ?」

 そう言って手札からカードを一枚出す。

「私は魔法カード、大嵐を発動! これで場の魔法・罠をすべて破壊します!」


大嵐 通常魔法カード
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
 

 なるほど。彼女が伏せカードを伏せなかったのはこのカードが手札にあったからか。
 だが……

「リバースカード発動。マジック・ジャマー!」

「えぇ!?」

「手札を一枚捨てて、大嵐の発動を無効にします」


マジック・ジャマー カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
魔法カードの発動を無効にし破壊する。


 これで俺の場の伏せカードは一枚になった。
 ガーンとしているディアさんを尻目に、俺は手札を一枚捨てる。

「そ、それでも攻撃力は私の方が高いです! ヒステリック天使で攻撃!」

 なるほど。たしかに俺のY−ドラゴン・ヘッドの攻撃力は1500。
 対するヒステリック天使は1800。このままでは勝てない。ならば……

「リバースカード発動。ゲットライド!」

 
ゲット・ライド! 通常罠
自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、自分フィールド上に存在する装備可能なモンスターに装備する。


「この罠の力により、俺は墓地の強化支援メカ・ヘビーウェポンをY−ドラゴン・ヘッドに装備する」


強化支援メカ・ヘビーウェポン
星3/闇属性/機械族・ユニオン/ATK500/DEF500
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして、フィールド上のこのカードを自分フィールド上表側表示の機械族モンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で元に戻す事が可能。
この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)


「ど、どうして墓地にそんなカードが……あぁ!!」

 どうやら彼女が気づいたらしい。
 そう。さっきのマジック・ジャマーのコストで俺はヘビー・ウェポンを捨てていたのだ。

「ヘビー・ウェポンの効果により、Y−ドラゴン・ヘッドの攻撃力は500ポイントアップします」


 Y−ドラゴン・ヘッド  ATK1500→ATK2000


「これでヒステリック天使より攻撃力が上になりました。返り討ちです」

「あぁうぅ……」

 悲しげな声を出して、ディアさんはヒステリック天使を墓地に送った。


 ディア   LP4000→3800


「わ、私はワタポンを守備表示で召喚。ターンエンドです」


ワタポン
星1/光属性/天使族/ATK200/DEF300
このカードが魔法・罠・モンスターの効果によって自分のデッキから手札に加わった場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる


 ワタポン? ずいぶんとレアなカードを持っているな。

「俺のターン、ドロー」

 俺はカードを引き、チラリとディアさんの方を見る。
 さっきの反撃がこたえたのか、少し表情が憂鬱そうだ。
 俺は視線を手札に戻してから言う。

「俺はY−ドラゴン・ヘッドでワタポンを攻撃」

 伏せカードも何もなかったので、ディアさんはあっさりとワタポンを墓地へと送った。

「……これでターンエンドです」

 俺は手札から顔をあげて言った。
 ディアさんが深呼吸する。

「私のターン、ドローォ!」

 気合を入れて彼女がカードを引く。
 
「むー。私はハッピー・ラヴァーを守備表示で召喚!」


ハッピー・ラヴァー
星2/光属性/天使族/ATK800/DEF500
頭からハートビームを出し敵を幸せにする、小さな天使。

 
「さらにカードを二枚伏せて、ターンエンドです」

「……俺のターン」

 ハッピー・ラヴァーとは、これまた別の意味でレアなカードだ。
 俺はカードを引いて考える。ザコが守備表示で伏せカードが二枚。多分、というか間違いなくあれは罠だろう。
 たがユニオンしているモンスターを墓地に送れば、Y−ドラゴン・ヘッドが破壊されるのを免れることはできる。ならば……

「俺はX−ヘッド・キャノンを攻撃表示で召喚」
 
 
星4/光属性/機械族/ATK1800/DEF1500
強力なキャノン砲を装備した、合体能力を持つモンスター。
合体と分離を駆使して様々な攻撃を繰り出す。


「バトルです。X−ヘッド・キャノンでハッピー・ラヴァーを攻撃」

「り、リバースカードオープン。聖なるバリア−ミラーフォース−!」


聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「こ、このカードの効果で、雨宮さんのモンスターは全滅です!」

「Y−ドラゴン・ヘッドに装備された強化支援メカ・ヘビーウェポンの効果。このカードを身代わりにしてY−ドラゴン・ヘッドの破壊を無効にします」

 間一髪で全滅はさけられた。しかしフィールドに残ったのはY−ドラゴン・ヘッドのみ。
 このターン、モンスターは召喚できないし、あまり良い状況ではない。
 とりあえず、やれることはやっておこう。

「Y−ドラゴン・ヘッドでハッピーラヴァーを攻撃します」

 これまたあっさりとディアさんはハッピーラヴァーを墓地へと送った。
 伏せられたカードは罠ではないのだろうか? まあかまわないが。

「俺はこれでターンを終了します」

「リバースマジック発動! スケープ・ゴート!」

 いきなり彼女がカードを伏せられたカードを表にした。
 

スケープ・ゴート 速攻魔法
このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは生け贄召喚のための生け贄にはできない。


「これで私の場には羊トークンが四体。そして私のターン!」

 彼女が勢いよくカードを引く。
 かなり楽しそうな表情だ。もっとおしとやかな人だと思っていたのだが。
 ……ひょっとしてデュエルになると人格が変わるのか?

「私は手札を一枚捨てて、魔法カード、コストダウンを発動!」


コストダウン 通常魔法
手札を1枚捨てる。
自分の手札にある全てのモンスターカードのレベルを、発動ターンのエンドフェイズまで2つ下げる。


「私は手札のクリボーを墓地に捨てます。そして天空騎士(エンジェルナイト)パーシアスを攻撃表示で召喚!」


天空騎士パーシアス
星5/光属性/天使族/ATK1900/DEF1400
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。


「私はさらに装備魔法、団結の力を発動! パーシアスに装備!」


団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


 俺の横で天野さんがブツブツと呟く。

「えーっと一体につき800ポイントで、五体いるから合計で・・・」

 ディアさんが微笑んだ。

「合計で攻撃力は4000ポイントアップよ」

「よ、4000も!?」

 天野さんが驚いた。そりゃそうだ。


 天空騎士パーシアス  ATK1900→ATK5900


「これでバトル! パーシアスでY−ドラゴン・ヘッドを攻撃! エンジェル・スピア!」

 ソリッド・ヴィジョンでもないのに、彼女は技の名前を叫んだ。
 やっぱり彼女はデュエルになると人格が変わるのだろう。多分。そういうことにしておこう。
 攻撃力1500対5900。結果は計算するまでもない。


 雨宮  LP4000→0


「やったー! 勝ちましたー!」

 ディアさんが嬉しそうに言った。
 周りの見物していた人間からなぜか拍手が起こる。彼女はそれに対して手を振って笑顔をふりまいていた。
 俺はいそいそとデッキをかたす。まさかあんな形で勝負が終わるとは思っていなかった。
 まぁ結果的には問題ないが。

「あ、あのぅ……」

 おずおずとディアさんが話しかけてきた。
 さっきまでとは違い、かなり弱々しい声だ。天野さん並みかもしれない。

「今日は急に誘ってしまってすみませんでした」

「いえ、別に平気です。かなり強いですね。完全にやられました」

「そ、そんなことありません。大したことないです……」

 真っ赤になりながら彼女は顔を伏せた。
 俺はデッキをかたし終えると、席を立つ。

「では俺はこの辺で」

「あっ、はい。えっと、そのぉ……」

 もじもじとするディアさん。
 やがて顔をあげると、俺に向かってニッコリと微笑んだ。

「また決闘しましょうね」

 輝くような笑顔を見せるディアさん。
 周りの男子から降り注ぐ視線が凄まじくなるのを俺は感じた。

 また、ねえ……。まあ彼女だったら、別にいいか。
 
 天井を見上げつつ、俺はそう思った。




第二話  お昼休みと最悪な勧誘

 ディアさんが転校してきて早翌日。
 すでに彼女は教室の輪になじんでいた。
 というかすでに人気者になりつつあった。

 見た目は良いし、性格もおっとりとしていて優しい。
 加えて決闘の腕が程ほどに強いところがうけたらしい。
 すでに教室のアイドル的存在になりつつある。

 俺が帰った後も彼女は決闘を続け、ちょっと勝ち越す程度の成績だったらしい。
 証言者によれば、俺と勝負したときが一番強かったとかなんとか。どうでもいいが。
 
 昼休みになって、天野さんが俺の机に弁当を広げた。
 昨日の勝負のあとから、どうも彼女は少し機嫌がよくない。
 普段ならおどおどしつつも話かけてくるのに、なんだかむっとしている。

「どうかしたんですか、天野さん?」

 珍しく俺から会話をしてみた。
 彼女は丁寧にいただきますと言うと、弁当を食べ始めようとしている所だった。
 箸を持ちながら、天野さんが困ったふうに答える。

「昨日のことを考えてて……」

「昨日のこと?」

 俺が尋ねると彼女はうつむいた。
 なにか悪いことでもしただろうか。
 昨日はあの後一緒に帰って、それで……

 俺は思い当たった。

「ひょっとして昨日決闘しなかったせいですか?」

 そういえば彼女と昨日勝負するはずが、ディアさんとの決闘で忘れてしまったのだった。
 彼女も俺が負けたのに驚いていたせいか、何も言ってこなかったが。
 だが忘れていたことは事実だ。俺は素直に頭を下げる。

「ごめんなさい。すっかり忘れてました」

「そうじゃありません」

 天野さんがきっぱりと否定した。
 珍しくはっきりと自分の言葉を喋っている。

「なんていうか……ディアさんがすごく雨宮君に好意を持って接してたから、その」

 言ってから天野さんの顔が真っ赤になる。
 そして慌てた様子で言った。
 
「い、いえ! なんでもありません!」

「は、はぁ……」

 俺は深くはツッこまないでおく。
 なんだかとても面倒なことになりそうだと思ったからだ。

「そ、それにしてもディアさんって強かったですよね!」

 天野さんが話題をそらした。
 なにはともあれ彼女がいつもの調子になってきたので、俺も安心する。

「そうですね。まさか一発で勝負を決められるとは思ってませんでした」

「ですよね。私も雨宮君が負けるなんて思ってませんでした」

「だから言ったでしょ。俺はあんまり強くないって」

 言って俺も自分の弁当を食べ始める。
 しばらくの間、俺達の間から会話がなくなった。
 どちらかというと明るい性格ではない二人なので、当たり前だが。
 弁当の半分を食べ終えたところで、俺はふと思い出す。

「それはそうと天野さん。今日の部活――」

「あのー、ちょっといいですか?」

 不意に横から声をかけられた。
 見ると、ディアさんが笑顔を浮かべて立っている。
 その白い手には、コンビニの袋がぶら下がっている。なんだか似合っていない。
 少しためらったあと、彼女は俺にむかって言った。

「一緒にお昼食べてもいいですか?」

 その言葉に天野さんがゴホッとご飯をつまらせた。
 ディアさんが驚いて天野さんの方を見る。

「だ、大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫れふぅ……」

 お茶を飲みながら答える天野さん。あまり大丈夫そうではない。
 クスクスとその様子を笑いながらディアさんは見ている。

「仲がよさそうですね。お付き合いしてるんですか?」

「お、お、お、お付き合いだなんてそんなっ!」

「同じ部活に入っているんです」

 天野さんが暴走しかける前に、俺は言った。

「デュエ研ってよばれている部活なんですけど」

「へぇ〜。やっぱりデュエル関係の部活をやってたんですか」

 頷きながら、彼女は空いている椅子を引っ張ってきて横に座った。
 机にコンビニの袋が置かれる。

「なんだか手つきとかが上手でしたから。ただ者ではない、と」

「いえ。別にそんなことはありませんよ」

 そんな妙なところを褒められたのは初めてだ。
 ディアさんがコンビニ袋からサンドイッチを取り出す。

「そのデュエル研究会には何人くらいいるんですか?」

「えーっと、その・・・俺と天野さんを含めて四人です」

「え、四人ですか?」

 意外そうだという気持ちを全面に顔に出して、ディアさんが驚く。
 俺は黙ってうなずくと、再び弁当に箸をつける。

「ちょっと色々ありまして。なんというか、部長が少し個性的というか……」

「部活のなかでもかなり弱小なんです」

 さっきのカップル発言から復活した天野さんも、会話に参加してくる。
 ディアさんがはぁーっと感嘆したような、よく分からない声を出す。

「そうだったんですか。でも四人というのは……」

「決闘したいんだったら、ウチとは別にデュエル・エリート・クラブっていうのが学校にはありますから」

 デュエル・エリート・クラブ。
 名前の通り決闘のエリートだけが入れる、総勢40名ほどのハイレベルな決闘専用の部活である。
 入部するさいには入部試験というものがあり、そこでふるいにかけられた精鋭十数名だけが入ることができるという、まさにエリートの集まり。放課後は体育館を貸しきったり、豪勢なロッカールームがあったりと、待遇的にもウチとは雲泥の差がある。
 ついでに言うと、このクラブとデュエ研は犬猿の仲である。理由は言わないが。

「本格的に決闘したい人はそっちに流れちゃって、ウチにはほとんど誰も入部しないんですよ」

「そうなんですか。大変ですね」

 サンドイッチを食べながら言うディアさん。
 言葉とは裏腹にあまり大変そうには思っていなさそうだ。

「それでどうして雨宮君たちはそのデュエ研に?」

「あー、それはいろいろとありまして」

 俺は言葉をにごして弁当に視線を向けた。
 横では天野さんが微笑みながら俺のことを見ている。
 その様子を見て、ディアさんが不思議そうに首をかしげた。

 俺は話題をそらすために少しディアさんに尋ねる。

「あの……どうして日本へ?」

「えーっと、両親の仕事の都合です」

 少し考えてから、ディアさんが答える。

「まぁ仕方のないことでして。今はマンション・フェナスに住んでます」

 フェナス! 我らが風丘町に存在する唯一の高級マンション。
 その美しい外見と内装、一流のセキュリティーを兼ね備えたところが人気だが、大抵のひとは家賃の額を見てがっくりと肩を落として帰ってくることになる場所だ。
 
「なんだかだだっ広いマンションなんですけどね」

 苦笑しながら言うが、彼女は家賃を見たことがあるのだろうか。
 もし見たとしたならば、相当世間の感覚からはズレている人だ。
 天野さんの方を見ると、彼女もまた目を丸くしていた。
 それにしても、なんでそんな人がコンビニでお昼を買うんだろう。

「ふぅ。ごちそうさまでした」

 ディアさんがガサガサとビニールの袋にゴミを片付ける。
 そしてゴミを捨てに、教室の前においてあるゴミ箱まで歩いていく。

「な、なんだか凄い人ですね。ディアさん……」

「そうですね……」

 俺と天野さんは小声で頷きあった。
 彼女が戻ってくる。

「あのぅ……私、考えたんですけど」

 椅子に座りつつ、もじもじと彼女は言う。

「よければそのデュエ研というのを見学させてもらえませんか?」

「ええぇぇ――ッ!!」

 俺と天野さんの声がハモった。
 教室の視線が俺達に集中する。
 
「ほ、本気ですか? ディアさんなら十分デュエル・エリートの方に入れますよ」

「そ、そうですよ。何もわざわざウチに来なくても……」

「いえ。私はデュエ研のほうに興味があるんです」

 彼女がニッコリと微笑んだ。

「それにまだ入ると決めたわけではありませんよ。見学でいいですから」

 俺と天野さんは顔を合わせた。
 まぁもし彼女が入りたいというなら、かまわないが……
 しばらく考えてから、俺と天野さんは頷いた。

「分かりました。見学したいというなら……」

「ありがとうございます!」

 ペコリと頭を下げるディアさん。
 本当に律儀な人だな。

「それで、いつやるんですか? その部活」

「えーっと今日の放課後に……」

 天野さんの発言で俺は思い出す。
 そうだ。さっき天野さんに言いかけたことがある。
 俺は天野さんに向かって言った。

「すみません。実は今日は部活がないんです」

「えっ、どうしてですか?」

 天野さんが尋ねてくる。
 俺は苦い顔で答えた。

「なんでも日華(ひばな)先輩の用事だそうで。今日の朝に内斗(ないと)先輩からメールが来ました」

「そ、そうなんですか……」

 天野さんも納得したように頷いた。
 本当にあの先輩はどうしようもない人だ。

「部活、ないんですか……」

 しょんぼりとするディアさん。
 申し訳ないが、こればっかりは一年生の俺達ではどうしようもない。

「ごめんなさい。明日の放課後はちゃんとやると思います」

 天野さんが頭を下げた。
 慌ててディアさんが手をふる。

「いえ、大丈夫です。急に言ったことですし、明日でも問題ありませんから!」

 オロオロとするディアさん。
 本当にこの二人は腰が低いコンビだと俺は思う。

 キーンコーンカーンコーン!

 昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。
 みんなが自分の席へと戻り始める。
 ディアさんも軽く頭を下げると、自分の席へと戻っていった。
 俺と天野さんも弁当をかたずける。

「どう思います?」

 天野さんが尋ねてくる。
 その目には希望と不安の両方の光が宿っている。
 俺は首を横にふった。そして静かに答える。

「そりゃ入ってくれれば嬉しいですけど、ウチの部活じゃ無理でしょう」

「ですよね……」

 残念そうに天野さんは頷いた。
 互いに入らないと結論に納得しているところが、ある意味すごい。
 それほどまでに、俺と天野さんの入っている部活は絶望的なところである。

 我らがDC研究会に入ろうなんて思うのは、騙されたかよっぽどの変人くらいのものだ。


 




 チック、タックと時計の進む音が部屋に響く。
 俺は床に座りながら、静かにお茶を飲んだ。
 そして目の前の少し小さめのテーブルに視線をやる。

 テーブルの上には、モンスター・魔法・罠がきれいに分けられた40枚のカード達。

 昨日ディアさんに敗北した機会族主体のユニオンデッキだ。
なぜ調整をしているかというと、昨日の決闘が原因だ。まさか突然、瞬殺されるとは思っていなかった。
 もう少しねばる予定だったんだが、俺もまだまだということだろうか。

 俺は今日の昼休みを思い出し、小さなため息をつく。
 それにしても彼女はなんでデュエ研に興味なんか抱いたんだろう。
 考える俺の脳裏に、昨日の彼女の言葉が思い出される。

『また決闘しましょうね』

 まさか俺と勝負したくて入る……ってわけでもないだろうな。
 だいたい勝負したいだけなら、教室でもできるし。

 俺は首をふって彼女のことを忘れることにする。

 そういえば天野さんはあの後もちょっぴり暗かった。
 なんだかぼんやりとしていてるというか、上の空というか。
 帰り道でもボーッとしていたし。……それはいつものことだが。

 俺は座ったまま伸びをする。
 
 よし。天野さんのためにも、さっさとデッキを調整してしまおう。時間も遅いし。
 それで、明日こそは勝利を譲ってあげよう。そろそろ大丈夫だろう。
やる気をだし、さっそく俺はデッキのカードを見ていく。

 えーっと、コレはそろそろ抜いてもいいころかな。
 それでこっちのカードを入れて、と。
 そうなると防御用のカードは、と……

 カードファイルを見ながら、すらすらとデッキのカードを入れ替えていく。
 なるべく程よいカードを入れるのが、理想的だ。

 そうしてカードを入れたり戻したりを二十分ほどくりかえし、ようやくデッキが完成した。
 すでに時刻は11時を過ぎている。少し夢中になりすぎてしまったかもしれない。
 デッキのカードをまとめつつ、俺はアクビをする。

 さーて、そろそろ寝ようかな。俺がそう思った時――

 ピ〜ロリ〜♪ ピ〜ロリラ〜♪

 いきなり俺の携帯が鳴り始めた。
 手にとってディスプレイを見る。天野さんからだ。
 こんな時間にいったい何の用だ?
 俺はボタンを押して電話に出る。

「はい、もしもし?」

『……雨宮透か?』
 
「! 誰だお前!」

 俺は電話に向かって叫んだ。
 かかってきた電話から聞こえてきたのは、天野さんの声ではなかったからだ。
 機械で合成したような、無機質な声が聞こえてくる。

『クックック……お前が雨宮だな。一度話してみたかったんだ』

「誰だお前! どうしてお前が天野さんの携帯を持っている!」

『そうあせるな。彼女は無事だよ。今のところは、な』

 クスクスと笑いながら声は答える。
 俺は額に汗をかいていた。くそっ、いったいどういうことなんだ!?

『今からお前の通う高校の体育館に来い。一人でだ。誰かを呼ぶなんて考えるな』

「……天野さんは本当に無事なのか?」

『あまり時間をかけない方がいいと思うぞ。私は気が短いからな』

 淡々とした口調で声は言う。
 その口調からはまるで人間味が感じられない。
 コイツの指示に従わなければ、間違いなく天野さんに危害が加えられるだろう。
 俺はチッと舌打ちした。

「わかった。いますぐ学校に行く。十分もあれば着くだろう」

『言い忘れていたが、学校へ来るときはデッキを忘れるな』

「デッキだと? お前は何が目的だ?」

『クックック……いいか忘れるな。本気のデッキだ。全力で私を倒しに来い』

「お、おい! 質問に答え――」

 ブツッ!!

 俺の声が届く前に、電話は切られた。
 慌ててもう一度かけ直してみるが、つながらない。
 どうやら電源を切ってしまったようだ。

 呆然と、俺は自分の部屋で立ち尽くす。

 これは……夢か? 本当におこったことなのか?
 ためしに自分の頬をつねってみる。痛い。やはりこれは現実のようだ。
 しかも、かなり最上級に悪い現実だ。

「……どういうことなんだ!」

 なんだって天野さんがこんな目に。
 というかどうして俺にその電話がかかってくるんだ?
 まるで俺をおびきよせるためのようだ。罠の匂いがぷんぷんする。

 だが……たとえ罠であったとしても……

 俺は天野さんの顔を思い浮かべる。
 出会ってまだ二ヶ月だが、ここで彼女に何かあれば俺は一生後悔する。
 罠に飛び込むのだったら後悔は一瞬だ。一瞬と一生。比べるまでもない!

 俺は自分の机の引き出しを開けて、中に入っていたデッキケースを取り出す。
 ポケットにそれを入れると、俺は部屋から飛び出した。

 廊下で、姉貴が眠そうな面をして歩いていた。
 俺に気づいて、ぼんやりとした目を向ける。

「透ゥ〜、どこ行くの〜?」

「ちょっと出かけてくる!」

「そ〜。遅くなっちゃ駄目だよ〜」

 遅くならないように。さて、俺はちゃんとこの家に戻れるのだろうか。
 不安になりつつ、俺は玄関で靴を履いて家から出る。
 そして家の前に停めてある自転車に飛び乗ると、学校へむけて走り始めた。




 
 夜の学校というのは不気味だ。
 なんせ人の気配というものがない。まして風丘町は田舎だ。
 警備員とかいったものもなく、この時間じゃ宿直の先生もいやしない。
 いるのは、俺と誘拐犯と天野さんくらいだろう。

 近くの街路灯以外に光はなく、辺りは静まり返っていた。
 正門の前に自転車を置くと、俺は正門を押して隙間をつくる。
 その隙間から、俺は学校の中へと侵入した。

 目の前に広がるグラウンドには月以外の光はなく、ただ闇だけがある。
 校舎の方にも、電気はついていないようだった。

 俺は校舎の裏手にある体育館へと進んでいく。
 すでに後悔しはじめていたが、しょうがないことだ。
 
 空に浮かぶ満月を見上げながら、俺は一歩一歩進んでいく。

 ほんの少しだけ涼しい風をあびつつ、俺はついに体育館の入り口までたどり着く。
 普段ならば入り口に鍵がかかっているはずだが、手で押すとギギギという音と共に扉は動いた。
 どうやらあの電話の主は本当にココにいるらしい。つまり、天野さんも。
 意を決して、俺は体育館の中へと入る。

 体育館の中は静かだった。

 放課後ならデュエル・エリート・クラブや他の部活でにぎやかだが、夜中となればそうもいかない。
 広く作られた空間にはもう何もなく、ただ天窓から月光が差し込んでいるだけだった。
 辺りに、人の気配らしきものはない。
 俺は叫ぶようにして言う。

「でてこい! 俺は約束どおりココに来たぞ!」

 俺は辺りを見回した。
 相変わらず人の気配はない。誰もそこにはいなかった。
 ……いったいなんだったんだ? 寝ぼけて白昼夢でも見たのか?

 俺がそう考えたとき、前から決闘盤(デュエル・ディスク)が滑ってきた。ディスクは俺の足に当たってその場に止まる。
 驚いて前の方に目をこらすと、いつのまにか黒いフードとローブに身をつつんだ人物が立っていた。
 ローブから出ている右腕には、決闘盤が装着されている。

「よく来てくれたわね、雨宮透」

「お前がさっきの電話の主か!」

 俺は相手の姿を見ようとするが、暗くてよく見えない。
 どうやら月が雲に隠れてしまったようだ。
 もっとも相手はフードをすっぽりかぶっているし、顔はどのみち見れないが。
 黒フードの人物がクスクスと笑いを漏らした。今度は本物の声だ。

「あなたなら来てくれると信じていたわ。本当に嬉しいわよ」

「天野さんはどこにいる!?」

 俺は黒フードの声を無視して尋ねる。
 黒フードの人物は肩をすくめた。

「心配しなくても用がすんだら返すわよ。そううるさくほえないで」

「用だと?」

「そうよ。私とあなたの本気の決闘」

 本気の決闘だと?

「雨宮透……」

 いつのまにか黒フードは数枚の紙を持っていた。
 そしてそれをスラスラと読み上げていく。

「8歳で決闘を覚えた直後に、いくつものジュニア・トーナメントで優勝。デュエル界の期待の新星となる。しかし一年ほどで突然トーナメント界から姿を消し、その後は公式大会に出場していない、か」

 パラパラと書類をめくる黒フード。
 そして感心したように声を出す。

「ふーん。元大型新人だったんだ。どうりでやると思ったわ」

「ただの昔話だ。今じゃ平凡以下の決闘者(デュエリスト)だ」

「そんなに謙遜しなくてもいいのに。本気を出せば今でもチャンピオンじゃないの?」

 黒フードの言葉に俺は黙る。
 こんなことをしているヒマはない。早く天野さんを助けなければ。

「それで……その元ジュニア・チャンプを捕まえて何の用だ?」

「だーかーらー、決闘よ! もの分かりが悪いわねー」

 怒ったように黒フードは腰に両手を当てる。
 まるで威張っているかのような姿だ。

「私との勝負に勝ったら、約束のものは返すわよ。もちろん無傷で」

「もし俺が負けたら?」

「そのときは……まぁ、分からないわね」

 笑いながら黒フードが答えた。
 先ほどと同じようにクスクスとした笑いが体育館に響く。
 
 俺は……戸惑っていた。
 いきなり訳の分からない相手に決闘を挑まれたからではない。
 天野さんがさらわれたことでも、この不気味な雰囲気に呑まれたわけでもない。

 俺はさっきから聞いている黒フードの声に聞き覚えがあったのだ。

 それもごく最近に聞いた声だ。有り得ないとは思う。
 しかし俺の頭には、ある言葉が再生されていた。

『また決闘しましょうね』

「・・・お前、ディア・ローナリアか?」

 俺は静かに黒フードに尋ねた。
 雲がなくなったのか、月明かりが体育館に降り注ぐ。
 月光に照らされた黒フードが、フードを後ろへとおろした。

「……その通りよ、雨宮君」

 フードの下から出てきたのは、金色の髪の少女の顔だった。
 整った顔立ちで、その瞳は海のように青かった。

「いったい……どういうことだ?」

「まー、そうあわてないで。ちゃんと説明するから」

 ディアさんが笑いながらのん気に言う。
 学校では髪をポニーテイルにしていたが、今はほどいてストレートになっている。
 メガネもかけていなくて、パッと見た印象では別人のようにも思える。
 ぴょんぴょんとはねるように歩きながら、彼女は言う。

「なにから話しましょうか? なにかリクエストある?」

「強いて言うなら始めから全部だ」

 俺の答えにまたクスクスと彼女は笑う。
 その笑顔は前に見た無邪気な笑顔そのものだ。

「いいわ。そうしないと分からないものね」

 すっとおもむろに彼女は一歩踏み出した。
 そしてまた腰に両手をあてて、自信満々の表情で言う。

「まずは私の名前はディア・ローナリアじゃないわ。あれは偽名よ」

 さらっととんでもないことを言い出した。
 俺が驚くより早く、彼女はさらに言葉を続ける。

「私の名前はディン・ハプリフィス。レアカード強奪集団・グールズの幹部よ!」

「グールズだって!?」

 グールズ! 聞いたことがある!
 
 数年前、第一回バトルシティトーナメントが終わるまで、活発に活動していた組織。
 レアカードの強奪や偽造をくりかえし、あらゆるデュエリストを恐怖に陥れた悪魔の集団。
 バトルシティが終わると同時にぷっつりと活動が停止したと聞いていたが、まだあったのか!

「ちょっとー。そんな怖い顔してにらみつけないでよ。話しにくいでしょ」

 彼女――ディンが頬をふくらましながら言う。

「お前が……グールズの幹部だって?」

 俺は信じられずに尋ねる。
 なんせ彼女の見た目はかなり幼い。若いじゃなくて幼いだ。
 高校生どころか、下手すりゃ小学生でも通じてしまいそうだ。

 ディンが俺の言葉に頷いた。

「そうよ。何か文句でもあるのかしら?」

 文句……というより信じられない。
 幹部どころかグールズのメンバーということさえが、だ。
 どちらかというと、ただのワガママな小娘とかそういう印象だ。
 俺の不審そうな目つきに気づいたのか、ディンがむっとした表情で言う。

「なによ。ちゃんとグールズの制服だって着てるじゃない!」

 彼女が自分の着ている黒いローブを指差した。
 しかし俺には知識がないのでそれがグールズのものかどうか分からない。
 たしかにイメージとしては黒ずくめの集団だったが、そんな布みたいな服なら、すぐに作れるだろ。
 俺が信じていないと思ったのか、さらにディンは不機嫌になる。

「これでも私は『風の女王』の異名を持つ幹部なのよ! 信じなさいってば!!」

「分かった。確かにアンタはグールズの幹部だ。それは認める」

 このまま彼女が怒り続けていると話が進まない。
 もういい。とりあえずはそういうことにしておこう。

「それで、いったいどうしてこんなことをした?」

「あら、決まってるじゃなーい」

 ニコ〜と笑って彼女が俺に近づいてくる。
 そして俺を見上げるような格好になって言った。

「こうしてアナタと話すためよ。どう? グールズに入らない?」

「……はぁ?」

「だから、私の部下にならないかって言ってるのよ!」

 かつてない衝撃が走った。
 俺が!? グールズのメンバーに!?
 とっさに俺の脳裏に自分が黒いローブを着ている映像がうかびあがる。

「ど、どういうことだ!?」

「そのまんまの意味よ。……あなたが気に入ったの」

 ディンが照れるように頬を染めて答える。

「私はとある任務でこの町に来たの。でもちょっと急いでたせいで部下を連れてこなかった。そこで私が直々に部下としてふさわしい人間を探しあげた。その結果があなたよ!」

 人差し指を俺にピッと俺に向けるディン。
 俺は呆然とその言葉を聞いている。

「あなたはこの辺の土地には詳しいし、調べてみたら元ジュニアチャンピオンで実力もある。見た目もそこそこ良いほうだしね。そして何より・・・」

 ディンがニヤリと笑った。

「自分の本当の実力を隠している。それが決め手よ!」

 ドクンと心臓が高鳴った。
 自然と額に冷や汗が浮かぶ。思わず俺は顔をふせた。
 乾いた口から、何とかして言葉をひねりだす。

「何のことだ? さっぱり分からないな」

「とぼけなくてもいいのよ。私にはすべて分かっているわ。あの手つき、あの戦略。実に素晴らしかったわよ。いきなりやる気が感じられなくなったから、私もすぐに終わらせたけど」

 コイツ、俺が最初のターン以外は手加減してたのをキッチリ見抜いてたのか。
 俺は目の前の小娘をにらみつけるが、ディンは気にしない様子で続ける。

「あなたがなぜ本気で勝負しないのかは分からないわ。だけどそういうところが気に入ったの。裏でグールズの一員として働くにはもってこいの隠れ蓑だわ。これはかなりのアドバンテージよ!」

 褒められれば褒められる程、俺は気分が悪くなっていく。
 手加減していたのは認めるが、まさかこんな褒められ方されるとは。
 ディンが透き通る海のように青い瞳を向ける。

「どう? グールズ一の美少女幹部の私の下で働けるなんて名誉なことよ。さぁ私の部下になりなさい!」

 すっと彼女が俺へと手をのばしてきた。
 しばらくのあいだ体育館の中が沈黙する。
 外で木がざわめく音が、微かに耳に届くだけだ。
 ゆっくりと、俺は顔をあげて答える。

「ごめんだな」

「へっ!?」

「ごめんだと言っている。俺はそんなことのために自分の実力を隠していた訳ではない」

 たしかに俺は実力を隠してきた。
 それにはいろいろな事情がある。
 思い出したくもない、嫌な思い出が。
 だからといって、そのことを悪の道に利用するほど落ちぶれてはいない!

「悪いが俺はグールズに入る気などない。他をあたってくれ」

 少しだけびっくりしたように目を丸くして俺の話を聞いていたディン。 
 しかしすぐに首をふると、小さくため息をついた。

「やっぱり誘いにのってくれなかったわね。予想はしていたけど」

「だったら最初から呼び出さないで欲しいな」

「あら。予想してたから私は保険をかけていたのよ!」

 保険……天野さんのことか。
 俺は心の中で舌打ちする。
 交渉は決裂したが、彼女に被害は及ばないだろうか。
 ディンが黒ローブの内側からデッキケースを取り出す。

「ともかく! ここまで来てタダで帰すわけにはいかないわ。悪いけど力づくで部下になってもらうわよ!」

「どういうことだ?」

「決まってるわ。――決闘でけりつけましょう!」

 さっとディンが俺との間に距離をとった。
 そして右手に装着した決闘盤の電源を入れる。
 どうやら本気でやる気らしい。

「俺が勝ったら、天野さんは解放してもらえるんだろうな?」

 決闘盤のスイッチを入れながら、俺はディンに尋ねる。
 ディンはクスリと笑う。

「もちろんよ。そのかわり私が勝ったらあなたは私の部下よ!」

 いいだろう。たとえ誰であろうと俺は負けない。
 それがグールズの幹部であったとしてもだ。
 俺はデッキケースからデッキを取り出す。

 ……このデッキを使うのは久しぶりだ。

 だが俺はこのデッキに宿る魂を信じている。
 深呼吸をして、俺はデッキを決闘盤にセットした。
 すでにディンもデッキをセットしてかまえている。

「さぁ、はじめましょうか。風の女王の力を見せてあげるわ!」

 ディンが楽しそうに言った。
 外の木々がざわざわと揺れる音が聞こえてくる。


「――――決闘ッ!!」




第三話  本気の決闘と闇のゲーム

 雨宮     LP4000
 
 ディン    LP4000

 
「私からいくわよ! ドロー!」

 ディンが楽しげにカードを引く。

「私はヒステリック天使を攻撃表示で召喚!」

 決闘盤にセットされたカードが、その姿を現実世界に現す。
 メガネをかけたきつそうな顔の天使が、体育館に降り立った。


ヒステリック天使
星4/光属性/天使族/ATK1800/DEF500
自分のフィールド上モンスター2体を生け贄に捧げる度に、自分は1000ライフポイント回復する。


「さらにカードを二枚伏せて、ターンエンドよ!」

 裏側表示のカードヴィジョンが二枚現れる。
 あれは何かの罠か。それとも魔法カードか……

「俺のターンだ!」

 俺はカードを引いて手札を見る。
 例え相手がどんな戦略でこようと、このデュエルだけは必ず勝つ!

「俺はソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」

 輝きと共に、俺の目の前に大きな剣を携えた白い竜が現れた。
 竜はまっすぐに体育館に浮かぶ天使の姿をみすえている。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800


 ディンが嬉しそうにソウルエッジ・ドラグーンを見る。

「それがあなたがジュニア時代に使っていた本気のデッキ、ドラグーンデッキね。でも残念だけどその子じゃ攻撃力が足りないわよ。他の子はいなかったの?」

「ソウルエッジ・ドラグーンは味方の魂の力を借りる竜だ。心配には及ばないな」

「魂? なにか竜の降霊会でもはじめるの?」

 ディンが不思議そうに首をかしげる。
 しかし自称グールズ幹部なだけあって、なかなか勘が鋭いじゃないか。

「ソウルエッジ・ドラグーンのモンスター効果。自分のデッキからドラグーンと名のつくモンスター一体を墓地へと送ることで、その攻撃力分だけ攻撃力をアップする」

「えぇ!?」
 
 ディンが目を丸くして絵に描いたように驚く。
 ジュニア時代の俺のデッキは調べたようだが、カード効果までは調べてなかったらしい。


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


「俺はデッキから攻撃力1200のガーディアン・ドラグーンを墓地へと送る」

 巨大な盾を持つ竜の姿が、ソウルエッジ・ドラグーンに重なり消える。
 白く輝く光に包まれ、白い竜は静かに吼える。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800→ATK2000


「これでバトルだ! ソウルエッジ・ドラグーンでヒステリック天使を攻撃! ソウルスラッシュ!」

 ソウルエッジ・ドラグーンが飛び上がり、ヒステリック天使の前へと降り立つ。


――――斬!!


 ソウルエッジの持つ大剣が、一瞬でヒステリック天使を切り裂いた。
 その奥でディンがむすっとした表情を浮かべてその光景を見ている。


 ディン  LP4000→3800
 

「カードを一枚伏せ、ターンエンド」
 
 これで場にモンスターはソウルエッジ・ドラグーンのみ。
 俺の場に一枚、ディンの場には二枚のカードが伏せられている状況となった。

「私のターン、ドロー!」

 ディンがカードを引く。

「まだ始まったばかりよ。リバースカードオープン、クリボーを呼ぶ笛!」

 伏せられていた一枚が表になった。
 クリボーを呼ぶ笛。またレアなカードのご登場だ。


クリボーを呼ぶ笛 速攻魔法
自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を、
手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する。


「私はこの効果でデッキからハネクリボーちゃんを特殊召喚!」

 場に白い羽のはえた黒いマリモみたいな生物が現れた。
 

ハネクリボー
星1/光属性/天使族/ATK300/DEF200
フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが受ける戦闘ダメージは全て0になる。
 
 
「さ・ら・に! 私はハネクリボーを生贄にして天空騎士パーシアスを召喚!」

 ハネクリボーがビックリしてディンの方を見るがもう遅い。
 あわれ黒マリモは光となり、かわりに天から蹄の音を響かせながら白い鎧の天使が現れる。


天空騎士パーシアス
星5/光属性/天使族/ATK1900/DEF1400
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。


「バトルよ! パーシアスでソウルエッジ・ドラグーンを攻撃! エンジェル・スピア!」

 パーシアスが手に持った剣をかまえ、ソウルエッジ・ドラグーンにむかって駆けはじめる。
 剣がふりおろされる直前、俺はディスクのボタンを押した。
 
「リバースカードオープン、ソウルバリア!」

 ソウルエッジ・ドラグーンの前に黄色いバリアが張られる。


ソウルバリア  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター一体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを一枚選択し墓地へ送る。


「このカードの効果で、パーシアスの攻撃を無効にする!」

 パーシアスの攻撃を通せば相手はカードを一枚引くことになる。
 ここはソウルエッジを守り、次のターンで奴を叩く。
 ディンがふっと笑った。

「甘いわね。カウンター罠、トラップ・ジャマー!」

「何!?」

「トラップ・ジャマーの魔力で、あなたのソウルバリアは無効よ」

 ソウルエッジの前にはられていたバリアが粉々に砕け散った。
 

トラップ・ジャマー カウンター罠
バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。


 無防備になったソウルエッジに、パーシアスが剣を振り下ろす。
 パーシアスの剣がソウルエッジの身体を切りさいた。
 バトルのダメージの衝撃波が、ディスクを通して俺に伝わってくる。

「!? ぐわあああぁぁぁ!!」

 突然、胸を貫かれるような衝撃が俺を襲った。
 まるで本当に切り裂かれたかのような激痛だ。
 耐え切れず、俺はその場にひざをつく。


 雨宮  LP4000→2900


「な、何が……?」

 呆然と体育館の床を見ている俺にむかって、ディンが言う。

「言い忘れてたけどグールズの使う決闘盤は特別製なの。安全装置のリミッターがはずれているから、まるで本物の痛みみたいでしょ」

「何だと!?」

 たしかに決闘盤はまるで現実のことのように衝撃を与える機能がついている。
 しかしあまりに激しい衝撃は危険なので、それを防ぐ安全装置がくみこまれているはずだ。
 それをはずしてあるということは、直にダメージをくらうのと同じということだ。

「悪いわね。私も仕事だから」

 ディンがあまり悪く思ってなさそうに言った。
 俺はなんとかして立ち上がる。くそっ、まだ身体の節々が痛い……
 必死にバランスを保ちながら、俺はディンをにらみつける。

「お前……」

「ふふ。わかったでしょ? 本気でやらないとLPが残っててもデュエルできなくなるわよ」

「くっ……」

 俺は何か言葉を返してやりたいが、さっきの激痛のせいで上手く立つことすらできない。
 ディンがのんきにパーシアスの効果でカードをドローした。これで奴の手札は4枚だ。
 場にパーシアスがいるが、どうくる……?

「カードを二枚伏せて、ターンエンド。がんばってねー」

 人を小ばかにしたようにエンド宣言するディン。
 こんな奴に負けてたまるか。

「俺のターンだ」

 カードを引く。
 今、俺の場にはカードが一枚も存在しない。
 早く手を打ちたいが、俺の手札にこの状況を逆転するカードはない。

「くっ。俺はウインディ・カーバンクルを守備表示で召喚」

 ポフンという気の抜けた音と共に、額に紅い宝石のついた精霊が現れる。


 ウインディ・カーバンクル  DEF300


 ディンが薄緑色の小さい竜のような精霊の姿を見て、目を輝かせた。

「きゃ〜、かわいい〜! ねえ、あとでそのカード交換しない?」

「ターンエンドだ!」

 ディンの発言を無視して、俺はエンド宣言する。
 手札にあるのは死者転生、ブルーウェーブ・ドラグーン、魂の綱、フレイムアビス・ドラグーンの四枚。
 今はなんとかして耐えるしかない……。

「私のターンね。ドロー!」

 心底楽しそうにカードを引くディン。

「負けないわよ。私はワタポンちゃんを攻撃表示で召喚!」

 こっちもポフッという音を立てて、白いモフモフした奴が出てくる。


ワタポン
星1/光属性/天使族/ATK200/DEF300
このカードが魔法・罠・モンスターの効果によって自分のデッキから手札に加わった場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる


「ワター」

「どう? 私のモンスターだってカワイイでしょ!」
 
 ディンが自信満々に言うが、そういう勝負じゃない。
 
 しばしの間、ディンはじっと俺のモンスターを眺める。
 カーバンクルがそれに気づいて、嫌そうに身体をくねらせている。
 ディンが悲しげにため息をついた。

「うーん、本当はこんなことしたくないんだけど……パーシアスで攻撃!」

 悩ましげな表情を見せながら、ディンがパーシアスに命じた。
 パーシアスが再びカーバンクルめがけて駆けはじめる。
 先ほどとは違い、俺の場には身を守るカードは伏せられていない。
 パーシアスの剣が、ウインディ・カーバンクルをきりさいた。

 衝撃が伝わってくる。

「ぐっ……!!」

 俺は顔をしかめた。
 さっきの不意打ちより覚悟してた分まだマシだが、激痛に変わりはない。
 必死になって俺はその衝撃に耐える。


 雨宮  LP2900→1300


 なんとか、このターンだけでも耐えきるんだ……。
 がっくりと身体が倒れそうになるのを我慢して、俺は次の攻撃に備える。
 ディンが不敵な笑みをうかべて俺の姿を見ていた。

「ふふ。もうボロボロね。どう? 今なら部下になるって言えばやめてあげるわよ」

「誰が・・・お前の部下になんかなるか!」

「あら、そう。それじゃ仕方がないわね」

 ディンがワタポンを見た。
 そして力強く宣言する。

「いくわよ! ワタポンでダイレクトアタック! ワタポ・クラーッシュ!」

「ワター!」

 白いモフモフが猛烈な勢いで突進してくる。
 さっきの痛みを考え、俺は目をつぶる。
 頼む。このターンだけでいいから耐えてくれ。
 
 ボフッ!

 抜けた音が響いた。
 まるでクッションのような感覚が、俺の顔面に伝わる。
 ……激痛はおろか、まったく痛みはない。
 枕投げの枕に当たったときのことを、俺は思い出していた。


 雨宮  LP1300→1100


「…………」

 俺が目をあけると、ディンがワタポンを抱いて何やらぶつぶつ呟いている。

「やっぱりワタポンじゃ無理があったのかしら。せっかく技の名前も考えたのに……」

「ワター」

 その光景を見て、俺は改めてコイツはグールズ幹部ではないと思った。
 コレが幹部だとしたら、余程の人員不足に悩まされているに違いない。
 俺の白い目線に気づいたのか、ディンがはっとなる。
 ワタポンを床に下ろすと、マジメな表情をうかべる。

「コホン。ターンエンドよ」

 大物ぶったように厳粛に宣言するディン。
 俺はもうそれにツッコむ気力すら残っていない。
 切れてしまった集中力を取り戻すため、俺は深呼吸した。

「俺のターン、ドロー」

 俺はディンの場をにらむようにして見る。
 ワタポンにパーシアス、伏せカードは二枚。
 多少危険だが、今こそ反撃する絶好のチャンスだ!

「俺はフレイムアビス・ドラグーンを攻撃表示で召喚!」

 場に炎の渦があらわれ、その中から人間大ほどの紅い竜が出てくる。


 フレイムアビス・ドラグーン  ATK1600


「バトルだ! フレイムアビス・ドラグーンでワタポンを攻撃!」

 フレイムアビス・ドラグーンがワタポンに突進する。
 ワタポンが目に涙をうかべてビビっているのが見える。
 ディンがニヤリと笑った。

「リバース罠発動! 聖なるバリア−ミラーフォース−!」


聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「これでフレイムアビスは破壊されるわ。残念だったわね」

 フレイムアビスの前に鏡のように輝く銀色のバリアが現れる。
 しかし次の瞬間、フレイムアビスはバリアを突き抜けていた!

「な、な、な、何でぇ!?」

 粉々になったバリアを見て、ディンが驚愕する。

「墓地に存在するウインディ・カーバンクルの効果だ。このカードをゲームから除外することによって、俺のドラグーンは効果による破壊から免れることができる」


ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。


 すーっと俺の場に身体の透けた状態のカーバンクルがあらわれた。
 カーバンクルはニッコリと笑顔を残し、その場から消えていく……

「これでバトルは続行だ! フレイムアビス・ドラグーンでワタポンを攻撃!」

「きゃ――!!」

 かん高い叫び声をあげたディンの目の前で、ワタポンが砕け散る。
 フレイムアビスがその拳を思いきり白モフモフに叩きつけたからだ。

「さぁ、ダメージを受けてもらおうか!」
 
 聖なるバリアがあったからあんなザコを攻撃表示にしたのだろうが、甘かったな。
 その分のダメージはきっちりと受けてもらう!

「……わ、私は手札のクリボーを捨ててダメージをゼロにするわ!」

 涙目になりながらも、ディンは手札の黒マリモを墓地へと捨てた。


クリボー
星1/闇属性/悪魔族/ATK300/DEF200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


 目の前に黒マリモが増殖し、ディンへのダメージを吸収してしまう。

「うぅ……ワタポンちゃん……」

 泣きながらワタポンのカードを墓地へと送るディン。
 だが残念なことに、泣くのはまだ早い。

「フレイムアビスのモンスター効果。戦闘で相手モンスターを破壊したとき、攻撃力を400ポイントアップして続けて攻撃することができる!」

「な、なんですってー!!」


フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力400ポイントアップして、
もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発せず、ターン終了時に攻撃力は元に戻る。


「これでフレイムアビスの攻撃力は2000。パーシアスを上回った。バトルだ!」

 フレイムアビスがワタポンの横にいたパーシアスをにらみつける。
 そして炎をまとった拳をたたきつけ、パーシアスを見事に粉砕した。
 ディンが呆然とした表情をうかべている。


 ディン  LP3800→3700


「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 俺がエンド宣言するも、まだぼーっとディンは宙を見ている。
 さすがに心配になって声をかける。

「おい。お前のターンだって――」

「リバースカードオープン、スケープ・ゴート」

 伏せられていた最後の一枚が表になる。


スケープ・ゴート 速攻魔法
このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。
このトークンは生け贄召喚のための生け贄にはできない。


「このカードの効果で羊トークンを特殊召喚。そして私のターン・・・」

 淡々とした口調でカード効果を説明し、カードを引くディン。直感だが、何かやばい気がする。
 ゆっくりと、ディンは目線を俺に合わせた。

「よくも……よくもやってくれたわね!」

 凄まじい迫力で俺をにらみつけるディン。
 その迫力に押されて、俺は一歩後ろに下がってしまう。
 ディンが人差し指を俺に向ける。

「この風の女王様を本気にさせたこと、後悔するがいいわ!」

 さっきまでのきゃぴきゃぴとした雰囲気はどこへやら。
 完全に本気にしてしまったようだ。これはマズイかもしれない……

「手札から魔法発動、大嵐!」

 ディンがカードをセットすると同時に突風が吹き荒れる。
 俺の場に伏せていた魂の綱が粉々に砕け散った。


大嵐 通常魔法カード
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 これで俺の場には攻撃力1600のフレイムアビスのみ。
 対して相手の場には羊トークンが四体。この戦術は・・・

「私は墓地のクリボー、ハネクリボー、ワタポン、ヒステリック天使の四体をゲームから除外!」

 場に今まで倒したモンスター達の姿が現れる。
 しかしすぐにその姿は消えていった。
 かわりに何かとてつもなく邪悪な力が俺の胸をしめつける。

「天に捧げし四つの魂、今ここに混沌の力として降臨する……」

 体育館の天井に、黒い渦のようなものが姿を見せる。

「見せてあげるわ。私の切り札、天魔神 エンライズ!」

 突然、黒い渦から一筋の光が降りてきた。
 眩しさに目がくらむ中、そいつはゆっくりとした動きでフィールドに現れる。
 まるで天使のような姿だが、そこから感じる力は邪悪そのものだ。


天魔神 エンライズ
星8/光属性/天使族/ATK2400/DEF1500
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性・天使族モンスター3体と闇属性・悪魔族モンスター1体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する事ができる。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 

「何だコイツは?」

「ふふん。世界でも数百枚しかないレアカード、カオスシリーズのカードよ。もっともグールズの手にかかれば、この程度のカードは簡単に手にいれることができるけどね」

 ディンが自慢げに言う。
 そうか。奴のデッキに入っているレアカードはすべて偽造されたものか。
 そう思うと胸がムカムカとしてくる。

「本気で相手するって言ったわよね。手札から装備魔法、団結の力をエンライズに装備!」

 出た。昨日、俺のユニオンデッキを瞬殺したコンボ。
 場には羊トークン四体とエンライズ。攻撃力は4000も上昇する。
 やはりこのコンボを狙っていたか。


団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


「これでエンライズの攻撃力は6400。どれほどの衝撃があなたに伝わるかしら」

 邪悪な笑みを浮かべて、ディンが俺のことをみすえる。

「ワタポンちゃんの復讐よ。バトル! エンライズでフレイムアビスを攻撃、浄魔の光!」

 エンライズの胸の辺りから、とてつもなく大きな白く輝く玉のような光弾が放たれる。
 これが直撃したらまず無事ではすまされない。生きてかえれるかさえ危うい。
 それほどまでに、奴の使うデュエルディスクは危険だ。

 フレイムアビスに光弾が迫る。

「俺は墓地に存在するガーディアン・ドラグーンのモンスター効果を発動! フレイムアビスを守備表示にし、このターンの間だけ戦闘では破壊されなくなる!」

 巨大な盾を持つ竜の魂が、フレイムアビスの身体を包み込む。
 フレイムアビスはひざをつくと、身を守る体勢をとった。


ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター一体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。


フレイムアビス・ドラグーン  ATK1600→DEF1200


 光弾がフレイムアビスに直撃するも、光に守られてなんとか耐える。
 ディンがちっと舌を鳴らした。

「最初にソウルエッジの効果で墓地へ送った竜ね。気にくわないわ。ターンエンドよ」

 ディンがカードも伏せずにターンを終わらした。
 奴の手札はすでに一枚。だがモンスターの数は圧倒的だ。
 このままでは押し切られてしまうかもしれない。

「俺の……ターン!」

 カードを引くが、この状況を変えるカードは手札にない。

「俺はブルーウェーブ・ドラグーンを守備表示で召喚。さらにカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 場に青い鱗を身につけた竜があらわれる。

 
ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。

 
 これで俺の場にはフレイムアビスとブルーウェーブの二体に伏せカード。
 手札に残っているのは死者蘇生と死者転生のカードのみ。
 
「私のターン!」

 ディンが不機嫌そうにカードを引く。

「ザコを守備表示でターン稼ぎ? ずいぶんとみみっちい戦法ね」

「なんと言われようと、最後に勝つのは俺だ。勝って天野さんを取り返す」

「あら、ならこれでどうかしら? 魔法カード、エンジェル・リング!」

 ディンの場の羊トークン一体の頭上に、天使の輪っかのようなものが浮かび上がる。

「このカードは自分フィールド上のモンスターを生贄に、墓地の天使族を復活させるカードよ。蘇らせるモンスターは当然、天空騎士パーシアス!」

 羊トークンが天へと昇天し、再び天から白い鎧の騎士が現れる。


エンジェル・リング 通常魔法
自分フィールド上のモンスター一体を生贄にささげて発動する。
自分の墓地に存在する天使族のモンスター一体を選択し自分フィールド上に特殊召喚する。


 天空騎士パーシアス  ATK1900


 この状況で貫通効果を持つモンスターか。厄介だな……

「バトルよ! エンライズでブルーウェーブ・ドラグーンを攻撃! 浄魔の光!」

 光の弾が放たれ、あっさりとブルーウェーブ・ドラグーンが破壊される。
 すまない、ブルーウェーブ。お前の魂は無駄にはしない。

「ま・だ・よ! パーシアスでフレイムアビスを攻撃! エンジェル・スピア!」

 パーシアスが剣をふりおろす。
 フレイムアビス・ドラグーンの姿が砕かれ、俺に衝撃が走る。

「ぐわあああぁぁぁ!!」

 今までより強い衝撃が身体をかける。
 意識がなくなりそうになるのを、俺は必死に耐える。
 ここで倒れるわけには、いかない……


 雨宮  LP1100→400


 衝撃がやみ、辺りに静けさが戻る。
 俺は片ひざをつき、その場にうずくまっていた。

「私はこれでターンエンドよ」

 ディンが気にする様子もなく言った。
 俺はうずくまりながらも、頭を働かせる。
 
 奴の場には装備魔法で強化された攻撃力6400のエンライズ。
 その脇には攻撃力1900のパーシアスに、羊トークンが三体守備表示でいる。
 奴のLPは3700。伏せカードこそないものの、まさに鉄壁の状態だ。

 そして俺の場には伏せカードが一枚のみ。
 手札は死者蘇生と死者転生の二枚だけ。
 LPは僅かに400。面白くなるほど絶望的だ。

 負けるのか……?

 頭の中に出てきた疑問を俺は振り払う。
 ココで負ければ俺はグールズのメンバーになってしまう。
 それどころか天野さんに何かあるかもしれない。それは絶対に駄目だ。

「くっ……」

 痛みを感じながらも、俺はヨロヨロと立ち上がった。
 ディンが意外そうだという風に俺を見る。

「あら。このまま寝ちゃうかと思ったのに、まだやるんだ?」

「うる……さい。俺はまだ負けてない……」

 なんとかしてディスクを構える。
 身体は悲鳴をあげているが、そんなことは関係ない。
 ディンが少しだけ心配そうな表情を浮かべる。

「楽にサレンダーしちゃった方がいいんじゃない? 状況は絶望的よ」

 たしかに奴の言う通りだ。状況は絶望的だ。
 だが俺のデッキにはまだ可能性が残っている。
 俺にはまだ切り札が残っている。奴を倒すことのできる希望がある。
 ゆっくりと、俺はデッキの一番上のカードに指をかけた。

 俺のデッキに宿りし魂よ、俺に力をかしてくれ……

「俺のターン!」

 ピッとカードを引く。
 まるで永遠に続くかのような長い時間を感じる。
 ……ゆっくりと、俺は引いたカードを見る。

 ふと、風が吹いた。心地の良い風だ。
 
 風はそよ風のように一瞬だけ通り過ぎると、俺の前から消えていた。
 俺の手に握られていたのは……

「俺は手札から魔法カード、死者蘇生を発動!」


死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「このカードの効果により、俺は墓地からソウルエッジ・ドラグーンを特殊召喚する。蘇れ! ソウルエッジ・ドラグーン!」

 場に剣を持った白い竜が舞い戻る。
 ディンが俺の様子に気づいて、眉をひそめる。

「いったい何を……」

「そして手札から魔法カード、魂融合(ソウル・フュージョン)を発動!」


魂融合(ソウル・フュージョン) 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ一体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター一体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「ドラグーン専用の融合魔法ですって!?」

 ディンが悲鳴のような声をあげる。

「場のソウルエッジ・ドラグーンと、墓地のフレイムアビス・ドラグーンを融合!」

 ソウルエッジ・ドラグーンの身体を紅い炎がつつみこみ、一つの光となる。
 光は少しずつ大きくなり、やがて巨大な球体へとなる。

「なんなのよー!!」

 光のせいでディンの姿は見えずに声だけが聞こえる。
カッと辺りが一際強く輝いた。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!」

 光の中から、巨大な翼をはばたかせて、白く輝く竜が現れた。
 竜は美しく宙を舞うと、鋭い咆哮を響かせる。


 ラグナロク・ドラグーン  ATK2500


「な、なによ。そんなんじゃ私のエンライズは倒せないわよっ!」

 辺りを覆っていた光が消え、ディンがぷりぷりとした表情を見せる。

「ちょっとだけビックリしたけど、そんなんじゃ私には勝てないわ!」

「だがラグナロク・ドラグーンにはモンスター効果がある。このターンのエンドフェイズまで、融合素材にしたモンスター達の魂を受け継ぎ、その分だけ攻撃力をアップする」


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター一体
このモンスターは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の合計分、
このカードの攻撃力をアップする。


 ソウルエッジの攻撃力は800。フレイムアビスは1600。
 つまりこのターンのラグナロク・ドラグーンの攻撃力は……


 ラグナロク・ドラグーン  ATK2500→ATK4900


「こ、攻撃力4900ですって!?」

「バトルだ! ラグナロク・ドラグーンでパーシアスを攻撃!」

 ラグナロク・ドラグーンが飛翔し、パーシアスに飛びかかる。
 咆哮をあげながら、ラグナロク・ドラグーンの爪が相手を切り裂いた。
 衝撃波がディンを襲う。リミッターが解除されていないとはいえ、かなりの衝撃のはずだ。

「くぅ……!」


 ディン  LP3700→700


「さらにモンスターの数が減ったことで、エンライズの攻撃力もダウンする」


 天魔神 エンライズ  ATK6400→ATK5600


 静寂。

 体育館の中がしんと静まりかえった。
 さっきのラグナロク・ドラグーンの衝撃波がまだ響いているが、まるで誰もいなくなったかのような不気味な沈黙が流れる。俺は顔をふせているディンの姿を黙って見ていた。
 ゆっくりとした口調でディンが呟く。

「それがどうしたのよ・・・」

 ディンが顔をあげた。

「たしかに見事と言わざるを得ないわ。まさかここまでくらいつくなんて・・・」

 苦々しく言うディン。
 ここまでやるなんて予定外よ、まったくもう……とでも言いたげな表情だ。
 自分のディスクを見るディン。そして不敵な笑顔をうかべる。

「だ・け・ど、残念だけど私のLPはまだ残っているわ。次の私のターンで、エンライズがラグナロク・ドラグーンを攻撃してこのデュエルは決着よ!」

 なるほど。たしかに奴の言う通りだ。
 このままでは勝てない。このままではな……
 俺は自分の場に伏せられていたカードを見た。

「悪いがお前のモンスターの魂、利用させてもらうぞ」

「な、なによ。もうあなたに手は――」

「リバース罠発動! ソウル・スナッチ!」

 ラグナロク・ドラグーンの身体が光を放つ。
 静かにラグナロク・ドラグーンは咆哮を発した。
 ディンが目を丸くして驚く。

「ソウル・スナッチは相手を戦闘で破壊した自分のモンスターを対象に発動できる罠だ。対象となったモンスターは、戦闘で破壊したモンスターの攻撃力と同じ数値を攻撃力に加え、続けて攻撃できる!」

「な、なんですってぇー!!」


ソウル・スナッチ  通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、そのモンスターを対象として手札を一枚捨てて発動する。
選択されたモンスターの攻撃力はこのターン戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分アップし、もう一度攻撃することができる。
この効果の対象となったモンスターは、このターン相手プレイヤーへダイレクトアタックできない。

 
「手札の死者転生を墓地へと送り効果発動! これによりラグナロク・ドラグーンの攻撃力は――」


 ラグナロク・ドラグーン ATK4900→ATK6800


「わ、私のエンライズより攻撃力が高い……!」

 涙目になるディン。
 俺は叫ぶ。

「バトルだ! ラグナロク・ドラグーンで天魔神 エンライズに攻撃! トワイライト・ブレイズ!」

 ラグナロク・ドラグーンの口から放たれた炎が、天魔神の体を貫く。
 絶叫を残し、邪悪な存在が少しずつその場から消滅していく。
 そして残りの炎がディンを襲った。

「きゃあああぁぁぁ―――!!」


 ディン LP700→0


 ブンッというライフがゼロになる音と共に、ソリッドヴィジョンが消えていく。
 体育館が夜の静寂を取り戻した。

「そ、そんな……。ぐ、グールズ幹部の、この私がぁ……」

 ディンがその場にがっくりとひざをついた。
 その顔には信じられないといった表情を浮かべている。
 呆然としているディンの姿を見ながら、俺の意識は遠のいた。







「ちょっと、起きなさいよ」

 頬をペチペチと叩かれて、俺は目をさました。
 体の節々が痛い。なんとか気力をふりしぼって上半身を起こす。

 ……えーっと、いったい何がどうなったんだっけ?

 目の前で黒いローブを着た金髪の少女が俺を見下ろしていた。
 なんだかひどくご立腹な様子で、腰に両手を当てて頬をふくらましている。

「まったく。決闘に勝ったと思ったらいきなり気絶しちゃうんだもん。十分間もグールズ幹部であるこの私を待たせるだなんて、いい度胸してるわね」

 グールズ幹部……。

 はっとボーッとしていた頭がハッキリしはじめる。
 そうだ! グールズ幹部との決闘で俺はダメージを受けて勝ってそれで……
 天野さん! そうだ彼女はどうなったんだ!?
 ディンはまだやれやれといった様子で肩をすくめている。

「本当に大丈夫なの? この程度のことでバテてちゃグールズとしては――」

「おい、俺は決闘に勝ったぞ! 天野さんを返せ!」

 パチクリと目を丸くして俺のことを見るディン。
 そしてポンと両手を叩いた。

「そうだったわね。忘れないうちに返しておくわ」

 ゴソゴソと自分の黒ローブをあさるディン。
 そして「はい」という言葉と共に、俺の目の前にピンク色の携帯電話を差し出した。
 一瞬、体育館の空気が凍ったように沈黙する。

「……なんだ、これ?」

「携帯電話よ。天野ちゃんの」

 おそるおそる尋ねる俺に、当然のことのように答えるディン。
 眉をひそめて、ディンが俺の顔をのぞきこむ。

「ひょっとして本人を誘拐でもしたと思ってたの? 私が預かったのは携帯電話だけよ」

「……いつ盗ったんだ?」

「昼休み。コンビニのゴミ捨てに彼女の机の横を通ったときにカバンから」

 俺はふーっと息を吐いた。
 そして天野さんの携帯電話を受け取ると、カッとディンをにらみつける。

「まぎらわしいことするんじゃない!」

「なによ! そっちが勝手に勘違いしたんじゃない!」

「本当に天野さんは誘拐してないんだろうな!?」

 俺が聞くと、さっと俺の手から携帯電話を奪いとるディン。
 少し操作したかと思うと、携帯電話を俺の耳に押し付けてきた。
 
 数回のコール音の後、携帯電話から眠そうな声が聞こえてくる。

『ふぁ〜い、天野です。どなたですか〜?』

「……天野さん?」

『えっ! 雨宮君! ど、どうしたんですかこんな時間に!』

 携帯から聞こえてくるのは間違いなく天野さんの声だ。
 どう聞いても何か起こっているようには思えない。例えば、誘拐とか。
 ディンの方を見ると、「ほら言ったでしょ」と言わんばかりに俺のことを冷たく見ている。

「あー、どうも天野さんの携帯電話が俺のカバンの中に紛れ込んじゃったみたいで……」

『えっ、本当ですか!? よかった、放課後からずっと探していたんです!』

 それで放課後の表情が暗かったのか……
 俺は納得して携帯にむかって話しかける。

「そうですか。それじゃ明日に返しますから。はい……はい。どうも。おやすみなさい」

 俺は通話を切って携帯のディスプレイを見る。
 今電話したところは「自宅」となっている。
 どうやら天野さんが完璧に無事だということが分かった。
 ……というより、最初から無事だった。

「ほーらね。私だってそんな人さらいなんてことはしないわよ!」

 ディンが威張るようにして言うが、あまり説得力はない。
 俺はギロリとディンをにらむと、ゆっくりと立ち上がった。
 少しずつだが体力も回復してきた。まだ痛いが、なんとか動けるだろう。
 俺は一歩ずつ慎重に歩みを進める。ディンがそんな俺の様子に気づいく。

「あら? どこに行く気なの?」

「帰るんだよ。もうココにいる必要はないからな」

「何言ってるのよ。まだお祝いの言葉も言ってないのに」

 ピタリと俺は歩くのをやめた。振り返ってディンの方を見る。
 第六感というやつか、なぜか酷く嫌な予感がしたからだ。

「お祝いの言葉?」

「そうよ。グールズ入団のお祝いよ」

 はぁ?
 口をあけて呆然とする俺に、ディンがパチパチと笑顔で拍手を送る。

「おめでとう雨宮君。あなたは見事にグールズ入団試験デュエルに合格したわ!」

「ぐ、グールズ入団試験デュエル?」

「そうよ。ついさっきのことじゃない。忘れたの?」

 ついさっきのって……!

「約束が違うぞ!」

 俺は叫ぶように抗議する。
 アレはお前が勝ったら部下になり、俺がかったら天野さんを返してもらう。
 そういう約束だったはずだ。なんで勝ったのにグールズに入らなければならないんだ!
 俺の抗議に対し、ディンはあっさりと手をひらひらと振る。

「あぁ、あの約束は嘘。最初からあなたが勝ったらグールズに入ってもらうつもりだったの」

「な、な、な……」

「だって嘘でもつかないと、本気で決闘してくれなかったでしょ?」

「ふ、ふざけるなー!」

 俺はこのまま目の前の小娘を張り倒したくなる衝動をなんとかして抑えた。
 ディンが半歩だけ後ろにさがり、アハハと乾いた笑みをうかべる。

「そ、そんなに怒らないでよ。スマイル、スマイル」

「何を言っている! 俺はグールズなんかには入らない!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。話しだけでも聞いてよ!」

 はぁ、はぁ、と俺は肩で息をする。
 叫び続けたせいか、少しだけ気分が落ち着いてきた。
 頭を横にふり、ディンのことを見据える。

「話しだと……?」

「そうよ。グールズはあなたが思っているような組織ではないわ」

 俺が思っているような組織?
 レアカードを強奪して偽造して密売してるってことだろうか。
 そうじゃないとしたら、こいつらは一体今は何をしているんだ?
 俺が不審そうにディンを見つめていると、はぁーとディンはため息をついた。

「やっぱり疑われるのね。仕方がないけど。いいわ、今のグールズについて説明してあげる」

 ディンがキッと真剣な表情を見せる。
 そしてしばらく考えるように沈黙すると、ポツポツと話しはじめた。

「あれは数年前に行われた第一回バトルシティ・トーナメントでのことよ。
 当時グールズの首領だったマリク様っていう人と、えーっと名前は忘れちゃったけど副首領だったイレズミの人が、時の決闘者である武藤遊戯に敗北したの。

 それによってかどうかは分からないけど、マリク様はグールズを解散させた。
 レアカードの偽造工場を自ら破壊し、有力な幹部たちを次々と粛清したの。
 それによって組織は完全にバラバラとなり、消滅したかのように思えたわ……

 しかし極一部の幹部たちは生き残っていた。主に海外で活躍していた幹部たちね。
 生き残った幹部たちはレアカード偽造のノウハウや残った戦力を求めて争った。
 水面下で何人もの幹部が倒されていく中、一人だけ生き残っている幹部がいた。
 その人はグールズの残党勢力を集めてこう言ったの。

『我らのおかした罪は重い。だがそれを償うことのできる方法がある』

 戦闘にあけくれていて疲れていたのか、多くの団員がその言葉に心を動かされた。
 その幹部の下に何人もの有力な実力者が集まり、そしてついには争いを制してグールズを統一した。
 それが、今の私たちの首領よ。グールズは昔とは全く違う目的で動いているの」

 静かに語られる言葉を、俺は半信半疑で聞いている。

「たしかに少し悪いこともしてるのは認めるわ。でもコテコテの正義だけじゃ世の中は救うことができない。ある程度ダーティーなこともできる『正義の悪』というものも必要なのよ。この私みたいにね」

 ディンが言うがそこらへんは納得できなかった。
 だって現実にお前は俺にあんな危険なデュエルに挑ませたじゃないか。
 あれは明らかにただのイジメであり、ただの悪だろ。
 しかしディンはノリノリで、俺の白けた目線には気づかない。
 まるで自分が悲劇のヒロインであるかのように感情的に言葉を続ける。

「そうよ。私は罪な女の子なのよ。でも……でも世の中には私のような存在が必要なのよ。ボスもそこらへんのところをちゃんと理解してるから、私に幹部の座を……」

「あー、あー、ちょっといいか?」

 自分の世界にトリップしているディンの話を遮り、俺は尋ねる。

「それで、結局のところお前らは何を目的としているんだ?」

 話が遮られたせいか、むっとした表情でディンは俺の質問に答える。

「まぁ、基本的には二つね。まず一つ目はレアカード狩りよ」

 ドーンと俺に衝撃が走った。
 あんだけ御託ならべといて、結局やってることは変わってないのかよ!
 俺が帰ろうかと思ったとき、ディンが慌ててフォローしはじめる。

「か、勘違いしないでね! レアカード狩りって言っても、対象が今までと違うのよ!」

「対象だと?」

 俺は首をかしげる。ディンがガクガクと頷いた。

「海馬コーポレーションのサーバーをハッキングして、マナーが悪かったり弱いものイジメのようなことをしているデュエリストのデータを集めて、そいつらを対象にしてレアカードを狩ってるの」

 なるほど。つまり悪い奴を対象としているということか。
 なら自分たちの方を早く何とかすればいいのに。ハッキングなんかしないで。
 それにしても海馬コーポレーションにはそんなデータまであるということが驚きだ。

「それで……もう一つは?」

 俺が尋ねると、ディンの表情が曇った。
 
 しばしの沈黙。
 
 外で木がサワサワと音をたてているのが聞こえてくる。
 ディンが覚悟を決めたように真剣な表情になった。

「あなた……闇の道具(アイテム)って知ってる?」

「闇の道具?」

 聞いたこともない言葉だ。
 だが何か直感的にヤバイ話しのような気がする。
 このままココにいると、この話しに引きずりこまれていくような、そんな感じだ。
 俺が逃げようかと考える前に、ディンが静かに語りはじめた。

「闇の道具っていうのは、名前の通り闇の力を持った道具のことよ。様々な力が備わっているらしいんだけど、一番有名なのは、闇のゲーム」

 闇のゲーム。

 ドクンと心臓が高鳴った。
 なにか……なにかマズイ気がする。
 ディンが何かに操られるように淡々と言葉を続ける。

「闇のゲームは普通の決闘とかとは違う。プレイヤーが命を賭けて戦う勝負のことよ。敗北したものは永遠の闇に葬られる」

 外で犬がほえる音がした。
 誰かの家の飼い犬が遠吠えをあげているのだ。
 狼のような声が、体育館の中まで響いたくる。

「闇の道具にはそういった闇のゲームを可能にする力を秘めているの。なんでもマリク様も持っていたらしいわ。今はその道具がどこにあるのかは分からないらしいけど」

「それで……それがお前たちと何の関係があるんだ?」

 ディンが俺と目を合わせる。
 青い瞳の中には、強い光が宿っている。

「私達はその道具を回収しているの。理由は危険だからよ」

「危険だと?」

「そう。闇の道具にも色々あるの。古代の英知の結晶みたいな代物もあれば、それを模倣した粗悪品、果ては人間の手によって生み出されたものまであるわ。それらは大変に危険よ」

 ディンが額に冷や汗をかいているのに気づいた。
 俺も自分の額を触ってみると、同じように汗をかいている。
 ディンが唾を飲み込んだ。

「個々の道具に差はあるものの、そのほとんどが大きな力を秘めている。もしその力が暴走でもしたら、こんな小さい街程度なら簡単に滅びるわ」

「そんな……バカな」

 ディンが小さくかぶりをふった。

「残念だけど真実よ。ここまで話せば、私がこの街に来た理由も自然と分かるんじゃない?」

 俺は呆然とその場に立ち尽くした。
 恐ろしい考えだ。まるで本に出てくる悪夢のような、恐ろしい考え。
 俺はゆっくりと乾いた口を開く。

「まさか……この街にその道具が?」

 俺の質問に、ディンはゆっくりと頷いた。
 愕然とする俺に、ディンが冷静な言葉をかける。

「もちろん確実とまでは言えないわ。グールズのレーダーは貧弱だから。だけど確率としては高いわよ」

 ディンの言葉も俺の耳には届いていない。
 この平和な田舎町に、この町や果ては世界を破滅させかねない道具があるだって?
 信じられない。そんなことは非現実的だ。
 だが現実としてディンは俺の前に現れ、その話しをした。
 たしかにバカで子供っぽい奴だが、嘘をついているような感じはなかった。
 だとしたら……

 俺はこの街に住んでいる大切な人々を思い返す。
 両親に、姉貴。学校の友達。部活の先輩。それに天野さん……
 彼らが危険にさらされているというのか。

「どうすればいい・・・?」

 俺は小さく呟いた。
 まったくと言っていいほど解決策が思いつかない。
 ただショックを受けているだけの自分が情けない。
 ディンがポンと俺の肩に手をのせた。

「分かったでしょ。私はグールズ幹部としてこの街を救いに来たの。一緒に戦いましょ」

 心配そうな表情をうかべて俺のことを見るディン。
 その瞳には強い光が宿っている。

 顔を上げると……俺は頷いた。
 たとえ嘘のような話しでも、この街が、この街に住んでいる人が危険だというなら……
 俺は決意する。

 俺はこの街を守る。必ずだ。

 ディンの表情がぱぁーっと明るくなる。

「やったぁ! ありがとう雨宮君!」

 笑顔で俺の両手を握るディン。
 その手からぬくもりが感じられる。

「正直あんな危険な決闘させた後だったから、断られると思ってたの!」

 きゃぴきゃぴと嬉しがるディン。
 やれやれ、こいつの性格はどうも演技でもないみたいだ。
 一気に気が抜けた俺に、ディンが体育館の隅から箱をひきずってきた。
 不思議そうにその姿を見る俺に、ディンが楽しそうに言う。

「とりあえずグールズからの支給品を渡しておくわね」

 支給品? 俺の中でカチカチと危険信号が発せられる。

「まずはグールズの制服(黒フード付き黒ローブ。チェーン付き)でしょ。それにリミッターが解除可能なグールズ専用の決闘盤。危ないからなくさないでね」

 とんでもなく物騒な代物をポンと俺に渡すディン。
 俺は自分が犯罪者になっていくのを感じて慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってくださ――」

「それとコレね」

 ポイと渡されたのは水色の長い髪のカツラだった。
 ディンも髪をほどけば長いが、これはそれよりさらに長い。
 かぶったら俺の腰近くまであるんじゃないだろうか。

「これは何に使うんですか?」

「あら。変装に決まってるじゃない」

 変装? そういえばさっき言ってた一つ目の仕事はたしか……

「ま、まさかレアカード狩りするんですか!?」

「当たり前じゃない! だから顔が割れてるあなたは変装した方が良いの。そのカツラをかぶっていれば注目はそこに行くし、いざとなったら脱ぎ捨てて逃げればいいのよ」

「逃げる?」

「そうよ。だって人のカード勝手にとったら泥棒よ。お巡りさんに捕まるわ」

 あっさりと答えるディンの言葉を聞き、俺はさっと血の気が引いた。
 俺はひょっとしてとんでもなく軽率なことをしてしまったんじゃ……

「うーんと他には……あぁ、そうだわ!」

 ディンが思い出したかのようにポンと手を叩く。

「名前よ。名前を決めてなかったわ!」

「名前?」

「そうよ。私はディアっていう偽名があるからディンって名前でもいいけど、あんたが本名でレアハンターする訳にはいかないでしょ。何か名前をつけたげないと……」

 ディンが考え込む。
 俺はさっきのデュエルのことを思い返した。

 @パーシアスの攻撃は剣によるものなのに、エンジェル・スピア(槍)
 Aエンライズの浄魔の光。響きはカッコイイが意味は分からない。
 Bワタポ・クラッシュ
 
 結論:ディンにネーミングセンスはない。
    このまま奴に名前をつけさせると、どんな名前になるか分からない。

「ディン。だったら名前は自分でつけま――」

「決めた! あなたの名前はレイン・スターよ!」

 ディンがビシッと俺を指差した。
 
 レイン・スターだって?
 
 俺は首をかしげて考える。
 雨宮の雨からとってレインなら分かるが、そのスターっていうのはどういう意味でつけたんだ?
 聞いてみると、ディンがニコニコと答える。

「特に意味はないわ」

 その瞬間、俺は早くも心の底からグールズに入ったことを後悔しはじめた。
 街が滅びるとかそんなこと考えないで、自分の平和だけを守っていればよかったかもしれない。
 非現実的な悪夢より、こっちの悪夢のほうが問題なのかも……
 頭をかかえる俺に、ディンが呑気に笑顔を見せる。

「さぁ! グールズ見習い、レイン・スター。闇の道具の回収目指して、がんばるわよー!」

 テンション高くディンが宣言した。
 夜中の体育館に、その声はむなしく響く。
 ……こうして、平和な俺の生活は幕を閉じることになったのだ。




第四話  DC研究会

「おはようございます」

「あぁ、おはようございます」

 自分の席に座ると、天野さんがニッコリ笑顔で話しかけてきた。
 俺はテンション低めに、その挨拶に応じる。
 天野さんが首をかしげる。

「どうしたんですか? 元気ないですよ」

「いえ……別に何でもないです」

 俺は視線をふせがちにして答える。
 天野さんが心配そうな視線を送ってくるが、俺は気にすることができない。
 それよりも、もっと激しく面倒なことに巻き込まれたことの方が問題だった。

「おはようございま〜す」

 横から明るい声がした。
 見ると、これまたニコニコとした表情の金髪少女が立っている。
 俺はなんとかしてそれに答える。

「おはようございます……『ディア』さん」

「うん、おはよう。雨宮君」

 満足そうに頷き、ポニーテイルを揺らしながら自分の席へ歩くディア。
 その姿を見て、何人かの男子が目を細める。
 天野さんが感心したように息をもらした。

「はぁ〜、やっぱりすごい人気ですね、ディアさん」

「……そうですね」

「なんせ決闘も強くてカワイイですからね。うらやましいな……」

 天野さんが言うがそれは違う。
 奴はたしかに決闘は強いが性格は悪い。
 なんせリミッターのついてない決闘盤を使って決闘したんだぞ。
 こっちは死ぬかと思ったほどだ。

 俺はため息をついた。まだ昨日のことが忘れられない……

 昨日の夜、俺は奴に呼び出されとんでもない話しを聞かされた。
 ディアというのは偽名で、その正体はグールズ幹部のディンだということ。
 この街には闇の道具というものが存在し、それを回収するために来たということ。

 そして何より……俺がグールズのメンバーになってしまったということ。

 俺も必死に抵抗したのだが奴の話術に翻弄され、最終的には軽率な返事をしてしまった。
 これによって俺は見事に犯罪集団の仲間入りを果たしてしまったのだ。
 昨日のアレは夢だと信じたかったが、体に残る痛みがそれを許さない。
 それもこれも、ぜーんぶあの金髪小娘のせいだ!

 俺はディンに対する怒りに燃える。

 しかし教室で奴を怒鳴りつけるわけにはいかない。
 昨日の夜、奴は支給品を渡した後に固く俺に言い聞かせていたからだ。

『いい? 私のことは絶対に秘密だからね。約束破ったらタダじゃおかないわよ!』

『もし破ったら?』

『そのときは当然あなたも同罪ね。だってあなたもグールズだもの!』

『…………』

『そ・れ・と、勘違いしないで欲しいけどあなたは私の部下よ。私の命令はちゃんとききなさいよ』

『……さっきの決闘は俺の勝ちだったくせに』

『あれは試験用かつ趣味のデッキよ。私が本気を出したらあなたが勝てるわけないでしょ!』


 俺は昨日の会話を思い出して涙が出そうになる。
 くそう。どうしてこんなことに……

「だ、大丈夫ですか? 雨宮君」

 泣きそうな表情を浮かべている俺に、天野さんが心配そうに言う。

「き、気分でも悪いんですか? 保健室に行きます?」

「……いえ、大丈夫です」

 かなりムリヤリに笑顔を作って俺は答える。

「大したことありませんから。気分は最悪ですけど」

 俺は窓から見える空を見る。
 澄み渡った青い空だ。まるで俺のブルーな心のように青い。
 天野さんが言った。

「元気だして下さいね。今日は部活動もありますし……」

 部活動。そうだった、今日はDC研究会があるんだった。
 俺の心がますますブルーになる。
 またあの変人の先輩にふりまわされることになるのか……

「それにディアさんも来ますしね!」

 天野さんの言葉が俺にトドメをさした。
 そうだった。今日は奴が見学に来るんだった。
 俺の心は深海に沈んだかのように重くなる。
 ……学校休めば良かった。体も痛いし。

 俺は深く深く、ため息をついた。
 




 
 その日の授業の内容はよく覚えていない。
 あまりにもショッキングなことがありすぎて頭が働いていなかったからだ。
 唯一の救いというか、体育の時間がなかったことだけが幸いだった。
 なんせ昨日の闇のゲームもどきで体の節々がまだ痛かったからだ。
 動けないほどではないものの、運動なんてしたら全身が悲鳴をあげる。
 
 そしてついにというか、時間は放課後になってしまった……

「……それでは今日はここまで。さようなら」

「さようならー!」

 クラス全員の声がハモり、ガタガタと教室が騒がしくなる。
 俺はというとしばらくポケーッと放心したように机に座っていた。
 ついに来てしまった。悪夢の時が……
 俺がため息をついていると、天野さんが呼びかけてくる。

「さっ。それじゃあ部活に行きましょう?」

 にっこりと笑うが、どうしてこの人は楽しそうなんだろう……
 
「……はい、それじゃあご機嫌よう」

 教室の隅でディアが他の男子連中に手を振るのが見えた。
 ルンルンとした気分で、俺と天野さんの机に近づいてくる。

「お待たせしました。行きましょうか」

 俺にむかって微笑むディア。
 昨日の邪悪な笑みや性格は全くといって言いほど感じられない。
 最初の印象と同じく、のんびりとした口調だ。まったく大した演技だ。
 ため息をついて俺は立ち上がる。
 
 ゆっくりとした足取りで、俺は教室から出て行った。
 その後ろを、トコトコと二人の女子が喋りながらついてくる。

「……それで、部活はどこでやってるんですか?」

「部室があるんです。ここの校舎の一階に」

「そうなんですか。楽しみです」

 何人もの生徒とすれ違いながら、俺達は階段を降りる。
 俺はげた箱に向かいたくなるのを我慢して、反対の方向に進む。
 職員室前の長い廊下を進み、校長室を通り越して廊下の一番奥へ。
 
 廊下の行き止まりを示す窓ガラスの右手側の壁に、ポツンと設置された木造の扉。

 扉はいかにも年代的な雰囲気をかもしだしている。
 そこには『デュエルc研究会』と書かれた張り紙が貼ってある。

「ここが……そうなんですか?」

 ディアが少し不安そうな表情をうかべて扉を見る。
 そして貼り紙を見ると、首をかしげて指さした。

「デュエル……C? なんですか、この後から付け足された文字は?」

 俺と天野さんはその質問に苦笑いする。
 はっきりいって俺達からは答えたくない質問だ。

「まぁ、入れば分かります。多分」

 そういって俺はドアノブをまわす。
 ギギギという耳障りな音と共に、扉が開いた。

 扉の中は小さい四角形の部屋だった。

 元々はロッカールームだったらしく、壁ぎわにはいくつかロッカーが残っている。
 部屋の中央には少し大きい木製のテーブルが置かれ、その奥には高級そうなソファー。
 テーブルの横には部員が座るためのパイプ椅子が無造作に放置してある。
 壁ぎわには収納棚があり、そこにはティーポットとカップがしまわれている。
 壁にはいくつかのデュエル大会の宣伝チラシが貼ってある。

 これが、我らがDC研究会の部室の全容だ。
 狭いところだが、意外にも整理整頓だけはきっちりとされている。
 俺達が部室に入ったときには、すでに一人先輩が来ていた。

「やあ……いらっしゃい」

 のんびりとした声で優しく笑顔を見せたのは神崎内斗(かんざき・ないと)先輩だ。
 パイプ椅子によりかかる形で座りながら、部室の備品であるカップでお茶を飲んでいる。
 ボサボサとした不良のような髪型とは裏腹に、優しく常識的な先輩である。
 先輩はリスのような黒い瞳をディアへと向けた。

「ん? その子は誰だい?」

「あっ、えっとその……」

「転校生のディア・ローナリアと申します」
 
 天野さんが答えるより早く、ディアが先輩の前へと踊り出る。
 その顔はいつものように輝く笑顔だ。

「先日この学校に転校して来ました。よろしくお願いします」

「はぁ……、よろしく」

 ディアがぺこりと頭を下げるのを、不思議そうに眺める内斗先輩。
 視線を俺と天野さんの方へと向けて、尋ねる。

「それで……こんなカワイイ子がどうしてここに来たの?」

「そんな、カワイイだなんて〜」

 ディアが頬を赤らめて喜ぶが、内斗先輩は顔色一つ変えない。
 俺と天野さんは顔を合わせた。
 そして俺がため息をついて答える。

「なんでも、見学したいそうです。場合によっては入部するかもしれません」

 ガシャーン!
 
 内斗先輩が持っていたカップを落っことした。
 部室の中がしんと静まりかえる。
 内斗先輩の目からは、驚いていているのがありありと分かった。
 ごくりとツバを飲み込み、内斗先輩がおそるおそる言う。

「じょ、冗談でしょ。どうしてウチの部活なんかに?」

「いえ、それが冗談でもタチの悪いイタズラでもなくて……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 俺と内斗先輩の横から、ディアが話しにわりこんでくる。

「どうして私が入部することが問題なんですか?」

「あーいや、勘違いしないでね。別にディアさんに問題があるわけじゃないんだ」

 慌てて内斗先輩がフォローする。
 フォローしたあとに、内斗先輩が困ったように頬をかいた。

「ただ、うちの部活はちょっと特殊だから。えっと……何をするか分かってる?」

「何って……決闘じゃないんですか?」

 ディアが当然のことのように言う。
 その答えを聞いて、内斗先輩が俺と天野さんを見据える。
 その目はいつもより少しだけ鋭く真剣だ。

「何をするかちゃんと教えてなかったの?」

「……どう説明すればいいのか分からなくて」

 俺は視線をそらして答え、天野さんはオロオロとした表情で内斗先輩を見た。

「ご、ごめんなさい。内斗先輩……」

 内斗先輩がため息をついた。
 立ち上がると、部室の隅に置かれた掃除用具箱からちりとりと箒を持ってくる。

「……まぁしょうがないか。俺も説明しろって言われたら困るしね」

 砕けたティーカップを掃除しながら、内斗先輩は言った。
 掃き終わったゴミをテーブルの下に隠されていたゴミ箱に捨てる。
 ちりとりと箒を片付けると、内斗先輩が再びパイプ椅子に座った。
 ディアさんの方をむくと、微笑む。

「見学だけなら問題ないだろう。どうぞごゆっくり」

「あ、ありがとうございます!」

 ディアが頭をさげ、しばしの間だけ部室に平穏な空気が流れる。
 俺と天野さんも微笑み合う。

「それじゃあ立ってても仕方がないですし、座りましょうか」

 天野さんが言い、ディアが早速パイプ椅子にちょこんと腰を下ろした。
 俺と天野さんも、隣り合うような形でパイプ椅子に座る。
 テーブルを囲んで四人の人間が座っていた。

「それで、結局あのCっていうのは何なんですか?」

 ディアが笑顔をうかべ、無邪気に尋ねた。
 俺と天野さんと内斗先輩は、そろって視線をそらして言う。

「な、なんて言えばいいんでしょうね……」

「まぁ、意味だけなら簡単なんですけど……」

「別にそんなこと気にする必要はないさ。お茶でも飲む?」

 皆の反応にディアは首をかしげる。
 そして内斗先輩がお茶をいれようとパイプ椅子から立ち上がったとき――

 バン!

 勢いよく部室のドアが開いた。
 そして一人の人物が、ゆったりとした足取りで部室に入ってくる。
 
 薄く茶色がかかった、肩にかかるまで長く伸びた髪。
 男子の制服を着ていなければ女だと思うかもしれないほどに長い。
 整った顔立ちで、顔には明るい笑顔をうかべている。

 俺と天野さんと内斗先輩が同時に顔をひきつらせる。
 その人物が片手をあげた。

「やぁ諸君。……どうしたんだい? そんなに嫌そうな顔をして」

 そしてテーブルのそばに座るディアに気付く。

「おや? そこのお嬢さんは誰だい?」

「はじめまして。ディア・ローナリアと申します」

 さっと立ち上がり、笑顔で言うディア。

「部活の見学に来ました。あなたが部長さんですか?」

「これは素晴らしい! 聞いたか内斗君、見学だってさ!」

「知ってるよ、恭助……」

 内斗先輩が渋々とした様子で答える。
 茶髪の人物はコホンと咳払いをした。
 そしてディアの手を取り、満面の笑顔をうかべキザッたらしい口調で言う。

「はじめましてお嬢さん。僕は日華恭助(ひばな・きょうすけ)といいます。この部活の部長の、華麗なるデュエル・コーディネーターです」

「……デュエル・コーディネーター?」

 ディアが微笑みながら首をかしげた。
 こころなしか、その顔がひきつっているように思える。
 俺はいつもの調子の日華先輩を見て、ため息をついた。

 ここはデュエル・コーディネート研究会。
 略してDC研究会、デュエ研の部室だ。




第五話  デュエル・コーディネート研究会

 デュエル・コーディネート研究会の歴史は浅い。
 なんせ今の部長である日華先輩が一年生のときに創ったものだからだ。
 日華先輩はまだ二年生だから、まだ創立して一年ちょっとしか立っていない。
 弱小クラブなのは、そういうことも原因なのかもしれない。5%くらいは。

 そして残りの95%は、間違いなく日華先輩のせいだと俺は確信していた。
 
 日華先輩がさわやかな笑顔をふりまく。

「どうした内斗君。なんだか元気がないね?」

「……あぁ、そうですね」

 暗い顔で内斗先輩は言う。
 その様子を見て、日華先輩が肩をすくめた。

「ダメだよ、内斗君。せっかく見学に来てくれた人がいるんだから、もっと笑顔でいないと!」

「…………」

 無言で、内斗先輩は視線をそらした。
 こころなしか、拳が震えているような気がする。
 温厚な内斗先輩をココまで怒らせることのできる日華先輩はある意味すごい。
 俺は心の中で内斗先輩に同情した。

 日華先輩が優雅にソファーに座った。
 ソファーは日華先輩がどこからか部室に持ち込んだものらしく、
 この席が日華先輩の部活動における定位置となっている。
 日華先輩が笑顔で言った。

「さて、ようこそDC研究会へ。存分に見学してくれたまえ」

「はい! ……あの、一つだけいいですか?」

 ディアがおずおずと手をあげる。

「ここは具体的に何をする部活なんですか?」

「え? 内斗君たちからは聞いてないの?」

 頷くディア。
 日華先輩がおおげさにため息をついて額に手をあてる。
 そしてジトっとした目つきで、俺達を見回す。

「ダメじゃないか。ちゃんと見学してきた人には説明しないと」

「すみません恭助。僕らはそれはそれは忙しかったんです」

 内斗先輩が感情のこもっていない声で言う。
 その目は明らかに日華先輩のことを見ていない。
 日華先輩がもう一度ため息をついた。

「まったくしょうがないな。いいだろう、説明してあげよう」

 日華先輩が立ち上がると、部室の隅から移動式のホワイト・ボードを転がしてくる。
 その後、自分のカバンからメガネを取り出してかける。
 このメガネは日華先輩が何かを説明するときにいつもかけているものだ。
 ちなみに伊達メガネ。一度なんでかけるのか聞いたことがある。

『だってメガネをかけてたほうが賢そうに見えるだろ?』

 その言葉は俺の理解を遥かに超えていた。

「それでは日華恭助のデュエル・コーディネート教室をはじめよう!」

 とても楽しそうにポーズをきめながら、日華先輩が言った。
 ディアがパイプ椅子に座ったままパチパチと拍手する。

「今日は見学の人がいるから、最初の基本的なレッスンからやろうか!」

 キラキラと輝きながら日華先輩は言う。
 どうしてこんなに楽しそうなのかは理解できない。

「さて、さっそくだけど決闘で一番大切なことって何かな?」

 日華先輩がディアにむかって尋ねる。
 ディアが少し考えてから答えた。

「うーん……やっぱり勝つことじゃないですか?」

「なるほど。内斗君は?」

「……じゃあディアさんと同じで」

 どうでもよさそうに内斗先輩が答えた。
 天野さんも少し考えているようだったが、内斗先輩の言葉に頷いていた。
 ちなみに、俺は別に勝つことにはこだわっていない。
 決闘は好きだが、勝つことに固執する気はない。
 その場その場の状況を判断して勝つことが大切だと考える。
 日華先輩が憂いをおびた表情を見せる。

「やはりそうなるか。まぁ、仕方がないことだけどね……」 

 心の底から悲しそうな言葉。
 そして諭すような目つきで、俺達のことを見る。

「いいかい。決闘で一番大切なこと。それは勝つことでも相手を叩きのめすことでもない」

 水性マジックのフタを開けながら言う先輩。
 そしてホワイト・ボードの中心に文字を書いていく。
 
「大切なこと……それは『美しさ』だよ!」

 話しを聞いていたディアに衝撃が走った。
 ガーンとした表情をうかべ、なにかショックをうけている。
 俺達はすでに何回か聞いた話なので、ショックは少ない。
 とても理解はできないが。

「決闘というのは芸術なんだ! 戦っている相手も自分も、そして見ている人たちも楽しませるような『華』。それが決闘でもっとも重要なことなのさ!」

 感情的な言葉を放つ日華先輩。
 ディアは口をあけてそれを見ている。

「そこで僕は決闘に関する演出を研究することに決めた! どうすれば楽しい決闘になるのか? それを具体的に研究するためにココを創ったんだ! だが・・・」

 日華先輩の顔がくやしそうに歪む。

「僕の美貌に嫉妬したせいか、誰も私の考えを理解してくれない。これも僕が天才すぎたせいだと思う」

 悲劇の舞台の主人公にでもなったかのようにその場にうなだれる日華先輩。
 ちなみに理解できないのは、単純に理解できないだけだと思う。純粋に。

「だが……だが僕はくじけない! 必ずや理想の決闘をコーディネートしてみせるんだ!」

 涙を流しながら天を仰ぐ日華先輩。
 まるで舞台の最後のシーンのようだ。
 このまま永遠に幕がおろされてしまえばいいのにと思った。
 しばしの無言の後、日華先輩がすっと立ち上がってメガネをはずす。

「こんな感じで決闘をよりドラマティックに演出する研究をしているわけ。分かった?」

 分かるわけがない、と思った。
 こんな風な説明を聞いて理解を示す人間はいやしない。
 もし居るとしたら、それは……

 ディアの肩がぷるぷると震えている。
 一瞬怒っているのかと思ったが、違う。
 だっと日華先輩のもとへと駆け寄り、両手を握った。

「か、か、感動しましたっ!」

 ディアが涙を流しながら言った。
 
「ま、まさか日本に私と同じような考えの人がいるだなんて……」

「同じ考え……?」

 内斗先輩がすごく嫌そうに言ったが、ディアの耳には届いていない。
 ディアが涙をぬぐいながら話す。

「わ、私も自分の所属している組織で似たようなことを言ってたんです。でもみんなからは理解されなくて、それで……」

「そうか……君もつらい目にあってきたんだね」

 日華先輩が目を細めて言った。
 すっと、ポケットからハンカチを取り出して渡す。
 ディアが日華先輩のことを見上げた。日華先輩が優しく言う。

「涙をふくんだ。大丈夫、いつか私達の考えが理解される日もくる!」

「ひ、日華先輩……」

 ハンカチで涙をふきながら、二人の男女が固く握手をした。
 まるで青春映画の一コマのような、すがすがしい光景だ。
 言っていることが、おかしくなければ……
 日華先輩が優しく言う。

「デュエル・コーディネート研究会、入る?」

「はい! ぜひとも入らせてください!」

 その言葉に、内斗先輩と天野さんは衝撃をうけた。
 天野さんはその場で固まってるし、内斗先輩はよろよろと壁によりかかった。
 俺もショックは受けているが、二人ほどではない。

 なにせ俺は昨日の奴の決闘を知っているから。

 奴の本当の性格が、どことなく日華先輩と通じるものがある気がしてたからだ。
 だからこそコイツにはココに来て欲しくなかった。なのに……
 俺の目の前で楽しそうに日華先輩とディアが会話している。

「じゃあこれ入部届けだから。名前書いて」

「はい! わかりました!」

 さらさらと紙に名前を書くディア。
 当然のことながら書くのは偽名だが。
 ディアが日華先輩に紙を渡した。日華先輩が頷く。

「うん。これでディアさんは正式にウチの部員だ!」

「はい。これからどうかよろしくお願いします!」

 ディアがペコリと頭をさげた。
 ついに俺の想像する最悪の展開となってしまった。
 この変人部長に加えて、グールズ幹部までやってくるだなんて。
 俺が頭を押さえて現実を受け入れようと努力しているとき――

 バン!

 勢いよく部室のドアが開いた。
 部室にいた全員の視線がそこに注目する。
 そこには二人の人物が立っていた。
 一人の人物が、つかつかと部室に入ってくる。
 
 綺麗に整えられた茶色いストレートのショートカット。
 すこし幼い顔立ちだが、浮かべているのは仏頂面。
 学校指定の紺色のブレザーにスカートを着た、一人の女子がそこには居た。
 
 女子はまっすぐに日華先輩をにらむと、口を開く。

「こんにちは恭助。どう、元気かしら?」

 言葉とは裏腹に、その表情は日華先輩の健康を心配しているようには思えない。
 日華先輩がガッカリとしたように女子を見る。

「なんだ沙雪(さゆき)か……」

 女子がそれを聞いて声を荒げた。

「下の名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」

「だって幼稚園から連れそった幼馴染じゃん。別にいいだろ?」

「よくないわよ!」

 バンとテーブルを叩く女子。
 なんだか一気に部室の中が騒がしくなってきた。
 ディアがささやくような声で尋ねてくる。

「誰、あの人?」

「白峰沙雪(しらみね・さゆき)先輩です」

 すっと天野さんが近づいてディアに言う。

「デュエル・エリート・クラブの、現部長さんです……」

 DC研究会とは対照的な『勝つための決闘』を実践する部活動。それがデュエル・エリート・クラブだ。
 その実力は校内はおろか全国レベルで有名になりつつあり、ウチとは全然違う部活である。
 待遇的にも、こっちがボロ部室一つなのに対し、むこうはロッカールームやら会議室まで持ってる。
 部員数も数十名はおり、なにもかもがウチの部活より上である。

 そしてどういう因果なのか、この二つの部活動の部長は幼馴染なのだ。
 
「いいかげんにココから出て行ってくれないかしら?」

 白峰先輩がギロッと日華先輩をにらむ。

「前から言ってるけど、あなたたちみたいな実績のないクラブは存在する価値はないの。はやくココを明け渡してちょうだい」

「実績がないって言うけど、ウチには内斗君がいるよ」

 日華先輩が内斗先輩を指差す。

「内斗君は校内ナンバーワンのデュエリストじゃないか、ナンバーツーの沙雪?」

「な、ナンバーツーって言わないでよ!」

 またテーブルをばんっと叩く白峰先輩。怒りからか顔が赤くなっている。
 後ろから慌てて一人の人物が部室に入ってくる。

「お、落ち着いてください部長!」

 黒い髪でメガネをかけた、弱々しい印象の女子が白峰先輩の前に立つ。
 あれはデュエル・エリート・クラブ副部長の桃川美樹(ももかわ・みき)さんだ。
 白峰先輩や日華先輩、内斗先輩達と同じ二年生の人だが、あまり年上っぽくは見えない。
 気弱で優しそうな、はっきりいって『地味』な先輩である。

 桃川先輩はおどおどしながら白峰先輩の前に立つ。

「そ、そんなに怒っちゃだめですよ! 暴力は問題ですよ!」

「……そうね。ありがとう美樹」

 気分を落ち着かせ、白峰先輩が内斗先輩のことを見る。

「悪いけど神崎君、今度の校内ランキングでは私がナンバーワンになるわ!」

 びしっと人差し指をむける白峰先輩。
 内斗先輩は困ったように苦笑いをうかべる。
 そんな内斗先輩を見ながら、ディアが目を輝かせて俺に言う。

「内斗先輩って学校で一番強い人だったんだ! すご〜い」

「はい、内斗先輩は本当に強いですよ」

 天野さんが嬉しそうに答えた。
 俺もそれに頷く。ただ、どうしてあんな強い人がこの部活にいるのかは分からない。
 俺個人としては日華先輩が弱みを握っているからかとも思ったが、意外にもあの二人は仲がいい。
 別に強制されてここにいるわけではなさそうだ。だとしても、謎に変わりはないが。
 日華先輩が自慢げに言う。

「な、ウチの部活だってちゃんと実績があるだろ?」

「……そんなことないわよ」

 白峰先輩が不敵な笑みをうかべる。

「それは神崎君の個人成績であって、この部活の実績ではないわ。やっぱりこの四人しかいない弱小クラブに、実績はないじゃない!」

 今にも高笑いしだしそうな白峰先輩。
 日華先輩がそれを聞いて、肩をすくめた。

「悪いけど、今日で五人になったよ」

 日華先輩の言葉に「え?」と目を丸くする白峰先輩。
 そして部室をキョロキョロとみまわし、ディアの姿を見つけた。
 ディアが微笑む。

「はじめまして。DC研究会に入部したディアと申します」

「なんですって!」

 白峰先輩が驚いた。そりゃそうだろう。
 すでに入部している俺達でさえ驚いたのだから。
 白峰先輩が心配そうに尋ねる。

「あ、あなた正気なの? なにか脅されたとか……」

「いいえ。自分の意志で入りました。素晴らしい部活ですよ?」

 目を輝かせながら言うディアを、まるで幽霊でも見るかのような目で眺める白峰先輩。
 絶句している白峰先輩を見て、日華先輩がはっはっはと笑う。

「どうだい、これでこの部活は無駄じゃないと分かっただろ!」

「そ、そんなことないわ!」

 ショックから素早く立ち直り、白峰先輩が言う。

「たとえ四人から五人になったとしても、実績がないのは変わらないわ。廃部よ、廃部!」

「なんでだよ。沙雪もたまには楽しく決闘しようじゃないか」

「あんたの決闘は楽しいんじゃなくて変なのよ!」

 白峰先輩の言葉に、俺と天野さんと内斗先輩は深く頷いた。
 目の前で不毛な争いがくりひろげられる。

「だいたい高校生になってから意味わかんない部活始めちゃって、恥ずかしくないの?」

「だったら沙雪だって勝つことだけしか考えてないデュエルマニアじゃないか!」

「なによ、勝つことは重要じゃない! 全力で勝負するんだもの、当然でしょ!」

「そんなんだからダメなんだ。決闘は美しくないと」

 目の前の争いを、俺達は生暖かく見守る。
 天野さんがお茶をいれて、桃川先輩に渡す。

「あの、よかったらお茶どうぞ……」

「あ、ありがとうございます」

 お茶を飲みながら桃川先輩が微笑んだ。
 その姿を見て、天野さんも嬉しそうに微笑む。
 似たような性格同士、気が合うのだろうか。
 俺はぼけーっとそんなことを考える。
 争いはまだ続いている。

「だいたい、どうしてそんなにウチの部活を潰したいんだ?」

「決まってるじゃない。ココをDEC(デュエル・エリート・クラブ)のロッカールームにするの」

「ロッカールームならもうあるじゃないか……」

「あいにく人数オーバーでね。新しいのが欲しいっていう要望がいっぱいきてるの」

 さっとテーブルに要望の意見書をすべらす白峰先輩。
 日華先輩はどうでもよさそうにその意見書を見る。

「そんな勝手なことを校長が許すはずないだろ?」

「あら。勝手に部活を作ったのはどこの誰かしら?」

 日華先輩は顔をそらす。
 なんでも、昔はこの部室は本物の『デュエル研究会』だったらしい。
 しかし何が起こったのか、一年程前にデュエル研究会は謎の解散をした。
 その空き部室を勝手に使用して、日華先輩はDC研究会を作ったとか。
 内斗先輩が暗い顔で言っていたのを俺は思い出す。
 白峰先輩が自信満々に言う。

「校長先生も話しがつけば勝手にしていいとおっしゃってくれたわ。なんせDECにはれっきとした大会の実績があるから!」

「……あのタヌキ親父め」

 日華先輩が舌を鳴らした。

「でも話しがつくとは思えないですよ」

 内斗先輩が二人の話しに割り込む。
 にらみあっていた二人の視線が内斗先輩に集中する。
 内斗先輩がゆっくりと言い聞かせるように言う。

「だってこんなの話し合いでどうにかなる問題じゃないでしょ?」

 内斗先輩の言う通りだ。
 一方的に部活を廃部させようとする要求を、この部長がのむわけがない。
 日華先輩がヒラヒラと手をふった。

「悪いな沙雪。顧問や新入部員も増えた今、僕はこの部活を潰させるわけにはいかないんだ」

「なら、決闘で決着をつけましょう!」

 白峰先輩がまた自信満々に言った。
 のんびりとお茶を飲みながら談笑していた桃川先輩も驚いて顔をあげる。
 白峰先輩が言葉を続ける。

「私と勝負して、もし私が勝ったらこの部活は廃部よ!」

「じゃあ僕らが勝ったら?」

「そのときは……特に何もないわ」

 白峰先輩の言葉を聞き、日華先輩はため息をつく。

「あのねぇ、そんな一方的な条件がのめるわけないだろ」

「ところがそうでもないのよ!」

 すっとブレザーの胸ポケットから、折りたたまれた一枚の紙を取り出す白峰先輩。

「ここに校長先生からの許可書があるわ。悪いけど決闘はしてもらうわよ!」

 日華先輩がはじめて驚いた表情を見せた。
 なぜかは知らないが、桃川先輩も口に手をあててビックリとしている。

「さぁ、どうするの? やらないなら不戦勝でココは廃部よ!」

「……あんのタヌキめ」

 日華先輩がぶつぶつと文句を言う。
 そしてため息をつくと、頷く。

「分かったよ、決闘すればいいんだね。行くんだ内斗君!」

 ビシッと内斗先輩を指差して、日華先輩が言った。
 内斗先輩が仕方なさそうに立ち上がり、部室の棚に置いてある決闘盤を取り出す。
 その姿を見て、白峰先輩はふっと笑った。

「言い忘れてたけど、決闘するのは恭助、あなたよ!」

「ええぇぇ――!?」

 俺と天野さんが驚いて声をあげた。
 内斗先輩も決闘盤を取り出した状態で固まる。
 日華先輩がキョトンとした表情で自分を指差した。

「……僕?」

「そうよ。だってあなたが部長なんだもの、当然よ」

 あっさりと言い放つ白峰先輩。
 言っていることは正しいが、それはいくらなんでも卑怯だ。
 ディアが青くなった俺の顔を見上げて言う。

「ねぇ、どうしてそんなに驚いているの?」

「あぁ、ディアはまだ日華先輩の決闘を見たことなかったんですね……」

 俺は日華先輩の決闘を思い返す。
 そして黙って首を横にふった。

「悪いけど部長が勝つ確率はゼロです。あきらめましょう」

「そ、そんなに弱いの、日華部長?」

 いや、弱いというか、意味が分からない。
 日華先輩曰くあれがコーディネートデュエルらしいが、理解できなかった。
 あれをやらせるくらいなら、まだ初心者の天野さんの方がマシだろう。
 どんよりとした空気が、DC研究会メンバーの間に流れる。
 白峰先輩がその様子を見て笑う。

「ふふ、誰もあんたが勝つとは思っていないみたいね」

 相手は校内ナンバーツーの白峰先輩だし、まぁそうだろう。
 もしウチの部活で勝てるとしたら、内斗先輩くらいだ。
 白峰先輩が満足そうに言う。

「どう? 今なら謝れば許してあげないこともないかもよ?」

「沙雪……」

 すっと日華先輩が白峰先輩に顔を近づけた。
 その表情はいつになく真剣だ。

「な、なによ。いきなり」

 白峰先輩が体を少しのけぞらせた。
 こころなしか頬が赤くなっているように見える。
 日華先輩はジッと白峰先輩を見つめている。
 日華先輩が言った。

「実は今日は美容院に行く予定があるんだ。だから帰ってもいいかな?」

 部室の空気が凍りついた。
 沈黙の後、白峰先輩がブリザードのような冷たい言葉を発する。

「なんですって……?」

「いや、そろそろ本格的に夏の季節になるだろ。だからそろそろ夏用の髪型を――」

「却下よ!」

 白峰先輩がピシャリと言い放つ。
 その勢いに怖気づいたのか、日華先輩が内斗先輩の後ろに隠れた。
 般若のように怒った表情で、白峰先輩が怒鳴る。

「なーにが美容院よ! 男のくせに!」

「なにを言う。これも部活動の一環だよ」

 部室の棚からファッション雑誌を取り出す日華先輩。
 この部室には常に最新のファッション雑誌が置かれているのだ。
 もちろん、誰が持ってきているかは言うまでもない。

「ファッションの流行を押さえるのは高校生として基本だからね。沙雪もオシャレしたら?」

「ふ、ふざけないでー!!」

 怒り爆発の白峰先輩。
 桃川先輩が止めに入る。

「お、落ち着いてください部長!」

 その様子を見て、内斗先輩が頭をかかえている。
 天野さんも今にも乱闘(リアルデュエル)が始まりそうな状況にオロオロとしている。
 俺も頭を軽く押さえてその場に立っていた。
 白峰先輩が叫んだ。

「見てなさい! 絶対にこの部活は潰すからね!」




第六話  戦いは非情である

 放課後の体育館は騒然としていた。
 いつもならココはDECのメンバーが各々決闘をしている時間だ。
 しかし今は誰一人として決闘をしている者はいない。
 体育館の一番奥で対峙している二人に、誰もが視線を向けていた。


 結局、あの後決闘は行われることに決定した。
 日華先輩は最後まで渋っていたが、白峰先輩に胸倉をつかまれて、

『死にたいの?』

 と言われた後、とても迅速に了承した。
 あれは素晴らしい判断だったと俺は思う。
 そんなわけで俺たちDC研究会もDECに混じって決闘を観戦することになった。


「使用デッキは40枚以上60枚以下。LPは4000の通常ルールでいいわね」

 白峰先輩が決闘盤にデッキをセットしながら言う。
 確認したというより、強制したというような口調だ。
 さっきほどではないものの、まだ怒っているようだ。

「本当に校長が許可したのか?」

 日華先輩が嫌そうな様子でデッキをセットする。
 白峰先輩が制服の胸ポケットからたたまれた紙を取り出してかかげた。

「くどいわね。ちゃんと許可書があるのよ、残念だけど」

「本当かなあ……」

 頬をかきながら疑り深く日華先輩が言う。
 白峰先輩が紙をポケットに戻した。

「つべこべ言わないの! ともかく、勝負に負けたら出てってもらうわよ!」

「はぁ……しょうがないなあ」

 日華先輩がディスクをかまえる。
 ディスクが変形して、LPが浮かびあがった。


「―――決闘ッ!!」


 白峰   LP4000

 日華   LP4000


「私の先攻! ドロー!」

 自信満々にデッキからカードを引く白峰先輩。
 素早く手札のカードから一枚を選ぶ。

「私は仮面竜(マスクド・ドラゴン)を守備表示で召喚!」

 不気味な方向をあげながら、フィールドに仮面を被ったような竜が現れる。
 赤と白い肌の、なかなかグロテスクなデザインのドラゴンだ。


仮面竜
星3/炎属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
ドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 白峰先輩のカードさばきに、観客の何人かが歓声をあげる。
 ちなみになぜか男子よりも女子からの歓声の方が大きい。
 その姿を見て、日華先輩がニヤニヤと笑う。

「モテモテだねー、沙雪」

「別に関係ないでしょ。それに下の名前で呼ばないでってば!」

「はいはい。僕のターン!」

 かっこつけたようなポーズでカードを引く日華先輩。
 観戦していた俺たちDC研究会のメンバーが嫌そうな表情を浮かべる。
 ディアだけは目を輝かせて楽しそうに眺めていたが、コイツは感性が違う。
 日華先輩がポーズを決めたまま、目をつぶって言う。

「まぁ、例えどんな状況だろうと僕は僕のデュエルを魅せるだけだ。これも天命ってやつだね」

 その言葉にDC研究会のメンバーは顔を合わせる。

「天命……?」

「悪魔との契約の間違いじゃないですか?」

「しょうがないよ。恭助にとっては神の声なんだろう」

「がんばってー、恭助先輩ー!!」

 その言葉に手をふって笑顔で応える日華先輩。
 かなりイラついたように、白峰先輩が言う。

「ねぇ、早くしてくれないかしら?」

「まぁ待ちたまえ。演出ってのも重要だからね」

 当然のように言う日華先輩。
 白峰先輩がまたキレそうになる直前、日華先輩が一枚のカードをかかげた。

「きらめく星々からやってきた銀河の使者、スーパースター召喚!」

 出てきたのは星の形をした妙な姿のモンスターだ。
 たしかにキラキラと輝いているが、銀河からやってきたかどうかは定かではない。


スーパースター
星2/光属性/天使族/ATK500/DEF700
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
全ての光属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
闇属性モンスターの攻撃力は400ポイントダウンする。


 白峰先輩がフンと鼻をならす。

「なにそれ。ただのザコモンスターじゃない」

「なにを言う。スーパースターは光輝く姿で味方を強化するんだ。この私のようにね」

 日華先輩の言葉に白峰先輩が顔をひきつらせた。
 DC研究会のメンバーは一人を除いてみんな顔を伏せている。恥ずかしくて。

「さらに装備魔法、明鏡止水の心をスーパースターに装備!」


明鏡止水の心  装備魔法
装備モンスターが攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。
このカードを装備したモンスターは、戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)


「僕はこれで、ターンエンドさ……」

 ふっ……とかっこつけたように宣言する日華先輩。
 たしかに明鏡止水の心は強力な破壊防止カードだ。
 スーパースターは守備表示だし、ダメージを与えるのは困難……かも。
 しかし相手は実力ナンバーツーの白峰先輩だ。

「私のターンね・・・」

 すごく疲れた表情を見せながら、白峰先輩がカードを引く。
 相手のやる気をそぐことに関して、日華先輩の右に出る者はいないだろう。これもある種の才能だな。
 日華先輩が楽しそうに高笑いする。

「さぁ、倒せるものなら倒してみたまえ。この澄み切った心の銀河の使者をね!」

「魔法カード発動、スタンピング・クラッシュ!」

 日華先輩の発言を完全に無視して白峰先輩がカードを発動した。


スタンピング・クラッシュ  通常魔法
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが存在する時のみ発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。
 

「このカードの効果で、あなたの場の明鏡止水の心を破壊するわ!」

 へ? という顔をする日華先輩。
 仮面竜が飛び上がり、明鏡止水の心のカードを踏み潰した!

「さらに、ダメージもうけてもらうわよ!」


 日華  LP4000→3500


「あぁ、僕の明鏡止水の心がぁ!」

 オーバーな動作でその場にうなだれる日華先輩。
 たかが装備魔法を一枚破壊されたからといって、おおげさな。
 白峰先輩がかなりらイラついたように言う。

「まったく無様ね! 悪いけどさっさと勝負を決めさせてもらうわよ!」

 白峰先輩が鋭い目つきで手札を見据える。

「私は手札から黒竜の雛を召喚!」

 場に黒い肌の竜の赤ちゃんが出てくる。
 まだ生まれたてのようで、頭には白い殻をかぶっている。
 観客のところどころから可愛い〜という声が聞こえてくる。


黒竜の雛 
星1/闇属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
自分の手札から「真紅眼の黒竜」1体を特殊召喚する。


「あのカードは……」

 さっきまできゃぴきゃぴとしていたディアが鋭い口調でつぶやいた。
 俺が驚いて見ると、いつになく真剣な表情をうかべている。
 まるで昨日対戦したときの、グールズ幹部のときの顔だ。
 その額と頬には冷や汗らしきものをかいている。

「どうしたんですか?」

 俺は周りに聞こえないよう、こっそりとささやいた。
 ひょっとして何かグールズの仕事に関係でもあるのか?
 ディアがごくりとツバを飲んだ。

「あのカードは絶対にヤバいわ。特にグールズにとっては最悪よ」

「ど、どういうことですか?」

「それは――」

 ディアが答えそうになったとき、白峰先輩が高らかと宣言した。

「黒竜の雛の効果発動! 雛のカードを墓地に送り、手札から特殊召喚!」

 宣言と同時に雛の体が赤い炎につつまれた。
 炎は一瞬で巨大な火柱になり、その中から巨大な影が姿をあらわす。
 黒く巨大な翼に、血のように真っ赤な眼。

「あ、あ、あ……」

 ディアがおびえた声を出す。
 巨大な火柱が消え、黒い竜が咆哮をあげた。


「―――真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)!」


 白峰先輩が高らかに言った。
 黒竜は日華先輩をまっすぐに見すえている。


真紅眼の黒竜
星7/闇属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。


「いったいどうしたんですか、ディア?」

 俺は隠れるようにフィールドの光景から背をむけてしまったディアに話しかける。
 ディアはというと小さく震えながら、なぜか右手の親指を押さえている。
 
「あの――」

「ちょ、ちょっと雨宮! 聞いてないわよ、あんなのが出てくるなんて!」

 かなり怒った様子で、ディアが俺に文句を言う。
 俺はその様子を見てため息をつく。

「なんですか、あのカードにトラウマでもあるんですか?」

「トラウマって、何言ってるの! あのカードは全グールズの敵よ!」

「……何言ってるんですか?」
 
 真紅眼の黒竜は確かに強力なレアカードだが、それが全グールズ団員と何の関係があるんだ。
 まさか昔、真紅眼の黒竜の使い手に組織が壊滅させられたことでもあったのか?
 俺が首をかしげていると、ディアが説明してくれる。

「数年前、ある一人のレアハンターが真紅眼の黒竜を強奪したの」

 ディアが真剣な口調でポツポツと話す。

「だけど結果としてそのレアハンターはデュエルキング・武藤遊戯の最初の犠牲者になったわ。おまけにそのレアハンターは組織から破門され、その後の人生も大きく踏み外した」

「はぁ……」

 グールズにいる時点で踏み外している気がするが、そこは触れないでおく。

「それ以来グールズ内にはジンクスがあるのよ。『真紅眼の黒竜を強奪するとロクな目にあわない』っていうジンクスが。だから私も親指隠してるの」

「その親指を隠すのに意味はあるんですか?」

「おばあちゃんが、悪魔に会ったときは親指隠せって言ってたからよ」

 悪魔って、真紅眼の黒竜のカードはそんなに嫌われているのか。
 ディアがブルッと体を震わせる。

「あーもうヤダ。悪いけど見たくないわ。私、部室に行くわね!」

「えっ、ちょっと……ディア!」

 俺が呼び止めるのも聞かずに、ディアは観客の中を通り抜けて行ってしまう。
 その様子に気づいて、天野さんが俺に尋ねてくる。

「あの、ディアさんどうかしたんですか?」

「あぁ……えっと、部室に忘れ物だそうです」

 俺の言葉に不思議そうに首をかしげる天野さん。
 さっさと話題をそらしたほうがよさそうだ。

「あ、ほら。決闘に動きがありましたよ!」

 俺がフィールドを指差した。
 ちょうど仮面竜が突進して、スーパースターを粉砕したところだ。
 日華先輩が顔をゆがめる。

「くっ、僕のスーパースターが……」

「まだよ! 真紅眼の黒竜でダイレクトアタック、黒炎弾!」

 容赦なく攻撃をたたみかける白峰先輩。
 真紅眼の黒竜の口から赤黒く燃える炎が撃ち出され、日華先輩に直撃する。

「ぐわあああぁぁぁー!!」

 
 日華  LP3500→1100


 まるで闇のゲームのような大きな叫び声をあげる日華先輩。
 もちろんソリッドヴィジョンではそこまで強力な衝撃は伝わらない。
 おそらくアレも日華先輩の演出とかいうやつだろう。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 白峰先輩が呆れたような表情で言う。
 日華先輩の場にカードは一枚も存在しない。相手は真紅眼の黒竜に仮面竜の二体。伏せカードも二枚ある。 まさに絶対絶命というやつだ。俺の昨日の状況にも似てる。
 日華先輩の体からはまだプスプスと黒い煙があがっている。
 
 ふっ・・・と日華先輩が笑った。
 
 その姿を見て、白峰先輩が眉をひそめた。
 かなり不機嫌そうに白峰先輩が言う。

「何がおかしいのよ?」

「ふふ。なあに、なかなか理想的な展開だからね」

 日華先輩が微笑んだ。
 ついに壊れたかとも思えるが、元々壊れてるので問題ない。
 日華先輩が内ポケットから手鏡を取り出して乱れた髪形を整えはじめる。

「ここまではまぁ理想的さ。僕のコーディネートデュエルはここからはじまるのさ」

「なに訳の分からないこと言ってるのよ?」

「分からないのかい? いつだって最後に勝つのはピンチの方なんだよ!」

 とんでもないことを言い出した日華先輩。
 さすがの沙雪先輩も何も言えずに黙っている。
 日華先輩が手鏡をしまい、さわやかな笑みをうかべる。

「ここまだ追い詰められた僕が、華麗なる一手で逆転する。これこそがエンターテイナメントってものさ!」

 出た。日華先輩の自称コーディネートデュエル。
 俺の脳裏に入部した当初のころの映像がうかびあがる。






「エンターテイナメントを追求する決闘にするにはどうすればいいか?」

 日華先輩がホワイトボードに文字をかく。
 「楽しむためには?」という文字を背に、日華先輩が言う。

「当然のことながら1ターンキルなんかは論外だ。あれは短いし見せ場も何もないからね」

 ホワイトボードに「1ターンキルはダメ!」と書く日華先輩。
 俺と天野さん、内斗先輩はすでに言っていることの半分を聞き流している。

「ロックデッキも微妙だ。ただしロックを華麗に崩壊させて止めをさすのはアリだけどね」

 「ロックはグレー」と書く日華先輩。
 天野さんが俺にこっそりとささやいてくる。

「あの、ロックデッキって何ですか? 岩?」

「相手の行動を縛るデッキのことです」

 俺は日華先輩に聞こえないように答える。

「相手を縛り付けてから、戦闘以外の方法で勝利するのが目的の特殊なデッキのことですよ」

「なるほど……」
 
 天野さんがポケットから黒いメモ帳を取りだした。
 初心者の彼女はよく俺の言っていることをメモしているのだ。
 日華先輩が嬉しそうに言う。

「さすが天野君! 僕の言っていることをメモするだなんて、将来有望だね!」

「えっ? あっ、は、はい」

 天野さんがバツが悪そうにメモ帳を閉じた。
 日華先輩が機嫌よく続ける。

「さて、では実際どうすればいいかというと、見せ場を作ることが重要なんだ!」

「見せ場……?」

 俺と天野さんが首をかしげる。
 相変わらずこの先輩の言っていることは理解できない。

「見せ場というのは燃える場面ということだよ。たとえばピンチから逆転するとかね」

 日華先輩がホワイトボードに「ピンチこそチャンス!」と書く。
 よく聞く言葉ではあるが、その意味は微妙に違う気がする。
 日華先輩がその場でポーズを決めて微笑みながら言う。

「ピンチな状況を華麗に打破する。これこそがエンターテイナメントさ!」

「……つまり自ら不利な状況を作るということですか?」

 内斗先輩がとても嫌そうに尋ねた。
 日華先輩が頷く。

「まぁ、その通りだね。できるだけ困難な状況であるほど素晴らしいよ」

「…………」

 内斗先輩が心の底から哀れむように日華先輩のことを見た。
 やけに夕焼けが目にしみる、ある放課後のことだった。


 


 
 俺はあの日のことを思い出して頭痛を感じた。
 なにが悲しくて自分から不利な状況を作らなければならないんだ。そう思ったが、この人は部活の存続を賭けた決闘でもそれを行っている。ここまで徹底的だと、逆にすごいな。
 白峰先輩が日華先輩の言葉に動揺しながら言う。

「な、なによ。ここから逆転できると思ってるの?」

 たしかに日華先輩の言葉をそのまま受け取ればそういうことになる。
 しかし日華先輩の言っていることはあくまで演出のことであり、実際に突破できるとは限らない。
 早い話が迷惑なハッタリみたいなものだ。

「さぁ……僕は自分のデッキを信じるだけだよ」

 日華先輩が微笑みながら答えた。
 そして、すっとデッキのカードに手をのばす。
 ゴクリと白峰先輩がつばを飲んだ。
 すさまじい緊張感が辺りに満ちる。

「僕のターン……ドロー!」

 日華先輩がカードを引いて見る。
 その目が輝いた。

「僕は死者蘇生を発動! 墓地より蘇れ、銀河の使者スーパースター!」

 再びフィールドに不気味な星の形の生命体があらわれた。

「スーパースターにはもう一つ効果がある。このカードがいる限りフィールドの闇属性モンスターの攻撃力は400ポイントダウンすることになる」

 白峰先輩が顔をしかめた。
 真紅眼の黒竜は闇属性のモンスター。
 スーパースターの効果で弱体化してしまうカードだからだ。

 
 真紅眼の黒竜  ATK2400→ATK2000


「さらに僕は手札から、古のルールを発動!」


古のルール  通常魔法
自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


「古のルールですって?」

「その通り。ここからがエンターテイナメントのはじまりさ!」
 
 日華先輩が楽しそうに一枚のカードをディスクにセットする。

「来たまえ我が切り札、輝く宝石の竜・ダイヤモンド・ドラゴン!」

「……ダイヤモンド・ドラゴン?」

 白峰先輩が驚くと同時に、場に眩いばかりの輝きを放つ白い宝石の竜が降臨した。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


「相変わらず弱いカードを使ってるのね……」

 白峰先輩が呟いた。
 たしかに貴重なカードではあるものの、実力は真紅眼などに比べてかなり低い。
 ほとんどデュエル中に見たことがない、ある意味で幻のカードだ。
 日華先輩が続ける。

「ダイヤモンド・ドラゴンは光属性。よってスーパースターの効果によって攻撃力がアップする!」

 
 ダイヤモンド・ドラゴン  ATK2100→ATK2600


「これでバトルだ! ダイヤモンド・ドラゴンで真紅眼の黒竜を攻撃! ダイヤモンド・ブレス!」

 ダイヤモンド・ドラゴンから口からキラキラとした衝撃波を撃つ。
 真紅眼の体がブレスにつつまれ、粉々に砕け散る。


 白峰  LP4000→3400


「これでバトルは終了。手札から光の護封剣を発動しよう」

 天から三本の剣が降り注ぎ、白峰先輩の場に突き刺さった。


光の護封剣  通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。


「これで君は三ターンの間、攻撃できない」

 日華先輩が不敵な笑みをうかべた。
 こういうところ、やっぱりディンと似ていると俺は思う。
 手札に残った最後の一枚を見てから、日華先輩は顔をあげた。

「僕はこれでターンエンドさ」

「私のターン!」

 白峰先輩がカードを引いた。
 そしていまいましそうに言う。

「なにが逆転よ。ちょっとだけ攻撃しただけじゃない。罠発動、正統なる血統!」

 白峰先輩の場に伏せられていた一枚が表になる。


正統なる血統  永続罠
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。


「このカードの効果で、墓地から真紅眼の黒竜を特殊召喚!」

 火柱があがり、再び黒い竜が場に現れる。
 スーパースターの効果で弱体化するとはいえ、すさまじい迫力だ。


 真紅眼の黒竜  ATK2400→ATK2000


「ふっ。そのカードじゃ僕のダイヤモンド・ドラゴンは倒せない」

「知ってるわよ。でもデュエルに勝つだけなら、そんな竜は無視してもいいの」

 白峰先輩もふっと鼻で笑った。
 
「手札から魔法カード、黒炎弾を発動!」


黒炎弾  通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する「真紅眼の黒竜」1体を選択して発動する。
選択した「真紅眼の黒竜」の元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
このカードを発動するターン「真紅眼の黒竜」は攻撃する事ができない。


「この効果で恭助、あなたに2400のダメージを与えるわ!」

 日華先輩のLPは1100。この効果が通ったら日華先輩の負けか。
 しかも日華先輩のフィールドに伏せられたカードはない。

 これはダメだな。

 真紅眼の黒竜が口から黒い炎の塊を吐き出した。
 すさまじい勢いで炎が日華先輩へと迫る。
 当たる直前になって、日華先輩が笑った。

「残念だが読んでいたよ! 手札のライフ・コーディネーターの効果発動!」

 手札の最後の一枚を墓地へと送る日華先輩。
 日華先輩の目の前に、ぐにゃぐにゃとした妙な生命体が現れた。

「ライフ・コーディネーターは手札から捨てることで、ライフにダメージを与える効果を無効にし破壊することができるのさ!」

 真紅眼の黒竜が吐き出した炎が、ぐにゃぐにゃに吸収され消えていく。
 ぽふっと口から煙を出し、ぐにゃぐにゃは満足そうに消えていった。


ライフ・コーディネーター
星2/風属性/サイキック族/ATK800/DEF400
相手が「ライフポイントにダメージを与える効果」を持つカードを発動した時、
手札からこのカードを捨てる事でその発動を無効にし破壊する。


 日華先輩が満足そうに言う。

「光の護封剣で攻撃を封じられたら、まっさきに僕を狙ってくるって思ってたよ。まったく沙雪は乱暴というか、分かりやすいね」

「あら、それはどうかしら?」

 白峰先輩が言うと同時に、辺りに風が吹き始める。
 風は少しずつ勢いを増していく。
 驚いている日華先輩に、白峰先輩が言い放つ。

「リバース魔法発動、サイクロン。これで光の護封剣を破壊するわ!」

 白峰先輩の場に伏せられていた最後の一枚、サイクロン。
 突風が光の剣をかき消していく。


サイクロン  速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「むっ……」 

 日華先輩の表情が曇った。額にはわずかだが冷や汗がうかんでいる。
 どうも風向きが怪しくなってきたようだ。
 しかし日華先輩は平然とした様子を装って言う。

「そうきたか。だけど僕の場には強化されているダイヤモンド・ドラゴンがいる」

 日華先輩がダイヤモンド・ドラゴンを見た。
 キラキラと輝くオーラをまとったドラゴンは、優雅な表情を浮かべて立っている。

「ま、仮にこのターンでダイヤが破壊されたとしても、次のターンにまた逆転すればいい」

 手札がゼロなのにも関わらず、日華先輩は当然のことのように言った。
 大丈夫なのか、日華先輩。これで逆転できなかったらタダの間抜けな人だぞ。
 白峰先輩がゆっくりとした口調で言った。

「次のターンはないわ」

「……え?」

 日華先輩の顔から笑みが消える。
 白峰先輩が一枚のカードをディスクにセットした。

「手札から融合を発動!」

「な、なんだってー!」

 日華先輩がわざとらしく驚いた。
 白峰先輩が淡々と続ける。

「場の真紅眼と、手札の融合呪印生物−闇を融合!」


融合  通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


融合呪印生物−闇
星3/闇属性/岩石族/ATK1000/DEF1600
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、
闇属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「来なさい! メテオ・ブラック・ドラゴン!」

 二体のモンスターが渦に飲み込まれ、やがて一体のモンスターが姿を現した。
 全身が血走ったような、凶暴な目つきの紫色のドラゴンがフィールドに現れる。
 唸りをあげながら、そいつはゆっくりと雄たけびを上げた。


メテオ・ブラック・ドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・融合/ATK3500/DEF2000
「真紅眼の黒竜」+「メテオ・ドラゴン」


 日華先輩が半分涙目になって竜の姿を見上げている。
 白峰先輩が鋭い口調で言う。

「バトルよ! 仮面竜でスーパースターを攻撃!」

 再び仮面をつけた竜が星型の生命体を粉砕した。
 守備表示なのでダメージはないものの、これで場のモンスターの強化は消える。
 つまり日華先輩のキラキラモンスターは……


 ダイヤモンド・ドラゴン  ATK2600→ATK2100


「あーあ、これは無理ですね……」

 俺の横で内斗先輩がつぶやいた。
 日華先輩のLPは1100だから、メテオ・ブラックの攻撃で0になる。
 つまりDC研究会は晴れて廃部ということだ。
 俺と天野さん、内斗先輩が顔を合わせた。

「意外にも耐えましたね」

「まぁ恭助にしては上出来ですよ。ナンバーツーの白峰さんが相手ですし」

「最後に、良い思い出になりましたね……」

 しんみりとした空気の俺達に、日華先輩が怒鳴る。

「君達、まだ勝負の決着はついてないぞ!」

 日華先輩の言葉に、俺達はもう一度顔を合わせた。
 内斗先輩が哀れむような目つきで日華先輩を見る。

「恭助、残念ですけど無理です。いいですか、恭助のLPは1100でしょ。それでメテオ・ブラックがダイヤモンド・ドラゴンに攻撃をすると――」

「人をバカにするんじゃない! 計算ぐらいできる!」

 日華先輩が抗議する。
 白峰先輩が腰に手をあてた格好で、その様子を眺めている。

「そろそろ良いかしら?」

「待つんだ沙雪。僕はこのデュエルに負けるわけにはいかないんだ」

 真剣な表情で語りかける日華先輩。
 まるで悲劇の主人公になったかのように、その場にうなだれた。
 BGMにバイオリンの曲が聞こえてきそうだ。
 涙をこぼしながら、日華先輩は語りかける。

「部員や、僕のコーディネート教室を待ち望んでいる全国数万人(推定)のファンが僕の勝利を待ち望んでいるんだ。もしDC研究会がなくなってしまったら、彼らはこれからどうすればいいんだ? 僕は沙雪がそんなことはしない優しい子だって信じてるよ。だから――」

「メテオ・ブラック・ドラゴンでダイヤモンド・ドラゴンを攻撃!!」

 メテオ・ブラックが巨大な炎を放ち、ぼーっとしていた宝石の竜を粉々に粉砕した。
 そのまま日華先輩にも残りの炎が直撃する。

「ぐはあああぁぁぁ!!」


 日華  LP1100→0


 日華先輩がその場に崩れおちた。
 両目に涙をうかべ、頭をかかえている。
 ぶつぶつと呟いている声が観客のところまで聞こえてくる。

「そんな……僕が、この美しきデュエル・コーディネーターの僕が……」

 大方の予想通り、日華先輩は敗北した。
 まぁ、予想よりはねばったほうだとは思うが。
 それによって、一つの事実が浮かびあがる。
 DC研究会、本日にて廃部決定。




第七話  風と天然先生

「無様ね!」

 決闘が終わって白峰先輩が発した第一声がこれだった。
 白峰先輩が日華先輩を見下しながら続ける。

「まったく何がエンターテイナメントよ。結局はほとんど何もできなかったじゃない!」

「だって僕は勝つのが目的じゃないもん……」

 日華先輩の言葉に白峰先輩の目が鋭くなる。
 にらまれた日華先輩はその場で小さくなった。

「ともかく! これで晴れてDC研究会は廃部よ!」

 ドーンと事実をつきつける白峰先輩。
 日華先輩の顔に衝撃が走った。
 漫画だったら背景にガーンと書かれていることだろう。
燃え尽きている日華先輩はさておき、俺達は今後を話し合う。

「それで、これからどうします?」

「まぁ、決まっちゃったものはしょうがないだろうね」

「と、とりあえずディアさんに結果を伝えにいきますか?」

 天野さんの意見に頷く俺と内斗先輩。
 それと、そこで放心状態になっている日華先輩はどうするか。
 俺は意見を求めるように内斗先輩を見た。
 にっこりと、内斗先輩が微笑む。

「恭助なら、ほっといても平気だよ」

 こうして俺達の意見はまとまった。
 とりあえず部室……いや、『元』部室に戻ることにしよう。
 俺達は日華先輩に背を向けて体育館から出て行こうとする。
 後ろで、日華先輩が悲惨そうな声をあげて白峰先輩と話しているのが聞こえる。

「なぁ沙雪〜、お願いだから廃部だけは勘弁してくれよ〜」

「くどいわね。あなたが決闘に負けたのが原因でしょ」

「そ、それはそうだけど……」

 日華先輩の声のトーンが下がった。
 白峰先輩が勝ち誇った表情で日華先輩のことを見る。
 苦しそうに日華先輩が言う。
 
「……だいたい本当に校長の許可なんてあるのか!?」

「しつこいわね。あるって言ってるでしょ!」

 白峰先輩が胸ポケットからたたまれた紙を取り出してかかげる。

「ほら、ここにちゃんとあるでしょ!」

「それたたまれてるじゃないか! ちゃんと中身を見せたまえ!」

「そ、それは別にいいでしょ!」

 白峰先輩が後ろに下がった。
 不審そうに日華先輩がそれを見る。

「ひょっとして……本当は校長の許可なんてないんじゃないか!?」

「そ、そんなことないわよ!」

「ならどうして逃げるんだい!?」

「あんたが怖い顔して近づいてくるからよ!」

 ジリジリと日華先輩が白峰先輩に近づいていく。

「さ〜ゆ〜き〜」

「ちょ、ちょっと。来ないでったら!」

 白峰先輩がさらに下がった。
 妙な雰囲気になってきたので、俺達も歩みを止める。
 日華先輩と白峰先輩がにらみあうような表情で対峙している。

「さぁ、その紙を見せたまえ!」

「い、嫌よ。さっさと部室に帰りなさい!」

「そうはいかない。これは僕のデュエル・コーディネーターとしての経歴にも関わるからね」

「な、なんと言われようと見せないわ!」

 白峰先輩がさらに距離をとった。
 しかし日華先輩もさらに距離をつめる。

 辺りに緊張した空気が流れる。

 無言で見つめ合う二人。
 どちらも相手のすきをうかがっているのが分かる。
 まるで永遠のように感じられる時間が過ぎていく。

「……てぁ!」

 一瞬のすきをついて、日華先輩が白峰先輩にとびかかった。
 日華先輩の手が白峰先輩の持っている紙へと伸びる。

 しかし白峰先輩はそれを読んでいた。

 さっと身をひき、日華先輩との間に距離をつくる。
 日華先輩の伸ばされた手は、むなしく宙をつかんだ。
 白峰先輩が笑みをうかべる。

 そのとき、白峰先輩の近くの開いていた扉から強い突風が流れ込んできた。

 突風にあおられて、紙が白峰先輩の手から離れた。
 小さく「あ」と言う白峰先輩と日華先輩。
 紙は突風に乗ってヒラヒラと舞うように飛び、やがて体育館の入り口近くに落ちた。
 そうして落ちた紙を、一人の人物が拾う。

「これは何の騒ぎなのかしら?」

 心の底から不思議そうに体育館の光景を眺める人物。
 その横には金髪のポニーテイル娘も立っている。
 天野さんが声をあげた。

「霧乃先生!」

「あら天野さん。それにDC研究会の皆も」

 今気づいたかのように霧乃先生は言った。
 白峰先輩が驚いたかのように先生に近づく。

「き、霧乃先生! どうしてこんなところへ?」

「あら白峰さん。なぜって、DC研究会の部室に行ったら皆はココだっていうから」

 先生が隣りのディアを手でしめす。
 ディアはなんとも言えないような表情でその場に立っていた。
 霧乃先生はのんびりとしたような口調で言う。

「なんでもDECと決闘しているとか。あなたが相手だったの?」

「は、はい。それは、その……」

 白峰先輩が言葉をにごした。
 それを不思議そうに見つめる霧乃先生。
 すっと音も無く、日華先輩が先生に近づく。

「あの、霧乃先生。その紙なんですが……」

「あら、これがどうかしたの?」

 先生が持っていた紙をその場で広げる。
 白峰先輩がそれを止めようとしたが、すでに遅かった。

 ぱっと広げられたそれは、デュエル大会の告知用チラシだった。
 
 大会の名前はファイブチーム・トーナメント。
 どうやら五人一組で参加するトーナメント形式の大会らしい。
 チラシにはでかでかとマスコットキャラクターのカニの絵が描かれている。
 先生がチラシを見て首をかしげる。

「これがどうかしたのかしら?」

「それは――」

「な、なんでもありません先生!」

 日華先輩の口を押さえて白峰先輩が答える。

「わ、私たち今度その大会に出場するんです。それで、その練習に……」

「あぁ、そういうことだったの」

 先生が納得したように笑顔を見せる。
 さすがに校長の名をかたって部活を廃部まで追い込んでいたとは言えなかったらしい。
 日華先輩がうらめしげに白峰先輩のことを見ている。
 先生がにっこりと微笑んだ。そしてポンと手を叩く。

「そうだわ。私たちDC研究会も五人になったことだし、この大会に参加してみましょうか?」

「ええぇぇ――!!」

 俺と天野さん、内斗先輩が叫んだ。
 白峰先輩が驚きながら尋ねる。

「あ、あの霧乃先生。私たちっていうのは……?」

「あら、知らなかったの。私はDC研の顧問になったのよ」

 白峰先輩が目を丸くしてさらに驚いた。
 先生が右手の指を折り曲げて考える。

「かれこれ……二週間くらい前かしらね。この学校に赴任したてだったから顧問はやらないつもりだったんだけど、天野さんや日華君に頼まれて引き受けることになったのよ」

「そ、そうだったんですか……」

 白峰先輩が顔をふせた。
 得意そうに日華先輩が白峰先輩のことを見る。

「ふふん。これも僕の人望っていうことだね」

 白峰先輩がキッと日華先輩をにらみつける。 
 日華先輩が内斗先輩の後ろに隠れた。
 先生が嬉しそうに手を合わせる。

「ねっ。ウチの部活にはDECみたいな実績がないでしょ。ちょうどいいじゃない?」

「それは、まぁ……」

 内斗先輩が困ったように俺達を見回す。
 俺は肩をすくめながら答えた。

「俺はどちらでもかまいませんよ」

 できれば出ないほうが望ましいが、さすがに言いにくい。
 天野さんが俺のことを見ながら言う。

「わ、私も雨宮君がよければ、どっちでも……」

 内斗先輩がディアのことを見る。
 ディアが微笑みながら答えた。

「私は賛成ですね。やっぱり決闘しなくちゃ!」

「なるほど。俺もかまわないですよ」

 内斗先輩がチラシを見ながら言う。
 残るは日華部長ただ一人だ。
 視線が日華先輩へと注目する。

「デュエル・トーナメントか……」

 日華先輩が考えるように呟いた。
 その目はいつになく真剣である。

「勝つことには興味はないが、デュエル・コーディネートをアピールするにはもってこいかもしれないな……」

 日華先輩がにやりと笑った。
 あの寒気のするデュエルを他の高校生相手に披露する気なのか……
 三人の間に反対すればよかったという風な空気が流れる。

「よし! DC研究会、ファイブチーム・トーナメントに出場決定!」

「きゃー、さすが恭助先輩!」

 ディアが嬉しそうに飛び跳ねる。
 その様子をニコニコと見ている霧乃先生。
 不安そうな天野さんに、ため息をつく俺と内斗先輩。

「あら、本当にでる気になったの!」

 白峰先輩がその様子を見て言う。
 さっきのどたばた劇からは立ち直ったようだ。
 横には桃川先輩もおどおどとしながら立っている。

「言っとくけど、あなた達じゃ予選大会は勝ち抜けないわ!」

「……予選?」

 日華先輩が首をかしげた。
 白峰先輩がチラシの裏を見せる。
 そこにはファイブチーム・トーナメント予選大会・応募用紙と書かれている。

「この大会はまず最初に各地で予選を行って、それから全国トーナメントという流れなの。だからあなた達が予選を勝ち抜くためには――」

 すっと白峰先輩が後ろに並んでいるDECの部員をしめす。
 皆、俺達を威圧するような目つきで見ている。
 白峰先輩が笑いながら言う。

「私たちDECに勝たなければいけないの! あなた達のような弱小クラブじゃ無理ね!」

「ふん、やってみなきゃ分からないだろ?」

 日華先輩が言うが、それはどうかと思う。
 俺としては不本意だが白峰先輩の言っていることは正しいと思う。 

 五人一組ということは、一回の試合で最低でも三人が勝たなければならないということだろう。
 だとしたら内斗先輩やディアあたりはともかく、俺を含む三人は勝てるかどうか分からない。
 どちらかと言えば、勝てないほうなのでは……。
 日華先輩が白峰先輩に言う。

「そこまで言うのだったら、僕らより先に敗退したときはちゃんと責任とってくれたまえよ」

「あら、別にかまわないわよ。何だってしてあげようじゃない」

 自信満々に白峰先輩が答えた。
 桃川先輩がその言葉に慌てるが、特に意にかえさないようだ。
 日華先輩が人差し指を白峰先輩に向ける。

「言ったな! 後悔しないでくれたまえよ!」

「その代わりそっちが先に敗退したら廃部しなさいよ!」

「いいだろう、望むところだよ!」

 さらっととんでもないことを約束する日華先輩。
 俺と天野さん、内斗先輩の顔が青くなった。
 霧乃先生は、ニコニと微笑みながらその光景を見ていた。








「本気ですか?」

 部室に戻り、内斗先輩が日華先輩に尋ねた。
 日華先輩はさらさらと応募用紙を記入しながら答える。

「本気だよ。ファイブチーム・トーナメントには参加する」

「そういうことではありません!」

 内斗先輩が机を叩いた。
 天野さんが不安そうに二人のことを見ている。
 俺はため息をついた。
 
「さっきの、先に敗退したら廃部って約束です。どう考えても無茶ですって!」

「無茶だって?」

 日華先輩が顔をあげた。
 その顔はきょとんとしている。

「別に無茶でもないだろ。要は勝てばいいんだから」

「そりゃ、理屈ではそうですけど……」

 内斗先輩が言葉をにごらせた。
 俺には内斗先輩の言いたいことがよく分かる。
 なんせ五人一組で戦うチーム戦だ。
 最低でも五人の内三人が勝たなければならない。
 しかしDC研究会のメンバーの実力は……

 初心者が一人に、手加減しているのが二人、唯一の実力者が一人いて、論外が一人。

 自分の部活のことながらひどいメンバーだ。
 とても大会に勝つために参加しているチームに対抗できるとは思えない。
 内斗先輩がため息をついて言う。

「せめてさっきの約束だけはなかったことにできませんか?」

「それは無理だね。沙雪とも約束しちゃったし、それに……」

 日華先輩が俺たちのことを見る。

「僕は部長として皆の実力を信じているから。きっと大丈夫さ」

 さわやかに微笑む日華先輩。
 久しぶりに日華先輩がマトモなことを言い出したので俺は驚いた。
 ディアは感動したように言う。

「さ、さすが恭助先輩。部長の鏡です〜」

「はっはっは。まぁ、そんなものだよ」

 微笑合う二人。
 とても廃部の危機が迫っているとは思えないほど能天気だ。
 内斗先輩が再びため息をついて日華先輩を見る。

「なるほど。建前は分かりました。それで本音は?」

「そりゃ、沙雪をぎゃふんと言わしてやりたいからだよ」

 吐き捨てるように日華先輩が言った。
 さっきのデュエルで散々に言われたのをまだ根にもっているらしい。

「まったく女の子のくせにあんな可愛げのないデッキ使っちゃってさ。もっとカードの見た目に気をつかうべきだね、エンターテイナーとしては」

 日華先輩がぶつくさと文句を言う。
 たしかに白峰先輩の使うカードは見た目がグロテスクなのが多かったが、別に関係ないような。
 ……というか白峰先輩はDC研究会のメンバーじゃないし。
 日華先輩が声をあげる。

「ともかく! 僕らDC研究会は負けるわけにはいかないからね。全力で努力するように」

「はーい……」

 一部を除いてやる気の感じられない返事をする俺達。
 まさかこの部活のメンバーで大会に出るとは思ってもみなかった。
 それぞれが自分のデッキを取り出して中身をチェックしはじめる。

 俺もカバンからデッキを取り出して眺める。

 機械族主体のユニオンデッキ。魂のないデッキだ。
 はっきりいって俺はこのデッキには愛着があまりない。
 実力を隠すために作ったデッキだし、当然だろう。ましてこれで勝つなんて……

「どう、大丈夫そうかしら?」

 ディアがこっそりと俺に尋ねてきた。
 俺は静かに答える。

「はっきりいって厳しいんじゃないですか」

「あら、元ジュニアチャンプにしては弱気な発言ね」

 別にジュニアチャンプだったのは関係ないだろ。
 それに俺はこのデッキでチャンプになったわけではない。
 ディアが微笑んだ。

「まぁ気持ちは分かるけどね。でもいざとなったら例のデッキを使えばいいんじゃない?」

「例のデッキって……ドラグーンデッキのことですか?」

「そうよ。あれなら大抵の人には負けないでしょう?」

 ディアが頷いた。
 俺は黙って首を横にふる。

「悪いですけどアレはどうしても使用しなければならないときしか使う気はありません」

「まったく強情ねぇ。どうして本気を出そうとしないわけ?」

「ディアには関係ないことでしょ」

 俺はディアから視線をそらした。
 窓の外から見える夕焼けに思いをはせる。
 ディアがため息をついた。

「ほーんと、強情ね……」

「そういうディアは本気をださないんですか?」

「悪いけど幹部はそう軽々に自分の実力を見せないの。いつ敵に見られるか分からないし」

 ディアは当然のことのように答える。
 本当かどうかは俺には分からない。
 いまだに俺はこの金髪小娘がグールズ幹部であるとは信じられない。
 いったいどういう経緯で幹部まで昇進できたというのだろうか?
 俺とディアの間にしばしの沈黙がながれる。
 俺が天野さんの様子を見ようかと思ったとき、日華先輩が頓狂な声を出した。

「あぁ、しまった!」

 皆の視線が日華先輩に集まった。
 日華先輩はペンを片手に頭をかかえている。

「どうかしたんですか、恭助?」

 内斗先輩が少しだけ心配そうに尋ねる。
 少しの間の後、日華先輩が応募用紙をゆびさす。

「ココを見るんだ内斗君!」

「はぁ……えっと、チーム名ですか?」

 困惑したように内斗先輩が言った。
 日華先輩が頷いた。

「その通りだよ内斗君。僕らはまだチーム名を決めてなかった。あぁ、どうしよう?」

「どうしようって……別になんでもいいんじゃないですか?」

 内斗先輩が冷たい目線を日華先輩に送る。
 思った以上にどうでもいいことだったようだ。
 日華先輩が真剣な表情で内斗先輩を見る。

「内斗君。大会においてチーム名というのは重要なんだよ! これは心してかからなければならない問題だろうね」

「はぁ……」

「あぁ、どうしようか。倉野さんに相談してみるかい?」

「勝手にしてください」

 あっさり言い放って内斗先輩が自分の椅子に座りなおした。
 部室にいつもの空気が戻ってくるのが感じられる。
 いつもの、日華先輩が訳の分からないことを言い出す空気だ。
 その空気に慣れ始めている自分が少しだけ嫌になる……

「あ、雨宮君・・・」

 天野さんが横から話しかけてくる。

「あ、あの。どうすればいいかな?」

 天野さんは不安そうに俺にデッキをさしだした。
 初めて二ヶ月程度の彼女にとって、大会に出場するというのは相当のプレッシャーだろう。
 おまけにそれは団体戦で、なおかつ自分の敗北で廃部になりかねないものだ。
 じっと俺のことを見ている天野さんに、俺は言う。

「さぁ……別にそう難しく考えなくてもいいと思いますよ」

 天野さんのデッキのカードを眺めながら俺は続ける。
 ところどころに微妙なカードが入り混じっているが、そう悪いデッキではない。
 上手く立ち振る舞えば、勝利することも難しくはないはずだ。
 俺はデッキを天野さんに返して言う。

「自分のデッキを信じればいいんです。そうすればカードはいつか必ず応えてくれますよ」

「あ、ありがとうございます、雨宮君」

 天野さんが嬉しそうに微笑んだ。
 まぁ、デッキを信じれば必ず勝てるとは限らないが、それでも信頼はしたほうがいい。
 世の中には何がいるか分からないからな。カードにも精霊みたいのが宿っているかもしれない。
 ……いや、さすがにそんなことはないか。
 ディアがニヤニヤとしながら俺のことを見てくる。

「おー、かっこいいわねー。デッキを信じるねー、天野ちゃんには優しいねー」

 俺はディアの発言を無視する。
 天野さんがその様子を見て首をかしげている。
 俺が帰ろうかと思ったとき、今まで沈黙していた日華先輩が叫んだ。

「フィーバーだ!」

 目を輝かせて言う日華先輩。
 日華先輩の突然の意味不明な発言にも困ったものだ。
 内斗先輩が渋々と尋ねる。

「あー、なんですか恭助? ふぃーばー?」

「そうだよ内斗君! チーム名さ、思いついたんだよ!」

 テンション高く言う日華先輩。
 軽く引いている内斗先輩を尻目に、さらさらと応募用紙にペンを走らす日華先輩。
 そうして書き終わった用紙をかかげて言う。

「チーム・フィーバーズ! これが僕らのチーム名さ!」

「フィーバーズ……」

 俺達は呆然と呟いた。
 フィーバーってたしか「熱狂する」とかいう意味だったよな。
 これをチーム名に当てるってことは「熱狂者たち」っていう意味になるのだろうか?
 仮にそうなったとしても、チームにはどちらかというと物静かな人間の方が多いのだが……
 日華先輩のネーミングセンスに言葉が出ない俺の横で、ディアが嬉しそうに言う。

「すばらしいネーミングです! さすが恭助先輩ですね!」

「いやー、別に。なんせ僕はデュエル・コーディネーターだからね」

 そうして楽しそうに笑いあう二人。
 頭が痛くなってくる光景だ。
 内斗先輩は実際に頭をかかえている。
 日華先輩がすっくと立ちあがって言う。

「よーし、チーム・フィーバーズ! 今度の大会で目指せ優勝だ!」

「オー!!」

 楽しそうに答えるのは当然ディアだけだ。
 他のメンバーはただ呆然とその光景を見ている。
 俺は今日何度目か分からないため息をついた。夕焼けが、やけに目にまぶしかった。




第八話  ある日の休日のこと

「……それで、ディンの様子はどうだ?」

 そこは薄暗い部屋だった。
 黒いフードをすっぽりと被った人物が、目の前に立つ人物に尋ねた。
 尋ねられた人物は、厳粛な口調で答える。

「特に何もないそうです。現在は目下、調査中だとか」

「……そうか」

 黒フードの人物はその言葉を聞くと、後ろの椅子に腰をおろした。
 どこかゆらりとした雰囲気で、その姿はあまり印象に残らない。
 気がつけばそのまま消えてしまいそうな存在だ。
 
 まるで霧のようだ、と目の前に立つ人物は思った。

 不思議と緊張はしない。
 だが奇妙な感覚が目の前に立つ人物を支配する。
 息を吸い込み、意を決して人物は言葉を出す。

「お言葉ですが、首領」

「何だ?」

「なぜあの任務をディンの奴にまかせたのですか?」

 黒フードの人物――グールズ首領がその言葉に首をかしげた。
 目の前に立つ人物は続ける。

「奴の実力は俺も認めております。しかし奴の性格は……」

「なるほど。言いたいことはよく分かる」

 首領が答えた。
 そしておもむろに天井の闇を仰ぐ。

「たしかに奴の性格には難がある。しかしわざわざ日本に行きたがる奴が他にいなかった」

 首領は嘆くような口調で言った。

 たしかにグールズは解散した時期に比べれば比較的まとまってはきている。
 それでも基本的には無粋で粗暴な連中が多く、完璧には掌握できてはいない。
 先代グールズ首領は聞き分けのない部下を洗脳していたらしいが、そんな技もない。
 いくら首領といえど、全ての部下を手足のように使えるわけではなかった。

 首領が目の前の人物に言い聞かせる。

「ディンはああ見えて実力は高いからな。任務においても失敗するとは思えない」

「ですが任務は『人知れず闇の道具を回収する』です」

 目の前の人物が強い口調で言った。

「奴の性格からしてコソコソと動けるとは思えません」

「……それは、まぁ、そうだな」

 首領が目の前の人物の勢いに押されながら答えた。
 目の前の人物が鋭い視線を黒フードへと送る。

「首領、なぜ奴に幹部の座を渡したのですか? 俺は納得できません」

「そうにらまないでくれ。こっちにも事情があるんだ」

 明らかに答えたくなさそうに首領が言った。
 首領とディンの間に何があったかは目の前に立つ人物は何も知らない。
 ディンはかなり初期から首領に仕えていたということぐらいのものだった。

 首領がため息をついて言う。

「本当に、お前たちは仲がよくないな」

「奴の性格の賜物です」

 しれっと答える人物を見て、さらに首領はため息をついた。
 そうしてボソリと呟く。

「少しは素直でマトモな部下はいないのだろうか……」

「何かいいましたか、首領?」

「い、いや。なんでもない」

 首領がコホンと咳払いをしてごまかした。
 目の前の人物はさらに不審そうに目を鋭くする。

「ともかく、ディンもグールズ幹部の一人だ。ちゃんとマジメに仕事はするさ」

「……だといいのですが」

 不安そうな様子で、目の前に立つ人物は答えた。










「いらっしゃいませー!」

 同時刻、日本の田舎町・風丘町の駅前商店街。
 一人の少女が小さなケーキ屋で笑顔をふりまいていた。
 金色の髪に、青い瞳。日本人離れした白い肌に、整った顔立ち。
 少しだけ背が低いものの、その容姿に何人もの男が釘付けになる。

 グールズ幹部、ディン・ハプリフィスは微笑んだ。

 陳列されたケーキや菓子。
 小さいながらもお洒落な内装。
 レジの奥にある厨房からは甘い匂いがただよってくる。

(うーん、やっぱりここのバイトは成功だったわ!)

 ディンが目を細めながら思った。
 その姿を見てさらに男性客が店へと入ってくる。
 この日だけで売り上げはかなり伸びていた。

「ありがとうございましたー!」

 ペコリと頭をさげて客を見送るディン。
 その姿からはもはや微塵もグールズ幹部としての威厳は感じられない。
 しかしそんなことは気にせずにルンルン気分でディンは仕事に戻る。

(あぁ、やっぱり私にはこういう女の子らしい仕事の方が向いているのかも。ちょっと愛想をふりまけば男はイチコロだし、やっぱり私ったら罪な女の子ね……)

 頬を赤く染めながらその場で悶えるディン。
 すでに彼女の脳内から仕事のことは完全に忘れられている。
 すっと厨房から浅黒い肌の大男が顔をだした。

「ディアちゃーん。ごくろうさま、休憩してもいいわよー?」

「あら、店長! ありがとうございます〜」

 ニッコリと微笑んでディンは厨房の中に引っ込んだ。
 厨房には様々な料理器具のほか、スタッフ用のテーブルが置かれていた。
 テーブルの上には、色とりどりのお菓子が並んでいる。

「ほーんとうにありがとうね、ディアちゃん。あなたのおかげでお店は大繁盛よ!」

 女の口調で話すのは店長の芝田虎五郎(しばた・とらごろう)だ。
 巨大で荒々しい見た目と乙女の心を持ち合わせる32歳の男。
 その太い指からは想像もできないほどに器用に菓子を作り出げる一流のパティシエである。

「私がレジを打ってると男が全然ちかづいてこないのよ。失礼しちゃうわよねー」

 ぷりぷりと怒りながら虎五郎は言った。
 ディンはその姿を見てクスクスと笑う。

「本当に助かるわ〜。いきなりバイトしたいなんて言われたときはビックリしちゃったけど、この調子なら毎日来てくれても構わないわよ〜」

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しそうに微笑むディン。
 虎五郎を見上げながら興奮したように言う。

「昔からお菓子屋さんで働くのが夢だったんです。だからとっても嬉しいです」

「あら、そうなの〜。さすがに私が見込んだだけのことはあるわ〜」

 クネクネと体をくねらせる虎五郎。
 動きだけ見ればその姿は女子高生のそれと代わりがない。動きだけは。

「どこかオーラが違うものね。見た目も可愛らしいし、本当に助かるわ〜」

「そんな、可愛いだなんて〜」

 デレデレと頬を染めて喜ぶディン。
 その姿にグールズ幹部としての誇りや精神は全く感じられない。
 
「本当に可愛いわね〜。最近は物騒だから気をつけなくちゃダメよ。変な男とかには注意してね。まぁ、この店にいれば安全だ・け・ど」

 虎五郎が語尾にハートマークが付きそうな口調で言う。
 乙女の心を持ち合わせている虎五郎だが、昔はバリバリのヤンキーだったらしく、
 その巨体から繰り出される一撃は過去に店に来た強盗相手に炸裂している。
 強盗は警察より先に病院に行くこととなった逸話を、ディンは思い返していた。

 虎五郎が太い腕を動かしてテーブルを示す。

「ささ、ちょっと試作品のお菓子が出来たの。一緒に食べましょう〜」

「わー、それじゃあよろこんで!」

 目を輝かせながらお菓子を見るディン。
 その姿を見て虎五郎もニッコリと笑う。
 スプーンを持ち、ディンがお菓子の一つに手をつけようとしたとき――

「すみませーん!」

 店の方から声がした。
 虎五郎が「あら?」と呟いた。どうやらお客らしい。
 ディンが立ち上がり虎五郎に言う。

「あ、私が出ますから大丈夫ですよ」

「そう。ありがとうね〜」

 虎五郎の声を聞きながらディンは素早く厨房から出た。
 そしてにっこりと満面の笑みをうかべてレジへと立つ。

「いらっしゃいませ! なにをご注文でしょう……か……」

 少しずつ声が小さくなっていくディン。
 レジの前に立っている人物を見て笑顔が凍っていく。
 レジ前に立っていた人物が、苦々しい表情で尋ねた。

「……何してるんですか?」

「あ、雨宮!」

 ディンが驚いて声をあげた。
 厨房から虎五郎の声がする。

「どうかしたの〜?」

「い、いえ。何でもありませーん」

 虎五郎に返事をし、ディンは素早く雨宮に尋ねる。

「どうしてあんたがココにいるのよ!」

「それはこっちのセリフです。何してるんですか?」

「見て分からないの? バイトよ」

 ディンの言葉を聞き、雨宮が顔をしかめる。
 そして嫌そうな口調で渋々と尋ねた。
 
「どうしてあなたがバイトなんかするんですか?」

「べ、別にいいじゃない。これも情報収集の一環よ!」

 ディンの言葉に雨宮が疑わしそうな視線を向ける。
 まるで信じていないことがありありと伝わってくる表情だ。
 雨宮がため息をつく。

「……ならいいんですけどね」

「そ、そりゃそうよ。私は幹部なんだから常に仕事のことを考えてるの!」

 さっきまで完全に仕事を忘れていたことはなかったことにするディン。
 このままだと不利だと考えたのか、ディンが話題を変えるように雨宮に尋ねる。

「そういうアンタはこんなところに何しに来たのよ?」

「俺は姉貴のおつかいで来ただけです」

 すっと雨宮はポケットからメモを取り出してレジに置いた。
 メモにはミミズの走ったような文字で何かが書かれている。
 メモを取り上げて、ディンが眉をひそめた。

「何これ? これ日本語?」

「姉貴は寝起きだとすごく文字が汚くなるんですよ」

 とても苦々しい表情で答える雨宮。
 ディンからメモを受け取り、少しだけ考えてから言う。

「えーっと、シュークリームが三つに、チョコケーキが二つ……」

「よ、読めるのそれ?」

「長い付き合いですからね」

 どうでもよさそうに言う雨宮。
 淡々とした様子でメモに書かれた文字を解読していく。

「……あとアップルパイが一つ。以上です」

「ずいぶんと頼むわね……」

 せかせかと商品を箱につめながらディンは言った。
 雨宮はメモを握りつぶし、ポケットにしまいながら言う。

「姉貴はここのお菓子のファンなんですよ。俺には理解できませんけど」

「あら、虎五郎さんの作るお菓子は絶品よ。今度は天野ちゃんと一緒に来たら?」

 ディンの言葉に、雨宮はため息をついた。

「たしかに普通のお菓子屋なら天野さんも喜ぶかもしれません。でもこの店は……」

「なによ、この私が保証するけど良い店よ、ここは」

 えっへんと胸を張って言うディンに、雨宮が困ったような表情を浮かべる。
 そしてキョロキョロと店内を見回すと、ささやくようにディンに言う。

「お店の主人が、なんというか個性的じゃないですか。変な趣味の人間だと勘違いされると困るっていう理由で、風丘町の魔のデートスポットに認定されているんです。この店は」

「……そ、そうなの」

 ディンが苦笑いを浮かべる。どうやら事情が理解できたらしい。
 雨宮がこれ以上の追求はゴメンだと言わんばかりに、サイフを取り出す。

「いくらですか?」

「あ。えーっと……」

 ディンがレジを打って金額を言う。
 雨宮はサイフからきっちりと同じ額になるようにお金を出した。

「毎度ありー。さーて、それじゃあ私もそろそろお菓子を食べようかしら」

「お菓子?」

 袋を持った雨宮が不思議そうな顔をすると同時に、厨房から虎五郎の巨体が現れた。
 その姿を見て、雨宮の顔がひきつる。

「あ〜んら、随分と長い接客だと思ったら、雨宮ちゃんのところの透君じゃない。お姉さんは元気?」

「……えぇ、元気すぎて困ってるくらいですね」

 微妙に声のトーンを下げて雨宮は答える。
 虎五郎が目を輝かせて言う。

「相変わらずクールねぇ。でもそこがたまらないわ。ディアちゃんがいなかったらバイトに採用したいくらいよぉ」

「ははは……」

 かなりひきつった笑顔を見せる雨宮。
 さっさと帰りたいところだが、虎五郎の性格は地元では有名なのだ。
 下手に機嫌をそこねると、病院送りになるのは間違いない。
 虎五郎がギャル口調で尋ねる。

「うーん、可愛いわぁ。それにしてもディアちゃんとも知り合いなの?」

「一応、クラスメイトですから」

「あーら、そうなのぉ。それは良いわね、ナイスカップルよぉ!」

 付き合ってませんけど、と言おうとして雨宮は止めた。
 これ以上ここに居ても面倒になるだけだ。さっさと切り上げよう。
 そう雨宮は考え、そして精神力をふりしぼって笑顔を作る。

「ではこれでそろそろ。あんまり遅れると姉貴がうるさいので」

「あーら残念ねぇ。ぜひともまた来てねぇ」

 片手をあげて挨拶する雨宮。その表情は疲れきっている。
 虎五郎達に背を向けて店から出ようとする雨宮。
 と、その足がピタリと止まった。
 その様子を見てディンが首をかしげる。

「どしたの? 買い忘れ?」

「いえ、その……」

 ぼんやりと店の外を見て答える雨宮。
 ディンが雨宮の見ている方向へと視線を移す。
 店の外の商店街。その道をこそこそと人目を忍ぶように歩いている人物。
 ディンがその人物を指差して言う。
 
「あれって……天野ちゃんだよね?」

「……そう見えますね」

 ディンの質問に、雨宮は答えた。
 商店街を歩いているのは、間違いなく天野茜だった。
 店の中にいる雨宮やディンには気づかずに、天野は道を進んでいく。
 ディンが口元に手をあてて考える。

「なにしてるんだろう? なんか心あたりある?」

「あるわけないでしょ。今日は休日ですよ」

「ひょっとして……デート?」

 ディンの言葉に、わずかに雨宮が動揺する。
 菓子の入った袋をぶらさげたまま、肩をすくめる。

「まさか……」

「分からないわよ。ひょっとしたら誰かに誘われたのかも」

「…………」

 ディンの発言に雨宮が黙り込む。
 天野の姿がまだ見えるのを確認すると、ディンは着ていたエプロンを脱いだ。

「決めた。ちょっと尾行してみましょう!」

「えぇ!?」

 雨宮が驚いたが、すでにディンは決意を固めたようだ。
 虎五郎に手を合わせてディンは言う。

「ごめんなさい! 今日はちょっとこれで抜けていいですか?」

「あらー……残念だけど仕方が無いわね」

 虎五郎がため息をついた。
 そして頬に手をあてて言う。

「恋の問題なら仕方が無いわ。青春だもの……」

 何かを勘違いしているようだったが、ディンは頷いた。
 ペコリと虎五郎に頭をさげ、レジの裏に置いていたバッグをつかむ。
 そして振り返ると、呆けている雨宮の空いている方の手を掴んだ。

「さぁ、調査開始よ!」

「ちょ、ちょっとディ――」

 雨宮が反論する前に、二人は店を飛び出していた。
 その姿をブンブンと手を振って見送る虎五郎。

「がんばるのよー!」

 雨宮はため息をつくと、ディンの手をふりほどいて天野の後を追った。







私は緊張しながら道を歩いていた。
 ところどころ周りを確認してしまうのが自分でも情けない。
 でもこんな姿を誰かに見られたくないのも、事実だし……

 私は空を見上げた。とても青く澄み切った空。

 昨日、悩んだ末に作った逆テルテルボウズは効かなかった。
 本当は中止になってほしかったけど、晴れてしまったならしょうがない。
 いつかはやらなければいけないことだし、予習するつもりで……

 私はポケットに入れていた黒のメモ帳を取り出して、ペラペラとめくる。
 メモ帳には雨宮君に教えてもらったことがたくさん書かれている。
 私はまだ初心者だから、ここに書かれていることは完璧にはできないだろうけど、
 それでもできるかぎりメモ帳に書かれていることを守るつもりだ。

 そうすれば……いつか雨宮君にも勝てる、かも。

 私の脳裏に雨宮君の姿が思い浮かぶ。
 いつも仏頂面でどこか他人とは距離をとっている姿。
 あんまり笑う姿は見ないけど、性格はとっても優しい……

 私は頬が赤くなるのを感じた。

 こ、こんなときに何考えてるんだろ私。
 もっと集中しなきゃ! 集中!
 私は立ち止まって深呼吸する。スーハー。
 深呼吸してから、私は自分が目的地にたどり着いていることに気づいた。

 風丘公園。

 いつもは子供達が遊んでいる声がする公園。
 今日はたくさんの人が集まってがやがやと話し込んでいた。
 ヤキソバやたこ焼き、お面やカードを売っている出店も並んでいる。
 
 風丘商店街デュエル・トーナメント!

 そう書かれた幕が公園の入り口に張られていた。
 横には参加受付の机がある。

「あら、天野ちゃん!」

 参加受付にいたぽっちゃりとしたオバさんが笑顔で声をかけてきた。
 オバさんは私がよく通っている野菜屋の女主人さんだ。
 手をぶんぶんとふっていて、見ているこっちが恥ずかしくなる。

「こ、こんばんは。オバさん」

 私は頭をさげて挨拶した。
 公園の入り口付近にたまっていた人の視線が集まる。うぅ……。

「あらあら天野ちゃん、あなたもトーナメントに出るの?」

 オバさんは視線に気にすることもなく大きな声で言う。

「嬉しいわねえ。あなたみたいに若いものがあんまり出場してなくてねえ」

「そ、そうなんですか……」

「まあ小さいイベントだしね。実際出るのはいい歳したオジさんオバさんに子供だけだよ」

 そう言って豪快に笑うオバさん。
 私はうつむきながら参加受付用の机に近づいた。
 オバさんが用紙とペンを渡してくれる。

「一年に一度のイベントとはいえ、しょせんはお祭り騒ぎだからねぇ。あんまり強い人も出てきてはくれないんだよ。まったく最近の若い者は敬老精神に欠けてるねぇ」

「そうですか……」

 ちょっぴりだけど私は安心した。
 あんまり実力が違いすぎると、私としても練習にならない。
 でも……

「ん? どうしたんだい天野ちゃん、顔が暗いよ?」

「い、いえ。何でもないです……」

 私はムリヤリに笑顔を作って微笑んだ。
 ディアちゃんみたいに綺麗な笑顔になっているかどうかは自信がない。
 ささっと用紙に名前を記入して、オバさんに紙を渡した。

「あの……」

「あぁ、書けたのね。それじゃあこれ番号札だから」

 オバさんが机の奥から12番と書かれた紙を出して渡してくれた。
 私は頭を下げる。

「ありがとうございます、オバさん」

「いいんだよ。またウチの店で野菜買っていってね」

 オバさんの笑い声を聞きながら、私は公園の奥へと進む。
 公園の中央には白いラインで円が描かれていて、ここで決闘をするようだ。
 円を囲うようにして、様々な人がシートに座って飲み物をのんだりして談笑している。
 出店や特設の解説席のようなものまであって、なんだか運動会みたい。

 私は公園の奥に生えている大きな木の幹のところに座った。

 カバンを横に置いて、デッキと決闘盤、メモ帳を取り出す。
 一枚一枚ゆっくりと私はデッキの中身を確認していく。
 雨宮君は問題ないって言ってくれたけど、大丈夫かなぁ……

 私はため息をついた。

 つい先日の日華先輩の発言が忘れられない。
 まさか私までファイブチーム・トーナメントに出ることになるなんて。
 それに、ひょっとしたら私のせいでチームが負けちゃうかも……
 日華先輩は平気だよって言ってたけど、自分では信じられない。
 おまけに敗退したら、DC研究会は廃部になってしまう……

 だからこそ、私は今日この大会に出場することにした。

 私はあんまり人から見られながら決闘したことがないし、
 こういう大会にも出たことがなかったから、いい経験になると思ったからだ。
 だけど……大会参加直前になって自信がなくなってきた。

 デッキを見ながら、私は雨宮君のことを思い出す。

 どうせなら雨宮君も誘おうかと思ったけど、雨宮君はあまりこういうのは好きじゃなさそう。
 それにこんな小さいトーナメントに出るなんて、恥ずかしくて言えないし。
 うぅ……それでもやっぱり雨宮君には来てもらうべきだったかも。すごく緊張してきちゃった。

 私はぶんぶんと首をふって気合を入れなおす。
 ううん、これは自分で決めたことだもん。
 雨宮君のアドバイスなしでも勝てるようにならないと。
 
 よしっと私は小さくガッツポーズをした。

 大切なのはデッキを信じること。
 雨宮君もそう言っていたし、なんとかがんばらなくちゃ!
 私は再びデッキのカードチェックに戻る。

 それに……もし優勝できたら……。

 私は頬が赤くなるのを感じた。 
 







「なーんだ、デートじゃないんだ」

 つまらなさそうに言うディン。頬をふくらましている。
 俺はというとディンの手を取って公園の外へと引っ張り出そうとする。

「さぁ、帰りますよ」

「えぇー、いいじゃん見学していこうよ〜」

 ディンがブーブーと文句をたれる。
 俺は仕方なしに言った。

「天野さんは秘密の特訓のつもりでこの大会に出たんでしょう。だったら見ないほうがいいですって」

「そりゃそうだけど、せっかくだから天野ちゃんの決闘見ていこうよー」

 話しがまるで通じないディン。
 俺はため息をついて手を離した。
 こいつと話していても日が暮れるだけだ。

「わかりました。だったら隠れてこっそりと見学してくださいね」

 俺の言葉にディンは嬉しそうに頷いた。
 こういうところはその辺にいる子供と何ら変わりがないと思う。
 楽しそうに見る場所を探して周りを見渡しているディンの姿から、俺は背をむける。
 ディンがそれに気づいて振り返った。

「あれ? 雨宮は見ないの?」

「えぇ、別に興味ないですから。さっきも言ったように見られたくもないでしょう」

 俺は振り返らずに答えた。
 天野さんだって本当に見て欲しかったら俺に連絡ぐらいするだろう。
 それがなかったということは、つまり見て欲しくないということだ。
 ここに来るまでの道のりも、なんだか知り合いには見られたくなかったようだし。

「なんだか冷たいわねー。ちょっとは付き合いなさいよー」

「ダメですってば」

 後ろからディンが不満そうにかけよるが、俺は特に意に返さない。
 姉貴のおつかいもあるし、さっさと家に帰らなければ。
 俺が公園から出ようとさらに一歩を踏み出したとき、ディンが俺の服をつかんだ。

「ねぇ、ちょっと待って。あれ何?」

 ディンが指さした先には白いテントのようなものが張られている。
 運動会やなんかでよく見かけるやつだ。主に職員とかスポンサーが座るところ。
 そのスポンサー席には、金色に輝く優勝カップと額縁に入れられた二枚のチケットが置かれている。
 ディンが指さしているのはそのチケットだ。

 俺は目をこらしてチケットを見る。

「あれは……多分、今年の優勝商品ですね」

「優勝商品! この大会ってそんなものが出るの!」

「えぇ、一応は毎年恒例の行事ですからね。今年の優勝商品は……」

 俺は地面に落ちていたトーナメントのチラシを拾った。
 ついていた土を払い落として、書いてある文字を読み上げる。

「優勝商品は映画の試写会券二枚。映画のタイトルは『誰がために花は咲く』……恋愛映画ですね」

 俺の言葉を聞いて、ディンが目を輝かせた。
 なんだか壮絶に嫌な予感がする。

「なーるほど、映画のペアチケットか……」

 ディンがニヤニヤと微笑んだ。
 いかにも何かを企んでいるような顔だ。
 俺はくるりと背を向けて片手をあげる。

「それじゃあディン、俺はそろそろこの辺で――」

「ちょーっと待ちなさいよ!」

 ガシリとディンが俺の服をつかんだ。
 さっきよりもつかんでいる力が強い。
 ふりほどけないでいる俺に、ディンが言う。

「せっかく天野ちゃんががんばってるんだから、ちょっとぐらい見ていきなさいよ!」

「ですから、天野さんは見られたくないとさっきから何度も……」

『ただいまよりー、第二十四回・風丘町商店街トーナメントを開催しまーす!』

 公園に設置されたスピーカーからアナウンスの声が流れてくる。
 ざわざわと騒いでいた人たちが公園の中央へと注目した。

「ほら! はじまるわ、急ぎましょ!」

「ちょ、ちょっとディン!」
 抵抗むなしく、俺はディンにひっぱられて観客の中へと紛れ込んだ。




第九話  風丘商店街トーナメント一回戦

『さーて、今年も始まりました風丘町商店街トーナメント。司会進行は私、ミルキー牧原(まきはら)がお送りします!』

 スピーカーから流れるのはミルキー牧原さんの声。
 さっき参加受付をしていたオバさんの実の娘だ。
 背の高い男勝りな性格で、私と歳は同じらしいけどとてもそうは思えない。
 ちなみにミルキー牧原というのは芸名だとか。下の名前は私も知らない。

 私は大きな歓声に囲まれて、とても緊張しながらその場に立っていた。
 うぅ、こんな大勢の人の前で決闘するなんて……

「天野ちゃーん! がんばってねぇー!」

 観客席から一際大きい声で応援してくれてるのは八百屋のオバさんだ。
 受付の仕事は終わったみたいで、手をふって私によびかけている。
 私は精一杯、笑顔をつくって小さく手をふった。

 で、できればあんまり注目されるようなことはしないでほしいんだけどな……

『さーて応援の声も熱くなってきました! 特にそこのでかいオバさんの声は熱いですね〜』

 牧原さんの言葉に会場にいた人がドッと笑った。
 観戦しているのはほとんどが商店街の人だから、オバさんとの関係は知っているのだ。
 私もついクスリと笑ってしまう。

『さて、今回のトーナメントは参加者16名の四回戦となっております! つまり四回勝ったら優勝、敗北したらそのまま終了で敗者復活戦もありません! まさにガチンコ勝負となっておりまーす!』

 牧原さんの言葉に私はまたプレッシャーがかかる。
 そう、今回は負けたらそれっきり。いつも以上に集中しなくちゃ。

『ちなみに優勝者には恋愛映画「誰がために花は咲く」のペアチケットが送られます。素晴らしいですねー、ぜひ選手の皆さんには勝ってもらい、甘い時間をすごしていただきたいものです』

 ペアチケットかぁ……。

 私はぼんやりと考える。
 もし優勝できたら、雨宮君と一緒に……って集中しなきゃダメだってば!
 私は首をブンブンと振った。ほっぺが赤くなっているのを感じる。

『ちなみに大会中は携帯電話の使用は禁止です。今のうちに電源を切っといてくださいねー』

 牧原さんの言葉を聞き、私は慌ててポケットから携帯電話を取り出した。
 電源を切り、再びポケットにしまう。たしかに決闘中に携帯が鳴ったら恥ずかしいことだ。
 牧原さんが一際大きな声で言う。

『さてそれではさっそく一回戦をはじめましょう! 最初の対戦者は――』
 
 牧原さんがごそごそと机の下に置いてある箱に手を入れた。
 どうやらあそこに入っている数字を引いて対戦者を決めるみたい。
 私は祈った。神様、できれば後の方の決闘で勝負したいです。

 少し間をとってから、牧原さんがマイクに向かって言う。

『番号札12番! 天野茜さんです!』

 私の祈りはもろくも崩れ去った。
 よ、よりによって一番、最初だなんて……
 私の中で緊張感が最高値に達する。
 見ていた人からの歓声もよく聞こえなくなってきた。

 うぅ、どうしよう……

「しっかりしなよー、天野ちゃん!」
 
 観客席からオバさんの大きな声がした。
 はっとして私は現実に戻る。
 オバさんが手をふっているのが見える。

「ほらー、ファイトだよ。ファイトー!」

「は、はい!」

 私は出来る限りの大きな声で返事した。
 緊張感が少しだけど薄らいだ。オバさんありがとう!
 キッと私は前を見据えた。集中しなくちゃ。

『続くのは番号札6番の時村美里(ときむら・みさと)ちゃん。現在、小学三年生です!』

 私の向かい側に小さい三つ編みの女の子が入場してきた。
 元気そうに観客席にむかってブンブンと手を振っている。

「お母さーん、美里がんばるよー!」

 観客席にシートを引いて座っていたお母さんらしき人物が微笑んだ。
 美里ちゃんが元気いっぱいに決闘盤をかまえて私を指差した。

「よーし、お姉ちゃんには悪いけど負けないよ!」

「あ、えっと、その……」

『さあー早くも闘志満々といったところでしょうか! 最初の試合は美少女対決となりましたー!』

 び、美少女って、私はそんなんじゃ……

 私は心の中で否定するが、観客席は大いに盛り上がっている。
 ノリがいい人たちだなあと思いつつ、私もデッキをセットしてかまえる。
 牧原さんがマイクに向かって叫んだ。
 
『それでは、デュエルスタート!』



「――決闘ッ!!」



 天野   LP4000

 美里   LP4000


「美里の先攻だよ。ドロー」

 楽しそうにカードを引く美里ちゃん。
 少し考え込んでから一枚のカードを選択する。

「美里はもけもけを攻撃表示で召喚! さらにカードを一枚伏せてターンエンドだよ!」


もけもけ
星1/光属性/天使族/ATK300/DEF100
何を考えているのかさっぱりわからない天使のはみだし者。
たまに怒ると怖い。


 ポンという気の抜けた音ともに出てきたのはマシュマロみたいな変なモンスター。
 ぼんやりと宙に浮いているけど、なんだろコレ?

「私のターンです。ドロー!」

 カードを引いて、私は考える。
 攻撃力の低いモンスターを攻撃表示。さらに伏せカード。
 きっとあれは罠だ。攻撃すると酷いことになるに違いない。

「私は白魔導士ピケルを攻撃表示で召喚!」


白魔導士ピケル
星2/光属性/魔法使い族/ATK1200/DEF0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。


 場に白い服を着た女の子が現れた。
 スピーカーから牧原さんの興奮した声が流れる。

『おおっと、ここでまさかの三人目! お互いファンシーな決闘となっております!』

 三人目って……美少女のこと?
 たしかに場には可愛いモンスターしかいないけど。
 私の脳内に日華先輩が現れる。

『素晴らしいコーディネートだね! 沙雪にも見習わせたいよ!』

 私は脳内から日華先輩を追い出した。
 集中して、一枚のカードを見る。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 よし。これで次の私のターンで反撃できるはず。
 そうすれば一気に攻撃して流れがつかめると思う、多分!

「美里のターンだね。ドロー!」

 カードを引き、ふっふっふと不気味な笑いをうかべる美里ちゃん。
 
「悪いけど手加減しないよ、お姉ちゃん。美里の切り札を見せてあげる!」

 そう言って楽しそうにカードをディスクにセットする美里ちゃん。
 私の頬を冷たい汗が流れる。なんだか嫌な予感……
 美里ちゃんが言った。

「もけもけを生贄にささげて、デーモンの召喚を召喚!」

 フィールドに一筋の雷が落ちた。
 そこから、一体の巨大な悪魔が姿を見せる。


デーモンの召喚
星6/闇属性/悪魔族/ATK2500/DEF1200
闇の力を使い、人の心を惑わすデーモン。
悪魔族ではかなり強力な力を誇る。

 
 こ、攻撃力が2500!?
 白峰先輩が使ってる真紅眼の黒竜よりもさらに上!
 美里ちゃんが楽しそうに片手で命令する。

「バトルだよ。デーモンの召喚でピケルを攻撃! 魔降雷!」

 デーモンの召喚の全身から放たれた雷が、ピケルを貫く。
 決闘盤を通じて、衝撃が私にも伝わってきた。

「きゃっ!」


 天野 LP4000→2700


 美里ちゃんがぴょんぴょんとその場ではねる。

「やったー! 美里はこれでターンエンドだよ!」

 嬉しそうな美里ちゃんを見ながら、私は考える。
 攻撃力2500。私のデッキにはそれを上回る攻撃力のモンスターはいない。
 うぅ、どうしよう……

「私のターン、ドロー」

 カードを引く。引いたカードは連弾の魔術師。
 効果は優秀だけど、攻撃力は1600。デーモンは倒せない……
 どうしよう……

「どーしたのお姉ちゃん。もう降参?」

 美里ちゃんが意地悪く尋ねてくる。
 こういうとき、雨宮君なら涼しい顔で状況を打破できるんだろうな……

『どんなモンスターにも、弱点はありますよ』

 ふと、いつかの放課後に雨宮君の言っていた言葉が蘇る。
 
『攻撃力が高ければ最強ということはありません。よくカードを観察してみれば必ず勝利できます』

 はっと気がついた。
 そうだ、デーモンの召喚は確かに強力なカードだ。だけど弱点はある。
 そのためには、私がすべきことは……

「私はホーリー・エルフを守備表示で召喚します!」

 私がカードをセットすると、青い肌の聖なるエルフが祈るような格好で出てくる。
 お願い、ホーリー・エルフ。ここは耐えてね。


ホーリー・エルフ
星4/光属性/魔法使い族/ATK800/DEF2000
かよわいエルフだが、聖なる力で身を守りとても守備が高い。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドです!」

「ふふっ。何をやっても美里のデーモンには勝てないよ。美里のターン!」

 美里ちゃんがカードを引いた。
 しばらく考える様子を見せたが、すぐに片手を広げて言う。

「デーモンの召喚でホーリー・エルフを攻撃! 魔降雷!」

 再び雷が宙を走り、聖なるエルフを貫いて破壊する。
 ごめんね、ホーリー・エルフ。守ってくれてありがとう。
 美里ちゃんが胸をはって言う。

「美里はこれでターンエンドだよ。どんなモンスターでもデーモンでやっつけてあげるんだから!」

 グルルルと喉を鳴らしてその言葉に応えるデーモン。
 でも、そんなデーモンにも弱点はある!

「私のターン、ドロー。そしてリバースマジック・オープン!」

 私の場に伏せられていた魔法カードが表になる。
 これがデーモンを倒せるカードだ!

「邪悪な儀式を発動!」

「……なに、それ?」

 美里ちゃんが首をひねった。
 私は静かに説明する。

「邪悪な儀式は、フィールド上のすべてのモンスターの表示形式を変更する魔法カードです。このカードの効果で、デーモンの召喚を守備表示に変更します」


邪悪な儀式  通常魔法
フィールド上の全てのモンスターの表示形式を入れ替える。
発動ターン、モンスターの表示形式は変更できない。
このカードはスタンバイフェイズにしか発動できない。


 デーモンの巨体がゆっくりと動き、その場にひざまずいた。
 守備表示となったデーモンの召喚の守備力は……

「1200しかないのぉ!?」

 美里ちゃんがカードを見て驚いた。
 どうやら今まで攻撃力しかみてなかったらしい。
 ポカポカとソリッド・ヴィジョンのデーモンを叩く。

「もう! でっかい図体して繊細な体ってどういうことなのよ、この意気地なし!」

 叩かれてるデーモンは嫌そう……というか困ったような雰囲気だ。
 いまいち顔から感情が判断できないませんけど。

「私は連弾の魔術師を召喚します!」


連弾の魔術師
星4/闇属性/魔法使い族/ATK1600/DEF1200
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える。
 

 デーモンは守備力は低い。攻撃力1600のこのカードなら楽に倒せる!

「これでバトルです。連弾の魔術師でデーモンの召喚を攻撃!」

 連弾の魔術師が掛け声と共に飛び上がった。
 そのまま持っていた杖を振りかぶり、デーモンの召喚に迫る。
 美里ちゃんが口を開いた。

「まだだよ。リバース罠発動! 攻撃の無力化!」

 連弾の魔術師とデーモンの間に、時空を歪めるような渦が現れた。
 たしかあのカードは相手からの攻撃を無効にするカード……だよね?


攻撃の無力化  カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 美里ちゃんが得意そうに言う。

「本当はデーモンの生贄を守るつもりで伏せてたけど、今回はこの貧弱デーモンを守るために使うわ!」

 貧弱デーモンと呼ばれ、デーモンが悲しげな目をこちらに向ける。
 そんな風に見られても、私にはどうしようもないんだけどな。
 私はディスクのボタンを押す。

「リバース罠発動。トラップ・ジャマー!」

 私が最初のターンで伏せたカードが表になる。
 ようやく使うときがきてくれた。

「トラップ・ジャマーの効果で、攻撃の無力化を無効にします!」


トラップ・ジャマー  カウンター罠
バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。


 トラップ・ジャマーの力で、時空の歪みが消えていく。
 連弾の魔術師が、持っていた杖をデーモンに叩き付けた。
 悲しげな咆哮をあげ、デーモンは静かに消滅する。

「あぁ……美里の切り札がぁ……」

 美里ちゃんが悲しそうにその姿を見る。
 私は自分の手札を見た。

「……カードを一枚伏せて、ターンエンドです!」

 場に伏せられたカードのヴィジョンが現れた。
 これで私の場には連弾の魔術師と伏せカードが一枚。 
 美里ちゃんの場にカードはない。

「美里のターン……ドロー!」

 美里ちゃんがカードを引いて手札を見る。
 そしてイライラとした声を出す。

「あーん、どうしてモンスターが来ないのよー!」

 あぁ、手札事故を起こしてたんだ。
 たしかにアレは起こるとキツイよね。私も大会中は起こって欲しくないなぁ。
 私がそんなことを考えていると、美里ちゃんが言った。

「こうなったら……魔法カード、スケープ・ゴート発動!」

 四体の羊が描かれた絵がソリッド・ヴィジョンで映し出される。
 あれはディアさんも使っていた、たしか羊トークンを四体呼び出すカード。
 ディアちゃんはあのカードを強力なコンボに使ってたけど、美里ちゃんの場にはモンスターがいないから、おそらく壁にする気なのだろう。
 

スケープ・ゴート  速攻魔法
このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を
守備表示で特殊召喚する。このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。


 ふんと美里ちゃんが鼻をならした。

「これで時間を稼いで体勢を立て直すわ!」

 その表情は強気な口調とは裏腹に苦しそうだ。
 そうか、美里ちゃんもギリギリなんだ。

 だけど……私も負けるわけにはいかないの!

「カウンター罠、マジック・ジャマー発動!」

 私は伏せていたカードを表にする。

「手札一枚をコストにして、相手の魔法カードを無効にします!」

 私は手札のジャンク・アタックのカードを墓地へと送った。
 これでスケープ・ゴートの効果は無効にできる。


マジック・ジャマー  カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
魔法カードの発動を無効にし破壊する。


 白い煙をあげて、スケープ・ゴートのカードが墓地へと送られた。
 場に羊トークンはなく、美里ちゃんの場はがら空きだ。
 美里ちゃんが不機嫌そうに言う。

「うぅぅ……ターンエンド……」

「……私のターンです」

 私をにらむ美里ちゃんの視線を感じつつ、私はカードを引く。
 場には連弾の魔術師のみ。美里ちゃんのLPは無傷の4000、か。

「さぁ、煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃない!」

 ばっと両手を広げて言う美里ちゃん。
 ずいぶんと男らしい行動だ。女の子だけど。
 私は自分の手札を見てから、言う。

「バトルフェイズ、連弾の魔術師でダイレクトアタック!」

 連弾の魔術師が杖から青い炎を目の前に出す。
 そして杖をふりかぶり、炎を勢いよく美里ちゃんへと撃ち出した。

「わひゃっ!」

 炎が当たり、美里ちゃんが体をのけぞらす。


 美里  LP4000→2400


 炎が当たったところをさすりながら、美里ちゃんが私を見る。
 その目には強い光が宿っている。

「残念だったね、お姉ちゃん」

 美里ちゃんが笑いながら言う。

「まだまだ美里は元気だよ。これで次のターンから反撃開始なんだから!」

 確かに、美里ちゃんのLPはまだ2400も残っている。
 私の場には連弾の魔術師しかいないから、普通ならもう攻撃できない。
 だけど、私にはこのカードがある!

「速攻魔法、ディメンション・マジックを発動!」

 「ほぇ?」と首をかしげる美里ちゃん。
 私は言葉を続ける。

「ディメンション・マジックは自分の場の魔法使いを生贄に、手札から新たな魔法使いを特殊召喚することができる魔法カードです!」

「えぇっ!!」

 美里ちゃんがわざとらしく驚いた。
 いや、これは本気で驚いているみたい。
 日華先輩のせいでわざとらしく見えるようになった、自分が怖い。


ディメンション・マジック  速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースし、
手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。


「場の連弾の魔術師を生贄に、手札からカオス・マジシャンを特殊召喚!」

 連弾の魔術師は光となり、変わりに緑色の衣装を着た魔術師が現れる。
 体からは青白いオーラが感じられ、とても強力な魔術師であることが分かる。


カオス・マジシャン
星6/光属性/魔法使い族/ATK2400/DEF1900
このカード1枚を対象にするモンスターの効果を無効にする。


「この特殊召喚はバトルフェイズ中なので、続けてカオス・マジシャンで攻撃できます」

 そしてカオス・マジシャンの攻撃力は2400。
 美里ちゃんのLPも残り2400。悪いけど、これで決着です。

「カオス・マジシャンでプレイヤーにダイレクトアタック! サモン・カオス・マジック!」

 片手を広げて宣言する私。
 カオス・マジシャンが杖を構えた。足元から魔方陣が広がる。
 杖から、強力な闇と光の混じりあったエネルギー体が撃ち出された。
 エネルギー体はまっすぐに美里ちゃんへと進んでいく。

「きゃあああ!」

 
 美里  LP2400→0


 エネルギー体が当たり、美里ちゃんが悲鳴をあげた。
 ソリッド・ヴィジョンが消え、その場がしんと静まりかえる。

「うっ……うっ……」

 美里ちゃんの声だけがその場に響く。
 ポロポロと目からは涙が溢れているのが遠くからも分かる。
 そして……

「うわああああぁぁぁん!」

 すごい勢いで泣き始めちゃう美里ちゃん。
 どうすればいいか分からなくて私もオロオロと周りを見る。
 ど、どうしよう。こんな小さい子を泣かせちゃうだなんて、私……

 私も泣きそうになったとき、すっと観客席から一人の女性が美里ちゃんに近づいた。

 女性は微笑んで、泣いている美里ちゃんを優しくだきしめる。

「ほーら、泣かないの美里……」

「わーん、お母さーん!!」

 美里ちゃんは女性の人の胸に顔をうずくめて泣いていた。
 そうか、美里ちゃんのお母さんだったんだ。
 美里ちゃんの涙をふきながら、お母さんが優しく言う。

「美里はよくがんばったわよ。さぁ、ちゃんとお姉ちゃんにもお礼を言いなさい」

「うぅっ……ほ、ほんとに美里はよくがんばってた?」

「もちろんよ。さぁ、顔をふきなさい。そして挨拶するのよ」

 お母さんの言葉に美里ちゃんが小さく頷いた。
 すっとお母さんの胸から顔を離して、私に向き合う形になる。
 美里ちゃんが涙をふいて笑った。

「お姉ちゃん、ありがとう。本気で相手してくれて美里も楽しかったよ!」

 その言葉に、私も微笑んで頭を下げた。
 会場から大きな拍手が起こる。

『WINNER、天野茜選手ー! ですが両者共によくがんばっていました! 時村美里選手にも、どうか大きな拍手を!』

 牧原さんの興奮した声がスピーカーから流れる。
 割れんばかりの大きな拍手が、私と美里ちゃんに向けられている。
 美里ちゃんがぴっと私を指差した。

「でもお姉ちゃん、次は美里も負けないからね!」

「うん。……また、勝負しようね」

 私はにっこり笑って、美里ちゃんと握手した。
 拍手につつまれながら、私は観客席の方へと歩いていく。

「おぉー、天野ちゃんさすがだね。さっ、座って座って!」

 八百屋のオバさんが自分の隣りを指差した。
 私は素直に示された場所に座る。
 オバさんがポンと背中を叩いてきた。

「まずは一勝だね。ハラハラしたけど、よくがんばったじゃないか!」

「あ、はい。ありがとうございます……」

 私は決闘盤を腕から外しながら答えた。
 うん。最後には美里ちゃんとも仲良くなれたし、良い決闘だったな。
 私の脳裏にさっきの光景が蘇る。

 美里ちゃんと、お母さんが抱き合っているシーン。

 うらやましいな。私もお母さんに甘えてみたいな。
 ……それは無理なことだと分かってるけど。それでも。
 私が自分でも知らぬ間に顔を伏せていたのだろう。オバさんが私の肩を叩いた。

「ほーら、なにを暗い顔してるんだい! 次の試合がはじまるよ!」
 
 はっとして私は現実に戻った。
 いけない、また私ったらぼーっとしてた。
 ちゃんと対戦相手の決闘も観察しなくちゃ。
 雨宮君も他の人の決闘を見るのは勉強になるって言ってたし。

 勝ち抜いてチケットを手に入れるためにも、相手をよく観察しなくちゃ!

 ……違った。大会の練習だった。
 あーん、私ったらどうしてこうも集中できないの!
 私は自分の頭を叩き、深くため息をついた。




第十話  疑惑の勝利

 食欲をそそるジューシーな香り。
 ぷよぷよ柔らかいながらも、中に潜むのは不思議な食感。
 上にまぶされた緑色の粉からは、また別の香りがする。
 すべての材料が奏でる、絶妙な味のコンストラスト。

 これが、東洋に伝わる『たこ焼き』という食べ物なのね。

 私は小さい木の棒をたこ焼きに刺す。
 なんでもこの木の棒は『ようじ』とかいう言うらしいわね。
 落とさないよう細心の注意を払いながら、私はたこ焼きを口に入れた。
 すこし熱いけど、私の口の中に味がひろがっていく。

 うーん、幸せ……

「ずいぶんと楽しそうですね」

 私の横から氷のように冷たい声がした。 
 見ると、いつものように仏頂面をした雨宮が立っている。

「なによ、悪いけどあげないわよ」
 
 私はたこ焼きの入ったパックを隠すように雨宮に背を向けた。
 はぁと背中越しに雨宮のため息が聞こえてくる。

「あなたは天野さんの応援に来たんでしょ。なんでたこ焼きなんて食ってるんですか?」

「簡単なことよ。フランスではたこ焼きがなかったからよ」

 私はたこ焼きをさらに口に運びながら言う。
 もぐもぐと噛んでいる私を、雨宮が不審そうな目つきで見る。

「前々から思ってたんですけど、あなた本当に仕事しに日本に来たんですよね?」

「当然よ。私はとっても仕事熱心な幹部だもの」

「それにしてはバイトしたり、部活の大会に出場したりと遊んでませんか?」

 雨宮の質問に答えずに、私はたこ焼きを口に入れた。
 うーん、おいしいけどあと二個しかない。残念だわ。
 雨宮がにらむように私のことを見る。

「本当に仕事なんですか? 観光目的で来たんじゃないですよね?」

「もー、しつこいわねー。ほんとのほんとに仕事で来たのよ!」

 パクリとたこ焼きを食べて答える私。
 まったく部下のくせにあれこれうるさいわねー。
 私は面倒なので話題をそらすことに決めた。

「それより、たしかもう二回戦でしょ。天野ちゃんはどうなったの?」

 天野ちゃんの第二試合がはじまっているのはアナウンスを聞いて知っていたが、
 たこ焼き屋のオジさんと話していて見ていなかったのだ。
 でもまだ三分程度しかたってないし、さすがに決着はしてないでしょう。

「どうなの、戦況は? 初心者って聞いてたけど、意外に基本はしっかりしてるデッキだったし、ひょっとしたらもう勝っちゃってるんじゃないの?」

 最後のたこ焼きにようじを刺す。
 あぁ、これでお別れだなんて悲しいわ。
 だけどあんまり食べると太るし、今日はこの辺にしとかないと……

 私がゆっくりとたこ焼きを口に運ぼうとしていると、雨宮が言った。

「もう決着は着きましたよ。負けました」

「へ?」

 思わずポトリとたこ焼きをパックに落としてしまった。
 私は驚いて雨宮の方を見る。

「負けたって……天野ちゃんが?」

「はい。相手の先攻、一ターン目で」

 雨宮が苦々しく言った。
 私は立ち上がって公園の中心のデュエルフィールドを見た。

 キザったらしいスーツを着た男が、中央でほくそえんでいた。

 その横を暗い表情でとぼとぼと歩いて退場する天野ちゃん。
 がっくりとうなだれていて、とっても悲しそう。

「何があったのよ!」

 私はたこ焼きを食べるのも忘れて雨宮に聞いた。
 いくらなんだって先攻1ターン目で決着だなんて、ありえないでしょ!
 私が雨宮にくってかかると、雨宮が答える。

「ダイス・ポットです」

「ダイス・ポット? あのサイコロを振るモンスターのこと?」

 私が尋ねると、雨宮が頷いた。
 あのモンスターの効果はたしか……


ダイス・ポット
星3/光属性/岩石族/ATK200/DEF300
リバース:お互いサイコロを一回ずつ振る。
相手より小さい目が出たプレイヤーは、相手の出た目×500ポイントダメージを受ける。
ただし、6の目に負けたプレイヤーは6000ポイントダメージを受ける。
引き分けの場合はやり直す。


「先攻1ターン目で相手はダイス・ポットを伏せ、手札から太陽の書を使いリバースさせました」

 淡々と話す雨宮。
 まるで機械のように感情を押し殺している声だ。

「リバースしたダイス・ポットの効果によりサイコロを振りました。天野さんの目は1で、相手は6でした。それで6000のダメージを受けて終わりです」

 沈黙する雨宮。
 天野ちゃん以上に悔しそうな表情をうかべている。
 いや、悔しそうというよりむしろ怒りの感情を感じる。
 私はたこ焼きのパックを閉じた。

「それ、怪しいわね」

「はい。はっきりいって作為の匂いがします」

 雨宮が私の言葉に珍しく同意する。
 だいたいサイコロのギャンブルカードで1ターンキルなんて都合が良すぎるわ。
 しかも太陽の書を使ってわざわざリバースさせている。

「ダイスはソリッド・ヴィジョンのやつを使ったんでしょ?」

 雨宮が私の言葉に頷いた。
 この時代、わざわざサイコロを持参するまでもなく決闘盤にそういう機能がついている。
 だとしたら、その決闘盤に何か細工すればサイコロの目を操ることは可能ね。

 私が考え込んでいると、雨宮が聞いてくる。

「決闘盤ってそんな簡単にいじれるんですか?」

「……簡単ではないわよ。むしろ難しい部類に入るわ」

 私は肩をすくめて答えた。
 決闘盤は一つ一つが海馬コーポレーションのデュエル・サーバーとつながっている。
 つまり、電源が入っている限り常にチェックされているということ。
 細工をした決闘盤を使って決闘をすると、普通はあっという間にバレてしまう。

 だけど……実際は不可能ではない。

「私達の決闘盤も安全装置をいじってあるけど普通に使えるわ。同じように高い技術と知識さえあれば、多少の細工をすることは不可能ではない。例えば、サイコロの出目をいじるくらいのことはね」

 私は声をひそめて雨宮に言う。
 事実、私達グールズの使うディスクは特別だし、他にあっても不思議ではない。
 ただしそれを公の大会で使うなんてのは、よっぽどのバカだけだけど。

 雨宮の目が鋭くなる。

「つまり……イカサマということですか?」

「そういうことになるわね。もちろん証拠はないわ。可能性の問題よ」

 私が言うと、雨宮は鋭い目つきで黙っている。
 まだ出会ってそんなに経ってないけど、こんなに怒ってるのは初めて見たわ。
 すっと雨宮が立ち上がり、私に背を向けて歩いていく。

 私は素早く雨宮に立ちはだかるように移動した。

「どこへ行く気なの?」

「決まってるでしょ。大会本部席ですよ。相手の決闘盤をチェックしてもらいます」

 ほとんど予想通りの答えだ。
 はぁー、とわざとらしく私はため息をついてみせる。
 そして雨宮の鼻先に指をさして言った。

「いいかしら? 決闘盤をいじれるってことは、当然チェックされた時のことも想定されてあるわ。おそらくよっぽど入念に調べない限り見つけることは不可能よ。しかもここにはそれができる専門の技術者もいない」

 私の言葉を黙って聞いている雨宮。
 にらむようにして私のことを見ている。
 私は最後のたこ焼きを雨宮に差し出した。

「少しは落ち着きなさい。ほら、たこ焼きあげるから」

「……黙って見ていろと言うんですか?」

 たこ焼きのパックを押し返して、雨宮が言う。

「たしかに小さい大会ですが、他の人たちは一生懸命です。それをあんなイカサマ野郎がゆうゆうと優勝するのを、指をくわえて見ていろと言うんですか?」

 怒りに燃える雨宮。
 おー、やっぱり天野ちゃんがからむと怖いわねー。
 私は不敵に微笑んだ。

「あら、そんなこと言ってないわよ」

 最後のたこ焼きにようじを刺して言う。
 少しためらってから、私はたこ焼きを口に入れた。

「ここであいつをチェックしてもダメって言ってるだけ。もっと良い方法があるわよ」

「良い方法?」

「そうよ。あなた達にとって最高の作戦を思いついたわ!」

 雨宮の顔が曇った。
 どうやら嫌な予感を感じたみたい。こういうところは鋭いわね。
 たこ焼きを飲み込んで、私は雨宮に顔を近づける。

「耳をかしなさい。私の作戦を教えてあげるわ」











 私はぼんやりと空を眺めている。
 昼過ぎにはじまったこの大会ももう終盤。
 中央では準決勝が行われていて、空もほんのり赤くなっている。

 私は……一人でため息をついていた。

 試合の後からずっとそうだ。
 オバさんも心配してくれていたけど、悪いけど一人になりたい。
 未練がましく腕に付けたままの決闘盤から感じる重さがむなしい。

 負けちゃった。しかも、何もできないで・・・

 決闘で負けたらいつだって悔しいし悲しい。
 だけど今回のはそうじゃない。もうそういう次元の話じゃなかった。
 悲しいとかより、驚きというかあっけなさ。
 あっさりと勝負がついてしまい、悲しむことさえできない。
 それがまた嫌な感じで、むなしい……

 雨宮君なら、こういうときどうするのかな……?

 自分のひざに顔をうずくませながら、私は考える。
 泣きたいけど、泣くことはできなかった。

「あら、あなた誰かと思ったら天野さんじゃない」

 ふと、後ろから声をかけられた。
 顔をあげて振り返ると、そこにいたのは白峰先輩だった。
 私の顔を見て、心配そうに言う。

「あなた大丈夫? なんだか顔色悪いわよ。どうかしたの?」

「あっ、えっと、その……」

 私がもじもじとしていると、白峰先輩が私の腕の決闘盤に気づいた。
 納得したように頷いて、私の隣に座る。

「なるほどね。負けちゃったんだ」

「はい……」

 私は小さく答えた。
 白峰先輩が優しく微笑んでくれる。

「元気だしなさいよ。恭助から聞いたけど、初めて2ヶ月の初心者なんでしょ。私も始めたばっかりのころは負けまくりだったわよ」

「あっ、えっと……ありがとうございます」

 なぐさめてくれた白峰先輩に対して、私は頭を下げた。
 正直なところ、ちょっと意外だと思った。
 いつもは恭助先輩を目の敵にしてるけど、こんなに優しい人だったんだ。

 私のポカンとした表情を見て、白峰先輩がクスクスと笑う。

「あら? そんなに私が優しいのが意外かしら?」

「い、いえ。そんなことは、その……」
 
「隠さなくてもいいのよ。たしかに恭助の前だとちょっとアレなのは認めてるから」

 白峰先輩が肩をすくめた。
 その姿を見て、私も少し気分が和らいでくる。

「あの……白峰先輩はどうしてここに?」

「ん? 妹が参加してるから、応援に来たのよ」

 白峰先輩が照れくさそうに答えた。
 そうなんだ。初めて聞いたけど、白峰先輩には妹さんがいるんだ……
 私がじっと見ていると、白峰先輩が続けた。

「でも二回戦で負けちゃったの。ベソかいて家族と一緒に家に帰っちゃったわ。私は決勝戦に興味があるから残ったんだけどね」

「そうなんですか……」

 私と同じところで負けちゃったんだ。
 でも白峰先輩の妹さんだから、きっと強いんだろうな……
 私が顔をふせて考えていると、白峰先輩が尋ねてくる。

「で、あなたはどこまで勝ち残ってたの?」

「えっと……一回戦は勝ったんですけど、二回戦で」

「ふーん。どんなデッキに敗北したの?」

 白峰先輩の質問に、私は答えるべきか悩む。
 でもDECの部長の白峰先輩だったら、このモヤモヤもどうにかしてくれるかもしれない。

 覚悟を決めて、私は自分の負けた試合のことを話した。

 白峰先輩は無言で私の話を聞いていた。
 先攻1ターン目しかやっていないので話すことは少なかったけど、私は話した。
 話し終わると、白峰先輩が怖い顔で私を見る。

「その話し、本当なの? ダイス・ポットで1ターンキルですって?」

「は、はい。運が悪くて……」

 私の言葉に白峰先輩が顔をしかめた。
 えっ、私なにか変なこと言ったかな?
 不安になっていると、白峰先輩が言う。

「あのね、いくらなんでも不自然だと思わない?」

「不自然……ですか?」

 私が首をかしげると、白峰先輩が頷いた。

「私も決闘は長いことやってきたけど、そんな都合の良い1ターンキルは初めて聞いたわ。しかも偶然というより、相手が狙ってリバースさせてきたんでしょ? 怪しいわよ」

 白峰先輩が視線をフィールドに向けた。
 そこでは準決勝が行われていたのだが、すでに勝敗はついていた。
 近くのスピーカーから牧原さんの声がする。

『WINNER、佐間(さま)選手! なんとダイス・ポットによる奇跡の逆転勝ちです!』

「あっ、あの人……」

 私はフィールドで得意そうな表情の男性を指差した。
 あの人が私を倒した人だ。準決勝も勝ったんだ……

 私の横で白峰先輩が目を鋭くする。

「やっぱりおかしいわ。こんなに運がいいなんておかしい……」

 ぶつぶつと呟く白峰先輩。
 たしかに……言われてみると少し変かもしれない。
 でも決闘盤のダイスを使ってたし、ディスクに細工なんてできるのかな……?

 私が悩んでいると、すっと白峰先輩が立ち上がった。

「気になるわね。少し調べてみましょうか」

「調べる……ってどうやってですか?」

 私が尋ねると、白峰先輩がニヤリと笑った。
 その手には真っ赤な携帯電話が握られている。

「まぁ見てなさい。今からそういう技術者を呼ぶから」

 携帯電話を操作する白峰先輩。
 すごい、DECにはそういうことができる人もいるんだ。
 私が感動している前で、白峰先輩が携帯にむかって話している。

「……えぇそうよ。風丘公園よ。……はぁ、デート? そんなんじゃないわよ!」

 突然、白峰先輩が大声で叫んだ。
 周りの視線が私達の方へと集まる。
 白峰先輩は気にしてないようだけど、私は恥ずかしくて顔を伏せる。

「……分かったわね、早く来なさいよ!!」

 すごい剣幕で叫んで携帯を切る白峰先輩。
 肩で息をしながら真っ赤になりながら携帯をポケットにしまう。
 今の話し方……ひょっとして。
 
 私はおそるおそる尋ねてみる。

「技術者って……日華先輩ですか?」

「えっ、えぇ。そうよ。あいつを呼んだの」

 息切れしながら白峰先輩は答えた。
 私は驚いた。日華先輩にそんな才能があったなんて……
 私が愕然としていると、白峰先輩が吹き出した。

「ふふっ。ひょっとして恭助がチェックすると思ってるの? 違うわよ」

「えっ?」

 私が驚いていると、白峰先輩が言う。

「恭助にはそういう技術者とのツテがあるのよ。だからあいつに連絡して連れてきてもらうの」

 そ、そうなんだ……。私は納得した。
 と、同時にクスリと笑う。白峰先輩が不思議そうに私のことを見た。
 私は笑いながら言う。

「仲がいいんですね、お二人って……」

「なにバカなこといってるのよ! あれはただの幼馴染よ!」

 断言する白峰先輩。
 でもどこからどう見ても仲はいいと思うけどなぁ。
 私が微笑んでいると、白峰先輩が言う。

「そんなことはどうでもいいの! それより問題があるわよ!」

 ぴっとフィールドを指差した白峰先輩。
 すでに準決勝の第二試合が始まっていた。

「もうすぐ大会も終わってしまう。その前に恭助達が到着しないと、アイツに逃げられちゃうわよ」

 あっ、と私は思った。たしかに白峰先輩の言う通りだ。
 もうすぐ大会は決勝戦、その後は商品授与をして終了。
 そうなってしまったらもう決闘盤のチェックができなくなっちゃう。

 私が気づいたのを悟り、白峰先輩が頷いた。

「そうよ。恭助達が到着する前になんとかして時間をかせがないと……」

 白峰先輩が言うが、その後は無言で決闘の様子を見ている。
 つまり時間をかかせぐような案は思いついていないということだろう。
 私は祈った。神様、どうかデュエルが長引きますように、と。








『WINNER、佐間選手! 今年の優勝者は佐間選手です!!』

 スピーカーからのアナウンスに対して、まばらな拍手が会場から起こった。
 準決勝第二試合も決勝戦もとてもスピーディーな決着でした。
 特に決勝戦は、私と同じようにダイス・ポッドによる1ターンキル。
 見ている人たちも盛り上がりに欠けていますし、何より問題なのは……

 もう授与式が始まっていて、日華先輩の到着は間に合いませんでした。

 風丘商店街代表のおじいさんが、マイクの前に立ってスピーチを始める。
 もう三分以内にはこの授与式も終了してしまう。
 私ががっくりと肩を落としている横で、白峰先輩がくやしそうに言う。

「……やっぱり十分程度じゃ、恭助でも技術者を連れて来るのは無理だったかしら」

 白峰先輩が涼しげな顔の佐間選手をキッとにらみつけた。
 かなりすごい迫力で、周りにいた人がその迫力に押されて一歩遠ざかっていく。
 私も無意識に下がろうとするのを、なんとか食い止めた。

 白峰先輩が言う。
 
「それにしても気にくわない奴ね。デッキがあればボッコボッコにしてやるのに」

「白峰先輩……今日はデッキ持ってきてないんですか?」

「今日は観戦する予定だったから、デッキもディスクもないわ」

 白峰先輩がイライラとした表情で答えた。
 もしデッキがあったら本当に乱入しそうな勢いだ。
 と、白峰先輩が私の腕についたデッキとディスクに目をやる。

 ま、まさか……

 白峰先輩が口を開く。

「天野さん、あのさ――」

「あっ、いえ、その、ダメですよ!」

 私が答えると白峰先輩がポカンとした表情になる。
 決闘盤のついた腕を隠すようにして、私は白峰先輩を見つめる。
 白峰先輩がため息をついた。

「何を考えていたのか知らないけど、どうして決闘盤つけっぱなしなの?」

「え……」

 予想外の質問に、私は顔が赤くなるのを感じた。
 とんでもなく失礼な想像をしていたので当然だと思う。
 赤い顔を見られないよう、顔をふせて答える。

「なんとなく……特に意味はありません。ごめんなさい」

「べ、別に謝ることじゃないわよ。大した質問でもないわ」

 白峰先輩が慌てたようにフォローしてくれる。
 ごめんなさい、そういうことじゃないんです……
 
 そうこうしている間に、授与式もすでに終わりかけていました。
 マイクの音声がスピーカーから聞こえてきます。
 
『……風丘商店街の繁栄を願い、これでデュエルトーナメントの終了を宣言します』

 持っていた紙を読み上げていたおじいさんが、頭を下げた。
 パチパチと拍手が起こる。

『えぇー、それでは最後に商品授与の時間となりまーす』

 牧原さんが言うと、近くのスタッフが優勝カップと額縁を持って佐間選手のもとへ。
 佐間選手が当然のことのように笑みをうかべて、それを見ている。
 私の横で白峰先輩がボソッと呟いた。

「あーんもう、誰でもいいから何とかしなさいよ!」

 何とか……って言われてもなぁ。
 たしかに皆が納得していないのは伝わってくるけど、どうしようもないです。
 イカサマの証拠も何も無いですし……

 私はぼんやりと顔をあげた。
 
 もう神様に頼むくらいしかできることはない。
 でも今日は全体的に神様はイジワルだから、ダメかもしれない。
 私はため息をついて、現実を受け入れることに決めた。
 ごめんね、雨宮君。私、勝てなかったよ……

 スタッフの人が佐間選手の前に立ち、咳払いをする。

「えぇ、それでは本日の優勝者の佐間選手には優勝商品の――」


「ちょっと待った――!!」


 いきなり、大きな声が会場に響いた。
 声のした方向――公園の入り口付近に、全員の視線が集まる。
そこには、黒いフードをすっぽりとかぶった二人の人間がいた。




第十一話  お楽しみはこれからさ

 誰……?

 私は公園の入り口に立つ二人を見て思った。
 二人ともすっぽりと黒いフードをかぶっていて、見えるのは口元だけ。
 それも小さいほうだけで、もう一人はうつむいていて口元さえも見えない。
 全身黒装束の二人が、そこにはいた。

 小さい方の黒フードの人物が叫ぶように言う。

「異議あり! その青年はイカサマをしているわ!」

 ドーンと衝撃が走り、観客がざわめく。
 ふっ……と佐間選手が髪をかきあげて言う。

「何をバカなことを。俺がイカサマをしただって?」

「その通りよ。あなたの決闘盤には細工がしてあるわ」

 ピクリと佐間選手がその言葉に反応する。
 しかしすぐさま余裕のある表情で肩をすくめて見せた。

「何を証拠に……」

「証拠は、その決闘盤にあるわよ」

 フッと口元で笑い、黒フードの人物が佐間選手に一歩近づいた。
 観客がすぐさま二人の間の道をあける。

「私は決闘盤の構造には詳しいの。細工されているかどうかはすぐに分かるわ」

 少しずつ佐間選手へと向けて歩みを進める黒フードの人物。
 その言葉に、佐間選手の顔に明らかな動揺の色が見えた。
 佐間選手が一歩、後ずさりながら言う。

「お前……何者だ?」

「そうね。強いて言うなら某悪の秘密結社の幹部よ」

 えっへんと威張るように胸を張る黒フードの人物。
 その後ろでもう一人の黒フードが片手で頭の辺りを押さえている。

「さぁ、その決闘盤をこっちに渡しなさい。一分で調べて見せるわよ」

 ついに佐間選手の目の前まで来た黒フードの人物。
 すっと手を伸ばした状態で、佐間選手とにらみあう。

 無言の時間が二人の間を流れる。

「……くそっ!」

 先に動いたのは佐間選手だった。
 後ろを振り向き、逃げるようにだっと駆け出す。
 しかし……

「ちょいと待ちなよ、兄ちゃんよぉ」

 佐間選手の目の前にゴツイ体格のオジさん達が立ちはだかった。
 あれは港で漁をしている人達の集団だ。どうやら観客として来ていたらしい。

「どこへ逃げようってんだい?」

「いや……それは、その……」

「イカサマはバレなきゃイカサマじゃない。だけど兄ちゃんのはバレちまったようだなぁ」

 がっと二人の男に両脇を捕まえられる佐間選手。
 そして目の前に立つオジさんが手をパキパキと鳴らした。

「その根性、オイラたちがたっぷりと叩きなおしてやるよ……」

 佐間選手の顔がすっと青くなった。
 そしてそのまま、引きずられるように公園の外へと連行されていく。

 しばしの無言の後、観客からワッと歓声と拍手が上がった。

 私も笑顔で拍手をする。白峰先輩も満足そうに拍手をしていた。
 スピーカーから牧原さんの声が流れる。

『えぇーっと、信じられないことがおこりました! 優勝者の佐間選手は失格です! そしてイカサマを見破った謎の黒フードの二人組み、彼女らは一体……?』

 拍手も小さくなり、観客がざわざわと二人の黒フードの人物の挙動に注目する。
 小さい方の黒フードは観客に向かって手を振り、もう一人はそれを眺めるように立っている。
 おずおずと、牧原さんが小さい方の黒フードの人物に近づいてマイクを向ける。

『あのー、インタビューしてもよろしいでしょうか?』

「あら、もちろんOKよ」

 快く承諾する黒フードの人物。
 牧原さんが興奮気味に尋ねる。

『それではさっそくですが……あなた方は一体?』

「ふっ。某悪の秘密結社のメンバーとしか答えられないわ。今回は訳あって人助けしたけどね」

 黒フードの人物が答えるが、観客に動揺はない。
 どうやらあの芝居がかった登場と挙動のせいで、これも何かの演出と思われているらしい。
 たしかに非現実的な返答だし、全身黒色の変な格好だけど……

 牧原さんが感嘆したように息をはく。

『それでは今回は特別で、普段は悪の秘密結社の一員として暗躍しているわけですか?』

「そういうことになるわね。だけど安心なさい、私達はあくまでも正義の悪よ」

 自信満々に黒フードの人物は答えた。
 私はその言葉を考えるが、今ひとつ意味が理解できない。
 正義の悪って、それって結局はどっちなんだろう?
 観客席から「かっこいいー!」と子供達の声がする。

「応援ありがとー。これからも応援よろしくねー!」

 子供達からの声に、機嫌よく返事をして手を振る黒フード。
 その様子を冷ややかな様子で見つめるもう一人。対照的なコンビだ。
 牧原さんが言葉を続ける。

『ええと……お名前の方は?』

「あぁ、名乗ってなかったわね。私はディン。むこうはレイン・スターよ」

 レイン・スターと呼ばれても、もう一人の方は反応をしめさない。
 聞こえなかったのか、それとも無視したのかは分からない。
 牧原さんが頭を下げる。
 
『それにしても、今回は本当にありがとうございました』

「いいのよ。その代わりと言ってはなんだけど……」

 言いながら、黒フードの人物が腕を伸ばした。
 そして近くのスタッフから優勝商品のチケット二枚を取りあげてかかげる。
 呆然としている牧原さんとスタッフを尻目に、黒フードの人物が言った。

「この優勝商品は、私がいただくわ!」

 再び、観客に衝撃が走った。
 ざわざわとした声と共に、所々からブーイングが発生する。
 小さい黒フードの人物が観客に向かって言う。

「何よー! 私がイカサマを暴いたんだから、別に貰ってもいいじゃない!」

 その言葉にさらにブーイングが激しくなった。
 さっきまでの正義の味方から一転して悪者あつかいだ。
 もう一人の黒フードの人物が、その様子を静かに見ている。

「そんなのズルいぞー!」

 観客の子供達からの声。さっきまで「かっこいい!」って言ってた子達だ。
 あっさりと手の平を返されたせいか、イライラと黒フードの人物は叫ぶ。

「だまらっしゃい! 悪いけど私たちはこの中にいる誰よりも決闘は強いわよ! 十分にこのチケットを手に入れる資格はあるわ!」

 チケットをふりかざす黒フードの迫力に、子供達がおし黙る。
 肩で息をしながら、静かになった子供達を見て満足そうな黒フード。
 観客を見回すと、ニヤリと口元だけで笑う。
 
「それとも、私達とこのチケットを賭けて決闘したいのかしら?」

 その言葉で、観客からのブーイングがさらに弱まった。
 顔は見えないものの、黒フードの人物から漂う雰囲気はただ者ではない。
 言っていることも、あながち嘘とは言い切れない。おそらく彼女達は強いだろう。
 この中にいる誰かが、彼女達に勝てるとは私は思わなかった。

 黙ってしまった観客達を見回して、黒フードの人物がチケットをヒラヒラとさせる。

「ふふん。分かっているならいいわ。これは私たちのモノよ」

 満足そうに言うと、小さい黒フードの人物がチケットをしまった。
 そしてもう一人の黒フードの人物に向かって言う。

「それじゃあレイン・スター、そろそろ帰りましょうよ」

「……いいんですか?」

 その時、はじめてもう一人の黒フードの人物が口を開いた。
 モゴモゴとしていて、どこかくもった声だ。
 小さい方の黒フードの人物が肩をすくめる。

「しょうがないでしょ。あんまり長居もしたくないしね」

「……そうですね」

 どこか残念そうに、もう一人の黒フードは言った。
 小さい方の黒フードの人物が振り返り、観客に向かって手を振る。

「それじゃあ悪いけどチケットは頂いていくわ。恨まないでね〜」

 私は黙ってその姿を見ていた。
 たしかにチケットは名残惜しいけど、私みたいな初心者が挑んでも勝てそうもない。
 この気持ちは、ここにいる全員が同じように抱いているだろう。
 
 私は自然と顔をうつむけた。
 
 やっぱり、最初っから私には叶わない夢だったんだ……。
 大会で優勝も、チケットを手に入れることも……。
 そして私がすべてを諦める決心を固めた瞬間――
 
 ドンッ!!

「!?」

 私は強い力で後ろから押され、転げるようにして一気に前へと出た。
 幸いというか不幸というか、私は選手だったので観客席の一番前にいた。
 つまり、二人の黒フードの人物の目の前へと出てしまったのだ!

「ん?」

 小さい方の黒フードの人物が私に視線を向ける。
 じっと私の顔を見てから、微笑む。

「あら……ひょっとして私達に挑戦する気なの?」

「あっ、いえ、その……」

 小さい方の黒フードの人物からの質問に、私はどう答えればいいのか分からない。
 振り返って見ると、白峰先輩が笑顔でVサインを送っていた。
 私を後ろから押し出したのは、白峰先輩のようだ。これは、つまり……

『おおーっと、ここでチャレンジャーが登場しました! 天野茜ちゃん、さっそうとデュエル・フィールドに登場です!』

 いつのまにか解説席に戻った牧原さんの声がスピーカーから流れる。
 後ろの観客がワーッと歓声をあげた。すごい盛り上がりっぷりだ。

「あーら、少しは骨のある子もいるのね」

 小さい黒フードの人物が私の顔をのぞきこみながら言う。
 私はパクパクと口を動かして違うと伝えようとする。
 しかしその思いは通じなかったらしく、黒フードの人物は頷いた。

「いいわ。挑戦を受けましょう!」

 その言葉で、さらに観客のボルテージが上がる。
 さっきまでのどの試合の時よりも盛り上がっている。
 これは……どう考えても断れるような空気じゃない。

「がんばるんだよー! 天野ちゃーん!」

 観客席からオバさんの声がする。
 普段はよく聞こえる声だけど、今はその声さえもかき消されそうなくらいの歓声だ。
 まるで、大きな大会に出ているかのような気分……

 はっ、と私は思い出した。

 そうだ。私は大会のリハーサルのつもりでこの大会にエントリーしたんだった。
 チケット云々じゃなくて、この状況こそが私にとって必要な経験になるんだ。
 ……できれば、こんな形では体験したくなかったけど。

 盛り上がっている観客を見て、黒フードの人物が手を合わせる。

「ふふん。こうでなくっちゃ、お祭りは楽しくないわ」

 嬉しそうに笑いながら、黒フードの人物は言う。

「それじゃあレイン・スター、後はまかせたわよ」

 ポンともう一人の黒フードの背中を叩くと、小さい方の黒フードの人物は大会本部席へ。
 何をするのかと見ていると、空いていた椅子に座った。どうやら座って決闘を見るつもりらしい。

 私はキッと目の前に立つ黒フードの人物をにらむようにして見た。

 どうやら対戦するのはこっちの黒フードの人みたい。
 大会本番の練習(とチケット)のためにも、絶対に負けられない!

『さぁー、早くも闘志満々といった様子です! いったいこの勝負どちらが勝つのでしょう!』

 牧原さんが楽しそうに実況する。もはや止める気は微塵もないらしい。
 黒フードの人物が、おもむろにかぶっていたフードを後ろへと降ろす。
 長い薄水色の長髪が、フードの下から現れた。そして顔には……

「……キツネのお面?」

 私は黒フードの人物を見て呟いた。
 黒フードの人物は、店で売っているキツネのお面を被っていたのだ。
 黄色くて、細い黒の糸目が描かれているお面だ。そのお面で顔を隠している。
 ざわざわと観客席が騒ぎ始める。

『これはー! なんと黒フードの人物はお面で顔を隠しております。これは一体、何を意味するのかー!』

 牧原さんの声がスピーカーから響く。
 何を意味するって、単純に顔を見られたくないだけじゃないかな。
 正直なところ、けっこう恥ずかしい格好してるし。
 
 キツネのお面の人が、黒いマントの下から決闘盤のついた腕を出す。

「さぁ、さっさと終わらせよう」

 その声はどこかこの騒ぎを嫌がっているように聞こえる。
 なんだかこの人とは気が合いそうだ。別の出会いをしてれば友達になれたかも。
 私も決闘盤をつけたほうの腕をあげてかまえる。

 一陣の風が、私達の間を吹きぬけた。

 すでに割れるような歓声はなくなり、観客は私達に視線を集中させている。
 スピーカーから牧原さんの声が響いた。

『それでは! 風丘商店街トーナメント、スペシャルマッチ、スタートォ!』

「――決闘ッ!!」




第十二話  初心者と雨降り星

 レイン・スター  LP4000

 天野       LP4000


「俺の先攻だ。ドロー」

 キツネのお面の人がカードを引いた。
 私は身構えて、その動きに注意を払う。
 黒装束にキツネのお面という変わった身なりだけど、その実力は高そうだ。
 集中しなくちゃ。今回は一回戦のときとは訳が違う。

「俺はウインディ・カーバンクルを守備表示で召喚」

 額に紅い色の宝石をつけた、緑色の小さい竜が出てくる。
 クリクリとした可愛い目のモンスターだけど、油断しちゃダメよ。


ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。


「俺はこれでターンエンドだ」

 カードも伏せないでターンを終了するキツネの人。
 これはどういうことなんだろう? 罠を引けなかった?

「私のターン、ドロー!」

 私はカードを引いて手札を見る。
 うん、悪くはない手札だ。少なくとも事故は起こしてない。

「私は白魔導士ピケルを攻撃表示で召喚!」


白魔導士ピケル
星2/光属性/魔法使い族/ATK1200/DEF0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。


 場に白い服の女の子が現れる。
 今回もがんばってね、ピケル。

「バトルフェイズ、ピケルでウインディ・カーバンクルを攻撃します!」

 ピケルの杖から白い光弾が放たれた。撃った衝撃でピケルも後ろに倒れる。
 何かあるかとも思ったが、緑色の竜は光弾に当たってあっさりと消滅した。
 やっぱり罠が引けなかっただけ? でもどうしてあんなモンスターを?

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 色々と疑問はあるけど、分かりそうもない。
 ここは油断せずにプレイングに集中するしかないと結論を出す。

「俺のターン、ドロー」

 ピッとカードを引くキツネのお面。
 そして引いたカードをそのまま決闘盤にセットする。

「俺はブルーウェーブ・ドラグーンを守備表示で召喚」

 フィールドに、青い鱗がびっしりと生えた竜が出てくる。
 二足歩行の竜らしく、手を交差させて身を守るような格好でしゃがんでいる。


 ブルーウェーブ・ドラグーン  DEF1400


「ターンエンド。お前の番だ」

 またカードも伏せないでターンエンドを宣言する。
 いったい何が狙いなんだろう。これじゃあ無駄にカードを消費してるだけじゃない。

「私のターン!」

 カードを引く。

「さらにピケルの能力で、LPが回復します!」

 場のピケルが持っていた杖から、白い光がほとばしる。
 キラキラとした輝きが、私の頭上に降り注いだ。


 天野  LP4000→4400


 これで僅かだけどLPはリードした。
 相手の場にカードはないし、一気にたたみかけなくちゃ!

「私はヂェミナイ・エルフを召喚!」

 今度は二人の姉妹の魔術師が場に登場する。
 両方とも私より年上っぽくて、大人の女性の雰囲気をかもしだしている。


ヂェミナイ・エルフ
星4/地属性/魔法使い族/ATK1900/DEF900
交互に攻撃を仕掛けてくる、エルフの双子姉妹。


 ヂェミナイ・エルフの攻撃力は1900。これならあの青い竜を倒せる!

「バトルです。ヂェミナイ・エルフでブルーウェーブ・ドラグーンを攻撃!」

 双子のエルフが飛び上がり、青い竜を二人で蹴り飛ばす。
 苦しそうな叫びと共に、青い竜は砕け散った。

「さらにピケルでダイレクトアタック!」

 ピケルが持っていた杖を振りかぶり、投げた。
 あっけにとられている私の前で、杖は弧を描いてキツネのお面の人に直撃する。

「ぐっ……!!」

 頭に杖がモロに当たり、痛そうな声をあげるキツネの人。
 見ているだけで痛そうだ。杖はいつのまにかピケルの元に戻っている。


 レイン・スター  LP4000→2800


『おおーっ、意外にも先制したのは天野選手の方です!』

 牧原さんの声に、観客がワーッと歓声を上げる。
 先制したといっても、たったの1200ポイントなんだけどな……

「私は……これでターンエンドです!」

 手札にはもう使えるカードはなかった。
 それに場には二体のモンスターがいる。このまま押し切る!

「俺のターンだな……」

 杖が当たった部分をさすりながら、キツネの人はデッキに手を伸ばす。

「ドロー。俺はソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」

 すぐに手札から一枚のカードを選択する。
 場に白い肌の、大きな剣を持った竜が現れた。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800


「攻撃力がたったの800? これじゃピケルにも勝てない……」

 私の呟きを聞いて、キツネの人がフッとお面の下で微笑んだようだ。

「ソウルエッジ・ドラグーンのモンスター効果。デッキからドラグーンと名のつくモンスターを墓地へと送り、ターン終了時までその攻撃力分だけ攻撃力をアップする!」

「!? デッキから墓地に送って?」

 今までに聞いたことのない効果だ。
 キツネの人がデッキのカードを扇状に広げる。


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


「俺はデッキから『ガーディアン・ドラグーン』を墓地へと送る。このカードの攻撃力は1200。よってソウルエッジ・ドラグーンの攻撃力は1200ポイントアップする!」

 キツネの人がカードを墓地へと送ると、白い竜の体が白く輝き始める。
 

 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800→2000


 こ、攻撃力が一気に2000まで上昇した。
 これじゃあ私のヂェミナイ・エルフでさえ勝てない。
 キツネのお面の人が片手を広げて言う。

「バトルだ。ソウルエッジ・ドラグーンでヂェミナイ・エルフを攻撃!」

 白い光のオーラを身にまといながら、白い竜が剣を構えた。
 そして目にも止まらない速さでヂェミナイ・エルフに近づき、剣を振る。

――――斬ッ!!

 一瞬で双子の姉妹は破壊された。
 白い竜は後ろに飛んで、元居た場所に戻る。


 天野  LP4000


「……なぜLPが減っていない?」

 キツネの人が私のLPを見て言った。
 そして私の場で表になっているカードに気付いた。

「……スピリットバリアか」


スピリットバリア  永続罠
自分フィールド上にモンスターが存在する限り、
このカードのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 

 そう、相手の白い竜が攻撃する時に私が発動させていた罠カードだ。
 このカードがある限り、ダイレクトアタック以外で私に戦闘ダメージが入ることはない。
 これで私のLPはかなり守られる……はず。

 キツネの人が優しい口調で言う。

「言っちゃ悪いが、ずいぶんと後ろ向きなカードだ。後で抜いた方がいい」

「……それは、あなたには関係ないことです」

 私が答えると、キツネのお面の人は無言で私のことを見る。
 うぅっ、あんまり見つめたりしないでほしいんだけどな……

「……俺はこれでターンエンドだ」

 しばしの沈黙の後、キツネの人が言う。
 これで三回連続でカードを伏せないでターンエンドした。
 いったい何がやりたいのか、私にはさっぱり分からない。

「私のターン、ドロー!」

 カードを引く。さらにピケルの効果で私のLPが回復する。

 
 天野  LP4400→4800


 私は自分の手札を見た。
 上級モンスターもあるけど、スピリットバリアのためにも下級モンスターを並べた方がいい。
 相手の場のモンスターは今は攻撃力が戻っている。このまま攻める!

「私はマジシャンズ・ヴァルキリアを召喚します!」

 場にむすっとした表情の魔術師の女の子が現れる。
 そのやる気のなさそうな表情とは裏腹に、実力は高い。


マジシャンズ・ヴァルキリア
星4/光属性/魔法使い族/ATK1600/DEF1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他の魔法使い族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
 

 私はピッと人差し指を伸ばして白い竜を指さす。

「バトル! マジシャンズ・ヴァルキリアでソウルエッジ・ドラグーンを攻撃!」

 その言葉に、マジシャンズ・ヴァルキリアが面倒そうに杖を構える。
 ……ひょっとして、この娘って低血圧なのかな?
 私がそんなことを考えている間に、杖から緑色の魔法弾が放たれていた。

 魔法弾が白い竜に直撃する。小さい爆発と共に、辺りに煙が充満する。

 この衝撃なら、さすがに……。
 そう思ったが、煙が晴れるとそこには……

「ど、どうして?」

 白い竜が肩膝をつく格好で、その場に残っていた。
 しかもいつの間にか守備表示になっていて、キツネの人もダメージを受けていない。


 ソウルエッジ・ドラグーン  DEF500


「墓地のガーディアン・ドラグーンの効果だ」

 呆然としている私に、キツネの人が言う。
 その手にはさっき墓地へと送られたカードを持っている。

「ガーディアン・ドラグーンを墓地から除外することで俺のモンスターは守備表示となり、さらにこのターンのみ戦闘では破壊されなくなる」


ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター一体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。


「そ、そんな……。今度は墓地のモンスターの効果を使うなんて……」

 私は愕然として呟いた。
 今までに見たこともない戦術だ。こんな決闘があるなんて……

「……どうした、お前のターンだぞ」

 キツネの人に呼びかけられて、私はハッとする。
 そうだ。まだ決闘は決着した訳じやない。
 それに大会に出れば、もっと強くて見たことのない戦術はたくさんあるはずだ。
 大会で勝利するためにも、ここで諦める訳にはいかない!

「私はピケルを守備表示に変更して、ターンエンドです」

 私の手札は五枚。だけど今はこれしかできることがない。
 今は耐えて、相手の出方を観察するんだ。

「俺のターン、ドロー」

 カードを引くキツネの人。
 そしてすぐに言う。

「ソウルエッジを攻撃表示に変更。そしてモンスター効果を発動!」

 すっとデッキのカードを広げて見るキツネの人。
 その手が一枚のカードを抜きとった。

「デッキから『フレイムアビス・ドラグーン』を墓地へと送り、攻撃力を1600ポイントアップする」

 再びデッキからカードが墓地へと送られた。
 今度は紅い色の光がソウルエッジ・ドラグーンの体を包み込む。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800→2400


 攻撃力2400。四つ星モンスターでは破格の攻撃力だ。
 
「バトルだ。マジシャンズ・ヴァルキリアを攻撃。ソウル・スラッシュ!」

 白い竜が飛び上がり、剣を構えて振り下ろす。
 マジシャンズ・ヴァルキリアは杖で受け止めたが、杖にヒビが入る。
 白い竜の目が輝くと、次の瞬間には魔術師の女の子は一刀両断されていた。
 ごめんね、マジシャンズ・ヴァルキリア……


 天野  LP4800


 スピリットバリアの効力で私はダメージを受けないのだけが幸いだ。
 ピケルの効果もあるし、LPでは圧倒している。しかし……

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 ついにカードを伏せてきた、キツネの人。
 この人は今はそれほどでもないが、実力は明らかに私よりも高いだろう。
 このままではダメ。集中しなくちゃ。

「私のターン!」

 カードを引く。さらにピケルの効果が発動してLPが回復する。


 天野  LP4800→5200


 これでLPは相手の倍近くまで上昇できた。
 しかしいつまでも硬直状態が続くとは思えない。
 徐々にだけど、相手も本気を出し始めている。早く決着をつけなくちゃ。

 チラリと、私は相手の場に伏せられたカードを見る。

 十中八九、あれは攻撃を無効にする罠カードだ。
 ソウルエッジ・ドラグーンは元々の攻撃力は低い。
 それをサポートするとしたら、攻撃無効系のカードしかない。

 だったら……

「私はピケルを攻撃表示に変更!」

 ピケルがその言葉に不安そうに立ち上がった。
 私の方をチラリと見てくる。ここはがんばってね、ピケル。

「私はピケルでソウルエッジ・ドラグーンを攻撃!」

 またピケルが杖を振りかぶった。
 今度は杖の先からの魔法弾を撃つつもりらしい。
 ゆっくりと狙いを定めて、白い竜に向けて撃ち出す。

「罠発動、ソウルバリア!」

 伏せられていたカードが表になる。
 白い竜の前に黄色いバリアが張られた。


ソウルバリア  通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター一体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを一枚選択し墓地へ送る。


「ソウルバリアによって、相手モンスターからの攻撃を無効にする」

 魔法弾はバリアにはばまれ、はね返り消滅する。
 白い竜は無傷だ。

「さらに俺はデッキからカードを墓地へと送る」

 デッキのカードを選択して墓地へと送るキツネのお面の人。
 やっぱりあれは攻撃無効のカードだった。それなら……

「速攻魔法、ディメンション・マジック発動!」

「何!?」

 初めてキツネのお面の人が驚いた声を出した。
 私は少し嬉しくなる。

「ディメンション・マジックの効果で、ピケルを生贄に手札のカオス・マジシャンを特殊召喚!」

 えぇっと驚いた顔をするピケル。
 しかしその姿も足元からキラキラと光になって消えてしまう。ごめんね、ピケル……
 ピケルの代わりに、場に強力な力を感じさせる魔導師が出現する。
 
 
カオス・マジシャン
星6/光属性/魔法使い族/ATK2400/DEF1900
このカード1枚を対象にするモンスターの効果を無効にする。
 
 
「さらにディメンション・マジックの効果で、相手モンスター一体を破壊します!」


ディメンション・マジック  速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースし、
手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。


「破壊するのは当然、ソウルエッジ・ドラグーン!」

 ビシッとソウルエッジ・ドラグーンを指差して私は言う。
 カオス・マジシャンの杖から、再び魔法弾が放たれる。
 今度こそ、魔法弾が当たり白い竜が消滅する。

「くっ……墓地のブルーウェーブ・ドラグーンの効果を発動!」

 魔法弾の衝撃で着ていた黒い服と髪をなびかせながら、キツネの人は言う。

「カード効果でドラグーンが破壊された時、守備表示で墓地から特殊召喚できる。舞い戻れ、ブルーウェーブ!」

 場に再び青い鱗の竜が戻ってきた。
 あっさり倒されたと思ってたけど、こんな効果があったんだ。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。

 
 このまま連続攻撃できるかと思ったけど、そんなに都合よくいかないみたい。
 だけど今度こそ相手の場にはモンスターしか存在していない!

「カオス・マジシャンでブルーウェーブ・ドラグーンを攻撃! サモン・カオス・マジック!」

 カオス・マジシャンから放たれた混沌の魔法弾が青い鱗の竜を貫いた。
 再びあっさりと破壊される竜が、少しだけ不憫に思える。

「私はこれでターンエンドです!」

『さぁー、挑戦者の圧倒的な攻撃にキツネ仮面は防戦一方! 一方的な展開です!』

 牧原さんの声に、また観客が歓声をあげる。
 私に対する応援の声も聞こえてきて、やっぱり恥ずかしい。
 だけど……悪い気はしないかも。

「俺のターンだ」

 冷たい声が私の耳に届いた。
 はっとして顔をあげると、キツネの人がお面越しに私をじっと見ている。
 
「少しはやるようだな。俺も少しだけ本気を出してやろう」

 その言葉に、ドクンと私の心臓が高鳴る。
 ゆっくりとした動作で、一枚のカードをセットするキツネの人。

「魔法カード、死者蘇生を発動する!」

 場に魔法効果による風が吹き荒れた。
 顔の前に手をやり防御しつつ、私はなんとかして片目で相手の場に注意を向ける。

 死者蘇生は私でも知っているレアカードの一枚だ。

 効果は墓地のモンスターを場に蘇らせるカード。
 その際に自分・相手の墓地は関係なく特殊召喚が可能。
 だけど……

「私の場には攻撃力2400のカオス・マジシャンがいます。墓地のモンスターじゃ誰も勝てませんよ!」

 突風に負けないように、私は精一杯、大きな声で言う。
 フッとキツネのお面の人が笑ったような気がした。

「はたしてそうかな。俺は自分の墓地より、シャイニングホーン・ドラグーンを特殊召喚する!」

 キツネのお面の人が片手を広げると、突風がやんだ。
 そして風の発生源だった場所に、巨大な竜が静かに立ち尽くしていた。
 翼を広げた格好で、咆哮をあげる竜。その額には白い一本の角が生えている。


 シャイニングホーン・ドラグーン  ATK2300


「そ、そんな。いつの間にそんなカードが墓地に……」

「……本当に分からないのか?」

 呆れたようなキツネの人の声。
 しばらく考えて、あっと私は思い当たった。
 そういえば攻撃無効の罠を発動したとき……

『さらに俺はデッキからカードを墓地へと送る』

 あの時にデッキから墓地へと送ったカード。
 あれがこのカードだったんだ。私の攻撃を防ぎつつ、次の作戦を立てていたんだ……
 
「俺はさらにウインドクロー・ドラグーンを召喚!」

 場に緑色の肌をした、真っ赤な目の爬虫類のような竜が出てくる。
 なんだか気味の悪いモンスターだ。両手には深緑色の大きな爪が生えている。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


「これでバトルだ。シャイニングホーン・ドラグーンでカオス・マジシャンを攻撃!」

「そんな、攻撃力はこっちの方が上ですよ!?」

 私は驚いたが、すでに巨大な竜は攻撃態勢に入っていた。
 カオス・マジシャンをにらみつけると、口から巨大な火球を吐き出す。
 こっちの方が攻撃力が上だから、火球に当たってもカオス・マジシャンは無事なはずだった。

 なのに……

 ガシャアアアン!!

 火球に当たると、カオス・マジシャンはガラスが割れるような音を出して消滅した。
 私は呆然とその光景を見ていた。いったい、どうして……?
 私の顔をみながら、キツネのお面の人が説明する。

「シャイニングホーン・ドラグーンは、墓地のドラグーン一体につき攻撃力を300ポイントアップさせる効果を持っている」


シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


 そうか、相手の墓地にはドラグーンと名のつくモンスターが二体。
 つまりシャイニングホーン・ドラグーンの攻撃力は600ポイントアップして……

 
 シャイニングホーン・ドラグーン  ATK2300→2900


 だから攻撃力2400の私のカオス・マジシャンが破壊されたんだ。
 うぅっ、分かりたくないことだけど分かってしまった。
 スピリットバリアの効果でダメージは受けなかったけど、もう私の場にモンスターはいない。
 つまり……

「ウインドクロー・ドラグーンで、ダイレクトアタック!」

 緑色の竜が飛びかかり、二本の爪をふりおろす。

「きゃあああ!!」

 決闘盤を通して衝撃が伝わる。
 そんなに強い衝撃ではないけど、思わず声が出てしまう。


 天野  LP5200→3700


 これで私はついにダメージを受けてしまった。
 これでLPは初期値近くまで戻り、しかも私の場にはスピリットバリアしか存在していない。
 
「俺はこれでターンエンドだ」

 あっさりとエンド宣言するキツネの人。
 余裕なのか、それとも自信の表れなのか。どちらにしろ私にとって良いことではない。

「私の……ターン!」

 引いたカードは……邪悪な儀式。


邪悪な儀式  通常魔法
フィールド上の全てのモンスターの表示形式を入れ替える。
発動ターン、モンスターの表示形式は変更できない。
このカードはスタンバイフェイズにしか発動できない。


 このカードを使えば表示形式の入れ換えで相手のシャイニングホーンを倒せる可能性は出てくる。でも……

 私の手札にあるモンスターカードはホーリー・エルフだけ。
 このカードじゃ例え表示形式を入れ換えてもシャイニングホーンには勝てない。
 攻撃力をあげるカードも手札にはない……

「……私はホーリー・エルフを守備表示。さらにカードを一枚伏せてターンエンドです!」


ホーリー・エルフ
星4/光属性/魔法使い族/ATK800/DEF2000
かよわいエルフだが、聖なる力で身を守りとても守備が高い。
 

 とりあえず私は邪悪な儀式を伏せておく。
 どうせ次のターンにならなくちゃ発動できないし、次のドローにかけるしかない。

「俺のターン。バトルだ!」

 カードを引いてすぐさま言うキツネのお面の人。
 その言葉に再び竜達が咆哮を上げる。

「シャイニングホーン・ドラグーンでホーリー・エルフを攻撃!」

 巨大な竜の口の端から炎が漏れる。
 口を開き、吐き出された火球がホーリーエルフを焼き尽くす。

「シャイニングホーン・ドラグーンには貫通能力があるが、スピリットバリアのせいでダメージは受けないか」

 自分に言い聞かせるように呟くキツネのお面の人。
 
「だがダイレクトアタックなら別だ。ウインドクロー・ドラグーンでダイレクトアタック!」

 緑色が再び二本の爪を構えた。その紅い目が私をにらみつける。
 飛び上がり、私を切りつける。

「ぐぅっ……!」


 天野  LP3700→2200


 
 こ、これでついにLPまで追い抜かれてしまった。
 しかも私の場にモンスターはいなく、手札は僅かに二枚。
 加えて手札にモンスターカードはない。絶体絶命だ……

「俺はこれでターンエンドだ」

 キツネのお面の人は続けてカードを出さなかった。
 それだけはまだ救いのあることだった。

「私の……ターン!」

 自分のデッキを見る。
 次のドローカードがモンスターカードでなければ、私は次のターンに負ける。
 お願い、ここだけでいいから……きて!

「ドロー!」

 カードを引いて、私はゆっくりと目を開けてカードを確認する。
 引いたカードは……やったぁ!

「リバースマジック発動、邪悪な儀式!」

 伏せられていたカードが表になり、フィールドに霧のようなものが漂う。
 キツネの人がキョロキョロと首を動かして、まとわりつくような霧を見る。

「なんだこれは?」

「邪悪な儀式の効果で、すべてのモンスターの表示形式を変更します!」

 巨大な竜と緑色の竜が、霧に操られるようにゆっくりとひざまずいた。
 相手のモンスターはすべて攻撃表示だった。それが守備表示になったのだ。


 シャイニングホーン・ドラグーン  ATK2900→DEF1500


 ウインドクロー・ドラグーン  ATK1500→DEF1300


「くっ……表示形式変更のカードか!」

 いまいましそうにフィールドを見るキツネのお面の人。
 フィールドを漂っていた霧が晴れる。

「私は連弾の魔術師を攻撃表示で召喚!」


連弾の魔術師
星4/闇属性/魔法使い族/ATK1600/DEF1200
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える。


「さらに装備魔法、ジャンク・アタックを装備します!」


ジャンク・アタック  装備魔法
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。


 連弾の魔術師に白い光が宿る。
 これで相手の守備モンスターを攻撃しても相手にダメージを与えることができる。
 通常魔法じゃないから連弾の魔術師の効果は発動しないけど、それでも十分だ!

「連弾の魔術師で、シャイニングホーン・ドラグーンを攻撃!」

 連弾の魔術師の杖から青い炎が放たれ、白い角の竜に当たる。
 小さな爆発を起こして、竜が叫び声と共に砕け散った。
 キツネのお面の人がその光景を黙って見ている。

「さらに、ジャンク・アタックの能力で相手にダメージを与えます!」

 爆発の衝撃波が、キツネのお面の人にまで届いた。

「くっ……」

 
 レイン・スター  LP2800→1650


 よし、これで相手の場の強力ドラゴンは消えた。
 私は自分の手札に残った最後の一枚を見る。


魔法石の採掘  通常魔法
手札を2枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。


 手札にはこれしか残っていないけど、さっきよりかは状況はマシだ。
 私は頷いて言う。

「ターンエンドです!」

「俺のターンだな……」

 ゆらりとした動作でカードを引くキツネの人。
 お面をかぶっているのでその表情は分からない。

「……ターンエンドだ」

 あっさりとターンを終了するキツネの人。
 手札が六枚もあるのに……いったい何がどうなってるんだろう?
 ひょっとして、美里ちゃんみたいに事故を起こしているのかな?

「私のターン、ドロー!」

 引いたカードは『魔道師の力』
 これを装備すればスピリットバリアの存在もあって攻撃力が1000ポイントアップする。
 だけど相手のモンスターは守備表示だから、攻撃力をあげても意味はない。

 ここは温存しておこう、と私は結論を下した。

「私は連弾の魔術師でウインドクロー・ドラグーンを攻撃!」

 連弾の魔術師が再び青い炎をはなった。
 同じように爆風が起こり、消滅する緑色の竜。
 そしてジャンク・アタックの効果でダメージが入る。
 

 レイン・スター  LP1650→900


 よし! これであと一歩のところまで追い詰めた。
 このままいけば、次のターンで勝てるかもしれない!
 そのとき、私の脳内に日華先輩が現れる。

『甘いねぇ〜天野君。そういうのを敗北フラグっていうんだ。有利だからこそ気をつけたまえ』

 私は不吉なことを言う日華先輩のイメージを頭から追い出した。
 たしかに、気をつけなくちゃいけないけど……

「……ターンエンドです」

 少しだけ不安を抱きつつ、私はターンを終了した。









(強くなったな、天野さん)

 俺はお面越しに彼女を見て思う。
 いつもよりやる気と集中力が感じられるし、ピンチになっても考えている。
 これなら大会に出ても安心だろう、と俺は考える。

 それにしても、ディンの作戦も聞いた時は不安だったが、やってみれば上手くいくものだ。

 ディンの作戦の全容は、

 @授賞式に乱入して佐間選手を失格にする。
 Aチケットを奪って挑戦者をつのる。
 B適当な理由をつけて天野さんを挑戦者にする。
 Cレイン・スターが決闘。手加減して彼女を勝たせる。
 Dチケットを渡してハッピーエンド

 というものだ。

 三番目のプランがなりたつかどうかが不安だったが、それもクリアできた。
 どこか様子がおかしかったが、まぁ気にしないでおこう。
 顔も、入り口のところにあったお面屋から手に入れたお面で隠しているし、
 声もお面越しだからくもっていて分かりにくい。正体がバレることはないだろう。

 あとはさっさとこの決闘にケリをつけるだけだ。

「俺のターン、ドロー」

 カードを引いて手札を見る。
 これで俺の手札は七枚。やろうと思えば何でもできるだろう。
 しかしこの決闘を勝たせて天野さんに自信をつけさせるためにも、ここは素直に敗北すべきだ。

「俺はこれでターンを――」

 言いかけたとき、俺は後ろから強い力で叩かれた。
 振りかえると、そこには黒フードをすっぽりと被ったディンがいる。

「何をしているの?」

 一言一言を区切るように尋ねるディン。
 俺は少し考えてから答える。

「あなたの作戦通りに動いているだけですが……」

「あんたねぇ!」

 ディンが高い声をあげた。
 イライラした様子で、ビシッと俺を指差す。

「いくらなんだって演技が下手すぎるわ。これじゃあ手加減してますって言ってるようなもんじゃない!」

「はぁ……」

 そういわれても、俺はこれでもがんばってるつもりなんだが。
 俺がお面越しに困った視線を送るが、ディンには気づかれない。
 
「こういうのは相手に手加減してると思われたらダメなのよ!」

 ぷりぷりと怒りながら言うディン。
 怒ってはいても相手に声が聞こえないように音量調整をしているのはさすがだ。
 天野さんが急に話しはじめた俺とディンを見て首をかしげている。

 ディンが言う。

「ともかく! このターンだけでもいいからちょっとは本気を出しなさい!」

「えー!」

 俺は全身を使って嫌だという表現をする。
 だいたい俺が本気をだしたらこの決闘は終わるぞ。

「だーかーらー、天野ちゃんがギリギリで勝てるくらいに本気を出すのよ!」

 ディンが俺の心理を見透かして言う。
 俺は自分の手札の七枚のカードを見る。ギリギリで勝てる程度に……
 ディンが腰に手を当てて偉そうに言う。

「ともかく、これはグールズの沽券にも関わってくることよ。ちゃんとやりなさいよ」

「それならあなたのやった乱入の方がよっぽど沽券に関わるのでは……」

 俺の発言を無視してディンは席へと戻っていった。
 お面をつけたままため息をつく。たしかに少し手をぬきすぎたかもしれない。
 あまりカードを使わないでおくのもたしかに不自然だ。

 よし、このターンだけ豪勢にカードを使用しよう!

 このとき、俺の脳内から手加減するという文字が消えた。
 ついでに最終的に天野さんを勝たせるというのも消える。
 手札の中から一枚のカードを選び、俺は言った。

「魔法カード発動、死者転生!」










「魔法カード発動、死者転生!」

 いきなりもめはじめたかと思ったら、カードを発動してきたキツネの人。
 いったい何を話していたのかは聞こえなかったけど、決闘中のアドバイスは反則じゃ……
 私はそう考えるが、先ほどの会話を咎める者は誰もいない。
 この決闘はスペシャルマッチだから、あまり細かいことは気にしないのだろう。

 私は気をとりなおしてキツネの人に注意を向ける。

「死者転生の効果で俺はカードを一枚墓地へと送り、代わりにモンスターカードを手札に加える」


死者転生  通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。


「俺は墓地のソウルエッジ・ドラグーンを手札に加え、召喚!」

 場に大剣を持った竜が再び現れる。
 まずい。あのドラゴンは攻撃力を一気に上昇させる効果を持っている。
 このままだと連弾の魔術師はやられてしまうだろう。

 だけど……

 私の手札は二枚。『魔法石の採掘』と『魔道師の力』だ。
 魔道師の力があれば、次のターンにモンスターカードさえ引けば勝機は十分にある。
 スピリットバリアでダメージも受けないし、このターンは安心だ。

「さらに俺は手札から魂融合を発動!」

 キツネのお面の人がカードを出した。
 あれは……見たことのないカードだ。融合?

「このカードは自分のフィールド上と墓地のモンスターを除外して融合するカードだ」


魂融合(ソウル・フュージョン) 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ一体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター一体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 自分フィールド上と、墓地のカード。
 フイールドにいるのはソウルエッジ・ドラグーン。墓地には……いっぱい。
 私の頬を冷たい汗が流れる。なんだかとっても嫌な予感がする。

 キツネの人が片手をあげた。

「場のソウルエッジ・ドラグーンと、墓地のシャイニングホーン・ドラグーンを融合!」

 場の竜が白い光になり、さらに墓地から黄色い光が飛び出てくる。
 二つの光は天高くまで交差するように動くと、やがて一つの光となる。

 光がはじけた。

 キツネのお面の人が叫ぶ。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!」

 キラキラと雪のような光が公園に降り注ぐ中、天から巨大な竜が姿を現した。
 翼をはためかせながら、ゆっくりとその瞳を開く。黒く澄み切った瞳がそこにはあった。

「ラグナロク・ドラグーンの攻撃力は、融合素材としたモンスターの攻撃力の合計分上昇する」


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター一体
このモンスターは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


 ソウルエッジの攻撃力は800。シャイニングホーンは2300。
 その合計という事は……


 ラグナロク・ドラグーン  ATK2500→5600


 攻撃力が……5600。
 私は呆然と目の前に立つ竜の姿を見た。
 竜はグルルルルとノドを鳴らして、私のことを見ていた。

「バトルだ! ラグナロク・ドラグーンで攻撃、トワイライト・ブレイズ!」

 瞬間、凄まじい竜の咆哮が公園に鳴り響いた。
 私や見ていた人たちは耳を押さえる。公園の木からバサバサと鳥が逃げていく。
 巨大な竜が口を開いた。そして――


 ドギャアアアアアア!!


 轟音と共に、強い閃光がその場を走った。
 竜から放たれた光が、一瞬で私の場の魔術師を消滅させる。
 ダメージは受けないものの、その凄まじい衝撃は伝わってくる。

 竜の衝撃がやんだころ、公園は今までにない沈黙につつまれていた。
 まるで誰もいなくなってしまったかのような錯覚さえ覚える。

「俺は手札から魔法カード、魂の転生を発動」

 そんな中、キツネのお面の人の声だけが公園に響いた。

「自分の墓地のカードを一枚除外し、次の俺のターンのスタンバイフェイズに除外したカードを手札に加える。俺は墓地のフレイムアビス・ドラグーンをゲームから除外する」

 
魂の転生  通常魔法
自分の墓地のカードを一枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。


 私に除外するカードを見せてくれるキツネの人。
 私はその姿をぼんやりと見ている。

「俺はこれでターンエンドだ。そしてラグナロク・ドラグーンの攻撃力は元に戻る」


 ラグナロク・ドラグーン  ATK5600→2500


「お前のターンだ」

 キツネの人の言葉は、まるで遠くからの声のように聞こえた。








 俺が自分のターンを終了したとき、とても強い力で俺は叩かれた。
 振り返ると、ディンがさっきとはまた違った様子で怒っている。

「あ、あんた! 何をしてるのよ!」

 慌てた様子で俺に尋ねるディン。
 俺は念入りに言葉を考えてから言う。

「何って、本気を出せとあなたが言うから……」

「限度ってものがあるでしょ! 誰があそこまでやりなさいって言ったのよ!」

 ディンが再び俺の頭を叩く。
 そして天野さんの方をこっそりと指さした。

「見なさい! 完全に戦意喪失してるでしょ!」

 たしかに天野さんはぼんやりとその場に立っている。
 天野さんのターンだというのに、カードを引く動作さえ起こさない。

「でも別に悲観すべき状況でもないでしょ。ラグナロクの攻撃力も元に戻っているし」

「それはあんたが上級者だからそう思えるのよ! 初心者の天野ちゃんには荷が重過ぎるわ!」

 グルルルとノドをならしているラグナロク・ドラグーンを、ディンがキッとにらみつける。
 ビクッとして顔をそらすラグナロク・ドラグーン。それだけ今のディンの迫力は凄まじい。

「まったくもー、これじゃあ作戦が上手くいかないじゃない!」
 
「そうですか?」

 俺の言葉に、ディンが視線を俺に向ける。
 ゆっくりとした口調で、俺に尋ねる。

「逆に聞くけど、どうやればこの状況から天野ちゃんが勝てるのよ?」

「それは俺には関係ないことです。舞台は整いましたから、あとは天野さんの問題ですね」

 俺が平然として答える。
 しばしのにらみあいの後、ディンが大きなため息をついた。
 どうやら怒りの臨界点を突破して、逆に冷静になったらしい。

「あんたって、すんごい不器用だったのね。知らなかったわ」

 俺はその言葉にムッとする。
 別に俺は不器用だと自分では思っていないぞ。
 しかしディンは哀れむような目で俺のことを見る。

「今度から任務をするときは、そのことを最重要事項として覚えておくわ」

 俺はフンと鼻をならした。
 勝手にすればいい。俺も好きで入ったわけじゃない。

「それより……本当にどうするのよ、この状況」

 ディンが場を見渡す。

 場には存在するモンスターはラグナロク・ドラグーンのみ。
 伏せカードは互いになく、天野さんの場にはスピリットバリアだけが存在している。
 俺のLPは900。対する天野さんは2200。
 そして天野さんの手札は二枚……

「あの手札に、起死回生のカードがあると思う?」

 ディンの言葉に、俺はゆっくりと首を横にふる。
 もしあったとしたら、あんなに長いことぼんやりしてないだろう。

「あんたは天野ちゃんのデッキを知ってるんでしょ。LPに直接ダメージを与えるカードとかないの?」

「そういうのは入ってませんね。平凡な魔法使いのデッキですよ」

 俺の言葉に、ディンがじだんだを踏んだ。

「あー、だったらどうやって逆転するのよ!」

「できますよ」

 ケロッと答えた俺の言葉に、ディンがぴたりと停止する。
 口をポカンとあけて、俺を見上げるディン。

「嘘。本当にそんなことできるの?」

「えぇ。俺は天野さんのデッキを知ってますから」

 彼女は何回も何回も俺にデッキの内容を相談してきた。
 その度に内容を見てきたから、俺は彼女のデッキのカードをかなり覚えている。
 その中でもあのカードはある意味で印象的だ。
 
「かなり低い確率ですが、可能性は残っています。ただし……」

 俺は天野さんの持っている二枚のカードを見る。

「あの二枚のカードが魔法カードならの話しですけどね」

 そう、たしかに勝利する手段は残っている。
 だがそれはあまりにも低い確率だ。偶然に偶然が重なっていなければダメだ。
 そして……そこまでいくともはやそれは偶然ではない。運命だ。

「天野さんが勝つかどうかはデッキが答えてくれる。勝つべき人間なら、引けるはずです」

 俺の言葉を聞き、ディンはまたため息をついた。
 さっきよりかは小さいため息だ。

「そうね。ここまで来たらもう天野ちゃんを信じるしかないわね」

 言って、ディンが天野さんへと視線を向ける。
 俺も顔をあげて天野さんを見る。

(ここが勝負どころです。がんばってくださいね)

 夕陽に照らされる天野さんに向かって、俺は心の中で呟いた。







 私は目の前にそびえ立つ竜を見る。
 特殊効果がなくなったとはいえ、攻撃力は2500もある。
 私の手札は『魔法石の採掘』と『魔道師の力』。
 魔道師の力で攻撃力が1000ポイントアップすれば倒せるかもしれない。
 だけど……

 私はさっきの凄まじい攻撃を思い出す。

 一瞬で超攻撃力のモンスターを融合し、たたみかける戦術。
 分かっていたことだけど、やっぱり私とはレベルが違う。
 例えこのターンでラグナロクが倒せても、私に勝機が訪れるとは思えない……

 やっぱり……私なんかには無理だったんだ……

 涙が出そうになるのを必死にこらえる。
 もうカードを引く気力さえでてこない。
 このまま続けるよりかは、いっそのことサレンダーしたほうが……

「ちょっと、何を諦めた雰囲気出してるのよ!」

 私の後ろから大声がした。
 振り返って見ると、白峰先輩が私を見ていた。
 叫ぶようにして、白峰先輩は言う。

「まだあなたのLPは残っているわ! 諦めずに続けなさい!」

「で、でも……」

 私が反論しようとするのを、白峰先輩が手でさえぎる。
 ゆっくりとした口調で白峰先輩が語りかける。

「いい、天野さん? 決闘者として一番大切なのは決闘の結果でも実力でも、もちろん見た目でもないわ」

 さりげなく日華先輩の全てを否定する白峰先輩。
 言葉を続ける。

「大切なのは諦めない心、デッキを信じる心よ。それを失ったものに未来はないわ」

「で、でも私の実力じゃ……」

「それがどうしたのよ!」

 大声で叫ぶ白峰先輩。
 その迫力でビクリと私の体が震える。

「実力があろうがなかろうが、そんなことは関係ないわ! デッキを信じる気持ちが奇跡を呼び、それが勝利をもたらすのよ!」

 デッキを信じる気持ち……
 雨宮君も言っていた言葉だ。

「必ずしも強者が弱者に勝てるとは限らない。そこに信じる気持ちがあるかぎり、必ず奇跡は起こる!」

「でも奇跡なんて必ず起こるとは……」

「起こらなかったらその時よ。何もせずに敗北するよりよっぽどマシだわ」

 白峰先輩が吐き捨てるように言う。
 そしてすぐに私に問いかける。

「さぁ、あなたのデッキには可能性があるでしょ! それをあのお面野郎に見せてあげなさい!」

 可能性……奇跡……
 
「がんばれー!!」

 観客席にいた子供達が声をあげる。
 それにつられて、周りの人も声をあげはじめる。

「がんばれー、負けるなー!!」

「あんな変な奴に負けるんじゃねぇ!!」

「諦めるんじゃないよー!!」

 大きな応援の声が公園に響く。
 白峰先輩が満足そうに微笑み頷いた。
 
 私は振り返り、キツネのお面の人に向き合う。

「もういいのか?」

 キツネの人が聞いてくる。
 私は頷いた。

「はい。もう大丈夫です」

「そうか……」

 それを聞いて満足そうな声を出すキツネの人。
 私は深呼吸をして、目をつむる。
 後ろから聞こえてくる声に、神経を向ける。

 こんなにもたくさんの人が、私を応援してくれている……

 白峰先輩、八百屋のオバさん、風丘商店街のみんな……
 みんなありがとう。私はもう迷わないし、諦めない。
 デッキを信じる心。

『自分のデッキを信じればいいんです。そうすればカードはいつか必ず応えてくれますよ』

 この前の放課後に雨宮君が言っていた言葉を思い出す。
 そう、私はこのデッキを信じている。だから大丈夫だ。

 すっと目を開け、私は自分のデッキを見る。そしてゆっくりと手を伸ばした。

「私のターン……ドロー!」

 カードを引いた。歓声がやみ、辺りに静寂が漂う。
 私は引いたカードを見て、そして……微笑んだ。

「魔法カード、二重魔法を発動!」

「二重魔法ですって!」

 小さい方の黒フードの人が悲鳴のような声をあげる。
 フッと、キツネの人が笑ったような気がした。
 
「手札の魔法石の採掘を墓地へと送り、あなたの墓地の魔法カードを発動!」


二重魔法(ダブルマジック)  通常魔法
手札の魔法カードを1枚捨てる。
相手の墓地から魔法カードを1枚選択し、自分のカードとして使用する。


「私が発動するのは死者蘇生! この効果で墓地のカオス・マジシャンを特殊召喚!」

 場に緑色の衣をはおった魔術師が舞い戻った。
 強い力を感じさせながら、相手の場の竜をにらみつけている。

「そして手札から装備魔法、魔道師の力を発動! カオス・マジシャンに装備!」

 カオス・マジシャンの体に黄色に輝く力が宿る。
 魔道師の力は自分の場の魔法・罠ゾーンにあるカードの数×500ポイント攻撃力が上がるカード。
 私の場には魔道師の力とスピリットバリアがある。だから攻撃力は1000ポイントアップ!


 カオス・マジシャン  ATK2400→3400


「これでバトル! カオス・マジシャンでラグナロク・ドラグーンを攻撃、サモン・カオス・マジック!」

 カオス・マジシャンの目の前に魔方陣が浮かび上がる。
 光と闇の力が魔方陣に集まっていく。竜がそれを見て雄たけびをあげる。
 カオス・マジシャンが杖をふるうと、魔方陣から一筋の太い光が放たれた。
 光が竜を貫いた。叫び声を上げて竜が消滅する。そして――


 レイン・スター  LP900→0


 ソリッド・ヴィジョンが消滅した。
 決闘盤が変形し、決闘モードから解除される。
 私は呆然と目の前のことを考える。これは、えっと、その……

『勝負ありぃぃぃ! 挑戦者、天野茜選手の勝利でーすッ!』

 スピーカーから牧原さんの声が流れ、観客が爆発するような歓声をあげた。
 ぼんやりとしている私の背中に、白峰先輩が抱きついてくる

「やったじゃない!」

「あっ、えっと……その……」

 私は顔を赤くした。
 次々と、観客席にいた人たちが私の下へと集まってくる。

 えっと……勝った? 勝てたんだ!

 私がようやく現実を理解しはじめる。
 やった! あんな強い人を相手に私……
 涙が出そうになるほど、私は嬉しい気持ちに包まれる。

「意外にやるじゃない」

 いつのまにか、目の前に黒いフードの人物が立っていた。
 ポケットをごそごそといじると、私の前に二枚のチケットを差し出した。

「くやしいけど約束だから、チケットは返すわ」

「あ……ありがとうございます!」

 頭を下げる私を見て、何人かが笑った。
 私もつられてエヘヘと笑う。

「それじゃあね。優勝おめでとう」

 片手をあげて去ろうとする黒フードの人物。
 その先ではキツネのお面を被った人も同じように退散しようとしている。

「あ、あの……あなたたちは一体?」

 私は去っていく黒フードの人物の背中に問いかけた。
 小さい方の黒フードの人物が振り返る。

「さっきも言ったでしょ。某悪の秘密結社のメンバーよ。それに……」

「それに?」

「正義の味方の正体を探るなんて、野暮なことよ」

 口元だけで小悪魔っぽく微笑んで、黒フードの人物達は公園から出て行った。
 たしかに悪い人達ではなさそうだし、顔を隠しているのには何か訳があるのかも。
 どうにしろ、あまり詮索はしないほうがよさそうだ。

『おめでとうございます、天野選手!』

 牧原さんが近づいてきて私にマイクを向けた。

『見事にチケットを手に入れましたが、誰と一緒に行くのでしょうか?』

「えっ」

 周りを見ると、私をとり囲む人たちがニヤニヤと笑っているのに気づいた。
 白峰先輩が私を肘でつつく。
 
「ふふ。いっそのこと答えちゃいなさいよ」

「まったく天野ちゃんも隅に置けないねぇ」

 八百屋のオバさんもため息のように息を吐いた。
 こ、これは……

『大丈夫ですよー。明日の町内新聞の一面に載せますからー』

 あっけらかんと答える牧原さん。
 その手に握られたマイクが私に近づく。

「あ、あの……」

『さぁ、どうぞ。誰と行くんですか?』

 私の頬を汗が流れる。
 これは暑いせいではない。

「そ、その……」

『ん? 誰ですか?』

「ご……ごめんなさーい!!」

 私は叫ぶと、さっと人ごみをかきわけて走り出す。
 どうして勝利したのに逃げ出すようにして出て行かなくちゃならないんだろう。
 そう思ったが、私の後ろからする、

『あっ、まだインタビューは終わってませんよー』

 という声で、私はさらにスピードを上げて急いで公園から出て行った。

 こうして、波乱の風丘商店街トーナメントは終了した。










 商店街トーナメントの翌日の朝、私は雨宮君の家の前に居た。
 私の手には、しっかりと昨日手に入れたチケットが握られている。
 私は深呼吸して心を落ち着かせる。

 うん、大丈夫。ちゃんと昨日考えてきた通りに言えばいい。

「……いってきます」

 玄関が開いて、雨宮君がカバンを持って出てくる。
 慌てて持っていたチケットをポケットに入れる。
 雨宮君が家の前にいる私の姿に気づいた。

「あれ、天野さん。何してるんですか?」

「あ、お、おはよう。雨宮君……」

 首をかしげる雨宮君を見て、私はつい顔を伏せる。
 ダメだ。ちゃんと相手の目を見て話さないと……
 私が考えていると、雨宮君のほうから口を開く。

「珍しいですね。天野さんがうちの前にいるなんて」

「あ、うん。そうだね」

 歩きながら、私は曖昧に微笑んだ。
 雨宮君が私を見てさらに不思議そうな顔をする。

「何かあったんですか。ずいぶんと機嫌がよさそうですけど」

「そ、そう? そんな風に見えますか?」

 雨宮君がその言葉に頷いた。
 そうか、私の顔は今そんな状態なんだ……

「あ、あのっ! 雨宮君!」

 これ以上ごまかすのも難しいので、私は意を決して言う。
 ポケットから、二枚のチケットを取り出した。

「あの……映画の試写会券が当たって、それで、もし良かったら……」

 一緒に、と言う前に雨宮君が私の手からチケットを一枚取った。
 チケットを見て、じっと考え込む雨宮君。

「へぇ。映画の試写会ですか……」

 私はその次の返事をドキドキとして待つ。
 結局、商店街トーナメントに出たということは内緒にすることに決めた。
 やっぱり恥ずかしいもん……

 雨宮君がしばらくチケットを読んだ後に、微笑んだ。

「いいですよ。一緒に行けばいいんですか?」

「あ、は、はいっ!」

 私は頭を下げた。
 やった。これで今度の週末は雨宮君と一緒に過ごすことができる。
 私が天にも昇るような気持ちでいると……

「ん?」

 雨宮君がチケットの裏を見て声をあげた。
 チケットの裏には試写会の会場や時間なんかが書いてあるけど、
 それがどうかしたのだろうか?

 私が疑問に思っている間に、雨宮君は携帯を操作して何かを調べていた。

 そしてすぐにがっくりと肩を落とした。

「天野さん。残念ですけどこの日は無理ですよ」

「えぇっ!!」

 私は雨宮君の言葉に思わず声をあげる。
 そ、そんな。せっかくあそこまでがんばったのに……
 私の目の前が真っ暗になりかかったとき、

「この日はファイブチーム・トーナメントの一回戦の日ですよ」

 という雨宮君の声が耳に届いた。

 ……え?

「内斗先輩からのメールです。届いてなかったんですか?」

 雨宮君が携帯のメールを見せてくれる。
 たしかに内斗先輩からのメールで、今週の土曜日に大会があると書かれている。
 そういえば昨日の大会で携帯の電源を切ってから、まだつけてない……

 ポケットから携帯電話を取り出して電源を入れる。
 そこには、新着メール一件アリの文字。

「そ、そんな〜」

 へなへなと肩を落とす私。
 私のあのがんばりは一体……

「大丈夫ですか、天野さん?」

 雨宮君が心配そうに私の顔を覗き込む。
 私は頭を振ってから、微笑んだ。

「はい、大丈夫です。残念ですけど……」

 たしかに映画には行けないが、それでも週末に雨宮君と一緒なのは変わりがない。
 だったら、いつまでもクヨクヨしていても仕方がない。そう私は考えたのだ。
 私の様子を見て、雨宮君が頷いた。

「じゃあこの映画が公開されたら、そのときは二人で行きましょうね」
 
 雨宮君の言葉に、私の心がぱぁーっと明るくなる。
 こ、これはひょっとしてデートのお誘い……?

「……どうかしましたか?」

 雨宮君が再び不審そうな目つきを私に向けた。
 はっと私は我に返る。

「い、いえ。なんでもないですよ!」

 私が答えると、雨宮君は「はぁ……」と呟いた。
 そしてすぐにいつもの無表情になり、言う。

「それじゃあ、学校に行きましょうか」

「はい!」

 私は頷いて歩き出した。
 晴れ晴れとした、とても気持ちのいい朝だった。




第十三話  勝利の布石

 キーンコーンカーンコーン!

 チャイムが鳴り、授業が終了した。
 時刻は12時10分。お昼休みの時間だ。
 がやがやと騒がしくなる廊下を、私は足早に進む。
 すでに行く場所は決まっている。

 風丘高校、本校舎三階の廊下。

 制服を着た生徒が行き交う中、私は目的地へと着いた。
 廊下の曲がり角、一人の人物がパイプ椅子に座っていた。
 人物の前には紫色の布が敷かれた机が置かれ、その上には水晶玉。
 私はその人物の前へと立つ。

「お待ちしておりました、白峰部長」

 パイプ椅子に座っている人物が言った。
 制服の上からはおるようにして着ている黒いマント。
 キラキラとしたラメがちりばめられた薄い布を頭から顔へと下げている。
 黒い長髪の端正な顔立ちだが、怪しい格好をした女子がそこにはいた。

「こんにちは、詩織(しおり)」
 
 私は女子に向かって言う。
 そして詩織の格好わ見て、眉をひそめた。

「あのさ、どうしてそんな格好してるの?」

「あら。だってこの格好の方が雰囲気出ますから!」

 きゃぴきゃぴと嬉しそうに衣装を見せびらかす詩織。
 私はいつもの調子の詩織を見て、軽くため息をついた。

 倉野詩織(くらの・しおり)。
 良家の生まれにして、風丘高校二年の女子生徒。
 黒い長髪ゆらして歩く姿は様になっているが、彼女が有名な理由は他にある。
 
 それは占い。

 彼女が趣味でしている占いはとてもよく当たると生徒・先生の間で大評判。
 その占いの実力は学校中に知れ渡っており、噂では校長先生も御用達だとか。
 様々な思いをこめて、人は彼女を『占星術師・倉野』と呼んでいる。

「雰囲気出すとよく当たるのかしら?」

 私が尋ねると、詩織は微笑んだ。

「いえ。気持ちとやる気の問題ですわ」

 あっさりと断言する詩織。
 私は頷くと、詩織の前に右手を差し出す。

「それじゃ、悪いけど占ってくれる?」

「はい。他ならぬ部長の頼みですから」

 詩織が微笑んで、私の右手を手に取る。
 さっきまでとは違い、その表情が真剣になる。
 何かを見通すように、詩織が私の手の平を見つめる。

『今日の放課後、白峰沙雪が神崎内斗に勝てる確率』
 
 詩織が占っているのはこれだ。
 私の脳裏に神崎君の顔が浮かんでくる。
 
 入学して以来、私はいまだに神崎君に勝てずに学園ナンバーツーになっている。
 
 これは誇り高きDECの部長としてあるまじきことだ。
 DEC以外の人間が、この学校のナンバーワンだなんて認めない。
 今日こそ、彼を倒して私がナンバーワン決闘者になる!

 私が決意に燃える中、詩織が言う。

「――見えました」

 その言葉に私はドキッとした。
 ついに占いの結果が出た。
 私は詩織に尋ねる。

「ど、どうだった?」

「おそらく……20%ほどかと」

 詩織の言葉を聞き、私に衝撃が走った。
 20%。たったの20%しかないの!?
 私がショックを受けていると、詩織が言う。

「落ち着いて下さい。部長」

 詩織の冷静な口調で、私は我に返った。
 目に不思議な光を宿しながら、詩織は言う。

「星の流れ自体は悪くありません。しかし神崎殿の力は絶大。決して部長の実力が悪いというわけではありません。この私でも、神崎殿に勝てる確率は10%ほどでしょうから」

 詩織はDECに所属していて、その実力は部活の中でも五本の指に入る。
 現に次のファイブチーム・トーナメントのメンバーにも入っている。
 そんな詩織や私でも、神崎君に勝つことは難しい。それだけ彼は強い。
 私は詩織に尋ねる。

「それで……その20%っていうのは最高値なの?」

「いえ。そもそも未来には様々な可能性がありますから」

 詩織が言う。その口調はいつもとは違い真剣だ。
 幻想的な雰囲気を出しながら、詩織の口から言葉が流れ出る。

「未来に伸びる様々な道。人はその道を一つ一つ選択し進んでいます。道を選ぶ度に選択肢は消え、また新たな選択肢が現れる。わたくしの占いはその未来の一つを見通したものに過ぎません」

 詩織の言葉を、私は黙って聞く。
 キラキラとしたラメの光をゆらしながら、詩織が続ける。

「道にも様々なものがあります。なりやすい道となりにくい道があります。わたくしの20%というのは、それを表現するために便宜上の数値として現したものです。そこに最高・最低といった概念はありません。全ては、星の赴くままに……」
 
 詩織が言い終わると、先ほどまでの不思議な雰囲気がなくなった。
 ざわざわとした廊下のざわめきが耳に届いてきて、一気に私は日常へと戻る。

「そんなにお気になさらずに。たかが占いですから」

 クスクスと笑いながら言う詩織。
 さっきまでの表情はもうそこにはなかった。
 微笑んでいる詩織の前で、私は言葉を出す。

「そ、そう。どうもありがと」

「いえいえ。お気になさらないで下さい」

 言いながら、詩織が顔の前に下げていたラメ入りの布をとった。
 はおっていたマントも脱いで、一瞬でただの女子高生に戻る。

「きっと大丈夫ですよ。部長はDECでも実力はトップでしょう」

 のんびりとした口調で詩織は言う。
 毎度のことながら、このギャップにはついていけない。
 占っている時と、普段の雰囲気が違いすぎる……

「どうかしましたか、部長?」

「い、いえ。なんでもないわよ」
 
 首をかしげる詩織を、私は微笑んでごまかした。
 詩織が頷いて言う。

「そうですか。では放課後はがんばって下さいね」

「ええ。今度こそ神崎君に勝ってみせるわ!」

 私の言葉に、さらに詩織が頷いた。
 そして詩織が机の上に置かれた水晶玉へと視線を落とす。
 瞬間、詩織の目つきが変わった。

「これは……」

 呟いて水晶玉を見つめる詩織。
 私は驚いて尋ねる。

「ど、どうかしたの?」

 詩織は私の質問には答えずに、黙って水晶玉を見つめている。
 私も水晶玉を横から覗き込むが、何も見えない。
 しかし詩織はまるで何かの映像が見えているかのように水晶玉を見ている。

「もう一つの星の流れ。それが交わる……」

 淡々とした口調で、詩織の口から言葉が漏れる。

「協力者。その人物から力を得ることで流れは大きく変化する。道の可能性は……50%」

 50%!
 つまり私が神崎君に勝つ可能性は半分にまで上昇するってこと?
 私は詩織の次の言葉に注意を払う。しかし……

「やりましたね部長。ついに確率はイーブンですよ」

 詩織の口から出てきたのは、いつもの穏やかな口調だった。
 がっかりしつつ、私は詩織に尋ねる。

「ねぇ、さっきのは何なの?」

「さぁ。私にも何だか……?」

 困ったように首をかしげる詩織。
 ダメだわ。完全にいつもの状態に戻ってる。
 落ち込む私に、詩織が言う。
 
「大丈夫ですよ。きっと部長の健気な行為に感動して、誰かが助けてくれるんですわ!」

 きゃぴきゃぴとした雰囲気で、両手を握って祈るような形にする詩織。
 いったいどうやってそんな都合のいい解釈ができるのだろう。
 
 しかし、詩織の占いは基本的には当たる。
  
 僅かな誤差があったとしても、完璧に外すことはない。
 それだけ詩織の占いの実力は並外れている。
 あながち、さっきの言葉も本当にそうなるかもしれない。
 私はうんうんと頷いて納得した。

「部長。ご飯食べに行きませんか?」

 詩織が言う。
 そういえば今は昼休みだ。

「いいわよ。学食に行きましょうか」

「はい。わたくし、どうしても食べたいメニューがあるんです」

 詩織が手を合わせて言う。
 置いてある机と水晶玉はそのまま放置するようだ。
 お昼を食べたら、そのまま占いを始めるつもりなのだろう。
 
 私と詩織が学食に向かって歩を進めようとした、その時。

 すっと一人の人物が姿を現した。
 長い髪の毛、へらへらとしたオーラ。
 やけに楽しそうに微笑んでいる顔。

「あれ、なにしてんの沙雪?」

 目の前に現れた人物――日華恭助は不思議そうに言った。
 そして私の後ろにいる詩織に気が付く。

「おぉ、倉野さん! ちょうど良かった。占ってもらえませんか?」

「あら。かまいませんよ」

 にっこりといい、パイプ椅子に座る詩織。
 いそいそと黒マントにラメ入りの布を取り出している。

「ちょ、ちょっとぉ!」

 私は恭助をビシッと指さした。

「なんであんたがこんな所にいるのよ!」

「こんな所って……ここ学校の廊下じゃん」

 恭助が頬をかきながら困ったように答えた。
 言われてみれば、たしかにその通りだ。
 しかし今日だけは事情が違う。

「あんた、ひょっとして私が神崎君に挑むから偵察に来たんじゃないでしょうね!」

「えっ。また挑むの、沙雪……」

 私の言葉を聞き、恭助がげんなりとした表情をうかべる。
 ため息をつき、じとっとした目で私のことを見る。

「あのさ、言いたくないけど、これで何回目だよ?」

「20回をこえたあたりから数えてないわ」

 私が答えると、恭助はさらに深いため息をついた。
 詩織がニコニコとした表情を浮かべて横から言う。

「それでも部長は諦めませんから。きっと勝つまで続けますわ」

「……そうですね」

 諦めたように頷く恭助。
 私はフンと鼻を鳴らす。

「見てなさい。今日こそ私が学園ナンバーワンになるわ!」

 そう言う私の姿を、恭助は生暖かい目で見ていた。
 詩織がいつものように穏やかに言う。

「準備できました〜」

 さっきまでのに怪しい格好に着替え終わった詩織。
 恭助が目をキラキラと輝かせて詩織の前に立った。
 詩織が薄い布越しに微笑む。

「それで、本日は何を?」

「はい。実はですね……」

 恭助が声をひそめた。
 いつも浮かべている笑いをひっこめ、真剣な表情になる。

「そろそろ夏の季節になるじゃないですか。ですから夏用の髪型にしようかと考えているんですが、今のこの髪型も気に入ってまして、どうすればよいかと……」

 恭助が自分の髪をなでるようにして見せる。
 何を聞くのかと思えば、ただイメチェンするかしないかということ。
 想像よりはるかにどうでもいいことだった。

「あんた……本当にそんなどうでもいいこと占ってもらう気なの?」

「何を言うんだ沙雪。髪型は重要だろう!」

 断言する恭助。
 その目は真剣だった。

「沙雪こそ、せっかくの茶髪なんだから少しはイメチェンしたら?」

「別に好きで茶髪なんじゃないわ。地毛なんだからしょうがないでしょ」

 恭助の提案に、私は答える。
 たしかに私の髪の毛は明るい茶色だが、これは染めてるわけではない。
 私の答えを聞き、恭助がため息をついた。

「そんな考えだから、決闘が美しくないんだ。天野君みたいに女の子らしいモンスターを使いたまえ」

 手をヒラヒラとさせながら言う恭助。
 たしかに天野ちゃんが使ってたモンスターはどことなくファンシーだった。
 しかしそれは決闘とは関係ない!

「私は勝利するためにモンスターを選んでいるの。見た目なんて気にしないわ」
 
 私が答えると恭助の顔が曇った。
 得意げになり、私は言葉を続ける。

「あんたが教えたのかどうかは知らないけど、天野ちゃんだって見た目にこだわらずにもっと強いモンスターを使っていれば、昨日の大会でももっと楽に勝利できたはずよ」

「あぁ、そういえば昨日は商店街トーナメントだったね」

 にっこりと微笑む恭助。
 おもむろに天井を仰いで、続ける。

「僕は特に興味がなかったんだけど、誰かさんが今すぐ決闘盤の技術者を連れて来いっていうから、慌てて手配して急いで公園に向かったんだった。思い出したよ」

「…………」

「でも僕らが到着したころには大会は終わっていた。後片付けの人たちが忙しそうに働いているのを見て、僕は感動の涙を流したよ。おまけに、技術者の人たちには屋台特有の高いたこ焼きをおわびとしておごることにまでなった」

「…………」

 私は恭助から顔をそらした。
 そういえば、昨日は恭助を呼び出しておいてそのまま忘れて帰っていた。
 帰り道に何かを忘れているような気がしたのは、それだったのね。

 気まずい沈黙が私達の間に流れる。

「――見えました」

 その時、詩織が呟いた。
 恭助が嬉しそうに詩織の方を向く。

「本当ですか!」

「ええ。星の導くままに、道を見通しました」

 神秘的な口調で言う詩織。すっかり占いモードだ。
 というかちゃんと占ってたのね、あんなどうでもいいこと。
 私は内心ホッとすると、黙ってその場から立ち去ろうとする。

「ちょっと待ちたまえ、沙雪」

 後ろを振り向いた時、恭助の鋭い声が響いた。
 ビクリと体を震わせると、私はおそるおそる振り返る。

「……なに?」

 やっぱり昨日のことは謝った方がいいのだろうか。
 そんなことを考えながら、私は恭助と向き合う。
 無表情で、制服の内ポケットに手を入れる恭助。

 無言で、恭助が数枚のカードの束を差し出した。

 てっきりたこ焼き代の請求書でも来るのかと思っていた私は驚く。
 呆然とカードを持った恭助の手を見ながら、尋ねる。

「……なに、これ?」

 恭助がフッと微笑んだ。
 髪をかきあげて、キザッたらしい笑みを浮かべたまま言う。

「いやなに、僕は気付いたんだ。いくら沙雪に可愛いモンスターを使えと言っても聞いてくれないのは、ひょっとして沙雪がそういうモンスターを持ってないからなんじゃないかってね。だから僕が直々に可愛いモンスターをいくつか選別して持ってきたのさ」

「……はぁ?」
 
 私は顔をしかめるが、恭助は気付いてくれない。
 押し付けるように、私の手に数枚のカードを渡してくる。

「ちょ、ちょっと――」

「遠慮することはない。そのモンスターを使えば沙雪もきっと女の子らしい、可愛げのある決闘ができるようになる!」

 女の子らしい可愛げのある決闘って何よ! 
 私は怒りがわいてくるのを感じた。
 目の前で、恭助がはっはっはと笑っている。

「あぁ、お礼は別にいらないよ。なんせ僕は誇り高きデュエル・コーディネーターだからね。これぐらいのことは当然のことのように――」

「ふ、ふざけないでー!」

 ヘラヘラと笑いながら言う恭助に、私は怒りが爆発した。
 驚く恭助に、私はカードをつき返す。

「いらないわよ、こんなカード! 私は勝つために決闘してるの!」

「なんだい! 少しは僕のアドバイスを聞いてくれたっていいじゃないか!」

「あんたのは『アドバイス』じゃなくて『たわ言』って言うのよ!」

 私の言葉に、恭助が露骨にショックを受けた。
 悲劇の主人公にでもなったかのように、その場で膝をつく恭助。

「そんな……僕がせっかく選んできたのに……」

 がっくりと両手をつき、めそめそと涙を浮かべる恭助。
 ざわざわと廊下を歩いていた人間の視線が集まる。
 昨日の一件もあり、さすがに私も悪いことをしたような気になった。
 ため息をつき、渋々ながら恭助の手からカードを受け取る。

「分かったわよ……カードだけはもらっておくわ」

「本当かい! さすが沙雪!」

 一瞬で機嫌を直す恭助。
 やはりというか、あの涙は演技だったようだ。
 カードを見ながら、私は言う。

「言っとくけど……デッキに入れるとは限らないわよ」

「はいはい。分かってるよ」

 恭助が軽く聞き流すようにして言った。
 すでに視線は詩織の方へと向けられている。

「詩織、私は先に学食の方に言ってるわよ」

「は〜い」

 いつもののんびりとした口調で詩織は答えた。
 私は軽く手をあげてから、その場から立ち去る。

「まったく……何がキュートなモンスターよ」

 恭助にもらったカードを見ながら、私は呟いた。
 『プチリュウ』『キーメイス』『フレンドシップ』……
 お世辞にも強力とはいえないモンスターがそこには並んでいる。
 私は残念に思いため息をついた。

 てっきり、詩織が言っていた協力者ってのは恭助かと思ったんだけどな……

 さっきの占いの結果。私の前に協力者が現れて力を授けてくれる。
 その占いの直後に恭助が現れて、私にカードを渡してきた。
 流れとしてはいいのだが、肝心のカードがコレじゃあねぇ……
 ま、普通に考えたら恭助がこんな形で私に協力してくれる訳ないか。
 ホッとしたような残念なような複雑な気持ちを抱きつつ、私はカードを見る。
 そうして受け取った束の最後のカードを見たとき――

 ピタリと廊下を歩いていた私の足が止まった。

「このカードは……」

 思わず声が出た。
 私は最後のカードをじっくりと観察する。
 このカードなら私のデッキに無理なく入る。
 見た目も……まぁ、可愛いと言えるかもしれない。

 それよりなにより、このカードがあれば神崎君にも勝てるかもしれない。

 私は自分のデッキケースを取り出した。
 『真紅眼の黒竜』のカードがデッキの一番上に見える。
 いままで何度も何度も神崎君には敗北してきた。
 しかし、このカードさえあれば……
 私はデッキからカードを一枚抜き、代わりに恭助から貰ったカードを入れる。
 
 後は、放課後になるだけだ。

 私はデッキケースをしまう。
 そして不敵な笑みを浮かべながら、食堂へと歩き始めた。






 
 放課後の風丘高校、DC研究会の部室。
 そこでは穏やかな空気が流れていた。

「剣聖−ネイキッド・ギアフリード−でダイレクトアタック」

「あっ……」


 天野  LP1100→0


 天野さんが「うぅ……」と唸りがっくりと肩を落とした。
 その手から数枚のカードが机の上に落ちる。
 
「負けました……」

 暗い表情で言う天野さん。
 それを見て、内斗先輩が優しく微笑んだ。
 カードを綺麗にかたしながら言う。
 
「でも天野さんもかなり上達してきましたよ。実力的には問題ないですね」

「ほ、本当ですか!?」

 その言葉に嬉しそうに表情をほころばせる天野さん。
 内斗先輩が「えぇ」と頷く。

「この調子なら大丈夫ですよ。一緒にがんばりましょうね」

「あ、ありがとうございます!」

 天野さんが内斗先輩に頭を下げた。
 内斗先輩はさわやかに微笑んでいる。

「内斗先輩って、紳士ねぇ〜」

 内斗先輩を見ながら、ディアが手を合わせた格好で感動する。
 俺はお茶をいれる手を休めずに言う。

「ええ。なんせこの学校のナンバーワンですから」

「はぁ〜。かっこいい……」

 感嘆の息をはくディア。
 こういうところを見てると、とてもグールズ幹部とは思えない。
 まぁ、どういうところを見れば幹部に見えるかと言われても困るが。
 俺はカップに紅茶をそそいで二人のところに持っていく。

「どうぞ、お茶です」

「あぁ、ありがとう雨宮君」

 カップを受け取ってお礼を言う内斗先輩。
 こういう細かいお礼も、先輩面せずにきっちりと言うところがさすがだ。
 この部活は内斗先輩で持っていると言っても過言ではない。
 優雅な動作で内斗先輩が紅茶を飲む。

「うん。おいしいね」

「どうも」

 俺は軽く頭を下げて紅茶のカップを天野さんにも渡す。
 天野さんも微笑むと「ありがとう」と言ってくれる。

「ねぇ、私の分は?」

 ディアが尋ねてくる。
 俺は部室の隅のティーポットを示す。

「自分でいれてください」

「…………」

 無言で俺をにらみつけるディア。
 ぶつぶつと小さい声で文句を言いながら、ティーポットへと向かう。

「それにしても……平和ですね」

 俺は自分の分のカップを持ってから言った。
 その言葉に、微妙に部室の空気が沈んだ。
 皆の視線が、部室の奥のソファーに集まる。

「……どうしたんだい君達?」

 ソファーに寝転がって雑誌を読んでいた日華先輩が視線に気付いた。
 いつものように微笑んではいるが、勢いがない。

「どうかしたんですか、恭助? 今日はずいぶんと静かですけど……」

 内斗先輩がおそるおそる尋ねた。
 こういう人の嫌がる仕事も進んでこなせるところも、さすがだ。
 それはさておき、日華先輩の様子が今日はおかしい。
 いや、普段も十分おかしいのだが、今日はまた一段と妙だ。

 いつもなら、

「日華恭助の、デュエル・コーディネート教室〜!」

 とかほざいて、テンション高く訳の分からないことを言い出すのに、今日はそれがない。
 部室に来るや否や、ソファーに横になってファッション雑誌を読んでいる始末だ。
 これは今までにない事態だ。

 内斗先輩が慎重に言葉を選ぶ。

「ひょっとして病気ですか?」

「そんなわけないだろ。生まれてこのかた健康だよ」

 その言葉に一瞬だけ内斗先輩が残念そうな顔をうかべた。
 基本的には紳士な性格の内斗先輩だが、日華先輩に対してのみはそうではない。
 ……いや、白峰先輩のようにキレてないあたり、やっぱり紳士だ。

 コホンと内斗先輩が咳払いする。

「いえ、別になんでもないならいいんですけど、恭助が静かだと少し不気味というか……」

「……君、失礼だね」

 日華先輩が顔をしかめた。
 はぁとため息をついて、読んでいた雑誌を閉じる。
 ソファーに座りなおすと、内斗先輩を哀れむような目で見る日華先輩。

「何ていえばいいのかな。これは嵐の前の静けさってやつだよ」

「はい……?」

 日華先輩の言葉に内斗先輩が首をかしげた。
 俺や天野さんも顔を合わせるが、意味を分かっていそうな人間はいない。
 日華先輩が遠い目をしながら言う。

「そろそろ嵐がやってくるんだ。だから僕はこうして体力を温存しているのさ」

「…………」

 内斗先輩が振り返り、俺たちに顔を向けた。 
 日華先輩に聞こえないように、小さめの声で尋ねてくる。

「今日の天気予報で嵐が来るなんて言ってたっけ?」

 俺はその言葉に黙って首を横に振った。
 今は六月の中旬過ぎだが、まだ台風やら嵐の季節ではない。
 それに俺は朝の天気予報を毎日欠かさずにチェックしている。

「天気は晴れですし、どう考えても嵐は来ませんよ」

 俺の言葉に、内斗先輩は頷いた。
 その横では天野さんもこくこくと頷いている。
 内斗先輩がさらに尋ねてくる。

「じゃあ恭助が言っているのはどういう意味だと思う?」

「文学的表現か、ついに壊れたかのどっちかでしょう」

 俺の言葉に、しばしの間だけ内斗先輩が考え込む。
 そして結論を下したかのように頷くと、日華先輩に向き合った。
 内斗先輩が真剣な口調で言う。

「恭助、病院に行ったほうがいいですよ」

 どうやら内斗先輩は後者のほうだと結論を下したらしい。
 日華先輩が露骨にひきつった笑顔をうかべる。

「それはひょっとして喧嘩を売っているのかい?」

 日華先輩の言葉に、内斗先輩が首をかしげた。
 内斗先輩はあくまで本気だったらしい。
 日華先輩が雑誌をテーブルに置き、立ち上がった瞬間――


「神崎内斗ォ!!」


 バーンと大きい音を立てて、部室の扉が開いた。
 そこには例によって例のごとく、白峰先輩が立っていた。
 ついでに、その後ろには桃川先輩と倉野先輩もいる。

 ポカンとしている内斗先輩に向け、ビシッと人差し指を伸ばす白峰先輩。

「決闘よ! 今日こそ私が勝利して、この学校のナンバーワンになるわ!」

 テンション高く宣戦布告する白峰先輩。
 その様子を、まだ状況が飲み込めていない顔で見ている内斗先輩。
 一気に騒がしくなった部室を見て、日華先輩が肩をすくめる。

「ね、嵐が来ただろ?」







結局、俺たちは再び体育館に来ていた。
 DECの連中に囲まれる中、白峰先輩と内斗先輩が対峙している。
 その様子を遠くから見ている俺たちDC研究会のメンバー。

「ねえねえ、白峰先輩って何回も内斗先輩に挑んでるの?」

 ディアの質問に、日華先輩が頷いた。
 
「それで、今までに勝ったことはないんですか?」

「ないよ。だから万年ナンバーツーなんだ」

 日華先輩の言葉を聞き、白峰先輩が日華先輩をキッとにらみつける。
 そこそこ離れているのにも関わらず、なんて地獄耳だ……

「あの、そもそもどうやってナンバーワンとかって決めてるんですか?」

「いい質問だね、ディア君」

 日華先輩が満足気に微笑んだ。
 そしてポケットからメガネを取り出してかける。

「校長の意向で、海馬コーポレーションの決闘サーバーのデータを送ってもらって個人の戦績から順位をつけて上位十名の名前を発表しているんだ」

 日華先輩が得意そうに言う。
 その話しを「へー」という顔で聞いているディア。
 日華先輩は続ける。

「今まではトップ10は全員がDECだったんだけど、一年前に内斗君が入学してからは順位が変動したんだ。彼は入学してすぐに1位になると、今までその順位を保っている」

 日華先輩の言葉に、ディアが驚いた。
 たしかに入学してからずっとナンバーワンというのは並大抵のことではない。
 とはいっても、ウチの学校にはDEC以外に強い決闘者は存在しないが……

「内斗君はあんまり順位は気にしてないけど、中にはすごく気にしている人間もいるんだよ」

 日華先輩が白峰先輩に視線をむけると、肩をすくめた。
 メガネをはずしてポケットにしまう。

「まぁ沙雪が決闘を挑むのはいつものことだから、気ままに見てればいいよ」

 日華先輩は軽い口調で答えた。
 ディアは頷くと、舞うような足取りでさりげなく俺に近づいた。
 
「どう思う?」

 小さい声でディアは尋ねる。
 俺は白峰先輩を見てから答える。

「なんだか今日は様子が違いますね。いつもより自信に満ちてます」

「そうね。私も今日の白峰先輩は前より強そうに見えるわ」

 ディアが俺の答えを聞いて頷いた。
 たしかにディアの言う通り、今日の白峰先輩は何かが違う。
 自信に満ちた、力強いオーラのようなものさえ感じる。

 これはひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
 
 白峰先輩が決闘盤にデッキをセットした。

「ルールは通常通りでいいわね!」

「ええ。かまいませんよ」

 内斗先輩も決闘盤にデッキをセットしてかまえる。
 ディスクが変形し、LPが赤く表示される。
 二人の間に、風が吹き抜けた。


「――決闘ッ!!」


 白峰  LP4000

 内斗  LP4000


「先攻は私からよ、ドロー!」

 白峰先輩が力強くカードを引く。 
 そして一枚のカードを選択した。

「私は手札から黒竜の雛を召喚!」

 場に白い殻をかぶった小さな黒い竜が出てくる。
 俺の横でディアが顔をひきつらせた。


黒竜の雛 
星1/闇属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
自分の手札から「真紅眼の黒竜」1体を特殊召喚する。


「雛の特殊能力、このカードを墓地へと送って手札から真紅眼の黒竜を特殊召喚!」

 白峰先輩が宣言すると、雛の体が炎に包まれる。
 巨大な火柱が立ちのぼり、鋭い眼光が炎の中から浮かび上がる。
 炎が晴れると、そこには巨大な翼を広げた漆黒の竜がたたずんでいた。


真紅眼の黒竜
星7/闇属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2000
真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。


「うわぁ……いきなり真紅眼かぁ……」

 ディアが親指を隠しながら言う。
 そう言えばこいつは変なジンクスで真紅眼が嫌いだったな。
 俺もいよいよとなったら白峰先輩のデッキを借りようかな……

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドよ!」

 白峰先輩がエンド宣言する。
 場には真紅眼と伏せカードが一枚。白峰先輩の得意そうな布陣だ。

「僕のターンですね。ドロー」

 真紅眼からの威圧をものともしない様子で、内斗先輩がカードを引く。
 手札を見ると、すぐにカードを選択する。
 
「僕は闇魔界の戦士 ダークソードを召喚!」

 場に漆黒の鎧を身にまとう騎士が現れる。
 ただよう雰囲気は邪悪だが、その攻撃力は高い。


闇魔界の戦士 ダークソード
星4/闇属性/戦士族/ATK1800/DEF1500
ドラゴンを操ると言われている闇魔界の戦士。
邪悪なパワーで斬りかかる攻撃はすさまじい。


「さらに融合武器ムラサメブレードを装備!」


融合武器ムラサメブレード  装備魔法
戦士族のみ装備可能。攻撃力が800ポイントアップする。
このカードは魔法カードを破壊する効果では破壊されない。


 ダークソードの手が変化し、そこから一本の刀が伸びる。
 なかなかグロテスクな光景だ。しかしそれによって攻撃力は上昇する。


闇魔界の戦士 ダークソード  ATK1800→2600


 これで攻撃力が真紅眼を上回った。
 内斗先輩が片手を上げる。

「これでバト――」

「リバース罠発動、威嚇する咆哮!」

 白峰先輩の場のカードが表向きになる。
 真紅眼の黒竜が大きな絶叫をあげた。
 そのあまりの音に、見ていた人間が耳をふさぐ。

「威嚇する咆哮の効果で、このターンは攻撃宣言ができないわ」

 まだ耳がおかしくなっている中、白峰先輩が平然と宣言する。
 その言葉をこれまた平然と聞いている内斗先輩。
 さすがナンバーワンとナンバーツー。まったく動じていない。


威嚇する咆哮  通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「僕はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 内斗先輩がカードを伏せてエンドする。
 攻撃宣言ができなかったとはいえ、攻撃力はまだダークソードの方が上だ。
 しかし相手はナンバーツーの白峰先輩。何をしてくるかは分からない。

「私のターン、ドロー」

 カードを引く白峰先輩。
 引いたカードを見て、不敵に微笑む。

「私は融合呪印生物−闇を召喚!」


融合呪印生物−闇
星3/闇属性/岩石族/ATK1000/DEF1600
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、
闇属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


 今度は得体のしれない触手の生えた黒い物体が出てくる。
 フィールドの様子は混沌としている。

「融合呪印生物−闇の特殊効果。このカードと真紅眼を生贄にささげ……」

 真紅眼と黒い物体が見えない渦に飲み込まれるように消えていく。
 そうして二つのモンスターの体が一つに集まる。白峰先輩が叫んだ。

「現れよ、ブラック・デーモンズ・ドラゴン!」

 真紅眼の代わりに現れたのは、白いむきだしの骨格のような姿の竜。
 ほとんど面影を感じないが、目だけが真紅眼と同じように燃えるように赤い。
 邪悪な雰囲気を持つ竜が、そこにはいた。


ブラック・デーモンズ・ドラゴン
星9/闇属性/ドラゴン族・融合/ATK3200/DEF2500
「デーモンの召喚」+「真紅眼の黒竜」


 今度は逆に白峰先輩のモンスターが内斗先輩のモンスターの攻撃力を上回った。
 白峰先輩がふふんと得意そうな顔で言う。

「バトルよ! ブラック・デーモンズ・ドラゴンでダークソードを攻撃!」

 ブラック・デーモンズ・ドラゴンの口が開かれ、そこに黒い炎が集まっていく。
 炎が大きくなっていく中、内斗先輩が言う。

「罠発動、重力解除!」

 突然、場のモンスター達が宙にフワフワと浮き始めた。
 ブラック・デーモンズも戸惑ったような顔でもがいている。
 
「重力解除の効果で、場のモンスターの表示形式をすべて変更します」

 内斗先輩の言葉に、白峰先輩がくやしそうな表情を見せる。


重力解除  通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

 
 二体のモンスターが地面に着地する。
 そのポーズは先ほどとは違い、両者共にうずくまるようなものだ。
 両方のモンスターが守備表示に変更されていた。


 ブラック・デーモンズ・ドラゴン  ATK3200→DEF2500

 闇魔界の騎士 ダークソード  ATK2600→DEF1500


「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 鋭い目つきで内斗先輩を見ながら言う白峰先輩。
 俺の横で、ディアがはぁーっと息をはく。

「なんだかすごい戦いね」

「えぇ、一応ナンバーワンとナンバーツーですから」

 どちらも高い攻撃力のモンスターを召喚し、なおかつ相手の攻撃を上手くかわしている。
 さすがはDC研究会とDECの代表者同士だ。
 このとき一瞬だけDC研究会の部長は日華先輩だと思ったが、あえて無視する。

「僕のターン、ドロー」

 内斗先輩の手がカードを引いた。
 相手の場には守備表示のブラック・デーモンズと伏せカード。
 すぐに内斗先輩が決断を下す。

「僕は荒野の女戦士を召喚!」

 帽子をかぶった軽装の女戦士がさっそうと登場する。
 横にいる魔界の騎士とは違い、こちらはいかにも正義の味方チックだ。


荒野の女戦士
星4/地属性/戦士族/ATK1100/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で地属性の戦士族モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


「ダークソードを攻撃表示に変更し、バトル! ダークソードで攻撃!」

 ダークソードが飛び掛り、腕の二本の剣をふるう。
 クロスさせるように剣できりつけると、白い竜は咆哮をあげて地面に崩れ落ちた。
 
「くっ……ブラック・デーモンズ・ドラゴンが」

 消えていく竜の姿を見て、拳をふるわせている白峰先輩。
 内斗先輩がさらに白峰先輩を指差した。

「さらに荒野の女戦士でダイレクトアタック!」

 女戦士が剣を抜いた。
 勇ましい掛け声と共に、白峰先輩に突撃して切りつける。

「きゃあっ!」

 衝撃で悲鳴をあげる白峰先輩。
 DECの連中からため息のような声がもれる。


 白峰  LP4000→2900


「僕はこれでターンエンド」

 内斗先輩が冷静に言う。
 これで白峰先輩の場には伏せカード以外のカードはなくなった。
 対する内斗先輩の場には伏せカードこそないものの、モンスターが二体。
 流れは完全に内斗先輩だ。

「私のターンね……ドロー!」

 ゆらりと立ち上がり、カードを引く白峰先輩。
 手札を見ると、キッとにらみつけるように一枚のカードを見る。
 
「私はサファイアドラゴンを召喚!」

 今度は宝石でできたキラキラと輝く竜が出てきた。
 日華先輩が好きそうなカードだが、実力はかなり高いモンスターだ。


サファイアドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1900/DEF1600
全身がサファイアに覆われた、非常に美しい姿をしたドラゴン。
争いは好まないが、とても高い攻撃力を備えている。


 しかしそんな竜でも装備魔法で強化されたダークソードには敵わない。
 ここは女戦士を攻撃するのだろうか。いや、女戦士には特殊効果がある。
 だとしたら攻撃表示の壁か……?

 俺が考えている間に、白峰先輩が宣言する。

「バトルよ! サファイアドラゴンで、ダークソードを攻撃!」

 えっ、とその場にいた全員が驚いた。
 さすがの内斗先輩も目を丸くしている。
 サファイアドラゴンが口から銀色のブレスを吐き出す。
 しかし攻撃力はダークソードの方が上だ。このままじゃ……
 ダークソードが剣をかまえた瞬間、白峰先輩が言う。

「罠発動、プライドの咆哮!」

 咆哮と聞いて皆がさっと耳を押さえたが、別に絶叫は聞こえてこなかった。
 代わりにサファイアドラゴンから吐き出されたブレスが太くなる。

「プライドの咆哮の効果で、サファイアドラゴンの攻撃力はダークソートの攻撃力+300の数値まで上昇するわ!」


プライドの咆哮  通常罠
戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する。
ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は
相手モンスターとの攻撃力の差の数値+300ポイントアップする。


 白峰  LP2900→2200


 サファイアドラゴン  ATK1900→2900

 
 ダークソードが急に太くなったブレスを見て驚き慌てる。
 しかしすでにブレスは目の前までせまっており、よけることはできなさそうだった。
 ブレスに飲み込まれ、ダークソードが消滅する。

「くっ……」

 残ったブレスが当たり、声を出す内斗先輩。
 これで内斗先輩の場の強化モンスターは消えてしまった。


 内斗  LP4000→3700


「私はこれでターンエンドよ」

 クスリと笑い、白峰先輩が言う。
 今度は白峰先輩の場に強力モンスターが存在している。
 先ほどとは逆の状況だ。

「僕のターン」

 カードを引く内斗先輩。
 無言で手札を見つめて考えている。
 
「……荒野の女戦士を守備表示に変更。ターンエンド」


 荒野の女戦士  ATK1100→DEF1200


 女戦士がその場に座るようなポーズをとる。
 内斗先輩の手札は四枚あるが、この状況をくつがえすカードはなかったようだ。
 その内斗先輩の様子を見て、白峰先輩が微笑む。

「私のターンね。ドロー!」

 カードを引く白峰先輩。
 こちらの手札はこれで三枚。やや少ないが、それでも十分だ。

「私はドル・ドラを召喚!」


ドル・ドラ
星3/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、
エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになって特殊召喚される。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。

 
 今度は二つの頭を持つ竜が場に出てきた。
 奇妙な造形のモンスターだ。日華先輩からすれば美しくないカードだろう。
 
「バトルよ! ドル・ドラで荒野の女戦士を攻撃!」

 二本の翼をはためかせ、突風を巻き起こすドル・ドラ。
 女戦士が悲鳴をあげて破壊される。

「女戦士の効果発動。戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の地属性の戦士族を攻撃表示で特殊召喚する!」

 内斗先輩がデッキのカードを手元に広げる。
 そして一枚のカードをディスクにセットした。

「僕はマジック・ストライカーを特殊召喚!」

 場に「はぁっ!」という掛け声と共に小さなヒーローのような少年が出てきた。
 戦士というよりは、まるで魔法使いのような格好だ。


マジック・ストライカー
星3/地属性/戦士族/ATK600/DEF200
このカードは自分の墓地の魔法カード1枚をゲームから除外する事で特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーの戦闘ダメージは0になる。


 なるほど、マジック・ストライカーは戦闘によるダメージを0にできる。
 これならサファイアドラゴンに攻撃されてもダメージは受けない。
 ある意味で最高の壁カードだ。

 白峰先輩が「くっ……」と声をもらす。白峰先輩も理解したらしい。
 しかしすぐに気をとり直したように、言う。

「サファイアドラゴンでマジック・ストライカーを攻撃!」

 サファイアドラゴンがブレスを吐いた。
 マジック・ストライカーがあたふたと慌てるが、それも無駄になる。
 あわれ魔法使いの格好をした少年は、すぐに破壊されてしまった。

「ターンエンドよ!」

 白峰先輩が言う。
 手札が二枚あるが、カードは伏せない。
 このままモンスターで押し切る気だろうか。

「あ、あの。なんだかピンチじゃないですか?」

 天野さんが不安そうに俺に尋ねてきた。
 たしかにこのターンは上手く白峰先輩の攻撃をかわしたが、次もできるとは限らない。
 内斗先輩の場にカードは存在しないし、たしかにピンチかも……

「ふふん。分かってないねぇ、君達」

 不安そうな表情をうかべる俺たちに、日華先輩が言った。
 
「内斗君はこの学校のナンバーワンだ。この程度のことじゃ動じないよ」

 日華先輩の言葉に、俺たちは内斗先輩を見る。
 たしかに内斗先輩の顔に動揺しているような様子はない。

「僕のターン、ドロー!」

 二体の竜ににらまれながら、カードを引く内斗先輩。
 そして前のターンに引いたカードを手に取った。

「僕は手札から魔導ギガサイバーを特殊召喚する!」

「!?」

 白峰先輩が目を丸くして驚いた。
 見ていた俺たちや他の観客も驚く。
 場に、装甲で体を固めた大男が召喚される。


魔導ギガサイバー
星6/闇属性/戦士族/ATK2200/DEF1200
自分のフィールド上モンスターが相手のフィールド上モンスターより2体以上少ない場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。


「このカードは僕の場のモンスターの数が、相手より2体以上少ない場合に特殊召喚できる」

 内斗先輩が大男を見てから説明する。
 たしかに相手の場にはモンスターが2体。対して内斗先輩の場には0体。
 比較すれば2体少ない状況だ。

「さらに手札からブレイドナイトを召喚!」

 銀色の鎧の騎士が剣を携えて現れる。
 高潔そうな雰囲気をまといながら、目の前の竜に顔を向ける。


ブレイドナイト
星4/光属性/戦士族/ATK1600/DEF1000
自分の手札が1枚以下の場合、フィールド上のこのカードの攻撃力は400ポイントアップする。
また、自分のフィールド上モンスターがこのカードしか存在しない時、
このカードが戦闘で破壊したリバース効果モンスターの効果は無効化される。


 ブレイドナイトは強力な特殊効果を備えてはいるが、今回はどちらも使えない。
 内斗先輩の手札は三枚あるし、場にはギガサイバーもいる。
 それでも、白峰先輩の竜を倒せるほどの力は持っている。
 
 内斗先輩が片手をあげて宣言する。

「バトルだ! ギガサイバーでサファイアドラゴンを、ブレイドナイトでドル・ドラを攻撃!」

 二体の騎士の体が宙を舞い、それぞれが拳と剣をふるった。
 竜たちが叫び声をあげ、爆発をおこして消滅する。

「くぅぅぅ……」

 
 白峰  LP2200→1800


 白峰先輩が爆発の衝撃を受けて声をあげた。
 おそらく有利な状況を一瞬でひっくりかえされたからだろう。
 顔にはまたくやしそうな表情がうかんでいる。

「さらにカードを一枚伏せ、ターンエンド」

「このとき、ドル・ドラは弱体化された状態でフィールドに戻るわ!」

 フィールドにさきほどの奇妙な竜が舞い戻った。
 しかし首が一つなくなっており、さっきよりも弱々しい印象だ。
 実際、能力は下がっている。


 ドル・ドラ  DEF1000


 ざわざわとしたどよめきが観客から起こる。
 さっきまでは白峰先輩が有利だったのに、内斗先輩はそれをあっさり逆転した。
 やはり一年間ナンバーワンの実力は伊達じゃないということか。

「ねっ。言っただろう、大丈夫だって」

 日華先輩が得意そうにふれこむ。
 別に日華先輩がすごいわけではないが、俺たちは素直に頷いた。

「さぁーて、あとはこのまま決着がつくかな」

 日華先輩がのんびりとした口調で決闘フィールドに視線を向けた。
 そして白峰先輩の様子を見ると、不思議そうに首をかしげる。

「おかしいな。沙雪の奴、あんまり動揺してない」

 その言葉に俺たちの視線が白峰先輩へと集中した。
 確かにくやしそうな顔はしているものの、まだ諦めた様子はない。
 キッと鋭い目で、内斗先輩をにらみつけてその場に立っている。

 やはり今日の白峰先輩はどこかが違う。
 
 普段よりも自信に満ちていて、冷静な心を保っている。
 内斗先輩ともこれまではほぼ互角の勝負をしている。
 いつもなら内斗先輩に圧倒されているのに。

「これは……」

 日華先輩が呆然と呟いた。
 どうやら日華先輩も同じようなことを考えているらしい。
 白峰先輩が集中した様子でデッキに手を伸ばす。

「私のターンね」
 外では、晴れきった空に暗雲がたちこめはじめていた。




第十四話  竜と騎士

 さすがは神崎君ね。

 私は悠然と立つ神崎君の姿を見ながら感心する。
 相手の戦術を読みきり、すぐに反撃するあの手腕。
 だてに入学以来トップの座にいるだけのことはある。
 彼がDECに入部してくれなかったのは残念だが、仕方がないことだ。
 
 入学して私はすぐにDECに入部した。

 一年生ながら努力し、DEC内でもトップクラスの実力になった。
 校内ランキングでも着実に順位をあげていった。しかし……

 神崎内斗。

 彼にだけは勝てなかった。
 何回も勝負を挑んだが、勝てた記憶はない。
 どんな戦術でも、彼は平然とそれを突破してきた。
 常に彼がナンバーワンで、私はナンバーツーだった。
 
 二年生になり、私は正式にDECの部長になった。

 部長になったからにはもう甘いことも言ってられない。 
 今週の週末からはいよいよファイブチーム・トーナメントが始まる。
 この決闘にはなんとしても勝利し、下級生に実力を示さなければならない。
 それが私のDEC部長としての誇りと責任だ。

 私は静かに深呼吸をし、デッキのカードに手を伸ばす。

「私のターン!」

 引いたカードは仮面竜。
 相手の場にはギガサイバーとブレイドナイト。
 どちらもこのカードでは倒せない。だが……

「私は仮面竜を守備表示で召喚!」


仮面竜
星3/炎属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
ドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。


 このカードがあれば『あのカード』を場に出すことができる。
 そうすれば、逆転することも不可能ではない。

「私はこれでターンエンドよ」

 手札を見て、私はそう言った。
 私の手札にあるのは『融合』と『スピアドラゴン』の二枚のみ。
 まだ出番のカードではない。ここはこうするしかなかった。

「僕のターン、ドロー」

 神崎君がカードを引いた。
 これで彼の手札は三枚。

「魔法カード、戦士の生還を発動!」

 
戦士の生還  通常魔法
自分の墓地の戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。



「このカードで墓地のダークソードを手札に加え、召喚!」


闇魔界の戦士 ダークソード
星4/闇属性/戦士族/ATK1800/DEF1500
ドラゴンを操ると言われている闇魔界の戦士。
邪悪なパワーで斬りかかる攻撃はすさまじい。


 出てきたのはさっきサファイアドラゴンに倒された漆黒の騎士。
 これで神崎君の場に攻撃力の高いモンスターが三体並んだ。
 私の場には蘇生したドル・ドラと仮面竜のみ。どれも勝てない。

「バトル、ブレイドナイトでドル・ドラを攻撃!」

 白銀の騎士が剣をふるい、私の場のドル・ドラを破壊する。
 すでに蘇生効果を使用しているので、もう復活することはできない。
 これで私の場には仮面竜だけ。他にカードは存在しない。

「ダークソードで仮面竜を攻撃!」

 漆黒の騎士が仮面竜をきりさいた。
 雄たけびをあげ、仮面をつけた赤い竜が消滅した。
 私は決闘盤からデッキを取り外して言う。

「仮面竜の効果で、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを特殊召喚するわ!」

 私はデッキを扇状に広げた。
 神崎君が冷静な目でこちらの様子を見ている。
 私はチラリと神崎君の場を見る。

 ブレイドナイト、ダークソード、ギガサイバー。

 どれも攻撃力は1500を上回っている。
 普通に考えれば、ここで相手モンスターを倒すことはできない。

 だが……

 チラリと観客の中にいる恭助の姿を見る。
 今日の私は違う。なぜなら恭助がくれたこのカードがあるから。
 デッキの下の方にうもれていたカードを、私は手に取り言う。

「私はデコイドラゴンを守備表示で特殊召喚!」

 神崎君が驚いて目を丸くした。
 ポンという音を立てて、小さなドラゴンが場に姿を現す。


デコイドラゴン
星2/炎属性/ドラゴン族/ATK300/DEF200
このカードが相手モンスターの攻撃対象になった時、
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、攻撃対象をそのモンスターに移し替える。


 クリクリとしたつぶらな瞳で、竜は神崎君をジッと見る。
 神崎君の頬に冷や汗が浮かぶのが見えた。
 しばらく考えてから、神崎君が苦しそうな口調で言う。

「僕はこれでターンエンドです」

 私はその言葉に微笑み、デッキからカードを引いた。



 



「あの……どうしてあの竜を見て内斗先輩は焦ってるんですか?」

 俺で決闘を見ていた天野さんが尋ねてくる。
 俺が答える前に、日華先輩が答える。


「デコイドラゴンの能力さ」

 いつのまにかメガネをかけている日華先輩。
 
「デコイドラゴンは攻撃されると、墓地のレベル7以上のドラゴンを呼び出して強制的にバトルさせるんだ。うかつに攻撃すると、沙雪の場に真紅眼が復活してしまうのさ」

 白峰先輩の墓地に存在する最上級のドラゴン族、真紅眼の黒竜。
 あれが復活してしまうと内斗先輩のモンスターでは勝ち目がない。
 だから内斗先輩はこのターンは攻撃しなかったのだ。

 天野さんが感心したように声を出す。

「すごいカードなんですね〜」

「うん。でもけっこうレアなカードだから、入手は難しいよ」

 メガネをしまいながら、日華先輩が言った。
 そしてボソリと呟くようにして言う。

「それにしても……沙雪もいつのまに手に入れたんだろう?」

「沙雪『も』?」

 ディアが日華先輩の発言にくいついた。
 日華先輩が「ああ」と頷き、自慢げに言う。

「実は僕も昨日カードショップであのカードを手に入れたのさ。なんせ僕のダイヤモンド・ドラゴンと相性がいいからね。少し値ははったけど」

 肩をすくめて笑う日華先輩。
 日華先輩のデッキの切り札、ダイヤモンド・ドラゴン。
 キラキラと輝く姿こそ綺麗だが、実力は真紅眼に遠く及ばないカードだ。
 ちなみに日華先輩のデッキテーマは『キラキラ輝くカード達』だとか。

 天野さんが手を合わせて言う。

「あ、あの。よければそのカード詳しく見せてくれませんか?」

「あぁ、別にかまわないよ」

 日華先輩が制服の内ポケットをごそごそとあさる。
 
「自慢しようと思ってね、ずっとポケットに入れておいたんだ」

 嬉しそうに言う日華先輩。
 ただレアカードを見せるだけで、おおげさな。
 俺がそう思ったとき、突然日華先輩の表情が凍った。
 血の気がさっと引き、目を見開いて呟く。

「ない……」

「えっ?」

「ないんだよ、僕のカードが!」

 日華先輩が大声で騒ぎ始める。
 その声に周りにいたDECの部員達の視線が集まりはじめた。
 日華先輩が制服のポケットを探るが、見当たらないようだ。
 俺は呆れながら言う。

「落としたんじゃないですか?」

「そんなバカな。だって僕はずっとポケットにあのカードを……」
 
「何を騒いでいらっしゃるのですか?」

 俺達の騒ぎの横から、上品な声がした。
 そこには黒いマントとラメ入りの薄い布を頭からさげた、倉野先輩が立っていた。
 胸元では妖しげなアクセサリーが音をたてており、神秘的な雰囲気だ。
 天野さんがおそるおそる尋ねる。

「あ、あの、倉野先輩。どうして占いのときの格好なんですか?」

「あらあら。だってこの方が雰囲気でるでしょう?」

 神秘的な雰囲気をあっさり破壊して、倉野先輩が格好を見せびらかす。
 これで実力はDECでもトップクラスというのだから、人間分からない。
 日華先輩が申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません、倉野さん。実は探し物をしてまして……」

「探し物?」

 倉野先輩が首をかしげた。
 日華先輩が頷いて説明する。

「今朝からポケットに入れていた、秘蔵のカードなんです」

「ポケットのカード? お昼休みに部長に渡していた?」

「いえ。あれとは別の……」

 そこまで言って、日華先輩の言葉が途切れた。
 頬から冷や汗を流しながら、場に出ているデコイドラゴンを見る。

「ま、まさか……」

「星の流れの導き。その力は感じられない」

 倉野先輩がどこからか取り出した水晶玉を見通した。
 不思議な気配を漂わせながら、その口から神秘的な言葉が漏れる。

「道は閉ざされている。故に進むことはできない」

「そ、それってどういうことですか!?」

 日華先輩が倉野先輩に必死な形相で尋ねる。
 倉野先輩が、にっこりと微笑んだ。

「つまり、あのカードが返ってくることは永遠にないということです」

 のんびりとした口調で、けっこうひどいことを宣告する倉野先輩。
 その言葉を聞いて日華先輩がその場に撃沈する。

「そ、そんな。どうして、この僕がこんな目に……」

 がっくりと膝をつきながら、日華先輩が呟いた。
 何が起こったのかはだいたい想像がついた。合掌だな。
 燃え尽きて真っ白になっている日華先輩の前で、決闘は最終局面を迎えようとしていた。

 
 




「私のターン!」

 カードを引く。
 よし。今日はデッキがいつもより回っている。
 これなら本当に神崎君にも勝てるかもしれない。

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドよ!」

 これで私の場にはデコイドラゴンと伏せカードが一枚。
 対して神崎君の場にはギガサイバー、ブレイドナイト、ダークソードの三体。
 それに伏せカードが一枚伏せられている状況だ。

 モンスターの数ではたしかに不利な状況だ。
 
 しかし私のデコイドラゴンには特殊能力がある。
 この能力さえ発動すれば、場には真紅眼の黒竜が復活する。
 そうすれば、問題はない。

「僕のターン!」

 神崎君がいつもより勢いよくカードを引いた。
 引いたカードを見て、そのまま決闘盤にセットする。

「装備魔法、神剣−フェニックスブレードをギガサイバーに装備!」


神剣−フェニックスブレード  装備魔法
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードが自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する時、
自分の墓地の戦士族モンスター2体をゲームから除外する事でこのカードを手札に加える。


 魔導ギガサイバー  ATK2200→2500


 巨人の手に不死鳥をかたどった剣が握られる。
 さすが神崎君。ここで装備魔法を引いてくるだなんて……

「バトルだ! 魔導ギガサイバーでデコイドラゴンに攻撃!」

 大男が剣をふりかぶり、すさまじい勢いで突進する。
 デコイドラゴンの目がキランと輝いた。

「デコイドラゴンの特殊能力、墓地から真紅眼の黒竜を特殊召喚!」

 場に火柱が上がり、黒い翼を持つ赤い目の竜が現れる。
 神崎君の場のモンスターをねめつけ、真紅眼の黒理由は雄たけびをあげた。


 真紅眼の黒竜  ATK2400


「デコイドラゴンの効果で、ギガサイバーは真紅眼とバトルすることになるわ!」

 ギガサイバーの起動が横にそれ、真紅眼にむかって突っ込む。
 神崎君が冷静な表情でそれを見て言う。

「だけどギガサイバーの方が攻撃力は上ですよ」

 たしかに装備魔法で強化されたギガサイバーは真紅眼より強い。
 しかし攻撃力を上げるのは、何も神崎君に限ったことではない!

「速攻魔法、突進を発動!」

 私の場に伏せられていたカードが表になる。
 イノシシが突撃する様子が描かれたカードだ。


突進  速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、
ターン終了時まで700ポイントアップする。


「このカードの効果で、真紅眼の黒竜の攻撃力を700ポイントアップ!」

 
 真紅眼の黒竜  ATK2400→3100


「攻撃力3100……」

 呟く神崎君。これで逆に真紅眼の攻撃力がギガサイバーを上回った。
 真紅眼の黒竜の口から黒い炎が撃ちだされ、ギガサイバーを焼き尽くす。
 爆発と衝撃が神崎君を襲う。

「くっ……」


 内斗  LP3700→3100


 これで僅かだが神崎君をLPを減らすことができた。
 神崎君がギガサイバーとフェニックス・ブレードのカードを墓地へと送る。

「ダークソードで、デコイドラゴンを攻撃!」

 神崎君が宣言すると、漆黒の騎士が剣をかまえた。
 残念だけどもう私の墓地に最上級のドラゴンは存在しない。
 つまりここはデコイドラゴン本体が勝負することになる。

 剣による閃光が走り、小さな竜が消滅する。

 私は感謝の念を抱きつつデコイドラゴンのカードを墓地へと送る。
 ありがとう。おかげで助かったわ。

「僕は墓地のフェニックス・ブレードの効果を発動!」

 神崎君が言う。
 あのカードは自分の墓地の戦士族を二体除外することで、墓地から手札に加わる効果を持つ。
 神崎君が墓地の『マジック・ストライカー』と『荒野の女戦士』を除外した。
 これでフェニックス・ブレードは神崎君の手札に戻る。

「僕はブレイドナイトを守備表示に変更。さらにダークソードにフェニックス・ブレードを装備! これでターンを終了する」


 闇魔界の戦士 ダークソード  ATK1800→2100

 ブレイドナイト  ATK1600→DEF1000


 これで神崎君の手札は二枚。
 しかも場に私の真紅眼に勝てるモンスターは存在していない。
 唯一、気がかりなのは一枚の伏せカード程度のものだ。

「私のターン!」

 カードを引く。
 引いたカードを見て、つい笑みがこぼれた。

「私はミラージュ・ドラゴンを召喚!」

 場に薄黄色の、幻想的な姿の竜が現れた。


ミラージュ・ドラゴン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF600
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。


 神崎君が私の竜を見て険しい表情になる。
 このカードがあれば相手はバトルフェイズ中に罠が発動できない。
 これで唯一の不安だった伏せカードも封じられた!

「バトルよ! ミラージュ・ドラゴンでブレイドナイトを、真紅眼の黒竜でダークソードを攻撃!」

 今度は二体の竜が騎士達にむかって強烈なブレスを吹きかけた。
 弾丸のようにブレスは飛び、神崎君の騎士達の体を貫く。

「ぐっ!」


 内斗  LP3100→2800


 ブレスの衝撃を受ける神崎君。
 いよいよ勝利の時が目前にまで迫ってきた。
 私は心を落ち着かせながら言う。

「私はこれでターンエンドよ」

「くっ……僕のターン!」

 いつもより気合を入れてカードを引く神崎君。
 引いたカードを見てから言う。

「墓地のダークソードとブレイドナイトをゲームから除外し、フェニックス・ブレードを手札に!」

 墓地から二枚のカードが取り除かれ、代わりにあの装備魔法が手札に加わった。
 だけど今さらあんな装備魔法を加えて、何をする気なの?
 神崎君がさっき引いたカードをディスクにセットした。

「コマンド・ナイトを召喚!」

 赤い装束をまとった端正な顔立ちの騎士が現れた。
 マントをゆらしながら、ゆっくりと瞳を開く。


コマンド・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1200/DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


「さらにフェニックス・ブレードを装備!」

 赤い騎士の手に、先ほどの剣が握られた。
 コマンド・ナイトは味方の戦士を強化する能力を持っている。
 さらに装備魔法で、一気に攻撃力を上昇させた。


 コマンド・ナイト  ATK1200→1900

 
 神崎君が片手を広げて宣言する。

「バトルだ! コマンド・ナイトでミラージュ・ドラゴンを攻撃!」

 コマンド・ナイトが突き進み、剣でミラージュ・ドラゴンを切り裂いた。
 私の場に伏せカードはないから、なす術はない。


 白峰  LP1800→1500


 ライフが少しだけ減った。
 しかし私の場にはまだ真紅眼がいる。有利なことに変わりはない。
 神崎君が顔を伏せがちにして言う。

「ターンエンド」

 ざわざわと観客がどよめく音が聞こえる。
 予想に反して私の方が優勢だからだろう。
 私の場には真紅眼、対する神崎君の場にはコマンド・ナイトのみ。

 流れは私にある。

 このままの勢いで攻めきり、今度こそ私は勝利する。
 そして学園ナンバーワンの地位を手に入れてみせる!

「私のターン!」

 カードを引く。引いたカードは『黙する死者』
 これで手札は『スピア・ドラゴン』と『融合』と『黙する死者』の三枚。
 黙する死者は墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚するカード。
 攻撃用のカードではない。だとしたら……

「私はスピア・ドラゴンを召喚!」


スピア・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1900/DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。


 場に口が異様にとがったドラゴンが現れる。
 これで私の場にはモンスターが二体。一気に攻める!

「バトルよ。真紅眼の黒竜でコマンド・ナイトを攻撃、黒炎弾!」

 真紅眼の黒竜が口をあけた。
 そこからドス黒い炎が放たれ、赤い騎士を燃やし尽くす。
 悲鳴をあげて、コマンド・ナイトは消滅する。


 内斗  LP2800→2300


 これで神崎君の場にモンスターはいなくなった。
 
「さらにスピア・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 竜が口から旋風を吐き出した。
 神崎君が衝撃を受け、顔をしかめる。


 内斗  LP2300→400


 攻撃が終了したスピア・ドラゴンが能力によって守備表示になる。
 その守備力は0だけど、別の考え方をすれば私はダメージを受けないということだ。

 
 スピア・ドラゴン  ATK1900→DEF0


 ついに神崎君のLPが残り僅かにまで減少した。
 あともう一息で、私は勝てる!

「ターンエンドよ!」

 フィールドが緊張につつまれる。
 神崎君の手札は現在二枚。このドローにすべてがかかっているはず。
 ここで神崎君がキーカードを引けなければ私の勝ち。逆に引ければ……

 神崎君がデッキに手を伸ばした。

「僕のターン……ドロー!」

 カードを引く神崎君。
 緊張が走った。引けたか、それとも……?
 多くの人間が見守る中、神崎君が静かに言う。

「墓地の『コマンド・ナイト』と『魔導ギガサイバー』を除外し、僕はフェニックス・ブレードを手札に加える」

 二枚のカードがゲームから取り除かれ、神崎君の手に装備魔法が加わった。
 これでもう神崎君の墓地に戦士は存在しなくなった。もうあの効果は使えない。

 神崎君がふぅーと息を吐いて、微笑んだ。

「さすがは白峰さん。手強いですね」

「どういたしまして」

 私も微笑ながら答えた。
 ここまで私達は互角の勝負をしてきた。
 だがそれも、おそらくもう終わる。
 次か、さらにその次のターンあたりで。

 神崎君が笑いながら言った。

「そろそろ決着をつけましょうか」

「えぇ。でも勝つのは私よ」

 私の発言に、神崎君が苦笑した。
 そしてさっき引いたカードを手に取る。

「行きますよ。僕は鉄の騎士 ギア・フリードを召喚!」


鉄の騎士 ギア・フリード
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。


「そして――、手札から拘束解除を発動!」

 神崎君が勢いよくカードを手札から使用する。

 
拘束解除  通常魔法
自分フィールド上の「鉄の騎士 ギア・フリード」1体を生け贄に捧げる事で、
自分の手札またはデッキから「剣聖−ネイキッド・ギア・フリード」1体を特殊召喚する。


「拘束解除の効果により、僕はデッキから『剣聖−ネイキッド・ギア・フリード』を特殊召喚!」

 神崎君の場のギア・フリードの鎧にヒビが入り、中から光が溢れる。
 ピキピキという音を立て、最後にはガラスの割れるような音を立てて鎧が砕ける。
 そこには雄々しいオーラをまとった、長い髪の男が立っていた。


剣聖−ネイキッド・ギア・フリード
星7/光属性/戦士族/ATK2600/DEF2200
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター1体を破壊する。
 

「まさか、この状況でそのカードを出すなんて……」

 私は神崎君の場にたたずむ男を見て呟く。
 あのカードこそが、私が神崎君に勝てない大きな原因の一つ。
 素の攻撃力も高いくせに、やっかいな能力まで備えた強力モンスターだ。

 神崎君が言う。

「さらに神剣−フェニックス・ブレードを装備。そしてネイキッド・ギア・フリードの効果を発動!」

 神崎君が私の場のスピア・ドラゴンを指差す。

「装備カードを装備したとき、相手の場のモンスターを一体破壊します!」

 ネイキッド・ギア・フリードが雄たけびと共に剣を振った。
 衝撃波が走り、スピア・ドラゴンが叫び声をあげて消滅する。
 これで私の場には真紅眼の黒竜しかカードがない。

「バトル! ネイキッド・ギア・フリードで真紅眼の黒竜を攻撃! インパクト・スラッシュ!」

 ネイキッド・ギア・フリードが真紅眼の黒竜の頭上へ飛び上がる。
 真紅眼の黒竜が黒い炎を吐き出すが、持っていた剣でガードされる。
 そして……


「グギャアアアア!!」

 
 真紅眼の黒竜が剣で斬られて絶叫する。
 地面に倒れそうになりながらも、その場でフラフラと揺れるように動く。
 一瞬だけ私に赤い目を向け、真紅眼は消滅した。


 白峰  LP1500→1000


「僕はこれでターンエンド!」

 神崎君が言う。
 これで神崎君の場には装備魔法で強化されたネイキッド・ギア・フリードと伏せカード。
 対して私の場には一枚もカードが存在しない状況だ。状況は逆転した。

 このドローに私のすべてがかかっている。

 ここで引かなければ私は負ける。
 DECの部長として、ここで私は負けるわけにはいかない。
 私は……勝たなきゃいけないの!

「私のターン!」

 カードを引いた。
 体育館に沈黙が流れる。
 私は引いたカードを見る。

「……手札から魔法カード、黙する死者を発動」


黙する死者  通常魔法
自分の墓地から通常モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する。
そのモンスターはフィールド上に存在する限り攻撃をする事ができない。


「この効果で墓地の真紅眼の黒竜を守備表示で復活」

 火柱が上がり、再び真紅眼が私の場に舞い戻る。
 翼をたたむようにして、身を守るような格好をとっている。


 真紅眼の黒竜  DEF2000


「さらに私はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 私が宣言すると、見学していた部員達の間から残念そうな声がもれた。
 不安そうな表情を浮かべて、部員達が私のことを見守る。
 ふと、詩織だけが面白そうに私が伏せたカードを見ていた。

「僕のターン、ドロー」

 神崎君がカードを引く。
 そして引いたカードをそのまま決闘盤でセットする。

「僕はゴブリン突撃部隊を召喚!」


ゴブリン突撃部隊
星4/地属性/戦士族/ATK2300/DEF0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分ターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
 

 場にこん棒を持った数匹のゴブリンが出てくる。
 四つ星モンスターだが、その攻撃力はかなり高い。
 例え真紅眼であろうと、守備表示では勝つことができない。

 神崎君が真紅眼を指差した。

「これでバトル。ゴブリン突撃部隊で真紅眼の黒竜を攻撃!」

 その声でゴブリン達がこん棒をふり回しながら突撃する。
 赤い目の竜が威嚇するが、ゴブリンには通用しないようだ。
 観客から悲鳴のような声が上がる。

 しかし私はこのときを待っていたのだ!

「リバース魔法、蜃気楼の筒(ミラージュ・シリンダー)!」

「蜃気楼の筒だと!?」

 神崎君が声をあげて驚いた。
 真紅眼の黒竜とゴブリンの間に、霧のようなもやがたちこめる。
 私は叫ぶようにして言う。

「蜃気楼の筒は自分のモンスターが攻撃対象にされたときに発動できる! この効果で、神崎君に1000ポイントのダメージを与える!」


蜃気楼の筒  速攻魔法
このカードは手札から発動する事はできない。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが
攻撃対象に選択された時に発動する事ができる。
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 神崎君のLPは400。
 これが私の最後の切り札。これが通れば私の勝ちだ!

 真紅眼が咆哮をあげ、神崎君に向けて小さい黒い炎を吐き出す。

 黒い炎はまっすぐに神崎君にむかって進む。
 見ていた部員たちから歓声があがった。
 顔を伏せている神崎君へ、炎が迫る。

 勝った! そう思ったとき――

 ギンッと神崎君の目が鋭くなるのを私は見た。
 その目を見て、私の背筋がゾクリとする。
 すっと手をあげて、神崎君が静かに言う。

「罠発動、エネルギー吸収板」

 神崎君の場に伏せられていたカードが表になる。
 フィールドに、黒い不思議な板が浮かびあがった。

「エネルギー吸収板は、相手のダメージを与える効果を無効にして、その数値だけLPを回復する」

 淡々とした口調で説明する神崎君。
 吐き出された黒い炎が吸い込まれるようにして黒い板へと消えていく。
 そして神崎君の体が光につつまれ、LPが回復した。


 内斗  LP400→1400


エネルギー吸収板  通常罠
相手がコントロールするカードの効果によって自分がダメージを受ける場合、
そのダメージを無効にし、無効にした数値分だけ自分はライフポイントを回復する。


 一瞬でしーんと静まる観客の耳に、ゴブリン達の音が聞こえてくる。
 蜃気楼の筒に攻撃を無効にする効果はない。つまり攻撃は続行される。
 いくら真紅眼の黒竜といえども、守備表示ではかなうはずもない。
 ゴブリン達のこん棒で叩かれ、真紅眼が崩れ落ちる。

 これで、私の場には正真正銘、カードは存在しない。

「剣聖−ネイキッド・ギア・フリードでダイレクトアタック」

 神崎君の声が、静まり返った体育館に響く。
 雄たけびをあげて、剣をふるネイキッド・ギア・フリード。
 そこから発生した衝撃波がフィールドを走る。

 もう少し。あと少しで、私は神崎君に……

 私の目の前に衝撃波が迫る。

 そして……


 バアアアアン!


 衝撃波が当たり、私の周りが光でつつまれた。
 視界の隅で、詩織が残念そうに首をふっているのが見えた。
 私の腕に付いた決闘盤が音を立てる。


 白峰  LP1000→0


 ブンッというLPがゼロになる音がした。
 すぅーっとモンスター達が消滅していく。
 ソリッド・ヴィジョンが消えた。決闘は終わったのだ。

 神崎君が私にかけよってくる。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに尋ねる神崎君。
 私は決闘盤の付いていない方の腕で顔をぬぐった。
 そして顔をあげて言う。

「平気よ。神崎君に負けるのは慣れてるわ」

「そうですか……」

 神崎君が困ったように頬をかく。
 そして右手を差し出して微笑んだ。

「良い決闘でした。ありがとうございます」

「……そうね。楽しかったわ」

 私も微笑んで握手する。
 パチパチと大きな拍手が見ていた部員たちから起こる。
 拍手をあびながら、私は神崎君に笑いかける。

「……次は、負けないから」

「……えぇ」

 さわやかに頷く神崎君。
 拍手が少しずつ小さくなっていく。

「よくやった内斗君! さすがDC研究会の副部長だ!」

 恭助が観客の中から嬉しそうな表情をうかべて現れた。
 そして神崎君の肩をポンポンと叩く。

「いやあ沙雪が蜃気楼の筒を使ったときは焦ったけど、さすがは内斗君だ。ダメージ対策も万全だね!」

 恭助の言葉を聞きながら、さりげなく神崎君が肩をはらった。
 今度は私の方を向いて恭助が言う。

「まぁ、残念だったね沙雪。これで当分はナンバーツーだね」

「ふん。うるさいわね、すぐにナンバーワンになるわよ」

 私は恭助から顔をそらした。
 詩織がそれを見てクスクスと笑っているのが見える。
 恭助が言葉を続ける。

「それで沙雪。実はデコイドラゴンなんだけど……」

「あぁ。あのカードね」

 私は墓地からデコイドラゴンのカードを取り出した。
 恭助が目を輝かせる。

「実はそのカードは僕の――」

「助かったわ。これがなかったらもっと早く負けてたわ」

 私はデコイドラゴンのカードを見て言う。
 このカードがあったからこそ、あそこまで良い勝負ができた。
 恭助の顔を見据えて、私は言う。

「その……ありがとうね」

 私がそう言った途端、恭助の顔が引きつった。
 いつのまにか近づいていたディアさんがポンと恭助の肩を叩く。

「日華先輩、諦めたほうがよさそうですよ」

 恭助がなぜかその場で膝をついた。
 がっくりと両手をつき、完全に燃え尽きたかのように真っ白になっていく。
 なによ。せっかく人が素直に感謝の気持ちを伝えたのに……

「部長、残念でしたわね」

 詩織が足音もなく私に近づいて言う。
 私はフッと笑った。

「そうね。もう少しだったのに」

「はい。ですが二人の星の流れはほぼ互角でした。最終的には神崎殿が勝ちましたが、部長もかなりの力でしたよ」

 訳の分からないフォローをする詩織。
 私が詩織の顔を見ると、にっこりと微笑む。

「すっごく良い決闘でしたわ〜」

 いつもの穏やかな口調で、詩織が言った。
 その姿を見て、ドッと疲れが押し寄せてきた。
 いつになく集中したからかしら……

「うぅ、僕はもう誰も信じられないよ、内斗君!」

 ふらふらとゾンビのように立ち上がる恭助。
 その姿を視界に入れないようにしながら、神崎君が言う。

「そうですか。大変ですね」

 そっけなく答える神崎君。
 その言葉にショックを受ける恭助、それに近づく詩織。

「どうします? 今後の運勢を占いますか?」

 体育館が騒々しさをとり戻していく。
 他のDECの部員も今の決闘について楽しそうに話している。
 もう今までの緊張感はどこにもなかった。

 私は息をはいて、ふと外を見る。

 オレンジ色の夕陽が、空を赤く染めていた。
 僅かに見える星だけがキラキラと輝いている。
 雲はいつのまにかどこかに消えていて、きれいな空がひろがっていた。




第十五話  風明神高校

「ついに明日はファイブチーム・トーナメントの一回戦だ!」

 金曜日の放課後、DC研究会の部室。
 日華先輩がメガネをかけた姿で俺たちに宣言した。

「知っているとは思うが、この大会で敗退すると部が消滅する」

 ウロウロと部室の中を徘徊しながら、日華先輩が言う。
 俺たちもそのことはもちろん覚えている。
 勝手に日華先輩が白峰先輩と約束したということも。
 俺たちの呆れた視線にも気付かずに、日華先輩は続ける。

「これは負けられない戦いだ。よって皆にも色々と注意してもらいたい」

 偉そうに言う日華先輩に、

「一番注意すべきなのは恭助でしょ……」

 内斗先輩がぼそりと呟いた。
 しかし小さな声だったので日華先輩の耳には届かない。
 日華先輩がテーブルの上に置かれていた書類を手に取る。

「第一回戦の相手は風明神(かざみょうじん)高校の決闘倶楽部。チーム名は……」

 日華先輩が言葉をつまらせた。
 ひとしきり悩んだ後、書類を指さしながらひそひそと内斗先輩に尋ねる。

「内斗君。これなんて読むの?」

「……祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)ですね。平家物語の書き出しの文で、お寺の名前です」

 内斗先輩がすらすらと答えた。
 平家物語、そういえば授業で習ったことがあるな。
 日華先輩が目を閉じてフッと笑う。

「ずいぶんと堅苦しいチーム名だ。印象としてはイマイチだね」

 チーム名だけで相手をイマイチ扱いする日華先輩。
 これが部の代表者というのだから、笑えない。
 だいたい俺らの『フィーバーズ』っていうのも、どうかと思うぞ。
 日華先輩が書類に目を通しながら説明する。

「明日、僕らが風明神高校に向かえばいいみたいだね。風明神高校の場所は……えっと、山の中腹にあるみたいだね……」

 読み進めていく内に、日華先輩の声が暗くなっていく。
 そして同封されていたらしい地図を黙って部員に配った。
 地図を見てみると、たしかに風明神高校は山の中腹に位置している。

「決闘開始時間は午前10時。けっこう早いですね」

 内斗先輩が言うと、日華先輩が頷く。

「どうも大会スタッフの人数の関係上、時間をずらして何ヶ所かでやるみたいだね。そのため遅刻は当然のことながら厳禁だ。人数が集まらないと失格になるってさ」

 日華先輩が書類を読んで説明する。
 
「ちなみに病気とか事故とかでやむを得ず欠席する場合のみ、決闘の代理人を使用することが許されている。代理人は学生であれば誰でもいいらしいよ。もっともこれは予選においてのみだけど」

 日華先輩がさらに書類を読みあげた。
 その言葉に、俺と内斗先輩がピクリと反応する。

 この代理人制度を使えば、日華先輩を出さなくてすむかもしれない……
 
 おそらく俺と内斗先輩の考えていることは同じだろう。
 真剣な表情で考え込む俺たちを、日華先輩が鋭い目で見る。

「言っとくけど、どうしてもやむを得ない場合だけだからね。仮病とか使うと下手したら失格になるよ」

 俺と内斗先輩が無言で顔を合わせた。
 そして同時にため息をつく。

「そんなに都合よくはいきませんね」

「そうだね。それに代理人を使っても、本選にはこの五人で行かなくちゃいけないし、どっちにしろ意味はないね」

 内斗先輩が残念そうに微笑んだ。
 結局、本当に病気にでもならないかぎり代理人が使われることはないだろう。
 それに、よく考えたら代理人って誰がやるんだ。DC研究会には5人しかいないぞ。

「まぁ、その辺の話しは置いておこう」

 日華先輩が小さく前ならえの格好をしながら、腕を横に動かした。
 そして視線を落として、書類を見る。

「さて、重要なこととしては決闘の順番なんだけど……」

 その言葉に、俺たちの視線が日華先輩に集まる。
 たしかにこれは重要な問題だ。緊張した空気が部室に流れる。
 ゆっくりと、日華先輩が口を開く。

「どうも一回戦ごとに自由に変えて良いらしいね」
 
 軽い口調で日華先輩が言った。

「一回戦ごとに審判に順番を書いたメンバー表を提出して、その順番にそって対戦するらしい。つまり試合の日になってからその日の順番を決めるカタチでもOKらしい」

 日華先輩の言葉に、俺たちは少しホッとする。 
 これならダメな順番になってしまったとしても、次の対戦日には変えられる。
 早い話、失敗しても修正可能ということだ。

「でも順番はあらかじめ決めといた方がいいんじゃないですか?」

 内斗先輩が手をあげて発言する。
 今度は内斗先輩に視線が集まった。

「当日になってからもめるのもどうかと思いますし、今のうちに決めておいて何か不都合があったら変えていくというのはどうですか?」

 内斗先輩の言葉に、日華先輩がしばし考え込む。
 なるほど、内斗先輩の言う事ももっともだ。
 当日ゴタゴタするより、今のうちに決めた方が良い。

「うん。たしかに内斗君の言うとおりだね」

 日華先輩も頷いて同意した。
 他の人にも特に不満がありそうな様子はない。
 ということは次の問題は……

「じゃあどういう順番にする?」

 日華先輩の言葉に、部室の中が沈黙した。
 しばらくの間、無言の時間が続く。

 個人的には内斗先輩の位置が重要だと思う。

 なにせこの部活の一番の実力者だし。
 後は一応ディアとかの位置も重要だろうか。
 俺が考えていると、横に座っていた天野さんが手をあげた。

「あ、あの……私は一番最初がいいです」

 おそるおそると言った口調で天野さんが言う。
 部室にいた全員が驚く。

「い、いいのかい? 一番最初で?」

 日華先輩の質問に、天野さんは小さく頷いた。

「一番最初なら、私が負けてしまっても挽回できますから……」
 
 天野さんが顔をふせがちにしながら言った。
 そうか、天野さんは自分の実力を考えて最初を選んだのか。
 その健気な考えに、日華先輩が感動しつつ言う。

「分かった。それじやあ天野君が一番、次が雨宮君ね」

 日華先輩が当然のことのように言った。
 俺はその言葉に驚いて尋ねる。

「どうして俺なんですか?」

「だって仮に天野君が負けても、君で挽回できるだろ?」

 あっさりと言い放つ日華先輩。
 俺と天野さんの顔が赤くなる。

「さて、それじゃあ残りの三人だけど……」

 日華先輩がメガネをはずしながら言う。

「実は、僕は一番最後がいいんだ」

「どうしてですか?」

 内斗先輩が尋ねる。
 俺にも日華先輩の考えは分からない。
 日華先輩がフッと笑って肩をすくめた。

「切り札は最後に出てこなくちゃ、盛り上がらないだろ?」

「…………」

 内斗先輩が青汁を飲んだかのような苦い顔をする。
 頭を痛そうに押さえながら、内斗先輩が何とか声を出す。

「……分かりました。恭助は最後でいいです」

 内斗先輩の言葉に、日華先輩が手をあげて喜んだ。
 本音を言えば実力的に一番アレな日華先輩をラストにしておけば、
 日華先輩まで周らないで試合が終わると考えたのだろう。
 さすがは内斗先輩。さりげないが素晴らしい判断だ。

「うーん。じゃあ私は3番目がいいで〜す」

 ディアがのほほんとした口調で言う。
 内斗先輩が尋ねる。

「どうしてですか?」

「だって日本だと4って『死』って読めるでしょ。不吉じゃないですか〜」

 ころころと微笑みながら答えるディア。
 いいのか、このままじゃ内斗先輩がその4番目になるんだぞ。
 しかし内斗先輩は顔色一つ変えずに頷いた。

「じゃあディアさんが3番目。僕が4番目ですね」

 あっさりと承諾する内斗先輩。
 さすがはこの学校のナンバーワンにして爽やか系決闘者だ。
 思いのほかあっさりと順番が決まり、部室の空気もゆるむ。

「うん。後は……特に何もいうことないね」
 
 日華先輩が満足そうに言った。
 書類をテーブルの上に放り投げると、眠そうにあくびをする日華先輩。

「それじゃあ今日は解散。明日は9時に学校前に集合ってことで」

「は〜い」

 他の四人が答え、その日の部活は終了した。









「……それで、恭助のバカは?」

 内斗先輩が微笑みながら言った。
 顔は笑っているものの、その目は明らかに笑っていない。
 俺たちはすさまじい殺気を出している内斗先輩から目をそらした。

 翌日、時刻は午前9時。

 日華先輩以外の人間は、すでに校門に集合していた。
 休日だというのに制服姿でたむろしている俺たちは、他の人間はどう思っているのだろう。
 内斗先輩が微笑みを絶やさずに言う。

「たしか遅刻厳禁とかって言ってなかったっけ?」

「い、言ってました……」

「メンバーが足りないと失格とも言ってましたね」

「演出なんでしょうかねー?」

 各々が意見を言う。
 内斗先輩がため息をつくと、ポケットに手をいれた。
 そして黒い携帯電話を取り出して操作する。

「とりあえずメールしてみるよ」

 内斗先輩が面倒そうに言った。
 もう9時を5分ほど過ぎている。
 完全に遅刻だな、これは。

 内斗先輩がメールを送信したとき――

「やー、おまたせ〜!」

 パタパタと人が走ってくる音がした。
 ついに日華先輩が来たかと思い、俺たちが振り返る。
 俺たちの鋭い視線を向けた先には……

「き、霧乃先生!」

 天野さんが驚いて指さした。
 そこにはいつもよりカジュアルな服装の霧乃先生が立っていた。 
 驚いている俺たちと、ニコニコと微笑んでいる霧乃先生。

「霧乃先生、どうしてここに?」

「あら。だって私はDC研究会の顧問じゃなーい」

 内斗先輩の質問に、霧乃先生があっさりと答えた。
 まぁ、言っていることは正しい。一応は顧問だし、居てもいいかも……
 俺たちが考えていると、霧乃先生が楽しそうに言う。

「それにしても山の上に行くんですって? お弁当はいつ食べるの?」
 
 俺たちの間の空気がビシッと音をたてて凍った。
 不思議そうな顔の霧乃先生に、内斗先輩が言う。

「あの……今日は決闘しにいくだけで、ピクニックに行くわけではないんですけど……」

「えっ、そうなの!?」

 霧乃先生が心の底から驚いた表情を見せた。
 その言葉に内斗先輩が目をつぶって頭を押さえる。
 霧乃先生が困ったように頬に手をあてた。

「どうしましょう。だったらもっとちゃんとした格好にした方がいいかしら? ちょっとお家に戻ってもいい?」

「家に戻るんだったら置いていきますよ」

 内斗先輩が冷たく言い、霧乃先生ががっくりと肩を落とした。
 天野さんが霧乃先生に近づいて言う。

「だ、大丈夫ですよ先生。お綺麗ですよ」

「うぅ、天野さーん!」

 悲しげな声を出して天野さんに抱きつく先生。
 天野さんの顔が赤くなった。
 そういうしているうちに、時刻は10分を過ぎた。
 難しい顔をしている内斗先輩に、俺は尋ねる。

「どうします?」

「……分かった。副部長として決断を下そう」

 内斗先輩が言い、視線が集まった。
 緊張する中、内斗先輩が言う。

「とりあえず僕らは先に行こう。恭助も後から来るでしょう」

 たしかにこれ以上待っていると俺たちまで遅刻してしまう。
 日華先輩の順番は一番最後だし、合理的な判断だ。
 ディアが無邪気に微笑みながら尋ねる。

「もし来なかったら、どうするんですか〜?」

 その質問に、内斗先輩が微笑んだ。
 その笑顔を見て、俺たちの背筋がゾクリとする。

 日華先輩、来なかったら内斗先輩に殺されるな……

 俺は内斗先輩のうちから感じられる殺意に恐怖する。
 内斗先輩がいつものようにさわやかな笑顔をうかべた。

「さぁ、行こうか」

 俺たちはその言葉に頷き、風明神高校までの第一歩を踏み出した。

 






 

 風明神高校までに行く道のりがどんなものだったかは省略する。

 ただいえることは、天然が作り出した山道を延々と登り続けたこと。
 そして内斗先輩以外の人間が、中腹に着くころにはボロボロになっていたことだ。
 
 必死になって風明神高校の校門までたどりついた俺たち。
 
 肩で息をしている俺たちを出迎えたのは、人の良さそうなお坊さんだった。

「やぁやぁ、ようこそいらっしゃいました」

 にこにこと笑顔を浮かべながら言うお坊さん。
 頭はツルツルで、袈裟を着て手を合わせている。

「私、風明神高校、決闘倶楽部の顧問の篠村七尾(しのむら・ななお)と申します。遠路はるばるわざわざどうも。疲れたでしょう?」

「いえ、別にそんなことはありませんけど」

 内斗先輩が平然して答えるが、他の人間は黙っている。
 これは同意しているのではなく、疲れすぎて言葉が出ないからだ。
 ディアが肩で息をしながら俺にささやく。

「内斗先輩って……化け物?」

「……分かりません」

 俺は小さく答えた。
 篠村先生がほっほっほと笑いながら校門の中を手で示す。

「とりあえず中にどうぞ。案内しましょう」

「ありがとうございます」

 内斗先輩が頭を下げて、篠村先生の後についていく。
 俺たちもゾンビのような足取りでそれを追った。
 広々とした校庭と、木造の校舎が目に入ってくる。
 校庭を囲むようにして、うっそうとした木々が茂っていた。

「まぁ、素敵」

 霧乃先生が手を合わせて感動する。

「でも、ちょっと古い感じですね」

 ディアがその横でぽつんともらした。
 俺たちはギョッとしたが、篠村先生は笑う。

「そうですね。伝統こそありますが、ガタがきているのも事実ですよ」

 豪快に笑い飛ばす篠村先生を見て、俺たちはホッとする。
 天野さんが前を進む篠村先生に尋ねる。

「あの、ここには何人くらいの生徒さんが?」

「えぇと、何人だったかな……?」

 篠村先生が首をかしげた。
 おいおい、自分の学校の生徒数も把握できないのか。
 霧乃先生がなぐさめるように言う。

「大丈夫ですよ。私も分かりませんわ」

 そういう問題でもない。
 天野さんに続いてディアがさらに尋ねる。

「でも、ここに通うのって大変じゃないですか?」

 もっともな意見を言うディア。
 たしかにここまでたどり着くだけでも一苦労だった。
 素朴な質問に対し、篠村先生はにこやかに答える。

「あぁ、うちには寮がありますから。山を登って登校する人もいますが」

 そう言いながら篠村先生が山のさらに上の方を指さした。
 たしかに、そこには木造の寮が建っている。

「寮生活ですか。楽しそうですね」
 
 内斗先輩が褒めるが、篠村先生は首をふった。

「いえいえ。これが意外と大変なんですよ。トラブルは絶えません」

 そういう篠村先生の表情は楽しそうだった。
 なんだかんだ言って、この人も生徒と一緒にトラブルを楽しんでそうだ。
 つまり、困った大人だな。霧乃先生と同じで。

「さっ。ここです」

 校門を真っ直ぐに進み、校舎の横へと俺たちは案内された。
 そこには、これまた木造の小さな建物があった。
 両開きの扉と、その横に貼られている『決闘倶楽部』という看板。
 部室というより、雰囲気としては格闘道場とかに近い。

「ここが決闘倶楽部の部室です。さっ、どうぞ」

 篠村先生が扉を押した。
 ギギギという音をたてながら、扉がわずかに開く。
 篠村先生が扉を押さえながら中を示す。

「どうぞお上がりください。あっ、靴は脱いでくださいね」

 篠村先生が注意した。
 俺は靴を脱いで扉の前にそろえて置く。
 ディアはカバンからスリッパを取り出していた。

 足で木の冷たさを感じながら、俺は決闘倶楽部の部室へと入る。

 外から見たときより、中は案外広かった。
 いかにも道場という風な、厳粛な雰囲気が漂っている。
 奥には大きい墨の文字で『礼儀』と書かれた標語がはってある。
 そして右の壁側に正座をして並んでいる、十数名の少年たち。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 正座をしていた少年達の中から一人の少年が立ち上がった。
 ハリネズミのようにツンツンとした短髪で、真面目そうな少年だ。
 はかまをぴしっと着こなしており、すっと俺たちに向かって頭を下げる。

「自分は決闘倶楽部の副部長の清水(しみず)と申す。どうかよろしく」

「はぁ……よろしく」

 内斗先輩が頬をかきながら困った表情で言う。
 
 ――まさか、このはかまが制服なのか?

 内斗先輩の目はその疑問をありありと浮かべていた。
 俺や天野さんも少し驚いていて声が出ない。

「これが、日本の正装ってやつなの?」

 ディアが尋ねると、霧乃先生は深く頷いた。

「その通りよ。きっと昼食は赤飯ね」

 とんちんかんな答えを言う霧乃先生。
 ディアがその言葉を感心したように聞いている。
 これでまた一つ、間違った知識が増えたという訳か。

「我らの準備は出来ております。大会スタッフの方も……」

 清水君がチラリと視線をやった。
 その先には黒いスーツを着た無愛想な女性が壁によりかかっていた。
 この人が大会のスタッフだろう。なんだか迫力のある女性だ。

 清水君が内斗先輩に言う。

「どうしましょう? もう始めましょうか?」

 その言葉に、内斗先輩の顔が渋くなった。
 俺は自分の腕時計を見る。時刻は9時50分過ぎ。
 たしかにもう試合を始めてもおかしくはない時間だが……
 
「あの、どうします? まだ来てませんよね、日華先輩」

「待っててもらった方がいいんじゃないですか?」

「でももうすぐ10時になっちゃいますよ〜」

 清水君に聞こえないようにこそこそと相談する俺たち。
 それぞれの意見を聞いてから、内斗先輩がため息をつく。

「仕方がない。あんまり待たせるのも悪いし、幸いにも恭助は一番最後だから始めてもかまわないだろう。試合をしてる間に来てくれればいい」

 うーん、たしかに言っていることは正しい。
 しかし日華先輩が来なかったらどうするつもりなんだ?
 うちには予備のメンバーなんていないぞ。

「大丈夫よ。もし日華君が来なかったら先生が出てあげる」

 霧乃先生がきゃぴきゃぴとした口調で言った。
 その言葉に、内斗先輩が残念そうに首を振る。

「この大会は学生限定なんです。さすがに先生は女子高生には――」

 内斗先輩の発言が途中で止まった。
 これは霧乃先生が内斗先輩の頬をつねったからだ。
 にこにことした表情のまま、霧乃先生が言う。

「なにか言ったかしら、神崎君?」

「……ひぃえ」

 頬をつねられているせいで変な返答をする内斗先輩。
 霧乃先生が満足そうに頷いて、頬から手を離した。

「……ともかく、できるだけ恭助まで周らないうちに終わらせよう」

 内斗先輩の言葉に、俺たちは頷いた。






 
 さわやかな朝だった。
 小鳥のさえずる声。青く澄み切った空。
 さんさんと降り注ぐ、太陽の光……
 僕はベットから上半身を起こして、伸びをした。
 あくびをしながら、窓から見える景色に感動する。

「素晴らしい朝だ……」

 僕――日華恭助は微笑みながら呟いた。
 太陽は綺麗に輝き、まるで僕を祝福しているようだ。
 まさに休日の始まりにはふさわしいと言えるだろう。
 僕が感動していると、部屋のドアがノックされる。

「失礼します」

 がちゃりとドアを開けて、黒いスーツを着た初老の男が入ってくる。
 年をとっているものの、その顔立ちや振る舞いは整っている。
 初老の男が、深々と頭を下げた。

「おはようございます、お坊ちゃま」

「あぁ、じい。おはよう」

 僕はいつものように片手をあげてじいに挨拶する。
 じいがつかつかと歩き、僕に学校の制服を渡した。

「本日のお召しものでございます」

 僕はじいから渡された制服をしばらく見つめる。
 そしてぷっと吹き出して笑った。

「じい、今日は土曜日だ。学校は休みだよ!」

 僕の言葉を、じいは黙って聞いていた。
 まったく、じいにしては珍しいミスだな。
 今までこんなことはなかったのに、ついに始まってしまったのだろうか。

「それよりこの前買った服を持ってきてくれたまえ。あと朝食は何だい?」

「お坊ちゃま、今はすでに10時前でございます。とっくに朝食は終了しております」

 じいの言葉に僕は時計を見る。
 たしかに時刻は9時50分を過ぎたところ。もうすぐ10時だ。
 僕は肩をすくめて言う。

「そうか。でも何か食べるものを持ってきてくれないか? 種類はなんでもいい」

「かしこまりました。して、お坊ちゃま。本日の予定ですが……」

 じいがスーツの胸ポケットから書類を取り出した。
 僕は手をヒラヒラとふる。

「じい。今日は休日なんだ。予定なんかあるわけないだろ?」

 僕は少しだけじいの行動に不安を覚える。
 やっぱり、ボケが始まってしまったのだろうか?
 僕がじいの顔をのぞきこんでいると、じいが咳払いする。

「本日のご予定は一件だけです」

「だーかーらー、今日は休日だって――」

「決闘大会にご参加、とのことです」

 ぴたりと僕の体が固まった。
 寝ぼけていた頭が一瞬にして覚醒する。
 目を見開きつつ、僕はじいに尋ねる。

「……なんだって?」

「本日はファイブチーム・トーナメントの一回戦でございます」

 じいがゆっくり丁寧に発言した。
 無言で、僕はベットの横に置いてあった携帯電話の電源を入れる。
 安眠のために、僕は眠る前に形態の電源を切っているのだ。
 電源を入れ、メール受信画面を開く。新着メールが三件……

『恭助、起きてますか?』

『先に行ってますよ』

『早 く 来 い』

 すべて内斗君からのメールだった。
 読まなくても、内斗君が怒っているのがよく分かった。
 携帯を閉じ、僕は深呼吸をする。そして――

「どうして起こしてくれなかったんだ!」

「そのような命令は承っておりません」

「それでも気を利かせるのが執事の役目だろ!」

「ごもっともですが、本日の朝は何かと忙しく……」

 顔色一つ変えずに答えるじいを見て、僕はため息をついた。
 そしてパジャマを脱いで制服に着替え始める。

「風明神まで車だと何分かかる!?」

「残念ですがお車は使用できません」

 じいがあっさりと断定する。

「風明神高校は山の中腹にございまして、とても車で行ける場所ではありません」

「どうしてそんなところに高校なんて作ったんだ!」

「なんでも初代創立の篠村佐々五郎殿によりますと、自然に囲まれることで生徒の精神の成長を――」

「もういい!」

 律儀に答えるじいを、僕は黙らせる。
 高速で制服へと着替え、僕はバッグの中身をチェックする。
 デッキに筆記用具、ファッション雑誌にドライヤー、整髪剤。
 交通安全のお守り……よし完璧だ!
 
「よし。で、どうすれば風明神高校に行けるんだ?」
 
 バッグを背負いながら、僕はじいに尋ねる。
 髪型を整える時間がないのが気になるが、仕方がない。
 このまま遅れたら内斗君に殺されかねないし、そこは我慢しよう。

「とても簡単なことでございます」

 じいがうやうやしく頭をさげた。
 そしていつものように丁寧な口調で言った。

「走れば、よろしいかと」




第十六話  試合開始!

「それでは、これよりファイブチーム・トーナメント一回戦を開始します」

 鋭い口調で大会スタッフの女性は言った。
 道場内が静まりかえり、両チームに緊張感が漂いはじめる。
 持っている書類に視線を落としながら、スタッフの女性が言う。

「チーム・フィーバーズとチーム・祇園精舎の代表者はメンバー表を提出してください」

 その言葉に、内斗先輩がすっくと立ち上がった。
 向かい側で正座をしていた清水君も立ち上がる。
 二人がにらむ合うようにお互いを見た後、メンバー表を提出する。
 書類をさっと確認すると、大会スタッフの女性は頷いた。

「よろしい。今回は両チームとも代理人は使用しないということですね」

 俺たちはその言葉に驚いた。
 それに気付いたのか、スタッフの女性が不審そうに視線をむける。

「代理人を使用する場合は『メンバー表に』代理人の名前とその旨を記入することになっています。ですからメンバー表を提出する時点で参加を決定していなければ、代理人は使用できません」

「そ、そうですか……」

 内斗先輩が動揺を抑えながら答えた。
 これで正真正銘、日華先輩が来ないと話しにならないことになった。
 どうせ寝坊でもしてるんだろうが、早く来てくれないとまずい。

「それでは第一試合を開始したいと思います」

 俺たちの不安をよそに、スタッフの人が話しを進める。
 いよいよ部活の存続を賭けた大会が始まってしまった。
 スタッフの女性がメンバー表を見てから言う。

「第一試合、フィーバーズ代表・天野茜選手、前へ」

「は、はい……」

 俺の横に座っていた天野さんが緊張した様子で立ち上がった。
 いつも以上にその表情は不安そうでオドオドとしている。
 ぎくしゃくとした動きで、前へと出ていく天野さん。

「がんばってねー、天野ちゃーん!!」

 ディアが声を張り上げながら手をふった。
 天野さんが苦笑するように微笑む。

「続いて祇園精舎代表・高野鍵太郎(たかの・かぎたろう)選手、前へ」

 壁際に正座しているはかま姿の集団の中から、一人の少年が立ち上がった。
 例によって着ているのははかまだが、それ以上に目をひくのは髪型だ。
 清水君や他の人たちも髪は短かったが、高野君は完全にぼうず頭だ。
 さすがにツルツル頭というわけではないものの、今時珍しすぎる。

 高野君は前へ出ると、天野さんへ向けて頭を深々と下げて言う。

「どうか、よろしくお願いいたします」

「あっ。よ、よろしくお願いします!」

 慌てて天野さんも頭を下げる。
 それにしても格好に振舞い方、それにこの厳粛な雰囲気の決闘場。
 どうもこのチームは礼儀を重んじるタイプの集団のようだ。
 
「いかにも日本人って感じね、相手チーム」

 ディアがこっそりとささやいてくる。
 たしかにディアみたいな外国人からのイメージとしてはこんな感じかも。
 そういう意味では日華先輩なんかは異質な存在だな。変人とも言える。

「それでは、両者共に準備はよろしいですね?」

 大会スタッフの言葉に二人は頷いた。
 二人がデッキをセットして構える。それを見て、スタッフの人が叫んだ。

「それでは、決闘スタート!!」


「――決闘ッ!!」


 天野  LP4000

 高野  LP4000


「先攻は自分から。ドロー」

 高野君がカードを引いた。
 そして手札からカードを一枚選択して場に出す。

「自分は永続魔法、悪夢の拷問部屋を発動」


悪夢の拷問部屋  永続魔法
相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。


「さらに手札よりステルスバードを召喚」

 場に透明な鳥が翼を広げた格好で現れる。
 正確にはその場が歪んでいて輪郭が見えるため、完全には透明じゃない。
 それはさておき、あの鳥はやっかいだな。


ステルスバード
星3/闇属性/鳥獣族/ATK700/DEF1700
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


「ステルスバードの効果を発動。このカードを裏側守備表示へ」

 ステルスバードの体が光り、裏側のカードへと姿が変わった。
 天野さんは不思議そうにその様子を見ている。

「さらにさらに、手札よりレベル制限B地区を発動」


レベル制限B地区  永続魔法
フィールド上に表側表示で存在するレベル4以上のモンスターは全て守備表示になる。


「これで互いにレベル4以上のモンスターは攻撃不能となった。ターンエンドです」

 さすがに大会なだけあって相手も本気か。
 礼儀正しさとは裏腹に面倒な戦術を披露する高野君。
 どうやら天野さんはやっかいなロックデッキと当たってしまったようだ。

「がんばってねー。あんなロックなんてさっさと壊滅させちゃいなさい!」

 ディアが声援を送る。
 その声を聞いて、天野さんがおどおどとしながら振り返る。
 俺たちの方を見ながら、不安そうに尋ねる。

「あ、あの……ロックって何ですか? 岩?」

 俺たちがいっせいにポカンとした表情を浮かべた。
 その横で霧乃先生がうんうんと頷く。

「さすが天野さん。英語の勉強もバッチリね」

 先生は分かっていないようだ。そうではない!
 以前に説明したような気もするが、どうやら忘れてしまったらしい。
 頭を押さえている俺の横で、ディアが叫ぶ。

「と、ともかく! あの変なカードを破壊すればいいのよ!」

 ディアがレベル制限B地区のカードを指さした。
 これは決闘中のアドバイスに当たるのではないかと思ったが、
 審判でもある大会スタッフは知らんぷりをしている。
 どうやらこの程度の会話ならOKらしい。ずさんだ。
 
 それは置いといて、ディアの指摘は正しい。
 
 あの手のロックデッキはロックパーツを破壊すればいい。
 ロックさえ解いてしまえば、後はどうにかなるだろう。
 しかしディアの言葉を聞き、天野さんの表情が曇った。

「あ、あの……」

 実に申し訳なさそうにもじもじとする天野さん。
 首をかしげている俺たちに向かって、言う。

「相手の魔法を破壊するカードなんて、私持ってません……」

 俺たちの間の空気が、音をたてて凍った。



 ――五分後。



「……自分は火炎地獄を発動!」

火炎地獄  通常魔法
相手ライフに1000ポイントダメージを与え、
自分は500ポイントダメージを受ける。


「これによって、あなたは1000のダメージを受ける」

「ううぅぅ……」


 天野  LP800→0


 天野さんが悲痛な声をあげてダメージを受けた。
 ソリッドヴィジョンが悲しげに消えていく。
 大会スタッフの女性が声をあげる。

「そこまで。勝者、祇園精舎・高野選手!」

 その言葉で向こうのチームから歓喜のどよめきが起こった。
 深く頭をさげてから、場から下がる高野君。
 とぼとぼとした足取りで、天野さんがこっちへと帰ってくる。

「ご、ごめんなさい。私、ああいうデッキとは……」

「仕方がないです。元気出してください〜」

 しょんぼりとしている天野さんをディアが慰める。
 そして俺のことをにらみつけ、鋭い口調で言う。
 
「あんたねぇ、普通は魔法・罠を破壊するカードくらい入れるでしょう。デッキチェックしてて気付かなかったの?」

「……すみません。見落としてました」

 たしかにデッキのアドバイスを受けていたのは俺だ。
 初心者の天野さんに言わなかった俺に責任がある。
 ディアに怒られている俺に気付いた天野さんが慌てる。

「あ、雨宮君は悪くないです。私が――」

「いえ。ディアの言っていることは本当ですから」

 俺は天野さんの発言をさえぎって言う。
 どうにしろ一敗したことに変わりはない。
 日華先輩に順番を回さないためにも、負けられない。

「それでは第二試合、フィーバーズ代表・雨宮透選手、前へ」

「はい」

 スタッフの人に返事をして、俺は立ち上がる。
 横に置いたカバンから決闘盤とデッキを取り出す。
 そして不安そうな目で見ている天野さんに、俺は言う。

「大丈夫です。ちゃんと挽回しますから」

 そう言い残して、俺は前へと出た。









 自然はいいよね。
 都会の騒々しさに比べ、この山の中はなんと穏やかだろう。
 生い茂る木々、吹き抜ける風。太陽は輝き、そこかしこから鳥の鳴き声が聞こえる。
 大自然に囲まれながら、僕はフッと一人で笑った。そして――

「なんでこんな道しかないんだー!!」

 天にむかって僕は叫んだ。
 近くの木々から鳥が羽ばたいていく音がする。
 肩で息をしながら、近くにあった大きな木によりかかる。

 くそう、どうして僕がこんな目に……

 僕はポケットから手鏡を取り出した。
 険しい山道を登っているせいか、髪型は乱れに乱れている。
 いくら時間がないとはいえ、こんな姿を見られる訳にはいかない。
 髪を手で整えながら、僕の口から思わず文句が出る。

「だいたい山の中腹に学校なんてのがナンセンスなんだよ。もっとこう……都会的で洗練された場所に作ったほうが絶対に良いのに。これだから昔の人は……」

 髪型を整え終え、僕は腕時計を見る。
 時刻は10時15分。急いで走ってきたとはいえ、これは完全に遅刻だな。
 しかも……

 僕は道の先を見る。何も見えない。

 いいかげん僕の繊細でナイーブな心は折れそうになる。
 しかし諦めようとする度に、頭の中に内斗君のイメージが現れる。
 腕を組みながら、ひきつった笑顔をうかべる内斗君だ。

『遅刻した上に諦めるだなんて、いい度胸してますね恭助……』

 僕は内斗君のイメージに恐怖する。
 諦めたら、彼は間違いなく僕をひどい目にあわせるだろう。
 ため息をついて、僕は頭上に輝くおてんと様を見て祈る。

 疲れたし、僕の出番が来ないまま試合が終わればいいなぁ……

 さんさんと輝くおてんと様が、僕のお願いを聞いてくれたかどうかは分からない。
 しかし、ふと視線をそらしたところに、僕は妙な物を見つけた。

 僕のよりかかっていた木。その上の方の枝に、なにか大きな物体の影が見えた。

 太陽の光が降り注いでいるので、よくは見えない。
 しかし少なくとも鳥とかの影には見えない。なんだアレ?
 しばし考えた後、僕は立ち上がり、木に向かい合う。
 そうして深呼吸をしてから、木を思いっきり蹴った!
 がさがさと木の枝が勢いよく揺れる。そして……

「わひゃああぁぁ!!」

 叫び声と共に、僕の目の前に人が落ちてきた。
 僕は呆然として呟く。

「アンビリーバボー。木から人が落ちてきた……」

 僕は目の前の人物を見た。
 濃い茶色の短髪で、今風の派手な色のシャツにジーパンを着ている。
 首からはネックレスをぶらさげ、腕には明るい色のブレスレット。
 腰の辺りではシルバーのチェーンがじゃらじゃらと音を立てている。
 
 分かりやすく言うと、今風のちゃらけた少年がそこにはいた。

 見た感じでは、年齢は僕と同じくらいだろうか。
 着地のさいに頭をうったらしく、痛そうに後頭部をさすっている。

「痛たたた……なんだ、いったい?」

 ぼんやりとした口調で少年は言った。
 のそのそと立ち上がると、振り返って木を見上げる。

「せっかく人が昼寝してたのに、何が起こったんだ?」

 不思議そうに腕をくんで考え込む少年。
 どうやら僕が木を蹴ったところは見ていなかったようだ。
 それにしても木の上で昼寝なんて変わってるな。
 とりあえず声をかけてみる。

「おい。大丈夫かい?」

「ん? 誰だ、お前?」

 少年が振り向き、初めて僕の方を見た。
 ぽりぽりと頬をかきながら、少年がのんびりとした口調で言う。

「こんなとこで何してんだ? 遭難したのか?」

「いや、そういう訳ではない」

 僕は丁寧な口調で答えるが、少年は興味なさそうに視線をそらした。
 ふぁーっと大きなあくびをすると、その場で伸びをした。
 僕がいうのもなんだが、かなりマイペースな感じだな。

『本当、恭助にだけは言われたくないでしょうね』

 イメージの内斗君が現れて言うが、僕は無視する。
 ようやく目が覚めてきたのか、少年が尋ねる。

「それで……結局のところあんた何してるんだ?」

 少年が疑わしそうに僕のことを見る。
 僕は人差し指を天に向けながら、微笑んで答える。

「ちょっと雲の上に用があるのさ」

 僕は自分の詩的な答えに我ながら感動する。
 しかし少年は驚いて尋ねる。

「えっ。それって自殺希望ってことか?」

「…………」

 僕は無粋な少年の考え方に言葉が出ない。
 たしかに僕のような絶世の美少年が自殺すれば、
 それはそれで絵とか話しにはなるかもしれない。

 だが僕は畳の上で死にたいんだ!

 どこか楽しそうな顔で僕の反応を待っている少年。
 僕はため息をついて答える。

「雲の上ってのは嘘だ。本当は風明神に用がある」

「なんだ。風明神高校に行くのか……」

 少し残念そうな表情を浮かべる少年。
 なんて不謹慎で無礼な人間だ。これだから今時の若い者は……
 眠そうにあくびをしてから、少年がすっと木の横を指さす。

「風明神に行くなら、この脇道を通ってくといいぜ」

 少年が指さしたところには、デコボコとした道が続いていた。
 僕は驚いて少年を見る。少年がニカッと微笑んだ。

「急いでるんだろ。ここを通れば近道できるぜ」

「君ってやつは……」

 僕は少年の手を握りしめた。
 少年の行動に感動して、言葉が出ない。
 見た目的にも洗練されてるし、この少年は良い人だ。
 僕は涙を流しながらお礼を言う。

「ありがとう。君は素晴らしい人間だよ」

「よせよ。困ってる人は助けるのが礼儀だろ」

 その言葉に照れたように視線をそらす少年。
 僕は少年の手をゆっくりと離すと、バッグを手に持った。
 
「それじゃ、この恩は忘れないよ」

 片手をあげて挨拶する僕に、少年は手をふってくれる。

「あぁ。気をつけてな」

 その言葉を受け止めると、僕はデコボコとした道を進み出した。
 時間的にはおそらく二つ目の試合が終わっているころだろう。
 急がなくては、失格になってしまうかもしれない。

 待ってろ、みんな!

 心の中で決意を固め、僕は風明神に向けて急いだ。









「……VWXYZでダイレクトアタック」

「うわあああぁぁぁー!!」


 服部  LP500→0


 対戦相手が衝撃でしりもちをついた。
 ソリッドヴィジョンが消え、少しの沈黙が決闘場に流れる。

「そこまで。勝者、フィーバーズ・雨宮透選手!」

 スタッフの女性が言い、会場がざわめきはじめる。
 礼をしている対戦相手を無視して、俺はみんなの下へ戻った。
 嬉しそうな内斗先輩とディアに霧乃先生、天野さん。
 決闘盤を腕からはずして、俺は言う。

「これで挽回しましたから、後はよろしく」

 ポンとディアに決闘盤を渡す。
 頷くディア。天野さんの隣りに座ると、天野さんが話しかけてくる。

「あ、あの……雨宮君、ありがとう」

「……どうも」

 俺は軽く頭を下げて答えた。天野さんが微笑む。
 これで一勝一敗。残りは二勝すればうちのチームの勝ちだ。
 しかしまだ問題はある。

「あの……まだ来てませんよね、日華先輩?」

 俺が尋ねると、内斗先輩は黙って頷いた。
 もう時間は10時15分を過ぎている。
 まだ来てないとは……まずいんじゃないか?

「大丈夫ですよ〜、私と内斗先輩が勝てば問題ないです〜」

 ディアがにっこりと笑いながら言う。
 どうやら決闘するときはディア・ローナリアのキャラでやるらしい。
 まぁ本来のテンションではやらない方が無難だろうな。
 スタッフの女性が言う。

「それでは第三試合、フィーバーズ代表・ディア・ローナリア選手、前へ」

「は〜い」

 のんびりとした口調で返事をするディア。
 立ち上がろうとするディアの背中に向けて、内斗先輩がささやく。

「できれば、時間稼ぎのために長期戦にしてもらえないかな?」

「は〜い。わかりました〜」

 にっこりと笑ってディアが前へと出る。
 まるで踊るような軽い足取りだ。
 天野さんがその姿に感心する。

「すっごい余裕ですね、ディアさん」

「まぁ、実力『だけ』はありますからね」

 一部の文字を強調して、俺は言う。
 天野さんが不思議そうに首をかしげている。

「続いて祇園精舎代表、伊賀明代(いが・みょうだい)選手、前へ」

 はかまを着た少年が立ち上がった。
 ディアがにっこりと笑顔を見せる。

「はじめまして〜、ディア・ローナリアです。よろしくおねがいしま〜す」

「よ、よろしく……」

 マイペースなディアに押されて、伊賀君が戸惑った表情で礼をする。
 その頬が赤くなっているのが、男の悲しいところだ。
 両者が向かい合い、大会スタッフの人の鋭い声が飛ぶ。

「それでは第三試合、決闘スタート!!」


「――決闘ッ!!」


 ディア  LP4000

 伊賀   LP4000


「私からいきますよ〜。ドロー」

 ほわほわとした口調で言うディア。
 何の文句もなく頷く伊賀君。
 やめとけ、そいつは悪魔だぞ。

「私は……このカード、ワタポンちゃん!」

 ポンという音と共に出てきたのは白いもふもふ。
 つぶらな瞳の可愛らしいモンスターだが、俺にとっては嫌いなカードだ。
 あの姿を見ていると、いつぞやの夜を思い出すからな。


ワタポン
星1/光属性/天使族/ATK200/DEF300
このカードが魔法・罠・モンスターの効果によって自分のデッキから手札に加わった場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


「うーん。どうしようかな〜」

 手札を見て考えこむディア。
 あれが奴なりの時間稼ぎなのだろうか。チープだ。

「……ターンエンドでーす!」

 たっぷり考えてから言うディア。
 場には結局、守備表示のワタポンだけ。大丈夫なのか?
 まぁ、まだ先攻1ターン目だから相手も無茶してこないと思うが。

「ぼ、僕のターンですね。ドロー」

 頬を赤らめつつ、カードを引く伊賀君。
 にっこりと微笑むディアの姿を見て、手が震えている。
 俺からすれば、もう見てられない状況だ。

「て、手札から重装武者−ベン・ケイを召喚します!」


重装武者−ベン・ケイ
星4/闇属性/戦士族/ATK500/DEF800
このカードは通常の攻撃に加えて、
このカードに装備された装備カードの数だけ、
1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。


 場に出てきたのは何本もの弓が刺さった武者だった。
 いかにも武人という雰囲気をかもしだして、殺気に満ちた目でディアをにらんでいる。

「きゃー、怖〜い!」

 ディアが体を震わせるが、どう見ても怖がっているようには見えない。
 いや、他の人間には見えるのかもしれないが、とんだ茶番だ。

 しかしこれはひょっとして……

「て、手札から、装備魔法を発動します!」

 目がハートマークになっている伊賀君が手札からカードを発動した。
 しかも……一気に三枚も。


デーモンの斧  装備魔法
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事でデッキの一番上に戻す。


ビッグバン・シュート  装備魔法
装備モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードがフィールドから離れた場合、
装備モンスターをゲームから除外する。


稲妻の剣  装備魔法
戦士族のみ装備可能。装備モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせ、
フィールド上の水属性モンスター全ての攻撃力を500ポイントダウンさせる。


 重装武者−ベン・ケイ ATK500→ATK2700


 きゃぴきゃぴとしていたディアの表情が凍りついた。
 その顔がグールズ幹部のときの顔に戻っている。
 震える手で、ベン・ケイを見るディン。

「ちょ、ちょっと……」

「ベン・ケイでワタポンを攻撃!」

 武人が飛び上がり、白いもふもふを粉砕する。
 守備表示だったがビックバン・シュートの効果で貫通ダメージが入る。


 ディア  LP4000→1600


 ベン・ケイは装備魔法の数だけ攻撃回数を増やす能力を持っている。
 つまりベン・ケイはまだ3回攻撃することができるということだ。
 ディアの場には、もうカードはない。クリボーでは一回の攻撃しか防げない。

 つまり……これは、詰みということだ。

「ベン・ケイでダイレクトアタック!!」

 伊賀君の声が無情にも響いた。
 ベン・ケイがギラギラとした目つきで、武器をかまえ飛び上がる。
 ふりかぶり、呆然としているディアをベン・ケイは切り裂いた。

「きゃああぁぁー!!」


 ディア  LP1600→0


 ソリッドヴィジョンが消え、決闘が終了した。
 不気味なまでの静寂が道場を包み込む。
 ポカンとしているディアのところへ、伊賀君が駆け寄る。
 その手には、なにやら紙切れのようなものが。
 
 伊賀君が言う。

「あ、あの……これメールアドレスなんですけど、もしよければ……」

 この言葉を聞き、ディアがはっと我に返ったようだった。
 しばし呆然と差し出された紙を見るディア。そして――


 バチィン!!


 鋭い音が道場内に響いた。
 これは伊賀君の頬にディアがビンタをかました音だ。
 頬を押さえてその場に倒れこむ伊賀君。
 その姿を見下ろしながら、ディアが涙をうかべて言う。

「あ、あんたなんて最低よ! バカァー!!」

 伊賀君の顔に衝撃が走った。
 プイと顔をそむけると、そのままディアがこちらへ駆け戻ってくる。
 あまりの出来事に、しばし時間が止まったかのような沈黙が流れる。

「しょ、勝者、祇園精舎・伊賀選手……」

 大会スタッフの女性の声で、俺たちは我へと返った。
 道場内が一気にざわざわと騒がしくなる。

「だ、大丈夫ですか!? ディアさん!」

 涙をうかべてメソメソとしているディアを、天野さんが心配する。
 メガネをずらして、涙をぬぐいながらディアが言う。

「うぅっ。ごめんなさい、負けちゃいました……」

 シクシクと悲しげな声を出すディア。
 これが本当に泣いているのか嘘泣きなのかは分からない。 
 分かっているのは、俺たちのチームの敗退にリーチがかかったこと。
  
 そして勝ったはずの伊賀君が一番ショックを受けていることだ。

 完全に燃え尽きているいる伊賀君を、何人かの男子が運んでいく。
 その男子の口からは数々のなぐさめの言葉が語られているが、
 伊賀君は心ここにあらずといった様子で、反応していない。

「残酷ですね……」

 内斗先輩が呆然とした様子で呟いた。
 その言葉に、俺は深く頷いた。

「そ、それでは次の第四試合を始めます!」

 大会スタッフの女性も気を取り直し、声をあげた。

「フィーバーズ代表、神崎内斗選手。祇園精舎代表、清水吾郎(しみず・ごろう)選手。前へ」

 内斗先輩が集中した面持ちで立ち上がった。
 向こうでも黙想していた清水君が目を開けて立ち上がる。
 緊張した空気が道場に戻ってきた。

「あ、あの、内斗先輩……」

 内斗先輩にディアが気まずそうに話しかける。
 振り返る内斗先輩に、ディアが顔を伏せながら言う。

「ごめんなさい。私、その……」

「気にすることはない」

 内斗先輩がディアに向かい合った。
 そして優しく微笑んで見せる内斗先輩。

「僕が勝てばイーブンだ。何の問題もないさ」

 自信満々に言う内斗先輩。
 その言葉からは自分が負けることなど一切考えられていない。
 目を丸くするディアに、内斗先輩は手をあげる。

「それじゃ、行ってくるよ」

 決闘盤を持って前へと進む内斗先輩。
 すでに清水君は決闘盤を装着し、その場に立っていた。

 二人の視線がぶつかる。

 無言でにらみあう二人の決闘者。
 今までで一番の緊張感が道場を支配する。
 と、清水君がすっと頭を下げた。

「先ほどの騒ぎ、まことに申し訳ない……」

 予想外の行動に、驚く内斗先輩。
 一瞬だけポカンとした表情を浮かべると、すぐに頷いた。

「あぁ。いえ、別に気にしてませんよ」

 爽やかに答える内斗先輩。
 ディアは不満そうな顔をしているが、自業自得だ。
 清水君が決闘盤を構える。

「名乗ったと思うが、自分は決闘倶楽部の副部長、清水吾郎と申す」

 神妙な口調で言う清水君。
 無言で、内斗先輩はそれを見ている。
 清水君が鋭い視線を向けながら言った。

「正々堂々、勝負いたそう」

「……えぇ。望むところですね」

 いつもとは違って真剣な表情で答える内斗先輩。
 デッキをセットし、決闘盤を構える。

「両者共に準備はいいですね?」

 スタッフの声に、二人の決闘者は頷いた。
 大会スタッフの女性が右手を垂直にあげる。

「それでは、決闘スタート!!」




第十七話  似たもの同士

 風丘高校、体育館。
 土曜日なので学校の授業はなく、当然のことながら人は少ない。
 ぽつぽつと決闘をしている人間を、一人の少女が眺めていた。

「なんだかつまらなそうですね、部長」

 むすっとした表情を浮かべていた白峰に、倉野が話しかける。
 いつものように妖しげな服装だが、今の白峰にそれを指摘する元気はない。
 倉野には顔も向けようとせず、白峰は不満そうに呟いた。

「だって今日の試合、私に周る前に終わっちゃったから」

 今日はファイブチーム・トーナメントの一回戦。
 DECは敵チームを相手に三連勝し、二回戦進出を決めている。
 部長である白峰は一番最後だったので、決闘はしていない。
 頬をふくらませながら、白峰は壁によりかかった。

「楽なのは助かるけど、つまんないわ」

 部長としては不謹慎な発言をする白峰。
 しかし倉野はその発言を聞いてクスクスと笑いをもらした。
 不思議そうな顔をする白峰に、倉野が微笑みかける。

「なんだか日華殿みたいなこと言ってますわね」

「そ、そんなことないわよっ!」

 倉野の言葉を慌てて否定する白峰。
 しかし倉野は心を見透かすように白峰のことを眺めている。
 白峰の顔が急激に赤くなっていく。

「そういえば……DC研究会の方々も今日は試合でしたわね」

 ふと思い出したかのように手をポンと叩く倉野。
 話題がそれて、白峰は内心ホッとした。

「そういえばそうね。まっ、あいつらじゃ無理よ。勝てないわ」

 肩をすくめながら、白峰は言った。
 それを見て、倉野が静かな口調で言う。

「それはどうでしょうか」

 やんわりとしているが、自信に満ちた言葉だった。
 白峰が眉をひそめて尋ねる。

「なに? ひょっとして占ったの?」

 倉野は学園でも有名な占星術師だ。
 その占いの実力は高く、超高確率で当たる。
 もし倉野が占ったとしたならば、納得できる。
 だが白峰の考えとは裏腹に、倉野は首を横にふった。

「いいえ。わたくしはお楽しみは最後にとっておく方なので、そのような真似はいたしませんわ。ただの勘ですよ」

 あっさりとした口調で言う倉野。
 白峰がその答えにしばし呆然とした表情を浮かべた。
 にこにことした倉野とは対照的に、白峰はため息をつく。

「時々、詩織のことが分からなくなるわ……」

「あら。それは失礼なことですわ」

 倉野がにっこりと天使のように微笑む。

「わたくしはただの女子高生ですわ。占いが趣味の」

「…………」

 ただの女子高生に未来を見通すなんてできやしない!
 そう思ったが、白峰は疲れていたので声には出さなかった。
 疲れきった表情で、白峰は頷く。
 
「……まぁ、詩織の勘は鋭いから、当たるかもね」
 
「はい。しょせんは勘ですから」

 きゃぴきゃぴと答える倉野。
 白峰はため息をついて、視線をそらした。










 風明神高校、決闘場。
 すさまじい緊張感が道場内を包み込んでいた。
 対峙する二人の決闘者。互いに死力を尽くした戦い。
 力と技がぶつかりながら、二人の決闘は進んでいった。
 
 だが、それももう終わる。

「――魔導ギガサイバーで、ダイレクトアタック」

 すっと内斗先輩が手を伸ばし指さす。
 鋭い眼光は真っ直ぐに清水君へと注がれている。
 内斗先輩の声に反応し、装甲を纏った大男が拳をふりあげた。
 冷や汗をかきながら、清水君がそれを見て微笑む。

 清水君の場には、もうカードはなかった。

 清水君が微笑みを浮かべたまま目を閉じた。
 魔導ギガサイバーが凄まじい勢いで突き進む。
 そして――

「ぐっ……!」


 清水  LP1000→0


 大男の拳が清水君を直撃し、LPがゼロになった。
 すうっとソリッド・ヴィジョンが消えていく。
 不思議な静寂が、しばらくの間流れた。

「そこまで。勝者、フィーバーズの神崎内斗選手!」

 審判をしていた女性スタッフの声が響いた。
 その言葉を合図に、張り詰めたような緊張感が消える。
 膝をついている清水君の下へ、内斗先輩が駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

 心底、心配そうな内斗先輩。
 その表情を見て、清水君がフッと笑った。

「心配ない。この程度、どうということはない」

 立ち上がり、はかまをはらうように叩く清水君。
 それを見てホッとした表情をうかべる内斗先輩。
 清水君が内斗先輩に向き合う。

「素晴らしい強さだった。まだまだ自分も修行不足だな」

「いえ、そんなことはありません。十分、強かったです」

 内斗先輩が爽やかに答えた。
 優しく微笑む内斗先輩に、清水君が右手を差し出した。

「また、いつか決闘しよう。良い決闘だった」

「……えぇ、こちらこそ」

 がっちりと握手を交わす二人。
 その光景に両チームから大きな拍手がおこる。
 感動した霧乃先生が、涙をふきながら言う。

「いいわ〜。これが青春ねぇ……」

 ポケットからハンカチを取り出す霧乃先生。
 その横ではディアもホロリと涙している。
 俺も胸のあたりが熱くなっていくのを感じた。
 内斗先輩が微笑みながら戻ってくる。

「ただいま。なんとか勝ったよ」

 そう言って決闘盤をはずす内斗先輩。
 さすがナンバーワン決闘者だ。まだ余裕がある。
 嬉しがっている俺たちを見てから、内斗先輩が周りを見渡す。

「それで……恭助は?」

 ピタリと感動していた俺たちの間から会話が消えた。
 かわりにどんよりとした空気がチーム内にただよいはじめる。
 すべてを察した内斗先輩は、深くため息をついた。

「あのバカ……」

 頭を押さえて目をつぶる内斗先輩。
 さっきまであった余裕はどこかへ消えてしまっていた。
 
 内斗先輩が勝利したので、戦績は2勝2敗。

 残りの最終試合で結果が決まることになる。
 だが、肝心要の日華先輩がいない。
 そうなればこの試合は不戦敗となり、俺たちの負けとなる。
 
「どうします? 頼んで待っててもらいますか?」

 俺が内斗先輩に尋ねると、内斗先輩は首を横に振った。

「いや、恭助も言ってただろう、遅刻厳禁だって。無理だと思いますよ」

 あっさりと断言する内斗先輩。たしかにその通りだ。
 その言葉に、しょんぼりとする天野さんとディア。
 顔を伏せ、二人の口から反省の言葉が出る。

「ごめんなさい。私が負けちゃったから……」

「ううん。大会なのに油断した私が一番悪いわ……」

 暗い表情になる二人を、内斗先輩が慌ててフォローする。

「いえ、間違いなく一番悪いのは恭助ですよ!」

 そう言いながら、二人の顔をあげさせる内斗先輩。
 にっこりと微笑みながら、内斗先輩が二人に語りかける。

「皆はよくがんばりました。過ぎたことを気にする必要はありません」

「内斗先輩……」

 天野さんとディアがその言葉に感動する。
 涙をぬぐう二人を見ながら、内斗先輩は続ける。

「大丈夫です。これで敗退になったら僕が恭助をボコボコにしますから」

 さりげなく日華先輩の処刑宣告をする内斗先輩。
 温厚な内斗先輩もついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
 微笑みつつ、心の奥底からにじみ出る殺意を感じる。
 俺は、心の中で日華先輩に手を合わせた。

「それでは、最終試合を開始します!」

 女性スタッフが声をあげた。
 これで正真正銘、時間切れというわけか。
 DC研究会の廃部は決定となる。

「最終試合、フィーバーズ代表・日華恭助選手!」
 
 しーんとなる道場。
 当然のことながら日華先輩がいないので返事も何もない。
 スタッフの人が不審そうにこちらのチームを見る。

「フィーバーズ? 日華選手はどこですか?」

 ついにこのときがやって来てしまったか。
 ゆっくりと内斗先輩が立ち上がる。万事休すか。
 内斗先輩が口を開けて事情を言おうとしたその時――


 バーン!!


 道場の扉が勢いよく開いた。
 中にいた人間の視線が扉の方へと集まる。
 太陽からの逆光をあびながら、肩で息をしている一人の人物。
 内斗先輩が額に手を当てて視線をそらした。ディアが言う。

「よ、妖怪?」

「誰が妖怪だ!」

 大きな声で反論する黒い影。
 まるで女みたいに長い髪の毛、見覚えのある制服。
 そして全体から感じるへらへらとしたオーラ。

「ひ、日華先輩!」

 天野さんが叫んだ。
 日華先輩がかっこつけたように微笑む。
 その頭から木の枝と葉っぱが落ちた。

「ど、どうしたんですか日華先輩。その格好?」

 ディアが驚いて尋ねた。
 日華先輩の格好は、まるで今まで山の中で暮らしてきたかのようにボロボロだった。
 全身には木々の葉っぱがまとわりついているし、ところどころが泥で汚れている。
 まるで遭難したような姿だ。日華先輩が肩をすくめる。

「なあに、ちょっと近道してきてね」

 フッと笑いながら、体についた泥とか葉っぱをはらう日華先輩。
 道場内が汚れるのを見て、向こうのチームの視線が鋭くなる。

「ちょ、ちょっとマズイですよ恭助!」

 慌てて内斗先輩が日華先輩を注意する。
 そして落ちた葉っぱや泥と一緒に先輩を外へと追い出した。
 
「なにするんだよ内斗君!」

 日華先輩が文句を言うが、内斗先輩ににらまれて黙る。
 ささやくようにして、内斗先輩が言った。

「いいですか? 向こうのチームは礼儀を重んじるタイプのチームです。下手に無礼なことして刺激しないで下さい。あと靴も脱いで下さいね」

「……わかったよ、悪かったよ」

 珍しく素直に謝る日華先輩。
 よっぽど内斗先輩ににらみつけられたのが効いたのだろうか。
 道場の外で汚れをおとすと、靴を脱いで中へとあがる。

「それで、今はどういう状況なの?」

 持っていたカバンを置いて、能天気に尋ねる日華先輩。
 内斗先輩が決闘盤を日華先輩にむかって投げる。

「2勝2敗。あなたの勝負で決着がつきます」

 その言葉を聞きながら決闘盤をキャッチする日華先輩。
 ディスクを装着して、日華先輩は微笑んだ。

「なるほど。つまり僕が勝てばいいのか。これは悪くない状況だね」

 無駄に余裕な発言をする日華先輩。
 自分の実力がアレなのに、ここまで言いきれるのはある意味すごい。
 カバンからデッキを取り出し、ルンルンとした足取りで前に出る。

「それで、対戦相手は誰?」

 フレンドリーに大会スタッフの女性に話しかける日華先輩。
 スタッフの女性がその言葉にハッとなる。

「最終試合、祇園精舎代表・篠村八宝(しのむら・はっぽう)選手!」

 俺たちのチームに緊張が走る。
 いったいどんな人間が出てくるのだろうか?
 期待と不安の入り混じった視線を、相手チームへと向ける。

 ――静寂が流れた。

「篠村八宝選手? どこですか?」

 大会スタッフが向こうのチームに問いかける。
 なおも続く静寂。清水君が青い顔をして立ち上がった。
 不思議そうな顔の大会スタッフに向かって、清水君が言う。

「篠村八宝は――」


 バーン!!


 清水君が言いかけたとき、また道場の扉が開いた。
 再び視線が扉の方へと集中する。いったい今度は何だ?

 視線の先にいたのは、一人の少年だった。

 派手な色のシャツに、ジーパン。茶色の短髪で、腰には銀のチェーン。
 そこいらじゅうにアクセサリーをつけた、ちゃらけた少年がそこにはいた。
 ぽりぽりと頬をかいている少年を見て、清水君が叫ぶ。

「八宝!」

 ぼんやりとしていた少年がその声に反応した。
 清水君の顔を見てから、微笑んで片手をあげる。

「よっ」

「『よっ』じゃないわ! どこへ行っていた!」

 怒り心頭の様子で清水君は少年に尋ねる。
 少年がはっはっはと笑いながら、手をヒラヒラとさせた。

「いやー、悪い悪い。ちょっと昼寝してた」

 全く悪びれた様子もなく答える少年。
 チェーンをジャラジャラとならしながら、向こうのチームの下へ。
 清水君が苦い顔で少年を見ている。日華先輩が尋ねた。

「ねぇ、礼儀を重んじるチームじゃなかったの?」

「……そのはずなんですけど」

 内斗先輩が答えた。
 たしかに向こうのチームは今までは基本的に礼儀正しかった。
 しかしあの篠村八宝は、明らかに礼儀という言葉から180度かけ離れた存在だ。
 どう控えめに言っても、礼儀正しいとはまず言えない。

「その格好はなんだ八宝!」

 八宝の服装を指さしながら怒鳴る清水君。

「今日は正装だと言われただろう。なんで私服なんだ!」

「わりい。忘れてた」

 微笑みながら、ケロッと答える八宝。
 その言葉を聞き、清水君がますます頭をかかえる。

「まあまあ、そう落ち込むなよ。真の礼儀正しさってのは、見た目じゃなくて心にあるものなんだぜ!」

 にこやかな表情をうかべて、八宝は言う。
 なぐさめているつもりなのかもしれないが、明らかに逆効果だ。
 清水君が八宝の手をはらいのけて、立ち上がる。
 怒りに燃えながら、清水君が八宝をにらみつけた。

「まったく、お前の無礼さにはほとほと愛想がつきる!」

「そんな怒るなよー。友達だろー」

 微笑みながら清水君をなだめる八宝。
 しかしそれでは効果がないと判断したのか、
 八宝が手を合わせて苦笑しながら言う。

「悪かったよ。でもさ、ほら、ヒーローは最後に登場するものだろ?」

 その言葉を聞いてますます清水君の顔が険しくなった。
 無言でにらみつける清水君と、苦笑する八宝。

 その光景を見ながら、俺はあることを感じていた。

 あの無礼さ。あのやりたい放題な感じ。
 似ている。性格といい見た目といい、どことなく……

「な、なんで皆が僕のことを見るんだい?」

 日華先輩が声をあげた。
 ハッと我に返ると、他の四人も同じような反応をしていた。
 どうやら考えていたことは同じらしい。

「なーるほど。2勝2敗なのかー」

 八宝の楽しそうな声が響いた。
 見ると、ウキウキとした様子で決闘盤を腕につけている八宝。
 清水君やその他の部員は冷たい眼差しでそれを見ている。

「つまり俺に運命がたくされているって訳か。悪くないな、そういうの!」

 とても楽しそうに言って前へと出る八宝。
 無駄に余裕な雰囲気が全身からにじみ出ている。
 
 ――日華先輩と、篠村八宝の視線が合った。

 互いにぼんやりとした表情を浮かべる。
 だがすぐに気が付いたように、互いを指差しあった。

「あっ。お前はさっきの」

「木の上で昼寝していた人じゃないか!」

 驚きあってから、にこやかな表情になる二人。
 近づき、握手をまじえる。

「その節はどうも。おかげで助かったよ」

「いやいや。こっちも間に合ったし、よかったよかった」

 はっはっはと笑いあう二人。
 内斗先輩と清水君が苦い表情でその光景を見ていた。
 コホンと咳払いし、八宝が自分の胸に手を当てて得意そうに言う。

「俺の名前は篠村八宝。チーム・きらめき☆スターズのリーダーだ」

「きらめき☆スターズ?」

 日華先輩が首をかしげた。
 腕を組んだ格好で考えると、大会スタッフの女性に尋ねる。

「チーム名は祇園精舎じゃなかったっけ?」

 スタッフの女性が書類を見る。

「こちらにもそのように登録されていますが……」

 その言葉に「えっ」と驚く八宝。
 振り向いて、チームメイトに大声で尋ねる。

「俺の考えたチーム名、採用しなかったのか!?」

「するわけなかろう」

 呆れた表情でぴしゃりと答える清水君。
 それを聞き、八宝ががっくりと肩を落とした。

「え〜、絶対にきらめき☆スターズの方がかっこいいじゃん! 祇園精舎なんて古臭い感じがして、センスがなさすぎるだろ〜!」

 嘆く八宝、それに頷く日華先輩。
 やっぱり似ている。ひょっとして親戚筋なんじゃないか?
 俺が真剣に考えていると、日華先輩が得意そうに目をつぶって言う。

「僕の名前は日華恭助。チーム・フィーバーズのリーダーだ」

「フィーバーズ……?」

 真剣に考え込む八宝。
 
「なるほど。そういうのもアリだな……」

 腕を組みながら頷く八宝。
 やっぱり似ている。ひょっとして親戚なんじゃないか?
 日華先輩がキラキラとしたオーラをただよわせながら言う。

「それにしても君とは話しが合いそうだ。服装もイケてるしね」

「おぉっ、分かる? けっこう苦労してるんだよ、ここ山の上だから」

「たしかに大変そうだね。だけど君の実力は都会の人にも引けをとらないよ」

「そーんなに褒めるなよー。本当のことだけどさー」

 そう言って二人でにこやかに笑いあう。
 なんて頭の痛くなってくる光景だと思った。
 話しがどんどんずれていくのを感じたのか、スタッフの人が手を叩いた。

「そこまで。両者は早く決闘をはじめてください」

 その言葉を聞き、二人の服装談義が止まった。
 なごりおしそうに、お互いが距離をとる。決闘盤をかまえる二人。

「それでは、両者共に準備はいいですね?」

「大丈夫ですよ〜」

「いつでもいいぜ」

 二人の答えを聞き、スタッフの女性が右手をあげた。

「それでは、決闘スタート!」


「――決闘ッ!!」


 日華  LP4000

 八宝  LP4000


「へへっ。先攻は俺からだ。ドロー!」

 八宝がカードを引く。
 ついに最終試合が始まった。これに敗北すればDC研究会は消滅する。
 とても重大な一戦だ。自然とDC研究会のメンバーは緊張する。
 手札を見ると、八宝は目を閉じて微笑んだ。

「話しが合うとはいえ、これは決闘だ。このきらめき☆スターズの――」

「祇園精舎だ」

 見ていた清水君が冷たく言い放つ。
 ため息をついて、肩をすくめる八宝。

「祇園精舎のリーダーにして、風明神最強の篠村八宝様の実力を見せてやる!」

 楽しそうにポーズを決めながら言う八宝。
 清水君たち祇園精舎のメンバーはそれを冷ややかに見つめている。

 ――沈黙が流れた。

 目を開け、八宝が不満そうにふりかえる。

「なんでみんなノッてくれないんだ? そこは『八宝君、かっこいい〜!』とか『お前に全てをまかせるぜ、八宝!』とか言うところだろ〜」

「茶番はいいから早く決闘しろ」

 清水君がいい、八宝はさらにため息をついた。

「ノリが悪いな〜。決闘は楽しくやんないと……」

 手札を見ながらぶつぶつと文句を言う八宝。
 その姿を見て、感心する日華先輩。

「これは油断できない相手だね」

 日華先輩が真剣な表情で呟いた。
 今の一連の流れから何を受信したのかは不明だ。
 八宝がようやく一枚のカードを選ぶ。

「共鳴虫(ハウリング・インセクト)を守備表示で召喚!」

 場に出てきたのはコオロギのモンスターだった。
 見ていたディアが体を震わせる。

「なにあれ……気持ち悪い」


共鳴虫(ハウリング・インセクト)
星3/地属性/昆虫族/ATK1200/DEF1300
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドだぜ!」

 場に裏向きのカードが一枚。
 さすがにナンバーワンを名乗るだけのことはあって、決闘の内容は無難だ。
 さて、うちの部長はどうでるか。
 
「僕のターン、ドロー!」

 カードを引く日華先輩。
 その表情はいつものように余裕がある。

「僕はホーリーフレームを攻撃表示で召喚!」

 日華先輩の場に出てきたのは奇妙な光の生命体だった。
 例によってその姿はキラキラと輝いている。


ホーリーフレーム
星4/光属性/天使族/ATK1500/DEF0
光属性の通常モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。


「バトルだ! ホーリーフレームで共鳴虫を攻撃!」

 勢いよく言う日華先輩。
 八宝はそれを微笑んで見ている。
 ホーリーフレームの中心からビームが放たれ、コオロギが消滅した。
 
「共鳴虫の効果、発動!」

 八宝が楽しそうに言う。
 デッキを扇状に広げ、その中から一枚を取り出した。

「戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の昆虫を呼ぶ。ドラゴンフライを特殊召喚!」


ドラゴンフライ
星4/風属性/昆虫族/ATK1400/DEF900
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


 今度は名前の通りトンボのモンスターが出てきた。
 どうも相手は昆虫族を主体にしたデッキのようだ。
 日華先輩が嫌そうな顔をする。

「あんまり美しいモンスターじゃないね……」

「何言ってるんだよ。めちゃくちゃかっこいいじゃん!」

 八宝がトンボの援護をする。
 どうやらここに来て二人に根本的な違いが現れたようだ。
 日華先輩はキラキラしたモンスターが好きで、八宝は昆虫が好き。
 さながら都会と田舎のような対比だな。

「僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 日華先輩がカードを伏せた。
 これで互いにモンスターが一体ずつに、伏せカードも一枚ずつ。
 まだまだ決闘の流れは分からない。

「俺のターン、ドロー!」

 八宝がカードを引く。
 まだ手札は五枚もある。どうでるか。

「魔法カード、孵化を発動!」


孵化  通常魔法
自分のフィールド上モンスターを1体生け贄に捧げる。
その生け贄モンスターより1つレベルの高い昆虫族モンスターをデッキから特殊召喚する。

 
「こいつで場のドラゴンフライを生贄にし、デッキからミレニアム・スコーピオンを特殊召喚!」

「また特殊召喚か……」

 日華先輩が顔をしかめた。
 ドラゴンフライの姿が消え、場に巨大なサソリが現れる。


ミレニアム・スコーピオン
星5/地属性/昆虫族/ATK2000/DEF1800
このカードが相手フィールド上モンスター1体を戦闘によって破壊し墓地へ送る度に、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

 
「……セルケト?」

 俺の横でディアがぼそりと呟いた。
 八宝が高らかに宣言する。

「バトルだ! ミレニアム・スコーピオンでホーリーフレームを攻撃!」

 サソリが二本のはさみを振り上げて奇声をあげる。
 そうしてから、カサカサと動いてホーリーフレームを攻撃しようとする。

「罠発動! 和睦の使者!」

 日華先輩が伏せていたカードを表にした。
 おおっ。先輩にしてはまともな戦術だ。


和睦の使者  通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分モンスターは
戦闘によっては破壊されない。


 ホーリーフレームの体が薄く輝き、サソリからの攻撃を跳ね返した。
 サソリはすごすごと引き下がる。

「ちぇ。倒せたと思ったんだけどな〜」
 
 残念そうな八宝。
 手札を見ると、あっさりと手をひらひらとする。

「ターンエンドだ」

 手札が四枚あるにも関わらず、慎重な八宝。
 モンスターもデッキからの特殊召喚が多いし、手札的な消費が少ない。
 ヘラヘラとした奴だが、その戦術は考えられている。

「僕のターン!」

 カードを引く日華先輩。
 引いたカードを見て、ニヤリと笑う。

「悪いが流れは僕にあるようだね。僕はホーリーフレームを生贄に捧げる!」

 ホーリーフレームがキラキラと光になる。
 あのモンスターは光属性・通常モンスターの生贄とする場合、
 一体で二体分の生贄とすることができるカード。だとしたら……

 場がきらめき、一匹の竜がその姿を見せた。

「来い! ダイヤモンド・ドラゴン!」

 
ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


 キラキラと派手な輝きを見せるダイヤモンド・ドラゴン。
 ここに来て日華先輩の切り札モンスターが登場か。

「行け、ダイヤモンド・ドラゴンでミレニアム・スコーピオンを攻撃!」

 ダイヤモンド・ドラゴンが口から輝く光弾を放つ。
 攻撃力はダイヤモンド・ドラゴンの方が高い。いけるか?

「ほんと……気が合うよな。罠発動、和睦の使者!」

「なにぃ!?」

 日華先輩が目を丸くして驚いた。
 相手の場に伏せられていたのも、和睦の使者のカードだった。
 ミレニアム・スコーピオンの体が光で守られ、破壊はされない。

「へへっ。惜しかったな」

「くっ。ターンエンドだ!」

 日華先輩がくやしそうに言う。
 八宝がカードを引いた。

「俺のターンだ! 電動刃虫(チェーンソー・インセクト)を召喚!」

 バカでかい角をもったクワガタ虫が出てきた。
 キュイーンという音を立てながら、角が動いている。
 

電動刃虫(チェーンソー・インセクト)
星4/地属性/昆虫族/ATK2400/DEF0
このカードが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に
相手プレイヤーはカード1枚をドローする。


「レベル4で攻撃力が2400ですか……」

 天野さんがカードの数値を見て呟いた。
 俺はその姿を見てふと疑問に思う。
 
「あんまり驚いてませんね?」

「はい。前に似たようなモンスターと勝負したので……」

 似たようなモンスター。レベル4で、攻撃力2400。
 ……ひょっとして俺のソウルエッジ・ドラグーンのことか?
 俺が考えている間にも、決闘は進む。

「バトルだ! 電動刃虫で、ダイヤモンド・ドラゴンを攻撃!」

 クワガタが角をふりあげてダイヤモンド・ドラゴンに襲い掛かる。
 日華先輩の場に伏せカードはない。反撃する術はないだろう。
 ダイヤモンド・ドラゴンが砕け散った。

「あぁ、僕のダイヤモンド・ドラゴンがぁー」

 悲しげな表情の日華先輩。
 LPこそ減ったが、電動刃虫の効果で手札は増える。
 だが日華先輩の場に壁となるモンスターはいない。

「ミレニアム・スコーピオンでダイレクトアタック!」

 サソリが日華先輩をはさみで殴りつけた。
 腕で防御するものの、日華先輩の体がぐらつく。

「くっ……」


 日華  LP3700→1700


「こ、これってマズいんじゃないですか?」

 ディアが内斗先輩に尋ねた。
 内斗先輩が冷や汗をかきながら答える。

「たしかに恭助と似てるからアレかと思ったけど、あの篠村八宝って奴、強いぞ」

 内斗先輩の言う通りだ。
 性格こそ似ているものの、あの昆虫族を主軸としたデッキはかなり強力だ。
 対する日華先輩は、得体の知れないデッキで無駄も多い。これはまずいぞ。

「俺はこれでターンエンドだ!」

 篠村八宝が言う。
 奴の場には攻撃力の高い昆虫が二体。
 日華先輩の場には一枚もカードが存在しない。

「僕のターン!」

 日華先輩がカードを引く。
 手札が六枚あるものの、その表情は苦しそうだ。

「僕は創世の預言者を守備表示で召喚!」

 場に出てきたのは白い装束の魔術師だった。
 膝をついた格好で、キラキラとした杖をかかえている。


創世の預言者
星4/光属性/魔法使い族/ATK1800/DEF600
手札を1枚捨てる。
自分の墓地に存在するレベル7以上のモンスター1体を手札に加える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「さらに預言者の効果を発動。手札を一枚捨てて、墓地のカードを回収する!」

 魔術師の持っていた杖が強く輝きだした。
 日華先輩が手札を一枚捨てる。

「僕は墓地のダイヤモンド・ドラゴンを手札に加える。さらに古のルールを発動!」

 
古のルール  通常魔法
自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


「これにより、ダイヤモンド・ドラゴンを特殊召喚!」

 効果で手札に加えたダイヤモンド・ドラゴンを、すぐさま場に出す日華先輩。
 キラキラとした輝きを放ちながら、黄金色に輝く竜が現れる。

「バトル。ダイヤモンド・ドラゴンでミレニアム・スコーピオンを攻撃!」

 ダイヤモンド・ドラゴンが光のブレスを放った。
 今度こそブレスはサソリに当たり、サソリを消滅させる。
 ごく僅かだが八宝のライフにもダメージがいく。


 八宝  LP4000→3900


「ちっ。だけど次のターンでまた電動刃虫が攻撃するぜ」

「そうはさせないね。光の護封剣、発動!」

 天から三本の剣が降り注ぎ、八宝の場に突き刺さった。


光の護封剣  通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。


「これで君は、3ターンの間攻撃できない」

 日華先輩が苦しそうな声で言う。
 俺は日華先輩がまともに決闘しているので驚いた。
 日華先輩が真面目に勝負するなんて初めてじゃないか?

「さすがの日華先輩も、真剣ですね」

 天野さんが言うと、「あぁ」と内斗先輩が頷いた。

「だけど相手は強い。恭助が勝つ可能性は低いですよ」

 冷静に状況を分析する内斗先輩。
 たしかに光の護封剣があるから今は大丈夫だが、
 あのカードの効力が無くなったらマズイだろうな。

「俺のターン!」

 日華先輩とは対照的に八宝にはまだ余裕がある。
 引いたカードを見てから、手札の一枚を選択する。

「俺はゴキポンを守備表示で召喚!」

 出てきたのは……アレだった。
 そういえば今は6月の半ば過ぎ。そういう季節か……
 いつもなら可愛いとか言い出すディアも、さすがに反応していない。


ゴキポン
星2/地属性/昆虫族/ATK800/DEF800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
手札に加える事ができる。


「こいつでターンエンドだぜ!」

 八宝が言い、フィールドに刺さっていた剣が一本消える。
 これで光の護封剣の残りは2ターン。

「僕のターン!」

 カードを引く日華先輩。 
 しかし起死回生のカードではなかったらしく、表情は苦々しい。
 そのまま引いたカードをセットする。

「僕はカードを一枚伏せ、さらにダイヤモンド・ドラゴンを守備表示に変更する」

 黄金色の輝きを放つ竜が膝をついてどっしりとした構えになる。
 攻撃こそ苦手だが、守備力で言えばダイヤモンド・ドラゴンは強力だ。


 ダイヤモンド・ドラゴン  ATK2100→DEF2800


「ターン、エンドだ……」

「俺のターン!」

 カードを引く八宝。
 その顔がにやけた。
 引いたカードを手札に収め、別のカードをディスクへ。

「魔法カード、死者蘇生! 墓地のミレニアム・スコーピオンを特殊召喚!」

 風が吹き、地面から再びサソリが現れた。


 ミレニアム・スコーピオン  ATK2000
 

死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 篠村八宝が微笑んだ。自信に満ちた笑みだ。
 日華先輩の顔がこわばる。

「見せてやるよ。この俺のデッキの切り札モンスターを!」

「切り札モンスターだと……?」

 日華先輩の反応に、満足そうな八宝。
 こういうところはやっぱり似ているな。

 一枚のカードを高く掲げる八宝。

「墓地の共鳴虫とドラゴンフライを除外し、現れろデビルドーザー!」

「なに!?」

 日華先輩が驚いた。
 同時に目の前の地面が割れ、そこから巨大なワームが出てくる。
 赤い色で、体からは大量の足がはえている、おぞましい姿だ。
 ディアと天野さんが同時に顔をそらした。


デビルドーザー
星8/地属性/昆虫族/ATK2800/DEF2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の昆虫族モンスター2体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


「攻撃力が2800……」

 ワームの姿を見ながら気分悪そうに言う日華先輩。
 だがすぐに余裕を取り戻した表情をみせる。

「だけど光の護封剣がある限り、君は攻撃できない」

「そいつはどうかな?」

 八宝が言い、日華先輩の表情が再び険しくなる。
 さっきドローしたカードを、八宝はディスクにセットする。

「魔法カード、ツイスター!」


ツイスター  速攻魔法
500ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。


「こいつでお前の場の光の護封剣を破壊する!」

「!!」

 風が吹き荒れ、日華先輩の場の光の護封剣のカードが吹き飛んだ。
 同時に八宝の場に刺さっていた剣も消える。


 八宝  LP3900→3400


「だ、だけど君の場のモンスターじゃ僕のダイヤモンド・ドラゴンには勝てない!」

 日華先輩が慌てながら言う。
 たしかに八宝の場にいる最高攻撃力はデビルドーザーの2800。
 ダイヤモンド・ドラゴンの守備力とは互角だ。このままでは勝てない。

 八宝が笑った。

「わりいな。俺の手札にはさらなる切り札カードがあるんだぜ」

 そう言ってかっこつけた様子でカードを手に持つ八宝。
 すでに手札は二枚しか残っていないが、まだ何かをやらかすのか?
 緊張する中、八宝がカードを見せた。

「魔法カード、団結の力!」


団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


 団結の力。場のモンスターの数だけ強くなる装備魔法だ。
 どこかのグールズ幹部も使っていた強力なカード!
 八宝の場にはモンスターが四体も存在する。装備モンスターの攻撃力は……


 デビルドーザー  ATK2800→ATK6000


 攻撃力が6000。ダイヤモンド・ドラゴンをはるかに上回る数値だ。
 八宝が片手を広げて言う。

「バトルだ! デビルドーザーでダイヤモンド・ドラゴンを攻撃!」

 ワームが奇声をあげてダイヤモンド・ドラゴンへと突進をする。
 攻撃力6000vs守備力2800。結果は考えるまでもない。
 ワームが竜の目前まで迫る。
 
「恭助!」

 内斗先輩の悲痛な声をあげる。
 もうダメかと思われたそのとき、日華先輩が言った。

「リバース罠発動! 攻撃の無力化!」

 伏せられていた最後の一枚。それが表になった。
 デビルドーザーの前の時空が歪み、攻撃が打ち消される。


攻撃の無力化  カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 俺たちの間から安堵のため息がもれた。
 内斗先輩が額の汗をぬぐって呟く。

「し、心臓に悪い……」

 なんとか日華先輩はこのターンの攻撃はしのいだ。
 しかし八宝の場には強力なモンスターが四体。しかもLPは3400もある。
 日華先輩の場にはダイヤモンド・ドラゴンと創世の預言者のみ。
 状況ははっきり言ってかなり悪い。

「ちぇー。おしかったな〜」
 
 余裕の表情で呑気に言う八宝。
 手札は一枚だが、場は磐石だからだろう。
 軽い口調で言う。

「ターンエンドだぜ」

 日華先輩が決闘盤についた自分のデッキを見た。
 深呼吸をして、カードに手をかける。

「僕のターン!」

 カードを引く日華先輩。
 これで先輩の手札は三枚だ。
 いつになく真剣な表情で、日華先輩は引いたカードをセットする。

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

 たった一枚の伏せカードが増えただけ。
 やはり日華先輩じゃこの状況を覆すことはできなかったか。
 
「俺のターン!」

 八宝がカードを引いて笑う。
 
「俺は甲虫装甲騎士(インセクトナイト)を召喚!」


甲虫装甲騎士(インセクトナイト)
星4/地属性/昆虫族/ATK1900/DEF1500
昆虫戦士の中でも、エリート中のエリートのみが所属できるという「無死虫団」の精鋭騎士。
彼らの高い戦闘能力は無視できない。


 今度は鎧を着たカマキリのモンスターか。
 しかもモンスターの数が増えたことで、団結の力は強まる。


 デビルドーザー  ATK6000→ATK6800


 これで八宝の場にはモンスターが五体。
 電動刃虫、ミレニアム・スコーピオン、デビルドーザー、甲虫装甲騎士、そしてゴキポン。
 圧倒的なモンスターの数。これは本気でまずいぞ。

 八宝が手をあげて言う。

「今度こそ終わりだな! デビルドーザーでダイヤモンド・ドラゴンを攻撃!」

 ワームが巨大な体をうごめかす。
 攻撃力はなんと6800。到底、勝てるような相手ではない。
 ダイヤモンド・ドラゴンにデビルドーザーが迫る。

「スーパーインセクトアタック!」

 八宝が技名らしきものを叫んだ。
 ネーミングセンスは終わってるが、決闘も終わりそうだ。
 俺たちの表情がひきつる。ワームが奇声をあげた。
 しかしワームの攻撃が当たる直前、決闘場に風が吹いた。
 日華先輩が微笑む。

「ほんと、気が合うよね。速攻魔法発動、ツイスター!」

「なにぃ!?」

 八宝がおおげさな動作で驚いた。
 日華先輩のリバースカードから風が吹き荒れる。

 
 日華  LP1700→1200


「こいつで君の団結の力を破壊する!」

 団結の力が消滅し、ワームの勢いがおちた。


 デビルドーザー  ATK6800→ATK2800


 装備魔法のないデビルドーザーの攻撃力は2800。
 ダイヤモンド・ドラゴンの守備力も2800。
 これならバトルでは破壊されることはない。

 デビルドーザーとダイヤモンド・ドラゴンがぶつかり合うが、互いに消滅はしなかった。

 八宝がくやしそうな表情を見せる。
 
「くそぅ。ミレニアム・スコーピオンで創世の預言者を攻撃!」

 サソリが素早く動き、創世の預言者をはさんだ。
 苦悶の表情を浮かべた後、創世の預言者は粉砕される。
 そしてミレニアム・スコーピオンの体が大きくなった。

「ミレニアム・スコーピオンの能力で、攻撃力が500アップだ」

 
 ミレニアム・スコーピオン  ATK2000→ATK2500


 その光景を見てディアが体を震わせる。 
 
「やっぱりセルケトだ……」

 そう呟くディアの表情は暗い。
 なにか嫌な思い出でもあるのだろうか。サソリに。

 とにもかくにも、これでこのターンの攻撃もしのいだ。

 日華先輩が少しだけ余裕のある表情を見せた。
 しかしそれもすぐに破られることとなる。
 八宝が手札からカードを発動する。

「魔法カード、泉の精霊発動!」

 八宝の決闘盤の墓地から、団結の力が出てきた。
 それを手札に戻す八宝。

 
泉の精霊  通常魔法
自分の墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
その装備魔法カードはこのターン発動できない。


「こいつで俺の手札に団結の力が戻った。このターンの装備はできないが、これで終わりだな」

 得意そうに団結の力を見せびらかせる八宝。
 たしかにこれで次のターンには、また超攻撃力のモンスターが出てくることになる。
 おそらく次の八宝のターンで、日華先輩は負ける。


「俺はこれでターンエンドだぜ!」

 楽しそうに言う八宝。
 完全に自分の勝利を確信している顔だ。

 日華先輩が目をつぶった。

 そしておもむろに自分の二枚の相手に見せる。
 その場にいた全員が驚いた。

「な、何やってんだ!?」

 八宝が目を丸くした。
 そりゃいきなり相手が手札を見せてきたら動揺するだろう。
 日華先輩が静かな口調で言う。

「見ての通りだ。僕の手札は『スーパースター』と『ライフ・コーディネーター』の二枚。逆転のカードはない」


スーパースター
星2/光属性/天使族/ATK500/DEF700
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
全ての光属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
闇属性モンスターの攻撃力は400ポイントダウンする。


ライフ・コーディネーター
星2/風属性/サイキック族/ATK800/DEF400
相手が「ライフポイントにダメージを与える効果」を持つカードを発動した時、
手札からこのカードを捨てる事でその発動を無効にし破壊する。

 
 たしかに相手の場にはモンスターが五体。
 LPも3400もあるし、手札には団結の力がある。
 伏せカードこそないものの、攻めも守りも完璧な状況だ。
 手札のあの二枚ではどうしようもない。

「ひょっとして……サレンダーか?」

 八宝が困ったような表情で言う。
 たしかに日華先輩の発言はそうともとれる。
 道場内の視線が日華先輩に集中した。

「いいや。分かってもらいたかっただけさ。僕が絶体絶命だということをね」

 日華先輩が目をつぶったまま答えた。
 そして目をあけると、いつものように余裕のある微笑みを見せる。

「この状況、まさに最高のコーディネートだ。狙ってもなかなかできない状況だよ」

 日華先輩の発言に、八宝の表情がこわばる。
 当然だ。まさかここにきてコーディネートがどうのこうのなんて話し、
 俺たちでさえ想像していなかった。内斗先輩がため息をついた。

「まったく、あのバカは……」

 そう言う内斗先輩は、どこか楽しそうに日華先輩のことを見る。
 日華先輩が語りかけるような口調で言う。

「僕たちは奇遇にもよく似ている」

 八宝がその言葉に頷いた。
 やっぱり自覚があったのか。
 日華先輩が微笑んだ。

「だからこそ言える。僕は君に勝つ」

「へぇ。この状況を突破するっていうのか。面白いな」

 八宝が冷や汗をかきつつニヤリと笑った。
 この発言がいつものハッタリなのか、それともマジなのかは分からない。
 だが言えることは、ここで引けなければ日華先輩は敗北するということだ。

 道場内が緊張につつまれる。

「僕のターン、ドロー」

 カードを引く日華先輩。
 道場内の時が止まったかのように、その場から音が消える。
 しんとした道場の中で、日華先輩が微笑んだ。

「やはり僕達は似ている。気が合うみたいだね」

 にっこりとする日華先輩。
 ゆっくりと持っていたカードを見せつける。
 その手に握られていたのは……

「魔法カード、死者蘇生を発動」


死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 そのカードを見て、今度は八宝が笑った。 
 冷や汗をかきながら、ホッとした表情を見せる。

「死者蘇生か。だが残念だったな。そのカードじゃ逆転はできないぜ」

 たしかにモンスターを蘇生させたところで、この状況を打破することはできそうもない。
 墓地にこの状況を逆転させるカードなどありはしない。そう考えているようだ。
 日華先輩が不敵な笑みを浮かべ、八宝を指さした。

「そいつはどうかな?」

 八宝の顔から笑みが消えた。
 日華先輩の場に、風が吹き荒れる。
 
「僕は自分の墓地から、シャインスピリッツを特殊召喚!」

 場に巨大な光の塊のような生命体が現れる。
 これは今までの決闘には登場していないモンスターだ。

「何だそのモンスター!?」

 完全に予想外のモンスターに驚く八宝。
 俺の横でディアが手を叩いた。

「あのときに創世の預言者で捨てたカード!」

 その発言で俺も気づいた。
 そうだ。日華先輩は墓地のダイヤモンド・ドラゴンを回収するときに手札を捨てている。
 あのときに捨てたカード、それがシャインスピリッツだったのか。

 
 シャインスピリッツ  ATK2000


「さらに手札からスーパースターを召喚!」

 星の形をした顔の生命体が日華先輩の場に現れる。
 キラキラと輝く光をあびて、先輩の他のモンスターが強化される。


 ダイヤモンド・ドラゴン  ATK2100→ATK2600

 シャインスピリッツ  ATK2000→ATK2500

 スーパースター  ATK500→ATK1000
 

 日華先輩が片手をあげて言う。

「バトルだ! シャインスピリッツでミレニアム・スコーピオンを攻撃!」

 シャインスピリッツがサソリに突進をしかけた。
 スーパースターの効果で攻撃力が上がっているものの、数値は互角。
 互いに叫び声をあげると、その姿が消滅する。


「この瞬間、シャインスピリッツの効果発動!」

 日華先輩が言う。
 砕け散った光の塊が、その場をゆらゆらと浮遊している。

「戦闘によって破壊された時、場の光属性以外のモンスター全てを破壊する!」

「な、なにぃ!?」

 八宝が驚いた。


シャインスピリッツ
星7/光属性/爬虫類族/ATK2000/DEF1500
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター以外のモンスターを全て破壊する。


 浮遊していた光がフィールドに降り注ぎ、八宝の場のモンスターを切り裂いていく。
 奇声をあげて、八宝の昆虫が崩れ落ちていく。

 場には、スーパースターとダイヤモンド・ドラゴンだけが残った。

「そ、そんなバカな……」
 
 八宝が呆然と場を見つめた。
 すでに八宝の場はがら空きだ。

「スーパースターでダイレクトアタック!」

 星がきらめいて、八宝に体当たりをかます。


 八宝  LP3400→2400


 日華先輩がフッと微笑んだ。

「ダイヤモンド・ドラゴンで、ダイレクトアタック! ダイヤモンド・ブレス!」

 ダイヤモンド・ドラゴンが光のブレスをはきだした。
 八宝が目を見開いてブレスを見る。そして――


 バアアァァン!!


「ぐわぁー!!」


 八宝  LP2400→0


 光がはじけ、八宝がその場に片膝をついた。
 ソリッド・ヴィジョンが消えていく。
 しん、と道場内が静まり返った。

「勝った……?」

 内斗先輩が呟いた。
 その言葉に、時間が動き出す。

「それまで! 勝者、フィーバーズの日華選手。よって三勝二敗で、この試合フィーバーズの勝利です!」

 スタッフの声が響いた。
 その言葉に、ディアと天野さんが歓声をあげた。
 
「やったー! 勝ったんだー!」

 手をとりあって喜び合う二人。
 その横では内斗先輩が微笑んでいる。
 俺も口元がゆるむのを感じた。

「そんなー! もう少しだったのにー!」

 八宝が不満そうに言った。
 その後ろから、篠村七尾先生が近づく。
 
「八宝。我らの負けですよ」

「親父……」

 八宝が振り返った。
 ニコニコと微笑んでいる七尾先生を前に、ばつの悪そうな表情を浮かべる。
 篠村先生が言う。

「八宝。お前は対戦相手への礼儀を欠いていた。それが敗因です」

「礼儀……?」

 八宝が首をかしげた。
 篠村先生が諭すような口調で続ける。

「お前は死者蘇生のカードを使ったとき、日華君の墓地のカードを確認することができた。しかしお前は対戦相手への礼儀を忘れ、それを行わなかった」

「…………」

 篠村先生の話しを黙って聞く八宝。
 たしかに死者蘇生のカードは八宝のほうが早く使用していた。
 あのときにシャインスピリッツの存在に気付いていれば、結果は違ったかもしれない。
 
「対戦相手への敬意と礼儀を忘れないこと。それが決闘で最も大切なことですよ」

「……分かったよ、親父」

 観念したように答える八宝。篠村先生が微笑んだ。
 くるりと振り返ると、涙を流して喜んでいる日華先輩に近づく。

「おい、恭助」

 日華先輩に呼びかける八宝。
 振り返る日華先輩。再び両者が向き合った。
 顔をそらしながら、八宝が右手を差し出す。

「まぁ……楽しい決闘だったぜ」

 軽くふてくされながら言う八宝。
 しばらく差し出された右手を見てから、日華先輩が微笑んだ。

「あぁ、楽しい決闘だったね」

 がっしりと握手を交わす二人。
 その姿を見て、霧乃先生が感動の涙を流す。

「友情、努力、勝利。これこそが青春ね……」

 なにか違う気もしたが、いい場面なのでよしとしよう。
 八宝がニヤリと笑った。

「でも、次は負けないからな」

「!! 望む、ところだよ……」

 日華先輩の顔が一瞬だが歪んだ。
 どうやら八宝が握手する力を強めたらしい。
 日華先輩も力を強めたらしく、八宝の笑顔に影がさす。
 軽く笑いをひきつらせながら、微笑む二人。

「レベルの低い戦いですね……」

「まったくだな……」

 内斗先輩と清水君が呆れたように呟いた。
 さっきまでの感動はもうどこかへと行ってしまっていた。
 残されたのは、いつものような日常の風景。
 戦いが終わった道場に、優しい風が吹きぬけた。




第十八話  日常の中の非日常

 ファイブチーム・トーナメントの一回戦が終了した翌週。
 放課後のDC研究会は、異様な空気につつまれていた。
 普段は夕焼けがさしこむ窓には黒いカーテンがかけられ、
 入り口のドアについている小さな窓には黒の方眼紙が貼られている。
 そしてテーブルの上でゆらめく、一本の火のついたロウソク。

「それでは、DC研究会恒例の夏のイベント。怖い話しをはじめようか」

 そうおどろおどろしい口調で言うのは日華先輩だ。
 ぼんやりとしたロウソクの光に照らされ、黒い影が揺れる。
 暗闇の中、俺は日華先輩に尋ねた。

「そんな伝統があったんですか?」

 その言葉を聞き、肩をすくめる日華先輩。
 そんな風に呆れられても、俺はそんな伝統は聞いたことがない。
 答えを待っている俺に向かって、日華先輩が言う。

「今、僕が作った伝統だ」

「…………」

 俺は暗闇の中でため息をついた。
 テーブルの上のロウソクの炎が揺れる。
 日華先輩が不満そうに頬をふくらませながら言う。

「なんだい、夏といえば怖い話しだろ!」

 ディアがその言葉に大きく頷いた。
 天野さんがその横で困ったように苦笑いを浮かべている。
 俺も言いたいことは分かるものの、同意はできない。

「そんなことのために、わざわざ部室を真っ暗にしたんですか……」

 部室の隅で内斗先輩が嘆くように呟いた。
 まったく一回戦でまともなところを見せたと思ったら、これだ。
 やっぱり日華先輩はいつまでたっても日華先輩だな。俺はそう再認識する。

「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか〜」

 唯一、日華先輩と同じ感性を持つディアだけが同意する。

「私、日本の怖い話しとか聞いてみたいです〜」

「さすがディア君。ノリがいいね」

 そう言って微笑みあう二人を、ロウソクが照らし出す。
 薄暗闇の中で映るその光景はどこか非日常的に見える。
 まるでタチの悪い夢に迷いこんだような感じだ。
 
「それじゃあ、最初は誰が話すんですか〜?」

 ディアがいつもと変わらぬのんびりとした口調で尋ねた。
 ジジジとロウソクの炎が揺れて、影がうごめく。
 暗闇の中、日華先輩が両手を組んでその上に顔をのせた。

「まぁ待ちたまえ。多分もう少しでメンバーがそろうから」

「メンバー?」

 俺たちは不思議そうに顔を合わせた。
 部室には俺、天野さん、ディア、内斗先輩、日華先輩がいる。
 すでにDC研究会のメンバーはこの場にそろっているのだ。
 だとしたら、日華先輩の言うメンバーというのは……?

 俺たちが疑問に思っていると、コツコツと廊下を歩く音が聞こえてきた。

 その音を聞いてディアが小さく悲鳴をもらした。
 怖がっているような様子を見せるが、その目は明らかに楽しんでいる。
 コツリ、コツリと足音が響き、部室の前で止まった。
 
 カチャリとドアノブが回り、ドアが音をたててゆっくりと開く。

 部室の中の空気がはりつめる。
 日華先輩を除いた全員が扉へと視線を集中していた。
 ドアを開け、夕焼けの光と共にそこにいたのは……

「な、なにやってんの、あんたたち……」

 目を見開いて驚いているDEC部長の白峰先輩だった。
 俺たちがどこかホッとすると同時に、日華先輩が得意げに言う。

「怖い話しだよ。ほら、もう夏じゃん」

「こ、怖い話し……?」

 いつになくビビッた声を出す白峰先輩。
 それを見て日華先輩がニヤニヤと笑いながら、肩をすくめる。

「沙雪はたしかこういうの苦手だったよね。帰った方がいいんじゃないの?」

「そ、そんなことないわよっ!」

 日華先輩のバカにしたような発言に、白峰先輩が反論した。
 そして部室の中へとおそるおそる入ると、後ろ手にドアを閉める。

「わ、私は怖い話しなんて平気よ。ビビる訳な、ないでしょ!」

 頬に汗をうかべながらも不敵に笑う白峰先輩。
 ぎくしゃくとした動きで、パイプ椅子を持つ。
 その姿を、罠にかかった獲物を見るかのような目で日華先輩は見ている。
 ゆっくりとした動きで天野さんの横にパイプ椅子を置く白峰先輩。
 さりげなく天野さんの腕をつかみ、白峰先輩が言う。

「さ、さぁ! さっさと始めればいい、じゃない……」

 後半になるにつれて白峰先輩の声のトーンが下がった。
 天野さんの腕をつかみながらも、体は震えている白峰先輩。
 その姿を見て、満足そうに日華先輩は微笑んだ。

「それじゃあ第一回DC研究会の怖い話しをはじめようか〜」

 おどろおどろしい口調で言う日華先輩。
 その声だけですでに白峰先輩の顔がひきつった。
 ロウソクの炎に照らされながら、日華先輩が言う。

「あ。あと怖い話しをしてると霊が集まるらしいから、後ろには気をつけてね」

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよぉ……」

 白峰先輩が半分涙目になりながら天野さんの腕につかまる。
 天野さんは意外そうな表情をうかべ、その光景を見ていた。
 どうやら白峰先輩はかなり怖い話しが苦手のようだ。
 日華先輩はそれを見越してこの会をセッティングしたのだろう。

「それじゃあ、最初は誰が話す?」

 ロウソクの炎をじっと見つめながら、日華先輩が尋ねる。
 その顔はロウソクが創り出した影で不気味に見える。
 
「それじゃあ私から話します!」

 ディアが元気よく手をあげた。
 その声を聞いてどこかホッとした表情をうかべる白峰先輩。
 しかしディアが声をひそめて話し始めたので、すぐに顔が青くなる。

「これはフランスで噂されていた話しです。名前はレッド・ストーカー」

 淡々とした口調でディアが話しはじめた。
 白峰先輩が怖がっているのを、楽しそうに見ている日華先輩。
 ロウソクの炎がひときわ大きく揺れた。

 ――こうしてDC研究会の怖い話しは始まった。

 話される内容は主によくある都市伝説とか噂の類だ。
 基本的には日華先輩とディア、たまに天野さんが語り手になっている。
 俺と内斗先輩は静観、白峰先輩は天野さんの腕につかまって震えていた。
 薄暗い部室の中で、ときおり白峰先輩の小さな悲鳴が響く。

「――そしてこの教室は開かずの間になり、今でもどこかの学校に存在するらしい」

 日華先輩がまた一つ怖い話しを語り終えた。
 青い顔で震えている白峰先輩を見て、満足する日華先輩。
 機嫌よく日華先輩が尋ねる。

「どうだい? 雨宮君や内斗君も何か話してみたら?」

 じっと暗闇越しに俺のことを見つめる日華先輩。
 俺は静かに答える。

「あいにくあまりそういう話しは知らないので」

 平穏で静かな生活を送るのが俺の生きる目的だ。
 だからホラーだのオカルトだのは信用してないし興味もない。
 俺の答えを聞いて、残念そうな日華先輩。

「そうか。じゃあ内斗君は?」

 その言葉で、壁によりかかっていた内斗先輩に視線が集まる。
 薄暗闇につつまれた内斗先輩が、こちらに視線を向ける。
 いつものように無表情を浮かべながら、内斗先輩が言う。

「そうですね……それじゃあ風丘町に伝わる伝説でも話しましょうか?」

「伝説?」

 ディアが不思議そうに尋ねる。
 内斗先輩が天井を仰ぎながら言う。
 
「紅い眼の決闘者。風丘町に10年程前から伝わっている伝説だよ」

 そう言って、内斗先輩が語り始めた。


 紅い眼の決闘者。この風丘町でひそかに語りつがれている存在。
 そいつは闇夜の晩、全身を黒い布に身をつつみフラリと姿を現す。
 布に隠されて姿や正体は分からないが、そいつには一つの特徴がある。

 暗闇からでも分かる、燃えるように輝く不気味な紅い瞳。

 紅い眼の決闘者は街を汚す存在の前に現れると、決闘を申し込む。
 そして圧倒的な強さを見せつけ勝利すると、またふらりと消えていく。
 敗北した人間はその強さに恐怖し、二度と決闘をしなくなるらしい。
 紅い眼の決闘者はそうやって風丘町の治安を守っている。
 しかしその正体が誰なのか、何が目的なのかはまだ誰も知らない……


 内斗先輩が話し終わり、ロウソクの炎が揺れた。
 しばし不気味な沈黙が部室の中に流れる。
 おそるおそるといった様子で、ディアが尋ねた。

「あの……それって実話ですか?」

「さぁ。不良連中の間で密かに噂されている程度だから、なんとも」

 内斗先輩がさっきまでとはうって変わって軽い口調で尋ねた。
 すでに表情もいつもの優しい笑顔に戻っている。
 爽やかに、内斗先輩がディアに語りかけるように言う。

「別に大丈夫さ。紅い眼の決闘者は悪い人の前にしか姿を現さないらしいから」

 内斗先輩はフォローのつもりで言ったのかもしれないが、
 もしそれが本当ならばディアには十分に倒される資格がある。
 なにせ泣く子も黙るグールズ幹部だからな。これ以上の悪もいないだろう。
 俺が納得しているのを見て、不審げに目を鋭くするディア。

「なんか失礼なこと考えてない?」

「いえ、別に」

 しれっと答える俺を見て、内斗先輩が不思議そうな顔になる。
 日華先輩がいつもの軽い口調で皆を見まわす。

「さて、それじゃあそろそろ話しも出尽くしたかな」

 その言葉を聞いて白峰先輩の顔がようやく明るくなった。
 ホッとしたように胸をなでおろす白峰先輩。

「あぁ、そういえばまだ一つあったよ」

 そんな白峰先輩の安心を一瞬で粉砕する日華先輩。
 楽しそうな表情を見る限り、これは絶対に狙ってるな。
 再び顔が青くなる白峰先輩を尻目に、日華先輩が言う。

「これはまさに最新の噂話しだよ。タイトルは炎の館」

 ロウソクの光をぼんやりと見つめる日華先輩。
 その表情はどこかぼやけているように見える。
 ゆっくりと、日華先輩が口を開いた。

「君たちも風丘町に住んでいるなら知っているだろ、森の中にある洋館のことを」

 日華先輩が俺たちの顔を見る。
 俺と内斗先輩、天野さんは顔を合わせると頷いた。
 白峰先輩だけは目をつぶって震えている。

「あの〜、なんですか洋館って?」

 この街に来てまだ二週間程度のディアが尋ねた。
 日華先輩がディアへと視線を向けて説明する。

「風丘町の北のほうには森が広がっているんだけど、その森を進んで行くと古い洋館が建っているんだ。昔に建てられたらしいんだけど、今は誰も住んでいない」

 説明を聞き、ディアが「へぇ〜」といった様子で納得した。
 この森に建っている洋館のことは風丘町に住んでいる人間なら誰でも知ってる。
 やれ館では殺人事件が起こって無人になっただとか、今でも亡霊が住んでいるとか、
 夏になるとよくそういう噂が出回ったものだ。

 しかしその炎の館とかいうのは聞いたことがないな。
 
 俺も身近なことなので自然と聞き耳をたてる。
 日華先輩が続ける。

「森の洋館は知っての通り今は無人で、誰も住んでいない。よく声だとかドアが開く音が聞こえたとかいう噂は昔からあったけどね。でもそういう眉唾ものの話しとは違って、今回は信憑性のある話しだよ」

 ゆっくりと引き込むように語る日華先輩。
 ごくりと唾を飲み込み、緊張した様子で皆が次の言葉に注目している。

「ここ一ヶ月ほど前の話しだ。ある若者のグループが季節外れの肝試しということで深夜に森の洋館へと出向いた。まぁそんな大したことが起こるとは思ってなかったんだろう。気楽な遊びさ」

 ふっと日華先輩の前のロウソクの炎がゆらめいた。
 日華先輩の顔がぼんやりとぶれる。

「森の洋館についた若者たちは玄関から中へと入った。知っての通り森の洋館は無人ではあるがけっこう広い。皆が一緒になって探検を開始した」

 カタリと部室の隅で小さな音がした。
 びくりと白峰先輩が震え、涙をうかべたまま耳を押さえる。
 俺は部室の隅に視線をやるが、そこには闇が広がっているだけで何もない。
 日華先輩の声だけが部室の中を響く。

「探検を開始してから数分後、ふと、一人が洋館の奥が明るいことに気が付いた。洋館には電気が通っていないから、灯りがあるのはおかしい。若者グループたちはその灯りがある方へと進んでいった」

 部室の中を生暖かい風が通り抜けた。
 ロウソクの炎が風に吹かれて大きく揺れる。
 部室の中は暑かったが、ぞくぞくと背筋が凍って冷や汗が出てくる。
 
「洋館の一番奥には広々としたダンスホールがあるだろ。灯りはそこの部屋の扉の隙間から漏れていた。おそるおそる、若者グループたちは扉を開いて中を見る。そこには――」

 すっと日華先輩の話しが止まった。
 一瞬だけだが、部室の中の音が一切なくなる。
 日華先輩が目を見開いて言う。

「赤く燃える無数の火の玉が浮遊していたらしい」

 日華先輩の不気味な口調を聞き、天野さんが小さく声をあげた。
 ディアも青い顔をしているし、おそらく俺も顔色は良くないだろう。
 内斗先輩だけが冷静な表情で壁によりかかっていた。
 
「若者グループは悲鳴をあげるとすぐに退散した。幸いにも誰かが途中でいなくなるようなこともなく、全員が無事に生還したよ。しかし若者グループが目撃したことは噂で広まった。その後も何人かの人間が森の洋館に行ったらしいが、みんながみんな火の玉を目撃している。今までの噂とは違って、何人もの人間がはっきりとそれを証言している」

 日華先輩が恐ろしげに補足する。
 たしかにそれだけ多くの人間が見ているとなると、信憑性は高い。
 ごくり唾を飲み込み、日華先輩が最後の言葉を吐き出す。

「それ以来だよ。あの洋館は炎の館と呼ばれているんだ……」

 日華先輩の話しが終わった瞬間だった。
 フッ――と、唐突にロウソクの炎が消えてしまった。
 真っ暗闇になった部室に、悲鳴が響きわたる。
 あたふたとパニックが起こるが、暗闇で何も見えない。
 混乱していると、パチンという音と共に部室の電気がついた。

「大丈夫ですか?」

 見ると、内斗先輩が入り口近くの明かりのスイッチの前に立っていた。
 どうやらあの暗闇の中を移動して電灯のスイッチを入れたらしい。
 さすがというか、なんというか……

「だ、大丈夫ですか?」

 天野さんが心配そうな声を出した。
 その横では白峰先輩がうーんと苦しそうにうなっている。
 どうやら最後の暗闇攻撃が効いたらしい。

「あ〜あ、だから帰った方がいいって言ったのに……」

 呆れたように白峰先輩を見る日華先輩。
 その言葉を聞いて、白峰先輩が起き上がる。

「あ、あんたなんかに心配される私じゃないわよっ……」

 キッと日華先輩をにらみつける白峰先輩だが、いつもの勢いはない。
 日華先輩がため息をつき、肩をすくめる。

「まったく強情なんだから。どう見ても半泣きしてたくせに」

「な、泣いてないわよっ!」

 そう言いながら目をぬぐう白峰先輩。
 はっきり言ってどう見ても泣いてた。それだけは暗闇の中とはいえ断言できる。
 いつになく余裕の表情で日華先輩は言う。

「これだから沙雪は。ビビりのくせに……」

「び、ビビッてないわよっ!」

 少し調子が戻ってきたのか、白峰先輩が大声で言う。

「ちょ、ちょっとだけ体調が悪くなっただけよ。そんな炎の館なんて怖くないんだからっ!」

「へぇ、言ったね」

 日華先輩がにやりと微笑んだ。
 いつものヘラヘラとした笑いではない。邪悪な笑みだ。
 ずいと日華先輩が顔を白峰先輩に近づけてささやく。
 
「なら面白そうだし行こうよ、洋館。今日の夜に」

 その言葉を聞いて白峰先輩の顔がさっと青くなった。
 微笑む日華先輩に、慌てながら白峰先輩は言う。

「そ、そんなの嫌よ。予定あるから私!」

「ふーん。何の予定?」

「そ、それはその、デッキの調整、とか……」

「そんなのいつでもできるじゃん。別に今日やらなくてもいいだろ?」

 白峰先輩の退路を少しずつ絶っていく日華先輩。
 まるでクモの巣にかかってしまったチョウチョを見ているようだ。
 じりじりと白峰先輩に近づく日華先輩。バカにしたような目で見ながら言う。

「本当は怖いんでしょ?」

「そ、そんなことないってば!」

「なら行こうじゃないか。それともDECの部長はお化けが苦手って認めるのかい?」

「に、苦手なわけないでしょっ! いいわ、行ってやろうじゃないっ!」

 半分ヤケクソ気味に答える白峰先輩。
 その言葉にびっくりする天野さんや内斗先輩。
 心配そうに天野さんが尋ねる。

「ほ、本当に大丈夫ですか、白峰先輩?」

 さっきまですぐ近くで様子を見ていたからだろう。
 かなり心配そうな表情を天野さんは浮かべている。
 白峰先輩が腰に両手をあてながら答える。

「へ、平気よ。私はお化けなんて怖くないもの!」

 そう言いながらも、足はプルプルと震えている。
 はたから見てもかなり無理そうだが、本当に大丈夫だろうか?
 
「よし。それじゃあ他には誰か一緒に行くかい?」

 白峰先輩とは対照的に、キラキラと楽しげに日華先輩は尋ねる。
 沈黙の後、まず内斗先輩がため息をついて言った。

「悪いですけど、僕は興味ないですね」

 呆れるように内斗先輩は日華先輩を見る。
 白峰先輩みたいに怖がっているという訳でもなく、言葉通りの意味だろう。
 それに内斗先輩なら仮に幽霊に出会っても、普通に対応しそうで怖い。
 続けてディアが答える。

「私も興味はあるんですけど、夜更かしはしたくないので〜」

 頬に手を当ててきゃぴきゃぴとした表情を浮かべるディア。
 日華先輩がとても残念そうに腕を組んで言う。

「そうか。たしかに美容には良くないからね」
 
 妙なところで理解をしめす日華先輩。
 これで残ったのは、俺と天野さんの二人のみ。
 ニコッと満面の笑みを浮かべて、俺のことを見る日華先輩。

「どう、雨宮君は来ないの?」

「……別に行ってもかまいませんよ」

 俺は少し考えてから答えた。
 基本的にはこういったことに興味はないが、森の洋館なら話しは別だ。
 なにせ子供のころから色々と聞かされてきた場所だ。正直、気になる。

「あっ、じゃあ私も行きます……」

 俺の答えを聞いてから、天野さんが小さく手をあげた。
 その言葉を耳にした白峰先輩の表情が僅かに明るくなった。
 やっぱり心細かったのだろう。というか本当に大丈夫なのか?

「うん、これでメンバーは決まったね」

 とても嬉しそうに頷く日華先輩。
 いつものこととは言え、なにかと妙なことになってきたと俺は思う。
 まさかこの部活動で肝試しをやることになるとは……

「それじゃあ今日は夜の11時に、森の入り口に集合ね」

「はーい……」

 俺と天野さんが答えた。
 白峰先輩だけがまだイマイチ渋った様子で答えずにいる。
 その様子を見て、日華先輩が肩をすくめた。

「やっぱり沙雪はお化けがこわ――」

「そんなことないわ、行くわよっ!」

 白峰先輩が挑発にのって答えた。
 いつもよりも声のトーンは低くて、元気がない。
 始まる前から、俺は内心かなり不安になる。

 なにも起きなければいいが……。

 俺はそう天にむかって祈るが、この思いが届いたかは分からない。
 外ではカラスが不気味な鳴き声をあげていた。












 同日、時刻は夜の11時。
 
 普段ならとっくに家にいる時間帯だが、今日だけは特別だ。
 季節は夏に近いので寒くはないものの、あまり良い気分でもない。
 俺は目の前に広がる漆黒の森を見て、早くも後悔しはじめていた。

「やー、集まってるね、諸君」

 片手をあげ、軽い口調で日華先輩が到着した。
 さすがにいつも雑誌を見ているだけのことはあって、服のセンスは良い。
 日華先輩が天野さんの横にたっている白峰先輩を見つける。

「あ、沙雪逃げないで来たんだ」

「誰が逃げるのよ!」

 びっくりしている日華先輩に向かって、白峰先輩が言う。
 天野さんが怒鳴りつける白峰先輩を慌ててなだめる。
 まだ意外そうにしている日華先輩に向かって、白峰先輩が言う。

「言っとくけど、私はお化けなんか怖くないわ」

 放課後のときとは異なり余裕のある白峰先輩。
 腰に両手をあて、得意そうに白峰先輩は続ける。

「それに、その炎の館の正体は分かったもの!」

「えぇっ!?」

 日華先輩がオーバーなリアクションで驚いた。
 俺と天野さんもびっくりとして目を丸くする。
 まさか館に行くまでもなく解決するというのだろうか?
 俺たちの間に緊張が走る。白峰先輩がフッと笑って言った。

「火の玉の正体はソリッド・ヴィジョンよ!」

「ソリッド・ヴィジョンって……決闘盤の?」

 日華先輩が尋ねると、白峰先輩が自信満々に頷いた。

「その通りよ。きっと炎のモンスターを実体化させてイタズラしてる奴がいるのよ!」

 白峰先輩の言葉を、日華先輩が真剣に考え込む。
 たしかに言っていることとしては筋が通っている。
 だが夜中に無人の館にしのび込んでまですることだろうか?
 日華先輩が難しい顔をして言う。

「うーん、まぁ言いたいことは分かるけど、ね」

 どうやら日華先輩としても釈然としないらしい。
 白峰先輩が噛み付くように尋ねる。

「なによ、なにか問題でもあるの?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ、本当に幽霊の仕業ってことは考えないの?」

 その言葉を聞いて、白峰先輩が鼻で笑った。

「お、お化けなんて居るわけないじゃないの!」

 わざわざ幽霊をお化けと言い換えて答える白峰先輩。
 さっきまで余裕たっぷりだったが、少しだけその余裕に曇りが見える。
 日華先輩が納得できなさそうな表情で頷いた。

「まぁ、とりあえず館に行ってみようか」

「そうね。そのイタズラ野郎をとっ捕まえてやりましょう」
 
 あくまで人間の仕業だと言い切る白峰先輩。
 さりげなく天野さんの横に並ぶと、その腕を取って言う。

「そんでもって、早く帰りましょう」

 その言葉からは、実に切実な思いが感じられた。
 やっぱりなんだかんだ言って怖いんだな、白峰先輩……
 日華先輩が肩をすくめて言う。

「それじゃ、出発しようか」

 俺と天野さん、白峰先輩がその言葉に頷く。
 日華先輩が俺たちに背をむけると、森の奥へと歩き始めた。
 その後ろを俺、天野さん、白峰先輩と続く。
 
 頭上では満月が妖しく輝いている。雲がないせいか、森の中は明るい。

 虫や鳥、まるで見等もつかない何かの鳴き声が森には響いている。
 その中を一列になりながら歩いていく俺たち。

「まったく虫が多いね。なんだかこの前の大会を思い出すよ」

 一番先頭を歩く日華先輩がぼやいた。
 そういえばこの前の大会では先輩が戦ったのは昆虫族だった。
 その時も日華先輩は虫が嫌そうだったな。
 
「たしか恭助がまぐれで勝ったんですって?」

 一番後ろから白峰先輩が尋ねる。
 日華先輩がやれやれといった様子で肩をすくめた。

「まぐれじゃないけど、勝ったのは事実だよ」

「でもかなりギリギリだったんでしょ? やっぱりまぐれじゃない」

 容赦ない白峰先輩。
 まぁ、たしかにあれはかなり運に恵まれた感はあった。
 実力的にはあの篠村八宝とかいう奴の方が上だろう。
 日華先輩がフンと鼻を鳴らす。

「あれは演出でありコーディネートさ。女神が僕に微笑んだだけ」

 キザッたらしく言う日華先輩に、呆れる白峰先輩。
 しばらくの間、俺たちは大会の話しで盛り上がる。
 得意そうな日華先輩に、落ち込む天野さん。
 白峰先輩がその様子を見てため息をつく。

「私はこの前は決闘しないで終わっちゃったからな……」

 つまらなさそうに言う白峰先輩。
 仮にも部長なのに、こんな発言をしていいのだろうか?
 日華先輩が腕をくんで考える。

「DECのメンバーって、沙雪と倉野さんと桃川さん? あとは……」

「新しく入った一年生の女の子と男の子よ」

 悩む日華先輩に、白峰先輩が答える。
 ということは女子が4人で男子が1人か。肩身がせまそうだな。

「なんだかハーレムチックだね。チーム名は?」

 日華先輩がのんきそうに尋ねる。
 その質問を聞き、白峰先輩がきょとんとした顔になる。
 
「チーム名? なにそれ」

 日華先輩がそれを聞いて衝撃を受ける。
 不思議そうな顔をする白峰先輩に、日華先輩が尋ねる。

「チーム名つけなかったのかい!?」

「? 名前の欄のところには『DEC』って書いたけど……」

 あっさりと答える白峰先輩。
 日華先輩が深く深くため息をついた。

「これだから沙雪は……」

 その発言にカチンときたのか、白峰先輩が大声を出す。

「なによ、チーム名なんて重要じゃないでしょ?」

「なにを言う。チーム名こそが一番重要だろう。フィーバーズとか、きらめき☆スターズとか、創意工夫に溢れるチーム名を見てきたぞ、僕は」

 正確にはきらめき☆スターズではなく祇園精舎なのだが。
 というか、自分で自分のチーム名を創意工夫に溢れるなんて言うとは……
 白峰先輩が呆れてため息をつく。

「バカには付き合ってらんないわ……」

 その発言にぶーぶーと文句をつける日華先輩だが、すべて無視される。
 さすがに幼馴染なだけあって、扱いは慣れているようだ。

「なんだい、つまんないのー!」

 ご機嫌斜めな日華先輩。
 話していて少しは余裕が出てきた白峰先輩。
 さくさくと四人は森の中を進む。

 そうこうしているうちに、問題の館が見えてきた。

 遠目でもわかるが、館はかなり大きい。
 館というよりは小さな宮殿と言った方が適切かもしれない。
 昔はかなりのお金持ちが住んでいたという噂だしな。

「あれが……炎の館」

 白峰先輩がぽつりと呟いた。
 緊張が増し、自然と俺たちの間から口数が減る。
 そしてとうとう、俺たちは館の入り口へとたどり着いた。

 目の前で見る洋館はさすがに不気味だった。

 作られた当初は豪華できらびやかな館だったのだろうが、
 今はその面影しか残っていない。無駄に広く古風な館だ。
 もちろん、人が住んでいるような気配は全くない。

「さて、それじゃあとりあえずこれを渡しておくよ」

 そう言って、日華先輩がカバンからペンライトを四本取り出した。
 それを手際よく俺たちに配る日華先輩。

「中は暗いだろうから、よーく照らして進もう」

 真剣な表情で言う日華先輩。
 しかしどことなく楽しそうでもある。
 怖いもの見たさというやつだろうか。

「ふ、ふん。お化けなんて居ないわ。ソリッド・ヴィジョンよ」

 そう言いながら不安そうな表情でペンライトを構える白峰先輩。
 すでに足が小刻みに震えているが、大丈夫なのだろうか?

「どうする、一人ずつ入る?」

 日華先輩が冗談めかして俺たちに尋ねる。
 白峰先輩が慌てて言った。

「だ、ダメよ。それじゃ皆で来た意味がないじゃない!」

 かなり必死になる白峰先輩。
 はいはいと笑いながら仕方なさそうに頷く日華先輩。

「分かってるよ。中で沙雪が倒れたりすると困るしね」

「た、倒れないわよっ!」

 白峰先輩が否定するが、その言葉には説得力がない。
 なにせ部室のロウソクが消えただけでぶっ倒れた人だからな。
 皆で行ったほうが無難ではありそうだ。

「それじゃあ、皆で行こうか」

 その言葉に、俺たちは素直に頷いた。
 門のところにある鉄柱を押すと、さびついた音を立てて門が開いた。
 まず日華先輩が一歩、館の庭に足を踏み入れる。

「ここを真っ直ぐ行けば館の入り口だね」

 足元の感触をたしかめながら、日華先輩が言う。
 ふと、俺は思ったことを先輩に尋ねる。

「そういえば、館には鍵がかかってないんですか?」

 普通に考えれば入り口のドアには鍵がかかっているはずだ。
 門までならともかく、館の中に入るにはどうするつもりなんだ?
 俺の考えを読み取ったように、日華先輩が言う。

「大丈夫、心配することはない」

 にっこりと微笑み進んでいく日華先輩。
 その溢れんばかりの自信はどこから来るのだろう。
 とりあえずは日華先輩を信じて俺たちは進む。
 館の入り口までたどりつくと、日華先輩が自分のかばんをあさる。
 そして、おもむろに二本の針金を取り出した。

「まさか……ピッキングするんですか?」

 針金を見て、俺は日華先輩に尋ねた。
 日華先輩はキラキラと輝きながら頷く。

「それ、犯罪じゃないですか……?」

 天野さんがぼそりと呟いた。
 その横で、白峰先輩も呆れた様子で言う。

「こういうところは努力するのね……」

 しかしそんな二人の言葉を無視して、日華先輩は針金を構える。

「日華恭助の、パーフェクト・ピッキング〜!」

 とても楽しそうに洋館のドアへと向かう日華先輩。
 白峰先輩が肩をすくめた。

「どうせできるわけが――」

 ガチャンッ!!

 大きな音と共に、館の入り口がギィと僅かに開いた。
 呆然とする俺たちの前で、針金をしまう日華先輩。

「フッ。チョロいもんだね」

 まるで犯罪者のようなセリフを吐いてドアに手をかける日華先輩。
 実にあっさり開いたドアを開け、そのまま中へと入る。
 慌てて俺と天野さん、白峰先輩も中へと入っていった。

 洋館の玄関ホールは、外から見た通り広々としていた。

 敷きつめられた赤い色の絨毯、奥には長く続く廊下。
 らせん状に造られた二階への階段と、およそ日本らしくない。
 月の光に照らされ、それらは妖しい雰囲気をかもしだしている。

「さすがにほこりっぽいね」

 日華先輩がペンライトをつけながら、顔をしかめた。
 俺たちもすぐに持っていたペンライトをつける。
 暗闇を、四本の光が照らし出す。

「さて、それじゃあ一通り探検する?」

 日華先輩はそう尋ねるが、どうだろう。
 これだけ広いと、そうも言ってられないのではないだろうか。
 俺がそう考えていると、白峰先輩が言う。

「やっぱり火の玉だけで良いんじゃない? それがメインでしょ」

 白峰先輩が少しだけ余裕のある声で言った。
 あくまでもソリッド・ヴィジョンだと考えているようだ。
 お化けじゃないと考えれば、少しは耐えられるのだろう。
 しばし考えてから、日華先輩は頷いた。

「まっ、そうだね。あんまり長居しても美容に良くないし」

 そう言って頬に手をあてる日華先輩。
 今頃はディンの奴もそんなことを考えながら寝ているのだろう。呑気な奴だ。
 日華先輩が玄関ホール横のらせん階段を照らす。

「火の玉が目撃されているのは二階奥のダンスホールだ。行こう」

 そう言ってさっさと進んでしまう日華先輩。
 俺たちは慌ててそれを追い、階段をのぼる。
 先輩の横へと追いつくと、俺はこっそりと尋ねる。

「やけに急いでませんか?」

「なに、あんまり居ると本当に沙雪がぶっ倒れるからね」

 後ろの二人には聞こえないように小さく答える日華先輩。
 たしかに白峰先輩は軽く震えながら天野さんの腕につかまっている。
 だが元はといえばこれは日華先輩が招いたことじゃ……
 俺がそう思ったとき――

「あ、あの。なにか聞こえませんか?」

 後ろを歩く天野さんがぽつんと呟いた。
 いっせいに足を止め、その場にぴたりと止まる俺たち。
 耳をすますと、たしかに何かの音が聞こえる。

「これは……ピアノ?」

 日華先輩がぼそりと呟いた。
 それを聞いて白峰先輩が「ヒッ」と小さく悲鳴をあげる。
 立ち止まったまま、小さく聞こえる音に注意を払う俺たち。

「も、もう帰らない……?」

 かなり弱気な発言をする白峰先輩。
 しかし日華先輩は再びペンライトをかまえて進み始める。

「ちょ、ちょっと」

 止めようとする白峰先輩。
 日華先輩が振り向いて言う。

「本当にイタズラ小僧が紛れ込んでるなら、とっちめるんだろ?」

 にっこりと微笑む日華先輩。
 ピアノの音はわずかだが鳴り響いている。
 
「それに、ソリッド・ヴィジョンかもよ?」

「そ、そうね。これもソリッド・ヴィジョンね」

 かなり無理やりな解釈をする白峰先輩。
 いや、そうしないと怖すぎて立ってられなくなるのだろう。
 天野さんの腕にしがみつきながら、ゆっくりと前に進む白峰先輩。
 俺は日華先輩に尋ねる。

「いいんですか?」

「大丈夫。それにここまで来たのに帰るなんて美しくないじゃないか」

 あっけらかんと答える日華先輩。
 要は怖いもの見たさ、というやつだろう。
 俺は先輩に聞こえないように小さくため息をついた。

 ピアノの音はどんどん大きくなっていく。

 さっきまでは耳をすませば聞こえる程度だったが、今では普通に聞こえる。
 奏でられているのは静かな音色の曲で、初めて聞く曲だった。
 
「どうやら、ダンスホールからみたいだね」

 日華先輩が冷静な口調で言った。
 二階の奥にあるダンスホール、火の玉が目撃されている場所でもある。
 果たしてソリッド・ヴィジョンによるイタズラなのか、それとも……

 慎重に歩を進めていく俺たち。

 窓から差し込む月明かりとペンライトが道を照らしている。
 絵画やキャンドルが飾られた廊下を、無言で進む俺たち。
 廊下を進んで奥に、今までよりも一際大きな扉があるのが見える。
 その扉の隙間からは光が漏れ、ピアノが鳴り響いている。

「ここが、ダンスホール……」

 ごくりと唾を飲み込む日華先輩。緊張が高まる。
 深呼吸をすると、日華先輩はゆっくりと扉を開いた。
 瞬間、中からオレンジ色の光が俺たちのことを照らす。
 突然の光に目をつぶりながら、中の様子をうかがう。

 ダンスホールはとても広々としていた。

 まさに本やテレビなんかで見るレトロなダンスホールそのままだ。
 上質な赤い絨毯に、シックな白い壁紙。壁にはキャンドルが飾られている。
 天井は高く、そこには高尚そうな油絵が描かれている。

 そしてそのダンスホールを浮遊する、無数の火の玉。

 鳴り響くピアノの音に合わせて踊るように、火の玉はフラフラと動いている。
 その光景はおおよそ現実のものとは思えない不気味で奇妙なものだった。
 まるで気味の悪い劇にでも迷い込んでしまったようだ。
 
「こ、これは……」

 さすがの日華先輩も呆然として目の前の光景を見ていた。
 青い顔になりながらも、白峰先輩は言う。

「だ、だから、これはソリッド・ヴィジョンだってば……」

 まるで自分に言い聞かせるように、白峰先輩は言う。
 たしかに今の決闘盤の技術力ならこの程度のことはできるかもしれない。
 しかしどこか、ソリッド・ヴィジョンのものとは雰囲気が違うような、
 嫌な胸騒ぎのようなものが俺の心を支配していた。

 と、天野さんが俺の服の袖を引っ張った。

「あ、あの。あれ……」

 天野さんが部屋の隅のほうを指さした。
 壁際を浮遊する、一つの火の玉。その火の玉がキャンドルの上を通る。
 するとキャンドルのロウソクに炎がついた。火の玉はそのまま進んでいく。
 それを見て、俺たち4人の顔が青くなる。

 言うまでもなく、ソリッド・ヴィジョンというのは映像だ。

 たしかに攻撃を受けたりすると同じような衝撃を受けることはある。
 だがそれはあくまでもイメージというか、精神にはたらきかけるものだ。
 実際に斬られたわけでもないし、炎で焼かれたわけではない。
 ただそうなったかのように錯覚しているだけだ。実際はなんともない。

 だからこそ、さっきの現象はソリッド・ヴィジョンでは説明できない。

 なぜなら炎の映像を映したとしても、それはあくまでも映像だ。
 たとえロウソクの上を飛ばしたとしても、実際に炎がつくなんてあり得ない。
 つまり、ここまで一瞬で思考したが、何が言いたいかというと……

「ほ、本物の炎……!?」

 日華先輩が目を見開いて驚愕する。
 今の現象を見る限りではそうとしか思えない。この火の玉は本物だ、と。
 ポカンとする俺たちの耳に、ゆっくりとしたピアノの音が届く。
 しばしピアノの音だけがその場に鳴り響く。そして――

「きゃ―――――!!」

 白峰先輩がかん高い悲鳴をあげた。
 ぴたりとピアノの音が止まり、火の玉の動きも止まる。
 まるで俺たちを見つめるかのように動かなくなる炎。

 ――――やばいっ!!
 
「逃げるぞ!!」

 日華先輩が叫ぶと同時に、炎が俺たちに向かって飛んできた!
 
 俺は呆然と立ち尽くす天野さんの手を握る。
 日華先輩も白峰先輩の手を握るが、白峰先輩はその場にへたりこんでいる。

「こ、腰が……」

 大粒の涙を浮かべながら言う白峰先輩。
 火の玉がフラフラとした軌道をえがきながら近づく。
 日華先輩は小さく舌打ちすると、白峰先輩を抱きかかえた。
 白峰先輩をお姫様だっこしながら、日華先輩が一言だけ言う。

「走れ」

 その言葉を聞くや否や、俺たちは全力でそこから逃走した。



 ――五分後。



 俺たちは森の入り口のところまで戻っていた。
 さすがに炎はもう追ってはきていない。
 息をきらしながら、俺と天野さん、日華先輩が木によりかかる。
 白峰先輩だけはその場で泣きながら座り込んでいた。

「さ、さっきのは……何?」

 息も絶え絶えになりながら、日華先輩が尋ねた。
 俺も息を切らしながら首を横にふる。

「分かりません。けどソリッド・ヴィジョンじゃないことはたしかです」

「だ、だよね……」

 それだけ言うと、日華先輩は黙り込む。
 火の玉が現れたり、いきなり走ったりで頭が回らないようだ。
 事実、俺も頭が混乱している。

「だ、だから私はやめようって言ったのよ……」

 泣きながら言う白峰先輩。
 めそめそとしている白峰先輩を見て、日華先輩も頷く。
 
「こ、今回ばっかりは沙雪が正しいよ」

 日華先輩がげんなりとした顔で言った。
 白峰先輩ももはや何も反論する気にもならないらしい。
 夜空を仰ぐと、俺は腕時計を見る。時刻は11時30分過ぎ。

「もう解散しませんか……?」
 
 俺の発言に、日華先輩と天野さんが頷いた。

「そうだね、さすがにもう探検する気にはならないよ……」

「わ、私ももう無理です……」

 白峰先輩だけが何も言わないが、この様子でまた行くとは思えない。
 なんとかして、俺は息を整えて言う。

「それじゃあ、解散しましょうか……」

「は〜い……」

 元気なく答える二人。
 めそめそとしている白峰先輩に、日華先輩が手を差し伸べる。
 そしていつになく優しい口調で言う。

「ほら、立てる? 家まで送るよ」

 その言葉に、素直に頷く白峰先輩。
 日華先輩の手を取ると、ふらふらとしつつも立ち上がった。
 振り返り、日華先輩が片手をあげる。

「それじゃ、また明日」

 そう言い残し、白峰先輩を支えながら歩き出す日華先輩。
 ゆっくりと、二人の姿が遠ざかっていく。

「それじゃあ、俺も送りますよ」

 俺が言うと、天野さんがこくりと頷いた。
 歩き出そうとしたとき、俺の頭にふと一つの考えが浮かぶ。
 振り返り、森の中を見つめる俺。

「どうかしましたか?」

 天野さんが不思議そうに俺の顔をのぞきこむ。
 少しだけ考えると、俺は首を横にふって言う。

「いえ、なんでもありません……」

 そう、おそらくそんなことはないだろう。
 きっと俺の思い違いというか、考えすぎだ。
 嫌な考えを振り払うかのように、俺はゆっくりと歩き出した。


 











 






 



 同日、深夜1時過ぎ。


 森の古い洋館に、一つの黒い影が近づいていた。
 全身を覆う黒いローブに、薄水色の長髪。
 そして顔を隠すように被っている、黄色いキツネのお面。
 月明かりに照らされながら、洋館の扉を開けて中へと入る。

 しんと洋館の中は静まり返っていた。

 キツネのお面をかぶった人物は、軽くその場を見渡すと階段へ向かう。
 らせん状の階段を昇る音が玄関ホールにに響き渡る。
 階段を昇りきり、血のように赤い絨毯がしかれた廊下を進んでいく。
 廊下にはいくつもの扉に、高級そうな絵画が飾られている。
 窓から差し込む満月の光に照らされながら、奥へと歩く。

 そして徐々に聞こえてくる、もの悲しげなピアノの音。

 不思議な旋律は奥に進むにつれてはっきりと聞こえてくる。
 廊下の先にあるのは、今までよりも大きい、ダンスホールへと続く扉。
 閉められた扉の隙間からは、わずかに光が漏れている。
 ためらう様子もなく、キツネのお面をかぶった人物は扉に手をかけた。
 ギィィィという低い音ともに、扉が内側へと開く。

 ダンスホールの中では、大量の火の玉が所狭しと動き回っている。

 悲しげに響くピアノの旋律に合わせて踊るように、火の玉は浮遊する。
 とてもこの世のものとは思えない、幻想的な光景が広がっていた。
 浮遊する火の玉を無視して、キツネのお面はダンスホールの中央へと進む。
 火の玉がいくつか近くを威嚇するように通り過ぎるが、気にしない。
 ゆっくりとした足取りで、キツネのお面はダンスホールの中央へと立つ。
 そして静かな口調で、こう言った。

「出て来い。いるんだろ?」

 瞬間、ピアノの音が止まり火の玉が空中で静止した。
 不気味な沈黙が流れ、騒がしかったダンスホールから音が消えた。
 火の玉のジジジと燃える音だけが、その場にはあった。
 しばしの間の後、静寂を破るように後ろで開いていた扉が勢いよく閉まる。
 ふりかえるキツネのお面の人物の耳に聞こえてくる、コツコツという足音。

「ようこそ。炎の館へ」

 ダンスホールの闇の中から、一人の少年が姿を現した。
 燃えるような赤い色の髪の毛に紫色の瞳、血の気の薄い白い肌。
 黒いマントをはおるように着ていて、まるで吸血鬼のようだ。
 そして首からぶら下げている、黄金色の十字架。
 異様な気配をただよわせながら、少年は微笑んだ。

「ククッ。面白い格好だな。そういうのが流行ってるのか?」

 少年がキツネのお面を指さして尋ねた。
 キツネのお面をかぶった人物はその質問を無視する。
 その姿を見て、少年はさらに面白そうな表情になる。

「おいおい。出て来いといったのはお前だぜ。なんとか言えよ」

 微笑みを絶やさずに少年は尋ねた。
 少年の周りを炎がとり囲むようにして舞いはじめる。
 キツネのお面をかぶった人物が、ふんと鼻をならした。

「ならば聞くが、お前、何者だ? ここで何をしている?」

 そうキツネのお面をかぶった人物が尋ねると、少年がニタリと笑った。
 目を細めながら邪悪な笑みを浮かべる少年を見て、キツネのお面は内心ゾッとする。
 天井に描かれた油絵を見るように、少年が顔を天へと向ける。

「そうだな……強いて言うなら遊んでいるだけだ」

「遊んでいる?」

 キツネのお面をかぶった人物が不審そうな声を出す。
 少年が周りを浮遊する火の玉を手で示した。

「こいつらが遊びたがっていたから、ちょうど空いていたこの館を拝借して遊んでいただけだ。ここは良い具合に人の気配もなく、住み心地も良かったからな」

 少年の言葉に答えるように、火の玉達が嬉しそうに上下に動く。
 まるで一つ一つが意思を持っているかのような動き方だ。
 仮にソリッド・ヴィジョンだとしても、あまりにも精巧すぎる。
 キツネのお面をかぶった人物が、顔を火の玉達への方へと向ける。

「こいつらは?」

「あぁ、こいつらは俺の可愛い部下達だ。ちょっとイタズラ好きだがな」

 火の玉がその言葉を聞いて少年の周りをヒュンヒュンと飛行する。
 空中に静止していた残りの火の玉も、再び踊るように動き始めた。
 ダンスホールの中央に立つ二人のすぐ周りを、火の玉が駆けている。
 その様子を、楽しそうに見つめる赤毛の少年。

「この館に来た人達を驚かしているのは?」

 火の玉を見つめている少年に、キツネのお面が尋ねた。
 軽く「あぁ」と言ってから、少年が肩をすくめる。

「俺達が遊んでいるのを邪魔したから、ちょっとおどかしただけだ」

 さも当然のことのように少年は答えた。
 しばし、キツネのお面をかぶった人物が考えるように黙り込む。
 少年は微笑みながら、対峙するキツネのお面をかぶった人物を見る。

「それにしても、面白い奴だな。この館に一人で来るとは」

「あいにく上司は寝ているからな。サービス残業だ」

 少年の軽い口調とは対照的に、キツネのお面は静かに答えた。
 その答えを聞き、少年はさらに楽しそうに笑いを浮かべる。

「ククッ。本当に面白い奴だな、お前」

 指差しながら機嫌良さそうに少年は言った。
 その周りを飛び交う炎も、まるで笑うかのように少年の周りを動いている。
 火の玉が揺れることで、ダンスホール全体の明るさも変化し続けている。
 まるで悪夢のような光景を前にして、キツネのお面がゆっくりと言う。

「お前、いったい何者だ?」

 静かだが、強い口調だった。
 
「こんなガスも水道も電気も通っていない洋館に、火の玉と一緒に住んでいるだと? どう考えても普通じゃないな。お前はいったい何者なんだ?」

 キツネのお面をかぶった人物がまくしたてた。
 かぶっているお面越しに、強い視線を少年は感じていた。
 やれやれとため息をつき、少年は肩をすくめて微笑む。

「さて、どう説明したものかな……」

 考える少年の周りを、グルグルと円を描いて炎が飛ぶ。
 口元に手を当て、少年は首を軽くかしげる。
 火の玉が燃える音だけが、しばしダンスホールに響いた。
 ゆっくりと、少年が口を開く。

「たとえば、だ。お前は俺が人間ではないと言われたら信じるか?」

「……なんだと?」

 キツネのお面をかぶった人物が初めて動揺した声を出した。
 少年が「ククッ」とその様子を見て笑った。
 そして、ゆっくりと右手の手の平をキツネのお面にむかって差し出す。
 手のひらには何ら変わったところはなく、何も乗っていない。

「?」

 キツネのお面をかぶった人物が不審気にその手の平を見る。
 そしてどういうつもりなのかを少年に聞こうとした時――

 ボォッ!!

 少年の手の平から音をたてて一つの炎があがった。
 そして炎のなかから、一つの火の玉が空中へと浮かび上がる。
 フラフラとした様子で空中へとあがると、火の玉が舞いはじめた。
 呆然とその光景を見ていたキツネのお面。少年は微笑んだままだ。
 半歩ほど後ろに下がり、キツネのお面をかぶった人物は驚いた声を出す。

「お前……!?」

「驚いたか。そう、俺は人間ではない」

 少年が得意そうに微笑みながら言う。
 その紫色の瞳には鋭い光が宿っていた。
 少年のゆっくりとした言葉がダンスホールに響く。

「俺の名前はベルフレア。チェスの四騎士の一人。称号はルーク・オブ・フレイム」

「チェスの、四騎士……?」

 キツネのお面をかぶった人物が困惑した声を出す。
 クックックと笑うベルフレアの周りを、火の玉は舞い続けている。
 微笑みながら、ベルフレアはキツネのお面をかぶった人物を見て言う。

「チェスの四騎士はいずれこの街を支配する者だ。覚えておけ」

「支配だと?」

「そう。偉大なる『キング』の命令に従ってな」

 ベルフレアが拍手をうけるような格好で天井を仰いだ。
 火の玉たちがその周りを飛び交い、踊る。
 両目を閉じ、懐かしそうにベルフレアは呟いた。

「今でも思い出す。3000年前に契約したあの時のことを」

 しみじみとした口調だが、その意味は分からない。
 キツネのお面をかぶった人物がさらに後ろへと下がって尋ねる。
 
「つまり、お前は幽霊か何かということか?」

 その言葉を聞き、ベルフレアの表情が苦くなった。
 ポリポリと頭をかきながら、呆れたようにため息をつく。
 にらむような視線をキツネのお面へと向け、ベルフレアは言う。

「俺は幽霊ではない。カードの精霊だ」

「カードの精霊?」

「……何も知らないんだな、お前」

 肩をすくめて、ベルフレアが言う。
 しかしすぐに微笑むと、楽しげな口調で言った。
 
「まぁ、あまり知りすぎても良いことはない。俺達に消されるだけだからな」

 邪悪そうにクックックと笑うベルフレア。
 首からぶら下がっている黄金色の十字架がカチャカチャと揺れる。
 不気味な笑い声だけがダンスホールの中を反響していた。
 ひとしきり笑った後、ベルフレアがキツネのお面をかぶった人物に顔を向ける。

「さて、もう十分だろ。お前はなかなか面白い奴だし、見逃してやるよ」

 パチンと指を鳴らすベルフレア。
 後ろで閉まっていた扉がギギギと音をたてて開く。
 振り返り扉を見てから、キツネのお面はベルフレアに向き直った。
 ベルフレアが目を細める。
 
「なんだ? 土産でも欲しいのか?」

 自分で自分の発言に笑うベルフレア。
 キツネのお面をかぶった人物は、その言葉に頷いて人差し指を伸ばす。
 ベルフレアの胸元を指差しながら、キツネのお面は言う。

「あぁ。その十字架のペンダントを渡してもらいたい」

 ピタリとベルフレアの笑い声が止まった。
 周りを浮遊していた火の玉達も、ビクリと緊張するように震えて止まる。
 鋭い眼光をキツネのお面に向けながら、ベルフレアが邪悪な笑みを浮かべた。

「お前、このペンダントが何か知って言っているのか?」

「土産をくれるといったのはお前の方だろう」

 ベルフレアの質問には答えずに、キツネのお面は強く言う。
 探るような視線を向けながら、ベルフレアは考える。
 ダンスホールが、不気味な沈黙と緊張につつまれていく。
 
「クックックッ……」

 ふと、ベルフレアの口から笑いが漏れ始める。
 その全身から漂う異様な気配が強まった。
 紫色の瞳をキツネのお面へと向け、ベルフレアが言う。

「渡さないといったら、どうするつもりなんだ?」

「話し合いができるような奴じゃないだろ、お互いに」

 そう言って、左腕についた決闘盤を見せるレイン・スター。
 すっと後ろに下がり、ベルフレアとの間に距離をとる。
 火の玉達が気配を察して、いっせいに壁際まで移動した。
 デッキを取り出し、レイン・スターは決闘盤にセットする。

「俺が勝ったら、そのペンダントを渡してもらおうか」

「…………」

 無言で微笑むベルフレア。黒いマントの下から左腕を出した。
 そこから赤い炎が上がり、決闘盤とデッキが現れる。
 胸元の黄金色の十字架が、妖しげな輝きを放つ。
 それと同時に、辺りに重苦しい空気が漂いはじめる。

「ククッ。もう後戻りはできないぜ。どちらかが燃え尽きるまで、な」
 
 ベルフレアが楽しそうに笑いながら言った。
 壁際で燃える火の玉達が、不安げに揺らめく。
 まるで生きた人間の観客のように、火の玉達はざわめいている。

「3000年ぶりか。闇のゲームは。ククッ、楽しませてくれよ」

 ベルフレアが首をコキコキと鳴らしながら呟いた。
 レイン・スターが構え、ベルフレアもゆっくりと決闘盤を構える。
 一瞬の静寂の後、どちらからともなく叫んだ。


「――決闘ッ!!」

 
 レイン・スター  LP4000

 ベルフレア    LP4000












「坊ちゃま、お電話でございます」

 安眠していた僕の耳に、じいの声が届いた。
 いつものようにスーツを着たじいが、ベットの横で頭を下げている。
 その手には、旧式の黒い電話を持っている。
 僕は頭につけていたナイトキャップをはずし、時計を見る。
 時計が1時を過ぎているのを見て、僕はため息をついた。
 
「あのねぇ、じい。もうこんな時間なんだよ。分かってるでしょ?」

「睡眠が滞るとお肌に良くない、ということでございましょうか?」

「分かってるじゃん」

 僕は当然のことのように答えるじいに向かって言う。
 そして時計をじいの顔に向け、ぶつくさと文句を言う。

「いくらなんだって非常識な時間だろ。かけなおしてもらいなって」

「わたくしもそう言ったのですが、先方がどうしても、と」

 じいも困ったような表情で言う。
 僕はさらにため息をつくと、眠い目をこすって受話器を持った。

「はい、もしもし?」

『恭助! なんでさっさと出ないのよ!』

 受話器からかん高い声が聞こえてきた。
 このヒステリックな声は考えるまでもなく……

「沙雪か。なんだよこんな時間に」

 僕はあくびをしながら声を出す。

「いくら幼馴染だからって、こんな時に電話なんて――」

『それどころじゃないの、大変なのよ!』

 電話越しに沙雪の必死な声が聞こえてくる。
 その声は本当に困っているような様子だった。
 少しだけ目が覚めてくるのを感じながら、僕は尋ねる。

「なによ? 大変なことって」

『館よ! 炎の館!』

「館がどうしたのさ」

『実は――』

 沙雪が電話越しで事情を話した。
 早口でまくしたてる沙雪の言葉を、僕は黙って聞く。
 沙雪の話しが終わってから、僕はため息をついた。
 受話器から沙雪の声が僕の耳に届く。

『分かった? 今すぐ来てよね!』

 そう言い残し、ブツッと電話が切れた。
 ツーツーという電子音を聞きながら、僕は受話器を戻す。

「いかがなさいました?」

 じいが心配そうな声で僕に尋ねた。
 僕は大きく伸びをすると、ベッドから降りた。

「じい、着替えを持ってきてくれ。森の洋館に行ってくる」














 壁際の炎が緊張したように大きく揺れた。
 薄暗いダンスホールの中を、重苦しい雰囲気がただよう。

 俺は対面に立つ、少年の姿をお面ごしに見る。

 炎のような赤い髪に、はりついたような不気味な笑顔。
 そして首からぶら下げている、黄金色に妖しく輝く十字架。
 奴こそが、ディン達グールズが探している闇の決闘者だろう。
 チェスの四騎士、ルーク・オブ・フレイム、ベルフレア。
 聞いたこともないグループ名と異名だが、これだけは分かる。

 奴は、おそらく俺が今まで出会った決闘者の中で最も強い。

 ベルフレアと名乗る少年から発せられる異様な気配。
 笑っている口元の上から感じる、射抜くような鋭い眼光。
 不気味な雰囲気をただよわせているその姿に、隙は全くない。
 俺は全身から冷や汗が出てくるのを感じていた。油断すれば、死ぬ。
 ベルフレアが涼しい顔で微笑んだ。

「おいおい。せっかくの闇の決闘なんだ。もっと楽しくやろうぜ」

 カラカラと笑いながら言うベルフレア。
 奴の表情からは緊張が全く感じられない。自信の表れなのだろうか。
 俺が答えずにいると、ベルフレアがため息をついて笑う。

「ククッ、ならこっちから行かせてもらうぜ。俺のターン!」

 ベルフレアがカードを引いた。
 引いたカードを見て、ベルフレアの口元が歪んだ。

「フィールド魔法、滅びゆく世界!」

 ベルフレアが素早い手つきでカードを決闘盤に。
 古い洋館のダンスホールの景色が、一瞬にして変化する。
 
 地球の始まりを感じさせるような、灼熱のマグマの世界。

 赤い溶岩が川のように流れ、次々と周りの足場を溶かしている。
 空は分厚い黒雲でおおわれ、濃い茶色の丘とマグマだけがそこにはある。
 不気味な世界が、そこには広がっていた。

「……なんだ、これは?」

 俺は辺りを見渡しながら思わず呟く。
 ベルフレアがクックックと笑いながら俺のその様子を見ている。
 すっと手札のカードに手を伸ばし、ベルフレアは続ける。

「ククッ。サラマンドラ・クイーンを攻撃表示で召喚!」

 流れ行くマグマから、勢いよく赤い影が飛び出る。
 全身が真っ赤に焼けているトカゲのような生命体が現れた。
 白いギョロギョロとした目を向け、不気味な咆哮をあげている。


サラマンドラ・クイーン
星4/炎属性/爬虫類族/ATK1900/DEF1700
このカードがカード効果で破壊されたとき、このカードと同名のカードを
デッキからすべて自分フィールド上に特殊召喚する。


「俺はこれでターンエンドだが、ターン終了時に滅びゆく世界の効果発動!」

 黒い雲におおわれた空が、赤く輝いた。
 ベルフレアがクックックと笑いながら言う。
 
「通常召喚されたモンスターは、そのターンのエンドフェイズに破壊される」

「なに!?」

 俺が驚くと同時に、奴のモンスターのいた場所が、音をたてて崩れ去った。
 断末魔をあげながら、トカゲのモンスターはマグマに飲み込まれ消滅する。
 
「さらにこの効果で破壊されたモンスターのいたモンスターゾーンは、使用不能となる」


滅びゆく世界  フィールド魔法
召喚、セットされたモンスターはそのターンのエンドフェイズに破壊される。
この効果で破壊されたモンスターのいたモンスターゾーンは使用不能となる。


「バカな。自分のモンスターを犠牲にするフィールド魔法だと……!?」

「ククッ。滅んでいく世界に未来はない。一歩一歩、自分の足元から崩れ去り、やがてこの世界で生み出された全ての生命が消滅していく……」

 楽しそうに語るベルフレアの姿に、俺は絶句する。
 クックックと笑っているベルフレアの、決闘盤の墓地が輝いた。

「サラマンドラ・クイーンのモンスター効果発動! このカードがカード効果で破壊されたとき、デッキの同名カードを全て特殊召喚する!」

 トカゲのモンスターの断末魔が再び響いた。
 絶叫を聞きつけ、マグマの中から先ほどと同じトカゲが二体現れる。
 ギョロギョロと目玉を動かし、俺のことを見つめている。


 サラマンドラ・クイーン  ATK1900

 サラマンドラ・クイーン  ATK1900


「ククッ。お前のターンだぜ」

 ベルフレアが楽しげに言った。
 俺は気持ちを落ち着かせるように首を振る。

「俺のターンだ!」

 デッキに手をかけカードを引く。
 引いたカードは、ソウルエッジ・ドラグーン。

「俺はソウルエッジ・ドラグーンを攻撃表示で召喚!」

 丸い光が現れ、その中から剣を携えた白い竜が現れた。
 

ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


「ソウルエッジ・ドラグーンのモンスター効果! デッキのブルーウェーブ・ドラグーンを墓地へと送り、このターン攻撃力を1400ポイントアップする!」

 俺は自分のデッキを広げ、その中の一枚を墓地へと送った。
 ソウルエッジ・ドラグーンの刃に、青白いオーラが宿る。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800→2200


 これでソウルエッジ・ドラグーンの攻撃力が相手を上回った。
 奴の場には伏せカードはない。攻めるには絶好のチャンスだ。
 俺は腕をあげて叫ぶようにして言う。

「ソウルエッジ・ドラグーンでサラマンドラ・クイーンを攻撃! ソウルスラッシュ!」

 白い竜が飛び上がり、トカゲのモンスターへと剣を振るう。

――――斬ッ!!

 トカゲのモンスターが真っ二つになり、悲鳴をあげて爆散した。
 その衝撃が、ベルフレアにも伝わりLPが減る。

 
 ベルフレア  LP4000→3700

 
 自分の決闘盤に浮かび上がる数字を見て、楽し気に言うベルフレア。

「ククッ。やっぱり勝負っていうのはこうでなくちゃな〜」

 不気味に笑うベルフレアを見て、俺の緊張が強まる。
 俺は自分の手札を見ると、その中の一枚を選択して言う。

「カードを一枚伏せ、ターンエンド!」

 俺の場に裏側のカードが浮かび上がる。
 黒い空が赤く輝きはじめた。

「滅びゆく世界の効果によって、お前の場のモンスターは破壊される!」

 その言葉と同時に、ソウルエッジ・ドラグーンの足元が崩れ去った。
 驚愕するような表情を浮かべながら、白い竜は真っ赤な溶岩に飲み込まれる。
 すまないソウルエッジ・ドラグーン。だが魂の絆は途切れていない。

「墓地に存在するブルーウェーブ・ドラグーンのモンスター効果発動! カード効果によってドラグーンが破壊されたとき、墓地から守備表示で特殊召喚できる! 舞い戻れ、ブルーウェーブ!」

 青い一筋の光が、俺の墓地から場へと飛び出す。
 光からは、腕をクロスさせるような格好の青い鱗を持った竜が現れていた。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


 これでなんとかモンスターが途切れることは阻止できた。
 だが奴の場に存在するサラマンドラ・クイーンの攻撃力は高い。
 そして、次に何をやってくるかが俺には全く分からない。
 俺たちの周りに存在している世界が、どんどん溶岩へと飲み込まれている。

「俺のターン!」

 ベルフレアが笑いながらカードを引いた。

「ククッ。手札より、ファイヤー・トルーパーを召喚!」

 奴が叫ぶと、場に赤い炎をまとわせた魔術師のようなモンスターが現れる。
 ケタケタと壊れたように笑いながら、そのモンスターの姿が足元から消えていく。

「ファイヤー・トルーパーが召喚に成功したとき、このカードを墓地へと送ることで相手に1000ポイントのダメージを与える」


ファイヤー・トルーパー
星3/炎属性/戦士族/ATK1000/DEF1000
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
このカードを墓地に送る事で、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 笑い声をあげながら、炎の塊が俺にむかって突っ込んでくる。
 全身が灼熱につつまれ、激痛が俺の体に走った。

「うぐわあああぁぁぁ!!」

 
 レイン・スター  LP4000→3000


 地獄のような時間が終わり、炎が俺の体から消えた。
 この痛み……やはりディンの時と同じ、いやそれ以上か……。
 ふらつく俺の視界に、ベルフレアの胸元で輝く十字架が入る。
 ベルフレアが楽しそうに高笑いしながら言う。

「まだ始まったばかりだぜ。サラマンドラ・クイーンで、ブルーウェーブ・ドラグーンに攻撃! 煉獄の火炎弾!」

 トカゲが口をパックリと開け、巨大な火の玉を吐き出す。
 炎は青い鱗の竜に直撃し、青い竜は爆発し消滅する。
 これで俺の場にはわずか伏せカードが一枚のみ。

「クーックックック! どうした、お前の力はそんなものか! もっと楽しませてくれよ!」

 ベルフレアが狂ったように笑い声をあげる。
 灼熱の溶岩世界に、その声は不気味な音として響く。
 滅びゆく世界を前にして、俺はその場に立ち尽くす。
 灼熱のマグマは、確実に俺の足元へと近づいていた……。




第十九話  炎の館での死闘

 満月が輝いている夜。

 誰もいないはずのその館の奥には、不気味な空間が広がっていた。
 黒く澱んでいる空。灼熱のマグマが流れ行き、茶色い大地は削れていく。
 どこか遠くで足場が崩れる音がし、火の粉が塵のように辺りを飛び交う。
 大量の溶岩は波のように暴れ続けており、辺りに生命の気配は全くない。

 まさに世界の終わりを表しているような、地獄の光景がそこにはあった。

 そして今まさに滅んでいる世界の中心で対峙する、俺と一人の少年。
 赤い色の髪の毛の少年は、先ほどから不気味な笑いを浮かべたままだ。
 紫色の瞳が見える目を細め、滅んでいく世界を楽しそうに見ている。
 そして黒いマントのような服の上からぶらさがっている、黄金色の十字架。



 ベルフレア LP3700 手札4枚
       場:滅びゆく世界(フィールド魔法)
       場:サラマンドラ・クイーン(ATK1900)
       場:モンスターゾーン一箇所使用不能


 レイン・スター LP3000 手札4枚
       場:伏せカード一枚
       場:モンスターゾーン一箇所使用不能


 
「クックック……」

 ベルフレアの口から笑いが漏れた。
 視線を俺の方へと向け、呆れたような表情を作る。

「ガッカリだな。もっと面白い奴だと思ったんだが、この程度か」

 そう言ってフィールドの状況を確認するように顔を場へと向ける。
 今は奴のバトルフェイズが終わったところ。奴の場にはモンスターが1体。
 対する俺の場にはモンスターはいなく、伏せカードが1枚のみ。
 確かに奴の言うとおり、今の状況はあまり良いものではない……

 だが、まだ俺の負けが決まった訳ではない。

 デッキにも手札にも、そして墓地にもまだ魂は宿っている。
 それにこの闘いには街の未来がかかっている。簡単に諦める訳にはいかない。
 俺がお面越しににらみつけていると、ベルフレアがニヤリと笑った。

「ククッ。良いね、その鋭い視線。それでこそ闇の決闘のしがいがあるってもんだ」

 とても平然とした様子で、楽しげに言うベルフレア。
 この決闘では奴の持っている闇の道具のせいで、決闘の痛みが現実となる。
 文字通り命をかけた戦いにも関わらず、奴は笑っている。
 カードの精霊とか言っていたが、その感覚はどう考えても普通じゃない。
 俺の頬を冷たい汗が流れていくのを感じた。奴は異常だ。

 小高い茶色の丘が崩れ、大きな音が響きわたった。

 ふっと目を閉じ、ベルフレアが無造作に手札のカードを選択する。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだぜ」

 奴の場に裏側表示のカードの映像が浮かび上がった。
 煮えたぎるマグマが、そのカードを赤く照らしあげている。
 グツグツと音をたて、溶岩が俺の足元へと着実に近づいている。
 この闘いが終わるころには、この溶岩はどこまで侵食しているのだろう。
 俺の目の前に広がる未来の先にあるのは光か、それとも滅びの世界か……。

 だが臆する訳にもいかない。

 俺はあの夜に街を守ると誓った。
 だったらこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
 目の前の闘いに、奴の動作の一つ一つに注意を払い、集中するんだ!

「俺のターンだ。ドロー!」

 デッキに手をかけ、カードを引く。
 これで俺の手札は五枚。俺は手札を見ながら考える。

 奴の場のフィールド魔法、滅びゆく世界。

 あれがある限り通常召喚されたモンスターはエンドフェイズに破壊されてしまう。
 壁モンスターで時間をかせぐという戦法はお互いに使うことができない。
 だが俺のデッキとは違い、奴のデッキはあのカードを使うことを前提に組まれているはず。
 当然、様々な手段であの破壊効果を回避してくるはずだ。長期戦には持ち込みたくない。

 ならば、速攻でケリをつける。

 俺は手札の一番左にあるカードを手に取った。

「俺はウインドクロー・ドラグーンを召喚!」

 灼熱の世界に一つの疾風が吹き、緑色の竜が姿を現す。
 赤い目に長い深緑色の爪が生えた、やや不気味な造形の竜だ。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


 ベルフレアがバカにしたように鼻をならした。

「はっ! そんな雑魚に何ができる?」

 俺はその言葉を無視する。
 たしかにウインドクロー・ドラグーンは相手の場のモンスターには敵わない。
 だがその思いは、その魂が無駄になることはない。すべてのカードには意味がある。
 力強く、俺はこのターンにドローしたカードを決闘盤にセットした。

「魔法カード、魂融合(ソウル・フュージョン)発動!」
 
 その言葉に対応するように、俺の場のウインドクローの体が白く輝く。
 同時に俺の墓地に眠るソウルエッジ・ドラグーンの魂の鼓動が伝わってきた。
 ベルフレアが初めて不審そうに眉をひそめる。
 
「場のウインドクロー・ドラグーンと、墓地のソウルエッジ・ドラグーンを融合!」

 黒く燃える空から巨大な球状の光が舞い降り、ウインドクローを飲み込んだ。
 光の球はさらに膨張を続ける。辺りが一瞬だが一際明るく輝いた。
 俺は手をあげて叫ぶ。白い光が、はじけた。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!」

 光の中から翼をはためかせ、白く輝く巨大な竜が現れる。
 滅んでいく世界の空を舞いながら、竜は激しい咆哮をあげた。

 
ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


「ほぅ……少しは面白そうなのが出てきたな」

 竜を見上げながら、ベルフレアが呟いた。
 その表情はすでに先ほどまでの笑い顔に戻っており、動揺は浮かんでいない。
 ちらりと奴の場に伏せられたカードに視線を向けてから、俺は言う。
 
「ラグロナク・ドラグーンは、このターンのみ融合素材としたモンスターの攻撃力の合計分、自身の攻撃力を上昇させる」


 ラグナロク・ドラグーン  ATK2500→ATK4800

 
 俺の言葉を聞いても、ベルフレアの表情に変化はない。
 あの動揺のなさから見て、あの伏せカードは攻撃無効のカードだろうか。
 だがあの伏せカードが何であろうと、これ以上奴のペースにさせる訳にはいかない。
 俺は奴の場にいるサラマンドラ・クイーンを指さして言う。

「ラグナロク・ドラグーンで、サラマンドラ・クイーンを攻撃! トワイライト・ブレイズ!」

 白い竜が翼を広げ、雄たけびをあげながら相手をにらみつける。
 その口の端から僅かに炎が漏れた後、巨大な火球を口から吐き出した。
 この攻撃が通れば奴に2900ものダメージを与えられる。通るか?
 迫り来る炎を前に、ベルフレアがニッと笑った。

「罠発動。ガード・ブロック」

 ベルフレアの場に伏せられたカードが表になり、奴の前に白いバリアが現れる。
 直後に炎がトカゲを飲み込み、サラマンドラ・クイーンは絶叫と共に消滅する。
 だが奴の罠の効果で、ダメージは通らない。


ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「危ない危ない。もう少しで大ダメージをくらうところだった」

 余裕ある口調でベルフレアは笑った。俺は奴をにらみつける。
 だがこれで奴の場には滅びゆく世界の他にカードはなくなった。
 僅かとはいえ、俺のほうが有利になったのも事実だ。

「俺はこれでターンエンドだ」

 俺は静かに言い、ラグナロク・ドラグーンの体を包んでいた光が消滅する。

 
 ラグナロク・ドラグーン  ATK4800→ATK2500

 
 ターン終了時にともないラグナロク・ドラグーンの攻撃力は元へ戻った。
 これで俺の場にはラグナロク・ドラグーンと伏せカードが一枚。
 しかしこの伏せカードは、今はまだ役に立ちそうもない……。

「俺のターン!」

 ベルフレアが笑いながらカードを引いた。
 先ほどの罠の効果もあって、奴の手札はこれで5枚。
 ロクに場のカードも見ずに、ベルフレアは手札のカードを選ぶ。

「俺は火口に潜む者を召喚!」

 奴の場の近くを流れるマグマが、ゴポリと盛り上がる。
 溶岩の中に潜む何者かの目だけが見え、俺をにらんでいる。


火口に潜む者
星4/炎属性/炎族/ATK1000/DEF1200
このカードが破壊され、フィールド上から墓地に送られた時、
手札から炎族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


 攻撃力はたったの1000。
 だが奴の特殊能力はサラマンドラ・クイーンのように破壊されると発動するものだ。
 おそらく滅びゆく世界とのコンボで、上級モンスターの展開を狙っているのだろう。
 俺がそう考えていると、ベルフレアが不気味な笑い声をあげた。

「ククッ。なんとなくお前の考えていることは分かるぜ」

 ベルフレアが鋭い視線を俺へと向けてから、フッと笑った。
 両目をつぶり、いかにもバカにしたような表情で続ける。

「だがチェスの四騎士をなめるなよ。お前には想像もできない戦略を見せてやるよ」

 奴が微笑むのを見て、俺の背筋がぞくりと凍る。
 ベルフレアが勢いよく手札の一枚を取り出した。

「魔法カード、業火の契約を発動!」

 場に1枚の魔法カードが浮かび上がる。
 燃え盛る炎の中で、邪悪そうに笑う剣士が描かれた不気味なカードだ。
 俺が警戒する前で、ベルフレアが笑いながら言う。

「自分のデッキからレベル4以下の炎属性モンスターを墓地へと送ることで、俺の場の炎属性モンスターの攻撃力は墓地に送ったモンスターの攻撃力だけ上昇する!」

「なに!?」

 
業火の契約 通常魔法
デッキからレベル4以下の炎属性モンスターを1枚墓地に送る。
このターンのエンドフェイズ時まで自分フィールド上の炎属性モンスターの攻撃力は
墓地に送ったモンスターの攻撃力分アップする。この効果を受けたモンスターは全て、
そのターンのエンドフェイズに破壊される。


 聞いたことのないカード効果で、俺は驚く。
 俺が驚いている間に、ベルフレアはデッキを広げその中から1枚を選ぶ。
 邪悪な微笑みを浮かべながら、ベルフレアが選択したカードを俺に見せた。

「俺が選ぶのは爆炎集合体 ガイヤ・ソウル! 攻撃力2000!」

 生命を持った炎の塊が描かれたカードを、ベルフレアは墓地へと送った。
 それにともない、マグマの中に潜んでいる者の体が巨大に変化する。


 火口に潜む者  ATK1000→ATK3000


 ベルフレアがケラケラと笑いながら右腕を上げて言う。

「火口に潜む者で、ラグナロク・ドラグーンを攻撃!」

 マグマに覆われた者が、ゆっくりとラグナロク・ドラグーンの方向を向く。
 ぱっくりと目の下に口のような空間が開き、そこから溶岩を勢いよく吐き出した。
 溶岩は一直線にラグナロクへと向かい、直撃する。
 ラグナロク・ドラグーンは咆哮をあげ、苦しげにその場から消滅した。
 同時にダメージが俺へと伝わる。

「ぐっ……!」

 
 レイン・スター  LP3000→2500


 俺は歯をかみしめて痛みに耐える。
 灼熱の溶岩の塊が吹き上げ、あたりの様子はさらに不気味に変化していた。
 ベルフレアが笑いながら呟く。

「ククッ。これがチェスの四騎士の実力だ」

 ゴポリという嫌な音が辺りに響いた。
 ラグナロク・ドラグーンを撃破した火口に潜む者の体が崩れ去ろうとしている音だ。
 さっきの魔法の影響からか、全身から溶岩を噴き出している。まるで血のように。

「ターン終了時、業火の契約の効果によって、火口に潜む者は破壊される」

 ベルフレアが無感情な声で言った。
 マグマの塊はうらめしげな小さい声をあげると、その場に崩れ落ちた。
 そしてそれにより、奴のモンスターの効果が発動する。

「火口に潜む者の効果で、俺は手札のネクロフレア・シャーマンを特殊召喚!」

 ベルフレアが無造作にカードを選択する。
 場に奇妙な鳥のような仮面をつけた、魔術師のようなモンスターが現れる。
 その手には捻じ曲がった形状の杖を握っている。


 ネクロフレア・シャーマン  ATK2000


「さぁ、お前のターンだぜ」

 ベルフレアが笑いながら俺のことを手で示す。
 俺は気持ちを落ち着け、デッキのカードを引く。

「俺のターン!」

 奴の場にはネクロフレア・シャーマンのカードが1枚。伏せカードはない。
 俺の手札は4枚。墓地に存在するドラグーンはラグナロクのみ。
 考え込む俺の耳に、ベルフレアの声が届く。

「まだやるのか? 潔くサレンダーすれば見逃してやってもいいんだぜ?」

 クックックと笑いながら言うベルフレア。
 なるほど、ここでサレンダーすればどれだけ楽なことか。
 だが奴がディンの言う闇の道具を持っている以上、諦める訳にはいかない。
 俺のデッキにはまだ、魂のカードたちが残っている!

「俺はガイアメイジ・ドラグーンを召喚!」

 場に神官が着るローブのような服を身に着けた竜が現れる。
 その手にはキラキラと白く輝く宝玉のついた杖が握られている。
 ベルフレアがそれを見て、ニヤリと微笑む。

「あくまで勝負するというんだな。やはりお前は面白い」

 クックックと笑い声をもらすベルフレア。
 俺は片手をあげて宣言する。

「ガイアメイジ・ドラグーンの効果発動。カードを1枚ドローし、その後カードを1枚捨てる」

 ガイアメイジ・ドラグーンの持っていた杖が輝いた。
 雪のようにキラキラとした光の破片が辺りに降り注ぐ。
 俺はカードを1枚引き、そして手札から1枚を墓地へと送る。
 

ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


「だがそのモンスターでは、俺のネクロフレア・シャーマンには勝てない」

 ベルフレアがガイアメイジ・ドラグーンを見ながら言った。
 たしかに攻撃力では奴のモンスターには劣っている。
 だがその魂の輝きは、別のモンスターへと受け継がれていく。

「魔法発動! 死者蘇生!」

 俺は手札の1枚を勢いよく決闘盤にセットした。
 浮かび上がったのは、緑色の奇妙な形状の代物が描かれた絵。
 

死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 奴の場のネクロフレア・シャーマンの攻撃力は2000。
 墓地のラグナロク・ドラグーンは融合召喚以外では特殊召喚できない。
 ならば俺が選ぶモンスターはただ1体。

「俺は墓地からシャイニングホーン・ドラグーンを特殊召喚!」

 場に突風が吹き荒れ、墓地から白い一本の角を持つ竜が蘇る。
 先ほどのガイアメイジ・ドラグーンの効果で捨てたカードだ。
 白い角と翼を煌かせながら、竜が雄たけびを上げる。


シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


 今、俺の墓地に存在するドラグーンは1体。
 よってシャイニングホーン・ドラグーンの攻撃力は300ポイントアップする。


 シャイニングホーン・ドラグーン  ATK2300→ATK2600

 
 これで奴の場のモンスターの攻撃力を上回った。
 ベルフレアの場には伏せカードはない。

「バトルだ! シャイニングホーンでネクロフレア・シャーマンを攻撃!」

 シャイニングホーン・ドラグーンが口を大きく開いた。
 息を吐き出すような動作で、不気味な魔術師に向かって光のブレスを撃ちだす。
 魔術師は避けようともせず、そのまま光のブレスに包まれ徐々に消滅していく。


 ベルフレア  LP3700→3100


 衝撃波がベルフレアにまで伝わりライフが減った。
 僅かに顔をしかめるベルフレア。だがすぐに不気味な微笑みを浮かべる。
 光のブレスが消え、奴の場には奇妙な鳥のような仮面が残り続けている。
 
「ネクロフレア・シャーマンの特殊能力。戦闘によって破壊され墓地へと送られたとき、手札の炎属性モンスターを墓地へと送ることで墓地から蘇る」

 ふわふわとフィールドに残り続けていた奇妙な仮面。
 ベルフレアが手札の『業火の結界像』を捨てると、仮面が炎に包まれる。
 炎が晴れると、そこにはさっきと全く同じ格好の魔術師が立っていた。
 首をコキコキと鳴らしながら、魔術師はその場で不気味に存在している。


ネクロフレア・シャーマン
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
このカードが戦闘又はカード効果によって破壊され墓地へと送られたとき、
手札の炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、墓地からこのカードを
自分フィールド上に特殊召喚することができる。


「くっ……」

 俺はお面の下で顔をしかめた。
 このままガイアメイジ・ドラグーンでダイレクトアタックできるかと思ったが、
 やはりそこまで甘くはなかったようだ。今の俺にできることはもうない。

「ターン、エンドだ……」

 俺が宣言すると、黒い雲に覆われた空が赤く輝いた。
 今まで何とか避け続けていたが、さすがに限界か。

「滅びゆく世界の効果により、ガイアメイジ・ドラグーンは破壊される」

 ベルフレアが楽しそうに宣言する。
 ガイアメイジ・ドラグーンの足元が崩れ、そのまま溶岩へと飲み込まれる。
 衝撃で俺の場に小さな火の粉が飛び散った。これで俺の場は残り3つ。
 少しずつだが俺の未来が確実に閉ざされていくのが実感できる。
 ゴポゴポと溶岩が奏でる音が、大きくなっているのが分かった。

「俺のターン!」

 ベルフレアがカードを引く。
 引いたカードを見て、奴がニヤリと微笑んだ。

「魔法カード、終炎の導きを発動!」


終炎の導き 通常魔法
自分のデッキからカードを3枚ドローし、
その後手札から炎属性モンスター1体を墓地へと送る。
手札に炎属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へと送る。


「ククッ。この効果で俺はカードを3枚ドローする」

 嬉しそうに山札の上から3枚を引くベルフレア。
 これで奴の手札は4枚。1枚捨てても3枚残る。
 引いたカードをしばし眺めてから、ベルフレアがカードを選択した。

「俺が捨てるのはチェーン・フレイムのカードだ」

 奴が俺に見せてから、自分の墓地へとカードを送る。
 と、その瞬間やつの墓地が青く輝きはじめた。
 俺が驚き身構える間に、ベルフレアが自分のデッキを扇状に広げた。

「チェーン・フレイムの効果発動。このカードが墓地へと送られたとき、デッキの同名カードを全て墓地へと送る」


チェーン・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK500/DEF500
このカードが墓地へと送られたとき、デッキの同名カードをすべて墓地へと送る。
このカードが自分の墓地に存在するとき、自分フィールド上の炎属性モンスターの
攻撃力・守備力は200ポイントアップする。


 奴のデッキからさらに2枚のチェーン・フレイムが墓地へと送られた。
 すると墓地から青い色の3つの炎が飛び出し、ベルフレアの場をさまよいはじめる。
 ふらふらと動いた後、青い炎は奴の魔術師の周りを飛び交い始めた。


 ネクロフレア・シャーマン  ATK2000→ATK2600


 奴の場の魔術師が青い炎の力を受け、炎の勢いが増した。
 どうやら青い炎は自分の場の炎属性モンスターの攻撃力を上げるらしい。
 だが先ほどのターン、ガイアメイジ・ドラグーンが破壊されたことにより、
 シャイニングホーン・ドラグーンの攻撃力も上昇している。

 
 シャイニングホーン・ドラグーン  ATK2600→ATK2900


 僅かだが俺のモンスターの方が攻撃力は高い。
 そう考えた瞬間、俺の視界にベルフレアの顔が入ってくる。

 1枚のカードを握り、邪悪に微笑んでいるベルフレアの顔だ。

 その握られたカードからは、得体の知れない力が感じられた。
 なにか、直感だが奴の持っているあのカードはなにかヤバイ。
 ベルフレアが微笑んだまま、言う。

「俺は場のネクロフレア・シャーマンを生贄に捧げ……」

 不気味な魔術師の姿がキラキラと足元から消えていく。
 その代わり、奴の場に何か邪悪な力が近づいて来るのを感じた。
 ゆっくりと、握っていたカードを俺の方へ向けるベルフレア。

 そこに描かれていたのは、巨大な炎を纏った竜の姿。

 ベルフレアが天へとカードを掲げ、言った。

「召喚、イグニス・インペラート!」

 ベルフレアが勢いよく決闘盤にそのカードをセットした。
 巨大な火柱が吹き上がり、火山の噴火のように溶岩が降り注ぐ。
 溶岩の雨が降る中、滅びゆく世界に不気味な咆哮が響き渡った。

 火柱が切り裂かれ、中から巨大な竜がゆっくりと姿を見せる。

 全身から炎を噴き出し、ギョロギョロとした目で辺りを観察している。
 口には無数の鋭い牙が並び、その口からも常に炎が漏れ続けている。
 まさに狂気を宿した、いびつな形をしたドラゴンがそこには居た。


 イグニス・インペラート  ATK2400


 ふわふわと浮遊していた青い炎が竜へと取り付く。
 悲鳴のような声をあげ、竜の体から吹き出る炎の勢いが増す。


 イグニス・インペラート  ATK2400→ATK3000

 
「攻撃力3000だと……」

 俺は呆然としつつ呟いた。
 だがそれ以上にあのカードから感じる、嫌な雰囲気が気になる。
 あのカードには何かがある。恐ろしい何かが……
 ベルフレアがクックックと笑いながら言う。

「イグニス・インペラートで攻撃ィ! 全てを破壊しろ! 狂炎の旋風!」

 炎の竜が叫び声をあげながら口を大きく開けた。
 体を大きく後ろにそり返し、竜の口から爆発するように炎が吐き出される。
 とてつもない速度で炎は一直線に進み、白い角を持つ竜の体を貫いた。
 シャイニングホーン・ドラグーンは一瞬にして蒸発し、衝撃が伝わる。

「くっ!」

 
 レイン・スター  LP2500→2400


 俺は腕を顔の前に出して衝撃に耐える。
 たった100ポイントのダメージでも、その衝撃は強烈だ。
 とりわけ、奴のモンスターの攻撃はまさに爆風。
 まともに直撃したらLPが残っていても死にかねない。
 衝撃がおさまりつつある中で、辺りにベルフレアの声が響く。

「イグニス・インペラートの効果発動。このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、墓地に存在する炎属性モンスターの数×100ポイントのダメージを相手LPに与える」

「なに……?」

 俺は顔をあげて奴の場を見る。
 イグニス・インペラートの体から大量の細い炎の光線が放たれた。
 炎の光線は真っ直ぐに俺の方へと向かい、俺の頭上より降り注ぐ。

「ぐわあああぁぁぁ!」


 レイン・スター  LP2400→1300


 炎の光線が俺の体を貫き、激痛が走る。
 思わずその場に片膝をつき、必死に気絶しそうになるのを絶える。

「クーックック! どうだ、イグニスの炎をくらった感想は!」

 ベルフレアの笑い声が俺の耳へと届いた。
 奴の墓地には様々なカード効果によりモンスターが大量に存在している。
 それにより奴のイグニス・インペラートの効果は強力なものになっている。
 自分のモンスターをも犠牲にする力で、奴は勝負を決めるつもりか。
 お面越しに奴のことをにらみながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
 ふらふらと足元がおぼつかないが、なんとかバランスを取ろうとする。

「まだ……俺のLPは残っている」

 左腕につけた決闘盤を構えて、俺は言う。
 
「今はお前のターンだ。……早くしろ」

 本当のことを言えば、少しでも体力回復の時間を稼ぎたい。
 だが奴にそんなことを頼んだところで、到底聞くはずもない。
 ならば少しでも、奴に余裕のあるところを見せなければ。

「ククッ。言われなくても続けてやろう」

 俺の言葉を聞いたかどうかわからないが、ベルフレアは手札を見る。
 奴の残りの手札は2枚。何かをしかけてくる可能性は十分にある。
 だがベルフレアは手札を見てから、残念そうに息をはく。

「ふんっ。今は使えるカードはないな」

 余裕ある声でそう言い、ベルフレアがにやりと微笑む。

「だがお前はもう限界そうだ。次のターンでとどめをさしてやるよ。ターンエンド」

 奴のエンド宣言によって、黒い雲の空が赤く輝いた。
 滅びゆく世界の効果によって通常召喚されたモンスターは破壊される。
 当然、奴自身のイグニス・インペラートも例外ではない。
 足場が崩れ、狂気の竜は溶岩の中へと飲み込まれる。

 ――――だが

 ゴポゴポという音と共に、溶岩から竜が再び姿を現した。
 まるでゾンビのような動きで、ゆっくりと体を引きずりながら。
 俺が驚いていると、ベルフレアが静かに言った。

「イグニス・インペラートは無敵の皇帝。戦闘以外で破壊されることはない」

 奴の場に蘇った竜を見ながら、俺は呆然とその言葉を聞いた。


イグニス・インペラート
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF2200
このカードは戦闘以外の方法では破壊されずフィールドから離れることはない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、墓地に存在する炎属性モンスターの
数×100ポイントのダメージを相手に与える。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
●自分のデッキに存在する炎属性モンスター1体を墓地へと送ることで、
このカードの攻撃力は2000ポイントアップする。この効果は1ターンに1度しか
使えず、この効果を使ったターンこのカードは攻撃することができない。


「だがイグニス・インペラートの体は徐々に崩壊していく。お前にとっては僅かな希望だな」

 ベルフレアがそう言うと、イグニス・インペラートの体が一部だが欠ける。
 本当に僅かだが、確かに奴のモンスターの体は崩壊しつつあった。


 イグニス・インペラート  ATK3000→ATK2800


 不気味な声をあげながら俺のことを見つめる狂気の竜。
 その目に映っているのは、崩壊の未来かそれとも……
 ゴポゴポと溶岩が音をあげ、また少し世界が崩れる音がする。

「いったいなぜ、お前はそこまでして闘うんだ?」

 ふと、ベルフレアが尋ねてきた。
 心底不思議そうな表情でベルフレアは言う。

「人間は俺たちカードの精霊とは違って寿命も短い。そう死に急ぐこともないだろう」

 奴の手からまた一つの火の玉があがった。
 ふわふわと浮遊する火の玉を見上げてから、ベルフレアが尋ねる。

「なぜ、お前は闘う?」

 グツグツと溶岩の煮えたぎる音が俺たちの間に流れる。
 沈黙の間も、ベルフレアは真っ直ぐに俺を観察するように眺めている。
 少し考えてから、俺は尋ねる。

「そういうお前は、なぜ闘うんだ?」

 ベルフレアの顔から一瞬だけ表情が消えた。
 しかしすぐにいつもの笑みを浮かべると、答える。

「楽しいからさ。命を削る神聖な闘いの中にこそ、俺たち火の精霊の精神がある」

 クックックと笑いをもらすベルフレア。
 おそらく館の壁際に並んでいる炎たちも、頷くように動いているのだろう。
 ひとしきり笑ってから、ベルフレアが尋ねる。

「さぁ、お前はなぜ闘うんだ?」

 楽しそうな表情で問いかけるベルフレア。
 溶岩が波のように大きく動き、辺りに火の粉が舞う。
 ゆっくりと、俺は答える。

「守るためだ」

「……守るため、だと?」

 予想外の返答だったらしく、ベルフレアが目を見開いて驚いた。
 俺は自分の胸の内を吐き出すようにして話す。

「俺の師匠は言っていた。『たとえ姿はなくなっても、魂や思いは残っている』と」

「……魂?」

 ベルフレアが首をかしげた。
 俺は自分のデッキを見て、続ける。

「そしてこうも言っていた。『人にはそれぞれ魂がある。それらに宿る思いこそが素晴らしい』と」

 ベルフレアが考えるようにして黙り込む。
 おそらくカードの精霊には理解できない考えなのだろう。
 難しい顔で、俺の次の言葉を待っている。

「俺はこの風丘町が好きだ。この街も、街に住んでいる人々のことも。だからこそ彼らに宿る魂を、思いを守るために俺は闘う!」

 ガラガラと音がたち、また世界が崩れ去った。
 考えるように視線を落としていたベルフレアが、顔をあげる。

「魂、思い……。俺には理解できないことだ」

 くだらない、とでも言いたげにベルフレアが言う。
 フッと息を吐き出すように笑い、目をつむる。

「まぁ、お前はこの場で消されるんだ。考える意味もないな」

 クックックと大きく笑い声をあげるベルフレア。
 奴の発言を無視して、俺は自分のデッキに手を伸ばす。

「俺のターン!」

 引いたカードを見る。ソウルバリアのカード。
 これで俺の手札は『魂の転生』『ソウルバリア』『ウインディ・カーバンクル』の3枚。
 奴の場には攻撃力2800のイグニス・インペラートと滅びゆく世界。状況は悪い。

 ガラガラと大きな音を立て、世界がまた少し崩壊する。

 地獄のような世界の中、俺は静かに自分の思考を重ねていく。
 奴のイグニス・インペラートの効果。そして俺のデッキに宿る魂。
 それらの中から、俺は光を探す。勝利へと伸びる一本の光を。
 
「俺は手札から魂の転生を発動!」

 残り少ない可能性に賭け、俺はカードを選ぶ。
 滅んでいく世界に、1枚のカードが浮かび上がる。


魂の転生 通常魔法
自分の墓地のカードを1枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。


「この効果で、俺は墓地の魂融合を除外する!」

 俺の決闘盤が魂融合のカードを墓地から吐き出す。
 それをポケットにいれながら、俺はさらに続ける。

「ウインディ・カーバンクルを守備表示で召喚!」

 場にポフンという気の抜けた音が響き、薄緑色の小さな竜が姿を現す。
 

ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。


「ククッ。なんだ、そのモンスター?」

 ベルフレアが見下す目で薄緑色の竜のことを笑った。
 ウインディ・カーバンクルがムッとした表情を浮かべる。
 何か反論したいところだが、あまり余裕はない。

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 静かに最後の1枚を場にセットする。
 これで俺の手札にカードはなくなった。
 そして黒い空が赤く輝く。

「滅びゆく世界の効果で、通常召喚されたモンスターは破壊される!」

 ベルフレアが言った瞬間、カーバンクルの足元から溶岩が噴出した。
 浮遊していた薄緑色の竜は、マグマに飲み込まれ苦しそうに消滅する。
 すまない、ウインディ・カーバンクル。だがお前の魂は無駄にしない。

「罠発動、魂の綱!」

 俺の場に1ターン目から伏せられていたカードが表になる。
 奴の狙いが分からなかったので温存していたが、もうそんな状況ではない。


魂の綱 通常罠
自分フィールド上のモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、自分のデッキからレベル4モンスター1体を
特殊召喚する事ができる。


「これにより、俺はフレイムアビス・ドラグーンを守備表示で特殊召喚する!」

 場に紅い体の、炎のような姿の竜が現れた。
 腕をクロスさせ、残り少ない足場の上に膝をついている。


フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。


 レイン・スター  LP1300→300


 これで何とか俺の場からモンスターが消える最悪の事態は免れた。
 だが俺の場にはフレイムアビス・ドラグーンと伏せカードが1枚。
 次のターンを耐え切れる保障はない。

「しぶとい奴だ。だが安心しろ。すぐに楽にしてやる」

 ベルフレアが邪悪に微笑み、カードを引いた。
 引いたカードを見て、ベルフレアが目を細める。

「俺は爆炎集合体 ガイヤ・ソウルを召喚!」

 奴の場に巨大な炎の塊が出現した。
 爆発するような熱気を放ちながら、一つだけ持つ目で俺を見ている。
 

爆炎集合体 ガイヤ・ソウル
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
自分フィールド上の炎族モンスターを2体まで生け贄に捧げる事ができる。
この効果で生け贄を捧げた場合、このモンスターの攻撃力は生け贄の数×1000ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


「お前のLPは風前の灯火。これでお前は終わりだな」

 クックックと笑いながら、ベルフレアが肩をすくめた。
 奴の場のイグニス・インペラートが、不気味な咆哮をあげる。
 世界がぐらつくような絶叫が響く中、ベルフレアが手を伸ばす。

「バトルだ。ガイヤ・ソウルでフレイムアビス・ドラグーンを攻撃!」

 炎の塊がゆっくりとその巨大な体を動かす。
 あのモンスターは厄介なことに貫通効果を持っている。
 フレイムアビス・ドラグーンは守備表示だが、これをくらえば俺の負けだ。
 決闘盤のボタンを、俺は素早く押す。

「罠発動、ソウルバリア! 相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 俺の場に伏せられていた最後のカードが表になる。
 ガイヤ・ソウルの前に黄色いバリアが張られ、炎の塊の動きが止まる。
 

ソウルバリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを1枚選択し墓地へ送る。
 

「さらに俺はデッキからカードを1枚墓地へと送る」

 デッキを広げ、その中から1枚を選択し墓地へと送る。
 その場で止まってしまった炎の塊を見上げながら、ベルフレアが呟く。

「はっ。本当にしぶとい奴だ。そんなにイグニスの炎で焼かれたいのか?」

 奴の発言には答えずに、俺はジッと奴をにらみつける。
 ベルフレアがフッと鋭く息を吐き、邪悪に微笑む。

「ならリクエストに答えてやるよ。イグニス・インペラート!」

 グロロロと不気味に喉を鳴らすイグニス・インペラート。
 ギョロギョロと目玉を動かし、俺の場の赤い竜に視線を向けた。
 ベルフレアが笑いながら叫ぶ。

「イグニス・インペラートでフレイムアビス・ドラグーンを攻撃! 狂炎の旋風!」

 奴の場の巨大な竜が口を大きく開けた。
 一瞬の間の後、そこから強大な爆風が吐き出される。
 轟音を響かせながら、爆風は俺の場へと近づく。

 この攻撃が通れば、イグニス・インペラートの効果で俺は負ける。

 爆風は真っ直ぐに突き進み、フレイムアビス・ドラグーンを飲み込んだ。
 巨大な炎に飲み込まれるようにして、フレイムアビスの姿が見えなくなる。
 爆風の衝撃で吹き飛ばされそうになりながら、俺はその場に耐える。
 ベルフレアが大きく笑い声をあげているのが僅かに聞こえていた。

 ――爆風がおさまり、辺りを覆っていた黒い煙が晴れる。

 俺の場の様子が再びあらわとなる。
 そこには、膝をついた格好で腕をクロスさせている赤い竜の姿があった。

「なぜ生きている!?」

 ベルフレアが驚いた表情でそう言った。
 奴の視線は、真っ直ぐに俺の場に残っているフレイムアビスに注がれている。
 そのフレイムアビスの体は、僅かに白いオーラのようなものに包まれていた。
 
「墓地のガーディアン・ドラグーンの効果を発動した。このカードをゲームから除外することで、このターンのみ俺の場のモンスターは戦闘では破壊されなくなる」

 俺はガーディアン・ドラグーンのカードを見せながら言った。
 さっきのソウルバリアでデッキから墓地へと送ったカードだ。
 
 
ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。


 奴のイグニス・インペラートはモンスターを戦闘破壊したときに効果が発動する。
 フレイムアビスは生き残ったので、これで奴のモンスター効果は発動しない。
 ベルフレアが露骨に不満そうな顔をしながら言う。

「ちっ! ターンエンドだ!」

 その言葉に反応し、奴の場の炎の塊が溶けるようにして消えていく。
 ガイヤ・ソウルは自壊能力を持っているので、それで破壊されたのだ。
 加えてイグニス・インペラートも、僅かだが体が崩れていく。


 イグニス・インペラート  ATK2800→ATK2600


 これで奴の場には再びイグニスと滅びゆく世界だけが残った。
 俺の場に残っているのはフレイムアビス・ドラグーンのみ。手札はゼロ。
 ベルフレアが少しだけ余裕を取り戻して言う。

「まったくしつこい奴だな。感心するよ」

 その言葉と同時に、世界の一角がまた滅んでいく。
 最初は山や小高い丘があったものの、すでにそれらの姿はこの世界にない。
 見渡す限り、真っ赤な溶岩が流れる平らな大地が続いている。

 ゆっくりと、俺はデッキのカードに手を伸ばす。

「俺のターン!」

 デッキからカードを引き、さらに魂の転生の効果が発動する。
 前のターンでゲームから除外した魂融合のカードが、俺の手札に。
 思いがつながり、奴のモンスターを打ち砕く光が紡がれた。

 フッと、俺は軽く笑みをうかべた。

 お面ごしだがその気配を感じ取ったのか、ベルフレアが眉をひそめる。
 ゆっくりと、俺はカードを決闘盤へとセットする。

「魔法カード、魂融合を発動!」

 滅びゆく世界に絵柄が浮かび上がる。
 俺の場のフレイムアビス・ドラグーンの体が輝き始めた。
 ベルフレアの顔に微妙な動揺が走る。
 
「場のフレイムアビス・ドラグーンと、墓地のラグナロク・ドラグーンを融合!」

 俺の場の竜の体が、赤い光に包まれていく。
 そして俺の墓地から飛び出した白い光が、その周りをグルグルと周り始める。

 すべてのカードには意味があった。

 最初は役に立たないと思っていた魂の綱は、フレイムアビスを呼び出した。
 すぐ破壊されたとはいえ、魂の綱の発動条件を満たしたのはウインディ・カーバンクル。
 すべての魂の思いが集まり、この一手を導いた。どれか一つがいなくてもダメだった。
 黒い雲に覆われた空へと向かって、赤い光は巨大になりながら飛んでいく。

 赤い光が、はじけた。

 俺は声の限りに叫ぶ。
 
「融合召喚! 現れろ、ディアボロス・ドラグーン!」

 キラキラと赤い光の雨が降り注ぐ世界に、一匹の黒い竜が姿を見せる。
 燃え滾るような赤い目に、巨大な黒い翼を広げ、雄たけびをあげる。
 まるで悪魔のような見た目の、巨大な黒竜が俺の場に降臨した。


 ディアボロス・ドラグーン  ATK2800


「攻撃力2800だと……」

 ベルフレアが呟いた。
 奴の場のイグニス・インペラートの攻撃力は2600。
 伏せカードもなく、今の奴にディアボロスを止める手段はない。
 今こそ奴の切り札を叩き潰す!

「ディアボロス・ドラグーンでイグニス・インペラートを攻撃、クリムゾン・インパクト!」

 黒い竜が奴の場のいびつな竜へと視線を動かした。
 世界を揺らすような咆哮をあげ、ディアボロスが翼を広げ空へと飛び立つ。
 一気に天高くへ上昇すると、ディアボロスの全身が炎につつまれていく。
 そしてまるで隕石のように、一直線にイグニス・インペラートへと向け突っ込んだ。
 その姿を見て、狂気の竜は恐怖の表情を浮かべる。

 瞬間、轟音が響き凄まじい衝撃で周りの空気が揺れる。
 
 イグニス・インペラートが今までにない大きな絶叫をあげる。
 ギョロギョロと視線が天へと向かい、そして粉々に砕け散った。

「ぐおおおおおっ!!」

 ベルフレアが衝撃を受けて叫んだ。
 さすがの奴も苦悶の表情を浮かべ、その場にふらつく。


 ベルフレア  LP3100→2900


 ぜいぜいと息をきらしてフィールドを見るベルフレア。
 奴の前に、ディアボロス・ドラグーンが翼を広げた格好で立っていた。
 見上げるベルフレアに向かって、俺は言う。

「ディアボロス・ドラグーンの効果発動。相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える」

「なにぃ……?」

 ベルフレアがいまいましそうに呟く。
 奴の前に立つディアボロス・ドラグーンが口をあけた。
 鋭い牙が生えている口の奥から、ドス黒い炎が漏れる。


ディアボロス・ドラグーン
星8/炎属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2500
フレイムアビス・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。


「魂の怒りをその身で受けろ。フレイム・リトリビューション!」

 ディアボロス・ドラグーンの口から漆黒の炎が吐き出される。
 灼熱が直撃し、ベルフレアが顔をひきつらせ苦悶の表情をうかべる。

「ぐああああああっ!」


 ベルフレア  LP2900→100


 ライフが減り、奴の体からプスプスと煙が上がる。
 普通ならばあんな炎が直撃すれば気絶しかねないが、奴はカードの精霊だ。
 苦しそうではあるものの、倒れてはいない。その場でゆらりと立ち尽くしている。
 俺の場にディアボロスが舞い戻り、俺は手札の最後の1枚を見る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 俺の場に裏側表示のカードが現れた。
 これで奴の場に滅びゆく世界以外にカードはなく、手札は2枚。
 しかもLPは僅かに100。次のターンで、ケリをつけてやる。
 ふらふらと体をゆらしながら、ベルフレアがカードを引く。

「……俺のターン」

 今までとは違い暗い声で言うベルフレア。
 3枚ある手札の中から、1枚を選ぶ。

「手札より魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動」

 奴の場に緑色のカードが浮かび上がる。
 あれは1ターンで通常召喚を2回行えるようにするカードだ。


二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 しかし通常召喚をしたところで、奴の場には滅びゆく世界がある。
 あれがある限り、何体通常召喚したところでエンドフェイズに破壊される。
 奴の狙いが分からないでいる内に、ベルフレアがカードを決闘盤にセットする。

「俺は手札からUFOタートル、そして原祖の支配者(エレメンタル・マスター)を召喚」

 奴の場にUFOから体を出した亀と、杖を持った魔道師のようなモンスターが出る。
 杖の先にはキラキラと白く輝く丸い宝玉がついている。見たことのないモンスターだ。
 そしてこの召喚により奴の手札はゼロになった。もうこれ以上の行動は起こせない。


UFOタートル
星4/炎属性/機械族/ATK1400/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 原祖の支配者  ATK1500


「原祖の支配者の効果発動。召喚に成功したとき、属性を選ぶことで原祖の支配者の属性は選択された属性となる。俺は炎属性を選択する」

 淡々とした口調で効果を説明するベルフレア。
 魔術師の杖についていた宝玉が、燃え盛る火炎へと変化した。
 だがそれ以上のことは、何も起きない。
 
 不気味な沈黙が俺たちの間を流れる。

 と、俺はベルフレアの体が震えているのに気づいた。
 ガクガクとした震え方ではない。どこかプルプルとした震え方だ。
 泣いている訳でも、おびえている訳でもなかった。奴は……


 奴は、笑っていた。


 不気味な声をあげ、クックックと口から笑い声がもれはじめる。
 それは少しずつ大きくなっていき、やがて世界全体に響くものへとなっていった。
 絶句している俺にむかって、奴が邪悪な微笑みを見せた。

「クークックック! 残念だったなぁ、キツネのお面よぉ!」

 哀れむような視線を俺へと向けるベルフレア。
 俺は自分の背筋がゾクリとするのを感じた。
 たまらなくなり、俺は叫ぶようにして尋ねる。

「なにがおかしい!?」

「ククッ。素直にイグニスの炎で焼かれていれば、助かったのかもしれないのになぁ」

 ベルフレアが笑いながら言う。
 その言葉からは嘘やはったりのようなものは感じられない。
 だが奴の場にはモンスターが2体いるのみ。手札も伏せカードもない。
 この状況で何かが出来るはずもない。いったい何を考えている?
 考える俺に、ベルフレアが鋭い視線を向ける。

「お前はこのベルフレアを本気にさせちまったんだ。もうお前に未来はない」

 奴が目を細めながら、楽しげに言う。
 だがそれ以上のことは何も起こらない。
 ふらふらと不気味に体を揺らしながら、ベルフレアが言う。

「光栄に思え。この時代で俺に本気を出させたのはお前がはじめてだ」

 クックックと笑い続けるベルフレア。
 俺は動揺しているのを悟られないようにして声を出す。

「お前、いったい何を言っている!?」

 もはや奴には手札にも場にも墓地にも起死回生のカードはない。
 俺の場には攻撃力2800のディアボロス・ドラグーンと伏せカード。
 どう考えても、奴にこの状況を逆転するなど不可能なはずだ。
 にらむ俺を見て、ベルフレアが肩をすくめる。

「分からないようだな。なら見せてやるよ」

 ベルフレアがすっと手をかざした。そこから巨大な板上の炎が上がる。
 スクリーンのように、炎に奴の場の原祖の支配者のカードが浮かび上がった。
 名前にレベル、魔術師のような姿が描かれた絵柄に、効果のテキスト。
 俺は素早くそれらのカードテキストに目を通す。
 

原祖の支配者(エレメンタル・マスター)
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。


 最初は何の変哲もないようなカードに見えた。
 しかし、何か強烈な違和感を感じる文章がそこにはあった。
 今までに見たことのないテキストだった。こんなものは俺の知識にはない。
 まるで異世界から現われたカードであるかのような、不自然な文章。

「チューナー……だと?」

 俺は呆然として呟いた。
 奴の種族の横にはっきりと書かれているテキスト。チューナー。
 それが何を意味するのかは分からない。だが不気味な気配がする。
 さきほどのイグニス・インペラートをも上回る、とても不気味な気配が……。

「世界に始まりがあったように、モンスターにも始まりがある」

 ベルフレアが微笑みながら、両手を広げて言う。
 それはまるで神官が異世界の怪物を呼び出すかのような体勢。
 異様な気配を漂わせながら、ベルフレアは俺に語りかけるかのように言う。
 
「原祖の支配者こそ、チューナーの始まり。この世界でただ1体のチューナーモンスターだ」

 チューナーモンスター……。

 聞きなれない単語に、俺は困惑する。
 いったい奴は何を話している。あのモンスターは何だ?
 いや、そもそもあのモンスターから感じる気配は普通のカードとは違う。

 まるでこの場にあってはならないような、そんな気配がカードから感じられた。

「チューナーは他のモンスターと同調することで、さらなる力を呼び起こす」

 ベルフレアが大きく天を仰いだ。
 分厚い黒い雲に覆われた空を見ながら、と大きく笑い目を細めニヤリと笑う。

「そして、この場に『神』が降臨する」

「神、だと……?」

 俺も決闘者として聞いたことがある。
 数年前に行われた第一回バトル・シティ大会。
 今では伝説となったあの大会でも、神のカードと呼ばれるものが存在したと。
 だがそのカードは今では失われ、この世界には存在していないはずだ。
 だとしたら、奴の言っている『神』というのは……

 ベルフレアがおもむろに片手をあげ、言う。

「レベル4のUFOタートルに、レベル4の原祖の支配者をチューニング!」

 原祖の支配者の体が砕け、その体から四本の輪が現れる。
 ヒュンヒュンと輪がUFOタートルの体を取り囲みはじめる。
 融合とも儀式とも違う、全く新しい動き方だ。

 ――滅びゆく世界が揺れ始める。

 溶岩が走る大地が割れ、空が赤く輝き始める。
 まさに世界が滅びる前兆のような現象が、目の前で起こっていく。
 だがその天変地異は、俺には何かの前兆のように思えた。
 
 そう、まるで巨大な何かが降臨するような……

 グラグラと揺れる大地の上で、ベルフレアの口から不気味な声が漏れる。

「狂気の炎が揺れ動き、世界の全てを破壊する。煉獄の力が今ここに!」

 UFOタートルの体が透けていき、線だけの存在に変わった。
 ヒュンヒュンと緑色の薄い輪っかが取り囲み、強烈な閃光が走る。
 滅びゆく世界が一際大きく揺れた。まるで世界そのものが怯えているようだった。
 空を覆っていた雲が引き裂かれるように千切れ、赤く燃える空がむきだしとなる。

 そしてその空の上から、巨大な『何か』が降りてくる。

 壊れていく世界に、ベルフレアの声が響いた。

「シンクロ召喚! 降臨せよ! 旧神−クー・トゥー・グアラス!!」

 ぐにゃりと、世界全体の空気がいびつに捻じ曲がった気がした。
 空の上、宇宙より一つの『炎』がゆっくりとその姿を現した。
 不死鳥のような姿を形取った、太陽のような巨大な『炎』。
 異様な威圧感を感じさせながら、炎はゆっくりと巨大な翼を広げる。
 その動作だけで、滅びゆく世界は崩壊を進めていく。不死鳥が咆哮をあげた。


 神。


 奴の言っていたことが、俺には理解できた。
 人が触れることさえ出来ないような圧倒的な存在。
 それを感じさせる程の強大な力を、あのカードは持っている。
 呆然とする俺の耳に、ベルフレアの言葉が届く。
 
「旧神−クー・トゥー・グアラスがシンクロ召喚に成功したとき、墓地に存在する炎属性モンスターは全てゲームから除外される」

 墓地に存在する大量の炎属性モンスターが、奴の決闘盤から吐き出される。
 それにより今まで墓地へと送られていったモンスターたちのヴィジョンが場に現われる。
 すべてのモンスターが狂ったように笑いながら、不死鳥の体へと吸収されていく。
 まるで地獄を蹂躙している悪霊のような、おぞましい光景だ。
 ベルフレアがニヤリと笑いながら、不死鳥を手で示す。

「旧神−クー・トゥー・グアラスの攻撃力は、この効果でゲームから除外された炎属性モンスターの数×800ポイントとなる!」

 ベルフレアが楽しそうに笑いながらそう言った。
 不死鳥がかん高い声を響かせ、体から放たれる威圧感がさらに増した。
 奴の墓地には大量の炎属性モンスターが存在していた。不死鳥の攻撃力は……


 旧神−クー・トゥー・グアラス  ATK11200


「攻撃力、11200……」

 俺は自分の口から思わず声がもれるのを感じた。
 そのモンスターの攻撃力の数値は、もはや常識を逸脱していた。

 すべては、このため。

 奴が自身のモンスターをも破壊するようなフィールド魔法を使ったのも、
 ことあるごとにモンスターカードを墓地へと送っていたのも、全てはこのため。
 奴の切り札である『神』の力を増幅させるための、すべては布石。
 ベルフレアの真の狙いに俺は気付いた。あまりにも、遅く。
 ゆらめく不死鳥を見上げている俺に、ベルフレアの声が聞こえてくる。

「ククッ。旧時代を支配していた炎の神の姿はどうだ?」

 俺はぼんやりとその質問を聞き流した。
 奴の場の不死鳥から、俺はいっさい目を離すことができない。
 それほどまでに、奴のモンスターが発する気配は異常で、圧倒的だった。
 ベルフレアが微笑み、手をかざした。不死鳥がかん高い咆哮をあげる。

「旧神−クー・トゥー・グアラスでディアボロス・ドラグーンを攻撃! 全てを破壊する炎の力を見せつけろ! 煉獄の魔炎撃!」

 炎の不死鳥が翼をひろげ、ゆっくりとその巨大な体を動かす。
 異様な気配を感じ、ディアボロス・ドラグーンが体をのけぞらした。
 触れる空気全てを捻じ曲げるようにして、不死鳥は翼を広げる。
 
 空間が揺れ、巨大な炎の渦が放たれた。

 撃ちだされた炎の轟音により、周りから音が消えた。
 強烈な光と熱気を放ちながら炎が凄まじい速度で迫る。
 攻撃の衝撃で吹き飛ばされそうになりながら、俺はなんとかして叫ぶ。

「罠発動、ソウルフルガード!」

 全力で声を出したものの、その音はかき消された。
 だが俺の場に伏せられた、最後の1枚が反応して表になる。
 このカードがあの旧神に通用するかは分からない。だがもう手段はなかった。
 俺の目の前に白く透き通るようなバリアが張られる。


ソウルフルガード 通常罠
自分の墓地にドラグーンと名のつくモンスターが存在するとき発動できる。
次の効果のうち一つを選択して適用する。
●このターンのみ戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
●このターンのみカード効果による自分へのダメージを0にする。


 巨大な炎は黒い竜を貫き、一瞬にして黒竜は蒸発した。
 
 俺の目の前に張られた白いバリアに、残った炎が当たる。
 凄まじい衝撃が走った。お面が吹き飛び、俺は後ろへと吹き飛ばされる。
 白いバリアにピキピキとヒビが入る。俺の周りの世界が壊れていく。
 まるで永遠に続くかのような、轟音と衝撃が俺を襲う。
 ……そして炎の力が途切れ始めて、轟音が消え始める。

 
 レイン・スター  LP300


 衝撃がやみ、世界が静寂につつまれた。
 黒い雲の世界で、不死鳥がその炎の翼を広げている。
 すでに世界は滅んでしまったかのように、静まり返っていた。
 
「ククッ。なんとか生き残ったか。だが次に手はあるのかな?」

 ベルフレアが邪悪に微笑みながら俺に尋ねた。
 地面に倒れていた俺は、ゆっくりと自分の体を引き起こした。
 攻撃の衝撃で全身が痛んでいたが、なんとか死んではいなかった。
 だが俺は不死鳥を見上げながら思った。俺の命が尽きるのも、時間の問題だと。

 勝てない。もう奴に勝つ手段は、ない。

 俺は立ちあがるも、すでにカードを引く気力さえ残っていなかった。
 滅んでいく世界を前にして、俺は息をきらしながらたたずんでいた。
 
「クックック。クー・トゥー・グアラスの前に声もでないか……」

 ベルフレアが自分の決闘盤にセットされた白いカードを見て、呟いた。
 

旧神−クー・トゥー・グアラス
星8/炎属性/炎族・シンクロ/ATK?/DEF?
炎属性チューナー+チューナー以外のモンスター一体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する
炎属性モンスターをすべてゲームから除外する。このカードの元々の攻撃力・
守備力はこの効果で除外されたモンスターの数×800ポイントとなる。
このカードが守備表示のモンスターを攻撃したとき、守備力を攻撃力が上回って
いればその数値だけ相手のLPにダメージを与える。
 
 
 俺は翼を広げている不死鳥を見上げる。
 奴の攻撃力は桁違い。俺の手札にも場にも、カードはない。
 この状況を覆すことのできるカードは、今の俺のデッキには入っていない。
 そう、俺の物語はここで終わり。俺には滅びの未来しか残っていない。

 不死鳥を見ながら、すっと俺は自分のデッキの上へ手のひらを伸ばす。

 決闘者になってから、俺が一度もしたことがなかったこと――サレンダー。
 あんな化け物の力でやられるくらいならば、自分の手でケリをつけてやる。
 俺の頭の中を今までの色々なことが走馬灯のように駆け抜けていく。

 風丘町で過ごした日々、高校に入学したとき、DC研究会に入ったとき……

 もうそれもお終いか。俺は自嘲気味にため息をついた。
 後は、不安だがあのバカなグールズ幹部にまかせるしかない。
 俺の未来はここで終わる。この滅んでいく世界のように……
 ベルフレアが俺の行為を見て「ほぅ」と声を出した。なぜか表情は不満そうだ。

 俺の後ろの大地が、凄まじい音を立てて崩壊した。

 すでに残っている足場は俺とベルフレアが対峙する円形の大地だけ。
 それ以外の大地は全て溶岩へと飲み込まれ、完全に姿を消していた。
 おそらく俺がこの手をデッキの上に置けば、俺の足元も崩れるのだろう。
 すでに足元がグラグラとしているのを感じていた。

 さよなら、みんな。

 俺は目をつぶり、心の中で呟いた。脳裏に大切な人たちの姿が思い返される。
 そして俺が全てを諦め、手のひらがデッキの上へと置かれようとした瞬間――


『光射ーす方へ、見上げーて誓った! 僕等だけの未来、築いていく!』


 突然、場違いな音楽と歌が流れ始めた。
 俺とベルフレアが同時に驚き、キョロキョロと音源を探す。
 だがこの滅びゆく世界にそんな音楽が鳴るようなものがある訳がない。
 と、一体の火の玉がベルフレアに耳打ちするように近づいた。

「なに、侵入者だと?」

 ベルフレアが火の玉からの報告を聞いて顔をしかめた。
 報告をした火の玉はコクコクと頷くように上下に動く。
 しばし考えてから、ベルフレアがチッと舌を鳴らした。
 同時に胸元で輝いていた黄金色の十字架から、光が消える。

 不死鳥が咆哮をあげ、スゥッとソリッド・ヴィジョンが消えた。

 一瞬にして、辺りの様子が館のダンスホールへと戻る。
 そして俺の足元付近に落ちている、真っ赤な携帯電話。
 音楽はその携帯電話から流れていた。その後ろにはキツネのお面が落ちている。
 驚いている俺の耳に、ベルフレアの大きなため息が届く。
 
「何だか気が滅入っちまった」

 ベルフレアが先ほどまでとは違って、つまらなそうに言った。
 両腕を頭の後ろで組み、不機嫌そうに話すベルフレア。

「勝負はお預けだ。気分じゃない」

 手をひらひらとさせながら、ベルフレアは言い放つ。
 だがそう言った後、邪悪な笑みを浮かべて俺のことを見た。

「いや、今回は俺の勝ちかな。お前はさっき降参しようとしていたからな」

 クックックと笑うベルフレアに、俺は何も言い返すことができない。
 黙って奴をにらみつけると、鳴り続ける携帯の後ろに落ちていたお面を拾う。
 バサッと黒いマントをひるがえし、ベルフレアが俺を指差した。

「だがいずれ必ず決着はつける。お前はこの俺のライバルに決定だ!」
 
 ドーンととんでもないことを言うベルフレア。
 唖然とする俺に対し、ベルフレアはクックックと楽しそうに笑っている。

 冗談じゃない。誰がお前のライバルになるか!

 そう思ったが、あまりにもダメージが大きくて声が出ない。
 もはや立っていることさえもツライ状況だった。そこまで追い詰められていた。
 
「クックック。やはり闘いには好敵手がいないとな……」

 もはや奴の言うことに何かを言う気にさえならなかった。
 思わずため息が出る俺。ぐらつきながらも、何とかしてその場に立つ。
 その姿を見ていたベルフレアが、ふと目を見開いて言う。

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

 紫色の瞳で俺のことを見据えながら言うベルフレア。
 そういえば俺も名乗った覚えはない。
 できれば答えたくなかったが、嘘をつけるほど頭も回っていない。
 嫌々ながら、俺は吐き捨てるように答える。

「俺の名前はレイン・スターだ」

「ふぅーん。変わった名前だな」

 ベルフレアが俺の素顔を見ながら頷いた。
 変な名前なのは俺のせいではない。バカな上司のせいだ。
 そう思ったが、声には出さない。ベルフレアがニヤリと微笑む。

「いいだろう。お前は面白いし気に入った。覚えておこう」

 クックックと不気味な笑い声を響かせるベルフレア。
 そしてもう一度俺を指差して、言う。

「次に決着をつける時までに、もっと強くなっていろよ。好敵手としてな」

 不気味に微笑みながら、奴の体が炎につつまれていく。
 そして大きく笑いながら、炎に飲み込まれベルフレアの姿が消えた。
 それに呼応するように、壁際の火の玉達も一瞬にして消える。
 ダンスホールが一瞬にして暗闇に包まれ、辺りが静かになっていく。

 と、残された俺の耳に、誰かが廊下を話しながら歩く音が聞こえてきた。

 どうやらさっきベルフレアが言っていた侵入者らしい。
 こんな夜中に館にいるのを見られるのは、色々とまずい。
 とっさにダンスホールの奥へと駆け、そこにあったピアノの影に隠れる。
 息をひそめていると、ダンスホールの扉がギギギと開いた。

「……うん。火の玉はいないみたいだね」

 そう言ってダンスホールに入ってきたのは、日華先輩だった。
 眠そうな表情で、片手には携帯電話を持っているのが見える。
 その後ろから、おそるおそる顔を出したのは白峰先輩。
 辺りを見回してから、日華先輩が鳴り続けている携帯電話を見つける。

「ほら。これでしょ、沙雪の携帯って」

 眠そうな口調で言ってから、日華先輩が携帯を拾った。
 白峰先輩が頷いて、ダンスホールの中へと入ってくる。
 携帯を受け取ると、白峰先輩はホッとした表情を浮かべた。

「……うん、たしかに私のよ」

 携帯を開いて操作しながら、白峰先輩が言った。
 騒々しく鳴っていた着歌が止まり、静寂が戻る。
 はぁ、と日華先輩がため息をついた。

「それにしても、携帯落としたからってこんな夜中に電話なんてするかい、普通?」

「しょ、しょうがないじゃないの。あんたしか頼れる人いなかったんだから!」

 ブツブツと文句を言う日華先輩に、白峰先輩が言う。

「それに、元はアンタが私のことお姫様だっこしたからでしょ!」

 プリプリと怒った表情を見せる白峰先輩。
 そうか、あのときに白峰先輩は携帯電話を落としていたのか。
 それでその携帯を拾いに、先輩達はこの館に戻ってきた。

「明日じゃダメだったの?」

 眠そうに日華先輩が尋ねる。
 白峰先輩がキッとにらみながら言う。

「私は部長なんだもの、何か起こった時のためにも携帯は常に持ってないと」

 えっへんと胸を張って言う白峰先輩。
 その様子を、ぼんやりとした表情で日華先輩は眺めている。
 白峰先輩がハッとなり、日華先輩にささやいた。

「と、とりあえずもう出ましょうよ。携帯も見つかったし」

「……そうだね。いい加減、眠いよ」

 日華先輩が肩をすくめ、あくびをしながら頷いた。
 出口にむかって歩き始める日華先輩の腕に、白峰先輩がしがみつく。
 扉の前まで歩いたところで、ふと何かに気付いたように日華先輩が振り返った。
 その様子を見て、白峰先輩が首をかしげて不安げに尋ねる。

「ど、どうしたの?」

「いや。なんかそこに人の気配がいるような……」

 日華先輩が俺のいるピアノの辺りを指差した。
 俺は内心青くなる。こんなところにいるのがバレると、まずい。
 だがそれ以上に、白峰先輩が怖がり始めた。
 軽く震えながら、泣きそうな声で日華先輩に向かって言う。

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよぉ……」

「でも……」

 なおも不思議そうに俺のいる方を見る日華先輩。
 しかしそれ以上は、白峰先輩が許さなかった。

「いいから! 早く行くわよ!」

 日華先輩を引きずるようにして扉から外へと出る白峰先輩。
 納得できなさそうに首をかしげながらも、日華先輩は廊下へ出る。
 パタパタと小走りする音が響き、先輩方がダンスホールから遠ざかるのが分かった。
 
 俺は黒いピアノによりかかりながら、ふぅとため息をついた。















『それで、こんな夜遅くに電話してきたのね……』

 電話越しにとても眠そうな声が届いた。
 時刻はすでに深夜2時近くになっている。
 俺は自分の家へと戻ると、まっさきに携帯でディンへと電話した。
 そして寝ていた奴をたたき起こし、事情を説明したのだ。
 一通り説明し終わり、俺はディンの判断を待つ。

『チェスの四騎士、ベルフレア、チューナーモンスターに、旧神……』

 ぶつぶつと眠そうに俺からの報告を聞いて考えるディン。
 しばしの沈黙の後、ディンが大きなあくびをしてから結論を出した。

『寝ぼけてたんじゃないの?』

「ディン!!」

 俺は携帯電話に向かって叫んだ。
 寝ぼけているのはお前の方だろう! こっちは必死だったんだ!
 俺の怒りが伝わったのか、少し覚醒したディンが慌てた声を出す。

『分かった、分かったわよ。そんな大きい声出さないで!』

 はぁはぁと肩で息をする俺に、なだめるようにディンが言う。
 そして眠そうにあくびをしながら、続ける。

『ともかく、本部の方に報告はしとくけど、あんま期待しないでね。「ちゅーなー」とか「しんくろ」なんてカテゴリのモンスター、この私でも聞いたことないんだから……』

 ディンの言うことを聞いて、俺も少しは気分が落ち着いて来る。
 たしかに奴の言うとおり、あんなカテゴリのモンスターは見たことがない。
 ここでディンにあたったとしても、どうしようもないことだ。
 気持ちを落ち着かせるように、俺は静かに深呼吸する。
 
『それより、闇の決闘なんてして大丈夫だったの?』

 電話越しにディンの心配そうな声が届いた。
 俺は体の節々の痛みを感じながら言った。

「なんとか生き延びましたけど、あんま大丈夫ではないですね」

 あそこはなんとかあの乱入騒ぎがあったから良いものの、本来なら死んでいた。
 あまり良い状況ではない。おまけに俺は奴にライバル認定までされてしまった。
 激しい疲れを感じながら、俺は電話に向かって話す。

「とにかく、この街にはチェスの四騎士とかいう奴らがいることは分かりました。奴らはカードの精霊で闇の道具を所有しています。おまけに、得体の知れないカードまで持ってます」

 俺の言葉を、ディンは黙って聞いている。
 いや、耳をすますと僅かにスー、スー、という音が聞こえる。
 俺は電話に向かって叫ぶ。

「寝ないで下さい!」

『わわっ! ね、寝てないわよ、私は!』

 慌てたように答えるディン。
 俺は全力でため息をつき、尋ねる。

「あなたね、今どんな状況か分かってるんですか?」

『大丈夫よ。私はグールズ幹部だから』

「そういう問題じゃありません。奴らの実力は本物です。勝てるんですか?」

『だから言ってるじゃない。私はグールズ幹部だって』

 のほほんと答えるディン。
 これが普段ならば自信の表れととらえられるのかもしれないが、
 今の状況だと眠いから適当に答えているようにしか聞こえない。
 俺は再びため息をついた。だめだ。今のディンだと話しにならない。
 そう結論を下し、俺は言う。

「ともかく、詳しくはまた今度話しますからね」

『は〜い。それじゃあおやすみぃ……』

 言いながら、ブツッと電話が切れた。
 携帯電話を閉じて、俺はまたため息をつく。
 これじゃあどっちが上司だか分からない。

 ふと、机の上に置かれたドラグーンデッキが目に入る。

 なんとなしにデッキを手に取り、中身を確認していく。
 そういえばいつ以来だ。本気で負けるなんていうことは……
 俺は普段は本気を出さない。ゆえにドラグーン自体ほとんど使わない。
 だからこそ、今回の負けは心に響く。数年以来の敗北だ。
 俺の脳裏にあの強大な力を持つ『神』の姿が思い起こされる。
 見るもの全てを威圧する、あの禍々しい力を……

 だが、俺はこの街を守ると決めた。

 相手が誰であろうと、奴らにこの街の平和を乱させる訳にはいかない。
 この街にいる、たくさんの愛すべき人々のためにも、俺はこの街を守る。
 次に合うときは、必ずや奴の神ごと粉砕して見せる!

 決意に燃える俺。ふとウインディ・カーバンクルのカードと目が合った。
 
 そういえばベルフレアは自分はカードの精霊だとか言っていたな。
 それが事実ならばカードの精霊が実在するということになる。
 実在するとしたら、俺のこのデッキにも宿っているのだろうか?
 なんとなく、俺はじいっとウインディ・カーバンクルのカードを眺める。
 薄緑色の小さな竜が微笑んでいる絵柄を。
 
 ――何も起こらない。

 俺はフッと笑った。
 どうも俺らしくない。こんなことをするなんて。
 
「お前も、そう思うだろ?」
 
 なんとなしに、声に出してウインディ・カーバンクルのカードに尋ねる。
 ふと、ウインディ・カーバンクルのカードがウィンクをしたような気がした。
 それが現実に起こったことなのかは、よく分からない。
 闇の決闘の疲れから、俺はその場でぱったりと気絶するように眠りに落ちた。




第二十話  安らぎのインタールード

 そこは一つの小さな部屋だった。

 窓はなく、黒く無機質な壁が四方を囲んでいる部屋。
 切れかかっている電灯のせいで、チカチカと光がまたたく部屋。
 パソコンの低く不気味な起動音だけが響いている部屋。

 およそ人の気配のない、冷たい空間がそこには広がっていた。

 壁にたった一つだけ設置されてあるドアは沈黙している。
 切れかけた電灯が、部屋の中央においてある小さなテーブルを照らす。
 テーブルには5つの黒い駒が置かれたチェス盤と、3枚のカード。
 3枚のカードには奇妙な紋章のような絵柄が浮かんでいた。

 不気味な沈黙を破るように、外から足音が響いてくる。
 
 足音は徐々に大きくなり、やがてドアの前で止まった。
 低い音と共に、たった一つだけの部屋のドアが開かれる。
 コツン、コツンという足音が、部屋の中に響き渡る。
 足音はゆっくりと動き、やがてパソコンでピタリと止まった。
 代わりに、カチャカチャとキーボードを叩く音が部屋に響く。

 ……やがてその手が止まった。

 僅かな時間、部屋に再び不気味な沈黙が戻る。
 そして――

「ベルフレア、フリージア、クロッカス、レウィシア」

 ふと、パソコンの画面を見ていた人物の口から声が出た。
 その言葉に反応するように、部屋の空気が微妙に揺れる。
 空間が捻じ曲がるような違和感が、部屋の中を一瞬だけ通り抜ける。
 そして違和感が消え、部屋に現われたのは四つの人影。
 人影はそれぞれ部屋の四隅で静かにたたずんでいる。

「準備は整った」

 彼らを呼び出した人物が口を開いた。
 それは冷たい、まるで機械のような口調。

「必要なものは時間。さらなる実験データ収集のための時間が必要だ」

 パソコンから顔をあげ、人影たちへと視線を向ける。
 カツン、カツンという音と共に、部屋の中を徘徊しながら続ける。

「チェスの四騎士よ。時間を稼ぐのだ。このキングのためにな」

 4つの人影のうち、2つの影がその言葉にこくりと頷いた。
 もう2つの影の内の1つは、壁によりかかり腕を組んだまま動かない。
 残るもう1つの影は、闇に溶け込んでいて、その姿を見ることはできない。
 キングが壁によりかかっている影に、顔を向けた。

「ベルフレア、お前もこのキングを守ってくれるのだろう?」

 淡々とした口調で尋ねるキング。
 その声には全くと言っていいほど、感情がこもっていない。
 チカチカと輝く電灯が、壁によりかかる赤い髪の少年を照らした。
 少年は紫色の瞳をわずかにキングに向けると、すぐに視線をそらして言う。

「俺は神聖なる闘いができればそれでいい。そのためならば、もちろんキングの命令にも従いますとも」

 どこか心あらずといった様子の、ベルフレアの言葉。
 その態度に、部屋の四隅に座っていた1つの影が立ち上がる。

「ベルフレア、キングに対してその態度はどうかと思いますわよ」

 透き通るような声が、部屋に響いた。
 部屋の四隅には、一人の白い長髪の少女が立っていた。
 まるで雪のように白い肌に、薄手の高級そうな白いドレス。
 手には先端に宝石のついた長い杖を握っており、頭には銀色のティアラ。
 銀がかった長く白い髪の毛は輝いており、顔立ちはやや幼いながらも整っている。

 そして首からぶらさげている、黄金色に輝く十字架のペンダント。

 ペンダントと黄色の瞳以外、全身が真っ白の少女がそこにはいた。
 ベルフレアがバカにしたように鼻で笑って言う。

「フリージアか。氷の精霊風情が、この俺に指図するな」

「あら、野蛮な炎の精霊のくせに言ってくれますわね」

 ニッコリと微笑みながら、フリージアと呼ばれた少女が答える。
 その全身がキラキラと光りだし、足元の床が凍りつきはじめる。

「このクイーン・オブ・アイスのわたくしに、口応えするのかしら……?」

 冷たい風を吹かせながら、フリージアがベルフレアに一歩一歩近づく。
 ベルフレアが顔をしかめ、肩をすくめるように両手をあげた。

「分かった、俺の負けだ。もう近づくな。温度が下がる」

 その言葉を聞き、歩みを止めるフリージア。
 満足したように微笑むと、冷たい風が消えていく。
 杖で床をカツンと叩いてから、フリージアが言う。

「分かれば、よろしくてよ」

 得意げなフリージアの表情に、ベルフレアが舌を鳴らした。
 カタカタと、キングがキーボードを叩く音が部屋に響きはじめる。
 パソコンに何かを打ち込みながら、キングが無感情に言う。

「この町には邪魔者がいる」

 その言葉にはイラつきや不満といった感情はこもっていなかった。
 ただ事実を事実として言っただけ、そういう種類の言葉だった。
 フリージアとベルフレア、残りの2つの影もキングに注目する。

「我らの計画のためにも、奴には消えてもらわなければならない」

 電灯の光がチカチカと揺れる中、キングの声が響く。
 キーボードを打ち込む手を休めずに、キングは言う。

「その邪魔者の名前は――――」








「へっくし!」

 風丘高校、職員室。時刻は昼休み。
 DC研究会顧問の霧乃雫(きりの・しずく)は、小さなくしゃみをした。
 
「うーん、誰か私の噂をしているのかしら……?」

 ティッシュをとりながら、霧乃先生が呟いた。
 鼻をかむと、ティッシュを丸めて足元のゴミ箱へと投げる。
 
「風邪でもひいて生徒にうつしたら大変ね。気をつけないと……」

 腕を組みながらうんうんと頷く霧乃先生。
 そして目の前に置かれている、プリントの束へと視線を移す。
 これは先ほどの授業でやった小テストの答案だ。
 赤ペンを片手に、どこか嫌そうな表情で霧乃先生は答案を見る。

「うーん、こういうのって面倒なのよね。つまんないし……」

 先生としてかなり不謹慎な発言をする霧乃先生。
 しかしそのことに関して、同僚の先生が突っ込むことはない。
 なぜなら『彼女は霧乃先生だから』だ。もはやそういう認識なのである。
 しかしこれで不思議と生徒・先生間での人気が高いのは、風丘高校の謎の1つである。
 赤ペンを片手で回しながら、霧乃先生が呟く。

「そういえばDC研究会の皆、一回戦に勝ったから皆でお化け屋敷に行ったんだっけ。ひどいわ、先生も誘ってくれればよかったのに……」

 不満げに頬をふくらませながら、霧乃先生がぼやいた。
 このとき、職員室のドアがノックされたのだが、霧乃先生は気付かない。
 手帳を取り出しながら、真剣な表情でぶつぶつと考えこむ。

「今度の二回戦も勝てたら、先生もどこかに連れて行ってもらいましよう。この前はピクニックだったから、今度は都会的なところが良いわね。隣町の樫ノ原(かしのはら)町でショッピングに行くなんてどうかしら……?」

 手帳に文字を書きながら、いつになく集中している霧乃先生。
 うんうんと頷いている後ろで、1つの黒い影が先生に近づく。
 影に背を向けて座っている先生は、その影の存在には気付かない。
 手帳を片手に、ぶつぶつと呟く霧乃先生。

「やっぱりショッピングが一番素敵かしら。せっかくディアさんも入部してくれたことだし、ショッピングして皆でご飯でも食べるのが一番良さそうね。日華君ならそういうお店も詳しそうだし……」

 後ろに立つ影が、咳払いした。
 そこそこ大きかったのだが、霧乃先生は全く気付かない。
 よしっと言いながら、霧乃先生が手帳を閉じた。

「よしっ! ショッピングにしましょう。今回はのけ者にされないように、ちゃーんと今日の部活のときに言わないとね。そうと決まったら、早くこの丸付け作業を終わらせないと……」

 目の前に積まれたプリントへと視線を戻す先生。
 小さくガッツポーズをして、改めて気合を入れ直す先生。
 クルクルと赤ペンをまわし、霧乃先生が丸つけ作業に戻ろうとしたとき――

「あの……」

 小さい声と共に、霧乃先生の肩が軽く叩かれた。
 ちょっとだけびっくりしたように、霧乃先生が振り返る。
 ようやく、霧乃先生と黒い影の人物が向かい合った。
 ぱちくりと目を丸くしながら、霧乃先生がその人物を指差した。

「あら。あなたは――――」









 

 放課後のDC研究会。

 そこではいつものように五人の人間がそろっていた。
 夕陽が差し込む部室では、各々が自由に自分の時間を過ごしている。
 特に、今日はある一人の人物がとても熱心に机に向かっていた。

「できた……」

 日華先輩が机から顔をあげて、呟いた。
 机には、なにやら妙ちくりんな黒いオブジェが置かれている。
 これは昨日から日華先輩が一心不乱に作っていたものだ。
 発泡スチロールを丁寧に削り、スプレーで黒く塗装されている。

「何ですか、これ?」

 読んでいた雑誌から顔をあげ、内斗先輩が不思議そうに尋ねる。
 日華先輩の奇行はいつものことなので、動揺はしていない。
 ただ純粋に、内斗先輩は目を丸くて首をかしげていた。

「なんかの儀式でもするんですか?」

 ツンツンと指でオブジェをつつきながら内斗先輩が言う。
 日華先輩がフッと鼻で笑い、肩をすくめた。

「何を言っているんだ内斗君。これが何なのか分からないのかい?」

 バカにしたような口調だが、部室の中で分かってそうな人はいない。
 しばしの沈黙が流れ、日華先輩が大きくため息をついた。

「まったく、まだまだ君たちもコーディネーターとして甘いね」

 その言葉に、俺と天野さんと内斗先輩が首や手を横に振った。
 やむない事情でこの部活に入ってしまったが、俺はそんなものになる気はない。
 というか、この黒いオブジェがコーディネーターと関係があるとは思えない。
 まぁ、いつものことだから、今さら文句を言う気にもならないが……

「それで、これ、何なんですか?」

 内斗先輩がふたたび尋ねる。
 その言葉を聞き、日華先輩がくるりと振り返って壁際へと歩く。
 窓の外を眺めるようにして立ち、俺たちに背をむけた格好になる先輩。
 そして、ふりしぼるような声で、言った。

「……デコイドラゴンの、お墓だよ……」

 ゴーンという低い鐘の音がどこからか聞こえてきた。
 何も言えないでいる俺たち。日華先輩の背中が震えている。
 背中を向けた状態で、どうやら泣いているらしい。

「そんなに気にしてたんですか……」

 内斗先輩が呆れるような声で言った。
 その言葉に、日華先輩が振り返って噛み付くように言う。

「だ、だって、あのカード高かったんだよ! お洋服二着分の価値はあったのに!」

 涙を流しながら頭をかかえている日華先輩。
 どうやらあのときの悲劇を思い返しているらしい。
 元はと言えば、日華先輩が余計なことをしたからだが。
 
「あああぁぁぁ、僕のデコイドラゴーン……!」

 墓の前で泣き崩れる日華先輩。
 バカらしいといった表情で、雑誌に顔を向ける内斗先輩。
 俺も静かにため息をつき、パイプ椅子によりかかる。

「あ、あの雨宮君、大丈夫ですか?」

 俺の横に座っている天野さんが、心配そうな表情で尋ねる。
 いつものようにおどおどとした様子だ。俺も顔を向ける。
 心の底から心配そうに、天野さんが言った。

「なんだか昨日からずっとつらそうですよ。何かあったんですか?」

 じっと俺のことを見つめる天野さん。
 俺は体の節々から感じる痛みを我慢しながら、答える。

「いえ、別に何でもありませんよ」

 なるべくいつもの声の調子を出すようにして言う。
 表情が痛みでひきつらないように注意しつつ、俺は天野さんを見る。

「ちょっと疲れてるだけですから、大したことありません」

「……そう、ですか?」

 かなり疑わしそうな表情の天野さん。
 このまま見つめられているとバレそうなので、俺は視線をそらした。
 少し動いただけでも、俺の体には痛みが走る。
 俺は静かにため息をつき、目を閉じた。

 一昨日の深夜、俺は闇の決闘をした。

 相手はチェスの四騎士の一人、ベルフレア。
 奴との激しい闇の決闘のせいで、俺の体にはダメージが残っている。
 いつだかのディンの時もつらかった覚えがあるが、やはり本物は違う。
 あのベルフレアとかいう奴、本気で俺を殺すつもりだったようだ。
 俺の脳裏に奴の姿が浮かび、俺は顔をしかめた。

「どーしたんだい、雨宮君。元気ないねぇ?」

 あの悲劇の思い出から立ち直った日華先輩が俺の様子を見て言う。
 俺の顔をのぞきこんでから、ふーむと腕を組んで考える日華先輩。

「君はいつも冷静だけど、今日は特別テンション低いね」

「……いえ、いつも通りですよ」

 俺は軽い疲れを感じながら答えた。
 できれば日華先輩にはこのまま何もしないでもらいたい。疲れるから。
 しかし俺の願いは通じなかったようで、日華先輩がポンと手を叩いた。
 キラキラとしたオーラをまき散らしながら、言う。

「じゃあ元気が出るようにコーディネート教室でもやろうか!」

 ものすごく楽しそうな表情で微笑む日華先輩。
 その言葉に、俺と天野さんと内斗先輩の顔がひきつった。
 ディアだけが手帳を取り出して楽しそうな表情を浮かべている。
 キラキラとしている日華先輩に向かって、俺は言った。

「今日だけは勘弁してください」

 暗い表情を見せながら、俺は額に手を当てた。
 その言葉を聞いて、日華先輩の体から徐々にキラキラオーラが消える。
 しょんぼりとしながら、日華先輩が言った。

「そこまで言うなら仕方が無いな。残念だけど……」

 がっくりと肩を落としている日華先輩の姿は悲しげだった。
 しかし今の俺にはアレを耐え切れる自信がなかった。仕方がないことだ。
 安堵のため息をつく俺。日華先輩がソファーでごろりと横になる。
 カバンをあさると、そこから新聞のようなものを取り出し広げた。
 
「それって風校新聞ですか?」

 内斗先輩の問いに、日華先輩は頷いた。

 風校新聞というのは、風丘高校新聞の略称だ。
 新聞部によって毎週発行されており、内容はかなり内部的。
 学校で起こった事件だとか、他愛もない街の噂話なんかが載せられている。
 俺なんかは読んだこともないが、一部の人間には人気の新聞らしい。
 噂だと、六ヵ月の定期購読を申し込むとレアカードが付いてくるとか。

 日華先輩が三枚程度の薄い紙の新聞に目を通していく。

「やっぱり風校新聞はいいね。色々と知らない情報が載っている」

 機嫌良さげに新聞を読み進めていく日華先輩。
 ピッと人差し指だけを伸ばし、自慢そうに言う。
 
「ちなみにこの前の炎の館の話も、風校新聞に載っていたものなんだよ」

「へー」

 俺は気のない返事を投げた。
 ということはある意味で諸悪の根源はその新聞だったのか。
 絶対にこの新聞は買うまいと、俺は固く心に誓う。

 と、風校新聞を読んでいた日華先輩の顔が突然こわばった。
 
 なにやら目を見開き、真剣な表情で新聞を凝視する。
 その様子に気づいた内斗先輩が、興味なさそうに尋ねる。

「どうしました? 面白いマンガでも載ってたんですか?」

「そんなわけないだろ。ガキじゃあるまいし」

 日華先輩は否定すると、バサッと新聞をこっちへ向けて広げた。
 そこには大きな赤い文字で『下剋上!? 波乱のDEC内部!』と書かれている。
 白黒写真に写っているのは、メガネをかけたおさげの大人しそうな女子。

「これって……桃川先輩ですよね?」

 天野さんが写真を見て尋ねる。
 確かに写真に写っているのは現DEC副部長の桃川美樹先輩だ。
 影の薄い先輩だが、なぜ彼女の写真が風校新聞に載っているんだ?

「どうも、桃川君が一年生のDEC部員に敗北したらしい」

 日華先輩が記事を読み上げる。

「『先日のDECの練習決闘において、現副部長である桃川美樹が一年生の女子部員に敗北。練習とはいえ絶対実力主義のDECにおいて、これは大きな問題である。果たして桃川美樹さんの処置はどうなるのか? 注目を集めている』……だってさ」

 ふぅとひと息つく日華先輩。
 なるほど、たしかにDECは実力主義の部活だ。それゆえランク付けも存在している。
 副部長が一年生に負けてしまうのは、やはり好ましい事態ではないかもしれない。
 日華先輩が口元に手をあてて考え込む。

「桃川君って……どんなデッキの使い手だっけ?」

「たしか魚族を中心としたデッキだったと思いますよ。多分」

 微妙に答えに自信がなさそうな内斗先輩。
 困ったように頬をかきながら続けて言う。

「いまいち印象がなくて。桃川さんって……」

 かなりひどい言われような桃川先輩。
 あの人もDECの副部長だし、実力はかなり高いはずなのだが。
 しかしどうにも印象が薄いんだよな。あまり目にしないというか……
 日華先輩が首を横にふって新聞へと視線を戻す。

「まっ、細かいところはいいか。それで桃川君に勝った一年生の名前は何々……小――」

 日華先輩が名前を言いかけたその時、部室のドアが勢いよく開いた。
 ニコニコ笑顔を浮かべながら、部室に入ってきたのはスーツ姿の女性。

「みんな〜、元気に部活してる〜?」

 やけにご機嫌な様子で、霧乃先生が言った。
 不思議そうな表情で、内斗先輩が首をかしげる。

「珍しいですね。霧乃先生が部室に来るなんて……」

「あら。だって私はDC研究会の顧問じゃなーい」

 パイプ椅子を広げて、そこに座る先生。
 輝くような笑顔のまま、両手の指を交差させつつ言う。

「それに今日は見学者が来てくれるから、ぴしっとしないとね」

「見学者ァ!?」

 部室にいた霧乃先生以外の人間全員が叫んだ。
 霧乃先生がきょとんとした表情を浮かべて小首をかしげる。

「言ってなかったかしら?」

「全然、聞いてませんよ!」

 内斗先輩が目を丸くしたまま叫んだ。
 しばらくのんびりとした様子で考えると、ポンと手を打つ。

「そういえば今日の昼休みに受けた申し出だから、言ってなかったわね」

 うんうんとのん気に頷く霧乃先生。
 その言葉を聞くと、内斗先輩は頭が痛そうに額を手で押さえた。
 それとは対照的に、キラキラと輝くオーラの日華先輩。
 嬉しそうに目を輝かせながら、霧乃先生に詰め寄る。

「そ、それで、いったいどんな人が!?」

「うーんとねー、女の子よ!」

「名前は?」

「えっと……何だったかしら?」

「……性格的にはどんな感じですか? 明るい人?」

「うーん、どっちかと言うと、暗い感じの部類に入るかしら……」

 考え込んでしまう霧乃先生。日華先輩も少しだけ冷静になる。
 とても顧問とは思えない質疑応答だが、霧乃先生だから仕方がないことだ。
 だが見学者が来るという事実に変わりはない。これは大きな問題だ。

「それで……どう対応するんですか?」

 俺はおそるおそる二人の先輩に向かって尋ねる。
 日華先輩がえっへんと胸をはってキラキラとしながら答える。

「当然、誠心誠意の最高の対応をするよ。部員獲得のチャンスだからね」

 内斗先輩がまだ頭を押さえつつ、机に顔をのせたまま答える。

「いつも通りにすればいいでしょう。そうすればきっと入部しませんよ」

 どちらも言っていることは違うが、結果的には同じことになるだろう。
 すなわち日華先輩の誠心誠意の対応によって、入部の夢は儚く消えることになる。
 あの洗礼を受けて、なお部に残るような変人はもうこの学校にはいないだろう。

「それで……いつごろに来るんですか、見学者?」

 今にもスキップしそうな勢いの日華先輩。
 霧乃先生がうーんと考えながら答える。

「もうそろそろじゃないかしら。放課後に来るって言ってたから」

 霧乃先生が答えると同時に、部室の扉がノックされた。
 俺たちの間に緊張が走る。日華先輩が咳ばらいをした。
 そしていつになく神妙な表情を作ると、真剣な声で言う。

「どうぞ、入りたまえ」

 その言葉に反応するように、カチャリと扉が開いた。
 ギィィィという低い音をたてながら、部室に一人の女子が入ってくる。
 黒い短髪の髪で、やや目つきが鋭い感じの少女がそこにはいた。
 天野さんがびっくりした表情になる。日華先輩がキザったらしく言った。

「ようこそ、DC研究会へ。えーっと、君の名前は……」

「小城。小城宮子(こじょう・みやこ)」

「……小城宮子?」

 日華先輩がその名前にピクリと反応する。
 おもむろに、さっきまで読んでいた風校新聞を取り出す。
 小城さんがその行動を見て首をかしげる。

「……何か?」

「やっぱりそうだ。君が桃川君に勝ったDECの一年生君か!」

 内斗先輩がその言葉に驚いた表情を浮かべた。
 横に座っていたディアがポンと手を叩いて呟く。

「あっ。どこかで見たことあると思ったら……」

「小城さん!? どうしてここに?」

 天野さんが驚きながら立ち上がった。
 その姿を見て、小城さんも驚いた表情を浮かべる。

「……天野さん? それに雨宮君に、ディアさんも」

 部室を見渡しながら呟く小城さん。
 その姿と言葉で、俺はようやく思い出した。

 小城宮子。彼女は同じクラスメイトだ。

 暗いというよりどこか排他的な感じの女の子で、話したことはない。
 影が薄いという訳ではないのだが、あまり印象に残っていなかった。
 そのせいで思い出すのに、少し時間がかかってしまったようだ。
 天野さんが小城さんに駆け寄って尋ねる。

「ど、どうして小城さんがDC研究会に? DECのメンバーなのに」

「……別に、ちょっと興味があっただけ」

 視線をそらしながら、小城さんがぼそりと答えた。
 天野さんがさらに言う前に、日華先輩がうんうんと頷く。

「おそらくDECの勝つためだけの決闘に嫌気がさしたんだろう。分るよ、その気持ち。そして君はこの学園でのオアシスを求め、このDC研究会へと至った。違うかい?」

「全然違う……」

 視線を落としながら、小城さんが答えた。
 ガーンとショックを受ける日華先輩。
 小城さんが胸ポケットから手帳を取り出して言う。

「それより、そのコーディネートとやらを教えてくれ。私はそのために来た」

 空いていたパイプ椅子に座り、ペンをかまえる小城さん。
 俺達はまともに見学しようとしていることに、心底驚いた。
 立ち直った日華先輩が、感動で涙を流す。

「す、素晴らしい。なんという心構えだ。これは僕も全力で応えるしかない!」

 キラキラとしたオーラをまき散らしはじめる日華先輩。
 そのとても楽しそうな様子を見て、俺たちの顔色が悪くなった。
 真剣な表情の小城さんの前で、ビシッとポーズを決める日華先輩。

「日華恭助の、デュエル・コーディネート教室〜!」

 悪夢の幕が、あがった。
 俺は巻き起こる頭痛に耐えるようにして、耳を両手でふさぐ。
 内斗先輩は青汁を一気飲みしたかのような顔で惨劇を眺めていた。

「それじゃあ早速コーディネート教室を……いや、ちょっと待って」

 今まさに地獄の時が始まろうというとき、日華先輩が突然止まった。
 いつもの微笑みをひっこめると、じいっと小城さんの顔を覗き込む。
 無言で不審そうな目を向ける小城さん。ふぅむと呟くと、日華先輩が尋ねる。

「君、どっかで見たことあるような気がして。昔、雑誌とかに出てなかった?」

「……そんなこと、ない」

 少しだけうわずった声で、視線をそらして答える小城さん。
 どうやら嘘をつくのが苦手らしい。意外と抜けた人だな。
 なお考える日華先輩に向かって、小城さんが言う。

「……早くはじめてくれないか?」

「おぉ、そうだったね。それじゃあ早速……」

 いそいそとメガネを取り出しかける日華先輩。
 小城さんが不思議そうな顔をする。どうやら感性はまともなようだ。
 ゴロゴロと部室の隅からホワイトボードを転がしてくる日華先輩。

「それじゃあ今日は決闘におけるセリフ回しについて勉強しようか!」

 いつものようにキラキラとしたオーラで日華先輩が言った。
 セリフ回しという単語を聞き、小城さんの顔が微妙に強張った。
 どうやら不穏な空気を感じたらしい。中々勘の鋭い人だ。
 日華先輩がキラキラオーラ全開で話しはじめる。

「セリフは決闘においてとても重要なファクターだ。決闘の勝敗を左右していると言っても過言ではない。もっともコーディネーターにとってはそこらへんはあまり関係ないけどね」

 ホワイトボードにサラサラと文字を書く日華先輩。

『禁句:次の俺のターンで〜、この伏せられたカード〜、お前に勝つ可能性は〜』

 すでに小城さんの顔はかなり困惑したような表情になっている。
 どう見ても理解しているようには思えない。しかし日華先輩は続ける。

「コーディネーターにとってセリフは緊張感を生むために重要なものだ。切り札を出すときはそれなりの前口上を言ったり、罠にひっかかった時はちゃんと驚いたセリフを言わなければダメだ。これは世界のルールだからね」

 さらにホワイトボードに書き連ねる日華先輩。

『例:集いし星が新たな力を呼び起こす、光さす道となれ!』

 小城さんの顔は、言うまでもないがかなり引きつっている。
 やはり理解できないようだ。一般人のようで、俺はホッとする。
 日華先輩がグッと拳を握り固めながら言う。

「セリフを制する者が決闘を制す。それが世界の真理であり、決闘を作り上げるコーディネーターにとっても大事な心構えなんだよ!」
 
 いつもながらのトンデモ理論を展開する日華先輩。
 なぜこの人はあそこまで自信満々に言い切ることができるのだろう。
 おそるおそる、小城さんが手を上げて尋ねる。

「つまり……どんなに知ってる罠でも驚かないといけないのか?」

「当然だね。それが礼儀だよ」

 その言葉を聞き、小城さんが両目を閉じて頭をおさえた。
 どうやら内斗先輩の予想は的中したようだ。普段の様子を見せれば良い。
 そうすれば間違いなく入ってくることはない。俺はまた1つ学習した。

「……やっぱり、私には理解できないな」

 手帳を閉じ、すっと立ち上がる小城さん。
 不思議そうな日華先輩に向かって、頭を下げる。

「もう十分だ。やっぱり私にはDECの方があってる」

 その言葉に日華先輩がガーンとショックを受けた。
 よっぽどショックだったのか、白く燃え尽きてがっくりと膝をつく。
 
「そ、そんな……。何がダメだったんだ……?」

「強いて言うなら、全部でしょうね」

 内斗先輩が、辛辣な言葉を日華先輩の背中に投げかける。
 さらにショックを受けた日華先輩が、その場でむせび泣く。
 ゴーンという低い鐘の音がまた聞こえてきた。
 燃え尽きている日華先輩を無視して、天野さんが尋ねる。

「そ、それでどうして小城さんはこの部活の見学に?」

 小城さんが微妙に顔をこわばらせた。
 真っ直ぐに見つめる天野さんから、視線をそらす。

「それは――」

 答えにつまる小城さんを救うように、部室のドアが開いた。
 ズガズカと部室の中に入ってきたのは、いつものあの人。

「恭助、いったい何の用よ?」

 茶色の髪を揺らしながら、DEC部長の白峰先輩が尋ねた。
 床で撃沈している日華先輩を一瞥した後、小城さんを見て驚く。

「小城さん!? どうしてこんなところにいるの!?」

 その質問に対して、霧乃先生がおっとりとした口調で答える。

「小城さんは見学に来たのよ、DC研究会に、ね?」

「な、なんですって!?」

 ものすごく驚いた表情になる白峰先輩。
 ツカツカと歩み寄り、小城さんに尋ねる。

「ほ、本気!? というか正気なの、小城さん!?」

「いえ、その……」

 白峰先輩の勢いに押されて言葉をつまらせる小城さん。
 天野さんがあわあわとする中、日華先輩がすっと立ち上がる。
 涙をハンカチでふきとると、日華先輩がビシッと人差し指を伸ばした。

「待っていたよ沙雪! 今日は君に見てもらいたいものがある!」

 いつになく真剣な口調の日華先輩。
 さすがの白峰先輩も小城さんから視線をそらして尋ねる。

「な、なによ。あらたまって……」

 不審そうな顔で日華先輩を見る白峰先輩。
 日華先輩が真剣な表情のまま、指を机へと向ける。

「これを見たまえ」

 そう言う日華先輩が指差した先にあるのは、黒い奇妙なオブジェ。
 さきほどまで作っていた、自称『デコイドラゴンの墓』だ。
 いつのまにかオブジェの前には花と線香が置かれている。
 白峰先輩がオブジェに顔を近づけて言う。
 
「なにこれ。ゴミ?」

「違う! これは僕のデコイドラゴンの墓だ!」

 日華先輩が強い口調で叫んだ。
 その様子を見て、俺はようやく理解した。

 日華先輩はまわりくどい方法でデコイドラゴンを取り返そうとしている。
 
 そのためだけにわざわざこのオブジェを作ったのか……。
 俺は呆れ、内斗先輩も横でボソリと呟く。

「男らしくない方法ですね……」

 白峰先輩はじぃっとデコイドラゴンの墓を見つめている。
 その様子を、どこかドキドキしつつ見ている日華先輩。
 ハッと、白峰先輩が何かに気付いたように顔をあげた。

「ひょっとして……」

 そう呟く白峰先輩を見て、日華先輩の緊張が増した。
 白峰先輩が日華先輩の方を向いた。その目は真剣そうだ。
 そして緊張している日華先輩に向かって、白峰先輩が言う。

「ポケットにカード入れたまま洗濯でもしたの?」

 ビシッと音をたてて、日華先輩の顔が凍りついた。
 白峰先輩に悪気はなかったようだが、その攻撃は強烈だ。
 何か言いたそうにパクパクと口を動かす日華先輩。
 しかし白峰先輩は気にせずに、小城さんへと向き直る。

「それで、どうしてあなたがココにいるのよ?」

 尋ねられた小城さんは、下を向いて黙り込んでしまう。
 白峰先輩がその様子を見て、視線を鋭くする。

「まさか、本当にこの部活に入るつもりなの……?」

「……それは――」

「ち、違いますよ!」

 小城さんを助けるように、天野さんが声をあげた。
 そして二人の間に入ると、白峰先輩に向かって言う。

「見学をしただけで、入る気はないそうです。ね?」

「う、うん……」

 かばってくれる天野さんを不思議そうに見ながら、小城さんが頷いた。
 しばらく二人を見つめた後、白峰先輩が目を閉じて息をはいた。

「そう。なら良いわ。天野ちゃんが嘘つくとは思えないしね」

 右手を胸のところにあてながら、どこかホッとした様子の白峰先輩。
 やはり自分の部の人間が、この部活に入るのは耐えられないのだろう。
 ふり向いて、白峰先輩が床で泣いている日華先輩に声をかける。

「もう用はないわね? 私は小城さんと一緒にDECに戻るわよ?」

「うぅ……もう、勝手にしたまえ!」

 顔をあげながら白峰先輩をうらめしげに見る日華先輩。
 しかし特に気にする様子もなく、白峰先輩はそれを無視した。
 ポンと肩を叩いて、白峰先輩が小城さんに言う。

「さっ、帰りましょう」

 その言葉に小城さんが頷いた。
 結局このクールな女子がなぜこの部活に来たのかは謎のままか。
 白峰先輩の後ろについていく形で、小城さんが歩き出す。
 
 ふと、彼女が自分の横の髪をかきあげるような動作をした。

 それは特になんていうことのない自然な動きだった。
 癖なのか、本当に無意識にした感じのちょっとした動作。
 誰も気にも止めない動きのはず、だったのだが……

「あああー!!」

 突然、日華先輩がすさまじい大声で叫んだ。
 ビクリと、その場にいた全員がその声に驚いて立ち止まる。
 全員の視線が日華先輩に集まる中、内斗先輩が嫌そうに尋ねる。

「今度は何事ですか恭助? ついにネジがはずれたんですか?」

「違う! ネジって何だ! 思い出したんだよ!」

 ものすごくはしゃいだ様子の日華先輩。
 ポカンとしている俺たちを無視して、キラキラと立ち上がる。
 そして驚いている小城さんの手を取って、目を輝かせながら言った。

「君ってエンタプロリーグで活躍しているあの夫婦決闘者ことプロ決闘者の小城翔一と小城瞳の娘さんでしょ。決闘雑誌に昔載っていたのを思い出したよ! 会えて光栄だ!」

 その言葉を聞き、小城さんの顔が凍りついた。
 嬉しそうに微笑んでいる日華先輩に向かって、白峰先輩が尋ねる。

「えっと……私あんまりエンタプロリーグには詳しくないんだけど、有名な人なの?」

「何言ってるんだよ沙雪! エンタプロ界での生きる伝説だぞ!」

 ごそごそと棚から古い決闘雑誌を持ってきて広げる日華先輩。
 雑誌にはタキシードを着こなしたハンサムなメガネの男性と、
 それによりそう形で立つピンク色のひらひらとしたドレスを着た綺麗な女性が、
 満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。アオリ文句は『現代に蘇りしロミオとジュリエット』
 日華先輩が拳を固めていつになく熱い口調で語る。

「最初はエンタプロ界で活躍していた大型新人のライバル同士。しかしそんな二人も、運命という名の恋の魔法には逆らえなかった。初めての対戦のときに互いに一目ぼれした彼らは、時と決闘が重なるごとにその思いを募らせていく。しかし二人のバックについているスポンサー同士は敬遠の仲。敵企業の代表決闘者と恋をするなど許されることではない。しかし、しかし二人はそれでも諦めきれなかった。ついにやってきた年間エンタプロ決闘王決定戦。二人は順調に勝利を重ね、そして決勝戦で相まみえることとなった。熾烈な決闘が着々と進むが、二人は同じことを考えていた。彼(彼女)に勝ってもらいたい、と。しかし背後につくスポンサーはそのことを許しはしないだろう。何がなんでも勝たなければならない、あぁしかし……!」

 ノリノリな口調で語る日華先輩。
 すでに部室の人間の顔はかなりひきつっている。
 小城さんは顔を伏せたままだ。ディアが両手を合わせて呟く。

「な、なんてロマンチックな話なの……」

 相変わらず正気じゃない発言をするディア。
 とはいえこのままだと語り終わるまでに日が暮れてしまいそうだ。
 俺は咳ばらいをすると、日華先輩に向かって尋ねる。

「それで……その後二人はどうなったんですか?」

 俺の声で話が遮られたせいか、日華先輩がムッとした表情になった。
 現実世界に戻ってくると、ぶつぶつと文句を言いながら答える。

「最終的には同時にLPが0になって二人でその年の最優秀エンタプロリーグ大賞を受賞したよ。このエピソードが元となって出来たのが、一世を風靡したかの『婚約指輪は破壊輪』なのさ。そのあとスポンサーからの反対も押し切って結婚。夫婦決闘者としてエンタプロ界で活躍を続けているよ」

 日華先輩の長い長い話にケリがついた。
 ディアと霧乃先生が感動の涙を流している以外、誰も何も言わない。
 なんというか、すごく破壊力のある話だとしか言いようがない……。
 日華先輩が顔を伏せたままの小城さんに向かって言う。

「君のその髪をかきあげる動作ってお母さん譲りでしょ。小城夫婦って普段は芸名だったから名前だけじゃ気付かなかったよ。それにしても君のような素晴らしい人材がいたとは。是非とも我がDC研究会に――」

「うるさい」

 ぽつりと、小城さんが呟いた。
 ゆっくりと顔をあげると、キッと日華先輩をにらみつける。

「私の前でパパとママの話はするな! あんな、恥ずかしい両親……」

 頬を赤らめて、視線をそらしてしまう小城さん。
 日華先輩が軽く驚きながら言う。

「恥ずかしいって……立派な両親じゃないか!」

 日華先輩はフォローするが、はっきり言うと恥ずかしいと思う。
 自分の両親が昔ロミオとジュリエットと呼ばれていたと知ったら、俺だったらグレるぞ。
 小城さんがぼそりと、呟くような小さな声で言う。

「あんなバカップル……。私は、パパとママとは違う……」

 そう言う彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 かぶりを振ると、小城さんは部室の出口に向かって駆けていく。
 俺たちはその姿を呆然と見ることしかできない。

「あ。ま、待ってください小城さん!」

 天野さんが慌てて小城さんの後を追って部室から出て行く。
 残されたのは、俺と内斗先輩とディア、霧乃先生に白峰先輩と日華先輩。
 全員が今の出来事に対応できずにポカンとした状態でいる。
 しばしの沈黙の後、ディアがぽつりと呟いた。

「小城さん、泣いてましたよね……」

 その言葉に日華先輩がギクリとした表情を浮かべた。
 ため息をつきながら、内斗先輩が冷たい目を向ける。

「人には誰しも、知られたくないことぐらいありますよ」

 その言葉にさらにバツが悪そうな表情になる日華先輩。
 霧乃先生が頬に手をあてながら困ったように言う。

「女の子を泣かせるなんて最低よ、日華君」

 その言葉にかなり傷ついたようになる日華先輩。
 白峰先輩が暗いオーラをまといながら、邪悪に微笑んだ。

「よくもうちの期待の新人を泣かしてくれたわね……」

「いや、これは、その……」

 日華先輩が慌てながら部室の中を見まわした。
 誰一人として日華先輩に味方となりそうな人間はいない。
 ポキポキと、指をならしながら白峰先輩が日華先輩に近づく。

「恭助〜!!」

 日華先輩の顔がさっと青くなった。
 ゆっくりと握り拳をふりあげる白峰先輩。

 数秒の後、小さな悲鳴が学校の中で響いた。





 




 風丘高校、校舎裏。

 そこには一本の大きな木が立っている。
 何でもこの木は風丘高校ができるずっと前からあったらしい。
 部活の先輩がそう話しているのを、私は部室で聞いたことがあった。
 私はその木の前に立ち、ぼんやりと考え込む。

 私は、いったい何をやっているんだろう。

 DECではついに桃川先輩を倒してナンバー3の座についた。
 残るは倉野先輩と部長だけ。その後に続く神崎先輩も入れれば、あと3人。
 3人の人間を倒せば、私はこの学校で一番強い決闘者になれる。だけど……
 
 ペキッ!

 唐突に、私の後ろで枝が折れるような音がした。
 振り返ると、そこにはおどおどとした様子の天野さんが立っていた。
 どこか気まずそうな顔で、私の顔を見ながら言う。

「ご、ごめんなさい。気になったんで、つい……」

 しょんぼりと視線を下げる天野さん。
 クラスメイトなので名前は知っていたが、こうして話すことはなかった。
 だが少なくとも、部室の出来事から悪い人ではないと私は判断する。

「いいよ、別に。押しかけたのは私の方だから」

 そう答え、私は目の前に立つ木へと視線を戻した。
 あまり他人と話すのは得意な方ではない。だから私は視線をそらす。
 しかし天野さんは私の言葉を聞くと、私の目の前へと移動してきた。

「そんなことないですよ! 悪いのは日華先輩ですから!」

 真っすぐに私のことを見ながら天野さんは言った。
 夕陽に照らされて茶色く見える綺麗な瞳が、私のことを見ている。
 とても真っすぐとした目で見つめられ、私は少し体を後ろに逸らす。
 
「あの人も根は悪くないんですけど、ちょっと性格に難があるんです。ちゃんと謝らせますから、部室に戻りませんか?」

 じいっと私のことを上目づかいで見ながら、天野さんが言う。
 どうしてこんなにも真っすぐに人を見られるのか、不思議でならない。
 私は少しだけ天野さんを見てから、視線をそらして言う。

「いいよ、気にしてないから。いつものことだから……」

「いつもの、こと?」

 天野さんが不思議そうに首をかしげた。
 私は小さくため息をつくと、答える。

「両親のこと。あの二人が恥ずかしいのは、今に始まったことでもないし」

 プロエンタ界での生ける伝説。
 それが私の両親に付けられた、数多くの異名の一つだ。
 小さい頃はよく分かっていなかったが、今では隠すのに必死になっている。
 バカにされるのが怖いから、誰も信頼できない。友達もいない。

「で、でも素敵じゃないですか。なんだか仲良さそうで」

 天野さんがフォローしようとしているが、どこか苦しげだ。
 私はもう一度だけ天野さんの顔へと視線を戻して、言う。

「無理しなくてもいいよ。自分のことながら、あの両親は酷いと思うから」

「そ、そんなことないですよ!」

 突然、天野さんが今までになく大きな声で言った。
 そしていつになく悲しげな表情を浮かべて、言う。

「うちの両親なんて仕事一筋で、ほとんど海外に居て家には帰ってこないんです。だから私はほとんど一人暮らしみたいな状態で、そういう家族の絆が強いのって、本当にうらやましいと思いますよ!」

 早口でまくしたてるように天野さんが一気に言葉を漏らした。。
 驚いている私の表情を見て、天野さんが「あっ」と小さく声をもらした。
 ばつが悪そうに、天野さんが頭を下げる。

「ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃって……」

「ううん、別に……」

 私は首を横に振った。
 なんとなく気まずそうな空気が、私たちの間に流れる。
 風が吹き、ざわざわと木々の葉が揺れて地面へと落ちる。

「……そういえば、ここって私が決闘を始めるきっかけになった場所なんです」

 気まずい空気を打破するように、天野さんが慌てるように言った。

「この場所で、生まれて初めて間近で決闘を見たんです。懐かしいなぁ」

 しみじみと目を細めながら、私の前に立つ木へと視線を向ける天野さん。
 ぼんやりとその話しを聞いている私に向かって、天野さんが微笑みかける。

「あの、小城さんはどうして決闘を始めたんですか?」

 私はその質問に内心ドキリとする。
 はっきり言うと、あまり答えたくない類の質問ではある。
 しかし無邪気に微笑んでいる天野さんを見て、私は正直に答えることにした。

「両親の影響。だから決闘自体は、小さい頃からやってた」

「あ、そうか。考えれてみればそうですよね。すみません……」

「別に謝らなくてもいい……」

 私はわずかに気分が和らいでいくのを感じた。
 なぜだか、天野さんと一緒にいると心が落ち着いてくる。
 彼女が礼儀正しい人間だからだろうか。それは分らないが。
 天野さんがおどおどしつつも続けて言う。

「でも桃川先輩を倒したって聞きましたよ。やっぱり才能あるんですよ!」

「才能……」

 私は目の前にそびえ立つ木の天辺を見上げた。
 和らぎかけていた心がまた少し暗くなるのを感じた。
 私の表情からそれを悟ったのか、天野さんが心配そうな表情になる。

「どうしたんですか? 私、何かまずいこと言いましたか?」

「ううん、天野さんのせいじゃないよ」

 私は小さく首を横に振った。
 ため息をつき、私は視線を天野さんへと向けた。

「本当は、私は自分が何をしたいのか分からないの……」

 私は自分でも驚いた。本心を話すなんていつ以来だろう。
 でも不思議と、天野さんにだったら話してもいい気がした。
 ため息をついてから、私は自分の本音をさらけだす。

「両親は昔っからエンタプロリーグに入りなさいって言う。でも私は決闘を楽しいと思ったことがない。だから両親に反発する形で強さを求めるようになった。だけど強くなっていっても、私は自分が何をしたいのか分からない。このまま学園一強くなったとしても、何かが起こる訳でもないと思う……」

 言い終わると、私は小さくため息をついた。
 天野さんが驚いたような表情を浮かべて、私のことを見ている。
 目の前の木を見上げながら、私は呟く。

「私は、決闘者に向いてないのかもしれない……」

 いくら強くなっても同じこと。私には決闘を楽しめる心がないのだと思う。
 DC研究会を見学したのもそれを確かめるためだったが、結果は出ている。
 決闘に勝てれば少しは楽しいが、パパやママのように楽しむことなんて……
 私がいつもの結論に達しようとした時、

「あの、小城さん!」

 横の天野さんが思い切ったような声で言った。
 私の前に立つと、真剣な表情で私のことを真っすぐに見る。

「よければ、私と決闘しませんか?」

 思いもよらない言葉を、天野さんが言った。
 決闘? この私と、天野さんが? どうして?
 さまざまな疑問が浮かぶ中、天野さんが言う。

「私に決闘を教えてくれた人は言ってました。すべてはカードが教えてくれるって。だから私と勝負すれば、きっと何かが分かるはずです! お願いします!」

 ペコリと頭を下げる天野さん。
 彼女の言葉を聞き、私は幼い頃の両親の言葉を思い出す。
 私が決闘を始めたばかりのとき、パパとママが言っていたこと。

 カードを見れば、すべてがわかる。

 今、天野さんは同じようなことを言っている。
 そこに答えがあるかどうかは分からない。考えたこともない。
 しかし私はその言葉に少しだけ興味を抱いた。
 私の中の迷いを解消するきっかけに、なるかもしれない……。

「……いいよ」

 私は真っすぐに天野さんを見ながら、頷いた。






 風が吹いて、木々の葉っぱが宙を舞った。

 私と天野さんは決闘盤を付けて、互いに向き合った状態でいる。
 校舎裏に他の人間はいない。観客もなく、私と天野さんだけがそこにはいる。
 デッキを取り出してシャッフルし、決闘盤へとセットする。LPが表示された。

「言っておくけど……手加減はしないよ」

 私がそう言うと、天野さんもデッキをセットして言う。

「望むところです!」

 真っすぐに私のことを見ながら、天野さんが集中するように深呼吸した。
 私たちの間にわずかに沈黙が流れた。また風が吹いて、葉っぱが舞う。


「――決闘ッ!!」


 天野  LP4000

 小城  LP4000


 掛け声とともに、私はカードを五枚引く。
 たとえ相手が初心者であろうと、私は手加減はしない。
 勝つことでしか、私は決闘を楽しむことができないから。
 天野さんがキッと真剣な表情を浮かべて、言う。

「私のターンです、ドロー!」

 カードを引き、天野さんが手札を眺める。
 彼女がまだ始めて二ヶ月の初心者であることは知っている。
 しかし手を抜く気はない。全力を尽くす。

「私は、白魔導士ピケルを守備表示で召喚します!」

 場に白い服を着た女の子がちょこんと現れた。
 見た目は可愛らしいが、あまり強力なカードではない。


白魔導士ピケル
星2/光属性/魔法使い族/ATK1200/DEF0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドです!」

 手札から一枚取って伏せると、天野さんはターンを終了した。
 私はため息をつくように息を吐くと、デッキに手をかける。

「私のターン。ドロー」

 引いたカードを見てから、天野さんの場に伏せられたカードを見る。
 わざわざ弱小なモンスターを出したということは、あれはおそらく罠。
 攻撃無効か、もしくはモンスターを守るカードの一種だろう。
 素早く判断すると、私は手札のカードを一枚取る。

「手札から魔法カード、サイクロンを発動」

 私の場の竜巻の絵が描かれたカードが表示される。
 天野さんがきょとんとしているのは、カードの効果を知らないからだろうか?
 竜巻の絵から、一つの突風が吹き荒れ、天野さんの場の伏せカードを破壊する。


サイクロン 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 

 風に吹かれて破壊されたのは『攻撃の無力化』のカードだった。
 やはり思ったとおりの攻撃無効の罠。私は続けて手札のカードを取る。

「私は聖鳥クレインを召喚」

 奇麗に整った毛並みを持つ、白い鶴が翼を広げて現れる。
 小さく鳴き声をあげる姿は、どこか儚げで美しかった。


聖鳥クレイン
星4/光属性/鳥獣族/ATK1600/DEF400
このカードが特殊召喚した時、
このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。


 もう相手の場に伏せカードは存在しない。
 ためらいなく、私はピケルを指さして言う。

「聖鳥クレインで、白魔導士ピケルを攻撃」

 鶴がその言葉に反応して翼を大きく広げた。
 そのまま翼をはためかせると大きな突風を呼び起こす。
 竜巻のような風に飲み込まれ、ピケルはガラスのように砕け散った。
 天野さんがその姿を見て悲しそうな表情を浮かべた。

「私はこれで、ターンエンド」

 手札のカードを見るまでもなく、私はターンを終える。
 今のところいつもと何も変わらない。単調な時間。
 他の人はどうなのだろう。私と同じ気持ちなのだろうか?

「私のターンです。ドロー!」

 天野さんがめげる様子もなくカードを引いた。
 手札を見ると、真剣な表情で考え込む。
 私の場に伏せカードはない。攻めてくるのだろうか、それとも……
 天野さんが手札の一枚を取って、決闘盤へと置く。

「私は王立魔法図書館を守備表示で召喚します!」

 出てきたのは大量の本が置かれた本棚で出来た壁。
 守備力の高いカード。守りを固めてきたようだった。


王立魔法図書館
星4/光属性/魔法使い族/ATK0/DEF2000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分または相手が魔法カードを発動する度に、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「私はこれでターンエンドです!」

 今度はカードも伏せずにターンを終了する天野さん。
 あまり手札が良くないのだろうか。でも私には関係ない。
 
「私のターン、ドロー」

 カードを引く。守備力が2000。
 下級モンスターで突破するのはいささか苦労する数値だ。
 だけど、わざわざ無理に破壊することもない。
 手札のあるカードを手に取りながら、私はそう考えた。

「私はソニック・シューターを攻撃表示で召喚」

 私の場に鳥と人間の中間のようなモンスターが現れる。
 攻撃力はたったの1300で、王立魔法図書館を破壊できない。
 天野さんが不思議そうな顔をしている。私は冷静に言った。

「相手の場に魔法・罠がない場合、このカードはダイレクトアタックできる」


ソニック・シューター
星4/風属性/鳥獣族/ATK1300/DEF600
相手の魔法&罠ゾーンにカードが存在しない場合、
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
この時、相手に与える戦闘ダメージはこのカードの元々の攻撃力となる。


 天野さんの場には魔法・罠カードは存在しない。
 ソニック・シューターの効果の条件は満たされている。
 私は天野さんを指さして、宣言する。

「ソニック・シューターで、プレイヤーにダイレクトアタック」

 両腕部分の翼を広げると、さっそうと空高くへと飛びあがるソニック・シューター。
 王立魔法図書館を飛び越えると、その先にいる天野さんへと向かって落下する。
 翼を突き出すような格好で、ソニック・シューターが天野さんに体当たりした。

「きゃっ!」

 衝撃を受け、天野さんが声をあげる。
 これでわずかながら、天野さんのLPにダメージを与えた。

 
 天野  LP4000→2700


 クレインでは王立魔法図書館を突破できないので、私はバトルを終了する。
 手札を見てから、その中の一枚を選択する。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 私の場に裏側表示のカードが浮かび上がる。
 今はまだ使い道のないカードだが、後々のために伏せておく。
 いつもと同じやり方だ。まだ何も変わろうとはしない。

 いや、やっぱり初めから私には向いていないのかもしれない。決闘が。

 私は自然と視線が落ちていく。やはり何も変わりようがない。
 決闘が楽しいという気持ちがないのだから、私には……

「小城さん!」

 突然、天野さんが大きな声を出した。
 はっとなって、私は顔をあげる。
 真っすぐに私のことを見据えながら、天野さんが微笑んだ。

「まだ、決闘は終わってませんよ?」

 そう言って、彼女が楽しそうにカードを引いた。
 なぜあんなにも楽しそうに決闘できるのか。私には分からない。

「私のターン、ドロー!」

 天野さんがカードを引き、そして手札のカードを一枚取る。

「私は連弾の魔術師を攻撃表示で召喚します!」

 場に出てきたのは両腕に杖を持った、黒い服の魔術師。
 不敵な笑みを浮かべながら、魔術師が杖を私に向ける。
 

連弾の魔術師
星4/闇属性/魔法使い族/ATK1600/DEF1200
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える。


「バトル! 連弾の魔術師で、ソニック・シューターを攻撃します!」

 天野さんの声とともに、黒い服の魔術師が杖の方向を変えた。
 両腕に持った二つの杖に力が集まり、同時に二つの火球が放たれる。
 防御する術もなく、ソニック・シューターが砕け散った。


 小城  LP4000→3700


 私は衝撃を受け、少しだけ顔をしかめる。
 連弾の魔術師が古い映画のガンマンのように、ヒューと口笛を鳴らす。
 天野さんがさらに、手札からカードを取って言う。

「さらに速攻魔法、ディメンション・マジックを発動します!」

 場に巨大な魔術の道具のような、奇妙なオブジェのようなものが現れた。
 連弾の魔術師がその中に入り、笑みを浮かべながら私に向って手を振る。
 オブジェの扉が閉まると、その中から強い光が放たれる。

「ディメンション・マジックの効果で、私は場の連弾の魔術師を生贄に――」

 天野さんが手札からさらにカードを手に取った。
 オブジェの光が一層強く輝くと、パカッとオブジェの扉が開く。
 そこから現れたのは、先ほどとは違う緑色の法衣を着た魔導士。

「カオス・マジシャンを特殊召喚します!」

 強力なオーラを纏いながら、魔術師が持っていた杖を振るった。
 

カオス・マジシャン
星6/光属性/魔法使い族/ATK2400/DEF1900
このカード1枚を対象にするモンスターの効果を無効にする。


「さらにディメンション・マジックの効果で、聖鳥クレインを破壊します!」

 魔導士が杖を掲げると、杖の先から閃光が走った。
 緑色の強烈な閃光に当てられると、鶴はかん高い声と共に砕け散る。

 これで私の場に、カードはなくなった。
 
 思いもよらぬ反撃を受け、私は半ば呆然とした状態になった。
 天野さんがビシッと人差し指を伸ばして、勢いよく言う。

「まだ私のバトルフェイズです。カオス・マジシャンでダイレクトアタックします!」

 カオス・マジシャンが杖を振り上げ、さらなる魔力を杖へとためる。
 呆然としつつも、私は自分の場に伏せられたカードをちらりと見る。
 今、このカードを使うべきか。使えばこの攻撃をとりあえず防ぐことはできる。だが……
 少し考え、私は何もしないことに決めた。杖から閃光が走り、それが私の体を貫く。

「……ッ!」

 
 小城  LP3700→1300


 衝撃に顔をしかめ、私は心の中で舌打ちする。
 相手が初心者だから、無意識の内に油断していたのかもしれない。
 ともかく、手痛い一撃を受けたことで私も目の前に決闘に集中する。
 天野さんが残った二枚の手札を見てから、静かに宣言する。

「ターン、エンドです」

 緑色の法衣を着た魔導士が、杖を構えた格好へと戻る。
 これで彼女の場にはカオス・マジシャンと王立魔法図書館の二枚のみ。
 対して私の場には伏せカードが一枚のみ。状況は今のところ不利。
 しかしこれでも私はDECのナンバースリー。この程度ならどうにかなる。

「私のターン、ドロー」

 冷静にカードを引き、手札を見て思考を重ねる。
 先ほどのようなことがないように、今度こそ油断しない。
 考えを終え、私は四枚の手札から一枚を選ぶ。

「有翼賢者ファルコスを守備表示で召喚」

 今度は全身が鳥のモンスターが現れた。
 まるで学者のような格好の、知的な雰囲気の鳥だ。


有翼賢者ファルコス
星4/風属性/鳥獣族/ATK1700/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊し墓地に送った表側攻撃表示の相手モンスターを、
相手のデッキの一番上に戻す事ができる。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 私の場にカードが増える。これで伏せカードは二枚。
LPでは私は負けている状態だ。これ以上攻撃を受ける訳にはいかない。
 私は天野さんの動向に鋭く注意を払う。彼女がデッキに手をかけた。

「私のターンです。ドロー!」

 引いたカードを見て、彼女が少し考える。
 しばしの沈黙の後、そのまま引いたカードを場に出した。

「私はマジシャンズ・ヴァルキリアを召喚します!」


マジシャンズ・ヴァルキリア
星4/光属性/魔法使い族/ATK1600/DEF1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他の魔法使い族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。


 今度は鎧のようなものを纏った、女の魔法使いが出てきた。
 どうにもダルそうな目つきで、ポリポリと髪をかいている。
 その様子を見て、天野さんの顔が微妙に困ったような表情を浮かべた。
 しかしすぐに真面目な様子になると、天野さんが勢いよく言う。

「バトルです! マジシャンズ・ヴァルキリアでファルコスを攻撃!」

 天野さんの元気な言葉とは裏腹に、面倒そうに杖を構える魔法使い。
 杖の先に魔力がたまっていく中、私はおもむろに腕をあげて言う。

「罠発動。ゴッドバードアタック」

 私の場に伏せられていた一枚が表となる。
 同時に、キラキラと私の場のファルコスが光となって消えていく。
 驚いている天野さんに向かって、私は説明する。

「場の鳥獣族を生贄に捧げ、場のカードを二枚破壊する」

「ええっ!」

 天野さんが声をあげて、大きく驚きの表情を浮かべた。
 これはさっきのコーディネートとやらの影響ではなさそうだ。
 表情から見て、彼女は本当に驚いているようだった。

 カードから二つの巨大な光が放たれ、緑色の魔導士と女の魔法使いを貫く。

 二体のモンスターが砕け散り、場のカードが一気に少なくなった。
 目に見えて天野さんがしょんぼりとした表情になるが、仕方がない。
 

ゴッドバードアタック  通常罠
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。
フィールド上のカード2枚を破壊する。


「うぅ……私は、これでターンエンドです……」

 手札を見てから、悲しげに宣言する天野さん。
 あそこまで一喜一憂できるのが、私にはどこかうらやましい。
 決闘をしていて、あそこまで感情が出ることは私にはない。

「……私のターン。ドロー」

 少しだけ沈んだ気分で、私はカードを引く。
 やはり天野さんと決闘をしたところで、私は変われない。
 もう充分だ。今引いたカードを見てから、私は手札のカードを選択する。

「D.D.クロウの効果を発動。連弾の魔術師を除外する」

 私は手札の小さな烏のカードを墓地へと送る。
 天野さんの決闘盤が、墓地から連弾の魔術師のカードを吐き出した。


D.D.クロウ
星1/闇属性/鳥獣族/ATK100/DEF100
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 墓地から除外されたカードを見て、天野さんが首をかしげる。

「どうしてこのカードを……?」

 私はその質問には答えない。
 その代わりに、場に伏せてあったカードを表にする。

「罠発動。復活の旋風」

 伏せられていたカードが表となり、そこから風が吹き荒れる。
 私と天野さんの墓地が、黄金色に輝き始める。

「互いのプレイヤーは、墓地のレベル4以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する」

 私は自分の墓地から聖鳥クレインのカードを取り出しながら、言った。


復活の旋風  通常罠
自分と相手はそれぞれの墓地からレベル4以下のモンスター1体を選択し、
守備表示でフィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、
フィールド上に表側表示で存在する限り表示形式を変更できない。


 私の場に美しい鶴のカードが復活する。
 天野さんは悩んだ後、マジシャンズ・ヴァルキリアのカードを選択した。
 女の魔法使いが現れると同時に、鶴が高らかに声をあげて白い翼を広げた。

「聖鳥クレインの効果で、私はカードを一枚ドローする」

 そう言ってデッキからカードを一枚引く。
 それから、最初にこのターンで引いたカードを手に取った。

「私は神禽王アレクトールを特殊召喚」

「!? と、特殊召喚カードですか!?」

 天野さんがいっそう驚いた。
 私の場に、銀色の鎧のような羽毛が生えた鳥のような獣が現れた。
 真っ赤な翼を優雅に広げ、銀色の鳥は甲高く咆哮をあげる。


神禽王アレクトール
星6/風属性/鳥獣族/ATK2400/DEF2000
相手フィールド上に同じ属性のモンスターが表側表示で2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択する。
選択されたカードの効果はそのターン中無効になる。
「神禽王アレクトール」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。


 神禽王アレクトールは相手の場に同じ属性が2体いれば特殊召喚できる。
 わざわざD.D.クロウで墓地を操作したのは、このためだ。
 驚いている天野さんを少し見てから、私は腕をあげて言う。

「神禽王アレクトールで、マジシャンズ・ヴァルキリアを攻撃」

 アレクトールが再び咆哮をあげると、その赤い翼をばさっと広げた。
 強烈な旋風を起こしながら、アレクトールが高速で移動し爪をふりあげる。
 ガシャーンとガラスが割れるような音と共に、女の魔法使いが砕け散った。
 守備表示なのでダメージは通らないが、天野さんは顔をしかめる。

「私はこれでターンエンド」

 アレクトールが自分の場に戻ってから、私は静かにそう言った。
 これで私の場にはモンスターが2体、クレインとアレクトール。
 天野さんの場には王立魔法図書館が一体のみの状況となった。

「ま、まだまだこれからですよ。ドロー!」

 天野さんがカードを引くが、その表情は変わらず苦しそうだ。
 3枚ある手札の内、1枚を選択して伏せる。

「ターン、エンドです……」

 しょんぼりとしながら、天野さんが自分のターンを終えた。
 やったことはカードを1枚伏せただけ。壁モンスターさえ増えていない。
 私はどこかガッカリしながら、デッキに手をかける。

「私のターン、ドロー。ハンター・アウルを攻撃表示で召喚」

 引いたカードを僅かに見てから、私は素早くカードを出す。
 槍のような武器を持った、フクロウのようなモンスターが場に出てくる。
 

ハンター・アウル
星4/風属性/鳥獣族/ATK1000/DEF900
自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
また、自分フィールド上に他の風属性モンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。


 ハンター・アウルは自身を含めた風属性モンスターの数だけ攻撃力を増す。
 今、私の場にはアレクトールとアウルという2体の風属性が存在している。
 よってハンター・アウルの攻撃力は1000ポイント上昇する。

 
 ハンター・アウル  ATK1000→ATK2000


 これで準備は整った。私は淡々とした口調で言う。

「アレクトールで、王立魔法図書館を攻撃」

 赤い翼を広げ、アレクトールが本棚で出来た壁に突撃し破壊する。
 これで天野さんの場にはモンスターがいなくなった。私は続けて言う。

「ハンター・アウルで、プレイヤーにダイレクトアタック」

 槍を振りまわすように構えると、フクロウが飛び上がり槍を振り上げた。
 勢いよく槍を振りおろし、まるで刀で切りつけるような動きで天野さんを攻撃する。

「きゃあ!」

 
 天野  LP2700→700


 天野さんが衝撃で体をふらつかせる。
 これでLPも逆転し、天野さんの場には伏せカードが一枚のみ。
 完全に私が優位に立つことができた。私はどこかホッとした気分になる。

「これで、ターンエンド」

 天野さんから視線をそらすようにして、私は宣言する。
 このままこの決闘に勝利し、私は少しの楽しみを得ればそれでいい。
 勝つことでしか、決闘を楽しむ方法なんて……

「私のターンです。ドロー!」

 天野さんがカードを引いた。
 そしてキッと、真剣な表情で自分の場に伏せられているカードを見た。

「魔法発動、邪悪な儀式!」

 伏せられていたカードが表になった。
 奇妙な霧のようなもやが、フィールドに立ちこめる。
 

邪悪な儀式 通常魔法
フィールド上の全てのモンスターの表示形式を入れ替える。
発動ターン、モンスターの表示形式は変更できない。
このカードはスタンバイフェイズにしか発動できない。


「……まだ諦めてなかったの?」

 私は彼女がまだ決闘を続けることに驚いた。
 私の場にはモンスターが3体。天野さんの場にはもうカードはない。
 誰がどう考えても不利な状況なのに、彼女は諦めていない。
 驚いている私に向って、天野さんがにっこりと微笑んだ。

「私は最後まで諦めません。白峰先輩に教えてもらいました」

「……部長に?」

 私の疑問には答えずに、天野さんが手札のカードを見て言う。

「どんなモンスターにも倒す手段はあります。魔導獣 ケルベロスを召喚します!」

 場に凛とした様子の、青い毛並みの獣が優雅に降り立った。
 黄色く輝く眼光をゆっくりとこちらへと向けると、雄たけびを上げる。


魔導獣 ケルベロス
星4/光属性/魔法使い族/ATK1400/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に、このカードに乗っている魔力カウンターを全て取り除く。
 

「さらに装備魔法、魔導師の力を装備します!」


魔導師の力  装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、
自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき
500ポイントアップする。


 獣が薄緑色のオーラへと包まれる。
 さらに自身の能力によって、その体に魔力がみなぎっていく。


 魔導獣 ケルベロス  ATK1400→ATK2400


 攻撃力が一気に上昇した。しかし私のアレクトールと攻撃力は……
 ここで私は気づいた。さっきの魔法カード、邪悪な儀式の効果。
 あのカードによって私の場のモンスターは、すべて表示形式が変更されている。


 神禽王アレクトール  ATK2400→DEF2000


 ハンター・アウル  ATK2000→DEF900


 聖鳥クレイン  DEF400→ATK1600


 しまった。私の場には伏せカードがない。
 天野さんの攻撃を防ぐ術は私には存在しない……。
 ゆっくり腕をあげると、天野さんが言う。

「魔導獣 ケルベロスで、神禽王アレクトールを攻撃します! マジック・バイト!」

 青い獣が咆哮をあげ、私の場の神禽王アレクトールへと飛びかかった。
 魔力が宿った牙をむき、銀色の羽毛生える首元へと噛みついた。
 アレクトールが苦しむように顔をゆがめ、そのままキラキラと消滅する。

「やったぁ!」

 天野さんが楽しそうに声をあげた。
 モンスターを倒せたことが、本当に嬉しそうな表情だ。私には分からない。
 青い獣が優雅に舞い戻ると、天野さんが手札のカードを選ぶ。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドです!」

 とても楽しげな口調で、天野さんが自分のターンを終了した。
 ケルベロスに宿っていた魔力は消えたが、魔導師の力は残っている。
 さらに伏せカードが増えたことで、攻撃力は2400のままだ。
 私はどこか困惑するような気持ちで、カードを引く。

「私のターン、ドロー」

 引いたカードは二枚目のゴッドバードアタック。
 これを使用すれば一気に形勢逆転。私の勝ちとなる。
 まさかこれ以上、くいついてくることはないはずだ。

「……カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 どこか怯えるような気持ちを抱きながら、私はターンを終了する。
 彼女はよくやっている。もう充分。もう諦めてもいいはずだ。

「私のターン、ドロー!」

 天野さんが元気にカードを引く。
 私の場に伏せられたカードをちらりと見てから、天野さんが言う。

「バトルです。ケルベロスでハンター・アウルを攻撃!」

 青い獣が吠える。そう、それでいいんだ。
 私はためらいもなく決闘盤のボタンを押す。

「罠発動、ゴッドバードアタック」

 私の場のクレインがキラキラと光となって消える。
 再び相手の場のカードを二枚破壊すれば、今度こそ……
 天野さんが腕を上げて、言う。

「もう同じ手はくらいませんよ。罠発動、トラップ・ジャマー!」

「!? と、トラップ・ジャマー?」

 私は思わず声に出して驚いた。
 天野さんの場に伏せられていたカードが表になり、鈍い光を放つ。
 私の場のゴッドバードアタックのカードに赤い電流のようなものが流れ、破壊される。


トラップ・ジャマー カウンター罠
バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。


「そんな……」

 私は呆然としながら呟いた。
 まだ諦めていなかったの。どうしてそんなにも……
 天野さんが微笑んでから言う。

「再びバトルです。魔導獣 ケルベロスでハンター・アウルを攻撃!」

 青い獣が飛びかかり、鋭い爪でフクロウのモンスターを切り裂いた。
 爆発をおこして、ハンター・アウルが消滅する。私は黙ってそれを見ている。

「私はこれで、ターンエンドです」

 楽しげな表情で、彼女がターンを終了した。
 私はわずかに動揺しながら、カードを引く。

「私のターン……」

 カードを引き、場の状況を考える。
 相手の場には攻撃力1900のケルベロス。私の場にカードはない。
 そして三枚ある私の手札に、モンスターカードは存在していない。
 とても不利な状況へと追い詰められている。この私が。
 震えそうになる手を動かし、手札の一枚を選択する。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド……」

 伏せカードのビジョンが浮かび上がり、私はターンを終えた。
 そしてカードを引こうとしている天野さんに向って、尋ねる。

「どうして……そんなにも楽しそうなの?」

 その言葉を聞いて、天野さんが不思議そうな表情を浮かべた。
 カードを引く手を止めると、天野さんが答える。

「どうしてって……楽しくないですか? こうやって決闘をするのって。勝負する度に新しいカードや効果があって、何が起こるか分からないところとか、とっても楽しいですよ!」

「私には分からない!!」

 私は泣きそうになりながら叫んだ。
 カードの効果も何もない。私にとっては決闘は手段でしかない。
 パパやママを見返すための、ただの手段でしか……

「あの……小城さん?」

 天野さんがいつものように、おずおずとしながら言った。
 おどおどとしながら、心を決めたようにして言う。

「その……小城さんは、小城さんのしたいようにすれば良いと思いますよ?」

「……どういう意味?」

 私はにらみつけるようにして天野さんのことを見る。
 天野さんがおどおどとしながら続ける。

「なんていうか、話していて思ったんですけど、小城さんって少しご両親に固執しすぎているような気がして。ご両親の求める人物像から離れるために、本当は決闘が楽しいのを必死で否定しているような気がするんです」

 天野さんの言葉が、私の心に深く突き刺さる。
 私が本当は決闘を楽しんでいる? 私が……?
 考えたこともない言葉を聞いて、私の心が揺れ動く。
 天野さんが真っすぐに私を見つめながら言う。

「ご両親の存在なんて関係なく、私は小城さんは小城さんのままで良いと思います。もっと自分に素直になれば、きっと決闘も楽しくなるはずですよ!」

 自分に素直に……自分……

 私は考える。自分という存在が、私にはあったのだろうか。
 今まではあの恥ずかしい両親から逃れるためだけに生きていた。
 自分という感情を押し殺して、ただ両親の求める人物と真逆の道を行こうとした。
 私に自分という感情があったのだろうか。私は考える。そんなものはなかった。

 だから決闘が楽しくなかったのだろうか。

 私自身がなかったから、私には自分の気持ちがなかったから。
 どこか他人の出来事のような気がしてたから、私は……。
 謎が解けたように、私の心が動き出す。今、私がやりたいこと。
 両親のことは関係ない。私自身が求めているもの。それは――

 この決闘を楽しみたい。

 ただ私のためだけに。それが、今の私が求めていること。
 勝っても負けても心に残るような決闘が、私はしたかった。
 私は顔をあげ、天野さんを見据える。もう迷わない。私は自分のために勝負する。
 私の表情を見て、天野さんが微笑んでデッキに手をかける。

「私のターンです、ドロー」

 天野さんがカードを引き、これで彼女の手札は二枚となった。
 私の場に伏せられたカードを見てから、天野さんが言う。

「バトルです! 魔導獣 ケルベロスでプレイヤーにダイレクトアタック!」

 青い獣が天に向かって雄たけびをあげた。
 攻撃力は1900。この攻撃が通れば私のLPは0となる。
 ケルベロスが飛び上がり、その鋭い牙を私へとむけた。

「罠発動、ガード・ブロック」

 私の場に伏せられていたカードが表になり、薄いバリアが私の前に現れた。
 ケルベロスがそのバリアに弾かれ、天野さんの場へとすごすごと戻っていく。


ガード・ブロック  通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 さらに罠の効果で、私はカードを一枚ドローする。
 これで手札は合計で三枚に増えた。天野さんがくやしそうに言う。

「うーん、カードを一枚伏せてターンエンドです!」

 伏せカードが増え、再びケルベロスの攻撃力が2400へと戻る。
 しかし私の心に乱れはない。冷静に、私は自分のデッキからカードを引く。

「私のターン、ドロー」

 引いたカードを見て、私はわずかに微笑んでしまった。
 自分でも信じられないことだった。良いカードが引けたことが嬉しい。
 なんだか恥ずかしい気分になり、私の顔が赤くなる。
 不思議そうな天野さんをごまかすように、手札の一枚を選ぶ。

「魔法カード、二重魔法(デュアル・サモン)を発動」


二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。
 

 これで私はこのターンの間だけ、通常召喚を二回行える。
 ゆっくりと、私は手札のカードを決闘盤へとセットする。

「私はウィンドフレームを召喚!」

 場に奇妙な旋風が巻き起こり、私の場に形作る。
 まるで鳥の羽が集まって出来たような竜巻が、私の場に現れた。


ウィンドフレーム
星4/風属性/鳥獣族/ATK1800/DEF200
風属性の通常モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。


「さらに私はウィンドフレームを生贄に捧げて……」

 竜巻がキラキラと光となって天へと昇っていく。
 このモンスターは条件付きで二体分の生贄になる効果を持っている。
 このターンに引いたカードを天野さんに見せるようにして、私は言う。

「始祖神鳥シムルグを召喚!」

 私が決闘盤にカードをセットすると強烈な風が巻き起こった。
 そして竜巻のような風の中から、一つの大きな影が現れる。
 突風がやむと、そこには巨大な金色の翼を持つ始祖鳥が存在していた。


始祖神鳥シムルグ
星8/風属性/鳥獣族/ATK2900/DEF2000
このカードが手札にある場合通常モンスターとして扱う。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
風属性モンスターの生け贄召喚に必要な生け贄は1体少なくなる。
風属性モンスターのみを生け贄にしてこのカードの生け贄召喚に成功した場合、
相手フィールド上のカードを2枚まで持ち主の手札に戻す。


「これが小城さんのエースモンスター……」

 天野さんが金色の始祖鳥を見て、感心したように呟いた。
 私は天野さんの場のケルベロスを指さして言う。

「始祖神鳥シムルグの効果発動。相手の場のカードを二枚、手札に戻す」

 シムルグが翼をはためかせ、強い突風を巻き起こす。
 ケルベロスと、さらに天野さんの場に伏せられているカードが風にあおがれる。
 この効果が決まれば私の勝利は決定だが、天野さんが動いた。

「罠発動です。和睦の使者!」

 伏せられていたカードが表になり、その効力を発揮する。
 

和睦の使者  通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分モンスターは
戦闘によっては破壊されない。


 シムルグの効果によってケルベロスが手札へと戻った。
 装備魔法であった魔導師の力は対象がなくなり破壊される。
 これで天野さんの場にカードはなくなった。私は手札の最後の一枚を見る。

「……カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 このターンは和睦の使者によって天野さんにダメージは通らない。
 だけど彼女の手札は二枚。その内の一枚は魔導獣 ケルベロスのカード。
 普通に考えれば私の方が有利だ。だけど、天野さんは……

 私は自分が冷や汗をかき、緊張しているのを感じた。

 天野さんが楽しそうに、自分のデッキに手をかける。
 その表情に迷いはない。ゆっくりとした動作で、カードを引く。

「私のターンです。ドロー!」

 引いたカードをゆっくりと見てから、天野さんが微笑んだ。
 
「私も引きましたよ。とっておきのカード」

 いたずらっぽく笑うと、彼女が引いたカードを手札に加える。
 そして手札から別のカードを選択すると、決闘盤にセットした。

「魔法カード、二重召喚を発動します!」

 先ほど私が使ったのと同じカードが、今度は天野さんの場で表となる。


二重召喚 通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 これで残った手札にあるカードは、ケルベロスとこのターン引いたカードの二枚。
 天野さんが魔導獣 ケルベロスのカードを私に見せるようにして、決闘盤にセットする。

「私は魔導獣 ケルベロスと……」

 ゆっくりと、さっき引いたカードを私の方へと向ける天野さん。
 私は自分の心臓が高鳴っているのを感じていた。緊張した間が流れる。
 天野さんの手に握られていたカードが、完全に私の方へと向けられる。
 そこに描かれていたのは、鏡のような顔を持った奇妙な魔導師の姿。
 天野さんが元気よく、カードをセットしながら言う。

「ものマネ幻想師を召喚します!」


ものマネ幻想師
星1/光属性/魔法使い族/ATK0/DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体の元々の攻撃力・守備力になる。


 場に紫の煙が立ちのぼり、そこから奇妙な姿をしたモンスターが現れた。
 鏡のような顔を持ち、その鏡には私の場の始祖神鳥シムルグが映っている。
 
「ものマネ幻想師の効果。相手の場のモンスターの攻守をそのままコピーします!」

 その言葉に応じて、天野さんの場のものマネ幻想師の姿が煙に包まれた。
 そして煙の中でどんどん魔術師の姿が巨大に変化していく。
 煙が晴れると、そこにはもう一体の巨大な始祖鳥が存在していた。

 
 ものマネ幻想師  ATK0→ATK2900


 私の場にいる金色の始祖鳥と、天野さんの場の黒い色の始祖鳥。
 二体のモンスターが、同時に甲高い声をあげて互いを威嚇しあう。
 その姿形、そして力は互角のように感じることができた。
 天野さんが嬉しそうな表情を浮かべて、言う。

「これでバトルです! ものマネ幻想師で始祖神鳥シムルグを攻撃します!」

 ものマネによって作られた始祖鳥がその翼を大きく広げた。
 その動作に呼応するようにして、私の場の金色の始祖鳥も翼を広げる。
 両者の攻撃力は互角。そして天野さんの場にはさらにケルベロスがいる。
 私のLPは1300だから、このままではケルベロスの攻撃で私は負ける。

 ――二体の始祖鳥が、同時にその翼で巨大な旋風を巻き起こした。
 
 巨大な力がぶつかり合い、二体のモンスターが苦しげに高い声をあげた。
 だけど私は勝ちたい。自分のためにも。すっと、私は腕を伸ばして言う。

「速攻魔法、突進発動」

 私の場で、イノシシが突撃する絵が描かれたカードが表となる。
 そのカードに反応するように、私の場の始祖鳥が起こした竜巻の威力が増す。


突進  速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、
ターン終了時まで700ポイントアップする。

 
 始祖神鳥シムルグ  ATK2900→ATK3600


 天野さんのLPは残り700。
もし彼女が何もしなければ、これでこの決闘は終了するはずだ。
 私は少し不安げに天野さんの方を見る。彼女が、にっこりと笑った。

 天野さんの場に存在していた、黒い始祖鳥の姿が砕け散った。

 
 天野  LP700→0


 突風が吹き、天野さんの体が少しだけぐらついた。
 スッ――とソリッド・ヴィジョンの映像が消えていく。
 決闘は終わった。私の勝利によって……

「あぁ、やっぱり負けちゃいました……」

 照れるように笑いながら、天野さんが私の元へと近づいた。
 優しく微笑むと、天野さんが真っすぐに私を見て言う。

「やっぱり強いですよ、小城さん。才能ないなんてことないですよ!」

「う、うん……」

 私は視線をそらしながら、その言葉を聞いていた。
 天野さんがそんな私の様子を見て、眉をひそめる。
 心配そうな表情を浮かべて、尋ねてくる。

「どうかしましたか? 私、何か変なこと言いましたか?」

「ううん。そうじゃなくて……」

 私は視線をそらしながら、口ごもる。
 天野さんが不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいる。
 もじもじとしてから、私は仕方なく天野さんに告げる。

「……私、けっこう負けず嫌いなんだなって……」

 天野さんがポカンとした表情を浮かべた。
 そしてすぐに、楽しそうにクスクスと笑い始める。
 その様子を見て、私は顔が赤くなるのを感じる。

「な、何かおかしかった……?」

「い、いえ。でも意外と小城さん、可愛いところあるなって……」

 天野さんがクスクスと笑いながら答える。
 可愛い? そんなことパパとママ以外に言われたことはない。
 私はこれ以上この話をするのが嫌で、視線をそらしながらぼそりと言う。

「その……楽しかった、よ」

 私は自分で頬が赤くなるのを感じた。
 とても恥ずかしい気持ちになる。
 天野さんが、その言葉に嬉しそうに表情をほころばせた。

「良かった。小城さんの悩みが解決できて!」

 言いながら、天野さんが私の手を握った。私は驚いて顔をあげる。
 輝くような笑顔で、天野さんが言う。

「また、決闘しましょうね。お友達として!」

「友達……」

 私は天野さんの言葉をぼんやりと呟いた。
 友達ができるなんて、ひょっとしたら初めてのことかもしれない……
 しかし恥ずかしさのあまり、私はプイと視線をそらしてしまう。
 天野さんが不思議そうに首をかしげて不安げな表情を浮かべる。

「……嫌ですか?」

「あ、ううん。そんなことない。嬉しいよ」

 私はそう答えるが、天野さんはまだ微妙な表情をしている。
 どうやら私の言い方が悪かったようだ。しょんぼりとしている天野さん。
 私は視線を天野さんへと向け、精一杯勇気を出して言う。

「またやろうね。……友達として」

 その言葉に、ようやく天野さんが笑顔を見せてくれた。
 風が吹いて、木々の葉っぱが私達の間を舞った。
 空では輝くような、綺麗な夕焼けが広がっていた。












「ねぇ、ダーリン。今日の夕飯はどうかしら?」

「あぁ、最高だよハニー!」

 夜になり、私の家の食卓ではいつもの寸劇がはじまっていた。
 パパとママが、互いにいちゃいちゃしながら食卓に向っている。
 私はなるべく目の前の二人を視界に入れないように、ご飯を食べる。
 いつものことなので、もう私はこの空間に慣れつつあった。少しだけど……
 いちゃいちゃしながら、ママが整った顔を私に向けて尋ねる。

「ねぇ、みーちゃんはどう? おいしい?」

「みーちゃんて呼ぶな」

 私がピシャリと答えると、ママがショックを受ける。
 隣に座っているパパの胸に飛び込むと、芝居がかった口調で涙を流して言う。

「どうしましょうダーリン、みーちゃんたら反抗期よ!」

「仕方がないさ。子供はいつでも反抗期なんだよ。悲しい定めだ……」

 パパも芝居がかった口調で答えつつ、漬物を口にいれる。
 私は無言でご飯を食べる。普段なら弟がいるのだが、今日は別の家に泊っているらしい。
 いたらいたで迷惑だったが、いないと直にこの両親と話さなくていけないので嫌だった。
 ご飯を食べている私のことをジッと見ながら、ママが言う。

「なんだか今日のみーちゃん嬉しそうね。何か良いことあったの?」

「……そんなこと、ない」

「嘘よ。ママにはちゃーんと分かるんだから!」

 ママが普通の口調に戻って言う。
 普段はおちゃらけているのに、こういうところは鋭い。
 箸を置き、私は視線をそらしながら答える。

「友達が出来たの。同じクラスの子」

 私はボソリと答える。あまり自慢できることでもない。
 とても嬉しいのは事実だが、高校生としては普通のことだ。
 しかし、その言葉にパパとママはすさまじく反応した。
 目を見開きながら、口々に嬉しそうに私に向って尋ねる。
 
「友達! みーちゃんついにお友達が出来たのね!」

「ど、どんな子なんだ!? いや、今すぐここに連れてきなさい!」

「……いや、そんな急に言われても」

 私は困った様に言うが、パパとママは勝手に盛り上がっている。
 まるで喜劇の登場人物であるかのように、腕をあげて喜んでいる。
 スポットライトが当たっているかのように、ママががっくりと床に膝をついた。
 涙をハンカチで拭きながら、微笑みを浮かべつつ続ける。

「あぁ、どうしましょう。こんなに嬉しいのは久しぶりよ……」

 パパがその言葉にピクリと反応した。ママの前に立つパパ。
 キザったらしい動作で、ママの顔に手をあてて輝く笑顔を見せる。

「僕はハニーといるだけでいつも幸せだよ……」

「あぁん、ダーリンたら、もう……」

 バカップル振り全開でパパとママがいちゃいちゃする。
 いつものことながら、この光景には頭が痛くなってくる。
 ラブラブしている両親を無視して、私は席を立って言う。

「ごちそうさま……」

 私はひどい疲れを感じながら部屋へと戻る。
 やっぱり、この両親だけは人には見せられない。例え友達でも。
 私は小さく、ため息をついた。




第二十一話  過去からの敵

 ゴロゴロと低い雷の音が響く。

 空には灰色の分厚い雲が広がり、ざあざあと雨が降り始めていた。
 陰鬱とした雰囲気の中、微妙な緊張感が漂うある一つの部屋。
 部屋の扉には『デュエル愛好会』というプレートが貼られてある。
 薄暗く、狭い部屋の中央に置かれた机を取り囲む、五人の人間。
 電気はついてなく、外と同様に部屋の中は暗い雰囲気が漂っていた。
 一人の人間が、机の上にパサッと書類の束を投げて言う。

「これが明日の対戦相手だ。チーム名はフィーバーズ」

 残りの四人の人間が、その言葉に僅かにざわつく。
 書類の束を投げた人間が、別の一人に声をかける。

「矢倉よ。情報収集の方はどうだ?」

「もちろん、完了してやんすよ」

 メガネをかけた小柄な男子が、自信満々に答えた。
 カバンから数枚の紙を取り出すと、それを机の上へと置く。
 新しく置かれた書類には、五人の名前とデッキの特徴が書かれている。
 メガネを直しながら、矢倉と呼ばれた人物がメモ帳を読み上げる。

「この矢倉の調査によりますと、フィーバーズは実力者が一人に中級者が二人。初心者が一人に論外が一人という、とてもまともとは思えない面子で構成されていることが分かりやした」

 矢倉の言葉を聞いて、書類を手に取る最初の人物。
 メガネの位置を直しながら、一枚一枚丁寧に書類をめくっていく。
 一通り見てから、最初の人物がニヤリと微笑んだ。

「ふっ、話しにならないな。我ら『賢者の会』の敵ではない」

 小さく笑い声をもらす最初の人物。
 矢倉がその言葉に満足そうに、大きく頷いた。
 残りの三人の内、二人もクスクスと笑う。
 四人の笑い声が、薄暗い部屋の中を不気味に反響していた。

「あの……ちょっといいですか?」

 笑い声を遮るように、一人の人間がおそるおそる手をあげた。
 矢倉が不愉快そうに手をあげた少年をにらむように見る。

「どうした新入り。この矢倉の調査に文句でもあるんでやんすか?」

「新入りって……僕には三上っていう名前があります!」

 三上と名乗った少年が矢倉にむかって言う。
 矢倉が嫌そうに手で耳を押さえながら頷いた。

「分かった分かった。大きい声出すんじゃないでやんす」

 三上がその言葉を聞いてハッとなる。
 しょんぼりとしたように、視線を床に向けて呟く。

「す、すみません……」
 
 その姿を見て、最初の人物がため息をついて呟いた。

「お前ら、あんまり喧嘩するんじゃない……」

 最初の人物の言葉に、矢倉がフンと鼻を鳴らした。
 三上はもじもじとしながらその場に立っている。
 助け舟を出すように、最初の人物が尋ねる。

「それで……何かあるのか、三上?」

「あっ、はい。部長」

 思い出したかのように三上が頷いた。
 そして机の上に置かれていた書類の内、一枚を取り上げる。
 そこにはフィーバーズの五人の名前が書かれている。

「実は気になる噂がありまして――」

 外で雷がゴロゴロと大きい音をたてて鳴り響いた。

 突風が吹き始め、雨が勢いよくガラスを叩く。
 ピカピカと空が不気味に光り、低い音が連続して鳴り響く。
 雷の音がわずかにおさまると辺りに不気味な沈黙が流れる。
 三上の話しを聞いた部長が、暗い表情で尋ねる。

「それは……本当なのか?」

「いえ、あくまで噂でして……」

「そ、そんなのありえないでやんすよ!」
 
 矢倉がガバッと立ち上がって叫ぶように言う。
 その額には冷や汗が浮かび、体はガタガタと震えている。
 三上の持っていた書類を取り上げると、くしゃくしゃに丸めて言う。

「あいつが、こんなところにいるはずがないでやんす!」

 ポイとごみ箱に向って丸めた書類を投げる矢倉。
 いまいましそうに震える体を押さえながら、へなへなと椅子に座る。
 
「こ、こんなところに……あいつが、いるわけが……」

「確かに、にわかには信じられないな」

 部長が考えを重ねるように、静かに言った。
 三上がさらに何か言おうとするのを手で制止し、部長が続ける。

「もちろん全否定する気もない。だが、いくら何でも信じられない話だ……」

「信じられないって言うか、ありえない話でやんすよ!」

 悲鳴のような声をあげる矢倉。
 空が一際大きく光り、ガラガラと凄まじく大きな音が鳴り響いた。
 かなり近かったようで、その音に五人がびくりと怯える。

 ……雷の音がやみ、あたりに再び微妙な沈黙が流れる。

 冷え切った空気を暖めるように、部長が明るく言う。

「なぁ、少しはプラスの方向に考えてみないか」

 その言葉に、他の四人が顔をあげた。
 メガネの位置を直しながら、部長がにっこりと微笑む。

「仮に三上の話が本当だったとしても、試合にはそう大きな影響はない」

「え、影響がないって……!」

 不満そうに抗議しようとする矢倉の発言を、手で制止する部長。
 コツコツと足音をたてながら、部長が辺りを徘徊しながら続ける。

「この戦いは勝ち抜き戦ではない。一人の人間は一回しか決闘できない団体戦だ。つまり、その人物が三上の噂通りの人間だったとしても、他の四人の実力には影響がない」

「た、たしかにその通りです……」

 三上がその言葉に感心したように頷いた。
 矢倉もひとまず納得したように顔を縦に動かす。
 部長が不敵な笑みを浮かべ、他の四人を見る。

「これが団体戦である以上、やはり勝つのは我ら賢者の会だ!」

「ぶ、ぶちょ〜!」

 自信満々に言う部長に、矢倉が感激の涙を流した。
 他の三人も顔をあわせると、不敵に笑みを浮かべる。
 先ほどまでとは違い、部屋には安堵の空気が流れはじめる。
 部長が余裕の微笑みを見せながら、言う。

「それに案外、三上の噂もあくまで噂に過ぎないかもしれないしな」

「そ、そうでやんすよね。新入りの噂なんて当てにならないでやんす!」

「だから新入りじゃなくて、三上ですってば……」

 三上が呆れたように突っ込むが、矢倉は聞こうとはしない。
 部長がコンコンと指で自分の頭を叩きながら、微笑む。

「まっ、最後に勝つのは優秀な頭脳を持つ、我ら賢者の会さ!」

「もちろんでやんすよ!」

 調子の良い矢倉の発言に、笑いが起こる。
 部屋の空気が徐々にだが確実に明るくなってくる。
 五人の人間が、高らかに笑い声をあげていた。
 誰もが自分たちの勝利を確信した、その時――

 バーンッ!!

 突然、部屋のドアが乱暴に開かれた。
 五人が笑うのを止め、開かれたドアの方を見る。
 ギィ、ギィという小さく扉がきしむ音が響く。
 そしてコツン、コツンという足音をたてて、一人の人物が部屋に入ってくる。

「な、なんだお前は!?」

 部長が目を丸くしながら入ってきた人物に向かって尋ねた。
 無言。入ってきた人物はその言葉には何も答えようとしない。
 外では雷が不気味にゴロゴロという低い音を奏で続けている。

 乱入してきた人物の姿は、かなり異様なものだった。

 黒いローブのような服と、頭にすっぽりと被っている黒いフード。
 ローブは足元まで布が伸びている長い物で、全身を覆い隠している。
 口元以外は何一つ見えない、やや小柄な人物がそこにはいた。
 
「な、なんなんですか……?」

 三上がかなりビクビクとした様子で尋ねる。
 他の部員たちも声には出さないが、内心ではかなりビクついている。
 見た目もそうだが、乱入してきた人物がまとう雰囲気もまた異様だった。
 底知れぬ不気味な雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと人物が口を開く。

「お前たちが……賢者の会か?」

 五人の顔を見るように首を動かし、黒フードの人物は尋ねる。
 その言葉からはどこか『怒り』のような感情が感じられた。
 まるで気にくわない連中に対して声をかけたような、そんな言葉だった。
 部長がメガネの位置を直しながら、震える声で言う。

「そ、そうだが、君は一体何者なんだね!?」

 甲高い声をあげて、部長は必死な表情で黒フードを見る。
 しかし黒フードの人物は特に気にすることもなく、無言でたたずんでいる。
 不気味な沈黙。外で鳴り響く雷だけが部屋の音となっている。

 ふと、黒フードの人物が机の上に置かれていた書類に手を伸ばした。

 ゆっくりとした動作で書類を取る黒フードの人物を、誰も止めない。
 書類には対戦相手であるフィーバーズの五人の名前が書かれている。
 無言で書類を眺めた後、黒フードの人物がおもむろに書類から顔をあげる。

 ぐしゃり。

 黒フードの人物の手の中で、書類が握りつぶされた。
 震える手を解くと、丸くなった書類がぽとりと床に落ちる。
 驚く賢者の会の面々に向って、黒フードが再び口を開いた。

「俺の名は……ファントム・ナイト」

 ふりしぼるような声が、黒フードの人物の口から漏れる。
 ローブの中から左腕を出すと、近くに置かれた決闘盤を装着する。
 そしてゆっくりとした口調で、黒フードの人物が言う。
 
「お前たち、邪魔だ。消えてもらおうか……」

 すっとどこからかデッキを取り出し装着する黒フード。
 その異様な気配を感じ、賢者の会の面々の顔からさっと血の気が引いた。
 雨が激しく窓に叩きつけられている。部室は不自然に静まり返っている。
 
 閃光が走り、辺りに轟音が響きわたった。










「いやぁ、晴れ晴れとした良い天気だね、諸君!」

 昼間、隣町の樫ノ原町駅前にて。
 いつものようにヘラヘラとした様子で、日華先輩が登場した。
 すでに駅前には霧乃先生を含めたメンバー五人が集合している。

「今日は遅刻しなかったんですね、日華先輩」

 ディアが時計を見ながら、きゃぴきゃぴと感心したように言う。
 日華先輩が髪をかきあげ、フッとキザったらしく言う。

「僕は、同じミスは二度としないのさ」

 常にミスだらけの人間とは思えない先輩の言葉。
 今更突っ込むこともなく、俺達はさらりとその発言を無視する。
 どうやら今日の日華先輩は絶好調のようだ。

「今日の対戦相手は杵ノ雪(きねのゆき)高校の『賢者の会』ですか……」

 大会の書類を見ながら、天野さんが呟いた。
 日華先輩が頷き、両目を閉じて肩をすくめる。

「美しくないネーミングだ。きっと勉強しか出来ないような頭でっかちが考えたんだろう」

 いつものごとくチーム名だけで相手の実力を測ろうとする日華先輩。
 今のところ『きらめき☆スターズ』以外はけなしているが、褒める日もくるのだろうか?
 パリッとしたスーツ姿の霧乃先生が、両手を合わせて笑顔で言う。

「それにしても、昨日と違って今日は晴れてよかったわね」

「そうですね。昨日はすごい雷でした……」

 天野さんが昨日の雷雨を思いだしたかのように体を震わせる。
 うんうんと、霧乃先生が腕を組んで頷く。

「私も昨日はとっても怖かったわ。ゴロゴロピシャーンだもんね」

 擬音を交えて昨日の雷の凄さを表現する霧乃先生。
 とても教職者の発言とは思えないが、霧乃先生だから仕方がないことだ。
 昨日とはうって変わって、空には晴れ晴れとした青色が広がっている。
 と、ディアが珍しくおずおずとした口調で尋ねる。

「あの、内斗先輩。どうかしたんですか?」

「えっ……」

 内斗先輩が驚いたように声をあげ、顔をあげた。
 それまでの間ずっと、内斗先輩は何かを考えるように顔を伏せていた。
 全員の視線が内斗先輩に集まる中、日華先輩が尋ねる。

「どうかしたの、内斗君? ひょっとして体調でも悪いの?」

「いえ……そんなこと、ありませんよ」

 にっこりと優しげに微笑む内斗先輩。
 しかしその姿は心なしか普段の内斗先輩とは違うように見える。
 俺達が不思議そうな顔をする中、内斗先輩が伸びをして言う。

「さっ。そろそろ出発しましょうか」

 そう言ってスタスタと歩き始めてしまう内斗先輩。
 慌てて、俺達がその後を追うようにして移動し始める。
 先頭を歩く内斗先輩に聞こえないように、天野さんが小声で尋ねる。

「なんか、今日の内斗先輩おかしくないですか?」

 俺はその言葉に頷く。

「たしかに……いつもの内斗先輩とは違いますね」

 普段の内斗先輩は、いつでも冷静沈着の紳士的な性格。
 どこか間の抜けたような部分もあるものの、基本的に動じない人だ。
 いつだかの山登りの時も、幽霊話の時も、全く普段通りの内斗先輩だった。
 
 しかし、今日の内斗先輩はどこか様子がおかしい。

 どこかぼんやりとしているというか、考え事をしている時間が多い。
 今も歩きながら、どこか暗い表情で何かを考えている様子だ。
 常に余裕がある人だったので、ここまで気弱な雰囲気の内斗先輩は初めて見る。

「というか、内斗先輩は大会の書類を見た時もちょっと変だったよ」

 横からディアがポニーテールを揺らしながら口を挟む。
 ディアが言っているのは、一昨日の部活の時の話だ。
 俺達が今回の対戦相手のことを聞いた日。その時も内斗先輩は軽く驚いていた。
 まるで思いもよらぬ名前を聞いたかのような、そんな驚き方だった。

「ひょっとして、何か昔あったんじゃないの?」

 ディアがいつもの、というよりディンの口調になって呟く。
 確かに一連の内斗先輩の行動を見ていると、それもあり得そうだ。
 天野さんがディアに向って尋ねる。

「何かって、例えばどんなことです?」

「そうね……。例えば、昔ここの中学でいじめられてたとか」

 ディアの発言に、天野さんが目を丸くして驚く。
 さすがに俺もこの発言には同意しかねる。
 あの内斗先輩がいじめられていたとは思えないが……。
 俺の考えを読みとったように、ディアが続ける。

「分からないわよ。ひょっとして高校デビューしたのかも!」

 どこか面白そうにディアが発言する。
 なぜ外国人のこいつが高校デビューなんて単語を知っているんだろう。
 大方、そこらへんの雑誌でも読んだのだとは思うが……。

「高校デビューですか?」

 天野さんが苦笑しながら尋ねる。さすがに信じられないらしい。
 ディアがうんうんと頷きながら、びしっと人差し指を伸ばして言う。

「昔はひ弱ないじめられっ子。しかし虐げられていた過去から逃げるように、少年は新たな自分を造り上げた! ……って感じかしら」

 とても楽しそうに妄言を吐くディア。恥さらしも良いところだ。
 俺がジトッとした目つきで見ていると、ムッとした表情を浮かべる。
 頬をふくらましながら、ディアが静かに尋ねる。

「その表情は、信じてないわね」

「えぇ。全然」

 俺の言葉を聞くと、ディアがさらに不機嫌そうになる。
 その様子を見て、天野さんが慌てて仲介に入る。

「まぁまぁ、ひょっとしたら、当たってるかもしれませんし……」

 言いつつも、天野さんの表情は苦しげだ。
 かなり無理矢理にフォローしている感が否めない。
 ディアがその気遣いに、さらに頬をふくらませて歩みを速める。

「ふんっ! いいもんいいも〜ん。どうせ私の考えなんて当たってないわよ〜だ!」

 ぷんぷんとしながら、ディアがすたすたと前の方へと行ってしまう。
 その様子に、天野さんが苦笑しながら頬をかく。

「ディアさん、怒っちゃいましたね……」

「いいんですよ。ある訳ないですから、あんな話」

 俺はため息をつきながら言う。
 あの内斗先輩にそんな過去がある訳がない。
 もっとも、俺も内斗先輩の過去については何も知らないが。
 高校時代の話程度なら、いくつか日華先輩が話していたが……

 と、ディアがスピードを落として再び俺達の横へとつく。

「どうかしたんですか?」

 天野さんが唐突に態度を変えたディアの様子に、首をかしげる。
 ディアはグールズ幹部の時の様な鋭い目つきを浮かべている。
 
「なんか……嫌な感じがするのよ」

 ディアがちらちらと周りの様子をうかがいながら呟いた。
 視線を向けてみると、今まで気づかなかったが異変に気づく。

 どうも街行く人々の視線が、俺達に集中しているようだった。
 
 どこかヒソヒソと小声で話しながら俺達の方を見る住人達。
 風丘町と比べると人通りが多い方だが、ほとんどの人が同じようにしている。
 しかし俺達が見ていると、さっと体の向きを変えてそそくさと移動してしまう。
 まるで関わり合いになりたくないように、人々が俺達を避けている。

「な、何なんでしょうか?」

 天野さんが不安そうな表情を浮かべて、少し俺の方へと近づく。
 俺もこの異様な気配にはさすがに戸惑いを隠せない。何がどうなっている?
 呑気な表情で前を歩く日華先輩の肩を叩き、尋ねてみる。
 しかし日華先輩はうーんと少し唸った後、けろっとした表情で言った。

「よそ者が嫌いなんじゃないかな?」

 鼻歌を歌いながら、余裕のある表情の日華先輩。
 たしかにそういう風に考えることもできるが、さすがに極端だと思う。
 俺が何か反論の言葉を言おうとした時、ディアがハッと気づく。

「ひょっとして……」

 顔をまっすぐにあげて呟くディア。
 俺と天野さんが緊張した面持ちでディアの方を向く。
 ごくりと唾を飲み込み、ディアの次の言葉を待つ。

 ゆっくりと、ディアが口を開いて、言った。

「この絶世の美少女の私に、見とれているのかも……」

 ゴーンという低い鐘の音がどこからか鳴り響く。
 どう反応して良いのか分からなさそうに、天野さんが頬をかいた。
 俺は激しい疲れを感じながら、頭を振る。

「それは、ないでしょうね……」

 ボソリと呟くと同時に、ディアがキッと俺をにらみつけた。
 俺はそれを無視する。空ではカラスがカーカーと鳴いていた。
 一番先頭を歩いていた内斗先輩が、振り返る。

「もうそろそろですね。あそこです」

 すっと内斗先輩が人差し指で、少し先を指さす。
 横に商店街の店が立ち並ぶ道の終り、そこに杵ノ雪高校は存在していた。
 白い壁の校舎に、広々としたグラウンド。一般的な高校の姿がそこにはある。

 前に向き直り、内斗先輩がさらに一歩を踏み出した。
 
 








「それ、どういうことですか?」

 杵ノ雪高校のグラウンド。
 一回戦にもいた黒いスーツの大会スタッフの女性に、日華先輩は詰め寄る。
 大会スタッフの女性が、冷静な口調で繰り返す。

「ですから、対戦相手の『賢者の会』はメンバー五人全員が代理人となっております」

 てきぱきとした口調の大会スタッフの女性。
 すっと書類を取り出し、向かい側に待機している集団を手で示す。

「なんでも『賢者の会』の面々は、不慮の事故で今回は出られないそうです」

「……それって、大会ルール違反じゃないんですか?」

 日華先輩がスタッフの女性に尋ねるが、大会スタッフの女性は首を横に振った。
 そして少しだけ困ったような表情を浮かべて、小さな声で言う。

「限りなくブラックな事ではありますが、本当に事故かもしれませんし、なにより代理人制度自体は公式に認めているシステムですので、このことで対戦相手を失格にすることは不可能です。もちろんこの状態がいつまでも続くのでしたら別ですが、何しろ初めてのことですので……」

 大会スタッフの言い分に、日華先輩がうーんと考え込む。
 代理人制度も乱用すれば失格の対象になるが、今回が初めてでは失格にはできない。
 なんだかペテン師に言いくるめられているような気もするが、間違ってはいない。
 それにしても、五人全員が代理人制度で変わってくることがあるとは思わなかった。 
 俺は向かい側に待機している集団へと視線を向ける。

 一人の異様な黒ずくめの人物、そしてその人物を取り囲むように立つ男達。
 
 誰もがいかつい感じで、どこかだらしがなく柄の悪い男子達。
 砕けて言えば不良とかヤンキーという部類だろう。20人程集合し、全員がこちらを睨んでいる。
 そして足まで隠れるような長い黒いローブを着て、フードをすっぽりと被っている人物。
 口元以外の体の部分は全く見えず、小柄ながら不気味な雰囲気を漂わせている。

「怖い感じの生徒が集まってるわね……」

 霧乃先生が天野さんの影に隠れつつ、体を震わせながら言った。
 天野さんも不安そうな表情を浮かべている。ディアは慣れっこなのか動じていない。
 納得できなさそうな表情の日華先輩が、渋々と頷いた。

「分かりました。しょうがないですね……」

「はい。ではこちらが向こうのメンバー表となります」

 すっと書類を取り出して、日華先輩へと渡す大会スタッフの女性。

「何せ五人全員が代理人ですので、特別ですがお見せいたします」

 日華先輩が全く遠慮せずに書類に目を通す。
 さらに俺と天野さん、霧乃先生が体を乗り出して後ろから覗き込む。
 内斗先輩も横目でしっかりと書類に視線を向けているのが見えた。
 書類には、五人の人間の名前が乱暴な字体で書かれている。


 チーム名 賢者の会

 先発 代理人 須藤真(すどう・まこと)
 次峰 代理人 芝浦悠(しばうら・ゆう)
 中堅 代理人 手塚明典(てづか・あきのり)
 副将 代理人 東條雪也(とうじょう・ゆきや)
 大将 代理人 千条明(せんじょう・あきら)


「ふーん……。でもこれ見ても、どうしようもないよなぁ……」

 日華先輩が髪の毛をポリポリとかきながら呟く。
 確かに人の名前を見たところで、実力がわかる訳でもない。
 そういう意味では、この書類を見たところで特に有利なことはないだろう。
 顔をあげ、日華先輩が言う。

「とりあえず、この前の順番で良いよね?」

 この前の順番というと、天野さん、俺、ディア、内斗先輩、日華先輩のやつか。
 考えてみれば、この前も日華先輩が遅刻したことを除けばトラブルはなかった。
 この順番に問題があるということはないだろう。俺と天野さんは頷く。

「私も、特に問題はないですよ〜」

 ディアがきゃぴきゃぴとした様子で答える。
 霧乃先生が、腕を組んでいつになく真剣な表情を浮かべる。
 こんなに真剣な霧乃先生は久しぶりに見たような気がする。
 じっと真っすぐに日華先輩のことを見て、おもむろに先生は言った。

「ねぇ、やっぱり先生が出ちゃダメかしら?」

「それは、ダメですね」

 笑顔で即答する日華先輩。
 ガーンと傷ついた表情で、霧乃先生が天野さんに泣きつく。

「せっかくルール覚えてきたのに〜!」

 霧乃先生が悲しげに言うが、先生がまともに決闘できるとは思えない。
 我関せずと平気で独自のルールを創り上げてそうだ、霧乃先生のことだから。
 とてもじゃないが、試合前とは思えない雰囲気の俺達のチーム。
 向こうの不良の集団とは思えないような陰鬱な雰囲気とは対照的だ。

 そんな中、唯一内斗先輩だけが無言で考え事をしている。

 腕を組み両目をつぶったまま、じっとして動かない内斗先輩。
 いつもの紳士らしい余裕ある雰囲気はなく、どこか暗いオーラが出ている。
 考えを邪魔してはいけないと判断したようで、日華先輩は内斗先輩には話しかけない。
 ポケットからペンを取り出すと、日華先輩がさらさらと名前を書いていく。

 と、内斗先輩が目を開き、すっと日華先輩の横へと立った。

「恭助、お願いがあるんですけど……」

「ん? どうかしたの、内斗君?」

 ペンを持つ手を止め、日華先輩が顔をあげる。
 すでに書類には天野さんと俺、ディアの名前が書かれている。
 神妙な面持ちで、内斗先輩が静かに言った。

「試合の順番、代わってくれませんか?」

 その発言に、全員の視線が内斗先輩へと集まる。
 俺達の視線に気にすることなく、内斗先輩がどこか威圧的に言う。

「構いませんね?」

「ま、まぁ、構わないよ、僕は。でもどうして?」

 日華先輩の質問には答えずに、内斗先輩はくるりと背を向ける。
 そして右手を挙げると、静かに呟くようにして言う。

「それじゃ、頼みましたよ」

 そう言って、ざっと音を立てて歩き始める内斗先輩。
 日華先輩がペンを片手に、慌てて立ち上がる。

「ちょ、ちょっと内斗君! どこ行くのさ!?」

「少しぶらぶらしてきます。……気分が悪いんです」

 振り返らず、暗い口調で言う内斗先輩。
 かつてない内斗先輩の態度に、誰も何も言えない。
 ゆっくりとした歩調で、内斗先輩が杵ノ雪高校の校門から出ていく。
 ポカンとした表情を浮かべて、日華先輩が呟く。

「何事……?」

 その疑問に、誰も何も答えようとしない。
 唯一ディアだけが、口元に手を当てながら呟く。

「やっぱり私の予想、大当たり?」

 この状況を見る限り、俺はその言葉を否定することができない。
 明らかに内斗先輩の態度は、ここにいることを拒んでいるように見える。
 まるで会いたくない相手に会ってしまい、それから避けているようだ。
 対戦相手が全員代理人であったり、町行く人々の態度といい、何かある。

「それではフィーバーズ。メンバー表を提出して下さい!」

 大会スタッフの声で、俺達はハッと我に返る。
 日華先輩が慌ててペンを走らせ、メンバー表を書きあげて提出する。
 軽く目を通してから、大会スタッフの女性が頷いた。

「よろしい。それではこれよりフィーバーズと賢者の会による試合を行います!」

 大会スタッフの大きな声が、校庭に響いた。
 その手には、二つのチームのメンバー表が握られている。
 フィーバーズの大将の欄には、神崎内斗という文字が書かれているのが見えた。

 

 






 

 この町にはあまり良い思い出はない。

 晴れ晴れとした空を見上げながら、俺は考える。
 奴と出会ったのが確か約一年半前のこと。もう時は過ぎている。
 しかし過去というものは変えることができない。それは誰でも同じ事だ。

 あの日、対戦相手の高校名を聞いた時、俺は驚いた。

 まさかこの大会であの高校の名前を聞くことになるとは思わなかった。
 いや、隣町の高校だから遭遇する可能性自体は十分に存在していた。
 無意識の内に、俺はあいつと遭うことを避けていたのだろう。だからこそ……

 俺はため息をついた。久しぶりに、気分が悪い。

 賢者の会という名前を聞いて、少しは安心していたのが間違いだった。
 あいつなら正規のメンバーに脅しをかけることくらい、簡単にやるだろう。
 かつて俺にやったのと同じような方法で。そして代理人としてすり替わった。
 まさかここまでやってくるとは、俺でもさすがに思いつかなかった。
 町に着いたときからどことなく嫌な予感はしていたが、これは予想外だった。

 一年半、か。

 考えてみれば当然の行動かもしれない。
 あいつの性格からして、俺を放っておくはずがない。
 おそらく今までもどこからか俺のことを観察していたのだろう。
 そして俺がファイブチーム・トーナメントに参加することを聞いた。
 あいつがどんな思いでこの大会に参加したのか、想像するのは難しくない。
 
 復讐。

 嫌な言葉が、俺の心の中で反響する。
 人間としてあまり望ましい感情ではない。
 しかしそれが存在しているのは、間違えようのない真実だ。
 望もうが望まなかろうが、それは生み出されてしまった。
 もう消すことはできない。過去を変えることは誰にも出来ない。
 俺は一年半前のことを思い出す。

 あいつに、俺のデッキを渡した時のことを。

 おそらく、今回あいつが使うデッキはあの時のものだろう。
 だからこそ、俺はあいつと闘わなければならない。運命の糸は俺と繋がっている。
 メンバー表の中にあいつの名前を見つけた時、俺は決心した。
 今度こそ、あいつとは色々と決着をつけなければならない。

 あの時から、このことは決まっていたのかもしれない。
 
 奴と出会ったことで、俺には様々な変化が起こった。
 今でも、あの時に見た燃え盛る紅蓮の炎の姿が目に浮かぶときがある。
 忘れもしない光景だ。おそらく死ぬまで、この時のことは忘れられないだろう。
 両目をつぶると、あの時の光景が再び蘇る。

 河原の原っぱ。倒れている二人。燃える炎。暗闇に浮かぶ赤い瞳。咆哮をあげる竜。

 俺は自分の体がぶるりと震えるのを感じた。
 奴と出会ったことで俺の運命は変わった。いや、自分で変えた。
 それが正しい選択だったのかどうかは、まだ俺には分からない。
 しかし少なくとも俺は後悔だけはしていない。自分の選択に対しては。

 果てしなく続く青い空を見上げながら、俺は呟く。
 
「アキラ……」

 俺は再びため息をついた。やはりこの町には居たくない。
 ここには過去からの糸があまりにも張り巡らされすぎている。
 少し歩けば、俺はまた別の糸に出会うことになるだろう。
 その出会いが、俺にはたまらなく面倒なことなのだ。

 だが、過去は変えられない。

 運命の糸は俺の周りに張り巡らされている。
 その先にあるのは、正さなくてはならない事。やらなければならない事。
 それがあいつとの決着であり、そして奴との対決だ。

 ため息をつき、俺は過去に思いをはせていく……。













「天魔神 エンライズでダイレクトアタック! 浄魔の光!」

 禍々しいオーラを纏った悪魔が、天使のような翼を広げる。
 その手の間にエネルギーが集まり、巨大な光の球へと形を成していく。
 ゆっくりとした動作で、悪魔は微笑んでからその球を撃ちだした。
 鈍い光を放ちながら、球は真っすぐに相手に向って進む。
 そして――

「ぐわあああぁぁぁー!!」

  
 手塚 LP1500→0


 対戦相手が悲鳴をあげ、相手のLPがゼロとなった。
 決闘盤がブンッという低い音を立て、ソリッド・ヴィジョンが消滅する。
 
「そこまで。勝者、フィーバーズのディア・ローナリア選手!」

 大会スタッフの女性が言い、どよどよと校庭が騒がしくなった。
 俺達のチームの四人は、素直にディアの勝利に拍手をする。
 ディアが、ポニーテールを揺らしながら笑顔で帰ってきた。

「ふっふ〜ん、これがディアちゃんの実力よ!」

 ビシッとピースを決めて言うディア。
 霧乃先生や天野さんがさらに拍手する。
 俺も仕方ないので気のない拍手を送った。

「さっすがディア君、ナイス決闘だったよ!」

 日華先輩が褒め称え、ディアは満足げに決闘盤を外した。
 外した決闘盤を日華先輩に渡し、言う。

「これで二勝一敗。次で決めちゃって下さい、日華先輩!」

「ふっ、まかせてくれたまえ」

 日華先輩が余裕ある笑顔で答え、決闘盤をつけた。
 大会スタッフの女性が書類を読み上げ、言う。

「では続きまして、賢者の会の東條雪也選手とフィーバーズの日華選手、前へ!」

「じゃ、行ってくるよ」

 ひらひらと手を振り、日華先輩が校庭の中央へと向かう。
 対戦相手はにらみつけているが、日華先輩は気にしていない。
 いつものように無駄に余裕のある雰囲気のまま、日華先輩は存在していた。

「これで二勝一敗、日華先輩勝てるかしら?」

 ディアが呟くと、天野さんの表情が微妙に暗くなった。
 しょんぼりと視線を落としながら、天野さんが小さく言う。

「ごめんなさい……また私が負けちゃったから……」

「そ、そんなの気にしなくていいわよ。あれは軽い事故よ、ね?」

 ディアが俺に助けを求めるように顔を向けた。
 腕を組んだ格好のまま、俺は「えぇ」と頷く。

「あれは予想しようがないというか、タイミングが悪かっただけですよ」

 俺は最初の天野さんの試合を思い出す。

 何の因果かは不明だが、天野さんの対戦相手はまたロックデッキだった。
 相手の場のグラビティ・バインドによってモンスターの攻撃は封じられ、
 ミストボディを装備したボーガニアンによってライフを削られていく天野さん。
 窮地に陥った天野さんだったが、前回の教訓でデッキに魔法・罠破壊カードを入れていた。
 モンスターを並べ、ディメンション・マジックでボーガニアンを破壊し、
 さらに新しく入れたツイスターのカードで逆転を狙おうとしたまでは良かったのだが、

 アヌビスの裁き。

 天野さんの場のカオス・マジシャンが破壊され、LPが0となった……。

「あれは仕方ないですよ。天野さんは間違ってませんから……」

「うぅ、そうでしょうか……。でも、負けてしまったのは事実ですし……」

 天野さんが悲しげな口調で言う。
 確かに大会だから勝ち負けは重要だが、気にすることはない。
 そもそもこの部活で大会に出るということが、異常なのだから。
 ディアがポンと天野さんの肩に手をのせる。

「元気出しなさいよ。次で勝てれば問題ないわ。それに、私たち王手よ!」

 ディアがビシッと指を天に向けて言う。
 確かにあの後は俺とディアが勝利して二勝。王手ではある。
 しかし日華先輩が勝てるかどうかがかなり怪しいので、期待はしない。
 おまけに頼みの綱の内斗先輩は不調だし、あまり楽観視はできないと思う。

 しかし天野さんを励ますためにも、ここは話を合わせておく。

「そうですよ。日華先輩ならきっと華麗に勝利してくれるはずですよ」

 心にもない言葉を口にしながら、俺は手で校庭の中央を示す。
 まさかまだ負けは確定していないだろう。始まってまだ5分も経ってない。
 天野さんが顔をあげるのを見てから、俺も視線を校庭を向ける。

「日華先輩ならきっと……華麗に……」

 校庭を見ながら、俺の言葉が途切れていく。


 東條雪也 LP2400
 手札:三枚
 場:ブラッド・ヴォルス(攻撃力1900)
   伏せカードなし。

 日華恭助 LP4000
 手札:0枚
 場:ダイヤモンド・ドラゴン(攻撃力2100)
   ダイヤモンド・ドラゴン(攻撃力2100)
   ダイヤモンド・ドラゴン(攻撃力2100)
   伏せカードなし。


「お、お前……」

 対戦相手の東條真選手が、ふるえた声を出した。
 見た目はいかつい不良だが、その表情には恐怖の色が見える。
 指さしながら、東條選手がゴクリとつばを飲み込んで尋ねた。

「お前、いったい何者だ!?」

 その言葉を聞き、ふっと髪をかきあげる動作をする日華先輩。
 キラキラと輝く三体の竜の姿に目を細めながら、にっこりと微笑む。
 すっと指を天に向けて伸ばし、ポーズを決めて言う。

「デュエル・コーディネーター、日華恭助。覚えておきたまえ」

 得意げな表情で優雅に答える日華先輩。
 すっと右手をさらに天に向かって伸ばすと、パチンと指を鳴らす。
 それを合図に、三体のダイヤモンド・ドラゴンが体を動かした。
 そして恐怖に怯える東條君とそのモンスターに向って、同時にブレスを吐く。
 伏せカードはなく、ブレスはモンスターを砕いて東條君に直撃した。

「う、うわあああぁぁぁ!!」

 
 東條 LP2400→0


 情けない叫び声をあげ、東條君のLPがゼロとなった。
 ソリッド・ヴィジョンが消え、キラキラとした宝石の竜も消える。
 呆然としている俺達の耳に、スタッフの声が届く。

「そこまで。勝者、フィーバーズの日華恭助選手。よってこの試合フィーバーズの勝利です!」

「いぇ〜い!!」

 一人ではしゃぎながらピースサインを出す日華先輩。
 俺達には今一つ何が起こったのかを理解することができない。
 日華先輩が勝ったということは、これで三勝だから……

「か、勝った……?」

 ディアが信じられないといった様子で呟いた。
 すでに審判である大会スタッフの女性は帰る準備を始めている。
 日華先輩が、満面の笑みを浮かべて戻ってくる。

「いやぁ、今日は調子が良かったよ。ハッハッハ!」

 機嫌良く言いながら決闘盤をはずす日華先輩。
 ポカンとしている俺達を見て、首をかしげる。

「どうしたのさ。せっかく僕が華麗に勝利して見せたのに」

「いえ、なんというか、その……」

「ちょっと、まだ実感がわかなくて……」

 俺と天野さんが小さく答えた。なんだか拍子抜けしてしまったような気分だ。
 ともあれ、これで二回戦も突破できたことに変わりはない。
 
「凄かったわね〜。あんなキラキラしたドラゴンが三体も出るなんて〜!」

 霧乃先生が呑気な口調できゃぴきゃぴとしながら言った。
 日華先輩が得意げな表情で、髪をかきあげて両目を閉じる。

「まっ、これも実力と才能ですね……」

 とてもじゃないがそうは思えない。
 日華先輩の実力は良くて中の上くらいだ。
 今回は純粋に運が良かったというか、もっと言うなら……

「でも、今回の相手ってあんまり集中してなかったわよね」

 俺が考えていたことを、ディアがそっくりそのまま言った。
 単純に勝利を喜んでいた霧乃先生が、その言葉に首をかしげる。

「どういうこと? 先生にも分かるように説明して」

 ポニーテールを揺らしながら、ディアがゆっくりと説明する。

「えっと……なんというか、今回の相手は全体的に覇気が足りなかったというか……。もっと言うならば対戦中も『別の何か』について考えていたような、そんな感じがしたんです」

「別の何か?」

「はい。それこそ対戦に集中できなくなるような何かです」

 ディアが答えると、霧乃先生がうーんと唸って考え始める。
 確かに俺もディアの言っていることは感じていた。
 どうも相手は対戦中に決闘に集中していなかったような気がする。
 何を考えていたせいでそうなったのかは不明だが……

「まっ、細かいところはいいじゃん。勝ったんだし!」

 日華先輩が明るい口調で言う。
 それもそうかもしれない。何にせよ俺達が勝ったことに変わりはない。
 ここで相手のことについて考えても、仕方がないことだ。
 日華先輩が荷物をまとめつつ、俺達に尋ねる。

「それで、内斗君は?」

「いえ、まだ帰って来てな――」

 俺が答えると同時に、校庭にふらりと内斗先輩が入ってきた。
 なんだかさっきとはまた別の雰囲気を身にまとっている。
 真剣な表情を浮かべながら、内斗先輩がゆらりとした動きで近づく。

「試合は、どうなりました?」

 暗い声で尋ねる内斗先輩。やはりいつもの内斗先輩ではない。
 日華先輩がキラキラとしながら、得意そうに答える。

「聞いて驚きたまえ。なんと3勝1敗で僕らの勝利だよ!」

「そうですか……」

 どうでもよさそうに視線をそらす内斗先輩。
 日華先輩が軽くショックを受ける。
 と、ざわついていた向こうのチームの人間の声が途切れた。
 見てみると、黒フードの人物がこちらに顔を向けている。
 口元しか見えないが、その視線は明らかに内斗先輩へと向けられていた。

 内斗先輩と、黒フードの人物の視線がぶつかる。

 無言でにらみあう両人。
 ただならぬ雰囲気に、俺達の間から和やかなムードが消えていく。
 
「な、なんか凄い雰囲気ね……」

「ひょっとして、お知り合いなんでしょうか……?」

 ディアと天野さんがこそこそと話し合う。
 たしかに雰囲気からして、内斗先輩はあの黒フードの人物を知っていそうだ。
 しかしとてもじゃないがただの知り合いとは思えない。もっと因縁めいた何かを感じる。
 フッと鋭く息を吐いて、内斗先輩が日華先輩に向かって手を伸ばす。

「ディスク」

「へ?」

「決闘盤。貸して下さい」

 どこか威圧的な口調で言う内斗先輩。
 日華先輩が慌てて腕から決闘盤をはずして渡す。
 それを受けとって装着し、すっと内斗先輩が前へと出た。
 ざっ、ざっ、と音をたてながら校庭の中央へ向かう内斗先輩。
 俺達はそれを呆然と見送ることしかできない。

 と、黒フードの人物もまた前へと出てくる。

 無言で歩を進めていく両人。
 二人の人物が近付くにつれ、今までの異様な緊張感が強まる。
 向かい側の不良達も、固唾を飲んでその様子を見守っている。

 ――二人が向かい合う格好で、校庭の中央で対峙した。

 二人の間を冷たい一陣の風が流れる。
 凄まじい緊張感。空気が震えているようにも感じられる。
 フッとため息のような息をはき、内斗先輩が言う。

「そろそろ顔を見せたらどうです?」

 いつになく荒々しい口調の内斗先輩。
 やはりこの黒フードの人物と内斗先輩は知り合いだったようだ。
 バサバサと風に吹かれて黒いローブが揺れる。その下から腕を出す黒フード。

 そしておもむろに、着ていた黒フードを脱ぎ捨てた。

 風に吹かれ、脱ぎ捨てられた黒フードが宙を舞う。
 そして黒フードの下に隠されていた正体が明らかとなる。

「え?」

「嘘……」

「あら……」

 日華先輩とディア、霧乃先生が声をあげた。
 俺と天野さんも声は出さずとも驚いている。
 そこにいたのは……

 黒いサラサラの長髪に、黄色いヘアバンド。
 校章入りの深い青色のブレザーに白いワイシャツ。紅いネクタイ。
 そして風で揺れている、ブレザーと同じ色のミニスカート。
 ぶすっとした表情を浮かべ、そこに立っているのは紛れもなく……

「お、女の子ォ!?」

 俺達のチーム五人の声がほぼ同時にハモッた。
 不良っぽい人間が集まったチームのリーダーで、なおかつアキラという名前から、
 てっきり男だと思っていたので、これは衝撃的な出来事だった。
 たしかに男にしては少し小さいとは思っていたが、まさか女の子だったなんて……
 内斗先輩がさして驚くこともなく、女の子に視線を向けて言う。

「久し振りですね、アキラ。元気でしたか?」

「神崎、内斗ォ……」

 ゆらりと体を揺らし、アキラと呼ばれた女の子が呟いた。
 小柄ながらもギラギラとした目つきで、内斗先輩をにらみつけている。
 その全身からは憎しみの感情が溢れ出ているように感じられた。
 暗い口調で、内斗先輩が尋ねる。
 
「こんなことをして、いったい何を考えてるんです?」

 いつになく冷たい視線を向ける内斗先輩。
 アキラと呼ばれた女の子が「はっ!」と声を荒げる。

「知れたこと。復讐よ!」

 ピッと指を伸ばして、内斗先輩を指さして言う。

「よくもノコノコと現れたな。私はお前を絶対に許さない……」

「あなたが考えていることは分かります。でもそれは――」

「黙れぇ!!」

 アキラが大きな声で叫んだ。
 ぶるぶると全身を震わせ、憎しみのオーラがにじみ出ている。
 凄まじい迫力だが、内斗先輩は全く動揺していない。
 拳を握り固めながら、アキラは全身を震わせながら言う。

「お前はこの私の心を弄んだ。その罪は、重いっ!!」

 びしっと内斗先輩を再び指さすアキラ。
 その姿を、内斗先輩は無表情で見ている。
 アキラが腰に付けていたデッキケースからデッキを取り出す。

「このデッキが何か分かるか?」

 一言一言確かめるようにして、アキラが尋ねる。
 内斗先輩がその言葉に僅かに頷いた。

「ふんっ。覚えていたか!」

 いまいましそうに言い、アキラがデッキを決闘盤に装着する。
 決闘盤が変形し、LPの数字が赤く浮かび上がった。

「ならば分かるだろう。お前は私には勝てない。今の私は千条明ではない」

 自分のデッキにちらりと視線をやり、アキラが言う。

「今の私はファントム・ナイト。失われし最強の決闘者だ!」

「……最強、か」

 内斗先輩がぽつりと呟いた。
 悲しげな表情を浮かべ、内斗先輩がため息をつく。

「どうしても、僕と戦うんですか?」

「当たり前だ!」

 叫ぶようにして答えるファントム・ナイト。
 その姿を遠巻きに見守っている不良の軍団。
 ぐっと拳を固め、真っすぐに内斗先輩をにらみつける。

「俺はファントム・ナイト。誰であろうと、我が前に立ちふさがる者は、倒す!」
 
 決闘盤をかまえるファントム・ナイト。
 しばしの沈黙の後、内斗先輩がおもむろにデッキを取り出す。
 無言でデッキを装着し、決闘盤が変形する。LPの数字が赤く浮かび上がった。
 内斗先輩がゆっくりと深呼吸し、キッと視線を鋭くする。

 二人の間に、冷たい風が吹き抜ける。

 張りつめたような緊張感がこの場に流れる。
 誰も、何も言わない。黙って二人の姿を眺めている。
 風が吹きやみ、二人が同時に、叫んだ。

「――決闘ッ!!」





第二十二話  金髪の悪魔

         ―― 二年前 ――




 それは桜散る春の出来事だった。

 風が吹き、校庭に咲いた桜の木からピンク色の花びらが舞い散っていた。
 空は青く澄み渡っており、暖かい陽気が春の到来を感じさせていた。
 柔らかな風が私の髪をなでているのを感じる。とても気持の良い日。
 その日は樫ノ原中学校の入学式。と言っても私はその時すでに三年生。
 入学式が始まって十数分たっていたが、私はのんびりと桜の振る校庭を歩いていた。
 ああいう格式ばった行事はどうも苦手だ。急ぐ必要もない。

 風が吹いて、桜の花びらがさらに宙を舞った。

 と、桜の木の下の所。一人の人間が私の視界に入った。
 入学式のさなか、私と同じように遅れている人間がいるとは。
 私に背を向ける格好で、その人物は桜の木を見上げていた。
 男子の制服を着て、足元には黒い鞄が無造作に置かれている。

 そして何より目を引く、キラキラと輝く金色の髪の毛。

 風に吹かれながら、綺麗な金色が光を見せる。
 学校の規則なんて守っている人間の方が少ないが、あそこまで派手なのは初めてだ。
 ついつい私の視線はその金髪の少年の方へと向かってしまう。
 視線に感づいたのか、金髪の少年がおもむろに後ろを振り返った。

 風が吹いて、私と少年の間に桜が舞う。

 私は振り向いた少年の顔を眺めていた。
 綺麗に整った顔立ち。鋭い眼光。どこか気だるそうな雰囲気。
 そして小さく口を動かしているのは、おそらくガムを噛んでいるからだろう。
 幻想的な雰囲気の中、私と少年はしばし無言のまま見つめ合う。
 少年がフッと鋭く息を吐いた。鞄を持ち、そこから立ち去ろうとする。

「あ……」

 私は右手を伸ばしてそれを引きとめようとするが、声が出なかった。
 少年はそのまま入学式が行われている体育館の方へと行ってしまう。
 残されたのはピンク色の桜の木と、この私だけ。

 私、千条明はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。








「リーダー、どうかしたんですか?」

 周りにたむろしていた不良の一人が、私に尋ねた。
 校舎裏の倉庫の隣。積まれている木材の上に、私は腰下ろしていた。
 ぼーっと空を眺めていたのを止めて、私は視線をそいつに向けて尋ねる。

「何だって?」

「ですから、どしたんですかリーダー!? らしくないですよ!」

 あまり知性的ではない声をあげる不良の一人。
 周りにいた他の連中も、その言葉にうんうんと頷いた。

「入学式に遅刻してから、小一時間も何を考えているんですか?」

「うるせぇな。関係ないだろ」

 私が声を荒げると、一瞬だけびくりとそいつはビビった様子を見せる。
 しかしすぐにニヤニヤとした笑いを浮かべると、からかうように言う。

「ひょっとして、彼氏でもできたんですか?」

 その言葉に周りにいた連中も面白そうに笑い声をあげた。
 私は軽くため息をつくと、無造作に右拳を握りしめた。

 ドゴッという鈍い音と共に、そいつが後ろへとふっとぶ。

 その光景を見て一斉に周りから笑い声が消えた。
 私は裏拳をかました右手をプラプラとさせながら、ため息をつく。
 校舎裏に積まれている木材の上に腰を下ろし、また空を眺める。

 さっきの金髪の奴、なんだったんだろう……。

 私はさっきからそのことだけを考えていた。
 あんな髪の奴は町では今まで見たことがなかった。
 制服を着ていたところから見ると、転校生か何かだろうか?
 結局、あの後は金髪の少年の姿を見つけることはできなかった。
 そしてなぜだか分らないが、そいつのことを考えていると私は頭がぼーっとする。
 こんなことは14年間の人生で初めてのことだ。この感覚は一体……?

「リーダー、熱でもあるんですか?」

 さっき裏拳で吹き飛ばされた奴が鼻を押さえながら尋ねてきた。
 どうやら鼻血が出ているらしいが、別に気にすることではない。
 私は手をひらひらとさせると、めんどくさそうに答える。

「うるせえな、考え事してるんだ。話しかけんな」

「へ、へい……」

 へこへこと頭を下げてあっさり引き下がる不良。
 まったく情けない。男だったらもっとガツンとした態度でいろ。
 もっとも、この私より強い男というのもそうそういないが。

 幼い頃から、私はおじいちゃんの下で武道を習ってきた。

 武術館の元館長だったおじいちゃんは、私に色々なことを教えてくれた。
 喧嘩のやり方とか、空手とか、おおよそ女の子には似つかわしくないことを。
 しかしその甲斐もあって、私は今ではそこらへんの男には負けないくらい強くなれた。
 中学校に入ってから言いよってきたウザい空手部の主将を、叩きのめしたこともある。
 ちょっとした趣味で始めたデュエルモンスターズでも、今のところ敵はない。
 このままこの町で最強・華麗な存在になるのが、今の私の目標。目指せナンバーワン!
 
 ……少し身長が伸びないのが、コンプレックスだけど。

「それにしても、最近は小競り合いも激しくなってきたよな」

 私の後ろで不良連中達が神妙な面持ちで話し始める。

「今のところは『シャノワール』や『ホワイトフォックス』なんかが優位かな」

「いや、最近では『フィアレインディア』なんかも台頭し始めているぜ」

「まったく、この戦いはいつまで続くんだろうな……」

 嘆くような言葉を吐き、私と同じように空を見上げる連中。
 本当に情けない奴らだな。私は思わずため息が出る。
 青い空に浮かんでいる雲の白さが、やけに目にしみる。

 樫ノ原町は、ある集団によって支配されていた。

 その支配がいつからのものかは覚えていない。
 しかし少なくとも二年ほど前からその前兆はあったように思える。
 その集団は圧倒的な数と団結力によって、町を実質的に支配していたのだ。
 大人でさえ、彼らに逆らう者はいなかった。それほど彼らは強く、危険だった。
 
 しかしその集団は、ある日突然に姿を消した。

 正確には集団のメンバーが皆、人が変わったようになったのだ。
 誰もが恐れていた彼らは、唐突に何かに怯えるようになった。
 悪さなどはしなくなり、それどころか外で見かけることが少なくなった。
 そして町を支配していた無敵の集団は、そのまま自然消滅した。

 そして今、空いた支配者の席をめぐって闘いの火蓋が切って落とされていた。

 今まで支配されていた小さな集団がこぞってその座を求めた。
 町はさらなる混沌につつまれ、不良達による闘いの日々が続いた。
 誰もが必死に支配者を目指している。闘いだけが身を守る術だ。
 
 そう、樫ノ原町は今まさに戦争の真っただ中なのだ。

 そしてこの私、千条明のグループもその戦いには参加している。
 もちろん目指すのは頂点。二番手にまわる気は毛頭ない。
 しかし私のグループの実力は、他の有力グループには少し下回っている。
 こちらはせいぜい十数名だが、相手は三十名以上は堅いだろう。この差は大きい。

「このままだと、俺達もいずれやられちまうぜ……」

「リーダー、俺達はどうすれば……?」

 すがるような視線で私のことを見る不良連中。
 こいつらは私をチビ呼ばわりしたので叩きのめしたら、あっさり部下になった。
 というかこいつらが私を祭り上げたというのが正しい。まぁ私も興味はあったけど。
 私はすっと指を伸ばし、不敵に微笑んだ。

「安心しろ。いずれこの町は必ず私のものになる」

「おぉ〜っ!!」

「さっすがリーダー!!」

 口々に私を賛美する言葉を口にする不良達。
 分かりやすい奴らだが、正直悪い気分はしない。
 私が満足した気分で、再び空を見上げようとすると……

「た、大変だーっ!!」

 突然、大声をあげて部下の一人が私達の元へと駆け込んできた。
 その尋常ならざる雰囲気に、自然と場の空気がはりつめる。

「ど、どうした!?」

 私が裏拳でふっとばした奴が尋ねた。
 すでに鼻血は止まったようで、両手で駆け込んできた奴の肩を叩く。
 息をきらしながら、駆け込んできた奴がすっと腕を上げて校庭の方を指さした。

「へ、変な奴がいて。それで俺達そいつに絡んだんだけど……」

「変な奴だと!?」

「あぁ、ギンギンの金髪野郎で――」

 その言葉を聞いた瞬間、私は疾風の如く木材から降りていた。
 息をきらしている奴の胸倉をつかむと、がくがくと揺り動かす。

「何だって、金髪だと!?」

「は、はぃぃ!」

「ど、どうしたんですかリーダー!?」

 私の様子を見て、不良の一人が尋ねてきた。
 私はハッと我に返り、つかんでいた胸倉を離した。
 どうしてこんなにも私は反応したんだろう……。
 自分でも分からないこの事態に、私は呆然とする。
 ケホケホと咳をしながら、駆けつけてきた奴が言う。

「と、ともかく、早く来て下さい!」

「お、おぅ。分かった、いくぞお前ら!」

 私は動揺を押さえるように大きな声で言った。
 その言葉に答えつつ、部下たちが大きく頷いた。
 そしてだっと風の如く校庭に向って走る。いったい何が起きている?
 疑問に思う中、私達は素早く校庭へとたどり着いた。

 そこには先ほど見た金髪の少年と、二人の私の部下がいた。

 ただし少年がその場にぼうっと立っているのに対して、部下二人は倒れていた。
 うめき声のようなものをあげて苦しんでいる二人を、無感情に見つめている少年。
 その光景を見て、私の横に居た部下の一人が怒声をあげた。

「てめぇ、いったい何をしてやがる!?」

 少年がその声に反応して顔をあげた。
 何の感情も浮かんでいない黒い瞳を私達に向ける。
 と、私の顔を見て少年が僅かに目を丸くした。

「お前は……」

 ぼそりと小さな声で呟く少年。どうやらさっきの事を覚えていたらしい。
 私達は10人程いるにも関わらず、少年からは全く動揺が感じられない。
 少年が一人なのを見て、怒声をあげた部下が笑いながら近づく。

「お前、見かけない顔だな。転校生か?」

 金髪の少年の顔を見上げるようにして、威嚇する不良。
 少年はただ気だるそうな表情でその様子を見ている。
 部下が少年の胸倉を乱暴に掴んだ。

「おい、お前は知らないかもしれないが、俺達はこの学校の支配者なんだよ」

 まるで嘘のような話だが、これは事実だ。
 私達のグループはここ、樫ノ原中学校を拠点としている。
 この学校で私たちに逆らうような人間はいない。

「いいか、お前がどんな格好をしようが勝手だが、それなりの許可はいるんだぜ……?」

 ニヤニヤとした笑いを浮かべながら金髪を見る部下。
 少年はしばしニヤついている部下の不良を見た後、もごもごと何かを言った。
 しかし小さい声だったせいか、私達には聞こえない。近くにいた部下にも。

「あ? なんて言ったんだよ、聞こえねぇぜ!」

 耳に手を当て、バカにしたような表情で尋ねる部下の不良。
 その様子を見て、私の周りの他の不良達も笑い始める。
 少年が再び何かを言う。しかしそれも聞き取れない。

「おい! いい加減にしろよ! 切れるぜ、おぉっ!?」

 笑い顔をひっこめて、部下の不良は目を見開いて威嚇する。
 少年がしばしその顔を見てから、おもむろにため息をついた。
 そして掴んでいた不良の手を強引に離すと、その目が鋭くなる。

 まるで風が吹くような感覚が私を通り抜けた。

 先ほどまで少年の前に立っていた不良が、その場に崩れ落ちる。
 私の目には、何とか少年が高速で足払いをしたことが分かった。
 しかし本人を含め、他の不良達には何が起こったのか分からないようだ。
 訳が分からないといった表情で、うつ伏せの格好で地面に倒れこむ不良。
 そして――

 ごしゃっ!!

「ぎゃあああぁぁぁ!!」

 部下の不良が絶叫をあげた。
 金髪の少年が、倒れた不良の背中を勢いよく踏みつぶしたからだ。
 ぐりぐりと足を動かしながら、金髪の少年が冷たく言う。

「さっきから言ってんだろ。お前、ウザいんだよ……」

 そう言う金髪の少年の目には何の感情も浮かんでいなかった。
 その光景に、私の周りの部下たちが顔を青くする。
 ガムを風船状にふくらませながら、少年は足を動かし続けている。

「ぎゃあああ、や、やめてくれ! 謝る、謝るからぁ……」

 両目から涙を流しながら、不良が金髪の少年に懇願する。
 その言葉を聞き、金髪の少年はゆっくりと不良の背中から足を離した。
 一瞬だがホッとした顔になる部下。しかし――

 ドゴッ!

 鈍い音と共に、金髪の少年の蹴りが不良の腹に直撃した。
 不良は衝撃でぱくぱくと魚のように口を動かすが、そこから声は出ない。
 震える手を伸ばすと、そのまま激痛からかその場で気絶してしまう。
 私達はただ呆然と、その光景を眺めていた。
 しかしすぐに、部下たちが動いて少年の周りを取り囲む。

「てめぇ、よくも須藤を!」

「もう許さねぇぜ! ぶっ殺してやる!」

 口々にがなりたてるが、誰も動こうとはしない。
 先ほどの驚異的な瞬殺劇が頭からはなれないのだろう。
 金髪の少年が面倒そうに、頭をかいて言う。

「言っておくが俺のせいじゃないぜ。俺の前に立ちはだかったコイツが悪い」

 足元で気絶している不良を指さす金髪の少年。
 その行動からは足元で倒れている不良に対する謝罪の意思は全く感じられなかった。
 ゆっくりとした動きで、金髪の少年は周りを取り囲む連中を見て尋ねる。

「お前らも、俺の前に立ちはだかるのか?」

 暗い視線を向けながら言う少年を見て、びくりと動きを止める部下達。
 鈍い連中でも分かったのだろう。目の前にいる少年との格の違いが。
 ごくりと唾を飲み込み、部下の一人がおそるおそる尋ねる。

「お、お前、いったい……?」

 この場にいる全員が思っていた疑問だった。
 もちろんこの私も同じことを考えていた。
 緊張しながら、全員がその返答を待つ。
 しばしの間の後、金髪の少年がゆっくりとした口調で言った。

「俺の名前は――神崎内斗」

 ばさばさと金色の髪が風で揺れる。
 その全身からは溢れんばかりの殺気が感じられる。

「俺の前に立ちはだかる者は許さない。誰であっても、な……」

 冷たい視線を私達に向けながら、金髪の少年が言う。
 さらに風が吹いて、桜の花びらが幻想的にその場に舞った……。






         ―― 現代 ――






 二人の人間が対峙していた。

 一人はDC研究会副部長の神崎内斗先輩。
 もう一人はファントム・ナイトこと千条明。
 校庭の中央。決闘盤を構え、二人はにらみ合っている。

「――俺のターンッ!」

 千条が乱暴な口調でカードを引いた。
 ついに闘いの時が動き始める。
 俺達には分からないが、おそらくこれは因縁の対決だ。
 二人の間に流れる緊張感が、そのことを物語っている。

「俺は手札からバーサークドローを発動!」

 千条が手札を選んだ。
 場に、狂気の表情を浮かべて叫んでいる獣の絵が描かれたカードが現れる。
 

バーサークドロー 通常魔法
手札から獣戦士族のモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「手札の賢者ケイローンを墓地へと送って、2枚ドロー!」

 千条の墓地に、杖を持った半身獣の戦士が捨てられた。
 それからカードを2枚引く千条。いまだに手札は6枚。
 鋭い視線を内斗先輩に向けつつ、千条が続ける。

「永続魔法、一族の結束を発動!」


一族の結束 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。


「これによって、俺の場の獣戦士族のモンスターの攻撃力は、全て800ポイント上がる!」

 荒々しい口調でカード効果を説明する千条。
 さりげなく言っているが、あのカードの効果はとても強力だ。
 さらに千条が手札のカードを選ぶ。

「ウィングド・ライノを攻撃表示で召喚!」

 千条の場に、槍を持った筋骨隆々のサイのモンスターが現れた。
 独特の鳴き声をあげてから、グルルと凶暴そうに喉を鳴らしている。


ウィングド・ライノ
星4/風属性/獣戦士族/ATK1800/DEF500
罠カードが発動した時に発動する事ができる。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを持ち主の手札に戻す。


「さらに一族の結束の効果で、攻撃力が800アップ!」

 千条が言うと同時に、サイが薄緑色の光に包まれた。
 体の筋肉がさらに盛り上がり、目の色が鋭く輝いていく。

 
 ウィングド・ライノ  ATK1800→ATK2600


「い、1ターン目から攻撃力2600……」

 天野さんが驚いた声をもらす。
 確かに1ターン目としては破格の攻撃力だ。
 しかも、相手はまだ2枚しか手札を消費していない。
 あのデッキ、おそらくかなり強力な代物だろう。

「どうだ、自分の戦略を拝んだ気分は!」

 千条が敵意丸出しで内斗先輩に問いかけた。
 しかし内斗先輩はただ目をつぶり、じっとしている。
 日華先輩とディアが、後ろでこそこそと相談する。

「自分の戦略?」

「どーいうことなんでしょうね〜?」

 二人は考える様子を見せたが、答えは出なかったようだ。
 俺にもあの言葉の意味は分からない。

「ターンエンドだ!」

 千条が鋭くにらみつけながら、言った。
 内斗先輩がゆっくりとした動作で、デッキに手をかける。

「僕のターン」

 静かに言って、デッキからカードをドローする内斗先輩。
 手札を見てから、流れるような動きでカードを選ぶ。

「ゴブリン突撃部隊を召喚」

 内斗先輩の場に、大量のゴブリンが姿を見せる。
 デメリットがあるとは言え、その攻撃力は4つ星としては破格だ。


ゴブリン突撃部隊
星4/地属性/戦士族/ATK2300/DEF0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分ターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。


 だがそれでも、相手のウィングド・ライノの攻撃力には届かない。
 どうするつもりかと思っていると、内斗先輩がさらにカードを出す。

「装備魔法、神剣−フェニックスブレードを発動」

 ゴブリンの一人の手に、およそ似つかわしくない高貴な剣が握られた。
 

神剣−フェニックスブレード 装備魔法
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードが自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する時、
自分の墓地の戦士族モンスター2体をゲームから除外する事でこのカードを手札に加える。


 ゴブリン突撃部隊 ATK2300→ATK2600


 これで攻撃力自体は並ぶことができた。しかし……。
 俺は考えていたが、内斗先輩はすっと腕を伸ばして言う。

「ゴブリン突撃部隊でウィングド・ライノを攻撃」

 目をつぶりながら、静かな口調で命令する内斗先輩。
 その言葉に反応するようにして、ゴブリン達が奮い立った。
 武器をふりかざしながら、サイのモンスターに突撃する。サイも槍を構える。

 二つのモンスターが衝突し、互いに砕け散った。

 その様子を、内斗先輩は目をつぶっているので見ていない。
 小さな衝撃波が起こり、内斗先輩の黒い髪の毛が僅かに揺れる。
 そして静かに、内斗先輩は言った。

「ターンエンド」

 何の伏せカードもなしに、内斗先輩は自分のターンを終えた。
 その言葉を聞き、俺や日華先輩、ディアが少なからず驚いた。
 天野さんや霧乃先生は俺達が驚いているのを、不思議そうに見る。

「あ、あの、どうしてそんなに驚いてるんですか?」

 天野さんがおずおずとした様子で尋ねた。
 俺が答える前に、日華先輩がコホンと咳払いをして言う。

「相手のデッキは獣戦士族デッキ。獣戦士は高攻撃力のモンスターが多く――」

「それに、強化魔法にも優れている。下手したら次のターンで終わるわ」

 ディアの言葉を聞いて、天野さんが目を丸くした。
 確かに二人の言っていることは正しい。獣戦士はそういう種族だ。
 そのデッキを相手に、何の防御態勢もとらないなんて、内斗先輩らしくない。
 手札が悪いのか、それとも……?

「俺のターン、ドロー!」

 大きく声をあげ、カードを引く千条。
 互いのほぼがら空きの場を見てから、手札を選ぶ。
 
「俺はイグザリオン・ユニバースを召喚!」

 場に下半身が馬の槍を持った戦士がいななきを上げて現れた。
 あのモンスターも獣戦士族のモンスター。よって一族の結束の効果をうける。


イグザリオン・ユニバース
星4/闇属性/獣戦士族/ATK1800/DEF1900
このカードが守備表示モンスターに攻撃を行う場合、
そのバトルステップ時に発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントダウンする。
このカードの攻撃力が攻撃対象モンスターの守備力を越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 イグザリオン・ユニバース ATK1800→ATK2600


 これで攻撃力は2600。さらなる強化があれば内斗先輩は終わる。
 手札を見て、しばらく無言で考える千条。不気味な沈黙。
 数十秒が過ぎてから、おもむろに千条が言う。

「イグザリオン・ユニバースで、ダイレクトアタック!」

 槍をふりかざし、再びいななきを上げるモンスター。
 カポラ、カポラという音をあげながら、内斗先輩へと駆ける。
 内斗先輩は目を閉じたまま、動かない。千条も。

 槍が切り裂くようにして、内斗先輩へと振り下ろされた。

「ぐっ……!」

 さすがの内斗先輩も衝撃に苦悶の表情を浮かべた。
 千条はその姿を面白くなさそうに見ている。
 どうやら手札に強化系の魔法はなかったようだ。


 内斗  LP4000→1400
 

 だがそれでも、大ダメージをくらってしまったことに変わりはない。
 おまけに内斗先輩の場はがらあき。相手の場には強力な貫通モンスター。
 厳しい状況。はっきり言って内斗先輩は不利だ。

「俺はこれで、ターンエンド!」

 怒ったような声で宣言する千条。
 それはまるで今の内斗先輩を批判するかのような声だった。
 真っすぐに鋭い視線を、絶えず彼女は内斗先輩に向けている。
 
「……僕のターン」

 暗い声で言いながらカードを引く内斗先輩。
 これで手札は5枚。しかし内斗先輩の表情は暗いままだ。
 たった今引いたカードを、ゆっくりと決闘盤にセットする。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド……」

 裏側表示のカードが一枚増えただけ。
 さっきのターンはともかく、このターンはまだ通常召喚すらしていない。
 それなのに、ただカードを一枚伏せただけでターンエンドするなんて。

「ど、どうしちゃったんだよ、内斗くーん……」

 日華先輩が額に手を当てながら嘆いた。
 今回ばかりは日華先輩に全面的に同意できる。
 いくら何でも、これは内斗先輩らしくない……

「神崎、内斗ォ……」

 ぶるぶると拳を震わせながら、千条が呟いた。
 凄まじい迫力だが、内斗先輩はそれにすら反応していない。
 ただ目をつぶり、何かを考えているようにも見えるが、真意は分からなかった……。






         ―― 二年前 ――






 桜散る校庭。

 対峙する形で立っているのは、私と金髪の少年。
 周りを取り囲んでいた部下達は、全員が地面に倒れている。
 そいつらのうめき声を除けば、その場はとても静かだった。
 ガムを噛みながら、彼がその視線を私に向けて、尋ねる。

「お前も、勝負するのか?」

 冷たい口調でそう言い、私のことをジッと見る。
 鋭い視線。その黒い瞳が私の心を射抜くように見ている。
 私は自分の頭が真っ白になってくるのを感じていた。
 
「……おい、お前、大丈夫か?」

 固まってしまった私を見て、金髪の少年が心配そうに尋ねた。
 不審そうに眉をひそめて、私の顔の前で手を横に振る。
 振られている手と、桜のピンク色だけが私の視界に入っている。

 私はこの人に言わなければならないことがある。
 
 それだけが私の頭にしっかりと残り続けていた。
 意を決して、私はその言葉を口に出した。

「あ、あの、私と、その……えっと、組んで下さい!」

 ペコリと頭を下げる私。
 自分の顔が舞い散る桜よりもピンク色に染まっていくのを感じていた。
 
 恥ずかしくて、言い損ねた……。

 確かにこの金髪の少年と組みたいと思っていたのも事実だ。
 10人の不良を相手に平然と喧嘩で勝ってしまうこの腕っ節。
 もし私のグループに入ってくれたなら、町の頂点になるのも夢ではない。

 だけど、私が本当に言いたかったのは……

 私の言葉を聞いて、少年が少しだけ目を丸くした。
 しかしすぐに元に戻ると、ため息をつき、ジトッとした目つきで言う。

「お前、頭大丈夫か?」

 その言葉を聞いた瞬間、私の周りの世界が崩れ始めた。
 ぐにゃぐにゃと景色が歪んでいき、少年の姿が遠くなる。
 さっきまで太陽の光が輝いていたのに、それもなくなり真っ暗になる。
 鮮やかな桜の色も、何もかもが見えなくなってしまった。
 そして――

 ガバッ!!

 私は、汗をびっしょりとかいた状態で自分のベッドから飛び起きた。
 心臓の動悸は激しく、息も切れている。顔もおそらく真っ青だろう。
 傍らに置いてある目覚まし時計の針の音が、やけに部屋に響いていた。

「ま、またあの夢……」

 私はバクバクとしている胸をおさえながら、呟いた。
 もうここ一週間、この夢しか見ていないような気がする。
 時計の時刻を見てから、私は再びベッドで横になった。

 一週間前のあの日、私は運命の出会いをした。

 最初はあの胸の高鳴りの正体も分からなかった。
 後でおじいちゃんに聞いたら、それは『恋』なんだそうだ。
 なんでも一目ぼれとか言うらしい。おじいちゃんは笑ってた。
 
 恋……。

 14年間の人生の中で、その言葉を知らなかった訳ではない。
 でも知ることと実際にやることは、こんなにも違うということがよく分かった。
 胸が痛くなる中、もう何回目かも忘れたあの時の光景を思い起こす。
 あの日、金髪の少年に言われた言葉。呆れたようなあの目つき。

「うぅ……絶対におかしい人だって思われた……」

 私は呟き、抱いていた枕を涙で濡らした。
 あの日以来、私はあの少年には会っていない。
 だけど、あの時の顔からこれだけは分かる。

 私の運命の恋は、始まる前に終わってしまったのだ……。
 







「リーダー、どうしたんですか……?」

 下の方から声がした。
 いつものように積まれた木材の一番上に座っている私。
 投げられた言葉も気にせずに、空をぼーっと見ている。

 あぁ……空ってこんなに青かったんだなぁ……。

 私は今日何度目かの切なげなため息をついた。
 あれ以来、私の心にはどこかぽっかりと穴があいてしまったようだ。
 何をする気にもならないし、何をしていても上の空。
 もう何がどうなってもいいかもしれない。このままならいっそ……

「リーダー!!」

 下の方から大声が上がった。
 さすがの私もハッと正気に戻る。
 
「な、何だよ……?」

 呟きながら下を見ると、そこにはいつもの部下達がいる。
 いや、みんなが何かしら包帯やら絆創膏なんかを貼っている状態の部下達だ。
 誰がどう見ても喧嘩でボコボコにされたのが分かる格好だった。
 いつになく鋭い視線を、部下達は私に向ける。

「リーダー、いったい何がどうしたんですか!?」

「何がって、別に……」

「とぼけないで下さいよ! その体たらくは何ですか!!」

 部下達が私を見ながら声を張り上げる。
 いつもはへこへこしているくせに、今日はやけに強気な様子だ。
 ギラギラとした鋭い視線を向けつつ、部下達が言う。

「この前の神崎とかいう奴と会ってから、リーダーおかしいですよ!」

「空ばっかり見て、ぼーっとしちゃって!」

「何があったんですか! 説明して下さいよ!」

 口々に不満げな声をあげる部下達。
 私はその様子を木材の上から眺めている。
 一通り彼らの言葉を聞いてから、ため息をついた。

「別にどうだっていいだろ。それどころじゃないの……」

 私は手をひらひらとさせて言った。
 その言葉を聞いて、冷水をかけられたかのように部下達が静まる。
 ポカンとした表情を浮かべた後、ぷるぷると震えながら叫んだ。

「ふ、ふざけんな!!」

 部下の一人が頭に巻いていた包帯を地面へと叩きつけた。
 こんなに怒った様子を見るのは私でも初めてだった。
 他の部下達も怒りの表情を隠そうとせず、私をにらみつけている。
 ぼーっとその様子を見ている私。部下の一人がビシッと私を指さす。

「もううんざりだ。あんたは変わっちまった。あんたはリーダーじゃない!」

 私のことを指さしながらほえる部下。
 その言葉に、他の連中もうんうんと頷いた。
 そのまま私に背を向け、その場から歩きだしていく部下達。
 さすがの私も思わず尋ねる。

「お、おい、どこへ行く?」

「もうあんたには頼らない。俺達は俺達の力で町の頂点に立つ!」

 振り返りにらみつけながら、私の質問に答える部下……いや、元部下。
 ざっざっと足音をあげながら、この場からゆっくりと去っていく。
 残ったのは、積まれた木材とこの私だけ。

「……何だよ、勝手なこと言いやがって」

 一人になってから、私はポツリと呟いた。
 木材の上で腕を枕に、ごろりと横になる。
 空はわずかに赤をおびはじめ、鮮やかな色合いだった。
 私はため息をつき、再び空を眺め始めた。









 黒猫がみぁ〜と声をあげて鳴いた。

 樫ノ原町のはずれ。廃工場跡地。
 昔の時代に作られたこの工場は、もう何十年も前に活動を停止している。
 それから放置され続け、見るも無残にボロボロになった工場。
 しかし人々は知っていた。最近になって、そこに黒猫達が集まっていることに。

 工場の奥、場違いな高級ソファーに腰をかけている長髪の男。
 
 色白い肌に、きしゃな体つき。浮かべているのは不気味な微笑み。
 細い目で、目の前に倒れている十数人の男達を眺めている。
 そばに立つ屈強そうな男に、ソファーに座った優男が尋ねる。

「ん〜、それで、この人たちが樫ノ原中学校の……?」

「はい。支配者だと自称していた連中です。もっとも、この有様ですが」

「な・る・ほ・ど・ねぇ〜」

 妙に優しげな声を出し、微笑む優男。
 立ち上がると、一番近くに倒れている男の顔をのぞきこむ。

「それで、どして君たちは私たち『シャノワール』に喧嘩を売ったの?」

 目を細めながら、楽しそうな表情の優男。
 その表情を見て、倒れていた男は背筋がゾッとした。

 シャノワール。

 樫ノ原町をめぐる戦いに参加している不良集団の一つ。
 その中でもかなり強大な力を持ったグループの一つでもある。
 その数はおおよそ四十人前後。町の中でもかなり大型だ。
 しかしそれほどの力がありながら、シャノワールは目立った動きをしない。
 あくまで力を蓄えつつ、他のグループが潰し合うのを待つ。
 それがシャノワールリーダー、黒井勇吾(くろい・ゆうご)の方針だった。

「シャノワールは決して手を出さない。向こうから手を出してこなければ、ね?」

 ソファーに座っていた優男、もとい黒井が微笑みながら言った。
 くねくねと体を動かしながら、倒れている男に尋ねる。

「ねぇ、どしてこんなにお馬鹿な事をしたの?」

「ふんっ……ちょっと、むしゃくしゃしてたんだよ……」

 倒れている男が虫の息ながら答えた。
 その言葉を聞き、大きく高笑いする黒井。
 周りに立つ他のシャノワールメンバーも笑う。

「これは傑作ね! むしゃくしゃしたからやった。いかにも最近の若者っぽいわ!」

 不気味に笑いながら、黒井の声が工場内を反響する。
 まるで悪夢の中のように、声がこだまする。
 ちろちろと真っ赤な舌を見せる黒井。
 
「想像力の欠如ね。いけないわ、そういうのは〜」

 不気味に微笑みつつ、黒井が指を気味悪く動かす。
 微笑んだまま、倒れている男の腹に強烈な蹴りを入れる。

「ぐっ……!?」

 予想外の行動に男が声をあげて苦しんだ。
 黒井が嬉しそうに顔を歪める。まるで悪魔のように。
 他の倒れている男たちがゾッとする中、黒井が上の方を向きながら言う。

「さて、この落とし前はどうしましょうか……?」

「落とし前、だと……?」

「そうよ。あんたたちのせいでせっかくのティータイムが台無しよ!」

 黒井がいかにもわざとらしく嘆いて見せた。
 コツン、コツンと足音をたてつつ、黒井が周りに尋ねる。

「どうしましょうか? ねぇ、何か意見ある?」

「やはり、見せしめ処刑するのが一番かと」

「やっぱり? 私もそう思ってたの!」

 その言葉に倒れている男たちの顔が蒼くなった。
 対照的にとても楽しそうに手を叩いている黒井。
 子供のようにはしゃぎながら、部下たちに命じる。

「それじゃ、適当にやっちゃっといて。死ななきゃ何してもいいわよ」

「かしこまりました、ボス」

 うやうやしく黒井に頭を下げる部下達。
 ルンルンとした様子で、黒井がソファーへと戻る。

「あ、そうだ。言い忘れてたわ」

 戻る途中で、気づいたように足を止める黒井。
 振り返り、倒れている男達に向って、言う。

「お前ら、二度と俺のティータイムを邪魔するなよ……?」

 今までと違い、ドスのきいた声を出す黒井。
 その言葉に倒れている男達が恐怖した。
 やはりシャノワールに手を出すべきではなかったのだ。
 今更ながら、男達の胸に後悔の念が湧きあがる。
 倒れている男達の周りに、シャノワールメンバーが集まる。

「ボスは何をしてもいいとおっしゃられた」

「へへ、どうしようか? どうやっていじめる?」

「お前ら、そういきりたつなよ。フフッ……」

 周りから聞こえる会話に、血の気が引く男たち。
 倒れている男達の周りで、ポキポキと指の骨を鳴らしている。
 これから起こることを想像するのは難しくないだろう。
 処刑という名のリンチが実行されそうになった、その時――

「お前ら、何をしている?」

 凛とした声がその場に響いた。
 廃工場の入口。逆光に照らされながら立つ、一人の小柄な人物。
 倒れている男たちが、その姿に驚く。

「り、リーダー!」

 その声を聞き、立っている人物がため息をついた。
 呆れたように額に手をあてながら、呟く。

「まったく、無茶なことをする奴らだ……」

「何者だ、貴様!?」

 周りにいたシャノワールメンバー達が尋ねた。
 入口に立つ人物が、すっと指を伸ばして空を見上げる。
 シャノワールメンバーが不審そうな顔でその光景を見る。
 ゆっくりとした口調で、その小柄な人物が言った。

「悪が蠢き、闘い渦巻く戦乱の町、千条明の名が今ここにこだまする! お前ら許さんぜよ!」

 ビシッと黒井達のことを指さす千条。
 しかし――

 ゴスッ!!

「ふぇ!?」

 鈍い音が響き、千条が気の抜けた声をあげて揺らめいた。
 千条の後ろには、鉄パイプを持った不良が一人立っている。
 ふらふらとした後、その場にどさりと倒れる千条。

「…………」

 目の前の光景を、黙って見ている倒れた男達。
 ティーカップを片手に、黒井が首をかしげる。

「なんだか隙がありまくりだったけど、知り合いかしら?」

「……いや、違う」

 倒れている男達が、声をそろえて言った。
 その顔は誰もがひきつっている。恥ずかしそうに。
 千条はその場で気絶したまま、うーんと唸っている。
 まるで何か悪い夢でも見ているかのような様子だ。

「それで、どうしましょっか?」

 ティーカップ片手に考える動作を見せる黒井。
 倒れている千条の姿を眺めながら、独り言のように呟く。

「顔は悪くないけど、スタイルは貧弱ね。おまけに頭も悪そうだし……」

 スタイルが貧弱というところで、千条の耳がピクリと動いた。
 しかし気絶しているせいか、それ以上は何も起こらない。
 ただひたすらに、つらそうな声をあげて唸っている千条。
 黒井がティーカップを傾けてから、ため息をつくように息をはいた。

「私は興味ないわね。お前らで好きにしちゃいなさい」

 部下たちに命じる黒井。
 その言葉を聞き、部下たちが倒れている千条の周りを取り囲む。
 気絶している千条を取り囲みながら、ぼそぼそと相談する。

「どうする?」

「うーん、俺も頭のおかしい女は、ちょっと……」

「素直にその辺に捨てた方がいいんじゃないか?」

 かなりひどい言われ様な千条。
 心なしか気絶している千条の顔が険しくなっていく。
 千条を見降ろしながら、相談を続けるシャノワールメンバー。

「やっぱり捨てようぜ。こいつ頭悪そうだし」

「そうか? 俺は別に誰でもいいっちゃいいが……」

「やめとけ。こういうのは勘違いが激しそうだぞ」

 千条のことを指さしながら、一人のメンバーが言った。
 その言葉に、取り囲んでいたメンバー達がいっせいに頷く。
 残念そうな空気の中、答えが決まる。
 
「やっぱり、捨てようぜ。どっか遠くに」

「そうだな。後で塩もまいておこう」

 意見が固まったシャノワールメンバー達。
 面倒そうに誰が捨てに行くかのジャンケンが始まる。
 そして一人が決定し、面倒そうに千条の体を持ち上げようとした瞬間――

 ゴトッ。

 工場の外の方から、妙な音がした。
 まるで何かが倒れるような音。メンバーが首をかしげた。

「ボス、今何か変な音が……?」

「あぁ、言ってなかったかしら。他のメンバー達よ」

 お茶の香りを楽しみながら、黒井が言う。

「諜報活動をしていたメンバーが、こいつらが攻撃に来るって言うんで、一応全メンバーに召集をかけておいたの。まぁ全くの無駄足だったみたいだけど」

 茶を飲みながら余裕そうな表情の黒井。
 その言葉に、他のメンバー達もホッとした表情を見せる。
 しかし、その次の瞬間のことだった。

「ぼ、ボスゥ……」

 か細い声が、その場に響いた。
 まるで助けを求めるような声。小さな悲鳴のような声。
 黒井が目を丸くして驚いた表情を浮かべる。

 一人の人物が工場の入り口に姿を見せた。

 ボロボロになった服。頭から血を流し、足はふらついている。
 ふらふらと体を揺らしながら、苦しげな表情で右手を押さえている。
 息をきらしながら、苦しそうに声を出す少年。

「ぼ、ボス……大変です……変な奴が、他のメンバーを……」

「な、なにがあった!?」

 黒井に代わって千条の周りにいた部下の一人が尋ねた。
 がくがくと頷き、だらんとした腕を押さえながら言う。

「き、金色……金色の、あ、悪魔がぁ……」

 まるで悲鳴のような声だった。
 その言葉を聞き、シャノワールメンバーの顔がさっと青ざめる。
 なぜなら、彼らからは見えていたから。

 声をあげる少年の後ろに立つ、金髪の少年の姿が。

 ひどく頭が混乱している少年は、その姿に気づかないようだった。
 金髪の少年が何かをぼそぼそと言う。しかし少年は気づかない。
 ため息をつくと、面倒そうに腕をあげて構える金髪の少年。

 悲鳴をあげる間もなく、少年は横へと吹っ飛びその場に倒れた。

 あぜんとしているシャノワールメンバーと倒れている千条の部下達。
 金髪の少年が噛んでいたガムを風船状にふくらませた。
 ふくらませたガムを元に戻してから、ぼそりと呟く。

「邪魔だ。俺の前に立ちはだかるな……」

「お、お前、いったい……!?」

 シャノワールのメンバーの一人が尋ねる。
 しかし金髪の少年はその質問には答えない。
 どんよりとした表情で、工場内の様子を見ている。
 ふと、金髪の少年が倒れている千条とその部下に気づいた。

「……お前ら、何してるんだ?」

 不思議そうに千条達を眺める金髪の少年。
 黒井が立ち上がり、ティーカップを置いた。
 体をくねらせながら、黒井が金髪の少年に近づいて言う。

「あなた、自分が何をしているか分かっているの?」

「……なんだ、お前?」

「私は黒井勇吾。シャノワールのリーダーよ」

 じっと値踏みするように金髪の少年のことを見る黒井。
 その視線を受けて、金髪の少年は露骨に嫌そうな顔をする。
 一通り観察すると、黒井が微笑んで手を差し伸べる。

「なかなか良い男ね。気にいったわ。どう、仲間にならない?」

 にやにやとした笑いを浮かべながら言う黒井。
 その言葉からは明らかに真剣さがない。嘘の言葉だった。
 金髪の少年がおおげさに両手を広げた。
 小バカにしたように笑い、金髪の少年は言う。

「冗談だろ。カマ野郎の友達を持つ気はない」

 その言葉で、その場の空気が凍り付いた。
 恐怖の表情を浮かべるシャノワールのメンバー達。
 ぴくぴくと屈辱にふるえつつも、笑顔の黒井が尋ねる。

「今、なんて言ったのかしら?」

「聞こえなかったか。消えろ。気色悪いんだよ……」

「…………」

 金髪の少年が顔をそらしながら言った。
 その言葉を凄まじい迫力で聞いている黒井。
 ぷるぷると震えながら、パチンと指を鳴らした。
 
 それを合図に、ハッとしたようになる黒井の部下達。

 さっと素早く動くと、金髪の少年を取り囲んだ。
 注意深く少年を観察しつつ、にらみつける部下達。
 金髪の少年はぴくりとも反応せずにその様子を見ている。

「どうやら少し頭がイカれてるみたいね……」

 何の反応も見せない金髪の少年に対して、黒井が呟いた。
 そして大きく息をすると、その顔から笑顔が消えた。

「小僧、もう生きて返さないからな……やれぇっ!!」

 すっと手を伸ばし、ドスの効いた声を出す黒井。
 部下達がいっせいに、金髪の少年へと飛びかかった。




 そして――




 床でうめき声をあげて苦しむ黒井の部下達。
 誰もが何かしらの負傷をおい、苦しそうな声をあげている。
 そして彼らの中央に立つ、金髪の少年と巨大な不良。
 少年は自分より二周りは大きな不良の拳を、涼しい顔で受け止めている。

「どうした、それでも力入れてんのか……?」

 金髪の少年が失望したような声を出した。
 巨漢の不良は顔を真っ赤にして力を入れているが、その拳は動かない。
 ため息をつき、金髪の少年が空いている方の拳を握った。

 瞬間、巨漢の不良の体が宙に浮き、後ろへと吹き飛んだ。

 その様子を見て、顔面蒼白になる黒井。
 両手をぱんぱんと叩きながら、金髪の少年が黒井に視線を向ける。

「お前の部下とやらはいなくなったが、どうする? お前も俺の前に立ちはだかるのか?」

「ば、化け物めぇ……」

 ぎりぎりとくやしそうに歯ぎしりしながら呟く黒井。
 その言葉を宣戦布告と受け取ったのか、少年の雰囲気が変わる。
 すっと温度が下がったようになり、その体から殺気が溢れる。
 黒井が慌てた様子で両手を前に出した。

「ま、待て。お、落ち着くんだ。私はまだやるとは――」

「俺は自分の前に立ちはだかる奴を許さない。誰であろうと、な……」

 その言葉を聞いて黒井の表情が青から紫色に変化した。
 逃げるようなへっぴり腰で、黒井がソファーへと戻る。
 金髪の少年に背を向けながら、黒井がごそごそとソファーの後ろをあさる。

 そして、そこから二つの決闘盤を取り出した。

 金髪の少年がそれを見て不思議そうな顔になる。
 黒井がすがるように言った。

「な、ならば決闘で決着をつけましょう!」

「……決闘だと?」

 金髪の少年が歩を止め、黒井にむかって尋ねる。
 黒井はがくがくと頷くと、なだめるような口調で言う。

「悔しいが喧嘩では私はお前に勝てないわ。だけどこんな形でこのシャノワールを潰したとしても、町の支配権を取ることはできっこないじゃない。ここは正々堂々と対等な条件で勝負してこそ、あなたの実力が証明されるわ!」

「…………」

 無言で黒井の説明を聞いている金髪の少年。 
 どぎまぎとした様子で、黒井は少年の反応を待つ。
 しばし考えてから、少年が僅かに首を縦に振って言う。

「いいだろう。せめてもの慈悲だ。選択権くらい与えてやる」

「さ、さすがは私が認めた男! いいわ、いいわ〜!!」

 嬉しそうにはしゃいだ様子を見せる黒井。
 金髪の少年がガムを床に吐き、ふぅーと深呼吸する。

「分かったらさっさとディスクをよこせ」

「そ、そんなにあせらないでよ。はい」

 持っていた決闘盤の一つを金髪の少年に投げ渡す黒井。
 少年は決闘盤を受けとると、そのまま決闘のために黒井と距離を取った。
 黒井は自分の腕に決闘盤をつけると、デッキを取り出す。

(フフフ、バカな坊や。こんなにあっさり条件を呑むなんて……)

 自分のデッキを見ながら、黒井は心の中でほくそ笑んだ。
 目を細めながら、自分の前に立つ金髪の少年を見る。

(あのまま腕っ節の勝負になっていたら、シャノワールは間違いなく壊滅していたわ。危ない危ない。だけど決闘なら話は別よ。なにせ私はシャノワールのリーダーなんだから……)

 黒井が決闘盤にデッキをセットした。
 シャノワールはこの町では強大な力を持つグループの一つである。
 自然と、彼らの下につきたがる者たちの数も圧倒的に多い。
 そして仲間になる時に、彼らは大量のレアカードを貢ぐのが慣習となっていたのだ。
 つまり、黒井のデッキはそれらのレアカードによってかなり強化されている。

(これこそが知恵のある人物、スマートなシャノワールのやり方よ。相手の土俵にはのらず、じっくりと消耗するのを待つ。ふふ、なんて効率が良いのかしら、私ったら!)

 自分で自分のことを褒め称える黒井。
 クスクスと不気味に笑う黒井に対して、金髪の少年が尋ねる。

「始めるぞ?」

「えぇ、どうぞ。そちらから……」

 紳士ぶった態度で、金髪の少年のことを示す黒井。
 その態度に目を鋭くしながら、金髪の少年がカードを引いた。
 六枚ある手札の中から一枚を選び、金髪の少年が冷たい声で言う。

「俺は手札から、バーサークドローを発動」












 ガンガンする頭。

 もうろうとした意識の中、浮かぶ一つのビジョン。
 金色の髪の毛。綺麗に整った顔立ち。鋭い視線。
 部下達をちぎっては投げ、ちぎっては投げた実力。
 何もかもがかっこよかった、私の運命の人。

「内斗様ぁ……」

 私はぼうっとした意識の中、呟いた。
 すると、上の方で誰かがため息をついた。
 そのため息に導かれるように、徐々に意識が戻ってくる……。

「お前、大丈夫か?」

 目をぱちっと開けると、そこには金色があった。
 呆れたような顔で、倒れている私の顔を覗き込んでいる一人の人物。
 ポカンとする私。気持ちの整理が追い付かない。

 えーっと、私はシャノワールの連中のとこに乗り込んで、それで後ろからパカンと……

 私はハッとなって飛び起きた。
 上半身だけを起こし、素早く周りの状況を確認する。
 倒れている私の部下とシャノワールの連中。
 部下達は意識があるが、シャノワール側は全員が気絶している。

「こ、これは……?」

「俺の前に立ちはだかったから、全員倒した」

 至極当然のことのように、内斗様は答えた。
 ポリポリと金色の髪をかきながら、腕の決闘盤をはずす。
 はずした決闘盤を、内斗様は無造作に後ろに投げた。
 投げられた決闘盤は、後ろで気絶している決闘盤をつけた男に当たる。
 男は顔に恐怖の表情を浮かべ、その場で大の字に倒れていた。

「り、リーダー……」

 うめき声をあげながら、床で倒れていた私の部下が声をあげた。
 フッと片頬で笑いをうかべながら、部下が言う。

「す、すごかったです。こいつシャノワールを一人で潰しちゃいました……」

 内斗様のことを指さす部下。
 その言葉を聞いて、内斗様が首をかしげて尋ねる。

「シャノワール? 何のことだ?」

 その言葉を聞き、ポカンとした表情になる部下。
 おそるおそるといった様子で、尋ねる。

「お前、シャノワールを潰したかったんじゃないのか?」

「何のことだ。俺がここに来た理由はただ一つ」

 そう言って、内斗先輩が私の方を見た。
 見つめられるように視線を向けられ、私の胸が高鳴り顔が赤くなる。

 えっ、もしかして内斗様がここに来た理由って……私?
 
 私の頭が高速に働き、今までの事情をすべて整理する。
 桜の木の下でのこと。今日の私とシャノワールとの戦い。
 そして内斗様がたった一人でシャノワールを叩き潰した理由。

 そう、いくら内斗様が強くてもシャノワールと単独で戦うなんてあり得ない。

 だとしたらそこには何か重大な理由があったはずだ。
 例えば、人は大切な人を守る時に最も力を発揮するという。
 内斗様にとって大切な人。たとえば片思い中の女性とか。
 私は周りを見回す。女性はこの場には私ただ一人。

 つまり、その大切な人と言うのは……

 私の頭が一つの結論を導き出した。
 内斗先輩が右手の親指を伸ばしながら、口を開く。

「俺はただ単に道に迷――」

「内斗様! 私のことを助けに来てくれたんですねー!!」

 私は目の前にいる内斗様に抱きついた。
 意外な行為だったせいか、内斗様がポカンとした表情を浮かべる。
 抱きついた勢いで内斗様の体が後ろに倒れる。その上に乗っている私。
 瞬時に真っ赤になって、内斗様は言う。

「な、お、お前! 何をしている! はなせ!」

「だ、だって私、嬉しくて……」

 ボロボロと涙を流しながら、私は微笑んだ。
 まさか無理だと思っていたのが、両思いだったなんて。
 じたばたとする内斗様を見降ろすように、部下達が起き上がり集まる。
 内斗様がその様子に気づいて、鋭い視線を向けながら言う。

「何だ、この前のリベンジでもする気か?」

 むき出しの殺意を向けながら言う内斗様。
 その殺意に少しだけビクリとするが、部下達は退かない。
 ぞくぞくと倒れていた人間が起き上がり、内斗様の所へ集まる。
 その中には私の部下の他にも、シャノワールのメンバーも混じっていた。
 そうして集まった者たちが、一斉に内斗様に頭を下げる。

「……は?」

 ポカンとした表情を浮かべる内斗様。
 私もこの行動には目を丸くしてびっくりする。
 不良達が、声を張り上げて言う。

「おみそれしましたっ!」

「どうか、自分たちのリーダーになって下さい!」

「あなたなら、この町の支配者になれますっ!」

 口々に言い、頭をさげる不良達。
 中には土下座をしている者の姿まであった。
 ひきつった表情をうかべながら、内斗様が私を力まかせにどけた。
 私は小さく声をあげる。内斗様がゆっくりと立ち上がった。

「お前ら、何をトチ狂ってやがる。俺はそんなことに興味はない」

 冷たい視線を向けながら、内斗様がおもむろに言った。
 心の底からバカバカしそうに、不良達のことを見る。
 その視線に恐怖しつつ、不良の一人が前に出て言う。

「お言葉ですが、内斗様。状況は一変しました!」

「あん?」

「シャノワールが潰された今、内斗様のことが町に知れ渡るのも時間の問題。そうなったら、おそらく他の有力グループが内斗様の所へとやってくるでしょう。中には最初から内斗様を潰す気のグループもあるかもしれません。そうなった時、内斗様一人ではあまりにも不利です! ここは私達のグループのリーダーになって部下を募った方が賢明かと……」

「…………」

 内斗様が目をつぶってしばし考える。
 その様子をドキドキとしながら待つ私たち。
 一分程経っただろうか。内斗様が目を開き、ため息をついた。

「なるほど。確かに部下とやらを集めた方が、俺も無駄な労力を使わずにすみそうだ」

「と、ということは……!」

「いいだろう。その、リーダーとやらになってやる……」

 とてつもなく面倒そうな表情の内斗様。
 しかしその言葉にその場が一気に沸き立った。
 歓声をあげ、内斗様の下に何人もの人間が集まり忠誠を誓う。
 もちろんこの私も、他の連中をなぎ倒して、一番前へと出る。

「内斗様!」

 そう言って内斗様の前へと出る私。
 内斗様の表情が微妙にひきつったような気もしたが、気のせいだろう。
 その両手を握り、私は熱っぽい瞳を向けながら言う。

「この千条明。精一杯、内斗様に仕えさせていただきます!!」

「あぁ、そうか……」

 照れているのか、ぶっきらぼうに頷く内斗様。
 だがそれでも私はとても幸せな気分だった。
 なぜなら、運命の恋は終わってなかったから。
 初めて会った時から、私たちは運命の赤い糸で結ばれていたのだろう。
 金色の髪をなびかせる内斗様の横顔を、私はいつまでも眺めていた……









 それから2ヶ月後。

 内斗様は町の全てのグループを叩き潰していた。
 反抗勢力らしきものさえ、そこには残ってはいなかった。
 それほど内斗様が率いるグループの実力はずば抜けており、また徹底的だった。
 町で内斗様に逆らうものは誰もいなかった。もちろん大人も含めてだ。

 そう、内斗様は樫ノ原町の新たな支配者となったのだ。

 金色の髪をなびかせながら、ガムを風船状にふくらませて歩く内斗様。
 その後ろを、十数人にも及ぶ内斗様の部下達がついていく。
 誰もが内斗様に忠誠を誓い、そして凶悪な不良の連中だった。
 内斗様は最初は迷惑そうだったが、なんだかんだで彼らの面倒を見ていた。
 厳しいながらも、内斗様は上手く町の連中をコントロールしているように見えた。
 さながら王のように。しかし町行く庶民にはそんなことは知らなかったのだろう。
 彼らは内斗様のことを、恐怖の念をこめてこう呼んでいた。

 金髪の悪魔、と……。






         ―― 現代 ――






 千条明 LP4000
 手札:4枚
 場:イグザリオン・ユニバース(攻撃力2600)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカードなし

 神崎内斗 LP1400
 手札:4枚
 場:伏せカード1枚


「なぜ本気を出さない!!」

 千条明が内斗先輩に向って怒鳴るように尋ねた。
 対戦相手であるにも関わらず、千条は内斗先輩が本気でないのを怒っている。
 なかなか妙な光景だが、その言葉に内斗先輩が重い口を開いた。

「言っただろ。お前の言いたいことは分かる。だがそれは勘違いだ」

 いつになく荒々しい口調の内斗先輩。
 心なしか、その黒い髪がざわめいているようにも見える。
 目を開き、語りかけるように内斗先輩は言う。

「こんなことは無駄だ。できれば話し合いにしたいのだが――」

「黙れっ!!」

 内斗先輩の言葉を遮り、千条の鋭い声が響く。
 ぶるぶると震えながら、ふりしぼるように言う。

「その口から、『話し合い』なんて言葉が出てくるなんて……」

 千条が今にも泣きそうな表情になった。
 内斗先輩はその様子を見て、目をつぶって額を押さえている。
 こそこそと俺の後ろで相談するディアと日華先輩。

「話し合いって、とっても平和的で良くないですか?」

「そうだね。部活でも内斗君はよく話し合いで解決しようとしていたよ」

 確かに、普通に考えれば話し合いですんだ方がいいはずだ。
 俺も千条という女の子が何を求めているのかが分からなくなってきた。
 まさか暴力で解決してほしいとでも言うのだろうか。まさか……。
 一通り嘆き悲しんだ後、千条がぽつりと呟いた。

「やはり私の知っていた内斗様は死んでしまった。もうお前は内斗様ではない!」

 びしっと内斗先輩のことを指さす千条。
 DC研究会のメンバーが、俺も含めてその言葉に目を丸くする。
 内斗先輩達に聞こえないように、丸くなって全員でこそこそと話す。

「な、内斗様……?」

「ど、どういうことなんでしょうか……?」

「ひょっとして、元カノとか……?」

 それぞれが意見を言うが、ますます混乱するだけだった。
 千条がわずかに涙で目を濡らしながら、決闘盤を構えた。

「ふ抜けてしまったあんたに用はない。とっとと終わらせてやる!」

「……アキラ」

 頭が痛そうに呟く内斗先輩。
 実際に内斗先輩はやれやれといった様子で首を振っていた。
 凄まじい迫力を見せながら、千条がカードを引く。

「俺のターン! 俺は場のイグザリオン・ユニバースを生贄に……」

 場の槍を持った半獣人がキラキラと消えていく。
 その代わりに、何か別の力が生まれようとしていた。
 千条がカードを天へと掲げて、言う。

「暗黒のマンティコア、召喚!」

 場に、巨大な黒い渦が現れた。
 そしてその中から、奇妙な獣がゆっくりとその姿を現す。
 ライオンのような頭。もりあがった筋肉の体。黒い翼に、蠍の尻尾。
 不揃いながらも、どこか洗練されたデザインの獣が、両手を広げて叫んだ。


暗黒のマンティコア
星6/炎属性/獣戦士族/ATK2300/DEF1000
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。


 暗黒のマンティコアの種族はやはり獣戦士族。
 よって奴も永続魔法、一族の結束の効果を受けてパワーアップする。
 その体が緑色のオーラでつつまれ、獣はその威圧感を増した。


 暗黒のマンティコア ATK2300→ATK3100


 内斗先輩の場にモンスターはなく、LPは1400。
 この攻撃が通ったならば、間違いなく内斗先輩の負けだ。
 手をあげ――わずかに躊躇する様子を見せてから――、千条は言う。

「暗黒のマンティコアで、プレイヤーにダイレクトアタック! 血塗られた斬撃!!」

 奇妙な獣が咆哮をあげた。
 両手の爪を構えると、獲物を追うライオンさながら、凄まじい速度で迫る。 
 その口がまるで笑うように歪んだ。爪が、内斗先輩の元へと振り下ろされる。
 斬撃が当たる直前、目をつぶったまま内斗先輩が手をかざす。

「罠発動。ドレインシールド」


ドレインシールド 通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


「何!?」

 千条が目を見開いて驚いた。
 内斗先輩の前に透明なバリアが張られ、マンティコアの攻撃が止められる。
 そしてキラキラとした光が内斗先輩へと降り注いだ。


 内斗 LP1400→4500


 一気にLPを回復させた内斗先輩。
 これで何とかこの窮地をしのぐことはできた。
 しかし依然として内斗先輩の場にモンスターはいなく、まだ安心できない。

「ちょこざいなまねを……!」

 攻撃を止めてしまったマンティコアを見ながら、千条が呟く。 
 露骨な敵意を内斗先輩に向けながら、千条が手札を見て言う。
 
「永続魔法、生還の宝札を発動!」


生還の宝札 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。


 内斗先輩が発動されたカードを見て目を鋭くした。
 あのカードは自己再生能力を持つ暗黒のマンティコアとのコンボカード。
 マンティコアがその能力で蘇る度に、奴はカードを一枚ドローできる。
 何もない内斗先輩の場とは対照的に、千条の場はどんどん強力な布陣になっている。

「ターンエンドだ!!」

 千条が叫ぶように宣言した。
 内斗先輩がおもむろに、デッキからカードを引く。

「……僕のターン」

 カードを手札に加える。これで内斗先輩の手札は五枚。
 いつもと違い考える様子もなく、暗い雰囲気のまま内斗先輩はカードを手に取る。
 
「コマンド・ナイトを守備表示で召喚する」

 場に赤い軍服を身につけた女性騎士が姿を見せた。
 凛々しい姿ながら、主である内斗先輩を守るように立っている。


コマンド・ナイト
星4/炎属性/戦士族/ATK1200/DEF1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。


「これで、ターンエンド」

 またもあっさりと、内斗先輩はターンを終了してしまった。
 伏せカードもないので、これではまたLPを大幅に削られてしまう可能性がある。
 まるでどこか迷っているような、何かかちぐはぐな内斗先輩の行動。 
 負けたいのか、それとも勝ちたいのか。内斗先輩の心が揺れているように思える。

「俺のターン!」

 勢いよくカードを引き、内斗先輩の場の女騎士をにらむ千条。
 気のせいか、さっきよりさらに迫力が増しているようにも思える。
 引いたカードを手札に加えながら、千条が言う。

「守備モンスターなど、このデッキの前では何の役にも立たない。知らないはずないだろ?」

「…………」

 やはり内斗先輩は何も答えない。
 千条が手をはらうように動かして叫ぶ。

「どこまでもふ抜けてしまったようだな、お前は! 激昂のミノタウルス召喚!」

 怒りに身を任せるように、カードを決闘盤に叩きつける千条。
 その手に巨大な斧を握った、牛の怪物が鼻をならしながら現れた。


激昂のミノタウルス
星4/地属性/獣戦士族/ATK1700/DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の
獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、守備表示モンスターを攻撃した時にその
守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


 激昂のミノタウルス  ATK1700→ATK2500


 一族の結束の力によってその力を増す牛の獣。
 さらにその能力によって、相手の獣戦士族モンスターは貫通能力を得る。
 内斗先輩の場のコマンド・ナイトは守備表示だが、これではダメージが通ってしまう。
 もう迷うような素振りもなく、千条は容赦なく言う。

「激昂のミノタウルス、そこの赤い女を叩き潰せ!」

 牛の怪物が雄たけびをあげて、斧を構える。
 猛烈な勢いで突進し、ミノタウルスが斧を振りおろした。
 女騎士も剣を抜いて応戦するが、いかんせん体格が違いすぎる。
 力任せに、ミノタウルスが女騎士を粉砕した。

 
 内斗  LP4500→3900


 衝撃で顔をしかめる内斗先輩。
 しかし千条の攻撃はまだ続いている。

「ダイレクトアタックだ、暗黒のマンティコア!」

 暗黒のマンティコアが、そのいびつな体を震わせた。
 先ほどとは違って、内斗先輩の場に伏せられたカードはない。
 つまり今度こそ攻撃を防ぐ手段は存在しないということだ。
 マンティコアが飛びかかり、鋭い爪で内斗先輩を切り裂く。

「……ッ!!」

 
 内斗  LP3900→800


 さすがの内斗先輩も体をふらつかせた。
 その姿を見て、千条がふんと鼻をならす。

「情けない。まさかそんな姿を見ることになるとは。ターンエンド!」

 千条が吐き捨てるように言う。
 その眼差しは今や敵意から軽蔑へと変化していた。
 冷たい目で、内斗先輩のことを見ている千条。
 
 風が吹き、ばさばさと内斗先輩の黒髪が揺れた。

 体をふらつかせながら、内斗先輩が視線を地面に向けた。
 顔を伏せたままの格好で、内斗先輩が呟くような声で尋ねる。

「教えてくれ、アキラ。あの時からお前は何をしていた……?」

「あの時だと?」

 千条が不愉快そうに眉をひそめた。
 内斗先輩が「あぁ」と言ってから、さらに尋ねる。

「あの時、俺がお前にデッキを託した時のことだ」

 さらりと凄いことを言う内斗先輩。
 デッキを託した? さっきの千条の発言からも考えて、
 今むこうが使っている獣戦士族デッキはひょっとして元々は内斗先輩の物?
 千条の表情が、微妙に暗くなった。まるで目が覚めたように敵意が消える。

「あの時のことか……」

 ぽつりと呟く千条。
 内斗先輩はいまだに顔を伏せたまま、じっと言葉を待っている。
 ぽつぽつと、千条の口から言葉が漏れていった……。






         ―― 二年前 ――






「解散って、どういうことですか!?」

 内斗様が町の支配者となってから早2ヶ月。
 8月に入り、夏の暑さが厳しく降り注いでいたあの日。
 やけに晴れ晴れとした青い空が印象的な日のことだった。
 樫ノ原中学校に集められたメンバー達。内斗様が金髪をかきあげた。

「言った通りだ。ナイトメアは解散する」

 木材の上に座りながら、内斗様があっさりと言った。
 その金色の髪が風で揺れる。ガムを噛みながら、空を見ている内斗様。
 その言葉に、集まった不良達がどよどよと騒ぎ立てる。

「な、納得できません内斗様! いったいどうして!?」

 一番前に立っていた私が、動揺しながら尋ねた。
 これでも私は内斗様率いるグループ『ナイトメア』の副リーダー。
 いくら内斗様の意見とは言え、黙って見ている訳にはいかない。
 内斗様から視線をそらしつつ、私は勇気を出して言う。

「町も支配したし、内斗様は連勝記録更新中。それなのにどうして……」

「……アキラ、お前に話がある」

 おもむろに、内斗先輩が私を見ながら言った。
 私が言葉をつまらせて顔をあげると、内斗様が真っすぐに私を見ていた。 
 こんな時だというのに、自分の頬が赤くなるのを感じる。

「他の連中は帰れ。そしてもう戻ってくるんじゃない」

 内斗様が声をあげると、口々に不満を言う不良達。
 それもそうだ。私ほどではないが、彼らも内斗様に仕えてきた者達。
 唐突に解散を宣告されて、黙っているはずもない。
 しかしその罵声も、内斗様がにらみつけると、ぴたりと止む。

「お前ら、聞こえなかったのか? 帰れって言ってんだよ……」
 
 金色の髪の毛をざわつかせながら、内斗様がゆっくりとした口調で言う。
 その声に凍り付いたようになる不良達。冷たい視線を向けて、内斗様が言う。

「これ以上ここにいるなら、俺の前に立ちはだかるということだ。分かっているのか……?」

 その言葉に連中の顔がさっと青くなった。
 一目散に、蜘蛛の子を散らすようにしてその場から逃げだす不良達。
 あっという間に、その場に集まっていた不良連中は姿を消していた。
 残ったのは呆然としている私と内斗様と、木材だけ。

「まったく、使えない連中だな……」

 ドカッと音をたてて木材に腰を下ろす内斗様。
 胸ポケットから新しいガムを取り出すと、口へと放り入れた。
 セミの鳴き声だけがその場に響く。沈黙した空間。

「……アキラ」

「は、はい!?」

 突然に名前を呼ばれて、私は素っ頓狂な声をあげた。
 ガムを噛みながら、内斗様が呆れたように言う。

「お前は変わらないな。いつまで経っても……」

「そ、そうでしょうか! 自分ではそういうのは何とも……」

 アハハとひきつった笑いを浮かべながら、私は答える。
 その様子をぼんやりと見ている内斗様。いつもより暗い雰囲気。
 ため息をついてから、内斗様が両手を頭の後ろで組んだ。

「俺はこの町を出る」

 さらりと、本当にさらりと内斗様が言った。
 私と内斗様の間に、夏だというのに冷たい風が流れたような気がする。
 何も言えないでいる私。内斗様が視線をそらしながら言う。

「隣り町……風丘町の方に俺は行く。当分は戻らないだろう」

「ど、どうしてですか!?」

 私は内斗様の下へと駆け寄って尋ねた。
 黙ってガムをふくらませる内斗様。
 その瞳がどこか遠くを見ていることに、私は気づいた。
 再び沈黙が流れた。内斗様が、ガムを地面に向って吐き捨てる。
 そして私に向き直ると、真剣な表情を浮かべる。

「倒すべき相手が出来た。俺はそいつに復讐しに風丘町へ行く」

 淡々とした口調で話す内斗様。
 倒すべき相手? 復讐?
 何のことだかさっぱり分からないが、内斗様の決意が固いことだけは分かる。
 どうすればいいか、私には分からない。引き留めるべきか、それとも……。
 迷っていると、内斗様がひらりと木材の上から降りた。

「アキラ、ついてはお前に頼みがある」

「た、頼みですか?」

 内斗様がコクリと頷いた。
 ポケットをあさると、そこから黒のデッキケースを取り出す内斗様。
 そして私の手を取ると、デッキケースを私の手に押しつけて、言う。

「俺のデッキを託す。お前はこの町の次の支配者になれ」

 風が吹いた。少しだけ強い風。
 私の目の前にある金色の髪が風で揺れた。
 真剣な目で、内斗様が私のことをジッと見つめている。

「む、無理ですよ……」

 私は内斗様と目を合わせたまま、首を横に振った。
 やけに体が震えている。緊張したように、胸が苦しい。

「わ、私にはそんなこと出来ません。そ、それにそのデッキがなくなったら……」

「俺のことは心配するな。俺にはこれがある」

 そう言って内斗様が灰色のデッキケースを取り出し見せた。
 このデッキは確か内斗様の予備デッキ。未完成と言っていた戦士族のデッキだ。
 内斗様が私のことを見ながら、言う。

「その獣戦士族デッキは完成している。俺には改良の余地がない。だが……」

「な、内斗様……?」

 内斗様が、くやしそうに顔をゆがめた。
 まるで思い出したくないことを思い出したかのような顔。
 こんな内斗様の表情は初めて見た。
 ポカンとしていると、内斗様がハッとして頭を振る。

「ともかく、お前には新たな支配者となってもらいたい。おそらく俺がいなくなればまた空いた支配者の座をめぐって戦いが始まるだろう。あまり無駄な戦いは好ましくない。このデッキを使ってさっさと蹴りをつけろ。そしてお前が支配者になるんだ」

「で、でも……」

「安心しろ。前の有力グループのボス格連中は、大抵が入院中か二度と俺達に逆らわないくらいのトラウマを刻んでおいた。今の状況ならお前でもあっさりと支配者になれる」

 私の頭にポンと手を乗せて、内斗様が優しく微笑んだ。
 初めて見る笑顔に、私の胸が高鳴り、顔が赤くなる。
 しかしそれも一瞬のことで、内斗様は無表情に戻っていた。
 鋭い視線を向けてから、内斗様がくるりと背をむけて、片手をあげる。

「頼んだぞ、アキラ」

 そう言ってその場から立ち去っていく内斗様。
 遠ざかっていく内斗様の後ろ姿。私は慌てて叫ぶ。

「な、内斗様!!」

 その言葉に反応して、内斗様が足を止めた。
 そのまま振り返らずに、内斗様が尋ねる。

「何だ?」

「え、えっと、その……」

 私はもじもじと指を動かした。
 確か昔もこういうシュチュエーションがあった気がする。 
 あの時と同じで、頭の中が真っ白になっていく。
 それでも何とかして、私は声を出した。

「か、帰って来てくれますよね!?」

「…………」
 
 しばしの間。
 その後、内斗様がわずかに首を縦に振った。
 そしてそのまま、内斗様は去っていく。

 残ったのは、私とその手に握られた黒のデッキケース。

 風が吹いて、私の黒い長髪が揺れた。
 涙をぬぐうと、私は目の前の空間をキッとにらみつける。
 内斗様にはきっと色々な事情があって風丘町に行ったに違いない。

 ならば私は、それまでの間この町で内斗様の意思を継ごう。

 もう泣かない。きっと内斗様のような支配者になって見せる。
 青空の下で、私は決意した。
 


 そしてそれから一週間後、私は樫ノ原町の新たな支配者となった……。




第二十三話  真実の過去

         ―― 三日前 ――



 ドキドキと胸が高鳴る。
 こんなに緊張するのは二年ぶりだ。
 私は静かに深呼吸する。スーハー。
 だがどんなにやっても落ち着かない。
 それも無理はないだろうと、自分で自分を分析する私。

 なぜなら、今日は約二年ぶりに内斗様に会う日だから。

 正確には『会う』ではなく『遠くから見る』なのだが。
 しかしそんな細かい所は私にとってはどうでもいいことだ。
 あの夏の日、デッキを託されて以来の再会なのだ。
 緊張するのは当然。貧血で倒れないか我ながら心配だ。

 私、千条明はあれからも樫ノ原町の支配者として命令を全うしていた。
 
 もっとも私は内斗様のような恐怖政治じみた真似はできない。
 適当な小競り合いを『穏便に』すませ、町の治安を守っているのが日課だ。
 町の人々は私に対して優しく、今のところトラブルは全く起こっていない。
 しかし商店街の連中がやけに私に対して優しいと、どうも変な気分になる。
 勘違いするな、町の連中よ。私は好きで人助けしているんじゃない。

 内斗様の命令でやってるんだ! 別にお前らのことなんてどうでもいい!

 そう叫んでやりたいところだが、不要なトラブルをしょいこみそうなので我慢する。
 ともかく、私はなかなか見事に町の支配者としての任務をこなしているのだ!
 
 しかし、内斗様はあれから未だに帰ってきていない。

 あの夏の日以来、内斗様は中学校にも来なかった。
 風の噂ではあれからすぐに風丘町へと行ってしまったという。
 隣り町なので行こうと思えば行けたが、私にはそんな度胸はなかった。
 いつか、きっと帰ってくる。私はただひたすらにそう信じて待っていた。
 
 そして時は流れ、私は高校生になる。

 しかし内斗様は帰ってこなかった。
 それでもめげずに、私はただひたすらに待った。
 桜の木を見ると、胸が切なくなったがそれでも待った。

 夏になり、秋を迎え、冬になる。そして訪れる新たな春。

 私は杵ノ雪高校の二年生へとなっていた。
 また新たに花を散らす桜の木を見ると、また胸が切なくなった。
 そして夏になり、とうとう私の中の感情が爆発した。


 ――もう待てないッ!!


 私はこっそりと風丘町へと行くことに決めた。
 もちろん内斗様には内緒でだ。なるべく目立たないようにしなければならない。
 そう思い、私はぶかぶかのトレンチコートと黒いサングラスを購入した。
 そしておじいちゃんがよく被っている、灰色のハンチングを借りる。

 ……完璧だ。

 それらを着て、鏡の前で私は微笑んだ。
 何だか時代遅れの人さらいのようにも見えるが、気にしない。
 これならきっと私だとバレることはないだろう。まず間違いなく。
 にやついていると、部屋のふすまを開けておじいちゃんが入ってくる。

「なんじゃ、その格好……」

 部屋に入ってきたおじいちゃんが、尋ねた。
 にやついていた私は、慌てながら答える。

「ちょ、ちょっと学芸会の練習で……!」

「そ、そうなのか……?」

 不審そうに目を鋭くするおじいちゃん。
 私はバタバタと部屋から出ていきながら、言う。

「こ、これから練習だから! 行ってきま〜す!」

 そう言い残して、私は家から飛び出た。
 危ない危ない。おじいちゃんは勘が鋭いから、気をつけないと……。
 サングラスの位置を直して、私は額の汗をぬぐう。
 そしてこそこそと電柱の影に隠れるような動きで、駅へと向かった。
 数が多いと、自然と目立つ。だから私は風丘町へは一人で行く。
 切符を買い、電車に乗る。そしてついに――

 ……隣り町へと降り立った。

 時間的には電車に乗って十分も経っていない。
 だが私にはまるで永遠とも言えるような時間だった。
 緊張しつつ、私は駅から出る。ここが内斗様のいる町……。

 あまり人がいない駅。出てすぐに広がる商店街。遠くに見える緑の山々……。

 ぼんやりと眺めていたが、ハッと気がつく。
 このままボーッとしていたら、目立ってしまう。
 私は慌てて駅から歩きだした。方角は適当だが。
 幸いにも内斗様が風丘高校に進学したということは調べてある。
 地図を取りだし、それを見ながら私は着々と進んでいく。

 そして、ついに私は風丘高校の校門へとたどり着いたのだ。
 
 校門からは何人もの生徒が出てくる。
 私は校門の近くの電柱の陰から、その様子をこっそりとうかがう。
 生徒たちの表情に特に妙なところはない。平和そうな学校だ。
 内斗様がいたころの中学校では、皆が恐怖に怯える目をしていたが……。
 だが内斗様はカタギの連中には手を出さなかったから、当然か。

 あぁ、内斗様……。

 私は頬を赤らめて、これからのことを想像する。




 影からこそこそと内斗様のことを見ようとしている私。
 そしてついに校門から出てきた内斗様が、私のことを見つける。
 近づいてくる内斗様。険しい表情で尋ねる。

『なぜ待ってなかった?』

 私はその迫力にたじろぐ。
 しかし勇気をふりしぼって、私は答える。

『どうしても、内斗様に会いたくて……』

 私の目から涙がこぼれる。顔を伏せる。
 泣いている私の前で、内斗様がふっと軽く息を吐く。
 そして右手で私の顔を上げさせると、その左手で涙をぬぐって微笑む。

『まったく、どうしようもない奴だな、お前は……』

 にっこりと私の頭に手をのせる内斗様。
 そして私は気づく。内斗様も私に会いたがっていたという事実に。
 私も微笑み、そして二人は電柱の影で静かに抱き合う。




「なんてことになっちゃったりして、キャー!」

 私は頬を赤らめながらその場で悶えた。
 そうして幸せな気分に浸っていると……。

「……何をしているの?」

 私は後ろから声をかけられた。
 ドキッとしながら振り向くと、そこには風丘高校の制服を着た女の子が二人。
 一人は目が鋭くて無愛想な感じ、もう一人は眼鏡をかけた気弱そうな奴だ。
 内斗様ではなかったので、私はホッとする。
 
「さっきから校門の方を見ているけど、何か用でも?」

 あからさまに不審がった目でこの私を見る無愛想な女子。
 その言葉に、眼鏡をかけた方がおろおろと慌てながら言う。

「ちょ、ちょっと小城さん。まずいって……」

 もっともな意見だ。
 樫ノ原町を支配する私に対して、この不敵な態度。
 普段なら軽く脅してやるところだが、今日は目立ちたくない。
 コホンと咳払いをすると、私はサングラスの位置を直して言う。

「実は、わたくしさる依頼である人物を調べてまして、神崎という人なんですが……」

 そう言ってごそごそとふところから写真を取り出す。
 これは写真嫌いな内斗様を撮ることに成功した唯一の写真だ。
 金髪をなびかせながら、目をつぶって不満そうな表情を浮かべている。
 微妙にピンボケしているが、それでもこの写真は私の宝物だ。
 
「どうです、何か知りませんか?」

 写真を見せながら二人に尋ねる私。
 ジッと写真を見てから、二人は顔を合わせる。

「……ちょっとだけ似てますね」

「うん。でも、これはさすがに……」

 困ったように頬をかく眼鏡の女子。
 無愛想な方が写真を返してから、言う。

「悪いけど知らない。同姓の人ならいるけど」
 
「同姓?」

「うん。さっきもそこでビラ配ってたよ」

 校門の方を指さして、無愛想な女子が答えた。
 ビラ配り。内斗様からは180度かけ離れた行動だ。
 しかし同じ名前なら、ひょっとして内斗様のことを知っているかもしれない。
 私は素早く校門へと近づき、顔だけ出して中の様子をのぞき見る。

 広々とした校庭。帰っていく生徒たち。そして校門から少し離れたところに立つ二人組。

 一人は女みたいに長い茶髪のへらへらとした男子。
 道行く生徒にビラを渡そうとしているが、上手くいってないようだ。
 すらりとした体型で、なかなか整った顔立ちをしている。

 そしてもう一人――

「!?」

 視線を移して、私はまるで自分が凍りついたような感覚に陥った。
 ポカンとして口を開ける私。後ろでは無愛想な女子が首をかしげている。
 視線の先にいる人物が、ため息をついて言う。

「恭助、本当にこんなこと意味あるんですか?」

「何を言う。この前の小城君を見ただろう。世の中には優秀な人材はいくらでもいる。だからこうしてDC研究会のビラを刷ってきたんじゃないか!」

 得意げに大量のビラを見せる茶髪の男。
 バカバカしそうに、もう一人の方がさらにため息をついた。
 ジトッとした目を向けて、茶髪の男に言い放つ。

「しかし小城さんの時は、思いっきりトラブってましたよね?」

「そ、それは……。あの後ちゃんと謝ったじゃないか! さっきだって!」

「でもビラ配ってるの見た時、露骨に微妙な表情でしたよ、彼女」

「と、ともかく! もっとデュエル・コーディネートを世に広めるんだ! そのためにもビラ配りをがんばろうではないか、内斗君!」

 その言葉を聞き、「はいはい」と頷くもう一人の方。
 そのまま二人で一緒にビラを配る作業に戻る。
 完全に固まっている私に向って、無愛想な女子が尋ねる。

「どうしたの? 具合でも悪くなった?」

 微妙に心配そうに、私の顔の前で手を振る無愛想な女子。
 ゆっくりと振り返ると、私は震える声で尋ねる。

「あ、あそ、あそこに立っているの……?」

 ぶるぶると震える指でもう一人の方を指さす私。
 指さされた先を見てから、無愛想な女子が頷く。

「あの人がさっき言ってた人。神崎内斗先輩」

「か、神崎内斗……?」

「うん。この学校のナンバーワン決闘者」

 かけていたサングラスが、ずるりとずれた。
 何も言えずに、私はただ呆然とその場に立っている。
 頭の整理がつかない。真っ白になっていく目の前。

 い、いや、まさかあれが内斗様のはずが……

 しかし見た目といい声といい、とてもよく似ている。
 金髪を黒く染めて、少し押さえ気味にセットすれば……。
 そして無駄にさわやかなオーラをふりまけば……。
 何より、同姓同名という揺るがない不変の事実……。
 
 私はぶんぶんと首を横にふった。

 そんなわけがない。内斗様は樫ノ原町の偉大なる支配者。
 その徹底的な恐怖政治っぷりと気に食わない奴に対する粛清は今でも語り草だ。
 内斗様にビラ配りなんて頼んだら、そいつは一秒とかからず空を飛ぶことになる。
 そう、内斗様のはずが……

「そういえば、こんなの持ってるけど……」

 無愛想な女子が鞄をあさって何やら取り出した。
 薄い三枚くらいの紙束。大きく『風丘高校新聞』と書かれている。
 新聞を広げ、そこのある部分を指さす無愛想な女子。

『二つの部活、ダブルで一回戦突破!
 先週の土曜日に行われたファイブチームトーナメント一回戦、我が校からはDECとDC研究会が参戦、見事に両部活とも一回戦を突破している。DECは言わずもがな実力者の集まりなので当然だが、弱小クラブであるDC研究会が勝ち残った理由としては、ひとえに学園ナンバーワン決闘者である神崎内斗君(現2年生)の功績が大きいとされ……』

 ファイブチーム・トーナメント。
 そういえば私の通う杵ノ雪高校も参戦しているとか聞いている。
 だが内斗様がそんな馴れ合いの大会になんか参加する訳がない。
 ますます私の中の不信感が大きくなる。そのとき――

「あれ、何してるんですか、小城さん?」

 突然、私の後ろから声がした。
 どこか聞きなれた声。私が一番聞きたかった声とよく似た声。
 私は再び固まる。無愛想な女子が小さく頭をさげた。

「あ、神崎先輩。さっきはどうも……」

「いえ、気にしないでください。恭助が謝るのは当然ですから」

 やけにさわやかな声で答え、微笑む。
 その横顔をサングラス越しに見る私。
 まさか、そんなことが……

 と、横にいた私に視線を向けるその人物。
 
 少しだけ観察するように私の全身を見る。
 そして、その目が驚いたように見開かれた。

「……もしかして、お前」

 わずかに目を鋭くするビラを持った少年。
 それを見て、私は確信した。そこからだっと駆けだす。
 なぜか目から涙が流れる。

「お、おい。ちょっと……」

 私の後ろから声がしたが、追っては来ないようだ。
 そのまま私は無我夢中に走り続ける。
 流れ続ける涙も、何も気にはならない。
 頭の中が真っ白になっていく。何も考えられない。

 気がつくと、私は自分の部屋で横になっていた。

 まだ目からは涙が流れ続けている。
 着ていたコートや帽子を壁に向かって投げる私。
 
「嘘だ、嘘だ……!」

 私は1人、部屋の中で呟いた。
 ただの偶然。同姓同名の他人のそら似だと信じたかった。

 しかし、あの時に私に向けた鋭い視線。

 一瞬だったが、あれは間違いなく内斗様の目だった。
 金髪を揺らしながら、町を支配していたころの目。
 そして私を知っているかのようなあの口ぶり。

 間違いなく、あれは内斗様だ。

 しかし町にいたころとあまりに性格が違いすぎる。
 樫ノ原町の支配者だった頃の内斗様は危険なオーラに満ちていた。
 それが、今ではさわやかな表情でビラを配っている。
 
 どうして……?

 私は考える。いったいこの二年間に何があったのだろう。
 一緒にいた茶髪のロンゲ野郎のせいだろうか? 
 いや、そんな凄そうな奴には見えなかった。あれはただのバカだ。
 だとしたら、他に考えられることは……

 私はハッと気がついた。涙が、止まる。

 ひょっとして、内斗様は最初からこれが目的だった?
 確かに内斗様はナイトメアを創立した当初、どこか嫌そうだった。
 そして町の支配者になって自分を追う者がいなくなったから、内斗様は……

 自分で組織を解散して、自分を知る者が少ない風丘町へと逃げた。

 私に後のことをすべて任せて。そうすれば追われることもない。
 内斗様は悠々と素敵なセカンドライフを満喫できるという訳だ。
 つまり、私はただ単に利用されていただけ……?
 デッキをもらって、浮かれて、ずっと言葉通り信じて待って、それで……
 
 そこにあったのは、ただの裏切り。

 そこまで考えた瞬間、私の中で何かがはじけた。
 今までにない程の怒りが、憎悪が立ちのぼってくる。
 ぶるぶると全身が震える。また涙が出てくる。
 神崎内斗。絶対に許さない。絶対に……

 私は、復讐を誓った……。






         ―― 現代 ――





「……誤解だ」

 ぽつりと、小さな声で内斗先輩が呟いた。
 千条がその言葉に過剰に反応して、叫ぶ。

「ならば説明してみろ! なぜ貴様は町を去った! なぜそんな連中とつるんでいる!」

 俺達のことを指さして、千条は泣きそうな顔で内斗先輩を見る。
 しかし内斗先輩は答えない。顔を伏せたまま、沈黙している。
 その様子を見て、千条は自嘲気味に笑った。

「やっぱり内斗様は私を裏切ったんだ。私のことなんてどうでもよかったんだ……」

 うっすらと目に涙を浮かべる千条。
 遠巻きにそれを見ている不良連中が心配そうな顔を浮かべる。
 ふるふると頭を横に振り、指で涙をぬぐう千条。

「私の知っている内斗様は死んでしまった。そこにいるのはただの臆病者」

 ぴくりと僅かに内斗先輩がその言葉に反応した。
 しかし一瞬のことだったので、千条は気づかない。
 気づかずに、自分の言葉に酔うように喋っている。

「だけど、それでも……私は内斗様を忘れられない。だからっ!」

 千条が決闘盤を付けた方の腕を構える。

「私は今は亡き内斗様の意志を継ぐ! だから俺の名前はファントム・ナイト! 最強の決闘者だ!」
 
 強い光の宿った目を向け、千条が宣言した。
 先ほどまでの弱気な様子は微塵も見られない。
 強者としてのオーラをたちのぼらせ、千条はそこに立っていた。
 ビシッと内斗先輩を指さし、言う。

「さぁ、お前のターンだ! 抜け殻の如き臆病者など、俺の敵ではない!」

 
 千条明 LP4000
 手札:2枚
 場:暗黒のマンティコア(攻撃力3100)
   激昂のミノタウルス(攻撃力2500)
   一族の結束(永続魔法)
   生還の宝札(永続魔法)
   伏せカードなし

 神崎内斗 LP800
 手札:4枚
 場:なし

 
 ビュウッと場の空気を切り裂くような、鋭い風が吹いた。

 内斗先輩の黒い髪の毛がざわざわと揺れる。
 顔を伏せたまま、内斗先輩はただ黙ってそこに立っている。
 何かを考えているのか、それとも……

 と、内斗先輩が何かぼそぼそと呟いた。

 それは本当に聞き取れないほどの小さい声だった。
 遠くで見守る俺達はもちろん、千条も聞き取れなかったようだ。
 不満そうににらみながら、千条が言う。

「何か言ったのか?」

 その言葉を聞き、内斗先輩がさらに何かを言う。
 しかしその言葉も小さく、聞こえない。

「だから、何て言ってんだよ!」

 千条がイライラとした口調で尋ねた。
 内斗先輩の髪の毛がさらにざわざわと揺れた。
 ゆっくりと顔をあげ、内斗先輩が、言った。





「――お前、うるさいんだよ」





 突然、内斗先輩の雰囲気が変わった。
 まるで凍りついたように冷たい空気が溢れる。
 ビクリと、その場にいた全員が体を震わせた。
 
「さっきから訳の分からない妄想を垂れ流しやがって。変わってねぇなあ、お前は」

 吐き捨てるように言う内斗先輩。
 その目は鋭く、とても今までの内斗先輩とは思えない。
 千条が目を丸くして呟く。

「な、内斗……様?」

 内斗先輩がフンと鼻を鳴らした。
 そして決闘盤を構える。

「お前が目を覚ますまで手加減していたが、もう限界だ」

 暗い雰囲気のまま内斗先輩が呟く。
 その全身はあふれんばかりの殺気に満ちている。
 すっと指を伸ばし、内斗先輩が言う。

「お前は俺の前に立ちはだかった。許されることではない……」

 千条がその迫力に押されて一歩後ろに下がる。
 そして凍りついた空気の中、内斗先輩が足をあげた。
 ダンッと勢いよく地面を踏みつけ、キッとにらむ。

「叩き潰してやる。この俺が、直々に」

 その言葉と表情を見て、背筋が凍った。
 その場にいた誰もが顔を青くしてその光景を見ている。
 誰からともなく、呟かれた。

「き、金髪の悪魔……」

 そう、今ここにいるのは風丘高校ナンバーワン決闘者の神崎内斗ではない。
 かつて樫ノ原町を支配していた、伝説の金髪の悪魔。噂だけの存在。

 最凶の決闘者が、そこにいた。

 全員が言葉を失う中、ただ一人だけがその姿を直視していた。
 千条が僅かに体を震わせながら、叫ぶ。

「い、いまさら何を言っている! そんなハッタリには騙されないぞ!」

「ハッタリがどうか、それは自分で判断するんだな、アキラ……」

 冷たく言い、内斗先輩がカードを引く。
 すでにその表情はいつもの無表情なものへと戻っている。
 その身にまとっている雰囲気だけが、違っていた。

「俺は墓地のコマンド・ナイトとゴブリン突撃部隊を除外し、フェニックスブレードの効果発動!」

 荒々しい口調で、内斗先輩が宣言した。
 決闘盤の墓地から三枚のカードが吐き出される。
 その内の二枚をポケットに入れ、一枚を手札に加える内斗先輩。


神剣−フェニックスブレード  装備魔法
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
このカードが自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する時、
自分の墓地の戦士族モンスター2体をゲームから除外する事でこのカードを手札に加える。

 
 これで内斗先輩の手札は六枚。
 迷いなく、さらに内斗先輩はカードを選ぶ。

「俺は鉄の騎士ギア・フリードを召喚! さらに手札から拘束解除を発動!」

 内斗先輩の場に鉄の鎧をまとった騎士が現れる。
 だがすぐに鎧に亀裂が走り、そこから光が漏れる。


鉄の騎士 ギア・フリード
星4/地属性/戦士族/ATK1800/DEF1600
このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。


拘束解除  通常魔法
自分フィールド上の「鉄の騎士 ギア・フリード」1体を生け贄に捧げる事で、
自分の手札またはデッキから「剣聖−ネイキッド・ギア・フリード」1体を特殊召喚する。


 光が溢れていく場。
 相手の場の二匹の獣が眩しそうに目をそらす。千条も。
 内斗先輩が手をかざして、言った。

「デッキよりネイキッド・ギア・フリードを特殊召喚!」

 鎧が完全に砕け、その下の姿が明らかとなった。
 筋骨隆々とした体に、長い黒髪。鋭い視線を放ち、その手には剣が握られている。
 歴戦の戦士が、そこには立っていた。


剣聖−ネイキッド・ギア・フリード
星7/光属性/戦士族/ATK2600/DEF2200
このカードは通常召喚できない。
このカードは「拘束解除」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードが装備カードを装備した時、相手フィールド上モンスター1体を破壊する。


「だ、だが攻撃力は2600。俺の暗黒のマンティコアには敵わない!」

「手札よりフェニックスブレードを発動ォ!」

 千条の発言を完全に無視して、内斗先輩がカードを出す。
 すでに持っていた剣が消え、代わりに高貴な装飾がついた剣が現れる。
 迷いもなく、ネイキッド・ギア・フリードがその剣を握り、構えた。


 剣聖−ネイキッド・ギア・フリード ATK2600→ATK2900


 剣の力によって攻撃力が上昇する戦士。
 そして、その力が解放される。

「ネイキッド・ギア・フリードの効果発動。装備魔法を装備した時、相手のモンスター一体を破壊する」

「な、なにっ!?」

 千条が声をあげるが、もう遅い。
 ネイキッド・ギア・フリードが剣を振ると、衝撃波が大地を走った。
 真っ直ぐに、斬撃が暗黒のマンティコアを切り裂く。
 咆哮をあげ、マンティコアの体が破裂する。爆風が巻き起こった。

「ま、マンティコア……」

「バトルだぁ! ネイキッド・ギア・フリードで激昂のミノタウルスを攻撃ィ!」

 爆風で視界がくもっている中、内斗先輩の声が響いた。
 何か黒い影が、砂埃が舞い起こっている校庭を駆けていく。
 一瞬の静寂の後、一気に砂埃が吹き飛ぶ。そこには二つの影。

 天を仰いでいるミノタウルスと、剣を振り下ろし終わった騎士の姿。

 騎士が静かに立ち上がり、剣を空中でふるった。
 同時に、ミノタウルスの体がガラスのように砕け散る。


 千条 LP4000→3600


「く、くそっ……」

 目の前にいた二匹のモンスターが消滅したことで悔しそうに呟く千条。
 一気に大勢を整えた中、内斗先輩が言う。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドッ!」

 これで内斗先輩の場は強化されたギア・フリードと伏せカードが一枚。
 ようやく決闘の内容は内斗先輩らしくなってきたが、それでもまだ不安な状況だ。
 奴のデッキのエースは、まだ完全に消滅した訳ではない。

「ま、まだだ! 暗黒のマンティコアの効果発動!」

 高らかに、千条が宣言する。

「暗黒のマンティコアが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時、手札の獣戦士族モンスターを墓地へと送ることでマンティコアは場へと復活する! 舞い戻れ、暗黒のマンティコア!」

 千条が手札から『ブラッド・ヴォルス』のカードを墓地へと送る。
 あのカードは何の能力もないノーマルモンスターだが、獣戦士族だ。
 大地の底から雄たけびが上がり、場に奇妙な造形の獣が再び現れる。


暗黒のマンティコア
星6/炎属性/獣戦士族/ATK2300/DEF1000
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。


 暗黒のマンティコア ATK2300→ATK3100


 永続魔法、一族の結束の効果で攻撃力を増すマンティコア。
 さらにもう一枚の永続魔法も、効果を発揮する。

「生還の宝札の効果で、俺はカードを一枚ドロー!」


生還の宝札 永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。


 デッキからカードを引き微笑む千条。
 これで奴の手札消費はプラマイゼロ。
 ノーコストでマンティコアを蘇生したのと同じ状況だ。

「今さら本気になったところでもう遅い! 俺は最強だ! このデッキと共にな!」

 最強という言葉を聞いて、内斗先輩が顔をしかめた。
 しかしその変化には気づく様子もなく、千条がデッキに手をかける。

「俺のターン、ドロー!」

 千条がカードを引く。これで手札は三枚。
 マンティコアの攻撃力はネイキッド・ギア・フリードを上回っている。
 考える様子もなく、千条がカードを選ぶ。

「俺は神獣王バルバロスを妥協召喚!」

 場に、美しい金色のタテガミを持った獣が現れる。
 二本の足で地面に立ち、手には血のように赤い色の巨大な槍。
 凶暴そうな顔が、叫び声をあげたことで歪む。


神獣王バルバロス
星8/地属性/獣戦士族/ATK3000/DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。


 日華先輩が目を丸くした。

「妥協召喚モンスターまで入っているのか……」

「それもバルバロスって、すっごいレアカードですよね?」

 ディアの言葉に、日華先輩が頷いた。
 俺も軽く驚いていると、横からジッと視線を感じた。
 見ると、天野さんと霧乃先生が俺のことを見ていた。
 天野さんは恥ずかしそうに、霧乃先生は腕を組んで頷いている。
 俺は察すると、軽くため息をついて言う。

「妥協召喚モンスターというのは、上級モンスターであるにも関わらずに生贄なしで出せるモンスターのことです。当然のことながらある種のデメリットはありますが、普通の上級モンスターよりは遥かに使いやすいカードです。もっとも、とてもレアなカードですが」

 俺の言葉に、二人は頷いた。
 天野さんは手帳を取り出してメモしている。
 霧乃先生が微笑んだ。

「さすが雨宮君。きっと私の教え方が良かったからね」

「そうですね」

 さらっとその話題を流して、俺は決闘の様子へと目を移した。
 妥協召喚されたバルバロスの攻撃力は1900。
 しかし一族の結束の恩恵で、さらに攻撃力は上がっている。


 神獣王バルバロス ATK1900→ATK2700


 内斗先輩のLPは僅かに800。
 マンティコアとバルバロスの攻撃が通れば終わりだ。
 千条が手を伸ばして言う。

「行けぇ、マンティコア! その貧弱な剣士を八つ裂きにしろ! 血塗られた斬撃!」

 マンティコアがさらに咆哮をあげる。
 鋭い爪を構え、騎士へと飛びかかる。さながら獲物を狩るライオンのように。
 しかしそれも内斗先輩が声を発するまでの間だった。

「罠発動。攻撃の無力化!」

 強い口調で、内斗先輩が言った。
 伏せられた一枚が表となり、場の空間がねじ曲がる。


攻撃の無力化  カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「これでお前のバトルフェイズは終わりだ、アキラ」

 冷たく見下したように、内斗先輩は言った。
 事実マンティコアの攻撃は跳ね返され、騎士は傷一つ付いていない。
 千条が今にも地団駄を踏みそうになりながら、言う。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 伏せカード。これで残る手札は一枚。
 マンティコアの再生コストの獣戦士族のカードだろうか。それとも……
 さして気にする様子もなく、内斗先輩があっさりとカードを引く。

「俺のターン!」

 引いたカードを見て、内斗先輩が僅かに口元を歪めた。
 邪悪そうな笑みを浮かべて、内斗先輩がカードを見せつける。

「装備魔法、ミスト・ボディを発動」

 ネイキッド・ギア・フリードの周りに白いもやが立ち込めた。
 まるで幻のように、騎士の体が不安定に揺らめいている。


ミスト・ボディ  装備魔法
装備モンスターは戦闘では破壊されない。


「ミスト・ボディを装備したモンスターは戦闘では破壊されない。そしてネイキッド・ギア・フリードの効果発動。暗黒のマンティコアを破壊する!」

 再び騎士は剣をかまえ、衝撃波を放った。
 打ち出された斬撃に飲み込まれ、暗黒のマンティコアが叫び声をあげる。
 ガシャンとガラスのように、暗黒のマンティコアが砕け散った。
 千条が僅かに顔をしかめる。内斗先輩が言う。

「バト――」

「リバースカードオープン。罠だ。威嚇する咆哮!」

 突然、千条の場のカードが表になった。
 そしてそこから世にも恐ろしい絶叫が響きわたる。
 ビリビリとした衝撃が襲い、俺達は耳を塞いだ。


威嚇する咆哮  通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない

 
「これでお前のバトルフェイズは終了だな」

 不敵な笑みを浮かべて、千条が言う。
 内斗先輩が千条を凄まじい迫力でにらみつけた。
 チッと舌を鳴らし、手札を見る内斗先輩。

「ターンエンドだ!」

 吐き捨てるように、内斗先輩がエンド宣言する。
 そしてその瞬間、大地からまた雄たけびが上がる。

「暗黒のマンティコアの効果。手札の不屈闘士レイレイを墓地へと送って場に戻る!」

 手札から獣戦士族のカードを墓地に送る千条。
 それに応えるように大地が割れ、マンティコアが再び姿を現した。
 さらに生還の宝札が反応する。

「生還の宝札で一枚ドロー。そして俺のターン、ドロー!」

 デッキから合計で二枚のカードを引く千条。
 場の状況は前のターンとほとんど変わっていない。
 キーカードはミスト・ボディだ。内斗先輩のLPは残り僅か。
 防御用のあのカードが何ターンもつかで勝敗は決まる。
 
「魔法カード、貪欲な壺を発動!」

 と、千条がカードを選んだ。
 あのカードは手札を増強させるカードだ。
 これはまずいかもしれない。


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする


 千条の墓地から5枚のカードが吐きだされる。
『賢者ケイローン』『ウィングド・ライノ』『イグザリオン・ユニバース』『ブラッド・ヴォルス』『激昂のミノタウルス』
 それらをデッキに戻してから、カードを二枚引く千条。これで手札は三枚。
 しかも奴の墓地にはまだ獣戦士族が残っているので、一族の結束の効果は途切れていない。
 千条が手札を見てから、言う。

「暗黒のマンティコアでネイキッド・ギア・フリードに攻撃! 血塗られた斬撃!」

 狂気の表情を浮かべて飛びかかる獣。
 内斗先輩の場にこれを防ぐカードはない。
 獣の斬撃が騎士の体をすり抜け、僅かに内斗先輩を襲った。

「……ッ!」

 衝撃で顔をゆがめ、地面に膝をつく内斗先輩。
 千条はその様子を見て満足そうに微笑む。

 
 内斗  LP800→600


 ギリギリと歯を噛みしめ、内斗先輩が凄まじい迫力でマンティコアを睨んだ。
 百獣の王を象ったマンティコアの顔が、僅かだが確かに恐怖を浮かべる。
 ペッと校庭に唾を吐き、内斗先輩が立ち上がる。

「やってくれたなぁ、アキラァ……」

 鋭い視線を千条に向け、吐き捨てるように言う内斗先輩。
 さっきよりもさらに暗くて鋭い雰囲気をまとっている。
 もはや凶悪な微笑みさえも見せず、ただ殺気だけを放っている内斗先輩。

 まさに悪魔と言うにふさわしい姿だった。
 
 その迫力に、その場にいる全員が凍り付いたようになる。
 間違いなく内斗先輩は切れている。もう今度こそ容赦しないだろう。
 俺は心の底から対戦相手に同情する。

 しかし、対戦相手の千条は冷静な表情を浮かべていた。

 まるで何かを計算するかのように目をつぶっている千条。
 自分の前の悪魔の存在には注意を払っていない。
 すべての神経を集中させ、千条は考え込んでいた。そして――

「――俺はカードを三枚伏せて、ターンエンド!」

 手札の全てを、場に出した。
 それはまるで迷いのない行動だった。
 三枚の伏せカード。一気に勝負を決める気か。

「俺のターン!!」

 内斗先輩がデッキからカードを引く。
 そして場にチラリと視線を移してから、荒々しく言う。

「プレイミスだな、アキラ。そこの木偶の坊が攻撃表示のままだぜ」

 内斗先輩が千条の場のバルバロスに視線を向けた。
 確かに奴の攻撃力はネイキッド・ギア・フリードより下。
 だが千条はその言葉を聞いても、全く動揺したそぶりを見せていない。
 あの余裕。何か伏せカードに切り札があるのか? それとも……

「ネイキッド・ギア・フリードで、バルバロスを攻撃!」

 そうこうしている内に、内斗先輩が声をあげた。
 騎士が剣を構え、黄金のタテガミを持った獣人へと飛びかかる。
 だが騎士が剣を振り下ろそうとした瞬間に、千条が動いた。

「罠カードオープン、脅迫の選択!」

「なに……?」

 内斗先輩が驚いた。
 伏せられていた三枚のカードの内、一枚が表となる。


脅迫の選択 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の装備魔法カードを一枚選択し、自分の場のモンスターに装備する。
装備対象が正しくなかった場合、その装備カードを破壊する。


「このカードの効果で、お前の場のミスト・ボディをバルバロスに装備させる!」

 騎士の体を漂っていた白いもやが消滅する。
 代わりに、千条の場のバルバロスの周りに白いもやが現れた。
 体が霧のように揺らめき、剣の一撃をくらっても獣の体は崩れない。


 千条 LP3600→3400


 超過ダメージで少しだが千条のLPは減る。
 だがこれで内斗先輩の場のミスト・ボディはなくなったも同然。
 このままではマンティコアの攻撃は防げず、ギア・フリードが倒される。
 内斗先輩が自分の三枚の手札を見据えた。そして――

「……カードを三枚伏せて、ターンエンドだ」

 内斗先輩もまた、手札の全てを場へと出した。
 二人の間を強い風が通り抜けた。今までにない緊張。
 恐ろしいまでの張りつめた空気が、二人の間を流れる。


 千条明 LP3400
 手札:0枚
 場:暗黒のマンティコア(攻撃力3100)
   神獣王バルバロス(攻撃力2700)
   一族の結束(永続魔法)
   生還の宝札(永続魔法)
   伏せカード二枚


 神崎内斗 LP600
 手札:0枚
 場:剣聖−ネイキッド・ギア・フリード(攻撃力2900)
   神剣−フェニックスブレード(ネイキッド・ギア・フリードに装備)
   ミスト・ボディ(神獣王バルバロスに装備)
   伏せカード三枚


 息苦しいまでの沈黙が流れている。
 永遠にも思えるような重苦しい緊張。
 誰もが皆、言葉を失い、目の前の光景に注目する。

 そして、時は動く。

「俺のターン!」

 千条が勢いよくカードを引いた。
 運命のターン。おそらくこのターンで全てが決まる。
 どちらが勝者となるか。その全てが。
 千条が今引いたカードを決闘盤へと出した。

「俺は漆黒の戦士 ワーウルフを召喚!」

 場に黒い豹のモンスターが現れた。
 真っ赤な目をギラつかせ、手には細身の剣を握っている。
 

漆黒の戦士 ワーウルフ
星4/闇属性/獣戦士族/ATK1600/DEF600
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。


「や、ヤバイ。最悪のカードだ……」

 日華先輩が思わず呟いた。
 天野さんが首をかしげたので、俺は解説する。

「あのカードが場にあると内斗先輩はバトルフェイズで罠が使えなくなるんです。つまり――」

「つまり、内斗先輩は相手の攻撃を罠で防ぐことができないのよ!」

 俺の言葉を奪って、ディンが天野さんに解説した。
 状況が理解できたらしい天野さんが、息を呑んだ。
 千条が鋭い視線を向けながら言う。

「これでバト――」

「罠発動。重力解除」

 内斗先輩の場のカードが表になった。
 バトルフェイズに入る直前、内斗先輩が罠を使えるタイミングはここだけだ。
 

重力解除  通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。
 
 
「このカードの効果で、すべてのモンスターの表示形式を変更する」

 目に見えない重りでも乗せられたかのように、モンスター達が地面に膝をついた。
 上手い。これならこのターンの攻撃を確実に防ぐことができる。
 だが千条が、無表情に前に手を突き出した。

「罠発動。重力解除」

 伏せられた二枚の内の一枚が表になる。
 そこに描かれていたのは、内斗先輩のカードと全く同じもの。
 

重力解除  通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。


 モンスター達が最初と同じように臨戦態勢へ。
 内斗先輩がわずかに顔をしかめた。千条が、言う。

「皮肉だな。このデッキを組んだのはお前だ。だからこそ同じカードが入っている」

 重力解除のカードを墓地に送る千条。
 そういえば相手のデッキは元々内斗先輩が組み上げたものだった。
 同じカードが採用されていたとしても、不思議ではない。

「これでお前の計画は倒れた! バトルだぁ!」

 千条が勢いよく言った。
 内斗先輩は何も言わない。つまりもうバトルフェイズだ。
 これで内斗先輩はもう罠は使えない。
 だが千条が攻撃を宣言する前に、内斗先輩が動く。

「バトルフェイズ開始時に速攻魔法、月の書を発動」

 内斗先輩の場のカードが表になる。
 月の絵が描かれた青い書物。カードが青白い光を見せる。

「この効果で、お前のワーウルフを裏側守備表示に変更する」


月の書  速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


 日華先輩がパチンと指を鳴らす。

「ナイスだ内斗君! これで罠が使えるようになる!」

 その言葉を聞いて、天野さん達が嬉しそうに目を輝かせた。
 だがその希望も、すぐに砕かれる。

「浅はかな戦略だな、神崎内斗!」

 千条が人差し指を伸ばして鋭い声で叫んだ。
 憎しみの目を向けながら、吐き捨てるように言う。

「罠が使えないならば魔法で対処すればいい。確かに理にはかなっている。だがこの俺が、最強の決闘者であるファントム・ナイト様が、その程度のことを予見できなかったとでも思ったか! 今の私は、もう昔の私ではないっ!」

 バッと手を前に出す千条。
 そして高らかと、宣言する。

「カウンター罠発動、フォースフィールド!」

 最後の一枚。千条のカードが表となった。
 ワーウルフの体を強いオーラが覆い、雄たけびを上げた。
 月の書に秘められた魔術が跳ね返され、書物が破壊される。


フォースフィールド  カウンター罠
フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動を無効にし、
そのカードを破壊する。


「これでワーウルフは無事だ。貴様はもう、罠を発動することができない!」

 絶望的な状況をつきつける千条。
 奴の場には伏せカードこそないものの、モンスターは圧倒的だ。
 内斗先輩の場には伏せカードが一枚あるが、罠なら発動できない。

「ついに、ついにこの時がやってきた……」

 ぶるぶると拳を震わせながら、千条が呟く。
 その目には怒り、復讐を果たそうとする強い憎悪が宿っている。
 内斗先輩は冷静に、その姿に目を向けている。

「これでお前はもうおしまいだ! 私の気持ちをふみにじった罪、受け止めろぉ!」
 
 千条の声に、場の獣達が反応した。
 その顔を嬉しそうに歪めると、獲物に焦点を合わせるように目を動かす。
 千条が手を伸ばし、言う。

「暗黒のマンティコアで、ネイキッド・ギア・フリードを攻撃ィ! 血塗られた斬撃!」

 奇妙な造形の獣が、その体を震わせた。
 凄まじい迫力の雄たけびをあげると、その巨体を動かす。
 血で濡れたような赤い爪。疾風のように、飛びかかる。

「な、内斗君!」

 日華先輩が悲痛な声をあげた。
 天野さんとディアが、とっさに顔をそらした。
 俺も次に起こるであろうことを考え、目をつぶる。
 この攻撃が通れば、内斗先輩は……


 その時、強い風が俺の頬を叩いた。


 不思議に思い、目を開く。
 強い風はまだやんでいない。
 それどころか、さらに強さを増している。

「こ、これは……!?」

 日華先輩が驚きながら言った。
 千条もまた、何が起こったのかを理解できない様子だった。
 黙って目を丸くしている千条の前で、内斗先輩が口を開く。

「アキラ。やっぱりお前は変わってねぇな。最後の最後で、ツメが甘い」

 無表情に千条のことを見ながら、内斗先輩が言った。
 すっと手を前に出すと、伏せられていた最後の一枚が表になる。

「速攻魔法、ツイスター」


 内斗 LP600→100


 竜巻が描かれた絵を見ながら、内斗先輩が淡々とした口調で言う。

「このカードは相手の表側表示の魔法・罠を一枚破壊するカードだ。俺が破壊するのは、一族の結束」

「なっ……!」


ツイスター  速攻魔法
500ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。


 ツイスターのカードから竜巻が起こり、一族の結束を飲み込んだ。
 旋風の力に扇がれて、一族の結束のカードが粉々に砕け散る。


 暗黒のマンティコア  ATK3100→ATK2300

 神獣王バルバロス   ATK2700→ATK1900

 漆黒の戦士 ワーウルフ ATK2400→ATK1600


 暗黒のマンティコアの勢いが、がくりと落ちた。
 剣を構えている騎士は、その瞬間を見逃さなかった。
 音もなく間合いをつめ、一瞬のうちに剣を振る。


 ――斬ッ!


 空中で停止したまま、マンティコアの顔に苦痛の表情が浮かんだ。
 そのまま地面へと落ち、飲み込まれるように、消滅していく。


 千条 LP3400→2800


「そ、そんな。バカな……」

 呆然とした様子で、千条が呟いた。
 奴の場のモンスターは一族の結束によって強力な力を得ていた。
 それがなくなった今、もう内斗先輩のモンスターに勝つことはできない。
 それに気づいた千条が、震える手でカードを動かす。

「し、神獣王バルバロスを守備表示に。さらにエンドフェイズ時に暗黒のマンティコアの効果発動!」

 雄たけびがあがり、千条の場のワーウルフが大地に飲み込まれた。
 生贄の力を得たことによって、またもマンティコアが場へと戻る。
 しかし威厳に満ちたオーラはもはや消え、膝をつく姿は怯えきった獣そのものだった。


 神獣王バルバロス  DEF1200

 暗黒のマンティコア DEF1000


 マンティコアの再生に反応して、生還の宝札が効果を発揮する。
 カードを引く千条。しかし表情から見て、有用なカードではなかったらしい。
 
「た、ターンエンド……」

 顔を伏せて、小さな声で千条は言った。

「ど、どうしてそんなカードが。使う機会は、たくさんあったはず……」

 その言葉を聞き、内斗先輩はため息をついた。

「お前が伏せてるカードの予想はついていた。皮肉なことにそのデッキを作ったのは俺だからな。だが万が一のことを考えて、お前にすべてのカードを使わせるために多少の動きを見せた。それだけのことだ」

 当然のことのように、内斗先輩は言った。 
 千条が信じられないといった様子で首をふる。
 静かに、内斗先輩はデッキに手をかける。

「俺のターン。装備魔法、アサルト・アーマーを発動」

 引いたカードをそのまま決闘盤に挿す内斗先輩。
 それはこの決闘の終わりを告げる最後の一枚だった。


アサルト・アーマー  装備魔法
自分のモンスターカードゾーンに戦士族モンスター1体のみが
存在する場合に、そのモンスターに装備する事ができる。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
装備されているこのカードを墓地に送る事で、このターン装備モンスターは
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃をする事ができる。


「装備魔法を装備したことでネイキッド・ギア・フリードの効果発動。神獣王バルバロスを破壊する」

 ネイキッド・ギア・フリードが剣を振るう。
 霧をまとっていたライオンに斬撃が当たり、真っ二つに裂けて砕ける。
 
「さらにアサルト・アーマーの効果発動。このカードを墓地へと送ることで、このターン装備モンスターは二回攻撃できる」

 流れるような手つきで内斗先輩がカードを墓地へと送った。
 ネイキッド・ギア・フリードが黄金色のオーラをその身にまとった。

「そ、そんな……!」

 千条が悲痛な声をあげた。
 その目には恐怖が浮かんでいる。
 内斗先輩が腕を伸ばす。

「バトルだ。ネイキッド・ギア・フリードで暗黒のマンティコアを攻撃」

 騎士がその巨体を震わせ、剣を構えた。
 獣は必死に威嚇をするように吠えるが、通用しない。

 一気に距離をつめると、騎士はその剣で獣の体を切り裂いた。

 爆風が起こる。
 バサバサと黒い髪を揺らす千条。
 内斗先輩の鋭い声が、響く。

「ネイキッド・ギア・フリードで、ダイレクトアタック」

 その言う内斗先輩の目は、鋭かった。
 騎士が目の前に立つ千条へと視線を落とす。
 剣を構える騎士。千条は顔を伏せている。

 ――やがて剣は振り下ろされ、


 千条  LP2800→0


 千条のLPがゼロになった。

 ソリッド・ヴィジョンが消える。
 がっくりと、千条がその場に膝をついた。

「嘘だ。嘘だ。嘘だぁ……」

 パラパラと決闘盤からカードがこぼれおちる。
 暗黒のマンティコア、神獣王バルバロス、一族の結束……。
 そして千条の目からも、ポロポロと涙が落ちる。

「このデッキは最強のはずだ。それなのに、どうして……」

 呟いている千条。その前に立つ一つの影。
 千条が顔をあげると、そこには冷たい目をした内斗先輩が立っていた。
 無表情に、千条のことを見下ろす内斗先輩。千条の顔が青くなる。
 おもむろに、内斗先輩が手を伸ばした。

「きゃっ……!」

 千条が小さく悲鳴をあげて顔を両手でガードした。
 ぶるぶると震えながら、次に来る制裁に備える千条。
 だが、その手が拳となって振り下ろされることはなかった。

「おい、一応は俺のデッキだぞ。もっと大切に扱え」

 内斗先輩が地面に落ちていたカードを拾って差し出した。
 千条が目を丸くして差し出されたカードを見る。
 内斗先輩の顔を見る千条。内斗先輩がため息をついた。

「相変わらず思い込みの激しい奴だ。まったく変わってないな、お前は」

「な、内斗様……?」

「ほら、立てるか?」

 手を差し出す内斗先輩。
 ぶっきらぼうな口調だが、そこには確かに優しさがあった。
 一瞬だけ迷った後、千条がハッと気がついたように立ち上がる。

「だ、騙されないぞ。お前は私たちを捨てたんだ。だから風丘町に行ったんだろ!?」

 その言葉を聞いて内斗先輩の顔が苦くなった。
 ポリポリと髪をかいてから、再びため息をつく。

「お前には知ってほしくなかったんだが、これ以上面倒になるのもゴメンだな……」

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟く内斗先輩。
 真っ直ぐに千条のことを見て、言う。

「いいだろう。話してやるよ。俺が風丘町に行った理由をな」

 そして、内斗先輩は語り始めた。




















         ―― 二年前 ――





「……風丘町だと?」

 俺は読んでいた雑誌から顔をあげた。
 木材の近く、頭の悪そうな部下の不良一人が、それに頷く。

「はい。もはやナイトメアは樫ノ原町を支配しました。もうこの町は我々のものです」

 オーバーなアクションを見せながら説明する部下。
 その後ろから、もう一人の不良が前へと出てくる。

「ですが敵はまたいつどこから来るか不明です。ですので、隣り町の風丘町を――」

「支配して勢力に入れようってのか」

 俺の言葉に、二人は頷いた。
 しばし目をつぶり、俺は考えるようなそぶりを見せる。
 だが今でも部下の掌握に苦労しているのに、これ以上仲間を増やせる訳がない。
 俺は瞬時に判断して、口を開く。

「却下だ。俺はそんなことに興味はない」

「で、ですが……」

 さらに口を開こうとする二人を、俺はにらんで黙らせる。
 威嚇のために少し殺気を出しながら、俺は言う。

「俺は最強だ。どんな敵が出てきても関係ない。そうだろ?」

「それはもちろんです内斗様! でも――」

「だったら俺の実力を信用するんだな。それが嫌なら、消えろ」

 俺の言葉に、二人が押し黙った。
 すごすごと納得できなそうにその場から立ち去っていく。
 二人がいなくなってから、俺は小さくため息をついた。

「まったくどいつもこいつも……」

 俺は持っていた雑誌を下へと投げる。
 町の支配者とやらになればそれで終わりかと思ったら、そうではなかった。
 部下の掌握にトラブルの処理。やることは増えるばかり。まるでマフィアのボスだ。
 今はなんとかやっていけているが、これ以上トラブルがおこれば保証はできない。
 おまけに個人的に迷惑な奴が約一名……。

「内斗様ー!」

 嬉しそうな声が響き、黒い長髪の少女がこっちに駆けてくる。
 個人的に迷惑な奴の登場に、俺は自分の胃が痛くなるのを感じる。
 黒い長髪の少女、千条明がデレデレとした表情を向けて言う。

「内斗様。どうしたんですか、顔色が悪いですよ?」

「別にそんなことはない。元気だ」

 お前が来るまでは、という言葉を飲み込んで俺は言う。
 こいつは何かにつけて俺の周りをうろちょろしている奴だ。
 どうやらいつだかの廃工場で偶然にも助けたのを恩に思っているらしい。
 思い込みが激しくて迷惑な奴だが、実力だけはある。

「今日は何をしに来たんだ?」

「そんな冷たいこと言わないで下さいよ……」

 言葉とは裏腹にポッと頬を赤く染める千条。
 幸せそうに微笑んでいるが、俺からすればどうでもいいことだ。
 俺はため息をつくと、ダンと木材を叩いて奴の目を覚ます。

「それで、何の用だ?」

「あ。いえ、特に異常なしってことだけです、はい」

 びしっと敬礼のようなポーズで報告する千条。
 こいつは実力だけはあったのでナイトメアの副リーダーをやっている。
 町の状況を報告するというのが、俺がこいつに与えた役割だ。
 報告を聞き、俺は正直少しホッとする。

「トラブルなしか。珍しいな」

「はい。きっと内斗様に逆らっても無駄だってことが理解できたんでしょう」

 嬉しそうに手を合わせながら言う千条。
 それはそれで嬉しいことだが、まだ問題はいくつか残っている。
 千条のことはもう諦めかけているが、他にもいくつか残ってるな。

「どうしたんですか、内斗様?」

 不思議そうな表情を浮かべて尋ねる千条。
 どうやら考えている内に顔が険しくなっていたらしい。
 詮索されると面倒なので、俺はとっさに別の話題をふる。

「お前、風丘町についてどう思う?」

「風丘町? 隣り町のことですか?」

 俺はその言葉に頷く。
 千条が腕を組んで考える。

「私は行ったことないので、何とも言えません。平和な田舎町だそうですけど……」

「そうか。知らないならいい」

 俺は手をひらひらとさせる。千条がガーンとショックを受けた。
 大方『内斗様のお役に立てなかった!』とでも考えているのだろう。
 必死そうな表情で、風丘町に関する情報を思い出そうとしている。
 俺としては黙っていてくれた方が助かるのだが。

「そ、そういえば思い出しました内斗様!」

 数十秒の後、千条がパッと顔を輝かせた。
 ぴっと人差し指を伸ばしながら、言う。

「これは友達から聞いたことがあるんですけど、風丘町には伝説があるんです」

「伝説?」

「はい。紅い眼の決闘者っていう伝説です」

 千条が声をひそめて真剣な表情になった。
 まるで怪談話でも語るかのように、千条が顔を近づけてひそひそと言う。

「なんでも、もう十年近くも前から風丘町には紅い眼の決闘者とかいう奴が出没するらしいです。月だけが輝く薄暗闇の中、真っ赤な瞳だけが浮かび上がっている不気味な容姿で、街にとって迷惑な存在の前に現れると決闘でボコボコにするとか何とか……」

「はぁ?」

 あまりに非現実的な話に俺は顔をしかめた。
 疑わしそうに千条を見ると、奴は泣きそうな顔になる。

「ほ、本当なんです! 噂だと先代の支配者グループもそいつにやられたとか……」

「わかった。もういい」

 俺は頭をおさえながら言い放った。
 ただでさえ疲れているのに、こんな意味不明の話まで聞かされたらたまらない。
 千条は何やらショックを受けて白くなっているが、気にしない。

「今日が平和なら、俺はいいさ……」

 夕焼けで染まる空を見上げながら、俺は小さく呟いた。
 強い風が吹いて、俺の金髪がわずかに揺れた。






















 平和と言うのは幻想だ。戦争の合間の悲しい蜃気楼。

 そんなような言葉をどこかで聞いたことがあった。
 それがどこで誰の言葉だったかは覚えていない。
 だが運命の糸は俺と繋がっていた。戦いの運命。その糸が、確かに。

『な、内斗様ッ!!』

 深夜、俺の携帯がやかましく鳴り響いた。
 寝ていた俺は飛び起きると、机の上の携帯を手に取る。
 千条の奴かと思ったが、電話越しの声は千条のものではなかった。

「その声は……夕方の奴か」

 俺は不機嫌さを隠そうともせずに言う。
 風丘町がどうのこうのと言っていたバカ二人の内の一人。
 えらく慌てた様子の奴に、俺は尋ねる。

「こんな時間に何事だ。事によってはお前を許さ――」

『な、内斗様! お、俺! いや、俺達!』

 かなりテンパッた声が響く。
 その声からして明らかに様子がおかしかった。
 俺は目を覚ましながら、尋ねる。

「落ちつけ。何事だ?」

『お、俺達、我慢できなくて風丘町に偵察に行ったんです……』

 小さく震えた声で、奴は言った。
 まるで何かを恐れているように。
 電話越しに、奴の感じている恐怖が伝わってくる。

『俺と兄貴、二人で偵察してました。そして帰ろうとしたら、出たんです』

「出たって、何が?」

『あ、紅い――』

 刹那、電話の奥から爆発音のようなものが響いた。
 続いて地を震わせるような甲高い咆哮が電話越しに伝わる。
 雑音が混じり、音声が乱れた。

「お、おい。聞こえるか?」

 電話の向こうに語りかけるが、返事はない。
 携帯電話を上下に振るが、効果はない。
 切ろうかどうか迷っていると、雑音混じりに電話から声がした。

『な……内……様……』

「おい、どうした? 何があった?」

『あ………紅い眼の………兄貴が………決闘で………』

 かなり聞き取りにくい声だったが、何とか意味はわかった。
 どうやらバカ二人の内の一人が紅い眼と決闘をしているらしい。
 さっきの爆発と咆哮はその音だろう。

『ダメだ………強すぎ………赤い………竜が………』

 雑音混じりの電話からは悲痛な声が届いている。
 俺がさらに状況を聞こうとする前に、さらに爆発音が鳴り響いた。
 咆哮があがり、音声がまた遮断される。

「おい! 返事しろ!」

 俺は電話に向かって叫ぶが、電話からは何の音も聞こえてこない。
 そしてどうするか迷う間もなく、通話が切れた。
 ツー、ツーという無機質な電子音を聞きながら、俺は呆然とする。

 何だ、これは? 悪い夢か?

 ためしに頬をつねってみるが、目は覚めない。
 どうやらタチの悪いことに現実のことらしい。
 部下の二人が風丘町に行き、そして伝説に出会った。

「ばかばかしい……」

 俺は首をふり、吐き捨てるように呟いた。
 千条から話を聞いたときはただの噂だと思っていた。
 だが現実に紅い眼の決闘者は存在し、俺の部下に危害を加えている。

「…………」
 
 無言で、俺は考える。
 一番楽なのはこのまま布団に戻ってさっさと寝ることだ。
 寝て目がさめれば全てがいつも通りになっているかもしれない。

 そしてもう一つは、奴らを助けに風丘町に行くということだ。

 どんなバカであろうとあの二人が俺の部下であることに変わりはない。
 部下を失態から助けるのも、支配者としての務めである。
 だが今から行くとなると、紅い眼とはち合わせになる可能性も高い。
 そして何より、この選択はあまりにも疲れるものだ。

「さて、どうするか……」

 俺は別に望んで支配者とかいうのになったわけではない。
 周りが勝手に祭りあげただけだ。俺は立ちはだかった奴を倒しただけ。
 だから周りの不良に肩入れしている訳でもなく、助ける義理はない。
 奴らが勝手に風丘町に行ったのなら、それは自己責任だ。

 そう、助ける義理など……。

 自分の部屋の中、俺はため息をついた。
 布団から素早く出ると、パジャマを脱いで俺は着替えた。
 デッキケースを手に取り、髪を整えると、家から飛び出した。

「まったく、自分のお人好しっぷりが嫌になるな……」

 自転車に乗り、ペダルをこぎながら俺はため息をついた。



















 風が吹き、俺の金髪が揺れた。

 空に浮かんでいる満月が俺を見下ろしている。
 草むらでは何やら正体不明の虫たちが音を鳴らしていた。
 近くを流れる川は、空の暗闇を映して黒く濁っている。

 妙に静かな時間が、そこには流れていた。

 風丘町にある河原。防波堤を降りた普通より低い地点。
 青々とした草が伸び、川の流れる音が響くそんな空間。
 月明かりに照らされながら、俺はその地にたどりついた。
 周りを見ると、茶色の髪をおったてた不良二人が倒れていた。
 どうやら完全に気絶しているらしく、苦しげに唸っている。


 そして倒れている二人の奥にたたずむ、黒い影。


 全身を覆い隠すような黒いローブに、黒いフード。
 ローブの所々には、無数の細い銀色のチェーンが巻かれ、
 月明かりが出ているものの、その姿は完全に闇に溶け込んでいる。
 影のような黒い姿以外、顔も何も見ることはできない。

 ただ一つ。闇の中に浮かぶ、燃えるような赤い色の瞳を除いて。

 黒いフードに隠されて片目しか見えないが、その目は異常だった。
 尋常ではない程に冷たい眼。射抜くように、俺のことを見つめている。
 その瞳を見て、俺は少し背筋がゾクリとした。だがすぐに気を取り直して尋ねる。

「お前が、紅い眼の決闘者か?」

「…………」

 黒フードの野郎は答えない。
 微動だにせず、変わらずに俺のことを見すえている。
 反論しないということは、答えはイエスだと俺は判断した。

「いったい何が楽しくてそんなことしている?」

「…………」

 無言。凍りついたような沈黙が続く。
 ただ無感情に、奴は俺のことを観察しているように思えた。
 再び風が吹いて、俺たちの間を通り抜ける。

「……分かった。そこの二人は俺の部下だ」

 奴が自分のことを話す気はないと判断し、話題を変える。
 倒れている二人に交互に視線を向けて、言う。

「どんなバカであろうと、そいつらが俺の部下であることに変わりはない。つまり、お前はこの俺にも喧嘩を売ったんだ。分かっているのか?」

「…………」

 紅い眼の決闘者は何も答えない。
 答えたくないのか、答えられないのか。
 どちらにしろ、奴の態度は気に食わない。
 すっと、俺は左手で腰のデッキケースを開こうとする。すると――

「やめておけ」

 初めて、奴がその重い口を開いた。
 ビクリとし、俺は左腕を止めた。
 紅い眼をこちらに向けて、奴が静かな口調で言う。

「お前ごときでは、俺に勝つことはできない」

「何?」

 俺はムッとしたが、奴は気にしないようだった。
 倒れている二人に視線を移して続ける。

「そこの二人は当然だが生きている。そいつらを連れて街を出ろ」

 紅い眼が再びその瞳をこちらに向けた。
 奴の冷たい声が、暗闇の中に響く。
 
「そして、二度と帰ってくるな」

「…………」

 ざわざわと風が吹いて、周りの草が揺れた。
 自然が織りなす音以外、俺たちの間から音が消える。
 しばしの間の後、俺はガッと自分のデッキケースをつかんだ。
 そして深呼吸してから、言う。

「ご忠告ありがとう。だが俺は他人にバカにされるのが一番嫌いなんだ」

 奴をキッとにらみつけながら、指さした。
 紅い眼の決闘者は無感情にその言葉を聞いている。
 俺は倒れている一人の腕から、決闘盤をとりはずした。

「伝説だか何だか知らないが、お前は俺の前に立ちはだかった。許されることではない……」

 決闘盤を腕につけ、デッキを装着する。
 LPのゲージが赤く光って、その場の闇をわずかに照らした。
 あらん限りの力をこめて、俺は奴をにらみつけた。

「構えろ。叩き潰してやる……」

「…………」

 俺の威嚇に動じた様子もなく、紅い眼はその場にたたずんでいる。
 やがて残念だとでも言いたげに首を振ると、黒いローブの下から腕を出した。
 決闘盤をつけ、デッキをセットする紅い眼。そして呟いた。

「お前の存在は街を汚す」

 それを契機して、奴の周りの空気が変わった。
 突き刺すような強い殺気が、奴の全身から放たれた。
 そのあまりの迫力に、俺はわずかに気圧される。
 だが後悔するのも一瞬に、俺は決闘盤を構えて集中する。

「いくぞ……」

 デッキの上からカードを五枚引き、呟く。
 紅い眼も静かにデッキからカードを引いた。


「――決闘」


 俺達の声が、静かにその場に響いた。

 


















 ――そして運命の糸は絡み合い……

 

















「バカな……」

 俺は呆然としながら呟いた。
 目の前に広がっている光景の前に、ただ立ちすくんでいる。

 真っ赤に燃え盛る炎。その中で翼を広げている真紅の竜。
 
 闇の中に浮かび上がる黄色の二つの眼。
 黒い鱗の隙間に浮かぶ、血走ったような赤い溶岩。
 天空へと広がっている巨大な翼。悪魔のような姿。

「なんなんだ、そいつはッ……!?」

 宙に浮かんでいる竜を見上げて、俺は言う。
 紅い眼はそれには答えない。ただ無感情に俺を見ている。

 赤い竜が咆哮をあげる。大地が震え、炎が揺れる。

 ばさばさと俺の金髪が揺れた。
 凄まじい衝撃。吹き飛ばされそうになるのを、必死で耐える。
 紅い眼が、すっと決闘盤のついてない方の手をあげ、機械のように呟く。

「クリムゾンロードドラゴンで、攻撃。レクイエム・インフェルノ」

 その言葉を合図に、赤い竜が大きく口を開けた。
 辺りの炎が渦巻きながら、竜へと収束していく。
 紅い眼がわずかに、哀れそうな瞳を俺へと向けた。

 閃光が走り、辺り一帯が一瞬でなぎ倒される。

 凄まじいまでの衝撃が俺を襲う。
 悲鳴をあげる間もなく、俺は後ろへと吹っ飛ばされた。
 わずかに宙を飛んだ後に、勢いよく地面に叩きつけられる。
 全身に激痛が走り、俺は悲鳴を噛み殺す。腕の決闘盤の数字が動く。
 

 神崎内斗 LP2000→0


 うつ伏せの状態から、俺は何とか体を動かそうとする。
 しかし意志とは関係なく、俺の体はまるで動こうとしない。
 ぴくぴくと痛みに震える以外は、何もできなかった。

 赤い竜が咆哮を残し、その姿が消えていく。

 ざっざっざと地面を歩く音が聞こえる。
 倒れている俺の下へ、紅い眼が近付いてくる。
 痛みに全身を震わせながらも、俺は奴をにらみつける。
 何か言ってやりたいところだが、声が出ない。

「これで分かったか。二度とこの街には近づくな」

 氷のように冷たい声で言う紅い眼。
 そうしてから奴は俺に背を向け、静かに歩き始める。

「ま、待てッ……!!」

 俺は上半身だけを何とか起こして言う。
 しかし紅い眼は止まらない。歩き続けている。
 俺は右手を伸ばしながら、さらに言う。

「俺は……まだ……勝負できる……だから……決闘を……」

 だが言い終わる前に、俺の体力がつきる。
 力が抜けて、ぐしゃりと地面へと倒れこむ。
 泥の冷たさが、直接肌に伝わってきた。

 そして紅い眼は、そのまま闇の中へと消えて行った……。

 残されたのは倒れている二人と俺だけ。
 今までの非現実的な空間はどこにもなかった。
 ただそこには平凡な河原だけが広がっている。
 
「くそッ……!!」

 俺は両拳を握りしめ、屈辱に震えた。
 今までにない程の敗北感が、俺の中を満たしていく。
 泥だらけの体を震わせながら、俺の目からは涙がこぼれた。

 満月が、哀れむように俺のことを照らしていた……。

















         ―― 現代 ――





「そんな……嘘だ! 内斗様が負けるだなんて!」

 話を聞き終わった千条が、目を見開きながら言った。
 内斗先輩が、残念そうな表情で首を横に振る。

「本当のことだ。俺は奴に手も足もでないで敗北した。だから俺は復讐を誓ったんだ」

「ふ、復讐?」

「そうだ」

 内斗先輩が空を仰いだ。
 ぼんやりと青く広がる空を見ながら、両手の拳を震わせる。

「あんな屈辱を俺に味あわせた紅い眼を、必ず見つけ出して叩き潰すとな。だから俺は風丘町へと行ったんだ。敗北した獣戦士のデッキをお前に預けてな」

 全身から怒りの感情をあふれさせながら、内斗先輩が吐き捨てるように言った。
 なるほど、これで大体の疑問が解決された。俺は腕を組みながら頷く。
 しかし、いつだかの怪談話で聞いた紅い眼が、まさか実在するなんて……。
 世界には色々な変人がいるんだなと、俺は自分を納得させる。

「そ、そんなことが……」

 千条が呆然とした様子で呟いた。
 だが少し何かを考えると、すぐにハッとなってつっかかる。

「だ、騙されないぞ! そんなこと言って、本当は逃げたんじゃないのか!?」

「……アキラ」

 内斗先輩が頭痛でも感じているかのように目を閉じた。
 千条が内斗先輩をぶんぶんと指さしながら、尋ねる。

「だ、だいたい、もしその話が本当だとして、どうして私に何も言わずに一人で風丘町に行ったんですか!? 私だってナイトメアの副リーダーですよ!」

「……それは」

 内斗先輩が微妙に言葉をにごした。
 おそらく、想像するにあたって内斗先輩の本音はこうだろう。

『だって、お前を連れてったら面倒なことになるだろ?』

 千条という女の子ははたから見てもかなりうるさい。
 あまり内斗先輩の好みそうな人間ではないし、だから置いてったのだろう。多分。

「……この復讐にお前を巻き込むことはないと判断しただけだ」

 内斗先輩が少し考えてから答えた。
 千条に視線を向けると、内斗先輩は言う。

「それに紅い眼は危険な存在だ。奴の決闘盤は安全装置のリミッターがはずれている」

「えぇっ!?」

 横で話を聞いていたディアが声をあげた。
 その反応を見て、内斗先輩が不思議そうに頷いた。

「あぁ……あの時の決闘で受けたダメージから考えて間違いないだろう。それが何か?」

「い、いえ。何でもないです……」
 
 顔を伏せるディアだったが、奴が考えていることは分かる。
 安全装置のはずれた決闘盤。確かにダメージが大きければ普通はそう考えるだろう。

 だが、もし紅い眼の決闘者が闇の道具を所有していたとしたら?

 もし過去の内斗先輩が体験した決闘が闇の決闘だとしたら……。
 とても面倒なことになる。チェスの四騎士に加えて、そんな奴まで出てくるとは。
 俺は果てしない頭痛を感じた。内斗先輩が千条に向かって言う。

「お前が勝手に突っ込んで怪我するのも見たくなかったからな。それがお前には何も言わないで町を出て行った理由だ」

 優しげな瞳を千条へと向ける内斗先輩。
 その言葉は、それはそれは劇的な効果を千条にもたらした。
 一気に顔が赤くなり、そしてその目からは涙があふれ出す。

「な、内斗様……」

 千条がめそめそと涙を流しながら呟いた。
 どうやら勘違いしていたということに気づいたらしい。
 涙をぬぐいながら、千条が言う。

「そんな理由があったんですね。私はてっきり新しい女でも出来たのかと――」

「んな訳ねえだろ……」

「そ、それか私のことがうっとうしくなったものかと思ってました……」

「…………」

 なぜか否定しない内斗先輩。
 やっぱり少しうっとうしいと感じてたんだな、俺はそう確信する。
 しかし千条はその様子には気付かない。両手を広げて、言う。

「うぅ。な、内斗様ー!!」

 千条が泣きながら、内斗先輩の胸へと飛び込んだ。
 一瞬、それをかわそうとする動きを見せる内斗先輩。
 こうなることを予期していたらしい。昔似たようなことがあったのだろうか?
 しかし、かわすと面倒なことになりそうだ、と気づいた顔になる。
 仕方なさそうに、内斗先輩は千条の体を受けとめた。

「内斗様。申し訳ございません……」

「泣くな。うっとうしい。早く離れろ」

 内斗先輩が言うが、千条は離れようとしなかった。
 もう諦めたかのような表情で、内斗先輩は千条のことを見ている。
 決着がつき、辺りには千条の泣く声だけが響いていた。


 













 夕焼けが目にしみる帰り道。

 俺達六人は、とぼとぼと樫ノ原町の道を歩いていた。
 頭の後ろで腕を組みながら、日華先輩が言う。

「しかし、内斗君が樫ノ原町に行きたがらなかった理由がわかったよ」

 いつものへらへらとした口調の日華先輩。
 この中では唯一、疲れた様子を見せていない。
 面白そうに笑いながら、内斗先輩に向かって言う。

「あの千条って女の子、ものすごく勘違いしてたね」

「そうですね。千条も悪い奴ではないんですが……」

 内斗先輩が元の紳士口調に戻って、疲れたように言った。
 結局、あれから内斗先輩は千条にきつく言い聞かせていた。

『そういう訳だから、まだ帰らない。お前はこの街の支配者としての仕事を全うしていろ』

『はい! 内斗様!』

 熱っぽい表情で内斗先輩を見上げながら、千条は答えた。
 そして去っていく俺達に向かって、いつまでも手をふっていたのだ。
 さっきまでの光景を思い出したのか、内斗先輩がため息をつく。
 
「まったく。あいつの勘違いには昔からひどい目に合わされます……」

 心底困ったように、内斗先輩は呟いた。
 さっきまでの金髪の悪魔状態とは違って、とても弱々しい印象の内斗先輩。

 いったいどっちが本当の内斗先輩なのだろう?

 疑問に思いながら内斗先輩を見ていると、内斗先輩が俺の視線に気づいた。
 何が言いたいのか悟ったようで、内斗先輩は微笑んで肩をすくめる。

「別にこの性格も紛れもない『神崎内斗』さ。支配者なんてやっててつくづく思ったんだ。敵が多すぎるってね。だから、こっちに来てからはなるべく穏便な性格として過ごしてきたのさ。まぁ、他にも色々な理由はあるけどね」

 どこか悲しそうに語る内斗先輩。
 きっとこの街にいたころは、色々な出来事があったのだろう。
 だから内斗先輩は性格を変えた。過去から逃げるために。

「だけど過去は変えられない。様々な運命の糸が、今もはりめぐらされている……」

 ぼそりと、内斗先輩が呟いた。
 それは誰かに話すような言葉ではなく、ただ呟いただけの言葉だった。
 しかしその言葉が、俺の心の中で何回も反響する。

 運命の糸は、今もはりめぐらされている。

 そう、まだ全てが終わった訳ではない。
 俺にはまだやるべきことがある。運命の糸は途切れていない。
 抜けるような夕焼けを見ながら、俺はそう感じた。


























 深夜。

 風吹く町、風丘町の住宅街を歩く一つの影。
 ゆっくりと、どこかフラフラとした動きで影は歩く。
 まるで蜃気楼のように、その歩調は定まらない。
 
 と、月が出て、影をおぼろげな光で照らした。

 ぴたりと歩みを止める影。その全容が明らかになる。
 黒いタキシードに、黒いマント。赤い色の蝶ネクタイ。
 キラキラと輝く金髪に、つばのある黒いシルクハット。
 
 そして首からぶらさげた、黄金色に輝く十字架のペンダント。

 まるで奇術師のような格好の、色白の美少年がそこには立っていた。
 月を見上げながら、黄色い瞳を細めながら、微笑む。
 そしてまたゆっくりとした動きで、美少年はその場から立ち去っていった……。




第二十四話  烈火と烈風

 霧が出ていた。

 満月が浮かんでいる深夜の時刻。
 白いもやのような霧が、辺りには蔓延していた。
 どこか不思議な感覚のする白い霧。現実味のない霧。
 そしてそんな霧の中心で対峙する、二人の少年。

 霧の中心には、まるで天国のような光景が広がっていた。

 オアシスのように静かな音を立てながら湧き出る泉。
 地面には色とりどりの花が咲き、周りの木々には果実が実っている。
 頭上の空は抜けるように青く、白い雲がゆっくりと動いている。
 優しいそよ風が吹き、妖精が笑う声だけがその場に響く。

 全てが美しく調和された、楽園のような光景。

 だがその美しさが、逆にその場の雰囲気の異常さを表していた。
 悪夢の中に迷い込んだような感覚。どこかふわふわとした、現実味のない世界。
 自分という存在すら、ここではうまく定まらなかった。
 ごくりと唾を飲み、一人の少年は口を開く。

「お、お前、いったい何者だ!?」

 少年が対峙する、もう一人の美少年に向かって叫んだ。
 それはまるで悲鳴のような声で、楽園の中へと溶ける。
 沈黙が流れた後、美少年から声が返ってくる。

「そうだね……。強いて言うなら、正義の味方、かな?」

 くすくすと笑い声を交えながら闇の中の人物は答えた。
 その不気味なまでの余裕に、少年は背筋がぞくりとする。
 黒いシルクハットに、黒いタキシード。裏地が赤の黒いマント。
 キラキラと輝くややウェーブがかった金髪に、白い肌。

 そして首からぶら下げた、黄金色の十字架のペンダント。

 ペンダントはぼうっとした光を放ち、妖しげに輝いている。
 まるで奇術師のような、黄色の瞳の整った顔立ちの美少年がそこにはいた。
 美少年の口から、流れるように言葉が出る。

「美しい楽園だろ? こんな場所で眠りにつけるなんて、素晴らしいと思わないかい?」

 楽園を見まわしながら、微笑む美少年。
 まるで波打つように、楽園全体がゆらりと揺らめいた。
 異様な気配に飲まれそうになる少年だったが、何とかして叫ぶ。

「黙れ! お前みたいな奴に、DECメンバーの俺は負けない!」

「やれやれ、困った子羊君だ……」

 肩をすくめる美少年を、少年はにらみつける。
 腕につけた決闘盤の状況を、少年は今一度確認する。


 少年:LP1000
 手札:1枚
 場:なし


 美少年:LP4000
 手札:1枚
 場:揺らめく楽園(フィールド魔法)


 今の自分の手札は1枚。
 だが次は自分のターンだから、カードがさらに1枚引ける。
 相手の場にあるのは得体の知れないフィールド魔法のみ。まだいける!
 少年は素早く判断し、デッキに手をかける。

「俺のターン! ドロー!」

「この瞬間、揺らめく楽園の効果発動」

 透きとおるような声で、美少年が言った。
 シルクハットのふちを指ではじき、黄色の瞳を少年に向けて微笑む。

「スタンバイフェイズ時、ターンプレイヤーは手札を公開しなければならない」

「くっ……」


揺らめく楽園 フィールド魔法
スタンバイフェイズ時、ターンプレイヤーは自分の手札を公開する。
互いのプレイヤーはモンスターを攻撃表示で召喚する時、裏側攻撃表示で
出すことができる。


 少年が悔しそうに顔をゆがめ、手札を美少年へと向けた。
 その手に握られていたのは『死者蘇生』と『攻撃の無力化』
 シルクハットの美少年が口笛を吹いた。
 
「なかなか良い手札じゃないか。それで、どうするんだい?」

「知れたこと。お前の手札に『聖なるバリア−ミラーフォース−』があるのは、さっきのお前のスタンバイフェイズで分かっている」

 美少年が自分の手札に視線を落とした。
 そこには確かに『聖なるバリア−ミラーフォース−』が握られている。
 少年が手をかざして、言う。

「俺は死者蘇生を発動。俺の墓地からミラージュ・ドラゴンを特殊召喚する!」

 少年の場に、幻想的な姿の竜が現れる。
 青い色の目を美少年へと向け、鋭く吠えた。


死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


ミラージュ・ドラゴン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF600
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。


 美少年が頷いた。

「なるほど。良い戦略だ。素晴らしい」

「へっ。今の内にほざいてな! ミラージュ・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 竜が口を開き、そこから虹色のブレスを吐いた。
 美少年の場にモンスターはなく、攻撃が直に当たる。
 衝撃を受け、美少年がわずかにふらついた。


 美少年  LP4000→2400


 シルクハットの位置を直しながら、美少年が息を吐いた。
 
「ふむ、なかなか手痛い一撃だね」

 そう言いつつも、美少年にはどこか余裕があった。
 少年が気を落ち着かせるように深呼吸をし、手札を見て言う。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 当然、伏せられたのは攻撃の無力化。
 これで次のターンはミラージュ・ドラゴンへの攻撃が防げる。
 ゆっくりとした動作で、美少年がデッキに手を伸ばした。

「僕のターン」

 ゆっくりと、一枚のカードを指ではさむように引く美少年。
 そして自分の持っていた手札と共に、くるくるとカードを指の先で回しながら言う。

「揺らめく楽園の効果だ。僕の手札を見せてあげよう」

 ぴたりとカードを回すのをやめる美少年。
 美少年がカードをゆっくりと少年側へと向けていく。
 ごくりと唾を飲み込む少年。緊張の瞬間。
 そして手札が完全に少年の方へと向けられ、そこにあったのは……

『聖なるバリア−ミラーフォース−』『マジシャンズ・スワロウテイル』

 一枚は罠カードの聖なるバリア−ミラーフォース−。
 そしてもう一枚はマジシャンズ・スワロウテイル。効果モンスターのようだ。
 少年が警戒する。もしミラージュ・ドラゴンが破壊されれば、かなり不利になる。

 あれがもし、攻撃の無力化をすりぬける効果モンスターならば……

 しかし少年の警戒は、すぐに解かれることとなる。
 美少年が手札を裏にしてシャッフルしてから、一枚を選んで言う。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

「なんだと!?」

「ふふ。なにを驚いているんだい?」

 美少年が小首をかしげて尋ねた。
 狼狽しつつ、少年が首を横に振る。

「いや、別にかまわないが……」

「そうか。なら君のターンだ。がんばりたまえ、女神が微笑むように……」

 美少年がにっこりと微笑んだ。
 その様子を見て、少年はホッと胸をなでおろす。
 狙いは不明だが、奴はモンスターを温存する作戦に出たらしい。
 あの伏せカードはミラーフォース。だがミラージュ・ドラゴンの効果で発動はできない。
 奴のLP2400。次のターン、俺がモンスターを引けば……

 少年がデッキの一番上のカードを引いた。

「俺のターン!」

 引いたカードを横目で確認する少年。
 そして、思わず笑みがこぼれた。
 手札を、美少年の方へと向ける。

「俺の手札は『UFOタートル』だ! そしてこいつを攻撃表示で召喚!」


UFOタートル
星4/炎属性/機械族/ATK1400/DEF1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 場にUFOから首を突き出した亀が現れる。
 攻撃力は1400。ミラージュ・ドラゴンの攻撃力と足せば3000。
 美少年のLPを上回る数値だ。

「ははっ! お前も運がなかったな! これで俺の勝ちだ、行け!」

 少年が笑いながら二体のモンスターに指示を出す。
 少年の目には、自分が勝利する未来が見えていた。
 勝利の快感、その余韻を想像し、少年は口元をゆるませる。

 そう、最後に笑うことができるのは、勝者のみ。

 二人の間に強い風が吹き通った。
 シルクハットの美少年が、にやりと笑って、言う。

「リバースカード、オープン」

 美少年の場のカードが表となる。
 そこにあったのは、聖なるバリア−ミラーフォース−ではなかった。
 魔導師が着るようなローブを身にまとう、人型のツバメ。
 少年の顔が驚きの色で染まった。風が吹き荒れる中、美少年が言う。

「マジシャンズ・スワロウテイルの効果。このカードは魔法カードとして魔法・罠ゾーンにセットできる」

「な、なんだと!?」

 聞いたことのない効果に、少年はさらに驚いた。
 その姿を見て、美少年はさらに楽しそうに笑みをひろげる。


マジシャンズ・スワロウテイル
星4/風属性/鳥獣族/ATK1900/DEF1500
このカードは魔法カードとして自分の場の魔法・罠ゾーンにセットできる。
魔法・罠ゾーンにセットされているこのカードは、以下のテキストのカードとして扱う。
●速攻魔法:相手の墓地に存在する魔法カードを一枚選択する。このカードの効果は
選択した魔法カードと同じ効果となる。


「特殊効果により、マジシャンズ・スワロウテイルは君の魔法に擬態できる。僕は君の死者蘇生を使わせてもらうよ」

 ツバメのカードの姿が、一瞬で死者蘇生のカードへと変化した。
 場に風が吹き荒れ、その中心に一つの黒い影が姿を現した。
 美少年が指をパチンと鳴らす。風が弱まり、場の様子が明らかになる。


 少年:LP1000
 手札:0枚
 場:ミラージュ・ドラゴン(ATK1600)
   UFOタートル(ATK1400)
   伏せカード1枚(攻撃の無力化)


 美少年:LP2400
 手札:1枚(聖なるバリア−ミラーフォース−)
 場:揺らめく楽園(フィールド魔法)
   ソーサリック・アイビス(ATK1900)


「ばかな……」

 少年が呆然した様子で呟いた。
 信じられないといった様子で、場の状況を見ている。
 美少年の場には、高貴な雰囲気をまとった朱鷺のモンスターが構えていた。
 

ソーサリック・アイビス
星4/風属性/鳥獣族/ATK1900/DEF1500
このカードは罠カードとして自分の場の魔法・罠ゾーンにセットできる。
魔法・罠ゾーンにセットされているこのカードは、以下のテキストのカードとして扱う。
●通常罠:相手の墓地に存在する罠カードを一枚選択する。このカードの効果は
選択した罠カードと同じ効果となる。

 
「ターン、エンド……」

 攻撃する手段を失い、少年は呟くように宣言する。
 美少年が微笑み、カードを引く。

「僕のターン。……残念だ。どうやら舞台の幕は落ちてしまうようだ」

 美少年が憂いをおびた表情でため息をついた。
 揺らめく楽園の効果で、手札を少年へと向ける美少年。
 そこに描かれていたのは、魔術師のような服装の、杖を持った人型のモンスター。


原祖の支配者(エレメンタル・マスター)
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。


 美少年がモンスターを場へと出した。
 原祖の支配者が持っていた杖の先に、烈風の力が宿る。
 そして原祖の支配者の体が砕け、四本の輪が朱鷺の周りを飛び交う。

 光が走り、そして――

「ばかな……」

 少年が呟いた。現実を信じられないといった様子の声。
 しかし目の前に現れた『それ』は、まぎれもない存在だった。

 他者を圧倒する、異様な威圧感を持った、翼を持つ鳥を形どった存在。
 
 鳥のような生命体が、甲高い叫び声のような声をあげた。
 びりびりと空気が震える中、翼を持った生命体が目を少年へと向ける。
 ゆっくりとした動作で、鳥のような生命体が翼をさらに大きく広げる。

 ――攻撃する気だ!

「カウンター罠発動! 攻撃の無力化!」

 とっさの判断から、少年は決闘盤のボタンを押して言う。
 これでこのターンは何とかしのげるはずだ。まだ負けない。
 だが少年がカードをオープンさせようとした時、

 ビーッ!!

 突然、少年の決闘盤が警告音を鳴らした。
 予想だにしないことに、少年が驚く。その様子をくすくすと見ている美少年。
 決闘盤のLPゲージの部分に、赤い文字が流れる。

『発動条件ヲ満タシテオリマセン』

 何を言っているのか理解できない少年。
 自分の腕についた決闘盤を、乱暴に揺らす。

「発動条件だって? そんなバカな! 奴は明らかに攻撃をしようとして――」

「ふふ。何を言っているんだい?」

 少年の動揺する声を遮り、美少年が笑う。
 子供に言い聞かせるように、美少年が少年に語りかける。

「君が伏せているのは『偽物のわな』だろ? 発動条件は満たしてないよ?」

「な、何を言っているんだお前は! 俺が伏せているのは――」

 少年が決闘盤に伏せられていたカードを抜き取った。
 カードを見て、凍りついたように少年の言葉が止まる。
 ひらりと、その手から一枚のカードが落ちる。


偽物のわな 通常罠
自分フィールド上の罠カードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果
を相手が使用した時に発動する事ができる。このカードを代わりに破壊し、
他の罠カードは破壊されない。セットされたカードが破壊される場合は、
そのカードを全てめくり確認する。


「ばかな……」

 少年が夢でも見ているかのように小さな声で呟いた。

「俺はまだ負けないはずだった。俺は攻撃の無力化を伏せたはずなんだ。なのに……」

 その言葉を聞き、美少年はゆっくりと笑った。
 そして黄色い瞳を向けて、透きとおるような声で言う。

「君が見た物は幻さ。そんなものは最初から存在しなかったんだよ。君の勝利も、攻撃の無力化のカードもね……」

 まるで催眠暗示をかけるかのような口調の美少年。
 少年の頭の中にもやがかかり、がっくりとその場にひざをつく。
 鳥のような生命体が、翼を広げ終えた。周りの空気が渦巻く。

「眠りたまえ。魅惑の幻影に抱かれながらね……」

 薄れいく意識の中、少年は確かにその声を聞いた。
 その場の空気が切り裂かれるように震え、ちぎれる。
 一瞬の静寂が、二人の間に流れた。
 やがてどさりという音が響き、そして……

 何も、聞こえなくなった。

























「シルクハットの怪人?」

「はい! 今すっごく流行ってる噂なんですよ!」

 放課後のDC研究会部室にて。
 ソファーで横になっている日華先輩と、その前に立つディア。
 どこか疲れた様子の日華先輩に、ディアがきゃぴきゃぴとした様子で話しかけた。

「なんでも、月夜の晩に現れる謎のシルクハット美少年が、この風丘町に巣くう敵を倒しているらしいです。昨日も一人やられたらしいですよ」

「ふぅーん……」

 珍しく、日華先輩はテンション低めに答えた。
 いつもなら気が合う二人なのに、これは今までにないことだ。
 日華先輩が、大きくあくびをしてから言う。

「それで、その敵ってのはどんな人を指すの?」

「はい! ずばり、女性の敵です!」

「……へっ?」

 思いがけない答えに、日華先輩が間の抜けた声を出した。
 俺や内斗先輩、天野さんもその言葉で目を点にしている。
 少し考える様子を見せてから、頭を押さえて日華先輩が尋ねる。

「えーっと、どういうこと?」

「何でも、シルクハットの美少年が倒すのは、決まって女癖が悪かったり浮気なんかしてたりする最低の男らしいんです。年齢や職業なんかはばらばらなんですが、その点だけが被害者の共通点です」

「へ、へぇーっ……」

 日華先輩がどう反応すればいいのか分からないように頷いた。
 俺としてもこんなタイプの通り魔は聞いたことがない。
 よりにもよって女癖の悪い人なんて、どうやって調べるんだ?
 ディアが目を輝かせながら言う。

「もう町中の女の子がそのシルクハット美少年の正体を知りたがってますよ。まさに風丘町のニューヒーロー誕生です! そこで、私としてはDC研究会の総力をあげてこのシルクハット美少年について調べたいのですが……」

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえディア君!」

 ディアの話を遮り、日華先輩が慌てて言う。

「DC研究会はあくまでデュエルのコーディネートを研究する会であって、別に都市伝説を研究する会って訳じゃないんだけど……」

「でも気になるじゃないですか〜! ねっ、天野ちゃん?」

「えっ。……そ、そうですね」

 天野さんが、かなり苦しそうに笑顔を作って言った。
 さっきの反応から見て、彼女はそのシルクハット美少年の存在は知らなかったらしい。
 困ったように頬をかきながら、天野さんは黙り込む。
 
「可憐な乙女の味方の美少年。とっても素敵じゃないですか〜。会いたいな〜」

 潤んだ青い瞳を日華先輩に向けて、ディアが甘えたような表情をつくる。
 きらきらと輝くぱっちりとした目を向けられ、日華先輩が視線をそらした。
 手をひらひらとしながら、疲れた口調で日華先輩が言う。

「悪いけど僕はちょっと疲れてるんだ。捜索はまた今度にしてくれないかい?」

「そういえば、今日はずいぶんとおとなしいですね」

 内斗先輩が読んでいた雑誌から顔をあげた。
 小首をかしげながら、不審そうな視線を向ける内斗先輩。

「何かあったんですか?」

「ん……いや、ちょっとね」

 言葉をにごす日華先輩。
 テーブル上の紅茶カップを手に取り、傾ける。
 紅茶を一口飲んでから、ふぅと息を吐く日華先輩。
 
「何かと忙しいんだよ。新しいコーディネート教室の準備とか、色々ね……」

 憂いのある表情で、日華先輩は呟いた。
 コーディネート教室と聞いて、俺たちの顔が渋くなった。
 唯一、きゃぴきゃぴとした様子のディアだけが元気に尋ねる。

「今度はどんなのですか?」

「あぁ……次のは自信作だよ。準備が大変でまだできないけどね」

 力なく微笑む日華先輩。
 どうやら演技でもなく本当に疲れているらしい。
 空になった紅茶カップをテーブルに置き、ごろんと横になる日華先輩。

「それじゃ、次回をお楽しみにね……」

 そう言い残して、日華先輩が両目を閉じた。
 そのまま腕を枕代わりにしてスースーと寝息を立てはじめる。
 その様子を見て、内斗先輩が驚いたように頷いた。

「知らなかったよ。あのコーディネート教室は恭助にもダメージがあったんだね」

「ダメージというより、自業自得みたいなもんですけどね……」

 俺の言葉に、内斗先輩が頷いた。
 日華先輩が寝てしまったことで静かになる部室。
 平和とも言えるが、どこか物足りない雰囲気がただよう。

「そういえば、紅い眼の決闘者は見つかったんですか?」

 そんな平和な雰囲気を破壊して、ディアが内斗先輩に尋ねた。
 俺と天野さんはぎょっとするが、内斗先輩に変化はない。
 雑誌のページをめくりながら、いつもの口調で答える。

「まだ見つからないよ。なんせ10年間も正体不明だしね」

「そうなんですか。10年も前から……」

「うん。活動してない期間もあるけど、最初に現れたのは10年前だね」

 内斗先輩が本でも読みあげるような口調で言う。
 10年前というと俺はまだ小学生になったばかりのころだ。
 ということは風丘町にいなかったころの話か……。

「まったく、いったいどこにいるのやら……」

 内斗先輩がため息まじりに呟いた。
 のんびりと雑誌を読みながら、紅茶を飲む内斗先輩。
 とても復讐のために風丘町に来た人とは思えない。

「まぁ、きっと見つかりますよ。案外近くにいるかもしれませんし!」

「……うん、そうだといいね」

 ディアの励ましの言葉に、苦笑いを浮かべる内斗先輩。
 自分の復讐相手が近くにいたら、それはそれで気まずいと思うのだが。
 俺はディアの無神経さにため息をついた。
 ガチャッという音と共に、部室の扉が開く。

「みんな、元気に部活してるぅ〜?」

 霧乃先生が、いつも通りのテンションで現れた。
 笑顔をふりまきながら、部室の中の様子を観察する霧乃先生。
 ソファーで寝ている日華先輩を見てから、霧乃先生は言った。

「あら。今日はずいぶんと静かなのね。先生つまんないわ」

「いえ、おそらくこれが本来の姿ですよ」

 不満そうにむくれる霧乃先生に向かって、内斗先輩が言った。
 確かにこの部活にいる人間は基本的に大人しい性格ばかり。
 例外二人を除けば、これが本来の姿といっても過言ではないだろう。

「ダメよ、こんなんじゃ。先生が高校生のころはもっと青春を謳歌したものよ?」

「先生が高校生のころって言うと、どのくらい前の話ですか?」

 内斗先輩の言葉に、霧乃先生が笑顔のまま固まった。
 その全身から言い知れぬ威圧感が出る。空気が、震える。
 ゆっくりと、笑顔のままで、霧乃先生が尋ねる。

「どれくらいだと思うのかしら、神崎君?」

「……そ、そうですね。8……いや、2年くらい前ですか?」
 
 霧乃先生の迫力に気圧されながら、内斗先輩がしどろもどろに答えた。
 元金髪の悪魔をここまでビビらせるとは、年齢の話題というのは恐ろしい。
 内斗先輩の答えに、霧乃先生は頷く。

「おしいわね。だいたい10年くらい前よ」

「……おしい?」

 内斗先輩がボソッと呟いた。
 霧乃先生が素早く、内斗先輩の頬をつねった。

「何か文句があるのかしら、神崎君?」

「い、いえ。あんまりにも先生が若く見えるので、つい……」

 その言葉を聞いて、霧乃先生があっさりと頬から手を離した。
 霧乃先生が両頬を手で押さえながら、でれでれと微笑む。

「やだもう、神崎君たら。そんな本当のこと言わなくてもいいのにー!」

「そ、そうですね……」

 あははと乾いた笑い声をあげる内斗先輩。
 この姿を見ていると、千条さんが切れた理由も分かる気がする。
 とてもじゃないが、元金髪の悪魔とは思えない。性格変わりすぎだろ。
 霧乃先生がぴっと人差し指を伸ばす。

「とにかく、高校生活というのはもっと『あくてぃぶ』で『えきさいてぃんぐ』に行かなくちゃいけないのよ! 私も、昔はこの高校で色々とやっていたものよ」

「……へ?」

 霧乃先生の何気ない一言に、俺達は固まった。
 きょとんとした表情で、固まった俺達を見まわす霧乃先生。
 
「あら、どうかしたのかしら?」

 心底不思議そうな霧乃先生。
 おずおずと、天野さんが尋ねる。

「え。せ、先生ってこの高校の卒業者なんですか?」

「あれ、言ってなかったかしら?」

「全然、聞いてませんよ!!」

 俺達四人の声が、同時にハモッた。
 ぽりぽりと頬をかきながらぼんやりと考える霧乃先生。
 やがてポンと、両手を叩いて頷いた。

「そういえば、言ってなかったわね」

 うんうんと一人で勝手に納得する霧乃先生。
 記憶をたどるように首をかしげながら、言う。

「私はこの風丘町出身なのよ。だから昔からここに住んでいたの。高校を卒業してから三年くらい海外に留学してたけど、それ以外の期間はほとんどこの町に居たわよ」

 ごく当然のことのように、霧乃先生は話す。
 初めて聞く情報に、俺達は声が出ない。
 霧乃先生がこの町出身で、おまけにこの高校の卒業者だったなんて……。
 何とも言えない衝撃に、俺達はみんな呆然としていた。

「10年前……ってことは、紅い眼の出現時期と同じね」

 ぼそりと、ディアが鋭い表情で呟いた。その言葉に、俺達はハッとする。
 確かに、10年前というのは紅い眼が初めて現れた時期とかぶる。
 おまけに内斗先輩は活動していない期間もあったと言っていた。
 高校を卒業してからの留学。この事実とも一致する。

「ま、まさか……」

 俺達の間に緊張が流れた。
 見ると、内斗先輩もびっくりとした様子で目を丸くしている。
 霧乃先生が、俺達の様子に気づいて体をのけぞらした。

「な、何かしら。みんな怖い顔しちゃって……」

 おどおどとした様子の霧乃先生。
 そこには強者のオーラも、威圧感も何もなかった。
 ただ慌てたように、俺達のことを見ている。

 俺は今までの霧乃先生の行動を思い返す。

 授業中の小テストの最中に居眠りをする霧乃先生……。
 体育祭の教師リレーで派手にこけて泣きべそをかく霧乃先生……。
 帰りのHRを「眠いから」という理由でなしにする霧乃先生……。
 DC研究会の部室で昼寝してたせいで、授業をすっぽかす霧乃先生……。

 その他色々、今までの霧乃先生に関する記憶を一通り思い出す。
 そして、俺達は顔を合わせると、頷いた。

「ないですね」

「ないわね」

「ないだろうね」

「ないですよね……」

 完全に意見が一致する俺達4人。
 霧乃先生が慌てたように俺たちに尋ねる。

「ちょ、ちょっと、先生に何がないの!?」

「いえ、霧乃先生は気にしないでください。こっちの話ですから……」

 微笑むながら、内斗先輩が霧乃先生をやんわりとなだめる。
 霧乃先生はどこか不満げだったが、これ以上は詮索してこない。
 まぁ、よりにもよって霧乃先生が紅い眼だなんて有り得ないことだ。
 ちょっと時期が一致するからといって、それだけはないと俺は断定する。

「まぁ、そんな簡単に見つかったら苦労しませんからね……」

 どこか疲れたように、内斗先輩は呟いた。
 ソファーでは相変わらず、日華先輩が寝息を立てていた……。




















 風が吹いた。

 近くの山の中腹にある、風丘町を見下ろせる広場。
 白いベンチの上で、全身が黒の服装の美少年が微笑んでいた。
 まるで吹き抜ける風に耳をすますように、少年は両手を広げた格好で両目を閉じている。
 と、新たな風が吹き、美少年が両目を開けて振り返る。

「よう、クロッカス……」

 美少年以外は誰もいなかったはずの広場。
 そこに、いつのまにかもう一人の人影が現れていた。
 赤い髪の毛に、紫色の瞳。まるで吸血鬼のような服装の色白の少年。
 美少年がにっこりと微笑み、わざとらしくシルクハットを脱ぐ。

「これはこれはベルフラワー君。珍しい、キングのお使いかい?」

 その言葉に、色白の少年――ベルフレアが顔をしかめた。
 シルクハットの美少年をにらみつけるベルフレア。辺りの気温が上昇する。
 ゆっくりと言い聞かせるように、ベルフレアが言う。

「俺の名前はベルフレアだ。ベルフラワーなんて名前じゃない……」

「やれやれ。君だけだよ? キングの付けて下さった名前に文句つけたのは」

 シルクハットをかぶりながら、呆れたように肩をすくめる美少年
 フンと鼻を鳴らしながら、ベルフレアは地面に向かって毒づく。

「俺は誇り高き炎の精霊だ。その俺にフラワーなんて名前をつけようとした奴が悪い」

「まったく。変わらないねぇ、君は……」

 シルクハットの美少年――クロッカスがため息をついた。
 へらへらとした表情を浮かべながら、黄色い瞳をベルフレアへと向ける。

「それで、このビショップ・オブ・ウィンド、クロッカスに何か用かい?」

 余裕たっぷりに、わざとらしく仰々しい口調でクロッカスは尋ねる。
 クロッカスの言葉を聞き、ベルフレアがため息をついた。

「分かってるだろ。いったいお前は何をしている?」

「はて、何の事かな?」

「とぼけるな。こいつのことだ」

 ベルフレアがくしゃくしゃに丸められた紙の束を無造作に投げる。
 片手でキャッチするクロッカス。いそいそと紙を広げる。
 そこには大きな文字で『風丘高校新聞』と書かれていた。
 見出しの記事は『謎のシルクハット怪人、現る!』

「そこに書かれているのはお前だな、クロッカス?」

 冷たい声で、ベルフレアが尋ねる。
 新聞の記事をじっと読みふけるクロッカス。
 そして、両手を広げて微笑む。

「写真がついてないのが、不満だね」

 冗談じみた口調でクロッカスは答えた。
 ベルフレアは笑わない。無表情のまま、冷たい視線を向け続ける。
 とても嫌そうな口調で、ベルフレアが続ける。

「お前の女好きは今に始まったことではないが――」

「女好きとは侵害だなぁ。僕はこの世のすべての女性の味方なだけさ」

 流れるような動作でベンチの上に立つクロッカス。
 自分の胸元に右手を当てると、両目を閉じて微笑む。

「全ての女性は美しい。だからこそ僕は全ての女性の忠実なるしもべ……」

「…………」

 きらきらと輝いているクロッカスを無言で見つめるベルフレア。
 その表情は果てしなく暗く、冷たいものだった。
 両目を閉じて、ベルフレアは大きくため息をついた。

「だったらフリージアも喜ばせてやれ。任務が滞っているってカンカンだぜ」

「フリちゃんが?」

「その言葉を奴が聞いたら、お前は永久凍土の中だろうな……」

 顔を伏せながら、ぼそりと呟くベルフレア。
 ふふんと得意そうな表情で、クロッカスは言う。

「安心したまえ。もう3000年前と同じ過ちは犯さないさ。氷の中は冷たいしね」

 昔のことを思い出したのか、体を震わせるクロッカス。
 もはやベルフレアは何も言う気になれなかった。
 気をとりなおすように首をふると、ベルフレアが改めて尋ねる。

「それで……お前はいったい何をやってるんだ?」

「読んでの通りさ。絶賛任務遂行中だよ」

 風丘高校新聞をひらひらとさせるクロッカス。
 ベルフレアがクロッカスから素早く新聞をひったくる。
 その手から赤い炎が上がり、新聞が一瞬で燃え尽きた。
 ぱんぱんと両手をはたいてから、ベルフレアが鋭い視線を向ける。

「女の人気者になることが、いったいどうやったら任務につながるんだ?」

「やれやれ……乱暴だなあ」

 灰になってしまった新聞に視線を落としながら、クロッカスが呟く。
 シルクハットのつばを持ちながら、その場でくるりと一回転する。
 そしてやれやれといった様子で、肩をすくめた。

「これは任務の副産物さ。ちゃんと任務自体は進んでいるって」

「ほぅ、とてもそうは思えないがな……」

 かなり疑わしそうに、ベルフレアがクロッカスのことを見る。
 クロッカスがベンチの上からひらりと降りる。
 その黄色の瞳をじっと向けて、ベルフレアに向き直り尋ねる。

「僕の任務覚えてるよね、ベルフレア?」

「あぁ。この町に存在する邪魔者――紅い眼の決闘者の抹殺、だろ?」

 どうでもよさそうに、ベルフレアは答えた。
 その言葉にうなずくクロッカス。

「その通り。だから僕は夜に出没するという紅い眼を探すために、夜に行動しているのさ」

「……まぁ、そこのところは理解できた。だがなぜ女の敵とやらを倒している?」

 心底理解できなさそうに、ベルフレアが少しだけ首をかしげる。
 クロッカスがわざとらしく肩をすくめた。そして当然の事のように言う。

「風がささやくのさ。全ての女性に味方しなさい、とね……」

「…………」

 とても苦々しい表情を浮かべるベルフレア。
 にっこりと微笑んだまま、クロッカスも固まっている。
 数秒の沈黙の後、クロッカスはため息をついて言う。

「分かったよ。本当は趣味さ」

「……やっぱりな」

 ベルフレアががっくりと肩を落としながら言う。
 暗い表情になるベルフレアに向かって、クロッカスは弁解する。

「で、でもさ。これって紅い眼の仕事を奪ってるってことでもあるよね。つまり僕は紅い眼にとって華麗で美しく強力無比なライバルという訳だ。紅い眼も面白くないと思ってるだろうし、そのうち僕の前に姿を現わすだろう!」

「……だといいがな」

 胸を張って言うクロッカスとは対照的に、ベルフレアの表情は暗い。
 ため息をつくと、真剣な目をクロッカスへと向けるベルフレア。

「お前の任務が順調ならそれでもいいが、まだ問題はある」

「なにかな?」

「忘れたのか。お前の癖だ」

 へ? という表情になるクロッカス。
 ベルフレアが頭痛でもするかのように顔をしかめた。
 たっぷりと時間を取って精神を落ち着かせてから、ベルフレアが言う。

「お前、女相手に決闘で勝てないだろ」

「あぁ! なるほど、そのことかぁ!」

 ぽんと両手を叩くクロッカス。
 きらきらとしながら、クロッカスがでれでれと微笑む。

「いやぁ、なにせ女性相手となるとどうも調子が出なくてね。つい負けちゃうんだよ」

「わざとやってるくせに、なにが『調子が出ない』だ……」

 呆れたように呟くベルフレア。
 しかしクロッカスは「いやぁ、照れるなあ」と聞く耳を持たない。
 ベルフレアが鋭い視線を向ける。

「問題はそこだ。もし紅い眼の決闘者が女だったら、どうする気なんだ?」

 ぴたりと時間が止まったように、クロッカスが固まった。
 二人の間から会話がなくなり、辺りの野鳥が鳴く声だけが響く。
 シルクハットの位置を直し、クロッカスがゆっくりと口を開く。

「それは、考えてなかったな……」

 いつになく真剣な表情になるクロッカス。
 ベルフレアも「ようやく理解してくれたか……」といった様子で頷く。
 ひとまず安心したベルフレアだったが……
 
「そんな素敵な考えがあったなんて……」

 クロッカスが嬉しそうにそう呟くのを聞くまでだった。
 ベルフレアが驚いたように顔をあげて尋ねる。

「なんだと……?」

「紅い眼が女性! こんな素敵な考えはないよ! すごいなベルフレア!」

 呆然とするベルフレアの両手を握りしめ、クロッカスははしゃぐ。
 目の前のことが理解できないベルフレアは、ただ目を丸くしていた。
 天を見上げながら、きらきらとクロッカスは言う。

「最初の出会いは漆黒の夜。敵として出会い、戦う運命にある二人。しかしそんな二人の間にも、平等に訪れる感情。『愛』、それが二人の心を焼き焦がし、気づいた時には二人は互いの手を握りしめて――」

「おい、クロッカス……」

「あぁ、ダメだ。僕はこんな切ない恋物語は望んでいない。だがこれも絶世の美貌を持ってしまったことによる神の嫉妬か。このような過酷な運命を二人に背負わせるなんて――」

「クロッカス!!」

 ベルフレアが大声で怒鳴りつける。
 近くの木にとまっていた鳥たちが一斉に逃げだした。
 息を切らすベルフレアと、きょとんとするクロッカス。
 不満げに、クロッカスが頬をふくらませる。

「なんだい良いところなのに……」

「貴様……分かってるのか? 俺達の契約を!」

「もちろんだよ、ベルフレア」

 首からぶら下げた十字架を手に取り、クロッカスが頷いた。
 太陽の光を受けて輝いている十字架を、冷たく見下ろすクロッカス。

「覚えてるさ。僕らは闇の決闘で敗北した場合、精霊界へと帰還させられる」

「ふん、さすがに覚えていたか……」

 視線をそらしながら言うベルフレア。
 十字架を指ではじいてから、クロッカスが軽い口調で言う。

「でも別に僕らは死ぬわけでもないんだし、そんな真剣に考えなくてもいいんじゃない?」

「…………」

 ベルフレアも自分の首からぶら下げた十字架を見下ろす。
 闇の力を帯びたそれは、妖しい輝きを見せている。
 そんなベルフレアの顔を覗き込みながら、クロッカスが言う。

「むしろ、元通り自由な存在になれると考えれば、負けるのも悪くないだろ? 特に、君はそう思ってるんじゃないのベルフレア?」

「……何?」

「だって君、キングのこと嫌いなんでしょ」

 二人の間に風が吹き、互いに髪を揺らす。
 気まずい沈黙。互いににらみ合う二人の精霊。
 ベルフレアが、コキッと首を鳴らして肩をすくめる。

「はっ。さすがに長い付き合いなだけに、分かってるな」

「当然だよ。だいたい君は態度が露骨すぎるんだ」

 クロッカスはへらへらと笑う。
 ベルフレアが、吐き捨てるように呟く。

「あんな奴……契約のカードさえ持ってなければ、すぐにでも叩き潰してやる」

 目を鋭くし、拳をぎりぎりと握り締めるベルフレア。
 クロッカスは頬をかきながら、その様子を見ている。
 二人の間を、また新たな風が吹き抜けた。

「……まっ、紅い眼に関しては任せてくれたまえ」

 クロッカスが、いつものような軽い口調で言った。
 ベルフレアはもう何も言わずに、ただ肩をすくめる。

「早めにお願いするぜ。フリージアの奴が怒ってると、周りの温度が下がる」

「分かったよ。なるべく早くだね」

 その場で伸びをするクロッカス。
 シルクハットの位置を直してから、にっこりと微笑む。
 そして次の瞬間には、彼の姿はもうどこにもなかった。
 ただ風だけが、その場から吹き抜けて去っていく。
 
「まったく、変わらない奴だ……」

 夕焼けに目を向けながら、ベルフレアは一人ため息をついた。

















「……という訳で、シルクハットの怪人を見つけるのよ!」

 風丘町に存在する高級マンション、フェナス。
 その七階のとある一室。無駄に広々とした部屋には二人の人物がいた。
 一人は薄水色の長髪の少年。手にはキツネのお面を持っている。
 そしてもう一人は金髪のストレートの、幼い感じの美少女。
 二人はそろって全身を覆い隠す黒いローブのような服を着ていた。
 
「本気ですか……?」

 少年――雨宮透が、とても嫌そうに少女に聞き返す。
 美少女はえっへんと無い胸をはって答える。

「当然でしょ。だって気になるじゃない!」

「仕事はしなくてもいいんですか?」

「そんな細かいこと気にしなくていいの。私はグールズ幹部だも〜ん」

 語尾にハートマークが付きそうな口調で、少女は言う。
 雨宮は頭痛でもするかのように目を閉じ、ため息をつく。
 
「前々から思ってたんですけど、あなた本当に幹部なんですか?」

「むっ。何回も言ってるじゃない。私は『風の女王』ことディン・ハプリフィス様よ!」

 びしっと人差し指を天井へと伸ばす美少女ことディン・ハプリフィス。
 まるでスポットライトでも当たってるかのように、全身がきらきらと輝く。
 とても楽しそうに、ディンが頬笑みを浮かべつつ言う。

「絶世の美少女にして、天才なる私。その輝きを隠すことはできないの……」

「はいはい」

 呆れたように雨宮が相槌を打つ。
 その様子に、少しだけムッとなるディン。
 人差し指を雨宮へと向けて、強い口調で言う。

「あんた、信じてないでしょ?」

「いえいえ。そんなことはありませんよ」

 まるで機械のような声で、視線をそらしつつ雨宮は答えた。
 ディンがムキーッとした様子で、顔を赤くして手をぶんぶんと振る。

「私はねぇ、これでも神様にだって勝ったことあるのよ!」

「……神様?」

 雨宮が疑わしそうな顔になる。
 口元に手を当てて、ディンが考えながら言う。

「えーっと、なんだっけ。おべ、オベなんとかのなんとか神よ!」

「はぁっ?」

 雨宮が顔をしかめる。
 ディンもさすがにこれでは理解できないと思ったのか、口を閉ざす。
 しかしまだ悔しいようで、ぐむむと唸りながら何やら考えている。
 やや沈黙が流れてから、雨宮はため息をついた。
 このままでは話が進まないと判断したようで、嫌そうに尋ねる。

「じゃあ、あなたが幹部だとして、その『風の女王』ってのは何なんですか?」

「あぁ、良いところに気がついたわね」

 パッと表情を明るくするディン。
 雨宮は「単純な奴……」とでも言いたげにディンを見ている。
 得意げな表情で、ディンは言う。

「そのオベなんとかを倒した時に、周りが言い出したのよ。まるで『風』みたいだったって。その時に今の首領と出会って、幹部としてグールズにスカウトされたわけ。もっともその時は私と首領の二人しかいなかったけど」

「はぁ……」

「ちなみに他の幹部とかにも異名は付いてるわよ。『黄昏の蜃気楼』とか『月夜の幻術師』とか『雷鳴の獣王』といった具合にね」

「へぇ……」

 雨宮は思った。『黄昏の蜃気楼』に『月夜の幻術師』『雷鳴の獣王』
 どれも友達にはなりたくないような異名ばかりだ、と。
 しかしそのことは口に出さずに、雨宮は頷いた。
 
「なるほど。つまり称号みたいなものなんですね」

「まっ、そんなもんね。私の強さと美しさを如実に表した異名よ」

 雨宮はその言葉に力強く頷いた。
 確かにわがままでやりたい放題な性格を如実に表している、と。
 ディンが、不審げに目を鋭くする。

「なんか、失礼なこと考えてなかった?」

「いえ。それより任務の話です」

 雨宮が顔をあげて、話を上手くそらす。
 ディンはまだ納得できなさそうだったが、黙って聞く。
 真剣な表情で、雨宮は尋ねた。

「これも前々から思ってたんですけど、レアカード狩りの話はどうなったんですか?」

「あぁ。そのことね……」

 ディンが微妙に言いたくなさそうな表情を浮かべた。
 雨宮が不思議そうに首をかしげる。
 もじもじと指を動かしながら、ディンが答える。

「何というか、前にも話したと思うけど、今のグールズは対象をしぼってレアカード狩りしてるんだけど……」

「あぁ。マナーが悪かったり態度が悪かったりといった連中でしたっけ」

 雨宮がどこか嫌そうな表情で頷いた。
 まるで思い出したくないことを思い出しかのようだった。
 ディンが、続ける。

「そうなんだけど、実はちょっと問題があって……」

「問題?」

「うん。いないの、この町に。そういう人が」

「……えっ?」

 予想外の答えに、雨宮が目を丸くした。
 ディンがばさばさと分厚い書類の束を取り出して言う。

「グールズのブラックリストにのってるような人間が、誰もいないのよ。どんな田舎町にも数人はいるはずなのに、この町だけがきれいさっぱり対象ゼロ。決闘の環境としては超健全な町なのよ、ここ」

「……それって」

 雨宮が何かに気づいたかのように目を鋭くする。
 ディンが真剣な表情で、頷いた。

「紅い眼だっけ。町を汚す者の前に現れるってあれ、どうも本当にいるみたいね」

「……やっぱりですか」

 雨宮が目を閉じてため息をついた。
 信じたくなさそうだったが、これがまぎれもない現実だった。
 書類を棚へと戻して、ディンは言う。

「まっ、仕事が減るのは良いことよ。そこは喜んでもいいんじゃない?」

「でも、紅い眼だって危険というか、訳の分からない存在ですよ?」

 雨宮は反論するが、ディンは肩をすくめる。

「でも闇の道具を持ってるって確定した訳じゃないし、決闘のダメージだって本当に安全装置のリミッターが外れてただけかもしれないわ。害はなさそうだし、今のところ無理に捕まえる必要はないと思うけど?」

「それは……そうですね」

 雨宮がディンの言葉に素直に頷いた。
 その態度に満足そうに頷くディン。
 伸ばした指を左右に動かしながら、言う。

「これ以上面倒なのはごめんよ。そ・れ・よ・り・も!」

 ディンがパッとその表情をほころばせた。
 きらきらと輝きながら、雨宮に向かって言う。

「今はシルクハットの怪人よ! 月夜の晩に出没する美少年!」

「……まだ言ってるんですか」

「だって、ミステリアスで素敵じゃない〜!」

 青い色の瞳を輝かせながら、ディンが両頬を押さえる。
 その様子をとても冷やかな目で見ている雨宮。
 でれでれとしながら、ディンが人差し指を伸ばして言う。

「日華先輩が不調だったからDC研究会じゃできなかったけど、諦めないわ。こうなったら私たち二人でその少年を探しましょう! ね、レイン・スター?」

「勝手にしてください。俺は帰ります」

 ため息をつき、雨宮はすたすたと入口に向かって歩き出す。
 一瞬、ディンはポカンとした様子でその場に固まる。
 だがすぐに、素早く雨宮の前へと回りこむ。

「ちょ、ちょっと! 何で帰るのよ、部下でしょあんた!」

「確かに俺はあなたの部下ですが、それはグールズの中での話です。シルクハットの怪人探しは別にグールズの仕事じゃなくてあなた個人の願望でしょ。なら協力する義務はありません」

「そ、それはそうだけど、部下ならこのくらい協力してくれてもいいじゃない!」

「……職権濫用とか、公私混同って言葉、知ってます?」

 雨宮の言葉に、ディンは首をかしげる。どうやら知らないらしい。
 悩んでいる間に、雨宮はディンの横をすり抜けて入口へ。
 はっとディンが振り返る。すでに雨宮は靴をはいている最中だった。
 雨宮に向かって、ディンは甘えたような声を出す。

「ねぇ、私みたいなか弱い女の子を、一人で行かせるっていうの?」

「あなたが勝手に行くんでしょ。知りませんよ」

「で、でも、もしものときにはやっぱり男の子がいてくれた方が……」

「あなたグールズ幹部でしょ。神様にも勝てるような人間に、護衛なんて必要ないですよ」

 雨宮の言葉に、ディンは何も言えない。
 しばしの間、二人はじっとにらむような視線で互いのことを見る。
 おもむろに、ディンが口を開いた。

「……グレるわよ?」

 雨宮が、呆れたように首を横に振った。

「もうグレてるでしょ……」

 そう言い残して、雨宮は立ち上がりドアを開けて出て行く。
 バタンと音をたてて閉まるドア。流れる沈黙。
 ディンはわずかにポカンとした後、閉じたドアにむかって舌を出した。


















「なによあいつ、私の部下のくせにー!」

 深夜。風丘町の夜道。
 私は一人、黒いローブを揺らしながら歩いている。
 黒フードをすっぽり被っているので、顔が見られる心配はない。
 もっとも辺りの人の気配はなく、静かな夜道が続いている。
 歩きながら、私は呟き続ける。

「私は『風の女王』なのよ! なのにあいつはー!」

 私はその場で地団駄を踏む。
 静かな夜道に私の声だけが響いて消える。
 ジジジッと、近くの街路灯の光が揺れた。
 私の目の前には深い闇が広がっている。

「この私をこんな時間に一人で行かせるだなんて、まったく……」

 私は自分の目の前に広がる闇へと視線をおくる。
 はっきりいってこの風丘町は田舎だ。街路灯の数も少ない。
 昼間はともかく、夜になると静かすぎて不気味だ。
 どこか遠くで犬が雄たけびを上げた。

「……さ、さすがに不気味ね」

 私の周りには音はない。
 あるのは切れかかった街路灯の光だけ。
 町全体は寝静まっており、空の月だけが妖しく輝いている。

「…………」

 私は自分の中にある二つの考えを天秤にかける。
 一つはシルクハットの怪人探し。もう一つはこの不気味さ。
 僅かに考えてから、私の中の天秤は右に傾いた。

「……帰ろ。怖いし」

 私は今歩いていた道を引き返す。
 確かにこの町は平和な田舎町だ。暴漢が出るとは思えない。
 そもそも私はグールズ幹部だ。そういう事には動じない。
 
 だけどこの不気味な沈黙には、耐えられそうになかった。

 この言い知れぬ、じわじわとした不気味な雰囲気。
 フランスの都会出身である私にはそれへの耐性がない。
 シルクハットの怪人は、レイン・スターを誘ってから探そう。残念だけど。

「あ〜あ、こんな時にレーゼちゃんとかが居てくれたらなぁ……」

 私は自分の同僚である人間の顔を思い出す。
 元気にしてるかなレーゼちゃん。風邪とか引いてなきゃいいけど。
 思いをはせながら、私はトボトボと静かな道を戻っていく。

 月が薄雲に隠れ、辺りに薄い霧が出始める。

 最初はなんてことなかったが、霧はどんどん濃くなっていく。
 霧のせいで、黒い闇はかき消され白い世界が広がっていく。

「なによ、不気味な霧ね……。これだから湿気の多い国は……」

 霧の中を進みながら、私は思わずぼやく。
 どんどん濃くなっていく霧。もう目の前も見えない。
 自分の足元さえ見えず、何だか現実感がなくなっていく。
 まるで悪い夢の中にでも迷い込んだような、そんな感覚が私を包みこむ。

「……な、なんか変ね。私が歩いてたのこんな道だったっけ?」

 ピタリと足を止めて、周りを見回す。
 しかし立ち込める霧のせいで、周りには白しか見えない。
 自分がどこにいるのか、分からない。現実味のない霧の世界。
 奇妙な威圧感を、私は感じていた。恐怖がじわじわと広がっていく。

 私は走り出した。

 方角は適当だ。しかし壁にぶつかることはなかった。
 そんなに広い道を歩いていた訳ではないにも関わらず、だ。
 息が切れる。嫌な汗が出てきて、鼓動が早くなった。

「な、なんなのよ、この霧……!」
 
 かけながら、私はそんなことを呟いた。
 その言葉は白い霧の中に溶けて、消える。
 このまま私まで消えてしまうかも。そんな考えが私の頭をよぎる。
 白い霧はさらに深まる。私は走り続ける。

「だ、誰でもいいから、助けて……!」

 両目から涙が出る。私の心は限界だった。
 そして今にも叫びそうになった、その瞬間――。
 
 パッと、一気に辺りが明るくなった。

 私は驚いて立ち止まる。そこにあったのは、楽園のような光景。
 色とりどりの花が咲いて青い空が広がっている。まるで天国のよう。
 一瞬だけ本当に死んでしまったのかと思ったが、すぐに気づいた。

 これはソリッド・ヴィジョンだ。誰かが決闘をしている。

 私が思いついたのと同時に、辺りに不気味な咆哮が響いた。
 およそこの楽園には似つかわしくないような凶悪な鳴き声。
 咆哮があがった方を見ると、そこにいたのは……

「赤い竜と……大鷲?」

 私は呆然と空を見上げつつ呟いた。
 青い空を舞台に、二体のモンスターが空中で睨み合っている。
 竜の体の周りを、赤い炎が渦巻く。

「……で攻撃。レクイエム・インフェルノ」

 どこからともなく、そんな声が私の耳に届いた。
 竜が翼を大きく広げ、その場で叫び声をあげて大鷲を睨む。

 その口から閃光が走り、大鷲の体が切り裂かれた。

 口惜しそうな声をあげて、地上へと崩れ落ちる大鷲。
 とたんに空が真っ赤に染まり、楽園が炎に包まれていく。
 炎の熱気の中で、紅い竜は再び咆哮をあげた。

 そして楽園は静かに消滅し、辺りの様子が明らかとなる。

 そこは風丘町にある大きな自然公園の中央だった。
 空には月が浮かんでおり、白い霧はなくなっていた。
 呆然とする私の前に、一人の影がふらりと現れる。

「……まいったな」

 影はそうつぶやき、やれやれといった様子で肩をすくめた。
 金髪の美少年。そばには黒いシルクハットが転がっている。
 
「……シルクハットの怪人?」

 私は呟くが、美少年には聞こえなかったようだ。
 乱れた黒のタキシードを整えながら、月を見上げる美少年。
 その口からため息が出て、悲しげに微笑む。

「もう少しこの世界にいたかったが、仕方がないか……」

 シルクハットを拾って頭へとのせる美少年。
 位置を直してから、さらに長く息を吐く。

 美少年が首からぶら下げていた、黄金色の十字架が粉々に砕けた。

 同時に美少年の体がうっすらと透けていく。
 きらきらとしながら、その存在が足元から消えていく。

「風は気まぐれ。どこにでも吹く自由な存在。少し一か所に留まり過ぎていたか……」

 消えながらも、美少年は呟き続ける。
 私は何も言えないで、目の前の光景を見ていた。
 もう美少年の足元は完全に消え、上半身しか残っていなかった。
 美少年が空を見上げて、シルクハットのつばを持ちながら、言う。

「戻るか。元の自由な存在へと。誰にも束縛されない風の中へと……」

 美少年がフッと両目を閉じて、微笑んだ。
 辺りを強い風が吹き抜ける。思わず目を閉じる私。
 
 そして目を開けた時、そこに美少年の姿はなかった。

 ただ風だけがその場を通り抜けていた。
 呆然とする私の所へ、一つの足音が近づいてくる。
 月明かりだけの薄暗い世界。そこに浮かぶ赤い瞳。

「あ、紅い眼の決闘者……!」

 私は驚いて思わず声をあげた。
 黒いローブに銀色の細いチェーン。赤い瞳だけが闇の中に浮かんでいる。
 風丘町の伝説。それが今、私の目の前に立っていた。

「ど、どういうことよ!」

 動揺しながら、私は紅い眼へと尋ねた。
 ぴたりと歩みを止めて、視線を私に向ける紅い眼。
 どうやら私に気づいたらしい。視線がぶつかる。
 私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「どうして、あんたがシルクハットの怪人を?」

「…………」

「というか、どうやったのよ? どうして決闘で負けた人間が消えるのよ!?」

「…………」

 私の質問に、紅い眼は答えない。
 ただ赤い色の瞳をこちらに向けて、私を見ているだけだ。
 不気味な沈黙。落ち着きながら、私は考える。

 決闘で人が消える。普通ならあり得ない。
 だけど方法はない訳ではない。闇のゲームだ。
 闇の道具を使用した決闘でなら、そういうこともあり得る。
 そして内斗先輩の過去話から、こいつの決闘が異常なことは把握済みだ。
 そして夜にしか行動せず、身を隠すような不気味な黒いフードとローブ。

 大確定。こいつ絶対に闇の決闘者よ。間違いないわ!

 私はそう結論を出した。
 暗闇に浮かぶ赤い瞳を、私はにらみ返す。
 どうやらこのまま帰す訳にはいかないようだ。
 私が着ているローブの下から決闘盤を取り出そうとした時――

「やめておけ」

 初めて、紅い眼が口を開いた。
 手を止めて奴の方へと視線を戻す私。
 紅い眼が静かな口調で言う。

「お前が何者かは知らないが、俺には勝てない」

「何ですって?」

 私はムッとする。こいつ、何を言っているか分かってるのかしら。
 私は泣く子も黙るグールズ幹部のディン・ハプリフィス様よ。
 だが私の視線は気にしないで、紅い眼は続ける。

「さっきの奴のように消えたくないなら、家に帰るんだな。俺はお前のようなガキを相手にしたくはない」

「が、ガキですって!」

 奴の言葉に、私は顔を真っ赤にする。
 確かに背は小さいけど、私はれっきとした十五歳よ!
 ちゃんと高校にだって通ってるんだから!
 私はフードの下から決闘盤を取り出し、腕につける。
 
「言ってくれるじゃない! もう怒ったわよ! 決闘しなさいッ!」

「…………」

 紅い眼がその視線を私の決闘盤へと向けた。
 値踏みでもするかのように、決闘盤をじっと見つめる紅い眼。
 沈黙が流れ、紅い眼がくるりと私に背を向ける。

「ちょ、ちょっと。どういうつもり!? 決闘しないの!?」

「言っただろ。俺はガキを相手にはしない……」

 さっきと変らない冷静な口調で紅い眼は答えた。
 今まで残っていた僅かな恐怖が消え、完全に頭にきた。
 去っていく奴の後ろ姿に向かって、私は叫ぶ。

「ガキガキうるさいのよ! 私を誰だと思っているの! 私は『風の女王』よ!」

 瞬間、紅い眼がその足を止めた。
 私に背を向けたまま、凍りついたように固まる紅い眼。
 風が吹き、辺りの木々がざわざわと揺れる。

「……女王だと? お前、クイーンの駒か?」

 ゆっくりと振り返りながら、紅い眼が尋ねる。
 私はいらいらしながら、腰に両手を当てて答える。

「何回も言わせないで。私は『風の女王』ディン様よ!」

 私たちの間に沈黙が流れた。
 不気味な沈黙。紅い眼はその瞳を伏せがちに何かを考えている。
 やがて顔をあげると、紅い眼は呟いた。

「……なるほど。クイーン・オブ・ウィンドか」

 奴が言っている意味は分からない。
 だけど紅い眼は一人で頷くと、決闘盤を取り出した。
 無造作にそれを腕につける紅い眼。決闘盤が展開する。

 瞬間、凄まじいまでの殺気が紅い眼の体から溢れる。

 わずかに体をのけぞらす私。
 こういうのには慣れてるけど、この殺気は半端じゃない。
 強い。間違いなく、こいつはこの町で一番の実力者だ。
 私の頬を、冷たい汗が流れる。月が薄雲に隠れた。

「お前の存在は街を汚す」

 静かな声が、辺りの闇に溶け込んだ。
 私は深呼吸をして、左の腰につけたデッキケースを片手で開く。

 こいつは雨宮のように手加減していてどうにかなる奴じゃない。
 
 私はデッキを取り出し、決闘盤へとセットした。
 今までの手加減デッキではない。私の本気のデッキだ。
 風の女王として、この決闘負けるわけにはいかないわ。
 
「……いくわよ」

 私の言葉に、紅い眼は視線を鋭くした。
 二人の間から、音が消える。強い緊張感と威圧感が場に流れる。
 薄雲が動き、再び月が妖しげな光を地上へと降らした。


「――決闘ッ!」


 ディン・ハプリフィス  LP4000

 紅い眼の決闘者     LP4000




第二十五話  風の如く

 ――2年前。

 
 フランスの辺境の地にある小さな村。
 自然に囲まれ、美しい緑の草原や田園が広がる人口数百人程度の小さな村。
 何百年も前から変わらないような風景に、ゆっくりと流れる時。
 そこはとても平和で、懐かしい感覚のする村だった。

 ある日、一人の旅人が村を訪ねた。

「仲間を探す旅をしているんだ」

 村に来た理由について、旅人はそう言った。
 微笑みながら話す旅人は、不思議な雰囲気をまとっていた。
 まるで目を離すと消えてしまいそうな、そんな雰囲気。
 だが村人たちは深く気にすることはなく、旅人を受け入れた。
 旅人はお礼を言うと、一人村の奥へと進んで行った。

 同じ日、もう一人の旅人が村を訪れた。

 それは先ほどとは対照的な旅人だった。
 キラキラと輝く金髪に、クリクリとした青い色の瞳。
 茶色のコートを着こんで、大きなトランクを引きずる少女だった。
 
「ちょっと家出してきたの」

 村に来た理由について、少女はそう言った。
 それを聞いた村人は口々に家に帰るように言ったが、少女は聞かなかった。
 強引に村へと入ると、村に唯一ある料理店の外席に腰を下ろし、

「とりあえず何か食べる物をちょうだい。ご当地メニューが良いわ」

 と言った。
 村人はもう何も言わずに、仕方なく少女を受け入れた。
 その振る舞い方はまるで貴族や王族のようだと、村人達は思った。
 しかし食べた物の支払いをする時になって、問題が起こった。

「えっ。ここカード使えないの!?」

 少女は愕然とした様子で言った。
 この村にはその手の機器が一切置かれていなかった。
 そして少女は、現金を持ち合わせていなかったのだ。

 日が暮れるまで、少女は店の皿洗いをしていた。

 二人の旅人が現れたものの、村は何も変わっていなかった。
 何百年も前から変わらぬ光景に、いつもの日常。
 村人たちもそれがいつまでも続くものだと、心から信じていた。

      

         *



 その日の夜、村に神が降り立った。

 天へとそびえる青く強大な力を持つ神は、村に災いをもたらした。
 畑が崩れ、草原は荒れた。村は恐怖につつまれ、悲鳴があがっていた。
 一夜にして、彼らは永遠に続くと思われていた日常を壊された。

 神は一人の男によって操られていた。

 髪の毛の長い、今までに見たことのない不気味な男だった。
 黒いローブのような服に、眼のようなものが描かれたフード。
 男は震える村人たちを見て笑っていた。狂気の笑みだった。
 神もまた、その笑みに応えるかのように暴れていた。

 だがその時、男の前に一人の少女が立ちふさがった。

 それは昼間の旅人の少女だった。
 少女は人差し指を伸ばすと、男にむかって言った。

「ちょっとあんた、何してんのよ!」

 少女は神の前でもまるで怯えた様子を見せていなかった。
 髪の長い男は笑うのを止めると、少女のことを見る。

「なんだこのガキは? 目が見えてないのか?」

「いいえ、あなたのその気色悪い顔ははっきりと見えてるわよ」

 少女の言葉に、男はピクリと反応した。
 その様子を見て、村人たちは慌てたように少女を止めようとする。
 だが少女が制止される前に、男は少女に向かって言う。

「活きの良いガキだ。お前も神への生け贄にしてやる……」

 男が自分の腕についた白く不思議な機械を構えた。
 少女は頷くと、片手で引きずっていたトランクを開ける。
 そして衣服やぬいぐるみといった物の中から、同じような機械を取り出した。
 男と同じように機械を腕につけて、少女は構える。

「言っておくが、これは闇のゲームだ」

 目をぎらつかせながら、男は言う。
 ローブの中に手を入れると、そこから光る小さな石のペンダントを取り出す。
 ペンダントの光にあてられ、周りの空気が重くなる。

「負けた方は肉体的なダメージを負う、覚悟はいいなぁ……?」

 男の異常な雰囲気に、村人たちの中から悲鳴があがる。
 しかし少女は構うような様子もなく、頷いた。

「構わないわ。あんたみたいなのに、天才の私は負けないもの」

 昼間と変らず、偉そうな態度で少女は答える。
 男の額に青筋が浮かんだ。完全に怒ったようだった。
 二人が機械を構えて、叫ぶ。


「――決闘ッ!!」

 
 そして村人たちは、今までに見たことのない光景を見ることとなった。
 まるで神話の世界のような、怪物や竜が二人の間に現れては消えた。
 二人の人間はそれらをあやつり、互いに攻撃をくりかえしている。

 だが少女が優位に立ったその時、それは起こった。

「や、やるな、ガキの分際で……」

 息も絶え絶えになりながら、男はそう言った。
 だがそれもすぐに終わり、不気味な微笑みを浮かべる。

「やはり貴様のような生意気なガキには、神の裁きがふさわしい」

 そう言って持っていた札の中から一枚を取り出す男。
 そこに描かれていたのは、先ほどまで現れていた巨大な神の姿だった。
 悲鳴があがる。男が札を、天高く掲げた。

「三体のモンスターを生け贄に、現れろ『オベリスクの巨神兵』!!」

 そして男の後ろに、再び神は舞い降りた。
 青く巨大な体に、燃えるように輝く赤い目。
 邪悪な咆哮をあげて、神はその力を鼓舞する。

「ハハハ! これで貴様は終わりだぁ! いけぇオベリスク、そこの竜を叩きつぶせぇ!」

 男が笑いながら神に向かって指示を出す。
 神もそれに応えて、巨大な拳を握りしめた。
 その鉄拳が、少女の場の竜に向かって振り下ろされる。
 爆発が起こり、白い煙が辺りに充満した。

 だが――

「ふーん、それが神様なの?」

 少女が青い色の神を見上げながら、呟いた。
 その場にはまだ竜が残っている。
 男が驚いたように目を見開く。

「き、貴様、どうやって!?」

 少女はその質問には答えない。
 代わりに場に存在している神のことをじっと見つめる。
 しばし眺めた後、少女は首をふった。

「確かに強大なカードみたいだけど、私はいらないわね。可愛くないし」

 そう言って少女はカードを引いた。
 そして一枚のカードを白い機械へと差し込む。
 すると少女の場の竜の姿が、巨大に変化する。

「やっぱり私にはこっちの方が良いわ。ハプリフィス家の家宝でもあるし」

 薄い桃色の、透きとおるような美しい姿の竜を眺めて少女は言う。
 そして愕然としている男に向かって、手をふった。

「じゃね。そこの神様は強かったけど、あなたは弱かったわ」

 少女の場の竜が優雅に翼を広げて天に舞った。
 星空の夜を背景に、竜は華麗な姿を見せつける。
 そして竜は咆哮をあげると、一直線に神に向かって突っ込んだ。

      

         *



 すべてが終わり、少女はふぅと息をついた。

 その前には長い髪の男が倒れている。
 村人たちはただ呆然と、その光景を眺めていた。
 やがて、口々に少女を称える声があがる。

「す、すごい……まるで風みたいだった!」

 そんな声が次々と村人たちの中からあがる。
 少女は微笑むと、その声援に対して手をふった。
 
「なるほど。風か。上手い表現をしたものだね」

 突然、少女の後ろから声がした。
 驚いて振り返ると、そこにはもう一人の旅人が立っていた。
 倒れている男の腕に握られたカードを取り、じっと見る。

「オベリスクの巨神兵。しょせんはコピーカード。いや、こいつの実力か……」

 倒れている男を見ながら旅人は呟いた。
 そして持っていたカードを横にすると、ビリビリと引きちぎる。
 ぱっとちぎったカードを捨てると、少女へと向き直る。
 いぶかしむ少女に向かって、旅人は微笑みながら言った。

「どう? 行く当てがないなら、俺と一緒に来ない?」



         *



 そして次の日、二人の旅人はそろって村から出て行った。
 見送りにきた村人たちにむかって元気に両手をふる少女。
 もう一人の旅人は、手をふることなく微笑んでいた。

 なぜなら、少女のトランクを持たされていて手が塞がっていたからだ。
 
 どこかげっそりとした様子の旅人に、村人達は軽く同情する。
 そして破壊された村の修復も終わり、また村には日常が戻る。
 何百年も前から変わらないような風景に、ゆっくりと流れる時。

 いつまでも続くかのような長い時間が、再び始まった……。


















 風が吹いた。

 静かな夜。天に浮かんでいるのは満月。
 妖しげな光がうっすらと、辺りの様子を照らしていた。
 大きな自然公園。その中央には私たち以外、誰もいない。
 薄暗い闇が、ただただそこには広がっていた。

 ただ一つ、闇に浮かぶ赤い瞳だけを除いて。

 私はごくりと唾を飲み込む。
 おそらく、奴は闇の道具を持つ闇の決闘者だ。
 当然のことながら、この決闘で敗北すればタダではすまないだろう。

 私は2年前の出来事を思い出す。

 あの時の闇のゲームでも、私は僅かながら肉体にダメージを受けた。
 だがあの時は相手自体が弱く、使われた闇の道具も粗悪な代物だった。
 だからそこまで大変なダメージを受けた訳ではなかった。

 だが今回は違う。負ければ最悪、私は消滅する。

 なにせ紅い眼は私の前でシルクハットの怪人を消している。
 あれと同じことが私にも起きないという保証はどこにもない。
 そして何より、奴は強い。多分雨宮よりも。この町の誰よりも。
 危険は前とは段違いだ。負ければ死。その現実が重くのしかかる。

 この決闘に敗北する訳にはいかないわね……。

 額に浮かんだ汗をぬぐい、私は決闘盤を構えた。
 風が吹いて、ざわざわと周りの木々の枝が揺れる。
 この風がどちらに向かって吹いているのかは分からない。
 風は気まぐれだ。何者にも束縛されない自由な存在。
 どちらに味方するかは、誰にも分からない。

 満月に薄雲がかかり、辺りが再び闇へとつつまれた。

 奴の赤い瞳と、私の青い瞳が空中でぶつかり合う。
 まるで火花が散るかのような鋭い緊張が全身を駆けた。
 ジャラジャラとチェーンを鳴らしながら、紅い眼が動く。

「俺の先攻……」

 静かな口調で言い、紅い眼の決闘者がカードを引いた。
 その全身は黒いローブによって隠され、顔も体も分からない。
 闇の中に溶け込み、ただ鋭い殺気だけを放っている。
 すっとその手を伸ばしながら、紅い眼が言う。

「俺はプロミネンス・ドラゴンを守備表示で召喚」

 手札からカードを一枚選択して決闘盤へと出す紅い眼。
 その場に全身がマグマで出来た、細長い竜が現れた。
 

プロミネンス・ドラゴン
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1000
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、
このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 その燃えたぎる体のおかげで辺りが僅かに明るくなる。
 凶暴そうな声をあげて体をくねらせているその姿は可愛くないが。
 赤い光に照らされながら、紅い眼がさらに2枚のカードを手に持つ。

「カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 その言葉が言い終わった瞬間、細長い溶岩の竜の目が輝いた。
 狂ったように体をうごめかせながら、甲高い声をあげる。

「エンドフェイズ時にプロミネンス・ドラゴンの効果発動」

 機械のように無感情な口調で、紅い眼が宣言した。
 プロミネンス・ドラゴンがその薄緑色の目をこちらへと向ける。
 黒い闇の中から、紅い眼の声がその場に響く。

「エンドフェイズ時、プロミネンス・ドラゴンは相手に500ポイントのダメージを与える」

 その言葉と同時に、プロミネンス・ドラゴンの口から小さな火球が吐き出された。
 火球は勢いよく突き進み、私へと直撃する。爆発が起こり、衝撃が走った。

「ぐっ……!」


 ディン・ハプリフィス  LP4000→3500


 焼けるような痛みを感じながら、私は小さくうめいた。
 覚悟はしていたが、やっぱり痛い。いつもの決闘よりも。
 苦しんでいる私に向かって、紅い眼が冷たい瞳を向ける。

「……お前のターンだ」

 その言葉に、私は少しカチンときた。
 あいつのあの上から口調、やっぱり気に食わないわ。
 キッと奴をにらみつけながら、私はデッキに手をかける。

「言われなくても分かってるわよ! ドロー!」

 デッキからカードを引き、私は手札を見る。
 グールズ幹部の中でも屈指の実力派と呼ばれたこの私。
 その力、とくとおがませてやるわ。覚悟なさい!

「私はラファール・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 手札の一枚を選択して決闘盤へと出す。
 場にシャープな造形の、4枚の翼を持つドラゴンが現れた。
 青く細長い胴体を宙に浮かせながら、短く雄たけびをあげる。


ラファール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1800/DEF1200
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが戦闘もしくはカード効果で破壊される時、
手札のこのカードを墓地へと送ることでその破壊を無効にする事ができる。


 私は腕を前へと伸ばして言う。

「バトルよ! ラファール・ドラゴンでプロミネンス・ドラゴンを攻撃! サイクロン・スラッシュ!」

 ラファール・ドラゴンが4枚の翼を広げて攻撃態勢に入る。
 その攻撃力は1800。あんな溶岩竜もどき、一瞬で切り裂けるわ。
 だが攻撃が行われそうになったその時、紅い眼の声が響いた。

「罠発動。グラヴィティ・バインド−超重力の網−」

 奴の場に伏せられた2枚の内の1枚が表になった。
 フィールド全体を覆うように、緑色の網が広がる。
 その網に押しつぶされるような形で、2体の竜の動きが鈍くなる。


グラヴィティ・バインド−超重力の網− 永続罠
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「このカードの効果により、全てのレベル4以上のモンスターは攻撃できない」

 闇の中からさらに紅い眼の声が響く。
 確かに私のラファールや相手のプロミネンスは網のせいで固まっている。
 だけどこの程度で、この風の女王を止められると思ったら大間違いよ!

「速攻魔法、サイクロン!」

 私は手札から1枚のカードをディスクへと出す。
 フィールドに突風が吹き荒れ、周りの木々が激しく揺れ始める。
 ジャラジャラと、奴の全身に巻かれていたチェーンが音を立てた。


サイクロン 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 私は紅い眼の場のカードを指さしながら、言う。

「このカードの効果で、グラヴィティ・バインドを破壊するわ!」

 風が吹き荒れ、相手の場のグラヴィティ・バインドのカードが粉々に砕け散る。
 その様子を、紅い眼はローブをたなびかせながら黙って見ていた。
 余裕ともとれるような無気味な無言。だが私は気にせずに続ける。

「これでバトル続行よ! 行って、ラファール。サイクロン・スラーッシュ!」

 私の場の青い竜が網から解放され、再び翼を広げた。
 その4枚の翼をはためかせ、強烈な真空波を巻き起こすラファール。

 相手の場のプロミネンス・ドラゴンが、悲鳴をあげて消滅した。

 溶岩の竜が消滅したことで辺りの闇がまた不気味に深まる。
 だが私の心はそれとは対照的に明るかった。ホッと安堵のため息をつく。

 とりあえず、厄介なプロミネンス・ドラゴンは倒せた。

 あのドラゴンがいると私は相手のターン毎にダメージを受けてしまう。
 もう1枚の伏せカードに何かあるかと思ったが、無事に攻撃は通り破壊できた。
 奴のデッキの特性上、早めに倒せて良かったわ。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 手札のカードを見てから、私は1枚のカードを場に出す。
 奴の場にはリバースカードが1枚のみ。モンスターはいない。
 今のところ、風は私の方に吹いている。良い状況だ。
 
 だけど……

 私は紅い眼が使用した2枚のカードを思い返す。
 プロミネンス・ドラゴン。グラヴィティ・バインド。
 ここから考えて、奴のデッキタイプはおそらく……

「……俺のターンだ。ドロー」

 紅い眼が冷静そのものな声で言う。
 その振る舞いからは動揺している様子は全くない。
 流れるようにして、手札のカードを選ぶ。

「プロミネンス・ドラゴンを守備表示で召喚」

「……!」

 場に先ほどと同じドラゴンが姿を現す。
 燃えたぎる体をくねらせながら、鳴き声をあげるプロミネンス。
 闇を照らすような光を放っているが、やっぱり可愛くない。
 
 それにしても危なかった。奴の手札には二枚のプロミネンス。

 もし前のターンで片方を倒していなければ大変なことになっていた。
 もちろんダメージ効果も厄介だが、あいつには味方の炎族を守る効果がある。
 もしも二体が並んでしまえば、その時は……

「リバースカード、オープン」

 闇の中で、紅い眼の決闘者が宣言する。
 伏せられていた残りの1枚が表になった。
 そこにあったのは、不気味な墓場の絵が描かれたカード。

「あっ……!」

 私は思わず声をあげて表になったカードを指さした。
 紅い眼の決闘盤が、墓地のプロミネンス・ドラゴンを吐きだす。
 それを私に見せるようにしながら、紅い眼が言った。

「リビングデッドの呼び声。効果で墓地のプロミネンス・ドラゴンを特殊召喚」



リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 さらに相手の場に溶岩の竜もどきが現れた。
 二体のドラゴンは同じような動きで、フィールドにうごめいている。
 ま、まずい。本当に二体のプロミネンスが並んでしまった。
 さらに1枚の手札を手に取り、紅い眼が静かに宣言する。

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 その言葉に、二体の溶岩竜が反応する。
 プロミネンス・ドラゴンの特殊効果。エンドフェイズに500のダメージ。
 竜が薄緑色の目を再び私に向けた。私はさっと腕を前に出す。

 二つの火球が放たれ、爆発と衝撃が走る。

 炎の中、痛みをかみ殺す私。
 決闘盤に表示された数字が、音をたてて動く。


 ディン・ハプリフィス  LP3500→2500


 予想はしていたけれど、奴のデッキはロックバーンタイプ。
 こちらの攻撃を封じ込め、バーンカードで相手のLPを削り取る。
 はっきりいって、あまり好きではないタイプのデッキだ。陰気な戦術。

「まったく……趣味悪いわね!」

 痛みを我慢しながら、私はふらりと体を起こす。
 だがここで熱くなってはいけない。冷静に対処しなければ。
 私は決闘盤を構えなおして深呼吸する。スーハー。
 黙っている紅い眼を見てから、私はカードを引いた。

「私のターン!」

 引いたカードに描かれているのは、天に浮かぶ雲を身に包んだ竜。
 4枚の手札と相手の場を確認する私。よし、これならいける!
 今引いたカードを構えて、言う。

「私はニュアージュ・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 場に薄雲につつまれた幻想的な姿の竜が現れた。
 細い白っぽい体を浮かびあがらせ、その場で静かにたたずんでいる。


 ニュアージュ・ドラゴン  ATK1700


 これでプロミネンス2体に対して、私もドラゴン2体。戦力的には互角。
 だけど問題はプロミネンス・ドラゴンの特殊効果だ。
 紅い眼が薄雲につつまれた竜を眺めてから、静かに言う。

「だがプロミネンス・ドラゴンの効果により、お前は攻撃できない……」


プロミネンス・ドラゴン
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1000
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、
このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 プロミネンス・ドラゴンのもう一つの効果。
 それは場に他の炎族がいる時、このカードを攻撃できないというもの。
 場のプロミネンスは2体。つまり互いの効果によって、私は奴らを攻撃できない。
 だけど私は偉大なるグールズ幹部。そんなことは百も承知なのよ!

「ニュアージュ・ドラゴンの効果発動!」

 その言葉に、ニュアージュ・ドラゴンの体が輝いた。
 甲高い声をあげ、その翼を広げるニュアージュ。私は言う。

「ニュアージュ・ドラゴンは相手フィールド上の表側表示のカード1枚の効果を、このターンのエンドフェイズまで無効にすることができる! この効果で、私はそこの守備表示のプロミネンス・ドラゴンの効果を無効にするわ!」


ニュアージュ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1700/DEF1000
1ターンに1度、相手フィールド上の表側表示のカード1枚を選択して発動する。
選択されたカードの効果をこのターンのエンドフェイズまで無効にする。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。


 ニュアージュがさらに声をあげて翼をはためかせた。
 体を包んでいた薄雲が移動し、相手のプロミネンスを覆い隠す。
 これで攻撃できない効果は無効になったわ。バトルよ!

「ニュアージュ・ドラゴンで守備表示のプロミネンス・ドラゴンを攻撃!」

 ニュアージュ・ドラゴンが鋭い声をあげて突進する。
 雲につつまれたプロミネンス・ドラゴンに体当たりし、破壊した。
 薄雲が元通りニュアージュの体へと戻った。これで残るは竜は1体。

「ラファール・ドラゴンでさらに攻撃よ! サイクロン・スラッシュ!」

 青い竜がさらに翼で竜巻をおこした。
 強い風にあおられて、溶岩の竜が叫び声をあげる。
 ガラスが割れるようにその身が砕け、紅い眼にもダメージがいく。


 紅い眼の決闘者 LP4000→3700


 ダメージを受けても微動だにしない紅い眼の決闘者。
 一応、私の決闘盤も安全装置のリミッターが外れてはいるのだが。
 だが痛がるそぶりも見せず、紅い眼はただその場に立っていた。

「私はこれで、ターンエンドよ」

 警戒を解かずに、私は宣言した。
 奴の場には伏せカード1枚しかないが、手札は次のドローも合わせて3枚。
 まだ油断できないわ。なにせ相手は闇の決闘者。実力もまだ明らかではない。

「……俺のターン、ドロー」

 紅い眼がカードを引いた。
 チラリと赤い瞳を場に向けると、カードを選ぶ。

「爆炎集合体 ガイヤ・ソウルを攻撃表示で召喚」

 場に一つ目の、炎の塊のような生命体が現れた。
 ぐつぐつと煮えたぎるような体から、熱気が伝わってくる。


爆炎集合体 ガイヤ・ソウル
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
自分フィールド上の炎族モンスターを2体まで生け贄に捧げる事ができる。
この効果で生け贄を捧げた場合、このモンスターの攻撃力は生け贄の数×1000ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


「さらに墓地のプロミネンス・ドラゴンを除外し、炎の精霊 イフリートを特殊召喚」

 奴の決闘盤が墓地からプロミネンス・ドラゴンのカードを吐きだした。
 出てきたのは屈強な肉体を持つ、真っ赤に燃える肌の悪魔のような姿の精霊。
 

炎の精霊 イフリート
星4/炎属性/炎族/ATK1700/DEF1000
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の炎属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このモンスターは自分のバトルフェイズ中のみ、攻撃力が300ポイントアップする。


「攻撃力2000が二体……」

 私は冷静に状況を把握する。
 さっきとは打って変わって、攻めの戦術を展開してきたわね。
 私はちらりと、自分の場に伏せられた一枚のカードを見た。
 紅い眼がゆっくりと腕をあげて言う。

「バトル。ガイヤ・ソウルでニュアージュ・ドラゴンを攻撃」

 火の玉の化物のようなモンスターがニュアージュ・ドラゴンへと迫る。
 熱気にあてられて、声をあげるニュアージュ。火の玉がギョロリと目玉を動かした。
 だが攻撃が当たりそうになる直前で、私は腕を前に出す。

「リバースカードオープン!」

 私の場に伏せられていたカードが表になる。
 
「和睦の使者! これでこのターンの戦闘ダメージと戦闘破壊を無効にするわ!」


和睦の使者  通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分モンスターは
戦闘によっては破壊されない。


 私の場のドラゴン達の体がうっすら白く輝きはじめる。
 これでこのターンにダメージは受けず、破壊もされない。
 奴のガイヤ・ソウルは自壊効果を持ち、イフリートは相手ターンでは攻撃力が下がる。
 これなら次のターン、私は大きく反撃可能だ。まさに完璧な作戦ね!

「リバースカードオープン」

 だが喜ぶ私の耳に、紅い眼の声が届いた。
 奴の場に伏せられていたカードが表になる。
 ハッとする私に向かって、紅い眼が淡々とした声を出す。

「トラップ・スタン。そのカードの効果は無効だ」

「な、なんですって!?」


トラップ・スタン 通常罠
このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。

 私が驚くのと同時に、和睦の使者のカードに緑色の電流が走って砕け散る。
 すっと、ドラゴンを覆っていた白い輝きも消えた。私の場に他の伏せカードはない。
 ガイヤ・ソウルの燃えたぎる体に触れ、ニュアージュ・ドラゴンが破壊される。

「きゃっ……!」


 ディン・ハプリフィス  LP2500→2200


 衝撃が走って、小さく声が出てしまう。
 だがそれに反応する間もなく、紅い眼の声はさらに続ける。

「イフリートで、ラファール・ドラゴンを攻撃」

 悪魔のような容姿の精霊がその拳を振り上げる。
 そして振りかぶるような動作で、青い竜の体を撃ちぬくように打った。
 炎が上がり、ラファール・ドラゴンの体も砕け散る。決闘盤の数字が無情にも動いた。


 ディン・ハプリフィス  LP2200→2000


「くっ……そんな……!」

 衝撃を受けながら、私は呟いた。
 攻撃を終えた二体のモンスターは紅い眼の元へと戻った。
 特に何の感情も浮かべないまま、赤い瞳を私へと向ける紅い眼。
 鋭く息を吐いてから、呟くように言う。

「ターンエンド」

 その言葉に反応して、ガイヤ・ソウルの体がどろりと崩壊した。
 まるで溶けるようにして、地面へと吸い込まれ跡形もなく消える。自壊効果だ。
 残ったのは悪魔のような見た目の炎の精霊だけ。だが私の場にカードはない。

「くっ。私のターン!」

 私はデッキからカードを引く。
 これで手札は四枚。だが有用なカードはそこにはなかった。
 このままだと、まずい。私は手札の一番左のカードを選ぶ。

「私はリュミエール・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 まるで天使が降臨するかのような、神々しい光が溢れた。
 光の中からは白と金色が美しく映えている竜が現れる。
 優しげな青い瞳を相手に向けながら、竜は体を丸めていた。


リュミエール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1300
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力1200以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。


「さらにカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 手札のカードをさらに場へと出す私。
 これで私の場にはリュミエールと伏せカードが一枚。
 準備は整った。あとはリュミエールが場を離れさえすれば……

「俺のターン……」

 紅い眼がカードを引く。これで奴の手札は二枚。
 ちらりと自分の手札を見てから、言う。

「炎の精霊 イフリートで、リュミエール・ドラゴンを攻撃」
 
 真っ赤に燃える精霊がその体を震わせた。
 宙を浮いたまま突進するように近づくと、その拳を振り上げる。
 リュミエールはただじっと、その様子を見ている。私は動かない。

 拳が振り下ろされ、リュミエール・ドラゴンが破壊された。

 ガラスのように砕けた体の破片が、キラキラと辺りに舞い散る。
 ありがとうリュミエール。あなたの犠牲は無駄にはしないわ。

「リュミエール・ドラゴンの効果発動! 場を離れた時、デッキから守備力1200以下のドラゴンを手札に!」

 私は決闘盤からデッキをはずして扇状に広げる。
 そして様々なカードが入っているデッキの中から、一枚のカードを取り出す。
 
 そこに描かれているのは、薄い桃色の肌を持った美しい姿の竜。

 それを自分の手札へと加えて、私はデッキをシャッフルした。
 紅い眼はそれを無言で見ている。私はデッキを決闘盤へと戻した。
 僅かな沈黙が流れる。木の枝が揺れる音が、やけに大きく感じた。
 
「ターンエンド」

 先ほどまでと変わらぬ声色で、紅い眼が宣言した。
 二人の間を風が通り抜ける。それは私の後ろから吹く追い風。
 ゆっくりと、私は自分のデッキに手をかける。

「私のターン!」

 カードを引く私。これで手札は四枚。
 さっきリュミエールの効果で手札に加えた竜を、私は見る。
 
 ハプリフィス家の家宝。美しい桃色の竜。

 かつての王族の血筋であるフランスの名士・ハプリフィス家。
 王政自体は時の革命で終焉を迎えたものの、企業家として成功した私の一族。
 デュエルモンスターズを創り上げたI2社とも、初期から懇意にしていた。
 ある日、I2社の会長であるペガサス氏が今までのお礼としてカードを送ってきた。

「今は存在しない、フランスの王族をモチーフにして作りあげました……」

 よく分からないイントネーションを交えて、ペガサス氏は語った。
 私の父と母は決闘者ではなかったものの、これを大いに喜んで家宝とした。
 世界に一枚しか存在しない、まさに幻の超レアカードだ。

 それが今、私の手札にある。

 家を出る際に持ち出してきたこのカード。
 もう私はハプリフィス家に戻ることはできないだろう。
 父さんも母さんも、きっと家出した私のことを怒っているはずだ。

 だけど私は、このカードと共に戦い続ける。

 このカードがあれば、いつだって風は私に向かって吹き続けるから。
 いつでも、いつまでも。永遠に、風は私に味方するから。

 だから……。

 キッと、私は闇の中に浮かぶ赤い瞳をにらみつけた。
 闇の中でその瞳には何の感情も浮かんでいない。
 私はカードを片手に持ちながら、指さす。

「まだこれからよ! この風の女王様は、あんたみたいなのには絶対に負けないわ!」

「…………」

 私の言葉に何の反応も見せない紅い眼。
 だけど別に構わない。最後に勝つのは、この私。
 勢いよく、私はカードを決闘盤に叩きつけた。

 私の場に竜巻が現れ、ばさばさと私たちの黒いローブが揺れた。

 大きく吹き荒れながら、うねくるう竜巻。
 その中から甲高い声が上がると、竜巻が切り裂かれる。
 私は声高に、宣言した。

「クイーン・ドラゴン LV4を攻撃表示で召喚!」

 キラキラとした光に溢れながら、一体の竜が姿を現わす。
 薄い桃色の、透きとおるように美しい姿のドラゴン。
 高貴なオーラを身にまとい、竜は美しく孔雀のようなその翼を広げた。


 クイーン・ドラゴン LV4  ATK1500


「クイーン・ドラゴン……」

 紅い眼がぼそりと呟いた。
 それがどのような感情で発せられた言葉かは分からない。
 推測しようにも、紅い眼はもう何も言わなかった。
 気にしないことにして、私はさらにカードを出す。

「さらに手札からレベルアップ!を発動! デッキからクイーン・ドラゴン LV6を特殊召喚!」

 
レベルアップ! 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を
墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を
無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


 私は自分の場のクイーン・ドラゴン LV4のカードを墓地へと送る。
 代わりにデッキを広げるとその中から一枚のカードを取り出して場に出した。
 クイーン・ドラゴンの体が大きくなり、さらに頭には王冠のような装飾が加わった。


 クイーン・ドラゴン LV6  ATK2500


「これで準備は整ったわ。バトルよ!」

 その言葉にクイーン・ドラゴンが歌声のような高い声をあげた。
 翼をはためかせ、天高く天使のように飛翔する。
 相手の場の赤い悪魔の方を指さしながら、私は言う。

「クイーン・ドラゴン LV6で攻撃! アルカンシエル・アレーヌ!」

 桃色の竜は頷くように首を揺らすと、口を開ける。
 そして翼を孔雀のように広げたままの格好で、空中から虹色のブレスを吐いた。
 ブレスは真っ直ぐにイフリートへと突き進む。そして――

 イフリートをすり抜けて、紅い眼へと突き進んだ。

 一瞬だけ、紅い眼が驚くように目を丸くした。
 だが次の瞬間には、その感情もすぐに消える。
 何の感情もなく、紅い眼は冷静にたたずんでいた。

 虹色のブレスが当たり、紅い眼のローブが衝撃でばさばさと揺れる。

 決闘盤の数字が動く。
 しかし声をあげるようなこともなく、僅かに体を揺らめかせるだけだ。
 赤い色の瞳を向けながら、元の態勢へと戻る。
 

 紅い眼の決闘者  LP3700→1200


 クイーン・ドラゴンが地上へと舞い戻った。
 私は少し得意げになりながら、言う。

「どうかしら? 女王の前にはいかなるモンスターも立ちふさがることはできないわ。クイーン・ドラゴンは相手プレイヤーに直接攻撃することができるのよ!」


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 私は自分の場に存在するクイーン・ドラゴンを見上げる。
 桃色の竜は美しい輝きを見せながら、その場に存在している。
 これこそが私の誇り。いつだって味方してくれる、最強の風よ。

「さらに手札から速攻魔法、セベクの祝福を発動!」

 私は手札のカードを場へと出す。
 変なワニさんが描かれたカードが浮かび上がった。


セベクの祝福 速攻魔法
自分のモンスターが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した時に発動する事ができる。
その時相手に与えた戦闘ダメージの数値分だけ自分のライフポイントが回復する。


「このカードの効果で、私はあなたが受けた2500のダメージ分ライフを回復するわ」

 カードがぼうっと光り、私の頭の上から光の雨が降る。
 決闘盤の数字が動き、体の疲れが心なしか癒された気がする。
 こういうのも闇の決闘では現実のものとなるのだろうか? よく分からない。


 ディン・ハプリフィス  LP2000→4500

 
 一息ついてから、私は自分の場を確認する。
 クイーン・ドラゴンと、伏せカードが一枚。
 ライフもかなり削れたし、反撃としては上々ね。

「これでターンエンドだけど、ターン終了時にクイーン・ドラゴンの効果発動!」

 私は再び場のクイーン・ドラゴンのカードを墓地へと送った。
 クイーン・ドラゴンは相手に直接攻撃をしたターンのエンドフェイズに、
 レベルアップすることができる能力を持っている。当然、最上級レベルに。

「あんたも中々だったけど、この風の女王にはかなわなかったわね」

 紅い眼を哀れんで、私はウィンクする。無言の紅い眼。
 クイーンの体を黄金のラインが走り、さらに翼に模様が浮かび上がった。
 声高く、手を天へと伸ばしながら、私は宣言する。

「来なさい、クイーン・ドラゴン LV8!!」

 クイーン・ドラゴンの体が一層激しく輝いた。
 高貴にたたずむその姿は美しく、まさに竜の女王というにふさわしい。
 世界で一枚の、世界で最も美しい姿の竜のモンスター。クイーン・ドラゴン。
 その最上級の姿が、この場に降臨していた。


 クイーン・ドラゴン LV8  ATK4000


「どうよ、これが風の女王様の実力よ!」

 私はえっへんと胸をはって言う。
 風は私の方に向かって吹いている。
 次のターンで、奴を粉砕してこの決闘は終わりよ。
 微笑む私。紅い眼がゆっくりと、腕を動かす。

「……俺のターン」

 カードを引く紅い眼。これで奴の手札は三枚。
 だがこのクイーン・ドラゴンを倒せるカードなんてそう存在しない。
 諦めてサレンダーすれば、痛い目を見なくても済むのに。
 慈悲深い私がそう考えてあげた、その時だった。

 紅い眼が、フッと鋭く息を吐いた。
 
 そのまま赤い瞳をクイーン・ドラゴンへと向ける紅い眼。
 その行動をいぶかしんでいると、紅い眼が口を開いた。

「その程度の力で、竜の女王だと……?」

「なんですって、なんか文句あんの!?」

 私は奴をにらみつけながら、抗議する。
 攻撃力は4000。さらに直接攻撃が可能な特殊効果。
 容姿も実力も、竜の女王と呼ぶにふさわしいはずよ。
 だが紅い眼は私をにらみ返しながら、呟くように言う。

「竜とは絶対的な力と恐怖の象徴だ。相手の全てを破壊し、略奪し、蹂躙せしめる。王とてその意味は同じ。全てを力によって支配し、全てをその手中へと収める絶対無二の存在。竜の王とはそうでなければ、ふさわしくない……」

「……何が言いたいのよ?」

 奴の不気味な気配にたじろぎながら、私は尋ねる。
 紅い眼が僅かに、ローブの下で肩をすくめるような動作をした。
 赤い瞳を向けながら、いつになく人間味のある声で言う。

「お前のその竜に、王者の称号はふさわしくないと言っているんだ。王とは常に最強でなければならない。そして、ただ一人でなくてはな……」

 初めて、初めて紅い眼が僅かな微笑みを闇の中で見せたような気がした。
 それが本当だったのかどうかは分からない。だが私は感じていた。

 何か、嫌な予感がする。

 背筋の毛が全て逆立っている。嫌な汗が浮かんできた。
 それほどまでに、奴の言葉は異常で、何より勝機のある者の言葉だった。
 すっと、紅い眼が腕を伸ばした。

「見せてやる。真に竜の王者たる存在をな……」

 薄暗い闇の中に、その言葉は冷たく響いた。
 風が奴の後ろから吹く。木々が乱れ、ローブが揺れた。
 追い風を受けながら、紅い眼が三枚ある手札からカードを選ぶ。

「俺はマンジュ・ゴッドを召喚」

 出てきたのは仏像のように怖い顔をした天使だった。
 たくさんある手はすべて合わせられ、まるでお祈りするよう。
 紅い眼がデッキをはずして扇状に広げる。

「マンジュ・ゴッドが召喚に成功したとき、デッキから儀式魔法を一枚手札に加える」


マンジュ・ゴッド
星4/光属性/天使族/ATK1400/DEF1000
このカードが召喚・反転召喚された時、自分のデッキから
儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。


「儀式魔法ですって……?」

 私は呟いて首をかしげた。
 奴のデッキタイプはロックバーンだと思っていた。
 なのにどうして、儀式魔法をサーチするカードが?

 警戒心がさらに増す。今までにない程に、私の心が警鐘を鳴らしていた。

 紅い眼が無造作な動きでデッキを元に戻した。
 その手には一枚のカードが握られている。儀式魔法。

 ブラックエクスプロージョン。

 闇の中、私は確かにその文字を読み取った。
 儀式魔法のアイコンの上に刻まれた、その文字を。
 見たことのない名前に、私は半歩ほど後ろへと下がった。
 もはや嫌な予感は、確信的なものへと変っている。
 だがあのカードを止める手段は、今の私にはない……。
 ゆっくりと、 紅い眼がそのカードを決闘盤へと差し込んだ。

「儀式魔法、ブラックエクスプロージョンを発動」

 場に黒い炎が一面に描かれたカードが現れる。
 炎の奥では、雄たけびをあげている黒い竜の影が見える。
 ざわざわと風が吹き、辺りを強い緊張感が支配する。

「俺は場の炎の精霊 イフリートとマンジュ・ゴッドを生け贄に捧げる」

 そう言うと同時に二体のモンスターを黒い炎が包み込む。
 悲鳴をあげるモンスター達。だがそれもむなしく、体が砕け散る。
 砕けた体から黒い炎の塊が八つ飛び出し、宙を飛び交う。
 異様な光景の中、紅い眼の不気味な声が辺りに響く。

「漆黒の灼熱が、今この場に形を成す。すべてを破壊する業火の翼を見せろ」

 黒い炎達がそれぞれ、一つの箇所に集まり巨大な黒い炎となる。
 ぐにゃぐにゃと形を少しずつ変化させていく黒い炎。
 全体が鋭い形に変化していき、腕が、爪が、翼が、浮かび上がる。
 そして最後に、まるで悪魔ような顔の形が浮かび上がった。
 紅い眼が腕を前に伸ばす。

「儀式召喚――降臨せよ、クリムゾンロードドラゴン!」

 その言葉で、黒い炎の塊が内側から爆発した。
 凄まじい熱風と火の粉が辺りを飛んでいく。
 そして炎の中に浮かびあがっていた竜の姿が露わとなった。
 黒い鱗に、血走ったように肌を流れている赤い溶岩。
 天空へと広がっている翼。闇の中で輝く黄色の眼。

 そして体を渦巻くようにして流れる、強いオーラ。

 竜が天を睨みながら、凄まじい咆哮をあげた。
 その絶叫に空気がびりびりと揺れ、地面の火の粉が吹き飛ぶ。
 まるで悪魔のような姿の、凶暴そうな竜がフィールドに降臨していた。

 
 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000


「く、クリムゾンロードドラゴン……」

 私は相手の場に現れた竜を見上げながら呟く。
 あの内斗先輩が手も足も出ないで敗北したという紅い眼のエースモンスター。
 能力は不明だが、そこら辺の上級モンスターとは明らかに一線を画しているだろう。
 凶暴そうな顔を私へと向けて、クリムゾンロードがさらに雄たけびをあげた。
 絶叫を防ぐために、私は耳を両手で塞ぐ。ううっ、なんなのよ……。

「墓地の儀式魔法、ブラックエクスプロージョンの効果発動」

 紅い眼が今まで通りの冷静な声で言う。
 その決闘盤の墓地から、先ほどの儀式魔法が吐き出された。

「墓地のこのカードをゲームから除外して、デッキから炎属性モンスターを4体まで墓地へと送る」


ブラックエクスプロージョン 儀式魔法
「クリムゾンロードドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターをリリースしなければならない。自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外することで、自分のデッキから炎属性
モンスターを4枚まで選択して墓地におくる。

 
 紅い眼がデッキを広げてそこからカードを選ぶ。
 炎属性をデッキから墓地へと送るですって? いったい何を考えてるのよ。
 私が考えている間に、紅い眼はカードを選び終えて墓地へと送った。


ヘルフレイムエンペラー
星9/炎属性/炎族/ATK2700/DEF1600
このカードは特殊召喚できない。
このカードが生け贄召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎属性モンスター
を5体までゲームから除外する事ができる。この効果で除外したモンスターの数だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。


炎帝テスタロス
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、相手ライフにそのモンスターの
レベル×100ポイントダメージを与える。


炎帝近衛兵
星4/炎属性/炎族/ATK1700/DEF1200
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を
選択して発動する。選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキから
カードを2枚ドローする。


灼熱ゾンビ
星4/炎属性/炎族/ATK1600/DEF400
このカードが墓地から特殊召喚した時、
このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。


 ヘルフレイムエンペラー、炎帝テスタロス、炎帝近衛兵、灼熱ゾンビ……。
 灼熱ゾンビ以外はどれも墓地にいて効果を発動するようなモンスターではない。
 ヘルフレイムエンペラーなんて、墓地にいたら召喚も特殊召喚もできないじゃない。
 だが紅い眼は気にする様子もなく、デッキをシャッフルして戻した。
 そして赤い瞳を私へと向けると、言う。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動」

 その言葉にクリムゾンロードドラゴンがまた咆哮をあげた。
 黄色の目をぎらつかせながら、私へと視線を向ける竜。
 紅い眼の決闘盤が、墓地からヘルフレイムエンペラーのカードを吐きだす。

「墓地の炎属性モンスター1体をゲームから除外し、その攻撃力分のダメージを相手に与える」

「はぁ!?」

 私が驚くのと同時に、クリムゾンロードドラゴンの体を炎が包み込んだ。
 口を開き、そこに全身の炎を集中させるクリムゾンロードドラゴン。
 そして勢いよく、私に向かって炎を吐きだした。
 炎はクイーン・ドラゴンの脇を通り抜け、私に直撃する。

「きゃあああ――!!」

 凄まじい衝撃が走り、私は悲鳴をあげる。
 熱い。燃え盛る炎が、私の体を貫くようにして襲いかかった。
 全身に走る激痛のせいで、足元がふらついた。


 ディン・ハプリフィス  LP4500→1800


 ぷすぷすと黒い煙をあげながら、私は目を開けた。
 グルルと喉を鳴らしているクリムゾンロードと、紅い眼。
 私に視線を向けながら、紅い眼がさらに冷たく言う。

「さらにクリムゾンロードドラゴンの攻撃力は、ターン終了時までこの効果で除外した炎属性モンスターの攻撃力分だけ上昇する……」
 
 クリムゾンロードドラゴンの体をさらに炎がまとわりついた。
 それによって絶叫をあげるクリムゾンロード。周りの木々がざわめく。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000→ATK5700


「ば、バーン能力だけじゃなくて攻撃力上昇効果まで……!?」

 私は驚いて目を丸くする。
 私の場のクイーン・ドラゴン LV8の攻撃力は4000。
 いつだか戦った神様と同じ数値で、最上級モンスターの中でも最高クラスだ。
 なのに奴の場のクリムゾンロードは、あっさりとその上をいった。

「な、なんなのよその化物モンスター!」

 私は抗議するように紅い眼に尋ねるが、奴は何も答えない。
 ただ無感情に、腕を前へと伸ばして口を開く。

「バトルだ。真に王者たる竜の炎に包まれて消えろ。クリムゾンロードドラゴンでクイーン・ドラゴン LV8を攻撃。レクイエム・インフェルノ」

 炎に包まれたクリムゾンロードドラゴンが視線をクイーンへ向けた。
 辺りの炎が渦巻きながら、その口へと集まっていく。
 攻撃力は奴の方が圧倒的に上。だけど私だって、このままやられる訳にはいかない。

「速攻魔法発動、ドラゴンリバース!」

 私の場に伏せられていたカードが表になる。
 光の中から復活する竜の絵が描かれたカード。
 私は墓地のリュミエール・ドラゴンを取り出す。

「このカードの効果で、墓地のリュミエール・ドラゴンを守備表示で特殊召喚!」

 場にリュミエール・ドラゴンが、光と共に現れた。
 白と金色に輝く羽を丸め、青い瞳を黒き竜へと向けている。


ドラゴンリバース 速攻魔法
自分の墓地に存在するレベル4以下のドラゴン族モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。


リュミエール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1300
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力1200以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。


 紅い眼がかぶりをふる。

「無駄なことを。クリムゾンロードの攻撃対象は変わらない。砕け散れ、レクイエム・インフェルノ」

 クリムゾンロードドラゴンの口から炎が放たれた。
 まるで光のように、凄まじい閃光が辺りを駆け抜ける。
 クイーン・ドラゴンへと、その業火は迫りくる。そして――

 炎の起動がそれて、リュミエール・ドラゴンへと直撃した。

 炎に包まれて悲鳴をあげるリュミエール。
 その身が砕け散り、悲しげに姿を消す。

「……何?」

 紅い眼の決闘者がその瞳を僅かに細めた。
 冷汗をかきながら、私は説明する。

「クイーン・ドラゴンの特殊能力。攻撃対象を別のドラゴンへと変更できる……」


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


クイーン・ドラゴン LV8
星8/風属性/ドラゴン族/ATK4000/DEF3000
このカードは通常召喚できない。
「クイーン・ドラゴン LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
 

「さらにリュミエール・ドラゴンの効果で、私は守備力1200以下のドラゴンを手札へ!」

 リュミエールのカードを墓地へと送って、私は自分のデッキを広げた。
 その中から、満月が背景のクリーム色のドラゴンのカードを手札に加える。

 な、何とかしのぐことができた……。

 私は内心ホッとする。あんな化物の攻撃くらったらお終いよ。
 不満そうに、相手の場のクリムゾンロードドラゴンが喉を鳴らした。
 紅い眼がその赤い瞳を鋭くさせながら、言う。

「しぶとい奴だ。紛い物の王のクセに……」

「紛い物じゃないわ! クイーン・ドラゴンは正真正銘の王女よ!」

 私は怒りを感じながら抗議する。
 強さとか恐怖とか、そんなことは知ったこっちゃないわ。

 あんな凶悪な見た目の竜こそ、王にはふさわしくないのよ!

 私はキッと紅い眼をにらみつける。
 紅い眼もまた、私をにらみつけている。
 二人の間を風が通り抜け、ローブが揺れる。

「……ならどちらが真の王か、この場で決着をつけよう」

 沈黙を切り裂くように、紅い眼が真剣な声を出した。
 腕を伸ばし、自分の場の赤い竜を示す。

「王とは最強だ。最後まで立っていた方の竜こそ、王にふさわしい……」

「……面白いじゃない」

 私は頷いた。
 おそらくこの決闘、自分の切り札をいかにして守るかで勝負は決まる。
 どちらも自分の竜が場を離れれば、それで勝負は決まるだろう。
 もっとも、それ以前にライフがゼロになればそれでお終いだけど……。

 二体の竜が、それぞれ天に向かって咆哮をあげる。

 びりびりとした震えが、空気を通じて伝わってきた。
 薄暗い闇の中、天に浮かぶ満月。二体のドラゴン。
 勝負の行方は分からない。どちらが勝つか、負けるか。
 それを知る者は、この場にはまだ誰もいない。

 二人の間を、再び風が通り抜けた……。




第二十六話  激闘

 薄暗い部屋。
 
 切れかかった電灯の光が、チカチカと揺れる。
 無機質な黒い壁に囲まれた空間。中央に置かれた小さなテーブル。
 およそ生活感の感じられない、小さな一部屋。

 そこには今、凄まじいまでの緊張感が流れていた。

 テーブルを囲むようにして、三人の人影が立っている。
 少年と少女、そして彼らに背を向ける格好で立つ人物。
 カチャカチャとキーボードを叩く音が、鳴り響く。
 
「……何だと?」

 振り絞るように、人影の一人が尋ねた。
 赤い髪の毛に紫色の瞳を持った、色白の少年。
 パソコンの画面を覗き込んでいる人物に向かって、尋ねた。

「言った通りだ。クロッカスが敗れた」

 パソコンのキーボードを叩いてから、人影が振り返った。
 テーブルに置かれていた3枚のカードの内、1枚を手に取る。
 そこに描かれているのは、疾風を表現したかのような奇妙なマーク。

 そのカードが、まるで砂のように人影の手の中で崩れ去った。

 その光景に目を丸くする残りの二人の人影。
 絶句したかのように、不気味な沈黙が部屋に流れる。
 やがて、赤い髪の少年が頭を横にふった。

「あのバカ……」

 吐き捨てるように言う赤い髪の少年。
 だがその拳は怒りを感じているかのごとく震えていた。
 もう一人の人影、白い長髪の少女が口を開く。

「それでキング。どうするおつもりで?」

 鋭い視線をキングと呼ばれた人物に向ける少女。
 手に残った砂を払うと、キングは手を伸ばす。
 そしてテーブルに乗せられたチェス盤から、ビショップの駒を取った。

「残った駒は三つ。クイーン、ルーク、そしてナイト……」

 ビショップの駒を盤外へと置いて、キングが呟く。
 顔を上げ、目の前にいる二人の少年と少女を見るキング。
 そしてまるで感情のこもっていない目を向けて、言う。

「命令は変わらない。お前らの使命はこのキングのために時間を稼ぐことだ」

 その言葉を聞き、赤い髪の少年が目を鋭くした。
 紫色の瞳に暗い光を宿しながら、一歩前へと出る少年。
 キングが少年に視線を向けた。少年が低い声で尋ねる。

「お言葉だがキング。このまま黙っていろと?」

「その通りだ」

「紅い眼の奴はどうする気だ? クロッカスを倒したのはおそらく奴だ」

「クロッカスが失敗した以上、深追いする必要はない」

 まるで人間味のない言葉で答えるキング。
 まるで機械のように、合理的で無機質な思考。
 その態度に、少年がギリギリと歯をくいしばりながら言う。

「キング……あんた、自分の部下が減っても何も感じてないのか?」

 今にも爆発しそうな少年の言葉。
 だが烈火の如き怒りを感じつつも、キングは涼しい顔のままだった。
 少年を見下ろすように見て、氷のように冷たく答える。

「精霊界に帰還しただけだ。死んだわけでもないのに、何が悲しい?」

「……貴様」

 少年の体から凄まじい殺気が溢れた。
 ゆらりと体を揺らし、少年の右手から炎があがる。
 キングは冷たい視線を向けたままで、その様子を眺めていた。
 少年が壁に拳を叩きつけて、強い口調で言う。

「俺は納得できないな。なぜ黙って貴様を守っていなければならない?」

「そういう命令だからだ」

 冷や水をかけるかのようなキングの言葉。
 くだらないとでも言いたげに、キングが肩をすくめる。

「まだ駒の一つが取られたのみ。チェックメイトには程遠いが、用心にこしたことはない」

「なら今この場で俺が貴様の駒を取ってやろうか……?」

「無駄だな、ベルフレア」

 キングがテーブルに残っている2枚のカードに視線をやる。
 手を伸ばし、その内の1枚を手にとって少年の眼前へとつきつける。
 そこに描かれているのは、炎を模したような奇妙なマーク。

「お前との契約のカードはここにある。お前はこのキングに逆らえない」

「…………」

 少年がそれを見て、とても苦々しい顔になった。
 後ろでは白い髪の少女が不安そうな表情を浮かべてその光景を見守っている。
 しばしの沈黙の後、少年がチッと舌打ちをした。その手から炎が消える。
 キングは頷くと、くるりと少年達に背を向ける。

「忘れるな。お前らの使命はこのキングを守ることだ。それ以外の何物でもない」
 
 パソコンの前に戻りながら、キングが冷たく言い放った。
 カチャカチャとキーボードを操作しながら、画面を覗き込むキング。
 電灯の光が揺れた。薄暗い部屋の中に、キングの声が響く。

「しょせんお前らはチェスの駒。キングのために生きて、キングのために死ね」

「……仰せのままに」

 うやうやしく頭を下げる白い長髪の少女。
 少年はその姿を見て、また面白くなさそうに目を鋭くする。
 キングはもう何も言わずに、ただパソコンの画面に集中していた。
 
「どいつも、こいつも……!」

 少年が吐き捨てるように言い、テーブルの上のビショップの駒を手に取った。
 その手から赤い炎が上がり、駒がパチパチと音をたてて燃える。
 そのまま手を離して床へと落とすと、少年は燃える駒を踏みつぶした。
 バキッという音をたてて砕ける駒。炎によって徐々に灰になっていく。

「……ベルフレア」

 少年の背に向かって、少女が話しかける。
 その表情は少年を心配するかのように曇っている。
 だが少年は少女の言葉には答えなかった。
 振り返らずに、その全身が炎に包まれて少年は姿を消す。
 残った少女は両目を閉じると、小さくため息をついた。

「……契約、か」

 少女が首からぶら下げた黄金色の十字架を見る。
 キラキラと光を反射しながら、それは妖しく輝いている。
 今一度ため息をつくと、少女は冷たい風を吹かせながら部屋を出た。
 
 キングがキーボードを叩く音だけが、部屋には響き続けていた……。
 


 














 風が突き刺すように、私達の間を通り抜けた。

 冷たい空気が流れる空間。漆黒の夜。
 空を浮かぶ満月に、切れかかった街路灯の僅かな光。
 残るのは無限に続くかのような、巨大に広がる黒い闇。

 その闇の中に浮かびあがる2体のドラゴン。

 桃色の美しい姿の竜に、赤黒い色の悪魔のような竜。
 2体の竜は睨みあい、互いに唸り声をあげている。
 まるで神話のような光景が、人知れずそこには存在していた。


 ディン・ハプリフィス LP1800
 手札:2枚
 場:クイーン・ドラゴン LV8(ATK4000)
   伏せカードなし


 紅い眼の決闘者 LP1200
 手札:1枚
 場:クリムゾンロードドラゴン(ATK5700)
   伏せカードなし


 私は場の状況を見渡した。
 互いに場のカードはエースモンスターのみ。
 LPは少なく、どちらも次の一撃で相手を倒すことができる範囲だ。
 相手への攻撃を先に成功させた方が、この決闘の勝者となる。

 ならば、既に攻撃を終えている紅い眼よりも私の方が有利だ。

 次のターンにクイーン・ドラゴンの直接攻撃で決めれば私の勝ち。
 奴の手札は今のところ僅かに1枚。伏せカードはない。
 あのカードが攻撃を防ぐものでなければ、次の攻撃で奴は敗北する。
 私は冷静に状況を判断し、そう結論を下した。

 だが、現実としてはそれはおそらくあり得ないだろう。

 奴の全身から感じられるあの余裕。それにさっきのあの発言。
 あそこから考えて、奴がこのまま終わってくれるとは思えない。
 何らかの手段で、次の私のターンの攻撃を防いでくるはずだ。
 私は緊張感をゆるめずに、奴を注意深く眺める。冷たい風が吹いた。

「……俺は手札から貪欲な壺を発動」

 赤い瞳を揺らしながら、紅い眼がカードを出す。
 趣味の悪い成金っぽい顔をした壺。手札増強のカード。
 分かってはいたが、やはり策は尽きてなかったみたい。
 私は浮かび上がったカードを睨みつけた。


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 あれは墓地のモンスターをデッキに戻してドローするカード。
 紅い眼の墓地には存在しているモンスターは、全部で7体。
 5体戻しても、2体は残る。それをクリムゾンロードの効果に使う気ね。

 奴の決闘盤が、墓地からカードを5枚吐き出した。

 プロミネンス・ドラゴン、マンジュ・ゴッド、炎の精霊 イフリート、炎帝近衛兵、灼熱ゾンビ。
 今までに使われたカードが、奴のデッキに戻る。シャッフルされるデッキ。
 赤い瞳を私に向けながら、紅い眼がカードを2枚引いた。
 ちらりと引いたカードに視線を向ける紅い眼。おもむろに、言う。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 奴の場に伏せカードが1枚浮かび上がる。
 貪欲な壺の効力によって、奴に残っている手札は1枚。
 黒い鱗を持つ竜が雄たけびをあげた。紅い眼が静かに言う。

「クリムゾンロードドラゴンの攻撃力は、ターン終了時に元に戻る」

 
 クリムゾンロードドラゴン ATK5700→ATK3000


 奴のクリムゾンロードの体を逆巻いていた炎が消えていく。
 これで奴の攻撃力は3000に戻った。クイーン・ドラゴンで倒せる数値だ。
 様々なことを考えながら、私はデッキに手をかける。

「私のターン!」

 ドローしたカードを見る。女王の下僕。
 これで私の手札は三枚。私は場の状況を素早く確認する。
 相手のLPは1200。場にはクリムゾンロードと伏せカードが1枚。
 奴の墓地に存在しているのはガイヤ・ソウルと炎帝テスタロス。
 カードの繋がり、奴のデッキタイプ。すべてを考慮し、そして――

「バトルよ! クイーン・ドラゴン LV8で……」

 私はビシッと奴の場に存在しているクリムゾンロードを指さす。
 黄色い目を向けて、威嚇するように唸るクリムゾンロード。
 チラリと奴の場に伏せられたカードを見てから、言う。

「紅い眼の決闘者に、ダイレクトアタック! クープ・ド・ヴァン!」
 
 桃色の竜が空中へと舞い上がった。
 翼を広げると、甲高い咆哮をあげて黒い鱗の竜を睨みつける。
 満月を背景にして、桃色の竜は一本の矢のように赤い竜へと突っ込んだ。

 そして赤い竜をすり抜け、その奥の紅い眼へと突き進む。

 奴のLPは1200しか残っていなかった。
 ここでクリムゾンロードを攻撃しても、与えられるダメージは1000。
 奴のライフは削りきれず、さらに奴のデッキはバーンとロックのカードで構成されている。
 相手の反撃を考慮すれば、危険でもここは奴に直接攻撃を仕掛けるべきだ。

 紅い眼が顔をあげて、猛烈に進み来る竜へと視線を向ける。

 その目には何の感情も浮かんではいなかった。
 すっと、ゆっくりともとれるような動きで手を前に出す。

「罠発動。ガード・ブロック」

 奴の前に薄い膜のようなバリアが張られた。
 クイーン・ドラゴンの突進が当たる直前だった。
 淡々とした口調で、紅い眼は言う。
 
「この戦闘によるダメージをゼロにし、さらにカードを一枚ドローする」


ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 クイーンとバリアが衝突し、白い電撃のような衝撃が走る。
 だが紅い眼の決闘者にダメージは通らない。攻撃は失敗した。
 桃色の竜が口惜しげに私の場へと戻った。
バリアが消え、紅い眼はカードを引く。

「くっ。私はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 私はカードを選んで場に伏せる。
 これで私の手札に残ったのは2枚。奴と同じだ。
 紅い眼がデッキのカードを指で挟む。

「俺のターン……」

 引いたカードにチラリと視線を向ける紅い眼。
 迷うこともなく、腕をのばして宣言する。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動。墓地の炎帝テスタロスを除外し、2400のダメージを与える」

 紅い眼の決闘盤が炎帝のカードを吐きだした。
 赤い竜の体を再び烈火が逆巻き、取り囲む。
 そして口を開くと、全身の火炎を収束させて撃ち出す。
 この効果が決まれば、私のライフポイントは尽きる。
 だけど、そう何度も同じ手をくらうディン様じゃないのよ!

「手札のプレヌリュンヌ・ドラゴンの効果発動!」

 私は先程リュミエールの効果で手札に加えたドラゴンを見せる。
 満月を背景にした、クリーム色の竜の姿が描かれたカード。
 それを墓地へと送りながら、私は言う。

「このカードを手札から墓地へと送ることで、このターン私が受ける効果ダメージを一度だけ0にする!」

 迫りくる炎の前に、薄い黄色のバリアが現れた。
 爆発するような音が響き、炎が壁に直撃する。
 炎はバリアに阻まれ四方八方へと散り散りになり、消えていった。
 私のライフポイントにダメージはない。

「だがクリムゾンロードドラゴンの攻撃力は、その効果により2400上昇する」

 紅い眼の追撃するような言葉。
 炎を全身が覆い尽くし、奴の場の竜が咆哮をあげる。


 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000→ATK5400


 またも一気に攻撃力を上昇させる竜。
 クイーン・ドラゴンの攻撃力を上回った。
 紅い眼がさらに腕を伸ばして赤い竜へと指示する。

「クリムゾンロードドラゴンでクイーン・ドラゴンを攻撃。レクイエム・インフェルノ」

 赤き竜がまたも鋭い牙の生えた口を大きく開けた。
 全身の炎が逆巻くようにして動き、奴の体を這いあがる。
 紅い眼が私の場のクイーン・ドラゴンを見て、呟く。

「一人の部下も存在しない女王に、この攻撃をかわす術などない……」

「それはどうかしら! 女王の一声で、いくらでも部下なんて呼び出せるのよ!」

 不敵な笑みを浮かべながら、私は紅い眼を見て言う。
 確かに私の場にはクイーン・ドラゴン以外のドラゴンは存在しない。
 クイーンの攻撃を移し換える能力も、モンスターがいなければ無力だ。
 だが、私にはこの伏せられた1枚のカードがある。

「速攻魔法発動、女王の下僕!」

 私の場に伏せられたカードが表になった。
 赤い竜が閃光のような火炎を発射する。炎は真っ直ぐにクイーンへ。
 クイーン・ドラゴンが歌声のような声をあげた。

 黒い影が飛び出し、女王と炎の間に割り込む。

 紅い眼は黙ってその光景を見ている。
 黒い影が砕け散り、炎の勢いは止まる。
 クイーン・ドラゴンは無傷だ。私は言う。

「女王の下僕の効果によって、私は空いているモンスターゾーン全てに、スレイブドラゴントークンを特殊召喚したわ!」

「……トークン製造カードか」

 忌々しそうな口調の紅い眼の決闘者。
 私の場には黒い影が三体現れており、女王の前に跪いている。


女王の下僕 速攻魔法
自分フィールド上に「クイーン・ドラゴン」と名のついたモンスターがいるとき発動できる。
自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「スレイブドラゴントークン」
(ドラゴン族・風・星2・攻0/守1000)を守備表示で置く。このトークンは
生け贄召喚のための生け贄にはできない。


 これで私の場には合計で4体のトークンが生み出された。
 その内の1体に攻撃を受けさせたので、残るは3体。
 女王を取り巻く防御陣は、一気に強固なものへとなったわ。
 これでクリムゾンロードの攻撃も、しばらくはしのげるはず。

「……カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 紅い眼がカードを選択して場に出した。
 赤い竜の体から炎が消える。


 クリムゾンロードドラゴン ATK5400→ATK3000

 
 またも場にはクリムゾンロードと伏せカードが一枚。
 この公園に広がる闇のように、その正体の見当はつかない。
 防御用のカードか、それとも迎撃用のカードか。

「私のターン!」

 デッキからカードを引く私。
 引いたカードは竜が天の光に向かって進んでいくカード。ドラゴンライフストーム。
 今の状況では有用なカードだが、伏せカードへの対抗策にはならない。

 さて、どうしようかしら?

 今の攻撃力ならばクイーンはクリムゾンロードを戦闘で倒せる。
 だがあの2枚の伏せカード。あれが何らかの戦闘補助のカードの場合、
 逆にクイーン・ドラゴンが返り討ちにあう可能性もある。
 今は拮抗した状況。切り札を失えばそれだけで敗北は必至だ。
 ならば私が取るべき行動は一つ。奴のライフが尽きるまで、ひたすら攻撃する!

「クイーン・ドラゴン LV8で紅い眼にダイレクトアタック! クープ・ド・ヴァン!」

 桃色の竜が天へと体を昇らせ、光の粒を散らしながら空を駆ける。
 一陣の風のように、凄まじい速度で紅い眼へと迫るクイーン。
 紅い眼がその瞳を閉じて、言う。

「罠発動。拷問車輪」

 奴が伏せていたカードが表になった。
 突然地上より何本もの鎖が飛び出し、クイーンの体を縛り上げる。
 苦しみの表情を浮かべ、竜の女王は地上へと墜ちた。
 紅い眼が冷たい視線を地面に墜ちたクイーンへと向ける。
 
「このカードの効果により、指定されたモンスターは攻撃できない」

「ぐっ……!」

 場に現れたカードを見ながら、私は視線を鋭くする。
 攻撃は無効となり、バトルフェイズは終了となった。


拷問車輪 永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は
攻撃できず、表示形式も変更できない。自分のスタンバイフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントのダメージを与える。
指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 
 鎖に縛られたクイーンを見て、私は拳を震わせる。
 私の一族は王族の血筋だったが、時の革命によって祖先の何人もが処刑された。
 この鎖で縛られた姿を見ていると、その忌まわしき歴史が思い返される。
 何より、私とクイーンは一心同体だ。こんな屈辱は許されることではない。
 
「ごめんね、クイーン・ドラゴン。必ずこの縛めから解放するから……」

 拘束された竜に向かって、私は小さな声で呟いた。
 竜は青い瞳を向けると、頷くように頭を動かす。
 私も頷くと、自分の手札を見た。その中から一枚のカードを選ぶ。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが私の場に浮かびあがった。
 闇の中、紅い眼の決闘者がカードを引く。

「……俺のターン」

 引いたカードを手札へと収める紅い眼。
 奴の場に表になっている拷問車輪のカードが輝いた。
 それを見ながら、紅い眼は淡々と言う。

「拷問車輪の効果。相手に500のダメージを与える……」

「くっ……」

 私の決闘盤にバチバチとショートしたかのような電流が流れた。
 鋭い電流の痛みを感じながら、私は声をかみ殺した。

 
 ディン・ハプリフィス  LP1800→1300
 
 
 これでさらにライフは削られた。
 そして考えるまでもなく、奴の次の行動は予想できる。
 すっと、紅い眼の決闘者が腕を前に出す。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動」

 紅い眼の決闘者の決闘盤が、ガイヤ・ソウルのカードを吐きだす。
 竜の体を炎が逆巻く。その眼が私をにらむように鋭くなった。

「墓地のガイヤ・ソウルを除外し、お前に2000のダメージを与える」

 その言葉を合図に、赤い竜が火球を吐きだした。
 私のライフは残り1300。この効果をくらえば私の負けだ。
 チラリと、私は自分の決闘盤を見た。それから言う。

「速攻魔法発動よ! ドラゴンライフストーム!」

 私の場の伏せカードが表になる。
 紅い眼が警戒するように目を細めた。
 ドラゴンライフストームのカードから、光が溢れる。

「墓地のドラゴン2体を除外して、その攻撃力の合計だけ私はライフを回復させるわ!」


ドラゴンライフストーム 速攻魔法
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスターをゲームから除外し、除外したモンスターの攻撃力の合計分だけ
自分はライフポイントを回復する。


 私は墓地からクイーン・ドラゴン LV6とラファール・ドラゴンを取り出した。
 攻撃力の合計は4300。光が降り注ぎ、私の体が癒される。
 だが心地よい光もそこそこに、真っ直ぐに飛んできた火球が私に迫る。

 爆発が起こり、衝撃が走った。

「ぐぅ……!」


 ディン・ハプリフィス  LP1800→6100→4100


 大幅なライフ回復に成功したものの、効果でまた一気に削られた。
 だけどこれでいい。なぜなら、奴のクリムゾンロードには大きな欠点がある。
 爆風でふらつきながらも、私はフッと不敵に微笑んだ。

「これであんたの墓地に、炎属性のモンスターはいなくなったわね!」

 ビシッと、得意になりながら私は紅い眼のことを指さした。
 そう、さっきのガイヤ・ソウルが奴の墓地にある最後のモンスター。

 これで奴のクリムゾンロードドラゴンがバーン能力を使うことはできなくなった。

 今の奴こそ、部下が一人もいない孤独な王よ。
 クリムゾンロードドラゴンが、悔しそうな雄たけびを上げる。
 その体が真紅の炎につつまれていく。

「クリムゾンロードドラゴンは、効果によって攻撃力が2000ポイントアップする」


 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000→ATK5000


 炎に包まれた竜を、私はぼんやりと見る。
 紅い眼が腕を伸ばした。

「クリムゾンロードドラゴンで、クイーン・ドラゴンを攻撃。レクイエム・インフェルノ」

 赤い竜が口を大きく開ける。
 そこから閃光のような炎の一撃が放たれたが、私は動揺しない。
 竜の女王が声をあげた。炎と女王の間に、黒い影が飛び込む。

「クイーン・ドラゴンの特殊効果で、攻撃対象をスレイブドラゴントークンへ!」

 間に入った小さな竜が、炎に当たって一瞬で蒸発する。
 だが炎の勢いはそこで止まり、女王には一片の炎も当たらない。
 これで残るトークンは2体。まだまだ守りは固い。

「もう終わりかしら?」

 私は挑発するように言ってみた。
 だがその言葉には反応せずに、紅い眼は沈黙したままだ。
 2枚ある手札の内、1枚を手に取る紅い眼。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 奴の場に伏せカードが増えた。
 2枚の伏せカード。何が出てくるかは分からない。
 でもとりあえずは、あのうっとうしい拷問車輪をどうにかしないと……。


 クリムゾンロードドラゴン  ATK5000→ATK3000


 クリムゾンロードの体を逆巻いていた炎が消える。
 もうあいつは特殊効果が使えない。当分はほっといても大丈夫だろう。

「私のターン!」

 勢いよく、私はデッキからカードを引いた。
 そして引いたカードを見て、フフンと得意げに微笑む。
 やはり風は私に向かって吹いているみたいね。

「私はミストラル・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 カードを決闘盤にセットした瞬間、強い風が吹き荒れた。 
 まるで嵐のような強力な風。私達のローブがばさばさと揺れる。
 その風の中心では、1体の緑色の竜が声をあげている。
 暴風の中、私は声を張り上げて言った。

「ミストラル・ドラゴンは召喚に成功したとき、表側表示の魔法・罠を1枚破壊する!」


ミストラル・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1000
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上に表側表示で存在する魔法・罠カードを1枚破壊できる。


 暴風はさらに強さを増していく。
 私は吹き飛ばされそうになりながら、相手の拷問車輪を指さした。

「私が破壊するのは、拷問車輪!」

 風に煽られるように相手の場のカードが小刻みに揺れた。
 やがて揺れは大きくなり、拷問車輪が粉々に砕け散る。
 クイーン・ドラゴンの体を縛っていた、鎖がちぎれた。
 風がやむ中、私は闇の中の紅い眼を指さす。

「これで攻撃可能よ! クイーン・ドラゴン LV8で、ダイレクトアタック!」

 桃色の竜が声をあげ、天へと戻った。
 奴の場には2枚の伏せカードがあるが気にしない。
 いつか攻撃しなきゃ勝てないんだから、できる時にするのが常道よ!

 桃色の竜が天高く浮上し、そこから速度をつけて赤い竜へと突進する。

 黄色の瞳を大きくし、威嚇するように吠える赤い竜。
 だが孤独な竜の王の体を、女王竜はまるで幻のようにすりぬけた。
 そしてその奥に立つ、赤い瞳の決闘者へと迫る女王竜。

「罠発動、ゼロライフ」

 紅い眼の声が、闇の中に響いた。
 伏せられていた2枚。その内の1枚が表になる。
 クリムゾンロードドラゴンの体を緑色のオーラがとりついた。
 静かな口調で、紅い眼が言う。

「クリムゾンロードドラゴンの守備力をゼロまで下げ、下げた分だけライフを回復する」

「!? あんたもライフ回復を!?」

 私が尋ねても、紅い眼は何も答えない。
 奴の場のクリムゾンロードドラゴンが苦しむように叫んだ。
 代わりに紅い眼の頭上からは光の雨が降り注ぐ。
 

ゼロライフ 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを
回復する。その後、選択された方の数値を0にする。
 

 クリムゾンロードドラゴン  DEF2900→DEF0


 私のクイーン・ドラゴンが、通り抜けるように紅い眼を貫いた。
 大きく衝撃が起こり、辺りの木々が激しく揺れる。
 さしもの紅い眼も、苦しげにその瞳を鋭くし体をふらつかせた。


 紅い眼の決闘者  LP1200→4100→100


 だけど奴のライフはギリギリで残っている。
 次の一撃を決めれば勝てるかと思ってたけど、互いにそれが決まらない。
 1枚1枚のカードのせめぎ合いの中で、私達は闘っている。
 私はたった1枚だけ残った自分の手札を見る。

 稲妻をまとった、黒と青の鋭いフォルムのドラゴン。

 これを使うタイミング。それがこの勝負で最も重要な所だ。
 私は精神を集中させながら、大きく息を吐く。

「ターンエンド」

 結局、このターンも決着はつかなかった。
 だけど奴の墓地にはもう炎属性のモンスターは存在しない。
 すなわち、クリムゾンロードの効果を発動することは当分できないはずだ。
 それまでの間に、蹴りをつけるしかないわね……。

「俺のターン」

 紅い眼が鋭く静かに、言う。
 カードを引くと、2枚の手札には目もくれずに腕を伸ばした。

「リバースカード、オープン。異次元からの埋葬」

 奴の場に伏せられていた最後の1枚。それが表になる。
 そこに描かれていたのは、私にとって最悪のカードだった。
 

異次元からの埋葬 速攻魔法
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。


 異次元からの埋葬。
 除外されているモンスターを墓地に戻すカード。
 どうやら奴は私に悠長な時間を与える気は毛頭なかったようだ。
 私は悔しさから視線を鋭くした。

 奴の墓地に、ヘルフレイムエンペラー、炎帝テスタロス、ガイヤ・ソウルの3枚が加わる。

 無感情の瞳を私に向ける紅い眼。
 赤い竜が勝利をあげる雄たけびのような絶叫をあげた。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動」

 空気が震える絶叫が響く中、その声ははっきりと聞こえた。
 奴の決闘盤がヘルフレイムエンペラーのカードを吐きだした。
 炎が逆巻き、竜がさらに吠える。

「墓地のヘルフレイムエンペラーをゲームから除外し、相手に2700のダメージを与える」

 言い終わるが早いか否か、火球が私に向かって吐き出された。
 私のライフは4100。耐えきれない数値のダメージではない。
 私は自分の決闘盤をチラリと見た。

 炎が私を貫き、衝撃が走る。

「ぐぅぅっ……!!」

 
 ディン・ハプリフィス  LP4100→1400


 炎に焼かれる痛みを感じながらも、私は思考をやめない。
 これでライフポイントはまたも危険域へと入った。
 次に奴の効果が直撃したら、今度こそ防げる保障はない。
 それまでに、何としてでも決着をつけなければ……。

「さらにクリムゾンロードドラゴンの効果発動。攻撃力上昇だ……」

 燃える炎とは対照的に、冷たく紅い眼は言い放った。
 赤い竜の体を炎が取りついた。まるで怨念体のように。
 すべてを燃やしつくす業火をその身にまとい、赤い竜は咆哮をあげる。


 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000→ATK5700


 すっと手を伸ばし、紅い眼が口を開く。

「クリムゾンロードドラゴンで、クイーン・ドラゴンを攻撃。レクイエム・インフェルノ」

「くっ。クイーンの特殊能力で、スレイブドラゴントークンに攻撃対象を移すわ!」

 炎が吐き出されたが、女王の直前で軌道が大きくそれる。
 代わりに簡素な見た目の竜が炎に包まれ、消滅する。
 その姿を見て、悲しげな声をあげるクイーン・ドラゴン。
 散りゆく竜の姿をその青い瞳に焼きつけ、女王竜は鳴き声をあげる。

「クイーン……」

 私は自分の場の桃色の竜を見上げながら呟く。
 自分を守るためとは言え、仲間の竜がどんどん倒されてクイーンは悲しんでいる。
 私もこれ以上戦いを長引かせて、クイーンの悲しむ姿を見たくはない。
 だとしたら、やることは一つだけだ。

 次の私のターンで、奴を倒す。

 起死回生のカードも、作戦も何もない。
 ただ思いきり全力であの気に入らない紅い眼に攻撃する。
 それが、今の私がクイーンのためにしてあげられる最大のことだ。

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド……」

 紅い眼が2枚ある手札の内の1枚を、場に伏せた。
 残る1枚の正体は分からない。だが私の戦術は単純明快だ。
 相手の伏せカードは少ない方が良い。赤い竜の体から炎が消える。


 クリムゾンロードドラゴン  ATK5700→ATK3000


 効果が切れて攻撃力が下がるクリムゾンロードドラゴン。
 クイーン・ドラゴンが青い瞳を向けて、赤い竜を睨みつける。
 咆哮をあげながら睨み返すクリムゾンロードドラゴン。

 2体の竜が互いに威嚇しあい、辺りの緊張感が増す。

 冷たい風が肌を指すように吹き抜け、私達の間を通り抜ける。
 自分のデッキに視線をやってから、私は腕を動かした。

「私のターンッ!」

 勢いよくカードを引く私。
 引いたカードはモンスターではない。永続罠カードだ。
 これで私の手札は2枚。稲妻の竜と今引いた罠カード。
 手札にカードを納めてから、私は腕を真っ直ぐに伸ばした。

「バトル! クイーン・ドラゴンで……」

 私は奴の場の赤い竜に視線を向けた。続けてクイーン・ドラゴンに。
 クイーン・ドラゴンは先ほどと変わらず、赤い竜を睨みつけている。
 少し考えてから、私は頷いた。

「クリムゾンロードドラゴンを攻撃よ!」

「…………」

 私の宣言を、紅い眼は黙って聞いていた。
 女王竜が勇ましい声をあげ、天へと舞う。
 漆黒の星空の中、美しく羽を広げるクイーン・ドラゴン。

 奴のライフは僅かに100。クリムゾンロードを攻撃しても十分削りきれる数値だ。

 それにあの竜には、何匹もの仲間が倒されている。
 このまま黙っていられる程、私は心が広くない。
 ビシッと指を伸ばし、私は赤い竜を指さした。

「さぁ、風の女王の前に跪きなさい! クイーン・ドラゴンで攻撃、クープ・ド・ヴァン!」

 桃色の竜が羽を広げたまま、勢いをつけて天から赤い竜へと突っ込む。
 まるで弾丸のように、凄まじい速度で急降下していくクイーン・ドラゴン。
 赤い竜はやや呆然としたように、その姿に視線を向けていた。
 桃色の竜が赤い竜の目前へと迫る。この攻撃が通れば……

「リバースカード、オープン」
 
 ジャラリと、暗闇の中からチェーンが揺れる音がした。
 視線を向けると、紅い眼の場に伏せられていた1枚が表になっている。
 描かれているのは、隕石を跳ね返している赤いバリア。あのカードは……

「カウンター罠発動。メテオリフレクション」

 静かな口調で、紅い眼が呟くように言う。
 奴のドラゴンの前に現れる、赤い色のバリア。
 持っていた最後の手札を見る紅い眼。

「このカードの効果で、手札を1枚コストに相手モンスターの攻撃を無効にする」

 紅い眼の決闘者が手札のカードを墓地へと捨てた。
 捨てられたのはモンスターカード。可愛らしいきつねのモンスターだ。


きつね火
星2/炎属性/炎族/ATK300/DEF200
表側表示で存在するこのカードが戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚のための生け贄にはできない。


 赤い竜の前に現れたバリアが、クイーンと衝突する。
 大きな衝撃が走るが、その力は分散されて赤い竜へは届かない。
 逆に、弾かれた衝撃が光線のような形になって跳ね返る。

 光線が、私の場のスレイブドラゴントークンとミストラル・ドラゴンを貫いた。

 爆発を起こして消滅する2体のドラゴン。
 私は目を丸くして驚く。紅い眼が冷たい口調で言った。

「さらにこの効果で無効にしたモンスターのレベル未満になるように相手モンスターを破壊し、1体につき500ポイントのダメージを与える」

「なっ……!」


メテオリフレクション カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に手札を1枚捨てて発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、レベルの合計がその攻撃モンスターの
レベル未満の数値になるように、相手フィールド上に存在するモンスターを
選択して破壊する。この効果で破壊されたモンスター1体につき、相手に
500ポイントのダメージを与える。


 私の口から抗議の言葉が出るより前に、決闘盤に電流のような衝撃が走った。
 今の効果で破壊されたモンスターの数は2体。よってダメージは合計で1000。
 決闘盤の数字が、ゆっくりと動く。


 ディン・ハプリフィス  LP1400→400


 残り僅かなライフが、さらに少なくなる私。
 それより何より、この攻撃のチャンスを逃してしまった。
 おまけにモンスターはほぼ全滅。残ったのはクイーン1体だけ。

「くっ……」

 私は状況の苦しさから、顔をしかめた。
 攻撃を無効化された桃色の竜が、静かに私の場に戻る。
 バトルフェイズは終了だ。私に残ったのは、手札の2枚のみ。
 
「……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 少し考えてから、私は手札の1枚を場に伏せた。
 これでやれることは全てやった。後は運を天にまかせるだけ。
 手札に残った竜のカードを眺めながら、私は息を吐く。
 
 風が吹いた。


 ディン・ハプリフィス LP400
 手札:1枚
 場:クイーン・ドラゴン LV8(ATK4000)
   伏せカード1枚


 紅い眼の決闘者 LP100
 手札:0枚
 場:クリムゾンロードドラゴン(ATK3000)
   伏せカードなし


「……俺のターン」

 闇の中、赤い色の瞳が揺れた。
 奴がカードを引く。これで手札は1枚。
 フッと、笑うように紅い眼が息を吐いて、言う。

「やはりお前らは紛い者の王だ。この決闘でそれが証明されたな」

「なによ、まだ勝負は終わってないわよ!」

 私の言葉に対し、紅い眼は肩をすくめる。
 まるで呆れたような視線を私に向け、続ける。

「愚かなことを。お前の伏せカードは1枚。クリムゾンロードの2つの効果を防ぐことは不可能だ」

 私の場に伏せられたカードをチラリと見てから言う紅い眼。
 確かに奴のクリムゾンロードの効果はバーンと攻撃力アップの2つ。
 1枚の伏せカードでは、おそらくどちらかの効果しか防げないだろう。
 私のライフは400。どちらかの効果が決まれば、負ける。

 だけど……

 私はフッと、不敵な笑みを浮かべた。
 その表情の変化を読み取ったのか、紅い眼が不審げに目を丸くする。
 ちょいちょいと、私は指を動かしながら、言う。

「効果を発動してみなさいよ。その瞬間、あなたのクリムゾンロードドラゴンはボーンよ!」

「…………」

 紅い眼が考えるように、僅かに沈黙する。
 私は不敵な笑みを浮かべたままだ。
 伏せられたカードに視線を向け、腰に両手を当てる。

 こういうのは、態度が肝心だから。

 私は心の中でそう呟いた。
 なるべく、強気な態度に見えてると良いんだけど。
 やがて、紅い眼が頭を振って、言う。

「……お前のハッタリに乗る気はない。クリムゾンロードの効果、発動」

 すっと、腕を前へと伸ばす紅い眼。
 クリムゾンロードドラゴンが雄たけびを上げた。
 奴の決闘盤が、墓地から1枚のカードを吐きだす。

「炎帝テスタロスを除外し、お前に2400のダメージを与える」

 クリムゾンロードの全身が炎に包まれた。
 そして首をうねらせながら、全身の火炎を収束させて撃ち出す。
 迫りくる炎を前に、私は苦笑いを浮かべた。

 や、やっぱり、この程度のハッタリじゃ無理だったわね……

 爆発が起こり、辺りに大きな音が鳴り響いた。
 炎が派手に辺りに舞い散り、火の粉が雪のように飛ぶ。
 メラメラと燃え盛る炎。赤い竜が雄たけびをあげた。
 炎によって暗闇が照らされる中、紅い眼が口を開く。

「……何だと?」

 驚いたように目を丸くしている紅い眼。
 炎によって照らされ、その表情の変化ははっきりと見て取れた。
 私は額に浮かんだ冷汗をぬぐい、ふぅと一息つく。
 チラリと、私は自分の場に伏せられたカードを見た。

 そしてそんな私の前に浮かんでいる、黄色のバリア。

 炎はそのバリアに阻まれて散り散りになっている。
 私の決闘盤は、先ほどと変わらずに400の数値を表示していた。
 やや呆然としている紅い眼に向かって、私は静かに言う。

「墓地のプレヌリュンヌ・ドラゴンの効果。このカードを墓地から除外することで、1度だけ相手からの効果ダメージをゼロにできるわ」

 私は墓地から満月を背景にした竜のカードを取り出して見せる。
 ぎりぎりと拳を震わせながらそのカードを睨みつける紅い眼。
 凄まじい迫力。殺気で空気がねじ曲がっているように見える。
 もっとも、私はそういうのには慣れっこだけどね。


プレヌリュンヌ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
自分が相手のカード効果でダメージを受ける時、手札からこのカードを捨てて発動する。
その効果ダメージを0にする。自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して
発動できる。このターン相手から受ける効果ダメージを1度だけ0にする。この効果は
相手ターンでも発動する事ができる。


「これで私はあなたのクリムゾンロードドラゴン、その第一の効果を防いだわ」

 除外されたプレヌリュンヌをポケットに入れながら、私は言う。
 私の場にはまだ伏せカードが1枚残ったままだ。
 そのカードに視線を向けてから、肩をすくめて言う。

「それで、どうするの? 今度はハッタリじゃないかもね?」

「……クリムゾンロードの攻撃力は、除外した炎帝テスタロスの分だけアップする」

 私の発言を無視して、紅い眼は言う。
 奴の場の赤い竜の体を、再び炎が逆巻いた。
 

 クリムゾンロードドラゴン  ATK3000→ATK5400


 攻撃力を一気に上昇させるクリムゾンロードドラゴン。
 逆巻く炎の中、強いオーラをまといながら、赤い竜は吠える。
 ジャラリと、紅い眼のチェーンが音を立てた。

「真なる王の前に敵はない。全てを破壊し、全てを支配するのみ」

 紅い眼がまるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。
 腕を伸ばし、私のクイーン・ドラゴンを指さす。

「バトル。クリムゾンロードドラゴンで、クイーン・ドラゴンを攻撃だ」

 赤い竜がその言葉を聞き、嬉しそうに顔を歪める。
 今までも幾度となく攻撃をしていた赤い竜。
 だがその度に攻撃は防がれていた。直接対決はこれが始めてだ。

 2体のドラゴンが睨み合いながら、大きく咆哮する。

 その衝撃で周りの木々が激しく揺れる。
 圧倒的な緊張感。このバトルで全てが決まる。
 どちらが勝者となり、敗者となるか。その全てが。
 
 紅い眼が、言う。

「真に王者たる竜の炎に包まれて消えろ。クリムゾンロードの攻撃、レクイエム・インフェルノ」

 赤い竜が全身の炎を鋭い牙の生えた口へと集中させる。
 まるで小さな太陽のように丸く膨らむ灼熱の炎。
 赤い竜の黄色い瞳が、笑うように歪んだ。

 一瞬の間の後、炎が光線のように発射される。

 まるで閃光のように宙を駆ける炎。
 凄まじい速度。周りの空気が炎で熱くなる。
 この攻撃が通れば、考えるまでもなく私の負けだ。
 桃色の竜が迫りくる炎の前で、毅然とした態度を見せる。

「罠発動よ! 永続罠、インビジブル・ウォール!」

 炎が当たる直前、私は最後の伏せカードを発動させた。
 クイーン・ドラゴンの周りを、風が渦巻くようにして動く。
 紅い眼はその様子を静かに見つめている。

 炎が桃色の竜に直撃し、衝撃が走る。

 桃色の竜が苦しげな声を上げる。
 赤い竜はまだ炎を吐き続けている。
 衝撃に吹き飛ばされそうになりながら、私は言う。

「インビジブル・ウォールの効果で、私のドラゴンは戦闘では破壊されない!」

 私は自分の場で表になっているカードを見る。
 見えない空気の壁が、竜への攻撃を防いでいるカードだ。


インビジブル・ウォール 永続罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスターは戦闘では破壊されない。
発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


 攻撃は今も続いている。
 灼熱の炎はクイーンの体を今にも貫きそうだ。
 だが空気の壁によって、それがギリギリの所で防がれている。
 暗闇から、紅い眼の声が響く。

「無駄なことを。戦闘破壊されずとも、ダメージは通る。お前の敗北に変わりはない」

 そう、それは奴の言う通りだ。
 インビジブル・ウォールにダメージを防ぐ効果はない。
 このままだと、単なる私の悪あがきのように見えるかもしれない。

 だけど、私の決闘はいつだって前向きだ。

 勝つための決闘。負けないための決闘ではない。
 後ろ向きな戦術ではなく、真正面から相手と向き合って勝利する決闘。
 このインビジブル・ウォールのカードもそうだ。

 戦闘で破壊されないではなく、戦闘で破壊するための一手。

 すっと、手札に残った最後の一枚を見る私。
 衝撃が走り続ける中、私は叫んだ。

「手札のエクレール・ドラゴンの効果発動!」

 紅い眼がその言葉に赤い瞳を鋭くした。
 私は奴に手札の最後の一枚を見せる。
 青と黒の、鋭いフォルムの竜が描かれたカード。
 それを墓地へと送り、言う。

「自分のドラゴンが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ時、このカードを手札から墓地へと送ることで攻撃力を1400ポイントアップさせる!」

「……!」

 紅い眼が、僅かに動揺したように目を細めた。
 赤い竜は変わらず炎を吐き続けている。


エクレール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターが相手モンスターと
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、そのモンスターの
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで1400ポイントアップする。


 クイーン・ドラゴンの体を、バチバチと電撃がまとわりついた。
 歌声のような声をあげ、羽を孔雀のように広げるクイーン・ドラゴン。
 貫かれそうになっていた炎を、逆に押し返し始める。


 クイーン・ドラゴン LV8  ATK4000→ATK5400


 これで攻撃力の数値は互角。
 だけど私の場には戦闘破壊を防ぐインビジブル・ウォールが存在している。

 つまりこの戦闘で破壊されるのは、奴のクリムゾンロードドラゴンのみ。

 クイーン・ドラゴンが稲妻をまといながら、炎を跳ね返していく。
 赤い竜が跳ね返された炎のせいで、苦しげに声をあげた。
 二つの巨大な力の衝突によって、さらに衝撃は強まっていく。
 私達のローブがばさばさと勢いよく揺れ、衝撃から吹き飛ばされそうになる。

 だけど、これで勝負は決した。

「これで私の勝ちよー!!」

 得意げに微笑みながら、私は闇に向かって叫んだ。
 この最終局面。奴のクリムゾンロードドラゴンが消えれば勝利は確定だ。
 この風の女王様に勝とうだなんて、千年早いのよ! 私がそう思ったとき――

 突然、私のインビジブル・ウォールのカードが炎につつまれた。

「!?」

 目を丸くして驚く私。
 見ると、紅い眼が大きく息をしながら一枚のカードを見せている。
 あれはこのターンに引いた、奴の最後の手札……。
 紅い眼がいつになく必死な声で、言う。

「手札の魔炎 クロニクル・フレイムの効果を発動……」
 
 奴がそう言うと、場を包みこむように炎の嵐が吹き荒れた。
 まるで意思を持った生命体のようにうねくるう炎。
 赤い竜が咆哮をあげ、紅い眼が淡々としながら言う。

「炎属性がバトルを行うダメージステップ時、このカードを手札から墓地へと送ることで相手の魔法・罠カードをすべて破壊する」

 炎に飲み込まれる私のインビジブル・ウォール。
 ケラケラと笑うような声がした後そのまま粉々に砕け散った。
 クイーンの体を逆巻いていた風が、やむ。
 ハッとする私に向かって、紅い眼が続けて言った。

「さらに効果で、お前に300ポイントのダメージだ……」


魔炎 クロニクル・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1900
自分フィールド上に存在する炎属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ
時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、相手フィールド上に存在する魔法・
罠カードを全て破壊する。この効果で破壊した魔法・罠カード一枚につき、相手に
300ポイントのダメージを与える。
 

 吹き荒れていた嵐の中から、小さな火球が私に当たった。
 ほとんど火の粉のような大きさだったが、衝撃は走る。

 
 ディン・ハプリフィス  LP400→100


 これで、もう互いに打つ手はなくなった。
 フィールドに残ったのは、互いのエースモンスターのみ。
 衝撃の中心で、激しく攻撃がぶつかり合っている。
 桃色の竜と、赤い竜。2体のドラゴンが咆哮をあげ、そして――

 一瞬の閃光と共に、凄まじい爆発が巻き起こった。

 2体のドラゴンが光に飲み込まれるような形で消滅する。
 かろうじて見えたのはここまで。物凄い衝撃が伝わった。

「きゃあああぁぁぁ!」

「くっ……!」

 悲鳴をあげて、後ろへと吹き飛ぶ私。
 紅い眼は吹き飛んではいないものの、苦しそうな声をあげている。
 地面に少し叩きつけられ、私の体に痛みがかけめぐった。
 その私の横をいくつもの火の粉が飛び交っていく。
 
 大爆発から空気がびりびりと震え、低い衝撃音がまだ続いている。

 だがその音も、やがてはなくなり静寂になっていく。
 はぁ、はぁ、と互いが息を切らす音だけが、その場には響いていた。


 ディン・ハプリフィス LP100
 手札:0枚
 場:なし


 紅い眼の決闘者 LP100
 手札:0枚
 場:なし


 私は痛みに耐えながら、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
 グラグラとする視界。衝撃のせいで、足元がふらつく。
 さすがの紅い眼も、フラフラとしながらその場に立っていた。

 バサッ。

 何とか立ち上がった時、私が被っていたフードがずれて下がった。
 私の金色の髪の毛と顔が、炎に照らされる形で明らかとなる。
 まずいと思いつつも、私の体は上手く動かない。倒れそうになるのを耐えるだけ。
 紅い眼が私にぼんやりとした視線を向け、そして――

「……何!? お前――」

 そう、呟いた。
 私はその言葉に違和感を覚える。
 だが紅い眼はもう何も言わなかった。

 遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

 どうやら少し派手にやりすぎたらしい。
 あれだけの大爆発だ。近隣の住民に聞かれていてもおかしくはない。
 妙に冷静に、私はそう判断した。

「……今日は、ここまでだ」

 紅い眼が首を横にふって言った。
 決闘盤の数字が消え、ソリッド・ヴィジョンシステムが解除される。
 私はムッとするが、疲れて言葉がでない。紅い眼が私を指さす。

「この次は必ず決着をつける。真の王としてな……」

 紅い眼がふらりとしながら、闇の中から声を出した。
 相も変わらずの上から目線だが、それに言及する余裕はない。
 これ以上ここにいても、警察にしょっぴかれるのがオチよ。
 倒れそうになりながらも、私はその言葉に頷いた。

 闇の中へ溶けるように、紅い眼が背を向けて立ち去る。

 その姿をぼんやりと見つめる私。
 だが近づいてくるパトカーのサイレンを聞き、何とか体を動かす。

 もう少し、あと一歩で私の勝ちだったのに……。

 体を引きずらせるようにして動きながら、私は拳を震わせる。
 あの魔炎 クロニクル・フレイムのカード。あれさえなければ……。
 私は闇の中に浮かんでいたあの赤い瞳を思い返し、怒りに体を震わせる。
 ほんと、最後まで気に食わない奴だったわ。

 だけど……

 私はさっきの紅い眼の発言を思い返す。
 私の素顔を見た時のあの発言。驚いたような声。
 
『……何!? お前――』

 あれは、明らかに私の事を知っている風な口調だった。
 そうでなければ、あんな言葉が出てくるはずがない。

 黒いローブに全身を隠し、見えたのは闇に浮かぶ赤い瞳だけ。

 だけどそこに実体がある限り、正体も存在しているはずだ。
 紅い眼の決闘者の正体。それはどんな形であれ、確実に存在しているはずだ。
 そしてあの発言から考えて、その正体は私の身近な人間……?

 ふるふると、私は首を横にふった。

 やめよう。これ以上、疲れた身体と精神でこんなことを考えるのは。
 何はともあれ、家に帰ってシャワーでも浴びるのが最優先よ。
 痛みをかみ殺しながら、私はゆっくりと公園から去っていく。

 誰もいなくなった闇の中を、風が通り抜けていった……。




第二十七話  追う少女

 風が吹いた。

 風吹く町、風丘町。
 天には青い空が広がり、白い雲が浮かんでいる。
 新しい1日の始まり。爽快な夏の日の朝。
 風丘町に何百回と訪れた、日常がそこにはあった。


 ――そんな風丘町の、駅にて。

 
 足早に、人々が駅の中へと入っていく。
 その表情はどこか疲れているようにも見える。
 爽やかな朝など関係ないと言わんばかりの表情だった。
 次々と、人々は駅へと消えていく。

 そんな中、たった一人だけ駅から『出てくる』人物がいた。

 それは黒いフード付きのローブを着た、黒ずくめの人物だった。
 背丈は小学生程。赤色の車輪付きスーツケースをゴロゴロと転がしている。
 駅から出ると、黒ずくめの人物はふぅと小さく息を吐いた。

「ここが……風丘町」

 そう言って深く被っていたフードを後ろへとずらす。
 フードの下から、淡い栗色のややウェーブがかった長い髪が現れた。
 その下には大きな瞳と、病的なまでに白い肌が広がっている。
 およそ日本人離れした顔立ちの、儚げな印象の少女がそこにはいた。
 人々が好奇の視線を向ける中、少女はぽつりと呟く。

「……いい町みたい」

 どこかホッとしたような表情になる少女。
 ごそごそと、自分の着ていたローブの内側をあさる。
 そしてそこから新聞程の大きさの、風丘町の地図を取り出した。

「ここは駅だから……」

 少女が真剣な表情で地図を見つめる。
 その瞳があちらこちらへと動き、指で道をたどっていく少女。
 そして地図のある1点で、その指はピタリと止まる。

『風丘高等学校』

 地図に描かれた文字を読み、頷く少女。
 そして何度も確認するように、道順を視線で追う。
 3分ほどそれを繰り返し、少女は地図をしまった。

「……急がなくちゃ」

 呟き、傍らのスーツケースを持つ少女。
 風が吹いて、その栗色の髪がわずかに揺れた。
 そして少女が顔をあげて一歩を踏み出そうとした時――
 
 ようやく、少女は自分に向けられた人々の視線に気づいた。

 道行く人たちのほぼ全員が少女のことを見ている。
 ハッとなって、少女の白い肌が少しだけ赤くなる。
 再びローブについていた黒いローブを深くかぶり、顔を隠す少女。

 そして足早に、少女は町の中へと消えていった……。

















 教室は騒然としていた。

 朝のHRを告げるチャイムは鳴り、先生も教室に来ている。
 だがまるでまだ休み時間であるかのように、教室は騒がしかった。
 俺の前の席に座っていた天野さんが振り返り、尋ねる。

「あの、ディアさんどうしたんでしょうか……?」

「……さぁ?」

 心配そうな表情の天野さんに向かって、俺は答える。
 正直言って俺に聞かれても分からないというのが現実だ。
 俺と天野さんは首を動かしてディアの席へと視線を向ける。

 がやがやと騒々しい、教室の中央。

 そこに金髪の留学生、ディア・ローナリアの席はある。
 金髪のポニーテールに黒縁の眼鏡。日本人離れした白い肌に青い瞳。
 内面はとんだ悪魔だが、容姿に関しては確かに美少女だと思う。
 加えて自分の性格を隠す術も知っていて、クラスでは人気者だ。

 その美少女が今、ぐったりと自分の机に突っ伏している。

 チャイムが鳴る直前、ディアはフラフラとした足取りで教室に現れた。
 いつものほわほわとした笑顔はなく、疲れ切った表情を浮かべていたディア。
 そして自分の机にたどりつくと、そのまま死んだかのように机に沈んでいたのだ。

「ディアさん、大丈夫?」

 ディアの隣の席に座っていた少女が話しかける。
 ぴくりと、わずかにその言葉に反応するディア。
 ゆっくりと顔をあげると、疲れた表情で言う。

「だ、だいじょ〜ぶ〜……」

 気の抜けた声を出すディア。
 目はうつろで、完全に燃え尽きた様子だ。
 周りの連中がさらに口々に言う。

「どうしたの? 風邪でも引いたの?」

「早退した方がいいんじゃないかな?」

「気分が悪いなら、保健室に行った方が……」

 純粋な親切心からの言葉が投げかけられる。
 だがディアはふるふると首をふり、机に突っ伏しながら言う。

「……まだ、何とか大丈夫」

 どう見ても大丈夫ではなさそうだが、本人がああ言うと周りも強く言えない。
 心配そうな表情を浮かべて、周りの連中は見守るような視線を向ける。
 これが今日の教室が騒がしい、1つ目の原因だ。
 天野さんが心配そうな表情になって言う。

「ディアさん、本当にどうしちゃったんでしょうね?」

「……見当もつきませんね」

 そしらぬ振りを装って、俺は答える。
 奴と俺の関係は最重要機密だ。下手なことは言えない。
 もっとも、奴のことだから本当にどうでもいいことかもしれない。
 昨日、本当にシルクハットの怪人を探しに行っていたとか。

「まぁ、こういう日もありますよ」

 なおも心配そうな天野さんに向かって、俺は軽く答えた。
 奴は自称グールズ幹部だし、あの程度なら心配することもないだろう。
 それよりも問題にすべきことは他にある。俺は視線を教壇へと向けた。

「それより、あっちの方が大変なんじゃないですか……?」

「……そうですね」

 俺の言葉に、天野さんがコクリと頷いた。
 天野さんも視線を教壇へと向ける。

 そこには、がっくりと教壇に突っ伏した格好の霧乃先生がいた。

 その表情は疲れ切っており、ぐったりと教壇に沈んでいる。
 口は半開きだし、持ってきた名簿や日誌を開こうともしない。
 今にも死にそうな様子の霧乃先生が、騒々しさの原因のもう一つだ。

「先生、大丈夫ですか……?」

 一番前の席に座っている女子が、心配そうに声をかける。
 ぼへーっとしていた霧乃先生がその言葉に反応してピクリと動く。
 ゆっくりと、顔を正面に向け、言う。

「だ、だいじょ〜ぶ……じゃないかも」

 いつになく生気のない声で答える霧乃先生。
 普段のあの様子からは考えられないような状態だ。
 はぁとため息のような息を吐くと、霧乃先生が言う。

「な、なんだか、体がとーってもダルいの……」

 うぅーっと唸り声をあげる霧乃先生。
 その表情は本当に苦しそうで、ダルそうなものだった。
 季節はずれの風邪にでもかかったのだろうか?

 授業の開始を告げるチャイムが鳴る。

 一時間目は数学。霧乃先生の授業だ。
 だが誰がどう見ても、霧乃先生は授業ができる状態ではない。
 しかしフラフラしつつも、霧乃先生が立ち上がる。

「……そ、それじゃあ、一時間目の、授業……」

 霧乃先生の体が大きく揺らいだ。
 そのままクラクラとしたように、頭を押さえる霧乃先生。
 結局、元通り教壇の椅子に座って顔を机に乗せる霧乃先生。
 そして、振り絞るような声で、言う。

「授業は……自習……に、します……」

 カクンと、死んだように霧乃先生の体から力が抜けた。
 そして、教室は凄まじいまでの騒音に支配された。














 




「まったく、昨日はひどい目にあったわ……」

 ディアが、今日何度目か分からない愚痴を呟いた。
 そしてレモンティーのパックにストローをさして、飲む。
 箸を持ちながら、天野さんが微笑んだ。

「でも、良かったです。ディアさん大したことなくて」

 その言葉に、ディアが大きく頷いた。

「まったくよ。でも、さすがにしんどいわ……」

 ジュルジュルと音を立てながらレモンティーを飲むディア。
 行儀の悪い奴だ……。俺は呆れながら、箸を動かしてご飯を食べる。
 昼休みの時間はまだ始まったばかりだ。天野さんが尋ねる。

「でも、どうして朝はあんなに疲れていたんですか?」

「あー、えーっとねー……ちょっとデッキの調整していたのよ」

 思いついたようにパチンと指を鳴らして答えるディア。
 とんでもなく下手な嘘だが、天野さんは特に気にしないようだった。
 はぁーっと関心したように息を吐き、頷く。

「すごいですね。そこまで時間をかけてやるものなんですか……」

「ま、まぁ、個人差はあるけどね。私は特別遅いのよ」

 慌てた様子でホホホと高笑いをするディア。 
 疲れたように、レモンティーのストローをくわえる。
 そして一気に中身を飲みほすと、ふぅと息を吐いて口元をぬぐう。

「本当、疲れたわ。デッキの調整は。ねぇ、雨宮君? あなたも疲れるでしょう? なにせデッキの調整だもの。これぐらいしんどくなっちゃうのも珍しくないわよね。あー、本当に疲れちゃったわ。ね、あ・ま・み・や君?」

 引きつった笑みを浮かべながら、ディアが俺のことをじろりと見た。
 顔はともかく、その青い瞳の目は明らかに笑っていない。

 しつように俺に呼びかけるということは、つまり昨日あの後に何かあったということか。

 俺は心の中でため息をついた。
 奴の様子からして、また面倒なことになったに違いないな。
 どちらにしろ、後で話を聞く必要がありそうだ。

「そうですね。たまにはそういう日もあります」

 話を合わせるために、俺は適当に答える。
 ディアが俺のことをにらんでいたが、俺は視線をそらす。
 天野さんは何やら手帳にメモしている。律儀な人だ。

「そういえば、霧乃先生はどうなったんですか?」

 これ以上ディアににらまれるのはゴメンなので、俺は話題をそらす。
 霧乃先生は教室で倒れてしまった後、保健室へと運ばれていた。
 あの後は教室に現れていないし、何の情報も入っていない。

「……なんでも、軽い過労らしいよ」

 俺の隣りで静かにお弁当を食べていた小城さんが答えた。
 彼女は保健委員なので、霧乃先生を保健室に運んでいる。
 天野さんが心配そうな表情になって尋ねる。

「大丈夫そうでしたか、先生?」

「うん。私が運んだ時も、ベッドに横になりながら『い〜つもすまないわね〜』とか言ってたよ」

 どこか疲れたような表情で、小城さんは答えた。
 そりゃ、自分が運んだ人がそんなことを言っていれば疲れるだろうな。
 気まずそうな表情で、小城さんは黙々とお弁当を食べている。

「それは言わない約束でしょ……」

 ボソリと、小さな声でディアが呟いた。
 そして机の上に置いてあったコンビニの袋からおにぎりを取り出す。
 ラップをはがして、ディアがおりぎりにかぶりつく。
 それを見て、天野さんがディアに尋ねる。

「ディアさんって、お昼毎日コンビニなんですか?」

「ん? そうよ」

 もぐもぐと口を動かしながら、頷くディア。
 天野さんの方を向き、口の中のものを飲み込むと、言う。

「私、自慢じゃないけど料理苦手なのよ。だからお弁当とかは無理」

 肩をすくめるディア。奴の性格ならそれも当然か。
 いかにも大ざっぱというか、適当な性格だからな、こいつ……。
 俺は心の中でうんうんと納得しながら、ご飯を食べる。
 天野さんがさらにおそるおそると、尋ねる。

「ひょっとして、毎日三食ともコンビニなんですか……?」

「まぁ、そうね。私一人暮らしだし〜」

 のん気に頷いて、コンビニの袋からサンドイッチを取り出すディア。
 さすがにそこまでいくと凄い生活だ。現代っ子の鏡というか、何というか……。
 驚きと不安げな光の宿った三人の視線を受けて、ディアがアハハと微笑む。

「大丈夫よ。日本のコンビニは品質が良いから。栄養バランスも考えてるし」

 言って、袋の中からさらにサラダを取り出して見せるディア。
 そういう問題でもないのだが、俺と小城さんは何も言わなかった。
 ただひたすらに、目の前の弁当に集中している。天野さんが続ける。

「あの、お父さんとかお母さんは……?」

「あぁ……えっと、仕事の関係でほとんど帰ってこないの」

 ディアが天井を仰ぎながら、他人事のように言う。
 もちろんこれは嘘だろう。奴はグールズとしてこの町に来たのだから。
 もっとも、奴が一人暮らしなのは本当の事だが。

「……うらやましい」

 ボソリと、俺の横に座る小城さんが呟いた。
 俺としても、親がいない生活というのには一種の憧れがある。
 もっとも、親よりも先に姉貴を何とかしたいのが本音だが。

「そ、そんなこと言っちゃダメですよ!」

 天野さんが少しだけ強い口調で小城さんをたしなめた。
 小城さんは小さな声で「ごめん」と言うと、またも弁当にむかう。
 それ以上は何も言わずに、天野さんも頷いて箸を動かす。

 静寂。四人の間から会話が消える。

 はっきり言って、俺は気まずかった。
 昼休みに天野さんと弁当を食べるのはいつもの事だが、今日は違う。
 小城さんとディアまで混ざって、合計で三人の女子に取り囲まれている。
 教室中からの視線が微妙に痛い。嫌な汗が浮かんでくる。

 小城さんもそれは同じようだ。

 天野さんはともかく、俺とディアは小城さんとはそこまで親しい訳ではない。
 いつも一人で食べている小城さんに気をつかって声をかけた天野さんだったが、
 明らかに逆効果だろう。さらに気まずさが増している。
 
 黙々と、俺達は弁当を食べている。

 だがその逃げもいつまでも続くわけではない。
 いつもよりハイペースで食べているため、弁当の残りはあと僅か。
 このままだと、もうこの沈黙に耐えることはできなくなる。

「あー……えーっと……」

 天野さんが空気を変えようと、何か話題を探しはじめる。
 しかし上手い話題が見つからないようで、困ったような表情を浮かべる。
 俺も何か話題はないかと考えるが、思いつかない。

 もうこの空気には耐えられない。誰でもいいからどうにかしてくれ。

 おそらく、俺達は同じことを考えているのだろう。 
 だが静寂はやまず、いっそう深くこの場を支配しようとしている。
 何やら考えていた天野さんが、意を決したように口を開いた。

「そういえば、昨日のプロリーグの試合でヘル――」

 天野さんが言いかけた、その時。


 ガラッ!!


 教室のドアが横滑り、大きな音を立てて開いた。
 何人かの視線が扉の方へと向かう。それだけなら普通のことだ。
 だが、教室に入ってきたのは普通の人物ではなかった。

 淡い栗色の髪の毛に、白い肌。日本人離れした顔立ち。

 そして何よりも印象的なのはその格好だ。
 全身を覆うような黒いローブを身にまとっている。
 というか、俺はその格好に見覚えがあった。

「あ、あれって……」

 小さく呟いてディアの方を見ると、奴は目を見開いて固まっていた。
 教室中の視線を受けながら、少女がキョロキョロと辺りを見渡す。
 そして、固まっているディアに気がついた。

「お姉ちゃん……」

 ディアの方を見て、少女がポツリと呟き微笑んだ。
 どこか安心したような、安堵の表情を浮かべる少女。
 教室に、だだならぬ衝撃が走る。

「れ、れ、れ、レーゼちゃん!!」

 心の底から驚きながら、ディアが叫んだ。
 持っていたサンドイッチを置くと、一瞬で少女の元に駆け寄る。
 動揺丸出しに、ディアが少女の肩に手をのせた。

「ななな、なんでレーゼちゃんがここにいるのよ!?」

「その……お姉ちゃんに会いたくて……」

 恥ずかしそうに顔を伏せながら、少女が答えた。
 その言葉を聞いて、軽く凍りついたようになるディア。
 周りの目も気にせずに、震える声で尋ねた。

「り、リーダーの許可はもらったの……?」

 ディアの言葉に、少女は黙って首を横にふった。
 さっとフィルターを通したように、ディアの顔色が青くなる。
 しばし呆然とした後、ディアが自分の席に戻りカバンを取った。

「ちょ、ちょっと気分が悪いから早退するわ! 先生によろしく!」
 
 そう言って片手をあげるディア。
 もうすでにその口調は演技ではない、素のものになっていた。
 今までにない程に、ディアは動揺している。

「あっ、ちょっとディアさ――」
 
 何人かの生徒がディアを呼びとめようとする。
 だが遅かった。ディアは既に教室から出て行ってしまっていた。
 まるで一陣の風のように。少女の手を取りながら。
 残されたのは、誰もが呆然としている教室の光景だけ。

「え、えーっと……」

 天野さんが困ったように頬をかいた。
 それとほぼ同時に、教室中がざわめき始める。
 呆然としている俺と小城さんに向かって、天野さんが言う。

「ディアさんって、妹さんがいたんですね……」
 
「そう、みたいですね……」

 俺と小城さんは顔を合わせると、静かに頷く。
 果てしなく嫌な予感を抱きながら、俺はため息をついた。
 今日は部活もない、平和な日だと思ったのに面倒な事になってきた。

 抜けるような青い空を眺めながら、俺はさらにため息をついた。















 その日の夜、俺はディンに呼び出された。

 奴のマンションの前に立ちながら、俺はため息をつく。
 すでに時刻は夜の11時を過ぎている。空には欠けた月。
 こんな時間に呼び出されるのもアレだが、問題は別のところにある。

 あの少女がいったいどんなトラブルを持ってきたのか。そこが問題だ。

 はっきり言って想像もしたくない。だが無視しても仕方がない。
 嫌々ながらも、俺はマンションの呼び出しボタンを押す。
 数回のコール音の後、ディンの声が響いた。

『レイン・スターね。入ってきてもいいわよ』

 一方的に言われると、マンションの自動ドアが開いた。
 俺はもはや何も言わずに中に入り、エレベーターに乗る。
 奴の住むフロアで降りると、すでにディンは自分の部屋の前にいた。

「よく来たわね。まぁ、中に入りなさい」

 扉を開けて、手招きするディン。
 このままどこかへ逃亡したい気分だが、そうもいかない。
 渋々と、俺は奴の家の中へと入った。

「お邪魔します……」

 ボソリと言い、靴を脱ぐ。
 見ると、廊下には赤い色のトランクが置きっぱなしになっている。
 それに玄関に置かれている靴の数が、昨日より一足多い。

「あの――」

「質問は後。とりあえずリビングに行って」

 俺の言葉を制止して、ディンが強い口調で言う。 
 もう何も言えず、俺は奴の家の中へと上がりこむ。
 いったいリビングでは何が待ってるのやら。
 胃が痛くなりそうになる中、俺はリビングへと進んだ。そして――

「こ、これは……」

 リビングまで行った俺は、驚きの声をあげた。
 リビングに置かれた大きめのテーブル。
 何の変哲もないテーブルだが、注目すべきはその上だ。

 色鮮やかな、ありとあらゆる種類の料理がいくつも置かれている。

 スープに、サラダ。パスタやパン。他にも見たことのない料理が多数。
 それらは冷凍食品の物とは明らかに格の違うものだった。
 すべてが作りこまれ、洗練されている。何よりも手作りのようだ。
 香ばしい匂いを放ちながら、料理は輝きを放っている。

「すごいでしょー。ぜーんぶレーゼちゃんが作ったのよ!」

 得意そうに言いながら、ディンが俺の横を通り抜けて対面に立つ。
 そしてその後ろを、くっつくようにしながら歩く一人の少女。
 おずおずとしながら、少女がディンの背中に隠れる。

「大丈夫よ、レーゼちゃん。こいつは私の部下だから」

 隠れてしまった少女に対し、ディンが今までにない優しい声で言う。
 少女がそっと、ディンの後ろから半分ほどだが顔をのぞかせた。
 俺が呆然とする中、ディンが仕方なさそうに息を吐いて言う。

「紹介するわ。この子はレーゼ・フランベルクちゃん。グールズ幹部の一人よ」

 その言葉に、俺は激しい衝撃を受ける。
 グールズ幹部? この、俺よりもディンよりも明らかに年下な少女が?
 目を丸くしながら、隠れている少女に向かって俺は尋ねる。

「あの、失礼ですけど年はおいくつですか……?」

「……9つ」

 ぼそりと、消え入りそうな声で少女が答えた。 
 その答えを聞き、俺は頭がクラクラするのを感じた。
 ま、まだ小学校3年生くらいの年齢じゃないか。
 それがよりにもよって、グールズの幹部だって?

「グールズ首領は、ロリコンなんですか……?」

 俺はディンとレーゼと呼ばれた少女を交互に見ながら尋ねる。
 もはやこの人選はミスとかいうレベルではない。完全に趣味だろ。
 ディンが慌てたように、手をぶんぶんとする。

「ち、違うわ、たまたまよ! 他の幹部はもっと違うタイプよ!」

 必死に否定してくるディンだが、今いち信用ならない。
 やはりこんな組織に入ったのは間違いだったのかもしれない。

 幹部は使えないし、おまけに首領はロリコンときている。

 転職も時間の問題。いや、それよりも早くこの組織が崩壊するだろうな。
 俺がそう思っていると、ディンが目を鋭くしながら尋ねる。

「な、なに遠い目をしてるのよ……?」

「いえ、ちょっと考えるところがありまして……」

 俺が答えると、ディンがフンと鼻を鳴らした。
 今だにやまない頭痛のせいで、俺は額に手を当てている。
 びしっと人差し指を俺に突きつけると、ディンが大きな声で言う。

「言っとくけど、幹部は純粋な実力で選ばれてるんだからね! レーゼちゃんにだって凄い力はあるのよ!」

「へぇ、どんな?」

 俺は頭痛を感じながら、全く期待せずに尋ねた。
 確かにテーブルに置かれた料理は素晴らしそうだが、まさかそれのことか?
 もしそうだったのなら、本格的にこの組織を抜ける必要があるな。
 俺がそう考えていると、ディンが少女に耳打ちする。

「さぁ、レーゼちゃん。『アレ』を見せてあげなさい」

「え。で、でも……」

「大丈夫よ。ああ見えてレイン・スターは優しいから。心配しないで」

 ディンに言われて、少女がとても不安そうに俺のことを見た。
 だが決心したように頷くと、隠れるのをやめて前へと出てくる。
 俺の前に立つと、少女が俺のことをジッと見上げた。

「?」

 俺は少女が何をしようとしているのか分からず軽く首をかしげる。
 少女は瞬きもせずに、ひたすら俺の顔をじっと眺め続けていた。
 どういう事なのか尋ねる前に、少女が口を開く。

「『ウインディ・カーバンクル』」

「……何?」

「あなたの大切なカード。……違いますか?」

 小さな声で、とても不安そうに少女は言った。 
 俺はその言葉に少しだけ驚いた。どうして俺のカードのことを?
 まさか、ディンが教えたのか? 俺はディンの方を見る。
 俺の考えを読み取ったように、ディンは肩をすくめた。

「言っとくけど、私が教えた訳じゃないわよ」

 そうは言うが、だとしたら辻褄が合わない。
 なぜ出会ったばかりの俺のカードのことを、この少女は分かるんだ。
 驚いて呆然と少女のことを見ていると、ディンがため息をついて言った。

「レーゼちゃんはね、カードに宿る『精霊』が見えるのよ」

「……精霊?」

 どこかで聞いたことがある。カードの精霊。
 そうだ、あの炎の洋館でベルフレアが言っていたことだ。 
 俺達はカードの精霊だとか何とか……。

「デュエルモンスターズのカードの中には、何枚か不思議な力を持つカードがある。精霊が宿るカードも、その内の一つよ」

 俺が思い出している間、ディンが得意そうに人差し指を伸ばして説明する。

「精霊が宿るカードについては分からないことが多いわ。元から精霊が宿っているカードもあれば、使い続ける内に精霊が宿るものもある。強いて言うならば、何か特別なカードだとか大切に使われているカードには精霊が宿っていることが多いわね」

「……本当ですか?」

「本当よ。もっとも、精霊は普通の人間には見えないから疑うのも仕方ないけどね」

 どこか悔しそうに口をとがらせながら、ディンが言う。
 その様子からして、ディンにも精霊は見えていないらしい。
 精霊。まさか本当にそんなものが存在しているだなんて。しかも……

 俺は自分のデッキを取り出し、1枚のカードを抜き出す。
 
 さきほど言い当てられた、ウインディ・カーバンクルのカード。
 確かにこいつは俺がデュエルモンスターズを始めたころから使っている1枚だ。
 大切にはしていたが、まさか精霊が宿っているなんて言われるとは……。
 俺がじっとカードを見ていると、少女が小さく首を振った。

「そこにはいない。あなたの頭の上に乗っている……」

「えっ!?」

 思わず、俺は天井を見るよう顔をあげた。 
 当然のことながら何も見えないし、何も乗っていない。
 だが少女は何かが見えているように、視線を床へと向ける。

「あなたが急に動いたから、地面に落ちちゃった。でも平気そうだよ」

 そう言って視線をどんどん上へと向けていく少女。
 そして俺の顔へと視線を戻すと、初めて少女が微笑んだ。
 不思議に思う俺に向かって、少女が楽しそうな声で言う。

「あなたの頭にかじりついてる。怒ってるみたい……」

 クスクスと笑いながら、俺の顔を見る少女。
 なんだか、ものすごくバカにされている気分になる。
 少女と、このウインディ・カーバンクルのカードに。

 ラグナロク・ドラグーン。こいつらにトワイライト・ブレイズだ。

 いるかどうか不明だが、試しに俺は心の中でそう命令してみた。
 だが何か起こったような気配はない。少女も微笑んだままだ。
 どうやらラグナロク・ドラグーンのカードには、精霊は宿っていないらしい。

「いいなぁ、私もその光景見てみた〜い」

 楽しそうに笑いながら、ディンがそう言った。
 俺はフンと鼻を鳴らして、肩をすくめる。付き合ってられない。
 ひとしきり笑い終え、少女がふぅと息を吐いた。

「お姉ちゃんの言う通りみたい。あなたは、良い人……」

 何処が気に入ったのか不明だが、少女は俺への警戒を解いたようだ。
 俺のことを見上げながら、ぺこりと頭を下げて小さな声で言う。

「はじめまして。私、レーゼ・フランベルクです」

「あぁ、俺は――」

「レイン・スターさん……ですよね? お姉ちゃんから聞きました」

 礼義正しく、レーゼという少女は答えた。
 見た目と年齢はディンよりも下だが、精神年齢はこっちの方が上だな。
 俺はそう判断し、心の中で少女の評価をディンよりも上にする。

「それで……どうしてこの街に?」

 微笑んでいる少女に向かって、俺は尋ねる。
 今日、俺が渋々ながらもココに来た理由はそこにある。
 いったい何があって、この街に二人目のグールズ幹部が現れたのか?
 それこそが今日の議題だ。ハッとなったように、少女が暗い表情になった。

「そ、それは……」

「私に会いに来たのよ」

 少女の言葉を遮るようにして、ディンが答えた。
 俺が理解できずに首をかしげると、ディンが頬をかきながら少しずつ話す。

「その……なんというか、私とレーゼちゃんはとっても仲の良い幹部だったんだけど、今回の件で私が日本に来て離れ離れになっちゃったじゃない? それで――」

「それで、不安になっちゃって……」

 ディンの言葉よりも先に、今度は少女が答えた。
 ぽつりぽつりとした口調で、少女は話す。

「知っての通り、お姉ちゃんは誰よりも優しくて、とっても仕事熱心な幹部です……」

「……は?」

 俺は一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。
 だが少女は俺の発言には気付かずに、続ける。

「だけど、そんな何でも出来る完璧なお姉ちゃんにも苦手なことがあります。家事です」

 ……確かに、ディンは家庭的という言葉からはかけ離れた存在ではある。
 だがそれよりももっと色々な物が欠如しているだろう。常識とか、色々。
 俺はそうも考えるが、それも少女には伝わらなかった。
 
「お姉ちゃんが日本に行くまでは、私が身の回りの家事をほとんどやっていました。お料理にお洗濯、お部屋のお掃除なんかです。だけど、お姉ちゃんが日本に行っちゃってからはできなくなって。しかも送られてくる報告書には『忙しすぎて家事もできない』って書かれていて、それで不安になっちゃって、どうしても会いたくなって皆にも内緒で日本に……」

 泣きそうな表情になりながら、少女が顔を伏せる。
 ここで言う皆、というのはグールズの連中のことだろうな。
 呆れながら、少女に聞こえぬよう小さな声で俺はディンに耳打ちする。

「あなた、そんな嘘を堂々と報告書に書いてたんですか……?」

「だって、まさかこんなことになるなんて思ってなかったし……」

 決まりが悪そうに、ディンが答えた。
 その答えを聞き、俺の中でのディンの評価がさらに下がった。
 おろおろとしながら、少女が頭を下げる。

「ほ、本当にごめんなさい! だけど、私……」

「もういいわ、レーゼちゃんの気持ちはよく分かったから」

 優しい口調で言いながら、ディンが少女の頭をなでる。
 だがすぐに怖い顔になると、少女に向かって厳しい口調で言う。

「ともかく、レーゼちゃんは早く帰りなさい。このままじゃ大変な事になるわよ」

「で、でも……」

 また泣きそうになりながら、少女が首を振った。
 
「お姉ちゃんの家、まだ掃除終わってないし……。それにご飯だって、あんなものばっかり食べてたら病気になっちゃうよ……」

 まるで夫が単身赴任してしまった新婚の嫁みたいなことを言いだす少女。
 まぁ、ディンの食生活はかなり問題がありそうだから言ってることは正しい。
 しかし、ディン以上にグールズ幹部とは思えないような発言だ。家庭的過ぎる。

「レーゼちゃん……」

 ディンはディンで少女の言葉にいたく感動しているようだ。
 だが心を鬼にしたようで、ぐっと拳を握って首を横に振る。

「……ダメよ。帰りなさい」

「でも、お姉ちゃん……!」

「ダメったらダメ! いつまでもこんなことしてたら首領に怒られるわよ! そりゃ首領はちゃらんぽらんでいい加減で適当で訳分かんない性格してるけど、それでも仕事に関してはそこそこ真面目なんだから! 幹部なのに仕事しないでいたら、本当に大変なことになっちゃうわよ!」

 強い口調の言葉を少女に浴びせるディン。
 その言葉を聞き、俺は素早くディンの顔の前に手鏡を突きつけた。
 ディンが鏡に映った自分の姿を見ながら、ゆっくりと尋ねる。

「……それは、どういう意味かしら?」

「いえ、特に深い意味はありません」

 手鏡を向けながら、俺はしれっと答える。
 別に、この娘がこの町にいてもいいんじゃないだろうかと俺は思う。
 現に仕事をしていない幹部が、目の前ではピンピンしてるし。

「――ともかく、帰りなさい!」

 ディンが俺の手鏡攻撃から視線をはずして、言う。
 少女に向きあう形になり、先輩風を吹かしながら人差し指を伸ばした。
 そして少しだけ悲しそうな表情になり、優しく言い聞かせる。

「私も電話で一緒に謝ってあげるから。ね?」

「嫌。もうお姉ちゃんと離れ離れにはなりたくないよ……」

 目から涙を流しながら、少女が首を横に振った。
 いくらグールズ幹部とはいえ、まだ九歳の少女であることに変わりはない。
 俺は大きくため息をつくと、ディンに向かって言う。

「別にいいんじゃないですか? 仕事もはかどるでしょうし……」

「……ぐぐぅ」

 ディンが呻き声をもらした。
 どうやらディンとしても少女を帰したくはないらしい。
 たっぷり考えながら、悩ましい表情を浮かべるディン。
 そして、おもむろに頷いた。

「分かったわ。ならグールズのルールにのっとって、決闘で決着をつけましょう!」

「……決闘?」

 少女が泣くのをやめて、顔をあげた。
 ディンがいつになく真剣な表情を浮かべる。

「そうよ。グールズでは力こそが全て。決闘で勝利してこそ、自分の意思は貫けるわ。決闘でレーゼちゃんが勝てたら、ここに残ってもいい。その代わり、負けたら潔くグールズ本部に帰るのよ。どう、分かった?」

 一言一言、言い聞かせるようにディンは話した。
 少女が先ほどまでとは違う、鋭い視線をディンへと向ける。
 こくりと頷いて涙をぬぐうと、少女は小さな声で答えた。

「分かった……」

「よし。それじゃあ行きなさい、レイン・スター!」

「!?」

 俺の後ろへと回りこむと、ディンが俺のことを前へと押し出した。
 驚き振り返りながら、俺は慌ててディンに尋ねる。

「え、俺がやるんですか……?」

「当たり前じゃない! 私はレーゼちゃんの戦術とか全部分かってるもの、フェアじゃないわ! それにレイン・スターとは相性良さそうだし、ちょうどいいでしょ!」

 ディンが至極当然のように答えた。
 訳の分からない部分もあるが、奴の言っていることにも一理ある。
 おそらくこうなる事を予想して、俺を呼んだのだろうな。

 だが、まさかグールズ幹部とは言え九歳の少女と戦うことになるとは……。

 俺は少女のことを見下ろす。ジッと見つめかえす少女。
 本当に、大丈夫なのか? 複雑な気分になる中、ディンが俺にささやく。

「言っとくけど、油断しない方がいいわよ。レーゼちゃんだって『天星の守護者』の異名を持つ幹部なんだから」

「天星の守護者……?」

 俺は疑問に思ったが、ディンは何も答えない。
 対峙する俺たちに向かって、上から目線で言う。

「ここは狭いわ。場所を移動しましょう」



















 マンション・フェナス近くの河原。

 風が吹いて、俺と少女のローブがざわざわと揺れた。
 夜。欠けた月がおぼろげな光で俺達のことを照らしている。
 周りから聞こえる、正体不明の虫の鳴き声がやかましい。

「勝負は一回。恨みっこなしの一発勝負よ」

 河原の段差を昇る時に使う階段に腰かけながら、ディンが言う。
 少女はその言葉に頷いたし、俺も特に文句は言わない。
 決闘盤をつけ、デッキをシャッフルしセットする。
 沈黙が流れ、辺りの緊張感が増す。

「……ひとつ、聞いてもいい?」

 突然、少女が沈黙を破って俺に尋ねた。
 不審に思いつつも、俺は頷く。急に何だ?
 おずおずとしながら、少女が小さな声で言う。

「さっきは言わなかったけど、あなたにはもう一体の精霊が宿っている。黄金に輝く竜」

「!!」

「一瞬しか見えなかったけど、もの凄い力だった。あなた、一体……?」

 少女の言葉も、今の俺には届かなかった。
 黄金に輝く竜。思い当たるカードは、一枚しかない。
 だがそのカードは封印したはずだ。そう、ずっと昔に……

『このカードにはな、精霊様が宿ってるんだよ』

 脳裏に、一瞬だけ過去の映像がフラッシュバックした。
 胴衣姿の、どこかヘラヘラとした雰囲気の男性。俺の師匠だ。
 そうか。そう言えばあの時、師匠はそんなことを言っていたな……。

「……どうか、したの?」

 少女が何も言わないでいる俺に向かって尋ねた。
 ハッとなり、顔をあげる。少女は不安そうにこちらを見ている。

「いや……別になんでもない」

 俺は首を横に振ると、静かにそう答えた。
 少女はそれ以上は何も言わないで、引き下がった。
 決闘盤が変形し、数字が浮かび上がる。

 嫌な事を思い出したが、今は決闘に集中するだけだ。

 俺は深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
 やがて闇の中を風が通り抜け、静かに二つの声がその場に響いた。
 

「――決闘」


 レイン・スター     LP4000

 レーゼ・フランベルク  LP4000


 手札を五枚引いてから、俺は少女のことをよく見る。
 何の感情も表に出さずに、静かに手札を見ている少女。
 見た目はただの女の子だが、その身にまとう雰囲気だけが他とは違う。

 グールズ幹部・天星の守護者。

 どんなに幼いとしても、こいつがグールズ幹部であることに変わりはない。
 他の子供とは違う、冷たく射抜くような視線。たちのぼる強者のオーラ。
 暗闇に隠れるように立っていても、その実力はハッキリと感じ取れる。

 集中して気づいたが、こいつ強いな……。

 俺は警戒を強めながら、少女のことをにらみつけた。
 だが相手がどんなに強かろうと、俺も負ける訳にはいかない。
 この先に待ち受ける、チェスの四騎士や紅い眼を倒すためにも……。

「先攻はレディ・ファーストで、レーゼちゃんよ」

 階段に腰を下ろしているディンが、のん気な口調で言った。
 その言葉にコクリと頷く少女。デッキに手をかけ、カードを引く。

「私のターン……」

 小さく言って、引いたカードを横目で見る少女。
 そしてそのまま、引いたカードを決闘盤へと出す。
 突如として、神々しい光が辺りを黄金色に照らした。

「天星霊エレジアを、守備表示で召喚」

 場に機械の体を持った天使のような生命体が現れた。
 その手にはハープを持ち、背中からは光の翼が生えている。
 天使は光の翼を休めるように、静かに地上に膝をついた。


 天星霊エレジア  DEF1000


 俺は光の中から現れた天使に目を向ける。
 天星霊。聞いたことのないモンスターだ。
 見たところ、弱小モンスターのようにも見えるが……。

「天星霊エレジアの効果、発動」

 少女が小さな声で言う。
 天使が持っていたハープをかき鳴らした。
 微かな音色が、辺りに響き渡る。

「このカードがある限り、天星霊と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする」

 エレジアという天使の周りに、金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。
 その魔法陣から力を得るようにして、天使の体がさらに輝きを増す。


 天星霊エレジア  DEF1000→DEF2000


 守備力が2000。一気に上昇したな。
 だがまだ壁として使うのには不安な数値だ。
 ただのサポート用のカードなのか、それとも……

「カードを1枚伏せて、ターンエンド……」

 少女が素早くカードを伏せて、言う。
 場に裏側のカードが1枚浮かび上がった。
 正体は不明だが、警戒した方が良さそうだな。
 
「俺のターン、ドロー」

 デッキからカードを引き、手札を確認する。
 だが俺がカードを手札に収めた瞬間、少女の口が開いた。

「リバースカード、オープン。星霊の恵み」

 驚いて場を見ると、先ほど伏せられたカードが表になっていた。
 永続罠カードのようだ。描かれているのは降り注ぐ光を受けている女性。
 少女の頭上から、同じようにキラキラと光が舞い散る。

「このカードの効果で、私は互いのスタンバイフェイズ時にライフを300回復する」


星霊の恵み 永続罠
お互いのスタンバイフェイズ時、自分は300ポイントのライフポイントを回復する。


 レーゼ・フランベルク  LP4000→4300

 
 少女の腕についた決闘盤の数字が動いた。
 だが回復したのは僅かに300。それ以上は何も起きていない。
 少女の狙いが分からなずに、フィールドを呆然と見ていると、

「……何?」

 俺はある一つの異変に気がついた。
 少女の場に存在する天使の周りに描かれている魔法陣。
 それが二重になっている。そして決闘盤に表示されている数値が――


 天星霊エレジア  DEF3000


「守備力3000だと……!?」

 俺が呟くと、少女が頷く。

「天星霊エレジアの効果。私のライフが回復したターン、守備力がさらに1000上がる」


天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。


 合計で2000もの守備力の上昇。
 すでにあの天使の守備力は、上級モンスターすらも凌駕した数値になっている。
 俺の手札に存在するモンスター達では、とてもじゃないが歯がたたない。

「くっ。俺はガーディアン・ドラグーンを守備表示で召喚!」

 手札の1枚を手に取り、場に出す。
 白い鎧に銀色の盾を持つ、竜人が俺の場に現れた。


ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。


「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 手札にあった罠カードをとりあえず伏せておく。
 だがこのカードは今は役にたちそうもない。
 今は時期を待つしかなさそうだな……。

「私のターン。スタンバイフェイズ時に星霊の恵みでライフ回復」

 奴の場の永続罠が光り輝いた。
 再び光が少女の頭上から舞い散る。


 レーゼ・フランベルク  LP4300→4600


 加えてライフが回復したのでエレジアの効果も持続している。
 まずい。あの永続罠を破壊しないと、奴の鉄壁の布陣は破れない。
 少女が俺の場のカードをチラリとみてから、カードを出す。

「天星霊ラプディーアを守備表示で召喚」

 またも光が溢れ、さっきよりは身軽そうな体の天使が現れる。
 小さな翼をはためかせ、右手にはラッパをぶらさげている。
 地上へと降り立つ天使に視線を向けながら、少女が言う。

「天星霊エレジアの効果で、守備力が2000ポイントアップ」


 天星霊ラプディーア  DEF1200→DEF3200


 自分の時と同じようにハープを奏でる天使。
 ラッパを持った天使の体を、魔法陣が二重に取り囲んだ。
 守備力は3200。エレジアよりもさらに上の数値だ。
 少女は手札を見ると、そのまま静かに言う。

「これで、ターンエンド……」

 伏せカードも伏せずにターンを終了した少女。
 守備力が3000を超すモンスターが2体もいるという余裕からか?
 どちらにしろ、あの布陣を崩さなくては俺に勝機はない。

「俺のターン!」

 デッキからカードを引く。
 そしてスタンバイフェイズになり、少女に光が降り注いだ。
 それに反応するように、魔法陣が二重に変化する。


 レーゼ・フランベルク  LP4600→4900

 天星霊エレジア    DEF2000→DEF3000

 天星霊ラプディーア  DEF2200→DEF3200


 引いたカードを見て、俺は顔をしかめる。
 ダメだ。この手札では相手の天使達を倒すことはできない。
 今は奴と同じように、守りに徹して時間を稼ぐしかない。

「ブルーウェーブ・ドラグーンを守備表示で召喚!」

 手札の1枚を決闘盤に叩きつけるようにして出す。
 青い鱗が体を覆った、鋭いフォルムのドラゴンが場に現れる。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


 これで俺の場にはガーディアンとブルーウェーブの2体。
 幸いにも奴の天星霊エレジアに攻撃力を上げる効果はない。
 いくら守備力を上げたところで、こちらに攻撃できなければ意味がない。

「俺はこれで、ターンエンド」

 平静を装って、俺は静かにエンド宣言する。
 このまま硬直状態が続けば、いずれ奴の布陣を崩すカードを引くことができるはず。
 だが相手もそのことは分かっているだろう。だとしたら次のターンに……

「私のターン……」

 消え入るような声でカードを引く少女。
 これで少女の手にあるカードは5枚。
 そしてスタンバイフェイズになり、光が舞い散った。


 レーゼ・フランベルク  LP4900→5200


 またもライフが回復し、魔法陣が二重になる。
 もっともこの効果は奴自身のターンではあまり効果のないものだ。
 少女が手札を見てから、その中の1枚を手に取る。

「天星霊セレナーダを攻撃表示で召喚」

 光の中から新たな天使が勇ましい格好で登場する。
 その手には白いヴァイオリンが握られている。
 すっと、天使がヴァイオリンを肩に乗せて演奏する。

「天星霊セレナーダの効果。召喚に成功した時、私のライフを800ポイント回復させる」

 流れるメロディに耳をすませるようにしながら、少女が言う。
 演奏されている音楽に合わせるように、決闘盤の数字が動いた。


 レーゼ・フランベルク  LP5200→6000


 一小節弾き終えると、ベンッと弦を弾く天使。
 その体に赤いオーラが這うようにしてまとわりつく。

「セレナーダの効果。私のライフが回復したターンのバトルフェイズ時、攻撃力が倍になる」

 俺のことを冷たく見つめながら、少女は言う。
 ヴァイオリンを持つ天使が、持っていた弓のつるを構えた。


天星霊セレナーダ
星4/光属性/天使族/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功したとき、自分は800ポイントの
ライフポイントを回復する。自分のライフポイントが回復したターンの
バトルフェイズ時、このカードの攻撃力はターン終了時まで倍になる。


 天星霊セレナーダ  ATK1200→ATK2400


 攻撃力が2400。さっきの天使とは対照的な、攻撃的な効果。
 やはりいつまでも守りに徹することはなく、攻めてきたか。
 少女がその細い腕を伸ばし、言う。

「天星霊セレナーダで、ガーディアン・ドラグーンを攻撃……」

 少女の言葉に頷き、赤いオーラをまとう天使が跳ね上がる。
 光の翼を夜の空に広げ、持っていた弓のつるをレイピアのように持ち替えた。
 
 ヒュンッ!

 空気の切れるような音が辺りに響く。
 竜が小さく悲鳴をあげ、それからガラスのように砕け散る。
 天使が勝利を祝うかのように、ヴァイオリンの弦を弾いた。

「私はこれで、ターンエンド」

 またも伏せカードを伏せずにターンを終える少女。
 だが俺がカードを引くよりも早く、辺りにラッパの音が響く。
 ラプディーアと呼ばれた天使が、盛大にラッパを演奏している。

「天星霊ラプディーアの効果発動。私のエンドフェイズ時に、天星霊の表示形式を変更できる」


天星霊ラプディーア
星4/光属性/天使族/ATK1400/DEF1200
自分のターンのエンドフェイズ時、自分フィールド上の「天星霊」と名のつく
モンスターを任意の枚数選択して発動できる。この効果で選択したモンスターの
表示形式を変更する。


 ラッパの音に導かれるように、セレナーダが体を動かす。
 そしてヴァイオリンを肩にのせた格好で、膝を曲げて体を縮めた。
 守備表示になったことで、その体の周りを魔法陣が取り囲んだ。
 これで奴の場には、鉄壁の天使が3体現れたことになる。

「なるほどな……」

 俺は相手の少女に聞こえないよう、小さな声で呟いた。 
 奴の戦術。その全容が少しずつだが分かりかけてきた。

 おそらく、奴の基本戦術はライフ回復を軸として味方をひたすら強化すること。

 ライフが回復することによって強力な力を得る天星霊。
 その天星霊を多く並べることによって、味方を強化し相手の攻撃を防ぐ。
 そして相手の手に負えない程のシナジーを作り上げてから、攻撃する。
 これが、奴の基本戦術に間違いがないだろう。

 だが……

「俺のターン、ドロー!」

 俺はデッキに手をかけ、カードを引く。手札は五枚。
 奴の戦術はスピードと攻撃性に欠けている。現に今も伏せカードはなし。
 おそらく、手札のほとんどが強化のためのモンスターカードなのだろう。

「スタンバイフェイズ時、私はライフが300ポイント回復する」

 少女が言い、その頭上に光が降り注いだ。
 そして魔法陣が二重になり、天使達の体が光に満ちる。


 レーゼ・フランベルク  LP6000→6300

 天星霊エレジア    DEF2000→DEF3000

 天星霊ラプディーア  DEF2200→DEF3200

 天星霊セレナーダ   DEF2000→DEF3000


 守備力が3000を超すモンスターが3体。
 普通ならば突破することは非常に困難だ。

 だが俺の手札には、起死回生の1枚がある。
 
 奴が前のターンに攻めてくることは、読めていた。
 自分と同じように、相手も守りに徹し始めたのなら当然だ。
 あそこで攻撃しなければ、いずれ奴の不安定なコンボは破られる。
 だからこそ奴は攻撃し、俺のガーディアンは破壊された。

 そして奴が攻撃したからこそ、発動できる1枚がある。

 勢いよく、俺は決闘盤にカードを叩きつけて言った。

「魔法カード、魂融合を発動!」

「……魂、融合?」

 少女が不思議そうに首をかしげる。
 どうやら俺のデッキについての知識はなかったらしい。
 階段に腰を下ろしているディンが、冷やかにため息をついた。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 
「俺は場のブルーウェーブ・ドラグーンと、墓地のガーディアン・ドラグーンを融合!」

 その言葉で、ブルーウェーブ・ドラグーンが青い光に飲み込まれた。
 球体のような形になると、少しずつ大きく膨張していく青い光。
 俺の墓地から銀色の光が飛び立ち、さらにその周りをぐるぐると回る。

 青い光が、はじけた。

 キラキラとした光が降り注ぐ中、俺は手を伸ばして叫ぶ。

「融合召喚! 現れろ、アポカリプス・ドラグーン!」

 青き光の中より、深海の底から現れたかのように青白い竜が現れた。
 暗闇の中、まるで発光しているかのようにぼんやりとその姿は浮かんでいる。
 竜は真っ赤な目を夜空に浮かぶ金色の月へと向けると、低い唸り声をあげた。
 

 アポカリプス・ドラグーン  ATK2800


「……攻撃力2800」

 少女が自分に言い聞かせるかのように呟いた。
 その目にはどこか安心したような光が宿っている。
 おそらく、奴はこう考えているのだろう。

 この攻撃力では、私の天使達を倒すことはできないはず……。

 確かに、普通に考えれば俺のアポカリプスの攻撃力は奴らの守備力に及ばない。
 そう、普通に考えたならば。正常に考えればそうなるだろう。だが……

「俺はフレイムアビス・ドラグーンを攻撃表示で召喚!」

 俺はさらにカードを場へと出した。
 火柱が上がり、その中から真っ赤に燃える人型の竜が飛び出てくる。
 その体には呪いがかかったような模様が浮かんでいる。


フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。


 俺の出したモンスターを見て、さらに不思議そうになる少女。
 だが気にすることもなく、俺は腕を伸ばして言う。

「バトルだ! フレイムアビス・ドラグーンで、天星霊ラプディーアを攻撃!」

「!?」

 俺の言葉を聞いて、少女が初めて驚きの表情を浮かべた。
 傍らで見ていたディンも「はぁ!?」と声をあげて驚いている。
 赤い炎に包まれながら、竜がラッパを持った天使に突進する。
 竜が拳を振り下ろした。拳は真っ直ぐに天使へと迫る。そして――

 天使の体が、ガラスのように砕け散った。

 その光景を見て、信じられないといった表情になる少女。
 その口が開き、小さく呟く。

「どうして……?」

「よく見ろ。お前の場の天使達を」

 呆然とした表情になる少女に対し、俺は静かに言った。
 少女が自分の場の天使達に目を向けた。

 天使達はただ静かに、その場で膝をついていた。

 手に持っている楽器の演奏もなく、ただ静かに佇んでいる。
 少女がハッとなった表情になり、視線を俺のアポカリプスに向ける。

「そのドラゴン……」

「そうだ。アポカリプス・ドラグーンは相手の魂を喰らう貪欲な竜。このカードが場に存在する限り、お前の場の効果モンスターの効果は全て無効になる」

 俺の言葉に、少女が僅かに目を鋭くした。


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。


 すでに少女の天使達からは輝きが消えている。
 魔法陣もなく、音楽の演奏もない。
 魂の抜け殻となった空虚な存在が、そこにはあるだけだ。


 天星霊エレジア    DEF3000→DEF1000

 天星霊セレナーダ   DEF3000→DEF1000


 そして魂のない存在など、倒すことはたやすい。
 腕をあげ、俺はハープを持っている天使を指さした。

「アポカリプス・ドラグーンで天星霊エレジアを攻撃! ディーペスト・クラッシュ!」

 青白い体を震わせ、大きく咆哮をあげる青い竜。
 赤い目を鋭くすると、獲物の天使に視線を向ける。
 一直線に突っ込み、青い竜が大きく口を開けて牙を見せる。

 その体を喰らうかのように、竜が天使に噛みついた。

 体全体が揺らめく天使。だがその体に外傷は見当たらない。
 代わりに、その体から精神体のようなものが抜け出て、砕ける。
 精神体が砕けると、天使はまるで灰のようになって消滅した。

「え、エレジア……」

 悲しそうな声をあげて腕を伸ばす少女。
 悪いことをしたような気分になるが、これは決闘だ。仕方がない。
 自分の手札を見てから、俺は静かに言う。
 
「俺はこれで、ターンエンドだ」

 三枚残った手札。そこには今は使えるカードはない。
 だがそれを補って、フィールドの状況は俺が圧倒的に有利だ。
 俺は場を見まわして、状況を再確認する。


 レーゼ・フランベルク LP6300
 手札:4枚
 場:天星霊セレナーダ(DEF1000)効果無効
   星霊の恵み(永続罠)
   伏せカードなし


 レイン・スター  LP4000
 手札:3枚
 場:アポカリプス・ドラグーン(ATK2800)
   フレイムアビス・ドラグーン(ATK1600)
   伏せカード一枚


 ライフポイントこそ奴が上回っているが、場は完全に俺が制圧している。
 奴の戦術はモンスターを並べて特殊能力で強化していくタイプのもの。
 モンスターを多く並べて、そのシナジーで戦うデッキだ。

 だからこそ、効果を無効にするモンスターは奴のデッキを根本から否定する。

 なぜなら効果が無効になってしまえば奴のモンスターは弱小ばかり。
 いくら並べたところで、奴が俺の攻撃を防ぐことはできない。
 そして何より、あの手の戦術は一度崩壊してしまうと巻き返しがしにくい。
 このまま奴が体勢を崩している間に、一気に攻めきれば俺の勝ちだ。

 それにしても……。

『レイン・スターとは相性良さそうだし、ちょうどいいでしょ』

 決闘の前にディンが言っていたことが少しだけ気になる。
 相性良さそうと言うのは、今のこの状況のことを言うのだろうか?
 確かに俺のアポカリプス・ドラグーンは天星霊に対して相性が良い。

 だが俺はディンにこのカードを見せた覚えがない……。

 それに相性といっても、どういう意味の相性なのか不明だ。
 デッキタイプのことなのか、それともまた別の何かなのか。

 ……ま、そこまで細かい所を気にしする必要もないか。

 このままこの娘を倒してグールズに帰還させれば、全ては丸く収まる。
 ディンにとっても、それで文句はないはずだ。

「……私のターン」

 暗い声で言い、デッキからカードを引く少女。
 星霊の恵みの効果で、再びライフが回復する。


 レーゼ・フランベルク  LP6300→6600


 これで彼女の手札は五枚。だが肝心のモンスター効果は使えない。
 そして効果を無効にしているアポカリプスの攻撃力は2800。
 そう簡単には倒せるはずがない。俺がそう考えた時――
 

 パシュン。


 それは、一瞬の出来事だった。
 何かが弾けるような音とともに、アポカリプスの姿が消えた。
 すぐには、何が起こったのかが理解できなかった。
 驚いている俺に向かって、少女が言う。

「速攻魔法、発動……」

 振り絞るような声で言う少女。
 その手には、一枚のカードが握られていた。
 そしてそこに描かれている絵を見た瞬間、俺は全てを理解した。
 さっき考えていた疑問。その答えの全てを。

『レイン・スターとは相性良さそうだし、ちょうどいいでしょ』

「ディン……!!」

 俺は観戦しているディンに視線を向けた。
 ディンの奴は肩をすくめると、呆れたように言う。

「だから言ったじゃない。相性良いって」

 あっけらかんとしたディンの言葉に、俺は何も言えない。
 奴の言っていた相性の意味。それはデッキの得手不得手ではない。
 もっと別の根本的なものだった。つまりディンの言いたかった相性というのは――
 
 デッキのコンセプト自体が、似通っているということ。

 俺は少女が握っているカードをにらむように見た。
 アポカリプスを消した、俺にとって最悪のカードを。



融合解除 速攻魔法
フィールド上の融合モンスター1体を融合デッキに戻す。
さらに、融合デッキに戻したこのモンスターの融合召喚に使用した
融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
この一組を自分のフィールド上に特殊召喚する事ができる。



 少女が見せたカードは、それだけで奴のデッキの印象を一変させた。
 弱小モンスター達。効果でそれを補っていく戦略。そう思っていた。

 だがあのカードが入っているということは、すなわち……
 
 少女が手札の一枚を見せるようにして手に持つ。
 描かれているのは、シンバルを持つ赤と白で彩られた天使。

「私は天星霊マーチャを召喚」

 翼をはためかせ、光の中から現れる天使。
 持っていたシンバルを鳴らすと、空間が波打つように揺れる。
 
「マーチャが召喚に成功したとき、墓地の天星霊を守備表示で特殊召喚できる。戻ってきて、エレジア!」

 揺れゆく空間の中に、ぼんやりと何かの姿が浮かび上がる。
 それは少しずつ揺れが収まっていくと共に、ハッキリとした形になっていく。
 背中に翼の生えた、ハープを持つ天使。さっき倒したモンスターの姿だ。


天星霊マーチャ
星4/光属性/天使族/ATK1000/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「天星霊」と名のついた
レベル4以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターは、そのターンのエンドフェイズに破壊される。


天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。


 再び二重の魔法陣によって天使達の体に光が満ちる。
 だが少女はそんなことには見向きもしなかった。

 手札の一枚を手に取り、天高く掲げる。

 描かれているのは、オレンジ色の竜と悪魔が重なる様子。
 少女のゆっくりとした言葉が、暗闇の中に響く。

「魔法カード、融合発動」


融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


 シンバルを持った天使と、ハープを持った天使が混ざり合う。
 まるでブラックホールに巻き込まれるように歪んでいく体。
 やがて、一つの別の光がその中心から現れる。
 少女がその光を見ながら、呟いた。

「神々のしもべが重なり合う時、真理を司る大天使は降臨する」

 神々しい光が一段と輝き辺りを照らす。
 強烈な光のせいで、視界がきかない。
 まばゆい光が降り注ぐ中、少女が言う。

「融合召喚。天星霊アレーティア・ヒエレウス」

 光の中から、一体の巨大な天使が姿を見せた。
 まるで女神をモチーフにしたような、無機質な白い顔。
 黄金色に輝く装飾物に身をつつみ、手には一本の杖を持っている。
 足はなく、空中に浮遊している姿は人間というより機械に近かった。

 天使がいくつもの金色の翼を広げ、場に金色の羽根が舞い散った。

 その白い顔を俺へと向け、歌声のような声をあげる天使。
 凄まじいまでの威圧感を放ちながら、天使は杖を掲げている。


 天星霊アレーティア・ヒエレウス  ATK2200


「やはり、融合モンスターか……!」

 俺は顔をしかめて、呟いた。
 青い色の魔法陣が、少女の足元に浮かびあがる。
 巨大な天使を見上げながら、少女が言う。

「まだ、決闘はこれから……」

 おずおずとした表情で、俺にそう告げる少女。
 だが言葉とは裏腹に、その瞳には強い光が宿っている。
 その身体から吹き出ている威圧感に、俺はゾクリとする。

 神々しい光の中、天使がその白い瞳を俺へと向けていた……。




第二十八話  覚醒の前兆

 風が、俺と少女の間を吹きぬけた。

 冷たい風。どこか嫌な感じがする風だ。
 まるで俺の今の気持ちを表しているかのように。
 暗闇に包まれていた河原は、今や光に溢れていた。

 目の前に浮かんでいる、巨大な天使。

 真っ白な陶器のような顔に、金色に輝く羽。
 強烈な威圧感をかもしだしながら、杖を構えている。
 美しいが、その姿はどこか禍々しい感じがする。


 レーゼ・フランベルク LP6600
 手札:2枚
 場:天星霊アレーティア・ヒエレウス(ATK2200)
   天星霊セレナーダ(DEF1000)
   星霊の恵み(永続罠)
   伏せカードなし


 レイン・スター  LP4000
 手札:3枚
 場:フレイムアビス・ドラグーン(ATK1600)
   伏せカード一枚



「天星霊アレーティア・ヒエレウスの効果発動」

 天使の後ろに立ちながら、少女が静かに宣言する。
 その足元に浮かびあがっていた、青い魔法陣が輝いた。
 少女が自分のデッキを扇状に広げ、言う。

「私のライフポイントが回復したターンに一度、デッキか墓地から『融合』と名のつくカードを一枚手札に加える」

「なに……?」

 俺は驚きの声をあげ、わずかに後ずさった。
 天使が杖を天へと掲げると、それに反応して青い魔法陣がさらに輝く。


天星霊アレーティア・ヒエレウス
星7/光属性/天使族・融合/ATK2200/DEF2000
「天星霊」と名のつくモンスター×2
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、自分のデッキまたは墓地から
「融合」と名のついたカードを1枚選択し手札に加えることができる。

 
 青い魔法陣の加護の中、少女が自分のデッキを丁寧に眺める。
 やがてそこから一枚のカードを取り出し、少女はそれを俺に見せた。


融合回収 通常魔法
自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚と、
融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。


「融合回収……」

 手札に加わったカードを見て、俺は目を鋭くする。
 融合の最大の弱点。それはカードを多く消費するという点につきる。
 1枚の融合モンスターを呼ぶのに必要なカードは通常で3枚。
 強力なモンスターを手軽に呼べる代わりに、消費が激しい。それが融合だ。

 だが、あの天使は自身の効果によってその消費量をカバーしている。

 それどころか、その損失さえも取り戻す程の強力なシナジーを生んでいる。
 思った以上に厄介な存在だ。何としてでも早めに倒さなければ……。

「手札に加えた融合回収を、発動」

 少女が手札に加えたばかりのカードを決闘盤へ出す。
 墓地が輝き、2枚のカードが少女の手札に加わった。


融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


天星霊マーチャ
星4/光属性/天使族/ATK1000/DEF1000
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「天星霊」と名のついた
レベル4以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したモンスターは、そのターンのエンドフェイズに破壊される。


 天星霊マーチャは召喚されると墓地のモンスターを特殊召喚する。
 奴もまた、融合による消費を抑えることのできる厄介なカード。

 そして何より、少女の手札にまたも融合のカードが加わってしまった。

 彼女の残り手札はマーチャと融合を含めても4枚。
 場にはセレナーダが残っている。来るか?
 少女がゆっくりと、1枚のカードを決闘盤へと出した。

「魔法カード、融合発動」


融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


 再び、少女の場にあの魔法カードの絵柄が浮かび上がった。
 俺は警戒する。少女はしばし、考えるように自分の手札を見た。
 そして、少女が手札に存在していたチェロを持つ天使のカードを見せる。

「場の天星霊セレナーダと、手札の天星霊プレリアを融合」

 ヴァイオリンを持つ天使と、チェロを持つ天使が空間の歪みに飲み込まれていく。
 2体が混ざり合う空間の中心から、さらに強力な光が溢れてくる。
 ゆっくりと、少女が手をあげて言う。

「融合召喚。天星霊イーリス・マルキシオス」

 光の中心から、またも巨大な天使がその姿を表す。 
 白い陶器のような顔と、黄金色の鎧。その周りに浮かぶ何本もの虹。
 手には、さっきとはやや違う形状をした杖を握っている。

 大天使が、ゆっくりと虹色に輝く翼を大きく広げた。

「墓地に送られたプレリアの効果、発動」

 虹に目を奪われていた俺の耳に、少女の言葉が届いた。
 ハッとなると、少女の決闘盤の墓地が白く輝いている。
 
「プレリアが融合素材として墓地に送られた時、私はライフを1000回復する」


天星霊プレリア
星4/光属性/天使族/ATK1900/DEF1000
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分は1000ポイントのライフポイントを回復する。


 少女の頭の上から、白い天使の羽が舞い散った。
 さらに耳をすますと、かすかだがチェロの音が聞こえてくる。
 少女の体が光につつまれ、ライフが回復した。


 レーゼ・フランベルク  LP6600→7600


 これで俺と少女のライフ差はほとんど倍。
 フィールドも制圧されかけているし、かなりまずい状況だ。
 少女が手をあげると、虹をまとう大天使の体が輝く。

「天星霊イーリス・マルキシオスの効果発動。私のライフポイントが回復したターンに一度だけ、墓地から『天星霊』と名のつくモンスターを自分フィールド上に特殊召喚することができる」

「蘇生効果か……」

 俺が顔をしかめると、少女が頷く。

「攻撃はできないけど、ね……」


天星霊イーリス・マルキシオス
星7/光属性/天使族・融合/ATK2300/DEF2100
「天星霊」と名のつくモンスター×2
自分のライフポイントが回復したターンに1度だけ、自分の墓地から
「天星霊」と名のついたモンスターを1体選択し自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃できない。


 大天使の周りにあった虹が動き、魔法陣の形を作った。
 空中に浮かぶ大きな魔法陣。周りからキラキラとした光が溢れる。
 そして魔法陣の中から、ハープを持った天使が現れた。

「イーリス・マルキシオスの効果で、私は墓地の天星霊エレジアを守備表示で特殊召喚」

 地上に降り立った天使を見ながら、少女は呟いた。
 ハープを持った天使は地面に膝をつくと、持っていたハープをかき鳴らす。
 全ての天使達の体を、二重に輝く金色の魔法陣が取り囲んだ。


天星霊エレジア
星4/光属性/天使族/ATK600/DEF1000
このカードがフィールド上に存在するとき、自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。
自分のライフポイントが回復したターン、エンドフェイズまで自分フィールド上の
「天星霊」と名のつくモンスターの守備力は1000ポイントアップする。


 天星霊アレーティア・ヒエレウス  DEF2000→DEF4000

 天星霊イーリス・マルキシオス  DEF2100→DEF4100

 天星霊エレジア  DEF1000→DEF3000


 今度は元々の守備力が高いだけに、守備力4000以上が2体。
 このままコンボを完成されて守備表示にされると、打つ手がなくなる。
 あの表示形式を変更する天使が蘇生される前に、何としても奴らを叩かなくては。
 すっと、少女が俺の場にいる赤い色の竜を指さす。

「バトル。天星霊アレーティア・ヒエレウスでフレイムアビス・ドラグーンを攻撃。トゥルース・ジャッジメント」

 天使が持っていた杖を大きく掲げた。
 金色の羽根が飛び交い、視界が金色の光に飲み込まれていく。
 突風のような風に乗って飛ぶ羽が、赤い竜の体を切り裂いた。


 レイン・スター  LP4000→3400


 竜が砕けた衝撃が俺に伝わる。
 さすがにリミッターは解除されていないが、それでも衝撃はある。
 さらに少女が、伸ばした指を俺へと向ける。

「天星霊イーリス・マルキシオスで、ダイレクトアタック。レインボー・シャイニング」

 もう一体の天使も持っていた杖を空高く掲げた。
 杖の周りに虹が集まっていき、輝きを増していく。

 そして衝撃波のように、虹色の光が放たれた。

 光は切り裂くようにして俺の体を通り抜けていく。
 俺の体を衝撃が襲った。

「ぐっ……!」


 レイン・スター  LP3400→1100


 これで俺は大幅にライフポイントを削られた。
 俺のフィールドにモンスターはなく、伏せカードが一枚のみ。
 対して奴の場には天使が三体。いずれも強力な効果を持っている。

 このターンで倒されなかったのが不思議なくらい、状況は悪い。

 俺に残された手札は僅かに三枚。
 ソウルエッジ・ドラグーンとシャイニングホーン・ドラグーン。
 そして、最後の一枚は……

 光輝く渦のようなものが描かれた、一枚の魔法カード。

 その絵は俺の切り札である魂融合の絵柄と似ている。
 それを見ていると、過去の記憶が思い返されていく。
 ……ダメだ。なるべくだが、このカードは使いたくない。
 だとしたら、対抗策は一つしかないな。

「怖い顔しちゃって。まさか降参かしら?」

 階段に腰駆けているディンが、俺に向かってヤジを飛ばす。
 ハッとなり、俺は首をふって少女へと視線を戻した。

「誰が……」

 決闘盤を構え、俺は少女をにらみつけるように見た。
 まだ勝負が着いた訳ではない。まだ勝てる可能性はある。
 そう自分に言い聞かせ、闘志を奮い立たせる。

「そう、まだ決闘は始まったばかり……」

 少女が暗い口調で言う。
 真っ白な肌に浮かぶ、青みがかった瞳を揺らす少女。
 その瞳の中には俺の姿が映っている。

「でも私は負けないよ。私の目には色々なものが見えるから……」

 じいっと俺のことを見つめながら、少女は言う。
 それが真実なのか、ハッタリなのかは分からない。
 少女は自分に残った2枚の手札を見てから、言う。

「魔法カード発動、光の鎖」

 俺の場に伏せられていたカードに、光で出来た鎖が巻きつく。
 驚いている俺に向かって、少女が解説する。

「これで、そのカードはあなたが3回目の自分のエンドフェイズを迎える時まで発動できない」


光の鎖 通常魔法
相手フィールド上の魔法・罠カードゾーンに裏側表示で存在するカードを
1枚選択して発動する。選択されたカードは相手ターンで数えて3ターンの間
発動することはできない。


 俺はチッと小さく舌を鳴らした。
 だが不可解な点もある。なぜこのタイミングでそんなカードを?
 普通なら、ターンの開始時とか攻撃する前とかに使うものではないのか?
 俺の考えが伝わったのか、少女が僅かに口元に笑みを浮かべる。

「さっき、あなたの意識が微妙にそのカードに向けられたから。攻撃された時はそんな事なかったけど、今ここで意識が向けられたということは、そのカードは次のターンに使う予定だった……違う?」

 少女がその大きな瞳を俺に向けた。
 ずばりそのもの言い当てられ、俺は僅かに動揺する。
 なんなんだ、こいつは。グールズ幹部とかそういう問題ではない。
 軽い恐怖を感じていると、少女は無表情に戻った。

「ターンエンド」

 少女が言い、俺にターンが回ってきた。
 奴の場の大天使達が威嚇するような視線を俺に向ける。
 威圧感を感じながらも、俺はデッキからカードを引く。

「俺のターン!」

 引いたカードを横目で見る俺。
 少女の頭上から、光が降り注いだ。ライフが回復する。


 レーゼ・フランベルク  LP7600→7900


 奴の場の天使達の周りを、魔法陣が取り囲んだ。
 だが奴のモンスターはハープを持つエレジア以外は攻撃表示。
 守備力が上がる魔法陣は、このターンにおいては重要ではない。

 奴の残り手札は融合回収で手札に加えた天星霊マーチャ。

 場にはモンスターのみで伏せカードはない。
 攻めるとしたら今だ。そして使える手札はあのカードを除いて3枚。
 集中しながら、俺は手札のカードを決闘盤へと出す。

「俺はソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」

 白い光が現れ、その中から一本の剣を携えた竜が現れる。
 俺はデッキを取り外して広げながら、言う。

「ソウルエッジ・ドラグーンの効果発動。デッキからドラグーンと名のついたモンスターを墓地へと送り、そのモンスターの攻撃力分だけ攻撃力をアップする!」


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


 俺はデッキを広げながら考える。
 まずは蘇生効果を持つイーリス・マルキシオスを倒さなければ。
 だとしたら、ここで墓地に送るべきモンスターは1枚。

「デッキからブラックボルト・ドラグーンを墓地へと送り、攻撃力を1600ポイントアップ!」

 デッキから1枚のカードを抜き出して墓地へと送る。
 黒い稲妻の中に存在する、黒色の竜が描かれたカード。
 竜の持っていた剣に、黒いオーラのようなものがとりついた。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK800→ATK2400


 これで攻撃力は奴のイーリス・マルキシオスを上回った。
 さらに俺は手札のカードを場に出す。

「魔法カード、ソウルドロー! デッキからドラグーンと名のついたモンスターを1枚墓地へと送ることで、デッキからカードを1枚ドローする!」

 俺は叩きつけるようにして、デッキのウインドクローのカードを墓地へ送った。
 デッキをシャッフルし、カードを1枚引く。


ソウルドロー 通常魔法
自分のデッキから「ドラグーン」と名のついたモンスター1体を選択して墓地へと送る。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 引いたカードを手札に収めてから、俺は腕を前に出した。

「バトルだ! ソウルエッジ・ドラグーンで、天星霊イーリス・マルキシオスを攻撃!」

 竜が俺の言葉に合わせて、大天使へと飛びかかった。
 黒いオーラが出ている剣を振りかぶり、天使へと迫る竜。
 
――――斬!

 空に浮かんでいた虹が、震えるように揺れた。
 切り裂かれた部分から光が溢れ、天使が苦しげな声をあげる。
 爆発が起こり、天使の体が灰になって崩れ散った。


 レーゼ・フランベルク  LP7900→7800


 与えられたダメージはわずかに100だが、十分だ。
 蘇生効果を持つあの天使がいては、戦力の差は広がるばかり。
 俺は手札を見据え、その中の1枚を手に取る。

「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 これで残った手札は2枚。
 ソウルエッジ・ドラグーンの剣から黒い光が消える。


 ソウルエッジ・ドラグーン  ATK2400→ATK800

 
 だがこのターンは一矢報いたものの、状況はまだ悪い。
 むしろこのままでは、相手に決定的な一撃を与えることは不可能だ。

 もし勝とうとするならば、奴を使わざるを得ないかもしれない……。

 手札に残った魔法カードを見ながら、俺は迷う。
 不意に、少女が大きくため息をついた。
 視線を切って見ると、少女が冷たい目を俺へと向けている。

「あなたの迷いが見える。そんなことじゃ、私に勝つことはできない……」

 すべてを見通すかのように、少女が俺の事を眺める。
 そして残念そうに首を振ると、呟いた。

「私のターン、ドロー」

 デッキからカードを引き手札に収める少女。
 星霊の恵みのカードが輝き、光が舞う。


 レーゼ・フランベルク  LP7800→8100


 降り注いだ光に反応し、少女の足元の青い魔法陣が輝いた。
 天使が杖を掲げ、青い魔法陣はさらに輝きを増す。

「天星霊アレーティア・ヒエレウスの効果発動。墓地の融合回収を手札に」

 決闘盤の墓地が輝き、1枚のカードが吐き出される。
 そのカードを取り、少女はそれをそのまま決闘盤へ。

「魔法発動、融合回収。墓地の融合と天星霊プレリアを手札へ」


融合回収 通常魔法
自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚と、
融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。


融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


天星霊プレリア
星4/光属性/天使族/ATK1900/DEF1000
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分は1000ポイントのライフポイントを回復する。


 墓地からさらに2枚のカードが吐き出され、少女の手札に収まる。
 すでに少女の手札は4枚にまで回復している。そしてまたも融合が手札に……。

「天星霊マーチャを召喚」

 場に再び、シンバルを持つ天使が現れる。
 シンバルを大きく鳴らすと、空間が波打って揺れる。

「マーチャの効果で、墓地のセレナーダを特殊召喚」

 揺らめく空間から、ヴァイオリンを持った天使が姿を見せた。
 うずくまるような格好で、地面に膝をついている。


天星霊セレナーダ
星4/光属性/天使族/ATK1200/DEF1000
このカードが召喚に成功したとき、自分は800ポイントの
ライフポイントを回復する。自分のライフポイントが回復したターンの
バトルフェイズ時、このカードの攻撃力はターン終了時まで倍になる。


 これで、奴の場に融合のための素材は揃った。
 少女が手札の1枚を、ゆっくりと決闘盤に出す。

「魔法カード、融合発動」


融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


 これで3度目の発動となる融合。
 場に渦巻きのような重力の捻じれが発生する。
 飲み込まれていくシンバルとヴァイオリンの天使。

 ……いや、それだけではない。

 少女が残りの手札である2枚のカードも見せている。
チェロを持つ天使と、フルートを持つ天使の2枚。
 ということは、合計で4体による融合召喚ということになる。

 光がねじ曲がるようにして、重なっていく。

 そしてその中央から感じる、計り知れない程の強い力。
 混ざり合い一つになった巨大な光が輝いている。

「神々のしもべが重なり合う時、光の中より星を制する王が降臨する……」

 神々しい光が渦の中心から溢れた。
 光が強く輝き、視界が一瞬だが白一色になる。
 少女の声が、高らかにその場に響いた。

「融合召喚。天星霊アストラル・バシレウス!」

 光の中から一体の巨大な『何か』が姿を見せる。
 何枚もの巨大な羽根を持ち、光輝く機械のような天使。
 いや、それは天使とも悪魔とも言えない姿をしていた。

 神々しくもあり、禍々しくもある異形。

 その言葉が一番ふさわしいであろう。
 光も闇も超越したような存在。巨大な何か。
 その異様な姿に、俺は思わず気圧される。

「レーゼちゃんの勝ち……」

 階段に座っていたディンが、ため息をつくように言った。
 降臨した何かには視線を向けずに、少女が言う。
 その腕に付いている決闘盤の墓地が輝いている。

「墓地に送られた天星霊プレリアと、天星霊ノクトラの効果発動」

 その言葉と同時に、少女の頭上から白い羽が舞い散る。
 続いて足元に黒い色の魔法陣が浮かび上がり、輝いた。

「プレリアの効果でライフを回復。さらにノクトラの効果でカードを1枚ドロー」


天星霊プレリア
星4/光属性/天使族/ATK1900/DEF1000
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分は1000ポイントのライフポイントを回復する。


天星霊ノクトラ
星4/光属性/天使族/ATK1300/DEF1300
このカードが融合素材モンスターとして墓地へ送られたとき、
自分のライフポイントが相手のライフポイントを上回っていれば、
デッキからカードを1枚ドローする。


 レーゼ・フランベルク  LP8100→9100


 ライフの差がさらに開き、カードまでドローされる。
 少女の手札はこれでも僅か1枚だが、場は完全に制圧されている。
 引いたカードを見てから、少女が口を開いた。

「天星霊アストラル・バシレウスの効果」

 少女が言うと、異形の存在が静かに咆哮をあげた。
 白く輝く翼を大きく広げると、その足元に金色の魔法陣が浮かび上がる。
 金色の魔法陣は大きく膨張し、やがて少女の場全体を飲み込んだ。
 魔法陣を見るように視線を落としながら、少女が言う。

「私の場に存在するこのカード以外の、天星霊と名の