正義の悪!
第四十六話〜

製作者:きつね丸さん






第四十六話 "Maid" have the inferno flame

 ――英国のとある路地裏。

 金色の髪をなびかせながら、少年は顔をしかめた。
 青い瞳を前に向け、荒く呼吸をしている少年。
 太陽の光届かぬ裏通り。少年の顔には、影が差しこんでいる。

 ごくりと唾を飲みこみ、少年が呟いた。

「ば、馬鹿な……!」

 悔しそうな、それでいてどこか怯えたような。
 そんなような声を出し、少年は一歩後ずさった。
 真紅の炎が、ちらちらと揺れて蠢く。

「私の戦略は完璧なはず、それなのに……!」

 うわ言のように繰り返す少年。
 それを聞き、少年の対面に立つ少女がゆっくりと言う。

「――そうですわね。あなたの戦略、噂通り素晴らしいですわ」

 茶色の髪を揺らし、少女がにっこりと微笑んだ。
 中世のメイドが着ていたようなメイド服を身に付けた少女。
 全てを見通しているかのごとく、続ける。

「さすがは薔薇の貴公子こと、ローランド・フランクルス。
 英国の決闘者の中でも、トップクラスの実力者なだけはありますわ」

「……それは、皮肉かな?」

 少年――ローランドが眉をひそめながら呟いた。
 その目が、少女の傍に立つ天使へと向けられる。

 真紅の羽根を広げ、空中に浮遊している鎧天使。

 姿こそ高貴なる天使のそれとほとんど同じだが、
 その身体から感じられる力は全く違うものだった。
 少女が首を横に振る。

「いえいえ、私は本当にあなたの事を認めているのですわよ?
 そうでなければ、あなたをスカウトしようなどと考えませんから」

 どこかふざけたような口調の少女。
 だがローランドが反論する前に、
 彼女がそのトビ色の瞳をローランドへと向けた。

「あなた、今のクラブチームに不満があるのではなくて?」

「……ッ!」

 思わず、ローランドは顔をしかめた。
 普段ならば平静を装い、適当にあしらっていた質問。
 だが、自分が決闘で追い詰められているという焦りが、
 彼の心を乱し、本心を露わにしてしまっていた。

 少女が小悪魔じみた笑みを浮かべる。

「あなたが所属しているクラブチーム、対戦成績が悪いですわよね。
 あなた程の実力者が所属していながら、なぜこんなにも敗北しているのかしら?」

「……それは、単に相手も一筋縄ではいかな――」

「いいえ。あなた以外のメンバーが弱いから、そうでしょ?」

 ローランドの言葉を遮り、その言葉は路地裏にはっきりと響いた。
 薄暗い裏通りの空気が、冷たく凍りついたようになる。
 白い指を伸ばす少女。

「あなたの所属しているチームは、いわばあなたのワンマンチーム。
 しかし、例えあなたがどんなに完璧な戦略を持っていようが、
 1人で5人分の勝ち星をあげる事は不可能。仲間が勝てなければ意味がありませんわ」

「…………」

 鋭いナイフのように、少女の言葉はローランドの胸をえぐった。
 いくつもの反論が頭に浮かぶが、それもすぐに消えて行く。
 それ程までに、彼女の言葉は真実であり、核心を付いていた。

 肩をすくめ、目をつぶりながら微笑む少女。

「あなた、このままそこで腐っていくつもりなのかしら?
 それよりも、もっと素敵な事にその実力を使ってみません事?」

「……何が言いたい?」

 ローランドの鋭い視線が少女に向けられる。
 意味ありげな笑みを浮かべる少女。
 薄暗い路地裏。ゆっくりと、少女が口を開く。

「――"伝説"を、復活させますの」

 その言葉は、静かにその場に響き渡った。
 ばさばさと、空を鳥達が飛んで行く。
 日は沈みかけ、漆黒の帳が天を覆いかけていた。
 
 少女が微笑みながら、指を一本一本伸ばす。

「高潔なる剣、雨の使者、薔薇の貴公子。
 それにこの私と、私が仕える幼き君主――光の翼を持つ者。
 この5人が揃えば、まさに無敵。英国最強のクラブチームとなるでしょう。
 そして英国最強のクラブチームとなれば、冠する名前はただ1つ――」

 すっと、人差し指を伸ばして天へと向ける少女。

「――カナリア・ウェイブス」

 漆黒の空を指差しながら、少女が微笑んだ。
 2人の間に、わずかな時間沈黙が流れる。

「……本気ですか?」

 ローランドが疑わしそうに、少女に尋ねた。
 青い瞳を揺らし、いかにも動揺した風な様子のローランド。
 だが少女は、いともあっさりと頷いた。

「えぇ。私は本気ですわ。それに私の仕える君主様も」

 くすくすと、楽しそうに忍び笑いを漏らす少女。
 ローランドの中の疑惑がますます強まる。
 だが彼が口を開くよりも前に、少女がゆったりとした口調で言った。

「まぁ、私も今この場で返事をしなさいと言いたい訳ではありませんわ。
 じっくりと考えた上で、お返事を下されば結構ですの」

 すっと、少女が決闘盤を構えなおした。
 にっこりと、微笑む少女。
 その手にある数枚のカードを、見せつけるように持つ。

「ですが、とりあえず、この戦いには決着をつけてしまいましょうか」

 軽い口調で、そう言う少女。
 ローランドがあせった風な様子で、後ずさった。
 彼の場に立つ薔薇の女神もまた、怯えた表情を浮かべる。
 
「さぁ、それでは――」

 ゆっくりと、手札の1枚を表にする少女。
 そこに描かれているのは、一本の手と数枚のカード。
 ローランドに敗北を予感させる1枚。

 路地裏の闇が深くなる中――

「――手札抹殺でございます」

 少女の言葉が、ゆっくりとその場に響いた。
























「ローランド! 大丈夫!?」

 風丘高校の体育館。
 カナリア・ウェイブスのリーダー、アルバートが声をあげた。
 心配そうに、ローランドを見つめているアルバート。
 ローランドが首を横に振る。

「あまり……大丈夫とは言い難いですね」

 顔色悪く、そう答えるローランド。
 腕に付けた決闘盤を外すと、無造作に投げた。
 アルバートが慌てて、それをキャッチする。
 ため息をつくローランド。

「まさかこんな所で敗北する事になるとは……。
 カナリア・ウェイブスに入って以来、
 かなり久しぶりの敗北となりますね……」

 憂いのある表情で、そう呟くローランド。
 ドカッと椅子に座り、おもむろに天井を見上げる。

「ふんッ! 油断がすぎるからだッ!」

 シルヴィアが腕を組みながら、強い口調で言い放った。
 
「お前の決闘は見た目にこだわりすぎているッ!
 最初から本気を出せば良い物をッ!」

 まるで説教するような口調で話すシルヴィア。
 ローランドはその言葉を、ただ黙って聞いている。
 キアラが、2人の間に割り込む。

「まぁまぁ。今回ばっかりは、相手も強かったでありんす。
 なにもローランドの戦い方とかが悪かった訳じゃなく、
 相手のYAMATO魂にやられたって感じでありんすね」

「……それ、フォローしているつもりですか?」

 疑わしそうに、キアラを見るローランド。
 キアラが頷く。

「もちろんでありんすよ、ローランド!」

 にっこりと、無邪気な笑みを浮かべるキアラ。
 それを見て、ローランドが気が抜けたように微笑んだ。
 シルヴィアが、諦めた様子でため息をつく。

「まぁ、負けてしまったものは仕方がない。
 チーム自体は2勝しているんだ。
 それに、次の試合に出るのは――」

 そこまでシルヴィアが言ったその時。
 コツン、コツンという靴音が響いた。
 顔をあげる4人。視界に、茶色が映る。

「エリシア……」

 アルバートが、ぼそりと呟いた。
 茶色の髪を揺らしながら、微笑んでいるエリシア。
 いつものメイド風の格好ではなく、白色の制服を着こんでいる。

 トビ色の瞳が、ローランドへと向けられた。

「いつ以来の敗北になるのかしら? ローランド」

 どこか楽しそうに、そう尋ねるエリシア。
 ローランドの脳裏に、いつだかの路地裏の光景が浮かび上がる。
 肩をすくめ、ローランドが答える。

「あなたにスカウトされた時以来、ですね」

「そう。それはまた、随分と御無沙汰で」

 にこにことした笑みを崩さないエリシア。
 その得も知れぬ迫力に、シルヴィアとキアラが後ずさる。
 おそるおそる、アルバートが口を開いた。

「き、機嫌が良いんだね、エリシア……」

「えぇ、もちろん!」

 弾むような声を出し、頷いて見せるエリシア。
 今にも歌いだしそうな程に上機嫌のまま、手を広げる。

「滅多に見れぬ『薔薇の貴公子様』の無様な姿を見物でき、
 あまつさえこの私めに決闘の順番が回ってきたのですわよ。
 それはそれは、嬉しいに決まっておりますわ!」

 そう言って、声をあげて笑うエリシア。
 その姿を見て、他の4人の顔に恐怖の色が浮かんだ。
 シルヴィアが、目を見開きながら尋ねる。

「ほ、本当に決闘する気なのかッ!?」

 その言葉に、「あら」と不思議そうな表情を浮かべるエリシア。
 シルヴィアに向かって、首をかしげながら尋ねる。

「私が決闘するのが、そんなにおかしいかしら?」

「い、いや。ただ、エリシアはカナリア・ウェイブス結成以来、
 一度も決闘をしていないだろう? だから、てっきり――」

 しどろもどろになりながら話すシルヴィア。
 エリシアがくすりと、微笑む。

「まぁ。それでは、シルヴィアは私の実力が落ちている、と?」

「そ、そういう意味ではないッ!
 エリシアの実力は、私達自身よく知っているッ!」

 その言葉に、エリシアを除く他の3人が頷いた。
 唸るような声をあげ、キアラが頭を押さえる。

「正直、エリシアだけは敵に回したくないでありんす……」

 小さな声で呟くキアラ。
 その言葉に、ローランドとアルバートは大きく頷いた。
 にっこりと、大きな笑みを浮かべるエリシア。

「まぁ、確かにこのような公の場で決闘するのは久しぶりですわね。
 ですが、ご安心を。私は常にノースブルグ家の事を考えておりますから」

 そう言って、流れるように自分のデッキを取り出すエリシア。
 腕に装着した決闘盤にデッキを装填すると、余裕そうに微笑む。
 体育館中央。審判の女性が腕をあげた。

「それでは、これより第4試合を開始します!」

 はっきりとした声が会場内に響き、観客達が静まり返る。
 右手をあげる審判の女性。

「フィーバーズ代表、日華恭助選手!」

 拍手と歓声が上がり、茶色の長髪の少年が前へと出てくる。
 重要な一戦であるにも関わらず、その表情は自然なままだった。

「やあやあ、応援ありがとー!」

 軽い口調でそう言い、手を振りかえしている日華。
 向こうのチームメンバーが、ため息をつくのが見えた。
 審判の女性が、左手をあげる。

「そしてカナリア・ウェイブス代表、エリシア・マークベル選手!」

 どよどよと、動揺するような声が観客から漏れた。
 うやうやしい動作で、アルバートに向かって頭を下げるエリシア。

「それでは、行って参りますわ。我が君主様」

 からかうような口調で、そう言うエリシア。
 アルバートが照れたように、その顔を真っ赤にする。
 くすくすと笑いながら、エリシアが前へと進み出た。

 日華とエリシア。その視線が、空中でぶつかる。

 ゆっくり、余裕さえ感じるような速度で歩くエリシア。
 体育館中央まで進むと、にっこりと微笑む。

「先程は、どうも」

 軽く会釈するエリシア。
 日華もまた、微笑む。

「気にしないでくれたまえ。それに、君の淹れた紅茶は絶品だったよ」

「そう言って頂けると、嬉しいですわ」

 楽しそうに、笑顔で会話する2人。
 だがその間に流れる空気は、和やかとは言い難い。
 鋭く、触れれば斬れてしまいそうな程、緊張した空気が流れている。

 髪をかきあげるエリシア。

「それにしても、まさかこの私が決闘をする事になるとは。本当に驚きですわ」

 両手を合わせ、微笑んでいるエリシア。
 日華が肩をすくめて、尋ねる。

「そんなに自信があったのかい?」

「えぇ。なにせ、この私がスカウトして集めたメンバーですもの」

 あっさりとした口調で言い放つエリシア。
 日華の表情が曇る中、続けて言う。

「英国の伝説、カナリア・ウェイブスの名を復活させるには、
 それなりの実力者を集めなければいけませんでしたから。
 アルバート様の『名』と『血』だけでは、復活とは言えませんわ」
 
 にこやかに、まるで世間話のような口調で話すエリシア。
 ころころと笑いながら、指を伸ばす。

「ですから、この私があの3人を集めましたの。
 高潔なる剣、雨の使者、薔薇の貴公子。いずれも英国トップクラスの実力者。
 カナリア・ウェイブスの名にふさわしいですわ。ゆえに、この私が直々に出向き――」

「――決闘で、彼らを従わせた?」

 エリシアが言葉を言い切る前、日華が尋ねるように言った。
 それを聞き、輝くような笑みを浮かべるエリシア。
 楽しそうに目を細めながら、肩をすくめる。

「人聞きが悪いですわね。ちゃんと選択肢は与えましたのよ?」

 それだけ言うと、笑い声をあげるエリシア。
 日華の頬に冷や汗が浮かび、笑みが苦々しくなる。
 コホンと、審判の女性が咳払いした。

「……そろそろ、始めてもらえませんか?」

 その言葉を聞き、笑い声を止めるエリシア。
 芝居がかった動作で頭を下げ、腕を胸の前に置くエリシア。

「おおせのままに」

 わざとらしい口調でそう言い、エリシアが決闘盤を構えた。
 それを受け、日華もまた左腕に付けた決闘盤を構える。

 一陣の風が2人の間を吹きぬけた。そして――


「――決闘ッ!!」

 
 日華恭助  LP4000

 エリシア  LP4000


 戦いの火蓋が、切って落とされた。
 さっと、素早い動きでカードを引く両者。
 エリシアが余裕たっぷりに、促す。

「お先にどうぞ」

「では、遠慮なく。僕のターン!」

 カードを引く日華先輩。
 さっと手札に目を通すと、1枚を選ぶ。

「僕は古のルールを発動!」

 流れるように、カードを出す日華先輩。
 緑色のカードが浮かび上がり、キラキラと輝く。

「この効果で、僕は手札の通常モンスターを特殊召喚する!」


古のルール 通常魔法
自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


 楽しそうに、目を細めているエリシア。
 日華先輩が手札のカードを掲げた。
 そこに描かれているのは、眩いばかりの輝きを放つ宝石竜。
 フッと微笑みながら、日華先輩が叫ぶ。

「ダイヤモンド・ドラゴンを、攻撃表示で特殊召喚!」

 場に閃光が走り、巨大な竜が姿を現した。
 煌めく姿、美しく光を放つ身体。
 透き通るような咆哮が響き、場が揺れる。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


「いきなりか……」

 ぼそりと、俺は呟いた。
 魔法カードとのコンボで、一気に切り札を場に出した日華先輩。
 だが、あの程度の力が相手に通用するかどうかは、分からない。

「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドさ!」

 だが俺の抱いている不安とは裏腹に、
 当の日華先輩は楽しそうな様子でカードを選んでいた。
 裏側表示のカードが浮かびあがる。

「さぁ、君のターンだ!」

 余裕そうに、エリシアを指差す日華先輩。
 こんな時でも、常に相手や観客を楽しませる事は忘れない。
 ある意味、決闘者の鏡と言えるのかもしれない。

「……底抜けのアホですね」

 ため息をつきながら、内斗先輩が呟いた。
 観客達が歓声をあげ、空気をさらに盛り上げた。

 エリシアが、手を伸ばす。

「それでは、私のターン!」

 よく通る声でそう言い、エリシアがカードを引いた。
 彼女の手にあるカードは6枚。さぁ、どんな戦略でくる?
 手札を片手に、微笑むエリシア。

「あなたの決闘、なかなか面白いですわね。
 私も存分に、楽しませていただきますわ」

 軽い口調で、そう言うエリシア。
 だがその言葉に込められた思いは重く、鋭い。
 トビ色の瞳を見開き、エリシアが両手を広げた。

「それでは、カナリア・ウェイブスの4番手、
 エリシア・マークベルの実力をお見せいたしましょう!」

 そう言って、エリシアがカードを決闘盤へと出した。
 すっと後ずさり、頭を軽く下げるエリシア。

「煉獄堕天バトラエル、召喚でございます」

 小さな火柱が上がり、赤い羽根が舞い散った。
 真紅の炎より現れる、鎧を着た小柄な天使。
 赤い色の羽根をはためかせ、持っている剣を構える。


 煉獄堕天バトラエル ATK1900


「煉獄堕天?」

 演技でも何でもなく、素で驚いた様子の日華先輩。
 ざわざわと、観客達もまた騒がしくどよめいている。
 唯一、カナリア・ウェイブスのメンバーだけが渋い顔を浮かべていた。

「うわぁ、出たでありんす……」

 嫌そうな表情でそう呟いているキアラ。
 その横ではシルヴィアが、顔色悪く頷いている。

「何度見ても、嫌な感じだ。寒気がする……」

 視線をそらすシルヴィア。
 そんな彼女達を、ローランドがたしなめる。

「まぁまぁ、別に対戦しているのは私達ではないのですから。
 あの恐怖のブースト戦略、とくと拝もうではありませんか」

 そう言って、ローランドが頭の後ろで腕を組んだ。
 向こうのチームメンバー達から、
 畏怖にも似たような目で見られているエリシアのカード。
 いったい、どんな能力のカードなんだ?

 エリシアが、にっこりと微笑む。

「まぁ、まだ最初のターンですから。
 まずは軽く小手調べといきましょうか」

 そう言って、手札の1枚を表にするエリシア。
 そこに描かれているのは、一本の手と数枚のカード。
 そのカードは、俺達にも見覚えがあった。

 すっと、頭を下げるエリシア。ゆっくりと、言う。

「手札抹殺でございます」

 1枚のカードが浮かび上がり、輝いた。


手札抹殺 通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。
 

「手札抹殺……?」

 相手の意図が読めず、警戒した様子の日華先輩。
 だが彼女の魔法を止める術もないようで、手札を相手へと向けた。

「いいだろう。僕は手札の『シャインスピリッツ』
 『ホーリーフレーム』『明鏡止水の心』を捨てて、3枚ドローする!」

 
シャインスピリッツ
星7/光属性/爬虫類族/ATK2000/DEF1500
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター以外のモンスターを全て破壊する。


ホーリーフレーム
星4/光属性/天使族/ATK1500/DEF0
光属性の通常モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。


明鏡止水の心 装備魔法
装備モンスターが攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。
このカードを装備したモンスターは、戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)
 

 手札にあった3枚を捨て、カードを引く日華先輩。
 エリシアもまた、自分の手札を見せるように持つ。
 そこにあったのは、全て効果モンスターカード。

「では、私も手札の4枚を捨て、4枚をドローしますわ」

 そう言って、手札を捨てるエリシア。
 4枚のカードが墓地へと送られ、そして――

 赤い羽根が舞い上がった。

「!?」

 フィールド全体を包み込むようにして、舞い上がる赤い羽根。
 突然現れたそれを見て、驚き目を見開く日華先輩。
 まるで火の雨のように羽根が舞う中、エリシアが口を開く。

「そしてこの瞬間、煉獄堕天のブースト効果が発動いたします」

「ぶ、ブースト効果!?」

 聞いたことのない単語に、戸惑った様子の日華先輩。
 エリシアが頷き、歌うように言う。

「ブーストモンスターは墓地へと送られた時、
 場のモンスターに自身の能力を与えるのです。
 味方を押し上げ、さらなる高みへと連れていく能力。
 それこそが私の煉獄堕天の持つ、ブースト効果ですわ」

 フッと、微笑むエリシア。
 呆然とした表情で、日華先輩はその言葉を聞いている。
 ばっと、エリシアが腕を伸ばした。

「手札抹殺によって墓地へ送られたブーストモンスターは4体!
 煉獄堕天ガデルエル! 煉獄堕天ベルケエル! 煉獄堕天アドナエル!
 煉獄堕天シャムシャエル! それらの効果が場のバトラエルに宿ります!」


煉獄堕天ガデルエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1500/DEF1400
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
「煉獄堕天」と名のつくモンスターを1枚選択して手札に加える。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが墓地へ送られる場合、代わりに自分の手札に戻す事ができる。


煉獄堕天ベルケエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1300/DEF800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


煉獄堕天アドナエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1100/DEF800
このカードが相手プレイヤーへ与える戦闘ダメージは倍になる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが相手プレイヤーへ与える戦闘ダメージは倍になる。


煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


「なっ……!」

 絶句した声をあげる日華先輩。
 エリシアの場に立つ鎧天使の身体に、赤いオーラが宿った。
 さらにその足元から、燃え立つマグマのような力が吹き出て天使に宿る。

 天使が雄たけびを上げ、剣を天へと向けた。


煉獄堕天バトラエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1900/DEF1200
このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
※上記の能力以外に、ブースト効果により以下の効果を得ている。
このカードが墓地へ送られる場合、代わりに自分の手札に戻す事ができる。
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードが相手プレイヤーへ与える戦闘ダメージは倍になる。
このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 煉獄堕天バトラエル ATK1900→3500


「い、いきなり攻撃力3500!?」

 目を見開きながら、驚く天野さん。
 内斗先輩が冷や汗を流しながら、呟く。

「しかも、相手はブースト効果により強力な効果を4つも得ている。
 第一試合で戦ったLWとも似ているが、こっちの効果はより攻撃的だ……」

 動揺しつつも、冷静に状況を把握する内斗先輩。
 確かに、この戦略は第一試合のシルヴィアのものと似ている。
 だが火力自体は、LWと比べても桁違いだ。

 エリシアが、にっこりと微笑む。

「最近の決闘者は、私が少しなでるとすぐに倒れてしまいますの。
 あなたはどうかしら? この程度の攻撃、かわせますわよね?」

 その言葉を聞き、日華先輩が引きつった笑みを浮かべた。
 赤い羽根の天使が翼を広げ、天に浮かび上がる。
 エリシアが、おもむろに腕を伸ばした。

「バトル。バトラエルで、ダイヤモンド・ドラゴンを攻撃でございます」

 雄たけびを上げ、天を駆ける天使。
 炎の宿った剣を片手に、凄まじい速度で宝石の竜へと迫る。
 内斗先輩が叫んだ。

「恭助ッ!!」

 悲痛というよりも、何とかしろ! という気持ちが込められた声。
 日華先輩が、困ったような表情を浮かべているのが見えた。
 憂いある表情で、ため息をつく日華先輩。

「まったく、仕方がないなぁ……」

 ぼそりと、日華先輩がそう呟くのが聞こえた。
 そしてそのまま、腕を前に出す。

「罠発動!」

 そう言って、決闘盤のボタンを押す日華先輩。
 瞬間、凄まじい衝撃と共に天使の攻撃が宝石竜に炸裂した。
 砂煙が上がり、視界が消える。火の粉が飛び散った。

「うわっ!」

「ふぎゃあ!」

 砂煙に当てられ、前の方で観戦していた千条さんと
 アルバートが情けない声をあげてのけぞる。
 不快そうな表情を浮かべながら、内斗先輩が顔をあげた。

「いったい、どうなった!?」

 目をこらし、フィールド中央を見つめる内斗先輩。
 砂煙が薄れ、徐々に視界が元へ戻っていく。
 
「…………」

 ぶすっとした表情を浮かべている日華先輩。
 その横では、宝石の竜が輝きを放って佇んでいる。
 ため息をつき、日華先輩がぽりぽりと頬をかいた。

「……こういうカード使うのは、コーディネート的にはよくないんだけどなぁ」

 そう言って、自分の場に視線を落とす日華先輩。
 伏せられていた1枚。それが表になり、発動していた。


ジャスティブレイク 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する通常モンスターが
攻撃宣言を受けた時に発動する事ができる。
表側攻撃表示で存在する通常モンスター以外の
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。


 そこにあったカードを見て、俺達は驚く。
 あんなカード、日華先輩のデッキに入っていたか?
 呆然とする中、日華先輩が微笑んだ。

「ま、でもせっかく天野君や千条君、内斗君ががんばってくれたんだ。
 たまにはこうしてなりふり構わず戦うのも、悪くないかもね」

 鼻歌混じりの軽い口調でいい、カードを墓地へと送る日華先輩。
 絶句している俺達の中、天野さんがおそるおそる尋ねた。

「そういえば……実際、日華先輩ってどれくらいの実力なんですか?」

「……考えた事もなかったな」

 椅子に座りなおしながら呟く内斗先輩。
 苦い表情のまま、額を手で押さえる。

「普段は病的なまでに見た目とか決闘の仕方にこだわっているから、
 それを取っ払うっていう発想がそもそもなかった。実際、
 本気を出したらどれくらい強いのかは、見当もつかないな」

 そう言って、黙り込んでしまう内斗先輩。
 一応、俺達よりも付き合いの長い内斗先輩ですらこれなのだ。
 俺達はそれ以上、何も言える事はない。

 日華先輩が、両手を広げた。

「安心したまえ! ちゃんとラストは劇的に勝利してみせるさ!」

 キランと歯を輝かせながら、高らかにそう宣言する日華先輩。
 どこまで信用できるかは不明だが、今はその言葉を信じるしかない。
 エリシアが嬉しそうに、微笑んだ。

「その意気ですわ。もっと私を楽しませて下さいな」

 すっと、腕を伸ばすエリシア。
 決闘盤からカードが弾かれ、その手に収まる。

「ガデルエルのブースト効果により、バトラエルは手札に戻ります」


煉獄堕天ガデルエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1500/DEF1400
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
「煉獄堕天」と名のつくモンスターを1枚選択して手札に加える。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが墓地へ送られる場合、代わりに自分の手札に戻す事ができる。


 バトラエルのカードを表にし、手札に加えるエリシア。
 その手にあるカードは5枚。さらに1枚を手に取る。

「魔法発動、煉獄の宝札」

 カードが浮かび上がり、赤い羽根が舞い散った。
 エリシアの身体が一瞬だけ光に包まれるが、すぐにはじける。
 ライフポイントも場も、変化はない。

「いったい……?」

 ぼそりと、内斗先輩が小さく呟いた。
 さらにカードを選択するエリシア。

「2枚伏せ、ターンエンドでございます」

 場に裏側表示のカードが2枚浮かぶ。
 うやうやしく、エリシアが頭を下げた。
 ざわざわとする観客達。日華先輩が手を伸ばす。

「僕のターン!」

 勢いよく言い、カードを引く日華先輩。
 そしてその瞬間、またしても場に赤い羽根が舞い散った。

「スタンバイフェイズ時、煉獄の宝札の効果発動!」

 声高らかに宣言するエリシア。
 腕を伸ばし、にっこりと笑いかける。

「前のターンに私が手札から捨てた煉獄堕天の数だけ、
 デッキからカードをドローさせて頂きます」


煉獄の宝札 通常魔法
次の相手ターンのスタンバイフェイズ時、
このターン自分の手札から墓地へと送られた「煉獄堕天」と名のつく
モンスターの枚数分だけ、自分のデッキからカードをドローする。


 目を見開き、ほんの少しだけ驚いた様子を見せる日華先輩。
 エリシアが腕を伸ばし、デッキからカードを引いた。
 前のターンに捨てた枚数は4枚。よって、エリシアの手札が6枚になる。

「まずい。次のターン、またあのブースト戦術が飛んでくるぞ……!」

 増えた手札を見て、苦しそうに言う内斗先輩。
 日華先輩もまた、へらへらとした笑いを引っ込めて真剣になる。
 カードを動かす日華先輩。

「ダイヤモンド・ドラゴンを守備表示に変更! そして――」

 ちらりと自分の手札を見る日華先輩。
 迷うことなく、2枚のカードを手に取った。

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

 裏側表示のカードが2枚浮かぶ。
 宝石の竜が膝をつき、身体を丸めた。


 ダイヤモンド・ドラゴン ATK2100→2800


 守備表示となり、それなりの数値となった宝石の竜。
 だが、先程の戦術を見る限り、それでもまだ足りない。
 いつだかのレーゼさんクラスまで、守備力を高めなければ意味がなさそうだ。

 エリシアが、腕を伸ばす。

「私のターン!」

 カードを引くエリシア。
 その指が動き、カードをはさむ。

「永続魔法、滾りし炎を発動!」

 エリシアの場に、カードが浮かび上がった。
 燃え盛る火炎と、赤い羽根が描かれたカード。
 炎のような真紅の光を放ち、輝く。

「この効果で、私は手札のバトラエルを特殊召喚いたします」


滾りし炎 永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
自分の手札または墓地からレベル4以下の「煉獄堕天」と
名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。
墓地から特殊召喚した場合はこのカードを破壊する。


「召喚を補助するカードか!」

 悔しそうに、そう分析する内斗先輩。
 エリシアがにっこりと笑い、カードを場に出した。
 再びフィールドに赤い羽根が散らばり、天使が姿を現す。


煉獄堕天バトラエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1900/DEF1200
このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。


「さらに煉獄の門を発動!」

 たたみかけるように、カードを繰り出すエリシア。
 炎が舞い上がる中、悪魔染みた笑みを浮かべて言う。

「この効果で、墓地の煉獄堕天シャムシャエルを手札に加えます」


煉獄の門 通常魔法
自分のデッキまたは墓地から
「煉獄堕天」と名のついたモンスター1体を手札に加える。


 エリシアの決闘盤がカードを吐き出す。
 それを手に取り、すかさず決闘盤に置くエリシア。

「そしてシャムシャエルを通常召喚!」

 炎が上がり、その中から弓を持つ赤い羽根の天使が現れた。
 場に、赤い羽根が散らばり消えて行く。


煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 すっと、エリシアが半歩後ろに下がった。
 スカートのすそを持ちあげ、頭を下げるエリシア。
 余裕気に、そしてうやうやしく、言う。

「連鎖破壊でございます」

 エリシアの場のカードが、静かに表になった。


連鎖破壊(チェーン・デストラクション) 通常罠
攻撃力2000以下のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に
発動する事ができる。そのモンスター1体のコントローラーの手札・デッキから
同名カードを全て破壊する。


「なにッ!?」

 声をあげて驚く日華先輩。
 エリシアのカードが輝き、彼女のデッキからカードが2枚弾かれた。
 描かれているのは赤い羽根の天使。それらが墓地へ。

 そして、場に赤い羽根が舞い散る。

「シャムシャエルのブースト効果が発動。
 2枚の効果が重複し、攻撃力が3200ポイントアップいたします」


煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 煉獄堕天バトラエル ATK1900→5100

 煉獄堕天シャムシャエル ATK1600→4800


 天使の羽根の加護を受け、雄たけびを上げる天使達。
 そのどちらもが、即死級の攻撃力を持っている。
 対する日華先輩の場には、ダイヤモンド・ドラゴンが1体。
 シルヴィアが、ため息をついた。

「まぁ、もった方だろ」

 その言葉に、相手チームのメンバーが頷いた。
 キアラが両手を合わせ、軽く頭を下げる。

「御愁傷様でありんす……」

 なむなむと、キアラが小さく呟いた。
 それを見た日華先輩が、苦笑いを浮かべる。
 エリシアが、腕を伸ばした。

「バトル! シャムシャエルで、ダイヤモンド・ドラゴンを攻撃いたします!」

 高らかに、そう宣言するエリシア。
 天使が声をあげ、ギリギリと弓を引き絞った。
 空を裂く音と共に、矢が放たれる。

「あぁ、そういえば、シャムシャエルは自身の効果により
 攻撃時に攻撃力が500ポイントアップいたします」

 思い出したかのように付け加えるエリシア。
 放たれた矢の先端が、炎に包まれる。

 
煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 煉獄堕天シャムシャエル ATK4800→5300


 さらに攻撃力が上がるシャムシャエル。
 数値的にはダイヤモンド・ドラゴンの守備力のおよそ2倍だ。
 文句なく、このままでは勝負にならない。

「いよいよ年貢の納め時か……」

 諦めた様子で、内斗先輩ががっくりと肩を落とした。
 こちらのチームメンバーの誰もが、日華先輩の敗北を確信する。
 火の矢が迫り、宝石竜が吼えた。そして――

「罠カードオープン!」

 得意げな日華先輩の声が響いた。
 はっとなって顔をあげると、日華先輩の伏せカードが1枚表になっている。
 そこに描かれているのは、盾を構えている戦士の姿。

「――D2シールドを発動!」

 その言葉に、驚嘆の声が漏れた。
 カードが輝き、宝石竜の身体が光に包まれる。


D2シールド 通常罠
自分フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの守備力は、元々の守備力を倍にした数値になる。


「しゅ、守備力を2倍にするって事は、えーっと……」

 あたふたとした様子で計算する千条さん。
 だが彼女の計算より早く、内斗先輩が言う。

「ダイヤモンド・ドラゴンの守備力は5600だ!」

 宝石竜の身体がひと際大きく光り、輝きが増した。
 

 ダイヤモンド・ドラゴン DEF2800→5600


 驚くべきことに、これでダイヤモンド・ドラゴンの守備力は、
 相手の煉獄堕天の攻撃力を僅かだが上回った。
 にやりと笑う日華先輩。

「さぁ、どうだい!」

 自信満々な日華先輩に対し、微笑んでいるエリシア。
 嬉しそうな様子で、ゆっくりと手を伸ばす。

「それならば――」

 すっと、自分の手札の1枚を手に取るエリシア。
 微笑みを崩さぬまま、またも頭を軽く下げる。

「ホーリー・インフェルノでございます」

 エリシアの場に、また新たなカードが浮かび上がった。
 描かれているのは地獄の業火のような光景。
 エリシアが、さらに手札の1枚を手に取る。

「手札のメルケエルを捨て、シャムシャエルの攻撃力を1000ポイントアップいたします」

「!?」


ホーリー・インフェルノ 速攻魔法
手札を1枚捨て、モンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで1000ポイントアップする。
この効果で捨てたカードが「煉獄堕天」と名のついたモンスターだった場合、
エンドフェイズ時にこの効果で捨てたカードを手札に戻す事ができる。


 ピンと、弾くようにカードを墓地へと送るエリシア。
 場に赤い羽根が舞い散り、天使の身体が炎に包まれる。
 

 煉獄堕天シャムシャエル ATK5300→6300


 さらに攻撃力を増したエリシアのモンスター。
 強化されたダイヤモンド・ドラゴンの守備力を、さらに上回る。
 赤い羽根が舞い散る中、目を見開き笑うエリシア。

「いかがかしら?」

 トビ色の瞳に、赤い炎が映った。
 腕を後ろで組み、日華先輩の反応を舞っているエリシア。
 冷や汗を流しながら、日華先輩が微笑む。

「まさか、ここでさらに攻撃力を上げてくるとは……」

「予想外だったかしら?」

 首をかしげるエリシア。
 日華先輩が腕を伸ばす。

「あぁ。だけど、だったらこっちもトコトン付き合うさ!」

 ばっと、手札の1枚を表にする日華先輩。
 その手に握られているカードを見て、エリシアが笑った。
 日華先輩が声高く叫ぶ。

「手札の牙城のガーディアンの効果発動!」

 カードを墓地へと送る日華先輩。

「このカードを墓地へと送り、ダイヤモンド・ドラゴンの守備力をさらに上昇させる!」


牙城のガーディアン
星4/地属性/戦士族/ATK0/DEF1500
自分フィールド上に守備表示で存在するモンスターが攻撃された場合、
そのダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
その戦闘を行う自分のモンスターの守備力は
エンドフェイズ時まで1500ポイントアップする。


「嘘ッ!?」

 驚いた様子で叫ぶ白峰先輩。
 宝石竜の身体が輝き、より一層頑強さを増した。
 

 ダイヤモンド・ドラゴン DEF5600→7100


「な、なんだか、感覚がおかしくなりそう……」

 千条さんがよろめきながら、そう呟く。
 確かに、フィールドでは超攻撃力と超守備力の応酬が飛び交っている。
 普通の決闘ならば、どちらか片方だけでも蹴りがつきそうな数値だ。

 矢が、宝石竜へと迫る。腕を伸ばす日華先輩。

「反撃だ! ダイヤモンド・ドラゴン!」

 その言葉に、宝石竜が吼えた。
 輝く身体をくねらせ、口から光のブレスを吐く宝石竜。
 迫っていた矢を跳ね返し、キラキラとした輝きが天使の身体を貫いた。

「例えどんな攻撃を受けようと――ダイヤモンドは砕けない」

 フッと不敵に笑いながら、髪をかきあげる日華先輩。
 キラキラとしたブレスの輝きが、雪のように辺りを舞った。
 その幻想的な光景に、観客達が息を呑む。

「……とはいえ」

 視線を落とす日華先輩。
 そこにあるのは、決闘盤に表示された数値。

「やはり相手はカナリア・ウェイブス。一筋縄ではいかないか……」

 憂いある表情で、日華先輩が緊張した表情を浮かべた。
 

 日華恭助  LP4000→3200


「日華先輩のライフが、減ってる……!?」

 目を見開いて驚きながら、呟く天野さん。
 確かに、バトル上での数値では日華先輩が勝っていたはず。それがなぜ?
 内斗先輩が、口元に手を当てながら言う。

「……考えるられるとしたら、1つか」

 にっこりと、エリシアが微笑んだ。
 その足元には、赤い羽根が落ちて散らばっている。
 ゆっくり、余裕気に口を開くエリシア。

「ホーリー・インフェルノの効果で墓地へと送られた、
 煉獄堕天メルケエルのブースト効果発動――」

 先程捨てたカードを見せるエリシア。

「これにより、戦闘ダメージをあなたに反射いたしますわ」


煉獄堕天メルケエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1000/DEF0
このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。


 その言葉を聞き、肩をすくめる日華先輩。
 ざわざわと、観客達が騒ぎたてる。
 アルバートが、目を丸くしながら言う。

「す、凄い攻防……!」

「えぇ。とはいえ、さすがはエリシア。完璧に相手の戦術を読んでいますね」

 アルバートに続いて発言するローランド。
 金色の髪を揺らしながら、青い瞳をエリシアへと向ける。
 内斗先輩が、冷や汗を流す。

「まさか、恭助があんなにもまともに決闘する日が来るだなんて……」

 まるで幽霊でも見るかのような目で日華先輩を見つめている内斗先輩。
 顔色悪くうなりながら、額を抑える。

「これはこれで、逆に気持ちが悪いな……」

「ちょっと! それはいったいどういう意味だい!」

 抗議するような口調で、日華先輩が叫んだ。
 どうでも良さそうにその言葉を受け止めている内斗先輩。
 エリシアが、いっそうおかしそうに笑い声をあげる。

「本当に面白いですわね、あなた方。さぁ、もっと楽しみましょ?」

 すっと、自分の持つ手札を見せるエリシア。
 日華先輩が抗議を言うのを止め、彼女に向き直る。
 笑顔のまま、頭を下げる。

「私はこれでターンエンドといたしましょう。
 そしてエンドフェイズ時、ホーリー・インフェルノの効果により
 墓地の煉獄堕天メルケエルが手札へと戻ります」

 エリシアの決闘盤が、カードを吐き出した。
 赤い羽根の天使が、再び彼女の手へと舞い戻る。
 
 
ホーリー・インフェルノ 速攻魔法
手札を1枚捨て、モンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで1000ポイントアップする。
この効果で捨てたカードが「煉獄堕天」と名のついたモンスターだった場合、
エンドフェイズ時にこの効果で捨てたカードを手札に戻す事ができる。


煉獄堕天メルケエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1000/DEF0
このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。


 煉獄堕天バトラエル ATK5100→1900

 煉獄堕天シャムシャエル ATK6300→1600


 戦闘ダメージ反射のブースト効果を持つ天使。
 あれが彼女の手にある限り、迂闊な攻撃は日華先輩の首をしめる事となる。
 超攻撃力の効果こそ切れたが、状況はまだまだ悪い。

「僕のターン!」

 だがそんな不利さえ気にしない様子で、日華先輩がカードを引いた。
 その手にあるカードは全部で2枚。場には伏せカードが1枚。
 緊張する中、日華先輩がこのターンに引いたカードを場へ出す。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 たったの、1枚。
 それだけが日華先輩の場に浮かんだ。
 腕を組む日華先輩。2人の視線が、ぶつかる。


 日華恭助 LP3200
 手札:1枚
 場:ダイヤモンド・ドラゴン(DEF2800)
   伏せカード2枚


 エリシア LP4000
 手札:3枚(内1枚は煉獄堕天メルケエル)
 場:煉獄堕天バトラエル ATK1900
   煉獄堕天シャムシャエル ATK1600
   滾りし炎(永続魔法)
   伏せカード1枚


「それでは、私のターン!」

 声高く言い、カードを引くエリシア。
 迷いなく、1枚を決闘盤へと出す。

「魔法発動、貪欲な壺!」


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「あれは!」

 驚いた様子の千条さん。
 内斗先輩が顔をしかめる。

「ここにきて、手札補充か!」

 うろたえる俺達の様子を見て、楽しげな様子のエリシア。
 頭をさげながら、丁重な口調で話す。

「墓地のシャムシャエル2枚、ベルケエル1枚、ガデルエル1枚、
 アドナエル1枚の計5枚をデッキへと戻し、2枚カードを引かせて頂きます」


煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


煉獄堕天ベルケエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1300/DEF800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


煉獄堕天ガデルエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1500/DEF1400
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
「煉獄堕天」と名のつくモンスターを1枚選択して手札に加える。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが墓地へ送られる場合、代わりに自分の手札に戻す事ができる。


煉獄堕天アドナエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1100/DEF800
このカードが相手プレイヤーへ与える戦闘ダメージは倍になる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが相手プレイヤーへ与える戦闘ダメージは倍になる。

 
 赤い羽根の天使達が赤い光となりデッキへと戻った。
 決闘盤によってデッキがシャッフルされ、ランプが点灯する。
 カードを2枚引くエリシア。

「煉獄堕天サハリエルを召喚!」

 そしてすぐさま、別のカードを場へと出した。
 赤い羽根が散らばり、その中心からまたも天使が姿を見せる。
 魔導士の持つ杖のような物を片手に、吼える天使。エリシアが言う。

「サハリエルの効果により、私はさらに1枚ドロー!」

 デッキからカードを引くエリシア。
 そしてすぐに別のカードを指ではさむ。

「そしてその後、1枚を墓地に送りますわ」

 にっこりと言い、エリシアがカードを指で弾いた。


 
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1400/DEF1200
「煉獄堕天」と名のつくカードが召喚・特殊召喚に成功したとき、
自分はカードを1枚ドローし、その後自分の手札を1枚選択して墓地に送る。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードを墓地へと送る事で、自分はカードを1枚ドローする。


 そして墓地にカードが送られた事に反応するように、
 場に赤い羽根が舞い散る。くっと、顔をしかめる日華先輩。

「墓地に送られたシャムシャエルのブースト効果が発動――」
 
 歌うような口調のエリシア。

「私の場のモンスターの攻撃力が、1600ポイントアップいたします」


煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 煉獄堕天バトラエル ATK1900→3500

 煉獄堕天シャムシャエル ATK1600→3200

 煉獄堕天サハリエル ATK1400→3000


「また、あの戦術か!」

 うっとうしそうに言う千条さん。
 だがその言葉を聞いたエリシアが、ゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。これで終わりではありませんことよ?」

 にっこりと、目を細めながら笑うエリシア。
 そこに浮かんでいるのは、紛れもない悪魔の笑みだった。
 流れるようにカードを手に取るエリシア。

「トレード・インでございます」

 頭を下げ、カードを場に出した。
 カードが輝き、エリシアが手札を捨てる。

「この効果で、私は手札の煉獄堕天アスファエルを捨て2枚ドロー!」

 カードを墓地へと送り、カードを引くエリシア。
 そして場に赤い羽根が舞い散る。
 腕を伸ばすエリシア。

「アスファエルのブースト効果が発動!」

 不気味に、赤い羽根が輝いた。
 だがそれ以上は何も起きず、ただ地面へと堕ちるのみ。
 不審そうな表情の日華先輩に向かって、エリシアが言う。

「まぁ、お楽しみは後にとっておきましょうか」

 それだけ言うと、またもあの人を喰ったような笑いを浮かべた。
 日華先輩が何か言う間もなく、エリシアのカードは続く。

「慈悲なき蘇生でございます」

 今度は別の魔法カードが、エリシアの場で輝いた。
 エリシアの決闘盤の墓地が、赤い光を放つ。

「この効果で、私は墓地のシャムシャエルを蘇生!」

 フィールドに火柱が上がり、赤い羽根の天使が飛び出す。

「そしてシャムシャエルを破壊いたします!」

 その言葉に、日華先輩や観客達が驚きの声をあげた。
 天使の足元から炎が巻き起こり、その身体を砕く。
 遺言のように、赤い羽根が散らばった。


慈悲なき蘇生 通常魔法
自分の墓地に存在する「煉獄堕天」と名のつくモンスター1体を選択して特殊召喚する。
その後、自分の場に存在する「煉獄堕天」と名のつくモンスター1体を選択して破壊する。
 

煉獄堕天シャムシャエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1600/DEF1200
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1600ポイントアップする。


 煉獄堕天バトラエル ATK3500→5100

 煉獄堕天シャムシャエル ATK3200→4800

 煉獄堕天サハリエル ATK3000→4600


「な、なんて戦略だ……」

 蘇生してすぐにモンスターを破壊するという残酷な戦術。
 それを目の当たりにした内斗先輩が、呆然とした口調で呟いた。
 ローランドが、頭を押さえながら目をつむる。

「美しくない……」

 だがエリシアは、そのどちらの言葉も気にしてはいなかった。
 溢れんばかりの笑みを浮かべているエリシア。
 カードを出す。

「魔法石の採掘でございます」

 カードが浮かび上がった。
 エリシアが持っていた手札の残り2枚を表に。

「手札のサハリエルとメルケエルを墓地へと送り、墓地の魔法カードを回収いたします」


魔法石の採掘 通常魔法
手札を2枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。


煉獄堕天サハリエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1400/DEF1200
「煉獄堕天」と名のつくカードが召喚・特殊召喚に成功したとき、
自分はカードを1枚ドローし、その後自分の手札を1枚選択して墓地に送る。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードを墓地へと送る事で、自分はカードを1枚ドローする。


煉獄堕天メルケエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1000/DEF0
このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードが戦闘を行う事によって受ける
コントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。


 当然のように、カードを捨てるエリシア。
 そしてそれがキーとなり、赤い羽根が舞い散る。
 さらに決闘盤が吐き出すカードを手に取るエリシア。

「私は煉獄の宝札を回収いたしますわ」

 にっこりと、エリシアが笑った。


煉獄の宝札 通常魔法
次の相手ターンのスタンバイフェイズ時、
このターン自分の手札から墓地へと送られた「煉獄堕天」と名のつく
モンスターの枚数分だけ、自分のデッキからカードをドローする。


 これで、彼女の手に残ったのは煉獄の宝札ただ1枚のみ。
 場には強力なブースト効果を得た天使達がひしめいている。
 おおらかな表情を浮かべ、エリシアが両腕を伸ばした。

「バトルといたしましょう!」

 そしてその言葉が放たれた瞬間。
 またしても、赤い羽根が天から舞い降りた。
 ひらひらと、まるで炎のように降り注ぐ羽根。
 真紅の色に、フィールドが染まる。

「先程のトレード・インで捨てた
 アスファエルのブースト効果が発動!」

 ゆっくりと、頭を下げるエリシア。

「バトルフェイズ開始時、私のモンスターの攻撃力は2倍となります!」

「!!」


煉獄堕天アスファエル
星8/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1500/DEF2000
バトルフェイズ開始時、このカードの元々の攻撃力は倍となる。
このカードが墓地へと送られたターン、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●バトルフェイズ開始時、このカードの元々の攻撃力は倍となる。
このターンのエンドフェイズ時、このカードはゲームから除外される。


「なっ……!」

「に、2倍ィ!?」

 内斗先輩と千条さんが、ほぼ同時に驚いた。
 観戦していた生徒達も、ざわざわと騒ぎだす。
 天使達の身体が赤い炎に包まれた。


 煉獄堕天バトラエル ATK5100→10200

 煉獄堕天シャムシャエル ATK4800→9600

 煉獄堕天サハリエル ATK4600→9200


「こ、ここまでくると、なんだか笑えてくるわね……」

 引きつった笑みを浮かべ、呟く白峰先輩。
 その横では、小城さんが顔色悪くフィールドを見つめている。
 泣きそうな表情の天野さん。

「あ、雨宮君……」

 ささやくようにそれだけ言うと、俺の言葉を待つ天野さん。
 ゆっくりと、俺は首を横に振った。

「さすがに、これは無理です」

 その言葉に打ちひしがれたようになる天野さん。
 日華先輩は何やら難しそうな表情を浮かべ、天使達を眺めている。
 首をかしげるエリシア。

「どうかしら? 先程よりは、歯ごたえありますでしょう?」

「あぁ。ラブコールにしては、ちょいと熱烈すぎるけどね」

 日華先輩の言葉に、笑い声をあげるエリシア。
 余裕そうな様子の日華先輩だが、頬には冷や汗が浮かんでいる。
 くすくすと笑い続けているエリシア。

「本当、面白い御方。こんな出会いでなければ、スカウトしていたかも」

「悪いが、それは御免だね。僕にはもう、素晴らしい仲間がいるから」

 すっと、真剣な表情を浮かべる日華先輩。
 俺達の方を手で示しながら、言う。

「デュエル・コーディネーターの世界はつらく厳しい。
 だけど、僕らは強い絆で繋がっている。共に歩み、競い合う素晴らしい仲間達!
 例え君達がイギリス最強のクラブチームであろうと、
 デュエル・コーディネーターとしての絆と誇りの強さは負けない!」

 いつになく強い口調で、断言する日華先輩。
 そこにはDC研究会の部長としての強い意志が感じられた。

「恭助……」

 驚いたように、内斗先輩が呟いた。
 一瞬の沈黙が流れ、そして――

「ですから、僕はデュエル・コーディネーターじゃないと言ってるでしょう!」

「私も、臨時メンバーだからな! この部活に入った訳じゃないぞ!」

「俺も、部員の一員ですけど、それを誇りには思ってませんからね!」

 一斉に、日華先輩の発言に抗議した。
 
「ちょ、ちょっと! 人がせっかくカッコ良く決めたんだから、
 そこはちゃんと話しを合わせる場面だろう、君達!」

 日華先輩もまた俺達に向かって抗議する。
 そんな状況を見て、おろおろとしている天野さん。
 ギャアギャアと騒いでいる俺達の発言を、

「さぁ、そろそろ行きますわよ?」

 エリシアの声が、切り裂いた。
 はっとなって、振り返る日華先輩。
 赤い羽根の天使が、翼を広げている。

「シャムシャエルッ!」

 エリシアの声に、天使がコクンと頷いた。
 ギリギリと、持っている弓を引き絞る天使。
 内斗先輩が身を乗り出す。

「恭助ッ!!」

「分かってるよ!!」

 腕に付けた決闘盤を構える日華先輩。
 弓が放たれ、宝石の竜へと迫る。
 凄まじい速度で空を切り裂く矢。そして――

 宝石の竜の身体を、一瞬にして貫いた。

 ぶるぶると全身を震わせ、天を仰ぐ宝石竜。
 小さく声をあげると、その場に崩れ落ちる。

「まずい! これで恭助の場からモンスターが――」

 そこまで内斗先輩が言った瞬間。

「罠発動!」

 高らかに日華先輩が叫んだ。

「ブロークン・ブロッカー! 攻撃力より守備力の高い守備表示モンスターが、
 戦闘によって破壊された時、そのモンスターと同名モンスターを2体まで
 自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する!」


ブロークン・ブロッカー 通常罠
自分フィールド上に存在する攻撃力より守備力の高い守備表示モンスターが、
戦闘によって破壊された場合に発動する事ができる。
そのモンスターと同名モンスターを2体まで
自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。


 日華先輩のデッキが光輝いた。
 そしてそこから、2つの光が現れ場に浮かぶ。
 日華先輩が腕を天へと伸ばした。

「ダイヤモンド・ドラゴン2体を、特殊召喚!」
 
 光がはじけ、眩いばかりの輝きがフィールドを包み込んだ。
 金色の光につつまれながら、姿を見せる2体の宝石竜。
 咆哮をあげ、その場に膝をついた。
 

ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


「だが、あの程度の守備力では――」

 驚きながらも、苦言をもらすシルヴィア。
 その言葉通り、エリシアが動揺する事もなく腕を伸ばした。

「バトラエル! サハリエル!」

 その言葉に、それぞれ頷く天使達。
 持っていた剣と杖を片手に、宝石竜へと飛びかかる。
 咆哮をあげる宝石竜達。だが――

 閃光と衝撃が走り、2体の宝石竜の身体が砕けた。

 旋風のような衝撃が伝わり、体育館が揺れる。
 悲鳴をあげ、騒ぎ立てる観客達。
 だが当のエリシアは、全く動揺していない。

「まだ耐えるとは。驚きですわね」

 純粋に感心した様子で、手を合わせるエリシア。
 日華先輩が、髪をかきあげる。

「まぁ、これくらいはね……」

 そうは言うものの、日華先輩の顔色はあまり良くない。
 間違いなくギリギリの所で何とか耐えているだけだ。
 これ以上、あの攻撃を防げる保証はない。

 エリシアが微笑む。

「サハリエルのブースト効果を発動。
 場の3体のモンスターを墓地へと送り、3枚ドローいたします」


煉獄堕天サハリエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1400/DEF1200
「煉獄堕天」と名のつくカードが召喚・特殊召喚に成功したとき、
自分はカードを1枚ドローし、その後自分の手札を1枚選択して墓地に送る。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードを墓地へと送る事で、自分はカードを1枚ドローする。


 天使達の身体が砕け、赤い羽根へと変わった。
 カードを引くエリシア。内斗先輩が息を吐く。

「このまま生かしておいても、アスファエルのブースト効果により
 奴らはエンドフェイズに破壊される。それを補う自壊効果とは。
 つくづく悪趣味というか、容赦のない戦術だな……」

 吐き捨てるような内斗先輩の言葉に、相手チームの面々が頷いた。
 エリシアが眉をひそめる。

「あらぁ。そのような事を言われるとは心外ですわ。
 私は繊細ですから、本当は心が痛んでいますのよ?」

 とてもそうは思えない口調のエリシア。
 事実、楽しそうににっこりと目を細めている。
 わざらしく嘆きながら、エリシアがカードを出した。

「魔法発動、煉獄の宝札」

 場に、先程手札に加えた魔法カードが浮かび上がる。


煉獄の宝札 通常魔法
次の相手ターンのスタンバイフェイズ時、
このターン自分の手札から墓地へと送られた「煉獄堕天」と名のつく
モンスターの枚数分だけ、自分のデッキからカードをドローする。


 赤い羽根が舞い散り、消えた。
 このターンに手札から墓地へと送られた煉獄堕天は4枚。
 今ある手札に加われば、エリシアの手札は7枚にもなる。
 それだけの数があれば、今度こそ間違いなく日華先輩は終わりだ。

「そして滾りし炎の効果を発動いたします」

 エリシアの場に浮かんでいた永続魔法が輝き、砕けた。
 赤い炎が、フィールドを駆ける。


滾りし炎 永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
自分の手札または墓地からレベル4以下の「煉獄堕天」と
名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。
墓地から特殊召喚した場合はこのカードを破壊する。


「墓地より蘇れ、バトラエル!」

 ばっと、エリシアが腕を伸ばした。
 炎が1箇所に集まり、巨大な火柱となる。
 そしてそこから現れる、1体の天使。


煉獄堕天バトラエル
星4/炎属性/悪魔族・ブースト/ATK1900/DEF1200
このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の悪魔族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。


 剣を構えながら、地上へと降り立つ天使。
 火の粉が飛び交う地獄のような光景の中、エリシアが静かに言う。

「これで、ターンエンドでございます」

 にっこりと、エリシアが笑った。


 日華恭助 LP3200
 手札:1枚
 場:伏せカード1枚


 エリシア LP4000
 手札:3枚
 場:煉獄堕天バトラエル ATK1900
   伏せカード1枚


 未だに、1ポイントのダメージも与えられていない日華先輩。
 場にあるのは1枚の伏せカードのみ。手札も僅かに1枚。
 加えてエリシアは、まだまだ余裕そうな表情だ。

「恭助……」

 小さな声で呟く内斗先輩。
 その目は真っ直ぐに、日華先輩へと向けられている。
 ゆっくりと、腕を伸ばす日華先輩。

「僕のターン!」

 だがそこに諦めの色は浮かんでいない。
 あくまでも希望に向かって、日華先輩はカードを引いていた。

「煉獄の宝札の効果で、私は4枚ドロー!」

 デッキからカードを引くエリシア。これで彼女の手札は7枚。
 だが日華先輩は、その事にまるで関心をはらっていなかった。
 緊張した様子で、引いたカードを見る日華先輩。

 そして――

「――きた」

 不敵に、微笑んだ。
 その言葉に、エリシア以外の人間が驚く。
 値踏みするように、エリシアがトビ色の瞳を向けた。

「あら」

 面白そうに呟くエリシア。
 だがそれ以上は何も言わない。
 日華先輩が、カードを出す。

「魔法発動! 魂の解放!」

 今引いたのとは別のカードを選ぶ日華先輩。
 場に1枚の魔法カードが浮かび上がり、輝く。


魂の解放 通常魔法
お互いの墓地に存在するカードを合計5枚まで選択し、
そのカードをゲームから除外する。


「いったい何を……!?」

 目を丸くしているアルバート。 
 日華先輩の決闘盤が、3枚のカードを吐き出す。

「この効果で、僕は墓地のダイヤモンド・ドラゴンを3体除外する!」


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


「ぬッ!?」

 シルヴィアが意外そうな声をあげた。
 エリシアはただくすくすと楽しそうに笑っている。

「そして、僕はこの罠カードを発動する!」

 もったいぶったような口調で、腕を伸ばす日華先輩。
 長い間そこに伏せられていたカードが、表になる。
 ゆっくりと、その全容が明らかとなるカード。そこにあったのは―― 


異次元からの帰還 通常罠
ライフポイントを半分払って発動する。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果で特殊召喚した
全てのモンスターはゲームから除外される。


「なっ!」

「ま、まさかっ!」

 びっくりとした様子で体をのけぞらすキアラ。
 その反応に満足したように、日華先輩が頷いた。
 指を伸ばし、キザッたらしくウィンクする日華先輩。

「――さぁ、ショータイムだ!」

 パチンと、日華先輩が伸ばした指を鳴らした。
 異次元からの帰還のカードが輝き、効力を発揮する。
 次元が歪むような感覚が走り、そして――

 場に、3体の宝石竜が姿を現した。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


ダイヤモンド・ドラゴン
星7/光属性/ドラゴン族/ATK2100/DEF2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。


 日華恭助 LP3200→1600


「う、嘘ッ!?」

「す、すごい!」

 びっくりしたような表情の白峰先輩と、
 感心したような表情の天野さん。
 内斗先輩が目を丸くしながらも、冷静に言う。

「だが、相手にはあのブースト戦術がある……」

 その言葉に、にっこりと微笑み持っている手札を見せるエリシア。
 確かに、彼女のブースト戦術はどこから飛んでくるか分からない。
 迂闊にバトラエルを攻撃すれば、どんな反撃がくるか――

 フッと、余裕そうに微笑む日華先輩。

「甘いね、内斗君」

 指を伸ばしながら、キザッぽく日華先輩が言った。
 その言葉に内斗先輩がムッとした表情を浮かべるが、日華先輩は気にしない。
 ショーを演じる主役のように、芝居がかった動作で両腕を広げる。

「ショーの最後は劇的な勝利と相場が決まっている!
 全ての観客をアッと驚かせるような、目の覚めるような一撃!
 それこそがエンターテイナメント! デュエル・コーディネートの真髄さ!」

 自信満々に、そう言い放つ日華先輩。
 その目にはいつになく強い光が宿っている。
 日華先輩が、最後の1枚を手に取った。

「これで――」

 決闘盤にカードを差し込む日華先輩。

「フィナーレだ!」

 場に、その1枚が浮かびあがった。


デルタ・アタッカー 通常魔法
自分フィールド上に同名通常モンスター(トークンを除く)が
3体存在する時に発動する事ができる。
発動ターンのみ、3体の同名通常モンスターは
相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。


「で、デルタ・アタッカーだってぇぇぇ!?」

 声をあげて驚く千条さん。
 内斗先輩が立ち上がる。

「恭助!!」

 その声に、日華先輩が頷いた。
 微笑みながら、腕を伸ばす日華先輩。

「この効果で、僕のダイヤモンド・ドラゴン達は直接攻撃ができる!」

 場の宝石竜の身体が、一層大きく輝いた。
 キラキラとした輝きに包まれながら、吼える宝石竜達。
 風丘高校の生徒達もまた、歓喜の声をあげる。

「やるじゃありませんか。向こうの人も」

 両手を広げながら、ローランドが呟いた。
 シルヴィアがギラリとした視線を向ける。

「言ってる場合かッ!」

「え、エリシアー!!」

 心配そうに叫ぶアルバート。
 エリシアは何の感情も浮かんでいない目を、宝石竜へと向けている。
 腕を伸ばす日華先輩。

「さぁ、これで終わりだ! ダイヤモンド・ドラゴン!」

 その言葉に、宝石竜が喉を鳴らした。
 3体の竜の口に、巨大な光が収束していく。
 張りつめた空気を切り裂くように、

「トリプル・ダイヤモンド・ブレスー!!」

 日華先輩の声が、響いた。
 それと同時に、宝石竜が光のブレスを吐き出す。
 巨大な光の閃光となり、駆ける3つのブレス。
 キラキラとした光が、辺りを神秘的に彩っていく。

 光がはじけ、そして――

「罠発動」

 その言葉が、体育館に静かに響いた。
 エリシアが半歩下がり、ゆっくりと頭をさげる。
 表になるエリシアの場の伏せカード。

「聖なるバリア――ミラーフォースでございます」
 
 虹色の輝きを放ち、カードがその効力を発揮した。


聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 突如として出現した鏡のようなバリアに反射される光のブレス。
 そのままの力で、宝石竜達の元へと跳ね返ってくる。
 光が貫き、宝石竜の身体が衝撃と共に粉々に砕け散った。

 しんと、静まり返る体育館。

 ほとんど何もなくなった場を、ただ赤い羽根だけが舞い散っていく。
 トビ色の瞳を日華先輩へと向けるエリシア。

「それで、いかがなさいますの?」

「…………」

 黙っている日華先輩。
 その手にも場にも、カードは残っていない。
 永遠にも思える程の沈黙の後、日華先輩が両手をあげた。

「これは、お手上げだね」

 その言葉に、風丘高校の生徒が一斉に肩を落とした。
 ため息をつき、残念そうな表情を浮かべる生徒達。
 内斗先輩が、額に手を当てる。

「まぁ、よくやったほうでしょう……」

 その言葉に、俺達は頷いた。
 今回ばかりは日華先輩を攻める気はおきない。
 これはさすがに相手が悪すぎた。

「ターンエンドだ!」

 肩をすくめながら、そう宣言する日華先輩。
 場にカードがない以上、後はやられるのを待つだけだ。
 にっこりと微笑むエリシア。そして――

「そう。なら、もういいですわ」

 当然のことのように言い、エリシアが決闘盤に指を伸ばした。
 唐突に、決闘盤のソリッド・ヴィジョンが解除される。
 驚いている俺達を尻目に、エリシアがペコリと一礼する。

「ありがとうございました」

 エリシアが微笑んだまま、日華先輩に背を向けた。
 口をあんぐりと開けてポカンとしている日華先輩。
 審判の女性が叫ぶ。

「ちょ、え、エリシア選手!」

 その声に、歩みを止めるエリシア。
 振り返ると、首をかしげる。

「なにか?」

「そ、それはこっちのセリフです! いったい何を――」

 そこまで聞くと、エリシアがにっこりと微笑んだ。
 輝くような笑みを浮かべながら、口を開くエリシア。

「あぁ。もう十分楽しみましたから。私の負けでいいですわよ?」

 目を見開き、口をパクパクとさせる審判の女性。
 何か言いたい事が山のようにありそうだが、声にならないようだ。
 俺達もまた、事態に付いていけず押し黙っている。

 ……だが、いつまでもそうしているはずもなく――

「しょ、勝者、フィーバーズの日華恭助選手……」

 審判の小さな声が、体育館に響いた。
 勝利の歓声も、敗北の落胆も、何もない。
 ほとんど無いに等しい勝利が、そこにはあった。

「……ただいま」

 ぶすっとした表情で、戻ってくる日華先輩。
 いかにも不機嫌そうに決闘盤を外すと、ため息をつく。

「やられたね。最初からこうする気だったのか」

 パイプ椅子にドカッと座る日華先輩。

「どうにも本気を出していないと思ったら、こういう事か。
 最初から適当な所で切り上げて降参するつもりだったんだね。
 あのアルバートとかいう大将の子に繋げるために……」

 めずらしく怒った様子の日華先輩。
 天野さんが、おそるおそる尋ねる。

「本気を、出してない……?」

「……あぁ」

 頷く日華先輩。

「あのエリシアとかいう決闘者、ほんとに喰わせ者だね。
 全然本気を出してる感じがしなかった。かなり適当にやってたっぽいね」

「そ、そんな……」

 今まで驚いていた相手の戦略が手抜きだったと言われ、愕然とする天野さん。
 日華先輩が指をのばし、突きつけるように動かす。

「いいかい、天野君。僕達が戦っているのは、
 英国最強のクラブチーム、カナリア・ウェイブスなんだ。
 悔しいけど、元々の実力が根本的に違うのさ」

 まるで説教のような口調の日華先輩。
 ため息をつくと、ムスッとした表情を浮かべる。

「もっとも、すっごくムカつくけどね」

 それだけ言うと、日華先輩が頬をふくらませた。
 すねた様子で、椅子にもたれかかる日華先輩。
 内斗先輩が場をとりつなぐように、言う。

「まぁ、なにはともあれ、これで2勝2敗ですね」
 
 その言葉で、皆の視線が一斉に俺へと向けられた。
 残されているのは俺と、アルバートの対決だけ。
 正真正銘、この大会最後の決闘だ。

「まかせましたよ」

 軽い口調で言い、俺に向かって微笑む内斗先輩。
 千条さんが、俺の肩を小突いた。

「私達が必死になって番まわしたんだ! しっかりやれよ!」

 そう言って笑う千条さん。
 日華先輩がその言葉に頷く。

「千条君の言う通りだ。僕の仇を取ってくれたまえ、雨宮君!」

 びしっと、俺を指差しウィンクする日華先輩。
 天野さんが、おずおずとした様子で俺の前に立った。

「雨宮君……」

 顔を伏せがちにしている天野さん。
 小さな声で、呟く。

「その、私、こういう時に気のきいた事は言えないけど……」

 言葉を詰まらせる天野さん。
 だが意を決したように顔をあげると、

「が、がんばってください!」

 天野さんにしては大きな声で、そう言った。
 言い終わると、真っ赤になって顔を伏せてしまう天野さん。
 静かに、俺は頷いた。

「えぇ。まかせてください」

 その言葉を聞き、少しだけ微笑む天野さん。
 すっくと立ち上がり、俺は前を向く。
 
 風が、静かに吹き抜けていった……。





第四十七話 "Lord" have the shining feather

 古い記憶が蘇る。

 あれは、もう10年くらい前だっただろうか。
 日本のジュニア大会。その決勝戦での決闘だ。
 軽い気持ちで参加した大会だった。だが、結果は――


 アルバート LP1200→0


 赤いランプの数値が動き、0になる。
 僕は目の前で起きた事が信じられず、呆然としていた。
 凄まじいまでの歓声も、カメラの光も、何も記憶には残っていない。

 そこに残っているのは、ただ1枚――


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


 黄金に輝く、美しい竜の姿だけだった。

























「エリシアッ!」

 シルヴィアが怒鳴る声が聞こえた。
 はっとなって、僕は顔をあげる。
 小さな高校の体育館、その一角。
 戻ってきたエリシアが、首をかしげた。

「あら、どうかしましたの、シルヴィア?」

「どうかしましたのじゃないッ! なんだいまのはッ!」

 今にも掴みかかりそうな剣幕で迫るシルヴィア。
 僕は慌てて立ち上がり、2人の間に入る。

「ま、待って! 喧嘩はダメだって!」

「アルバート様ッ! この期に及んで何を生ぬるい事を――」

 溢れる怒りを僕にまでぶつけてくるシルヴィア。
 そのあまりの迫力に怖気づく僕だったが、

「やめるでありんすー!!」

 キアラの絶叫で、シルヴィアの動きがピタリと止んだ。
 はぁ、はぁ、と肩で荒く息をしているキアラ。
 ローランドが肩をすくめながら、冷静な口調で言う。

「説明を、エリシア」

 鋭い視線をエリシアに向けているローランド。
 その言葉で、僕達の視線もまたエリシアへと集まる。
 茶色の髪を揺らしながら、微笑むエリシア。

「審判に言った通りですわ。単刀直入に言うと、飽きましたの」

 その言葉に、シルヴィアが表情をこわばらせた。
 だがキアラがさりげなく間に立ち、シルヴィアの進路を妨害している。
 僕はそれに、少しだけホッとした。

「本気ですか?」

 エリシアの言葉を聞き、疑わしそうな表情になるローランド。
 薔薇をくるくると回しながら、低い声で尋ねる。

「冗談でごまかしていい質問ではありませんよ、エリシア。
 これはカナリア・ウェイブスとして、重要な質問です」

 そう言うローランドの目は、いつになく真剣だった。
 キアラもまた、エリシアを指差しながら頷く。

「ローランドの言う通りでありんす!
 ちゃんとした説明をするでありんすよ、エリシア!」

「……私も、キアラと同じ意見だ」

 怒りを押し殺した様子のシルヴィアが、静かに言う。
 僕は何も言わず、ただ不安を抱いたままエリシアを見つめた。
 緊迫した雰囲気が、僕達の間に流れる。
 
「…………」

 張り付いたような笑顔を引っ込め、無表情を浮かべているエリシア。
 耐えきれないような沈黙が続く中、不意に、ため息をついた。
 そして頬に手を当てながら、呟く。

「まったく、これですもの……」

 呆れるような口調で言うと、エリシアが僕の方を見つめた。
 トビ色の瞳を僕に向けながら、口を開くエリシア。

「決闘する前に言ったではありませんか。
 私は常にノースブルグ家の事を考えている、と」

「ならば、なぜあんな訳の分からない降参をするッ!」

「分かっておりませんのね、シルヴィア」

 氷のような冷たい声を出し、額を抑えるエリシア。
 ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、言う。

「私が忠誠を誓っているのは『ノースブルグ家』であり、
 『カナリア・ウェイブス』ではありませんの。お分かりかしら?」

 じっと、シルヴィアを見つめるエリシア。
 その暗い殺気のこもった瞳を向けられ、シルヴィアが顔を強張らせた。
 キアラが、考えるように指を頭に当てる。

「つまり、ノースブルグ家のために、エリシアはわざと負けたでありんすか?」

「えぇ。まさに、その通りですわ」

 静かに頷くと、いつもの微笑みを浮かべるエリシア。
 ローランドが首をかしげる。

「しかし、ノースブルグ家のためというと?」

「愚問ですわ。もちろん、アルバート様の事に決まっているじゃありませんか」

 にっこりと微笑みながら、僕に顔を向けるエリシア。
 僕自身、その言葉には驚く。

「え。ぼ、僕?」

「はい。他に誰がいますの?」

 にっこりと微笑んでくるエリシア。
 だがその表情からは奇妙な迫力が感じられる。
 シルヴィアが不審そうに目を細めた。

「アルバート様のためだと?」

「その通り。あなた方、この国に何をしに来たか覚えてますでしょう?」

 エリシアの言葉に、各々が頷いた。
 この国に来た理由。それはもちろん、あの黄金竜の使い手を倒すため……。
 そこまで考えて、ようやく僕は思い立った。

「も、もしかして、エリシア。
 僕がトール・アマミャーと戦えるようにお膳立てしてくれたの?」

 驚きながら、僕は尋ねた。
 エリシアが微笑みながら、ため息をつく。

「えぇ。気付くのが遅すぎますけど」

 容赦ない言葉を言い放つエリシア。
 僕は「うっ」と声をもらす。バツが悪い。
 ローランドが、ずいとエリシアに近づく。

「でしたら、最初からそうおっしゃってくれればいいものを」

「あら。それではつまらないでしょう?
 ショーというのは結末が分からないからこそ、面白いのですわよ?」

「しかしですねぇ――」

 なおも抗議しようとするローランドの言葉を、エリシアが制した。
 沈黙。周りの観客達の話す声だけが、その場に響く。
 エリシアが、僕の方へと顔を向けた。

「さぁ、アルバート様――」

 トビ色の瞳が、僕へと向けられる。

「我ら従者4人、あなた様のためにやれる事はやりました。
 あとはあなた次第ですわ。いかがなさいますの?」

「……僕は」

 脳裏に、色々な光景が浮かぶ。
 小さい頃の光景。黄金の竜と、それを従える幼い少年。
 机の奥深くにしまわれたデッキ。机に向かう日々。
 そして――

 あの、雨が降る日のこと。

 どうするか? エリシアはそう尋ねてくれた。
 だけど、答えは最初から出ていた。
 この国に来るずっと前から。そうずっと――

「僕は……戦うよ」

 にっこりと微笑みながら、僕は答えた。

「本当の事を言うと、戦うのは怖いけど。
 それでも僕はカナリア・ウェイブスのリーダーとして、
 皆のためにも、自分のためにも、そして――」

 フッと、天井を見上げる。
 
「世界のどこかで見てくれているかもしれない、お兄様のためにも」

 僕の言葉に、エリシアがフッと微笑んだ。
 うやうやしく、僕に向かって頭を下げる。

「それでこそ、誇り高きノースブルグの血を引く者ですわ」

 エリシアの言葉に、僕は少しだけ照れる。
 そんなふうに言われると、なんだかくすぐったい。
 シルヴィアが腕を組みながら、ふんと鼻を鳴らした。

「言っておきますが、負けたら許しませんからねッ!」

「うん、分かってる」

「絶対ですよッ! 負けたらお尻ペンペンですからねッ!」

 シルヴィアの言葉に、苦笑する僕。
 キアラがからからと笑いながら、手をひらひらとさせる。

「まぁまぁ、アルバート殿がやる気を出したのなら平気でありんすよ。
 なんせ普段は、決闘をやるまでが長いでありんすからね」

「そ、それは……!」

 もごもごとする僕。
 そんな事、今言わなくても良いのに……。
 ローランドが薔薇を片手に、微笑む。

「まぁ、長年探し求めた因縁の相手との対決なのですから、当然でしょう」

 気取った笑みを浮かべているローランド。
 青い瞳を向け、僕の頭にポンと手をのせる。

「頼みましたよ、我が君主様」

「……うん!」

 微笑みながら、僕は頷いた。
 エリシアが決闘盤を差し出す。

「これを」

 そこにある決闘盤には、見覚えがあった。
 あの雨の日に、お兄様が使っていたものだ。
 びっくりとしながら、決闘盤を指差す。

「こ、これ! どうして!?」

 僕の質問に対し、エリシアが微笑む。

「いつの日か、アルバート様が例の相手を見つけた時のため、
 私が個人的に管理しておりましたの」

「エリシア……」

 決闘盤に受け取りながら、感動する僕。
 お兄様が使っていた決闘盤。それが今、僕の手の中にある。
 エリシアが、ささやくように言った。

「きっとエルンスト様も、どこかで見ていてくれますわ」

 お兄様の名を口にし、エリシアが悪戯っ子のように微笑んだ。
 その言葉に励まされながら、僕は顔をほころばせる。
 決闘盤を腕につけると、装置が展開してライフポイントが表示された。

「お兄様……」

 無意識の内に、僕はそう呟いた。
 見ていて、お兄様。僕は必ず――

 体育館中央に立つ審判の女性が、声をあげる。

「それではファイブチーム・トーナメント予選、決勝戦!」

 言葉を切る審判の女性。
 たっぷりと間を取った後、両腕を振り上げた。

「――最終試合を開始いたします!」

 その言葉で、体育館が歓声で揺れた。
 叫び声とも、興奮した声ともとれないような声。
 爆発するかのような熱と音が、体育館を駆け巡っていく。

 右手をあげる審判の女性。

「フィーバーズ代表! 雨宮透選手!!」

 審判の掛け声と同時に、声をあげる風丘高校の生徒達。
 のそりとした動きで、1人の少年が前へと出てくる。
 鋭い目と、黒い髪。静かに歩む姿。

「トール・アマミャー……」

 その姿を見て、僕の心にほんの少しだけ恐怖が蘇った。
 だけど、それも一瞬だけだ。今の僕には、
 お兄様と仲間達が付いている。昔とは違う。

 左手をあげる審判の女性。

「そしてカナリア・ウェイブス代表!
 アルバート・デリック・ノースブルグ選手!!」

 白い制服を着た生徒達が、歓声をあげた。
 ごくりと唾を飲みこむ僕。少しだけ振り返り、言う。

「それじゃあ、行ってくるね」

「御武運を!」

 エリシアが、元気よく手を振ってくれた。
 僕は微笑むと、前を向いて前へと進む。
 そう、僕はもう1人じゃない。
 デッキを取り出し、決闘盤にセットする。

(……みんな、僕に力をかしてね)

 そう心の中で呟くと、デッキが光ったような気がした。
 ゆっくりと、決戦の場へと歩んでいく僕。
 そして、ついにその時が来る。

「……久しぶりだね、トール・アマミャー」

 僕と黒髪の少年が、向かい合った。
 鋭い視線を僕の方へと向けてくる黒髪の少年。
 不機嫌そうな表情で、ため息をつく。

「まさか、こんな所まで追っかけてくるとはな……」

 心底、面倒くさそうな様子のトール・アマミャー。
 僕は決闘盤を構えながら、頷く。

「悪いね。だけど、僕も負けっぱなしじゃいられないんだ」

 真剣な表情を浮かべ、少年に真っ直ぐに見据える僕。
 決闘盤に手を置きながら、言う。

「誇り高きカナリア・ウェイブスのリーダーとして、
 君には絶対に負けないよ。君と、あの……」

 言葉を切る。
 脳裏に浮かぶのは、過去の記憶。
 
「黄金の竜にはね」

 にっこりと、僕は微笑んだ。
 トール・アマミャーがぴくりと反応する。
 沈黙。静かな緊張感が、僕達の間に流れる。 
 ドキドキとしていると、トール・アマミャーが口を開く。

「やはり……」

 自分の決闘盤を見るトール・アマミャー。

「こっちじゃ、無理か」

 それだけ言うと、トール・アマミャーが僕に背を向けた。
 驚く僕。審判の女性が、声を荒げる。

「ちょ、ちょっと!」

「うっさい! ちょっと待ってろ!」

 いつになく荒い口調で言うトール・アマミャー。
 それを聞き、ギョッとする向こうのチームの人達。

 黒髪の少年が、向こうのチームメンバーの方まで戻る。

「ど、どうしたんだい雨宮君!?」

 戻ってきた俺を見て、声をあげる日華先輩。
 その質問には答えずに、俺は自分の鞄をあさる。
 頭をかかえながら、嘆く日華先輩。

「よりにもよって審判の女性にあんな口を聞くだなんて!
 下手したら失格になるよ!?」

「あぁ、それは大丈夫です。いつもの事ですから」

 それだけ言うと、俺はデッキケースを取り出した。
 呆然としている皆の前で、決闘盤からデッキを取り外す。
 そしてデッキケースから取り出したもう一つのデッキを、セットする。
 呆然としながら俺の事を見ている先輩達。

「あ、雨宮君……?」

「――昨日」

 心配そうな天野さんを前に、俺は口を開く。

「河原で、狐のお面をかぶった不審者と決闘しまして。
 その時に、相手が使っていたデッキを落としたのを拾ってたんです。
 ちょっと、それ使ってみますね」

「は、はぁ!?」

 俺の発言を聞き、目を丸くする日華先輩。
 内斗先輩や千条さんもまた、びっくりとした表情を浮かべている。
 静かに、デッキをセットする俺。

「拾ったデッキですが、大丈夫です。
 どう使うかは昨日の狐仮面との対決で分かりましたから。
 それじゃ、行ってきますね」

「え、ちょ、雨宮君ッ!?」

 日華先輩が呼びとめるのを無視して、俺は前へと出た。
 ざわざわと、観客達が動揺するように騒いでいる。
 アルバートもまた、翡翠色の瞳を大きく見開いていた。

「悪いな、待たせた」

 体育館の中央に立ち、軽い口調で言う俺。
 アルバートがポカンとした様子のまま、がくがくと頷く。
 審判の女性が、俺にジトッとした目を向けた。

「雨宮選手〜!」

 うらみがましく俺の名を呼ぶ審判の女性。
 俺はため息をつくと、肩をすくめる。

「分かってるさ。好きにしろ」

「……そう、なら」

 すっと、左手を前に出す審判の女性。
 まさか、失格――? そんな思いが、どこからともなく伝わる。
 左手の掌を向けながら、審判の女性がゆっくりと口を開いた。

 そして、言う。

「この戦いが終わったら、ケーキ5個買って来なさい!」

 その言葉に、「へ?」という表情を浮かべるアルバート。
 俺は呆れながら、言う。

「そんなに食うと、太るぞ」

「うっさい! あんたは黙って買ってくればいいのよ!」

 ギャアギャアと抗議する心配の女性。
 俺は決闘盤を構えながら、頷いた。

「はいはい分かりましたよ――姉貴」

 それを聞いた日華先輩や内斗先輩が、さらに目を丸くした。
 ざわざわとする観客達。天野さんが身を乗り出す。

「あ、雨宮君の、お姉さん……!?」

 審判の女性を見ながら、天野さんが驚きの声をあげた。
 今まで長い事、俺達の戦いの場を仕切っていた女性。
 黒の長い髪を揺らしながら、声を張り上げる。

「静粛に! 今のは私の個人的な発言であり、
 今回の大会委員会及び実行委員会とはなんら関係がない!」

 力強く断言する審判の女性。
 観客達が少しだけ静まりかえる隙をつき、咳払いする。
 腕をあげる審判の女性。

「それではこれより、第5試合を開始します!」

 その言葉で、会場が再び少しだけ沸き上がった。
 ひそひそと、観客には聞こえないくらい小さな声でささやく姉貴。

「なにしてんの! とっとと始めなさい!
 これ以上待たせると、面倒な事になるわよッ!?」

 必死そうな声色の姉貴。
 俺は嫌々ながらも姉貴の言葉に頷いた。
 ここは、言う通りにした方が良さそうだ。

「なんだか、大変そうだね。君達も……」

 苦笑しながら、そう言うアルバート。
 俺と姉貴が、ほぼ同時にフンと鼻を鳴らしそっぽを向いた。
 ばさりと、ポニーテールのような髪を揺らすアルバート。

「さぁ――」

 決闘盤を構えるアルバート。
 その目に宿るは、光のような強い決意。
 それを感じながら、俺もまた決闘盤を構える。

 一陣の風が吹き、そして――


「――決闘ッ!!」


 最後の戦いが、始まった。
 観客がいっせいに歓声をあげ、体育館が揺れる。
 敵味方入り乱れた声が、そこでは響いていた。

「俺のターン!」

 大きく言い、カードを引く。
 引いたカードに描かれているのは、銀色の盾を構える竜人。
 鋭く相手の方を見ながら、俺はカードを構える。

「ガーディアン・ドラグーンを、守備表示で召喚!」

 カードを決闘盤に挿し込む。
 光が現れ、そこから1体の竜人が姿を見せた。
 盾を構え、膝をつく竜人。アルバートが目を鋭くさせる。


ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。


「ど、ドラグーン……!?」

 戸惑った様子の内斗先輩。
 天野さんが口に手を当てながら、驚く。

「あのカードは!」

 目を見開き、俺の方を見ている天野さん。
 さっきの適当な嘘を信じてくれていれば良いんだが……。
 日華先輩が真剣な表情になる。

「雨宮君、君は……」

 だがそれ以上は、何も言わない日華先輩。
 期待とも不安とも取れない視線を、俺へと向けている。
 素早く、俺は手札の1枚を手に取った。

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 場に、裏側表示のカードが浮かんだ。
 ざわざわとしている体育館内。
 だが、俺は気にしない。奴に勝つには、このデッキを使うしかない。
 決意を胸に、俺は真っ直ぐに前を向いた。

 アルバートが、真剣な表情を浮かべる。

「僕のターン!」

 鋭く言い、カードを引くアルバート。
 その翡翠色の目が、自分の手札のカードへと向けられていく。
 そしてその中の1枚を、ゆっくりと手に取った。

「僕は負けない……!」

 小さく、そう呟くアルバート。
 先程までの怯えた様子は微塵もなく、
 決意に満ちた様子のアルバート。
 
「カナリア・ウェイブスのリーダーとして!
 そしてノースブルグ家の次男として!
 僕はこの戦いに必ずや勝利してみせる!」
 
 堂々とした態度で話すアルバート。
 その手に握られているカードが、表になった。
 描かれているのは、白い羽毛に覆われたフクロウ。

「だから――」

 鋭い視線を俺へと向けるアルバート。
 
「――勝負だッ!! トール・アマミャーッ!!」

 体育館の熱気を切り裂くように、その言葉は叫ばれた。
 一瞬、アルバートの背中に光輝く翼が見えたような気がする。
 ばっと、アルバートが持っているカードを決闘盤に出した。

「僕は、英鳥ノクトゥアを召喚!」

 フィールドに、光が溢れる。
 1頭の白いフクロウが、天を舞った。
 高い声をあげ、フクロウが鳴く。
 
「ノクトゥアの効果で、僕はデッキから『輝鳥』と
 名のついたカードを1枚選択して手札に加える!」
 

英鳥ノクトゥア
星3/風属性/鳥獣族/ATK800/DEF400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。


 デッキを外し、扇状に広げるアルバート。
  そしてその中から1枚を抜き取ると、表にする。

「僕は儀式魔法、輝鳥現界を手札に加える!」


輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス) 儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。


「儀式魔法!?」

 驚いた様子の日華先輩。
 俺はチッと舌を鳴らし、油断なく決闘盤を構える。
 アルバートが、カードを手に取った。

「さぁ、行くよ!」

 ばっと、カードを掲げるアルバート。
 その手に握られているのは、先程の儀式魔法。

「輝鳥現界を発動!」

 場にカードが浮かび上がり、光が溢れた。
 白いフクロウの身体が、眩い光に包まれていく。
 アルバートが両手を広げた。

「場の英鳥ノクトゥアと、デッキの霊鳥アイビスを生け贄に!」

 アルバートのデッキから光が溢れる。
 場のフクロウの身体が弾け、1つの巨大な光となった。
 まるで鼓動するかのように動く光。そして――

 ばっと、天高くアルバートが右腕を伸ばした。

「儀式召喚! 輝鳥(シャイニング・バード)! イグニス・アクシピターッ!!」

 光がはじけ、真紅の炎がフィールドを駆けた。

 凄まじい熱風と衝撃が巻き起こる。
 そしてその中心より、悠然と現れる1体の影。
 炎を具現化したような翼に、鋭く輝く目。巨大な威圧感。

 烈火の力を宿す鷹が、勇ましい咆哮をあげた。


 輝鳥-イグニス・アクシピター ATK2500


「な、なんだあのモンスター!?」

 驚いた様子で叫ぶ千条さん。
 ごくりと、緊張した様子で日華先輩が呟く。

「ま、まさか、本物の輝鳥が見れるとは……」

「え!? 知ってるんですか、恭助!?」

 日華先輩に詰め寄る内斗先輩。
 髪を揺らしながら、日華先輩が頷いた。

「あぁ、一応ね。あれは『輝鳥』シリーズ。
 儀式モンスターの中でも、特にレアリティの高いカード群だよ」

 とうとうとした口調で話す日華先輩。

「四元素の力をモチーフにした、聖なる鳥。それが輝鳥さ。
 儀式モンスターとして桁外れな程強力な効果を持つ反面、
 一般にはほとんど流通していない、幻のカード。それが僕の知ってる全て」

 手をひらひらとさせる日華先輩。
 腕を後ろで組みながら、顔をフィールドへと向ける。

「さすがはカナリア・ウェイブス。最後まで一筋縄じゃいかない相手だ……」

 緊張した様子の日華先輩。
 天野さんが心配そうな表情を浮かべた。
 炎の旋風が巻き起こる中、アルバートが腕を伸ばす。

「儀式召喚に使われた、霊鳥アイビスの効果発動!」

 場に、神秘的な光が溢れた。
 どこかにともなく、甲高い鳴き声が響く。

「儀式召喚に使用された時、僕はカードを1枚ドローする!」


霊鳥アイビス
星4/水属性/鳥獣族/ATK1700/DEF900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 デッキからカードを引くアルバート。
 これで奴の手札は全部で5枚。
 烈火の鷹が、翼を広げて吼える。

「輝鳥-イグニス・アクシピターの効果発動!」

 声高く、そう宣言するアルバート。
 真っ直ぐに俺を見据えながら、言う。

「儀式召喚に成功した時、相手に1000ポイントのダメージを与える!」


輝鳥-イグニス・アクシピター
星7/光属性/鳥獣族/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 鷹の目が、強く輝いた。
 その全身から炎が噴き出し、翼を構える。

「――ルーラー・オブ・ザ・ファイア!!」

 アルバートがそう叫ぶのと同時に、鷹が翼をはためかせた。
 まるで津波のように、巨大な爆炎が飛んでくる。
 視界が、真っ赤に染まった。

「ぐっ!」

 灼熱の炎に焼かれ、俺は思わず声をあげる。
 決闘盤の数値が動いた。


 雨宮透 LP4000→3000


「あ、雨宮君!」

 心配そうに、そう叫ぶ天野さん。
 だがまだライフが少し削られた程度。この程度なら問題ない。
 決闘盤を構えなおす俺。アルバートが叫ぶ。

「バトルだ! イグニス・アクシピターッ!」

 その言葉に、天高く舞い上がる烈火の鷹。
 炎に包まれながら、猛烈な勢いで天より飛来する。
 鋭い爪をムキ出しにする烈火の鷹。
 
 アルバートが、ばっと腕を伸ばした。
 
「シャイニング・フレアクローッ!!」

 その言葉と同時に、烈火の鷹の爪が竜人を切り裂いた。
 熱風が巻き起こり、衝撃が伝わってくる。
 ばさばさと、制服が風で揺れた。

「ガーディアン・ドラグーン……」

 衝撃に耐えつつ、俺はそう呟く。
 烈火の鷹が勝利の咆哮をあげ、アルバートの場へと舞い戻った。
 真っ赤に燃えているフィールド。アルバートが、カードを手に取る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 アルバートの場に、裏側表示のカードが浮かび上がる。
 これで、奴の場にはイグニスと伏せカードが1枚。
 対する俺の場には、伏せカードが1枚のみ。いや――

 墓地に眠るガーディアン・ドラグーンが、咆哮をあげたような気がした。

「俺のターン!」

 勢いよく、俺はカードを引く。
 引いたカードに描かれていたのは、赤い炎を宿す竜人。

「炎には炎か!」

 誰に言うのでもなく呟くと、俺はカードを場に出した。
 
「フレイムアビス・ドラグーンを召喚!」

 場に火柱が上がり、中から赤い竜人が姿を見せる。
 

フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。


「そして、俺は魔法カード魂融合を発動する!」

 俺の場に、さらなるカードが浮かび上がった。
 緑色のカード。それが光を放ち、輝く。


魂融合(ソウル・フュージョン) 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「こっちは融合か!」

 日華先輩がそう叫ぶのが、聞こえた。
 俺は腕を伸ばして、力強く言う。

「場のフレイムアビスと、墓地のガーディアンを融合!」

 光につつまれるフレイムアビス・ドラグーン。
 墓地からもまた、別の光が飛び出し光の周りを回った。
 少しずつ、巨大になっていく赤い色の光。

 光が、はじける。

「融合召喚! 現れろ、ディアボロス・ドラグーン!」

 フィールドに、漆黒の炎が降り注いだ。
 黒い鱗を持つ悪魔のような見た目の竜が、姿を現す。
 闇のような色の翼を広げ、竜が天高く咆哮をあげた。


ディアボロス・ドラグーン
星8/炎属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2500
フレイムアビス・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。


「トール・アマミャー……!」

 俺の場に現れた竜を見上げながら、呟くアルバート。
 俺はフッと息を吐くと、静かに言った。

「本気にさせるな」





第四十八話 Dragoon V.S Shining Bird

 真紅の炎が、大地を赤く照らす。

 張りつめた空気。渦巻く闘志。
 観客達は食い入るように、フィールド中央を見つめている。
 向かい合う2人。その後ろに佇む炎の翼と、漆黒の鱗。
 
 火の粉が、弾けるように舞い散った。


 雨宮透 LP3000
 手札:3枚
 場:ディアボロス・ドラグーン(ATK2800)
   伏せカード1枚


 アルバート LP4000
 手札:4枚
 場:輝鳥-イグニス・アクシピター(ATK2500)
   伏せカード1枚


 漆黒の灼熱竜と、烈火の鷹。

 互いに威嚇するように喉を鳴らし、睨みあう。
 炎に包まれたフィールド。灼熱の空気が場を駆ける。

 2体の咆哮が、体育館を揺らした。

「炎のドラグーンと!」

「火の輝鳥!」

 日華先輩とエリシアが、驚きながら声をあげた。
 目を丸くしている両者。内斗先輩が汗を流しながら、呟く。

「だが、攻撃力はドラグーンの方が上か……」

 その言葉に、向こうのチームの連中が僅かに顔をしかめた。
 確かに、攻撃力はほんの少しだが俺のディアボロスの方が上回っている。
 だが――

 チラリと、俺は相手の場に伏せられた1枚に視線を向けた。

「雨宮君……」

 心配そうに、祈るような視線を俺に向けている天野さん。
 小さく呟いたその声は、真っ赤に燃えた世界の中に溶けて消える。
 一瞬の沈黙。頭の中にいくつものパターンが浮かび、そして――

「――バトルだ!」

 勢いよく、俺は言った。
 緊張した様子で決闘盤を構えるアルバート。
 漆黒の灼熱竜が、翼を広げた。

「ディアボロス・ドラグーンで、輝鳥-イグニス・アクシピターを攻撃!!」

 俺の言葉に、目を輝かせるディアボロス。
 悪魔のような翼をはためかせ、一気に天へと舞いあがる。
 真紅の空に、漆黒の竜が咆哮を響かせた。

 烈火の鷹もまた、甲高い声をあげる。

 翼を広げ、羽根を矢のように撃ちだす鷹。
 炎を纏いながら、灼熱竜を覆うように羽根が飛んで行く。
 爆発が起こり、煙がフィールドを覆った。

「無駄だ! そんな攻撃は通用しない! 行け、ディアボロス!」

 視界が微妙に効かない中、俺は構わず言う。
 再び咆哮をあげ、急降下するディアボロス。
 その漆黒の爪が唸り、勢いよく振り下ろされた。だが――

 漆黒の灼熱竜が切り裂こうとした先に、鷹の姿はなかった。

「!?」

 目を見開き、俺は驚く。
 あの一瞬の隙に、いったいどこへ?
 後ろから、日華先輩の声が響いた。

「上だ!!」
 
 顔をあげる。
 天高くに、まるで太陽のように輝く鷹の姿が見えた。
 アルバートが口を開く。

「速攻魔法、加速を発動! アクシピターの攻撃力を300ポイントアップ!」


加速 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで300ポイントアップする。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 アルバートの場に伏せられていた1枚が表になり、輝く。
 烈火の鷹の目に光が宿り、真紅の炎が逆巻いた。


 輝鳥-イグニス・アクシピター ATK2500→2800


「攻撃力が並んだ!」

 叫ぶ内斗先輩。
 烈火の鷹が炎を纏いながら、声をあげる。
 鋭い爪をムキ出し、鷹が凄まじい勢いで急降下した。

「ディアボロス!」

 俺の言葉に、翼を広げるディアボロス。
 ドス黒い炎がその口の端から漏れた。
 唸り声をあげ、爪を構える。

 ばっと、俺とアルバートが同時に腕をあげた。

「クリムゾン・インパクトッ!!」

「シャイニング・フレアクローッ!!」

 漆黒の灼熱竜と烈火の鷹が激突した。
 衝撃が走り、燃え盛る炎が激しく揺らぐ。
 互いに咆哮をあげる竜と鷹。そして――

 ほぼ同時に、2体の身体が砕けた。

 強烈な爆風が巻き起こり、観客達が悲鳴をあげる。
 顔をしかめる俺とアルバート。

「ディアボロス……!」

「アクシピター!」

 悲痛な声をあげるアルバート。
 悔しそうに、カードを墓地へと送る。
 衝撃が和らぐ中、日華先輩がぽつりと呟いた。

「あ、相撃ちか……」

 爆風が、フィールドを覆うように漂っている。
 だがそれが晴れた所で、場にモンスターは存在していない。
 からっぽになった場を見ながら、俺は決闘盤を構えなおした。

「ターンエンドだ!」

 相手の方を睨みつけながら、そう宣言する俺。
 一瞬だが、アルバートが怯えたような顔つきになる。
 だがすぐに首を振ると、俺の方を睨み返した。

「僕のターン!」

 勢いよくカードを引くアルバート。
 手札に視線を落とすと、すぐにその中から1枚を選ぶ。

「僕は、彗鳥キコーニアを攻撃表示で召喚!」

 光が溢れ、そこから一羽のコウノトリが姿を見せた。
 優美な白い翼を広げ、美しい声で鳴くコウノトリ。
 その青い眼を、俺の方へと向ける。


 彗鳥キコーニア ATK1800


「す、彗鳥……?」

 アルバートの場に現れた鳥を見て、首をかしげる千条さん。
 内斗先輩が、鋭い声で日華先輩に尋ねる。

「あれも、輝鳥シリーズの一種なんですか?」

 威圧的に尋ねる内斗先輩。
 日華先輩が、首を横にふる。

「いいや。あっちの下級鳥は『聖鳥』シリーズ。
 主に輝鳥のサポートなんかをするカード群だよ」

 真剣な表情の日華先輩。

「基本的にレアリティはそんなに高くないから、
 僕でも何種類かは持ってはいるけど、
 さすがに英国の上流階級が持ってるような高級な奴は知らないね。
 今向こうが使っているのは、見た事のない聖鳥だ」

 ふぅと息を吐き、椅子によりかかる日華先輩。
 頭の後ろで腕を組みながら、小さく言った。

「果たして、どんな効果を持っているのやら……」

 ざわめいている会場内。
 ばっと、アルバートが手を伸ばす。

「彗鳥キコーニアで、ダイレクトアタック!」

 頷くように顔を動かすコウノトリ。
 すっと、優雅にも思える程ゆっくりと翼をひろげ、はためかす。
 そよ風のような疾風が、俺に迫った。

「罠発動、ソウルバリア!」

 だが風が俺の身体に届くより先に、
 俺の場に伏せられたカードが表となって輝く。
 薄いバリアが目の前に現れ、疾風を防いだ。


ソウルバリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを1枚選択し墓地へ送る。

 
「さらにソウルバリアの効果で、デッキからカードを1枚墓地へ!」

 デッキを広げ、その中から1枚を選ぶ。
 墓地に送るカードに描かれているのは、風の力を持つ緑色の竜。
 コウノトリが翼を動かすのを止め、優雅に翼をたたむ。

「くっ……」

 攻撃が通らなかったせいか、渋い顔のアルバート。
 手札を見ると、その中から2枚を手に取る。

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが、2枚浮かび上がった。
 自分の手札に残ったカードを、アルバートは眺める。
 その翡翠色の瞳に映っているのは、鮮やかな青。

 青白い翼を広げた、妖艶な白鳥の姿だった。
 
 風が吹き、俺の髪が揺れる。
 観客の声が反響する中、腕を伸ばした。
 
「俺のターン!」

 カードを引く。
 ちらりと視線を落としてから、俺は言った。

「スタンバイフェイズ時、墓地のウインドクロー・ドラグーンを除外して1枚ドロー!」


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


 疾風の風が吹き抜ける。
 さらに1枚、俺はデッキからカードを引いた。
 これで、手札は5枚。

「ソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」

 光が現れ、そこから剣を持った竜人が姿を現した。
 剣先をコウノトリへと向け、鋭い目を向ける竜人。


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


「ソウルエッジの効果で、デッキのブラックボルト・ドラグーンを墓地へ!」

 デッキを広げ、そこから黒い稲妻が走るカードを墓地へと送る。
 ソウルエッジの剣に、黒いオーラが宿った。


ブラックボルト・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1500
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象と
なった時に発動可能。自分の墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に
特殊召喚し、攻撃対象をこのカードへと変更する。この効果で特殊召喚されたこのカードが
フィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


 ソウルエッジ・ドラグーン ATK800→2400


「さらにソウルドローを発動!」

 場に、魔法カードが浮かび上がる。


ソウルドロー 通常魔法
自分のデッキから「ドラグーン」と名のついたモンスター1体を選択して墓地へと送る。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「この効果で、デッキのシャイニングホーン・ドラグーンを墓地へと送り、1枚ドロー!」


シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


 カードを墓地へと送り、さらに引く。
 アルバートが警戒した様子で、目を鋭くした。
 すっと、俺は手札の1枚を手に取る。

 そこに描かれているのは、光の渦。

 天高くカードを掲げ、俺は叫んだ。

「魔法カード、魂融合を発動!」

 カードが浮かび上がり、輝く。
 白い竜の身体が、光に包まれた。

「場のソウルエッジ・ドラグーンと、墓地のディアボロス・ドラグーンを融合!」


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「2枚目かッ!!」

 シルヴィアが鋭い視線を向けながら、叫ぶ。
 俺の墓地から、漆黒の炎が噴き出した。
 光の周りを炎が動き、咆哮が響く。

 光が、はじけた。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーンッ!!」

 銀色の光が舞い散り、フィールドに降り注ぐ。
 白く銀色に輝く鱗。細身な体。黄色の目。
 黄昏の力を宿した白銀の竜が、天高く声をあげた。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


 俺は腕を伸ばして言う。

「ラグナロクの 効果発動! 融合素材としたモンスターの攻撃力分、攻撃力がアップ!」

 竜の身体が輝き、金色の光に包まれた。
 白き竜と、漆黒の竜。二つの竜の力が注がれる。
  

 ラグナロク・ドラグーン ATK2500→6100


「攻撃力が一気に上がった!」

 驚いた様子の日華先輩。
 顔をほんの少しだけこわばらせるアルバート。
 俺はフンと鼻を鳴らし、冷たい目を向ける。

「お前の輝鳥とこれ以上やりあうのはゴメンだ。
 悪いが、一撃で片をつけさせてもらうぜ」

 奴の場にはカードが2枚伏せられている。
 だが長期戦になれば、向こうのが有利だ。危険は承知の上。
 腕を伸ばし、俺は大きく言った。

「ラグナロク・ドラグーンで、彗鳥キコーニアを攻撃! トワイライト・ブレイズッ!!」

 白銀の竜が吼え、口を開いた。
 そしてそこから、金色に輝く巨大な炎を吐き出す。
 弾丸のような早さで撃ちだされた火炎が、コウノトリへと迫った。

 だが――

「罠発動、ガード・ブロック!」

 炎が当たる直前、アルバートもまた腕を伸ばす。
 奴の場に伏せられていた1枚が表になり、輝いた。

「この効果で、戦闘ダメージを0に!」


ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 それを聞き、俺はチッと舌を鳴らした。
 このターンで決着させるつもりだったが、やはりそう簡単にはいかないか。
 ガード・ブロックの効果で、アルバートがカードを引く。

 コウノトリが、黄昏の炎に飲みこまれ砕けた。

 白い羽根が、まるで雪のように舞い散る。
 一瞬、世界が静寂に包まれた。そして――

「彗鳥キコーニアの効果発動!」
 
 白い羽根が、輝いた。
 目を丸くする俺に向かって、アルバートが言う。

「キコーニアが破壊された時、墓地の輝鳥現界を除外することで、
 この場で儀式召喚を行う事ができる!」


彗鳥キコーニア
星4/光属性/鳥獣族/ATK1800/DEF1400
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
自分の墓地に存在する「輝鳥現界」をゲームから除外して発動できる。
自分の手札に存在する「輝鳥」と名のつくレベル7のモンスターを1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。この特殊召喚は儀式召喚扱いとする。


「なっ……!」

「こ、このタイミングで儀式召喚だって!?」

 身体を乗り出す日華先輩。
 俺もまた、顔をしかめて輝いている羽根を見つめた。
 まさか、こんな効果があるとは……。

 羽根が渦巻くように動き、光が溢れる。

 ばっと、アルバートがカードを掲げた。
 そして、叫ぶ。

「儀式召喚! 輝鳥-アクア・キグナスッ!!」

 光がはじけ、水しぶきがフィールドを濡らした。

 冷たく、凍えるような風が巻き起こる。
 青白く輝く身体。水に濡れた、透き通るような白い翼。
 静かで、それでいて鋭い威圧感。

 水を滴らせた妖艶な白鳥が、透き通るような声をあげた。


 輝鳥-アクア・キグナス ATK2500


「今度は水の輝鳥か!」

 緊張した様子の内斗先輩。
 真っ直ぐに白鳥の方を見ながら、声を荒げる。
 白鳥が、優雅に翼を伸ばした。

「アクア・キグナスの効果発動!
 儀式召喚成功時、カードを2枚それぞれ手札とデッキに戻す!」


輝鳥-アクア・キグナス
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。


 苦い表情を浮かべる俺。
 白鳥が声をあげ、翼をはためかせた。

「――ルーラー・オブ・ザ・ウォーター!!」

 大地から水が噴き出し、黄昏の白銀竜へと迫った。
 なすすべもなく、水流に飲みこまれるラグナロク。
 その姿が消え、決闘盤からカードが弾かれた。

「ちっ!」

 弾かれたカードを掴み取る俺。
 同時に、アルバートの場に伏せられていたもう1枚も奴の手札に戻る。
 どうやら、あの効果は強制らしい。
 そのために、伏せカードを多く伏せていたのか。

 俺が目を鋭くさせる中、天野さんが呟いた。

「こ、これで、雨宮君の場はカードが0……」

 心配そうな様子の天野さん。
 確かに、俺の決闘盤にはカードが1枚も残っていない。
 だが、幸いにも今はまだ俺のターン。

 手札には、まだカードが残っている。

「魔法発動、魂の転生!」

 残っていた3枚の内1枚を、俺は決闘盤へと出した。
 決闘盤が、墓地から1枚のカードを吐き出す。

「この効果で、俺は墓地の魂融合を除外する!」


魂の転生 通常魔法
自分の墓地のカードを1枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 除外した魂融合を見せつける俺。
 アルバートがまた、緊張した表情を浮かべた。
 さらに俺は、カードを手に取る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 これで、俺がこのターンにできる事は全てやった。
 後は、奴がどうでるか。それだけだ。

 風が吹いて、俺達の間を通り抜ける。

「僕のターン!」

 アルバートがカードを引いた。
 引いたカードを見て、一瞬目を見開くアルバート。
 1人頷くと、カードを指ではさむ。

「魔法カード、死者蘇生を発動!」


死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 場に、奇妙な形状の装飾具が描かれたカードが浮かび上がる。
 カードが輝き、光が溢れた。

「墓地の英鳥ノクトゥアを、特殊召喚!」

 光の中より、白いフクロウが姿を見せる。
 羽根をはばたかせながら、フクロウがアルバートの決闘盤の上に乗った。
 声をあげるフクロウ。

「そして、ノクトゥアの効果でデッキの輝鳥現界を手札に!」


英鳥ノクトゥア
星3/風属性/鳥獣族/ATK800/DEF400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。


 アルバートのデッキから、カードが1枚弾き出された。
 それを掴み取ると、アルバートは迷うことなくカードを決闘盤へ出した。

「魔法発動! 輝鳥現界!」


輝鳥現界 儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。


「こっちも、2枚目か!」

 叫ぶ日華先輩。

 場にカードが浮かび上がり、再び光が溢れる。

 白く、優しげな光に包まれていくフクロウ。
 風が渦巻くように、光の周りを動く。

「場の英鳥ノクトゥアと、デッキの戒鳥レグルスを生け贄に!」

 声をはりあげるアルバート。
 奴のデッキから光が飛び立ち、場の光に吸い込まれた。
 風がいっそう強く吹き荒れ、そして――
 
 アルバートが、カードを掲げた。

「儀式召喚! 輝鳥-アエル・アクイラッ!!」

 光がはじけ、強烈な旋風がフィールドを駆け抜けた。

 光の中心。巨大な影が姿を見せる。
 黒みがかった翼。鋭い光を放つ眼。悠然たる雰囲気。
 大気が渦巻き、地上を切り裂くように吹き荒れる。

 天空に翼を広げながら、旋風の鷲が咆哮をあげた。


 輝鳥-アエル・アクイラ ATK2500


「輝鳥が、2体……!」

 驚きながらも、苦しそうに呟く内斗先輩。
 その横では、日華先輩が両手を合わせている。

「ま、まさか、こんな光景が見られるだなんて……。
 素晴らしい。すっごく素晴らしいよ! 僕は今、感動している!」

 うるうると目をうるませながら、呟いている日華先輩。
 ギラリと、内斗先輩が鋭い視線を向けた。
 アルバートが腕を伸ばす。

「アエル・アクイラの効果! 儀式召喚に成功した時、場の魔法・罠を全て破壊する!」


輝鳥-アエル・アクイラ
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 声をあげる旋風の鷹。
 凄まじい風が、鷹の身体を中心にして巻き起こる。

「――ルーラー・オブ・ザ・ウインド!」

 竜巻のような風が、場を切り裂いた。

 旋風に当てられ、俺の場にあった伏せカードが砕け散る。
 決闘盤で吹き荒れる風を防御しながら、俺はまたも顔をしかめた。
 これで、俺の場にはカードが0。何も残っていない。

 白鳥と大鷲が、雄たけびを響かせた。

「バトル! 輝鳥-アエル・アクイラでダイレクトアタックだ!」

 アルバートの言葉に、翼を広げる大鷲。
 全身から旋風を巻き起こしながら、天高く舞う。
 そして――鋭いクチバシを俺に向け、一気に駆け下りた。

「シャイニング・トルネードビーク!!」

 アルバートが叫ぶ。
 旋風と衝撃が間近に迫り、制服と髪が揺れた。

「雨宮君!」

 悲痛な声をあげる天野さん。
 俺は鋭く前を向きながら、決闘盤を構えた。

「墓地のバトルジャミングの効果発動!」

 俺の決闘盤が、カードを吐き出す。

「相手モンスターの直接攻撃時、
 このカードをゲームから除外する事で、バトルフェイズを終了させる!」


バトルジャミング 通常罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
また相手モンスターの直接攻撃宣言時、自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外して発動する事ができる。
このターンのバトルフェイズを終了する。

 
 驚き、目を見開くアルバート。
 空間がねじれるような感覚が走り、大鷲が元の位置に戻る。
 観客がざわめく中、エリシアが口を開いた。

「先程のアエル・アクイラの効果で破壊したカード、
 あれがバトルジャミングでしたのね。二重の防御策とは……」

 露骨に不機嫌な様子のエリシア。
 俺は黙って、バトルジャミングのカードを除外する。
 アルバートが「くっ」と、顔をしかめる。

「やっぱり、そう簡単にはいかないか……」

 自分の場と手札のカードに目を向けるアルバート。
 白鳥と大鷲は、冷たい目を俺の方へと向けている。
 張りつめた空気の中、アルバートが腕をなぐように動かした。

「ターンエンドだ!」

 それだけ言うと、真っ直ぐに前を向いているアルバート。
 翡翠色の瞳が、射抜くように俺の姿をとらえている。

 すっと、俺は腕を伸ばした。

「俺のターン!」

 カードを引く。これで手札は2枚。
 そして前のターンに発動した魂の転生の効果で、
 除外されていた魂融合のカードが手札に加わる。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 
 これで、手札は合計3枚。
 場では、白鳥と大鷲が睨みをきかせてこちらを見ている。
 カードを手に取りながら、俺は静かに言った。

「調子に乗るなよ」

 その言葉に、アルバートが僅かに怯えた表情を見せる。
 手に持ったカードを、決闘盤へと出した。

「俺はガイアメイジ・ドラグーンを召喚!」

 大地を揺るがしながら、ローブ姿の竜人が姿を見せた。
 低くうなりながら、手に持った杖を掲げる竜人。
 杖の先についた宝玉が、鈍く輝く。

「そしてガイアメイジの効果で、俺はカードを1枚引き1枚捨てる!」


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


 デッキからカードを引き、手札に加える。
 そして最初のターンからずっと残っていた1枚を、手に取った。

「ガイアメイジの効果で、俺は手札のウインディ・カーバンクルを墓地に送る」


ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。


 薄緑色の翼竜が描かれたカードを、俺は墓地へと送った。
 これで場にはガイアメイジ、墓地にはカーバンクルが揃った事になる。
 静かに、俺はカードを決闘盤に出した。

「魔法発動、魂融合!」

 カードが浮かび上がる。

「場のガイアメイジ・ドラグーンと、墓地のウインディ・カーバンクルを融合!」


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 竜人の身体が光につつまれ、さらに墓地からも光が飛び出す。
 ゆっくり、円を描くような動きで天高く上昇していく光。
 光が胎動するかのように動く。そして――

 小さな光が、はじけた。

「融合召喚! 来い、ドラグーンソウル・カーバンクル!!」

 俺が叫ぶと同時に、光の翼を広げた薄緑色の翼竜が姿を見せた。
 目をぱっちりと開き、どこかコミカルなポーズを決める翼竜。
 観客の女子が声をあげると、それに反応して両手を振る。


 ドラグーンソウル・カーバンクル ATK0


「か、可愛いでありんす……」

 キアラが両手を合わせながら、呟くのが聞こえた。
 シルヴィアがふんと、顔をそらす。

「な、何を軟弱な事を。敵相手に、可愛いなどと……!」

 そう言いつつも、チラチラとカーバンクルの方を見ているシルヴィア。
 それに気付いた翼竜がにっこりと笑い手をふると、とたんに顔を赤くする。
 2人がはしゃいでいる横で、エリシアが頬に手を当てた。

 トビ色の瞳を向け、エリシアが冷たい表情を浮かべる。

「酢漬けにしたら、美味しそうですわね」

 ぎょっとするシルヴィアとキアラ。
 ローランドが微笑みながら、肩をすくめた。
 一通り女子の歓声に応えると、カーバンクルが前を向いた。

 そして目の前に立ちはだかる輝鳥達の姿を見て、固まる。

 ぎくしゃくとした動きで、俺の方へ振り返るカーバンクル。
 何か言いたそうな目で、俺の方を見る。

「そんな目で見ても、引っ込めないからな」

 無言で抗議の視線を送る竜に向かって、俺は冷たく言った。
 カーバンクルが、何やらぎゃあぎゃあと文句を言うように声をあげる。
 ため息をつく俺。アルバートが、ぼそりと呟いた。

「……精霊か」

 翡翠色の瞳をカーバンクルに向けているアルバート。
 だがその言葉は小さく、すぐに歓声の中に消えた。

「ドラグーンソウル・カーバンクルの効果発動!」

 カーバンクルが騒いでいるのを無視して、俺は鋭く言う。
 翼竜の身体から生えた光の翼が、強く輝く。

「ゲームから除外されているドラグーンを全て墓地に戻し、
 戻した数×500ポイント攻撃力がアップする!」


ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。


 翼を大きく広げ、両手をあげるカーバンクル。
 今までに除外されていた6枚のドラグーンが、墓地へと戻った。


 ドラグーンソウル・カーバンクル ATK0→3000


 白鳥と大鷲が声をあげて翼竜を威嚇する。
 びくりと、怯えた表情で身体を震わせるカーバンクル。
 呆れた目で、俺はカーバンクルを見る。

「お前の方が、攻撃力高いだろ」

 カーバンクルが、はっとなった。
 そて考えるような素振りを見せると、ポンと手を叩く。
 笑顔を浮かべ、カーバンクルが翼を広げた。

「ドラグーンソウル・カーバンクルで、輝鳥-アエル・アクイラを攻撃!」

 腕を伸ばし、俺は高らかに言う。
 カーバンクルが頷き、巨大な翼で天へと昇っていった。

 翼を広げる旋風の大鷲。

 風が吹き荒れるが、カーバンクルはそれを突破して進んでいく。
 強烈な勢いをつけたまま、翼竜が大鷲の身体を貫いた。
 大鷲が悲痛な叫び声をあげ――

 爆発が起こった。

「あうっ!」

 爆風を受けるアルバート。
 決闘盤の数値が動く。


 アルバート LP4000→3500


 僅かにライフにダメージを受けたアルバート。
 だが、奴の場にはまだ輝鳥は残っている。
 俺の場へと舞い戻ってくるカーバンクル。
 翼竜が得意そうに胸をはっている中、俺はすかさずカードを出した。

「魔法発動、ソウルチェンジ!」

 えっ? と、カーバンクルが振り向く。
 俺の場に現れたカードを、ガン見する翼竜。


ソウルチェンジ 速攻魔法
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスター1体を墓地に送る。
自分の墓地に存在する、またはゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のつくモンスター1体を選択し、自分フィールド上に表側表示で特殊召喚する。


 何か言いたげに、カーバンクルが俺の方を見た。
 俺は涼しげに、その視線を流す。何か言う必要はない。
 翼竜が無言のまま、どこからか白いハンカチを取り出した。
 
「この効果で、俺は場のドラグーンソウル・カーバンクルを墓地に送る!」

 涙を流しながら、ハンカチをヒラヒラとさせるカーバンクル。
 その身体が光に包まれ、フィールドから消えた。
 決闘盤が、1枚のカードを吐き出す。

「墓地のシャイニングホーン・ドラグーンを、特殊召喚!」

 光が現れ、それが白い角を持つ竜の姿へと変化した。
 黄色の目を向け、雄たけびをあげるシャイニングホーン。
 決闘盤の墓地が輝く。

「シャイニングホーンは、墓地のドラグーンの数だけ攻撃力を上げる!」


シャイニングホーン・ドラグーン
星6/光属性/ドラゴン族/ATK2300/DEF1500
このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた
モンスターの数×300ポイントアップする。守備表示モンスター攻撃時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


 白い竜の身体が輝き、その角に強い光が宿った。
 

 シャイニングホーン・ドラグーン ATK2300→4700


 一気に攻撃力が上昇したシャイニングホーン。
 ローランドが冷静な様子で、口元に手を当てる。

「なるほど。先程のドラグーンソウル・カーバンクルの効果と、
 上手くシナジーを生み出していますね」

「しかも、まだバトルフェイズでありんす!」

 身を乗り出しているキアラ。
 エリシアが真剣な表情で、アルバートの方を眺めている。
 ばっと、俺は腕をあげた。

「バトルだ! シャイニングホーン・ドラグーンで輝鳥-アクア・キグナスを攻撃!」

 瞳を光らせるシャイニングホーン。
 天を突くような声をあげ、優雅に佇んでいる白鳥へと飛びかかる。
 翼を広げるキグナス。だがそれよりも早く、竜が懐へと入る。

 閃光が走り、鋭い爪によって白鳥の身体が切り裂かれた。

 声をあげ、天を仰ぐ白鳥。
 爆発が起こり、衝撃と水が辺りに飛び散った。

「ひあぁっ!」

 さっきよりも大きな声をあげるアルバート。
 甲高い悲鳴をあげると、衝撃で後ろへと吹き飛ばされる。
 床にたたきつけられるアルバート。


 アルバート LP3500→1300

 
「アルバート様ッ!!」

 倒れている主の姿を見て、思わず前に出ようとするシルヴィア。
 だがそれを、エリシアが手で制す。

「おやめなさい、シルヴィア」

「だがッ!」

 ぎろりと、睨みつけるようにシルヴィアを見るエリシア。

「やめろと言っているのです」

「……!」

 その強い口調に、気圧されたようになるシルヴィア。
 トビ色の瞳を見開きながら、エリシアが続ける。

「これはアルバート様自らが望んだ試練なのです。
 我ら従者が出しゃばる必要はありません。
 己の力で乗り越えてこそ、意味があるのです」

 淡々と、だが力のこもった言葉で話すエリシア。
 シルヴィアが顔を伏せながら、頷く。

「そ、そうだな。エリシアの言う通りだ……」

 そう言って、従者達は再びフィールドに目を向けた。
 衝撃と粉塵が舞いあがっているフィールド。
 よろよろと、アルバートが立ち上がる。

「……まだだ」

 鋭い目で俺を睨みつけるアルバート。
 ふらつきながら、口を開く。

「まだ、僕のライフは残っている……。君にはまだ、負けていない……」

 弱々しい口調。
 だがその目はまだ、強い光を宿している。
 諦めた様子は、微塵も感じられない。

「…………」

 アルバートの視線を受けながら、俺は自分の手を見る。
 使えるカードは、そこにはない。

「……本当、厄介な奴」

 誰にも聞こえないくらい小さな声で、俺はそう呟いた。
 ため息をつき、俺は顔をあげる。

「ターンエンドだ!」


 雨宮透 LP3000
 手札:0枚
 場:シャイニングホーン・ドラグーン(ATK4700)


 アルバート LP1300
 手札:3枚
 場:なし


 ざわめいている会場内。
 
 痛みに顔をしかめながら、アルバートが腕を伸ばす。

「僕の、ターンッ!」

 鋭く言って、アルバートがカードを引いた。
 場にカードはないものの、その手には4枚ものカードがある。
 顔をあげ、アルバートが真っ直ぐに俺を見た。

 そして、言う。

「カナリア・ウェイブスの名を冠している以上、
 僕はお兄様の栄光と名誉を汚す訳にはいかない……!
 誰にも! 君にも! 僕は負けちゃいけないんだ! だから――」

 言葉を切るアルバート。
 自分の腕に付けられた決闘盤を見るアルバート。
 金色の髪を揺らしながら――

「――みんな、僕に力をかしてッ!」

 アルバートが、大きく叫んだ。
 一瞬、奴の決闘盤が光に包まれたような気がした。
 ばっと、アルバートが腕を伸ばす。

「墓地の戒鳥レグルスの効果を発動!」

 決闘盤が、1枚のカードを吐き出す。

「このカードを墓地から除外する事で、
 墓地の儀式魔法を手札に加えることができる!」


戒鳥レグルス
星4/地属性/鳥獣族/ATK1500/DEF1200
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分の墓地に存在する儀式モンスターまたは
儀式魔法カード1枚を手札に加える。 


 淡い光が、アルバートを包み込んだ。
 光の中で、カードを墓地から取り出すアルバート。
 それを手に取り、俺に見せつける。

「僕は墓地の、輝鳥現界を手札に!」


輝鳥現界 儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。


 三度、あのカードが奴の手札に加わった。
 俺の頬を冷たい汗が流れて行く。
 アルバートがさらに、別のカードを手に取る。

「そして、杯鳥オノクロタルスを召喚!」

 光が現れ、そこから一羽のペリカンが姿を見せた。
 白い翼と、特徴的な長いクチバシ。黒の眼。
 両足で掴むように、金色の聖杯をぶら下げている。


 杯鳥オノクロタルス ATK1700


「まずい、場に聖鳥が……!」

 慌てた様子の日華先輩。
 全くもって言う通りだが、俺にはどうする事もできない。
 アルバートが、カードを掲げた。

「魔法発動! 輝鳥現界!」

 カードが浮かび上がり、場に光が溢れる。


輝鳥現界 儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。


「場の杯鳥オノクロタルスと、デッキの鎚鳥パッセルを生け贄に!」

 大きく言うアルバート。
 聖杯を持った鳥の身体が光に包まれる。
 大きく、鼓動する光。そして――

 光が、はじけた。

「儀式召喚! 輝鳥-テラ・ストルティオッ!!」

 大地が唸りをあげ、大きく揺れた。
 
 地響きと共に、地面が砕け宙へと投げ出されていく。
 そしてその中を、悠然と歩いてくる1つの影。
 大地を体現したかのような強靭な足。鋭い目。

 豊饒の駝鳥が咆哮をあげた。


 輝鳥-テラ・ストルティオ ATK2500


「くっ……!」

 現れた駝鳥を見て、俺は思わず声をあげた。
 攻撃力自体は俺のシャイニングホーンの方が上。
 だが輝鳥は、儀式召喚された時に何らかの効果を発動させる。

 アルバートが、2枚のカードを見せた。

「墓地に送られた、杯鳥オノクロタルスと鎚鳥パッセルの効果発動!」

「!?」

「杯鳥オノクロタルスが儀式召喚の生け贄として墓地に送られた時、
 相手の場に存在するカードの効果を全て無効とする!」


杯鳥オノクロタルス
星4/水属性/鳥獣族/ATK1700/DEF1100
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
相手フィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。


 天から光が降り注いだ。
 きらきらと、小さな光の粒が辺りを舞い散る。
 白い角を持った竜が声をあげ、その身体から光がなくなった。


 シャイニングホーン・ドラグーン ATK4700→2300


 効果が無効となり、攻撃力が下がる。
 苦しい状況となる中、さらに――

 場に、茶色の羽根が散らばった。

「鎚鳥パッセルの、ブースト効果発動!」

 大きく言うアルバート。
 日華先輩が目を丸くする。
 
「このカードが墓地に送られた時、場の鳥獣族の攻撃力を1000ポイントアップする!」


鎚鳥パッセル
星3/地属性/鳥獣族・ブースト/ATK1500/DEF900
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の鳥獣族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1000ポイントアップする。


 羽根が光を放ち、フィールドを淡く照らす。
 豊饒の駝鳥の身体が、輝いた。
 足元の大地がさらに砕け、全身から放たれる威圧感が激しくなる。


 輝鳥-テラ・ストルティオ ATK2500→3500


「ブーストモンスターまで入っているのか!」

 驚いた様子で、そう叫ぶ日華先輩。
 場の状況はどんどん悪くなってきている。
 ばっと、アルバートが腕を天へと伸ばした。

「テラ・ストルティオの効果発動!」

 咆哮をあげる駝鳥。

「儀式召喚に成功した時、墓地の鳥獣族を1体蘇生させる!」


輝鳥-テラ・ストルティオ
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。


「――ルーラー・オブ・ジ・アース!!」

 アルバートの掛け声と共に、大地が割れた。
 そしてそこから、真っ赤な炎が勢いよく吹き出てくる。
 場が真っ赤に燃える中、アルバートが1枚のカードを見せた。

 そこに描かれているのは、真紅の炎を纏う鷹。

「墓地の輝鳥-イグニス・アクシピターを特殊召喚!!」

 炎が爆ぜ、烈火の鷹が勇ましく姿を現した。
 天に向かって、吼える鷹。火の粉が飛び散る。


輝鳥-イグニス・アクシピター
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 鷹と駝鳥が、唸り声をあげながら俺の方を睨む。

「さっきは水と風の輝鳥、今度は炎と土の輝鳥か……!」

 冷や汗を流しながら、俺は呟いた。
 前のターンに何とか輝鳥を全滅させたものの、
 また新たに2体の輝鳥が場に現れてしまった。

 このままでは、まずい。

「バトルだ!」

 アルバートが高らかに宣言した。
 駝鳥がその巨躯を震わせる。

「輝鳥-テラ・ストルティオでシャイニングホーン・ドラグーンを攻撃!」

 大地を揺るがしながら、だっと駆け始める駝鳥。
 グラグラと強烈な地鳴りをあげ、地面が砕けていく。
 勢いをつけ、駝鳥が飛び上がり、身体を回しながら蹴りをくり出した。

「シャイニング・クエイクレッグッ!!」

 駝鳥の足が、光に包まれる。
 白い角を持つ竜に、迫る駝鳥。
 手を前に出す。

「墓地のガーディアン・ドラグーンの効果を発動!」

 決闘盤からカードが吐き出された。

「このカードを除外し、シャイニングホーンを守備表示へ!」


ガーディアン・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1600
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分フィールド上のモンスター1体を選択し、それが攻撃表示の場合、守備表示に変更する。
選択されたモンスターは、このターンのエンドフェイズまで戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンのバトルフェイズのみ発動できる。

  
 膝をつき、腕をクロスさせる白き竜。
 その身体に、銀色のオーラが宿った。

「そしてこの効果を受けたモンスターは、戦闘では破壊されない!」

「うっ、くっ……!」

 声をあげるアルバート。
 猛烈な蹴りが竜へと叩きこまれ、衝撃が体育館を揺らした。
 だが、魂の加護を受けた竜はその場に留まる。

「……やっぱり、君は強いね」

 少しだけ自信をなくした様子のアルバート。
 だがすぐに顔をあげると、強い目で俺を見る。

「だけど、僕は負けない! 僕と輝鳥の力で必ず君を倒す!」

 びしっと、指を突きつけてくるアルバート。
 鷹と駝鳥が、それに応えるように羽根を広げる。

「ターンエンドだ!」

 アルバートの声が、大きく響いた。
 これで奴の場には、輝鳥が2体。伏せカードはない。

 ざわざわと、観客達の声が大きくなった。

 張りつめた空気。
 ゆっくりと、俺は決闘盤を構える。

「俺のターン!」

 カードを引く。
 そこにあったのは、新たな希望を呼ぶカード。
 躊躇なく、俺はそのカードを決闘盤に出した。

「魔法発動! ホープ・オブ・ソウル!」

 場にカードが浮かび上がり、輝く。 

「この効果で、俺はデッキからカードを2枚ドローする!」


ホープ・オブ・ソウル 通常魔法
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが
5体以上存在する場合に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「手札補充……!」

 苦しそうな表情になるアルバート。
 俺はデッキからカードを2枚引く。
 そしてさらに、カードを場に出した。

「朽ちゆく魂の宝札を発動!
 墓地のドラグーンソウル・カーバンクルとディアボロス・ドラグーンを
 デッキへと戻し、さらにカードを2枚引く!」


朽ちゆく魂の宝札 通常魔法
自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた融合モンスター2体を選択する。
選択したカードをデッキへ戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 俺の決闘盤が2枚のカードを吐き出した。
 それを手に取り、アルバートに見せる。
 さらに渋い表情になるアルバート。

「一気に手札が増えたでありんす!」

 キアラが驚いたように言った。
 カードを引く。これで俺の手札は3枚。
 だが、奴の輝鳥に対抗できるカードはない。

「俺はブルーウェーブ・ドラグーンを守備表示で召喚!」

 場に閃光が走り、青い鱗の竜が姿を見せた。
 白い角の竜の横に跪く竜。前を向きながら、輝鳥を睨む。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 さらに1枚を場に出し、ターンを終わらせる。
 裏側表示のカードが浮かび上がった。

 アルバートがキッと、目を鋭くさせる。

「僕のターン!」

 カードを引くアルバート。
 4枚ある手札をさっと見ると、視線を俺へと戻す。

「まだまだ! 僕の仲間の力は、こんなものじゃない!」

 そう言って、アルバートが腕を伸ばした。
 再度、豊饒の駝鳥が天に向かって吼える。

「バトル! テラ・ストルティオでシャイニングホーン・ドラグーンを攻撃!」

 その言葉と同時に、駝鳥が大地を蹴った。
 地面を踏みならしながら、駆ける駝鳥。
 白い角の竜が威嚇するように声をあげる。

 飛び上がる駝鳥。

「シャイニング・クエイクレッグッ!!」

 アルバートの声と共に、駝鳥の後ろ回し蹴りが炸裂した。
 光が貫き、白い竜の身体が粉々に砕け散る。
 着地した駝鳥が、勝利の雄たけびを轟かせた。

「…………」

 シャイニングホーンのカードを墓地へと送る俺。
 さらに攻撃は続く。

「イグニス・アクシピター!」

 翼を広げる烈火の鷹。
 天高く舞い上がると、鋭い爪をむき出した。
 そして一気に、大地へと駆け降りる。

「シャイニング・フレアクローッ!!」

 灼熱の爪が、青い竜の身体を切り裂いた。
 フィールドに火の粉が飛び交い、視界が赤く染まる。
 烈火の鷹が鋭く吼え、その翼を揺らめかせた。

 俺の場から、モンスターが消える。

「凌いだか……?」

 緊張した表情で、呟く内斗先輩。
 確かに、奴の場にはもう攻撃できるモンスターはいない。
 だが――

「――速攻魔法!」

 アルバートが、カードを叩きつけた。

「スペシャル・リチュアル・サモンを発動!」

 場にカードが浮かび上がる。
 描かれているのは、光に包まれた鳥の影。
 指を伸ばしながら、アルバートが言う。

「このカードの効果で、僕は場の輝鳥を再度儀式召喚した状態にする!」

「!?」


スペシャル・リチュアル・サモン 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
儀式モンスター1体を選択し、再度儀式召喚した状態にする。


「え、再度儀式召喚にするって……?」

 分からない様子で尋ねる天野さん。
 日華先輩が答える。

「つまり、もう一度儀式召喚に成功した扱いにするって意味さ。
 そして儀式召喚に成功したとなれば――」

「――輝鳥の効果が、発動する」

 日華先輩の言葉を引き継ぎ、内斗先輩が静かに言った。
 それを聞き、目を丸くさせる天野さん。

 アルバートが腕を伸ばす。 

「スペシャル・リチュアル・サモンの効果で、
 場のテラ・ストルティオを儀式召喚!」

 豊饒の駝鳥が、声をあげた。
 その身体から光が放たれ、地面が揺れる。

「そして、テラ・ストルティオの効果発動!」

 高らかに言うアルバート。
 腕を伸ばし、口を開く。

「――ルーラー・オブ・ジ・アース!!」

 駝鳥が吼え、大地が砕けた。


輝鳥-テラ・ストルティオ
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。


 そして割れた地面から、立ち込める霧。
 冷たい空気と共に、水が湧きあがりフィールドを濡らしていく。
 神秘的で、それでいて妖しげな、青白い光が溢れる。

 カードを掲げ、アルバートが叫んだ。

「復活せよ! 輝鳥-アクア・キグナスッ!!」

 大地の底より、妖艶な白鳥が静かに姿を現した。
 冷たい威圧感を醸し出しながら、翼を広げる白鳥。

 優雅な声をあげ、鳴く。


輝鳥-アクア・キグナス
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。


「今度は、三体並べてくるか!」

 驚き、あせったような様子の日華先輩。
 俺自身、内心穏やかではない。
 ここまで、ここまでやってくるか。
 
 油断ない表情で、口を開くアルバート。

「まだバトルは終わってないよ!」

 アルバートが指を伸ばす。
 そう、今はまだバトルフェイズ中だ。
 妖艶な白鳥が、翼を広げる。

「輝鳥-アクア・キグナスで、ダイレクトアタック!」

 静かに、白鳥が飛び立った。
 凍えるような冷気が、肌を刺す。
 フィールドが暗くなり、そして――

「シャイニング・スプリットウイングッ!!」

 白い翼が、一閃した。
 
 鋭い衝撃と冷気が、俺の身体を貫く。
 苦痛に顔を歪ませて、よろめく俺。
 水しぶきがぴしゃぴしゃと、俺の頬を叩いた。
  
 
 雨宮透 LP3000→500


「くっ……!」

 ライフポイントの表示を見て、声をあげる。
 一気にライフが削られ、場には伏せカードのみ。
 そして相手の場には、輝鳥が三体。

 状況は、果てしなく悪い。

「これで、ターンエンド!」

 声をあげ、アルバートがそう宣言した。
 奴の場の輝鳥が翼を広げ、俺を見下ろす。
 ふつふつと、心の中で何かが湧き上がるのが分かった。


 雨宮透 LP500
 手札:1枚
 場:伏せカード1枚


 アルバート LP1300
 手札:3枚
 場:輝鳥-イグニス・アクシピター(ATK2500)
   輝鳥-アクア・キグナス(ATK2500)
   輝鳥-テラ・ストルティオ(ATK2500)


 俺は鋭い視線を奴の場に向ける。
 ここまで追い詰められた以上、俺に残された手立ては1つだ。
 どこかイライラとした感情が渦巻く中、カードを引く。

「俺のターン!」

 ちらりと、横目でカードを見る。

 そこに描かれていたのは、巨大な光の渦。究極の切り札。

 もはや迷う必要もない。
 ここまでやられた以上、手心など無用だ。
 アルバートを睨みながら、俺は鋭く言った。

「――本気にさせたな!」

 そして、カードを叩きつける。

「魔法発動、ソウル・エボリューション!!」

 
ソウル・エボリューション 通常魔法
自分の墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「魂融合」の効果でのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を「魂融合」による融合召喚
扱いとして融合デッキから特殊召喚する。


 目を見開くアルバート。
 俺の決闘盤に電流のような物が走り、墓地から6つの光が飛び出した。
 
「墓地の6体のドラグーンをゲームから除外し――」

 決闘盤を構えながら、呟く俺。
 ぐるぐると、光が渦巻きながら天へと昇る。
 全ての光が1つに交わり、そして――

 閃光が、はじけた。

「融合召喚! 現れろ、グランドクロス・ドラグーン!!」

 場に、凄まじい衝撃が巻き起こった。

 引き裂くような旋風が吹き荒れ、観客が悲鳴をあげた。
 そして姿を見せる、巨大な竜の姿。黄金の鱗。天を突く翼。赤い瞳。
 アルバートが、たじろぐ。

「ついに、きた……!」

 不安そうな声を出すアルバート。
 その目は真っ直ぐに、黄金の竜へと向けられている。

「あ、あれが……!」

 風を腕でガードしながら、言うシルヴィア。
 その横では、キアラが慌てた様子でフィールドを見ている。
 ローランドとエリシアが、険しい表情を浮かべた。

 黄金の竜が、凄まじい咆哮を轟かせる。


 グランドクロス・ドラグーン ATK4000


「グランドクロス・ドラグーンの効果発動!!」

 ばっと腕を伸ばし、俺はそう宣言する。
 その手に握られているのは、6枚のカード。
 アルバートを睨みつけながら、カードを表にする。

「融合デッキからドラグーンを墓地へと送る事で、その能力を得る!」


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


 再び咆哮を轟かせる黄金の竜。
 持っていたカードを、俺は墓地へと送る。
 無機質な音声を出す決闘盤。

《Ragnarok Soul》

《Diabolus Soul》

《Apocalypsis Soul》

《Absolute Soul》
 
《Testament Soul》

《Catastrophe Soul》

 6つの光が渦巻き、黄金の竜の身体へと吸い込まれた。
 その背中から生えている翼が、虹色に輝く。
 真っ赤な目を輝かせ、咆哮をあげる竜。そして――

 すっと、俺は腕を伸ばした。

「――グランドクロス・テンペスト!!」

 咆哮と共に、巨大な炎が放たれた。
 世界を終わらせる、純白の炎。裁きの光。
 
 究極の一撃が、放たれた。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。
●このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。
●このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。
●このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。
●融合召喚されたターン、このカードはフィールドを離れない。
このカードは戦闘では破壊されない。
●このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
●このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手ターンのバトルフェイズ中に
相手フィールド上に存在するモンスターは全て表側攻撃表示になり、相手プレイヤーは
全てのモンスターでこのカードを攻撃しなければならない。このカードがフィールド上に
存在する限り、相手モンスターの攻撃宣言はこのカードのプレイヤーが行う。


 轟音と共に、世界を呑みこんでいく白い炎。

 全ての色がなくなり、白と黒の線へと変わっていく。
 炎が飛んで行く音だけが響く、静かな世界。
 終焉の旋炎が、世界を駆ける。そして――

「罠発動! 精霊の聖歌!」

 光が、鼓動するように溢れた。

 顔をあげる。奴の場に、どこからかカードが現れていた。
 描かれているのは、四体の精霊が歌う幻想的な姿。
 淡い光と共に、カードがはじける。

「この効果で、僕はこのターンいかなるダメージをも受けない!」

「……なに?」


精霊の聖歌/Holy Sacred Song
通常罠
自分の場に表側表示の儀式モンスターが存在する時、
このカードは手札から発動する事ができる。
このターンのエンドフェイズ時まで、自分が受ける全てのダメージを0にする。


 カードを見て、俺は顔をしかめた。
 まさか、手札から発動する罠とは……。
 
 白い炎が、烈火の鷹の身体を飲み込んだ。

 一瞬で蒸発する鷹。
 だが、巻き起こった衝撃は、精霊の光につつまれたアルバートには届かない。

「あ、あの攻撃を防いだか!」

 叫ぶように言う日華先輩。
 内斗先輩や千条さん、天野さんもまた目を丸くしている。
 薔薇の花をくるくるとさせるローランド。
 
「どんなに完璧な耐性を持っていようと、
 ルールやプレイヤーに対する効果には無意味。
 なかなか耳が痛くなるような言葉ですね」

 ローランドの言葉が、静かに響いた。
 俺は自分の手に残った最後の1枚を見る。
 そして、言った。

「罠発動、ソウル・スナッチ!」

「!?」

 目を見開いて驚くアルバート。
 伏せられていたカードが、表になる。

「手札を1枚捨て、このターン連続攻撃を行う!」


ソウル・スナッチ 通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、そのモンスターを対象として
手札を1枚捨てて発動する。選択されたモンスターの攻撃力はこのターン戦闘で破壊したモンスターの
攻撃力分アップし、もう一度攻撃することができる。この効果の対象となったモンスターは、このターン
相手プレイヤーへダイレクトアタックできない。


 持っていた最後のカードを、俺は墓地へと送った。
 黄金の竜が、咆哮をあげる。


 グランドクロス・ドラグーン ATK13800→16300


「グランドクロス・ドラグーンで、輝鳥-アクア・キグナスを攻撃!」

 目を輝かせる黄金の竜。
 虹色の翼を広げ、再び口を大きく開ける。

 白い炎が、撃ち出された。

 猛烈な勢いで進んでいく炎。
 妖艶な白鳥の身体を、一瞬にして貫く。
 声をあげる間もなく、白鳥の身体が光となって消えた。

「だけど、ダメージは受けない……!」

 鋭く俺の方を見ながら、呟くアルバート。
 その通りだ。いくら最強のドラグーンとはいえ、
 ルールに介入する効果まで無効にする事はできない。

「ターンエンドだ!」

 高らかに、俺はそう宣言した。
 これで、俺の決闘盤に存在しているのはグランドクロスのみ。
 伏せカードも、手札も、俺には残っていなかった。


 雨宮透 LP500
 手札:0枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)


 アルバート LP1300
 手札:2枚
 場:輝鳥-テラ・ストルティオ(ATK2500)
 
 
 強烈なプレッシャーを放っている黄金の竜。

 交差した魂の前、アルバートが自分のデッキを見る。
 怯えたような、それでいて勇気をふりしぼっているかのような、
 複雑な表情を浮かべているアルバート。

「……僕は、君に勝つためにここまでやってきた」

 小さな声で、話す。

「君に負けて、一度は決闘の道を諦めた。
 だけど、僕はこの場に戻ってきた。僕の仲間と、お兄様の力で。
 何度も何度も逃げ出したくなったけど、それでも僕は今ここにいる」

 両腕を広げるアルバート。
 会場は静かに、その言葉に聞き入っていた。
 とうとうと続けるアルバート。

「本当の事を言うと、やっぱり僕は怖いよ。
 どちらが勝つか、まだ僕には見当もつかないから。
 それでも、僕は――」

 前を向くアルバート。

「僕は、誇り高きノースブルグ家の次期君主だ!
 君に勝つために、ここまで努力してきたんだ! だから――」

 黄金の竜を――
 いや、その先に立つ俺の事を見据えるアルバート。
 指を伸ばしながら――

「君のその力に、本気で応えさせてもらうよ!!」

 アルバートが、叫んだ。
 ばっと、腕を伸ばすアルバート。
 その指がカードをはさむ。

「僕のターンッ!!」

 勢いよく、アルバートがカードを引いた。
 一瞬、その手が閃光のように光る。
 そして――ゆっくりと、アルバートが引いたカードを表にする。

 描かれているのは、光の翼を持つ荘厳なる金糸雀。

「魔法発動! 輝鳥現界!」

 アルバートが、持っていた手札の1枚を決闘盤へ。
 場にカードが浮かび上がり、光輝く。
 日華先輩が身を乗り出しながら、叫んだ。
 
「最後の1枚、手札にあったのか!」

 
輝鳥現界 儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。


 豊饒の駝鳥の身体が、光に包まれた。
 
 今までにない程の強烈な閃光が、フィールドに溢れる。
 まるで天国の扉を開いたかのように、眩い光が体育館を覆った。

「場の輝鳥-テラ・ストルティオと、デッキの藍鳥アルドラを生け贄に!」

 アルバートの声が、響く。
 光がさらに大きくなり、胎動するように動く。
 神秘的な輝きが溢れ、そして――

 アルバートが、腕を天に伸ばした。

「儀式召喚! 輝鳥! ルシス・セリヌンティウスーッ!!」

 光が鼓動する。
 
 ゆっくり、光の中より降臨する純白の金糸雀。
 全てを見通すような翡翠色の瞳に、金色の羽根。
 まるで女神のように美しく、神々しい姿。聖なる光。

 金色の光を放ちながら、金糸雀が歌声のような声を響かせた。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK3000


「……お兄様」

 金糸雀を見上げながら、小さく呟くアルバート。
 その目には、金色の翼が映っている。

 柔らかな風が、吹き抜けた……。





第四十九話 "Finale" have the tender brightness

 本を閉じ、息を吐く。

 たったそれだけの行為で、僕は現実へと戻された。
 剣も、魔法も、冒険も、特別な物は何もない。
 ただただ静かに存在している、現実の世界へ……。

「アルバート様」

 まだ少しだけ余韻に浸っていた僕に向かって、
 穏やかな声が投げかけられた。
 振りかえると、メイド服を着たエリシアが、トレーを片手に微笑んでいた。

「お茶が、入りましたわ」

「あぁ、ありがとう……」

 僕がそう言うと、エリシアが僅かに頭を振る。
 アルバート様に使えるのは私の役目。ですから、お礼は不要。
 それを意味する、いつもの合図だ。

 エリシアが慣れた手つきで、カップを机の上に置く。

「それで……」

 にっこりと、微笑むエリシア。
 茶色の髪をかきあげて、真っ直ぐに僕を見る。

「『お勉強』の方は、はかどっているのかしら?」

「……う、うん。もちろんだよ」

 エリシアの質問に対し、僕は顔色悪く頷いた。
 机の上に広げられた真っ白なノートを見やるエリシア。
 続いて、机の隅に置かれた文庫本に目をやる。

「……なるほど」

 くすくすと、小悪魔のような笑みを浮かべるエリシア。
 僕は黙って、紅茶のカップを持ちあげて口をつけた。
 
「まぁ、はかどっているのであれば、よろしいですわ」

 僕が視線をそらしているのを見て、そう言うエリシア。
 これでもう、この話題はお終い。そう言いたげに、肩をすくめる。
 メイド服のポケットから、エリシアが手帳を取り出して広げた。
 
「それで、アルバート様、この後の予定なのですが――」

 そこまで言った所で、僕は紅茶カップを置いた。   
 立ち上がり、強い口調で言う。

「言っておくけど、僕は決闘の特訓はやらないよ!」

「…………」

 口を開けたまま、手帳から顔を上げるエリシア。
 視線をそらしながら、僕は小さな声で言う。

「僕は、もう決闘は辞めたんだ。
 カナリア・ウェイブスにも入らないし、決闘者にもならない。
 いっぱい勉強をして、将来は学者になるんだ」

「……アルバート様」

 悲しそうな声色のエリシア。
 口元に手を当て、視線を僅かに下げる。
 僕は椅子に座りなおし、顔を伏せる。

「この後も、僕は勉強の続きをするから。
 悪いけど出てってくれないかな?
 ……夕食の時間になったら、また呼んでね」

「……分かりましたわ」

 小さく言い、頷くエリシア。
 いかにも残念そうな表情を浮かべて、手帳を閉じる。
 悪い気もするけど、仕方がない。僕は決闘は辞めたんだ。
 誰が何と言おうと、僕はもう――。

 僕に背を向けるエリシア。

 ツカツカと歩きながら、おもむろに呟く。

「せっかくエルンスト様がお帰りになられたというのに、残念ですわね」

「……え?」

 顔をあげ、僕は目を見開いた。
 エリシアがドアに手をかけ、僅かに振りかえる。
 そこに浮かんでいるのは、満面の笑み。

「それでは、お勉強がんばってくださいまし。アルバート様」

 にっこりと微笑みながら、エリシアがドアを開けた。
 僕は慌てて、椅子から立ち上がり彼女を止める。

「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」

「あら、まだなにか?」

 全てを見通した上で、あえて尋ねてくるエリシア。
 だけど、今はそんな事はどうでも良かった。
 彼女を見上げながら、僕は尋ねる。

「お兄様、帰って来たの!? 帰るのは夕食頃って聞いてたけど……」

「えぇ。何でも、一本早い飛行機に運良く乗れたそうですわ。
 昼頃にお電話がありまして、たったさっきご到着を――」

 そこまで聞いた所で、僕は部屋を飛び出した。
 赤い絨毯のひかれた廊下を走り、玄関へと向かう。
 黒のスーツを着た使用人が、ずらりと一列に並んでいるのが見えた。
 そして使用人が頭を下げる先を、歩いているのは――

「お、お兄様!!」

「……ん?」

 僕が声をあげると、先頭を歩いていたお兄様が顔をあげた。
 僅かに白みがかった金色の髪に、すらりとした体型。
 深い翡翠色を讃えた瞳が、僕へと向けられる。

 にっこりとお兄様が微笑み、手をあげた。

「よー、アルバート! 元気してたかー?」

「お、お兄様ー!!」

 笑顔を浮かべ、僕はお兄様に抱きついた。
 僕の身体を受け止めるお兄様。
 ポンポンと頭の上に手を乗せながら、笑う。

「相変わらず小さいなぁ、お前は」

「お兄様、お帰りなさいー!!」

 お兄様の身体を、抱きしめている僕。
 と、物凄い力で僕の身体が後ろに引っ張られた。
 「ふぎゃ」と床に尻もちをついた僕を見て、エリシアが微笑む。

「アルバート様、嬉しいのは分かりますが、はしたないですよ」

「あ、ご、ごめん……」

 顔を赤くしながら、僕は立ち上がった。
 エルンストお兄様が、おおらかに微笑む。

「よう、エリシアー!」

「おかえりなさいませ、エルンスト様」

 うやうやしく頭を下げるエリシア。
 楽しそうに笑いながら、その肩を叩くお兄様。

「相変わらずドSだなー、お前は」

「あら、何をおっしゃっているのか、淑女である私には分かりませんわ」

 二人が声を出して笑いあう。
 仲が良さそうな二人。僕はホッと一息つく。
 エルンストお兄様が、きょろきょろと周りを見る。

「それで、親父は?」

「ザクセン様は、お仕事でご出張なさっております」

 手帳を広げながら答えるエリシア。
 その間にも、お兄様が引きずっていたトランクケースが、
 使用人の手によって回収されていく。
 淡々と今後の予定を説明しているエリシアに対し、お兄様が微笑んだ。

「それよりエリシア、こういう質問はないのか?」

「?」

 手帳から顔をあげるエリシア。
 エルンストお兄様が、両手を広げる。

「『遠征の結果は、どうでございましたか?』ってやつ」

 冗談めかした口調のお兄様。
 エリシアがにっこりと、微笑む。

「それでしたら、聞くまでもありませんわね。
 カナリア・ウェイブスに敗北の二文字はありません。
 全ての練習試合において、お勝ちになられたんでしょう?」

「あぁ、まぁな!」

 腕を頭の後ろで組みながら、頷くお兄様。
 その姿を見て、僕は目を輝かせた。

 やっぱり、お兄様は凄い!

 小さな声で、お兄様が呟く。

「もっとも、ロシアのデュエルクラブチームの一つ、
 『DCバルナウル』にはほんの少しだけど苦戦したな」

「あら、本当ですか?」

「あぁ。なんかおっかない感じの褐色美人が出てきてな。
 無口な人だったが、強かったな。あれは将来化けそうだ」

 真剣な表情のお兄様。
 エリシアが顔をしかめる。

「その方、放置して大丈夫なのですか?」

「ん? あぁ、問題ないさ。心配御無用。なんせ、俺は世界最強だからな!」

 大きな声をあげて笑うお兄様。
 エリシアは呆れた様子で、肩をすくめる。
 僕は勇気を出して、声を出した。

「お、お兄様!」

「ん? どうしたアルバート?」

 僕に顔を向けてくるお兄様。
 ゆっくりと、顔を伏せながら、僕は言う。

「お、お兄様! 僕と、決闘して下さい!」

 その言葉を聞き、目を見開くエリシア。
 お兄様が笑いながら、頷く。

「おう、いいぜ! たっぷり実力を見せてやる!」

「ほ、本当!? やった! じゃあエリシア、準備して!」

 はしゃいでいる僕に対し、苦い表情のエリシア。
 渋い表情を浮かべたまま、頭を下げる。

「かしこまりました」

 冷たく言って、エリシアがツカツカとその場を去って行った。
 そしてすぐに、その手に決闘盤とデッキケースを持って戻ってくる。

「ここでやるのですか?」

 僕に決闘盤を渡しながら、お兄様に尋ねるエリシア。
 お兄様が少し考えてから、頷く。

「まぁ、親父もいないし、問題ないだろう」

「分かりました。それでは――」

 ばっと、エリシアが僕の手から決闘盤を奪った。
 慌てる僕を、手で制するエリシア。
 無言で、なにやら決闘盤を操作する。

「アルバート様とエルンスト様では実力に差がありますので、
 勝手ながらハンデをつけさせて頂きますわ」

「は、ハンデ?」

「えぇ。……まぁ、こんなものでしょうかね」

 エリシアがそう言って、決闘盤を僕に戻してくる。
 僕のデッキがセットされた、何の変哲もない決闘盤。
 だけど、そこに浮かんでいる数値だけが、いつもと違う。


 アルバート LP100000


「ライフポイント、10万!?」

 受け取りながら、僕自身驚いた。
 エリシアが、お兄様の方を向く。

「どうでしょうか? 私としては、ちょうどいいハンデだと思いますが……」

「あぁ、良いんじゃない?」

 軽い口調で頷くお兄様。
 決闘盤を腕に付け、余裕そうに微笑む。

「久しぶりの決闘だ。全力で来いよ、アルバート!」

「……うん!」

 頷き、僕もまた決闘盤を構えた。
 嬉しさと緊張が、僕の心を渦巻く。
 エリシアが柱によりかかり、僕らの方を見つめる。

 一瞬の静寂の後――


「――決闘ッ!!」


 僕達の声が、玄関に響いた。
 互いにカードを引き、構える。
 数ターンの攻防が行われ、そして――。

「まだまだ甘いなあ、アルバート」

 お兄様が、不敵に微笑んだ。
 その後ろに立つのは、金色の光を放つ金糸雀。
 強烈な威圧感を醸し出しそれが、僕を見据える。

 風が渦巻き――


 アルバート LP100000→0


 一撃で、勝負はついた。
 立体映像が解除され、玄関が元の風景を取り戻す。
 ふぅと、息を吐くお兄様。微笑みながら、口を開く。

「まったく、アルバート、お前は真面目だなぁ」

 両手を肩の所で広げるお兄様。
 ひょうひょうとした様子で、続ける。

「戦略や、カードを選択する時の太刀筋がまともすぎる。
 それに、戦略を破られた後のリカバリーもいまいちだな」

 髪をかきながら、僕に近づいてくるお兄様。
 指を伸ばして振りまわしながら、言う。
 
「いいか。決闘なんてのは、思い通りにいかないから面白いのさ。
 失敗も判断ミスも気にすんな。全てを受け入れるような、
 ある種のいい加減さというか、豪快さがお前には必要――」

 そこまで言った所で、お兄様が言葉を切った。
 エリシアもまた、僕に近づいて来て首をかしげる。
 ブンブンと、手を僕の前で振るお兄様。

「おーい、アルバート? 大丈夫かー?」

「大人げなく、エルンスト様が本気を出したからではないですか?」

 冷たく、攻めるような口調のエリシア。
 お兄様が慌てた様子で手を振る。

「お、おい! 俺のせいだってのか!?
 元はと言えばお前がライフをあんな数値にするから……!」

「ですから、空気を読んで負けて下されば良かったのに。
 せっかくアルバート様が復活するかもしれなかったのに、台無しですわ」

 どこか怒ったような様子のエリシア。
 それを聞いたお兄様が、少しだけ気まずそうな表情になる。
 コホンと咳払いをし、お兄様がしゃがみこんだ。

「あー、悪かったな、アルバート。
 俺とした事が、つい本気を――」

 そこまで言った所で、おもむろに僕は手を伸ばした。
 そしてお兄様の手を掴むと、言う。

「や、やっぱり、お兄様は強いね!」

「……へ?」

 ポカンとした表情のお兄様。
 エリシアもまた、口をあんぐりと開けている。
 目を輝かせながら、僕は続けた。
 
「僕もがんばったけど……やっぱりお兄様には敵わないや!
 かっこよくて、優しくて、決闘が強くて……。
 本当にエルンストお兄様は、僕の自慢のお兄様だよ!」

 そう言って、僕はお兄様に抱きついた。
 お兄様が少し驚いた後、僕の事を抱き返す。
 不敵な笑みを浮かべながら、答えるお兄様。

「当然だ。なんせ俺は天下のカナリア・ウェイブスのリーダーだからな!
 世界で一番強いお兄ちゃんだ。うわっはっはっは!」

 高らかな笑い声をあげるお兄様。
 僕もまた「えへへ」と言いながら微笑んだ。
 エリシアが額に手を当て、ため息をつく。

「これですもの……」

 呟くエリシア。
 お兄様が僕の事を真っ直ぐに見据えながら、言う。

「いいか、アルバート。さっきも言ったが、
 お前は決闘者としてはまだまだ未熟だ。
 特別に、お前には大事な事を教えてやろう。
 決闘で重要なのはだな――」

 言いかけた言葉を、僕は首を振って遮った。
 きょとんとするお兄様に向かって、
 僕は少しだけ暗い口調で言う。

「ううん、いいよ。僕は決闘者にはならないから。
 学者さんになって、古い遺跡の研究なんかをするんだ……」

「アルバート……」

 渋い表情になるお兄様。
 でも僕は、にっこりと微笑む。

「それに、お兄様がいればノースブルグ家は安泰だよ。
 決闘者としての活躍は、お兄様に任せるから!」

「……そうか、そうだな!」

 渋い表情を引っ込めて、お兄様が微笑んだ。
 立ち上がり、握り拳を固めるお兄様。

「この俺、エルンスト・デリック・ノースブルグ様がいれば、
 カナリア・ウェイブスの名前は絶対だ! 
 決闘者としての活躍は任せな、アルバート!」

「うん! かっこいいよ、お兄様〜!」

 微笑みながら、僕は拍手する。
 満面の笑みでそれを受け止めるお兄様。
 エリシアがため息をついた。

「……あの様子では、復活は夢のまた夢ですわね」

 そう言って、エリシアが首を振った。
 その時、僕は確かに幸せな日常を送っていた。
 そして、月日がほんの少しだけ流れて――


 雨の降る、陰鬱な雰囲気の日がやってきた。


 ざあざあと降りしきる雨の中、僕は息を切らしていた。
 目の前に立っているのは、僕の尊敬するお兄様。
 お兄様は無表情を浮かべ、僕を見下ろしている。

「……嘘だよね?」

「…………」

 僕の質問に、黙って首を振るお兄様。
 泣きそうになる感情を抑えて、僕は尋ねる。

「家を出るって、どうして!? お父様と喧嘩でもしたの!?」

「……アルバート」

 優しげな声色で言い、僕の頭に手をのせるお兄様。
 だけど、その表情にいつもの笑みは浮かんでいない。
 冷たささえ感じるような顔で、僕を見る。

「……親父は関係ない。これは俺が決めた事だ。
 悪いが、俺はこの家を出る。もう戻らない」

「もう、戻らないって……!」

 お兄様の言葉に、絶句する僕。
 屋敷からエリシアが出てきて、僕達の元へ駆けよってきた。
 目を見開き、トビ色の瞳をお兄様へと向けるエリシア。

「先程、ザクセン様より伺いました。本気ですか?」

「……あぁ」

 短く答えるお兄様。
 雨が降り注ぎ、僕達を濡らす。
 灰色の雲が、しめやかに空を覆っていた。

「俺はもうノースブルグ家には戻らない。親父にもそう伝えた。
 エリシア。アルバートの事はまかせたぞ」

「…………」

 黙り込んでしまうエリシア。
 お兄様がポンと、僕の頭に手をのせて言う。

「アルバート。これからはお前がノースブルグ家を引っ張っていくんだ。
 俺に頼る事なく、お前自身の力でな。分かったか?」

「…………」

「アルバート?」

 僕の顔を覗き込むお兄様。
 ゆっくりと顔をあげ、僕は口を開く。

「……嫌だ」

「ん?」

「お兄様が出て行くなんて、僕は絶対に嫌だ!!
 ね、そうでしょエリシア!?」

「アルバート様……」

 複雑そうな表情を浮かべるエリシア。
 お兄様がため息をつき、髪をかきあげる。

「アルバート、悪いが俺は――」

「嫌だ! 僕はこの手を、絶対に離さないもん!」

 ぎゅっと、僕は掴んでいた腕を抱きしめる。
 一瞬、僕達の間から会話が消えた。そして――

「……いい加減にしろ、アルバートッ!!」

 お兄様の怒鳴り声が、その場に響いた。
 びくりとなって、僕は掴んでいた腕を離してしまう。
 呆然とする中、お兄様が視線をそらしながら言った。

「お前もノースブルグ家の一員なら、
 俺にベタベタするのはやめて、自分の意志で行動しろ。
 いくらお前が駄々をこねた所で、俺の決意は変わりはしない」

「…………」

 雨の降る音だけが、僕達の間に響く。
 痛々しい程の沈黙が、その場を支配していた。
 お兄様が荷物を片手に、一歩踏み出す。

「……それじゃあな、アルバート」

 そう言って通り過ぎようとしたお兄様の手を――
 僕は、もう一度掴んだ。
 驚くお兄様。僕は顔をあげて、言う。

「……して」

「え?」

「僕と、決闘して! それで僕が勝ったら、
 お兄様はお家に残ってよ! お願い!」

 涙を流しながら、僕は頭を下げた。
 呆然とするお兄様とエリシア。
 だがお兄様はすぐに、元の無表情を浮かべる。

「いいだろう……!」

 荷物を降ろし、決闘盤を取り出すお兄様。
 僕は涙をぬぐうと、精一杯顔を引き締める。

「エリシア!」

「……はい」

 小さく言い、エリシアが僕の決闘盤とデッキを取り出して僕に渡した。
 願いをこめるように、デッキをシャッフルする僕。
 お兄様が、エリシアの方を向く。

「お前は、加勢しないのか? 俺は別に2対1でも構わないぜ」

 冷たく言うお兄様に対して、エリシアが肩をすくめた。

「あいにくですが、私は勝てない勝負はしない主義ですので。
 それに、こういう事に水を差す程、野暮でもありませんことよ?」

「……ふん」

 冷たく言って、お兄様が前を向いた。
 僕とお兄様が向き直り、対峙する。
 今までも何回かこういう事はあったけど、それは全てお遊びだった。
 こういう風に本気のお兄様と戦うのは、初めてだ。

「――いくぜ」

 低い声で言うお兄様。
 僕は頷き、決闘盤を構える。

 冷たい雨が降りしきる中――

「――決闘」

 静かに、僕達の戦いは始まった。
 必死な思いで、僕はカードを引く。 
 だが、僕の願いもむなしく――


 アルバート LP4000→0


 あっさりと、僕は敗北した。
 愕然として、その場に膝をつく僕。
 お兄様の場の金糸雀が、声をあげてその姿を消す。

「お、お兄様……!」

 小さく呟き、僕は顔を伏せた。
 僕の目から涙が溢れ、頬をつたい流れていく。
 しとしとと雨が降る中、僕が泣く声だけが響いていた。

「…………」

 無言のお兄様。
 エリシアが僕の傍によりそってくれる。
 僕の背をなでながら、エリシアがトビ色の瞳をお兄様へ向けた。

「これで、さぞご満足でしょう、エルンスト様。
 どこへでも、行ってくださいまし」

 いつになく冷たい声を出すエリシア。
 お兄様が少しだけ表情をこわばらせる。
 一瞬の沈黙が流れ、そして――

 ポンと、お兄様がある物を投げた。

「!?」

 エリシアが、それをキャッチする。
 顔をあげて見ると、そこにあったのは――
 お兄様が使っていたデッキと、決闘盤だった。

「これは――!?」

 エリシアが立ち上がり、尋ねようとする。
 お兄様が肩をすくめながら、言う。

「出て行く俺には、不必要な代物だ。そうだろ?」

「ですが――!」

「そのデッキは、俺の率いたカナリア・ウェイブスの象徴だ。
 俺の後継者が現れるまで、お前に預けておく。好きにしろ」

「……!!」

 何かに気付いた様子のエリシア。
 目を大きく開きながら、手の中の決闘盤とデッキを見つめている。
 お兄様が、荷物を持った。そして静かに、手をあげる。

「……それじゃあな、元気でやれよ、アルバート」

「お、お兄様……!」

 降りしきる雨の中、歩き出すお兄様。
 僕は手を伸ばすが、その手は届かない。
 ただ灰色に曇った景色を、掴もうとするだけ。
 
 そうして――

「お兄様ーッ!!」

 お兄様は、僕の前から姿を消した。
 残ったのは、あの冷たい雨の日の記憶と、お兄様のデッキだけ。

 輝鳥。

 それが、お兄様の使っていたデッキの主力カードだった。
 天空を支配する鳥のモンスター。聖なる儀式の力で降臨する者たち。
 切り札は四元素をモチーフとした輝鳥と、そして――

 光の化身たる、金色の金糸雀。

 お兄様が消えてから数日。
 僕は自分の部屋で、新聞を読んでいた。
 情報欄を見ると、今日もまたお兄様の失踪の記事が載っていた。

『カナリア・ウェイブスのリーダー、謎の失踪!!』

「あまり、そのような低俗な記事をお読みにならない方がよろしいかと思いますわよ」

 後ろから、エリシアの声がした。
 ムスッとした表情のエリシア。
 見ただけで、怒っているのが分かる。
 
「勝っている時はやれ英雄だなんだともてはやし、
 失踪したら一転して国を捨てた臆病者扱いとは、
 二枚舌にも程がありますわね。プライドはないのでしょうか?」

 吐き捨てるような口調のエリシア。
 僕は無言で、新聞を読む。
 一通り読み終わると、僕は息を吐いた。
 そして、尋ねる。

「ねぇ、エリシア?」

「なんでしょうか、アルバート様?」

「僕がお兄様と同じくらい強くなるには、どれくらいの時間がかかるかな?」

 その言葉を聞き、きょとんとした表情を浮かべるエリシア。
 難しそうな表情で、考えながら答える。

「それは……アルバート様の努力にもよりますが、
 並みの日数では無理ですわね。エルンスト様は世界トップクラスの実力者です。
 それこそ、何年もの努力が必要となるでしょう」

「そう……」

 それを聞いて、僕はにっこりと微笑んだ。
 目の前に広げたお兄様のデッキをまとめ、大切にしまう。
 エリシアの方に向き直り、僕は言った。

「ねぇ、エリシア。もし僕が、このお兄様のデッキを
 お兄様程じゃないにしろ使いこなせるようになったら、
 その時は、僕と一緒にカナリア・ウェイブスを復活させてくれない?」

「……え?」

 目を見開くエリシア。
 僕は顔を伏せがちにしながら、続ける。

「僕やエリシアがカナリア・ウェイブスを復活させれば、
 世界のどこかにいるお兄様だって気付くはずでしょ?
 もしそうなったら、いつか、お兄様も、ここに戻ってきてくれるかな、なんて……」

 言っている内に、僕の目から涙が流れた。
 エリシアは呆然とした表情を浮かべていたが、
 やがてにっこりと、優しげに微笑んだ。

「もちろんでございますわ、我が君主様」

 うやうやしく、エリシアが頷いた。
 
 ……これは、今から数年前の物語。

 僕がカナリア・ウェイブスを結成した時の話しだ。
 とは言っても、その時のメンバーは僕とエリシアだけ。
 他の三人とはまだ、出会ってさえいなかった。


 そして月日はさらに流れ――


「アルバート様」

「……ん?」

 エリシアに呼び止められた僕は、振り返った。
 空港のターミナル。大きな荷物を抱えた僕達。
 茶色の髪を揺らしながら、エリシアが微笑んだ。

「いよいよですわね」

「……うん」

 短く言って、僕は頷いた。
 エリシアの後ろ、金髪の少女が口を開く。

「いや〜、楽しみでありんすね〜。日本でありんすよ、日本〜!」

「楽しそうですねぇ、キアラ」

 薔薇を持った少年が余裕たっぷり言った。
 その言葉に、何の迷いもなく頷く少女。
 もう一人の短い金髪の少女が、ため息をついた。

「まったく、浮かれ過ぎだ……」

 呆れたようにもう片方の少女を見る少女。
 僕はその光景を見て、微笑む。
 彼らの方を向くと、僕は皆に呼びかけた。

「それじゃあ、行こうか。僕達、カナリア・ウェイブスとして!」

 その言葉に、皆が頷いてくれた。
 ここから、僕達のカナリア・ウェイブスとしての活動が始まるんだ。
 本当は英国で復活したかったけど、僕にはまだ因縁が残っていた。

 あの、幼いころに戦った、黄金の竜との因縁が。

 あの時の恐怖を乗り越えなければ、僕の旅は始まらない。
 だからこそ、僕は最初に日本に行くことを決めていた。
 カナリア・ウェイブス復活の軌跡は、ここから始まるんだ。

 僕達を乗せた飛行機が、日本に向けて飛び立った……。

 
 















 風が吹いて、僕の髪がわずかに揺れた。

 光に包まれたフィールド。
 静かで、それでいて張り詰めた空気。
 全てを終わらせる最後の戦い、その最終局面。

 対峙するは金色の翼を持つ鳥と、黄金の鱗を持つ竜。

 金色の光がフィールドを照らす。
 荘厳な雰囲気。圧倒的なまでの威圧感。
 その内に秘めた力を解き放つかのように――

 二つの咆哮が、轟いた。



 雨宮透 LP500
 手札:0枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)


 アルバート LP1300
 手札:1枚
 場:輝鳥-ルシス・セリヌンティウス(ATK3000)
   


「き、金色の輝鳥……!?」

 向こうのチームのリーダーらしき人が、呟いた。
 呆然とした表情を浮かべ、僕のルシスを見上げている。
 その横に立つ黒髪の少年が、目を鋭くさせる。

「さっきまでの奴らと比べても、明らかに雰囲気が違う……」

 どこか畏怖したような、そんな声色の少年。
 掴み掛かるような勢いで、長髪の少年の方を向く。

「恭助! ぼけっとしてないで、さっさと知ってる事を話して下さい!」

 今にも殴りかかりそうな勢いで尋ねる少年。
 長髪の少年が、慌てて手を振る。

「ち、違うって! 話さないんじゃなくて、話せないんだよ!」

 黒髪の少年の迫力に押されながら、続ける少年。

「確かに、輝鳥にはルシスの名を冠する上級モンスターが存在するのは知ってたさ。
 だけど、僕が知ってるのは『輝鳥-ルシス・ポイニクス』っていう不死鳥のカードだ。
 今向こうが使ってる輝鳥は、少なくとも僕は知らない種類の輝鳥だ!」

 どこか怒ったような様子で、まくたてる少年。
 その言葉を聞いて、黒髪の少年の表情も渋くなる。
 ざわざわと観客が騒ぐ中――

「なんだっていいさ」

 僕の対面に立つ少年――トール・アマミャーが、

「戦えば、嫌でも分かるだろ」

 静かに、言った。
 そしてそのまま、決闘盤を構える。

 一瞬、僕と彼の視線が真正面からぶつかり合った。
 
 それは一秒にも満たない程の、刹那の出来事。
 だけど、それだけで十分だった。もう、僕達の間に言葉なんて必要ない。
 そこにあるのは、カードだけ。ただそれだけで――

 十分さ。
 
「いくよッ! トール・アマミャー!!」

 カードを構えながら、僕は大きく言う。
 ばっと腕を伸ばす。光の金糸雀が、翼を広げた。
 金色の羽根が、舞い散る。

「ルシス・セリヌンティウスの、効果発動!」

 ルシスの身体が、金色の光に包まれる。
 その全身から光が溢れ、輝きが場を照らした。
 
 黄金の竜が、甲高い咆哮をあげる。

 トール・アマミャーが冷たい様子で、手を伸ばした。

「グランドクロス・ドラグーンが持つアポカリプスの効果発動!
 このカードが場に存在する限り、相手モンスターの効果を無効にする!」


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。

 
 青白い閃光を放ち、吼える黄金の竜。
 光を消滅させるかの如く、青い光が迫る。
 そして――

 こげ茶色の羽根が、舞い散る。

「!?」

 目を丸くするトール・アマミャー。
 僕は手を前に出して、言う。
 
「ルシスの儀式召喚に使用した藍鳥アルドラの効果発動!
 このカードが墓地にある限り、僕の儀式召喚と
 儀式モンスターの特殊効果は無効にされない!」

「……!!」


藍鳥アルドラ
星3/炎属性/鳥獣族/ATK1200/DEF700
自分の墓地にこのカードが存在する時、
儀式モンスターの特殊召喚・モンスター効果
及びその発動は無効にされない。


 青白い閃光が、羽根に跳ね返されて消える。
 天空に翼を広げながら、金糸雀が大きく鳴き声をあげた。
 決闘盤を構えて、僕は口を開く。

「ルシス・セリヌンティウスの効果発動!
 儀式召喚に成功した時、デッキの魔法カードを1枚選択して発動する!」

 光に包まれていく世界。
 天に羽ばたくは、金色の金糸雀。
 輝く羽根が舞い散り、そして――

「――ルーラー・オブ・ザ・ワールド!!」

 世界が、揺らいだ。

 透き通るような声が響き、神々しい光が降り注ぐ。
 それはまるで、世界を浄化する閃光のように。
 僕のデッキからカードが弾かれ、それを掴む。
 
 描かれているのは、青い炎を纏った光の鳥。

「僕はデッキから、蒼炎の洗礼を選択して発動!」


蒼炎の洗礼 速攻魔法
自分の墓地に存在する儀式モンスター1体と
そのカードに記されている儀式魔法1枚をゲームから除外して発動する。
エンドフェイズ時まで自分フィールド上に表側表示で存在する
儀式モンスター1体の攻撃力はこのカードの発動時にゲームから除外した
儀式モンスターの攻撃力分アップする。


 決闘盤の墓地が輝き、2枚のカードが吐き出された。
 蒼炎の洗礼の発動コスト。除外されたのは輝鳥現界と、そして――
 真っ直ぐに、僕はそのカードを見た。心の中で、呟く。

(力を貸して、アクシピター!)

 その言葉に、一瞬だがカードが輝いた。
 2枚のカードを見せながら、僕は続ける。

「墓地の輝鳥現界と、イグニス・アクシピターを除外!
 それによって、セリヌンティウスの攻撃力は2500ポイントアップする!」


輝鳥-イグニス・アクシピター
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


 灼熱の蒼い炎が、金糸雀の翼に宿った。
 金色の翼を広げながら、黄金の竜を睨みつける金糸雀。
 その翡翠色の目が、鈍く輝いた。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK3000→5500


「攻撃力が、グランドクロスを上回った!」

 驚いた様子で叫ぶ長髪の少年。
 黒髪の少年もまた、顔色悪くその光景を眺めている。
 トール・アマミャーの場に、伏せカードはない。
 
「もらったよ! トール・アマミャー!」

 僕はそう言って、腕を前に出す。
 金糸雀が、天高く舞い上がった。
 金色の光と灼熱の炎を纏いながら、翼を広げる金糸雀。

 大きく、叫ぶ。

「輝鳥-ルシス・セリヌンティウスで、グランドクロス・ドラグーンを攻撃!!」

 その身体が輝き、翼をはためかせる。
 風が渦巻くように動き、炎が切り裂くように風に乗ってうねる。
 金糸雀の咆哮と共に、旋風が一斉に襲いかかった。

「シャイニング・ゼロストームッ!!」

 旋風が吹き荒れ、世界が揺れる。
 咆哮をあげる黄金の竜。だが、竜巻は真っ直ぐに迫っていく。
 蒼い炎が黄金の竜の身体を貫こうというその時――

「カーバンクル!!」

 トール・アマミャーが、大きく叫んだ。
 彼の決闘盤の墓地が輝き、黒い光が飛び出す。
 ポフンという音と共に、小さな黒の翼竜が姿を現した。

「墓地のデモニック・カーバンクルの効果発動!
 このカードをゲームから除外して、相手モンスターの攻撃を無効にする!」

「……!!」


デモニック・カーバンクル
星1/風属性/悪魔族/ATK300/DEF300
相手モンスターの攻撃宣言時、墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外して発動する。その攻撃を無効にする。

 
 黒の翼竜が、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
 その身体から魔力のようなものが放たれ、旋風が消えた。
 静まり返る中、ケタケタと笑い声をあげる翼竜。

「あれは……!」

 シルヴィアが驚いたように身を乗り出す。
 エリシアが苦い表情を浮かべた。

「先程のソウル・スナッチで捨てたカードのようですわね。
 本当、どこまでも抜け目がない方ですわ」

 物凄くイラついた様子で、そう言い切るエリシア。
 そうか、さっきのターンに捨てたカード。あれが……
 翼竜があっかんべーをしながら、姿を消す。

「……なんとか、防げたか」

 ほんの少しだけ顔色悪く、トール・アマミャーが呟いた。
 僕のルシスに、相手のカードに対する耐性効果は全くない。
 あるのは魔法を呼ぶ効果と、そして――

 相手の命を削り取る、究極の効果。

 ふぅと、エリシアが息を吐いた。

「よもや、ゼロモンスターと渡り合う程の決闘者がこんな所にいるとは……」

 エリシアが驚いたように、トール・アマミャーを見る。
 それを聞いたキアラが、首をかしげた。

「ゼロモンスター?」

 きょとんとした表情のキアラ。
 ローランドが目を見開き、シルヴィアが掴みかかる。

「お前、まさか忘れたのかッ!?」

「な、なんでありんすかー! 離すでありんすー!」

 シルヴィアに掴まれ、じたばたとするキアラ。
 ローランドが二人の間に入り、彼女達を引き離した。

「落ち着いて、シルヴィア! ほら、雨はもうやんでるんですよ!」

 外の方を手で示すローランド。
 確かに、いつのまにやら雨はやみ、
 空は夕焼けの赤い色に染まっていた。
 
「……そうか、なら仕方ないな」

 がっくりと肩を落としながら、呟くシルヴィア。
 キアラは「えっへん!」と言わんばかりに、胸を張っている。

「で、なんでありんすか? そのゼロモンスターってのは?」

 エリシアが、トビ色の瞳をキアラへ向けた。
 冷たい表情のまま、口を開くエリシア。

「ゼロモンスターというのは、究極の能力を持つモンスターカテゴリの一つ。
 確認されているのは僅か数枚ですが、その能力はまさに桁違い。
 究極の力を持つ、最強のカードといっても過言ではありませんわ。
 アルバート様の持つルシス・セリヌンティウスもその一つ。能力は――」

 金糸雀へと視線を向けるエリシア。
 ゆっくりと、緊張したような表情を浮かべながら、言う。

「相手のライフを、0にする」


輝鳥-ルシス・セリヌンティウス
星10/光属性/鳥獣族・儀式/ATK3000/DEF2500
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードが儀式召喚に成功した時、
自分のデッキの魔法カードを1枚選択して発動する。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える時、
ダメージを与える代わりに相手のライフポイントを0にする。


 キアラが、驚いた様子で目を見開いた。
 憂いある表情で続けるエリシア。

「もっとも、今のような状況ではそこまで役に立つような能力ではありませんわね。
 それでも特殊効果としてはまさに桁違いの能力。究極のカードにふさわしいですわ」

 椅子に座りなおすエリシア。
 頬に手を当てながら、小さく呟いた。

「果たしてあちらの黄金の竜と、どちらが強いのかしら?」

 その言葉は、体育館の中に溶けて消えて行った。
 黄金の竜と金色の金糸雀。互いに向き合う両者。
 どちらが勝つか、僕にはまだ分からない。

 できる事は、カードを信じる事だけだ。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 手札に残っていた最後の1枚を場に伏せる。
 これで、僕の場にはルシスと伏せカードが1枚のみ。
 手札にカードはない。

 ルシスの身体から、蒼い炎が消えて行った。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK5500→3000  


 風が吹いて、僕達の間を通り抜ける。

 心の中は緊張でざわついている。
 だけど、僕はここで負ける訳にはいかない。
 お兄様のためにも、僕自身のためにも、絶対に!

「俺のターン!」

 カードを引くトール・トマミャー。
 鋭い目が、引いた1枚へと向けられる。
 ばっと、彼がカードを決闘盤に出した。

「魔法発動! 貪欲な壺!」

 場に、悪趣味な壺の絵が描かれたカードが浮かび上がる。

「墓地のモンスターを5枚戻し、デッキからカードを2枚ドロー!」


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 決闘盤が、5枚のカードを吐き出した。
 それらを手に取りながら、トール・アマミャーが言う。

「墓地のラグナロク、アポカリプス、アブソリュート、
 テスタメント、カタストロフの5枚をデッキに戻し、2枚ドロー!」


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。


アブソリュート・ドラグーン
星8/地属性/ドラゴン族・融合/ATK3400/DEF2900
ガイアメイジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
融合召喚されたターン、このカードは自分フィールド上から離れない。
このカードは戦闘では破壊されない。


テスタメント・ドラグーン
星8/風属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2300
ウインドクロー・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。


カタストロフ・ドラグーン
星8/闇属性/ドラゴン族・融合/ATK2700/DEF2200
ブラックボルト・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手ターンのバトルフェイズ中に
相手フィールド上に存在するモンスターは全て表側攻撃表示になり、相手プレイヤーは
全てのモンスターでこのカードを攻撃しなければならない。このカードがフィールド上に
存在する限り、相手モンスターの攻撃宣言はこのカードのプレイヤーが行う。


 黄金の竜によって吸収された融合モンスターがデッキに戻る。
 だけど、素材となるドラグーンは除外されてもういないはず。
 そう考えている間にも、トール・アマミャーがカードを引いた。

「――いくぞ!」

 鋭い声で、彼はそう言い放つ。
 天を突くかの如く、竜がその虹色の翼を広げた。

「グランドクロス・ドラグーンで、輝鳥-ルシス・セリヌンティウスを攻撃!」

 咆哮をあげる黄金の竜。
 その口の端から白い炎が漏れる。
 赤い瞳が輝き、そして――

「――グランドクロス・テンペスト!!」

 純白の炎が、撃ち出された。
 
 それは凄まじい速度で世界を駆け、呑みこんでいく。
 終焉を現すかのような、閃光の炎。
 世界が砕け散るような衝撃が、巻き起こる。

「アルバート様!」

 ローランドが心配そうな声で叫んだ。
 エリシアがぎゅっと、自分の腕を掴む。
 圧倒的な攻撃。だけど、僕の心は落ち着いている。

 まだ僕には、カードが残っているから。

「速攻魔法、希望の羽根!」

 決闘盤を構えながら、僕は大きく叫んだ。
 伏せられていた1枚が表になり、輝く。
 
「墓地の彗鳥キコーニアを除外して、バトルフェイズを終了する!」


希望の羽根 速攻魔法
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


彗鳥キコーニア
星4/光属性/鳥獣族/ATK1800/DEF1400
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
自分の墓地に存在する「輝鳥現界」をゲームから除外して発動できる。
自分の手札に存在する「輝鳥」と名のつくレベル7のモンスターを1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。この特殊召喚は儀式召喚扱いとする。


 決闘盤が、白いコウノトリが描かれたカードを吐き出した。
 僕はそれを大事に、ポケットへとしまう。
 天空から柔らかな光が降り注ぎ、閃光の炎がかき消される。

 1枚の金色の羽根が天から落ち、弾けるように消えた。

「さらに1枚、カードをドロー!」

 デッキに手をかけ、カードを引く。
 これで僕の手札は1枚になった。
 油断なく、僕は次の一手をうかがう。

「防がれたか……」

 小さく、呟くトール・アマミャー。
 だけどまだ、彼からは追い詰められた気配は感じられない。
 手札に目を向けると、迷いなく言う。

「グランドクロス・ドラグーンの効果で、俺はドラグーンソウル・カーバンクルを墓地へ!」

「!?」

 予想外の行動に、僕は戸惑う。
 トール・アマミャーが、融合デッキのカードを一枚、墓地へと送った。
 

《Carbuncle Soul》


 決闘盤が無機質な音声で言う。
 だけど、それ以上は何も起こらない。
 ドラグーンソウル・カーバンクルの効果は、吸収しても意味がないはずだ。


ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。 


「いったい、何を……?」

 彼が無意味に自分のカードを墓地に送るはずがない。
 だけど今の僕には、彼が何を狙っているのか想像もつかなかった。
 冷静に、カードを手に取るトール・アマミャー。

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが2枚、浮かび上がった。
 これで彼の手札は0。出し惜しみはない。
 まさに総力戦といった所だ。

 ばっと、手を伸ばす。

「僕のターン!」

 デッキからカードを引く。
 これで僕の手札は2枚。
 そして、今引いたカードは――

「魔法発動、祝宴!」

 場にカードが浮かび上がり、輝いた。

「場に儀式モンスターがいる時、カードを2枚ドロー!」


祝宴 速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
 

 ざわめく観客。
 長髪の少年が、目を鋭くさせる。

「こっちも、2枚ドローか!」

 苦しそうな声色で、そう言う。
 デッキに手をかけ、さらにカードを引いた。
 これで僕の手札は3枚。その中の1枚を、選ぶ。

「魔法発動! 神霊の導き!」

 僕の場に、さらにカードが浮かび上がった。
 描かれているのは、神秘的な光に包まれた鷹の姿。
 ルシスが、翼を広げる。

「この効果で、ルシスの攻撃力は儀式召喚の素材にした
 モンスターの攻撃力の合計分、アップする!」


神霊の導き 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する儀式モンスターを1体選択する。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
儀式の生贄としたモンスターの元々の攻撃力の合計分アップする。

 
 青白い光に包まれるルシス。
 儀式召喚に使用したストルティオとアルドラの力が、注ぎ込まれる。
 天を舞う金糸雀が、歌声のような声をあげた。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK3000→6700  
 
 
「また、攻撃力がグランドクロスを上回った!」

 どこか驚いたような様子で、叫ぶ長髪の少年。
 伏せカードの数は2枚。先程よりも攻撃は通りにくい状況。
 それでも、勝つためには――

 恐れずに、攻撃を仕掛けるしかない!

「いくよ! ルシス・セリヌンティウス!」

 僕の言葉に、ルシスが僅かに頷いた。
 翼が天を覆い、金色の羽根がフィールドに舞い落ちる。
 光が降り注ぐ中、僕は腕を前にあげて言った。

「輝鳥-ルシス・セリヌンティウスで、グランドクロス・ドラグーンを攻撃!!」

 金糸雀が声をあげ、旋風が巻き起こる。
 聖なる光を宿した風の刃が、渦巻く。
 強烈な閃光にあてられ、黄金の竜が目を細めた。

 腕を前に出し、叫ぶ。

「シャイニング・ゼロストームッ!!」

 金色の風が、放たれた。
 
 世界をも歪めるかのような、巨大な竜巻。
 それが渦巻くように、場の大気を切り裂いていく。
 天が振り降ろした鉄槌のように、風が全てを飲み込む。

 黄金の竜が、咆哮を響かせた。

「そんなに黄金の竜を消したいなら――」

 唐突に、口を開くトール・アマミャー。
 旋風が吹き荒れる中、冷静な様子で、言う。

「俺の方から、消してやるよ」

「!?」

 言葉の意味が分からず、僕は目を丸くする。
 トール・アマミャーが手をかざす。

「速攻魔法、ディメンション・サイン!」

 彼の場に伏せられていた1枚が、表になる。
 描かれているのは、天空に浮かぶ謎の言葉。
 場に、奇妙な文字のような図形が浮かび上がった。

「自分フィールド上のモンスターを1体、ゲームから除外する!」

「えっ!?」

 僕が声をあげるのと同時に、黄金の竜の身体が輝いた。
 そして周りの空間が歪むように動き、黄金の竜の姿が消える。


ディメンション・サイン 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターをゲームから除外する。このターンのエンドフェイズ時、
除外したモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。

 
 これで、トール・アマミャーの場には伏せカードが1枚のみ。

「な、なにを考えてるの!?」

 思わず声に出して尋ねてしまう。
 だが、彼は何も答えない。
 すました様子のまま、逆に訊いてくる。

「どうした? 攻撃を続けないのか?」

「……くっ」

 困惑する。
 攻撃対象が消えた以上、攻撃は成立していない。
 ルシスはもう一度攻撃できる。だけど、これはあまりに……

 いや、怯えてちゃダメだ。

 お兄様だったら、きっとこんな状況でも笑っているはずだ。
 僕はカナリア・ウェイブスの名前を継いだんだ。
 だとしたら、やるべき行動は決まっている。

「ルシスー!!」

 僕の言葉に、金糸雀が再び翼をはためかせた。
 金色の風が渦巻き、光が溢れる。
 手を前に出し、僕は叫んだ。

「輝鳥-ルシス・セリヌンティウスで、直接攻撃! シャイニング・ゼロストームッ!!」

 世界を揺るがす旋風が、放たれた。
 金色の羽根が、風に乗って舞い散る。
 何もない場を、竜巻のような風が吹き荒れた。

 旋風が、彼に迫る。

 ゆっくりと、トール・アマミャーが決闘盤を構えた。
 その目はまるで動じておらず、真っ直ぐに前を見据えている。

「さぁ、出番だぜ。相棒」

 穏やかな声で、トール・アマミャーがそう言った。
 腕を前に出し、鋭い声が響く。

「相手モンスターの直接攻撃時、カーバンクルが墓地にいるならば、
 俺はデッキからこのカードを発動できる!」

「!?」

 デッキを広げ、カードを取り出すトール・アマミャー。
 その手にあるのは、光に包まれた精霊が描かれた1枚。
 カードを掲げながら、トール・アマミャーが高らかに言う。

「デッキより、カーバンクルの奇跡を発動!
 この効果で、お前のルシス・セリヌンティウスの攻撃を無効にする!」

「……くっ!」


カーバンクルの奇跡 速攻魔法
このカードは手札から発動することはできない。
自分の墓地に「カーバンクル」と名のつくモンスターが存在し、相手モンスターから
直接攻撃を受けた時のダメージステップ時、このカードは自分のデッキから発動できる。
そのバトルによる自分への戦闘ダメージを0にする。


 フィールドに、先程の精霊が姿を見せる。
 得意そうな表情を浮かべ、ポーズを決めている翼竜。
 巨大な翼を広げると、その身体が輝く。

 光が溢れ、白い羽根が場に舞い散った。
 
 旋風が勢いを失い、消えて行く。
 これで、今度こそ僕の攻撃は完全に防がれた。
 翼竜が手を振りながら、光になって消える。

「また、防がれた……!」

 僕は悔しく思いながら、呟いた。
 手札を見る。次のターンの攻撃を防ぐカードは、そこにはない。
 冷たい汗が、僕の頬を流れていく。

(……負ける?)

 嫌な感情が、心をよぎった。
 僕は頭を振って、その言葉を振りはらおうとする。
 だけど暗い感情は、津波のように押し寄せてくる。

(僕は、また負けるの?)(昔、彼に負けた時のように)(お兄様に負けた時のように)(また……)

「アルバート様ッ!!」

 鋭い声が響き、僕はハッとなって顔をあげた。
 エリシアが、立ち上がって僕の方に視線を向けている。
 無言のエリシア。だけど、言いたい事は分かる。

 息を吐き、僕は前を向く。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 持っていた手札の内1枚を場に伏せる。
 浮かび上がる裏側表示のカード。
 これで、僕の場にはルシスと伏せカードが1枚。

 柔らかな風が吹き抜けた。

 トール・アマミャーが、高らかに宣言する。

「ディメンション・サインの効果で、グランドクロス・ドラグーンが場に戻る!」


ディメンション・サイン 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターをゲームから除外する。このターンのエンドフェイズ時、
除外したモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。

 
 場が歪み、黄金の竜が再び姿を現した。
 甲高い咆哮をあげる黄金の竜。
 真紅の瞳が、僕の場の金糸雀に向けられる。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


「一度場を離れたから、吸収していた能力も消えたか……」

 冷静な口調で、長髪の少年が呟いた。
 その横の黒髪の少年が、頷く。

「えぇ。ですが、雨宮君は貪欲な壺で融合体を戻している。
 融合召喚したターン程ではないにしろ、次のターンになれば――」

 言葉を切る黒髪の少年。
 そこから先、何を言いたいのか僕にはよく分かる。
 トール・アマミャーが、決闘盤を構えた。

「俺のターン!」

 素早く、カードを引くトール・アマミャー。
 彼の手札にあるのはその1枚のみ。
 だけど、彼の目には自信が満ちている。

 腕を伸ばし、彼が口を開いた。

「グランドクロス・ドラグーンの、効果発動!」

 黄金の竜が、またも咆哮を轟かせた。
 融合デッキからカードを取り出すトール・アマミャー。
 4枚のカードを、決闘盤の墓地へと送る。


《Apocalypsis Soul》

《Absolute Soul》
 
《Testament Soul》

《Catastrophe Soul》


 彼の決闘盤が、無機質な音声でそう宣言した。
 バーン効果こそ失ったものの、それ以外の能力を再び得た黄金の竜。
 巨大な金色の翼を広げ、吼える。

 腕を伸ばすトール・アマミャー。

「グランドクロス・ドラグーンで、輝鳥-ルシス・セリヌンティウスを攻撃!」

 高らかに、そう宣言する。
 黄金の竜が飛び上がり、天を舞う金糸雀へと迫る。
 猛烈な勢いで進みながら、その鋭い爪を構えた。

 赤い瞳が、輝く。

「――グランドクロス・ブレイカー!!」

 金色の光が、一閃した。

 金糸雀が後ろにのけぞりながら、翼を震わせる。
 輝く羽根が抜け落ち、天から降り注いだ。
 そして――

 金糸雀の身体が光となって、消えた。


 アルバート LP1300→300


「……ッ!!」

 衝撃を受け、僕の体がふらつく。
 だけどそれ以上に、僕の心が傷ついた。

 お兄様から譲り受けた、ルシス・セリヌンティウス。

 最強の1枚。カナリア・ウェイブスを象徴するカード。
 お兄様の分身とも言えるルシスが、黄金の竜に敗れてしまった。
 ライフこそ残ったけど、このままじゃ……

『まったく――』

 唐突に――

『アルバート、お前は真面目だなぁ』

 脳裏に、お兄様の声が響いた。
 呆れたような目を向け、微笑んでいるお兄様。
 僕の頭に手を載せて、続ける。

『決闘なんてのは、思い通りにいかないから面白いのさ。
 失敗も判断ミスも気にすんな。全てを受け入れるような、
 ある種のいい加減さというか、豪快さを持つんだ。
 まぁ、最終的に何が言いたいかと言うと……』

 にっこりと、微笑みかけてくれるお兄様。
 親指を突きあげ、サムズアップのポーズを取る。

「…………」

 前を向き、決闘盤を構える。
 いつの日か聞いた、お兄様の言葉。
 そう、そうだ。諦めるのはまだ早い。僕には――

「罠発動! 再誕の羽根!」

 伏せられていた一枚が表になり、輝いた。

「この効果で、僕の除外された仲間を全て墓地へ!」


再誕の羽根 通常罠
自分フィールド上の「輝鳥」と名のつくモンスターが
戦闘またはカード効果によって破壊された時、発動できる。
ゲームから除外されている自分のカードを全て墓地に戻す。


 決闘盤が輝き、今まで除外された力が墓地に戻ってくる。
 アクシピター、レグルス、キコーニア。皆、僕のかけがえのない仲間達。
 黄金の竜の力がどんなに強大でも、僕には彼らが付いている。

 鋭い目を向けているトール・アマミャー。

 その手に残った一枚に、視線を落とす。
 しばし考える様子を見せ、そして――

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 静かに、彼がそう宣言した。
 黄金の竜が唸るように喉を鳴らす。
 風が、僕達の間を吹き抜けた。



 雨宮透 LP500
 手札:0枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)
   伏せカード2枚


 アルバート LP300
 手札:1枚
 場:なし



 決闘盤を構えながら、デッキを見る。
 ひょっとしたら、これがこの戦い最後のドローになるかもしれない。
 少なくともこの1枚で、勝敗が決まるのは確かだ。

 だからこそ――

 僕の脳裏にお兄様の顔が浮かぶ。
 今は世界のどこにいるのか分からないけど、
 お兄様の教えは僕の中に残っている。

『自分のカードを信じろ、アルバート! そうすればカードはお前に応えてくれる!』

 ――忘れてはいけない、大切な教えが。
 
 ありがとう、お兄様。
 僕はいつの日か、またお兄様の前に立って見せるよ。
 最高のカードと仲間を連れて。

 一人の――決闘者として!

「僕のターンッ!!」

 デッキに手をかけ、カードを引く。
 その手に握った一枚が、淡く輝いた。
 白い羽根が、天から舞い落ちる。

「儀式魔法、星の供物!」

 引いたカードを、決闘盤に。
 カードが現れ、輝いた。


星の供物(ステラ・ホスティア) 儀式魔法
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


「あれは!!」

「アルバート様ッ!!」

 エリシアが立ち上がり、叫んだ。
 僕は腕を前に出して、言う。

「墓地の輝鳥! イグニス・アクシピター! アクア・キグナス!
 テラ・ストルティオ! アエル・アクイラの四体を除外!」

 決闘盤の墓地が輝き、カードが吐き出された。
 烈火の鷹、妖艶な白鳥、豊穣の駝鳥、旋風の鷲。
 四枚のカードの姿が、うっすらとフィールドに現れる。


輝鳥-イグニス・アクシピター
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
 

輝鳥-アクア・キグナス
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。 


輝鳥-テラ・ストルティオ
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。 
   

輝鳥-アエル・アクイラ
星7/光属性/鳥獣族・儀式/ATK2500/DEF1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 今まで、僕のために戦ってきたくれた仲間達。
 その姿に後押しされながら、僕は頷く。

 フィールドに柔らかな光が降り注ぎ、溢れた。

 全てを照らす、聖なる光。
 精霊の声が祝福するように響く。
 輝鳥達の姿が光になり、そして――

 金色の羽根が、舞い散った。

「儀式召喚! 輝鳥-ルシス・セリヌンティウスーッ!!」

 天から降り注ぐ光の中より、一頭の金糸雀が降臨した。
 後光の中、翼を広げる金糸雀。歌声のような咆哮が、響く。


輝鳥-ルシス・セリヌンティウス
星10/光属性/鳥獣族・儀式/ATK3000/DEF2500
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードが儀式召喚に成功した時、
自分のデッキの魔法カードを1枚選択して発動する。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える時、
ダメージを与える代わりに相手のライフポイントを0にする。


「またそいつか……!」

 現れた金糸雀を見上げながら、呟くトール・アマミャー。
 僕は前を向きながら、叫ぶように言う。

「いくよ、トール・アマミャー!!」

 僕の声に、彼が目をさらに鋭くした。
 油断ない様子で決闘盤を構えているトール・アマミャー。
 だけど心なしか、その姿はどこか楽しそうにも見える。

 腕を前に。

「ルシス・セリヌンティウスの効果発動!!」

 金糸雀の身体が光に包まれ、世界が揺らぐ。
 ゆっくりと、天を仰ぐ金糸雀。

「――ルーラー・オブ・ザ・ワールド!!」

 聖なる光が、地上に降り注いだ。
 決闘盤のランプが点灯し、一枚のカードが弾かれる。それを掴み取る僕。
 掴み取ったカードに描かれているのは、世界を統べる四つの元素。

「魔法発動! エレメンタル・ドライブ!!」

 カードが浮かび上がり、輝いた。


エレメンタル・ドライブ 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体選択する。
このターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターの攻撃力は、
自分の墓地に存在するモンスターの属性の数×800ポイントアップする。


「あ、あれは!」

 目を見開いて驚く長髪の少年。
 僕の決闘盤の墓地が光に包まれる。
 そしてフィールドに、黄泉で眠る聖鳥達の姿が現れた。


英鳥ノクトゥア
星3/風属性/鳥獣族/ATK800/DEF400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。


鎚鳥パッセル
星3/地属性/鳥獣族・ブースト/ATK1500/DEF900
このカードが墓地へと送られた時、自分の場の鳥獣族モンスターは
エンドフェイズまで以下の効果を得る。
●このカードの元々の攻撃力は1000ポイントアップする。


藍鳥アルドラ
星3/炎属性/鳥獣族/ATK1200/DEF700
自分の墓地にこのカードが存在する時、
儀式モンスターの特殊召喚・モンスター効果
及びその発動は無効にされない。


彗鳥キコーニア
星4/光属性/鳥獣族/ATK1800/DEF1400
このカードが戦闘またはカード効果によって破壊された時、
自分の墓地に存在する「輝鳥現界」をゲームから除外して発動できる。
自分の手札に存在する「輝鳥」と名のつくレベル7のモンスターを1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。この特殊召喚は儀式召喚扱いとする。


戒鳥レグルス
星4/地属性/鳥獣族/ATK1500/DEF1200
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分の墓地に存在する儀式モンスターまたは
儀式魔法カード1枚を手札に加える。


杯鳥オノクロタルス
星4/水属性/鳥獣族/ATK1700/DEF1100
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
相手フィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。


霊鳥アイビス
星4/水属性/鳥獣族/ATK1700/DEF900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 輝鳥と共に、僕のデッキを支える大切な仲間達。
 一つ一つは強くなくても、その力を合わせれば、
 どんな相手だってきっと倒す事ができる。それが例え――

 黄金の竜でも!

「エレメンタル・ドライブは墓地の属性の数だけ、
 攻撃力をアップするカード! 僕の墓地には全部で5属性のモンスターがいる!
 よってルシス・セリヌンティウスの攻撃力は、4000ポイントアップ!!」
 
 ルシスの身体を、色鮮やかな光が包み込んだ。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK3000→7000


 観客席のあちこちから声が漏れる。
 歓喜の声、絶望の声。それらの種類は様々だ。
 でも、僕の――いや、僕達の耳にはその声は届いていない。

 僕とトール・アマミャーの視線が、真っ直ぐにぶつかる。
  
 ここまで、僕たちは何度もぶつかってきた。
 視線で。カードで。攻撃で。だけど、それももうすぐ終わり。
 ばっと、僕は勢いよく腕を前に出す。

「これが僕の、いや――」

 彼の方を真っ直ぐに見据えながら、

「僕達カナリア・ウェイブスの、最後の攻撃だッ!」

 叫んだ。
 金糸雀が翼を広げ、吼える。
 
「いくよ、ルシス!!」

 僕の言葉に頷くようにして、ルシスが飛翔する。
 聖なる光を身に纏い、さらに虹色の輝きがその翼には宿っている。
 黄金の竜を見据える金糸雀。翡翠色の瞳が、揺れる。

「輝鳥-ルシス・セリヌンティウスで、グランドクロス・ドラグーンを攻撃ッ!!」

 金糸雀が声をあげ、翼をはためかせた。
 旋風が渦巻き、聖なる光が天から降り注ぐ。
 全ての想いを込めて、僕は叫んだ。

「――シャイニング・ゼロストームッ!!」

 金色の風が、放たれる。

 それはまるで世界を終わらせるかのように。
 全てを照らし、浄化する聖なる光。
 旋風が大地を飲み込み、天を駆けた。

 黄金の竜が、吼える。

「悪いが――」

 決闘盤を構えるトール・アマミャー。
 鋭い視線を向け、いつになく大きな声で言う。

「簡単に勝たせる程、俺も甘くはないんだよッ!!」

 ぎらんと、金糸雀を睨みつけるトール・アマミャー。
 ばっと腕を前に出し、叫ぶ。

「罠発動! ソウルフルガード!」

 伏せられていた一枚が、表になった。

「この効果で、戦闘ダメージを0に!」

「……ッ!」


ソウルフルガード 通常罠
自分の墓地にドラグーンと名のつくモンスターが存在するとき発動できる。
次の効果のうち一つを選択して適用する。
●このターンのみ戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
●このターンのみカード効果による自分へのダメージを0にする。


 顔をしかめる。

 旋風が黄金の竜を飲み込んだ。
 しかし、衝撃は彼には届かない。
 鋭い表情のまま、トール・アマミャーが言う。

「吸収したアブソリュート・ドラグーンの効果により、
 グランドクロス・ドラグーンは戦闘では破壊されない!」


アブソリュート・ドラグーン
星8/地属性/ドラゴン族・融合/ATK3400/DEF2900
ガイアメイジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
融合召喚されたターン、このカードは自分フィールド上から離れない。
このカードは戦闘では破壊されない。

 
 旋風の中、咆哮を轟かせる黄金の竜。
 鋭い爪を振りまわし、竜巻を切り裂いた。
 金色の翼を広げ、黄金の竜が威嚇するように吼える。

 だけど、僕の心は穏やかだ。

 僕は自分のカードを信じている。
 ここまで一緒に戦ってきたくれた、皆の力を。
 だから、慌てる必要なんてない。

 ……そうでしょ? お兄様。

 自分の手札に残った、最後の1枚を見る。
 そこに描かれているのは、天を突く白い翼。
 ゆっくりと、それを決闘盤に差し込む。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 最後の1枚が、浮かび上がった。
 黄金の竜と光の金糸雀。互いの切り札が向かい合い、睨みあう。

 風が、吹き抜けた。


 雨宮透 LP500
 手札:0枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)
   伏せカード1枚


 アルバート LP300
 手札:0枚
 場:輝鳥-ルシス・セリヌンティウス(ATK3000)
   伏せカード1枚


 沈黙が流れる。

 緊張したような、時間が止まったような空間。
 観ている誰もが息を呑み、不安と期待を胸に抱いている。
 永遠に続くような瞬間。だけどそれも終わる。

 決闘盤に腕を伸ばし、そして――

「――俺のターンッ!!」

 その言葉が、大きく響いた。
 決闘盤から引いたカードを見るトール・アマミャー。
 そしてゆっくりと、その1枚を表にする。

「装備魔法――」

 僕の方へと向けられた1枚。
 描かれているのは、光を身に纏った天馬。
 トール・アマミャーが、叫んだ。

「――強者の威光を発動する!!」


強者の威光 装備魔法
自分のターンのエンドフェイズ時、
相手ライフに装備モンスターのレベル×100ポイントのダメージを与える。


「ぬッ!?」

 目を見開くシルヴィア。
 キアラが仰天しながら、のけぞる。

「こ、このタイミングでバーンカードでありんすとぉー!?」

「……くっ」

 ローランドが爪を噛みながら、苦い表情を浮かべた。
 エリシアだけが、鋭い表情のまま無言で場を見つめている。
 黄金の竜の身体に、さらなる光が宿った。

「……これで、エンドフェイズになればお前にダメージが発生する」

 淡々とした口調で話すトール・アマミャー。
 僕の方を見ながら、尋ねる。

「この状況でも、まだ諦めないのか?」

 じっと、僕を見据えるトール・アマミャー。
 僕は微笑み、答える。

「もちろんさ。僕は、僕のカードを信じている」

「…………」

 僕の言葉を聞き、少し考え込むトール・アマミャー。
 やがてフッと微笑むと、前を向いて言う。

「いいだろう。だったら――」

 決闘盤を構えるトール・アマミャー。
 その口元に僅かな笑みを浮かべながら、

「最後の決着を、つけてやる!!」

 高らかに、叫んだ。
 ばっと、腕を前に出すトール・アマミャー。

「グランドクロス!!」

 黄金の竜が、咆哮を響かせた。
 金色の翼を広げる黄金の竜。
 天空へと飛びあがり、赤い瞳で金糸雀を睨みつける。

「グランドクロス・ドラグーンで、輝鳥-ルシス・セリヌンティウスを攻撃!!」

 天に羽ばたく金糸雀を指差すトール・アマミャー。
 長髪の少年と黒髪の少年が驚く。

「えっ!?」

「攻撃するのか!?」

 目を見開いている両者。
 黒髪の女子が前に出てきて、叫ぶ。

「あ、雨宮君!」

 心配そうな表情を浮かべている少女。
 だが彼は動揺することなく、ただ真っ直ぐに前を向いている。
 黄金の竜が叫び、爪を構えた。赤い目が、輝く。

「――グランドクロス・ブレイカー!!」

 黄金の竜が爪を振り下ろし、光が一閃する。

 翡翠色の目を向けている金糸雀。
 その翼が大きく広がり、天を突いた。
 金色の光が溢れ、場に溢れる。

「最後の1枚――」

 小さく、僕はそう呟いた。
 自分の場に伏せられている1枚に視線を向ける。
 これが僕の持つ、最後の切り札。仲間との絆の力だ。

 ゆっくりと腕を前に出し、

「速攻魔法!!」

 声を大にして、叫んだ。

「天翼の絆を発動!!」
 
 僕の場のカードが、表になる。
 白い羽根が、フィールドに舞い散った。

「この効果で、ルシスの攻撃力は4000ポイントアップする!!」


天翼の絆 速攻魔法
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく儀式モンスターを1体選択する。
選択したモンスターの攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時までゲームから
除外されている「輝鳥」と名のつくモンスターの数×1000ポイントアップする。


 目を見開くトール・アマミャー。
 うっすらと、場に荘厳なる鳥達が姿を見せた。
 長髪の少年が身を乗り出し、叫ぶ。

「星の供物で除外した、あの4枚か!!」

 その言葉に、僕は頷いた。
 あれは天翼の絆の効力を十分に発揮するための除外。
 全ての力を結束させるための、最後の布石だ。

 金糸雀の体に、4色の鮮やかな光が宿る。

 燃え盛る炎。澄み渡る水。揺れ動く地。駆け抜ける風。
 輝鳥の持つ力が、光となってルシスの身体に吸収される。
 光が鼓動し、金糸雀の全身が金色に輝いた。


 輝鳥-ルシス・セリヌンティウス ATK3000→7000


「攻撃力が!!」

 悲痛な声をあげる長髪の少年。
 黄金の竜を指差し、僕は言う。

「カウンター攻撃だ! ルシスー!!」

 その言葉に、目を輝かせる金糸雀。
 金色に光る翼を構え、はためかせる。
 旋風が巻き起こる中、僕は腕を前に出して叫んだ。

「輝鳥-ルシス・セリヌンティウスの攻撃!!」

 一瞬だけ、僕の視線がトール・アマミャーへと向けられた。
 僕達の視線が交差する。言葉なき会話。周りの時間が、
 僕らに合わせるようにして、ゆっくりと動くような気がした。

 そして――

「――シャイニング・ゼロストームッ!!」

 金色の旋風が、場を貫いた。

 荒れ狂う竜巻が、僕達の間から音を消す。
 揺れ動く髪と、制服。凄まじいまでの衝撃。
 黄金の竜が口を開いた。だがその咆哮もまた、風にかき消される。

 全てが渦巻き、全てが飲み込まれた。

 まるで終焉を迎える世界のような光景。
 天空に翼を広げながら、金糸雀が鳴き声をあげる。
 天から光が降り注ぎ、そして、ついに――

 黄金の竜が、光の粒子となって砕けた。

 旋風が徐々にその勢いを失っていく。
 やがて、水を打ったような静寂が訪れた。
 その場に居る全員が黙り込んでいる空間。
 金糸雀が、僕の場へと舞い戻る。

「……勝った」

 自分自身驚きながら、僕はそう呟いた。
 だけど、それも一瞬。すぐさま、僕の心の中に光が溢れる。
 やった、やったよ、お兄様!

 僕は、黄金の竜に勝ったんだ!!

 思わず、僕は微笑んだ。
 今までの日々が走馬灯のように思い返されていく。
 あの時の因縁に、僕は、僕は……!

 渋い表情を浮かべているトール・アマミャー。

 腕を組みながら、低い声で言う。

「まさか、グランドクロスが敗れるとは……」

 信じられないといった様子で、呟く。
 冷たい目を僕へと向けるトール・アマミャー。

「認めるよ。お前は、確かに黄金の竜に勝った」

 おもむろに、彼が決闘盤を構えた。
 静まり返る会場内。

「もっとも――」

 彼の言葉が、響く。
 前を向いているトール・アマミャー。
 フッと、一瞬だけ、微笑んだ。

「決闘に勝ったのは、この俺だ」

「……え?」

 思わず、尋ねた。
 ハッとなって、僕は彼の場に視線を向ける。
 残っていた最後の伏せカード。それが、表になっていた。

 そこにあったのは――


カウンター・フュージョン カウンター罠
自分の墓地に存在する「フュージョン」または「融合」と
名のついた魔法カード1枚をゲームから除外して発動できる。
このカードの効果は、この効果で除外した魔法カードの効果と同じになる。


「か、カウンター・フュージョン……?」

 呆然としながら、僕は呟いた。
 トール・アマミャーが、僅かに頷いて、続ける。

「カウンター・フュージョンは、墓地の融合魔法を除外して
 その効果を瞬時に発動させるカードだ。俺が除外したのは――」

 すっと、どこからか一枚のカードを取り出すトール・アマミャー。
 そこに描かれているのは、光の渦。彼の切り札。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「魂融合って、まさか……!」

 ある考えに思い至り、愕然とする僕。
 先程、光となって砕けていた黄金の竜。
 あれは、まさか……!

 トール・アマミャーが、頷く。

「そのまさかだ。俺は魂融合の効果によって、
 場のグランドクロス・ドラグーンを融合素材にした」

「!!」


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


 淡々とした口調で、当然のように語るトール・アマミャー。
 会場内の観客達は全て、沈黙しながら彼の言葉に耳を傾けている。
 
「そ、そんな、黄金の竜を融合素材にするだなんて……!」

 あまりにも信じられなかった。
 そんな事、僕は考えたこともない。
 呆れたような目で、彼が僕を見る。

「そもそも、俺のデッキをグランドクロス一辺倒だと思ってる時点で、間違いなんだよ。
 グランドクロスは頂点の存在ではあるが――俺は奴に依存している訳ではない。
 俺のデッキに宿る魂は、何も黄金の竜だけじゃないのさ。お前はそこを見誤った。
 黄金の竜に固執するのは分かるが……決闘は、1枚のカードだけでやるものじゃない」

 彼の言葉が、僕の心に深く響いた。
 そうだ。僕がカードの力を合わせて黄金の竜と戦ったように、
 彼もまた様々なカードの組み合わせで、戦ってきたんだ……。

 ばっと、トール・アマミャーが腕を伸ばす。

「魂融合の効果で、場のグランドクロスと、墓地のソウルエッジを融合!」

 彼の決闘盤の墓地が輝き、光が溢れる。
 銀色の輝きがフィールドに出現し、宙を浮遊した。
 ゆっくり、膨張していく光の玉。そして――

 光が、はじけた。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!!」

 銀色の光の中より、竜が姿を現した。
 
 黄昏の力を宿す、白銀の竜。
 細身の翼を天空に広げ、雄たけびをあげる。
 きらきらとした光が、場に降り注いだ。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


「ラグナロク・ドラグーンの攻撃力は、素材としたモンスターの攻撃力の合計分アップする!」

 声高らかに、そう宣言するトール・アマミャー。
 白銀の竜が吼え、その身体が光に包まれる。
 

 ラグナロク・ドラグーン ATK2500→7300


「ラグナロク・ドラグーンの攻撃ッ!」

 天空に翼を広げ、飛び立つ黄昏の白銀竜。
 金糸雀が声をあげて威嚇するが、止まらない。
 光に満ちた天空を、銀色の竜が飛び交い、そして――

「――トワイライト・ブレイズッ!!」

 黄昏の炎が、撃ちだされた。

 炎が、真っ直ぐに天を貫いて駆ける。
 それは凄まじい速度で金糸雀に迫る。
 音が消え、全てが止まったような感覚が走る。

 炎が、金糸雀の身体を貫いた。

 苦しげに、翼を震わせる金糸雀。
 天を仰ぐと、その口から悲しげな声が漏れる。
 そして――その姿が、光となって、消滅した。

 金色の羽根が一枚、天から落ちてくる。

 それは木の葉のようにヒラヒラと動き、僕の目の前に落ちた。
 淡い輝きを放っている金色の羽根。
 だがそれも、はじけるようにして、消える。


 アルバート LP300→0


 ライフが0になり、決闘盤が音を立てた。
 立体映像が解除され、カードの姿が消えていく。
 会場が、静まり返る。

「……か、勝った?」

 沈黙を切り裂くようにして、長髪の少年が呟いた。
 それに後押しされるようにして、観客達がざわめいていく。
 そして――

「勝者! フィーバーズの雨宮透選手!
 よって決勝戦を制したのは、風丘高校代表チーム、フィーバーズ!!」

 審判の声と共に、会場内が爆発するような歓声に包まれた。
 拍手と、歓声。凄まじい音が体育館を支配する。

「や、やった! やったよ、雨宮君!!」

 向こうのチームメンバーが、トール・アマミャーへと駆けよった。
 はしゃいでいる長髪の少年と、微笑んでいる黒髪の少年。
 女子の一人が、うるうると涙を流す。

「ま、まさか、内斗様と一緒のチームで優勝できるなんて……!」

 感動しきった様子の黒髪の女子。
 もう片方の女子もまた、うんうんと頷き涙をぬぐっている。

「アルバート様……」

 後ろから声がして、僕は振りかえった。
 エリシアを先頭にして、そこには皆が立っている。
 僕は顔を伏せがちにしながら、微笑んだ。

「ごめん、皆。僕――」

 そこまで言った所で、エリシアが手で僕の言葉を制した。
 にっこりと、優しげに微笑むエリシア。

「ご立派でございましたよ、アルバート様」

「えっ……?」

 思いもかけぬ言葉に、顔をあげる。
 ローランドが薔薇を振りかざしながら、頷く。

「えぇ、素晴らしい戦いでした。さすがは我らの君主様。
 誰に恥じる事もない、正々堂々とした立ち振る舞いでしたよ」

「ろ、ローランド……!」

 微笑んでいるローランドを押しのけて、キアラが前に出た。
 感動した様子で泣いているキアラ。

「まさか、アルバート殿がここまで成長しているとは……
 竹の子の親まさりとはこのことでありんすね……!」

 しめじめとした様子のキアラ。
 僕はその言葉に、苦笑する。
 エリシアが、黙り込んでいるシルヴィアに向かって微笑んだ。

「あら、シルヴィア。どうしたのかしら、そんな遠くで」

「う、うむ……!」

 ローランドの後ろに隠れるようにして立っているシルヴィア。
 キアラが涙を引っ込め、からかうような口調で言う。

「そういえば、負けたらお尻ペンペンとか言ってたでありんすね。
 まさか実行する気でありんすか?」

「む、むっ……!」

 気まずそうに顔を伏せるシルヴィア。
 視線をそらしながら、小さな声で言う。

「あ、あれは、言葉のあやだ。
 第一、私自身勝てるかどうか分からない相手に負けたからといって、
 アルバート様を怒鳴りつけるような事はできぬ……」

 もごもごとした口調のシルヴィア。
 それを見て、僕たちは笑う。
 エリシアが微笑みながら、僕の頭に手をのせた。

 すっと、ハンカチを差し出す。

「さっ、アルバート様。涙をおふきになって下さい」

「えっ……?」

 驚いて、僕は自分の目をぬぐった。
 確かに、僕の目からは涙が流れている。
 戸惑いながら、言う。

「あ、あれ? 僕、おかしいな……」

 涙をふく。けど、止まらない。
 次から次へと、涙は流れて行く。
 顔を伏せながら、僕は呟いた。

「や、やっぱり、悔しいよ……!!
 皆の力を合わせたのに、僕、僕……ッ!!」

 うっ、うっと、自分でも情けないくらい涙が溢れる。
 そっと、優しげに、エリシアが僕を抱きしめた。

「それでいいのです。力があるからといって、勝てるとは限りません。
 力を合わせる事ができたというだけで、十分ですわ」

「え、エリシア……!」

 にっこりと、エリシアが微笑む。

「アルバート様はまだお若いですわ。
 まだ次の機会はあります。その時までに、実力を付ければ良いのです。
 我ら従者は、それまでの間、ずっと傍にいますわ」

 エリシアの言葉に、ローランドが微笑む。
 頭の後ろで腕を組みながら、キアラも頷いた。
 シルヴィアも、凛とした表情のまま僕を見つめている。

「ありがとう、皆……」

 涙声のまま、僕は小さくそう言った。
 そうだ。僕にはカードだけじゃない。
 カナリア・ウェイブスとしての仲間が、僕にはあるんだ……。

「素晴らしい決闘だったよ」

 気が付くと、トール・アマミャーのチームメンバー達が、
 僕達に近づいていた。涙をぬぐい、振りかえる僕。
 エリシアが、長髪の少年に対して微笑む。

「えぇ。ですが、第4戦の実質的な勝者はこの私ですので、
 チームとしては我々の勝利であるという事は、お忘れなく」

 余裕の表情で毒を吐くエリシア。
 長髪の少年の表情が、僅かに凍りついた。
 横に立つ黒髪の少年に向かって、彼がささやく。

「……やっぱり、一筋縄じゃいかないね」

 その言葉に、黒髪の少年が苦笑した。
 ずいと、トール・アマミャーが前に出てくる。
 無表情を浮かべているトール・アマミャー。
 思わず、緊張してしまう。

「な、なに……?」

「…………」

 無言で、右手を差し出してくるトール・アマミャー。
 僕は呆然と、その手を見つめる。これは、えーっと……
 目を見開いている僕に向かって、彼が静かに言った。

「……まさか、握手くらいは分かるよな?」

「あ……!」

 小さく言って、僕は理解した。
 くすくすと笑っているエリシア。
 慌てて、僕は差し出された手を掴む。
 
「あ、ありがとう……!」

「…………」

 微笑んでいる僕と、無表情の彼。
 ぱちぱちと、会場中から大きな拍手が起こる。
 トール・アマミャーの顔を見つめながら、僕は言う。

「次は、僕が勝つからね!」

 その言葉を聞き、渋い顔になるトール・アマミャー。
 何やら考えるような表情を浮かべ、沈黙する。
 そしてため息をつくと、静かに答えた。

「……次来る時は、ちゃんと『来る』って言ってから、来い」

 それだけ言うと、彼が握手の手を離した。
 ぶっきらぼうな様子で、僕に背を向けるトール・アマミャー。
 拍手が巻き起こる中、僕は静かに天井を見上げた。

 外では夕焼けが、鮮やかに空を赤く彩っていた。 

 お兄様。僕は今、素晴らしい仲間達に囲まれています。
 黄金の竜を使う彼との対決には負けてしまいましたが、
 それでもほんの少しだけど、前に進めました。


 いつの日か――


 お兄様の作った栄光と名誉を――


 復活させてみせます。


 風が、柔らかに吹き抜けた。
 僕の金色の髪と、白い制服が揺れる。
 どこか晴れ晴れとした心の中――

 ゆっくりと、僕は微笑んだ。





第五十話 Fleur de Blanche

「私は、白い色が嫌いだ」

 白い壁に向かって、私はそう言う。
 小さな部屋。白い壁に、白いベッド。白いシーツ。
 私の手に握られているのは、白い紙。

 柔らかな風が吹いて、髪がなびく。

「どうして?」

 想定された質問が投げかけられる。
 ほんの少しだけ、私はもったいぶるように間をとりもった。
 時計の針が進んでいく。紙を折りながら、答えた。

「だって、なんだかお高くとまった感じがするじゃない。
 自分だけは何者とも交わってない、穢れてないって感じでさ」

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべる。
 だけどすぐに、口元に手を当てながらくすりと微笑んだ。

「なに、それ?」

 親しげな言葉。だが私は真剣だ。
 この一折り一折りに、神経を集中させる。
 白い紙が形を変えて行く。口を開いた。

「それに、真っ白で一点の染みもないなんて、信用ならないわ。
 だってそんなの有りえないもん。有りえないもの程、怖い物はないわ。
 白い夜、甘くない砂糖、オスの三毛猫……全部、怖いじゃない」
 
「……そうかな?」

 反論がくる。だけど却下。
 私が怖いと言えば怖い。だって立派な真実だもの。
 少なくとも、この私の中では。
 
 最後の一折りを、終える。

「ふぅ……」

 額の汗をぬぐい、息を吐く。
 私の手には白い紙で出来たオブジェが。
 上半身を起こしたまま、尋ねてくる。

「それ、なに?」

「……カミヒコーキ」

 飛行機の形をしたオブジェを、掲げる。
 夕焼けの絵の具によって、色が赤く染まった。
 ぼんやりと、私はオブジェを見つめる。瞳の中に映るオブジェ。

 微笑みが、投げかけられた。

「お姉ちゃんって、不思議だね」

「そうかしら?」

「そうだよ。なんていうか、風の女王様みたい」

 その言葉に、私は顔をしかめた。
 オブジェを降ろし、ジトッとした目を向ける。
 
「空想の世界と、現実の世界の区別は、付けなきゃダメだよ」

 夕焼けが、目に染みた。

 白いベッド、白いシーツ、そして白いマクラ。
 そしてマクラの横に置かれた、古い小さな文庫本。
 背表紙に書かれたタイトルは、『風の女王と愉快な仲間達』。

 目に見えて、しょんぼりとする。

「ご、ごめんなさい……」

 そう言って、顔を伏せてしまう。
 私は文庫本を手に取った。
 ペラペラと、最初の数ページをめくる。

 "第一章 旅立ちの日"

「これ、どういう話しなの?」

 本を指差しながら、尋ねた。
 読み進めるが、内容が頭に入ってこない。
 顔をあげ、微笑む。

「えっと、風の国の女王様が、仲間と一緒に色んな国を旅するの。
 炎の国で王様と踊ったり、水の国で宝石を探したりして……」

「ふ〜ん」

 さらに数ページだけ進めてから、本を返した。
 活字は嫌いだ。例え活字君が頭を直接下げにきても、許す気はない。
 堅固な不可侵条約が、私達の間には結ばれている。

「風の女王様はとっても素敵で、頭も凄く良いの。
 だけどその言葉は気まぐれで、まるでそよ風みたいに透明なの。
 それで、部下の人達はとっても苦労するんだ」

「……ふむ」

 少しだけ考える。
 ほんの数十秒前の言葉、そして今の言葉。
 慎重に、言葉を選ぶ。

「で、私がそれに似てるってのは、どういう部分が?」

「えっ……」

 私達の会話が、唐突に遮断された。
 何やらあせったような様子。
 もじもじと、指を動かしている。

「そ、それは、もちろん、頭が良くて素敵な部分……」

 微妙に語尾が小さくなっていく。
 そしてそのまま、言葉が消えて行った。
 私達の間に沈黙が流れる。夕焼けタイム。

 オブジェを片手に、呟く。

「私は、白い色が嫌いだ」

 風が吹いて、私達の髪が揺れた。
 金色の髪の毛。キラキラと、鮮やかに光る。
 ふっと、静かに私はオブジェを投げた。

「あっ……」

 風に乗って、オブジェが窓から出て行く。
 夕焼けの空を、飛んで行くカミヒコーキ。
 真っ直ぐ夕焼けへと、進んでいく。

「……ねぇ、お姉ちゃん」

「なに?」

 飛んで行くオブジェを見ながら、聞き返す。
 世界の果てに行くには、搭載したエンジンが弱すぎたか。
 オブジェはふらついている。墜落五秒前。

 白い部屋に、言葉が響いた。

「お姉ちゃんはお高くとまってるって言ったけど、
 それって、孤独って事じゃないかな。周りには誰もいない空の上。
 白色さん、さびしくないのかな?」

「……さぁね」

 思いもよらぬ解釈。だけど私はそれを流す。
 そういう考えもある。それだけで十分。
 オブジェの動きがさらに鈍った。
 気まぐれな風が吹き、そして――

「あっ、やば……」

 オブジェが、奈落の底へと沈み始めた。
 加速を付けて、沈んでいくカミヒコーキ。
 着弾地点におわしますは、1人の影。

 緩やかな孤を描きながら、オブジェが中庭を掃除していた看護婦さんに当たった。

「こらーッ!!」

 鬼のような形相で声を荒げる看護婦さん。
 私はバッと身をひっこめると、床に置いてあった鞄を持った。
 ぴっと、額に右手を当てる。軍隊の敬礼のように。
 
 この場に必要な言葉は、たった一言。

「逃げる」

「うん、分かった」

 苦笑される。
 片手をあげ、微笑む私。
 夕焼けの色に染まった白い部屋を見ながら、言う。

「また明日、放課後になったら来るから」

「うん。待ってるよ」

 今度はちゃんと微笑んでくれた。
 スライド式のドアを転がし、廊下へ。
 顔だけ覗かせながら、手を振る。

「それじゃあね、ディン。風邪引いちゃ駄目よ」

「マリーお姉ちゃんもね」

 手を振りかえしてくれた。
 静かにドアを閉め、逃走経路を考える。
 ふと、病室の入り口に付けられたプレートが目に入った。

 "ディン・ハプリフィス"

 そこに書かれているのは名前。
 だけど、今の私に必要な情報ではない。

 いかにしてあの看護婦の目をかいくぐり病院を出るか。

 それが今回の勝負だ。
 敗北が意味するのは、歴史も動く程に長いお説教。
 絶対に捕まる訳にはいかない。

「……私は、白い色が嫌いだ」

 呟き、私は廊下を走り始めた。
 ちょうど、壁に掛けられた時計が鳴り始める。
 鳥の形をした時計。時を刻む音。


 ――ボーン、ボーンと、低い音が響く。

 
 それは白い廊下に響いて、溶けた。
 鞄をぶら下げながら、走る私。
 白い世界。私の足音が響く。

 勢いよく、扉を開いた。

「あっ……」

 扉を開けた瞬間、吐息にも似た声が響いた。
 淡い栗色の髪と、白い肌。見開かれた瞳。
 息を切らしながら、私は口を開いた。

「レーゼちゃん……」

「…………」

 顔をそらしてしまうレーゼちゃん。
 近くにいた看護婦さんが、私に近づく。

「あなたが、この子の保護者さん?」

「えぇ、まぁ……」

 額の汗をぬぐいながら、私は頷いた。
 カルテを片手に、何やらごにょごにょと話しかけてくる。
 鞄を床に下ろし、私は息を吐いて顔をあげた。

 そして、小さな声で呟く。

「私は、白い色が嫌いなのよ……」

 白い壁、白いベッド、白いシーツ。
 純白に支配された部屋。穢れなき色。
 どうしていつもこうなのだろうと、私は考える。
 白い色は嫌いだ。お高くとまった感じがして、それでいて――


 さびしい色だから。















 妖しげに輝く月。静かな闇夜。

 冷たい風が吹き抜け、夜空に舞う。
 凍てついた雰囲気。真っ暗な森。
 白い冷気が立ち昇り、闇へと消えて行く。

 漆黒の世界で、白い影が揺らめいた。

「……ふん」

 沈黙する世界に、小さな声が響く。
 白いドレスに身を包んだ銀髪の少女。
 美しい女神のような顔立ちに、腕に付けた決闘盤。
 
 冷え切った表情で、呟く。

「本当、馬鹿なお嬢さん……」

 静かに、少女が決闘盤を無造作に投げた。
 地面にぶつかり、砕け散る決闘盤。
 ばらばらになった破片が、一本の杖へと変化して少女の手に戻った。
 軽く息を吐く少女。視線を下へと向ける。

「精霊が見える程度で、このわたくしに勝てるとでも思ったのかしら?」

 氷のように冷たい言葉を投げかける。
 視線の先にあるのは、倒れている1人の幼い少女。
 乱れた栗色の髪に、苦しそうな表情。動かない身体。

 僅かだが、呼吸はしている。

「やはり、まだ死んではいませんでしたか。
 精霊がとっさに防御したか、それとも悪運が強いのか……」

 口元に手を当てながら、銀髪の少女が冷静に分析する。
 冷たい夜風が吹き、森の木々が揺れる。
 闇の中に、黄色の瞳が浮かび上がった。

「いずれにせよ、あなたはもう終わりですわね。
 ここまでやってくれた以上、見逃す事はできません。
 お望み通り、地獄へ送ってさしあげましょう」

 低い声で、そう宣告する銀髪の少女。
 ざわざわとその髪の毛が生き物のように動き、
 大気が凍りつき、きらきらと輝き始めた。

 パキパキと、銀髪の少女の足元が凍りつく。

「さぁ、安らかに、御眠りなさい」

 静かに、それでいて一片の慈悲もなく宣言する少女。
 心なしか、女の子の身体が怯えたように震える。
 大気が凍りつき、凄まじい冷気が女の子へと這い寄った。
 月が一瞬、雲に隠れる。周辺が薄暗くなった。

 そして、悲しげなまでに静かな森に――


「お前の存在は、街を汚す」


 その声が、響いた。
 ハッとなって顔を上げる銀髪の少女。
 瞬間、巨大な火球が凄まじい速度で迫っている事に気付く。

「なっ!?」

 声を出すのと同時に、銀髪の少女に炎が直撃した。
 衝撃と爆音。辺りが白い煙に包まれる。
 そして漆黒の森より、近づいてくる一人の足音。

「…………」

 黒い装束に身を包んだ人物が、闇の中より姿を現した。
 まるで死神のように、黒一色に包まれた姿。
 ジャラジャラと、銀色のチェーンが揺れて音を鳴らす。

 紅い瞳が、闇の中に浮かび上がった。

 そしてその後ろに付き従うように浮かぶ、真紅の竜。
 黄色の瞳を細め、その全身を炎が逆巻いた。

「…………」
 
 倒れている女の子の前まで来る紅い眼の人物。
 血のように赤い瞳が、倒れている女の子へと向けられた。
 沈黙が続く中、煙が徐々に晴れていく。

「お前は、紅い眼……!」

 煙が晴れた先、銀髪の少女が忌々しそうに呟いた。
 その前には薄い氷の壁が張られ、周りの景色を僅かに映している。
 ガシャンと音を立て、氷が砕けた。
 
 銀髪の少女が、睨みつける。

「不意打ちとは、やってくれますわね……!」

「…………」

 怒り狂った様子の少女とは対称的に、
 どこか余裕ある様子で沈黙している紅い眼の人物。
 乱れた衣服を整え、銀髪の少女が杖を構える。

「いずれにせよ、あなたから出向いて下さるとは好都合ですわ。
 キングのためにも、邪魔者は消させて頂きましょう」

 再び、その全身から凍てつくような殺気が溢れた。
 凄まじい冷気がその場を支配し、渦巻く。
 真紅の竜が、威嚇するように吼えた。

「…………」

 沈黙している紅い眼の人物。
 一瞬、目の前の精霊から目を離すと、
 倒れている女の子に視線を向けた。
 何か考えているような様子の紅い眼。顔をあげる。

 銀髪の少女が、杖を投げた。

 杖が砕け、銀色の決闘盤となって少女の腕に戻る。
 黄色の瞳を向け、銀色の髪をかきあげる少女。
 その足元が凍りつき、刺すような冷気が広がる。

「わたくしはチェスの四騎士の一角、
 クイーン・オブ・アイス、フリージア!
 紅い眼の決闘者、キングの命によりあなたを――」

 そこまで銀髪の少女が言った時――
 不意に、少女の背を何かが突いた。

「ッ!?」

 驚き、勢いよく振り返る少女。
 誰もいないはずの背後に、一匹の獣の姿が見えた。
 赤茶色の体毛に、四つの足。大きな尻尾。
 尻尾の先では赤い炎がチラチラと燃えている。

「き、きつね火……?」

 呆然とした口調で、少女が呟いた。
 その言葉を聞き、どこか偉そうな様子できつね火が頷いた。
 

きつね火
星2/炎属性/炎族/ATK300/DEF200
表側表示で存在するこのカードが戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚のための生け贄にはできない。


「――速攻魔法、モンスターボム」
 
 おもむろに、紅い眼の言葉がその場に響いた。
 ハッとなって振り返る銀髪の少女。
 その目に、1枚のカードが映る。
 決闘盤を構えながら、紅い眼が静かに言った。

「場のモンスターを破壊し、相手ライフにダメージを与える……」


モンスターボム 速攻魔法
自分フィールド上のモンスターを1体選択して破壊する。
相手に1000ポイントのダメージを与える。


「なっ!?」

 目を見開く銀髪の少女。
 少女の後ろのきつね火がバンザイのような格好をとった。
 その身体が赤く輝き、そして――

 凄まじい爆発が、その場に巻き起こった。

「ぐっ……!!」

 衝撃に巻き込まれ、声をあげる少女。
 ばさばさと、爆風によってドレスが揺れる。
 赤い火の粉が舞い散り、焼け焦げた匂いが辺りを漂った。

「くっ。わ、わたくしとした事が、よもや二度までも……!」

 顔をあげる銀髪の少女。
 鋭い視線を前に向けるが、そこに紅い眼の姿はない。
 倒れていた女の子の姿もまた、どこにも見当たらなかった。

「ッ!!」

 ぶるぶると、怒りに震える少女。
 銀色の髪がざわざわと乱れ、火の粉が一瞬で凍りつく。
 周りの木々もまた、次々と凍りついていく。
 決闘盤が砕け、杖へと変化する。杖を構える少女。そして――
 
 杖で地面を叩いた瞬間、周りの木々が一瞬にして砕け散った。















 闇夜の中、黒い影が静かに歩んでいた。
 
 漆黒に溶けた姿。燃えるような赤い瞳。
 その目には、何の感情も浮かんでおらず、
 ただ自分の前に広がる闇を見つめている。

 そしてその手に抱きかかえられた、1人の少女。
 
「…………」

 無言のまま、歩みを進めて行く紅い眼。
 やがてある建物が見えると、足を止める。
 ゆっくり、コンクリートの地面に少女を降ろす紅い眼。
 どこからともなく決闘盤を取り出すと、構える。

「儀式魔法、ブラック・エクスプロージョン……」

 おもむろに、1枚のカードを取り出す紅い眼。
 決闘盤に差し込むと、闇の中にその1枚が浮かび上がる。
 漆黒の炎が、逆巻いた。


ブラックエクスプロージョン 儀式魔法
「クリムゾンロードドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄にしなければならない。自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外することで、自分のデッキから炎属性
モンスターを4枚まで選択して墓地におくる。


 炎が闇を照らすように蠢き、やがて1つの形へと変化する。
 悪魔のような翼。凶暴そうな牙。全身を覆う紅い鱗。
 真紅の炎が渦巻き、巨大な竜が姿を現した。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 グルルルと喉を鳴らしている竜。
 無言のまま、紅い眼が指を伸ばす。
 そしてゆっくりと、言葉を放った。

「やれ」

 それに応えるように、咆哮をあげる竜。
 真紅の炎が逆巻き、その口から射出される。
 猛烈な速度で突き進む炎。そして――

 凄まじい光と爆発音が、その場に巻き起こった。

「な、なんだ!?」

 建物から、人が出てくる。
 青い制服を着た警備員。
 慌てた様子で、辺りを見回している。
 そしてその後ろから出てくる、白い服を着た青年達。

「何があったんですか!?」

「あ、ドクター! いや、それが私にも――」

「先生! 人が倒れています!」

 悲鳴のような声をあげ、若い看護婦が指差した。
 視線をそちらの方へと向けるドクター。
 幼い少女の姿を、見つける。

「ストレッチャー持ってきて!」

 少女の方へと駆けながら、ドクターが大きく叫んだ。
 頷き、建物の中へと駆けて行く看護婦。
 がやがやと、建物の前が騒がしくなる。

「…………」

 『国立風丘病院』と書かれたプレート。
 その前に立つ紅い眼が、無言でその様子を眺めている。
 近くに赤い竜の姿はどこにもなく、決闘盤もない。
 ただ漆黒の影のような姿だけが、そこにはある。

「…………」

 病院の中へと運ばれていく少女。
 それを見届けると、紅い眼は無言で歩き出す。
 街に広がる夜の闇。漆黒の帳へと進み行き――

 やがて、その姿が見えなくなった。















「……やっぱり、怒ってる?」

 二人きりになった白い部屋。
 おずおずとした様子で、話しかけてくるレーゼちゃん。
 弱々しく、シーツを握っているのが見えた。

「怒ってるわよ」

 きっぱりと、私は答えた。
 その手元には真っ赤なリンゴ。
 神経を集中させ、果物ナイフを動かす。

「置き手紙を残して、いきなりいなくなって、
 しかも翌日の朝に病院から連絡だなんて、
 私だってそこまで非常識な事はしないわ」

「……ごめんなさい」

 ベッドに横になったまま、頭を動かすレーゼちゃん。
 シャリシャリと、リンゴの皮がむける音が響く。
 生意気な事に、こいつなかなか手強い。

「あ、あの、私がやろうか……?」

 見かねたのか、レーゼちゃんが尋ねてくる。
 だけど私がキッと睨みつけると、黙った。
 これはリンゴと私の戦いだ。邪魔はさせない。

「なにがあったのよ?」

 戦いを続けながら、尋ねる私。
 ベッド傍の窓から風が吹き込み、白いカーテンが揺れる。
 視線をそらすレーゼちゃん。傍らのカルテを読み上げる。

「全身に軽い凍傷。命に別状はないが、
 経過観察のためしばらくの入院を推奨す、ねぇ……」

 何やら複雑そうなデータの末に出された結論。
 仰々しい書き方だが、大したことはないらしい。
 リンゴの皮むきに戻る。

「冷凍室でアルバイトでもしてたの?」

「…………」

 私の質問に対し、レーゼちゃんが黙って何かを差し出してきた。
 薄い青色の、ポストカードのようなもの。
 きらきらと光っており、触れてみると冷たさが伝わってくる。

「…………」

 無言で、私はポストカードの内容を読む。
 リンゴとは一時休戦。和平交渉中だ。
 備え付けの時計の針が、時を刻む。

「……なるほどね」

 読み終わった後、私はポストカードを近くのゴミ箱へと捨てた。
 レーゼちゃんが少しだけ驚いたが、気にしない。
 果物ナイフを、リンゴへとあてがう。交渉は決裂だ。

「これ、私宛てだよね」

 低い声で、私はそう言った。
 泣きそうな表情になるレーゼちゃん。
 シャリシャリという音だけがしばらく響く。

「どうして、私への招待状を使って、
 レーゼちゃんがダンスパーティーに行ったの?
 そういうのって、マナー違反だよね」

「……ごめんなさい」

 消え入るような声で言うレーゼちゃん。
 別に私は謝ってほしい訳じゃない。
 ただ、理由が聞きたいだけ。何事にも理由はある。

 静かに、もう一度尋ねた。

「どうして、こんな事したの?」

「…………」

 黙り込んでしまう。
 窓から差し込む光が眩しい。
 青い空と、赤いリンゴ。白い部屋。
 リンゴの皮をむく音だけがうるさい。

「……お姉ちゃんに、心配かけたくなかったから」

 ポツリと、レーゼちゃんが答えた。
 瞬間、私の手が止まり、リンゴの皮がブツリと切れた。
 一本の帯のようになった皮が、床に落ちる。

「あっ」

 思わず、声が漏れた。
 白い床に倒れているリンゴの皮。
 仕方なく、私はそれを拾い上げてゴミ箱に。

「もう少しだったのになぁ」

 ほんの少しだけ皮が残ったリンゴ。
 それを見ながら、私はため息をついた。
 勝負は私の負け。やはりリンゴは手強い。

 風が吹いて、白いカーテンが揺れる。

「はい、あ〜ん」

 何とかして切り分けたリンゴ。
 爪楊枝をさしたそれを、差し出す。
 頬を赤く染めるレーゼちゃん。

「そんな、恥ずかしいよ……」

「別に、誰が見てる訳じゃないんだから、良いじゃない」

 ずいと、リンゴを近づける。
 少しだけ考える様子を見せてから、
 レーゼちゃんが上半身を起こした。
 そして差し出されたリンゴを、一口かじる。

「おいしい?」

「……うん」

 もぐもぐと口を動かしながら、頷くレーゼちゃん。
 私もまた、リンゴを口の中に入れる。
 甘酸っぱい味が広がり、飲み込んだ。

「ふぅ……」

 息を吐き、おもむろに私は手を伸ばした。
 そしてリンゴを噛んでいるレーゼちゃんの頬っぺたを――
 おもいっきり、引っ張った。

「ふぇ!?」

 予想外の行動だっのか、声をあげるレーゼちゃん。
 びっくりとした様子で、目を見開いている。

「ほ、ほねぇひゃん!?」

 その口から間の抜けた声が漏れる。
 じっと、私は無表情のままその顔を眺めている。
 時計の針が少し進んだ所で、私は手を離した。

「勝手な事した、罰」

「えっ……?」

 ほっぺを抑えているレーゼちゃん。
 指を伸ばし、突きつける。

「レーゼちゃんはまだ子供なんだから、背伸びしなくて良いの。
 子供は子供らしくするのが一番よ」

「え、えっ? あの……」

「返事は?」

 ちょっとだけ威圧的に尋ねる。
 しばらく戸惑った様子のレーゼちゃんだったが、
 視線を伏せがちにして小さく頷いた。 

「はい……」

「うん、それで良いのよ」

 微笑んでから、そっと抱きしめる。

「あっ……」

 レーゼちゃんの口から吐息が漏れた。
 互いの温度が肌から伝わってくる。
 ゆっくりと、時間が流れていく。

 風が吹いて、カーテンが揺れた。

「…………」

 眠ってしまったレーゼちゃんを前に、ぼんやりとする。
 窓から見える夕暮れの空。オレンジ色の光が降り注いでいる。
 さっきまで降っていた雨は、既にやんでいた。

 携帯が震えた。

 取り出して、開く。
 差出人はクラスメイトの天野ちゃん。

「……そっか、勝ったんだ」

 メールを見て、私は呟いた。
 携帯を閉じる。パタンと小気味の良い音が響いた。
 安心したせいか、力が抜けた。
 夕焼けの色が目に染みる。

「私も、後でゼファーに連絡しとかないとね……」

 呟いてから、大きなあくびが出た。
 椅子の背によりかかり、手の平に頭をのせる。

 不意に、目の前を白い色が横切った。

 白い紙で出来た飛行機のオブジェ。
 夕焼けの空に染まって、赤く燃えている。
 目を見開いて、部屋の隅を見た。

 1人の少女が、そこには立っている。

 金色の髪に、青い瞳。白い肌。
 白い色のパシャマを着た、弱々しい姿。
 にっこりと、微笑む。

「白い色、嫌いなの?」

 昔と変わらぬ口調で。
 穏やかに微笑みかけてくる。
 冷や汗を流しながら、答える。

「えぇ。お高くとまってるし、それになにより――」

「なにより?」

 目をぱっちりと見開きながら、尋ねてくる。
 視線をそらした。

「あんまり、良い思い出がないから」

 沈黙が流れた。
 時計の音だけが耳に入る。
 顔をあげると――そこには誰もいない。

「あれ……?」

 声をあげると同時に、

「それっ」

 窓の近くから、声がした。
 窓の枠に腰かけている少女。
 飛行機の形をしたオブジェを、外に向かって投げる。

 夕焼けの空に、白い色が映えた。

「どこまで行けるかな?」

 無邪気に微笑む。
 私は黙って肩をすくめた。
 飛行機のオブジェは風にあおられ……
 やがて、下へと落ちて行く。

「あ〜」

 残念そうな口調。
 少しだけガッカリとした様子になりながら、私を見る。
 ぱっちりとした瞳が向けられた。
 
「ねぇ……」

 優しく、語りかけるような口調。
 穏やかな様子で、言う。

「もし何かになれるとしたら、何になりたい?」

 質問が投げかけられた。
 部屋を照らす赤い夕焼け。2人っきりの空間。
 白いカーテンが揺れる。

「私は……」

 ゆっくりと、まるで頭の中に直接響くような声。
 悲しげな目を窓の外へと向けている。
 きらきらと輝く金色の髪が、揺れた。

「風になって、世界のどこまでも行ってみたいな」

 はっきりとした言葉が、世界に響いた。
 振り返り、にっこりと微笑んでくれる。
 そっと、私は手を伸ばした。

 雨が、伸ばされた手に当たる。

 灰色の雲に、冷たい空気。
 伸ばされた手に、しとしとと降る雨。
 黒い色の傘を片手に、私は立ちつくしている。
 
 目の前にあるのは、小さな白い墓標。

 雨音だけが響く世界。
 真新しい墓標は、磨かれたように綺麗に存在している。
 白い墓標を前にして、私はそっと口を開いた。

「……お姉ちゃん」

 呼びかける声がした。
 はっとなって、顔をあげる。
 レーゼちゃんの顔が、そこにはあった。

「あ、あれ……?」

 きょろきょろと、辺りを見回す。
 白い部屋に、白いベッド。
 窓の外の太陽は沈み、暗い夜が訪れている。

「気がついた?」

 看護婦さんが苦笑しながら、そう尋ねてくる。
 レーゼちゃんが不安そうに私を見た。

「大丈夫? お姉ちゃん」

「あっ、え、えぇ。平気よ平気。ちょっとうたた寝してただけ!」

 そう言って、床に置いた鞄を持って立ち上がる。
 大きく伸びをして、あくびを噛み殺す。
 そうしてから、ベッドの上のレーゼちゃんに向かって、微笑んだ。

「大丈夫よ。それじゃあ、また明日も来るね。おやすみ!」

「あっ、うん。おやすみなさい」

 きょとんとしつつ、手を振りかえしてくれるレーゼちゃん。
 私は近くの看護婦さんに会釈をすると、部屋から出て行く。
 後ろ手にドアを閉めると、私はゆっくりと息を吐いた。

「やっぱり、白い色は嫌いよ……」

 小さく呟き、歩き出す。
 病院の中は騒々しいが、その音は私には届かない。
 ツカツカと歩きながら、胸ポケットからある物を取り出す。

 青白く輝く、メッセージカード。

 裏にはただ時間と場所だけが示されている。
 チラリと確認してから、それをポケットに戻す。
 暗い夜の闇を横目に、私は病院の出口へと歩いて行った。





 


 
 















 そこは薄暗い部屋だった。

 重苦しい空気が流れる、小さな部屋。
 部屋には何もなく、ただ闇だけが存在している。

 そして闇の中心に浮かぶ、純白の人影。

 銀髪に、白いドレス。銀色のティアラ。
 目を閉じ、何かを思案しているような格好。
 冷たい風が、渦巻くように少女の周りを流れている。
 部屋の床は凍りつき、鈍い輝きを放っていた。

 パキッという、氷を踏む音が響く。

 目を開ける少女。
 音のした闇の中へと、黄色の瞳を向ける。
 闇の中より、穏やかな声が響いた。

「やぁ、フリージア」

「……レウィシアですか」

 鋭い視線を向けながら、呟く少女。
 その言葉は周りの空気よりも暗く、冷たい。
 闇の中の人影が、微笑んだ。

「冷たいなぁ。僕らは同じチェスの四騎士の1人。仲間じゃないか」

「仲間?」

 一瞬、眉をひそめる少女。
 だがすぐに、余裕そうな微笑みを口元に浮かべた。
 くすくすと、笑いながら口を開く。

「御冗談を。あなたのような人間もどき、
 わたくしたちと対等とは思わない事ですわね」

 冷たく、それでいて鋭い言葉を投げかける少女。
 だが闇の中より帰って来たのは、笑い声。

「ははっ、酷い言われようだね」

 場違いなくらい明るい声で、人影が話した。
 顔から微笑みが消えるフリージア。
 闇の中、人影が腕を伸ばす。

「それに、その『人間』ってのが良いじゃないか。
 君達のような精霊と違って、僕は自由だ」

 くすくすと馬鹿にしたように笑う人影。
 少女の周りから、すっと温度が消えた。
 無表情の少女。おもむろに、言う。

「あなた、死にたいのかしら?」

「ふふっ、怖いなぁ」

 なおもふざけた口調で返す人影。
 すっと、少女の腕が動いた。瞬間――

 氷と雷が、部屋の中で交差した。

 驚き、目を見開く少女。
 いつのまにか、人影の姿が消えている。
 そして――

「こっちだよ」

 がっと、強い力で少女が後ろから押し倒された。
 短い声をあげる少女。持っていた杖が床に転がる。
 馬乗りのような格好になりながら、人影が少女の喉を掴んだ。
 苦痛そうな表情を浮かべる少女に向かって、人影が言う。

「ねぇ、君達は、何をしているの?」

 先程とは打って変わった冷たい声。
 無表情のまま、少女を見下ろしている。

「キングの命令も守らず、邪魔者は倒せず、
 ただただ無為に存在しているだけ。
 精霊だか何だか知らないけどさ、君達、いらないよ」

「ぐっ……!」

 ギリギリと喉を締め付けられ、苦しそうに声をあげる少女。
 人影は何の感情も浮かべずに、それを眺めている。

「まだ僕には記憶が足りないんだ。それに時間も。
 キングのためとはいえ、僕が出る訳にはいかない。
 だからさ、君達にはがんばって欲しかったのに」

 残念そうに、それでいて無感情のまま話す人影。
 喉を締め付ける力が増し、少女の顔が苦痛に歪む。
 少女が目を見開き、睨んだ。

「こ、の……ッ!!」

 ざわざわと銀髪がざわめく。
 一瞬、少女の全身が凍りつくように冷えた。

 純白の冷気が爆ぜ、キラキラと輝く。
 
 人影がのけぞるように手を離した。
 息を切らしながら、少女が立ち上がる。
 殺意に満ちた目を向けられ、人影が微笑んだ。

「ごめんごめん! ちょっと言い過ぎたね!」

 ヘラヘラと明るい声で言う人影。
 まるで掴み所のない様子のまま、続ける。
 
「さっきも言ったけど、僕達は大切な仲間だもの!
 僕はまだ記憶が曖昧だし、やっぱりクイーンの駒である
 フリージア――君だけが頼りなんだよ!」

 芝居がかった口調が闇の中に響く。
 少女は明らかに不愉快そうな表情でそれを見ていた。
 ポンと、人影が少女の肩に手をのせる。

「さっきの事は謝るよ。仲直りしよう! ね?」

 無邪気な笑顔を浮かべている人影。 
 だがそれが造られた顔である事は、少女も知っていた。
 冷たい眼を向けながら、静かに言う。

「別に、あなた如きに心配されるような必要はありませんわ。
 確かに昨夜は邪魔が入りましたが、それも一時の事。二度目はありませんわ」

「邪魔?」

 首をかしげる人影。
 少女が苦い表情を浮かべた。
 そして吐き捨てるように、言う。

「あの、忌々しい紅い眼ですわ」

「あぁ、あいつか」

 軽い口調で頷く人影。
 口元に手を当てながら、僅かに笑う。
 闇が深まる中、少女がさらに言葉を続けた。

「紅い眼はともかく、すでに次の手は打ってありますわ。
 今夜こそ、キングの邪魔者は一掃されるでしょう。
 そうなれば、この盤面で負けはありませんわ」

 淡々と、事実を述べる少女。
 その言葉を、人影が考えるように吟味する。
 やがて、人影が微笑んだ。

「君がそう言うなら、きっと間違いはないんだろうね」

 ヘラヘラと笑っている人影。
 少女は何も言わず、床に落ちている杖を拾った。
 杖を構え、目を閉じて集中する少女。
 周りの空気が渦巻く。

「なんなら――」

 明るい声が響いた。
 顔をあげる少女。人影がにっこりと微笑む。

「僕も協力しようか? チェスの四騎士最後の1人、
 ナイト・オブ・ライトニングであるこの僕――レウィシアが」

 ばちばちと弾けるような音が鳴り響き、雷光が走った。
 一瞬、闇の中に隠されていた人影の姿が浮かび上がる。
 短く切られた髪に、幼さが残る顔立ち。薄紫色の瞳。
 
 嘲るような笑みを浮かべた少年の姿が、そこにはあった。
 
 余裕そうな態度のまま、少女を見つめている少年。 
 純白の少女が、冷たい表情のまま答える。

「先程も申したように、わたくしはあなたを認めておりません。
 それにあなたはキングのお気に入りでしょう?
 キングの命令通り、キングを守って差し上げたらいかがです?」

 見下すような目を向ける少女。
 少年は何も言わず、ただニコニコと笑っている。
 一陣の冷たい風が吹き、少女の姿が消えた。

 残された闇の中、笑い声が響く。

「人間、ねぇ……」

 クスクスと笑っている少年。
 自分の掌に視線を向け、ぼんやりと見つめる。
 フッと、少年が息を吐いた。

「まぁ、いいさ。それよりも、問題は記憶だな」

 先程とは真逆の、冷たい声を出す少年。
 凍りついた床の上を、ふらふらと歩く。

「まだまだ足りない。僕は記憶を取り戻さなくちゃならないんだ。
 そうしないと、僕の存在に意味はない。僕は、僕は……」

 少年の手から電流が走る。
 一瞬、少年の脳裏に1人の女性の姿が思い浮かんだ。
 明るく、微笑んでいる女性。だがそれも、すぐに消える。

 闇の中に溶け込むようにして、少年の姿が消えた。















 冷たい風が吹いた。

 夜空に浮かぶ妖しげな月。漆黒の空。
 星が瞬き、薄雲が闇をもたらす。
 凍てついた雰囲気に飲み込まれた静かな森の中で――

 2人の少女が、向き合っていた。

 金髪を揺らす青い瞳の少女と、黄色い瞳を持つ銀髪の少女。
 初対面ながら、2人の間に穏やかな空気は微塵も流れていない。
 無言のまま、ただ互いに睨み合っている。
 
 ゆっくりと、銀髪の少女が口を開いた。

「今度こそ、招待に応じてもらえて光栄に思えますわ」

 冷たく、油断ない口調で話す銀髪の少女。
 風に吹かれて、その髪の毛が揺れた。
 金髪の少女が、白い息を吐きながら言う。

「えぇ、そっちのお気遣いに感謝させてもらうわ」

 軽く、それでいて鋭い言葉を話す金髪の少女。
 透き通るような青い瞳を揺らし、見つめる。
 睨みあう2人。しばしの沈黙が流れる。

 凍りつく空気の中、金髪の少女が呟くように言った。

「……自己紹介くらいしときましょうか」

「……そうですわね」
 
 その言葉に頷く銀髪の少女。
 杖を片手に、優雅な動作で一礼する。

「わたくしの名前はフリージア。
 チェスの四騎士の1人。称号はクイーン・オブ・アイス」

 冷たい風が吹き、その足元が凍りついた。
 顔をあげ、金髪の少女の方を見るフリージア。
 金髪の少女が自分の胸に手を当てる。

「私の名前はディン・ハプリフィス。
 グールズ幹部の1人。異名は風の女王(ラ・レーヌ・デ・ヴァン)」

 風が吹き、ばさばさと金色の髪が揺れた。
 鋭い光を宿した青い瞳を向けるディン。
 2人の間を、切り裂くような風が通り抜けて行く。

「……こんなところかしら」

「……えぇ、そうね」

 互いに納得した風に、頷いた。
 フリージアが杖を投げ出し、ディンが鞄に手を伸ばす。
 砕け散った杖が決闘盤へと変化し、フリージアの腕へ戻った。
 鞄から取り出した決闘盤を、腕へと付けるディン。
 デッキケースから、デッキを取り出す。

「……正直に申しますと」

 空中をなでるようにして、デッキを取り出すフリージア。
 口元にほんの少しだけ、余裕そうな笑みを浮かべる。

「昨日のお嬢ちゃんの件について、
 何か恨み言の一言二言が飛んでくるものかと思ってましたわ」

 デッキをセットしながら、くすくすと笑うフリージア。
 その言葉を聞き、少しだけ睨みつけるディン。
 だがすぐに、腕に付けた決闘盤を上げる。

「別に。ここに来た時点で、もう言葉はいらないでしょ」

 決闘盤を見せつけるようにするディン。
 デッキがセットされ、決闘盤が展開する。
 フリージアの顔から、笑みが消えた。

「……その通りですわね」

 素直な様子で、頷いて見せるフリージア。
 その胸元で揺れる十字架のペンダントが、鈍い光を放った。
 重苦しい空気が、2人の間を包み込む。

「…………」

「…………」

 相手の力量を測るかの如く沈黙する両者。 
 纏わりつくような漆黒の闇。息がとまるような威圧感。
 そんな闇の中にいて尚、彼女達は平然としていた。

「あなた、勝てるとお思いかしら?」

 見下すような視線を向け、尋ねるフリージア。
 何の動揺もなく、ディンが答える。

「さぁね。私は自分の運命を風に任せるだけよ。もっとも――」

 言葉を切るディン。
 静かな殺意を向けながら、ゆっくりと言う。

「負けるとは、思ってないけどね」

「……愚かな」

 静かに呟き、ため息をするフリージア。
 月が雲に隠れ、2人の間の闇が深まる。
 ざわざわと森が騒ぎ、木々が蠢いた。

「……それでは、そろそろ」

「そうね」

 軽い口調で頷いて見せるディン。
 両者が決闘盤を構え、無言で向き合う。
 静かな時間。何の音もない時が、刻まれていく。

 薄雲が動き、そして――


「――決闘」


 月が出た瞬間、2人の口から静かな言葉が漏れた。
 漆黒の空に浮かぶ、妖しい金色の月。
 深い闇が、森の中を包み込んでいる。

 ビュウと、冷たい風が音を立てて吹き抜けて行った……。





第五十一話 Prunelle de Glace

「え?」

 放課後、いつもの白い病室。
 穏やかなオレンジ色に包まれながら、私は聞き返す。
 窓から差し込む夕陽を背に、微笑んだ。

「だから、お姉ちゃんは将来、何になりたいの?」

「将来〜?」

 うーんと、顎の所に手を当てる。
 クルクルと、さっき折った折り鶴を指の上で回した。
 翼を広げ、踊る鶴。思考の果てに、答える。

「まぁ、私の夢なんてささやかな物よ」

「どんなの?」

 無邪気な好奇心が向けられる。
 目を輝かせながら、私の答えを待つ妹。
 フッと、私は微笑んだ。

「そうね。まずは小さくても良いから自分のお店を持ちたいわ。
 昔からケーキ屋さんになって、お菓子を作って食べたかったの。
 で、私は可愛いからお店は繁盛して、テレビにも話題の人物として出て、
 それがキッカケでアイドルデビュー。歌手としてチヤホヤされて、
 最終的には人気が絶頂の中、お金持ちのイケメンと玉の輿で結婚して引退、
 それからは幸せな家庭を築いて終わりって感じかしら。ささやかでしょ?」

「…………」

 笑顔のまま、口を開けて固まっている我が妹。
 心なしか冷や汗をかいているようにも見えるけど、体調悪いのかしら。
 ピンと、指の先の折り鶴を弾く。

「それで――」

 折り鶴が花瓶の横に見事着地した。
 その事に感動しながら、顔を向ける。

「ディンはどうなの? 何になりたいの?」

「え、私?」

「そうよー。私にだけ聞くのはズルい。マナー違反よ!」

 私がビシッと言うと、困ったような表情を浮かべてしまう。
 もじもじと指を動かしながら、うつむき気味に考えている。
 チクタクと、時計の針が進む音だけが響いた。

「……風に、なりたい」

 おもむろに、ディンが呟いた。
 私はしばし考え、ナースコールを押すべきかどうか迷う。
 不審そうに見る私の様子に感づいたのか、ディンが慌てる。

「ま、待って! 変にはなってないよ!」

「……本当?」

 疑わしそうに見る私。
 いつでもナースコールできるように、身構える。
 恥ずかしそうに、ディンが続ける。

「私、ほとんどここから出た事ないから……。
 その、風みたいに、色んな場所に行きたいなって……」

「…………」

 私はナースコールから視線をそらす。
 窓の外から見える景色を見ているディン。
 金色の髪が、そよ風に吹かれて揺れている。

「元気になったら、学校にも行きたいな……。
 お友達とか作って、一緒に宿題したりして、遊んで――」

 そこまで言った所で、言葉が途切れた。
 ぐにぃと、私の手が妹の頬を掴んでいる。

「!?」

 驚き、目を見開いているディン。
 私は小悪魔のような笑みを浮かべる。

「なーにセンチメンタルになってるのよ」

「ほ、ほねぇひゃん?」

「そんな風だなんだって、仰々しい。良い? 
 夢ってのは妙に高い物に設定しない限り、
 意外と叶ったりするものよ。例え姿形は違ってもね」

 私の言葉を、ポカンとして聞いているディン。
 頬から手を離すと、おずおずと言う。

「で、でも、私は――」

「あーもう、じれったいわねー」

 ぱっと、今度はディンの手を握った。
 色白で弱々しい手。ほのかな温かさが伝わる。
 にっこりと、私は笑った。

「いこ!」

「え? ど、どこに?」

「決まってるでしょ、外よ。風になりたいんでしょ?」

「い、いや、でも――」

 口から漏れかけた言葉を打ち消すように、
 私は妹の身体をぐいとベットから引きずり下ろした。
 そして戸惑うディンの手を引きながら、病室を飛び出す。

 白い廊下に、私達の足音が響く。

「お、お姉ちゃん! まずいよ!」

 ディンが小走りに走りながら言うが、私は微笑んだ。

「安心なさい、私はこの病院のプロよ。
 看護婦の通る時間にルート、抜け道その他全部把握してるから!」

「そ、そういう意味じゃないよー!」

 普段の落ち着いた雰囲気とは対照的なディンの姿に、私は笑った。
 金色の髪の毛を揺らしながら、駆ける私達。
 廊下ですれ違う患者さん立ちが、不思議そうにこちらを見ている。

 手を繋ぎ、走る私達。

 中庭に出ると、真っ直ぐに裏門へ。
 誰もいない事を確認すると、そこから外の世界へと出る。
 夕焼けが照らす街の道を、ただ2人で走った。

 そして――

「とうちゃ〜く!」

 その場所につき、私は声をあげた。
 その後ろではディンが、ハァハァと息を切らしている。
 汗をながしながら、疲れ切った表情のディン。
 どこか抗議するように、声を振り絞る。

「お、お姉ちゃん……」

 青い瞳が、私へと向けられた。
 私はなだめるように両手を広げながら、言う。

「ほらほら、こっちこっち」

「……?」

 疲れているせいか、まだよく分かっていない様子のディン。
 私はその肩に手をのせると、やや強引にその身体を前に出す。
 顔をあげたディンが、呟いた。

「あ……」

 目の前に広がる光景。

 それは小高い丘から見下ろした、私達の街の姿。

 空では夕焼けの色が抜けるように広がり、
 その果てでは薄暗い星空が広がりかけている。
 沈みゆく夕陽。小高い丘に出来た公園に、私達はいた。

「どう?」

 尋ねる私。
 ゆっくりと、ディンが答えた。

「……綺麗」

 目の前の光景をじっと見つめているディン。
 私もまた、手を後ろで組みながら、その空を眺める。
 並んで立つ私達の間を、風が通り抜けた。

 穏やかに、私は微笑んだ。

「風になんてならなくても、外の世界を見る事はできる。
 夢は意外と叶うのよ。例え、その夢の姿形が変わってもね」

「……うん」

 小さな声を出し、頷くディン。
 ふと見ると、その目からは涙が流れていた。
 私は優しく、妹の頭に手を乗せる。

「……元気になったら、またここに来ようね」

 涙をぬぐいながら、コクリと頷くディン。
 そしてそのまま、私達は日が沈むまでずっとそこにいた。
 夕焼けが消え、天にお月様が浮かぶまで、ずっと、2人で、一緒に――。


 白い鳥がはばたき、空を飛んで行った。


 白い羽根が、まるで天使の羽根のように目の前に落ちてくる。
 濁った灰色の空。ぽつぽつと、雨が降り始めている。

 黒い服を着た私の前にあるのは、白い墓標。

 周りにいる大人達が、声をかけてくる。
 だけど、私の耳には何も届かない。
 やがて、周りにいた黒い服を着た大人達も姿を消していき――

 残ったのは、私だけになった。

 冷たい雨が降る中、私はただそこに佇んでいる。
 目の前にある白い色を見据えて、ただそこに。いつまでも、いつまでも。

 たった、1人で、孤独に――。






















 冷たい風が吹いた。
 
 月が浮かぶ中、静かに戦いは始まる。
 森の木々がざわめき、重苦しい空気が流れる。
 すっと、白き精霊が腕をふりかざした。

「フィールド魔法、月夜の銀世界を発動!」

 カードが決闘盤に置かれ、一瞬にして世界が変化した。
 大地が凍りつき、空には妖しく光る月が浮かび上がる。

 静かで、それでいて儚い雰囲気を醸し出す世界。

 温度が下がり、冷たい大気が肌を刺す。
 私の口から、白い息が漏れた。

「これにより、互いにデッキのシャッフルは封じられます!」


月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。


 フリージアの言葉に、私は眉をひそめた。
 随分と厄介な効果だ。おまけに、寒い。
 精霊が、敵意に満ちた笑みを浮かべる。

「人間風情が、わたくしに挑んだことを魂の底まで後悔するがいいですわ」

 黄色の瞳を細めるフリージア。
 フンと、白い息を出しながら私は言う。

「ごちゃごちゃと、早くしなさいよ。氷の精霊さん」

 その言葉を聞き、相手の顔から笑みが消えた。
 冷たい表情を浮かべるフリージア。
 見下すような目を、私へと向ける。

「お望みとあらば」

 短く言い、フリージアが手札の1枚を取った。

「わたくしは深琥鶯を召喚!」

 氷の大地が砕け、そこから一匹の人影が飛び出した。
 ボロボロの布切れのような服を纏った、背の高い人型のモンスター。
 その顔には奇妙な鳥のお面をつけ、不気味な気配を漂わせている。


 深琥鶯 ATK1800


「深琥鶯の特殊能力!」

 腕を前に出すフリージア。
 その手が素早く、自身の手札から1枚を抜き取る。

「手札の水族を1枚捨てる事で、1枚引かせて頂きます」

「……!」


深琥鶯(しんくおう)
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1100
自分の手札から水属性・水族のモンスターを1枚捨てる事で、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 精霊が手札のカードを表にする。
 描かれていたのは、黒い髪をなびかせる艶やかな雪女。
 フリージアの足元に、魔法陣が浮かび上がる。

「禍舞羅を捨て、1枚ドロー!」


禍舞羅(かぶら)
星4/水属性/水族/ATK1600/DEF1200
このカードが戦闘する場合、ダメージステップの間戦闘を行う
相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。


 カードを捨てるフリージア。
 足元の魔法陣が輝き、冷たい風が渦巻いた。
 銀髪を揺らしながら、カードを引く。

 にっと、口元に笑みを浮かべた。

「1枚伏せさせて頂きます」

 銀色の大地に、裏側表示のカードが浮かび上がった。
 静かに存在している1枚。雪がふりしきる。
 ゆっくりと、フリージアが両手を広げた。

「ターンエンドですわ」

 あくまでも余裕のある態度のまま。
 見下すような視線を向け、フリージアが言う。
 キッと、私は鋭くそれを睨み返した。

 デッキに手をかけ、大きくカードを引く。

「私のターン!」

 カードを引くと、さっと自分の手札に目を通す。
 相手の場にはモンスターと伏せカードが1枚ずつ。
 加えてシャッフル処理をはさむ効果は、フィールド魔法によって封じられている。

 一瞬の思考の後、ばっと1枚を手に取った。

「リュミエール・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 場に淡い光が溢れ、そこから薄く輝く竜が姿をあらわした。
 白く発光し、その場に佇んでいる竜。透き通るような声をあげる。


リュミエール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1300
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力1200以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。


「さらに2枚伏せて、ターンエンドよ!」

 勢いよくカードを伏せて、私はそう宣言する。
 裏側表示のカードが2枚、白き竜の後ろに浮かび上がった。
 油断なく、私は視線を相手の場に向ける。

(さぁ、きなさいよ……!)

「…………」

 私の表情をうかがうように見つめているフリージア。
 ゆっくりと、デッキに手を伸ばす。

「わたくしのターン!」

 フリージアがカードを引き、手札を見る。
 これで奴の手にあるカードは4枚。
 少しの間の後、フリージアが手を伸ばす。

「深琥鶯のモンスター効果!」

 精霊の足元に、再び魔法陣が浮かび上がった。
 冷たい風が渦巻く中、強い口調で言う。

「手札の天薙塵を捨て、1枚ドロー!」

 こちらに見せつけるようにカードを向けるフリージア。
 描かれているのは天を舞っている黒髪の天女。
 迷いなくそれを捨てると、デッキからさらにカードを引く。

 黄色の瞳を向け、微笑む。

「そしてこの瞬間、天薙塵のモンスター効果が発動!」

 場に、先程捨てたばかりのカードが浮かび上がった。
 目を見開き、少しだけのけぞる私。
 緊張する中、フリージアが余裕そうに言う。

「このカードが墓地に送られた時、相手の場のモンスターの守備力を全て0に!」

「ッ!」

 顔をしかめる。
 どこからともなく女の笑い声が響くと、
 強烈な吹雪が吹きすさび、白い竜の身体が一部凍りついた。
 

 リュミエール・ドラゴン DEF1300→DEF0


 守備力が0。効果もフィールド魔法で封じられている今、
 リュミエール・ドラゴンはまさに何の役にも立たない存在となってしまった。
 思わず苦い表情を浮かべてしまう。フリージアが嘲った。

「わたくしの前では、壁なぞ何の役にも立ちませんわ。
 真の強者たるもの、ただ歩くようにして相手の戦略を突破するものです」

 くすくすと笑い声をあげるフリージア。
 優雅な動作で、腕を前に出す。

「深琥鶯で、リュミエール・ドラゴンを攻撃!」
 
 それを聞き、小さく頷く相手のモンスター。
 お面の奥の目が輝き、両手を前に出す。
 空間がねじ曲がるようにして、景色が揺らいだ。
 白き竜が、怯えるように身体を丸める。だが――

「永続罠発動! インビジブル・ウォール!」

 ばっと、私は手を伸ばした。
 フリージアがハッと、目を見開く。
 伏せられていた1枚が、表になった。

「この効果で、私のドラゴン族は戦闘では破壊されなくなる!」


インビジブル・ウォール 永続罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスターは戦闘では破壊されない。
発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。

 
 風が吹き荒れ、竜の周りを取り囲むようにして動く。
 迫りくる呪術が、風に遮られて霧散していった。
 チッと、精霊が不機嫌そうに顔をしかめる。

「かわしましたか……」

「……1つだけ、教えてあげるわ」

 すっと、おもむろに指を伸ばす私。
 フリージアが不思議そうな表情を浮かべ、それを見る。
 ニッと、私は不敵に微笑んだ。

「真の強者ってのは、自分で自分を強者なんて言わないものよ」

「……ッ!!」

 それを聞いたフリージアの顔が、怒りで歪んだ。
 ぶるぶると、拳を震わせているフリージア。
 怒りに震えながら、呟く。

「人間風情が、どいつもこいつも……!」

 明らかにイラだった様子のフリージア。
 フフンと、私は心の中でほくそ笑む。ちょろいわね。
 ばっと、腕をなぐように動かしながらフリージアが言った。

「ターンエンドですわ!」
 
 相手の場の状況は変わっていない。
 手札の入れ替えこそ行われているが、それもまだ脅威とは言えない。
 だったら、ここで叩けるだけ叩くべきね。

 白い雪が降る中、私は言う。

「私のターン!」

 カードを引き、自分の決闘盤を見る。
 このままリュミエール・ドラゴンを残しても、
 私には何の得にもならない。ならば――

「リュミエール・ドラゴンを生け贄に!」

 白き竜の身体が輝き、光となる。
 ばっと、手札の1枚を天に掲げた。
 描かれているのは、巨大な真紅の鱗を持つ竜。

 冷たい世界に向かって、叫ぶ。

「現れなさい、エリュプシオン・ドラゴン!!」

 氷の大地の底より、真紅の炎が吹き上がった。
 まるで火山の噴火のように渦巻く炎。
 火の粉が飛び交う中、1頭の赤い竜が姿を現した。


 エリュプシオン・ドラゴン ATK2400


「上級モンスターですか」

 冷たい声を出すフリージア。
 目を細めながら、私の場の竜を見つめている。
 真紅の炎をその身に纏いながら、竜がその牙をむきだした。

「エリュプシオン・ドラゴンの効果発動!
 召喚に成功したターン、このカードの攻撃力は倍になる!」


エリュプシオン・ドラゴン
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2200
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したターン、
エンドフェイズまでこのカードの元々の攻撃力は倍になる。
このカードは相手の罠カードの効果を受けない。


 赤い炎が竜の全身から吹き出し、世界を赤く染めた。
 雄たけびをあげる竜。真っ直ぐに、相手の場を睨みつける。
 

 エリュプシオン・ドラゴン ATK2400→4800


 これで、エリュプシオンは相手の場の深琥鶯の攻撃力を大きく上回った。
 リュミエールの効果は月夜の銀世界の効果で発動できなかったが、問題ない。
 相手の警戒が薄い今の内に、叩き潰すわ!

「エリュプシオン・ドラゴンで攻撃! ブリュム・ドゥ・シャルール!」

 赤き竜が声をあげ、口を大きく開ける。
 巨大な閃炎が放たれ、空を真っ赤に照らした。
 雪が蒸発し、氷が崩れて行く。

「はっ、その程度!」

 馬鹿にしたように、フリージアが言った。
 ばっと腕を前に出し、言い放つ。

「罠発動、霞遷し!」

 奴の場に伏せられていたカードが表になり、青白く輝いた。

「この効果で、わたくしはモンスター同士の戦闘ではダメージを受けない!」


霞遷し 通常罠
このカードを発動したターン、自分の場に存在する水属性モンスターとの
戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 突然、白いもやのような霧が場を覆った。
 炎が爆ぜ、相手の場のお面を付けたモンスターが砕ける。
 だがまるで幻のように、その姿が透けて消えた。

 フリージアが手を伸ばす。

「そして! 霞遷しの効果で1枚ドロー!」

 デッキからカードを引くフリージア。
 これで彼女の手札は5枚。次のドローを加えれば6枚。
 対する私の手札は、半分の3枚だ。

(さすがに、そう簡単には勝たせてくれないか……)

 手札を見ながら、私は心の中で呟いた。
 顔をあげ、私は高らかに言う。

「ターンエンドよ!」

 銀色の世界に、その言葉は儚く響いた。
 しとしとと、雪がまるで涙のように降りしきる。
 漆黒の空には、月だけがぼんやりと浮かんでいた。

「わたくしのターン!」

 カードを引くフリージア。
 鋭く光る瞳を、こちらへと向ける。

「どんなに口が達者であろうと、決して覆らぬのが実力というものですわ。
 凍てつく戦略の前では、あなたの思惑なぞ塵芥にすぎぬ事を教えて差し上げましょう」

「喋り過ぎは、自分の格を落とすだけよ」

 私の言葉に、ますます目を鋭くさせるフリージア。
 手札の1枚を、おもむろにこちらへと向ける。
 そこに描かれているのは、妖しげなオーロラ。

「いいでしょう。その減らず口、このわたくしが凍りつかせてみせますわ」

 フリージアが低い声を出す。
 パキパキと、その足元がさらに大きく凍りついた。
 周りの大気が渦巻く中、ゆっくりとフリージアが言う。

「このカードは、自分の墓地に水属性・水族の
 モンスターが2体以上ある場合、手札から特殊召喚できます」

 淡々とした口調のフリージア。
 ばっと、カードを掲げて、叫ぶ。

「現れよ、銀祇篭!!」

 空が歪み、妖しげな大気が宙を舞った。
 虹色のオーロラが空を覆い、輝く。
 神秘的な光景の中、オーロラが竜の形へと変化する。

 幻想的な咆哮が、その場に響いた。


 銀祇篭 ATK2400


「なに、こいつ……」

 相手の場に現れたオーロラを見て、私は呟いた。
 あくまで勘だけど、あいつからは異様な雰囲気を感じる。
 警戒を強める中、フリージアがさらにカードを手に取った。

「そして幻麟を攻撃表示で召喚!」

 その声と同時に吹雪が巻き起こり、
 馬の蹄の音が辺りに響いた。
 白い雪の中より、幻想的な姿の獣が姿を見せる。


幻麟(げんりん)
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターの守備力は0となり、
守備力を上昇させる効果も全て無効となる。


「幻麟の効果により、相手の場のモンスターの守備力を0に!」

 たてがみを揺らしながら、佇んでいる獣。
 その全身から薄白い霧が放たれ、フィールドを覆い尽くした。
 重く、冷たい霧。体温を奪うように、場に沈んでいく。


 エリュプシオン・ドラゴン DEF2200→DEF0


「これは……」

 決闘盤に表示された数値を見て、私は呟く。
 守備力を0にする効果。本来ならば気にするようなものではない。
 だが、ここまで大見得を切った相手が、何もしてこないはずがない。
 先程の天薙塵の効果といい、これは、もしかすると……。

 私が考えている間にも、フリージアは決闘を進める。

「さぁ、凍てつく戦略をご覧にいれましょう。
 銀祇篭で、エリュプシオン・ドラゴンを攻撃!」

 その言葉と共に、オーロラが天に霧散した。
 妖しい輝きを放っているオーロラ。不気味な気配が漂う。
 銀祇篭とエリュプシオンの攻撃力は互角。加えて、
 インビジブル・ウォールがある限り、私のドラゴンは戦闘では破壊されない。

 なのに攻撃してきたということは、考えられる効果は1つ――。

 私は鋭い視線を向け、言った。
 
「あなたの狙いは、私のモンスターの攻守を逆転させることね」

「……あら」

 意外そうに呟くフリージア。
 見下すような目を向け、続ける。

「意外と勘が鋭いのですわね。その通り、わたくしの銀祇篭の効果により、
 あなたのモンスターはバトルする時に攻守の数値が入れ替わります」


銀祇篭(ぎんしろう)
星6/水属性/水族/ATK2400/DEF2400
自分の墓地に水属性・水族のモンスターが2体以上存在する時、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが存在する限り、自分のモンスターが戦闘を行うダメージステップの間、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
このカードが守備力0の相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ終了時に自分はカードを1枚ドローする。


「なるほど。幻麟で守備力を0にして、
 そこから攻守を入れ替える。随分と奇抜な戦略ね」

「お褒めのお言葉、ありがたく頂きますわ。
 いずれにせよ、銀祇篭と幻麟が揃った時点で、
 わたくしの僕は戦闘では無敵となりましたわ」

 余裕そうに、そう話すフリージア。
 銀色の髪を揺らしながら、その黄色い瞳を向けてくる。
 フフンと、微笑むフリージア。すっと、腕を伸ばす。

「凍てつく戦略の前には、攻撃力も壁も無意味なのです。
 行きなさい銀祇篭! 銀惑の極光!!」

 宣言と共に、空間が歪むような感覚が走った。
 エリュプシオンが咆哮をあげ、威嚇する。
 このままでは、直接攻撃と同じダメージがくる。
 
 フリージアが笑いながら、言った。

「安らかに、御眠りなさい」

 白い世界に、その言葉は静かに響いた。
 幻想的なオーロラがうねるように蠢いていく。
 ふりしきる冷たい世界の中――
 
「――罠発動」

 静かに、私は決闘盤のボタンを押した。
 伏せられていた残りの1枚が、表になる。瞬間――

 凄まじい咆哮が、世界を揺るがした。

「ッ!?」

 僅かにのけぞり、驚くフリージア。
 びりびりと空気が振動する中、私は白い息を吐きながら言う。

「ドラゴン・ラース! この効果で、相手の場のカード効果を全て無効に!」

「なっ……!」

 絶句したようになるフリージア。
 目を見開き、私の場で表になっているカードに視線を向ける。


ドラゴン・ラース 通常罠
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族
モンスターが存在する時のみ発動可能。
エンドフェイズまで相手フィールド上に
表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。

 
 薄白い霧が晴れ、場から不気味な気配が消えさる。
 寂れた銀色の世界も、妖しく輝くオーロラも、幻想的な獣も。
 全てから威圧的な空気が取り除かれ、雪の中へと紛れて言った。

 腕を前にして、叫ぶ。

「効果を無効にされたあんたのモンスターに、攻守逆転の力はないわ!
 よってエリュプシオンと銀祇篭は、そのままの状態でバトルとなる!」

「くっ……!」

 赤き竜の目が輝き、雄たけびをあげる。
 その口から炎が漏れると、まるで爆発するかのように炎が天へと放たれた。
 オーロラが妖しく輝き、強く光る。

「そして、私のドラゴン族はインビジブル・ウォールの効果で、破壊されない!」

 赤き竜の周りを、空気が渦巻く。
 オーロラからの妖しい威圧感が、風に遮られて散って行った。
 そして、天空のオーロラを炎が貫く。オーロラがぶれるように動き――

 静かに、その輝きが天へと溶けて消えた。

 まるで涙のように、白い雪が天から降り注ぐ。
 月が浮かぶ静かな世界。音もなく、ただ時間だけが流れて行く。

「まさか、銀祇篭が……!」

 忌々しそうに、顔を歪めるフリージア。
 これで、相手の戦略は少なからず破壊できたはず。
 ホッと、私は小さく息を吐いた。

「…………」

 無言で、自身の手札を眺めているフリージア。
 やがて、ふりしぼるような小さな声で、言う。

「ターンエンド……」

 顔を伏せがちに、そう宣言するフリージア。
 どうやらかなり戦意を削る事ができたらしい。
 終了の宣言と共に、またも獣の足元から薄白い霧が這い寄り、場を覆った。
 

 エリュプシオン・ドラゴン DEF2200→DEF0


 守備力が再び0になるエリュプシオン。
 だけど、攻守を逆転させる能力がなければ何の問題もない。
 ばっと、勢いよく私は自分のデッキに手をかける。

「私のターン!」

 空を切る音と共に、カードを引いた。
 そこにあったのは勝利を呼び込む希望の風。
 薄桃色の鱗を持つ、可憐なる女王の姿だった。

 カードを掲げ、叫ぶ。

「クイーン・ドラゴン LV4を、召喚!」

 決闘盤にカードを置くと同時に、
 フィールドに柔らかな風が吹き抜けた。
 渦巻く大気。雪が舞う中、光と共にその姿が現れる。

 風を統べる、女王たる竜が。

 透き通るような雰囲気で、その場に佇んでいる女王竜。
 ゆっくりとその孔雀のような翼を広げると、美しい声を響かせる。


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 クイーン・ドラゴン LV4 DEF1200→DEF0


「…………」

 顔を伏せたまま、何も言わないでいるフリージア。
 早くも戦意喪失か。それとも何か別の作戦を立てているのか。
 いずれにせよ、チャンスを逃すつもりはない。

「バトルよ! エリュプシオン・ドラゴンで、幻麟を攻撃!」

 腕を伸ばし、高らかにそう宣言する。
 赤き竜が吼え、三度その口から炎を吐き出した。
 真紅の炎が貫き、幻想的な獣の身体が砕け散る。


 フリージア LP4000→3400


 無言のまま、カードを墓地へと送るフリージア。
 だが遠慮することもなく、私は続ける。

「さらにクイーン・ドラゴンで、ダイレクトアタック!」

 翼を広げ、天へと昇る女王竜。
 きらきらとした輝きをふりまきながら、宙高くで静止する。
 その全身から、淡い光の波動が放たれた。

「ル・バーレ・ド・ヴァン!!」

 波動が波紋のように広がり、世界に広がる。
 神秘的な光に包まれるフリージア。
 決闘盤の数値が動き、ライフが削られた。
 

 フリージア LP3400→1900


 これで残りのライフポイントはほぼ半分。
 加えて相手の場にあるのはフィールド魔法の1枚のみ。
 私の顔から、自然と笑みがこぼれた。

「これで、ターンエンドよ」

 不敵に笑いながら、私はそう言う。
 冷たい風が吹いて、私達の髪が揺れた。


 フリージア LP1900
 手札:3枚
 場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚


 ディン・ハプリフィス LP4000
 手札:3枚
 場:クイーン・ドラゴン LV4 ATK1500
   エリュプシオン・ドラゴン ATK2400
   インビジブル・ウォール(永続罠、2ターン経過)


 ばさばさと髪を揺らしながら、ゆらりと手を伸ばすフリージア。
 ゆっくりとした手つきで、カードを引く。

「わたくしのターン……」

 静かな言葉が、白銀の世界に響く。
 引いたカードをチラリと見ると、顔をあげる。

 射抜くような冷たい視線が、向けられた。

 瞬間、私の背筋に凍えるような感覚が走る。
 黄色の瞳を向け、フリージアがゆっくりと口を開いた。

「まさか、ここまでやるとは。
 少々あなたがたの事を見くびっていたようですわね。
 ゆえに、わたくしも実力を偽るのは辞めさせて頂きます」

 淡々とした口調のフリージア。
 実力を偽っていた? ただの負け惜しみ?
 いや、奴から感じられる気配は、むしろ――

 すっと、フリージアが手札に手をかけた。

「死になさい」

 凍えるような冷たい言葉が、響いた。
 寂れた世界。白い雪が天から舞い散っていく。
 ゆっくりと、そして静かに……。

「白朧を召喚!」

 冷たい言葉を吐くフリージア。
 奴の場に白いもやのようなモンスターが現れる。
 意識を向けるより早く、フリージアが続けた。

「白朧は自分の墓地に存在する水属性・水族のモンスターを除外し、
 その能力と攻守に擬態することができます」

「なっ!?」


白朧(はくおぼろ)
星4/水属性/水族/ATK1500/DEF1300
自分の墓地に存在する水属性・水族のモンスター1体を選択し、
ゲームから除外する事ができる。このカードが自分フィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力・守備力とモンスター効果を得る。


 もやのモンスターの身体が、妖しく輝いた。
 幻想的な虹色の光を放つ白朧。
 その姿が徐々に、別のものへと変わり、薄れて行く。
 ゆっくり、カードを見せながら、フリージアが言った。

「白朧の効果で、墓地の銀祇篭をゲームから除外。
 それにより白朧は銀祇篭の擬態となり、場へと降臨いたします」

 その手に握られているのは妖しげなオーロラの竜。
 ピンと指で弾くと、カードが白朧の身体へと吸い込まれた。
 ぐにゃぐにゃとその姿が変わっていき、そして――

 天空に、妖しげなオーロラが浮かび上がった。


銀祇篭(ぎんしろう)
星6/水属性/水族/ATK2400/DEF2400
自分の墓地に水属性・水族のモンスターが2体以上存在する時、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが存在する限り、自分のモンスターが戦闘を行うダメージステップの間、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
このカードが守備力0の相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ終了時に自分はカードを1枚ドローする。


 銀祇篭(擬態) ATK2400


「ぐっ……!」

 相手の場に再び現れたオーロラを見て、顔をしかめる。
 先程倒したばかりのモンスターが、こうもあっさりと復活するだなんて。
 守備力こそ0になっていないけど、このままじゃ……。
 
 私の考えを見抜いたように、フリージアが呟いた。

「愚かな」

 すっと、手札の1枚を表にするフリージア。
 そこにあったのは、天を舞っている黒髪の天女。
 はっとする中、フリージアが静かに言う。

「墓地の天薙塵の効果を発動。手札の水属性・水族を墓地に送る事で、
 墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる」

「えっ!?」

「天薙塵の効果で、手札の天薙塵を捨て、墓地の天薙塵を手札に」

 天女のカードを無造作に捨てるフリージア。
 瞬間、決闘盤が1枚のカードを墓地から弾きだす。
 さらに女の嘲るような声が響いた。

「天薙塵の効果。墓地に送られた時、相手のモンスターの守備力を0に」

「ぐっ!」


天薙塵(てんちじん)
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF1600
このカードが墓地へと送られた時、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスターの守備力は0となる。
手札の水属性・水族のモンスターを1枚墓地に送ることで、
墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
「天薙塵」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 女の笑い声と共に、吹雪が吹き荒れた。
 冷たい風が、叩きつけるようにして場を襲う。
 私の場の竜達の翼が、凍りついた。


 クイーン・ドラゴン LV4 DEF1200→DEF0

 エリュプシオン・ドラゴン DEF2200→DEF0


 私のモンスターの守備力が0になり、
 しかも相手の場には擬態されたオーロラの竜が。
 まずいと思っても、場に攻撃を防ぐカードはない。

 無表情のまま、フリージアが静かに宣言する。

「バトル。擬態銀祇篭で、クイーン・ドラゴンを攻撃。銀惑の極光!」

 天空に広がるオーロラが、妖しく輝いた。
 空間がねじ曲がるような感覚が走り、
 クイーン・ドラゴンの身体から光が消える。


 クイーン・ドラゴン LV4 ATK1500→ATK0
 

 妖しげな力で、攻守の数値が逆転してしまう女王竜。
 インビジブル・ウォールの効果で戦闘破壊こそされないものの、
 これでは直接攻撃と何ら変わりがない。

 オーロラがひと際大きく輝き、虹色の光が私の身体を貫いた。

「きゃあああ!!」

 衝撃が走り、悲鳴が上がる。
 それを何の感情もなく見つめているフリージア。
 冷たい目を向け、ただ眺めるような視線を送っている。


 ディン LP4000→1600


 その場にうずくまるようにして、痛みに耐える。
 やはり、本物の闇の決闘によるダメージは強烈だ。
 息を切らしながら、何とかして顔をあげる。

 フリージアが、おもむろに手を伸ばした。

「銀祇篭が守備力0のモンスターを攻撃した場合、
 ダメージステップ終了後にわたくしはカードを1枚ドローいたします」

 淡々とした動作でカードを引くフリージア。
 手札に加わったカードを一瞥すると、すぐに顔をあげる。

「ターンエンド」

 白銀の世界に、その言葉は静かに響いた。
 ゆっくりと、膝をあげて立ち上がる私。
 痛みを噛み殺しながら、決闘盤を構える。

「私の、ターン!」

 振り絞るように言い、カードを引いた。
 スタンバイフェイズとなり、女王竜の身体が光に包まれる。
 本来ならば、このタイミングでクイーン・ドラゴンのレベルが上がるが……

「月夜の銀世界がある限り、シャッフル処理をはさむ効果は全て無効です」

 冷たい表情のまま、フリージアがそう宣告した。
 

月夜の銀世界 フィールド魔法
互いにデッキをシャッフルすることができない。


「うるさいわね! そんなこと分かってるわよ!」

 私は声を荒げる。
 どこか哀れむような目を、私に向けるフリージア。
 大きく息を吐いてから、私は言う。

「確かに、そのフィールド魔法がある限り、
 クイーン・ドラゴンは自身の能力ではレベルアップできない。だけどね……」

 言葉を切り、手札へと視線を落とす私。
 このターンに引いたカードを手に取り、相手を睨みつけた。

「直接出せば、何の問題もないのよ!」

 叫ぶように言うと、私は持っていたカードを表にした。
 描かれているのは、薄桃色の透き通るような女王竜。
 一瞬、フリージアがその黄色の瞳を細めた。

 ばっと、腕を前に出して言う。

「クイーン・ドラゴン LV4を生け贄に、
 クイーン・ドラゴン LV6を生け贄召喚!!」

 叩きつけるように、カードを決闘盤に出す。
 女王竜の身体が光に包まれ、その姿が大きく進化した。
 薄桃色の鱗に、孔雀のような翼。美しい装飾品の数々。

 威厳ある態度で、女王たる竜が声を轟かせた。


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


「…………」

 冷たい瞳を向け、冷静な様子でそれを見つめるフリージア。
 レベルアップして守備力が復活したとは言え、
 クイーンの守備力では、攻守を逆転された時に銀祇篭は倒せない。
 だけど、相手のライフポイントは1900。ならば――

「バトルよ! クイーン・ドラゴンで、ダイレクトアタック!」

 決闘盤を構えて、私は高らかに宣言する。
 攻守逆転の効果も、モンスター同士のバトルでなければ意味がない。
 銀祇篭の効果も、直接攻撃に関しては何の意味もない効果となる。

 孔雀のような翼を広げ、口を開く女王竜。

 その口元に虹色の閃光がたまっていく。
 ばっと、腕を大きく前へ出した。

「アルカンシエル・アレーヌ!!」

 その宣言と共に、虹色の閃光が場を駆け抜けた。
 衝撃で氷の大地が砕け、キラキラと輝いて消えて行く。
 オーロラをすり抜け、光がフリージアへと迫った。

 すっと、フリージアもまた腕を伸ばす。

「罠発動、霰返し」

 相手の場に最初のターンから伏せられた1枚が、表になった。
 強烈な風が吹き荒れ、小さな氷の粒が降り注ぐ。

「この効果で、相手の場のモンスターを全て守備表示に」


霰返し カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの
表示形式を守備表示に変更する。この効果を受けた
モンスターはこのターン表示形式を変更する事ができない。


 霰の勢いに押され、女王竜が鳴き声をあげた。
 閃光が弾かれ、その場で翼を折りたたんでしまう。
 くっと、私は顔をしかめた。


 クイーン・ドラゴン LV6 ATK2500→DEF2200


 守備表示になり、攻撃が無効となった女王竜。
 エリュプシオンは罠カードの効果が効かないため攻撃表示のままだが、
 守備力が0のエリュプシオンでは銀祇篭の効果で返討ちにされてしまう。

 苦々しい表情を浮かべ、言う。

「バトルは終了、エリュプシオンを守備表示へ……」

 決闘盤のカードを動かす私。
 赤き竜がその場に膝をつき、両手を交差させた。
 

 エリュプシオン・ドラゴン ATK2400→DEF0


 守備力0。当然、ほとんど壁にはならないだろう。
 それでも攻撃表示にしていては、ライフが削られるだけ。
 こうするよりほかに、手はない。

「さらに1枚伏せて、ターンエンドよ!」

 手札の1枚を選び、場に伏せた。
 後は、風にこの身を任せるしかなさそうだ。
 インビジブル・ウォールのカードが破壊され、墓地へと消える。


インビジブル・ウォール 永続罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスターは戦闘では破壊されない。
発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


 漆黒の空より、白い雪は降り続けている。

「わたくしのターン」

 カードを引くフリージア。
 迷う様子もなく、手札の1枚を表にする。

「天薙塵を捨て、天薙塵を手札に」

 カードを捨てるフリージア。
 決闘盤からカードが弾かれ、彼女の手へと収まる。
 そして響く、嘲るような笑い声。

「そして天薙塵の効果で、あなたの場のモンスターの守備力は0に」


天薙塵(てんちじん)
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF1600
このカードが墓地へと送られた時、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスターの守備力は0となる。
手札の水属性・水族のモンスターを1枚墓地に送ることで、
墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
「天薙塵」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 
 吹雪が襲いかかり、女王竜の足元が凍りついた。
 苦しげな声を漏らすクイーン・ドラゴン。
 寒々しそうに、身体を震わせる。


 クイーン・ドラゴン LV6 DEF2200→DEF0


「さらに、摩訶螺を召喚」

 手札の1枚を表にするフリージア。
 大気が凍りつくような感覚と共に、青白い肌の女が姿を現す。
 白塗りの死に装束に、黒い髪。生気のない瞳を向ける。


 摩訶螺 ATK1600


「摩訶螺のモンスター効果。召喚に成功した時、
 相手の場の守備力が0のモンスターを全て破壊いたします」

 淡々と、何の感情もなくそう宣言するフリージア。
 それを聞いた私は、「くっ」と声を漏らす。
 青白い女が、両手を広げた。


摩訶螺(まから)
星4/水属性/水族/ATK1600/DEF1400
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上に表側表示で存在する
守備力0のモンスターを全て破壊する。


 女の全身から白い霧が立ち込め、妖気が溢れた。
 その瞳が赤く輝くと、女は凍りつく様な笑みを浮かべる。
 すっと、女がおもむろに腕を伸ばす……。

「ラファール!!」

 だがそれより早く、私は自分の腕を動かしていた。
 手札の中の1枚を、抜き取るようにして表にする。

「ラファール・ドラゴンの効果! このカードを手札から捨てることで、
 ドラゴン族が破壊されるのを防ぐ事ができる!」

 カードが輝き、穏やかな風が吹いた。
 

ラファール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1800/DEF1200
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが戦闘もしくはカード効果で破壊される時、
手札のこのカードを墓地へと送ることでその破壊を無効にする事ができる。


 突風が吹き荒れ、体勢を崩してしまう青白い女。
 その瞳から赤い光が消え、もとの生気のないものへと戻る。
 うなだれるように、女が腕を下げた。

「銀祇篭」

 だが安心する暇もなく、冷たい言葉が宙を舞った。
 オーロラの竜が空中へと霧散し、漆黒の空を彩る。
 月を背景に、オーロラが輝いた。

「擬態銀祇篭で、クイーン・ドラゴンを攻撃。銀惑の極光!」

 空間がねじ曲がる感覚。
 幻想的な光景が広がり、冷たい風が肌を刺した。
 寒さに震えながら、私は手を動かす。

「速攻魔法、女王の下僕!」

 伏せられた1枚が表になる。
 カードが輝く中、私は息を切らしながら言った。

「この効果で、開いている私のモンスターゾーンに、
 スレイブドラゴントークンを特殊召喚するわ!」


女王の下僕 速攻魔法
自分フィールド上に「クイーン・ドラゴン」と名のついたモンスターがいるとき発動できる。
自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「スレイブドラゴントークン」
(ドラゴン族・風・星2・攻0/守1000)を守備表示で置く。このトークンは
生け贄召喚のための生け贄にはできない。

 
 風が渦巻き、一回り小さな竜達が姿を見せた。
 女王を守るようにして、跪いているスレイブドラゴン達。
 オーロラの輝きが、わずかにぶれる。

「そして、クイーン・ドラゴンの能力で、攻撃対象をスレイブドラゴンへ!」


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 翼を広げる女王竜。
 オーロラの竜の攻撃が逸れ、代わりに貧相な竜の身体が砕け散った。
 遺言のように、白い雪がその場に舞いあがる。

「守備力が0でない以上、銀祇篭の効果も発動しませんか……」

 淡々とした口調のフリージア。
 だが動揺した様子もなく、ただ静かに攻撃を続ける。

「摩訶螺で、エリュプシオン・ドラゴンを攻撃」

 瞳を再び赤くさせる女。
 腕を伸ばし、その口から呪詛の言葉が漏れる。
 見えない力に締め付けられるようにして、赤き竜の身体が砕け散った。

 銀色の髪をなびかせるフリージア。

「カードを1枚伏せ、ターンエンドですわ」

 裏側表示のカードが、浮かび上がる。
 これで相手の手札にあるカードは3枚。
 場には銀祇篭と、摩訶螺、1枚の伏せカード。

 決闘盤を構え、集中する。

「私のターン!」

 カードを引く。
 そこにあったのは、雲を纏う薄青色の竜のカード。
 迷わず、それを決闘盤へと出す。

「ニュアージュ・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 光が現れ、そこから細身の竜が身体をくねらせながら現れた。
 薄い雲に覆われた、薄青色の竜。静かな様子で、相手の場に目を向ける。


 ニュアージュ・ドラゴン DEF1000


「さらに、ニュアージュの効果で、私は月夜の銀世界の効果を無効にする!」

「……!」

 一瞬だが、フリージアの表情が曇った。
 だがそれもすぐに、冷たい表情へと変わる。
 天空を覆うように雲が広がり、月の姿を隠した。

 絶え間なく降っていた雪が、やむ。


ニュアージュ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1700/DEF1000
1ターンに1度、相手フィールド上の表側表示のカード1枚を選択して発動する。
選択されたカードの効果をこのターンのエンドフェイズまで無効にする。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。


(これで、シャッフル処理をはさむ効果が使えるようになったわ!)

 手札を見ながら、私は心の中で息巻く。
 今まで使用できずにいたカードを、勢いよく決闘盤に叩きつけた。

「魔法発動、レベルアップ!」

 場にカードが浮かび、輝く。

「この効果で、クイーンのレベルが上がるわ!」


レベルアップ! 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を
墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を
無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


 白い光に包まれる女王竜。
 私はデッキを扇状に広げ、その中の1枚を手に取った。
 そしてそれを、天高く掲げる。

「現れろ、クイーン・ドラゴン LV8!!」

 光が弾け、女王竜の身体が輝く。
 その身に金色のラインが走って行き、翼が大きくなった。
 薄桃色の鱗に覆われた身を、優雅に見せつける。

 風が渦巻き、その声が白銀の世界に響いた。


クイーン・ドラゴン LV8
星8/風属性/ドラゴン族/ATK4000/DEF3000
このカードは通常召喚できない。
「クイーン・ドラゴン LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。


「攻撃力、4000……」

 ぼそりと、呟くフリージア。
 勢いにのったまま、私は続ける。

「さらに魔法カード、竜鱗の宝札を発動するわ!」

 手札のカードを決闘盤へと挿し込む。
 描かれているのは、強い光に包まれている竜の姿。
 私の墓地が輝き、カードが吐き出される。

「墓地のドラゴン族を4枚デッキへ戻し、2枚ドロー!」


竜鱗の宝札 通常魔法
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター4体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 4枚のカードを見せるようにして持つ私。
 ラファール、リュミエール、エリュプシオン、
 そしてクイーン・ドラゴン LV6をデッキへと戻し、シャッフルする。
 そして、無心のままカードを引いた。

「…………」

 無言で、引いたカードを見つめる私。
 これで手札にあるのは今引いた2枚のカードだけ。
 場にはクイーンがいるが、相手の場にも正体の分からない伏せカードが1枚。
 まだ完全に優位に立てたとは、言いきれない。

 それでも――

「クイーン!!」

 私の宣言に、孔雀のように翼を広げる女王竜。
 それでも、勝つためにはここで引く訳にはいかない!

 翼をはためかせ、天へと飛び立つ女王竜。

 薄雲を背景にして、その幻想的な翼を広げる。
 光の粒子が降り落ちる中、腕を前に上げて、叫んだ。

「クイーン・ドラゴンで、ダイレクトアタック! クープ・ド・ヴァン!」

 女王竜の全身が輝く。
 翼を動かすと、天空からまるで流星のように勢いよく急降下する。
 まるで光の槍のように。オーロラをすり抜け、フリージアへと突き進んだ。

 激しい風が吹き、互いの髪や服が揺れる。

 すっと、フリージアが手札を持つ方の手をあげた。
 そして氷のように冷たい口調で、言う。

「手札の燈楼と、夜叉狐の効果を発動」

 おもむろに、手札の2枚を表にするフリージア。
 場に、半透明のモンスターの姿が2体、現れる。
 1体は狐のお面を被った人型の、もう1体は黒い獅子のような姿だ。

 シャランと、狐のお面を被った人影が、持っていた杖を鳴らす。

「夜叉狐の効果、このカードを手札から捨て、相手のモンスターの守備力を0に」


夜叉狐(やしゃぎつね)
星4/水属性/水族/ATK1200/DEF800
手札からこのカードを捨てる事で発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体選択し、
選択したモンスターの守備力をエンドフェイズまで0にする。
この効果は相手のターンでも使用できる。


 突然、どこからともなく吹雪が巻き起こった。
 それは天を舞う女王竜に直撃し、その身体の一部を凍らせる。


 クイーン・ドラゴン LV8 DEF3000→DEF0
 

「さらに燈楼の効果により、相手のモンスターの攻守の数値を逆転させますわ」

「なっ!」


燈楼(とうろう)
星4/水属性/水族/ATK1400/DEF1300
手札からこのカードを捨てる事で発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを1体選択し、
選択したモンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える。
この効果は相手のターンでも使用できる。

 
 黒い獅子の影が吼え、空間が歪んだ。
 その歪みの中へと、誘い込まれる女王竜。
 その身体から光が消え、勢いが一気に弱まる。


 クイーン・ドラゴン LV8 ATK4000→ATK0


 すり抜けるようにしてフリージアへと迫った女王竜。
 そしてそのまま、フリージアさえもすり抜けて後ろへと飛んで行った。
 落ち着きはらった様子のフリージア。ライフにダメージは、ない。

「まさか、そんな効果でかわしてくるとはね……」

 決闘盤を構えながら、私は言う。
 その言葉を、無言で流すフリージア。
 これで、このターン私ができる事はなくなった。 
 手札を見て、その中の1枚を手に取る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」

 場に、1枚のカードが浮かび上がった。
 薄雲がかき消され、妖しげな光を放つ月が姿を見せる。
 ちろちろと、雪が再び降り始めた。


 フリージア LP1900
 手札:1枚(天薙塵)
 場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
   銀祇篭(白朧) ATK2400
   摩訶螺 ATK1600
   伏せカード1枚


 ディン・ハプリフィス LP1600
 手札:1枚
 場:クイーン・ドラゴン LV8 ATK4000
   ニュアージュ・ドラゴン DEF1000
   スレイブドラゴントークン DEF1000
   スレイブドラゴントークン DEF1000
   伏せカード1枚


 互いに、手札と場の戦力はほぼ互角。
 それでも相手からすれば私のクイーン・ドラゴンは厄介だし、
 逆に私からするとあの銀祇篭は早めに倒さなければマズい。
 
 寂れた雰囲気が漂う白銀の世界に、

「わたくしのターン」

 ゆっくりと、その言葉が響いて溶けた。
 引いたカードを横目で見るフリージア。
 流れるように、手札を見せる。

「天薙塵を捨て、天薙塵を手札に」


天薙塵(てんちじん)
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF1600
このカードが墓地へと送られた時、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスターの守備力は0となる。
手札の水属性・水族のモンスターを1枚墓地に送ることで、
墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
「天薙塵」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 カードを捨て、カードを手札に加えるフリージア。
 そして強烈な吹雪が、私の場を襲い狂う。

「天薙塵の効果で、守備力を0に」


 クイーン・ドラゴン LV8 DEF3000→DEF0

 ニュアージュ・ドラゴン DEF1000→DEF0

 スレイブドラゴントークン DEF1000→DEF0

 スレイブドラゴントークン DEF1000→DEF0

 
 足元が凍りつくドラゴン達。
 とはいえ、ここまではほぼ予定調和だ。
 問題は、ここから先。どうくるか。

 冷たい瞳を、私へと向けるフリージア。

「これで、終わりにしましょうか」

 低い声が、その場に響いた。
 持っていた最後の1枚を表にするフリージア。
 そこに描かれていたのは――

 杖を持った、魔導士のようなモンスター。

 フリージアの全身から殺気が溢れた。
 ざわざわと髪がざわめく中、ゆっくりと、言う。

「原祖の支配者を、召喚」

 光の中より、魔導士が姿を見せる。
 深い闇の力を感じさせる1枚。私の中で、警鐘が鳴る。


原祖の支配者(エレメンタル・マスター)
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。

 
「原祖の支配者は召喚された時、属性を選ぶ事で
 その属性のモンスターとなる。わたくしが選ぶのは水属性」

 静かに、そう宣言するフリージア。
 魔導士が持っていた杖の先端が、凍りついた。
 緊張。不気味な沈黙が流れる。

 すっと、手を伸ばすフリージア。

「バトルですわ」

「!?」

 目を見開き、私は驚いた。
 レイン・スターから聞いた効果ならば、あの原祖の支配者は……。
 だがそんな疑問を抱く間もなく、攻撃が開始される。

 オーロラが、揺らめいた。

「擬態銀祇篭で、ニュアージュ・ドラゴンを攻撃。銀惑の極光!」

 妖しげな輝き、空間がねじ曲がる感覚。
 薄くもを身に纏う竜の身体が、儚く砕け散った。
 白い雪が、悲しげに舞い上がる。

「銀祇篭の効果で、1枚ドロー」

 静かに、カードを引くフリージア。
 チラリとそれを眺めると、すぐに攻撃へと戻る。

「そして、摩訶螺でスレイブドラゴントークンを攻撃します」

 青白い女が、腕を伸ばした。
 赤の色に染まる瞳。見えない力によって、
 奴隷竜の身体がガラスのように砕ける。

「続けて、原祖の支配者でストレイブドラゴントークンを攻撃」

 魔導士が持っていた杖を振りかざした。
 絵の先端から青い閃光が走り、奴隷竜の身体を貫く。
 抵抗する間もなく、奴隷竜が砕け散った。

 これで、私の場に残っているのはクイーン・ドラゴンのみ。

 すっと、腕を伸ばすフリージア。
 何の感情もこもっていない声で、言う。

「罠発動――」

 相手の場に伏せられていた1枚が――

「緊急同調」

 表になり、輝いた。


緊急同調 通常罠
このカードはバトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
シンクロモンスター1体をシンクロ召喚する。


「!?」

 目を見開いて驚く私。
 白い雪が静かに、天空から舞い落ちる。
 凍てつく空気の中、ゆっくりと、

「レベル4の摩訶螺に、レベル4の原祖の支配者をチューニング!」

 フリージアの言葉が、その場へと響いた。
 魔導士のモンスターの体が砕け、4本の輪となる。
 そして不気味な緑色の輪が、摩訶螺の身体を取り囲んだ。
 線だけの存在となる摩訶螺。フリージアの口から、言葉が漏れる。

「絶望の氷は生まれ出で、未来を閉ざす雨となる。深淵の力が今ここに!」

 摩訶螺の身体が砕け、4つの光が一直線上に並ぶ。
 白銀の世界が揺れ、月の光が歪んだ。
 足元の氷が砕け、雪が舞いあがっていく。そして――

 
 光が、走った。


「シンクロ召喚! 現れよ! 旧神−ク・トゥルー・ウル!!」

 きらきらと、天空から光が降り注いだ。
 漆黒の空を覆う、透き通るような青色の翼。
 まるで氷の結晶のように輝き、凍てついている。


 天に浮かぶ氷の孔雀が、幻想的な咆哮を轟かせた。


旧神−ク・トゥルー・ウル
星8/水属性/水族・シンクロ/ATK2700/DEF3300
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する水属性モンスターを
すべてゲームから除外する。この効果で除外したカードの枚数分、相手のデッキの上の
カードを確認し好きな順番で相手のデッキの上へ戻す。


 凄まじい威圧感が、フィールドを襲う。
 びりびりと震える空気。魂までも凍りつきそうな冷たさ。
 哀れむように、フリージアが私を見た。

「さぁ、終幕としましょうか」

 黄色の瞳を細めるフリージア。
 凍える空気の中、私は顔をあげる。
 キッと睨みつけながら、呟いた。

「こんな所で、負ける訳にはいかないのよ。絶対に……!」

 その言葉は、白銀の世界に飲み込まれて消えた。
 漆黒の空より、白い雪は降り続いている。
 真っ白に染まる幻想的な光景の中――

 静かに、私は決闘盤を構えなおした……。





第五十二話 Amour de Vent

 白い墓標の前に立つ私。

 時間の感覚もなく、ただぼんやりと前を向いている。
 後ろの方から、ささやくような声が聞こえてきた。

「可哀想にねぇ、まだほんの10歳だったのに」

「本当。とっても仲が良い姉妹だって評判だったんだけどねぇ」

「お姉さんの方、学校が終わってからは遊びもせず毎日病院に通ってたそうよ。
 それがまさか、こんな事になるだなんて。神様ってのは残酷だねぇ……」

 ひそひそと会話している女性達。
 私はそれを聞いても振り向かず、ただ立ちつくしている。
 ふと、私の肩が大きな手で叩かれた。

「…………」

 無言で振り返ると、そこには父の姿があった。
 悲しげな、それでいて厳粛な表情を浮かべている父。
 おもむろに、その口を開く。

「祈りなさい。強く、その想いが天に届くように……」

 それだけ言うと、父は背を向けて去っていった。
 再び、私は白い墓標への方へと顔を向ける。

 柔らかな風が吹いて、私の金色の髪が揺れた……。

















 凍てつく風が吹いて、私の金色の髪が揺れた。

 白銀に凍りついた大地。漆黒の帳が下りた空。
 妖しげに輝く月。絶え間なく降り続ける白い雪。そして――

 天空を支配する、氷の孔雀。

 凄まじいまでの威圧感が、フィールドを覆う。
 冷たい汗が全身から吹き出し、心臓の鼓動が早まった。
 ゆっくりと、まるで自分の力を示すかのように――

 孔雀が、咆哮を轟かせた。


 フリージア LP1900
 手札:2枚(天薙塵、???)
 場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
   旧神−ク・トゥルー・ウル ATK2700
   銀祇篭(白朧) ATK2400
   

 ディン・ハプリフィス LP1600
 手札:1枚
 場:クイーン・ドラゴン LV8 ATK4000(DEF0)
   伏せカード1枚

 
 心を落ち着かせようと、深呼吸する私。
 だがそれは自分の口から白い息が漏れるだけだった。
 激しい悪寒にさいなまれる中、

「ク・トゥルー・ウルの、効果発動!」

 フリージアの声が、響いた。
 氷の孔雀が己の凍てついた翼を天に広げ、啼く。

「シンクロ召喚に成功した時、互いの墓地の水属性モンスターを全て除外し、
 その数だけ相手のデッキの上のカードを見て好きな順番で戻させて頂きます!」


旧神−ク・トゥルー・ウル
星8/水属性/水族・シンクロ/ATK2700/DEF3300
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する水属性モンスターを
すべてゲームから除外する。この効果で除外したカードの枚数分、相手のデッキの上の
カードを確認し好きな順番で相手のデッキの上へ戻す。
 

 孔雀が咆哮を響かせ、その身体が青白く輝いた。
 弾けるようにして、私のデッキの上のカードが宙を舞う。
 吸い寄せられるように、カードがフリージアの手へと収まった。

「除外されたカードは全部で7枚。よって7枚のカードを操作させてもらいます」

 淡々と言いながら、視線を落とすフリージア。
 僅かに考える様子を見せつつも、
 その手に握られた7枚の順番を入れ替える。

 そして――おもむろに、フリージアがカードを投げ返した。

「これでけっこうです」

 冷たい風に乗って、戻ってくるカード。
 山札の上へと積み重なると、そのまま沈黙する。
 相手がどんな順番でカードを入れ替えたのかは、私には分からない。
 
 苦い表情で自分のデッキを見る中――

「まだ攻撃は終わっていませんよ」

 容赦のない言葉が、投げかけられた。
 「くっ」と呟くと、私は視線を切って前を向く。
 そう、今はまだバトルフェイズ。相手の攻撃は続いている。

 静かに雪が降る中、フリージアがその白い腕を伸ばした。

「旧神−ク・トゥルー・ウルで、クイーン・ドラゴンを攻撃!!」

 孔雀が翼を広げ、声をあげる。
 空気が振動し、大地を覆う氷が砕けて飛び出した。
 青白い冷気を纏いながら、天を舞う孔雀。
 幻想的な光景の中、ゆっくりと、フリージアが叫んだ。

「――深淵の魔氷礫!!」

 凍てつく気配と共に、孔雀がその翼を一閃させた。
 
 鋭い衝撃波が迫る。それに合わせるようにして、
 虚空に浮かぶオーロラが妖しく揺らめいた。

 攻撃力と守備力を逆転させる効果。
 
 それは自身以外のモンスターとの戦闘でも適用できる。
 クイーン・ドラゴンの守備力は0。逆転されれば、負ける。
 キッと、私は目を鋭くする。凍てつく大気の中――

「罠発動!」

 腕を前にして、叫んだ。

「リザレクション・バリア!!」

 私の場に伏せられていたカードが表になる。
 瞬間、女王竜の前に薄緑色の鮮やかな壁が現れ――

 そこに、孔雀の一閃が衝突した。

 凄まじい衝撃が走り、砕けていく大地。
 まるで波紋のように衝撃は広がり、私は吹き飛ばされそうになる。
 膝をつきながらも、なんとか耐える私。びりびりと、空気が震えた。


リザレクション・バリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分の墓地に存在するモンスターカードを
1枚まで選択し手札に加える。
 

「……防がれましたか」

 残念そうに呟くフリージア。
 だがその場で膝をついている私の姿を見て、
 ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべる。

「ハッ。所詮は人間。いくら追いすがろうとしても、
 超えられない力の壁というものが存在するのです。
 潔く負けを認めさえすれば、痛い目にあわなくてすむものを……」

 小バカにしたような口調のフリージア。
 白い息を吐きながら、ふらふらと私は立ち上がる。
 凍えつく様な寒さ。倒れそうになりながら、私は――

 フリージアを、睨みつけた。

「なに、勝った気でいるのよ……」

 低い声で話す私。
 奴を睨みつけながら、言葉を続ける。

「私は、こんな所で負けて死ぬ訳にはいかないのよ……!
 例えどんな相手だろうと、絶対にね……!」

 息を切らしながら、話す私。
 フリージアの顔から笑みが消え、氷のような表情が蘇った。
 哀れむような、呆れたような。そんな目で私を見るフリージア。

「往生際の悪い……」

 そう小さく呟いて、決闘盤を構えなおした。
 氷の孔雀が、咆哮をあげて翼を広げる。
 天から降る白い雪が、幻想的に舞い散った。

「リザレクション・バリアの効果!」

 決闘盤を構えながら、叫ぶ私。
 墓地が金色に輝き、1枚のカードが吐き出される。

「相手の攻撃を防いだ後、墓地のモンスターを1体選択して手札に加える!」


リザレクション・バリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分の墓地に存在するモンスターカードを
1枚まで選択し手札に加える。


 僅かに表情が曇るフリージア。
 決闘盤が吐き出したカードを、私は手に取る。
 描かれているのは、薄雲を纏った細身の竜の姿。

「リザレクション・バリアの効果で、ニュアージュ・ドラゴンを手札に加えるわ!」

「……ふんっ」


ニュアージュ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1700/DEF1000
1ターンに1度、相手フィールド上の表側表示のカード1枚を選択して発動する。
選択されたカードの効果をこのターンのエンドフェイズまで無効にする。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。


 相手にカードを見せると、それを手札に加える私。
 これで私の手札にあるカードは2枚。デッキのカードが
 封じられている以上、この2枚をどう有効に使うかが、勝負の鍵……。

「何をしようと、あなたの未来に希望はないのです!
 絶望を抱いて魂まで凍てつくがいいですわ!」

 腕を薙ぐように動かして、叫ぶフリージア。
 パキパキとその足元が凍りつき、鋭い殺気が溢れる。
 残った自分の手札も見ずに、言う。

「ターンエンド!」

 氷の孔雀が、咆哮を響かせた。
 ばっと、私は手を伸ばす。

「私のターン!」

 引いたカードを見る。
 ドローしたのはセベクの祝福。直接攻撃でライフが回復するカード。


セベクの祝福 速攻魔法
自分のモンスターが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した時に発動する事ができる。
その時相手に与えた戦闘ダメージの数値分だけ自分のライフポイントが回復する。


 だけど、相手のライフは残り僅か。
 そもそも直接攻撃が当たれば決着する。
 この状況では意味のないカードだ。

 カードを手札に加え、別の1枚を手に取る。

「ニュアージュ・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 場に光が走り、薄雲を纏った竜が姿を見せる。
 青い色の、細身の竜。柔らかな声をあげて、羽根を広げる。


ニュアージュ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1700/DEF1000
1ターンに1度、相手フィールド上の表側表示のカード1枚を選択して発動する。
選択されたカードの効果をこのターンのエンドフェイズまで無効にする。
この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動する事はできない。


「ニュアージュの効果で、銀祇篭の効果を無効に!」

 相手の場に浮かぶオーロラを指差す。
 竜が雄たけびを上げ、その身体から雲が流れた。
 オーロラを覆い隠す薄雲。妖しげな気配が消える。

 天空が歪み、白いもやがフリージアの場に現れた。


白朧(はくおぼろ)
星4/水属性/水族/ATK1500/DEF1300
自分の墓地に存在する水属性・水族のモンスター1体を選択し、
ゲームから除外する事ができる。このカードが自分フィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力・守備力とモンスター効果を得る。


「くっ……」

 もやを見て、苦々しい表情を浮かべるフリージア。
 相手の場を睨みながら、息を切らしながら私は言う。

「さっきまでいたのは、銀祇篭の効果をコピーした紛い物。
 1度その効果を無効にしてしまえば、墓地に銀祇篭がいない今、
 再びあの能力を発動させる事はできないわ……」

 氷の孔雀を見上げる私。
 あの旧神は強大な力を持っているが、代償として墓地のモンスターを要求する。
 墓地にモンスターがない以上、墓地のモンスターに擬態する白朧に意味はない。

 これで、あの攻守逆転の能力は消え去った。

「クイーンッ!!」

 力を振り絞りながら、叫ぶ。
 風の女王竜が、天へと舞った。
 光がその身体から溢れ、大地を照らす。

「クイーン・ドラゴン LV8で、ダイレクトアタック!!」

 天空にその翼を広げる女王竜。
 真っ直ぐに、フリージアの方を見据えている。
 腕を前に出して、言った。

「――クープ・ド・ヴァン!!」

 旋風が巻き起こり、天から疾風の槍が放たれた。
 一直線に突き進んでいく女王竜。
 相手のライフは僅か。この攻撃が通れば……。

 氷の精霊が、その黄色の瞳を揺らした。

「……仕方ありませんわね」

 ギリッと、歯を噛みしめるフリージア。
 手札の1枚を、表にする。

「手札の禀憐の効果を発動!」

「!?」

 目を見開く私。
 奴の場に、見たことのないカードが浮かび上がった。
 描かれているのは小さな氷の精霊。
 
 冷たい風が、吹く。

「この効果により、攻撃対象を旧神−ク・トゥルー・ウルに変更!」

「なっ!?」


禀憐(うれん)
星1/水属性/水族/ATK0/DEF0
相手モンスターの攻撃宣言時、
手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
攻撃モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 まるで赤ん坊のような、無邪気な声が響いた。
 冷たい風と共に、氷の孔雀が女王竜の前へと立つ。
 凍りついた翼を広げ、威嚇する孔雀。

 女王竜が、迫る。

「これは……!」

 私の考えが及ぶよりも早く、
 
 女王竜の一撃が、氷の孔雀の身体を貫いた。

 まるでガラスが砕けるような音が響いた。
 翼を広げ、ぶるぶると震えている孔雀。その体には巨大な穴が。
 鮮やかな青色が薄れ、徐々に鈍い色へと変化していく。
 ぱきぱきとその羽根が折れ、大地へと崩れ落ちた。そして――

 青白い爆発と共に、氷の孔雀が灰となって霧散した。


 フリージア LP1900→600


「ぐっ……!」

 衝撃を受けて、顔をしかめているフリージア。
 だがやがて、その顔に冷たい微笑が浮かぶ。
 顔をあげ、嘲るようにフリージアが言った。

「これで……あなたの攻撃は防げました……」

「……ッ!」

 顔をしかめる。
 この攻撃が通れば、私の勝利だった。
 だけど、相手は自身の切り札さえも捨てて攻撃を防いできた。
 デッキが封じられている今、このままでは――

「…………」

 手札を見るが、使えるカードはない。
 ゆっくりと、私は言葉を紡いだ。

「……ターン、エンド」

 にやりと微笑むフリージア。
 白い雪が、淡々と天から降りそそぐ。


 フリージア LP600
 手札:2枚(天薙塵、禀憐)
 場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
   白朧 ATK1500
   

 ディン・ハプリフィス LP1600
 手札:2枚(1枚はセベクの祝福)
 場:クイーン・ドラゴン LV8 ATK4000(DEF0)
   ニュアージュ・ドラゴン DEF1000

 
「わたくしのターン!」

 カードを引くフリージア。
 手札を眺めると、余裕ある微笑みを浮かべる。

「わたくしは天薙塵を守備表示で召喚!」

 迷う様子もなく、カードを選んだ。
 場に黒髪の、天女のようなモンスターが現れる。
 羽衣を揺らし、微笑んでいる天女。冷たい風が吹く。


天薙塵(てんちじん)
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF1600
このカードが墓地へと送られた時、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスターの守備力は0となる。
手札の水属性・水族のモンスターを1枚墓地に送ることで、
墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
「天薙塵」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 
「そして、白朧を守備表示に!」

 手を伸ばし、カードを動かすフリージア。
 白いもやが丸い形となり、その場に漂った。
 

 白朧 ATK1500→DEF1300
 

 これで、相手の場にはモンスターが2体。
 全てのモンスターを倒さなければ、攻撃対象を変更されて
 相手にダメージを与える事はできない。

「これで、ターンエンドですわ」

 ゆっくりと、そう言い放つフリージア。
 余裕ある表情を浮かべ、私を見下すように眺めている。
 寒さに震えながら、私は手を伸ばした。

「私の、ターン!」

 せめてモンスターが来れば……。
 しかし、相手によって操作されたデッキでは、望むようなカードは来ない。
 引いたカードは、ドラゴンライフストーム。


ドラゴンライフストーム 速攻魔法
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスターをゲームから除外し、除外したモンスターの攻撃力の合計分だけ
自分はライフポイントを回復する。


 だが、私の墓地に存在するのはクイーン・ドラゴン LV4だけ。
 2体のモンスターを要求するこのカードは、そもそも発動できない。
 ニュアージュが墓地に行けば発動できるが、それは相手も分かってるはず……。

 ぐらりと、視界がゆらいだ。

「……っ」

 ふらつく足元を、なんとか耐える。
 息が苦しい。全身が凍りつくような寒さなのに、
 熱があるようで視界が定まらなくなってくる。

「ふん、脆弱な人間ですこと……」

 くすくすと笑い声をあげるフリージア。
 黄色の瞳を細めながら、尋ねる。

「まだ、続けますの?」

「あ、当たり前、でしょ……」

 息も絶え絶えになりながら、私は答えた。
 ふんと鼻を鳴らすと、そのまま沈黙するフリージア。
 自分の手札を見てから、私は言う。

「バトルよ! クイーン・ドラゴンで、直接攻撃!」

 再び天を駆る女王竜。
 旋風が巻き起こり、白い雪が舞いあがった。
 真っ直ぐに、フリージアへと迫る。

「禀憐の効果で、攻撃対象を天薙塵に!」

 手札を表にするフリージア。
 カードが浮かび上がり、冷たい風が吹いた。


禀憐(うれん)
星1/水属性/水族/ATK0/DEF0
相手モンスターの攻撃宣言時、
手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
攻撃モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 フリージアをかばうように、飛び出してくる天女。
 桃色の閃光が走り、その身体が砕け散る。
 そして、嘲るような笑い声が辺りに響いた。

「天薙塵の効果で、守備力が0に!」


天薙塵(てんちじん)
星4/水属性/水族/ATK1700/DEF1600
このカードが墓地へと送られた時、相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスターの守備力は0となる。
手札の水属性・水族のモンスターを1枚墓地に送ることで、
墓地に存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
「天薙塵」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 吹雪が巻き起こり、青色の竜の足元が凍りついた。
 

 ニュアージュ・ドラゴン DEF1000→DEF0


 これで、相手の場のモンスターは1体。
 体力も限界だ。早めに蹴りを付けなければ……。
 息を切らしながら、私は口を開く。
 
「た、ターンエンド……」

 白い息が、顔にかかる。
 ハァ、ハァと息を切らしている私。
 前を向いているが、目の焦点が合わなくなりつつある。

 フリージアが、手を伸ばす。

「わたくしのターン!」

 カードを引くと、うっすらとした笑いを浮かべるフリージア。
 不気味な気配を感じ、私の意識が再び鋭く覚醒する。
 緊張する中、フリージアがゆっくりと言葉を発した。

「人の世は夢。蜃気楼の中の、儚き虚空の存在。ならばせめて安らかなる死を――」

 そう言って、手札の1枚を見せつけるフリージア。
 その手に握られていたのは、禍々しい力を感じる1枚。
 
「魔法発動! ルルイエの胎動!」

 フリージアの場に、カードが浮かび上がった。
 深い闇の中心に浮かぶ、心臓のような絵が描かれた1枚。
 ドクンと、鼓動するかのようにカードが波打つ。
 フリージアが、余裕そうに手をかざした。

「墓地に存在するモンスターを除外する事で、
 この場で旧神のシンクロ召喚を行います!」

「ッ!?」


ルルイエの胎動 通常魔法
自分の墓地に存在するチューナーとそれ以外の
モンスター1体以上を選択してゲームから除外する。
除外したモンスターのレベルの合計と同じレベルの「旧神」と名のついた
モンスター1体を自分のエクストラデッキまたは墓地からシンクロ召喚する。


 深い闇の瘴気が、カードから溢れた。
 規則的な鼓動の音が、辺りに不気味に響いていく。
 フリージアの決闘盤が、カードを吐き出した。

「墓地の原祖の支配者と、天薙塵をゲームから除外!」

 場に、先程の天女と魔導士の姿が浮かび上がった。
 魔導士の体が砕け、4本の輪となり天女の身体を囲う。
 微笑みを浮かべたまま、天女の体が線だけになった。

「絶望の氷は生まれ出で、未来を閉ざす雨となる。深淵の力が今ここに!」

 天女の体が砕け、4つの光となった。
 縦に一直線に並ぶ光。その周りを動く4つの輪。
 心臓の鼓動が激しくなる。深い闇が吹き出し、そして――

 
 光が、走った。


「シンクロ召喚! 現れよ! 旧神−ク・トゥルー・ウル!!」

 漆黒の空が歪み、地の底より冷気が這い寄った。
 そして闇の中より現れしは、凍てつく翼を広げた氷の孔雀。
 凍りつくような威圧感と、深い闇の力を携えて――

 孔雀が、咆哮を轟かせた。


旧神−ク・トゥルー・ウル
星8/水属性/水族・シンクロ/ATK2700/DEF3300
水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、互いの墓地に存在する水属性モンスターを
すべてゲームから除外する。この効果で除外したカードの枚数分、相手のデッキの上の
カードを確認し好きな順番で相手のデッキの上へ戻す。


「また、そいつ……」

 小さな声で、呟く私。
 攻守の逆転こそないが、その攻撃力は今の私には十分脅威だ。
 なによりも、あの攻撃の衝撃をくらえば、例えライフが残っていても……

 ばっと、フリージアが声を高らかにしながら腕を伸ばす。

「バトルです! 旧神−ク・トゥルー・ウルで、ニュアージュ・ドラゴンを攻撃!」

 咆哮を響かせ、天空へと舞い上がる氷の孔雀。
 青白い翼を広げた姿が、漆黒の空に幻想的に映えた。
 静かに、それでいて一片の慈悲もなく構える孔雀。

 白銀の世界に、その言葉が響く。

「――深淵の魔氷礫!!」

 冷たい翼の一閃が、天を切り裂いた。
 悲鳴をあげる間もなく、ニュアージュ・ドラゴンが一瞬にして砕け散る。
 そして攻撃の余韻による烈風が、私へと迫った。
 まるで雪崩のような、冷たい一撃。とっさに、身構える。
 
 衝撃が走って、目の前が一瞬真っ白になった。

「うぁっ……!!」

 声が漏れる。混乱した頭の中に、色々な光景が浮かんだ。
 白い病室。2人で過ごした日々。あの時見た夕焼け。
 そして、そして……。

『……お姉ちゃんに、心配かけたくなかったから』

 そう言って力なく微笑む、妹の姿。
 次の瞬間には、目の前に白い墓標が立っている。
 父が私の肩を叩き、口を開く。

『祈りなさい。強く、その想いが天に届くように……』

 そう言って私を慰める父だったが、本心は違う。
 本当は妹がいなくなって、せいせいしているに違いない。
 だって、父は1度だってまともに病院に顔を出したことはない。
 食卓で見舞いに行くように促した時の答えは、

『ディンの名前を出すな。名家の名に傷が付く』 

 たった、それだけだった。
 生まれつき病弱な妹を、父は家の人間にふさわしくないとして、毛嫌いしていた。
 母親でさえが、妹の事をないものとして扱っていた。

『死んだのがお前じゃなくて良かったよ』

 葬儀の後、母がホッとした様子でそう漏らした。
 出来の悪い妹が死んでに、優等生な姉が残る。
 両親にとってはまさに理想的な展開だろう。


 だから――


「まだよ……!」

 ゆっくりと、私は腕に力を込める。
 フリージアが驚いたように目を大きく見開いた。
 信じられないといった様子のフリージア。
 その口から、言葉が漏れる。

「な、なぜ……?」

 驚愕を通り越し、怯えたようにも見えるフリージア。
 冷たい汗が、白い頬を流れていく。
 ふらふらになりながらも、私は何とか立ち上がる。

「私はね……1度、死んでるのよ」

 顔をあげて、呟く私。
 もう、体力は限界だ。体中が悲鳴をあげている。
 だけど、倒れる訳にはいかない。

 足元が崩れそうになりながら、続ける。

「あの日、父と母が会話しているのを聞いた時。
 妹が死んで良かったと言って談笑していたあの時に、本当の私は死んだの。
 マリー・ハプリフィスっていう人間は、とっくの昔にいなくなった……」

 淡々とした言葉が、私の口から吐き出される。
 白い雪が、まるで涙のように目の前を落ちて行く。
 絶句するフリージアを睨みつけながら――

「今の私の名前は、ディン・ハプリフィス!
 私はこんな所で負ける訳にはいかない!
 もう2度と!! 妹を死なす訳にはいかないのよッ!!」

 決闘盤を構えて、叫んだ。
 その気迫に押されたのか、動揺した様子のフリージア。
 冷や汗を流しながら、腕をなぐ。

「な、何を訳のわからぬ事を! 
 あなたがどう吼えようが、既に未来は決しているのです!
 デッキを封じられた今、強がりを言うのはおやめなさい!」

 強く、自分に言い聞かせるように叫ぶフリージア。
 私は何も言わずに、ただ相手を睨んでいる。
 「くっ」と声を出し、フリージアが手札へと視線を落とした。

「カードを1枚伏せさせていただきます!」

 2枚ある手札の内1枚を伏せるフリージア。
 これで彼女の手に残ったカードは攻撃対象を帰る禀憐1枚のみ。
 銀色の髪をなびかせて、フリージアが言う。

「何をしようが、あなたの手の内は全て分かっているのです!
 次のターン、旧神の力であなたを地獄に送ってさしあげましょう!」

 パキパキと、フリージアの足元がさらに凍りつく。
 氷の孔雀もまた、威嚇するように翼を広げて啼き声をあげた。
 漆黒の空に、白い雪がしとしとと降り注ぐ。


 フリージア LP600
 手札:1枚(禀憐)
 場:月夜の銀世界(フィールド魔法)
   旧神−ク・トゥルー・ウル ATK2500
   白朧 DEF1300
   伏せカード1枚
   

 ディン・ハプリフィス LP1600
 手札:3枚(セベクの祝福、ドラゴンライフストーム、???)
 場:クイーン・ドラゴン LV8 ATK4000(DEF0)
   

 冷たい風を受けながら、私は自分のデッキを見る。
 相手は私のデッキの上から7枚を見て操作している。
 普通に考えれば、起死回生の1枚を引けるはずがない。

 だが、7枚全てが役に立たないカードというのはありえない。
 
 おそらく3枚、せいぜい半分以上の4枚が限界のはず。
 そこから先は、相手にとっても引かせたくないカードが置かれているはずだ。
 今、私が引いたカードは2枚。次のドローは3枚目。
 相手の場から考えても、もう猶予は残されていないだろう。
 
 この1枚で、全てが決まる――。

 白銀の世界、白い息が顔にかかる。
 不思議と、心は澄み切ったように落ち着いていた。
 全ての思いを込めて――

「――私の、ターンッ!!」

 カードを、引いた。
 一瞬、時が止まったかのような感覚が走る。
 何も聞こえない空間。ただ雪だけが、空から落ちていく。
 ゆっくりと、私は引いたカードを表にした。

 そこにあったのは――


レベルダウン!? 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を選択して発動する。
選択したカードを元々の持ち主のデッキに戻し、
持ち主の墓地からそのカードより「LV」の低い同名モンスター1体を
召喚条件を無視して持ち主のフィールド上に特殊召喚する。

 
「ふっ、アッハハハ!」

 フリージアが、大きな声をあげて笑った。
 白いドレスを揺らしながら、笑い声をあげているフリージア。
 黄色の瞳を、私の方へと向ける。

「残念でしたわね。そのカードはシャッフル処理をはさむカード。
 ゆえに、月夜の銀世界がある以上、そのカードに意味はありませんわ!」

 勝ち誇った様子で、語りかけてくるフリージア。
 くすくすと笑いながら、私の事を哀れむような目で見つめる。
 カードを手札に加え、私は腕を伸ばす。

「クイーン!」

 その言葉に、翼を広げる女王竜。
 天空へと舞い上がると、疾風の槍となって飛び立った。
 凄まじい勢いで、氷の孔雀へと迫る女王竜。

 風が吹き、白い雪が散らばる。
 
「禀憐の効果発動!」

 フリージアの声が響き、カードが表になった。
 小さな氷の精霊が現れ、悪戯っ子のように笑い声をあげる。
 白いもやが、孔雀の前に立ちはだかった。

「攻撃対象を、白朧に!」


禀憐(うれん)
星1/水属性/水族/ATK0/DEF0
相手モンスターの攻撃宣言時、
手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
攻撃モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


白朧(はくおぼろ)
星4/水属性/水族/ATK1500/DEF1300
自分の墓地に存在する水属性・水族のモンスター1体を選択し、
ゲームから除外する事ができる。このカードが自分フィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力・守備力とモンスター効果を得る。


 女王竜が声をあげ、加速する。
 ぐにょぐにょと動いている白いもや。

 疾風と共に、一瞬でその身体が引き裂かれて宙へと消えた。

 にやりと、微笑むフリージア。
 すっと、おもむろに腕を伸ばす。

「罠発動――」

 フリージアの場に残された最後の伏せカード。
 それが表になり、輝いた。

「――露祓い!!」


露祓い 通常罠
自分フィールド上の水属性モンスターが戦闘で破壊された時に発動できる。
ゲームから除外されている自分の水属性モンスターを2体まで選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚された
モンスターは、このターン攻撃する事ができない。


 うっすらとした白い霧が、フィールドを覆った。
 そして霧の奥より響く、馬の蹄の音。
 さらに霧に覆われた空に、妖しげなオーロラが浮かび上がる。

「露祓いの効果。自分のモンスターが戦闘で破壊された時、
 除外されている水属性モンスターを2体まで選択し特殊召喚できる!」

 両手を広げながら、余裕の表情を浮かべているフリージア。
 その目は冷たく、私の方を射抜くように見つめている。
 その黄色の瞳を揺らしながら――

「霧の中より現れよ! 銀祇篭! 幻麟!」

 ばっと、手をかざした。
 青白い閃光が走ると同時に、霧が薄れて消えて行く。
 そして相手の場に現れた、幻想的な姿の獣。漆黒の空に浮かぶオーロラ。

 オーロラの形が変化し、竜となりて咆哮をあげた。


銀祇篭(ぎんしろう)
星6/水属性/水族/ATK2400/DEF2400
自分の墓地に水属性・水族のモンスターが2体以上存在する時、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが存在する限り、自分のモンスターが戦闘を行うダメージステップの間、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力と守備力の数値を入れ替える事ができる。
このカードが守備力0の相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ終了時に自分はカードを1枚ドローする。


幻麟(げんりん)
星4/水属性/水族/ATK1800/DEF1400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターの守備力は0となり、
守備力を上昇させる効果も全て無効となる。


 守備力を0にするモンスターと、攻守を逆転させるモンスター。
 2体のモンスターが揃ったことにより、再び相手のコンボが発動する。
 雪が降る中、妖しげな威圧感がフィールドを支配した。

 フリージアが大きく笑った。

「これで、あなたが何をしようと次のターンであなたのライフは0となる!
 人間風情がどうあがこうが、結局のところ未来は変えられないのです!
 決められた運命に従い、永劫の氷地獄に閉ざされなさい!」

 勝ち誇った表情のフリージア。
 白い指を伸ばし、私の事を指差している。
 雪が静かに、私達の間に降り落ちていく。そして――

 ひゅっと、風を切る音が響いた。
 
 1枚のカードがくるくると、宙を舞う。
 漆黒の闇を切り裂いて、進んでいくカード。
 やがては大地を覆う白い雪に、突き刺さる。
 
「……え?」

 フリージアが、不思議そうな声を出す。
 ゆっくりと、私は口を開いた。

「……あんたに、次のターンなんてないわよ」

 右手を伸ばした格好で、低い声を出す私。
 反対側――手札を持つ左手に握られているカードの数は、3枚。
 レベルダウン、セベクの祝福、ドラゴンライフストームだ。

 そして、残りの1枚は――

「な、なにを……!?」

 呆然とした様子のフリージア。
 フィールドの中央に投げられた1枚に、視線を向ける。
 描かれているのは、まるで万華鏡のような模様が浮かび上がっている1頭の竜。

「ミロワール・ドラゴンの特殊効果、発動……」

 静かに、私は声を出した。
 寂れた世界に、その言葉は染み込むように響く。

「このカードを手札から捨てる事で、
 墓地の魔法・罠カードの効果を写し取り、その場で発動する……」


ミロワール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1300/DEF1000
手札に存在するこのカードを墓地に送る事で発動する。
墓地に存在する通常魔法カードまたは通常罠カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択したカードの効果と同じになる。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 目を見開くフリージア。
 白い雪に埋もれつつあるカードが、虹色に輝いた。
 鮮やかな色合いの光が動き、弾ける。

 決闘盤が吐き出したカードを、私は手に取った。

「私の墓地の、ドラゴン・ラースのカードを写し取って発動……」


ドラゴン・ラース 通常罠
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族
モンスターが存在する時のみ発動可能。
エンドフェイズまで相手フィールド上に
表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。


 私の手の中でカードが光り、場に凄まじい咆哮が響き渡った。
 びりびりと震動する空気。獣の足元から霧が消え、オーロラが消える。
 そして――天から降り注いでいた雪が、やんだ。


 月夜の銀世界→効果無効

 旧神−ク・トゥルー・ウル→効果無効

 銀祇篭→効果無効

 幻麟→効果無効


「そ、んな……!」

 絶望の表情を浮かべているフリージア。
 ぷるぷると小刻みに震えながら、私の事を怯えるように見ている。
 黄色の瞳を揺らしているフリージア。わなわなと、言う。
 
「わ、わたくしが、こんな、人間風情に……!」

「……精霊だか何だか知らないけどね」

 フリージアの声を遮る私。
 睨みながら、言い放つ。

「あんたと私じゃ、戦いに賭けてる想いが違うのよ……!」

 フリージアが、その端正に整った顔を歪めた。
 ぎりぎりと拳を震わせながら、銀色の髪をざわめかせるフリージア。
 私は手札の1枚を、見せつけるようにして持つ。

「勝利の1枚を、ありがとう」

 そう冷たく言って、私はカードを決闘盤へと挿した。
 カードが浮かび上がり、輝く。


レベルダウン!? 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を選択して発動する。
選択したカードを元々の持ち主のデッキに戻し、
持ち主の墓地からそのカードより「LV」の低い同名モンスター1体を
召喚条件を無視して持ち主のフィールド上に特殊召喚する。


 女王竜の身体が、光に包まれた。
 その身が縮こまるように変化し、小さくなっていく。
 カードが弾かれ、デッキへと戻った。そして――

 光が弾け、風の女王竜がその美しい翼を天へと広げた。


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


「クイーン・ドラゴン LV4で、直接攻撃ッ!!」

 最後の力を込めて、私は叫ぶ。
 桃色の竜が頷き、優雅な動作で飛翔する。
 漆黒の空を背景に、幻想的な舞いを見せる女王竜。

 白銀の世界に――

「――ル・バーレ・ド・ヴァン!!」

 最後の言葉が、響いた。
 女王竜の身体が輝き、光の波動が溢れ出る。
 まるで神の光のように、それは世界の全てを呑みこみ――


 フリージア LP600→0


 この決闘を、終わらせた。

「がっ、はっ……!」

 衝撃を受け、胸を抑えるフリージア。
 その胸元で揺れていた黄金の十字架が、二つに砕ける。

 世界が揺らぎ、白銀の大地が消えて行った。

 元の、深い森の風景が目の前に現れる。
 月明かりに照らされた森が、ざわめいた。 

「……うっ」

 どっと、強い疲労感が押し寄せる。
 その場によろめくようにして、私は手と膝をついた。
 はぁ、はぁと、荒い息が漏れる。

「やっぱり……闇の決闘は、キツいわね……」

 冷や汗を流しながら、私は呟く。
 決闘には何とか勝てたものの、かなりギリギリの攻防だった。
 ダメージも深く、しばらくはまともに動けそうもない。

「こ、の……人間風情が……!」

 地面に這いつくばりながら、恨みに満ちた目を向けてくるフリージア。
 だがその身体はうっすらと透けており、足元から徐々に消滅しかけていた。
 呪詛の言葉を吐いているフリージア。

「この屈辱、決して忘れませんよ……!
 いずれ必ずや、あなたには天誅が下されるでしょう……!」

 ぱきぱきと音を立て、フリージアの近くの地面が凍りついた。
 凄まじいまでの殺気が溢れ、森の木々から鳥が飛んで行った。
 だけど、私には何か言い返す元気さえ残っていない。
 
 にやりと、フリージアが口元に不敵な笑みを浮かべた。

「我らが大いなる主を敵に回した事を後悔しながら、死ぬが良いですわ!!」

 目を見開き、壊れたように笑い始めるフリージア。
 暗い森に、不気味な笑い声が響き渡る。
 
「くっ……」

 異様な雰囲気を感じ取り、私は顔をしかめた。
 予想はしてたけど、チェスの四騎士の上にはさらなる存在があるようだ。
 まだ戦いは終わった訳ではない。この先もまだ、何かが――


 風が吹いて――


「その通りだよ、フリージア」

 唐突に、その言葉は響いた。
 嘲笑うかのような、甲高い声。
 ばっと顔をあげ、私とフリージアが声のした方を向く。


 闇の中、1つの人影がいつのまにかそこには存在していた。


 金色の髪、薄紫色の瞳。死人のような白い肌。
 白の気取ったマントのような服で、その身を覆い隠している。
 そして口元に浮かんでいるのは、邪悪な笑み。

 少年が、私の方を向いた。

「やぁ! はじめまして……に、なるのかな?
 ごめんね。僕はちょっと、記憶が曖昧なんだ」

 けらけらと、楽しそうに笑う少年。
 フリージアが、口を開く。

「レウィ……シア……!?」

 驚き、戸惑った様子のフリージア。
 少年が、視線を消えゆくフリージアの方へと向ける。
 風が吹いて、少年の白いマントがうねるようになびいた。
 
「助けに来たよ、フリージア!」

 口元に笑みを浮かべながら、両手を広げるレウィシア。
 その身から感じられる邪悪さとは裏腹に、その声は明るかった。
 薄紫色の瞳を細め、笑いかける。

「僕達は同じチェスの四騎士の仲間だもの!
 君がピンチだと聞いてね。すぐさま駆けつけたんだ!」

 楽しそうな様子のレウィシア。
 消えかけているフリージアは、呆然としている。
 銀髪を揺らしながら、フリージアが口を開いた。

「いったい、何を言って……!?」
 
「聞いてよフリージア! キングがね、
 もう外に出ても良いって言ってくれたんだ!」

 フリージアの言葉を遮るレウィシア。
 楽しそうに、続ける。

「ようやく、僕の最後の調整が終わったんだ。
 これでしばらくは、僕も自由に動ける。
 これも全て、君達がちゃんと時間を稼いでくれたおかげだよ!」

 へらへらと、笑い続けているレウィシア。
 おもむろに歩くと、消えゆくフリージアの前に立つ。

「ありがとう、フリージア。君達には本当に感謝しているよ。
 精霊の君達は、本当に素晴らしい仲間だった。動けない僕に代わって、
 立派にキングの役に立ってくれたんだもん――」

 目を見開くレウィシア。
 笑いながら、言う。

「――捨て駒として、ね」

 ぞっとするくらい、冷たい言葉がその口から放たれた。
 にやにやと、不気味な笑みを浮かべているレウィシア。
 フリージアが、呆けたような表情で尋ねる。

「なん、ですって……?」

「アハハ! ごめんね、フリージア。
 正直に言うとさ、君達なんて本当はどうでも良かったんだよ。
 時間が稼げればさ。キングにとって、一番大事なのは僕だから」

 楽しそうに、それでいて淡々と話し続けているレウィシア。
 何が起こっているのか、私にはまったく理解できない。
 フリージアを指差すレウィシア。

「本当は、もう少し役に立つかと思ってたんだけどね。
 でも、まぁ、いいさ。すべては過ぎてしまった事だよ。
 過去の事に意味はない。本当にありがとう、フリージア。そして――」

 言葉を切るレウィシア。
 その表情から笑顔が消え、無表情になる。
 暗い瞳を向け、恐ろしい程に冷たい声で、レウィシアが言った。

「もうお前らは用済みだ。とっとと消えてよ」

 瞬間、レウィシアがフリージアの顔に蹴りを入れた。
 鈍い音が響き、フリージアが後ろに吹っ飛ぶ。
 口から血を流し、倒れこむフリージア。怨念に満ちた目を向ける。

「レウィ……シアァ……!!」

 その全身から凍てつく冷気が溢れた。
 壮絶なまでの殺気。空間がねじ曲がるような感覚が走る。
 だが――

「黙れ」

 レウィシアの手の掌から、紫色の雷撃が放たれた。
 落雷のような音が轟き、耳がキーンとする。
 強烈な閃光の中、フリージアが首から下げていた十字架が粉々になるのが見えた。

 焼け焦げた臭いが、辺りに立ち込める。

「ふっ、フフフ。アハハハハッ!!」

 レウィシアの口から、笑い声が漏れた。
 その目の前に、もうあの銀髪の精霊の姿はない。

「言った通りでしょ? ちゃんと僕は助けてあげたよ。
 君がこの世界から消える手伝いを、ね。アッハハハハ!」

 自分の発言に対して、大きく笑うレウィシア。
 私はただただ目の前の光景に対して絶句している。
 こいつ、ヤバイ。闇の力とかそういうのとは別の、おぞましい狂気を感じる。

 すっと、レウィシアが手を伸ばした。

 その手には、1枚のカードが。
 私に背を向けたまま、言う。

「――フィールド魔法」

 瞬間、辺りの世界が崩壊した。
 漆黒の闇が地面から広がり、私達を包み込む。

「なっ……!?」

 思わず、地面から両手を離した。
 闇が生き物のように蠢き、周りの景色を塗りつぶしていく。
 視界が黒一色で染まり、そして――

 雷鳴と共に、闇がガラスのように砕けた。

 目の前に現れたのは、崩壊した古代遺跡のような場所。
 石で出来た柱。足元に彫られた魔法陣のような模様。
 空は灰色の雲が覆い、唸るような音が時折響く。
 
「こ、ここは……!?」

 混乱する中、

「さぁ、決闘の時間だよ」

 レウィシアの明るい声が、その場に響いた……。





第五十三話 死闘−邪悪なる雷

 薄暗い闇の中、モニターが不気味に光っている。

 四方を囲むのは灰色のコンクリートの壁。
 中央に置かれたテーブル。その上のチェス盤。
 生命を感じられない無機質な部屋に、キーボードを叩く音が響く。

「クイーンは消えた」

 淡々とした口調が闇の中に溶けた。
 何の感情もなく、ただ事実を述べただけの言葉。
 モニターから目を離さずに、続ける。

「残った駒は2つ。ナイトとキング。それだけのみ……」

 呟きながらも、キーを叩く手はやまない。
 様々なデータや画面が現れては消え、そして繰り返される。
 やがて、1つのライブ映像が画面上に映し出された。

「……レウィシア」

 パソコンのディスプレイに映し出された光景。
 それを見ながら、闇の中に隠れる人物が呟く。
 
 薄白い金色の髪に、白いマントの少年。

 張り付いたような笑みを浮かべ、目の前で倒れる少女を見下ろしている。
 何の感情も浮かべていない瞳が、ただじっとその画面を見つめていた。
 沈黙の後、おもむろに闇の中の人物が呟く。

「お前は私の最高傑作だ……。
 そしてお前こそが、私にとっての目標でもある……。
 失敗は許されない。ただそうして、そこにいれば――」

 言葉が途切れる。
 ブーンというパソコンの低い起動音だけが、その場では響いている。 
 まるで何かを思い出しているかのように、闇の中の人物の顔に表情が浮かんだ。

「私は――」

 うつろな口調が響く。
 だがやがて、また元のようにキーボードを叩く音が響き始めた。
 無表情。機械のような視線が、モニターに向けられる。
 いくつもの情報が重なるように表示されていき、そして――

 1つの単語が、表示された。

《データデッキ計画》

 大量のテキストデータが表示される。
 どうやら何かの報告書のようだ。
 闇の中、ディスプレイ上で文字が踊っている。

「…………」

 沈黙をしたまま、指を動かし続けている闇の中の人物。
 もはやモニターの隅に追いやられたライブ映像には、目もくれていない。
 ただ機械的に、作業を続けている。

 部屋の中の闇が、より一層強く深まっていった……。















 薄紫色の雷光が、天空を切り裂いた。

 静まり返った古代遺跡。
 所々が壊れ、崩れかけた不気味な遺跡群。
 いつからそこにあるのか。誰が何のために作ったのか。
 答える者は、おそらくどこにもいないだろう。

 見放された地に、不穏な雷鳴の音が響く。

「アッハハハ……!」

 古代遺跡に、乾いた笑い声が反響した。
 魔法陣のような模様が刻まれた床の上に立つ少年。
 くすくすと、嘲るような笑みを浮かべている。

「あ、あんた、いったい……!?」

 膝をついた格好のまま、私は尋ねた。
 薄紫色の瞳が僅かに細まり、私の方へと向けられる。
 色の少ない金色の髪が、それに合わせて少しだけ揺れた。

 ゆっくりと、少年が口を開く。

「ねぇ――」

 すっと、指を伸ばす少年。
 風が吹いて、その白いマントのような服が揺れる。
 おぞましい気配を漂わせたまま、少年が言う。

「君は、どうして僕達がチェスの四騎士って名乗ってるか知ってる?」

「……は?」

 いきなり投げかけられた質問に対し、私は戸惑う。
 何が言いたいのか分からない。だが考える暇もなく、
 少年が楽しそうな様子で続けた。
 
「キングにとってはね、僕も消えた精霊達も全部『駒』なんだよ。
 自分の目的を達成するための、ね。だから僕達はチェスの四騎士。
 そういう意味なんだよ。どうだい、面白いでしょう?」

 大きく、少年が笑い声を上げた。
 壊れた笑い声が遺跡群に反響し、消えていく。
 灰色の空が地鳴りのような音を立てた。

「この世は大きなチェス盤みたいなものだよ。
 チェックメイトのためなら、時に味方の駒だって献上しなくちゃならない。
 悲しいけど、時には残酷にならないと、勝負には勝てないのさ」

 悟ったような様子で、とうとうと語っている少年。
 未だに、私には相手が何をしたいのか理解できない。
 とはいえ、このまま帰してくれるとも思えない。
 
 息を切らしながら、私は尋ねた。

「御託は良いわ……。あんた、何が目的なのよ……?」 

 油断なく、少年を見つめる私。
 少年が得意そうに人差し指を伸ばす。

「フフ。つまりさ、僕が言いたいのはさ――」

 そこまで言って、少年の口から言葉が途切れた。
 一瞬、その顔から全ての感情が失せたようになる。
 死人のような気配。紫色の瞳が見開かれる。

「なんという事だ……!」

 心の底から驚いたような様子の少年。
 私は痛む体を押さえながら、訊く。

「な、なによ……!?」

 薄紫色の、射抜くような視線を向けている少年。
 じっと、何かを観察するように私を見つめている。
 
「……やっぱり、間違いない」

 呟く少年。
 そして不意に、指をパチンと鳴らした。

「僕達はまだ、互いに自己紹介をしていない!」
 
「……はっ?」

 顔をしかめる私。これは痛みのせいではない。
 いかにもわざとらしく、嘆いた様子の少年。
 手を叩きながら、悔しそうに言う。

「何か忘れてると思ったよ! いけないよね、こういうのは。
 ちゃんときっちりとしておかないとさ」

 1人、納得したように頷く少年。
 そして呆然とする私を前に、うやうやしく自分の胸に手を当てた。

「僕の名前はレウィシア。チェスの四騎士の1人だ。
 称号は王を守る騎士、ナイト・オブ・ライトニング。
 ……とは言っても、もう残っているのは僕だけだね」

 そう言って楽しそうに笑い声をあげる少年ことレウィシア。
 その手の掌からばちばちと、青白い電流が走る。
 まるで不安がるように、空が低い音をあげた。

「それでさぁ、さっきも聞いたけど、
 君は僕とは出会った事があるのかな?」

 気さくな様子で尋ねてくるレウィシア。
 考えた後、私は肩をすくめる。

「あいにく、覚えはないわね……」

「そう。残念だなぁ」

 そう言いつつも、その顔はヘラヘラとした笑みを浮かべたままだ。
 奴の真意を確かめるためにも、私はさらに踏み込んだ質問をしてみる。

「……あんた、記憶喪失なんだっけ?」

 そう尋ねた瞬間。
 レウィシアの表情から笑みが消え、目が見開かれた。
 だがそれも一瞬の事。すぐに気を取り直したように笑う。

「あぁ、そうなんだよ」

 まるで他人事のような口調で、頷くレウィシア。
 私はなるたけ同情している風な口調で、続ける。

「記憶がないなんて、大変ね。自分が誰かとかは分かるの?」

 特に何かを意図して放った訳ではない質問。
 適当な答えが帰ってくるものとばかり、思っていた。
 だがレウィシアの答えは――

「アハハ! 違うよ、違う!」

 楽しそうに首を横に振るレウィシア。
 紫色の瞳を細めて、笑いながら言う。

「僕には過去の記憶しかない。未来の記憶がないんだよ」

「……え?」 
 
 思わず、聞き返してしまった。
 だがレウィシアはさも当然のことのように、続ける。

「僕にはね、約束された未来があるはずなんだよ。それは確かだ。
 だけど、僕はまだその記憶が貰えてないから、未来が分からないんだ。
 だから未来の記憶がない。僕は記憶喪失者だ」

「………」

 私は奴の言っている事を理解しようとしたが、無理だった。
 純粋に、意味が分からない。未来が分からないから記憶喪失って、
 未来なんてものが分かる訳がない。過去の記憶しかないのは当然だ。

 憂うように、少年が額に手を当てる。

「僕の記憶を知っているのはキングだけだ。
 だから、僕はキングから記憶を貰わなくちゃならない。
 そのために、僕はキングに仕えているんだ。仕えて、そして――」
 
「……そして?」

 黙り込んでしまう少年。
 真っ直ぐに、私の事を見ながら固まっている。
 何かを考えているように。何かを思い出すかのように。
 
 不意に、にっこりとレウィシアが微笑んだ。

「そういえば、君の名前は……?」

 穏やかな雰囲気になりながら、そう言うレウィシア。
 そう言えば、私はまだ奴に名前を名乗っていない。
 別に名乗らないままでもいいが、教えて不都合になる事もないだろう。

 気が抜けながら、私は口を開く。

「私の名前は――」

 瞬間。

「黙れ」

 冷たい声と共に、青白い電流が迫った。
 目を見開く。とっさに避けようと動こうとするが、遅い。
 弾けるような音。目もくらむような閃光。刹那の後――

 電流が私の体を貫き、衝撃が走った。

「きゃあああぁぁぁ!!」

 悲鳴をあげる。
 びくびくと体が反射的に反応する。焼かれるような痛み。
 電撃が収まるのと同時に、私はその場にどさりと倒れこんだ。
 ぴくぴくとしながら、私は何とかして顔をあげる。

 冷たい表情を浮かべたレウィシアが、私を見下していた。

「お前の名前なんてどうでもいい……」

 先程とは打って変わったように冷たい声。
 まるで全ての感情のスイッチが切られたような口調だった。
 倒れている私を、物でも見るかのように見つめている。

「僕にとってはキングこそが全てだ。
 キングの邪魔をする奴は、僕がこの手で消す」

 淡々と話しているレウィシア。
 私は自分の迂闊さを呪った。こいつとまともな会話をしようだなんて。
 どう控え目に見ても、こいつは狂ってる。会話なんて無駄だ。

 痛む体を動かし、私は何とかして立ち上がる。

「不意打ちなんて、卑怯じゃないの……?」

 皮肉をこめて、私は言う。
 だが奴の目には、まるで感情の色が浮かばなかった。
 機械のように、私を見据えているレウィシア。

「関係ない。言っただろ。この世は大きなチェス盤だ。
 どんな手段を使おうとも、例え仲間を犠牲にしようと、
 最終的に王と僕が生き残ればそれで良いのさ」

「……最低ね」

 一言、私は吐き捨てた。
 痛む体を無理矢理に動かしながら、私は決闘盤を構える。
 もうこいつの言葉を聞くのは無駄だ。カードで黙らせるしかない。

 顔をしかめながら、私は叫ぶように言う。

「さぁ、構えなさい! とっとと終わらせて帰らせてもらうわ。
 あんた達との戦いで、こっちは死ぬほど疲れてるのよ」

「……帰る?」

 私の言葉を聞いて、一瞬だけ笑みを浮かべるレウィシア。
 薄紫色の瞳が細くなり、くすくすと笑い声をあげている。
 楽しそうに、私を見据えるレウィシア。
 
 そして唐突に――その笑みが消えた。

「帰れると思ってたの?」

 凍りつくような声が、その場に響いた。
 奴の右腕に電流が走り、真っ白な決闘盤が浮かび上がる。
 そして手の掌から、電気と共に1つのデッキが浮かび上がった。

 左腕でデッキを掴み、私を見るレウィシア。

「キングに逆らう虫の分際で、生きようだなんておこがましい。
 消してあげるよ。僕が、君の過去も、未来も、全部ね」

 邪悪な気配を出しながら、レウィシアが冷たく言った。
 おぞましい程の狂気に包まれたその姿。
 風が不安そうにその場を吹き抜け、空気が震える。
 
 不意に、レウィシアがにっこりと微笑んだ。

「さぁ、決闘を楽しもうか! アッハハハ!」

 大きく笑い声をあげて、レウィシアがデッキを決闘盤に挿した。
 音を立て、決闘盤が展開される。私もまた、よろよろと決闘盤を構えた。
 息を切らしながら、私は前を向く。

 レウィシアの胸元で揺れる十字架のペンダントが、鈍い輝きを放った。

 不気味な気配が増し、重苦しくなる空気。
 私の体力はとっくの昔に限界。闇の決闘なんてできる状態じゃない。
 だがもはや、逃げる事はできない。生きるには、勝つしかない。

 空が閃光に覆われ――


「――決闘ッ!!」


 青白い雷が遠くで落ち、辺りに轟音が響いた。
 私達が立っている地面が僅かに揺れる。
 ぼろぼろの状態のまま、私はカードを引いた。


 ディン    LP4000

 レウィシア  LP4000


「くっ……」

 手札を持ちながら、私は小さく声を出す。
 ダメージのせいか、視界がぼやけている。手札のカードがよく見えない……。
 苦しんでいる中、レウィシアの上機嫌な声が響いた。

「君からでいいよ!」

 心の底から楽しそうな様子のレウィシア。
 けらけらと笑っている奴を視界から追い出し、
 私は震える手を伸ばす。休むように呼吸を置いてから、言った。

「私の、ターン……!」

 カードを引く。
 引いたカードの絵柄が、ぼやけてにじんだ。
 痛みを噛み殺しながら、私はカードを決闘盤に出す。

「私は……クイーン・ドラゴン LV4を召喚……」

 光と共に、薄桃色の竜が私の場に姿を現した。
 優雅な翼を広げ、その場に佇んでいる女王竜。
 深海のように青い目が、レウィシアへと向けられる。
 

クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


「そして、手札からレベルアップを発動……」

 すっと、手札のカードを選ぶ。
 場に1枚の魔法カードが浮かび上がった。


レベルアップ! 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を
墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を
無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


 女王竜の身体が淡い光に包まれた。
 光と共に、その姿がほんの少しだけ大きく変化する。
 決闘盤からデッキを取り外した。

「私はデッキから、クイーン・ドラゴン LV6を……」

 そこまで言った所で、身体から力が抜けた。
 ぐらりと体が揺れ、デッキを落としそうになる。
 滝のように汗を流しながら、私は額を抑えた。

「ねぇ、大丈夫かい?」

 のん気な様子で、レウィシアが尋ねてくる。
 不思議そうな表情で私の方を見ているレウィシア。
 だがもはや、そんな事には反応すらできない。

 私が黙っていると、レウィシアが口元に手を当てる。

「ふむ……」

 何やら考えているような様子のレウィシア。
 その薄紫色の瞳が、自分の手札へと向けられている。
 顔を上げ、レウィシアがにっこりと笑った。

「ねぇ、早くしてよ!」

 嘲るように私を見つめているレウィシア。
 私は首を振ると、何とかして気力を振り絞る。

「分かって、るわよ……!」

 体勢を整えなおす私。
 デッキを扇状に広げ、その中の一枚を指ではさむ。

「来て! クイーン・ドラゴン LV6!」

 デッキからカードを抜き取り、叫んだ。
 大気が渦巻き、風の女王竜がその姿を現す。
 翼を広げ、その美しい咆哮が響いた。


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 クイーン・ドラゴン LV6 ATK2500


「さらに1枚伏せて、ターンエンドよ……」

 デッキをセットしてから、私は手札の1枚を選ぶ。
 女王竜の後ろに、裏側表示のカードが浮かび上がった。
 何とかしてターンを終わらせる私。だが、このままでは勝負にならない。
 体力が切れるより早く、奴を倒さなければ……。

「アハハ! 僕のターン!」

 笑い声をあげて、レウィシアがカード引いた。
 そして引いたカードを横目で見ると、にやりと笑う。
 すっと、その白い指が1枚のカードを掴んだ。

「魔法カード――」

 ゆっくりと、その1枚が表になる。
 そこにあったのは――


手札抹殺 通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。


「手札、抹殺……?」

 私はカードを見ながら、呟く。
 いきなり手札を全て入れ替えるなんて、どういうつもり?
 疑問に思いつつも、私は自分の手札を捨てる。


プレヌリュンヌ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
自分が相手のカード効果でダメージを受ける時、手札からこのカードを捨てて発動する。
その効果ダメージを0にする。自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して
発動できる。このターン相手から受ける効果ダメージを1度だけ0にする。この効果は
相手ターンでも発動する事ができる。


ミロワール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1300/DEF1000
手札に存在するこのカードを墓地に送る事で発動する。
自分の墓地に存在する通常罠カードを1枚選択する。
このカードの効果は選択した通常罠カードの効果と同じになる。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


セベクの祝福 速攻魔法
自分のモンスターが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した時に発動する事ができる。
その時相手に与えた戦闘ダメージの数値分だけ自分のライフポイントが回復する。


 3枚のカードを墓地へと送り、3枚引く。
 にやにやとしながら、その様子を見つめているレウィシア。
 私は顔をしかめながら言う。

「さぁ、あんたも早く捨てなさいよ……。
 それとも、お祈りしなくちゃいけない程、その手は悪い訳……?」

 フッと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる私。
 我ながら安い挑発だと思ったが、奴の顔色は変わらない。
 すっと、余裕そうに手札を表にする。

「まさかぁ」

 楽しそうに笑うレウィシア。

「僕の手札が悪い? アハハ! そんな訳ないだろ。
 むしろこんな素晴らしい初手もなかなかないさ。
 何が言いたいのか分かるかい? つまりだね――」

 言葉を切るレウィシア。
 薄紫色の瞳が揺れ、その表情から笑みが消えた。

「お前相手に、旧神はおろかフィールド魔法だって必要ないんだよ」 

 低い声が、響いた。
 持っている手札を、レウィシアが無造作に投げ捨てた。

「原祖の支配者、紫電の聖域、アザトスの混沌、ページェント、エントロピー、
 以上の5枚を捨てて、カードを5枚ドロー!」

 デッキからカードを引くレウィシア。
 けらけらと笑いながら、私を指差す。

「今の君なら、下級モンスターだけで十分さ!
 せいぜいあがいて見せなよ、アッハハハ!」
 
 ばっと、手札の1枚を手に取るレウィシア。
 狂気をその身に纏いながら、言う。

「僕はインピーダンスを召喚!」

 カードが置かれるのと同時に、場に電撃が走った。
 ばちばちと弾けるような音。閃光の身体。
 電流が走る翼竜のようなモンスターが、姿を見せる。


 インピーダンス ATK1800


「な、なによ、こいつ……!」

 見たことのないモンスターの出現に、私は戸惑う。
 攻撃力はクイーン・ドラゴンよりも下。
 なのに感じられる、邪悪な威圧感。

 レウィシアが笑いながら、手を前に出した。

「インピーダンスの効果発動!
 召喚に成功した時、雷族のモンスターの攻撃力を1200ポイントアップさせる!」

「……!?」

 思わず、私は目を丸くする。
 レウィシアが馬鹿にしたような目で私を見る。

「アハハ! 本当だよ、なんならテキストを見せてあげようか?」

 そう言って、奴が決闘盤を操作した。
 私の決闘盤にデータが送られ、カードイメージが浮かび上がる。
 だけど、目がぼやけてよく見えない。


インピーダンス
星4/光属・/雷族・共・/ATK180・/DEF15・・
自分の・・・・・相手・・・・を・・・・・した時、
・・・・・を手札から・・・・できる。このカードが召喚・・・・・・
成功した時、自分・・・・・上の・・・・・雷族モンスターを1体・・・・。
・・・・・・・まで・・・・・・・・・の攻撃力は1200・・・・アップする。


「くっ……!」

 目をこらす私だったが、映像が途切れてしまう。
 なにやら他にもテキストがあるようだったが、結局分からなかった。
 レウィシアが高らかに声をあげる。

「インピーダンスの効果で、インピーダンスの攻撃力が1200ポイントアップ!」

 翼竜が、絶叫のような声をあげる。
 その身に青白い電流が、さらに纏わりついた。


 インピーダンス ATK1800→3000


「バトルだ! インピーダンスでクイーン・ドラゴンを攻撃!」

 翼竜が翼を広げる。
 ばちばちと電流が弾ける音が大きくなり、体が輝き始める。
 翼竜が、口を大きく開けた。

「――ポリヴォロン・アステオスッ!!」

 雷撃が宙を走り、女王竜へと迫った。
 怯えたように声をあげる女王竜。
 私は「くっ」と呟いてから、叫ぶ。

「速攻魔法、女王の下僕!」

 私の場に伏せられていた1枚が表になり、輝いた。
 
「この効果で、スレイブドラゴン・トークンを特殊召喚……!」


女王の下僕 速攻魔法
自分フィールド上に「クイーン・ドラゴン」と名のついたモンスターがいるとき発動できる。
自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「スレイブドラゴントークン」
(ドラゴン族・風・星2・攻0/守1000)を守備表示で置く。このトークンは
生け贄召喚のための生け贄にはできない。


 私の場に、4体の奴隷竜が姿を現した。
 女王竜の横に並び、膝をついている奴隷竜達。
 そして、女王竜の体が輝いた。

「そして、クイーン・ドラゴンの効果で攻撃対象をスレイブドラゴンへ!」


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 雷撃の軌道がそれ、横にいる奴隷竜に直撃した。
 稲妻に貫かれ、粉々に砕け散る奴隷竜。

 女王竜に傷はない。

「これで……」

 ほんの少しだけ安心した瞬間。

「甘いよ」

 冷たい言葉が、その場に響いた。
 
「速攻魔法、ライトニング・ミラージュ!!」

 レウィシアの場にカードが浮かび上がり、
 凄まじい電流の嵐が巻き起こった。
 空気が、痺れるように震える。

「この効果で、僕はインピーダンスのコピーである
 ライトニングトークンを4体、特殊召喚!」

「なっ……!?」


ライトニング・ミラージュ 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4以下の雷族モンスターを1体選択する。
選択したモンスターと同じレベル・属性・種族・攻撃力・守備力を持つ
ライトニングトークンを、自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
このトークンは攻撃後またはバトルフェイズ終了時に破壊される。
このカードは自分のターンのバトルフェイズにのみ発動できる。


 翼竜の身体が電流の嵐に飲み込まれ、
 その身体の中から四つの雷が飛び出してきた。
 そして飛び出した雷が、翼竜の姿へと変化していく。


 ライトニングトークン×4 ATK3000


「なっ、そんな……!」

 動揺している私に向かって、

「ライトニングトークンで、スレイブドラゴン・トークンを攻撃!」

 レウィシアが言い放った。
 翼竜の影が一斉に翼を広げ、口を開ける。
 放たれる雷撃。同時に、放った方の翼竜の影もまた砕け散る。
 叩きつけられるような衝撃が走り、場が揺れた。そして――

 私の場に残ったのは、女王竜1体のみ。

「そ、そんな……」

 呆然としている私に向かって、
 容赦なくレウィシアが畳み掛けてくる。

「ライトニングトークン!」

 最後の翼竜の影が、翼を広げた。
 大きく口を開ける翼竜。ばちばちとその身の電気が弾ける。
 そして――

「――ポリヴォロン・アステオスッ!!」

 エネルギーが収束し、放たれた。
 空中を駆ける一筋の青い稲妻。
 孤独に佇む女王竜に一瞬で迫り――

 貫いた。

「ぐっ、あああああぁぁぁぁぁ!!」

 女王竜が砕け散り、衝撃で悲鳴をあげる。
 まるで天から降り下ろされた鉄槌が直撃したような激痛。
 がっくりと私は膝をつく。


 ディン LP4000→3500


「どうしたの、まだ1ターン目だよ。
 それとも、下級モンスター1匹の攻撃でギブアップかい?」

 レウィシアが挑発するように嘲る。
 私はカッと目を見開き、体を動かした。

「ま、まだよ……!」

 よろよろと、決闘盤を構える私。
 このまま終わって良い訳がない。私は生きて帰るんだ。
 こんな、ふざけた奴に殺される訳には……

「フフ、哀れな娘だなぁ」

 馬鹿にしきった様子で、レウィシアが肩をすくめた。
 手札の1枚を指ではさみ、言う。 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 裏側表示のカードが浮かび上がった。
 そしてインピーダンスの身体から、電流が消え去る。


 インピーダンス ATK3000→1800


 これで、奴の場には翼竜と伏せカードが1枚のみ。
 意識を何とかして持ちながら、私は腕を伸ばす。

「私の、ターン……!」

 震える手で、カードを掴む。
 今のあいつは完全に油断しきっている。
 この隙を突くしか、私に勝機はない。

 キッと、私は目を鋭くさせた。

「魔法カード、ドラゴン・リバース!」

 手札の1枚を場に出す。
 カードが場に現れ、輝いた。

「この効果で、墓地のプレヌリュンヌ・ドラゴンを特殊召喚!」


ドラゴンリバース 速攻魔法
自分の墓地に存在するレベル4以下のドラゴン族モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。


 叫ぶように言い、カードを取り出す。
 満月を背景にした、薄黄色の竜が描かれたカード。
 それを決闘盤へと出す。竜が実体化し、翼を広げた。


プレヌリュンヌ・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
自分が相手のカード効果でダメージを受ける時、手札からこのカードを捨てて発動する。
その効果ダメージを0にする。自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して
発動できる。このターン相手から受ける効果ダメージを1度だけ0にする。この効果は
相手ターンでも発動する事ができる。


 プレヌリュンヌ・ドラゴン DEF1200


「そしてプレヌリュンヌを生け贄に、エリュプシオン・ドラゴンを生け贄召喚!」

 薄黄色の竜の姿が光に包まれ、風が渦巻いた。
 風を切り裂くようにして、真紅の竜が姿を見せる。
 燃え盛る身体、黄色の目。その巨躯を震わせ、吼える。

「へぇ」

 興味なさそうに、そう一言だけ呟くレウィシア。
 にやにやと薄ら気味の悪い笑みを浮かべている。
 私はばっと、腕を伸ばす。

「エリュプシオンの効果! 
 召喚に成功したターン、このカードの攻撃力は倍となる!」


エリュプシオン・ドラゴン
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2400/DEF2200
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したターン、
エンドフェイズまでこのカードの元々の攻撃力は倍になる。
このカードは相手の罠カードの効果を受けない。


 エリュプシオン・ドラゴン ATK2400→4800


 赤い竜の全身から炎が噴き出す。
 これで攻撃力は断然上。一気に勝負をかける!

「バトルよ! エリュプシオン・ドラゴンでインピーダンスを攻撃!」

 赤き竜が口を大きく開けた。
 巨大な炎が放たれ、熱と衝撃が空中を駆ける。
 雷の翼竜の身体が赤い光で染まる。

「ハッ」

 馬鹿にした様子で、鼻で笑うレウィシア。
 その白い腕を伸ばし、言う。

「罠発動! ダメージ・サンプリング!!」

 奴の場の伏せカードが表になる。

「この効果で、戦闘による僕へのダメージを0に!」

「ッ!!」

 カードが輝き、レウィシアの目の前に電撃のバリアが張られた。
 炎が貫き、雷の翼竜の身体が砕け散る。
 だがバリアによって、炎は奴まで届かない。

「悪くはないけど、単純すぎるよ、その攻撃」

 へらへらと笑いながら言うレウィシア。
 だが私は疲れきっていて、怒る気力すら湧かない。
 まだ、このまま何とかして流れを取り戻さなければ……

「これで、ターンエンド……」

 手札をちらりと眺めてから、私は言う。
 レウィシアが、口元をつりあげて笑った。

「アハハ、僕のターン!」

 楽しそうにカードを引くレウィシア。
 手札を見ると、さも残念そうな口調で言う。

「本当はインピーダンスだけで勝てるかと思ったんだけど、仕方ないか。
 他の下級モンスターも使ってあげよう」

 指でカードを挟むレウィシア。
 ゆっくりと、それをこちらに向けて表にする。

「――ダイナモを召喚!」

 巨大な雷柱が地面より吹き出し、光が輝いた。
 ばちばちと音を立てながら、雷を身に纏う巨大な2足歩行の怪物が姿を見せる。
 首と胴体がほとんど合体したような姿。強いて例えるなら、手のないティラノザウルス……?

「ほら、サービスだよ」

 薄ら笑いを浮かべながら、レウィシアが決闘盤を操作する。
 カードイメージが浮かび上がるが、やはりよく見えない。


ダイナモ
星4/光属・/雷族・共・/ATK10・・/DEF10・・
自分の・・・・・・相手・・・・・を・・・・・した時、
・・・・・を手札から・・・・できる。このカードが・・・・・・・と・・・・・場合、
ダメージ・・・・開始時に・・・・・・攻撃力は2000・・・・・・・する。


 これは、攻撃力が上昇する効果……?
 いや、よく見れば前半のテキストは先程のインピーダンスのものと似ている。
 それに、種族の横の文字。あれは、共――

 イメージが消える。

「ダイナモッ!!」

 レウィシアの声が響き渡った。
 奴の場の巨大な怪物が、大地を踏み鳴らした。
 その身体に、凄まじい電力が溜まっていく。

「ダイナモはモンスターとバトルする時、攻撃力が2000ポイントアップする!」

 高らかに、レウィシアが言った。
 電気を吸い取った相手の怪物の身体が、輝く。


 ダイナモ ATK1000→3000


「……!」

 やはり、あのテキストは攻撃力アップの効果。
 笑い声をあげながら、レウィシアが両手を広げた。

「さぁ、次は耐えられるかな? ダイナモの攻撃ッ!」

 雷を纏った怪物が地面を踏みしめ――
 巨大な弾丸となって、真紅の竜へと飛びかかった。
 凄まじい速度で迫る怪物。そして――
 
「――ヒュペルメル・アステオスッ!!」

 レウィシアの声と同時に、その身が竜の体を貫いた。
 猛烈な風圧と衝撃が同時に襲いくり、爆発が起こる。
 そして怪物の体が輝き、地面を電撃が這った。

「あ、あああぁぁぁッ!!」

 身体を駆け巡る衝撃に声をあげる。
 心臓の鼓動が乱れ、身体が痺れて震えた。


 ディン LP3500→2900


「アッハッハ! どうかな、2度目の攻撃は?」

 楽しそうに、レウィシアが尋ねてくる。
 電撃が終わった後、私はがっくりと膝をついた。
 爆発による粉塵が収まり、私の場の光景が明らかとなる。

 そこには――

「……あれ?」

 レウィシアが不思議そうな声をあげた。
 その瞳に映っているのは、真紅の鱗を持つ巨大な竜。
 震えながら、私は声を振りぼった。

「手札のラファール・ドラゴンの、モンスター効果、発動……。
 このカードを捨てて……ドラゴン族の戦闘破壊を防ぐ……」

 そこまで言い切った所で、私はぐっと胸を抑えた。


ラファール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1800/DEF1200
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが戦闘もしくはカード効果で破壊される時、
手札のこのカードを墓地へと送ることでその破壊を無効にする事ができる。


 息が乱れ、手が震える。視界が定まらない。
 一瞬の沈黙の後――

「お前、うざいよ」

 冷たい声が響いた。
 顔をあげる。レウィシアの顔から表情が消えていた。
 淡々とした様子で、奴がカードを取る。

「1枚伏せて、エンド」

 裏側表示のカードが浮かび上がった。
 先程までのふざけた雰囲気はなく、ただ機械のようにたたずんでいるレウィシア。
 だがその全身からは、ドス黒い狂気のオーラが漂っているように思えた。

「わ、私の、ターン……」

 地面に膝をついた格好のまま、カードを引く。
 もう時間がない。私の体力もそうだが、奴も徐々に本気になってきている。
 本当に、早く決着をつけないと……
 
 2枚ある手札を見てから、私は言う。

「エリュプシオンで、ダイナモを攻撃……」

 消え入るような声が遺跡の中に響いた。
 だが真紅の竜はその言葉を聴き逃さず、攻撃の体勢に入る。
 口を大きく開けるエリュプシオン。炎が収束し――

「罠発動、ディジタル・ダイブ!!」

 レウィシアの声が響いた。
 伏せられていた1枚が表になり、輝く。

「この効果で、僕はダイナモを戦闘破壊から守り、さらに1枚ドローする!」


ディジタル・ダイブ 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する雷族モンスター1体を
選択して発動する。このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターは戦闘またはカードの効果では破壊されない。
発動後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 奴の場の巨大な怪物の足元に、機械の回路が浮かび上がる。
 それと同時に、その全身が0と1の数字へと変化していった。

 真紅の竜が、炎を放った。

 空中を勢いよく駆けていく真炎の衝撃。
 だがそれは記号となった竜に当たると、まるで吸収されたかのように消える。
 僅かに残った炎が、レウィシアに直撃した。

「…………」


 レウィシア LP4000→2600


 何の表情の変化も見せないレウィシア。
 顔はおろか、生理的な反応さえも見て取る事はできない。
 ただ真っ直ぐに、その薄紫色の瞳が私に向けられている。

「……うっ、くっ」

 私は自分の手札を見ようとする。
 だが、視界がぼやけて自分のカードが見えない。
 指が震える。鼓動が早鐘を打つように乱れている。
 うずくまる私に向かい、レウィシアが冷たく言った。

「時間だ」

 決闘盤のランプが消える。
 手を伸ばすレウィシア。

「僕のターン」

 勢いよくカードを引くレウィシア。
 その手にある3枚のカードを見つめる。
 そして――ゆっくりと、顔をあげた。

「もう飽きた。消えろよ」

 ゾッとするほどに冷たい瞳が、私に向けられた。
 怪物が咆哮を上げ、空気が震える。

「バトル。ダイナモでエリュプシオンを攻撃」

 電撃が纏わりつき、怪物がその巨躯を震わせる。
 私は顔をあげているが、既に焦点が定まらない。
 一瞬、視界が真っ白になり、そして――
 
 真紅の竜が、砕け散った。

「がはっ!」

 鈍い衝撃を受け、胸を抑える。
 私の手に持っていたカードが、地面に散らばった。


 ディン LP2900→2300


 衝撃で、視界が瞬く。
 何とか気力を保ち、思考を繋ぎとめようとするが、上手くいかない。
 身体中が悲鳴をあげている。頭もまわらない。

 ばちばちという、電撃が弾ける音が響いた。

「ダイナモが戦闘によって相手モンスターを破壊した――」

 目を見開いているレウィシア。
 その全身から電気が弾け、青白い火花が飛び散っている。

「――よって、僕の持つ『共鳴』カードの効果が発動する!」

 何の感情も浮かんでいない瞳を向けながら、レウィシアが言った。
 共鳴カード……? 回らない頭で考えるが、聞いた事がない。
 哀れむような視線を向けてくるレウィシア。

「死ね、虫ケラ」

 決闘盤を構え、レウィシアが高らかに叫んだ。

「手札のストレージ! 墓地のダメージ・サンプリング!
 そしてデッキのホワイト・ブレイクダウンを共鳴!」

 奴の場に、3枚のカードが浮かび上がった。
 何とか力を振り絞り、私は視界をはっきりとさせる。
 強烈な閃光に包まれた3枚のテキストが、明らかとなった。
 

ストレージ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1200
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが戦闘で相手モンスターを
破壊した時、自分の墓地に存在するモンスターを1枚まで選択して手札に加える。 


ダメージ・サンプリング 通常罠
自分がダメージを受ける時に発動できる。そのダメージを0にする。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを墓地から場にセットできる。この効果でセットされた
このカードがフィールドを離れた場合、ゲームから除外される。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


「なん、ですって……!?」

 見たことのないテキストに、私は動揺する。
 戦闘でモンスターを破壊した時に、場に出るカード……!?
 しかも、あの3枚の内の1枚は――

「共鳴効果により現れよ! ストレージッ!!」

 レウィシアの声と共に、電流が地面に走った。
 一筋の稲妻が駆け、そこから蜥蜴のような姿が場に現れる。
 蜥蜴は赤い舌をチロチロとさせ、嘲るような笑い声を響かせた。


ストレージ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1200
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが戦闘で相手モンスターを
破壊した時、自分の墓地に存在するモンスターを1枚まで選択して手札に加える。 


 ストレージ ATK1800


 さらに奴の決闘盤の墓地が輝き、裏側表示のカードが浮かび上がる。
 あれはダメージを1度だけ0にするダメージ・サンプリングのカード。
 そして――奴のデッキが1枚のカードを、弾きだした。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


 儀式魔法……!

 見たことのないカードだが、その脅威性だけは初見でも十分伝わってくる。
 他に隠された効果こそないようだが、呼び出されるモンスターは別だ。
 いったい、どんな効果を持つモンスターが……

「うぬぼれるな」

 緊張している私に向かい、レウィシアが静かに言った。

「お前如きに、こいつは使わない。下級モンスターだけで十分だと言っただろ」

 吐き捨てるような口調のレウィシア。
 私が何か言うより前に、蜥蜴の怪物が私に迫っていた。
 醜い顔を歪め、短い手を前に出す蜥蜴。

 レウィシアが、叫ぶ。

「エニュプニオン・アステオスッ!!」

 雷撃が私の身体を貫いた。
 視界が真っ白になり、意識が一瞬飛ぶ。

「がっ、あっ……!」

 もはや悲鳴をあげる余力さえ、残っていない。
 短い声をあげ、私はその場にどさりと倒れた。
 地面の冷たさが、肌に伝わる。


 ディン LP2300→500


「アッハハハ!!」

 唐突に、楽しそうな笑い声が響いた。
 両手を叩き、さも嬉しそうな様子になっているレウィシア。
 満足そうに、薄紫色の瞳を細める。

「だから言ったじゃないか! 君みたいなのは下級だけで十分だって!
 もっとも、共鳴効果まで使うことになるとは思わなかったけどね。
 こんな事なら、インピーダンスやダイナモも共鳴してあげれば良かったよ」

 くすくすと笑うレウィシア。
 墓地からカードを取り出すと、面白そうに眺める。


インピーダンス
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1500
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に
成功した時、自分フィールド上の表側表示の雷族モンスターを1体選択する。
エンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。


ダイナモ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ開始時にこのカードの攻撃力は2000ポイントアップする。


「さて、僕にはこいつは必要ないな」

 取り出したカードを墓地に戻すと、
 レウィシアがおもむろに手札の1枚を手に取った。
 その手に握られているのは、ホワイト・ブレイクダウン。

「だって、君には上級モンスターはいらないもん。
 ダイナモとストレージ、それにあと下級1、2匹が関の山さ」

 ふふっと、笑みをこぼすレウィシア。
 流れるように、カードを出す。

「魔法発動! リチュアルチェンジ!」

 カードが浮かび上がる。


リチュアルチェンジ 通常魔法
手札から儀式モンスターまたは儀式魔法を1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「ポイっとね」

 なんの迷いもなく、レウィシアがホワイト・ブレイクダウンを捨てる。
 そしてカードを2枚引くと、顔をあげた。

「ねぇ、いつまで寝てるのさ?」

 にっこりと、輝く様な笑みを浮かべるレウィシア。
 その目には何の感傷も浮かんではいない。
 白いマントがうねるように、なびいた。

「弱すぎるよ、お前」

 目を見開き、レウィシアが嘲る。
 私は何とか力を入れ、よろよろと立ち上がった。
 息を切らしながら、奴を睨みつける。
 
「ま、まだよ……」

 ふらつきながらも、私は決闘盤を構える。

「まだ、ライフは残ってるわ。決闘はまだ終わっていない……」

 言いながらも、私の身体が大きくぐらついた。
 まさか、最後の最後にこんな奴が残っているだなんて……。
 強い上に狂ってるなんて、一番タチが悪い。最悪……。

 激しい頭痛が襲いかかり、思考が途切れる。

「アハハ、そうこなくちゃ!」

 けたけたと楽しそうに、レウィシアが笑い声をあげた。
 手札を眺めると、その中の1枚を手に取る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが、奴の場に浮かび上がる。
 その薄紫色の瞳が、私を真っ直ぐに見据えていた。



 ディン LP500
 手札:2枚
 場:なし


 レウィシア LP2600
 手札:2枚
 場:ストレージ(ATK1800)
   ダイナモ(ATK1000)
   伏せカード2枚(1枚はダメージ・サンプリング)



「私の、ターン……」

 よろよろと、カードを引く。
 震える手を動かし、私はカードを見た。
 そしてそれを決闘盤へ。

「ま、魔法発動、竜鱗の宝札……」

 
竜鱗の宝札 通常魔法
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター4体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「こ、この効果で、墓地のモンスターを4枚デッキに……」

 私の決闘盤の墓地が輝き、カードを吐き出す。


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


クイーン・ドラゴン LV6
星6/風属性/ドラゴン族/ATK2500/DEF2200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


ミロワール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1300/DEF1000
手札に存在するこのカードを墓地に送る事で発動する。
墓地に存在する通常魔法カードまたは通常罠カード1枚を選択する。
このカードの効果は選択したカードの効果と同じになる。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


ラファール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1800/DEF1200
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが戦闘もしくはカード効果で破壊される時、
手札のこのカードを墓地へと送ることでその破壊を無効にする事ができる。


 カードをデッキに戻し、シャッフルする。
 祈るような気持ちで、私はさらにカードを引いた。
 
「……!」

 引いたカードを見て、私の目に僅かに生気が戻る。
 これなら、あいつの共鳴カードにも対抗できるかもしれない。
 引いたカードの内1枚を、場に出す。

「リュミエール・ドラゴンを守備表示で召喚!」

 天空から柔らかな光が降り注ぎ、細身の竜が降臨する。
 身体を丸め、身構えるような格好のリュミエール。
 きらきらと、その鱗が輝きを放っている。


リュミエール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1300
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力1200以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。


 リュミエール DEF1300


「さらに2枚伏せて、ターンエンド……」

 先程引いたもう1枚と別のカードを場に伏せる。
 これで私の場にはリュミエールと伏せカードが2枚。
 はぁ、はぁと息を吐きながら、私は前を向く。

「アッハハハ! どんなにがんばっても無駄だよ!
 チェックメイトはもう近い! 君の記憶もここまでさ!」

 笑い声をあげ、レウィシアが手を伸ばした。

「僕のターン!」

 引いたカードを横目で見るレウィシア。
 迷う様子もなく、腕を前に。

「ダイナモでリュミエール・ドラゴンを攻撃! ヒュペルメル・アステオス!」

 怪物の身体に電撃が充填されていく。
 大地を揺らす咆哮をあげるダイナモ。
 威圧感と共に、びりびりと空気が痺れる。

 だが――

「罠発動! インビジブル・ウォールッ!!」

 そんな奴からの威圧感をかき消すように、私は叫んだ。
 私の場に伏せられていた1枚が、表になる。


インビジブル・ウォール 永続罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスターは戦闘では破壊されない。
発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
 

 奴のカードは『戦闘で破壊した時』がトリガーとなる共鳴効果を持っている。
 なら、それを防ぐには戦闘で破壊されなければ良い。
  そうすれば、奴の戦略は根本から破綻する。

 見えない空気の壁が、私の場に渦巻く。

「……これで――」

 少しは時間が稼げる。
 そう呟こうとした瞬間――

「速攻魔法、サモン・コンデンサー!!」

 レウィシアの声が大きく響いた。
 ばっと、顔をあげる。不敵な笑みを浮かべているレウィシア。

「この効果で、僕は手札のレクティファイアを特殊召喚!」


サモン・コンデンサー 速攻魔法
自分の手札または墓地から雷族モンスターを1枚選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターが場に存在する場合、
このターンのエンドフェイズ時に手札に戻る。


「なっ……!?」

 奴の場のカードが輝く。
 青白い閃光が走り、そこから1頭の獅子が姿を見せた。
 全身がドス黒く変色し、鎖でがんじがらめになっている獅子。

「レクティファイアの効果で、インビジブル・ウォールの効果を無効にする!」

 楽しそうに、レウィシアが叫ぶように言った。
 タテガミを揺らしながら、獅子が天に向かって吼える。
 私の場のインビジブル・ウォールのカードが、石化して光を失った。


レクティファイア
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1600/DEF1400
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚まで選択し、その効果を無効にする。


「そ、そんな……」

 呆然とする私。
 レウィシアが両手を広げて、高笑いをする。

「言ったでしょ! 下級モンスターで十分だって!」

 僅かに冷たい温度を含ませて、レウィシアが言う。
 ダイナモの身体が閃光につつまれ、飛びかかる。

「ヒュペルメル・アステオスッ!!」

 凄まじい衝撃が震えわたり、細身の竜の身体が砕けた。
 私は顔をしかめながら、決闘盤を構える。

「り、リュミエールの効果発動!」

 カードを墓地へと送りながら、私は言う。
 
「墓地に送られた時、デッキからドラゴン族をサーチして手札に!」


リュミエール・ドラゴン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1200/DEF1300
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力1200以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える。


 デッキを扇状に広げ、その中の1枚を指で挟む。


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


 もう、私に頼れる戦術はこれしかない。
 震える指で、それを手札に加えデッキを元に戻す。
 レウィシアが手を前に出した。

「これでチェックメイトだ! ストレージッ!! レクティファイアッ!!」

 レウィシアの呼びかけに応えるように、声をあげる2匹。
 蜥蜴と獅子が、同時に私に向かって飛びかかる。
 ばちばちという弾ける音が、近付いた。

「これで――」

 その口元に不敵な笑みを浮かべるレウィシア。
 勝ち誇った瞳が、一瞬私に向けられる。
 だがそれもすぐに、目の前の雷撃によって見えなくなった。

 落雷のような轟音が、辺りに響き渡った。

 衝撃が私の身体を貫き、吹き飛ばす。
 目の前が真っ白になる。何も見えないし、聞こえない。
 安堵さえ感じるような無機質な沈黙が広がり――

 そして唐突に、痛みが襲いかかった。

「――!!」

 声なき悲鳴をあげる。
 地面に叩きつけられたせいか、腕から血が出ている。額からもだ。
 だけど感覚が麻痺しているせいか、その程度では何も感じなかった。
 全身を駆けめぐる激痛。息が止まり、目が大きく見開かれる。

 レウィシアが、冷たい目を向けてくる。

 その視線の先にあるのは、1枚のカード。


ドラゴンライフストーム 速攻魔法
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスターをゲームから除外し、除外したモンスターの攻撃力の合計分だけ
自分はライフポイントを回復する。

 
「最後の最後で、ライフを回復したか……」

 笑みを引っ込め、無表情になっているレウィシア。
 その瞳が私の腕に付いた決闘盤に向けられる。


 ディン LP2200


 無言で私の事を見据えているレウィシア。
 ターンを終えたのか、奴の場から獅子の姿が消えて手札に戻る。


サモン・コンデンサー 速攻魔法
自分の手札または墓地から雷族モンスターを1枚選択し、
自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターが場に存在する場合、
このターンのエンドフェイズ時に手札に戻る。


 ゆっくりと、私は立ち上がった。

 先程まで襲いかかっていた激痛は消えていた。
 どうやら感覚がおかしくなってしまったみたいだ。
 痛みも、つらさも、熱も苦しみも。暖かさも嬉しさも。

 まるで自分の身体じゃないように、何も感じない。

「私のターン……」

 ぼんやりとしながら、カードを引く。
 そして手札の中の1枚を、選ぶ。

「クイーン・ドラゴンを召喚……」

 カードを決闘盤に。
 静かに、桃色の竜が姿を現す。
 口を開けて翼を広げているが、私の耳には何も聞こえてこない。


クイーン・ドラゴン LV4
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが相手プレイヤーに直接攻撃したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「クイーン・ドラゴン LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。


「魔法カード、レベルアップXを発動……」

 淡々と、私はカードを決闘盤に出した。
 カードが浮かび上がり、クイーンの全身が光に包まれる。


レベルアップX 通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を墓地へ送り発動する。
墓地に送ったモンスターと同じカード名を名前に含む「LV」を持つモンスター1体を、
召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


 光がはじけ、女王竜がその真の姿を見せた。
 天を突く美しい翼に、額の冠。気高い姿。
 だがその透き通る歌声のような声は、聞こえてこない。


クイーン・ドラゴン LV8
星8/風属性/ドラゴン族/ATK4000/DEF3000
このカードは通常召喚できない。
「クイーン・ドラゴン LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に表側表示で存在する他の
ドラゴン族モンスターに攻撃対象を変更する事ができる。


「私は……」

 無意識のうちに、声が漏れる。

「私は負ける訳にはいかない……。
 こんな所で、死ぬ訳にはいかないのよ……。
 まだ私には、やるべきことあるの……。
 妹と約束した、大切な事が……」

 すっと、腕を伸ばす。
 女王竜が翼を広げ、天へと舞った。
 きらきらと、光の粒子が天から降り注ぐ。

(綺麗……)

 ふと、思い出したのかように、私はそう思った。
 見慣れた光景なのだが、何だか今日は特別強くそう思った。
 脳裏に、レーゼちゃんやレイン・スターの顔が浮かぶ。

 女王竜が、まるで煌めく流星のように天を駆けた。

 凄まじい速度でレウィシアへと迫る女王竜。
 レウィシアは慌てた様子もなく、ただ真っ直ぐに前を向いている。

 何の感情も宿っていない、無表情な目で。

「罠発動――」

 すっと、奴が腕を前に出す。
 伏せられていた1枚が表になり、輝く。
 

カウンター・リチュアル カウンター罠
自分の墓地に存在する儀式魔法カード1枚をゲームから除外して発動できる。
このカードの効果は、この効果で除外した儀式魔法カードの効果と同じになる。


 奴の決闘盤が、1枚のカードを吐き出した。
 そこに描かれているのは、白い稲妻。竜の影。
 奴の場の蜥蜴と怪物の身体が、砕け散る。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


 閃光が走る。

 雷鳴と共に、巨大な白き竜がその姿を見せた。
 青白い鱗と鋭い黄色の目。悪魔のような特徴的な形をした翼。
 心臓を握りつぶすような強い威圧感が、そこからは感じられる。

 白の竜が大きく口を開け、天から稲妻が降り注いだ。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚まで選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 女王竜の身体が砕け散る。
 風が吹いたのか、私の金色の髪が揺れた。
 やっぱり、何も感じない。手札にはもう1枚カードがあるはずだが、それも見えない。

 レウィシアが、カードを引く。

 無言で、人差し指を伸ばすレウィシア。
 いや、ひょっとしたら何か言っているのかもしれないが、私にはもう関係ない事だ。
 白の竜が口を大きく開ける。青白い雷が収束し、球体となる。
 私の頬を涙がつたった。そして――


 雷が放たれ、目の前の光景が砕けるようにして消えた。




第五十四話 追憶−紅き瞳

 Humpty Dumpty sat on a wall.(ハンプティ・ダンプティ 塀の上)

 Humpty Dumpty had a great fall.(ハンプティ・ダンプティ おっこちた)

 All the king's horses and all the king's men(王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも)

 couldn't put Humpty together again.(ハンプティを元に戻せなかった)




















 稲妻が天空を切り裂き、凄まじい音が轟いた。

 粉塵が舞いあがり、辺りを覆う。
 衝撃で地面が崩れるように揺れ、森の木々がざわめく。

「GYYYYYYAAAAAAAAAAAAH!!」

 白き竜が、天に向かって咆哮をあげた。
 まるで閃光のような純白の鱗に身を包んだ巨龍。
 黄色の瞳が、鋭く輝いている。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚まで選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


「アッハッハッハ!」

 楽しそうな笑い声が森の中に響いた。
 両手を広げ、その目に狂気の光を宿しているレウィシア。
 白いマントをなびかせながら、得意そうに高笑いする。

「だから言ったのに。君みたいな奴じゃ、この僕には敵わない!」

 自信満々に言い切るレウィシア。
 目を細め、両手を広げて天を仰ぐ。

「これで僕はまた一歩、自分の未来へと近づいた。
 もう少しで僕は自分の記憶を取り戻すことが出来る!
 失われた未来! 僕が、この手に――」

 瞬間、レウィシアの顔から笑顔が消えた。
 大きく目を見開き、周りの景色を見る。

「……森?」

 ざわざわと揺れる木々を見つめながら、呟くレウィシア。
 一瞬にして、その脳内で言葉が駆ける。

(この景色は現実の世界のものだ)(僕らが闘っていたのは古代遺跡)(という事は、つまり……)

 無言で、粉塵の中を見つめているレウィシア。
 その目には何の感情も浮かんでおらず、冷たい光が宿っている。
 邪悪な気配に包まれた姿。だがやがて、おもむろに口を開いた。

「……チッ、もう少しだったのに」

 舌を鳴らし、露骨にイラついた様子のレウィシア。
 油断ない様子で、粉塵の中を見据えている。
 風が吹き抜けて砂煙が消えていく。そこに居たのは――

 黄金の鱗を身に纏う、強大な威圧感を放つ竜。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


 そしてその後ろに立つ、薄水色の長い髪の少年。
 少年は倒れている金髪の少女をかばうようにしながら、決闘盤を構えている。
 金髪の少女――ディンが、目を見開く。

「れ、レイン・スター……」

「…………」

 決闘盤を構えたまま、僅かに振り返る少年――雨宮。
 じっと、ボロボロになったディンの身体を眺めると、呟く。

「まったく、世話の焼ける……」

 呆れたような口調で言う雨宮。
 ディンはポカンとした表情を浮かべている。
 雨宮が前へと向き直り――

 ギランと、目を鋭くした。

「グランドクロスッ!!」

 雨宮が叫び、黄金の竜が咆哮をあげた。
 翼を広げ、口を大きく開ける黄金の竜。
 レウィシアが目を見開く。

「――グランドクロス・テンペストッ!!」

 黄金の竜の口から、白い炎が撃ち出された。
 閃光の炎が一瞬でレウィシアへと迫る。
 だがそれが当たる直前――

「レーザージャイローッ!!」

 レウィシアが叫び、白き竜が間に入った。
 かばうように翼を広げる白き竜。閃光が瞬き――

 再び、轟音が響く。

 耳がキーンとするような、凄まじい爆発音。
 炎が舞い散り、焦げた匂いが辺りを漂う。
 粉塵が巻き起こる中――

 紫色の閃光が、粉塵を払い飛ばした。

「不意打ちとは、卑怯だね……」

 冷たい目を向けているレウィシア。
 ばさばさと、その白いマントが衝撃で揺れている。
 雨宮が真っ直ぐにレウィシアが見ながら、言った。

「知ったことか」

 レウィシアと雨宮の視線が、空中でぶつかった。
 無言の両者。黄金の竜だけが、威嚇するように喉を鳴らしている。
 睨み合いが続く中――不意に、レウィシアが笑った。

「そうか……君が、竜魂のレインか」

 顔をしかめる雨宮。
 だがレウィシアは気にする様子もない。
 くすくすと、楽しそうに笑う。

「キングが言っていたよ。君の存在はまさに運命的だって。
 君の持つその高潔かつ邪悪な魂は、まさに前世の因縁だとか。
 凄い話しだよね。まさか時代を越えて、再び同じ魂が立ち塞がるなんてさ」

「……何の話しだ?」

 理解できなさそうに、尋ねる雨宮。
 アハハと甲高い笑い声をあげて、レウィシアが手を叩く。

「過去の話しさ。君が生まれるずっと前、何千年も前の話し。
 僕はね、未来には疎いけど過去には詳しいんだ。
 昔の事についての記憶はキングから貰ったからね!」

 得意そうに話すレウィシア。
 雨宮は全く分からない様子で、ただ何かを考えている。
 やがて、雨宮が目をつむり深いため息をついた。

「お前の話しはどうでも良い……」

 レウィシアが笑うのをやめる。
 薄紫色の瞳を見開き、真っ直ぐに雨宮を見るレウィシア。
 鋭い殺気を出しながら――

「とりあえず、お前はこの場で消す」

 低い声で、雨宮が言い切った。

 決闘盤を構える雨宮。
 いかにも楽しそうに、レウィシアが目を細めた。
 すっと、指を伸ばすレウィシア。

「その娘を庇いながら、僕に勝てると思ってるの?」

 心底馬鹿にしたような口調。
 だが雨宮は氷のように冷たい表情で答える。

「お前程度、ここから先は一歩も進めない」

 静かに、そう断言する雨宮。
 それを聞いたレウィシアの顔から、フッと表情が消えた。

「レイン・スター……」

 後ろのディンが、感動したようにボソリと呟く。
 振り向かず、フンと鼻を鳴らす雨宮。

「勘違いするな。お前がいなくなったら、
 レーゼさんやDC研究会の皆が悲しむ。それだけだ」

 ぶっきらぼうな口調で、雨宮がそう言う。
 だが冷たい口調とは裏腹に、ディンを守るような形でその場に立っている。
 レウィシアの身体から放たれた黒い殺気が、うねるように空気を歪める。

 そして――

「面白いね……!」

 唐突に、レウィシアが微笑んだ。
 喉を鳴らしながら、不気味な笑みを浮かべているレウィシア。
 薄紫色の瞳が、雨宮の方へと向けられる。

「君、すごく面白いよ。どう見ても君は正義の使者じゃない。
 むしろそれとは対照的な存在だ。本質的な部分では、『僕ら』に近い。
 なのに、こうして君と僕は向かい合っている」

 見つめ合う両者。
 涼しい表情のまま、静観している雨宮。
 レウィシアが口元に手を当てる。

「僕と君、何が違うのかな?」

「頭の出来だろ」

 あっさりと、雨宮が言い切った。
 ますます楽しそうに笑うレウィシア。
 嬉しそうに手を叩きながら、言う。

「アハハ! 個人的には君みたいな奴は好きだよ。
 正義を振りかざし、自分の価値観を押しつけるような卑怯者は嫌いだ。
 その点、君は違う。説教も説得もしない。信じるのは自分の力だけ。
 ただそれだけで、相手を組み伏せ従わせようとする」

 雨宮を見据えるレウィシア。

「君は本物の強者だ。それも、凄く純粋で気高く、それでいて漆黒の、ね」

「…………」

 楽しそうなレウィシアとは対照的に、無表情の雨宮。
 ただ油断なく、レウィシアの動向に注意を払っている。
 嗤うレウィシア。

「ふふっ、君はクールだね。ますます気に入ったよ。でも残念――」

 いかにもわざとらしい口調のレウィシア。
 もったいぶったように、言葉を切る。

 にっこりと微笑むと――

「君も、キングに逆らう以上は、死んでもらわないと」

 冷たい言葉が、その口から放たれた。

 手の掌から電流を出しながら、呟くレウィシア。
 張り付いたような笑顔が消え去り、無表情になるレウィシア。
 薄紫色の瞳が、雨宮とディンの方へと向けられる。

「誰が相手だろうと関係ない。キングの邪魔になる連中は僕が消す。
 それこそが僕が生まれた意味。僕の持つ唯一無二の使命だ」

 邪悪な気配を揺らめかしているレウィシア。
 先程までのふざけた雰囲気とは違う。漆黒の殺意。
 雨宮の頬を、一筋の冷たい汗が流れる。

「さぁ、ゲームの時間だ。消してあげよう。君の記憶全てを――」

 すっと、レウィシアが決闘盤を構える。
 その全身から紫色の電流が走り、邪悪な気配が強まる。
 月が雲に隠れ、辺りが薄暗くなる。

 そして――

「お前の存在は、街を汚す」

 低い声が、その場に響いた。
 ばっと、振り返るレウィシア。その眼前に、真紅の炎が迫る。
 灼熱の炎が炸裂し、辺りが真っ赤に染まった。

「なっ……!」

 目を見開いて、ディンが驚いた。

「…………」

 対照的に、平然とした様子の雨宮。
 森の奥より、1つの黒い影が歩いてくる。
 全身を覆う黒のローブに、全身に巻かれた銀色のチェーン。

 そして闇の中で輝く、赤い色の瞳。

「あ、紅い眼……!」

 ディンが息を切らしながら、指をさす。
 闇の中、静かに佇んでいる紅い眼の決闘者。
 炎が切り裂かれ、無表情を浮かべたレウィシアが口を開く。

「今度はお前か。紅い眼の決闘者……」

「…………」

 鋭い視線を、軽く流している紅い眼の決闘者。
 その後ろでは、まるで悪魔のような姿の真紅の竜が雄たけびを上げている。
 

クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 黄金の竜と、真紅の竜。

 強大な力を持った2体の竜が、レウィシアを睨みつけていた。
 凄まじい威圧感が空気を捻じ曲げ、冷たく震えさせる。

「これは、ちょっとだけマズいかな……」

 他人事のような口調のレウィシア。
 ぎらぎらとした視線が、左右へと踊っている。
 闇の中、赤い色の瞳が雨宮の方へと向けられた。

「手を貸せ。こいつは2対1で潰す」

 一瞬、驚いたように目を丸くする雨宮。
 だがすぐに頷くと、決闘盤を構える。

「……いいだろう」

 ディンを庇いながら、そう答える雨宮。
 互いに一瞬目配せすると、レウィシアを睨み付ける。
 鋭い視線を向けられたレウィシアが、微笑んだ。

「嫌だなぁ、2対1だなんて、卑怯じゃない?」

「知ったことか」

 おどけた様子のレウィシアに対し、冷たく言い切る紅い眼。
 闇の中、暗い殺気がレウィシアへと向けられる。
 
「参ったなぁ……」

 それを受けたレウィシアの表情から――

「じゃあさ、そっちの君、死んでよ」

 笑顔が消えた。
 瞬間、レウィシアの身体が消える。
 そして雨宮の頭上から響く、ばちばちという弾ける音。

「ッ……!?」

 ばっと見上げた雨宮の口から、声が漏れた。
 視界に入ったのは、空中を飛ぶ白い姿。死神の影。
 すっと、レウィシアが手の掌を前へと出す。

(まずい、このままだと……!)

 奴の手の掌から放たれた雷の映像が、雨宮の脳裏をよぎる。
 立体映像でもない、本物の落雷。あんなものが直撃したら命の保障はない。
 とっさに、かわそうとする雨宮。だがすぐに、ハッと気付く。

(俺がよけたら、後ろのバカが……)

 奴との戦いでズタボロになっているディンの姿を思い出す雨宮。
 ここでよければ、雷はあいつは直撃する。そうなったら……

『あんたは私の部下! 私の命令は絶対よ〜!』

 雨宮の脳内に、昔の記憶が蘇る。
 いつだって、あいつは俺に迷惑をかけ続けていた。
 だいたい、グールズに入ったのだって自分の意志じゃない。
 ほとんどあいつに脅迫され、騙されたようなものだ。
 
 ここであいつを助ける義理は、俺には――

「……クソッ!」

 悪態を付く雨宮。そして――
 そのまま動こうとせず、レウィシアを睨み付けた。
 死を予感しながら、雨宮が心の中でため息をつく。

(本当、こいつは俺に迷惑ばかりかける……)

 達観した表情を浮かべている雨宮。
 レウィシアの手の掌が輝き、雷撃が放たれた。
 スローモーションのように近づく閃光。そして――

 黒い影が、雨宮とレウィシアの間に飛び込んだ。

「!?」

 雷撃が黒い影に直撃する。
 わずかに苦痛の声をあげ、吹き飛ばされる黒い影。
 それによって、雷が途切れた。一瞬の隙。

「グランドクロスッ!!」

 黄金の竜が咆哮と共に、鋭い爪を振り下ろした。
 凄まじい速度。だがそこに、白い影はすでにない。
 グランドクロスの一撃によって、大地がえぐれる。

「ちっ……!」

 攻撃が外れ、雨宮が舌打ちする。
 その後ろで呆然としているディン。

「ふむ……」

 それとは少し離れた場所に、レウィシアがとんと着地した。
 不思議そうな表情で、口元に手を当てる。

「分からないなぁ……」

 視線を向けるレウィシア。

「君達と紅い眼って、仲間だったの?」

 先程の雷で吹き飛ばされた黒い影を見つめるレウィシア。
 黒い影――紅い眼が、息を切らしながら鋭い視線で睨み返す。
 ディンがぼそりと、呟いた。

「紅い眼が、私達をかばってくれた……?」
 
 雨宮もまた、驚いていた。
 レウィシアの質問には答えず、無言で立ち上がる紅い眼。
 鋭い光が宿った赤い瞳が、レウィシアを射抜くように見つめる。

 へらへらとした笑みを浮かべるレウィシア。

「そんなに怒らないで欲しいなぁ。2対1なんて卑怯でしょ?
 ダメだよ、そういうのは。フェアーじゃない。
 だからさ、僕がせっかく1人にしてあげようと思ったのに〜」

 悪びれた様子もなく、そう話すレウィシア。
 演技でも、挑発でもない。ただ心の底から、本当にそう思っているようだった。
 落ち着いた様子で、微笑んでいるレウィシア。

(こいつ、最高にタチが悪いな……)

 心の中で悪態を付きながら、レウィシアを睨む雨宮。
 紅い眼がふらつきながら、決闘盤を構えた。

「潰す……!」

 低い声が響き、その周りの空気が凍りついたように冷たくなる。
 なにやら考えている様子のレウィシアだったが、

「まぁ、いいや」

 明るい声で言い、投げ出すように手を振った。
 そして流れるように、決闘盤を構える。
 
「とりあえず、君らはここで死んでよ」

 無表情になりながら、レウィシアが呟いた。
 紅い眼が眼を細め、雨宮もまた遅れて決闘盤を構えた。
 息が詰まるような沈黙が流れ、そして――

「ぐっ……!?」

 突然、レウィシアがその頭を抑えた。
 ぶるぶると、震え始めるレウィシア。
 大きく目を見開き、うつむく。

「な、なに……?」

 怯えた様子で、雨宮の後ろから覗き込むディン。
 雨宮と紅い眼は、油断ない様子でレウィシアから視線を外さない。
 演技か? 罠か? 緊張する3人。 
 
 レウィシアの脳裏に、1つの映像が浮かび上がる。

『――――!』

 自分を呼ぶ声。
 優しく、それでいて甘えるような声。
 目の前に1人の人物が現れた。髪の長い女性。

『――――』

 女性の口が動き、何かを話している。
 何を言っているのかは分からない。だけど、不思議と心が落ち着く。
 この人は誰だ? 顔の辺りにもやがかかっていて、分からない。

『――――』
 
 にっこりと、女性が微笑んだ。
 そしてそのまま、女性の姿が遠ざかっていく。

「あっ……!」

 手を伸ばすレウィシア。
 だがその手は何も掴むことなく、虚空を切る。
 映像が溶けるように薄れ――

 目の前に、現実が広がった。

「なんだ、あいつ……」

 決闘盤を構えた雨宮が、いぶかしむような表情で呟いた。
 紅い眼は先程と何ら変わりなく、ただ鋭い眼をレウィシアに向けている。
 不意に、レウィシアの口元に笑みが浮かんだ。

「ふ、フフフ、アハハハ……!」

 壊れたように笑い声をあげるレウィシア。
 両手を広げると、天を見上げる。

「記憶……」

「?」

「僕の失われた未来の記憶。ほんの少しだけど、僕はそれを垣間見た。
 これで僕はまた一歩、未来に進めた。もう少し、あと少しで、
 僕は完全な自分を取り戻す事ができる。ふっ、フフフ、ハハハハハッ……!」

 けたけたと笑い声をあげているレウィシア。
 その目は狂気の色に染まり、完全にすわっている。正気の状態ではない。
 紅い眼が腕を伸ばす。真紅の竜が咆哮をあげ、再び炎を撃ちだした。

 勢いよく、突き進む灼熱の炎。そして――

「邪魔しないでよぉぉぉぉぉぉ!!」

 レウィシアが狂ったように叫び、空間が歪んだ。
 どろりと、溶けるようにしてねじ曲がる空間。
 炎が消え、妖しく心を揺さぶる闇が、這い寄るように吹き出す。

「……ッ!」

「!?」

 目を強張らせる紅い眼と、驚く雨宮。
 ディンが震える声を出しながら、指差す。

「な、なにあれ……!?」

 怯えた様子で、尋ねるディン。
 指差された先は、ねじ曲がった空間の中心部分。
 深淵なる闇が覆い尽くすそこに、そいつはいた。

 闇から生えた、一本の棘のような姿。

 奇妙で、それでいて邪悪な気配を放つ何か。
 ただそこに存在しているだけなのに、感じられる凄まじい違和感。
 まるで心臓のように、その全身が鼓動し、蠢いている。

 棘の中心部――巨大な一つ目が、じっとこちらを見つめ返していた。

「旧神か……!」

 緊張した様子で、呟く紅い眼。
 雨宮もまた、ディンに向かって叫ぶ。

「いいか、絶対に離れるなよ!」

 怒鳴るように言い、決闘盤を構える雨宮。
 ディンが頷き、しがみつくような格好で雨宮の後ろに隠れた。
 黄金の竜と真紅の竜が、威嚇するように唸り声を上げている。

「旧神−ナ・アラト・テュプス……」

 巨大な棘に視線を向けながら、ぼそりと小さな声で呟くレウィシア。
 まるで夢をみているような、うつろな口調で続ける。

「キングが呼んでる……。帰らなくちゃ……。
 僕はまだ、自分の記憶を取り戻してない……。
 未来の運命を貰うためにも、僕はキングに……」

 ぶつぶつと、呟いているレウィシア。
 闇の中心、ねじ曲がった空間の奥へフラフラと進んでいく。
 遠ざかる姿。蠢く棘の目がゆっくりと閉じ――

 闇が、吸い込まれるようにして消えた。

 辺りに静寂が戻る。そこに広がっているのは、元の風景。
 レウィシアも、巨大な棘も、そこにはもういない。
 穏やかに眠る夜の森が、残された3人を見つめていた。

「……逃げられたか」

 紅い眼の決闘者がそう言い、決闘盤を下ろす。
 真紅の竜が咆哮を上げ、光となって消えて行った。

「なんだったんだ、今のあいつは……」

 緊張した様子で、冷や汗を流している雨宮。
 だがハッと思い立ったように、振り返った。

「おい、大丈夫か!?」

 後ろでしがみついているディンに向かって尋ねる雨宮。
 先程までの無表情は取り繕っていたのか、酷く慌てている。
 きょとんとした後、ディンがふふっと微笑んだ。

「ふっ、私を誰だと思ってるのよ。泣く子も黙るグールズ幹部様よ。
 あんな訳の分からないマント野郎なんて、ちょちょいのちょいと――」

 そこまで言ったところたで、痛みからか顔をしかめるディン。
 強がってはいるものの、やはりダメージは深刻そうだ。
 とりあえず、目の前の用事をすませたら病院に投げ入れるべきだな。
 冷静に、そこまで考える雨宮。ホッと息を吐くと――

 視線を、紅い眼へと向ける。

「…………」

 黙り込んでいる紅い眼。
 赤い色の瞳だけが闇の中に浮かび、佇んでいる。
 おもむろに、雨宮が尋ねた。

「さっきの電話は、お前か?」

「……そうだ」

 小さな声で言い、紅い眼が頷く。
 きょとんとするディンに向かって、説明する雨宮。

「寝ようと思ってた時に、携帯に非通知で通話がかかってきたんです。
 仕方なく電話を取ったら、この場所の座標と、あなたが危ないから
 すぐに向かえとだけ言って、一方的に電話が切れて……」

 ぽつぽつと話す雨宮。
 油断なく、その瞳は目の前の紅い眼へと向けられている。
 ゆっくりと、雨宮が口を開いた。

「お前、何者だ……?」

 夜の森に、その言葉は静かに響いた。
 風が吹いて、森の木々がさわさわとざわめく。

 赤い色の瞳が、瞬いた。

「俺の事はどうでも良い……」

 低い口調。

「それよりも、問題はあのレウィシアだ」

 いかにも深刻そうな口調で紅い眼が言った。
 雨宮とディンが、わずかに身構えた。
 淡々とした口調で、紅い眼が続ける。

「あいつは、キングにとってはジョーカー。戦力としても目的としても、
 まさに切り札だ。そのレウィシアが前線に出てきたという事は、
 奴もあせっている。なりふり構わない状況という事だろう」

「……どういう意味だ?」

 尋ねる雨宮。
 紅い眼が、両手を広げる。

「俺達が確実に、キングと名乗る人物に近づいているという事さ。
 あの人間もどきを出さなくてはならぬ程に、奴を追い詰めている」

「…………」

「だが、あまりにも追い詰め過ぎると、時に捨て身の反撃を喰らう事がある。
 今回のレウィシアがそれだ。自分にとっては最も強力で重要、失ってはならぬ駒。
 それさえも、奴は捨てる覚悟で使ってきている」

 ちらりと、雨宮の後ろのディンへと視線を向ける紅い眼。

「そしてその切り札――レウィシアの危険性は見ての通りだ。
 これからはいつ何時、闇討ちに近い形で襲われるかも分からない。
 ……ある意味では、追い詰められているのはこちらの方かもしれないな」

 それを聞いたディンが、僅かに不安そうな表情を浮かべた。
 怯えたような表情で、顔を伏せるディン。
 雨宮が慎重に、尋ねる。

「あなた……どこまで知ってるんですか?」

 緊張した様子の雨宮。
 対照的に、紅い眼に動揺した様子はない。
 あっさりと、口を開いて答えた。

「全てだ」

「!!」

 息を呑み、驚く2人。
 紅い眼が続ける。

「キングの目的、そして何者であるかという事。
 それらについては、ほとんど把握している。
 ……むしろ、分からないのはお前らだ」

 赤い色の瞳を向ける紅い眼。
 じっと、鋭い視線が射抜くように2人を見つめる。

「お前らこそ、何が目的だ。何のためにあいつと戦っている?」

「……それを聞いて、どうするのよ?」

 ディンが、震える声で尋ねた。
 いつでも動けるように、身構えている雨宮。
 空気が張りつめる中、紅い眼がフッと息を吐く。

「知れたこと。敵は同じ。ならば、協力して倒す方が楽だろう?」

「……えっ?」

 意外な言葉に、驚く2人。
 闇の中に浮かぶ赤い瞳が、鋭く輝いている。
 じゃらりと、チェーンが揺れる音が響いた。

「俺と手を組め。そうすれば、あの連中についての全てを話す」

「……ッ!」

 雨宮が、緊張した様子で表情を強張らせる。
 まさかの申し出だ。受けるか否か、そもそも奴はどこまで信用できる?
 雨宮の頬を冷や汗が流れた。重要な場面。ミスは許されない。

 ずいと、ディンが雨宮の前に出る。

 息を切らしながら、ふらつき気味のディン。
 まっすぐに、その青い瞳を紅い眼へと向ける。

「あんた、さっきどうして私達を庇った訳……?」

「俺の事はどうでもいいと言ったはずだ」

 冷たく、はねつけるような口調の紅い眼。
 だがディンはひるまない。意を決したように、口を開く。

「ぶっちゃけ、あのイカレ雷野郎並に、
 あんたのやってる事が私には理解できないわ。
 どうして顔を隠して悪者退治なんてしてる訳? 何が目的よ?」

「…………」

 言葉が消える。
 風が吹いて、森が揺らめいて僅かに音を奏でた。
 やがて、おもむろに紅い眼が口を開く。

「未来のため」

「は?」

 眉をひそめるディン。
 紅い眼が静かに答えた。

「俺の目的。それは全て、未来のためだ」

「…………」

 考え込むディン。
 やがて、恐る恐る尋ねる。

「あんたも、最近流行りの未来の記憶喪失って訳……?」

「違う。俺の目的はあいつとは真逆だ」

 強い口調。
 まるで怒ったかのような声が響いた。
 再び沈黙が流れ、睨み合いが続く。

「……わかったわよ」

 やがて、ディンが根負けした様子でため息をついた。
 肩をすくめながら、言う。

「手を組みましょう。情報頂戴」

「お、おい! いいのか!?」

 雨宮が慌てた様子で尋ねた。
 その目がありありと「もっと慎重になれ!」と語っている。
 だがディンは動揺する事なく、頷く。

「いいのよ。あいつの言ってる事ももっともだわ。
 相手は化け物。闇討ちみたいな戦いが続けばこっちのが不利よ。
 だったら、今のうちに相手の情報を少しでも掴んで対策をたてないと」

「……まぁ、そうですけど」

 それでも、煮え切らない様子の雨宮。
 警戒した風に、紅い眼に視線を送っている。
 だが気にする様子も泣く、ディンが話しを続ける。

「そういう訳よ。こここはお互い友好的にいきましょう。その代わり――」

 言葉を切るディン。
 闇の中に向かって、指を伸ばす。

「あんたの素顔、見せてちょうだい」

 風が吹いて、森の木々がざわざわと揺れた。
 月明かりが降り注ぐ、安らかな空間。
 その空間に、ディンの声だけが響く。

「それくらいは当然でしょ? なんせ仲間同士になるんだから。
 正体も明かせないような相手じゃ信用できないわ。
 それとも、どうしても明かせない理由でもある訳?」

 カマをかけるように尋ねるディン。
 真剣な表情を浮かべ、紅い眼を見つめている。
 雨宮が緊張した様子で、唾を飲み込んだ。

 闇の中、赤い色の瞳が瞬いて――

「……いいだろう」

 ゆっくりと、その言葉がその場に響いた。
 ディンと雨宮が、少なからず驚いてのけぞる。
 腕を伸ばし、かぶっていたフードを掴む紅い眼。そして――

 ばさりと、フードが後ろへと下げられた。




















 鐘の音が辺りに響いた。

 沈みかけた夕日。赤く照らされた廊下。
 ぱたぱたと、廊下を駆ける音が響く。
 校舎の隅の小さな部屋。DC研究会の部室の扉を開け――

「こ、こんにちは〜」

 疲れた様子で、天野さんがそう挨拶した。
 逃げ込むように部室に入る俺達。
 雑誌を読んでいた内斗先輩が、顔をあげる。

「やぁ、いらっしゃ――」

 穏やかに微笑む内斗先輩だったが――
 俺達の様子を見ると、ぎょっと目を丸くした。

「ど、どうしたの!?」

 思わず立ち上がり、驚く内斗先輩。
 俺と天野さんの後ろに立つディアに、視線を向ける。
 えへへと、ディアが弱々しく微笑んだ。

「ちょっと、階段で転んじゃいまして……」

 明るい口調のディア。
 だが所々に包帯や白の絆創膏が貼られたその姿は、
 どう見てもそんな生易しい状況で出来た怪我とは思えない。

 不審そうに、内斗先輩が目を鋭くする。

「転んだ……?」

 ジッと、ディアの方を見つめる内斗先輩。
 にこにこと、ディアは普段どおりの姿で微笑んでいる。
 赤く照らされた部室に沈黙が訪れ、そして――

「……まぁ、なにかあったなら遠慮なく話して下さいね」

 内斗先輩が、静かに座った。
 息がつまるような緊張が解け、ホッとした空気になる部室内。
 俺達も各々、パイプ椅子に座る。

 はぁと、天野さんがため息をついた。

「今日は疲れました……」

 机の上に身を投げ出す天野さん。
 ぐったりとした様子で、目をつぶっている。

「何かあったんですか?」

 不思議そうに、内斗先輩が尋ねた。
 ぱちりと、目を開ける天野さん。
 疲れた声を出し、訊く。

「むしろ、なんで内斗先輩は平然としているんですか……?」

「え?」

 きょとんとした表情を浮かべる内斗先輩。
 俺は黙って、自分の鞄からある物を取り出して見せる。
 風丘高校新聞――それの、緊急号外だった。

『緊急号外! 英国最強のクラブチームに、あのDC研究会が勝利!!』

 派手な赤い文字が躍っている見出し。
 内斗先輩がそれを受け取り、無言で読み進める。
 そこには長々と、この前の週末に行われた決闘の情報が載せられていた。

 記事を読み終わった内斗先輩が、顔をあげる。

「それで……これが何か?」

「えっ」

 俺と天野さんの声がハモった。
 恐る恐る、天野さんが尋ねる。

「えっと……内斗先輩は、何もなかったんですか?」

「何か、というと?」

「その……いきなり取材させてって言われたり、決闘を挑まれたり、
 たくさんの女の子から告白されたり、メールアドレスの交換をせがまれたり……」

 言いよどむ天野さん。
 驚いたように、内斗先輩が目を見開く。

「えっ、天野さんそんな目にあったんですか?」

 それを聞いた天野さんが、慌てて首を振った。

「い、いえ! そんなまさか! 私じゃなくて、その――」

 チラリと、天野さんの視線が俺の方へと向けられる。
 答える元気もなく、俺は無言で視線を窓の外へとそらした。
 ようやく、内斗先輩が理解した様子で頷く。

「あぁ、なるほど……」

 腕を組み、うんうんと頷いている神崎。
 
「まぁ、有名になるとそういうことはままあるさ。
 それにそういうのは最初の内だけだ。要は、慣れだよ」

 達観した風に語る内斗先輩。
 さすがは、元ヤンキーチームのリーダーにして生ける不良伝説だ。
 いかにも体験者らしい、重みのある言葉と言える。

 ぽけーっとした表情のディア。

「アルデンテ・デバック・サウスウエスト君が率いる
 カラメル・クリームズだったっけ? この前、勝ったっていうのは」

 両手の上に顔を乗せながら、呟く。
 何一つとして当たってないが、突っ込む気にはならない。
 内斗先輩が苦笑しながら答える。

「英国の伝説的クラブチーム、カナリア・ウェイブスですよ。
 ……もっとも、正確にはその名を冠したチームですし、
 勝利といってもほとんどお情けみたいな感じでしたけどね」

 ほんの少しだけ、内斗先輩の顔が曇る。
 確かに、あれは勝利とは言い難い勝利だった。
 本気で勝ちに行こうとしていたのは、最後のアルバートだけ。
 それ以外は適当に戦っていた感が強い。

 そんなことはつゆ知らず、ディアがはしゃぐ。

「ほへぇー。それで、決勝戦に勝ったって事は、私達が優勝ですか!?
 きゃー! テレビの取材とか来たらどうしよー!」

 きゃぴきゃぴとしているディア。
 取材って、お前は決勝戦には出てないだろう。
 内斗先輩がさっきまでの疑惑の目も忘れ、苦笑いする。

 頬をかきながら、口を開く内斗先輩。

「あのね、ディアさん。はしゃいでる所申し訳ないんですけど、
 今まで戦ってきたのはあくまで『予選』なんですよ」

「へっ?」

 ぴたりと、はしゃぐのをやめるディア。
 言葉の意味を考えるように、腕を組み沈黙する。
 少しの間の後、ディアが口を開いた。

「つまり……この後、本選があるって事ですか?」

「えぇ。わかりやすい言葉で言えば――」

 そこまで内斗先輩が言った瞬間。
 バンと音を立てて、部室の扉が開いた。

「やぁ、諸君! 集まってるね!」

 機嫌良さそうに言いながら、日華先輩が部室に入ってきた。
 長い髪をかきあげ、いかにもかっこつけたポーズを取る日華先輩。
 その左手には、大きな茶封筒を持っている。

「今日は実に良い天気だね! まさに僕らの新しい門出を祝うような――」

 そこまで言って顔をあげた所で、ようやく日華先輩がディアの姿に気づいた。
 内斗先輩と同じように、ぎょっとする日華先輩。

「ど、どうしたんだいディア君、その怪我!?」

 今にも掴みかかりそうな勢いで、ディアに近づく日華先輩。
 ディアが驚いたような、複雑な表情を浮かべる。

「えっ……あー、ちょっと転んじゃって……」

 もごもごと言いよどむディア。
 気まずそうに、視線を壁の方へとそらしている。 
 口元に手を当て、「ふむ」と声を出す日華。

「そうなのかい? いずれにせよ、大切な身体だ。気をつけてくれたまえ。
 それと何か悩むとかがあるなら、いつでも相談に乗るからね」

「は、はぁ……」

 微妙そうな表情で頷くディア。
 内斗先輩が頭の後ろで手を組む。

「珍しく、頼もしい言葉ですね」

「そりゃ、僕はこの部活の部長だからね。当然さ。
 それに今は、このDC研究会創設以来の超重要な時期だ。
 部員の体調にはさらに気をつけないとね。なにせ――」

 言葉を切る日華先輩。
 にやりと不敵な笑みを浮かべると、持っていた茶封筒を掲げる。

「――全国大会では、代理人がきかないからね」

 そう言って、日華先輩がぱさりと茶封筒を机の上へ投げた。
 どこにでもありそうな、簡素で無機質な封筒。
 表面に貼られた白のシールの上、そこに黒い文字でこう書かれている。

『ファイブチーム・トーナメント本選 重要書類』
 
「きましたか……!」

 封筒の文字を読み、楽しそうに呟く内斗先輩。
 ギラリとその目が鋭くなり、冷たい笑みを浮かべている。
 日華先輩が指を伸ばす。

「中に入っていたのは提出用のメンバー表や、デッキのレシピ表、ルールブックに日程表なんかだったね。
 とりあえずそれらは今、人数分のコピーをとっている所だからその中には入っていない。
 それでも一番重要で注目すべきものは、コピーして持ってきたよ」

 すっと、どこからか畳まれた紙を取り出す日華先輩。
 天野さんが緊張した様子で、尋ねる。

「あの、それって……?」

「……大会の、参加チーム表だよ」

「!!」

 部室内に、少なからず緊張が走った。
 背筋を伸ばす天野さんとディア。空気が張り詰める。
 ゆっくりと、日華先輩が髪をかきあげながら、口を開いた。

「さぁ、刮目したまえ。これが全国を勝ち抜いた強豪16チームさ!」

 ばんっと、書類を叩きつけるようにしてテーブルに置く日華。
 全員の視線が、書類へと集まった。そこには――



      ファイブチーム・トーナメント本選
          出場チーム一覧


・帝菱学園/王龍パニューチャ
・天慶高校/ディヴァイン・ナイツ
・白芦高校/白芦イーグルス
・修蓮寺女学院/太陽ガールズ
・鈴蘭学園/ランピオン
・御門高校/エールブリンガーズ
・明狼高校/ブルーフェンリル
・眞凜高校/眞凛マーマンズ
・悠宮院学園/刹那
・九銘学院/ブック・オブ・ルーン
・ノースウッド学院/ストーム・グリフォンズ
・拓都高校/ブラック・レイヴンズ
・星空高校/ミルキーダンサーズ
・黒円路高校/黒円路レイザーズ
・魅桜高校/天照
・風丘高校/フィーバーズ



「こ、これが……」

 ごくりと、緊張した様子で唾をのみこむ天野さん。
 真剣な、それでいて不安そうな表情で書類を眺めている。
 内斗先輩が「ふむ」と呟いてから、尋ねる。

「チームの数が16という事は、トーナメント形式ですか?」

「いや、それがどうやら違うらしいよ」

 ごそごそと、ポケットから別の書類を取り出す日華先輩。
 それを広げると、よく通る声で言う。

「まず最初に、4チーム毎4グループに分かれてリーグ戦を行うらしい。
 そして各リーグで最も成績の良い1チームが勝ちあがり、最終トーナメントを行うとか」

「……なんでまた、そんな面倒な事を?」

 悩ましげに尋ねる内斗先輩。
 フフンと、日華先輩が得意そうに微笑む。

「それはまぁ、いろいろ事情があるのさ」

「?」

 ますます分からなさそうになる内斗先輩。
 ごそごそと、日華先輩が鞄をあさる。

「でもって、これが今日発売のデュエルマガジン!」

 ひょいと、雑誌を掲げる日華先輩。
 雑誌にはすでに、いくつか付箋が貼ってある。
 表紙には大きく「Fチームトーナメント特集」の文字。

 内斗先輩が手を伸ばし、雑誌を受け取る。

「どれどれ……」

 付箋の貼ってあるページを広げる内斗先輩。
 俺達も体を乗り出して、机の上の雑誌を覗き込んだ。
 カード風の絵柄が描かれたページが、目に入る。



 −ファイブチーム・トーナメント出場校・考察−


帝菱学園(ていりょう・がくえん)
チーム名:王龍パニューチャ
実力ランク:★★★★★
全ての頂点に君臨する関西の超強豪校。
デュエル大会における不敗神話はまさに伝説!
今大会でも文句なしの優勝候補だ。


天慶高校(てんけい・こうこう)
チーム名:ディヴァイン・ナイツ
実力ランク:★★★★
関東の強豪校が堂々の予選突破!
かねてより古豪としての名声は高く、
帝菱への対抗馬として期待されている。


白芦高校(はくと・こうこう)
チーム名:白芦イーグルス
実力ランク:★★
顧問教師の努力によって最近力を付けてきたチーム。
だがいかんせん部員総数が少なく、人材不足は否めない。


修蓮寺女学院(しゅうれんじ・じょがくいん)
チーム名:太陽ガールズ
実力ランク:★
名門のお嬢様学校が決闘大会へと殴りこみ!
可憐な美しさで制覇なるか!? 注目が集まる。


鈴蘭学園(すずらん・がくえん)
チーム名:ランピオン
実力ランク:★★
科学的な観点からの決闘に定評のあるチーム。
スタミナ不足からの集中力の欠如を防ぎたいところ。


御門高校(みかど・こうこう)
チーム名:エールブリンガーズ
実力ランク:★★★
一部の部員の実力は非常に高いが、
その他の部員に決定力がなく、チーム戦では不安が残る。


明狼高校(めいろう・こうこう)
チーム名:ブルーフェンリル
実力ランク:★★★
北海道を制した強豪チーム。公式大会には初参加である。
ダークホースとして注目されるが、いかんせん部長が少々
個性的な性格のため、良くも悪くも不安定なチームと言える。


眞凜高校(まりん・こうこう)
チーム名:眞凛マーマンズ
実力ランク:★★★
沖縄からの出場チーム。派手で陽気な決闘スタイルで予選を制覇。
波にのれば強いが、ややスロースターター気味。


悠宮院学園(ゆうきゅういん・がくえん)
チーム名:刹那
実力ランク:★★★
リーダーのバンカラ君ことバン君の実力はトップクラス。
その他の部員の実力も高く、バランスの取れたチームである。


九銘学院(きゅうめい・がくいん)
チーム名:ブック・オブ・ルーン
実力ランク:★★
都内きっての進学校からのエントリー。
その優秀な頭脳で大会優勝の方程式を導き出せるか!?


ノースウッド学院
チーム名:ストーム・グリフォンズ
実力ランク:★★★★
創部一年目ながらも予選を勝ち抜いた生え抜きの実力校。
実力もさる事ながら、注目すべきはその派手な応援スタイル。
チアガール姿の女子高生による応援は、思わず目を奪われること間違いなし。


拓都高校(たくと・こうこう)
チーム名:ブラック・レイヴンズ
実力ランク:★★★
最近になって急激に実力を伸ばしてきたチーム。
明狼と並ぶダークホースとしての期待が集まっている。


星空高校(ほしぞら・こうこう)
チーム名:ミルキーダンサーズ
実力ランク:★★
黄金世代の卒業によって、実力の低下は否めない。
今大会が復活の狼煙となるだろうか。


黒円路高校(こくえんじ・こうこう)
チーム名:黒円路レイザーズ
実力ランク:★★★★
完全実力主義によって選ばれたチーム。
強さは問題ないが、団結力に大きく欠ける。


魅桜高校(みざくら・こうこう)
チーム名:天照(あまてらす)
実力ランク:★
今大会が初出場となる魅桜高校。
特筆すべき点は特になく、平々凡々な実力であると言える。


風丘高校(かざおか・こうこう)
チーム名:フィーバーズ
実力ランク:★★
DECと同じ高校である風丘高校からの参加チーム。
部員総数5人という超小規模な部活であり、人材不足か。
個人の実力のムラが激しいため、勝ち残るのは厳しいと思われる。



「…………」

 無言で読みすすめる俺達。
 日華先輩は楽しそうに、俺達の反応を待っている。
 息を吐き、内斗先輩が頬に手を当てた。

「案外、僕らの評価高いですね……」

 ぼそりとつぶやく内斗先輩。
 確かに、全国強豪校と比べるとDC研究会は何もかも負けている。
 星1つじゃないだけ、高評価と言えるだろう。

「……まぁ、この評価に関しては、僕も妥当だとは思うよ」

 渋い表情の日華先輩。
 だがすぐに、キラキラと普段どおり輝き始める。

「とはいえ、これはあくまでも雑誌の下馬評!
 大会まではまだ時間があるし、それまでにもっと強くなれば問題ない!」

 ビシッとポーズを決める日華先輩。
 ディアが楽しそうに、パチパチと拍手を送る。
 微妙そうな表情を浮かべる俺と天野さん。
 内斗先輩が、ため息をつく。

「それで、大会での目標は?」

「もちろん、優勝さ!」

 力強く断定する日華先輩。
 内斗先輩が続ける。

「最初のリーグ戦で帝菱と同じグループになったら?」

「荷物をまとめて帰る」

 即座に断言する日華先輩。
 凄まじい変わり身の早さだ。手の平返しもここまでくると清々しい。
 天野さんが、おそるおそる尋ねる。

「あの……そんなに強いところなんですか、この、帝菱って……?」

 一瞬、ポカンとした表情になる先輩2人。
 目を見開き、驚いた様子で天野さんの方を見る。

「帝菱を知らないんですか……!?」

「えっ」

 不安そうにオロオロとする天野さん。
 日華先輩が汗を流しながら尋ねる。

「当代一の天才・桐生(きりゅう)姉妹とか、夢幻戦略『ドラゴンフライ』とか、聞いたことない?」

「……ないです」

 顔を伏せがちに、小さな声で答える天野さん。
 ディアもまた「私も〜」と、のんきに手をあげる。
 顔を見合わせる日華先輩と内斗先輩。

 ゆっくりと、ため息をつく。

「そうか、天野君は決闘を初めてまだ三ヶ月。
 ディア君は日本に来てから間もないから、
 帝菱学園の不敗神話について知らないのか……」

 気付いたように呟く日華先輩。
 内斗先輩もまた頷いて、話を引き継ぐ。

「帝菱は元々、関西ではトップクラスの名門校でね。
 スポーツとか研究とか色々な分野で活躍しているんですけど、
 決闘の部門ではほぼ日本一といっても過言ではない所なんです」

 内斗先輩の話を聞き、わずかに青ざめる天野さん。
 日華先輩が肩をすくめる。

「不敗神話ってのも、嘘みたいだけど単純な事だよ。
 ここ10年間、高校の決闘大会の優勝者は帝菱の生徒ばかり。
 つまりだ。帝菱学園は10年間、常に日本一に君臨してるってこと」

「10年間……!」

 途方もない数字に、絶句する天野さん。
 さすがのディアもまた、目を丸くしている。
 内斗先輩がため息をついた。

「全国大会に出るって聞いた時から予感はありましたけど、
 やっぱり今回の大会にも参加してたんですね、帝菱。
 まぁ、このメンツで全国大会なんて縁がないと思ってましたが……」

「もちろん、この5人の中にはあの桐生姉妹も入ってるだろうね。
 当代随一の天才にして、日本一の決闘者、桐生姉妹。
 おまけにチーム戦という事は、あの『ドラゴンフライ』も猛威を振るうだろうし……。
 まぁ、なるべく同じグループにならないように祈るしかないね」

 南無南無と両手をあわせる日華先輩。
 帝菱に関しては、2人とも諦めきった様子だ。
 それを見て、いかにも不満そうに口をとがらせているディア。
 
 バンと机を叩き、立ち上がる。

「もう! そんなんじゃダメですよ!」

 怒ったように言うディア。
 俺達の顔を見渡しながら、大きく言う。

「胡瓜(きゅうり)姉妹だとか、シュリンプフライだとか!
 戦う前からそんな弱気じゃ絶対に勝てませんよ!
 日華先輩だってさっき言ってたじゃないですか! 出るからには――」

 すっと、人差し指を点に向かって伸ばすディア。
 金色の髪をなびかせ、青い瞳がまっすぐに前を見る。
 
「――優勝しかない!」

 高らかに、ディアがそう宣言した。
 夕焼け色の部室内に、静かな衝撃が走る。
 沈黙を破るかのように、部室内の扉が開かれた。

「話しは聞かせてもらったわ! その通りよディアさん!」

 逆光を背景に、胸を張った格好の人物。
 天野さんが驚いたように言う。

「き、霧乃先生!?」

「ふっ、久しぶりね、皆!」

 いつになく調子よさそうに挨拶する霧乃先生。
 俺と天野さん、ディアは担任だから毎日顔を見ているのだが、
 そんな細かい事はどうでも良さそうだ。

 ツカツカと部室内に入り、引いているディアの手を取る霧乃先生。

「あなたの言う通りよ。青春は一度しかないんだから、
 できるできないじゃなく、とりあえずやってみるのが正しい姿よ!
 そしてやるからには、頂点を目指しなさいッ!!」

「は、はい……」

 霧乃先生の迫力に押され、怯えたような表情を浮かべるディア。
 露骨に引いた様子だ。身体が震えている。

「絶好調ですね……」

「そうだね……」

 疲れた様子でささやく先輩2人。
 目の前のスポ根展開には、付いていこうとすらしない。
 天野さんが思い出したかのように、尋ねる。

「そういえば、決勝戦の日、どうして霧乃先生は来なかったんですか?」

「あら、知りたい、天野さん?」

 ニヤリと、小悪魔のように笑う霧乃先生。 
 もったいぶったように間を取ると、静かに答える。

「寝てたわ」

「…………」

 しめやかな空気が、部室内に流れた。
 遠くから聞こえてくる鐘の音が、やけに大きく感じる。
 冷たい視線を感じたのか、霧乃先生が慌てて話題を変える。

「そ、そういえばこの前の大会の優勝おめでとう!
 優勝なんて凄いわねー、先生も鼻が高いわ!
 テレビの取材とか来ちゃうかしら? どうしましょー!」
 
 ディアと同レベルのはしゃぎっぷりを見せる霧乃先生。
 天野さんは苦笑しているし、内斗先輩は訂正する気もなさそうだ。
 残りの俺達は、静かに霧乃先生に視線を向けている。

「とりあえず、お祝いがてら皆で何か食べに行きましょうよー。
 ね、ね? いいでしょ。ゴーゴー!!」

 妙なくらいに明るく、霧乃先生がそう言った……。




















「ごめんね!」

 夕焼けの帰り道、霧乃先生が両手を合わせた。
 遠くからカラスの鳴く声が聞こえてくる。
 頭を下げている霧乃先生を、俺達は微妙な表情で見ていた。

「えっと、なにか御用事が……?」

 おそるおそる尋ねる天野さん。
 霧乃先生が頭をあげる。

「そうなのよ〜。本当にごめんね、私から言っておいて〜!」
 
 悲しそうに言う霧乃先生。
 結局、あの後俺達は霧乃先生の提案により、
 半ば強引にどこかでご飯を食べようという事になっていた。

『まぁ、いいんじゃないですか……』

 部室を出る直前の、内斗先輩の疲れきった表情が印象的だ。
 生徒手帳をめくりながら、尋ねる天野さん。

『あの、でも、帰宅途中での飲食は駄目だって、学校規則に……』

 小さな声で言う天野さんだったが――

『私がいるから、平気よ』

 霧乃先生の超理論により、あえなく却下された。
 そんな訳で、俺達DC研究会のメンバーと霧乃先生は、
 繁華街の方へと向かっていたのだが――

「本当に、ごめん!」

 当の霧乃先生が、ふと気付いたようにこんな事を言い出したのだった。
 なにやら急用らしい。それが何かは分からないが。

「まぁ、そういう事なら、仕方ないんじゃないですか……」

 取り次ぐ内斗先輩。
 その表情は絶対零度級に冷たい。
 通り道にしている公園の広場に、固まっている俺達。

「ほんと、ごめんね。この埋め合わせはいつか絶対にするから!
 それじゃあ、また明日ね!」

 ほとんど生徒のようなノリで言い、手をひらひらとさせる霧乃先生。
 そのままパタパタと、小走りに公園から出て行こうとする。
 天野さんと日華先輩が、手を振り返した。

「えぇ……」

「先生、さようなら……」

 頭を下げる天野さん。
 思い出したかのように、霧乃先生が振り返った。

「そうそう、帰宅途中に飲食店に入るのは禁止だからね!
 真っ直ぐ車に気をつけて帰るのよ〜!」

 口元に手を当てながら、遠くで叫んでいる霧乃先生。
 この場面だけ見れば、まだまともな先生と言えなくもないのだが、
 実際は引率放棄のような状況だ。どう考えても駄目先生である。

 日華先輩が、肩をすくめた。

「それで、どうする?」

 問いかけてくる日華先輩。
 内斗先輩が顔の後ろで手を組みながら、ため息をつく。

「僕はこのまま海の方にでも行きますよ。
 なんだか疲れましたし、釣りでもしてから帰ります。それじゃ」

 霧乃先生が去っていった方とは違う方向へと歩き始める内斗先輩。
 日華先輩がその背中に向かって手を振るが、内斗先輩は振り返らない。
 静かに、公園の奥へと消えていく。

「ふむ……」

 残った俺達の顔を見回す日華先輩。
 ディアの方を見てから、尋ねる。

「ディア君、本当に大丈夫かい?
 なんなら家まで送っていってあげようか?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ……」

 両手を振るディア。
 だが痛みからか、その顔は微妙に引きつっている。
 無理をしているのは明らかだ。

 はぁと、俺はため息をついた。

「いいですよ、方向は同じですから、俺が送っていきます」

 そう言って、俺は奴がぶら下げていた鞄を奪い取った。
 「あ」と呟き、驚いた表情を浮かべるディア。
 鞄を二つ持ちながら、俺は日華先輩の方を見る。

「これくらいなら平気ですから。心配しないで下さい」

「……そうか。なら、頼むよ」

 にっこりと微笑む日華先輩。
 天野さんが慌てたように手をあげる。

「あっ、私も方向は一緒ですから、見送っていきます……」

 チラリと俺の方を見る天野さん。
 日華先輩がフフンと微笑む。

「いやぁ、可愛い子達に囲まれて帰宅だなんて、
 雨宮君も隅に置けないなぁ。まさに両手に花ってやつだね!」

 楽しそうに笑い声をあげる日華先輩。
 天野さんは照れているが、俺は無表情のままだ。
 微笑みながら、日華先輩が俺の肩に手を置く。

「最近は何かと物騒だからね、全国大会もあるし、天野君やディア君の護衛は任せたよ!」

「……はい」

 短く答え、俺は頷く。
 日華先輩が満足したように、手を離した。
 そしていつもの調子で、明るく言う。

「それじゃ、今日は解散! また明日、部室でね!」

 余裕そうにウィンクする日華先輩。
 俺達は挨拶を言いながら、軽く頭をさげた。
 それぞれが別の方向に向かって、歩き始める。

 赤い夕焼けの空。ほんの少しだけ、その果てが暗くなっていった……。




















「あれ、分かれちゃうんだ?」

 遠くから見ていた僕は、呟いた。
 風が吹いて、身に着けていた白いマントが揺れる。
 赤い夕焼けの空。夜の闇が、まるで空を蝕むかのように向こうから広がっている。

「…………」

 ほんの少しだけ、僕は考える。
 他はどうでも良いとして、あの中には竜魂のレインが混じっていた。
 わざわざ分かれるメリットは、奴にはない。

「ひょっとして、あいつらを巻き込みたくなかったとか……?」

 腕を組みながら、僕は悩む。
 こういう時にどう思うのか、僕にはもう想像することができなかった。
 しばらく考えた後、息を吐く。

「ま、いいか」

 微笑みながら、すっくと僕は立ち上がった。

「5人もまとめて相手するには面倒だけど、1人なら丁度良い。
 キングの邪魔になる奴には、消えてもらわないと……」

 言いながら、僕の顔から笑みが消えていった。
 心に深い闇が渦巻き、落ち着いてくる。
 残っているのはキングへの忠誠と、己の記憶への渇望だけ。
 
 視線を、奴へと向ける。

「あの方向は……」

 奴が向かっている先の方へと視線を向ける。
 深く覆い茂った森。誰もいない見捨てられた場所。
 頬をかきながら、微笑む。

「昨日の続きをしようっていう事かな?」

 それだけ言うと、僕は鉄塔の上から飛び降りた。
 空中をふわりと漂う感覚。そして次の瞬間には、地面が迫ってくる。
 微笑んでいる僕。落ちていく感覚に身をゆだね、そして――

 とんと、静かに着地した。

「さて、と……」

 目の前に広がる森の方へと、歩き始める僕。
 道なき道。うっそうと茂った森の木々が、
 まるで僕を拒むかのように広がっている。

「Humpty Dumpty sat on a wall〜♪(ハンプティ・ダンプティ 塀の上)」

 歌いながら、僕は木々を文字通りなぎ払った。
 バチバチという電流が弾ける音が、森の中に響く。
 少しずつ、森の奥へと進んでいく僕。

「Humpty Dumpty had a great fall♪(ハンプティ・ダンプティ おっこちた)」

 歌声と木々が砕ける音だけが、響く。

「All the king's horses and all the king's men♪(王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも)」

 僕にとって、キングは絶対の存在。
 そして僕はキングを守るナイトの駒だ。
 チェスのナイトは騎士の姿じゃない。タテガミを持つ、馬の駒。

「couldn't put Humpty together again〜♪(ハンプティを元に戻せなかった)」

 時間は元には戻らない。
 だから僕にとって、必要なものは未来だけ。
 定められた未来の運命だけが、僕には必要なんだ。

 森を進んでいくと、やがて開けた場所が目の前に広がった。

「…………」

 そして僕を待ち構えていたかのように、佇んでいる1人の人物。
 夕焼けは沈み、夜の闇がその人物の顔に影を落としている。
 僕はにっこりと微笑み、指を伸ばした。

「君が、紅い眼の決闘者だね?」




















「お前が、紅い眼の決闘者だな?」

 人通りの少ない河原。
 黒髪の少年が、低い声でそう尋ねた。
 赤い夕焼けの空。柔らかな風が、吹きぬけていく。

「なんのこと?」

 そう言うと、黒髪の少年が微笑んだ。
 優しい微笑みではない。敵意をむき出しにした邪悪な笑み。
 空気を歪ませながら、少年が言う。

「とぼけるなよ」

 顔は笑っているが、その目は笑っていない。
 真っ直ぐに、まるで獲物を狙う肉食動物のように、
 こちらを射抜くように見据えている。

「お前をブッ潰すために、俺はこの町まで来たんだ。
 色んな連中から話しを聞いて、お前に関する情報はすべて集めた。
 こう見えても、俺は人と話すのが得意なんだ」

 殺気を纏いながら、笑う少年。
 しばらくの間、その場に深い沈黙が流れた。
 今にも壊れそうなくらい、張り詰めた空気。
 風だけが、気まぐれに吹きつける。

「なんのために?」

 沈黙を破り、尋ねた。
 ばさりと、風に吹かれて髪がなびく。
 少年がフッと息を吐いた。

「復讐のため」

 静かな口調。

「この俺にあんな屈辱を与えたお前を潰すためだ。
 お前は俺の前に立ちはだかった。だから、倒す。
 理由はそれだけで十分だ。さぁ、俺と戦え」

 鞄から決闘盤を取り出してくる少年。
 1つを自分の腕に、もう1つをこちらの足元へと投げてくる。
 鈍い音をたてて、転がる決闘盤。

 ため息をつく。

「どうしても、違うって言っても信じてくれない訳?」

 呆れたように少年のほうを見る。
 しかし、少年の表情に迷いはない。
 怒りさえ感じるような目で、こちらを睨み付ける。

「言っただろ。俺は情報を集めたと。
 俺なりに確信を持って言ってるんだよ。そうでなきゃ――」

 言葉を途切れさせる少年。
 制服のポケットから、ある物を取り出す。
 そこにあったのは、DC研究会の勧誘チラシ。

 鋭い視線を向けながら、少年が静かに言った。

「――誰がお前の部活になんか、入るかよ」




















「あぁ、そうだよ」

 森の奥の開けた広場。
 DC研究会部長――日華恭助がへらへらと微笑みながら頷いた。
 髪をかきあげながら、肩をすくめる日華。

「まったく、ここ最近は僕の正体を知ってる人間が増えて困るよ。
 さっきの君の台詞も、一年くらい前に一度聞いたしね……」

「へぇ、そうなんだ」

 にこやかに笑うレウィシア。
 異様な空気が渦巻き、場を捻じ曲げる。
 常人ならば息をするのさえ苦しい状況の中、平然とした様子の2人。

 世間話をするかのような口調で、日華が言う。
 
「ところでさ、どうして僕が自分の正体を素直に認めたと思う?」

「え?」

 楽しそうに聞き返すレウィシア。
 瞬間、天空から巨大な火球が撃ちだされ、レウィシアへと迫った。
 閃光が炸裂し、衝撃で大地が揺れる。噴煙が上がった。

「…………」

 無言で、噴煙の方を眺めている日華。
 その顔からは笑みが消え、冷たい無表情が浮かんでいる。
 翼をはためかせながら、赤い竜が日華の後ろへと着地した。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 グルルと喉を鳴らしている赤竜。
 胸を締め付けるような沈黙が、辺りに流れる。
 やがて、日華がため息をついた。

「まぁ、無理だよねぇ……」

 呟く日華。
 噴煙が晴れ、そこから嘲るような笑みを浮かべたレウィシアの姿が現れる。
 そしてその胸元で鈍く輝く、十字架のペンダント。

 レウィシアが、明るい口調で言った。

「もう、駄目だって、そういうのは〜。
 一回や二回ならともかく、さすがにもうお見通しだよ」

 アハハハと笑い声をあげるレウィシア。
 そして唐突に――その笑みが消えた。

「ふざけるのはやめにしてさ。蹴りをつけようよ」

 低い声を出すレウィシア。
 死人のように、その顔からは表情が消えている。
 ただドス黒い殺意だけが、そこから感じられた。

「あーあ、まったくもー、これだから……」

 ぶつぶつと、日華が面倒そうに呟く。
 手を伸ばし、自分の鞄から決闘盤とデッキケースを取り出した。
 デッキケースの中、奥のデッキを取り出す日華。
 けだるそうに決闘盤にセットし、前を向く。

「ゴミ掃除っていうのも大変だね。
 片付けたと思ったら、すぐにまた新しいのが出てくるんだから。
 まぁ、仕方ないか。どっちにしろ、誰かが捨てないといけない訳だしね」

 苦笑を浮かべながら、肩をすくめる日華。
 髪をかきあげ、そして――

「お前の存在は、街を汚す」

 冷たい言葉が、その口から放たれた……。




















「Humpty Dumpty sat on a wall〜♪(ハンプティ・ダンプティ 塀の上)
 Humpty Dumpty had a great fall♪(ハンプティ・ダンプティ おっこちた)
 All the king's horses and all the king's men♪(王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも)
 couldn't put Humpty together again♪(ハンプティを元に戻せなかった)」

 夕焼けの帰り道に、歌が響く。
 マザーグースの童謡、ハンプティ・ダンプティの歌。
 卵のハンプティは割れてしまい、もう元には戻らない。
 王の馬も、王の家来も、手をつくしたけれど駄目だった。

「じゃあ、王ならどうなのかしら?」

 1人、私は呟いた。
 クスクスと笑みが漏れる。
 この歌の舞台はチェスの国。馬はナイト、家来はルークとビショップ、クイーン。

 だけど、この歌にはキングが出てこない。

 全てを統べる絶対の王。
 チェスのゲームで最も大事な駒が、この歌には入っていない。
 いったいどうして入っていないのだろう?

 歩きながら、私はにこやかに言う。

「知ってるかしら? この歌はね、本当は謎かけなのよ。
 『ハンプティ・ダンプティは誰?』っていう問いかけの意味があるの。
 だから、ハンプティ・ダンプティの歌にはキングがいないの」

 機嫌よく、私はそう話す。
 もう一度、私はさっきの歌を口ずさんだ。
 夕焼けの路地、私の声だけが静かに響く。

「ハンプティ・ダンプティはだあれ?」

 歌の最後、私は付け加えた。
 そしてすぐに、自ら答える。

「答えは王様だわ。だって歌に出てこないもの。
 だけど、もしそうなら大変ね。だって王様は壊れてしまったんだもの。
 歌の通りだとしたら、もう二度と元には戻らないわ」

 ふふっと、私は笑ってしまう。
 風が吹いて、私の長い髪が揺れた。
 夕焼けを見上げながら――

「それじゃあ、壊れた王様はその後どうしたのかしら?」

 風丘高校教師――霧乃雫が、そう呟いた。
 誰もいない道。両手を広げながら、霧乃が答える。

「答えは簡単。王様は元に戻ろうとした!」

 ビシッと指を伸ばす霧乃。
 にっこりと微笑みながら、続ける。

「それが例え、どんな手段であろうとしても、ね」

 おもむろに、霧乃がスーツの胸元のボタンをはずす。
 スーツジャケットとネクタイの下から出てきたのは……
 
 金色の、十字架型のペンダント。

「Humpty Dumpty sat on a wall〜♪」

 再び歌い始める霧乃。
 楽しそうに微笑んでいるが、その目はどこか虚ろだった。
 夕焼けの果て、漆黒の闇の方へと進んでいく霧乃。

「王様はだあれ?」

 歌の最後、霧乃がおもむろに付け加えた……。




第五十五話 双龍−烈火と迅雷

 風が渦巻くように吹き荒れ、叩きつける。

 同時に焼け焦げるような匂いと共に、
 強烈な閃光が辺りをなぎ払うように一閃した。

「ぐっ……!」

 低い声と共に、黒髪の少年が地面に叩きつけられた。
 その腕に付けられた決闘盤の数字が動き、0になる。

「く、くそっ……!」

 悪態をつき、悔しそうに顔を上げる少年の目に――

「あーあ」

 赤い色の瞳が、映った。
 2人の間を、風が通り抜けていく。

「だから言ったのに――」

 ゾッとするほどに冷たく、感情のない眼を向ける少年。
 風に吹かれて、その長い髪の毛がばさばさと揺れる。
 呆れたように黒髪の少年を見下ろしながら――

「お君じゃ『俺』には勝てないよ」

 そう、静かに言い切った。
 自信があるのではない。ただ事実を述べただけ。
 そう思えるほどに、その言葉には感情がこもっていない。

「……ちっ」
 
 舌を鳴らす黒髪の少年。
 鋭い視線がぶつかりあい、張り詰めた沈黙が訪れる。
 だがやがて――、黒髪の少年がフッと息を吐いた。

「分かったよ。俺の負けだ」

 肩をすくめる黒髪の少年。
 立ち上がると、制服についた泥を手ではらいながら言う。

「相手の力量が分からないほど、俺は馬鹿じゃない。
 悔しいが、お前を倒すにはまだ実力が足りない……」

 淡々とした口調の少年。
 冷静さを取り繕うとはしているが、
 それでも言葉の端々からは悔しさがにじみ出ている。

 とはいえ、この場は諦めたというのは事実のようだった。

「…………」

 僅かに観察するような視線を向けていた紅い眼だったが、
 やがて決闘盤のスイッチを切ると――

「はぁ」

 小さく、ため息をついた。
 その身から鋭い殺気のような気配が消える。

「まったく……。やっと1人入部してくれたと思ったのに……」

 ぶつぶつと言いながら、自分の目に手を当てる少年――日華恭助。
 器用な手つきで、自分の瞳にはりついたそれを取り外す。
 黒髪の少年――神崎内斗が、視線を向ける。

「それにしても――」

 ジトっとした目つきの神崎。
 ため息混じりに、呟いた。

「お前、それ、カラーコンタクトかよ」

 闇夜に潜む燃えるような紅い瞳。
 その正体を知ってしまった神崎が、呆れるように言う。

「夢を壊すようで悪いけど、真実なんてのは大抵こんなものさ」

 コンタクトを外した日華が、冷ややかに答えた。
 ふぅと、その場で大きく息を吐く日華。
 髪の毛をかきあげながら、神崎の方を見る。

「それにしても、『僕』の正体に気が付くとは、
 少しばかり君の実力を侮っていたかな……」

 反省するような様子でそう話す日華。
 神崎が沈黙の後、手をあげる。

「いくつか、聞いてもいいか?」

「なにかな?」

「とりあえず聞きたいのは、だ……」
 
 微妙に苦い表情になる神崎。
 悩ましげに眉をひそめながら、口を開く。

「お前、そっちの姿と紅い眼の姿、どっちが素だ?」

 一瞬、きょとんとした表情になる日華。
 だが訪ねる神崎の表情は真剣だった。
 気分が悪そうに、続ける神崎。

「はっきりいって、お前と紅い眼だとギャップがありすぎるんだが……」

「ほほぅ。君の目に、僕はどんな風に映っていたのかな?」

 笑顔で尋ねる日華。
 少しだけ考えるように、神崎が口元に手を当てる。

「そうだな……」

 呟き、思案する神崎。
 やがて頷くと、はっきりとこう答えた。

「紅い眼は化け物。お前は宇宙人だな」

 風が吹いて、沈黙が流れた。
 浮かべていた笑顔をひきつらせる日華。
 ぴくぴくと震えながら、口を開く。

「なかなか面白いね、君……」

 怒りに震えている日華。
 神崎はなぜ怒っているのか分からない様子で、きょとんとしている。
 息を吐き、肩をすくめる日華。

「ま、どっちが素かは想像にまかせるよ。そっちのが面白いだろ?」

「案外、どっちでもなかったりしてな」

 真っ直ぐに日華の方を見ながら、そう投げかける神崎。
 一瞬、日華の顔から表情が消えたが、すぐに笑顔に戻る。

「さぁ? それに、僕から言わせれば君も大概だよ」

「俺が?」

 不思議そうな表情になる神崎。
 日華が人差し指を伸ばす。

「君だって、部活説明会の時は猫かぶってただろう。
 いや、もっと言うと学校では自分の本性を隠してる。違うかい?」

「否定はしないな。だがお前と違って、俺は学習しただけだ。
 無闇やたらに我を出していると、ロクな目に合わないからな」

 何か嫌な記憶でも思い出したのか、神崎の表情が渋くなる。
 だが記憶をふりきるように小さく首を振ると、再び日華に向き直った。

「まだ質問はある。お前はあの『紅い眼の決闘者』なんだよな?」

「これが全部君の見てる白昼夢じゃなければ、そうだよ」

 小バカにしたような口調で答える日華。
 決闘盤にセットされてあったカードを抜け取ると、
 自分の顔の横でひらひらとさせた。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 目を鋭くさせる神崎。

「なら1つおかしな点がある。紅い眼の噂が流れ始めたのは約10年前。
 お前、まさか小学校にあがる前からそんな格好で徘徊してたのか……?」

 かなり自信なさそうな神崎の口調。
 日華が目を丸くした後、プッと噴出して笑った。

「アッハッハ! さすがにそれはないだろう。
 僕が紅い眼になったのは、ほんの2年程度前さ」

「2年前だと? なら、その前の紅い眼は――」

 くすりと、小悪魔じみた笑いを浮かべる日華。
 神崎の言葉に頷くように、言う。

「その通り。10年前に現れた紅い眼は僕じゃない。
 僕はただ街の都市伝説として『紅い眼』の姿を借りただけさ。
 言うなれば、僕は『2代目・紅い眼の決闘者』なのさ」

「2代目……」

 呆然とした様子で呟く神崎。
 日華が眼を閉じながら、肩をすくめる。

「もっとも、僕は『初代・紅い眼』を知らないし、
 向こうも僕の事は知らないと思うけどね」

「お前が一方的に名乗ってるってだけか」

「失敬な。僕はただ、赤い色のカラーコンタクトを付けて夜に悪者退治してるだけだ。
 自分から紅い眼だなんて名乗ったことはない。街の皆が勘違いしてるだけさ」

 くすくすと笑っている日華。
 神崎が額を押さえながら、ため息をついて呟く。

「紅い眼の活動時期に空白があるのもそのせいか」

「そういう事だね。ま、わざわざ世代交代してあげたんだ。
 きっと初代も僕に感謝してると思うよ」

「初代はなぜこの街から消えたんだ?」

 神崎の質問に対して、肩をすくめる日華。

「言っただろう。僕は初代とは面識がない。
 初代がどんな人間で、何が目的でなぜそんな姿になったのか――
 僕には知る由がない。興味は少しあるけどね」

 神崎が疑わしそうな視線を向ける。
 だが、日華が嘘を言っているようには思えない。
 それに確かめた所で、どうしようもない――そう判断した。

 神崎がふぅと息を吐く。

「なら、最後の質問だ」

「あぁ、どうぞ。遠慮なく聞いてくれたまえ」

 弛緩していく空気の中、明るい声で言う日華。
 気が抜けた様子で微笑みながら、神崎の次の言葉を待つ。
 鋭い視線を向けながら、神崎が口を開いた。

「お前、何でそんなことしてるんだ?」

 ピタリと、日華の動きが固まる。
 周りの空気が凍りついたように冷たくなり、張り詰めた。
 笑顔のまま、日華がゆっくりと尋ねる。

「どうして、そんなことを聞くのかな?」

「別に。ただの興味本位さ。嫌なら答えなくても良いぜ」

 視線をそらしながら、そう言う神崎。
 だがその頬には冷や汗が浮かんでおり、緊張した様子である事が伺える。
 沈黙。心臓の音が聞こえてきそうな程に、無音の空間。

 張り詰めた空気の中――

「未来だ」

 ぽつりと、日華の声がその場に響いた。

「僕は、僕の未来を壊したいのさ」



























「僕は、自分の未来が欲しい」

 風が吹き、木々がざわめく。
 沈みかけた夕焼けの空。地平線から這いよる夜の闇。
 ゆっくりと、レウィシアが自分の両手を広げた。

「僕が歩むはずだった未来! 約束された運命!
 キングはそれを知っている。僕に与えてくれる!
 それを取り戻すためなら、僕は何だってする! そう――」

 自分の目の前に立つ少年――日華に視線を向けるレウィシア。
 
「――君を殺すことだって、ね」

 にやりと、レウィシアの口元に笑みが浮かんだ。
 その全身から邪悪な気配が放たれ、周りの空気が歪む。
 鳥達が鳴き声をあげ、怯えるように遠くへと飛び立っていった。

「それはまた、大層な決意なことで」

 呆れたような口調で、冷たく日華が言い切った。
 普段のへらへらした口調とは違い、その言葉は鋭く低い。
 真っ直ぐにレウィシアを見つめながら、口を開く。

「1つだけ言っておくが、もう必要な情報は揃った。
 つまりお前はもう用済みだ。容赦はしない」

 凍りつくような目。
 鋭い殺気が、レウィシアへと向けられる。
 ククッと、喉を鳴らして笑うレウィシア。

「アハハ! やっぱり面白いね、君は。
 竜魂のレインといい、君といい、この街は刺激的で楽しいよ」

 ばちばちと、レウィシアの手から電流が漏れる。
 白いマントをなびかせ、紫色の瞳を向けるレウィシア。
 その表情から、感情が消える。

「だけど、やっぱり君には消えてもらわないと。
 キングの計画にとって、一番邪魔なのは君だよ。
 ほんの少したりとも、キングの計画を邪魔する存在は許されない」

 ゆらりと、身体を揺らすレウィシア。
 左腕を伸ばすと、その腕に電流が流れ、白い決闘盤が浮かび上がる。
 すっと、レウィシアが人差し指を伸ばした。

「消してあげるよ。君の未来を、過去を。全ての記憶をね」

 死人のように感情なき瞳を向け、呟くレウィシア。
 電気が弾ける音と共に、どこからともなくデッキが現れ、
 レウィシアの決闘盤へとセットされる。
 
 張り詰めた空気の中、レウィシアが微笑んだ。

「さぁ――」

 両腕を広げるレウィシア。

「決闘の時間だ」

 風が吹いて、レウィシアの髪の毛が揺れた。
 ほとんど白に近い、色素の薄い金色の髪の毛。
 天を裂く稲光のような色が、なびく。

「『俺』の未来を消すだと?」

 胸ポケットからコンタクトケースを取り出す日華。
 自嘲気味に笑いながら、コンクタトレンズを目に入れる。

「やれるものなら、やってみろよ」

 冷たい声で言う日華の目は、赤く輝いていた。

 無造作にコンタクトケースを投げ、決闘盤を構える日華。
 重力が強くなったかのように、息苦しい空気が互いの間に流れる。
 空が闇に染まり、夕焼けの光が徐々に弱まっていく。
 
 そして、夕焼けが地平線に沈んだ瞬間――


「――決闘ッ!!」


 2人の声が、森の中に響いた。
 互いにカードを引く両者。
 闇の中、決闘盤の赤い数字がその場に浮かび上がった。


 紅い眼    LP4000

 レウィシア  LP4000


 かちゃかちゃと音をたて、レウィシアのペンダントが揺れる。
 鈍い光を放っている十字架型のペンダント。闇の気配。
 けらけらと笑いながら、レウィシアがカードを引いた。

「僕のターンッ!!」

 楽しそうに、自分の手札を見つめるレウィシア。
 そしてすぐに、その中の一枚を手に取る。

「君相手に手加減は必要ない! 僕の本当の実力、君に見せてあげるよ!」

 甲高い笑い声をあげるレウィシア。
 日華は黙って、その様子を鋭く見つめている。
 勢いよく、レウィシアがカードを叩きつけるように出した。

「フィールド魔法、紫電の聖域!!」

 漆黒の闇が広がり、周りの景色が砕ける。
 代わりに現れたのは、荒廃した古代遺跡。
 薄暗い雲が空を覆い、鈍い音が轟き大地を揺るがす。

 閃光と共に、落雷が2人の姿を照らした。

「…………」

 静かに、何かを思案している様子の日華。
 レウィシアがさらにカードを取る。

「そして僕は! ダイナモを守備表示で召喚!!」

 光と共に、場に巨大な姿が現れる。
 手のないティラノザウルスのような、いびつな姿。
 低い声と共に、その全身から電流が流れる。


ダイナモ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ開始時にこのカードの攻撃力は2000ポイントアップする。


「そいつが、共鳴モンスターか……」

 低い声で呟く日華。
 レウィシアが声を出して笑う。

「その通り! 君達が使うような凡庸なカードじゃない!
 キングから与えられた、特別なカードなのさ!」
 
 心の底から楽しそうな様子のレウィシア。
 日華の赤い瞳が、さらに鋭く細められる。
 レウィシアがさらに、カードを指ではさむ。

「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンド!!」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 これでレウィシアの場にあるのはダイナモと伏せカード。
 そして得体の知れない効果を持つフィールド魔法の3枚……。

 日華が、腕を伸ばす。

「俺のターン」

 静かに、低い声で言う日華。
 引いたカードを横目で見ると、そのまディスクへ。

「俺はマンジュ・ゴッドを召喚」

 光の中より、鶯色をした仏像のような姿が現れる。
 歪んだ身体とは裏腹に、神々しい雰囲気。
 日華がデッキを取り外し、扇状に広げる。

「マンジュ・ゴッドが召喚に成功した時、デッキから儀式魔法を1枚手札に加える」

 仏像の身体が輝く。
 

マンジュ・ゴッド
星4/光属性/天使族/ATK1400/DEF1000
このカードが召喚・反転召喚された時、自分のデッキから
儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。


 日華がデッキから、カードを取り出した。

「俺はデッキから儀式魔法、烈火乱舞を手札に加える!」

 カードを見せる日華。
 レウィシアが楽しそうに微笑む。
 迷う事無く、日華がカードを決闘盤へ。

「儀式魔法、烈火乱舞」

 カードが浮かび上がり、輝く。

「この効果で、炎属性の儀式モンスターを儀式召喚する」


烈火乱舞 儀式魔法
炎属性の儀式モンスターの降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚する炎属性モンスターと
同じレベルになるように生け贄を捧げなければならない。


 マンジュ・ゴッドの姿が火炎に包まれ、砕けた。
 そしてそこから4つの星が飛び出し、浮遊する。
 日華が静かに、手札の1枚を表にした。

「儀式召喚――降来せよ、クリムゾンロードワイバーン!」

 カードが決闘盤へと置かれ、紅蓮の炎が渦巻いた。
 そして炎を切り裂いて現れたのは、赤い翼を広げる飛竜の姿。
 焼け焦げた匂いを漂わせながら、飛竜が甲高い声をあげる。


クリムゾンロードワイバーン
星4/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK2600/DEF1900
「ブラックヘルストーム」により降臨。
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
このカードが戦闘またはカード効果で破壊された時、自分のデッキから
儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える。


 クリムゾンロードワイバーン  ATK2600


「なんだ、あの切り札じゃないんだ……」

 小馬鹿にしたような口調のレウィシア。
 だが日華は動揺も怒りもなく、ただ淡々と腕を伸ばす。

「バトル。クリムゾンロードワイバーンで、ダイナモを攻撃」

 その言葉に、飛竜が身体をくねらせる。
 まるで蛇のように動きながら、口を大きく開ける飛竜。
 そこから巨大な炎が放たれ、天を駆ける。

 火炎が真っ直ぐに、ダイナモへと迫った。

「ハッ!」

 微笑んだまま、ばっと腕を伸ばすレウィシア。

「罠発動! ディジタル・ダイブ!」

 伏せられていた1枚が表になる。


ディジタル・ダイブ 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する雷族モンスター1体を
選択して発動する。このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターは戦闘またはカードの効果では破壊されない。
発動後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「この効果で、僕のダイナモはエンド時まで破壊されない!」

 カードが輝き、ダイナモの足元に電子回路のようなものが浮かび上がった。
 そしてそのまま、全身が0と1の数字へと変化していくダイナモ。
 炎が直撃するが、その姿は崩れない。

「そして僕は、カードを1枚ドロー!」

 デッキからカードを引くレウィシア。
 引いたカードをチラリと見ると、邪悪な笑みを浮かべる。

「そんな攻撃じゃ、僕のモンスターは倒せないよ!」

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 レウィシアの言葉を無視して、カードを伏せる日華。
 裏向き表示のカードが日華の場に浮かび上がった。
 稲光で空が光り、雷の音が響く。

「僕のターン!」

 カードを引くレウィシア。
 手札を眺めると、その紫色の瞳を細める。

「僕はレクティファイアを召喚!」

 カードを叩きつけるレウィシア。
 稲妻と共に、黒い獅子が姿を現した。

「そしてレクティファイアの効果で、クリムゾンロードワイバーンの効果を無効に!」


レクティファイア
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1600/DEF1400
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚まで選択し、その効果を無効にする。
 

 天に向かって吼える黒獅子。
 飛竜の身体から輝きが失われ、覇気が消える。
 指を伸ばすレウィシア。

「そしてダイナモを攻撃表示に変更!」

 巨竜が、その巨躯をのっそりと動かした。
 大地に足が喰い込み、石敷きの古代遺跡が僅かに砕ける。

 
 ダイナモ DEF1000→ATK1000


「ダイナモで、クリムゾンロードワイバーンを攻撃!」

 腕を伸ばすレウィシア。
 巨竜が咆哮を轟かせ、大地を揺るがしながら駆ける。
 そのままミサイルのように、飛竜へと突っ込んだ。

「――ヒュペルメル・アステオスッ!!」

 レウィシアの声と共に、暴力的な力が炸裂し
 飛竜の身体が砕け散った。決闘盤の数値が変動する。


 紅い眼 LP4000→3600


「クリムゾンロードワイバーンの効果発動」

 苦痛の表情もなく、日華が涼しい顔で言う。

「破壊されたことにより、デッキから儀式魔法を1枚手札に」


クリムゾンロードワイバーン
星4/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK2600/DEF1900
「ブラックヘルストーム」により降臨。
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
このカードが戦闘またはカード効果で破壊された時、自分のデッキから
儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える。


 決闘盤から、カードがはじかれるように飛び出した。
 空中でそれをキャッチし、無言で見せる日華。
 レウィシアが、口の端をつりあげる。


ブラックエクスプロージョン 儀式魔法
「クリムゾンロードドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄にしなければならない。自分の墓地に存在する
このカードをゲームから除外することで、自分のデッキから炎属性
モンスターを4枚まで選択して墓地におくる。


「そうこなくっちゃ……!」

 楽しそうに笑っているレウィシア。
 すっと、おもむろにその腕を伸ばす。

「ダイナモが相手モンスターを戦闘で破壊したので――」

 紫色の瞳を向けるレウィシア。
 両手を広げ、天を見上げる。
 古代遺跡の空を覆う雲が――

「紫電の聖域の、効果発動!!」

 不気味に、光り輝いた。
 僅かに眉をひそめる日華。
 ケタケタと笑いながら、レウィシアが話す。

「戦闘で相手モンスターを破壊した時、自分の場のモンスターを手札に戻す事ができる!」

「なに……?」
 
 この決闘中初めて、日華の顔に動揺が浮かんだ。
 雷鳴が轟き、稲妻が天空を切り裂く。


紫電の聖域 フィールド魔法
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択し
持ち主の手札に戻す事ができる。


 黒獅子が咆哮をあげ、その場から消える。
 はじかれたカードを掴み取るレウィシア。
 笑いながら、別のカードを手に取る。

「それだけじゃない! 戦闘破壊をトリガーにし、
 僕は手札のインピーダンスを共鳴召喚!!」

 手札のカードを表にするレウィシア。
 ばちばちという音と共に、電流を纏った翼竜が姿を見せた。


インピーダンス
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1500
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に
成功した時、自分フィールド上の表側表示の雷族モンスターを1体選択する。
エンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。


「インピーダンスの効果で、インピーダンスの攻撃力をアップ!」

 天に向かって吼える翼竜。
 その全身にさらなる雷撃が纏わり憑き、威圧感が増す。


 インピーダンス ATK1800→ATK3000


「これは……!」

 相手の戦略を吟味している様子の日華。
 油断ない様子で、赤い色の瞳をレウィシアの場へと向けている。
 高笑いしながら、腕を伸ばすレウィシア。

「インピーダンスで、直接攻撃!!」

 口をあける翼竜。
 翼を大きく広げながら、全身の雷を一気に放出する。

「――ポリヴォロン・アステオスッ!!」

 レウィシアの声と共に、電流が日華へと迫った。
 チッと舌を鳴らす日華。腕を前に。

「罠発動、ガード・ブロック」

 伏せられていたカードが表になる。
 薄いバリアが日華の前に現れ、雷撃が弾かれるように霧散した。


ガード・ブロック 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
 

「ハッ、無駄な事を!」

 大きく言い、自分の手札に視線を落とすレウィシア。
 カードをはさむように、手に取る。

「1枚伏せて、ターンエンド!」

 再び、裏側表示のカードがレウィシアの場に。
 それと同時に翼竜の身体から電流が消え、攻撃力が元に戻る。


 インピーダンス ATK3000→ATK1800


 無言のまま、思案している日華。
 油断なく、相手の場のモンスターとフィールド魔法を見据える。

(あのフィールド魔法の効果と、共鳴モンスター。
 手札に戻しても、戦闘破壊さえすれば共鳴召喚して追撃できる。
 インピーダンスやレクティファイアの効果といい、面倒な……)

 冷静に、状況を分析している日華。
 痺れを切らしたように、レウィシアが声を荒げる。

「ほら! カードを引きなよ! それとも、もう降参するのかい?」

 にやにやと、馬鹿にしきった様子のレウィシア。
 日華がフンと鼻を鳴らし、手を伸ばす。

「俺のターン」

 カードを引き、手札に加える。
 これで日華の手にあるカードは合計6枚。
 手札を見据えながら、考える。

(奴のコンボを打ち砕くには――)

 手札の1枚を選択する日華。
 流れるように、カードを決闘盤へ。

「装備魔法、契約の履行」

 冷たい声が、場に響いた。
 日華の決闘盤が、墓地からカードを吐き出す。

「この効果で、墓地のクリムゾンロードワイバーンを特殊召喚」


契約の履行 装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。


 紅い眼 LP3600→2800


 場に魔方陣が浮かび上がり、火柱が上がった。
 炎の中より、真紅の炎を放つ飛竜が再び姿を見せる。


クリムゾンロードワイバーン
星4/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK2600/DEF1900
「ブラックヘルストーム」により降臨。
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
このカードが戦闘またはカード効果で破壊された時、自分のデッキから
儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える。


 レウィシアが笑った。

「また君か、しつこいなぁ」

 くすくすと、余裕そうに微笑んでいるレウィシア。
 奴の手にはカード効果を無効にするレクティファイアがある。
 尊大な態度はそのためか、それとも――

 日華が腕を前に出す。

「クリムゾンロードワイバーンで、ダイナモを攻撃!」

 飛竜が飛び立ち、翼を広げる。
 にやにやと不気味な笑みを浮かべているレウィシア。
 炎が渦巻き、巨竜へ向かって放たれる。

「ダイナモを狙ってきたか!」

 言い終わるのと同時に、閃炎が巨竜を貫いた。
 爆発が起こり、ガラスのように砕け散る巨竜。
 レウィシアが腕をなぐように動かす。

「罠発動! ダメージ・サンプリング!」

 カードが表になる。

「この効果で、戦闘ダメージを0に!」


ダメージ・サンプリング 通常罠
自分がダメージを受ける時に発動できる。そのダメージを0にする。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを墓地から場にセットできる。この効果でセットされた
このカードがフィールドを離れた場合、ゲームから除外される。


 巻き起こった衝撃が、歪んだ時空にかき消える。
 余裕そうに笑い声をあげるレウィシア。
 日華が舌を鳴らし、目を鋭くさせる。

「かわされたか……」

「言ったでしょ! そんな攻撃じゃあ、僕は倒せない!」

 アッハッハと笑うレウィシア。
 日華が自分の手札から1枚を手に取る。

「1枚伏せ、ターンエンド」

 再び裏側表示のカードが浮かび上がった。
 互いに一進一退。一手一手、相手の出方を慎重に伺っている。


 紅い眼の決闘者 LP2800
 手札:4枚(内1枚はブラックエクスプロージョン)
 場:クリムゾンロードワイバーン ATK2600
   契約の履行(クリムゾンロードワイバーンに装備)
   伏せカード1枚


 レウィシア LP4000
 手札:3枚(内1枚はレクティファイア)
 場:インピーダンス ATK1800
   紫電の聖域(フィールド魔法)
   伏せカードなし


 レウィシアがデッキに手を置いた。

「僕のターン!」

 カードを引くレウィシア。
 嬉しそうな様子で、紫色の瞳を向けて喋る。

「僕のモンスターが共鳴するのを防ぐため、
 戦闘破壊に耐性を持つワイバーンを蘇生させたんだろうけど、
 そんな小細工じゃ、僕には勝てないッ!!」

 楽しそうに言い切り、手札のカードを掴むレウィシア。
 ケラケラと笑いながら、それを表にする。

 そこに描かれているのは、煌く電気を身に纏った長い蛇。

「手札のページェントの効果を発動! 手札から場に出すとき、
 僕の場ではなく相手の場に守備表示で特殊召喚できる!!」

「!?」

 目を大きく見開く日華。
 ばちばちという弾ける音と共に、
 日華の場に煌く蛇がとぐろを巻いた格好で現れる。


 ページェント DEF1000


「さらに! ページェントを相手の場に特殊召喚する場合、
 僕は代わりに自分の墓地からレベル4以下の雷族モンスターを特殊召喚できる!」

「ッ!!」

 蛇の全身が輝き、それに呼応するようにレウィシアの墓地が輝いた。
 天から雪のような光が降り注ぎ、フィールド全体が光に包まれる。
 ばっと、天に向かって腕を振り上げるレウィシア。

「復活せよ! ダイナモッ!!」

 光が収束し、恐竜のような巨大な姿が再び現れる。
 鈍い声を轟かせるダイナモ。大地が揺れる。


ページェント
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードを手札から出す場合、
自分の墓地に存在するレベル4以下の雷族モンスターを1体選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、相手フィールド上にこのカードを
表側守備表示で特殊召喚することができる。  


ダイナモ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ開始時にこのカードの攻撃力は2000ポイントアップする。


 レウィシアの場に2体の下僕が並んだ。
 両手を広げるレウィシア。高らかに、宣言する。

「バトルだ! インピーダンスで、ページェントを攻撃! ポリヴォロン・アステオスッ!!」

 翼竜が吼え、電撃を放つ。
 抵抗することもなく、佇んでいる蛇。
 青白い色の稲妻が直撃し、蛇の体が砕け散った。

 古代遺跡の空が不気味に輝く。

「この瞬間、場の紫電の聖域、手札のレクティファイア、
 墓地のダメージ・サンプリングの共鳴効果が発動ッ!!」

 3枚のカードがレウィシアの場に浮かび上がる。
 腕を伸ばすレウィシア。

「紫電の聖域の効果で、場のインピーダンスを手札に!」


紫電の聖域 フィールド魔法
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択し
持ち主の手札に戻す事ができる。


 翼竜が咆哮を上げ、その姿が光となって消えた。
 決闘盤から弾かれたカードを、レウィシアが掴む。

「さらに手札のレクティファイアを特殊召喚!」

 光と共に、鎖で縛られた黒獅子が飛び出した。
 真っ赤に燃えるような目を向け、天に向かって吼える。
 

レクティファイア
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1600/DEF1400
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚まで選択し、その効果を無効にする。

 
「レクティファイアの効果で、クリムゾンロードワイバーンの効果を無効に!」

 獅子の咆哮に気圧される様に、
 再び飛竜の身体から光が消えて覇気が薄れる。
 得意そうに続けるレウィシア。

「そしてダメージ・サンプリングが場にセットされる!」


ダメージ・サンプリング 通常罠
自分がダメージを受ける時に発動できる。そのダメージを0にする。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを墓地から場にセットできる。この効果でセットされた
このカードがフィールドを離れた場合、ゲームから除外される。


 裏側表示のカードが場に増えた。
 一度の攻撃で、一気に形勢を整えたレウィシア。
 アッハッハッと、笑う。

「これが僕の実力さ! 君みたいな凡人とは根本が違うんだよ!
 この力で僕は君を倒し、僕の定められた未来を掴むのさ!」

「口の減らないゴミだな!」

 吐き捨てるように言い切る日華。
 少しだけ笑いをひそめ、レウィシアが手を伸ばす。

「なんとでも言いなよ! しょせん君に、未来は残されてない! ダイナモーッ!!」

 レウィシアの呼びかけに、身体を動かす巨竜。
 鈍い音を立てながら、大地を蹴って駆ける。
 せせら笑うレウィシア。

「効果を無効にされているワイバーンに、この攻撃は防げない!
 もう一度壊してあげるよ! ヒュペルメル・アステオスッ!!」

 飛竜へと近寄るダイナモ。
 だがその巨躯が飛竜に振れる前に、日華が口を開く。

「リバース罠発動!」

 伏せられていたカードが、表に。

「拷問車輪!」

「ッ!?」

 レウィシアの表情が歪んだ。


拷問車輪 永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は
攻撃できず、表示形式も変更できない。自分のスタンバイフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントのダメージを与える。
指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。


 地面から鎖が飛び出し、巨竜の身体を縛り上げた。
 悲鳴のような咆哮をあげ、地面に倒れる巨竜。
 見下すような、冷たい目を日華が向ける。

「誰の未来を壊すって?」

 レウィシアの顔から笑顔が消えた。
 露骨にイラついた様子になるレウィシア。
 手札のカードを手に取る。

「いい気になるなよ……!!」

 低い声で言うレウィシア。
 ばっと、手札の1枚を叩きつけた。

「速攻魔法、サモン・コンデンサーを発動!」

 カードが浮かび上がり、電流が走る。


サモン・コンデンサー 速攻魔法
自分の手札または墓地から雷族モンスターを1枚選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターが場に存在する場合、
このターンのエンドフェイズ時に手札に戻る。


 僅かに、日華の表情が曇った。
 さらに手札のカードを表にするレウィシア。
 描かれているのは、雷撃を纏う翼竜。

「手札のインピーダンスを、特殊召喚!」

 光と共に、翼竜が再びその姿を見せる。
 

インピーダンス
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1500
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に
成功した時、自分フィールド上の表側表示の雷族モンスターを1体選択する。
エンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。


「インピーダンスの効果で、インピーダンスの攻撃力をアップ!」

 叫び声をあげる翼竜。
 その全身に、青白い電流が流れる。


 インピーダンス ATK1800→ATK3000

 
 狂気の気配を漂わせながら、レウィシアが叫んだ。

「バトル! インピーダンスでクリムゾンロードワイバーンを攻撃! ポリヴォロン・アステオスッ!!」

 翼竜の全身から電気が放たれ、雷撃が降り注ぐ。
 日華の場に伏せカードはなく、攻撃を防ぐ術はない。
 青白い閃光が、飛竜の身体を貫き砕いた。


 紅い眼 LP2800→2400


 僅かにダメージを受けた日華。
 だが焦ったような様子もなく、淡々とカードを見せる。

「クリムゾンロードワイバーンが破壊されたので、
 デッキから儀式モンスターを手札に加える!」

 決闘盤がカードをはじくように飛ばした。
 無造作にそれを掴み取る日華。そこに描かれているのは、
 漆黒の鱗を持つ悪魔のような見た目の竜。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


「切り札を手札に加えた所で、僕の戦術を止めることはできない!!」

 大きく叫ぶレウィシア。
 空が不気味に輝き、雷鳴が鳴り響く。

「場の紫電の聖域、デッキのホワイト・ブレイクダウンの共鳴効果を発動!」

 ばっと、腕を伸ばすレウィシア。
 場にカードが浮かび上がる。

「紫電の聖域の効果でダイナモを手札に戻し、
 さらにデッキのホワイト・ブレイクダウンを手札に加える!」


紫電の聖域 フィールド魔法
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択し
持ち主の手札に戻す事ができる。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


 鎖で縛られていた巨竜の姿が光に包まれ、消える。
 同時に対象を失った拷問車輪のカードが砕けた。
 これで、場に残ったモンスターはインピーダンスとレクティファイアのみ。

 日華を指差すレウィシア。

「レクティファイアーッ!!」

 黒獅子が吼え、日華の方へと向かった。
 まるで黒い閃光のように、電光石火の速度で迫る黒獅子。
 鋭い爪をムキ出し、飛び掛る。

「――ランビリズマ・アステオスッ!!」

 獅子の吼え声と共に、鋭い爪が日華の身体を切り裂いた。
 苦痛で顔をゆがめる日華。その頬に冷や汗が浮かぶ。


 紅い眼 LP2400→800


 度重なる攻撃により、ついにライフが1000を切った日華。
 ほんの少しだけ、その表情にあせりのような色が浮かぶ。
 攻撃を終えたレウィシアの顔に、笑みが戻る。

「ふ、フハハ! 結局の所、君の実力はその程度!
 僕の力に敵うはずがないのさ! 未来なき者、哀れな虫ケラめ!」

 蔑むように言うレウィシア。
 肩で息をしながら、日華はその言葉を流している。
 赤い色の瞳だけが、鋭くレウィシアを睨みつけていた。

 レウィシアのターンは続く。

「魔法発動! リチュアル→ドロー!」

 高らかに宣言するレウィシア。
 先程手札に加えたホワイト・ブレイクダウンを表にする。

「手札のホワイト・ブレイクダウンを捨て、カードを2枚ドロー!」


リチュアル→ドロー 通常魔法
手札から儀式モンスターまたは儀式魔法を1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


 カードを捨て、デッキからカードを引くレウィシア。
 キーカードであるはずの儀式魔法をわざわざ捨てるのは、普通では有り得ない。
 しかしあの儀式魔法は、戦闘破壊に共鳴して墓地から戻ってくる。
 捨てても、あまりデメリットはないという事か……。

 日華が思案している間にも、レウィシアは次の一手を指していた。

「さらに僕はカードを1枚伏せる!」

 引いてきたカードの内1枚を、場に伏せるレウィシア。
 ちらりと、意味ありげな視線をその伏せカードに送る。
 満面の笑みを浮かべながら、両手を広げるレウィシア。

「これで、ターンエンド!」

 宣言と同時に、場に残っていたインピーダンスの身体が光に包まれた。
 
「サモン・コンデンサーの効果で、インピーダンスが手札に!」


サモン・コンデンサー 速攻魔法
自分の手札または墓地から雷族モンスターを1枚選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターが場に存在する場合、
このターンのエンドフェイズ時に手札に戻る。


インピーダンス
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1500
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に
成功した時、自分フィールド上の表側表示の雷族モンスターを1体選択する。
エンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。


 インピーダンスのカードを抜き取るレウィシア。
 これで相手の場にはレクティファイアと、伏せカードが2枚。
 その内の1枚は共鳴したダメージ・サンプリング。残るもう1枚は――

 腕を伸ばす日華。

「俺のターン!」

 カードを引き、手札に加える。
 間髪をいれずに、1枚を選んだ。

「儀式魔法、ブラックエクスプロージョン!」

 場にカードが浮かび上がる。
 漆黒の炎が描かれた、荘厳な雰囲気のカード。
 日華がさらに手札のカードを相手に見せる。

「手札のヘルフレイムエンペラーを生け贄に!」


ヘルフレイムエンペラー
星9/炎属性/炎族/ATK2700/DEF1600
このカードは特殊召喚できない。
このカードが生け贄召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎属性モンスター
を5体までゲームから除外する事ができる。この効果で除外したモンスターの数だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。


 日華の手にあったカードが砕け、8つの炎が宙を舞う。
 空気が渦巻き、強烈な威圧感が吹き出るように地を制した。
 手をかざす日華。
 
「漆黒の灼熱が、今この場に形を成す。全てを破壊する業火の翼を見せろ」

 黒い炎が一箇所に固まり、爆発するように膨張する。
 それらは少しずつ竜の形へと変化していき、
 翼や牙、腕の形が浮かび上がってくる。

「儀式召喚――降臨せよ、クリムゾンロードドラゴン!」

 黒き炎が、爆ぜた。
 
 強烈な熱風と火の粉が、フィールドに降り注ぐ。
 闇夜を切り裂く破滅の翼。漆黒の鱗に血走ったように流れる溶岩。
 真紅の炎を燃やしながら、喉を鳴らしている。

 天を睨みながら、竜が凄まじい咆哮をあげた。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


「ようやく現れたか! 君の切り札!」

 楽しそうな、それでいて油断ならない眼差しで、
 レウィシアが叫ぶようにそう言った。
 日華の決闘盤が、カードを吐き出す。

「墓地のブラックエクスプロージョンの効果発動。
 このカードをゲームから除外し、自分のデッキから
 炎属性のモンスターを4枚選択して墓地に送る」

 デッキを扇状に広げる日華。
 素早く、その中からカードを抜き取り墓地に送る。


炎帝テスタロス
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、相手ライフにそのモンスターの
レベル×100ポイントダメージを与える。


爆炎集合体 ガイヤ・ソウル
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
自分フィールド上の炎族モンスターを2体まで生け贄に捧げる事ができる。
この効果で生け贄を捧げた場合、このモンスターの攻撃力は生け贄の数×1000ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


プロミネンス・ドラゴン
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1000
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、
このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。


灼熱ゾンビ
星4/炎属性/炎族/ATK1600/DEF400
このカードが墓地から特殊召喚した時、
このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。


 一気にカードを墓地へと送った日華。
 前を向くと、鋭く言う。

「クリムゾンロードドラゴンの、効果発動!」

 ばっと、腕を前に出すむ日華。
 紅蓮の竜が、再び咆哮をあげる。

「墓地の炎属性モンスターを1体除外し、
 除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える!」


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 日華の決闘盤が、カードを吐き出した。
 それに呼応するように、紅蓮の竜の身体を炎が逆巻く。

「墓地のヘルフレイムエンペラーをゲームから除外し、
 お前に2700ポイントのダメージを与える!」


ヘルフレイムエンペラー
星9/炎属性/炎族/ATK2700/DEF1600
このカードは特殊召喚できない。
このカードが生け贄召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎属性モンスター
を5体までゲームから除外する事ができる。この効果で除外したモンスターの数だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。

 
 紅蓮の竜が翼を大きく広げた。
 口を開くと、そこに逆巻く炎が収束していく。
 一瞬の間の後、強烈な閃炎が放たれた。

 炎が迫り、ばさばさとレウィシアのマントが揺れる。

「そう、そうこなくっちゃねぇぇぇ!!」

 狂気じみた笑みを浮かべながら、
 レウィシアがばっと腕を前に出した。

「ダメージ・サンプリングを発動! ダメージを無効に!」

 共鳴し復活したカードが表になる。
 時空が歪み、炎がレウィシアの目の前で途切れる。


ダメージ・サンプリング 通常罠
自分がダメージを受ける時に発動できる。そのダメージを0にする。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを墓地から場にセットできる。この効果でセットされた
このカードがフィールドを離れた場合、ゲームから除外される。


 ヒャハハと笑い声をあげるレウィシア。
 だが日華は気にも留めずに、続ける。

「クリムゾンロードドラゴンは、除外したモンスターの攻撃力分、
 エンドフェイズまで攻撃力がアップする!」


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 クリムゾンロードドラゴン ATK3000→ATK5700


 一気に攻撃力が上がるクリムゾンロード。
 このまま相手の場のレクティファイアを倒せば、決闘は終わる。
 だが――

 チラリと、相手の場に伏せられたカードを見る日華。

 レウィシアは余裕そうに、にやにやと微笑んでいる。
 ほんの少し考えた後――日華が、腕を振り上げた。

「バトル、クリムゾンロードドラゴンでレクティファイアを攻撃! レクイエム・インフェルノ!」

 紅蓮の竜の身体を、再び炎が逆巻く。
 強烈な威圧感。全てを押し潰すかの如き強き力。
 漆黒の翼をはためかせ、凄まじい業火の炎が黒獅子へと放たれる。

 そしてレウィシアが、大きく笑った。

「リバース罠発動!!」

 ばっと、腕を前に出すレウィシア。
 狂気の笑い声を響かせながら、口を開く。

「マトリックス・スイッチャー!」

「!?」

 一瞬、日華の顔に動揺が浮かんだ。
 カードが表になり、鈍い光を放つ。

「この効果で、僕への戦闘ダメージを0にする!」

 その瞬間、業火が黒獅子の身体を貫いた。
 一瞬にして消滅する黒獅子。その場に塵さえも残らない。
 だがまるで気にする様子もなく、レウィシアが続ける。

「さらにマトリックス・スイッチャーの効果で、
 僕は自分のデッキからカードを1枚選択してゲームから除外!
 発動後2回目のスタンバイフェイズ時に、そのカードを受け取る!」

「なに……?」


マトリックス・スイッチャー 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。


 顔をしかめる日華。
 レウィシアが腕をなぐ。

「定められた未来は変えられないのさ!
 運命のように! 宿命のように!
 そして栄光の未来を掴むのは、この僕だ!!」

 力強く断言するレウィシア。
 自分の発言を微塵も疑っていない、まさに狂気の姿。
 レウィシアのデッキから、カードが1枚弾かれる。

「マトリックス・スイッチャーの効果で――」

 おもむろにカードを表にするレウィシア。
 そこに描かれているのは――青白い雷撃を身に纏う純白の竜。
 深き闇の中より生まれし、強大な雷の竜。

 レウィシアがカードを掲げた。

「レーザージャイロ・ドラゴンを、ゲームから除外するッ!!」


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚まで選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し、
召喚条件を無視して特殊召喚する。(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 微妙に表情が曇る日華。
 だが攻撃もダメージ効果も無効にされ、このターンに打つ手はない。
 自分の手札を眺めると、静かに言う。

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 裏側表示のカードが浮かび上がった。
 紅蓮の竜がグルルルと喉を鳴らし、金色の目をレウィシアに向けている。

 風が吹いて、対峙する2人の髪の毛が揺れる。
 
 張り詰めた空気。闇の気配。
 一片の油断も許されない過酷な状況下で――

「決められた未来なんて、くだらない……」

 ぼそりと、吐き捨てるように日華が呟いた……。




第五十六話 未来−破滅と希望 

 僕の中にはいつも1人の女性がいる。

 顔は見えない。身長も、年齢も、何も分からない。
 記憶が途切れてしまったかのように、忘れてしまったかのように。
 だけど、確実に、その女性は存在している。僕の中で。

「決められた未来……」

 僕には過去の記憶しかない。
 定められた運命が、用意された未来があるはずなのに。
 僕は記憶喪失。からっぽの器。

「……レウィシア」

 キングからの呼びかけに、僕は振り向いた。
 感情のない真っ白な顔。生気のない瞳が僕に向けられている。
 微笑みを浮かべ、僕は尋ねる。

「ねぇ、キング。僕の記憶は、次はいつくれるの?」

 にっこりと言う僕。
 キングは何の反応も示さない。
 僕の心の内――空虚な器を見透かしたように、瞳を細める。

「実験の続きよ。こちらに来なさい」

 それだけ言うと、キングは踵を返した。
 どうやら記憶をくれるのはまだ先みたいだ。
 残念だなぁ。僕は早く、自分の記憶を取り戻したいのに。

「……君も、そう思うでしょ?」

 心の中の女性に、そう問いかけてみる。
 返事はない。ただ何となく、僕は腕をのばす。
 闇の中に隠れてしまったその女性を、掴まえるように。

「レウィシア」

 キングが呼んでいる。
 腕を引っ込め、僕は乗っていた机の上からひらりと降りた。
 いずれにせよ僕はキングのために働かなければならない。

 僕の記憶のためにも。それに――

「僕は、キングを護る『騎士』だもんね」

 自分に言い聞かせるように、僕は呟いた。
 迷いはない。キングのために尽くすことは、僕の生まれた意味だ。
 にっこりと微笑み――僕はキングが消えた闇の中へと、進んでいった。

























 風が、不安そうにざわめいた。
 
 見棄てられた古代遺跡。
 雷と炎が交差し、弾けている場所。
 おぞましい瘴気の闇が、溶けるように遺跡を囲んでいる。

「アッハッハッハッハ!!」

 高笑いと共に、落雷の音がその場に響いた。
 白いマントに金色の髪、薄紫色の瞳。
 チェスの四騎士の最後の1人、レウィシアがカードを掲げる。

「これこそが僕の決められた未来の1パーツ!
 そして、君を破滅させる稲妻の化身さ!」

 高笑いを続けるレウィシア。
 対峙する少年――日華恭助が、目を細める。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 レウィシアの手に握られているカード。
 雷の支配龍――レーザージャイロ・ドラゴン。
 場に出ただけで破壊の雷撃を行い、さらに自身が死んでも後続が現れる。
 まさに暴雷の使途とも言える、強力なカード。

「…………」

 警戒するように、考え込むように。
 沈黙している日華。
 レウィシアがくすくすと笑いながら、カードを墓地へと送る。

「マトリックス・スイッチャーの効果により、君の攻撃は無効だ。
 さぁ、どうする!? 紅い眼の決闘者!?」

 挑発するように高い声を出すレウィシア。
 すっと、日華が決闘盤を構えなおした。



 日華恭助 LP800
 手札:3枚
 場:クリムゾンロードドラゴン(ATK5700)
   伏せ:なし


 レウィシア LP4000
 手札:3枚(インピーダンス、ダイナモ、???)
 場:紫電の聖域(フィールド魔法)
   伏せ:なし



クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


紫電の聖域 フィールド魔法
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択し
持ち主の手札に戻す事ができる。


インピーダンス
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1500
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に
成功した時、自分フィールド上の表側表示の雷族モンスターを1体選択する。
エンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。


ダイナモ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ開始時にこのカードの攻撃力は2000ポイントアップする。


マトリックス・スイッチャー 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。



「バトルは終了だ」

 静かに、日華がそう言った。
 嘲るように、レウィシアがくすくすと笑う。
 自分の手札を見る日華。1枚を選び、前へ。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 それと同時に、日華の場を渦巻いていた炎が消えていく。


 クリムゾンロードドラゴン ATK5700→ATK3000


 自身の攻撃力増強効果がなくなり、
 グルルと低く喉を鳴らすクリムゾンロード。
 悪魔のような黄色の眼が、レウィシアへと向けられている。

 にやりと、レウィシアが笑う。

「さぁ、僕のターン!」

 カードを引くレウィシア。
 レウィシアのスタンバイフェイズとなり、
 マトリックス・スイッチャーのカウントが1を刻む。残るカウントは僅か1。

 重苦しい空気の中、レウィシアがカードを選択する。

「ダイナモを召喚!!」

 稲妻のような光が走り、
 恐竜を模した歪な姿のモンスターが現れる。


ダイナモ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1000/DEF1000
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージステップ開始時にこのカードの攻撃力は2000ポイントアップする。


「ダイナモは戦闘を行う時、攻撃力が2000ポイントアップする!!
 レーザージャイロを出さずとも、君のクリムゾンロードを倒すのには十分さ!!」

 心の底から楽しそうに、そう言うレウィシア。
 日華の表情に変化はなく、ただ冷めた目を向けている。
 ばっと、レウィシアが腕を前に出した。

「バトルだ! ダイナモでクリムゾンロードを攻撃! ヒュペルメル・アステオースッ!!」

 恐竜の目が輝き、その巨躯が動く。
 ばちばちと雷が弾け、歩む度に大地が揺れる。
 火竜の元へと駆ける恐竜。だが――

「――罠発動」

 静かに、その言葉が響いた。

「グラヴィティ・バインド――超重力の網」

「!?」

 レウィシアが目を見開くのと同時に、 
 日華の場に伏せられていた1枚が表になる。
 そしてその瞬間――強烈な重力が覆いかぶさるように、場に降り注いだ。


グラヴィティ・バインド−超重力の網− 永続罠
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


 ダイナモが声をあげ、歩みを止める。
 「くっ」と悔しそうにそれを見るレウィシア。
 恨めしそうに、その紫色の鋭い瞳をむける。

「なるほど……戦闘破壊による共鳴を防ぎ、なおかつバーン能力を持つ
 クリムゾンロードドラゴンを守るための布陣って訳だね。
 まったく、ウザったいよ、君のその戦略は!」

 沈黙する日華。
 涼しげな表情で、ただ相手の動向をうかがっている。
 吐き捨てるように、レウィシアが続ける。

「残念だが、今の僕にそれを崩せるカードはない。……だが」

 にやりと、笑うレウィシア。
 日華も、相手の言いたい事は理解している。

 マトリックス・スイッチャーで除外されたレーザージャイロ・ドラゴン。

 あれがレウィシアの手に渡り、なおかつ儀式召喚されれば、
 レーザージャイロの破壊効果が発動する。
 つまり、この重力の網も長くは持たないであろう事は、日華も予想できた。

(問題は、どれくらいのターンで奴が儀式召喚をしてくるか、だが……)

 考える日華。
 その間にも、レウィシアは余裕そうな表情で決闘を続ける。

「カードを1枚伏せる。これで、ターンエンドさ!」

 裏側表示のカードが増える。
 伏せカードは今の1枚のみ。バーン対策か、それとも――
 日華が腕を伸ばす。

「俺のターン」

 カードを引く日華。
 一瞬、その瞳が引いたカードを見て揺れる。
 しばし考えた後――日華が腕を伸ばした。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動。
 墓地の炎帝テスタロスを除外し、バーンダメージだ」

 
クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


 真紅の竜が天に向かって吼え、
 その全身を灼熱の炎が逆巻いた。
 天空を切り裂くように広げられた翼。すっと、日華が腕を前に。

「――レクイエム・インフェルノ」

 巨大な火球が、放たれた。
 重力が支配するフィールドを駆け抜けていく炎。
 レウィシアがにやりと笑う。

 炎が炸裂し、閃光がレウィシアの身体を貫いた。

「かはっ……!!」

 乾いた声が、その口から漏れる。
 白いマントが揺れ、焼け焦げた匂いがあたりに漂った。


 レウィシア LP4000→1600


 慎重に、様子を見ている日華。
 ゆらゆらと、レウィシアが立ちあがる。
 その顔に浮かんでいるのは――不気味な笑顔。

「ふっ、ふふ、それで……終わりかい?」

 胸の辺りを押さえながら、尋ねるレウィシア。
 LPが半分以上削られたというのに、その表情に焦りはない。
 いやむしろ――勝利を確信しているようにさえ、思える。

「…………」

 無言で、考え込む日華。
 息苦しい沈黙が、両者の間に流れる。
 やがて――日華が目を閉じた。

「ターンエンド」

 伏せカードも出さず、ターンを終えた日華。
 それを見届けたレウィシアの瞳孔が大きく開かれる。
 狂気の笑い声をあげながら、

「僕のタァァァァン!!」

 レウィシアが叫んだ。
 時空が歪み、その手に1枚のカードが現れる。
 

マトリックス・スイッチャー 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。


 マトリックス・スイッチャーによって除外された1枚。
 それを掴み取り、腕を伸ばす。

「リバース罠発動! カウンター・リチュアル!!」

 レウィシアの場に伏せられていた1枚が表に。
 日華の表情が僅かに曇る。


カウンター・リチュアル カウンター罠
自分の墓地に存在する儀式魔法カード1枚をゲームから除外して発動できる。
このカードの効果は、この効果で除外した儀式魔法カードの効果と同じになる。


 墓地の儀式魔法へと効果を変えるカード。
 レウィシアの決闘盤が白い稲妻が描かれたカードを吐き出す。


ホワイト・ブレイクダウン 儀式魔法
「レーザージャイロ・ドラゴン」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が8以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを自分のデッキまたは墓地から手札に加える事ができる。


「場のダイナモ! そして手札のインピーダンスを生贄に!」

 カードを掲げるレウィシア。
 2枚のカードが閃光となり、その手から消えていく。
 代わりに渦巻く、強烈な威圧感。溢れ出る光。

 雷鳴が轟き――

「儀式召喚! レーザージャイロ・ドラゴーンッ!!」

 レウィシアがカードを叩きつけた。
 目の眩むような強烈な閃光。雷が降り注ぐ。
 光来するは、白き暴君竜。巨大な白い巨体を震わせ、

 天に向かって、吼えた。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000


 びりびりと空気が震える中、レウィシアが指を伸ばす。

「さぁ、君の記憶もここまでだ! 暴雷の使途の力、見せてあげるよ!」

 けらけらと笑い声をあげるレウィシア。
 日華はただ静かに、その場に佇んでいる。
 レウィシアが手を前に。

「レーザージャイロの効果発動! 儀式召喚に成功した時、
 場のカードを1枚破壊する! 僕が破壊するのは――」

 言葉を切り、チラリと日華の場のクリムゾンロードに視線を向けるレウィシア。
 日華の顔色をうかがうように、フフッと鼻で笑う。

「クリムゾンロードドラゴンと言いたい所だけど、
 そいつには対象になった時に墓地の炎属性を除外する事で発動する耐性効果があるからね。
 破壊するのは、グラヴィティ・バインドの方だ!!」

 レウィシアが言い切るのと同時に、白き竜が翼を広げた。
 全身からバチバチと弾けるような音が漏れる。
 天を覆う雲が不穏な音をたて、光った。

 鋭い落雷が降り注ぎ、日華のカードを貫く。
 
 カードが砕け、場を支配していた重力が消えた。
 鋭い牙をムキ出しにしながら、レーザージャイロがクリムゾンロードを睨む。
 レウィシアがにやにやとしながら言う。

「これで君の守りは消えた! クリムゾンロードの攻撃力はレーザージャイロと互角!
 だがレーザージャイロには墓地に送られた時、同族を呼ぶ効果がある!
 つまり、君はもう終わりなんだよ、紅い眼の決闘者!!」

 勝ち誇った様子のレウィシア。
 日華はまだ、何も言わずに沈黙している。
 その場には伏せカードもなく、攻撃を守る手段はない。
 
 胸の十字架に手を置くレウィシア。

「これでキングの邪魔者が1人消える。
 そうして僕は新たな未来の記憶を貰う。僕の約束された未来を!」

 恍惚とした表情のレウィシア。
 ゆらりと、その身体が揺れて顔を日華へと向ける。
 狂気に満ちた瞳を向け――

「だから……君はここで死んでよぉぉぉぉぉ!!」

 レウィシアが、叫んだ。

「レーザージャイロ・ドラゴンで、クリムゾンロードドラゴンを攻撃ッ!!
 アイデュオン・アステローガァァァァ!!」

 白き竜の全身が輝いた。
 全身から青白い電流が放たれ、フィールドを踊る。

 一瞬のタメの後――強烈な雷撃が放たれた。
  
 赤き竜へと迫る雷撃。
 フィールド全体が青白い雷光によって照らされる。
 
「これで……!」

 邪悪な笑みを浮かべているレウィシア。
 その目は既に勝利に酔いしれている。
 
「これで、僕は……!!」

 そこまでレウィシアが言ったその時。
  
 ヒュッ。

 風を切るような音が、その場に響いた。
 レウィシアの視線が下へ向けられる。
 フィールド中央、古代遺跡の石床に刺さった1枚のカード。

「手札の――」

 日華の声が、

「魔炎 クロニクル・フレイムの効果発動」

 静かに、響いた。


魔炎 クロニクル・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1900
自分フィールド上に存在する炎属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ
時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、相手フィールド上に存在する魔法・
罠カードを全て破壊する。この効果で破壊した魔法・罠カード一枚につき、相手に
300ポイントのダメージを与える。


 レウィシアが大きく目を見開いた。
 その顔から、表情が消えていく。
 淡々と話す日華。

「この効果で、お前の場の魔法・罠カードを破壊する」

 石床に刺さったカードが、燃え上がった。
 巨大な旋炎と化したカード。魔方陣の描かれた床に炎が広がり、
 古代遺跡の壁、そしてフィールド全体へと火が広がっていく。

「こ、これは……!!」

 動揺した様子のレウィシア。
 炎に包まれた古代遺跡。ボロボロと、外壁が崩れていく。
 レウィシアが、日華に向かって叫んだ。

「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 その瞬間。
 炎がうねるように動き、古代遺跡を飲み込んだ。
 激しい灼熱。焼け焦げる空気。そして――

 炎に包まれた古代遺跡が、脆くも崩れ去った。

 
 レウィシア LP1600→1300


 熱風がレウィシアを襲い、そのライフを僅かに削った。
 レウィシアの決闘盤が、カードを弾き出す。
 周りの景色が、元の深き森の中心へと戻っていく。

「クリムゾンロード!」

 鋭い声をあげる日華。
 赤き竜が翼を広げ、その口から巨大な炎を撃ち出す。
 雷撃と衝突する閃炎。凄まじい衝撃が発生し、そして――

 爆発のように、互いのエネルギーが2体の竜を共に打ち滅ぼした。

 粉々に砕け散る竜達。
 だが白き竜が散った場所に、白い球体が現れる。
 ゆらゆらと揺れながら、その場に浮いている球体。

 日華が鋭い目を向けながら、言う。

「レーザージャイロ・ドラゴンの効果は強制だ。
 墓地に送られた時、必ず効果を発動させなければならない」

 ばちばちと、球体の表面に電気が流れる。
 青白い電気が這うように、徐々に強くなっていく。
 それに伴い、巨大になっていく球体。そして――

 球体が割れ、光と共に白き竜が再び姿を現した。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 咆哮をあげるレーザージャイロ。
 呆然とした様子で、レウィシアは前を向いている。
 日華が続けた。

「そして……儀式召喚された事によって発動される効果もまた、強制だ」

 すっと、決闘盤を見せ付けるように構える日華。
 そこには、たったの1枚のカードもセットされていない。
 レウィシアの決闘盤にも、あるのはレーザージャイロ・ドラゴンのカード1枚だけ。

 雷の竜が翼を広げた。その頭上に光が集まっていく。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 目を閉じる日華。
 雷の竜が吼えるのと同時に、その全身が雷に貫かれる。
 光につつまれ、白き暴君竜の身体が砕け散った。

「そして、墓地に送られた事で再び効果が発動する……」

 ぼそりと、呟くように言うレウィシア。
 白い球体が現れ、またも電流を吸い取って成長する。
 再び降臨するレーザージャイロ。そしてまた、破壊効果が発動する。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 落雷が竜の身体を貫き、砕いた。
 デッキに入れられる同じカードは3枚まで。
 最後の1枚が砕けては、いくら強制効果でも発動できない。

 日華が、哀れむような目を向ける。

「自分の力をコントロールできずに自爆する……
 所詮は力に溺れる暴君という事だな。王には相応しくない」
 
 吐き捨てるように言う日華。
 しんと静まり返っているフィールド。
 そこには、1枚のカードも存在していなかった。 



 日華恭助 LP800
 手札:2枚
 場:なし


 レウィシア LP1300
 手札:2枚
 場:なし



「バカな……」

 ぽつりと呟くレウィシア。
 今起こった事が信じられないようで、愕然としている。
 
「僕は……勝つはずなのに……勝って、未来の記憶を……」

 ぶつぶつと言っているレウィシア。
 日華が鋭い視線を向けながら、話す。

「……哀れな奴」

「……なに?」

 思わず、反応するレウィシア。
 睨み付けるように日華の方を見る。
 ゆっくりと、尋ねる日華。

「お前、まだ自分が『普通の人間』だと信じているのか?」

「……何を馬鹿な事を。僕はただの人間さ。
 ちょっと、未来の記憶がないだけ。だがそれもキングから――」

「ならば、お前は今までどうやって生きてきた?
 どこで生まれ、どこで過ごし、どこで育ったのか自分で分かるのか?」

「そんなの――」

 答えようとしたレウィシアの言葉が、途切れた。
 目を見開き、呆然と自分の両手を見る。
 まるでそこに答えが書いてあるかのように。
 だが、言葉は出ない。

「僕は、僕は……」

 うわごとのように呟くレウィシア。
 それを無視するように、日華が続ける。

「お前はキングに造られた人間――クローン人間だ」

 レウィシアを見つめながら言う日華。
 薄紫色の瞳が、揺れる。

「キングはある人間のコピーを作ろうとしている。
 その試作品がお前だ。試験管と培養液、そしてその十字架の
 闇の力によって造られた存在。お前は人じゃない」

「違う! 僕は!」

 声を荒げるレウィシア。
 その脳裏に、記憶がフラッシュバックする。

 薄暗い実験室。

 巨大なガラスのカプセルの中。緑色の液体。
 全身を覆う液体からは、不思議と冷たさは感じない。
 ガラス越し、白衣の女性が書類を読み上げている。

「……身体の構造に問題はない。
 次に必要な段階は、脳と記憶の再現……」

 言葉が消えるように、記憶が途切れた。 
 どのくらいの時間が経ったのか。
 白衣の女性が、コンピューターの画面を覗きながら呟く。

「……脳の機能には問題ない。
 だが記憶と感情の再現に問題がある。
 まだ、データが足りない……」

 記憶が途切れる。

 目の前のガラスの向こうに現れる、白衣の女性。
 心なしか、憔悴しているように見える。

「……人間の感情は、しょせん脳に流れる電気信号。
 記憶を与え、感情を再現すれば、理論上は同じ人間になるはず……。
 だけど、まだ近づかない。このままだと……私は……」

 記憶が途切れる。

 闇の中、レウィシアは静かに佇んでいた。
 目の前には白衣の女性――キングが立っている。
 レウィシアの頬をなでるキング。

「お前の役目は、私に近づく者を始末すること。
 そのためなら、どんな手段を使おうが構わない。
 お前は私を護る騎士だ。頼んだぞ、レウィシア……」

 その言葉に、レウィシアは頷いた。
 冷たく、濁ったような瞳を向けているキング。
 まるで自分への興味を失ったかのように、静かに……。

 記憶が途切れる。

「僕は……」

 頭を抱えるレウィシア。
 ぶるぶると、その全身が震えている。

「違う……僕は……」

 呟くレウィシア。
 日華が僅かに憐れむような視線を向ける。
 静まり返った森の奥。風が吹いて――

「ふ、フフフフ……!」

 不意に、笑い声が響いた。

 目を見開く日華。
 頭を抱えていたレウィシアが、顔をあげる。
 そこに浮かんでいるのは、狂気の笑み。

「アッハハハハハハ!!」
 
 高らかに、レウィシアが笑い声をあげた。
 まるで機械のような、感情のない声。
 抑揚のない笑い声をあげながら、レウィシアが腕を動かす。

「……知ってたよ」

「……なに?」

 尋ねる日華。
 レウィシアが叫ぶ。

「自分が普通の人間じゃない事なんて、僕はとうに知ってたさぁぁぁぁ!
 だけど、それがどうした!! 僕の心にはキングしかない!!
 過去の記憶にも、未来にも!! 僕にはキングしか残っていないんだ!!」

 どこか悲痛そうな笑みを浮かべるレウィシア。
 その顔から徐々に狂気の色が消え、感情がなくなっていく。
 真っ白な、死人のような顔で――

「だからさ――君は、死んでよ」

 レウィシアが、ゆっくりとそう言った。
 ゆらりと、決闘盤を構えるレウィシア。
 日華がチッと舌を鳴らす。

「バカな奴……!」

 決闘盤を構えなおす日華。
 静かに、風が2人の間を通り抜けていく。



 日華恭助 LP800
 手札:2枚
 場:なし


 レウィシア LP1300
 手札:2枚
 場:なし



「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 手札に残っていた2枚の内、1枚を出すレウィシア。
 先ほどまでとは打って変わって、その口調に感情はこもっていない。
 淡々とした様子で、決闘を進めている。

「俺のターン!」

 日華がカードを引く。
 そして迷う事無く、1枚を決闘盤に。

「炎帝近衛兵を召喚!」

 真っ赤な炎と共に、やや小柄の赤い竜が姿を見せた。
 鱗の生えた長い尻尾を唸らせ、竜が吼える。


炎帝近衛兵
星4/炎属性/炎族/ATK1700/DEF1200
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を
選択して発動する。選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキから
カードを2枚ドローする。


「炎帝近衛兵の効果で、墓地の炎族を4枚をデッキに戻し2枚ドロー!」

 炎帝近衛兵の身体が赤く輝く。
 日華の決闘盤が、墓地からカードを吐き出した。


炎帝テスタロス
星6/炎属性/炎族/ATK2400/DEF1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、相手ライフにそのモンスターの
レベル×100ポイントダメージを与える。


爆炎集合体 ガイヤ・ソウル
星4/炎属性/炎族/ATK2000/DEF0
自分フィールド上の炎族モンスターを2体まで生け贄に捧げる事ができる。
この効果で生け贄を捧げた場合、このモンスターの攻撃力は生け贄の数×1000ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


灼熱ゾンビ
星4/炎属性/炎族/ATK1600/DEF400
このカードが墓地から特殊召喚した時、
このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。


魔炎 クロニクル・フレイム
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1900
自分フィールド上に存在する炎属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ
時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、相手フィールド上に存在する魔法・
罠カードを全て破壊する。この効果で破壊した魔法・罠カード一枚につき、相手に
300ポイントのダメージを与える。


 四つの炎が墓地から飛び出し、デッキに戻る。
 シャッフル処理の後、カードを2枚引く日華。これで手札は4枚。
 
「バトルだ!」

 鋭く、日華が言う。
 レウィシアを指差す日華。

「炎帝近衛兵で、ダイレクトアタック!」

 赤き竜が尻尾をうねらせながら、レウィシアへと迫る。
 レウィシアの場には伏せカードが1枚のみ。
 もしこの攻撃が通れば日華の勝ちだが――

「――罠発動、原祖の呼び声」

 静かに、レウィシアがそう宣言した。
 伏せられていた1枚が、表になる。


原祖の呼び声 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
デッキから「原祖の支配者」1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚された「原祖の支配者」は
エンドフェイズまで戦闘では破壊されない。


「なに……?」

 呟く日華。
 カードが輝き、そこから魔術師のようなモンスターが飛び出した。
 杖を携え、膝を突いた格好で、顔をあげている。


原祖の支配者
星4/光属性/魔法使い族・チューナー/ATK1500/DEF1500
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚されたとき属性を1つ選ぶ。
このカードの属性は選択された属性となる。


 原祖の支配者 DEF1500


 赤き竜が魔術師に激突する。
 衝撃が起こり、びりびりと空気が震える。
 だが原祖の呼び声の効果で、魔術師は戦闘破壊されない。

「チッ……!」

 顔をしかめる日華。
 レウィシアが淡々と、決闘盤を構えながら言う。

「原祖の支配者は、場に出た時指定した属性へと変化する。
 僕が宣言するのは光属性だ」

 魔術師の持つ杖の先端が、光輝に変化する。
 原祖の支配者は、チェスの四騎士が共通して使用する
 唯一のモンスターにしてチューナーモンスターだ。

 だとすれば、次のターンに現れるのは――。
 
「…………」

 無言で、自分の手札を眺める日華。
 ゆっくりと、慎重に、カードを選ぶ。

「……2枚伏せ、ターンエンド」

 裏側表示のカードが2枚浮かび上がる。
 流れはほんの僅かに、日華に傾いているように思われた。
 少なくとも、このターンまでは。

 だが――

「僕の……」

 レウィシアが指を伸ばす。
 死人のような目。虚空の瞳。
 ゆっくりと、カードを場に出す。

「僕はエントロピーを召喚」

 抑揚のない静かな声。
 弾ける雷と共に、球体のような形の、
 青白い電気そのものの塊が場に現れた。
 

 エントロピー ATK0


「エントロピーの効果で、僕はカードを1枚ドロー」

 淡々と続けるレウィシア。
 球体の表面を電流が流れ、辺りへと拡散していく。


エントロピー
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK0/DEF0
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在する雷族モンスターの数だけカードを引く。


「レベル4……」

 苦い表情を浮かべる日華。
 場には既にチューナーの原祖の支配者が存在している。
 つまり、条件は揃ったのだ。

 空気が震える中、腕を前に出すレウィシア。

「レベル4のエントロピーに、レベル4の原祖の支配者をチューニング」

 杖を持った魔術師の身体が砕け、四つの輪へ。
 空中を飛び交い、電気の球体を取り囲む。
 線だけの存在へと変化していくエントロピー。

「天来の稲妻が降り注ぎ、混沌生み出す門となる。狭間の力が今ここに」

 感情ない声が響く。
 球体の身体が砕け、四つの光へ。
 夜の闇が、まるで生き物のようにうねり、ざわめいた。そして――

 
 光が、走った。


「シンクロ召喚――旧神−ナ・アラト・テュプス」

 ぐにゃりと、空間が歪む違和感が走った。
 空間がゆっくりとねじれていき、周りの景色が、まるで異次元に繋がる道のように変化する。
 足元に空が広がり、頭上には大地が。奥にはどこまでも続く永劫の闇。

 そしてその深遠に潜む――1本の、棘。

 奇妙な雰囲気。強烈な違和感。
 それらを醸し出すそれは、たった一つの眼でじっとこちらを見返している。
 心臓の鼓動が、棘から伝わり空気を揺らしていた。


 旧神−ナ・アラト・テュプス DEF0


「ついに出たか……」

 油断ない表情で、そう呟く日華。 
 その頬を一筋の冷たい汗が流れていく。
 すっと、レウィシアが腕を伸ばし、感情のない声で言う。

「ナ・アラト・テュプスの効果発動」

 闇が揺れ、棘の中心に浮かぶ1つ目が輝く。

「シンクロ召喚に成功した時、墓地の光属性のモンスターを全てゲームから除外する」

 瞳から怪しい輝きが放たれる。
 レウィシアの墓地が輝き、光が闇へと次々に飲み込まれていく。
 その度に棘から放たれる鼓動が強く、大きく闇に響いた。

「この効果で除外したモンスターの数だけ、
 ナ・アラト・テュプスには混沌カウンターが乗る」

 深い闇が、棘を取り囲むように漂った。
 そして亡者のうめき声のような声と共に、8つの光が棘の周りを浮遊する。
 その光は、除外されたモンスターの数と同じだ。

(あれは、いったい……?)

 相手の動向をうかがっている日華。
 墓地のモンスターをゲームから除外し、自身にカウンターを置く能力。
 間違いなく、何かある。それもとてつもなく恐ろしい何かが。

「旧神−ナ・アラト・テュプスの――」

 生気のない白い表情で――

「効果、発動」

 レウィシアが、そう宣言した。
 ねじれた次元の奥、棘から凄まじい闇が溢れる。
 
「混沌カウンターを1つ取り除く毎に、次元の狭間よりモンスターを特殊召喚する」

「!?」

 棘の周りを浮遊していた8つの光の内3つが、闇へと消えた。
 それにともない、1つ目の眼が見開かれる。


旧神‐ナ・アラト・テュプス
星8/光属性/雷族・シンクロ/ATK0/DEF0
光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功したとき、
互いの墓地に存在する光属性モンスターをすべてゲームから除外する。
この効果で除外したモンスターの数だけこのカードに混沌カウンターを置く。
このカードに乗っている混沌カウンターを1つ取り除くことで、
ゲームから除外されている自分のモンスターを召喚条件を無視して
自分フィールド上に特殊召喚する。このカードは戦闘では破壊されない。


「これは……!」

 驚く日華。
 それと同時に次元が歪み、闇が這うように吹き出る。
 そして闇の奥より――稲妻の音が轟く。

 レウィシアが、天に向かって腕を伸ばした。

「次元の狭間より現れよ――レーザージャイロ・ドラゴン!!」

 闇を引き裂くように閃光が走り、
 3体の白き暴雷の竜が闇の果てより飛来した。
 稲妻を纏う白き姿。天を仰ぎ、大きく咆哮をあげる。


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000

 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000

 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000


「ぐっ……!」
 
 息をつまらせる日華。
 さすがの日華の顔にも、動揺が浮かんでいる。
 圧倒的な威圧感が場を支配する中――

「レーザージャイロ・ドラゴンの攻撃――」

 無感情のレウィシアの瞳が、日華に向けられた。

「アイデュオン・アステローガ」

 白き暴雷竜の全身を電流が走る。
 ばちばちと弾ける音。青白く輝く竜の身体。
 無造作に口を開き――そこより殲滅の雷撃が、放たれた。

 雷撃が、赤き小竜へと迫る。

「チッ」

 舌を鳴らす日華。
 腕を伸ばし、叫ぶ。

「罠発動、ゼロライフ! 炎帝近衛兵の守備力を0にし、その数値分ライフを回復する!」


ゼロライフ 通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを
回復する。その後、選択された方の数値を0にする。


 伏せられていた2枚の内の1枚が表に。
 カードが輝き、炎帝近衛兵の身体から光が抜けていく。
 キラキラとした光が、日華の頭上から降り注いだ。


 紅い眼 LP800→2000

 炎帝近衛兵 DEF1200→0


 だがこの効果を攻撃そのものを防ぐ物ではない。
 雷撃が凄まじい勢いで迫り、炎帝近衛兵の身体を貫いた。
 そしてその衝撃が、日華の身体を襲う。

「ッ……!!」


 紅い眼 LP2000→700


 痛みをかみ殺す日華。
 だが闇の道具によって増幅された痛みは、確実に身体を蝕んでいる。
 息を切らしながら、顔をあげる日華に向かって――

「アイデュオン・アステローガ」

 無慈悲な言葉が、放たれた。
 次元の狭間より召喚された白き暴雷竜は3体。
 2回目の雷撃が、日華に向かって放たれた。

 閃光が走り、辺りの景色が真っ白になる。

(こんな所で――)

 日華の脳裏に、一瞬だが昔の記憶が蘇る。
 幼き自分と、それを見下ろすようにして立つ両親の姿。
 キッと、日華の目が鋭くなる。

「こんな所で、負ける訳にはいかないんだよッ!!」

 いつになく荒々しい口調で、日華が叫んだ。
 そして手札の1枚を、表にする。

「手札のフレイム・イーターの効果を発動!」

 手札を見せる日華。
 レウィシアの瞳が、僅かに揺れる。
 
「直接攻撃時、このカードを相手に見せる事でバトルフェイズを終了させる!」


フレイム・イーター
星1/炎属性/炎族/ATK0/DEF0
相手モンスターの直接攻撃宣言時、
手札にあるこのカードを相手に見せて発動する。
このターンのバトルフェイズを終了する。
「フレイム・イーター」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


 地面に炎が走り、魔方陣を描いた。
 魔方陣から赤い光が放たれ、空間が歪む。
 まるで時間が飛んだかのように、雷撃は消え竜達は静かに佇んでいた。

「うざいやつ……」

 僅かにイラついた様子で、呟くレウィシア。
 だがその感情もすぐに、闇に溶けるようにして消える。

「1枚伏せて、ターンエンド」

 静かに、レウィシアはそう宣言した。
 無表情を浮かべ、何の感情も浮かんでいない瞳を日華へと向けている。
 闇の奥に潜む棘の鼓動が、一際大きく場に響いていた。



 日華恭助 LP700
 手札:2枚(1枚はフレイム・イーター)
 場:伏せカード1枚


 レウィシア LP1300
 手札:1枚
 場:旧神−ナ・アラト・テュプス(DEF0)
   レーザージャイロ・ドラゴン(ATK3000)
   レーザージャイロ・ドラゴン(ATK3000)
   レーザージャイロ・ドラゴン(ATK3000)
   伏せカード1枚



「俺のターン!」

 鋭く言い、カードを引く日華。
 場の状況は最悪。相手の場には旧神が陣取り、
 さらに旧神を倒さなければ延々と相手の場にモンスターが現れる。

 そして切り札のクリムゾンロードドラゴンは――既に墓地にある。

「未来は変わらない。定めは、運命は、僕の手に……」

 すわった目で、小さく呟いているレウィシア。
 その言葉を聞いた日華の表情が、苦々しそうに歪む。
 
「くだらない事を、ぐちぐちと……!」

 怒りに燃える様子の日華。
 叩きつけるように、カードを決闘盤に出した。

「魔法発動、儀式の準備!」

 場にカードが浮かび、輝く。


儀式の準備 通常魔法
デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。
その後、自分の墓地の儀式魔法カード1枚を選んで手札に加える事ができる。
 

 目を細めるレウィシア。

「君の切り札のクリムゾンロードドラゴンのレベルは8。
 儀式の準備で手札に加えることはできない。そもそも、あれはもう墓地だ」

 淡々とした口調のレウィシア。
 日華がデッキを扇状に広げながら、言う。

「誰がクリムゾンロードドラゴンを手札に加えると言った!」

 そして日華が、デッキから1枚のカードを抜き取った。
 描かれているのは、炎の翼を持った可愛らしい妖精の姿。
 さらに日華の決闘盤が、カードを吐き出す。

「儀式の準備の効果で、墓地の烈火乱舞を! 
 デッキのクリムゾンロードピクシーを手札に加える!」

 2枚のカードをレウィシアへと見せる日華。
 レウィシアは何の興味もなさそうに、それを眺めている。
 デッキを戻し、日華がそのままカードを出した。

「儀式魔法、烈火乱舞!」


烈火乱舞 儀式魔法
炎属性の儀式モンスターの降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚する炎属性モンスターと
同じレベルになるように生け贄を捧げなければならない。 


 場にカードが浮かび、赤き炎が吹き出る。
 
「手札のフレイム・イーターを生贄に!」

 先ほど使用したカードを見せる日華。
 カードが光となって、その手から消えていく。
 炎が渦巻き、はじけた。

「儀式召喚! クリムゾンロードピクシー!」

 炎の中より、美しい姿の妖精が姿を見せる。
 炎の翼に、華奢な身体。赤い色の目に、口元に浮かぶ微笑。
 その赤くて長い髪が、ふわりと揺れる。

 余裕そうに、妖精が投げキッスをした。


 クリムゾンロードピクシー DEF0


「そんな奴を召喚して、何になる」

 冷たい口調のレウィシア。
 だが日華は構わず、続ける。

「クリムゾンロードピクシーが儀式召喚に成功した時、
 デッキからカードを2枚ドローする!」

 妖精の身体が輝く。
 

クリムゾンロードピクシー
星1/炎属性/炎族・儀式/ATK0/DEF0
「ブラックサバト」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
自分フィールド上にこのカード以外の炎属性モンスターが
存在する場合、このカードを攻撃する事はできない。
炎属性の儀式モンスターを特殊召喚する場合、
このカード1枚で儀式召喚のための生け贄として使用する事ができる。


 カードを2枚引く日華。
 一瞬、カードを見るその目が揺れた。
 3枚になった手札から、カードを選ぶ。

「さらに1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 カードを伏せる日華。
 これで日華の場の伏せカードは全部で2枚。
 モンスターは守備表示のクリムゾンロードピクシーのみ。

「僕のターン」

 静かにカードを引くレウィシア。
 日華の場の妖精に一瞥を向けると、静かに言う。

「そんな雑魚が増えた所で、旧神には敵わない。
 未来は変わらないし、運命も変わらない」

「そんなに言うなら、試してみろ」

 紅い眼らしい、静かな口調で言い放つ日華。
 レウィシアは言われるまでもないといった風に、腕を伸ばす。

「レーザージャイロ」

 静かな呼びかけ。
 それに応えるようにして、激しい雷鳴が轟いた。
 電流が走り、光が収束していく。

 闇が鼓動し――

「アイデュオン・アステローガ」

 閃光の雷撃が、放たれた。

 妖精へと迫りくる雷撃の嵐。
 雷が真っ白な悪魔へと変貌し、突き進む。
 終わりを告げる雷鳴。そして――

「罠発動!」

 日華の声が、高らかに響いた。

「――リビングデッドの呼び声!」


リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 一瞬、目を見開くレウィシア。
 カードが輝き、墓地からモンスターが飛び出す。
 灼熱の炎と共に現れたのは――


プロミネンス・ドラゴン
星4/炎属性/炎族/ATK1500/DEF1000
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、
このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、
このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 プロミネンス・ドラゴン ATK1500


 雷撃が、まるで行き場を失ったかのように弱まり消える。
 しんと静まり返るフィールド。白き竜が忌々しそうに喉を鳴らした。
 レウィシアが、目を細める。

「その布陣……プロミネンスロックか」

 風が吹いて、2人の髪が揺れた。
 プロミネンス・ドラゴンは場に別の炎族がいる限り、攻撃対象にならない。
 そしてクリムゾンロードピクシーもまた、場に炎属性がいれば攻撃対象にならない。
 2体が並ぶことにより、互いが互いを護る布陣が完成したのだ。

「……ターンエンド」

 無表情に、ターンを終えるレウィシア。
 その手には2枚のカードが存在しているが、見向きもしない。
 まるで何か別のカードを待っているかのように……。

「俺のターン!」

 日華がカードを引く。
 スタンバイフェイズになり、プロミネンス・ドラゴンの効果が発動した。
 灼熱の火炎弾が吐き出され、レウィシアに直撃する。


 レウィシア LP1300→800


 攻撃が当たっても、何のリアクションも見せないレウィシア。
 腕をだらんと伸ばし、抵抗する素振りさえ現さない。
 だが日華は油断した様子を一切見せずに手札を見つめる。

(奴のライフは残り800。そしてこの手札――)

 自分の手札を眺める日華。
 だが、奴の場に存在する伏せカード。
 あれを考えると、僅かに1枚カードが足りない。
 
「……1枚伏せて、ターンエンドだ」

 1枚のカードを伏せ、ターンを終わらせる日華。
 深い闇の中、息の詰まるような硬直状態が続く。
 互いに手札は十分。残るはキーカードを、未来をどちらが掴むか。

 腕を伸ばすレウィシア。

「僕の」

 ゆっくりと、指がカードをはさむ。
 闇の棘の鼓動が、デッキを少し揺らした。
 
「……ターン!」

 僅かに力を込めて、カードを引くレウィシア。
 ゆっくりと、引いたカードを表にする。
 そこにあったのは――
 

アザトスの混沌 通常魔法
自分の場に「旧神」と名のつくモンスターがいる時、
手札を1枚捨てて発動できる。フィールド上の
「旧神」以外のモンスターを全てゲームから除外する。


 レウィシアの顔が僅かに歪んだ。
 まるで楽しんでいるような、苦しんでいるような。
 狂気の色が、死人のような顔に少しだけ浮かぶ。

 引いたカードを、迷わず決闘盤へ。

「魔法発動! アザトスの混沌!」

 場にカードが浮かび、そこから凄まじい闇が溢れた。
 異次元と化したフィールドがさらに捻じ曲がり、
 ぐにゃぐにゃと辺りの景色をいびつに歪めていく。

「手札のストレージを捨て、場の旧神以外のモンスターを全て除外する!」

「!!」


アザトスの混沌 通常魔法
自分の場に「旧神」と名のつくモンスターがいる時、
手札を1枚捨てて発動できる。フィールド上の
「旧神」以外のモンスターを全てゲームから除外する。


ストレージ
星4/光属性/雷族・共鳴/ATK1800/DEF1200
自分のモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、
このカードを手札から特殊召喚できる。このカードが戦闘で相手モンスターを
破壊した時、自分の墓地に存在するモンスターを1枚まで選択して手札に加える。


 闇が静かに、フィールド全体へと這い寄った。
 壊れていく世界。時間さえも逆流するような違和感。
 白き竜の身体から鱗がはがれ、全身がボロボロと崩れ、死んでいく。
 続けて日華の場の灼熱の竜がのたうちながら、消えていく。
 可愛らしい炎の妖精もまた、光となって場から消えた。


 場に残ったのは、闇そのものである旧神だけ。
 

 静かに存在している旧神。
 その眼が、じっと日華の事を見つめている。
 腕を伸ばすレウィシア。

「旧神−ナ・アラト・テュプスの効果発動」

 どくんと、闇の棘の鼓動が響いた。
 その周りに浮かぶ光が、3つ消えていく。
 空間が歪み、別の世界の空が足元に映し出された。

 そして異次元より鳴り響く、稲妻の音。

「帰還せよ、レーザージャイロ・ドラゴン!」

 雷鳴と共に、再び白き竜達が姿を現した。
 

レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


レーザージャイロ・ドラゴン
星8/光属性/雷族・儀式/ATK3000/DEF2500
「ホワイト・ブレイクダウン」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「レーザージャイロ・ドラゴン」を1体選択し特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000

 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000

 レーザージャイロ・ドラゴン ATK3000


 再び、暴雷竜達の威圧感がフィールドを支配する。
 日華の場にモンスターはなく、伏せカードが1枚あるのみ。
 レウィシアが手を前へ。

「僕の未来のために――消えろ」

 静かな殺意。
 白き竜達の身体に電流が走る。
 閃光によって照らされる異次元のフィールド。
 
 闇が胎動し、そして――

「アイデュオン・アステローガァァァ!!」

 これが最後である事を示すかのように、
 レウィシアが大きく叫んだ。
 白き竜の口より、収束した雷が撃ち出される。

 異次元をかける白き閃光の雷。

 破滅をもたらす終わりの光が、日華へと迫る。
 ゆらりと、ふらつくような動作を見せる日華。
 すっと、その目を閉じる。

 雷撃が、日華の身体を飲み込んだ。

 凄まじい衝撃と閃光が、異次元内に巻き起こる。
 爆風と、振動。強烈な閃光が闇を照らす。
 だがそれも捻じ曲がった世界ゆえ、デタラメな方向へと進み消えていった。
 徐々に、衝撃と光が世界から消えていく。

 そして這い寄るは、永劫の闇。

「ふ、フフフ……」

 闇の中に、

「アッハハハハハ!!」

 レウィシアの笑い声が響いた。
 両手を広げ、天を仰いでいるレウィシア。
 白いマントが、ばさばさと揺れている。

「これで、未来は僕の手の中に!
 やはり僕はキングを護る騎士だった!
 未来も、使命も、やっぱり間違っていなかったんだ!!」

 狂ったように、叫び散らすレウィシア。
 狂気の笑い声が、闇が渦巻く空間内に響いて溶けていく。
 げらげらと高笑いを続けるレウィシアの視界の端に――

 ひらり。

 炎の翼を持つ妖精の姿が、横切った。
 ピタリと、笑い声を止めるレウィシア。
 かわりにクスクスという、悪戯っ子のような笑い声がどこからか響く。

「今のは……」

 呆然とするレウィシア。
 そしてガバッと、自分の目の前を見る。
 雷撃が直撃した場所、そこに――

「ようやく、目が覚めたか?」

 腕を組んだ格好の日華が、佇んでいた。
 その腕に表示されている決闘盤の数値は700。0ではない。
 レウィシアの表情から、色が消える。

「そ、そん、な……どう、して……」

 呟くレウィシア。
 だがハッと、日華の周りを取り囲むように刺さった、
 数本の炎の剣の存在に気が付いた。

 ゆっくりと、日華が言う。

「罠発動、灼熱の護封剣」

 日華の場に伏せられていた最後の1枚が、表になっている。
 描かれているのは、天空より飛来する3本の炎の剣。

「このカードの効果で、攻撃を無効にし、
 お前の攻撃宣言を3ターンの間封じる事ができる」


灼熱の護封剣 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする。
このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上のモンスターは攻撃宣言できない。


 レウィシアの表情が凍りついた。
 ぶるぶると、その身体が震える。

「ま、まただ……僕は勝つはずだったのに……
 未来は……定めは……決められているはずなのに……どうして……」

「……そんなに、決められた未来は素晴らしいか?」

 唐突に質問する日華。
 レウィシアが顔をあげる。
 吐き捨てるように、日華が続ける。

「決められた未来なんて、定められた運命なんて、ロクな物じゃない。
 未来は自分で決め、掴むものだ。他人が決めるものじゃない」

「黙れ黙れ黙れ!! お前に何が分かる!!」

 怒りに任せた様子のレウィシア。
 だが日華はあくまでも冷静な態度で、話す。

「分かるさ」

 視線をそらす日華。

「俺――いや、僕も、そういう定められた未来ってのを持っていたからね」

 日華の脳裏に、過去の記憶が蘇る。
 河原で、神崎内斗に正体を突き止められたときの会話。
 なぜ紅い眼になったのか、という質問に対しての答え。

『まったく、嫌になるよ……』

 夕焼けの空。
 目の前の河を眺めながら、日華が言う。

『財閥の跡取り息子っていうのもさ。
 冗談抜きで、僕の意志なんてものはない。
 両親からすれば、僕は財閥のための道具みたいなものさ』

『……そんなものなのか?』

 尋ねる神崎。
 日華がはっはっは、笑う。

『まぁ、分からないのも理解できるさ。
 でも本当さ。生まれたときから両親は僕の未来について考え、
 そして僕がすべき事を設定したのさ。まるで預言者みたいに、ね』

『…………』

『最初の内はまぁ、悪くはなかった。
 というより、これが普通なんだと思ってたからね。
 だけど成長するにつれて、徐々に僕は自分の意志による
 選択の余地が何もない事に気が付いた……』

 言葉を切る日華。
 ばしゃばしゃと、河が流れる音が静かに響く。
 カラスが声をあげながら、空を飛んでいった。

『明日着る服、明日食べる料理、明日学ぶ学問。
 全てが管理され、設定されていた。
 そしてそれは僕が生まれてから死ぬまで、
 ずっと隙間なく続いているのさ。さっき言った予言みたいにね』

『…………』

『僕には決められた未来しかなかった。
 ただひたすら両親の決めた道に沿って歩くだけの人生。
 ここだけの話しだけどね、婚約者まで決まってるんだよ』

『……え?』

 驚いた表情で、日華の顔を見る神崎。
 河を眺めた格好のまま、続ける日華。

『京都の某財閥のお嬢様。僕と年恰好が同じ子がいてね、
 両親同士話し合ってちゃちゃっと縁談をまとめちゃったんだよ。
 ちなみに、当時の僕とそのお嬢様は6歳だった』

『それは……なんつーか……すごいな……』

 自分とは違う世界の話しを聞き、
 どう反応していいか分からない様子の神崎。
 日華が手をヒラヒラとさせる。

『もっとも、破談は確定だけどね』

『は?』

『言っただろ。僕は自分の未来を壊したいって。
 僕はもううんざりなんだよ。両親に決められた未来を歩むのは。
 それは僕の人生じゃない。僕は、僕のために生きる。
 そのための第一歩が紅い眼の決闘者であり、DC研究会なのさ』

『……お前、まさか……』

 何かに勘付いた様子の神崎。
 日華がにっこりと笑う。

『そういう事。両親は今時レアな昔かたぎの性格だからね。
 僕が夜な夜な屋敷を抜け出して不良退治してるなんて聞いたら、
 それはまぁ偉いことになるだろう。最悪、勘当もありえるね。
 当然、婚約者とかそういう一切合財もおじゃんになるだろう。
 少なくとも両親の描いた僕の未来が崩壊するのは間違いない――
 というか、もう崩壊してるしね』

『…………』

 黙っている神崎。
 日華が続ける。

『部活を勝手に始めたって聞いた時も、大層お冠だったからね。
 両親は僕が決められた道筋を歩まないと、気に食わないらしい。
 だからこそ、僕にはこれが――』

 カラーコンタクトの入った、
 コンタクトレンズケースを見せる日華。

『紅い眼の決闘者が必要なのさ。自分の未来を徹底的に潰すために、ね』

『…………』
 
 沈黙が流れる。
 夕焼けは沈みかけ、辺りに涼しい風が吹いた。
 空の果ては暗みがかっており、夜の闇が迫りかけている。

『……つまり』

 長い沈黙の後、

『紅い眼の決闘者の正体は、金持ち坊ちゃまの反抗期ってことか』

 神崎が、そう結論づけた。
 日華の表情が渋くなる。

『ち、ちょっと! その言い方はないんじゃない!?』

 憤慨した様子の日華。
 だが神崎は暗い表情のまま、ため息をつく。

『どんな高尚な目的があるのかと思えば……
 ただ両親に反抗したいだけのボンボンだったなんて……
 こんな奴のために、俺は、俺は……』

 がっくしと肩を落とし、顔を抑えている神崎。
 日華が口をとがらせ、いかにも不機嫌そうに言う。

『せっかく人が話してあげたのに……
 質問しておきながらまったく失礼な奴め……。
 やっぱり一般庶民には、僕の悩みは分からないのか……』

『……悪かったよ』

 ぶつぶつ言う日華に対して、軽く謝る神崎。
 頭の後ろで腕を組みながら、続ける。

『それに、考えようによっては人間らしい理由だしな。
 得体の知れない怪物としての紅い眼よりかは、イメージ良いぜ』

『……イメージ良くなると、それはそれで困るんだけどね』

 苦笑する日華。
 神崎がそれに合わせて、ほんの少しだけ笑う。
 河原に、2人の笑い声が響いた。

『いずれにせよ……』

 微笑んだまま、目だけを鋭くさせる日華。
 真っ直ぐに、その目は前に向けられている。

『僕は絶対に自分の未来を変えてみせる。
 例え何が起ころうとも、僕自身のために、絶対にね……』

 風が吹いて、2人の髪の毛が揺れる。
 夕焼けが地平線の彼方に沈み、そして――

 闇に包まれた現実が、目の前に広がった。

「俺は自分の未来をブッ壊すために、生きている」

 鋭い視線をレウィシアへと向ける日華。
 その瞳は、赤く輝いている。

「決められた未来なんてくだらない。
 お前がそれにすがるのは勝手だが、俺の邪魔はするな」

 淡々と、冷たい口調で話す日華。
 レウィシアが両手を振り上げる。

「ごちゃごちゃと、訳の分からない事を!
 そんなに壊したいなら、僕が消してあげるよ! 君の未来をね!」

 腕をなぐように動かしながら、エンド宣言するレウィシア。
 その瞬間、闇が支配する異次元空間にくすくすという笑い声が響いた。
 レウィシアの顔が歪む。

「なんだ……?」
 
 辺りを見回すレウィシア。
 そして日華の場にあるカードを見て、気付く。
 
『……1枚伏せて、ターンエンドだ』
 
 前のターン、日華はカードを1枚伏せていた。
 つまり、伏せカードは全部で2枚存在していたはずなのだ。
 なのに、今の日華の場には灼熱の護封剣の1枚しか残っていない。

「ま、さ、か……」

 言葉を詰まらせるレウィシア。
 その視界の端に、またも炎の翼を持つ妖精の姿が映った。
 闇に響く、くすくすという笑い声。そして――

「エンドフェイズ時――」

 目を伏せがちに、口を開く日華。

「ディメンション・サインの効果で除外された、
 クリムゾンロードピクシーが帰還する」

 空間が歪み、赤き妖精が再び姿を現した。
 くすくすと笑いながら、飛び交う妖精。
 呆然としているレウィシアに向かって、投げキッスする。


ディメンション・サイン 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターをゲームから除外する。このターンのエンドフェイズ時、
除外したモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。


クリムゾンロードピクシー
星1/炎属性/炎族・儀式/ATK0/DEF0
「ブラックサバト」により降臨。
このカードが儀式召喚に成功した時、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
自分フィールド上にこのカード以外の炎属性モンスターが
存在する場合、このカードを攻撃する事はできない。
炎属性の儀式モンスターを特殊召喚する場合、
このカード1枚で儀式召喚のための生け贄として使用する事ができる。


「あの時……僕がアザトスの混沌を発動した時に、お前は……」

 わなわなと震える指を伸ばしているレウィシア。
 日華が、頷く。微笑む妖精。
 
「そうだ。俺はディメンション・サインを発動し、ピクシーを除外していた。
 もっとも、お前はアザトスの混沌で除外されたと勘違いしていたようだがな」

 息をつまらせ「ぐっ」と声をあげるレウィシア。
 だがまだレウィシアの場には旧神とレーザージャイロが残っている。
 優勢なのはレウィシアである事に変わらないはずだった。だが――

「未来は決まっていると言ったな」

 レウィシアに問いかける日華。
 その目は真っ直ぐに、レウィシアへ――前へと向けられている。

「なら、祈るんだな。俺が未来を掴まないように……」

 静かに、そう断言する日華。
 ゆっくりと、指を伸ばす。

「俺のターン!!」

 ぴっと、鋭くカードを引く日華。
 まるで時間が止まったかのように空気が固まる。
 静寂。棘から放たれる鼓動だけが、辺りに響く。

 ゆっくりと――

「どうやら」

 日華が持っていたカードを、表にした。

「未来を掴んだのは、俺らしい」

 そこに描かれていたのは、尻尾の先に炎が灯された狐。
 叩きつけるように、カードを出す日華。

「俺はきつね火を召喚!」

 決闘盤にカードがセットされ、実体化する。
 橙色の毛皮を持つ、小柄な狐。尻尾の先に灯された炎。
 腕を組み、二足歩行の格好で佇んでいる。


きつね火
星2/炎属性/炎族/ATK300/DEF200
表側表示で存在するこのカードが戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚のための生け贄にはできない。


「なんだそいつ……」

 いぶかしげな表情のレウィシア。
 だが日華はさも当然のように、手札のカードを手に取った。
 
「儀式魔法、グランドフレア」

 低い声で、日華が言う。
 
「墓地の炎属性の儀式モンスターを選択し、儀式召喚する」

「!!」

 カードが浮かび上がり、輝いた。


グランドフレア 儀式魔法
自分の墓地から炎属性の儀式モンスター1体を選択する。
手札・自分フィールド上から、儀式召喚するモンスターの
レベル以上になるようにモンスターを生贄に捧げることで、
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)


 日華の足元、異次元の空に炎の魔方陣が浮かんだ。
 魔方陣の中心で、妖精が悪戯っぽく微笑む。

「そしてクリムゾンロードピクシーの効果発動。
 このカード1枚で、儀式召喚のための供物とする」

 魔方陣から炎が噴出し、妖精の身体を取り囲む。
 きらきらとした光の粒子を振りまきながら、光となる妖精。
 残された魔法陣の中心で、灼熱の炎が逆巻き、うねる。
 
「漆黒の灼熱が、今この場に形を成す。全てを破壊する業火の翼を見せろ」

 日華の口から漏れる言葉。
 逆巻く炎が徐々にドス黒く変化していく。
 熱風が一際大きく渦巻き、そして――

 黒き炎が、爆ぜた。

「儀式召喚! 降臨せよ、クリムゾンロードドラゴン!」

 炎を切り裂き、赤き竜が姿を見せた。
 火の粉が雨のように降り注ぎ、フィールドを焦がし焼いていく。
 漆黒の鱗に、血走る溶岩。威圧的な鋭い瞳。

 天に向かって、竜が咆哮をあげた。


クリムゾンロードドラゴン
星8/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK3000/DEF2900
「ブラックエクスプロージョン」により降臨。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外して
発動する事ができる。除外したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、
ターン終了時まで除外したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。
このカードが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になったとき、自分の墓地に
存在する炎属性モンスター1体をゲームから除外することでその発動を無効にし、
そのカードを破壊することができる。


「クリムゾンロードドラゴン……!」

 目を鋭くさせるレウィシア。
 その頬を、冷たい汗が流れていく。
 ばっと、腕を伸ばす日華。

「クリムゾンロードドラゴンの効果発動!」

 赤き竜が翼を広げる。
 その全身を炎が逆巻き、渦巻いた。
 日華の決闘盤がカードを吐き出す。

「墓地のクリムゾンロードワイバーンを除外し、お前に2600のダメージを与える!」


クリムゾンロードワイバーン
星4/炎属性/ドラゴン族・儀式/ATK2600/DEF1900
「ブラックヘルストーム」により降臨。
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
このカードが戦闘またはカード効果で破壊された時、自分のデッキから
儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える。


 墓地に眠っていた真紅の飛竜の力が、業火の竜の身体へと宿った。
 その黄色い目を輝かせるクリムゾンロードドラゴン。
 全身を纏う深淵の炎が躍動し、そして――

 レウィシアに向け、放たれた。

 一直線に突き進む炎。
 未来を砕き、未来を掴むための最後の一撃。
 闇に潜む棘が蠢き、そして――

「そんなの、読めてるんだよぉぉぉ!!」

 レウィシアが、叫んだ。
 乱暴に、決闘盤を構える。

「罠発動! ホーリーライフバリアァァァ!!」

 レウィシアの場に伏せられていた最後の1枚。
 それが表になり、光を放った。


ホーリーライフバリアー 通常罠
手札を1枚捨てる。このカードを発動したターン、
相手から受ける全てのダメージを0にする。


「これで! 僕はこのターン! ありとあらゆるダメージを受けない!
 そして次のターン! 君はレーザージャイロの攻撃で! 死ぬんだよぉぉぉ!」

 持っていた最後の手札を投げ捨てるレウィシア。
 精神崩壊を起こしたかのように、そのまま大きく笑い声を上げ始める。
 けたけたと狂ったように笑い続けるレウィシアの耳に――

「そこまでは、俺も読んでいた」

 日華の言葉が、届いた。
 それを聞いて、顔をあげるレウィシア。
 日華が持っている最後のカードに、気付く。

「だからこそ、こいつが必要だったんだ」

 自分の決闘盤にセットされたきつね火を見つめる日華。
 手札に残っていた最後の1枚を、決闘盤へ。

「速攻魔法、モンスターボム」

 カードが、実体化する。


モンスターボム 速攻魔法
自分フィールド上のモンスターを1体選択して破壊する。
相手に1000ポイントのダメージを与える。


「お前のホーリーライフバリアーは通常罠、
 そしてモンスターボムは速攻魔法。スペルスピードは同じ2。
 つまり、チェーン処理によって先に解決されるのは、
 後に発動されたモンスターボムからになる……」

 淡々と話す日華。
 レウィシアは笑顔のまま、固まっている。
 きつね火の身体が、真っ赤に輝いた。

 ゆっくりと、日華が両目を閉じる。

「これで終わりだ」
 
 そう呟くのと同時に、きつね火が爆発した。
 爆風が巻き起こり、レウィシアへと迫る。
 
「僕は……」

 腕を伸ばしているレウィシア。
 まるで天に浮かぶ何かを掴もうとしているかのように。

「僕の……未来は……」

 にっと、微笑むように笑うレウィシア。
 それはどんな感情によって浮かんだ笑みなのか、誰にも分からない。
 真紅の炎がその眼前へと迫り、そして――

 包み込むように、レウィシアを飲み込んだ。


 レウィシア LP800→0


 首から下げていた十字架のペンダントが、粉々に砕けた。
 闇が震え、その場に広がっていた異次元空間が崩壊していく。
 恨めしそうな視線を向けている闇の棘。だがその姿もまた、灰となって消えていく。
 闇の空間が崩れ――

 元の夜の闇が、2人の前に現れた。

 ざわざわと、風によってざわめいている木々。
 不安げな夜の森が、そこには広がっている。
 息を切らしている日華。そして、その目の前には――

「僕は……僕は……」

 呆然と呟く、レウィシアの姿があった。
 うつろな瞳、死人のように白い肌。
 地面に這いつくばるように倒れ、震えている。

「僕は……王を護る……騎士のはず……!」

 苦しそうに、胸を押さえながら話すレウィシア。
 闇の道具の力によって支えられていた身体が、
 十字架の消滅にともない崩壊を起こしていた。
 
 うつろな瞳で、天を仰ぐレウィシア。

「なのに……どうして……未来は……!」

 まるで神に問いかけるように。
 レウィシアが腕を空に向かって突き出した。
 だがその腕も、指先から灰となって崩れていく。

 息を切らしながら、日華が口を開いた。

「王を護る騎士だと? 違うな。お前はチェスの四騎士の『ナイト』だ。
 他の駒である精霊となんら変わりがない。キングにとって、お前は捨て駒。
 実験体に過ぎなかったって事だよ……」

 静かに、そう言い聞かせるように言う日華。
 レウィシアの目が大きく見開かれ、薄紫色の瞳が揺れた。

「……そうか……僕は……所詮……チェスの駒に……すぎなかったのか……。
 なら……どうして僕は……生まれて……きたん……だろう……。
 僕には……キングしか……残っていなかった……のに……。
 偽りの未来も……偽りの記憶も……僕はただ……キングのため……」

 レウィシアの口から、自嘲気味な笑い声が放たれた。
 その目には涙が浮かび、頬を流れて落ちていく。
 だがその口から漏れる笑い声は止まらない。そして身体の崩壊も。

「あっ……」

 不意に、レウィシアの口から声が出た。
 レウィシアの脳裏に残っていた唯一の記憶。
 女性の顔にかかっていたもやが、晴れたのだった。

 そこにいた女性の顔は――

「キング……」

 ぼそりと、呟くレウィシア。
 日華がいぶかしげに、その様子を眺めている。
 フフフと、忍び笑いをこぼすレウィシア。

「そうか……やっぱり……僕には……キング……しか……」

 そう呟くのと同時に、レウィシアの表情が苦痛で歪んだ。
 身体の崩壊が限界にまで達したのだろう。
 目を大きく見開き、息を詰まらせて顔を伏せる。

 それでも、レウィシアは残っている腕を天へと伸ばした。

 まるで記憶の中に残っている女性に向けたように。
 天に浮かぶ満月に向かって、最後の力を振り絞るかのように。
 ゆっくりと、前へ。レウィシアは腕を伸ばした。

 そして――

「……い…た…い…よ……」

 レウィシアの身体が、完全に灰となって崩れ落ちた。

 命の灯火は消え、そこにあるのはただの物質。
 使用していた決闘盤とカードもまた、灰となって消滅する。
 残されたのは、赤い瞳を伏せる日華ただ1人。

「……後味の悪い」

 静かに、呟く日華。
 背を向けると、街に向かって歩き始める。
 痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと……。
 夜の闇は深まり、森は静かにその場に佇んでいる。

 風が吹き、灰が静かに闇の中へと吹き消えていった……。




第五十七話 王

 天から神が落ちてきた。

 遥かな時を遡った過去の時。
 それは星海の果てより飛来した。
 大地を揺らす凄まじい轟音。草木をなぎ倒した衝撃。
 人々は畏怖の念を抱きながら、神の落下した場所へと赴いた。

 神は、石のような形をしていた。

 火山から降り注いだ岩石のような、赤く燃える岩石。
 岩からは焼ける音と共に煙がたちこめ、地面はえぐれている。
 人々は口々に何かを言い合っていた。やがて――

 神が、その姿を現した。

 まるで魂のように、飛来した岩から白い影が現れ、
 それがまたたく間に人の形となったのだ。

『…………』

 神は何も言わずに、集まった人々を見つめていた。
 やがて誰ともなしに、その場に跪いていく。

『神だ……!』

『神の使いだ……!』

 口々に、そのような事を言いながら。
 集まっていた人々がその場にひれ伏していく。
 神は何も言わず、ただその場に佇んでいた……。

 神は多くの奇跡を見せた。
 
 今あるものとは異なり景色を空に映し、
 そこから魔の者達を呼び寄せる術。
 人の魂を奪い、生きながら死人のようにする術。
 既に滅びし者を現世へと戻す術。

 神の前に、多くの者がひれ伏していた。

 神は全てを支配しようとしていた。
 近くの村も、遠くの国も、全てが神の力で支配されていった。
 異世界より現れた精霊さえも、神に忠誠を使っていた。

『大いなる主』

 いつしか、神はそう呼ばれるようになっていた。
 遥かな遠き星の世界より現れた、大いなる意志にして偉大なる者。
 神の支配は世界を覆い尽くし、世界はまた神の物へと変貌しつつあった。

 そして、支配されていない最後の場所に、神は降り立った。

 そこは人々に忘れられた、密かなる一族が住んでいる小さな村だった。
 その一族は不思議な力を持っており、異世界と交信ができるとされていた。
 神を前に、一族の長たる男が立ちはだかり、そして――

 ――神は、この世界から姿を消した。

 討ち滅ぼされたのか、どこか別の世界へと行ったのか。
 それは最後に神と対峙した男のみが知ることだった。
 詰め寄る人々に対し、男は静かに言った。

『その身が滅びようとも、その魂は滅びない。それが生命の定め。
 幾星霜の後、奴の魂もまた再びこの世界に現れるだろう』

 それだけを言い残し、やがて男達一族は人々の前から姿を消した。
 大いなる主が作り上げた、神の力を宿す装飾具と共に。
 密かなる一族の足跡を知る者はおらず、全ては消え去った。

 ゆっくりと時は流れていき、神の事を知る者は徐々に少なくなっていった。

 密かなる一族の事も、大いなる主の伝説も。
 人々の記憶と共に葬り去られ、僅かな英雄譚として口伝で伝えられるのみとなった。
 それもまた、時代と共に事実から変化していった。

 果たして密かなる一族の男が残した言葉は本当だったのだろうか。

 永遠の魂。
 世界に災いをもたらした、大いなる主の魂。
 それは本当に蘇り、再びこの大地に誕生したのだろうか。

 それを知る者は――

 



















 白い光の中で、目を覚ました。


 ここはどこだ? 俺はいったい…。
 混濁した記憶。ゆっくりと、俺は身体を起こした。
 目の前に広がっているのは、白一色。
 いや、違う。少しずつ、奥から色が浮かび上がってきた。

 夕暮れの穏やかなオレンジ色が徐々に広がり――

『ようこそ!我がDC研究会へ!』

 気取ったような笑みと大げさな身振りで、
 DC研究会部長の日華先輩が言った。
 その後ろでは副部長の内斗先輩がため息をついている。

『ま、よろしくね』

 諦めた様子の内斗先輩。
 達観した態度で、部室で淹れた紅茶を飲んでいる。

 そうだ、俺は風丘高校に入学して、この変な部活に入って――

『た、大会なんて、大丈夫なんでしょうか……』

 不安そうに天野さんが言った。
 もっともな意見だ。この5人で大会なんて無茶だ。
 俺は頷く。

『なーに言ってるのよ。そんなの、やってみないと分からないわ!』

 眼鏡をかけた金髪の転校生、
 ディアが不安そうな天野さんに向かって言う。

『カードってのは、引いてみなくちゃ分からないのよ!
 やる前から決めつけちゃダメよ!』

 天野さんを励ますように言うディア。
 その言葉に、天野さんは「そ、そうですよね!」と決意を新たにする。

 ディアが、ゆっくりとこちらを振り向いた。

『あんた、グールズに入って私の手伝いをしなさい!』

 いつの間にか、その格好は黒いローブ状の服に変わっていた。
 金色のストレートの長髪が、風にゆれてキラキラと輝いている。
 眼鏡もどこかに消え、青い色の瞳が直接俺を見つめている。

『闇の道具は……凄く危険です……』

 ディンの背中からそっと、レーゼさんが覗いていた。
 不安そうな表情を浮かべ、俺の後ろを見つめている。

 振り返ると、真紅の炎が視界に入った。

『お前との決着はまだ着いていない! いずれ、ケリをつける!』

 高らかに言い、クックックと笑いをこぼすベルフレア。
 その首からぶら下げた十字架のペンダントが砕け、
 その身体が炎につつまれて消えた。 

『最後に残った王を倒せ』

 炎の中、赤い瞳が見えた。
 顔を隠すようにフードを深くかぶった、黒い影。
 ジャラジャラと、チェーンが音をたてて揺れる。

『王を?』

 影に向かって尋ねる俺。
 黒い影――紅い眼の決闘者が頷く。

『そうだ。王を……霧乃先生を、止めるんだ』

 DC研究会の顧問にして、俺達の担任の先生。
 眼鏡をかけた女教師、霧乃先生の姿が浮かんだ。
 紅い眼が言う。

『あの人は危険だ』

『そうですか?』

『あぁ、そうだ』

 どこか、間の抜けた応答だ。
 紅い眼の姿が歪んでいる。
 いや、そうじゃない。曲がっているのは世界そのものだ。

『君ならばきっとできるだろう』

 何を無責任な。
 紅い眼の言葉に、呆れたような表情を浮かべる。
 フードを下げ、その下から現れた日華先輩が言う。

『どうか、頼んだよ』

 いつになく真剣な表情の日華先輩。
 やがて世界そのものが大きく揺れ、見ていた姿が消える。
 
 白いもやのような世界が晴れ――

「…………」

 白い光の中で、俺は目を覚ました。
 どうやら、少しの間気絶していたらしい。
 妙な夢を見た気分だ。内容は覚えていないが。

「ここは……」

 身体を起こし、周りを見回す。
 そこはどこか古めかしい、廃駅だった。
 捨てられて何十年も経つのだろう。錆びて、崩れかけている。

「…………」

 無言で、立ち上がる。
 駅には列車が止まっていた。駅同様、朽ち果てて植物が覆い茂っているが。
 これに乗って、俺はここに来たのだろうか。

「…………」

 駅の周りは、地平線の果てまで続く草原が広がっていた。
 遠くには海や山々の姿も見える。いくつか、黄色い花も見受けられる。
 そして淡い光がそこら中で浮かんでは、消えている。

「…………」

 俺は植物を踏みながら、歩き始めた。
 何となくだが、どこに行けばいいのかは分かっていた。
 それほど遠くない。そこまで時間はかからないだろう。

「…………」

 歩き続ける。
 青い空は膜でも張ってあるように、どこか濁っている。
 いや、それはこの世界全体に言える事だった。
 この世界そのものがどこかおぼろげで、幻のようだった。

「…………」

 歩き続ける。
 足元に広がっていた草原はいつの間にか消えていた。
 代わりに足元に広がっているのは、ゴツゴツとした乾いた大地だ。
 まるで隕石が落下し、そこに生えていた植物を全て消し去った跡のような。

「…………」

 歩き続ける。
 俺の他に、この世界に生命はなかった。鳥も、虫も、人も。
 あるのは乾いた大地と、淡い光。忘れ去られた廃駅。

 そして――

「――知っているかしら、雨宮君」

 乾いた大地の中心。
 山々に囲まれたその場所に、彼女の姿が見えた。
 淡い薄緑色のスーツに、黒縁の眼鏡。穏やかな雰囲気。

 霧乃先生が、微笑む。

「数千年前の話よ。この星に、ある一つの隕石が落下した……」

「…………」

「その隕石を、古代の人達は《神の使い》として崇め奉った。
 なにせ天から降ってきたのだもの。神が住むとされていた、天から。そう考えるのは当然ね。
 ある意味で、それは正しかったわ。なぜならば、その隕石は思念を持っていたから」

「…………」

 沈黙する俺に対し、霧乃先生は楽しそうに続ける。

「そう、その隕石は生きていた――自分の意志を持っていたのよ。
 そして古びた殻である隕石から抜け出し、人の姿となって降臨した」

 俺の方に視線を向ける霧乃先生。

「馬鹿げた考えだって思ったでしょ。でもね、これは事実なの。
 世界中にこういう伝説や神話が残っているわ。天から落ちた、神ないし何か。
 それに銀河の、星海の果てに何があるかは、私達だって未だに分からないわ」

 先生らしい口調。
 人差し指を伸ばす。

「話を戻して、隕石は人の姿になって君臨した。
 その人――いえ、神はとてつもない力を持っていたそうよ。
 どこか別の世界に行く力。未来を見る力。人を操る力。そして――」

「死者を、蘇らす力……」

 ぽつりと、俺はつぶやいた。
 霧乃先生がパチパチと拍手する。

「その通りよ。さすがは雨宮君ね。優秀だわ」

 嬉しそうな様子の霧乃先生。
 その姿は、普段学校で見る霧乃先生にそっくりだった。
 
「死者を蘇らせる力。実はね、私も研究していたのよ。
 前に話したでしょ。高校を卒業した後に外国に留学したって。
 あれがそうなの。外国で生物学の研究チームに誘われたのよ。
 その時はあくまで科学的好奇心に基づいた研究だったんだけどね」

 フッと、霧乃先生の顔から表情が消えた。
 重く、沈んだ、まるで死人のような顔。
 青白い肌に、無表情で光のない瞳。

「ねぇ、雨宮君……」

 霧乃先生が、口を開く。

「この世界で、どれくらいの人が死者を蘇生させる研究をしているか、知ってる?
 あなたが思っているよりずっと多くの人が、そういう研究をしているのよ。
 彼らは科学や技術、あるいは呪術や魔法、果ては神話にまで、すがっている。
 どうしてだか分かる? 雨宮君?」

「…………」

 霧乃先生の質問に、俺は答えない。
 先生は特に気にした様子もなく、続ける。

「それはね。どうしても、会いたい人がいるからなのよ。
 『どうか、もう一度あの人に会わせて下さい』
 その、たった一つの思いだけよ。彼らを動かしているのは。
 そして望みのためならなら、神どころか悪魔とだって契約する……」

「先生のように、ですか?」

 霧乃先生を睨むように見据え、俺は尋ねた。
 黒く濁った目がこちらに向けられ――その顔が、微笑む。

「えぇ、そうよ!」

 明るく、弾むように先生が断言した。

「私は技術で、科学で私の望みを叶えようとした。
 だけど、それはできなかった。だからね、方法を変えることにしたの」

 ちゃらりと、霧乃先生が十字架のペンダントを取り出した。
 ペンダントを首にかけ、先生が指先で十字架を弾く。

「このペンダントはね、さっき話した隕石から生まれでた神が作り上げたとされているの」

「…………」

「隕石から生まれた神は、その闇の力で世界を覆い尽くそうとした。
 とはいっても、1人でこの広い世界を覆うのは難しいわ。
 だから神は自身の闇の力を分け与える装飾具を作ったの、それがこれ」

 ウフフと微笑む霧乃先生。 

「このペンダントを使って、神は別次元の三人の精霊と契約した。
 炎の精、氷の精、風の精。彼らは神に仕える忠実なしもべとなった。
 精霊の力と、その溢れる闇の力で世界を掌握せんとする神。
 彼はいつしかこう呼ばれるようになったわ。『大いなる主』、とね」

 大いなる主。

 いつだかのベルフレアとの戦いで、奴が言っていた言葉だ。
 キングなんてどうでもいい。俺が契約していたのは大いなる主だ、と。
 だが――

「その大いなる主は、もう倒されたんでしょう」

 俺が言うと、霧乃先生は少しだけ驚いたようだった。
 紅い眼の決闘者――日華先輩が教えてくれた情報だ。

「どこからか現れた謎の英雄に、その大いなる主は倒された。
 そしてその力は下僕の精霊と共に封印され、永遠の歴史の闇へと葬られた」

「…………」

 俺の言葉を黙って聞いている霧乃先生。
 ゆっくりと、その旨で揺れるペンダントを指さす。

「だけど、先生は封印されていたその遺物を手に入れた。
 死者を蘇らせるために。どこからか手に入れた。そして――」

「――私は、キングとなった」

 言葉を紡ぐ霧乃先生。
 ふぅとため息のように息を吐き、長い髪の毛をかきあげる。

「私は絶望していたの。この世界の科学の限界に。
 今の科学技術では死者を蘇らせる事は不可能。
 だから、私はすがった。他の人と同じく、かつて失われた神話の力に」

 自嘲気味に笑う先生。
 その瞳は真っ黒で、一片の光も宿っていない。

「遥かな昔の、古代の叡智。かつてデュエルモンスターズをデザインした
 ペガサス・J・クロフォード氏がやったように、私は世界の遺跡を巡った。
 そこに伝えられる神話を調べた。そして――」

 にっこりと微笑む霧乃先生。

「運命は、私に味方をした」

 一陣の風が吹いた。
 向かい合う俺達の髪の毛が揺れる。
 淡い光が辺りに浮かび上がり、また消えていく。

「さっきのあなたの話にはね、続きがあるの」

 ゆっくりとした口調の霧乃先生。

「大いなる主は確かに葬られた。だけど、その魂は滅びなかった。
 いずれこの世に転生し、再びその邪悪な力を振るう時が来るであろう、とね。
 歴史から消えた一族の伝承には、そう残っているの」

 魂の輪廻。
 例え身体が滅びようとも、魂は永遠に残る。
 人の想いが消えることはない。かつての師の言葉が蘇った。

「そして――」

 うやうやしく、言葉を切る霧乃先生。
 その目がじっと、こちらを見つめている。
 じらすように間を開けた後、言う。

「――大いなる主は、既に転生してこの世界にいるのよ」

「……なんですって?」

「分かるのよ、私には。このペンダントがそう囁いているのよ」

 くすくすと、ペンダントを指でつつく霧乃先生。
 どこまで本当の事なのか、俺には判断がつかない。
 狂人となってしまったきりの先生の妄想か、それとも……

「だけど、残念な事があるのよ」

 ため息をつくように、言う霧乃先生。

「かつて猛威をふるった大いなる主。
 だけど、長き時に及ぶ転生によって彼の記憶は失われてしまったの。
 自分の力も使命も、なにもかも。本当に残念だわ。そして、もう一つ」

 霧乃先生が目を細めた。

「かつて彼を封印した、英雄と呼ばれた者もまた、この世界に転生している」

「……!!」

 初めて聞く情報に、俺は衝撃を受けた。
 心臓の鼓動が早まる。緊張からか、頬を冷や汗が流れた。
 両手を広げる霧乃先生。

「運命は皮肉よね。何千年も経った今になっても、
 英雄と大いなる主は再び対峙することになるのだから」

「……その英雄というのは」

 俺が口走ると、先生はにっこりと笑った。
 笑顔のまま、俺のことを見据える霧乃先生。
 穏やかな口調で、言う。

「きっと、これは運命なのよ。私の生まれた故郷、
 この街にあなたという存在がいたという事は。
 だから、私はこの街に戻ってきた。そして――」

 どこからか、決闘盤を取り出す霧乃先生。

「私の望みを叶えさせてもらうわ」

 自分の右腕に決闘盤を装着する霧乃先生。
 機械が展開し、鈍い起動音が鳴り響く。
 風が吹きぬけた。

「……どうしてもやるんですか」

 ゆっくりと、俺は尋ねる。
 本音を言うと、彼女とは戦いたくはなかった。
 だがそれが不可能な事も、頭では分かっていた。

 頷く霧乃先生。

「だって、私の実験に協力してって言っても、あなたは良いとは言ってくれないでしょ?」

 それだけ言う霧乃先生。
 実験に協力といっても、チェスの四騎士の扱いからして、
 それが穏やかで相互にとって素晴らしい提案でない事は明らかだ。

「この世界の科学は限界なの……」

 ぽつりと、呟くように言う霧乃先生。
 自分の手のひらを前に出し、じっと見つめている。

「だけど、あなたのその力があればきっと私の望みは叶う。
 レウィシアの時は力が足りなかったから失敗したの。だけど、あなたがいれば……」

 ぶつぶつと、誰に話すわけでもなく言う霧乃先生。
 その目はすわり、完全に正気を失っているように見えた。
 もはや、話し合いができるような状態ではない。

「……チッ」

 舌打ちして、俺は決闘盤を取り出す。
 本当に残念だ。覚悟できてなかった訳ではないが、もはや戦うしか道はない。

 そして戦えば、どちらかの命はつきるだろう。

 決闘盤にデッキをセットする。
 扇状に展開された決闘盤が、起動音をたてた。
 赤い光で、ライフポイントが表示される。

「さぁ、先生もデッキをセットして下さい。
 とっとと終わらせましょう」

 うんざりとしながら、俺は言う。
 その言葉に反応し、顔をあげる霧乃先生。
 どこからかデッキを取り出して決闘盤にセットする。

 そして――

「ねぇ、雨宮君」

 唐突に、霧乃先生が微笑んだ。

「あなたは、私に勝てると思っているのかしら?」

 先生の胸元で揺れる金色の十字架が鈍く輝いた。
 そこから噴き出るように、闇の力が放出される。
 鈍く張り詰めた、重苦しい空気が広がった。

 闇の決闘だ。

「私はずっと考えていたの……」

 天を仰ぐ霧乃先生。
 その目はすわり、満面の笑みを浮かべている。

「どうすれば、死者を蘇らせる実験を成功させられるのか。
 闇の道具を手に入れて、膨大な調整をしても、実験は失敗だった。
 そしてあなた達は私を倒しにやってくる。もう守ってくれる者はいない。だから――」

 目を見開いている霧乃先生。
 その口元には狂気の笑みが浮かんでいる。

「大いなる主の力を蘇らせる事にしたの」

 どこか機械的な、無機質で歪んだ声。
 霧乃先生の声色は、先程までのものとは違っていた。
 狂気の光をその目に宿した先生が、嗤う。

「雨宮君、あなたはデータデッキ計画を知っているかしら?」

「……なに?」

 唐突な質問に、俺は顔をひそめた。
 歪んだ声色のまま、先生が続ける。
 
「データデッキというのはね、その名の通りデータ上のデッキの事よ。
 通常のカードと違い、そのカードは実際に印刷されている物ではないの。
 データとしてだけ存在し、専用のデータカードで読み込んで使用する……」

「…………」

「元々は国際警察機構が研究開発していたものらしいんだけど、計画は中止されたらしいわ。
 だけど中止になる直前に、開発が完了されていたデータデッキが存在するの。
 その数は全部で27枚。それぞれにはアルファベットを冠したコードネームが付けられている」

「……何が言いたいんです?」

 しびれをきらし、俺は尋ねた。
 邪悪に微笑む霧乃先生。
 手の平を天へと広げる。

「言ったでしょう。デュエルモンスターズの生みの親、ペガサス。
 彼はエジプトで、死んだ恋人と一瞬だけ再会する体験をしたとされている。
 だから私は彼の会社のデータベースに忍び込んだ。何か役に立つ情報が得られるかと思ってね。そして――」

 ゆっくりと、1枚のカードを取り出す霧乃先生。

「データデッキカードのデータを、手に入れた」

 霧乃先生がカードをこちらに向けた。
 大きさは普通のカードと同じくらいだったが、内容は違う。
 名前欄はなく、テキスト欄もない。大きな絵が1枚、描かれているだけ。

 水晶によって形どられた、大きなQという文字。

「データデッキシステムを再現するのは大変だったわ……」

 ぽつりと、こぼすように霧乃先生が言う。

「だけど、長い時間をかけてようやく完成できたの。
 そして私は完成した1枚を自分で持ち、プロトタイプのデータデッキをレウィシアに持たせた」

「……なんだと?」

 一瞬、脳裏に雷を操る少年の姿が浮かんだ。
 ナイト・オブ・ライトニング、レウィシア。
 奴が使っていたカードは普通ではなかった日華先輩やディンが言っていたが……

「データデッキのカードはね、あまりにも強力すぎるの。
 だから印刷ではなく、データとしてだけの存在となった。
 オリジナルの27枚は、ね。私のは少しだけ違うけど」

 ふふと笑い声をこぼす霧乃先生。
 うっとりと、まるで愛でるような視線を持っている1枚のカードに向ける。

「奪ったデータを元にして、私は大いなる主の力を再現したの。
 だからこれはオリジナルのデータデッキではない。私の――
 いえ、大いなる主のデッキ。かつて星々より舞い降りた神が使う力……」

 視線をあげる霧乃先生。
 その目が真っ直ぐに――射抜くように、俺へと向けられた。
 ぴりぴりと、空気が震える。放たれる闇の力が胎動した。

「さぁ……」

 持っていたカードを自分の決闘盤の上へと移動させる霧乃先生。
 ふっと、その手がはさんでいたカードを離し――

「大いなる力の前に、ひれ伏しなさい」

 落ちたカードが、ごぽりと決闘盤の中へと吸収された。
 ディスクが放つ光が赤から青へと変化する。
 何かを読み込むような音が響き、そして――

『DATA DECK:Quartz』

 決闘盤から音声が流れた。
 同時に凄まじい衝撃波が霧乃先生を中心に巻き起こる。

「ぐっ……!」

 吹き飛ばされそうになり、俺は声をあげた。
 膝をつき、何とか持ちこたえたが、じりじりと身体は後ろへと下がっていく。
 霧乃先生は笑っていた。狂気に満ちた声で、高々と。

 衝撃の中で、決闘盤を構える。

「これが……」
 
 呟く俺。衝撃がやみ、立ち上がる。
 霧乃先生が叫んだ。

「さぁ、最後の!!」

 俺と霧乃先生の視線が交差する。
 一瞬、時間が止まったように感じた。
 永遠にも思えるような、刹那の一瞬。そして―― 


「――決闘ッ!!」

 
 俺達の声が、その場に響いた。
 幻想的な太古の時代の風景を背に、
 最後の戦いが今始まった。


 雨宮 LP4000


 霧乃 LP4000


「私のターンッ!!」

 楽しそうに笑いながら、左手でカードを引く霧乃先生。
 引いたカードを手札に加え、ちらりと見る。
 そして1枚を取り出し、流れるようにセットした。

「フィールド魔法、フィラメントワールドを発動!!」

 カードが決闘盤に置かれ、太古の空が一瞬にして夜空に変化する。
 漆黒の海に、きらきらと輝き瞬いている無数の星々。
 まるで大いなる闇の力を象徴するかのような、幻想的な風景。

「フィラメントワールドの発動時、このカードに水晶(クォーツ)カウンターを2つ乗せる!」

 高々と宣言する霧乃先生。
 夜空に、一際大きく光を放つ2つの星々が浮かび上がった。


 フィラメントワールド 水晶カウンター2つ


「水晶カウンター……?」

 聞いたことのない言葉に、俺は顔をしかめた。
 油断なく、俺は霧乃先生の行動に目をむける。
 霧乃先生がさらにカードをこちらに向ける。

「そして! 星凱(せいがい)のミアプラキドゥスを守備表示で召喚!」

 叩きつけるようにカードを決闘盤に置く霧乃先生。
 巨大な光が浮かび、そこから水晶の身体を持つ竜のようなモンスターが姿を現した。
 薄く濡れたように輝いている、美しい姿の竜。その守備力は――


 星凱のミアプラキドゥス DEF4000


「守備力……4000だと!?」

 思わず、俺は声に出して驚いた。
 守備力4000という数値は上級はおろか、ほぼ全てのモンスターを上回る数値だ。
 少なくとも、下級モンスターが持つような数値ではない。

「これが大いなる主の下僕。漆黒の海より導かれし星の力!」

 楽しそうに笑いながら、そう言う霧乃先生。
 俺は「くっ」と言葉を漏らした。データ上のみに存在したカードを元に、
 さらに先生の手によって違法に改造された特殊なデータデッキ。
 やはりまともなカードでは構成されていない、か……。

「全てのデータは計算されている。もはや、あなたは私の解答に平れ伏すしか無いの」

 余裕そうにそう宣言する霧乃先生。
 場にはフィールド魔法と、超守備力のモンスターのみ。
 そういう戦略か、それとも……

「俺のターンッ!」

 カードを引いた。
 いずれにせよ、この戦いだけは負ける訳にはいかない。
 必ず、勝つ。例えそれが……

「俺はソウルエッジ・ドラグーンを召喚!」

 カードを決闘盤に。
 白い剣を携えた竜人が、光の中より現れた。
 俺はセットされたデッキを取り外しながら、言う。

「ソウルエッジの効果発動! デッキのブラックボルト・ドラグーンを墓地に送り、
 その攻撃力だけ攻撃力をアップする!」


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


 デッキから黒い稲妻を身にまとった黒の竜を墓地へ送る。
 ソウルエッジの持つ剣に、黒い光が宿った。


ブラックボルト・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1500
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象と
なった時に発動可能。自分の墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に
特殊召喚し、攻撃対象をこのカードへと変更する。この効果で特殊召喚されたこのカードが
フィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


 ソウルエッジ・ドラグーン ATK800→ATK2400


「そんな攻撃力じゃあ、私のミアプラキドゥスは倒せないわ」

 バカにしきった表情の霧乃先生。
 挑発を無視して、俺はさらにカードを出す。

「魔法発動! 魂融合!」
 
 カードが浮かび上がり、輝いた。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「あら」

 少しだけ驚いた様子の霧乃先生。
 白い竜の身体が、光に包まれる。

「場のソウルエッジ・ドラグーンと、墓地のブラックボルト・ドラグーンを融合!」

 白い竜の足元から、黒い稲妻が吹き出る。
 光に包まれた竜の身体は、やがて巨大な球状の光へと変化していく。
 宙に浮く光の周りを黒い稲妻が走る。そして――

 光が、はじけた。

「融合召喚! 現れろ、ラグナロク・ドラグーン!!」

 銀色の光が舞い散り、フィールドに降り注ぐ。
 白く銀色に輝く鱗。細身な体。黄色の目。
 黄昏の力を宿した白銀の竜。雄々しく、天に啼く。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


「ラグナロク・ドラグーンは、融合素材にしたモンスターの攻撃力分、攻撃力が上昇する!」

 白銀の竜の全身から光が放たれた。
 魂の刃と黒き雷。その二つの竜の力が宿り、黄昏の竜の力となる。


 ラグナロク・ドラグーン ATK2500→4900


 これで攻撃力が相手の守備力を上回った。
 ばっと、俺は腕を前に伸ばす。

「バトルだ! ラグナロク・ドラグーン!!」

 俺の呼びかけに応えるように、翼を広げる黄昏の竜。
 幻想的な星空に向かって飛び上がり、大きくその口をあける。

「――トワイライト・ブレイズッ!!」

 白銀の竜が吼え、その口から巨大な炎が吐き出された。
 弾丸のように、地上へと突き進んでいく炎。
 水晶で出来た竜の眼前へと、迫る。

「星凱のミアプラキドゥスの、効果発動!」

 だが炎が当たる直前。
 霧乃先生が手を前にやりながら、高らかにそう宣言した。

「場の水晶カウンターを1つ取り除く事で、戦闘での破壊を免れる!」

「なに!?」

 俺は驚く。
 水晶で出来た竜の全身が、鈍く輝いた。

 夜空に浮かぶ星の光が、瞬いて消える。

 炎が竜を飲み込む。だが竜は傷つく様子もなく、静かに佇んでいる。
 やがて炎の勢いも弱まり、黄昏の白銀竜が俺の場に舞い戻った。


星凱のミアプラキドゥス
星4/無属性/種族なし・チューナー/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊される場合、
代わりに自分フィールド上に存在する水晶カウンターを、
破壊されるモンスター1体につき1つ取り除く事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 フィラメントワールド 水晶カウンター2→1


「超守備力に加えて、破壊を無効にする効果だと……!」

 明らかに既存のカードとは一線を画すスペックに、
 俺は不機嫌にそう呟いた。守備的な効果とはいえ、
 あのカードの持つ能力は尋常ではない。

「どうかしら。大いなる主の力の片鱗を味わった気分は」

 フフフと、楽しげな笑い声を漏らす霧乃先生。
 俺はチッと舌を鳴らした。手札の2枚を手に取る。

「カードを2枚伏せて、ターンエンド……」

 裏側表示のカードが2枚浮かび上がった。
 そしてラグナロク・ドラグーンの効果が切れ、攻撃力が元に戻る。


 ラグナロク・ドラグーン ATK4900→2500


 相手の場には、破壊耐性を持つ超守備力のモンスター。
 今はまだ壁としてそびえるだけだが、このままだとジリ貧だ。

 奴を潰すには……。

「私のターンッ!」

 カードを引く霧乃先生。
 引いたカードを見るよりも早く、その腕を前に出す。

「フィールド魔法、フィラメントワールドの効果発動!」

 俺は目を丸くした。
 霧乃先生が邪悪な笑みを浮かべながら、言う。

「私のスタンバイフェイズ時、このカードに水晶カウンターを2つ乗せる!」

「……ッ!!」

 漆黒の夜空が波のように揺らぐ。
 そして遠く輝く星の光が2つ、浮かんだ。


 フィラメントワールド 水晶カウンター1→3


 これで、乗せられた水晶カウンターは3つ。
 ミアプラキドゥスの効果ならば、3回は使用できる計算となる。
 
「そして! 星凱のザヴィザヴァを守備表示で召喚ッ!」

 カードを決闘盤に出す霧乃先生。
 光と共に、水晶で構成された乙女のような姿のモンスターが現れた。
 その手には、先端が仰々しい形をしている杖を持っている。


 星凱のザヴィザヴァ DEF4000


「また、守備力4000……!」

 表示されたスペックを見て、俺は呟く。
 なんとなくだが、霧乃先生のデッキのコンセプトが分かりかけてきた。
 先生がさらに手を前に出しながら、続ける。

「ザヴィザヴァの効果発動! フィラメントワールドに水晶カウンターを2つ乗せる!」

「なに!?」

 声をあげて驚く。
 乙女が持っていた杖の先を天へと向け、床を叩く。
 コーンという低い音と波紋が広がり、夜空が揺らいだ。


星凱のザヴィザヴァ
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚選択し、
水晶カウンターを1つ置く事ができる。
この効果は1ターンに2度まで使用できる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター3→5


 またも、水晶カウンターが増えた。
 いったい霧乃先生は何を考えているんだ。
 だが考えをまとめる間すら、今この瞬間には存在しなかった。

 ゆっくりと、霧乃先生が指を天に向ける。

「レベル4、星凱のザヴィザヴァに――」

 その目が空へと向けられる。
 漆黒の夜空。そこに潜む闇に語りかけるように、

「――レベル4の星凱のミアプラキドゥスを、チューニング!!」

 霧乃先生が、叫ぶように言い放った。
 水晶の竜の身体が砕け散り、4つの光が宙を舞った。

「チューナーモンスターか!」

 俺の言葉に、霧乃先生が笑い声をあげた。

「その通りよ! まだ一般には流通していない、開発段階のカードデータ!
 それをこの私が、データデッキ内にデータとして組み込んだのよ!」

 アハハハハと狂ったように話す霧乃先生。
 そうか、見たことのないカードシステムだと思っていたが、
 あれらは霧乃先生がI2のサーバーからデータを盗み出して作り上げたのか。

 水晶の乙女の身体が、線だけの存在となる。

 両手を広げる霧乃先生。

「大いなる星の調べが交わりて、天に浮かぶ星となる!! 星海の果てより光來せよ!!」

 乙女の周りを4つの光が取り囲み、それらが輪の形へと変化する。
 線だけの存在となった乙女を包みむ光の輪。
 夜空の星々が胎動するように瞬いた。
 
 閃光が走る。

「――シンクロ召喚!! 降臨せよ、超星竜 カノープス・ノヴァ!!」

 光の中より、巨大な竜が姿を現した。
 先ほどの竜のように、水晶の鱗が全身を刺々しく覆っている。
 だがその大きさは桁違いで、まるで星のような巨大な威圧感を放っている。

 水晶の超竜が、低い咆哮を轟かせた。


 超星竜 カノープス・ノヴァ ATK2500


「攻撃力2500……」

 呟き、思考する。
 俺の場のラグナロク・ドラグーンとその攻撃力は互角。
 だが何の考えもなしに、場に出したとは思えない。

 ゆっくりと、霧乃先生が口を開く。

「カノープス・ノヴァの、モンスター効果……」

 決闘盤を構えたまま、邪悪な笑みを浮かべている先生。 

「このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに水晶カウンターを2つ乗せる……」

「!?」

 水晶の竜の身体が淡い光に包まれる。
 透き通るような蒼い身体が、淡く輝いた。


 超星竜 カノープス・ノヴァ 水晶カウンター0→2


「また、水晶カウンターを……?」

 相手の意図が読めず、困惑する。
 そんな俺に向かって、霧乃先生が余裕たっぷりに言った。

「カノープス・ノヴァは、破壊される時に代わりに
 場の水晶カウンターを1つ取り除く事で、その破壊を免れる効果を持つのよ」

「ッ!!」

 顔をしかめる。
 シンクロ素材となったミアプラキドゥスと、同じ効果か。
 これならば、攻撃力が同じモンスターを出してきた事も納得できる。

 霧乃先生が、腕を前に。

「さぁ、大いなる力の前に跪きなさい! カノープス・ノヴァ!」

 呼び声に応えるかのように、水晶の竜がその巨体を震わせた。
 星そのものが揺れるような、震動と空気の乱れ。星の威圧感。
 その黄色の目が白銀の竜を捉える。牙を剥き、巨大な口を開け、振りかぶった。

「――エーテル・ストリーム!!」

 霧乃先生の声と共に、竜の口から巨大なエネルギー波が放たれた。
 それは霧乃先生の声さえも掻き消すかのように、大気を震えさせる。
 一直線に、白銀の竜へと迫る衝撃波。黄昏の竜が身じろぐ。

「罠発動、ソウルバリア!!」

 俺の場に伏せられていたカードが表になった。
 白銀の竜の眼前に、薄い結界のようなバリアが現れる。

「相手モンスターの攻撃を、無効にする!」

「……フフ」


ソウルバリア 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
その後、自分のデッキからカードを1枚選択し墓地へ送る。


 俺の言葉を聞いても、霧乃先生は動揺した様子を微塵も見せなかった。
 衝撃波がバリアに遮られ、四方八方へと拡散される。
 だがこれは闇の決闘。あまりに凄まじい衝撃で俺の体勢が崩れた。

「ぐっ……!!」

 衝撃波を受け、その場に膝をつく俺。
 ダメージが現実のものとなる闇の決闘。
 だがこの衝撃は、今までの戦いの物と比べても凄まじい物だった。

「言ったでしょう。大いなる主の力の前では、誰もが跪くと。例えそれがあなたでもね」

 クスクスと含み笑いを漏らしながら、そう言う霧乃先生。
 馬鹿にしたような、それでいて俺を評価しているような。
 不可思議でちくはぐとした言葉だった。

 もっとも、そんなことを気にしている暇はない。

「ソウルバリアの効果で、俺はデッキのブルーウェーブ・ドラグーンを墓地に!」

 立ち上がり、俺は自分のデッキを取り外して扇状に広げた。
 そして青い鱗をその身に纏う竜のカードを、墓地に送る。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


 霧乃先生が自分の手札へと視線を落とす。
 一瞬、思案するように目を細める霧乃先生。
 だがすぐに顔を上げ、言う。

「フィラメントワールドの、効果発動!」

 天に向って指を伸ばす先生。

「場の水晶カウンターを1つ取り除き、モンスターの表示形式を変更する!」

「……なに?」

 水晶の超竜が天に吠える。
 その身体から光が1つ飛び出し、弾けるように消える。
 刺々しく巨大な身を、まるでそびえ立つ砦のように低い姿勢へと動かした。


 超星竜 カノープス・ノヴァ ATK2500→DEF5000


 超星竜 カノープス・ノヴァ 水晶カウンター2→1


「守備力、5000……!」

 さっきの下級モンスターより、さらに高い数値。
 最上級はおろか、素の数値ならば俺のデッキに入っている
 どのモンスターの攻撃力よりも高い数値だ。
 
 だがさらに、霧乃先生の言葉が続く。

「エンドフェイズ時、カノープス・ノヴァの効果が起動――」

 目を見開きながら、微笑む霧乃先生。
 
「――カノープス・ノヴァに、水晶カウンターが2つ置かれる!」

「なんだと!?」

 水晶の超竜の身体が、再び輝いた。
 その巨大な身体にさらなる光が宿る。
 濡れた宝石のような、その美しくも威圧的な姿が俺を睨みつけていた。


超星竜 カノープス・ノヴァ
星8/無属性/種族なし・シンクロ/ATK2500/DEF5000
星凱のミアプラキドゥス+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊される場合、
代わりに自分フィールド上に存在する水晶カウンターを、
破壊されるモンスター1体につき1つ取り除く事ができる。
自分のターンのエンドフェイズ時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。


 超星竜 カノープス・ノヴァ 水晶カウンター1→3


「馬鹿な……!!」

 思わず、呟いた。
 水晶カウンターの数だけ破壊を免れる耐性効果に加え、
 効果のための水晶カウンターを自己生成する効果まで付いているだと。
 生きるジェネレーターにして、強靭な壁。こんなカードが……

「私の計算式に、狂いはないわ」

 余裕気に、そう言う霧乃先生。
 実際、その場にはフィールド魔法とカノープス・ノヴァしか存在しない。
 圧倒的な自信と余裕が、そこからは感じられる。

「さぁ……あなたのターンよ、雨宮君」

 どこかうつろな、光を失った瞳で俺を見つめる霧乃先生。
 俺は「くっ」と苦い表情を浮かべ、自分のデッキに手を伸ばす。

「俺のターン!」

 カードを引き、手札を見る。
 そこにあるカードは全部で3枚。
 心もとない数だったが、それでもやるしかなかった。

 手札の1枚を、手に取る。

「魔法発動、ソウルドロー!」

 俺の場にカードが浮かび上がった。
 デッキを取り、手の中で広げる。

「この効果で、デッキのドラグーンを1枚墓地に送り、1枚ドロー!」


ソウルドロー 通常魔法
自分のデッキから「ドラグーン」と名のついたモンスター1体を選択して墓地へと送る。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 哀れむような視線を向ける霧乃先生。

「そんなカードを使用したところで、私の計算式では――」

 だが言い終わる前。
 霧乃先生の後ろにそびえ立っていた、水晶竜の身体がぐらついた。

「ん?」

 不思議そうに振り返る先生。
 水晶竜の足元が崩れ、竜が尖った手を前へと突き出している。
 カードを引きながら、俺は言う。

「墓地に送ったガイアメイジ・ドラグーンの効果を発動!
 このカードを墓地から除外して、相手モンスターの表示形式を変更する!」


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


 ソウルドローで墓地に送ったガイアメイジを、俺はゲームから除外した。
 それによって、カノープス・ノヴァの強固な護りが崩れる。


 超星竜 カノープス・ノヴァ DEF5000→ATK2500


「だけど……カノープス・ノヴァには戦闘破壊を免れる効果があるわ」

 笑顔を絶やすことなく、余裕な表情の霧乃先生。
 俺の場のラグナロク・ドラグーンを見ながら、嘲笑うように言う。

「いずれにせよ、あなたが使う脆弱なカードでは、私のデータデッキには敵わない」

「そいつはどうかな!」

 強く言い、カードを手に取る。
 ざわめく心を感じながら、俺はカードを出した。

「魔法カード、魂融合発動!」

 場にカードが現れ、輝いた。
 一瞬、霧乃先生の顔から表情が消える。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 腕を前に。

「場のラグナロク・ドラグーンと、墓地のブルーウェーブ・ドラグーンを融合!」

 白銀の竜の身体が雄叫びをあげ、その身体が光に包まれた。
 墓地から青い光が飛び出し、光の周りを動く。
 まとわりつくように、青い光が白い光の中へと消えた。そして――

 光が、はじける。

「融合召喚! 降臨せよ、アポカリプス・ドラグーン!!」

 光の粒が舞い散る中、大きな影がゆっくりと姿を見せる。
 薄く発光する青白い身体に、真紅の目。不気味な雰囲気。
 細身の身体を震わせ、鋭い翼を広げる。

 こもった咆哮が、幻想的な星空の世界に響いた。

「…………」

 場に現れた竜を、黙って見つめている先生。
 俺は大きく言う。

「アポカリプス・ドラグーンの効果! このカードがいる限り、
 相手の場の効果モンスターの効果を全て無効にする!」


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。
 

 アポカリプスの瞳が輝き、大きく叫ぶ。
 びりびりと振動する大地。その震動に揺さぶられ、
 相手の場にそびえるカノープス・ノヴァの身体から光が消える。


 超星竜 カノープス・ノヴァ→効果無効


「これで破壊無効の効果は消えた! アポカリプス!」

 拳を握りしめながら、俺は言う。
 アポカリプスが大地をケリ、低く滑空して水晶の竜へと迫った。
 飛び掛かるように動きながら、大きく口を開く青白き竜。

「――ディーペスト・クラッシュ!!」

 アポカリプスが、水晶の竜に噛み付いた。
 苦痛の悲鳴をあげる竜。その身体から白い魂が現れる。
 そして――

 鋭い爪が、飛び出た魂を切り裂いた。

 爆発を起こし、カノープス・ノヴァの身体が崩れ落ちる。
 水晶が砕け散り、キラキラとした光が辺りに飛び交う。
 衝撃が巻き起こり、霧乃先生の足元の大地が砕ける。

「先生!」

 とっさに、声が出た。
 だが――

「フィラメントワールドの効果発動!」

 余裕そうな笑みのまま、霧乃先生が高らかに言った。

「場の水晶カウンターを取り除くことで、私へのダメージを0にする!」

「……ッ!!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 夜空に輝いていた星が1つ消える。
 霧乃先生の身体を淡い光が取り囲んだ。
 星の輝きのように、揺らいでいる光。衝撃がかき消される。


 フィラメントワールド 水晶カウンター5→4


「…………」

 無言で、俺は考える。
 青白き竜が俺の場へと舞い戻った。
 相手の場の厄介なモンスターは消えた。しかし、状況は良いとは言えない。

 残った2枚の手札の内、1枚を手に。

「魔法発動、魂の転生!」

 カードが現れ、輝く。


魂の転生 通常魔法
自分の墓地のカードを1枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。


 俺の決闘盤が、墓地の魂融合のカードを吐き出した。
 それを取り、ポケットにしまいこむ。
 霧乃先生は特に何か反応する事もなく、そんな俺の姿を見つめている。

「……ターンエンド」

 少しの間の後、俺はそう呟くように言った。



 雨宮透 LP4000
 手札:1枚
 場:アポカリプス・ドラグーン(ATK2800)
   伏せカード1枚



 霧乃雫 LP4000
 手札:4枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター4)



 長く息を吐く。今までの攻防と使用カードで、
 霧乃先生のデッキコンセプトはある程度理解できた。

 相手のデッキは、おそらく防御に特化したコントロール型のデッキ。

 堅い護りで相手の攻撃を防ぎ、徹底的なまでに自分へのダメージを防ぐ。
 そうしてひたすら時間を稼いでおいて、あちらの準備が整ったら
 何らかのカードやコンボで、一撃でこちらのライフを削るのだろう。
 戦術自体は珍しくなく、むしろありきたりとも言える。

 だが問題なのは、その使用カードだ。

 データデッキ。コードネームは確かQ(クォーツ)と言っていた。
 明らかに、既存のカードとは比にならないスペックのカード群。
 水晶カウンターを中心とした護りの戦略は、鉄壁という言葉すら生ぬるかった。
 おそらく並のデッキでは、文字通り歯がたたないはずだ。

 唯一の勝算は……

 俺はフッと息を吐き、目を伏せる。

「残念ですね、先生。そんなに強力なカードなのに、使い手があなただなんて」

「あら、どういう意味かしら?」

 穏やかに、微笑んだままの霧乃先生。
 特に挑発にのった様子もないが、俺は続ける。

「そのままの意味ですよ。いくらカードが強力でも、使い手が素人じゃ意味が無い」

「…………」

 沈黙する霧乃先生。
 所詮、霧乃先生はカードすらろくに持ったことのない初心者。
 どんなに強力なカードであろうと、素人相手ならばそこまで脅威にならない。
 俺の言葉に、黙ったままの先生。やがて――

「……フッ」

 吐息のような声が漏れ、

「フッ、フフフ。アッハハハハハハハ!!」

 大きな笑い声が、その場に響いた。
 ケラケラと、心底面白そうに笑い声をあげている霧乃先生。
 予想外の反応に、さすがの俺も戸惑う。

「なに……!?」

「その通りよ、雨宮君。あなたの言う通りだわ……」

 笑いながら、頷く俺。
 決闘盤にセットされたデッキを見る。

「このデッキには、もっとふさわしい使い手がいるわ。
 あなたの言う通りよ。そう、そうなのよ……」

 堪え切れない様子で、再び笑い声をあげる先生。
 笑い声が響き渡る。狂ったように。壊れたように。
 ひとしきり笑った後、ゆらりと先生が腕を動かした。

「だけど、残念なことに今このデッキを使っているのはこの私。
 あなたにも我慢してもらうしかないわ。この私の計算式の中で。フフフ……」

 先生の言葉の意味が、俺には理解できない。
 だがもはや、これ以上話している時間はないようだった。
 
 ゆっくり、霧乃先生がカードを引く。

「私のターンッ!」

 手札を見る霧乃先生。
 その手に握られているカードは5枚。

 夜空の星々が、瞬く。

「フィラメントワールドの効果で、水晶カウンターが2つ増える!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター4→6


 夜空に輝く星の光が、さらに2つ増えた。
 これで水晶カウンターは6。最高6回まで、霧乃先生はダメージを無効にできる。
 先生がさらに手札の1枚を表にし、こちらに向ける。

「魔法発動、クェーサー・バレット!」

 カードが現れ、輝いた。
 眩いばかりの強い閃光がフィールドを満たす。
 霧乃先生がさらに手札の1枚を表に。

「手札の星凱のアルシャインを墓地に送り――アポカリプス・ドラグーンを破壊する!」

「……ッ!」


クェーサー・バレット 通常魔法
自分フィールド上または手札に存在する、
守備力2000以上のモンスター1体を墓地に送り、
フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。
選択したカードを破壊し、デッキからカードを1枚ドローする。


 手札から水晶の鷲が描かれたカードを捨てる霧乃先生。
 おそらく、あのカードもまた守備力が4000なのだろう。
 閃光が強まり、アポカリプス・ドラグーンが苦しそうな声をあげて砕け散る。

「ちっ! 罠発動、魂の綱!」

 舌打ちしながら、俺は言う。
 俺の場に伏せられていた1枚が表になった。
 アポカリプス・ドラグーンのカードを墓地に送りながら、言う。

「モンスターが破壊された時、ライフを支払いデッキのレベル4モンスターを特殊召喚する!」

「……フフフ」


魂の綱 通常罠
自分フィールド上のモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、自分のデッキからレベル4モンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
 

 特に動揺した様子もない霧乃先生。
 俺はデッキからカードを1枚取り出す。

「デッキから、ウインドクロー・ドラグーンを守備表示で特殊召喚!」

 光が現れ、深い緑色の鱗を持つ竜が飛び出した。
 長く太い爪を顔の前で交差させ、跪く風の竜。
 魂の綱のコストで、俺のライフポイントが減る。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


 雨宮 LP4000→3000


「そうよ、その調子。もっとあなたの力を見せて……」

 恍惚としたような表情で呟く霧乃先生。
 楽しそうに、その指がカードをはさむ。

「星凱のサダルスウドを守備表示で召喚ッ!」

 叫ぶように言い、カードを決闘盤に置く先生。
 光が放たれ、そこから水晶で出来た人のような姿が現れた。
 同じく水晶で出来た水瓶を、肩で抱えている。


 星凱のサダルスウド DEF4000


「さらに1枚カードを伏せて、ターンエンドよ!」

 先生の場に、裏側表示のカードが浮かび上がった。
 この決闘で初めて、霧乃先生がカードを場に伏せた。
 魔法か、罠か。いずれにせよ警戒しなければならない。

「――さぁ、あなたのターンよ」

 じっと、観察するように。
 霧乃先生が俺を見据えた。
 薄気味悪い感覚が全身を走る。だが気にしている場合でもない。

「俺のターン!」

 カードを引く。
 そしてスタンバイフェイズ時、俺の墓地が輝いた。

「前のターンに発動した魂の転生の効果で、除外された魂融合を手札に加える!」


魂の転生 通常魔法
自分の墓地のカードを1枚選択し除外する。
このカードを発動した次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
この効果で除外したカードを手札に加える。


 ポケットからカードを取り出して見せる俺。
 霧乃先生はニヤニヤと、それを見つめている。
 さらにこのターン引いたカードを、決闘盤に。

「速攻魔法、ソウルチェンジ!」

 カードが現れ、輝く。

「場のウインドクローを墓地に送り、除外されているガイアメイジをフィールドに!」


ソウルチェンジ 速攻魔法
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスター1体を墓地に送る。
自分の墓地に存在する、またはゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のつくモンスター1体を選択し、自分フィールド上に表側表示で特殊召喚する。


 緑色の竜の身体が光の粒子となって消えた。
 俺の場の空間が一部ねじ曲がり、そこから魔導衣を着た竜が姿を見せる。
 老体の竜。その手に持つ杖の先が、輝いた。

「ガイアメイジ・ドラグーンが特殊召喚に成功した時、カードを1枚引いて手札を1枚捨てる!」


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


 デッキからカードを引く。
 そこにいたのは、そよ風に揺れる薄緑色の翼竜のカード。
 迷わず、俺はそれを墓地に送って続けた。

「さらに! このスタンバイフェイズ時に墓地に送ったウインドクローを除外し、1枚ドロー!」


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


 決闘盤がカードを吐き出す。
 柔らかな風が、なでるように俺の後ろへと吹き抜けていった。
 さらに1枚、カードを引く。これで、俺の手札は3枚。

 1枚を構える。

「魔法発動、魂融合!」

 三度、カードが俺の場で光を放った。
 光の渦が描かれたカード。老体の竜の身体が光に包まれる。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「場のガイアメイジ・ドラグーンと、墓地のウインディ・カーバンクルを融合!」

 決闘盤が墓地のカードを吐き出す。
 

ウインディ・カーバンクル
星1/風属性/天使族/ATK300/DEF300
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されるとき、
このカードを墓地から除外することでその破壊を無効にすることができる。


 緑色の光が飛び出し、場の光と交差する。
 それは徐々に膨張し、やがて巨大な光へと変化した。
 宙に浮かぶ光の下で――

「――融合召喚! ドラグーンソウル・カーバンクル!」

 俺の言葉がこだまし、光がはじけた。
 小さな身体に、不釣り合いなほどに巨大な光の翼。
 薄緑色の身体をした小さな竜の精霊が、姿を見せる。


 ドラグーンソウル・カーバンクル ATK0


「攻撃力……0?」

 表示された数値を見て、馬鹿にしたような声で言う霧乃先生。
 だが俺は気にせず、手を前に出す。

「ドラグーンソウル・カーバンクルの効果! 融合召喚に成功した時、
 除外されているドラグーンと名のつくモンスターを全て墓地に戻す!」


ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。


 竜の精霊の身体が大きく輝く。
 今まで除外されていた竜の魂達が全て、墓地へと戻る。


ソウルエッジ・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK800/DEF500
自分のデッキに存在するLV4以下の「ドラグーン」と名のつくモンスターを一体選択して墓地へと送る。
このターンのエンドフェイズまで、このカードはこの効果で墓地へと送ったモンスターの攻撃力分、
攻撃力がアップする。この効果は一ターンに一度しか使えない。


ブラックボルト・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1500
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象と
なった時に発動可能。自分の墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に
特殊召喚し、攻撃対象をこのカードへと変更する。この効果で特殊召喚されたこのカードが
フィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


ブルーウェーブ・ドラグーン
星4/水属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1400
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手のカード効果で破壊されたとき発動できる。
墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚できる。この効果で特殊召喚
されたこのカードがフィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


「そして戻した枚数×500ポイント分、ドラグーンソウル・カーバンクルの攻撃力が上昇する!」

 俺の言葉に、偉そうな表情で胸を張っている竜の精霊。
 ふんすと得意そうに、いかにもなドヤ顔を浮かべている。


 ドラグーンソウル・カーバンクル ATK0→ATK3000


「だけど……それでもまだ攻撃力3000。サダルスウドには届かないわよ?」

 楽しそうに笑いながら言う霧乃先生。
 もちろん、今のままでは勝てない。今のままでは、な。
 決闘盤を構えて言う。

「魔法発動! ホープ・オブ・ソウル!」

 カードが場に浮かぶ。


ホープ・オブ・ソウル 通常魔法
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが
5体以上存在する場合に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 墓地にドラグーンが5枚以上存在する場合のみ、発動できるカード。
 ドラグーンソウル・カーバンクルの効果で墓地が潤った今だからこそ、発動できる。

「効果でカードを2枚ドロー!」

 カードを引く。これで手札は3枚。
 一瞬の思案の後、すぐさま言う。
 
「墓地に戻ったガイアメイジ・ドラグーンの効果を、再び発動!」

 墓地からカードが吐き出される。
 カードを手に取りながら、指を伸ばす。

「この効果で、星凱のサダルスウドの表示形式を変更!」


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


 水瓶を持ったモンスターの足元が崩れた。
 立ち上がるように、姿勢を変える水晶の人影。
 のっぺりとした生気のない顔が、こちらへと向けられる。


 星凱のサダルスウド DEF4000→ATK0


 星凱モンスターは超守備特化のステータス。
 攻撃表示になれば、何も恐れる必要はない。

「バトルだ! ドラグーンソウル・カーバンクルで星凱のサダルスウドを攻撃!」

 俺の言葉に頷き、勢い良く飛翔する竜の精霊。
 光の翼からキラキラとした光が舞い落ちた。
 そのまま一直線に、水晶のモンスターへと突撃する。

 だが――

「罠発動! 聖なる波動 −ミラーマター−!!」

 霧乃先生が高らかに宣言し、カードが表になった。
 目を丸くする俺と竜の精霊。霧乃先生が両手を広げる。

「この効果で、私とあなたのモンスターの攻撃力を入れ替える!!」

「なにッ!?」


聖なる波動 −ミラーマター− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手の攻撃モンスターと攻撃対象となった自分モンスターの
攻撃力の数値を、このターンのエンドフェイズ時まで入れ替える。


 カードが輝き、ねじ曲がるような感覚がフィールドに広がった。
 小さき翼竜の身体から光が消え、代わりに水晶の人影の身体が鈍く輝く。


 ドラグーンソウル・カーバンクル ATK3000→ATK0

 星凱のサダルスウド ATK0→ATK3000


 攻撃力逆転。
 しかも悪い事に、その差額はぴったり3000。
 このバトルが通れば俺のライフは0になる。

「さぁ、消えなさいッ!!」

 勝ち誇った風な様子で叫ぶ霧乃先生。
 竜の精霊が慌てた様子で、ジタバタともがいている。
 水晶の人影が持っていた水瓶をふりかぶった。

「チッ!」

 思わず舌打ちする。
 カードを叩きつけるように、出す。

「速攻魔法、ディメンション・サイン!」

 場にカードが浮かび上がる。
 描かれているのは、空に浮かぶ奇妙な図形のような記号。

「この効果で、ドラグーンソウル・カーバンクルを除外する!」


ディメンション・サイン 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターをゲームから除外する。このターンのエンドフェイズ時、
除外したモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。


「……フン」

 鼻で笑う霧乃先生。
 竜の精霊がどこからか取り出した白いハンカチをヒラヒラとさせる。
 その姿が揺らぎ、次元の果てへと消えていった。

 戦闘対象がいなくなった事で、バトルがキャンセルされる。

 俺は自分の手に残った2枚を見る。
 相手の場にはサダルスウドとフィラメントワールド。
 俺がこのターンですべき事は――

「……カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 持っていたカードを全て決闘盤へ。
 さらにエンドフェイズになり、ディメンション・サインの効果で
 除外されていたドラグーンソウル・カーバンクルが帰還した。
 

 ドラグーンソウル・カーバンクル DEF0


 そわそわと、まるで「がんばったでしょ! 褒めて!」とでも
 言いたそうに俺の方を見ているカーバンクル。
 俺は一瞬だけ視線を向けた後、特に何も言わずに無視した。

「さすがは雨宮君、やるじゃない」

 クスクスと微笑む霧乃先生。
 俺の場の竜の精霊に視線を向け、話す。
 
「そんな弱小カードを使っているのに、私のデータデッキと渡り合うだなんて。もっとも――」

 言葉を切る霧乃先生。
 眼鏡の奥の目。光のない瞳孔が大きく開く。

「所詮は、悪あがき。私の計算式と大いなる主の力には敵わないわ!!」

 アーッハッハッハと大きく笑う霧乃先生。
 その身にまとわりつく狂気と闇が、一層深まったような気がした。
 デッキに手を伸ばし、叫ぶ。

「私のターンッ!!」

 勢い良くカードを引く霧乃先生。
 夜空が波のように瞬き、揺れる。

「フィラメントワールドの効果で、水晶カウンターが2つ増える!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター6→8


 漆黒の空に星の輝きが増える。
 さらに腕を伸ばす霧乃先生。

「そしてこの瞬間、星凱のサダルスウドの効果が発動!
 水晶カウンターが置かれたカードに、さらに水晶カウンターを2つ乗せる!」

「!?」


星凱のサダルスウド
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
フィールド上に表側表示で存在するカードに
「星凱のサダルスウド」以外の効果で水晶カウンターが置かれる時、
そのカードに水晶カウンターを2つ置く。


 人影が肩に抱えていた水瓶から、ゴポゴポと水が溢れ出た。
 地面に生えていた花畑が水に濡れ、沈んでいく。
 水を出し終えた水瓶から光が飛び出し、夜空の星へと変わった。


 フィラメントワールド 水晶カウンター8→10


「水晶カウンターが10個……!」

 俺は苦々しく呟いた。
 これであの強力なフィールド魔法の効果をかなりの回数使用できる。
 霧乃先生の場は着々と力を溜め、整いつつあった。

「星凱のネカルを召喚!」

 さらに霧乃先生がカードを場へ。
 水晶で出来た野牛のような姿をしたモンスターが現れる。


 星凱のネカル DEF4000


「星凱のネカルの効果発動! 水晶カウンターを1つ取り除くことで、
 私のデッキのカードを裏側表示で除外する!!」

「なに!?」

 獣の姿が輝き、霧乃先生がデッキから1枚、カードを抜き取った。
 夜空に浮かぶ星の光が1つ、消える。


 フィラメントワールド 水晶カウンター10→9


「この効果で除外したカードは、私のターンのドローフェイズ時に
 通常のドローの代わりに手札に加える事ができる……」

 うっとりとした表情でそう語る霧乃先生。
 左手に持ったカードを、仕舞う。

「まだ、この計算式は必要ないわ。必要になるのは計算式が終盤になってから……!!」

 フフフと小さく笑う霧乃先生。
 俺は舌打ちする。どんなカードを除外したか分からないが、
 おそらくロクなカードではない事は確かだろう。

 バッと、霧乃先生が腕をあげる。

「さぁ、まだこれからよ! レベル4の星凱のサダルスウドに、
 レベル4の星凱のネカルをチューニングするわ!!」

「なんだと!?」

 俺は驚愕する。
 霧乃先生がカードをこちらへ向ける。

「その通りよ! ネカルもまた、チューナーモンスター!!」


星凱のネカル
星4/無属性/種族なし・チューナー/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除き発動できる。
自分のデッキからカードを1枚選択し、裏側表示でゲームから除外する。
自分のドローフェイズに通常のドローを行う代わりに、
この効果で除外されたカードを1枚選択して手札に加える事が出来る。
「星凱のネカル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


 顔をしかめる。
 水晶の牛の体が砕け散り、4つの光が飛び出した。
 光が水瓶を持つ人影の身体を取り囲み、輪となる。

「大いなる星の調べが交わりて、天に浮かぶ星となる!! 星海の果てより光來せよ!!」

 叫ぶように詠唱する霧乃先生。
 水晶の人影の体が線だけの存在となる。
 夜空が胎動し、そして――

 閃光が走った。

「――シンクロ召喚!! 降臨せよ、超星竜 アークトゥルス・ノヴァ!!」

 光の中より、巨大な竜が姿を現した。
 細い体に、蝙蝠のような翼。背中からは針鼠のように鋭く尖った水晶が飛び出している。
 鮫の頭のようなフォルムの顔をこちらに向け、低い咆哮を上げた。


 超星竜 アークトゥルス・ノヴァ ATK2500


「また、シンクロ召喚か……!」

 相手の場の竜の姿を見据えながら、呟く。
 俺の場では竜の精霊が怖がった様子で、頭を隠している。

「アークトゥルス・ノヴァがシンクロ召喚に成功した時、水晶カウンターを2つ置く!」

 霧乃先生の言葉と共に、竜の巨体に光が宿った。
 最初に使ったシンクロモンスターと同じ効果を持っているのか。


超星竜 アークトゥルス・ノヴァ
星8/無属性/種族なし・シンクロ/ATK2500/DEF5000
星凱のネカル+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分フィールド上の水晶カウンターを任意の数だけ取り除く事で発動できる。
この効果で取り除いた水晶カウンターの数だけ相手の手札をランダムに捨てる。
自分のターンのエンドフェイズ時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。


 超星竜 アークトゥルス・ノヴァ 水晶カウンター0→2


 という事は、おそらくあいつもまたエンドフェイズ毎に
 水晶カウンターを生み出すジェネレーターのような効果を持っているに違いない。
 早めに叩き潰す必要がありそうだ。

 俺は場で震えている竜の精霊に、視線を向けた。

 霧乃先生が手を前に出す。

「さらにフィラメントワールドの効果を発動! アークトゥルス・ノヴァの
 水晶カウンターを1つ取り除き、あなたの場のモンスターの表示形式を変更する!」

 夜空が瞬き、竜の精霊の身体が白いオーラに包まれた。
 

フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 超星竜 アークトゥルス・ノヴァ 水晶カウンター2→1


 白いオーラに操られるように、姿勢を変化させる竜の精霊。
 ジタバタともがいていたが、それもむなしく相手の巨竜と向き合う格好となった。


 ドラグーンソウル・カーバンクル DEF0→ATK0


 相手の巨竜と目が合うカーバンクル。
 絶望的な戦力差を感じ取ったのか、その顔が青くなる。
 霧乃先生が高笑いをあげた。

「バトル! アークトゥルス・ノヴァでドラグーンソウル・カーバンクルを攻撃!」

 巨竜が咆哮を再び響かせ、飛び上がった。
 背中を丸め、自らの尻尾に喰らいつく。
 円の形となった身体が高速回転する。

「――エーテル・メビウスリング!!」

 霧乃先生の言葉と共に、巨竜の身体が放たれた。
 まるで刃のように、空気を切り裂きながら猛烈な勢いで迫る竜。
 ドラグーンソウル・カーバンクルが悲鳴をあげる。

 瞬間――

「罠発動!」

 俺は決闘盤のボタンを押した。
 伏せられていたカードが表に。

「――カウンター・フュージョン!!」

「!?」


カウンター・フュージョン カウンター罠
自分の墓地に存在する「フュージョン」または「融合」と
名のついた魔法カード1枚をゲームから除外して発動できる。
このカードの効果は、この効果で除外した魔法カードの効果と同じになる。


 霧乃先生の表情から笑顔が消えた。
 驚いたように、目を見張っている霧乃先生。
 決闘盤がカードを吐き出す。

「墓地の魂融合を除外し、この場で融合召喚を行う!」


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 カードを手に取りながら俺は言う。
 竜の精霊の顔がぱっとほころんだ。
 ばっと腕を前に出しながら、俺は言う。

「場のドラグーンソウル・カーバンクルと、墓地のブラックボルト・ドラグーンを融合!」

 精霊の身体が光に包まれた。
 墓地から黒い光が飛び出し、場の光を飲み込む。
 黒々とした光。鈍く赤い稲妻を纏いながら、膨張する。

 光が、はじけた。

「融合召喚! 現われろ、カタストロフ・ドラグーン!!」

 黒い光が降り注ぎ、悪魔の様な姿の竜が姿を現した。
 黒い鱗に、大きく広げられた翼。爛々と輝く赤い目。
 邪悪な気配を漂わせながら、竜が夜空に向かって吠える。


カタストロフ・ドラグーン
星8/闇属性/ドラゴン族・融合/ATK2700/DEF2200
ブラックボルト・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手ターンのバトルフェイズ中に
相手フィールド上に存在するモンスターは全て表側攻撃表示になり、相手プレイヤーは
全てのモンスターでこのカードを攻撃しなければならない。このカードがフィールド上に
存在する限り、相手モンスターの攻撃宣言はこのカードのプレイヤーが行う。


「この計算式は……!」

 目を見開いている霧乃先生に向かって、言う。

「カタストロフがいる限り、相手のモンスターは全て強制的に攻撃しなければならない!」

 宙を旋回していたアークトゥルス・ノヴァの身体が、黒い光に覆われる。
 操られるかのように、回転したままカタストロフの方へと突撃する巨竜。
 悪魔竜が吼え、口を開く。迫り来る星の巨竜。そして――

「――デッドエンドブレイズッ!!」

 黒い炎が放たれ、巨竜の身体を飲み込んだ。
 尻尾から口を離し、悲鳴をあげる竜。
 ドス黒い炎に焼かれ、その身が砕けて散る。

「フィラメントワールドの効果発動!」

 霧乃先生が手を伸ばす。

「水晶カウンターを1つ取り除き、ダメージを0に!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 星の海が揺れ動き、そこに輝く星が1つ消えた。
 霧乃先生の身体を星の光が包み込み、衝撃が飲み込まれる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター9→8


 ダメージこそ無効にされたが、これで相手の場はガラ空きだ。
 自分の場で喉を鳴らすカタストロフを背に、俺は笑いながら言う。

「どうした? あんたのご大層な計算式とやらは、その程度か?」

「…………」

 顔を伏せ、何も言わないでいる霧乃先生。
 切り札のシンクロモンスターを破壊されたショックか、それとも……。

 ゆらりと、霧乃先生が動く。

「……フッ」

 空気を吐き出す音。
 顔の前にかかっていた髪をどかし、そして――

「フッ、フフフフ……!!」

 狂ったように、

「アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 霧乃先生が、笑い声をあげた。
 狂気に満ちた声。それは幻想的な世界をつつみこみ、覆った。
 あまりの不気味さに面食らいつつ、怒鳴るように言う。

「何がおかしい!」

「アハハハハ!! 笑わずにはいられないわ!!
 だってようやく確信が持てたのだもの!! アッハハハハ!!」

 訳の分からない事をわめきながら、笑い続ける霧乃先生。
 そのあまりの狂気に、俺は気圧される。
 何だ、一体何がそんなにおかしいんだ? 確信を持っただと……?

 睨む俺に対して、霧乃先生がゆっくりと口を開く。

「フッフフフ。いいでしょう、そろそろ教えてあげるわ……」

 クスクスと笑いながら、霧乃先生が喋る。
 両手を広げる霧乃先生。

「最初に話したわよね。天から落ちた大いなる主と、
 それを打ち破った幻の一族の話しを……」

「…………」

 淡々と語る霧乃先生の話に、耳を傾ける。
 ゆっくりと、まるでじらすような語り口で話す先生。

「大いなる主は討ち滅ぼされ、葬られた。
 だけどその魂はいずれ転生し、この世界に災いをもたらすと言われている」

「それが、どうかしたんですか」

 俺の言葉にクスクスと笑い声をあげる先生。
 おかしくてたまらない様子で、続ける。

「そして英雄の魂もまた、同じように転生すると言われている。
 輪廻を経て、再び運命が彼らを対峙させるために。
 それこそが歴史より消えた一族の伝承……」

 両手を上げ、天を仰ぐ霧乃先生。
 その目はすわり、正気は完全に失われているように見える。
 イライラが頂点に達し、俺は叫んだ。

「だから、何が言いたい!!」

 幻想的な世界に、俺の言葉が響いた。
 霧乃先生が顔をこちら向ける。
 死人のような白い肌に、張り付いたような笑顔を向け――

「これは、『あなたの』話なのよ」

 静かに、そう言った。
 一瞬、先生の言ったことが理解できずに固まる。

「……なんですって?」

「だから、あなたがそうなのよ。雨宮君」

 俺に言い聞かせるように、繰り返す霧乃先生。
 風が通り抜け、俺達の髪が揺れる。
 漆黒の星の海の下。ゆっくりと、霧乃先生が言った。

「あなたこそが、大いなる主が転生した姿なのよ」




第五十八話 主

 遥かなる太古――

 世界が闇に包まれる直前。
 暗雲が空を覆い、大地が割れ、海が荒れ狂う。
 全ての生命さえも巻き込んだ壮絶な死闘が――

『ぐっ……!!』

 今、終わろうとしていた。
 対峙する二人の人物。一人は密かなる一族を率いる長と呼ばれる人物。
 そしてもう一人は――

『おのれ、おのれぇぇぇ……!!』

 苦痛の声を振り絞り、呪詛の言葉を吐く者。
 かつて天より堕ち、その強大な力で世界を支配せんとせす者。
 大いなる主と呼ばれる人物が、胸を抑える。

『人間風情が……これほどの力を持っているとは……!』

 顔を歪め、相手を睨みつける大いなる主。
 涼しげな表情で、長と呼ばれる男はその視線を流している。
 黒い長髪を揺らし、大いなる主が叫ぶ。

『貴様なんぞにぃぃぃぃ!!』

 自らの内の巨大な闇の力を開放する大いなる主。
 暗黒が広がり、漆黒が世界全体を覆い尽くさんばかりに広がる。
 凄まじい闇の力が主の身体を中心にして渦巻き、そして――

 その姿が、漆黒の竜へと変化した。

 禍々しく、それでいて神々しい姿。
 まるで金細工の装飾品のように、黄金の鱗が全身から生えている。
 漆黒の竜を背に、大いなる主が叫ぶ。

『コラプサァァァァァ!!』

 その言葉に反応する闇より生まれし竜。
 ゆっくりと、荘厳なる巨躯を長の方へと向ける。
 その全身から闇が溢れ出て、全てを飲み込もうとする。

 だが――

『愚かな……』

 長と呼ばれる男が、静かにそう呟いた。
 その全身から眩いばかりの光が溢れる。

『なに……!?』

 驚く大いなる主。
 光が闇を侵食し、喰らい尽くす。
 神々しい光にあてられ、漆黒の竜が悲鳴のような咆哮をあげる。

 そして長の背後に現れる、光の竜の姿。

 全てを超越し、全てを統べる光の化身。
 強大な光の力が闇を吹き飛ばしていく。
 闇の竜の姿が光によって砕け散り、消えていく。

『馬鹿な! こんな、こんな事がァァァァ!!』

 光によって、自らの身体が崩壊していく大いなる主。
 血走った目を長の方へと向け、叫ぶ。

『覚えていろ……! いずれ必ず、貴様ォォォォ……!!』

 震える手を伸ばす大いなる主。
 だがそれも、強烈な光にあてられ指先から砂のようになって崩壊していく。
 光の化身たる竜が咆哮をあげ、光が一際強まる。そして――

 大いなる主と眷属たる竜の姿が、完全に消え去った。

 衝撃が巻き起こり、長を中心として波紋のように広がっていく。
 それによって世界を飲み込んでいた闇がかき消され、消えていった。
 空を支配していた夜は消え、太陽の光が降り注ぐ。

『いずれ、か……』

 一人残された長が、ぽつりと呟く。
 胸の前に手を置く長。

『ならば、その時は私がまたお前の相手をしてやろう……』

 哀れむような、決意するような。
 そのような声色で、そっと呟く長。
 やがて世界は落ち着きを取り戻すかのように、ゆっくりと動き出す。

 一陣の風が、その場を優しく吹き抜けた――





















「この俺が……大いなる主の生まれ変わりだと?」

 霧乃先生に向かって、俺はそう尋ねた。
 笑顔を浮かべ、天を仰いだ格好の霧乃先生。
 両手を広げ、まるで神に謁見するかのように天に語りかける。

「これこそが……まさに運命! 探し求めた神話の邪神が!
 偉大なる闇の王が! 今まさに私の前に存在するだなんて!」

 うっとりとした口調で、話す霧乃先生。
 ゾクゾクとした様子で、自らの身体を抱きしめる。

「これで……闇の力を使った人体蘇生の実験は完成する……!!
 ようやく、私は……私はぁ……!!」

 心底、嬉しそうな様子の霧乃先生。
 その右腕に装着された決闘盤のランプが青から赤へと変化した。
 だが霧乃先生はそれに気づいた様子はない。

「……おい」

 イライラとしながら、言う。
 霧乃先生に聞こえている様子はない。
 俺は黙ってカードを引き、それを確認する事なく――

「呆けてねぇで、さっさと質問に答えやがれぇぇぇ!!」

 怒りにまかせ、叫んだ。
 ばっと、俺は腕を前に出す。カタストロフ・ドラグーンが口を開けた。

「デッドエンドブレイズ!!」

 ドス黒い炎が、霧乃先生に向けて放たれる。
 恍惚とした表情の霧乃先生に向かって、迫る炎。
 凄まじい熱気と焦げた匂いが広がる。

 だが炎が当たる直前。

「――フィラメントワールドの効果発動!」

 霧乃先生がまるでゾンビのようなふらついた動作で手を前に出した。

「水晶カウンターを取り除き、私へのダメージを0にする!」

「チッ!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター8→7


 夜空の星が瞬き、1つ消える。
 霧乃先生の身体を光が包み込み、炎からその身を守った。
 燃え盛るドス黒い炎の中で、霧乃先生が微笑む。

「フフフ……油断ならないわね。さすがは我が大いなる主」

「だから、それはどういう意味だ!」

 俺の言葉に、一瞬だけきょとんとする霧乃先生。
 だがすぐに楽しそうに、笑い出す。

「アッハハハ! だから、言葉通りの意味よ!
 あなたはかつて『大いなる主』と呼ばれ、精霊と共に世界を支配しようとした闇の使徒!
 遥かなる星海の果てより光来せし、神の生まれ変わりなのよ!」

 当然のことのように、そう話す霧乃先生。
 俺は「ハッ」と声を出す。

「先生、あんたは大分前から少しおかしいと思ってたけど……
 そんな与太話を本気で信じてるんですか?」

 古代の神だの、その生まれ変わりだの。
 まともな神経ならば信じられるような話ではない。
 とはいえ、相手がまともでない事も確かだった。
 
 クスクスと笑う霧乃先生。

「あら、あなたは今まで何を見てきたの?
 デュエルモンスターズの精霊に、闇の決闘。
 これだって十分『普通じゃない』事よ。なら、今の話だってありえるんじゃない?」

 得意そうに言葉を並べる霧乃先生。
 チャラリと、胸からぶら下げていた十字架のペンダントを掲げる。

「それにね……、私には分かるのよ。このペンダントが教えてくれるの。
 なにせあなたが自分の力で作り上げた闇の遺物だもの。
 だからこそ分かる。ペンダントが囁くのよ、あなたこそが大いなる主だと……」

「…………」

「最初はあなたの力もあまり感じられず、確信を持てなかった。
 だけどさっきまでの攻防で、あなたが自分の力を晒してくれたおかげで!
 確信が持てた! 信じることが出来たのよ! そう、あなたこそが――」

 霧乃先生の瞳。
 光のない漆黒の黒に、俺の姿が映る。

「――偉大なる、大いなる主」

 風が吹いて、俺の髪が揺れた。
 深い沈黙が、俺達を包み込む。
 まるで時間が止まったかのように、世界が静まり返った。

 そして――

「……なるほど、分かりました」

 ため息をつきながら、俺は言葉を吐き出した。
 霧乃先生の顔に嬉しそうな笑みが広がる。

「それじゃあ……!」

「えぇ、完璧に理解できましたよ。そう――」

 顔をあげ、霧乃先生の方を見る。
 冷たい視線を向けながら――

「あんた、完全にイカレてる」

 そう、吐き捨てた。
 霧乃先生の表情が、凍りついた。
 まるでアイスクリームが溶けたように、その顔から笑みが消える。

「ど、どうして……!?」

「どうしたもこうしたも……そんな話、信じる方がどうかしてる」

「違うわ! あなたは! 間違いなく!」

 絶叫するように言う霧乃先生。
 その身体は絶望か怒りからか、小刻みに震えていた。
 俺は再度ため息をつき、諭すように言う。

「あんたがどう思ってるか知らないが――俺に特別な闇の能力なんてものはない。
 空だって飛べないし、壁だって通り抜けられない。カードの精霊とやらも見えない。
 まして死者の蘇生だなんて、できる訳がないでしょう」

 俺の言葉に、口をパクパクとさせる霧乃先生。
 今、彼女が何を考えているのか。そもそもまともな脳細胞が残っているのか。
 俺には知る由もない。

「そんな、そんなはずはない……。あなたは、あなたは確かに……」

 ブツブツと、壊れたように呟いている霧乃先生。
 刺激が強すぎたか。このまま完全に壊れてくれれば
 俺もこれ以上は疲れないですむのだが……。

 漆黒の星空の下――

「……そうか」

 合点がいったように、

「アッ……ハハハ」

 パズルのピースがはまったように、

「アーッハハハハハハハハハハ!!」

 狂気の笑い声が、再び響き渡った。
 ケタケタと壊れた玩具のように笑い続ける霧乃先生。
 ゆらりと、壊れた笑顔をこちらへと向ける。

「どうやら……あなたは長い転生の果てに自分の使命や力を忘れてしまったのね。
 だからあんな態度が取れるのよ。そうよ、そうなのよ……!!」

 自分で自分の言葉に納得した様子の霧乃先生。
 どうやら、わずかに残っていた理性さえも完全に消え去ったようだ。
 哀れむ俺に向かって、霧乃先生が両手を広げて言う。

「なら、思い出させてあげる。あなたが過去に使っていたこのデッキで。
 あなたとの、この運命の決闘で。それでも思い出せないなら――」

 ギョロリと、目を動かす霧乃先生。

「――あなたが死んだ後に、じっくりと調べてあげるわ」

 そう言い、狂気の笑い声をあげる霧乃先生。
 完全に理性の糸が切れ、そこにいるのはもはや人間ではなかった。
 自らの世界を信じる狂信者。おぞましき、闇そのもの。

「なら――」

 決闘盤を構える。

「――ブッ潰してやりますよ。その妄想ごと、アンタをね!」

 強く言い、睨みつけた。



 雨宮透 LP3000
 手札:1枚
 場:カタストロフ・ドラグーン(ATK2700)
   伏せカード1枚



 霧乃雫 LP4000
 手札:2枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター7)



 場を確認する。
 相手の場にカードはなかったが、バトルフェイズは既に終了していた。
 強力な制圧効果を持つカタストロフがいるのは、俺にとって有利だ。

 だが問題なのは、あのフィールド魔法フィラメントワールド。


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 まずは強力な防御能力を持つあのカードを何とかしなければ、
 霧乃先生にダメージを与える事はできない。ダメージを与えられなければ、
 いずれこちらの手が尽きてジリ貧に陥るのは明らかだった。

 だが今の俺の手に、あのカードに対抗するカードは……

「……くっ」

 苦々しく口走り、最後の手札を決闘盤に挿す。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ……」

 俺の場に裏側表示のカードが増える。
 これで俺の場にセットされたカードは2枚。
 今はまだ、かろうじて俺にも分があった。だがそれも、いつまで続くか分からない。

 狂気の笑い声をあげながら、霧乃先生がデッキに手をかける。

「既にこの決闘の演算は終わっている!
 私の導き出した計算式に、一縷の狂いもありはしない!! 私のタァァァァン!!」

 カードを引く霧乃先生。
 大きく腕をふりかぶり、言う。

「スタンバイフェイズ時、フィラメントワールドに水晶カウンターが2つ乗る!!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。 


 星海が揺らぎ、星々が輝きを見せた。
 漆黒の空に、新たな光が二つ灯る。


 フィラメントワールド 水晶カウンター7→9


 霧乃先生が手札の1枚を表にする。

「さらにィ! 星凱のミルザムを守備表示で召喚ッ!!」

 カードを叩きつけるように置く霧乃先生。
 光が現れ、そこから水晶で出来た狼のような姿が現れた。
 喉を鳴らし、獣は低い唸り声をあげている。
 

 星凱のミルザム DEF4000


「星凱のミルザムの効果ッ発動ッ!」

 叫ぶ霧乃先生。
 夜空が瞬く。

「場の水晶カウンターを1つ取り除き、墓地の星凱モンスターを1体特殊召喚する!!」

「なにッ!」

 獣が、天に向かって遠吠えをあげた。
 大地が崩れ、白い霧と共に水が溢れ出る。


星凱のミルザム
星4/無属性/種族なし・チューナー/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
自分の墓地の攻撃力0のモンスター1体を選択して特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効となる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 フィラメントワールド 水晶カウンター9→8


 霧乃先生の決闘盤がカードを吐き出した。
 描かれているのは、水瓶を肩にのせた水晶の人影。
 霧乃先生がカードを掲げる。

「復活せよ! 星凱のサダルスウドーッ!!」

 地の底より、水と共に人影がゆっくりと姿を見せた。
 巨大な水瓶に、水晶で出来たのっぺりとした顔立ち。
 冷たい目が、再び俺へと向けられる。


星凱のサダルスウド
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
フィールド上に表側表示で存在するカードに
「星凱のサダルスウド」以外の効果で水晶カウンターが置かれる時、
そのカードに水晶カウンターを2つ置く。


「モンスターが並んだ、ということは……!」

 油断なく、俺は決闘盤を構える。
 霧乃先生がバッと両手を広げる。

「レベル4の星凱のサダルスウドに、レベル4の星凱のミルザムをチューニングッ!!」

 獣の身体が砕け散り、4つの光が飛び出した。
 光が輪となり、水瓶を抱える人影の周りを取り囲む。
 その姿が線だけの存在となった。

「大いなる星の調べが交わりて、天に浮かぶ星となるッ!! 星海の果てより光來せよッ!!」

 閃光が走る。

「シンクロ召喚!! 超星竜 シリウス・ノヴァァァァァ!!」

 光の中より、巨大な影が姿を見せた。
 カノープスよりも、アークトゥルスよりも、さらに巨大な躯。
 天を穿つかのように鋭く無骨に尖った水晶の顔に、翼、爪。
 星々の光を反射し、その水晶で出来た全身は鈍く煌めいている。

 超弩級の巨竜が、甲高い声をあげた。


 超星竜 シリウス・ノヴァ ATK2500


「シリウス・ノヴァがシンクロ召喚に成功したことにより、水晶カウンターが2つ乗るッ!」
 
 今までのシンクロモンスターと同じ、水晶カウンターを置く能力。
 巨竜が轟音のような音を響かせる。その身体に光が宿った。


 超星竜 シリウス・ノヴァ 水晶カウンター0→2


 だが、これでは俺の場のカタストロフ・ドラグーンの攻撃力には上回らない。
 最初の竜のように、戦闘破壊耐性を持っているのか。それとも――
 霧乃先生が笑いながら、指を天に向ける。

「シリウス・ノヴァの効果を発動ッ!!」

 どくんと、鼓動するかのように夜空が揺れた。
 巨竜が大きく口を開ける。

「場の水晶カウンターを1つ取り除く毎に、攻撃力が1000ポイント上昇するッ!!」

「なっ……!」


超星竜 シリウス・ノヴァ
星8/無属性/種族なし・シンクロ/ATK2500/DEF5000
星凱のミルザム+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを任意の数だけ取り除き発動する。
エンドフェイズまで、このカードの攻撃力・守備力は
この効果で取り除いた水晶カウンターの数×1000ポイントアップする。
自分のターンのエンドフェイズ時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。

 
 大地が、空が、揺れ始めた。
 まるで地鳴りのように。世界が終わる前兆のように。
 崩壊する世界に、霧乃先生の声が響く。

「私は場の水晶カウンターを4つ取り除き、攻撃力を4000ポイントアップさせる!!」

「ぐっ……!」

 星々の光が、巨竜の身体に宿っていた光が。
 全て巨竜の身体に光となって、注がれていった。


 超星竜 シリウス・ノヴァ 水晶カウンター2→0

 フィラメントワールド 水晶カウンター8→6


 まるで天の川に浮かぶ大量の星のように、鮮烈な光が辺りを照らす。


 超星竜 シリウス・ノヴァ ATK2500→ATK6500


 壮大な光のオーラを身に纏っている巨竜。
 ケラケラと笑いながら、霧野先生が手を伸ばし宣言する。

「行けぇ! シリウス・ノヴァァァ!! カタストロフ・ドラグーンに攻撃ィィィ!!」

 その言葉に呼応するかのように、巨竜の目が光った。
 大きく口を開け、大地を踏み砕く。強烈な衝撃が大地から伝わり、
 まるで大地が傾いたかのような感覚がフィールドを支配する。

「これは……!!」

 強力な引力のような力を感じ、俺はその場に膝をついた。
 周りの草花や竜の身体が、引き寄せられるかのようにジリジリと巨竜の方へと進んでいく。
 霧乃先生が高らかに叫んだ。

「――エーテル・ヴォルテックスーッ!!」

 引力の中心、大きく口を開けて待ち構えている巨竜。
 このまま攻撃が通れば、俺のライフは一撃で0になる。
 通させる訳にはいかない。

「速攻魔法!」

 竜の方へ引きずられながら、手を前に出す。

「カーバンクル・コールを、発動!!」

 伏せられていた1枚が、表になった。
 描かれているのは、精霊達が楽しそうに集まっている様子。
 カードが、輝く。

「この効果で、デッキからデモニック・カーバンクルを守備表示で特殊召喚する!」

 デッキからカードを取り出し、かざす。
 薄黒色をした翼竜の精霊が、悪戯っぽい表情を浮かべながら現れた。
 ニシシと、口元で笑みを浮かべているカーバンクル。


デモニック・カーバンクル
星1/風属性/悪魔族/ATK300/DEF300
相手モンスターの攻撃宣言時、墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外して発動する。その攻撃を無効にする。


「そんなカードを呼んだところで!」

 馬鹿にしたように叫ぶ霧乃先生。
 だが俺はフッと微笑み、続ける。

「相手の攻撃宣言時にこのカードを発動した場合、
 攻撃対象をこのカードで呼んだモンスターに変更する!」

「なんですって!?」


カーバンクル・コール 速攻魔法
デッキから「カーバンクル」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
このカードが相手モンスターの攻撃宣言時に発動された場合、
攻撃対象をこのカードの効果で特殊召喚したモンスターに変更する。

 
 カードがさらに輝き、カーバンクルの身体が光った。
 突風に飛ばされるように、巨竜の方へと吸い寄せられていくカーバンクル。
 霧乃先生にむかってあっかんべーをするカーバンクル。そして――

 巨竜の顎が、その小さな身体を粉砕した。

 衝撃が巻き起こる。
 大地が傾いていたような異常な引力が消え、
 世界が平坦な感覚へと戻っていく。

「これで――」

 凌いだか、という言葉が出る前。
 霧乃先生が「アハハハ!」と笑い、大きく叫んだ。

「そんな程度で、私の計算式を狂わせられると思ったのかしらッ!?」

「!?」

「魔法発動ォ!! プリズム・ビッグバァァァン!!」

 カードを出す霧乃先生。
 宝石のように整えられた水晶が描かれたカード。
 霧乃先生が片手をあげる。

「この効果で、場の水晶カウンターを取り除いた数×1000ポイントのダメージを相手に与える!」


プリズム・ビッグバン 通常魔法
フィールド上の水晶カウンターを任意の数だけ取り除き発動する。
この効果で取り除いた水晶カウンターの数×1000ポイントの
ダメージを相手のライフポイントに与える。


「なっ……!」

 言葉が詰まる。
 直接、バーンダメージを与えるカードだと。
 霧乃先生が天を仰ぐ。

「場の水晶カウンターを3つ取り除き、相手に3000ポイントのダメージを!!」

 夜空の星々が強い光を放った。
 そして光が――こちらへと向かい始めた。
 まるで隕石のように、銀河の果てから、こちらへと。


 フィラメントワールド 水晶カウンター6→3


 遠くで輝いていた星。
 それが今や、俺の方に弾丸のような勢いで迫っていた。
 巨大な隕石が、空を突き抜けこちらに突っ込んでくる。もはや目視できる程の距離に。

「くそっ!」

 思わず、悪態が出た。
 最後の1枚。迂闊なタイミングでは使いたくなかったが、仕方ない。
 迫る隕石を見据えながら、言う。

「罠発動、ソウルフルガード!」

 伏せられていた最後の1枚が表になった。
 俺の前に強固なバリアが貼られる。

「この効果で、効果ダメージを0に!」


ソウルフルガード 通常罠
自分の墓地にドラグーンと名のつくモンスターが存在するとき発動できる。
次の効果のうち一つを選択して適用する。
●このターンのみ戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にする。
●このターンのみカード効果による自分へのダメージを0にする。


 言い終わるや否や、隕石が猛烈な勢いで叩きつけてきた。
 バリアに阻まれ、直撃はしない。だがその凄まじい衝撃は広がり、
 まるで爆心地のような轟音が耳をついた。

「ぐぉっ……!!」

 声が漏れ、膝をつく。
 凄まじい衝撃に吹き飛ばされないように、地面に爪をたてる。
 爆風が貫くように、俺の全身を揺らして通り抜けた。

 世界が、終末を迎えたかのように静まり返る。

 俺は何とか立ち上がり、前を向く。
 霧乃先生がさも嬉しそうに、両手をあわせる。

「天から降り注いだ隕石の地で目覚め、地上に君臨する……。
 雨宮君、やはりあなたこそが、大いなる主……!!」

「…………」

 付き合いきれない。
 俺は聞こえない振りをし、その言葉を無視する。
 感極まった様子で、霧乃先生が続ける。

「フィラメントワールドの、効果発動!」

 夜空の星が輝く。

「水晶カウンターを取り除き、場のシリウス・ノヴァの表示形式を変更する!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 天に浮かんでいた星が1つ消える。
 巨竜が、その巨大な脚を大地に投げ出して低く構えた。


 フィラメントワールド 水晶カウンター3→2
 

 超星竜 シリウス・ノヴァ ATK6500→DEF9000


「カードを1枚伏せ――」

 手札に残った最後の1枚を出す霧乃先生。
 裏側表示のカードが浮かび上がりながら、続ける。

「そしてエンドフェイズ時に、シリウス・ノヴァの効果が切れると同時に効果発動!
 このカードに水晶カウンターを2つ乗せる!」


超星竜 シリウス・ノヴァ
星8/無属性/種族なし・シンクロ/ATK2500/DEF5000
星凱のミルザム+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを任意の数だけ取り除き発動する。
エンドフェイズまで、このカードの攻撃力・守備力は
この効果で取り除いた水晶カウンターの数×1000ポイントアップする。
自分のターンのエンドフェイズ時、このカードに水晶カウンターを2つ置く。


 星の力を喰らい、強化されていた力が消えてなくなった。
 それでもまだその守備力は脅威の5000。難攻不落の数値であることに違いはない。
 そしてその身体に、新たな星の光が宿る。


 超星竜 シリウス・ノヴァ DEF9000→DEF5000

 超星竜 シリウス・ノヴァ 水晶カウンター0→2


「これで、ターンエンド」

 静かに、そう言い切る霧乃先生。
 このターンの熾烈な攻防にもかかわらず、霧乃先生にはまだ余裕があった。
 増えていた水晶カウンターも目減りしたとはいえ、
 シリウス・ノヴァやフィラメントワールドがある限り、補給は続いていく。

「大いなる主の力……! それこそが……私の……!」

 どこか遠くの方を見ながら、呟いている霧乃先生。
 俺はチッと舌を鳴らして、デッキに手を置く。
 あんな妄言に付き合う義理はない。

「俺のターン!」

 カードを引く。



 雨宮透 LP3000
 手札:1枚
 場:カタストロフ・ドラグーン(ATK2700)
   伏せカードなし



 霧乃雫 LP4000
 手札:0枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター2)
   超星竜 シリウス・ノヴァ(DEF5000/水晶カウンター2)
   伏せカード1枚



 俺の手札は引いた1枚のみ。
 だが俺にはまだ、残された魂がある。

「墓地のウインドクロー・ドラグーンを除外し、さらに1枚ドロー!」

 決闘盤がカードを吐き出す。
 それを手に取りながら、さらにカードを引いた。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


 手札は2枚。そして今引いたカードは……

「魔法発動! 朽ちゆく魂の宝札!」

 カードが現れ、輝いた。
 

朽ちゆく魂の宝札 通常魔法
自分の墓地に存在する「ドラグーン」と名のついた融合モンスター2体を選択する。
選択したカードをデッキへ戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「この効果で、墓地のラグナロク・ドラグーンと
 アポカリプス・ドラグーンを融合デッキに戻し、2枚ドローする!」


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。


 墓地から白い光と青い光が飛び出し、デッキに戻る。
 さらにカードを2枚引いた。これで手札は3枚。
 そして、引いたカードに描かれていたのは――

 炎の呪いをその身に宿す、燃え上がる竜。

「俺はフレイムアビス・ドラグーンを召喚!」

 カードを決闘盤に。
 火柱が上がり、そこから赤い竜が姿を見せた。


フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。


「そして、さらに魂融合を発動するッ!!」

 カードをかかげ、鋭く言う。
 3枚目の魂融合。最後の1枚が、大きく光を放つ。


魂融合 通常魔法
自分のフィールド上と墓地からそれぞれ1体ずつ、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「ドラグーン」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 わずかな動揺も見せず、笑っている霧乃先生。
 決闘盤が墓地から黒き竜の精霊のカードを吐き出す。

「場のフレイムアビス・ドラグーンと、墓地のデモニック・カーバンクルを融合!」

 黒い光が飛び出し、宙に浮かんだ。
 赤き竜の身体が光となり、黒い光の中へと吸い込まれていく。
 大きく膨らみ、鼓動する光。そして――

 光が、はじける。

「融合召喚! 来い、ドラグーンロスト・カーバンクル!!」

 光の中より、黒い肌をした竜の精霊が姿を現した。
 小柄な身体に、不釣り合いな程に巨大な闇の翼を背に生やす翼竜の精霊。
 悪戯っぽく笑い、チッチと指を振っている。


 ドラグーンロスト・カーバンクル DEF0


「融合体にも関わらず、また守備力0?」

 馬鹿にした口調の霧乃先生。
 俺は気にせずに続ける。

「ドラグーンロスト・カーバンクルが融合召喚に成功した時、
 ゲームから除外されているドラグーンを全て墓地に戻す!」

 巨大な暗翼を広げるカーバンクル。
 翼が鈍い光を放ち、次元の果てより竜の魂達が帰還する。


フレイムアビス・ドラグーン
星4/炎属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1200
自分の墓地に「ドラグーン」と名のつくモンスターが存在するとき、このカードは以下の効果を得る。
●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、このカードの攻撃力を400ポイントアップ
して、もう一度攻撃することができる。この効果は一ターンに一度しか誘発しない。


ガイアメイジ・ドラグーン
星4/地属性/ドラゴン族/ATK1400/DEF1200
このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚したとき、デッキから一枚カードを引き、
その後手札からカードを一枚墓地へと送る。自分の墓地に存在するこのカードを
ゲームから除外することで、相手フィールド上の表側表示モンスターの表示形式を変更できる。


ウインドクロー・ドラグーン
星4/風属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1300
自分のスタンバイフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、
自分はカードを一枚引くことができる。


ブラックボルト・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1600/DEF1500
自分フィールド上の「ドラグーン」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象と
なった時に発動可能。自分の墓地に存在するこのカードを表側守備表示で自分フィールド上に
特殊召喚し、攻撃対象をこのカードへと変更する。この効果で特殊召喚されたこのカードが
フィールドを離れるとき、代わりにゲームから除外する。


ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。


 5枚のカードを墓地に送る。
 俺は指を伸ばし、宣言する。

「そして戻した枚数の数まで、場のモンスターの攻撃力と守備力を半減させる!」

 ぴくりと、霧乃先生がほんの少しだけその言葉に反応した。
 俺は相手の場にそびえる超巨大竜を、指差す。

「場の超星竜 シリウス・ノヴァの攻撃力と守備力を半減!!」


ドラグーンロスト・カーバンクル
星10/風属性/悪魔族・融合/ATK0/DEF0
デモニック・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。
この効果で戻したカードの枚数までフィールド上に表側表示で
存在するモンスターを選択し、その攻撃力・守備力を半分にする。


 黒い竜の精霊から、邪悪な波動が放出される。
 闇の光が巨竜にまとわりつき、苦しげな咆哮が轟いた。
 

 超星竜 シリウス・ノヴァ DEF5000→DEF2500


 ニシシと、竜の精霊が楽しそうに笑う。
 これで相手の場のモンスターの能力は激減した。
 腕を前に。

「カタストロフッ!!」

 俺の声に、漆黒の竜がその目を輝かせた。
 その口の端から黒い炎が漏れる。
 幻想的な世界に――

「――デッドエンドブレイズ!!」

 地獄の業火が放たれた。
 超巨大な竜に向かい、突き進む獄炎。
 水晶に反射するように、黒い炎が映る。そして――

 炎が、巨竜の身体を貫いた。

 絶叫のような鳴き声をあげる巨竜。
 その身体が蝕まれるように、ボロボロと崩壊していく。
 目から光が消え、倒れるように崩れ去った。

 刹那。

「この瞬間、リバース罠! オープン!!」

 高らかと、霧乃先生が声をあげた。
 目を丸くする。伏せられていたカードが表になる。
 描かれているのは、漆黒の闇。

「ヴォイド・ディスペレイションーッ!!」

「なにっ!?」

 カードが鈍い輝きを放つ。
 闇が吹き出て、フィールドを覆い尽くした。
 漆黒が視界を奪う中、霧野先生の声が響く。

「この効果でッ! フィールドのモンスターを全て破壊するゥゥゥ!!」

「……ッ!!」
 

ヴォイド・デスペレイション 通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘または
カード効果によって破壊された時に発動できる。
フィールド上のモンスターを全て破壊する。
このカードがバトルフェイズ中に発動された場合、バトルフェイズを終了する。


 闇がうねるように動いた。そして――
 突然、闇そのものが針のように形を変え、俺の場のモンスターを刺し貫いた。
 串刺しになる竜と、精霊。その身体が砕け散り、消える。

「……チッ!」

 カードを墓地に送りながら、舌打ちする。
 これで俺の場のモンスターは全滅。おまけにバトルフェイズまで終了となった。

 俺の場にカードはない。手札は、たったの1枚。
 
 壊れた笑い声をあげている霧乃先生。

「これで、あなたにはもはや手は残されていない。
 私の計算に狂いはないわ! 例え大いなる主であるあなたでも、
 この私の完璧な計算式を崩すことはできないのよ!!」

 ひと通りわめき、またも笑い声をあげる霧乃先生。
 イライラしながら、言う。

「他人のカードを使っている分際で、偉そうに!」

「私はいいのよ! わざわざ復活させてあげたんだから!」

 得意そうに言い切る霧野先生。
 俺は再度舌打ちする。持っていた最後の1枚を荒々しく決闘盤へ。

「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 裏側表示のカードが浮かび上がる。
 正真正銘、俺の場に残っているカードはこの1枚だけだった。

 笑い声が響く。



 雨宮透 LP3000
 手札:0枚
 場:伏せカード1枚
   


 霧乃雫 LP4000
 手札:0枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター2)
   


「私のタァァァァン!!」

 高らかに宣言する霧乃先生。
 闇の中より、カードが1枚浮かび上がった。

「ドローフェイズ時、星凱のネカルの効果を発動!
 通常のドローのかわりにこのカードの効果で除外したカードを手札に加えるッ!!」


星凱のネカル
星4/無属性/種族なし・チューナー/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除き発動できる。
自分のデッキからカードを1枚選択し、裏側表示でゲームから除外する。
自分のドローフェイズに通常のドローを行う代わりに、
この効果で除外されたカードを1枚選択して手札に加える事が出来る。
「星凱のネカル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


 あの時に除外していた1枚。
 それが今、霧乃先生の手札に加わった。
 壮絶な気配を感じ取り、心臓の鼓動が早まる。

「そしてフィラメントワールドに、水晶カウンターが乗る!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター2→4


 天に浮かんでいた星が輝いた。
 だがもはや、俺の意識はそちらにはない。
 霧乃先生が手札に加えた1枚。ただそれだけに、俺の意識は向けられていた。

 ゆっくりと――

「私は――」

 霧乃先生が――

「手札の通常魔法――」

 最後の1枚を――

「――アステリズム・スーパーノヴァを、発動ォォォ!!」

 発動した。
 カードが、浮かび上がる。
 描かれているのは、漆黒の星空。12の星。
 凄まじい闇の気配と共に、カードが輝いた。

 右手の決闘盤を構える霧乃先生。

「この効果で、私の場の水晶カウンターを全て取り除く!!」

「なッ!?」

 霧乃先生の言葉に反応するように。
 星の海に輝いていた光が、消滅した。
 

 フィラメントワールド 水晶カウンター4→0


 馬鹿な、自分から水晶カウンターを全て消滅させるだと?
 いったい何を考えているんだ。

「天の星々が消えたことで、禁断の闇が目を覚ます……!!」

 薄気味悪い笑みを浮かべている霧乃先生。
 霧乃先生が腕を伸ばしながら、言う。

「アステリズム・スーパーノヴァこそが宇宙の始まり!!
 超新星爆発により星は消え、そこから新たなる生命が生まれるのよ!!
 水晶カウンターを取り除いた後、私の墓地から星凱モンスターを3体特殊召喚!!」

「!!」


アステリズム・スーパーノヴァ 通常魔法
このカードの発動時、フィールド上の水晶カウンターを全て取り除く。
自分の墓地に存在する攻撃力0のモンスターを3体選択し特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効となる。


「現われよ!! 星凱のミアプラキドゥス!! 星凱のザヴィザヴァ!! 星凱のサダルスウド!!」

 高らかに叫ぶ霧乃先生。
 決闘盤が青く輝き、場に光が3つ現れた。
 そして光の中より、水晶の魔精達が姿を現す。


星凱のミアプラキドゥス
星4/無属性/種族なし・チューナー/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊される場合、
代わりに自分フィールド上に存在する水晶カウンターを、
破壊されるモンスター1体につき1つ取り除く事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


星凱のザヴィザヴァ
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚選択し、
水晶カウンターを1つ置く事ができる。
この効果は1ターンに2度まで使用できる。


星凱のサダルスウド
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
フィールド上に表側表示で存在するカードに
「星凱のサダルスウド」以外の効果で水晶カウンターが置かれる時、
そのカードに水晶カウンターを2つ置く。


 復活した3体のモンスターが、俺を見据えた。
 この布陣は、まさか。嫌な予感が走り、俺は歯をかみしめた。
 勘だが、おそらくこの予想は当たっているだろう。

 いつの間にか、1枚のカードを手にとっている霧乃先生。

「これこそが――」

 両手を広げ、口を開く。
 まるでノイズが混じったかのような、奇妙な声。
 持っていたカードを、表にする。

「――星の果てより光來せし、原初の闇」

 描かれていたのは、漆黒の竜。
 そしてそのカードの枠の色は――白。
 先生がカードを持っていない方の腕を、伸ばした。

「レベル4の星凱のザヴィザヴァとサダルスウドに、レベル4の星凱のミアプラキドゥスを、チューニングッ!!」

 水晶の竜の身体が砕け、そこから光ではなく闇が飛び出した。
 そしてそこから波紋のように闇が溢れ、広がった。
 闇に飲み込まれ、水晶の乙女と水瓶を持った人影の身体が砕ける。

「大いなる星の刻終わりし時、天から堕つる災いとなるッ!! 星海の果てより永劫の闇をッ!!」

 闇の波動が世界を覆い尽くすかのような勢いで、広がった。
 天が嘆き、大地が吼え、海が叫ぶ。
 まるで世界が破滅の時を迎えたかのように。
 
 大いなる漆黒が世界を飲み込み、そして――

「シンクロ召喚ッ!! 終焉竜ッ!! コラプサー・ドラゴォォォォォン!!」

 闇が、その姿を現した。
 
 漆黒の巨躯。まるで星そのものような威圧感。
 全身の所々を黄金と真紅の鱗が覆い、鈍い輝きを放っている。
 そのどこか禍々しくも神々しい姿を見た時、俺は――

「……ぐっ!!」

 言葉を漏らし、頭を抑えた。
 凄まじい耳鳴りと頭痛が俺を襲う。

「こ、これは……!?」

 決闘盤を構えた格好のまま、俺は呟いた。
 心臓が早鐘のように動き、呼吸がうまくできない。
 頭の底、そこから何かが流れこむようにして――


終焉竜 コラプサー・ドラゴン
星12/無属性/種族なし・シンクロ/ATK5000/DEF5000
星凱と名の付いたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える時、
ダメージを与える代わりに相手のライフポイントを0にする。
相手フィールド上に存在するモンスターの攻撃力・守備力は
自分フィールド上の水晶カウンターの数×1000ポイントダウンする。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事ができる。
自分のターン終了時、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターの
守備力の合計が10000以上の場合、自分はデュエルに勝利する。


 そのイメージが、突然頭に浮かんだ。

 俺は驚き、目を見開く。
 呼吸が一瞬止まった後、大きく息を吐き出す。
 肩を上下させ、冷や汗を流しながら考える。

(い、今のは……!?)

 ほんの僅かな、一瞬の出来事。
 だが確かに、俺はそれを見た。
 相手の場にたたずむ闇の力を。その能力を。

 終焉の災竜が、天を震わせるかのような咆哮をあげた。

「終わらせてあげるわ!! あなたがかつて振るった星滅の力で!! コラプサァァァ!!」

 霧乃先生が嘲笑う。
 竜が天を仰ぎ、その翼を広げた。
 奴の足元の空間が歪み、宇宙の闇へと変化していく。

 霧乃先生が、叫んだ。

「――エンド・オブ・ブレーンワールドォォォ!!」

 空間を侵食するように、星空が俺へと迫った。
 無数の星々の輝きと漆黒の闇が、近づいてくる。
 
「速攻魔法、カーバンクルの奇跡をデッキから発動!」

 ばっと腕を横になぐように動かし、俺は言った。
 デッキが光り、1枚のカードが場に浮かび上がった。
 

カーバンクルの奇跡 速攻魔法
このカードは手札から発動することはできない。
自分の墓地に「カーバンクル」と名のつくモンスターが存在し、相手モンスターから
直接攻撃を受けた時のダメージステップ時、このカードは自分のデッキから発動できる。
そのバトルによる自分への戦闘ダメージを0にする。


 カードが輝き、精霊の加護が俺を包み込んだ。
 漆黒の星空が俺の足元にまで広がるが、ダメージはない。
 災竜が恨めしそうに声をあげる。宇宙が消え、世界が元の景色に戻った。

「見苦しい抵抗ね! その程度の事象の変化では、
 計算結果を変える事はできないわッ!!」

 勝ち誇った様子の霧乃先生。
 そのまま何をするでなく、ターンを終了させる。
 終焉の災竜が、その深紅色の目を俺へと向けていた。



 雨宮透 LP3000
 手札:0枚
 場:伏せカード1枚
   


 霧乃雫 LP4000
 手札:0枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター0)
   終焉竜 コラプサー・ドラゴン(ATK5000)



「俺のターン!」

 カードを引く。
 引いたカードを、迷わず場へ。

「魔法発動! ホープ・ウィンド!」

 カードが現れる。

「この効果で、墓地のカタストロフ・ドラグーンをデッキに戻し、1枚ドロー!」


ホープ・ウィンド 通常魔法
墓地に存在するカードを1枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 柔らかな風が、俺の頬をなでるように吹き抜けた。
 決闘盤がカタストロフ・ドラグーンのカードを吐き出す。
 デッキに戻しつつ、さらにカードを1枚引いた。
 引いたカードは――

「魔法発動! ソウル・エボリューション!!」


ソウル・エボリューション 通常魔法
自分の墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「魂融合」の効果でのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を「魂融合」による融合召喚
扱いとして融合デッキから特殊召喚する。


 霧乃先生が目を見開いた。
 俺の決闘盤の墓地が金色の輝きに包まれる。
 黄金の輝きに包まれながら、言う。

「墓地のソウルエッジ、フレイムアビス、ブルーウェーブ、ガイアメイジ、ウインドクロー、ブラックボルトを融合!!」

 墓地より6つの光が現れた。
 ぐるぐると回転しながら、上昇していく鮮やかな色の光達。
 天に登るように動き、徐々にその距離が縮まっていく。
 全ての光が交差するように交わり、そして――

 閃光が、はじけた。

「――融合召喚!! グランドクロス・ドラグーン!!」

 場に旋風が巻き起こった。
 そしてその中心より現れる、黄金の光を放つ巨大な竜。
 天を突くように翼を広げ、赤い瞳を相手に向ける。

 向かい合う、2体の竜。

 黄金の究極竜と、終焉の災竜。
 圧倒的な力が、両者の身からは感じられた。
 まるで運命に導かれた好敵手のように、互いに睨み合う竜達。

 天に向かって、黄金の竜が咆哮をあげた。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


「グランドクロス・ドラグーンの効果を発動!!」

 カードを手に持ちながら、俺は叫ぶ。
 持っていた6枚のカードを、一斉に墓地へ。

《Ragnarok Soul》

《Diabolus Soul》

《Apocalypsis Soul》

《Absolute Soul》
 
《Testament Soul》

《Catastrophe Soul》

 決闘盤の無機質な音声が、響いた。
 6色の光が渦巻き、黄金の竜の身体に吸収された。
 その翼が虹色に輝き、咆哮が轟く。

 ばっと、俺は腕を前に出した。

「――グランドクロス・テンペスト!!」

 束ねし魂の力をその身に宿した黄金の竜が、大きく口を開いた。
 その口から純白の炎が吐き出され、世界を眩く照らしだす。
 漆黒の空を切り裂くように、炎が災いの竜へと迫った。

 そして夜空に、星はない。

 漆黒の星海は暗く、沈黙している。
 さっき霧乃先生が使用したアステリズム・スーパーノヴァのコストにより、
 フィラメントワールドに乗っていた水晶カウンターは全て消えている。


 フィラメントワールド 水晶カウンター0


 よって、ダメージを無効にする効果は発動できない。
 グランドクロス・ドラグーンの攻撃力は吸収した
 ラグナロク・ドラグーンの効果で12300にまで上昇している。


 グランドクロス・ドラグーン ATK12300


 攻撃表示のコラプサー・ドラゴンを粉砕すれば、
 この決闘に決着がつく。そうすれば先生のあの妄言も終わりだ。
 白き炎が世界を終わらせるかの如く天を駆け、そして――

「私の計算式は完璧よッ!! 狂いはないわッ!!」

 霧乃先生が、叫んだ。
 思考していた意識が、現実へと戻る。
 両手を広げる霧乃先生。

「墓地の星凱のアルシャインの、モンスター効果を発動ォ!!」

「なにッ!?」

 霧乃先生の決闘盤が、カードを吐き出す。
 星凱のアルシャインだと? そんなカードは――

『魔法発動、クェーサー・バレット!』

『手札の星凱のアルシャインを墓地に送り――アポカリプス・ドラグーンを破壊する!』

 そうか、あの時に墓地に送ったカードか。
 場に光が現れ、そこから水晶で出来た一羽の鷲が姿を現した。


 星凱のアルシャイン DEF4000


 水晶でできた羽を、顔の前で交差させている大鷲。
 霧乃先生が手をかざす。

「星凱のアルシャインは、相手モンスターの攻撃宣言時に復活し、
 攻撃対象をこのカードに変更して強制的に戦闘を行わせる!!」

「チッ……!!」

 グランドクロスが吸収したアポカリプス・ドラグーンの効果で、
 場のモンスター効果は無効となっている。
 だがあのカードの効果は墓地で発動し、特殊召喚と強制攻撃が1つの効果になっている。
 アポカリプスの能力では無効にはできない。

 白い炎の動きがそれ、水晶の大鷲へと向かう。

 炎に飲み込まれ、一瞬でその身体が砕け散る水晶の大鷲。
 俺は腕を前に出したまま、続ける。

「グランドクロス・ドラグーンが吸収した、ディアボロス・ドラグーンの効果発動!」

 黄金の竜の身体が、赤い光に包まれる。

「相手モンスターを戦闘で破壊した時、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える!!」


ディアボロス・ドラグーン
星8/炎属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2500
フレイムアビス・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。


 大きく口を開ける黄金の竜。
 口の端からチロチロと黒い炎が漏れる。

「アーッハッハッハ!! 残念ね!
 星凱のアルシャインの、さらなる効果が既に発動しているのよ!!」

 高らかに笑い声をあげる霧乃先生。
 左手を前にだし、目を見開きながら言う。

「星凱のアルシャインが特殊召喚されたターン、互いに受けるダメージは0となる!」

「ぐっ……!!」


星凱のアルシャイン
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
自分フィールド上のモンスターが相手モンスターの
攻撃対象となった時に発動可能。自分の墓地に存在する
このカードを表側守備表示で自分フィールド上に特殊召喚し、
攻撃対象をこのカードへと変更する。このカードが自身の効果で
特殊召喚されたターン、互いのプレイヤーが受けるダメージは0となる。
「星凱のアルシャイン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


 黒い炎を吐き出す黄金の竜。
 だが霧乃先生の前に水晶で出来た羽が散らばり、阻まれる。
 涼しい表情を浮かべる霧乃先生。

「このターン、あなたがそのカードを使う事も予想できていた。
 そしてもはや、あなたに残された手段は0! 運命は決したのよ!
 全ての事象を完璧に演算に取り入れた私の計算式に、ミスはないわ!!」

 キャハハハと笑い声をあげる霧乃先生。
 何か言い返してやりたいところだが、俺の手にカードはない。
 イライラとしながら、吐き捨てる。

「ターンエンド!」


 
 雨宮透 LP3000
 手札:0枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)
   伏せカード1枚
   


 霧乃雫 LP4000
 手札:0枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター0)
   終焉竜 コラプサー・ドラゴン(ATK5000)



「私のタァァァン!!」

 カードを引く霧乃先生。
 さらに夜空が輝き、瞬く。

「フィラメントワールドの効果で、水晶カウンターが2つ増える!」


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター0→2


 漆黒の星空に、再び星の光が灯った。
 これでフィラメントワールドがさらにその効力を発揮する。
 腕を前に出す霧乃先生。

「さぁ、この攻撃で終わりよッ!! コラプサァァァ!!」

 悲鳴、あるいは絶叫のような声を、霧乃先生が出す。
 終焉の災竜が翼を広げた。その足元から宇宙の闇が広がる。
 きらびやかな輝きを背景に――

「――エンド・オブ・ブレーンワールドォォォォ!!」

 霧乃先生の言葉が、響いた。
 底知れぬ闇を感じさせる星群が、黄金の竜へと迫る。
 恍惚とした表情の霧乃先生。

「これで……!」

 その口から、言葉が漏れる。

「これで、私の願いが……!」

 自分の世界に浸ったように、その瞳から光が消えていく。
 世界を喰らい尽くし、広がっていく宇宙。そして――

「――罠発動」

 最後の1枚が、表になった。
 霧乃先生が目を見開く。


ソウル・オーバードライブ 通常罠
自分フィールド上の表側表示のモンスター1体を選択して発動できる。
ライフポイントを100ポイントになるように払う事で、ターン終了時まで
選択したモンスターの攻撃力・守備力は払った数値の2倍アップする。
このカードを発動したターン、自分はモンスターで直接攻撃を行う事ができない。


「な、に……!?」

「この効果で、俺のライフポイントを100に」

 淡々とした口調で、俺は話す。
 決闘盤に浮かんでいた赤い数値が、みるみる減る。


 雨宮透 LP3000→100


 僅かなライフだけが、残る。
 ゆっくりと、言葉を紡ぐ俺。

「そして減らした数値の2倍分、グランドクロス・ドラグーンの攻撃力が上昇する」

 黄金の竜に、俺の生命の息吹が宿った。
 薄緑色の光につつまれる黄金の竜。その身体から放たれる光が強くなる。


 グランドクロス・ドラグーン ATK4000→ATK9800


「ば、かな。こんな展開は、私の計算には……!!」

 呆然とした様子の霧乃先生。
 構わずに、俺は高らかに言う。

「グランドクロス!!」

 俺の呼び声に応えるように、咆哮をあげる黄金の竜。
 翼を広げ、その口から白い炎が吐き出された。
 侵食していく宇宙空間をも焼き貫き、そして――

 終焉の災竜を、飲み込む。

 白い炎に焼かれ、竜の身体がいびつに曲がった。
 炎の中、深紅色の瞳がただジッと、俺の方を見つめている。
 まるで何か、訴えたい事があるかのように。

 数瞬の時が流れ――

 白き炎と空間を喰らう宇宙の闇が、その場から消えた。
 俺の場に舞い戻る黄金の竜。グルルと、その喉から低い唸り声が聞こえる。
 油断なく、黄金の竜は相手の場を見つめていた。

 そして相手に場にたたずむ、終焉の災竜。

 その姿は先程までと同じく、禍々しく神々しい。
 何事もなかったかのように、ただただ静かにその場に存在している。 
 天を見ながら、俺は呟いた。

「コラプサー・ドラゴンの効果で戦闘破壊を無効にし、
 フィラメントワールドの効果で戦闘ダメージを0にしたか……」

 漆黒の星空を見つめる俺。
 そこに、星の輝きは1つも浮かんでいない。


終焉竜 コラプサー・ドラゴン
星12/無属性/種族なし・シンクロ/ATK5000/DEF5000
星凱と名の付いたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える時、
ダメージを与える代わりに相手のライフポイントを0にする。
相手フィールド上に存在するモンスターの攻撃力・守備力は
自分フィールド上の水晶カウンターの数×1000ポイントダウンする。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事ができる。
自分のターン終了時、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターの
守備力の合計が10000以上の場合、自分はデュエルに勝利する。


フィラメントワールド フィールド魔法
このカードの発動時、または自分のターンの
スタンバイフェイズ毎に、このカードに水晶カウンターを2つ置く。
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスターの表示形式を変更する事ができる。
自分がダメージを受ける時、代わりに自分フィールド上の
水晶カウンターを1つ取り除くことができる。
このカードがフィールドを離れる場合、代わりに
自分フィールド上の水晶カウンターを1つ取り除くことができる。


 フィラメントワールド 水晶カウンター2→0


「なぜ、なぜなの……!?」

 頭を抱えている霧乃先生。
 理解できないといった風な様子で、わめく。

「私の計算なら、もうとっくに勝負はついているはず……!
 なのになぜ、どうして決闘が終わらないの……?
 あなたのそのカードはなに? そんなカードは、私のデータにはなかった……。
 運命は私に味方をしてくれたはずなのに、どうしてどうしてどうして……!!」

 まるで悲鳴のような言葉が、その口からは漏れていた。
 浮かんでいた笑顔は消え、死人のようにその顔から血の気が引いている。

「全ての因子を取り入れ、完璧な演算と検算を重ねた私の計算式を……!
 あなたは、上回るというの……!? その僅かで小さな綻びが、
 この私の計算したデータデッキを、運命を狂わせると言うの……!!」

 身体を震わせる霧乃先生。
 崩壊寸前の精神のまま、その瞳がこちらへ向けられた。

「ひぃっ……!!」

 俺の姿に何を見たのか、小さく悲鳴をあげた。
 怯えきった様子で、後ろへとたじろぐ霧乃先生。
 ぶるぶると、俺の事を指さす。

「原初の闇が、星海の闇が……!!」

 俺の方を見ながら、かすれる声を出す霧乃先生。
 そして――

「あああぁぁぁあああぁあぁああぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁああぁあぁあぁ!!」

 心が壊れた音のように、その口から発狂した声がもれた。
 持っていた最後の1枚。左手に握られたカードをこちらに向ける。

「手札の、星凱の、コルネフォロスの、効果を発動ォォォ!!」

 震える声で、叫ぶ霧乃先生。
 カードが浮かび上がり、輝く。

「この効果で、フィラメントワールドに水晶カウンターを3つ乗せるッ!!」


星凱のコルネフォロス
星4/無属性/種族なし/ATK0/DEF4000
このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
手札のこのカードをゲームから除外し、
自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。
選択したカードに水晶カウンターを3つ乗せる。
発動後1回目の自分のスタンバイフェイズ時、
この効果を発動するために除外したこのカードを
自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。

 
 カードの姿が揺らぎ、次元の彼方へと消えた。
 そして漆黒の星海に、星の光が宿る。


 フィラメントワールド 水晶カウンター0→3


 再び星の加護によって守られた霧乃先生。
 だがその表情にもはや余裕はなく、ただただ俺のことを恐れるように見ている。

「こ、これで……次のターンに私の計算式が完成する……!!
 そうすれば、私はあなたの、大いなる力を……!!」

 ぶつぶつと、自分を奮起させるかのように呟く霧乃先生。
 まるで人のことを化物か何かのように見ている彼女に対して、
 もはや哀れみの感情も浮かばなかった。残っているのは――

「人の事を、勝手な理屈でごちゃごちゃと……!」

 ふつふつと、底知れぬ怒りが湧いて出た。
 付き合いきれない妄想と向き合うのも、もはや限界だ。
 ゆっくりと、決闘盤を構える。

「あ、ああああぁぁぁぁ……!!」

 そんな俺の姿を見て、またも悲鳴をあげる霧乃先生。
 その目には深い絶望が、恐怖と破滅が入り乱れている。

 すぅと、俺は大きく息を吸って、吐いた。

 そして言う。

「大いなる主も、過去の神話も、闇の力も、俺の前世とやらも……
 全部が全部、俺にとってはどうでもいい……」

 静かに、語りかけるような口調で。
 目をつぶりながら、心の中を吐き出す俺。
 ゆっくりと、言葉が響いていく。

「だけど、たった1つだけ分かる事がある。
 全ての運命を賭けたこの戦いで俺が感じた、たった1つの事。それは――」

 言葉を切る。
 時が止まったかのような静寂。
 カッと、俺は目を見開き、

「――あんたが、どうしようもなく、気に食わねぇんだよォッ!!」

 心の底から、叫んだ。
 びくりと、身体を震わせる霧乃先生。
 絶望に打ちひしがれた様子で、俺の方を見ている。
 ふらふらと、その指が宙を踊った。

「お、大いなる主……!!」

 ぱくぱくと、小さな声で呟く霧乃先生。
 その時の霧乃先生の目に何が映っていたのか、誰にも分からない。

 漆黒の夜空に浮かぶ星々が一瞬だけ瞬き、そして――

「――本気にさせたなッ!!」

 霧乃先生を指さしながら、叫んだ。
 バッと、俺はデッキに手を伸ばす。

「俺の、タァァァーンッ!!」

 勢いよく、カードを引いた。
 最後の1枚が、俺の目に映る。

 

 雨宮透 LP100
 手札:1枚
 場:グランドクロス・ドラグーン(ATK4000)
   


 霧乃雫 LP4000
 手札:0枚
 場:フィラメントワールド(水晶カウンター3)
   終焉竜 コラプサー・ドラゴン(ATK5000)



 ハッと、小さく俺は笑った。
 引いたカードを表にする。
 描かれてるのは、神秘的な光を放つ神々しき竜。

「手札のクレイジーライト・ドラグーンの効果を発動!!」

 その言葉を聞き、霧乃先生が息を呑んだ。
 持っていたカードから、凄まじい光が溢れだす。

「この効果で、このカードと場のモンスターを墓地に送る!」

 光が世界に満ちていく。
 霧乃先生が、息を乱しながら叫ぶように言った。

「だが、コラプサー・ドラゴンは相手のカード効果を受け付けないッ!!」


終焉竜 コラプサー・ドラゴン
星12/無属性/種族なし・シンクロ/ATK5000/DEF5000
星凱と名の付いたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える時、
ダメージを与える代わりに相手のライフポイントを0にする。
相手フィールド上に存在するモンスターの攻撃力・守備力は
自分フィールド上の水晶カウンターの数×1000ポイントダウンする。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。
このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに
自分フィールド上に存在する水晶カウンターを1つ取り除く事ができる。
自分のターン終了時、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターの
守備力の合計が10000以上の場合、自分はデュエルに勝利する。


 必死な様子で、俺の言葉を否定しようとする先生。
 フッと笑みを浮かべ、俺は言う。

「誰があんたの場のコラプサーを墓地に送ると言った?」

「なっ……!」

 言葉をつまらせる霧乃先生。
 カードを掲げながら、言う。

「俺が墓地に送るのは――俺の場の、グランドクロス・ドラグーンだッ!!」

「な、なんですって!?」

 強烈な光がフィールドを満たした。
 黄金の竜の身体が光の粒子となり、消えていく。
 呆然とした表情で叫ぶ霧乃先生。

「ば、馬鹿な! この状況で自分から切り札の竜を消すだなんて、
 そんな展開は私の演算の中には……!!」

 思考回路にエラーが発生したかのように、固まる霧乃先生。
 構わず、俺は言葉を続ける。

「そしてクレイジーライト・ドラグーンの効果で、俺は2枚をドローッ!」

「!!」


クレイジーライト・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1500
自分の手札に存在するこのカードと、自分フィールド上の
モンスター1体または自分の手札1枚を墓地に送ることで発動できる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。この効果は自分の墓地に
「ドラグーン」と名の付くモンスターが存在しない場合、発動できない。
「クレイジーライト・ドラグーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 俺のデッキが淡く輝いた。
 カードを2枚、引く。
 引いたカードに描かれていたのは、欲望の壺と蜃気楼の衣。

「魔法発動! 貪欲な壺ッ!」

 迷わず、1枚を場に。
 醜悪な柄の壺の絵が浮かび上がり、輝いた。

「墓地のモンスターを5枚デッキに戻し、さらに2枚ドローするッ!」


貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 決闘盤がカードを5枚吐き出した。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


カタストロフ・ドラグーン
星8/闇属性/ドラゴン族・融合/ATK2700/DEF2200
ブラックボルト・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手ターンのバトルフェイズ中に
相手フィールド上に存在するモンスターは全て表側攻撃表示になり、相手プレイヤーは
全てのモンスターでこのカードを攻撃しなければならない。このカードがフィールド上に
存在する限り、相手モンスターの攻撃宣言はこのカードのプレイヤーが行う。


ドラグーンソウル・カーバンクル
星10/風属性/天使族・融合/ATK0/DEF0
ウインディ・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。ターン終了時までこのカードの
攻撃力はこの効果で墓地へと戻したカードの枚数×500ポイントアップする。


ドラグーンロスト・カーバンクル
星10/風属性/悪魔族・融合/ATK0/DEF0
デモニック・カーバンクル+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚されたとき、ゲームから除外されている「ドラグーン」と
名のついたモンスターをすべて持ち主の墓地へと戻す。
この効果で戻したカードの枚数までフィールド上に表側表示で
存在するモンスターを選択し、その攻撃力・守備力を半分にする。


 それぞれの魂が、俺のデッキへと帰っていく。
 死んだような、感情のない顔で呟く霧乃先生。

「カードが……私の……計算式が……!!」

 カードを2枚引く。
 そこにあったのは、劇毒の力と最後の切り札。
 カードを手に、叫ぶ。

「手札のヴェノムダーク・ドラグーンの、効果を発動!」

 持っていた1枚を表に。
 描かれているのは、毒々しい肌に複眼を持つおぞましい姿の竜。
 病毒の霧が、フィールドを包み込む。

「手札のミラージュベールのカードを墓地に送り――
 あんたの場の、フィラメントワールドの効果を無効にするッ!」


ヴェノムダーク・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1500
自分の手札に存在するこのカードと、自分フィールド上の
モンスター1体または自分の手札1枚を墓地に送ることで発動できる。
フィールド上に表側表示で存在する全てのカードの効果を
エンドフェイズまで無効にする。この効果は自分の墓地に
「ドラグーン」と名の付くモンスターが存在しない場合、発動できない。
「ヴェノムダーク・ドラグーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


ミラージュベール 装備魔法
装備モンスターは相手の魔法・罠・モンスター効果の対象にならなくなる。
自分フィールド上のモンスターが相手の魔法・罠・モンスター効果の対象になった時、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、その魔法・罠・モンスター
効果の発動を無効にし破壊する。


 紫色の劇毒が場に広がり、全てを飲み込んだ。
 星が輝く漆黒の夜空。天に浮かぶ星の光が全て消え、
 どこまでも広がる真っ暗な闇だけがその場に残る。


 フィラメントワールド→効果無効

 フィラメントワールド 水晶カウンター3→0


「……やめて」

 呆然とした口調の霧乃先生。
 ふらふらとその場に座り込み、両手を投げ出した。
 祈るように、両手をあげて話す。

「私は……願いを……命を……だから……どうか……」

 両手を広げる霧乃先生。
 その両の目から涙が流れる。
 最後の1枚を、手に取った。

 静かに、言葉を紡ぐ。

「どんな物にも魂は宿る。そしてその魂は不滅だ。
 決して滅びることはなく、輪廻をくりかえして再び世界に現れる。
 それはあんたの魂も、あんたが蘇らせようとしている人の魂も同じだ。だから――」

 ゆっくりと、カードを表に。
 そこには――何も描かれていない。
 何者でもない白だけが、そこには存在している。

 優しげに、俺は口を開いた。

「妄想の続きは、あの世でしろ」

 冷たく見下ろしながら、
 俺は持っていた最後の1枚を足元に投げた。
 クルクルと回転し、カードが大地に突き刺さる。

「手札のソウルジョーカー・ドラグーンの、効果発動」

 光と共に、カードの形が崩れて変化する。
 その光景を、霧乃先生は呆然と見つめている。

「手札からこのカードを捨てることで、
 墓地に存在するカードの魂となり、その場で発動する」


ソウルジョーカー・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1500
自分フィールド上または手札のこのカードをゲームから除外して発動できる。
墓地に存在する魔法・罠カードを1枚選択し、選択したカードを発動する。
この効果は魔法・罠・モンスター効果で無効にならない。この効果は自分の墓地に
「ドラグーン」と名の付くモンスターが存在しない場合、発動できない。
「ソウルジョーカー・ドラグーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 カードの形が変化し、やがてそこに新しい絵柄が宿った。
 そこに描かれているのは巨大な光の渦。全てを飲み込む光。
 静かに、口を開く。

「墓地のソウル・エボリューションを、発動」

 カードが輝く。


ソウル・エボリューション 通常魔法
自分の墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
「魂融合」の効果でのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を「魂融合」による融合召喚
扱いとして融合デッキから特殊召喚する。


 決闘盤にばちばちと電流のようなものが走る。
 俺の足元から、やわらかな金色の光が円状に広がっていった。
 決闘盤が6枚のカードを吐き出す。


ディアボロス・ドラグーン
星8/炎属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2500
フレイムアビス・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが相手モンスターを戦闘で破壊したとき、このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。


アポカリプス・ドラグーン
星8/水属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2400
ブルーウェーブ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に表側表示で
存在する効果モンスターの効果は無効化される。


アブソリュート・ドラグーン
星8/地属性/ドラゴン族・融合/ATK3400/DEF2900
ガイアメイジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
融合召喚されたターン、このカードは自分フィールド上から離れない。
このカードは戦闘では破壊されない。


テスタメント・ドラグーン
星8/風属性/ドラゴン族・融合/ATK2800/DEF2300
ウインドクロー・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは相手の魔法・罠・モンスター効果を受けない。


クレイジーライト・ドラグーン
星4/光属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1500
自分の手札に存在するこのカードと、自分フィールド上の
モンスター1体または自分の手札1枚を墓地に送ることで発動できる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。この効果は自分の墓地に
「ドラグーン」と名の付くモンスターが存在しない場合、発動できない。
「クレイジーライト・ドラグーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


ヴェノムダーク・ドラグーン
星4/闇属性/ドラゴン族/ATK1500/DEF1500
自分の手札に存在するこのカードと、自分フィールド上の
モンスター1体または自分の手札1枚を墓地に送ることで発動できる。
フィールド上に表側表示で存在する全てのカードの効果を
エンドフェイズまで無効にする。この効果は自分の墓地に
「ドラグーン」と名の付くモンスターが存在しない場合、発動できない。
「ヴェノムダーク・ドラグーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。


 鮮やかな光が場に現れ、ぐるぐると回転しながら天へ昇る。
 まるで虹のように、交わり合う色。魂の交差。
 腕を天へ。閃光がはじけ、そして――

「――融合召喚ッ!! グランドクロス・ドラグーンッ!!」

 黄金の竜が、再びその姿を現した。
 金色の鱗。天を突く翼。赤き瞳。
 光なき闇の空に向かって、咆哮をあげる。


グランドクロス・ドラグーン
星12/光属性/ドラゴン族・融合/ATK4000/DEF4000
それぞれの属性が異なる「ドラグーン」と名のつくモンスター6体を融合素材として
融合召喚する。このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の融合デッキから「ドラグーン」と名のつくモンスターを墓地へ送ることで、
このカードは墓地に送ったモンスターと同じ効果を得る。


 正真正銘、最後の1枚となるカードを取り出す。
 そこに描かれているのは、白銀の黄昏竜。
 墓地に送ると、決闘盤が音声を出す。

《Ragnarok Soul》

 ラグナロク・ドラグーンの力が、グランドクロス・ドラグーンの身に宿った。
 黄昏の力。融合素材となったモンスターの攻撃力分、攻撃力が上昇する。


ラグナロク・ドラグーン
星8/光属性/ドラゴン族・融合/ATK2500/DEF2000
ソウルエッジ・ドラグーン+「ドラグーン」と名のつくモンスター1体
このカードは「魂融合」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功したターンのみ、融合素材としたモンスターの元々の攻撃力の
合計分、このカードの攻撃力をアップする。


 グランドクロス・ドラグーン ATK4000→ATK18800


「これで終わりだ」

 静かに言い、決闘盤を構える。
 向かい合う2体の竜。時が止まったかのように、その場から音が消えた。
 聞こえてくるのは、自分の心臓の鼓動だけ。黄金の竜が口を開ける。

 漆黒の空の下――

「――トワイライト・テンペストッ!!」

 純白の炎が、撃ちだされた。
 それは世界全体を包み込み、目に見える景色が全て白く変わっていった。
 終焉の災竜が炎に飲み込まれ、悲鳴をあげる。だがその声さえも、もはや世界には届かない。

 霧乃先生が、座り込んだまま腕を前に出す。

 その口が何かをささやいていた。
 だがなんと言っているのかは、俺にも分からない。
 純白の炎が容赦なく、霧乃先生を飲み込む。

 視界が途切れる直前、先生が付けていた十字架のペンダントが砕けるのが見えた。

 だがそれも一瞬で、すぐに何も見えなくなる。
 光が全て優しく包み込み、飲み込み、喰らい尽くしていく。
 黄金の竜も星空も、全てが見えなくなっていった。

 残っているのは、白い色だけ。

 真っ白な、何もない世界。音も、色も、何も存在しない。
 まるで自分という魂だけが、そこに存在しているかのような感覚。

(あのカード……)

 真っ白な世界で漂いながら、俺は思い返す。
 先生が使っていた最後のカード。終焉竜 コラプサー・ドラゴン。
 どこかで見たことがあるような気がした。遠い遠い、遥かな昔に……。
 そして最後の瞬間、黄金の竜の炎に飲み込まれる直前――

 あの竜が、涙を流していたような気がした。

 それは俺の見違いかもしれない。
 だが、先生が言っていたことがもし本当だとしたら、
 あのカードはかつて俺が――

 フッと、目を伏せた。

 馬鹿馬鹿しい。少しセンチメンタルな気分になりすぎた。
 白い世界に漂いながら、俺は力を抜く。さすがに少し疲れた。
 どこまでも落ちるような感覚。世界が回り、そして――

 コンクリートの床の、ひんやりとした感覚が俺の肌に伝わった。

「……ここは」

 呟き、辺りを見渡す。
 白い壁が四方を囲んだ、小さな部屋。
 コンピューターのディスプレイには、砂嵐が写っている。

 記憶を整理する。

 俺は霧乃先生の家を訪ね、地下へと続く階段を見つけた。
 そして階段を降りきった先、重い扉を開けた瞬間――
 あの訳の分からない世界に放り出され、今まで決闘をしていたのだった。

「…………」

 周りを見る。
 床に散らばった書類。小さめの机。上にはチェス盤が置かれている。
 人の気配はなく、部屋は静かに沈黙をたたえていた。

 ふと、床に落ちている決闘盤が視界に入った。

 立ち上がり、それを拾い上げる。
 電源をいれようとするが、入らない。どうやら完全に壊れているようだ。
 ぱらぱらと、セットされていたカードが床に落ちた。

 何の絵柄もない、白紙のカード。

 霧乃先生の話では、あの人が使っていたカードはデータ上にしか存在しないカード。
 元となる決闘盤が壊れてしまった以上、もはや再生できないのだろう。
 興味も失せ、決闘盤を床へと放り捨てた。からからと、決闘盤が転がる。

 そして――転がった先、コンピューターのディスプレイが、1つだけ生きていることに気づいた。

 近づき、画面を見る。
 そこに映しだされていたのは、昔の新聞記事。
 見出しの文字が踊るように、目に入る。

『エジプトの遺跡で落盤事故。日本人女性が1人死亡』

 冷たく、簡素に書かれた文字。
 エジプトの古代遺跡を写した写真の横に、被害者の顔写真が載っていた。
 
 そこに写っているのは、紛れも無く霧乃先生だった。

 写真の中で、微笑んでいる霧乃先生。
 紅い眼の決闘者――日華先輩が語った内容が、脳裏に浮かぶ。

『霧乃先生は留学先のバイオ研究所で、死者を蘇らせる実験研究に参加していた……』

 目を伏せがちに、そう語る日華先輩。

『だが、研究所は成果を出せず、解体された。大きな挫折を味わい、彼女は苦しんだ。
 そして、エジプトの古代遺跡の調査を始めた。かつてペガサス・J・クロフォード氏が
 死人と出会ったという伝説を調べるために。だがその遺跡で落盤事故が起こり――』

 言葉を切る日華先輩。
 俺はコンピューター上の文字を見つめた。
 落盤事故により、日本人女性が『死亡』……。

『ここからは想像だけど、その落盤事故で崩壊した遺跡には何らかの闇の遺物が残っていた。
 おそらく、遺跡が崩れた際に隠されていた遺物が解き放たれ、それが霧乃先生の手に渡ったんだろう。
 闇の力は彼女の生命を死から繋ぎ止めた。だが完全ではない。だから彼女はさらなる闇の力で自分を――』

 俺は目を閉じた。
 もはや、ここに闇の遺物は残っていない。
 何も、残っていなかった。俺と、壊れた決闘盤と、この部屋以外、何も。
 
 部屋から出る。

 誰もいなくなった部屋。
 砂嵐とコンピューターの光だけが、そこには存在している。
 その光景を見届け、そして――

 静かに、扉を閉めた。




エピローグ 街

 穏やかな橙色の空が、広がっていた。

 人々の喧騒が遠くから聞こえる。
 子供の声、大人が歩く靴音。車の走るエンジン音。
 夕暮れがどこか寂しげに、人々を照らしていた。

 穏やかな風が吹いて――

「――クイーン・ドラゴンで、ダイレクトアターック!!」

 桃色の竜が、翼を広げた。
 一直線に、天から急降下する竜。
 疾風のように、その身体が動いた。そして――

「きゃあ!」

 対峙していた少女の身体を、貫いた。
 その腕に付けられた決闘盤の数値が動く。


 天野 LP1000→0


 ブンッという音と共に、竜の姿がその場から消える。
 決闘盤の立体映像機能が、決闘の終了によって解除された。

「はぁ……」

 がっくりと、少女――天野茜が肩を落としてため息をつく。
 敗北に落ち込む少女に向かって、

「ナーッハッハッハ! まだまだ甘いわね〜、天野ちゃ〜ん!」

 得意そうに、金髪の少女がそう言った。
 むふんとドヤ顔を浮かべ、腰に手を当てて胸を張る少女。
 観戦していた別の少女が、言う。

「ディアさん……キャラ変わった?」

 おずおずとした様子で、少女こと小城宮子が尋ねた。
 クールな雰囲気ながら少しだけ戸惑った様子の小城。
 ビシッと、金髪の少女――ディアが、指を伸ばす。

「ふふん、だってこれは大会のための特訓なんでしょ?
 だったら厳しく、ビシバシとやらないとね!」

 そう言ってまた大きく高笑いするディア。
 反応に困っている小城に向かって、

「ああ言ってるけど……お姉ちゃんは普段からあんな感じだから……」

 隣りに座っていた幼い少女が、補足するように言った。
 黒いフード付きの服を着た少女――レーゼ。
 なにやら小城にシンパシーを感じるのか、人見知りした様子はなかった。

「そ、そうなんだ……」

 意外だと言わんばかりに、小城が答える。
 がっくりとしていた様子の天野が、ぶんぶんと首を振った。

「も、もう一度お願いします!」

 大会に向けて、自分と全力で戦って欲しい。
 そう切り出してこの決闘を申し込んだのは、天野の方だった。
 決闘盤を構えながら、言う。

「本選大会が始まっても……私、足手まといになりたくないんです!
 だからディアさん、もう一度――」

 そう言葉を言い終わる前に

「ふふん、もちろんよ!」

 ごくあっさりと、ディアが了承した。
 天野の顔がほころび、明るくなる。
 ディアが決闘盤を構えた。

「さぁ! この私の実力、何度でも拝ませてあげるわ!」

 余裕そうに微笑み、ウィンクするディア。
 天野の表情から笑みが消え、真剣な顔つきになる。
 再び対峙する2人。一陣の風がその間を通り抜け――

「ちょっと、なーにしてるのよ!」

 大きな声が、響いた。
 はっとなって、決闘盤を下ろす2人。
 2人が向かい合っていた空き地の入り口に、1人の少女が立っている。

「集合時間はもうそろそろよ。今日はうちと合同で遠征する予定でしょ!」

 叱るような口調で、DEC部長の白峰沙雪がそう言った。
 天野が慌てて、時計を見る。

「わわわ、もうこんな時間……!」

 慌てた様子の天野と、つまらなさそうに決闘盤の電源を切るディア。
 空き地に置かれた土管に座っていた小城が、バツが悪そうに立ち上がる。

「ぶ、部長……えっと、これは……その……」

 言葉を詰まらせる小城。
 天野と小城が、しゅんとした様子になる。
 それを不安そうに見ているレーゼと、我関せずのディア。

 気まずい沈黙が流れ――

「……ま、いっか」

 あっさりと、白峰が怒りの矛先を下げた。
 驚く天野と小城に対して、白峰が悪戯っ子のように笑う。

「どうせ、待つのは男連中なんだし。私達はのんびり行けばいいのよ」

 手をひらひらとさせる白峰。
 天野と小城が、反応に困った様子で顔を見合わせた。
 ディアだけが納得したように「うんうん」と頷いている。

「ま、でも先方を待たせるのも悪いしね。行きましょ!」

 そう言って、歩き始める白峰。
 天野と小城が慌てて、自分の鞄を持つ。

「あっ……!」

「ま、待って下さい〜!」

 決闘盤を腕に付けたまま、走りだす天野。
 楽しそうに、それを見ているディア。
 頭の後ろで手を組みながら、微笑む。

「さっ、それじゃあレーゼちゃん、私も行ってくるね」

「うん……」

 小さく頷くレーゼ。
 きゃぴきゃぴとした様子で、ディアがさらに言う。

「今日の晩ご飯は、ショージンリョーリでよろしく!」

「えっ……」

「じゃねー! 楽しみにしてるわよー!」

 言いたいことだけ言い、ディアが走りだした。
 まるで気まぐれな風のように。その場から走り去っていく。
 ぽつんと、1人取り残されたレーゼが、

「しょ、ショージンリョーリ……?」

 困ったように、呟いた。

















 穏やかな橙色の空が、広がっていた。

 水の流れる音。川面に夕焼けが映る。
 自転車がチリンチリンと鈴の音を鳴らしながら、通り過ぎる。
 静かな河川敷。靴の下で、砂利が音をたてた。

 二人の少年の姿が、夕焼けに照らされてオレンジ色に染まる。

「それでさぁ……」

 膝を折り、しゃがんだ姿勢の長髪の少年が、
 わざとらしくため息をついた。
 流れる川を見つめながら、言う。

「大会って、顧問なしでも参加できるんだっけ……?」

「……さぁ」

 長髪の少年の質問に対し、もう1人の少年が一言だけ答えた。
 ムッとした表情を浮かべる長髪の少年。いかにも偉そうに、言う。

「あのねぇ、内斗君。これは大変に重要な問題なんだよ。
 DC研究会の副部長として、もっと真剣に考えてもらわないと」

「別に、好きで入ったわけじゃないんで」

 黒い短髪の少年――神崎内斗が、冷たい口調でそう言い切った。
 呆れたように、しゃがんでいる長髪の少年を見下ろす。

「というか、恭助が部長なんですから。そういうのは自分で調べて下さい」

「なっ……! それが部長に対する物言いかい!?」

 怒ったように言う長髪の少年だったが――

「部長と書いて雑用と読むんですよ、部活ってのは」

 あっさりと、内斗に一刀両断された。
 長髪の少年――日華恭助が、涙を流す。

「はぁ……。昔はもっと素直で協力的だったのに……」

 ため息をついてさも残念そうに嘆く日華。
 内斗はそれを全く気にすることなく、無視する。
 遠くで、船の汽笛が鳴っている音が響いた。

「……それで、今日の――」

 内斗が言いかけた瞬間、

「は、はわわわわわ!!」

 すっとんきょうな声が、二人の後ろから聞こえた。
 振り返る二人。夕焼けに照らされて、1人の人影が浮かんでいる。
 黒く、長い髪の毛。やけに気合いの入った、ヒラヒラとした服。

「ここここ、こんにちは、内斗様!」

 人影こと千条明がどもりながら、何とかそう言い切った。
 衝撃を受ける内斗と、面白そうに微笑んでいる日華。
 だらだらと嫌な汗をかいている内斗に向かって、千条が言う。

「ぐぐぐ、偶然ですね。え、えへへへへ」

 緊張しきった様子で、乾いた笑い声をあげる千条。
 何回もシュミレートしたのだろう。口調がロボットのように棒読みだった。
 面白そうに、日華がささやいた。

「偶然と書いて、ストーキングと読む?」

 ギロリと、鋭い視線を日華に向ける内斗。
 おどけたように「おー怖い怖い」と言い、日華が離れた。
 もじもじと指を動かしている千条。

「じ、実は新しい服を買いまして。それで、内斗様に会えたら良いなーなんて
 思ってたら、こんな所で出会うだなんて、ぐ、偶然って凄いですね。えへへへ」

 頬を赤らめながら、照れる千条。
 内斗が激しい頭痛を感じているかのように、額に手をやった。
 沈黙する内斗に代わり、日華が言う。

「それじゃあ、内斗君をデートに誘いに来たの?」

 気楽な口調の日華。
 瞬間、千条の顔全体がボッと赤くなった。

「デデデ、デートだなんて!! わわわ私と内斗様はまだそんな関係じゃ!!」

 言いながら、まんざらでもない様子の千条。

「はは、そんなに慌てる事も――」

 ヘラヘラとしている日華を、内斗が睨みつけた。
 その凄まじいまでの迫力に気圧され、日華が沈黙する。

「アキラ……」

 ため息をつき、優しげな口調で話す内斗。

「悪いが、俺達は今から大切な部活動で他校に遠征へ――」

 そこまで言った瞬間、

「じゃあ千条君も一緒に来るかい?」

 横から、日華が口を挟んだ。
 驚き、目を見開く内斗。千条が両手を合わせる。

「え!? い、いいのか!?」

「もちろん! 千条君は前のカナリア・ウェイブス戦でも助っ人として活躍してもらったしね!」

 その言葉を聞いて、千条が目を輝かせた。
 煌めくような笑顔を浮かべ、千条が内斗を見つめる。
 フッと、内斗が微笑んだ。

「ちょっと失礼」

 輝く笑みを浮かべ、そう言う内斗。
 日華の頭をつかむと、ぐいと自分のほうへ引き寄せる。
 微笑んだままの内斗。千条に聞こえないよう、内斗が日華にささやいた。

「死にたいんですか……?」

 凄まじい殺気に満ちた声。 
 さすがの日華の顔からも血の気が引いた。
 青い顔になりながら、日華がアハハと乾いた笑みを浮かべる。

「お、落ち着いてよ。ほら、この前のカナリア戦の時、
 内斗君が言ってたじゃないか、『そのうち礼をする』って」

「…………」

「君のことだから、まだお礼してないんでしょ?
 だったらちょうどいいじゃないか。今日、付き合ってあげれば貸し借りゼロ。
 そのほうが、内斗君としても心残りなくスッキリできるでしょ?」

「…………」

 日華の説得のような言葉を、黙って聞いている内斗。
 しばし、思案するかのようにその目が遠くを見つめた。
 ほんの少しの沈黙が流れ、そして――

「……わかった。つきあう」

 振り絞るように、内斗が感情薄く呟いた。
 目を輝かせて喜ぶ千条。キャー! とテンション高く、
 その場で小さくジャンプして喜びを表現している。
  
「いやぁ、良かったね、千条君」

 わざとらしく言う日華に対して――

「――覚えてろよ」

 低く、内斗がそう言った。
 その言葉にビクリと身体を震わせる日華。
 深い深いため息をついて、内斗が口を開いた。

「それじゃあ――」

 言いかけた時、

「あ、内斗先輩ー!」

 河川敷の上、舗装された道から声が上がった。
 3人が見上げると、そこには同じ制服を着た少女が4人、
 笑顔でこちらに向かって手を振っている。

「天野さんか」

 呟く内斗。
 日華が時計を見て、自分の頭を軽く叩く。

「おっと、いけない。急いだほうが良さそうだよ」

 鞄を肩にかける日華。
 内斗もまた、自分の鞄を手に持った。

「――行きますか!」

 穏やかな言葉。
 日華と千条がその言葉に頷く。

 3人が一斉に、河川敷の上へと駆け出した。


 















 穏やかな橙色の空が、広がっていた。

 風が吹く町、風丘町。
 俺が生まれ育ち、そして住んでいる街だ。
 人口はそこまで多くなく、自然豊かで小さいながら海に面している。
 
 なぜこんな事を話しているのかと言うと――

「遅い……」

 駅の前、時計を見ながら俺は呟いた。
 その横を、がやがやと人々が出入りしていく。
 目の前に置かれた町の案内プレートを見ながら――

「ようは、田舎町って事だろ……」

 ばっさりと、切り捨てた。
 もっとも、ここが田舎なのは住んでいる奴なら誰でも知っている事だ。
 自然豊かとは、これまた都合のいい言葉だと、俺は思う。

「……まっ、俺は結構気に入ってるけどな」

 駅の壁によりかかりながら、呟いた。
 夕焼けの光が辺りを穏やかな色に染めている。
 優しく、それでいてどこか寂しげな色に。

「雨宮くーん!」

 遠くから呼ぶ声がして、俺は目を開けた。
 ちょっとした集団が、俺の方へと駆けて来ているのが見えた。
 日華先輩に内斗先輩、ディン、白峰先輩に小城さん、それに千条さんまで。
 先頭の天野さんが、決闘盤をつけたまま腕を振っている。

「雨宮くーん!」

 再び、俺を呼ぶ天野さん。
 唐突に、俺はこの街に帰ってきたという実感がわいてきた。
 そう、俺は確かに、ここにいる。この風の吹く町、風丘の地に。
 ゆっくり、微笑む俺。沈んでいく夕日を眺める。

 柔らかな風が、撫でるように吹き抜けていった――。





 正義の悪! END









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