因縁はてのひらの上で
06話〜

製作者:ヒカリさん






 06話  「出遭いの春」

 美しい島――一目見て、私はここを気に入っていた。やはり高校入試をした事は間違ってはいなかった。
 全寮制という部分に両親は当初は心配していたが、女子寮がきちんと設けられている事に満足し、私を入学させる事に納得してくれたのだった。

「んー、気持ちいい!」

 深呼吸をして、澄み切った空気に思わず声にあげてしまう。それくらいに、私は興奮していたのだった。



 ――加藤友紀、15歳。
 私の高校生活が、デュエルアカデミアで始まろうとしていた。





 04/10 08:44
 デュエルアカデミア 教室

 階段教室には、多くの生徒が集められていた。
 赤。
 黄。
 青。
 ……まるで信号機のようだ。私の着る「青」は、安全をイメージしているわけではないだろうけれど。

「今日から! 君達の新たな道が始まろうとしている!」

 サングラスに、髭を生やした紫色の服を着た人が、壇上で大声で挨拶を始めていた。私はかなり後ろの方に座っていたが、きちんと聞き取れる音量となっている。前の方は災難であろう。

「君達がこのデュエルアカデミアを離れる時に! 何かしら学んだ事があったならば!! それはとてつもなく嬉しい限りだ!!!」

 あーあ、男泣きを始めてしまった。焦っている生徒もいれば、くすくすと笑っている生徒もいる。

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺っちは茂野間ネオ。君達の『デュエル』と『数学』の授業を担当するぞ。趣味はデュエリストのデッキのコピーだ。コピー最高! 強いやつもそうでないやつも、これから3年間よろしくな!」

 ……色々とツッコミを入れたいところだったがとにかく、ネオ先生の自己紹介はこれでお開きとなった。





「さて、連絡事項等が長くなっちまったな……。そこの少年!」

 ビシッ、と音が出んばかりの勢いで、赤い洋服を着た男子生徒を指差した。
 指差された男子生徒は、まず後ろを見、次に少し体を横にずらし、ネオ先生の指も同じように動く様を見て、最後に観念したように立ち上がる。

「ぼ、ボクですか……?」
「そうだ、少年。君の名前は?」
「えっと、佐藤謙羊といいます」

 佐藤くんは、もじもじとして顔を下に向けている。そりゃあ、こんだけ注目されれば恥ずかしい。誰だってそうする。私だってそうする。

「謙羊か……良い名前じゃないか!」
「あ、ありがとうございます……」

 が、ネオ先生の言葉が嬉しかったのか。少しだけ表情が柔らかくなっていた。ネオ先生は頷き、そして質問を再開する。

「謙羊、君には将来の夢はあるか?」
「夢……ですか?」

 佐藤くんは、先程とは打って変わって上を見始めた。もちろん上に答えが書いてあるわけではない。それでも、教室中の生徒がついつい釣られて上を向いてしまう。私も、もちろんその1人だった。

「謙羊、上に答えは貼っていないぞ?」
「す、すみません。なんなのか、まだパッとしなくって……」
「む、そうか……なら、質問を変えよう」

 ネオ先生は再びビシッ、という効果音が似合いそうなくらいの力で、佐藤くんを指差す。もう2回目で慣れてしまったのか、佐藤くんの表情は変わる事はない。

「謙羊! 君は、どうしてこのデュエルアカデミアという学校を決めた?」
「それは……それは!」

 バン、と机を叩く佐藤くん。それは、勇気を奮い立たせるための動作に見えた。

「ボクは、プロのデュエリストになりたいんです! プロとなり、今まで苦労をさせてしまった両親のために闘っていきたい!」



 教室が、静まり返る。
 茶化す? とんでもない。
 偽りなく。
 汚れなく。
 飾りなく。
 佐藤くんの闘志は紛れもなく、本物だった。



「謙羊……お前……」
「か、勝手な事を言って申し訳ありませんでした! 反省しま――」
「最ッ高に熱いやつじゃないかああああァァァァッ!!!」

 ネオ先生はサングラスの隙間から涙の滝を作り出していた。近寄り、佐藤くんを抱き締めると、バシバシと背中を叩いている。
 ああ、青春だなぁ……。私は「選手」と「熱血コーチ」の関係のような光景を眺めながら、そんな風に思ってしまった。

「よし、じゃあプロになって満足するためにはデュエルをするしかないな!」

 佐藤くんを解放し、ビシッ、と指を生徒側に向けるネオ先生。いよいよ始まるみたいだ。

「さあ、今から2人1組でデュエルをしてくれ!」





 同日 09:21
 アカデミア島 森林

 そして、なぜか「振り出しに戻る」。私は再び、森の中にいた。ガサゴソと、草木を掻き分け歩いていく。
 いや、決定的に違う事かあった。1回目の森にいたのは私1人だった。



 ――今回は同級生が潜んでいる……はず。



 ネオ先生がどこからともなく取り出したのは、上の部分に手が入るくらいの穴が開いた箱だった。

「今からくじ引きをしてもらう! 箱の中には――」

 ネオ先生が穴に手を入れ――再び出す。先生の手には、赤い文字が書かれた白いボール。
 書かれていた文字は――ああ、ここからじゃ見えないよ!

「――このように、文字が書かれたボールが入っている。書かれている場所に移動し……2人組を作ってデュエル! 親睦を深めてほしい!」

 なるほど、と頷く私。こうやって友達を作ってほしいという訳か。

「先生、質問があります」

 しかし、納得のいかない生徒もいるようだった。私の前に座っている男子が、挙手をしたのだ。

「質問か……よし、名前は?」
「吉光俊輔といいます。これから3年間、よろしくお願いします」
「俊輔か……良い名前だ。よし、内容はなんだ?」
「なぜ屋外で、しかも場所を変えてデュエルをする必要があるのですか? 解散・集合・点呼……授業内での時間の都合を考えると、あまり効率的ではないように思えます。校舎内でデュエルをするのではダメなのでしょうか?」

 数人がなるほど、と頷く。確かに正論、至極もっともな意見である。
 ……質問の時間が勿体ないというのはナシなのだろうが。

「良い質問だ。俊輔、答えを君だけにそっと教えよう」
「……お願いします」

 いやいや、全然「だけ」になってないし! 俊輔くんも心なしか、汗をかいているようにも見える。私はネオ先生にツッコミを入れたくてたまらなかった。

「この島は、何もデュエルと一般教養の2つを学ぶための場所ではない。この校舎に辿り着くまでに、色々な風景を目にしたはずだ」
 目を閉じ、島の風景を思い浮べてみる私。ネオ先生の言う通り、確かに島の表情は多彩なものだった。



 島に上陸した人達を静かに、しかし優しく出迎える「港」。
 切り立った壁が、自然の荒々しさを物語ってくれる「崖」。
 打ち寄せては帰っていく、気紛れな波が遊んでいる「浜」。
 そびえ立って島を見下ろす、熱さを内に封じ込めた「山」。
 見渡す限りに生命の道が続いている、緑色の楽園の「森」。



 これは私が感じ取ったほんの一部。まだまだ見ていない「島の表情」があるはず。
 ネオ先生は一同の回想が一通り終わったであろう時に、うむ、と頷いた。

「俊輔よ、デュエルで勝つ事はたしかに大切だ。だが、デュエル以前に感じ取るべきものが、この世界にはあるんじゃないかな」
「感じ取るべきもの……」
「そうだ。校舎内にいるだけでは学べないものが、外にはゴロゴロ転がっているからな」
「……貴重な時間を食い潰してしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。誰も俊輔を責める事は出来ないさ」

 納得がいったのだろう。俊輔くんはお辞儀をして、席に再び着く。気のせいか、俊輔の聞く姿勢が先程よりも良くなっている気がした。すっきりしたという事か。

「さあ、前のやつからどんどんくじを引きに来い! 溢れてしまっては元も子もないからな!」

 ネオ先生の合図で、一同は列を作っていく。これからの楽しい出来事を想像して、私も立ち上がった。





 回想終了。というわけで、私が引いたボールには「森」と書かれていたのだった。

(それにしても、なかなか見つからないわね……)

 そう考え、次にそれも仕方がないか、と考える事をやめる。
 新入生は全員で120人。箱の中に手を入れた時、ボールは最低でも6個以上はあった。仮に6個だったとしても、単純な確率では20人が「森」を引いた事になる。
 だが「浜」や「港」とは違い、「森」は視界が良くはない――いやはっきりと言おう、悪い。きちんと集中して探していないと、すれ違いを起こしかねなかった。

(あー、はやく誰かを見つけないとなぁ……)

 そんな事を考えながら歩いていると。



 ガサッ、ガサガサ――草を掻き分ける音。



 注意深く聞いていると、だんだんこちらに近づいているような気がする。いや、このまま立っているだけでは出会えないかもしれない。

(よし、音の方に近づいてみよう……)

 わざと草を掻き分ける音を大きくたて、私も歩き始める。こうしていれば、向こう側から気付いてくれるかもしれない。
 音がさらに近づいてくる。あと少し。あと少しで――。





「あ、あの…………」





 1回目の声は私には届いていなかった。草木を「掻き」分ける音で、声が「掻き」消されてしまっていたからだ。
 だから2回目の声と共にスカートの裾を引っ張られた時、私は驚きの余り「ひっ」と声を漏らしてしまったのだった。



「あの……ごめんなさい……」





 同日 09:36
 アカデミア島 森林

 なぜかそこに存在していたので、2人で並んでベンチに座る事にする。座る部分は少しひんやりとして、でもそれがまた心地よかった。
 私の背後にいた少女。名前は――。

「宇佐美彰子といいます……」
「宇佐美さん、ね。私は加藤友紀。よろしくね!」

 軽く右手を差し出す。おどおどとしながら、目の前の少女も手を出した。

「あの、お1人ですか……?」
「うん。森の中って見晴らしが悪いから、なかなか他の人が見つけられなくってさ……大変だったよね?」

 ねー、と同意を求めると――。



「うう……ひっく……」

 ――宇佐美さんはなぜか泣き出してしまった。



 え、何?! 私、何かまずいワードを使っちゃったの?! どの言葉?!
 あたふたする私だったが、それに気付く事無く宇佐美さんは口を開く。

「私、最初の方にくじを引いたんです……自然がいっぱいで良い場所だなぁって思いながら森で歩いていたんですけれど、いくら探しても誰とも会う事が出来なくって……気付いたら自分がどこにいるのかも分からなくって心細くってだんだん怖くなって涙が出てきてお腹も空いてきますし私だけ残してみんな別の場所にきっといて――」
「す、ストップストップ!? 負のスパイラルになっているから?!」

 宇佐美さんはどうやらマイナス思考な一面があるようだ。なんとかしなければ、私まで巻き込まれてしまう恐れがある。

「そ、そうだ! 宇佐美さん、ちょっと散歩をしてリラックスしようよ! うん、それがいい!」
「あ、ありがとうございます……」

 ベンチから立ち上がる私達。木々の向こうに見える空を見ながら、休憩所を後にした。





 加藤友紀と田中康彦。
 実はこの時すでに、2人はすれ違っていた。いや、正確にはすれ違った訳ではないのかもしれない。
 それでも――会う事が出来ていなかった。



 もし、あのまま加藤友紀が草木を掻き分けて進んでいたら――。
 もし、加藤友紀が自分の方に歩いてくる少年、すなわち田中康彦と出会えていたら――。
 もし、宇佐美彰子が加藤友紀を見つけていなければ――。



 ――その後、2人の道がすれ違う事はなかったかもしれないというのに。





 同日 09:42
 アカデミア島 森林

「加藤さんは……将来の夢はありますか?」

 歩き始めて約3分。まず口を開いたのは、私ではなく宇佐美さんだった。

「私の夢……ねぇ」
「あの、変な事を聞いてすみません……」
「いや、全然謝る事じゃないよ。そうね、夢かぁ」

 先程に佐藤くんがやっていたように顔を上げてみる。釣られるように、宇佐美さんも上を見た。前回は天井だったが、今回はオベリスクも真っ青な程の良い天気な空が見える。

「やっぱり、いまいち実感が湧かないのよね……」
「加藤さんもなんですか……?」
「そういう宇佐美さんはどう? 夢とか目標とか……そういうのってある?」
「え、んと……その……」

 質問に質問をぶつけられ、あたふたとし始める宇佐美さん。

「いや、ごめんごめん。私も質問できる立場じゃないんだけれどね」
「いえ、大丈夫です……でも、私も佐藤くんと同じような理由なのかも……」
「両親を楽にしてあげたいって事?」

 宇佐美さんは首を横に振り――空を見上げる。私が求めたものは「答え」だったが、宇佐美さんの場合はそれではなく、何かを思い出している様子だった。

「私には、妹がいるんです」

 スカートのポケットから、おもむろにデジタルカメラを取り出す宇佐美さん。手渡して見せてくれたのは、当たり前だが妹の写真だった。
 それも1人ではなく、2人。宇佐美さんに向かってくる姿を慌てて撮ったらしく、2人は斜めに写っていて、しかもブレていた。宇佐美さんらしい、リアルで面白い写真だ。

「機嫌がすぐに悪くなるし、すぐに物をなくすし、私の真似をして楽しんでいるけれども……妹ってなんだかんだで可愛いんです」
「ふーん……」

 私には兄弟姉妹がいなかったので、その「姉」としての気持ちは分からない。
 でも、これで宇佐美さんが「誰のために」デュエルアカデミアに来たのか、なんとなく分かった気がした。

「妹さん達のために、頑張らないとね」
「……頑張ります」
「ふふふ」
「ど、どうしましたか?」
「いや、返し方が面白かったからつい……ふふふ……」
「えっ? えっ?」

 笑いを堪える私と、自分が放った言葉を思い出そうとする宇佐美さん。会話の内容を聞いていなかったら、確実に変な目で見られる事だろう。



 笑いを堪えながら、私も将来について考えてみる。
 自分のやりたい事。欲しい物。それはいったい何だろうか……?
 まだ決める事が出来ていない自分の将来に、私は危機感を感じてしまった。
 いまこの瞬間は「1年目の1日目」であり。
 そして同時に、「卒業まであと3年」なのであるのだ。



「……加藤さんっ」
「ん、なぁに?」

 宇佐美さんの声で、我に返る。心配そうな顔をしているところを見ると、何度も呼ばれてようやく耳に入ったのだろう。

「あの……その……私とデュエルしてはもらえませんか?」

 赤くなりながら宇佐美さんは言う。本来の授業内容の話が、ここでようやく出てきた。二つ返事で了承しようとしたが――。

「私、加藤さんと話が出来て良かったです」

 ――まだ続くらしい。私は黙って宇佐美さんの言葉を聞き続けた。

「知らない場所で生活をし、知らない人達に囲まれ、知らない内に卒業しちゃう……そんな自分を想像してしまっていたんです」

 でも。宇佐美さんはここでようやく地面から視点を外し、私の目を見て話をしてくれた。ただし、頬はさらに赤くなっていく。



「加藤さんと一緒なら……その…………頑張れるような気がするんです……」

 それは彼女の、精一杯の一言だった。





 同日 09:48
 アカデミア島 広場

 木々を掻き分け辿り着いたのは、小さな小さな広場だった。

「これだけ狭いスペースなのに広場って言うのは、日本語としてどうなんだろうね?」
「そうですね……狭いフィールド、とかで良いんでしょうか?」
「あー、それがいいかも」

 私は宇佐美さんと向かい合うように立つ。十分にスペースが取る事が出来た事を確認し、うんうんと1人で頷いた。
 向かい合ってまた目が合った時、今度は宇佐美さんは私にペコリとお辞儀をした。それは「ありがとうございます」の意味で使ったのか、はたまた「お願いします」の意味で使ったのか――まあどちらでもいいか。

「じゃあ、デュエルアカデミアでの初デュエル、いくわよ!」
「頑張ります……!」

 両者、デュエルディスクを構え――。



「「デュエル!!」」

 ――決闘、開始。



友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

彰子:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行はいただき! ドロー!」

 私は初期手札を見て、むぅと唸った。さて、宇佐美さんの様子を見るためには、何を最初に出せば良いだろうか……?

「まずは……この子かな! 《切り込み隊長》を召喚!」

 デュエルディスクにカードを置く私。私の下に、頼もしき騎士が現れた。



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。



「《切り込み隊長》の効果を発動! 手札から、《キラー・トマト》を守備表示で特殊召喚するわ!」

 隊長が吠える。おたけびを聞き、トマトのモンスターが私の場に出てきた。とりあえずは、いつものパターンでやっちゃうかな!



《キラー・トマト》
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。



「……素早い展開ですね」
「そう? じゃ、カードを1枚セットして、ターン終了かな」

 頬を赤らめ、宇佐美さんが私の場を見ている。宇佐美さん、大丈夫かな……?



友紀:LP8000
手札:3枚
モンスター:《切り込み隊長》攻1200
      《キラー・トマト》守1100
魔法・罠:伏せ1枚

彰子:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「ではいきます! 私のターン、ドロー!」

 宇佐美さんがカードを引く。そして――。

「勇気を奮い立たせるために……! フィールド魔法、《ジュラシックワールド》を発動します!」
「……!?」

 発動と共に、まわりの景色が変化していく。木々は熱帯雨林のようなものに。アカデミアの校舎も見えなくなり、まるでタイムスリップしたかのようだ。山は――もくもくとしているわね、相変わらず。
 なるほど、宇佐美さんのデッキは【恐竜族】か……!



《ジュラシックワールド》
フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力と守備力が300ポイントアップする。



「えと……次に、この子を召喚します! 《猛進する剣角獣》!」

 宇佐美さんの前に、鋭角を持つ恐竜が登場。フィールドの効果もあってか、かなり荒ぶっているように見える。はしゃいじゃって、まったく。



《猛進する剣角獣》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻1400/守1200
守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

《猛進する剣角獣》
……攻撃力:1400→1700
  守備力:1100→1400



「宇佐美さん、恐竜族のデッキかぁ……」
「はいっ! 私、恐竜が大好きなんです!」

 宇佐美さんがにっこり笑って言う。「大好き」なのは、表情に良く現れているよ。
 が、すぐに宇佐美さんの表情は変わってしまった。色で言うと、「赤」面。

「……笑わないんですね」
「へ? 何か面白い事を言っていた?」
「いえ、その……」

 宇佐美さんはモジモジしている。どうやら言いづらいらしいが、ぶつぶつと呟かれた小さな言葉を私は聞き逃さなかった。

「……女の子なのに、恐竜が好きな事です」
「ん……? 全然おかしくないよ、好きなものがあるって良い事じゃないかな」「でも、中学生の時にからかわれてしまって……みんながスカートだったりカバンだったりお化粧の道具で盛り上がるので、私は輪の中に入る事が出来なくて……ぐすっ……」
「わわっ、落ち着いて!?」

 宇佐美さん、また泣きだしてしまった。なんか私、悪い事をしているみたいな……。

「私はその、自分自身にしかない特別なものを持っているのって、とっても素敵だと思うよ?」
「……本当ですか?」
「本当よ、嘘をついたって意味がないでしょ? それにね――」

 私は宇佐美さんに笑顔を向ける。宇佐美さんのちょっぴり赤い目と視線がぶつかった。

「――世の中には、『焼き尽くす』とか平気で言っちゃう眼鏡の人や、アンデット使いの無口な少女とかの変わった人がたくさんいるからね」
「あ、あの、その人達とは時系列的にまだ会って……」
「それにしても、『スライダー』はちょっとね……変え過ぎじゃないかな、あの人は」
「か、加藤さん……?!」

 宇佐美さんは私のメタ発言――じゃなかった、冗談にオロオロとしてしまっている。真面目なんだなぁ、偉いなぁ。
 ……おっとっと、私も一応は真面目です。宇佐美さんとは真面目のベクトルが少し違うだけ……なのかな?

「まあ冗談はここまで。ほら、どうするの?」
「えと、そうですね……」

 宇佐美さんは、私の場に並ぶ2体のモンスターをじっと見る。どちらを破壊するべきか、迷っているのだろう。

「では……はい! 《猛進する剣角獣》でバトルをします! 戦闘対象は――」

 ぴっ、と指を前に出す。ネオ先生程ではないが、心がこもっているように見える指差しだった。

「――《切り込み隊長》です! 攻撃!」

 人差し指の先には、私を守る騎士の姿が。恐竜の突進をまともに食らい、《切り込み隊長》は消滅した。
 うーん、ダメージの関係で《キラー・トマト》を狙ってきてくれるかと思ったけれど、そうは行かなかったみたい。



友紀:LP8000→7500



 私の伏せカードが発動しなかった事にほっとしているようだ。宇佐美さんはゆっくりと手札を眺める。

「では……カードを1枚セット。私のターンは終了です」

 宇佐美さんの場に、カードが1枚セットされた。なんだろう……彼女の性格からして、ブラフではないだろうけれど……。



友紀:LP7500
手札:3枚
モンスター:《キラー・トマト》守1100
魔法・罠:伏せ1枚

彰子:LP8000
手札:3枚
モンスター:《猛進する剣角獣》攻1700
魔法・罠:伏せ1枚
     《ジュラシックワールド》



「よーし、私のターン! ドロー!」

 カードを1枚引く。さて、さっきのダメージ分を帳消しにさせてもらうわよ……!

「私はモンスターをセット! さらに、魔法カードを発動! 《強制転移》!」
「……!?」



《強制転移》
通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。



「私が宇佐美さんに送るのは、今出した裏守備モンスター――《クリッター》よ!」
「うぅ……私は《猛進する剣角獣》だけなので……」

 モンスターが光に包まれ、やがて位置が入れ替わった。貫通攻撃のモンスターとは、つくづく運が良いかも。



《クリッター》
効果モンスター
星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守600
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、お互いに確認して手札に加える。その後デッキをシャッフルする。



「《キラー・トマト》の表示形式を変更! さあ……バトルと行こうかしら!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「お手柔らかにって……まあ良いわ。《猛進する剣角獣》で、伏せモンスターにお手柔らかに攻撃!」

 察したのか、空気を読んだのか。恐竜はのしのしとゆっくり近づき――伏せてある《クリッター》を角で突いた。貫通効果持ちなのだ、宇佐美さんにダメージが入る。



彰子:LP8000→6900



「さて……墓地に落ちた《クリッター》の効果を発動させるわ。私がデッキから引っ張ってくるのはこのカード! 《UFOタートル》!」
「……加藤さんのデッキは、リクルーター主体ですか?」
「そ、当たりっ!」

 幼い時からデュエルをしているが、私はデュエル序盤は極端に運が悪い人間だった。引きたいカードが引けず。出番が去ったら手札に来る、などなど……。
 だったらやるべき事は1つ――リクルーターでデッキの回転力を高めて、満足するしかないじゃない!



《UFOタートル》
効果モンスター
星4/炎属性/機械族/攻1400/守1200
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。



「さあ、次は《キラー・トマト》! お手柔――」
「そ、その下りはもうしなくて大丈夫です……」
「へ? あ、うん」

 顔を赤くしている宇佐美さん。何か恥ずかしい事でもあったのだろうか。

「それじゃ、やり直して……宇佐美さんに《キラー・トマト》でダイレクトアタック!」

 トマトは勢い良く飛び出し、宇佐美さんにダメージを与える。まずは1歩、リードかな……!



彰子:LP6900→5500



「えーっと? これで私は終わりかな。さ、どうぞ」
「……分かりました」

 手札、場と交互に見ながら、宇佐美さんは難しそうな表情を見せている。私は対戦相手だけれど、頑張って!



友紀:LP7500
手札:2枚
モンスター:《キラー・トマト》攻1400
      《猛進する剣角獣》攻1700
魔法・罠:伏せ1枚

彰子:LP5500
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚
     《ジュラシックワールド》



「私のターン……ドロー!」

 引いたカードを見――宇佐美さんは泣きだしそうな顔になった。あれ、事故っていたりする……?

「私は……私はモンスターとカードを1枚ずつセットします」

 完全に守りの態勢に入ってしまった宇佐美さん。なんか、悪い事をしているみたいだなぁ……。

「では、私のターンはこれで終わり――」
「ターン終了時に発動させてもらうわね! 永続罠、《王宮のお触れ》!」

 ……まあ、宇佐美さんにはもっと悪い事をしてしまうのだけれど。



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。



「……加藤さんは強いです」
「そんな事はないわ。私はただ並べて蹂躙して殲滅する……それだけのデッキよ」
「な、なんか恐いですね……」

 ありゃ、なんか私は変な事を喋っちゃったかな。宇佐美さん、なんか引いちゃっているけれど……。

「やっぱり私、駄目なのかな……」
「……駄目?」

 はい、と俯きながら宇佐美さんは言う。

「こうして負けそうな状況になって……どんどん思考が黒に染まっちゃって……」
「まさにスパイラル、って訳ね」
「……加藤さん。加藤さんは、自分の勝つ姿を想像していますか?」
「勝つ姿? そりゃあ私は勝ちたい訳だし、するのは当然じゃない?」

 ですよね、と半ば自嘲気味に宇佐美さんが笑う。



「――私は真逆です」



「真逆……? 負ける姿を、想像しているの?」

 こくり。

「優勢の時も?」

 こくり。

「勝った後、偶然だ、運が良かった――そう思っているの?」

 こくり。





「もったいないよ、それじゃ!!」





 私の大声に、宇佐美さんは肩を大きく震わせた。

「宇佐美さん、それで楽しいの? 勝っても喜べない、負けても悔しいだけ……そんなの、全然楽しくないでしょ?」
「でも……私……」
「あー……もうっ!!」
「ひっ……!?」

 ネオ先生の真似をするように、私は宇佐美さんにビシッと人差し指を向けた。

「宇佐美さん! デュエルアカデミアに来た理由……もう1回言ってみて!」
「え、そ、その、あの……恐竜の良さをみんなに知ってもらいたくて――」
「それ!!」

 再度人差し指で宇佐美さんを指差し、私は腕を組む。

「宇佐美さん、恐竜の良さをみんなに伝えたいんだよね」
「……はい」
「でも、そのデュエルの姿勢じゃ誰も良さを分かってくれないよ?」
「……え?」

 きょとんとした顔の宇佐美さん。私は言葉を続ける。

「恐竜って良いな、格好良いな――それってつまり、みんなが楽しめているって事よね」
「そう……だと思います」
「でも宇佐美さん、楽しめていないよ?」
「……あっ」

 デュエルの姿勢と、将来の夢。私には、2つは「ずれている」様にしか見えなかった。
 楽しませるはずの本人が楽しくない。そんなデュエルのどこに、人は惹かれるだろうか。

「……まずは自分が楽しくなれるデュエルをする事が、他者も楽しませる事が出来るデュエルへの1歩じゃないかな」
「………………1歩退くのではなく、進む……」

 宇佐美さんの目に、デュエル開始時の熱意が戻ってきた。そう、まだデュエルは終わってはいないんだから……!



友紀:LP7500
手札:2枚
モンスター:《キラー・トマト》攻1400
      《猛進する剣角獣》攻1700
魔法・罠:《王宮のお触れ》

彰子:LP5500
手札:2枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚
     《ジュラシックワールド》



「じゃあ行くわよ、ドロー!」

 とにかく、今は私のやれる事――宇佐美さんの対戦相手にならなくては。引いたカードを手札に加え――。

「私は手札から、魔法カードを発動! 《抹殺の使徒》!」
「……!」

 ――手加減抜きで、攻めていく!



《抹殺の使徒》
通常魔法
裏側表示のモンスター1体を破壊しゲームから除外する。もしそれがリバース効果モンスターだった場合お互いのデッキを確認し、破壊したモンスターと同名カードを全てゲームから除外する。その後デッキをシャッフルする。



 すらりとした兵士がカードから飛び出し――宇佐美さんの伏せカードを問答無用で切り捌いた。
 伏せていたのは――《暗黒ステゴ》だったのね。



《暗黒ステゴ》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻1200/守2000
このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、このカードは守備表示になる。



「攻撃すれば、リクルーターを1体は倒せた――と言うのは遅いわよね」
「前のターンまでは弱気でしたから。でも、次のターンは大丈夫です……!」
「ふふっ、じゃあ遠慮はしないわよ? 私は《UFOタートル》を召喚!」

 私は《クリッター》の効果で手札に加えた「亀」を召喚する。
 「亀」……ねぇ。「亀」の人とは、こっちの世界ではいつ会うのかな……。
 おっと、つい変な事を考えちゃった。いけないいけない。



《UFOタートル》攻1400



「じゃあ、バトル! 3体で、一気にダイレクトアターック!!」

 トマト、恐竜、亀。統一性に極めて欠けるモンスター達が一斉に宇佐美さんに襲い掛かり、傷を負わせる。
 しかし大きなダメージを受けても、彼女の目はまだ死んではいない。なんだか少し、良い事をした気分になった。



彰子:LP5500→1000



「じゃあ、私は……」

 バトルが終わったところで、今一度手札を見る。私の手札には、1枚の罠カード。《王宮のお触れ》がある以上、発動をする事は出来ない。
 でも――。

「……カードをセット。ターンエンドよ」

 ――何かが、きっと来る。だから万全には万全を。本気の相手に手は絶対に抜きたくはないから。



友紀:LP7500
手札:1枚
モンスター:《キラー・トマト》攻1400
      《猛進する剣角獣》攻1700
      《UFOタートル》攻1400
魔法・罠:《王宮のお触れ》
     伏せ1枚

彰子:LP1000
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ2枚
     《ジュラシックワールド》



 宇佐美さんが、目を閉じる。
 引きたいカードが何かは分からない。逆転が出来るかも分からない。
 それでも――。

「それでも、ここから1歩を踏み出したい! ドロー!!」



 力強く「1歩」を引いた宇佐美さん。
 手にしたカードは――。

「双六で言う、『サイコロを振り直す』――でしょうか?」

 ――起源にして頂点の「ドローカード」。《強欲な壺》だった。



《強欲な壺》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「……私、今度こそ引き当てます」
「その調子。後は引くだけだね」
「ふふっ……なんか加藤さん、先生みたいですね」
「え? ネオ先生みたいに熱くはないわよ?」
「そうじゃなくって……なんかうまく言えないけれど……」

 顔を真っ赤にする宇佐美さん。なんか、恥ずかしいのかな?

「さ、まずは引きましょ? 宇佐美さんとは、これからもずっと喋れるんだから」
「か、加藤さん……」

 さらに宇佐美さんの赤の値が上昇。私、宇佐美さんを戸惑わせるような発言をしたかな……?

「じゃあ、行きますね――」

 目を閉じる宇佐美さん。瞳の奥、きっと彼女は見られているはず。

「――ドロー!!!」





 自分の、「勝利」の姿を。





「……………………加藤さん」
「……デッキは、あなたに答えてくれた?」
「……………………はいっ」

 そう言ってにっこり笑い、宇佐美さんは1枚のカードをデュエルディスクに置いた。

「反撃します。《俊足のギラザウルス》を、攻撃表示で特殊召喚します!」

 場に、俊敏な動きを見せてくれそうな恐竜が現れた。ホームのためもあって、力が活性化される。



《俊足のギラザウルス》
効果モンスター
星3/地属性/恐竜族/攻1400/守400
このモンスターの召喚を特殊召喚扱いにする事ができる。特殊召喚扱いにした場合、相手の墓地から相手はモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

《俊足のギラザウルス》
……攻撃力:1300→1600
  守備力:400→700



「加藤さん。モンスターを……特殊召喚しますか?」

 そう。《俊足のギラザウルス》の効果で、私は墓地のモンスターを特殊召喚する権利が与えられている。私は墓地を確認してみた。
 選択肢は《切り込み隊長》と《クリッター》。2体が墓地に置かれている。



 ここは《クリッター》を出し、不測の事態に備える?
 それとも《切り込み隊長》を出し、リクルーターから召喚することの出来る戦士族を守る?



 私が出した選択は――。



「……このカードを蘇生するわ!」

 ――「補給」ではなく「守護」。《切り込み隊長》を守備表示で特殊召喚した。



《切り込み隊長》守400



 ――瞬間、宇佐美さんの目が、光った。

「特殊召喚に対して伏せカードをオープンします! 《狩猟本能》!!」

 その目は先程までのおどおどした「弱者」のものではなく。獲物を捕える「強者」の目。攻めに入った「狩人」の目。



《狩猟本能》
通常罠
相手フィールド上にモンスターが特殊召喚された時に発動する事ができる。手札から恐竜族モンスター1体を特殊召喚する。



「……? でも、《王宮のお触れ》があるから罠は無効に――」
「はい、だから私はもう1枚の伏せカードもチェーンしてオープン! 速攻魔法、《サイクロン》です!」
「げ、さっき引いていたのね……」
「加藤さんが何か罠を発動するかもしれなかったので、こうしていたんです」

 突風が《王宮のお触れ》のカードを引き裂き、破壊した。宇佐美さん、私の伏せカードが2枚目の《王宮のお触れ》じゃなくって、本当に良かったね……!



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。



 罠を縛っていたお触れが解かれる。宇佐美さんはすぅっ、と息を吸い――。

「《狩猟本能》の効果で召喚するモンスターは……この子! 『究極』にして私の切り札の1枚! 私の力となって、《究極恐獣》!!」

 カードがデュエルディスクに叩きつけられる。宇佐美さんの背後――森の中から現れたのは、その名がふさわしき王者。巨大で強大な恐竜だった。



《究極恐獣》
効果モンスター
星8/地属性/恐竜族/攻3000/守2200
このカードが自分のバトルフェイズ開始時に攻撃表示だった場合、一番最初にこのカードで相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ攻撃しなければならない。

《究極恐獣》
……攻撃力:3000→3300
  守備力:2200→2500



 かなりまずい事になってしまった。本気で来てとは言ったが、まさか攻撃力が3000級のモンスターが出てくるなんて……!

「加藤さん、驚いていますか?」
「そりゃあ驚くよ! 私、わくわくしてきた!」
「そうですよね! とっても可愛いですよね!!」
「ちょ……待った待った!?」

 今、宇佐美さんはなんと? 私の聞き間違えなら良いんだけれど……。

「……? 可愛いですよね、と言いましたけれど……」
「地の文を読まないで、と言いたいけれど……それよりも、可愛い発言の方が私には衝撃が大きかったわ……」
「え? だってあの牙とか爪とか瞳とか尻尾とか……すっごく可愛いじゃないですか!!」

 目をキラキラさせて同意を求めないでほしい。宇佐美さんの趣向は、他者とは少々異なるようだ。
 そりゃあ、人には変わったところがあっても問題はないけれど……博打が大好きー、とか石が大好きー、とかいるし。
 いけない、このシリーズとはまったく関係ない話をしている場合じゃなかった! 今は、この「可愛い」恐竜をどうするべきかを考えないと――。



「……加藤さん。私の切り札は、なにも1枚とは言っていませんよ?」



「へ……?」

 ふふっ、と笑う宇佐美さん。私、なんか嫌な予感が……。

「次はこのカードを発動します! 魔法カード、《大進化薬》!!」

 発動と共に、《俊足のギラザウルス》の身体が光を帯ながら消えていった。あ、発動コストに使用したのね。



《大進化薬》
通常魔法
自分フィールド上の恐竜族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。このカードがフィールド上に存在する限り、恐竜族モンスターの召喚に生け贄は必要なくなる。



「これで、私の大型モンスターの召喚に必要な生け贄は必要なくなりました」
「……げげっ」
「そして、これから出すのは私のもう1枚の切り札……《究極恐獣》が『過去』から駆け付けてきてくれた恐竜なら、この子は『未来』から駆け付けてきてくれた恐竜ですっ!!」

 デュエルディスクに叩きつけられるカード。宇佐美さんの背後で電撃のようなものが弾ける音と共に、狂暴な王者の声が放たれた。

「さあ、『現代』の地を踏み荒らして! 《超伝導恐獣》!!」

 目にきついくらいの光と共に、2体目の「恐獣」が姿を曝け出す。時間という壁を越え、彼方の大地の王者がここに集った。



《超伝導恐獣》
効果モンスター
星8/光属性/恐竜族/攻3300/守1400
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で相手ライフに1000ポイントダメージを与える。この効果は1ターンに1度しか使用できない。また、この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

《超伝導恐獣》
……攻撃力:3300→3600
  守備力:1400→1700



 なんという事だろう。1ターンで、かの有名な《青眼の白龍》を越える恐「竜」が、しかも2体も……!?

「加藤さん……狩らせてもらいますっ!」
「宇佐美さんがそんな言葉を使うと違和感があるわね……」

 いや、そんな事を言っている場合ではない。えーっと、ダメージがすごい予感が……。

「《究極恐獣》で、《キラー・トマト》を攻撃です! アブソリュート・バイト、第1打!!」

 恐竜はその鋭い牙で、私の場にあったトマトを食べてしまった。本来ならばリクルーター効果によって新たなモンスターを召喚したいが、《究極恐獣》の連続攻撃で私のダメージを増やす訳にはいかない。ここは我慢だ、私!



友紀:LP7500→5600



「くぅっ……!」
「続いて《UFOタートル》を攻撃します! アブソリュート・バイト、第2打!!」

 今度は機械亀を歯で派手に砕く。食べる事が出来ないからか、UFOの部分が口からプッと吐き出された。



友紀:LP5600→3700



「さらに《切り込み隊長》に攻撃! アブソリュート・バイト、第3打!!」

 尻尾を叩きつけて吹き飛ばし、恐竜は騎士を飲み込んだ。あの……「噛み付く(bite)」なのに、飲み込んじゃうんだ……。

「これが最後です! 《猛進する剣角獣》に攻撃を仕掛けます! アブソリュート・バイト、第4打ぁ!!」

 大好きな恐竜なのに、躊躇いもせずに攻撃宣言をする宇佐美さん。私の(宇佐美さんから奪った)恐竜は生存競争に負け、その肉を食い千切られた。



友紀:LP3700→2100



「……っ!? ライフが……?!」
「加藤さん、これで終わりです! 《超伝導恐獣》でダイレクトアタック! スーパーコンダクター・ブレス!!」

 「未来」から来た恐獣の口の中が光っていく。この一撃を食らえば私の負けだ。
 私が伏せているカードは攻撃妨害系ではない。どうする事も出来ない……。





 でも……それでも……。
 最後まで抗いたい、私……!





「攻撃に対して罠カードをオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 私はこれで、《キラー・トマト》を蘇生させる!」

 私の前に赤――否、紅い植物が組成され、蘇生される。宇佐美さんは一瞬、頭の上にクエスチョンマースを乗せていたが、すぐに元の目付きに戻った。



《リビングデッドの呼び声》
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《キラー・トマト》攻1400



「攻撃は……止めません! 行って、《超伝導恐獣》!!」

 光の束が、恐獣の口から放たれる。私のトマトでは、その一撃を防ぎ切る事は出来ず――。



友紀:LP2100→0










 同日 10:00
 アカデミア島 広場

「あー、負けちゃった!」

 お尻が汚れるのも構わず、私は地面に座り込んむ。宇佐美さんが、そんな私の方へと駆け寄ってきた。

「あの……大丈夫……ですか?」
「ああ、うん。大丈夫よ。それにしても、あの状態から逆転されるなんてなぁ……」
「その……引きが良かったんです……たまたまです」

 誉められて顔を赤くする宇佐美さん。私は反論とばかりにカードを1枚見せる。

「これ、次のターンに引いていたカードよ」
「あ……《ブラック・ホール》……」

 私が見せたのは、最上級除去カード。鮮やかな色の場を黒一色に染めてしまう――《ブラック・ホール》。



《ブラック・ホール》
通常魔法
フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。



「結果的に、私はこれを引く事が出来なかった――でも、宇佐美さんはあんな状況から大逆転してみせたじゃない!」
「あ、ありがとうございます……」

 さらに赤くなる宇佐美さん。誉めれば誉めるほどに赤くなる生きもののようだ。可愛いなぁ!

「でも、次は負けないわよ〜! だから宇佐美さん、覚悟していてね!」
「は、はい! よろしくお願いします!」

 ぺこりとお辞儀をする宇佐美さん。私も立ち上がり、お尻をはたいて――ぺこり。





 ――私の、いや私達のデュエルアカデミアでの生活は、まだまだ始まったばかりである。




 07話  「パートナー」

 「未来」の事はまだまだ分からないけれど。
 アカデミアの事は、この1ヶ月でなんとなく分かってきた主人公の私――加藤友紀。
 2回でも3回でも言おう、「私」がこの話の主人公であると!

「か、加藤さん……誰に向かって話をしているんですか……?」
「この話を読んでくださっている方々に」
「だ、ダメです、その発言はダメですよぉ……!?」

 隣であたふたしているのは、宇佐美彰子。私は宇佐美さんと呼んでいる。「彰子」と呼びたいけれど……恥ずかしいので今はまだ呼べていない。私はこう見えて純真なのだ。
 私達は今、デュエルアカデミアへと歩いている最中。気持ちの良い空気を感じながら、2人で教室へと歩いている。

「それにしても、もう5月かぁ」
「あっという間ですね、1ヶ月って」
「勉強して、デュエルして、眠って……気付いたら時間が経っちゃっているのよね」

 本日は5月1日。新しい月の始まりの日である。なんだか、今日は良い事がありそう……!

「さ、説明は終わりにして、早く教室に行こうよ!」
「は、はいっ!」

 校舎へ向かって走り出す私達。毎朝この道を走りながら、必ず考える事があるんだ。それは――。

「今日も楽しい事があるといいなぁ!」





 5月1日 08:40
 デュエルアカデミア 教室

「よぅし、今日もみんな揃っているな! 素晴らしい心意気だぜ!!」

 黒板の前で楽しそうに笑っているのは、我らが先生の茂野間ネオ。黒いサングラス、紫の教師用の服、そしてダンディなヒゲ――怪しさは満点であるが、良い先生である事は間違いない。

「突然だが……武司!」
「は、はい」

 本当に突然過ぎである。名前を呼ばれた武司――瓶田武司くんは、反射的に立ち上がった。

「今日から5月。新しい月が始まるな」
「冒頭でも2人の会話にてそう言っていましたね」
「ん、冒頭……? まあ良い、とにかく本日は5月1日。武司は、今日は何の日か知っているか?」
「5月1日、ですか……?」

 瓶田くんは顎に手を当てて考え出した。真剣に考えているのか、それともどんなネタを言おうか迷っているのか……。
 私も腕を組んで考えてみる。「憲法記念日」「みどりの日」「こどもの日」は近いが、それは3日からである。ダメ、思いつかないわね……。
 隣の宇佐美さんはというと、同じくお手上げらしい。目が合ったので私が首を横に振ると、同様に宇佐美さんも首を振った。私も全然分かりません……、といった感じだろう。

「ふふふ……はい、ターイムアップだ!」

 パチパチと手を叩くネオ先生。瓶田くんは「疑問」の表情のまま、席に着いた。

「知りたい? 知りたいかな? 知りたいよな?」
「3段活用は良いので、もったいぶらないで早く答えを教えてくださーい」

 誰かが茶化すように言うと、教室が笑いに包まれた。仕方ないな、とネオ先生がため息をつく。

「実はな……今日、5月1日は――」

 そこまで言って、また力をためる先生。よっぽど嬉しいのか、それとも重要な日だったのか。
 そして――言う。





「――『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX TAG FORCE』の中の、ゲームでの初日なんだ!!!」





 ……………………。





「……あれ? みんな反応が薄くないか?」
「その……急に元ネタの話になっても困ります」
「というか、めでたい日なの?」
「なーんだ。せんせー、滑っているじゃないですかー」
「やれやれ……ワクワクして損した……」

 言いたい放題な生徒達。いじけているのか、ネオ先生の姿がどんどんと小さくなっていく。
 正直な所、私も宇佐美さんも苦笑いをしてしまっていた。今回は、彼の熱血さが訳の分からないベクトルへと向かっていってしまったようだ。

「くっ……はぁ……」

 俯き、自分の影を見て。明らかに寂しそうな雰囲気を出しながら、ネオ先生はボソボソと呟く。

「はぁ……折角月が変わるんだから、今日から授業にタッグデュエルを導入させてみようと思って、その話の前にみんなをワクワクさせるために『タッグフォース』に関する問題を出してみたのに……俺っち、やっぱり先生は向いていないのかもしれないな……」





 ……………………。





「先生、どうしてそれならそうと普通に言ってくれないんですか?!」
「さすが茂野間先生、やる事が違うぜ!」
「出た! ネオ先生のトークコンボだ!」

 ネオ先生の呟きによって、教室の雰囲気は一変。あれ程までに厳しかったネオ先生へのコメントは、全てがネオ先生を支持する言葉へと書き換えられた。ひどい掌返しである。

「ネオ先生、バンザーイ!」
「タッグデュエル、バンザーイ!」
「ネオ先生、最高ーッ!!」
「タッグデュエル、最高ーッ!!」
「ワーッショイ!!! ワーッショイ!!!」

 ……ここまで馬鹿みたいにお祭騒ぎをしているのは、男子だけだったのだが。はしゃいじゃって……まったく。

「加藤さん……ムズムズとした表情になっていますけれど……」
「べ、別に私は男子に混ざってワッショイワショショイしたい訳じゃないの! 本当よ?!」
「は、はぁ……」

 宇佐美さんが冷や汗をかいている。ほ、本当なんだってば!?

「お前達……お前達ってやつはぁ……最高の生徒だぜええぇぇ!!!」

 見てみると、ネオ先生がサングラスの隙間から、漫画やアニメのように滝のごとく涙を流していた。アニメじゃない、本当のこーとさー。
 ……最近アニメが面白い、けれど。

「じゃあお前達のハートを受けとめて……今日はタッグデュエルをしてもらうぜぇっ!」

 ポケットから出したハンカチで涙を拭き、ビシッと私達に向けて指を向けるネオ先生。教室は再び、歓声の渦に包まれていく――。





 同日 09:18
 アカデミア島 浜辺

「わぁ〜っ!」

 前方に広がる色は、どこまでも青、青、青。言葉通りに青一色だ。私と宇佐美さんは、デュエルアカデミアからそんな浜辺に移動してきたのだった。
 浜辺を優しく駆ける風が気持ち良い。このままずっと、この風の中に溶け込んでいたいくらいだ。

「あの……他の方達、いらっしゃるでしょうか……?」
「大丈夫大丈夫! だってさっき、先生も言っていたじゃない!」

 心配そうな顔の宇佐美さん。そんな彼女に向かって、私は笑いながら言うのだった。
 おっと……回想、開始っと。





「さて、今日はタッグデュエルの授業となるが……さてさて……」

 約20分前の事。全力ではしゃぐ生徒達をなんとか抑え、ネオ先生が悩む仕草を見せる。いったい、今度は何だろうか。

「うーむ……謙羊!!」
「は……はいっ」

 佐藤くんが名前を呼ばれて立ち上がる。その目は、「ガーネット(柘榴石)」のごとく光り、やる気に満ちていた。



 他寮の話なので詳しくは知らないのだが、どうやらレッド寮のリーダーは佐藤くんに決まったとの事だ。先生と生徒、両方の信頼を得ているそうな。
 ブルーとイエロー? イエローは知らないけれど……ブルーはそういった「リーダー」的なものはまだ存在していない。
 オベリスク・ブルーの生徒は、全員が強いデュエリストで構成された寮である。そして全員がほぼ同じレベルを持っているため、そこには「王」は存在しないのだ。「女王」もまた然り、である。
 もっとも、「まだ」存在していないだけなんだろうけれど……。いつか「皇帝」とか「女王」とか、はたまた「キング」も現れる――のは別の時間軸だったりして。



「謙羊は、この後のデュエルはどのような形を取れば良いと思う?」
「形……タッグデュエルをどのように行うか、という事ですよね」
「うむ、その通り!」

 こくこくと頷くネオ先生。佐藤くんはいつものように上を向いて悩む仕草を見せ――。

「……やっぱり『初めて』なんですから、外に出ましょうよ、外に!」
「外か……うん、外! よーし、今日は外でデュエルの日とする!」

 そう言ってネオ先生が指パッチンをすると、教室後方に存在するドア全てが音を立てて開かれた。ツッコミを入れたいところだが、まあネオ先生だしなぁ……。

「今回は好きな場所に行って良い! もちろん誰と組み、誰とデュエルをするのかもお前達に任せよう! ただし、港から船に乗ってこの島を出ていくのだけはナシな!」

 先生が、ビシッと外への入り口を指差す。

「さあ行け、若者達よ! 存分にデュエルを楽しむのだ!」

 声をあげ、喜びで荒れる男子達。私も加わろうと思ったが、宇佐美さんに腕をトントンと叩かれて我に返る。わたしは しょうきに もどった!

「あの……その……」
「あ、もしかして私と一緒に組む? 私はオッケーだけれど」
「良いんですか? あ、ありがとうございます!」

 不安そうな顔を宇佐美さんはしていたが、私の言葉ですぐに明るくなった。実は私も、宇佐美さんと組みたかったしね。

「えーっと……では、どこに行きますか?」
「あー、さすがに『森』はナシね。視界の悪さのせいで、他の人達を見つけられなかったら嫌だし……あ、そうだわ!」

 手を叩く私。その様子を、不思議そうに宇佐美さんが見つめる。

「あのね、実は私……行きたい場所があるんだけれど……」





「行きたいところ……『浜辺』だったんですね」
「ちゃんと来た事がなかったから、ね? それにしても、風が気持ち良いわ……」
「そうですね……」

 そんな訳で私と宇佐美さんは、浜辺に落ちていた流木の上に並んで座っているのだった。
こうしてリラックスしていると、なんだか……眠くなってきちゃった……。

「平和ね……」
「平和です……」
「平和過ぎる……」
「平和ですよね……」
「平和だけれども……」
「平和は良い事です……」
「……私達、何か忘れていない……?」

 お互いに、半分閉じた目を合わせる。私達、なんでこんな場所で……。



 ……………………あ。



「……そういえば」
「タッグデュエル……でしたね」
「も、もちろん覚えていたわよね、うん! 私もちゃあんと覚えていて、それで休憩中だったのよ!?」
「わ、私も少し休んだら、きちんとデュエルをする予定でしたよ?!」

 あたふたと目の前の相手に対して言い訳をし、流木から立ち上がる私達。……まさか、自分の発言にツッコミを入れたくなってしまうとは。

「休憩もたっぷりした事だし、対戦相手を見つけに行かなきゃね!」
「急ぎましょう、加藤さん!」



「ちょーっと待ったぁーっ!!」



 走り出そうとした瞬間の事。私達は後ろから声をかけられた。どこか熱血っぽさがある声の響きである。

「え、誰?」

 振り返る私。私の予想では、タッグデュエルを申し込みにした生徒が2人いるはずだった。



「え――ありゃ?!」

 ――だから、「2人」ではなく「5人」の生徒がいるのを見た時に、私がすっとんきょうな声を出したとしてもそれは「当然」であり、そしてそんな光景に「呆然」としても仕方の無い事であったのだ。





 同日 09:24
 アカデミア島 浜辺

「燃え盛る『炎』! 温田熱巳(おんだあつみ)!!」
「逆巻く『水』! 水城流次(みずしろりゅうじ)!!」
「荒ぶる『地』! 地原岩夫(ちはらいわお)!!」
「吹き荒れる『風』! 風見吹子(かざみふきこ)!!」
「すべてを司る『光』! 白石光一(しらいしこういち)!!」
「5!」「人!」「そ!」「ろっ!」「て!」



「「「「「『チーム5A’s』、参上!!!」」」」」



 ポーズを取る5人の背後でカラフルな大☆爆☆発が起きる。ここまで過剰なキャラ紹介に、私はツッコミを入れる気も失せていた。
 読者の方々のための紹介も終わり、5人が走ってこちらにやってきた。風見さんが、私達に話しかけてくる。

「どう、加藤さんと宇佐美さん?! あたし達、ちゃんとキャラ紹介を出来ていたわよね?!」
「えっと、その……凄かったです」
「随分と用意周到なキャラ紹介ね……ところで、『5A’s』の『A』って何の略?」
「『Attribute』――つまりは『属性』だ」
「意外にもちゃんと考えていたりするのね?!」

 おそらくリーダーなのであろう、白石くんのアンサーについ感心してしまった。この真面目さを、もう少し別の方向へと持っていく事は出来なかったのだろうか。

「あの……確か入学当初は、『属性六人衆』って言っていませんでしたか……?」
「宇佐美さん……それは良い質問だね」

 宇佐美さんの疑問に、水城くんが頷く。どうやらちゃんとした回答があるらしい。

「……と、話をする前に。ここから一気に誰が話しているのか分かりにくくなりそうなので、先にボク達の一人称を説明しておこう」
「ねえちょっと?! 読者様への言葉は私が担当なのよ?!」
「吹子が『あたし』、岩夫が『俺』、熱巳が『オレ』、光一は――」
「『私』だ」
「そう。で、『ボク』が流次。紛らわしいから、気を付けような!」
「ひ、ひどい……主人公を無視して話を進めた……」
「げ、元気を出してください、加藤さんっ」

 水城くんの振る舞いによってテンションがガタ落ちになった私を、宇佐美さんがなんとか支えてくれた。私の味方は宇佐美さんだけよ……。

「話、元に戻しちゃうぞ。俺達は確かに、入学したばかりの頃は『属性六人衆』と名乗っていたな」
「みなさん、付き合いが長かったりするんですか?」
「私達は小学校からの付き合いなのだよ。入学時から、私達の仲はまさに宿命であったのだ」
「そうそう。しかもあたし達だけは、どんな時もなぜかは分からないけれど同じクラスだったのよね」
「あれは思い出してみると確かにすげぇ偶然だよな。……オレ、なんだか感極まって泣いてしまいそうだぜ」
「まあ、ボクらの世界はハクションであり、実在するものではないからな。そんな偶然があっても不思議ではないし、いちいちそんな偶然にツッコミを入れてはいけないのだ」
「さりげなく『フィクション』のネタを使ったわね……」

 各々の言葉にツッコミ所があったが、最後の水城くんの言葉に対してようやく反応する事が出来た。精神的に辛い……。
 あら? 『六』人衆……?

「でも今、ここにいるのは5人よ? あと1人は?」
「そう、そこなんだよ」

 温田くんがうんうんと頷き、私の質問に反応した。

「おそらく宇佐美さんも、俺達を見てこう疑問に思ったのかもね。『どうして1人足りないのに、六人衆なんて名前を付けたのか』――ってね」
「はい、そうなんです……」
「実は……ボク達の仲間は、本当はもう1人いるんですよ」
「黒川唯一(くろかわただかず)ってやつなんだが……あ、唯一の一人称は『俺』な」

 まだ一人称ネタを引っ張るの……? 温田くんの言葉に、私はなんだかムズムズしてしまった。ツッコミ役は私じゃない……次回くらいに出てくれるはずだから、それまで我慢よ、私……!

「昔からなんだが、あいつはたまに見えなくなる事があってね……」
「あたし、この学校で見かけたらその日はラッキーだと思うようにしているわよ?」
「とにかく、それくらい穏便性に満ちたやつなのだ、唯一は」

 そう言いながら、白石くんはため息をついた。リーダーとして、これは深刻な事態であるのだろう。

「それで、全員でアカデミアに入学する時に決めたんです。もし4月中に見かけない事が1度でもあったら、その時は『六人衆』から『五人衆』にチームの名前を変えるぞ、とね」
「決めたは良いけれど、1日で約束を潰されちゃったのよね……」
「で、俺達は『属性五人衆』にしようとしたんだが……『闇属性』のカードは悪くないのに、属性1つを省くのは可哀相だという事になったんだ」
「みんなで議論した結果、光一が考えついた『チーム5A’s』になったんだよな」
「うむ、私達の先人のチーム名を参考にさせてもらったのだ」
「先人じゃないし!? 筆者・読者の世界の時間とは違うんだからね?!」

 この5人のツッコミ待ちには恐ろしいものがある。チーム名、「チーム5B’s」にした方が良いと私は思ってしまった。
 「ボケ(Boke)」5人で、「チーム5B’s」……なぜか、「D」の方々に申し訳ない気分で一杯になった。時系列的に会った事はないんだけれど。

「あの……大変良く分かる説明だったのですが……その、デュエルを……」

 宇佐美さんがオドオドしながら口を開く。ようやく常識人が話を出来るターンになったようだ。
 私? 私も常識人です。……原作のゲーム内では。

「おっとっと、唯一なんて今はどうでも良いな。よし、早くタッグデュエルをしようぜ!」
「そうこなくっちゃ!」
「そうと決まれば……」

 お互いの顔を見、頷き、5人は輪のようになると――。

「で? 誰が行くんだよ? オレはやる気に満ち溢れているぜ」
「俺、今日のために調整までしっかりしたぞ?」
「何を言っているんですか。ここはボクが様子見をしなければなりません」
「女子2人との相手をするんだから、あたしは欠かせないわよね」
「なあ、リーダーの私がここは出陣すべきではないかな?」

 ――なぜか我こそは、と自分をアピールし合い出した。あー、なんか長くなりそう……。
隣では、宇佐美さんも苦笑いをしてその様子を一緒に見ていた。デュエル、いつ出来るのかな。

「オレだ!」
「俺だろ!」
「ボクさ!」
「あたし!」
「私だよ!」





 同日 09:48
 アカデミア島 浜辺

「……というわけで、だ」
「お待たせ〜」

 やり取りを見ていたが……人間って、醜いわね。
 最終的にじゃんけん百本勝負で、地原くんと風見さんに決まったようだ。2人がデュエルディスクの準備をしながら、私達の元へとやってくる。

「そっちは準備は出来ているか?」
「10分前には終わらせていたわ」
「そうか……ふっ、待たせたな!」
「楽しいデュエルにしましょう、加藤さん、宇佐美さん!」

 向かい合い、デュエルディスクを構える。審判は、どうやら白石くんが請け負ってくれるらしい。白石くんが右腕を高く上げ――。



「「「「デュエル!!!」」」」

 ――掛け声は4つ。私の初めてのタッグデュエルが、今始まった。



彰子&友紀:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

吹子&岩夫:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「まずは私から……ドロー!」

 宇佐美さんがカードを引く。頼むわよ、パートナー……!

「……始めに、このカードを特殊召喚します! 来て、《俊足のギラザウルス》!」

 場に、いかにも俊敏そうな恐竜が登場。相手の2人は、考えるような表情で展開を見つめていた。



《俊足のギラザウルス》
効果モンスター
星3/地属性/恐竜族/攻1400/守400
このモンスターの召喚を特殊召喚扱いにする事ができる。特殊召喚扱いにした場合、相手の墓地から相手はモンスター1体を特殊召喚する事ができる。



「俺達の墓地にモンスターは無し……」
「ふふっ、名前通りの展開ね」
「あ、ありがとうござ……じゃなかった! 私は今出した《俊足のギラザウルス》を生け贄に捧げます!」
「お……?!」

 地原くんが驚いたような顔をしている。足が早いからという訳ではないが、《俊足のギラザウルス》の出番はここまでね。
 私は宇佐美さんとはこの1ヶ月で何回かデュエルをしているから分かる。この状況で出てくるモンスターは――あれ!

「現れて! 闇を灯す恐竜、《暗黒ドリケラトプス》!!」

 私と宇佐美さんの前に、巨大な恐竜が咆哮をしながらやってきた。その一撃は、獲物を貫くかのように鋭く、そして強く。



《暗黒ドリケラトプス》
効果モンスター
星6/地属性/恐竜族/攻2400/守1500
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



「わぉ、2400ラインの登場か……!」
「しかも貫通持ち……厄介ね」

 対戦相手の2人が大型恐竜を見上げながら、考察をしている。私も、宇佐美さんのプレイングに感心していた――のだが。

「私のターンはまだ終わりません! フィールド魔法を発動! 《ジュラシックワールド》です!!」

 まだ終わりではなかった。浜辺は風景を変え、風を変え、時代を変え――恐竜族の時代が、今ここに広げられる。



《ジュラシックワールド》
フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力と守備力が300ポイントアップする。

《暗黒ドリケラトプス》
……攻撃力:2400→2700
  守備力:1500→1800



「凄いわ、宇佐美さん! これなら楽に戦えそうよ!」
「あ、ありがとうございます……」

 強化された《暗黒ドリケラトプス》を見て、私はつい大声で宇佐美さんを誉めてしまった。赤い顔をして、宇佐美さんは俯いてしまう。

「か、カードを1枚セットして、私は終わりです……」

 赤い顔のまま、宇佐美さんがカードをセットし、ターンを終えた。始めのターンとしては、良い流れなんじゃないかしら。
 そういえば、宇佐美さんが伏せたカードは、っと――。

「…………お?」

 ――罠じゃ……ない?



彰子&友紀:LP8000
手札:2枚&5枚
モンスター:《暗黒ドリケラトプス》攻2700
魔法・罠:伏せ1枚
     《ジュラシックワールド》

吹子&岩夫:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行で攻撃力2700の貫通持ちモンスター……良い風を吹かせてくれるわね」
「風……?」
「そ、風。デュエリストが本気を出した時に吹く風……最高に気持ちの良い風なの」

 風見さんが私達を見てにっこり笑う。それはつまり、宇佐美さんの本気を感じ取ったという事で。
 言うまでもなく、風見さんも本気を出すという事で。

「じゃあ次はあたしよ……ドロー!」

 風見さんがカードを引く。これで宇佐美さん、風見さん、私、地原くんの順番でターンが回ってくる事になった。

「じゃああたしも、悪戯好きなつむじ風を吹かせてあげる! 《一撃必殺侍》を召喚よ!」

 フィールドに、髭を生やした豆のような侍が現れた。可愛い見た目――だがその効果は侮れないものを持っている。



《一撃必殺侍》
効果モンスター
星4/風属性/戦士族/攻1200/守1200
このカードが戦闘を行う場合、ダメージ計算の前にコイントスで裏表を当てる。当たった場合、相手モンスターを効果によって破壊する。



「さて、運試しの時間と行こうかしら! 《一撃必殺侍》で、《暗黒ドリケラトプス》を攻撃!」

 侍が、ひょこひょこと恐竜へと走り出す。一見無謀とも思える攻撃。だがそれは、「運」を味方にする事で意味を成す……!
 場に、1枚の大きなコインが出現した。さあ、Toss it up――って、私が投げるわけじゃないのよね。筆者、私のこのノリはわざとやっているでしょ……。

「《一撃必殺侍》の効果により、コイントスをするわ! あたしが選ぶのは『表』よ!」

 金色のコインが、回転しながら打ち上げられる。表裏一体のそれが示した結末は――「表」。

「当たり! 《一撃必殺侍》の効果は成立ね! 一撃必殺槍!!」

 侍の手に持つ槍が、コインと同じように金色に染まり、輝いていく。侍がその槍で突きを繰り出すと、《暗黒ドリケラトプス》は吹き飛び、破壊された。

「そ、そんな……!?」
「ふふっ……気まぐれで厄介な風なんだけれど、決まると気持ちが良いのよね」
「決まっていなかったらどうしていたんだよ、おい……」
「さて、あたしはカードを3枚セット。ターンエンドよ」
「え、俺は無視?!」

 がっくりと肩を落とす地原くん。良くこんな扱いをされるのだろう。
 ……いや、存在すらしているのか分からなくなっている「闇属性」の人よりはマシなのかな?



彰子&友紀:LP8000
手札:2枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚
     《ジュラシックワールド》

吹子&岩夫:LP8000
手札:2枚&5枚
モンスター:《一撃必殺侍》攻1200
魔法・罠:伏せ3枚



 ダメージこそ無かったものの、いきなり大型のモンスターを破壊されてしまうなんて……まさに「会心」の一撃だった。まあ、「改心」はしないんだけれども。
 とにもかくにも、あの《一撃必殺侍》……私がどうにかしないとね!

「私のターン……ドロー!」

 カードを引き、初期手札を見る。うん、悪くはない……かな。

「私は、《不意打ち又佐》を召喚するわ!」

 カードを出すと、暗殺者の匂いがプンプンする男が場に登場した。隠れる場所が無いから、やっぱり目立っちゃうよね……。



《不意打ち又佐》
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1300/守800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードは表側表示で存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



「ふーん、2回攻撃ね……」
「まだよ! 私は永続魔法、《連合軍》を発動するわ!」

 永続魔法が場に出され、《不意打ち又佐》の攻撃力が上昇した。1人なのに《連合軍》とは、これいかに。



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

《不意打ち又佐》攻1300→1500



「効果や伏せカードを恐れていたら負けるわ! 《不意打ち又佐》で、《一撃必殺侍》を攻撃!」

 又佐が素早く侍へと走りより、腰の刀を抜く。時を同じくして、金色のコインが再び場に現れた。

「《一撃必殺侍》の効果を発動するわよ! あたしが選択するのは今回も『表』!」
「『裏』よこーい!」

 宙を舞い、ふわりと落ちる金貨。結果は――『裏』ウラ!

「効果は発動しない! よって、戦闘は継続するわ!」
「……あらあら」

 又佐の剣が、侍を一刀両断した。《一撃必殺侍》は破壊され、ダメージが相手のペアに入った。



吹子&岩夫:LP8000→7700



「ふふっ……私の心をざわつかせるには、まだ弱い風ね」
「だったら、風をまた吹かせれば良いだけ! 《不意打ち又佐》で、風見さんにダイレクトアタックよ!」

 《不意打ち又佐》は2回の攻撃が可能な戦士。刀を抜き、又佐は風見さんに襲いかかる。
 ――が、風見さんは楽しそうに笑ってこちらを見てきた。

「あなたの風、あなた自身で感じてみなさい! リバースカードをオープン! 《ディメンション・ウォール》!」
「えっ?!」

 又佐の体が、妙な空間に吸い込まれていく。吸い込まれ、出てきたのは私の真後ろだった。まさか主人だとは夢にも思わなかったのだろう、背後から私を切り付けた。



《ディメンション・ウォール》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、かわりに相手が受ける。

彰子&友紀:LP8000→6500



「ぐ、ぐぬぬ……」
「ふふっ、これがあたしのデュエルで、そして【風属性】デッキのコンセプト。時には無茶をしつつも、自分の『風』を力強く吹かせる――どう? 素敵でしょ」
「その……すごく柔軟なんですね。憧れちゃいます」
「ふふっ、そうでしょ? もっと誉めても良いのよ?」
「あー、宇佐美さん。あんまり吹子を誉めちゃダメだぜ。吹子のやつ、すぐに調子に――」
「岩夫……あなた、デュエルの後で覚えておきなさいよ」
「は、はい……」

 怯えながら、地原くんは黙ってしまった。圧倒的……圧倒的な威圧感……ッ!

「……ゆうきさん、か」
「え? 宇佐美さん、今私を――」
「あ、い、いえ! 何でもないです! 加藤さん、進めちゃってください!」
「う、うん」

 隣の宇佐美さんは、顔を赤くしてしまった。なんだろう、ちゃんと聞こえなかったわ……。

「私はカードを1枚セット。ターンエンド!」
「うーむ……」

 セットされたカードを見て、地原くんが唸る。おそらくは、何をセットしたのかを考えているのだろう。



彰子&友紀:LP6500
手札:2枚&3枚
モンスター:《不意打ち又佐》攻1500
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚
     《ジュラシックワールド》

吹子&岩夫:LP7700
手札:2枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ2枚



「では俺のターン……ドロー!」

 豪快にカードを引く地原くん。そういえば、このデュエルでは地原くんだけが男子なのよね……。

「加藤友紀、デュエルに参加はしていないが、私達もいる事を忘れるなよ」
「だ、大丈夫! 私、観客の事も考えて、『このデュエルでは』って言葉を使ったんだから!」
「なら良いんだが……」

 地の文を読んだ事については、あえてツッコミを入れない事にする。私は寛大で包容力があり、そして何よりも優しいから!
 ……自分で考えていて、自分で恥ずかしくなっちゃった。

「よし……まずはこのフィールドを、俺色に染め直させてもらう! フィールド魔法を発動! 荒ぶる『地』の力――《ガイアパワー》!」

 熱帯の木々が次々と消えていく。代わりに巨大な1本の木と、地平線まで続く美しい地面が私達を包み込んだ。
 さて問題。私達は、本当の世界ではどこでデュエルをしているでしょうか?



《ガイアパワー》
フィールド魔法
全ての地属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする。



「さらに、俺はこいつを召喚! 来い、《サイバネティック・サイクロプス》!」

 地原くんがモンスターをデュエルディスクに叩きつける。機械の鎧を纏ったサイクロプス、大地に立つ。《ガイアパワー》の効果を受け、攻撃力が上昇しているようだ。



《サイバネティック・サイクロプス》
効果モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻1400/守200
自分の手札が0枚である限り、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

《サイバネティック・サイクロプス》
……攻撃力:1400→1900
  守備力:200→0



 さすが属性デッキの1人、【地属性】がコンセプトか。全体の攻撃力を上げて叩く――シンプルでいて、それでいて強い。

「さらに、俺は《サイバネティック・サイクロプス》に《重力の斧―グラール》を装備!」
「ま、まだ攻撃力を上げますか……」

 サイクロプスの手に、立派な斧が握られた。斧から溢れてくる威圧感――いや、「重力」が又佐を押さえ付ける。



《重力の斧―グラール》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。

《サイバネティック・サイクロプス》攻1900→2400



「吹子が受け流す戦い方なら、俺は力でねじ伏せる戦い方だ! 《サイバネティック・サイクロプス》で、《不意打ち又佐》を攻撃!」

 サイクロプスが斧を振り上げ――そして振る。



 ここで伏せカードを使うべきなのかな……? いや、まだ序盤よね。後半になったら、相手はさらに強いモンスターを出しかねない……。
 ここは――多少のダメージは覚悟して、攻撃を通そう!



 又佐は斧によるサイクロプスの一撃を食らい、消滅。当然、私はダメージを負ってしまった。
 まだよ……まだ問題ない! ……はず。



彰子&友紀:LP6500→5600



「……ブラフだったのか?」
「分からないわよ。伏せられている以上、注意してデュエルしないとね」
「おや? 吹子がまともな――いや、何でもないです。カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 危険を察知したのか、地原くんは言葉を続けずにターンを終えた。きっと風見さん、「チーム5A’s」の中で1番に強いんだろうなぁ……。
 ……権力的に、だけれど。



彰子&友紀:LP5600
手札:2枚&3枚
モンスター:――
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚

吹子&岩夫:LP7700
手札:2枚&2枚
モンスター:《サイバネティック・サイクロプス》攻2400
魔法・罠:《重力の斧―グラール》
     伏せ3枚
     《ガイアパワー》



 これでようやく一巡。宇佐美さん、出番よ!

「私のターン……ドロー!」

 引いたカードを見て、宇佐美さんは頷いた。良いカードが来たみたいね……!

「まずは速攻魔法、《サイクロン》を発動します! 破壊するカードは――《重力の斧―グラール》です!」

 竜巻が出現、サイクロプスの手に持つ斧を吹き飛ばしていき、サイクロプスの攻撃力が下がった。これでだいぶ落ち着いた数値になったかしら。
 それにしても風見さん、破壊された側なのに嬉しそう……「風」のカードが使われたから?



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

《サイバネティック・サイクロプス》攻2400→1900



「『恐竜の王国』ではありませんが、ここでも私の恐竜達は十分に戦えます! 私は《ハイパーハンマーヘッド》を召喚です!」

 さらに、と宇佐美さんは自慢の恐竜を召喚。「地属性」だから、《ガイアパワー》の効果を受けて力が増しているようだ。



《ハイパーハンマーヘッド》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻1500/守1200
このモンスターとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターは、ダメージステップ終了時に持ち主の手札に戻る。

《ハイパーハンマーヘッド》
……攻撃力:1500→2000
  守備力:1200→800



「攻撃力が、《サイバネティック・サイクロプス》を上回ったか……!」
「この攻撃力で、狩らせていただきます! 《ハイパーハンマーヘッド》で、《サイバネティック・サイクロプス》を攻撃です!」

 突撃する恐竜。攻撃力は僅かに勝っているから、破壊できる――。

「あまり出し惜しみしていると、発動する機会を失いそうだしな……よし、リバースカードをオープン!」

 ――かに見えた。暴風が吹き荒れ、《ハイパーハンマーヘッド》を止めるまでは。
 暴風の正体はもちろんカードの効果。吹いたのは、《イタクァの暴風》であった。



《イタクァの暴風》
通常罠
裏側表示以外の相手フィールド上モンスターの表示形式を全て入れ替える。(攻撃表示は守備表示に、守備表示は攻撃表示にする)



 《ハイパーハンマーヘッド》の表示形式が攻撃表示から守備表示になってしまった。これでは戦闘を行う事が出来ない……!

「さすが風見さん……様々な『風』のカードを使いこなすんですね」
「へ? これ、あたしのじゃないわよ?」
「えっ」

 私達はポカンと口を開ける。と、いう事は……?

「どこかでカードが混ざって――」
「いやいやいやいや、ちょっと待てよ!? 何故『俺のカード』という選択肢が出てこないんだよ?!」
「うーん……宇佐美さん、何か細工をした?」
「人の話を聞けえええェェェッ!!!」

 息を荒くして、地原くんが怒っている。あ、これはもしや本当に地原くんが伏せたカードだったのか。

「まったく……俺のデッキは、表示形式を操るデッキなんだよ。《重力の斧―グラール》もそうだっただろ? 自由自在に表示形式を変更して勝つ――決まると、なかなか強いんだぜ?」
「あ、確かにそうですね……!」
「納得はしたけれど……普通、自分のデッキの説明なんてペラペラと喋らないわよね。それこそ地の文じゃない限りは」
「岩夫……あなたの死亡フラグは、同時にあたしの死亡フラグなんだからね? 以後、言動には十二分に気を付けなさい」
「……なんか今日の俺、散々な言われ方だな」

 まあ仕方がない。元々の付き合いが長い風見さんと、『主人公補正』という装備魔法を手にした私。宇佐美さんでは私達は止められないだろう。

「では、私はターンを終了します」

 宇佐美さんは、今は何も出来る事がないようだ。《ハイパーハンマーヘッド》の効果は優秀だけれど……風見さん、どう出てくるかな。



彰子&友紀:LP5600
手札:1枚&3枚
モンスター:《ハイパーハンマーヘッド》守800
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚

吹子&岩夫:LP7700
手札:2枚&2枚
モンスター:《サイバネティック・サイクロプス》攻1900
魔法・罠:伏せ2枚
     《ガイアパワー》



「じゃあ、あたしのターンね。ドロー!」

 カードを引き、むむむと考え込む風見さん。何を出そうか悩んでいるのだろうか。

「堅実に行っても良いけれど、たまには危ない風も――」
「お、おいおい! まさか、何かやらかすつもりじゃないだろうな?!」
「……その通りでーす♪」

 伏せられていたカードの1枚が発動される。《リビングデッドの呼び声》――呼び声に答えたのは、《一撃必殺侍》であった。



《リビングデッドの呼び声》
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《一撃必殺侍》攻1200



「さらに、あたしは《サイバネティック・サイクロプス》を生け贄に捧げるわ!」
「は……はああぁっ?!」

 サイクロプスが消え、代わりに緑色の塊が場に出てきた。これは……もしかしてサナギ……?

「『蝶』の舞は嵐をも生み出す――さあ来なさい、虫の世界のお姫様! 《インセクト・プリンセス》!!」

 サナギが音を立てて崩壊し、中からモンスターが現れた。その美しさは、まさに姫「サマ」――まあ、虫なんだけれどね。



《インセクト・プリンセス》
効果モンスター
星6/風属性/昆虫族/攻1900/守1200
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上に表側表示で存在する昆虫族モンスターは全て攻撃表示になる。このカードが戦闘によって昆虫族モンスターを破壊する度に、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。



「おい、なんで《一撃必殺侍》を生け贄に捧げなかった?! 《サイバネティック・サイクロプス》の方が、攻撃力は上――」
「《ガイアパワー》だとさ」

 地原くんを止めるように、風見さんが言葉を割り込ませる。不機嫌な顔をするが、地原くんは黙ってしまった。おそるべし、風見さん。

「宇佐美さんの恐竜がパワーアップしちゃうかもしれないでしょ? だから――」

 風見さんが、デュエルディスクにカードを叩きつけた。瞬間、ひょうと強い風が吹く。

「――気分も『フィールド』も、一新しないとね?」

 大地がめくれ、大木の葉が散っていく。そんな世界を覆うように、今度は視界が青色に染まっていった。
 それは「海」ではなく、「空」の青――《デザートストーム》。



《デザートストーム》
フィールド魔法
全ての風属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする。

《ハイパーハンマーヘッド》
……攻撃力:2000→1500
  守備力:800→1200
《インセクト・プリンセス》
……攻撃力:1900→2400
  守備力:1200→800
《一撃必殺侍》
……攻撃力:1200→1700
  守備力:1200→800



「あーあ。吹子のやつ、また場に嵐をぶちこんでいったよ」
「わずかな時間で場を自分の色に変えてしまう……良い意味でも、悪い意味でもね」

 観客の温田くんと水城くんがため息をついて話をしている。どうやら「これ」は良くある事のようだ。
 そんな風見さんの被害を受けた地原くんはというと、口をパクパク、青筋はピキピキ――怒っているよね、これはたぶん。

「ではそろそろ、バトルに入るわ! 《一撃必殺侍》で、《ハイパーハンマーヘッド》を攻撃!」

 「風」の力を取り込んで強化された一撃により、恐竜は苦しそうな声を上げて倒れた。倒れはしたが、ただでは転ばない。

「《ハイパーハンマーヘッド》の効果を発動します! 《一撃必殺侍》には、手札に戻ってもらいましょう!」

 強い風が吹き、《一撃必殺侍》の体を吹き飛ばした。厄介な侍はとりあえず消えたが――相手の場には、まだ「姫サマ」が残っている。

「次は《インセクト・プリンセス》の番! 宇佐美さんにダイレクトアターック! プリンセス・トルネード!!」

 どんな虫らしい攻撃をしてくるかと思ったら、どうやらはばたいて強い風を作り、それを相手にぶつけるもののようだ。
2400ダメージか……今となってはさすがに大きい値よね。ここはやっぱり――。

「宇佐美さん! 私が伏せたカード、使っちゃって!」
「え? は、はいっ! 伏せカードをオープンです! 《月の書》!」

 ――使うしかないかな!
 月を祭る、空よりも濃い青の本が出現。本が光を放つと、《インセクト・プリンセス》のカードは裏側になってしまった。



《月の書》
速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。



「ああっ、姫様が?!」
「ナイス、宇佐美さん! うまいわ!」
「伏せたのは加藤さんですよね……?」

 誉めたかったから良いのだ。細かい事は気にしない。

「え、ええっとぉ……」
「おい吹子、まさか対抗手段がないとか言わないよな?」
「そ、その……あははっ」
「あははっ、じゃねえだろ!? 守備力が低くなっているんだから、破壊されちまうぞ!」
「わ、分かっているわよ! あたしは何もせずにターンエンド!」
「『何もせずに』じゃなくって『何も出来ないので』だな、吹子!」
「し、仕方がないじゃない! 風は気紛れなの!」
「悪いのは風じゃなくって、お前の戦略ミスだろ!?」

 ……なんだかひどい言い争いが始まってしまった。《月の書》を伏せたのは私なんだけれど、なんか悪い事をしちゃったかな?



彰子&友紀:LP5600
手札:1枚&3枚
モンスター:――
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

吹子&岩夫:LP7700
手札:2枚&2枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     伏せ1枚
     《デザートストーム》



「喧嘩をしているところを悪いけれど、私のターンよ! ドロー!」

 引いたのは――私のナイト様。さあ、反撃開始よ!

「私は、《切り込み隊長》を召喚よ!」

 私の前に、頼れる騎士が現れた。やっぱり、隊長は格好良いわね!



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。

《切り込み隊長》攻1200→1400



「ん……? 攻撃力が微妙に上昇している……?」
「忘れちゃったの? 《連合軍》の効果で、戦士族は力を得るのよ」

 そして、と私は手札のカードの1枚を地原くんに見せた。

「《切り込み隊長》の効果を発動! 呼び出すのはあなたよ、《コマンド・ナイト》!」

 隊長の横に、1人の騎士が颯爽と駆けつけてきた。《連合軍》、そして《コマンド・ナイト》の効果によって、2人の騎士達の力が上がっていく。



《コマンド・ナイト》
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

《切り込み隊長》攻1400→2000
《コマンド・ナイト》攻1200→2000



「1ターンで、攻撃力2000のモンスターが2体も……?!」
「その通り! そしてその攻撃力で《インセクト・プリンセス》を破壊よ、《コマンド・ナイト》!」

 炎の騎士がまずは突撃。燃える斬撃を繰り出すと、「姫サマ」は悲鳴を上げて消滅した。まずは場をガラ空きに出来たわね!

「ひ……姫様が……?!」
「姫サマの次にダメージを負うのは風見さんよ! 《切り込み隊長》で、ダイレクトアターック!」

 名前の通りに、敵陣に切り込んでいく隊長。その手に持つ剣で、風見さんを斬り込んだ。



吹子&岩夫:LP7700→5700



「くっ、やるわね……」
「やるでしょ? これで私のターンは終わりよ」

 相手によって減らされていた(正確には私の《不意打ち又佐》による攻撃なのだけれど)ライフポイントがだいぶ追いついてきたように見える。
 できれば、この流れのまま一気にケリをつけたいところね……。



彰子&友紀:LP5600
手札:1枚&2枚
モンスター:《切り込み隊長》攻2000
      《コマンド・ナイト》攻2000
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

吹子&岩夫:LP5700
手札:2枚&2枚
モンスター:――
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     伏せ1枚
     《デザートストーム》



「頼むぞ……何か来い! ドローッ!」

 勢い良くカードを引く地原くん。さてさて、その表情は――。

「……ふぅ」

 ――「安堵」&「決意」?

「俺は手札から、《謙虚な壺》を発動する! カードを1枚デッキに戻すぞ」
「《謙虚な壺》……か」
「加藤さん、どうしたんですか?」
「いや、似ている様で全然似ていないカードの事を思い出したんだけれど、考えてみればまだこの時代にはないんだよねー、って」
「な、何の話ですか……?」

 宇佐美さんが頭の上にクエスチョンマークを乗せている。話に着いていけず、困っている模様だ。
 大丈夫よ、宇佐見さん。「強謙」なんてワード……この時点で知っている方がおかしいんだから。



《謙虚な壺》
通常魔法
自分の手札からカードを2枚デッキに戻す。その後デッキをシャッフルする。



「手札が1枚になった! これで、生け贄が2体必要なこいつを生け贄無しで召喚できる!」
「えっ?!」
「大地を踏み荒らして現れろ! 《疾風の暗黒騎士ガイア》!!」

 荒々しい風と共に、馬に乗った騎士が登場。なるほど、一見意味のないような先程の《謙虚な壺》は、これの為だったのね……!



《疾風の暗黒騎士ガイア》
効果モンスター
星7/闇属性/戦士族/攻2300/守2100
手札がこのカード1枚だけの場合、このカードを表側攻撃表示で生け贄なしで召喚できる。この召喚は通常召喚扱いとする。



 ……って、ちょっと待った。

「あれれ? 闇属性……?」
「地原さん……地属性モンスターの使い手じゃ……」
「え? あ、ああ、確かに《疾風の暗黒騎士ガイア》は闇属性だが……使っちゃダメって事はないだろ?」
「あら、そうなの?」

 地原くんは反論をするが、彼の言葉を受けて隣の風見さんが口を尖らせながら動き出した。

「あたし、風属性モンスターしかデッキに入れていないわよ?」
「え……本当かよ」
「光一達もそれぞれの属性しか入れていないわよね?」
「うむ、私は光属性しか入れていない。光は純粋で汚れが無くてこそ美しいからな。言うまでもなく、闇属性のモンスターなど決して入れはしない」
「ボクも……うん、水属性オンリーです。やはりボク達は自分の属性を使いこなす事に意味があるのであって、属性を混ぜてはいけません。でしょう、熱巳?」
「そ、そうだよな、オレもちょうどそう思っていたところだぜ! ははは、は、は、ははは……」

 ……若干1名が怪しい気がするが、まあ気のせいという事にしておこう。

「な、なんか俺、悪い事をしてしまったみたいな雰囲気なんだけれど……」
「もう良いわ。後でじっくり尋問してあげるから、さっさとデュエルを進めなさいよ!」
「くそぅ……《疾風の暗黒騎士ガイア》で《切り込み隊長》を攻撃! 螺旋槍殺!!」

 不遇っぷりに対する思いを込め、地原くんが攻撃宣言をする。鋭い槍の一撃で、私の隊長は破壊されてしまった。
 また、《連合軍》の効果が弱まり、《コマンド・ナイト》の攻撃力が減少してしまった。むむむ……流れをそう簡単に変えさせてはくれないか……。



彰子&友紀:LP5600→5300

《コマンド・ナイト》攻2000→1800



「よし……そう簡単にはいかせない。俺はターンエンドだ」

 少し自信が戻ってきたような地原くん。宇佐美さん……頑張って!



彰子&友紀:LP5300
手札:1枚&2枚
モンスター:《コマンド・ナイト》攻1800
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

吹子&岩夫:LP5700
手札:2枚&0枚
モンスター:《疾風の暗黒騎士ガイア》攻2300
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     伏せ1枚
     《デザートストーム》



「私のターン……ドロー!」

 宇佐美さんがカードを引く。





 ――見間違えではない。宇佐美さんの目が、輝きを増した。
 どうやら、決定的な「1枚」を引いたようだ。





「私は、《俊足のギラザウルス》を攻撃表示で特殊召喚します!」

 始めのターンでも宇佐美さんが出した恐竜が、再び場に姿を現す。わざわざ特殊召喚したという事は……。



《俊足のギラザウルス》攻1400



「地原さん、《俊足のギラザウルス》を特殊召喚扱いにしましたので、モンスターを墓地から蘇生できますが……しますか?」
「もちろん! 俺は、《サイバネティック・サイクロプス》を、攻撃表示で特殊召喚だ!」

 「姫サマ」の生け贄となって消えたサイクロプスが、おたけびをあげて戻ってきた。地原くんの手札はゼロ。攻撃力が、自身の効果で上昇する。



《サイバネティック・サイクロプス》攻1400→2400



「ち、ちょっと!? なんで《インセクト・プリンセス》じゃないのよ?! こっちだったら攻撃力は2400で不変じゃない!」
「俺は地属性モンスターが使いたいの! 使わないと、キャラ的におかしいだろ?」
「……闇属性モンスターを使っているくせに」
「う、宇佐美さん! 早く進めちゃってくれ!」
「は、はいっ」

 自分に不利な状況になった事を悟ったのだろう、地原くんが宇佐美さんを急かす。やり取りに呆れ気味な表情の宇佐美さんだったが、すぐに表情が元に戻った。

「攻撃表示……ですね?」
「ああそうだ。なんたって、攻撃力2400――」
「私は《コマンド・ナイト》と《俊足のギラザウルス》を生け贄に捧げます!」
「いいっ?! 最上級モンスター……?!」

 宇佐美さんが私を見る。おそらくは《コマンド・ナイト》の事だろう。

「宇佐美さん……私達はタッグよ! 遠慮なく使っちゃって!」
「……! ありがとうございます!」

 デュエルディスクにカードが叩きつけられる。風を掻き分け、風を引き裂き。1ヶ月前には強敵だった「恐獣」が、私と宇佐美さんの場に襲来した。

「私の『究極』の恐竜! 《究極恐獣》です!!」

 恐獣が吠える。風が、空気が。「究極」の咆哮によって震え、揺れた。



《究極恐獣》
効果モンスター
星8/地属性/恐竜族/攻3000/守2200
このカードが自分のバトルフェイズ開始時に攻撃表示だった場合、一番最初にこのカードで相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ攻撃しなければならない。



「げ……」
「攻撃力、さ、3000……」

 「風」と「地」のタッグが、口を開けて茫然としている。《俊足のギラザウルス》をわざわざ特殊召喚した時点で、地原くんは宇佐美さんが何かを仕掛けてくる事に気付くべきだった。
 もっとも……今となってはもう遅いのだけれど。

「《究極恐獣》で、《疾風の暗黒騎士ガイア》を攻撃します! アブソリュート・バイト、第1打!!」

 口をあーんと開けると、恐竜は騎士にかじりついた。鎧が砕ける音、槍が折れる音……「セルケト」で懲りたのか、骨が折れるなどのリアルな音はしなかったが。



吹子&岩夫:LP5700→5000



「さらに、今度は《サイバネティック・サイクロプス》を攻撃します! アブソリュート・バイト、第2打!!」

 今度は、サイクロプスを丸呑みにした恐獣さん。前回もツッコミを入れたかもしれないけれど、呑み込んだら「噛み付く(bite)」にならないよね……。



吹子&岩夫:LP5000→4400



「全滅かよ……!?」
「ま、まずいわね、さすがに……」

 最上級の重みがあるのだろう、風見さんと地原くんはこの状況を乗り切る策を考えている模様。ただし、地原くんは手札は無しで順番も遠い。実質、風見さんのターンで凌ぐ事が出来なかったらほぼ勝ったも同然だ。

「私も手札を使い切ってしまったので……ターンを終了します」

 そう言って、宇佐美さんは私を見た。言葉はいらない。
 「頑張って下さい」――瞳が、そう告げていたから。



彰子&友紀:LP5300
手札:0枚&2枚
モンスター:《究極恐獣》攻3000
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

吹子&岩夫:LP4400
手札:2枚&0枚
モンスター:――
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     伏せ1枚
     《デザートストーム》



「あたしのターン……ドロー!」

 遅すぎるかもしれないが、真剣な顔になった風見さん。引いたカードを見て、ほっとため息をついた。

「まずは、さっき手札に戻された《一撃必殺侍》を召喚よ」

 槍を持った侍が召喚され、恐獣を見上げる。「風」の力を受けて力が上がってはいるが、到底《究極恐獣》には及ばない。



《一撃必殺侍》
……攻撃力:1200→1700
  守備力:1200→800



 攻撃をして、効果による運試しをするのだろうか。当たれば良いけれども、外れた場合は悲惨な結末が待っている。手札によっては、敗北が決定してしまうし。
 ――と私が考察をしていると。風見さんが口を開いた。

「攻撃――」

 《究極恐獣》がピクリと動く。あれ、この流れはなんかどこかで「読んだ」事があるような……。

「――すると思う? しないわね……ここはしない!」
「原作、ほぼまんまね……」
「原作……?」
「宇佐美さんはそのままでいて……私達みたいなやりたい放題なキャラの中で、純粋なのは貴重なんだから」
「は、はぁ……」
「という訳で、あたしは攻撃はしないわ。ここで冒険をしたら、パートナーに怒られそうだしね。その代わり――伏せカードをオープン!」

 風見さんが宣言をすると、場の真ん中に透明な黄色のラインがひかれていく。伏せていたのは、「永続魔法」のカード、《虫除けバリアー》だった。



《虫除けバリアー》
永続魔法
相手フィールド上に存在する全ての昆虫族モンスターは攻撃宣言できない。



「あれ、ブラフだったの……?!」
「さらに、あたしはカードをセット。ターン終了よ」

 バリアーの向こうから、風見さんが微笑みながらカードを伏せた。まったく意味の無いような《虫除けバリアー》だけれど……おそらくあの伏せカードは……。



彰子&友紀:LP5300
手札:0枚&2枚
モンスター:《究極恐獣》攻3000
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

吹子&岩夫:LP4400
手札:1枚&0枚
モンスター:《一撃必殺侍》攻1700
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     《虫除けバリアー》
     伏せ1枚
     《デザートストーム》



「じゃ、私のターン……ドロー!」
「そのドロー時に伏せカードをオープン! 《DNA改造手術》よ! 宣言する種族は言うまでもなく『昆虫族』!!」

 侍と恐獣の体の作りが変化していく。やっぱり種族変更をしてきたわね……!



《DNA改造手術》
永続罠
発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。



「これで《虫除けバリアー》の効果が成立して、《究極恐獣》は攻撃できない……あたしが場を建て直すまで、あなたの風はバリアーで止めさせてもらうわ!」
「あ、あれ? 俺は頭数に入――」
「やっぱり風見さんは強いわね……相手を翻弄する戦術、私も見習いたいわ」

 でもね、と私は笑ってみせる。強いけれど――。

「でも終わりよ――このターンでね!」





 ――私と宇佐美さんのタッグ程ではない。





「私は装備魔法、《早すぎた埋葬》を発動! ライフポイントを払い、《切り込み隊長》を墓地から特殊召喚するわ!」

 1度は倒された私の騎士が復活。《DNA改造手術》の影響を受けて昆虫族になってしまってはいるが、頼れる騎士なのは変わらない。
 ――ただし、今回は「生け贄要員」なのだけれども。



《早すぎた埋葬》
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

《切り込み隊長》攻1200

彰子&友紀:LP5300→4500



「……? 攻撃力の高いモンスターだったら、《暗黒ドリケラトプス》の方が貫通効果があって強いんじゃ……?」
「良いのよ、これで。私はこの作品の中で《切り込み隊長》を過労死させる位に使いまくる予定なんだから」
「最悪な考え方ね……」
「さて……と。準備は完了! 私は蘇生した《切り込み隊長》を生け贄に捧げるわ!」

 《切り込み隊長》の姿が消え、代わりに別のモンスターが現れる。
 電脳の主、造られた力の持ち主。《切り込み隊長》が私のデッキのエースなら、このカードは私のデッキの切り札の1枚――。

「さあ来て、《人造人間―サイコ・ショッカー》!!」

 ――その能力が殺すのは、狡猾なる「罠」!!



《人造人間―サイコ・ショッカー》
効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1500
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り罠カードは発動できず、全てのフィールド上罠カードの効果は無効になる。



「ショッカーですって?!」
「そう、ショッカーよ! 《人造人間―サイコ・ショッカー》の効果によって、場の全ての罠カードの効果は無効になる――これで《DNA改造手術》、そして《虫除けバリアー》は意味を成さなくなったわ!」

 ショッカーが目からビームを放つと、《DNA改造手術》のカードは爆散――はしなかったが、効果が消滅した。これで攻撃が出来るわね!

「くっ……で、でもまだあたしの場には《一撃必殺侍》が残っている! 侍を破らない限り、あなた達に勝ち目はないわ!」
「そうね……《一撃必殺侍》、厄介な戦士よね。でも――」

 そう言って、私は伏せカードをオープンする。宇佐美さんが始めのターンに伏せたカード。私にも使えるようにと伏せてくれていたのね。

「――吹き飛ばしたらどうなるかしら?」

 それはまさに暴風を呼び起こす程の恐竜の一撃。「通常魔法」、《テールスイング》。



《テールスイング》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するレベル5以上の恐竜族モンスター1体を選択して発動する。相手フィールド上に存在する裏側表示モンスターまたは選択した恐竜族モンスターのレベル未満のモンスターを合計2体まで選択し、持ち主の手札に戻す。



「《テールスイング》によって、《一撃必殺侍》にはまた手札に戻ってもらうわ!」
「ま、またバウンス……?! というか、そっちもブラフだったの?!」

 《究極恐獣》が尾を振るうと、《一撃必殺侍》は耐え切れずに吹き飛ばされていった。
 これで――ガラ空きね?

「あ、うそ――」
「《究極恐獣》で風見さんにダイレクトアタック! アブソリュート・バイト!!」

 まず恐獣で攻撃。その鋭利な牙が風見さんを襲い、3000ポイントという大ダメージを負わせた。



吹子&岩夫:LP4400→1400



「これで決着よ! 《人造人間―サイコ・ショッカー》で、風見さんにダイレクトアタック!! 電脳エナジーショーック!!!」

 ショッカーが、このデュエル最後の一撃を放つ。壁も盾も持っていない風見さんに、それは直撃し――。



吹子&岩夫:LP1000→0










 同日 09:57
 アカデミア島 浜辺

「岩夫が悪いわ!」
「いいや、吹子だね!」

 デュエル終了。と同時に、風見さんと地原くんが睨み合う。な、なんか険悪な感じ……?

「岩夫が《重力の斧―グラール》をもっとちゃんとした場面で使っていれば、勝てたかもしれないでしょ!」
「何を言っているんだ! 俺の《ガイアパワー》を消したくせに!」
「はぁ?! 《究極恐獣》は地属性でしょ?! あれはあたしの判断が正しいの!」
「ぐ、ぐぬぬ……」

 なすりつけ合い――の様に聞こえて、きちんとデュエルの後で敗因を考え合っている――のかもしれない。
 それにしても地原くん、言い負かされそうな雰囲気……。

「あー、見苦しいところを見せちゃったな。オレ達、別の場所で頭を冷やさせるわ」
「良いタッグだったな――まあ、私ほどではないが」
「また会った時は、ボク達ともやりましょうね」

 そう言い残すと、すたこらさっさと「チーム5A’s」は去っていった。5人が去ると途端に静けさが戻り、自分達が浜辺にいる事を再確認する。
 ほんっと、「嵐」のような人達だったなぁ……。

「……勝ちましたね」
「うん、勝ったね。《テールスイング》、伏せていてくれてありがとうね」
「いえいえ、私も《コマンド・ナイト》を生け贄にしましたし……」

 私は5人が来る前のように、流木に座り込んだ。意外と体力を使っていたのだろうか、体に疲れが溜まっている事を感じる。宇佐美さんも同じように、私の隣に座った。
 来た時と同じように海は青く、空も青く――しかし、照れ臭いからなのかうまく言い表す事の出来ない「嬉しさ」が、私の中に芽生えていた。宇佐美さんも同じ――だと良いな。

「あの……その……」

 そして、その宇佐美さんが海とは対照的に顔を「赤」くして喋り出した。

「その……ワガママで、嫌かもしれないんですけれど――」
「嫌」
「ええっ?!」
「あ、今のは冗談よ、冗談?!」

 ギャグのつもりだったのに、そんなギャグで築き上げてきた仲を一瞬で崩壊させそうになってしまった。危ない危ない……。

「えっとですね、その……風見さん達、名前で呼び合っていたじゃないですか。その、名字じゃなくって……」
「うん、そーだね」
「だからその、私、その……」

 モジモジとし、モゾモゾと口を動かす宇佐美さん。これ以上は恥ずかしくて自分からは言い出せないようだけれど……うん、言いたい事は分かったよ。

「んー、了解! じゃあこれからもよろしくね――」

 にっこり笑って、私は宇佐美さんの方を向く。いや、「宇佐美さん」ではなく――。



「――彰子!!」



 彰子の顔が、さらに赤くなってしまった。俯きながら、彰子は必死に言葉を頭の中で紡いでいく。

「わた、私もよろしくお願いします……ゆ、友紀――さん」

 さん付け――は許容範囲だろう。恥ずかしがり屋な彰子としては頑張り過ぎな位だ。

「じゃあ彰子! 次の場所に移動しようよ! 今度は私、山に行きたいなー!」
「は、はいっ、行きましょう!」
「それじゃあ、山まで競争よ? 彰子が負けたら、その『さん』付けをやめてもらうからね?」
「え……ええええっ?!」
「じゃ、よーいドーン! おっ先にー!」
「ま、待ってください、ゆ、友紀さぁん!?」





 5月1日――アカデミア島、浜辺。誰もいなくなったそこには、2人分の靴跡が力強く残されていた。
 それは私と彰子――2人で並んで踏みしめた、「次の場所」への道標――。




08話  「2人、3人」

夏の日差しが、私達を攻めるように突き刺さる。暑い……非常に暑い……。

「暑いわねー……」
「暑いですー……」

私と彰子は森の中で隣り合って座りながら、ただひたすらに「暑い」と連呼する。連呼しても、状況に進展は見られる事はなく――。

「……なんか、さっきよりも暑くなっているような気がするんだけれど」
「暑い暑いと感じていると、思い込みでさらに暑くなるって聞いた事がありますよー、私」
「へぇ……じゃあ『寒い』って言ったら、こんな真夏でも寒くなるのかな」
「やった事がないので何とも言えませんがー……試してみます?」

うん、と頷く私。この暑さを凌げるのなら、私はどんな事でもやってやろうじゃあないの。

「じゃあ、私も一緒に……」
「揃えていくよ? いっせーのーせ――」



「「寒ーい!!!」」



森の中を、アカデミア島を。私達の絶叫が駆け巡っていく。恥ずかしいが……後の祭りだ。
 じわじわと言葉による効果は体の中に浸透していき、凍えるような寒さが私達を――。



「寒くなる訳が無いじゃなああぁぁぁいッ!」



――襲うはずが無かった。
若干キレ気味な私の絶叫に、隣の彰子はビクッと震えた。どうやら暑さのせいで、私のキャラ設定まで歪んできてしまっているようだ。

「暑いものは暑いのよッ! 誰か早く何とかしてよッ!! お話をスキップしたりとか出来ないのッ?!」
「お、落ち着いてください、友紀さん――」
「太陽なんて! 割られてしまえーッ!!!」
「ひゃうっ」

8月26日、夏休みは残り5日。
そんな、新学期へのカウントダウンに入っている日に。私は暑さで我を忘れてしまっているのだった――。





8月25日 14:42
アカデミア島 港

「ようやく着いたーっ!!」

事の発端は昨日。私が田舎から島に戻ってきたところから話は始まる。
久しぶりの島独特の空気に、私は自然と笑顔になった。にやにやとしていたら、変人扱いされちゃいそう。
 ――と、そこに。

「あれ、加藤さん?」
「お久しぶりです〜」

後ろから2人の声がする。振り返ってみると、そこにいたのは私と同じオベリスク・ブルーの女子であった。
 もちろん、ただの女子ではない。2人はプリキュ――じゃなかった、2人は姉妹である。

「むむむっ、『帝王』と『黒炎』ね。休暇はどうだった?」
「アタシのその呼び方、すっごく気になるんだけれど……」
「お姉ちゃん、『帝王』じゃなくって『女帝』が良いみたいだよ〜」
「違ーうっ!! だいたい、あなたも変な呼び名を付けられているのよ?」
「え〜、格好良くってわたしは好きだけれどな〜」
「あなたが良くっても、アタシは嫌なの!」

妹にツッコミを入れているのは、姉の石原法子(のりこ)。
姉にツッコミを入れられているのは、妹の石原周子(ちかこ)。
2人そろって、その名も「石原姉妹」……!

「何のひねりも無い、ただの姉妹の紹介じゃない! 全然格好良くなっていないわよ?!」
「……本当は嬉しかったり?」
「加藤さん、あなたはそんなキャラだった?!」
「もちろん。連載初期の段階から、私は主人公兼ボケ担当が決まっていました」
「ただのメタキャラじゃない、メタキャラ!」

ぎゃーすと吠える石原さん。それを、石原さんは後ろでクスクスと――ってあれ?

「大変、どっちも『石原さん』だ……」
「あ〜、確かにそうですね〜」
「むー、それは確かに困るわね……」
「私は別に構わないんですけれどね。例えば……『石原さん』と『石原さん』がお昼にご飯を食べています。『石原さん』が食べているのは、『石原さん』が作った唐揚げと『石原さん』特製のサラダ。逆に『石原さん』のお弁当には、『石原さん』が担当したおにぎりと『石原さん』が入れたタコさんウインナーが。『石原さん』は、『石原さん』のお弁当の中にある『石原さん』のおにぎりも食べてみたくなり――」
「分かりにくいよ!? 常識的にも文面的にも、アタシは『法子』! こっちは『周子』で良いじゃないの!?」
「お姉ちゃん、すっごく楽しそうだね〜」
「全然楽しくなーいっ!」

しっかり者の法子と、おっとりとした周子。同じ日に産まれたのにも関わらず、姉妹でここまで性格が違ってくると本当に面白い。
……私も欲しかったなぁ、妹。





同日 14:56
アカデミア島 ブルー女子寮

 とまあ、私と石原姉妹は夏休みに起きた事などを話したり漫才をしたりしながら、自分達の「第2の家」――すなわちブルー女子寮へと辿り着いたのだけれど……。

「……なんか、ムシムシしているわね」
「寮内の方が暑く感じるような……」
「どうかしたんでしょうか……?」

暑い。やたら暑い。真夏なのにコタツの中に潜っているような感覚だ。体温の上昇のせいか、すぐに汗がふき出てきた。汗が、私の頬を流れていく。

「と、とりあえず私は自分の部屋に戻るわね?」
「あ、じゃあアタシ達もこの辺で」
「また後でね〜」

ひとまず姉妹と分かれ、私は自分の部屋に戻る事にした。今まで描写をしていなかったのだけれども、私はキャリーケースをコロコロとひいていたのだ。
とりあえず荷物を置いて、それからこの暑さの原因を探る事にしよう。





同日 15:00
ブルー女子寮 友紀・彰子の部屋の前

久しぶりの私の部屋。部屋の看板に並んだ2つの名前を見て、ちょっぴり嬉しくなる。実は、寮の中の部屋割りは勝手に変えても良かったらしく、彰子は4月の内にすぐさま私の部屋に移動をしてきたのだった。
……そんな簡単に部屋を変える事はできない? ここは遊戯王の世界だから許されるんです。

(確か、彰子はもう帰ってきているはずよね……)



『私……ですか?』
『私は……8月20日にここに戻ってくる予定です』
『また……学校で会いましょうね!』



チャイムを鳴らす。ピンポーンと明るく、そして懐かしい音がした。
……が、返事はなし。おそらく、彰子は別の場所に行っているのだろう。それなら、と私は鍵を取り出して自分でロックを解除した。

「ただーいまー」

返事がこない事は分かっているが声を出し、ドアを開けて中に入ると――。

「あー……お久しぶりですー……」

――廊下よりさらに熱気の籠もった部屋で、全裸の彰子がベッドで横になっていた。





全裸の……彰子が……?





「わっ、わっ、ちょっ?! 彰子、なん、なんで何も着ていないの?!」
「えー……私は始めからこういう人間なんですよー……」

 動揺して、私は鍵を落としてしまった。彰子……なんでそんな格好を……?!

「な、夏休み前の彰子はきちんと洋服を着ていたからね!? 夏休みに何があったの?!」
「じゃあ……私はきっと裸族だったんですよー……」
「彰子さーんッ?! 会話を成立させて?!」

彰子は服を着るつもりは無いようだ。これはまずい事態である。掲載された時に、筆者が怒られてしまうかもしれない。
 仕方がないので、私がなんとか――ってあれ?

「……ねえ、彰子」
「はいー……?」
「なんで……部屋にクーラーがないの……?」

指差す私。その先には、クーラーがあった跡が残っていた。逆に言ってしまえば、クーラーが部屋から消失してしまっていた。

「それはですねー……実はー――」



かなり曖昧で、そして思考がうまく回っていない彰子の話を、私なりに頑張ってまとめてみた。
 まず、彰子がこの部屋に帰ってきた。この時にはクーラーは存在していた。これが20日の事。
次に、クーラーを新しいものにするので、夏休み中にアカデミア島の全てのクーラーが撤去され、船で運ばれていった。これが21日の話。
さらに、新しいクーラーが船で運ばれ、設置。ここまでは問題なかった。これが22日の出来事。
ところが、その新しいクーラーの内部に致命的な欠陥があった事が発覚。全てのクーラーが、再び撤去されてしまった。これが23日の地点。
こうして、アカデミア島からクーラーが消滅。暑さで我を忘れ、彰子は裸族へとなってしまった。これが24日の状態。
――で、今日25日に私が帰ってきた、と。



……いや、みんなが帰ってくる前にクーラーを付け替えようよ、校長。たぶん校長も暑い思いをしているだろうけれど。

「考えてみれば21・23・24と、彰子はクーラー無しで過ごしているのよね……」
「私は大丈夫ですよー……? 体温の上昇は、私のお気に入りですからー……」
「彰子は『恐竜族』は使うけれど『恐竜』じゃないでしょ?! ――ほら、できた。着心地は悪くない?」
「暑くなりましたー……」

なんとか制服を着せ、彰子は表現しても問題ない格好になった。それにしても驚いたなぁ……。
……ちゃんと見ていなかったけれども、私と変わらないくらいの大きさだったかな。何が、とは言わないけれども。

「というか、なんで窓を開けたりとかドアを開けたりとか――していたらあの格好はまずかったか」
「窓、開けていたらカブトムシが入ってきちゃってー……」
「え?!」
「なんとか追い払ったんですけれどー……それから開けるのが恐くてー……」
「それはまあ……頑張ったね」

涙目になりながらカブトムシを必死に追い払う裸の彰子……。
……うん、想像したのが間違いだったわね。

「それで……いつ新しいクーラーは入ってくるって?」
「確かネオ先生が言っていましたけれど――」



『クーラーか? クーラーなあ……俺っちは暑いのは大歓迎なんだけれどな。出身が鹿児島県だから、暑いのは強いんだよ。逆に寒いのは――ん? ああすまんすまん、脱線してしまったか。確か……9月1日の始業式にはギリギリ間に合わせると校長が言っていたから、8月31日に到着するんじゃないか?』



 耳を疑った。まさか……この暑い中、クーラーなしで数日間過ごせと言っているのだろうか。校長も暑い思いをしているのだろうけれども。

「ま、まあ頑張ろうね……えっと、冷蔵庫の中には――」

まずは脱水症状を起こさないように、水分補給をしっかりとしよう。そう思って冷蔵庫を開き――。

「――からっぽ?」

――何も入っていない事に、私は絶望した。飲料水、氷、食材……全てが消失し、影も形もなくなっているではないか。

「すみませんー……私、全部飲み切っちゃってー……」
「飲料水くらい外に買いにいこうよ?! 氷くらい外で作りにいこうよ?! というか、ご飯はどうしていたの?!」
「そのー……洋服、着たくなくってー……」
「彰子さーん、頼むから正気に戻って!?」

普段は真面目な彰子がここまで壊れてしまうなんて……私は恐怖を感じつつ、同時に自分は暑さにやられてしまわないように頑張ろうと決意したのだった……。





8月26日 09:27
アカデミア島 森林

そして現在。わずか15時間程で、私はしっかりと壊れてしまっていた。
暑い。とにかく暑い。クーラーが無いというだけで、夏の夜があそこまで暑いとは思わなかったのだ。

「ねえ……扇風機とかないのかしら」
「そういった古いものは全て、別の施設などに寄付しているそうですよー……」
「寄付していて自分達の分がなくなったら意味がないじゃない……あれね、建築家が自分の家を――いや、それは関係ないわね」

ひとまず私は起きてすぐ、寮から飛び出す事にした。寮の中の方が風通しが悪く、暑い空気が充満していると考えたのだ。
暑さを凌ぐために、日陰はどこにあるか考え――結果、木の影にいるのが良いのではないかという結論に至り――。
――森林浴なう、と。

「今年の暑さは……残暑のくせに、生意気ね……」
「実家の妹達が、扇風機の前で声を出して楽しんでいた頃が懐かしいですー……」
「彰子、気ままに死亡フラグらしき発言をしない」

私も実家に帰ってやっていたけれども。母さんに呆れ顔をされていたけれども。

「扇風機すらないって、しんどいわね……」
「大切なものって、なくなってから分かるものなんですねー……」
「し、彰子さーん? あなたは今後も活躍の場があるんだからね?」
「そうなんですけれどねー……はぁ、廃寮まで行くのは疲れますしー……」
「そうね、疲れそう――廃寮?」

聞き慣れない、むしろ初めて聞いた単語である。詳しく聞いてみる必要がありそうね。

「廃寮って……この島にあるの?」
「はい、クーラーの話をした時にネオ先生が言っていたようなー……『森の中は迷いやすいし、特待生のための廃寮も壊れていて危険だから気を付けろ』、って」
「廃寮……かつて人が住んでいた場所……」

私の頭が、再び正常に回転を始める。何も行動しなかったら、暑いままよね!

「彰子、廃寮に行くわよ!」
「……はい?」
「扇風機の1つや2つ、特待生の部屋にはきっとあるわ! それに、おそらくは日陰になっているから涼しい!」
「……そうですね、行ってみましょうか」

彰子の目から、ようやく光が見えるようになった。少しでも涼しい思いをしたい――そんな思いが彼女を動かしたのだろう。

「そうと決まったら、早速案内をお願いできる?」
「……私、廃寮の正確な位置は知りませんよ?」
「……………………」

……先は、思った以上に長そうである。





同日 09:54
アカデミア島 廃寮

先は長そうとあったけれども、無事に私達は廃寮に到着した。
ただし、森の中を約20分ほど彷徨う事になったのだけれど。帰る事が出来るのか、非常に心配である。

「こうして目の前にしてみると、結構大きいですね……」
「大きいけれど、壊れ方がひどいわね。なんか、今にも崩れそう」
「暑いですし、とりあえずは中に入りませんか?」
「うん、了解」

「KEEP OUT」の看板を2人揃って無視。ドアが無くなってしまった入り口から、私達は廃寮の中に入り込んだ。
中は……外以上に荒れているかもしれない。ドアは何かの衝撃で吹き飛び、バルコニーの金属性の手すりは強い力で引っ張られたのか、ありえない曲がり方をしていた。

「と、とりあえず涼しくはなったわね」
「風通しが良いからでしょうか……?」

建築物としてどうかとは思うけれども、所々に開いた「穴」のお陰で通気性は抜群に良く、また太陽光も差すので暗くならない。それにしても、こんな場所があったなんて……。

「……………………」
「……ん? 彰子、黙りきっちゃったわね。どうかした――」
「しーっ」

口に人差し指をあて、彰子はこちらを見る。その顔はどこか……怖がっている?

「な、何? どうしたの?」
「……奥の方から、音がしませんか?」
「音……?」

青ざめ始めた彰子の表情に驚きつつ、私は口を閉じて耳を澄ませてみる。
……が。

「音……全然しないわよ?」
「で、でもさっきは確かに……!」
「彰子さんや。怖いのは分かるけれど、聞こえないものが聞こえる時ってあるもの――」





カツーン……カツーン……。





「ひ……ひぃっ」

彰子が、私の腕を掴んで震える。認めたくないけれど……聞こえましたとも、ええ。

「……予想その1、ただの動物の出した音」
「た、建物自体が出す音とかはありそうですよね?」
「その3、誰かが中にいる」
「じ、実は私達が出していた音とか……」
「その5――」

交互に「音の正体」を予想してみる私達。最後に私はニヤリと意味深に笑い――。

「――廃寮に住まう幽れ……ああっ、ゴメン!? だから泣き止んで!?」
「ゆ、友紀ざんが悪いんでずよぉ……」
「ほら、ハンカチあげるから涙を拭いて」

――怖がりの彰子は、私の腕を掴んで泣きだしてしまった。頭の中が、罪悪感でいっぱいになる。

「も、戻りましょうよ、友紀さんっ」
「何を言っているの? まだ廃寮に入って5分も経っていないわ! 扇風機、見つけたくないの?」
「こ、怖くて暑さは吹き飛んでしまいました……」
「流れ的にそんな気がしたわ……」



カツーン……カツーン……。



「だって私、このままじゃ夢にまでこの風景が出てきてしまいますよ?! そんな事、絶対に嫌です!」
「中に入ったくらいでは死なないから! アカデミア島でそんな不可思議な現象は起こりはしないって!」



カツーン……カツーン……。



「で、でも万が一の時という事がありますし……ゆ、友紀さんは私の安全を証明出来るんですか?!」
「こうなった時の彰子の頑固っぷりはすごいわね……」



カツーン……カツーン……。



「わ、私は頑固じゃありません! 誰がそんな事を言っていたんですか?!」
「そこ、論点をすり替えようとしない! 第一、幽霊なんている訳が――」





「おぬしら……なーにしとるんじゃ?」





私は肩を叩かれた。彰子にではない。
彰子は肩を叩かれた。私にではない。
 私と彰子は肩を叩かれた。存在しないはずの、「第三者」に。

「こんな場所まで来て喧嘩とは……おぬしらは貴重な青春を無駄に――」



「第三者」が喋り終えるまでに。2つの悲鳴が森を駆け、アカデミア島中を包み、海の向こうまで飛んだ。
この話の冒頭での叫びなど比ではない、本物の「絶叫」が……。





同日 10:02
廃寮 大広間

「あはっはっはっはっは!!」
「わ……笑うなぁっ!」
「すまんすまん……アチシは、ここで死んだ生徒の霊と勘違いされてしもうたのか……ぷぷっ」
「だから、笑うなぁっ!!」

目の前の少女は、それでも笑う事をやめない。世程、私達の表情はひどいものだったのだろう。
私の叫び声と少女の笑い声で目が覚めたのだろう、私の膝を枕にして眠っていた――正確には気絶していた彰子が目を覚ました。

「あれ、私――」

そして、私の隣にある紫色の髪を見て停止。ぱちぱちと瞬きをする。

「……………………きゅう」
「あらら……また気絶しちゃったわね」
「ひどいのう、脅かすつもりはなかったというのに」
「暗がりで知らない人から肩を叩かれたら、条件が揃えば気絶くらいするわよ……彰子だったらたぶん」
「あはっはっは! それはすまなかったのう。しかし、加藤もなかなかに面白い顔を――」
「やめなさいっての」

これ以上慌てふためいていた時の私の状況を読者に伝えられてしまったら、私は主人公でなくなり、ただのいじられキャラとなってしまう。それだけは嫌である。

「でも……なんでこんな場所にいたの?」
「ん、少しばかり野暮用があっての」
「見え透いた嘘を……」
「まあ本当のところを話せば、暑さを凌ぎにじゃな」
「え……ここの存在を知っていたの?」
「移動マップに選択肢があったからのう」
「おいおい」

私は頭を抱える。それを見て、紫色の髪の少女はさぞ愉快だといわんばかりに笑った。



少女の名前は山本百合。オベリスク・ブルー所属の1年生――言ってしまえば、私と同級生である。
特徴? まあ聞いての通り――いや、正確には文面を「見ての通り」なのだろうけれど――山本さんは老人の口調なのである。学校生活が始まった頃はその独特の口調に戸惑ったのだけれども……今はすっかり慣れてしまった。慣れとは怖い――ある意味幽霊よりも。



「ん、紹介ごくろう」
「ストッパーの彰子が気絶しているから、ひどい流れになっているわね……」
「すとっぱー……? どんな効果じゃ? いつ発動する?」
「こらデュエル脳」
「冗談冗談。久々に馴れ親しんだ者に会う事が出来たから、少し嬉しくてのう」
「そ、そう言われると悪い気持ちにはならないわね……」
「新学期もよろしく頼むぞ、小鳥」
「小鳥って誰よ?! 名前、完全に頭から抜けているじゃない!?」
「ありゃ、アンナじゃったかな……ああいや、アストラルと名乗っていた気も――」
「加藤友紀! 今覚えなさいよ!」
「ん……覚えたぞ、徳之助」
「山本さん……わざとやっているでしょ」

最後のは男だし。ウラウラだし。というか山本さん、「最近アニメが面白い」とか言いそうである。尺の都合もあるので、早めにこの会話を切り上げる事にしよう。

「とにかく、私は中に入って何か無いか見てくるわ」
「あー……中は危険じゃぞ? 素人が入ったら、まず怪我をする」
「……そういう山本さんはプロだったりしちゃうの?」
「アチシはここにはほぼ毎日来ているから、踏んだらまずい場所やら落ちたらオダブツな場所やらを知っておる。ついでに言うと、ここには本当に『何も』存在せん」

「何も」を強調し、山本さんは真剣な顔を作る。この表情からして、どうやら本当の事を言っているのだろう。だとしたら、奥に進んだところで何の利益にもならない。
ならないのだけれど……。私はそこで、1つ疑問を頭に浮かばせた。悪意はない、純粋な疑問を。

「何も存在しないのに、山本さんはここに何をしに来ているの?」
「え?! その、えーっと……」

山本さんは目を泳がせながら、言葉を詰まらせる。あれれ、私は地雷を踏んじゃったの……?

「そ、そんな台詞は台本にはなかったぞ! アチシをこれ以上困らせるでない!」
「いやいや、台本自体が無いからね? あと、私は困らせるために質問をしたわけでは――」
「そ、そうじゃ!」

ぽん、と山本さんは手を叩いた。見るからに、何かを誤魔化そうとしている。そんなに知られたらまずい事を、ここで行っているとでもいうのだろうか……?

「デュエル、デュエルをやろう! 考えてみればアチシとデュエルをした事がないじゃろ?!」
「まあ……確かに」

クラスメートとはいっても、そこまで仲が良かった訳でもない。生徒も大勢いるので、授業で彼女とデュエルする事もなかった。
つまりは。これは山本さんのデュエルを知る事の出来る、絶好の機会という事である。

「……そうね、うん。私、山本さんとデュエルをしたい!」
「お、やる気になったかの」

カバンからデュエルディスクを取り出す山本さん。私も同様に取り出し、左腕に装着させた。

「そうそう。『山本さん』なんてかしこまった呼び方はやめようぞ。もうちょっと、親睦の深めやすい呼び方が良いな」
「じゃあ……『百合』で良い?」
「ん、もちろん。よろしく頼むぞ、加藤」

にっ、と笑う山本さん――否、百合。私も返すように笑い――。

「ではでは」
「いくわよ」



「「デュエル!!!」」

――久しぶりのデュエルが今、始まった。





友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

百合:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行はいただきっ! ドロー!」

まずは私からである。手札の6枚のカードは――うん、悪くない。

「私はモンスターとカードを1枚ずつセット! ターンエンドよ!」

悪くないと言っても、このターンは攻撃をする事は出来ない。最初のターンなのだ、百合の出方を見よう。



友紀:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

百合:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「それじゃ……アタシのターン! ドロー!」

百合がカードを引き――ってあれ?
何……この違和感は……?

「ゴメン、百合! さっきの引く時の言葉、もう1度言ってみて!」
「へ? えっと……アタシのターン、ドロー――」
「ま、待った!」

分かった、違和感の原因は……「一人称」だったのね!

「さっきまで『アチシ』って言っていたのに、今は『アタシ』って言っているわよ?!」
「え……アチシ? やだなぁ、そんな言葉、アタシは使わないわよ?」

一人称だけではない。言葉遣いまで変化しているではないか。

「あのー……もう進めちゃって良いかな、デュエル?」
「え、ええ……後回しにしておくわ……」
「じゃ、モンスターをセット。さらに、カードを2枚伏せる!」
「そっちも様子見って事なのね」
「アタシのデッキは、後半になって弾けるデッキだからね! ターンエンド!」

百合の場に、計3枚の伏せカードが現れる。攻撃をしてくれないのは、リクルーター使いとしてはあまり嬉しい展開ではないなぁ。



友紀:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

百合:LP8000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚



「じゃあ私のターン、ドロー!」

私の手札は再び5枚に。まずは……ここから!

「私は《異次元の女戦士》を召喚!」

場に、美しい女戦士が登場。百合の目が、ピクリと動いた。



《異次元の女戦士》
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。



「除外……かぁ」

むー、と百合は顎に手を当てて考える仕草を見せる。

「こっちとしては嬉しいようであまり嬉しくはないから――リバースカード、オープン! 《奈落の落とし穴》!」

悩んだ末に、百合は女戦士を奈落へと送る事に決めたらしい。《異次元の女戦士》の足元が突如として消え、女戦士は穴の奥へと落ちていった。



《奈落の落とし穴》
通常罠
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、そのモンスターを破壊しゲームから除外する。



「……? さっきの発言、なんかおかしいような気がするんだけれど……」
「気のせい気のせい! 除去型のモンスターは消さないとね!」
「なんか腑に落ちないけれど……まあ良いわ。私は《UFOタートル》を反転召喚!」

百合は先程、「後半になって弾けるデッキだからね」と言っていた。だとしたら……こちらから攻めに行って、スピード決着をつけるしかない!



《UFOタートル》
効果モンスター
星4/炎属性/機械族/攻1400/守1200
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。



「《UFOタートル》で、百合の伏せモンスターに攻撃!」

亀が突撃すると、伏せモンスターは一瞬だけ姿を現し、そして破壊された。今のモンスターって、もしかして……《メタモルポット》?!



《メタモルポット》
効果モンスター
星2/地属性/岩石族/攻700/守600
リバース:自分と相手の手札を全て捨てる。その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。



「ふふっ……《メタモルポット》のリバース効果が発動されるわ! 明日香、手札を全て捨てなさい!」
「いやいやいや、明日香って誰?! ボケ過ぎじゃない?!」
「え、でもアタシは名前を知らな――」
「加藤友紀よ、加藤友紀! これでラストだからね?!」
「友紀、か……『ユーキ』って呼んでも怒らない?」
「まあ、別に良いけれど……とりあえず、手札を捨てるわね」

さっきはちゃんと「加藤」と呼んでいたのに、今度は「ユーキ」と来た。忘れっぽいどころか、まるで別人のようである。
ひょっとしたら、百合は霊にとり憑かれていて、だから名前を知らなかったのかも……なーんて。そんな非ィ現実的な事が私の身の回りにある訳が無いわよね!



捨てたカード一覧

友紀:《サイレント・ソードマン LV5》
《クリッター》
《強制転移》
《王宮のお触れ》

百合:《セイバーザウルス》
《エレメント・ザウルス》
《暗黒ステゴ》



本来は《異次元の女戦士》を召喚後に《UFOタートル》を反転召喚、《強制転移》で百合の伏せモンスターを私の《UFOタートル》と入れ替えて――という事をやりたかったのだけれども……まあうまくいかなかった事は素直に諦めよう。
それよりも、今重要な事は。

「ん……? もしかしたらユーキ、墓地に落とした3体のモンスターが全て『恐竜族』だった事にびっくりしているのかな?」

まさに百合の言う通りであった。今だに絶賛気絶中の彰子と、同じデッキコンセプトである。

「百合……私のイメージでは、《ウィジャ盤》を使った特殊勝利主体のデッキのような気がしていたんだけれども……なんでかしら」
「《ウィジャ盤》かぁ……今は使う予定はないけれど、2年生になったらそうしても良いかも!」

余談はさておき。1つだけ言える事は、百合はおそらく彰子とは違い、純粋な【恐竜族】のコンセプトをとっていない。純粋だったら、《セイバーザウルス》を召喚していただろうし……。



《セイバーザウルス》
通常モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻1900/守500
おとなしい性格で有名な恐竜。大草原の小さな巣でのんびりと過ごすのが好きという。怒ると恐い。



だから、彰子の時と同じような対処は取る事は出来ないだろう。何があっても問題のないように、注意しなきゃ……!

「私はカードをセット。さらに永続魔法、《連合軍》を発動!」

場に戦士族のモンスターはいないけれども、《UFOタートル》から出現する戦士族のために出しておこう。私は、全体強化の要となるカードを発動した。



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。



「さらにカードを1枚セット! さ、百合の番よ!」
「……………………」

さらにセットされたカードをじっと見つめ、百合は黙り込んでいる。一体全体、何を考えているのだろうか……。



友紀:LP8000
手札:3枚
モンスター:《UFOタートル》攻1400
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚

百合:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「……アタシのターン、ドロー!」

百合がカードを引く。そしてすぐに、私を見つめた。

「ゆ、ユーキは何にも発動しないんだ……」
「えっ?」
「いやいや、こっちの話だから気にしないで良いよ! 私はフィールド魔法、《ジュラシックワールド》を発動!」

話を誤魔化すように、百合はカードを出す。オンボロの風景がじわりと、しかし確実に恐竜の王国へと変化していく。
……このカード、なにげに今までの全ての回で発動されているんじゃない?



《ジュラシックワールド》
フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力と守備力が300ポイントアップする。



「さらに、カードを1枚セットして――」

カードを伏せてにやりとする百合。あれ、これってもしかして……。

「――手札、もう1回入れ替えてみよっか!」

予想は見事に的中。百合が発動したカードは、《手札抹殺》だった。



《手札抹殺》
通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。



またか、またなのか。手札の3枚のカードとの別れを惜しみながら墓地に送り、私はデッキからカードを引いた。
百合も同様にカードを捨て、デッキからカードをドローする。どちらも3枚の手札交換。墓地に落としたカードは……。



捨てたカード一覧

友紀:《不意打ち又佐》
《魔導戦士 ブレイカー》
《強奪》

百合:《ハイパーハンマーヘッド》
《猛進する剣角獣》
《俊足のギラザウルス》



 また恐竜族モンスターを墓地に送っている……どういう事なのだろう? 何のために?





――その答えは、百合の次のカードでようやく見つける事が出来た。
答えにしては狂暴で、そして凶悪な1枚のカードで。





「……来た来た! アタシの切り札、ご紹介するわ!」

カードを叩きつける百合。その顔は、自信に満ち溢れていた。

「恐獣の魂を並べ、無限の力を解き放て! さあ来て、《ディノインフィニティ》!!」

「∞」とは絶対的な数。
「∞」とは絶対的な力。
その名に「∞」を持つ恐竜がおたけびをあげ、場に出現した。



《ディノインフィニティ》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻?/守0
このカードの元々の攻撃力は、ゲームから除外された自分が持ち主の恐竜族モンスターの数×1000ポイントの数値になる。

《ディノインフィニティ》
……攻撃力:0→300
守備力:0→300



「さぁて、仕上げは完了。アタシはターンエンド!」
「……へっ?」

私は百合の行動に首を傾げる。否、行動「しない事」に首を傾げた。
百合のデッキコンセプトは【ディノインフィニティ】。除外用のカードを出してこそ、真価を発揮する。
しかし。百合は全く除外関連のカードを発動する素振りを見せない。結局除外をする前に、切り札を出しちゃっているし……。

「……ホントにターンエンドなのよね?」
「そうだけれど……ユーキ、顔が怖いよ? もっと女の子らしい顔をしなって」
「なら……私のターンになるわよ」

百合の場には攻撃力300の恐竜。いくら無限の攻撃力が得られるとは言っても、除外された恐竜族モンスターがいなければその力はただの夢幻に成り果てる。
百合ったら、明らかに誘っているわね……。



友紀:LP8000
手札:3枚
モンスター:《UFOタートル》攻1400
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚

百合:LP8000
手札:2枚
モンスター:《ディノインフィニティ》攻300
魔法・罠:伏せ2枚
《ジュラシックワールド》



「私のターン、ドロー!」

色々と手札を掻き回され続けているけれども、なんだかんだで引き直すたびに良い手札になってきているような気がする――私、運が悪いって設定よね?

「私は《切り込み隊長》を召喚! 効果により、手札から《キラー・トマト》を守備表示で特殊召喚するわ!」

……今は設定うんぬん言っている場合じゃないだろう。私は頼れる騎士と、その連れを場に呼び寄せた。《切り込み隊長》は、《連合軍》の効果によって攻撃力が上昇する。



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。

《キラー・トマト》
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。

《切り込み隊長》攻1200→1400



「さあ、攻撃……する?」
「……………………しないわよ」

どんな事が起こるか分からないけれども、ここで《切り込み隊長》で《ディノインフィニティ》を攻撃するのはまずい気がする。
……あの伏せカードがブラフという可能性も、なくはないのだけれど。

「私はカードをセット。で、ターンエンド――」

伏せたのは《王宮のお触れ》。これで、次のターン以降の罠への対策も完璧となる。



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。



――完璧となるはずだったのだ。

「……じゃ、リバースカードをオープン!」

百合が、伏せていたカードを表にする。最初のターンからずっと伏せられていたそれは――《生存本能》。



《生存本能》
通常罠
自分の墓地に存在する恐竜族モンスターを任意の枚数選択しゲームから除外する。除外した恐竜族モンスター1体につき、自分は400ライフポイント回復する。



「アタシは墓地に存在する恐竜族モンスター――《セイバーザウルス》、《エレメント・ザウルス》、《暗黒ステゴ》、《ハイパーハンマーヘッド》、《猛進する剣角獣》、《俊足のギラザウルス》の計6枚を除外するわ!」
「じ、『除外』……?!」

恐竜の魂が百合の体を暖かく包み込み、ライフポイントを回復させた。



百合:LP8000→10400



変動した数値は、百合のライフポイントだけではない。「除外」されたモンスターの力を取り込み――。



《ディノインフィニティ》攻300→6300



――「無限」とまではいかないが、強大なステータスの恐竜が出来上がった。

「う、うそ……?!」
「嘘じゃないわ。これが現実よ、ユーキ」

ターンエンドをしてしまった以上、私には何もする事は出来ない。
そう、何も。



友紀:LP8000
手札:1枚
モンスター:《UFOタートル》守1200
      《切り込み隊長》攻1400
      《キラー・トマト》守1100
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ3枚

百合:LP10400
手札:2枚
モンスター:《ディノインフィニティ》攻6300
魔法・罠:伏せ1枚
《ジュラシックワールド》



「じゃあ、アタシのターンね。ドロー!」
「り、リバースカードをオープン! 《王宮のお触れ》!」

百合がカードを引くと同時に、私は先程伏せたカードを発動した。これ以上、ペースを乱されたら負けてしまう。少しずつでも建て直さなくちゃ……。

「1ターン遅かったわね……危ない危ない」
「……どうしてさっきの自分のターンに《生存本能》を発動しなかったの?」
「ん?」
「だって……そうしていれば、前のターンから攻撃をする事が出来たはずなのに。でも百合はそうしなかったじゃない」

そう、《生存本能》を発動させたタイミングが不自然すぎる。何かを待っていたのか、それとも警戒していたのか……。

「……まあ《王宮のお触れ》もあるし、別に話しちゃっても良いかな」

百合はそう言うと、意味ありげににっこりと笑った。

「実はね……もう1枚の伏せカードも、《生存本能》だったりするのよね」
「え?!」
「アタシ、《生存本能》が手札に2枚来るのをずっと待っていたのよ」

《生存本能》が2枚来るのを待っていた……? まったくもって、意味が分からない。発動したかったのなら、1枚で済む話ではないか?
私の表情を読み取ったのか、百合はさらに言葉を続ける。

「実はアタシ、ユーキが《王宮のお触れ》を使う事を知っていたのよねー」
「《王宮のお触れ》……確かに発動しているけれど……?」
「だからこそ、2枚で対策をしていたかったの」
「あ……!」

ようやく、百合のやりたかった事が分かった。なるほど……チェーンのためだったのね?!
百合が《生存本能》を発動、恐竜族モンスターを除外しようとする。
それを止めるために、私はチェーンして《王宮のお触れ》を発動、除外を妨害する。
だが、《王宮のお触れ》の発動にチェーンして2枚目の《生存本能》を発動すれば。チェーンブロックの関係で、2枚目の《生存本能》はきちんと効果が発動される――という事なのだろう。

「ユーキは《王宮のお触れ》を相手ターンのドローフェイズにすぐさま発動する傾向があった――でもなかなか発動してくれなかった」
「私が《王宮のお触れ》を使ったら、それにチェーンして《生存本能》を発動すれば良い……なるほどね」
「だから、アタシは警戒する事にしたの。2枚の《生存本能》を伏せる事によってね」

……結局のところ、私は《王宮のお触れ》をずっと伏せてはいなかったのだけれども。まあ、「過程」は今となってはどうでも良い。
それよりも大事なのは――「結果」。否、「現実」と変えても良いかもしれない。

「攻撃をする前に……アタシは《猛進する剣角獣》を召喚!」

説明が長引いてしまったので忘れそうだったけれども、百合はまだ召喚をしていなかった。百合のフィールドに、大地の力を受けてパワーが上がった恐竜が現れる。



《猛進する剣角獣》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻1400/守1200
守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

《猛進する剣角獣》
……攻撃力:1400→1700
守備力:1100→1400



「ではでは……バトルに入らせてもらうわ」
「……!」
「まずは《ディノインフィニティ》から……《切り込み隊長》に攻撃! インフィニティ・ファング!!」

無限の力を得た牙が、恐ろしいくらいに光を放つ。その牙で私の騎士を噛むと、勢い良く肉を引きちぎった。私のライフポイントに、大ダメージが叩き込まれる。



友紀:LP8000→3100



「か、かなり効くわね……!」
「さらに、《猛進する剣角獣》で攻撃! 対象は《キラー・トマト》よ!」

守備表示のトマトに向け、恐竜は容赦なく突進を食らわせる。貫通効果のモンスターなのだ、私はライフポイントをさらに削られてしまった。



友紀:LP3100→2500



「くっ……《キラー・トマト》の効果を発動! 私は、デッキから《不意打ち又佐》を特殊召喚する!」

墓地に送られたトマトの代わりに暗殺者が登場。もちろん、《連合軍》の効果で微弱な強化もされる。
……が。届かない。届くわけがない。あの6300という化け物をどうにかしない限り、私に勝機はないのだ。



《不意打ち又佐》
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1300/守800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードは表側表示で存在する限り、コントロールを変更する事はできない。

《不意打ち又佐》攻1300→1500



「アタシはこれでターンエンドよ。さ、どうする?」
「……………………」

にやりと百合が笑う。それは勝利を確信した表情。攻撃力6300の恐竜を――私は止められるのだろうか。



友紀:LP2500
手札:1枚
モンスター:《UFOタートル》守1200
      《不意打ち又佐》攻1500
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

百合:LP10400
手札:2枚
モンスター:《ディノインフィニティ》攻6300
      《猛進する剣角獣》攻1700
魔法・罠:伏せ1枚
《ジュラシックワールド》



手札、伏せカードは共に悪くはない。しかし、有効打となるには至らない。

「……この1枚に、全てを賭けるしかないわね」

すぅ、と息を吸い込む。何か来て何か来て何か来て何か来て……!!

「……ドローッ!!」

力強く、カードを引く。手にしたカードは――なりうるかもしれないものだった。少し安心をしながら、引いたカードを手札に加える。

(さて、これからどうすれば良いのかな……?)

場、手札、墓地――その全てに思考を回し、私は考えていく。《ディノインフィニティ》を撃破するためには何が必要なのか。その1点へと考察はむかっていく。

(――いや、『何が必要なのか』だけじゃダメね)

私は1枚の伏せカードをオープンしながら、そんな事も考えた。





何かを――今回は「勝利」を、かな――求めるためには、2つの道があると思う。
1つ目は、何を考えながら行動するか。何通りもの、それこそ「無限」に広がる可能性を信じ、前にひたすら突き進む道。
そして2つ目は――何かを「犠牲」にして、橋を通す道。





「私は《サイクロン》を発動!」
「《サイクロン》……? でもアタシの《生存本能》は効果は――」
「破壊するのは、百合の場の伏せカードじゃなくって――私の場の《王宮のお触れ》よ!」
「えっ?!」



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。



竜巻により、《王宮のお触れ》は破壊される。これによって、お互いの罠カードは無効化される事はなくなった。

「だから、これを発動できる! もう1枚のリバースカードをオープン! 《リビングデッドの呼び声》よ!」



《リビングデッドの呼び声》
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。



「蘇生……いったい何を?」
「まず蘇生するのは、やっぱり私の騎士よ! 《切り込み隊長》を特殊召喚!」

騎士が、私の場に復活する。《連合軍》の効果によって、私の場の戦士族はさらに力をつけていく。



《切り込み隊長》攻1200→1600
《不意打ち又佐》攻1500→1700



「……あれ? 今、『まずは』って言った?」
「お、きちんと気が付いたわね」

私は手札の1枚を発動しながら頷いた。そう、蘇生させるのは1枚ではない。

「私は、《早すぎた埋葬》を発動! 発動のコストを支払うわ!」



《早すぎた埋葬》
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

友紀:LP2500→1700



「っ……私が蘇生するのは剣士! 沈黙を破って墓地より蘇れ、《サイレント・ソードマン LV5》!」

敵を沈黙させる大剣を右手に持ち、剣士は場に登場した。《連合軍》の力はさらに強まり、全体を支援する。



《サイレント・ソードマン LV5》
効果モンスター
星5/光属性/戦士族/攻2300/守1000
このカードは相手の魔法の効果を受けない。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送る事で「サイレント・ソードマン LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

《不意打ち又佐》攻1700→1900
《切り込み隊長》攻1600→1800
《サイレント・ソードマン LV5》攻2300→2900



「あ、あれ? そんなモンスター、墓地に――」
「百合の《メタモルポット》……そう言えばもう分かるわね?」
「あー……そこで落ちたのね……」
「そして、手札の最後の1枚を発動! 《団結の力》を、《サイレント・ソードマン LV5》に装備よ!」
「……?!」

私の場の全てのモンスターの力をその剣に宿していく剣士。攻撃力はさらに増大し――。



《団結の力》
装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

《サイレント・ソードマン LV5》
……攻撃力:2900→6100
守備力:1000→4200



「……く、首の皮1枚つながったわね」

――《ディノインフィニティ》を越える事は出来なかった。安心したのか、百合がふぅとため息をつく。

「《ジュラシックワールド》の微小な攻撃力の増加に助けられるなんて……運が良いわ、私」
「…………そうね」

百合は本当に運が良く――そして「運が悪い」。

「……ねえ、百合。デュエルに勝つためには、時には何かを犠牲にしなきゃダメよね」
「まあ、確かにアタシも恐竜族モンスターを除外したりして犠牲にしているわね……」
「だからね、百合……」

私はキッ、と百合を睨み付ける。

「《UFOタートル》で、《猛進する剣角獣》を攻撃!」
「ええっ?」

亀は恐竜に突進をしたが、びくともしない。逆に、突進した《UFOタートル》は反撃を受けて破壊された。



友紀:LP1700→1400



「自爆特攻……?! ま、まさか……!」
「手札はない。伏せカードもない。だったら……デッキから戦士族を呼び出せば良い!」

私はデッキから炎属性の戦士族を取り出し、召喚。これが、私の勝利のための最後のピース……!

「私はデッキから、《コマンド・ナイト》を特殊召喚よ!」



《コマンド・ナイト》
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。



「《連合軍》による攻撃力の強化……《コマンド・ナイト》の効果による攻撃力の強化……」
「な……なにこれ……」
「私の騎士達の攻撃力は――」



《不意打ち又佐》攻1900→2500
《切り込み隊長》攻1800→2400
《サイレント・ソードマン LV5》攻6100→6700
《コマンド・ナイト》攻1200→2400



――見事、《サイレント・ソードマン LV5》は《ディノインフィニティ》を越えた。

「さあ、《サイレント・ソードマン LV5》で《ディノインフィニティ》を攻撃!」

団結し、集結し。凍結したかにみえた道を切り開くために、剣士は大剣をふるった。恐竜はそれを牙で受け止め、押し――耐え切る事が出来ず、切り裂かれた。その命は、剣によって完結する。
この一撃は、私の「勝利」に直結しているはず。さあ、終結まであと一歩よ!



百合:LP10400→10000



「《ディノインフィニティ》が……やられた……?!」
「凹んでいるところを悪いのだけれども、どんどん行くわよ! 《切り込み隊長》で、《猛進する剣角獣》を攻撃!」

騎士の剣が、恐竜を切り捌く。これでようやく、百合のライフポイントが4桁まで下がった。



百合:LP10000→9300



「さらに、《コマンド・ナイト》と《不意打ち又佐》でダイレクトアタック!」

百合の場はガラ空き。残る2人の剣士が、百合に向けて剣を振った。無論、《不意打ち又佐》は2撃を。



百合:LP9300→6900→4400→1900



「よし、一気に追いついたわ!」
「……………………」

百合は形勢を逆転された事に驚いているのか、先程から黙りっぱなしだ。よほど自信があったのだろう。
――と思っていたのだけれども。

「……ユーキ、手を抜いたわね」
「え……手……?!」

私は手を抜いたのだろうか。自分ではまったく分からないけれども、百合の口が尖っているので確かなようだ。
私のそんな様子に気がついたのか、ため息をついて百合は話す。

「……蘇生対象」
「え……《切り込み隊長》と《サイレント・ソードマン LV5》の事?」
「正確には《切り込み隊長》だけね。ユーキ、ちゃんと墓地を確認した?」
「した……つもりなんだけれど」
「……墓地、《不意打ち又佐》がいるわよ」

えっ、と驚く私。確認してみると――いた。確かに1枚、墓地に落ちている。確か、《手札抹殺》で落とされたんだっけ……。

「もし《切り込み隊長》ではなく《不意打ち又佐》にしていたら、もう1回の攻撃をくらって私の負けだったわよ?」
「……ほんと?」
「まあ、《生存本能》で墓地に落ちた2枚の恐竜を除外すれば、100だけライフポイントが残っていたりするんだけれどね」

まったく気がつかなかった。まさか、対戦相手の百合に指摘されるなんて……。ショック!

「どのみち、追い詰められている事には変わりはないんだけれどね」
「な、なんか悔しい……ミスするなんて……」
「良いじゃん良いじゃん、気にしちゃダメ。これから同じ間違いをしなければ良いんだからさ」
「ううぅ……あ、そういえばさ」

百合への仕返しではないけれども、「これ」は教えていた方が良いかもしれない。

「さっき、百合は《生存本能》を使っていたよね。《王宮のお触れ》に引っ掛からないように、2枚来るまで待って」
「そうだけれど……それが?」
「あの恐竜族モンスターを除外する部分、発動コストよ? だから、《王宮のお触れ》があっても、除外する事は可能だったのよ」
「……それ、本当の事?」
「うん、遊戯王カードW○kiで確認したから間違いないわ」
「ゆ、遊戯王カードWi○iで調べたのなら本当ね……私の戦略って一体何だったのだろう」
「で、でもライフポイントを回復していなかったら、百合は負けていたじゃない! 今度から間違いをしなければ良いんだよ!」
「まあ……それもそうかもね」

自分に対してだろう、やれやれと首を振る百合。私はその様子を見て、なぜだか嬉しくなった。
こうやって注意し合って、どんどん強くなって――これだからデュエルはやめられないのよね!

「私はこれでエンド! 百合、あなたのターンよ!」



友紀:LP1400
手札:0枚
モンスター:《不意打ち又佐》攻2500
      《切り込み隊長》攻2400
      《サイレント・ソードマン LV5》攻6700
      《コマンド・ナイト》攻2400
魔法・罠:《連合軍》
     《リビングデッドの呼び声》
     《早すぎた埋葬》
     《団結の力》

百合:LP1900
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚
《ジュラシックワールド》



「じゃあ、私のターン」

息をゆっくりと吸い――同じように、百合はカードを引いた。
 引いたカードを見て、手札を見て。百合は私に手札を見せて――。

「……手詰まり」



《俊足のギラザウルス》
効果モンスター
星3/地属性/恐竜族/攻1400/守400
このモンスターの召喚を特殊召喚扱いにする事ができる。特殊召喚扱いにした場合、相手の墓地から相手はモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

《巨大化》
装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする。

《大火葬》
通常罠
相手が墓地のモンスターを対象にするカードを発動した時に発動する事ができる。お互いの墓地のモンスターを全てゲームから除外する。










 同日 10:10
廃寮 大広間

「危なかったぁ……」

デュエル終了と共に、床に座り込む私。あと1ターン遅かったら、私は見事に「火葬」されていただろう。そんな「仮想」をしていると、百合がこちらに歩いてきた。

「いやー、負けてしもうた。やっぱりアチシもまだまだじゃな」

話し方が、元に戻っている……。色々と謎だらけな少女である。

「今回は負けてしもうたようじゃが……次はそううまくはいかんぞ?」
「私だって、もっともっと強くなるもん!」

お互いに笑顔を見せ合い、私達は力強く握手を――。



「……うーん」



――したところで、ようやく彰子が気絶から目覚めた。ぼんやりとした表情で私を、百合を、握手をしている様子を見て――。

「……きゅう」
「え……ちょ、どうして再びスリープモードに?!」
「おそらく、アチシが加藤を迎えにきた亡霊とかにでも見えたのじゃろう」
「彰子、起きてってば! 私は暗黒には帰らないから!」
「あはっはっはっはっ!」
「だから笑うなぁ!!」



いつの間にか忘れてしまっていた夏の暑さ。
秋は、2学期は。もうすぐそこまで来ていた。




09話  「『帝王』と『黒炎』」

10月1日――この日の事を、私は忘れる事はありえないだろう。それ程までに強烈で、衝撃で。

「ごめんね……本当にごめんね……」

情けないとは心の中で思っていた。それでも、私は「彼」の胸に抱きついて、涙を流し続ける。もしかしたら、人に涙を見られたのは初めてだったかもしれない。

「悔しい……あんなデュエルをさせちゃって……ごめんね……」
「……悪いのは僕も同じだよ。加藤さん1人の責任じゃない」

そう言って、「彼」は背中をポンとたたく。慰めてくれているのだろう。励ましてくれているのだろう。
それでも――。

「ぐやじいよぉ……うああぁあんっ……」

――目から流れる大粒の涙は、止まらなかった。



「因縁」は、ここから始まる。
私と田中くん――2人の道が、歪みながらも交差する――。





9月26日 15:00
デュエルアカデミア 教室

「よーし……じゃあ今日の授業は終了だ! 明日までに宿題はきちんと済ませておけよ!」
「ありがとうございましたー」

揃っていない挨拶だったが、とりあえず今日の授業はこれでおしまい、「物理」の先生も教室を出ていった。本日も頑張ったなぁ、私。

「疲れているみたいですね……?」
「あー、疲れているかも。今日の物理、私には理解できそうにないのよね……」

隣の席の彰子が心配そうな表情で私に話しかける。ノートを鞄に放り込み、私は言葉を返した。

「それでも解けるようにならなければのぅ。一応、アチシ達は学生なんじゃから」
「デュエルアカデミア……意外にも、一般の教科の授業もあるのよね。入ってだいたい半年だけれど、今だに謎だわ」
「将来、デュエリスト以外を目指す人もいるでしょうし……それに、考察力を高め、デュエルでより良い戦術を考え付くためのものかもしれませんね」

私達の後ろに座る百合も加わり、3人での会話が始まる。話してみるまでは謎が多くて近寄りがたかった百合だったが、言葉遣いとは裏腹に非常に明るい性格であり、すなわち私達はすぐに打ち解ける事が出来たのだった。

「ねえ、そういえば2人は何の科目が得意?」
「私は……『生物』ですね」
「ほうほう、それはまたなにゆえじゃ?」
「生物の進化を考えるのが好きで……特に中生代は大好きです!」

中生代……私は頭の中を覗いてみて、その時代の生物を思い浮べてみる。えーっと、確か爬虫類が栄えていて――。

「――恐竜がいるから?」
「はいっ、恐竜って可愛いですよね!」
「そ、それは面白いのぅ……」

彰子は笑顔で私の質問に速答した。その回答に、さすがの百合も動揺をしているようだ。

「ゆ、百合はどうなの?! 科目はどれが得意?」
「そ、そうじゃな。アチシは『古文』かの」

お、実に百合らしい答えである。私は納得してしまった。してしまったのだが。

「……しかし、たまーに解釈が違う時があるんじゃよ。アチシは別の事を考えながら書いたというのに」
「いやいやいや、百合は筆者側?!」
「百人一首にも入っておったな。『めぐりあひて』――知っておるか?」
「紫式部?!」

私のツッコミに対し、あはっはっはっはと笑う百合。まさか百合、紫式部の亡霊にとり憑かれている――なんて事はないか、さすがに。お伽話じゃあるまいし。

「この世界もある意味お伽話――いや、なんでもない。言ってもネタにされるだけじゃろうし」
「そういう事を考えている時点でネタなのよ!?」
「えっと、友紀さんはどの科目が――」

彰子が私に話しかける、そんな時にである。壇上に――。



「みんなああああぁぁぁぁっ!!! ちょっと待ったああああぁぁぁぁっ!!!」



――「デュエル」と「数学」の担当、ネオ先生が大声――いやむしろ奇声をあげて出現した。
 出現したのは良いが、肩で息をしている。歳……?

「どうしたんでしょうか、先生……?」
「いつもの事じゃない、問題ないわよ」
「もしかしたら、何かに『寄生』されとるのかもしれんぞ?」
「そ、それは『規制』ものね……」
「ネオ先生が……き、『帰省』した方が良いかもしれないですね、先生……」
「彰子、あなたはこの流れを止める係よ。空気に流されちゃダメ」

とまあ私達が雑談をしていると。ネオ先生は体力を回復、自慢のサングラスを光らせて生徒側に顔を向けた。

「君達! 伝える事があった! ちょっと時間を貸してくれ!」

登場こそ残念であったが、どうやら重要な事を伝えようとしているらしい。いつもと違い、声が真剣なのだ。

「先輩からの情報で知っている人もいるかもしれないが、一応話をする!」

どこからともなく巻き物を取り出し、ネオ先生は大きく音をたててそれを広げた。そこに書かれてあった文字は――。



「10月にタッグデュエル大会、『タッグフォース』が開かれる事が正式に決定したぁっ!!!」



――「『タッグフォース』の時間だ!」。力強い文字で、私達の場所からでも読む事が出来た。デュエルアカデミアの校長が書いたのだろうか。
当然、まずは教室中がひそひそ声で満タンになる。「タッグフォース」とは何ぞや。10月にタッグデュエル大会?
やがてそのひそひそ声は明るみを持ち始め――一気に爆発する。「歓声」という、巨大な花火となって。

「俺っち、みんなが喜んでくれて嬉しいぜ……! 詳しくはプリントを配るから、それを参考にしてくれ!」

ビシッ、と指を向けるネオ先生。このポーズ、結構気に入っているのだろう。

「それでは今日はここまでだ! みんな、ドシドシ参加してくれよ!」





同日 15:45
ブルー女子寮 友紀・彰子の部屋

「『タッグフォース』かぁ……」

渡されたプリントに目を通し、私は呟く。それを聞き、彰子と百合が私の方を向いた。

「タッグを組んで、トーナメントを勝ち進むんですよね」
「上級生はどうなるか心配じゃったが……学年別とはのぅ。嬉しいような、嬉しくないような……」
「締切は明日のホームルーム開始前まで。それまでにネオ先生に報告――ねぇ」

まるで誰かに説明をするかのように順番に言葉を出していく私達。気にしない気にしない……。

「じゃあ、アチシは部屋にいったん戻って、それからパートナーを探すかのぅ」
「え……? でも――」
「加藤と宇佐美……2人で組むじゃろ? 邪魔しては悪いしのぅ。それに、お互いのデッキも分かり合っとるはずじゃし」

ほっ、と声を出し、私のベッドから飛び起きる百合。確かに、対戦もしたしタッグも組んだ事があるので、彰子のデッキは良く分かっているつもりだ。実際、私達はデュエルで勝つ事が出来ていたりするのだし。
彰子の方もおろおろしつつ、納得してしまいそうな表情をしていた。部屋には3人――どうあがいても、2人組は1つしか作る事は出来ないのだ。
起き上がった百合は、では、と手を振り、ドアの方へ――。





……どうして私は、あの状況でこんな選択をしたのだろう。
自分でも良くは分からない。たぶん、1年生の私では理解出来ない事を、とっさにしてしまったのだろう。無意識の内に、無茶苦茶な選択を。
 その後を決定してしまう「運命の分かれ道」を、私は選んでいたのだ。





「いや、私が抜けるよ!」

私の一言に、百合の足が止まる。彰子が目を見開く。2人の心境は、想像するのは容易かった。

「百合、彰子と組んでよ! 私は別の人を探すからさ」
「……加藤、自分が言っている事が理解できとるか?」

はっきり言ってしまえば、前述のとおり理解できていなかった。しかし、言葉は始めから喉の手前にあったかのようにぽろぽろと零れ落ちていく。

「だってさ、2人とも恐竜族の使い手なのよ? 大型恐竜を使う彰子と、一撃必殺の恐竜を使う百合――良いタッグになるはずよ!」
「で、でも友紀さん、候補はいるんですか……?」

心配そうな表情の彰子。なんか、捉え方によっては私は友達が少ないみたいに……気のせいよね。

「大丈夫大丈夫! 私は何が何でも『タッグフォース』に出場するわ! だから彰子、百合……大会で会わない?」
「……加藤、もう一度問うぞ。本当に良いのじゃな?」
「もちろんよ、女に二言はないわ!」

不満そうな表情を見せていた百合だったが……私の一言でため息をついた。ついに彼女が折れたのだ。

「……宇佐美、ネオ先生のところに行くぞ」
「そ、その……大会で、待っていますね」

部屋を出ていく2人。残された私は――。

(……どうしよう)

――正直、焦っていた。





9月27日 07:21
デュエルアカデミア 廊下

(どうしよう……どうしようどうしようどうしようどうしよう……)

先に行くわね、と彰子を残してデュエルアカデミアに登校した私。その脳内には、焦りしか詰まっていなかった。

(結局タッグを組む事が出来なかった……まさか女子が全員、誰かしらと組んでいたなんて……)

だからあわせる顔がなく、私はすぐに彰子から離れてしまったのだった。とぼとぼとうなだれながら、私は教室へと歩いていく。

(彰子と百合になんて言えば良いんだろう……彰子は悲しむだろうなぁ……百合は怒るだろうなぁ……)

はぁ、とため息をつく。教室のドアまで、残り3歩。
残り2歩。まるで断頭台までの道を歩いているかのような気分だ。
残り1歩――。

「はぁ……」





教室の目の前――そこで、私は1人の男子生徒に出会った。出会ってしまった。
私と同じようにため息をつく男子――田中康彦に。





「えっと……毎朝、この時間に来ているの?」
「いや、今日は早めに来たい気分でね……はぁ」

ため息をつきながら、田中くんと私は会話をする。教室には誰もいない。私と、田中くん以外は。
 恐る恐る、私は気になっていた点を質問してみる。

「……あのー、なんでため息をついているの?」
「ああ、実はさ――」





「――『タッグフォース』のタッグの相手が見つからなくって」





身体の芯が揺さ振られるような、そんな言葉が田中くんの口から出てきた。え……それってどういう事……?

「昨日のネオ先生の話の後に捜し回ったんだけれど、相棒がいなくてね……ようやく自分の部屋で会う事が出来たと思ったら、『私は出ない予定だ』だと……はぁ」
「あ……そうだったんだ」

相棒……誰の事だろうか。男子の事情には疎いので、全く見当がつかない。
ただ疎いだけではない、田中くんと話をするのはこれが初めてであった。半年という長い月日が経過していたにもかかわらず、である。

「……じゃあ、出ないって事?」
「まあ仕方がないよ。今年は諦めるか――もしくは頼みの綱の黒川を捜し出して組んでもらえるように説得するか」

「黒川」という言葉に、私は首を傾げる。ありゃ、どこかで聞いたような……誰だったっけ? 思い出そうと必死になり――やっぱり思い出す事は出来なくて。私は考えるのをやめた。

「しっかしあいつ、本当に『空気男』なんだよな……制限の裁定でも食らったのかな?」
「誰の事を話しているかは分からないけれど……まだこの時代には《E・HERO エアーマン》は存在しないわよ?」
「あれ、そうだったっけ? えーっとカードリストには――本当だ、確かにまだ無い……」

 「かばん」を取り出し、カードを探す田中くん。話題にしていたカードが存在していない事に、少々驚いている様子だ。

「もう……現代編とごっちゃになっちゃダメよ? まだこっちではシンクロの『シ』の字も存在しないし、エクシーズの『エ』の字も――」
「ストーップ! 加藤さんは今の台詞の中に、どれくらいメタ要素が組み込まれていたか分かっているの?!」
「え? えっと、『現代編』って部分でまず1つ――」
「おいヒロイン?! 分かっているのならヒロインらしく、おとなしくしていてくれよ!?」

慌て気味の田中くん。ぎこちなさがあるところを見ると、どうやらまだツッコミには慣れていないようだ。
あと田中くん、ヒロインがおとなしい人ばかりだと、いつから錯覚していたのかな……?

「――ってああっ、もうこんな時間じゃないか!」

田中くんは腕時計を見て、頭を抱えた。私もつられて、自分の腕時計を確認してみる。
 ただ今の時刻、7時42分14秒。朝のホームルーム開始まで、残り27分46秒。45秒。44秒。制限時間は刻一刻と迫ってきている。私と、もちろん田中くんも。

「くっそ……あいつのいる場所なんて見当がつかない……! こうなったら、今すぐに捜しに――」



「あ、あのさ」



気がつけば、私は田中くんに話しかけていた。立ち上がろうとしたまま、田中くんは私の方をもう一度見る。
今回の発言は百合との会話の時とは違い、ちゃんと理由が存在していた。理由とはいっても、あまり喜ばれるものではなかったのだけれど。



彰子を泣かせないために。
百合に怒られないために。
 そして――。



「良かったら……私と組まない?」

 ――私が「タッグフォース」に参加するために。





同日 08:30
デュエルアカデミア 教室

「……間に合ったようじゃな」

朝のホームルームが終了し、背後から百合がヒソヒソと声をかけてきた。私は振り返り、百合の方を向く姿勢をとる。

「えっ? 間に合った……?」
「とぼけんでも良いじゃろ。田中とタッグを結成した事じゃ」
「な、なんでそれを知っているの?!」

職員室のネオ先生の机に行くまで、誰とも会わなかったはずだ。まさか百合、幽体離脱して私達を発見――。

「たわけ。往路はそうでも、復路は気にしておったのか?」
「……あ」

言われてみれば、私と田中くんは教室に戻るまで楽しくお喋りをしていた。おそらくそこを、幽体離脱した百合に――。

「だから幽体離脱はしておらんっ! なぜそこで話を変な方向に持っていこうとする?!」
「そっかー、百合は幽体離脱は出来ないのかー」
「いや、もしかしたら出来るかもしれんが……」
「え、何か言った?」
「あああ、やっぱりできんものはできん! それだけじゃ!」
「なーんだ……」

少し残念に思っていると、百合のこめかみがピクピクと動いている様子に気付いてしまった。あ、怒らせたみたい……幽体離脱の話はここまでにして、話を戻す事にしよう。

「とにかく、私は田中くんと組んできたわ。優勝は私達がいただきよ!」
「……まあ確かに田中は強いし、優勝も狙えるじゃろうな」
「あ。そんなに強いんだ、田中くんって……」
「あやつのデッキコンセプトは【スタンダード】じゃからな。いやはや恐ろしい」

スタンダード。その言葉に対し、私は首を傾げる。そこまで恐ろしいのだろうか、「標準」である事が。
私の疑問を察知してか、百合が口を開こうとし――すぐにその口を閉じた。

「考えてみれば、お互いにデッキの確認をすれば分かるか。ま、しっかりやるんじゃぞ」
「それは確かにそうね。後でデッキを見せてもらおうかな……」

友達らしき男子と話をする田中くんを後ろから眺めながら、私はそう自分に対して言うのだった。





同日 15:00
デュエルアカデミア 教室

時間を一気に進ませてもらおう。授業風景なんて描写しても、特に面白さはないし。
 さて、本日も授業が予定通りに終了。思いっきりリラックスをし、伸びをしていると――。

「加藤さん、ちょっと良いかい?」
「え、何――ぐぇっ?!」

――ありのまま起こった事を話そう。
 まず設定。私は両手を高く上げ、気持ち良く伸びをした。別に、授業中に眠っていたわけではない。
話し掛けてきた人物は田中くん。教室の中で捜していたのだろう、私の後ろからやってきた。
私は声をかけられ、振り返る。だがその時、私は伸びをしている状態であった。
……結果、変な姿勢をとってしまった。こうして見事に、私はお腹の筋肉を痛める羽目になったのだった。

「わ、私ってヒロインよね……いたたた」
「なんか……ごめんよ」
「田中、女子に乱暴は良くないぞ? 田中が思っている以上に女子は繊細だ」
「この数行のどこに、僕が加藤さんに暴力を奮った描写が存在した?!」

田中くんの後ろには、朝に彼と話している男子がいた。オベリスク・ブルーに所属している、瓶田くんである。

「俺と楽しく話をしていたいのなら良いが……加藤が困っているぞ、田中?」
「え? あ……ごめんごめん。少し時間はあるかい?」
「デッキの調整の事よね? 問題ないわよ」
「それじゃあ山本さん、宇佐美さん。少し加藤さんを借りるよ」
「おお、好きなだけ借りて良いぞ」
「百合、あなたは私の何なのよ……?」





教室を出て、廊下。私と田中くんはお互いにデッキのデータを交換し、中身を確認する。

(……百合が言っていた事、何となく分かる気がするわ)

田中くんのデッキのカード一覧を見ながら、私は納得した。
彼のデッキには、「コンボ」が存在しない。私の【戦士族】や、彰子と百合の【恐竜族】のように、まとまった印象がないのだ。
だからこそ、敵に回すと厄介なのだろう。まとまっていないという事は、良く言えばオールラウンド型のデッキとも言える。対戦相手がどんなデッキを使ってきても、問題なく対処出来るような作りになっているのだ。

「どう? 田中くんのデッキを見たけれど、私の方は問題ないわ」
「リクルーター主体の【戦士族】……《切り込み隊長》による素早い展開、《連合軍》や《コマンド・ナイト》などでの戦力増強……うん、加藤さんの方も問題は――」

ない、と言おうとしたのだろう(いや、それは私の願望だったのかも)。だがその口は止まり、田中くんは私のデッキの一覧を見て唸り出した。

「うーん……大丈夫、だよな……」
「へ? 何か問題でもあった?」
「いや……そうじゃないけれども……」
「もうっ、はっきりしてよ!」
「も、問題はなかったよ!」

田中くんの回答に、私は満足して頷いた。よし、すっきりしたわね。

「じゃあ、4日後は頑張りましょうね!」
「あ、ああ。よろしく頼むよ」

これ以上は話す事はないだろう、そう結論づけた私は、手を振って田中くんと別れた。これなら優勝できる、そんな自信に満ちた帰り道であった。



だから私は知らなかったのだ。
ご機嫌な私の後ろ姿を見つめながら、田中くんが呟いた一言を。

「……《王宮のお触れ》、か」





時間はあっという間に過ぎ去っていく。結論を言ってしまえば、4日間という期間は余りにも短かった。
9月27日の放課後に話をした以外で、私は田中くんとデッキ調整を行わなかった。それについては、私も田中くんも宿題やら課題やらが忙しかったから、会う事が難しかったと言い訳をしよう。この時期に課題を出す先生が悪いのだ。



……そんな言い訳が通用しない事は薄々分かっていた。私達だけに宿題が出ているのではない、学年全体で出ていたのだから。
もっと宿題をてきぱきとこなしていたら、彼と会う事は容易に出来ただろう。いや、昼休みなどのわずかな時間を見つけて話し合う事も出来ただろう。



――それをしなかったのは、もしかしたら。
心のどこかで、田中くんを「他者」として見ていたからなのかもしれない。
そして――「タッグフォース」当日。





10月1日 09:18
デュエルアカデミア 選手控え室

「……いよいよか」

私の目の前には、やや緊張した様子の田中くんが座っていた。その呟きを無視し、私は教室内にあるテレビを見続ける。液晶の中、テレビの先で、4人のデュエリストがデュエルをしていた。
私達の抽選番号は7番。テレビの向こう側の生徒達は6番であるので、出番はこの次である。

「緊張しちゃっている?」
「……そうなのかもしれない。強く振る舞っていても、やはり隠しきれないようだ」
「緊張する事は悪くないと思うわよ? ――というか、勝とうとしているのに緊張していなかったら気持ち悪いし」
「……? なぜ『気持ち悪い』になるんだ?」
「だって……田中くんは真剣に優勝を狙っているんでしょ? 何度も何度もデュエルをして勝ち抜かなきゃいけない……だというのに、その重圧に対して何も感じないのなら、それって『気持ち悪い』と思わない?」
「質問に質問が返ってきた事が気になるが……加藤さんの言う通りだな」

田中くんの表情が、少しだけ柔らかくなった。同じように、私の表情も柔らかくなっているだろう。

「そういえば、こうやって加藤さんと話をする事って今まであまりなかったな」
「言われてみれば確かにそうね……」
「……………………」
「……………………」

 会話が、続かない。どうしよう、何か喋った方が良いのかな。必死に話題を探そうと頭をフルに回転させ――。

「あ、そうだ!」
「?」
「あ、いや、えっとね……。田中くんって、何の教科が得意だったりする?」
「え……教科?」

 私の突然の質問に、つい質問で返してしまう田中くん。いや、これは聞き直しているのかな?

「デュエルの話題がくると思ったが……」
「田中くん、何か言った?」
「いや、まだ何も言っていません。そうだな……基本的にはどの教科もまんべんなく出来るぞ。しいて得意教科をあげるなら数学だが……デュエル前にする話なのか、これ?」
「私はね、国語かな? 言葉の使い方とか大好きだから!」
「言葉の使い方の前に、そのスルー技術をどうにかしてくれ!」

そんな風に2人ではしゃいでいると、テレビの向こう側から歓声が聞こえてきた。見ると、どうやらデュエルが終了したようだ。それに合わせて、係を担当する先生が控え室に現れた。

「田中くん、加藤さん。そろそろ出番ですので、準備をすませてください」
「分かりました」
「はーい」

まだデュエルの相手は分かっていない。どんな人とぶつかって、どんなデュエルを出来るだろうか。横顔をみると、田中くんも同じ気持ちのようだ。

「じゃ、行こっか」
「頑張ろう」

デュエルディスクを腕にセットする。雑談タイムを控え室に置き去りにし――私達はデュエル場へと歩き出した。
まずは勝ち進む。それだけを考えて。





同日 09:27
デュエルアカデミア デュエル場

「さあ! 第7試合、もう1組のタッグはぁ……田中康彦選手と、加藤友紀選手だあああぁぁぁっ!!!」

ネオ先生の紹介が終わると、デュエル場内は歓声に包まれた。振動を体に受け止めながら、私達は場内に入る。
観客の9割は明日以降に大会が始まる上級生、残り僅かが既にデュエルを終えた同級生のようだった。さすが上級生、ノリが良い。
 ちなみに本日は1回戦しか行わない。1週間に1回ずつデュエルをしてトーナメントを進めていく形式をとっているのだ。だから明日は2年生の1回戦、明後日は3年生の1回戦……そして1週間後、1年生の2回戦となる。



――観客の話や、トーナメントの日程などは、今の私にはどうでも良かった。
私の目に映るのは――。

「こんなところでぶつかっちゃうなんてね……」
「よろしくお願いします〜」

――デュエルアカデミアの「姉妹」。石原法子と石原周子だった。



「さて、1回戦第7試合! 石原法子選手・石原周子選手VS田中康彦選手・加藤友紀選手のデュエルを開始するぞ!」

ネオ先生の声と共に、会場はさらにヒートアップしていく。大盛りにされた熱気を感じながら、私は対戦相手と目を合わせた。

「ここで『帝王』と『黒炎』にぶつかるとはね……」
「石原姉は【帝コントロール】、石原妹は【お触れホルス】だったな……なかなか強敵だろう、気を抜かずにいくぞ」
「お姉ちゃん、頑張ろうね〜」
「悪いけれど……2人にはここで負けてもらうわよ?」

それぞれの感情がぶつかり、交差(クロス)し――。

「それではぁ……決闘開始ィ!!!」
「「「「決闘!!!」」」」



――今、ゴングが鳴った。



友紀&康彦:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

法子&周子:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行はいただきっ! ドロー!」

素早くカードを引き、私は最初の手札を眺めてみる。悪くない……のかな?

「やっぱり最初はこのカードからよね! 《切り込み隊長》を召喚! 効果によって、《キラー・トマト》を守備表示で特殊召喚!」

頼れる騎士が、トマトを連れて私の前に立つ。もしかして私、年上の男性が好みなのかな……?



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。

《キラー・トマト》
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。



「早いわね……」
「さすがです〜」
「驚くのはまだ早いわ! 永続魔法、《連合軍》を発動よ!」

姉妹揃って私に感心しているようだけれど……今日の私はついているからね!
《連合軍》の効果を受け、《切り込み隊長》の力が増幅する。《キラー・トマト》は植物族だから仕方がないけれども効果の対象外だ。



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

《切り込み隊長》攻1200→1400



これで準備はほぼ完了。あとは――。

「カードを1枚セット! ターンエンドよ!」

――これをすぐに発動するだけ。



友紀&康彦:LP8000
手札:2枚&5枚
モンスター:《切り込み隊長》攻1400
      《キラー・トマト》守1100
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ1枚

法子&周子:LP8000
手札:5枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「じゃ、アタシのターンね」

姉の法子がカードを引く。その瞬間、私は伏せていたカードを発動していた。

「ドローフェイズにリバースカードをオープン! 《王宮のお触れ》!!」

それは全ての罠を向こうにする罠。これで大方、私の準備は整った!



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。



発動された《王宮のお触れ》を見て――法子はなぜだか嬉しそうにしていた。
周子は【お触れホルス】なのだからあまり関係はない――と思ったら、なぜか周子もニコニコとしている。

「え、何……?」
「いやー、アタシの罠を封じられるのは辛いけれどさ」
「わたし達にとって、《王宮のお触れ》を相手が発動してくれるのはすごく助かるんですよ〜」
「……………………」

そして田中くんは――沈黙。いったい、何を考えているのだろうか。私には3人の心情を掴む事が出来ていなかった。

「理解できていないみたいだけれど……まあ、すぐに分からせてあげるわ。アタシは《手札抹殺》を発動!」

発動したカードは、百合も使った手札交換カード。手札を捨てるのは、私と法子だ。



《手札抹殺》
通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。



「アタシの手札は5枚。手札を全て捨てて、カードを5枚引くわ」
「私は2枚ね……」

お互いに手札を全て捨て、枚数分のカードを引いていく。うーん、やっぱり彰子のように手札は伏せておくべきだったかな……。



捨てたカード一覧

友紀:《強制転移》
《ブラック・ホール》

法子:《黄泉ガエル》
《異次元の女戦士》
《遺言状》
《神の宣告》
《奈落の落とし穴》



手札を補充し――法子は私を見て笑った。

「悪いけれど。あなたには泣いてもらうわ――」

笑いながら、1枚のカードを私に見せつける。それは名前の通りに魂を交差させるカード――《クロス・ソウル》だった。

「――帝の強さの前で、ね?」



《クロス・ソウル》
通常魔法
相手フィールド上のモンスター1体を選択する。自分のモンスターを生け贄に捧げる時、自分のモンスター1体のかわりに選択した相手モンスターを生け贄に捧げる。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。



「アタシが選択するモンスターは《キラー・トマト》! アタシは《キラー・トマト》を生け贄に捧げ――」

私の場にいた植物が枯れはて、大地に還る。敵の従者を糧として――帝がその姿を現した。

「『雷』の帝よ! アタシの『声』を代弁し、その雷で天を切り裂け! 《雷帝ザボルグ》を召喚!!」



《雷帝ザボルグ》
効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上のモンスター1体を破壊する。



まず感じたのは、圧倒的な威圧感。次に、帝という称号に恥じない強さ。
そして最後に――自分の無力さ。

「《雷帝ザボルグ》の効果が発動よ。破壊するのは《切り込み隊長》! デス・サンダー!!」

雷撃が放たれ、瞬時に騎士は消し炭へと姿を変えてしまった。せっかく1ターン目に2体のモンスターを召喚したのに、返しのターンで全滅させられるなんて……。

「《クロス・ソウル》を使ったターンは、バトルフェイズを行う事が出来ない……アタシはこれでターンエンドよ」

何もセットしないのかな、と思ったが、すぐに自分が《王宮のお触れ》を発動していた事を思い出した。私が田中くんに残す事が出来たのは、2枚の永続型カードだけか……。



友紀&康彦:LP8000
手札:2枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:《雷帝ザボルグ》攻2400
魔法・罠:――



「……僕のターン、ドロー!」

帝を見上げながら、相方の田中くんがカードを引く。今度は無表情で手札を見て――デュエルディスクにモンスターを置いた。

「僕は、《魔導戦士 ブレイカー》を召喚する!」



《魔導戦士 ブレイカー》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。



「《魔導戦士 ブレイカー》の効果が発動! 魔力カウンターを自分に1つ乗せ、攻撃力を上げる!」

「戦士」と名についていても、《魔導戦士 ブレイカー》は魔法使い族。《連合軍》の恩恵を受ける事は出来ない。ブレイカー自体の効果で強くなったから、気にする事はないだろうけれど……。



《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:0→1
攻撃力:1600→1900



「ふーん……それで? 田中くんの事だから、これでターンエンドという訳じゃないわよね?」
「まあ、それは当たり前だろ? 僕は手札から、《月の書》を発動する! 対象は《雷帝ザボルグ》だ!」

月を飾る碧い書物が出現すると、雷帝の姿が闇に閉じ込められる。やがて闇が消失すると、《雷帝ザボルグ》は裏守備表示に形式変更されていた。



《月の書》
速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。



「……! 帝に膝をつかせるなんてね……」
「《魔導戦士 ブレイカー》で、《雷帝ザボルグ》を攻撃!」

帝モンスターは確かに強力な効果と攻撃力を持ち合わせる。だがしかし、守備力は別の話。守りの姿勢に強制的にされた《雷帝ザボルグ》は剣によって切り裂かれ、消滅した。

「あちゃー……いきなりやられたわね」
「おっと、僕のターンはまだ終わらないぞ? 僕は手札より、《押収》を発動!」

 バトルフェイズを終え、追い討ちをかけるように田中くんが魔法カードを発動。見るからに、法子はいやな顔をしている。



《押収》
通常魔法
1000ライフポイントを払う。相手の手札を確認し、その中からカードを1枚選択して墓地に捨てる。

友紀&康彦:LP8000→7000



「ほんっと、いやらしいデッキよね……」
「文句を言う前に、手札を公開しような?」

田中くんがニコニコしながら言うと、真逆の表情と心境の法子が手札を私達に見せた。



法子の手札一覧

《マシュマロン》
《月読命》
《氷帝メビウス》



「豪華な手札だな、こりゃ……どれを捨てさせるか迷ってしまうよ」
「うー……なんか悔しい気分……」

手札を見られてプンスカする法子。社長の気分も分かる気がする。

「それじゃあここは、《月読命》かな。墓地に落とせばこいつは怖くないし」
「いやな奴……」
「ん? 何か僕に言ったか?」
「何にも言っていないわよ! ほらっ!」

手札から《月読命》を捨てる法子。スピリットモンスターのため、墓地からの特殊召喚が出来ないのだ。



《月読命》
スピリットモンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1100/守1400
このカードは特殊召喚できない。召喚・リバースしたターンのエンドフェイズに持ち主の手札に戻る。このカードが召喚・リバースした時、フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。



「さて、やる事はやったから……カードを2枚セット。ターン終了だな」

場に2枚のカードが伏せられた。どんなカードだろうかと気になって、デュエルディスクで確認してみると――。



《死のデッキ破壊ウイルス》
通常罠
自分フィールド上の攻撃力1000以下の闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる。相手のフィールド上モンスターと手札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に相手がドローしたカードを全て確認し、攻撃力1500以上のモンスターを破壊する。

《和睦の使者》
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。



――両方とも、「罠」カード?!
私は驚きのあまり、田中くんを見つめてしまった。田中くんはというと、相変わらず無表情のまま。田中くん……いったい何を考えているの?!

「……ふーん、なるほどね」

無論、私の驚きように法子はすぐに気付いた。今度の表情は、意味深な笑い顔。

「加藤さんも田中くんも、確かに強いわ。戦士族を強化して戦う戦術と、オールラウンドな戦術……個人で見てみれば、2人とも強敵よ」

でもね、と法子はさらに言葉を続ける。

「ただし――個人が強いだけ。おそらくは打ち合わせもしていない――それじゃあタッグデュエルでは勝つ事は出来ないわ」
「な、何を根拠にそんな――」
「田中くんが伏せたカードに対する、加藤さんの表情……なかなか面白かったわよ?」

私は何も言えなくなった。喋れば喋る程、行動すれば行動する程にボロが出そうだったから。
――否、すでに手遅れの状態だったのかもしれない。

「田中くんが伏せたカードは、十中八九罠カードね。《王宮のお触れ》は発動しているけれども、伏せておけば速攻魔法と勘違いさせる事が出来る……まあ、それもほんの数ターンくらいの間だろうけれど」
「……僕のターンは終わった。ほら、お喋りはここまでだ」
「はいはい、分かったわよ」

法子は相変わらず表情を崩さない田中くんを見て、ため息をついた。愛想の無い男だと見ているのか、それともさすがだと思っているのか。



そんな中、私は震えていた。
恐怖が原因ではない。法子の言葉のせいでもない。
私は一体、何を考えながらデュエルをしていたのか――その自問自答をして、自分を恥じていたのだった。



田中くんも罠カードを使う事を考えた事はあったの?
田中くんとデッキ構成について話し合いをしていたの?
田中くんに自分のデッキ戦術を押しつけていなかったの?



私は――私は田中くんを、「パートナー」として本当に見ていたの?



友紀&康彦:LP7000
手札:2枚&1枚
モンスター:《魔導戦士 ブレイカー》攻1900
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「ようやくわたしのタ〜ンですね〜。ドロ〜!」

周子がカードを引く。引いたのち、「何か」が場に現れた。
背中には羽根。頭には金色の輪。そんな神々しい「ガエル」――《黄泉ガエル》が。



《黄泉ガエル》
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻100/守100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。



いつ墓地に――と考えたが、すぐに理解した。法子の《手札抹殺》で落ちたんだっけ……。

「お姉ちゃん、あの2枚は罠なんだよね?」
「あくまでアタシの予想だけれどね。あなたは警戒していても良いわよ?」
「そうだよね〜……魔法か、罠か……」

ニコニコとしながら呟く周子。その様子は何も考えていないようで――全て理解した上で呟いている気がした。

「じゃあ、速攻魔法だった時を考えて――《黄泉ガエル》を生け贄に捧げま〜す!」
「えっ……?!」

舞い戻ってきた蛙を墓地に帰らせ、周子はモンスターを召喚する。

「神様って世界中にたくさんいますよね? 日本、アメリカ、中国、インド――数えればキリがないけれど」

場を囲むように黒い炎が燃え盛る。それは二つ名にふさわしい、まさに「黒炎」。

「わたしが従える神様はエジプトの神様! 《ホルスの黒炎竜 LV6》を召喚で〜す!」

そして、黒炎の主が舞い降りてくる。
 それは天空の神。私達を裁く炎を従えて、1匹の竜が出現した。



《ホルスの黒炎竜 LV6》
効果モンスター
星6/炎属性/ドラゴン族/攻2300/守1600
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する限り、魔法の効果を受けない。このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜 LV8」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。



「やる事もないのでさっそく――《ホルスの黒炎竜 LV6》で、《魔導戦士 ブレイカー》を攻撃で〜す! ブラック・フレア〜!!」

黒炎竜が口から出す炎によって、戦士はあっけなく燃やし尽くされた。私達のライフポイントに、僅かだけれどもダメージが入る。
――ダメージよりも深刻なのは、黒炎竜が戦闘でモンスターを破壊したところだった。



友紀&康彦:LP7000→6600



「ではでは、私はタ〜ンを終了――そしてエンドフェイズに、《ホルスの黒炎竜 LV6》をレベルアップさせま〜す!!」

翼を広げて飛び上がると、黒炎竜の体が光を放ち始めた。もともと威厳のあった翼はさらに神々しさを増し、場を包み込む黒い炎は勢いがあがっていく。
そして――完全体となった黒炎竜が再び、場に舞い降りた。会場に、歓声が巻き起こる。



《ホルスの黒炎竜 LV8》
効果モンスター
星8/炎属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードは通常召喚できない。「ホルスの黒炎竜 LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、魔法の発動と効果を無効にし破壊する事ができる。



「加藤さん、ありがとうございますね?」
「え……?」

周子の言葉に首を傾げる私だったが、すぐに言葉の意味を理解した。
もし私が《王宮のお触れ》を出していなかったら、法子はカードをセットするなどしていただろう。そして、生け贄要員の《黄泉ガエル》も復活しなかっただろう。
そして――周子は何もカードをセットしなかった。姉の「帝」の生け贄要員を途絶えさせないために。



姉妹だからこんな風に息がぴったり? ……いや違う。こういった戦略は「当たり前」のはずだったのだ。
彰子だって以前、《テールスイング》を私のために伏せてくれていた。パートナーと協力するからこそ、強力なタッグになるはずだったのだ。
――私はそんな簡単な事を、ちっとも理解していなかった。



友紀&康彦:LP6600
手札:2枚&1枚
モンスター:――
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:《ホルスの黒炎竜 LV8》攻3000
魔法・罠:――



「私のターン……ドロー!」

魔法も使えない。罠も――使えないようにしたのは私だけれども使えない。ここは壁を作って耐えるしかない……。使える効果モンスターが来るまで忍ぶしかない……。

「私は……モンスターをセット。ターンエンドよ」
「? 終わりですか〜?」
「黒炎竜を倒すため、今は終わるわ」
「そうですか〜……」

心配そうに私を見つめる周子。ああもう、なんで対戦相手にまで心配されているのよ……!



友紀&康彦:LP6600
手札:2枚&1枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:《ホルスの黒炎竜 LV8》攻3000
魔法・罠:――



「じゃ、アタシのターン……ドロー!」

法子がカードを引く。周子の番同様に、《黄泉ガエル》が「黄泉還り」をして場に現れた。心なしか、先程より表情が暗いような……。



《黄泉ガエル》守100



「帰ってきたところを悪いけれど……《黄泉ガエル》を生け贄に捧げるわ!」

なるほど、この展開を予測していたのだろう。ため息をつきながら、蛙は場から消滅する。そして新たな帝が、蛙の魂を対価としてやってきた。

「『地』の帝よ! アタシの『拳』を代弁し、揺るぎない勝利を私達に! 《地帝グランマーグ》を召喚!!」

先程の帝が「雷帝」ならば、次は「地帝」。場を揺るがす帝が、その姿を見せつけた。



《地帝グランマーグ》
効果モンスター
星6/地属性/岩石族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上にセットされたカード1枚を破壊する。



「《地帝グランマーグ》の効果が発動! 破壊するのは……当然、伏せモンスターよ!」

地帝が腕を叩きつけると大地から岩が飛び出し、私の伏せたモンスター――《不意打ち又佐》が破壊された。不意打ちする方が、不意打ちされるなんて……!



《不意打ち又佐》
効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻1300/守800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



「さて、がら空きになったわね」
「くっ……!」
「まずは《地帝グランマーグ》でダイレクトアタック! バスター・ロック!!」

地帝が、岩の弾丸を発射する。私はそれを避ける事も出来ず、大きくライフポイントを削られた。



友紀&康彦:LP6600→4200



「っ……、ダメージが……!」
「もちろん、まだ終わりじゃないわよ? 《ホルスの黒炎竜 LV8》でダイレクトアタック!」
「ブラック・メガフレア〜!!」
「きゃああぁぁっ!!」

技名は周子が言ったが、そんな事に構っている余裕などない。黒き炎が世界を焼き払い、私は熱風をもろにくらった。



友紀&康彦:LP4200→1200



「どうやら、次のターンで勝っちゃいそうね?」
「いや、まだだ。僕がそうはさせない。ここから逆転してみせる」
「……そうね。田中くんならやりかねないわ」

苦笑いをして、法子は自分のターンを終える。田中くんは次のドローを控えて、深呼吸をしていた。



友紀&康彦:LP1200
手札:2枚&1枚
モンスター:――
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:《ホルスの黒炎竜 LV8》攻3000
      《地帝グランマーグ》攻2400
魔法・罠:――



「……悪いが、僕は諦めが悪い」
「そうですね〜、良く知っています」
「だから僕らしく最後の最後まで、たとえその姿が醜くてもあらがおう――」

音もなく、風もなく。田中くんはデッキに手を伸ばし――。



「――ドローッ!!」

――もがく。ただ「勝利」を掴むために。
私がすでに諦めてしまっていた、相手の懐の「勝利」を掴むために。



「……モンスターをセット。ターンエンドだ」
「あー、やっぱり今回は厳しかった?」
「そんな事はないよ。僕はこのライフポイントが0になるまで諦めないと決めているからね」
「ほんっとうに諦めが悪いわね……」
「自分でも笑ってしまうくらいに、な」

田中くんが伏せたモンスターを、とりあえずは確認する私。ギリギリの中で田中くんが引いたモンスターは――。



《マシュマロン》
効果モンスター
星3/光属性/天使族/攻300/守500
裏側表示のこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。このカードは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)



――まさにデスティニードロー。強靱な「壁」だった。



友紀&康彦:LP1200
手札:2枚&1枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ2枚

法子&周子:LP8000
手札:3枚&5枚
モンスター:《ホルスの黒炎竜 LV8》攻3000
      《地帝グランマーグ》攻2400
魔法・罠:――



「ではわたしですね〜……ドロ〜!」

周子がカードを引き、3度目となる「黄泉還り」が起きた。過労死しそうなのか、非常にやつれた顔をしている。

「……お姉ちゃんの言った通りですね」
「ん……?」

周子が言葉を発する前に、1本の剣が伏せてある《マシュマロン》に突き刺さり、《マシュマロン》は音をたてて崩れ落ちた。田中くんが、目を見開いている。
発動されたカードは、そう――《抹殺の使徒》だった。



《抹殺の使徒》
通常魔法
裏側表示のモンスター1体を破壊しゲームから除外する。もしそれがリバース効果モンスターだった場合お互いのデッキを確認し、破壊したモンスターと同名カードを全てゲームから除外する。その後デッキをシャッフルする。



「ほら、言っていたじゃないですか――『どうやら、次のタ〜ンで勝っちゃいそうね?』って」
「……………………確かに」
「だから、お姉ちゃんの言う通りになりましたよね? これで――」

 黒炎竜の口が、黒い炎によって輝きだす。その美しくも激しい光を止める術は、もはや尽きていた。
 そう――私達は負けたのだ。



「――終わりです」



友紀&康彦:LP1200→0










同日 19:38
アカデミア島 廃寮

外がすっかり暗くなって。抜けた屋根の向こう側から星が見えて。玄関からは月明かりが差し込めて。
でも、私はその美しい夜空を見上げる気にはなれなかった。月明かりを浴びる気にはなれなかった。





あの無様な対戦の後に。ライフポイントを1すら削る事のかなわなかったデュエルの後に。私は一目散に走り出し、この廃寮へと閉じこもった。ここなら、誰にも見つからないような気がしたからだ。
 負けた原因については、約9時間前に答えが出ていた――全て、私が悪いと。
むしろ、私をこの場所に引き止めていた理由は――。

(私、田中くんにあわせる顔が無いよ……)

デュエルが終わり、田中くんが近寄ってきた時、私は田中くんの顔を見る事が出来なかった。

「あのさ、加藤さん――」

田中くんが私に話しかけてきた時、私は震えてしまったのだ。考えてしまったのだ。



一刻モ早ク、ココカラ逃ゲ出シタイ――。



そして――私はその思考通りに逃げ出した。パートナーをおいて、この朽ちた館へと。





昼食と夕食を抜いてしまった。それでも、不思議と空腹を感じなかった。
約9時間ほど、座りっぱなしかもしれない。それでも、ちっともお尻が痛くならなかった。
――これじゃ私、まるで人形だ。

(なんか……自分が嫌になっちゃう)

さすがにこれ以上この場所にいたら、学校の方で事件扱いされてしまいかねない。寮の点呼も8時で、私がいない事が分かるのも時間の問題である。
それでも――この場所から体が離れない。心の奥底で、体が帰る事を拒絶している。誰からも話しかけられたくないし、誰とも話をしたくなかった。

(このまま私……ずっとここに……)

闇、病み……止みはなく、確実に私の心は黒に染まっていく。ずっとここにいられたら――。





「……ようやく見つけた」





――そんな感情を、「一言」がかき乱した。

「まったく……最後に探した場所がアタリだと、疲れがどっと来るな……」

二言目は愚痴だったが、そんな事は関係なしに世界が鮮やかさを取り戻していく。私はゆっくりと、玄関に目を向けた。



月明かりに照らされて。パートナーがドアの前に立っていた――。



「……格好良い登場の仕方だこと」
「悪いが僕は主人公だ。誰かさんのように、こんなオンボロの屋敷に隠れてイジイジしたりはしない」
「……言ってくれるわね」

月明かりを背負って、田中くんが近づいてくる。そして、何も言わずに私の横に座り込んだ。私の喉から言葉が出る事はなく。再び沈黙が廃寮を包み込んだ。
 気まずさを感じたのか、田中くんがさっそく口を開く。

「宇佐美さんが、泣きながら僕に言ってきたんだよ。『友紀さんが消えてしまいました、助けてください』ってね」
「彰子……心配な子ね」
「僕としては、加藤さんの方が心配だけれどね」
「……………………そうね。そうかもしれない」

私は田中くんの方に体を向け、ペコリと頭を下げた。私の行動に、田中くんは奇妙なものを見たような顔をする。まあ、私は頭を下げているから見えていないのだけれども。

「心配をさせてしまって、ごめんなさい。全部私が悪いの。すっごく反省しています」

私が頭を下げながら、さらに言葉を発する。発して――否、発したのにも関わらず、再び沈黙が訪れた。
奇妙に思って私が頭を上げると、そこには田中くんがちゃんといた。が、私の方を見てくれてはいない。

「……いや、違うよ」

ゆっくりと、田中くんが口を開く。なぜだろう、その一言で――体が揺れるのを感じた。

「打ち合わせをする時間はいくらでもあった。それをしなかった僕が悪い」
「ち、違うわよ! そんな事を言ったら、私だって打ち合わせをしようとしなかったんだし……! それに、私の《王宮のお触れ》がなかったら――」

私の言葉を遮るように、田中くんが首を横に振った。

「それだって、僕が罠カードを抜いたりすれば良かった話だ」
「何を言っているのよ、田中くん?! 私が《王宮のお触れ》を抜いていれば、きっと勝って……勝って……」





勝って――「いた」。
過去形。
どれだけ悔いようとも。
どれだけ心を変えようとも。
「過去」は変えられない。





「ううう……うあああぁんっ!!!」

悔しかった。ここまで一方的なデュエルをされてしまった事が。そんなデュエルをしてしまった自分が。
そして、そんなデュエルに田中くんを巻き込んでしまった事が。

「ごめんね……本当にごめんね……」

私は閉じこもる前に、謝るべきだったのだ。田中くんの足を引っ張り、不快な思いをさせてしまったのだから。

「悔しい……あんなデュエルをさせちゃって……ごめんね……」
「……悪いのは僕も同じだよ。加藤さん1人の責任じゃない」

なんで、どうして田中くんが謝るの? 全て、私のせいだというのに。
 またしても、田中くんに迷惑をかけてしまっている。私の涙は、それを感じ取ってさらにこぼれ落ちていく。

「ぐやじいよぉ……うああぁあんっ……」





10月1日。負けの悔しさを知った日。もう、悔しい思いをしたくないと願った日。
 そして――田中くんとの「因縁」が、動きだした日。




 10話  「また来年も」

 10月が終わり、11月も過ぎ、12月が暮れて――新年となった。
 1月を過ごし、2月を生き――3月となった。



 ――3月3日、雛祭り。終業式まであと僅かとなったそんな日の昼下がりに、私は港でボーッとしていたのだった。





 3月3日 09:27
 アカデミア島 港

 冬が過ぎ去り、アカデミア島は暖かい日が続くようになってきた。もともと、島の位置が南の方にあるというのも理由の1つだろうけれども。
 私の前に広がる港には、船が1隻浮かんでいた。私をこのアカデミア島へ渡した船だ。入学したのは、もう1年も前の事になるのよね……。

「なーんか――あっという間の1年だったなぁ」

 呟く私。1年が5話分だから当たり前だとか、そういったメタ的な理由ではない。考えてみれば、本当にあっという間に「高校1年生」は過ぎ去ったのだ。
 様々な事を学び、笑い、理解し、多くの出会いがあった気がする。春に彰子と会い、夏に百合と遭遇し、秋に――。





 ――秋に、田中くんに出逢った。





 海からの風がぴょうと吹いた。私はため息をついて、スカートを直す。

(それにしても、まだかしら……)

 実は、私はただボーッとしていたわけではなかったのだ。辺りをキョロキョロと見回すが、特に異常らしき異常は見られない。読者への報告は以上、といったところか。
 まったく……呼び付けておいてすぐに来ないって、どういう事なのよ。15分前にこの場所に到着をしていた私は、また1つため息をつく。





「ため息を1つつくたびに、幸せが1つ逃げるって言葉は知っているか?」





 背後から、声が聞こえてきた。内容的に、私に対してだろう……はぁ。

「あ、また1つ幸せが逃げたぞ」
「あのね、女はため息をつくたびに、美しくなっていくものなの」
「なんだそりゃ。聞いた事がないぞ、そんな言葉は」
「あと、男はため息を1つつくたびに、握力が1減るらしいわよ」
「嘘をつくな、嘘を!」
「ほら、一緒にため息をつきましょー」
「だから、しょうもない嘘で話を塗り固めようとするな!?」

 「口」から「虚ろ」な言葉を出す私。そんな「嘘」を受けとめる「待ち人」。

「……で? 用件は?」

 質問を出してようやく振り返り、私は「待ち人」と向き合う。説明するまでもなく、そこには――。



「……加藤さんと、少し話がしたい」

 ――田中くんが、ため息をついて立っていた。幸せ、逃げているわよ?





 同日 09:30
 アカデミア島 港

 私の携帯電話にメールが届いたのは昨日、3月2日の真夜中の事だったらしい。らしいという表現を用いる理由は、私はその時間にはすでに就寝しており、結果としてメールを読んだのは今日、3月3日の朝だったからである。

『明日の9時半、港に来てくれないか』

 寝呆け眼をこすりながら、私はそんなメッセージの入ったメールを見たのであった。
 後は、朝食をいつものように彰子と百合と食べ、学校は試験休みで行かなくても良いのでしばらく自室にてボーッとし、9時15分くらいに港に到着し――現在に至る。





「話って……どんな話?」
「その……デュエルとか、試験休みの過ごし方とか……たわいもない話をだよ」
「そうね……田中くん、最近デュエルの調子が良くないかしら?」
「まあ、言われてみれば確かにこの2ヶ月くらいは負け無しだな。着々と成長をしているのかもしれない」
「でもさ。勝ち続けるのって、本当に大変よね……対戦相手が、自分のデッキを研究してくるんだもの」
「……あのさ、加藤さん」

 真剣な顔つきになり、田中くんが私をじっと見る。

「君だってここ最近は全勝だ。お互いに強くなっているのではないか?」
「あ、そうなのかな? まだまだ私は甘いと思っているけれども……」

 田中くんは私の言葉に反応して、口を尖らせる。

「自分が強いか弱いか、それは分かっていた方が良いと思うぞ? 他者と向き合う前に、自身と向き合うべきだからな」
「なんか……難しい話になってきたわね。デュエルに話を戻さない?」
「話をそらされてしまったような気がするが……まあ良い。それにそちらの方が都合が良いからな」
「ん?」
「ああいや、なんでもない。ところで、最近の制限カードだが……」

 こうして、たわいもない話が始まる。終わってしまえば呆れる程に無意味で、時間の無駄なはずの、それでも無碍には出来ない会話が。





 同日 09:57
 アカデミア島 港

「だーかーら! やっぱり《強欲な壺》は禁止カードになるべきなのよ!」
「でも、なくなったらなくなったで淋しくはならないか? どんなデュエリストでもデッキに入れるカードなんだぞ?」
「凡庸性のあり過ぎるカードなんてみんな禁止になるべきなの。『混沌帝龍』を忘れたの?」
「むむむ……しかし、せめて《死者蘇生》は制限に戻ってきてほしいな」
「なーに言っているのよ。《早すぎた埋葬》のように、少しでもデメリットがあるべきなの!」
「デメリット、ねぇ……」
「なにその遠い未来で絶望を生み出すカードですけれど、みたいな顔は」
「そんな顔はしていない!」

 田中くんのツッコミに、私はついつい笑ってしまった。田中くんはため息をつくと、腕時計を次に視界に入れた。私もつられてチェーンするかのように、腕時計を見る。
 3……2……1――。



 ――10:00。



「あの、さ」

 タイミングをずっと待っていたかのように、田中くんが口を開く。

「実は今日は、話をする以外にもう1つやりたい事があったんだ」
「やりたい……事?」

 こくり、と田中くんは頷く。

「僕達、この1年間の授業の中でぶつかる事はなかったよね」
「……………………」
「お互いにコンディションもばっちりだ。そんでもって、もうすぐ僕達は1年生から2年生へと変わる。節目としても問題無し。だから――」

 ガチャ、と音を立てる田中くんのデュエルディスク。ああ、言いたい事が分かった。





「――僕とデュエルをしてほしい」





 風がぴょうと吹く。「吹」き荒れる。私の「口」から、逃げの言葉が「欠けて」いく。

「……ダメかな?」

 何も返事をしない私の態度を「否」と感じたのか、田中くんは残念そうな顔をする。私は慌てて、ぶんぶんと頭を横に振った。

「お、では良いという事かな?」
「ここで『いやだ』なんて言えないでしょ……? じゃあ、ちょっと待っていて」

 私はカバンからデュエルディスクを取り出し、腕に装着した。田中くんの方は、場を作るために私から少し離れる。

「準備は出来たかい?」
「万端よ、万端。ちょちょいのちょいの、けちょんけちょんにしてあげるわ」
「ぷっ! くくく……」
「な、何がおかしいのよ……?」

 田中くんが、なぜか急に吹き出すように笑いだした。バカにされた気分になり、自然と頬が膨らむ。

「いや、だってさ。さっきだったり今だったり、こんな風に他愛もない話をするのが久しぶりだから――」
「デュエル!!!」

 田中くんの言葉を掻き消すかのように、海へと流すかのように。私は決闘開始の合図を放った。きょとんとした表情をする田中くんだったが、やがてため息を1つついて――。

「……デュエル」



 田中くんの言いたかった事の意味――私には理解できる。
 10月1日のあの日から。
 3月3日の今日に至るまで。
 私と田中くんは、一言も話をしていなかったのであった。



康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行は僕から! ドローッ!!」
「え……ちょっと?! 開始宣言は私がしたのに、なんで田中くんが先行なの?!」
「次回から僕の回だから、今回のうちにそういった空気にしておくためだよ」
「そこ、ツッコミ役がボケない!」

 これでは立場が逆さまだ。いけないいけない……。

「では早速……。魔法カード、《押収》を発動!」
「いっ?!」

 田中くんが最初に出したカードは、まさかの「ハンデス」であった。もう……こんなカード、早く禁止になっちゃえ!



《押収》
通常魔法
1000ライフポイントを払う。相手の手札を確認し、その中からカードを1枚選択して墓地に捨てる。

康彦:LP8000→7000



「じゃ、手札を公開してもらおうか」
「ううう……」

 私は渋々、手札を田中くんに見せる。手の内を見られてしまうなんて……。



友紀の手札

《切り込み隊長》
《王宮のお触れ》
《不意打ち又佐》
《人造人間―サイコ・ショッカー》
《サイクロン》



「む……ここは一択かな。《切り込み隊長》には残念だが、墓地に落ちてもらうぞ」
「ぐぬぬ……」

 初期手札から頼れる騎士が来てくれたと思って喜んでいたのに、出番すら与えてもらえずに退場なんて……田中くん、ひどい人!

「恨むのなら僕じゃなくって《押収》のカードだぞ? モンスターとカードを1枚ずつセット。僕のターンは終わりだ」
「使ったのは田中くんのくせに……」
「ん、何か言ったかい?」
「私のターンだって言ったんです!」



康彦:LP7000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

友紀:LP8000
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――



 私はぱちぱちと、自分の頬を叩く。まだデュエルは始まったばかり、いきなりペースを乱されちゃダメ!

「私のターン、ドロー!」

 引いたカードを手札に加えて、私は状況をいったん確認してみる。
 私の手札は5枚。うち、今引いたばかりの1枚を除いた4枚のカードは、田中くんに知られてしまっている。
 そしておそらく、私に対応するかのように田中くんはモンスターとカードをセットしたのだろう。《王宮のお触れ》と《サイクロン》を見ていたはずだけれども……。

「……まあ、ここはこのカードを出すしかないわね。《不意打ち又佐》を、攻撃表示で召喚よ!」

 私は暗殺者を呼び寄せる。どんなモンスターが伏せられているのかは分からないけれど、今は殴るしかない!



《不意打ち又佐》
効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻1300/守800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。



「《不意打ち又佐》で、田中くんの伏せモンスターを攻撃するわ!」

 暗殺者が飛び上がり、華麗に着地をして、左手に持つ小刀で伏せたモンスターを切り付ける。守備力は低かったのだろう、モンスターは破壊された。
 消滅する間際に、伏せられていたモンスターが一瞬だけ見えた。あれは……《見習い魔術師》?!



《見習い魔術師》
効果モンスター
星2/闇属性/魔法使い族/攻400/守800
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上で表側表示の魔力カウンターを乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1個乗せる。このカードが戦闘で破壊された場合、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を選択して自分フィールド上にセットする事ができる。

「破壊された《見習い魔術師》の効果が発動するよ。僕は、2枚目の《見習い魔術師》をデッキから取り出し、セットする!」

 そう言って田中くんは《見習い魔術師》のカードを私に見せ、それを場に伏せた。



《見習い魔術師》守800



 私は伏せられた《見習い魔術師》のカードを何も考えずに見つめる。まあ、ここは当然……。

「《不意打ち又佐》は2回攻撃を行う事が出来る! 伏せられている《見習い魔術師》を攻撃よ!」

 又佐は刀を握り直し、その刄を魔術師に突き立てた。《見習い魔術師》はまたしても消滅する。

「さあ、また《見習い魔術師》を伏せるの?」

 私がやや挑発的に言うが――田中くんは無表情。なんか、何を考えているか分からないというよりは、分からないようにしている感じね……。
 田中くんはまたしてもカードをデッキから取り出し――。

「伏せるのは残念ながら、『見習い』じゃないんだ……。僕は《聖なる魔術師》を場にセットする!」

 ――あり? ありり?



《聖なる魔術師》
効果モンスター
星1/光属性/魔法使い族/攻300/守400
リバース:自分の墓地から魔法カードを1枚選択する。選択したカードを自分の手札に加える。



 魔法カードの回収……私の顔は、だんだん青ざめていく。
 だって……。



『では早速……。魔法カード、《押収》を発動!』



 落ちている魔法カードっていったら、《押収》だけじゃない?!
 私の様子を見てか、田中くんはフッと笑った。な、なんかバカにされているような……。まるで「掌」の上で転がされているような、そんな気分だ。

「……まあ、僕のデッキは1枚1枚の力に頼りがちだ。加藤さんの考えているとおりだよ」

 でもさ、と田中くんは続ける。

「でもさ、だからってコンボがないとは、一言も言っていないぜ?」
「こうなったら……私は、3枚のカードをセットするわ!」

 これ以上、手札をかき回されてはたまらない。私は《人造人間―サイコ・ショッカー》以外の全てのカードを場に伏せる。
 ――その時である。田中くんの眉がピクリと動いた事に、私は全く気付かなかった。

「……《サイクロン》」
「へ?」
「《サイクロン》、使わなくて良かったのかい?」

 そう言い、田中くんは自分がセットしているカードを指差した。
 ああ。そういえば田中くん、さっきカードを1枚セットしていたわね。私の手札に《サイクロン》と《王宮のお触れ》がある事を知っていたはずなのに。



 ……なんか、誘っているような。



「なんかこう、そんな気分じゃないから」
「気分で破壊するかしないかを選ぶのかよ……」
「良いのよ、これで! ターンエンド!」

 結局、私は《サイクロン》をセットしたままにした。田中くんのさっきの言葉には、何かウラがありそうだし……。

「私はこのまま、ターンエンドよ」



康彦:LP7000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

友紀:LP8000
手札:1枚
モンスター:《不意打ち又佐》攻1300
魔法・罠:伏せ3枚



「では僕のターン……ドロー!」

 デッキからカードを引き――。

「まずは《聖なる魔術師》を反転召喚! リバース効果を発動させる!」

 ――さっそく「魔術師」のご登場。



《聖なる魔術師》攻300



「回収する魔法カードは、当然《押収》! さらに、すぐにそれを発動だ!」

 魔術師の持つ杖が光り輝き、1枚のカードを作り直される。場に、またしても手札破壊カードが現れた。



康彦:LP7000→6000



「残っている手札は――ああ、《人造人間―サイコ・ショッカー》かな? 悪いけれど《切り込み隊長》と同じように、墓地に落ちてもらうよ」
「うぅ、私の手札が……」

 田中くんの言う通り、私は手札の《人造人間―サイコ・ショッカー》を渋々墓地に送った。これで、手札はすっからかんとなった事になる。



《人造人間―サイコ・ショッカー》
効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1500
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り罠カードは発動できず、全てのフィールド上罠カードの効果は無効になる。



「『手札』を殺したから……次は『場』かな?」

 田中くんの目が、楽しそうな色を見せている。単純にデュエルが楽しいのか、他者をいじめる事が好きなのか……。

「では……うん、出し惜しみはダメだな」

 田中くんはさらに、手札からカードを発動する。巨大で偉大な神の拳が、私の《不意打ち又佐》をぺしゃんこにした。
 え……ここで《地砕き》?!



《地砕き》
通常魔法
相手フィールド上の守備力が一番高い表側表示モンスター1体を破壊する。



「……? 僕が使ったカードに不満があるのかい?」
「いや、そうじゃないけれど……」
「そうじゃないなら、続けちゃうよ?」

 攻撃力が1300なのだから、普通に攻撃をすれば破壊できるはずなのに――そう思いつつ、私は田中くんの次の手を待つ。

「では――僕は《見習い魔術師》を生け贄に捧げる!」
「……!? 生け贄召喚ね?!」

 魔術師の姿が消え――代わりに現れたのは、恐ろしいまでの「冷気」だった。さてさて、どんなモンスターが飛び出して――。

「さぁて、コホン――『氷』の帝よ!」



 ――え……「帝」?



「僕の『心』を代弁し、凍てつく冠をその頂(かしら)に! 現れろ、《氷帝メビウス》!」

 呼び出されたのは、冷気を操る「帝」。
 みかど。
 ミカド。



 嫌な思い出が「黄泉がえる」。
 半年たっても忘れられない、あの惨敗を。



《氷帝メビウス》
効果モンスター
星6/水属性/水族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。



「……驚いているみたいだね」
「どうして……田中くんは……」
「ん? 帝を使う理由かな? まあ、帝は凡庸性に長けていると言えば、加藤さんなら分かってくれるはずだよね」





 違う。私が言いたかった事はそんな事ではない。
 どうして……田中くんはそんな風に当たり前のように帝が使えるの? 何も考えないの?
 使っていて、「あの」デュエルを思い出したりはしないの……?





 「タッグフォース」は、石原姉妹の優勝で幕を閉じた。圧倒的な制圧力は留まるところを知らず、決勝戦は見事な完封勝利で優勝を手に入れた。
 雷帝、地帝……私のデュエルをかき乱したカードの内の2枚は、姉の法子が使用したカードである。それは田中くんも同じだ。
 そして田中くんの前には。氷の「帝」が存在していた。





「では、氷帝メビウスの効果を発動する! フリーズ・バースト!!」

 私の伏せた3枚のカードの内、2枚が凍り付いた。崩れ落ちる前に、その内の1枚を反転させる。

「り、リバースカード、オープン! 《サイクロン》で、田中くんの伏せているカードを破壊よ!」

 竜巻が氷から飛び出し、冷気を「纏」って吹き荒れる。田中くんのカードを貫き、「塵」へと返した。
 それぞれ破壊されたカードは……私が《王宮のお触れ》と《サイクロン》、田中くんが《和睦の使者》か。



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。

《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

《和睦の使者》
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。



「うーん、ハズレかぁ」
「……なるほど、だからあんな事を言ったのね」
「ほらほら、自分だけ理解した状態になっちゃダメだよ。ちゃんと主人公らしく、読者に分かりやすいように説明をしなきゃ」
「……田中くん、現代編ではツッコミ担当だったはずよね」

 田中くんは下手な口笛を吹いてそっぽを向く。うわ、分かりやすい……。
 それはともかく、説明を。
 3枚の伏せカードの内、2枚は田中くんは知っていた。田中くんの場には《和睦の使者》、そして手札には《氷帝メビウス》。
 できれば田中くんは、確実に3枚目の分からないカードを破壊したい。そこで、あのセリフだ。



『《サイクロン》、使わなくて良かったのかい?』



 《サイクロン》を使用させれば、伏せカードを減らす事が出来る。結果として、私が伏せた3枚目のカードを破壊できるというわけだ。
 こんな……感じかな。

「はい、お疲れさま」
「ホントよ、疲れたわ……」
「では……間髪入れずにバトルフェイズに」

 氷帝が、手に冷気を集中させる。それは見事な、氷の槍が完成した。

「《氷帝メビウス》、加藤さんにダイレクトアタック! アイス・ランス!!」

 氷帝が得物を投げ付けようとする。そんな簡単に――。

「ライフ、削れると思わないで! リバースカードをオープン!!」

 田中くんが破壊できなかったカード――《リビングデッドの呼び声》を発動させる。呼び戻すのは、もちろん《人造人間―サイコ・ショッカー》!!



《リビングデッドの呼び声》
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《人造人間―サイコ・ショッカー》攻2400



「……! これはやっぱり失敗したな……」
「どうする? 攻撃、続行させる?」
「いや、やめておこう。僕はこのままターンエンドだ」



康彦:LP6000
手札:2枚
モンスター:《氷帝メビウス》
魔法・罠:――

友紀:LP8000
手札:0枚
モンスター:《人造人間―サイコ・ショッカー》攻2400
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》



 なんとか直接攻撃を防ぐ事が出来た。否、防ぐ事で精一杯だった。

「お願いよ……何か、この状況を打破できるカードを――ドローッ!!」

 力強くカードを引く私。手にしたカードを見て――おっ、と声をあげてしまった。

「来た来たッ! 装備魔法、《団結の力》を発動よ!」
「……!? ほぉ……」

 ショッカーのパワーが肥大化し、巨大化し。《氷帝メビウス》を越える攻撃力を身につけた。



《団結の力》
装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

《人造人間―サイコ・ショッカー》
……攻撃力:2400→3200
  守備力:1500→2300



「さっそくバトルよ! 《人造人間―サイコ・ショッカー》で、《氷帝メビウス》を攻撃! 電脳エナジーショーック!!」

 新たな力を得たショッカーが、闇の電撃を放つ。6ヶ月前の出来事を払拭するかのように、「帝」は崩れ落ち、氷の世界が消え去った。



康彦:LP6000→5200



「《押収》の使い過ぎで、ライフが悲鳴をあげているわよ?」
「ライフポイントよりも、相手の行動をズタズタにする方が性に合っているんでね。そっちも、手札が悲鳴をあげているよ?」
「うっわ、嫌なやつ……ターンエンドね」



康彦:LP5200
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:――

友紀:LP8000
手札:0枚
モンスター:《人造人間―サイコ・ショッカー》攻3200
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     《団結の力》



「さてさて、では僕のターン……ドロー!」

 無表情のまま引いたカードを見て――それをそのまま私に見せた。

「悪いが、ショッカーには早々にご退場願おうか」
「え……?」
「墓地に存在する『光』と『闇』の魔術師の魂を糧とし!」

 《聖なる魔術師》と《見習い魔術師》のカードが場に現れ、混ざり合う。「混沌」の渦の中から、新たな魔術師が現れた。

「来い、『混沌』を束ねる魔術師! 《カオス・ソーサラー》!!」

 片手には「光」を。
 片手には「闇」を。
 相反するはずの力が、場に引き寄せられていく。



《カオス・ソーサラー》
効果モンスター
星6/闇属性/魔法使い族/攻2300/守2000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。



「《カオス・ソーサラー》の効果を発動する! 混沌幽閉!!」
「あっ……?!」

 ショッカーのまわりに混沌が漂う。それは光の「闇」か、はたまた闇の「光」か。言い表しがたい「それ」はショッカーを飲み込み、この世界から分離させた。

「これで形勢逆転だね」
「ま……まだよ。《カオス・ソーサラー》は効果を使ったターンには攻撃が――」
「そう、攻撃が出来ない。魔術師『なら』、ね」
「え……?」

 田中くんの言葉の意味は、すぐに理解できた。《カオス・ソーサラー》が、場から消えたのだ。

「僕は《カオス・ソーサラー》を生け贄に捧げる!」
「……!? まさか、生け贄召喚?!」
「そう、そのまさかだよ! 舞い降りろ、吸血鬼の貴公子! 《ヴァンパイア・ロード》を召喚する!」

 それは貴公子であると同時に、「鬼」でもある――私を「魅」了するために、矛盾に満ちたヴァンパイアが現れた。



《ヴァンパイア・ロード》
効果モンスター
星5/闇属性/アンデット族/攻2000/守1500
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度に、カードの種類(モンスター、魔法、罠)を宣言する。相手はデッキからその種類のカード1枚を選択して墓地に送る。また、このカードが相手のカードの効果で破壊され墓地に送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズにフィールド上に特殊召喚される。



「まさか、攻撃力の高いモンスターを犠牲にするなんて……」
「ふふっ、トリッキーだろ? 使用しているデッキのコンセプトは【スタンダード】なのにね」

 トリッキーなのは田中くんじゃ、と言いたいところだったが、今はその言葉を飲み込んだ。ウダウダ言っている場合ではないのだ。

「では、《ヴァンパイア・ロード》で加藤さんにダイレクトアタック!」

 マントをひるがえし、鬼の貴公子は私へと駆け寄る。鋭い爪を光らせると、問答無用で私を切り裂いた。



友紀:LP8000→6000



「ぐっ……?!」
「おおっと、痛がるのは早いよ! 《ヴァンパイア・ロード》の効果が発動だ! 僕が選択するのは……『罠』だな」

 《ヴァンパイア・ロード》の効果によって、私はデッキから罠カードを捨てなければならなくなった。デッキを取り出し、中身を確認する。
 ――とは言ったものの、私が捨てる、否、捨てなければならないカードは決まっていた。
 私のデッキには、罠カードが4枚のみ。そのうち1枚は、主人を失ってもなお場に存在している《リビングデッドの呼び声》。
 だから、必然的に――。

「……私が捨てるのは、《王宮のお触れ》よ」
「うん、そうだろうとは思っていたよ」

 ――こうなる。私は口を尖らせ、《王宮のお触れ》を墓地へと送った。これで、デッキ内の《王宮のお触れ》はあと1枚。

「では、僕はターンを終了。ここから、一気に攻めさせてもらうよ!」
「……っ」



康彦:LP5200
手札:1枚
モンスター:《ヴァンパイア・ロード》攻2000
魔法・罠:――

友紀:LP6000
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》



 田中くんの場に存在するのは、戦闘以外で破壊された時に「黄泉がえる」厄介な吸血鬼。生け贄なしで倒すのは、骨が折れそうな相手……。

「私のターン、ドロー!」

 引いたカードは、みんな大好きあのカード。私はすぐさま、引いた「それ」を発動させる。

「私は《強欲な壺》を発動! カードを2枚引くわ」
「ああ、辻褄合わせに定評のある『壺』か」
「う、うるさい! 手札が増えるんだから、良い事なのよ!」
「僕としては、あまり嬉しくないんだけれどね……」



《強欲な壺》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。



 デッキから恐る恐る引いたカードは――後々に活躍しそうだが、この現状を解決するには至らない。うー、守るしかないか……。

「私はモンスターをセット。ターンエンドよ」
「……む、加藤さん。そんなかたい顔をしないでくれよ」
「ライフポイントでは勝っているけれど、現状がまずい事になっているんだから当たり前でしょ?」
「そっか、ふーん……」
「ふーん、って……何か言いたい事でもあるの?」
「言いたい事、か」

 佐藤くんを真似してなのか、空を見上げて考える田中くん。頭上に見えるものは、無限に広がる「天」だけだ。別にジョインはしない。
 ともかく、田中くんはやがて、ゆっくりと口を開いた。

「その……加藤さんは笑っている方が素敵だと思うんだ」
「索敵……?」
「字は似ているけれど、それは『さくてき』であって『すてき』ではない! 僕が言ったのは『すてき』の方! 文字にしないと分からないようなネタを振ってこないでくれ!」
「ツッコミ役、次回から難なくやれそうね……」

 出鼻をくじかれたからか、田中くんの表情が今度はかたくなってしまった。いけない、話を戻さないと……。

「そ、それで? 続きをどうぞ!」
「お、おう……だから、加藤さんは笑っている方が素敵だと思うし、デュエルをしている時には楽しんでほしい。もちろん、このデュエルも同じだ」
「結構不利な時にでも? それはなんというか難題というかなんとかなるようなものではないと思うけれど……」
「僕は、不利な時でも楽しむ事を心がけているけれどな。楽しくない、笑う事の出来ないデュエルには、意味がないように思えるしね」
「……さっきさ」

 私は話を別の方向へとシフトさせる。なぜ「あのカード」を使ったのか、聞きたかったから。楽しむ事と、矛盾した行動に見えたから。

「田中くん、《氷帝メビウス》を出したわよね」
「ああ、そうだな。出したとも」
「……何とも思わなかったの?」

 私の質問に、手を顎に当てて考え始める田中くん。悩みに悩んだ結果……。

「加藤さんが、半年前のデュエルを引きずっている事は、なんとなく分かるよ」
「だ……だったら何でわざと『帝』を――」



「乗り越えるためだ」



 乗り越える……ため? ダメ、意味が全然分からない。

「あんなデュエルをしてしまったんだ、引きずらない方がおかしいさ」
「……………………」
「だけどだ、加藤さん。引きずっている物事は『過去』にある。変える事は出来ないが――乗り越える事は出来る」

 田中くんはそう言って、墓地の《氷帝メビウス》を取り出した。私に見せるように、それを前に出す。

「この前のデュエルでは、この『帝』に為す術もなく負けてしまったな」
「そうね……言う通り、為す術もなく負けたわ」
「だが今日、加藤さんはそんな『帝』を撃破したじゃないか」
「確かに……私はショッカーで破壊した……」
「そ。つまりは、『因縁』の相手を乗り越えた事にはならないのかな? 乗り越えて、次のステージに行く事は出来ないのかな?」

 乗り越えた事になる。田中くんの言葉は曖昧であやふやで穴だらけだったが――それでも大切な事が1つ分かった。





 田中くん……すごく、優しいんだね。





「……ありがとう」
「ん?」
「そうよね。うじうじ考えて、『古』い事に閉じこもって……それじゃ『固』まって、前には進めないわよね」
「……だな」
「よし! じゃ、デュエルを再開しましょ?」

 指を田中くんに向け、私はにっこり笑う。
 今日――否、この6ヶ月の中で、最高の笑顔を。



康彦:LP5200
手札:1枚
モンスター:《ヴァンパイア・ロード》攻2000
魔法・罠:――

友紀:LP6000
手札:1枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》



「では、僕のターン……ドロー!」

 引いたカードを見て、田中くんは少し表情が柔らかくなった。

「あんまり顔には出さないようにしているが……これくらいは良いかな?」
「何、どうしたの――ってえぇっ?!」

 田中くんが見せるカードに、私は驚きを隠せない。
 なぜならそれは、先程のターンに私が使ったカード――《強欲な壺》だったからだ。

「2枚、引かせてもらうよ」
「この状況で……ぶつぶつ」
「僕ら、かなり気が合うみたいだね?」
「合っていません! ほら、合っていないからさっさと引いて、デュエルを進めて!」
「はいはい……」

 少し残念そうに、田中くんはカードを2枚引いた。今回は、《強欲な壺》の時とは違って表情を変えない。

「ではでは……僕は《早すぎた埋葬》を発動! 墓穴から呼び戻すのはお前だ、《カオス・ソーサラー》!」

 土の中は「闇」、地下より這い出て「光」を得、「混沌」は今一度舞い戻る。生け贄にされて消滅した魔術師が、場に再び現れた。



《早すぎた埋葬》
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

《カオス・ソーサラー》攻2300

康彦:LP5200→4400



「う……また出てきちゃった……」
「楽しんではほしいけれど、手を抜く気はさらさらないからね」
「そ、それくらいは分かっているわよ!」
「そうか、じゃあ……《ヴァンパイア・ロード》で伏せモンスターに攻撃だ!」

 自慢の爪で、私のモンスターを切り裂く吸血鬼。リクルーターを警戒したのかな……?

「破壊されたモンスターは《クリッター》よ! 効果によって、私はデッキから《ならず者傭兵部隊》を手札に加えるわ!」
「むむ……リクルーターじゃなかったか」



《クリッター》
効果モンスター
星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守600
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、お互いに確認して手札に加える。

《ならず者傭兵部隊》
効果モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードを生け贄に捧げる。フィールド上のモンスター1体を破壊する。



 読みが外れたのか、ポリポリと頭をかく田中くん。そう簡単にはいかないわよ、やっぱり。

「まあ良い。《カオス・ソーサラー》、加藤さんにダイレクトアタックだ!」

 混沌の衝撃が、私のライフポイントを一気に削っていく。ほんっと、かなーり効くわね……!



友紀:LP6000→3700



「では、僕はやる事がなくなった。ターン終了だ」



康彦:LP5200
手札:2枚
モンスター:《ヴァンパイア・ロード》攻2000
      《カオス・ソーサラー》攻2300
魔法・罠:《早すぎた埋葬》

友紀:LP3700
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》



「むむむ……ドロー!」

 私のターン。引いたカードは――一発逆転への道。

「来た! さあ、まずはこの戦士を召喚よ! 《魔導戦士 ブレイカー》!」

 「戦士」でも魔法使い。惑う私を救うべく、戦士は魔導の力を引っ提げて場にやってきた。



《魔導戦士 ブレイカー》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、その魔力カウンターを1個取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カードを破壊する。

《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:0→1
  攻撃力:1600→1900



「もちろん、ブレイカーの効果を発動! 破壊するカードは《早すぎた埋葬》! マナ・ブレイク!!」
「……!」

 魔弾が、混沌の魔術師を現世に縛り付けていた楔を貫く。音もなく、《カオス・ソーサラー》は冥界へと引き戻された。



《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:1→0
  攻撃力:1900→1600



「ちっ……だが吸血鬼はどうするかな?」
「どうにかするのよ、今からね! 手札から装備魔法、《強奪》を発動! 対象は《ヴァンパイア・ロード》よ!」
「ま……マジかよ」

 《早すぎた埋葬》が死者を操る1枚ならば。このカードは生者を操る1枚よ!



《強奪》
装備魔法
このカードを装備した相手モンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、相手は1000ライフポイント回復する。



 高貴なる吸血鬼は、主人を裏切って私へと加担する。なぜだろう、田中くんはものすごく、嫌そうな顔をしていた。

「ご、《強奪》に嫌な記憶とかあったりした?」
「いや、そうじゃないけれど……自分のカードを相手に使われるのは好きではないんだ」
「まあ、誰でもそうだとは思うわよ……?」
「ほら、雑談も気遣いも良いから、攻撃してきなよ」
「……そうね。いくわよ! 2体のモンスターで、ダイレクトアターック!」

 爪と剣――2つの斬撃が、場ががら空きな田中くんを襲った。彼のライフポイントが、大幅に下落していく。



康彦:LP5200→1600



「さらに、《ヴァンパイア・ロード》の効果を発動よ! 私が選択するのは……罠!」
「《王宮のお触れ》が足りないからって……僕が落とすのは《炸裂装甲》だよ」

 不満そうに、田中くんはデッキからカードを取り出し、私に見せてから墓地に送った。本当に機嫌が悪そうね……。



《炸裂装甲》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体を破壊する。



「じゃ、これでターンエンドよ。ここから逆転できる?」
「……………………」

 私の問いに、「無言」という回答を返す田中くん。怒っているのか、それとも何かを考えているのか……。



康彦:LP1600
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:――

友紀:LP3700
手札:1枚
モンスター:《魔導戦士 ブレイカー》攻1600
      《ヴァンパイア・ロード》攻2000
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》
     《強奪》



「…………加藤さん、僕が石原さんに言った言葉、覚えているかい?」
「言った言葉……?」

 うん、と田中くんが頷く。正直な話をすると、10月1日の記憶はかなり曖昧なものになってしまっていた。「惨敗」のインパクトが強すぎたのだ。
 覚えていない事を感じ取ってか、田中くんはにっこりと私に笑いかける。

「僕は冷静を装っていて、心境を表情に出さないようにしていて、いつも楽しむように心掛けていて――」





 風が、変わった。
 いや、変わったのは風ではなく――田中くんの雰囲気……?





「――だが同時に、負けず嫌いでもある! いくぞ、ドロー!」

 勢い良くカードが引かれる。まずは《強奪》の効果。田中くんのライフポイントが、少しだけ回復する。



康彦:LP1600→2600



 そして田中くんは冗談も言わず、ため息もつかず――引き当てた「それ」を発動した。
 装備魔法――《強奪》を。

「対象は無論、《ヴァンパイア・ロード》!」
「あ……?!」

 貴公子は再び、主の下へと戻っていく。土壇場で……また同じカードだなんて……!

「さ、早く攻撃をしちゃいなさいよ」
「……何を勘違いしているのかな?」
「え……?」

 田中くんが1枚のカードを前に出す。本気モードなのか、もうニコニコと笑ってはいなかった。

「僕のメインフェイズは……終了していないっ!!」

 前に出したカードが、デュエルディスクに叩きつけられる。



 目には目を。
 歯には歯を。
 「奪取」には――「奪取」を。
 魔法カード、《洗脳―ブレインコントロール》。



《洗脳―ブレインコントロール》
通常魔法
800ライフポイントを払う。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

康彦:LP2600→1800



「奪われたら、倍にして奪い返さないとね? 対象は《魔導戦士 ブレイカー》だよ」
「ブレイカーまで……!?」

 私の戦士が、私に剣を向ける。前のターンと、見事に逆さのフィールドとなってしまった。

「これでモンスターを召喚できたら勝ちだったけれど、残念ながら手札にはいないからね……2体のモンスターで、加藤さんにダイレクトアタック!!」

 先程私が与えたであろう衝撃が、同じように私を攻め立てる。2つの力に切り裂かれ、私のライフポイントは風前の灯に。



友紀:LP3700→100



「《ヴァンパイア・ロード》の効果を発動。最後の『罠カード』、捨ててもらうよ?」
「うう……ほら、《王宮のお触れ》を捨てるわ」

 デッキから、3枚目の《王宮のお触れ》を捨てる。今更なのかもしれないけれども、田中くんの罠カードを止める手立ては完璧になくなった。

「さてさて……このままターンを終えてほしいだろうけれどもさ」
「ま、まだ何かやるつもり?」

 田中くんは、残っていた最後の手札を前に出す。まさか……バーンカード?!

「《魔導戦士 ブレイカー》はこのままターンエンドすると加藤さんの場に戻ってしまう。《強奪》の効果で、ライフも回復してしまう――」

 だから、と田中くんはカードをデュエルディスクに置く。勝利を確信するかのように、である。
 吸血鬼と魔導戦士――2人の姿が消滅する。まさか……まさか?!

「そう……そのまさかさ! 《ヴァンパイア・ロード》と《魔導戦士 ブレイカー》を生け贄に捧げ!」

 それは黄金。それは爆炎。
 蘇っては大地を焼き尽くし、焦土で輝き続ける鳥の神。

「燃え盛れ、永遠なる極炎! 《ネフティスの鳳凰神》を、生け贄召喚する!!」

 金の翼をはばたかせ、金の炎を撒き散らし。
 田中くんの真横に、鳳凰は舞い降りてきた。



《ネフティスの鳳凰神》
効果モンスター
星8/炎属性/鳥獣族/攻2400/守1600
このカードがカードの効果によって破壊された場合、次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。この方法で特殊召喚に成功した場合、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。



「不安な要素は全て取り除いたし、手札も使いきったし――僕のターンはおしまいだよ、加藤さん」
「随分と意地悪なのね、田中くん……」

 私の言葉にきょとんとし、やがてにっこり微笑んだ。

「それは、最高の誉め言葉だよ」

 ……やっぱり意地悪だ。



康彦:LP1800
手札:0枚
モンスター:《ネフティスの鳳凰神》攻2400
魔法・罠:――

友紀:LP100
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》



 首の皮一枚で繋がっている現在の状況。手札の《ならず者傭兵部隊》は、鳳凰には全く効果はない。
 つまり、このカードにかかっているという事……!



 不思議と、負けに対する気持ちは存在していなかった。
 逆転を望む思いと、田中くん――「相」手に対する感謝の「心」――すなわち「想」い。その2つだけ。
 大丈夫。今の私なら、きっと引き当てる事が出来る……逆転への一手を……。



「私のターン……ドロー!!」



 「掌」に掴んだカードは……未来は――。










 同日 10:25
 アカデミア島 港

「はい、加藤さん」
「ん、ありがと」

 田中くんからジュースの缶を手渡され、私はペコリと頭を下げる。田中くんは缶を渡すと、私の隣に座った。

「それにしても、なんで僕が買ってこなくちゃいけなかったんだ……?」
「良いのよ、気にしなくて。田中くん、男なんでしょ?」
「いやいや、話の繋がりがさっぱり見えてこないんだけれど」
「あー。私、甘いものが欲しくなってきちゃったなー」
「チラッと僕を見ながら棒読みで言うな!? 僕はパシリじゃないぞ!」
「そろそろ、デッキの調整の時期かもしれないわね」
「話題を次から次へと変えるなっ!! 収拾がつかないから!」





 結果を上のごちゃごちゃした会話とは違い簡潔に言わせてもらうならば――私は負けた。
 最後に私が引き当てたカードは、《異次元の女戦士》。



《異次元の女戦士》
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。



 《ネフティスの鳳凰神》は、破壊されても蘇る能力を持つ。そう、「破壊」されたのならば。
 私は《異次元の女戦士》を裏側守備表示で出した。これで田中くんがモンスターを引かなければ、まだまだ勝敗は分からない。諦めの悪さがうつったのかな、と私は少し嬉しくなりながらターンを終えた。



 ……確かに、田中くんは「モンスター」は引かなかった。
 引かなかったけれども……。

「悪いね、加藤さん――」

 セットした《異次元の女戦士》を切り裂き――田中くんは私に向けてにっこりほほ笑み、言葉を放った。

「――It was a happy duel」



《抹殺の使徒》
通常魔法
裏側表示のモンスター1体を破壊しゲームから除外する。もしそれがリバース効果モンスターだった場合お互いのデッキを確認し、破壊したモンスターと同名カードを全てゲームから除外する。その後デッキをシャッフルする。





「負けちゃったけれどさ……ありがとうね、田中くん」
「? 藪から棒に、どうした?」
「ほら、負けを引きずっていた話よ。もし田中くんがデュエルに誘ってくれなかったら私、2年生になっても引きずりっぱなしだったわ」
「……僕は何にもしていないよ。ただ少し、加藤さんと楽しくおかしくおしゃべりをした――それだけさ」

 海を見ながら、田中くんは微笑む。そうね……田中くんと楽しくおかしくおしゃべりが出来て、本当に良かった。

「……そういえば加藤さんは、春休みは家に戻るのかい?」
「え、うん。残って両親に心配をかけるわけにもいかないしね」

 冬休みに実家に戻った時、両親はやたらと私に優しくしてくれた。3ヶ月前には分からなかったあの事の意味が、今なら分かる気がする。
 ――2人とも、私の作り笑いに気付いていたんだ。

「田中くんも実家に帰るの?」
「うん、こっちにも両親がいるしね。一人っ子だからか、やたらとメロメロなんだよね」
「あ、私も一人っ子! 一緒ね!」

 田中くんに笑いかける私。田中くんはというと、なぜか顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。あれ……私、変な事を言っちゃったのかな?

「あの……さ」
「ん? なに?」

 そっぽを向きながら、田中くんが私に話しかける。

「その……『加藤さん』って呼び方、堅苦しいし、加藤って男子にも1人いるし……だからその……」
「だからその?」

 首を傾げ、田中くんに尋ねる。普段の田中くんらしさがない事に、私は若干戸惑っていた。いったい、どんな言葉が飛び出してくるんだろう……?

「その……つまり……これから、ゆ、友紀さんって、呼んでも良いかな……?」





 ……………………。





「あ、ごめん。今のなし。忘れてくれ」
「いやいやいやいや、誤解しないでって! 台本に『沈黙』って、そう書いてあったのよ!」
「台本ってなんだ、そんなものは存在しないだろ!? くそぉ、やっぱり言うんじゃなかった……僕のバカ……!」

 いや、たぶん返答に困ってしまった私も悪いのだろう。
 私って、ほんとバカ――などと冗談を言っている場合ではない。

「その……私を下の名前で呼ぶって事よね?」
「……そうだけれども」
「えっと、別に構わないわよ?」
「……本当?」
「本当よ。冗談は言うけれど、嘘は言わないわ」

 私の「返答」に、田中くんはとても嬉しそうにしている。表情に出さない事が得意な田中くんが喜んでいるのだから、よっぽど嬉しかったのだろう。
 ……いや、「田中くん」じゃダメよね。私も呼び方を変えないと。

「じゃ、また来年もよろしくね! 康彦くん!!」
「……うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ……田中くん、顔を《キラー・トマト》みたいに赤くして、奇声をあげながら走っていってしまった。
 わ、私、何か悪い事をしちゃったのかな……?





 この1年間――振り返ってみれば、本当に色々な事があった。
 色々な事はあったけれども。ただ振り返り、傍観するだけに留める事にする。考え込むのは後で良い。
 だって――今は、ひたすら前に進むのが楽しいから!



 立ち上がり、スカートの汚れを払い落とし――飲み干したジュースの缶を、なんとなしに空高く投げてみる。理由なんてない、そういう気分なのだ。
 缶は、宙に吸い込まれるように小さくなっていき――。





 2章  「序幕の1年目」 〜終〜





 2つの「道」。「遥」か「遠」く離れていたはずのそれらは「近」づき「連」なり、物語は加「速」する。
 「退」く事は「適」わず、「逃」げる事、「避」ける事など「途」中では出来はしない。
 ただただ、「巡」る因縁に「遊」ばれて。過去と現代、2つの話は交差(クロス)する。
 さあ、雑談はここまでだ。次は過去と現代の両方へと、「しんにゅう」してみる事にしよう――。



過去・加藤友紀
    ―――JUMP――→
           現代・田中康彦




続く...



前へ 戻る ホーム 次へ