因縁はてのひらの上で

製作者:ヒカリさん




※この物語は、「タッグフォースシリーズ」を基にした設定となっています。
 また、世界観はオリジナルのものとなっています。




01話  「因縁」

いつだって。
どこでだって。
その顔が、声が、「君」が。記憶から消える事はなかった。



忘れようとすればする程に記憶は鮮明になり。
僕の心に新たな傷を作っていく。グシャリ、グシャリと音をたて。
それはきっと、この世から旅立つ時まで残り続ける地獄の楔。



『ごめんなさい――康彦くん』





記憶の中の「彼女」の声を最後に聞き、僕は悪夢から解放された。
 僕が寝ていたのは――電車。コトン、コトンと揺れながら、今一度アナウンスが繰り返される。

「次は〜終点〜終点。お出口は〜右側が先に開きま〜す」

僕はこんな間抜けそうな声によって起こされたのか。なんだか空しくなりながら、窓の外を眺めてみる。



――「大都市」が、僕の視界いっぱいに広がっていた。





09/15 15:36
とある飲食店

昼時は既に過ぎていたが、店内は非常に込み合っていた。
楽しそうに会話をする子供。
パソコンをじっと眺めるスーツ姿のおっさん。
明らかに柄の悪そうな男の集団。
人、ひと、ヒト。色んなパターンを見つけつつ、僕はサンドウィッチにかぶりつく。こうして違う人が集まると、非常に異様な空間が出来上がるんだなぁと、つくづく思ってしまった。



 ここでひとつ、身の上話をしよう。
6年前に高校を卒業してから、僕は無我夢中になって一生懸命に働いた。さまざまなデュエルに挑戦したし、それ以外にもホストなどで仕事をしたりもした。
仕事に慣れてきた頃には、都会で遊ぶには十二分過ぎる程の富を僕は持っていた。
ある日、僕は両親に言った。1ヶ月程、都市を観光してくると。
今までの苦労を傍らで見てきたのだ、両親は反対するはずがなかった。お土産を買ってきておくれよ。羽を伸ばせる時に、ちゃんと伸ばしてこい。



そして今現在、僕はサンドウィッチを口に入れている。なかなかに悪くない味だった。母のサンドウィッチには負けるけれどね。
さて、これからどこを観にいこうかな。計画を立てずにブラブラするのも悪くないけれど、観光ガイドは現地で買うと決めていたから、やはり書店に行くべきか――。





――などと考えていたその時。僕の視界に1人の少女が入ってきた。座っていたからか、僕の位置からは見えなかったようだ。
赤い制服姿の少女は、髪は黒。おかっぱ頭で、見るからに品の良さそうな顔をしている。
例えるなら――そう、「大和撫子」。
黒髪の少女はトレイを持ち、席を立つ。反射的に、僕は少女の下へと歩いていた。

「ウェイトウェイト、君。それはミーが片付けてあげるよ」
「え……ありがとうございます」

少女は一瞬の思考の末、僕に空のトレイを渡す。む、差し出す時の仕草がなかなかに可愛かった。





トレイを片付け、僕と少女は店の外に出た。振り返り、少女がぺこりとお辞儀をする。

「あの……ありがとうございました」
「ホットドッグ、おいしかった?」
「はい、おいしくいただき――あれ? なぜわたくしめの食べた物を……?」
「ああ、さっきトレイにあったゴミの中にレシートがあったからね。少し興味がわいちゃってさ」
「なるほど……面白い方ですね」

笑顔を見せる少女。今のところ、悪い印象は持たれていないようだ。



ホストでの経験のせいか、僕にはナンパ癖がついてしまっていた。
可愛い少女、美しいお姉さん。それらを見ると、つい声をかけたくなってしまうのだ。
この少女は都市に来て声をかけた1人目のお嬢さん、という事になる。はてさて、どうなるかな。



「君、良く見たらベリープリティーだね」
「べりーぷりてぃー……? あ、『とても可愛い』という事ですか? そんな事はありませんよ」
「ノンノン、自分に自信を持って! ミーのアイは確かなものなんだから!」
「い、いきなり告白されても困ります……まだ知り合ったばかりですのに……」

ん? 急に様子が変わったぞ? 僕は何か変な事を言っただろうか。
あ。「目」の「アイ」を、「愛」と解釈してしまったのか。確かに、告白とも取る事が出来てしまう内容だ。
 などと考察している内に、少女の顔は首まで赤く染まっていた。

「わたくしめ、殿方に好意を抱かれた事がございませんので……取り乱してしまって、申し訳ありません」
「い、いや、いいんだよ。ファーストタイムはみんなそうさ。そのミスをネクストタイムに直せば――」
「まあ! わたくしめとした事が、名乗るという大事な事をすっかり忘れてしまっていました!」

僕の言葉を聞いていないのか、少女は赤面のまま言葉を織り重ねていく。まあルックスは悪くないし、別に気にしないが。
緊張気味なのか、少女は息を吸ったり吐いたりを繰り返す。最後に大きく息を吸い。

「こんにちは、そして初めまして。わたくしめの名前は、紬――」





「紫さん、待ってください!!!」





こういうタイミングでは、必ず邪魔が入ってくるものなのだろうか。振り向けば、そこには眼鏡を掛けた少女が腕組みをして立っていた。
少女は、紬ちゃんと同じ赤い制服を着ていた。同級生なのだろう。紺色の髪をツインテールにしている。

「紫さん、何をしているんですか?!」
「何を……? わたくしめはただ、自己紹介を――」
「見ず知らずの人物に自己紹介をする人がどこにいるんですか?!」

名前を最後まで言ってしまったのは君なんだけれどね、と心の中で呟く。ふむふむ、つむぎゆかり、か……。

「紬ちゃん、その子は?」
「こちらはわたくしめの学友の長谷部遥さんです」
「紫さん、私の名前を勝手に出さないでください?!」

どうやら助けに来たようだが、友達が天然だったようだ。名乗るつもりは毛頭なかったのだろう、長谷部ちゃんは紬ちゃんに説教を始めてしまった。

「先生からも、今日のホームルームで注意があったばかりではないですか! 最近、街で不審な男達が活動をしているって!」
「まあまあ、長谷部ちゃん。落ち着いて、リラーックス」
「馴々しく名前で呼ばないでください!」

天然少女の紬ちゃんとは対照的に、長谷部ちゃんはガードが固いようだ。眼鏡が光り、威圧感を漂わせている。
話し合いではきっとうまくいかないだろう。だとしたら――。

「じゃあ、こうしないかい?」

――デュエリストとして戦うまでだ。

「ミーと長谷部ちゃんでデュエルをする。もし長谷部ちゃんが勝ったら、ミーは紬ちゃんを諦める事にする。綺麗サッパリ、ジ・エンド、ってね」
「……もし私が負けたら?」

決定方法がデュエルだからか、長谷部ちゃんは先程よりも若干乗り気になってくれたみたいだ。

「一緒にディナーを食べる。オフコース、長谷部ちゃんも含めて3人でね」
「……いいでしょう、分かりました。この勝負、負けません!」

ビシッ、と指を僕に向ける長谷部ちゃん。相当な自信があるようだ。

「じゃあデュエルの前に、ミーも自己紹介をしないとね」

歯を見せ、笑いながら口を動かす。

「マイネームイズ、ヤスヒコ!」



田中康彦――それが、僕の名前。





同日 15:58
とある飲食店の前

「準備はオッケーかい?」
「もちろん問題ありません。そちらは?」
「んー……ちゃんと康彦さんって呼んでもらえるとハッピーなんだけれど……まあ今はいいか」
「そちらは?」
「いつでもオッケーさ――それじゃあスタートしよう」

互いにデュエルディスクを起動させる。まわりにはまだ始まってもいないのに、多くの観客がいた。紬ちゃんも最前列に立ち、手を振っている。
 他者の注目を浴びるのは気持ちが良い。デュエリストはやはり、僕に合った職業のようだ。



「「デュエル!!!」」

――そして、「決闘」が始まった。



康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

遥:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行はゲットしちゃうよ! ドロー!!」

そう言い終わる前に、僕はカードを1枚ドローした。

「んー、そうだねー。モンスターとカードを1枚ずつセット。ターンエンドだよ」
「……意外と慎重派なんですね」
「ん? ミーに惚れたのかな?」
「なっ……そんな訳ないでしょ?! なんでいきなり話が飛躍するのよ?! 馬鹿じゃないの?!」

あらら、口調が変わったぞ? まさか、長谷部ちゃん……。

「その眼鏡、伊達眼鏡?」
「えっ? いや、まあ、そうだけれど……」
「なるほどなるほど……それでハートをガードしているのか」
「な、何言ってんのよ――あっ」

自分の口調の変化に気付いたのか、長谷部ちゃんは口を手で押さえた。もう遅いけれどね。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

遥:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「くっ……私、しっかり! ドロー!」

顔をぺちぺちと叩き、長谷部ちゃんがカードを1枚引く。



 強気な態度。
 心を鎧う眼鏡。
 その奥にある本来の姿。
――その姿は、なぜか学生時代の友人とダブって見えた。



「私はモンスターを召喚! 地獄の業火で敵を切り裂け、《フレムベル・ヘルドッグ》!」

長谷部ちゃんが出したのは、なかなかに高ステータスな猟犬だった。いや、それとも「良」犬なのかな?



《フレムベル・ヘルドッグ》
効果モンスター
星4/炎属性/獣族/攻1900/守200
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、自分のデッキから「フレムベル・ヘルドッグ」以外の守備力200以下の炎属性モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる。



「へーぇ。長谷部ちゃんのデッキは【フレムベル】なのかな?」
「どうでしょうか? まあ汚物は消毒、が心情ですけれども」
「おおぅ……デンジャラスだね、全く!」

構成は違えど、「焼き尽くす」構成。ますます友人とそっくりだ。この子、本当は「委員長」の子供なんじゃ……。
……いや、ないな。考える事がナンセンスだった。
僕と同じ年に卒業したのだから、「彼女」も24歳のはず。目の前で僕を睨み付けている少女はおそらく高校生。
論理的にも、倫理的にも合わない年齢だ。まあ、深く考えるのはこれで終わりにしよう。

「《フレムベル・ヘルドッグ》で伏せモンスターを攻撃!」

考察をしている間に、炎で「鎧った」長谷部ちゃんの犬が僕のモンスターに迫ってくる。まあ、そんな簡単にはいかないよね……!

「リバースカードをオープン! 《強制脱出装置》!」

猟犬の体が光ったかと思うと、長谷部ちゃんの手札に戻ってしまった。眼鏡の奥の目が、驚きの余り丸くなっている。



《強制脱出装置》
通常罠
フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。



「ふふ、リバースカードの注意を怠ったね。それじゃあ委員長にはなれないよ?」
「……! カードを1枚伏せて、私のターンは終わりです」

悔しそうにカードを伏せる長谷部ちゃん。それが正論で、当然で。だから言い返す事が出来ない。
少なくとも、「委員長」だったらそうは行かなかっただろう。……否、リバースカードを警戒する必要は、「彼女」の場合はなかっただけかもしれない。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

遥:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「じゃあミーのターン。ドロー!」

正直な話、手札はかなり充実していた。それこそ、良過ぎるくらいに。

「ミーが出すのはこいつだ! カモン、《魔導戦士 ブレイカー》!!」

デュエルディスクにカードを叩きつける。僕の目の前に、魔法を操る剣士が現れた。



《魔導戦士 ブレイカー》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事でフィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。



「《魔導戦士 ブレイカー》は、召喚時に魔力カウンターを1つゲットする事が出来る……攻撃力もアップだ」

怪しげな光に包まれ、剣士の攻撃力が上昇する。まあ、すぐに元に戻るけれどね……。



《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:0→1
攻撃力:1600→1900



「さて、それじゃあ攻撃を――」

僕の「攻撃」という言葉を聞いた瞬間、長谷部ちゃんの表情がピクリと動いた。
……まだまだ、化かし合いには慣れていないご様子で。

「――する前に、《魔導戦士 ブレイカー》の効果を発動!」
「えっ、あっ」
「魔力カウンターを取り除き、長谷部ちゃんの伏せカードを破壊だ! マナ・ブレイク!!」



《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:1→0
  攻撃力:1900→1600



《魔導戦士 ブレイカー》の剣から、魔力で構成された弾丸が放たれる。長谷部ちゃんが伏せていたカードは容易く破壊された。
伏せていたカードは――おや、《火霊術―「紅」》?



《火霊術―「紅」》
通常罠
自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体をリリースして発動する。リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。



「なるほど、直接火力か……」
「焼き尽くすのがコンセプトなんです」
「ダメだよ、レディーはレディーらしくしていないと――それにしても面白いデッキを使うね、長谷部ちゃんは」
「……文句がありますか?」
「ノンノン! ミーは誉めているのさ! 他者とは違うデッキを組む事は、それはとてもエンジョイできているんだから!」
「ほ、誉められても何も出ませんよ」

顔がほんのりと赤くなってきた長谷部ちゃん。誉められる事に、余り慣れていないらしい。
それにしても、伏せカードの事は考え過ぎだったか……。考え過ぎて、自爆した感じだ。

「くよくよしてても仕方がないしな……じゃあ今度こそ、《魔導戦士 ブレイカー》で長谷部ちゃんにダイレクトアタック!」

剣士は一気に飛び上がり、その手に持つ剣を振り下ろした。場ががら空きの長谷部ちゃんに、斬撃が入った。



遥:LP8000→6400



「く……まだデュエルは始まったばかりです!」
「うん、その意気だよ。カードを1枚セット。ターンエンドだよ」
「……げ」

先程のターンと同様に、カードを1枚伏せる。長谷部ちゃんは、かなり嫌そうな顔をしていた。



康彦:LP8000
手札:3枚
モンスター:《魔導戦士 ブレイカー》攻1600
      伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

遥:LP6400
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターン……ドロー!」

長谷部ちゃんがカードを引き――ニヤリとする。

「まずは、その伏せカードを潰しましょう……発動、《ハリケーン》!」

その名の通りの大風が吹き荒れ、僕が伏せていたカード――《収縮》が手札に戻ってしまった。まあ、ここで使っても意味はないだろう。



《ハリケーン》
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。



 しかし、わざわざアドバンテージを取らずに大事な制限カードを使ったという事は、それはつまり――。

「さらに、今度は《手札抹殺》を発動! 手札を全て捨て、お互いに4枚ずつ引きます!」

――やっぱり。引いたカードはそれだったか。



《手札抹殺》
通常魔法
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。



手札を渋々といった様子で入れ替える僕と、嬉しそうに入れ替える長谷部ちゃん。対照的すぎて、泣けてくる。



捨てたカード一覧

康彦:《サイバー・ドラゴン》
《アーマード・ビー》
《巨大化》
《収縮》

遥:《フレムベル・ヘルドッグ》
《ラヴァル炎湖畔の淑女》
《ラヴァル炎火山の侍女》
《ラヴァル・ランスロッド》



ん……? 「ラヴァル」が手札から……?

「もしかして、【フレムベル】と【ラヴァル】のミックスタイプ?」
「……まあ、見れば分かりますよね」

確かに長谷部ちゃんの言う通りだ。それ以外に答えはない。
だとすると、あの「切り札」が来る前に勝たないとなぁ……。

「私は……《フレムベル・グルニカ》を召喚!」

掛け声と共に、場に竜の上半身を持つモンスターが出現する。翼を広げ、竜人は吠えた。



《フレムベル・グルニカ》
効果モンスター
星4/炎属性/ドラゴン族/攻1700/守200
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。



「さあ、反撃開始です! 《フレムベル・グルニカ》で《魔導戦士 ブレイカー》を攻撃!」

守りの手段だった《収縮》はなく。魔導剣士は竜人の燃え盛る爪に切り裂かれて消滅した。



康彦:LP8000→7900



「この瞬間、《フレムベル・グルニカ》の効果を発動! 《魔導戦士 ブレイカー》のレベル分……すなわち800ダメージを与えます!」

竜人の口から火炎玉が吐き出され、僕にダメージを負わせた。熱さは感じないけれど……口から出てきたものを被るのは余り嬉しくはない。



康彦:LP7900→7100



「長谷部ちゃん、なかなかやるねぇ」
「だから、誉めても何も出ません! カードを2枚セットして、ターン終了です」

長谷部ちゃんの場にカードが2枚、裏で展開される。先程の《火霊術―「紅」》を伏せていた時とは違い、自信が2割増の表情をしていた。



康彦:LP7100
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:――

遥:LP6400
手札:1枚
モンスター:《フレムベル・グルニカ》攻1700
魔法・罠:伏せ2枚



「さて、どうするかな……ドロー!」

これで手札は5枚。顔には出さないが、内心では手札に満足していた。
ぶっちゃけてしまうと、《手札抹殺》の前よりも嫌な手札となっている。もちろん長谷部ちゃんにとって、だが。

「そうだなあ……まずはこれを使わせてもらうよ! 魔法カード、《地砕き》!」



《地砕き》
通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。



《フレムベル・グルニカ》目がけて、上空から巨大な神の鉄槌が振り落とされる。
しかし――。

「直接攻撃はさせません! カウンター罠を発動! 《フレムベルカウンター》!!」

――まあ、そううまくはいかない。神の手は炎に包まれ、やがて塵へと変わってしまった。



《フレムベルカウンター》
カウンター罠
自分の墓地に存在する守備力200の炎属性モンスター1体をゲームから除外して発動する。魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。



長谷部ちゃんは《フレムベル・ヘルドッグ》を除外して発動。《地砕き》を見事、無効にした。

「あー、ここで使っちゃうのか……」
「えっ? 何で使っちゃ――」
「いやいや、なんでもないよ……じゃあ、ミーはこいつを召喚だ!」

長谷部ちゃんをなだめて僕が出したのは、レベル4以下で最高の攻撃力を持つ「通常」モンスター――《ジェネティック・ワーウルフ》だった。



《ジェネティック・ワーウルフ》
通常モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻2000/守100
遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しき心は完全に破壊され、闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。



「《ジェネティック・ワーウルフ》、《フレムベル・グルニカ》をアタック!」

命令に従い、壊れてしまった人狼は竜人を襲う。攻撃力の差は縮める事が出来ず、竜人は破壊された。



遥:LP6400→6100



「さて、と。じゃあ僕も2枚伏せさせてもらおうかな」

まず先に1枚。次にもう1枚。その様子を、長谷部ちゃんはじっと見つめていた。

「ではこれで、ターンエンド――」
「エンドフェイズ時に、速攻魔法を発動! 《サイクロン》!!」

長谷部ちゃんの場に伏せられていたカードが開かれ、風の刄が飛び出す。それは、先に伏せたカード――《次元幽閉》を切り刻んだ。



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。



今度こそ、予想通りに何か仕掛けてくるという勘が当たった。長谷部ちゃん、良い意味でも悪い意味でもまっすぐなんだろうな。

「どうしましたか?」
「厄介なカードを破壊できて嬉しそうにする長谷部ちゃん、すっごくプリティーだなぁと思って」
「や、やめてください!」

……ほんと、まっすぐだ。



康彦:LP7100
手札:1枚
モンスター:《ジェネティック・ワーウルフ》攻2000
魔法・罠:伏せ1枚

遥:LP6100
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターン、ドロー!」

長谷部ちゃんはカードを引き――。



「……よしっ」



――分かりやすいサインを、出してくれた。

「切り札をお見せしましょう……魔法カード、《真炎の爆発》!!!」

引いたカードを僕に見せ――発動。【フレムベル】の切り札が、登場した。



《真炎の爆発》
通常魔法
自分の墓地に存在する守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。



「私が特殊召喚するのは《ラヴァル炎火山の侍女》、《ラヴァル炎湖畔の淑女》、《ラヴァル・ランスロッド》、《フレムベル・グルニカ》の4体! さあ蘇れ、炎を纏いし者達!」

このデュエル中1番に、長谷部ちゃんは輝いている。チューナー2体にその他が2体。確実にシンクロが可能な状況を作り出せるのだから、当然といえば当然か。
魔法カードから炎が吹き出る。派手な演出の末に――。





――《真炎の爆発》は崩壊した。





長谷部ちゃんは、先程とは打って変わって青ざめている。理解が出来ないのだろう。思考が停止してしまったのだろう。
多彩な演出の最中に横槍を入れたのは、もちろん僕――正確には、《神の警告》だったのだが。



《神の警告》
カウンター罠
2000ライフポイントを払って発動する。モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。



「さっきの《フレムベルカウンター》……あれが残っていれば、問題なく発動できたのにね? いやぁ、危なかった」
「そ、そんな……」
「だから言ったじゃないか。『あー、ここで使っちゃうのか……』って――あ、ライフは払ったよ」



康彦:LP7100→5100



半泣き状態の長谷部ちゃん。泣かせるつもりはなかったんだけれどなぁ……。

「も、モンスターをセットして、ターン終了です……」



康彦:LP5100
手札:1枚
モンスター:《ジェネティック・ワーウルフ》攻2000
      伏せ1枚
魔法・罠:――

遥:LP6100
手札:0枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:――



「じゃあ、ミーのターン。ドロー」

勝ちパターンに入ったのを感じ、僕はゆっくりとカードを引く。
……手札に来たのは、文字通り「決定的」な1枚。

「ミーはずーっとセットしていた《マシュマロン》をリリースし――」

バーン効果を狙ったつもりだったが、結局表になる事はなかった。まあ、こうしてリリース要員にする事が出来たからいいかな。

「――カモン、闇の中の『帝王』よ! 《邪帝ガイウス》!!」

場に、黒い帝王が降臨した。長谷部ちゃんは、絶望的だと言わんばかりにその姿を見上げる。
……「帝王」、か。またしても1人、思い出してしまったな。「涙」を見せぬ、女帝の少女を。



《邪帝ガイウス》
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。除外したカードが闇属性モンスターだった場合、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。



「邪帝の効果を発動! 除外するのは長谷部ちゃん、君の伏せたモンスターだ! ブラック・コア!!」
「……………………」

闇色の物体を作り出すと、《邪帝ガイウス》はそれを伏せモンスターに投げ付ける。次元の扉が開かれて、長谷部ちゃんのモンスター――《フレムベル・パウン》はこの世界から切り離された。



《フレムベル・パウン》
効果モンスター
星1/炎属性/炎族/攻200/守200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力200のモンスター1体を選択して手札に加える事ができる。



「《フレムベル・パウン》か……戦闘で破壊されていたら、まだ勝負は分からなかったかもね」
「……うぅ」
「それじゃあ――バトルフェイズに入ろうか」

邪帝と人狼が、すっかりおとなしくなってしまった少女を見下ろす。

「よし、2体でダイレクトアタックだ!!」

黒い弾丸と、白い鋭爪。2体の直接攻撃を受けて、長谷部ちゃんのライフは一気に減った。



遥:LP6100→1700



「さて、と。ミーは『これ』をセットしたらターンを終了するけれど――」

長谷部ちゃんに、今さっき引いたラストカードを見せる。
眼鏡の奥の瞳から、完全に光が消えた瞬間だった。

「――まだ続けるかい?」



《神の宣告》
カウンター罠
ライフポイントを半分払って発動する。魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。










同日 16:08
とある飲食店の前

「……完敗です」

ガックリと肩を落とす長谷部ちゃん。逆に、観客からは拍手や喝采が送られてきた。一通り騒ぎが静まったところで、観客はまた街の中へと溶け込んでいく。
 いや、1人だけはこちらに向かってきた。紬ちゃんが、ニコニコしながらこちらにやってくる。

「田中さん、お強いんですね。わたくしめは感動してしまいました!」
「いやぁ、運が良かったんだよ、運がね。ラッキーディって事さ」
「私にとってはアンラッキーディです……」

はあ、と大きなため息をつく長谷部ちゃん。どうやら本当に悔しいみたいだ。

「恥じる事はないさ。君がプレイミスをしなければ、ミーも今頃は勝てていたか分からないしね」
「そこなんです! 私、あのミスが悔しくて悔しくて……! アカデミアでもちょくちょくミスをしてしまうし……あー!」

「アカデミア」……? なかなか興味深いワードが、長谷部ちゃんの口から出てきた。

「君達、もしかして『デュエルアカデミア』の生徒なのかな?」
「はい。わたくしめと長谷部さんは、この街のデュエルアカデミアでデュエルを学んでいるんです」
「へぇ……そうか、制服が変わっていたのか……」
「もしや、田中さんもデュエルアカデミアに在学していらしたのですか?」
「まあね。ここに来るのは初めてなんだけれど、昔は別のデュエルアカデミアに在学していたんだ。……という事は、ミーは君達の先輩って事になるかな?」
「まあ、そうだったのですか!」
「認めたくないですが、そういう事になりますね……」

先輩と後輩の関係だと分かって喜ぶ紬ちゃんに、悔しいが負けた事に素直になろうとしている長谷部ちゃん。僕も、後輩と出会う事が出来て満足だった。

「ねえ、明日はフリーかい?」
「明日ですか? 明日も会わなければいけないんですか――」
「わたくしめは、放課後なら大丈夫だと思います」
「ちょっと、紫さん?!」

長谷部ちゃんの頑張りも空しく、紬ちゃんは予定を教えてくれた。授業が終了するのが午後3時。
 今日は休みの日だったので、紬ちゃんはショッピング、長谷部ちゃんは治安維持のためのパトロールをしていたらしい。治安を維持するはずが、ナンパ中の先輩にデュエルで負けるとは……長谷部ちゃん、本当についてないな。

「そうしましたら、明日の3時半にまたこの喫茶店でお会いしませんか? 田中さんから、いろんな話を聞いてみたいです!」
「うう……分かりました、私も行きますよ! 紫さんを1人にしたら、嫌な予感がしますから!」
「ははは、ミーはジェントルマンだよ? 長谷部ちゃんが考えているような破廉恥な事はしないさ」
「か、考えていません! 勝手に変な印象を植え付けようとしないでください!」

ナンパをしていた時点でジェントルマンではないだろう、と心の中で自分にツッコミを入れておく。

「今日は休みの中、邪魔をしてソーリーだったね! 今日のディナーは、明日のランチに変更という事で!」
「いいえ、わたくしめはとても楽しかったです! また明日会いましょう!」
「さようなら、先輩」

振り向いてさようなら、と手を振る紬ちゃん。
 結局最後は回りに回ってツンに戻ってしまった長谷部ちゃん。
……終わってみれば、意外と充実した時間だったかもしれない。





さて、この後はどうしようかと思いを巡らせてみる。
正直なところ、今日は後輩2人に会う事が出来た事に満足してしまった。他に何かが起こっても、興奮が冷める事はないだろう。

(下宿に戻って今日は休むかな……電車で揺られていたから、気付いていないけれどきっと疲れているし)

この街の観光案内も、紬ちゃんなら引き受けてくれそうだ。長谷部ちゃんもあの調子なら、渋々付き合ってくれるだろう。
明日はどんな事を話そうか。何を話したら、喜んでくれるだろうか。





――そんな楽しい事を考えている僕の視界に、1台の黄色いバスが入ってきた。
 危険色の、「黄色」いバスが。





バスの側面には、黒い文字で「小学校バス」と書かれている。送迎用のバスと、一瞬で理解した。
 なんとなしに、僕はそのままバスを見続ける。何を思って見るわけでもなく。
黒や赤のランドセルを持った小さな子供がたくさん乗っている、その中に――。





――見間違えるはずがあるものか。「彼女」が、バスに乗っていた。





終わらない。終われない。
僕と「彼女」の因縁は。今再び交差(クロス)して、僕の心を傷つけえぐる。
僕と「彼女」――加藤友紀の因縁は。6年の歳月を経て、再び――。




02話  「子供」

 僕がこの都市に来ようと決めた理由は、実は無いに等しかった。
 仕事から帰ってきてつけたテレビで報道されていたり。流行に乗るためにファッション誌を読んでいるとよく特集となっていたり。
 僕とこの都市との繋がりはそんなものだった。はずだった。だから、羽を伸ばすための場所に選んだのも偶然だったのだ。



 目が覚めて。朝起きて。
 ――すべてが嘘だったらどんなに良い事か。





 09/16 08:12
 ホテル 1005室

 僕を眠りから覚ましたのは、昨日のような電車のアナウンスではなかった。
 甲高い電波音――携帯電話の着信音。頭痛に顔をしかめながら、横の机にあるそれを、腕を伸ばし掴み取る。



 ――画面には、「長谷部ちゃん」と表示されていた。



「アロー……」
『おはようございます――って、田中さん。もしかしてまだ寝ていましたか?』
「いいや、君のコールで目が覚めたよ。サンキュー」
『どのみち寝ていたんじゃないですか……』

 寝起きのはっきりとしない頭のせいで、僕は長谷部ちゃんと漫才をしてしまっているようだ。長谷部ちゃんはやはりため息をつく。
 ちなみに長谷部ちゃんと僕は、昨日の一件の間に携帯電話の番号とメールアドレスを交換していたりする。紬ちゃんが携帯電話を持っていなかったため、止むを得ずという形で交換したのだった。

「おや? 君はもう授業タイムじゃないのかい?」
『そうだったのですが……諸事情で今日も授業が潰れてしまいまして』
「は……? デュエルアカデミアって、そんなに――そんなにフリーダムな学校なんだよな……」
『先輩も苦労していたみたいですね……』

 長谷部ちゃんの声も、どこか呆れ気味になっている。治安というか、風紀というか……まあ、乱れに乱れているだろう。平日の授業が、しかも2日連続で潰れるとは。

『それでですね……授業という最優先事項がすべて消し飛び、私は詰めデュエルの本を読んでいるわけなんです』
「つまり、フリーだと」
『はい、フリーです』
「……………………」
『……………………』



 ……………………。



『なんか言ってよ!?』

 訳の分からない怒られ方をされてしまった。理不尽にも程がある。

「なるほど……長谷部ちゃんはミーに会いたくてたまらない、と。約束の時間よりも早めに会いたくてたまらない、と」
『そ、そんな事は言っていないわよ!』

 口調が「鎧って」いないものになっている。電話を片手に、真っ赤になっている長谷部ちゃんが容易に想像できてしまった。

「……いいよ。どこで待ち合わせるかい?」
『い、いいの……?』
「どうせ観光にきたんだ、やる事は決まっていないからね。あ、でもミーが分からない場所を待ち合わせの場所にするのはよしてくれよ」
『私、そこまで捻くれていないわよ』

 ハハハ、とつい僕は笑ってしまった。長谷部ちゃんは……大丈夫、怒っていないようだ。

『じゃあ、昨日の飲食店の前でいい? 時間は――すぐに、でいいかな』
「ああ、構わないよ。着替えたらすぐに向かうよ」
『うん、それじゃあ待っている』

 プツッ、とちぎれるような音を立て、電話が切れた。僕は携帯電話を隣の机に再び起き――部屋の様子を見る。



 ――一言で表すならば、「荒れていた」。
 床には洋服が散乱し。
 机には飲み切ったビールの缶が積み上げられ。
 布団もかけずに、僕はベッドで横になっていたのだった。



 酔っていた時の記憶が定かではないので何とも言えない。いや、まず缶ビールを飲んだ事すら怪しいくらいだ。
 それでも――これは僕の仕業なのだろう。今日着るための洋服を床に散らばった中から探し出しながら、僕はため息をついた。
 長谷部ちゃんとの電話が切れた瞬間――僕は「現実」に引き戻されていたのだ。





 同日 08:52
 とある飲食店の前

「待たせてゴメンね」
「いえ、私も急に誘ってしまいましたので」



 そこにいたのは、昨日とは似ても似つかぬ姿の長谷部ちゃんだった。



 まず眼鏡が無い。伊達であったしかけていなくても何の問題もないが……顔を見るたびに、違和感がやってきた。
 次に、今日はツインテールの日ではないらしく、後ろにまとめてポニーテールにしていた。髪に気をつかう辺りに、女の子らしさを感じられた。
 極め付けは服装。半袖の白いTシャツに、きわどい長さの――いや、短さといった方が良いのだろうか――紅のミニスカート。黒いとニーソックスそれとの間には、少女そのものを表す絶対領域が――。

「……何ジロジロ見ているのよ」

 スカートを押さえ、僕を睨む長谷部ちゃん。なんというか、ずるい。

「長谷部ちゃん、本当に治安維持のパトロールをしているの?」
「嘘をついても仕方がないじゃないですか」
「まあそれは正しいけれど……」

 ジト目の長谷部ちゃんが僕を睨み付ける。あぁ、「鎧って」いるのか……。

「じゃあ、朝食を食べられる場所に案内してくれないかい? ミーはもうハングリーだよ」
「朝食を……ああ、起きたばかりでしたもんね」
「長谷部ちゃんに起こされてしまってね」
「そ、それはそうですけれど……」
「ハハハ、冗談だよ。さあ、行こう!」





 3分もかからずに、長谷部ちゃんは店を決定していた。

「ここでもいいですよね、先輩」
「『バーガーワールド』、か……」



 説明しよう。
 「バーガーワールド」とは、いまや全国にチェーン店があるハンバーガーショップである。
 1号店が開店した当初は同系列の「カロリーバーガー」に客を取られがちであった。
 しかしである。とある脱獄囚が入店・昇天をした事で一変。「脱獄してでも食べたいハンバーガー」という逆転の発想により、人気は急上昇したのだった。
 今では御覧の通り、「ハンバーガーといえば『バーガーワールド』と『ロシア産ウォッカ』」と言われるまでになった。もちろん、車で来た客にはウォッカを出す事は出来ないのだが。
 無論、僕も食べに行った事があった。ハンバーガーは安値なのにおいしい、接客なども満足のいく内容などと、良い印象がある。



 何号店かは分からないが、その「バーガーワールド」に僕達は入っていく。
 入ってすぐの場所。そこに、美しいというよりは可愛い桃色の髪の少女――どう見ても高校生の気がする――が制服を着てポーズを取っていた。



「ハ〜〜イいらっしゃいませお客様2名様ですね〜〜〜☆ 只今お席に……ご……」



 桃色の髪の少女と長谷部ちゃん。
 2人が、同時に硬直した。





 同日 09:03
 バーガーワールド

「……ツァンさん。これはどういう事ですか?」

 御覧の通り、尋問が始まっていた。

「ご、ご注文が決まりましたら『別の』店員がお伺い――」

 ツァンと呼ばれた少女の言葉に反応するかのように、長谷部ちゃんは店員を呼ぶためのボタンを素早く押した。ピーンポーンと音が鳴るが、当然店員は助けには来なかった。

「……学生のバイトは、校則で禁じられているはずですが?」
「い、いやその、ボクはバイトをしているんじゃなくって――」
「その姿はどこからどう見たってバイトじゃないですか!?」

 先程、本当に治安維持のパトロールをしているのかと疑問に思ってしまったが、前言撤回である。
 長谷部ちゃん……君は鬼だ。

「まあまあ、長谷部ちゃん。落ち着いてよ、クールダウン」
「先輩は少し黙っていてください。これは現役の学生の問題です」
「……………………」

 どうやら僕の言葉は、焼け石に水のようだ。どうなる事やらと思っていたのだが――。



「……長谷部さん、その人は誰?」



 ――ここに来て、ツァンちゃんの方が反撃を開始した。

「誰って……話をはぐらかさないでください。今問いを出しているのは私――」
「ふーん……つまり、ボクには言えない様な関係なんだ」
「な……何を言っているの、ツァン・ディレ?!」

 長谷部ちゃんが立ち上がる。その顔は、炎のように赤くなっていた。
 桃色の髪の少女は、ツァン・ディレというようだ。長谷部ちゃん、教えてくれてありがとう。

「えっと……先輩さんでしたか?」
「ああ、卒業生だよ。名前は田中康彦」
「田中さん。長谷部さんとは、で、デート中なんですか?」
「は、はあああァァァッ?!!」

 長谷部ちゃんが絶叫する。長谷部ちゃん本人はさらに真っ赤になるし、言ったツァンちゃんもなぜか頬を赤らめているし、まわりの視線は痛いし……。色々と最悪で、混沌としていた。

「ち、違う、違うわよ?! 私は別に先輩の事をにゃんとも――」
「あ、噛んだ」
「う……ぐぬぬ……!?」

 状況は一変。今度はツァンちゃんがペースを握り始めた。

「別にいいわよ。ボクがアルバイトをしている事を言えばいいじゃない! その代わり、ボクも同じように爆弾を投下してあげるから!」
「だ、だから先輩とは何の関係でもないの!」
「長谷部ちゃん、照れちゃダメだよ。それとも、ミーが嫌いかい?」
「話をややこしい方向に持っていかないでください!?」

 ゴメン、つい出来心で。

「長谷部さん。もしボクのアルバイトを見逃してくれたら、今日のラブラブは見なかった事にするわ」
「ラブラブ言うなぁ! あと、決定権があなたにあると思っているの、ツァン・ディレ?!」
「何よ、悪い?! 埒があかないわ、こうなったらボクとデュエルで――」



「お客様方……」



 ツァンちゃんの背後から、1人の男が現れる。声に反応し、ツァンちゃんの肩がビクッと震えた。

「他のお客様の迷惑になりますので、大声でのやり取りはご遠慮願います……」

 それは額に「777」と書かれた、サービス精神旺盛な男(店長)だった……。





 同日 09:36
 バーガーワールド

 一悶着あったが、結果としてなんとか収拾がついたようだ。

「やっぱり『バーガーワールド』のケチャップは美味しいですよね」
「んー、ミーとしてはマスタードも一緒に入っていてくれたら嬉しかったんだけれどね」
「マスタードねぇ……後で店長に相談してみようかな」

 収拾がついたようだが、なぜか長谷部ちゃんの隣にはツァンちゃんが座っていた。制服姿から着替えている辺り、「今日は頭を冷やせ」という事だろうか。

「ツァンちゃんもデュエルアカデミアの生徒なのかい?」
「はい、そうです。先輩は……?」
「ミーは6年前に卒業した、ただの一般ピープルさ」

 ハンバーガーの包み紙を丁寧にたたみながら、僕は答える。女性はふとした仕草もきちんと見ているもので、その証拠に長谷部ちゃんは包み紙が折られていく様をしっかりと捉えていた。

「さて、朝食を食べ終えたし……ツァンちゃんも、観光案内をしてくれないかい?」
「え……?!」

 ツァンちゃんは驚いた表情を見せる。逆に、長谷部ちゃんは僕を睨み付けた。

「またナンパですか、先輩…?」
「そのナンパデュエリストに電話を――むぐぐ」
「それ以上はダメです!」
「電話……?」

 長谷部ちゃんに口を塞がれてしまった。これ以上、不利な証拠を出されるのは困るだろう。

「長谷部ちゃんも一緒に行きたいってさ」
「言っていない……言っていないけれど……!」
「まあ元から予定丸潰れの1日だったし、ボクは別に構いませんよ?」

 ツァンちゃんも休校の影響を受けていたのだろう、あっさりと承諾してくれた。
 ツァンちゃんと長谷部ちゃんが話を始める。まず始めにどこを回るかを決めているようだ。



 僕にも2人の様な学生時代があった。喜怒哀楽に満ちた、素晴らしい学生時代が。
 ――その締め括り、最後の「出来事」を含めなければ。





 同日 12:48
 噴水広場

「お待たせしてソーリー。これがツァンちゃんの分で……こっちが長谷部ちゃんの分」
「ありがとうございます」
「いいんですか? 奢ってもらっちゃって……」
「元はと言えば、ミーのせいでバイトが休みになっちゃったんだ。気にしないでくれよ」

 長谷部ちゃんに焼そばパン、ツァンちゃんにクレープを手渡し、僕は2人の真ん中の席に座った。
 2人は色々な都市の「顔」を見せてくれた。「バーガーワールド」を出発して約3時間だが、もうお腹いっぱいという感じだ。

「君達に案内してもらえて、ミーは本当に感謝しているよ」
「べ、別に何も予定がなかっただけなんです」

 ツァンちゃんが「ツン」を見せる。観光中は楽しそうに話をしてくれた様子を見ると、この子は俗にいう「ツンデレ」というもののようだ。

「長谷部ちゃんもツァンちゃんも、ずっとこのシティで暮らしてきたのかい?」
「私はずっとここにいました。母がここ出身ですので」
「ボクは1年前から。まあ1年も住んでいれば、街の事は少しは分かるようになりますし」
「ふ……新参者でしたか」
「何今の発言?! すごくイラッときた!」

 うがー、と吠えるツァンちゃんと、それを無視して焼そばパンを口に入れる長谷部ちゃん。
 ちなみに僕が食べているのはたこ焼きだ。先程ハンバーガーを食べたばかりだったので、あまり重いものは食べられないからである。

「ん……? じゃあ、君達は高校1年生って事かい? うーん、若いっていいねぇ」
「誉めているんだよね……?」
「でもそうか……じゃあツァンさんは同学年だけれど『あれ』を知らないのか……」
「『あれ』……? 何それ?」
「話してくれないかい?」

 長谷部ちゃんの話に引き付けられる僕とツァンちゃん。何かを思い出そうとしながら、長谷部ちゃんは話を始めた。

「私が小学校6年生の冬……だからだいたい4年前かな? 1人の教育実習生が私のクラスに来たんです」

 教育実習生。懐かしい言葉である。
 確か、僕の通っていた時代にも《サイバー・ダイナソー》を使う人が来ていた気もしなくはないが……どこへ行ったのやら。どんな名前だったのやら。

「それで、色々なハプニングを仕掛け――ハプニングがありましたが、なんとか無事に最終日となりました」
「今、言い直した? ボクにはそう聞こえたんだけれど」
「き、気のせいです」

 残念な事に僕にも聞こえていたが、あえて追求するまい。

「で、最終日にその人が言った言葉がおかしくって……でもすごく印象的で――こほん」

 1つ咳払いをし――。



「1つ! ルールを守って!」

 ――放った言葉は、僕の脳天を直撃した。直撃してもなお、僕は願う。
 どうか、「彼女」の言葉ではありませんように、と。



「2つ! みんなで楽しく!」

 だがそんな僕の願いを無視するかのように、長谷部ちゃんは言葉を続ける。
 ……決定的だった。



「3つ……困った時には助け合い……」

 これを言ったのは、長谷部ちゃんではなく僕。ツァンちゃんと長谷部ちゃんは、僕の言葉に表情を変える。



「4つ……譲り合いの精神で――」

 なぜこれが分かるのか?
 「彼女」から聞いた言葉を、なぜ僕が知っているのか?
 簡単な話である。



「――これが私達の歩くデュエル道」

 これは、僕と「彼女」で考えた言葉だった。
 2人で笑いながら考えた、そんな「過去」の言葉――。



「……あれ? 私の時は確か――」
「長谷部ちゃん、行きたい場所が出来た」

 2人からゴミを回収し、立ち上がってゴミ箱に向かう。ゴミ箱には当たり前ではあるが、様々なゴミが捨てられていた。
 今から僕が向かうのは、こんな風に当たり前のように僕を、僕の「人生」を捨てた人の場所。



 何の意味があるかは分からない。行ったところで何も変わらない。
 それでも――僕は「彼女」を求めずにはいられなかった。
 1度は分かり合えていた「彼女」、加藤友紀の事を――。





 同日 13:26
 小学校 正門前

 電車を使い、バスで移動をし、歩き――。

「ここですけれど……先輩、大丈夫ですか? 顔色がすぐれないみたいですけれど……」
「大丈夫さ……今のところは……」

 ――辿り着いたのは、小さな小学校だった。都市の中心からかなり離れると、まだまだ自然が残っている。そのなかに1つ、木造の校舎が。

「へぇ、学び舎って感じの場所ね……で、田中さんはこの後どうするんですか?」
「……どうしようかな」
「え゛」

 正直なところ、友紀と話す内容をまったく考えていなかった。ただ会いたいという気持ちだけで、ここまで辿り着いてしまったのだ。

「あんまり長く立ったままだと、怪しく見られてしまいますよ?!」
「いや、そうなんだけれど……」

 どうする。授業中であるはずの彼女を、わざわざ引っ張りだす事など出来はしない。
 かといってここで引き返す訳にもいかない。ツァンちゃんと長谷部ちゃんを歩かせてしまった分、なおさらその気持ちが強くなる。
 悩んだ末に、僕が選んだ選択肢は――。



「何をしているの、学校の前で」



 ――予想外の事態によってキャンセルされた。背後からの、子供の声によって。

「……無視? 質問にはだんまりを決めていいって、小学校で習ったの?」

 振り返るとそこには眼鏡をかけた金髪少女が、腕組みをして立っていた。見るからに警戒心MAXである。

「あ、あのね? 私、実はここの卒業生で――」
「ごめんなさい、お姉さん。質問の対象はそこの『大人』にしているの」

 長谷部ちゃんが間に入るが、少女は動じずに続けていく。「大人」をやけに強調していたな……。

「私は心が広いから、もう1回だけ質問をしてあげる――何をしているの、学校の前で」

 長谷部ちゃんといいこの少女といい、どうしてこうも初対面の印象が最悪なのだろうか。しかもどちらも眼鏡だし。

「まずは失礼がないように、お互いに名乗らないかい? ミーは田中康彦。君は?」
「……M.A.イングリット」

 イングリットと名乗った少女は、名乗って再び沈黙。質問への答えを待っているようだ。言葉といい態度といい、刺だらけの少女だ。

「……どうしても言わなければならないかい?」
「言えないような事なの? これだから『大人』は嫌いなのよ」
「……………………」



 イライラが募っていく。
 頭に血が上っていく。
 馬鹿にしやがって。
 何様のつもりだ。
 舐めるな――。
 「大人」を。



「…………エルだ」
「は? もっと大きな声で――」
「デュエルだ!!!」
「ひッ……?!」

 カバンからデュエルディスクを取り出し、装着する。その様子を見ながら、イングリットは怯えた表情を見せる。
 僕はイングリットの方を見る。目が合ったが、イングリットが視線をそらした。

「どうした? なぜ準備をしない? ……ああそうか、『子供』だから言われないと分からないよな」
「……!?」
「僕とのデュエルに勝ったら、何でも教えてやるよ。ここに来た理由じゃなくても、お前が知りたい事全てをな」

 その代わり――と僕は続ける。一人称を「ミー」にする事を忘れていたが、もうどうでもいい。

「イングリット。負けたらその時は――覚悟は出来ているんだろうな?」
「……や、やってやろうじゃない」

 震える手で、イングリットはカバンを開ける。デッキをセットし、準備が完了した。

「せ、先輩……あの――」
「君達は先に帰れ」

 昨日とは別人の僕に、長谷部ちゃんは驚いているようだ。ツァンちゃんは――同様に動揺、か。

「紬ちゃんに伝えてくれ。約束を破って、申し訳ないって」
「……………………」
「よろしく頼むよ――後輩達?」

 にっこりと笑う僕の顔を見て、長谷部ちゃんはゆっくりと頷く。そして元来た道を、ツァンちゃんと共に戻っていった。



 パトロールを行っている性質上、長谷部ちゃんは理解できたのだろう。
 帰らないと、次はお前だぞ――僕の言葉に込められていた、そんなメッセージに。



「さあ、客はいないからテンションは下がるけれど――楽しもうか、『子供』」
「うるさい……だから『大人』は嫌いなんだ!」

 デュエルディスクが起動し――。

「「デュエル!!!」」

 ――デュエルが始まった。



イングリット:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行は私から! ドロー!」

 眼鏡を光らせ、イングリットがカードを引く。

「私はモンスターとカードを1枚ずつセット!」

 イングリットの場に伏せられたカードが2枚展開された。僕はふっ、と鼻で笑う。

「おいおい、それで勝つつもりか?」
「……! 勝ってやる……勝ってみせる! ターンエンド!」

 昨日の僕も、確か同じ動きをしていた。そして、それを棚に上げて僕はイングリットをけなしている。



 僕は最低なやつだ。
 自分の怒りやストレスを、他者にぶつけている。
 言葉は人を傷つける事を、自分は1番に理解しているはずなのに。
 それでも――止まらない。怒りは絶える事無く湧き続け、僕はそんな自分にさらに怒りが湧いてきた。



イングリット:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「僕のターン、ドロー」

 僕は引いたカードを手札に加え、入れ替わりにカードを手に取る。

「さあ……まずは来い、《ニュート》!」

 デュエルディスクにカードを叩きつけると、僕の前に杖を手にしたモンスターが召喚された。



《ニュート》
効果モンスター
星4/風属性/悪魔族/攻1900/守400
リバース:このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、このカードが戦闘によって破壊された場合、このカードを破壊したモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。



 伏せカードは少しは気になったが、僕はそれをあえて無視する。

「《ニュート》で伏せモンスターを攻撃!」

 杖から光線が放たれ、伏せモンスターは破壊された。「サクランボ」の形をしたモンスター――カード名は《ナチュル・チェリー》か。



《ナチュル・チェリー》
チューナー(効果モンスター)
星1/地属性/植物族/攻200/守200
このカードが相手によってフィールド上から墓地へ送られた場合、自分のデッキから「ナチュル・チェリー」を2体まで裏側守備表示で特殊召喚する事ができる。



「《ナチュル・チェリー》の効果で、デッキの同名カードを1枚伏せるわ」
「……? なぜ2枚出さない?」
「持っていないから仕方がないのよ……手なんか抜かないわ」

 睨みながら説明をしてくれるイングリット。手を抜いているのだったら、次のターンから容赦しなかっただろう。
 ……もっとも。どのみち容赦などしない予定なのだが。

「カードを2枚セット。僕の番は終わりだ」



イングリット:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP8000
手札:3枚
モンスター:《ニュート》攻1900
魔法・罠:伏せ2枚


「私のターン、ドロー!」

 カードを引き、口に手を当てて考察を開始するイングリット。
 《ナチュル・チェリー》は星1のチューナーモンスター。シンクロ召喚をするかもしれない。レベル的に、星5のシンクロモンスターで何を出すのかを考えているのだろうか。
 ――だが。結果として、イングリットはそうはしなかった。

「伏せた《ナチュル・チェリー》をリリース!」

 前のターンに召喚された「サクランボ」が消えていく。まさか……アドバンス召喚?!

「さあ来て! 大地に生えし、弾丸の子よ! 《ナチュル・バンブーシュート》!!」

 地面を突き破って現れたのは、巨大な「タケノコ」だった。
 これで確定した。イングリットのデッキコンセプトは――【ナチュル】だ。



《ナチュル・バンブーシュート》
効果モンスター
星5/地属性/植物族/攻2000/守2000
「ナチュル」と名のついたモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功したこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。



 アドバンス召喚に使用したのは《ナチュル・チェリー》。つまり効果が働くという事――僕は魔法・罠カードを使用する事が出来なくなってしまったという事だ。

「《ナチュル・バンブーシュート》で《ニュート》を攻撃! ガイア・キャノン!!」

 タケノコは急スピードで突貫、《ニュート》の体に風穴を開けて破壊する。爆風が、僕のライフをほんの少し減らした。



康彦:LP8000→7900



「まあ100ポイントくらいのダメージは受けよう。《ニュート》の効果発動! 《ナチュル・バンブーシュート》のステータスを、500ずつ下げる!」

 破壊された《ニュート》の怨念がタケノコの動きを封じ込める。これで、次のターンには破壊できるだろう。



《ナチュル・バンブーシュート》
……攻撃力:2000→1500
  守備力:2000→1500



 自分のモンスターのパワーダウンに、イングリットは舌打ちをする。
 だがイングリット。本当の「悲劇」は――ここからだ。

「ライフポイントに戦闘ダメージが入った――よって、手札からこのモンスターを特殊召喚する!」
「?! ダメージによる特殊召喚?!」
「そうさ。さあ現れろ! 《トラゴエディア》!!」

 僕の心の闇ではないと信じたい――そんな「悲劇」を名に持つモンスターが、僕の背後に出現した。
 さあ、イングリット。お前の罪の重さはどれほどだ……?



《トラゴエディア》
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻?/守?
自分が戦闘ダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の枚数×600ポイントアップする。1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターと同じレベルの相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してコントロールを得る。また、1ターンに1度、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、このカードのレベルをエンドフェイズ時まで、選択したモンスターと同じレベルにする事ができる。

《トラゴエディア》
……攻撃力:1200
  守備力:1200(手札:2枚)



「……くっ、私はターンエンドよ」

 何も対抗手段がないのだろう。「悲劇」を見上げながら、イングリットはターンを終えた。



イングリット:LP8000
手札:4枚
モンスター:《ナチュル・バンブーシュート》攻1500
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP7900
手札:2枚
モンスター:《トラゴエディア》攻1200
魔法・罠:伏せ2枚



「僕のターン、ドロー」

 カードを引く僕。当然手札が増え、《トラゴエディア》のステータスが上昇した。



《トラゴエディア》
……攻撃力:1200→1800
  守備力:1200→1800(手札:2→3枚)



 このまま《トラゴエディア》で攻撃すれば、おそらく《ナチュル・バンブーシュート》は破壊されるだろう。僕は再び魔法・罠カードを使用する事が可能になるし、少しだがイングリットにもダメージが入る。
 でも、だ。僕は引いたカードを見つめ、選択した。

「3つ目の効果を発動する。手札から墓地に送るカードは、星5の《サイバー・ドラゴン》!」
「……?! しまっ――」
「同じ星5の《ナチュル・バンブーシュート》……使わせてもらうぞ、イングリット!」

 手札の《サイバー・ドラゴン》をイングリットに見せ、墓地に送る。《トラゴエディア》が吠えると、「タケノコ」は飛び上がって僕のフィールドへとやってきた。



《トラゴエディア》
……攻撃力:1800→1200
  守備力:1800→1200(手札:3→2)



 これにより、僕が魔法・罠カードを使用する事が可能になったのとは逆に、今度はイングリットが魔法・罠カードを使用する事が不可能になった。
 この状況……間違いなく、イングリットには「悲劇」だろうな。

「2体とも攻撃力は高くない……だが、ここは少しでもダメージを稼がせてもらう!」
「やばっ……!」
「2体で、ダイレクトアタックだ!」

 「タケノコ」が突撃し、「悲劇」がブレスを浴びせる。イングリットのライフは、一気に3分の2程まで減少した。



イングリット:LP8000→5300



「何もやる事がないな……僕はこれでターンを終了するよ。降参は――」
「まだ勝負はついていないわ!」

 僕の言葉に、イングリットは素早く反応してきた。つくづく、イライラさせる「子供」だ。



イングリット:LP5300
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP7900
手札:2枚
モンスター:《トラゴエディア》攻1200
      《ナチュル・バンブーシュート》攻1500
魔法・罠:伏せ2枚



「なんか来て……ドロー!」

 勢い良くカードを引くイングリット。カードに目を通し、手札に目を通し――決定したようだ。

「私はこのモンスターを召喚! 《ナチュル・パンプキン》!」

 今度は「カボチャ」のモンスターが現れた。まるで2つの意味で料理してほしいと言わんばかりのデッキである。



《ナチュル・パンプキン》
効果モンスター
星4/地属性/植物族/攻1400/守800
相手フィールド上にモンスターが存在する場合にこのカードが召喚に成功した時、手札から「ナチュル」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。



「《ナチュル・パンプキン》の効果を発動! 相手フィールドにモンスターがいるので、手札から、《ナチュル・ナーブ》を特殊召喚!」

 「カボチャ」が大声を出すと、どこからともなく「葉脈」の名を持つ葉っぱのモンスターが登場した。確かこいつは、チューナーモンスターだったはず……!


《ナチュル・ナーブ》
チューナー(効果モンスター)
星1/地属性/植物族/攻200/守300
自分フィールド上に存在する、このカードと「ナチュル」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する。相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。



 チューナーモンスターとそれ以外のモンスターが、イングリットの場にあっという間に揃った。僕を今一度睨み、彼女は宣言する。

「さあ、いくわよ! レベル4の《ナチュル・パンプキン》に、レベル1の《ナチュル・ナーブ》をチューニング!」

 《ナチュル・ナーブ》が光輪へ、《ナチュル・パンプキン》が光点へとその姿を変える。やはり、シンクロ召喚が来たか……!

「勝利へ近づくために! 3歩進んで、2歩下がる! シンクロ召喚!!」

 空に向かって手を突きだすイングリット。フィールドに襲来してきたのは、緑で彩られた美しい獣だった。

「私の切り札! 《ナチュル・ビースト》!!」



《ナチュル・ビースト》
シンクロ・効果モンスター
星5/地属性/獣族/攻2200/守1700
地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る事で、魔法カードの発動を無効にし破壊する。



 シンクロモンスターを召喚し、かなりご満悦そうなイングリット。
 ――彼女の「悲劇」は終わらない。終わらせるものか。

「喜んでいるところを悪いけれど……シンクロモンスターには早々に退場願おうか! リバースカードをオープン、《王宮の弾圧》!」
「あっ、そんなっ……?!」
「僕はライフを払い、《ナチュル・ビースト》の特殊召喚を無効にし、破壊する!」



《王宮の弾圧》
永続罠
800ライフポイントを払う事で、モンスターの特殊召喚及び、モンスターの特殊召喚を含む効果を無効にし破壊する。この効果は相手プレイヤーも使用する事ができる。

康彦:LP7900→7100



「そ、そうはさせないわ!! カウンター罠を発動! 《エクストリオの――あっ」
「自分がさっき召喚したモンスターの効果……忘れちゃったのか?」
「な、《ナチュル・バンブーシュート》の効果で、私は魔法・罠カードの発動が出来ない……」

 どうやら奪ったモンスターが活躍したようだ。何の抵抗も出来ないまま、イングリットの切り札は消滅した。



 《ナチュル・パンプキン》の効果の時点で《王宮の弾圧》を発動すれば、シンクロ召喚までいかずに破壊できた。
 もう1枚の伏せカードは《天罰》だし、《ナチュル・パンプキン》を破壊するやり方はいくらでもあったのだった。



《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。



 ……それを「あえて」しなかった僕は。何を考えながらデュエルをしているんだろうか。
 そして唐突に1つ、聞きたい事が出来た。



「何も出来ない……私はターンエンドよ」
「ねえ、イングリット。1つ言ってほしい事があるんだ」
「……私の質問には答えないくせに?」
「僕らは今、それを賭けてデュエルをしているんじゃないのかい?」

 僕の言葉に、憤怒の表情を見せるイングリット。やはりダメかと思ったが、「いいわ」と返事がきた。

「さっさとして。私も暇じゃないの」
「本当にイライラさせてくれるな……いくぞ。1つ、ルールを守って」

 僕の言葉に、イングリットはピクリと反応を見せた。

「2つ目以降を言ってほしいんだ。知っているかい?」
「どこでその言葉を聞いたのか問いただしたいところだけれど……質問に質問を返しちゃいけないから、言ってあげるわ」

 長谷部ちゃんと同じように咳払いをする。そして、言葉を出し始めた。

「1つ ルールを守って
 2つ みんなで楽しく
 3つ 困った時には助け合い
 4つ 譲り合いの精神で――」

 どうやら、この子は「彼女」に教えてもらっているのは間違いないようだ。すらすらと言ってくれた事に感謝をしようと――。



「――これが私の歩くデュエル道」



 ――したのに。最後の一言が全てを台無しにした。

「……私『達』の、じゃなかったかい?」

 僕が友紀とこのフレーズを考えた時は、確かに「私達」となっていた。
 2人で共に手を取り合って、という意味を込めて。
 なのに。

「私が知っているのは『達』が付いているわ。でも、どうして先生の言葉をあなたが――」



 全てが、もう元には戻らない。
 私「達」の道は、分離されていたのだ。
 やはり、ここに来るのは間違っていたのだ――。



イングリット:LP5300
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP7100
手札:2枚
モンスター:《トラゴエディア》攻1200
      《ナチュル・バンブーシュート》攻1500
魔法・罠:《王宮の弾圧》
     伏せ1枚



「……ドロー」

 引いたカードを、そのまま召喚する。一刻も早く、ここから消えたかった。

「《霊滅術師 カイクウ》を召喚する」

 僕の前に、呪われた僧が現れた。これで、僕の場には3体のモンスター。イングリットの場にはゼロ。



《霊滅術師 カイクウ》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守700
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の墓地に存在するモンスターを2体まで選択してゲームから除外する事ができる。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手はお互いの墓地に存在するカードをゲームから除外する事はできない。



「3体で、ダイレクトアタックだ」
「……?! きゃっ!?」

 同時攻撃により、イングリットのライフポイントは風前の灯となる。
 あと少し。あと少しで帰る事が出来る……。



イングリット:LP5300→800



「《霊滅術師 カイクウ》の効果で――《ナチュル・チェリー》2枚を除外してもらうよ」
「……くっ」

 宣言を受け、イングリットは墓地の2枚を取り出し、ポケットにしまった。

「さて――僕はサレンダーを推奨する」

 静かに、僕は言った。
 静かなのは落ち着いているからではない。心が、折れてしまいそうになっていたからだった。

「魔法もダメ、罠もダメ、特殊召喚もダメ。伏せているカードは《天罰》で、手札には《ならず者傭兵部隊》と《D.D.クロウ》がある」
「そん、な……」



《ならず者傭兵部隊》
効果モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードをリリースして発動する。フィールド上に存在するモンスター1体を選択して破壊する。

《D.D.クロウ》
効果モンスター
星1/闇属性/鳥獣族/攻100/守100
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。相手の墓地に存在するカード1枚を選択し、ゲームから除外する。この効果は相手ターンでも発動する事ができる。



「さて……イングリット、どうする? 何が出来る?」
「……………………」

 俯くイングリット。自分の置かれた状況が絶望的だという事が、ようやく分かったらしい。

「サレンダーをするんだ。今ならさっきの発言を許して――」



「や、やだっ、ヤダもん!」



 それは、先程までの威圧的な態度とは一変した姿だった。
 震えてカチカチと、歯が音を立てる。大きく見開いた目から、涙が溢れる。「子供」本来の顔に、イングリットはなってしまっていた。

「負けない、もん! わた、私は、アンタみたいな大人、なんかに……大人なんかにィィィッ!!!」
「す、すまなかった。僕が悪かった。だから――」
「こっちに来る、来るなあァァッ!!」

 悲痛な叫びで拒絶され、僕は動けなくなる。友紀の時は静かに拒絶された。こんな風に拒まれる事は、人生で経験した事がなかった。
 泣かせるつもりはなかった。恐がらせるつもりもなかった。僕はただ、ただ友紀に会いたくて――。

「お、おい……イン――」



 止める間もなく――目の前の少女は絶叫した。少女のカードが、地面に散らばる。
 それは既に言葉ではなかった。心の負の「塊」、「魂」の叫び。
 追い詰められた餓「鬼」の、精一杯の感情表現だった……。




 03話  「雨天」

 僕を拒絶した友紀を、僕は憎んだ。
 6年間、ずっとずーっと。どんなに忘れようとしても、思考は「L∞P(ループ)」を繰り返した。
 怒り、憎しみ、悲しみ――それは減るどころか、時が経つにつれて増えている気がする。
 彼女を心から愛していたのに。彼女を幸せにしたいと思っていたのに。僕は隣から去った元パートナーを想うたび、胸が痛んだ。



 でも、本当は――。



 ――結局のところ僕は、彼女を止める事が出来なかった「僕自身」を憎み続けているだけなのかもしれない。





 09/27 14:42
 噴水広場

 デュエルをしている男達。
 鳩や猫に餌を与える老人。
 はしゃぐ子供達の笑い声。



 ベンチに座ってカレーを食べる僕が、そんな公園の中にいた。
 隣に誰もいない、そんな僕が。



 長谷部ちゃん達と会わなくなってから、10日が過ぎていた。会いたくないという訳ではない、合わせる顔がなかったのである。
 始めの内は、長谷部ちゃんから電話やメールが来ていた。だが意味がないと悟ったのだろうか、5日が経過したところでぷっつりと着信が途絶えてしまった。

「……ゴメンな」

 この街で気軽に話せた3人の事を思うと、自分が情けなくなってきた。空に向かって、僕は謝る。どうせ聞こえない事は分かっていても、それでも謝らずにはいられなかった。



「……許す」



 予想もしなかった返事。ギョッとしながら、声の主を探すために空から目を離す。前には誰もいない。今の声は一体――。

「……隣」
「隣? 隣には――うわっ」

 驚きの余り、カレーを落としそうになる。
 隣――左には、亜麻色の髪の少女が座っていた。洋服は、どこかで見た事がある赤い制服。

「――って、デュエルアカデミアの生徒?」

 返事とばかりに、少女が頷く。その顔はまっすぐ前を向いており、僕と目を合わせようとはしない。

「えーっと……学校は?」
「……休み」
「あーなるほど……休み、ねぇ」

 「欠席」なのか「休校」なのかは定かではないが、今日は学校に行っていない事は確かであるようだ。これで良いのか、デュエルアカデミア。
 ……まあ、僕もたまに授業をサボっていたので、人の事をとやかく言う筋合いはないのだが。

「君は……名前は?」
「……………………」
「おっと、名乗るのが先だったね……僕は田中康彦」

 数日前の一件を思い出し、一応僕は先に名前を言っておいた。が。
 なぜか空を向いて考え始める少女。釣られて僕も、上を見てしまった。空はこれでもかと言わんばかりに青く蒼く碧く、澄み切っている。

「……レイン」
「レイン……?」

 こくり、と頷く少女。ようやく、僕の顔に目を向けてくれた。

「レイン……恵」

 雲1つない快晴の空の下で。僕は無口な雨の少女と出会った。





 同日 14:44
 噴水広場

 先程も伝えたが、レインちゃんはとことん無口な少女であった。出会ってたったの2分で、それが十二分に分かってしまう位に。
 いや、無口だけならまだ良かったかもしれない。

「レインちゃん、今日はどうしたの?」
「……気晴らし」
「気晴らしかぁ、そうかそうか。気晴らしって大事だもんね」
「……………………」
「ハハハ……」
「……………………」
「ハ……はぁ」

 無口・無表情・無関心と、レインちゃんはまさに《無の煉獄》そのものだった。ここまでくると、いっそ清々しくなる。

「レインちゃんは好きな食べ物はあったりする?」
「…………ない」
「じゃあ嫌いな食べ物もなかったりするの?」
「…………ない」
「好みの異性のタイプとかはあるかな?」
「…………ない」
「動物はやっぱり犬が1番だよね?」
「…………ない」

 ……まさに地獄である。最後は僕の好みを否定しているし。この少女、3つの無でも経験した事があるのだろうか?
 会話を商売道具としている人間にとって、反応ナシは最も辛い仕打ちであった。そしてそんな辛い仕打ちを、レインちゃんは顔色1つ変えずに行っていた。
 僕はカレーの容器をベンチに置き、自分の肩を叩く。気のせいではなく、かなり肩がこっていた。

「疲れた……?」
「まあね……ここ最近、ずっと疲れているよ」

 羽休めに来たはずの場所だったのに、逆に神経を削らせているような気がする。僕は老人のようにため息をついた。
 原因の1つは間違いなく友紀。そして、もう1つは――。





 時間は9月16日午後1時33分。
 場所は小学校の正門前。
 「鎧って」いた姿が剥がれ、M.A.イングリットが絶叫した瞬間だった。
 僕のありとあらゆる機能が固まり、数秒経ってからにゆっくりと思考が回復していく。



 なんとか出てきた選択肢は、2つだった。
 1つ――目の前にいる少女を、どんな手を使ってでも「黙らせる」。
 2つ――ここで少女を無視し、何事もなかったかの様に「逃げる」。



 結果として、僕は2つ目の「逃げる」を選んだ。「黙らせる」方法を考え付く程、きちんと頭が回転していなかったのだ。
 泣き止まぬイングリットをそのままにし、僕は来た道を走らず、しかし急ぎ足で戻っていく。1度も振り返らなかった。振り返れば、もっと後悔してしまう気がしたから。
 ホテルに戻ってベッドに潜り込んでも、イングリットの泣き声が耳から離れない。安眠できるようになったのは、3日後の事だった――。





「レインちゃんには、悩みがあるのかい?」

 適当な質問をしてから、僕はすぐに後悔した。どうせ、また「ない」としか答えないだろう。期待など、微塵もしていなかった。



「……1つだけ」



 ――だから。レインちゃんが「肯定」の表現を見せた時、僕は冗談抜きで飛び上がりそうになってしまった。

「ど、どんな感じなのかな……? 良かったら相談に乗るけれど……」
「……………………」
「きっと気が紛れるはずだ! 困った時は助け合おうじゃないか!」

 風が吹く。亜麻色のツインテールが、妖しくふわりと揺れた。
 そして。



「……私はある人達の動向を監視するためにここに来た」



 ――予想外の答えが、僕に返ってきた。

「監視……?」

 重い口を、ようやくレインちゃんは開いてくれた。ようやく開かれた口からは、訳の分からない言葉が出てきてしまったのだが。

「そう、監視。その『対象』が出現しないから、困っている」
「その『対象』って?」
「それは……禁則事項。情報をみだりに第三者に口外する事は許されていない」
「そうか……それはその、大変だね。見つかるといいね、探し人」

 うん、とレインちゃんは頷いた。その表情は変わらず無感情で。綺麗なのにもったいなくって。
 だから、僕はレインちゃんの頭をポンと叩いた。突然の出来事に、レインちゃんの瞳が少し見開かれた。

「レインちゃん……1人で抱え込むのって、苦しくない?」
「……慣れた」
「それは……嫌な考え方だね」
「いや……?」

 レインちゃんが、僕の顔を不思議そうに見る。僕は答えとして頷いてみせた。

「何でもかんでも隠して溜め込んで……最後には爆発しちゃう生き物なんだよ、人間って」
「爆発……体が……?」
「いやいや、体じゃなくって、心がだ」

 ここだと示そうと、僕は自分の胸に手を当ててみせた。レインちゃんは、じっと僕の行動に目を向けている。

「ある男がいた。その男は学生時代に1人の女と恋に落ち――そして唐突に別れた」
「……なぜ? 理解が出来ない」
「なぜだろうね……でもこれだけは知っている」

 晴天に視線を移す。レインちゃんの目を見て言う程には、僕はまだ強くないから。

「男は全てを自分の中に押し殺し――やがて男の心は荒んでいった。学生時代の男の姿は、今や見る影もない」
「……………………」
「レインちゃんが何かしらの危険な事をしているのは分かるし、でも止める事は出来ないだろう。でも、誰かに辛い事を話す事が出来るくらいに充実した学生生活をする事は、いけない事じゃないんじゃないかな」

 少なくとも、レインちゃんはまだ学生である。もう戻る事の出来ない僕とは違って、まだ可能性はあるのだ。

「……努力してみる」
「うん、その意気だ」

 頭をもう1度、ポンと叩いてあげる。レインちゃんは少し、嬉しそうな表情をしていた。

「……あの」
「ん? さっそく相談?」

 いきなり大胆だなぁ、と思ったが、レインちゃんは首を横に振り――。

「……それ。おいしい?」

 ――なぜか、僕の食べかけのカレーを指差した。

「まあ、おいしいけれど……お昼、まだだったの?」
「……………………」

 長い沈黙の末、彼女はふるふると「いいえ」の回答をする。
 なんというか……嘘が苦手?

「ほら、食うかい? 少ししか残っていないけれど、ないよりはマシでしょ」
「……いいの?」
「もちろん。さ、ボンナペティ(仏:召し上がれ)!」

 レインちゃんにカレーの容器を手渡す。スプーンはないので、我慢してもらう事にしよう。律儀に両手を合わせるレインちゃんを横で見ながら、僕はそう思った。

「……いただきます」

 呼吸を整え、拝み、祈り、構えて、食べる――という面倒な動作はなく。その代わり、レインちゃんはおそるおそるカレーを口に運んだ。
 口にスプーンが入る。もぐもぐ、ごっくんという典型的な擬音が似合う食べ方だった。飲み込んですぐの、一際小さな声を僕は聞き逃さなかった。

「……おいしい」
「うん、そうかい。それは良かったよ! さ、全部食べちゃっていいよ」

 口の横についたカレーをティッシュで拭き取ってあげる。レインちゃんは少し困った様な表情をして――それから言う。



「……ありがとう」



 ありがとう。そう言いたいのは、僕の方だった。
 今朝までの心のモヤモヤがいつの間にか消え去り、僕は非常に楽な気持ちになっていた。誰かと会話をする事が、こんなに嬉しい事だとは。
 ほんと……僕にとって、彼女は《恵みの雨》だったのかもしれない。





 同日 15:05
 噴水広場

「……ごちそうさま」

 食前と同様に手を合わせるレインちゃん。容器をごみ箱に捨てにいき、また僕の隣にちょこんと座った。

「おいしかったかい?」
「……うん」
「そっか……それなら良かった」

 レインちゃんはまた前をじっと見つめている。どうやら帰るつもりはないらしい。いや、僕としては嬉しいのだが。

「……あの」
「?」

 前を向いていたはずのレインちゃんは、いつの間にかこちらを見ていた。じっと見つめられること、5秒。

「……デュエル……しない?」
「デュエルかい?」

 こくり。頷かれた。
 彼女が積極的になってくれたのも嬉しかったが、今の僕は純粋に気になっていた。
 レインちゃんの、デュエルの戦略が。

「レインちゃん……僕は強いよ?」
「……大丈夫」

 バッグからデュエルディスクを取り出し、レインちゃんは左腕に装着する。立ち上がって3歩歩き、長い髪を揺らして振り向いた――。



「私も……強いから」



 不必要なものを全てベンチに置き、僕達は向かい合う。レインちゃん、どんなデッキを使用するのだろうか。

「じゃ、始めるよ」
「うん……勝敗を」

 デュエルディスクを構えて――宣言。



「「デュエル」」


康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

レイン:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行をもらってもいいかい?」
「……うん」
「よし……ドロー!」

 カードを引き、初期手札を眺める。
 本人の目の前で言ったら確実に「鎧って」いない姿で怒られそうだが、レインちゃんは長谷部ちゃんよりも手強いと考える。「監視」という変わった境遇を考えると、どうしても一筋縄ではいかないような気がするのだ。

「ミーは《ライオウ》を攻撃表示で召喚!」

 ペースを崩されず、むしろ崩す側に。レインちゃんの驚く姿――は想像できないな、うん。



《ライオウ》
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。



「さらにカードをセット。ターン終了だ」
「……………………」

 カードを伏せる僕。その様子を不思議そうに見――レインちゃんはぼそりと呟いた。



「……ブラフ」



 ぞくり。僕は震え上がった。なぜだ……なんでばれた?
 僕の伏せたカードは――レインちゃんが正解だ、罠などではなくただの通常魔法、《ライトニング・ボルテックス》であった。



《ライトニング・ボルテックス》
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。



 仮にもプロであるのだ、僕は引いたカードで顔色を変えるようなデュエリストではない。良いカードが来ても、悪いカードが来ても、常に相手に悟られないようにするべきなのである。
 そして今。出会って間もない少女に、僕は簡単にブラフを当てられた。

「大丈夫……?」
「あ、ああ……問題ないよ」

 ……この子は一体全体、何者なのだろうか。彼女の謎は、深まるばかりである。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:伏せ1枚

レイン:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「まずは……ドロー」

 レインちゃんがカードを引く。その表情は――ダメだ、全く読めないな。

「モンスターをセット……カードをセット……」

 淡々とカードを伏せていくレインちゃん。モンスター1体と伏せカードが2枚、合計で3枚ものカードが場に展開された。

「……終わり」

 結局1度も顔色を変える事無く、レインちゃんはターンを終了した。やりづらいなぁ、ほんと……。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:伏せ1枚

レイン:LP8000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚



「ミーのターン、ドロー!」

 カードを引く。できればさっさと伏せカードを潰しておきたいな……という事で!

「さあ来い! 《魔導剣士 ブレイカー》を召喚だ!」



《魔導剣士 ブレイカー》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事でフィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。



 魔法を扱う剣士が僕の場に現れる。が、その踏みしめたはずの大地にポッカリと穴が開き、《魔導剣士 ブレイカー》はいなくなってしまった。

「リバースカード……発動……」

 見ると、レインちゃんは伏せカードの1枚を発動していた。なるほど、《奈落の落とし穴》か……!



《奈落の落とし穴》
通常罠
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。その攻撃力1500以上のモンスターを破壊しゲームから除外する。



 《魔導剣士 ブレイカー》が除外されてしまったのは痛いが、伏せカードは残り1枚。後は戦闘をするかであるが……。

「ここは攻める! 《ライオウ》で伏せモンスターを攻撃! ライトニングキャノン!」

 雷人形の核から電撃が放たれる。それはレインちゃんの伏せモンスターを感電させ、破壊した。
 それは「亀」だった。もちろん普通の「亀」ではなく――《ピラミッド・タートル》。



《ピラミッド・タートル》
効果モンスター
星4/地属性/アンデット族/攻1200/守1400
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。



 「亀」に反応しつつ、僕は考察を開始する。
 《ピラミッド・タートル》がいるという事は、デッキのコンセプトはほぼ確実に【アンデット族】となっているはず。問題は、出してくるモンスターが何か、だな……。
 レインちゃんはデッキから1枚のカードを取り出し、召喚。出したのは、赤い核に骨の身体。地獄からやってきた鬼――《龍骨鬼》だった。



《龍骨鬼》
効果モンスター
星6/闇属性/アンデット族/攻2400/守2000
このカードと戦闘を行ったモンスターが戦士族・魔法使い族の場合、ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する。



 この高攻撃力は厄介だ。すぐにでも破壊しておきたいところだが、今その手段は《ライトニング・ボルテックス》しかない。アドバンテージを取る事が出来ないのだ。
 ここは仕方がない。次のターンにモンスターを展開してきたところを、狙い撃ちにするか……!

「ミーはこのままターンエンドだ」
「……………………」

 分かった、というように、レインちゃんはこくりと頷いた。
 目の前の少女は今、何を考えながら僕とデュエルをしているのだろうか。無性にその事が気になるのだった。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:伏せ1枚

レイン:LP8000
手札:3枚
モンスター:《龍骨鬼》攻2400
魔法・罠:伏せ1枚



「……ドロー」

 レインちゃんがカードを引き、手札に加える。手札を見、場を見――その最中に、僕と目が合った。
 目を離さない僕。じっと見つめ続けるレインちゃん。変則的な我慢比べが始まってしまう。おい、デュエルしようよ。

「レインちゃん、ターンエンドでいいのかな?」
「……いや」

 仕方なくといった様子で、再び手札を見るレインちゃん。手札から1枚のカードを手に取った。

「召喚……」

 レインちゃんがカードを置く。場にアンデットではなく、五体(?)満足の美しい人魚――《深海のディーヴァ》が、空中を舞いながら現れた。
 あれはチューナーモンスター――という事は、まさかレインちゃんのデッキは【シンクロアンデット】?!



《深海のディーヴァ》
チューナー(効果モンスター)
星2/水属性/海竜族/攻200/守400
このカードが召喚に成功した時、自分のデッキからレベル3以下の海竜族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。



「これ……」

 効果により、2枚目の《深海のディーヴァ》が呼び出される。今この状態でシンクロ召喚をして、《ライオウ》で破壊……などと甘い事を考えるのは無理なようだ。そんな失敗、ありえない。



《深海のディーヴァ》攻200



「《龍骨鬼》……行って」

 主の命令に頷き、《龍骨鬼》は火球を吐く。その勢いを止める事は出来ず、《ライオウ》は破壊されてしまった。



康彦:LP8000→7500



「……直接」

 さらに、2体の人魚が空を舞い、僕を尾ビレで叩いた。僅かとはいえ、ダメージが追加される。



康彦:LP7500→7100



 問題の《ライオウ》がいなくなったところで、レインちゃんは《龍骨鬼》と《深海のディーヴァ》の1体を見つめる。

「……チューニング」

 人魚は輪に、鬼は点に。種族という名の壁を越えて、今1つの力を身につける。

「こうすれば……シンクロ召喚……」

 レインちゃんが、手を快晴の天に向けて上げる。それは何かを求めるようで。何かを掴もうとしているようで。

「また1つ……《スクラップ・ドラゴン》……」

 その願いの「姿」なのだろうか。「鉄屑竜」――《スクラップ・ドラゴン》が、彼女の横に降り立った。



《スクラップ・ドラゴン》
シンクロ・効果モンスター
星8/地属性/ドラゴン族/攻2800/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。



「効果……破壊する」

 鉄屑竜の口が機械音をたてて開かれ、2本の光線が発射される。それはシンクロ召喚に使用されなかった《深海のディーヴァ》と、僕の伏せていた《ライトニング・ボルテックス》を貫き、破壊した。
 うーん。意味もなく(惑わせるという意味はあったけれど。レインちゃんには意味がなかったけれど)伏せるんじゃなかったな……。

「……うん、終了」

 真顔で頷き、ターン終了の宣言をするレインちゃん。よ、ようやく終わった……。



康彦:LP7100
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――

レイン:LP8000
手札:3枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800
魔法・罠:伏せ1枚



「ミーのターン、ドロー!」

 1枚引く僕。来たカードは、まさかの《聖なるバリア ―ミラーフォース―》だった。



《聖なるバリア ―ミラーフォース―》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。



 あ、これは《スクラップ・ドラゴン》の効果で爆発のオチが読めてしまった。手札に来たカードを紹介してしまった時点で、聖バリのフラグは立ってしまったのだ。
 フラグなら仕方がない。敗北フラグじゃないだけマシだ。僕は自分に言い聞かせた。

「モンスターをセット。カードを2枚伏せるよ」
「……また?」
「まあ……また、だね。ターンエンド」

 懲りない僕は、もう1枚「ブラフ」のカードをセットしていた。どうせフラグで聖バリが破壊されるが、もしもという事もある。試してみる価値はあるはず……!



康彦:LP7100
手札:2枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚

レイン:LP8000
手札:3枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800
魔法・罠:伏せ1枚



「……ドロー」

 カードを引き、すぐにレインちゃんは「鉄屑竜」を見つめた。

「効果……」

 《スクラップ・ドラゴン》の口に光が集まっていく。チャージ100%になり、僕とレインちゃんの伏せているカードを貫いた。
 レインちゃんの破壊した伏せカードは――《聖なるバリア ―ミラーフォース―》。



 ……………………。



 ここまでフラグフラグと言われている時は、逆に破壊されないのが普通ではないのか? レインちゃんも空気を読んでくれよ! 一応俺、主人公なんだから!
 ……もう遅い。やっぱり破壊されちゃうんだね、聖バリって。
 ちなみに、レインちゃんが自分で破壊したカードは《次元幽閉》だった。強力なカードばかりだな……。



《次元幽閉》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。



「なんか……ゴメン」
「い、いや、レインちゃんが落ち込む事はないさ。ミーの運がないんだし」

 無表情のまま「ゴメン」と言われたのは初めてかもしれない。まあレインちゃんが可愛いから許す事にしよう。そうしよう。

「じゃあ……召喚」

 気を取り直して。
 レインちゃんは、手札から《ゾンビ・マスター》を召喚した。可愛い子達が「焼き尽くす」と言っていたり、アンデット族を使っていたりすると、少し心配になる。



《ゾンビ・マスター》
効果モンスター
星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、手札のモンスターカード1枚を墓地に送る事で、自分または相手の墓地に存在するレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。



「これ……発動」

 レインちゃんが手札を1枚墓地に送る。《ゾンビ・マスター》が腕を上げると、地面が割れて《ピラミッド・タートル》が這い出てきた。《ゾンビ・マスター》という事は、出てきた《ピラミッド・タートル》はゾンビなのだろうか。



《ピラミッド・タートル》攻1200



「さらに……発動」
「へ……?」

 またしても地面が裂け、今度は《龍骨鬼》が復活した。これでレインちゃんの場には、1体の竜と3体の死霊が存在する事になった。



《龍骨鬼》攻2400



 僕は落ち着いて、《龍骨鬼》の出現理由について推理を始める。
 《ゾンビ・マスター》の効果ではない事は確実である。1ターンに1度の効果であるし、何よりレベルが対応していない。
 レインちゃんの手札は2枚のままである。《ゾンビ・マスター》の効果を使用した時から枚数は変わっていないから、《死者蘇生》ではない。
 ……待てよ。《ゾンビ・マスター》の効果で、手札を1枚「捨てた」?



「もしかして、レインちゃんが《ゾンビ・マスター》の効果でコストにしたカードは――《馬頭鬼》?」
「正解」

 レインちゃんの表情が明るくなった。お、好感度のゲージが上昇――は今は関係ないか。



《馬頭鬼》
効果モンスター
星4/地属性/アンデット族/攻1700/守800
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。



 なるほど、アンデット族お得意の蘇生手段の1つを使ったのか。墓地に沈んでも何度でも蘇ってくる……厄介な種族だ。
 ――と感心している場合じゃないな。

「行って……」

 レインちゃんのその一言で、《龍骨鬼》が火球を吐き出す。僕の伏せモンスターはまともに食らい――それでも破壊されなかった。
 僕の伏せていたモンスターは、名前の割には立派な「壁」として働いてくれる「愚者」――《アルカナフォース0―THE FOOL》。



《アルカナフォース0―THE FOOL》
効果モンスター
星1/光属性/天使族/攻0/守0
このカードは戦闘では破壊されない。このカードは守備表示にする事ができない。このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:このカードを対象にする自分の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にし破壊する。
●裏:このカードを対象にする相手の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にし破壊する。



 レインちゃんの眉が、ぴくりと動いた。どうやら破壊できると思っていたらしく、少し残念そうだ。

「……終了」
「オッケー」

 やる事が無いのだろう、レインちゃんはあっさりとターンを終えた。
 なんとか「愚者」のおかげで助かったけれど……次のターンでどうにかしないとなぁ。手札を眺め、僕は思うのだった。



康彦:LP7100
手札:2枚
モンスター:《アルカナフォース0―THE FOOL》守0
魔法・罠:伏せ1枚

レイン:LP8000
手札:2枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800
      《ゾンビ・マスター》攻1800
      《ピラミッド・タートル》攻1200
      《龍骨鬼》攻2400
魔法・罠:――



「じゃあ……ドロー!」

 引いたカードは……お、なんとかできるかな?

「《アルカナフォース0―THE FOOL》をリリースし……来い、《邪帝ガイウス》!!」

 手札に加えずに、そのままデュエルディスクに叩きつける。《龍骨鬼》が地獄の「鬼」ならば、こちらは地獄の「帝」だ。黒い鎧の「邪帝」が、場に現れた。



《邪帝ガイウス》
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。除外したカードが闇属性モンスターだった場合、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。



「召喚時の効果で、カードを1枚除外する! 対象はもちろん、《スクラップ・ドラゴン》!!」
「…………!」

 「鉄屑竜」に向け、暗黒の球体が投げられた。周囲一体を食らい尽くされ、《スクラップ・ドラゴン》は消滅した。

「レインちゃん、ようやく驚いてくれたね」
「……人間だもの」

 確かにその通りだ。まさか、ロボットじゃあるまいし。
 でもね……レインちゃん。

「驚くのはこれからだよ! ミーは伏せていたカードをオープン! 装備魔法、《巨大化》!!」
「……! あっ……」

 新たな力を得て、「邪帝」の体がどんどん大きくなっていく。だいたい2割5分増しというところで、ようやく成長が止まった。



《巨大化》
装備魔法
自分のライフポイントが相手より下の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より上の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

《邪帝ガイウス》攻2400→4800



「さあ、《邪帝ガイウス》で……《龍骨鬼》に攻撃! ダーク・スプラッシュ!!」

 効果の性質上は《ゾンビ・マスター》も厄介だが、ここは1番に攻撃力が高い《龍骨鬼》を破壊するのが良いだろう。
 闇の弾丸をばら撒かれ、地獄の「鬼」は破壊された。レインちゃんも予想外のダメージに、驚いた様子だ。



レイン:LP8000→5600



 ライフの関係が逆転した事を受け、「邪帝」の体は今度は縮んでいく。大体、元の大きさの8割といったところだろうか。



《邪帝ガイウス》攻4800→1200



 さて。このままでは攻撃力の下がった「邪帝」は、次のターンには破壊されてしまうだろう。
 このままでは、だが。このままにする訳がないだろう?

「よーし、それじゃあ《ハリケーン》を発動! 《巨大化》を回収するよ!」



《ハリケーン》
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。



 暴風により、場に存在していた《巨大化》のカードが吹き飛ばされる。「邪帝」は再び、元の大きさに戻った。

「……お見事」
「ふふ、サンキュー。そしてターンエンド」

 レインちゃんは驚きながらも、まだ心に余裕があるようだ。つくづく恐ろしい少女だな……。



康彦:LP7100
手札:2枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
魔法・罠:――

レイン:LP5600
手札:2枚
モンスター:《ゾンビ・マスター》攻1800
      《ピラミッド・タートル》攻1200
魔法・罠:――



「ドロー……」

 レインちゃんは手札に来たカードをじっと見つめる。この子、長考気味だよな……。何が来るのかヒヤヒヤしながら、僕は彼女の行動を待ち続ける。
 そして、彼女がとった行動は――。

「……行って」
「え?!」

 ――自爆。《ピラミッド・タートル》が、《邪帝ガイウス》に攻撃しにいったのだ。
 「邪帝」は地を這い迫る「亀」に、闇の弾丸をぶつける。もちろん破壊され、レインちゃんはダメージを負った。



レイン:LP5600→4400



「……っ……効果」

 「亀」が遺言のごとく残したのは、黄金のマスクを付けた動物――《ファラオの化身》。あ、なんか嫌な予感が……。



《ファラオの化身》
効果モンスター
星3/地属性/アンデット族/攻400/守600
このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、自分の墓地に存在するレベル4以下のアンデット族モンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。



「効果……」

 追い討ちだと言わんばかりに、今度は《ゾンビ・マスター》の効果が発動される。

「ま、待った。墓地に送るカードは?」
「……? ……これ」

 発動コストで送ったのは、《地獄の門番イル・ブラッド》。場には、3たび《ピラミッド・タートル》が登場した。



《地獄の門番イル・ブラッド》
デュアルモンスター
星6/闇属性/アンデット族/攻2100/守800
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上から離れた時、この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。



《ピラミッド・タートル》守1400



「……召喚、効果」

 さらに、ようやく使う召喚権。出したのは……げ、また《深海のディーヴァ》?!
 「人魚」が踊りながら場に現れる。手をつないで引きつれてきたのは、同じ海竜族――《氷弾使いレイス》だ。どちらもチューナー……悪い予感しかしない。



《深海のディーヴァ》攻200

《氷弾使いレイス》
チューナー(効果モンスター)
星2/水属性/海竜族/攻800/守800
このカードはレベル4以上のモンスターとの戦闘では破壊されない。



「……チューニング」

 まずは、とレインちゃんが宣言。《ファラオの化身》と《深海のディーヴァ》が姿を変え、宙へ浮く。レベルの合計は……「5」。

「シンクロ召喚……」

 現れたのは、「災害」レベルの凶悪さを誇る機械人形――《A・O・J カタストル》。効果が発動されるのはバトルフェイズ時だけだから、まだ良いか――と思ってしまう自分が情けない。



《A・O・J カタストル》
シンクロ・効果モンスター星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。



「……効果……戻る」

 自分自身の効果で、《ファラオの化身》が場に戻ってきた。場のモンスターが、なかなか減らないな。



《ファラオの化身》攻400



「……また……チューニング」

 来るだろうとは思っていたが、再びシンクロ召喚の宣言をレインちゃんがする。今度は《ゾンビ・マスター》、《ファラオの化身》、《氷弾使いレイス》が1つになっていった。
 レベルの合計は――「9」。先程よりも、嫌な予感がする数字。

「また1つ……シンクロ召喚……」

 その龍が持つのは3つの首、3つの槍先、そして3つの「死」。封印を解かれた龍――《氷結界の龍 トリシューラ》が、凍てつく恐怖を運びに現れた。


《氷結界の龍 トリシューラ》
シンクロ・効果モンスター
星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手の手札・フィールド上・墓地のカードをそれぞれ1枚までゲームから除外する事ができる。



「効果……強いの……」

 氷龍が吠えると、槍のごとき2本の氷柱が地面から突き出た。1本は《邪帝ガイウス》を、もう1本は墓地にあった《ライオウ》のカードを貫き、破壊した。

「……私から……右」
「右ね」

 さらに、手札の《巨大化》が除外されてしまう。これが、制限カードの強さか……。
 などと氷龍の話ばかりしていたが、実はちゃっかり《ゾンビ・マスター》が場に戻ってきていた。《ファラオの化身》の効果によるものである。



《ゾンビ・マスター》攻1800



 とどめに、レインちゃんは《ゾンビ・マスター》の効果を発動させた。

「墓地に《魂を削る死霊》……《ファラオの化身》を特殊召喚……終わり」



《魂を削る死霊》
効果モンスター
星3/闇属性/アンデット族/攻300/守200
このカードは戦闘では破壊されない。このカードが魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

《ファラオの化身》守600



 ぐるぐると場・手札・墓地を回っていくレインちゃんのモンスター達。レインちゃんのターンが終わった時、場はこうなっていた。



康彦:LP7100
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:――

レイン:LP4400
手札:0枚
モンスター:《ピラミッド・タートル》守1400
      《A・O・J カタストル》攻2200
      《氷結界の龍 トリシューラ》攻2700
      《ゾンビ・マスター》攻1800
      《ファラオの化身》守600
魔法・罠:――



 ……レインちゃん、恐ろしい子。ここまでやりますか。

「……どうぞ」
「じゃあいくよ……ドロー!」

 カードを引く僕。目の前には5体のモンスター。内、2体は怪物級。かなりピンチである。
 まあ、それでも――。

「悪いけれど、真っ白にさせてもらうよ! 手札から、《ブラック・ホール》を発動!」
「……?! え……?!」

 ――負ける気はしないけれどね?



《ブラック・ホール》
通常魔法
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。



 その吸引力は宇宙規模。ゾンビも機械も氷龍もみんなまとめて吸い込み、後には何も残らなかった。

「……ひどい」
「だって引いてしまったんだ、ここで使わなきゃ負けちゃうじゃないか」
「……確かに」
「という訳で、ミーのターンは終わりだ」

 ライフを減らす事は出来なかったが、先程までの軍勢の猛攻によってライフを減らされないだけマシだろう。
 ――それに、だ。反撃の「1枚」はすでに、この手に握っているのだから。



康彦:LP7100
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:――

レイン:LP4400
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「ドロー……」

 引いたカードを見つめ――発動。

「これ……」

 レインちゃんが出したのは、お得意の蘇生術――《生者の書―禁断の呪術―》だった。あの子も引きが良いなぁ……。



《生者の書―禁断の呪術―》
通常魔法
自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、相手の墓地に存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する。



 僕の《アルカナフォース0―THE FOOL》の力を糧として、《龍骨鬼》がまたしても場に蘇る。また、これで僕の墓地にはモンスターが存在しなくなってしまった。



《龍骨鬼》攻2400



「直接攻撃……」

 レインちゃんが宣言すると、「鬼」は火球を僕へと吐き出した。前にも言ったかもしれないが、口から出されたものを食らうのは、例えソリッドヴィジョンだと分かっていても慣れないものである。



康彦:LP7100→4700



 よし……ようやく、ダメージを受ける事が「出来た」!

「ダメージを受けた! この瞬間、手札の『冥府の使者ゴーズ』を、さらに『冥府の使者カイエントークン』を特殊召喚するよ!」
「!」
「さあ、来い! 冥府の使者達!」

 「白」と「黒」。
 「天使」と「悪魔」。
 表裏一体とはこれまさに。
 ――2人の使者が、僕の前に並んで現れた。このデュエルを、「冥府」へと導くために。



《冥府の使者ゴーズ》
効果モンスター
星7/闇属性/悪魔族/攻2700/守2500
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

《冥府の使者カイエントークン》
トークン
星7/光属性/天使族/攻?/守?
「冥府の使者ゴーズ」の効果によって特殊召喚される。このトークンの攻撃力・守備力は、「冥府の使者ゴーズ」の特殊召喚時にプレイヤーが受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。

《冥府の使者カイエントークン》
……攻撃力2400
  守備力2400



「……終わり……ふぅ」

 レインちゃんはため息をついた。《氷結界の龍 トリシューラ》で《冥府の使者ゴーズ》を除外できなかった事にか。それとも、前のターンで意味もなく大量展開をしてしまった事にか。
 ――どちらにせよ、次で決着は着きそうだ。



康彦:LP4700
手札:0枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
      《冥府の使者カイエントークン》攻2400
魔法・罠:――

レイン:LP4400
手札:0枚
モンスター:《龍骨鬼》攻2400
魔法・罠:――



「僕のターン、ドロー!」

 止めをさすように、僕はモンスターカードを引き当てた。

「こいつを召喚だ。《アーマード・ビー》!」

 巨大な「蜂」が召喚されたのを見て、レインちゃんはもう1度ため息をついた。ため息をついてはいるが、どこか満足そうな顔をしてくれていた。



《アーマード・ビー》
効果モンスター
星4/風属性/昆虫族/攻1600/守1200
1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。選択した相手モンスターの攻撃力をエンドフェイズ時まで半分にする。



「《アーマード・ビー》の効果を発動! ポイズン・ニードル!」

 「蜂」が尻から名前の通りに毒針を放つ。毒を受け、「鬼」は辛そうだ。



《龍骨鬼》攻2400→1200



「じゃあ、バトルフェイズに入るよ! 《アーマード・ビー》で、《龍骨鬼》を攻撃! ビー・カッター!!」

 本来ならば何でもない虫だったが、毒の影響で思うように体が動けない。《龍骨鬼》は切り裂かれ、破壊された。



レイン:LP4400→4000



「レインちゃん……楽しかった?」
「?」

 いきなりの僕の質問に、少し戸惑うレインちゃん。だが最後にはこちらを向いて、この日1番の笑顔を見せてくれた。
 それだけで、答えには十分だった。



レイン:LP4000→0











 同日 15:12
 噴水公園

「飲む?」

 こくり。僕が買ってきたお茶の入ったペットボトルを、レインちゃんは頷いて受け取った。キャップを開け、両手でペットボトルを持ちながらお茶を体に入れていく。

「……今日は本当に楽しかった」
「それは良かったよ」
「……今日は本当に楽しかった」
「なんで2回言った……?」

 教えてくれるかと思ったが、レインちゃんはこちらを見てくれない。恥ずかしい……そんな訳はないか。
 でも、少なくとも大事な事だからかな、と思ってみた。客をいかに楽しませるか――それが僕の好きな事なのだから。



 そんな僕のところに、1通のメールが届いたようだ。左ポケットでブーブーと振動をして、携帯電話が僕に教えてくれている。
 宛て主は――げ、長谷部ちゃんか。



『今日は気持ちの良い天気ですね
 私はやっと学校の宿題が終わりました
 シークレットレアの枚数なんて無理ですよ
 ではこれから出かけてきます
 駅にいますので、会ったら声をかけて下さいね』



 なんという事のない、世間話のメールがやってきた。『声をかけて下さいね』とあるが、イングリットとの一件があるのであまり会う気にはなれないんだよな……。

「……脅迫?」

 隣でレインちゃんが僕の携帯電話を覗き込んでいる。まあ確かに『声をかけて下さいね』とは言っているが、どこからどう見ても優しい口調じゃ――。

「……ここ」

 ――と思っていたが、レインちゃんが指差したのは僕が言っている部分ではなく、なぜか『今日は』の部分であった。

「? どこが脅迫……?」
「縦……」

 たて。ああなるほど、「縦読み」の事か! どれどれ――。



『はやクこい』



 ――どれ……ど……れ…………。

「……怒っている」
「……そうかも。いや、確実にこれは怒っているね」

 というか、人に出すメールにそんな仕掛けをするなよ……レインちゃんがいなかったら解読できなかったよ、僕?

「……行く?」

 レインちゃんが、首を傾げて僕を見つめた。迷っている僕の様子を見て、さらに続けて言う。

「……1人で抱え込むのって、苦しくない?」
「どの口が言うか」

 レインちゃんの頭に弱くチョップを入れてから、僕はようやく気付いた。



 ――今の言葉は、デュエルの前に僕自身がレインちゃんに言った言葉だ。



「あなたも何かを抱え込んでいる」

 レインちゃんが頭をさすりながら僕に言う。

「長谷部遥は……心配しているはず」
「……そうじゃなかったら、ここまで手の込んだメールを送らないもんな」
「人に頼る事は……いけない事?」
「……その『頼りたい事』が『過去の因縁』でも、頼るべきなのか?」
「…………分からない」

 でも、とレインちゃんは続ける。

「『過去』は修正不可……でも、『未来』は無限の可能性……希望がある」
「……………………」
「『未来』に希望を求める時に、誰かに頼る事はいけない事……?」

 先程までとは違い、レインちゃんの言葉がはっきり聞こえてくる。

「それに……私もあなたを助けたいから」
「……………………」



 僕はため息をつく。
 負けた。こんなに優しい子に言われてしまったら、頼らざるをえないじゃないか。



「……分かったよ。その『未来』のために、今は長谷部ちゃんや君に頼ろうかな」
「……うん」

 レインちゃんが頷く。嬉しそうな彼女に、でも、と付け加える。

「じゃあレインちゃんも、長谷部ちゃんを頼る事。いい?」
「それは……」
「おや? レインちゃんも、何かを抱え込んでいなかったかい?」

 むぅ、とレインちゃんは考え込んでしまった。少し、意地悪をしてしまったかな?

「……善処する」
「なんか役所の対応みたいだな……まあ、そうと決まれば急いで駅に向かおう! 『鎧って』いない彼女は、少々恐いからね」
「……れっつごー」



 カバンを手にし、ベンチを後にする僕達は。
 「希望」を求めて、走りだした――。




 04話  「変化」

 6年の歳月の中で、変わったものと変わらなかったものがある。
 僕自身は、人としては大きく変わった。主にマイナス方向なところへ、というのが悲しいが。
 デッキの趣旨は、学生時代から変わっていない。理由は――何だっただろうか、思い出せない。まあ、単に学生時代に「依存」しているだけなのかもしれない。



 「彼女」――友紀も変わっただろう。他の人達も、それぞれ変化をしているに違いない。学生時代から変わらなかったものなんて、本当にごく僅かなのだから。
 そして。変化は「彼」にも同様に――。





 09/30 08:48
 ホテル 入り口

 ルームキーを預け、僕は欠伸をしながらホテルから出る。あと1日で10月という事もあり、やや風が冷たい。もう1枚、洋服を羽織れば良かったかもしれない。

「遅いですよ!」

 部屋に戻ろうとした僕だったが、声をかけられて足を止めてしまう。まさか、もう来ていたのか。

「30分前行動は基本ですから」
「そこ、思考をリードしない」

 メタ発言に向けて注意をすると、「彼女」は笑いながら近づいてきた。

「おはようございます、先輩。なんだか寒そうですね?」
「おお、分かるかい? 嬉しいよ」
「当たり前じゃないですか。こんな風の強い日に、Tシャツ1枚って……」

 ため息をつく少女。赤い制服に、度のない眼鏡。
 燃えるデッキの使い手――長谷部遥がそこにはいた。





 宿泊先を特定されたのは、レインちゃんと一緒に長谷部ちゃんに会いにいった日――すなわち3日前の事であった。
 キョロキョロと周辺を気にしている長谷部ちゃん(眼鏡装着)が、駅にはいた。しかしながら僕達――いや、レインちゃんではなく僕を見つけると、表情が一変。先程までの捨てられた子犬のように周りを見ていた目付きは一片程もなく。

「よくもまあノコノコと――」
「恐れるハートは持っているからね、先に言っておくけれど」
「くッ……先輩、ひどいですね……」

 完全に「鎧って」いらっしゃる長谷部ちゃん。ネタを1つ潰しただけで、さらにジト目になった。
 ……ガ○ダムのネタです、ゴメンなさい。おい、遊戯王しろよ。

「……それで? ここ最近ずっと心配でパトロールもはかどらなかった私に、何か言う事はないんですか?」

 言う事? う〜ん……。

「……惚れた?」
「ばッ……何を言っているのよ、先輩!? そんな訳がないじゃにゃいですか!」
「あれ? 動揺している? 脈アリ? あと噛んだね」
「わた、私はただ、風紀の乱れを生む人物を野放しにする事は危険だと考えているから行動しているわけであって――」
「レインちゃん、長谷部ちゃんをどう思う? 見るからに動揺しているとミーは思うんだけれど」
「脈に変化あり……発汗の兆しも見られる」
「レインさん?!」

 思わぬ方向からの打撃だったのか、長谷部ちゃんは顔を真っ赤にして慌てている。
 うん、やはり来て正解だったのだ。僕は笑いながらそう思っていた。

「笑うなぁ!」



 笑えなくなったのは、3人で(レインちゃんはほぼ発言をする事はなかったので、実質2人であった)色々と喋ったその後、2人と別れてホテルの部屋に戻った時であった。
 携帯電話が、電話が来た事を告げるために振動する。ポケットから取り出し、ディスプレイに表示された名前を見た時、僕は首を傾げてしまった。

(相手は――長谷部ちゃん……?)

 なんだろう、レインちゃんの前では言えなかった話なのだろうか。あれか、やっぱり恋の電話相談?!
 まいったなー、僕は元恋人の事が頭の片隅にあり、またこの物語は僕と友紀の関係を描いていく物語であるのだ。だから僕が長谷部ちゃんを愛する事が出来るか非常に不安であるし、彼女が物語に介入するのは危険すぎる。
 メッタメタ? そんなものは気にしてはいけない。
 とにかくだ。僕はご機嫌になりながら携帯の通話ボタンを押す。さて、どんな話をしてくれるのかな――。



『先輩のいる部屋――見ぃつけた』



 部屋のチャイムが鳴った瞬間、僕は絶叫した。そして、後悔した。
 背後はきちんと確認しよう。女性をからかうのはやめよう。





 とまあそんな事があった3日前。現在、僕の隣にいる長谷部ちゃんは、5段階評価で言えば4――記号で表すなら「♪」の状態である。
 今日もデュエルアカデミアは休校かというとそうではなく、ただ単純に今日が国民の休日――日曜日だからであった。

「日曜日なのに制服着用なんだね」
「この制服は、パトロールにはもってこいの服装なんです。アカデミア生が来たからというだけで、逃げ去る人達も多々いますから」
「ふーん……一種のブランドの力、みたいな感じなのかな?」
「はい、簡単に言ってしまえばそんな所です」



 実際、街中で彼女を見る人は3つに分かれていた。
 ある者は彼女の知人なのだろう、にこやかに長谷部ちゃんに挨拶をしてきた。
 ある者は彼女の制服に憧れるのだろう、長谷部ちゃんを尊敬の眼差しで見つめた。
 ある者は彼女か制服に恨みがあるのだろう、長谷部ちゃんを睨み付けた。
 非常に分かりやすい対応である、ほんと。まあ、長谷部ちゃんの役に立つ服装だというのなら、それはそれで良いのだろう。





 同日 09:12
 中心街

 日曜日という事で、街はにぎやかな様子である。さすがは大都市。

「紬ちゃん達との集合時間まで、まだ時間はあるな……」
「紫さんはだいたい10分前には到着しているはずです。レインさんは……分かりませんが、まあ遅れてくる人ではないでしょう」
「みんな律儀だな……僕はなるべくゆっくり、それでも遅れないようにしているのに」

 ちなみに、紬ちゃん、レインちゃんとの集合時間は、9時30分。残り5分で辿り着ける場所である事を、ここで説明しておこう。

「駄目ですね、先輩。まるでなっていません。本当にあのデュエルアカデミアの母校に在学していたんですか?」
「まあ……一応は」
「車などにぶつかったら、待ち合わせに間に合わなくなっちゃうじゃないですか」
「待て待て待て!?」

 長谷部ちゃんの言葉に、僕は声を大にしてツッコミを入れる。

「まず仮定がおかしいよ!? 車にひかれたら、その時点で病院ものだ! 次に、車とアカデミア生はほぼ関係ない! 島で車は走る事が出来ないのを、昨日教えたはずだ! 最後に、キャラに合わないボケを展開しない! タッグフォースをプレイした読者から批評が相次いでしまうだろ!?」
「先輩もそんなキャラでしたっけ」
「眼鏡を格好良く光らせたところで、さっきのボケの埋め合わせにすらなっていないからな!」

 長谷部ちゃんは僕のツッコミに満足したのか、早く行きましょう、と歩くスピードを早めた。あれ、このやり取りはここで終了……?



 どうやら漫才は終了のようだ。結局、僕のツッコミ損だったらしい。

「お待たせしました」
「いえいえ、わたくしめはレインさんとお話をしていましたので」

 こくり。レインちゃんが頷く。
 集合場所には紬ちゃんとレインちゃんが既に立っていた。立っていたのだが……。

「なんで、みんな制服?」

 あらかじめ決めておいたかのように、全員がアカデミアの制服を揃って着ていたのだった。制服3人組に囲まれたTシャツ姿の男性……。「パトロール」中に捕まったかのような状態だ。
 ちなみに。ツァンちゃんは今日は「バーガーワールド」のシフトが入っているらしく、参加できないとの事だ。なんでも、「トリシューラ・プリン」のために働いているらしい。甘いもののため……女子高生も大変そうである。

「わたくしめは、外出用の衣服をこれしか持っていないのです」
「へー……じゃあ、普段家では何を着ているの?」
「その……着物を……」
「着物かぁ。似合いそうだね!」

 僕が誉めると、彼女は笑って顔を赤く染めた。
 黒髪と着物は最高だよ、完璧な組み合わせだよ、うん。欲を言わせてもらえば、巫女服なんか着てもらえたらもっといいね。こんな「雅」な子が神社で竹箒を持っていたら、毎日通っちゃうね。というか、完全に作者が着たいからという理由で変態な趣向を植え付けられてしまったみたいだね!
 ……僕の好みは今はどうでもいい。

「レインちゃんは……?」
「私は……ずっとこれ」

 これ、とレインちゃんはスカートをつまんだ。まさか……ずっとその制服を着用しているんじゃ……?
 疑問に思ったのか、長谷部ちゃんがレインちゃんにさらに追求する。

「アカデミアの制服、たくさん持っているって事ですよね?」
「……たぶん」
「た、たぶん……?」

 曖昧な言い方だが、まああまり深く入り込む事もないだろう。彼女にはもともと謎が多過ぎるわけであるし。
 僕は最後に、レインちゃんから長谷部ちゃんに視線を移し――。

「……何で何事もなかったかのように紫さんの所に視線が戻ったんですか?」

 ――そらしたのがばれた。

「だって、長谷部ちゃんの私服姿は1度は見ているし」
「あ、そう言われてみれば確かに……」

 「1度は」と言う事は、裏を返せば「長谷部ちゃんも制服ばっかり着ている」のだが……まあいいか。これ以上話をややこしい方向へは誘導したくはない。

「ほら。ずっと立ちながら話をするのもあれだし、ひとまずカフェにでも入ろうよ」
「ふふ……今日は田中さんからどんなお話を聞かせてもらえるのか、今から楽しみです」

 紬ちゃんがニッコリ笑う。長谷部ちゃん、レインちゃんも優しい表情をしていた。

「じゃあ、しゅっぱーつ」

 僕の合図で、一同は歩きだした。目的地は、「座れる場所」。





 同日 10:20
 中心街 喫茶店「アン・バー」

「――トドのつまり、先輩はあと半月はこの街にいるという事なんですね」
「もともと明確に戻る時期を決めていたわけじゃないしね。――あと長谷部ちゃん。委員長キャラになるのは良いけれど、『トドのつまり』はやめようか」

 テーブルを挟んで真正面に座る長谷部ちゃんが、僕のツッコミを無視してふむふむと頷いた。僕の左隣に座る紬ちゃんは少し淋しそうだ。
 その紬ちゃんの正面にいるレインちゃんは――目の前に置かれたコップをじっと見つめていた。いったい、何を考えているのだろうか……。

「それで? 加藤先生にどうやって近づく予定ですか?」
「近づくって……僕はただ友紀と話をしたいだけだ」
「話、ねぇ……」



 この3人には、僕と友紀の関係を教えていた。
 同級生。
 恋人――ただし、「元」。
 破局した原因は、彼女達には詳しく話すつもりはなかった。それだけではどうしようもないとの事なので、僕は仕方なく言うのだった。
 心の「すれ違い」――と。



「田中さんは、直接的な原因を分かっていらっしゃるのですよね?」
「まあ……うん、知っていると思っている。思っていても――」
「心は……難しい」

 レインちゃんが胸を押さえて言う。まさにその通りだった。心は――否、「他者の」心は難しい。
 そして、「自分の」心も難しい。ただ話をしたいというだけなのに、ここまで僕の邪魔をするのだから。

「とにかく、ここでウジウジしていても始まりません! ここは1つ、前のように学校に行って――」
「どうかしたの、レインちゃん?」

 なぜ会話を中断してまでレインちゃんに話しかけたのかというと。彼女は後ろを向いて、しきりに窓の外を見ていたからだった。

「……騒がしい」
「騒がしいって……外かい?」

 僕と紬ちゃんは釣られて店の外を見る。長谷部ちゃんも仕方ないと、レインちゃんと同様に振り返った。



 ガラスを挟んで外。
 そこでは1人の男が、数人の男に囲まれているようだった。



「てめぇ、話が通じねぇのか!」
「てめぇのカードをオレ達によこせっつってんだよ!」
「デュエルディスクを持っていてデッキを持っていねぇ訳がねぇだろうが!」
「さっさとよこさねぇと、その着ている服ひんむいちまうぞ!」

 うわぁ……。モブの匂いをプンプンさせたやつらが4人で、1人の男にからんでいる。男は、非常に面倒臭いという顔をしてため息をついていた。

「だから何度も言っているだろう。今この場所には、私のデッキは存在しない。だから、渡そうとしても渡せないんだと」
「あぁん? てめぇ、オレ達の事をなめてんだろ!」
「なめてはいないが……非常に耳障りで、正直な話をすると鬱陶しい。さらに言ってしまえば、話しかけられている時間がとてつもなく無駄だ。帰りたまえ、あとバイトでもしろ、トドメにカルシウムをちゃんと摂取しろ」
「てめぇ……馬鹿にしやがって――」



 ピピーッ!!! モブ男の1人が殴りかかろうとした時、周囲一体にホイッスルの音が響き渡った。



 音源は、銀色のホイッスルを持った少女――長谷部遥。当たり前か、この状況でこんな事をするのはただ1人だ。

「あなた達、そこで何をしているんですか!」
「あぁん? てめぇ、オレ達に向かって何言って――ひいっ」

 モブ男の表情は、長谷部ちゃんを――違うな、長谷部ちゃんの着ている「制服」を見て一変。さらにモブ臭がプンプンするような顔になってしまった。

「あか、か、アカデミアの制服……!」
「こ、ここは逃げるぞ!」
「くっそ、覚えてやがれ!」
「いつか痛い目に合わせてやるからな!」

 まだ何もしていないのに、モブ男達は走って逃げていってしまった。アカデミアの制服、すごいな……。

「大丈夫でしたか? 怪我はありませんでしたか?」
「すまない、助かった。うるさくて適わなかったよ……礼を言おう」

 男が頭を下げる。ん? この顔、どこかで見た事があるような……?

「……? おや、君は……田中か?」

 じっと見ていた姿に気付き、男は僕の名前を言い当てた。という事は――。

「瓶田か! 久しぶり!」
「ははは、元気にしていたか?」

 握手をする僕達。話の展開に着いていけず、長谷部ちゃん達はまるで意味が分からんぞという顔をしていた。

「おっと、紹介するよ。僕の同級生、瓶田武司だ」
「今はスライダー瓶田と名乗っている。よろしく」

 僕と同じ元オベリスク・ブルー。瓶田はにこやかな表情を見せるのだった。
……スライダー?



「なるほど……田中はこの街に来たばかりだったか」
「瓶田はこの街に住んでいるのか?」
「ああ、住んでいる。ついでに言うと、もうすぐ到着する」
「中心街に家があるんですか?!」

 長谷部ちゃんが目を丸くして驚いている。大都市で1番に賑わっている中心街に家を持っているのだ、僕だって正直驚いていた。

「さらに言うと、ここで商売をしている――ほら、着いたぞ」

 ここだ、と指差す瓶田。人差し指の先にあったのは、「瓶田医院」と書かれた看板を持つビルだった。どうやら、ビル1つまるごと瓶田の病院らしい。

「へぇ……病院か。瓶田は頭がすごく良かったからね」
「勉学もデュエルもオールラウンダーな田中に言われると嫌味に聞こえるが……まあいい。入ってくれ」

 入り口の自動ドアがガーッと開いた。あれ、今日って日曜日じゃ……。お客さん、いるのかな。
 僕はそんな事を考えながら入ろうとするが、長谷部ちゃん達はどこか躊躇をしているように見えた。

「あの……私達はお邪魔でしょうから、帰ります――」
「いやいや。いいんだよ、長谷部さん。チンピラに絡まれていたお礼もしたいし」
「そ、そうですか……では、お言葉に甘えて……ね、レインさん?」
「……なぜ私に」





 同日 10:30
 瓶田医院 4F

 通された部屋の第一印象は、「殺風景」だった。建物を支えるための柱が2本、壁にずらりと並んだベンチ。後は、部屋の中央が1段高くなっている。その真ん中のお立ち台の横に、人が1人座る事が出来る機械があるくらい。

「あ、ようやく帰って来た! 遅かったわ……ね……」

 そして、その機械に座って亀のぬいぐるみをいじる――金髪眼鏡少女。

「な……なんでアンタがここに来るのよ……」



 ――M.A.イングリット、ここにあり。



「いや、それはこちらの台詞だ。イングリット、どうして君がここにいる」
「質問をしているのは私よ! そうやって話をそらさないで! これだから『大人』は――」
「おやー? 田中、マイと仲良しだったのか?」
「「この状況を見て、なんでそうなる!?」」

 僕とイングリットが同時にツッコミを入れた。ん? マイ……?

「『マイ』って、イングリットの事か?」
「そうだ。『M.A.Inglit』の最初をとって、『Mai』……最初に考えた人は、なかなかセンスがある」
「ど、どうも……」

 お前が考えたのか、イングリット。

「で? イングリットとは、この状況を見る限りではあまり仲は良くなさそうだな」
「さっきの質問はやっぱりわざとか!?」

 瓶田は質問の回答として、ハハハと笑う。こいつ、学生時代はこんな風に冗談を言うやつじゃなかったような……。



 僕はとりあえず、イングリットとの経緯を瓶田に教える事にした。途中でイングリットが口を挟む事があったが、無視して続けていく。結局、僕は友紀に会いに行った事まで話した。
 最後まで喋り終えた時、瓶田は頭を抱えて盛大にため息をついた。

「2人とも悪い」
「なっ……?!」
「せ、先生?!」

 瓶田はまず、イングリットを見つめる。

「マイ。聞いている限りでは、初対面の人にぶつける態度じゃなかったぞ」
「でもそれは……だって……」
「『あれ』を引きずっているのは分かる。しかし、誰でも彼でも攻撃対象にする事は間違っているのではないだろうか。いつまでも『過去』にこだわっていたら、今度は『未来』までなくすぞ」
「う……分かりました」
「よろしい」

 と、今度は僕に顔を向けた。何だか、恐い……。

「田中。まず一言で言ってしまうと、『子供』か」
「……!」

 いきなり切り捨てられた。さらに瓶田は続ける。

「質問に対してキレる。年下を相手にガチカードを使用する。挙げ句の果てに、泣いた子供を置き去りにして逃げた?」

 はぁ、と瓶田はまたため息をついた。

「加藤に会いに行く事を言いづらかった事は分かった。しかし、お前がとった行動はどうあがいても八つ当たりにしか聞こえないぞ」
「確かに、あの日は僕も少しばかり――」
「少しばかり?」
「……とてもイライラしていました」
「謝るべきじゃないのか?」
「……そう、思う」
「よし――じゃあ、両方とも互いに謝ろうか」

 イングリットが、機械から立ち上がる。僕はその真正面に立った。

「……その」

 先に言葉を発したのは、僕だった。
 まあ、一応ではなくとも年上だし。よくよく考えてみれば、イングリットに八つ当たりをした僕が大方悪いし。

「悪かった、よ……」
「……………………」
「その……言い過ぎた。僕が最初に質問に答えなかったのも悪い。ごめん」

 僕が頭を下げると、イングリットは急にオロオロとし始めた。まさか、僕から先に謝るとは思っていなかったらしい。

「私も……いきなり悪人だって決め付けていたし……ごめんなさい」
「ちゃんと目を見て言うんだ、マイ」
「う……ご、ごめんなさい」

 顔を赤くして、イングリットも頭を下げた。一応、これで良かったのかな?

「良かったんですよ、先輩」
「だから……ナチュラルに心を読むな、長谷部ちゃん」
「あの、瓶田さん。こちらにある機械はどのように使用するのですか? あの……わたくしめは機械に弱くて、デュエルディスクくらいしか扱えませんので……」
「これかい? 分からなくて当然さ、これは私が独自に開発した治療用の機械だからね」

 紬ちゃんの質問に、台をバシバシと叩いて答える瓶田。いいのか、そんなに乱暴に叩いて……?

「まあ、詳しい事はデュエルをしながらだ。だろう、田中?」
「え……僕とデュエルを?」
「当たり前だ。久しぶりに会ったんだから、デュエルをするのは当然だろう?」

 イングリットを台に座らせ、色々と調整をしながら瓶田は話す。まあ、僕は別に構わないけれど……。
 レインちゃんがデュエル、と呟いて首を傾げた。

「デッキ……ないって……」
「ん? ああ、確かにあの場にはなかった。なぜなら、このビルに置きっぱなしにしていたからな」
「何をしに外へ……?」
「デュエルの相手よ」

 長谷部ちゃんの質問に、頭に機械を乗せたイングリットが答える。

「先生の治療方法はすごいの! なんたって――」
「こらこら、マイ。先に種明かしをしてどうする? 私がきちんと言うから、マイはおとなしく座っているんだ」
「ちぇー。分かりましたよーだ」

 口を尖らせ、イングリットは言われた通りに黙るのだった。
 いったい、どんな治療が始まるというんだ……?



 イングリットの乗る機械のセットが完了したところで、瓶田はデッキを他の部屋から持ってきて、デュエルディスクに差し込んだ。

「君達は、適当にベンチで見ていてくれ」
「了解です」

 アカデミア3人娘がベンチに座る。僕と瓶田はお立ち台に上がった。

「さて……6年ぶりのデュエルだ、遠慮はいらないぞ!」
「それはこっちの台詞だよ、瓶田!」

 お立ち台が輝きを見せる。怪しげな光に包まれて――。



「「デュエル!!!」」

 ――元同級生とのデュエルが今、始まった。



スライダー:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「では私からだ。ドロー!」

 瓶田がカードを引く。ふぅむ、と顎に手を当て――僕に1枚のカードを見せた。

「ひとまずこのカードだ。魔法カードを発動、《テラ・フォーミング》!」



《テラ・フォーミング》
通常魔法
自分のデッキからフィールド魔法カード1枚を手札に加える。



「私はそのまま手札に加えたカードを発動。フィールド魔法、《聖域の歌声》!」
「げ……」

 デッキから取り出したカードをデュエルディスクに出す瓶田。空間が歪み、部屋は天使が歌う場所へと変化した。その美しさに紬ちゃんは素敵、と声を出す。
 僕としては、あまり素敵ではないカードなんだけれど……。



《聖域の歌声》
フィールド魔法
フィールド上に表側守備表示で存在する全てのモンスターの守備力は500ポイントアップする。



「さらに、モンスターとカードをセット。ターンエンドだ」

 瓶田の場にカードが2枚、裏側で出された。「守備表示」という所が嫌な所なんだよな、ほんと……。



スライダー:LP8000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚
     《聖域の歌声》

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「じゃあ僕の――」
「おっと。田中、ここについて少し説明をしたいから待ってくれないか?」

 カードを引こうとしたが、瓶田に止められてしまった。そういえば、デュエルの最中に話をすると言っていたな。
 ……自分のターン中に言えよ、おい。

「まずは私が専門にしている医術だが――」

 話を始める。と思ったら、瓶田はきょろきょろとまわりを見渡す。まるで、誰にも聞かれていない事を確認するかのような仕草だ。
 確認が終了したのか、瓶田はうむと頷いて話を再開した。

「――よし。私の専門は、『デュエルセラピー』というものだ」
「『デュエルセラピー』……? わたくしめは聞いた事がありませんが……」
「それは当たり前だ。なんせ、私が命名したものだからな」
「へー、第一人者という事ですよね?」
「その通り。だから最初は『瓶田背羅秘』という素敵な名前にしようとしたんだ」
「無理矢理『セラピー』と当て字にしないでください!?」

 ツッコミ担当が良く似合う長谷部ちゃんが、すかさず瓶田の言葉に食らい付いた。僕としては、療法に自分の名前を入れる所にツッコミを入れたいところだが。星の名前や計算式じゃないんだから。

「それで、どのような治療法なのでしょうか?」
「そうだな……言ってしまえば、デュエル中に出たパワーを変換、それを患者に流し込む……という治療だ」





 ……………………。





「……おい一同。なぜリアクションをとらない? ギャラをもらっているんだから仕事はするべきじゃあないのか?」
「リアクションをとる・とらない以前に、話が飛びすぎて……あと、ギャラなんてもらっていませんから!」

 必死にツッコミを入れる長谷部ちゃんの隣で、レインちゃんもこくこくと頷いている。なんでも知っていそうな彼女でも、さすがに瓶田の話は分からないか――。

「お金……もらっていない」
「否定する箇所はそこ?!」

 僕は思わず叫んでしまった。レインちゃん、おそるべし。いや、あれは素なのか?

「デュエルにて発生するミスティックエネルギー……独自の機械で人体に害がないようにする……」
「そう、まさにその通りだ。デュエルをすると、非ィ科学的な力が発生する。それはそのままでは扱えないが、少しいじってやると人体を活性化させる事が可能なんだ」
「非科学と科学によって出来たものを医療に……すごい発想ですね」
「そのせいで、開発に10年は費やしてしまったがね。ははは」
「おい、お前は中学生の時からこれを作っていたのかよ」
「ははは、さすがにそれは冗談。本当はアカデミアを卒業する年に作り始めたんだ。今年の5月にようやく完成してね……」

 それだとしても、約6年の歳月を1つの研究に打ち込むその熱意は、ただならぬものがあるだろう。一見クールに見えるが、中身は正反対のようだったようだ。

「それで今日、私は先生に治療をお願いしに来たってわけよ」
「マイさんは、どのような病を治すためにここに……? もしや、重大な病だったりしたのでしょうか?」
「ううん、昨日の体育の時に擦り剥いた膝を治してもらうために」
「……え?」

 瓶田が目を丸くしてイングリットを見る。いや瓶田、治す対象を聞いていなかったのかよ。

「……まあそういう訳だ。なぜか空しい気持ちになってしまったが……私からの説明は以上、デュエルを再開しよう」
「あ、ああ」

 なんだかもやもやとした空気になってしまっているが……いくか。

「ドロー! 僕は……こいつを召喚だ! 行け、《ライオウ》!」

 僕の前に、電撃の王が姿を見せる。《聖域の歌声》があるから迂闊に攻める事は出来ないが……かといって守る気など毛頭ない!



《ライオウ》
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。



「相変わらずお前は……面倒なカードばかりを扱うな、まったく」
「そっちこそ、強固な守備は健在だね」
「使いたいカードが偏ってしまうのでね」
「使いたいカード……どんなカードなんですか?」

 横から紬ちゃんが質問をする。じっと見ていたが、瓶田は自分からは答える気はないらしい。

「そうだね……一言で言ってしまえば、瓶田のデッキコンセプトは――【亀】だ」





 ……………………。





「あの、そういう冗談は結構なので――」
「長谷部ちゃん?! 僕は本当の事を言ったのに、その対応は何?!」
「いやだって、真面目に先輩が答えていたので……あと、『キリッ』という効果音もしていましたし」
「僕の事、そんなに信じられないのかい?!」
「はははっ! マイといい長谷部くんといい、田中は年下が好みじゃないのか?」
「好みの問題じゃない! あと僕はツッコミ担当じゃないぞ! 主人公だぞ!」

 乾いた叫びを部屋中にばらまく僕。くそぅ、タッグフォースではこんなキャラじゃないのに……。

「まあ田中も疲れているようだし……真面目に話すと、私のデッキは『亀』が中心なんだよ、本当に」
「え……本当なんですか……」
「ああそうだ、本当だ。まあ、次のターンで見せてあげるよ。『亀』が攻める、その瞬間をね」

 瓶田が話を綺麗にまとめていった。腑に落ちないが、今はデュエルを円滑に進めよう。

「どうせ守備力は上がっていて倒せないだろうから……カードを2枚セット。ターン終了だ」

 2枚の伏せカードを場に置き、僕はターンを終える。
 伏せた2枚は、両方とも「攻撃」に対しては強いカードなのだが……あいつ、攻撃をしてくれるのかな?



スライダー:LP8000
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚
     《聖域の歌声》

康彦:LP8000
手札:3枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:伏せ2枚



「私のターン、ドロー!」

 瓶田がカードを引く。手札にそれを加え、僕に見せるように1枚のカードを前に出した。

「悪いが……すぐにその電撃人形は除去させてもらう! 魔法カードを発動、《クロス・ソウル》!」
「いっ?!」



《クロス・ソウル》
通常魔法
相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動する。このターン自分のモンスターをリリースする場合、自分のモンスター1体の代わりに選択した相手モンスターをリリースしなければならない。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。


「私が選択するのは、当然《ライオウ》!」
「選択肢が《ライオウ》1択なんだけれどね……」

 《ライオウ》のボディが怪しい光に包まれる。瓶田は満足そうに頷くと、カードをデュエルディスクに置いた。

「では早速……《ライオウ》をリリースする! 出番だ、射出亀! 《カタパルト・タートル》をアドバンス召喚!!」

 僕の場の《ライオウ》が消え、代わりに瓶田の場に「亀」が登場した。出たな、一時期カード界を騒がせた面倒な亀め……!



《カタパルト・タートル》
効果モンスター
星5/水属性/水族/攻1000/守2000
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。リリースしたモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。



「残念ながら、《クロス・ソウル》を使用したターンには攻撃は出来ない……だが」
「だが?」
「無論、効果の使用は許されている! 《カタパルト・タートル》の効果を発動だ! 伏せているモンスター――《ウイングトータス》を射出する!」

 伏せられていたカードが表になり、「射出亀」の砲台に「翼亀」が取り付けられた。亀の上に亀……今、何かを思い出しそうだったのだが……なんだろうか?



《ウイングトータス》
効果モンスター
星4/風属性/水族/攻1500/守1400
自分フィールド上に表側表示で存在する魚族・海竜族・水族モンスターがゲームから除外された時、このカードを手札または自分の墓地から特殊召喚する事ができる。



「さあ、《カタパルト・タートル》で射出する! てぇーっ!!」

 翼亀が光の玉となり――僕に向かって放たれた。こいつ、こんな戦略だったか?!



康彦:LP8000→7250



「まだ私のターンは終わらないぞ。永続魔法、《平和の使者》を発動!」
「……なるほど。攻撃を妨害しつつ、《カタパルト・タートル》での火力で勝つデッキか!」
「その通りさ、田中!」



《平和の使者》
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。または、100ライフポイント払わずにこのカードを破壊する。



 うん、困った。これでは1500以上の攻撃力を持つモンスター――すなわち、僕のデッキの大半のモンスターに刺さる事になる。なんとかしてあの永続魔法を除去し、《カタパルト・タートル》を破壊しなければ……!

「では、私の番は終わりだ。亀を引っ繰り返す事は出来るかな……?」
「やってみるさ!」



スライダー:LP8000
手札:1枚
モンスター:《カタパルト・タートル》攻1000
魔法・罠:《平和の使者》
     伏せ1枚
     《聖域の歌声》

康彦:LP7250
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ2枚



「僕のターン……ドロー!」

 カードを引く僕。しかしながら、除去カードは来てはくれなかった。

「……僕は《霊滅術師 カイクウ》を召喚!」

 引けなかったものは仕方がない、場にモンスターを出しておく。あの永続魔法の影響で、攻撃を行う事は不可となってしまっているが。



《霊滅術師 カイクウ》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守700
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の墓地に存在するモンスターを2体まで選択してゲームから除外する事ができる。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手はお互いの墓地に存在するカードをゲームから除外する事はできない。



「僕はこれでターンエンドだな」
「おやおや、何もしないで終わりか? 何か喋ってもいいんじゃないか?」
「……ここで1つ情報を提供しよう」

 ターンエンドにブーブー不満を言う瓶田のために、僕はポケットから紙切れを取り出して広げる。

「ん? メモ……?」
「ここには今までの3話分の文字数が書かれているんだ」
「せ、先輩?! いきなり本編と関係ないどころか、あからさまにメタな要素を入れるつもりですか?!」
「まあまあ、長谷部ちゃん。君達もちゃんと聞いてくれ」

 長谷部ちゃんのツッコミを受け流し、僕はそれを読み上げる。

「1話、約12000文字。2話、約15000文字。3話、約18000文字――どんどん文字数がうまい具合に上昇しているだろう?」
「確かに……綺麗に数値が上がっていますね」
「そう、上昇……理由はもちろん、『雑談』にあると思う!」

 ビシッと、ある「先生」直伝の指差しを長谷部ちゃんに見せる。

「良いな、これ以上雑談が増えていったら、どうなる? 僕の物語のはずが、いつの間にか僕の雑談、もしくは漫才になりかねない!」
「そういう事を言っている前に、デュエルに戻れば良い話じゃ……」
「とにかくだ!」

 もう1度、今度は瓶田に向けて人差し指を効果音付きで向けた。

「良いか、とりあえずこの回はこれ以降は無駄な雑談・漫才・メタは禁止だ! 分かったな?!」
「お前が1番メタっているような……まあ、いいか」



スライダー:LP8000
手札:1枚
モンスター:《カタパルト・タートル》攻1000
魔法・罠:《平和の使者》
     伏せ1枚
     《聖域の歌声》

康彦:LP7250
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻1800
魔法・罠:伏せ2枚



「まったく、はしゃぎ過ぎだぞ……ドロー! スタンバイフェイズに、私は《平和の使者》のライフコストを払って維持する!」



スライダー:LP8000→7900



 瓶田がカードを引き、デュエルディスクにカードを叩きつける。少し大柄な「亀」が出現してきた。

「私はモンスターを召喚! 《島亀》!」



《島亀》
通常モンスター
星4/水属性/水族/攻1100/守2000
小島ほどの大きさがある巨大ガメ。海中に潜ることはなく、甲羅の上には木や生物が住みついている。



 まずいな……モンスターを展開され、どんどんと射出されていく前に守りを崩し、ダメージを与えないと――。

「悪いが、攻撃の手は緩めない! 永続罠、《忘却の海底神殿》を発動!」

 ――本当にまずそうだ。
 天使達が舞う聖域が水に浸かっていく。そして瓶田の背後に、それはそれは古そうな石の神殿が出現した。



《忘却の海底神殿》
永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのカード名を「海」として扱う。1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4以下の魚族・海竜族・水族モンスター1体を選択してゲームから除外する事ができる。この効果で除外したモンスターを、自分のエンドフェイズ時にフィールド上に特殊召喚する。



「この効果で、今出した《島亀》を早速除外するぞ」
「除外……」
「そう、『水族』のモンスター、《島亀》を除外する!」

 神殿の奥に光が照らされ、《島亀》はその中へ導かれていった。「除外」という手段を使って、水に浸かったのだ。

「さて、墓地の《ウイングトータス》の効果を発動! 特定の族のモンスターが『除外』された事により、再び場に舞い戻る!」

 神殿から代わりに翼亀が出てくる。こうやって除外・蘇生を繰り返す事によって、亀の弾丸をひたすら放ち続けるのが瓶田のデッキコンセプトって訳だな……!



《ウイングトータス》攻1500



「すぐに《ウイングトータス》を《カタパルト・タートル》で射出! てぇーっ!!」

 僕のモンスターを無視して、僕に亀の弾丸がぶつかった。《カタパルト・タートル》自身を射出すると500ポイントダメージ……だから、受けても良い弾丸はあと8発か……!



康彦:LP7250→6500



「お嬢さん方、分かったかな? これが私のタクティクス……『防御』をしつつも『直接攻撃』をする、絶対守護のデッキだ!」
「確かに亀モンスターばかりなのに、すごくコンボが決まっています……!」
「……びっくり」
「ふふふ……では私は《カタパルト・タートル》を守備表示に。《聖域の歌声》の効果で、守備力が上がるぞ」

 天使達の歌声により、射出亀の強固な守備はさらにカチコチになった。守備力が高いのはいつも通りなのだが、これはまずいな……。



《カタパルト・タートル》守2000→2500



「では、ターンエンド。エンドフェイズに、《島亀》を守備表示で場に呼び戻す!」

 神殿から、大きな亀が戻ってくる。結果的に、強固な守備の壁がさらに増えた。困るな……。



《島亀》守2000→2500



 以前デュエルをした時は、儀式亀を主軸にした攻撃的なデッキだった。しかし、こういう堅実で確実なデッキの方が、あいつには合っているな……。
 おっと。かといって、負けるつもりは微塵もないが。



スライダー:LP7900
手札:1枚
モンスター:《カタパルト・タートル》守2500
      《島亀》守2500
魔法・罠:《平和の使者》
     《忘却の海底神殿》
     《聖域の歌声》

康彦:LP6500
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻1800
魔法・罠:伏せ2枚



「僕のターン……ドロー!」

 これで手札は4枚。使用するとしたら――こいつか。

「僕はモンスターをセット。ターンエンドだ」
「……? 珍しいな、お前がモンスターをセットするなんて」
「セットしてこそのモンスターだからね」

 そう、『この状況では』セットしてこそ機能するカード。しかし、守備の要というわけではない。
 まあ、すぐに分かるはずだ。僕が何を伏せたのか……。

「む、そういえばターンエンドをしたな?」
「ああ、したが――あ」
「ご名答! 《島亀》を《忘却の海底神殿》の効果で除外……墓地の《ウイングトータス》を守備表示で蘇生する!」

 《霊滅術師 カイクウ》が除外の妨害をする事が出来る場所はあくまで「墓地」。「場」のモンスターが除外されるのを、僕は黙って見ているしかない……。



《ウイングトータス》守1400→1900



「押されていますね、田中さん……」
「……いや、準備段階」
「だって、先輩も壁を作り出していますよ?」

 応援席にて、紬ちゃんと長谷部ちゃんの言葉にレインちゃんが首を振った。

「伏せる事は……『守る』事じゃない」

 まさかレインちゃん、何を伏せたのか分かっているのか……?



スライダー:LP7900
手札:1枚
モンスター:《カタパルト・タートル》守2500
      《ウイングトータス》守1900
魔法・罠:《平和の使者》
     《忘却の海底神殿》
     《聖域の歌声》

康彦:LP6500
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻1800
      伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚



「何を伏せたのかは分からないが……ドロー!」

 僕の場の伏せモンスターに警戒をしつつ、瓶田がカードを引く。当然、《平和の使者》のライフコストは支払った。



スライダー:LP7900→7800



「そうだな……私はモンスターを召喚! 《かつて神と呼ばれた亀》!」

 瓶田の場に、神々しい姿をした亀が現れた。攻撃力は低く、守備力は高く……まさに亀そのものである。



《かつて神と呼ばれた亀》
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻0/守1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いに攻撃力1800以上のモンスターを特殊召喚する事はできない。



「今出した《かつて神と呼ばれた亀》を《忘却の海底神殿》の効果で除外――手札から《ウイングトータス》を特殊召喚!」
「……! もう1枚、手札にあったのか!」

 元神亀が神殿へと消え、入れ代わりに2体目の翼亀がはばたいてやってきた。



《ウイングトータス》守1400→1900



「田中、このターンは2発の砲弾を食らってもらうぞ……!」
「……!」
「1発目、装填! 田中に向けて――てぇーっ!!」

 亀の弾が僕にぶち当たった。効くな、くそ……。



康彦:LP6500→5750



「すぐに2発目を発射! てぇーっ!!」

 間髪入れずに、次の亀が僕に当たる。亀も大変だろうが、僕も大変なんだぞ……。



康彦:LP5750→5000



「さて……手札も弾もとりあえず尽きてしまったしな……ターンエンド。エンドフェイズに2体の亀を守備表示で特殊召喚だ」

 神殿から、亀が再びその姿を見せた。天使の歌を聴き、その守備はやっかいなものへとなっている。



《島亀》守2000→2500
《かつて神と呼ばれた亀》守1800→2300



「田中、あと《ウイングトータス》6発分と《カタパルト・タートル》の分……それで私の勝ちだ」
「まあ、それくらいは分かるよ」
「私の布陣は完成している。強固な壁、それをさらに守る『使者』と『歌声』、弾丸を放つ『大砲』……どうだ? サレンダーした方が良いのではないか?」
「……………………瓶田」

 瓶田をぴっと睨む僕。先程から思い出そうとしていた事を、僕はようやく思い出した。
 亀の上に亀……有名なパズル、「ハノイの塔」にそっくりだったのだ。

「悪いが僕はダメージを受け続け、下で踏み付けられているだけじゃ終われないんだ」
「む……?」
「勝者は常に1人! 君の上に立たせてもらうよ、瓶田!」



スライダー:LP7800
手札:0枚
モンスター:《カタパルト・タートル》守2500
      《島亀》守2500
      《かつて神と呼ばれた亀》守2300
魔法・罠:《平和の使者》
     《忘却の海底神殿》
     《聖域の歌声》

康彦:LP5000
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻1800
      伏せ1枚
魔法・罠:伏せ2枚



「いくぞ、ドロー!」

 引いたカードは……なかなかのものだった。さて、その甲羅、全て剥がさせてもらうぞ……!

「まずは厄介な魔法と罠を吹き飛ばす! 《ハリケーン》を発動だ!」
「……………………」

 暴風が場のカードを一掃する。僕が伏せていた、瓶田相手には意味がなかった《収縮》と《次元幽閉》も同様に、である。
 また、《聖域の歌声》が消えたことにより、亀達の守備力は元通りになった。



《ハリケーン》
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

《収縮》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

《次元幽閉》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。

《カタパルト・タートル》守2500→2000
《島亀》守2500→2000
《かつて神と呼ばれた亀》守2300→1800



「まずは魔法と罠を消されたか……だが亀達はどうする? 今だに高い守備力を持っているぞ?」
「確かに高く、硬い壁……だったらこちらも強化すれば良い!」

 僕の場に伏せられていたモンスターが、その姿を曝け出す。杖を持つ悪魔、《ニュート》だ。



《ニュート》
効果モンスター
星4/風属性/悪魔族/攻1900/守400
リバース:このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、このカードが戦闘によって破壊された場合、このカードを破壊したモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。



「リバース効果により、《ニュート》はその体にさらなる力を手に入れる!」
「ほぅ……」

 そのままでも十分に強いモンスターであるが、反転召喚をした事によってさらに強力に。星6にも負けないくらいの攻撃力を、今の《ニュート》は持っていた。



《ニュート》
……攻撃力:1900→2400
  守備力:400→900



「次はこれだ! 《霊滅術師 カイクウ》に、《巨大化》を装備!」
「むむ……」

 呪われた僧の身体がぐんぐんと伸び、それに比例するかのように攻撃力が上がっていく。硬い壁を壊すなら、こちらも強化をすればいいのだ。



《巨大化》
装備魔法
自分のライフポイントが相手より下の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より上の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

《霊滅術師 カイクウ》攻1800→3600



「そして――トドメはこいつだ! 僕は《ドリルロイド》を召喚!」
「……崩される、か」

 天を突く――とまではいかないが、それでもこの状況では活躍が出来るドリル付きが登場。獲物を前にして、得物をグルグルと回している。



《ドリルロイド》
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1600/守1600
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを破壊する。



「よし……では、バトルフェイズ! 3体で、瓶田の場を一掃する!」

 巨大化した僧の攻撃。邪悪な念を送り込まれ、射出亀は火を吹いて爆発する。まず1体。
 次に《ニュート》。杖で殴り付け、《島亀》の甲羅をかち割った。これで2体。
 最後に、ドリルが神殿の主――《かつて神と呼ばれた亀》を突く。その鋭さの前ではいかなる守護も通用せず。こうして3体の亀は、見事なまでに全滅した。

「……やられたか」
「亀は確かに硬い。でも、それは甲羅があるからこそだ。『暴風』やらで引っ繰り返してしまえば――」

 ビシッ、と指を突き付ける僕。

「――亀は身動きが出来なくなる」
「ふむ……困ったな、これは――と言いたいところだが、まだ『壁』は吹き飛ばして戻されただけだ。ここからが勝負だな」
「いいや、次で押し切らせてもらうよ」
「随分と強気だな……まあいい。終わりか?」
「ああ、ターンエンドだ」



スライダー:LP7800
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP5000
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻3600
      《ニュート》攻2400
      《ドリルロイド》攻1600
魔法・罠:《巨大化》



「では私のターン……ドロー!」

 引いたカードをしげしげと眺める瓶田。悩むかのように上を見――召喚。

「《ドリルロイド》が嫌だからな……《ゴラ・タートル》を、攻撃表示で召喚!」

 つぶらな瞳をした亀が場に現れる。む、裏守備での召喚だったら《ドリルロイド》を《収縮》して突こうと思ったのだけれど……運が良いのか、勘が良いのか。



《ゴラ・タートル》
効果モンスター
星3/水属性/水族/攻1100/守1100
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、攻撃力1900以上のモンスターは攻撃宣言をする事ができない。



「さらに《平和の使者》、《聖域の歌声》を発動。《忘却の海底神殿》をセットする」
「伏せカード、分かるからといって名前まで出す必要はあったのか……?」
「良いじゃないか、ファンサービスだよ」
「ファン……?」

 コンボを再構築するために、強固な壁がまたしても展開されていく。そして再び、瓶田の手札は0となった。

「これはまずいな……ターンエンドだ」

 言葉とは逆に、楽しんでいる様子の瓶田。そうだな……僕も楽し「かった」よ。



スライダー:LP7800
手札:0枚
モンスター:《ゴラ・タートル》攻1100
魔法・罠:《平和の使者》
     伏せ1枚
     《聖域の歌声》

康彦:LP5000
手札:3枚
モンスター:《霊滅術師 カイクウ》攻3600
      《ニュート》攻2400
      《ドリルロイド》攻1600
魔法・罠:《巨大化》



 無言でカードを引く。悪いな、瓶田。実は最初から持っていたんだよね――。

「これでゲームセットだ! 《魔導戦士 ブレイカー》を召喚! 効果で自身に魔力カウンターを装填する!」
「……やれやれ」

 「魔」に惹かれ、「間」を掻き乱す。トドメの一撃をたたき込む戦士が召喚された。



《魔導戦士 ブレイカー》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事でフィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:0→1
  攻撃力:1600→1900



「《魔導戦士 ブレイカー》の効果を発動! マナ・ブレイク!」

 魔力を対価とし、剣士が弾丸を放つ。《平和の使者》が貫かれ、消滅した。



《魔導戦士 ブレイカー》
……魔力カウンター:1→0
  攻撃力:1900→1600



「……まったく。お前、性格の悪さは相変わらずだな」
「何を言っているんだい? 僕がそんなひどい事を出来ると思っているのかい?」
「……ほら、さっさと終わらせろ。お前は俺の上に立つんだろう?」
「では、お言葉に甘えまして――《魔導剣士 ブレイカー》で《ゴラ・タートル》を攻撃!」

 剣士が亀を一刀両断する。守りの要の甲羅も砕け、瓶田にダメージが入った。



スライダー:LP7800→7300



「次は《霊滅術師 カイクウ》でダイレクトアタック! 悪霊退散!!」
「ぐぅっ……!?」

 巨大化した僧が念を放ち、瓶田は大きくダメージを受けた。力を使いきったのか、《巨大化》の効果が逆に作用して僧の体が縮む。



スライダー:LP7300→3700

《霊滅術師 カイクウ》攻3600→900



「墓地のモンスターを除外する事が出来るが……もういいか。お次は《ニュート》! グラビトン・パンチ!!」

 《ニュート》が前に飛び出し、瓶田に拳をぶつけた。杖は使わないんだね……。



スライダー:LP3700→1300



「……瓶田」
「やはり、お前は強いな……生粋のデュエリストだ。私なんかに言われても嬉しくないだろうが、誇って良いと思う」
「ありがとうな……トドメ、いくよ?」
「ああ、来い。敗者らしく、ドンと構えてやる」
「よし……《ドリルロイド》! 瓶田にダイレクトアタック!!」

 ドリルが瓶田に迫り、突き――。



スライダー:LP1300→0



 ――亀の甲羅を、完全に砕き切った。










 同日 10:40
 瓶田医院 4F

「……で? デュエルが終わったのに、イングリットの膝の擦り傷は治っていないぞ?」
「デュエルエナジーは、ライフにダメージを与えた時と、デュエルが終了した時に発生する。だから、最後に貯め切ったこのデュエルエナジーを――っと」

 瓶田が、機械についていた赤いボタンを押す。一同に囲まれた、イングリットの座っているシートが光り輝き――。



「にゃあっ?!」



 ――イングリットが、素っ頓狂な声をあげた。

「へっ?! い、今この子、何か言いましたよね?」
「途中でちびちびエナジーを流すのが普通なのだが……ふむ、一気に流しても問題ない、と」
「問題大アリ――にゃああんっ?!」
「良いのか、瓶田。この状況、お前はどう見ても犯罪者か変態だぞ」
「否定できないのが辛いな……ほい、強制終了」

 別のボタンを瓶田が押すと光が闇――ではなく止み、イングリットが息を荒くして瓶田を睨み付けた。

「はぁっ、はぁっ……先生、意地悪しないでよ!」
「ちゃんと治ったんだから、良いではないか」
「……治療内容……根に持っている」

 レインちゃんがそう言うと、瓶田は苦笑いをする。図星か、おい。

「まあとにかく、本日の治療はこれで終了だ。また『大変な』病気になったら、いつでも来てくれ」
「むぅ……先生の事、先生に言い付けてやるんだから!」

 機械から解放され、イングリットはぷりぷりと怒りながら部屋を後にした。紬ちゃんが出ていったイングリットの言葉に、首を傾げる。

「あの……先生とは……?」
「さっきの話にも出ていた、加藤の事だよ。困ったな……あちらの『先生』は、子供達の味方だしな」
「自業自得じゃないか……」
「ははは、違いない」

 笑ってみせる瓶田と、頭を抱える僕。年月は、やはり人を変えるようだ。
 と、瓶田がいきなり、その顔を真剣なものに戻した。長谷部ちゃん達も気付いた様子で、僕達の顔を見回している。

「時に田中」
「な、なんだよ……急に改まった言い方をして」
「加藤に会う最中で、マイと遭遇したんだったな」
「遭遇って――まあそうだが……」

 僕の言葉を聞き、ふむふむと頷く瓶田。そして最後にはやっぱりニヤリと笑って――。





「明日。加藤に会いにいくぞ」





 9月が終わる。新しい月を、新しい場所で。
 10月が始まる。学生時代の出来事をあまり思い出したくはない、神の存在しない10月が――。




 05話  「先生」

 10月1日は、僕の人生の中で2番目に良くない思い出を持つ日である。
 1番目? 僕の悩みなどを踏まえれば、おのずと答えは出てくるだろう。
 そう、あれは8年前の10月1日。僕は友紀と3つの「初めて」を経験したのだった。
 1つ目は、友紀と「たくさん話をした」。余りにも遅すぎる? それは僕の考えも同じである。
 2つ目は、友紀と一緒に「デュエルをした」。今でも信じられないが、本当にそうであったのだ。
 そして、3つ目。



『ぐやじいよぉ……うああぁあんっ……』



 友紀を――否、女性を、僕は初めて「泣かせた」。





 10月1日 09:27
 瓶田の車 後部座席

「……何か思い出していたのか?」
「何かって……別に? ただ窓の外を眺めていただけだよ。僕はこの街に観光をしにきたのだからね」
「ふぅん……」

 瓶田の所有する車の中で、窓の外を見ながら僕は返事を返す。瓶田はそれ以上は追求せず、車の運転を続けた。
 街が、視界を横に流れていく。流れていく景色が、徐々に近代的でなくなっていく。まるで、過去に戻っているような錯覚に陥りそうだ。

「都心から離れると、緑が多くなるよな」
「考えていた事、ばれていたか」
「田中は喜怒哀楽を表情で滅多に出さないくせに、出てしまった時はバレバレな顔をしているからな、ははは」
「ミラーを見るな、前方を見ろ! もっと細かく言うと、赤信号をちゃんと見ろ!!」
「え? ……おっとっと、危なかった! セキュリティの方達にお世話になるのはもう懲り懲りだしな」

 ははは、と瓶田は楽しそうに笑った。ツッコミ役の長谷部ちゃんがいないと、本当に困るな……。



 前日――つまり9月30日は、全国的に「日曜日」であった。
 そして今日――つまり10月1日は、同様に全国的に「月曜日」、即ち平日である。
 よって学生達は己のやるべき事柄、言ってしまえば登校をし、授業を受けなければならなかった。

「私がいなくても、大丈夫ですか?」

 そしてそんな前日。友紀のところへと行く事を瓶田から提案された時の、長谷部ちゃんの最初のセリフが上のものである。

「長谷部ちゃん……君は僕の保護者か?!」
「でも、また小学生を泣かせて帰りそうだし……ねえ?」

 長谷部ちゃんが紬ちゃん、レインちゃんに賛同を求める。が、残りの2人はどこか微妙だという顔をしていた。

「わたくしめは……その、田中さんは大丈夫だと思います」
「えー……なんで?」
「その、イングリットさんと仲直りもしていましたので……」
「それはどうかな……というか、答えになっていないような気もしなくはないけれど、まあ次にレインちゃんにも聞いてみましょうか」

 レインちゃんは何かを考えるように天井を見つめる。そしてぽん、と手を打ち、長谷部ちゃんを見つめた。

「瓶田さんがいる……問題ない」
「ああ、瓶田さんが先輩の暴走を止めるのか……それなら私達がいなくても心配ないでしょう」
「僕としては、長谷部ちゃんの毒舌の方が心配だよ!?」

 どうやら僕は長谷部ちゃんからツッコミの全権を押し付けられてしまったようだ。長谷部ちゃん、職務放棄……?

「というわけだ。お嬢さん方はきちんと学校に行く事。良いな」
「では、何かあったら報告をしてくださいね!」
「わたくしめの事ではないのに、何やら胸が熱くなってきました」
「……わくわく」

 完全に他人事状態の3人。……まあ、彼女達の問題ではないので、確かに他人事なのだが。



 という経緯を経て、僕は瓶田の車に乗って移動中。
 目的地は言うまでもなく、友紀のいる小学校だ。

「そういえば、瓶田はいつからこの街にいたんだ?」
「私か? 私は卒業してすぐにあの場所に転がり込んだのだよ」
「あんな街の中心のビルを、卒業の直後にすぐに買ったのか……?」
「いやいや、買ったわけではない。少し脅は――おっとっと、対話をしたら、ビルを譲ってくれたのさ」
「まさかとは思うが、『1人は自殺にまで追いこんでやったよ!』なんて言わないよな……」
「私はマフィアを動かすほどの財力は持っていないぞ?」

 それは安心した。したのだがしかし、ろくでもない方法で土地を手に入れたのは間違いなさそうだ。
 窓の外から前方に頭の向きを変えると、ミラー越しに目が合った。瓶田の目が、表情を変える。

「私としては少し淋しいが、聞きたいのは私の来た時期などではないだろう?」
「……その言い方、なんか嫌だな」
「悪い悪い、ではもう何も話さないから――」

 瓶田は今度はミラー越しではなく、直接僕の方を見た。



「――加藤と何を話すのか、きちんと決めておけよ」





 同日 09:54
 小学校 正門前

 車を降り、この景色と再び対峙をする僕。この前はイングリットに八つ当たりをしてしまったが、今回は違う。

「すみませーん、加藤さんに会いにきました。はい、瓶田といいます」

 守衛はおらず、瓶田はインターホンに向かって話をしていた。どうやら直接、職員室に繋がっているもののようだ。
 僕は瓶田から視線を外し、正門から見える眺めを視界に入れる。小学校は高い場所にあり、ここから中心街を見渡す事が出来た。
 僕がこの街にやってくるために使った駅、噴水のある公園、デュエルアカデミア……思い出深い場所達が、今はミニチュアサイズに見えるのだった。



「ちっぽけだとは思わないか」



 横から、瓶田が話しかけてきた。いきなり話しかけられた事よりも、言葉の意味に僕は驚く。

「喜怒哀楽から『怒』と『哀』をとったような大都市――しかし、それは一部の人にとっての話だ。逆に『喜』と『楽』が失われていく人も大勢いる」
「……幸福は、平等ではないという事か?」

 こくり。瓶田が暗い顔をして頷いた。

「この小学校に通う子供達は、それぞれが何かを失っている。両親、お金、感情、愛――共通するのは、あの都市に『全員が』住んでいた事だ」

 瓶田は屈み、小石を拾う。それを力強く握ると――目の前に広がる大都市に向けて投げた。

「マイの心が屈折したのは、両親が詐欺にあったからだ」
「詐欺……? お金を騙し取られたのか?」
「ああ、それもほぼ全財産をな。『大人』は自分の営利しか考えない、『大人』を信じる事は間違い――歪みは歪みを呼び、両親がとうとうマイを捨てた」
「……そんな過去があったなんて、知らなかった」
「初対面の人にはさすがに教えないだろうさ。だから田中は気にしなくて良いんだ」

 僕は瓶田を真似るように屈み、石を掴んだ。そして、思いっきり投げる。先程まで綺麗だと思っていた、そんな大都市に向けて。

「長谷部さんはここの出身だと聞いた……まあ、彼女とは初対面だから私は彼女の境遇は何も知らないが」
「でも、確かに大変だったのかもしれないな……そんな気がするよ」

 心を「鎧う」長谷部ちゃんの姿を思い出す。あれはもしかしたら、自分の過去や記憶を無視して振る舞うためのものなのではないか……と。

「何かを得るために、他者を踏み台にする……そんな事はしたくないな」
「田中は元が優しいんだから、そこは心配無用だ。でなければ、あそこまで風変わりな3人と同時に接する事など出来はしないよ」



 鎧った長谷部ちゃん。
 大和撫子な紬ちゃん。
 無口なレインちゃん。
 みんな違って、みんな良い。



「だからこそだ、田中。自分だけが辛いとか苦しいとか、そんな甘い事は言うなよ? 今のお前は、ここにいる子供達よりは遥かに良い人生を過ごしているんだからな」
「……分かった。頑張るよ」
「よろしい。じゃあ――」

 瓶田が振り返る。僕も視線を追うように、後ろを見た。1人の女性の姿が、僕の視線を釘づけにした。

「――ご対面だ」



 正門の向こう側から、「彼女」が歩いてきた――。

「康彦……くん……?」

 ――6年前と変わらぬ呼び方で、僕を見ながら。





 同日 10:01
 小学校 職員室

「良かったわね、今は私は授業は入っていないのよ」
「知っていてこの時間に来たんだが?」
「へえ……さすがはアカデミア1秀才の瓶田くん。記憶力は素晴らしいわね」

 目の前に、インスタントコーヒーが置かれた。友紀は匂いを楽しむような仕草をすると、自分のコーヒーを少しずつ口にする。
 友紀はすっかり大人の女性へと「変化」していた。アカデミア時代の明るさという名の危なっかしさはなくなっており、代わりにおとなしさが感じられる。
 ……などと考察をしていると。

「……ん? 失礼、電話だ」

 瓶田が立ち上がり、ぶるぶる震える携帯電話を僕達に見せた。確かにディスプレイには「CALLING」と表示されている。真面目な顔をしているところを見ると、どうやら仕事関連の電話なのだろう。
 行ってきなよ、と目で合図をすると、瓶田は悪い、と同じように目で送り返し、職員室から出ていった。



 ――ベンチには、僕と友紀の2人が残された。



「康彦くん……お久しぶり」

 自分のコーヒーをじっと見つめながら、友紀が先に言葉を送ってきた。何も言い出す事が出来ず、僕はうんと頷く。

「元気にしていた?」
「……まあ、それなりには」
「康彦くん、すっかり大人の男性って感じになったわね」
「友紀も同じだろ」
「あ、嬉しい。私の事、また『友紀』って呼んでくれたね?」

 そう言ってにっこり笑う友紀。
 変わっていない部分もあった。――笑顔は、6年経っても変わらぬ光を見せていた。

「良かったな、その……念願の先生になれて」
「ありがと。まだまだ未熟な先生だけれど、これからしっかりと頑張るわ」
「頑張ってほしいけれど……あのさ」



 僕は1つ、友紀に尋ねなければならない。
 あの「言葉」のあの「部分」の、他者からしてみれば些細な変化を。
 僕からしてみれば些細なんて言葉では表せるはずがない変化を。



「『合言葉』……学生時代に作ったよな」
「ええ、作ったけれど……それがどうしたの?」

 何の疑問も感じていないような友紀の表情。僕は自分を見失わないように平静を保ちながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「質問に質問で返して悪いが――なぜ『私達』が『私』に変わったんだ?」
「……その……それはね、康彦くん」

 友紀の目が揺れる。表情が曇る。動揺している、確かな証拠だ。友紀は意図的に「私達」から「私」へと言葉を抜いたのだ。
 僕は怒っているわけではない。恨んだりもしてはいない。



 ――友紀が何を考えてこうしたのかを、ただ知りたいだけなのだ。
 ――別れなければならなかった理由を、ただ知りたいだけなのだ。



「ほら、田中。加藤をあまり困らせるな」

 声が聞こえた方を見ると、案の定というか何というか。瓶田が口を「へ」の字にしてこちらを見ていた。

「まったく……そんな恐い顔をしていたら、マイが警戒するのも仕方ないと感じてしまうぞ?」
「え? どういう事……?」
「さあ、それは田中本人に聞いてくれ。私は急用が出来てしまったのでな」
「さっきの電話、仕事だったのか……」
「『先生! 診察待ちの患者さんが遅いと文句を言っています!』だとさ……こっそり抜け出したのはやはりまずかったか」
「おい医者、仕事しろよ?!」
「というわけだ、すまない。私は先に帰る」
「え、お、おい!?」

 瓶田は掴もうとする僕の手をかわし、職員室から逃げるように出ていってしまった。
 否、逃げやがった。

「あ、あいつ……僕を置き去りにしやがって……」
「何というか、その……頑張って」
「ああ……」

 体を「orz」の形にして絶望する僕。瓶田に入れたいツッコミが多過ぎて、友紀への質問すら忘れそうになってしまった。
 こうなったのなら仕方がない。あの事をチクってやる……! 僕は立ち上がり、友紀の方を向いた。

「瓶田のやつは昨日、イングリットの事をいじめていたぞ」
「……どういう事情があるかは知らないけれど、瓶田くんには後でもう1度だけ会わないといけないみたいね」

 あ、すごく怒っているようだ。すまない瓶田、お前の身と明日の生命の保障が出来なくなった。

「それにしても……なんでマイさんは今朝、瓶田くんに悪さをされた事を言ってくれなかったのかしら」
「イングリットのやつ……絶対に昨日あった出来事を忘れていただろ……」
「……! 康彦くん、今マイさんを馬鹿にしたでしょ!」
「へっ」

 ビシッ、と右手人差し指を僕に向ける友紀。彼女もどうやら、自分の「先生」の癖が身に染みていたようだ。

「あのね、マイさんは本当に良い子なのよ! おとなしそうにしているけれど、しっかりと物事を捕えて考察をしているの!」
「待て待て、誰もイングリットが悪いやつとは一言も――」
「そして自分の身の回りにいる人達には凄く優しいの! ニンジンが食べられないから困っている子のところに行って、ピーマンと交換してあげているのよ!」
「好き嫌いの利害が一致しているだけだろ?! そしてシリアス路線を破壊するなよ!?」

 先程まで「合言葉」について暗いムードが漂っていたのに、友紀は完全にその空気を換気してしまった。
 トドのつまり、台無しである。

「デュエルだってそう! マイさんのデッキも、凄く考えられたものなのよ? 状況に応じて相手の行動を制限していくの! トドメは強力なシンクロ召喚!」
(そのデッキとデュエルをしてボコボコにしてに勝ったなんて言ったら、瓶田だけでなく僕の生命も危なさそうだな……)

 僕は言葉を滑らせないように、しっかりと口を閉じた。
 友紀の興奮はさらにヒートアップしている模様。僕の両肩を掴み、目の前で生徒の自慢を始めだした。

「他にもたくさん良い子がいるのよ? 例えばそうね……マークくん! 彼、内気で引っ込み思案なんだけれど、あの「宝玉獣」の爆発加減はすごいものを持っているのよ! きっと彼も、心に強い何かが眠っているに違いないわ! それからね、姫美さんっていう子がね――」





 こうやって友紀が楽しそうに笑っているのを見られるだけで、あの頃の僕は十分だったはずなのだ。
 そして、それは今でも変わらない。望むものは、彼女の笑顔と、彼女の「愛」だけだった。



 ――友紀は、どんな事を求めた結果、「別れる」という選択肢を選んだのだろうか。
 残念な事に今の僕は、そこまで友紀の心の奥底に踏み込む「勇気」を持ち合わせていなかった。





 同日 10:20
 小学校 職員室

「――それでその小野さんは本当に強いの! 1度だけ、私も負けそうになったくらいなんだから!」
「は、はぁ……」
「彼女のデッキコンセプトは、いかに永続罠で相手を翻弄しつつ、攻撃力3000オーバーの切り札を――」

 生徒自慢、開始から約15分が経過。タイムリミットを知らせるかのように、授業終了のチャイムが鳴った。

「――あら? もう授業終了――ってしまった!?」
「な、なんだ? 何か、大事な事でもあったのか?」

 僕の肩からようやく、友紀の手が外された。ずっと力を入れていたからか、少し肩が痛い。友紀は駆け足で自分の机へと戻っていった。
 すっかり冷えてしまったコーヒーをすすっていると、涙目の友紀が何かプリントを持ってきた。今度は何だ……?

「実は昨日、瓶田くんから連絡があったのよ」
「連絡……? どんなものだ?」
「それがね――」



『私だ、瓶田だ。ああ、そうだ、元気にしていたか? 実は明日、小学校に遊びにいこうと思うのだが……。子供達とデュエル? 私なら別に構わないが……ああ、分かった。詳しくは学校で話そう、ああ、ではまた明日』



「――というわけなの」
「なるほど……読者の方に分かりやすいように解説をつけ、なおかつ簡潔に要約すると、学校に遊びにくるついでに瓶田に子供達のデュエルの相手をしてもらう約束をしていたのに、瓶田が病院に帰ってしまった――と」
「そうなのよ……」

 渡された「特別デュエル」というプリントを見て、僕はため息をついた。
 この様子を見る限りでは、おそらく友紀は今朝に子供達にこのプリントを配布したのだろう。いつもとは違う授業、それに期待を膨らませる生徒――。

「どうしよう……今更、帰っちゃったなんて訳の分からない事は言えないし……」

 ――そして、あわあわと慌てている先生。
 ――その目の前に立ち、ため息をつく僕。

「……1人とだけなら、構わないよ」
「え……?」
「瓶田の代わりに、ここの生徒とデュエルをすれば良いんだろ? そうしないと、友紀が困るんだろ?」
「い、いいの……?」
「だーかーら、1人とだけなら良いって言って――」
「ありがとう、康彦くんっ!!」

 友紀は僕の手を取り、嬉しそうに笑った。僕が引き受けるという選択肢は、彼女の頭には浮かんでいなかったようである。

「じゃあ授業はこの後すぐに始まるから、早速移動しましょ!」
「移動って……教室でやるんじゃないのか?」
「教室でも良いんだけれど、折角のお天気だからね!」

 さあ、と友紀が僕の手を放して歩きだす。3歩ほど歩いたところで、友紀は僕の方を振り返った。

「では、よろしくお願いします――康彦くん」



 僕を突き放した友紀を、僕は恨んだ。
 僕を捨てた友紀を、僕は憎んだ。
 それでも――6年経っても友紀は友紀で、そんな友紀が大好きなのは変わっていなかった。
 友紀も、僕に普通に接してくれた。ならば。



 友紀が「これから」と引き換えに、手に入れたものはなんだったのだ……?





 同日 10:30
 小学校 校庭

「それじゃあ、今日は朝に話した通りにプロデュエリストを呼んできました! 皆さん、挨拶をしましょう」
「「「お願いしま〜す!!」」」

 ぺこりと頭を下げる子供達。大人に頭を下げられる事はあっても、こんな小さい子達に頭を下げられる事には、僕は慣れていなかった。

「田中康彦といいます。デュエルアカデミアを卒業して、プロデュエリストとしてデュエルをしつつ、生活をしています」
「すげ〜!」
「本物なんだ〜!」

 こんなに純粋な子供達の前なのだ、本職はプロデュエリストだが、ホストもやっていたなんて死んでも言えはしない。

「それじゃあ、デュエルの前に僕に質問のある子はいるかい?」
「はいはいはい、は〜い!」

 一際大きな声を出し、男の子が挙手をする。きちんと手をあげて発言をしようとする辺り、友紀のしつけの良さが分かりそうだ。

「じゃあ君。先に名前を聞かせてもらえるかな?」
「中本尊司っていいます。あの、田中先生はどんなデッキを使うんですか?」

 尊司の「田中先生」という言葉に、僕は少しドキッとしてしまった。田中先生か……悪くない呼び方だ。

「質問に質問で返してしまうけれど……君はデッキの内容を簡単に人に喋るかい?」
「えーと……しない、かも」
「じゃあ、後は言いたい事は分かるよね?」
「すげぇ……本物だ、この人!」

 偽物だと思っていたのか、この子は……? 尊司の後ろで僕を睨み付けるイングリットを見ながら、僕はつい疑問に思ってしまった。

「じゃあ次に質問をしたい子はいるかな?」
「じゃあ良いですか? あ、あたしは小野宇里亜(うりあ)っていいます」

 褐色の肌を持つ少女がニコニコしながら立ち上がる。

「せんせーは、どうやって強くなったんですか?」
「強くなった方法、か……どうやって強くなったんだろうね?」
「え?」

 宇里亜ちゃんが首を捻る。まあ、その反応は正しいだろうな……。

「また、質問をこちらからするよ? 宇里亜ちゃんは、デッキに同じカードを何枚も入れたりしているかい?」
「うん、しているよ」
「なぜ?」
「なぜって……コンボとかデッキのバランスとかを考えているから……なのかな」
「そうだね、うん。それは実に現実的で、かつ効率的だ。出したい切り札のモンスターがいるなら、それを3枚積みする事は正しい」

 そこで間を置き、でもね、と僕は続けた。

「僕のデッキ、実は【ハイランダー】という構築なんだ」
「入らんだー?」
「いや、入れるとかじゃなくって、片仮名で【ハイランダー】。何が入っているのかまで言ってしまうと尊司の問いに対する答えになってしまうから言わないけれど、デッキのカード全てを1枚積みにしているんだ」
「え……そんなデッキで大丈夫なの?!」
「大丈夫だ、問題ない――じゃなかった、もちろんたまには事故を起こすさ。逆転のチャンスにカードが来なかったり、いつの間にか必要なカードが墓地に落ちていたり……」

 苦い経験の数々を思い出しながら、だからこそ、と僕は声を大にして言う。

「何が起こるか分からないそんな状況。いかに自分の手札を駆使し、駆け引きをしてデュエルに勝つか……僕はそれを主軸にしているんだ。こんな答えで良かったかな?」
「……すごーい! ありがとうございます!」

 子供達から拍手が寄せられる。僕が嬉しい気分になっていると、友紀が後ろから囁いた。

「デッキに入っているカード……全部が凶悪なカードなくせに」
「僕は弱いカードを使っているなんて一言も言っていない。つまり、嘘はついていないぞ」
「……まあ、後ですぐにデュエルをするからバレるけれど」
「あ、忘れていた」

 もう、と友紀がため息をつく。そんなたわいもないやり取りがおかしく思えてしまい、僕は口元を手で押さえて笑いを堪えた。

「せんせーい。あと、もう1つ質問して良いですか?」

 ……と、そこにまた質問の声が。宇里亜ちゃんが、先程とは違って顔を赤らめながらこちらを見ていた。
「どうぞどうぞ。答えられる範囲だったら、きちんと答えてあげるよ」
「じゃあ……その――」

 息をすぅ、と吸い、宇里亜ちゃんは口を開いて――。





「――加藤先生とは、恋人同士なんですか?」





 ……………………静寂。僕は質問から3秒で、なんとか再起動した。
 が、復帰まで3秒は長過ぎた。

「え、嘘でしょ?!」
「なん……だと……?」
「加藤先生、付き合っていたの?!」
「先生は俺の嫁だったのに!!」

 子供とは単純である。単純であるが故に、時としてそれはマイナス方向に作用する。
 友紀の方を見てみると案の定、僕と同様に動揺しているようだ。

「み、みんな! 静かに! 授業中よ!」
「先生、田中先生が好きなんですか?」
「ほらそこ! 黙らないと、今日の給食のカレーに人参を3割増で入れてもらうように頼むわよ?!」
「げ……」
「背に腹はかえられない……」

 途端に静かになる生徒達。おそるべし、人参。

「じゃあ、雑談はここまで! 田中先生とデュエルの時間にしましょう」

 友紀がそう言うと、生徒達は再び「トイ・ボックス」をひっくり返したかのように騒がしくなった。それを静かにさせようと、さらに大きな声を出す友紀。
 「加藤先生は、田中先生が好きなのか」――その答えを聞く事が出来なくて、僕は少しがっかりしたのだった……。





 同日 10:40
 小学校 校庭

 騒ぎがようやく静まったところで、いよいよ僕と生徒でのデュエルの時間となった。

「じゃあ、デュエルしたい子は手を――」

 僕が言い終わらないうちに――おそらくは全員であるはずだが――子供達は手を挙げてこちらを見上げた。なぜだろうか、大きく口を開けた雛に親鳥が食事を与えている様子を思い出してしまった。

「さて……どの子にしようかな……」

 目を光らせてこちらを見てくる子。
 腕をピーンと伸ばして手を挙げている子。
 インパクトを出そうとしたのか両手を挙げている子。
 つん、と横を向いて手を挙げているイングリット以外の子は、それぞれが自己主張をしているように見えた。いや、イングリットの動作だって十分に自己主張をしている。





 ――1人の少女を見つけるまでは、確かにそう見えていたのだ。





 目が合った少女は、小さく手を挙げていた。恥ずかしいのだろうか。目立たないようにしたいのだろうか。
 目立たないようにする人には2種類のパターンがあると考える。1つは「弱者」が自分の身を守るため。「狩り」の対象とならぬよう、息を殺して潜んでいる。
 そして、もう1つは。

「じゃあ……君にしようかな」



 「強者」がむやみに力を使わぬようにするため。
 決して目立たず。
 決して力を見せつけず。
 そうやって自分を隠し、殺し。群れの中に潜んでいる。



「…………ボク?」
「そう、君。名前は?」
「……………………姫美(きみ)」

 君? 一瞬訳が分からなかったが、僕はすぐに理解する。先程友紀が話していた子に、「姫美銀鏡(しろみ)」という生徒がいた。おそらくはその子だろう。
 ……そういえば今、「ボク」と言ったな、自分の事を。ツァンちゃんといいこの子といい、一人称に「ボク」を付けるのが流行っているのか?
 まあ僕も一人称は「僕」だけれど……いや、そんな事はどうだって良い。

「フルネームで、もう1度お願いできるかな?」
「……姫美……銀鏡」
「銀鏡ちゃんか……よし、銀鏡ちゃん。僕とデュエルをしよう」

 銀鏡ちゃんは、僕に言われて渋々立ち上がる。さて、他の子達の反応はどんな感じだろうか……?



「あいつじゃすぐに終わっちゃうな……」
「弱すぎるからだけれどね……」
「オレ、銀鏡が勝ったところを見た事ないぜ……」
「でも、田中先生のデッキを見るのには丁度良い相手なのかも……」



 この子にはレインちゃんと同じものを感じた。なんとなく似ているのだ、2人は。
 レインちゃんも無口で、自分の事を隠していて――そして強かった。油断していたら、きっと負けていただろう。銀鏡ちゃんも、だから同様に強いはずなのだ。
 しかし僕は、近くにいるはずの子供達の話を聞いていて心配になってきた。僕の読みは、外れていたのだろうか……?





「準備はできたかい?」
「はぃ……」
「こっちも――準備オッケーだ」

 デュエルディスクにデッキをセットし、僕達は向かい合う。銀鏡ちゃんは、相変わらずどこか嫌々やっている感じのままであった。
 ここにいる子達は、何かしらの悩みや負い目を持っている。銀鏡ちゃんにも、隠している「何か」があるのだろうか?

「じゃあ……いくよ!」
「はぃ……」

 デュエルディスクを構え――。


「デュエル!!」

 ――叫ぶ。あれ、今僕の声しか聞こえなかったような……。



康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

銀鏡:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「まずは僕からだ、ドロー!」

 デッキからカードを引く。と、そこで子供達が騒がしくなった。

「見たか、今の先行取り!」
「さすがプロ! 先行の取り方もプロね!」
「こやつ、できるッ……!」

 先行を取るだけで、ここまで元気になるとは……。おっと、集中集中。

「僕はこいつを召喚! 《異次元の女戦士》!」

 カードをデュエルディスクに叩きつける。剣を持った美しい戦士が、場に舞い降りてきた。



《異次元の女戦士》
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。



 またしても、子供達が騒がしくなる。今度はどうやら、僕のモンスターに対してのもののようだ。

「さらに、カードを1枚セット! ターン終了だ!」

 まずは待ちの姿勢。さて、銀鏡ちゃんはどう出てくるかな……?



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:《異次元の女戦士》攻1500
魔法・罠:伏せ1枚

銀鏡:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「ん……」

 銀鏡がカードを引く。手札をきょろきょろと確認し――。

「これ……」

 ――召喚。みんな大好き、《ダーク・グレファー》だ。僕の場の《異次元の女戦士》が、露骨に嫌そうな顔をした。



《ダーク・グレファー》
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1700/守1600
このカードは手札からレベル5以上の闇属性モンスター1体を捨てて、手札から特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、手札から闇属性モンスター1体を捨てる事で、自分のデッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る。



「これ……効果……」

 《ダーク・グレファー》の効果によって、手札とデッキを1枚ずつ削る銀鏡ちゃん。手札から送ったのは《ハウンド・ドラゴン》で……。



《ハウンド・ドラゴン》
通常モンスター
星3/闇属性/ドラゴン族/攻1700/守100
鋭い牙で獲物を仕留めるドラゴン。鋭く素早い動きで攻撃を繰り出すが、守備能力は持ち合わせていない。



 デッキから送ったのは――《Sin トゥルース・ドラゴン》?!



《Sin トゥルース・ドラゴン》
効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する「Sin トゥルース・ドラゴン」以外の「Sin」と名のついたモンスターが戦闘またはカードの効果によって破壊された場合、ライフポイントを半分払う事でのみこのカードを手札または墓地から特殊召喚できる。「Sin」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。



「また『あれ』だよ……」
「どうしてデッキに入れているんだろうね、召喚も出来ないカードをさ……」

 おそらく《Sin トゥルース・ドラゴン》の事を話しているのだろう、観客の子供達がざわざわとし出す。
 確かにこのカードは召喚までに厄介な順序があるし、さらに言うと他に「Sin」と名のついたモンスターがいなければ召喚をする事は出来ない。デッキ事故を、自分から起こしにいっているようなものなのだ。
 ――それが、銀鏡ちゃんの用いるデッキのコンセプトでなければ。

「なるほどね……ふむふむ」
「……………………」

 銀鏡ちゃんがじっと僕を見つめる。僕が目を向けると、銀鏡ちゃんは慌てて視線をそらした。



 《ハウンド・ドラゴン》と、《Sin トゥルース・ドラゴン》。
 この2枚のドラゴンが揃って入っているという事は、彼女のデッキコンセプトは十中八九――【サイバー・ダーク】だ。



「……フィールド」

 さらに、銀鏡ちゃんはフィールド魔法を発動。闇が辺りを包み込んでいく。なるほど、《ダークゾーン》で全体強化を狙うのか。
 闇の力を身に纏い、《ダーク・グレファー》の攻撃力が上昇中。《異次元の女戦士》のやる気は下降中。



《ダークゾーン》
フィールド魔法
フィールド上に表側表示で存在する闇属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする。

《ダーク・グレファー》
……攻撃力:1700→2200
  守備力:1600→1200



「へえ……高い攻撃力だ。銀鏡ちゃん、やるね」
「……攻撃」

 僕の言葉を無視――いや、誉められて嬉しかったからかも――し、《ダーク・グレファー》が前に飛び出す。目指すはもちろん、《異次元の女戦士》。
 このままでは700ポイントのダメージ……少し減らさせてもらうかな?

「ここで速攻魔法、《サイクロン》を発動! 《ダークゾーン》は破壊させてもらう!」
「……!」

 一陣の風が吹き荒れ、闇の世界を消し飛ばす。暗黒の衣が剥がれ、《ダーク・グレファー》の攻撃力が落ちた。



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

《ダーク・グレファー》
……攻撃力:2200→1700
  守備力:1200→1600



 落ちはしたが、とはいえ攻撃力はまだ《ダーク・グレファー》の方が高い。手に持つ剣で、《異次元の女戦士》を切り裂いた。



康彦:LP8000→7800



「ふふふ……じゃあ、《異次元の女戦士》の効果を発動! (《異次元の女戦士》には)かわいそうだけれど、道連れにさせてもらうよ!」

 女戦士がいた空間に切れ込みが入り、次元の扉が開いた。その吸引力には勝つ事は出来ず、《ダーク・グレファー》は異世界へと飛ばされていった。

「すげぇ、一緒に除去した!」
「プロは違うな!」

 子供達は大はしゃぎ。一方の銀鏡ちゃんは、口を「へ」の字にして黙っている。何かフォローしないと……。

「銀鏡ちゃん、序盤に僕に《サイクロン》を使わせたのは良かったと思うよ」
「……?」
「ほら、僕のデッキコンセプトは【ハイランダー】。つまり、もう《サイクロン》が飛んでくる事はないって事さ。装備を剥がされないですむだろう?」
「あ……!?」

 僕の言葉の意味が分かったらしく、銀鏡ちゃんは驚いた様子だ。他の子供達は、おそらく「装備魔法」の事だと思っているはずだが。
 「裏サイバー流」は、ドラゴン族のモンスターを「装備」して戦うのが特徴である。だからその装備したモンスターを《サイクロン》などで破壊されるのは、非常に困るのだ。
 《ダークゾーン》を放っておいても良かったけれど、銀鏡ちゃんをフォローもしたいし……。

「……セット……終わり」

 銀鏡ちゃんの場に、カードがセットされた。そのままターン終了の宣言をする銀鏡ちゃんを見て、僕はこう思った。
 この子、レインちゃんより無口なんじゃ……。



康彦:LP7800
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――

銀鏡:LP8000
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「僕のターン、ドロー!」

 カードを引き、手札に加える。さて、次はこちらの番だよ……!

「モンスターを召喚! 電撃人形、《ライオウ》だ!」

 電気をその身に貯蓄した人形が、放電をしながら場に飛び出る。ファンサービスなのか、いつもより格好良い演出をしているな……。



《ライオウ》
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。



 だがしかし。地面にぽっかりと開いた「穴」に、電気が吸い込まれていく。電気だけではない、《ライオウ》までもがその中に吸い込まれていった。
 銀鏡ちゃんの場を見ると案の定、《奈落の落とし穴》が発動されていた。除外しかえされてしまったか。



《奈落の落とし穴》
通常罠
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。その攻撃力1500以上のモンスターを破壊しゲームから除外する。



「ふむ……なかなかやるではないか」
「康彦くん、瓶田くんの真似をしなくて良いからね」

 審判の友紀に冷ややかな目で見られてしまった。似せたつもりはなかったんだけれどなぁ。

「僕はターン終了だ。さ、遠慮なくダイレクトアタックをすると良いよ」
「……………………」

 銀鏡ちゃんは、必死に僕と目線を合わせない様にしている。その弱々しい態度や振る舞いは――どこか「うさみん」を彷彿とさせるものがあった。



康彦:LP7800
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――

銀鏡:LP8000
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「わ……」

 小さく呟きながら、銀鏡ちゃんはカードを引く。そして――。

(……? 今――)
「これ……」

 ――モンスターを召喚。「トマト」の怪物、その名も《キラー・トマト》である。



《キラー・トマト》
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。



「攻撃……」

 主人の宣言を受け、トマトが僕にぶつかってきた。ライフに、中くらいのダメージが入ってくる。



康彦:LP7800→6400



「……さて、受けたダメージは利子を付けて返さないとね! 手札の《冥府の使者ゴーズ》の効果を発動する!」
「……!?」

 モヤモヤと、僕の目の前に2つの影が浮かび上がる。それは頼もしく、そして美しい影。「霧」の中より現れたのは、敵を「斬り」裂く異界の使者であった。



《冥府の使者ゴーズ》
効果モンスター
星7/闇属性/悪魔族/攻2700/守2500
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

《冥府の使者カイエントークン》
トークン
星7/光属性/天使族/攻?/守?
「冥府の使者ゴーズ」の効果によって特殊召喚される。このトークンの攻撃力・守備力は、「冥府の使者ゴーズ」の特殊召喚時にプレイヤーが受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。

《冥府の使者カイエントークン》
……攻撃力1400
  守備力1400



 1対の使者を見て怯んだのか、銀鏡ちゃんの目が大きく見開かれた。が、僕に見られているのに気が付きすぐに顔を俯かせる。

「……はぃ」

 俯いたまま、銀鏡ちゃんがぼそりと言う。バトルフェイズが終了しても何も言わないところを見ると、今の「はい」はおそらくターン終了の合図だろう。
 言いたい事は色々あるが……まずは僕のターンに入ろう。



康彦:LP7800
手札:3枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
      《冥府の使者カイエン》攻1400
魔法・罠:――

銀鏡:LP8000
手札:2枚
モンスター:《キラー・トマト》攻1400
魔法・罠:――



「……僕のターン、ドロー」

 静かにカードを引く。そして――。

「……銀鏡ちゃん。ちょっと良いかい?」

 ――僕は銀鏡ちゃんに話しかける。銀鏡ちゃんの眉が、ピクリと動いた。

「返事はなし、か……。まあ、『ノー』の返事が返ってきても話すつもりだったけれどね」

 僕はじっと銀鏡ちゃんの方を見る。見られている事が分かるのだろう、銀鏡ちゃんは頭を上げてくれない。

「もし間違っていたらその時は謝ろう……と先に言っておくよ。銀鏡ちゃん、君は――」





「――本気、出していないね?」





 生徒達が互いに顔を見合わせる。見ていないから分からないが、おそらくはこんな顔ばかりなのだろう。
 ――驚愕。
 ――嘲笑。
 ――失望。



 僕の問いに対する銀鏡ちゃんの答えは――顔に書いてあった。
 奇しくも、僕達を見ている子供達の顔の1つと同じ、「驚愕」という答えが。

「君はさっきのターン、手札から《キラー・トマト》を出したよね」
「あ……あの――」
「でも僕はちゃんと見ていたよ? 君が残りの2枚を交互に見、最後に《キラー・トマト》を召喚したのをね」
「……………………」

 思えば、始めのターンも同じような動作をしていた。1枚のカードに視線を送りつつ、召喚・攻撃・セットなどをしていたのだ。
 あの手札には、確実に強いカードが眠っている。しかし、それを使う気配を見せない。
 だとすれば、答えはただ1つ。手を、抜いている。

「銀鏡ちゃんは、そのデッキの切り札を見せた事がないんだろう。だから、《Sin トゥルース・ドラゴン》の使い道に疑問を持たれてしまう」
「……………………」
「おっと、僕はプレイングを叱っている訳でもなければ、手抜きに対して怒っている訳でもない。ただ僕は――」

 僕はそこで一旦区切り――友紀を見る。友紀は僕と目が合うと、頷いた。同様に僕も頷くと、もう1度銀鏡ちゃんを見る。

「――銀鏡ちゃんの事を知りたい。どうして手を抜くのかを知りたい。どんな戦略をたて、攻撃をしてくるのかを知りたい。今この瞬間に考えている事を知りたい」

 知りたい事は数え切れず。知りたくない事も同時に数え切れない。知りたくても知る事が出来なかった事だって存在するし。

「……どうして」
「ん?」
「どうして……ボクを……知りたい?」

 銀鏡ちゃんがもっともな質問をしてきた。当たり前か、今日会ったばかりの大人に、質問攻めにあっているのだから。
 俯く銀鏡ちゃんに向かって、僕は言う。でもさ、銀鏡ちゃん。今僕は――。

「――君の『先生』だからだ」





 恥ずかしい話だが、僕はかつて「先生」になりたかった。「教師」ではない。「先生」に、だ。
 そう思うようになったのは、おそらくアカデミアにいる教諭の1人の影響だろう。
 「彼」は「オシリス・レッド」も「ラー・イエロー」も「オベリスク・ブルー」も、全て同じように接していた。
 「彼」は常に熱く、弱い者を助け、そして何より――生徒を信頼していた。
 信頼する者は信頼される者にもなりうる。事実、僕達はそんな「彼」を尊敬した。
 こんな「先生」になりたい。デュエルの楽しさを子供達に教える事を、自分もしたい――。



 ――だからここで、楽しくなさそうにデュエルをしている銀鏡ちゃんを放っておく事は出来ないのだ。





「…………昔」

 銀鏡ちゃんが、重たい口を開いた。ゆっくりゆっくり、僕の方を見上げる。ぴたり、目が合った。

「昔……その――」
「おっとっと、辛かったら昔話はしなくて良い。教えたくなかったら教えなくて良い。だから――」

 すぅ、と息を吸う。瓶田、お前の言葉を借りるぞ――。



「――『過去』を引きずっちゃダメなんだよ、きっと。そうじゃないと、『未来』まで『掌』から零れ落ちちゃうんだからさ」



 これは、銀鏡ちゃんだけに言ったのではない。
 尊司、宇里亜ちゃん、イングリット、ここで『過去』に囚われている全ての子供に向けて。
 そして――僕自身に向けて。



「……僕の話はここでおしまい。とりあえず、デュエルを再開しよっか」
「…………はい」

 僕としっかりと視線を合わせながら、銀鏡ちゃんが頷く。
 ……声、少しだけ元気になったね、銀鏡ちゃん。

「僕は《冥府の使者カイエン》をリリース! 出でよ、《サイバー・ドラゴン》!」

 「白」の使者が消え、機械の竜が姿を現す。これが、僕の機械竜だ!



《サイバー・ドラゴン》
効果モンスター
星5/光属性/機械族/攻2100/守1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。



「銀鏡ちゃん、僕は『先生』だ。だから、銀鏡ちゃんには本気になってほしい」
「……本気」
「《冥府の使者ゴーズ》で《キラー・トマト》を攻撃!」

 「黒」の使者は剣を構え――突撃。トマトをいとも容易く切り裂いた。



銀鏡:LP8000→6700



「……これ……効果」

 消えゆく《キラー・トマト》から、また《キラー・トマト》が生み出された。なるほど、リクルートしてきたな。



《キラー・トマト》攻1400



「では次に行くよ! 《サイバー・ドラゴン》で《キラー・トマト》を攻撃! エヴォリューション・バースト!!」

 機械竜が閃光のブレスを放ち、《キラー・トマト》は光に飲み込まれて蒸発した。



銀鏡:LP6700→6000



「……効果」

 《キラー・トマト》の効果で、モンスターが特殊召喚される。現れたのは、長い体を持つ黒い機械竜――《サイバー・ダーク・キール》であった。



《サイバー・ダーク・キール》
効果モンスター
星4/闇属性/機械族/攻800/守800
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在するレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する。このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、相手ライフに300ポイントダメージを与える。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。



「何……あのカードは……」
「ドラゴン族を吸収する効果を持っているの……?!」
「凄まじい邪気を感じる……静まれ、オレの右腕……!」

 観客は盛り上がっている様子だ。当たり前か、銀鏡ちゃんが初めて自分の手の内を見せたのだから。

「僕はターン終了をするけれど――銀鏡ちゃん、本気でデュエルしてくれる?」

 僕は、目の前の少女に質問を投げかける。僕の顔を見たまま、銀鏡ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。



康彦:LP7800
手札:3枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
      《サイバー・ドラゴン》攻2100
魔法・罠:――

銀鏡:LP6000
手札:2枚
モンスター:《サイバー・ダーク・キール》攻800
魔法・罠:――



 銀鏡ちゃんが息を吸う。今日初めての――いや、長い間言う事が無かったのかもしれない、その単語を。

「ドロー……!」

 ようやく、「ドロー」と言ってくれた。僕の目の前に立ってくれた。
 さあ、君の力を見せてくれ――姫美銀鏡!

「これ……魔法……」

 発動されたのは、《闇の誘惑》。銀鏡ちゃんはカードを2枚引き――。

「除外……」

 ――除外するカードを僕に見せた。《堕天使ゼラート》か……。
 それにしても、僕の説教フェイズの後に《闇の誘惑》など出されると、なぜか悪い事をしたかのような感じになるのだが……。



《闇の誘惑》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を選択してゲームから除外する。手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

《堕天使ゼラート》
効果モンスター
星8/闇属性/天使族/攻2800/守2300
自分の墓地に闇属性モンスターが4種類以上存在する場合、このカードは闇属性モンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。手札から闇属性モンスター1体を墓地へ送る事で、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。この効果を発動したターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。



「そして……これ……!」

 銀鏡ちゃんが1枚の魔法を発動した。それは彼女にとっての、勝利への布石となる1枚――「切り札」を呼び出すための1枚。
 3つの機械竜を束ねるための力――《サイバーダーク・インパクト!》。



《サイバーダーク・インパクト!》
通常魔法
自分の手札・フィールド上・墓地から、「サイバー・ダーク・ホーン」「サイバー・ダーク・エッジ」「サイバー・ダーク・キール」をそれぞれ1体ずつデッキに戻し、「鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン」1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。



 銀鏡ちゃんは続いて、手札に「サイバー・ダーク・キール」以外の2体がいる事を僕に示した。それらを全てデッキに戻し、新たな竜が生まれる。
 黒とは決して「負」のイメージがあるだけではない。神秘、現実性――そんな黒に染まった機械竜が今、おたけびをあげて銀鏡ちゃんの場に君臨した。



《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》
融合・効果モンスター
星8/闇属性/機械族/攻1000/守1000
「サイバー・ダーク・ホーン」+「サイバー・ダーク・エッジ」+「サイバー・ダーク・キール」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する。このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。また、このカードの攻撃力はフィールド上に存在する限り、自分の墓地のモンスターの数×100ポイントアップする。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。



「効果……装備する」

 銀鏡ちゃんの墓地から《Sin トゥルース・ドラゴン》が引きずりだされ、鎧黒竜に吸収され、攻撃力が急上昇する。
 さらに、自分の効果で攻撃力はアップし続ける。銀鏡ちゃんの墓地にいるのは《キラー・トマト》2体と《ハウンド・ドラゴン》だから――。



《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》攻1000→6300



 ――こうなった。いやホント、どうしてこうなった。

「なんだよアイツ……化け物級じゃねぇか……!?」
「あんな切り札を持っていたなんて……」
「ろくすぇんだとぉ?!」

 今までずっと自分より弱いと思っていたのだ、子供達の表情は「驚愕」一色だった。イングリットですら、ぽかんと口を開けて鎧黒竜を見つめている。
 彼女は弱くなんかない。デュエルをしている僕が、それを保障できる。

「攻撃……!」

 僕の「白」い機械竜を指差し、攻撃宣言をする銀鏡ちゃん。闇の閃光をたたき込まれ、《サイバー・ドラゴン》は爆散した。4200ポイントという大ダメージが、僕を襲う。



康彦:LP6400→2200



「くぅ……今のは効いたよ……?!」
「……終了」

 手札を使い切り、他にする事がない銀鏡ちゃん。僕、態勢を立て直せるかな……。



康彦:LP2200
手札:3枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
魔法・罠:――

銀鏡:LP6000
手札:0枚
モンスター:《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》攻6300
魔法・罠:――



「僕のターン……ドロー!」

 僕はカードを引く。今出来る事といったら……壁を作る事くらいだろう。

「モンスターとカードを1枚ずつセット。《冥府の使者ゴーズ》を守備表示に変更し、ターン終了だ!」

 ゴーズが剣を盾のように構え直す。今は耐えるしかないな……。
 それにしてもだ。ようやく、銀鏡ちゃんは攻めるデュエルをしてくれた。負けているはずなのに、不思議と笑みが零れてくる。
 楽しい。この楽しさを銀鏡ちゃんと――いや、ここにいるみんなと共有したい……!



康彦:LP2200
手札:2枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》守2500
      伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

銀鏡:LP6000
手札:0枚
モンスター:《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》攻6300
魔法・罠:――



「ドロー……!」

 銀鏡ちゃんはカードを引くと頷き、デュエルディスクに叩きつけた。
 出てきたモンスターは――げっ、《サイバー・ダーク・ホーン》?!



《サイバー・ダーク・ホーン》
効果モンスター
星4/闇属性/機械族/攻800/守800
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在するレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する。このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。



「装備――」
「装備はさせない! リバースカードをオープン! 《天罰》を発動だ! 手札の《アルカナフォース0―THE FOOL》を墓地に送る事で《サイバー・ダーク・ホーン》の効果を無効化、破壊する!!」

 黒い機械竜は稲妻に貫かれ、爆発する。もし攻撃力の上昇した状態で攻撃を受けていたら、僕はこのデュエルに敗北していただろう。
 もっとも、鎧黒竜の攻撃力が上昇してしまったので、喜ぶに喜べないのだが……。



《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

《アルカナフォース0―THE FOOL》
効果モンスター
星1/光属性/天使族/攻0/守0
このカードは戦闘では破壊されない。このカードは守備表示にする事ができない。このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:このカードを対象にする自分の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にし破壊する。
●裏:このカードを対象にする相手の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にし破壊する。

《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》攻6300→6400



「……攻撃」

 口を「へ」の字にしつつ、銀鏡ちゃんは宣言をする。今度はゴーズが、闇に飲み込まれていった。

「……終了」

 銀鏡ちゃんがターンを終える。このバ火力、どうにかして倒さないといけないな……。



康彦:LP2200
手札:1枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:――

銀鏡:LP6000
手札:0枚
モンスター:《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》攻6400
魔法・罠:――



「僕のターン……ドロー!」

 引いたのは……銀鏡ちゃんにとっては「涙」目な「帝」。遠慮なく、使わせてもらうよ……!

「伏せていた《魂を削る死霊》をリリース!」



《魂を削る死霊》
効果モンスター
星3/闇属性/アンデット族/攻300/守200
このカードは戦闘では破壊されない。このカードが魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。



「悪いね、銀鏡ちゃん! 僕は《邪帝ガイウス》をアドバンス召喚!!」

 闇の中から、威厳のあるモンスターが現れた。闇属性モンスターの強さなら、僕だって負けてはいない!



《邪帝ガイウス》
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。除外したカードが闇属性モンスターだった場合、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。



「《邪帝ガイウス》の効果により、僕は《鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン》を除外する! ブラック・コア!!」

 闇を集めた玉を投げ付ける邪帝。鎧黒竜は別の次元に切り離され、そして銀鏡ちゃんにダメージが入った。



銀鏡:LP6000→5000



「よし、ではがら空きの場の銀鏡ちゃんに、《邪帝ガイウス》でダイレクトアタック! ダーク・スプラッシュ!!」

 数多の黒い弾丸が、銀鏡ちゃんを攻撃する。離されていたライフ差を、かなり縮める事が出来た。



銀鏡:LP5000→2600



「……強い」
「当たり前だ。僕は強い。でも――銀鏡ちゃんだって負けないくらい強い」

 ビシッ、と銀鏡ちゃんに向けて人差し指を向ける。

「さあ、この状況を打破してくれ!」



康彦:LP2200
手札:1枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
魔法・罠:――

銀鏡:LP2600
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――



 緊張しているのだろう、銀鏡ちゃんが大きく息を吸う。ここで起死回生の一手を引かなければ、次のターンでほぼ確実に決着がつく。
 本気で戦ってくれているからこそ、銀鏡ちゃんのカードを引こうとする手は震えていた。
 何か、彼女をリラックスさせる言葉を――。





「頑張れーっ!!」





 声が聞こえてきたのは、観客席からだった。

「負けるな、姫美ちゃん!」
「田中先生に勝てるぞ!」
「負けたら承知しないんだからな!」

 口を開け、観客席を見る銀鏡ちゃん。今まで、こんな風に応援してもらった事が無かったのだろう。今まで、優しい言葉をかけてもらった事が無かったのだろう。
 僕はほっとため息をついた。僕にしか注目していなかった子供達が、いつの間にか銀鏡ちゃんを応援している。



 たとえ忌み嫌われていた過去があったとしても。
 君を支えてくれる人は、君のまわりにたくさんいる。



「……負けたく……ない」

 少女の目に、魂が宿った。引いてやる、という強い信念が。

「ドロー……!」

 そして――引いた。



 このデュエル。すでに銀鏡ちゃんは、「勝ち」を手にしていた。
 自分自身と戦って手に入れた、「価値」ある「勝ち」を。



「セット……終了……」

 カードが銀鏡ちゃんの場にセットされる。何を伏せたのかは分からないけれど――僕は最後まで、全力で相手をしよう!



康彦:LP2200
手札:1枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
魔法・罠:――

銀鏡:LP2600
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「僕のターン、ドロー!」

 引いたカードは……残念ながらモンスターではなかった。引けなかったものは仕方がない。

「《邪帝ガイウス》でダイレクトアタック! ブラック・スプラッシュ!!」

 漆黒の弾を発射しようと力を凝縮させる邪帝。銀鏡ちゃんの目が、ギラリと光った。

「オープン……!」

 伏せられていたのは、《闇次元の解放》。闇の次元から戻ってきたのは、闇に堕ちた大天使――《堕天使ゼラート》だった。銀鏡ちゃん、この土壇場でまた切り札級のモンスターを……?!



《闇次元の解放》
永続罠
ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊してゲームから除外する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《堕天使ゼラート》攻2800



 子供達が歓声をあげる。立場が、またしても逆転だ。

「くっ……《邪帝ガイウス》の攻撃を中止! カードをセットして、ターンエンドだ!」

 邪帝が戦闘態勢を解く。そのまま攻撃をしても返りうちにされるだけだ。また逆転の機会を探せば良い。
 でも――本気同士だからこそ。この逆転劇が、とても楽しい……!



康彦:LP2200
手札:1枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
魔法・罠:伏せ1枚

銀鏡:LP2600
手札:0枚
モンスター:《堕天使ゼラート》攻2800
魔法・罠:《闇次元の解放》



「ドロー……!」

 引いたカードを見て、ピクリと眉を動かす銀鏡ちゃん。しかし、すぐにそのカードを召喚した。優秀な墓地肥やしの剣士、《終末の騎士》だ。



《終末の騎士》
効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。



「効果……これ……」

 騎士の効果で墓地に送ったカードは――《サイバー・ダーク・エッジ》。まさか銀鏡ちゃん、この状況でも融合召喚をちゃんと狙っているのか……!



《サイバー・ダーク・エッジ》
効果モンスター
星4/闇属性/機械族/攻800/守800
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在するレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する。このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。その場合、このカードの攻撃力はダメージ計算時のみ半分になる。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。



「……攻撃」

 バトルフェイズ。《堕天使ゼラート》の剣が、《邪帝ガイウス》の体を真っ二つに切り裂いた。当然、攻撃力の差分だけ僕にダメージが入ってくる。



康彦:LP2200→1800



「行って……」

 さらに、《終末の騎士》が僕へと向かってきた。でも、これ以上の支払いは許可できないんだよね……!

「リバースカードをオープン、《リビングデッドの呼び声》! 蘇り、僕を守る剣となれ、《冥府の使者ゴーズ》!!」

 僕の目の前に、「黒」の使者が復活した。騎士は慌てて自分の場へと戻っていく。先程の邪帝と同じ様に、返りうちにならないようにするためだ。



《リビングデッドの呼び声》
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《冥府の使者ゴーズ》攻2700



「……すごい」
「え? 今、すごいって言ってくれたのかい? それは嬉しいよ、ありがとう」
「お、終わり……」

 褒められたのは僕のはずなのに、銀鏡ちゃんが顔を赤く染める。「ありがとう」でも恥ずかしがるのか……。



康彦:LP1800
手札:1枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》

銀鏡:LP2600
手札:0枚
モンスター:《堕天使ゼラート》攻2800
      《終末の騎士》攻1400
魔法・罠:《闇次元の解放》



「僕のターンだ……ドロー!」

 引いたカードを見て、うん、と僕は頷いた。
 やはりこのデュエル、逆転に次ぐ逆転を強いられているみたいだね……!

「手札から《地砕き》を発動! 破壊されるのは、《堕天使ゼラート》だ!」
「……!?」

 巨大な拳が落ち、堕天使を叩き潰す。銀鏡ちゃんが、悔しそうな表情をしていた。



《地砕き》
通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。



「さらにバトル! 《冥府の使者ゴーズ》で、《終末の騎士》を攻撃だ!」

 ゴーズは騎士の体を斬り、文字通り「終末」へと導いた。これで、ライフはまた逆転だ。



銀鏡:LP2600→1300



「僕はこれで終わりだ。さあ、銀鏡ちゃん……君のターンだ!」

 銀鏡ちゃんがこくりと頷く。その目は、逆転の可能性を信じてくれていた。



康彦:LP1800
手札:1枚
モンスター:《冥府の使者ゴーズ》攻2700
魔法・罠:《リビングデッドの呼び声》

銀鏡:LP1300
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「……ドロー!」

 力強くカードを引く。銀鏡ちゃんは引いたカードを見て、クスリと笑った。

「まだ……終わらない」

 確かに終わらないな――《終わりの始まり》か。



《終わりの始まり》
通常魔法
自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動することができる。自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、自分のデッキからカードを3枚ドローする。



 《キラー・トマト》2体、《ハウンド・ドラゴン》、《終末の騎士》、《堕天使ゼラート》。墓地の5体のモンスターが除外され、残ったのは「サイバー・ダーク」が2体と、《Sin トゥルース・ドラゴン》。
 今の銀鏡ちゃんは、融合による逆転に賭けているようだ。

「……終わらない……始めてみせる」
「そうだね――さあ、引こう!」

 力強く頷き、深呼吸を1つ。静寂と共に引き――。





「……ありがとうございました」





 ――手札を見た少女は残念そうに笑いながら、僕にカードを見せるのだった……。



《オーバーロード・フュージョン》
通常魔法
自分フィールド上・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、闇属性・機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

《ハリケーン》
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

《リミッター解除》
速攻魔法
このカードの発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。










 同日 12:48
 小学校 正門前

「もう行っちゃうの?」
「いても授業の邪魔になっちゃうからね」
「そんな事はないわよ! あんなにキラキラした目の姫美さん、始めて見たわ!」
「友紀の人気、全部奪っちゃうけれど良いのかい?」
「わ、私の邪魔をするって事?!」

 友紀の反応がおかしくて、僕はつい笑ってしまった。つられて、友紀も口元を押さえて笑う。
 授業も終わり、僕は小学校を後にする事にした。子供達には帰らないでと言われたが、居続ければ今度は別れが悲しくなってしまうから。

「また、いつでも来てね」
「その時は、人気を独占する日だからね」
「もう……康彦くん!」

 膨れる友紀。これ以上いじめるのはやめるか……。
 来る前はあんなに心が重かったのに、友紀の元気な姿を見たらなぜか安心してしまった。これが元恋人の気持ちなのだろうか。
 とにかく、友紀が元気で良かった。

「じゃ。また今度」
「うん、今日は本当にありがとうね」

 門の前で手を振る友紀。僕は振り返り、歩き始め――。





「最後に1つだけ、質問しても良い?」





 ――後ろから、声が飛んできた。僕は振り返る事なく立ち止まる。

「康彦くん……私と別れて、良かったと思っている?」
「……僕が『はい』と言うと思うか?」
「やっぱり……そうだよね。うん、ごめんね」

 いきなりの質問。僕は考える間もなく、自分の気持ちを吐き出した。友紀の謝罪を聞いて、僕は再び歩きだす。
 なんだかこれ以上、友紀の言葉を聞いてはいけない気がしたから――。



「ごめんね……康彦くん」



 小学校の門が冷たい金属音をたてて、閉じられた。





 同日 13:39
 中心街

 帰りのバスで、何かを考えていたのかもしれないし、何かを考えていなかったのかもしれない。
 とにかく僕は、都心に戻ってきた。「過去」から「現在」へ。人の波に呑まれに。
 これからどうしようか。いつものように、長谷部ちゃん達と会うのは午後3時半の約束だ。まだ2時間はある。

「食事でも済ませるかな……」

 誰に言うでもなく、僕は言葉を宙に漂わせた。なんだか久しぶりに、駅前の店のサンドウィッチが食べたくなってきたな……。よし、今日のお昼はサンドウィッチだ。
 人の中を歩いていく。歩いていく。こんなに多くの人がいるのだ、もしかしたらアカデミアで同期だった人がいるかもしれない。僕は辺りをキョロキョロと見回しながら、歩いていった。
 携帯電話で話をしている女性。
 暑いのだろうか、ハンカチで汗をふくスーツの男性。
 フードをかぶり、ポケットに手を入れて歩く男――。





 ――佐藤、謙羊(けんよう)。





 僕は慌てて今のフードの男をもう1度見る。間違いない、「オシリス・レッド」に在席していた同期の、佐藤謙羊である。

「謙羊! おい、謙羊!」

 僕は歩く謙羊らしき男に声をかける。男は反応して、僕の方を見た。
 ビンゴ。佐藤謙羊だ。

「やあ、久しぶりだな――」

 声をかけようとしたその時。謙羊は僕に背を向け、逃げるように走り出した。後ろ姿が、どんどん小さくなっていく。

「――って、ええ?!」

 訳が分からない。僕は逃げられるような事をしただろうか? ――否。
 何かかける言葉を間違えただろうか? ――否。



 では、追いかけても問題はないだろうか?



 答えは決まっていた。僕は謙羊の背中をキッと睨み――走り出した……。





 1章  「再会」 〜終〜





 田中康彦が加藤友紀と再会して、物語は動き始めた。
 「現代」が動きを見せるならば。それは「過去」もまた然り。
 因縁は「掌」の上に握られている。さあ、行こう。物語の本当の始まり、「8年前」へと――。



現代・田中康彦
    ―――JUMP――→
           過去・加藤友紀




続く...



戻る ホーム 次へ