因縁はてのひらの上で
11話〜

製作者:ヒカリさん






 11話  「遭遇」

 走る、走る。ひたすらに道を。
 こういう事もあろうかと、身体を鍛えておいて正解だった。健全なるデュエルは、健全なる肉体にこそ宿るって言うしね。

「それにしてもあいつ……なかなか良い走りをしてくれるじゃないか……!」

 走っている理由は明確である。逃走する「彼」を、「僕」は追いかけているのだ。
 「彼」――すなわち、佐藤謙羊を。
 「僕」――すなわち、田中康彦は。





 10月1日 13:52
 中心街

 非常に慣れているのだろう、謙羊はすいすいと人込みの中を走っていく。僕はというと、ぶつかっては謝り、ぶつかっては謝りを繰り返していた。
 いくら鍛えていたとはいっても、人込みという特殊な空間に僕は対応する事が出来なかった。謙羊の背中が、ゆっくりと――しかし確実に遠くなっていく。



(……そういえば、なんで僕はこんなに必死になって走っているんだ?)

 走りだした理由は、すでに頭から吹き飛んでしまっていた。むむむ、05話のラストであったのかもしれないけれども、だいぶここまで間が開いてしまったからなぁ。

(……別に僕、追いかけるのをやめても良いんじゃないか?)

 学生時代には、あまり関わり合う事は多くなかった。謙羊は謙羊でオシリス・レッドの人達と友達になっていたし、僕は僕でオベリスク・ブルーの人達と親睦を深めていたし。
 多分に僕は、「珍しさ」に引き寄せられたのだろう。瓶田や友紀といった旧友と会う事の出来た街で、同じように謙羊に会えたのだから。

(ここで走るのをやめても、僕にはデメリットはない……今日のような生活に、戻るだけだ)

 頭ではそう考えている。理解している。走るのをやめようと思っている。





 ――それでも、僕は走るのをやめなかった。
 ここで走るのをやめてしまったら、大事な「何か」を失いそうな気がしたから。
 同じように走る事をやめ、後悔をした事が以前にもあったような気がしたから。
 理由が曖昧で、あやふやで――しかしながら結局、僕は走る事を拒否しなかったのだ。





「何しているんですか、こんなところで!」
「ん……?」

 横を見てみると、1台の自転車が僕に合わせて走っていた。乗っているのは――。

「……いやいや、なんでツァンちゃんがここに?!」

 ――デュエルアカデミアの女子生徒、ツァン・ディレだった。もっとも、彼女が今着ている服は私服であったが。私服の話は詳しく話している場合ではないので、ここでは割愛させてもらう。

「い、嫌ですねぇ。今日はアカデミアはお休み――」
「嘘つけ! 長谷部ちゃんやレインちゃんは学校に行ったぞ!」
「う……!」

 苦々しげな顔をするツァンちゃん。今の嘘、バレないと思ったのか……?

「だ……だって、今日は学校、潰れると思っていたの! だからバイトを午前中にギッシリと入れていたのよ!」
「授業が潰れる事を前提に予定を入れるなよ!? 授業とバイト、どっちが大切だと思っているんだ?!」
「バイト――いやトリシューラ・プリンで」
「即答?! というか、甘いものはそんなに大切か?! 両親の良心が傷つくぞ!」
「はぁ……田中さん、あの禁止級の味を知っていないからそんな事が言えるのよ……」
「あれ、ため息をつかれた?!」

 ……などと雑談を挟んでいるうちに、謙羊の姿はどんどんと小さくなっていた。今にも見失いそうだ。

「ごめん、ツァンちゃん! 今は雑談パートは終了だ! その自転車、貸してくれ!」
「え……ええっ?!」
「……時間がない! とうっ!」

 僕は大ジャンプをし――。

「ちょ……きゃあっ!?」
「ほら、そのまま漕いで! あの走る男を追って!」
「きゃあっ、きゃああぁっ!!」
「そんなに嫌だったのか?!」

 ――ツァンちゃんの自転車に後ろから飛び乗った。バランスを崩さない辺り、ツァンちゃんもなかなかやるなぁ。

「お願いだ、追ってくれ!」
「わ、分かりましたから! 追いますから――ひあっ!? な、なんでそんなところを掴むの?!」
「だって、バランスが取れないだろ! 落ちたらどうする!」
「い、いきなり掴まないでよ! べ、別に掴む場所とかなかったの?!」
「いや、この部位が1番安定する」
「ひゃあんっ!? そ、そんな事を言いながら揉まないでよ! 振り落とすわよ?!」
「そ、それだけは勘弁してくれ!」



 ……掴めば安定するのになぁ、「肩」。





 同日 14:02
 裏道

 激闘――否、激走の末に、僕(が乗った自転車)は謙羊に追いついた。中心街からだいぶ離れた暗い路地にて、僕達は足を止める。
 よほど疲れたのだろう、謙羊とツァンちゃんは肩で息をしている。僕は――うん、ツァンちゃんには申し訳ない事をしてしまったかも。

「久しぶりだな、謙羊」
「……ちっ、めんどくせーな」

 目を合わせる僕達。その様子を、ツァンちゃんが僕の隣で見ている。どうやら、僕達の関係が気になる様子だ。

「あの……田中さん」
「こいつは佐藤謙羊。僕と同じデュエルアカデミアの卒業生さ」
「ああ、なるほど……」
「おいおい、フツーは年下の女の子を使って追いかけるかよ?」
「謙羊が逃げなければ、その年下の女の子の自転車に飛び乗る事もなかったのだけれどもなぁ」
「……ちっ」

 またしても、「めんどくせー」と言わんばかりに舌打ちをする謙羊。





 謙羊は変わってしまっていた。
 かつてやる気に満ち溢れていた目のトーンはすっかり失われ。
 顔にはマーカーが付けられ。
 口調まで変わり。
 僕と同じよう――いやそれ以上に、「堕落」しているように見える。





「……で? 感動の再会を記念して、祝杯でもあげんの?」
「何を言っているんだ。僕はただ話をしたかっただけだよ」
「オレは話なんてしたくないね。女の子を連れてイチャイチャしてるやつと、話している時間はねぇんだ」
「嘘つけ。僕から逃げた時点で、忙しい事はないだろう。話を少しだけして、『忙しいから』と言って別れれば良いだけの事だ」
「……相変わらず嫌な性格をしてやがるな、お前」

 謙羊は舌打ちをして、僕を睨み付ける。
 僕はその様子を見て、クスリと笑う。仕方がない、こんな性格なのだから。
 ツァンちゃんは僕達の険悪な様子を見て、少し焦っている表情をしていた。別に、僕は険悪な様子ではないのだけれども。

「謙羊……君は今、何か『やましい』事でもしているのか?」
「……また急に訳の分かんねえ方向に、話が飛んだな」
「だってそうだろう。ただ話をしたかった僕から逃げ、しかも――」

 そう言い、僕はこの狭い路地をグルリと見回す。



 瓶田の言っていた通りだ。この街は、中心街は華やかである。人の幸福や夢、娯楽――そんなものに溢れている。
 しかし、だ。一歩その街から離れてみると、途端に色褪せた世界が広がる。暗く、黒く――人の「不幸」で塗り固められたかのような、そんな道に僕達はいた。



「――中心街の建物の中ではなく、こんな薄暗い場所に逃げるんだからね」
「……………………」

 謙羊は、口を「へ」の字にして黙り込んでしまった。
 回答としては、それで十二分だった。

「……分かった分かった、無理に聞こうとはもうしないよ。君をいじめたくて追ってきたわけでもないしね」
「まあ……そうしてもらえると助かる」

 ほんの少し、謙羊の表情が柔らかくなった。警戒を緩めたのだろう。
 それを見計らうかのように、僕は話題を変える。

「そういえば、今デッキは持っているかい?」
「は……?」
「いやほら、久しぶりに会ったからデュエルがしたくなってさ」

 謙羊を追いかけた理由の1つは、もちろん「それ」だった。再会を果たしたのだ、やはりデュエルをしたい。

「あのさぁ……オレ、さっき時間がないって――」
「だーかーら、謙羊が暇なのはバレているからな? そんな嘘をついたって、説得力の欠片もないぞ」
「……あー、めんどくせー」

 謙羊はポケットからデッキを取り出し――自分がデュエルディスクを持っていない事に気付いた。

「わり、今日はデュエルディスクを――」
「ツァンちゃん、デュエルディスクを持っているよね? 謙羊に貸してあげられないかな」
「べ、別に構わないですけれど……」
「……おい、人の話はちゃんと聞けよ」

 ツァンちゃんからデュエルディスクを手渡されながら、謙羊は僕を睨み付ける。なにか、「ふまん」があるのだろうか(棒)。

「それからツァンちゃん、審判もお願いできるかい?」
「あ、分かったわ」

 僕は謙羊から少し離れ、カバンから取り出したデュエルディスクを腕に装着した。渋々というような表情で、謙羊もデュエルディスクをつける。ツァンちゃんが場の前に立ち――。

「じゃあ、田中康彦と――」
「あ、『謙羊』だけでいーよ」
「……?」
「名字は捨てたんだよ。この街に来た時に、な」
「は、はぁ……」

 訳の分からない事を言う謙羊。名字は「捨てた」……?

「気にすんな。康彦には一生かかっても分からないからさ」
「僕をなめてかかっていないかい? そこまで堕ちたつもりはないぞ」
「落ちた……? どこにだ?」
「あー……気にしないでくれ。それこそ、謙羊には一生かかっても教えるつもりはないから」
「ムカつく言い方しやがって……」
「あの……2人とも、準備は良いの?」

 ツァンちゃんがジト目でなぜか僕だけ見てくる。あれ、謙羊は見ないんだ……僕だけ注意するんだ……。

「ほら、尺を忘れたの? デュエルまでの流れは普段より短いんだから、早く始めましょうよ」
「ツァンちゃん……君もメタ属性かよ……!」
「なんか……康彦も苦労しているように思えてきたよ」
「ええい、黙れ! とにかくツァンちゃん!」
「は、はい! これより、田中康彦と謙羊のデュエルを開始します! 準備はよろしいですね?」

 慣れた口調でツァンちゃんが開始前の宣言をする。僕と謙羊は、互いに無言で頷いた。

「では……始めてください!」



「「決闘!!!」」

 ――デュエル、スタート。





謙羊:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「じゃ、先行はもらうぜ――ドロー」

 力なくカードを引く謙羊。さてさて、どんな手を使ってくる……?

「まずはこいつか。《マタンゴ》を、召喚な」
「……相変わらずだな」
「デッキくらいは変わってなくても良いだろ?」

 へへっ、と謙羊が笑う。目の前に、キノコの怪物が姿を現した。



《マタンゴ》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1250/守800
自分のスタンバイフェイズ毎に、コントローラーに300ポイントダメージを与える。自分のエンドフェイズに500ライフポイントを払えば、このカードのコントロールは相手に移る。



 謙羊のデッキが昔と変わっていないのなら、コンセプトは十中八九――【コントロール転移】。

「アカデミア生に共通して言えるんだけれどさ。デッキのコンセプト、十人十色とはこれまさに、って感じだよね」
「ガチデッキ使いが何言ってんだよ……」

 ボソリ、と謙羊が呟く。ガチデッキ? 一体全体、何のことやら。

「オレはカードをセット。ターンエンドをし――《マタンゴ》の効果、使うぜ?」

 キノコの戦士は謙羊から養分を吸い上げると、吸い飽きたのだろうか、僕の場へとやってきた。



謙羊:LP8000→7500



「良いのかい? 今の時代になって、相手にモンスターを渡すなんて」
「いーんだよ、これで。オレは戦略を変える予定はこれっぽっちもねぇし」
「ふぅん……ま、それなら良いんだけれど」
「……それに、だ。そんな事を言ってるっつー事は、シンクロ召喚やエクシーズ召喚を使わねぇんだろ?」
「ありゃりゃ、ばれてしまっていたか」

 謙羊はちっ、と舌打ちをし、もう一度ターンエンドをした。
 僕のデッキは、シンクロ召喚やエクシーズ召喚は使わない。あくまで【スタンダード】に、僕は決闘に望むのだ。



謙羊:LP7500
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚

康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:《マタンゴ》攻1250
魔法・罠:――



「では僕のターン……ドロー!」
「んじゃ、《マタンゴ》の効果が発動な」

 カードを引く僕。すぐさまキノコの戦士は僕から養分を吸い取り――すくすく育つ訳でもなく、現状維持。やれやれ、吸われ損って事かな……。



康彦:LP8000→7700



「そうだね……では、僕はこのカードを召喚! 来い、《ジェネティック・ワーウルフ》!」

 僕の前に、狂暴な人狼が現れた。おたけびが、狭い路地に響き渡る。



《ジェネティック・ワーウルフ》
通常モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻2000/守100
遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しき心は完全に破壊され、闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。



「コントロールを奪われるのが怖いのなら……さっさと決着をつければ良い! 《ジェネティック・ワーウルフ》で、謙羊にダイレクトアタック!」

 白い巨体に、白い爪。ケダモノが、謙羊に向かって飛び出していく。
 ――ところが。

「おっと、攻撃に対してリバースカードをオープン。その攻撃――」

 人狼の攻撃は、変わった模様の筒に飲み込まれていった。飲み込まれた爪の一撃は時空を越え、僕の背中を切り裂く。
 発動されたカードは――《魔法の筒》か……!

「――自分で食らってみれば?」


《魔法の筒》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。

康彦:LP7700→5700



「イタタ……瓶田といい謙羊といい、僕のモンスターの攻撃を利用しやがって……」
「あん? 瓶田……?」
「いや、こっちの話だよ……」

 デュエルを円滑に進めるために、ここでの雑談はカットさせてもらおう。瓶田とのデュエルを話したところで、物語に深みが生まれてくる訳でもないし。

「こちらの攻撃は止まらないはず! 《マタンゴ》でダイレクトアタックだ!」

 キノコの戦士は拳を強く握ると、元・主人に向かってストレートをたたき込んだ。こういう状況に慣れているのだろうか、拳に躊躇いが見られなかったな……。



謙羊:LP7500→6250



「……ちっ。やりやがったな」
「僕は謙羊と同じく、カードをセット。ターンを終了するよ」
「《マタンゴ》はどーするよ?」

 舌打ちをする謙羊をよそに、僕はカードを展開する。ターンエンドの言葉に反応して、謙羊は僕――ではなく《マタンゴ》を見た。

「返しても良いけれど……いや、これはこれで壁になるし、現状維持としておくよ」
「……つまんねーな」

 謙羊は残念そうに、ちっ、と舌打ちをする。一瞬だけ手札を見たのを、僕は見逃さなかった。
 ……「何か」持っているな、謙羊のやつ。



謙羊:LP6250
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP5700
手札:4枚
モンスター:《マタンゴ》攻1250
      《ジェネティック・ワーウルフ》攻2000
魔法・罠:伏せ1枚



 場もライフポイントも、僕の方が勝っているようには見える。審判をしてくれているツァンちゃんも同じのはずだ。

「じゃ、いくぜ。ドロー」

 ただし、だ。デュエルはまだ序盤である。状況がどう傾くかなど、分かりはしない。

「じゃ、オレはこいつを出すぜ。《邪神機―獄炎》を妥協召喚!」

 ――そして、だ。
 やっぱり謙羊は、その状況を傾けにきた。



《邪神機―獄炎》
効果モンスター
星6/光属性/アンデット族/攻2400/守1400
このカードはリリースなしで召喚する事ができる。この方法で召喚したこのカードは、エンドフェイズ時にフィールド上にこのカード以外のアンデット族モンスターが存在しない場合、墓地へ送られる。この効果によって墓地へ送られた時、自分はこのカードの攻撃力分のダメージを受ける。



 青い炎を纏った亡霊が、謙羊の場に降り立つ。レインちゃん辺りが見たら、少し表情が柔らかくなりそうなカードだな――なんて考えている場合ではなかった。

「《マタンゴ》に攻撃な、《邪神機―獄炎》。蒼炎獄!」

 亡霊の口から放たれた炎はキノコを燃やし尽くし、あっという間に消し炭にした。自分のモンスターだったのに……容赦ないな、まったく。



康彦:LP5700→4550



 攻撃をし終え、《邪神機―獄炎》の体がポロポロと音をたて始める。妥協召喚による、自壊が始まったのだろう。
 そして、おそらく謙羊は次に――。

「そんじゃあ、お前にやるよ……特大の爆弾をな!」

 ――亡霊を、僕に押しつけてくるだろう。
 予想は見事に的中する。謙羊は《死のマジック・ボックス》を発動。2つの箱が、お互いの場に出現した。



《死のマジック・ボックス》
通常魔法
自分と相手フィールド上に存在するモンスターを1体ずつ選択して発動する。選択した相手モンスター1体を破壊し、選択した自分のモンスター1体のコントロールを相手に移す。



「箱に入るのは、《ジェネティック・ワーウルフ》と《邪神機―獄炎》。オレの《邪神機―獄炎》をやるよ、康彦!」
「くっ……!」

 2つの箱は剣で串刺しにされ、ギギギと音をたてて開かれる。謙羊側の箱からは、全身を剣で貫かれた人狼が出てきた。やがて、それは箱と共に消滅する。
 一方の僕側の箱から出てきたのは、自壊寸前の亡霊。元から穴ぼこだらけだから剣が刺さらず、助かったようだ。

「さーて、オレはターンエンド……じゃ、獄炎さん――」

 エンドの合図と共に、《邪神機―獄炎》の体が青く光り――。

「――出番は以上だ」

 ――爆ぜた。
 亡霊の破片が四方に飛び散り、僕のライフポイントを大幅に削っていく。



康彦:LP4550→2150



「……やっぱり、腕を上げたね」
「負けてるのに上から目線かよ」
「おや? まだ負けが決まったわけではないだろう? だったら上から目線でも構わないはずさ」
「ちっ……相変わらず、めちゃくちゃな理論だな」



謙羊:LP6250
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP2150
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



 ……と挑発をしてみたものの、ピンチである事に変わりはなかった。
 幸い、謙羊は攻撃を止める手段をあまり持ち合わせていないようだ。少しでも、ライフポイントを削っていかないとな……?

「僕のターン……ドロー!」

 引いたカードを手札に入れ、改めてそれらを眺める。出して得になりそうなカードは1枚……かな。

「僕は《ライオウ》を召喚する!」
「学生時代にも活躍をしていたな、そいつ……」
「田中さんのデッキの過労死1号ですからね、出さない訳にはいかないんですよ」
「は、はぁ……」
「ツァンちゃん?!」

 まるで意味が分からん、というような顔の謙羊。まあ、謙羊と会う前の5話分での話題だから、分からなくて良い。
 そしてツァンちゃん……君は僕のデュエルを見た事はないだろう?! そして使い回しているわけではないから、過労死ではない!



《ライオウ》
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。



「とにかくだ! 《ライオウ》で謙羊にダイレクトアタック! ライトニングキャノン!!」

 現れた電撃人形は早速、コアから電気玉を放った。バチバチと音をたてるそれは謙羊にぶつかり、ダメージを与える。



謙羊:LP6250→4350



「へっ……まだ優勢には変わらねぇな」
「かもしれないな……僕はこのままターンエンドだ」

 優勢……か。そう思いながら、僕は手札をもう1度見つめる。



 ――どちらが優勢かなんて、終わってからじゃないと分からないのかもしれない。
 終わってからじゃないと分からない……か。



謙羊:LP4350
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――

康彦:LP2150
手札:4枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:伏せ1枚



「オレのターンな……ドロー」

 ドローするのも億劫だと言わんばかりに、力なくカードを引く謙羊。
 だが、しかし。

「……へへっ、へへへっ! このデュエル、オレの勝ちだぜ」
「……?!」

 引いたカードを見て、謙羊は急に笑いだした。僕はつい、驚きの表情を謙羊に見せる。ツァンちゃんも同様に動揺――って、これは前にもあったネタのような。
 ……なんて呑気に悠長に、考察している場合じゃないだろ、僕! なんだか、とてつもなく嫌な予感がする!

「オレは《アメーバ》を召喚! 切り札の入場だぜ!」

 勝ちを確信してか、テンションが上がっている謙羊。場に現れたのは――。

「ま、マジかよ……」



 ――最弱にして、最凶。まごう事なき、謙羊の切り札。
 宙を無力に漂う、火力満載の殺人生物。



《アメーバ》
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻300/守350
フィールド上に表側表示で存在するこのカードのコントロールが相手に移った時、相手は2000ポイントダメージを受ける。この効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り1度しか使用できない。



「さらにだ! 手札から魔法カード、《強制転移》を発動! オレの《アメーバ》と康彦の《ライオウ》、コントロールの入れ替えをするぜ!」
「それを出したという事は、やっぱりそうなるよな……!」

 カードの効果により、文字通り「強制」的に僕達のモンスターの入れ替えが行われる。そして、僕の場に「転移」された《アメーバ》の色が、青から赤へと変わった。
 情熱的というよりはむしろ――「Red Zone」といった赤へ。



《強制転移》
通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。



「コントロールが入れ替わった事により、《アメーバ》の効果が発動! 康彦に2000ポイントのダメージを与える! これで《ライオウ》で《アメーバ》への攻撃を行えば、オレの勝ちだ!」

 《アメーバ》は激しく動き出し始める。さらに、《ライオウ》も電撃をコアに溜め出した。
 謙羊の言う通り、これで僕の……負け……。

「さあ、まずは爆ぜろ、《アメーバ》! 陥泉爆発(パンデミック)!!」

 水型の生物は熱を帯び――光を放ち――。





 ――雷撃が、それを襲った。
 ――悲鳴も上げず。呻きもせず。
 ――その生物は、跡形もなく消滅した。





「……は?」

 謙羊は先程とは一転し、口を開けて考えている。今さっき、一体何が起きたのか、と。
 《アメーバ》が、なぜ消えたのか、と。

「お、おい……どういう事だよ?! まだ《ライオウ》には攻撃宣言をして――」
「おいおい……よぉーく見ろっての。まだ《ライオウ》には攻撃宣言をしていないし、それに――」

 僕は、デュエルディスクを謙羊に向ける。謙羊はそれを見て、「あっ」と声をあげた。



康彦:LP2150



「――ライフポイントは、1ポイントも削らせていないよ」
「そんな……何が……?!」
「ちゃんと場を確認しろっての……ほら、これが『雷撃』の正体さ」

 僕の場に今だに残り続けていたカード。それは、神の裁きを代行する雷。カウンター罠、《天罰》だった。
 そう、僕は《アメーバ》の効果に対して《天罰》を発動。手札の《王宮の弾圧》を捨て、効果を無効にして破壊したのだった。特殊召喚を「多様」なまでに「多用」するタイプのデッキではないから、使用しても意味ないだろうしね。



《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

《王宮の弾圧》
永続罠
800ライフポイントを払う事で、モンスターの特殊召喚及び、モンスターの特殊召喚を含む効果を無効にし破壊する。この効果は相手プレイヤーも使用する事ができる。



「《アメーバ》の効果も防いだし……これで僕の勝ちはほぼ決まったよ」
「は、はぁ?! 何言ってんだよ? 気でも狂ったのか?」
「田中さん……言ってくれれば良い医者を紹介したのに……」
「いやいや、ツァンちゃん?! そんな涙を流して嘆かれるなんて思っていなかったんだけれども?! 僕の事、全然信用していないのかい?!」
「はい、これっぽっちも」
「……僕、主人公だったよな。画面の前のあなたも、そうだと思ってくれているよな?」
「田中さん、さっきのは嘘ですから。本気にして、涙を流さないでください。あと主人公はメタを使っちゃダメです」

 若干傷つきながらも、僕はひとまず立ち直る。今はデュエルに集中だ……!

「謙羊。一応、負けを回避する方法は存在するぞ。それをされてしまったら、僕は負けてしまうかもしれない」
「……回避だとかなんだとか! そんなめんどくせー事、いちいち考えていられっかよ!」

 謙羊はそう言い、僕を指差す。

「《ライオウ》で、康彦にダイレクトアタック! ライトニングキャノン!」

 電撃の弾丸は放たれ、僕を直撃し――。





「あーあ……地雷、踏んじゃったな」

 ――僕の勝ちが今、決定した。




「な……これってまさか……?!」

 謙羊が目を見開いて直視するのは、僕の背後。
 地雷のスイッチは、「ターン終了」や「カードのセット」ではなく。「謙羊の攻撃」、いや「戦闘ダメージ」そのものが発動の条件だったのだ。
 なんにせよ、地雷は足元で爆ぜた。僕の背後に陣取って、謙羊の足元をすくうのは「悲劇」の悪魔。

「《トラゴエディア》、特殊召喚だ!!」



《トラゴエディア》
効果モンスター
星/闇属性/悪魔族/攻?/守?
自分が戦闘ダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の枚数×600ポイントアップする。1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターと同じレベルの相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してコントロールを得る。また、1ターンに1度、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、このカードのレベルをエンドフェイズ時まで、選択したモンスターと同じレベルにする事ができる。

《トラゴエディア》
……攻撃力:1200
  守備力:1200(手札:2枚)

康彦:LP2150→250



「くそっ、あと一歩だったのに……」
「でも、その一歩が大きすぎるんだよ。謙羊の手札では、おそらくこのままターンエンドと言うしかないだろうしね」
「え……なんで謙羊さんが何も出来ないって分かるんですか?」

 ツァンちゃんが不思議そうな顔をしている。僕は種を明かす前に、ふぅ、と息を1つついた。

「……あ、やっぱ結構です」
「あれ、なんで? 説明をしなくても良いの?」
「ため息をつかれてまで話を聞きたくないわ、まったく」
「さっきの息のせい?! 説明フェイズに入るから、一息つこうと思っただけじゃないか?!」
「そういう紛らわしい事をしないでよ! 少しは女性の気持ちを考えて!」
「ぐ……どこか理不尽な気がするけれど……とりあえず、ごめんなさい」

 プンスカしているツァンちゃんに向けて、僕は頭を下げる。「どこか」ではない、「確実に」理不尽であるけれども。



 それでも――彼女が言いたい事は、「どこか」理解できた。
 何でもかんでも、女性が思い通りの「思い」になる事はない。
 その思い違いが道を狂わせ、壊し――「重い」罰を与えるのかもしれない。



「……ボクも怒鳴ってごめんなさい。ついつい――」
「いや、僕が完全に悪いさ。それより、説明を早くしよう。謙羊の貧乏揺すりが始まっている」

 蚊帳の外にされた謙羊は、明らかにイライラしていた。これ以上、デュエルと関係ない事を話すのは得策ではないかな……。

「さて、とりあえず謙羊が行った行動についておさらいしよう。謙羊の手札は残り2枚。《アメーバ》を召喚しているから召喚権は無し。準備は……まあ、これだけで良いかな」
「それで? なんで勝ちが決まったって分かるんですか?」
「よし、謙羊のセリフを参照しよう。まずはこれだ」
「これだ、って田中さん……まあ良いわ」



『コントロールが入れ替わった事により、《アメーバ》の効果が発動! 康彦に2000ポイントのダメージを与える! これで《ライオウ》で《アメーバ》への攻撃を行えば、オレの勝ちだ!』



「……一見、何の変哲もない言葉だけれども」
「いや、勝ちの決め手の1つ目はこれさ。謙羊は、『ダメージを与え』て、『攻撃を行えば』勝利すると言った。裏を返せば、『ダメージを与え』られなければ、勝てないという事さ」
「でも、まだ発動していないだけかも――」
「その理屈は通らないよ。なぜ、簡単にダメージを与えられるカードが存在するのに、わざわざ危険な『戦闘』を行おうとするのかい?」
「あ……そっか!」

 僕は長らくツァンちゃんに向けていた視線を、謙羊に向ける。

「謙羊、このターンにダメージを与えられるカードは――」
「ねーよ。康彦サマのおっしゃる通り、このターンにダメージを与えられるカードは、手札に存在しねーよ」
「だいぶ、やさぐれてきているな……まあ良い、続きといくよ。勝ちの決め手の2つ目は、さっきの状況で謙羊が何もしなかった事……かな?」
「は……はいぃ?! それには異議ありよ! こじつけにも程があるわ!」

 今度の僕の言葉には納得がいかなかったようで、ツァンちゃんは盛大に吠える。
 ツァンちゃんの姿をした犬――いやいや、僕は何を期待しているんだ?! 変態認定をされてしまう前に、きちんと説明をしなくちゃね……!

「まあ吠えたくなる気持ちも分かるけれど……謙羊が何も反論したり、カードを出したりしていないのは何故だい?」
「それは……田中さんが謙羊さんの邪魔をしているからとか?」
「してないから!? 説明フェイズだから、あくまで!」
「お前ら……さっきからごちゃごちゃうっせーぞ」
「あ……悪い」
「ツァンちゃん……だっけか? 確かに康彦の言う通り――」

 謙羊は喋りながら、手札の2枚のカードを僕達に見せ――。

「――オレの負けかもな……はぁ」

 ――盛大にため息をついた。



《グリズリーマザー》
効果モンスター
星4/水属性/獣戦士族/攻1400/守1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

《シエンの間者》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。このターンのエンドフェイズ時まで、選択したカードのコントロールを相手に移す。



「ほ、本当に何も出せないなんて……?!」
「ほらね」
「た、確かに出せないみたいですね……ぐぬぬ」

 僕の推理が正しかった事を知り、ツァンちゃんは悔しそうな顔をしている。君は、僕の味方では……?

「オレはターンエンド……ほら、さっさと終わらせろよ」
「あ……了解」

 手札を見せる事をやめ、謙羊は自分の番を終わらせた。
 では、お言葉に甘えて――終わりにしよう。



謙羊:LP4350
手札:2枚
モンスター:《ライオウ》攻1900
魔法・罠:――

康彦:LP250
手札:2枚
モンスター:《トラゴエディア》攻1200
魔法・罠:――



「じゃあ……ラストターンだ! ドロー!」

 勢い良くカードを引く僕。手札が増えた事により、《トラゴエディア》の数値が上昇する。



《トラゴエディア》
……攻撃力:1200→1800
  守備力:1200→1800(手札:2→3枚)



「まずは……奪われたら奪い返させてもらう! 手札の《ドリルロイド》を捨てて、《トラゴエディア》の効果を発動! 束縛煉鎖!!」

 「悲劇」は己の肉体を糧として、闇色の鎖を作り出す。悪意の塊であろう鎖が《ライオウ》を縛り付け、僕の場に引き戻した。
 元来、僕は奪う事も奪われる事も好いてはいない。「奪う」という行為自体が、僕の性に合っていないのだ。
 ただ……仕方のない時もあるよね?



《ドリルロイド》
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1600/守1600
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを破壊する。

《トラゴエディア》
……攻撃力:1800→1200
  守備力:1800→1200(手札:3→2枚)

「これが最後の1枚! 僕は、《ニュート》を召喚する!」
「え、ええっと……」

 主力の1900ライン、その2体目を僕は出現させた。《ニュート》を見てツァンちゃんが、指折り数えて何かを計算し始める。おそらくは総攻撃力の計算だろう。
 僕の場には3体のモンスター。総攻撃力は4400。
 謙羊の残りライフポイントは――4350。
 要するに――チェックメイト、だ。



《ニュート》
効果モンスター
星4/風属性/悪魔族/攻1900/守400
リバース:このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、このカードが戦闘によって破壊された場合、このカードを破壊したモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。

《トラゴエディア》
……攻撃力:1200→600
  守備力:1200→600(手札:2→1枚)



「……やっぱ強ぇな、康彦は」
「最高の誉め言葉……感謝するよ」

 3体のモンスターが、戦闘態勢に入る。攻撃が放たれ始めると、ちっ、と1つ舌打ちをし、それでもどこか満足そうな顔を謙羊はしていた。

「オレの負け……か」



謙羊:LP4350→3750→1850→0










 同日 14:21
 裏道

 デュエルディスクをツァンちゃんに返却し、謙羊は僕の方を見る。デュエル前とは違い、少しだけ優しい顔をしていた。それでこそ、僕の知っている謙羊だ。

「時間がない時に呼び止めてしまって、本当に悪かったよ」
「……終わってから言っても遅いっつーの」
「まあ、本当は悪いとは思っていないけれども」
「その性格、どうにかしろよ……ったく」
「はははっ」
「はははっ、じゃねぇよ!?」

 謙羊の見せた不機嫌そうな顔に、思わず僕は笑ってしまった。僕の様子に、さらに謙羊の表情は悪化し――一回りして、謙羊も笑いだす。

「ははは、昔から変わらねーよな、ほんとに」
「そうか? 僕自身は一気に変化をしてしまったように感じるけれども……」
「いんや、それは康彦が気付いてないんだっての」

 謙羊が、ため息をついて言う。なんだっけ、自分が知らない自分の事を他者が知っている事もあるし、他者が知らない他者の事を自分が知っている事もある……みたいな事かな?

「……じゃ、オレはそろそろ行くわ」
「うん、今日は会えて嬉しかったよ。ね、ツァンちゃん?」
「なんでボクにそれを振るかな……」

 ため息をつくツァンちゃん。
 その様子を見て笑う僕。





「……康彦、お前にだけは話しとくよ」





 ――そして、だ。僕達を見て、謙羊がそう言った。

「めんどくせーけど……その、オレもアカデミア生だったしな。【始めから】こうだったわけじゃねぇし」
「謙羊……? いったい何を――」
「康彦、よーく注意して聞けよ。オレは1回しか言わねぇ」

 そして、謙羊は僕に言う――。



「……康彦、この街から離れろ」



 ――それは「突」然で「突」拍子もなく、しかし心のセンサーを「突」破するには十二分な、宣告だった。





 意志が、言葉が。
 「現代」と「過去」とを繋いでいく――。



キーワード:【始めから】



現代・田中康彦
    ―――JUMP――→
           過去・加藤友紀




 12話  「再会、もしくは再開の春」

 世界に、アカデミア島に。再び春が来る。1年がぐるりと回って、また【始めから】。

「んー、気持ちいい!」

 ……いや、全てが最初からになるわけではない。
 この島で1年を過ごして、たくさんの思い出が出来たし、たくさん――とまではいかないけれど、友達も出来た。
 彰子がいて、百合がいて。そして――康彦くんがいる。



 1年前と同じように森の中を歩きながら。
 1年前と違う世界の始まりを、私――加藤友紀は感じ取っていた。





 4月9日 08:16
 デュエルアカデミア 教室

 階段状になっている教室を、私はぐるりと見回してみる。えーっと、どこにいるかな――むむ?

「いたいた……!」

 階段の終点――最前列から、私に手を振る女子2人が見える。階段を駆け降り、私は2人――彰子と百合の元へと辿り着いた。

「友紀さん、お久しぶりです!」
「うん、彰子もお久しぶり! ……というくらい離れてはいないんだけれどね。春休みはだいたい3週間くらいな訳だし」
「うむうむ。懐かしい顔じゃのう、本当に」
「懐かしいって……百合、今の話を聞いていたの……?」
「うむ、ちゃんと聞いておったぞ。アストラ――」
「ゆ、百合さん?!」
「いやいや!? いくら始めからだからって、名前を忘れないでよ?! 加藤よ、加藤友紀!!」
「冗談冗談。従者の名前を忘れる訳がなかろう」
「『上段』からの『冗談』?! それこそ、冗談じゃないわよ!?」

 ……とまあ、こんな感じで私達のコントは初日にして大盛り上がりなのだった。ただ単に百合が暴走していて、私がツッコミを入れ、彰子があたふたする――それだけなのかもしれないけれど。





「前方が騒がしいと思ったら……なるほど、仲良し3人組という事かな」

 階段の方から、これまた懐かしい声が聞こえてくる。この声は――。

「ほれ、田中よ。背後からの登場のせいで、宇佐美が驚いておるぞ」
「え……?!」
「あ……う……」
「嘘だと思ったら、本当かよ?!」

 ――百合の言葉と彰子の様子に慌て気味な、康彦くんだった。背後には、ニヤニヤとしている瓶田くんもいる。

「あーあ、泣かせちゃって。初日の朝っぱらから、やっぱり康彦は鬼畜だなぁ」
「泣いていないからな!? というか、その『やっぱり』って何だよ!? 僕がいつも鬼畜みたいじゃないか!?」
「おや、違ったかのう。アチシの認識では、『いつでもどこでも誰でもツッコミ』をモットーにしとると思っておったんじゃが」
「違うし、絶対に正しくないからな?! というか、なんだよそのキャッチフレーズ!?」
「ほにゃららではない、って強く言っている人ほど、実は真逆だったりするのよね。例えば、『アウス?! はっ、あの眼鏡女のどこが良いのさ?』とか言っている人ほど、実は『アウスたんはあはあ』とか言って――」
「友紀?! 話の軸がというより、人として軸がぶれているぞ?!」

 ……瓶田くん、百合、私のボケを全て収拾しようと、康彦くんは必死になっている。いやあ、ツッコミ役がいると、本来の私を解放する事が出来て気持ちが良いわね。開放的というかなんというか、ね。

「……そういえば、康彦くんは霊使いの中では誰が好きなの?」
「唐突すぎる!? それは重要な事なのか――」
「そういえば、私もまだ聞いた事がなかったな。そこのところ、田中はどうなんだ? あ、私はちなみにエリア一択だ」
「会話を一方的に進めるなよ!? それから、お前の好みは聞いていない!」

 康彦くんを狙って、会話の一方通行キャッチボールが続く。いや、命名してみよう。これは、会話のノックよ!

「んー、アチシはウィンかのう」
「へぇ、百合はどこに惹かれた感じなの?」
「そうじゃのう……主に、ボケ・メタ担当のとり憑かれギャンブラーと境遇が似ている気がして」
「それ、似ているけれどウィンじゃないからな?! あと、別作品ネタは自重しろよ!?」
「アチシの辞書に、反省の文字はない」
「反省しろよ!?」
「『惹かれる』と『憑かれる』……文字的に似とると思わんかね」
「送り仮名と、下の『心』が同じなだけだろ!? 言葉遊びでもなんでもないからな?!」

 百合……ここまで理不尽とは。恐るべしキャラである。康彦くん、ストレスが確実に溜まっていそうね……。

「加藤はどうなんじゃ?」
「私? 私は……アウスかなぁ」
「!?」

 ……今、康彦くんが「驚愕」の表情を向けたような。

「それはまた、なにゆえじゃ?」
「そうねぇ……筆者の趣味かしら」
「……答えとして、それは良いのかのう?」
「百合もどっこいどっこいよ……まあ冗談を抜きに、アウスは好きよ。しっかり者って感じが胸キュンポイントな感じでね」
「ふーむ、しっかり者のようという表現は、確かに的を射ておるのう……」

 納得した様子の百合。そして私は、康彦くんの方を向いた。ニヤニヤと、自分でも分かるくらい気持ちの悪い笑みを浮かべながら。

「それで〜? 康彦くんはアウスのどこに惚れちゃったのかな〜?」
「なっ……!? な、何を言っているんだ! どうしてアウスだと確定できる?! もしかしたら、僕が好きな霊使いはヒータかもしれないじゃないか!」
「いや、その慌てぶりは完全に黒でしょ……康彦くんが『もしかしたら』なんて曖昧な語句を使用している時点で、隠そうとしているのがバレバレよ」
「……………………」

 黙り込んでしまった康彦くん。あ……ちょっぴり苛め過ぎたかな……?

「…………ね」
「へ……?」

 顔を赤らめて、そっぽを向いて。康彦くんは言葉を紡いでいく。

「……眼鏡。好きなのは変な事なのか?」
「あ、さっきの例は見事にビンゴだったわけね……」
「なるほど、康彦は眼鏡っ娘で巨乳なアウスのような女子が好みって訳か」
「待て待て待て!? 誰が『巨乳』が好みといった?! 僕は、眼鏡をかけた女の子は良いかもしれないと言っただけだぞ?!」
「では、胸がない方が良いのかのう?」
「なんでそうなる?! 『どうでも良い』とか『気にしない』とか、まともな選択肢は存在しないのか?!」
「ないな」
「ありゃせんよ」
「ちくしょおおおぉぉぉっ!!」

 百合と瓶田くんのチームプレイの理不尽っぷりに、我を忘れて絶叫する康彦くん。
 ああ、この雰囲気だ――みんなを見ながら、私は自然と笑顔になっていたのだった。

「あの……私はダルクが――」
「彰子……この時代では、まだその霊使いは出てきていないわよ……?」





 同日 08:24
 デュエルアカデミア 教室

「おーすっ! 未来のプロデュエリスト達!!」

 壇上に上がったのは、熱血に熱血を掛け合わせたような――何を言っているのか私自身でもよく分からないけれども、とにかく去年と変わらず熱いネオ先生だった。

「長かった……長かったぜ! お前達と離れた1年間、みんなの事を忘れた事は一瞬たりとも存在しなかった!」

 春休みは1年間もありません、ネオ先生。心の中で、私は不慣れなツッコミを入れる。

「こうして、全員揃ってまた新たな1年を始める事が出来て、俺っちは嬉しいぜ!」



 ……まあ、生徒想いの良い先生なところは私は好きで。そして私だけでなく、みんなも大好きなのだけれども。



「さて、プロローグはここまでにして……今日はみんなに、素敵なお知らせがあるんだな」

 「お知らせ」というネオ先生の言葉に、生徒一同がざわつく。ある者は、どうせろくでもない事だろうと考え。ある者は、どんな「素敵な」事だろうかとワクワクし。
 ……私と百合は前者、彰子は後者だったようだけれども。

「なんと! 転校生がこのデュエルアカデミアに来る事になった!」

 そして、ネオ先生は指を天高く上げると、声高らかに言い放った。教室が、一気にどよめく。ざわざわ、ざわざわ。
 私はというと、頭を抱えてショックを受けていた。ネオ先生が、まともな事を言った……だと……。
 追い打ちをかけるように、ネオ先生は言葉をさらに放つ。

「しかも転校生は1人じゃない! なんと! 5人だぞ!」
「……ふむ。これは想定外じゃな」
「そうね、ビックリよ。ネオ先生、春休みに頭でも打ったんじゃないの?」
「ゆ、友紀さん……」

 彰子がオドオドしながら、私の言葉に反応する。やだなぁ、私が腹黒な訳がないじゃない?

「それにしても5人ねぇ……」
「2年生に進級してすぐに転校生……これはもしや、他の校舎の優等生が来るのではないかのう?」
「それはあるかもね! じゃあ私、宝玉使いの人と仲良くなりたい!」
「アチシは……『D』の者かのう?」
「じ、じゃあ私は、漫画版で『海王星』の恐竜を使っていた人と……」
「彰子……そこは素直に、ツッコミを入れて欲しかったわ……」
「ええっ……?!」

 まあ、冗談と雑談は置いておいて。ネオ先生が指パッチンをすると、教室後方のドアが開いた。階段を下りて、5つの足音が壇上に、そして私に近づいてくる。
 私の横を通り過ぎる生徒達を見て、私は少しばかりショックを受けた。ショックというより……言葉で表しづらい。「へぇ〜」という感じだった、という表現をここでは取る事にしよう。

「ようこそ、デュエルアカデミアへ!!」

 ネオ先生が声を出しながら、ニヤリと笑う。教室に、再びどよめきが起こった。



 だって、5人全員――まさかの女子だったのだもの。





 全員が前に名前を書いたところで、ネオ先生がコホンと1つ咳をする。

「ここにいる5人は、転入試験に見事合格したエリート達だ。さ、自己紹介を頼むぜ」
「はい、分かりました。」

 緑髪の眼鏡をかけた少女もまた、1つ咳をした。

「この度、デュエルアカデミアに転校する事になりました、原麗華といいます。」
「眼鏡か……田中が喜びそうじゃな」
「眼鏡をかけていれば良いって訳じゃないでしょ……それに――」
「そこ、静かに!」

 いきなりの事である。ビシッと音が出るくらいの勢いで、私と百合は原さんに指をさされた。

「ふむ、申し訳ない。今のアチシの行動は確かに失礼じゃったな」
「……いえ、私も初対面の生徒に、人差し指を向けるという行為をしてしまいました。そこは謝ります。」

 ペコリと頭を下げ――しかし原さんは言葉を続ける。

「しかし……この教室の風紀が乱れている事は事実! 私がこの学年の学級委員となり、みなさんがより良い学校生活を送る事が出来るよう、東奔西走するつもりです。」
「そうか、それは頼もしいかぎりだぜ!」

 ネオ先生は嬉しそうにうんうん、と頷いている。眼鏡の裏に、熱いものを感じたのだろう。



 私? 私は……どちらかというと嫌な予感がしていた。
 このクラスに、「秩序」という言葉は似合わないと感じていたのだ。「混沌」だからこそ、学校でみんなと学ぶ意味がある――そんな気がしていた。



「では、次は私ですねっ」

 ペコリとお辞儀をするのは、短い橙の髪をした、笑顔が眩しい少女。

「宮田ゆまっていいます。ゆまって呼んでくださって構いません。えーっと、あと……」

 ゆま――本人がそう呼んで欲しいと言っているのだから、いきなりこの表現の仕方でも良いかな――は、何かもう一言話す事が出来ないかと考え――。

「……あっ、これにしましょう! 好きな言葉は、『信じる心は大切』ですっ!」

 ――正直な話、なんだかよく分からない言葉を出した。こういう、少し抜けたところのある子の方がモテるのかしらね……。

「ねー、彰子?」
「へっ、わ、私ですか?」
「彰子は……スタッフにとっても愛されているしねー」
「あの、その、何の話かよく分からないのですけれど……」



「樋口桜といいますー。樋口さんでも、桜でも良いですよー」

 ゆまの次に自己紹介をしたのは、紫色の髪を三つ編みにした、言葉の最後がやたら長くなる子である。

「好きな事は眠る事でー、夢を見る事も好きですー」
「ほう、樋口はどんな夢を見るんだ?」

 興味本位でだろう、ネオ先生が桜に質問をする。

「今はですねー、夢の中の私はバイクに乗りながらデュエルをしているのですー」
「ば、バイクに乗りながらか……なかなかスリリングなデュエルになりそう……なのか?」
「はいー、とっても楽しいですよー……あ、楽しそうですよー、でしょうかねー」

 ……結果、なかなかにすごい答えが返ってきた。さすがのネオ先生も、若干戸惑っているようだ。
 私は瞬時に感じ取った。この子、間違いなくボケ専門ね……。強敵登場といったところかしら。



「あら、次はアタシの番かしら……?」

 フフ、と妖しく笑うのは、桃色の髪をツインテールにした少女。第一印象は……猫?

「藤原雪乃よ……みなさん、これから仲良くしてちょうだい」
「藤原は、何か言いたい事はあるか?」

 藤原さん――いや、雪乃はネオ先生の言葉を聞くと、目を細めながら先生に近づいていく。

「あら……ボウヤは、アタシのどんなところを知りたい……?」
「へ……? そうだな……」

 ネオ先生はうーむ、と考えだす。今、確実に「誘惑」されていたわよね、先生……。というか、年上に「ボウヤ」って……。

「俺っちは……やっぱり、藤原のデッキレシピが知りたいな! デッキとは、人そのものを表すとも言うし!」
「あらあら……ボウヤはアタシの中身を知りたいのね……。でも、それはまだお預け」
「うーむ、やはりガードはバッチリか……」
「アタシ、そこまで軽い女じゃないのよ? そうね……アタシがボウヤを男として認めた時、その時は……」

 そう言って、雪乃は私達――すなわち生徒側を向く。





「その時は……アタシの全てを、ボウヤに捧げてあ・げ・る」





 しーんと静まり返る、部屋の中。誰かがゴクリと唾を飲み込む音が、教室に響くかのように聞こえてきた。
 雪乃、あれは絶対に猫じゃあないわね……むしろ狐よ、狐! それも、めちゃくちゃ妖艶な女狐!!



「ふん、最後はワタクシですわね」

 5人目に登場したのは、青い髪をした、いかにもお嬢様な子だった。名前は……。

「……『さちこ』?」
「『ゆきこ』よ、『ゆきこ』!! なぜ名前を読み間違える人が、いつもいつもいつも……!!」

 私が口を滑らせてしまったがために、幸子はいきなり怒ってしまったようだ。発言には気を付けなくちゃね……。歯軋りをする幸子を見ながら、私は若干反省をした。
 若干だけれども。

「海野さん、少し落ち着いてください。これでは風紀が乱れてしまっています。」
「ギリギリギリギリ――はっ、ワタクシとした事が、取り乱してしまいましたわ。感謝いたしますわ、原さん」
「私がすべき事をしたまでですよ。」

 さち――じゃなかった、幸子は落ち着きを取り戻すと、スカートの裾を持ち上げてお辞儀をした。いかにもお嬢様らしい……と言いたいところなのだけれども、アカデミアの女子生徒のスカートは非常に際どい。持ち上げられた事で、それはさらに際どいものとなった。
 男子を誘惑しているわけではないだろうけれども……あ、雪乃は別の話ね。





 同日 08:40
 デュエルアカデミア 教室

「……とまあ、紹介は以上だ。みんな、絆を生み出す事の出来るくらいに仲良くなってほしい!」

 自己紹介が終了し、ネオ先生が場をまとめた。今日は始業式だから、解散となる。
 よーし……明日から、またみんなと一緒に――。



「ネオ先生、少しお待ちください。」



 ――そんな私の思考を止めたのは、壇上にいる麗華の声だった。律儀に、手を挙げて発言をしている。

「どうした、原? 何か、分からない事があったか?」
「いえ。一応全ての書類には目を通してあるので、明日からこの教室にて学生生活を営む事には何の支障も存在しないと思います。」

 ネオ先生の言葉に、麗華が首を振る。「何」の支障も「難」も無し――ってね。

「私が言いたいのは……この教室にいる生徒達と、デュエルをしても良いかという事です。」
「デュエルか……理由を聞いても良いか?」
「はい。私達は、まだ皆さんにデッキのコンセプトを見せてはいません。先程のネオ先生の言葉通り、デッキとはその人の心を表すと考えます。」

 ですから、と麗華は眼鏡を光らせた。

「クラスと馴れ親しむには、皆さんの前でデュエルをする事が1番かと思います。なので、このデュエルを希望しました。」
「なるほどな……それは利にかなっているな」

 ネオ先生は納得をしたらしく、うんうんと頷いている。そして、何かを思いついたかのようにニヤリとした。

「だが、ただデュエルをしてもらうだけじゃ面白くない! そこでだ、こういうのはどうだ――石原!」
「「は、はいっ」」

 姉の法子、妹の周子が同時に立ち上がる。まあ、確かに2人とも「石原」だもんね……。

「あー、周子はそのままで待機だ。法子!」
「はいっ」
「自分と周子も入れて、5人のチームを作ってくれ」
「チーム……ですか?」
「そうだ、チームだ! これより、5on5のチーム戦を行う! 勝ったチームには、賞品として――」

 ビシッと音をたて、ネオ先生が指を差す。その向こうには、ななな〜んと! 箱に詰め込まれた大量のドローパンが!!

「ドローパン1週間分を進呈だ! しかも、黄金のタマゴパンが入っているかもしれない貴重な品! これはもう勝つしかないよな!!」
「ど、ドローパン……?!」

 得体の知れない品に驚いたのか、幸子がすっとんきょうな声を上げる。そっか、「パンがなければ、お米を食べれば良いじゃない」って人だったりするのかな?
 ……などと考え、自分の考えのアホ具合に頭を抱える私なのだった。今のはあれよ、作者の陰謀よ。

「……もし勝てば、アタシ達がドローパンをもらえるんですよね?」

 にやり、と法子が笑いながら言う。ネオ先生は、無言で頷くだけ。
 ――回答としては、十分すぎた。

「じゃあアタシと周子で2人だから、あと3人ですね。うーん……」

 法子が、悩むような仕草をする。悩みに悩み、法子は指をパチンと鳴らした。

「風見さん! チーム、組んでくれないかな?」
「あら、良いの? 新学年で早々、良い風が吹きそうね」

 チーム5A´sの紅一点、吹子こと風見吹子が立ち上がる。残りのメンバー4人がワーワー言っているけれども……尺の都合上、カットの方向で。

「おい待て! まだ私の輝かしい出番が――」
「あー、うるさいわね! 少しは黙りなさい! いつか出番はあげるから!」

 暴徒と化したチーム5A´sに、法子が指示をする。なんかおかしいような気がするけれど……まあ気のせいでしょ。

「あと2人でしょ? そうね……」

 意外と真剣に悩んでいるらしい。顎に手を当てて考える法子は、いつになく真剣な表情であった。

「じゃあ……宇佐美さん!」
「……………………えっ」

 私の隣で、小さく叫ぶ声がする。驚愕だと言わんばかりの顔をして、彰子は立ち上がった。

「あの、その私――」
「半年前のデュエル……あれで、アタシは宇佐美さんの実力を知っているわ」



 半年前の話である。
 1回戦を勝ち進んだ彰子と百合の、次の対戦相手は――。

「よろしくお願いしますね〜」
「負けないわよ、アタシ達は」

 よりによって、彼女達だったのだ。
 結果は言うまでもない。翻弄され、蹂躙され――気がつけばデュエルは終わっていたらしい。



 だからね、と言いながら、ニッと法子が笑う。

「自分自身に自信を持って! アタシは宇佐美さんの事、信頼しているからさ」
「……! あ、あの、私……精一杯、努力します!」

 他者からの好意にまだ慣れていないのだろう、彰子は顔を赤く染めながら法子の方にコクコクと頷いた。
 ……何故なんだろう、少し妬けちゃうわね。

「これで4人だね〜、お姉ちゃん」
「あと1人、ね……」

 ふふ、と笑って、目を閉じる法子。その様子に、周子がきょとんとした顔になる。

「あれ〜? もしかして、もう決まっていたりするの〜?」
「そうね……周子は誰だと思う?」
「う〜ん、じゃあね〜……」

 周子が、法子の耳元で小さく回答する。法子は納得したらしく、にっこりと笑った。

「奇遇ね、周子。アタシも同じ意見だったのよ」
「こういうところを見てみると、姉妹みたいだよね〜」
「いや、本当の姉妹なんだけれど……」
「あ、そっか〜。もう姉妹だったね〜」
「『もう』って何?! 生まれてきてからずっとじゃないの?!」
「法子、周子……楽しい事は良い事だが、もう少しスピーディーに……」
「あ……ごめんなさい、ネオ先生!」

 ネオ先生の介入もあり、姉妹漫才を終えて法子がコホンと咳をした。

「とにかく、5人目を発表するわ。最後の1人は……」

 ざわざわとしていた生徒達が、一斉に静まる。みんなの視線が、法子に集中した。無論、私のも等しく同様に。
 そして――。





「……加藤さん」





 ――視線は一気に、法子から私にへと集中した。
 音は今だに聞こえない。みんながしきりに口を動かしている様子が見えても、聞こえなかったのだ。
 私は凍結(フリーズ)していた。だって……だってあまりにも――。

「やれる……わよね?」

 ――予想していなかった状況だったから。





 同日 09:09
 デュエルアカデミア 控え室

「……なんだか、ドキドキしてきましたね」
「そう、ね」

 私の隣で、彰子が呟いた。緊張をしているのだろう、心なしか震えているような気がする。

「私、なんで選ばれたのかな……」
「それはこっちのセリフよ……私も驚きだわ」
「そんな……! 友紀さんはとっても強いです! 私なんか、足元にも及ばないくらいです!」
「あー、そうやって自分を低くしようとしないの。私は、彰子は十分に強いと思うわよ?」
「そ、そうですか……? それはその、嬉しいです……」

 彰子が顔を赤らめ、俯く。彰子は可愛いなぁ!
 そんな風に話をしていると、モニターの向こう側がワアッと騒がしくなる。どうやら、1回戦――吹子と幸子のデュエルの決着がついたようだ。
 結果は――勝者、海野幸子。彰子の顔が、急に暗いものになってしまった。あー……もうっ!

「……………………」
「彰子、ほらっ」
「わわっ」

 私は彰子の手を握ると、ニコッと笑った。

「大丈夫よ。今の彰子なら、負けはしないわ。もっと自信を持って!」
「は、はいっ」
「それから……彰子、勝つのも大事だけれど、もっと大切な事は?」
「それは――あっ」

 彰子は私の言葉で、目が覚めたようだ。

「私……精一杯、『楽しんで』きます!」
「その調子よ、彰子! さ、いってらっしゃい!」
「はいっ、いってきます!」

 とたとたと走り、デュエル場へと向かう彰子。私はそれを、笑顔で見送った。



「本当に仲が良いわね、2人とも」



 私にだろう、背後から声をかける人がいる。振り返ると、法子が立っていた。

「うんうん、やっぱりこの組み合わせにして良かったわ。風見さんが負けたのは想定外だったけれど……加藤さんのお陰で、宇佐美さんも崩れなかったみたいだし」
「……? どういう事?」

 私の質問に、法子は隣に座って答えた。

「宇佐美さんは強いわ。最上級の恐竜を出せれば、場を踏み荒らす事は容易い。ただ……」
「ただ?」
「……宇佐美さんの弱点は、その性格よ。臆病で引っ込み思案で……その『心』が足を引っ張っちゃう」
「確かにそうね……」

 だから、と法子は続ける。

「宇佐美さんのコンディションを最高にする事が出来て、なおかつ宇佐美さんと同等……いやそれ以上の実力を持っている――」

 ビシッ、と法子に人差し指を向けられた。

「――加藤さんをチームに加えたのよ」
「なる、ほどね……」

 あの少ない時間で、ここまで考えて選んでいたのね……。私は感心してしまう。

「あ、彰子が出てきたわ」
「相手は……藤原さんね。どんなデッキを使うのか、ワクワクだわ」

 モニターの向こう側に、2人のデュエリストが現れた。割れんばかりの歓声が、デュエル場を支配しているようだ。

「加藤さんも、頑張ってね?」
「うん、法子も!」





 彰子と雪乃のデュエルは激戦となった。
 彰子は小型・大型の恐竜を使いならす【恐竜族】。
 対する雪乃は――。

「ふふ……来たわね。アタシは魔法カード、《モンスターゲート》を発動させるわ。生け贄に捧げるのは、蘇生された《黄泉ガエル》……デッキから出てくるのは――」

 ――変幻自在のギャンブルデッキ。【推理ゲート】だった。

「――《混沌の黒魔術師》、強さを見せつけて、いや魅せつけてあげなさい」



《黄泉ガエル》
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻100/守100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。

《モンスターゲート》
通常魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する。他のめくったカードは全て墓地に送る。

《混沌の黒魔術師》
効果モンスター
星8/闇属性/魔法使い族/攻2800/守2600
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。このカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。



「《混沌の黒魔術師》の効果で、墓地から《モンスターゲート》を回収するわ。これで、次のターンに《黄泉ガエル》を生け贄にして、新しい命を燃やす事が出来る――どう? 素敵なデッキでしょ?」
「……すごく、素敵だと思います」
「ふふっ、誉めてくれて嬉しいわ。もっとも――」

 黒魔術師の持つ杖が、混沌の色に染まっていく。この光……康彦くんが使っていた、《カオス・ソーサラー》の放つ光と似ている。

「――誉められても、『勝利』までは手放さないわよ? 《混沌の黒魔術師》で、《フロストザウルス》を攻撃……滅びの呪文―デス・アルテマ!」

 光ではなく、闇でもなく。存在しないはずの力によって、巨大な恐竜は木っ端微塵に吹き飛んだ。その力は凄まじく、次元の壁まで破ったようだ。彰子が、攻撃力の差の分だけダメージを受ける。

「デッキに最上級モンスターを組み込み、《名推理》と《モンスターゲート》によってそれらを呼び寄せる……確実性が薄い分、場に出た時の制圧力は彰子の恐竜と同じくらい厄介ね」
「ヤバいわね……藤原さんのペースになりそうじゃない……」

 モニターを見ながら、私と法子は話し合う。頑張って、彰子……!



 デュエルは、次第に雪乃の優勢――そして彰子の劣勢へと傾いていった。
 次々と最上級モンスターを呼び出す雪乃に対し、彰子も大型恐竜を出していく。しかし、そのペースはあまりにも遅すぎた。

「《混沌の黒魔術師》で、伏せモンスターを攻撃よ。滅びの呪文―デス・アルテマ!」

 彰子の場の《暗黒ステゴ》が、一瞬にして消し飛ぶ。これで、彰子の場にモンスターはいなくなった。

「これでフィニッシュね――《タイラント・ドラゴン》でダイレクトアタックよ。ドラゴン・フレイム・ブラスト!」

 雪乃に従う龍が、終末に相応しい炎の弾丸を放った。彰子のライフポイントは1400。《タイラント・ドラゴン》の攻撃力は2900。



《タイラント・ドラゴン》
効果モンスター
星8/炎属性/ドラゴン族/攻2900/守2500
相手フィールド上にモンスターが存在する場合のみ、バトルフェイズ中にもう一度だけ攻撃をする事ができる。また、このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。他のカードの効果によってこのカードが墓地から特殊召喚される場合、自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げなければならない。



 従って、この決闘はこれにて終わり――。

「まだ……まだ負けません! 罠カードを発動! 《生存本能》ですっ!!」

 ――とはならなかった。
 彰子は伏せていた《生存本能》を発動。墓地に沈む4体の恐竜を対価に、彰子はライフポイントを回復する。炎が彰子を襲ったが、首の皮一枚で繋がった。
 そう、文字通り「生存」したのだ。



《生存本能》
通常罠
自分の墓地に存在する恐竜族モンスターを任意の枚数選択しゲームから除外する。除外した恐竜族モンスター1体につき、自分は400ライフポイント回復する。

彰子:LP1400→3000→100



「ふーん……攻撃妨害系だと思ったから、罠に耐性のある《タイラント・ドラゴン》で攻撃をしたけれど――」

 ちらり、と雪乃は自分の右側を見る。そこには、防御の姿勢をとった神――《創世神》が居座っていた。

「――こっちも攻撃表示にすれば良かったわね」



《創世神》
効果モンスター
星8/光属性/雷族/攻2300/守3000
自分の墓地からモンスターを1体選択する。手札を1枚墓地に送り、選択したモンスター1体を特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードは墓地からの特殊召喚はできない。



 雪乃の場に、化け物は「3体」存在していた。どれもこれも最上級な攻撃力と守備力、そして効果を持ち合わせている。

「おまけに、アナタはまだアタシのライフポイントを900しか削る事が出来ていない……手札もゼロ、発動していた《大進化薬》もさっきのターンでターイムアップ――」

 ふふっ、と雪乃が笑う。
 艶やかに。
 又、鮮やかに。
 そして、妖しげに。

「――さあ、引きなさい? アナタのラストターンよ」



雪乃:LP7100
手札:0枚
モンスター:《混沌の黒魔術師》攻2800
      《タイラント・ドラゴン》攻2900
      《創世神》守3000
魔法・罠:――

彰子:LP100
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「……………………」

 目の前に存在する強大なモンスター達を前にして、彰子は俯いている。体もどこか、震えているようだ。
 彰子、もしかして負ける事が怖いんじゃ――。



「…………ます」



「?」

 彰子が、小さな声で呟いた。聞き取る事が、雪乃には出来なかったようだ。

「勝ちます……絶対に……勝つんです……!」
「なっ……?!」

 顔をあげる彰子。その顔を見て、雪乃は心底驚いた様子だ。

「楽しみたい……勝ちたい……私はどちらも欲しい……! だから――」

 勢い良くカードを引く彰子。その目は、感情の高ぶりによって金色に光っていた。

「――百合さん! 私に力を貸して!!」

 デュエルディスクに叩きつけられたのは、無限の可能性を持ち合わせた恐竜。かつての百合の切り札にして、今の彰子の切り札。
 《混沌の黒魔術師》の効果と《生存本能》によって、懐の勝利を食らい尽くすには十分過ぎるほどに、その「牙(ファング)」は成長を遂げていたのだった――。



《ディノインフィニティ》
効果モンスター
星4/地属性/恐竜族/攻?/守0
このカードの元々の攻撃力は、ゲームから除外された自分が持ち主の恐竜族モンスターの数×1000ポイントの数値になる。

《ディノインフィニティ》攻10000





 同日 09:27
 デュエルアカデミア デュエル場

 デュエル場の入り口に行くと、彰子が待っている。私を視認すると、涙を流しながら私の体に抱きついてきた。

「友紀さぁん……私、勝てましたよ……」
「勝てたわね、うん。偉いわ、彰子」
「もうだめだって、何度も何度も……」
「あーもうほら、勝ったのに泣かないの。よしよし」

 彰子って、やっぱりほっとけないのよね。こう、優しくしてあげたいというかなんというか――。

「……彰子、泣き過ぎで酷い顔になっているわよ」
「え……そ、そうなんですか……?」
「一言で表すなら、『般若』ね」
「わわっ、わっ、わっ!? は、恥ずかしいです!?」

 ――いじめたいというか、なんというか。

「とにかく、行ってくるわね。勝ち星、ゲットしちゃうんだから!」
「あの……うまく言えませんが……」

 彰子が私の両の手をつかむ。向かい合う事で、私達の目と目が合った。
 目を見れば分かるわよ、彰子。あなたのその目は――。

「……応援、しています」

 ――私を「信頼」してくれている色をしているから。





 デュエル場。
 私の前に立ち塞がったのは――。

「加藤さんですか、えへへっ。よろしくお願いしますっ」

 ――笑顔の眩しい、ゆまであった。

「笑っていられるのも、今のうちよ?」
「むむむ、デュエルは楽しむ事が大切なんですよっ」
「……それは一理あるわね」

 まさか、私が心がけている事を返されてしまうなんて。若干ショックね……。

「じゃあ、楽しみながら倒させてもらうわ。これなら問題は無いでしょ?」
「むー……私も負けませんよ?」
「かかってきなさい! ゆま焼きにしてあげるわ!」

 私の言葉に、ビクッとゆまが反応した。先程までの笑顔が、苦笑いに変わっている。

「あの……その単語はちょっと……遠い未来で、トラウマになっている気がするので……」
「あ、ご、ごめん」
「いえいえ」

 謝りながら、私は確信した。
 ゆまも、まさかのメタ担当なのね……。

「それじゃあ第3回戦、加藤友紀と宮田ゆまのデュエルを開始する!」

 ネオ先生が合図の声をあげ――。



「「デュエル!!!」」

 ――「戦い」が、始まった。



友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

ゆま:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「先行はもらうわ! ドロー!」

 初手の6枚は……まずまずね。いつものパターンで、行っちゃいますか。

「私は《切り込み隊長》を召喚! さらに、効果によって《コマンド・ナイト》を、守備表示で特殊召喚するわ!」

 フィールドという戦場に、騎士2人が並び立つ。まずは数によって戦線を維持すべし……ってね?



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。

《コマンド・ナイト》
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

《切り込み隊長》攻1200→1600
《コマンド・ナイト》攻1200→1600



「……! なるほど、加藤さんのデッキは【戦士族】ですか?」
「うん、正解よ。私はカードを2枚セット。ターン終了よ」

 様子見としてはまずまずだろう。さて……ゆまはどんなデッキなの?



友紀:LP8000
手札:2枚
モンスター:《切り込み隊長》攻1600
      《コマンド・ナイト》守1900
魔法・罠:伏せ2枚

ゆま:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターンですね。ドロー!」

 楽しそうに、ゆまはカードを引く。

「そうですねぇ……面白そうですし……行きますよっ!」

 ゆまが、カードをデュエルディスクに置く。それは――。

「……?! これって……?!」

 ――想定外、だった。



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。



「私は効果によって、《異次元の女戦士》を攻撃表示で特殊召喚しますっ!」
「ゆま……あなた、もしかして……?!」
「考えているとおりだと思いますよ? 私も戦士族主体のデッキなのですっ!」

 隊長に続いて、女性の戦士が駆け付ける。これで、お互いに戦士族モンスターは2人……しかも1人は《切り込み隊長》……!



《異次元の女戦士》
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。



「でも、こっちの戦士達は強化されているわよ? どうするの?」
「それをどうにかするのが、デュエリストなのですっ!」

 ゆまが、手札からカードを発動する。それは蒼い闇を作り出す書物――《月の書》。



《月の書》
速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。



「対象は《切り込み隊長》ですっ!」
「え、どっちの?」
「え……? えっと、それは――あ、加藤さんの場にいる方ですよ!」

 ちっ、引っ掛からなかったか。私の場の《切り込み隊長》が引っ繰り返るのを見て、私は少々残念になった。

「まずは《切り込み隊長》で、加藤さんの《切り込み隊長》を攻撃ですっ!」

 敵軍の隊長が、隙だらけになっている自軍の隊長を剣で刺し貫いた。むー、やってくれるじゃない……。

「さらに、《異次元の女戦士》で《コマンド・ナイト》を攻撃ですっ!」
「え……自爆特攻?!」

 女戦士が、死を覚悟して剣を構える。前方に飛び出し、その刄を騎士に――。





「勝手な真似は……許さないんだから」





 闇色に世界が染まり、《異次元の女戦士》はたまらず引っ繰り返った。引っ繰り返り――「裏返し」に。

「……!? もしかして……」
「そ。私も使わせてもらったわよ――《月の書》をね?」



《月の書》
速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。



 同じカードの出し合いに、観客席の皆様も興奮している様子だ。ゆまはむむむー、と険しい表情を見せる。

「私はカードを1枚伏せて、ターンを終わらせますっ」
「……………………」

 「何か」を伏せるゆま。とりあえず……まだ様子見ね。



友紀:LP8000
手札:2枚
モンスター:《コマンド・ナイト》守1900
魔法・罠:伏せ1枚

ゆま:LP8000
手札:2枚
モンスター:《切り込み隊長》攻1200
      伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚



「私のターン、ドロー!」

 引き当てたカードは――うん、まずまずって所ね!

「私は《不意打ち又佐》を召喚! 《コマンド・ナイト》の効果で、攻撃力を上昇させる!」



《不意打ち又佐》
効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻1300/守800
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。

《不意打ち又佐》攻1300→1700



「うーん、2回攻撃ですか……」
「驚くのはまだ早いわ! 私は永続魔法、《連合軍》を発動!」
「えっ!?」

 団結するからこそ、大きな力を発揮させる。これが私のデッキよ!



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

《コマンド・ナイト》攻1600→2000
《不意打ち又佐》攻1700→2100



 同じ戦士族使いだ、このカードの厄介さはゆまが1番に分かっているはずだ。並べば並ぶほどに、私の陣形はより強固なものになるのだから。
 ……一族のなんちゃら? あーあー、聞こえないわ。

「《コマンド・ナイト》を攻撃表示に変更! さあ、バトルよ! 《不意打ち又佐》で、《切り込み隊長》に攻撃!」

 あまり乗り気になれないけれど、敵は敵。狩らせてもらうわよ、隊長!

「わ、私も、呑気に見ているだけじゃないんですっ! リバースカード、オープン!」

 ゆまがカードを発動させると、又佐の身体がぐにゃりと捻れていく。これは……《因果切断》?!



《因果切断》
通常罠
手札を1枚捨てる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。除外したそのモンスターと同名カードが相手の墓地に存在する場合、そのカードも全てゲームから除外する。



「手札を1枚捨てて、《不意打ち又佐》をゲームから除外しますっ!」
「私も『好き』にはさせないし、『隙』なんか簡単に見せないわよ! チェーンして発動! 《王宮のお触れ》!」
「あっ……?!」

 私もすかさず、伏せていたカードを発動させる。開かれた《王宮のお触れ》が光を放つと、《因果切断》は無効化。《不意打ち又佐》の姿も元に戻った。



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。



「除外は無効化! よって、《不意打ち又佐》の攻撃は続行よ!」
「きゃっ……?!」

 又佐の刀が、隊長の鎧を――そして肉を断った。少量ながら、ゆまにダメージが入る。



ゆま:LP8000→7100



「うう、先制されちゃいました……」
「休むのはまだ早いわよ! 《不意打ち又佐》で、今度は裏守備表示の《異次元の女戦士》に攻撃!」

 《コマンド・ナイト》で攻撃をしても良かったけれど、後々の戦線増強のために又佐を選んだ私なのだった。《不意打ち又佐》の手に持つ刄は、いとも簡単に伏せられた《異次元の女戦士》を貫いた。

「い、《異次元の女戦士》の効果を発動させますっ! 《不意打ち又佐》には、破壊ではなく除外してもらいますっ!」
「くっ……」

 別次元への「門」が切り「開」かれ、その狭「間」へと又佐は吸い込まれていった。吸い込まれ、「閉」じられ――。

「えっ……?」



 ――ゆまの場に、モンスターが出現した。



《イーバトークン》
トークン
星2/闇属性/悪魔族/攻500/守500
「ゼータ・レティキュラント」の効果で特殊召喚される。



「と、トークン……?! なんでいきなり?!」
「あれ、《因果切断》の手札コストで――あ、見せていなかったですね」

 そう言って、ゆまは墓地から1枚のカードを取り出す。
 それはインベーダーの王。影より侵略者を送り込み、場を――そして私の「勝利」を掻き乱す者。
 その名は――《ゼータ・レティキュラント》。



《ゼータ・レティキュラント》
効果モンスター
星7/闇属性/天使族/攻2400/守2100
このカードが墓地に存在する時、相手フィールド上に存在するモンスターがゲームから除外される度に、自分フィールド上に「イーバトークン」(悪魔族・闇・星2・攻/守500)を1体特殊召喚する。自分フィールド上に存在する「イーバトークン」1体を生け贄に捧げる事で、手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。



「《不意打ち又佐》が除外された事により、墓地の《ゼータ・レティキュラント》の効果が発動! インベーダー1体を、場に呼び寄せましたっ!」
「《ゼータ・レティキュラント》に《因果切断》……《異次元の女戦士》って事は……!?」
「はいっ! 同じ戦士族主体でも、私は除外を軸にした――」

 ビシッ、とゆまが人差し指を私に向ける。ちょっと、あなたはネオ先生のそれを知らないはずでしょ……?

「――【次元斬】ですっ!」
「やっぱりね……! 分かったところでどうしようもないから、《コマンド・ナイト》で《イーバトークン》を攻撃よ!」

 現れた侵略者を、騎士は素早く剣で切り裂いた。守備表示で特殊召喚されていたので、ダメージはゆまには通らない。
 ちなみに《切り込み隊長》がいなくなってしまったので、《連合軍》の効果も弱体化している。戦線を整えれば強くなるし、逆に戦線を維持できなければ弱くなってしまうのだ。



《コマンド・ナイト》攻2000→1800



「これ以上は何も出来ないわね……私はターンエンドよ」



友紀:LP8000
手札:1枚
モンスター:《コマンド・ナイト》攻1800
魔法・罠:《王宮のお触れ》
     《連合軍》

ゆま:LP7100
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターンですっ! ドロー!」

 ゆまが勢い良くカードを引く。少し迷うような素振りを見せ――やがて「それ」を発動した。

「《早すぎた埋葬》を発動しますっ! ライフポイントを払って呼び出すのは――」

 大地が裂け、《コマンド・ナイト》が地割れを避け。闇より這い出てきたのは――インベーダーの王サマ。

「――出てきてくださいっ! 《ゼータ・レティキュラント》!!」



《早すぎた埋葬》
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

《ゼータ・レティキュラント》攻2400

ゆま:LP7100→6300



 雄叫びをあげる侵略者の姿に、観客のテンションもぐんぐんと上がっているようだ。逆に私は冷や汗気味なのだけれども。
 それにしてもなるほど……さっきのゆまの表情は、墓地で活躍するカードを場に出すのを躊躇ったからだったのね。

「《ゼータ・レティキュラント》で、《コマンド・ナイト》に攻撃ですっ! プラズマ・ブラスター!」

 なんだかよく分からない光線が侵略者から放たれ、騎士は消滅してしまった。くっ、ダメージが……!



友紀:LP8000→7400



「そうですね……私はこのまま、ターンを終了しますっ」



友紀:LP7400
手札:1枚
モンスター:――
魔法・罠:《王宮のお触れ》
     《連合軍》

ゆま:LP6300
手札:1枚
モンスター:《ゼータ・レティキュラント》攻2400
魔法・罠:《早すぎた埋葬》



 罠を封じているとはいえ、あまりよろしくない状況だ。私は息をすぅと吸い込み――。

「……私のターン、ドロー!」

 ――引く。むむっ……!?

「……背に腹は変えられない、のかな」
「加藤さん……?」
「あ……こっちの話よ。私はモンスターとカードを1枚ずつセット。ターンエンドよ」

 私はそう言いながら、カードを計2枚伏せる。これで手札は――0枚。



友紀:LP7400
手札:0枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《王宮のお触れ》
     《連合軍》
     伏せ1枚

ゆま:LP6300
手札:1枚
モンスター:《ゼータ・レティキュラント》攻2400
魔法・罠:《早すぎた埋葬》



「うーん、伏せたカードが気になります……私のターン、ドロー!」

 ゆまがドローし、手札が増える。手札は2枚かぁ……ま、どんなカードでも別に良いのだけれども。

「そうですね……では、《クリッター》を攻撃表示で召喚しますっ」

 ゆまの場に、毛むくじゃらな悪魔が現れる。攻撃力自体は大した事は無いけれど……効果、面倒なのよね。



《クリッター》
効果モンスター
星3/闇属性/悪魔族/攻1000/守600
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、お互いに確認して手札に加える。その後デッキをシャッフルする。



「まずは《ゼータ・レティキュラント》で、伏せてあるモンスターに攻撃ですっ! プラズマ・ブラスター!」

 どんなカードでも別に良い理由?
 だって、私が伏せたモンスターは――。
 だって、今炸裂したモンスターは――。

「リバース効果、発動よ! 《メタモルポット》!」
「えっ……?!」

 ――その「手」を掻き乱す、悪魔の壺なのだから。



《メタモルポット》
効果モンスター
星2/地属性/岩石族/攻700/守600
リバース:自分と相手の手札を全て捨てる。その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。



「私は手札はゼロ。ゆまは1枚ね? 手札、捨ててもらうわよ?」
「……分かり、ました」
「あ、ちゃんとカードを見せてね?」

 ゆまが、手札にあった1枚のカードを私に見せる。
 私は除外系の魔法カードだと思っていた。だって、さっきのターンに手札から出る事がなかったから。

「……はい?」

 ――だから、である。手札から落とされたカードを見た時に、私は自分の目を疑っても無理は無かったのである。



《黄泉ガエル》
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻100/守100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。



「ちょ……なんで?! なんでモンスター?! しかも、よりにもよって《黄泉ガエル》?!」
「ひっ……!?」

 ゆまが、若干ひいているのが分かる。あ、今の顔、彰子に少しだけ似ていた――じゃなくって!

「あの……私のデッキ、手札消費が激しいんですよ。活躍させられるモンスターはすぐに前線に送り込んじゃうし、魔法カードも罠カードも使いたい時に使っちゃうし――手札コストは激しいしで」

 そっか……確か《因果切断》も、手札を1枚捨てて発動していたわよね。

「とにかく……引きますよ?」
「え、ええ……」

 なんだか、非常に損をした気分だ。カードを引きながら、私は思ってしまう。

「ではバトルを再開、《クリッター》でダイレクトアタックですっ!」

 悪魔が私にぶつかり、軽い衝撃を受けた。まだまだ……勝負はこれからよ!



友紀:LP7400→6400



「では……カードを1枚セットしますっ。それで、ターンエンドですっ」

 ゆまの場に、カードが1枚セットされる。あれは十中八九、除外系の罠カードね……。《王宮のお触れ》を破壊するカードが手札に来るのを待っているのかしら。
 なんにせよ、今最優先すべきはインベーダー退治ね……。



友紀:LP6400
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:《王宮のお触れ》
     《連合軍》
     伏せ1枚

ゆま:LP6300
手札:4枚
モンスター:《ゼータ・レティキュラント》攻2400
      《クリッター》攻1000
魔法・罠:《早すぎた埋葬》
     伏せ1枚



「私のターン、ドロー!」

 新たなカードを、新たな手札に加える。《王宮のお触れ》も《連合軍》ももったいないような気がするけれど……仕方がないわよね!

「私は伏せていたカードをオープン! 一掃するわよ、《大嵐》!」
「わ、わわっ!?」

 《メタモルポット》の効果で捨てるのを惜しんだ甲斐があったって事かしら。地上にいるための楔を失った侵略者を見ながら、私はうんうんと頷く。



《大嵐》
通常魔法
フィールド上の全ての魔法・罠カードを破壊する。



 ゆまがガッカリとするのも無理はない。伏せてあったもう1枚のカードは――《奈落の落とし穴》。墓地に《ゼータ・レティキュラント》がいない状況だったとはいえ、嫌なカードに変わりはないもの。



《奈落の落とし穴》
通常罠
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、そのモンスターを破壊しゲームから除外する。



「で、でもですっ! 加藤さんだって2枚のカードを失っていますから、お互いに損を――」
「ゆまさん、覚えておいて」

 私はカードを叩きつけながら話をする。口を開く。

「勝利を手にするためには――何かを犠牲にしなきゃいけない場合もあるのよ! 発動、《早すぎた埋葬》!」

 《切り込み隊長》、《月の書》の次は《早すぎた埋葬》――同じカードの応酬に、観客も沸き立っている様子だ。
 客席とは対称的に、である。私の場に「沈黙」と共に現れた剣士。言うまでもなく――《サイレント・ソードマン LV5》だった。



《早すぎた埋葬》
装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

《サイレント・ソードマン LV5》
効果モンスター
星5/光属性/戦士族/攻2300/守1000
このカードは相手の魔法の効果を受けない。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送る事で「サイレント・ソードマン LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

友紀:LP6400→5600



「まだよ! 私は《キラー・トマト》を、攻撃表示で召喚!」

 後に続けるように、私はトマトのお化けを召喚する。攻める時は、とことん攻める! 守るだけじゃ、勝てないもの!



《キラー・トマト》
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。



「まずは《キラー・トマト》で、《クリッター》を攻撃よ!」

 トマトのお化けが悪魔を一思いに丸呑みし、ゆまにダメージを与えた。なんか、食物連鎖の逆を見たような、何とも言い難い気分ね……。



ゆま:LP6300→5900



「うう……《クリッター》の効果によって、私はデッキから《異次元の戦士》を手札に加えますっ!」

 がら空きの場を見ながら、ゆまは私に1枚のカードを見せつけ、手札に加えた。女戦士ほどではないけれど、十分にいやーなカードね……。



《異次元の戦士》
効果モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1200/守1000
このカードがモンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。



「とりあえず……《サイレント・ソードマン LV5》で、ゆまにダイレクトアタック! 沈黙の剣、LV5!!」

 呼び寄せた剣士が、手に持つ得物を振り回し――斬。ゆまのライフポイントを、大幅に削り取った。



ゆま:LP5900→3600



「よし、これで勝ったも同然ね!」
「加藤さん……惜し気もなく死亡フラグを立てますね……」
「主人公補正がかかるから、私は何を言っても大丈夫なのよ」
「もう言っていることが何もかもメチャクチャですっ……!」
「これが主人公の特権だゼ☆」
「キャラ、壊れていませんかっ?!」

 ゆま、意外にツッコミもいける口なのね……じゃなかった。今はデュエルに集中しないといけないわ。ただでさえ前半で文字数を食っているのに、このままだと今回の話の長さが尋常でない事に(以下略)

「私はこのままターンエンド……さ、ゆまのターンよ?」
「む……余裕って感じですね?」
「実際、余裕を持っているからね」
「……その余裕、すぐに『焦燥』に変えてあげますっ!」



友紀:LP5600
手札:4枚
モンスター:《サイレント・ソードマン LV5》攻2300
      《キラー・トマト》攻1400
魔法・罠:《早すぎた埋葬》

ゆま:LP3600
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターン……ドローっ!」

 ゆまがカードを引くと――あ、なんか雰囲気が変わった……?

「まずは、墓地の《黄泉ガエル》を守備表示で特殊召喚しますっ!」
「げ、忘れていたわ……」

 どこからともなく、過労死が原因で亡くなったであろうカエルが現れた。このカエルが、戦局を一気に変え――る事はないかな?



《黄泉ガエル》守100



「さらに私は、《D.D.アサイラント》を召喚しますっ!」
「げ、また『除外』……?!」

 ゆまの場に、巨大な剣を持つ剣士が出現。「侵略者」が墓地にいる今、あまり相手にはしたくない戦士ね……。



《D.D.アサイラント》
効果モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1700/守1600
このカードが相手モンスターとの戦闘によって破壊された時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する。



「では、《D.D.アサイラント》で《キラー・トマト》を攻撃しますっ!」

 敵兵士は剣を振り回して走りだす。私の場のトマトは、その剣を止める事は出来ず、細切れに料理された。



友紀:LP5600→5300



「っ……《キラー・トマト》の効果が発動! 私はデッキから、《不意打ち又佐》を特殊召喚!」

 ただでは転ばないのがリクルーター。その養分を糧にして、剣士が私の場に姿を見せた。



《不意打ち又佐》攻1300



「むー……なかなか場が減りませんね……」
「それはお互い様じゃない? 私は『リクルーター』、ゆまは『除外』――手段が違うだけであって、数で勝負を決めるのは同じだと思うけれど」
「質より涼、ってやつですよねっ?」
「違う、なんかひんやりしちゃっている」
「質より猟!」
「勝手に狩りに出かけないでよ!?」
「質より霊!!」
「ゴーストを出してどうするのよ、ゴーストを!? あと、この話は私がボケ役なんだからね?!」
「字の文体にツッコミを入れている時点で、既にメタ満載なんですけれどね……」

 くっ……学生時代の方がやりやすいからって……まあ良いわ!

「ほら! 漫才は良いから、さっさと行動しなさい!」
「は、はいっ! えっと……私はカードを1枚セット。ターンを終えます」
「……………………?」

 あれ、なんか空気が……? 私は、またしても変わるゆまの表情に気付いた。
 何というか、自分でも良くは分からないのだけれども……おふざけタイムが完全に終了した、そんな感じかしら。



友紀:LP5300
手札:4枚
モンスター:《サイレント・ソードマン LV5》攻2300
      《不意打ち又佐》攻1300
魔法・罠:《早すぎた埋葬》

ゆま:LP3600
手札:4枚
モンスター:《D.D.アサイラント》攻1700
      《黄泉ガエル》守100
魔法・罠:伏せ1枚



「私のターン……ドロー!」

 手札は悪くないけれど……正直なところ、良くもなかった。全体強化もまともに出来ない手札――こう言えば分かりやすいだろう。
 さらに、ゆまの場に伏せられたカード。私は、不吉さを感じ取っていた。考え過ぎかもしれないけれど、ここで無理な攻撃を行えば全てを台無しにしかねない、そんな不吉さを――。

「あ、あの……」
「ん? ああゴメン、頭の中で、作戦会議中だったの」
「いえ、その……レベルアップ、しないんですか?」

 レベルアップ? 私は、ゆまが指差す方向――すなわち《サイレント・ソードマン LV5》の方を向いた。
 ……あ、そっか。

「実はね、私のデッキには《サイレント・ソードマン LV5》が1枚しか入っていないの。当然、『LV7』はいないわ」
「そうなんですか……なかなか出してこないから、心配しちゃいましたっ」





 これについては以前、百合にも同じ質問をされた事がある。今回と同じように、回答をしたはずだ。

「おぬし、それでも戦士族使いなのか?!」
「えっ? えっ?!」
「『LV7』まで揃っていないサイレント・ソードマンなど……ハンバーグの入っていないハンバーガー! 炭酸の抜けたコーラ!! お肉抜きの特上カルビ丼じゃ!!!」
「なんでそこまで激怒するの?! というか、そこまで言いますか?!」

 ……なぜか、ひどい怒られ方をされた気がするけれど。





 ……回想終了。話を元に戻そう。

「私は――」

 どうも、あの伏せカードが怖い。警戒しすぎかもしれないけれど……しないよりはマシよね!

「――《不意打ち又佐》を守備表示に変更!」

 又佐は命令を受け、刀をしまった。大丈夫、《D.D.アサイラント》へのアプローチはきちんと出来るはず!

「そして、《サイレント・ソードマン LV5》で《黄泉ガエル》を攻撃! 沈黙の剣、LV5!」

 沈黙の剣士が、再び敵陣へと切り込んでいく。標的を捕捉、愛刀を振り下ろし――。





「いやぁ。《不意打ち又佐》を守備表示にしてくださったのは、意外でした」





 ――その体が、グニャリと捻れ出す。次第にその歪みは増していき――剣士は手に持つ剣を落とし、空間から排除された。

「……!? 全体除去じゃなかったの?!」
「えへへ、違いましたっ! 答えは単体除去、《因果切断》ですっ!!」

 ゆまは手札の《切り込み隊長》を捨て、このデュエル2枚目の《因果切断》のコストを支払う。どうやら、余計な事をしちゃったらしいわね……!

「加藤さんの《サイレント・ソードマン LV5》が除外されましたので、私の場に《イーバトークン》が出現しますっ!」
「くっ……!」

 ゆまの場に、再び侵略者が舞い降りてきた。敵陣には3体……これじゃ、考えていた「作戦」が成り立たない……!



《因果切断》
通常罠
手札を1枚捨てる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。除外したそのモンスターと同名カードが相手の墓地に存在する場合、そのカードも全てゲームから除外する。

《イーバトークン》守500



「警戒し過ぎて、《不意打ち又佐》を守備表示にしたのは失敗でしたね?」
「……?! ゆま、分かっていたの?!」
「あれだけ私の《因果切断》をじっと見ていたら、誰でも分かっちゃいますよ?」
「……私はモンスターをセット。ターンエンドよ」

 図星過ぎて何も言えない。私はモンスターを伏せ、次のチャンスに思いを寄せる――。



友紀:LP5300
手札:4枚
モンスター:《不意打ち又佐》攻1300
      伏せ1枚
魔法・罠:――

ゆま:LP3600
手札:3枚
モンスター:《D.D.アサイラント》攻1700
      《黄泉ガエル》守100
      《イーバトークン》守500
魔法・罠:――



「私のターン……ドロー!」

 ゆまがカードを引く。それと同時に――。

「……ふふっ」

 ――意味深に微笑みを見せた。げ、何か来そうね……それも、とんでもなさそうなものが……。

「私のデッキは除外をする事によって機能していますけれど……本来は戦士族主体なんですっ」

 ゆまはそう言うと、手札から1枚、カードを取り出した。

「そして私の切り札も同じく戦士族……加藤さん! いきますよっ!」

 「切り札」を召喚するためだろう、生け贄にゆまの場の3体のモンスターが消え――って、3体?!
 もしかしたらもしかして……ゆまが出す最上級の「戦士」って……!?

「纏うのは電気! 放つのは雷!! 来て下さい、《ギルフォード・ザ・ライトニング》!!!」

 私の予想を――否、願いを無視するかのように、雷撃を纏った戦士が大地を踏みしめる。狂うように輝くその剣を握り締め――「稲妻の戦士」が、私の前に立ち塞がった。



《ギルフォード・ザ・ライトニング》
効果モンスター
星8/光属性/戦士族/攻2800/守1400
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、相手フィールド上モンスターを全て破壊する。



「《D.D.アサイラント》、《黄泉ガエル》、《イーバトークン》……3体の生け贄を捧げました。効果が発動しますっ! ライトニング・サンダー!!」

 剣から放たれた電撃が、私の場を焼き尽くす。《不意打ち又佐》も、伏せていた《コマンド・ナイト》も、全てが灰へと帰ってしまった。

「がら空き……ですねっ?」
「くっ……さっさと攻撃をしなさいよ」
「でもその前に、《巨大化》を――」
「えっ?!」
「――持っていないので、そのまま攻撃ですね」
「ゆま、謝りなさい!? 読者と私を欺こうとした罪は重いわよ!?」
「《ギルフォード・ザ・ライトニング》で、加藤さんにダイレクトアタック! ライトニング・クラッシュ・ソード!!」
「無視?! ――って、きゃああっ!?」

 鋭いというか、重いというか。ともかく、斬撃によって私のライフポイントは一気に削られてしまった。《巨大化》がゆまの手札に存在していたら、見事にゲームセットだったわね……!



友紀:LP5300→2500



「逆転、という状態ですかねっ?」
「つ、次のターンに逆転勝ちしてあげるわよ!」
「そうですか……さらに私はカードをセット――」

 セット、した。
 その目は、勝利を確信した目。そして――。



「――加藤さん……どうぞ?」

 ――あの伏せカードは十中八九、3枚目の《因果切断》だ。



友紀:LP2500
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――

ゆま:LP3600
手札:2枚
モンスター:《ギルフォード・ザ・ライトニング》攻2800
魔法・罠:伏せ1枚



「私のターン……ドロー」

 なぜ《因果切断》だと分かったのか? その理由は分からない。直感か、それともさっきと同じように私の単純な考察ミスなのか。それも不明である。



 だが、である。
 場には最上級の戦士と、おそらくは《因果切断》。
 手札の1枚は、《クリッター》で呼び寄せた《異次元の戦士》。
 トドのつまり……崖っぷちというやつであった。



「どうしましたか?」
「あ、ううん。何でもないわ。今、ゆまを倒すための手段を構成しているから」
「そうですかー……」
「まずは、《貪欲な壺》を発動! 《切り込み隊長》、《コマンド・ナイト》、《不意打ち又佐》、《キラー・トマト》、《メタモルポット》を墓地からデッキに戻して……2枚、ドロー!」



《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。



 手札を補充し終え、改めて私は自分の6枚の手札の状況を見てみる事にする。
 えーっと? 罠は……0枚。モンスターも……0枚。
 それで? 魔法は……6枚。

「……………………」

 叫びたくなる気持ちを抑え、私はもう1度だけ手札を覗き込んでみる。手札は……魔法だらけ。
 否。



 見事なまでに、緑一色だった。



 よぅし、落ち着け。こういう時は素数を数えるのよ、私。2、3、5、7、11……。
 幸いな事に、モンスターを手札に加えるカードは存在している。しているのだけれど……。

(問題は、どのカードをどう使えば良いのか、迷いすぎるところね……)

 正直なところ、あまりにも節制されていない手札のせいで、どの策を使えば良いのか分からないのだ。
 モンスターを手札に加えられる。
 強化も出来る。
 相手の表示形式を変更できる。
 相手のカードと自分のカードを入れ替えられる。



 ――しかし、あの「伏せカード」が、全てを駄目にするのだ。



「……ずいぶん迷っていますね?」
「そりゃまあね……ここでミスをしたら、全て終わりになっちゃうし」
「考え方を変えてみたらどうですか?」
「考え方……?」
「例えば……選択肢に『あきらめる』を追加するとかっ!」
「なるほど――ってこらっ! その言葉、おおいに異議ありっ! 主人公の選択肢に、『あきらめる』の5文字は……入って……」

 私は言葉を詰まらせていく。ゆまは当然、私の変化に首を捻らせた。
 ゆまが今言ったわよね……「考え方を変えて」みるって……。





 ――勝利への方程式が、一気に目の前で光を帯びた。





「……そっかそっか。こうすれば良かったのね……。そうすれば、あの伏せてある――」
「あ、あの……加藤さん?」
「あ、ごめんごめん。独り言だけじゃ、ゆまと読者を置いてきぼりにしちゃうわよね?」

 私は1枚のカードを手に取り、ゆまに見せる。そう、まずはここから始まる。ここから始める。

「私は《増援》を発動! デッキから《コマンド・ナイト》を手札に加え――召喚よ!」

 私の場に、騎士が駆け付けた。おそらくは、このデュエルで私が召喚する事になる、最後の騎士。



《増援》
通常魔法
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。

《コマンド・ナイト》攻1200→1600



 ゆまはピクリと眉を動かしたが、伏せカードを発動させなかった。ここまでは読み通り……!
 そして、ここからが賭け……! 決まれば「勝ち」、外せば「負け」の、大博打……ッ!

「いくわよ、ゆま!!」
「は、はいっ!?」
「魔法カード、《強制転移》を発動よ!」
「あっ……!?」

 発動と共に、2人の戦士の体が輝きを帯びる。自陣と敵陣、「焔の騎士」と「稲妻の戦士」が。



《強制転移》
通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。



「これで、私の場に《ギルフォード・ザ・ライトニング》……ゆまの場に《コマンド・ナイト》が移動する! 一気に形勢逆転――」
「そ、そんな簡単にはいかせませんっ! リバースカード、オープン! 《因果切断》ですっ!!」

 ゆまは手札の《異次元の戦士》を墓地に送り、伏せカードを発動させる。私の騎士の体が、グニャリと変形し出した。



《因果切断》
通常罠
手札を1枚捨てる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。除外したそのモンスターと同名カードが相手の墓地に存在する場合、そのカードも全てゲームから除外する。



「《コマンド・ナイト》が除外される事によって、加藤さんの場にはモンスターがいなくなりますっ! よって、《強制転移》も不発という事になりますっ!!」
「……………………」

 ゆまの言う通りだ。《強制転移》はお互いの場に最低1体のモンスターがいないと発動できないカード。
 これで――おしまい。

「さあ、次元の裂け目さんっ! 《コマンド・ナイト》を、一思いに飲み込んじゃってくださいっ!」

 ギュルギュルと音をたて、煙が舞い――。



 ――私の騎士は、この世界から消滅した。



「最後にヒヤッとさせられましたよ、加藤さん? それでも、私の勝ちは揺るぎませんっ!」
「……………………」
「さて、《コマンド・ナイト》を除外したので、《イーバトークン》を守備表示で特殊召喚しますっ!」

 勝利を確信したゆまが、デュエルディスクに命じる。除外されたのだ、墓地に存在する《ゼータ・レティキュラント》の効果が発動される――。

「……あれ?」

 ――はずだった、だろう。
 結果を完結かつ簡単に言ってしまえば、ゆまの場に《イーバトークン》は出てこなかった。……煙のせいで見えはしないけれど。

「……もうじき煙も消えるわ」
「加藤、さん……?」
「その時、ゆまはこう言うはずよ――『何をしたんですかっ』、ってね」

 視界が晴れていく。
 私と、ゆまの目が合う。
 そして、ゆまは視線を横にスライドさせ――。

「……………………え?」





 ――私の隣で剣を構える、「稲妻の戦士」を見つけた。





「な……何をしたんですかっ?! ――あっ」
「ほら、ね? ちゃんと言ってくれた」

 にこっ、と私は笑いかける。観客はざわめき、ゆまは慌てふためき……とにかく、ひどい状況だった。私は……ときめき、とか?

「尺の都合上、さっさと説明しちゃうわね? 《因果切断》にチェーンして、これを発動させたのよ」
「そのカードは……!?」

 墓地から取り出したのは――速攻魔法、《エネミーコントローラー》。



《エネミーコントローラー》
速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。



「ゆまの何気ない言葉を聞くまで、私は2番目の効果を忘れていたわ……今回使わせてもらった、2番目の効果をね?」



 話は簡単だった。やるべき事は2つ。
 1つは《エネミーコントローラー》で、《ギルフォード・ザ・ライトニング》を奪う事。
 もう1つ――これが1番の問題だったのだけれども――伏せカードを、自然に処理する事。ただ奪うだけでは、《ギルフォード・ザ・ライトニング》を除外されちゃうからね?
 だからこそ、私は無駄打ちとなる事を分かっていても《強制転移》を発動させたのだった。



「……加藤さんは、どうして私の伏せたカードが《因果切断》だと思ったんですか? もしかしたら、違うカードだったかもしれないのに」
「それが、私にも何とも言えないのよね……まあ、乙女の勘ってやつ?」

 1枚のカード――《団結の力》を発動させながら、私は話をしていく。これが乙女の、最後の1枚よ!



《団結の力》
装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

《ギルフォード・ザ・ライトニング》
……攻撃力:2800→3600
  守備力:1400→2200



「ゆま、1つお願いして良い?」
「……? どうぞ……」
「これから私達は、同じ場所で学んでいくわ。だから――」

 笑顔を、ゆまに向けた。向けられたゆまは、きょとんとしている。

「――『加藤さん』なんて堅苦しいのはやめて、友紀って呼んでよ?」
「……! はいっ、もちろんですっ!!」

 ゆまも同様に笑顔を私に向け――。
 お互いの距離が少しだけ縮み――。



ゆま:LP3600→0



 ――勝敗が、決した。










 同日 09:45
 デュエル場

「一進一退の攻防……制したのは友紀だあああァァァッ!!」

 ネオ先生のボイスと共に、観客達が拍手をした。私とゆまは、その中で握手をする。

「ガッチャ、良いデュエルだったわ!」
「まだまだ力不足ですね……次は負けませんからっ!」

 ゆまも私も、自然と笑みが零れていた。きっと、お互い「楽しい」と思えていたからだと思う。……なんか、変な日本語ね。
 デュエル場を後にすると、4人目の選手である周子と出会った。笑顔からして、周子は結果を見ていたらしい。

「おめでとうございます〜」
「次は周子の番よ、頑張ってね?」
「はい、私も負けませんよ〜?」

 手を振り、周子がデュエル場に入った。痛いほどの歓声が、背後から聞こえてくる。
 ゆっくりと廊下を歩いていると――。

「友紀さんっ……!」
「お、彰子――おわっ!?」

 ――彰子が抱きついてきた。

「私、信じていました……! 友紀さんなら、絶対に負けないって……!」
「そ、それは嬉しいわね……ありがとう、彰子」

 嬉し泣きなのか、緊張の糸が切れてしまったのか。ぽろぽろと涙を流す彰子の頭を、私は優しく撫でる。
 周子のデュエルも気になるけれど……こうしているのも、悪くないかもね。





 こうして、また私の新たな1年が始まる。否、始まった。
 【楽しい時間】はいつまでも続く――この時の私は、そんなどうしようもなく激甘で、どうしようもなく呑気な事を信じていたのだった……。



キーワード:【楽しい時間】



過去・加藤友紀
    ―――JUMP――→
           現代・田中康彦




 13話  「狩人」

 デュエルアカデミアを卒業してから友紀と再会するまで、僕は一体何をしていたんだろうか?
 友紀の事を完全に忘れ。
 過去の事を完全に忘れ。
 全てを忘れれば――そうすれば、もう少しはまともに【楽しい時間】を過ごす事ができたのだろうか?



『……康彦、この街から離れろ』



 ――今となっては、全てが遅過ぎたのだ。謙羊の言葉を聞いてしまった、今となっては。
 全てを「荒らし」尽くす「嵐」は。もうすぐそこまで、接近をしていた。





 10月2日 10:20
 バーガーワールド

「ハ〜〜イいらっしゃいま――なーんだ、田中さんか」
「田中で悪かったな」
「もうこれはあれね、全国の田中さんの前で土下座してもし足りないくらいのガッカリ具合ね」
「そこまで否定されるの、僕?!」
「とりあえず1人目は田中角栄で」
「いきなりトップクラスの偉人からかよ!?」
「あのー……ツァンさん?」

 散々に僕を罵るツァンちゃんを、紬ちゃんが止めてくれた。さすが紬ちゃん、天使や……。
 ちなみに場所の表示には「バーガーワールド」とあるが、実際には「バーガーワールド入口」である。ツァンちゃんの足止めを食らってしまったので、こうして店内に入れずにいるのだ。

「とにかく、中に入れさせてくれよ」
「分かったわよ……えっと、いち、に、さん――げっ」

 右手に持つボールペンで僕達を数え――。

「……げっ、とはどういう事ですか? 私の顔に何か付いているんですか? 何か心にやましい事でもあるんですか昨日学校に来なかった事について考えているんですかバイトが非常に忙しいんですかどうなんですかツァンさんっ!!!」
「ひ、ひいっ!?」

 ――僕の後ろに隠れていた長谷部ちゃんの、質問責めを受けてしまった。いや、「攻め」にしても通じるな、これ。





 とりあえず、無事に店内に入る事が出来た。むすっとした顔の長谷部ちゃん、物珍しそうにメニューを覗き込む紬ちゃんと向かい合うように、僕は席に着いた。

「ほら、長谷部ちゃん。ツァンちゃんも悪気があったわけじゃなかったみたいだし――って、今の言葉、『あった』と『なかった』があるから意味が通りにくそうだな」
「いきなり話がそれましたね……まあ普段からの会話で感じてはいますけれども、日本語は難しいですよね」
「こういう時、長谷部ちゃんだったらどうするの?」
「そうですね……悪気を持って行動をしたわけではない――みたいな感じでしょうか?」
「おお、なんかそれっぽい」
「ふふん……」

 優等生らしく、長谷部ちゃんはクイッと眼鏡を上げた。その左隣の紬ちゃんは、今だにメニューに釘付けになっているようだ。



 今日は昨日とは違い、本当に休校だったそうだ。目の前に座っている、真面目タイプの制服の女子2人がそう言っていたのだから確実だろう。離れた場所でお客様に笑顔とケチャップを振りまいている女子よりも、信頼性は十分である。
 ちなみに。レインちゃんは用事があるらしく、来られないらしい。まあ、集まる理由は雑談を楽しむ事がメインなのだから、用事を最優先にするのは当然だろう。



「今日、学校まで行ったらですよ。閉じてある門に紙が貼ってあったんです。『本日の授業は、全て中止となりました』って」
「うわぁ……で、集合時にイライラしていたわけか。僕の足に何度もローキックを入れていたわけか」
「入れていませんからね!? ……でも、せめて朝にでも連絡を入れてくれたら、『お洒落』にも気を使えたんですけれどね」
「え、『駄洒落』?」
「……先輩、確か先輩は辛いものが好きでしたよね? 先輩がトイレに行っている間に、ちょーっと手が滑ってしまって先輩の水の中にタバスコが入るかもしれませんね、HAHAHA」
「『洒落』にならないからやめてくれ!? あと、目が笑っていないからな?!」

 助けを求めるように、僕は紬ちゃんの方を向いた。「謝礼」ならはずむからさ!
 ところが、その紬ちゃんはじっとメニューを見たままである。一体、何をそんなに見ているんだ……?!

「ねえ、紬ちゃん?」
「あっ……申し訳ありません。わたくしめは、こういった『ふぁみれす』で食事をする機会がなかなかないものですから、つい珍しく感じまして……」

 確かに、基本的に紬ちゃんがいる時は喫茶店が多かったかもしれない。ファストフードが似合わないというか何というか……とにかく、こうやってファミレスに紬ちゃんと入るのは初めてであった。
 そういえば、前に紬ちゃんに教えてもらった和菓子の店、あれは良かったなぁ……さすが大和撫子、良い店を知っている。

「考えてみれば、まだ注文をしていませんでしたね」
「バーガーワールドはマク〇ナルドやロッ○リアと違い、座ってからの注文だからね」
「先輩はどうせ決めているだろうから――紫さん、何にするか決めましたか?」
「僕の扱い、ひどくないか……?」
「その……では、こちらを」

 紬ちゃんは、一番人気(とメニューに書いてある)の「ワールドバーガー」を指差した。なるほど、無難に一番人気を選んだか……。

「じゃあ私、ボタンを押しちゃいますね――押してみよう、ポチッとな」
「あ、こら! まだ僕は決めていないぞ?!」

 こんな感じでドタバタしていると――向こうからツァンちゃんがやってきた。嫌々という心境が、表情から読み取る事ができるなぁ……。

「えー……お客様、さっさとご注文をどうぞ」
「じゃあ私から。えーっと――ピクルスとケチャップ抜きのSHB(スーパーハングリーバーガー)で飲み物は氷抜きのCCL(コカ・コーラLサイズ)と味付けはKDC(カリカリダブルチーズ)のポテトセット1つ」
「…………お客様、もう1度だけ、ただしきちんとボクが分かるように注文しやがってください。このままでは、誤ってLサイズのカップにケチャップを入れかねませんので」
「謝って済む問題じゃないな、それは……」

 ジト目でツァンちゃんを睨む長谷部ちゃんに、同じくジト目で長谷部ちゃんを睨むツァンちゃん。止むを得ず、僕はツッコミを入れた。

「SHB! CCL!! KDC!!!」
「紬さんは何にするの?」
「聞いておいて、私の注文は後回し?!」
「私はこのワールドバーガーを1つ、お願いします」
「えっと……単品って事?」
「単品……?」
「紬ちゃん、フライドポテトとドリンクはいるの? ツァンちゃんはそう聞いているんだ」
「では……ポテトは無しで、その……ウーロン茶、お願いできますか?」
「じゃ、ワールドバーガーの単品が1つ、ウーロン茶のLサイズが1つね」

 機械に注文を打ち込んでいくツァンちゃん。サイズを言われなくとも大きいものにする辺り、空気を読む良い子ではあるようだ。

「じゃあ、僕もワールドバーガーにするよ。ポテトは無し、ドリンクは――」
「あ、お酒は駄目ですよ?」
「飲まないよ!? 普通にコーラを注文しようとしていたよ!?」
「冗談よ、冗談」

 ツァンちゃんは笑いながら、ピピピッと素早い手つきで注文を打ち込む。慣れているな、やっぱり……。

「あ、そういえば」
「ん?」

 おそらくは長谷部ちゃんの注文を打ち込みながら、ツァンちゃんは僕を見て言う。どうせたわいもない話だろう。そんな事を、考える事すらなかった。

「昨日の『あれ』……話さなくても良いの?」



 ――空気が、体が、世界が。ツァンちゃんの言葉によって揺さ振られ、波立った。
 目の前を見ると、長谷部ちゃんも紬ちゃんも、僕を真剣な表情で見ていた。直感だろうか、何かを感じ取ったようだ。これじゃ……隠しようがないな。
 冗談や雑談は、どうやらここまでのようだ。僕はため息をついて、ゆっくりと――。

「話す……だけだからな?」

 ――口を開いた。





 10月1日 14:21
 裏道

「……どういう……事だよ?」

 僕の第一声は、上記の通りである。正直なところ、呆気に取られていた。
 心情を察してほしい。同級生との感動の再会を果たし、楽しくデュエルをし、笑い合い――。

「言ったとおりだっつーの。何も考えずに、この街をさっさと後にしろ」



 ――その次が「これ」だ。
 ――放たれた言葉が「これ」だ。



「……理由、きちんと話してよ」

 ツァンちゃんが、謙羊を睨みながら口を開く。
 目は口程に、「もの」を言う。今の謙羊は、ツァンちゃんにとっては「曲者」だろうか。

「何をするつもりなのか、それによる被害はどれ程のものなのか。謙羊さんが1人でやるのか、他に人がいるのか、いたらリーダーは誰なのか」
「……………………」
「ボクの質問に全て答えてもらうまで――ここからは一歩たりとも動かさないし、帰しはしないわ」

 謙羊はため息をつくと、僕の方を向いた。この目は、確実に助けを求めている目だ。善意の塊である僕は、同じようにため息をついた。

「謙羊、知っている事を正直に話してくれないか?」
「あー……お前はそっちにつくのかよ」
「僕も詳しく聞きたいに一票の側だからな」
「つってもなー、オレが知っている事が少なすぎて、正直なところ話しようがないんだよ」

 謙羊は腕組みをし、困ったような表情を見せる。この表情を、僕は信じても良いのだろうか。

「その話し方を聞くに、集団ってわけね」
「ああ、せーかい。誉めてやるよ」
「アンタ、その言い方――」
「落ち着け、ツァンちゃん。それで? リーダーの名前くらいは知っているだろう?」

 ツァンちゃんをなだめつつ、僕は謙羊に質問をしてみる。あくまで口調は穏やかに。心中で疑心を持ちながら。

「まあ、それくらいは良いのかな……オレ達のリーダーは――って、あ」
「……? どうした?」

 不意に、謙羊が言葉を止めてきょとんとした顔になった。

「いやー……この裏路地で生活をしているとよ、鍛えられるんだよ――体が」
「体が……?」
「逃げ延びるために、足は早くなる。そんなに食べなくても、生きていける。後は――」

 ニッ、と謙羊が笑った。瞬間、僕達の背後で急ブレーキの音が鳴り響く。
 込められた意味は知性や理性、冷静。そのどれもが一致しないようなスピードで、「青」の車が爆走してきたのであった。



「――上司の車の音が分かるようになる、とか?」



 僕は真っ青になって、ツァンちゃんに覆いかぶさるように横に飛ぶ。僕達が数秒前まで存在していた場所を、車は躊躇の兆しが見えない速さで駆けていった。

「すまねぇ! 迷惑かけちまった!」
「言い訳は後じゃ! さっさとこの場を離れるぞ!」

 謙羊は車に飛び込み、僕達をチラリと見た。どうやら、一応は心配してくれているらしい。
 一方の僕はツァンちゃんを抱き締めながら(念のために言っておくが、ツァンちゃんが僕の上にいる状態なので、どうしようもないのだ)、謙羊の隣にいる男の姿を確認する。

「……!? お前は……!?」

 驚く僕を無視するかのように、青い車は爆走を再開。再会してすぐにも関わらず、あっという間に見えなくなってしまった。
 巡り合ったのは、運命か。はたまた――「因縁」か。



 運転席に座っていたのは、かつてのおとなしさを捨てた獣のような男であった。
 僕や友紀と同じように、オベリスク・ブルーで一緒に学んだ仲間――高橋秀行。





 10月2日 10:40
 バーガーワールド

「……その高橋さんという人は、どんな人だったんですか?」
「そうだな……一言で言えば、真面目なやつだったな」

 全ての話を終えて。長谷部ちゃんが唸りながら、僕に話しかける。僕は質問に対し、過去の記憶を呼び覚ましながら口を開いた。

「デュエルの腕も良かったし、性格も問題はなかった。ようするに、謙羊と同じだ」
「その佐藤さんと高橋さんは、何か危ない事に巻き込まれているという事なのでしょうか……? わたくしめには、その『危ない事』がどういったものなのか、見当がつきませんが……」
「もしくは……『危ない事』を起こそうとしている張本人だったり?」

 ツァンちゃんの言葉に、僕は黙り込んでしまった。
 あの謙羊と秀行が? 危ない事を? 僕には信じられなかった。
 ニュースで誰かが事件を起こした時に、学生時代の友人のインタビューでは大抵こうだ。信じられない、真面目で良い人でした、だれにでも優しく……。
 そんな、いかにも指示されて言わされているような言葉が、僕の頭の中で浮かんでしまっていた。そんな言葉しか出てこない自分に、なぜか腹がたった。

「とにかくだ。僕はもう一度、謙羊や秀行と会わなきゃいけない。会って、何を起こそうとしているのかを確かめて――」





「――確かめて、どうするつもりだ?」





 背後からの声に、僕は一瞬だけ思考が停止してしまった。すぐに再起動し、僕は立ち上がる。振り返り、真後ろに座る人を確認し――。

「……君は」

 ――言葉を詰まらせる程に、驚いた。
 友紀と再会したのも因縁。謙羊と会ったのも、秀行にひかれそうになったのも因縁。それでは、背後のこいつも因縁か? この街は因縁のバーゲンセールでもやっているのか?



「久しぶりだな、田中。元気そうで、なによりだ」

 僕や友紀と同じように、オベリスク・ブルーで一緒に学んだ仲間――吉光俊輔。その俊輔が、僕の背後で微笑んでいた……。





「話は勝手にだが大方聞かせてもらった。なるほどな……やはりヒデが動きだしていたか」

 俊輔は顎に手を当て、むむむと考え込む。僕はその様子を、真正面に座って見つめた。そして、そんな僕を長谷部ちゃん達がさらに見つめる。
 何となく言いたい事は分かるし、さっさと彼女達の「疑問」に答えるかな……。

「この人は、同期の吉光俊輔。僕と同じくオベリスク・ブルーで――」
「悪い、田中。実は名前を変えてしまっていてな……ほら、名刺」

 上着のポケットから名刺を取り出し、テーブルの上に置く俊輔。そこに書かれていたのは――。



 吉光電工
 所長 吉光誠一郎



「……せいいちろう?」
「そうだ、誠一郎。画数が良くなかったので、改名したのだよ」
「なんか嘘臭いが……まあ良いや」

 僕は俊輔――じゃなかった、誠一郎にもらった名刺をポケットにしまった。

「それにしても、田中はいつもモテモテだな。学生時代は加藤と付き合っていたと思えば、今はアカデミアの女子を2人もデートに誘うなんて」
「誠一郎は人の事を言えるのかよ……」

 僕は真正面の誠一郎にそう言いながら、窓側に座る2人の女性に目をやる。どっちも知り合いなので、何とも言えないのだけれど。

「……なんだ?」

 僕の隣に座っているスーツ姿の女性が、への字に曲がった口とつり目が特徴のケイト・モヘア。怒っている……訳ではないよな?
 ケイトは、僕と同じくプロデュエリストとして活躍している人の一人である。何回かデュエルをしたので分かるが、彼女は【D―HERO】をコンセプトとしていた。

「あら、どうしたのかしら? もしかして、美しくなった私に惚れ――」
「それはないな。僕が風見に惚れるなんて、神風が吹くくらいの奇跡だ」
「んもう、失礼ね。でも、『風』を例に入れている辺りに優しさを感じるわ」
「僕は風見の気持ちが揺るがない事に対して、若干憂いを感じるけれどね……」
「『人』への『憂い』は『優しさ』よ、文字的にもね」

 そして、僕の隣には風見吹子。過去編でお馴染みであるはずなので、紹介は割愛させてもらう――と言いたいところだが、彼女も僕やケイトと同じようにプロデュエリストという肩書きを持つ事を、念の為に説明しておくべきであろう。
 それにしても、アカデミア時代に風見と仲が良かった人達はどこに行ったのだろう。あのチーム……残りは4人だったかな? いや、5人か?

「コホン。紹介はここまでにして――本題に入ろうか」

 誠一郎が咳払いをし、今一度僕を見る。僕も、誠一郎から目をそらさないように前を向いた。

「田中。君は――『虎目(タイガーアイ)』に所属しているのか?」
「……? なんだ、それ? 石の名前か?」

 誠一郎の口から出てきた単語に、僕は頭をひねる。宝石の名前がここで出てくる訳が無いよな……。
 僕の様子を察知したのか、誠一郎は少しだけ表情を柔らかくする。が、すぐに元に戻ってしまった。

「その様子からすると、本当に知らないみたいだな……まあ、私は田中を信用していたが」
「……『虎目』、だったか? それ、なんなんだ? 話が全く掴めないのだけれども……」
「……………………」

 誠一郎は話そうか迷った素振りをする。観念したのか、口を開いた。

「『虎目』は、この街を――いや、この街の裏通りを拠点として活動している、不良のチーム名だ」
「不良……?」
「そうだ。活動内容は主に窃盗、暴行などさまざま。最近はその活動の影響で、学校のカリキュラムに問題が生じていると聞いている。私の後ろで聞き耳をたてているアカデミア生2人を見れば、一目瞭然だ」

 びっくりしたのだろう、仕切りの上から出ていた長谷部ちゃんと紬ちゃんの頭が、ひょこんと下がった。僕と風見の位置からだと、先程から2人の様子が丸分かりだったのだが。

「これを見てほしい」
「……? これって――写真か?」

 誠一郎が取り出したのは、何枚もの写真だった。ピンぼけがひどいものもいくつかあったが、だいたいはピントが合っていた。
 写っているのは僕。ツァンちゃん。そして――。

「昨日、田中が会った人物は2人……両方とも、『虎目』の一員だ」

 ――車で逃走する、秀行と謙羊の姿。

「そして、だ。ヒデ――高橋秀行は……『虎目』の頭なんだよ」





「『虎目』は爆発物でこの街を混乱させ、自分達が街のトップに上り詰めようとしている。いつ行うのか、どこをターゲットにするのか、爆発の規模はどれほどのものなのか――詳しい事は何一つ分かってはいない。だが……」
「だが……なんだよ?」

 誠一郎は一息つき、空のコーヒーカップを見つめる。その様子で、大体の方向性は感じ取る事が出来た。

「……この街の『現状』というボードを引っ繰り返すのには、十二分の爆発だろうな」
「……………………」

 僕は何も、誠一郎の言葉に対して反応を示す事が出来なかった。
 驚いたのもある。絶望したのもある。だが何よりも、思ってしまったのだ。



 ああ、やっぱり起きてしまった――と。



 瓶田と街を見下ろし、友紀の生徒の過去を知り、謙羊と路地裏でデュエルをし、秀行に車でひかれかけ――そして、「虎目」ときた。
 街の「表」と「裏」。その狭間は、とっくの昔に歪(ゆが)み、歪(ひず)み――壊れていたのだ。アカデミアの休校が増えてきているのが、証拠である。
 この街の破綻は、もう秒読み段階だった。爆弾は、そのカウントダウンが早まったに過ぎない――僕には、そう思えてならなかった。

「もちろん、秀行をこのままにしておく訳ではない。『虎目』の活動状況をキャッチしたからこそ、私達はここまでわざわざ来たのだからな」
「わざわざ来た……?」
「そうだ。『吉光電工』は、私達の表の姿。実際に本業としているのは――」

 ポケットを再び漁り出す誠一郎。出てきたのは、黒い名刺だった。



 チーム 柘榴
 リーダー 吉光誠一郎



「ザクロ……?」
「『柘榴』と書いて『ガーネット』だ。害となる他のチームの妨害、または壊滅を優先するように心がけている」
「ま、いわゆる慈善事業ってやつね」

 僕の隣で、風見が付け足すように口を開く。チームを崩すチーム、か……。

「慈善事業という事は、誠一郎達は破壊活動は――」
「すると思っているのか……?」
「だ、だよな、うん。もちろん分かっていたさ。誠一郎はそんな事をしないって」

 誠一郎が、むすっとした表情になる。どうやら……嘘はついていないようだな。僕は誠一郎を試した事に若干の罪悪感を感じながら、僕は急いで弁解する。

「とにかく、だ。私が言いたいのは……君達には、一刻も早くこの街から避難してほしい、という事だ」
「……戦うのか?」
「当たり前だ。だからこそ、この街にやってきたのだから――」

 目と目が合う。瞬間、誠一郎の「本気」が伝わってきた。誠一郎は、本当に戦おうとしているのだ――。

「――そしてこれは、私が望むべき戦いなのだから」

 ――かつての、自分自身のパートナーと。





 アカデミア時代まで、話は遡る。
 僕と友紀がコンビであったように、誠一郎と秀行も2人でタッグを組んでいたのだった。
 その強さは本物だった事を、僕は今でも覚えている。息の合ったプレイング、抜群のセンス。互いの足りない部分を補うそのスタイルは、僕も影響された部分があると感じる。
 その2人がタッグを解散したのを聞いたのは、アカデミアを卒業して1年が過ぎた頃――友紀の事をいまだに忘れられない、そんな日の事だった。
 聞いたのが遅過ぎたといっても、過言ではないだろう。なぜなら、2人がタッグを解散したのは卒業間際――3月7日の事だったそうなのだから。
 僕と友紀が別れた3月6日――その、翌日に起こっていた事だったのだから。





「……僕も」

 ゆっくりと、口から意志を吐き出していく。誠一郎が本気であるように……僕も本気でいたい。だからこそ。

「僕も、誠一郎に協力をしたい。秀行の起こそうとしている事を、何としてでも止めたい」
「田中……」
「この街は、確かに壊されても文句の言えないような場所なのかもしれない。だが、ここで暮らし、学び、生きている人だっている。誰かが幸せを掴むために、誰かが不幸せを押しつけられるのは、おかしい事だろ?」

 誠一郎が、目を丸くしている。ここまで僕が真剣に話す事に驚いているのだろうか? はたまた、僕と誠一郎の考えが一致している事に驚いているのだろうか?
 誠一郎の考えがどれほどのものかは分からないが……後者であると願いたい。いや、そんな事は今は良いか。

「頼む! 僕を、仲間に加えてくれ!」

 ――今はただ、僕も何らかの行動をしたい。それだけだ。





「……………………ダメだ」





 沈黙が、予期せぬ形で崩れ去った。僕は目を見開いて、声の主を視界に入れる。

「な、なぜダメなんだ……?」

 誠一郎も、驚いた様子で「彼女」を見て言う。そう、拒絶したのは誠一郎ではなく――。



「……リーダー。私は、田中康彦を『柘榴』に加入させる事に――いや、『虎目』への対決に、異議を申し付けたい」

 ――誠一郎の隣に座る、ケイト・モヘアであった。



「……理由を言ってくれ」
「理由、か……。様々な要素を挙げる事が出来るが――」

 ケイトは右手を前に出す。次に、親指、人差し指、中指と、3本の指を立てた。全員の注目が、それに集まる。

「――3つだ。3つの理由によって、私は論破が可能だ」
「……話してみてくれ」

 リーダーとして、しっかりと聞かなければならないと感じたのだろう。誠一郎は、ケイトの横顔をじっと見た。

「まず1つに……これ以上の戦力増強は意味を成さない」
「なんだと……? 人手は、多い方が良いに決まって――」
「『虎目』は、非常に小さなグループだ」

 僕の言葉を、ケイトは言葉によってせき止める。僕を睨みながら、ケイトは再び話を始めた。

「構成員は確認されただけでも4人……他に1人か2人くらいだろう」
「……それがどうした」
「同様に、『柘榴』も小さなチーム。田中康彦……構成員の数が少ないほど、大きくなる利点は何だと思う?」
「利点……?」

 ケイトの質問を呑み込み――考察する。解となりうるものは、すぐに見つかった。

「情報……だろ?」
「正解だ。人が多ければ多いほど、情報量は増える。しかし、『質』が上がるとは限らない。むしろ、余計な情報が入り、惑わせる可能性も考えられる」
「つまり、だ。僕がチームに入れば、もれなく情報の質が低下する……そう言いたいのか?」
「呑み込みが早くて助かる」

 もの凄く、バカにされたような気がする。いや……バカにしたな、こいつ。
 僕が睨み付けるのを無視して、ケイトは中指を折り曲げた。手で形作られたのは「拳銃」か。

「今のが1つ目だ。2つ目は――」

 ケイトはそこで、隣のリーダーを盗み見た。なぜ誠一郎を……? 見るなら僕だけのはずなのに……。
 答えはすぐに、ケイトの口から出された。

「――――――――、だ」
「……?! おい、ふざけるな!」

 激怒したのだろう。誠一郎は大声をあげ、テーブルを力任せに叩いた。僕ではない、誠一郎がだ。

「ケイト……言って良い事と悪い事がある事を、分かっているのか?!」
「落ち着いて、リーダー。お客様に迷惑になっているわよ?」

 風見が、誠一郎を宥める。一方のケイトは、じっと僕を見ていた。僕もまた、ケイトを見る。
 ただし、先程とは比べものにならないくらいの「憤怒」を宿しつつ、であるのだが。

「確かにケイトの言いたい事は良ーく分かる。僕がケイトの立場でも、そうしたのかもしれない」
「……………………」
「ただし、だ。今の『発言』は、誠一郎の前ではしてはいけなかったと思う。君のリーダーが1番に、『信頼』という言葉を重んじる事を知っているのなら、なおさらな」

 言葉に怒りを込めて、ゆっくりゆっくり吐き出す僕。次第に沸騰寸前だった頭は冷え、冷静でいられるようになった。

「『田中康彦=スパイ説』……か。ずいぶんとまあ、本人の目の前で言いたい放題やってくれるな」
「怒りを覚えないのか?」
「怒りを通り越して、呆れているんだよ」
「否定はしない……と?」
「もちろんさせてもらうさ。昨日の出来事は、全て偶然が生み出した事であるとな」

 睨み合いが続く。どちらも、目を逸らそうとしない。見兼ねた風見がため息をつき、僕達の間に体を乗り出した。

「リーダーも、ケイトも、田中も。少しは落ち着きなさいな。感情的になっちゃダメよ」
「……そうだな。すまなかった」
「おい、僕はなっていないぞ?」
「……ふん」

 ケイトだけは、そっぽを向いて風見の言う事を無視する。こいつ……協調性に欠けているんじゃないのか?

「それで? 最後の理由はなんだ?」
「……3つ目は、だ」

 そっぽを向いていたケイトが、右手の人差し指を曲げ、今一度僕を睨み付ける。籠もっているのは……「悪意」などなど?

「私が、お前を大っ嫌いだからだ」

 ……さっきの風見の話、聞いていたのか? ため息をつきながら、僕はそう思うしかなかった。
 というか、こいつ……これが1番の理由だろ。





 僕を「柘榴」に入れたくない理由を話し終えたところで、ケイトは腕組をして目を閉じてしまった。その姿は、どこか「着信拒否」を彷彿とさせるものがある。反論は絶対に受け付けない、みたいな。
 ケイトと入れ替わるように、風見が体を前に出す。

「さて……と。じゃあ、次は私が口を開かせてもらうわよ?」
「頼むから、ケイトみたいにきつい事は言わないでくれよ。僕、意外とメンタルは弱めなんだから」
「嘘つきは嫌いになるわよ? それに、私はどちらかといえば『賛成』に挙手したいし」
「……?! おい、風見?!」
「ほら、ケイトは喋ったんだから。今は私のフェイズよ?」
「……ふん」

 ケイトが口を尖らせて、そっぽを向く。そんなに、僕の事が嫌いか……?

「もちろん、ケイトが言いたい事は理解したわ。田中くんが加われば、それだけ危険が増す事になる」

 ふふ、と風見が笑い、横目で僕を見る。

「でもね。田中くんのデュエルの腕は確かじゃないかしら? それは、ケイトがこの中では1番に知っているはずよ」
「……否定はしない」

 そっぽを向きながら、ケイトは不機嫌そうに風見の質問に答える。まあ事実だから仕方がない。この3人の中で、ケイトとデュエルをしたのが近いのだから。
 だからね、と風見は話を続ける。ニヤリと、どこか怪しげな表情を見せながら。

「だからね、こういった揉め事の時はデュエルで解決! それが1番シンプルで、そして確実な答えじゃないかしら?」
「なるほど……僕がケイトに勝てば、『柘榴』に加入しても良い、という事か?」

 確かに僕達は、いつもデュエルによって権利を得てきた。今回も、「勝てば」よい事なのだ。
 ケイトと視線がぶつかる。既に臨戦態勢らしく、デュエルディスクを腕に装着している。

「久しぶりに腕を見てあげるよ、ケイト」
「ぬくぬくと過ごしていたお前に、私は倒せないぞ」
「店内では邪魔になる。一旦外に出て――」



「待った!!」



 僕の言葉を遮ったのは――「柘榴」のリーダー、吉光誠一郎。
 誠一郎はカバンを開けると、ケイト同様にデュエルディスクを取出し――装着する。

「『柘榴』のリーダーは、僕だ。だから――」

 誠一郎は立ち上がり、僕を見下ろす。かつてはなかった気がする「威厳」が、その姿には詰まっていた。

「――デュエルをするのも僕だ」




 同日 10:58
 バーガーワールド前

「条件を、もう1度確認させてもらう」

 場所を店外に移し。僕と誠一郎は向かい合う。何が始まるのかと、数人の観客がやってきた。無論、長谷部ちゃんと紬ちゃんもその中にいる。後、何故かツァンちゃんと風見も。
 そして。僕が大っ嫌いなケイトが審判役として、僕達の間についた。

「田中康彦がリーダーに勝てば、『柘榴』に加える事とする。負ければもちろん、話は無しだ」

 さらに、とケイトは続ける。

「今回は、ターン制限を設ける事とする。2人で計10ターン……10ターン目のエンドフェイズまでに決着がつかなければ、田中康彦の負けだ。良いな?」
「それで満足するなら、従うさ……」

 この「ターン制限」のルールを作ったのは、もちろんケイトである。迅速な対応で敵を倒せなければ、チームに加わっても意味が無い――とかなんとか言ったのだ。そこまで、僕の事が嫌いかよ……。

「田中……分かっているだろうとは思うが――」

 誠一郎が、左腕を前に出してデュエルディスクを構えた。僕も続く形で、デュエルディスクを展開させる。

「――私は君の友人であり、同級生であり……そして、『柘榴』のリーダーでもある。かつての私のようには、いかないぞ?」
「それは僕の台詞じゃないのか? だって、最後に負けたのは――」

 僕はそこまで言って、それが失言だった事に気付いた。「そのデュエル」を思い出してか、誠一郎の表情が曇る。

「――すまない。今のは悪かった」
「良いよ。それに、『あのデュエル』では田中の方が傷ついているはずだろう。それにしても皮肉だな……こうして、私達がデュエルを――」
「リーダー、昔話も良いですが」
「おっと……了解した」

 ケイトが、いかにも不機嫌であるという表情で会話を遮った。まあ、アカデミアの同期でないから、話が分からないのは当たり前か。
 声の調子を整えるためか、咳払いをするケイト。右手を上げ――。

「先攻・後攻はランダムに決める事とする。それでは、ターン制限デュエル……開始!」



「「デュエル!!!」」

 ――下ろされた。
 右手と、そして戦いの火蓋が。



康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

誠一郎:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「げっ……僕からか」

 「先攻」を表示され、僕は幸先が悪いと感じた。10ターン目まで、フルに使えないからだ。
 ……しかし後攻でも、誠一郎の行動回数が増えるんだよな。結局、損をするのは僕の役目か……。

「いくぞ、ドロー!」

 初期手札を見て、戦略を立てていく。先攻には、先攻のプレイングがあるからね!

「僕はモンスターをセット! さらに、カードを1枚セットして、ターン終了だ」
「良いのか? そんなに守る姿勢でいて――」
「うるさいぞ、審判!」

 長引きそうだったので、ケイトの言葉を遮らせてもらった。あ、凄く不機嫌そうな顔をしている……。
 とにもかくにも、これで1ターン目は終了。大丈夫だ、まだあわてるような時間じゃない。



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

誠一郎:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「では、私のターンだ。ドロー」

 誠一郎が、ゆっくりとカードを引く。
 確か、こいつのデッキは【風属性】だった。今も変わっていなければの話だが……。

「……そう怖い顔をするな。すぐに、コンセプトは分かるだろうからな」

 そう言いながら誠一郎が出したのは、風属性のリクルーター――《ドラゴンフライ》だった。



《ドラゴンフライ》
効果モンスター
星4/風属性/昆虫族/攻1400/守900
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。



 やはり【風属性】のデッキだろうか。そう思う僕に向けて、誠一郎が1枚のカードを見せつける。

「学生時代のように、僕が戦うとでも思っているのか? 私は魔法カード、《孵化》を発動!」

 《ドラゴンフライ》が形を変え、光を放ち、巨大な「卵」へと姿を戻した。明らかに、元の大きさよりもでかくなっている。
 そして卵が――「裂き」破けた。「避く」事の出来ない狂気の虫が今、花のごとく羽根を「咲か」せて舞い降りる。ああ……こりゃ大声で「叫」びたい気分。

「デッキから呼び出すのは、名前の通りに『究極の虫』……《アルティメット・インセクト LV5》!」

 「究極」の名にふさわしい輝きの虫が、誠一郎の横に陣取る。こいつのデッキコンセプト……【昆虫族】か?!



《孵化》
通常魔法
自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースして発動する。自分のデッキからリリースしたモンスターより1つレベルの高い昆虫族モンスター1体を特殊召喚する。

《アルティメット・インセクト LV5》
効果モンスター
星5/風属性/昆虫族/攻2300/守900
「アルティメット・インセクト LV3」の効果で特殊召喚した場合、このカードがフィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。自分のスタンバイフェイズ時、表側表示のこのカードを墓地に送る事で「アルティメット・インセクト LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する(召喚・特殊召喚・リバースしたターンを除く)。



「さて……攻撃をするかな」

 誠一郎が意味深な笑みを浮かべながら、僕に告げる。
 ……ああ。「罠」があると分かっていても、あいつは攻撃するだろうな。今なら、まだ序盤だから被害は最小限に抑えられるだろうし。

「かかってこい! 受け止めてやるよ!」
「よし、行くぞ? 《アルティメット・インセクト LV5》で、田中の伏せモンスターに攻撃! インセクト・ハリケーン―LV5!!」

 虫がはばたくと、一気に暴風が吹き荒れ始めた。何だったっけ、中国で蝶がはばたくと、どこかで嵐が――今はそんな事はどうでも良いか。
 風に煽られ、伏せていたモンスターが吹き飛ばされる。この嵐、食らったら虫の息だろうな。
 ……まあ、その効果を「無視」する訳には行かないけれど!

「伏せていたモンスターは《墓守の番兵》だ! リバース効果によって、お前の《アルティメット・インセクト LV5》には手札に戻ってもらうぞ!」
「む……してやられたな。手札か……」

 番兵の最期の一撃として放った「気」が、虫の体に命中する。究極と言えども、その力には勝てなかったらしい、誠一郎の手札へと戻っていった。



《墓守の番兵》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻1000/守1900
リバース:フィールド上の相手モンスター1体を持ち主の手札に戻す。



「せっかく良いところを見せようとしたのにな……まあ、仕方がないか」
「どうした? 何もせずに終了するか?」

 僕の言葉に、誠一郎はにんまりと笑う。

「仮にもプロデュエリストを目指していた身だ、そう簡単には行かせはしないぞ?」
「その言葉を聞いて、安心したよ……」
「ふふ……私はカードを1枚セット。ターン終了だ」

 「そう簡単には行かせはしない」カードを、場に伏せる誠一郎。僕も、そう簡単には負けはしないけれどな……!



康彦:LP8000
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚

誠一郎:LP8000
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「僕のターン……ドロー!」

 これで3ターン目に突入。ようやく、僕の攻撃が可能となる番が来た。

「僕は《ジェネティック・ワーウルフ》を召喚!」
「む……高攻撃力の下級モンスターか」

 僕の場に現れた人狼が、狂ったように吠える。戦闘の準備は、ばっちりのようだな。



《ジェネティック・ワーウルフ》
通常モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻2000/守100
遺伝子操作により強化された人狼。本来の優しき心は完全に破壊され、闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。その破壊力は計り知れない。



「早く終わらせなくちゃいけないしな……一気に行くぞ! 《ジェネティック・ワーウルフ》で、ダイレクトアタック!!」

 人狼が駆け出し、誠一郎の方へと向かっていく。このまま行けば、誠一郎のライフポイントを大幅に削る事が出来る。
 もっとも――。

「悪いが、その攻撃は止めさせてもらう……! リバースカードを発動、《ライヤー・ワイヤー》!」

 ――そう簡単に行く訳が無いのだが。
 地面に設置してあった蜘蛛の巣を踏んでしまった人狼。昆虫のものなのであろう、巨大な口が這い出し、人狼を丸呑みにした。



《ライヤー・ワイヤー》
通常罠
自分の墓地に存在する昆虫族モンスター1体をゲームから除外し、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊する。



「私は墓地の《ドラゴンフライ》を除外したぞ」
「やはりコンセプトは【昆虫族】か……?」
「さあ? どうだろうかね……」
「のらりくらりと……僕はカードをセット。ターン終了だよ」

 伏せカードはこれで2枚。誠一郎も警戒はしてくるだろうな……いや、してくれないと困るのだけれども。



康彦:LP8000
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ2枚

誠一郎:LP8000
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「では私のターン、ドロー」

 誠一郎はカードを引くと、満足げに頷いた。

「準備は完了。調子は上々。さて……始めさせてもらうぞ、田中!」

 誠一郎が、デュエルディスクにカードを叩きつける。おそらくは、彼の主力なのだろう。



 それは、小さな翼を生やしていた。
 それは、鋭い牙と爪を持っていた。
 それは、内に可能性を秘めていた。
 「LV」という、究極の可能性を。
 ――《アームド・ドラゴン LV3》が、舞台に姿を現した。



《アームド・ドラゴン LV3》
効果モンスター
星3/風属性/ドラゴン族/攻1200/守900
自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、手札またはデッキから「アームド・ドラゴン LV5」1体を特殊召喚する。



「『アームド・ドラゴン』に、『アルティメット・インセクト』……なるほど、コンセプトは風属性の【LVモンスター】か……!」
「ご名答……さて、龍を進化させる前に――」

 1枚のカードを、僕に向ける。同時に、《アームド・ドラゴン LV3》が飛翔する。
 そして――《スタンピング・クラッシュ》、急降下。僕が前のターンに伏せたカードを、踏み潰した。

「――伏せカード、踏み荒らさせてもらうぞ?」



《スタンピング・クラッシュ》
通常魔法
自分フィールド上にドラゴン族モンスターが表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。



 踏まれたカードは粉々になり、その破片が僕に襲い掛かる。だが、破片が襲ったのは僕だけではない。
 《アームド・ドラゴン LV3》の体に、破片がぶつかる。すると、その体は急激に縮んでいった。

「……?! もしや……」
「そうさ。誠一郎が破壊したカードは《収縮》! どうせ意味がないとは思うけれど、折角だから発動させてもらったよ」



《収縮》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

《アームド・ドラゴン LV3》攻1200→600

康彦:LP8000→7500



「『どうせ意味がないとは思うけれど』……根拠は何かな?」
「簡単な事だろ? 成長すれば手の付けられないLVモンスターも、成長する前は赤子同然だ。その赤子を全面に出したという事は――」

 そこまで僕が言うと。誠一郎はニヤリと笑い、手札から引いたばかりのカードを取り出す。

「そう、田中の考えている通りだろうな。さて、話はここまでにしてだ。僕の『進化』――その『真価』を……見せてあげよう」

 【LVモンスター】の代名詞であるカード――《レベルアップ!》。1枚のカードによって、デュエルは「深化」……されちゃまずいな、ターン制限があるし。



《レベルアップ!》
通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。



「進化させるのは《アームド・ドラゴン LV3》……その秘めたる力を解放し、場を掻き乱す嵐となれ!」

 龍の身体が光を帯び、巨大化していく。口上にであろう、観客の中の風見が、嬉しそうな顔をしていた。過ぎ去る時間……変わらぬものと、変わるもの、か。
 進化を果たした龍が僕を見下ろす。大きく吠えるその姿は、やはり先程とは違い力に満ち溢れていた。なるほど……これが「LV5」の力というわけか。



《アームド・ドラゴン LV5》
効果モンスター
星5/風属性/ドラゴン族/攻2400/守1700
手札からモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つ、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、手札またはデッキから「アームド・ドラゴン LV7」1体を特殊召喚する。



「田中の場にはモンスターは無し。伏せてあるカードが気にはなるが……前のターンに何も発動しなかったのを見るに、それは攻撃を妨害するものではない」

 びしっ、と音が鳴りそうなくらいの勢いで、誠一郎が僕を指差す。

「前進あるのみだ。《アームド・ドラゴン LV5》で、田中にダイレクトアタック! アームド・バスター!」

 トゲに覆われた腕を振り上げ――振り下ろす。龍の一撃によって、僕のライフポイントは大幅に削られてしまった。



康彦:LP7500→5100



「フ……痛くも痒くも……ないね!」
「田中も、パロディをしたくなるのか……?」
「別に良いだろ。たまにはこういう事をやってみたくなるんだ」
「ちなみに先程のパロディ、次の話で使われているみたいだぞ」
「お前のメタの方がよっぽどタチが悪いよ!?」

 折角のシリアスムードが形無し、台無し、ぶち壊し。まあ、大体僕が悪いのだけれども。

「私のターンは終了だ。4ターンが過ぎたぞ?」
「まだ終わったわけじゃない……最後の一瞬まで気は抜くなよ」



康彦:LP5100
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚

誠一郎:LP8000
手札:2枚
モンスター:《アームド・ドラゴン LV5》攻2400
魔法・罠:――



 誠一郎の言う通り、4ターンが経過した。つまり、僕が行動できるのは残り3ターンという事になる。

「僕のターン、ドロー!」

 まずは自分のペースに持っていきたいな……。そう考えながら、僕は自分の手札を覗いた。
 幸い、4枚の「手」札は十分な程に強力な「手」をうてるものばかりだった。「手」遅れになる前に、さっさと誠一郎を「手」招くかな……!

「僕はモンスターをセット。ターン終了だ」
「……? 本当にそれで良いのか?」
「もちろんさ。さ、誠一郎のターンだよ?」

 非常に怪しんだ表情をしている誠一郎。うん、その反応は、正しいと思うよ。



康彦:LP5100
手札:3枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ1枚

誠一郎:LP8000
手札:2枚
モンスター:《アームド・ドラゴン LV5》攻2400
魔法・罠:――



「私のターン、ドロー」

 怪しむ素振りを見せながら、誠一郎はカードを引く。
 引いて――表情を変えた。

「……! この状況で、こいつが来たか……」
「ん? どいつが来た?」
「田中、もう一段強くなった龍を見せてあげよう……!」

 誠一郎が僕に見せたカード。それは、このデュエル2枚目の「そいつ」――《レベルアップ!》だった。



《レベルアップ!》
通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を墓地へ送り発動する。そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。



「《アームド・ドラゴン LV5》を進化させるぞ。さらなる嵐を呼び起こせ、《アームド・ドラゴン LV7》!」

 再び、龍の身体が光に包まれる。より鋭く、より強く、より激しく。秘めた力を、最大まで解き放つ。
 やがて光が収まり――その姿が顕わになる。幼かった「LV3」の頃とは比べものにならない程に強力になった、そんな「LV7」が僕の前に立ち塞がった。



《アームド・ドラゴン LV7》
効果モンスター
星7/風属性/ドラゴン族/攻2800/守1000
このカードは通常召喚できない。「アームド・ドラゴン LV5」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。手札からモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つ、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。



「まさか、もう一段階進化はしないよな……?」
「進化はとりあえず打ち止めだ。本当は『LV10』も見せたいところだが……今は『LV7』で十分だろう?」

 《アームド・ドラゴン LV7》が、空に手を上げる。あれか、またあれが振り下ろされるのか。

「《アームド・ドラゴン LV7》で、伏せモンスターを攻撃……アームド・パニッシャー!」

 巨大な腕が、僕の伏せモンスター目がけて振り下ろされ――。

「……?! なんだと?!」

 ――弾かれる。龍の強力な一撃も、《マシュマロン》の弾力には勝てなかったようだ。



《マシュマロン》
効果モンスター
星3/光属性/天使族/攻300/守500
フィールド上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。このカードは戦闘では破壊されない。

誠一郎:LP8000→7000



「戦闘破壊耐性を持ったモンスターか……厄介なカードだ。だがな――」

 誠一郎は手札からカードを1枚捨てる。先程バウンスされた、《アルティメット・インセクト LV5》だ。

「――効果に対する力は持っていない! 私は《アルティメット・インセクト LV5》を捨て、《アームド・ドラゴン LV7》の効果を発動する!」

 龍の身体から突き出た鋭利な刄が、回転を始める。効果によって、《マシュマロン》を破壊するつもりか……!

「悪いが、火種となりうる要素は排除させてもらう……! ジェノサイドカッター!」

 龍が吠え、剣を撒き散らす――。





「……ざーんねん」





 ――直前に、落雷が《アームド・ドラゴン LV7》を襲った。突然の襲撃に、龍は為す術もなく地面に倒れ、消滅した。

「な……まさか……」
「破壊されては一溜まりもないからな。文字通りに、《天罰》を与えさせてもらったよ?」

 手札の《魂を削る死霊》を捨てながら僕は言う。そう、仕掛けていたのは攻撃対応型ではなく、効果対応型だ……!



《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

《魂を削る死霊》
効果モンスター
星3/闇属性/アンデット族/攻300/守200
このカードは戦闘では破壊されない。このカードが魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。



「誘導されたわけか……効果の発動に……」
「『LV7』になったのは計算外だったけれどね。ま、どの道破壊出来る事には変わり無かったけれど」
「……ならば、だ」

 渋々といった具合に、誠一郎は手札に残っていた最後の1枚をデュエルディスクに置く。光る剣が、僕と誠一郎の間に降り注いだ。これは……《光の護封剣》か!



《光の護封剣》
通常魔法
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。



「あまり使いたくはなかったが……まあ、仕方があるまい」
「…………そんな守護で、僕を封じられると思っているのか?」

 僕の言葉に、ターンを終えながら誠一郎は言う。

「思っている訳が、無いだろう?」



康彦:LP5100
手札:2枚
モンスター:《マシュマロン》守500
魔法・罠:――

誠一郎:LP7000
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:《光の護封剣》



 切り札を崩した今、流れは僕と共にある――はず。

「僕のターン、ドロー!」

 ドローしたカードに、うん、と僕は頷いた。実に良いカードだ、勝つ確率が5割増しになるくらいの、ね。

「僕は《死者蘇生》を発動! 対象は、お前の《アームド・ドラゴン LV5》だ!」
「……!?」

 残念ながら、「LV7」は《死者蘇生》では呼び出す事の出来ないカード。ならば、1つ前の状態で呼び寄せて、満足するしかないだろ!
 先程まで敵対していた龍。そんな龍を、僕は味方につけたのだった。



《死者蘇生》
通常魔法
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

《アームド・ドラゴン LV5》攻2400



「さらに! 《マシュマロン》をリリースする!」
「む……アドバンス召喚か?!」
「ご名答! 出番だ、《邪帝ガイウス》!!」

 《マシュマロン》が消え、入れ替わりに闇が訪れる。その姿、まさしく「邪帝」。



《邪帝ガイウス》
効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。除外したカードが闇属性モンスターだった場合、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。



「《邪帝ガイウス》の効果により、カードを1枚除外する! 闇の弾丸よ、光の剣を飲み込め!」

 邪帝が、掌から球状の「悪意」を吹き出す。護封剣は包(つつ)まれ、包(くる)まれ、包囲され。光が、この世界から切り離された。

「『帝』か……嫌なカードを……」
「文句を言っている場合じゃないと思うよ?」

 《邪帝ガイウス》は、手に闇を集約させていく。《アームド・ドラゴン LV5》は、腕を高く上げる。
 ――それを受け止める事が出来る「壁」は、誠一郎の場には存在しなかった。

「2体のモンスターで、誠一郎にダイレクトアタック!」

 攻撃力2400の二連撃を、誠一郎は無言で受ける。僕は勝利に、また一歩近づいた。



誠一郎:LP7000→4600→2200



「僕はこのままターンを終えるよ」
「……やはり、田中の強さは変わらないな」

 場ががら空きだというのに。手札がないというのに。つまるところ、劣勢だというのに。誠一郎はどこか嬉しそうな表情を見せていた。審判のケイトが、その様子に口を尖らせる。
 7ターン目が終了する。僕に残されたターンは、残り1ターンだ。



康彦:LP5100
手札:1枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
      《アームド・ドラゴン LV5》攻2400
魔法・罠:――

誠一郎:LP2200
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「じゃあ、私のターンだな」

 誠一郎はそう言いながら、カードを引く姿勢になる。

「これで状況を打開できるカードが引けなければ、私の負け、か……」
「『素直になる』、という選択肢は頭にはないのか?」
「私はそれでも良いが……。私は田中の旧友であると同時に、『柘榴』のリーダーだ。勝てば田中に申し訳ないし、負ければケイトが一層不機嫌になる。まったく……板挟みの状態だよ」

 自分を睨み付けるケイトを見ながら、誠一郎は苦笑する。ああ、思えばこいつはそういうやつだった。



 自分の「得」より、他者の「得」を優先する。
 他者の「損」より、自分の「損」を優先する。
 他者に優しすぎるのだ――この男は。
 自分に厳しすぎるのだ――この男は。



「それでも、自分を信じて引くしかないんだろうな――このカードを」
「だな……さ、決着を付けようぜ――リーダーさん!」
「そうしようか……!」

 目を閉じて。
 息を吸い込み。
 手に力を込めて。

「ドロー!!」





 手にしたカードをゆっくりと顔の前に持ってくる。
 引いた「1枚」を見た瞬間――。

「――――――――」

 ――表情が、消えた。





「……カードを1枚セット。ターン終了だ」

 伏せられる最後の一手。なんだ……何を伏せたんだ、誠一郎は……?



康彦:LP5100
手札:1枚
モンスター:《邪帝ガイウス》攻2400
      《アームド・ドラゴン LV5》攻2400
魔法・罠:――

誠一郎:LP2200
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ1枚



「僕のターン、ドロー」

 実質的にラストターン。僕もまた、ゆっくりとカードを引く。

「……何を伏せたのかは知らないが」

 引いたカードを、誠一郎に見せつける。僕は、勝利を確信した。
 このデュエル……僕の勝ちだ!

「これで終わりだ! 《サイクロン》!!」



《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。



 風の渦が、伏せてあるカードに近付き――刺し貫く。破壊したと、そう思った。
 「思った」のだ。

「……リバースカード、オープン」

 風に巻き込まれたカードが、その姿を顕にする。僕は誤解していた。迎撃型のカードだと、そう考えてばかりいたのだ。

「本当はこんな終わり方はしたくはなかった。だが止むを得ないだろう――」

 結局のところ、僕はツメが甘かったのだ。甘過ぎたのだ。全て自分のせい。

「――来てしまったのだから」

 破壊されたカード――《和睦の使者》のベールに身を包む誠一郎。
 僕は……勝つ事が出来なかった――。



《和睦の使者》
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。










 同日 11:22
 バーガーワールド前

「そこまで! 10ターンが経過した事により、田中康彦の敗北とする!」

 どこか明るい表情のケイトが、誠一郎の方に手を向けた。観客もまばらになってきた頃、長谷部ちゃんと紬ちゃん、ツァンちゃんが僕のもとに近づいてくる。

「えっと……その……」
「良いんだ、長谷部ちゃん。負けは負け……だろう?」

 デュエルディスクを外しながら、僕は誠一郎の方を向く。その傍らには、ケイトと風見。

「約束は約束だ。すまない、田中を『柘榴』に歓迎する事は出来ない」
「ああ、分かっているよ、分かっている。やっぱり強くなっているな、誠一郎も」
「……強くなんか無いさ」

 僕がそう話すと、誠一郎は顔を曇らせた。おや、地雷を踏んだか……?

「私は弱いさ……何も変えられない、情けない男だ」
「変えられない……? テロを止めようとしているじゃないか」
「……………………」

 誠一郎は、僕に背を向けて言う。言い残して――そして去っていった。
 あたかも、「何か」を知っているかのように言い残して。



「変えたいさ、変えたかったさ。それでも――私には出来なかったんだ」





 誠一郎達も去り、バーガーワールドの前には僕と3人の少女が残った。

「これから、どうするつもりなんですか?」
「わたくしめにでも、何か手伝う事の出来る事はありませんか?」
「後味が悪いわね……ボクも何か調べようか?」

 口々に質問をぶつける3人。心配をしてくれているのだろう。落ち込んでいた気持ちも、だいぶ楽になった。

「みんなが心配してくれているのはとても嬉しいよ。だがこの話に、みんなを巻き込む訳にはいかない」
「な、なんでよ! ボクだって、デュエルの腕は――」
「ツァンちゃん。昨日、秀行の車にひかれかけた事を、忘れていないよね?」

 僕の言葉に、ツァンちゃんは黙り込んでしまった、あと一歩遅ければ、この場にいられる状況ではなかったのだ。
 ツァンちゃんの次は……紬ちゃんかな。

「紬ちゃん。病弱な君に、苦労をかける事は出来ない」
「び、病弱ではあるとは思いますが、しかしわたくしめは……」
「その気遣いだけで、僕は十分だよ」

 紬ちゃんが俯く。苦労をするべきなのは紬ちゃんではない。僕や誠一郎のような、「因縁」のある者なのである。
 最後に長谷部ちゃん……か。ふぅ、と息をつき、僕は彼女と相対する。

「誠一郎と協力をして秀行を食い止めるという案は、僕の力不足で不可能になった」
「……それで?」
「協力は無理だ。だが、『単独』で動くのなら話は別だろう」

 口を尖らせながら、僕の言葉を一語一句聞き逃すまいとしている長谷部ちゃん。不満があるようだけれども、僕は無視して続ける。

「まずは、謙羊または秀行を見つけ出す。謙羊と会えたなら秀行のところに案内させ、秀行と会えたなら手間が省ける」
「偶然が2回起こると……そう考えているんですか?」
「もちろん、大変だろうね」
「他人事みたいにあっさりと……」

 呆れ顔の長谷部ちゃん。それも仕方がないだろう。正直、この「街」で1人のターゲットを捜し当てるのは不可能に近いだろう。

「不可能ではない、不可能に近いだけだ。現在使う事の出来る唯一の手段を、ここで簡単には手放したくないし、手放せない」





 何もしない訳にはいかないのだ。何もしなければ秀行の本心は分からないし、何もしなければ最悪の事態が起こるかもしれない。
 炸裂までの【カウントダウン】は、刻一刻と迫っているのだ。



 キーワード:【カウントダウン】



現代・田中康彦
    ―――JUMP――→
           過去・加藤友紀




 14話  「委員長は激怒した」

 迫ってきている――【タイムリミット】は。
 残り時間がゆっくり、しかし確実に短くなっている事を、まだ誰も知りはしない。
 そう、誰も。もちろん、「私」も――。





 6月12日 12:24
 デュエルアカデミア 教室

「はぁ……」

 窓の外を見て、私はため息をついてみる。隣に座っていた彰子が、心配そうな顔をした。

「どうかしましたか……?」
「うん、外に出たかったなぁ、って思って」
「そう……ですね」

 今度は2人揃って、窓の外を眺める。つられてか、彰子の隣の百合まで視線を向けた。

「雨じゃな……」
「梅雨というものですよね」
「五月雨ってやつじゃなかった?」
「それも雨じゃが……もう6月じゃぞ?」
「確か五月雨って、旧暦の5月のものですよね?」
「つまり五月雨と梅雨は同じものなのか?」
「そうよ。五月雨について、みんなもしっかり知る事が出来たわね!」
「おい、斜めに『雨』と入れたかったからといって、ここまでやるか……」

 あ、気付かれたか。というか、みんなノリノリで喋ってくれたじゃない。

「天気は仕方ないわ。それより、ご飯を食べましょ!」
「そうじゃな、もう昼休みじゃし」
「私も、お腹がすいてしまいました……」

 各自、各々の昼食を取り出す。私はドローパンを。彰子は弁当箱を。百合は……水筒?

「最近、プロテインダイエットにはまってしもうてな――」
「水筒にプロテインなんか入れないでよ!? あと、それで昼を済ませるなんて、余りにも不健康よ!」
「パン1つの友紀さんが、それを言っちゃ……」

 彰子の言葉を右から左に聞き流し(それを感じ取ったのか、彰子は若干涙目になっていた)、ドローパンにかじりつく。今日は、どんなパン……かな……。

「ううっ……!?」
「ど、どうかしましたか?!」
「あー……ハズレ、引いたみたいじゃな」

 私はなんとか口の中のものを飲み込み、カバンから水筒を取り出す。中身はもちろん、普通のお茶である。百合とは違うのよ、百合とは!

「豆腐パン……ですか」
「そうよ、豆腐よ。なんでパンに豆腐を入れるのよ……!? 発案者は味覚障害?! 訳が分からないわ……!」
「おぬしはちょくちょく、ドローパンでハズレを引くからのう」
「ちなみに、私が大っ嫌いな他の具材はキャビア、フォアグラ、トリュフよ。逆に大好きなのはコロッケ、卵、カレー、焼きそば! みんなも、私に貢ぐ時は注意してね!」
「どーこ見て言っておるんじゃ。みんなって誰じゃ」

 百合のツッコミが入る。うん、確かに誰よって感じよね。
 こんな風に騒いでいると。声を聞いてか、康彦くんと瓶田くんがこちらに向かって歩いてきた。

「今日も元気みたいだな、3人とも」
「待たせたな、みんな」
「いや、誰も康彦くんを待っていないから」
「拒絶、早過ぎじゃないか?! 仮にももう一つの世界での主人公だぞ?!」

 必死な様子で、康彦くんはツッコミを入れてきた。「現代」で色々とうまくいっていなかったりするのかな。

「でも実際、過去編の方が書きやすいらしいわよ、作者的には」
「お、おい、それはどういう事だよ……!」
「なんか、フリーダムに書いても問題があるかないかがポイントになっているんだって」
「た、確かに現代の方はだんだんとシリアスになってきてはいるが……」
「今こうして14話を、13話と一緒に書いているのかもしれないわよ」
「冗談でも言って良い事と悪い事があるぞ!? 今の友紀の言葉は、メタでなおかつ悪い事に属しているからな?!」
「まあ、実際のところ冗談なんだけれど」
「冗談じゃないぞ、こらっ!」

 くわっ、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、康彦くんが私の言葉にコメントをしてくれた。どんなネタでも拾ってくれるので、私としては大変話しやすい。
 よし……もう少しいじっちゃうかしら。

「書きやすさは、実は文字数にも表れているのよ」
「ん……どういう事だ?」
「ふっふっふ……じゃーん!」

 私はスカートのポケットから、クシャクシャの紙を取り出した。メモをして約1ヶ月間入れっぱなしなのだから、こんな状態になっていたとしても仕方がない。
 逆に洗濯をしておいて、この状態をキープしている事に驚きである。以前の私は、よほど強い紙を選んだのだろう。

「ここに、現代編の11話と過去編の12話の、文字数をメモした紙がありまーす」
「作者も君も、本当にやりたい放題だな!? 今すぐ、その物騒な代物をポケットに戻――」
「えーと、書いてある通りに読むと……」
「ガン無視かよ!?」



 11話(現代編)…14037
 12話(過去編)…29175



「えっ、2倍以上?! 現代編の文字数、少な過ぎ……?!」
「どうやら、過去編の方が需要があるみたいで……そこのところ、主人公の康彦くんはどう思います?」
「異議あり! とりあえず異議あり!! なにがなんでも異議あり!!!」

 よく見ると――否、よく見なくても分かるが、康彦くんはほんの少し涙目になってしまっていた。瓶田くんが、慰めるように肩を叩く。

「なんで泣いているのかさっぱり分からないが、これからが本番だと思うぞ、うん」
「棒読みだと説得力に欠けるぞ、瓶田……!」
「アチシにも、早く出番が来ないかのう?」
「お前には出番なんてくれてやらないからな!」
「私も出番欲しいなぁ」
「黙れ、主人公!」

 康彦くんのツッコミが辺りにばらまかれる。そんな中、彰子はこう思っていたと後に話してくれた。

(みんな、個性豊かで良いなぁ。私なんて、自己主張できないし……)





「そういえば、それ……もしかして、ハズレか?」
「え、これ?」

 雑談を終え、食事を再開する私達5人。そんな中で康彦くんが、私のドローパンを指差した。

「そうなのよ……豆腐パン。運がなさ過ぎるわ、私……」
「ふぅん……」

 康彦くんは私のパンを手に取り、中身を見出した。私はそんな様子を見て――。

「これ……良かったら、あげるわよ?」

 ――何も考えず、上の台詞を言った。

「いらないのか……じゃあ、僕が貰お――っとっとっと!? やっぱり良い! 遠慮しておこう!」

 ドローパンを手にしていた康彦くんは、急にそれを私に押しつけ返してきた。心なしか、慌てている様子のような……。

「康彦くん……どうしたの?」
「い、いやぁ……ドローパン、僕も買っていたのを思い出してね! それを食べたら入り切らなくなっちゃうからさ!」
「ほーう……入り切らないから、かのう……?」
「実に康彦らしい答え方だな、まったく……」

 早口な康彦くんを見て、百合と瓶田くんが怪しく笑う。なになに、どうしたの……?

「な、なぜそんなに嬉しそうにニコニコしているんだ……? 物凄く怖いし、いやな予感がするぞ……」
「いやぁ……気付いたのだから、仕方がないだろ?」
「おそらくは、田中は加藤と間接キ――」
「だああああああぁぁぁぁっ!!?」

 百合の言葉を遮るかのように、康彦くんはその口を封じに飛び出した。き……?

「ねえ百合、何て言おうとしたの?」
「邪魔をしおって……田中はのう――」
「キラーパスだよ、キラーパス! ほら、これを見てみろって!」

 焦る様子を見せながら、康彦くんは自分のカバンからドローパンを取り出した。そして、それを2つに分け――。

「げ……ふ、フォアグラパン……」
「前に食べた時に言っていただろ、『この世の終わりの味がする』って」
「田中さんが友紀さんのパンを食べちゃったら、田中さんは友紀さんにパンをあげなくちゃいけない……だから、田中さんは断ったんですよね?」
「そう、その通り! 心中を察してくれて本当にありがとう、宇佐美さん!」
「ひっ……!?」
「おい康彦。宇佐美が恐がっているぞ」



 ワイワイと。ガヤガヤと。
 雨にも負けず。風にも負けず。
 私達のまわりは、笑顔と楽しい事が絶えなかった。
 今、この瞬間。私は確かに、「幸せ」を感じていたのだった――。





 同日 15:30
 デュエルアカデミア 教室前

 昼が過ぎ、授業が終わり。私達は次々に、教室を後にしていく。
 ある者は、寝呆け眼を擦りながら歩き。
 ある者は、今日出された宿題(もちろんデュエルに関するもの)を考えながら歩き。
 そして、私はというと――。

「あー、お腹すいた……」
「結局、一口しか食べておらんかったからのう」
「だ、大丈夫ですか……?」
「うん、平気……ありがと、彰子」

 ――空腹で鳴るお腹を押さえ、百合と彰子と共にとぼとぼと歩いていた。
 余談ではあるが、ドローパンは瓶田くんが美味しそうに処理をしてくれました。あんなものを食べて、よき平気でいられるわね……。

「私、ドローパンにもう1度挑戦してくるわ……2人とも、先に戻っていてくれる?」
「別に良いが……大丈夫なんじゃろうか?」
「大丈夫って……何が?」
「いや、またハズレを引きそうでな」
「空腹時にその言葉は効くわね……」
「む、今のは言葉を『聞く』事と『効く』をかけたのかの?」
「違うわよ! そんな言葉遊びをする体力……ぐ、ぐぐぐ……」
「は、早く何か、お腹に入れた方が良いですよ……?」

 親友のピンチだというのに、どこ吹く風な百合。そして、オロオロとして落ち着かない彰子。その間に位置していたのが、空腹に苦しむ私であった。

「とにかく、購買に行ってくるわ……このままじゃ、デッキを調整する気にもならないし……」
「気を付けてなー」
「当たりが出るように、祈っています……」

 心配の言葉をかけてくれた2人に、私は手を振って歩き出す。目指すは購買。買うのは先程から言っているけれども――。

「ドローパン……今度こそ、当たりになりますように」





 同日 15:35
 デュエルアカデミア 購買

 ――というわけで、購買に移動。フラフラとおぼつかない足取りで、残り少ないパンに向かっていく。

「あった……ドローパン……」

 うーん、どれが良いのだろうか。私はパンを前にして、悩んでしまう。頭が働かない。これじゃ、ドローに集中できないわ……。



「……どうした?」



 突然、背後から声をかけられた。

「……お腹がすいたのよ」
「まあ成長期なんだ、食べ盛りになるのも理解できるな」
「そちらも私のパンが目当て……?」
「まだ買っていないだろ……勝手に売り物を自分の物扱いをするんじゃない」

 私は思わず苦笑いをする。こんな時にでも、私の言葉に丁寧に対応してくれる。

「まったく……見ていられないよ、本当に」

 やれやれとため息をつきながら――それでもどこか嬉しそうな、康彦くんがそこにはいた。

「……ねえ、康彦くん。運は良い方?」
「運……? まあ、悪くはないとは思っているが……」
「じゃあ、選んでくれる? 私の代わりに」

 私の言葉にきょとんとする康彦くん。だがすぐに、ドローパンの山と向き合った。結構真剣な顔をしている……。

「一応言っておくが、ハズレでも恨みっこなしだぞ」
「分かっているわよ……どんな結果でも、素直に受け入れるわ」
「よし、では……」

 康彦くんは頷くと、目を閉じる。無言でパンの包みを触っていき――。

「……これか?」

 ――掴む。その手には、今の状態ではまだ何とも言えないドローパンが握られていた。

「ありがと、それじゃ買ってくる――」
「いや、良いよ。僕が買ってくるから」
「え……? でも、食べるのは私よ……?」
「ハズレだった時に、僕が食べるからさ。そうしたら、今度は友紀が買ってくれれば良い。だろう?」
「それで良いのかしら……? これでアタリが来たら、どこか康彦くんに悪いような……」
「良いって良いって。じゃあ、ちょっくら買ってくるよ!」

 そう言って、康彦くんはレジへと駆けていく。良いのかな、本当に……。
 え、デュエル1回分のポイント分くらいだから安いって? まあ確かにそうだけれど……。この世界では、デュエルをすればお金が貯まるシステムだし……。
 そんなメタとツッコミ所が全力「全開」、「前回」の康彦くん回のシリアスな空気を「全壊」させそうな空想をしている間に、その康彦が私の元に戻ってきた。

「ほら、たーんとお食べ」
「そんな言葉遣いの康彦くんは、私の知り合いにはいないわ」
「ふーん……じゃあ、これは僕が食べ――」
「ああっ?! 嘘、嘘だから! 買ってきてくれてありがとう! だから『お預け』だけは勘弁して!?」
「まったく……」

 ため息をつきながら、康彦くんはパンを私に渡した。……今のは、洒落じゃないわよ?
 包みを開け、パンを取り出す。呼吸を整え、拝み、祈り、構えて――。

「……いただきます」

 ――食べる。





 ――瞬間、世界の色が変わったのを感じた。
 赤橙黄緑青藍紫――すなわち1文字で表してしまえば、「虹」のように。





「なにこれ……おいし……」
「ん……? ん……?! ど、どうした、友紀?!」

 康彦くんが慌てた声を出す。私が、ポロポロと涙を流していたのだから。
 正直なところ、私も慌てていた。自分の目から涙が零れ落ちる程に、美味しいものに出会えたのだから。

「ご、ごめんね、康彦くん。あまりにも美味し過ぎて、訳が分からなくなっちゃって……」
「ど、どんな具が中に入っていたんだ……?」
「えっとね、これは――こ、これって!?」

 私は驚きながら、康彦くんにパンの中身を見せる。康彦くんもまた、その「具」に驚愕せざるをえなかったようだ。



 それはパンという「地」の中でも「光」の色を失わず。
 「火」で焼かれてなお、生の「光」を残し。
 同時に「水」を失いながらも、瑞々しい「光」は離れる事はなく。
 空気という「風」にさらされても職人の魂の「光」は消えず。
 積まれたパンという「闇」から解き放たれ、いま「光」を見せつける……!



 ――ヒカリヒカリうるさかったかもしれない。とにかくそれくらいに、私は興奮していたのだから。
 私の手元に置かれたそれは間違いなく――「黄金のタマゴパン」だったのだ。

「まさか、本当に当たってしまうとはな……黄金のタマゴパン……」
「ほんと……まるで夢を見ているみたい……そんな味」
「……それは良かったよ」

 私は康彦くんの笑顔を見ながら、ふと考える。一体全体、誰のお陰で黄金のタマゴパンを食べる事が出来たのか、と。
 そしてこうも考える。この美味しさと喜びを、康彦くんにも感じてほしい――否、感じるべきだ、と。

「ねえねえ康彦くん」
「ん……?」

 きょとんとした表情の康彦くんの前に、私はドローパンを差し出す。

「これ、康彦くんも食べてよ」
「……ん?」
「だって、『これ』を選んだのは康彦くんよ? 食べて良いに決まっているでしょ?」
「え、いや、その……」

 康彦くんは赤くなりながら、どもってしまっている。この表情……お昼にドローパンをあげようとした時と、そっくりな気がした。
 私はじっと、康彦くんを見つめ続ける。折れたのだろう、康彦くんは長ーくため息をついた。

「……分かったよ。一口もらおうか」
「本当に? 良かった!」
「分かったからはしゃぐなって」

 康彦くんはパンを手に取り、まじまじと見る。そして、私の食べた場所とは反対側から――ぱくり。

「……?! こ、この味は……!?」

 「驚愕」と「歓喜」が混ぜ合わさったような、そんな表情を康彦くんはする。うんうん、そのリアクションを待っていたわ!

「何という事だ……こんな素晴らしいドローパンが存在していただなんて……」
「もう焼そばパンや普通のタマゴパンじゃ、満足できないわね……」
「ああ、本当だな……」

 ゆっくりと、しかし力強く頷く康彦くん。その様子を見て、私は良い事を思いついた。

「このパン……康彦くんが選んで、そして買ってくれたわよね」
「まあそうなるが……?」
「じゃあ――」

 康彦くんの手からパンを取ると、私は半分にそれを分ける。
 分け方? これって、そんなに重要かしら?

「――はいこれ。半分こ♪」
「え、だが友紀はお腹がすいていたから買おうとして――」
「あーもうっ! 人の『厚意』が詰まった『行為』には、素直に『好意』を示さなきゃ!」
「お、おう……」

 康彦くんの手を取り、半分にした黄金のタマゴパンを置く。私は笑顔を見せて、片割れを口に入れた。

「……まあ、友紀が嬉しいならそれで良いかな」

 康彦くんも、続けてタマゴパンを食べる。幸せを満喫している、そんな表情だ。



 その姿を見ていると――どくん。ハートが震え、一際強いビートを刻んだような気がした。あれ……何、この感覚……?



 私は変化を感じ取り、咄嗟に横を向いた。そして、口に残りのタマゴパンを入れる。
 カァッと胸が熱くなってくる。私は熱くなると同時に、同じ現象が康彦くんにも起きているか気になり出した。

「あ、あのね、康彦くん……」
「ん?」

 私に声をかけられ、康彦くんが私を見る。私も、康彦くんを視界に入れる。
 ――目が、合った。

「なななななんでもないっ、何でもないから!」
「そ、そうか……」

 どうやら、康彦くんはなんともないみたいだ。じゃあ、私だけ? 何かが入っていたわけではないって事?
 それにしてもだ。なんで康彦くんの方を見ると、どうしてだか恥ずかしく――。

「……恥ずかしく?」

 ――いま、変な感情が混じっていたような気がする。「恥ずかしく」……私が? 康彦くんを見て?

「おい……友紀、さっきからどこかおかしいぞ。食べ無さ過ぎで、身体を壊したんじゃないのか?」
「ち、違うの、そんなんじゃなく――」

 言い終える前に、康彦くんが私の肩を掴む。私は体の向きを変えられ――。

「あ……」

 ――面と向き合う形に。

「顔が赤いな……熱でもあるのか?」
「あ、あのあのあの……そのそのその……」

 目をそらす事が出来ない。
 手を振り払う事が出来ない。
 走って逃げ出す事が出来ない。

「あああああ……えっと……」
「ん……?」

 心臓の音が、耳を圧迫する。
 頭がさらに、熱を帯びていく。
 僅かに残った理性の中で。
 思考する。
 夢想する。





 ――ソノ唇ヲ、奪イタイ。





「そこおおぉぉっ、止まりなさああぁぁいっ!!!」



 耳に響いた声が、私を覚醒させる。慌てて康彦くんの手を払うと、私は声の主の方を向いた。

「あなた達……今、何をしようとしていたんですか?!」

 緑の短髪。輝く眼鏡。それだけあれば、特徴としては十二分だった。

「返答によっては……ただではおきませんよ……?」

 オベリスク・ブルーの「委員長」――原麗華が、仁王立ちをしていたのだった。





「それで? 状況を詳しく教えてもらいましょうか。」
「出た……句点委員長」
「はい? 何を言っているんですか?」
「ああ、いやいや。何でもないわ」

 「句点」の部分にツッコミを入れない辺り、メタキャラではなさそうだ。……などとどうでも良い事を考えている事が顔に出ていたのだろうか。

「……そちらがそういう態度をとるのなら、私にも考えがあります。」
「それ、絶対に僕達にとって嫌な『考え』なんだろうな……」

 隣で、康彦くんがため息をついた。私もため息をつきたいけれど……麗華の神経を逆撫でるだけだろうから、今は我慢我慢。

「例えば……全校生徒の前で、2人が淫らな事をしていたと言ったり――」
「ちょ……さっきの私達の、どこが淫らだったの?!」
「だ、だって、その……。」

 麗華はモゴモゴとしながら、顔を赤らめ始める。やがて、渋々といった感じに口を開いた。

「み、見つめ合っていたじゃないですか……! 頬を赤く染めて!」
「は……はあぁ?!」
「え……?」

 ツッコミ所しか存在しない麗華の回答に。康彦くんは驚き、私は呆れた。うん、訳が分からないよ。

「よーし、さっそく反論ショーダウンといくぞ。良いな?」
「よ、良いでしょう。」

 康彦くんが、麗華をじっと見つめる。対する麗華は、康彦くんをキッと睨み付けた。

「まず、だ。見つめ合っていたら、それが罪になるのか? はしたないのか?」
「当たり前です。男女が目を合わせるなんて、双方に下心があるに決まっています。」

 ふーん、と康彦くんが言う。あ、なんか悪意の交じった顔になったわね……。

「じゃあ『この』状況も、下心があるんだよな――『双方に』、な?」
「……?! な……?!」

 瞬時に、麗華は顔を赤くして康彦くんから目をそらした。ああ、だから康彦くん、麗華の目をじっと見ていたのね。対抗して睨み付けるのを分かっていたから。
 ……分かっていた、か。それはそれでなんだか、複雑な気分ね。

「な、何を言うんですか?! 私はただ、その……は、鼻を見ていたんです!」
「うわぁ、ひどい言い訳だ……ツッコミも弱々しくなってしまったよ……」
「康彦くん、自分がツッコミ役だと認め始めたみたいね?」
「そうじゃなかったら、この世界がボケで覆われてしまうだろ……僕は主人公なんだ、ボケ過ぎで物語に苦情が来るのは困る」
「私も手伝おうか? メタ発言ならいくらでも製造してあげるわよ」
「それ自体がメタ発言だろ……というか、僕の仕事を増やそうとしているだろ、それ?!」
「世界には、2種類の人間がいるわ。ボケる人と、ツッコむ人がね」
「格好良く言ったつもりだろうけれど、何の解決にもなっていないからな、その言葉!?」

 麗華を完全に無視して、私と康彦くんの漫才――じゃなかった、雑談が始まる。あ、麗華の顔が、先程とは違う理由で真っ赤になり出したわね……。

「でも、話の中で抑揚をつけるのは大事よ。シリアスな現代編と、コミカルな過去編……2つで1つね」
「友紀が言っているその状況自体は酷い気がするが……まあ、その内容は確かに正論だな」
「どちらでも、康彦くんはまわりに異常なまでに女子が多いけれどね。『女性』ではなく、『女子』ってところがポイントよね」
「ポイントじゃないだろそこは!? あと、別にそういう物語じゃないからなこれは!」
「康彦ハーレム(笑)」
「笑うなよ!? あと、そのいかがわしい名前はなんだよ?!」

 雑談は止まらない。とうとう麗華は、胸ポケットから――。



 ピイイイイィィィィッ!!!



「……いい加減にしてください。」

 ――ホイッスルを取り出し、場を掻き乱した。

「はぁ……あなた達、自分の立場が理解できていないんですか?」
「えーっと……楽しんでいる?」
「誰がですか?! 何をですか?!」

 麗華の口から、キレの良いツッコミが展開される。うーん、これ以上刺激したら、流石に可哀想よね……。私が謝ろうとすると――。

「あっ、今の音はレイさんでしたかっ」

 ぱたぱたと、こちらに歩いてくる人物が。笑顔が武器の、ゆまであった。
 それにしても、今のゆまの言葉……。

「……レイさん」
「そ、その呼び方はやめてくださいっ! 宮田さんも、何度言ったら理解をしてくれるんですか?!」
「うー……ダメなんですか?」
「ダメだと思うわ。どこぞの、恋する乙女と名前がかぶっているもの」
「乙女……?」
「おい、友紀……その人物は、この世界にはいないだろ……」

 ……ちっ、あくまでメタ発言には乗ってくれないのね。心の中で舌打ちをする私。主人公は、間違っても人前で舌打ちなんかしないもの。
 代わりにではあるが、康彦くんが拾い上げてくれた。隣にいると、安心しちゃうわね。

「でも、名前を間違えるのは悪い事よね」
「確かに……当たり前だが、良い気分にはならないな」
「私なんか昔、友紀と書いて『とものり』って呼ばれた事があるわ。あれには苦笑しちゃったわね……」
「完全に男の名前だな、そりゃ……まあ、文字的に読めなくはないな」
「いつかどこかで、『不働遊星』とか書きそうでヒヤヒヤしているわ……」
「おいそこ!? 勝手に投稿型爆笑ページのネタを引っ張ってきちゃダメだろ!?」
「クレジットカードは拾った」
「もうツッコみきれねえっ!!」

 うがー、と頭を抱える康彦くん。さらに怒りを顕にする麗華とクスクスと笑うゆまの姿は、見事に対称的であった。

「なんか、いつ見ても楽しいですよね?」
「宮田さん……あなたね……」
「うーん、こういうのを何だって言うんだったっけ……」

 ゆまが頭をコツコツと指で叩く。何か、「回答」か「正解」を求めようとする様子であった。





 私は――康彦くんもだっただろうけれど――ゆまの性格を忘れていた。
 明るく、いつも元気――まではきちんと覚えていた。目の前にいるから、分かるのは当たり前だ。

「あ……思い出しましたっ!」

 もう1つ、大事な性格があった。失念するなんて、この時の私はどうかしていた。

「こういうのを『夫婦漫才』って言うんですよね、レイさんっ!」

 大声で、よりにもよってレイさん――麗華に向かって言うゆまは。

「あれ……? レイさ――麗華さん?」

 その場の空気を完膚無きまでにぶち壊す程、凶悪な天然っぷりだったのである。





「こ、こら宮田さん! 僕達は別にそういう関係じゃないってばよ」
「えー、そうなのですかー……」

 冷や汗をダラダラと垂らしながら、それでもツッコミをきちんとこなした康彦くんは、とても尊敬できると思う。実際、私は2つの理由で思考がパニックに陥っていた。
 1つ目はゆまの「夫婦」発言。ふ、夫婦って……わた、私達はそういう仲じゃ……。

「……………………」

 そして2つ目の理由は、私の目の前で俯き無言で立っている。眼鏡が光って、表情が完全には読み取れない。ただ1つだけ、私は理解した。
 導火線に、火がついた。
 爆ぜる前に、どうかせんと――って、こんな状況で親父ギャグを考えている場合なの、私?!

「……あなた達の考えている事はよーく理解できました。ええ、理解しましたとも。」
「れ、麗華さん――」

 私が話しかけた瞬間。麗華は俯いていた顔を私に向け、眼鏡の向こう側から私を睨み付けた。す、凄い形相……。

「こうなったら……委員長として命令を下します! 加藤友紀と田中康彦!!」

 麗華の胸ポケットから、赤いカードが出される。あのカードは――単なる「レッドカード」かな……?

「今すぐに、不純なその関係を解消しなさい!!!」
「断る! というか、不純でも何でもないから、僕達は無罪だ!」
「私がルールなんです! 私が『不要』と判断したものは、即座に切り落とします!」
「それは傲慢以外の何物でもないぞ! 『不要』かどうかは自分達で決める!」

 麗華も、康彦くんも。一歩も譲らない。私とゆまは、2人の睨み合いを傍らで見ているしかなかった。

「退きませんか……なら、デュエルで決めようじゃないですか。」
「デュエル……?」
「万が一にもないと確信できますが、私が負けたら今回の騒動に対して私は謝罪をし、無かった事にします。」

 ですが、と麗華は続ける。

「私が勝った場合……田中さんと加藤さんには、卒業するまで近づく事を禁止してもらいます!」
「なっ……?! め、滅茶苦茶よ、それ!?」
「良いだろう……受けてたとうじゃないか」
「ええええ?!」

 売り言葉に買い言葉の状態だ。康彦くんが暴走している。

「正門前に行こう。売店でばか騒ぎし過ぎるのもあれだしな」
「分かりました。移動ですね。」

 そう言って歩き出す2人。私は堪え切れずに、とうとう――。



「待った!!」



 ――爆発する。大声に驚いたのか、ゆまがなぜか転んだが助ける余裕は無かった。

「勝手に決めて、勝手に行こうとして……良い、康彦くん?! これは女同士の戦いなの!」
「お、女……?」
「人のこ――い、行く道を邪魔するんだから――」

 私は親指を自分に向ける。
 これは私の戦い。
 だから。

「――デュエルをするのは私よ」

 ……それにしても。
 一瞬、「恋路」って言葉が脳内に出たけれど……な、なんでかしら?





 同日 15:50
 デュエルアカデミア 正門前

 雨上がりの正門前には、なぜか観客が大勢いた。騒ぎを見ていた人が、呼び寄せたのだろう。

「が、頑張ってください……!」
「ここで負けたら、タイムパラドックスが起こるから覚悟せえよー」
「ふむ、興味深いな……」

 彰子と百合、瓶田くんの姿ももちろんそこに。というか百合、タイムパラドックスって何さ。

「……実は、加藤さんとデュエルをするのは楽しみにしていたんです。」
「楽しみに?」
「はい。宮田さんを倒したあの日から、ずっと。」

 ゆまを倒した日――始業式から、か。それはなかなか嬉しいわね。
 私は始業式の出来事を、記憶の中から呼び起こしてみる――。





 4月9日 10:20
 デュエルアカデミア デュエル場

 それはそれは、一方的な戦いだったと言っても良い。

「《メタルデビル・トークン》を生け贄に捧げ!」

 4戦目の周子が桜に勝利し、勝敗が確定した後の、5戦目。

「『氷』の帝よ! 私の『心』を代弁し、凍てつく冠をその頂(かしら)に! おいでませ、《氷帝メビウス》!!」

 法子は、容赦をしなかった。



《氷帝メビウス》
効果モンスター
星6/水属性/水族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。



「伏せカードと《波動キャノン》には壊れてもらうわ! フリーズ・バースト!!」

 麗華の場のカード2枚が凍り付き、パキパキと音を立てながら砕けた。壊れたのは――《光の護封壁》か。

「くっ……壁が……。」
「どうやら……ここまでみたいね、委員長さん?」

 笑顔を見せる法子。
 その背後には――。



《地帝グランマーグ》
効果モンスター
星6/地属性/岩石族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上にセットされたカード1枚を破壊する。

《雷帝ザボルグ》
効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上のモンスター1体を破壊する。



 ――2体の帝。そう、場には3体の帝が立ち塞がっていた。

「【チェーンバーン】かぁ……確かに強力な攻めだったわ。正直、ヒヤヒヤものだったし」
「ヒヤヒヤですか……この状況で、よくそんな事が言えますね。」
「ふふ、始めに言ったはずよ――」

 すうっ、と。法子の右腕が上がる。それを待っていたかのように、3体の帝が力を貯める。

「――容赦はしない、全力で倒させてもらう……ってね?」

 放たれる帝の攻撃。
 麗華の手には弾丸もなく。壁もなく。
 ただただ、その掌にあるのは「敗北」のみ――。



麗華:LP5600→0





 6月12日 15:50
 デュエルアカデミア 正門前

 【チェーンバーン】。
 法子とのデュエルではほとんど実力を見る事が出来なかった、麗華のデッキのコンセプトだ。帝に場を荒らされ麗華は涙目の状態だったので、無理もないのだけれども。

「……私も」
「はい?」

 だからこそ。私はにっこりと笑った。
 何が出てくるか分からない……だからこそ、楽しいデュエルになるはず!

「私も、麗華と戦いたかったわ!」
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、私も嬉しいです。」
「まあ、デュエルは私が勝っちゃうんだけれどね?」
「……では、始めましょうか。」
「え、ちょ、無視?!」

 麗華、どうやら「虫」の居所が悪いらしい。まあ、「蒸し」返す程の事じゃあないし――。



「「デュエル!!」」

 ――さっさと始めましょうか。
 そして――さっさと終わらせましょうか。



麗華:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「まずは私から。ドロー!」

 麗華が姿勢良くカードを引く。実に綺麗なドローだ、麗華らしい。

「……………………」

 引いたカードを手札に加え無言の数秒。麗華が出した選択は――。



「……カードを、5枚セットします。」



「へ……?」

 言われただけでは信じられなかった。5枚セット……?
 見た光景は本当に信じられなかった。5枚セット……?!

「さらに、モンスターを伏せます。手札は0枚……私のターンは終了ですね。」

 モンスターがセットされ、麗華がターンエンドをする。場には計6枚の、伏せられたカードが。観客もこれには驚きを隠せない。
 この行動……あれよね。リバース効果で捨ててしまうから、伏せられるものは全て伏せておこう、というやつよね。
 ……十中八九、あれは《メタモルポット》だ。



麗華:LP8000
手札:0枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:伏せ5枚

友紀:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「私のターン……ドロー!」

 伏せモンスターが《メタモルポット》だとしたら、セットできるカードはセットした方が良いわね……。
 私は6枚の手札を見回し――。



「……そこまで深く考える必要はありませんよ、加藤さん。」



 ――麗華が言葉を挟む。手札から麗華に目を向けると、麗華はニコリと微笑んでいた。
 不気味なまでに。
 不自然なまでに。

「……考えなきゃ、デュエルにならないじゃない」
「それについては否定はしません。ですが、今私の考えている事が理解できないようでは、加藤さんの成績は『基底』ですね。」

 私の、麗華の中での評価は「地帝」――じゃなかった、「地底」にまっ逆さま、って訳ね。

「スタンバイフェイズにて……発動させてもらいます。」





 ――そして、伏せカードが表になる。
 5枚の伏せカードが、一斉に。




「え……?! 全部発動?!」
「加藤さん、私のデッキは【チェーンバーン】ですよ? 発動するのなら一気に行きますし――」

 麗華が目を細める。う……視線が痛い。

「――加藤さん、《王宮のお触れ》がデッキに入っていますしね。」
「け、研究されているわね、私……」
「……それにどうやら、《王宮のお触れ》はまだ手札には加わっていない様子です。」

 ……なぜバレたし。委員長キャラって、論理的な思考で動くのがセオリーってものじゃないの?

「話はこれまでにして、伏せカードをご紹介しましょう。まず1枚目――《仕込みマシンガン》。」

 カードが光り、地面から銃が展開される。お得意の、バーンカードって訳ね……!



《仕込みマシンガン》
通常罠
相手フィールド上のカードと相手の手札を合計した数×200ポイントダメージを相手ライフに与える。



「続いて、チェーンして2枚目――《ご隠居の猛毒薬》。」

 絵柄にある老人が作ったのだろう、2つの瓶が宙に現れた。1つは「生」を表すかのような緑色。1つは「死」を表すかのような紫色。



《ご隠居の猛毒薬》
速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分は1200ライフポイント回復する。
●相手ライフに800ポイントダメージ与える。



「まだ行きますよ……3枚目――《強欲な瓶》。」

 高価な宝石を詰め込んだ瓶が出る。バーン系のデッキはその性質上、手札が減りやすい。ドローカードが入っていても、不思議ではない。



《強欲な瓶》
通常罠
自分のデッキからカードを1枚ドローする。



「ドローカードが続きますが、4枚目――《積み上げる幸福》。」

 条件をきちんと満たし、さらなるドローカードを使う麗華。手札が増えるわね……怖いわ。



《積み上げる幸福》
通常罠
チェーン4以降に発動する事ができる。自分のデッキからカードを2枚ドローする。同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、このカードは発動できない。



「そして……です。」

 最後の1枚が、光を放つ。カードから5本の鎖が伸び、私の傍を通過した。
 開始2ターン目で、「切り札」をお目にかかれるなんてね……! 冷や汗をかきながら、私は思ってしまった。

「5枚目――《連鎖爆撃(チェーン・ストライク)》、点火です!」



《連鎖爆撃》
速攻魔法
このカードの発動時に積まれているチェーン数×400ポイントダメージを相手ライフに与える。同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、このカードは発動できない。



「処理は逆からですので、まずは《連鎖爆撃》の効果! チェーン5での発動でしたので――2000ポイントのダメージを受けてもらいます!」

 鎖が急激に熱を帯び――爆ぜる。逃げ場のない連撃が、私を襲った。



友紀:LP8000→6000



「フ……痛くも痒くも……ないわね!」
「続いては一緒に処理しても良いでしょう……3枚目の《強欲な瓶》、4枚目の《積み上げる幸福》の効果により、私はカードを3枚引きます。」
「え、無視?!」

 私のメタ発言を名前通りに「華麗」にスルーし、麗華が手札を補充する。ダメージを与えながらも、次の一手に向けての準備を怠らない――いやな手口だ、まったく。



麗華:手札0枚→3枚



「チェーン2の《ご隠居の猛毒薬》の効果を解決します。迷うまでもなく――ダメージを加藤さんへ!」

 紫色の瓶が、私に向かって突っ込んでくる。私の手前で止まったかと思うと、それは先程の鎖と同じように爆発した。ちょ……毒薬じゃなくって、「爆薬」じゃない!?



友紀:LP6000→5200



「最後に《仕込みマシンガン》の効果です……手札は6枚! よって、1200ポイントのダメージを与えます!」

 銃が、一斉にこちらを向く。そして私を、弾丸の壁が襲った。
 これで終わりよね……私は、自分のライフポイントを確認する。



友紀:LP5200→4000



 唖然とする。既に、ライフが半分になっているじゃない。私、まだドローしただけなのにな……。

「私の爆撃は以上です。お待たせしました、加藤さん。」
「本当に待ったわよ、本当にね……」

 私は手札を今一度確認する。よし……反撃開始よ!

「私は《切り込み隊長》を召喚! 召喚時の効果で、《コマンド・ナイト》を攻撃表示で特殊召喚するわ!」

 まずはお得意の陣形を作る。短期決戦を狙われているのなら、私も負けじと食い付くまでよ!



《切り込み隊長》
効果モンスター
星3/地属性/戦士族/攻1200/守400
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。

《コマンド・ナイト》
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

《切り込み隊長》攻1200→1600
《コマンド・ナイト》攻1200→1600



「宮田さんとのデュエルと同じ形ですか。素早い展開には驚きますが……。」
「何を言っているのよ。まだ終わりじゃないわ!」

 私はそう言いながら、カードを発動する。戦士族を鼓舞する力――《連合軍》。



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。

《切り込み隊長》攻1600→2000
《コマンド・ナイト》攻1600→2000



「さて、と……後は攻撃だけれど……」

 私は呟きながら考える。
 伏せられていたカードが一気に使用されたのだ、《メタモルポット》の可能性は少ないだろう。《強欲な瓶》と《積み上げる幸福》を使用した意味も無くなってしまうし……。
 一人で頷き、バトルフェイズに――。





「……そういう事ね」





 ――入る直前。私はもう一度、麗華の伏せモンスターを見つめる。麗華の「作戦」が、読めた。

「……? 加藤さん、攻撃をしないんですか?」
「いや、するにはするけれど――」

 私は口を開きながら、手札に手を伸ばす。「作戦」、悪いけれど崩させてもらうわ……!

「――手札の2枚のカードをセット! そして、バトルフェイズに入る!」
「なっ……!?」

 読み通りだ。麗華は驚いた様子を隠す事が出来ないみたいね。



 麗華が私のデュエルを見ていたように。
 私も麗華のデュエルを見ていた。
 だから頭に思い浮かんだのだ。1つの可能性が。
 あの伏せカードの正体は、間違いなく――。



「《切り込み隊長》で伏せカードを――いや、裏守備表示の《デス・コアラ》を攻撃!」

 隊長が「先陣」を切って「前進」、「戦塵」を巻き上げながら「全身」に力を加え――斬。
 カードが裏返り、敵にとってはやんちゃ過ぎるコアラが、消滅した。



《デス・コアラ》
効果モンスター
星3/闇属性/獣族/攻1100/守1800
リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。



「……麗華は伏せカードを一気に展開する事で、まずは《メタモルポット》を匂わせたのよね」

 右手の人差し指を上げながら、私は麗華に向けて話す。いや、無意識にだけれど観客に向けても話しているかもしれない。

「そして、一斉に発動。ダメージを与えるだけ与え、残ったのは伏せられたモンスター1体のみ。場から、《メタモルポット》の匂いは消滅するわ」
「……………………」
「でも、麗華の狙いはその『匂いの消滅』にあった。手札を伏せさせる事なく、確実に《デス・コアラ》のダメージを増やす……ま、残念ながら私は引っ掛かる前に、その考え方に気付いてしまったけれども」
「……一筋縄では行きませんか、やはり。」

 伏せられない「1枚」は仕方がなかったが、無駄に800ポイントダメージを受けずに済んだ。この差は後々に響きそうね……。



友紀:LP4000→3600



「さて……まだ《コマンド・ナイト》は攻撃宣言をしていないわ! 麗華に、ダイレクトアタック!」
「くっ……!」

 騎士が、見事な剣技で麗華を斬り付ける。食らったダメージ分、すぐに利子を付けて返してあげるんだから!



麗華:LP8000→6000



「手札は今は使えないカード、伏せたカードも今は発動できないものばかり……私のターンは終了よ」
「了解しました。」

 麗華がコクリと頷く。さて、次の一手は何が来るかしら……?



麗華:LP6000
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――

友紀:LP3600
手札:1枚
モンスター:《切り込み隊長》攻2000
      《コマンド・ナイト》攻2000
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚



「では行きます……ドロー。」

 麗華は落ち着いた様子で、カードを引いた。現在の麗華の手札は4枚。さて、何が出るかしら……?

「まずは……《デス・メテオ》を発動! 加藤さん、ダメージをどうぞ!」

 げ……いきなりバーン?! 降り掛かる火の粉に身を焦がしつつ、私は心の中で舌打ちをした。



《デス・メテオ》
通常魔法
相手ライフに1000ポイントダメージ与える。相手ライフが3000ポイント以下の場合このカードは発動できない。

友紀:LP3600→2600



「3000を切っちゃったか……これはマズいわね……」
「では――さらにマズい状況に、加藤さんを追い込みましょう!」

 そう言って麗華が発動させたのは、巨大な「砲台」に、溜め「放題」な魔力の弾丸。そう、《波動キャノン》だった。



《波動キャノン》
永続魔法
フィールド上のこのカードを自分のメインフェイズに墓地へ送る。このカードが発動後に経過した自分のスタンバイフェイズの数×1000ポイントダメージを相手ライフに与える。



「長引けば長引くほど――加藤さんは不利になりますよ?」
「もちろん、私はさっさと終わらせるつもりよ!」
「ふふ……カードを2枚セット。ターンを終えます。」

 モンスターを出しはしなかったが、またしても手札を使い切った――否、伏せ切った麗華。
 伏せられたカードが何かによって……このデュエル、勝敗が決まりそうね……!



麗華:LP6000
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:《波動キャノン》
     伏せ2枚

友紀:LP2600
手札:1枚
モンスター:《切り込み隊長》攻2000
      《コマンド・ナイト》攻2000
魔法・罠:《連合軍》
     伏せ2枚



 うーん……まともにモンスターを出してくれないなぁ。伏せカードの1枚――《月の書》を眺めながら、私は溜め息をつく。



《月の書》
速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。



 とにかく、今は引くしかないだろう。進め、私。引く指に力を込め――。

「私のターン! ドローっ!!」

 ――道を、その手につかんだ「剣」で切り開く。

「私は《切り込み隊長》を生け贄に捧げ! 《サイレント・ソードマン LV5》を召喚!」

 デュエルを「終焉」――サイレントに導くために、剣士が立ち上がった。



《サイレント・ソードマン LV5》
効果モンスター
星5/光属性/戦士族/攻2300/守1000
このカードは相手の魔法の効果を受けない。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送る事で「サイレント・ソードマン LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

《サイレント・ソードマン LV5》攻2300→3100



「上級剣士ですか……でも、まだ攻撃力が足りませんね。」
「足りていないのは、麗華の手札じゃなくって?」

 私がからかい気味に言うと、途端に麗華は口を尖らせる。あ、怒っているわね……。

「訂正、訂正! そうね……足りないものは――」

 私はそう言い、麗華を見回す。うーん、視力、ユーモア、女子力……。
 そして最後に、私は辿り着いてしまった。





「――胸?」





 何というか、その……「禁句」、に。
 麗華の視線が、観客が、場の空気が。一斉に冷めた。同時に私も目が「覚めた」。やってしまった、と思った。

「……………………加藤さん」
「は、ひゃいっ!?」
「言って良い事と悪い事がある事を――」
「友紀! 委員長は無視してデュエルを続けろ!」

 突然外野から、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。この声……康彦くん?!

「田中さん、私の邪魔をしないで――」
「委員長の狙いは、『時間制限』だぞ!」
「は……はいいいぃぃぃっ?!」

 衝撃が大きかったのか、麗華がすっとんきょうな声を上げる。「同様」に、観客も康彦くんの言葉に「動揺」し始める。

「委員長……時間切れを狙っていたのかよ……」
「え? どういう事なのさ?」
「委員長、加藤を尋問しようとしていただろ。そうしている内に、時間が経つのを待っていたんだよ」
「つまり……どういう事だってばよ」
「だーかーら、時間切れで委員長の勝ち、加藤の負けを誘おうと考えていたんだよ!」
「な、なんだってー!」

 観客が騒つく。麗華が固まる。私はというと……呆気にとられていた。話が一人歩きしている……怖いわね、人の心って。

「康彦くんの言う通り、先に進ませてもらうわ!」
「いや、あの、ちょっと――」
「私は手札から、2枚目の《連合軍》を発動!」

 狼狽える麗華を無視し、私はカードをデュエルディスクに叩きつける。私を守る戦士達が、さらなる力を身につける――。



《連合軍》
永続魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。



 ――だけという訳には、いかないようだ。
 正気を取り戻した麗華が、伏せカードを開く。私を、睨み付けながら。

「くっ……リバースカードをオープン! 《自業自得》!」
「げ……バーンカードを……!」


《自業自得》
通常罠
相手フィールド上に存在するモンスター1体につき、相手ライフに500ポイントダメージを与える。



 私の場には、2体のモンスターが存在する。つまり、1000ポイントダメージを受ける事となる。
 そう――このままでは。

「チェーンを組んじゃうけれど……何もしないよりはマシよ、きっと! リバースカード、オープン!」

 私が伏せカードを表にすると、麗華の――否、観客を含めた、この場の全ての人が、「驚愕」という表情を見せた。
 私が発動したのは――《王宮のお触れ》。私のデッキの、キーカードである。



《王宮のお触れ》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。



「さ、先程、《王宮のお触れ》は手札に存在しないと言っていたじゃないですか?!」
「え? ああ、あれは嘘よ」
「だ、騙したんですね……!」
「読者も騙してしまったのは、申し訳ない事をしたと思って――聞いていないわね、もう」

 プルプルと、麗華が怒りのあまりに震えている。なんだか私、悪い事をしてしまったみたいじゃない。
 それにしても、まさか麗華が私の事を理解していなかったとはね。「トリックスター」――そんな呼び名が男子の間で有名だって、康彦くんが言っていたし。……結構恥ずかしかったけれども。

「うう……リバースカードをオープン! 《チェーン・ブラスト》!」

 麗華が悪あがきとばかりに、最後の伏せカードを発動する麗華。チェーンブロックの関係上、《王宮のお触れ》で無効化は出来ない。まあ……仕方がないかな。私には、《自業自得》を止めるしか選択肢が無かったんだから。



《チェーン・ブラスト》
通常罠
相手ライフに500ポイントダメージを与える。このカードがチェーン2またはチェーン3で発動した場合、このカードをデッキに加えてシャッフルする。このカードがチェーン4以降に発動した場合、このカードを手札に戻す。



 私も麗華も、もう発動できるカードは無い。効果の処理が、鎖に引かれて――始まる。

「まずは《チェーン・ブラスト》の効果……加藤さんに500ポイントダメージを与え、このカードは私の手札に戻ります。」

 《連鎖爆撃》程ではないが、強烈な爆風が私を襲う。《チェーン・ブラスト》は麗華の手元に戻るが――まあ、もう無効化されて意味が無いだろう。



友紀:LP2600→2100

麗華:手札0→1枚



「次は《王宮のお触れ》……罠カードの効果を無効にするわ」
「これにより、《自業自得》は無効……ですね。」

 麗華は悔しそうに《自業自得》を、そして《王宮のお触れ》を見る。《自業自得》はやがて、効果を発揮する事なく消滅した。

「……で、ラスト。《連合軍》の効果で、私の場の戦士族モンスターがパワーを得るわ!」

 最後の処理で、私の騎士達はさらなる力を手にした。攻撃力は――。



《サイレント・ソードマン LV5》攻3100→3500
《コマンド・ナイト》攻2000→2400



 ――こんな感じに。

「麗華のライフポイントは6000……。2体で攻撃しても、100残るわね……」
「首の皮1枚、繋がった気分ですよ……。」
「私としては、敗北フラグで怖いんだけれどね……2体で、ダイレクトアタック!」

 麗華の呟きを聞きながら、私は騎士2人に命令を下す。麗華の体に、2本の剣が下ろされた。



麗華:LP6000→3600→100



「出来る事はやったわ……ターンエンドよ」

 今打てる全ての手を打ち尽くした。私は、自分の番を終える。
 後は、麗華の「引き」次第だ。



麗華:LP100
手札:1枚(チェーン・ブラスト)
モンスター:――
魔法・罠:《波動キャノン》

友紀:LP2100
手札:0枚
モンスター:《サイレント・ソードマン LV5》攻3500
      《コマンド・ナイト》攻2400
魔法・罠:《連合軍》
     《連合軍》
     《王宮のお触れ》
     伏せ1枚(月の書)



「……私のターンです。」

 麗華が深呼吸をする。祈り終えたのだろう。

「ドローっ!!」

 力強く、勝利を引き寄せるために抗う。抗って、強がって――。





「…………ありません。」





 ――私に引いたカードを見せた。



《火炎地獄》
相手ライフに1000ポイントダメージを与え、自分は500ポイントダメージを受ける。



 《波動キャノン》のダメージを加えても。《チェーン・ブラスト》が使えないので、合計で2000ポイントダメージが私に来る計算だ。
 そう。《火炎地獄》による引き分けには、たった「100」ライフポイント、麗華は足りなかったのだった……。










 同日 15:59
 デュエルアカデミア 正門前

「やったわ、私!」

 嬉しくてつい、デュエルが終了してすぐに叫んでしまった私。観客は拍手をし、私を迎えてくれた。

「……見事でした。思ったように、デュエルを運べませんでしたよ。」
「それは、誉め言葉と捉えておくわね?」

 デュエルが終われば、そこには友情が生まれる。握手をかわしながら、私はそんな風に――」
「はい加藤さん、ストップ! 何を、そんな青春の1ページみたいにしようとしているんですか?!」
「あれ、違うの?」
「握手なんてしていませんから! 勝手に私の行動を改竄しないでください!」

 キレ気味の麗華が、ぎゃーぎゃーとまくしたてる。やっぱりこちらの方が、麗華らしさがあるわね。

「今回は見逃しましょう。田中さんと加藤さんは何もしていませんでした。」

 しかし、と、私に人差し指を向けて麗華は続ける。

「次はありませんからね! 良いですか?!」
「はーい」
「善処しよう」
「ふ、2人ともぉ……!」
「れ、レイさん落ち着いて――」
「だから、その呼び方はやめなさい、宮田さん!」

 ズルズルと、麗華を引きずって場を去るのはゆま。麗華は引きずられながら何かを言っているけれども……まあ、無視して良いかな、って。

「まったく……ヒヤヒヤしたぞ?」

 嵐が過ぎ去り、観客もまばらになってくる。ゆっくりと、康彦くんが近づいてきた。

「でも、勝つって思っていたでしょ?」
「さあ……どうだろうか」
「ひどいわね……素直になってよ。私が勝つって、分かっていたくせに」
「その慢心っぷりは、ある意味才能だろうな」
「もう! 康彦くんの意地悪!」

 顔を見合わせ、そして笑い合う。うん、康彦くんの笑顔を見られて――見続ける事が出来て、本当に良かった。





 今の私達を【邪魔】する人はいない。邪魔なんか、絶対にさせない。
 心の中で、何故かは分からないのだけれども。私はそんな風に、無意識のうちに考えるのだった……。



 キーワード:【邪魔】



過去・加藤友紀
    ―――JUMP――→
           現代・田中康彦




 15話  「偽善」


 1日が「経」つ。
 2日が「過」ぎる。
 3日が「経過」する。

 それでも――諦めずに探し続ける。テロリストとなりかねない、かつての学友の姿を。
 街を、未来を。崩そうとする者達を、どうにかして【邪魔】するために――。





 10月6日 17:34
 中心街

 4日目は、今までとは違って大粒の雨が街に降り注いでいた。藍色の傘を差しながら、僕は舌打ちをする。

(傘で視界が良くない……今日はやめた方が良いかな)

 街にあるのは人の波。雨の粒程では無いにしても、この数からたった2人の姿を見つける事は容易ではなかった。
 街角に立ち、僕はため息をつく。幸せが口から放たれ、街へと消えていった。
 街を見ながら、僕は思い返す。あの「敗北」の後の、長谷部ちゃん達とのやりとりを――。





 10月2日 11:25
 バーガーワールド前

「……納得はしていませんが、分かりました」

 口を尖らせて、長谷部ちゃんが言葉を放つ。それは僕だけではない、この場にいる全員にとって意外だったようだ。
 長谷部ちゃんは、僕がテロリスト――高橋や佐藤に1人で接触をする事を了承してくれた。

「ちょ……何を言っているのよ?! アンタ、自分が何を考えているのか、理解しているの?!」
「も、もし何かがあったら、わたくしめは……!」
「落ち着いて、2人とも。私はまだ――」

 ぴっ、と人差し指を立て、長谷部ちゃんは2人を止める。ツァンちゃんも紬ちゃんも、続きを聞くためだろうか、すぐに静かになった。

「――この承諾に『条件』を付加させていないです」
「……なるほど、な」

 今日はとことん、「条件」というものに振り回される日のようだ。ため息をつき、僕は長谷部ちゃんの言葉に相づちを打った。
 いや、振り回されていたのは今だけではないような気がするぞ……。2年生の時、「委員長」と友紀がデュエルをした事を僕は思い出した。あれはかなりヒヤヒヤしたっけなぁ……。

「それで? その『条件』は何だい?」
「1つ目に、私達に数日間は会わない事」

 う、やっぱりそれが来てしまったか……。即答された1つ目の「条件」に、僕はため息をついた。

「オーケー。その『条件』を呑もう」
「え……?! ちょ、なんで会っちゃダメ――」
「2つ目に、私、縁さん、ツァンさん、そしてレインさん――最低2人には、毎日電話にて連絡をください」
「……それも呑もう」
「ああっ、もうっ! 訳が分からないわよ!」

 ツァンちゃんは今だに、僕と長谷部ちゃんのやりとりを理解を出来ないようだ。僕はツァンちゃんの方を向き、説明を始める。

「よし、長谷部ちゃんが『最低1人は同行する』を条件に加えて、僕が了承したと仮定しよう」
「それで良いじゃない、何か問題でもあるの……?」
「そして、そうだな……長谷部ちゃんと僕が、高橋や佐藤に捕らえられてしまったとも仮定しよう」
「仮定するの、そんなケースを?」
「物事は、常に『最高』と『最悪』の中間で成り立っているんだ。こういう事も考えるべきなんだよ」
「ふーん……」

 納得がいっていないのか、ツァンちゃんは口を尖らせている。常に成功すると考えているのだろう――いや、その考え方が悪いとは僕は言わない。



 怖いのは、信頼をしていた「何か」が崩れた時。
 怖いのは、大切にしていた「何か」が壊れた時。
 失って、初めて気付くんだよ。自分は「最高」の事象に依存をしていた、甘ちゃんだったってね。



「……ツァンちゃん。僕と長谷部ちゃんが捕らえられた場合の、『最悪』の可能性はなんだと思う?」
「またそれなのね……うーん、亡き者にされる、とか?」

 ツァンちゃんの回答に、僕は首を振った。

「確かに自分自身の命は大事だ。特に、巻き込んでしまった長谷部ちゃんをそんな目に合わせる訳にはいかない」
「じゃあ、一体何なのよ……? 勿体ぶらずに教えなさいよ」

 「回答」してすぐに「解答」を求めるとは……まあ良いか。

「正解は、『この街のデュエルアカデミアがテロで狙われ、多くの負傷者を出す』――僕はそうだと思う」
「え……アカデミア……?」

 そう、アカデミアだ。僕は再び、長谷部ちゃんの目をじっと見る。

「長谷部ちゃんは日々、制服を着てパトロールをしていたね」
「はい、風紀を乱す人達を追い払うのに役に立ちますから」
「じゃあ僕に着いていくとしたら、制服は着用する?」
「答えを聞きたいですか?」

 質問に質問で返す長谷部ちゃん。だろうね、その回答を期待していたよ。

「長谷部ちゃんが制服を着て、そして捕まった時点で、アカデミアの危険度はグッと増すだろう。かつて在席していた高橋がリーダーなんだ、邪魔をするアカデミアを早めに潰したいと思うだろうね」
「だ、だったら制服を着用しなければ良いじゃない……?!」
「そういう訳にもいかないでしょうね。私の顔を知っている人がいたら、確実にバレてしまいます」
「長谷部さんがパトロールをしている事は、実際のところこの街では有名ですからね」

 長谷部ちゃんの反論に、紬ちゃんが付け足すように言う。これ以上何も言えないのだろう、ツァンちゃんは黙り込んでしまった。

「納得……出来ないけれどするしかないんでしょ、アンタみたいに」
「と、言っていますが」
「分かってくれて嬉しいよ、ツァンちゃん」
「そうですね……では、あと『条件』は1つです。それを承諾してもらえたら、私はもう何も言いません」

 長谷部ちゃんは一瞬躊躇い、そして――。



「絶対に……絶対に。無茶はしないでください」



 ――3つ目の要求を僕に伝えた。





 10月6日 17:35
 中心街

 回想、終了。僕は、雨雲から大通りに視線を戻す。さすがにこの1分間に、目の前を通り過ぎたという事はないだろう。

(収穫はないだろう。とりあえず、今日は帰るかな……)

 僕はゴソゴソとポケットをあさり、携帯電話を取り出す。今日の午後の連絡先担当は、確かレインちゃん――。





 ――目の前を、一陣の風が吹く。





「ん……?」

 風だけではない。今、確かに赤い「何か」が通り過ぎていった。
 僕は、通り過ぎた「何か」――否、「誰か」の後ろ姿を視界に捉える。赤い洋服のそれはこの街に来て、ほぼ毎日見ている服装――デュエルアカデミアの赤い制服だった。

「……え?」

 いや、制服の話など今はどうでも良かった。僕が注目したのは、その制服の上部に位置する、髪の毛だった。

(おい……どういう事だよ……まるで意味が分からないぞ!?)

 そう考えながらも、足はその人物――さらに言えば、「少女」を追いかけるべく動きだした。邪魔になるので、傘をたたみ。
 動揺していたので、連絡を入れずに携帯電話をポケットにしまい込み。



 その髪の色には見覚えがあった。
 鮮やかで高貴な雰囲気を纏うその色は、まさに青玉(サファイア)そのものであった。

 その髪の形には見覚えがあった。
 本人が言うには、確か「王族のする髪型」との事だった。友紀などにからかわれていた事を思い出す。間違いなくあの形だった。

 その髪のリボンには見覚えがあった。
 海外から取り寄せたという、純白のリボン。記憶の片隅に残っているものと一致した。



 3つの事象が指し示すの「結論」は1つ。
 あれは間違いない――海野幸子だ。





 追いかけられている事に気付いたのだろう、海野らしき人物(と表記しておく)は走るスピードを上げた。僕も負けじと、人込みの中を潜り抜けていく。大丈夫、まだ見失ってはいない。
 走りながら何も考えていなかった訳ではない。僕は様々な事を思考していた。

(まず、だ。あいつも、この街にいたのか……)

 この街で多くの元同級生と出会った。海野もまた、ここで生活をしているのだろうか。

(3種類、かな……)

 次に考えたのは、海野が置かれている立場の「可能性」だった。
 1つ。海野は何の関係もない、ごくごく普通の一般人である――元同級生としては、そう信じたいところである。
 1つ。海野は吉光と一緒にこの街に来た、「柘榴(ガーネット)」の一員である――かつての性格からは考えにくい部分が存在するが……まあ、年月は人を変えてしまうしね。
 1つ。海野は高橋と行動を共にする、「虎目(タイガーアイ)」の一員である――これは信じがたいというより、信じたくないの方が表現として正しい。あの海野がテロを起こそうとしている……うん、ないない、有り得ない。僕は空想を振り払い、走り続ける。
 海野が路地へ入る。僕も逃がすまいと、足を踏み入れた。

(それにしても……何だあいつ? コスプレか?)

 目の前で走る海野の姿を見ながら、僕はつい考えてしまった。僕と同じ歳の「女性」が、学生の服装をして「女子」になっているのだから、そう思うのも無理はないだろう?

(それと、最後に1つ――)

 今まで考えないようにしていた、しかし考えなければならなくなった「疑問」と向き合わなければならなくなったようだ。

(――あいつ、成長しているのか?)

 海野の後ろ姿は、学生時代のものと変わりなかった。髪型も、背後からだけだが体系も。まるで変化が見られない。



 まるで、そう。彼女だけ、時が止まっているかのように――。



 突然の振動だった。
 大地が揺れ、体がぐらつき、立っている事が出来ない。思考が瞬時に停止する。

「が……う……!?」

 違う。揺れているのは、僕の身体だ。じわじわと迫り来る後頭部の「痛み」を感じながら、僕は道に倒れこんだ。
 何だ。何があった。この衝撃……殴……ら……。

「あーらら……意外とヤワじゃあねぇか。ったく、ボスも面倒な仕事を押し付けて……」

 近くから、女の声が聞こえてきた。背後にいるために、倒れている僕は姿が分からない。
 今……この女にやられた……のか……!?

(海……野……)

 海野の走る姿が、小さくなっていく。何かを……この街に起ころうとしている「何か」を掴める。そんな予感がしたのに……。

「……あん? まだくたばっていなかったのかよ」

 遠ざかっていく背中を目に焼き付けながら。求めながら――。

「そんじゃ――もう一撃♪」



 ――僕の意識は、強制的に吹き飛ばされた。










 ??月??日 ??時??分
 ?????

「う……!」

 後頭部の激痛で、意識が戻る。僕は一体――。



 雨。
 海野。
 裏路地。
 女性の声。
 背後の一撃。



(そうだ、僕は殴られ――ぐっ!?)

 頭が痛み、身体がぐらつく。激痛で完全に思い出した。僕の身に、何があったのかを。

(落ち着け……ここはどこだ? 今はいつだ? 落ち着け、焦ったところで、何も解決はしない……!)

 ひとまずは現在の状況を確認してみようと考えた。今するべきはそれであろうし、それしか出来ないのも事実だからだ。

(暗いな……建物の中か?)

 次第に目が慣れてくる。どうやら、廃屋の中にいるようだ。



 床に飛び散るガラス片。
 無造作に積み上げられたタイヤ。
 割れた窓から見える、止まぬ大雨。
 ――空想上に存在していると思っていた、廃工場そのものだった。



(空が暗いな……夜になっているのか)

 ズキズキと痛む頭を、僕はなんとか動かす。次は……持ち物だな。
 両ポケットに手を入れる。財布もない。携帯電話もない。そういえば、手に持っていた傘も無しか。まあ、今はそんな些細な事はどうでも良い。
 携帯電話で現在の時刻を確かめようと思ったが、駄目だったのが痛い。もしかしたら、1日以上眠っていたかもしれないな……。「最悪」の状態を、僕は頭に思い浮べた。
 ――時計はしないのか、だって? だって時計なんかつけていたら、デュエルディスクの装着の邪魔になるだろう? 

(カバンはどうだろうか……)

 次に、カバンを開いてみる。手で漁ってみた感じだと、デッキもデュエルディスクも無くなっている。くそっ、してやられたな……。

(こうなったら、一刻も早くここから――くうっ?!)

 一歩目を踏み出した途端、吐きそうになる程の激痛を感じ、僕は崩れ落ちる。余程打ち所が悪かったのか。余程力強く殴られたのか。どちらにせよ、今の僕ではまともに歩けないようだ。





「ザマぁないのう――田中」





 上方から、まばゆい光が降り注ぐ。暗い場所に目が慣れていた僕は、顔をしかめる。

「ワシはのぅ……おめえがもっと頭が良いと思っていたんじゃ」
「頭が……?」
「もっと臨機応変に、柔軟に。ワシらとの『遭遇』の事を忘れてくれると思っていたんだが……どうやら勘違いじゃったか」

 「声」が近づいてくる。
 「足音」を従えて近づいてくる。
 「殺気」を纏わせて近づいてくる。

「顔を上げい、田中。ここがおめえの――終点(おしまい)じゃ」





 僕は信じられなかった。
 否、信じようとしなかった。
 あの高橋秀行が。
 誰にでも優しかった高橋が。
 マーカーを顔に入れ、目付きを悪くし。
 ――「こう」なるとは。





「……それで? 僕はどうなるんだ? バラバラか? コンクリートか?」
「ふん、そうしたいのはやまやまなんじゃが……今は大事な時期なんでな。意識不明の重体、でごまかすかのぅ」

 僕がボロボロになるのは確定なのか……痛む頭の事を考えながら、僕は高橋の話を聞き続ける。
 ……「大事な時期」?

「大事な時期……まさか、テロの事か?」
「ほーう、知っとったか。まったく、誰が洩らしたんだか……」

 高橋が舌打ちをする。やはり、吉光の言う通りだったのか。

「テロは……もうすぐなのか?」
「おめえ、アホか? そんな大事な事を教える訳がなかろうが」

 だよな、と僕は、心の中で溜め息をつく。現実は甘くない、という事か……。

「それに――じゃ」

 パチン、と高橋が指を鳴らす。合図を待っていたかのように、2人分の足音が、こちらに向かってきた。

「もう既に、『おしおき』の準備は出来ているんじゃがなぁ……」
「こいつ、殴られ足りなかったのかよ……どんだけタフなんだ?」
「……弥生、威力が足りなかったんじゃあねぇの?」
「あ? んだと?」
「おい、2人とも少し黙っとれぃ!」

 高橋の一声で、2人の言葉が途切れた。声からして……片方は佐藤。もう片方はおそらく、僕を殴った女。
 ちらりと2人の様子を伺う僕。両方とも、ドラマでありそうな鉄パイプを所持していた。分かりやすいのは良い事だ、まったく……。

「おい、どっちに殴られたい? 元同級生か? それともアタシか?」
「……………………」

 状況は、非常に深刻な事になっている。
 何も言わなければ、血気盛んな女に殴られるだろう。
 何か言えば、それでも血気盛んな女に殴られるだろう。
 こうなったら……一か八か……!

「なあ……高橋」
「……なんじゃ?」



 言葉を間違えれば、女の一撃で意識が吹き飛ぶ。
 しかし曖昧な言葉では、笑われておしまい。
 今はこの一歩を……崖っ淵の一歩を踏み出さなければならない!



「僕と……デュエルをしないか?」



 瞬時に、右の肩を凶悪な熱さが襲った。続いて、痛みも。

「ご……おあっ……!?」
「何を言いだすかちょっとワクワクしていたんだがよぉ……ボス、こいつの頭は本当に問題は無いのかよ?」
「……………………」

 高橋はまだ何も言わない。それどころか、僕から目を逸らそうともしない。
 ……「続けろ」。高橋が、そう言っている気がした。多少の痛みを伴っても構わん、続けろ――と。

「僕達はデュエリストだ……『誇り』とか『信念』とか……そういったものを背負って生きている……」
「……………………」
「何かを決定づける時、僕達はその『結末』をカードに願っていた……願って、念じて……時には逆境を切り開いて……」
「……………………」
「だから、お願いだ……僕は、この現状に、納得が――」

 言い終わらない内に。弥生の手にした鉄パイプが僕の身体にぶつかった。
 ぶつかったという表現をしたのは、僕自身がこれ以上「痛み」に対して何も考えたくなかったからだ。とりあえず、何かパキッと折れる音が体内でしたとだけ言っておく。

「あー……納得だ? 信念だ?」

 弥生が、やれやれと首を横に振る。

「まあアタシもデュエリストの端くれだ。デュエルをする時は全力でやるさ……」

 でもよぉ、と弥生は続ける。

「この『状況』を、アンタは理解しちゃいねぇみてぇだな……アンタには『自由』はねぇんだ。選ぶ事も、求める事も、逃がしてほしいと懇願する事も」

 だから、と。弥生が鉄パイプを振り上げる。
 なぜだろう、不思議と怖くは無い。ただ、空虚な気持ちの中に僕はいた。覚悟を決めて、目をつぶる。

「ゲームオーバーだよ。ゆっくりとゆっくりと、寝な――」





「待つんじゃ、弥生!!!」





 「声」が、建物の中に響き渡る。恐る恐る目を開けると――。

「ボス……?」
「……!?」

 ――鉄パイプを振り上げたまま固まった弥生と、それを見つめる謙羊がいた。依然、痛みは止まないが……意識は吹き飛んでいないらしい。

「納得するためには……どうしたら良いんじゃ?」
「ぼ、ボス――」
「言うてみぃ。何を望み、何を願い、何を言う?」

 相変わらず、高橋の目は僕を見つめたままだ。僕もまた、高橋の目を見続ける。

「もし僕がデュエルで勝ったら――考え直してくれ。何もかもを」
「……おい、ふざけんじゃ――」
「面白い」
「え……?」

 従者2人は、口をポカンと開けている。事実が、信じられないのだろう。

「だが、勝つのはワシじゃ。負けた時……田中、何を失うか考えとくと良いじゃろうな」

 だが、これが事実だ。「高橋が、僕とのデュエルを承諾した」……。
 願うだけ願った。後は――自分自身で道を切り開くまでだ。





「さて……準備は出来たようじゃのう?」

 デュエルディスクを装着した僕を見て、高橋がニヤリと笑った。僕は何も言わず、高橋を見つめる。
 あの後、弥生はデュエルディスクを僕に返してきた。どうやら僕の所持品を奪ったのはこの女だったらしい。携帯電話や財布は返してくれなかったが。

「謙羊、審判はおめえじゃ。しっかりせぇよ?」
「了解……では、用意は良いっすか?」

 僕はコクリと頷く。佐藤はそれを見て、同じように頷いた。

「今回は特殊ルールを使うっす。1ターンの制限時間を、1分とします。1分を過ぎてしまった瞬間、『負け』という事で……OKっすか?」
「ほぉ……そのルールで行くか」
「1分……?!」

 頷く佐藤の後ろには、2つの電光板が取り付けられた機械が。おそらくは、この機械で1分を計るのだろう。
 僕の考えが正しければ、ここで示された1分とは攻撃のモーションや演出も含めての「1分」だろう。いかに無駄を省き、いかに素早く考えるか――重要なのはそこだろう。
 それにしても、だ。「虎目」のリーダーといい「柘榴」のリーダーといい、どうして特殊ルールを付けるんだ、まったく……。

「良い結末が来るように、祈った方が良いんじゃあないか?」
「止めてみせる……テロなんか、させてたまるか……!」

 思惑が交差する。こいつとデュエルをするのはアカデミア以来、か……。



 ――嫌な「記憶」が蘇る。
 最後の高橋「達」とのデュエルで、僕は……僕「達」は。



「説明は以上っす。では――」

 思考を遮るかのように、佐藤の声が響く。そうだ、今は目の前の高橋に集中しなければならない。「過去」の高橋とは、もう戦うことは出来ないのだから。



「――開始」
「「デュエル!!!」」

 そして――戦いの火蓋が、切って落とされる。機械が、それを指し示すかのように「60」の数字を打ち出した。





康彦:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――

秀行:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「まずは僕からだ! ドロー!」

 頭に響くほどに、強く宣言をする。同時に、電光板の「60」の数字が減り出した。引いた6枚のカードを確認して――。



「……は?」

 ――僕の頭は、混乱し始めた。





(あー……アイツ、本当にバカなやつだなー……)

 アタシ――弥生だ、自己紹介はこれくらいで十分だろう――は、「バカ」の青ざめた表情を見てほくそ笑んでしまった。
 青ざめたのは骨折のせいではない。頭への一撃のせいでもない。一応、「おそらく」ではあるのだけれども。

(今日の昼に肩がぶつかったから、半殺しにしたやつのデッキとアンタのデッキ――入れ替えさせてもらったよ。あの様子じゃあ……確認をしていなかったみたいだね)

 だが、もう遅い。デュエルは始まっている。今更このデュエルを中止には出来ないし――というより、させやしない。



 アタシがどう呼ばれているか知らなかったみたいだね……。
 アタシは――ノーマネー弥生。
 生まれた時から、アタシに地位はなく。金もなく。
 だから――奪う。位も富も服も食も車も――。
 ――そして、「仮初めの平和」も、例外なく。





(やら……れた……)

 完全に僕自身のミスだ。それは理解している。理解しているが……今更、どうしようもない。
 この後、僕はどうしたら良い?
 自分のデッキのコンセプトを理解し。
 高橋のデッキのコンセプトを理解し。
 1分の制限時間を頭に入れながら。
 勝つための手段を画策し。



 47、46、45――「勝てない」。僕の頭の中で、その4文字がぐにゃぐにゃと歪み、思考を止める。
 44、43、42――状況が最悪過ぎる。勝てる要素がほぼ存在しない。不確定要素があまりにも多過ぎる。
 41、40、39――時間(タイムリミット)が迫ってくる。全ての事象から逃げ出すように、僕は目をつぶり――。





 ――ほんの一瞬。カウントが進まないくらいの、刹那の中で。
 思考がぐるり。





 僕は何故、ここにいる? ……高橋のテロを食い止めるために。
 僕は何を、諦めようとしている? ……高橋のテロを食い止める事を。
 僕は誰のために、食い止めようとしている?



 色々な顔が、頭の中に現れる。
 そのどれもが笑顔で。
 その笑顔が大好きで。
 好きだからこそ――。



 ――みんなの笑顔を、失いたくない。





「……佐藤」
「ん……?」

 佐藤が、不思議そうに僕を見る。制限時間は、既に30秒を切っていた。

「僕を、力一杯、殴ってくれ」
「……ったく」

 何も聞かずに、佐藤は僕の方に寄ってくる。聞かなかった理由は分からない。信頼……? まさか。

「時間の無駄はしたくないから――なっ!!」





 この状況で1番に問題だったのは、デッキがすりかわった事ではない。
 問題点は、僕が「勝利の可能性」を考えられないところだった。
 知らないデッキで。知らない手札で。
 だからこそ。



 ここで、頭を「真っ白」にする必要がある。





 有無を言わさぬ右ストレートが、僕の左頬を直撃する。地面が、身体が、視界が。崩れ、捻れていく。
 頭を、心を、空っぽにしろ。でも意識だけは失うな。耐えろ、耐えろ……!

「ぐッ……さっ、さんきゅな……。容赦なく……殴ってくれて……」

 佐藤の一撃を堪えた僕の頭からは、「恐怖」の2文字は綺麗さっぱり消えていた。電光板をチラリと見ると、「14」の文字が。
 時間がないし、さあ――始めよう、僕の「戦い」を。

「僕は――カードを2枚セット。そして、《カードガンナー》を召喚!」

 一瞬の判断の後、僕はモンスターを場に出す。迷うな、今は自分が出した「思考」を信じろ……!



《カードガンナー》
効果モンスター
星3/地属性/機械族/攻400/守400
1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動する。このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、墓地へ送ったカードの枚数×500ポイントアップする。また、自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。



「《カードガンナー》の効果を発動! 僕はデッキの上からカードを3枚墓地に送り、ターンエンドだ」

 ターンエンドの宣言を受けてか、カウントダウンが止まる。電光板は、どうやら佐藤が手動で動かしているようだ。電光板には――数字の「3」。危なかったな……。
 安心をしつつ、墓地に送った3枚のカードを確認し――。



「……なるほど」

 ――理解した。
 このデッキのテーマを。そして、戦術を。



康彦:LP8000
手札:3枚
モンスター:《カードガンナー》攻400
魔法・罠:伏せ2枚

秀行:LP8000
手札:5枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「じゃあ、やらせてもらうぞ……ドロー!」

 高橋が豪快にカードを引く。顔つきといい、引き方といい……本当に高橋なのだろうか。

「ふむ……ワシはコイツを召喚じゃ! 《エーリアン・ウォリアー》!」

 高橋の場に、鋭い鉤爪が特徴の「侵略者」が現れた。こいつのデッキは……アカデミア時代から変わらず、【エーリアン】か!



《エーリアン・ウォリアー》
効果モンスター
星4/地属性/爬虫類族/攻1800/守1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカードを破壊したモンスターにAカウンターを2つ置く。Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。



「罠かもしれんが……構わん! 《カードガンナー》に攻撃じゃ!」

 侵略者の爪が、僕の場の機械を切り裂く。大丈夫……このダメージは後で清算すれば良い……!

「くっ……《カードガンナー》の効果で、1枚ドローするぞ」
「ふん……ブラフじゃったか」



康彦:LP8000→6600
手札:3→4枚



「ワシはカードを1枚セット。しまいじゃ、田中」

 30秒程時間を残して、高橋がターンエンドの宣言をする。早いな……このやり方に慣れている証拠でもある。



康彦:LP6600
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:伏せ2枚

秀行:LP8000
手札:4枚
モンスター:《エーリアン・ウォリアー》攻1800
魔法・罠:伏せ1枚



「いくぞ……僕のターン! ドロー!」

 大声を出すと頭に響く事を重々理解した上で、僕はカードを引いた。大丈夫……この痛みを理解できている間は、まだ倒れる事はない!

「僕はこいつを召喚する!」
「……! ほぉ……」

 僕がデュエルディスクに叩きつけ、呼び出したモンスター――それは見立てが間違っていなければ、このデッキの「主力」。
 さあ行こう……《スクラップ・キマイラ》!



《スクラップ・キマイラ》
効果モンスター
星4/地属性/獣族/攻1700/守500
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたチューナー1体を選択して特殊召喚する事ができる。このカードをシンクロ素材とする場合、「スクラップ」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できず、他のシンクロ素材モンスターは全て「スクラップ」と名のついたモンスターでなければならない。



「《スクラップ・キマイラ》の効果発動! 僕は墓地から、《スクラップ・ビースト》を特殊召喚する!」
「……なるほど、前のターンの《カードガンナー》の効果は、これのためというわけじゃな。デッキコンセプトはもちろん、【スクラップ】っちゅうわけか」

 キマイラの隣に、同じく獣の形をした「スクラップ」が現れた。そう、高橋の言う通りこいつは、《カードガンナー》で墓地に落ちた1枚だ。



《スクラップ・ビースト》
チューナー(効果モンスター)
星4/地属性/獣族/攻1600/守1300
フィールド上に表側守備表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された場合、バトルフェイズ終了時にこのカードを破壊する。このカードが「スクラップ」と名のついたカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、「スクラップ・ビースト」以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える事ができる。



 ……考えてみれば、今までシンクロ召喚などした事が無かったな。2体の獣を前にして、僕はふと考える。

「こんな形で初めてシンクロ召喚を行うとはな……いくぞ、高橋! レベル4の《スクラップ・キマイラ》に、レベル4の《スクラップ・ビースト》をチューニング!!」

 一方は勝利を導く「星」に。
 一方は決闘を促す「輪」に。
 形を変え、新たな「力」に。
 一つになり、この「地」に。

「鉄屑積み上げられし時、新たな力が起動する! 甲高い咆哮(かんせい)をあげろ!」

 初めての前口上……にしてはなかなかに上出来だな。即興にしては悪くない。
 僕の目の前に現れたのは、素材と同じ鉄屑。まあ……これからその力で、高橋の場に瓦礫の山を作り出すのだけれども。

「シンクロ召喚! 《スクラップ・ドラゴン》!!」

 鉄屑に生命が宿り、おたけびをあげる。これが……シンクロ召喚の力……!



《スクラップ・ドラゴン》
シンクロ・効果モンスター
星8/地属性/ドラゴン族/攻2800/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。



「《スクラップ・ドラゴン》の効果を発動! 僕は、場にセットされている2枚のカードを破壊する! 粉砕機銃(スクラップ・ブレス)!」

 僕の場にセットされていた《メタル化・魔法反射装甲》が粉々に砕かれ――それを糧とした息吹(ブレス)が放たれた。高橋の場にあったカード――《エーリアン・ブレイン》は、跡形もなく消滅した。



《メタル化・魔法反射装甲》
通常罠
発動後このカードは攻撃力・守備力300ポイントアップの装備カードとなり、モンスター1体に装備する。装備モンスターが攻撃を行う場合、そのダメージ計算時のみ装備モンスターの攻撃力は攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。

《エーリアン・ブレイン》
通常罠
自分フィールド上に存在する爬虫類族モンスターが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地に送られた時に発動する事ができる。その時に攻撃を行った相手モンスターのコントロールを得て、そのモンスターを爬虫類族として扱う。



「ちっ……攻撃をしてくれたら、うまーく操ってやろうと思っとったんじゃがな」
「そんなに簡単には、僕は操られないぜ? ――《スクラップ・ドラゴン》で、《エーリアン・ウォリアー》を攻撃! 粉砕機砲(スクラップ・カノン)!!」

 特大の光線が異星人を直撃。何かを撒き散らしながら、爆散した。



秀行:LP8000→7000



「くっ……《エーリアン・ウォリアー》の効果を発動! 《スクラップ・ドラゴン》に、Aカウンターを2つ乗せる!」

 見ると、屑龍の表面に何か得体の知れないものが付着している。「カウンター」か……「洒落」ではないが、「カウンター」を食らったら「洒落」にならないな。注意をしなければ。

「僕は……ターンエンドだ」



康彦:LP6600
手札:4枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800(Aカウンター…2)
魔法・罠:伏せ1枚

秀行:LP7000
手札:4枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「ワシのターンじゃな……ドロー!」

 まだまだ余裕だと言わんばかりに、高橋がカードを引く。

「そうじゃなあ……ワシは《トライアングル・エリア》を発動! 《スクラップ・ドラゴン》には、早々に屑に戻ってもらうとするかのう!」
「……!」

 フィールドに、異様な雰囲気の文様が浮かび上がってきた。その中心には、《スクラップ・ドラゴン》が存在している。



《トライアングル・エリア》
速攻魔法
フィールド上に存在するAカウンターの乗っているモンスター1体を破壊する。さらに自分のデッキから「エーリアン」と名のついたレベル4モンスター1体を特殊召喚する事ができる。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。



「ちっ……そんな簡単には崩させはしない! リバースカードをオープン! 《我が身を盾に》!」

 カードを「破壊」して、モンスターを特殊召喚するのだ、効果は届く。実際、場の文様は魔力を失い、やがて消えた。



《我が身を盾に》
速攻魔法
1500ライフポイントを払って発動する。相手が発動した「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つカードの発動を無効にし破壊する。

康彦:LP6600→5100



「ふむ……簡単には壊れない、か」
「当たり前だろ? 僕は負ける訳にはいかないんだ」
「……ならば」

 高橋は、カードをデュエルディスクに置く。すると、場に光の壁が出現した。これは……《平和の使者》か……!



《平和の使者》
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。または、100ライフポイント払わずにこのカードを破壊する。



「さらに、モンスターをセット。ターンエンドじゃ」
「……時間稼ぎか何かか?」
「さあ……どうじゃろうか」

 相変わらずひょうひょうとしている高橋。嫌な予感がするな……。



康彦:LP5100
手札:4枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800(Aカウンター…2)
魔法・罠:――

秀行:LP7000
手札:2枚
モンスター:伏せ1枚
魔法・罠:《平和の使者》



「僕のターン……ドロー」

 手札はこれで5枚。枚数としては余裕もあるし、一気に畳み掛けたいところだな……!

「僕は、《スクラップ・ハンター》を召喚する」

 鉄屑の戦士が、場に出される。効果は……今は使い所ではなさそうだな。



《スクラップ・ハンター》
効果モンスター
星3/地属性/機械族/攻1600/守400
1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して破壊し、自分のデッキからチューナー1体を墓地へ送る事ができる。



「さらに、カードを1枚セット。そして、《スクラップ・ドラゴン》の効果を発動! 粉砕機銃!」

 2枚のカードが、屑龍の効果でスクラップになる。1枚は高橋の場の《平和の使者》、もう1枚は僕が伏せた《貪欲な壺》だ。



《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「……まあ、破壊される事を理解して出したしのう」
「さて……と。《スクラップ・ドラゴン》で、伏せモンスターを攻撃! 粉砕機砲!」

 屑龍の攻撃――否、砲撃で、高橋の場のモンスターは消滅――。

「おっと、リバース効果が発動じゃな! 拡散せぇ、Aカウンター!」
「なっ……?!」

 ――する前に。先程の「ウォリアー」と同じ様に肉片が飛び散り、《スクラップ・ハンター》にかかった。今のカードは……なるほど、《エーリアン・グレイ》か!

「Aカウンターだけでは終わらん!効果で、カードを1枚引かせてもらう!」
「……《スクラップ・ハンター》で攻撃をすれば良かったかなぁ」

 もちろん、今の僕の言葉は本気では無かったが。確実性が無いにも関わらず、無闇に低攻撃力で殴りに行くのは無謀の一言に尽きる。
 確実に、確実に。勝利を、平和を手にするために。



《エーリアン・グレイ》
効果モンスター
星3/光属性/爬虫類族/攻300/守800
リバース:相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に、Aカウンターを1つ置く。Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。また、リバースしたこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。



「とにもかくにも、これでがら空きだな……《スクラップ・ハンター》で、高橋にダイレクトアタック!」

 金属の腕を振り下ろし――高橋にダメージが入る。よし、これで一歩前進だな……!



秀行:LP7000→5400



「……なかなかじゃな。腕は少なくとも、衰える事は無かったか」
「まあ……ね。僕はカードを1枚セット。ターン終了だよ」

 カードを伏せながら、僕は高橋の言葉について考察をする。
 普段使用しているデッキではないが……まあ、高橋がそう言うのならそうなんだろう。高橋の中では。個人的には、さっさと本来のデッキを手にしたい所だが……。



康彦:LP5100
手札:2枚
モンスター:《スクラップ・ドラゴン》攻2800(Aカウンター…2)
      《スクラップ・ハンター》攻1600(Aカウンター…1)
魔法・罠:伏せ1枚

秀行:LP5400
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「では、ワシのターン……ドロー!」

 高橋がカードを引き、6ターン目が始まる。カウントが始まったところで――。

「……よぅし、良い感じじゃな」

 ――高橋がニヤリと笑った。

「まずは……田中の場に存在するAカウンターを2つ取り除き――こいつじゃ!」

 《スクラップ・ドラゴン》と《スクラップ・ハンター》……2体のボディから離れた肉片が、奇妙な生物に形を変える。こいつは……《エーリアン・リベンジャー》か!?



《エーリアン・リベンジャー》
効果モンスター
星6/闇属性/爬虫類族/攻2200/守1600
このカードがフィールド上に存在するAカウンターを2つ取り除き、手札から特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにAカウンターを1つ置く事ができる。Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。「エーリアン・リベンジャー」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。



 凶悪な姿形のそいつは、まさに「復讐者」に相応しいだろう。他のエーリアンの怨念をその身に宿しているようだ。

「……それで? これで終わりではないだろ?」
「そう、まだワシは召喚をしとらん! ワシは《エーリアン・ヒュプノ》を呼び出す!」

 高橋の場に、新たなエーリアンが現れる。アイツは……な、なんか嫌な予感が。



《エーリアン・ヒュプノ》
デュアルモンスター
星4/水属性/爬虫類族/攻1600/守700
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●Aカウンターの乗っている相手フィールド上モンスター1体を選択してコントロールを得る。自分のエンドフェイズ時毎に、コントロールを得たモンスターのAカウンターを1つ取り除く。コントロールを得たモンスターのAカウンターが全て取り除かれた場合、そのモンスターを破壊する。



「さらに、《スーペルヴィス》を発動! 《エーリアン・ヒュプノ》に装着じゃ!」
「……………………」

 嫌な予感が、嫌な程に的中してしまった。「ただの侵略者」が、「凶悪な侵略者」に化けた瞬間である。



《スーペルヴィス》
装備魔法
デュアルモンスターにのみ装備可能。装備モンスターは再度召喚した状態になる。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが墓地へ送られた時、自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して特殊召喚する。



「ふむ……まあ良いか。《エーリアン・ヒュプノ》の効果を発動! 《スクラップ・ドラゴン》を奪取させてもらう!」

 侵略者の催眠光線が、僕の場の屑龍に命中。悲鳴を上げるかのように軋み、僕の方へと振り返った。

「お次は《エーリアン・リベンジャー》の効果じゃ! Aカウンターを、《スクラップ・ハンター》に装着させる!」

 「復讐者」の身体から肉片が飛び、鉄屑に付着する。確か、《エーリアン・ヒュプノ》の効果は回数制限が無いんだよな……つまり、《スクラップ・ハンター》も奪取され――。

「……ん?」

 ――そこで疑問が生じた。あれ、高橋はなぜ先程……。

「《エーリアン・ヒュプノ》の効果を再度発動! 《スクラップ・ハンター》のコントロールも奪わせてもらう!」

 僕の考察は、高橋の声によって中断される。見れば、いつの間にか僕の場にはモンスターはおらず、逆に高橋の場には4体ものモンスターが並んでいた。

「さぁて……《スクラップ・ドラゴン》の効果、存分に使わせてもらう!」

 《スクラップ・ドラゴン》が、《スクラップ・ハンター》を弾丸に変化させる。くそ……奪ったモンスターをそのまま活用して……。
 そして――轟音。僕の場の伏せカードは木っ端微塵……になる前に、っと。

「リバースカード、オープン! 《威嚇する咆哮》だ!」
「……ちっ、嫌な読みが当たってしまったか」



《威嚇する咆哮》
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。



 どうにか凌いだ、という感じだ。今の《威嚇する咆哮》が無ければ、確実に敗北していただろう。

「まあ、伏せカードで何かしらの妨害をしてくるとは考えとったが……バトルフェイズ自体を潰してくれるとはな」
「それより良いのか、時間? 無駄話を――」
「ターンエンドじゃよ。ほれ、これで良いじゃろ?」

 高橋側のカウントが、「6」で止まる。ちっ、言わなければ良かったかな。
 ターンエンドを宣言した事によって、《エーリアン・ヒュプノ》の効果で《スクラップ・ドラゴン》のAカウンターが取り除かれる。カウンターは0、屑龍は機能を停止し、消滅した。
 ……《スーペルヴィス》を装備した《エーリアン・ヒュプノ》をどうにかすれば、コントロールは元に戻る。つまりは簡単に奪取できるし、奪取される危険性も多い。だからこそ、先程《スクラップ・ドラゴン》には《エーリアン・リベンジャー》の効果でAカウンターを乗せなかったんだろうな……。嫌な奴だ、本当に。



康彦:LP5100
手札:2枚
モンスター:――
魔法・罠:――

秀行:LP5400
手札:1枚
モンスター:《エーリアン・リベンジャー》攻2200
      《エーリアン・ヒュプノ》攻1600
魔法・罠:《スーペルヴィス》



 場のがら空きのさせ合いだな、これは……。視界良好な場の状況に、僕はため息をついた。

「……それでも、前を向かずにはいられない! ドロー!」

 力強く、前へ、先へ。その手に掴んだのは――。

「『鉄屑』にしては、悪くない精神だな……僕は、《ポンコツの意地》を発動!」

 ――諦めの悪い、そんな1枚。



《ポンコツの意地》
通常魔法
自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター3体を選択して発動する。相手はその中から1体を選択する。その後、相手が選択したモンスターを自分または相手フィールド上に特殊召喚し、残りのカードをゲームから除外する。



 墓地に落ちたモンスター達はどんな効果だったかは、全て理解をしている。僕は一瞬たりとも迷わず、3枚のカードを抜き出した。

「さ、高橋。この中から選んでくれ」
「ふむ、どれどれ……」

 選択をするのは僕ではなく高橋だ、高橋の方のタイマーが動き出す。僕の示した3枚を見て――。

「……いつ落とした?」

 ――そう、呟いた。



《スクラップ・ドラゴン》
シンクロ・効果モンスター
星8/地属性/ドラゴン族/攻2800/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

《スクラップ・ゴーレム》
効果モンスター
星5/地属性/岩石族/攻2300/守1400
1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択し、自分または相手フィールド上に特殊召喚する事ができる。

《スクラップ・ソルジャー》
チューナー(効果モンスター)
星5/地属性/戦士族/攻2100/守700
フィールド上に表側守備表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された場合、バトルフェイズ終了時にこのカードを破壊する。このカードが「スクラップ」と名のついたカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、「スクラップ・ソルジャー」以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える事ができる。このカードをシンクロ素材とする場合、「スクラップ」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。



 《スクラップ・ドラゴン》は、先のターンに壊れたものだ。それ以上、話す事は無いだろう。
 残りの2枚――《スクラップ・ゴーレム》と《スクラップ・ソルジャー》は――。



『《カードガンナー》の効果を発動! 僕はデッキの上からカードを3枚墓地に送り、ターンエンドだ』



 ――そう。1ターン目に、《カードガンナー》の効果で墓地に落ちたものだった。《スクラップ・ビースト》も含めて、3枚のモンスターが墓地に行っていたのだ。お陰で、すぐにデッキのコンセプトを理解する事が出来た。

「…………《スクラップ・ソルジャー》」
「了解だ。《スクラップ・ソルジャー》を特殊召喚し、他のカードを除外するよ」

 選択されたモンスターが場に現れる。まずは、チューナーが1枚。



《スクラップ・ソルジャー》攻2100



 次の手を打つ前に、僕はエクストラデッキの中身を再び――否、本当は3度目の確認をする。
 エクストラデッキには、変わらず3枚のカード。欲が無い訳ではない。本当はさらに「選択肢」が欲しい。
 ……自分のデッキを取り戻したら、シンクロも取り入れてみようかな。

「僕は、《スクラップ・シャーク》を召喚する!」

 「兵士」の隣に、壊れかけの魚が現れた。強度不足なこいつでも、今は大切な「星」になれる。



《スクラップ・シャーク》
効果モンスター
星4/地属性/魚族/攻2100/守0
効果モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。このカードが「スクラップ」と名のついたカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、自分のデッキから「スクラップ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。



「レベル5のチューナーに、レベル4のモンスター……?」
「そう! 僕はレベル4の《スクラップ・シャーク》に、レベル5の《スクラップ・ソルジャー》をチューニング!」

 普通、レベル9のモンスターをシンクロ召喚するには、チューナー以外のモンスターが2体以上必要になる。だからこそ、高橋も首を傾げたのだろう。

「鉄屑積み上げられし時、新たな力が起動する! 穢れし大地(ぶたい)をうち崩せ!」

 だから――見せてやる。これが僕からの、回答だ!

「シンクロ召喚! 《スクラップ・ツイン・ドラゴン》!!」



《スクラップ・ツイン・ドラゴン》
シンクロ・効果モンスター
星9/地属性/ドラゴン族/攻3000/守2200
「スクラップ」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度自分フィールド上に存在するカード1枚と、相手フィールド上に存在するカード2枚を選択して発動する事ができる。選択した自分のカードを破壊し、選択した相手のカードを手札に戻す。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。



「……なるほどのぅ、そう来おったか。確かにそいつなら、素材には事足りるってか」
「まあな……僕はカードを1枚セット。そして《スクラップ・ツイン・ドラゴン》の効果を発動だ! 粉砕二連機銃(スクラップ・ツイン・ブレス)!!」

 僕がセットをした《スター・ブラスト》が砕かれ、機動のための糧となる。2つの口から放たれた爆撃が、《エーリアン・ヒュプノ》と《エーリアン・リベンジャー》の2体のエーリアンを母星――ではなく手札に吹き飛ばした。



《スター・ブラスト》
通常魔法
500の倍数のライフポイントを払って発動する。自分の手札・フィールド上のモンスター1体のレベルをこのターンのエンドフェイズ時まで、500ライフポイントにつき1下げる。



「《エーリアン・ヒュプノ》が場から離れたから、《スーペルヴィス》は破壊される……しかし、ワシの墓地には通常モンスターはおらん。つまりは、効果は無効という訳じゃな」
「そういう事。さて……やらせてもらう! 《スクラップ・ツイン・ドラゴン》で、高橋にダイレクトアタック! 粉砕二連機砲(スクラップ・ツイン・カノン)!!」

 屑龍の2連打が、高橋に直撃する。3000という大ダメージが、見事に通った。



秀行:LP5400→2400



 見事に通ったというのに、高橋はむしろ嬉しそうにニヤニヤとしている。

「……何かおかしいか?」
「いーや、むしろ嬉しいぜよ。こんなに本気を出していけるのは、そうそういないからな」
「誉められているんだろうが、あまり嬉しくは――おっと、ターンエンドだ」

 カウントダウンを思い出し、慌てて自ターン終了の宣言をする。宣言さえすれば、時間は佐藤が止めてくれるし。

「いや、これは本気で言っとる。田中、昔からお前さんは強敵であり、ライバルじゃった。今も、それは変わらんようじゃな」
「……でも、僕は君のパートナーではない。高橋……君を1番に理解してくれていたのは、僕ではなく吉み――」
「それ以上言うな!!!」

 頭に、建物内に。高橋の怒声が響き、うねる。何だ、今の反応……。
 そう、それを2文字で表すならば――。

「お主には関係ない! ワシを裏切り、ワシを捨て、年月が経ってもまたワシを邪魔しようとする!! 先にここを落とすのは、ワシじゃというのに!!!」



 ――清々しいまでの、「拒絶」。



康彦:LP5100
手札:0枚
モンスター:《スクラップ・ツイン・ドラゴン》攻3000
魔法・罠:――

秀行:LP2400
手札:3枚
モンスター:――
魔法・罠:――



「お主にも、ワシの邪魔は決してさせん! ワシのターン! ドロー!」

 高橋が怒りに身を任せてカードを引く姿を見ながら、僕は何かに引っ掛かるものを感じ取っていた。今確かに、高橋の言葉に何か違和感を――。

「ワシは、こいつを召喚する! さあ来い、《エーリアンモナイト》!!」

 だが違和感について考える前に、僕の思考を邪魔する侵略者が。あれは――チューナーモンスター?!



《エーリアンモナイト》
チューナー(効果モンスター)
星1/光属性/爬虫類族/攻500/守200
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在するレベル4以下の「エーリアン」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。



「お主だけがシンクロを使うわけではなかろう! 《エーリアンモナイト》の効果を発動! 墓地より蘇れ、《エーリアン・ウォリアー》!」

 侵略者の手招きによって、爆散したはずのエーリアンが戻ってきた。これで星の合計は――5。



《エーリアン・ウォリアー》攻1800



「ワシはレベル4の《エーリアン・ウォリアー》に、レベル1の《エーリアンモナイト》をチューニング!」

 侵略者がやってきたのは宇宙から。「輪」に、「星」に。宇宙の形に溶け、混ざっていく。

「宇宙(そら)を包み、宇宙を食らい、宇宙を崩せ! 遥か彼方の侵略者よ!」

 宙に漂う2体の侵略者が合体し、肥大化していく。これが……高橋の「切り札」か。

「飛来せよ、《宇宙砦ゴルガー》!!!」

 そして――舞い降りる。いや、記述的には「舞い落ちる」の方が正しいか。
 とにかくだ。落ちてきたのは、まさにケダモノ。触手をくねらせる、悪意の「塊」だった。



《宇宙砦ゴルガー》
シンクロ・効果モンスター
星5/光属性/爬虫類族/攻2600/守1800
「エーリアンモナイト」+チューナー以外の「エーリアン」と名のついたモンスター1体以上
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在する魔法・罠カードを任意の枚数持ち主の手札に戻し、その枚数分だけAカウンターをフィールド上に存在するモンスターに置く事ができる。1ターンに1度、フィールド上に存在するAカウンターを2つ取り除く事で、相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊する。



「シンクロ召喚はしたが、まだ僕の屑龍の方が攻撃力は上……」
「しかし、それを越える『何か』を出す事を、お主は理解しているじゃろ?」

 そう言って、高橋がカードを発動させる。手札に戻した2体のエーリアンとは別の、その1枚が――。

「その『何か』――《ビッグバン・シュート》、お見舞いしちゃる!」

 ――決定打。攻防の入れ代わりの、終点。



《ビッグバン・シュート》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。



「《ビッグバン・シュート》を装備するのは、田中の《スクラップ・ツイン・ドラゴン》! さらに、《宇宙砦ゴルガー》の効果を発動! 《ビッグバン・シュート》を資源回収しろ、ゴルガー!」

 屑龍の力を強めていたカードが宇宙砦の力によって吸われ、場から離れる。ドーピングだったのだろうか、装備を失った機械は機能停止し、パーツになって崩れ落ちた。「除外」だから、効果を発動する事も出来ない……。

「……形成逆転じゃな、田中」
「くっ……!」
「さあ、《宇宙砦ゴルガー》! 田中にダイレクトアタック! フォートレス・ボム!!」

 宇宙砦の目から、鋭い光線が射出される。場は焼き払われ、僕に大ダメージが入ってしまった。



康彦:LP5100→2500



「さて……ワシは1ターンで状況を引っ繰り返した。田中、お主にはそれが出来るか?」
「……………………」

 ターンを終えてニヤリと、高橋が笑う。あれはそう、勝利を確信した顔だ。



 本来は「出来るか」なんて考えない。「出来る」――そう信じている。だから勝てる。
 でも今は――考えてしまった。
 「出来るか」、と。
 「出来ない」、とも。



康彦:LP2500
手札:0枚
モンスター:――
魔法・罠:――

秀行:LP2400
手札:3枚
モンスター:《宇宙砦ゴルガー》攻2600(Aカウンター…1)
魔法・罠:――



 無言で、僕はカードを引く。謙羊がそれに反応して、制限時間のボタンを押した。
 僕が引いたカードは――。



《ビッグバン・シュート》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。



 ――よりにもよって、高橋の手札に戻ったカードと同じものだった。

「……………………」

 僕は《ビッグバン・シュート》の効果を、そして墓地を確認する。どこかに勝つ手があるはずだと思い。しかし「結果」を認識しながら。





 ――勝てない。
 ――何も出来ない。
 ――打開する術がない。





「手詰まりか? 王手か? はたまたチェックメイトか? ……意味としては全部同じか」

 固まった僕を心配――はしていないだろうが、高橋が声をかけてきた。僕は墓地のカードから、目線を離さない。

「はあ……アンタも負けず嫌いだな。もう前を向いて諦めなよ、認めなよ――」

 僕の側に、傍観していた弥生が近寄ってくる。それでも、「可能性」を――。





「――アンタは、負けたんだ」





 謙羊が、電光板の電源を切る。
 僕に与えられた時間が、「0(まっくろ)」に塗り潰された。










 ??月??日 ??時??分
 ?????

「惜しかったのぅ……じゃが、負けは負けじゃ」
「……………………」

 高橋が、佐藤が、弥生が。立ち尽くす僕の前にやってくる。弥生の右手には、鉄パイプが握られていた。

「どうせすぐには目覚めさせん。意識を取り戻した時には、全てが終わっておる」

 じゃから、と高橋が続ける。

「知りたい事があったら、この際だから教えちゃる。言いたい事があったら、この際だから聞いちゃる。まあ、1つだけに限定させてもらうが」
「……………………」

 まるで、死刑囚に最後の一言を聞くような感じだな。ぼんやりとしたまま、僕はそんな事を考えた。
 考えて――。

「……高橋」
「ん?」
「お前は……吉光が今、どんな気持ちか理解しているのか?」

 ――この一言が、口から出てきた。高橋の表情が、ピクリと動いた。

「お前のテロを止めようと、必死になっている。それは、お前が悪人になってほしくないからじゃないのか? 何があったのかは知らないが、かつてのパートナーの起こそうとしている事を、見過ごせないからじゃないのか?」

 高橋は何も言わない。何も、言ってはくれない。

「少しは、吉光の事を考えてくれ! 頼む、それだけで良いんだ……! 今の僕には、それを願う事しか出来ない……!」

 うなだれて、僕は高橋からの回答を、反応を待つ。
 僕が心の中で友紀の事を忘れられないでいたように。
 高橋だって……きっと……!





「……お前さん、何か勘違いしとらんか?」





 高橋からの一言目は、それだった。
 勘……違い?

「確かに吉光はワシを止めようとしてはいるんじゃろうな。最近は『柘榴』の活動が耳に入っておる」
「だ、だったら――」
「その様子じゃと、本当に何も知らんという事か……偽善者じゃな、本当にあいつは……」

 偽善者。その言葉に、「想像」に、僕の心が騒(ざわ)つく。心臓が「騒々」しい音をたてている。

「知らんならはっきりと教えちゃる。あいつは……ミツは――」

 聞きたくない。知りたくない。しかし、高橋の言葉は止まらない。
 心の中の「不安」は膨れ、膨れ――。





「――同業者(テロリスト)じゃ」

 ――「最悪」の可能性が、現実になった。





「ワシらは主に火薬系統を使うのに対し、奴らは主にウイルスを――」
「ま、待てよ……そんな訳が無いだろ……」

 平静を保てない。息苦しい。身体だけじゃない、精神(こころ)が痛い。

「嘘なんだろ! どれもこれも嘘だ! 何でだよ! 何で吉光がテロリストだと分かるんだよ?!」
「……まあ、受け入れられないなら別に良い。どうせ――」

 いつの間に受け取ったのだろうか。高橋が、鉄パイプを手に持っている。興奮した状態の僕では、その後に何が起こるのかを予測出来なかった。
 それこそ、たった一つのシンプルな答えだったというのに。

「――受け入れようが受け入れまいが、お前さんには何も出来ん」

 鉄パイプが、僕の頭に迫ってくる。
 ま、待てよ……まだ聞きたい事は山程あるんだ……。
 何でよりにもよって、パートナーだったお前達が争わないといけないんだよ……。
 何で……なん




















 いたみで めざめた

 あめが つめたい

 からだじゅうが いたい





 この時の僕は。全身を殴られ、骨を折られ、血まみれで道に「落ちていた」。「倒れていた」という言葉ではなく、本当に「落ちていた」が正しかったのだ。
 止む事の無い雨が僕に降り注ぎ、体温を確実に奪っていく。



 ……無論、今の状況の僕はこんな思考などしていないし、出来る訳が無い。
 じゃあ、何があったかって? それは――。





 だれかが こっちにくる
 やみのなかで きれいにひかるのは
 ながくのびた 【あまいろのかみ】――



キーワード:【亜麻色の髪】



現代・田中康彦
    ―――JUMP――→
           過去・加藤友紀




続く...



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