デミスとルインの混沌とした一日
―― 波乱の修学旅行編 ――

製作者:プロたん




[ここまでのあらすじ]
 デミスとルインは、小さいころからケンカばかりしてきた幼なじみ。今日も二人はディアハ・アカデミアに通います。

 午前中の授業では、ドキドキしたりさせられたり、ケンカしたりさせられたり、大騒ぎしたりさせられたり。……まあ、いつも通りの光景でした。
 5〜6時間目の授業はなんと……?




カオス21 13:22

「皆さん、今から修学旅行に行きます。2列に整列してください」
 毎週月曜日の5、6時間目は、修学旅行。
 カイザーコロシアム24個分のグラウンドには、俺達『2年カオス組』と、その隣『2年ダムド組』の生徒が整列していた。
 このディアハ・アカデミアでは、毎週のように修学旅行がとり行われる。
 と言うのも、ディアハ・アカデミアの創始者である無敗将軍フリード学園長先生が旅行好きであることが原因。かつて『放浪の勇者』と名乗っていた学園長先生は、職探しの旅を続けるうちに旅行好きになってしまったのだ。
「デミスさん。ちゃんと2列に整列してください」
 拡声器が俺に向けられる。どうやら俺はパーシアス先生に注意されているようだった。だが、ちゃんと並んでいるはずだぞ……そう思った俺は周囲を見渡してみる。
 俺の両隣には二人の少女がいて、この二人が列を乱していた。
「なんで、お前達がいるんだ……」
 俺の右隣には、黒うさぎの頭巾をかぶってムチを携えたクランが、俺の左隣には、羊の頭巾をかぶって小さな杖を持ったピケルがいた。昼休みが終わる頃に別れたはずなのに、こっそりとついてきてしまったようだった。
「ピケル、修学旅行はじめてだから楽しみ!」
「あたいもあたいも! ねえねえデミスちゃん! 修学旅行どこ行くの? どこ行くの?」
 しかも、二人とも修学旅行に参加する気満々。旅行前のうきうき気分が、その口調に思いっきり表れていた。
 こんなうきうき気分の二人に対して、「ついてくるな」なんて言える訳がない。またしても俺はこいつらのお守り役に決定だ。俺は小さくため息をついた。
「ねえ! デミスちゃん! どこ行くのどこ行くの? ちゃんと教えてよぉ〜」
 クランは、俺の鎧をムチでぱちぱちと叩く。
「ああ分かった分かった。今日の修学旅行の行き先はな、『王家の眠る谷−ネクロバレー』ってところみたいだぞ」
 俺は、『修学旅行のしおり』をぱらぱらと開きながら答えてやった。
「ネクロバレー?」
「ネクロバレー?」
 クランとピケルの声がはもった。
「しおりによるとな、王家の眠る谷−ネクロバレーは、砂漠やピラミッドに囲まれたところで、あのファラオ(ただし猫)が眠る地らしい。今では墓守の一族がひっそりと暮らしているとか。お、今日はファラオ444世(とは言え猫)の誕生日で、祭りをやってるみたいだな」
 俺は修学旅行のしおりの内容を読み聞かせてやった。
「お祭りやってるの? うわぁ〜! 行ってみたーい!」
「あたいはね、お祭りもいいけど、ピラミッドにも行きたーい!」
 ピケルとクランの目がますます輝いた。
「はい。それでは皆さん出発しますよ」
 天空騎士パーシアス先生の声が聞こえる。いつの間にか出発の時間になっていたようだ。
 グラウンドには、鏡が折り重なったオブジェのようなものが置かれている。
 これは、異次元トンネル−ミラーゲート−。いくつもの鏡によって映し出された土地へジャンプする機能を持つ。いわゆるテレポーテーション装置である。
 このディアハ・アカデミアから王家の眠る谷−ネクロバレーまで、数千キロメートルも離れている。魔装機関車デコイチ、エクスプレスロイドなんかじゃ、丸一日かかっても辿り着けない。マッハ5で空を飛べるバードマンでさえ、6時間目の終わりまでに一往復するのが精一杯。これほどに遠いのだ。
 そこで役立つのがこのミラーゲート。鏡と光の力によって、一瞬にして目的地に到着することができる。これもあの魔導サイエンティスト先生の発明品の一つだった。
 生徒が次々にミラーゲートの前へと進んでいく。ミラーゲートに飛び込んだ学生は、一瞬にしてその姿が消え去る。鏡によって光速で王家の眠る谷−ネクロバレーへと運ばれていったのだ。
 次から次へと生徒がミラーゲートに飛び込んでいき、俺達の番になる。俺は片腕にクランとピケルを抱きかかえた。
「俺達も行くぞ」
「ピケルちょっとこわい……」
「ピ、ピケルは臆病だなぁ〜。あたいなんか、ぜんぜん怖くないんだからね! ぜんぜん! ぜんぜん怖くないんだから!」
 俺は、クラン、ピケルを抱えたままミラーゲートへ飛び込んだ。
 景色がパッと切り替わる。
 そこに見えるのは、いつものディアハ・アカデミアではない。左右に山が見える。それらの山はあまり高くはないものの、勾配はかなり急であり、崖と言っても遜色ない程だった。また、山をはじめ、周囲には木や植物がほとんど見られない。地面のほとんどは岩や砂。褐色ばかりの風景であった。まさに砂漠の地の谷。前方にはピラミッドらしき建造物がうっすらと見えていた。
「よ、よよようこそ。王家の眠る谷−ネクロバレーへ! ヒィィィ!」
 金色の杖を持った中年の男が、怯えた様子で俺達の前に姿を現した。何だこいつは?
「ヒィィィ! 申し遅れました。私はこのネクロバレーの墓守の長。王の墓を守っている者です。……あ、オバケ? ヒィィィ!」
 墓守の長と名乗った中年の男は、墓を守る立場にありながらお化けが怖いらしい。少しでも物音が聞こえる度にヒィィィヒィィィ言っている。
「み、みなさん。今日はファラオ444世(残念ながら猫)の誕生日。記念として露店がいくつか出ております。また、資料館、宮殿、ピラミッドなどもあります。お好きなところを回ってください。……あれ? 今何か聞こえなかった? まさかオバケ? ヒィィィ!」
 きょろきょろとおびえながら墓守の長が説明する。こんな有様で、長が勤まるものなのだろうか。
 俺が呆れ顔で墓守の長を見ていると、
「……ですが」
 と、墓守の長の声が急に低くなった。生徒達のざわめきがぴたりと止む。
「ここは『王家の眠る谷−ネクロバレー』。死者が安らかに眠るこの地において、死者を冒涜する行為だけは決して許されませぬ。ゆめゆめお忘れなきよう……」
 そう言うと墓守の長は、身を翻して、「ヒィィィ、オバケ〜!」などと叫びながら走り去っていった。
 一体何だったんだ、あの長は……。
 俺が呆然としていると、周囲が徐々に騒がしくなってくる。
「どこ行く?」
「宮殿に行こうぜ! ファラオ444世(所詮猫)ってヤツに会ってみたいぜ!」
 生徒達が行き先を決めている。
 今から2時間自由行動。各自、好きなところを回る時間になったのだ。
「ねえ、デミスちゃんはどこ行く? あたいはね! ピラミッド行きたい!」
「ピケルはね、お祭り行きたい!」
 当たり前のようにクランとピケルが俺につきまとってくる。やれやれ仕方がない……。
「それじゃあ、露店にでも行くか。ここから近いしな」
「やったー!」
「むー! ずっるーい! あたいの方が先だったのに!」
 ピケルが両手をあげてぴょんとジャンプし、クランが地団駄を踏んで懐からムチを取り出した。
「ほら、ピラミッドは後から行ってやるから。そのムチはしまっとけ。なっ」
 俺はそう言ってクランの頭をなでてやった。
「むー。デミスちゃんがそう言うなら仕方ないかぁ」
 すっかり俺もお守りが板についてしまったか。こいつらを手なずけるスキルが磨かれてきたようだ。
「ねえ、ピケルはね、クレープ食べたい!」
「あたいはね、ジェノサイドキングサーモンのムニエル!」
 さっきまで文句を言っていたクランも、いつの間にか行く気満々。
「ジェノサイドぉ〜。ジェノ〜サイドぉ〜。ジェノジェノジェノジェノサイっドぉ〜〜」
 とジェノサイドソングを歌い出していた。つられてピケルも歌い始める。
「そんな歌を歌うな」
 俺はクランにぺこんとデコピンをかましてやった。
「あいたっ。もぉ、デミスちゃんいたいよぉ〜。あたいは、ただジェノサイドキングサーモンが食べたかっただけなのに……」
「お前らな、『ジェノサイド』の意味が分かっていないのか? ジェノサイドは虐殺だぞ虐殺。子供が歌って良い歌じゃない。……いや、大人でも歌っては駄目なんだけどな」
「むー」
「うー」
「そもそもだ。ジェノサイドキングサーモンのムニエルなんて、露店じゃ売ってるわけないだろう。高級料理だぞ。大体売ってたとしても、俺の持ち合わせじゃ1人分食えるかどうかも分からないって言うのに……、あ」
 そこまで言って気付いた。
 俺、今日は――
「すまん。俺、財布忘れたわ」
 なんという失態。修学旅行なのに無一文だった。露店へ行っても、菓子も土産も買えやしない。
「せっかく楽しみにしていたのに悪いな……」
 クランとピケルが訝しむような表情を俺に向ける。あれだけ偉そうに説教っぽいことを言っておいてこのザマだ。融合魔法を忘れてきたエレメンタルヒーローと同じくらい説得力がなかった。
 クランとピケルは、俺に聞こえないようにひそひそと話して、きょろきょろと周りを見渡し始めた。
 そして、
「あーっ。ママだー! ママ達はっけーん」
「あーっ。本当だー!」
「とぉ言うわけでぇー、またねーデミスちゃん!」
「バイバイ。デミスおじさん!」
 わざとらしく言って、二人とも走り去ってしまった。
「…………」
 一人取り残される俺。
 ああ。あからさまに見切りをつけられた。俺はなんだかちょっと泣きたくなった。



カオス22 13:37

 修学旅行で、王家の眠る谷−ネクロバレーにやってきた。
 私は、リリーと一緒に露店めぐりをすることになったんだけど、
「ピケルはね、クレープ食べたい」
「あたいは、マッドロブスターのホイル焼き!」
 なぜか、クランとピケルちゃんが合流していた。
 その経緯を聞いてみると、さっきまでデミスと一緒にいたけど、都合が悪くなったので見切りをつけてきた、ということみたい。……って何よ、『都合が悪い』って。
「とうちゃーく!」
「やったー」
 異次元トンネル−ミラーゲート−でワープしてきた場所から、北北東におよそ348.36メートル離れたところに露店が開かれている。ものの4分29秒ほど歩いたところで、私たちは露店に到着したのだった。
「さぁて! どっから回ろうか?」
 そう言って、リリーは低空飛行していた注射器から飛び降りた。
 辺りには、たくさんの人。魔法使い族、戦士族、植物族に魚族。あらゆる種族の人がたくさんいる。そして、それらの人たちに負けてはいられないと言わんばかりに、約49の露店が賑やかな空気を作り出していた。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 魚雷魚すくいはどうかねー。スリル満点の魚雷魚すくいだよー!」
「くじ引きはどうかねぇ? 大当たりは死のデッキ破壊ウイルス。本物だよォ! 究極完全態・グレート・モスもあるよォ!」
「さあ、休憩はこちら『サイドデッキ』で! 焼きそばに、りんご飴に、クレープに、マシュマロン! たくさん揃ってるよ!」
 うさんくさい景品で釣っている露店から、高い割においしくない食べ物を売っている露店まで、様々な露店がひしめきあっている。
 私は小さな頃からこの空気が好きだった。それは、クランやピケルちゃんも同じだったみたい。
「わぁ〜!」
「いっぱいお店があるー」
 クランとピケルちゃんは、目を輝かせてきょろきょろとせわしなくあちこち見渡している。
 とそこに、
「じゃじゃーん! まずはりんご飴でしょー!」
 いつの間にか、リリーが3つのりんご飴を持ってきていた。
「はい! ピケルとクランにあげる」
「うわぁー、ありがとうママ!」
「ありがとー」
 クランとピケルちゃんは、リリーからりんご飴を受け取って、おいしそうにしゃぶりついた。リリーは、残りの一つのりんご飴をぺろりとなめた。
「あれ? リリー、私の分は?」
「そんなのー、あっるわっけないっじゃーん!」
「…………」
「うっそうっそ。じょーだんじょーだん。ルインの分もちゃんとあるって」
 リリーは背中に隠し持っていたりんご飴を差し出してきた。
「ルイン。人から物を貰ったら?」
「……ありがとう」
「よろしい」
 なんかリリーになめられた気がするけど、それよりも私はりんご飴をなめたい。素直にりんご飴を受け取った。
「さぁて、露店を制覇するよー」
 りんご飴をなめながら、私たちは露店を巡り歩く。
『あなたの人生逆転します! 逆転クイズ!』
『名推理劇場! 特殊召喚されるモンスターは誰!?』
『ネクロバレーのお土産といえば……シャブティのお守り!』
『地獄詩人のヘルポエム。――いま、手札を奪いにゆきます――』
 怪しげな看板の露店があっても、それらに片っ端から近づいていく。
「あーあ、クイズ外れちゃった……」
「レベル2! デビル・フランケン! やったー!」
「このシャブティのお守りって、墓守専用なのね。買って損したぁ……」
「ちょっと! お金かすめとるんじゃないわよ!」
 あっちの露店に近づいては一喜一憂し、こっちの露店に近づいては一喜一憂する。
 私たち4人は、修学旅行を満喫していたのだった。



カオス23 13:53

 俺は、一人で王家の谷−ネクロバレーを歩いていた。
 山の切れ目から僅かに覗く空以外は、ほとんど褐色の風景が広がっていた。屋根の平たい家がぽつぽつと建っているものの、それらの壁や屋根の色もまた褐色だった。
 そんな褐色に紛れ、誰かが俺を見ている気配を感じる。きっと、偵察者か監視者あたりだろう。そもそも俺は馬鹿でかい斧を持った全身鎧の男。不審者だと思われているのかもしれない。
 さて、今日はファラオ444世(しかし猫)の誕生日。いつもは寂しいほど静かであろうネクロバレーも、観光客や修学旅行生で溢れ返っていた。
 そんな賑やかなネクロバレーを一人で歩いていると、親友のことを思い出さずにはいられない。
 コザッキー。
 汚い白衣を着たモーレツ悪魔で、怪しげな発明に夢中になっていた俺の親友。
 先週の修学旅行でも、発明品を片手にコザッキーと一緒にあちこち遊びまわっていたことを思い出す。今朝、電池メンを漏電させたことや、2時間目にメカに乗ってサッカーをしていたことを思い出す。
 コザッキーが退学してしまった今、そんな時間はもう二度とやってこないのだろうか。
 コザッキーの去り際がフラッシュバックされる。
『俺は……今までずっと研究に魂を捧げたモーレツ悪魔……。そんな俺に親友なんて言われても……意味が分からない……んだぜ……』
 コザッキーは、今何をしているのだろうか。
 魔導サイエンティスト先生のところに行ったのだろうか? 発明すること自体をやめてしまったのだろうか?
 どんな選択をすることになっても、せめて後悔だけはして欲しくない。俺はそう思った。
 歩みを止めて顔を上げる。
 いつの間にか、俺は大きな白色の建物の前に来ていたようだった。『ネクロバレー資料館』と書かれた案内板が見える。
 資料館か。歴史には興味はないが、せっかく修学旅行に来たんだし、こういうところに入るのも悪くない。
 俺は、一人、ネクロバレー資料館に入館することにしたのだった。

 資料館の中は、冷房が効いていた。全身鎧の俺にとって、冷房はありがたかった。ついでに、入場料無料だったこともありがたかった。
 資料館には、ファラオと関係ありそうな、そうでないようなアイテムが展示されている。太陽の書、月の書、生者の書−禁断の呪術、サウザンドルールバイブルといった書物から、黄金の邪神像、ツタン仮面、第二の棺といったファラオが直接使ったとされるもの、折れ竹光、盗賊の七つ道具、打ち出の小槌といった全然関係ないものまで様々だった。
 節操なく並べられた展示物を眺めながら、俺は資料館をゆっくりと歩いていく。
 順路に従って進んでいくと、石版が並べられた円形の広間に出た。
 広間の中心にひときわ大きな石版が展示してある。この広間にはいくつもの石版が展示されているが、この石版だけがガラスケースの中にあり、その貴重さが伺える。
 そして、その石版を囲むように、人体らしき四肢がぷかぷかと浮いていた。一見、ものすごく怪しいが、俺にとっては見慣れた姿だった。なぜなら、封印されし者の右腕、左腕、右足、左足の4人だったからだ。
「おっ。ここに来ていたのか……」
 俺は4人へと近づいていく。封印されし者の左腕が俺に気づき、手を振ってくれた。
 この4人は兄弟であり、一心同体のように仲が良い。何かと一緒に行動する姿を見かける。
 4人のうち、右腕、左腕、右足の3人は、2年カオス組の生徒、つまり俺と同じクラスの生徒。左足だけは、隣の2年ダムド組の生徒である。
 右腕が、広間の中心にある大きな石版を指差した。
「ん? 石版がどうかしたか?」
 俺は、ガラスケース越しに石版を良く見てみる。石版には、巨大な魔神の姿が描かれていた。ガラスケースにはプレートが取り付けられており、そこには『召喚神エクゾディア、ここに眠る。起こさないでください』と書かれていた。
 召喚神エクゾディア。ううむ。どこかで聞いたことがあるような気がするが、良く思い出せない。
 右足と左足が、だんだんと床を叩く。そちらの方向へ視線を向けると、ボタンが設置された台があった。なるほど。このボタンを押すと、召喚神エクゾディアの音声解説が始まるのだな? 俺はボタンを押した。
 そして、視線を右へと向けると、『このボタンを押さないでください。封印が解けます』と書かれた注意書きがあった。ふざけんな。
 封印されし者の右腕、左腕、右足、左足の4人は、引き寄せられるように石版へと近づいていく。ガラスケースが音を立てて砕け散る。
 うーむ。何かものすごくやばい事になっている気がするぞ?
 右腕、左腕、右足、左足の4人が輪になって石版の前でぐるぐると回っている。
 まもなく、石版の中から頭が出てきた。
「うへ?」
 久々に間抜けな声を出してしまった。
 目を凝らしてもう一度良く見てみる。確かに、石版の中から頭が出てきている。しかも、その頭は石版を上回るほど大きい。いや、頭だけでもこの広間には収まらないんじゃないか?
 頭が出てくるにつれ、その大きさに合わせるように封印されし者の右腕、左腕、右足、左足が巨大化していく。
 広間が――いや、ネクロバレー資料館が、頭と右腕と左腕と右足と左足に支配されていく。それらは、にょきにょきと現れ、むきむきと巨大化する。資料館の壁がみしみしと音を立ててひしゃげ始めた。ガラスケースはとっくの昔に粉々だ。
「冗談じゃないぞ……!」
 石版の中からは頭に引き続き、上半身も出てくる。
 広間の壁に大きな亀裂が走り、その亀裂が瞬く間に広がっていく。これはまずい。資料館が崩れるのも時間の問題だ。
 俺は、すばやくこの広間を見渡す。俺の他に残っているのは二人。ダイ・グレファーが荒野の女戦士を追い回していた。俺は荒野の女戦士だけを抱えて外へ飛び出した。
 間もなく資料館は、崩壊し、瓦礫の山になった。
 代わりに現れたのは、さっきの石版に描かれた『召喚神エクゾディア』。周囲の山の高さと同等の大きさを持つ魔神だった。
 ああ、思い出した。封印されし者の右腕、左腕、右足、左足って、召喚神エクゾディアの封印パーツだった。なぜか、さっきまで、苗字が『封印されし者の』で、名前が『右腕』『左腕』『右足』『左足』の4人兄弟だと思っていたぞ。
 巨大な召喚神エクゾディア。寝起きだったのか、両腕を天へと突き上げて大きく伸びをしている。その拍子に山の一部が削れ、それらが鈍い音を立てながら転がり落ちていった。
 さあ! この場は! こっそりと! 退散、することにしよう……。うん……。



カオス24 14:06

「あれ! あれ! 何?」
 露店めぐりをしている私たちの背後に急に壁のようなものが現れた。
 ううん。あれは壁なんかじゃない。高さ約34.26メートル。
「召喚神エクゾディア……! エクゾディアよ!」
 間違いない。あれはディアハ・アカデミアで習った、伝説の召喚神エクゾディアだ。
 無限大の攻撃力を持つと言われているエクゾディア。今は封印されてるって習ったけど、どうしてこんなところに!?
 まわりを見渡してみる。ぽかんと立ち尽くす墓守の監視者、物陰に隠れて様子を見ている墓守の偵察者、一目散に逃げる墓守の長。賑やかなはずのネクロバレーが混乱の渦に包まれていた。
 こんな状況じゃ、クランやピケルちゃんも怯えているに違いない。なんとか落ち着かせてあげないと……。
「わーい! エクゾディアのおじさんだーっ!」
「本当だっ! エクゾディアっ! あーそーぼーっ!」
「……え?」
 私たちの心配をよそに、クランとピケルちゃんは、すっごく嬉しそうな声でエクゾディアに向かって走っていった。
「何やってるのよぉぉおおぉおぉぉぉっ!!」
 思わず叫んでしまった。
「何やってるのよぉぉおおぉおぉぉぉっ!!」
 隣のリリーも叫んでいた。
 あの子たちの声に反応したのか、私たちの叫び声に反応したのか、エクゾディアがこちらを振り向く。その時にエクゾディアの左肩が岩肌をかすめ、砕けた岩がガラガラと転がっていった。
 クランがエクゾディアの右足の親指の第一関節らしき箇所に飛びつく。ピケルちゃんは真似をして小指の第一関節らしき箇所に飛びついた。
 私とリリーはお互いに見合った。
「どうしよう?」
「どうしよう?」
 二人の声が重なった。
 リリーは引きつった顔をしている。きっと私も似たような表情をしているに違いない。あまりにも常識外れのことが起こっていて、何をすればよいのかさっぱり分からない。ああ、もう! こんなこと授業じゃ習わなかったわよ!
「ねえねえ、エクゾディアのおじさん! 『エクゾディアがころんだ』で遊ぼっ? ね?」
「あたいもあたいも! 『エクゾディアがころんだ』で遊びたい!」
 クランとピケルちゃんは無邪気にエクゾディアに話しかけている。
「HAHAHA! もちろんいいとも! かわいいお嬢さんたちのためなら、おじさん、何だってやっちゃうよー!」
「やったぁ!」
「じゃあね、ピケルがオニをする!」
「HAHAHA! いいともいいとも! よーし!」
 ものすごく低いエコーが掛かった威圧感のある声で、クランとピケルちゃんと遊び始めるエクゾディア。私は、このまま見ていればいいのか、止めればいいのか、分からなくなった。
 ピケルちゃんは、『エクゾディアがころんだ』のオニをするため、クランやエクゾディアから離れるように走っていた。
「ところで、リリー。『エクゾディアがころんだ』って何?」
「うーんと、どこかで聞いたことあるんだけどなぁ……。あ、そうそう、思い出した! 5年くらい前かな、教育テレビで『エクゾディアといっしょ』って番組あったっしょ?」
 そう言われてみれば、そんな番組があった気がするけど……。
「『エクゾディアといっしょ』は、巨大なエクゾディアがいろんなところで子どもたちとお遊戯をする、よい子の教育番組。で、『エクゾディアがころんだ』って言うのは、その番組に出てきた遊びの一種だったかな。別名『だるまさんがころんだ』だとか言ってたかも」
 なるほど。エクゾディアは教育番組に登場していたのね。だから、クランやピケルちゃんがあんなに嬉しそうにしてたんだわ。
「それじゃあ安心ね。安心してあの二人を任せられるわ」
「へ? 安心?」
 なぜかリリーがきょとんとした顔になった。
「そうよ。エクゾディアは教育番組で子どもたちの相手をしてたんでしょ? だったら、クランとピケルちゃんのことは安心して任せておけばいいじゃない。リリー、露店めぐりの続き、行きましょう?」
「は? 本当に安心だと思うの?」
 リリーは呆れた表情をして、エクゾディアのほうを指差した。
 エクゾディアとクランが並んで立っていて、そこから23.18メートルほど離れた位置にピケルちゃんがいる。ピケルちゃんはこちらに背を向けたまま、
「エクゾディアが……」
 と大声を出している。その間にクランとエクゾディアがピケルちゃんに近づいていく。
「……こーろんだ!」
 『こーろんだ』の『だ』辺りで、ピケルちゃんはくるりと177.56度ほど回転して振り向いた。それとほぼ同時に、クランとエクゾディアの動きはぴたりと止まった。
 しかし、ぴたりと止まったはずのエクゾディアは、片足しか地面についておらずふらふらしていた。しかも、7.56秒ほど経過すると、ふらついていたエクゾディアは、バランスを崩して転んでしまった。
 エクゾディアの転んだ先にはネクロバレーを囲む山がある。エクゾディアはその山に頭から豪快に突っ込んだ。がしゃあああああんとライトニング・ボルテックスよりも大きな音を立てて、山の23.18%ほどが砕け散った。砕けた岩が四方に飛び散り、あちこちに岩投げアタックが繰り出される。ネクロバレーじゅうに悲鳴が飛びかった。
「きゃはははは! エクゾディアのおじさん、ころんだー!」
「あははははっ! ころんだー!」
 岩投げアタックによって、宮殿は穴だらけになった。その半壊した宮殿からファラオ444世(猫なんだけどね)とそのお供たちが出てくる。ファラオ444世(猫だけど)は、とぼとぼと歩いてにゃおおおんと鳴いている。正確には、泣いていると言ったほうが良いかもしれない。最悪の誕生日プレゼントだった。
「……ルイン。これでも本当に安心だと思うの?」
「だ、大丈夫よ! エクゾディアは、教育テレビの子供向け番組に出ていたのよ。だから、大丈夫よ。うん、大丈夫……。……うん」
 転んだエクゾディアが右手を着いて立ち上がる。その右手は誰もいなくなった宮殿を完全に押し潰した。
「実はその子供向け番組が、たった8日で打ち切りになってたとしても?」
「…………」
 立ち上がったエクゾディアは腕を天高く上げた。
「HAHAHA! それじゃあ、おじさんと一緒に『エクゾディア第一体操』をしよう。まずは両手を上げてね!」
「うんうん。やるやるー!」
「うんしょっ」
 今度は体操を始めるエクゾディア、クラン、ピケルちゃん。
 エクゾディアが動くたびに地響きが起こり、残っている山も着実に削り取られていった。このままでは、ここ、王家の眠る谷−ネクロバレーが滅ぶのも時間の問題だった。
 地響きで地面が揺さぶられたせいか、羽根の装飾が施された小槌が、ぽんぽんとバウンドしながらこっちに近づいてきていた。リリーは巨大な注射器を地面に置いて、小槌を両手でキャッチした。
「これは打ち出の小槌ね。これを使えば、きっとエクゾディアを封印できるよ。使う? ルイン?」
 授業で習ったことがある。手札を入れ替える効力のある打ち出の小槌を使えば、召喚神エクゾディアを封印することができると。
「HAHAHA! 『エクゾディア第一体操』、最後は深呼吸。さあ、ひっひっふー」
「ひっひっふー」
「ひっひっふー」
「よーし! 『エクゾディア第一体操』はこれで終わり! おじさんは、いつだってキミたちの味方だよ。なぜなら、おじさんは、キミ達のような可愛いお嬢ちゃんが大好きだからね! HAHAHA!」
 エクゾディアは騒々虫よりも大きな声を出してHAHAHAと笑っている。
「…………」
「…………」
 私は、無言のまま、リリーから打ち出の小槌を受け取った。
「このロリコンがぁぁあああぁあぁぁっ!!」
 私は、ありったけの力を込めて、打ち出の小槌をエクゾディアに投げつけた。



カオス25 14:15

 封印が解き放たれたエクゾディアから離れるように歩いていくと、左右にそびえる山の間隔が徐々に狭くなっていった。そのまま進むと山が途切れて視界が一気に開ける。砂漠へと抜けたのだ。
 前方は砂一面の風景。この位置からだと、今までぼんやりとしか見えていなかったピラミッドがはっきりと見える。ピラミッドの近くで日光浴をしているのは、守護者スフィンクスだろうか。
 今の時刻は14時15分。6時間目が終わるのが15時10分だから、まだ1時間近くの時間が残っている。
 そうだな。時間もあることだし、今度はピラミッドにでも行ってみるか。俺は砂漠へと足を踏み入れた。
「モーレツに見つけたぜー」
 背後から男の声が聞こえた。
「……っ!」
 それは、2〜3時間ぶりに聞く声。何度も聞いているはずの声なのに、モーレツに懐かしい声だった。
 振り返る。
 そこには、薄汚れた白衣を羽織ったモーレツ悪魔――コザッキーがいたのだった!
「コザッキー? コザッキー……コザッキー! 戻ってきたんだな、コザッキー!」
 俺はコザッキーに駆け寄った。
 ディアハ・アカデミアを退学してしまったコザッキー。もう会えないかもしれないと覚悟していたコザッキー。そのコザッキーが俺の目の前にいるのだ。
 コザッキーはいつも通りの調子で、ニヤリと得意げに笑った。
「デミス。ようやく見つけたぜー」
「そりゃあ修学旅行だからな、簡単に見つからないのも仕方がない。コザッキー、そんなに俺のことを探してたのか」
「ああ。探してたぜー……。デミスに大事な用事があったからな」
「大事な用事?」
 俺は聞き返したが、コザッキーはそれには答えずに、
「ところで、デミス。俺、魔導サイエンティスト先生に会ってきたぜー」
 と、話題を変えた。
 いつも通りのように振る舞うコザッキーに、俺は、どこか不可解なものを感じた。しかし、それは、再会できた喜びに比べたらあまりにも些細なことだった。俺はコザッキーに話を合わせることにした。
「魔導サイエンティスト先生に会った? 魔導サイエンティスト先生って逮捕されたんだろ? そんなに簡単に会えるものなのか?」
 魔導サイエンティスト先生は、ディアハ・アカデミアで理科を教えている先生で、コザッキーの尊敬する人。だが、その研究内容が問題で逮捕されてしまった。
「クク……。デミス、知らないのか? 魔導サイエンティスト先生はモーレツに脱獄したんだぜー」
「脱獄!?」
 逮捕されて早々脱獄!?
「そうだぜー。魔導サイエンティスト先生は、隠し持っていた亜空間物質転送装置を使って拘置所を抜け出したんだ。だから会うのは難しくなかったぜー」
「なるほど。脱獄したから簡単に会えたと言うことか……。じゃあコザッキー、魔導サイエンティスト先生に会って、そこで何を話したんだ?」
 コザッキーは、右手を白衣のポケットの中に突っ込んだ。
「デミス! 聞いてくれよー! 俺は魔導サイエンティスト先生の正式な弟子にしてもらえることになったぜー! モーレツに嬉しいぜー!」
「お、おお、それは良かった……かもしれないな」
「うーん。だけど、弟子になるには『条件』があるんだよなー」
 コザッキーは腕を組んで首をひねる。
「条件? 脱獄した魔導サイエンティスト先生でもかくまうのか?」
「違うぜー。この条件は俺一人じゃ達成することはできない。条件を満たすためには、デミスがモーレツに必要なんだよなー」
「俺が必要? だから俺を探していたのか……?」
「そうだぜー。魔導サイエンティスト先生はこう言ったんだ。『終焉の王デミスの死体を持ち帰ったらお前を弟子にしてやろう』って」
「は……?」
 今、コザッキーの奴、何て言った?
「コザッキー、今、俺の死体を持ち帰る、と言ったのか?」
「ああ、そうだぜー。デミスには悪いけど、ここで死んでもらうぜー」
 地面が揺れる。コザッキーの足元の砂地が盛り上がり始めた。
「コザッキー。お前、俺を殺すって言ってるのか? 本気で殺すって言ってるのか?」
「そうだぜー」
 あっけなく言い放つコザッキー。
 魔導サイエンティスト先生が俺を殺せと言ったから、コザッキーはそれにしたがって俺を殺す……だと? 一体何の冗談だ!
 再会できた喜びは、コザッキーの決断に対する憤りへと変わっていく。
 ふざけんなっ! ふざけんなっ!!
 コザッキーの足元の砂が押し上げられ、一つのメカが姿を現した。
「これが俺のモーレツに最高な兵器――G・コザッキーだぜー!」
 G・コザッキー。コザッキーの姿を模した、高さ10メートルの巨大なメカ。いつの間にかコザッキーはその巨大メカの上に立っていた。
「操縦が難しいけど、そのパワーはモーレツだぜー!」
 コザッキーは、奇妙なほどはしゃいだ声を出して、がちゃがちゃと2本のレバーを掴んだ。
 あいつ、発明している時とほとんど口調が変わっていない。まさか、そんないつも通りの調子で俺を殺そうとしているのか? 本当にそうなのか!?
 親父との誓いを思い出す。……命に代えても親友は必ず守り抜かなくてはならない。そうだ。この状況で俺にできることはただ一つしかないんだ。
 俺は覚悟を決めた。
「いいだろう、コザッキー。いくらでもかかって来い! 親友の俺が全力で相手をしてやる!」
「デミス、お前の攻撃力は2400。それに対して、G・コザッキーの攻撃力は2500。たとえ全力で挑んだとしても、勝てる相手ではないぜー!」
「そんなことは百も承知の上! 俺のためにもお前のためにもここは負けられないんだ! さあ行くぞ!」
 俺は斧を持つ手にぐっと力を込める。
 王家の眠る谷−ネクロバレーとピラミッドの間にある砂漠。この砂漠で、俺と、メカに乗ったコザッキーは、命を賭して闘うことになったのだった。



カオス26 14:22

「楽しかったねー、ピケル!」
「うん! ピケル、楽しかった!」
 私とリリーの心配をよそに、思う存分遊んでくれたクランとピケルちゃん。
 さっきまでみんなを脅かしていた召喚神エクゾディアは、打ち出の小槌の効力で封印され、元の5体に戻っていた。封印が解かれた状態のエクゾディアは、迷惑で、ロリコンで、CO2を大量に吐き出す存在。だから、二度と封印を解かないようにと、ネクロバレーに住むおっさん(墓守の長)たちに釘を刺しておいた。おっさんたちは口々に私たちのせいじゃない、変な斧男が悪いとか言っていたが、そんなの単なる言い訳。私とリリーは思いっきり睨みをきかせてやったのだった。
 さて、今週の修学旅行は、あと46分58秒ほどの時間が残っている。これだけ残っているなら、もう一箇所どこかに行けるはずよね。うーん、どこに行こうか?
「ねえねえ、あたい、今度はピラミッド行きたい!」
 クランが左手で私のスカートを引っ張りながら、右手で砂漠の方角を指差した。
「えーっ! ピケル、ピラミッドは怖いなぁ……」
 ピケルちゃんがすかさず反対するけど、私にとっては、あの召喚神エクゾディアと何のためらいもなく遊んでいたほうが怖いわ。
「ずっるーい! ピケルは、露店に行きたいって言ってたじゃん! だから、今度はあたいのピラミッドの番! 当然でしょ!」
「うー」
 クランとピケルちゃんの間で、次の行き先はピラミッドであることが決定したようだった。私とリリーを差し置いて勝手に決めないで欲しいわ。
 とは言っても、
「じゃあ、今度はピラミッドに行こうか」
 私もリリーもピラミッドに行くことに反論するつもりはないんだけどね。
「やったぁー!」
 こうして、私たち4人は、ピラミッドへ向けて出発することになったのだった。

 歩き出してから7分23秒ほどが経過した。
 王家の眠る谷−ネクロバレーは、人口108人の小さな村。面積もディアハ・アカデミアのグラウンド程度の大きさ(カイザーコロシアム24個分)しかない。
 そのため、砂漠やピラミッドへ行くのに大して時間はかからない。あと約2分49秒も歩けば、砂漠の入り口にたどり着くだろう。そこからさらに約8分49秒歩けばピラミッドに到着だ。
「ピラミッドが見えてきたー! 見えてきたよー!」
 ピケルちゃんが砂漠に建てられたピラミッドを見つけたようだった。ここはまだ砂漠ではないけれども、これだけ砂漠に近いところまでやって来れば、ピラミッドの姿もはっきりと見えてくる。
「ふぅーん。ピラミッドって、丸っこい形をしてるんだー」
 クランが感想を漏らす。
「まるーい! ピラミッドってまるいんだー」
 ピケルちゃんもそれに続いた。
 ……ピラミッドが丸い? 私は大きな違和感を覚えた。
 まさかと思って、私は目を凝らして前方を見た。確かにピラミッドが丸く見える。丸いピラミッドからは、手のような足のようなものが4本飛び出している。違う! これはピラミッドじゃないわよ!
「あれ何? メカ?」
 リリーはそう言って、低空飛行している注射器から地面へと降りた。
「私だって知りたいわよ。確かにメカっぽいけど……」
 メカといえば、コザッキーのことを思い出す。デミスの親友だったけど、ディアハ・アカデミアを退学してしまった生徒。今見えているメカの装甲も、それとなくコザッキーの姿に似ている気がする。
「……デミスちゃん? デミスちゃんがいる!」
 そう言って、突然クランは走り出した。
 メカの周囲で黒い影が飛びかっている。バカみたいに大きな斧を軽々と持ち、全身を鎧で固めた男。確かにデミス。デミスがいる!
 私もクランの後を追って走り出した。まもなく、私はクランを追い抜き、一足先に砂漠へと飛び出した。
「何やってるのよ、あんたたち……」
 砂漠では闘いが繰り広げられていた。デミスと巨大メカに乗ったコザッキー。この二人が闘っていたのだった。
「デミスちゃん、なんで闘ってるの?」
 私の影に隠れながら、クランが砂漠の二人を見ている。
「こりゃすごいことになってるねー」
「うー、怖いよー」
 リリーとピケルちゃんも遅れてやってきた。
 一体なんだと言うの、この二人は。訓練でもしてる言うの?
「どーだぁっ! このG・コザッキーはモーレツに強いんだぜー!」
「ぐはぁぁっ!」
 バガァァァンと鎧がはじける音がして、デミスが吹き飛ばされた。背中から砂の地面に叩きつけられる。
「デミス! お前はここで終わりだぜー!」
「くそっ……」
 デミスは片ひざをついて立ち上がる。全身を鎧で固めたデミスの口元から血が流れ落ちるのが見えた。
 そこで確信した。これは訓練なんかじゃない! コザッキーはデミスを本気で殺そうとしている!
「ねえ。デミスちゃん、なんで闘ってるの? なんで?」
 クランは、私のロングスカートの生地を掴み、震えた声で私に問いかけた。
 そんなの、私の方が聞きたいわよ! そう言いたいところをぐっとガマンして、私はクランの頭をなでてあげた。
「あれはね、訓練。二人でパワーを鍛えあっているのよ」
「くんれん?」
「そう」
 決して訓練なんかじゃなかった。でも、クランを安心させるにはこうする他なかった。
 私はリリーに向き直った。
「リリー、お願いがあるの。この子たちを連れてここから離れて」
「ルイン? あんた……」
「クランとピケルちゃんを、こんなケンカに巻き込むわけには行かないでしょう? だから……」
「うん。分かった」
 リリーは小さく頷いた。
「ありがとうリリー」
「でも、ルイン。あたし思うんだ。この闘いはルインが手を出すべきじゃないよ」
 うん。
「分かってる。分かってるわよリリー」
 デミスから伝わってくるのは、ただならぬ決意。ここで私が割り込んでしまえば、彼の決意を踏みにじることになる。
 でも、あのデミスのこと。たとえ命に代えてもコザッキーのことをなんとかしてやる――そんなことを考えてるに決まっている。『命に代えても』なんて、そんなこと絶対許さないわよ! 今はデミスの意思をくみ取って見守ってあげるけど、いざとなったら、その意思に反しても助け出してみせるわ! たとえ、デミスの代わりにコザッキーが死んでしまうことになっても、絶対に!



カオス27 14:33

 ライフポイント理論をご存知だろうか。
 デュエルを行うプレイヤーと同じように、俺達モンスターの命もまた『ライフポイント』によって表すことができる、という理論である。
 ライフポイント理論によれば、誰もが4000のライフポイントを持っており、これが0になった時、命が尽きると言われている。
 ライフポイントは、主に、戦闘を行うことで失っていく。攻撃力が相手に負けていると、その差の数値だけライフポイントが削られていくのだ。そのため、攻撃力の差が大きいと2、3回ダメージを受けただけでライフが0になってしまい、逆にその差が小さいと10回、20回とダメージを受けないとライフを0にすることができないのだ。
 俺は、今、G・コザッキーと名乗る巨大メカと闘っている。
 俺の攻撃力は2400。G・コザッキーの攻撃力は2500。俺はダメージを受ける度に、じわじわと100ポイントずつのライフを失っていた。俺はこれまでに、合計1100のダメージを受けているから、俺のライフは残り2900というわけだ。
 何度も叩きつけられて全身が悲鳴を上げ始めている。だが、この程度ではまだまだ死には程遠い! 俺は立ち上がり、メカの上から操縦しているコザッキーを睨みつけた。
「コザッキー! いくらでも相手をしてやる! 気が済むまで俺を攻撃し続けるがいい! だが、俺も諦めないぞ!」
「モーレツにそうするつもりだぜー!」
 俺は地面に落ちた斧を拾い上げ、G・コザッキーに飛び掛かった。
 G・コザッキーは、コザッキー自身を模した巨大なメカ。あちこちにツギハギの跡が見られる割には、パワーもスピードも高い。いずれも俺を一回り上回っていた。
「これは俺がデミスを目標に作り上げたメカ。デミスに負けるはずはないんだぜー!」
 G・コザッキーから生えている4本の腕。その1本である『ハンマーの腕』が、俺の斧にぶつけられた。ガキィィンと鈍い音が鳴り、斧を通して衝撃が伝わってくる。俺は衝撃に耐え切れず、斧を手放してしまった。斧が回転しながら後方へ飛んでいく。その隙に『ドリルの腕』が迫ってくる。俺は空中で身をそらし直撃を避けたが、すかさずG・コザッキー本体が俺に迫ってくる。体当たりを仕掛けてきたのだ。この状況で巨大なメカの体当たりを避ける術などない。俺は受身を取るのが精一杯だった。
 また俺は地面に叩きつけられる。
 砂の地面であっても受ける衝撃は小さくない。俺のライフはじわじわと、だが確実に失われていく。
「何度迫ってきても無駄だぜー! このメカはモーレツに強いんだからよ!」
「無駄? いや、無駄なことなんてない。これが俺の取れる最善の策なんだ!」
 俺は再び立ち上がる。
「このままなぶり殺されるのが最善策? 何言ってるんだデミス。意味が分からない……意味が分からないんだぜー」
 ったく。コザッキーはまったく分かっちゃいない。そんなことだから、ろくな発明品を生みだせないんだよ。
 俺は、気づいていた。
 コザッキーは、憧れの魔導サイエンティスト先生に言わるがまま、俺を殺そうとしている。ずっと憧れていた魔導サイエンティスト先生。その先生に正式な弟子にしてもらえるかもしれない喜び。
 だが、その裏に、俺を殺すことへのためらいが見え隠れしているのだ。必要以上にはしゃいだ声を出し、必要以上に俺を殺すことをアピールし、時折動揺を表に出している――それらが何よりの証拠。そもそも、ためらいなく俺を殺す気なら、俺が油断している隙に攻撃しておくべきだった。
 つまり、コザッキーの心の中では、魔導サイエンティスト先生への憧れと、俺を殺すことを拒絶する気持ち、この両方が混在している。
 そして、おそらく、そのことにコザッキーは気付いていない。コザッキーは、自分の中には、憧れの魔導サイエンティスト先生しかないと思っている。いや、思い込もうとしている。
 だから、
「一つ言っておく。コザッキー」
「ん?」
「お前は俺が負けると思っているだろうが、俺がこの闘いに勝つだけなら簡単だ」
「な、なんだって?」
「そのG・コザッキーは確かに強い。だが、制御が不安定だ。俺がコザッキー本人を気絶させれば、操縦者のいないG・コザッキーは勝手に自爆するだろう」
「……! モ、モーレツに弱点だぜ……」
「ああ。だから、お前を一発殴って気絶させ、G・コザッキーのメカを自爆させれば、俺は闘いに勝利することができる。最初っからそんなことには気づいていた」
「は? ははは……ますます意味が分かんないんだぜー。弱点が分かっていたなら、最初から弱点を突けば良かったじゃんよー」
「それをしない理由を考えてみろコザッキー。お前には分かるはずだ」
 俺はG・コザッキーに飛ばされた斧を拾い上げた。
「さあ、闘いを続けるぞ!」
 コザッキーと俺との闘い。揺れ動くコザッキーの意思。
 コザッキーの中には、憧れの魔導サイエンティスト先生のためでも、俺を殺したくないと言う意思が確かにある。
 だから、俺はその意思を引き出す。お前に気付かせてやる。自覚させてやる。
 俺のライフポイントは残り2800。ライフが0になる前に――俺の命が尽きる前に、コザッキーに気づいてもらえるだろうか。
 ふと、親父との三つの誓いが頭をよぎった。

 一、決して嘘をつくな
 一、どんな時でも平常心を忘れるな
 一、命に代えても親友や愛する者を守り抜け

 もし。
 もしも、コザッキーが自分の気持ちに気付いてなお、俺を殺す選択を取ったとしたら、間違いなく俺は死ぬことになるだろう。
 なぜなら、どんなことがあろうとも、俺はコザッキーの親友だと思っているからだ。そして、『命に代えても親友や愛する者を守り抜け』――俺は命に代えても親友を絶対に守るからだ。
 でも、コザッキー。俺は信じているぞ!
 俺がコザッキーのことを親友だと思っているのと同じように、コザッキーもまた、俺のことを親友だと思っていることに!
 俺は、斧を両手に、G・コザッキーに飛び掛かった。



カオス28 14:44

 デミスがまた吹き飛ばされ、砂の地面に叩きつけられた。
「は、はははは……。なんで無駄だって分かってるのに攻撃してくるんだぜー?」
「無駄じゃないからだ!」
 デミスが巨大メカに飛び掛かっては、吹き飛ばされる。あれから何度も同じ光景が繰り返されていた。
 私のD・モバホン(携帯電話)には、デュエルカリキュレーター機能がついている。これは、D・モバホンのカメラで撮影された人のライフポイントを測ることができる機能だ。
 私はデミスの姿をD・モバホンで撮影した。それと同時にデュエルカリキュレーター機能が動き始め、デミスのライフポイントがD・モバホンのディスプレイに表示された。残りライフ2500。デミスのライフポイントはそろそろ半分を切ろうとしていた。
 しかし、デミスよりも私のほうが限界に来ていたのかもしれない。このままデミスが傷つくのを見ているだけ、このまま徐々に弱っていくのを見ているだけ――そんなこと、私には耐えられそうになかった。精神がおかしくなりそうだった。本当は今すぐにでも飛び出して、コザッキーをあのメカから引きずり落としてしまいたい。私は破滅の槍をぐっと握りしめた。
 でもダメ! 今ここで飛び出したらデミスの意思を踏みにじることになる。だから、あと少しだけ……そう、あと4回。4回だけガマンしよう。もし、5回目の攻撃を受けてデミスのライフが2000になったら、その時は、デミスの意思に反してでもコザッキーを止める。うん、そうしよう。そうしよう。
 そう決めたら少しだけ楽になった気がする。飛び出したい気持ちを何とか抑え込めた気がする。私は破滅の槍を持つ力を弱めた。
「ぐっ……!」
 またデミスが吹き飛ばされた。残りライフ2400。
「デミスは死にたいだけなのか? ぜんっぜん、ぜんっっっぜんっ、意味が分かんないぜー」
「その意味をお前が考えるんだよコザッキー! お前、頭はいいんだろ? 色々発明できるんだろ?」
 デミスは再び立ち上がったが、明らかに動きが鈍くなっていた。
「さっきからそればっかり! 意味不明。意味不明すぎるぜ!」
「大事なことだから何度も繰り返しているんだ。いい加減分かれ!」
 デミスは斧を拾い上げ、再び巨大メカに飛び掛かる。と同時に巨大メカは前進し、体当たりを仕掛ける。デミスは、それをかわし切れずに吹き飛ばされた。
 残りライフ2300。確実に反応が遅くなってきている。
「いいか、コザッキー。考えるんだ。お前を倒せばG・コザッキーを破壊できるこの状況で、俺がお前を狙わない理由を!」
「いい加減にしてくれよ……。モーレツにいい加減にしてくれよ!」
 デミスは再び立ち上がり、斧を持って巨大メカに突撃する。斧の攻撃がメカに届く前に、メカの口がガーッと開き、メカのあごの部分がデミスの頭部を直撃する。
「がはっ……」
 デミスはそのまま真下の地面に叩きつけられる。残りライフ2200。
 私が持つ破滅の槍に再び力が込められる。もうダメ。今すぐにでも飛び出したいくらい……! でも、あと2回。あと2回攻撃が終わるまではガマンしよう。これが私にできる精一杯の譲歩。
「何だぜ! 何だぜ! 何してるか分かんないぜ……!」
「そうだな。何してるんだろうな。俺もお前も」
 デミスはそう言って斧を持ち上げ、巨大メカに飛び掛かり、またしても弾き飛ばされる。残りライフ2100。
 あと1回。次に攻撃を受けたらもうガマンは終わり。ここから飛び出して、巨大メカからコザッキーを引きずり落とす。たとえコザッキーの命を奪うことになっても、絶対に引きずり落とす。
 私は『影』の力を解放し、いつでも飛び出せる準備をした。
「コザッキー。お前は、何しにここに来た!?」
「そりゃもちろん、魔導サイエンティスト先生の弟子になるためだぜー。デミスの死体を持ち帰れば、俺は、俺は……」
「『俺は』どうしたって?」
「俺は……」
 デミスは再び斧を構え、巨大メカに飛び掛かる。デミスは、巨大メカの腹部のあたりに斧を振り下ろした。だが、斧が命中するより早く、巨大メカの『ハンマーの腕』がデミスに襲い掛かる。
 この攻撃が最後。この攻撃をデミスが受けたら私はここから飛び出す。私は破滅の槍を持つ手に力を込めた。
 デミスと巨大メカの間で、ガアアァァァンッと強烈な音が鳴り響いた。私はその音を聞いて飛び出そうとして……飛び出すのをやめた。
 なぜなら、今の音はデミスが吹き飛ばされた時とは違う音。デミスの斧が巨大メカを捉えた音だったからだ。
「俺は、何をしているんだぜー……?」
 コザッキーが呟く声がかすかに聞こえてくる。巨大メカの『ハンマーの腕』は、デミスのおよそ95.21センチメートル手前でピタリと止まっていた。
 コザッキーが自らの意思で攻撃を止めた? 念のためデュエルカリキュレーターでデミスのライフポイントを確認してみると、2100のまま減っていなかった。
 コザッキーが巨大メカの操縦レバーから手を離した。
「なんで俺がデミスを殺さなきゃいけないんだぜ……」
 コザッキーが操縦レバーを離したせいか、巨大メカが制御を失い始めた。デミスが12.24ほどメートルジャンプして、メカのてっぺんにある操縦席に飛び乗る。デミスは、操縦席で呆然と立っているコザッキーを脇に抱えて、再びジャンプした。
 制御を失った巨大メカは、『ハンマーの腕』で自分自身を殴りつけた。殴りつけられた部分に穴が開き、火花が飛び散った。火花はメカを駆け巡り、間もなくメカは爆発した。
 爆発のせいで砂ぼこりが舞い、メカの周囲がよく見えなくなった。分かるのは、巨大メカがパチパチと燃えている音と、デミスとコザッキーの声だけ。
「俺、分かった気がするぜ、デミスの言ってること。……俺、デミスが死ぬのが嫌だったんだ。たとえ、尊敬するサイエンティスト先生の弟子になれたとしても、そんなことできなかったんだぜ……。きっとデミスも、俺が死ぬのは嫌だったんだよな。だから、俺を攻撃しなかったんだよな」
「ああ、8割方正解だ」
「8割? 残り2割は何だぜー?」
「それが『親友』ってことだよ。……よーく覚えとけよ。テストに出るからな」
 私は解放した『影』を元に戻し、破滅の槍を持つ手を緩めた。
 まったく。うまくやってくれるんだからデミスは。これで失敗したらどうするところだったのよ。私、デミスが死んじゃうかもしれないって思ったじゃないの! デミスの代わりにコザッキーを殺さなくちゃいけないって思ったじゃないの! まったく、まったく! まったく……。
 メカの爆発で巻き上がった砂ぼこりが私のところまで飛んできて、私の目に砂が入ってしまったようだった。私は涙を流す羽目になったのだった。



カオス29 15:02

 子供の頃、俺と親父の間で交わした誓い。

 一、決して嘘をつくな
 一、どんな時でも平常心を忘れるな
 一、命に代えても親友や愛する者を守り抜け

 親父にとっては冗談だったのかもしれないが、あの時から俺はこの誓いを一度も破ったことはなかった。
 この誓いが今の俺を形作っていると言っても良いだろう。
『命に代えても親友や愛する者を守り抜け』
 親父、俺は守り抜くことができた。コザッキーを守って、俺達の仲を再確認させることができた。これも親父の誓いのおかげだ。
 いや、親父のおかげだけじゃない。
「ありがとう、ルイン」
 俺は王家の眠る谷−ネクロバレーの方角で目をこすっているルインに向けて言った。
 ルインはびくんと驚いた様子を見せた後、こちらに走り寄ってきた。
「き、気づいていたのね、デミス……」
「そんな目立つところに突っ立てりゃ気づくのも当然だろ」
「う、うん……」
「ともかく、ありがとうな、俺達のこと見守ってくれて。手を出さずにいてくれて。見てるだけなんて辛かっただろ?」
「な、何言ってるのよ! 私はそんなこと……」
 相変わらず素直じゃない奴だ。
 俺は一歩前に出て、ルインの体を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ。鎧越しに抱きしめたって痛いだけよ。痛いだけだって、言ってるでしょ……」
 声が小さくなって、ぐすっと鼻をすする音が聞こえた。やはりルインは泣いているようだった。
 その時、俺のD・モバホンがぶるぶると震えた。メールが送られてきたらしい。こんな時にメールを送ってくるとは、空気が読めない奴がいたものだ。俺はメールを無視しようと思ったが、ちらりと見えたサブディスプレイの文字に目を奪われてしまった。
 そのメールは、魔導サイエンティスト先生から送られてきたものだったのだ。

 送信者:魔導サイエンティスト / 送信日時:4089年10月24日 15:07

 科学の世界では『理論値』を求めるのが一般的だ。
 だが、現実の『実測値』は理論値から多少外れることがある。
 科学者は、実測値を限りなく理論値に近づけようと努力する。空気抵抗を限りなく減らしたり、摩擦力を限りなく減らしたりというように。
 デミス。お前にはこの意味が分かるか?
 お前は理論値を出すためには邪魔な存在。ここで死んでもらわなければ困るのだよ。

「ルイン。泣いてる場合じゃないぞ」
「え?」
 泣き顔を上げるルイン。
「魔導サイエンティスト先生が俺を狙っている。ここは危ない!」
「な、何よ、それ……」
「狙っている理由は俺だって知りたいくらいだ。ただ、とにかく危険なんだ」
「それなら! それなら私も闘う! 傷だらけのデミスだけじゃ心配よ!」
 魔導サイエンティスト先生は、数々の発明品を持っているだけでなく、1000ライフポイントを払うことで融合モンスターを作り出す能力を持っている。とは言え、その能力で作れる融合モンスターはレベル6以下のモンスターに限られるので、俺やルインほどの攻撃力があれば返り討ちにできるだろう。
 だが、中には特殊能力を持つ融合モンスターもいる。特に危険なのが、サウザンド・アイズ・サクリファイス……。
 俺の頭に最悪のシナリオが思い浮かぶ。この状況を回避するには、あれを使うしかない!
「ルインには、取ってきて欲しいものがある」
「取ってきて欲しいもの? 何よそれ」
「昆虫の死骸2匹分だ。これがあればデビルドーザーを呼ぶことができる」
「デビルドーザー……。2時間目の体育の授業で暴れた巨大ムカデよね。確か攻撃力2800。でもこんな遠いところまで来てくれるの?」
「デビルドーザーは昆虫の死骸2匹さえあれば、どこにだって一瞬で来てくれる。ワームホールから異次元を伝って来ているからな」
「……分かった。昆虫の死骸は、きっと王家の眠る谷−ネクロバレーに戻ればあるわよね」
「ああ」
 ルインが俺から離れる。
「でも、それまで死んじゃダメだからね! 死んだら絶対に許さないんだから!」
「ああ、死なない」
「それ、ウソじゃないわよね? 絶対に死なないわよね?」
「もちろんだ。俺と親父との誓いは、ルインだって知ってるだろう? 俺は絶対に嘘はつかない」
「そう……そうだったわよね!」
「そういうことだ。じゃあ安心して探してきてくれ」
「うん!」
 ルインはネクロバレーの方角へ走り去っていった。
「コザッキー!」
 俺は少し離れたところにいるコザッキーを呼びつけた。
「コザッキー、聞こえてるのか!?」
 コザッキーは何をしているのだろうか。呼んでもまるで反応がない。
 俺はコザッキーの元に走り寄り、その肩を強めに叩く。
「コザッキー、どうかしたのか!?」
「デミス! 俺、どうしよう。モーレツにどうしよう……!」
「一体何があったんだ? まさか……」
 コザッキーは、D・モバホンに送られてきたメールを俺に見せてくれた。

 送信者:魔導サイエンティスト / 送信日時:4089年10月24日 15:07

 コザッキーよ。
 やはりお前は役立たずの雑魚発明家だ。
 デミスとともに、ここで朽ちるが良い。

 俺だけでなくコザッキーまで!
 その時、俺とコザッキーを取り囲むように6つの光が放たれた。
「な、何だ! 何が起こっているんだ!?」
 それぞれの光を見ると、そこに誰かがいるような気配を感じた。モンスターが召喚でもされたとでも言うのか?
「これは亜空間物質転送装置だぜ……。転送距離がモーレツに伸びた新型の亜空間物質転送装置!」
 6つの光から6体のモンスターが現れた。
 魔人ダーク・バルター、デス・デーモン・ドラゴン、ドラゴン・ウォリアー、紅陽鳥、ナイトメアを駆る死霊、そして、サウザンド・アイズ・サクリファイス。それらが、俺達を取り囲むように『転送』されてきたのだった。
 それぞれのモンスターは、骨格が歪み、その表皮もただれているように見えた。それは、魔導サイエンティスト先生によって作り出されたモンスターであることを象徴していた。
 魔導サイエンティスト先生は、本当に俺達を殺す気なんだ……!
「コザッキー。お前、何かメカを持っているか?」
「今は、強制脱出装置が一人分だけだぜ」
「よし、じゃあ、お前はそれを使って逃げろ」
「え? でもデミスは……?」
「俺は大丈夫。俺にはこいつらを倒す自信がある。だから逃げるんだ。すぐに強制脱出装置の準備をするんだ! 早く!」
「わ、分かったぜー……」
 俺がコザッキーをけしかけると、コザッキーは白衣のポケットからカード状の基盤を取り出し、そこに配線されたスイッチを押した。
「絶対、絶対帰ってきてくれよデミス! デミスはモーレツに俺の親友なんだから!」
「ああ、もちろんだ」
 地面が揺れ砂を押し上げ巨大なメカ――強制脱出装置が現れた。強制脱出装置はコザッキーの真下から現れたため、コザッキーは強制脱出装置の射出装置に即座にセットされた。すぐにスタートランプが点灯し、コザッキーが空高く射出された。
 その直後、サウザンド・アイズ・サクリファイスの瞳が光る。俺は縛り付けられたかのように身動きが取れなくなってしまった。
 サウザンド・アイズ・サクリファイスは、攻撃力や守備力こそは0であるものの、全モンスターの攻撃を封じた上、モンスターを吸収する能力を持っている。もし、一度でも吸収されてしまったら、助かる術はほとんど無いと言っていい。
 いくら攻撃力が高くても無駄。普通のモンスターではサウザンド・アイズ・サクリファイスに勝つ術はない。
 だが、幸いにも俺は普通のモンスターではない。俺の『あの技』を使えば、サウザンド・アイズ・サクリファイスに勝つことができる。
「俺の『終焉の王』たる所以を見せてやる」
 この技は、俺の唯一にて最強の特殊能力。いくら攻撃力が高かろうが、いくら罠が仕掛けてあろうが、いくら仲間であろうが、俺以外の全てのモノを無差別に破壊してしまう。
 だからだ。だから、俺はあの技を使う前に、ルインとコザッキーをこの場から遠ざけた。ここにルインやコザッキーが残っていたら二人まで巻き込んで死に至らしめてしまう。それほどまでに凶悪な技なのだ。
 ドクン……ドクン……心臓の鼓動のペースが遅くなり始めた。俺は目を閉じる。
 俺は混沌の中にいた。
 その俺を取り囲むように数多のイメージがあった。
 喧騒の街中、寂れた廃墟、常夏の小島、真冬の雪山――それらのイメージは、現れては消え、消えては現れる。脈絡があるようで脈絡がなく、意味があるようで意味がない。
 ふわりと漂うように、俺はそのイメージに包まれていた。イメージが通り過ぎていくのをただ傍観していた。それは心地良い感覚だった。
 この世界は、混沌だった。
 俺は手を伸ばし、イメージの一つに触れ、それを……握り潰した。
「エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き!」



カオス30 15:13

 昆虫の死骸を見つけるためネクロバレーに戻った私は、崖のふもとにスカラベの死骸が落ちているのを見つけた。
 だけど、
「何をしておる!」
 と、杖を持った変なおっさん――墓守の長がそれを咎めた。
「ここは、王家の眠る谷−ネクロバレー。いかなる場合であろうと死者を冒涜することは許されない。はじめに説明したはずだ」
 何を言ってるの? このおっさんは。
「死者って、このスカラベが? 昆虫の死骸よこれ。王家の者とは何の関わり合いもないはずでしょう?」
「この谷の掟だ。王家の者に関係あろうがなかろうが、全ての死者の魂は安らかに眠らなければならない」
 墓守の長の口調は険しかったが、私も負けていられない。
「デミスの命がかかってるのよ! 掟に縛られて昆虫の死骸さえ持ち出せないなんて、そんなの馬鹿げている! 死者を尊重して、生きている人を見殺しにしたら、何の意味もないじゃないの!」
「何とでも言うがいい。墓守の一族は数千年もの間、死者だけを守って来たのだ」
 何よ。何よ。何よ何よ何よ! こいつら馬鹿じゃないの?
 いっそ力ずくで、とも思ったけど、この墓守の長は攻撃力2400。私の攻撃力2300では勝ち目がない。いったい……いったいどうすれば……!
 その時、砂漠の方角からズドオオオオと、地響きのような音が鳴り響いてきた。
「な、なんだ。何が起こったのだ」
 墓守の長が慌てふためきだした。それを無視して、私は砂漠の方角へと視線を向ける。砂漠には真っ黒な半円状のドームのようなものがあった。
「デミス……?」
 一度だけ見たことがある。あれは、デミスの唯一にて最強の必殺技『エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き』。あの必殺技が発動されれば、周囲にある全てのものが破壊されてしまう。デミス以外のもの、なにもかも全て。
 でも、あの必殺技は……ダメ! あの必殺技は強大な破壊力を持つ代わりに、使用したデミス本人にも極大な負担がかかってしまうから!
 その代償は、『命の半分』。言い換えれば、必殺技を発動すると2000ライフポイントが失われてしまう。
 確か、今のデミスのライフは2100。あの必殺技を使ったら、残りは100。
「死に掛けも同然じゃないの!」
 あの必殺技が放たれた以上、全てのものは破壊しつくされる。そんな中、無理にデビルドーザーを呼ぶ必要なんかない。
 私は、スカラベの死骸は放置して、砂漠の方角へと走り出した。一刻も早く、早く行かなくっちゃ!
 砂漠には、デミスが放った真っ黒な空間があった。私が砂漠に近づいていくにつれ、それは徐々に大きく見えていく。
 走りながら、私は一つのことを悟った。
 きっとデミスは気付いていたんだ。このネクロバレーでは、昆虫の死骸を使ってデビルドーザーを呼べないことに。
 デミスは、私を闘いの場から遠ざけるために、「昆虫の死骸をとって来い」なんて言ったんだ。そりゃそうよ。私に「必殺技を使うから逃げろ」なんて言っても、素直に「うん」なんて言うわけない。私を闘いの場から遠ざけたかったら、デビルドーザーを方便に使うしかなかったんだわ。
 デミス、何であいつは……、あいつはこうまでして私たちを守ろうとするのよ! 残りライフ100なんて風前の灯火もいいとこじゃない! もうまともに立つこともできないわよ!
 真っ黒な空間は、次第に小さくなっていく。必殺技の効力が終わりを迎えたんだ。同時に私は砂漠へと足を踏み入れた。
「デミスーーーーっ!!」
 砂漠に到着した私は真っ先に叫んだ。
 すぐに目を凝らして砂漠を見渡す。ここから180.79メートルほど離れたところに、黒い鎧が倒れているのが見えた。……デミスだ! 私は再び走り出した。
 バカ! バカ! バカ! 本当にバカっ! あいつは何でこうなのよ!? こんな目に遭うのを分かっていて、あの必殺技を使うなんて!
「デミス! デミス! デミス!」
 私は、デミスのそばまで駆け寄った。
 デミスは、仰向けになって倒れていた。ぴくりとも動かない。
「デミス! バカ! バカーーーーーーーーッ!!」
 私は思いのままに叫んだ。目の前がぼんやりしていて良く見えない。
「う、うるさい、ルイン。もう少し静かにしてくれ」
 デミスは仰向けのまま、頭だけをこちらを向けた。私の瞳に溜まっていた涙がデミスにこぼれ落ちた。
「だって、だって! デミスが、死んじゃうかもって、思ったんだもの……!」
 残りライフ100。生きているのは分かっている。でも、涙が止まらない。嬉しいのか悲しいのか悔しいのか、もう訳が分からなかった。
「お前、案外泣き虫だよな……」
「う、うるさいっ!」
 デミスは消え入りそうな声で冗談を言う。そんな場合じゃないのに。
「とにかく早く戻って手当てしなくっちゃ。ほら、おぶってあげるわよ」
「俺がお前におぶってもらうのかよ。かっこ悪いな……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 自分であんなことしておいて!」
「分かった分かった……。だから黙って速やかにおぶってくれ」
「……ほら!」
 私が倒れこんでいるデミスを持ち上げておんぶしようとした時、天空騎士パーシアス先生が私のD・モバホンに電話をかけてきた。6時間目が終了したから早く集合して欲しいとのことだった。私は今の状況をパーシアス先生に伝え、デミスの救護の準備をしてもらうようにお願いした。
「パーシアス先生からの電話か?」
「そうよ。6時間目が終わったから早く集まれって」
「なあ、ルイン。6時間目で今日の授業終わりだよな」
「それはそうだけど、それがどうしたのよ」
「俺が1時間目に送ったメール。9時29分のメールを見てくれ」
「え? いきなり何よ」
「いいから見てくれ」
 私は疑問を持ちながらもメールを開いた。

 送信者:デミス / 送信日時:4089年10月24日 09:29

 いきなり変なこと言ったよな。
 でも、俺がお前を好きってことには間違いないから。それだけは、はっきりさせておきたいんだ。
 いいや、ただ好きってだけじゃない。
 俺はお前を愛している。世界で一番愛している。

 そして、良かったら聞かせて欲しい。
 ルイン――お前が俺のことをどう思っているのかを……。

 授業が終わったら返事を聞きにいくよ。
 その時、お前の正直な気持ちを教えてくれないか……?

「これ、今日の1時間目に、デミスが私をからかって送ったメールでしょ? 今さら何を言ってるの」
 私はそう言って、一つのことを思い出した。
 デミスは、彼のお父さんとの誓いを守って生きている。その誓いの一つに『決して嘘をつかない』という内容があった。現に、その誓いの日以来、デミスは一度も嘘をついたことがない。
 じゃあ、メールの『授業が終わったら返事を聞きにいくよ』の一文。デミスは1時間目の授業が終わっても私に返事を聞きに来なかった。これって嘘になるんじゃないの?
 そこまで考えて気付いた。『授業が終わったら返事を聞きにいくよ』――まさかこれ、『1時間目の授業が終わったら』って意味じゃなくて、『今日の授業全てが終わったら』って意味だったの?
「ルイン、どうなんだ? 俺のことどう思っているんだ? 返事を聞かせてくれ」
 砂漠に倒れこんだまま、デミスが私に問いかける。
 えっ? えっ? えーーーーっ!? 私は頭の中が真っ白になった。
「こ、こここ、こんな時に何言ってるのよ、この男は! バカよ。生粋のバカ! バカバカバカっ!」
「馬鹿でもなんでもいい。俺は、お前の気持ちが知りたい」
「何よ! 何よ何よっ! デミスは何考えてるのよっ! そんなのデミスだって分かってるくせに! 分かってるくせに!」
「俺は、お前からその言葉が聞けたら元気になれそうなんだ。だから、頼む」
「そ、そんなこと……」
 そんなこと、言わないでよ……。
 デミスは嘘をつかない。だから『お前からその言葉が聞けたら元気になれそうなんだ』と言うのももちろん嘘ではない。本心から言ってる。
 ほんとにもう……もう何考えてるのよ! 何でこの男はそうなのよ! バカで、アホで、ぶっきらぼうで、いつも私のことからかって、時々かっこよくて、やさしくて、守ってくれて、私のこと愛してくれて、
「大好きよ! デミスのことが大好きよ! この世界で一番大好きよ!」
 涙があふれて止まらない。感情も想いも何もかも全てデミスに吐き出してしまった。
「その言葉が聞きたかった……。俺もルインのことが大好きだ」
 デミスが心底嬉しそうな声で返事をしてくれた。
 その言葉に私は胸がいっぱいになって、涙が止まらなくなって、それ以上何も言うことができなくなってしまった。
 時差の影響だろうか、15時27分19秒にもなっていないのに夕日が私たちを照らしつけていた。砂漠を流れる風が心地よいものに変わっていく気がした。

 こうして、私たちの修学旅行は終わりを迎えたのだった。







 水入らずの放課後編へ続く...





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