デミスとルインの混沌とした一日
―― 水入らずの放課後編 ――

製作者:プロたん




[ここまでのあらすじ]
 デミスとルインは、小さいころからケンカばかりしてきた幼なじみ。今日も二人はディアハ・アカデミアに通います。

 5〜6時間目の授業は修学旅行。
 デミスは、クランとピケルに引っ張り回されたり、エクゾディアの封印を解いたり、親友のコザッキーと命がけでケンカしたり、魔導サイエンティスト先生に命を狙われたり、ルインに大好きとか言われたりしましたが、総じて平凡な修学旅行でした。




カオス31 16:12

「なんだこれ。まずい。まずすぎる」
 ディアハ・アカデミアの保健室。そこで俺はまずい液体を飲まされていた。レッド・ポーションである。
「うるさいわね。黙って飲みなさいよ。さっきまでライフ100で死に掛けだったんだから」
 ルインが2本目のレッド・ポーションの入ったビンを俺に差し出しながら言った。
 5、6時間目の修学旅行。俺は、コザッキーや魔導サイエンティスト先生と一悶着や二悶着くらいあった。おかげで、俺のライフポイントは4000から100へ。砂漠の真ん中で倒れた俺は、ルインにおぶってもらって何とかディアハ・アカデミアの保健室まで戻ってくることができたのだ。
 残りライフ100。このライフを手っ取り早く回復させるには、薬を飲むしかない。そこで保健室にあったのがこのレッド・ポーション。
 名前の通り赤色の液体で、ぶくぶくと気泡が上がっている。一見すると、色がちょっと変わった炭酸飲料のように見えるが、これが実にまずい。化学室の薬品を寄せ集めてもこんなひどいものはできないんじゃないか、と言うくらいまずい。
 俺は何とか2本目のレッド・ポーションを飲み干した。ああ、涙が出そうだ。
「はい。あと6本」
 ぎえええええ、と叫びたくなる。
 レッド・ポーション1本あたりの回復量は500。俺のライフを4000ポイントまで戻すためには、合計8本飲まなければならなかった。
 レッド・ポーションのビンに貼られたラベルを見る。『プロ炭酸製薬株式会社』と書かれていた。ふざけんなプロ炭酸。こんなまずいもの作ってんじゃねーぞ。
 ああ。せめてバブルマン製薬株式会社が作った『ブルー・ポーション』を飲みたかった。こっちは回復量こそ400ポイントと控えめだが、味はなかなかものだからだ。
「ほら、あと5本。早く飲みなさいよ」
 俺は涙をこらえながら、まずいレッド・ポーションを一本ずつ飲み干していった。
 全部飲み干す頃には、10分の時間が経過してしまっていた。ああ、ここにブルー・ポーションが置いてあればこんなことにはならなかったのに。
 ルインが呆れ顔をした。
「ポーション8本飲むのに10分29秒もかかるなんて。一気にガーーッと飲んじゃえばいいのに、ガーーッと」
「味がまずいんだよ」
「そう? 私はおいしいと思うけど……」
 ルインは首をかしげている。
 断言しよう。ルインの味覚は狂っている。
 ルインが作る料理がまずいのも、こいつの味覚が破滅しているからだ。それに加えて性格まで破滅している(自覚がない)から、悲惨な料理を次々に製造していくことになるのだ。信じたくないことだが、ルインの奴、自分は料理が上手いと思っている節がある。かなり迷惑だ。
 まあ、そんなことはどうでもいい。とにかくレッド・ポーションは飲み干したんだ。
 今の時刻は夕方の16時30分頃。東の窓から太陽の光が差し込んでいて、それがまぶしく感じられる時間帯だった。
 よし、今日の授業も終わったことだし、そろそろ帰るとしよう。ベッドに腰掛けていた俺はぐっと力を込めて立ち上がった。
 とその時、
「おーい、デミスー!」
 保健室の引き戸が開かれて、薄汚れた白衣を来たモーレツ悪魔が現れた。コザッキーだ。
「ん? どうした、コザッキー」
「今日、俺たち掃除当番だぜ。モーレツに掃除当番だぜー!」
 大げさに手を広げて話すコザッキー。
 なんやかんやとあったものの、コザッキーは、ディアハ・アカデミアに復学する道を選んでくれた。
 ほんの1、2時間前まで、コザッキーが尊敬していたはずの魔導サイエンティスト先生。コザッキーは、その先生の弟子になれるチャンスを逃してまで、俺と親友であることを選んでくれた。だが、そのせいで、コザッキーは命を狙われることになってしまった。
 コザッキー、何を考えているのだろう? もしかしたら、俺と親友でいることを後悔しているのかもしれない。もしかしたら、魔導サイエンティスト先生への弁解を考えているのかもしれない。魔導サイエンティスト先生に命を狙われた今でも、はいそれと先生への憧れが消え去るほど、コザッキーの気持ちは単純ではないはずだ。
 コザッキー、思うことはたくさんあるだろう。やりたいこともたくさんあるだろう。
 けれども、そんな中、コザッキーは、俺達との学園生活を優先してくれた。俺はそのことが純粋に嬉しかった。
「そういえば、今日は俺とコザッキーが掃除当番だったな」
「そうだぜー。忘れてもらっちゃ困るぜー」
 俺は、ベッドの脇に立てかけてあった斧をひょいと担ぎ上げる。
「じゃあ、またなルイン。俺は教室に戻って掃除してくる」
「ちょっと大丈夫なの、掃除なんかして? さっきまで死に掛けてたんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。いくらまずくてもレッド・ポーションはれっきとした薬。もう俺のライフは4000ポイントまで回復しているぞ」
「うーん、分かったわ……。それじゃ、私はバイト行ってるから。また後でね」
「ああ、また後で」
 俺とコザッキーは、一足先に保健室を出る。ルインは微笑んで、小さく手を振ってくれた。
 うーむ。6時間目が終わってから、ルインが少し素直になった気がする。はにかむ笑顔がなんだか愛しい。たまにはお互いの気持ちを確認しあうことも大事なものなんだな……。

「掃除するぜー! モーレツに掃除してやるぜー!」
 俺がほうき片手に掃除を始めようとした時、コザッキーが怪しげな壺を引きずって教室へ入ってきた。
「コザッキー、何だよ、その壺」
「お、これ、知らないのか! これはカウンタークリーナーと言って、自動的にゴミを吸い上げてくれる機械なんだぜー! モーレツにイカすだろー?」
 モーレツにダサかった。
 気持ち悪い顔が描かれ、車輪と取っ手と蓋がくっついた壺。少なくともデザインした奴は、故意に気持ち悪く作ったに違いない。
「スイッチオン、だぜー!」
 コザッキーは、カウンタークリーナーに描かれた顔についている鼻のてっぺんを押した。
 びょおおおおおおっという音ともに、ゴミやチリがカウンタークリーナーの鼻の穴へ吸い込まれていく。しかも、時々鼻づまりのような音が出たり、咳き込んだ音が出たりしている。
 あまりにも不快だったので、俺はカウンタークリーナーを窓の外めがけて蹴り飛ばした。カウンタークリーナーはきれいな放物線を描いて、空の彼方へ消えていった。
「な、何するんだよ、デミスー!」
「いやあ、まあ、あまりにも精神衛生上よろしくなかったものだからな。……コザッキー、こういうのは機械に頼らず、自分の手でやるべきだぞ」
 コザッキーはちょっとだけ落ち込んだ顔をして、すぐに元に戻った。
「分かったぜー、よし、やってやるぜー!」
 コザッキーは、たたたっと雑巾をかけ始めた。
 教室を見渡してみる。窓際には、今朝コザッキーが電池メンを漏電させて開けた大穴があった。できればこの穴も元に戻しておきたいのだが……。
「コザッキー、お前が開けたこの穴、何とかならないのか?」
「うーん、めんどくさいぜー……」
 何ともならないらしい。
 仕方がないので、俺は廊下に出た。そして、自分の『2年カオス組』と、隣の『2年ダムド組』のプレートを入れ替え、それぞれのクラスにある机を全て入れ替えた。
 よし、強制転移完了。これで教室の壁は元通りだ。明日からは気持ちよく授業が受けられるぞ。
「さて、掃除も終わったことだし、そろそろ帰るかコザッキー」
「そうだな、そうしようぜー」
 俺とコザッキーはディアハ・アカデミアの校舎を出て、グラウンドの脇を通って校門のところまで歩いた。グラウンドから部活動に励む生徒達の声が聞こえてくる。
「それじゃあな、コザッキー。また明日」
「……デミス。あ、お、俺……」
「ん? どうした?」
「今日は、何と言ったらいいか……。俺、俺に気付かせてくれて……た、大切なものを……。うん、だから、モーレツに……モーレツに感謝してる。してるぜー」
 コザッキーは慣れない台詞を不器用に口走った。俺は鎧の上から頭をかいた。
「俺こそ、ありがとうだ。コザッキーに親友だって分かってもらって、そして、いつも通りに話すことができて、すごく嬉しいぞ」
「お、俺、約束する、するぜー。今度デミスが困ったら、俺がデミスの助けになる。うん、なぜなら、デミスと俺はモーレツに親友なんだから!」
「ああ……モーレツに頼むぜ! 親友!」
 俺は右手のグローブを外し、コザッキーと握手をした。
 時刻はまもなく17時。太陽が東へ落ち始める時間だった。



カオス32 17:00

「いらっしゃいませー!」
 今、私はバイト中。お注射天使リリーと二人で、ディアハ・アカデミア近くの喫茶店で働いているところだった。うーん、学生生活も楽じゃないのよね……。
『その言葉が聞きたかった……。俺もルインのことが大好きだ』
 脳内リピート128回目。バイト中にもかかわらず、私の頭では、デミスのあの言葉が何度も繰り返されていたのだった。
『その言葉が聞きたかった……。俺もルインのことが大好きだ』
 何度思い出しても、かあっと顔が赤くなって、胸がきゅんとなる。ああもう恥ずかしいっ!
『その言葉が聞きたかった……。俺もルインのことが大好きだ』
 せっかくあんなことがあったばかりなんだし、今日はデミスと一緒に帰りたかった。なのに、こんな時でもバイトは休むことはできない。ああ、不毛だわ。1つのパックに同じカードが2枚入ってた時と同じくらい不毛だわ。
「あー、ルイン、こぼしてるこぼしてる!」
「え?」
 私の左手に持つトレイには斜め18.92度ほどに傾いた皿があった。皿からモウヤンのカレーがどろりとこぼれ落ちて、私の親指にかかっていた。カレーの温度は約71.08度に達していた。
「あっつぅぅううーーーー!」
 私は、反射的にカレー皿を近くの客めがけて投げつけていた。
「あーあ、何やってんの、ルイン」
 隣にいたリリーが肩をすくめた。
「こ、これは脊髄反射よ。王宮の勅命よ。私の意思がやったことではないわ」
「元々は、ぼーっとしていたのが悪いんだってば。どーせデミスと何かあったんでしょう? し・か・も! 今回は良い方向に、ね?」
 リリーの予想にドキリとする。思いっきり図星だった。
「……なんで分かるのよ」
「いい加減に気付いて。ルインが怒ったり喜んだりするのは、ほとんどデミスに絡んでるのよ。自覚しっなさーい」
「そ、そうだったのね……」
「はいはい。ともかく仕事仕事。まずは、ルイン。あのお客さんに謝りに行かなきゃ、ね」
「わ、分かったわよ……」
 私はリリーに諭され、仕方なくカレー皿を投げつけたお客の前にやってきた。
「カレー皿を投げつけてしまい、すみませんでした」
「おっ、ルインちゃん! 今日も良いヒップしてるね!」
「げっ……」
 私がカレー皿を投げつけた客は、『頭=壺』、『体=マッチョ』の壺魔人だった。存在自体がそろそろ犯罪と言われているけど、まだ制限カードには指定されていない。嫌な客だ。
「あ、このお皿投げたのルインちゃん? あの位置からここまで投げちゃうなんてすっごいサービス! 感っ激!」
 壺魔人は私の投げつけたカレー皿を顔面で受け、その壺(=顔)がカレーだらけになっていた。それにも関わらずまったく怒った様子は見られなかった。それどころか喜んでいた。最悪だった。
「ルインちゃんはいいねぇ。まず腰まで届く銀色の髪に、キュートなリボン。ジトーって軽蔑するような視線に、控えめな胸。しかしそれに反発するような腰つき! そして何より、これで『アレ』なんだよなぁ『アレ』。そのギャップが、うーん、たまんねぇ……」
 そんなことを言いながら、壺魔人は当たり前のように私のお尻に手を伸ばしてきたので、『強制退店』していただいた。壺魔人は喜んで帰っていった。早く禁止カードになっちゃいなさいよ!
「この店、何でこんな変な客ばかりなのよ……」
 私がため息をついたところに、リリーがやってくる。
「まぁ、『そういうお店』だしね」
「リリー、『そういうお店』って何? どういうこと?」
「え? ルイン、知らずに今まで働いてたの!? このお店はね……あ、お客さん来た。いらっしゃいませー!」
「あ、いらっしゃいませー!」
 なんだか気になるところで話が切られてしまったけど、仕方がない。
 私とリリーは、接客のためお客を迎えに行くことにして、……慌てて引き返してきた。
「なっ、なななななな、何で何で何でぇ〜」
 リリーが目を見開いて驚いている。
 店に入ってきたのは5人。その5人とは、天空騎士パーシアス先生、超熱血球児先生、ジャッジ・マン先生、ハングリーバーガー先生、そして、無敗将軍フリード学園長先生。
「ど、どうしよう、ルイン。バレたらまずいよぉ〜」
「どうして? ちょっとびっくりしたけど、ディアハ・アカデミアはバイト禁止してるわけでもないんだし、堂々としてればいいんじゃない?」
「違う、そういう意味じゃなくて、うーん、なんて言ったらいいの? そう! バレたら停学、下手すりゃ退学モン。そういうこと!」
 え? 停学? 退学? 私とは無縁のはずだった言葉が重くのしかかる。
「ね、ねぇ、バレるとそんなにまずいの?」
「まずいまずい。こんな店で働いてるって知られたらどうなることか……。だから絶対に先生たちに近づいちゃダメ。私とルインが働いていることがバレちゃうから!」
「う、うん。分かった……」
 その時厨房からデビル・コック(悪魔の調理師)の怒鳴り声が聞こえた。
「おーい! お客様が来てるぞ! この時間帯、接客できるのはお前ら二人しかいないんだから、早くお相手しろぉ!」
「…………」
「…………」
「……ねぇリリー。先生たちに近づかずに接客ってできると思う」
「……無理」
 リリーは、壁に掛けてあったヒーローマスクを手に取った。
「ジャンケンで負けた方が、このマスクをかぶって先生たちに接客ね」
「……分かった」
「ジャンケン……」
「……ポン!」
 私はグー。リリーはパー。
 私の負けだった。
「はい、ルイン。マスク」
 リリーは、気持ち悪いヒーローマスクを私に差し出してきた。
「…………」
 すっごく嫌だったけど、私はヒーローマスクをかぶり、入店した先生たちの前まで歩いていった。声色を思いっきり上げる。
「いらっしゃいませー(ソプラノ)。5名様ですね(ソプラノ)? こちらの席へどうぞー(ソプラノ)!」



カオス33 17:13

「あーっ、デミスちゃん、はっけーん!」
「こんにちは、デミスのおじさん!」
 校門を出てしばらく歩くと、またしてもこの二人に捕まった。黒うさぎの頭巾をかぶった黒魔導師クランと、羊の頭巾をかぶった白魔導士ピケルである。
「なんだ、お前ら家に帰ったんじゃなかったのか……」
 俺がそう言うと、クランがぷくーっと頬を膨らませた。
「だって! デミスちゃん、修学旅行でヘンなマシーンと闘って、いっぱいダメージ受けてたでしょ? いくら訓練でも心配になっちゃうよ」
 マシーン? 訓練? ああそうか。コザッキーと闘った時のことを言っているのか。ルインがうまくごまかしてくれたのだろう。俺は話を合わせることにした。
「心配かけてごめんな。……よーし! 今日はそのお詫びに、二人の好きなモノをおごって……あ、俺、今日財布忘れたんだった……」
 話を合わせるつもりがこのザマ。無一文な俺におごることはできない。情けない俺に、クランがいたずらっぽく笑った。
「しかたないなーデミスちゃんは。じゃあね、あたいたちがデミスちゃんにおごってあげるよ! ピケルもいいよね?」
「うん。お昼ごはんのお礼だよ。お昼ごはん、すごくすごくおいしかったから!」
 きらきら輝く目で、クランとピケルは俺のことを見上げていた。
 10歳にも満たない女児におごられる大人。どんな構図だよ。……と心の中だけで突っ込んで、俺は頷いた。
「それじゃあ、ショッピングセンターに行こう。あそこなら色々と売ってるぞ」
「うんうん行こ行こ!」
「あークランちゃん待ってよぉ〜」
 こうして、俺、クラン、ピケルの三人は、ここからすぐのところにあるショッピングセンター『スカルビ・ショップ』に行くことになったのだった。

「とうちゃくー」
「でーす!」
 スカルビ・ショップは、ディアハ・アカデミアから歩いて10分のところにあるショッピングセンター。ガイコツ系、悪魔系、魔法使い系のアイテムが多いものの、満遍なく様々なアイテムが売られている。2階には飲食店もあり、ここで小腹を満たしていく学生も少なくない。
「ねえねえ、デミスちゃん! なにがほしい? なにがほしい? なんでもいいよ!」
 クランが俺の鎧をぐっぐっと引っ張る。
「何でも良いって言われてもなぁ。お前達、そんなに金持ってないだろう?」
 クランは腰に手を当ててへへんと笑った。
「だーいじょーぶ! あたい、修学旅行のときに、ママにおこづかいいっぱいもらっちゃったし! じゃーん!」
 クランは得意げにお札を見せてくる。それは牛尾哲と呼ばれる男が印刷された10000YEN札だった。
「えー、クランちゃんずるーい。ピケル、あと1000YENしか残ってないのに」
「へへーん! うらやましーだろー! あたいのほうがいい子だからね、いっぱいもらえるんだよぉー」
「うー、ピケルのほうがいい子なのにー! うー!」
 騒ぎ出すクランとピケル。
 と言うか小遣いあげすぎだろ。一体何を考えているんだよあいつは。甘やかし過ぎたら、ろくな大人に育たんと言うのに。
 しかし、まあ、二人合わせれば11000YEN。
 実は俺には欲しい物があった。できるだけ早く『あのアイテム』を入手しておきたいのだ。
「クラン、ピケル。俺、欲しい物があるんだが……」
「え? うんうん! もちろんいいよ! なーに?」
「それじゃあついて来てくれ」
 俺は、クランとピケルをあのアイテムが置いてある3階の売り場へ連れて行くことにした。
 確かあのアイテムの値段は5500YEN。少々高いが、今だったら買えない値段ではない。俺はクランとピケルの好意に甘えることにしたのだった。

「ありがとうございましたー!」
 俺は『あのアイテム』が入った紙袋を抱えていた。
「むー、デミスちゃん、こんな気持ち悪いもの欲しかったの? それにあたいが5000YENも払うってどーいうことよ! ピケルは500YENしか払ってないのにー!」
「クランちゃん、お金持ちすぎだもん! ずるかったんだもん!」
「そうそう、どうせ楽して手に入れた金だろ。そんなの没収だ没収。なんなら残りの5000YENもこの場で没収してやるぞ」
「あー、ダメー! もー! デミスちゃんのいじわる!」
 そんなこんなで買い物を済ませた俺達3人は、エスカレーター(重量制限50トン)で、3階から2階へ下りた。
 2階はたくさんの飲食店がひしめき合っている、いわゆる飲食街である。
 俺は昼飯を食べていないのでずっと腹が空いたままなのだが、これ以上クランとピケルにおごらせるわけにも行くまい。俺は2階は通り過ぎて1階へ降りようとした。だが……
「ママ! ママがいる!」
 突然ピケルが走り出した。
「え? あ、あそこ? あれ、ママ……なの?」
 続いてクランも走り出す。
 歩きながら視線を追っていくと、窓越しにお注射天使リリーの姿が見える。必要以上にフリフリのエプロンをかけているようだった。
 さらに視線をずらしていくと、銀色の長髪。ルインもいた。ルインは、必要以上にフリフリのエプロンをかけているだけでなく、なぜか気持ち悪い緑色のマスクをかぶって、なぜかパーシアス先生やフリード学園長先生達の接客をしていた。意味が分からない。
 少なくとも、ルインがバイトしている店はここで間違いないようだ。だが、フリフリのエプロンで、マスクをかぶって、先生達を相手にしているこの店。一体どんな店なんだ?
 気になった俺は視線をさらに移動し、店の看板を視界に入れた。
『人妻喫茶――フリフリ若妻たちがお出迎え! でもおさわりはダメよ』
 ……は?
 そうか。きっとレッド・ポーションの副作用だ。空きっ腹にレッド・ポーションを8本も入れたせいで、幻覚が見えたのだ。俺は頭を振り、もう一度店の看板を見直した。
『人妻喫茶――フリフリ若妻たちがお出迎え! でもおさわりはダメよ』
 変わらなかった。
 俺はショックを受けた。精神的に2000ダメージくらいは受けたかもしれない。
 なぜ。なぜルインの奴はこんな店で働いてるんだよ。ふっざけんじゃねーぞ。
「ねえ、デミスちゃんもおいでよー!」
「やっぱりママだー」
 クランとピケルが店内に入ろうとしている。
 俺の中で何かがごとりと動いた気がした。
「へっへっへっ……」
 いいだろう、こうなったら徹底交戦。ルインを徹底的に困らせてやる。困らせてやる。困らせてやる。
「じゃあこの店に入るか、クラン、ピケル」
「はーい!」
「いいけど、なんか怖いよデミスちゃん……」
「大丈夫、俺は平常心だ。へっへっへっ……」
「むー?」
 俺は、クランとピケルと一緒に、薄い紫色ののれんをくぐった。ルインの奴、絶対に困らせてやるぞ。覚えてろよ……!



カオス34 17:37

 もうやだ。
 なんでこんな気持ち悪いヒーローマスクで顔を隠して、バカみたいに高い声を出して接客しなきゃならないの?
 しかも相手はディアハ・アカデミアの先生たち。
 カチコチに固まって動かない天空騎士パーシアス先生や、モウヤンのカレーを食べてカレーパン状態のハングリーバーガー先生はともかく、残りの3人がすっごく最悪。
 超熱血球児先生はテレビの野球中継に大声でヤジを飛ばしているし、ジャッジ・マン先生は適法であるとか言いながらお尻を触ろうとするし、無敗将軍フリード学園長先生は昔の自慢話ばかりしてくる。
 もうやだ。もうやだ。何でこんな目に遭うのよ。
 本当だったら、デミスと一緒に帰って、その途中でいい雰囲気になって手なんか繋いだりしちゃうかもしれなかったのに。
 はぁ……むなしくなってきた。デミスに会いたいな……。
「よお、ルイン。1時間ぶりだな」
 え?
 幻聴? 今、デミスの声が聞こえたような……って!
「デ、デミスぅ〜!?」
 えええええええっ!? 何でデミスがここに?
「こんにちは、ルインのおばさん」
「でも、なんでそんなマスクかぶってるの?」
 クランとピケルちゃんも一緒。いつの間にこの3人が入店していた。
「な、何であんたたちがここにいるのよ! 驚いたじゃないの!」
「ん? 今、ルインさんのような声が聞こえた気がしましたが……」
 私の背後から天空騎士パーシアス先生の疑いの声が聞こえる。
 『停学』『退学』の言葉が頭を通り過ぎていく。私がここで働いてるってばれたらまずい! 私は天空騎士パーシアス先生のところまでダッシュした。
「何をおっしゃっているのですか(ソプラノ)? ルインなんて人はいませんよ(ソプラノ)。さあそんなことより、飲み物をどうぞ(ソプラノ)」
「あ、はい、どうもありがとうございます」
 パーシアス先生のグラスに飲み物を注いだ私は、デミス達のテーブルへ戻る。
「もう、あやうくバレるとこだったじゃない」
「そんなことより注文したいんだが」
 へ?
「な、何言ってるのよデミス。早く帰りなさいよ。仕事のジャマよ」
「ふふふ。ルイン。俺達はお客様だぞ。お客様をもてなすのがお前の仕事じゃないのか?」
 な、何? 本気で頼む気なの? 私がここで働いていることが先生たちにバレたらまずい、ってことには気づいているはずなのに。
 まさか、デミス。私をわざと困らせる気なんじゃ……?
「じゃあ俺は、この『当店自慢のあっつあっつコーヒー。若妻のふーふーサービス付き』をいただこうか」
 確信した。この……この男はぁああぁああああ!
 絶対わざとやってる! 私が困っているのを分かってわざとやってる!
「ほら、クランとピケルも頼め」
「じゃあ、ピケルはね、『シークレットパフェ。若妻が一口食べさせてくれるサービス付き』にする!」
「クランは、『ホログラフィックオムレツ。若妻のなでなでサービス付き』! へへへ……」
 ああっ、この子たちまで……。
「ほら、早く持って来い。先生たちにお前がここで働いてることバラしてもいいんだぞ」
 デミスが手首をしっしっと振って、私を急かす。こ、この男はああぁあぁぁぁああああ!!
 私は感情のまま大声を出して暴れてやりたかったが、この状況でそれをやらかすわけには行かない。なんとか我慢して、無理やり笑顔を作って応対した。
「かしこまりましたー(ソプラノ)。少々お待ちください(ソプラノ)。……後で絶対破滅させてやる(テノール)」
 注文を伝票に書き殴って、私は鼻息荒く厨房へ戻っていく。
 もう! もう! もう! 絶対に許さないんだから!
 厨房に戻ると、お注射天使リリーが呆れていた。
「リリー、何? 何がおかしいって言うのよ!?」
「なんていうか、相変わらずのバカ夫婦っぷり、と思ってね。今日もラブラブじゃない。うらやましいねー」
「ど、どこがバカ夫婦なのよ! どこがラブラブなのよ! どこがうらやましいのよ!」



カオス35 17:49

「お待たせいたしました(ソプラノ)。『シークレットパフェ。若妻が一口食べさせてくれるサービス付き』です(ソプラノ)。はい、ピケルちゃんあーんしてねー(アルト)」
「あーん。おいしーい! ありがとう!」
 最初にピケルのパフェがやってきた。このお店のサービスなのだろう、ルインはピケルにパフェを一口食べさせてあげていた。
 いくらここで働くためとは言え、先生達にばれないために気持ち悪いマスクをかぶり、甲高い声を出して、さらにそんな状況で俺達にサービスさせられて、ははっ、ざまあみろってんだ。人妻喫茶なんていかがわしい店で働くルインの自業自得なんだよ。
「お待たせいたしました(ソプラノ)。『ホログラフィックオムレツ。若妻のなでなでサービス付き』です(ソプラノ)。はい、クラン、なでなでー(アルト)」
「えへへっ……」
 クランのオムレツもやってきた。なでなでサービスを受けたクランは嬉しそうに目を細めた。さてはクランのやつ、ルインになでて欲しくてオムレツを選んだな。
 さて、この店の宿命だろうか、料理が運ばれる度に、ルインは他の客の注目の的になっていた。それは、向こうのテーブルに座っている先生達も例外ではなかった。ジャッジ・マン先生が凝視するように睨みつけながら、有罪有罪と繰り返していた。
 そして、最後は俺のコーヒー。ルインがトレイにコーヒーカップを乗せてやってきた。
「お待たせいたしました(ソプラノ)。『当店自慢のあっつあっつコーヒー。若妻のふーふーサービス付き』です(ソプラノ)。……はい(テノール)」
 ルインはホットコーヒーを無造作に机の上に置いた。液面が波打ち、コーヒーがわずかにこぼれ落ちた。
「ルイン。『若妻のふーふーサービス』は? 早くふーふーしてくれよ」
「ふーふー(口笛)」
 ルインはへたくそな口笛を吹いた。
「は? それが『若妻のふーふーサービス』なのか!?」
「そうでございます(ソプラノ)。これが当店の『若妻のふーふーサービス』にございます(ソプラノ)」
 勝ち誇った様子でルインは答える。
 くそっ、ルインの奴、機転を利かせやがって。他の男には、まともにふーふーサービスしてるくせに。
 他の男達に『若妻のふーふーサービス』をしているルイン。その場面を想像してしまう。ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
 その時、
「ねえ、ねえ!」
 クランがバタンと音を立てて立ち上がった。
「ちゃんとふーふーしてあげてよ。デミスちゃんかわいそう」
 クランはまっすぐにルインの目を見て言った。
 突然のクランの発言に、場の空気が変わった。
「あたい分かるよ! デミスちゃんはね『しっと』してたんだ。だって! 愛する人がこんな店で働いていたら心配になっちゃうよ。いたずらしたくなっちゃうよ。だから、ふーふーしてあげて」
 ルインは動けなくなっていた。
 俺も動けなくなっていた。
 まったく予想しなかったクランの言動に、俺の怒りなんてどこかに吹き飛んでいた。クランの奴、俺達の気持ちを察することができるようになっていたのだ。
 ルインはしばらくうつむいた後、奇妙なマスクを脱ぎ捨て、俺のところに戻ってきた。素顔のルインは、ちょっと気まずそうでやさしい表情をしていた。
「はい。ふーふーサービスしてあげる」
 素顔に戻ったルインは身をかがめ、俺のコーヒーにふーふーと息を吹きかけた。
 俺は口をあんぐりと開けたままその様子を見ていた。
「デミス、ふーふーサービスなんていつだってたくさんしてあげるから。だって、私、デミスのこと、大好きだもの」
 いつもより素直でストレートな言葉。いつもよりやさしくはにかむ笑顔。俺は久々にどぎまぎしてしまった。
「お、おおっ……。俺もだ、俺も。俺も大好きだ」
 動揺してしまった俺はそう返事をするのが精一杯だった。何だよ何だよ。めちゃくちゃかわいいじゃないかよルインの奴。
「へへへ……。良かったねデミスちゃん!」
 クランが満足そうに笑って、俺の顔を見上げてきた。
「あ、ああ。良かった。良かったぞ……」
 いつもよりずっと優しく愛しいルイン。俺とルインの間にいて、その気持ちを見抜いたクラン。
 俺、ルイン、クラン――この3人の間で親密な空気が流れていた。『人妻喫茶――フリフリ若妻たちがお出迎え! でもおさわりはダメよ』。そんないかがわしい喫茶店の中で、俺たちの周りだけ、空気が優しくなっていた。
 だが、こんな状況を、他の客達が黙って見ているわけがない。早速、天空騎士パーシアス先生がこちらへやってくる。
「な、ななな……! デミスさん! ルインさん! 何? 何です!? 二人はお付き合いをしているのですか!? 恋人同士なのですか!?」
 パーシアス先生は、普段の無表情っぷりが嘘のように、混乱している様子が顔一面に張り付いていた。
「俺とルインが付き合っている? 恋人同士? いや、間違ってはいないが、正確に言えば……」
 俺は立ち上がった。
「俺とルインは、10年前に結婚しているぞ? 言ってなかったか?」
「ええーーーーっ! 結婚してる? 聞いてないですよーーーっ!」
 パーシアス先生の驚きの叫びが店内に響き渡る。先生達を中心にざわめきが起こった。
 そんな中、ルインは顔を真っ赤にしながらも、俺の左腕に腕を絡めてきた。
 その様子を見て、クランがあたいもと言わんばかりにルインに飛びつき、その左手をぎゅっと握った。
「ああ、そうだ。もう一人紹介しておこう。今、ルインの左手を握った、黒うさぎの頭巾をかぶった女の子。彼女は、黒魔導師クラン。9歳。俺とルインの娘だ」
「よろしくおねがいしまーす」
 クランがルインの手を握ったままぺこりと挨拶をした。
「ええええーーーーーーーーーっ!! むすめーーーーーーーーっっ!!!」
 天空騎士パーシアス先生は卒倒した。



カオス36 18:18

 太陽が沈みきった歩道。
 私、デミス、クランは、三人並んで歩いていた。クランを真ん中として、私とデミスが挟み込むように手をつないでいた。
「ママ、ちゃんとやめてきたよね? あのバイト」
「うん。やめてきたわよ」
「よかったぁ〜。ね、デミスちゃん!」
「ああ、そうだな」
「えへへ……」
 黒うさぎの頭巾をかぶった黒魔導師クラン。
 クランは、私とデミスの間に生まれた子。まだまだ9歳で魔法なんてまったく使えないのに、私とデミスのことをちゃんと見ているすっごく可愛くてすっごく大事な子。
 この季節、18時を回れば、日は落ちきり街灯に明かりが灯る。薄暗い街灯に誘われるように、私たち3人は一つの家へと歩いていた。
「ねえ、ママ、デミスちゃん。あたいね、聞きたいことがあるの。いい?」
 クランが私とデミスの顔を交互に見る。
「うん。いいわよ。何?」
 私は頷き、先を促した。
「ママとデミスちゃんって、どうして結婚したの?」
 さっきの喫茶店での影響を受けてか、クランはそんなことを聞いてきた。
「そ、そんなこと、決まってるじゃない。……す、好きだったからよ。デミスのこと」
「うん。それは分かってるけど、あたいはね、昔のことが聞きたいな。ママとデミスちゃんがどうやってお互いのこと好きになって、それで、結婚しようって思ったのかってこと」
 昔のこと。グサリと刺さるものがあった。
 それはデミスにとって、ものすごく辛いものだったからだ。
 昔の出来事が私の中でフラッシュバックされる。楽しかったことはたくさんあった。嬉しかったこともたくさんあった。だけど、『あの事件』が起こって全てが変わった。あの時に見せたデミスの顔は一生忘れられない。
「うーん、私とデミスはね、小さいときから幼なじみで、そのまま大きくなって結婚したのよ」
 私は当たり障りのない答えを用意した。これだって嘘じゃない。
 まだ幼いクランにわざわざデミスの辛い過去を聞かせるべきじゃない。私もデミスも、クランの前では昔のことを極力話さないようにしていたのだった。
「それは知ってるよ。あたいはね、どんなことがあってお互いを好きになったか、とかぁ、どんなきっかけで結婚しようって思ったか、とかぁ、そういうことが聞きたいんだ」
 うーん、困ったおマセちゃんね。そんなこと簡単に話せるわけないじゃない。それを話すためには、デミスの辛い過去は避けては通れないのよ。
「ねえ、ママ、デミスちゃん。あたい、あんまり昔のこと教えてもらえなくて、だから、昔のこと聞いてみたいんだけどダメ……かな?」
 黙り込んでしまった私とデミスに、クランが少し弱気な声で言った。
 困った私は、横目でデミスの様子を伺った。デミスは顔をも覆う全身鎧を着込んでいるため表情は読み取れない。けど、小さく頷いたのが確認できた。
「分かった」
 デミスはつないでいた手を離し、かがみこんでクランの顔を覗き込んだ。
「俺が話してやる。……その代わり、どんなに辛くなっても最後まできちんと聞くんだぞ、クラン」
 デミスは少し声色を落とす。クランの表情が硬くなる。
「う、うん……。分かった。あたい、聞く。最後まで聞く」
「よし、それじゃあ話そう。俺とルインの過去を。俺達が互いに好き合った経緯を」
 3人での帰り道。私たちは昔の話を始めることになったのだった。



カオス37 18:23

「まず、俺とルインは、この街で生まれ育ったわけではない」
「え? そうなの?」
 俺、ルイン、クランの三人は、自宅への帰路を一緒に歩きながら昔話を始めた。
「ああ。ルインの父親が作った街。俺とルインはそこで生まれ育ったんだ」
「ルインの父親? それって、あたいのおじいちゃんのこと?」
「そう。ルインの父親は、混沌を制するすっごい戦士だったんだ」
 ルインの父親の姿が思い出される。青色と金色から成る鎧を装備し、そのカオスブレードでどんな敵にも勝てる男――カオス・ソルジャー。
 名実ともに最強の戦士と言って過言ではない。それほどの強さを持っている戦士だった。
 そんなルインの父親は、俺やルインが生まれる5年ほど前――つまり今から35年前、ひとつの街を作った。その時から、ルインの父親は、『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』と呼ばれるようになったのだった。
「へぇ〜。街なんかあったんだ。あたいも行ってみたいな〜」
「俺とルインは、ルインの父親が作った街で生まれ、育っていった。家が隣同士で親同士の仲も良かったから、俺とルインはよく一緒に遊んだものだ。……で、ケンカばかりしてた」
「ふんふん」
「毎日のように変な言いがかりをつけられてケンカに持ち込まれたものだ。酷い時なんか、俺がルインの着ている服を誉めたくらいで怒ってきたんだぞ?」
 そう言うと、ルインの左手が、ぐっと俺の顔の前まで伸びてくる。
「デミス! ケンカの原因を作ったのは大抵あんただったじゃないの!? 今の話だって、『この服良く似合ってるね。胸なしのルインには』とか、そんなことを言ったに決まってるわ!」
「胸が小さいのは事実だからしょうがない。受け入れろ現実を」
「この男はぁぁあ!」
 俺とルインの間で、いつものように言い争いが始まろうとしていた。そんな様子を見てクランがくすくすと笑った。
「へへへ……。つまりー、今と変わんないってことだね」
「あ、ああ……」
「そ、そうね……」
 娘に笑われる馬鹿な親二人。互いに30歳にもなって情けないが、もう気にしないこととする。
「ともかく、話を先に進めるぞクラン」
 俺は仕切りなおした。
 クランはうんと返事をして、また俺と手をつないできた。
「子供の頃、俺には尊敬する人がいたんだ」
「尊敬する人?」
「そうだ。その名は、混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)。最高のパワーと最高の能力を持った最高の親父さ!」
「……ってことはぁ、カオス・エンペラー・ドラゴンさんは、デミスちゃんのパパ? へぇ、どんな人だったの?」
「ええとな、さっきルインの父親が街を作ったって言ったよな?」
「うん」
「俺の親父はな、その街のリーダーをやっていたんだ。そのこともあって、カオス・『エンペラー』・ドラゴンって呼ばれていたんだ」
「へぇ……」
「親父は最高の師であり目標だった。俺は毎日のように稽古をつけてもらっていた。時には厳しく叱ってもらい、時には優しくしてくれる。攻撃力も最高クラスの3000。街のリーダーとしても努力も惜しまなかった。そして……」
 俺は左腕に装着されている腕甲を外し、その内側をがさがさと漁った。
「これ。この誓い。俺は親父とこの三つの誓いをしたんだ」
 俺は腕甲の内側に貼り付けてあった一切れの紙を取り出し、クランに見せてやった。

 一、決して嘘をつくな
 一、どんな時でも平常心を忘れるな
 一、命に代えても親友や愛する者を守り抜け

「そっか。だからデミスちゃん、ウソつかないんだね。あんまり慌ててるところも見たことないし。……ママは嘘つきまくるし、慌てることも多いけど」
「……うるさいわね」
 俺はその紙を再び腕甲の中にしまい、かちゃりと左腕に装備しなおした。それが終わるタイミングを見計らって、クランが俺に質問をしてくる。
「そのカオス・エンペラー・ドラゴンさんも、あたいのおじいちゃんなんだよね?」
「ああ。そうだな」
「あたい、会ってみたいな。今まで一度も会ったことないもん」
「でもそれは無理だな」
「えっ?」
 俺の声色が変わったせいか、クランがびくっとした声を上げた。
「なぜなら親父は15年前に死んだからだ。親父自身の手によって、な」
「死んだ? 死んじゃったの? おじいちゃん?」
「ああ。そして、その15年前の出来事が、俺とルインがこうして結婚する重要なきっかけになったんだ」
 クランはぽかんとした表情で俺とルインを交互に見上げていた。
 俺は話を続ける。親父が『混沌帝龍 −終焉の使者−』と呼ばれるようになった事件、そして、その後に待ち受ける俺達の絶望を。



カオス38 18:29

 15年と124日前、すなわち、私とデミスが15歳の頃。ケンカしたり遊んだりしていた私たちは転機を迎えることになった。
 それは、デミスのお父さんの突然の死。
 街のリーダーをやっていたデミスのお父さんは、街外れの荒野で『とある必殺技』を使った。それはデミスのお父さん最強最悪の必殺技『エンド・オブ・ザ・ワールド――混沌の終焉』。
 この必殺技は発動されたが最後、その半径およそ1.22キロメートル以内に存在する全てのものが混沌の渦に飲み込まれ、跡形もなく消え去ってしまう。敵も味方も罠も魔法も、そして、必殺技を使った自分自身さえも無差別に。
 デミスのお父さんにとって、この必殺技を使うことは自分自身の死を意味していた。そのことはデミスのお父さんはもちろん、町に住んでいる人なら誰もが知っていることだった。
 幸いというべきか必殺技を使われたのは街から離れた荒野だったため、街に被害が及ぶことはなかった。しかし、デミスのお父さんの死は、街に大きな影響を与えた。
 街に住んでいた人は、デミスのお父さんの死を嘆き、失望し、一人、また一人と街から離れていったのだった。
 その中には、私のお父さん『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』も含まれていた。私のお父さんは、『開闢の使者』の名前と能力を捨て、単なる『カオス・ソルジャー』として生きることになった。
 私のお父さんが街を去ったことで、それに追従するようにさらに多くの人が街を離れていった。
 一人、また一人、さらに一人。2か月も経たないうちに、街は抜け殻になった。
 街に残っていたのは二人。私とデミスだけ。
 幼くしてお母さんを亡くしたデミスにとって、お父さんの存在はものすごく大きなものだった。『俺の親父はな……』が口癖だったことを思い出す。
 そんなデミスは、お父さんたちの街を離れることができなかった。
 それどころか、自分自身さえも見失い、ずっと自室に閉じこもりっきりだった。
 デミスを放っておけなかった私は、毎日のようにデミスの部屋に顔を出していた。それは、ものすごく辛くて、ものすごく苦しいことだった。
 あの時のデミスの表情が忘れられない。あの時のデミスの絶望が忘れられない。
 私の頭の中に、あの時の場面がよみがえる。

 これは、デミスのお父さんが死んでから48日経った日の出来事。

「デミス、入るわよ」
「…………」
「うーん、そろそろ春ね。温かくなってきたわよね?」
「…………」
「あ、デミス、部屋の掃除してないでしょう? ホコリ溜まってるじゃない」
「…………」
「今日のご飯はどうするのよ? もうそろそろ買い置いてあるインスタント食品もなくなるわよ。私が作ってあげよっか?」
「…………」
「ねえ、そろそろデミスの誕生日じゃない? 私プレゼント買ってきてあげようか?」
「…………」
「ふふふ……私ね、胸が大きくなったのよ! これでペチャパイなんて言わせないんだから」
「…………」
「……ええと、あとは……あとは……」
「…………」
 部屋の隅でひざを立てて座っているデミスは、私の顔を見ることなく、左手の甲を私に向けてしっしっと振った。それは拒絶を示す合図だった。
「デ、ミス……」
 私は、涙がこらえきれなくなって、
「じゃ、じゃあね!」
 部屋を出て行くのだった。

 デミスに会いに来て、拒絶されて泣き帰る。あれから私はそんなことばかり繰り返してきた。
 デミスはデミスで、一言も喋ることなく、家から一歩も外に出ようとしない。
 デミスのお父さん亡きあの街で、私とデミスの二人は悲しみの底に沈んでいたのだった。



カオス39 18:33

 15年前、親父が死んで、俺は絶望の暗闇をさまよっていた。
 何でだよ! 最強のはずの親父が何で死ぬんだよ! それもあんな荒野のど真ん中でいきなり! ……俺は延々とそんなことを考えながら、ずっと家に引きこもっていた。
 ルインの父親が作って、俺の親父が治めていた街。親父が死んでから3ヶ月も経つと、街には誰もいなくなっていた。
 いや、一人を除いて。
「デミス、入るわよ。いい? まぁ、ダメって言っても入ってやるけど」
 ガチャリと扉が開いて、一人の女が部屋に入り込んできた。肩で切り揃えられた銀色の髪の女。幼馴染のルインだった。
「ああっ、デミス。どうしてこういい加減なのよ。脱いだ服はちゃんとたたんで洗濯しなさいよ」
 意味が分からないこの女。親父が死んで街には誰もいなくなったと言うのに、なぜ毎日のように俺のところに来るのだろうか?
 ルインはせっせと洗濯物を片付け始める。俺はルインの顔を見ないようにしながら、親父のことを考え始めた。
 親父。あんなに強くてあんなに尊敬されていた親父。それなのに、どうして? どうして、なにもない荒野の真ん中でいきなり死んでしまったんだよ……。
「ほら、洗濯物片付け終わったわよ。じゃあ、次は……」
 思考が阻害される。この女、うるさい。
 俺は、壁をドンと叩きつけた。
 ルインはびくりとして、上ずった声で、
「じゃあ、私は帰る、ね……」
 そう言って帰っていった。

 そして、次の日もルインはやってきたが、
「デミス、たまには新しい服でも買いなさいよ」
 追い返す。
 その次の日も、
「あーあ、雨って気分が落ち込んじゃうわよね?」
 追い返す。
 また次の日も、
「ご飯作ってきてあげたわよ。はい。食べよ?」
 追い返す。
 さらにその次の日も、
「外の騒々虫、うるさいわよね? もう!」
 追い返す。
 何度何度追い返しても、それでもルインは一日も欠かすことなく俺の部屋にやってくる。
 やってきては、はしゃいだ声で俺に話しかけ、最後には俺に追い返されて泣き声で去っていく。
 同じことを何度も何度も繰り返して、同じ結果になって。繰り返すだけ意味のない行為だというのに、ルインはつくづく馬鹿な女だと思った。
 しかし、その時の俺は気付いていなかった。俺がルインを追い返すまでの時間、それが徐々に長くなっていくことに。
 そう。本当に馬鹿だったのは、俺の方だったのだ。

 親父が死んでから半年余りが経過した日。
 俺はいつものように、昼飯も食べず、部屋の隅で座ったまま親父のことを考えていた。ふと時計を見ると、午後2時少し前になっていた。
 午後2時。それは、いつもの時間だった。
「デミス、入るわよ」
 ルインがやってきた。
 毎日毎日勝手にやってきて、勝手に喋って、勝手に帰っていくルイン。どういうわけかルインは午後2時ピッタリに俺の部屋に入ってきていた。妙なところで几帳面な奴だった。
「デミス、今日は暑いわね。こんなに暑けりゃ『砂バク』だってぐてーっと寝込んじゃうわよ」
 当たり前のように俺に話しかけてくるルイン。そもそも砂バクは、元よりぐてーっと寝てるものだ。
「あ、デミス、今日は洗濯物たたんだのね。私の仕事減っちゃったじゃないの」
 文句を言いながらも、ルインは少し嬉しそうだった。
「デミス、窓開けましょう? 風通し良くした方が涼しくなるわよ」
 俺の横をルインが通り過ぎて、カーテンと窓を開ける音がした。
 窓が開けられると、むわっとした夏の空気が流れ込んでくる。しかもカーテンが開けられたせいで直射日光が俺に当たる。かえって暑くなった。
「よしっ。あ、デミスお腹すいたでしょ? 私、ご飯作ってくるね」
 そう言って、ルインはキッチンへ消えていった。
 俺はカーテンを閉め、再び床に腰を下ろす。
 調理場からルインの包丁の音が聞こえてくる。トン、トントン、トン、グサ。リズムがばらばらで時折変な音が混じっていた。
「できたわよ」
 三十分後、ルインが奇妙な盛り付けがされた皿を持って部屋に入ってきた。部屋の暑苦しい空気と料理のにおいが混ざり、酸っぱい臭いが俺の鼻まで届いていた。
「ほら、食べて」
 ルインは、料理をスプーンですくい、料理を俺の顔の前に近づけてきた。
「…………」
 親父が死んでから、今まで何度かルインが俺に料理を食べさせようとしたことがあった。
 その度に俺は、ルインの手を払って追い返してきた。その度にルインは泣き声になりながら走り去っていった。
 スプーンが俺の口に迫ってくる。
 またこの手を払いのけてしまおう。そう思った俺は、右手を動かそうとして、なぜか口を開いていた。
「……え?」
 ルインが驚きの表情を見せた。また拒絶されると思っていたのだろう。
 俺も驚きだった。どうして俺は口を開いたのだろう?
 ルインは恐る恐るスプーンを俺の口へと運んでいく。俺は口を開けたまま。間違いなく俺はルインのスプーンを受け入れようとしていた。
 口にスプーンが入ってくる。俺は口に入ってきた料理をそしゃくした。
「まずい」
 なんだよこれ。ふざけるなよ。こんな飯食えるわけないじゃねーか。そもそもどうやって作ったらこんなにまずくなるんだよ!
「おいルイン、お前ちゃんと味見したのか?」
 俺が文句を言うと、ルインは俺の顔を見たまま、涙を流していた。
 いや、ただ泣いていただけじゃない。
 泣いていたけど、笑っていた。
「よかった、ぐすっ、よかったよ……。デミスが、喋ってくれたよぉ……」
 涙声のルインが無理やり笑顔を作る。
 なんだよ、ルイン。お前、そんなことで泣いているのかよ。そんなことでそんなに嬉しそうに泣いているのかよ。俺は今、お前の飯を食ってまずいと言っただけなんだぞ。
「186日。186日ぶりに話してくれて……私、もうダメかと、ぐすっ、思ってた……」
 確かに俺は、親父が死んでからの半年間、言葉を発することはなかった。
 だからなんだと言うんだ? 半年ぶりとは言え、喋っただけで泣くほど嬉しいことなのかよ。
「この日が来るって……信じてて、良かった。良かったよぉ……」
 そこからルインはまた言葉を無くして泣き続けた。
 本当に馬鹿だよ、馬鹿。
 半年間、父親と母親が街を去った後でも一人残って、俺のところに毎日のように来て、勝手に喋って、勝手に洗濯とかしていって。
 何でケンカばかりしていた俺にそこまでしてくれるんだよ。両親と一緒に他の街に行けば良かったじゃないか。そこまでして俺のために残る必要なんかあったのかよ。
 俺のため? そう。俺のため……。
 親父が死んでから、俺は親父のことばかり考えていた。周りのことなんて何も見えなくなっていた。
 でも、ルインが毎日のように来て、俺に話しかけてくれて。
 次第に親父のことを考える時間が減っていき、代わりにルインのことを考える時間が増えていった。思い返せばここ数週間、俺は、ルインが家にやってくる午後2時を楽しみにすらしていたのかもしれなかった。
 ルインは、時間をかけてゆっくりゆっくりと俺を癒してくれたのだ。自分の時間を投げ打ってでも俺のために。
 ルインはまだ泣き続けている。なんだか俺も泣きたくなってきた。
 俺は、ルインが床に置いた皿と、その上にあるスプーンを取って、ルインが作った料理を食べた。
「何だこれまずいな。まずい。涙が出るくらいまずいじゃ……ないかよ……」
 俺とルインは半年の空白を埋めるように泣き続けていた。

 ありがとう、ルイン。
 俺のことそこまで想ってくれて。
 俺、いつもいつもバカなことばかりしてるけど、そんなことができるのもお前がいてくれたおかげなんだ。
 もし親父が死んだ後、ルインがいてくれなかったら、今の俺は存在しなかっただろう。きっと、みんなから恐れられる『終焉の王』そのものになっていた。
 ルイン、お前には感謝している。今の俺が俺でいられるのは、お前のおかげなんだ。
 そして、親父。
 あの時は、半年も沈みこんでごめんな。あんな様子を見られたら絶対に怒っただろうな。でも、もう大丈夫。

 一、決して嘘をつくな
 一、どんな時でも平常心を忘れるな
 一、命に代えても親友や愛する者を守り抜け

 命に代えても親友や愛する者を守り抜け――俺、絶対に守るよ。ルインのこと。
 だから親父も見守ってくれよな。俺達のこと。



カオス40 18:41

「……というわけで、俺の昔話はここでおしまい。分かっただろ? 俺がルインを好きになった理由」
 私、デミス、クランの三人は、昔話をしているうちに家に到着していた。
「うわーん、デミスちゃん、デミスちゃぁあんっ!」
 私たちの辛い過去を聞いたクランは、予想通り、顔をくちゃくちゃにして泣いていた。
 私は貰い涙をぐっと我慢して、鍵を開け一足先に家に入った。壁のスイッチを入れて明かりをつける。

 実は、デミスの話には続きがある。
 あれから私とデミスはようやくお父さんたちの街を後にし、しばらく私の両親のところに厄介になることになった。
 半年間あんなに落ち込んでいたデミスは、それが嘘のように明るくなっていた。
 またたく間に5年が経って、20歳になった私とデミスは結婚することになった。
「そうか、ルインを貰ってくれるか」
「ああ」
「……デミス君、ルイン。今の君達には話しても良い頃かもしれない」
 そう言って私のお父さんは、デミスと私に『一つの真実』を教えてくれた。
 デミスのお父さんが街外れの荒野で、あの必殺技を使って死んでしまうその前の日。デミスのお父さんと、私のお父さんは、『街の外から大量のモンスターが襲ってくる』という噂を耳にしていた。
 まさかと思いながらも、二人は街外れへとパトロールに行くことになった。デミスのお父さんは北に、私のお父さんは南に。
 私のお父さんが見回った南では何も見つからず、お父さんは街へ戻ってきた。すると、街は大騒ぎになっていた。北の荒野でカオス・エンペラー・ドラゴン――デミスのお父さんが必殺技を使って死んでしまったというニュースが流れていたからだ。
 私のお父さんはすぐに悟った。
「きっと、北にはモンスターの大群がいた。カオス・エンペラー・ドラゴンの奴は、その大群に遭遇したんだ。カオス・エンペラー・ドラゴンの攻撃力は3000。たとえ一人だけで大群を相手にしても、打ち負けることはなかっただろう。しかし、敵は大群で、誰もが街を狙っていた。普通に闘っただけじゃあ、きっと何匹ものモンスターをとり逃してしまう。デミス達を命の危機にさらしてしまう。デミス達を守るには、あの必殺技を使ってモンスターの大群を一掃するしかない。きっとそんなことを考えたに違いない。……馬鹿だよ。あいつは大馬鹿野郎だよ」
 必殺技さえ使わなければ、デミスのお父さんは、絶対に死ぬことはなかった。
 でも、その代わりに、街の誰かが命を落としてしまうに違いない。その中にデミスが含まれてしまうかもしれない。
 そう思ったデミスのお父さんは、ためらいなく必殺技を使ったんだ。自分が死ぬことが分かっていても、デミスやみんなを守るために必殺技を使う道を選んだんだ。
「やっぱり最高だ。最高だよ親父……」
 その話を聞いたデミスは、一筋の涙を流して、にっこりと微笑んだのだった。



カオス41 18:58

 俺は鎧を脱ぎ、リビングのソファでくつろいでいた。
 ルインはお湯を沸かして夕食の準備をしていた。もちろんルインがお湯を沸かした後、料理をするのは俺である。ルインに任せたら何が出てくるか分からない。
「あ、そういや、ルイン。クランは自分の部屋にいるのか?」
「うーん、そうだと思うんだけど、おかしいわね。『ランド・セル(かばん)を置いたらすぐに来る』って言ってたのに」
「…………」
 まさかとは思うが、俺は、クランの部屋に行ってみることにした。
「おーい、クラン。部屋にいるのか? いるなら返事しろ」
 クランの声が聞こえない。代わりに聞こえてくるのは、クランに持たせているキッズ用D・モバホン(携帯電話)のメール着信音。『元気のシャワー』のワンフレーズだった。
「入るぞクラン」
 部屋には誰もいない。窓が開いてカーテンがはためいている。うさぎのぬいぐるみが棚から転がり落ちていて、その近くにクランのD・モバホンも落ちていた。
 俺は悪いと思いながらも、クランのD・モバホンに送られてきたメールを覗き見た。

 送信者:魔導サイエンティスト / 送信日時:4089年10月24日 18:59

 月並みな手段しか思いつかず、私は苛立っている。
 だが、手段を選んでいる時間すら私にはもったいない。

 デミス、お前の娘は、この私――魔導サイエンティストが預かった。

 助けたくば、かつてカオス・ソルジャーが作り、カオス・エンペラー・ドラゴンが終わらせた街。
 その街の『終焉の地』へと来るがいい。

 4089年10月24日。
 その『終わりの始まり』がやってきたのだった。







 End of the World 編へ続く...





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