第三回バトル・シティ大会
〜聖戦(前編)〜
製作者:表さん






 ――まず私が在った
 ――次に時間を創り、それを動かした
 ――故に全てが始まった

 ――浄らかなるを望み、故に水が生まれた
 ――爽やかなるを望み、故に風が生まれた

 ――私のみが在り、故に私は絶対だった
 ――私の望みは全て叶い、故に此処は楽園だった

 ――あるとき、私は生物を望んだ
 ――故に草が生え、獣が生まれた
 ――しかしそれは、私とは対等たり得ぬものだった

 ――だから私は、私を望んだ
 ――故に私が生まれた、私とは異なる私が

 ――私は彼女をイヴと呼び
 ――彼女は私をアダムと呼んだ

 ――私と対等なる彼女の誕生
 ――故にそれは、楽園の終焉

 ――全ては私のものではなく
 ――私と彼女のものとなり
 ――故に世界

 ――それは正しかったのか
 ――それとも過ちだったのか

 ――私はその答を知らない
 ――今も、まだ




決闘139 カミナシ

 ――男の名は、神無 総一(かみなし そういち)といった。
 彼は幼い頃から、他人に好かれる人間だった。
 それというのも彼が、それ以上に、他人を愛する人間だったからだろう。

 人からよく相談をされた。
 彼は常に真摯に受け止め、真剣に応じた。
 “誠実”、その言葉が何より似合う男だった。
 彼はごく自然に、より多くの人を救いたいという想いから、医者を志した。
 外傷ではなく内面の、より繊細な傷を癒したいと考え、精神科医の道を選んだ。

 その一方で、学生時代から付き合っていた女性と、研修医時代に結婚した。
 たくさんの友人に祝福されて、彼らの新生活は始まった。
 総一は彼女を澱みなく愛したし、彼女もそうだったはずだ。
 翌年、2人の間には娘が生まれ、惜しみない愛を注いで育てた。
 総一は幸せだった。けれどそんな自分に、小さな疑念も抱いていた。

 仕事に関しては、順調と言えば順調だった。
 童実野病院に勤めるようになり、給料は良い。院内での評判もかなり良かった。
 しかし患者の話を聞くうち、身体を重く感じることがあった。
 同科の年長者に相談すると、彼は、憐みのような視線を総一に向けた。

「――君は、患者の話を親身に聞き過ぎるようだね……神無くん。我々の仕事はあくまで患者の治療だ。苦しみを共有することではない、分かるね?」

「――患者とは少し距離をとることだ。無論、近づくことでより適切な処置に気付けることもあるだろう。だが逆も然り、近すぎると盲点にはまることもある。一長一短だよ」

「――ミイラとりがミイラになってはいけない。覚えておくといい、“絶望は伝染する”。君も妻子のある身だ……分かるだろう?」

 理想と現実の狭間で、若い総一は苦悩した。
 けれど時が経つにつれ、「そんなものか」とも諦観を抱いた。

 次第に慣れ、適切な投薬や処置を、早い段階でも判断できるようになった。
 それでいい、何も間違ってはいない――そう思い、目を逸らした。
 心の奥底に潜む、その澱みから。





 ――そして、ある日のこと。
 総一は普段通りに出勤し、普段通りに外来患者の相手をしていた。
 診察を始めて1時間ほど経った頃、“彼”は現れたのだ。

「――お久しぶりです、神無先生。その節はお世話になりました」

 その少年の来訪と様子に、総一は少し驚いた。
 小柄な体格をした彼は、童実野高校に通う高校3年生だ。双極性障害の持ち主で、薬をたびたび処方してきた。
 しかしここ半年近くはまるで姿を見せず、どうしたのかと案じていたのだ。その彼が、いやに晴れ晴れとした表情で、総一に話し掛けてくる。

「――聞いてください、先生。僕にはついに聞こえたんです、“神の声”が! 神は助けを求めている……そして僕は、それを聞き届けることができた。“光の波動”を受け止めたんです!」

 治っていない、総一はそう思った。彼はたびたび、そのような妄言を語り、周囲の人間を困惑させてきたのだ。

「――光の神……“ホルアクティ”は仰せられたのです、“闇を討て”と! このままでは“この世界”は滅び、人々は闇に囚われてしまう。世界を光で満たすために……僕は闘わなくちゃいけない」

「――エマルフ・アダンでは駄目だ……彼は幼く、もはや時間が足りない。ヴァルドーなど論外だ……僕と同じ波動を得ながらも、彼には“闇の使徒”ガオス・ランバートと敵対する意志がない。全くもって嘆かわしい!」

「――もっと光を! 闇など不要だ! そうこれは、創世から続く“光(ホルス)”と“闇(ゾーク)”の終わりなき戦い……僕はそれに終止符を打つ! 僕だけの“神”を手に入れ、闇を根絶やしにするんだ!!」

 以前よりもひどい、しかし何かに取り憑かれたようなその語り口に、総一は奇妙なリアリティを感じた。
 彼の言葉こそが真理であり、自分がしてきたことなど形骸な欺瞞に過ぎなかったのではないか―― 一瞬、そんな懐疑が心をよぎった

「――ご記憶ください。世界はこの僕……“無瀬(なぜ)アキラ”が救う……!」

 そう言って彼は、総一の前から立ち去った。
 翌朝、メディアにより報じられ、総一は彼の死を知った。自宅マンションからの投身自殺だった。

 そしてそれが持つ意味を、この時点ではまだ、誰も知らなかったのだ――





 ――世界には絶望が満ち溢れている
 ――人々は救いを求めている
 ――絶望からの救いを

 無瀬の一件以来、総一の歯車は狂い始めていた。
 患者が持ち込む苦悩に、彼の心は少なからず感化されるようになった。
 患者との間に、適切な距離を置けなくなってしまった。

 ――自分の診た患者が、自殺をしてしまったから?
 ――いや違う

 自身に起きている異常の正体が、彼にはうっすらと理解できた。
 自分もまた、同様に取り憑かれてしまったのだと――あのとき、無瀬に取り憑いていた“何か”に。

(……“これ”は何だ? 私は一体、どうして――)

 光を
 もっと光を

 闇を討て
 闇を殺せ
 偉大なるホルアクティのために


 総一はより強く、より確かに、全ての人々を救いたいと考えるようになった。
 人々を絶望から救済するには、どのような手段があるのか――真剣に、真摯に考え続けた。

 そして彼は答に至る。
 穢れた光、“破滅の光”に導かれ――人々を救済する、究極の解答に。





「――“絶望”から逃れるための、ただひとつの“希望”が分かるかい……? 雫」

 その夜、寝室に冷たくなった妻を残し、愛する娘の首を絞め続けながら――総一は彼女に、優しく微笑みかけた。





決闘140 闇の囲繞(いじょう)

 会場内が、騒然としていた。
 依然としてデュエルフィールドを包み隠す闇、そして突如現れた謎の男、ガオス・ランバート――彼の登場と言葉に、観衆の注目は集まる。

「――何だこれ……どうなってるんだ?」

「――頭に声が響く……? マイクじゃないよね、これ」

「――ガオス、ランバート? 何かの演出なのか?」

 客席の大衆とは異なり、遊戯達は、その名前に聞き覚えがあった。
 “グールズ”の前身、“ルーラー”の首領にして、I2社の初代名誉会長――ガオス・ランバート。彼の登場が、歓迎すべからざる事態であることは、容易に想像できた。

『――理解が及ばぬかね……? 構わぬよ、知る必要の無いことだ』

 ガオスはなおも、その場にいる全員に言葉を届ける。
 魔術を用い、全員の脳へと直接に。

『――しばし眠れ、迷える子らよ。次に目覚めたときには……誰もが望む、素晴らしき新世界が在る』

 ――次の瞬間、観客席から悲鳴が響いた。
 “それ”を目の当たりにした者は、驚愕と恐怖に瞳を震わせる。

 ――人間が、消えた。
 まるで立体映像(ソリッドビジョン)であったかの如く、その姿にはノイズが走り、塵になって消滅したのだ。衣服も何も残すことなく、あたかもそこには、最初から何も存在しなかったかのように。

 そしてそれは各所で、次々と勃発する。
 ――まずは意識を失い、次に肉体が消滅する。
 多くの人間が凄まじいペースで、謎の要因により消失してゆく――現実味の欠けた、しかし地獄のような光景だった。


 さらにその現象は、観客席のみには留まらなかった。
「――! 本田くん!? 杏子っ!!」
 その異変に、遊戯はすぐに気が付いた。
 2人はともに頭を押さえ、身体をふらつかせていた。
「……クソッ、何だこりゃあ……!」
「何……? 頭に、声が……?」
 意識を失った杏子の身体が、前のめりに崩れてゆく。
 遊戯はそれを受け止めようと、彼女に駆け寄り、手を伸ばした――しかし、それが届くことはない。
 彼の手が届く寸前で、彼女の姿は消失してしまった。はっとして顔を上げると、本田の姿もすでに無かった。


「――応答しろ、本部! 何が起こっている!?」
 海馬は襟元の通信機で呼び掛けるが、返答は無い。
 その行為を視認し、「無駄だよ」とガオスは伝えた。
「……我らが闇魔術により、この会場は隔離した。外部とは異なる時間が流れている。届くはずも無かろうよ」
「……!? 貴様……いったい何を」
 そうしている間にも、観衆は次々と消えてゆく。
 いや、消えなくなった――そのときにはすでに、消えきっていたから。そう、観客席には人影ひとつなく、全ての人間が消失してしまった。数分前の盛況が嘘のように、会場内は異様に静まり返っている。
「案ずる必要はない。彼らは一足早く旅立ったのだ、“エデン”へ。かつて此処にも在った、素晴らしき“楽園”にな」
 ガオスは悠然と彼らを見渡し、その口を再び開く。
「――残ったのは5人……いや、4人か。“貴様”は先のデュエルで消耗し過ぎていた……当然と言えば当然の結果か」
 その言葉は、眼前の海馬に対するものでも、その後ろのサラに対するものでもない。
「――城之内くん! しっかりして、城之内くん!!」
 遊戯は懸命に呼び掛けていた。
 両膝を折ってうずくまり、見えざる何かに必死に耐え、苦悶している城之内に向かって。
(何だ……頭に声が、響く? 一体誰の?)
 聞き覚えのある、知っているハズの声――そう思った。
 だから、何を言っているのか聴き取ろうと、意識を傾けた。すると、

 ――オレはお前だよ……城之内克也

「――!!?」
 そこで、城之内の意識は事切れた。
 彼もまた同様に、意識を失い消滅した――遊戯は震える瞳で、その様を見ていた。

 ガオス・ランバートの発言通り、これで残されたのは4人――武藤遊戯、海馬瀬人、サラ・イマノ、そして月村浩一。

「――これは貴方の仕業なのか……!? 一体何の目的で! 何をしたか分かっているのか、ガオス・ランバート!!」
 語気を荒げ、月村は歩み寄らんとする。
 しかしそれを、思わぬ者の声が戒めた。
「――止まれ。身の程を弁えろ、無礼者」
 若い、しかし怒気のこもった青年の声だった。
 一体いつからそこにいたのか、ガオスの後ろには、彼と同じような黒いローブを全身にまとった者達がいた――それも、6人。
 そのうちの1人、先ほどの声の主が、ローブから左腕を突き出す。それにはこの会場に相応しい物、決闘盤が装着されていた。
 青年はデッキからカードを1枚引き、それをそのままセットする。カードに描かれたそのままのモンスターが、月村の前に具現化された。


激昂のミノタウルス  /地
★★★★
【獣戦士族】
このカードが自分フィールド上にで存在する限り、
自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が
超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
攻1700  守1000


(……ソリッドビジョン? こんなものを出して、一体何を――)
 牛頭人身の獣戦士“ミノタウルス”は、ゆっくりと斧を振りかぶる。
 その瞬間、月村の脳裏を記憶がよぎった。4年前、ガオス・ランバートを相手に行われた“闇のゲーム”の記憶が。
 咄嗟に跳び退き、距離をとる。
 そしてその判断が正しかったことを、月村はすぐに思い知った。

 ――ドガァァァァッ!!!

 振り下ろされた斧が、舗装された床を砕き、めり込んだ――ソリッドビジョンとは思えない、確かな衝撃を伴って。
 月村の背筋を、悪寒が走った。
 動作こそ緩慢だったが、立体映像と決めつけ、回避しなければどうなっていたか――想像するだに恐ろしい。
(殺す気でやったのか……? こんな若者が!?)
 そのやり取りを冷ややかに見つめ、ガオスは月村らに忠告した。
「……暴行は本意ではない。大儀の前だ、少し大人しくしていろ。むやみに危害は加えぬよ」
 デュエルフィールド上の“闇”を一瞥し、そう告げる。感情を殺し、彼らしからぬ穏やかな口調で。

「――何が本意じゃないだよ……こんなことをして」

 静かな、しかし対照的な、憎悪を秘めた口調。
 遊戯は立ち上がり、振り返ると、昏(くら)い視線でガオスを睨んだ。
「みんなをどうしたんだ……死んでないならすぐに戻せよ。神里さんも解放しろ。そして消えろ、今すぐに!」
 両の拳を握り締め、抑えがたい感情を漏らしながら、遊戯は荒くそう言った。
 対してガオスは表情を変えず、冷淡に彼を観察した。それは彼の神経を逆撫でし、強い憤怒を生んだ。

「――それとも……アンタを殺せば、全部戻るのか?」
「……!?」

 海馬もサラも月村も、遊戯らしからぬその発言に吃驚した。
 ガオスは両眼をわずかに見開き、そして口元を三日月に歪める。
「……面白い冗談だ。だが儂も、降りかかる火の粉は当然に払うぞ……ユウギ・ムトウ?」
 先程までと異なり、嬉々とした様子でガオスは応える。
 しかしそんな彼らの間に、先ほどの青年が割って入った。
「――ガオス様、ここは私にお任せを」
 ガオスを背にし、そう告げる。
 ガオスは興が醒めた様子で「好きにしろ」と返した。
「……数日振りだね、武藤くん。僕のこと、まだ覚えてくれているかな?」
 青年はフードを外し、素顔を晒す。見覚えのあるその顔に、遊戯は毒気を抜かれた。
「……!? 君は……カール君? どうして……」
 カール・ストリンガー、彼とは数日前の予選で激闘を繰り広げ、ともにデュエリストとして認め合った仲だ。
 呆気にとられる遊戯に対し、カールは友好的な笑みを向けた。先ほどの、月村への襲撃が嘘だったかのように、親しみを込めて話し掛ける。
「……ガオス様の言葉は真実だよ。暴力は僕らの本意じゃないし、城之内くん達も無事だ、保証する。これは“聖戦”だ……神の導きのままに、僕らは正義を成している。話だけでも聞いてもらえないかな?」
「…………」
 遊戯はしばし逡巡した後、両拳から力を抜き、大きく息を吐き出した。
 それを肯定と捉えたカールは「ありがとう」と微笑み掛ける。

 茶番だな、と心中で呟き、ガオスは再びデュエルフィールドを見上げた。
(……舞台は整えた。だがよもや、“邪神”ごときに命運を委ねることになろうとはな)
 不服げに眉根を寄せ、ガオスは舌打ちをひとつした。





 ―― 一方、神里絵空は暗闇の中にいた。
 何も見えない暗黒の中で、絵空は懸命に呼び掛けていた。
 同フィールド上にいるはずの雫や審判に対してではなく、床に置いた“千年聖書”に。
「――もうひとりのわたし! 返事して、もうひとりのわたしっ!!」
 両膝を折り、それに触れながら呼び掛ける。しかし返答がない。
 しかも“聖書”はかなり重くなり、絵空の手で持ち上げることは困難だった。いや、それの分厚さと大きさを踏まえれば、それこそが本来の重量とも言えるのかも知れない。
(何が起こってるの……? 雫ちゃんがフィールド魔法を使ったら、急にこうなって……暗闇はソリッドビジョンの演出? それとも何かのトラブル??)
 絵空は“聖書”の表紙の、ウジャト眼に手のひらを重ねた。

 居る――返答こそ無いが、“彼女”は確かにその中に。
 何故かは分からないが、そう感じ取れた。

(雫ちゃんも審判さんも、ぜんぜん反応ないし……一度フィールドから出るべきだよね。暗くて危ないけど、慎重に歩けば……)
 ヨイショ、と“聖書”を両手で担ぎ、立ち上がる。
 階段の方向をおぼろげに思い出しながら、ヨタヨタと歩き始めた――だが、

――ああ……無理無理。どんだけ歩いたって、こっからは出られねぇよ

 暗闇に、男の声が響いた。
 その声色に、絵空は聞き覚えがあった――しかし違うと思った。絵空が知る彼は、そのような粗野な話し方はしないからだ。

――逃げられやしねぇよ。それじゃあ始めようぜ……生と死を賭けた殺し合い、“闇のゲーム”を

 暗闇に、かすかな光が灯る。
 暗黒がフィールドを包む以前、絵空が決闘盤にセットしていたカードが、再び実体化する。そして――それに仄かに照らされた雫の瞳が、絵空を冷淡に見つめていた。


<神里絵空>
LP:4000
場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
手札:4枚
<神無雫>
LP:4000
場:絶望の闇
手札:5枚





決闘141 失はれた世界

 ――神無雫という少女にとって、世界とは、とてもちっぽけなもので良かった。

 雫は幼い頃から大人しく、内気な少女であった。
 父は優しく、母も優しかった。
 彼女がぐずついても受け止めたし、理解しようと努め、澱みなく愛した。
 だから彼女も、2人を愛した。いや、愛と言えば聞こえは良い。
 詰まる話、両親は彼女を甘やかし、彼女はそれに甘えてしまったのだ。
 故に彼女は内向的なままに育ち、否応なく両親への依存を強めてしまった。

 学校へ通うようになっても、それはあまり変わらなかった。
 孤立しがちだったし、本心を晒せる程の友人もつくれなかった。
 けれど彼女は、それでも構わないと思えてしまった。
 何故なら彼女にとって、世界とは、とてもちっぽけなもので十分だったからだ。
 自分が生まれ育ち、そして自分を特別に愛してくれる人たちとの場所。
 彼女にとって世界とは即ち、そこを中心とした狭小たるものに過ぎなかったのだ。

 両親は当然に、彼女のそれを好ましい傾向とは捉えなかった。
 しかし問題を正確には把握できなかったし、さほど深刻視もしなかった。
 そのままに時は流れ、彼女は童実野高校に進学し、高校生になった。
 その身体はあまり成長せず、小学生とも間違えられる外見だった。
 まるで彼女の肉体が、成長を望まず、拒んでしまったかの如く。


 そして彼女が高校生になり、しばらく経った頃、神無家では“異変”が始まった。
 父はそれまでより疲れた顔をして帰宅するようになり、時折ぼんやりと考え事をしている様子だった。
 母は案じたが、「大丈夫だよ」と父は微笑って返した。
 一方で、雫はあまり心配をしなかった。
 なぜなら雫にとっての彼は“保護者”であり、いつまでも護ってくれるはずの、欠けるはずのない人だったからだ。

 そして、その夜――

『――“絶望”から逃れるための、ただひとつの“希望”が分かるかい……? 雫

 霞んだ意識の中、信じる父の言葉は、彼女の心に深く刻み込まれた。
 彼女の世界の、破滅ともに――





<神里絵空>
LP:4000
場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
手札:4枚
<神無雫>
LP:4000
場:絶望の闇
手札:5枚


「――フィールド魔法『絶望の闇』……第1の効果発動。手札から『闇より出でし絶望』を……特殊召喚」
 動揺の色など微塵も見せず、相変わらず無表情で、雫はカードを操る。
 現れた怪物は対照的に、絵空を見下し、邪悪に嗤った。


絶望の闇
(フィールド魔法カード)
●1ターンに1度、手札からレベル8闇属性モンスター1体を特殊召喚できる。
●???
●???


闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって
手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000


「しっ、雫ちゃん! 待って、こんなの――」
「――バトル。『シャインエンジェル』を攻撃」
 有無を言わさず、雫は告げる。
 “絶望”はそれに従って、右腕を振り上げ、絵空に襲い掛かった。

 ――ズシャァァァァァッ!!!

 それは絵空には届かず、守備表示の『シャインエンジェル』を引き裂いた。
 しかしその余波は、彼女にも伝わる。立体映像ではあり得ないその衝撃は、彼女の危機感を否応なく強めた。
「……ッ! ま、待って雫ちゃん! 危ないよ! これが本当に“闇のゲーム”なら中断しないと!!」
 絵空はすでにそれを、三日前に経験している。
 謎の男“シャーディー”――彼が仕掛けてきたそのゲームでは、現実に大きな影響が出た。“千年聖書”に護られ、絵空自身は大したダメージを負わなかったものの、非常に危険であることは疑いようがない。命を落としかねない、まさしく“死のゲーム”なのだ。
「……構わない。これは私の願い……私の望み」
「……!?」
 雫のくすんだ瞳の奥に、絵空は初めて、強い意志を垣間見た。
 承知している――雫は全てを承知の上で、このデュエルに臨んでいる。絵空はそれを悟ってしまった。
「……っ。『シャインエンジェル』の、効果を発動……デッキから同名モンスターを……特殊召喚するよ」


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守 800


(どうして……? 雫ちゃんはどうしてこんなことを?)
 絵空は昨日のことを想起した。
 “闇のゲーム”を求める雫に、遊戯はその理由を訊いた。それに対し、彼女は答えたのだ――“殺したい人間がいる”と。
(……!? まさか、わたしのこと? 雫ちゃんはこのデュエルで、わたしを殺そうとしている? でもそれじゃあ、さっきのあの言葉は?)
 分からない。
 このデュエルを始める前、彼女が呟いた言葉も含めて――彼女の真意が、まるで見えない。
「……私はカードを1枚セットし……ターン終了……」
「……!」
 彼女に停止の意志は無い。
 むしろ無言ながらも、このデュエルを完遂する強い意志が感じ取れ、絵空は顔を歪めた。


<神里絵空>
LP:4000
場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
手札:4枚
<神無雫>
LP:4000
場:闇より出でし絶望,絶望の闇,伏せカード1枚
手札:3枚


(……さっきの男の人の声……あれから何も言ってこない)
 周囲の“闇”を見回し、絵空は眉をひそめた。
 声色が、獏良に似ていると感じた――それでも別人だろうと、絵空は疑いなく確信していた。喋り方の雰囲気が、まるで違ったからだ。
 男は言った――“逃げられはしない”と。確かに、全身に纏わりつくような果ての見えない暗黒は、外部から隔絶された、脱出不能の牢獄のように感じられる。
(デュエルを進めるしかない……? でも、雫ちゃんを傷つけるわけにはいかないし)
 絵空は改めて雫を見る。
 動揺の無い、確固たる様子だ――言葉で動かせるようには思えない。その心の内も、少しも感じ取れない。
(……分かりたい。分からなくちゃ。雫ちゃんはどうしてこんなことを望んで……どうして、あんなことを言ったのか)
 絵空は思い出す。
 昨日のことを――城之内VSエマルフ、その一戦を。それを観戦する中で、遊戯が口にしていた言葉を。

『――デュエルをしている人間には、傍観する人間には見えない“何か”に気付けることがあると思うんだ。その場の空気や、駆け引きの中で……相手の狙いとか、気持ちの変化とかにさ

(――デュエルを通して、相手を理解する。理解しなくちゃ……わたしが、雫ちゃんを!)
 絵空は思わず下を、そこに置いた“千年聖書”を見て、しかしすぐに首を振った。
 頼ってばかりいてはいけない。
 強くならなくては――大切な“彼女”を護るために、自分も。
(“もうひとりのわたし”はきっと無事! このデュエルが終われば多分……! 待っててね、もうひとりのわたし!)
「――いくよ、わたしのターン! ドローッ!!」

 ドローカード:増援

 ドローカードを手札に加え、別のカードに指を掛ける。
 そして発動しかけたところで、ふとその動きを止めた。
(……普通のデュエルなら、このまま発動すればいいけど……)
 攻撃表示の『シャインエンジェル』を見て、絵空はプレイングを改めた。
「『シャインエンジェル』を守備表示に変更してから……魔法カード『強制転移』を発動!」


強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。


「この効果によって……私の『シャインエンジェル』と雫ちゃんの『闇より出でし絶望』、2体のコントロールが入れ替わるよ!」
「……!」
 雫は顔を上げ、奪われた“絶望”を見上げる。精彩の無い瞳に、そのおどろしい姿が映し出された。


<神里絵空>
LP:4000
場:闇より出でし絶望,伏せカード1枚
手札:4枚
<神無雫>
LP:4000
場:シャインエンジェル,絶望の闇,伏せカード1枚
手札:3枚



「いくよ……バトル! 『闇より出でし絶望』で、守備表示の『シャインエンジェル』を攻撃!!」

 ――ズシャァァァァァッ!!!

 つい先ほどの再現――“絶望”の爪は再び、守備表示の天使を切り裂く。
 そう、守備表示だ。『強制転移』によるコンボは本来、低攻撃力モンスターを“攻撃表示”で渡してこそ真価を発揮する――しかし絵空はあえて、それを守備表示に変えた。
(……ダメージは与えられない。かなり厳しい条件だけど……やるしかない!)
 本来ならば、ここは1400のダメージを与えられる場面だ。しかしこのデュエルにおいて、絵空が目指すべきは勝利ではない。
「『シャインエンジェル』の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚できるよ! この効果で――」

 ――バチィッ!

「!? 痛……ッ!?」
 デッキに伸ばした右手が、強い静電気のようなものに弾かれる。
 何が起こったのか分からず、絵空はデッキを見つめ、瞬きをした。
 しかしその原因は、彼女のデッキにはない。対峙する雫のフィールドにあった。


神の警告
(カウンター罠カード)
2000ライフポイントを払って発動する。
モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。


「……このカードの効果により……『シャインエンジェル』の効果は無効になる」
「!? え……っ、それじゃあ――」
 絵空は目を見張った。
 雫が発動したカードは、強力ながらも大きなコストを要するカードだ――数値にして2000、彼女はライフを支払わねばならない。よって、

 雫のLP:4000→2000

 ――ドグンッッ!!!

「――!! いぁ……っ、ぁぁぁっ……!!!」
 言葉にならない呻き声が、雫の口から漏れ出た。
 常に冷静だった彼女が、苦痛に顔を歪ませ、苦悶の様子を見せた。身体を揺らし、呼吸を乱し――“闇のゲーム”によるダメージは、彼女を紛れもなく蝕んだ。
「しっ、雫ちゃん! 大丈夫!? どうしてそんなカードを――」
 言いかけて、絵空は気が付いた。
 彼女のデッキコンセプトは“スーサイド”。ライフコストと引き換えに強力な効果を発動し、ゲームを有利に進めるデッキだ。ライフと命が直結する“闇のゲーム”においては、致命的な戦術と言っても良いだろう。カードを発動するたびに、大きな苦痛を受けることになるのだから。
「………………」
「……!?」
 次の瞬間、絵空はギョッとした。
 笑ったのだ――雫の口が、三日月に歪んだ。
 この特異な状況に際して、雫は初めて、人間らしい感情を見せつつある。それが正常であるかどうかは、別問題としても。
「……わ、わたしは……カードを1枚セットして、ターン終了だよ……」
 動揺を隠せないまま、絵空はターンを進行した。自分に果たして、この少女を理解することなどできるのだろうか――そんな不安と闘いながら。


<神里絵空>
LP:4000
場:闇より出でし絶望,伏せカード2枚
手札:3枚
<神無雫>
LP:2000
場:絶望の闇
手札:3枚


「……私のターン。『絶望の闇』の効果により……手札から2体目の『闇より出でし絶望』を特殊召喚」
 呼吸を整え、冷淡な様子を取り戻した雫は、再び最上級モンスターを喚び出す。
 互いのフィールドに、全く同じモンスターが並んだ――攻撃力は当然互角。しかし雫は微塵も迷わず、そのままバトルフェイズに入る。
「『闇より出でし絶望』で……同名モンスターを攻撃」
「……!」
 絵空は一瞬だけ迷うが、すぐに伏せカードに指を掛けた。そのまま通しても相撃ち止まりとはいえ、やはり最上級モンスターの存在は大きい。それを守るべく、トラップを発動した。
「リバースカードオープン『聖なるバリア−ミラー・フォース−』! この効果により、雫ちゃんのモンスターは破壊されるよ!!」
「…………」
 雫は少しも慌てることなく、周囲の闇を見渡した。
「――フィールド魔法『絶望の闇』、第2の効果発動。ライフを半分支払うことで、効果による破壊を無効にできる」
「!!? な……っ、それじゃあ――」
 絵空の発動したカードが、闇に蝕まれ、光を失う。しかし絵空が驚いたのは、そのことに対してではない。またも躊躇なく、ライフを支払った行為に対してだ。


絶望の闇
(フィールド魔法カード)
●1ターンに1度、手札からレベル8闇属性モンスター1体を特殊召喚できる。
●「絶望」と名の付いたモンスターがカードの効果により破壊されるとき、
ライフポイントを半分支払うことでその破壊を無効にできる。
●???


 雫のLP:2000→1000

 ――ドグンッッ!!!

「――っ!! ぁぁ……っ!」
 雫は再び、苦痛に喘ぐ。
 これにより、バトルは成立――2体の“絶望”は同時に腕を振り上げ、互いに対して振り下ろした。

 ――ズシャァァァァァァァッッ!!!!!

 最上級モンスター同士の衝突は、強い衝撃を生み、絵空はたまらず後ずさる。
 これにより、フィールドは共にガラ空き――しかしそれでは終わらない。
 雫は追撃のためのカードを、手札からすぐに発動した。
「――マジックカード、発動……『デーモンとの駆け引き』」


デーモンとの駆け引き
(魔法カード)
レベル8以上の自分フィールド上のモンスターが
墓地へ送られたターンに発動可能。
自分の手札またはデッキから
「バーサーク・デッド・ドラゴン」を特殊召喚する。


 ――ォォォォ……ッ

 地の底から、呼び声が響く。
 “絶望”は消えず、更なる“狂気”を呼び込む――全身を骨で成した、黒き屍竜を。


バーサーク・デッド・ドラゴン  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードは「デーモンとの駆け引き」の効果でのみ特殊召喚が可能。
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃が可能。
自分のターンのエンドフェイズ毎にこのカードの攻撃力は500ポイントダウンする。
攻3500  守備力 0


「――『バーサーク・デッド・ドラゴン』……追撃」
 呼吸を整えた雫が、容赦なく告げる。
 屍竜が吐き出す炎に対し、絵空は反射に近い動作で、場の伏せカードを開いた。
「リバースマジック『一時休戦』! お互いに1枚ずつドローして、このターンのダメージを全て0にするよ!!」


一時休戦
(魔法カード)
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


 ――ズゴォォォォォッッ!!!!

 不可視のバリアに阻まれ、炎は絵空に届かない。
 しかし“闇のゲーム”において、攻撃値3500のこの攻撃を受けたらどうなるのか――想像するだに慄然とした。
「……。1枚セットして、エンドフェイズ。『バーサーク・デッド・ドラゴン』の攻撃力は500下がり……ターンエンド」
 抑揚のない声で、雫は告げる。
 その様には恐怖も迷いも、そして闘志も、殺意すらない。絵空には到底理解できない、彼女の心など。

 バーサーク・デッド・ドラゴン:攻3500→攻3000


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:4枚
<神無雫>
LP:1000
場:バーサーク・デッド・ドラゴン(攻3000),絶望の闇,伏せカード1枚
手札:2枚


「……っ! わたしのターン、ドローっ!」
 引き抜いたカードを見て、絵空は顔色を変えた。
 引き当てたのは切札。これまで幾度となく絵空を救ってきた、最も頼もしいキーカード。
(スーサイド戦術は厄介だけど……雫ちゃんのデッキは基本、高攻撃力モンスターによるパワーデッキ。ならその攻略法は、やっぱり――)
「――わたしは手札から魔法カード『増援』を発動!」


増援
(魔法カード)
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、
デッキをシャッフルする。


 弱気を振り払い、絵空は大きく宣言する。
 デッキからカードを選び出し、勢い良く決闘盤に叩きつけた。
「自分フィールド上にモンスターが存在しないとき! このモンスターは特殊召喚できるよ――来て、『フォトン・スラッシャー』っ!!」
 闇を照らす光が生まれ、それは戦士となり、剣を振るった。


フォトン・スラッシャー  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。
自分フィールド上にこのカード以外のモンスターが存在する場合、
このカードは攻撃できない。
攻2100  守 0


「そして! このモンスターを生け贄にして――召喚! 『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』っ!!」


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


 “魔獣”は猛々しく咆え、自身の力を顕示する。
 その攻撃力は、生け贄としたモンスターの、実に2倍――すなわち4200ポイント。フルパワーの『バーサーク・デッド・ドラゴン』すら超越する、パワー自慢のモンスターだ。

 偉大魔獣 ガーゼット:攻0→攻4200

(パワーデッキにありがちな死角は、それを超越するパワーモンスター……! この“ガーゼット”をパワーで超えるモンスターはそうそういない、ハズ)
 “ガーゼット”は唸り、対峙する屍竜を睨む。
 その攻撃力差は1200、そして雫の残りライフは1000ポイント――攻撃が通れば、決着はつく。この忌まわしい“闇のゲーム”に、早々にピリオドを打つことができる。
 だが、
(……攻撃は、しない。倒すんじゃなくて、制する――分かり合うんだ、雫ちゃんと!)
 自分には敵意などない。それを示さんと――絵空は茨の道を選ぶ。それがどれほど険しくとも。
「わたしはカードを1枚伏せて――ターン終了だよ!」
「……!」
 絵空の選択に、雫はわずかに反応する。
 絵空の意図が伝わったか否か、それは外見には分からない――そして雫は伏せカードを開く。そのカードの発動はある意味で、絵空の想いの否定をも意味した。
「――このターンのエンドフェイズに、トラップオープン……『バーサーク・デッド・ドロー』」


バーサーク・デッド・ドロー
(罠カード)
自分フィールド上のレベル8闇属性モンスター1体を指定して発動。
指定したカードを含む、自分フィールド上に表側表示で存在する
カード2枚を破壊し、デッキからカードを3枚ドローする。


「……この効果により、私の場のカード2枚を破壊。私が選択するのは『バーサーク・デッド・ドラゴン』と……『絶望の闇』」
「!? え……っ?」
 絵空は驚き、呆気にとられる。
 このターン、“ガーゼット”による攻撃を仕掛けたとしても、雫はこのカードにより回避しただろう――しかし絵空が驚いたのはそこではない。
 フィールド魔法『絶望の闇』、彼女の戦術の要とも思えたカードを、迷わず破壊対象に選んだ――その真意を理解できなかったからだ。

 ――ドドドンッッ!!!!

 連続した爆発音ともに、『バーサーク・デッド・ドロー』を含む、雫のカード3枚が砕け散る。攻撃力3000を誇る屍竜も、堪えることなく消滅した。
 絵空は思わず周囲を見回す。『絶望の闇』の消滅により、周囲の“闇”も晴れるのではないか――そう期待したが、叶わなかった。“闇”は変わらず2人を捕らえ、気味悪く纏わりついてくる。
「……そして3枚をドロー。さらに――」

 ――ドクンッ!!!

 “闇”が、呼応する。
 破壊されたはずのカードが、静かにフィールドへと蘇る。


絶望の闇
(フィールド魔法カード)
●1ターンに1度、手札からレベル8闇属性モンスター1体を特殊召喚できる。
●「絶望」と名の付いたモンスターがカードの効果により破壊されるとき、
ライフポイントを半分支払うことでその破壊を無効にできる。
●このカードがフィールド上から墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、
墓地からこのカードが発動される。


「――“絶望”は、消えない。『絶望の闇』第3の効果により……再びフィールドに舞い戻る。何度破壊しても、蘇る」

 絶望は根ざすもの。消えることなどあり得ない、故に。

 思わぬコンボに、絵空は渋い顔をした。最上級モンスター1体の犠牲のみで、雫は3枚ものカードをドローした――こんな状況でなければ拍手を送りたい、見事なコンボだ。
 そしてそれもさることながら、『絶望の闇』第3の特性――それは、このカードの除去の難しさを意味する。たとえフィールド魔法による“上書き”を行ったとしても、このカードは再度復活してしまう。そしてこれを排除しない限り、雫の重量モンスター召喚は止まらないだろう。厄介な事この上ない状況だ。


<神里絵空>
LP:4000
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200),伏せカード1枚
手札:2枚
<神無雫>
LP:1000
場:絶望の闇
手札:5枚


「……私のターン、ドロー……」
 雫は相変わらず、緩慢な動作でカードを引く。
 この瞬間、彼女の手札は6枚。潤沢なる手札を見返し、雫はカードを選び取る。
「『絶望の闇』の効果により……レベル8闇属性モンスターを特殊召喚、『鎮圧のサプレッション・デモン』」
 上位の存在らしい厳かなる雰囲気を漂わせ、漆黒のマントを纏う、巨躯の悪魔が現れた。


鎮圧のサプレッション・デモン  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
ライフを800支払うことで、次の相手ターン終了時まで以下の効果を得る。
●このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターはすべて守備表示となる。
攻2900  守2800


「ライフを800支払い……“サプレッション・デモン”、効果発動。相手モンスター全てを、守備表示に変える」

 雫のLP:1000→200

 ――ドグンッッ!!!

「――っ! んん……ッ!」
 再び襲う痛みを甘受し、雫は効果を使用する。
 プレイヤーの命を糧に、悪魔は真価を発揮する。右掌を広げて“ガーゼット”に向け、それを握り込んだ。
 次の瞬間、重力の歪みが“ガーゼット”を捕らえ、跪かせんとする――抗わんともがくが、その顔面は苦渋に歪んだ。
「――させないよ! 永続トラップオープン『デモンズ・チェーン』っ!!」
 絵空はすかさずカードを開いた。
 『一時休戦』や『フォトン・スラッシャー』と同様に、昨夜のデッキ改造により新たに投入したカードを。


デモンズ・チェーン
(永続罠カード)
フィールド上に存在する効果モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。
選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


「――手札、から、カウンターマジック……『ブラッド・サイクロン』」


ブラッド・サイクロン
(魔法カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
このカードの効果は無効化されない。


 息も切れ切れに、雫はカードを発動する。狙うは当然、“サプレッション・デモン”の妨害をせんとする『デモンズ・チェーン』だ――しかし雫の残りライフは最早200なのだ。本来ならば、この場面で発動できるカードではない。
 だからこそこの瞬間、雫の手札から特殊なカードが発動する。雫のスーサイド戦術を支える要であり、昨日の試合ですでに披露されているカード、それは――


永遠(とわ)の流血
(永続罠カード)
自分が発動するカードの、必要なライフコストより
自分のライフが低い場合にのみ手札から発動できる。
このカードが場に表側表示で存在する限り、
2000ポイント以下の自分のライフコストは
「ライフポイントの半分」になる。


 ライフコスト軽減のカード『永遠の流血』。
 しかしこれは決して、回復カードなどではないのだ。血は確実に流れ、このカードの存在により逆に、止まることなく流れ続ける――故に“永遠の流血”。殊に“闇のゲーム”においては、このカードの存在は残酷な意味を持つ。

 雫のLP:200→100

 ――ドグンッッッッ!!!!!

「――!!! ああああ……っ!!」
 喘ぎ声が、悲鳴に変わる。
 腰が砕け、雫は両膝をついた。顔を俯かせた彼女に、絵空は思わず駆け寄らんと思った――しかし、
「……“サプレッション・デモン”の、攻撃……」
 蚊が鳴くような、小さな宣言。しかし悪魔は聞き漏らさず、絵空のフィールドに襲い掛かった―― 一連のカード処理の結果、フィールドはその悪魔が制圧している。
 『デモンズ・チェーン』は『ブラッド・サイクロン』により貫かれ、“サプレッション・デモン”の特殊能力により“ガーゼット”は跪かされた――その守備力はわずかに0、耐えられるわけがない。

 ――ズガァァァァッ!!!

「――っ! うう……っ」
 野太い腕に殴り殺され、絵空の切札は砕け散る。
 ダメージこそ無いものの、その衝撃は絵空を押し返す――眼前には“サプレッション・デモン”が立ち塞がり、雫に近づくことなど不可能だ。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:2枚
<神無雫>
LP:100
場:鎮圧のサプレッション・デモン,絶望の闇,永遠の流血
手札:3枚


 あまりにひどい戦況に、絵空は声を失う。
 対照的に、気絶したかとも思われた雫は――笑った。彼女らしからぬ様子で、声を上げて、狂ったように笑い始めた。
「……ふふっ……あはっ、あははははははっ! もう少しだよ、パパ、ママ……!!」
 痛みを恍惚に変え、甘えるような声で――雫は告げる、あらぬ方向を見上げて。
「カードを1枚セットして……ターン終了……」
 終了へ、終わりへと向けて。

 神無雫は歩を進める――“終わらせるために”。
 あの夜を、あの朝を。
 終わらせる、全てを、この世界を。
 そのために――神無雫は着実に、闇の底へと堕ちていった。





決闘142 絶望

 ――この病は死に至らず
 ――かつて神は、そうのたもうた
 ――分かるかい、雫?

 ――人間とは精神だ
 ――精神とは自己であり
 ――自己との関係性により世界は成り立つ

 ――現在(いま)があり、故に己を知らず
 ――過去があり、故に己を拒み
 ――未来があり、故に己を求める

 ――故に人は絶望する
 ――たくさんの絶望を見てきた
 ――だから僕は気が付いた

 ――絶望とは罪なのだ
 ――絶望とは自己の否定を意味し
 ――故にそれは、世界の否定
 ――故に、神への冒涜に等しい

 ――自己を持つ限り他があり、故に絶望を抱く
 ――分かるかい、雫?
 ――絶望から逃れるための、ただ一つの方法が

 ――だから行こう
 ――ともに逝こう
 ――自己も他も無い処へ

 ――分かるだろう、雫?
 ――これは僕の愛なんだ
 ――君ひとりを置いてなどいかない

 ――破滅という願いを叶え
 ――僕たちは罪から解放される
 ――在るべき形へ、さあ還ろう

 ――苦しいかい、雫?
 ――けれどすぐに楽になれる
 ――全ての絶望から、解放される
 ――僕もすぐに後を追うよ

「――…めて」

 ――……? 雫?

「――や……めて、パ……パ」

 ――……!!


 震える両手が、少女の首から離れた。
 苦しさが消え、呼吸が整う。
 少女の意識は消え、再び眠りへと落ちてゆく。

 そしてこのときにはもう、自己の世界が崩れ始めていたことを――少女はまだ何も、何ひとつ知りはしなかったのだ。





<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:2枚
<神無雫>
LP:100
場:鎮圧のサプレッション・デモン,絶望の闇,永遠の流血,伏せカード1枚
手札:2枚


「――わたし、の、ターン……」
 圧倒的不利なこの状況に際し、絵空の戦意は委縮を始めていた。
 先ほど取り乱した様子を見せた雫は、ひとしきり笑い終えると、再び顔から表情を消した。まるで何事も無かったかのように、闇に溶けかけ佇んでいる。

 この少女は狂っている――絵空は、そう思ってしまった。
 理解などできない、分かり合えるはずなどない――そう感じてしまった。

(……限界だ。これ以上はもう……本気で闘わないと)
 失意の瞳で、デッキを見つめる。

 デュエルで分かり合おうなど、所詮は夢物語だったのだろうか。
 自分には、それを可能とする力など無かったのだ――そう思いかけ、両眼を閉じる。

『(――アナタらしくないわね、もう諦めるの?)』

「――!」
 ハッとして、絵空は両眼を見開いた。足元に置いた“聖書”を見つめるが、何の反応も無い――実際に“彼女”の声が届いたわけではなかった。
 それでも、
(もうひとりのわたしなら、きっと……そう言ってくれる!)
 両の頬を張り、気持ちを入れ直す。
 大丈夫、まだ立て直せる――自分にそう言い聞かせ、デッキへと指を伸ばす。
「いくよ、わたしのターン! ドローっ!!」
 引き抜いたカードを視界に入れ、絵空は小さく笑みをこぼした。そのカードもまた、昨夜あらたにデッキ投入した1枚――そして、この劣勢を覆し得るカード。
「――わたしは墓地から……光属性の『シャインエンジェル』と、闇属性の“ガーゼット”をゲームから除外!!」

 ――カァァァァッ……!!

 フィールドに2つの、光の球が現れた。
 黄金と漆黒、それぞれは輝き、そして混ざり合い――空間を歪め、“混沌”を生み出す。
「――特殊召喚……『カオス・ソーサラー』っ!!」
 混沌を操る、妖しげな魔術師が現れ、眼前の悪魔を見上げた。


カオス・ソーサラー  /闇
★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから
除外する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは
攻撃する事ができない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻2300  守2000


「――『鎮圧のサプレッション・デモン』……効果適用」

 ――ズズゥ……ッ

 “サプレッション・デモン”による重力操作を受け、『カオス・ソーサラー』は守備体勢を強いられる。しかし、まだ出来ることはある――右手に“光”を、左手に“闇”を輝かせ、うずくまった魔術師はそれらを地面に叩きつけた。
「『カオス・ソーサラー』の効果発動! 1ターンに1度、場のモンスター1体を除外できる!」

 ――ズズズズズッ

 “サプレッション・デモン”の足元に、黒く大きな穴が空く。
 そこから無数の触手が伸び、その全身に絡みついた。
「除外対象はもちろん『鎮圧のサプレッション・デモン』――“ディメンジョン・ホール”ッ!!」
 触手は抵抗を許さず、悪魔を穴に引きずり込む。そして穴は閉じ、雫のフィールドはガラ空きとなった。


<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソーサラー(守2000)
手札:2枚
<神無雫>
LP:100
場:絶望の闇,永遠の流血,伏せカード1枚
手札:2枚


「まだだよ! わたしはさらに『終末の騎士』を召喚! 効果発動!」


終末の騎士  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る事ができる。
攻1400  守1200


「その効果により、デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送ることができる! わたしは『ネクロ・ガードナー』を墓地へ送る!」
 絵空は改めてフィールドを見た。
 雫のライフは残りわずか100、そしてフィールドにモンスターはなく、伏せカードは1枚のみ。もしもそれがブラフならば、『終末の騎士』で攻撃すれば、勝敗は決する。
 それでも、
「――攻撃は……しないよ。『終末の騎士』は守備表示にして……ターンエンド」
「…………?」
 雫の無表情に、わずかだが動揺と失望の色が混じった。
 攻撃されなければ、敗北しない。ゼロにならない、終われない。
「――……あなたも」
 絵空には聴こえない、小さくか細い声で、雫は呟いた。

 ――あなたも私を、殺してくれない……

 雫は決闘盤の伏せカードに指を掛け、反転させた。
「永続トラップオープン……『光の護封壁』」
「!? え……っ?」
 意味の無いタイミングでの発動。雫の予想外の行動に、絵空は呆気にとられた。


光の護封壁
(永続罠カード)
1000の倍数のライフポイントを払って発動する。
払った数値以下の攻撃力を持つ相手モンスターは攻撃する事ができない。


「この効果により私は……ライフを“2000ポイント”支払う」
 彼女のライフは残り100、通常ならば支払えない。
 だが『永遠の流血』の効果により、2000ポイント以下のライフコストは軽減される――あくまで軽減、代償が無くなるわけではない。

 雫のLP:100→50

「――っっ!! ぅぁぁ……っ!」
 雫はまたも苦しみ悶え、うめき声を上げた。
 絵空はその真意を訝しんだ。
 “攻撃されても問題なかった”と示したかったのか――いや、恐らく違う。彼女の心の奥には、全く別の意図がある。
(このターン、払うはずだったライフを払った……? トラップ発動の目的は、ライフを減らすこと? 何のために?)
 彼女の目指すもの、彼女の目的――それはすでに、彼女自身の口から語られている。

『――殺したい人間がいるの』

「――……!?」
 絵空は、それに気が付いた。
 まさかそんなことが――いやしかし、確かに合点がいく。
 闇のゲームを求めたこと、そして“スーサイド”という戦術――そこにこそ彼女の真実はある。


<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソーサラー(守2000),終末の騎士(守1200)
手札:1枚
<神無雫>
LP:50
場:絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁
手札:2枚


「――わたし、の、ターン……ドロー……」
 雫は息も絶え絶えにカードを引き、そしてプレイを続行する。
「『絶望の闇』の効果により……3体目の『闇より出でし絶望』を、特殊召喚……そして」
 雫は息を切らせながら、手札のカードを発動した。
「装備魔法……『早すぎた埋葬』。ライフを800支払うことで、『闇より出でし絶望』を……蘇生させる」


早すぎた埋葬
(装備カード)
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して
攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


 雫のLP:50→25

「――ッッ!! ああぁ……ッッ」
 雫の全身が、不自然に揺らぐ。
 度重なる苦痛に上気し、もはや瞳の焦点など定まってはいない。
 それでも――彼女は止まらない。デュエルを進める、“終わらせるために”。


<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソーサラー(守2000),終末の騎士(守1200)
手札:1枚
<神無雫>
LP:25
場:闇より出でし絶望×2,早すぎた埋葬,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁
手札:1枚


「……バト……ル。“絶望”で、ソーサラーを攻撃……」

 ――ズシャァァァァァッ!!!

 壁の如く立ち塞がった2体の『闇より出でし絶望』、そのうちの1体が『カオス・ソーサラー』を引き裂く。絵空は敢えてそこを通し、何の抵抗も見せなかった。
「……2体目で……攻撃……」
 2体目の“絶望”は先ほどと全く同じ動作で、今度は『終末の騎士』に対し、右腕を振り上げる。だが絵空は、今度は抵抗を見せた。伏せカードが1枚も無いこの状況で、墓地スペースへと指を伸ばす。
「2撃目は止めるよ……! 墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果発動! ゲームから除外することで、その攻撃を無効にする!」


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


 ――ガギィィィィィィンッ!!!

 半透明の“盾持ち”により、その攻撃は受け止められる。
 このターンのバトルはここで打ち止め。絵空のフィールドを全滅させるには至らない。
「……カード、を、1枚、セットして……ターン、終了……」
 平衡感覚を失いかけ、今にも倒れそうな様子で、しかし雫は倒れない。
 終わらせるために。
 “絶望”から逃れるための、ただひとつの“希望”――健気にもそれを、頑なに信じて。


<神里絵空>
LP:4000
場:終末の騎士(守1200)
手札:1枚
<神無雫>
LP:25
場:闇より出でし絶望×2,早すぎた埋葬,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚


(ダメだ……このままじゃ)
 ライフのみならず、まさしく瀕死と言っていい様子の雫に、絵空は危機感を募らせる。
 しかしフィールドは圧倒され、彼女を制止する余裕などない。起死回生の『カオス・ソーサラー』さえ、容易に破壊されてしまった。
(『闇より出でし絶望』の攻撃力、2800……それを越えるモンスターを出さないと)
 だが、切札“ガーゼット”を除外してしまった現状、それを叶えるのはかなり苦しい。
 それでも――絵空はデッキに指を伸ばす、真っ直ぐに。
「わたしのターン――ドローっ!!」
 引き当てたカードを見て、絵空は思案げな顔をした。
 それは“可能性”を秘めたカード。悪いカードではないが、形勢を覆すにはわずかに力不足だ。
 それでも、手札の少ない彼女に、他に打てる手などない――めげることなく、そのカードをプレイした。
「わたしは――『次元合成師(ディメンション・ケミストリー)』を召喚! 攻撃表示っ!!」


次元合成師  /光
★★★★
【天使族】
1ターンに1度だけ、自分のデッキの一番上のカードをゲームから除外し、
さらにこのカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップ
する事ができる。自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され
墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分のモンスターカード
1枚を選択し、手札に加える事ができる。
攻1300  守 200


「そして効果を発動! デッキの1番上のカードを除外することで、攻撃力が500ポイントアップするよ!!」
 絵空はデッキからカードをめくり、それを視界に入れる。
 その瞬間――道が開けた。
 それこそが“可能性”。たった1枚のそのカードが、彼女の道を切り拓く。
(…………! 雫ちゃんの場に、伏せカードは1枚……)
 相手フィールドに最上級モンスターが2体も並んでいる現状、本来ならば間違いなど許されない。それでも――絵空は構わず、最後の手札を発動した。
「魔法カード『カオス・ユニオン』! 『終末の騎士』を“ユニオン”させることで……『次元合成師』の攻撃力は、1400ポイントアップっ!」


カオス・ユニオン
(魔法カード)
自分の場の光属性・闇属性モンスターを1体ずつ選択して発動。
選択したモンスター1体を、もう1体のモンスターに装備する。
装備カードとなったモンスターの攻撃力・守備力分だけ
装備モンスターの攻撃力・守備力はそれぞれアップする。
また、装備モンスターの戦闘により発生するダメージは0にできる。


 『終末の騎士』の魂を憑依され、“合成師”は大きな力を得る。
 手元に光球を生み出し、それに闇が混じる――球体は妖しげに輝き、周囲の空間を歪めた。


『次元合成師』
攻1800→攻3200
守 200→守1400


「……『カオス・ユニオン』にはもう一つ、効果があるよ。この効果を受けたモンスターの戦闘によるダメージはゼロにできる」
「…………!」
 本来ならば、自分へのダメージを無効にするためのものだ。しかしそれは、相手にも適用することが可能――雫を傷つけることなく、攻撃を仕掛けることが許される。
(……このターンのエンドフェイズ時、『次元合成師』の攻撃力は500下がる。『闇より出でし絶望』の攻撃力は2800、その数値を下回る……それなら)
 攻撃力が2000を超えているので、『光の護封壁』による抑制も受け付けない。
 絵空は全ての憂慮を排除し、数ターンぶりの攻勢を見せた。
「――バトルっ! 『次元合成師』で、『闇より出でし絶望』を攻撃!!」
 この攻撃で、雫を傷つけることはない――そう確信したが故の宣言だ。
 しかし雫の手は動く。それを迎撃するために――否、“自身を傷つけるために”。
「……リバース、トラップ、『プライドの咆哮』。ライフ400を支払うことで、モンスターの攻撃力を、アップ……迎撃……」
 『永遠の流血』が紅く輝き、雫の命を守る――しかし確実に“流血”をもたらす。安息の死など許しはしない。


プライドの咆哮
(罠カード)
戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより
低い場合、その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する。
ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は
相手モンスターとの攻撃力の差の数値+300ポイントアップする。


 雫のLP:25→13

 モンスターの咆哮と、そして、少女の悲鳴が響いた。
 雫は今度こそバランスを崩し、音をたてて倒れ伏す。
 絵空はハッとしたが、しかしその眼前にはすでに、咆哮し狂暴化した“絶望”の巨躯があった。

 ――ズシャァァァァァァァッッ!!!!

 “絶望”の爪が、“合成師”を切り裂く。『プライドの咆哮』により“絶望”の攻撃力は3500ポイント、本来ならば300ポイントの戦闘ダメージが発生する――しかしこの戦闘に関しては、それを回避するすべがある。
「――っ! 『カオス・ユニオン』の効果適用! 発生する戦闘ダメージをゼロにっ!!」
 ダメージは生じずとも、“合成師”は破壊できた。“絶望”はそれを確認すると、倒れ伏す少女の元へと戻る。
(……あと……すこし……)
 ふらふらと、ゆっくりと、神無雫は立ち上がる。
 度重なる激痛により、少女の精神は今にも擦り切れそうだ――それでも立つ、死ぬことができない。
 この病は死に至らず――だから苦しい、故に“絶望”。

「……! 『次元合成師』が破壊されたことで……もうひとつの効果が発動。除外されたモンスター1体を、手札に加える……」
 もはや絵空に残されたカードは、たったの1枚。しかしそのカードは、このデュエルを制し得る、高次なる1枚。
(絶対に……2人とも無事で、終わらせる。そのために――)

「――光の剣士よ……闇を裂け!!」

 ――カァァァァァァッ……!!!

 フィールドに、2本の光柱が立つ。1つは黄金、もう1つは漆黒――2本は混ざり合い、空間に歪みを生む。
 黄金に漆黒が混ざり、濁る――そして“黄金”が勝る。黄金の輝きはより強くなり、一本の太い光柱となる。
 絵空の墓地スペースから、光属性『フォトン・スラッシャー』、闇属性『終末の騎士』、2枚のカードが除外され――特異な召喚条件を経て、混沌の戦士が降臨した。

「特殊召喚――来て、“カオス・ソルジャー”っ!!」


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 終わらせるために――この闘いを。
 応えるために――少女の想いに。

 光の剣士は強く輝き、フィールドの闇を照らしつけた。


<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:闇より出でし絶望×2,早すぎた埋葬,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁
手札:0枚





決闘143 死に至る病

 その日は、不思議な朝だった。
 ふと目が覚めると、もうすぐ学校が始まる時間だった。

 ――ママはどうして起こしに来なかったんだろう?
 ――それとも今日はお休みの日だったかな?

 不思議に思いながら、布団を頭までかぶった。

 ――嫌な夢を見た気がする
 ――今日はもう休みたいな
 ――休めないかな
 ――学校なんてなければいいのに

 ――…………どうしたんだろう
 ――何だかやけに静かだ
 ――朝ごはんの匂いもしない

 ――ママ?
 ――パパ?

 布団から出て、部屋も出る。
 居間にも台所にも、誰もいない。
 まだ寝てるのかな、そう思って寝室へ行った。
 戸を開けて、室内を見る。
 すると、そこには――

 ――血まみれで横たわるママと
 ――揺れる人影
 ――天井から首を吊った、パパがいた





<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:闇より出でし絶望×2,早すぎた埋葬,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁
手札:0枚


(わたしのカードは“カオス・ソルジャー”のみ……手札も無い。ライフポイントを除けば、わたしが圧倒的に不利)
 絵空は険しい表情で、自分フィールド上の“カオス・ソルジャー”を見上げた。
 “まだ”だ、“まだ”足りない――その特殊能力を発動させることは、今の絵空には“まだ”できない。
(それでも……攻撃力は3000。雫ちゃんも手札はゼロだし、すぐには突破できないハズ)
 すでにバトルフェイズは終了している。攻撃力2800の『闇より出でし絶望』を攻撃することは出来ない――いや出来たとしても、絵空に攻撃の意志は無いが。
「わたしはこれで……ターンを終了するよ」
 絵空は雫を窺った。
 満身創痍の様子ながらも、彼女はしかし倒れない――戦意とは違うモノにすがり、彼女はデュエルを続行する。危なげな動作でカードを引く。
「……私、の、ターン……」

 ドローカード:ネクロ・フュージョン

 それは、雫がデッキに入れた覚えの無い――41枚目のカード。
 しかし意識もそぞろの雫は、大して気に留めなかった。罠カードであることを認識し、機械的に場に伏せる。
「カードを、伏せて……ターンエンド……」
 守備力値3000ポイントである『闇より出でし絶望』を守備表示にすることも、もはや頭にはなかった。

「――わたしのターン! ドローッ!」
 対照的に、絵空は力強くカードを引く。
 引き当てたのは良いカード。口元に小さく笑みを零す。
 そしてフィールドの状況を確認した。
 雫のモンスター『闇より出でし絶望』は、2体とも攻撃表示のままだ。もしも彼女のリバースカードがブラフならば、このターンで攻撃すれば決着はつく。
(……攻撃はしない。解ってきた気がする……雫ちゃんの心が)
 両腕を下ろし、絵空は眼を閉じた。

 絵空の推測が正しければ――彼女が求めているモノは“勝利”ではない。
 “敗北”――そして、その先にあるだろう“死”。
 けれどそれが、それこそが彼女の“本当の真実”とは限らない。
 “スーサイド”という戦術は、マイナーながらもM&Wに歴として存在したコンセプトだ。そしてそれは決して、敗北するために生み出されたものではない。

(それに……デュエルの開始前に、雫ちゃんが呟いたあの言葉)


――ごめんなさい


 彼女は小さく、けれど確かにそう言った。
 恐らくは、悪意をもって自分を巻き込んだわけじゃない。
 だから、
「カードを1枚セットして――ターン終了だよ!」
 絵空は闘う。勝利とは異なる形で、このデュエルに終止符を打つために。


<神里絵空>
LP:4000
場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,伏せカード1枚
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:闇より出でし絶望×2,早すぎた埋葬,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚


「……私、の……ターン……ドロー……」
 ふらふらと上体を揺らし、弱々しい動作で、雫はカードを引き抜く。

 ドローカード:闇次元の解放

「……。カードを、1枚、セットして……ターンを――」

 ――ドクンッ!!

『(――待ちな。せっかくプレゼントしてやったんだ……有難く使えよ、さっきのカードを)』

 突然に、雫の頭の中だけに“男”の声が響く。

『(――言っただろう? てめえの願いを叶えてやる……“神”として。人間の“破滅”という願いを叶える……そのためにオレ様は在るんだからな)』

 一年近く前、父と母が亡くなり、雫は独りになった。
 程なくして葬儀が執り行われ、多くの人がその死を悼んだ。
 だが親戚は、2人の死を偽った。
 自殺では体裁が悪かったのだろう。事故死として口裏を合わせた。
 その真実の隠蔽は、彼女の心を一層に追い詰めることとなる。

 そしてその葬儀場で――雫は“彼”に出遭ったのだ。





――中々いい穢れだ……オレ様の“闇”によく馴染む。てめえも昔のオレと同じクチだな……“世界”を理不尽に奪われ、ただ独り取り残され、それでも死ぬことができない。“破滅”という希望を抱き、さ迷い続ける哀れな仔よ

 円形のペンダントを輝かせ、“彼”は雫に歩み寄った。

――来たるべきファラオとの最終決戦に向け……ちょうど“保険”が欲しかったところだ。いいぜぇ、てめえの願いを叶えてやる……元より復活した暁には、全てを殺し尽くすがな。全ての人間に“破滅”という希望をもたらす……そのために“邪神(オレ)”は生み出された。人間の願いの結晶として





「……………………」
 雫の呼吸が安定し、瞳の闇が深まる。
 寄生する“神”に導かれるまま、雫は伏せカードに指を伸ばした。
「――リバーストラップ、オープン……『ネクロ・フュージョン』」
 その意味を理解することなく、少女はカードを発動した。


ネクロ・フュージョン
(罠カード)
自分の場のモンスターを全て墓地に送って発動。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、
悪魔族またはアンデット族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 色濃い“闇”が雫のフィールドを覆い、その全てが包み隠される。
 “何か”が来る――絵空はそれを察知し、眉をしかめて身構えた。

――そうだ……壊せ、殺せ。その破滅の果てにこそヒトは、終焉という名の“救済”を得られる

 ――ドクンッ!!

 フィールド上の2体の『闇より出でし絶望』、そして墓地に眠る3体目の“絶望”――その全てを凝縮し、深き闇より“怪物”が生み出される。
 口元に狂気の笑みを湛え、大鎌を携えたバケモノ。黒衣の装束に身を包んだその風体は、まさしく死をもたらす神――“死神”。


絶望の死神 ディズィーズ  /闇
★★★★★★★★★★★
【アンデット族・融合】
「闇より出でし絶望」+「闇より出でし絶望」+「闇より出でし絶望」
上記のカードでの融合召喚に成功したとき、自分のライフポイントが
相手のライフポイントよりも少ない場合、その差の分だけ
相手プレイヤーおよび相手の場のモンスター全てにダメージを与える。
攻4200  守4400


(……!? この、モンスターは……?)
 現れた、見たことも無いモンスターの姿に、絵空は呆気にとられる。
 雫は何かを読み上げるかのごとく、起伏の無い口調で告げた。
「――『絶望の死神 ディズィーズ』……特殊能力発動。互いのライフ差の分だけ、相手プレイヤーおよびモンスターにダメージを与える」
「!!? な……っ」
 絵空の背を戦慄が走った。
 互いのライフ差が激しいほどに真価を発揮する能力――それは“スーサイド”という戦術にとって、最高の相性とも言えるだろう。

絵空のLP:4000
 雫のLP:13

 “死神”は大鎌を振り上げ、力を溜める。白銀の刃が赤黒く、不気味な血の色に輝き染まる――“死神”はそれを振り下ろし、巨大なカマイタチを生み出した。
「――“絶望の大鎌”」

 ――ズバァァァァッ!!!!

 その斬撃は、“カオス・ソルジャー”を容易に両断し、破壊した。
 絵空はその衝撃によろめき、倒れまいと耐える。だが真に恐れるべきはこれからだ。“死神”は返す刃でもう一太刀、巨大なカマイタチを撃ち放った。
 壁となる戦士を失った絵空には最早、それを回避する術などない。
 “カオス・ソルジャー”すら一瞬で破壊したその斬撃の威力は、数値にして実に――3987ポイント。

 ――ズバァァァァッ!!!!

 赤い斬撃は絵空の肉体を貫通し、そして彼女の精神を容赦なく両断し、斬り砕いた。

 絵空のLP:4000→13

「――――――っ」
 刹那の激痛、そして、感覚の喪失。
 段階的に傷を負ってきた、雫とはわけが違う。4000ポイント弱ものダメージを一瞬にして受け、絵空はその場に倒れ伏す。
 一切の思考を介す間もない。
 外傷はなくとも紛れもなく、彼女は身体を真っ二つにされる程のショックを受けた。
 それは肉体の機能不全を誘発し、血圧は急激に低下してゆく。全身から血の気が引き、冷たくなり――“死”へと向かって、墜ちてゆく。


<神里絵空>
LP:13
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:絶望の死神 ディズィーズ,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚


 絵空の場にはまだ、1枚の伏せカードが残されている。しかしそれは最早、何の価値も持ち得ない。
 絵空は意識を失った。カードを表返す程度の動作も、今の彼女には成し得ない。
 そしてその肉体はすでに、着実に死へと進行を始めていた。呼吸量は減り、脈拍は下がる。肉体は生命機能を停止してゆく。ただ放っておくだけでも、確実に彼女は死ぬだろう。

 そんな彼女の首元に、“死神”の刃は当てられた。
 抵抗のすべなどなく、それが振るわれるだけで、全ては終わる。神里絵空の生涯は幕を閉じる。
「………………」
 しかしそれは、プレイヤーの指示なくば実行できない。
 雫は倒れた絵空を見つめたまま、動かない。瞳はわずかに震え、感情が滲み出る。
(…………ちがう)

 ――そうじゃない
 ――そうじゃないの
 ――私が殺したいのは
 ――死にたいのは……

 足元がよろける。
 頭が痛い。
 あの朝の光景が、蘇る。

 ――パパは私を殺さなかった
 ――殺してくれなかった
 ――どうして?

 ――ごめんなさい
 ――謝るから
 ――だから雫も連れて行って
 ――パパとママのいる処へ

 ――さみしくて
 ――でも怖くて
 ――かなしくて
 ――でも辛くて

 ――だから
 ――ダカラ
 ――ダカラ……


――めんどくせぇガキだ。なら、これならどうだ?

 ――ドクンッ!!

 雫の眼に映るモノ、それが姿形を変える。

 ――倒れているのは自分。
 ――その首元には刃が在り、たった一言で終われる。
 ――死ぬことができる。

「――……ころして」

 ――やっと終われる
 ――もうさみしくない
 ――もうかなしくない
 ――怖くない
 ――辛くない……

 神無雫は破顔し、雫自身に刃を当てる“絶望の神”へと、救いを請うて叫んだ。

「殺して――“絶望”ッッ!!!」

 現実は非情にも異なる。
 “死神”は大鎌を振り上げ、眼下の少女へ――神里絵空の首元へと、振り下ろした。


 ――ギィィィィィンッッ!!!!!


 大きな金属音が、響いた。
 そう、金属音だ。それは、少女の首が刎ねられる際に生じるような音ではない。
「………………!?」
 雫は呆気にとられる。
 金属音の正体、それは金属同士のぶつかり合いによるもの。
 ならば、一方は大鎌の刃だとして、もう一方は何だというのか。

 ――“剣”が、そこには在った。

 何の剣なのか、それは疑問の焦点にならない。つい先ほど破壊されたばかりの戦士“カオス・ソルジャー”が手にしていたものだ。
 持ち主が死して尚、場に残存していた剣。問題はその剣がなぜ今――“死神”の大鎌を受け止めているのか。

 現実にはあり得ない、不可思議な光景がそこには在った。
 持ち主無き剣が浮遊し、絵空の頭上で、大鎌の刃を受け止めている。
 何らかのカード効果によるものなのか――否、“カオス・ソルジャー”にそのような特殊能力は無いし、別のカードが発動されたわけでもない。

 ――言うなればそれは、“奇跡”。
 人類最古のホムンクルス“ヴァルドー”――彼がその身に宿した精霊(カー)“開闢の剣”。
 それには彼の、妄執にも似た強い想いが、否応なく憑依している。

 ――あの日、救えなかった少女を
 ――愛する人を
 ――ティルスを護る
 ――そのためならば、たとえ……世界の全てを敵にしても構わない

 だがそれも所詮、儚い奇跡に過ぎない。
 たとえ健在だったとしても、“カオス・ソルジャー”のステータスは3000ポイントどまりだ。攻撃力4200ポイントを誇る“死神”の敵ではない。
 大鎌は力任せに、“剣”の刃を弾き飛ばす。
 そしてその間隙に、今度こそ少女の首を刈り取らんとする――しかし、

 ――ギィィィィィンッ!!!!!

 2度目の金属音が響いた。弾いた“剣”が再び受け止めたのか――いや、そうではない。
 二撃目を受け止めたのは、それとは別の“剣”。先ほどのモノと同じ形状をした、しかし漆黒の刃だ。

 更なる不可解な現象に、さしもの“死神”も動揺したのか、一瞬動きが凍り付く。
 その隙を突き、白銀の刃が戻ってくる。
 白と黒、主なき二振りの“剣”は中空を舞い踊り――“死神”に対して襲い掛かる。

 ――ギンッ! ギギンッ! ギギギンッ!!

 だが軽い、軽すぎる。
 “死神”が再び大鎌を振り上げ、全力で振り下ろしたならば、その程度の剣戟は霧消するだろう。
 そう――振り上げることが、出来たならば。

 ――ギン! ギギギンッ!! ギギギギギギンッッ!!!

 2つの“剣”は休みなく舞い、“死神”にその隙を与えない。
 早く、速く、迅く――いや速い、速すぎる。
 およそ人智を超えたスピードで、“死神”の戦意を攪乱する。
 威力で劣る分を、スピードで補う。どこまでも加速し、狂ったように踊り舞う。

 ――ギギギギギギギギギギギギギギギギッッッッ!!!!!!!!!!

 “死神”は圧され、たまらず後ろに跳び退いた。
 そしてはからずも、隙を見出す。
 2本の“剣”は少女の守護に徹しているのか、退いた“死神”を追っては来ない。
 そこに活路を見出し、“死神”は力いっぱい大鎌を振り上げた。
 今度こそ、突撃から斬撃を見舞い、一撃で“剣”ごと少女を断ち殺すために――しかし、その動作は再び凍り付いた。絵空のフィールドに出現した、第三の浮遊物を目の当たりにして。

 ――“仮面”が浮いていた。
 ――顔の上半分を覆うような、妖しげな雰囲気を醸す仮面が。

 そしてその陰では、もうひとつの“奇跡”が進行していたのだ。
 それは、現在注目されている奇跡に比べれば些細な、本当に些末な“奇跡”に過ぎない――そう、たった1枚のカードが、プレイヤーの手によらず、自然に表返される程度の。


<神里絵空>
LP:13
場:カオティック・フュージョン
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:絶望の死神 ディズィーズ,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚


カオティック・フュージョン
(罠カード)
自分のフィールド上または墓地から、決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、「カオス・パワード」の効果でのみ特殊召喚できる
融合モンスター1体を「カオス・パワード」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。
この効果で融合召喚された融合モンスターはこのターン、攻撃できず、破壊されない。


 2本の剣から、それぞれ腕が生え始める。
 不可視だったその存在が、次第に顕現されてゆく。
 右手に白銀の剣を、左手に漆黒の剣を掴み、そして顔半分を妖しげな仮面で覆い隠した――新たなる混沌の双剣士が。


カオス・ルーラー −混沌の支配者−  /光闇
★★★★★★★★★★
【戦士族・融合】
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「カオス・ソーサラー」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このカードは、相手の魔法カードの効果を受けない。
●???
●???
攻3600  守3000


 2本の剣を振るい、仮面の双剣士は軽やかに身構える。
 背の後ろに居る少女を、その存在を、命を賭しても護り抜かんと――双剣の刃を“死神”へと向けた。


<神里絵空>
LP:13
場:カオス・ルーラー −混沌の支配者−(守3000)
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:絶望の死神 ディズィーズ,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚





決闘144 なみだ、ひとしずく

 肉体が死へと落ちてゆく一方で、神里絵空の脳裏には、様々なものが過(よぎ)っていた。

 ――おかあさんの隣で、知らない男の人が笑ってる
 ――誰だっけこの人?
 ――ああ、おとうさんか
 ――物心つく前に死んじゃったもんね

 ――なつかしいなあ、幼稚園
 ――この頃は普通に通えてたっけ
 ――引っ越したミサちゃん、どうしてるのかな

 ――小学校に入ってしばらくして
 ――倒れたのは体育の、プールの時間だっけ
 ――それからはずっと、ほとんど病院の中だった

(そっか……わたし、死ぬんだ)
 これが走馬灯というものかと、絵空はぼんやり理解した。

 ――同い年くらいの友達ができても
 ――みんないつも、先に退院しちゃう
 ――だからわたしは、友達をつくらなくなった

 ――あ、ノートパソコンだ
 ――買ってもらったのは10歳の誕生日、だったよね
 ――なつかしいな……それでM&Wに出逢ったんだ
 ――ネット対戦を始めて、でも最初は全然勝てなかったっけ

 ――あれ
 ――誰だろうこの人
 ――知らないおねえさんがいる
 ――ガーゼットのカード……?
 ――このおねえさんがくれたんだっけ?

 ――何だろう
 ――おぼえてないのに
 ――何でわたし、おぼえてないんだろう

 ――わたし、こんなに笑ってる
 ――わたし、こんなに楽しそう
 ――それなのに、どうして?

 ――あれ?
 ――リボン?
 ――おかしいよ
 ――だってこれは、おかあさんがくれたもので
 ――おかあさん?
 ――だれの?
 ――わたしの?
 ――おかしいよ
 ――どうして……


忘れないでね……私のこと

 ――そうだよ
 ――どうして
 ――どうしてわたし……

いつでも、それを着けていてね。大切にして。忘れないように

 ――おかしいよ
 ――どうして忘れちゃったの?
 ――違うの
 ――だって“私”は……忘れて欲しかったから


あなたが覚えていてくれれば……私は決して消えない

 それは、魔法の言葉。

“あなたの中の私”は……いつでもあなたの中にいる

 それは、呪文の言葉。

“あなたの中の私”は……あなたの中で、永遠に生き続ける

 それは、呪詛の言葉。

その代わり……“あなたの中の私”は、あなたを護る

 それは、契りの言葉。

いつまでもいつまでも……あなたを護り続けるわ……





 ――ドクンッ!!!!

 絵空の胸が、跳ねるように脈動する。
 海外での心臓移植手術、それにより容れられた新たなる心臓――いや、心臓を模して複製された“偽りの異物”。それが強く、より早く鼓動する。
 ガオス・ランバートの魔術により、“千年聖書”の魔力を源とし、そして、月村天恵の心臓を複製元として生み出された、新たなる“心臓”。

 “心臓”が過剰に機能し、異常な血量を全身に送り出す。
 通常ならば血管が破裂しかねない、極めて危険な変化だ。しかしそれは、血液とともに別のモノも流し出す。それは彼女の器官を保護し、傷ひとつ負わせはしない。

「――まもる……私は、護る、“わたし”を」
 ゆらりと、絵空は立ち上がる。
 その瞳には未だ光が無い。
 しかし、まるで壊れた機械のように、呪文のように繰り返した。

 ――私は護る
 ――わたしを
 ――死ぬことなど許さない
 ――私達は、そういう契約を交わしたのだから……


「――……? はれ……っ、ここって?」
 我に返った絵空が、状況を把握できずに呆ける。
 左腕の決闘盤、そこに表示されたライフの少なさを確認し、吃驚した。
(わたし……気絶してたの? 立ったままで??)
 おぼえていない。思い出せない。
 それなのに――胸が切ない。忘れてはいけないことを忘れてしまった、そんな気がしてならない。
「…………。え、っと、次はわたしのターン、でいいのかな?」
 ばつが悪そうに訊くと、雫は、信じられないものを見たような顔をした。掛けられた幻覚が解け、真実の光景を目の当たりにし、戸惑いながら「ターンエンド」と呟く。
 その様子には、先ほどまでは見られなかった動揺が、人間らしい感情が漏れ出ていた。


<神里絵空>
LP:13
場:カオス・ルーラー −混沌の支配者−(守3000)
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:絶望の死神 ディズィーズ,絶望の闇,永遠の流血,光の護封壁,伏せカード1枚
手札:0枚


 高鳴る鼓動を抑えながら、絵空はフィールドの状況を確認した。
 雫のフィールドには、攻撃力4200の超強力モンスターがいる。対する絵空のフィールドにも、召喚した覚えこそないものの、最上級の剣士が1体。しかしその攻撃力は3600どまりだ、純粋な戦闘で勝ることはできない――だが、
「………………」

 ――ドクンッ!!!!

 全身が熱い。過剰供給された血液により、いつもは不健康に白い肌が、赤く火照って仕方がない。
(……使える。今のわたしになら扱える――このカードの特殊能力を!)
 “心臓”が、血液とともに全身に供給してしまったモノ――それは、緩やかに進むはずだった彼女の“それ”を、はからずも急激に進行させてしまった。
 “それ”が歓迎すべきものか、それとも拒むべきものだったのか――それは分からない。出すべきその答は彼女の、いや、彼女達の中にこそある。
 しかしただひとつ確かなのは、“それ”により彼女は、このデュエルを制し得る、大いなる力を得ることができたということ。
「いくよ――わたしのターンっ! カードを1枚セットし、“カオス・ルーラー”を攻撃表示に変更! そしてっ!」
 剣士の双剣が鼓動する。“カオス・ルーラー”が両剣を重ねると、鼓動は同調し、大きくなる。
「『カオス・ルーラー −混沌の支配者−』の、特殊能力発動! 相手フィールド上に存在する表側表示カードをすべて! ゲームから除外することができる!!」


カオス・ルーラー −混沌の支配者−  /光闇
★★★★★★★★★★
【戦士族・融合】
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「カオス・ソーサラー」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このカードは、相手の魔法カードの効果を受けない。
●相手フィールド上に表側表示で存在するカードを全てゲームから除外する。
この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3600  守3000


 ――ドクンッ!!

 双剣は呼応し、輝き出す。
 剣は溶け合い、変形し、一つとなり、巨大なる灰色の大剣と化した。
「闇を斬り裂け――“カオス・ルーラー”!!」
 身の丈ほどある大剣を両手で構え、振りかぶり、力強く薙ぎ払った。
「――次・元・断・空・斬!!!」

 ――ズバァァァァァァッッッ!!!!!!!!

 大剣が虚空を斬り裂く。
 虚空を、否、彼は“空間”を斬り裂いたのだ。
 生じた“傷口”は広がり、雫のフィールドへと飛んでゆく。彼女のフィールドの全てを、そして彼女自身をも呑み込まんばかりに大口を開けた。
「――…………!!!」
 それは雫の心に、期待と、そして少なからぬ恐怖心を生じさせた。

 ――バクンッ!!!!!

 傷口が閉じる。
 抵抗の隙など微塵も与えず、彼女の“死神”を――そして彼女の場の永続系カード3枚をも、まとめて一呑みにした。
 “絶望の死神”のみならず、『絶望の闇』と『永遠の流血』、彼女のデッキの根底を支えるこの2枚が消え去った意味は非常に大きい。ピーキー過ぎた彼女のデッキには、もはや挽回不能な程の壊滅的痛手とも言えるだろう。
 技の直撃を確認すると、剣士の大剣は再び輝き、元の2本の剣に戻る。それぞれを両の手に持ち直し、剣士は再び身構えた。


<神里絵空>
LP:13
場:カオス・ルーラー −混沌の支配者−,伏せカード1枚
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:伏せカード1枚
手札:0枚


(……まだ……生きている)
 終わらない。疲弊しきった様子の雫は、それでもデッキに指を伸ばす。
 まだ、死んでいない。終われないのだ――彼女の世界が、終わるまで。

 ドローカード:エンド・オブ・ザ・ワールド

 それは、彼女の願いを具現化したようなカード。
 衝動に突き動かされるままに、雫は場の伏せカードを開く。
「リバーストラップ、オープン……『闇次元の解放』。除外された闇属性モンスター1体を、フィールドに呼び戻す……」


闇次元の解放
(魔法カード)
ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。このカードがフィールド上から離れた時、
そのモンスターを破壊してゲームから除外する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 雫のフィールドにまたも『闇より出でし絶望』が現れる。“絶望”からは逃れられない、そう訴えるかのように。
 そして彼女の手札から、最後のカードが発動された。


エンド・オブ・ザ・ワールド
(儀式魔法カード)
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが8になるように、
光または闇属性モンスターを生け贄に捧げなければならない。


「……!? え、それって……」
 雫の信じがたい行動に、絵空は目を見張った。
 雫の場の“絶望”が、少しずつ姿を変えてゆく――絶望の怪物から、“終焉”をもたらす悪魔の姿へと。


終焉の王デミス  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族・儀式】
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドから、レベルの合計が8になるよう
闇属性モンスターを生贄に捧げなければならない。
2000ライフポイントを払う事で、
このカードを除くフィールド上のカードをすべて破壊する。
攻2400  守2000


 今大会の予選で、絵空に敗北を与えたモンスター。
 その特殊能力は極めて強力――能力を発動されてしまえば、“カオス・ルーラー”とてひとたまりもない。
 だがそれには大きな代償が伴う。『永遠の流血』を失った今、彼女にそれを払うことなどできない。ライフポイントが足りな過ぎる。
 それなのに――

「――ぜんぶ……こわれればいい」

 ――おわりたい
 ――おわろう
 ――これでやっと……この絶望から解放される

「……『終焉の王デミス』の――特殊能力発動ッッ!!!」

 雫は両眼を閉じ、そして叫んだ。恐怖を捨て、迷いを振り切るかのように。
 たったの13ポイント。それなのに、それでも0になってくれない命を終わらせるために――それなのに、

 雫のLP:13

「…………!?」
 恐る恐る、両眼を開く。
 ゼロにならない。終わってくれない。
 そして彼女の眼前には、信じられない光景があった。

 絵空のLP:13→


神の宣告
(カウンター罠カード)
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスター召喚・特殊召喚の
どれかを1つ無効にし、それを破壊する。


「…………っ。う……っ」
 絵空の上体が、大きく揺れる。倒れてしまいそうになるが、何とか踏ん張り、持ち直す。
 彼女が発動したのは、雫のお株を奪うかのような、ライフコスト付きのカウンタートラップだ。これにより儀式魔法カード『エンド・オブ・ザ・ワールド』の効果は無効となり、儀式召喚はキャンセルされる。雫のフィールドには結局、“破滅”をもたらせぬ“絶望”が残った。


<神里絵空>
LP:7
場:カオス・ルーラー −混沌の支配者−
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:闇より出でし絶望(守3000)
手札:0枚


「……行って……“カオス・ルーラー”」
 力の入らない右手でカードを引き、絵空は静かにそう告げる。
 仮面の剣士は頷くと、雫のフィールドに守備表示で存在する、最後の“絶望”に斬り掛かった。

 ――ズバァァァァァッ!!!!

 本来ならば、これで決着だ。
 “カオス・ルーラー”は融合素材“開闢の使者”の特殊能力を受け継いでいる。すなわち2回目の連続攻撃が可能。それを駆使すれば、このターンでの勝利は確実に得られる。
 だが無論、絵空はそれをしない。
 右手の剣で“絶望”を斬り伏せた“カオス・ルーラー”だが、左手の剣は振り上がらない。雫の命を、奪ってはくれない。

「……どうして……」

 懇願するかのように、雫は声を絞り出した。

 ――死ななければならない
 ――死なせてほしい
 ――この絶望から、解放されたい

 ――パパとママが死んだあの日、世界は終わらなければならなかった
 ――それなのに続いている
 ――私の世界は、取り残されてしまった

 ――生きることは辛い
 ――だから死にたい
 ――終わりにしたい
 ――苦しみも何もない場所へ
 ――だから……

「――……。わたし、は……」
 絵空は満身創痍の身体で、力の入らない表情で、それでもやさしく微笑んでみせた。

「――あなたが死んだら……わたしは、かなしいよ?」
「――…………!」

 雫の全身から、力が抜ける。
 堰を切ってしまったように、抑えていたものが、溢れ出る。とまらない。
 掠れた声で、祈るように、雫は絵空に呼び掛けた。

「――……どうしたらいいのか……わからないの」

 ――生きることは辛い
 ――死ぬことも怖い……

 彼女の両の瞳から、ぽろぽろと――涙のしずくが、零れ落ちた。




決闘145 新世界へ

 真実を吐露した神無雫は、糸が切れたかのように身体を揺らしていた。
 初めての“闇のゲーム”、それも極限までライフを削った、極めて過酷な内容だ。本来ならば彼女のような少女に耐えられるハズもなく、当然に限界は訪れた。
 全身から力が抜け落ち、眠るように意識を失い、音を立ててその場に倒れ込んだ。
「!! 雫ちゃ……っ?」
 そしてそれは、絵空にとっても例外ではない。
 駆け寄ろうとしたところで、自身の身体の重さに気が付く。過剰に機能していた“心臓”はすでに、従来通りの速さに鼓動を戻していた。
 精根ともに尽き果てた絵空は、雫と同様に平衡感覚を失い、前のめりに倒れ込みそうになる。体勢を立て直そうにも、精神も同時に限界だった。
 しかし彼女の身体は倒れることなく、その場に留まる。彼女自身の意識によってではなく。

「――がんばったね……絵空」

 自分の口から、そう伝えられる。それを聞いて、絵空は小さく微笑む。
 がんばったよ、と心の中で呟いてから、彼女も落ちるように意識を失った。


<神里絵空>
LP:7
場:カオス・ルーラー −混沌の支配者−
手札:0枚
<神無雫>
LP:13
場:
手札:0枚


 デュエルは終了となり、2人の決闘盤は動作を停止する。それと同時に、絵空が喚び出した切札“カオス・ルーラー”もその姿を消した。
(本当に……よくがんばったね、絵空)
 絵空との人格交代を果たし、周囲の様子を見回しながら、月村天恵はそう思った。
 強くなった――そう思う。初めて出逢った頃とは、見違えるようだと。
 これなら、思ったよりもずっと早いのかも知れない――“その時”が来るのは、と。
「――とはいえまずは……この状況をどうにかしないとね」
 呟きながら視線を落とし、足元の“千年聖書”に手を伸ばした。
 しかし重い――この身体に腕力が足りないのは当然だが、所持者たる自分にはそもそも、そんなことは関係ないはずなのに。
(“千年聖書”の働きが封じられている? さっきの“闇のゲーム”で絵空を護らなかったことといい……私が今まで出てこられなかったのもそのせい?)
 周囲を覆う暗黒、それが恐らくは元凶だろう。
 そしてこれを為したのは、恐らくは彼ら――“ルーラー”によるもの。
(たぶん彼女……神無さんが使ったカード『絶望の闇』を引金にしたもの。このデュエルの勝敗次第では、どうにかなっていたのかも知れない)
 いまだ倒れたままの彼女を見ながら、天恵はそう推測する。
 ともあれこれ以上、この場に留まることが好ましくないのは明らかだ――“千年聖書”による助力は期待できないが、それでも彼女には、先のヴァルドーとの闘いで自覚した“特別な力”がある。
 瞳を閉じ、背中に意識を集中させる。
 そして息を吸い込み、吐き出そうとした――その瞬間、

――待ちな。生憎、そう簡単に帰すわけにはいかねぇんでな……

 “男”の声が、暗闇に響く。
 はっと目を見開くと、雫の後ろから、彼はゆっくりと歩いて現れた。
「もちっと役立つかと思ったんだがなぁ……まあしゃーねぇか。所詮は“人形”、オレ様が復活できただけでも上出来と思わねぇと」
 男はニタリと笑う。
 その見知った姿に、天恵は唖然とさせられた。
「獏良……さん? どうして……」
「アア? ああそうか、てめえはヤツラの新しい仲間なんだっけなあ……忘れてたぜ。宿主サマのこともご存知ってわけだ……クク。オレ様の話題は出たことがなかったかい?」
 男――バクラは、威圧するように笑い掛けてくる。
「……ま、いいわ。オレ様は“ゾーク・ネクロファデス”……と名乗れば、おおよその見当はつくんじゃねぇのか?」
 “ゾーク”――その名に反応し、天恵は警戒を強めた。
 ともあれ彼が、自分の知る“獏良了”ではなく、十中八九、ガオス・ランバートに与する者であろうことは十分に連想できた。
「そういうわけだ。本来ならコイツにてめえの器をぶっ殺させて、新しい器として提供する算段だったんだが……予定が狂っちまったなぁ」
「……!? 新しい……器?」
 倒れた雫を爪先で小突きながら、「ああ」とバクラは邪悪に笑う。
「このガキのことさ。オレ様としちゃあ、なかなか優良な物件だと思うんだがね。ご覧の通り“穢れ”に満ちた、そして何より、オレ様の言うことを従順に聞く可愛い“奴隷人形”だ。まあまあの住み心地だったぜぇ……もっともオレ様にとっては、この宿主サマほどじゃあねぇがな。ククク」
 天恵は表情を険しくし、不快感をあらわにする。
「……ま、それももういいわ。“仕込み”も間に合ったみてぇだしな。しち面倒くせぇのは抜きにして、力で屈服させりゃあいい。分かんだろう、出来損ないのホムンクルス?」
 バクラは左腕をかざしてみせる。そこには彼女らと同じ、デッキと決闘盤が装着されている。
 やるしかない――それを理解し、天恵は覚悟を決めた。
 “ゾーク”の名を冠する彼が、容易に見逃してくれるとは思えない。そして彼を倒すことこそが、恐らくはこの暗闇を脱する、最も有力な手段であろうからだ。
(この威圧感……間違いなく、相当の実力者だわ。獏良さんの姿をしているとはいえ、少しも気を許すことはできない……!)
 天恵は再び、背中に意識を集中させた。
 彼との“闇のゲーム”に、最初から全力で挑むために――自身の“異能”を解放せんとする。
「はばたけ――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”ッ!!!」

 ――ドクンッ!!!

「!? え……っ?」
 強い違和感を抱き、天恵は呆気にとられる。
 “翼”が、出ない――昨日のヴァルドーとのデュエルで、最終的に制御に成功したはずの“終焉の翼”が。
 何より、それを試みようとした瞬間に、何かに絡め取られるような、奇妙で不快な感触がした。
「――ああ……言ってなかったか? この空間には、2つの特殊な細工が施してあってな……一つはてめえの足元の、千年アイテムの力の封印。そしてもう一つは……てめえの“ホムンクルス”としての力の抑制だ。もっとも前者が優先で、後者にゃ時間が掛かっちまったがな。言ったろう? “仕込みが間に合った”ってな」
 バクラは心底愉しげに、不敵な笑みを振り撒く。
「……卑怯、とでも思うかい? 生憎オレは“デュエリスト”じゃねぇ。正々堂々、なんてのに微塵も興味は沸かねぇ――ただブッ殺せりゃあそれでいいのさ
「…………ッッ!!」
 2人の周囲の、闇が深まる。
 それはいわば儀式だ――選ばれし少女を供物とし、“新世界”へと旅立つための。


<月村天恵>
LP:4000
<バクラ>
LP:4000





 ―― 一方その頃、彼らを包む“暗闇”の外には、もうひとつの緊迫した状況があった。
 英国の決闘王にして“ルーラー”の一員、カール・ストリンガーの話に、遊戯達は耳を傾けている。
 しかしそれは常軌を逸した、一見するに荒唐無稽な話だった。到底信じ得ぬものだろう、現在の異常な状況さえなければ。
「――“世界を創り直す”。それは人類の歴史上、幾度となく繰り返されてきたことだ、人間の手によってね。人はそれを“革命”と呼び、良きにしろ悪しきにしろ、世界の色を塗り替えてきた。それを躍進と信じ、より良きためだと自他に言い聞かせながら」

 ――しかしそれにより、どれほど世界は改善された?
 ――彼らが進歩と信じたそれは、本当に前進だったのか?

「――変わらないのさ、世界は。人間は自己というエゴを否応なく抱き、他との相対でしか思考できない。そういう生き物なんだよ。故に必要なのは絶対者、“神”による救済。人間は神の手によってのみ、真に“絶望”から解放されることができる。……いや、無神論者らしい君たちには、少し胡散臭く聞こえてしまうのかな?」
 カールは遊戯達の表情を見渡し、肩をすくめて苦笑を漏らす。
「僕は何も、飢餓や貧困に苦しんでいるような人間ばかりに焦点を当てているわけじゃあない。誰にでもある痛み……君達にもあるはずだよ。取り戻したい過去、守りたい現在(いま)、手に入れたい未来――けれど“己”から脱せない人間は、それ故にこそ“絶望”から逃れられない」

 ――取り戻したい過去があり
 ――しかし時は戻らず、過去の己を否定し

 ――守りたい現在(いま)があり
 ――しかし時は止まらず、全てが移ろう事から目を背け

 ――手に入れたい未来があり
 ――しかし時は進まず、未来の己を恐れ求める

「――人間は時間(とき)に抗えない。だからこそ必要なのさ、“相対”に縛られぬ“絶対”の世界……素晴らしき“楽園(エデン)”が」

 ――絶望とは、自己に対して抱くものだ
 ――だからこそ逃れ得ない、自己から脱せぬ限りは

「……理解はできなくてもいい。いずれにせよじきに、世界は否応なく変わるのだから。“神”の手によって」
 邪気の無い顔で、当然のようにカールは語る。
 そもそも遊戯を制止して始められたそれは、最初から“説得”などではなかった。
 理解を求めぬその説明は、ただの時間稼ぎ、あるいは時間潰し。
 涼しい顔をしたカールの側には、彼により具現化された、実体を持つ魔物“ミノタウルス”がいる。異能を備えた彼らにしてみれば、遊戯らの同意など無用。脅迫の形を繕った、ただの茶番でしかなかった。
「――みんなが無事……っていうのは、本当なの?」
 遊戯の質問に、「もちろん」とカールは即答する。
「ゾーク・アクヴァデス様は優しい御方だ。悪いようにはならない。しばらく目を閉じていてくれるだけでいい……それだけで、誰にとっても最善の“新世界”が待っているよ」
 そう応えてから、カールは背後の、デュエルフィールドを一瞥した。そのための最後の“儀式”が行われているはずの、暗闇に閉じられた空間を。
 その一方でカールは、心の中に小さな疑心を抱えていた。
 今回、不本意ながら手を結ぶことになった邪神“ゾーク・ネクロファデス”――それを本当に信用して良いものなのか、彼は疑っていた。
(……僕たちが用意したあの空間の中は、時間経過がここよりも早い。まだ終わらないのか? ガオス様は何故、邪神と手を結ぶなどと……?)
 カールは苛立ちを覚え、口元をわずかに歪めた。
 そんな彼に対して、「残念だけど」と遊戯は顔を俯かせる。
「ボクは君たちのことを……信用できない。今すぐみんなを解放して、この場から立ち去ってほしい」
 遊戯のその言葉に、カールは呆気にとられた。
 小さな嘲笑を漏らしながら「それは無理だね」と返す。
「すでに賽は投げられた。あともう少し……あのデュエルフィールド上の“闇”が晴れれば、全ての準備は整うんだ。……それとも、君が望むというのなら、今すぐ彼らと同じ処へ送ってあげてもいいよ。少々手荒な手段になるけどね」
 遊戯を見下げながら、カールは“ミノタウルス”に目配せする。
 魔物はそれに反応して、斧を持つ手を持ち上げた。
「……肉体と魂は密接な関係にあるんだ。一方が傷つけば、もう一方も弱まる。君たちが残ってしまったのは、その強い魂ゆえ……しかし、もしも君が致命傷を負えば、同じように導かれることができるだろうね」
 そう脅しながらもカールは、その手段は極力とりたくないとも考えていた。
 先に挙げた邪神の懸念、それにより現在の“聖戦”に支障が生じる恐れもある。その場合には計画を中断し、“闇(ゾーク)の世界”へ送った者達を全て呼び戻す必要がある。しかしそのとき、“こちらの世界”の肉体が致命傷を負っていれば――もはや救う術は無い。そのまま死んでしまうだろう。
 カール・ストリンガーは武藤遊戯を、ある側面では見下す一方で、彼と言う存在を確かに認めていた。だからこそ殺したくはない。もっともそれは、実際に手を汚した経験のないカールにしてみれば、遊戯に限った話でもないのだが。
 再度脅す意図で、カールは再び“ミノタウルス”を見上げた。しかしそこで、奇妙なものを目の当たりにする。

 “ミノタウルス”の身体が震えている――いや怯えている、何に?

 獣戦士たる“ミノタウルス”には、野生特有の本能がある。故にこの場にいる誰よりも鋭敏に察知する、排除すべき脅威を。
 主たるカールの意志によらず、“ミノタウルス”は俄かに吠え猛った。それは対象への威嚇であり、自身を奮い立たせる鼓舞でもある。
 “ミノタウルス”は斧を勢いよく振り上げた。意表を突かれたカールはハッとするが、制止するにはもう遅い。自身に宿る“精霊(カー)”ではないため、意思がすぐには伝わらない。
 斧が、遊戯へと振り下ろされる。しかし彼は、身じろぎひとつしなかった。
 何故ならすでに、手は打たれている。彼の左腕の決闘盤にはすでに、1枚の“特別なカード”がセットされていた。


ブラック・マジシャン  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
攻2500  守2100


 斧が遊戯の眼前に迫るより早く、黒魔術師の杖は“ミノタウルス”の鼻先に当てられていた。こちらもまた、主の指示を待つことなく――主の守護を優先し、杖先から魔力を解き放つ。

 ――ズガァァァァッッ!!!

 顔面を爆破され、“ミノタウルス”は後方へ倒れ込んだ。
 カールの胸に痛みが走り、顔を歪めてうずくまる。

 馬鹿な――その思いはカールのみならず、遊戯を除くその場の全員が抱いた。

 実体を有する“ミノタウルス”、それを倒した黒魔術師は立体映像(ソリッドビジョン)ではなく、同様に実体を持つということになる。

――我が魂、主とともに在り……

 『ブラック・マジシャン』――いや“マハード”は杖を構え直し、眼前の者達への臨戦態勢をとった。




決闘146 逆襲の狼煙

(馬鹿な……! これは一体どういうことなんだ!?)
 カールは立ち上がる暇も惜しみ、額に意識を集中させた。
 “瞳”が開く。才能を認められ、ガオス・ランバートの手により“千年聖書”の洗礼を受け、得た特別な力――黄金の瞳“ウジャト眼”が輝く。カールはその異能を以って、眼前の黒魔術師を注意深く観察した。
(これは……精霊(カー)に魂(バー)が融合している!? 何だこれは!!?)
 見たことも無い異質を前に、カールはたまらず動転する。
 予選でデュエルをした際に、カールは遊戯を分析している。その結果、彼には一切の“魔力(ヘカ)”が無く、故に彼には一切の魔術的行為を行うことは不可能――そう断定した。それ故にこそ、動揺は大きい。
(これは……彼の“カー”ではない? ならば誰の!? どういうことなんだ!??)
 カールは知らない。
 それは、冥界に旅立ったファラオが、友のために残した特別な力だ。
 過日の“死神”のカードを巡って起こった死闘の中でも、遊戯の命を救った“遺産”の1つ。ファラオに仕えた六神官の一人“マハード”――自らを精霊化した彼の存在は今や、かつてファラオが駆使したカード『ブラック・マジシャン』の中に在る。
 マハードは遊戯を護るため、杖を構えたまま前へと出た。ファラオから託された現在の主を、存在を賭して守護するために。

 カールの背後の黒いローブの男達が、動揺混じりに動き出す。カールはそんな彼らに対して「待って下さい」と制止を掛けた。
「驚いたよ武藤くん……とんだ隠し玉だね。ならば僕も全力で闘おう、デュエルのときのように」
 カールの額のウジャトが、強く輝く。
 彼は立ち上がると、デッキからカードを1枚引いた。
 それは予定調和の1枚。彼の身に宿る“精霊”、その名を叫びながら、カードを決闘盤に勢いよくセットする。
「嘶け、我が精霊――“ガディルバトス”ッ!!!」

 ――ピシャァァァァンッ!!!

 上空より、一閃の稲妻が落ちた――いや、光輝くユニコーンが舞い降りた。
 それこそが、カールがガオスに見出された根源。才能だけならばガオスにも匹敵し得る“天才”――その力を持つが故に、スラムの捨て子だった彼は拾われ、教育を受け、ガオスの“神官”の一人として仕えるに至ったのだ。


神獣 ガディルバトス  /光
★★★★★★★★★★
【獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分の場の獣族・獣戦士族モンスター3体を
生け贄に捧げたときのみ特殊召喚できる。
ライフポイントを半分払うことで、自分の墓地・除外ゾーンの
獣族・獣戦士族モンスターを全てデッキに戻し、シャッフルする。
この効果でデッキに戻したカード1枚につき、このモンスターの
攻撃力・守備力は200ポイントずつアップする。
●守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
●相手が魔法・罠カードを発動したとき、手札を1枚
デッキの一番上に戻すことで、その効果を無効にし破壊できる。
攻1000  守 0


 カールはこの“精霊”を喚び出す際に、カードを決闘盤にセットした。しかしこの動作は、召喚時の集中力を高めるための、補助的な所作に過ぎない。ガオスに仕える“神官”の中には、同様のプロセスを不可欠とする者もいれば、そうではない熟練した魔術師もいる。
 “神獣 ガディルバトス”――カールはこの“精霊”を、自身の内より解放した。それは、カードを元に魔術を用いて具現化していた“ミノタウルス”や、カードから直接解放されたマハードとは明らかに異なる召喚手段である。
 それ故にこそ出来ることがある――だからこそカールは優位を確信し、右手をかざして“神獣”に告げた。
「我が“魂”を糧として――力を得よ、“ガディルバトス”!!!」

 ――カァァァァッ……!!!

 ユニコーンの一本角が、強く、高貴に輝き出す。
 それはまさしく、先日の大会予選でのデュエルの再現だ。神にも似た威光を散らし、ユニコーンは遊戯らを威圧する。
 そのときのデュエルの結末を、カールは忘れてしまったわけではない。そしてこの後の激突が、あのときの再現にはならないことを確信していた。
(術者の“魂”や“魔力”による、自身の“精霊”の強化……これは借り物の“カー”では当然為し得ない芸当だ)
 先の敗因は、プレイヤー武藤遊戯の魔法カードによる支援だ。しかし魔術的能力の無い遊戯には今回、それを行うことは不可能なはず。ならば今回の激突では、格上の“ガディルバトス”が負ける道理などあるはずがない――そう推察する。
「今度は勝たせてもらうよ――貫け、ガディルバトス!!!」
 分身とも呼ぶべき主の命を受け、ユニコーンは頭の角を突き出す。
 そして地を蹴り、高速で魔術師を貫かんとする――それと同時に、マハードは右手の杖を突き出し、足元に光の魔法陣を描き出した。

 ――カァァァァァァッ……!!!

 カールは驚愕に両眼を見開いた。それはまさしく、数日前の再現。
 マハードの持つ杖先に、黄金の魔力が収束される。それはマハードのものではなく、“ガディルスバトス”のものだ。一本角を構成する全ての魔力を奪い取り、自身の杖に吸収する。
 純粋魔力の塊であった角は、それにより消失。戦闘能力を大幅に下げた白馬に対し、マハードは左手の平に収束した自身の魔力を、勢いよく叩きつけた。

――黒魔導(ブラック・マジック)!!!

 ――ズガァァァンッッ!!!

 強烈な一撃を受け、“ガディルバトス”の身体は砕け、消滅する。
 マハードは杖を振るい、その先に集めた魔力を宙空へと逃がした。いま使用した魔法“フォビドゥン・マジック”は、現代において新たに習得した高位魔術だ――威力は高いが消耗も激しい。奪い取った魔力を利用することは、彼ほどの魔術師でも容易ではない。彼が奪った魔力を解放するのと同時に、足元に描き出した魔法陣も消え失せた。
「――!!! 馬鹿、なッ……!!?」
 激しいダメージに苛まれ、カールは両膝を折った。
 武藤遊戯に『ブラック・マジシャン』の支援を行うことは不可能――カールのその認識は間違っていない。しかし彼は同時に、大きな誤解をしていた。
 精霊『ブラック・マジシャン』の本来の主は、“幻想の魔術師”と同化したマハード本人なのだ。通常の精霊と同様の尺度ではかるには、あまりにも規格外すぎる。
 自身の精霊を砕かれたカールは、そのまま意識を失い、倒れ伏す。そして消滅した――“ガディルバトス”や、城之内らと同じように。
「…………っ」
 それを目の当たりにし、遊戯は顔をしかめる。
 しかし首を横に振り、あらためて残る“敵”を見据えた。
 カールを倒された事実に警戒を強めたらしく、ガオスを除く5人の“神官”達はすでに、それぞれに“カー”を喚び出していた。そのいずれもM&Wでは上級モンスターに区分されるもので、『ブラック・マジシャン』より能力値が高いものもいる。
「……! マハード、いけるかい?」
 遊戯の問いに、マハードは逡巡なく頷く。たとえ相手がどれほど強力でも、恐れることなく闘いに臨む――生前の彼も、そういう男であった。
 とはいえ恐らく、1対5では分が悪すぎる――それは遊戯にも察せられた。しかし増援となるモンスターを喚ぶことは出来ない。マハードの存在はあくまで例外であり、遊戯には彼らのように、モンスターを具現化する技術など無いのだから。

「――またオカルトか。まったく……貴様らのそれには付き合いきれんな」

 唐突に、海馬瀬人が遊戯の前へと歩み出た。
「か……海馬くん? 危ないから今は――」
「――黙れ。このオレに、貴様の背後で震えていろとでも言うのか?」
 有無を言わさぬ調子で、海馬も左腕の決闘盤から1枚のカードを引き抜いた
 扱い慣れたその武器を振りかざし、彼もまた“敵”を見据える。
「貴様に為し得たことが――このオレに出来ぬ訳が無い!!!」
 振り上げたそのカードを、海馬は決闘盤に叩きつけた。
「降臨せよ――我が魂!! 『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)』ッッ!!!」


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


 ――カッ!!!!

 強い光が生まれ、白き巨竜が姿を現す。
 海馬は一片の疑念すら抱かず、最も信頼するそのしもべに命令を下した。
「蹴散らせ――ブルーアイズ! 滅びのバーストストリーームッ!!!」

 ――ズギャァァァァァァッッ!!!!

 白龍の口から、光線が矢の如く放たれる。
 あり得ない――その迷いは“神官”たちの対応を鈍らせた。武藤遊戯に続き海馬瀬人までもが“カー”を実体化させるなどあり得ない、これは立体映像(ソリッドビジョン)に過ぎないはずだ、と。
 結果、その光撃は不意打ちの形となり、“神官”たちが喚び出した中でも最も巨大な精霊“トライホーン・ドラゴン”に直撃した。

 ――ズガァァァァァッ!!!!!

 あり得ぬ事態は再び起きた。
 実体を有した怪物“トライホーン・ドラゴン”は粉々に吹き飛ばされ、それを使役していた“神官”が卒倒する。そしてまた彼も、カールと同じように消え去った。
 目を丸くする遊戯とは対照的に、海馬は満足げに不敵な笑みを浮かべる。
 2つの確かな脅威を認め、残る4人の“神官”たちは自身の“カー”とともに離散し、さらに距離をとった。海馬はそんな彼らを、捕食者の眼で悠然と見渡す。

「――前に出るなよサラ・イマノ……オレの後ろにいろ。いいな?」
「あ……は、はい、瀬人様」
 驚嘆していたサラは我に返り、従順に頷く。目の前で始まった非日常に、思考が追いついてくれない。
 もしかして自分にも、彼らのような真似が可能なのだろうか――期待混じりの疑問を抱き、サラは自分の決闘盤を見つめた。しかし彼女が、それを試すことはなかった。側にいた月村浩一に、ある頼みごとをされたからだ。

 その一方で、海馬の活躍を目の当たりにした遊戯は、いまだ暗黒に閉ざされたままのデュエルフィールドを一瞥し、ひとつの心を決めた。
「……海馬くん、マハード! この場を任せてもいいかい? ボクは――」
 デュエルフィールドを再び見上げる。
 海馬は「好きにしろ」と吐き捨て、マハードは頷く。
 囚われた少女らを助け出すため――遊戯は正面へ向け、駆け出した。

 彼の動きを援護するように、マハードは魔力弾を放ち、白龍は咆哮する。神官たちの“カー”を牽制する。
 しかし散会した4人の神官と違い、ガオス・ランバートは階段の前を動いていない。
 それでも遊戯は立ち止まらなかった。ガオス・ランバートの存在を認識した上で、それでも駆ける。ガオスは彼らを凝視し、額にウジャト眼を発現した。
(……なるほど。あの黒魔術師は、人間と精霊が融合しているのか……大した魔術と覚悟だ。あちらのドラゴンは……良く分からんな。セト・カイバの力で顕現されているのか? それとも……)
 ガオスは冷静に分析する。そうしている間にも、遊戯は彼に近付いてゆく。
 そして、2人はすれ違った。
 互いに横目で見据え合い、けれど遊戯は止まらず、ガオスは止めない。
 遊戯はその勢いのまま、階段に足を掛けた。それと同時に、ガオスは失望のため息を吐く。
「馬鹿が……通すとでも思ったか?」
 失望は、己の部下に対するものだ。
 この程度の若造達に、この儂の手を煩わせるなど嘆かわしい――ガオスは振り返り、遊戯の背中を眼光で射抜く。
 ドーム内の照明に作り出された、彼の影が不自然に蠢く。
 彼もまた不敵な笑みを漏らすと、その瞳に狂気の色を混ぜた。
「……制圧せよ、我が精霊――――」
 影が勢いよく伸びる。
 それはドームの端にまで達し、今まさにその姿を現さんとした。
 その圧倒的戦力を以って、神に抗う全ての“ゴミ”を排除するために――しかし、
「…………!?」
 その動きが止まった。
 現れたその男の姿は、ガオスの思考を停止させる。
「――貴方は言いましたね。私に意志あらば、その挑戦を受けると……“いつ如何なるときであろうと”」
 サラ・イマノから借り受けた決闘盤を左腕に装着し、新たに組み上げたデッキをそれにセットしてみせ――月村浩一は、彼の前に立つ。
「――ケリをつけよう、ガオス・ランバート。お前と私、4年越しの決着を」
 数日前とは違う、強い瞳をもって――月村はガオスと向かい合った。




決闘147 遊戯王

 ――バン・ランバートは少年時代、他人を愛し、そして世界を愛する、とても純粋な男であった。
 裕福な家に生まれ、多くの才能に恵まれ、強い自尊心を持ちながらもそれを驕らず、他者とは対等であろうとした。
 友人は多く、昔からリーダーとして先導する機会が多かった。
 彼らと興じるゲームはとりわけ好きで、自らゲーム大会を企画し、必ず自分も参加した。しかしゲームでも秀でた才能を発揮した彼とは、対等にプレイできる者はほとんどいなかった。
 故に自ら好んで不利な条件を背負いたがった彼は、しかしその人格ゆえに妬まれることも少なく、仲間内で“ゲームの王”と持てはやされもした。

 彼は16歳のとき初めて、自らの血筋に課せられた宿命を聞かされた。
 人間と世界を愛する彼にとって、それは悲嘆すべきことであり、同時に歓迎すべきことでもあった。
 己の道は己で決める、それが若かりし頃の彼の考え方だった。
 自分にはこの世界を変革する権利があり、そして継続する権利さえあるのだと理解した。

 ハイスクールを卒業した彼は、友人たちと別れ、世界中を旅することにした。
 世界の価値と、人間の可能性を見定めるために。
 そして二年間の旅の中で、彼は様々な人間と出逢い、多くの絶望と、そして希望を見た。

 20歳を迎え、彼は父より“ガオス・ランバート”の座を受け継ぐことになる。
 彼が継承したのは“千年聖書”と、そこに刻まれた“ノアの記憶”。
 彼は約1週間、熱にうなされ、その中でノアの真実を知った。

 ノアの箱舟は、全ての人間を救うために組み上げられた。
 しかしそれでもなお、人間は争うことを止められなかった。
 自己と他者を比較し、妬み、憎み、恨み、呪う。
 彼が生み出した箱舟を利用し、なお争わんとした者もいた。
 彼はそれを知り、その心を理解し、故にこそ無垢なる人ではなくなった。

 世界を滅ぼしたのは、箱舟の暴走などではない。
 彼は人間に絶望し、彼らを滅ぼしたいと思った。
 その瞬間、彼の高貴な黄金の魂は醜く穢れ、箱舟は“邪神”と化し、世界を終わらせる使徒となったのだ。
 しかし彼はそれでも、自分の子ども達だけは殺すことができなかった。
 故にこそなお絶望し、彼は死に至った。


 ――……真実を知り、貴様は何を思った?
 ――まだヒトが愛しいか?
 ――この世界を信じたいか?
 ――ノアのように

 ――彼は死んだ
 ――己を恐れ
 ――自身の魔力の全てを“千年聖書”に切り離し
 ――絶望にまみれて自害した

 ――彼の魂は穢れすぎた
 ――無限の冥界においてなお、彼の魂は浄め切れない
 ――現世へは戻れず、冥界を永久にさ迷い続ける、哀れなる魂
 ――しかしもし、もしも彼が再び現世に在ったならば
 ――果たして何を想うだろう?
 ――彼を裏切った人間を、彼はそれでも愛するのだろうか
 ――だからこそ“ガオス・ランバート”は、人間を信じるわけにはいかぬ

 ――彼の死を悼め
 ――ヒトを呪え
 ――そして救え
 ――今度こそ

 ――ノアの遺志を継げ
 ――神に従う人として
 ――偉大なる子よ

 ――バンよ
 ――いや
 ――我が息子にして、最後のガオス・ランバートよ……





(――儂は今……何を考えていた?)
 月村浩一の存在を前に、ガオス・ランバートは数瞬、固まっていた。
 月村浩一との、デュエルによる再戦――それはガオス自身が心待ちにしていたものだ。しかし今現在、彼が最優先すべき事項はそれではない。
 彼は、ガオス・ランバートはデュエリストである以前に、“神に従う人”であらねばならないのだから。

 ――かつて“千年聖書”を継承し、うなされた悪夢の中で見たもの
 ――それは、世界を覆う黒い霧
 ――人間達が否応なく抱き続けた、業深きもの

(我が名はガオス・ランバート……そう、“ガオス・ランバート”だ)
 取り戻せはしないのだ、過去は。
 ヒトは時間(とき)に縛られ、それに抗う術を持たない。
 だからこそ必要なのだ、楽園(エデン)は。この世界とは違う、誰にとっても望まれる理想郷。ヒトがヒトを呪わずに済む、穢れ無き箱庭が。
「――遅すぎたよ、ツキムラ……何もかもが、遅すぎた」
 いずれにせよ、デュエルを行うほどの時間は残されていまい。
 ガオスは月村から目を逸らし、再び呟いた。
「制圧せよ、我が精霊――“ダークネス”」

 ――ズォォォォォッ……!!!

 空間がざわめき立つ。
 ドームの端まで伸び切った彼の“影”が、その形を変容させながら、立体をもって顕現される。
 角を生やし、赤い眼をした黒い“影”。その場にいた誰もが動きを止め、その姿を見上げる。何よりも目を引くのは、驚異的なそのサイズだ。
(これは……4年前のデュエルで召喚された、ガオス・ランバートの切札!? だが何だ、この大きさは!!?)
 月村は両眼を見開き、その黒い巨人に刮目する。
 でかい――いや、あまりにもでか過ぎる。ドームの天井に届かんばかりのその体長は、ゆうに数十メートルはある。海馬が喚び出したブルーアイズさえも、ミニチュアサイズに見えてしまう。
 驚愕する月村を意識から外し、ガオスは背後の階段へ目を向けた。
 武藤遊戯もまた足を止め、同じ様子で“ダークネス”を見上げている。
「……潰せ……“ダークネス”」

 ――ォォォォ……ッ

 黒の巨人は裂けた口を歪め、掌を広げて右腕を振り下ろす――その先には、武藤遊戯がいる。
 マハードはいち早くそれに気づき、巨人に対して魔力弾を放った。しかし何らの反応も見えない。絶望的なサイズ差が、それを“攻撃”とは成り立たせない。蟻のひと噛みなど、象には何らの意味も無い。
 振り下ろされた腕は止まらず、影が遊戯の全身を覆い――そして、押し潰した。

 ――ドズゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!!!!!

 地は揺れ、ステージ全体に亀裂が走る。
 巨人“ダークネス”の右掌は、武藤遊戯の肉体を完全に捉えてしまった。

 その掌の下では、赤い鮮血が大量に飛び散り、グチャグチャに潰れた“人間だったモノ”の成れの果てが転がっている――

 ――はずだった。
 少なくとも、ガオスはそのつもりで“ダークネス”に命じた。
 それなのに、

「…………!!?」

 今度はガオスが、驚愕に両眼を見開く。
 精霊“ダークネス”と共有された右掌の感覚――そこにある確かな、確か過ぎる手応え。
 その一撃に、多少の慢心はあったかも知れない。しかしそれこそサイズ上、巨象と蟻ほどの力量差があったはずだ――象が蟻を踏みつぶすのに、手応えなど生じようはずがない。

 ――武藤遊戯は、潰れてなどいなかった。倒れてさえもいない。
 階段のコンクリートに両足をめり込ませ、左腕の決闘盤をかざし、盾として――その一撃を受け止めている。人間どころか、地球上のいかなる生物でも受け止められぬであろう、巨大すぎた一撃を。

 武藤遊戯の全身を、そして左腕の決闘盤を、彩度の低い山吹色の光が包んでいた。
 いや、正確にはそうではない。
 加速された“魂”が飽和し、武藤遊戯の肉体から溢れ出ている――それは結果的に彼の周囲を包み、あり得ない頑強さを生み出す。ガオス・ランバートの“魂”で構築された“ダークネス”の身体と反発し、拮抗している。

 ――いや、拮抗などではない。

「――邪魔を……」

 ――ドクンッ!!!

“俺”の邪魔をするな――デク人形

 遊戯の全身を覆う光が一瞬、濁りと同時に勢いを増す。
 遊戯は左腕を振り上げ、ダークネスの右腕を――撥ね飛ばした。物理法則を無視したかのように、小人が巨人を押し返した。
 予想外の反抗に、黒の巨人はバランスを崩し、しかし倒れまいと堪える。
 負けじと体勢を立て直し、再び、今度は全力で右拳を叩きつけんと振り上げた――しかし、それを振り下ろすことは出来なかった。

 ――ビキィィッ!!!

「――!! グゥ……ッッ!?」
 ガオスの右掌に、鋭い痛みが走る。
 “ダークネス”の全く同じ部位に、亀裂が走り始める。
 その箇所はつい先ほどまで、武藤遊戯に触れていた部分だ。そこから流れ込んでしまった、武藤遊戯の“魂”という“異物”が、“ダークネス”の構築情報を崩す。コンピュータに侵入したウィルスのごとく、かの実体を崩してゆく。
 亀裂が進行するのと同時に、ガオスの右腕の同箇所が激痛に苛まれる。
 ――亀裂が右腕全体を侵したあたりで、ガオスは、自身の精霊の実体化を解除した。
 “ダークネス”は右腕を自ら切り離し、主の影へと戻ってゆく。伸び切っていた影は勢いよく縮み、自然な影へと形状を戻す。
(何だ……何だこの力は!!?)
 感覚を失った右腕を押さえ、うずくまり、ガオス・ランバートは戦慄に瞳を震わせた。
 こんなはずはない、あり得ない――この状況はガオスの思考を、らしくもない恐慌状態へと叩き込む。

 そんな彼の姿を、武藤遊戯の両眼は冷徹に見下ろしていた。
 コンクリートにめり込んだ両足を引き上げ、段を降りる。眼下に在る“敵”にトドメを刺すために――しかし数段降りかけたところで、彼は何かを振り払うかのように、首を強く横に振った。
(……違う! 今ボクがすべきなのは――)
 遊戯はデュエルフィールドの“闇”を見上げると、再び階段を駆け上がった。
 もはや彼を止められる障害は存在せず、彼が足を止めることはない。

 武藤遊戯は勢いを緩めず、階段を上り終え――迷わず“闇”へと飛び込み、その姿を消した。




決闘148 さよなら(前編)

「――私は『魔導戦士 ブレイカー』を召喚し……特殊能力を発動! 場の永続魔法『暗黒の扉』を破壊するわ……マジック・ブレイクっ!!」

 ――ズバァァッ!!!

 月村天恵とバクラ、囚われた暗闇の中で2人のデュエルは粛々と進行していた。
 攻勢と守勢、そのデュエルは一見するに、一方的とも思える様相を呈した――そしてその均衡は破られ、形勢は傾きを増そうとする。月村天恵に有利な形へと。


<月村天恵>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,異次元の女戦士,魔導戦士 ブレイカー,伏せカード2枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:2000
場:マッド・リローダー,伏せカード3枚
手札:3枚


 天恵は攻め、バクラは守る。それが現在の戦況だ。
 そして永続魔法カード『暗黒の扉』が砕かれたことで、バクラの守備は着実に薄くなる。総攻撃を仕掛けることが可能となった。


暗黒の扉
(永続魔法カード)
相手プレイヤーはバトルフェイズに
1体のモンスターしか攻撃できない


 にもかかわらず、天恵の表情は優れなかった。
 一方的に攻め込まれながらも、バクラには明らかな余裕が見える。追い詰められてなどいない、確実に何かを狙っている――それがブラフではないことを、天恵の直感は確信していた。
(でもここまでの流れと……昨日の雫さんとのデュエル内容を踏まえれば、推測は立てられる)
 彼の狙いを看破し、故にこそ短期決着を目指し、天恵はさらに攻勢に出る。
「バトル! 『異次元の女戦士』で……『マッド・リローダー』を攻撃!」
 天恵の指示を受け、女剣士がバクラのモンスターへと斬り掛かる。
 相手は攻守ともに0、しかし破壊され墓地へ送られたときに真価を発揮する、少々厄介なモンスターだ。


マッド・リローダー  /闇

【悪魔族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の手札を2枚墓地に送り、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
攻 0  守備力 0


 ――ズバァァァァッッ!!

 戦士の剣が、空を裂く。
 だがそれは空振りではない。彼女が斬り裂いた空間は開き、異次元へ通ずる入口となる。
 女戦士は再び剣を振るい、『マッド・リローダー』をその中へと叩き込む。後を追うように彼女もその中に跳び込むと、入り口は閉じ、ともにその姿を消した。
「『異次元の女戦士』の特殊能力。戦闘を行ったモンスターを道連れに、ゲームから除外することができる……これにより『マッド・リローダー』の能力は不発となるわ」
 迷いなくその能力を発動した天恵を見て、バクラは微かに眉をひそめた。


異次元の女戦士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターとこのカードをゲームから除外できる。
攻1500  守1600


(攻守0の『マッド・リローダー』をわざわざ除外……なるほど、オレ様の狙いに気付きやがったか)
 バクラはそう思いながらも、すぐに余裕の笑みをこぼす。
「これが決まれば……! 行って、ザボルグっ!!」

 ――バヂィィィッ!!!

 ザボルグは両掌から電光を放つ。
 その攻撃力値は2400ポイント、バクラのライフ2000ポイントを超過する。この直接攻撃に成功すれば、天恵は勝利することはできる――しかしやはり、そう易々とは決まらない。
「手札を1枚捨て……トラップオープン『亡者の壁』! この効果によりオレはレベル4以下の死霊を蘇らせることができる――壁となれ、『死霊道化師 ヘル・フェイカー』!」


亡者の壁
(罠カード)
手札を1枚捨てて発動。
自分の墓地に存在するレベル4以下の死霊モンスター
1体を守備表示で特殊召喚する。
発動ターンのエンドフェイズ時、
この効果で特殊召喚したモンスターを墓地に送る。

死霊道化師 ヘル・フェイカー  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから悪魔族・アンデット族モンスターを
1体ずつ選択して墓地へ送ることができる。
攻1600  守1400


 蘇ったモンスターが身代わりとなり、電撃に焼き尽くされて消滅する。
 しかし消える間際、その骸から霊魂が抜け、バクラのデッキに憑依した。
「ククク……残念だったな。この能力の発動は2度目だ、説明するまでもねぇだろう?」
 気味の悪い笑い声とともにデッキから2枚のカードが抜け出し、バクラはすぐさま墓地へと送った。
「く……『魔導戦士 ブレイカー』の攻撃!」

 ――ズバァァッ!!

 バクラのLP:2000→400

 三撃目にしてようやく、天恵の攻撃はバクラに届く。
 彼の顔は歪み、身体が揺らぐ。そのライフは残りわずか、あとほんの少しで勝敗は決し得る。
(“あのモンスター”の召喚には、墓地のカードがまだ足りないハズ……このペースなら押し切れる! それに、たとえ召喚されたとしても……)
「……私はこれで……ターン、終了よ」
 天恵は場の伏せカードを一瞥し、慎重にターンを終わらせた。


<月村天恵>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,魔導戦士 ブレイカー,伏せカード2枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:400
場:伏せカード2枚
手札:2枚


「オレのターン、ドロー ――トラップオープン『死なばもろとも』!」
 バクラはカードを引くや否や、すぐさま場の伏せカードを開いた。


死なばもろとも
(罠カード)
互いの手札が3枚以上のときに発動。互いの手札を全て墓地に置く。
この魔法を発動したプレイヤーは自ら捨てたカード枚数×100ポイントを
ライフから削る。その後互いに5枚カードを引く。


「クク……さあ手札の入れ替えといこうぜぇ。互いの手札を全て捨て、5枚ずつ引く……ただしリスクもあるがな。オレ様は捨てたカード1枚につき100のライフを失っちまう。これでオレのライフは風前の灯……まさしく崖っぷちってやつだな、ククク」
 天恵のライフ4000に対し、バクラのライフはこれで100。
 あり得ない、本来ならばあり得ない――彼のこの余裕は。

 バクラのLP:400→100

 彼は引き直した5枚を眺め、迷わず2枚を選び出した。
「オレは『死霊騎士デスカリバー・ナイト』を攻撃表示で召喚し――さらにマジックカード『保存食』を発動!」


保存食
(魔法カード)
自分の手札を任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、
自分は900ライフポイント回復する。


「オレ様の手札は3枚。その全てを墓地へ送り……2700のライフを回復させるぜ」
「!? 手札を全て墓地に……?」
 バクラは惜しげもなくカードを墓地へと送る。これで彼の手札は0枚、残されたのは今召喚したモンスター1体と――伏せカードが1枚のみ。

 バクラのLP:100→2800

(ライフ回復カード……? いや違う! 本当の目的は――)
 天恵は、バクラの伏せカードに注目する。
 そして案の定、彼の手によりそのカードは勢いよく表返された。
「……さあ、いくぜぇ――リバースカードオープン! 『ネクロ・フュージョン』!!」


ネクロ・フュージョン
(罠カード)
自分の場のモンスターを全て墓地に送って発動。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、
悪魔族またはアンデット族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 “デスカリバー・ナイト”の存在を糧に、そのトラップは発動される。
 そしてバクラの決闘盤の墓地スペースから、モンスターカードが勢いよく弾き出されてゆく――合計するに10枚。10体ものモンスターを素材として行われる、常軌を逸した融合召喚。
「さあ現れよ!! 我が本体――『大邪神−ゾーク・ネクロファデス』ッッ!!!」

 ――ドクンッッッ!!!!!!!!

 バクラは両腕を広げ、その降誕を出迎える。
 巨大にして屈強なる体躯を成す、禍々しき悪魔――絶望の権化、絶大なる“大邪神”を。


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されず、エンドフェイズ時にデッキへ戻る。
また、このカードが場を離れたとき、召喚したプレイヤーは敗北する。
攻?  守0


 大邪神−ゾーク・ネクロファデス:攻?→攻4000

「――!! このモンスターは……っ」
 強烈な威圧に身を固くし、しかし天恵は「やはり」とも思った。
 これは昨日の試合で、獏良了が最後に召喚したモンスターでもある。一瞬にしてゲームを終了させ得る超大型融合モンスター、しかし初見でなければ、対策を用意することもできる――その召喚行為に対し、天恵は場の伏せカードを開いた。
「――永続トラップオープン! 『デモンズ・チェーン』っ!!」
「!? ああ……っ?」
 発動したカードから複数の鎖が飛び出し、“ゾーク・ネクロファデス”に巻きつく。その両腕と胴体を一括りにして幾重にも縛り上げ、その自由を封じんとする。


デモンズ・チェーン
(永続罠カード)
フィールド上に存在する効果モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。
選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


「……なるほどな。“ゾーク・ネクロファデス”の特殊能力は、無効化不能の特性を持つが……その発動タイミングは戦闘時のみ。攻撃さえ封じちまえば恐るるに足らず……って魂胆か?」
 さらにこの場合、効果が無効にならない能力は仇となる。“ゾーク・ネクロファデス”はエンドフェイズ時にデッキへと戻り、さらにこのモンスターが場を離れた瞬間、召喚したプレイヤーは敗北が決定してしまうのだ。
(彼には手札も伏せカードも無い……! これで私の――)
「……くだらねぇ」
 バクラは静かに呟く。
 通常のデュエリストだったならば、この時点で決着していただろう――だがバクラは、デュエリストですらない。
 ここまで彼が、このモンスターの召喚のみに特化した戦略を見せたのは、それと勝利が同義であることを確信していたからだ。
「このオレ様に対して――その程度のカードが通じるわきゃねぇだろうが!!!

 ――バギィィィィンッッ!!!!!!!

 捕縛の鎖が砕け散る。
 邪悪な神威を撒き散らし、“ゾーク・ネクロファデス”は咆え猛る。
 自らの一部であるバクラ、彼がプレイヤーである“闇のゲーム”でのみ、その魔物は真なる力を解放できるのだ。


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されない。
???
攻?  守0


<月村天恵>
LP:4000
場:雷帝ザボルグ,魔導戦士 ブレイカー,伏せカード1枚
手札:5枚
<バクラ>
LP:2800
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス(攻4000)
手札:0枚


「ヒャーハハハハ!!! さあいくぜ! ゾーク・ネクロファデスの一撃は、場のモンスター全てを破壊し――その攻撃力分のダメージを与える!!!」

 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!!

 大地が、いや、空間が震動する。
 “大邪神”は闇の炎を生み、その手の内に凝縮させる。
 そして両掌を天恵へと向け、燃え滾るそれを放出した。
「――ゾーク・インフェルノ!!!」

 ――ズゴォォォォォォッッッ!!!!!!!!

 天恵の場のモンスターの総攻撃力値は4000、彼女のライフポイントと完全に一致している。この一撃を素直に許せば、それだけで敗北を喫してしまう。
 迫る猛火を前に、天恵は咄嗟に、唯一の伏せカードを開いた。
「――っ! リバースマジックオープン『禁じられた聖槍』!!」


禁じられた聖槍
(魔法カード)
フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで選択したモンスターの攻撃力は800ポイント
ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。


「このカードの効果で、ザボルグの攻撃力を800ポイントダウ――きゃあああああっっ!!!!」
 業火が彼女のフィールドを、そして彼女の精神を焼く。
 彼女の場のモンスターは一瞬にして焼殺され、衝撃が彼女を吹き飛ばす。倒れ込んだ彼女はその場で胸を押さえ、焼けるような痛みに喘ぎながらのたうち回った。

 天恵のLP:4000→800

「オイオイ……随分いい声で鳴くじゃねえか、造り物の分際でよぉ」
 天恵のその様子を見て、バクラは鼻で笑ってみせる。
 彼女はそれを聞く余裕も無く、苦痛に堪えるのに精いっぱいだった。
(これが“闇のゲーム”の痛み……!? いや、多分それだけじゃない! これがあのモンスターの……“邪神”の力によるもの……!!)
 苦痛に歪んだ顔で、天恵は倒れたままにそれを見上げる。
 醜悪なるその風貌に、嫌悪感を抑えられない。このまま眼を閉じ、残酷な現実から逃避したい。
(それでも……それでも、負けるわけには、いかない)
 懸命に、おぼつかない足取りで天恵は立つ、立ち上がる。
 その様子を見て、バクラは舌打ちをひとつした。
「うざってぇな……まあいい。オレ様はこれでターンエンド。この瞬間『大邪神−ゾーク・ネクロファデス』は本来デッキへと戻るが――“神”へと昇華した今、んな常識は通じねぇ」
 獣の如く、“大邪神”は低く唸る。
 鋭く厳ついその双眸が、少女を鋭く見下ろしていた。


<月村天恵>
LP:800
場:
手札:5枚
<バクラ>
LP:2800
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス
手札:0枚


(状況はかなり厳しい……けど、逆転の芽が全く無いわけじゃない)
 天恵は懸命な表情で、5枚ある手札を見返した。しかしまだキーカードが足りない――逆転を可能とするための、切札と呼ぶべきカードが。
「……っ。私のターン、ドロー!」

 ドローカード:黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)

(このカードじゃない……けど!)
 天恵は引き当てたばかりのカードを、バクラに向けて提示した。


黄金の天道虫  /光

【昆虫族】
1ターンに1度、自分のスタンバイフェイズ時に、
手札のこのカードを相手に見せて発動できる。
自分は500ライフポイント回復する。
この効果を使用した場合、エンドフェイズ時まで
手札のこのカードを公開する。
攻 0  守 0


「『黄金の天道虫』の効果! このカードを公開することで、私のライフを500ポイント回復するわ!」
 天恵の全身を光が包み、残り少ないライフ値を4桁にまで引き戻した。

 天恵のLP:800→1300

 大邪神−ゾーク・ネクロファデス:攻800→攻1300

「無駄だな。“ゾーク・ネクロファデス”の攻撃力は常に、相手のライフポイントと同じ数値になる。つまり今は1300しかねぇわけだが……それで十分さ。モンスターは全て特殊能力で破壊し……万一免れたとしても、コイツは一切の戦闘ダメージを受けねぇ。効果ダメージを恐れ、身代わりの壁モンスターを差し出さねぇなら、ダイレクトアタックでジャストキルって寸法さ。てめぇのライフが幾つまで、たとえ無限に回復しようとな」
「…………!!」
 顔をしかめ、天恵は改めて考える。
 戦闘による破壊が不可能――そういう類のモンスターは、M&Wに何種類か存在する。その場合にはカード効果による排除を狙うのがセオリーなのだが、“ゾーク・ネクロファデス”は今や“神”なのだ。
 “神”を効果破壊することは、よほど特殊なカードがなければ不可能だ。少なくとも彼女には――“終焉の翼”を出せない今の彼女には、それを実行することは出来ない。
(ならばやはり手はひとつ……キーカードを引き当てるまで、何としても持ち堪える!)
「私はカードを2枚セットし――ターンエンド!!」
 絶望に屈さず、希望を信じ、天恵は威勢よくターンを進めた。


<月村天恵>
LP:1300
場:伏せカード2枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:2800
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス
手札:0枚


「壁モンスターを出さない……? 舐められたもんだな。“神”にゃあカード効果なんぞロクに効かねぇが……それで耐えられんのか?」
 少女を見下しながらカードを引き、それを一瞥だけすると、バクラはすぐに攻撃を宣言した。
「“ゾーク・ネクロファデス”の攻撃――ゾーク・インフェルノ!!」
 攻撃力1300の一撃とは思えない、凄まじい業火が放出される。
 しかしそれとほぼ同時に、天恵は手札のカードを特殊召喚した。
「相手のダイレクトアタック時――このモンスターは特殊召喚できる! 来て、『バトルフェーダー』!!」


バトルフェーダー  /闇

【悪魔族】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
攻 0  守 0


「さらにこのモンスターの効果により、バトルフェイズは強制終了されるわ!」
 小さな悪魔が振り子を揺らし、バトルフェイズ終了の鐘を鳴ら――
――だから、効かねぇって言ってんだろ?

 ――ズゥゥゥゥンッッッ!!!!!!!!

 “ゾーク・ネクロファデス”は地を揺らし、強烈な衝撃波を生み出す。
 それは『バトルフェーダー』の特殊音波を吹き飛ばし、バトルを“強制続行”させる――地獄の炎が『バトルフェーダー』を瞬殺し、衝撃が再び天恵を吹き飛ばした。
「――きゃああああああああっっっ!!!!」
 少女の華奢な身体は、先ほどの比ではなく、ゆうに十メートルは飛んだだろう。
 『バトルフェーダー』の攻撃力は0、このバトルで発生するダメージなどない。それなのに――彼女は精神のみならず、肉体も傷つく。神に抗わんとした罰と言わんばかりに、理不尽に。
「オレ様はこれでターンエンド……いや、ゲームエンドか? ククク」
 もはや虫の息の少女を見下ろし、バクラは邪悪に嘲笑した。


<月村天恵>
LP:1300
場:伏せカード2枚
手札:3枚
<バクラ>
LP:2800
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス
手札:1枚


 『バトルフェーダー』のフェイズ強制終了効果は、“神”を対象としたものではない。
 故に理屈で考えれば、先程の天恵の目論見は成功するはずだったろう――いやあるいは、ただの“神”相手ならば通じたのかもしれない。
 惜しむらくは、相手が“ゾーク・ネクロファデス”であったこと――時間(とき)を統べる神“ゾーク”に対し、フェイズスキップなど試みたことこそが誤りなのだ。
「……あ……う……っ」
 苦痛に苛まれながら、天恵は何とか顔を上げる。
 霞む視界で確認すると、十メートルは吹き飛んだと思われたにも関わらず、バクラとの距離はあまり変わっていなかった。“闇のゲームからは逃げられない”、その意味を理解し、心に影を落とす。
(身体が……意識が、重い。それでも……っ)
 天恵は立ち上がる、諦めない。
 護るために――自分ではなく、“彼女”を。
「……私の、ターンッ! ドローッ!!」
 弱気を振り払わんとし、天恵は必死にカードを引き抜く。

 ドローカード:カオス・ソルジャー −開闢の使者−

「……! 私は『黄金の天道虫』の効果を発動! このカードを公開し、ライフを500ポイント回復!」

 天恵のLP:1300→1800

「さらに……手札から『天よりの宝札』を発動! 互いの手札が6枚になるまでドローするわ!」
「へぇ……オレ様にもドローさせてくれるってわけか?」
 天恵は3枚、バクラは5枚ものカードを補充する。
 相手により大きなアドバンテージを与えるこのプレイングは、一見するに悪手とも思える。しかし天恵の狙いを踏まえるならばむしろ、相手の手札を増やすことにも意味がある。
(まだ来ない……それなら!)
「リバースマジック『コピーキャット』! この効果により、あなたの墓地のカード――『死なばもろとも』をコピーするわ!!」


コピーキャット
(魔法カード)
相手が場に捨てたカードに姿を移し変えることができる


 長期戦狙いは愚策――天恵はそう認識し、このターンで勝負に出るべく、賭けに出た。
「クク……何が狙いか知らねぇが、いいのかよ? 『死なばもろとも』の効果で捨てる手札1枚につき、100のライフを削ってもらうぜ?」
「……っっ!!」
 天恵の手札は6枚、その全てを墓地へと送った瞬間に、彼女の全身を鋭い痛みが駆けた。
 しかし歯を食い縛って堪え、5枚を改めて抜き放つ。

 天恵のLP:1800→1200

(――……!! 来た、このカードなら!)
「――私は墓地の……『黄金の天道虫』と『魔導戦士 ブレイカー』を、ゲームから除外っ!!」

 ――カァァァァァァァァッ……!!!!

 天恵のフィールドに、2本の光柱が立った。
 1つは黄金、もう1つは漆黒――2本は混ざり合い、濁り、そして黒が勝る。太く確かな“闇の柱”となり、その中から、闇のドラゴンが姿を現した。
「――『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)−終焉の使者−』!!」


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


(!! 終焉の使者……コイツがこの女の持つ特別な力、か)
 その姿を見た一瞬、バクラは表情を険しくした。
 しかし自信は揺るがない。
 たとえどれほどのモンスターでも、“ゾーク・ネクロファデス”が倒れるはずはないと確信していた。
(“終焉の翼”を出せない今の私に……このカードを“神化”させることはできない。でも――)
 天恵は希望を灯した瞳で、フィールドの様子を見渡した。


<月村天恵>
LP:1200
場:混沌帝龍 −終焉の使者−,伏せカード1枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:2800
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス
手札:5枚


「たとえその邪神を破壊できなくても――このデュエルに勝つことはできる! ライフを1000ポイント支払い、『混沌帝龍 −終焉の使者−』の特殊能力発動!!」
「!? 何……っ?」

 天恵のLP:1200→200

 ――バサァァァッッ!!!!

 ドラゴンの両翼に“闇”が集約されてゆく。
 深く、重く、強い――“破滅の闇”を両翼に滾らせる。
「この効果はお互いの手札・場のカードを全て墓地に送り、墓地に送ったカード1枚につき300ポイントのダメージを与える……! “神”は墓地に送れずとも、プレイヤーのライフを0にすることはできる!!」
「…………!!」
 そして“闇”は、ドラゴンの咆哮を合図とし、バクラのフィールドへ撃ち放たれた。

「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”ッ!!!」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!

 “闇”は無数の槍となり、バクラのフィールドを強襲する。
 残念ながらその切っ先に、“大邪神”を貫く程のパワーは無い――だがプレイヤーは別だ。
 効果により墓地へ送られるカードは合計“10枚”。バクラの手札が5枚、天恵の手札は4枚、そしてフィールドのカードは“1枚”――それにより発生するダメージは“3000ポイント”。
「――う……おおおおおおおっ!!?」
 “ゾーク・ネクロファデス”の巨体を潜った“闇”は、バクラを襲い、命中と同時に爆発を起こした。

 ――ズガァァァァァァンッッ!!!!!!

 バクラのLP:2800→0

 バクラの身体が、後ろに倒れ込む。
 そして消滅する。あたかもソリッドビジョンのように、これまで倒されてきたモンスターのように、塵になって消え失せた。
「……勝っ……た……」
 獏良の身を案ずることも忘れ、天恵は安堵の溜め息を吐く。
 ともかく今は、これが最善。早くこの空間から脱出しなければ――そう思い顔を上げ、愕然とした。
「……!!? どう、して……」
 脅威はまだ去ってなどいない。
 絶望はなお君臨し、少女を見下ろしている――より明確に、残酷な現実をもって。



大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されない。
このカードが場に存在する限り自分は敗北せず、場を離れたとき自分は敗北する。
攻?  守0



『――我の半身を打ち倒すとは……侮れぬ小娘だ』

 大邪神が、ゆっくりと口を開く。
 唖然とする天恵に対し、今度は、見知った声が語り掛けてくる。

――残念だったな。オレ様と大邪神は一心同体……コイツを倒さねぇ限り、敗北は無ぇ。つまりてめぇはどう足掻いても、負けるしかねぇってことだ……ククク、ヒャーハハハハ!!!

 “ゾーク・ネクロファデス”から不自然に、今度はバクラの声が響く。
 恐るべき事実に、天恵は瞳を震わせ、顔を俯かせる。
 勝てない――その現実を理解し、手札の無い、両の拳を握りしめる。

ククク……終わりだな。さっきのモンスターの能力で、てめぇにゃ1枚のカードも無ぇ。これで――……?

 不自然なものを見て、バクラの声は止まる。
 おかしい――天恵のフィールドにはまだ“何か”が残されている。
 それはモンスターでも、魔法・罠カードでもなく――“黄金の球体”だった。
「――勝てない……そうね。私は多分もう、あなたに勝つことはできない……でも、それでも」

 ――勝たせるわけにはいかない
 ――私は“彼女”を、何があっても護らねばならないから
 ――だから
 ――だからたとえ……私が敗けたとしても

「――倒す。あなたは……せめてあなただけは、この私の存在に代えても」
 “終焉の使者”の特殊能力が発動した瞬間に、天恵は場の伏せカードを発動させていた。
 前日のヴァルドーとの一戦を踏まえ、こうなる可能性も危惧した上で――最強の切札を喚び出すための、最後のトラップカードを。


カオティック・フュージョン
(罠カード)
自分のフィールド上または墓地から、決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、「カオス・パワード」の効果でのみ特殊召喚できる
融合モンスター1体を「カオス・パワード」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。
この効果で融合召喚された融合モンスターはこのターン、攻撃できず、破壊されない。


 天恵のフィールドには、巨大な黄金の光球が鎮座していた。
 しかしそれは、次第に黒く濁ってゆく。
 黄金の球体に包まれたドラゴンは、その中で光を喰らい、自身の“闇”へと変換する。
 そして卵から孵化する雛の如く――それを喰い破り、生誕の産声を上げた。
「――『混沌神龍(カオス・ゴッド・ドラゴン)−混沌の創滅者−』!!」


混沌神龍 −混沌の創滅者−  /闇光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このモンスターはカードの効果を受けない。
???
攻5000  守4500


「――全てを……」

 ――ドクンッ!!!

「全てを賭けて――あなたを倒すッ!!!」

 少女は決意の眼光で、眼前にそびえる絶望を射抜いた。


<月村天恵>
LP:200
場:混沌神龍 −混沌の創滅者−
手札:0枚
<バクラ>
LP:
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス(攻200)
手札:0枚




決闘149 さよなら(後編)

 ――はじめてあなたと出逢ったとき、私はあなたを、天使みたいだって思ったの

 ――本当よ
 ――嘘じゃない
 ――あなたは私にないものをたくさん持っていて
 ――とても、とても輝いて見えたから

 ――あなたという人に出逢えて、私がどれほど救われたか
 ――あなたにはきっと分からないのでしょうね
 ――けれどそんなあなただから、私は憧れたのだと思う

 ――ねえ絵空
 ――愛してる
 ――どれほど言葉を重ねても、足りないくらいに
 ――私はあなたを愛しています

 ――だから護るわ
 ――私はあなたを、きっと護る
 ――だって

 ――だって私達は……そういう契約を交わしたのだから





<月村天恵>
LP:200
場:混沌神龍 −混沌の創滅者−(攻5000)
手札:0枚
<バクラ>
LP:
場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス
手札:0枚


 月村天恵のフィールドには、彼女自身も見たことの無い、巨大な混沌龍が降誕していた。
 “開闢の使者”の光を取り込み、一方的に支配することで、自身の闇の力を高め、強大化を果たした終焉龍。神威に限りなく近い威圧を発し、“大邪神”に対抗せんとする。

『――くだらぬ。その程度の雑魚で……無敵の我に勝てるとでも思うか?』

 “大邪神”のその問いに「思わないわ」と天恵は呟いた。
「けど……それでも、私はアナタに勝たせない。この命に代えても――私はアナタを倒してみせる!」
 周囲に嘲笑が響いた。
 それは“大邪神”のものではなく、先ほど消えたはずのバクラの声だ。

――命を賭ければ何とかなる……ってか? 笑わせるぜ。夢でも見てんじゃねえのか?

 顔をしかめる天恵に対し、バクラはなおも言葉を吐く。

――そのドラゴン、さっきの一撃を放っても自滅しねぇってことは、カード効果への耐性を備えてんだろう? そいつで“ゾーク・ネクロファデス”の能力に対抗するつもりなんだろうが……甘ぇよ、甘すぎる。“ゾーク・ネクロファデス”はカードではなく“神”! それも“三幻神”や“三魔神”なんぞより高位に位置する。その一撃に耐えられると、本気で考えてやがんのか?

 その言葉が本当ならば、天恵にまず勝機は無い。
 満を持して召喚した“混沌神龍”の攻撃力は5000、つまりこのモンスターが破壊されれば、天恵は5000もの大ダメージを被り、敗北が確定してしまう。
(……彼の言う通り……このままでは多分、返り討ち。でも)
 天恵は両眼を閉じ、小さく深呼吸をした。
「……色々なことがあったね……絵空」
 届くことのない言葉を、小さく口にする。


 ――あなたと出逢い
 ――あなたと触れ合い
 ――あなたと別れ
 ――また出逢って


 天恵は自然と微笑んだ。
 本当に、本当に色々なことがあった。


 ――あなたは……私と出逢えて、良かったですか?
 ――私は幸せでした
 ――あなたといられて

 ――今までありがとう
 ――色んなことに巻き込んで、ごめんなさい
 ――それから
 ――それから……


 天恵はそっと目を開く。
 自分フィールド上のドラゴンと目を合わせ、頷き合う。
「……これが最後の、本当に最後の、バトルフェイズ――」
 もういちど眼を閉じ、穏やかな心を切り替えると、天恵は強い瞳で“大邪神”を見据えた。
「行って――カオス・ゴッド・ドラゴン!! 『大邪神−ゾーク・ネクロファデス』を攻撃!!!」

 ――バサァァァッ!!!!!

 両翼を広げ、ドラゴンは大きく咆哮する。
 アギトを開き、その先に2つの塊を生み出す。白と黒、光と闇のエネルギー体を。
「撃ち貫け――“スパイラル・カノン・バースト”ッ!!!」

 ――ズギュァァァァァァァッッ!!!!!!

 少女の叫びを合図とし、二つは絡み合い、撃ち放たれる。
 愚かな、と、ゾークは低い声で呟いた。

『――抵抗など無意味……我が地獄の業火に焼かれ、消え失せよ……!』

 燃え盛る獄炎を喚び、ゾークもまたそれを解き放つ。

『――ゾーク・インフェルノ!!!!』

 ――ズゴォォォォォォッッッ!!!!!!!!

 両者の攻撃が衝突する。
 一瞬の拮抗――しかしすぐに優劣は見えた。“ゾーク・ネクロファデス”の獄炎が、螺旋の砲撃を押し返す。
 その様を見ても、天恵は怖気づかなかった。自信ではなく覚悟を胸に、決意の瞳で声高に叫ぶ。
「ライフポイントを半分支払い――『混沌神龍 −混沌の創滅者−』の、特殊能力を発動!!」

 天恵のLP:200→100

 天恵の意志を汲み、龍の翼に力が漲る。
 白と黒の混ざった双翼を広げ、龍は猛る。その口から螺旋の砲撃を放ち続けながら、それを強く輝かせた。
「――“終焉の光(エンディング・ストリーム)”!!!」

 ――カッ!!!!!!!!!


混沌神龍 −混沌の創滅者−  /闇光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このモンスターはカードの効果を受けない。
また、このモンスターの戦闘時に1度、ライフポイントを半分支払うことで、
フィールド上に存在するカードを全てゲームから除外できる。
攻5000  守4500


 双翼から、白と黒の輝きが噴き出す。それは無数の帯となり、螺旋の砲撃と合流する。
 白と黒、二色のエネルギーは絡み合い、その威力を増す。ゾークの放つ獄炎を、押し返し始める。

 ――ズギャギャギャギャギャギャギャッッッッ!!!!!!!!!!!!

(――!! これは……いける? これなら!)
 精霊たるモンスターを通じ、天恵は確かな手応えを感じた。
 しかしそんな淡い期待は、次の瞬間に撃ち砕かれる。

――中々やるじゃねぇか……なら見せてやるよ、オレ様の本気を

 大邪神は右掌を広げ、天恵のドラゴンへと向けた。

『――ダーク・フェノメノン!!!』

 ――ズギュゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!!

「――――っ!!! あああああっ!!?」
 一瞬にして、獄炎の圧力が急激に増す。
 拡散していた炎が収束され、ドラゴンの砲撃を押し返す。
(ダメだわ……押し切られる! これ以上は、もう……!!)
 もはや一刻の猶予も無い。
 全身を貫く神威に懸命に堪えながら、天恵は両眼を閉じた。
 背中に全ての意識を集中させる。汗が頬を伝い、落ちた。


 ――護るから
 ――あなたは私が護るから
 ――だから
 ――だからそのためなら……私はどんなものでも捧げられる


 心臓が、急激に鼓動を早める。
 内なる全てを、最後の一滴まで絞り出さんと、少女は歯を食い縛る。
 ミシミシと、何かが軋む音がした。
 それでも少女は続ける。その先にある結末を予期しながらも。

『――我が力の前に……絶望を抱き、沈め』

 大邪神の全身から、邪悪な神威が迸る。
 駄目押しの、最後の追撃を放たんと、闇の力が集約される。

「――はばたけ……っ」

 少女の意識に、鋭い痛みが走った。
 痛みとは警告だ。
 それ以上はならないと、彼女自身が警鐘を鳴らす。
 それでも彼女は構わず――振り切った。
 全身を激痛が駆け巡り、それと同時に彼女は叫ぶ。

「はばたいて――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”ッッ!!!」

 ――バサァァァァァァァッッッ!!!!!!

 少女の背中に翼が生える。
 同時に、何かが千切れるような音が聴こえた――けれど少女は構わず、眼前のドラゴンを強く見据える。


混沌神龍 −混沌の創滅者−  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このモンスターはカードの効果を受けない。
また、このモンスターの戦闘時に1度、ライフポイントを半分支払うことで、
フィールド上に存在するカードを全てゲームから除外できる。
攻5000  守4500


「――いっ……けぇぇーっ!!! カオス・ゴッド・ドラゴンッッ!!!!」
 激痛と不安を振り払い、少女は全力で叫んだ。
 あと何秒、この出力と存在が保てるか判らない――だから叫ぶ。ドラゴンは呼応し、咆哮する。

「――“エンディング・バースト・ストリーム”ッッ!!!!」

 ――ズギャァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!!!

 トドメを刺さんと力を溜めていた大邪神に対し、それは絶好の奇襲となった。
 ドラゴンの渾身の砲撃が、ゾークの獄炎を貫通する。
 そして炸裂した。断末魔の如き絶叫が上がり、その巨体に亀裂が走る。
 勝った――天恵は数瞬そう思った、が、

――なめるな……ッ

 ――ビキキッ!!!

 砲撃を浴び続け、その亀裂は少しずつ拡がり、肉体は崩壊へと向かい始める。
 にも関わらず、大邪神は溜めていたエネルギーを解放し、爆発させた。

その程度の攻撃で――オレ様が滅びると思ったかァァァ!!!!

『――ゾーク・カタストロフ!!!』

 ――ズドォォォンッ!!!!!!!!!!!!

 空間が大きく震え、凄まじい衝撃波が発せられる。
 それは天恵と、彼女のドラゴンを襲い――そして、撃ち砕く。
 耐性の有無など関係なく、圧倒的な破壊の力が、ドラゴンの肉体を粉砕する。同時に、それほどの威力の技を放った反動か、大邪神の肉体も崩壊を早めた。

『――バカな……我の身体が……崩れる……!?』

「――――っ!!!」
 ドラゴンの身体が砕け散り、少女の身体は宙を舞う。
 “ゾーク・ネクロファデス”の特殊能力によりモンスターが破壊されたとき、プレイヤーはその攻撃力分のダメージを受ける。破壊された“混沌神龍”の攻撃力値は5000ポイント、つまり――彼女がそれにより負うダメージもまた、5000ポイント。
 よって、

 
天恵のLP:100→0







 ――絵空
 ――ねえ絵空

 ――愛してる
 ――大好きよ

 ――朝は一人でちゃんと起きなさい
 ――もう高校生なんだもの
 ――友達たくさんできるといいね

 ――お母さんに、あまり心配かけちゃダメよ
 ――お父さんのこと、よろしくね
 ――それから……あの人にも、よろしく

 ――ありがとう
 ――ごめんね
 ――さよなら

 ――さようなら、もうひとりの私……







「――……? っ……いたた……っ?」
 神里絵空は目覚めるなり、全身の痛みに顔をしかめた。
(真っ暗……? あれ、ここって?)
 身体を起こし、寝ぼけて辺りを見回しながら、絵空は思い返す。
 神無雫との闇のゲーム、その果てに倒れ、気を失っていたことを。
 しかし周囲には誰もいない。何事も無かったかのように静まり返っている。
 彼女一人だけがその場に取り残され、近くには“千年聖書”が転がっていた。
「……? もうひとりの、わたし……?」
 呆けながら呼び掛ける。
 しかしそれに応じる声は、何ひとつ返りはしなかった。




決闘150 冷たい雨

 ――少女達を閉じ込めた暗闇の檻の外でも、激戦は続いていた。
 その様はまるで戦場だ。魔術師“マハード”は黒の魔力弾を放ち、白き龍“ブルーアイズ”は光のブレスを撃ち放つ。
 しかし決着は容易にはつかなかった。漆黒のローブに身を包むルーラーの4人の神官たちは四散し、各々に“カー”を喚び出し、応戦している。
 最強を誇るブルーアイズの砲撃さえも、そのうちの2人が喚び出した2体の妖精型の“魔物(カー)”の連携により阻まれる。生み出された強固なバリアに弾き消され、いずれの“カー”にも届かない。ならばとマハードが接近戦を望めば、重火器を装備した獣型の“精霊(カー)”が、一斉射撃で牽制してくる。
 故に迂闊には距離を詰められず、また、遠距離攻撃では決定打を与えられない、もどかしい均衡状態が出来上がっていた。

 そんな状況下において――“その男”は、冷ややかな眼で戦局を見極めていた。齢百を間近に控えたその老人は、ガオス・ランバートに仕える“神官長”だ。先代・先々代のガオス・ランバートにも仕えたその古老は、何より経験に秀でている。先々代ガオスの命令のもと戦争に介入し、一日で三桁の人命を奪ったことさえある。
 タイミングを見計らい、彼はすでに行動を始めていた。今現在、彼の背後には魔術師然とした人型の“精霊(カー)”が佇んでいる。しかし現在の争いには介入せず、上半身をフラフラと怪しげに揺らしている――だがそれは囮だ。“本命”はすでに彼の元を離れ、標的へ向けて“潜行”している。

(……埒が明かんな。モンスターを増やして一気に攻めるか? だが……)
 一方、海馬瀬人はブルーアイズの後ろで、現況を歯痒く感じていた。
 しかし同時に、そう容易い話ではないとも理解していた。これは普段のデュエルではないのだ。
 ブルーアイズを喚び出した瞬間に、身体から何かが抜け出るような感覚がした――この召喚行為には恐らくリスクを伴う。遊戯が『ブラック・マジシャン』のみを、そして敵対する4人も1体ずつのモンスターしか喚び出していない現状も踏まえれば、2体目の召喚を思い留まるのは当然の思考だろう。
 彼のその判断は、本来的に正しい。複数の“カー”の同時使役は消耗が激しく、上級魔術師にすら困難な荒業だ。かつてのマハードでさえ、それを実戦で成したことは無い。
 だがそれは決して――誰にも成し得ぬ、不可能な芸当というわけではないのだ。

「――……!?」
 ゾクリと――海馬は不意に、背後に悪寒を感じた。
 感付いただけでも称賛に値するだろう。しかし反射的に振り返った瞬間には、すでに遅い。
 海馬のすぐ後ろには――輝く剣を片手に携えた、醜い泥人形が立っていたのだ。

 それこそは神官長が喚び出し、地中を“潜行”させていた2体目の“魔物(カー)”だ。
 その異変を、海馬に続いて察知したマハードは振り返り、その杖先を泥人形へと向ける――しかし次の瞬間、マハードは金縛りに遭ってしまう。
 神官長はニタリと笑みを零す。それは彼の背後の、彼の“精霊”の力に他ならない。
 この状況において神官長は、海馬瀬人こそがウィークポイントと見定めたのだ。強力なモンスターとは直接闘わず、召喚者を直接攻撃する――これはM&Wにおいても見られる、常套手段だ。海馬瀬人を倒せばブルーアイズは消え、均衡は一気に瓦解するだろう。

 泥人形は口を醜く歪め、剣を振り上げる。
 海馬瀬人は高い運動能力を持ってはいるが、所詮は人間だ。魔物の不意打ちに対し、何の装備もなく対抗できる道理などありはしない。咄嗟に身を引かんとするが、間に合わない。
――シネ……カイバセト
「――!!」

 ――ズシャァァァッ!!!

 剣が躊躇なく振り下ろされ、大量の鮮血が飛び散る。
 海馬はその光景に愕然とする。しかし彼の身体には、傷ひとつ付いてはいない。
 見開かれた彼の眼に映ったのは――彼を庇って跳び出し、身体を斬り裂かれ、鮮血にまみれた女の姿だった。

 彼女の――サラ・イマノの身体は力を失い、海馬はそれを抱き留める。
 彼はらしくもなく自失し、呆然とした。
 そんな彼に対し、泥人形は非情の二撃目を振るわんとする――しかし金縛りを解いたマハードが、すかさず魔力弾を撃ち放つ。それを受けた泥は容易く弾け、人の形を失い、動かなくなって消滅した。

「――せ……と、くん……」

 血に塗れた彼女は、それなのに微笑み、そして彼に何かを囁き、伝えた。

 ――ドクンッ!!!

 次の瞬間、彼女は動かなくなる。抱いた重みが数瞬だけ増し、そして――完全に失われた。
 彼女の全身もまた、他の者達と同じように――立体映像(ソリッドビジョン)のごとく砕け散り、消滅したのだ。

 海馬は肩を震わせ、歯を強く食い縛る。
 記憶に深く刻まれた痛みが、彼を苛み、許してくれない。

 ――何だこれは
 ――またか

 ――またオレは守れなかったのか……“この女”を

 うなだれた海馬が、ふらふらと立ち上がる。
 そしてデッキに指を伸ばし、新たに2枚のカードを選び出した。


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500

青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


 神官たちは、みな一様に動揺を見せた。
 海馬のもとに、白き巨竜が並び立つ――それも3体。これほど強力な魔物を3体同時に使役するなど、彼らの常識ではあり得ないことだ。

「――殲滅しろ……ブルーアイズ」

 海馬は呟く。3体の竜はそれぞれに、その口内に“光”を生み出す。

塵ひとつ残さんから覚悟しろ――このクズどもがァァッッ!!!

 竜とともに、彼は咆える。
 迸る怒りと、哀しみを撒き散らし――滅びの光が、辺りを照らした。




決闘151 もうひとりの想い

「――もうひとりの……わたし……?」
 神里絵空は呆然と呟く。
 いったい何が起こったのか、この状況が理解できない。したくない。
 先ほどまでの激戦が嘘のように、辺りは静まり返っている。絵空が気を失う前に闘っていた少女、神無雫の姿も無い。
 嫌な予感を否定しながら、絵空は恐る恐る手を伸ばす。近くに転がった“千年聖書”に。
 そして、その表紙に触れた――その瞬間、そこに装飾された黄金のウジャト眼が輝き始めた。

 ――カァァァァァァッ……!

 それは儚い、最後の光。
 封じられたままの“聖書”の魔力とは違う、“彼女”の輝き。月村天恵という少女の残響、かすかに残された“生命(いのち)の輝き”。

 その光に触れた瞬間、神里絵空の中に流れ込んでくるものがあった。
 それは“彼女”の想い。
 彼女が何を知り、何を思い、何を感じて在り続けてきたのか。

 そのとき、絵空は初めて知った――彼女が心に秘めてきた、明かされなかった想いを。
 愛している――綺麗なその言葉の陰に隠れていた、薄汚れた気持ち。
 しかしそれさえも“愛”であると、彼女は確かに信じていた。


『そうだ――これをあげるわ』

『――これは約束。また次に、必ず会うための……ね』



 背中のリボンが、ちいさく揺れる。


『とてもよく似合っているわ、絵空……。まるで――まるで、私のようで』

『――いつでも、それを着けていてね……。大切にして、“忘れないように”』



 絵空の頬を、熱いものが伝う。
 脳裏に次々と蘇るそれを、彼女にはもう、拒むことなどできない。


『あなたが覚えていてくれれば――私は決して消えない』

『“あなたの中の私”は――いつでもあなたの中にいる』

『“あなたの中の私”は――あなたの中で、永遠に生き続ける』

『その代わり――“あなたの中の私”は、あなたを護る』

『いつまでもいつまでも――あなたを護り続けるわ』



 ――そうだ
 ――この人は
 ――もうひとりのわたしは……

 ――ドクンッ!!

「――おねえ、ちゃん……?」

 封じられていた扉が、静かに開け放たれる。
 彼女との日々を、彼女との想いを、彼女との絆を――その全てを取り戻し、全身が打ち震える。

 ――守っていてくれた
 ――わたしを
 ――約束を
 ――彼女の心は、確かに此処に在った
 ――それなのに……

 光が――消えてゆく。
 月村天恵という、確かに此処に在った少女の残り火が。

「――愛してる……わたしも」

 それを追うように、掠れた声で伝える。
 たとえ届かぬと解っていても、それでも。
 ぼろぼろに崩れた笑顔で、祈るように絵空は叫んだ。

「愛してる! 大好き――おねえちゃん!!」

 光が――消えた。
 少女のその言葉は届いたか、いや届くはずもあるまい。
 その光はあくまで、彼女の名残でしかないのだから。
 声は虚空に消え、何ひとつもたらしはしない。

 少女は脱力し、その場にうなだれた。
 胸が苦しい。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 圧し掛かる現実が、あまりにも重い。

「……なんで? どうして、こんな……」

 分からない。分からないことだらけで。
 けれど確かに分かるのは――失くしたこと。
 ずっと側にいてくれて、何より大切だった人を、失ったこと。

 失くしたものは取り戻せない。
 過ぎ去った時間は戻らない。
 あまりにもひどい。
 あまりにも残酷。

 夢だったら良かったのに――これはただの夢で、目覚めたらいつも通りの日常があれば。
 この真実が偽りで、偽りこそが真実になったなら。

 ――失くした過去を取り戻し
 ――大切な現在(いま)を守り
 ――理想の未来を手に入れる

 ――そんな素晴らしい、“楽園”のような世界だったなら……


『――かなしいね』

「……!?」

 記憶の中で、誰かが囁いた。

 ――わたしが叶えてあげる
 ――あなたの夢を
 ――あなたの望みを
 ――全てを
 ――全てのヒトの望みを……願いを、わたしが叶えてあげる


(……!? 誰? この声……わたしと、同じ……?)

 絵空は目を閉じ、回顧する。本来なら“知るはずの無い記憶”を。
 そしてその声の主が――自分自身と同じ姿をしていたことに、愕然とした。

「――ゾーク……アクヴァデス? アナタは……」

 何かに誘われるかのように、少女の意識は安らいでゆく。
 甘くやさしい声に導かれ、絶望に囚われていた彼女の心は、ゆっくりと、滑るように“闇”へと堕ちる――しかし、

「!? ウ……ッ」

 心臓を締め付けられるかのような痛みを感じ、絵空は苦悶の声を漏らした。
 まるで心臓が、独立した意志を持つかの如く――閉じかけた心を戒める。
 それにより正気に引き戻された絵空は、呼吸を整えながら顔を上げた。
(とにかく今は……この中から出なくちゃ)
 ここにいてはいけない――確信めいた直感を抱き、少女は立ち上がろうとする。
 しかし立てない。腰が抜けて、全身に力が入らない。
 心身ともにボロボロだ。神無雫、そしてバクラと、立て続けの“闇のゲーム”により、神里絵空の精神と肉体はとうに限界を超えていた。
(……どうしよう。これじゃあ……)
 ろくに身動きすらできない状況に、絶望はさらに募ってゆく。

 だがしかし、そのとき――暗闇の世界に、人の気配を感じた。
 それは希望か、それとも絶望か――分からないままにしかし、すがるように呼びかけた。
「――おねえ、ちゃん……?」
 暗闇の先でその人物は、少女に向けて微笑んだ。

――アア? 誰だソイツぁ?

 少女の姿を見下しながら、その男はほくそ笑む。
 暗闇から現れた彼の姿に、絵空は唖然とさせられた。
「ば……獏良、くん? どうし――」
 ――いや違う。
 邪悪な面持ちをした彼は、自分の知る獏良了ではない――直感とは違う、“知るはずの無い記憶”が少女に警戒を促した。
「へえ……察しが早ぇじゃねぇか、器の分際でよ。ま、その方が話が早くて助かるがな」
 嘲笑を振り撒く彼に対し、絵空は恐る恐る問い掛けた。
「……あなたが……おねえちゃんを……?」
「……ア? ああ、てめえの片割れのことか? 予定よりは手こずらされたが……何てこたねぇ。少々のダメージは負ったが、それだけの話だ」
 瞳を見開き震える絵空に対し、バクラは露骨に悪意を示し、笑い掛けた。
「……オレ様が憎いか? いいぜ、もっと呪えよ。その穢れこそ我が贄……“邪神”たるオレ様には、極上の馳走だ!」
 “闇のゲーム”の決着により――“儀式”はすでに完了した。
 999の死を刻まれた、選ばれし者の魂――そしてその者の、切なる願い。
 これを捧げることにより、降臨する――“神”を現世に顕現させるための“終わりの使者”が。
(後はただ待つのみ……が、何もせずにってのは性に合わねぇな)
 眼前の獲物に舌なめずりし、彼の瞳は狂気に歪む。
「……出でよ、我が精霊獣――“ディアバウンド”ォッ!!!」

 ――ォォォォォッ……!!!!

 獣の叫びが、辺りに響く。
 バクラの背後に、“怪物”が生み出される――蛇の尾を持ち翼を生やす、巨大なる邪悪の化身が。
 “ディアバウンド”は闇を振り撒き、眼下の少女を威嚇する。
 その威圧は少女の背を貫き、全身を恐怖で凍り付かせた。
「オレ様は優しいんでな……すぐに送ってやるよ。てめえの片割れと同じ場所へ――“闇(ゾーク)の世界”へ」
「――……!!!」
 その状況は彼女に、確かなる“死”を予感させた。

 ――終わる
 ――殺される
 ――死んでしまう……?

「――ダメ……ダメよ、そんなの」
 絵空の口から、彼女のものらしからぬ声が漏れた。
「……まもるの。“私”はわたしを必ずまもる。だから……」
 絵空は懸命に身体を動かそうとする。正気とは思えない眼で、しかしなお、彼女は死を受け入れていない。
「……アア? 恐怖で頭がイッちまったのか? 受け入れろよ……虐げられる現実を」
 バクラは呆れながら見下し、自身の精霊に命じた。
「殺せ、ディアバウンド――“螺旋波動”ッ!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!

 無力な少女に容赦なく、魔力の渦が撃ち込まれる。
 それは標的に迫り、衝突し、爆発する。強力過ぎるその砲撃は、少女を跡形もなく消し飛ばしただろう――通常であれば。
「!? ア……ッ?」
 バクラはその光景に、呆気にとられる。
 爆炎の晴れた、その先では――健在のはずがない少女が、そして、いるはずのない少年の姿があった。
「……!? てめえは……」
「……!! 遊戯……くん?」
そう、武藤遊戯は絵空を庇うように立ちはだかり――強い瞳でバクラを見据えた。




決闘152 いてはならない人がいた

 思いがけない闖入者の登場に、絵空とバクラは揃って驚倒した。
 しかしバクラは、同時に別の疑念を抱く。
 この場に遊戯が乱入した件――それはまだ理解できる。しかし彼が、いや彼らが健在である理由が解らない。
(“螺旋波動”を防いだ……? どうやって? このガキ、“カー”の召喚術でも身につけやがったのか?)
 不審に思うバクラをよそに、遊戯は息をひとつ吐き出す。そして心を落ち着けると、背後の少女に向き直った。
「――間に合って良かった……神里さん、もう大丈夫だから」
「へ……あ、えっと」
 いつも通りの穏やかさを見せる遊戯に、絵空は呆気にとられ、返答できない。
 その代わりとばかりに、バクラは嘲笑混じりに語り掛けた。
「――何が大丈夫だって……? 笑わせんじゃねぇよ。てめえ、この状況を理解して言ってんのか?」
「……! 獏良くん……じゃないね。生きていたんだ」
 遊戯は半眼で彼を見やる。
 その様子を不快に感じ、バクラは舌打ちを漏らした。
「何を落ち着き払ってやがる……解ってねぇにも程がある! てめえらの命は今、オレ様の気分次第なんだぜ?」
 彼の背後の“ディアバウンド”が、低く唸る。
 新たに排除すべき標的を認識し、敵意を向ける。
「どんな小細工を使ったか知らねぇが……自惚れるんじゃねぇよ。今の一撃、オレ様が本気だったとでも?」
 “ディアバウンド”の両手の内に、魔力の渦が蓄積される。
 先ほどとは違い、十分な“溜め”を挟んで――強大な威力が凝縮される。
「“空の器”風情が……粋がってんじゃねぇよ。てめえらはもう用済みなんだ。さっさと退場しな――死ね、2人まとめて」

 ――ズゴォォォォォォッッッ!!!!!!

 バクラの精霊獣から再度“螺旋波動”が撃ち放たれる。
 普通ならば、今度こそ終わりだ――手加減無しの“螺旋波動”、その攻撃は並みの“魔物”など容易に貫通し、召喚主を葬り去る。古代エジプトにおいても通用した、必殺の一撃だ。
 にもかかわらず――武藤遊戯は冷静に、迎撃の姿勢をとった。小細工などありはしない。左腕の決闘盤を盾として突き出し、生身で受け止めようとする。

 ――ズガァァァァァァァンッッッ!!!!!!

 爆音とともに、周囲が煙る。
 殺した――バクラがそう思うのは当然の思考だろう。これの直撃を受けて健在な生物など、もはや人間ではない。人間とは違う、“別の何か”だ。
「!!? 何……だと?」
 バクラの両眼が見開かれる。彼の眼前には今、あり得てはならない光景がある。
 まず結論を言えば、武藤遊戯は健在だった。いやそれどころの話ではない。
 彼は傷一つ負わず、左腕の決闘盤を盾とし、佇んでいた――それは何を意味するのか?
 鈍い山吹色の光が、彼の全身を覆っていた。それは彼の“魂(バー)”の輝き、目の当たりにしたバクラは眉根を寄せる。
(“魔力(ヘカ)”ではなく“魂”を纏う……? バカな、一体どうやって!?)
 それは、“邪神”たる彼の知識にさえ無い離れ業だ。
 しかし異変は他にもある――ノーダメージと思われた、遊戯の身体が不意に揺らぐ。頭に痛みが走り、彼は顔をしかめる。

 ――……せ
 ――殺せ

 ――神を殺せ
 ――王なる者よ


 ジワリと、その呪詛は着実に、遊戯の内なる部分を穢す。彼は首を横に振り、それを懸命に振り払う――しかし“それ”の侵食は確実に進んでいる。彼に、大いなる力をもたらす代償として。
 彼のその様子を見て――バクラは全てを悟り、そして笑った。
(なるほど“王の遺産”……面白ぇ。オレ様のディアバウンドでも、あの“魂”の膜を破るのは容易じゃねぇ。さっきの小娘に受けたダメージが残っている今、正面からぶつかるのは得策じゃあねぇ――が、対処の策はいくらでもある)
 この状況はむしろ好都合――バクラは内心でそう思い、舌なめずりをした。
 彼の背後から、怪物“ディアバウンド”が姿を消す。それを不審に思う遊戯に、バクラは余裕の笑みで返した。
「……そういやてめえにゃ以前、記憶の世界で煮え湯を飲まされたっけなあ? ちょうどいい、リベンジといこうじゃねぇか。オレとてめえの決着には、コイツの方が相応しい……そうだろう?」
 バクラは左腕の決闘盤を突き出してみせる。
 M&Wを用いた“闇のゲーム”による決着、それは遊戯も望むところだ――かつて“彼”もまたそうして、数々の敵を倒してきたのだから。
 バクラが5枚のカードを引くと同時に、遊戯もまたカードを引き抜いた。同時に2人の周囲の闇が、その濃度を増してゆく。
(――守るんだ……ボクが、みんなを)
 遊戯は心の中で呟く。それは他ならぬ、自分自身に対する戒め。

 ――“彼”はもういない
 ――だから
 ――だから闘うんだ……ボクが

 ――みんなを護る
 ――みんなを救う
 ――たとえそのために……ボク自身が、どれほど傷を負うことになっても

「――どうした遊戯……? 何やら、顔色が優れねぇようにも見えるが?」
「…………ッ」
 見透かしたようなバクラの物言いに、遊戯は不快げに眉をひそめた。
 頭は依然として痛む。
 けれど大丈夫、まだ堪えられる――勝算を前向きに見出し、いま倒すべき敵、バクラを見据える。
「……そうそう。オレ様はまだ見てねぇんだが……今この空間の外は、なかなか面白ぇことになってんだろう? お前の大切なお友達は、ちゃあんと護ることができたかい?」
「…………!!」
 揺さぶりをかけられている、遊戯はそれを理解できた。
 大丈夫、まだ助けられるはず――そう言い聞かせて、気持ちを静める。内なるモノを抑え込み、正気をどうにかして保つ。
「そういやさっき後ろのガキに言ってたなぁ、“間に合った”とかなんとか。……本当に“間に合った”と思ったか?」
「!? え……っ?」
 遊戯は一瞬呆気にとられ、しかしハッとし、振り返った。
 絵空はそれに対し、顔を俯ける。答えない絵空の代わりに、バクラは彼に教えてやった。
「なかなか粘ってやがったぜぇ……無駄な抵抗をよ! あるいは待ってたのかも知れねぇなあ――てめえが助けに来るのを」
「……ッッ」
 遊戯は左拳を握り締める。
 効果ありと見抜いたバクラは、畳み掛けるように挑発する。
「――もう手遅れなんだよ! あの女の魂はゾーク・アクヴァデスへの特別な“贄”だ。他の連中と違い、決して戻ることは無ぇ。可哀想に、てめえが遅すぎたせいでな」
「………………」
 立ち尽くす遊戯に、バクラは優しく邪悪に嗤う。
 彼の行き場の無い感情に、優しく道を示してやる。
「オレ様が憎いだろう……? さあ、呪っていいんだぜ? 悪いのは自分じゃねぇって……オレ様を殺して詫びたらどうだ? ククク」
 遊戯を覆う光に、濁りが混じる。
 それはすなわち、彼の魂に“穢れ”が生まれたということ――バクラはそれを見逃さず、ほくそ笑む。
(そうだ……もっとだ。もっと踏み込め、“こちら側”へ!)

 ――恨め
 ――憎め
 ――呪え
 ――その願いこそが……貴様自身を“邪神”へと昇華させる

「――さない……許さない、お前だけは」
 呼吸を乱しながら、遊戯は呟く。泥水が染みてゆくかのように、赤黒い何かに蝕まれてゆく。
「――ああ? 聴こえねぇよ……もっとでかい声で言え」
 全身から穢れを滲ませながら、核心へ向けてバクラは煽る。
 遊戯は歯を食い縛り、瞳に陰を落としてゆく。
「さあ来い遊戯ぃ――オレ様をぶっ殺してぇって、叫んでみせろォ!!!」
 牙を剥く。
 バクラの言葉と、内なる声――その2つに導かれ、視界が真っ赤に染め上がる。彼らしからぬ狂気の瞳が、殺すべき“神”の姿を射抜く。



『――やめろ……2人とも』



「――!!?」
「!? ああ……っ?」
 ――しかし不意に、男の声が水を差した。
 それはバクラの背後からした。曇りの無い声、そのたった一言に、遊戯の心から濁りが引く。
 ひどく懐かしい声――心を満たすのは怒りではなく、懐旧と戸惑い。
 あり得ない、あり得てはいけない――その声の主が、この場に現れることなど。

『――バクラ……お前の狙いは分かる。だがこれ以上、この世界に穢れを生むことはゾーク・アクヴァデスの本意ではない。分かるな?』

 バクラは忌々しげに歯を噛んだ。
 “邪神”としての記憶を取り戻した、今のバクラには分かる――その声の主、憎々しい姿をした“彼”の正体こそは、自分より遥か高位の“闇(ゾーク)”であることを。
 彼こそは“終わりの使者”、この救い難き世界に幕を引くべき“闇の王”。

 “彼”は右手を軽く振るう。
 その瞬間、遊戯とバクラを囲んでいた“闇”が和らいだ。すでに開始された“闇のゲーム”、それに介入し、容易に中断させる程の権限が今の“彼”にはある。

『――お前もお前だ。怒りや憎しみに呑まれても、本当の力など得られない。オレがお前から教わった強さは、そんなものじゃない』

 向けられた言葉に、遊戯は瞳を震わせる。

 薄闇から歩み出る“彼”の姿に、絵空は目を疑った――何故なら“同じ”だったから。
 現れた男の服装、体格、そして容貌――その全てが、武藤遊戯のそれと全く同じだったからだ。

『――“優しさ”って強さを、オレはお前から教わったんだぜ……“相棒”?』

 ――ドクンッ!!!

 薄闇が晴れた、その先には――いてはならない人がいた。




決闘153 終末の詩

 武藤遊戯は目の前の現実を、どう受け入れるべきかが分からなかった。
 これは夢か、それとも幻なのか――ただひとつ確かなのは、遊戯にとって“彼”が、それほど重大な人物であるということ。

 やっとのことで、喉から声を絞り出す。
 もうひとりの――そう言いかけて口をつぐみ、遊戯は言い直した。
「――ア、テム。本当に……?」
 二度と会えぬと思っていた、大切な人との再会。
 理由など分からずとも、遊戯の顔には自然と喜びの色が浮かんだ――しかし、その表情が凍り付く。
 “彼”の歩みが止まったからだ、バクラの隣で。“彼”は無警戒に、バクラの隣に佇んでいる――まるで“彼”が、その仲間であるかのように。

「……なんだよ。何か言いたげな顔だな?」
 バクラが不服げに問うと、“彼”は失笑を漏らした。
「いや。まさか夢にも思わなかったからな……お前とこうして肩を並べる日が来るとは」
 バクラは舌打ちをしながらそっぽを向く。
 “彼”はそれを咎めはせずに、遊戯を真っ直ぐに見据えた。
「……久しぶりだな、相棒。今は……春か。そうか、まだ一年経っていないんだな……“あのとき”から」
 “あのとき”、それは紛れもなく“闘いの儀”での別れのことだろう。
「アテム……君は、本当にアテムなの?」
 “彼”でないわけはない。
 自分が“彼”を、見間違えるわけはない――奇妙なほどの確信を胸に、しかし遊戯は問い掛けた。
 それに対し、“彼”は予想外に表情を曇らせる。“彼”の口から、期待とは異なる返答がなされた。
「……オレ自身、まだかなり混乱している。だがそうだな、これ以上はお前を欺くことにもなるだろう。それだけは避けたい」
 “彼”は真摯に言葉を紡ぐ。その様子は紛れもなく“彼”だ、少なくとも遊戯にはそう思えた。
「――オレは“アテム”じゃない。お前の記憶を媒介として、“創造の闇”よりたった今生み落とされた新たなる“闇(ゾーク)”――“ゾーク・アテム”。実在した“アテム”という人間とは、完全に別の存在なんだ」
 意味が分からなかった。
 混乱のあまり停止する遊戯に、“彼”はなおも説明を続ける。
「……この姿、人格、そして記憶は仮初のものだ。お前の記憶の中にある、お前と最も波長の合う人間――お前と円滑な意思伝達を行うために、あえてその者に擬態している。お前の心を鎮め、止めるため……そして、分かり合うために」
 ワケが分からなかった。
 足元がふらつき、転びそうになる。自分が今、どんな顔をするべきか分からない。
(“彼”じゃない……? そんなことって)
 あり得ないと思った。あり得てはいけないと思った。
 どう見ても本物だ。どうしても本人に思えてしまう。そんな自分も信じられない。
「……信じられないか? だが仕方のないことだ。オレはお前の意識をベースに、何より忠実な“オレ”として生み出されている。だからお前には……いや、お前にだけは判別できない。お前から見たオレは否応なく――本物以上に本物なんだ」
 それが、どれほど残酷なことか。
 ぐちゃぐちゃの頭で、何とか正気をかき集め、遊戯は辛うじて問いを吐く。
「――きみ、は……ボクを止めるために来たと、言ったね。君は彼らが何をしたか、知っているのかい?」
 ああ、と“彼”は当然のごとく応える。
「城之内くんも、杏子も、本田くんも……決して死んだわけじゃない。“新世界”へと旅立っただけだ。方法は乱暴だったかも知れないが……やむを得ないと考えるよ」
「……ッ! たとえボクがそれを……どれほど否定したとしても?」
 遊戯は両の拳を握りしめ、俯きながら問いかける。
 だから気付かない。“彼”が哀しみに顔を歪め、かすかな逡巡を挟んだことに。
「……そうだな。今のオレは“アテム”である以前に“ゾーク”だ。ゾーク・アクヴァデスの望みを叶えるべく生み出された。だからそれだけは曲げられない。決して曲げることのできない、今のオレの“正義”だ」
 それは紛れもない、本物の“彼”との確実な差異。
 今の彼、“闇(ゾーク)アテム”を否定するための、すがるべき拠り所。
「君は……“彼”じゃない! 決して、ボクの知る“アテム”じゃない!!」
「――その通りだ。今のオレは偽者だ……事実としてそうであり、そう思ってもらって構わない」
 吐き捨てるような遊戯の言葉に、闇アテムは誠実に応答する。
 遊戯は必死に、自分にそう言い聞かせる――そうしなければ、気が狂ってしまいそうだ。

「――ククッ……ハハッ、ヒャーハハハハ!!! 全く! 面白ぇことになっちまったよなあ! 同情するぜ遊戯ぃ?」
 様子を窺っていたバクラが、大声で彼らを笑い飛ばす。
「教えといてやるよ! “創造の闇”――ゾーク・アクヴァデスにゃあ解らねぇのさ、“人間の心”が! あのババアにしてみりゃあ、この上ない“サービス”のつもりだったんだろうぜぇ……てめえを懐柔しようとよ! ククク」
「黙れバクラ。ゾーク・アクヴァデスへの侮辱はこのオレが許さないぜ」
 母なる者への愚弄に、闇アテムは思わず怒りを表す。
 しかしそれは、バクラの手のひらの上だ。人間の心の闇から生み出される神――“邪神”には、皮肉にも人心の機微が手に取るように分かる。
 それは“アテム”という人間の人格を忠実に複製(コピー)した“闇アテム”という存在に対しても例外ではない。強く忌むべき男の姿をした彼の心を、何より深く抉る手段をバクラは熟知している。

「――もう……やめろよ」
「!? 相棒?」

 遊戯は強く歯を噛んだ。内面から再び滲み出る感情を、彼にはもう抑えられない。
 最も敬愛する“彼”を、何よりも大切な思い出の存在を――“彼”の偽者と対峙させられる。これ以上の屈辱が、憤懣があろうはずはない。

 ――その顔で
 ――その声で

「――その姿で……お前は“俺”に話しかけるなッ……!!!」
「――……!!!」

 強い憤怒と、怨嗟の表情。
 彼がそんな顔をすることを、闇アテムは知らない。
 “相棒”が、自分の最も敬愛する男が、自分のせいでそれほどに追い詰められている――その事実は彼の心を深く傷つける。表情に沈痛の色が滲むが、今の遊戯にはそれを汲み取れない。何より大切な記憶を汚す彼を、ただただ憎悪の対象として認識してしまう。

(――たまんねぇな……本当に救いようがねぇよ、人間ってやつぁ!)
 バクラは愉悦に顔を歪める。
 憎み合え、そして殺し合え――悪意の権化である彼にとって、この状況は最高の御馳走だ。

「――……。ああ、そうだな。オレがこの姿で、お前に何を言ったところで……お前には何ひとつ伝わらないだろう」
 この状況をようやく呑み込み、闇アテムは心を決める。

 アテムの人格・記憶を受け継いで顕現された彼は、遊戯との“再会”が純粋に嬉しかった――しかし自分は真実ではない。偽りの存在でしかない。
 そして“アテム”である以前に“闇(ゾーク)”である自分には――この世界を終わらせる“使者”として生み出された今の自分には、その歩みを止める選択肢だけは決して無いのだ。

 ――ならばそれでもいい
 ――お前がオレを憎むなら
 ――お前がオレを“敵”だというなら
 ――オレもまた、そうあろう
 ――お前に憎まれる“敵”であろう
 ――お前がこれ以上、せめて迷わずに済むように

「――相棒……いや、武藤遊戯! オレは“この世界”を終わらせるために生み出された。話し合いなどもはや無用……決着をつけよう、オレ達らしいやり方でな」
 闇アテムは左腕をかざす。
 するとそこに“闇”が集約され、形を成す――決闘盤と、そしてデッキを形どった。
 遊戯もまたそれに応じる。右手に持ったままだった5枚のカードをデッキに混ぜ、再び盤にセットし直す。
「……! だがその前に……お前にはやるべきことがあるんじゃないか?」
「!? 何を……っ」
 反論しかけた遊戯は、しかし彼の視線の先に気付き、振り返る。
 遊戯の背後で神里絵空はうずくまり、苦しげに呼吸を乱していた。
(何これ……キモチワルイ。どうして……)
 ひどい眩暈がし、吐き気がする。
 この空間に長く囚われていたせいなのか、いや、それだけではない。
 武藤遊戯の身体から流出する穢れた“魂”は、人間にとって強烈な“毒”なのだ――もっともそれは絵空のみならず、遊戯についても同じことが言えるのだが。
「その少女はお前の新しい仲間か……? らしくないな。本物のオレでも言うはずだぜ、“仲間を守れ”と」
「……ッ! そんなこと……っ」
 言われるまでも無い――そう言いたくても、言えなかった。
(アイツの言う通りだ! 俺は……“ボク”は! 一体何をやっているんだ!?)
 首を強く横に振る。
 このままではダメだ、“自分”に戻れなくなる――内なるモノとも闘いながら、意識を懸命に持たんとする。
 そして周囲を見渡す。
 とにかくまずは、この空間を脱しなければならない――そのための手段はすでに、遊戯の手の中にある。導かれるかのように、腰のホルダーから3枚のカードを抜き出し、高らかにかざしてみせた。
「闇をはらえ――“三幻神”!!」

 ――カッ!!!!!


SAINT DRAGON -THE GOD OF OSIRIS  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/X000  DEF/X000

THE SUN OF GOD DRAGON  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????

THE GOD OF OBELISK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/4000  DEF/4000


 3枚の“神”が、光り輝く。
 『オシリスの天空竜』、『オベリスクの巨神兵』、そして『ラーの翼神竜』――その輝きに照らされ、空間に亀裂が走る。そして、

 ――バリィィィィンッッ!!!!!

 空間の全てを支配していた、闇のヴェールが砕け散る。まるでガラスが砕けるように。
 天井が見えた。場所は青眼ドーム中央に構えられたデュエルフィールド。暗黒の閉鎖空間から、彼らは帰還を果たしたのだ。

(まぶしい……あれ、ここって?)
 長らくいた暗闇のせいで、絵空は眼がすぐには慣れない。
 しかし細めた眼で見回すと、まるで別の場所のようだった。満員だった観客席には、今や人影ひとつない。ずっと隔離されていた絵空は、この事態の深刻さをより強く認識する。
(外には出られた……けど、わたしにはもう――……)
 失意に沈んだ瞳で、転がった“千年聖書”を見やる。
 それとほぼ同時に、表紙のウジャト眼が輝きを見せる――その瞬間、絵空の肉体に異変が起こった。

 ――ドグンッ!!!!

「――ッッ!!? ああああああああっっ!!?」
 絵空は唐突に悲鳴を上げ、身悶えた。
 痛い、熱い、苦しい――胸が、いや“心臓”が。
 先ほど一人のときに感じたものとは訳が違う。“心臓”は急激に機能し、絵空には分からない“何か”を始める。それに対し、絵空の人体は強い“拒絶”を示す。結果として、体内での不可解な相剋は、絵空に耐えがたい苦痛をもたらしていた。
(何……? 何なのコレ!? どうして……っ)
 苦悶しながら“千年聖書”を恨めしげに見つめる。いま自分に起きている現象に、この不思議な書物が無関係であるとは思えなかった。

「――か、神里さん!? 一体どうしたの!?」
 想定外の事態に遊戯は動転する。
 しかし不測の出来事は、これに終止しなかった。
 今度は空から降ってくる――彼らのいるデュエルフィールドに、巨漢の男が落ちてきた。

 ――ズゥゥゥゥゥンッ!!!!

 床のコンクリートを豪快に踏み砕き、その男――ガオス・ランバートは降り立つ。
 そして遊戯を睨み、敵意を示す。しかし精霊“ダークネス”を通して受けたダメージは消えていないらしく、右腕は力なく無造作に垂れていた。
「よう大将。何だそのザマは? 足止めも満足に出来なかったようだしよ」
 バクラがヘラヘラ嘲ると、ガオスは不愉快げにジロリと睨む。
 しかしそれ以上は構わず、すぐに闇アテムへ向き直った。その姿形に一瞬だけ眉をひそめるが、すぐに納得して語り掛ける。
「――神の使いよ……お受け取りを」
 闇アテムの目の前に、突如として3枚のカードが浮かぶ。それはガオス・ランバートが所持してきたカード。彼の息子シン・ランバートの手に委ねられていたものとは明らかに異なる、“千年聖書”の魔力により長年醸成された、“この世界”を終わらせる鍵となる3枚。


FIEND -CARCASS CURSE  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/X000  DEF/X000

FIEND -ENDING ARK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????

FIEND -BLOOD DEVOURER  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/4000  DEF/4000


「……ご苦労、ノアの末裔よ。ゾーク・アクヴァデスに代わり、心より感謝する」
 闇アテムはそれらを掴み、迷わず左腕のデッキに投入した。
 そして、右手を軽く振るう。その瞬間、ガオスとバクラの身に揃って変化が起きた。

「!! 腕が……」
「!? な……っ」

 ガオスの右腕は感覚を取り戻し、バクラの負ったダメージも癒える。いや、癒えるというよりは“戻された”と表現すべきだろう。
 圧倒的力量を見せられ、バクラは不快げに彼を一瞥する。一方で、万全のコンディションを取り戻したガオスは、改めて遊戯を睨んだ。
 殺気にも似た凄まじい闘気に、遊戯はたまらずたじろぐ。
 対峙する“敵”は3人。ガオス・ランバート、バクラ、そしてゾーク・アテム。状況的には3対1、加えて背後では、絵空が今なお異変を訴え続けている。
(神里さんをこのままには出来ないし……どうする? いったん逃げる? どうやって!?)
 息を詰めて後ずさる。
 武藤遊戯は今、大きな誤解をしている――彼もまた、独りではない。
 暗闇の檻から解放された今、共に闘うべき“味方”もいる。

「――邪魔だ……どけ、遊戯」

 遊戯は驚き、振り返る。
 海馬瀬人は強い瞳で――倒すべき3人の“敵”を見据えていた。





決闘154 決戦!

「か、海馬くん。良かった、無事だったん……」
 だね、と、遊戯は最後まで言うことが出来なかった。
「――ここはオレがやる。貴様はそのガキを医務室にでも連れて行け。目障りだ」
 遊戯より前に歩み出て、有無を言わさぬ口調で告げる。
 海馬の眼に、遊戯の姿は入っていない。冷たく、しかし滾る眼で、3人の“敵”を睥睨している。
 彼に次いで、マハードが姿を見せた。一体何があったのか――遊戯が目で問うと、マハードは何かを短く唱える。すると遊戯の脳裏に、先ほど起こった光景が再現された。
(――!! サラさんが? 海馬くん……)
 一方で、マハードは“敵”を視認し、驚きに目を見開く。しかしすぐに“違う”と気がつき、消耗した魔力を回復すべく、遊戯のデッキの中へと姿を消した。

(――ヘぇ……面白ぇじゃねぇか、この男)
 バクラは密かにほくそ笑む。海馬の鋭い視線の中に、穢れた怒りと憎しみを見透かす。

「――久しぶりだな、海馬。やはりお前は残ったか……流石と言うべきだろうな」
 闇アテムからのその言葉に、海馬は不快げに眉をしかめた。
「……誰だ貴様は? それで“ヤツ”の亡霊きどりか? 笑わせるな」
 海馬瀬人は歯牙にもかけない。その男が“偽者”であることを、一瞬にして見抜いた。
 海馬には判別ができて、自分にはできなかった――その事実は、遊戯の心を少なからず揺さぶる。たとえそれが、無理からぬことだとしても。

「――セト・カイバ……先程の立ち回りは見事だった。我が神官のうち5人が、最終的には貴様一人に屠られたようなものだからな。だが、それもここまでの話だ」
 ガオスは鋭く海馬を睨む。彼もまたそれに応じ、睨み返す。
「何だ……部下の仇討ちでもするつもりか? 面白い。お望みならすぐに、同じ場所へ送ってやるぞ」
 ガオスは決闘盤を構え、海馬も同じ動作をとる。殺気じみた闘志をぶつけ合い、臨戦態勢へと突入する。
 しかしそんな2人の間に、意外な男が割って入った。
「――待ちなオッサン! こいつはオレ様の獲物だ、構わねぇだろう?」
 バクラは不敵な笑みを浮かべ、前へ歩み出る。
「……煩わしいな。いっそ二人まとめてかかってきたらどうだ?」
 海馬は2人を見下しながら言う。
 ガオスが苛立ちに顔をしかめる一方で、バクラは余裕げに笑い飛ばした。
「そうつれねぇこと言うなよ! 仲良くやろうぜ海馬ぁ。オレとてめぇは――“同類”なんだからよ」
「? 何だと?」
 ニィッと、バクラは口元を歪める――と、次の瞬間、彼の身体から大量の“闇”が溢れ出した。
 不意を打たれた海馬に、それを回避する術など無い。“闇”は海馬を捕らえ、呑み込み、そして消えた――バクラもろとも。

 ――バクンッ!!!!

「!! か、海馬くんっ!!」
 遊戯の呼び掛けは届かない。
 不可解なのは、彼ら2人がともに姿を消したということ――ガオスは眉をひそめ、思索を巡らせる。
(あの男……何を考えている? この期に及んで、何をするつもりだ?)
 ゾーク・アクヴァデスの使いが降臨した今、その計画を妨げられるとは思えない。
 だがしかし、彼もまた闇の神“ゾーク”。その行動を徒に軽んずることはできない。
 とはいえこれで、神に抗わんとする愚者は1人消えた。手合わせを望んだ手前、不満はあるが――ガオスは改めて遊戯を睨む。
 遊戯はそれに対して身構え、次の行動を決めかねた。
(どうする……闘うか? でも神里さんが……!)
 そんな彼の肩に、背後から不意に手が置かれる。
 遊戯が驚き振り返るとそこには、数日前に知り合ったばかりの男の姿があった。
「――すまないね……ここは譲ってくれるかい? 武藤くん」
 月村浩一は穏やかに告げる。そして視線を上げると、表情を変え、強い瞳でガオスを見据えた。
「……構わないだろう? 私にはその資格があるはずだ。貴方と闘う資格が」
「…………! コウイチ・ツキムラ……」
 ガオスもまた彼を見据え、逡巡する。
 実のところ、ガオスの側からしてみれば――ここで月村と“闇のゲーム”を行う意味など無い。武藤遊戯や海馬瀬人とは異なり、今の月村には“精霊”を召喚する異能など無いのだ。よってここは、敢えて同じ土俵で争う意味などない――もっと直接的な手段を選べば、容易に排除できるのだ。
「……言ったはずだ、“遅すぎる”と。事ここに至って、4年前の口約束が有効だとでも?」
 ああ、と、月村は応える。
「有効のはずだよ。お前が――私の知る、本当のガオス・ランバートならば」
 月村は視線を逸らさない。
 そこにあるのは、怒りでも憎しみでもない――“信頼”だ。数日前の憎悪が嘘だったかのように、彼はガオスを真っ直ぐに見据える。
(この男……何があった? このたった数日で……何がこの男を変えた?)
 ガオス・ランバートは生唾を飲み込む。
 デュエリストとしての直感が訴えている――この男は強いと。
 そして本能が訴える――この男と闘いたいと。
(バカな……あり得ぬ! ここに来て、立場を放棄するだと!?)
 ガオスは両の拳を握り締める。
 部下の神官たちを全て倒され、この場に残された“ルーラー”は最早自分のみ。この状況で立場を投げ捨てるなど出来ようものか――ノアの末裔として、“神に従う人”として。

「――いいさ。好きにしな……ガオス・ランバート」

「!? な……っ」
 思わぬ容赦の言葉に、ガオスは振り向き、呆気にとられる。
 ゾーク・アクヴァデスの使徒――闇アテムは、気安い口調でガオスに告げた。
「ノアの子よ、お前は本当によくやってくれた。十分だ。お前の役目はもう終えた……思うがままを選べばいい」
「……! しかし――」
「――オレもまたデュエリストだ。だから分かる。見誤るなよ……お前が本当に闘うべき相手を」
 見透かしたように闇アテムは言う。彼を見つめながら、ガオスはその真意を思案する。

 闘うべき相手。
 その相手とは、あるいはこの男なのかも知れない――いや違う。
 それはやはり使命感だ。自分の本当の望みではない。

(儂が本当に闘うべき……闘いたい相手! それは――)
 ガオスは前を向く。ガオスと月村の、視線がぶつかる。
 それが答えだ。運命ではなく宿命――闘うべき相手は、目の前にいる。
 ガオスの口から笑みが零れる。彼もまた心を決め、月村浩一を真っ直ぐに見据えた。




「――すまないね。体格を考えれば普通、私が運ぶべきなんだろうが……」
 「大丈夫です」と返しながら、月村に手伝われ、遊戯は絵空を背に負った。
 彼女の容態は芳しくない。呼吸は荒く、時折うめき声が上がる。動悸はいやに激しく、身体は異常に熱い。
 場を離れる前に一度、遊戯は闇アテムに振り返った。
 互いに視線をぶつけ合う。彼に、この場を離れる遊戯を妨げる気配はない――「待っている」、言外にそう伝えられる。
 これもまた宿命。彼との決闘を確信しながら、遊戯は背を向け、階段を降り始めた。

「――待たせたな。では始めよう……ガオス・ランバート」
 遊戯の背を見送ると、月村は改めてガオスに向き直る。
「……4年間、デュエルを離れていたと言ったな。そんなザマで、この儂と闘り合えるつもりか?」
「……ブランクは否めないだろう。だがこの数日間、出来ることはしてきたつもりだ。それに私は4年間、何もしてこなかったわけではない――私はI2社員として見てきた。M&Wを、デュエリスト達を! そしてこの4年間で、得られた“確かなもの”もある」
「……? ほう。まあそうでなくば困るがな……くれぐれも儂を失望させるなよ、コウイチ・ツキムラ」
 ガオスの身体が震える、打ち震える。期待した男が、求めた決闘が目の前にある――その悦びに。
 両者は決闘盤を構え、右手をデッキの手前で止める。
 息を吐き、吸う。
 そして合図もなく、同時に声を上げた。

『――デュエルッ!!!』

 互いに5枚のカードが引き抜かれ、今まさに――4年越しの再戦が幕を開けた。





決闘155 撃剣

「――私の先攻だ、ドロー! まずは『強欲な壺』を発動! カードを2枚ドローし……さらに! カードを1枚セットし、『キラー・トマト』を守備表示で召喚! ターン終了だ!」
 月村は流れるようにカードを操る。それはブランクのある人間のものではなく、紛れもなく熟練者の手つきだ。


<月村浩一>
LP:4000
場:キラー・トマト,伏せカード1枚
手札:5枚


「……手堅い立ち上がりだな。マジックで手札を増やし、牽制の罠を伏せ、場持ちの良い壁モンスターを召喚する。教科書通りの素晴らしい1ターン目だ。だが――」
 ガオスはじろりと月村を睨む。
 手本のような、非の打ちどころが無い先攻ターン。悪くはない、決して悪くはないのだが――物足りない。
「――儂のターン! カードを1枚セットし! 手札よりマジックカード『手札抹殺』!!」
「!? 何……っ」
 『手札抹殺』――それは、互いの手札を全てリセットさせるコモンカード。
 通常であれば、好ましくないカードを入れ替えるための補助カードに過ぎない。しかしガオスが愛用するデッキ“暗黒界”においては、ゲームを揺るがし終わらせる“エンドカード”にもなり得る。
「互いのプレイヤーは手札を全て捨て、同じ枚数だけドローし直す。儂が墓地へ捨てるのは、この4枚……!」
 月村の両眼が見開かれる。
 ガオスの手札から捨てられる、驚くべき4枚の正体に。


暗黒界の武神 ゴルド  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手フィールド上に
存在するカードを2枚まで選択して破壊する事ができる。
攻2300  守1400

暗黒界の軍神 シルバ  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手は手札2枚を
選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。
攻2300  守1400

暗黒界の刺客 カーキ  /闇
★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
フィールド上のモンスターカード1枚を破壊する。
攻 300  守 500

暗黒界の策士 グリン  /闇
★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって
手札から墓地に捨てられた場合、フィールド上の
魔法または罠カード1枚を破壊する。
攻 300  守 500


「まずは“カーキ”、および“グリン”……効果発動! 貴様のモンスター及びリバースカードを破壊する!!」

 ――ズドドォォンッ!!!

「――!! くっ」
 月村のフィールドで、2つの爆発が起きる。
 破壊されるカードは2枚、壁モンスター『キラー・トマト』と罠カード『くず鉄のかかし』――これにより彼のフィールドは、早くもガラ空き状態となる。しかも、真に驚くべきはこれからだ。
「次いで“ゴルド”、および“シルバ”……効果発動! 墓地より我がフィールドへと蘇る!! 来いッ!!」
 金と銀、対照的な体色をした、2体の上級悪魔が喚び出される。
 その総攻撃力は4600ポイント、プレイヤーの初期ライフポイントを超過する――この瞬間、このデュエルの決着は早くも見えた。


<月村浩一>
LP:4000
場:
手札:5枚
<ガオス・ランバート>
LP:4000
場:暗黒界の武神 ゴルド,暗黒界の軍神 シルバ,伏せカード1枚
手札:4枚


「温い……温い、温すぎる!! よもやこれで終わりではあるまいな、ツキムラぁ!?」
「……ッッ」
 月村は表情を険しくしながら、引き直した5枚の手札を見る。
 だがここでは終わるまい、終わるはずがない――ここで終わって良いわけが無い。
(……手札か? 墓地か? それともデッキかぁ?)
 鋭い三白眼がギョロギョロと、月村の様子を観察する。
 ガオスは微塵も疑わない。このデュエルはまだ終わらぬと――月村浩一を信じ抜く。
「ゆくぞ……バトルだ! 武神“ゴルド”、ダイレクトアタック!!」
 巨大な斧を振りかざし、黄金の悪魔が躍りかかる。
 無人のフィールドを突き進み、斧を振り下ろす――対して、月村は何らの対抗策も示せなかった。

 ――ズバァァァッ!!!

「――ッッ!! ぐう……っ」
 強い衝撃を受け、月村は苦悶の声を上げる。
 これは“闇のゲーム”だ。2300ポイントものダメージは、それこそ常人なら卒倒するほどの衝撃なのだが――月村は何とか堪えきる。この程度のダメージで、膝を折りはしない。

<月村浩一>
LP:4000→1700

「……自分フィールドにカードが存在しない場合、相手からダメージを受けたとき、このモンスターは特殊召喚できる――来い、『冥府の使者ゴーズ』、“冥府の使者カイエン”!!」


冥府の使者ゴーズ  /闇
★★★★★★★
【悪魔族】
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによって
ダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。
このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、
受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。
攻2700  守2500


「“カイエン”の攻撃力・守備力は、私が受けたダメージと同じ数値になる……つまり、2300ポイントだ!!」
 絶体絶命と思われた窮地から、レベル7の最上級剣士が立ち並ぶ。深手を負いはしたものの、反撃の布陣は整えられた。
 まずは及第点――ガオスは笑う。だがまだだ、まだ足りぬ、この程度では期待に届かぬ。
「よもやこの程度で……儂を出し抜いたつもりではあるまいな、ツキムラ?」
「……!?」
「バトルフェイズを終了、そして! フィールドの“ゴルド”及び“シルバ”を墓地へ送り――“特殊融合召喚”!!」
「!! 特殊……融合だと?」
 予想外のプレイングに、月村はその身を固くする。
 現れたのは、“暗黒界”の名に相応しからぬ外見のモンスター。透き通った全身からダイヤの光沢を放つ、美しくも頑強な暗黒の“鬼神”だ。


暗黒界の鬼神 ヤモン  /闇
★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「暗黒界の武神 ゴルド」+「暗黒界の軍神 シルバ」
自分フィールド上の上記のカードを墓地へ送った場合のみ
特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。
1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動し、
その後、自分の手札を1枚選択して捨てる。
●相手フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する。
●相手は手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。
攻2500  守1500


「『暗黒界の鬼神 ヤモン』――特殊能力発動! 貴様の場のカード1枚を破壊する! 消えろ、『冥府の使者ゴーズ』!!」
「――ッッ!!」
 “鬼神”の右掌から、金の閃光が走る。
 それは刹那にして“ゴーズ”を貫き、爆散させた。
 しかも、それだけでは終わらない。
「……この効果の発動後、儂は手札を1枚捨てねばならない。それにより捨てるのは、このカード――」


暗黒界の龍神 グラファ  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の自分フィールド上に存在する
「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、相手フィールド上に
存在するカード1枚を選択して破壊する。相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。確認したカードがモンスターだった場合、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻2700  守1800


 ――ゴポッ……ゴポポッ!!!

 “冥府の使者カイエン”の足元に、泥沼が湧く。
 それは“カイエン”を地中へと引きずり込み、瞬く間に消滅させた。
 月村は両眼を見開き、呆然とする――ガラ空きのフィールドを見つめて。


<月村浩一>
LP:1700
場:
手札:4枚
<ガオス・ランバート>
LP:4000
場:暗黒界の鬼神 ヤモン,伏せカード1枚
手札:3枚


「――足りぬ……足りぬ、足りぬ!! この程度ではッ!!!」
 ガオスは咆える。
 傲慢に叫び散らし、月村に“この先”を要求する。
「愉しませろよツキムラ……この儂を! 血沸き肉躍るデュエルを――このガオス・ランバートの首を、貴様のカードで撥ね飛ばしてみせよ!!!」
 言われるまでもない。
 月村は気持ちを切り替え、改めてガオスを見据える。
 月村浩一VSガオス・ランバート――4年越しの再戦は、まだ始まったばかりなのだから。




決闘156 愉悦

(序盤を制したのはガオス・ランバート……だが、そこまで大きな差じゃない。デュエルはまだまだこれからだな)
 闇アテムは腕組みをしながら、2人のデュエルを観戦していた。
 わずか2ターンの攻防だが、それだけでも彼らの力量は推し量れる。
 ガオス・ランバート、月村浩一 ――ともに申し分のない、熟練した最上級プレイヤーだ。
(……相棒が戻る前に……試しておく必要がある。そのためには――)
 闇アテムは自分のデッキを見つめてから、改めて2人に視線を向ける。
 彼は勝者に用がある――より強き方にこそ、“試す”だけの価値がある。


<月村浩一>
LP:1700
場:
手札:4枚
<ガオス・ランバート>
LP:4000
場:暗黒界の鬼神 ヤモン,伏せカード1枚
手札:3枚


「私のターン……ドロー! 私は墓地の『シャインエンジェル』と『キラー・トマト』をゲームから除外し、特殊召喚――」
「!! くるか……ッ」
 ガオスは笑う。
 墓地の光属性・闇属性モンスターを1体ずつ除外――これは4年前、月村浩一が得意とした戦術。“カオスモンスター”、その多くが有していた特異な召喚条件だ。
「――来い、『ライトパルサー・ドラゴン』!!」
「? ライト……パルサー?」
 見慣れぬモンスターの登場に、ガオスは眉をひそめる。
 パルス状の光を纏う、美しい光のドラゴン。力強く咆哮すると、ガオスのフィールドを睨め付ける。


ライトパルサー・ドラゴン  /光
★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを
1体ずつゲームから除外し、手札から特殊召喚できる。
また、手札の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ墓地へ送り、
このカードを自分の墓地から特殊召喚できる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分の墓地のドラゴン族・闇属性・レベル5以上のモンスター
1体を選択して特殊召喚できる。
攻2500  守1500


(4年前のデュエルでは見なかったが……新しい“カオスモンスター”の一種か?)
 訝しむガオスに構うことなく、月村はすぐに宣言する。
「いくぞ……バトル! 『ライトパルサー・ドラゴン』で、“鬼神ヤモン”を攻撃――ライト・パルス!!」

 ――カッ!!!

 光のドラゴンは全身を輝かせ、その口から強烈なレーザーを撃ち放つ。
 それは鬼神“ヤモン”の胴を直撃するが――その鉱石の身体は、そう簡単には貫通しない。むしろそのエネルギーを吸収し、反撃に用いんと右掌を構える。
 その先から反転したレーザーは、同じくドラゴンの胴に直撃する――同時に“ヤモン”の身体も限界を迎え、砕け散る。
 双方の攻撃力はともに2500ポイント、バトルの結果が相撃ちとなるのは必定だ。これで互いのフィールドはガラ空きとなる――だが、月村の『ライトパルサー・ドラゴン』にはまだ特殊能力がある。
「“ライトパルサー”の特殊能力発動! このカードがフィールドから墓地へ送られたとき、墓地から闇属性・レベル5以上のドラゴンを特殊召喚できる! 蘇れ――『ダークフレア・ドラゴン』!!」


ダークフレア・ドラゴン  /闇
★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを
1体ずつゲームから除外し、手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、手札とデッキからドラゴン族モンスターを
1体ずつ墓地へ送る事で、自分または相手の墓地のカード
1枚を選択してゲームから除外する。
攻2400  守1200


 光のドラゴンが残した輝きの中から、赤炎を纏う闇のドラゴンが出現する。
 『ダークフレア・ドラゴン』が墓地に存在したのは、ガオスの『手札抹殺』によるもの――そのカードはガオスのみならず、月村にも恩恵をもたらしていた。
「『ダークフレア・ドラゴン』のダイレクトアタック――ダーク・フレア!!」

 ――ゴォォォォッ!!!

<ガオス・ランバート>
LP:4000→1600

「!! ぬう……っ」
 盛る黒炎を浴びせられ、ガオスは左腕でそれを振り払う。
 その瞬間、ガオスは表情を険しくした。だがすぐ笑う。愉悦に顔を歪ませる。


<月村浩一>
LP:1700
場:ダークフレア・ドラゴン
手札:4枚
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:伏せカード1枚
手札:3枚


(戦況はこれで逆転……! だが、油断は全くできない)
 先のターン、ガオスが墓地へ送った“暗黒界”を想起し、月村は場のドラゴンへ更なる指示を出した。
「バトルフェイズを終了し……『ダークフレア・ドラゴン』の特殊能力を発動! 手札・デッキからドラゴン族を1体ずつ墓地へ送ることで――貴方の墓地から『暗黒界の龍神 グラファ』を除外する!!」
「……甘い! トラップカードオープン『暗黒よりの軍勢』! この効果により墓地から“グラファ”と“ゴルド”を手札に戻す!」


暗黒よりの軍勢
罠カード
自分の墓地に存在する「暗黒界」と名のついた
モンスター2体を選択して手札に戻す。


「フン……どうしたツキムラ。このカードの存在が、そんなに恐ろしいのか?」
 ガオスは手札に戻したカード『暗黒界の龍神 グラファ』を見せつける。
 それは4年前のデュエルでは使われなかったカード。それも当然の話だ――月村の『ライトパルサー・ドラゴン』、『ダークフレア・ドラゴン』と同じく、それはこの4年の間に生み出された、新しいカードなのだから。
 M&Wは、日々進化を続けている。こと“暗黒界”というデッキカテゴリーにおいて、そのカードが非常に強力な1枚であることを、月村はよく承知していた。

 本人が言うように、月村浩一はこの4年間、デュエリストを辞めていた。しかしそれは、彼が4年間ずっとデュエルを離れていたことと同義ではない。
 この大会にしてもそうだ。彼はI2社の人間として否応なく、様々なものを見てきた。M&Wの趨勢、デュエルに興じるプレイヤー、新しいコンボの誕生や、戦術の進化。
 それらは彼のブランクを埋める、大きな支援となっている。

 だが一方、ガオス・ランバートにもそもそも、月村とほぼ同じ約4年間のブランクが存在していた。
 4年前の月村とのデュエル後すぐに、彼はエジプトの地でシャーディーにより殺害されている。その後、“千年聖書”の魔力により復活したのは、ほんの一ヶ月前のことだ。
 故にブランクという観点でいえば、ガオスの負う不利は月村よりも更に重い。
 それでも新しいカードを自在に使いこなし、苦も無くそれに順応する、彼のデュエルセンスはまさしく一級品と言えよう。


<月村浩一>
LP:1700
場:ダークフレア・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:2枚
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:
手札:5枚


 月村は最後にカードを1枚伏せ、ターンを終了――ガオスのターンへ移行する。
「儂のターン……ドロー! 手札よりフィールド魔法『暗黒界の門』を発動!」
「!! う……っ」
 またしても新しいカード。しかも厄介なカードの発動に、月村は自然と顔を引きつらせる。


暗黒界の門
(フィールド魔法カード)
フィールド上に存在する悪魔族モンスターの攻撃力・守備力は
300ポイントアップする。1ターンに1度、自分の墓地に
存在する悪魔族モンスター1体をゲームから除外する事で、
手札から悪魔族モンスター1体を選択して捨てる。
その後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 ガオス・ランバートの背後に、巨大な石門が現れる。
 ガオスは当然の如く振る舞い、そのカードの効果を発動する。
「墓地の“グリン”を除外し……効果を発動! 手札の悪魔族1体を捨て、カードをドローする。そして――」

 ――ギィィィィィィ……!!!

 石門が、重々しく開く。
 一見するに、その中からは何も現れない。しかし確かに変化は起きる――月村のフィールド下に再び、カードを呑み込む“泥沼”が生成された。
「儂が捨てたのは“グラファ”……その効果により、貴様のリバースカードを破壊する!!」

 ――ゴポッ……ゴポポッ!!!

 月村のセットした罠カード『奈落の落とし穴』が墓地へと落ちる。
 ガオスの手はそれでは止まらず、手札からモンスターが喚び出される。
「『暗黒界の尖兵 ベージ』を召喚! さらに“ベージ”を手札に戻し――復活せよ、『暗黒界の龍神 グラファ』!!」
 悪魔の龍は猛々しく咆え、月村のドラゴンを威圧した。


暗黒界の尖兵 ベージ  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ
捨てられた場合、このカードを墓地から特殊召喚する。
攻1600  守1300

暗黒界の龍神 グラファ  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の自分フィールド上に存在する
「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、相手フィールド上に
存在するカード1枚を選択して破壊する。相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。確認したカードがモンスターだった場合、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻2700  守1800


「フィールド魔法の効果により、“グラファ”の攻撃力は3000……! さあゆけ“グラファ”よ、『ダークフレア・ドラゴン』を圧殺せよ!!」

 ――ズシャァァァァァッ!!!

 “グラファ”は『ダークフレア・ドラゴン』を押さえつけ、爪で切り裂き破壊する。
 超過した数値分のダメージを受け、月村の身体はよろける。

<月村浩一>
LP:1700→1100

「カードを1枚伏せ、ターンエンド……。どうしたツキムラ、物足りぬぞ? もっとだ、もっと攻めて来い!!」
 ガオスは月村を挑発する。
 歯を食い縛ってダメージに堪えると、月村は右拳を握りしめた。


<月村浩一>
LP:1100
場:
手札:2枚
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ(攻3000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:4枚


(やはり強い……! 形勢が決まり始めている。このターンで追いつくためには――)
 月村の脳裏に、いくつかのカードが浮かび上がる。
 逆転のための切札、しかしそのカードはまだ手札にはない――この手で引き当てるしかない。
「私のターン……ドロー! よし、『天使の施し』を発動! カードを新たに3枚ドローし、2枚を墓地へ送る!!」
 新たに引き抜いたカードを見て、月村の瞳に自信が宿る。
 ガオスはそれを見逃さず、しかし不敵に笑う。期待に瞳を輝かせる。
「――私は墓地の光属性・闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して……この2体を特殊召喚する! 『輝白竜 ワイバースター』、『暗黒竜 コラプサーペント』!!」
「!! 2体同時召喚……?」
 白と黒、2体のドラゴンが立ち並ぶ。この2体もまた、この4年の間に生まれた新しいカード。ともにステータスは劣るが、壁にするわけではない――彼らの存在は、強力な切札の呼び水となる。


輝白竜 ワイバースター  /光
★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の闇属性モンスター
1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。
この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は
1ターンに1度しかできない。このカードがフィールド上から
墓地へ送られた場合、デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」
1体を手札に加える事ができる。
攻1700  守1800

暗黒竜 コラプサーペント  /闇
★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性モンスター
1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。
この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は
1ターンに1度しかできない。このカードがフィールド上から
墓地へ送られた場合、デッキから「輝白竜 ワイバースター」
1体を手札に加える事ができる。
攻1800  守1700


「……そして! 場の光・闇属性モンスターを1体ずつ生け贄に捧げることでのみ、このカードは召喚できる――」
 ――これから月村が召喚するモンスター、それもまた、4年前のデュエルには存在しなかったカードだ。
 しかしそれは、この4年で生み出されたモンスターではない。彼がそれよりも以前から所持していたカード。
 ペガサス・J・クロフォードから『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を譲り受けた際、入れ替わりでデッキから抜かれていた1枚――彼のデッキの、元々のエースカード。
「――生け贄召喚……『カオス・マスター』!!」


カオス・マスター  /光
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは墓地から特殊召喚できない。
自分の場の光属性と闇属性のモンスターを
1体ずつ生け贄に捧げた場合のみ召喚できる。
???
攻3000  守2500


 現れたのは魔術師。
 白いローブに全身を包んだ、妖しげな雰囲気の賢者。

(……!? このモンスターは……)
 ガオスの額に、ウジャト眼が輝く。その瞬間、ガオスは全てを理解した。
「……なるほど。それが貴様の“精霊”――そして、天才“シャイ”の精霊というわけか。コウイチ・ツキムラよ」
 紛れもない強敵を前に、しかしガオスは、満足げな笑みを浮かべた。


<月村浩一>
LP:1100
場:カオス・マスター
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ(攻3000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:4枚




決闘157 苛烈

「――生け贄として墓地へ送られた『輝白竜 ワイバースター』、そして『暗黒竜 コラプサーペント』の特殊能力を発動! それぞれの効果により、同名カードをデッキから手札に加える」
 月村はデッキから手早く、その2枚を手札へと加える。
 そしてガオスの伏せカードを一瞥してから、そのままバトルへ踏み切った。
「いけ、『カオス・マスター』――『暗黒界の龍神 グラファ』を攻撃!!」
「!! 互角の攻撃力で……攻撃を仕掛けるか」
 面白い、とガオスは笑い、“グラファ”へ反撃の指示を出す。
 “グラファ”は野太い右腕を振り上げ、その爪を振り下ろす。対して、“カオス・マスター”は左掌に魔力を集中させ、受け止めた。

 ――バジィィィィィッ!!!

「『カオス・マスター』の特殊能力だ……このカードはモンスター効果を受けず、さらに1ターンに1度の破壊耐性を持つ!」


カオス・マスター  /光
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは墓地から特殊召喚できない。
自分の場の光属性と闇属性のモンスターを
1体ずつ生贄に捧げた場合のみ召喚できる。
このカードは他のモンスターの効果を受けず、
1ターンに1度だけ破壊されない。
攻3000  守2500


 “カオス・マスター”はさらに、右掌に魔力を凝縮する。
 そして、光と闇の入り混じったその塊を“グラファ”に直接叩き込んだ。
「――“カオス・クリエイション”!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

 “グラファ”の身体が砕け散る。
 ダメージは発生しないまでも、バトルは一方的に制した。自身の優位を確信し、月村は右拳を握り込む。


<月村浩一>
LP:1100
場:カオス・マスター
手札:2枚
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:4枚


(これがシャイの精霊……。つまりはヴァルドー、そしてティルスの精霊の“原型”となった存在か)
 ガオス・ランバートは興味深げに、その魔術師を観察する。
「少々重いが……悪くはないな。特殊能力は守備寄りだが、相応の能力とも言える。優秀なモンスターだ」
 ガオスは上からそれを評する。
 月村は眉をしかめるが、その心には余裕も生まれていた。
 ガオスの言うように『カオス・マスター』は守備寄りのモンスターだ。かつて彼と闘った際のエース“開闢の使者”には突破力で劣るが、“壁”としての性能はこちらがはるかに上をいく。
(“グラファ”や“カーキ”にも破壊されない……戦闘破壊するにも、攻撃力3000以上のモンスターが2体必要になる。これなら!)
 そう簡単には突破されない――そう確信し、ターンを終える。
 月村のその自信は妥当なものだろう。だがもし、誤算があるとすれば――彼がいま対峙しているのはガオス・ランバート、常軌を逸したデュエリストであるということ。

「……儂のターン! フィールド魔法『暗黒界の門』の効果を発動! 墓地の“カーキ”を除外することで、手札から『暗黒界の尖兵 ベージ』を捨て、1枚ドローする!」
 ガオスは当然のごとく“暗黒界”を捨てる。
 手札から捨てられたことで“ベージ”の効果が発動――彼のフィールドへと蘇る。
「そして、特殊召喚した“ベージ”を手札に戻し――再び蘇れ、『暗黒界の龍神 グラファ』!!」
 流れるような動作で、先ほどと同じフィールドを構築する。
 だが無駄だ。“グラファ”1体では、月村の“カオス・マスター”を攻略できない。
 そしてそれを、ガオス・ランバートは百も承知だ。故に迷いなく、場の伏せカードを表返す。
「フィールドの“グラファ”を生け贄に捧げ――トラップカードオープン『闇霊術−痛−』!!」


闇霊術−痛−
(罠カード)
自分フィールド上のレベル5以上の
闇属性モンスター1体を生け贄に捧げて発動できる。
このターン、自分の場の闇属性モンスターは全て
攻撃力が1000ポイントアップし、
相手の魔法・罠カードの効果を受けない。


「!? レベル8の最上級モンスターを……生け贄だと!?」
 思わぬ戦術に目を見張る。
 “グラファ”の身体は霧となり、その姿を消す。しかし濃密なる“闇”は残り、ガオスのフィールドに充満する。
「このターン、儂の闇属性モンスターは全て攻撃力が1000ポイントアップする……さあゆくぞ、『暗黒界の狂王 ブロン』を通常召喚!!」


暗黒界の狂王 ブロン  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分の手札を1枚選択して捨てる事ができる。
攻1800  守 400


 狂王“ブロン”は黒霧を吸い、その身に取り込み力を得る。
 フィールド魔法の効果と併せ、攻撃力の上昇値は1300ポイント――月村の“カオス・マスター”を一気に追い抜いた。

 暗黒界の狂王 ブロン:攻1800→攻3100

(!! マズイ、ガオスの手札にはあのカードが……!)
 ガオスの意図を読み、月村は苦虫を噛み潰す。
 “カオス・マスター”は確かに堅守を誇るモンスターだ。しかし、月村のフィールドには1枚の伏せカードすらない。故に先読みしようとも抗う手立てがない、ガオスの次なる猛攻に。
「バトル……! さあゆけ、狂王“ブロン”よ!!」

 ――バジィィィィィィッ!!!!

 “ブロン”の重い一撃を、“カオス・マスター”は辛うじて魔力で防ぐ。
 しかしその威力は、完全には殺しきれない――超過した数値分のダメージが、月村のライフに刻まれる。

<月村浩一>
LP:1100→1000

 数値にしてわずか100ポイント、これだけを見れば大した損失ではない。しかしこれが切り口となり、大きな痛手が発生する。
「狂王“ブロン”の効果発動……! 相手にダメージを与えたとき、手札を1枚捨てることができる。儂はこの効果で――『暗黒界の武神 ゴルド』を捨てる!」
 それは先のターン、『暗黒よりの軍勢』により回収されていたカード。
 これにより、再び特殊能力が発動――黄金の悪魔が蘇る。そして今はまだバトルフェイズ、追撃の手が許される。

 暗黒界の武神 ゴルド:攻2300→攻3600

「武神“ゴルド”――『カオス・マスター』を抹殺せよ!!」

 ――ズシャァァァァァッ!!!!

 “ゴルド”の大斧が、月村の魔術師を豪快に斬り裂く。
 『カオス・マスター』の破壊耐性は1ターンに1度まで。“ブロン”の一撃によりすでに、その防御は打ち崩されていた。

<月村浩一>
LP:1000→400

「……儂はカードを1枚伏せ、さらに“ブロン”を手札に戻し――三度舞い戻れ、龍神“グラファ”よ!!」
「――!! ぐぅ……っ」
 月村はひどく顔をしかめる。
 形勢はあまりにも明白――追い上げるつもりが逆に、その差をさらに広げてしまう。


<月村浩一>
LP:400
場:
手札:2枚(輝白竜 ワイバースター,暗黒竜 コラプサーペント)
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ(攻3000),暗黒界の武神 ゴルド(攻2600),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:4枚


(『カオス・マスター』を1ターンで……しかも正面から攻略するとは! ハイペース過ぎる……主導権を、完全に握られてしまっている)
 圧倒するガオスに、月村がギリギリで追いすがる――それが現在の様相だ。
 このままでは駄目だ、決着はすぐにつくだろう――ガオス・ランバートの勝利という形で。
(4年前と感触が違う……これこそがガオスの、本来のプレイスタイルなのか? この速すぎる流れを断ち切るためには、どうすれば――)
「――どうしたツキムラ、何を呆けている? 次だ、早く次を出せ」
 エンド宣言を済ませ、ガオスは月村に“先”を求める。
 思考を遮られた月村は、表情に苦悶を浮かべた。
 そもそも月村の今の手札には、4ツ星モンスターが2体のみ。しかもその正体はガオスに筒抜けだ。このターンのドロー次第で、月村の敗北は確定してしまうだろう。
(……強すぎる。この男と対等であろうなど……身の程知らずな思い上がりだったのか?)
 右拳を握り締め、両眼を閉じる。
 戦況は惨憺たるものだ、けれど諦念とは違う――ふつふつと、内から湧き上がる感情がある。
 それは真のデュエリストならば、当然に抱くべき感情だ。
 これほどの異常事態で、これほどに危機的状況で――それなのに、さながら狂人のごとくに。
(……負ければ死ぬのかも知れない。それなのに……心が躍る。気持ちが昂る)
 月村の脳裏を不意に、数日前の師の言葉がかすめる。





『――俺はその時、ゲームの本質を初めて理解したよ。ゲームは一人じゃできねぇ、複数の人間でやるから楽しいんだ。ゲームの相手は、“敵”なんかじゃねぇ……最高の面白ぇゲームを生み出すための、大切な“パートナー”なんだってな。分かるか、月村?』





 “パートナー”――そう思えるほどにはまだ、彼らの心は近くない。
 それでも、
(これほどの男と、これほどのゲームで競い合える……これほどの機会が果たして、人生に何度あるだろうか?)
 月村は両眼を見開く。そしてガオスを真っ直ぐに見据え、デッキへ指を伸ばした。
「私のターンだ――ドローッ!!」

 ドローカード:カオス・コンバート

「よし……! 私はもう1度、墓地の光・闇属性モンスターをゲームから除外し……2体を特殊召喚! “ワイバースター”、“コラプサーペント”!!」
 先のターンの再現のごとく、月村のフィールドに2体が並ぶ。
 だがここからは違う。月村が引き当てたのは、『カオス・マスター』のようなエースモンスターではない――可能性をもたらす、足がかりとなるカード。
「そして2体を墓地へ送り――マジックカード『カオス・コンバート』を発動する!」


カオス・コンバート
(魔法カード)
自分の場の光・闇属性モンスターを1体ずつ墓地に送ることで発動。
デッキからカードを2枚ドローし、相手の場のカードを1枚破壊する。


「この効果によりまずは――デッキからカードを2枚ドローッ!!」
 デッキから勢いよくカードを引き抜く。
 その2枚を見た瞬間、月村の瞳は輝いた。申し分ないそのドローに、月村は確かな活路を見出す。
「……『カオス・コンバート』の効果はまだある。相手の場のカードを1枚選択して破壊する! 私は――」
 月村は鋭くガオスを、いや、ガオスのフィールドのカードを睨む。
 彼の場にカードは4枚。セオリーで考えるなら、最も攻撃力の高いモンスターを破壊しておくべきだろう――だが“グラファ”には、破壊しても復活する自己再生能力が備わっている。倒したところで、ごく簡単に蘇ってしまうだろう。
 “グラファ”への有効策は“破壊”ではない――月村はすでに理解している。故に“グラファ”は度外視し、残る3枚のカードを見つめる。
「――『暗黒界の武神 ゴルド』を破壊する! いけっ!!」

 ――ズガァァァッ!!!

 白と黒の波動が放たれ、“ゴルド”の身体を粉砕する。
 ガオスはさして動じた素振りも見せず、月村の次なるプレイを窺った。
「……フィールドから墓地へ送られた“ワイバースター”、“コラプサーペント”の効果により、それぞれをデッキから手札に加える。さらにもう1度、墓地の光・闇属性モンスターをゲームから除外し――このモンスターを特殊召喚する! 来い、『カオス・ソーサラー』!!」


カオス・ソーサラー  /闇
★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから
除外する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは
攻撃する事ができない。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻2300  守2000


「『カオス・ソーサラー』の特殊能力を発動! 相手モンスター1体をゲームから除外する! 対象はもちろん――『暗黒界の龍神 グラファ』だ!!」
 月村の宣言を受け、現れた魔術師は両掌に魔力を溜める。
 普通に破壊したところで、“グラファ”は何度でも蘇ってしまう――故に“除外”こそが、最も有効な対抗策だろう。当然の戦略だ。
 しかしそれ故に単調。ガオスはやや落胆混じりに、場の伏せカードをゆるやかに開く。
「想定の範疇だ……カウンタートラップ発動『漆黒の反射鏡』!」
 “グラファ”の前に巨大な鏡が現れ、“ソーサラー”の全身を映し出した。


漆黒の反射鏡
(カウンター罠カード)
自分フィールド上に闇属性モンスターが存在するとき発動。
相手から受けるカードの効果を掌握し、跳ね返す。
その後、手札からカードを一枚捨てる。


「!! そのカードは……っ」
 4年前のデュエルでも使用されたカード、その発動にハッとする――が、もう遅い。
 鏡が黒い光を発すると、“ソーサラー”の両掌の魔力は暴走する。生じた空間の歪みは、術者本人だけを呑み込み、そしてすぐに閉じてしまった。
「クハハ……4年前は無効化されたが、今回はそうはいかなかったな。さて、この効果処理後に儂は手札を1枚捨てねばならぬわけだが……儂が捨てるのはこのカードだ」
 そしてガオスが捨てるのは当然の如く、新たなる“暗黒界”。


暗黒界の術師 スノウ  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついたカード1枚を手札に加える。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手の墓地に存在する
モンスター1体を選択し、自分フィールド上に守備表示で特殊召喚する事ができる。
攻1700  守 0


「術師“スノウ”の効果発動。デッキから“暗黒界”と名の付くカードを1枚手札に加える。儂が加えるのはこのカードだ……2枚目の『暗黒界の龍神 グラファ』」
「!! 2枚目……だと」
 その厄介な選択に、月村は顔を歪める。
 しかし戦意は失わずに、残された3枚の手札を見つめた。
(“ワイバースター”、“コラプサーペント”は1ターンに1度までしか特殊召喚できない。つまりこのターン、もう私に出せるカードは1枚のみ……だが!)
「私はカードを1枚セットして――ターンエンドだ!!」
 そのトラップカードに全てを託し、月村はガオスにターンを譲った。


<月村浩一>
LP:400
場:伏せカード1枚
手札:2枚(輝白竜 ワイバースター,暗黒竜 コラプサーペント)
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ,暗黒界の武神 ゴルド
手札:4枚


(この戦況であの様子……ただのトラップではないな。さて、何を仕掛けてくるか)
 ガオスはニヤリと笑い、月村の策に期待をする。
 故にこそ、手は緩めない。全力をもって叩き、彼がそれに堪えることを期待する――あるいはそれを撥ね除け、覆さんことを。
「――儂のターン! フィールド魔法『暗黒界の門』の効果を発動……墓地の“スノウ”を除外し、手札の悪魔族を捨て、1枚ドロー! そしてこの瞬間、墓地に捨てた2枚目の“グラファ”の効果が発動する!!」
 月村のフィールドに三度、“泥沼”が湧く。
 月村のリバースカードが発動タイミングの限定された、たとえば“ミラーフォース”のような攻撃誘発型なら、これにより勝負はついてしまう――だが無論、そうはさせない。
 泥沼に呑まれるより早く、月村はそれを素早く表返した。
「いくぞ、ガオス・ランバート――リバーストラップオープン『カオティック・フュージョン』!!」


カオティック・フュージョン
(罠カード)
自分のフィールド上または墓地から、決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、「カオス・パワード」の効果でのみ特殊召喚できる
融合モンスター1体を「カオス・パワード」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。
この効果で融合召喚された融合モンスターはこのターン、攻撃できず、破壊されない。


「!! “混沌融合”……4年前のデュエルでも披露した、光と闇のモンスターを素材とする特殊融合召喚か」
 月村の十八番であり、切札となる戦術。
 今回のそれは果たして、この劣勢を覆し得る程のものなのか――ガオスはフィールドを凝視し、次の瞬間を心待ちにした。
「墓地から2体のモンスターを除外し、混沌融合……! 融合素材とするのはこの2体――『ライトパルサー・ドラゴン』、『ダークフレア・ドラゴン』!!」
 光のパルサー、闇のフレア、2つの星が重なるとき、新たな輝きが生み出される。
 2体の竜の外形を受け継ぎ、パルスの光と黒炎を共に纏う、美しくも強靭なる“星の竜”が。
「……混沌融合召喚――『カオス・ブレイザー・ドラゴン』ッ!!!」


カオス・ブレイザー・ドラゴン  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「ライトパルサー・ドラゴン」+「ダークフレア・ドラゴン」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターはゲームから除外される。
手札から光属性または闇属性モンスター1体を捨てることで、エンドフェイズまで
それぞれ以下の効果を得る(この効果は相手ターンでも発動できる)。
●光属性:????
●闇属性:????
攻3000  守2500


 ドラゴンが咆哮し、大気を震わせ、空間を制圧する。
 それを見て、ガオスは笑う。口元を三日月に歪み上げる。
 そして彼のカードもまた、彼の高揚に呼応する――彼のデッキの一番上では、彼に最も近しいカードが、その熱に応えるべく脈動を始めていた。


闇の集約
(儀式魔法カード)
「暗黒集合体−ダークネス−」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが10以上になるように
闇属性・悪魔族モンスターを生け贄に捧げなければならない。


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン(守2500)
手札:2枚(輝白竜 ワイバースター,暗黒竜 コラプサーペント)
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ(攻3000),暗黒界の門
手札:4枚




決闘158 エース

「――“混沌融合モンスター”は融合召喚したターン、いかなる手段によっても破壊されない……。このターン、儂にそのドラゴンを破壊することは不可能というわけか」
 薄ら笑いを浮かべながら、ガオスは月村のドラゴンを見上げる。
 その風貌だけで想像がつく――そのドラゴンが紛うことなく、彼の期待に沿うことは。
(……守備表示は戦闘ダメージを警戒してのこと。次のターンには攻撃表示となり、確実に仕掛けてくる)
 推測ではなく確信。
 ガオスは思考を瞬時に切り替え、4枚の手札を改めて見返す。
「儂はカードを2枚セットし、『暗黒界の斥候 スカー』を守備表示で召喚! ターンエンドだ」
 それは彼がこのデュエル中、初めて見せた“守備表示”だ。
 彼はそれほどに『カオス・ブレイザー・ドラゴン』を警戒し、そして待望している――その竜に秘められているだろう、強力な能力を。


暗黒界の斥候 スカー  /闇
★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついたレベル4以下の
モンスター1体を手札に加える。
攻 500  守 500


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン(守2500)
手札:2枚(輝白竜 ワイバースター,暗黒竜 コラプサーペント)
<ガオス・ランバート>
LP:1600
場:暗黒界の龍神 グラファ(攻3000),暗黒界の斥候 スカー(守800),暗黒界の門,伏せカード2枚
手札:2枚


(ガオスの場にリバースカードは2枚……か)
 フィールドを努めて冷静に見極めながら、月村はデッキに指を伸ばす。
「――私のターンッ! 『カオス・ブレイザー・ドラゴン』を攻撃表示に変更し……バトルフェイズに入る!!」
「だが、その攻撃力は“グラファ”と互角……守備モンスターを砕いたところで、儂のライフは削れぬぞ?」
 そんなつもりでないことは、ガオス・ランバートも百も承知だ。
 彼の期待通りの言葉が、月村の口から返された。
「『カオス・ブレイザー・ドラゴン』の特殊能力発動! 手札から光属性モンスターを捨てることでこのターン、攻撃力が1000ポイントアップし……さらに2回の攻撃が可能となる!!」
「!! 攻撃力4000の……2回攻撃か」
 月村が光の竜“ワイバースター”を捨てることで、ドラゴンの全身は強く、美しく光り輝いた。


カオス・ブレイザー・ドラゴン  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「ライトパルサー・ドラゴン」+「ダークフレア・ドラゴン」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターはゲームから除外される。
手札から光属性または闇属性モンスター1体を捨てることで、エンドフェイズまで
それぞれ以下の効果を得る(この効果は相手ターンでも発動できる)。
●光属性:攻撃力が1000ポイントアップし、2回攻撃できる。
●闇属性:???
攻3000  守2500


 カオス・ブレイザー・ドラゴン:攻3000→攻4000

「さらに! このドラゴンが戦闘により破壊したモンスターは墓地へはいかず、ゲームから除外される! “グラファ”の再生能力を発動できるのは、墓地に存在するときのみ……この攻撃で封殺することができる!!」
「……!!」
 “ブレイザー・ドラゴン”の胸の水晶に、纏う光が全て集まり、凝縮される。
 鋭い両眼で標的を捕らえ、一条の光を解き放った。
「――“破壊のメテオ・ストリーム”ッ!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!

 迸る光が“グラファ”を砕く。
 同時に、超過ダメージ分の衝撃がガオスを襲う。彼は声も無くそれを受け入れ、そして不敵な笑みを漏らした。

<ガオス・ランバート>
LP:1600→600

(これでライフはほぼ互角……! 『カオス・ブレイザー・ドラゴン』にはもう一つの特殊能力もある。これなら!)
 形勢逆転――月村はそう理解し、畳み掛ける。
「そしてもう1度……“ブレイザー・ドラゴン”の追撃! メテオ・ストリームッ!!」
 対象となるのはガオスの守備表示モンスター“スカー”。
 ダメージを通すことは出来ないが、“スカー”は墓地に送られた場合にのみ真価を発揮できるモンスター。“ブレイザー・ドラゴン”ならばそれを無力化できる。
 その一撃は、月村の優位をより堅固なるものへと変える――ハズだった。次の瞬間までは。


悪魔の施し
(罠カード)
自分フィールド上に存在する、レベル3以下の悪魔族モンスター
1体を生け贄に捧げる。デッキからカードを3枚ドローし、
その後手札からカードを2枚捨てる。


 “ブレイザー・ドラゴン”の攻撃が炸裂するよりも早く、“スカー”の姿は消えてしまった。
 “サクリファイス・エスケープ”――対象を失った光線は、ガオスの脇を通過する。ガオスは横目にそれを見送り、余裕げにほくそ笑んでみせた。
「……見事な切り返しだ。流石だよコウイチ・ツキムラ、我が期待を裏切らぬ。だが――」
 そのとき、ガオスの眼が変わる。
 そこに微かな“侮蔑”の色が混ざるのを、月村は見逃さなかった。
(――だが所詮……その程度のものか)
 侮蔑と、そして失意。
 月村は確かにガオスの期待に応えた――だが所詮はその程度。期待を“凌駕”する程ではない。
「……いや。今の貴様の全力、確かに見届けた。故に儂も応えよう。我が全力をもってして、貴様をひねり潰すとしよう」
「……!?」
 『悪魔の施し』の効果により、ガオスはデッキからカードを引く。
 そして当然の如く引き当てたそれに、デュエルの終幕を予見した。
「……そして手札を2枚捨てる。さあ、今はまだ貴様のターンだ。まだやり残したことはあるのか?」
「!? 何だと?」
 月村は動揺する。
 ガオスは手札を2枚捨てた――にも関わらず、何の効果も発動しない。ガオスの主力モンスター“暗黒界”の大半は、その瞬間にこそ真価を発揮するはずなのに。
(……いやそもそも、ヤツの手札には墓地発動する暗黒界“ベージ”もいたハズ。なぜ捨てなかった? この静けさは一体……!?)
 ガラ空きのフィールドを前に、月村の背筋に悪寒が走る。
 まさしく嵐の前の静けさ。否応なく訪れるガオスのターンに、危惧を抱かずにはいられない。
「……私は。カードを1枚セットして、ターンエンド……」
 罠カードを伏せ、ターンを終える。
 しかしそれはコンボを前提としたカードだ。キーとなるカードがない以上、ただのブラフにしかなり得ない。

 カオス・ブレイザー・ドラゴン:攻4000→攻3000


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:1枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:3枚


「……儂のターン、ドロー。『暗黒界の門』の効果を発動……墓地の“スカー”を除外することで、手札を1枚入れ替える。そしてこれにより、墓地へ送った“ブラウ”の効果が発動する」


暗黒界の狩人 ブラウ  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に
捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。
攻1400  守 800


「……1枚をドロー。そして――リバースカードオープン『悪夢の狂宴』!!」
「!? そのカードは……!」
 ガオスが発動したカードに、月村は両眼を見開く。
 それは大会本戦中、彼の息子、シン・ランバートが使用したカードでもある。彼はそのカードを、神召喚の生け贄を揃えるために利用した――しかしそれ以上に有効な用途が、そのカードには秘められている。


悪夢の狂宴
(魔法カード)
自分の墓地に悪魔族モンスターが5体以上存在する場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在する悪魔族モンスターを可能な限り特殊召喚する。
その後、自分の手札を1枚選択して捨てる。
この効果で特殊召喚したモンスターは、戦闘・効果を封じられ、
エンドフェイズ時にゲームから除外される。
このターン、相手はカード効果によるダメージを受けない。


「儂の墓地に悪魔族は6体。そのうち5体を選び、特殊召喚――蘇れ、“レイン”、“ゴルド”、“シルバ”、“ブロン”、“ブラウ”!!」


暗黒界の魔神 レイン  /闇
★★★★★★★
【悪魔族】
このカードが相手のカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、
相手フィールド上の全てのモンスターまたは全ての魔法・罠カードを破壊する。
攻2500  守1800

暗黒界の武神 ゴルド  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手フィールド上に
存在するカードを2枚まで選択して破壊する事ができる。
攻2300  守1400

暗黒界の軍神 シルバ  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手は手札2枚を
選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。
攻2300  守1400

暗黒界の狂王 ブロン  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分の手札を1枚選択して捨てる事ができる。
攻1800  守 400

暗黒界の狩人 ブラウ  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に
捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。
攻1400  守 800


 まさしく圧倒的。この光景の意味を、月村は瞬時に理解してしまった。
「――そして手札を1枚捨てる。儂が捨てるのはこのカード……『暗黒界の薬師 ビーレ』!」


暗黒界の薬師 ビーレ  /闇

【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
ゲームから除外されている「暗黒界」と名の付くモンスターカードを
5枚まで選択し、そのカードを墓地に戻す。
攻 100  守 100


「“ビーレ”の効果発動! この効果により儂は、これまでに除外された5体の“暗黒界”全てを墓地に戻す。……当然、“あのカード”もな」
「!! まさか……」
「場の“シルバ”および“ブラウ”を手札に戻し――墓地より舞い戻れ、2体の“グラファ”よ!!」


暗黒界の龍神 グラファ  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の自分フィールド上に存在する
「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、相手フィールド上に
存在するカード1枚を選択して破壊する。相手のカードの効果によって捨てられた場合、
さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。確認したカードがモンスターだった場合、
そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻2700  守1800


 苦心して除外した“グラファ”が、あまりにも容易く戦線復帰してしまう。
 その攻撃力値はフィールド効果により3000ポイント、“ブレイザー・ドラゴン”と同数値だ。
 しかし、ガオス・ランバートがそのままには攻めてこないことを――彼の手札に“あのカード”があることを、月村は危惧し、確信していた。
「覚悟は良いか、ツキムラ――儀式魔法発動『闇の集約』!」


闇の集約
(儀式魔法カード)
「暗黒集合体−ダークネス−」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが10以上になるように
闇属性・悪魔族モンスターを生け贄に捧げなければならない。


「この効果により儂は――場の5体の“暗黒界”、全てを生け贄に捧げる!!」

 ――シュゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!!!!

 場の5体の“暗黒界”から、黒い霧が立ち上る。
 それはさながら、4年前の再現。
 “霧”を出し終えたモンスターは消滅し、それは結集して巨大な“影”をなす。巨大な――いや、あまりにも巨大な“悪魔の影”を。
「降誕せよ、我が精霊――『暗黒集合体−ダークネス−』!!!」
 ドームの天井に届かんばかりの、規格外の“巨人”がその姿を現した。


暗黒集合体−ダークネス−  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族・儀式】
「闇の集約」により降臨。
このモンスターの元々の攻撃力・守備力はそれぞれ、「闇の集約」の効果で
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力・守備力の合計となる。
また、このモンスターは自分フィールド上のモンスターを常に吸収し、
能力値を増減する(闇属性ならばプラス、それ以外ならばマイナス)。
儀式召喚成功時、自分は手札を全て捨てなければならない。
捨てた手札の枚数により、このモンスターは以下の効果を追加する。
●1枚以上:このモンスターとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターは、
ダメージステップ終了時に破壊される。
●2枚以上:攻撃力・守備力を1000下げることで、このカードが受ける、
相手の魔法・罠の効果を無効化する。その後、自分の手札を1枚捨てる。
●3枚以上:このモンスターが、相手のカード効果で場を離れたターンの
エンドフェイズ時、相手の場のカードを全て破壊する。
攻????  守????


「格の違いを今こそ見せよう……! 『暗黒集合体−ダークネス−』の攻撃力は、生け贄に捧げたモンスター全ての元々の能力値の合計となる! つまり――」
 その攻撃力はゆうに“万”に達する数値となる。

『暗黒集合体−ダークネス−』
攻:2700+2700+2500+2300+1800+300=12300
守:1800+1800+1800+1400+800+300=7900

「――攻撃力……1万2千……!?」
 いや違う。
 ガオスの精霊“ダークネス”には、更なる能力が秘められている。
「儀式召喚成功時、“ダークネス”の特殊能力発動! 儂は手札を全て捨てる。儂の手札は現在5枚……その全てを墓地へ送る」
 そしてその5枚のカードは、月村に更なる戦慄を与えた。


暗黒界の闘神 ラチナ  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、
このカードを墓地から特殊召喚する。相手のカードの効果によって
捨てられた場合、さらにフィールド上の悪魔族モンスター1体を
選択して、攻撃力を500ポイントアップする。
攻1500  守2400

暗黒界の武神 ゴルド  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手フィールド上に
存在するカードを2枚まで選択して破壊する事ができる。
攻2300  守1400

暗黒界の軍神 シルバ  /闇
★★★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手は手札2枚を
選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。
攻2300  守1400

暗黒界の尖兵 ベージ  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードがカードの効果によって手札から墓地へ
捨てられた場合、このカードを墓地から特殊召喚する。
攻1600  守1300

暗黒界の狩人 ブラウ  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に
捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。
攻1400  守 800


「なっ、全てが“暗黒界”モンスター……!?」
 そのいずれもが、墓地送りにより真価を発揮するカード。
 ガオスはほくそ笑みながら、全ての効果の処理を行う。
「まずは“ブラウ”の効果により、1枚ドロー。そして特殊召喚――蘇れ、“ラチナ”、“ゴルド”、“シルバ”、“ベージ”!!」
 ガオスのフィールドに新たに、4体もの“暗黒界”が立ち並ぶ。
 これで彼のフィールドにモンスターは5体。すでに戦慄すべき異常事態なのだが、これだけでは終わらない。
「“ダークネス”の特殊能力発動! このモンスターは自分フィールド上のモンスターを常に吸収する――闇を束ねよ、“ダークネス”!!」
 4体の“暗黒界”は黒霧となり、“ダークネス”へと吸収される。そしてそれにより、その能力値は上昇する――信じがたい勢いで。

『暗黒集合体−ダークネス−』
攻:12300+1500+2300+2300+1600=20000
守:7900+2400+1400+1400+1300=14400

「攻撃力……2万!? 馬鹿な!!」
 月村は両眼を見開いた。
 4年前のデュエルでも、1万強どまりだった。明らかに常軌を逸している――もはや常識では測りようがない、彼のデュエルは。


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:1枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門
手札:1枚


 “ブレイザー・ドラゴン”の攻撃力値は3000ポイント。十分高い数値なのだが、まさしく桁が違う。力の差があり過ぎる――あたかもそれが、この2人の“縮図”であるかのように。
「この一撃……耐えられるか、ツキムラ? 圧殺せよ、“ダークネス”!!」
 影の巨人“ダークネス”は右腕をかかげ、その先に暗黒の球体を生み出す。
 そして“ブレイザー・ドラゴン”めがけ、それを勢いよく投げ落とした。
「――ダークネス・テラ・フィア」

 ――ズドォォォォォッ!!!!!!!!!!!!

 さながら隕石のごとく。
 落下する未聞の脅威を見上げ、月村は咄嗟にドラゴンの効果を発動させた。
「カ、『カオス・ブレイザー・ドラゴン』の特殊能力発動! 手札から闇属性モンスターを捨てることでこのターン、戦闘ダメージを受けず、場を離れない!!」
 月村が闇属性“コラブサーペント”を捨てると同時に、ドラゴンの黒炎が爆発を起こした。


カオス・ブレイザー・ドラゴン  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「ライトパルサー・ドラゴン」+「ダークフレア・ドラゴン」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターはゲームから除外される。
手札から光属性または闇属性モンスター1体を捨てることで、エンドフェイズまで
それぞれ以下の効果を得る(この効果は相手ターンでも発動できる)。
●光属性:攻撃力が1000ポイントアップし、2回攻撃できる。
●闇属性:このカードは戦闘ダメージを受けず、場を離れない。
攻3000  守2500


 ――バジィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

「!!! うあ……っっ!!」
 “ダークネス”の球体と、“ブレイザー・ドラゴン”を覆う黒炎が衝突する。
 その凄まじい衝撃に、月村の身体は後方に吹き飛ぶ。尻餅をつきながらも見上げるとそこには、およそ現実とは思えない、恐るべき光景があった。

 断言してもいい。
 この攻撃をもしまともに受け、ダメージを受けていたならば――自分は跡形もなく消し飛んだだろう。月村はそれを想像し、恐怖におののき青ざめた。

 ――バジジジジジジジジジジジジジッッ!!!!!!!!!!!!!

 しかし今もなお、攻防は続いている。
 2万ポイントという攻撃は、あまりにも規格外すぎるのか――だが黒炎も絶えることなく、その一撃を防ぎ続ける。

 やがて、全てのエネルギーを弾ききる。だがドラゴンは力なく項垂れ、相当な消耗が見て取れた。
「……なるほど、絶対防御能力か。“ダークネス”の攻撃さえ防ぎきるとは、称賛に値しよう。だがそれでどうする? 防ぐばかりでは意味が無い。そのドラゴンに、更なる能力は秘められているのか?」
 無い、そんなものは。
 ガオスの余裕げな質問に、月村は苦悶の表情を浮かべる。
 『カオス・ブレイザー・ドラゴン』の特殊能力はこれで全てだ。攻撃力2万もの怪物を倒せる能力など、あろうはずがない。
 強いて言うならば、手札から光属性モンスター17体を墓地へ送れば倒せるが――そんなことは不可能だ。そもそも月村のデッキには、光属性モンスターが17体も入ってはいない。
(闇属性モンスターを捨てれば、そのターンは耐えることができる……だが、時間稼ぎにしかならない)
 絶望感が、月村を苛む。
 それでも立つ。
 彼は立ち上がり、そびえ立つ壁を見上げる。

(……折れぬか。その意志の強さは買うが……今の貴様に何が出来る?)
 ガオス・ランバートは試すように、彼の動向を窺う。
 今の月村のデッキには十中八九、“開闢の使者”のカードは入っていない。故に如何せん、4年前のデッキに比べ、どうしてもパワーダウンは否めまい。
 果たしてその状況で、いかなる逆襲の策を講ずるというのか――期待と諦観の共存した眼で、彼の姿をきっと見つめた。


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門
手札:1枚


(ヤツの切札……“ダークネス”にも弱点はある。それはその特性上、モンスターを複数体並べることが出来ないことだ)
 月村は努めて冷静に、この劣勢を分析する。
 無論、楽観視はできないが――魔法・罠によるサポートが無いうちは、1ターンの攻撃は1度きり。詰めにやや難がある。
(……諦めない! このライフがゼロになるまで……最後まで足掻き抜いてみせる!!)
 月村浩一は開き直り、デッキのカードに指を掛けた。

「私のターン――ドローッ!!」

 それを引き抜いた彼の眼は、確かに勇敢なるデュエリストのそれだった。
 しかしそれを見た瞬間、その眼に別の色が混じる。わずかな動揺が、彼の動きを鈍らせる。
「…………。私は、『カオス・ブレイザー・ドラゴン』を守備表示に変更し……ターンエンド」
 通常であれば、良いカードを引けなかったのだろうと――そう推測するはずだ。
 しかしガオスは違う。月村のその反応に、ガオスは見覚えがあった。


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン(守2500),伏せカード1枚
手札:1枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門
手札:1枚


「……儂のターン。『暗黒集合体−ダークネス−』の攻撃――」
 “ダークネス”は再び、巨大な闇の球体を練り出す。
 それに対し、月村は手札を一瞥する。しかし何らの対抗も見せず、ただ予想される衝撃に備え、身構えた。

 ――ズドォォォォォォォンッッ!!!!!!!!!!!!!

 先刻の拮抗が嘘だったかのように、ドラゴンは一瞬で塵となる。これで月村に残されるのは、伏せカードと手札が1枚ずつ。この圧倒的劣勢を覆すには、あまりに心許ない布陣だ。
「……そして『暗黒界の門』の効果を発動。“スノウ”を墓地へ捨てる。そしてその効果により……デッキから3枚目の“グラファ”を手札に加える」
「!! ぐ……っ」
 月村は顔をしかめる。これにより次のターン、ガオスは月村の場のカード1枚を破壊することが可能――つまり単純に壁モンスターを出しても、それを突破され、2万ポイントの攻撃が襲ってくる。

「――貴様のその手札……『強制転移』か、コウイチ・ツキムラ?」
「!? え……っ?」
 ガオスの唐突な問いに、月村は呆気にとられた。
 月村が左手に握る唯一の手札――それは『強制転移』ではない。魔法カードですらない。
「……なぜ捨てなかった? “4年前”を繰り返すか? またも貴様の私情で――我らのデュエルを汚すというのか!!」
 怒りを滲ませ、ガオスは睨む。
 月村は真意を理解した。彼の手札のカード、それは闇属性モンスターカードだ――それを捨てればこのターン、『カオス・ブレイザー・ドラゴン』を守ることが出来た。
(……4年前、か)
 苦い記憶が脳裏をよぎる。

 当時の切札『混沌魔導戦士(カオス・パラディン)−混沌の覇者−』により、月村は“ダークネス”を打破し、ガオスをあと一歩まで追い詰めることができた。
 しかし勝てなかった。
 最後の最後、愛娘の名残をとどめたカード『強制転移』を捨てられなかったがために――彼は勝機を逃した。勝てるはずのデュエルを。

 あのときと同じだ。
 いま彼の手札にあるモンスターカードもまた、無下には扱えない特別なカード。
 けれど違う、あのときとは。
 絶望にまみれたあの頃とは――今の瞳に映るものは。

「――違うよ……4年前とは。これは“希望”だ! この絶望を覆す、奇跡を導くエースカードだ!」
 ガオスはじっと月村を見つめる。そして、ふっと笑みを漏らした。
「……ならば良い。証明してみせよ――次の貴様のターンで!」
 月村は眼で頷く。
 ガオスはその輝きを信じ、手札からカードを1枚選ぶ。
「儂はカードを1枚セットし――ターンエンドだ!!」


<月村浩一>
LP:400
場:伏せカード1枚
手札:1枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:2枚


 月村は心を鎮め、深呼吸した。
 ここが勝負所だ――次のターンで引き当てられねば、敗北は必至となろう。
 求めるカードは1枚。彼のデッキを体現する、かつてのデュエルでも鍵(キー)となった魔法カード。
「私のターン――ドローッ!!!」
 カードを引く。強く引き抜く。
 そして彼は――微笑んだ。
(……来るか!!)
 ガオスは身構える。
 月村が“希望”と呼び、満を持して召喚するエースモンスター ――その正体に期待し、刮目する。
「さあ来てくれ――『黒魔導師クラン』ちゃん!!」
 そしてその瞬間、ガオスの全身は凍り付いた。


黒魔導師クラン  /闇
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在する
モンスターの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。
攻1200  守備力 0


(……クラン……“ちゃん”、だと!?)
 ガオスの額に皺がよる。
 彼はらしくもなくポカンと口を開き、唖然とさせられた。
「そしてカードを1枚セットし――ターンエンドだ!!」
 月村はそのまま、特段の行動は見せずにターンを終了。手番は早々にガオスへ移る。
 ガオスはそれに気が付くのに、十数秒の時間を要した。


<月村浩一>
LP:400
場:黒魔導師クラン,伏せカード2枚
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:2枚


「……何だそれは……? 何がエースだ! ただの低級モンスターではないか!!」
 我に返り、ガオスは怒鳴る。
 黒いローブを身に纏う、金髪の少女――“クラン”はムッとし、頬を膨らませた。
「……らしくないな。M&Wの支配者(ルーラー)たる者が……外面で全てを判断するのか?」
「!! ム……ッ」
 月村の自信ありげな言葉に、ガオスは眉をひそめ、フィールドを改めて見据えた。
(ヤツのフィールドにはリバースが2枚……何らかのコンボを狙っている、のか?)
 だがやはり、このような低級モンスターを用いたコンボに、自慢の“ダークネス”を攻略されるとは思えない。怪訝な表情でデッキに指を伸ばす。
「…………。儂のターン、ドロー ――」
 ガオスがカードを引くと同時に、月村は即座にリバースカードを開いた。
「リバースカードオープン『白と黒の交差』! このカードの効果により、“クラン”ちゃんと同じ能力値を持つ光属性・魔法使い族を特殊召喚する!!」


白と黒の交差
(罠カード)
自分フィールド上の光属性または闇属性モンスター1体を選択して発動。
選択したモンスターと同じレベル・種族・攻撃力・守備力を持つ
属性の異なるモンスター1体を手札・デッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚するモンスターは、光属性または闇属性モンスター
でなければならない。


 月村は迷わぬ手つきで、デッキから1枚のカードを選び出す。
「デッキから特殊召喚――来てくれ、『白魔導士ピケル』たん!!」
「!! ピケル……“たん”だと!!?」
 ガオスは驚愕のあまり、両眼を見開いた。


白魔導士ピケル  /光
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。
攻1200  守 0


 現れた白の少女は、クランちゃんに向けて右手を挙げる。
 「し、仕方ないわね」と顔を赤らめながら、クランちゃんはピケルたんとハイタッチを交わした。
 明らかに場違いすぎる。
「きっ……貴様、いったい何を――」
 これまでにない動揺を見せるガオスに、月村は不敵な笑みで返した。
「そしてこれが、最後の一枚――リバースマジックオープン『カオス・パワード』!!」


カオス・パワード
(魔法カード)
メインフェイズにのみ発動可能。
自分の場の光・闇属性モンスターをそれぞれ1体ずつ選択し、
以下の効果から1つを選択して発動する。
●選択した一方のモンスターを墓地に送る。1ターンの間、
その元々の攻撃力・守備力をもう一方のモンスターに加える。
この効果対象となったモンスターはこのターン、破壊されない。
●選択した、2体の決められたモンスターを融合させ、“混沌”を生み出す。
この効果で召喚された融合モンスターはこのターン、破壊されない。


「私はピケルたんとクランちゃん、2人の“魔法少女”を――混沌融合!!」
「!? マ、マホウショウジョ……!?」
 2人の少女は頷き合い、手を伸ばし、繋ぐ。
 「いこう、クランちゃん」「ええ、ピケル」――互いの杖にはめられた“魔法の石”が、強く共鳴を始める。
 それは空間に歪みを生じ、少女達を呑み込む。
 相反する力、光と闇の融合――けれどその意思は一つ。
 かつては敵対し、傷つけ合い、けれど心を見せ、分かり合い、そして共に様々な障害を越えてきた――そんな2人だから起こせる奇跡。揺るがぬ約束で結ばれた、絆の融合召喚。
「……混沌融合召喚――『灰色の魔法少女』!!!」


灰色の魔法少女  /光闇
★★
【天使族・融合】
「白魔導士ピケル」+「黒魔導師クラン」
このカードは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
???
攻 0  守 0


 地上に天使が舞い降りる。
 灰色のドレスを身に纏い、白と黒の翼を2枚ずつ背負う。幼くも美しく、愛らしくも儚げな少女。
 長い銀の髪を揺らし、左右で異色の瞳を開き、天使は微笑む。敵であるはずの相手にさえ、やさしく微笑みかける――さながら女神のごとく。

「……!!? こ、このモンスターは……!?」
 ガオスは全身を震わせ、未知との遭遇に瞠目する。
 神威にも似たその輝きに、彼の心は囚われる。その存在から眼を離せない。

 月村浩一は誇らしげに、その存在を見上げた。
 何故なら彼女は彼にとって、“娘”のような存在だから――彼が、そして“彼ら”が生み出した、特別な少女なのだから。


<月村浩一>
LP:400
場:灰色の魔法少女
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:3枚




決闘159 絶望と希望

 これは4年前の話。
 ガオス・ランバートとの闇のゲームを終え、アメリカから帰国した月村は――腐っていた。
 生きる目的もなく、死ぬ意気さえ無い。死んだような眼をして、彼は日々を浪費していた。
 1日数箱の煙草を吸い、酒に溺れ、ギャンブルに興じた。金を湯水のごとく使った。

 生きる意味など無かった。
 愛しい妻を亡くし、愛する娘を亡くした。母は物心つく前に亡くしていたし、男手ひとつで育ててくれた父ももういない。
 独りだった。独りで生きることに、どれほどの意味があるものか。
 娘は最後の家族であり、そして最後の希望だったのだ。

 そんなある日、彼は思い立ち、エジプトの地を訪れた。
 古代エジプトでは現世の人の魂は来世へと継がれ、永遠のものとされる。
 その死生観に興味を持ったため、また、運命めいた直感が彼をエジプトへと引き寄せた。
 しかし彼はそこでも何も得ることができず、空白の心を埋められぬまま帰国した。

 ペガサスから与えられた特別休暇が終えても、彼は職場に復帰できなかった。
 尊敬した上司の言葉さえ空しく響き、彼が辞職した知らせさえ心を打たなかった。
 生きているのか死んでいるのか、それさえも不覚となり、彼はただ堕落した。
 絶望という闇の中で、もがくことすらなく、堕ちていった。



 ある早朝、彼はゴミ溜めの中で目覚めた。
 身体中がやけに痛む。
 いまだ酩酊する頭で想起し、ヤクザに喧嘩を売って殴り倒されたのだと理解した。

 いっそ殺してほしかった。
 生きることにもはや希望などない。
 死ぬことだけが、唯一の救いに思えた。

 どうにか立ち上がろうとするが、起き上がれない。
 このまま眼を閉じたら死ねないだろうか。愛する人たちの元へ逝けたらいいのに。
 彼はただ死を願い、全てが終わることを願い請うた。

「…………?」

 しかし何かが聴こえた気がして、彼は眼を開いた。
 近くに捨て置かれた、見慣れたモノに気が付く。
 それはM&Wの、開封済みのカードパックだった。

 よくあることだ。
 気に入ったカードがなかったから捨てたのだろうと、容易に想像がつく。
 惨めな自分と重ね合わせ、自然と手が伸び、それを拾った。
 そして、そこに入っていた2枚のモンスターカードに――彼はひどく心を打たれた。

 弁解するならば彼はひどく酔い、意識は錯乱していたと言っても良い。
 そのときの彼の眼には、その2枚のカードが、2人の少女の姿と重なって見えた。
 病院という狭い世界で、共に戯れ、そして懸命に生きていた――愛らしい2人の少女に。

 熱いものが、頬を伝う。
 自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
 彼女達は、こんなにも健気に純粋に勇敢に生きているのに――自分は一体何をやっているのだろうと。


黒魔導師クラン  /闇
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在する
モンスターの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。
攻1200  守備力 0

白魔導士ピケル  /光
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。
攻1200  守 0


 それは誰も知らない話。
 誰もが知る物語、その裏に秘められた絶望と希望。
 これこそが魔法少女譚の、本当の“始まりの物語”であることは――誰も知らない事実である。





<月村浩一>
LP:400
場:灰色の魔法少女(守0)
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門,伏せカード1枚
手札:3枚


「――何だ……? 何なのだツキムラ、このモンスターは!??」
 愕然とするガオス・ランバートに向け、月村は不敵に笑い掛けた。
「――ガオス・ランバート、貴方はアニメを見るか?」
「!? アニメ……だと?」
 質問の意図が全く見えない。
 眉間に皺を増やすばかりのガオスに、月村はさらに言葉を紡ぐ。
「日本のアニメーション制作プロダクション“ぎゃろっぶ”が、M&Wカードを原作として生み出した、世界に誇れる魔法少女アニメ。『魔法少女ピケルたん』、『魔法少女ピケルたんACE(エース)』、そして現在放送中の『魔法少女ピケルたんMP(マジカル・プリンセス)』。その大人気に伴い、I2社は幾つかの関連カードを生み出した。この少女もまたそのうちの一人――ピケルたんとクランちゃん、2人の絆が可能とした、奇跡の魔法少女だ!!」
 意味が分からなかった。
 ガオスは暫しの間を置いて、月村に再度問いかける。
「そのマホウショウジョとやらが……何故、貴様のデッキに入っている?」
 月村は目を伏せる。苦い記憶に顔を歪め、しかしその問いに応えた。
「4年前、貴方とのデュエルを終え、帰国した私は……腐っていた。そんなとき出逢ったんだ。そして救われた……彼女たちの存在に」

 会社に復帰した月村は急遽、一大プロジェクトを立ち上げた。
 それはM&Wを用いた“魔法少女アニメ”の制作。
 荒唐無稽なその企画は当初、難航を極めた。
 社内では、彼は気が狂ったのだと噂され、それでも月村は歩みを止めなかった。
 結果として彼の熱意は伝播し、多くの人々の協力を得て、そして形となった。

「私の考案した企画から始まった“魔法少女ピケルたん”シリーズ。無論、私一人の功績などと驕るつもりはない……多くのスタッフの尽力があり、そして数多のファンの応援があってこそ、続編が作られ、現在でもアニメは続いている」

 当初、2クールアニメ1作で終了する予定だった本作品は、予想を遥かに超える人気により続編が作られた。
 『魔法少女ピケルたん』、『魔法少女ピケルたんACE』、そして現在放送中の『魔法少女ピケルたんMP』――ここ数年でそれらが生み出した経済効果は、一千億円を下らぬと言われている。

「……つまりこの混沌融合モンスターは……貴様自身が創り出したカードということか、ツキムラ?」
 フィールドの少女と月村を交互に睨み、ガオスは再度問う。
「続編制作が決まった際、脚本家からアイデア提供を求められたんだ。私が使っていた戦術の話をしたら、興味を示された。そしてデザインされたのが彼女――2人のヒロインが手を取り合い、融合した姿。白でも黒でもない“灰色の魔法少女”だ!!」
 つまり直接ではないにせよ、間接的に生み出したカード。
 月村の揺るがぬ瞳に、ガオスは認識を改める。
 彼は本気だ。この魔法少女の召喚に、微塵の戯れもありはしない。
(だが何だ……この少女から感じられる、異様なる気配は!??)
 ガオスは少女を凝視する。
 少女はそれに気づき、天使の微笑みで見つめ返す。
 その瞬間、彼の中で、奇妙な感情が渦巻いた。
 馬鹿な、あり得ぬ――ガオスはそれを否定する。その感情の名を、彼は恐らく知っている。それはかつて彼が、“彼女”に対して抱いた感情に至って近い。
(似ている……? いや、似てはいない! ならば何故、儂は――)
 ガオスは天使から眼を逸らし、月村を改めて見据える。
「いいだろうツキムラ。貴様の創り出したカード、このターンで見極めてくれる――トラップカードオープン『「守備」封じ』! この効果により、貴様のモンスターは攻撃表示となる!!」
「!! 何……っ」
 予想外のトラップに、月村は両眼を見開く。
 これにより、守備表示で融合召喚した『灰色の魔法少女』は強制攻撃表示に――0ポイントの攻撃力値を晒してしまう。


「守備」封じ
(罠カード)
相手モンスターが「守備」を宣言した時に発動!
「守備」は解除され強制的に「攻撃」表示にする


 混沌融合モンスターは融合ターン、いかなる手段によっても破壊されない。
 しかしプレイヤーは別だ。戦闘による超過ダメージが通れば、月村の残りわずかなライフなど容易に消し飛ぶだろう。
(しかし攻守ともにゼロとは……何らかの特殊能力を備えていることは明白)
 問題はそれが、相手ターン中にも発動できるタイプのものかどうか。
 ガオスは手札を見つめ、思考する。このターンでドローした魔法カード――それに右手の指を掛け、賭けに出る。
「儂はカードを1枚セットし――勝負だ、コウイチ・ツキムラ!!」
「……!!」


<月村浩一>
LP:400
場:灰色の魔法少女(攻0)
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:暗黒集合体−ダークネス−(攻20000),暗黒界の門,「守備」封じ,伏せカード1枚
手札:2枚


「我が半身“ダークネス”よ――ツキムラのモンスターを圧殺せよ!!」
 漆黒の巨漢が、右腕を振り上げる。
 対して、月村は笑った。愛する魔法少女の力を信じ――その発動を宣言する。
「この瞬間、『灰色の魔法少女』の特殊魔法が発動! 自分の墓地・除外ゾーンに存在する光・闇属性モンスターをデッキに戻す――“リ・アニメーション・マジック”!!」
「!!? 貴様の自身のモンスターを……デッキに戻す、だと?」

 ――パァァァァァッ…………!!!

 予想外の能力に、ガオスは刮目する。
 灰色の少女は両眼を閉じ、両手を広げ、そして唄う――すると周囲に、沢山の光球が浮かび上がる。
 それはこの闘いで敗れ、倒れた者達の魂。
 彼女の魔法は傷のみならず、生命さえも癒す――これこそは究極の白魔法“リ・アニメーション・マジック”。
「――だから何だ……? 今更そんなことをして、何の意味がある?」
 ガオスは顔をしかめ、彼らに問う。
 デッキに戻るのは所詮、“ダークネス”の足元にも及ばぬ敗者たち。いやそもそも、ここでそのような効果を発動する意味など無かろう。迫り来る攻撃力2万の一撃は回避できない。
「意味なら……ある! 倒れた者達の強き想いを、無駄だなどとは言わせない!!」
 少女はきっと両眼を見開く。
 蘇らせる者達の魂から、少しずつ力を借りる――月村のデッキにモンスターが戻るたび、彼女の魔力は上がってゆく。
「この魔法で蘇らせた者達の数だけ、魔法少女はレベルを上げる……! デッキに戻るモンスターは、全部で15体――よって彼女のレベルは、17までアップする!!」
「!! レベルアップ能力……だと!?」
 そしてこのレベルにより、彼女は更なる魔法を得る。
 全ての仲間を救い、救った数だけ魔力を高める――彼女の魔法力は今、究極まで高められた。


灰色の魔法少女  /光闇
★★★★★★★★★★★★★★★★★
【天使族・融合】
「白魔導士ピケル」+「黒魔導師クラン」
このカードは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの効果は無効化されない。
戦闘時、「白魔導士ピケル」と「黒魔導師クラン」を除く、自分の墓地・除外ゾーンに
存在する光・闇属性モンスターを全てデッキに戻し、戻した枚数だけレベルを上げる。
その後、レベルに応じて以下の効果を発動する。発動後、このカードはデッキに戻る。
このカードが場を離れたとき、墓地から融合素材モンスター1組を特殊召喚する。
●レベル4〜7:このカードと戦闘したモンスターを除外し、使用不能にする。
●レベル8〜11:相手フィールド上のモンスターを全て除外し、使用不能にする。
●レベル12〜15:相手フィールド上のカードを全て除外し、使用不能にする。
●レベル16以上:相手フィールド上・手札のカードを全て除外し、使用不能にする。
攻 0  守 0


 小さくなった15の光が、灰色の少女の周囲を舞う。
 魔法少女が“ダークネス”に両掌を向けると、その先に巨大な魔法陣が描き出された。
「『灰色の魔法少女』の更なる特殊魔法……! その効力は、相手の場・手札のカードを全て除外し、このデュエル中の再使用を封じる!!」
「!! な……全て除外、だと?」
 月村の宣言を合図として、その魔法円から、黒の波動が撃ち出された。
「これで逆転だ――“エターナル・シーリング”ッ!!!」

 ――ズドォォォォォォォッ!!!!!!

 究極の黒魔法“エターナル・シーリング”――その魔力は、あらゆるものを呑み込み、異次元へと封印する。
(ライフを削ることはできないが……これでガオスのカードは全滅! 一気に流れを引き寄せられる!!)
 そう、この一撃が――決まりさえすれば。

「――それはどうかな……コウイチ・ツキムラ」
「!!?」
 それはあまりにも意外な反応。
 まさにこのタイミングでこそ、ガオスは邪悪に微笑んだ。
「なるほど大した能力だ……が、儂には一歩及ばなんだ」
 ガオスは自信たっぷりに、伏せたばかりのカードを開いた。
「リバースカードオープン――『強者の証』!!」


強者の証
(魔法カード)
場のモンスター1体を指定して発動。
以下の効果から1つを選択して、そのモンスターに与える。
●このモンスターよりレベルが低いモンスターの効果を受けない。
●このモンスターより攻撃力が低いモンスターの効果を受けない。


「儂は“攻撃力”を選択し、効果適用――これにより“ダークネス”は、攻撃力2万未満のモンスター効果を受け付けない!!」
 “ダークネス”は巨大な右掌を広げ、黒魔法を正面から受け止めた。

 ――バジィィィィィィィッッッ!!!!!!

 その衝撃波はガオスにも及び、彼の決闘盤に置かれたカード、および全ての手札を一瞬にして吹き飛ばす。
 しかしガオスはそれを追わない。最早カードなど不要――“ダークネス”さえあれば良い。何者にも屈さぬ、絶対的な力が。
 灰色の少女の顔が、初めて陰った。少女はその魔法円から、魔法力を放出し続ける――しかし“ダークネス”はビクともしない。

 『灰色の魔法少女』の特殊能力には、無効化不能の特性がある。対して“ダークネス”は、『強者の証』によりモンスター効果を受け付けない。相手の能力を無効化するわけではなく、あくまで受け付けないだけなのだ。
 すなわちこの激突において、上を行くのは――“ダークネス”。ガオス・ランバートの戦術は、月村浩一のそれを上回った。

「前言は詫びよう、ツキムラ……なるほど見事なモンスターだった。貴様はこの儂を、十分に楽しませてくれた」
 少女から放たれる黒魔法、その出力が落ちてゆく。少女をそのまま押し潰さんと、巨人の右掌が彼女に迫る。
 勝った――ガオスは勝利を確信した。
 その次の瞬間、

「――それはどうかな……」
「!? ア……ッ?」
 月村浩一は――笑みをこぼした。
 なぜ笑う?ガオスにはその意味が理解できない。
「ガオス・ランバート……貴方は知らない。彼女が、いや、彼女たちがどれほどの想いを背負っているか」
「!? 想い、だと?」
 月村浩一は信じている、自分たちの創り出した少女を。
 瞼を閉じれば蘇るかのようだ――さながらこれは、アニメの再現。『魔法少女ピケルたんACE』クライマックス、絆25のBパート。光魔法王国に侵攻する“大邪神”を前に、“灰色の魔法少女”はやはり窮地に立たされていた。



『(――ダメだわ……パワーが足りない、押し切られる!!)』
 灰色の少女の中で、クランちゃんは悲鳴を上げる。
 ピケルたんが収束した魔力、それを元に放った究極の黒魔法も、“大邪神”という圧倒的脅威の前には無力に等しかった。
『(――ダメ……届かない。もう……っ)』

 ―― 一年前と同じだ
 ――私のこの手は届かない
 ――私は誰も救えない
 ――大切な人一人、救えない

 ――ドリアード女王様のもとで、あんなに勉強したのに
 ――私は無力な子どものままで
 ――また救えない

 ――ごめんなさい
 ――ごめんなさい、パパ……

『(――そんなことないよ、クランちゃん!)』
『(――!?)』
 ピケルたんの手が、クランちゃんのそれを握る。
 温かい―― 一年前もそうだった。
 繋いだその手がやさしくて、心の隙間が埋まるよう。
『(できるよ……クランちゃんなら。信じてる。わたしたちなら、きっとできるよ!)』
『(……!! ピケル……ええ、そうね!)』
 灰色の魔法少女は、再び微笑みを浮かべた。



(……!? 何だ……“ダークネス”の右腕が、止まった?)
 ガオス・ランバートは目を見張る。
 少女を倒さんと伸ばされていた右掌が、彼女の黒魔術と拮抗している――いや、徐々に押し返されている。
 その理由を求め、彼は魔法少女を見た。そしてその光景に疑念を抱く。
 彼女の周囲を舞う光が、増えている――それも1つや2つではない。無数に舞う光の粒子は、彼女の姿をより幻想的に映す。
(どういうことだ……あの少女のレベルアップは、デッキに戻したモンスターの数では!?)
 いやそもそも、能力で勝るハズの“ダークネス”が押し返されている――それこそがあまりにも不可解。
 ガオスはそれを解明すべく、瞳を開く。彼の額に宿る“第三の眼”を。

 ウジャトの眼は、偽りなき真実を映す。
 ガオスの視界には今、見たことも無い光景が広がっていた。

 魔法少女を支えるように舞う光、そのひとつひとつには、モンスター達の想いが込められている。
 このデュエル中には召喚されなかったハズの光属性・闇属性の魔術師たち――すなわち、光魔法王国と闇魔法王国の人々。
 『お注射天使 リリー』、『風霊使い ウィン』、『水霊使い エリア』、『火霊使い ヒータ』、『地霊使い アウス』、執事服を着たヒツジ。
 そして――『コスモクイーン』と『暗黒の侵略者』。

「何だ……!? 儂は今! 何を見ている!!?」
 言うまでもない――アニメだ。奇跡という名のアニメーション。
 偽りなどであるハズがない、彼女たちの真実(リアル)。

「ヌゥ……ッ……ォォォォッ……!?」
 右掌が疼く。
 精霊“ダークネス”とガオス・ランバートの感覚は共有されているのだ。
 右掌が疼く――しかしそれは痛みではない。彼女から送り込まれるその感覚に、ガオスの意識は翻弄される。

 そして闇は――白く輝く。
 彼のウジャトがそれを捉える。
 その輝きは、ガオスの精神を弾き飛ばす――遠く、深い意識の彼方へ。
 彼の中の真実へと。





 ――ガオス・ランバートと“マリア”の出逢いは、今より37年前のこと。
 彼は当時21歳、そして彼女は6歳の幼子だった。

 父より“千年聖書”と“ガオス”の名、そして“ノアの記憶”を継承して1年。
 “千年聖書”の預言に従い、彼はその日、二十余人の命を奪った――“邪神”の芽を摘むために。
 彼が彼女を見かけたのはその帰途、寂れたスラムでのこと。
 蠅がたかり、今にも死に絶えようとしていた捨て子に、ガオスはその手を伸ばした。

 それは哀れみか、あるいは無関係な贖罪だったのか。
 彼は少女を屋敷へ連れ帰り、使用人にその介抱を任せた。
 快気した彼女を、彼は屋敷に住まわせることにした。

 最初こそ怯えていたものの、彼女は彼によく懐いた。
 その鋭い三白眼に物怖じせず、彼に感謝し、彼を理解しようとした。
 彼は、彼女が人並みに教育を受けられるよう計らってやった。

 彼はじきに彼女を、“娘”のように感じ始めた。
 “最後のガオス・ランバート”である彼には、子を成すことが許されない。
 故にこそ彼は、彼女を“娘”として愛するようになった。

 彼の役に立ちたい彼女は、幼いうちから、女中として仕えるようになった。
 彼女にとっての彼は、恩人であり、主人であり、父であり、
 そして、最も理解をしたい相手だった。

 いつも気の張ったしかめ面をする彼は、けれど時折とても淋しげな眼をする。

 彼の人生は狂っていた。
 “ノアの記憶”を継承し、かつての名を捨てたとき、彼は彼ではなくなった。
 “神に従う人”として、神の導きに従う“駒”と化した。

 しかし彼は、それでも人間なのだ。
 人の身なればこそ絶望を抱き、過去を持ち、現在があり、未来を抱く。
 故にこそ彼は、狂わずにはいられなかった。

 彼が彼女にその捌け口を求めたのは、果たして彼女が何歳の頃のことだったか。
 彼は彼女を“娘”として愛し、けれどその愛はいつしか狂い、歪んだ。
 彼女はそれに戸惑い、嘆き、悩み、けれど受け容れてしまった。
 彼女もまた彼とともに、狂い、歪んでゆく道を選んだ。

 そして彼は、彼女がその身に新たな生命を宿したことを知ったとき、この上無い慙愧の念を抱いた。
 それが何人目の子供だったのか、彼女はそれを言わなかった。
 彼は思い悩み、苦しみ、彼女はそれを見ていられなかった。

 ガオスはマリアに、離別の提案をした。
 マリアはそれさえも受け容れた。
 けれど1つだけ、彼女は願った。
 腹の子を産み、育て、共に生きることを。



「――儂は……愛していた、お前を。“娘”として……“女”として、“妻”として」
 それは言えなかった言葉、伝えられなかった想い。
 理解はされない、されてはならない、あまりにも狂わしい愛情。
 それでも、

『――ちゃんと、わかってますよ』

 彼女はきっと微笑を浮かべ、そう応えるのだ。
 彼女は全てを受け容れる。
 彼を愛していたから――父として、主として、男として、夫として。





「――そうか……理解したよ、ツキムラ。貴様も同じだったのだな」
 ガオスが我に返ったとき、彼のフィールドに“ダークネス”は残存していなかった。
 しかしガオスは憑き物が落ちたような表情で、月村と、彼の天使を見つめる。
「そのマホウショウジョは……貴様が亡くした娘の象徴。貴様の絶望であり、そして希望。貴様も愛していたのだな……娘のことを、誰よりも」
「……! ああ。私は愛している……娘のことを、誰よりも」
 気持ち悪いくらい爽やかな表情で、2人はともにフィールドの魔法少女を見上げ、分かり合う。
 もっとも彼らの語る“愛”には、激しくベクトルの食い違いがあるのだが――最早それも些細な問題だ。

 何故なら――フィールドの魔法少女はこんなにも愛らしく、美しいのだから。

 しかし、そんな彼女にも変化が起こった。
 魔力を出し尽くした彼女は翼を失い、同時に融合は強制解除される。
 結果としてピケルたんとクランちゃんは落下し、尻餅をついてしまった。

 ガオスはそれを惜しいと思った。須らく愛らしい魔法少女にもやはり、哀しいかな嗜好というものが存在する。
 詰まる話、ガオス・ランバートには『灰色の魔法少女』こそが直球ドストライクだったわけで。

 それはさておき、先に立ち上がったクランちゃんが、ピケルたんに手を伸ばす。
 ピケルたんはその手を取り、繋ぐ。目と目で2人は分かり合う。
 月村はそのやり取りを微笑ましげに眺めていた。ちなみに彼はクランちゃん派である。企画書段階ではタイトルが『黒魔導師クラン物語』だったのはここだけの話。

(……なるほど、これがツキムラの本来の狙い。自分のターンに『灰色の魔法少女』の特殊能力を発動し、その後、融合解除される2人のマホウショウジョによりダイレクトアタックを決める……か)
 先に頭の冷えたガオスが考察する。
 つまりこのターン、“ダークネス”により攻撃を仕掛けたプレイングは正しかった。そうしなければ次のターン、彼のコンボにより敗北は必至であった。
「……儂にもうカードはない。しかしこのままエンドフェイズへ移行し――“ダークネス”の最終能力が発動する!!」

 ――ズォォォォォォォッッ!!!!!!!!

「!! クランちゃん、ピケルたん!!」
 月村のフィールドに、闇の嵐が巻き起こる。
 強烈なるそれは、死力を尽くした2人の魔法少女を、無慈悲に傷つける――2人は倒れ、消滅する。これで月村のフィールドもガラ空き状態となった。

(許せ……マホウショウジョたちよ)
 少女達への哀悼を抱き、そして彼は月村を見据える。
 月村もまた同じだ。これがデュエルである以上、彼女たちの死も受け入れねばならない。その先にあるものを目指して。

 同時に、彼らは理解した。
 互いにカードは無く、ライフも残り少ない。拮抗したデュエリスト同士がぶつかり合うとき、ごく稀に発生する局面――“ドロー勝負”。先にモンスターを引き、初撃を通したプレイヤーの勝利となる。

 月村浩一VSガオス・ランバート、そのデュエルはまさしく、ついに――最終局面へと突入する。


<月村浩一>
LP:400
場:
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:
手札:0枚




決闘160 闇とともに散りぬ

 先ほどまでとはまた異なる、しかし強い緊張感が2人を包み込んでいた。
 もはや長期戦はあり得ない。知略も何もなく、ここからは“運”が物を言う。

「――私の、ターン……」
 月村は唾を飲み込む。
 確率は一見するに五分。だがその実、月村に圧倒的に有利な状況なのだ。
 第一に、月村に先にターンが回る点。これは非常に大きい。次にガオスが何を引こうが関係なく、このターンで決めることもできる。
 そして第二に、『灰色の魔法少女』の特殊能力が挙げられる。彼女の特殊能力により、彼のモンスターのほとんどはデッキに戻されているのだ。それにより、月村がモンスターをドローする確率はかなり上がっている。また、墓地には光属性『白魔導士ピケル』と闇属性『黒魔導師クラン』も揃っているため、大抵のカオスモンスターも特殊召喚可能だ。

 ――ドクン……ッ

 胸が高鳴ってゆく。
 このドローで、この1枚で終わるかも知れない――その期待は彼の右手を、恐怖ではなく震わせる。
 そして彼は意を決し、ガオスの注目を浴びながら、デッキに指を当てた。
「いくぞ――ドローッ!!!」
 カードを威勢よく引き抜く。
 引き当てたカードは――罠カード。モンスターカードではない。
 その結果に落胆するが、すぐに気を持ち直す。
(だが……このカードなら!)
 悪いカードではない、むしろ良いカードだ。
「カードを1枚セットして――ターンエンドだ!!」
 月村は勢いよくカードを伏せ、ターンをガオスへと譲った。


<月村浩一>
LP:400
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600
場:
手札:0枚


 続いてはガオスのターン。
 月村のリバースカードは不明だが、このドローによって命運が決まる。
 デッキに眠るまだ見ぬカードに、このデュエルの勝敗が掛かっている。
「――儂の、ターン……」
 ガオスはゆっくりと、デッキに指を伸ばす。その動きに、今度は月村が注目する番だ
 しかしその動きが止まる。指が、ガオスの身体が震えている。
 意外なその反応に、月村は思わず視線を上げた。
「――プッ……ククッ。ハハッ、ハハハハハハッ!」
 ガオスが――笑った。
 いつもの不敵な笑みとは違う。荘厳さも何もない、漏れ出た感情。子どものように純粋な笑み。
 月村はポカンと口を開き、唖然とする。しかし彼も、噴き出してしまった。もらい笑い、とでもいうのだろうか。
「……楽しい。楽しいよツキムラ。これほど心躍るのは、果たしていつ以来だろうな?」
 ガオスは自問し、思いを馳せる。
 脳裏に蘇る記憶。
 1人では駄目なのだ。“他者”がいて初めて、ゲームは成り立つ。いま目の前にいる男は“敵”などではない――共に至高のゲームを生み出す、掛け替えない“パートナー”なのだ。

「――やはりゲームはいい。ゲームをしているときは、何もかも忘れることができる。立場も、使命も、運命も……全てを忘れ、興じることができる」

 月村の笑いが、止まる。
 彼は両眼を見開き、ガオスを見つめた。そのあまりの驚きに。
 ガオスもまた笑いを止める。改めて右手を伸ばし、デッキのカードに指を掛ける。

「……だが、そろそろ終わりにしよう。今の儂にははっきり見える……真に討つべき“敵”の姿が」
 背後の気配に意識を向け、ガオスは静かに瞳を閉じる。

 ――だからきっと、またやろう
 ――コウイチ・ツキムラ
 ――ゲンゾウ・タクラの秘蔵っ子よ

「儂のターン――ドローッ!!!」
 引き抜かれたカードが、軌跡を描く。
 引き当てたカードは――魔法カード。モンスターカードではない。
 確証はなかった。しかし、そのカードが来る気がした。
 月村との、この至高のゲームに――このカードが現れぬ道理はなかろうと。
「……見せようツキムラ。我に宿りしもう一つの力――“王の力”の断片を」
「!? 王の……力?」
 右手に握るそのカードを、ガオスは迷わず発動する。
「マジックカード発動――『ダーク・コーリング』!!」
 見たこともないカードの発動に、月村は思わず目を見張った。


ダーク・コーリング
(魔法カード)
自分の手札・墓地から、決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、
「ダーク・フュージョン」の効果でのみ特殊召喚できるその融合モンスター1体を
「ダーク・フュージョン」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。


 ガオスの決闘盤の墓地スペースから、何枚ものモンスターカードが弾き出されてゆく。
 暗黒界の龍神“グラファ”、魔神“レイン”、闘神“ラチナ”、武神“ゴルド”、軍神“シルバ”、狂王“ブロン”、術師“スノウ”、尖兵“ベージ”、狩人“ブラウ”、斥候“スカー”、刺客“カーキ”、策士“グリン”――その数なんと12体。
 通常では考えられない数を素材とした、驚愕の融合召喚。
「現れよ、最強の暗黒界――『暗黒界の混沌王 カラレス』!!!」


暗黒界の混沌王 カラレス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「暗黒界」と名のついたモンスター×12
このモンスターは「ダーク・フュージョン」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは融合素材にしたモンスターの種類によって以下の効果を得る。
●4種類以上:???
●8種類以上:???
●12種類:???
攻6000  守6000


「なんだ……この、モンスターは?」
 かつてない威圧が、月村を襲う。
 これまでのどの“暗黒界”とも異なる、あまりにも圧倒的なプレッシャー。何よりも暗く、何よりも黒く、そして何よりも強大――月村は総毛立ち、直感で悟る。このモンスターは恐らく“この世界に在ってはならぬ存在”であると。
「……暗黒界の王“カラレス”には3つの特殊能力がある。その第2の能力――このモンスターはいかなるカード効果も受け付けない」
「!? 何……だと?」
 月村は耳を疑った。6000ポイントもの攻守を誇りながら、まさかの完全効果耐性――無茶苦茶にも程がある。まさしく神を超えし“王”。そのあまりのオーバーステータスは、月村の全身を否応なく震撼させる。
「さあ。終わらせよ、“カラレス”――」
「――!!?」
 静かな口調で、ガオスは告げる。同時に、月村は凍り付く。
 その悪魔はいつの間にか、彼の眼の前に佇んでいた。まばたきする間に、瞬間移動でもしたというのか。
 暗黒の王は振りかぶり、巨大な右掌を振り下ろす。
 気圧されたが故に数瞬遅れ、しかし月村は弾かれたように、場の伏せカードを表返した。
「――まだだ!! リバーストラップ『カオティック・ノヴァ』ッ!!!」
 月村が叫ぶのと同時に、彼の決闘盤の墓地スペースから、2枚のカードが弾き出された。


カオティック・ノヴァ
(罠カード)
墓地から光・闇属性モンスターを1体ずつ除外して発動。
デッキから「カオス」または「混沌」と名のつく
モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターが破壊されたとき、
自分はその元々の攻撃力分のダメージを受ける。


 ――バジィィィィィィィッッッ!!!!!!!!

 激しい衝撃音を響かせ、王の右手は受け止められる。
 攻撃力6000もの一撃が、受け止められた――その光景に、今度はガオスが驚く番だ。
 月村のフィールドには今、トラップの効果により新たなモンスターが喚び出されていた。いや“新た”ではない、すでにこのデュエル中に披露されている、彼の魂のモンスター。


カオス・マスター  /光
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは墓地から特殊召喚できない。
自分の場の光属性と闇属性のモンスターを
1体ずつ生贄に捧げた場合のみ召喚できる。
このカードは他のモンスターの効果を受けず、
1ターンに1度だけ破壊されない。
攻3000  守2500


「耐え……きった……ッ」
 月村は息を激しく切らし、冷や汗が頬を伝う――それほどの緊張感。
「――クッ……ククッ、ハハッ、ハハハハハッ! まったく、感心を通り越して呆れるよ! コウイチ・ツキムラ」
 ガオスは再び笑う。
 認めた男の素晴らしさに、笑いを堪えることなどできない。
「“カラレス”の第3の能力――その力は、相手フィールドのあらゆるモンスターを永続的に死滅させる。だがその『カオス・マスター』にはモンスター効果が効かぬのだったな。まったくもって大したものだよ」
 ガオスのその言葉に、月村は改めてフィールドを見返した。
 彼のフィールドには今、“カラレス”の発する瘴気が充満している。
 恐らく並みのモンスターでは――いや『カオス・マスター』でなければ、あっという間に死に絶えてしまうだろう。
(これでこのターンは凌いだ……だが、ここからどうする?)
 月村は汗を拭い、思考を懸命に振り絞る。
 攻撃力6000に完全効果耐性――あまりにも規格外のステータス。もはや月村のデッキには残されていない、それほどの怪物を倒せるカードなど。
(『カオス・マスター』を守備表示にしておけば“カラレス”の攻撃は防げる……だが、追撃のモンスターを出されれば終わりだ)
 ガオスの墓地にはいまだ、自己再生能力を持つ“グラファ”が1体だけ残されている。
 すなわち“暗黒界”を引かれれば、『カオス・マスター』の守備力は突破される。その瞬間に、月村の敗北は確定してしまう。
「――いや……このターンで終わりだよ、ツキムラ」
「!!」
 月村は顔を上げる。
 暗黒界の王“カラレス”には3つの特殊能力があるという。すなわちあと1つ、明かされていない能力があるのだ。
(……そうか……これで終わり、か)
 月村の全身から力が抜ける。もはや対抗策は無い。しかし気持ちは、ひどく晴れやかだ。
 闘った。十分に力を出し切れた――そこに悔いなどあろうものか。勝敗など最早、オマケのようなものだ。
 そしてそれは、ガオスも同じだ。だから彼もまた清々しい気分で、最後の能力を宣言した。
「――力あるカードにはリスクが伴う。“カラレス”第1の特殊能力により、このターンのエンドフェイズ時……儂は2000ポイントのダメージを受ける」
 ガオスの全身を衝撃が貫き、瞳が光を失った。


暗黒界の混沌王 カラレス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「暗黒界」と名のついたモンスター×12
このモンスターは「ダーク・フュージョン」による融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは融合素材にしたモンスターの種類によって以下の効果を得る。
●4種類以上:自分のエンドフェイズ時、自分は2000ポイントダメージを受ける。
●8種類以上:このモンスターはカードの効果を受けない。
●12種類:相手フィールド上のモンスターは全て墓地に送られる。
攻6000  守6000


<月村浩一>
LP:400
場:カオス・マスター
手札:0枚
<ガオス・ランバート>
LP:600→0
場:暗黒界の混沌王 カラレス
手札:0枚


「お別れだ……コウイチ・ツキムラ」
 彼の身体は揺らぎ、崩れる。
 これで本当に最後だ。一度シャーディーに殺され、“聖書”の魔力により蘇った自分には、もはや戻るべき肉体は無い。たとえどのような結末を迎えても、“この世界”に戻ることは決して無いだろう。

 ――楽しかった
 ――ありがとう

 ――貴様にならば託せよう
 ――このゲームの明日を
 ――M&Wの未来を

 ――コウイチ・ツキムラ
 ――儂が認めた、素晴らしきデュエリストよ……

 その言葉のひとつも、もはや彼には届かない。
 最後まで不器用だと、心の中で自嘲した。




「――ガオスさま」

 薄れゆく意識の中、呼ぶ声が聴こえる。それは失ったはずの、彼女の声。
 ガオスはそれを不快に感じた。その声の正体が、彼にはまだ理解できる。
 これが楽園(エデン)。
 過去を取り戻し、現在(いま)を守り、未来を手にする。そのために創られた“神の箱庭”。
 こんなものは偽りだ。しかしそれも、すぐに真実となる。戻るべき現世が破壊されれば、此処だけが無二の現実となる。
「……勝てよ、ユウギ・ムトウ……王の力を継ぐ者よ」
 それで最後だ。ガオスにももう解らない。
 その箱庭でやり直す――失った過去を、取り戻すために。




「――勝った……のか?」
 月村浩一は立ち尽くす。
 ガオスの姿も、彼の喚び出した“カラレス”の姿もすでに無い。
 勝利の喜びとは違う、得も言われぬ充足。最高のデュエルが出来たことへの、満足と感謝で満たされる。
 視界が霞んだ。足から力が抜け、仰向けに倒れ込む。
(……疲れた。そういえばこの数日、マトモに寝ていなかったな)
 デュエルの勘を取り戻すため、太倉とデュエルに明け暮れていた。
 それも含め、心地よい疲労感が彼を包む。
 少しだけ、ほんの少しでいいから、休もう――彼はそう思い、両眼を閉じた。



「――アナタ」

「――お父さん」


 薄れゆく意識の中、呼ぶ声が聴こえる。それは失ったはずの、愛しい人達の声。
 月村はそれに誘われ、抗うことなく落ちてゆく、“楽園”へと。

 勝者たる彼もまた、ガオスと同じように――肉体は砕け、この世界からその存在を消した。




決闘161 始まりの邪神

 ――私が彼女と出逢ったそのとき、私の世界は終わりを迎えた。
 私は彼女を愛し、彼女は私を愛した。
 世界に唯一、自分と同じカタチをした相手を。

 彼女は温もりを願い、故に火炎が生まれた。
 彼女は育みを願い、故に大地が生まれた。
 彼女が願い求めるものは、私とは異なるものばかりだった。

 私はそれを不思議に思った。
 自分と同じカタチをした彼女、けれど彼女は私ではない。
 世界はもはや、私だけのものではなくなったのだ。

 故に私は笑い、そして怒り
 私は喜び、そして哀しみ
 愛し、そして憎み
 安らぎ、そして恐れた。

 安心し
 憂い
 愛好し
 嫌悪し
 許容し
 嫉妬し
 希望し
 そして最後に絶望した。

 私は彼女を殺した。
 彼女が私ではないから
 理由はそれだけのことだった。

 そして最後に自分を殺し
 私の世界は滅び、終わった。



 ――これは滅びの記憶
 ――こうして始まりの世界は終わり
 ――2つの神が生まれた

 ――そして2人の子により、世界は広がってゆく……





「――よし……これでいい、かな」
 月村浩一とガオス・ランバートのデュエルが終局した頃――青眼ドーム内、医務室にて。
 武藤遊戯はデッキを見返し、心を鎮めていた。

 遊戯がこの部屋を訪れたとき、案の定、ここには誰の姿も無かった。
 おそらく医者も、観衆と同じように姿を消してしまったのだろう。置いてあった電話機も使ってみたが、どこにも繋がらない。
 会場の外へ出ることも考えたが、得策ではないように思えた。この騒動が起こってから、時間はずいぶん経った。それなのに、外部からの救援の気配はまるで無い。ガオス・ランバートが語っていたように、この会場は超常的手段により、外部から隔離されているのだろう。
 となれば、仮に外へ出られたとして、再び会場内に戻れる保証は無い。消えた仲間たちを見捨てることなど、遊戯には出来ない。

 時折うめきながら眠る絵空をベッドに寝かせると、遊戯は自分のデッキを開いた。
 そして腰のホルダーから、10数枚のカードの束を取り出す。その中のカードとデッキのカードを、確認しながら入れ替えてゆく。
 そのうちの3枚は、彼が所持する至高の切札だ――『オシリスの天空竜』、『オベリスクの巨神兵』、『ラーの翼神竜』。昨夜遅くまで悩んで考案した、もうひとつのデッキの形。三魔神を擁したシン・ランバートに真っ向から勝利するための、遊戯なりの“神のデッキ”。
(まさかこんな形で、昨夜考えたデッキが役立つとは思わなかった……けど)
 デッキを握る手に、思わず力が入る。
 負けるわけにはいかない、勝たなければならない――その想いは彼の心を否応なく昂らせ、同時に追い詰める。闘うべき敵“闇アテム”を思い浮かべ、遊戯は無意識に歯を噛んだ。
 許せない、“彼”を騙る偽者が。そんな彼に助けられてしまった、不甲斐ない自分が悔しい。
(あのとき……彼が現れなければ、ボクは)
 遊戯は右手の平を見つめ、握りしめた。

『さあ来い遊戯ぃ――オレ様をぶっ殺してぇって、叫んでみせろォ!!!』

 バクラの挑発に翻弄され、叫びかけたあの瞬間、
 憎悪が、全身に滾るような感覚がした――心が灼けるように熱かった。あのとき、あのまま叫んでいたならば、自分はどうなってしまっていたのか。
(バクラくん……いや、ゾーク・ネクロファデス。アイツはあのとき、一体何を狙っていたんだ?)
 そしてバクラは海馬とともに、姿を消した。そのときバクラは言っていた、海馬を“同類”であると。
 遊戯の脳裏を、嫌な予感がかすめる。海馬の安否を案じ、しかし首を横に振った。
(海馬くんなら……きっと大丈夫だ。ボクはボクの闘いに集中しないと!)
 頬を張り、改めて手元のカードを操る。
 そして準備が整うと、心を決めて、立ち上がった。
「ごめんね……行ってくる。もう少しの辛抱だから」
 いまだ意識の戻らぬ絵空を覗き込み、やさしく告げる。あるいは、自分自身に言い聞かせる。
「取り戻せるさ……きっと。もうひとりの神里さんも、城之内くんも、杏子も、本田くんも……きっと、みんな取り戻してみせる」
 絵空の現在の苦しみの根源、それもまた彼らの仕業だと信じて。
 闇アテム、彼を倒せばきっと取り戻せるはずだ――根拠もなくそう考え、希望にすがる。

 日常を取り戻すために。
 みんながみんな、笑い合える日々に還るために。
 たとえ、
 たとえその輪の中に――自分がいなくなってしまったとしても。

 遊戯は優れぬ表情で、胸に手を当てる。
 あとどれだけ、自分には“時間”が残されているだろう――その全てを吐き出してでも、勝たなければならない。
(“彼”はもういない……だから、ボクが勝たなくちゃいけない)
 たとえその果てに、どれほど失うとしても。
 きっとそれが責任だ――“彼”を冥界へと還し、“王”の座を受け継いだ者としての。


 遊戯が医務室を去るのと同時に、近くの机に置かれていた“千年聖書”、その表紙のウジャト眼の装飾が瞬いた。
 “聖書”は不穏に瞬き続ける、この後の苦難を示唆するかのように。
 そして――神里絵空の閉じた眼から、一筋の涙が流れ落ちた。





 一方――青眼ドーム中央、デュエルリング上にて。
 ガオス・ランバートVS月村浩一、その壮絶な決着を見届けた闇アテムは、消えた2人に賛嘆を送っていた。
「見事なデュエルだった……ガオス・ランバート、お前は本当によくやってくれたよ」
 それは澱みのない賛辞。闇アテムの目論見には沿わぬ結果となったが、ガオスを責める気など微塵も起きない。
(ノアの子……ガオス・ランバートよ。残る全ての業は、オレが背負う。オレはそのために生み出されたのだから)
 闇アテムは両手を見つめ、何度か開閉させてみた。
 少しずつ慣れてきた――自分が“自分”でないことに。自分が“アテム”ではなく、“ゾーク・アテム”であることに。
 だからこそ、見えてきたものもある。
 闇アテムは振り返り、あらぬ方向へと視線を向けた。
(視られているな……それも、2つ。一方は……“始まりのホムンクルス”ヴァルドー。ならばもう一方は?)
 魔術により隔絶された青眼ドーム、その外から向けられている2つの視線。それは当然、並みの魔術師にできる芸当ではない。ならばヴァルドーはさておき、もう一方の正体は?
(ヴァルドーに近い性質……穢れた“光(ホルス)”の波動。これは……?)
 警戒すべき更なる脅威、その存在を認識し、闇アテムは眼光を鋭くする。
 それでも勝つ、負けはしない。
 自分には使命があるのだから――“この世界”を破壊し、全ての人々を“幸福”に導く使命が。
(相棒が戻るまで……まだ少しかかるか。後は……)
 闇アテムは視線を逸らし、デュエルフィールドを見渡す。
 懸念すべきはもうひとつ。海馬とともに姿を消したバクラ、いや――
(――ゾーク・ネクロファデス。ヤツの真の狙いは……恐らく)
 かつてのライバル、そう思える相手の身を案じる。
 しかし首を横に振り、認識を改める。今の自分は“ゾーク・アテム”なのだと。
「何が起きようと……立ちはだかる者は全て倒す。全てはゾーク・アクヴァデス――“正しき闇”の導きのままに」
 闇アテムは意志を固め、来たるべき決戦の時を待った。





 そして一方――時間はしばし遡る。
 海馬瀬人はバクラとともに、奇妙な空間の中にいた。
(何だここは……何ひとつ無い、一面の暗闇?)
 しかし自分の身体は視認できる。それはつまり、彼自身がかすかでも光っているということだ。
「――オレ様の世界へようこそ……海馬瀬人。クク、なかなかの居心地だろう?」
 彼をこの場所へ誘った張本人、バクラは嘲笑いながら問う。
「……貴様の世界だと? フン、ここが何であれ関係ない。立ちはだかる者は薙ぎ払う……それだけのこと」
 海馬はバクラを睨み、決闘盤を構える。
 対してバクラはほくそ笑み、気安げに言葉を返した。
「まあそう焦るなよ。言っただろう? 仲良くやろうってよ……なあ、“親殺し”?」
 海馬の眉がピクリと動く。
 バクラはニィッと笑みを浮かべ、彼に言葉を投げ続ける。
「睨むなよ。オレはお前に提案があるのさ。お前……オレと組む気は無ぇか?」
「貴様と組む……だと?」
「ああ。オレ様は元々、ヤツらの味方じゃねぇ。本来の目的のため、互いに利用してたに過ぎねぇのさ。だがそれも潮時だ……あの偽遊戯をブッ殺すため、共に手を取り合おうじゃねぇか」
 そんなバクラの提案を、海馬は一笑に付した。
「くだらんな。貴様を倒してからあの男を潰す……それだけの話。そもそも貴様と組むことに、どれほどのメリットがあるというのだ?」
「……メリット、ねえ。なら断言しといてやるよ。あの野郎には誰も勝てねぇ……お前も、遊戯も、そしてこのオレもな。それ故の提案ってわけだ」
 海馬は不愉快げにバクラを睨む。しかしバクラは冷笑し、平然と話し続ける。
「――“力”をやるよ……海馬瀬人。オレ様はそもそも、そういう存在なんだ。貴様ならばなれる……神をも殺す“闇の王”に。悪い話じゃねぇだろう?」
「……戯れ言はそれで終わりか? 時間の無駄だ。闘う気がないなら早く失せろ」
 歯牙にも掛けない海馬の様子に、バクラは肩を竦めてみせた。
「話しがいの無ぇ野郎だ。いいぜ、それなら証明してやる。貴様もお望みのデュエルでな」
 両者は決闘盤を構える。そしてどちらからともなく、同時に叫んだ。

「「――デュエルッ!!!」」


<海馬瀬人>
LP:4000
<バクラ>
LP:4000


「オレの先攻だ、ドロー! カードを1枚セットし――『アレキサンドライドラゴン』を攻撃表示で召喚! ターンエンドだ!!」
 海馬のフィールドに、攻撃力2000の四ツ星ドラゴンが現れる。初ターンの布陣としては中々のものだろう。
「……オレ様のターン、ドロー。さて、このままじゃ殺風景で味気ねぇだろう? 面白ぇモノを見せてやるよ」
 6枚の手札から1枚を選び、バクラは決闘盤にセットする。
「フィールド魔法発動――『死霊の村』」


死霊の村
(フィールド魔法カード)
●???
●???
●???


 闇に支配されたフィールドが、塗り替えられてゆく。
 それは海馬には見覚えの無い、滅びた村。その随所から感じる異様な気配に、海馬は直感的に警戒を強めた。
「――我が故郷へようこそ……歓迎するぜぇ、海馬瀬人」
 バクラは両手を広げ、望まぬ来訪者を迎え入れた。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:アレキサンドライドラゴン(攻2000),伏せカード1枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:4000
場:死霊の村
手札:5枚




決闘162 邪悪への誘い

「――ヒトに害なす全てのモノが、如何にして生み出されるのか……考えたことはあるか、海馬瀬人?」
 バクラの唐突な問いに、海馬は答えず眉をひそめる。
「火災、地震、洪水、暴風、疫病、虐待、傷害、殺人、戦争……数え始めりゃキリが無ぇ。だが一見バラバラに見えるそれらにも、須らく共通点がある。それが何か分かるか?」
 バクラは彼に答えを求めたわけではない。ゆえに自ら答えを付ける。
「――ヒトの“悪意”さ。他人を憎み、妬み、恨む……そうして生まれた“穢れ”こそが、ヒトに害なす邪悪の根だ」
 海馬は数瞬唖然とし、そして鼻で笑った。
「オカルトかと思えば……ロマンチシズムか? 天災さえも人為だと? 笑わせるな」
 バクラもまた笑う。偏見に縛られた人間の思考を、嘲笑う。
「元来ヒトには、それだけの力があったのさ。“始まりの人”は思うだけで、あらゆるものを創造できた。しかし“対なる人”を生み、彼の力は弱まった。子を成し、ヒトが増えるごとに、彼の力は弱っていった。それは“世界”が、彼だけのものではなくなったからさ」
 ヒトが増えれば齟齬が生まれ、すれ違い、摩擦し、“穢れ”を生む。そして生まれた――邪悪の起源“始まりの邪神”が。
「……御託はいい、デュエルを進めろ! 今は貴様のターンだ」
 イラ立つ海馬に呆れながら、バクラはカードを1枚選ぶ。
「短気な野郎だ。ならまずはコイツだ――『精霊 ディアバウンド』を召喚、守備表示!」
 現れたのは子どもの天使。翼を背負う、全身真っ白な幼い天使だ。


精霊 ディアバウンド  /光
★★★
【天使族】
メインフェイズ時、手札を1枚捨てることで
次の自分のスタンバイフェイズ時までこのカードをゲームから除外する。
「死霊の村」が場に存在するとき、スタンバイフェイズ時のみ
このカードのレベルは5となる。
攻 500  守 400


(……? 光属性天使族モンスター、だと?)
 海馬はそれを意外に思った。
 過去のデュエルから、バクラは闇属性・死霊モンスターを扱うと思っていたからだ。しかし実際に喚び出されたのは、それとは完全に対照的なモンスターだ。
「そう睨むなよ……コイツがビビっちまうだろう? お前にだってあったハズだぜ、無垢で無力な子ども時代が」
 バクラのモンスター“ディアバウンド”は確かに怯えているように見える。
「オレ様はこれでターンエンド……さあ、お前のターンだ」


<海馬瀬人>
LP:4000
場:アレキサンドライドラゴン(攻2000),伏せカード1枚
手札:4枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊 ディアバウンド,死霊の村
手札:4枚


(リバース無し……? ならば本命はフィールドカードか?)
 訝しみながら海馬はドローする。
 そして引き当てたカードを見て、即座に活路を見出した。
「貴様の目論見……早々に潰してやる! フィールド魔法発動『ドラゴンの聖域』!!」
 へばりつくような闇の気配が、海馬の周囲から消え去る。
 空気は澄み、張りつめたものへと変わり、海馬の心を高揚させた。


ドラゴンの聖域
(フィールド魔法カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、全てのドラゴン族モンスターの
攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
また、ドラゴン族モンスターがフィールド上から墓地に送られた時、
その持ち主はそのモンスターのレベル以下のドラゴン族モンスター1体を
手札から特殊召喚する事ができる。


 このフィールド効果により、海馬のドラゴンは軒並み強化される。だがしかし、海馬の真意はそこにはない――真の狙いは『死霊の村』だ。
 スーパーエキスパートルールでは、場に適用できるフィールドは一種類のみ。後からフィールドカードが発動された場合、先に発動済みのフィールドは“上書き”され、破壊される。“通常であれば”。
「!? 何……っ」
 海馬は驚き、周囲を見回す。
 滅びた村の、光景が消えない。バクラのフィールドカード『死霊の村』は、なおも場に留まり続けている。
「……おかしかねぇだろ? この村はすでに滅ぼされてんだ……これ以上何を壊そうってんだ? なあ?」
 バクラは廃墟に語り掛ける。無論、返答など無い。いや無いはずなのだ。
 しかし彼には聴こえる、聴こえねばならない。消えることなき“彼ら”の声が。


死霊の村
(フィールド魔法カード)
●???
●???
●このカードは破壊されない。


(フィールドカードが2枚共存……!? 何だ、この状況は)
 『死霊の村』は破壊されないが、『ドラゴンの聖域』も無効化されるわけではない。2つのフィールドが併存する異状に、海馬は少なからず戸惑う。
「チッ……ならば! オレは『サファイアドラゴン』を召喚し、バトルに入る!!」
 海馬の元に、攻撃力1900ポイントの宝石竜が喚び出される。
 『アレキサンドライドラゴン』と合わせ、これで彼のモンスターの総攻撃力は3900ポイント――いや、『ドラゴンの聖域』の効果が適用されているため4900ポイントだ。

 アレキサンドライドラゴン:攻2000→攻2500
 サファイアドラゴン:攻1900→攻2400

「おっと! その前に――手札を1枚捨て、『精霊 ディアバウンド』の特殊能力を発動させるぜ!!」
 バクラの小天使が動きを見せる。
 彼は地中へと飛び込み、消える――その姿を晦ませてしまった。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:アレキサンドライドラゴン(攻2500),サファイアドラゴン(攻2400),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:3枚
<バクラ>
LP:4000
場:死霊の村
手札:3枚


「……特殊能力“壁抜け”。かくれんぼは、弱っちぃコイツの十八番でね……困った奴だろう?」
 自ら発動しておきながら、バクラはそう語る。
 これは海馬にとって、不可解極まりないプレイングだった。壁モンスターを自ら失ったことで、バクラのフィールドは完全にガラ空き状態。2体のドラゴンの直接攻撃が決まれば、早々に決着がつく。
「ならば望み通り……喰らわせてやる! いけ、『サファイアドラゴン』!!」

 ――ズゴォォォッ!!

 宝石竜が突風を吐き出す。
 対して、バクラは右手を伸ばす。それは自身のデッキ、その一番上のカードをめくり、墓地へと送った。
「フィールド魔法『死霊の村』の効果発動! 相手のダイレクトアタック時、デッキの一番上のカードを墓地に送る!」

 ――バシィィィッ!!

 風のブレスが弾かれる。
 得体の知れぬその防壁に、海馬は両眼を凝らした。
「……“死霊の盾”。『死霊の村』により墓地へ送られたカードが死霊モンスターであれば、その攻撃は無効となる。このフィールドでは、死霊の怨念がオレ様を護ってくれるのさ」


死霊の村
(フィールド魔法カード)
●相手モンスターの直接攻撃宣言時、デッキの一番上のカードを墓地へ送る。
それが死霊モンスターであれば、その攻撃を無効にする。
●???
●このカードは破壊されない。


「デッキの一番上が死霊モンスターであれば……だと? まるでどこぞの凡骨上がりだな。ただのギャンブル効果か」
 そう言いながらも、海馬は警戒する。
 通常のデッキであれば、成功率は5割前後といったところだろう。だがこの成功率を高めるべく、デッキ構成を極端なものとしている可能性は十分ある。
(アンデットタイプのデッキは、墓地のモンスターが増える程に威力を増す。迂闊な攻撃は逆効果か? だが現状、オレにあのカードを排除する手段は無い。ならば――)
「――『アレキサンドライドラゴン』、ダイレクトアタック!!」
 海馬は臆せず、攻勢に出る。
 バクラは少しの危惧も見せず、デッキの一番上をめくった。
「『死霊の村』の効果発動! 『ゴブリンゾンビ』の怨念が、オレ様を護る盾となる!!」

 ――バシィィィィッ!!

 ブレスはまたも弾かれる。
 これで海馬のバトルフェイズは終了――このターン、バクラに傷ひとつ負わせることさえ出来なかった。
(この自信……やはりモンスターの比重をかなり高めてあるのか?)
 だがそれはすなわち、バクラのデッキが、魔法・罠によるサポートに乏しいデッキであることを意味する。ならば必ずしも、海馬にとって不利なばかりの状況とは言えまい。
「……ターンエンドだ」
 相手の様子を窺いながら、ターンを終える。これで3ターン目、デュエルはまだまだ始まったばかりだ。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:アレキサンドライドラゴン(攻2500),サファイアドラゴン(攻2400),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:3枚
<バクラ>
LP:4000
場:死霊の村
手札:3枚


「オレ様のターン、ドロー! さあ、姿を現せ“ディアバウンド”よ!!」
 地中から、小天使が飛び出す。しかしその攻撃力はわずか500ポイント、この戦況に立つにはあまりに力不足だ。
「……だが、ガキは成長する。お前もそうだったろう? 理不尽に失い、奪われ、蹂躙され……だから思ったんだろう? “力が欲しい”と」
 海馬は顔をしかめる。
 一方で、小天使は『死霊の村』から影響を受ける――周囲に満ちた“死霊”の声が、彼を導き、苦しめる。


死霊の村
(フィールド魔法カード)
●相手モンスターの直接攻撃宣言時、デッキの一番上のカードを墓地へ送る。
それが死霊モンスターであれば、その攻撃を無効にする。
●1ターンに1度、自分のターンのスタンバイフェイズ時に
「ディアバウンド」を1レベル進化させる。
●このカードは破壊されない。


 ――痛イ……

 ――助ケテ……

 ――苦シイ……


 耳を塞ぎたくなるような、死人の悲鳴。
 しかしバクラは拒まない。その声すべてに耳を傾ける。それこそが彼の、バクラの生きる全てだったのだから。

 ――憎イ……

 ――恨メ……

 ――報復ヲ

 ――殺セ……

 ――奪エ……

 ――奴等全テヲ、殺シ尽クセ


 その全てが、“ディアバウンド”を否応なく成長させる。
 彼らの恨み、憎しみ、絶望、その全てを身に背負い――“精霊”は“獣”へと進化する。屈強な肉体、そして大蛇の尾を持つ“精霊獣”へと。


精霊獣 ディアバウンド  /光
★★★★★★
【天使族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
攻2500  守1800


「クク……さらに『強欲な壺』を発動! カードを2枚ドローし――さあ、反撃開始といこうか! ブチかませ、“ディアバウンド”よ!!」
 一変して巨漢となった“ディアバウンド”が、野太い右腕を振りかざす。標的は『サファイアドラゴン』、その攻撃力値を100ポイントだが上回っている。
 それに対し、海馬は動じず、場の伏せカードを表返した。
「無駄だ! リバースマジックオープン、『収縮』!!」


収縮
(魔法カード)
場のモンスター1体の攻撃力を半分にする


 その魔力は“ディアバウンド”を捉え、その身を再び縮めんとする。
 このマジックが通れば、“ディアバウンド”の攻撃力は半減――返り討ちにできる。
「……この瞬間、オレ様は手札を1枚捨て――“ディバウンド”第2の能力を発動させる! “螺旋波動”!!」

 ――ギュォォォォォッ!!!

 全身に渦巻く波動を纏い、魔力の効果を吹き飛ばす。
 『収縮』の魔力効果から逃れた“ディアバウンド”は、再び『サファイアドラゴン』へ迫り、拳を振り下ろした。

 ――ズガァァァァッ!!!

 海馬のLP:4000→3900

「……っ! チィ……ッ」
 1体の宝石竜が砕かれ、海馬のライフがわずかに削れる。
 そのとき、海馬の身体に確かな痛みが走った。これは“闇のゲーム”、発生したダメージはプレイヤーを蝕み、死の闇へと引きずり込む。
「ヒャハハ! どうだ、中々のモンだろう? まだまだこれからだぜ、“ディアバウンド”の“進化”は――カードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」
 バクラは上機嫌でターンを終える。対照的に、海馬は冷静な眼で、彼のフィールドを見つめた。


<海馬瀬人>
LP:3900
場:アレキサンドライドラゴン(攻2500),ドラゴンの聖域
手札:3枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊獣 ディアバウンド,死霊の村,伏せカード1枚
手札:3枚


(ヤツは今のターン、マジックを使い、さらにトラップを伏せた。つまりヤツのデッキには、モンスター以外のカードも確かに存在する……ならば)
「オレのターン、ドロー!! マジック発動『コストダウン』! この効果によりこのターン、オレの手札のモンスターのレベルは2下がる!」


コストダウン
(魔法カード)
手札にあるモンスターカードの
レベルを2レベル減らす
この効果は1ターンのみとする


(ヤツの場にモンスターは1体……来るか)
 バクラはその先を予見した。
 海馬が右手に持ち替えるのは、予想通りのカード。今や彼の代名詞とも言うべき、エースカード。
「『アレキサンドライドラゴン』を生け贄に捧げ――出でよ、『青眼の白龍』!!!」

 ――カッ!!!

 降臨する――白き龍が。青き眼を輝かせ、フィールド全体を見下ろす。彼の“力”を象徴する、勝利を導くドラゴンが。
 
青眼の白龍:攻3000→攻3500

「来やがったか……ならば! オレは再び“ディアバウンド”の特殊能力を発動! 手札を1枚捨て――潜め、“ディアバウンド”!!」
 “ディアバウンド”は再び地中に飛び込む。
 プレイヤーなど見捨て、自身の安全を優先する。かつて彼がそうしてしまったように。
「……しょうがねぇよな。てめぇ一人いたところで……何が出来たってんだよ」
「……?」
 バクラは小さく呟く。海馬はそれを不審に思うが、すぐにデュエルに意識を戻す。
「ちょこまかと小賢しい……ならば蹴散らしてやる! いけ、ブルーアイズよ!!」
 白き龍が、高らかに咆える。
 口内に光を溜め、撃ち出す。全てを滅する、浄化の光を。
「――滅びの爆裂疾風弾(バースト・ストリーム)ッッ!!!!」

 ――ズドォォォォンッ!!!!!

 轟音と共に、巨撃が放たれる。バクラは即座に反応し、デッキの上のカードをめくった。
「盾となれ……『死霊伯爵』!!」

 ――バジィィィィィッッ!!!!!

 またもや霊魂が盾となる。
 しかし今回は容易くない――神に近しきその砲撃は、“死霊の盾”を圧し、バクラの元へ肉薄する。しかし貫通するには至らない。
「チィ……オレはこれでターンエンドだ!」
 焦れた様子でターンを終える。しかしこのターン、海馬は至高の攻撃力を持つ『青眼の白龍』を喚び出せた――攻め切れずとも圧している、そう確信してデュエルを進めた。


<海馬瀬人>
LP:3900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:死霊の村,伏せカード1枚
手札:2枚


「……オレのターン、ドロー」
 バクラがカードを引くと同時に、“ディアバウンド”は地中から飛び出す。
 しかし今の海馬にとっては、取るに足らぬ小者だ。ブルーアイズに抗せぬ以上、目障りなだけの雑魚に過ぎない。
「――だが……“ディアバウンド”は成長する」
 死霊の声を聴き、“ディアバウンド”は呻き出す。真っ白だった全身が、少しずつ黒に穢される。
「流石だぜ海馬瀬人……お前は強い。だがそれ程の力を得るために、お前は何をしてきた? どれほどに奪い、誰を殺した? 思い出せよ――お前はもともと“こちら側”だ」
 進化した“ディアバウンド”が、海馬を見つめる。
 その狂暴な風体には最早、当初の面影などほとんどない。彼は己を変えたのだ――生きるために、そしてその想いを叶えるために。


精霊獣 ディアバウンド・ダーク  /闇
★★★★★★★
【天使族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●???
攻2800  守2000


「……!! 貴様は一体……誰の話をしている?」
 顔をしかめ、見透かした様子で海馬は問う。
 バクラは少しの間を置いて、満面の笑みでそれに応えた。
「もちろん、てめぇの話さ――海馬瀬人」
 と。


<海馬瀬人>
LP:3900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊獣 ディアバウンド・ダーク,死霊の村,伏せカード1枚
手札:3枚




決闘163 光と闇のはざまで

 ――少年は見ていた、惨劇の一部始終を。

 むせ返るような血の匂い。
 耳をつんざく悲鳴。
 恐怖と怒り、そして狂気。

 少年はただ独り生き残った。
 死ぬことができなかった。
 そしてそれこそが、真に絶望と呼ぶべきものだと知った。

 滅びた村で
 たった独りで
 それでも生きねばならなかった。

 何度自害を試みても、村人の霊が彼を守り、妨げた。
 それは優しさなどではなく、彼に復讐を果たさせるため。
 唯一の生き残りである彼を、彼らのための傀儡(くぐつ)とするため。

 ――殺セ
 ――奴等ヲ殺セ
 ――我等ノ恨ミヲ、ソノ身デ晴ラセ


 少年は死霊に育てられた。
 少年の全ては彼らにあり、彼らの全ては少年に委ねられた。
 全ての呪いをその身に背負い、殺戮と強奪を繰り返す。

 彼は今も在り続ける。
 死ねないこと――それこそが彼の絶望。
 故にこそ彼は、死を撒き散らす。
 その身を邪神と化してなお、死という希望を振り撒き続ける――





<海馬瀬人>
LP:3900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊獣 ディアバウンド・ダーク,死霊の村,伏せカード1枚
手札:3枚


「――“ディアバウンド”……毎ターン強化されるモンスターか。だがその攻撃力も2800どまり。こそこそ逃げ回るだけなら他のモンスターにも出来るぞ?」
 海馬は嘲笑混じりに挑発した。
 しかしバクラも同様の笑みで、強気に切り返してみせる。
「確かに、真っ向勝負じゃ“まだ”敵わねぇ。だがよ、盗賊には盗賊の闘い方があるんだぜ――リバーストラップオープン『強制召喚装置』!!」


強制召喚装置
(罠カード)
モンスターカード名を一つ宣言する。
相手の手札・デッキにそのモンスターがあれば
相手はそのモンスター1体を場に特殊召喚しなければならない。


「コイツはてめえに召喚行為を強いるカードだ。オレ様が宣言するモンスターは――『同族感染ウィルス』! クク、さあどうだ? デッキに入っているかぁ?」
 海馬は舌打ちをした。バクラが宣言したカードは、確かに彼のデッキに入っている。
 その情報は恐らく、大会二回戦、サラ・イマノとのデュエルから盗まれたものだろう――海馬は忌々しげにデッキから、そのモンスターを守備表示で特殊召喚した。


同族感染ウィルス  /水
★★★★
【水族】
手札を1枚捨てて種族を1つ宣言する。
自分と相手のフィールド上に存在する
宣言した種族のモンスターを全て破壊する。
攻1600  守1000


「ヒャハハ! さあゆけ、ディアバウンドよ! 『同族感染ウィルス』を攻撃――“毒牙連撃波”!!」

 ――ズガガガァッッ!!!

 “ディアバウンド”の尾の蛇が、海馬のウィルスモンスターを喰らい尽くす。一見するに被毒しそうなものだが、しかし“ディアバウンド”は涼しい顔をしている。
 破壊されたウィルスカードを一瞥しながら、海馬はそれを訝しんだ。このターン、海馬には1ポイントのダメージすら無い。ならば、このプレイングの真の目的は何なのか――海馬の勘が警鐘を鳴らす。
「……いただいたぜ、てめえの能力(ちから)を――手札を2枚捨て、“ディアバウンド”第3の特殊能力を発動ォッ!!」
 バクラが宣言すると同時に、“ディアバウンド”の尾蛇が毒霧を吐き出す。
 それを浴びたブルーアイズは、苦悶し、地に倒れ伏す。その光景を見て、海馬は即座に理解し、眉根を寄せた。
(これは……ウィルス効果だと!? まさか、先ほどのバトルの真の目的は――)
 海馬が思考を巡らす間に、ブルーアイズは砕け散る。
 同時に、バクラは笑った。そして困惑する海馬に対し、確かな答えを提示する。
「クク。これこそが“ディアバウンド”の新たな能力――“強奪”。戦闘破壊したモンスターの特殊能力を奪い取ることができるのさ。なかなか便利なモンだろう?」


精霊獣 ディアバウンド・ダーク  /闇
★★★★★★★
【天使族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
攻2800  守2000


 奪い取られた能力は、数あるものの中でも最悪と言って良いだろう。いかにブルーアイズが最高クラスのステータスを誇ろうと、“ウィルス”という特異なる敵には対抗しようがない。
「オレのカードの力を、盗み取るだと? 小賢しい真似を……!!」
 海馬が不快げに吐き捨てると、バクラは肩を竦めてみせた。
「オイオイ、そりゃねぇだろ海馬ぁ。てめぇだって通った道だろ? 今の財力にしろ、さっきのブルーアイズにしろよ」
 相手を殺し、そして奪う。そうして生きてきた――2人は。
 わずかに陰る海馬を一瞥すると、バクラは最後の手札に指を掛けた。
「さて、オレはエンドフェイズ前に……このカードを発動しておくぜ。永続魔法『悪夢の蜃気楼』!」
 カードの効果により、2人の間の大気が歪む。
 それは彼らの視覚を乱し、互いの顔を一層深く歪めて見せた。


<海馬瀬人>
LP:3900
場:ドラゴンの聖域
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊獣 ディアバウンド・ダーク,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:0枚


(厄介な能力を奪われた……だが、ヤツもその能力を自在に操れるわけではない)
 ガラ空きとなったフィールドで、しかし海馬は強く睨む。ここまで見たところ“ディアバウンド”は、その能力を発動するため、常に手札コストを要する。ウィルス効果を発動するには、さらに1枚の手札を消耗する――現にバクラは先ほど、2枚のカードを墓地に捨てた。強力な能力ではあるが、そのための代償も小さくはないのだ。
「オレのターン、ドロー!! オレは――」
「――おっと待ちな! 貴様がドローした次の瞬間……『悪夢の蜃気楼』の効果発動!!」
 海馬の出鼻を挫くように、バクラは即座に宣言してみせた。


悪夢の蜃気楼
(永続魔法カード)
相手のスタンバイフェイズ時に1度、
自分の手札が4枚になるまでデッキからカードをドローする。
この効果でドローした場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に1度、
ドローした枚数分だけ自分の手札をランダムに捨てる。


「この効果によりデッキから……カードを4枚ドローするぜ!!」
 海馬の思考を嗤笑するかのように、バクラは即座に手札を増やす。
 だが海馬も、その程度では怯まない。迷わず手札のカードを発動した。
「なめるなよ……マジックカード『死者蘇生』!! 蘇れ――ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!!」

 ――カッ!!!!

 白き光とともに、至高の龍が舞い戻る。
 海馬は愚直なまでに、この龍を信じる。これこそが紛れもなく、最強のカードであると。
「またソイツか……懲りねぇなあ。いい加減、見飽きてくるぜ」
 復活したブルーアイズに微塵も動じず、バクラは手札のカードを捨てた。
「“ディアバウンド”第2の能力――“壁抜け”! さあ、これでオレ様のフィールドはガラ空きだ。今度こそ当たるといいなあ? ククク」
 “ディアバウンド”を再び土中へ逃がし、バクラは両手を広げてみせる。
 その眼に微塵も怯えは無い。彼は確信しているのだ――死なないことを。“彼ら”が、死なせてくれないことを。
「チィッ……! やれ、ブルーアイズよ!!」

 ――ズゴォォォォォッッ!!!!

 滅びのブレスが撃ち放たれる。
 対するバクラは飄々と、デッキのカードをめくり上げてみせた。
「めくったカードは当然――死霊モンスター。盾となれ、『ダーク・ネクロフィア』!!」

 ――バシィィィィィッッ!!!!

 当たらない、当たるわけが無い。これこそが彼の“絶望”なのだから。
「……オレはカードを1枚セットし……ターン、エンドだ」
 海馬もそれを察しつつある。
 このままではバクラに、1ポイントのダメージさえ与えられまい――勝利のためには、より高次のプレイングを要することを。


<海馬瀬人>
LP:3900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:1枚
<バクラ>
LP:4000
場:死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:3枚


「……オレのターン。舞い戻り、再び進化せよ――“ディアバウンド”!!」
 強く、邪悪に変貌する。その身に邪念をとり込み、悪魔にその身を落とす――狂気に満ちた2つの瞳が、海馬と白きドラゴンを睥睨する。


精霊魔獣 ディアバウンド  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
●???
攻3000  守2400


「さらにこのスタンバイフェイズ、永続魔法『悪夢の蜃気楼』第2の効果により、オレ様は手札を全て捨てねばならないわけだが……その前にコイツを発動するぜ。『禁じられた聖域』!!」


禁じられた聖域
(魔法カード)
フィールド上に表側表示で存在する魔法・罠カードを1枚選択して発動。
このターン、選択されたカードは場を離れず、効果は無効化される。
このカードは、他のカードの発動にチェーンできない。


 『悪夢の蜃気楼』のカードを、半透明の結界が覆う。それは内部と外界を遮断し、防護と封印、2つの効力を及ぼす。
「これによりこのターン、『悪夢の蜃気楼』の効果は無効となる。つまりオレ様は手札を捨てる必要が無ぇ、ってわけだ」
 バクラは残り3枚の手札を見せつける。“ディアバウンド”の能力を駆使するには、十分な枚数だ。
「“ディアバウンド”は進化前の特殊能力も引き継いでいる。つまり当然、てめえから奪ったウィルス能力を使うこともできるわけだが……さて、どうするかね……?」
「……ッ」
 バクラは上段から見下し、海馬は不快げに睨む。
 わざとらしく間を置いた後、バクラは余裕顔で言葉を続けた。
「……いや、やめておくぜ。そう燃費の良い能力でもねぇんでな。それに倒すまでもねぇ――そんな“木偶の坊”はよ」
「!? 何だと?」
 ブルーアイズへの侮辱に、海馬は過敏に反応する。
 バクラはそれさえ嘲笑い、手札から1枚を選び出した。
「いくぜ。オレ様は手札を1枚捨て、ディアバウンドの新たな能力を発動――“闇迷彩”!!」
 海馬は目を見張った。
 “ディアバウンド”の巨体が消えてゆく。これまでのように土中に潜るわけでもなく、周囲の闇に溶け、同化してゆく。
 そして完全に、その姿が消えた。気配さえも感じられない。
(また姿を晦ます能力だと……? だが、それなら先ほどまでと同じ――)
「――やれ、ディアバウンドよ」
「!!?」
 海馬は即座に察知し、上を見上げた。だが遅い、それに抗するには遅すぎる。
 空から闇が落ちてくる。激しく渦巻く魔力の波動――ディアバウンドの“螺旋波動”が。

 ――ズギャギャギャァァァァァッ!!!!

 降り注ぐ螺旋の波動が、海馬の全身を包み、引き裂く。
 ブルーアイズを無視しての直接攻撃。予期せぬ位置からの姿なき砲撃、これではかの白龍にも対応のしようが無い。
「!! ぐぅ……ッッ!!」
 全身を苛む激しい痛みに、さしもの海馬も片膝を折る。苦痛と屈辱に、たまらず歯を噛み締めた。

<海馬瀬人>
LP:3900→900


精霊魔獣 ディアバウンド  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードは攻撃・効果の対象に
選択されず、相手プレイヤーに直接攻撃できる。
闇属性のフィールド効果が適用されていないとき、この効果は無効化される。
攻3000  守2400


「どうした海馬瀬人……? こんなもんじゃねェだろう、てめえの実力は」
 いまだ立ち上がれない海馬は、バクラを見上げて睨めつける。
「攻撃力しか能が無ぇ、そんなドラゴンにいつまで拘る? 今のままじゃあ“そこ”どまりだぜ。いい加減に気付けよ――貴様が真に在るべき道を」
 バクラは手を伸ばす。彼の手を引き、導くために。
「――てめえにゃ白より黒が似合う。もっと相応しい“闇の龍”が! オレ様ならば与えられる。貴様ならばなれる、何よりも強い……全てに勝る“闇の王”に!!」
「…………!!!」
 よろよろと、海馬は立ち上がる。バクラの誘いに答えぬままに、右手をデッキへと伸ばす。
「……オレの、ターン――ドローッ!!」
 振り払うように、抜き放つ。
 そして彼が引き当てたのは――現在召喚されているものとも一線を画す、一片の穢れすらない、真っ白な龍のカードであった。

 ドローカード:青眼の白龍


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊魔獣 ディアバウンド,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:2枚




決闘164 王の器

 三千年の昔――エジプトの地、崩れゆく王宮にて。

 セトは地に倒れ、天を仰いでいた。
 最強のしもべ、非のない戦術、すべてにおいて完璧な手札が揃っていたはずだった。
 だが敗けた。故にこその完全敗北。
 受け容れざるを得ない、厳然たる決着を受け、彼は両眼を閉じた。

「――貴様の勝ちだ。殺せ……ファラオよ」

 勝者に告げる。未知の力を見せて勝った、その男に。

 セトのしもべ“白き龍”は黒魔術師の石版を砕き、勝利は目前のはずだった。
 しかし次の瞬間――王は変わった。見たことも無い力を見せた。
 彼の全身は黄金に輝き、人間とは思えぬ力を見せた。白き龍の放つ威光に生身で耐え、その存在を魔術により抑え、石版に戻し封じた。その後に召喚した“カー”をも全て薙ぎ払い、セトの身体を吹き飛ばした。
 全ての“魂(バー)”を使い果たしたセトには、もはや打てる手など無い。敗北、故にこその死――それを覚悟した。だが、

「――いや。この決闘……お前の勝ちだ、セト」
「!?」

 何を馬鹿な、とセトは思った。最初は戸惑い、しかしすぐに怒りが湧いた。
「……憐みのつもりか! さあ、早く殺せ! 貴様にはその権利がある!!」
 セトはそう叫ぶが、王は静かに首を横に振った。
「オレはお前の実力を認めているぜ。だがもし、お前が本当に敗けたと言うのならばそれは……己の中に巣喰う、憎しみという魔物にだ」
「何……憎しみの、魔物?」
 王は視線を上げ、石版に封じた龍を見つめる。神にも近しき力を見せた、純白たる龍を。
「魔術師の闘いは“カー”の強さだけじゃない。心の中にある怒り、悲しみ、憎しみ、欲望……敵は自分の中にも存在するんだ。それらすべてを本当に打ち敗かしたときにこそ――この龍は真なる輝きを見せるだろう」
 王はセトの前で、片膝をついた。
 セトは改めて王を見る。王の身体は今も尚、黄金の光を発している――しかし神々しかったそれは、くすみ始めているように見えた。
「……セト、お前にひとつだけ頼みたいことがある。オレの王位を継承し――新たなるファラオとなってくれ!」
「!! 今……なんと?」
 信じがたい言葉に、セトは王の眼を見た。
 彼は本気だ。その眼に、戯れの心など微塵も見られない。
「ならば……時を置き、今一度、決闘を受けて頂きたい! あなたを倒したときにこそ、ファラオの称号は得られましょう!!」
「……もう……時間がないんだ、セト」
 王の眼に儚さと、そして揺るがぬ決意が混じる。
「オレにもう時間はない……“これ”は、そういう力なんだ。だからこそオレは行かねばならない。大邪神ゾーク・ネクロファデス……ヤツとの最終決戦に」
 王は立ち上がり、顔を上げる。纏う光から濁りが薄れ、凛然たる光を放つ。
「ヤツは必ずオレが倒す……たとえこの身が砂となり、塵となろうと。だからセト、後は頼む。お前にならばなれるさ……人々を導き、護り、繋ぐ、燦然と輝く“光の王”に」
 王は小さく微笑み、歩み始める。
 人々の未来のため――滅びへの道を。
「……何故……私なのだ」
 その問いに、王は足を止めた。
「……言っただろう? オレはお前を認めている。だから――」
「――だとしても! オレは貴様を討たんとした!! 貴様を殺し、新たな王たらんと!! それをっ――」
「――だとしても、オレはお前に託したいんだ。この国の未来を」
 王はセトに振り返り、そして言葉を紡いだ。
「……なあセト。オレ達はもし、違う立場だったなら、違う世界でなら……友になれたとは思わないか?」
「…………!!」
 穏やかな口調のその問いに、セトは呆気にとられる。
 しかし、鼻で笑ってみせた。
「――それは無理だな! 貴様とオレは闘う運命……せいぜい好敵手がいいところだ」
 王もまた笑う。そして最早、歩みは止めない。
 その足音が消えるまで、セトはただ天を仰ぎ続けた――己の無力を噛み締めながら。


 その日、王の死とともに、国に平和が戻った。
 そして新たな王の手により、その平和は守られてゆく。その玉座の間に、新たに掲げられた石板には、ひとつの詩が刻まれていた。


 屍は横たわる
 器は砂となり塵となり
 黄金さえも剣さえも
 時の鞘に身を包む
 骸に王の名は無し

 時は魂の戦場
 我は叫ぶ
 闘いの詩を
 友の詩を

 遥か魂の交差する場所に
 我を導け






<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:2枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊魔獣 ディアバウンド,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:2枚


「――このオレが踏み記したロード……それこそがオレの在るべき道! 貴様の戯れ言に付き合うつもりはない」
 吐き捨てるように言いながら、海馬は右手のドローカードに視線を向けた。

 ドローカード:青眼の白龍

(分かる……このカードは本来、オレのカードではない)
 理屈ではなく、感覚で悟る。
 このカードは彼女から――サラ・イマノから譲り受けた1枚。血と罪に穢れた3枚とは明らかに異なる、清廉なるブルーアイズ。

「――粋がるのは結構だが……ちゃあんと打つ手はあるんだろうな? 海馬瀬人よぉ」

 封印の解けた『悪夢の蜃気楼』の効果により、バクラは2枚をドローする。これで彼の手札は4枚。
 海馬は改めてフィールドを見据えた。バクラの布陣は一見するにガラ空き。だが確かに存在する――暗闇に身を潜めたままの、獰猛なる“精霊獣”が。
(ヤツにモンスターがいる以上、直接攻撃はできない……だが、これでは標的を定めることもできんか)
 “闇迷彩”を行使する“ディアバウンド”がいる限り、バクラへの攻撃は許されない。海馬は思考を巡らせながら、2枚の手札に視線を落とす。
 そのうちの1枚をしばし見つめてから、別のカードに指を掛けた。
「オレはカードを1枚セットし……ターンエンドだ!」
 カードを1枚伏せるだけで、海馬はターンの終わりを告げた。


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード2枚
手札:1枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊魔獣 ディアバウンド,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:4枚


「オイオイ、それで終わりかよ。もう打つ手なしってワケかぁ?」
 デッキに指を伸ばしながら、バクラは煽る。しかし海馬は大した反応も見せず、バクラのフィールドを睨み続けていた。
(……ビビッて声も出ねぇか? いや、それとも……)
 バクラはカードをドローしながら、瞳の奥で、海馬を注意深く観察した。
「永続魔法『悪夢の蜃気楼』の効果により……手札からランダムに2枚捨てる。そして――更なる進化を遂げよ、ディアバウンドよ!!!」
 “闇迷彩”が解け、ディアバウンドは姿を現す。しかしその姿は、先ほどまでとはさらに違う――より強大に進化してしまった。


精霊超獣 ディアバウンド  /闇
★★★★★★★★★
【悪魔族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードは攻撃・効果の対象に
選択されず、相手プレイヤーに直接攻撃できる。
闇属性のフィールド効果が適用されていないとき、この効果は無効化される。
●???
攻3200  守2700


「“ディアバウンド”はこれでレベル9……ブルーアイズを超え、『死霊の村』により進化できる最高域に達した! これにより新たな能力も得たわけだが……不要だな。手札を1枚捨て、再び第4の能力を発動――“闇迷彩”!!」
 “ディアバウンド”の巨体が、再び闇に溶けてゆく。
 海馬は決闘盤の伏せカードに指を伸ばした。しかし姿が見えない以上、マジック・トラップの対象にすることはできない。発動すべきタイミングさえ掴めない。
「………………」
 海馬は両眼を閉じた。それを見て、バクラは嘲笑を飛ばす。
「デュエルを諦めたか……? エラそうなことほざいて、そのザマかよ」
 海馬は感覚を研ぎ澄ます。自ら視覚を断ち、聴覚と直感を研ぎ澄ます。
(……そこか!)
 海馬は振り向き、両眼を見開く。姿なき魔獣を眼光で射抜いた。
「――リバースマジック『攻撃の無力化』!!」


攻撃の無力化
(魔法カード)
すべての攻撃は時空の渦に吸収され無効となる


 “螺旋波動”が現れると同時に、彼のカードが翻される。
 背後からの奇襲のハズが、真正面の一撃となる。完璧な発動タイミングだ。

 ――バシュゥゥゥゥッ!!!!

 どれほどの威力を誇ろうとも、無意味。時空の渦に呑み込まれ、螺旋波動は消失する。
 海馬の瞳はその後も、“動く虚空”を捉え続ける。寸分の狂いさえなく。
「――スゲェな……見えてんのか? センサーでも付いてんのか、てめぇ」
 さしものバクラも舌を巻く。そして一層に、彼への興味を強めた。
「だが残念だな……てめぇのしもべにゃ見えねぇらしい。闇に潜むディアバウンドを、どうやって攻略する?」
 ブルーアイズの青き眼は、不可視の敵を求めてさ迷う。なおも翻弄されたままだ。
「……認めろよ。てめぇにソイツは相応しくねぇ。てめぇに相応しいのは――」
「――ああ。その通りだよ……バクラ」
 海馬は振り向き、バクラを睨む。その眼に迷いなど、容易く付け入る隙などありはしない。
「オレのこの手は穢れている……オレの手には余る龍だ。それでもオレは共に歩む……“王”の座を掴むために」
 ブルーアイズは海馬にとって、何より特別なカードだ。
 
 ――“力”を象徴する、故に“勝利”を導く
 ――“勝利”を象徴する、故に“生”を導く
 ――“生”を象徴する、故に“未来”を導く

「……買い被りすぎだろ? 現にソイツは、オレ様のディアバウンドに手も足も出ねぇ。言葉でなく、実力で証明してみせろよ」
「――ああ、言われるまでもない」
 海馬はカードを引くと同時に、当然の如く、それを高らかに掲げてみせた。

 ――カッ!!!!


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,滅びの威光,伏せカード1枚
手札:1枚
<バクラ>
LP:4000
場:精霊超獣 ディアバウンド,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:2枚


「何……だと? この光は……!??」
 白き光が、闇を裂く。
 ブルーアイズは全身から、まばゆい光を発した。それは闇を打ち消し、精霊獣の姿を晒す――まるで太陽の如く。


滅びの威光
(魔法カード)
このターン、自分フィールド上に「青眼の白龍」が存在する限り、
相手フィールド上のカードの効果は全て無効になる。
このターン、自分は「青眼の白龍」でしか攻撃できない。


(この光……まさか! 白き龍が、これほどの力を……!?)
 龍の放つ光により、バクラの場のカードは全て無効化される。永続魔法『悪夢の蜃気楼』、フィールド魔法『死霊の村』、そして――“ディアバウンド”さえも。
 光に照らされたディアバウンドは、もはや地中に潜むことさえ出来ない。完全に逃げ場を失った。
「……見せてやれ、ブルーアイズ・ホワイトドラゴン――」
 ――力を。これこそが、全てを砕く最強の一撃。
 白龍は咆え、標的を捉える。その口先に光を凝縮する。全てを滅ぼす、神聖なる輝きを。
「――滅びのバーストストリーームッ!!!」

 ――ズゴォォォォォォォンッ!!!!

 轟音が響く。光が魔獣を焼き飛ばす。
「グゥ……ッッ!!」
 バクラはその衝撃に堪える。不動であった彼のライフが、初めて削り取られた。

<バクラ>
LP:4000→3700

「ッ……ククッ、ハハッ。ハハハハッ」
「…………!?」
「ハハハ……ヒャーハハハハハハッ!!!!」
 突如、バクラは大笑いする。
 それの意味するところが分からず、海馬は一時、呆気にとられる。
「感謝するぜ海馬ぁ! 貴様のその一撃で――ディアバウンドは最大限パワーを増すぜ!!」


精霊超獣 ディアバウンド  /闇
★★★★★★★★★
【悪魔族】
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードは攻撃・効果の対象に
選択されず、相手プレイヤーに直接攻撃できる。
闇属性のフィールド効果が適用されていないとき、この効果は無効化される。
このカードが破壊され場を離れたとき、ライフを1000支払い発動。
1レベル進化して復活する。

攻3200  守2700


 『滅びの威光』により力を失ったはずの死霊たちが、バクラの身体に取り込まれてゆく。
 同時に、ディアバウンドの骸が妖しく輝く――邪悪なオーラを纏ってゆく。
「手札1枚、そしてライフ1000ポイントを代償とし――“ディアバウンド”は復活し、究極体へと進化する。『精霊超獣 ディアバウンド・ダークネス』!!!」

<バクラ>
LP:3700→2700


精霊超獣 ディアバウンド・ダークネス  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
「精霊超獣 ディアバウンド」の効果でのみ進化する。
手札を1枚捨てることで、以下の効果から1つを選択して発動できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードをゲームから除外する。
この効果はメインフェイズにのみ発動できる。
●このカードが相手のカード効果の対象になったとき発動できる。
そのカードの効果を無効にし、破壊する。
●このカードが戦闘により破壊したモンスターの効果を発動できる。
●自分のスタンバイフェイズ時まで、このカードは攻撃・効果の対象に
選択されず、相手プレイヤーに直接攻撃できる。
闇属性のフィールド効果が適用されていないとき、この効果は無効化される。
●このカードの破壊を無効にする。
攻3900  守3400


 ディアバウンドが蘇る、極限なる闇の力を得て。
 その体躯は更に巨大化し、最早ブルーアイズさえ上回る。攻撃力は3900ポイント、神にも迫る数値だ。
「これこそが真の“ディアバウンド”最終進化形だ!! ディアバウンドは滅びねェ……何度でも蘇る。このオレ様と同じようにな」
 ディアバウンドは身体を広げ、フィールドを制圧せんとする。
 終わらぬ復讐、それこそがディアバウンド。死ぬことさえ出来ず、醜く歪み、邪悪に笑い、殺戮と強奪を繰り返す。
「……それで終わりか?」
「? ア……ッ?」
 海馬は小さくほくそ笑み、場の伏せカードに指を掛けた。
「リバーストラップオープン――『ドラゴニック・オーバーブレイズ』!!」


ドラゴニック・オーバーブレイズ
(永続罠カード)
自分の場のドラゴン族モンスター1体を選択して発動。
選択したモンスターを墓地に送る。
また、自分の場のドラゴン族モンスターが戦闘するとき、
表側表示で存在するカードを墓地に送ることで、
このカードの効果で墓地に送ったモンスターの攻撃力分
そのモンスターの攻撃力をエンドフェイズまでアップする。


「オレはこの効果により……『青眼の白龍』を墓地に送る!!」
 フィールドを照らしていたブルーアイズが、海馬自身のカードにより消滅する。
 巨大な光源を失ったフィールドは、再び暗黒に満たされる。
「……!? 何のつもりだ? これで貴様の場はガラ空き。本当に諦めやがったか?」
 そんなことはあり得ない、あり得るはずがない。海馬は口元に微笑を浮かべ、残された最後の手札を振りかざした。
「――この瞬間、フィールド魔法『ドラゴンの聖域』の効果発動! 墓地に送られたドラゴンのレベル以下のドラゴンを、手札から特殊召喚できる!!」


ドラゴンの聖域
(フィールド魔法カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、全てのドラゴン族モンスターの
攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
また、ドラゴン族モンスターがフィールド上から墓地に送られた時、
その持ち主はそのモンスターのレベル以下のドラゴン族モンスター1体を
手札から特殊召喚する事ができる。


 ブルーアイズのレベルは8、すなわちレベル8以下のドラゴンの特殊召喚。
 まさか――咄嗟によぎったバクラの予感は、寸分の狂いなく的中した。
「再び現れろ、気高き龍よ――『青眼の白龍』!!!」

 ――カッ!!!!!

 眩き光が世界を照らし、龍は再び姿を現す。
 先ほどまでとはまた異なる、白き龍。微塵の穢れすらない、神聖なるブルーアイズ。
「チッ……だがそれがどうした! “ディアバウンド”の攻撃力は、今や3900ポイント! いくら仕切り直そうが、てめえに勝ち目は――」
「――『ドラゴニック・オーバーブレイズ』の更なる効果。このカードを墓地に送ることで、ブルーアイズの攻撃力は3000ポイントアップする!!」
 バクラは言葉を失った。
 これにより、ブルーアイズの攻撃力は2倍――フィールド効果も含めれば、それ以上だ。

青眼の白龍:攻3000→攻3500→攻6500

「ク……オレは手札を捨て、“ディアバウンド”の能力を――」
 ――発動、できない。魔法カード『滅びの威光』の効力はこのターン、海馬の場にブルーアイズが存在する限り適用される。それは、新たに喚び出されたブルーアイズに関しても例外ではない。手札を捨てることで破壊を無効とする新能力“怨念(オーラ)の盾”も、これでは何の意味もなさない。
「……覚悟はいいか? これこそ貴様が卑下した、ブルーアイズの輝き――」
 白き光が全てを照らし、気高きオーラが振り撒かれる。
 漲る光を集約し、放出する――何にも勝る轟咆とともに。
「滅びの――バーストストリーーームッ!!!!」

 ――ズギャァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!

 究極さえ凌駕する一撃。
 その砲撃は、射線上の全てを消し飛ばす――抵抗の余地などなく、圧倒的に。
「――ぐわあああああああッッ!!!」
 ディアバウンドの消滅と同時に、バクラの身体も吹き飛んだ。白き光に照らされ、彼を護る死霊もなく、勢いよく倒れ込んだ。

<バクラ>
LP:2700→100

「……残ったか。だがそれも時間の問題だ……すぐにケリをつけてやる」
 圧倒的優位に立ち、海馬はバクラを見下す。だがしかし、海馬はまだ知らない――“ディアバウンド”など所詮、彼にとっては“当て馬”に過ぎぬことを。


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:0枚
<バクラ>
LP:100
場:死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:1枚


「ッ……ククク……ハハハ……」
 バクラの口から、笑いが漏れる。堪えきれぬ愉悦が。
「ハハハハハ――ヒャーハハハハハハハハ!!!!!!」
「……!? 貴様、気でも触れたか?」
 ゆらりと、バクラは立ち上がる。口を三日月に歪めて。
「いや? 想像以上だ……素晴らしい。貴様が良い、やはり貴様こそ相応しい――このオレに。いや……“我”の新たな器になァ!!!
 ギラリと、2つの瞳が光る。
 最初から海馬を“仲間”にするつもりなどなかった。
 欲しいのは全て――海馬瀬人の全て。
(“バクラ”のままでは駄目だ……より強い、高次なる“器”が! 何者にも屈さぬ、強靭なる“王の器”が欲シイ!!)
 “バクラ”は舌なめずりをした。
 そう、ここまでは“品定め”――ここからが本番。海馬瀬人を手に入れるための、不可欠なる儀式。
「オレ様のターン――ドロォ……ッ!
 まさしく運命。そのためのカードは当然の如く――彼の手の内へと滑り込んだ。

 ドローカード:ネクロ・フュージョン




決闘165 青眼(ブルーアイズ)VS大邪神(ネクロファデス)!!

 ――青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)には秘密がある。
 そのカードはあまりの強さ故に、4枚が作られた時点で生産中止となった――そう噂されている。しかしそれは事実ではない。

 ペガサス・J・クロフォードがその龍の石板を発見したのは、“三幻神”を世に生み出し、そしてやむなくエジプト政府に寄贈した、その少し後のことであった。
 ペガサスはその石版から、強いインスピレーションを得た。同時に、深い畏れをも抱いた。
 彼は察したのだ。その龍に秘められた白き光――その輝きは、先の“三幻神”にも匹敵し、あるいは超え得るものであると。

 だからこそペガサスは恐れ、同時に、強く心惹かれた。
 そして考えた。
 先の3枚の轍は踏むまい。
 その強靭なる牙を抜き、創造主たる自分の制御下に置ける“神”を――今度こそ“神”を創り、支配してみせんと。

 そのための答えが、4枚という“量産”であった。
 そのカードの価値を計る上で、希少度(レアリティ)は重要なファクターとなる。“量産”を行うことにより、その神威を抑制せんと考えたのだ。
 だが仮に大量生産してしまえば、それがどれほどの威力を誇ろうと、ただのコモンカードに成り下がってしまう。さらには、ゲームバランスを大きく崩す害悪ともなり得る。
 悩んだ末にペガサスは、それを4枚作ることに決めた。
 “三幻神”の3枚には劣る、4枚。M&Wにおいてデッキ投入できる同名カードは3枚まで――これは、それを踏まえた枚数でもある。

 本来、唯一たるべき存在であるその龍を、ペガサスは4つに分断した。
 それにより、攻撃力・守備力を抑え、特殊能力を切り離し、神性をも剥奪した。
 結果としてその龍は、ただの“ドラゴン”へと成り下がってしまった。
 ペガサスはそれに落胆し、同時に、安堵をもした。

 “青眼の白龍”は世界に4枚存在しなければならない――その龍を神ならず、龍たらしめ続けるために。
 ペガサスはその考えを、終ぞ曲げることはなかった。だからこそ、海馬瀬人が1枚を破り捨てた事実を知ったとき、すぐに新たな4枚目を作らせた。

 それは恐らく、創造主たるペガサスのみが知る秘密。
 『青眼の白龍』、そのカードに秘められた、真なる力は――





<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:0枚
<バクラ>
LP:100
場:死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:2枚


「――オレ様はカードを1枚セットし……『人骨亀』を守備表示で召喚。ターンエンドだ」


人骨亀  /闇
★★★★
【アンデット】
召喚成功時、自分フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択する。
このカードがフィールド上に存在する限り、選択したカードは
カードの効果では破壊されない。
攻1000  守2000


 不気味なほどにあっさりと、バクラのターンは終わりを告げる。
 気になるのは、人骨の甲羅を持つ亀型モンスター『人骨亀』、その真下に伏せられたリバースカードだ。
(トラップカードか? 苦し紛れに出したようにも見えるが……)
 『人骨亀』の覆い被さったカードを、海馬は注意深く観察する。
 その正体は分からない、だが嫌な予感がする。これ以上、このデュエルを長引かせてはならない――確信めいた危機感が、海馬の中で警鐘を鳴らす。


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域
手札:0枚
<バクラ>
LP:100
場:人骨亀,伏せカード1枚,死霊の村,悪夢の蜃気楼
手札:0枚


「オレのターン……ドロー!」
 海馬はカードを引き、視界に入れる。
 それは魔法カードだ。相手守備モンスターを破壊し、ダメージを通すことを可能とするカード。
「オレはカードを1枚セットし! そして――」
 海馬はバクラを睨んだ。
 バクラの様子には、明らかな余裕が窺える。警戒すべきはたった1枚の伏せカード――それなのに、海馬は直感的に躊躇う。
「――流石だぜ海馬瀬人……抗いようのない“絶望”を、直感で察したか?」
 次の瞬間、『人骨亀』は泥となり、リバースカードに溶け込む。そのカードはゆっくりと起き上がり、その正体を晒す――邪悪なる“神”を喚び起こすために。
「リバーストラップオープン――『ネクロ・フュージョン』!!」


ネクロ・フュージョン
(罠カード)
自分の場のモンスターを全て墓地に送って発動。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、
悪魔族またはアンデット族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 そのカードは泥沼となり、“闇”が湧く。
 バクラの決闘盤の墓地スペースから、10枚ものカードが弾き出される。死霊モンスター10体による融合召喚――抽出された“闇”は結集し、邪悪にして巨大な“神”へと変貌してゆく。
「現れよ――『大邪神−ゾーク・ネクロファデス』!!!」


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されない。
このカードが場に存在する限り自分は敗北せず、場を離れたとき自分は敗北する。
攻?  守0


(!!! この威圧……馬鹿な、このモンスターは……!!?)
 かつてない脅威が、海馬の前に立ちはだかる。
 感じられるのは“神威”。しかしそれは、かつて彼が所持した『オベリスクの巨神兵』を遥かに超える――そして邪悪に穢れている。あらゆる不吉をはらんでいる。
 海馬はそれを見上げ、それは海馬を見下ろす。互いの視線が交錯し、そしてそれは嗤った。

『――恐れることはない……セト、我が片割れの息子よ』

 それは仰々しく、しかし親しく語り掛ける。

『お前に力を授けてやる……我と共に在れ。我がお前を、闇の世界の王にしてやる』

 声が脳に響く。眼と眼が合い、視線を逸らすことが出来ない。

『――見せてみよ……お前の闇を。消えること無き“絶望”を』

「…………ッ」

 海馬の眼から、光が消える。
 堕ちてゆく、深く。
 彼の意識は捕えられ、深く深く堕ちてゆく――過去へと。




「――お父さんのこと……辛かったね。だがもう安心だよ。今日からは私達が、君たちの新しい家族だ」

 実の父を亡くした次の日、優しい声で、その大人は手を差し伸べてきた。
 オレはそれを信じた。
 あの頃のオレは、他人を疑うことなど知らなかったから。

『――それで? 一体どうなったんだ?』

 父の遺産を喰い荒らされた。
 甘い汁を吸い尽くし、要らなくなったらオレたちを捨てた。
 親戚中をたらい回しにされ、ゴミのように扱われ、最後に、施設に厄介払いされた。

『――それで? お前は何を学んだ?』

 人を疑う心を。
 人の汚さを、醜悪さを、救いようの無さを。
 そして、自身の無力を呪った。



「――変なヤツ……おい、こんなヤツ放っとこうぜ!」

 施設に入れられたオレにはもう、他人を信じることなどできなかった。
 オレは全てを呪っていた。
 だからオレは孤立した。人の輪になど入れなかった。

『――それで? お前は何を欲した?』

 力を、全てを成せる力を。
 他人など信じられない。独りでも生きられる力が、
 立ちはだかるものを全て撃ち砕けるだけの力が、この両手に欲しかった。



「――貴様は海馬コーポレーションの跡取りに手を挙げ、私はそれに応じた。それは貴様を世界に君臨する“王”とするためだ」

 力を求め、オレは海馬剛三郎に取り入った。
 そこでオレは地獄を見た。
 鞭で打たれ、寝食を断たれ、死を突き付けられ、
 壮絶な虐待の中、苦痛と共に力を得て、生き抜いた。

『――それで? お前は何を求めた?』

 復讐を。
 あの男をひれ伏させたかった。
 屈服させ、蹂躙し、死よりも重い苦痛を与えたかった。
 でも、

「――瀬人! どうやら私はお前とのゲームに負けたようだな! ゲームに負けた者の末路を、その目に刻み込んでおくがいい!」

 殺したかったわけじゃない。
 オレのこの手は穢れてしまった。
 この手の汚れはもう拭えない。
 過去を取り戻すことなど、何人にも出来はしない――




『――問おう……海馬瀬人よ。汝の願い、ただ一つだけ叶えよう』

 ――オレの願い
 ――オレの願いは、海馬ランドを……

『……違うな。本音を見せよ、海馬瀬人。汝の心が、真に望むものを』

 ――……力を
 ――もっと力が欲しい

 陰謀と謀略が渦巻く世界で、
 憎しみと怒りを刻み付けられ、
 過去を消すことなど出来はしない。
 だから、

 ――だから力を
 ――負けない力を

 ――全てを成せるだけの力を
 ――全てを屈服させる力を
 ――“王”の座を
 ――“王”の力が、オレは欲しい!

『――聞き届けよう……海馬瀬人。これより汝は“人”を超える。汝は我となり、我は汝となる。共に闘い、共に壊そう……救い難きこの世界を』

 入り込んでくる、“闇”が。
 海馬瀬人は力の充実を感じた。
 同時に、湧き上がってくる――憎しみが、そして怒りが。
 消えること無き過去の想いが、炎の如く燃え滾る。

『――“闇の王”の誕生だ。海馬瀬人……いや、新たな“ゾーク・ネクロファデス”よ』

 海馬瀬人は、嗤った。
 まやかしの正義など捨て、欲するがままに――あらゆる願いを叶えることが、今の自分には出来る。

「フフフ……ククク、ハハハハ――ワハハハハハハハ!!!!」

 ――気持ちいい、最高の気分だ
 ――この黒き神と共に、オレは……



『――セト様……』


 ――ドクンッ!!!



 海馬の笑い声が、止まる。
 それは聞き覚えの無い声だった。けれど知っているはずの、女の声。

『――兄サマ!』

 振り返るとそこには、モクバがいた。
 そうだ――自分は決して、独りだったわけではない。
 弟を、モクバを守りたい、だから自分は力を求めた。
 モクバがいたから、自分は闘い続けてこられた。

『――瀬人くん……』

 振り返り、その女と向かい合う。
 サラ――かつて施設で出逢い、光を見せてくれた存在。
 彼女がいたから自分は、一度は心を取り戻すことができた。
 海馬家で心を壊されてなお、約束を目指すことができた。

『――愛してる』

 血まみれの彼女は消える前に、微笑み、そう囁いた。
 壊れてしまった今の自分には、彼女への答えを持ち得ない。
 けれど感謝する――こんなオレを、愛してくれたことを。

『――海馬』

 その男の声には、振り返らない。
 それは自分の人生を、あまりに大きく変えた男。

「――分かっている。二度は言うな……今のオレにはもう、答えが見えている」

 憎しみを、怒りを束にしたところで、真の勝利など得られない。
 だから、

 ――オレが真に望むもの
 ――オレが目指す“王”の姿、それは……


『――何をしている……瀬人! 我を求めよ! 我と共に、世界を……』


 白き光が、闇に差す。
 全ての闇を打ち払い、彼をそこから救い出す。

『――闇に……捕われてはなりません……』





「――……!! オレは……っ?」
 海馬瀬人は目を覚ます。
 頭の中に響いた声、その主を求め、顔を上げる。
「ブルーアイズ……お前か……?」
 白き龍は振り返らない。
 彼に背を向け、龍は咆える。倒すべき敵、“大邪神”に向けて。

「クソが……白き龍ごときが、なめた真似をッ……!!」
 バクラは忌々しげに歯噛みする。
 だがしかし、打つ手は容易にある。
 邪魔者を排除した後、今度こそ手に入れればいい――海馬瀬人を、その全てを。

「オレは……闇に捕われない。この手がどれほど穢れていようと――光の中を歩む!!」

 ――憎しみではなく
 ――怒りでもない

 ――辛い過去、醜い過去、切り捨てたい過去
 ――その全てを受け容れ、未来へと進む

「そのために――未来を切り拓け! ブルーアイズ!!」
「!! 何だと!?」
 驚きのあまり、バクラは両眼を見開いた。
 白き龍は口を開き、光を凝縮し始める――攻撃を仕掛けんとしている。
(コイツ……血迷ったか!? “神”を相手に仕掛けてくるだと!!?)
 自暴自棄の特攻、バクラにはそうとしか見えなかった。
 確かに、“大邪神”の攻撃力値は低い。数値にして900ポイント、これは海馬のライフポイントを参照したものだ。
 だが、そんなものに意味など無い。“大邪神”は戦闘時、バトルダメージを受けず、フィールドのモンスターを全滅させるのだ。さらには破壊したモンスターの攻撃力分のダメージをプレイヤーに与える――すなわち、3000ポイントのダメージを海馬は受ける。

(オレはもう迷いはしない……! ブルーアイズとともに、未来へと進む!!)
「撃ち抜け――滅びのバーストストリーム!!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!

 白き光が撃ち放たれる。
 バクラはそれを前に、馬鹿が、と呟いた。
「“格”の違いを見せてやる――ゾーク・ネクロファデス!!」
 “大邪神”は地獄の炎を喚び出し、その両腕から解き放つ。

『――ゾーク・インフェルノ!!!!』

 ――ズゴォォォォォォッッッ!!!!!!!!

 フィールドの中心で、双方の砲撃が衝突する。
 しかし当然に、その優劣はすぐに見えた――“獄炎”が“白光”を押し返す。
「……借りるぞサラ……お前の力を」
 海馬は全く動じることなく、リバースカードを翻した。
「リバースマジックオープン! 『光の翼』!!」


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
装備モンスターが、相手のカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効化できる。
また、装備モンスターが通常モンスターであれば、下記の効果を与える。
●戦闘時、戦闘する相手モンスターの守備力がこのモンスターの攻撃力以下の場合、
ダメージ計算を行わずその相手モンスターを破壊する。
その後、この効果で破壊したモンスターの守備力の半分のダメージを相手に与える。


 ブルーアイズの双翼が、光り輝く。巨大な光翼を大きく広げ、力強く嘶く。

 ――カァァァァァァッ!!!!

 放たれる“白光”に、黄金の輝きが混じる。
 “輝光”は“獄炎”を分解し、衝突点を押し返し始めた。
「このマジックにより、ブルーアイズは特殊能力を得た……! 守備力3000以下のモンスターを、特殊破壊できる!!」
 “大邪神”の守備力値は0ポイント、確かにその理屈でいけば、ブルーアイズにも勝機がある。だが、
「くだらねぇ……もう忘れちまったのか? “神”の威力を」
 バクラはそれを、冷ややかに見つめた。
 ドラゴン族のブルーアイズが、神である“大邪神”を倒さんとする――それがどれほど無謀なことか。
「てめえも“オベリスク”の使い手だったんだ……分かるだろう? 身の程を知れよ」
 バクラはパチンと指を鳴らす。
 “大邪神”は不敵に笑い、龍に向けて、右掌を広げてみせた。

『――ダーク・フェノメノン!!!』

 ――ズギュゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!!

 “獄炎”の圧力は急激に増し、龍の“輝光”を押し返す。
 そのあまりの威力に、“輝光”による分解が追いつかない。炎が龍に迫り来る。
「終わりだぜ……海馬瀬人」
 バクラは舌なめずりをした。
 “白き龍”さえ滅ぼせば、もはや妨害は考えられない――今度こそ海馬瀬人が手に入る。
 “バクラ”を捨て、“海馬瀬人”へ。更なる力を得た“邪神”として、闇アテムを屠り、全てを殺し尽くす。

「――身の程を知れ……だと?」
 海馬は鼻で笑ってみせた。
 迫る“獄炎”を前にしても、彼の心に恐怖は無い。微塵の迷いさえありはしない。
「それはこちらの台詞だ。貴様の醜悪な神風情が――ブルーアイズより格上など! 片腹痛いわ!!!」

 ――ドクンッ!!!!!

 ブルーアイズの全身が、黄金に輝く。
 現在、このフィールド上で――人智を超えた“奇跡”が、頭をもたげる。


青眼の白龍  /
★★★★★★★★★★
幻神獣族
攻3000  守2500


 白き龍が、神威を放つ。
 黄金の神威が全てを照らし、暗黒の空間に亀裂が走る。
「!!! なん……だとォッ!?」
 想定外の現象に、バクラは目を剥く。
 ブルーアイズが“神”となった。彼らと同じ“神”に。
 “獄炎”と“輝光”が拮抗する。互角の力で撃ち返される。

『――だが……所詮はそこまでの話』

 “大邪神”は動じない。敗北の気配など欠片も無い。
 “大邪神”にはまだ余裕がある。現在の火力も、せいぜい7〜8割が良いところ。“奇跡”では足りない、“互角”程度では不足過ぎる。
 ただの神では届かない。“オシリス”も、“オベリスク”も、そして“ラー”でさえも――三千年前に破られているのだから。

『――終わりだ海馬瀬人。我がモノとなり、そして……共に全てを滅ぼそうぞ』

 “大邪神”の全身から、“闇”が迸る。
 白き龍を滅し、今度こそ目的を果たさんがために――その力の全てを解放する。

『――ゾーク・カタストロフ!!!』

 ――ズドォォォンッ!!!!!!!!!!!!

 轟音と共に、衝撃が空間を激しく震わす。
 “獄炎”は最大まで威力を上げ、もはや“輝光”などものともしない。一気に龍へと肉迫する。
「……まだだ……ブルーアイズ」
 それでも――海馬は怯まない。
 ブルーアイズを信じる。だから――“彼女”もそれに応えんとする。
「お前の、真の輝きを見せろ――ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!!」

 ――カッ!!!!!


青眼の白龍  /
★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
戦闘時、戦闘する相手モンスターの守備力が
このモンスターの攻撃力以下の場合、
ダメージ計算を行わずその相手モンスターを破壊できる。
その後、この効果で破壊したモンスターの守備力の
半分のダメージを相手に与える。
4500  守3800


 それは刹那の進化。
 ペガサス・J・クロフォードが、このドラゴンに垣間見た真価。
 海馬瀬人の手の内で、倒すべき敵“ゾーク”を前に――三千年の沈黙が破られた。

『――バカな! この力、ホルアクティ……!!?』

 圧倒的な輝きを振り撒き、今――その激突に終止符が打たれる。

 ――ズギャァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!

 “輝光”が、いや“神光”が炎を抉り、浄化する。神の威光が、全てを照らす。

『――グオオオ……アアアアアアアッ!!!?』

 断末魔が響く。
 周囲の暗黒と共に、“大邪神”の身体が崩壊する。光に分解され、塵となってゆく。

 ――ドゴォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!

 “大邪神”は爆散し、バクラは吹き飛ぶ。それによる余波はブルーアイズをも襲うが、『光の翼』を身代わりとすることで持ち堪える。
 同時に、彼らを閉じ込めていた闇の空間が、大きな音を立てて崩壊した。

 天井が見える。海馬は軽く周囲を見回し、そこが青眼ドーム、デュエルリング上であることを確かめる。
 そして彼は、視線を定め――倒すべき最後の敵、闇アテムへと眼光を向けた。


<海馬瀬人>
LP:900
場:青眼の白龍,ドラゴンの聖域
手札:0枚
<バクラ>
LP:0




決闘166 闇の王

 闇のゲームの終了とともに、ブルーアイズはその姿を消す。
 激しいデュエルだった。にもかかわらず、海馬は大した疲弊も感じていない。むしろ、闘う以前よりも力の充実を感じている。
 決闘盤にセットしたブルーアイズから、力が伝わってくるかのよう。今ならば、誰にも負けはしない――そんな自信が、いや確信が湧き上がるほどに。

「――やはりお前が勝ったか……海馬。流石このオレが……いや、“本物のオレ”が認めた男だ」
 さして驚いた素振りも無く、闇アテムは海馬を称賛する。
 海馬はそれを鼻であしらい、斜に構えながら問いかけた。
「……貴様一人か? 遊戯と……あのデカブツはどうした?」
「相棒ならお前の言う通り、あの少女を連れて医務室へ行ったよ。まだ戻ってはいない。ガオス・ランバートは……月村、といったか? 彼とのデュエルに引き分け、共に消えた。だが素晴らしいデュエルだったぜ……お前にも見せたかったくらいだ」
 闇アテムはそう言いながらも、海馬瀬人を見据え返す。
 ガオス・ランバートは消え、バクラも倒れた。これで残るは後1人――倒すべき敵は、闇アテムのみとなった。

――待てよ……何を勘違いしていやがる?

 しかしそんな彼らに、水が差された。
 デュエルに敗れ、倒れ込んでいたバクラが、ゆらりと立ち上がる。その口元に笑みを湛え、まるでゾンビの如く。
「オレ様はまだ死んじゃいねぇ……再戦といこうぜ、海馬ぁ。何度でも、何度でも、何度でも……オレ様は必ず蘇る。“絶望”でオレは殺せねぇ! 殺してみろよ海馬……てめぇのご自慢のカードでよ。ククク」
 海馬とは対照的に、バクラは明らかに弱っている。
 しかし彼は、決して死なない。何度倒そうと蘇る。生ける屍として、踊り続ける。
 クル・エルナの生き残り“バクラ”である限り――彼は決して死ねないのだから。

「――やめろバクラ。決着はついた……お前の負けだ」
 闇アテムの制止など意に介さず、狂気の瞳で海馬を睨む。
 海馬は舌打ちし、身構えた。負ける気はしない、けれど油断は出来ない。彼は死をも恐れないのだから――そうした者の恐ろしさを、海馬は哀しいかな知っている。
 バクラの全身から、闇が滲む。それは海馬瀬人を欲し、今にも手を伸ばさんとする――だが次の瞬間、彼の動きは止まった。

『――もういいのよ……バクラ』

 ――ドクンッ!!

 それは、あるはずのない女の声。
 バクラの身体は震え、その声の主へ振り返る。

『ありがとうバクラ……私たちのために。でもいいの。もう十分よ……私たちの、かわいいバクラ』

 いてはならない人がいた。
 三千年の昔、槍に刺され、炎に焼かれ、悲鳴を上げて絶命した人。

「――かあ……さん……?」

 バクラに似たその女性は、優しく微笑み、両腕を広げる。
 信じられないものを見ながら、まるで吸い込まれるように近づき、彼はその胸に抱かれた。

『愛してる。だからもう……闘わなくていいの。やさしいバクラ……もう、お休みなさい』

 子守唄のように、彼女はやさしく囁く。
 バクラの頬から何かが流れた。乾いたはずの瞼から、それは零れて止まらない。

「かあ……さん。オレは……ボクは……っ」

 彼女は彼を、やさしく撫でる。
 彼女に誘われるままに、彼は穏やかに瞼を閉じる。

 そして――バクラは消えた。
 温もりに包まれ、“希望”を抱き、この世界から消え失せる。
 たとえそれが、“偽りの希望”だとしても。

「………………」
 海馬は言葉を失いながら、その光景を見ていた。
 唐突に現れた謎の女性、しかしその疑問はすぐに氷解する。
 バクラの消滅を見届けると――彼女は姿を変える。海馬のよく知る人物と同じ姿、“闇アテム”へと姿を戻した。
「……すまなかったな、バクラ。だがこれでお前も、救うことができる」
 それは闇アテムではなく、エジプト第18王朝ファラオ“アテム”としての謝罪。
 王国存続のため起こされてしまった、クル・エルナ村の惨劇。その最たる被害者であろう彼に、心からの謝罪を述べる。
 だがこれで彼も、救われる。エデンという“楽園”で、真実の希望を甘受できる。

 今の自分にならば、全てを救えるのだ――“アテム”ではなく“闇アテム”である、今の自分にならば。

「――気持ちの悪いヤツだ。いよいよバケモノだな……貴様のような輩が“ヤツ”の真似事など、腹立たしいにも程がある」
 そんな彼に、海馬は侮蔑の視線を送った。
 バケモノか、そう呟いてから、闇アテムは真っ直ぐに見据え返した。
「その通りだよ海馬……今のオレはバケモノだ。バケモノであることに、ようやく慣れてきたところだ」
 弱さを捨て、瞳に強さを宿す。彼の決闘盤にセットされたデッキが、彼の闘志に呼応する。
「さあ、始めようぜ海馬……これで最後だ。お前が勝てば全ては戻る。ゾーク・アクヴァデスの願いは断たれ、消えた人々は戻ってくる……消える寸前の姿で、な」
 海馬は眉をひそめる。

 消えた寸前の姿で、戻る――ならばサラ・イマノはどうなる?
 血まみれの姿で消え去った彼女は、万に一つも命を繋ぎ止められようか?

「……牽制のつもりか? その程度の言葉で、このオレのデュエルが鈍るとでも?」
「事実を言ったまでだ。元よりオレは、本気のお前と闘いたい……だが知るべきだろう? お前の勝利の先にあるものが、真に目指すべき未来か否か」
 試すような眼で、闇アテムは見る。海馬はそれが癪に障った。
「――勝利の先にこそ未来がある! 戯れ言など無用……貴様も“ヤツ”の偽者なら、言葉ではなくカードで語れ!」
「……ああ! 望むところだ」
 両者は決闘盤を構え、睨み合う。
 かつてのライバルたる海馬とのデュエルに際し、闇アテムは郷愁めいたものを抱く――しかしそれさえ不愉快に感じ、海馬は強引に口火を切った。

「「――デュエル!!!」


<海馬瀬人>
LP:4000
場:
手札:5枚
<闇アテム>
LP:4000
場:
手札:5枚


「先攻はもらう! オレのターン!! 手札からこのモンスターを特殊召喚――来い、『フォーチュン・ドラゴン』!!」
 愛らしい仔竜がフィールドに現れ、いじらしく攻撃体勢をとった。


フォーチュン・ドラゴン  /光

【ドラゴン族】
このカードは手札から攻撃表示で特殊召喚できる。
このカードを生け贄にしてドラゴン族モンスターを生け贄召喚した場合、
そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキからカードを1枚ドローする。
「フォーチュン・ドラゴン」は自分フィールド上に1体しか存在できない。
攻0  守0


「さらに、このモンスターを生け贄に捧げ……『精霊デュオス』を召喚する!!」


精霊デュオス  /光
★★★★★
【戦士族】
このカードは生け贄にできない。
自分の場のモンスター1体を生け贄に捧げるたびに、ターン終了時まで
このカードの攻撃力を1000ポイントアップする(トークンを除く)。
この効果で生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の半分のダメージを、
そのカードの持ち主が受ける。
攻2000  守1600


「そしてカードを1枚セットし……ターンエンドだ!」
 現在の手札で最善と思われる布陣を敷き、海馬はターンを終了する。
 それを受け、闇アテムも慣れた動作で、デッキへと指を伸ばした。
「オレのターン、ドロー! オレは『エルフの暗黒剣士』を……攻撃表示で召喚!」
「!? エルフの……暗黒剣士、だと?」
 見覚えのある容姿の、しかし黒い剣士の姿に、海馬は思わず目を見張った。


エルフの暗黒剣士  /闇
★★★★
【戦士族】
???
攻1400  守1200


「『エルフの暗黒剣士』……『精霊デュオス』を攻撃!!」
「!! 何……っ!?」
 予想外の宣言に、海馬は身を強張らせる。
 低攻撃力モンスターからの攻撃、そこに何らの意図も無いとは考えづらい。
「チッ……反撃だ、デュオス! “オーラ・ソード”!!」
 屈強なる剣士“デュオス”は、闘気の剣を振り上げる。
 真っ直ぐに突っ込んでくるエルフに対し、タイミングを合わせ、それは振り下ろされる――しかしそれが、彼に命中することはなかった。
 エルフは直前で速力を上げ、“デュオス”の剣を掻い潜る。そしてその勢いのまま、携えた黒剣で胴を薙ぎ払った。
「――『エルフの暗黒剣士』の特殊能力発動……」

 ――ズバァァァッ!!!

 “デュオス”は真っ二つに斬られ、消滅する。
 初撃を決めたのは闇アテム。生け贄召喚をした上級モンスターが、こうも容易く破壊されてしまった――その事実は、海馬の表情を否応なく歪ませた。
「カードを1枚セットし、ターンエンド! どうした……デュエルはまだ始まったばかりだぜ、海馬!」
 まるで“彼”のような物言いに、「当然だ」と海馬は吐き捨てる。

 海馬瀬人VS闇アテム――そのデュエルは加速してゆく。
 終局へ、終わりへと――この世界の、終焉へと。





 ――同時刻、青眼ドーム内、医務室。
 ベッドの上で、意識を取り戻した神里絵空は、虚ろな瞳で天井を見つめていた。

「……ありがとう。守ってくれてたんだよね、あなたが」
 近くの机に置かれた“千年聖書”、その表紙のウジャト眼が瞬く。
 少女は力なく微笑み、それに向けて語り掛けた。
「わたしね……分かったんだ、“私”のこと。“私”が何を思い、何を抱え、何を望み願ったのか」

 ――わたしと出逢い
 ――わたしを想い
 ――わたしを妬み
 ――わたしを呪った

 ――けれどわたしを愛し
 ――わたしを護り
 ――悩み、迷い、苦しみ
 ――そして、その果てに願った

「――だから叶えるの……わたしが。“私”の願いは、わたしの願いでもあるから」

 ――白ではなく
 ――黒でもない
 ――“私”が願った灰色の道

 ――たとえそれが、わたしたち2人の……永久の別離(わかれ)を意味するとしても
 ――それでも

「そのために行かなくちゃ……わたしも。“彼女”に会うために。だからあなたとも、ここでお別れ」
 絵空は両眼を静かに閉じる。
 “千年聖書”の輝きは弱まり、少女の姿は薄らいでゆく。
「行ってあげて……“あの人”のところへ。あなたが本当に守りたい人……力になりたい、大切な人のもとへ」
 “千年聖書”がその姿を消す。同時に、絵空は穏やかに息を吐き出した。

 そして、神里絵空もまた砕け散り――この世界から消え失せた。




聖戦(後編)へ続く...





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