第三回バトル・シティ大会
〜本戦・二日目〜
製作者:表さん






 ――王なる者よ
 ――神に届け

 ――王とは全てを統べる者
 ――全てを凌駕し、君臨せし者

 ――王なる者よ
 ――神を、殺せ




決闘121 遊戯

 ――“親友”がほしい
 ――どんな時でも裏切らない
 ――そして、裏切られない“親友”が

 武藤遊戯は8歳のとき、“千年パズル”にそう願った。
 今から9年前、自宅の店の棚のスミで、誰にも解かれずホコリを被った“それ”と、遊戯は運命の出遭いを果たした。

 ――“絆”がほしい
 ――信じられる“絆”が

 祖父のことは好きだ。
 母のことも好きだ。
 憧れる、大好きな女の子もいる。
 それでも、

 ――独りぼっちは淋しくて
 ――つらくて、不安で、悲しくて
 ――だから

 “絆”がほしいと思った。

 ――ボクをもう孤独にしない
 ――ともに生きてくれる“絆”が

 ――ボクを“この世界”に繋ぎとめる……決して切れない、鎖のような“絆”が





 ひどく、懐かしい夢を見た。

 布団の上で、上半身を起こしながら、遊戯はそれを反芻する。
(千年パズルを見つけたのは、小2の時だったから……もう9年以上経つのか)
 頭は妙に冴えていた。枕元の目覚まし時計を確認すると、予定より早い起床だった。先んじてスイッチを押し、アラームの予約を切っておく。
(昨夜は遅かったけど……二度寝するほどの時間もないしな。カードを見直しておこう)
 部屋の電灯を点けると、欠伸をしながら椅子に座った。机上の中央にはカード40枚のデッキと、昨夜用意した10数枚のカードの山が置かれている。
 遊戯はまず、その10数枚のカードの、上から3枚を表に返した。


SAINT DRAGON -THE GOD OF OSIRIS  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
Everytime the opponent summons creature into the field,
the point of the player's card is cut by 2000 points.
X stand for the number of the player's cards in hand.
ATK/X000  DEF/X000


THE GOD OF OBELISK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
The Player shall sacrifice two bodies to God of Obelisk.
The opponent shall be damaged.
And the monsters on the field shall be destroyed.
ATK/4000  DEF/4000


THE SUN OF GOD DRAGON  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????


「使わずに済むのが一番……だけど」
 3枚のカードを、まじまじと見つめる。
 “三幻神”のカード――約1年前、第1回バトル・シティで、遊戯の手元に束ねられたカード。一時は神里絵空が所持していたが、現在ではシャーディーの手を経、再び遊戯の元へと舞い戻っている。
(デュエルで最後に使われたのは……“闘いの儀”のときか)
 使ったのは、遊戯ではなく“彼”。そもそも遊戯は、それらのカードを使用した経験が一度もない。
 “三幻神”をデュエルに使う――“彼”が冥界へ旅立って以来、遊戯がその発想を持つことは一度たりともなかった。
(扱えるだろうか……ボクに、神のカードが)
 心臓の鼓動が、わずかに早まる。

 ――問題ない
 ――王とは全てを統べる者

 ――故に支配する……神すらも
 ――神を従属せんなど、造作も無きこと

「……! ウ……ッ?」
 遊戯は首を横に振り、正気を保つ。

 “また”だ――半年前、“死神”との一戦以来、時折、発作のごとく“それ”は起きる。
 遊戯の心に感応し、“侵食”せんと首をもたげる。

 遊戯は両眼を閉じ、深呼吸して感情を冷やした。
 “それ”の気配が消えるのを待ち、カードから視線を逸らす。
 そして不意に、机の端の“ある物”が目に入った。
(……今朝の夢の原因は……コレだろうな)
 頭が冷え、視線の先の物を見つめる。
 ハンカチの上に載せられた、金色の欠片たち――かつては“千年パズル”を納めていた、パズルボックスのなれの果て。
 半年前、“死神”のカードを巡る事件で出会った神里絵空に、遊戯はそれを渡した。“2人の絵空”が共にいられるように、3枚の“神のカード”と一緒に。
「結局また……ボクの元に戻ってきた、か」
 パズルの如く砕けたそれに、遊戯はそれとなく触れた。

『――私は……神里絵空ではありません。4年半前に死んだ人間……“月村天恵”なんです』

 “彼女”は昨日、そう言った。
 それはつまり“彼女”が、“彼”と同じだということ。
(……ボクの、わがままだったんだろうか)
 半年前、本当に必要なのは“神のカード”だけで、パズルボックスまで渡す必要は無かった。
 それでも彼女らにそれを渡したのは、そこに一つの願いがあったからだ。

 ―― 一緒にいてほしい
 ――“ボクたち”の分も
 ―― 一緒にいられなかった……ボクたちの分も

 けれど“彼女”が“彼”と同じならば――その行く末はどうなのか?

 遊戯は改めて、机の中央へ目を向けた。そして手を伸ばし、カードの山の4枚目を表にする。


封印の黄金櫃
(魔法カード)
黄金櫃にカードを1枚封印する。
そのカードはあらゆる魔法効果を受けず
そのカードは相手プレイヤーも使用する事ができない。


(……もしもあのとき、このカードを使っていなかったら……)

 ――そしてあるいは、このカードに秘めた“もうひとつのメッセージ”を伝えられたなら……

 それを裏に戻し、溜め息を一つ吐く。
 やめよう――過ぎたことだ。“彼”はすでに“未来”へと進んだのだから。
(後悔してもいい。それでも……ボクが足を止めることを、“彼”は決して望みはしない)
 前へ進む。
 “未来”へ進む。
 自分は、どんな“未来”へ進むだろうか――昨日の一回戦第6試合、その幕引きに、遊戯は思うところがあった。

『――機会があればまた会おうぜ……デュエル場以外のどこかで』

 梶木漁太は“未来”へ進んだ。
 漁師になるという夢を叶えるべく――デュエルを捨てた。いや“卒業”という表現こそ正しいだろうか。
(ボクは……どうする? ボクが進むべき“未来”は――)
 また、別の男の言葉が脳裏をよぎる。

『――単刀直入に訊こうか。君は今後、M&Wで生計を立てていくつもりはあるかい?』

 予選を勝ち抜いたタイミングで、月村浩一からされた話。
 “プロデュエリスト”――デュエリストとして生き、“職業”とする選択肢。

 遊戯はデッキを手に取り、カードをざっと見返した。

 ゲームが、ずっと好きだった。
 中でもM&Wは、思い入れの深い、最も愛するゲームとなった。

(今年で高3だしな……進路も考えないといけないし)
 カレンダーを見ながらぼやく。
(今度もう一度……月村さんに話を聞いてみようかな。もう少し詳しい内容を)
 デッキを置いて立ち上がる。
 そしてカーテンを開け放つ。外はやけに良い天気で、光が部屋に差し込んだ。
「……外の空気でも吸って来よう」
 そう呟いて、身支度を始める。

 どうも今日はおかしい――今朝見た夢のせいか、変なコトばかり考えてしまう。

 試合に向けて気持ちを入れ替えるため、遊戯は部屋の外へ出た。





「こないだまで寒かったのに……随分あったかくなったよなあ」
 “亀のゲーム屋”の入り口前で、遊戯は大きく“伸び”をした。
 気持ちの良い日和だ。これならきっと、今日の青眼ドームも満員であろう。
(……時は確実に進んでいる……か)
 改めて思う。
 自分は将来、どんな“未来”を手にするだろうか――と。


「――よぉ……丁度良いところで会ったな」


 不意に声を掛けられ、遊戯は振り返る。
 意外なるその来訪者に、遊戯は反射的に身構えた。
「呼び出す手間が省けた……少し、付き合ってもらえるか?」
 今日の二回戦、第一試合の対戦相手――キース・ハワードは、そう問い掛けてきた。




決闘122 父として

「それで……何? 話っていうのは」
 警戒しながら遊戯は問う。
 遊戯とキースの二人は、近くの公園へ移動し、改めて会話を始めた。
「……そう警戒にするなよ。いつぞやみたく、殴りかかったりはしねぇからよ」
 気安く言うキースに対し、遊戯は不愉快げに眉根を寄せた。
 約一年前、“決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)”で、遊戯たちは散々な目に遭わされている。
 無精ヒゲを剃り、派手なバンダナやサングラスも付けていない今のキースは、当時とはだいぶ印象が違う――とはいえ、警戒するなとは無理な相談だ。
「……知りたいんじゃないかと思ってな。“決闘者の王国”から一年足らず……その間、オレに何があったのかを」
「……?」
 確かに、知りたくはある。
 しかし何故、わざわざキースから会いに来たのか――遊戯はキースの真意を測りかねた。
「“決闘者の王国”で城之内に敗れた後……オレはペガサスの所へ行った。賞金20万ドルに目がくらみ、力づくでブン奪るためにな。だが――」
 キースはその時を振り返る。ペガサスの不思議な力により、返り討ちに遭ったことを。





「――今すぐ賞金を渡しやがれ! ペガサス!!」
 ナイフを突きつけて凄むキースに、しかしペガサスは冷静に応じた。
「――ユーは私との闘いで、すでに決闘者としてのマインドを失ったようだ。覚悟はいいデスね……?」
 ペガサスは右手を伸ばし、その人差し指をキースへ突き付けた。
「罰(バニッシュメント)ゲーム!!」

 ――ドキュゥゥゥン!!

 その刹那、キースの全身を何かが貫いた。
 次の瞬間、キースは身体の自由を失う。右手が勝手にピストルの形をとる。その手の甲には、リボルバーの弾倉が現れていた。
「ヒッ……な、何だこりゃぁぁぁ!!??」
 右手はキースの意思に反し、そのこめかみに押し当てられる。
 恐怖で、彼の全身は震え上がった――その右手を除いて。
「ソレは“運命のロシアンルーレット”……。本来のロシアンルーレットでは、その者の“運”が試される。しかしソレで試されるのは、“運”ではなく“運命”――その違いが分かりマスか、キース・ハワード?」
「……!??」
 右手から、撃鉄の動く音がする。全身の毛穴から冷や汗が噴き出るのを感じた。
「まっ……待ってくれ! 悪かった! 金なら払う!! いくら払えば――」
「……モウ遅い」

 ――ズキュゥゥン!!!

 銃声が、廊下に響き渡った。
 キースの身体が床に倒れる。ペガサスはその様を、冷たく見下ろしていた。
「……意外デスね……この結果は」
「……!? アヒ……ッ?」
 キース・ハワードは、死ななかった。
 恐怖のあまり腰が抜け、立てないまでも、身体の自由も戻っていた。
「先程も言った通り……今の罰ゲームは“運命”を測るもの。この世界にはまだ、アナタを必要とする者がいる……そういうことになりマース」
 部下に目線で合図をすると、ペガサスはキースに背を向けた。
「拾ったその命で何を成すべきか……良く考えることデース。一度失ったものは、二度と取り戻すことはできない……そう、取り戻せないのデスから」
 そして、気力を失ったキースは、ペガサスの部下の手により、速やかに島を追放された。





「――あのときのアレが何だったのか……オレは今でも分からねえ。お前にしてみりゃ、現実味の無い作り話に思えるかも知れないが……本当の話だ」
 そこまで話を聞いて逆に、遊戯は、キースの話を信用できると感じた。
 “千年アイテム”による“罰ゲーム”――それを知らぬはずのキースが、そんな話を作るとは思えない。
「その後……オレは世界中を旅した。いや、彷徨(さまよ)ったと言うべきか。世界中を回り……そして最後に帰った。オレの生まれ故郷に」
 キースは、近くにあったベンチに腰をおろした
 そして息をひとつ吐くと、改めて話を続ける。
「オレの生まれ育った家は滅茶苦茶でな……父親はロクでもない男だった。酒グセが悪く、家庭内暴力を頻繁に振るった。母親はオレが10歳のとき、オレを見捨てて蒸発しやがった。それから5年間……あの男が下らねぇトラブルで殺されるまで、オレは地獄の日々だった」

 ――幾度となく殺されかけ
 ――そして、殺したいと憎み続けた

「……だがな、故郷にはロクな記憶しか無いわけでもねえ。あの野郎がおっ死んでからは、好きなように生きられた。威張れる生き方じゃあなかったが……仲間とつるんで悪さして、そこそこ楽しくやれた。そんなある日に出遭っちまったのさ……“あのガキ”の、母親になる女にな」
 “あのガキ”――それは恐らく、キースが昨日連れていた子供のことだろう。
 しかしキースの言い回しに、遊戯は違和感を抱いた。
(……? キースの子供じゃない……のか?)
 どこかよそよそしい言い回しに、そんな疑念を抱く。
「――オレと似たような境遇の女でな……だからかは知らねえが、不思議と馬があった。自然と付き合う流れになり、何年か同棲した。そしてお互い二十歳になった頃……ソイツが言い出したのさ、“結婚しませんか”ってな」
 キースは失笑を漏らした。何に対する笑いなのか、遊戯にはよく分からない。
「オレは正直戸惑った。アイツとの生活は好きだったが……“結婚して家庭を持つ”なんて発想は、オレには微塵も持てなかった。生まれ育った家のせいかね……あの野郎と同じ“父親”になるなんざ、吐き気がする思いだった。だからオレはアイツを捨て――故郷を捨てた。“父親”なんてモンにゃあ、死んでもなりたくなかったからな」
 そして街を出たキースは、M&Wとの出遭いを果たした。
 “カードプロフェッサー・ギルド”に所属し、急速に実力を付けた。そして数多の賞金トーナメントで優勝し、先例ない高額賞金王となった。“賞金泥棒(バンデット)”の異名を付けられ、快進撃を続けた――ペガサスにデュエルを挑むまでは。
「……話が少し逸れたな。オレが故郷へ帰ったのは、その女に会いたかったからじゃねえ。……ただ、知りたくはあった。オレが姿を消して6年、その間にアイツがどうなったのか。結論から言えば、アイツは病死してた……オレが帰る、数ヶ月前にな」
 寂寥感こそあれ、哀しみは沸かなかった。
 過ぎ去った時の無常さを、ただただ感じた――そして再び街を去ろうとした。
 だが、
「……聞いちまったのさ。アイツには息子がいて、施設に預けられてるってな。やめときゃあ良かったものを、顔だけでも見たくなっちまってな……そしたらオレの息子かも知れねえ、ってわけさ。あの女の面影でも残ってりゃあ、ちったあ可愛げがあったんだろうが」
 斜に構えながら、キースは語る。
「オレはあのガキを……引き取ることに決めた。我ながら動機は良く分からねえ。あの女への贖罪か……それとも責任意識か。自分で決めたこととはいえ、すぐに後悔したぜ……オレはマトモな“父親”なんてモンの演じ方は知らねぇし、どう接すりゃ良いのかも全く分からねぇ。そのくせ、あのガキは妙にオレに懐いてきやがって……話を聞いてみりゃ、おかしなことになっていてよ。あのガキはオレのことを“ヒーロー”だって言うんだ」
 笑っちまうだろう?と、キースは続ける。
「……あの女が、そう吹き込んでいたらしい。オレが全米チャンピオンシップで優勝したことなんかを、雑誌か何かで知ったんだろうな。良く聞かされたらしいぜ……『あなたのパパは“ヒーロー”なのよ』ってな。こんなガラの悪ぃヒーロー、いてたまるかと思うがね」
 ククッ、と嘲笑が漏れ出る。捨てた男を信じた彼女と、自分自身への嘲笑を。
「――オレはデュエリストとして、やり直すことを決めた。あの女の掛けた“幻想”を壊したくなかった……いや、建前だな。オレは今でも“父親”ってやつが分からねぇ。だから、“幻想”にすがった」

 ――“ヒーロー”の仮面を被ることで、“父親”の体裁を整えた
 ――“父親”の演じ方は分からなくても、デュエルの勝ち方なら分かる

「我ながらアホくせぇ話さ……色んな大会に連れ回しちゃあ、オレが勝つ姿を見せ続けた。引き取ってから半年以上、いまだにロクなコミュニケーションもとれねぇクセに……そうやって体裁を取り繕った。オレは――負けられなくなった。負けることが、何よりも恐ろしくなった」
 伏せた顔に、影が落ちる。
 息を一つ吐くと、顔を上げて遊戯を見た。
「……なあ遊戯。お前の父親はどんな男だ? こんなオレの本心を知ったら……あのガキは何を思うんだろうな?」
「――……!」
 遊戯は、返すべき言葉が浮かばなかった。
 ただ、霞む背中が頭をよぎり、遊戯の顔にも影が落ちる。

「……お前は、疑問に思ったんじゃねぇか? オレがなぜ今、こんな話をしに会いに来たのか。オレはお前に……ある提案をしに来たのさ」
 キースは視線を動かし、周囲に他の人間がいないことを確かめる。
 そして、

「――お前……いくら払えば、オレに負けてくれる?」
「――!? なっ……」

 キースが発したその言葉に、遊戯は言葉を失った。
 “八百長”――話には聞いたことこそあれ、実際に提示されたのは初めてのことだ。
「……前大会の決勝戦、お前と海馬のデュエルは見た。お前の実力は本物だ……マトモに闘り合えば苦戦は必至。いや……お前に分があるかも知れねぇ」
 だからこその提案。
 キース自身、“カードプロフェッサー・ギルド”に所属した当初は、強いられたことが何度もあった。
「……どうだ? 無理強いはしねぇが……応じるならそれなりの額は出すつもりだ。手付金だけ受け取って、すっ呆けるって手もあるぜ?」
 試すような目つきで、キースは遊戯の様子を窺う。
 やけに動揺した様子で、しかし遊戯は首を横に振った。
「……交渉決裂か。まあ、お前ならそう返すと思っていたがな……ダメ元ってやつだ。言っとくが、お前は殊勝だよ……デュエリストとしても、人間としても」
 妙にあっさりと引き下がり、キースはベンチから立ち上がる。
「……邪魔したな。会場でまた会おうぜ……デュエリストとして」
 穏やかな口調で語り掛け、キースは歩を進め、遊戯とすれ違う。
 しかし一度足を止めて、背中越しに伝えた。
「――だが……オレは負けねぇ。お前とのデュエル、決して負けるワケにはいかねぇ」

 ――情けないと罵られようと
 ――間違っていると非難されても

 ――オレには勝つしかない
 ――あの女の幻想を、守り続ける

 ――どんな手を使ってでも
 ――あのガキの“父親”であり続けるために

 ――そう
 ――どんな手を、使ってでも……

 去り際に、キースは一度振り返った。
 遊戯は立ち尽くしたまま、動かない。その心中は分からないが、相応の動揺は与えたはずだ。
(……そうだ。これでいい)
 遊戯が“八百長”に応じぬことなど、キースには予想の範疇内。金など渡せば足がつく。
 遊戯の予想以上の動揺ぶりを踏まえれば、むしろ期待以上の成果と言えた。


「………………」
 キースが姿を消してからしばらくしても、遊戯は立ち尽くしたままだった。
 “八百長”に動じているためではない。キースの境遇に同情したためでもなかった。
(――父親……か)
 霞む背中に想いを馳せ、遊戯は沈痛に顔を歪ませた。




決闘123 波乱の幕開け

 第三回バトル・シティ大会、本戦2日目――前日に行われた8試合の勝者8名により、本日、いよいよ頂点が決定する。
 午前中に二回戦4試合、午後に準決勝・決勝戦を経て、今大会のデュエルキングが決定する。
 会場は前日と同じく、海馬ランド内M&W専用ゲームドーム“青眼ドーム”。晴天に恵まれたこともあり、海馬ランドは早朝から、大勢の客で溢れ返った。
 今日は昨日以上に、素晴らしい試合が観戦できることだろう――みなが一様に期待をしていた。

「――決勝はやっぱ遊戯と海馬かな……どっちが勝つと思う?」
「――今回も海馬じゃないか? 遊戯は昨日、結構苦戦していたしな」
「――そもそも遊戯は、二回戦厳しいかもな……相手は何せ全米チャンプだ」
「――初戦からそれかよ。オイ、急ごうぜ」

「――二試合目も気になるよな……シン・ランバートってやつ。あいつが使ってたの、本当に神のカードなのか? だったらコイツこそ優勝候補じゃないか?」
「――サラ・イマノって人のブルーアイズ、やっぱり本物なのかな? だとすると、第三試合はブルーアイズ対決になるよね?」
「――最後のチビッ子2人もすごかったよなぁ……小学生で大したモンだぜ」
「――ああ。もしかしたら番狂わせもあるんじゃねーか?」

 それぞれに思いを巡らせながら、多くの者が会場を目指す。
 故に人の流れが出来ており、道に迷う余地などあろうはずもない――とも、思えるのだが。

「……また迷ったね」
『(……また迷ったわね)』

 神里絵空はパンフレットを広げながら、それと睨めっこを続けていた。

「ブルーアイズドームは上の方にあるからー……エート、つまりどっちが上?」
『(まず現在位置を把握するのが先でしょう。近くに目印になるようなものは?)』
「エート……あ、あそこにポップコーン屋さんがあるよ? ってことはー……」
『(……屋台は参考にならないわよ。移動しないもので判断しなさい)』

 うーうー唸りがら、絵空はキョロキョロと辺りを見回す。
 すると幸運にも、動かぬ目印より確実な、動く友人を見つけた。
「――遊戯くん! よかった〜、ちょうど道に迷……ううん、いま来たトコロでね! 一緒に会場まで行かな……」
 と、呼びかけるが、「い?」まで言い終えることができなかった。
 遊戯は、何か考え事をしながら歩いている様子で、絵空に気付かず行ってしまう。
「………………」
『(……って、行かせちゃダメよ絵空! すぐに追いかけなさい!)』
「わわ! ちょ、ちょっとタンマ! まって〜っ!」
 見栄を張った自分を懺悔しながら、小走りにその背を追いかけた。


「――あ……ゴメン。ボーッとしてて、ぜんぜん気付かなかった……」
 追いついて右手を掴んだところで、遊戯はようやく気付いてくれた。
 絵空は慌てて手を離すと、「別にいいケド」と口ごもりながら返す。
「もしかして寝不足とか? 時間もちょっと遅刻気味だし……あ、かく言うわたしもそうなんだけどね。デッキの改造に夢中になっちゃって」
「ン……まあ、そんなところかな」
 遊戯は、歯切れの悪い返事をした。いちおう嘘は吐いていない。
「? だいじょうぶ? 何か元気ないみたいだけど……」
「いや、大丈夫だよ。それより、デッキ内容変えたんだ?」
 よくぞ聞いてくれました、とばかりに、絵空は小さな胸を張る。
「と言っても、基本はあんまり変えてないけどね。テストプレイする時間もほとんどなかったし」
『(……ヘタすると弱体化してるわよ、あれ)』
 そうかなあ?と、絵空は天恵に、不服げに返した。
「……ま、とにかく! 今日は新しいデッキで、優勝目指すからね! 残すは3試合! 決勝戦はわたしと遊戯くんのデュエルになるから、そこんとこヨロシク!」
「あ……ウン、そうだね。楽しみにしてるよ」
 そう、遊戯は活気の無い返事をした。


「――あ、やっと来た! 2人ともずいぶん遅かったじゃない」
 青眼ドーム前に着くと、選手用入場口付近で、杏子と本田の2人が待ち構えていた。
「なかなか来ないから、先に入っちゃったのかと思ったわよ。出場選手が一緒じゃないと、私達も中に入れないし」
「……あれ? 城之内のヤツは一緒じゃねぇのか?」
 本田の質問に、絵空は首を横に振る。
「まだ来てないの? そういえば獏良くんもいないケド」
「ああ。つってもあの二人は昨日、今日の約束をする前に別れちまったからなあ……」
「案外、2人でもう中に入ってるのかも知れないわね。もう時間も無いし……私達だけで入場しちゃう?」
 杏子の提案に、「そうだね」と絵空は首肯した。
 遊戯にも訊くと、同じように頷いてみせた。
「……? 遊戯、どうかしたの? 何だか顔色が悪いような……」
 杏子が顔を覗き込むと、少し焦った様子で「何でもないよ」と遊戯は応える。
 遊戯の顔が少しだけ赤くなったのが、絵空は何だか気になった。


 選手控え室に入ると、すでに半数のデュエリストが集まっていた。
 キース・ハワード、シン・ランバート、サラ・イマノ、そして神無雫――四者は思い思いに待機し、大会の開始に備えていた。
「あれ……城之内のヤツ、やっぱりいねぇな」
 人数が少ない分、昨日より広く感じる室内を見回しながら、本田は後頭部を掻いた。
「あ……おはようございます、サラさん。ところで、城之内を見ませんでした?」
「おはよう。まだ見ていないけれど……一緒じゃないの?」
 杏子の問いに、目を瞬かせながらサラは応えた。

 城之内不在の件は気になったが、絵空はまず、目に留まった少女の元へ歩み寄った。
「おっはよ、雫ちゃん! 今日は楽しいデュエルにしようねっ♪」
「………………」
 雫はわずかに眉をしかめ、身体を背けて無視した。
 昨日とは違い、露骨に無視され、絵空は傷つき石化した。

(……! キース……)
 遊戯は、キースの姿を視認する。
 彼は椅子に腰掛け、デッキの最終チェックに集中していた。その隣には例の子どもが座っており、足をブラブラさせながら遊んでいる。

 シン・ランバートは壁を背に、腕組みをしていた。
 城之内の不在について騒いでいる本田たちを一瞥し、小さくほくそ笑む。
(“魔神”に恐れをなして逃げたか……まあ、賢明な判断だろうよ)
 シンは、自身の優勝を信じて疑わない。
 “魔神”さえあれば、負けるわけがない――絶対の自信を胸に、ただ時が過ぎるのを待つ。


 程なくして、運営側の係員に誘導され、出場デュエリストとその応援者は、デュエルフィールドへと通された。
 スタンドは満席。昨日以上の熱気が、デュエリスト達を歓迎した。

 デュエルリングを見上げると、海馬瀬人が階段を下りてくる途中であった。昨日、自ら負った怪我はやはり軽傷だったようで、頭の包帯はすでに取れていた。
 階段を降り終えた海馬はその足で、サラの元へと歩み寄る。
「……モクバには別の仕事を任せてある。午後には合流予定だがな」
 それだけ言うと、彼女の返答も待たず、背を向けた。
「――今のオレ達はデュエリストだ。語るべきことがあれば……デュエルで語れ」
「……!」
 何かを言いたげに、サラは口を開きかける。しかしそれを呑みこみ、その背に了解を返す。
「ええ……分かりました、瀬人様」
 海馬はそのまま移動し、彼女との間に距離をとった。


『――それではこれより!! 第三回バトル・シティ大会! 本戦2回戦を開始いたします!! 二回戦第一試合、武藤遊戯VSキース・ハワード!! 両選手はデュエルリング上へお願いします!!』
 審判・磯野が、気合いの入った声で告げる。
 それに応じるように、客席からわっと歓声が上がった。

「城之内のヤツ……結局来なかったな。まさかマリクを真似して、ギリギリで来る気じゃねーだろうが」
「でも……その方がいいのかも知れないわ。命に別状はなくても、負けたらマリクやリシドさんみたいに――」
 杏子はそこで思い直して言葉を切り、改めて口を開いた。
「――とにかく! 今はまず、遊戯を応援しましょう。がんばんなさいよ、遊戯!」
「そうだよね。がんばってね、遊戯くん!」
 対して遊戯は、わずかな逡巡の後に頷き、デュエルリング上へと向かった。
 絵空はその背中に違和感と、一抹の不安を覚える。
(どうしたんだろ……遊戯くん、やっぱり調子悪いのかな?)
『(……何か、迷っているようにも見えたけど……)』
 絵空の手元の“千年聖書”が、ウジャトに不安げな光を灯す。


 デュエルリング上に、2人のデュエリストが出揃う。
 遊戯は、キースと視線を合わせない。互いのデッキを交換し、黙々とシャッフルをこなす。
(期待以上の効果だな……これは)
 覇気の無い遊戯の様子を見て、キースは複雑な思いを抱いた。
 今朝、遊戯に自身の事情を伝えた目的は、確かに彼のモチベーション低下だ――遊戯がそういうタイプの人間であることを見越した上での、悪意ある行為。
 だが、ここまで露骨な反応を示すとも思わなかった。
(同情を誘い、“迷い”を植え付ける程度で、勝機は十分あると思っていたが……悪く思うなよ。嘘は吐いちゃいねぇ)
 罪の意識などかなぐり捨て、キースは勝利のみを見据える。

「――がんばれ〜! パパ〜ッ!!」
 リング外からの無邪気な声援に、キースは手を振るだけで応じた。遊戯はわずかに顔をしかめる。
 そして、2人が十分な距離をとったのを確認すると、磯野は片腕を上げ、声を張り上げた。

『それでは――デュエル開始ィィィィッ!!!!』

 同時に、大きな歓声が上がる。それを合図として、キースと遊戯はカードを5枚ずつドローした。


 武藤遊戯VSキース・ハワード――ほぼ全ての観衆が、その対戦カードに注目していた。
 日本のトップデュエリスト武藤遊戯と、全米チャンプのキース・ハワード。これは言わば、日本VSアメリカの縮図ともなり得る。
 ――M&Wの最先進国とも呼ばれるアメリカに、日本のデュエルはどこまで通用するのか?
 観客は日本人が大部分を占めており、それ故に、遊戯の勝利を期待する者は多かった。だがいずれにせよ、最上級デュエリスト同士の、ハイレベルな激闘が観戦できるに違いない――皆がそう、一様に期待をしていた。

 だがその期待は早々に、大きく裏切られることとなる。
 第三回バトル・シティ大会、本戦二回戦第一試合、その幕開けはあまりにも一方的な――“ワンサイドゲーム”の様相を呈した。




決闘124 My great father(前編)

 城之内克也の両親は、彼が10歳のとき離婚した。
 母は妹を連れ、家を出た。
 城之内はただひとり、父の元に残された。

 ――父は昔、鳶職人だった。
 朝早く出掛けて、汗臭くなって帰ってくる。
 城之内は父のことが大好きで、誇らしくさえ思っていた。

 幼い頃の夢は「父さんのようになること」だった。
 城之内は本当に、本当に、父のことが好きだった。
 父を、まるで“ヒーロー”のように愛した。

 あの日が来た後も。

 父は工事現場で大怪我をし、入院した。
 およそ半年の入院を経て、父は職場に復帰した。
 しかしそのときからすでに、歯車は狂い始めていた。

 復帰してから半月足らずで、父は仕事を辞めた。
 もともと酒好きな人だったが、父はそれに溺れ、堕落を始めた。
 ギャンブルにもはまり、貯金を湯水のごとく使った。

 酔った父は、暴力を振るうようにもなった。
 母が殴り蹴られる間、城之内は、震える妹を抱き締めていた。
 アレが父であるはずはないと、心の中で繰り返しながら。

 城之内は父のことが好きだった。
 父のようになりたかった。
 本当に、本当に好きだった。

 父を信じたかった。
 いつか、愛した父に戻ると、希望を持ち続けた。
 祈るように、すがるように、城之内はかたくなに父を信じた。

 父を、殺そうとしたことがあった。
 髪を焼かれそうな母を見かねて、城之内は包丁を掴んだ。
 それを見た父は、恐れるでもなく、彼を嘲笑った。

 ――何のつもりだ
 ――刺せるものなら刺してみろ
 ――この親不孝者
 ――俺はお前の父親だぞ

 息が不思議と荒くなった。
 手足が不思議な痺れを起こした。
 母に抱き締められて、包丁が床に落ちた。

 愛は憎しみに変わり、希望は絶望に変わった。
 程なくして離婚、母は妹を連れ、家を出た。
 母は、城之内も引き取りたがったが、父はそれを決して認めなかった。

 取り残された城之内はもう、父を信じることをやめた。
 父にも母にも裏切られ、独りになった。
 絆など要らない、そう思った。

 自分には、あの男の血が半分流れている。
 それを心から恥じた。
 いずれ同じ人生を歩むかも知れない未来に、心からの恐怖を抱いた。

 城之内克也は絶望した。
 過去にも、現在(いま)にも、未来にも。
 己を捨てるように、生きた。


 ――武藤遊戯に出逢うより以前、まだ彼が“独り”だった頃の物語――





「―― 一体……どうなってんだよ、こりゃあ?」
 青眼ドーム内、選手用通路から飛び出してきた城之内は、息を切らしながら、デュエルリング上を見上げて呟いた。
「城之内!? お前、今まで何してたんだよ!?」
 彼の登場に気付いた本田が、驚きながら問い掛ける。
「……あれ? 月村おじさんと一緒だったの?」
 絵空は小首を傾げる。
 城之内の後ろには、同様に息を切らす、月村浩一の姿があった。
「ああ……さっき、会場の前で一緒になってね。第一試合開始前には到着するつもりだったんだが」
 月村はデュエルリング上を気にしながら、絵空の質問にそう応えた。
「ところで……何で遅れたの? 寝坊?」
「いや、病院に寄ってたら遅くなっちまってな。双六じいさんに用があってよ――って、それより」
 杏子にそう応えながら、城之内は再び顔を上げた。
 観客は異様に静まり返っている。
 武藤遊戯VSキース・ハワード――あまりにも一方的な、そのデュエルに。





「――オレは手札から……『天よりの宝札』を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、カードをドローする!!」
 キースが発動したその効果により、キースは5枚、遊戯は2枚のカードをドローした。
「良し……来たぜ! オレは手札から、この2枚を墓地に送る!!」


マシンナーズ・フォートレス  /地
★★★★★★★
【機械族】
このカードは手札の機械族モンスターをレベルの合計が8以上に
なるように捨てて、手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。
また、自分フィールド上に存在するこのカードが相手の
効果モンスターの効果の対象になった時、相手の手札を確認して1枚捨てる。
攻2500  守1600


強化支援メカ・ヘビーウェポン  /闇
★★★
【機械族・ユニオン】
ユニオン:1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に
装備カード扱いとして自分フィールド上の機械族モンスターに装備、
または装備を解除して攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)
攻 500  守 500


「手札の機械族モンスターをレベル8以上になるよう捨てることで、このモンスターは特殊召喚できる――来い、『マシンナーズ・フォートレス』!!」
 フィールドを揺らしながら、そのモンスターは蘇る。
 巨大な機械戦車がキャタピラを唸らせ、その砲門を、遊戯の『ブラック・マジシャン』に向けた。
 
ブラック・マジシャン:攻3000

 しかし『ブラック・マジシャン』には『マジック・クリスタル』が装備されている。現状の攻撃力では、彼を打倒することはできない。


マジック・クリスタル
(装備カード)
魔術師(マジシャン)の攻撃力を500ポイント上げる。
このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「まだだ! トラップカードオープン、『ゲットライド!』! この効果により、いま捨てた『強化支援メカ・ヘビーウェポン』を装備させる! それにより“フォートレス”の攻撃力は500ポイントアップッ!!」
 支援メカがドッキングし、“フォートレス”は戦闘力を上げる。
 客席が、声を思い出したかのようにどよめいた。


ゲットライド!
(罠カード)
自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に存在する装備可能なモンスターに装備する。


「それだけじゃねえ……永続魔法『マシン・デベロッパー』の効果適用! “フォートレス”の攻撃力は、さらに200上がる!!」


マシン・デベロッパー
(永続魔法カード)
フィールド上に存在する機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、このカードに
ジャンクカウンターを2つ置く。このカードを墓地へ送る事で、
このカードに乗っているジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。


『マシンナーズ・フォートレス』
攻2500→攻2700→攻3200
守1600→守2100

「いくぜ……『マシンナーズ・フォートレス』! 『ブラック・マジシャン』を攻撃――」
「――トラップカード、オープン」
 遊戯は即座に反応し、場の伏せカードを開いた。

 ――ガシーンッ!!!


六芒星の呪縛
(罠カード)
このカードに攻撃を加えた者は
六芒星の呪いを受ける。


 六芒星の呪いが、“フォートレス”の動きを止める。同時に、その攻撃力を700ポイント下げた。
 
マシンナーズ・フォートレス:攻3200→2500

 これで何度目だろうか――キースはたまらず顔を引きつらせる。
(何故だ……なぜ通らねぇ!?)
 誰の目からも明らかな程に、このデュエルの明暗はハッキリしていた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,六芒星の呪縛,伏せカード1枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:マシンナーズ・フォートレス(攻2500),強化支援メカ・ヘビーウェポン,マシン・デベロッパー(カウンター:4)
手札:4枚


 遊戯がこれまでに召喚したモンスターは『ブラック・マジシャン』と、その生け贄召喚に使用した『ブロックマン』のみ。対するキースは様々なモンスターを召喚したが、その都度破壊され、崖っぷちにまで追い込まれていた。
(オレのライフはすでに残り100……わずかなダメージも許されねぇ)
 『マシンナーズ・フォートレス』には、戦闘破壊された際に発動する効果がある。しかしそれを許した瞬間に、キースの敗北が確定する。
(手札にトラップは無い。次のターン、生き延びる方法は――)
 脂汗が額に滲む。それを乱雑に拭うと、キースは手札の1枚に指を掛けた。
「まだだ! オレは『強化支援メカ・ヘビーウェポン』の効果を発動……ユニオン解除!」
 キースの宣言を受け、“ヘビーウェポン”は“フォートレス”から分離する。
 壁モンスターは増えたものの、これで攻撃表示の“フォートレス”の攻撃力はさらに落ちた――だがこれで、キースの場にはモンスターが2体。
「オレはこのターン、まだモンスターを通常召喚していない――場の“フォートレス”と“ヘビーウェポン”を生け贄に捧げ! 『パーフェクト機械王』を召喚する!!」


パーフェクト機械王  /地
★★★★★★★★
【機械族】
フィールド上に存在するこのカード以外の
機械族モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
攻2700  守1500


 本来ならば切札となり得る、最上級の機械の王。しかしそのままでは、強化された『ブラック・マジシャン』には及ばない。
「………………」
 キース・ハワードは考える。そして悩んだ末に、一つの判断をした。
「……オレは『パーフェクト機械王』を……守備表示とする」
 観衆がざわめいた。
 攻撃力2700もの最上級モンスターを“壁”扱い――確かに、一見するにその攻撃力は、遊戯の黒魔術師に届かないのだが。
「……さらに! 『マシン・デベロッパー』第二の効果を発動! “ジャンクカウンター”が4つ乗ったこのカードを墓地へ送ることで、レベル4以下のモンスターを復活させる! オレは“ヘビーウェポン”を再び喚び出し――『パーフェクト機械王』に装備!!」
 “ヘビーウェポン”は再びドッキングし、モンスターの攻守をアップさせる。

『パーフェクト機械王』
守1500→守2000
攻2700→守3200

「……オレはこれで……ターンエンドだ」
 キース・ハワードのそのプレイングに、客席では物議が醸し出された。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,伏せカード1枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:パーフェクト機械王(守2000),強化支援メカ・ヘビーウェポン
手札:3枚





(昨日とはまさに別人だな……ユウギ・ムトウ)
 観客スタンドの最上段に立ち、ガオス・ランバートはデュエルリングを見下ろしていた。
 そんな彼のもとに、一人の青年が現れる。
「――“神官団”の配置……完了いたしました、ガオス様」
「……気が早いな、カール。まだ小一時間は掛かるだろうに」
 ガオスは振り返ることなく、背後の青年――カール・ストリンガーに応える。
「……声に余裕が無いな。やはり納得できぬか……この決定が」
「いえ。貴方は僕の主君であり、そして“父”でもある……。貴方様の判断に、異論の余地などありません」
 片膝をつき、カールは応える
 カールのその返答に、ガオスは物足りなさを感じた。
(貴様に期待しているのは、そのような役割ではないのだがな……カール)
 心中でそうぼやきつつ、ガオスは再びデュエルリングに注意を向ける。





「――なあ……キース・ハワードは何で、『パーフェクト機械王』を守備表示で出したんだ?」
 観客の一人がそう言った。
 “ヘビーウェポン”の装着により攻撃力は3200、『ブラック・マジシャン』の攻撃力3000を上回っている。
「――残りライフ100だからだろ? 少しのダメージも許されないから守備表示に……」
「――でもさ、逆転のチャンスを潰してまですることかな? 慎重すぎない?」
 キースのプレイングに、疑念が沸く。
 とはいえ彼は全米チャンプ。そこには必ず意図があるに違いない――そう信ずる者がいる一方で、別の意見を抱く者も少なくなかった。

「――何かさ……キース・ハワード、弱くない?」

 観客の誰かが、そう言った。





 キース自身、『パーフェクト機械王』の守備表示には迷いがあった。
 しかし、それこそが最善であるように感じた――否、そうしなければ敗北すると、直感が訴えかけたのだ。
(どうなってやがる……!? 遊戯に勝てるイメージが、まるで沸いてこねぇ)
 手札を持つ手が、震えている。
 武者震いなどではない――明らかな“恐怖”。圧倒的強さを持つ敵を前に、精神が委縮している。
「――“俺”のターン……ドロー」
 遊戯は静かに宣言し、カードをドローした。


幻想の魔術師  /闇
★★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、自分のメインフェイズ及び相手のバトルフェイズに
ライフを500支払うことで、場のモンスター1体を選択する。
この効果で選択されたモンスターは、エンドフェイズまで
攻撃力が500下がり、攻撃できない。
この効果を使用したターン、このモンスターは攻撃できない。
攻1500  守1100


「……このまま、バトルフェイズに入る。『ブラック・マジシャン』で『パーフェクト機械王』を攻撃!」

 ――ズガァァァァァッ!!!

 黒魔術師の魔力波動が、守備表示の“機械王”を直撃する。
「クッ……だが! “ヘビーウェポン”の効果発動! このカードを身代わりとすることで、装備モンスターの破壊を無効にする!!」
 装着された“ヘビーウェポン”が、爆発を起こして砕け散る。
 しかしこれで、最上級モンスターを場に維持することには成功した。
「……カードを1枚セットして、ターン終了」
 それも大した問題ではない様子で、遊戯は平然とエンド宣言を済ませた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,伏せカード2枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:パーフェクト機械王(守1500)
手札:3枚


(よし……これならまだいける! 『パーフェクト機械王』には、場の他の機械族1体につき攻撃力を500上げる効果がある! 手札のモンスターを召喚すれば、『ブラック・マジシャン』は倒せる!)
「――ドロー! オレはこのモンスターを……」
「――リバーストラップオープン、『削りゆく命』」
 それは、このデュエルの最初から仕掛けられていたカード。
 刹那、キースの動きが凍りつく。遊戯が発動したそのカードは、キースにとって、あまりにも残酷な意味を持った。


削りゆく命
(罠カード)
このカードをリバース状態で費やしたターン数と
同じ枚数を相手の手札から抜き取り、墓地に置く。


「……このカードがリバース状態で費やしたターンは4ターン。つまり――」
「……!!!」
 キースは両眼を見開き、わなわなと震わせた。
 今、キースの手札は4枚。その全てを、捨てなければならない。
「………………」
「………………」
 奇妙な沈黙が流れた。
 長い沈黙の末に、キースは正気に戻る。
「ク……それなら! オレはその効果適用前に、手札からこのカードを発動する! 『一時休戦』!」


一時休戦
(魔法カード)
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


「この効果により互いに1枚ずつドローし……そして、次の相手ターン終了時まで、互いのプレイヤーへのダメージは発生しねぇ」
 苦虫を噛み潰したような表情で、キースはカードをドローする。このカードの発動は、キースのアドバンテージには全くならない――この時点でやはりキースの手札は4枚。『削りゆく命』の効果適用により、その全てを捨てなければならない。
 次のターンを延命するためだけの、やむを得ない苦肉の策。

「――俺のターン。『ブラック・マジシャン』の攻撃」

 ――ズガァァァァァッ!!!

 キースの場の『パーフェクト機械王』が砕け散る。
 『一時休戦』による効果は、プレイヤーにしか適用されない。モンスターは護られない。
「カードを1枚セットして……エンドフェイズ。手札が7枚あるので、1枚を捨てて、ターンエンド」
 持て余したカードを捨てて、ターンを終える。
 観戦する者からすれば、それは“余裕”ともとれただろう。デュエルリング上の2人の差は、もはや火を見るより明らかだ。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,伏せカード2枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:
手札:0枚





「スゲェ……圧倒的じゃねぇか、遊戯のヤツ」
 城之内は息を呑んだ。
 キースとの一戦、遊戯ならきっと勝つと信じていた――けれど、ここまで一方的な内容になるなど、予想だにしていなかった。

(武藤くん……まさかここまでやるとは。全米チャンピオンを相手に……しかし)
 月村浩一は感嘆と、そして違和感を抱く。
 自分が見惚れた武藤遊戯というデュエリストは、果たしてこのようなデュエルをする人物だったろうか――と。

(スッゴイね、遊戯くん。もう楽勝って感じじゃない?)
『(…………)』
 絵空は無邪気に感心する。しかし天恵は、同様の反応を示す気にはなれなかった――デュエルリング上で起こっている事態を、おおよそ理解できたから。

(そうだ遊戯……オレは、それが見たかった!)
 海馬瀬人はただひとり、高揚を示した。
 圧倒的力量を見せつける遊戯に対し、むしろ対抗心を燃やす。
 前大会決勝戦で、遊戯が敗北してでも隠し通したモノ――その片鱗が目の前にあると、本能で確信する。
(その貴様を倒してこそ……オレは頂点に立てる! 貴様に勝利することで、今度こそ――真なる“王”となってみせる!!)
 口元から、不敵な笑みがこぼれる。
 敗北など微塵も恐れない、自信に満ち満ちた笑みが。




「――パパ……パパが……」

 城之内はふと、その小さな存在に気が付いた。
 キースの息子――まだ年端もいかぬその少年は、震える瞳でその光景を見ていた。
 “ヒーロー”たる父親が、まるで“嬲り殺し”のような状況で、敗北を迎えんとしている――それは彼にとって、どれほど残酷な光景だろう。
 しかし彼は、それでもキースを見続けた。
 “ヒーロー”を信じて。“父親”を信じて。
 きっと、絶対、必ず勝ってくれる――残酷なまでに、妄信的に。

 城之内はその姿に、眉をひそめる。
 現実を教えてやりたい――そんな酷な衝動さえ沸いた。
 その少年の姿に、かつての自分がダブって見えた。





 キース・ハワードにはもう、完全に後が無かった。
 手札も、場にもカードは無い。ライフは風前の灯。勝てるハズなど、あるわけがない。
(何故だ!? オレと遊戯の間には……ここまでの実力差はなかったハズだ!!)
 昨日の、太倉深冬との試合を想起しても分かる。
 今日の遊戯は明らかに別人だ――強さの桁が、違い過ぎる。

 キース・ハワードはようやく悟った。
 今朝、遊戯の同情を誘おうと話をしたのは失策――自分は何らかの、触れてはならぬ“逆鱗”に触れてしまったのだと。

「……悪魔かよ……テメェは」
 震える声で、精一杯の悪態を吐く。しかし遊戯は、動じた様子など微塵も見せない。
 まるで“何か”が憑りついたかのように、キースを冷たく見据えている。

(もう……勝てるワケがねぇ。ここからの逆転なんざ、百パーセント不可能……)
 もう無理だ。限界だ。
 決闘者としての彼の心は、完全に折れてしまった。
(イカサマを仕掛ける……? いや無理だ。こんな大観衆の前で、バレないわけがねぇ)
 ならばもう、負けるしかない。
 後は見苦しく足掻くか、潔く降参(サレンダー)するかの二択だけ――あまりの惨めさに、引き攣った笑いが込み上げた。

 バカバカしい――何が“ヒーロー”だ、何が“父親”だ。
 そもそも、んなモン無理だったんだ。オレには“あの男”の血が流れている。
 どう逆立ちしたって、“父親”なんぞにゃなれねぇ。

 下らねぇ――らしくねぇことしちまった。現実を見せりゃあいいじゃねぇか。
 テメーの父親ってやつは、“ヒーロー”でもなんでもねぇ。
 テメーとテメーの母親を捨てた、ただの糞野郎だってよ。

「……やってられるかよ……もう」
 小さく、投げ槍に呟くと、キースは右手の平をデッキに向けた。
 “サレンダー”――その意思は、観衆にも見て取れた。いや、むしろ当然の対応とも思われた。
 ここからの逆転など、夢物語にも程がある。
 これで決着だ――誰もが信じて疑わなかった、その瞬間、


「――何やってんだよ!! キース・ハワードッ!!!


 意外な怒声が、キースのその行為を止めた。
 その声の主は、なおも続ける。精一杯に声を張り上げ、キース・ハワードを叱責する。

「――テメーのガキが見てんだろ!? テメーはそれでいいのかよ!!?

 本田や杏子は呆気にとられる。
 この場面でキースを激励した、その意外な人物に。
「じょ……城之内? お前、何で……」
 城之内は真剣な眼差しで、キース・ハワードを見上げる。



 キースは息子の姿を見た。
 そうだ、分かっている――下らないと嘯(うそぶ)きながら、なぜ見栄を張り続けてきたのか。
(オレはあのガキに……昔の自分を重ねている)
 自分の面影を宿す、その少年に。かつての自分を。

 自分の父親は最低の人間だった――だからこそ、

(オレはアイツに誇って欲しい……“父親”を。お前の“父親”を、自慢に思って欲しい)

 たとえそれが幻想でも、真実ではなくても。

 ――オレはお前に誇って欲しい……オレの背中を


「――オレのターン!! ドローッ!!!」
 迷いを振り払い、キースは力強くカードを引く。
 そしてそのカードを、即座に発動してみせた。
「これがオレの――最後の足掻きだ! 『オーバーロード・フュージョン』!!」


オーバーロード・フュージョン
(魔法カード)
自分フィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターを
ゲームから除外し、闇属性・機械族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「墓地から『可変機獣 ガンナードラゴン』、『マシンナーズ・フォートレス』、『パーフェクト機械王』を除外!! 機械族最上級モンスター3体を融合――召喚、『究極機獣 オーバー・スローター』ッ!!!」


究極機獣 オーバー・スローター  /闇
★★★★★★★★★
【機械族・融合】
レベル7以上の機械族モンスター×3
上記のカードを素材とした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
このカードは攻撃可能な場合には、相手フィールドの
全てのモンスターに1回ずつ、必ず攻撃しなければならない。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できない。
攻4000  守備力3500


 数多の砲塔を構えた厳つい“機獣”が、キースのフィールドに生成された。
 その全ては遊戯のフィールドに向けられ、今にも火を吹かんとしている――名前に違わぬ、モンスター抹殺の大型機獣。

 観衆が沸いた。この土壇場での超大型モンスター召喚に、一気に関心が高まる。

「………………」
 遊戯は眉ひとつ動かさない。
 その程度で戦況は覆らない――そう確信しているかのように。

 そう、事実として彼のフィールドには――この状況を物ともしない、必殺のトラップが仕掛けられていた。


聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手が「攻撃」を宣言した時
聖なるバリアが敵を全滅させる


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,伏せカード2枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:究極機獣 オーバー・スローター
手札:0枚




決闘125 My great father(後編)

 ――“あの人”はいつも、ボクの側にはいてくれない人だった

『――若い頃のワシにそっくりじゃな……アイツは』
 そう言って、じいちゃんは困ったように笑う。

『――昔から色んな人に頼られるから……あの人は』
 ママはそう言って、少しだけ淋しげに微笑む。

 “あの人”はいつも、海外で仕事をしている。
 家には、年に1回か2回くらいしか帰らない。

 立派な人なんだと思う。
 すごく仕事ができる人で、だからなかなか帰れないって、ママは言う。

 本当のことなんだって思う。

 疲れているみたいなのに、帰ってくるといつも、ボクと遊んでくれる。
 “あの人”と一緒にいると、すごく楽しい。
 すごくいいお父さんなんだって、分かる。
 でも、

 ――“あの人”はいつも、ボクの側にはいてくれない人だった

 本当は言いたかった。
 もっと側にいてほしいって。
 立派じゃなくてもいいって。

 でも言えなかった。
 言っても困らせるだけだから。
 “あの人”は、立派なお父さんなんだから。
 受け入れなきゃいけない。

 だからボクは、千年パズルに願った。

 ――“親友”がほしい
 ――どんな時でも裏切らない
 ――そして、裏切られない“親友”が

 ――ボクをもう孤独にしない
 ――ともに生きてくれる“絆”が
 ――ボクを“この世界”に繋ぎとめる……決して切れない、鎖のような“絆”が





究極機獣 オーバー・スローター  /闇
★★★★★★★★★
【機械族・融合】
レベル7以上の機械族モンスター×3
上記のカードを素材とした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
このカードは攻撃可能な場合には、相手フィールドの
全てのモンスターに1回ずつ、必ず攻撃しなければならない。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できない。
攻4000  守備力3500


 攻撃力4000、切札たる超大型モンスターを喚び出しながらも、キースの表情は全く緩まなかった。
(集中しろ……! アイツの前でこれ以上、みっともないデュエルはできねぇ。どれほど絶望的でも――無理でも活路を見出す!!)
 とはいえ、キースに残された選択肢はほとんど無い。
 キースの機獣“オーバー・スローター”は、攻撃可能な場合には必ず攻撃しなければならない効果を持つ。
 キースは、遊戯のフィールドを睨む。彼のフィールドには、伏せカードが2枚。そのうちの1枚が、やけに気になった。
(あのリバースは何だ……トラップ? それもかなり危険な――まさか)
 この異常な状況で、キースは異常な危機察知を見せる。
 彼が全米チャンプに返り咲いたのは、マグレではない。“決闘者王国”で見せたデュエルなど、本来の彼の足元にも及ばない。

 だからこそ、現在の、この状況があるとも言えた。
 相手が今のキースでなければ、決着はとうについていただろう。
 常人には察し得ぬ危機を、ここまで幾度となく凌ぎ続けた――それが凡人に理解できぬのは、彼にとってあまりに不幸とも言えた。

「――オレは“オーバー・スローター”を……守備表示で特殊召喚し、ターンエンドだ」

 観衆が、その“奇行”にどよめいた。
 “オーバー・スローター”の攻撃強制効果は“攻撃可能な場合”のみ。確かに、守備表示にすれば、それを回避することはできる。
 しかしまさか、せっかく喚び出した切札を“壁”にするなど――理解の範疇を超えた“奇行”。ほぼ全ての観戦者が、それを理解できなかった。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン(攻3000),マジック・クリスタル,伏せカード2枚
手札:6枚
<キース・ハワード>
LP:100
場:究極機獣 オーバー・スローター(守3500)
手札:0枚





「――終わったな……キース・ハワード、この程度か」
 ガオス・ランバートが失望混じりに発したその言葉を、カールは意外に感じた。
「……いや、そうでしょうか? 武藤くんの場にはリバースが2枚……迎撃のトラップという可能性もある。必ずしもミスとは呼べないのでは?」
 普通ならやはり、攻撃に逸(はや)る場面だろう。
 しかしだからこそ、キースには考えがあるように思えた――デュエルリング上の彼には、自分たちには見えぬ“何か”が見えているのではと。
「……認めよう。だが、そうして生き延びて何になる? キースはこれまでにも幾度となく、傍からは分からぬ危機回避を行ったやも知れん。だが……負けないだけでは、デュエルに勝てぬ。これほどの劣勢で、本当に逆転を諦めぬなら、奴は攻撃すべきだった――たとえユウギ・ムトウの場に、如何なるカードが伏せられようとも」
「……! たとえ武藤くんの伏せカードが……“ミラーフォース”のような、強力なトラップだったとしても、ですか?」
 そうだ、とガオスは言い切る。
 とはいえ、それも酷というものか――2人の間には、あまりにも力量差があり過ぎた。
(強き“魂(バー)”は運命を引き寄せる。“王の遺産”……昨日の試合では見られなかったが、“魔力(ヘカ)”無き者に扱い得たとはな)
 むしろ、意外な好相性かも知れない――“魔力”無きが故に、“魂”の加速度が鈍い。それ故に、“最悪”の事態を避けられている。
(“魂”の質低下も比較的鈍い……これはヤツ自身の特性か? 分からんな。奴は今、どこまで精神汚染が進んでいる?)
 だがやはり、使いこなしているとは到底言えない。“魂”の加速度が低ければ、それだけ効果は劣る――これでは当然“神殺し”には届かない。
(ユウギ・ムトウが、ゾーク様を殺し得るなど……やはり貴様の妄言としか思えぬよ、ヴァルドー)
 額にウジャト眼を輝かせ、ガオスは注意深く、そのデュエルの観戦を続けた。





「――俺のターン……ドロー」
 遊戯はゆっくりとカードを引く。
 しかしもはや、それを確認する必要すらない――このデュエルを終焉へ導くカードは、すでに場に伏せられている。
「リバースマジックオープン――『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!」
「!!?」
 あまりにも意外なカードの発動に、キースのみならず、会場全体がどよめいた。


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカード
によって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「……バカな!! それはドラゴン族専用の融合カード! 何故お前のデッキに入ってやがる!?」
 声を荒げ、キースは問う。
 理解ができない、理解の範疇を超えている――遊戯は昨日の試合でも、ドラゴン族モンスターを一度も使用していない。このデュエルでも、一度も見せていない。
(ヤツの墓地のモンスターは『ブロックマン』のみのハズ! それでどうやって融合を!?)
 キースを含め、観衆の多くが、昨日のある試合を想起していた。
 第七試合にて、常軌を逸したデュエルを見せた男“ヴァルドー”――彼もまた意表を突くタイミングで、このカードを使い、デュエルを大きく揺るがせた。
「……俺はフィールドの『ブラック・マジシャン』と、墓地の――『破壊竜ガンドラ』を除外する」
「!? な、ガンドラ……!??」
 そんなカード、いつの間に墓地へ――口に出して問う前に、キースは気が付いた。
 直前のターン、遊戯の手札は7枚となり、1枚を墓地に捨てた。タイミングはそこしか考えられない。

 “破壊竜”の巨躯が、遊戯のフィールドに現れる。黒魔術師は飛び上がると、何やら呪文を唱え始めた。
 自身の身体を霊体に変え、“破壊竜”の胸の赤い球に取り込まれる。彼の魂と同化し、ガンドラは実体を得て、高らかに咆えた。

「――『破壊魔導竜 ガンドラ』!!」


破壊魔導竜 ガンドラ  /闇
★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「破壊竜ガンドラ」+レベル7以上の黒魔術師
上記のカードを素材とした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
このカードは融合召喚されたターンの終了時、破壊される。
バトルフェイズ中、ライフを半分払うことで、フィールド上の
全てのモンスターを破壊し、ゲームから取り除く。
このモンスターが破壊されたとき、融合素材とした黒魔術師を
墓地または除外ゾーンから特殊召喚する。
攻0  守0


 竜の咆哮は大気を震わせ、その存在は地を揺らす。
 キース・ハワードは否応なく、自らの敗北を悟った。
 遊戯が新たに喚び出したモンスター ――その能力は分からずとも、それが自分にトドメを刺し得る存在であることは、容易に想像がついた。

「――何が悪いってんだよ……オイ」

 キースは、吐き捨てるように訊いた。
「父親が……ガキの前で見栄張って、何が悪いってんだよ!!?」
 八つ当たりのように問う。
 『マジック・クリスタル』が墓地へ送られたことにより、遊戯はカードを1枚引く。そして彼らしからぬ強い眼光が、キースの姿を睨み――言葉を紡いだ。
「……別に悪くはないさ。ただ――」

 ――ただ
 ――ただ“ボク”は、あの人に……

「――ただ、そんなことをしなくても……お前はあの子の“父親”だろう?」
「……!?」
 キースは両眼を見開いた。
 遊戯は一度目を伏せると、改めてキースを、彼の場の“機獣”を睨んだ。
「俺はライフを半分支払い――『破壊魔導竜 ガンドラ』の特殊能力発動! 場のモンスター全てを破壊し、ゲームから除外する!!」
 ここまでは、『破壊竜ガンドラ』と全く同じ能力。実際、融合モンスターとして誕生しながらも、“破壊魔導竜”の外見は、オリジナルの“ガンドラ”と全く同じに見えた。

 遊戯のLP:4000→2000

 “ガンドラ”の全身が、赤い光を解き放つ。その咆哮を合図として、フィールド全体に、破壊の雨を降らせた。
「――デストロイ・ギガ・レイズ!!!」

 ――ズガガガガガガガァァッッ!!!!!!

 豪快な爆裂音とともに、光がフィールドを制圧する。
 キースのフィールドの“オーバー・スローター”を、欠片も残さず撃ち砕く――己もろとも。
 しかし爆煙に包まれたフィールドには、ただ一人、黒魔術師の姿が残されていた。
「……『破壊魔導竜 ガンドラ』、第二の効果。このドラゴンが破壊されたとき、融合した黒魔術師はフィールドに解放される」
 “ブラック・マジシャン”は杖を構える。
 ガンドラの能力により一掃され、フィールドに他のモンスターはいない。何の憂慮も無く攻撃できる。
「ブラック・マジシャンの追撃――黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 ――ズガァァァッ!!!

 キースのLP:100→0


<武藤遊戯>
LP:2000
場:ブラック・マジシャン,伏せカード1枚(聖なるバリア−ミラーフォース−)
手札:8枚
<キース・ハワード>
LP:0
場:
手札:0枚


 まさに圧勝、圧倒的すぎる勝利。
 少しの間を置いて、審判・磯野は思い出したように叫んだ。

『にっ、二回戦第一試合、勝者――武藤遊戯っ!!』

 客席から歓声が上がる。期待した激闘とは違う、あまりにも一方的なワンサイドゲーム――しかし最後の盛り上がりを見て、観衆は一応の盛況を見せる。
 実力の拮抗したシーソーゲームとは全く異なる、極めてセンセーショナルな内容であった。


 デュエルの終了を受け、遊戯は大きく息を吐き出した。
 不意に眩暈を覚え、軽くよろける。

 大丈夫、“まだ”大丈夫だ――自身にそう言い聞かせ、感情を鎮める。

 ふと顔を上げると、キースは敗北を受け、膝を折っていた。
 そんな彼の前には、両手を広げ、彼を守らんと立ち塞がる、少年の姿があった。
「……!? マ、マイク……?」
 キースは唖然としながら、少年の名を呼んだ。おそらく階段を駆け上がってきたのだろう、肩で息をしている。
 少年は泣きべそをかきながら、それでも遊戯を睨み、彼に告げた。

「――ぼくがおっきくなったら……おまえなんか、ぜったいにやっつけてやるからな!」

 遊戯は毒気を抜かれたように、両眼を瞬かせた。
 しかし納得したように、溜め息を一つ吐く。そして、
「ああ……楽しみにしているよ」
 未来のデュエリストにそう告げて、遊戯はデュエルフィールドを後にした。





 デュエルの決着を受け、ガオス・ランバートは額のウジャト眼を消した。
 そして哀れみの目を向ける――敗けたキースにではなく、武藤遊戯に対して。
 “魂”の加速化――それはすなわち、時間(とき)を歪めること。その代価は当然に、自身で支払わねばならない。

「――この一戦で貴様は……寿命を何年早めた? ユウギ・ムトウよ……」

 “王”に呪われしその少年に対し、純粋な哀れみを向けた。




決闘126 王の呪い

 ――冥界の神となりしかの王は、太陽のごとき魂の持ち主だったという

 ――命を炎に喩えよう
 ――それを灯す蝋燭は、一様ではないのだろうか?
 ――命の輝きは何故こうも違う?
 ――かの王はなぜ人間を超え、神たり得たのか?

 ――人間は生きて百年
 ――しかしこれは、肉体の寿命に過ぎない
 ――人間の魂には、果たしてどれほどの可能性があるのか?
 ――私はそれが知りたい
 ――人間の魂はより強く、より長く輝けるはずだ

 ――それこそが、あの愚劣なる王を、王たらしめる無二の方策ではなかろうか





 ――私はひとつの真理を得た
 ――私の仮説は正しかった
 ――人間の魂には実に“千年”分の寿命がある
 ――それを加速し、魂を輝かせる
 ――これこそが、人間を神へと進化させ得る、唯一の道

 ――蝋の燃焼速度を上げれば、炎は必然に輝きを増すはずだ
 ――支障ない
 ――魂には九百年余りの余剰がある
 ――あとは人間と神の距離

 ――魂をどこまで加速すれば、人間は神に至れるだろうか





 ――魂の加速度が上がらない
 ――闇魔術の応用で成せるはず、失敗の要因が不明瞭だ
 ――単純な出力の問題であろうか
 ――摂理から外れるということは、やはり容易ではないのか

 ――人間が神を超えようなど、やはり絵空事に過ぎなかったのだろうか





 ――悪魔の研究成果を得た
 ――人間から最も魔力を抽出できる時機、それは死の瞬間に他ならない
 ――我が研究魔術を行使するには、相当数の人間の死が不可欠なのだ

 ――あの愚劣なる王が、この事実を知ったらどうするだろうか?
 ――嬉々として、虐殺を命ずるかも知れない

 ――研究はここまでだ
 ――私はあと少しで、取り返しのつかぬ大罪を犯すところであった





 ――許せ村の者達よ
 ――私には、私の守らねばならないものがある

 ――汝らの死は無駄にはしない
 ――汝ら99の死は“闇世界”への扉を開き、我が錬金術に不可欠な“火種”をもたらしてくれる

 ――時を加速する呪法
 ――己の時を加速し、魂を輝かせる秘術

 ――己を神と成すことで、神の存在を否定する
 ――神殺しの剣

 ――あの愚劣なる王は神となり、王国を輝き照らすはずだ
 ――燦然と、太陽のごとく





 ――王は死んだ
 ――泥のような光を垂れ流して
 ――濁りきったあの光こそが、あの王の魂だったというのか?

 ――考えている暇はない
 ――すぐに国へ帰らねば
 ――処刑されるべきは私だ
 ――家族には何の罪も無い

 ――王が死んだこと、それを罪とは思わない
 ――しかし、村の者達は別だ
 ――謂れ無き彼らの死に、せめて我が死で贖おう





 ――殺シテヤル
 ――全テ殺シテヤル

 ――我が愛しき者達の魂を、せめて貴様らの血で鎮めよう……――





「――シャイは“王の遺産”を生み出した際、3つ……いや、4つの誤算をしていた。故にこの力は“呪い”として、後の時代へ受け継がれることとなった……」
 ガオス・ランバートはそう語る――デュエルフィールドから階段を降りつつある、遊戯の姿を見下ろしながら。
「第一に、“寿命”の誤解。人間の魂には確かに“千年”の時間が与えられているが……それは“人間”の寿命とイコールではない」

 ――魂と肉体、この二つを以って、我々はそれを“人間”と呼ぶ
 ――しかし時を経る毎に、魂と肉体には齟齬(そご)が生じる
 ――故に人間が現世に在れる時間は、やはり百余年に過ぎないのだ

「……第二に、“魂(バー)”の誤解。“魂”の強さはその“量”のみでは定まらない……高い“質”を持つ“魂”は、僅かでも甚大な価値を持つ。即ち、質と量の乗算を以って、初めて“魂”の強さと見なせる」

 ――しかし時の加速は、“魂”の量を増やす一方で、その質を急落させる
 ――不自然に増加した“魂”は、その者の精神を汚染し、多大な負荷を掛ける
 ――結果、それは“魂”の質低下を招き、“魂”の強化を著しく阻害する
 ――個人差こそあろうが……仮に万倍に加速したところで、“魂”の強化は1割にも届くまい
 ――“魂”の質を下げ過ぎ、逆に弱体化さえあり得る
 ――あまりにも非効率なエネルギー変換

「……第三に、“時の操作”の問題。“闇の錬金術”により加速度は足りても、コントロールは本人の“魔力(ヘカ)”次第。時を自在に歪めようなど、それこそ神の為せる業だ……操り切れるわけがない」

 ――魂は加速度的に速まり、それは精神を汚染する
 ――精神が汚濁する程に、魂は徒に加速し、瞬く間に“百年”を浪費してしまう
 ――シャイが仕えし愚かな王は、そうして自ら死を迎えた
 ――この結果を回避するには、相当に上等な“魔力”が求められる

 ――事実として、エジプト第18王朝ファラオはこの力により、一時は“神”に至ったという
 ――しかし、魂を加速し過ぎたために“百年”を失い、肉体から剥離する自身ごと“大邪神”を封印した

「――この3点を克服したものが、2体のホムンクルス……そしてエジプトで造られた7つの千年アイテム。前者は、不死の生物たるホムンクルスを“器”とすることにより……後者は、錬金術により精製した特殊な金属を“器”とすることにより、この呪いのリスクを大幅に下げた」
「……! しかし何故、“魔力”を持たない武藤くんに“王の遺産”が扱えたのでしょう? 今のデュエル中、まるで彼は“別人”のように感じられました。まさか――」
 カールのその言葉に対し、「違うな」とガオスは応える。
「“かのファラオ”の魂は冥界へ還った……あれはユウギ・ムトウ本人だよ。“魂の加速”は精神に過負荷を掛け、その人格にさえ影響を与える――ヤツが“遺産”を操れていない、何よりの証拠だ。……もっとも、本人がどう認識しておるかは知らぬがな」
 いやむしろ、精神に掛かる負荷を踏まえれば――人格を歪め、本当に“別人”ともなりかねない。これは、そういう“呪い”なのだ。
(……第四の誤算、“王の呪い”は不滅の呪い。99の怨嗟により錬成されたそれは、対象が死しても消えはしない……何代にも渡り、血縁にも依らず、ただあの土地の“王”に継承され、呪い続けた――故に“王の遺産”)

 ――浄化され得ぬ、永劫の“穢れ”
 ――“王”を死へと加速させる
 ――まさに呪い
 ――負の遺産

(……“かのファラオ”とともに、冥界へ消えるはずだった呪い。だがやはり、“魔力”無きユウギ・ムトウには扱い得ない……我々の脅威になるとは、到底思えんな)
 ガオス・ランバートはまだ知らない。
 “武藤遊戯”という人物に隠された、もうひとつの秘密――それが“彼ら”にとって、どれほど残酷な意味を持つかを。





 デュエルフィールドから降りてきた遊戯を、仲間たちが出迎える。
 だがその中で一人、城之内は浮かない顔で、遊戯に話しかけた。
「――悪かったな遊戯……キースの応援なんてしちまってさ。あんまり一方的なデュエルだったから、見てらんなかったっつーか……」
「え……キースの、応援?」
 何のことだが分からない様子で、遊戯はキョトンとして瞬きをした。
「んだよ……気づいてなかったのか? それにしてもスゲー内容だったよな。遊戯が勝つって信じてたけど、ここまで一方的になるとは思わなかったぜ」
「ン……そうかな。たまたま運が良かっただけ、だと思うけど……」
 遊戯はそう言って、小さく苦笑いする。
「? 遊戯、どうかしたの? 元気ないけど……」
 杏子の問いに、「心配ないよ」と遊戯は応える。
「夢中でデュエルしたら……少し疲れたみたいでさ。次の試合は午後だし、休めば大丈夫だよ」
 少しよろけた足取りで、遊戯は近くの長椅子に腰を下ろす。そして大きく、息を吐き出した。

『――それでは続きまして! 二回戦第二試合に移ります! シン・ランバートVS城之内克也! 両選手はデュエルリングへお上がり下さい!!』

「おっ……次は城之内の出番か」
「無茶しないでよ。下手したらアンタも、マリク達みたいに――」
 杏子の言葉に「わーってるよ」と生返事をしながら、城之内は――月村浩一に向き直った。
「――さっきの話……忘れないでくれよな」
「……! ああ、分かっているよ」
 月村の返答を確認すると、城之内は気持ちを入れ替え、気合いを入れた。
「――っしゃ! んじゃまあ、行ってくっか……準決勝で会おうぜ、遊戯!」
 そう言って、城之内は決闘の舞台へ進む。
 その背中を見つめる遊戯に、隣に座った絵空が――いや、月村天恵が話し掛けた。

「――その力……もう、使わないでもらえますか?」
「!」

 遊戯は驚き、彼女を見る。天恵の瞳は真剣に、遊戯の両眼を見つめていた。
「……“それ”は本来、人間が使って良いものじゃない。使い続ければアナタは――“アナタでいることが出来なくなる”。だから……」
 探るような視線を受け、遊戯は苦笑し、瞳を閉じて応えた。
「……分かってる。少し、感情的になっちゃってさ……大会で使うつもりなんて、本当はなかったんだけど」
「…………!」
 遊戯の身を案じ、天恵は顔をしかめる。“千年聖書”で得た知識から、天恵には理解できている。
 その力――“千年を喰らう呪法”は、対象者の時間を喰らうばかりでなく、精神をも汚染する。それを軽減する手段こそが、ヴァルドーの“剣”であり、ティルスの“翼”なのだ。それらを持たぬ遊戯は、呪いの“侵食”を色濃く受ける――精神に甚大なダメージを被り、人格にも障害が生じ得る。
(……それだけじゃない。使うほどに“呪い”は魂に馴染む……“呪い”から逃れられなくなっていく)
 遊戯がこの力に目醒めてしまったのは、“死神”との一戦――以来、感情の高ぶりに感応し、“加速”を始めんと首をもたげる。
(…………。この人をもう、巻き込むわけにはいかない……)

 ――この人はきっと使ってしまう……誰かを救うためならば
 ――己が負う傷など、微塵も厭わずに

 ――今のデュエルにしてもそうだ
 ―― 一見、無機的にも見えたその闘い方にも、何らかの意図があったはず
 ――そしてそれはきっと、彼自身ではない“誰か”のため
 ――そう、確信できる
 ――だから

 天恵は両手を握りしめ、ひとつの決意をした。
(ガオス・ランバートは――私が止める!)
 彼こそは“ルーラー”の首領であり、“ゾーク・アクヴァデス”の要。彼を制することができれば、“彼女”の計画は止められる。そして、それを成せるだけの力はすでにある――天恵の手の中に。
 “千年聖書”のウジャトが輝く。今現在、このアイテムの所有権は彼女にあるのだ。

 だからこそ分かる――知っている。
 天恵は顔を上げ、デュエルフィールドを見上げた。
 ガオスの息子“シン・ランバート”――彼が所持する“魔神”に隠された、驚くべき真実を。





「――やめておくなら今のうちだぜぇ……城之内克也クン?」
「……!?」
 デュエルリング上、互いのデッキを交換したタイミングで、シンは城之内にそう告げた。
「クハハ……“魔神”がデッキの底へいくよう、祈りながらシャッフルするんだな。そうすりゃ、ちったぁ勝ち目が出てくるかも知れないぜぇ?」
「……ケッ、余裕ぶりやがって。ならよ、ひとつ賭けをしねーか?」
「……アア?」
 城之内はシャッフルの手を止めると、デッキを突き付け、シンに告げた。
「……テメーはマリクやリシドと、約束してたんだろ? テメーを倒せば“ルーラー”ってやつは解散させる……ってよ。その約束、オレとのデュエルでも有効にしろ!」
「…………クハッ。何かと思えば、かたき討ちのつもりかよ? いいぜ、好きにしろよ。その代わりテメーが敗けたら、ヤツらと同じ病院送りだがなぁ」
 互いにデッキを受け取ると、2人は背を向け、距離をとった。
 磯野はそれを確認すると、右手を高らかに挙げ、宣言した。

『――では……デュエル開始ィィィィッ!!!!』

 宣言と同時に、両者はデッキから5枚のカードを抜き放つ。
 そしてすぐに、城之内はデッキに再び指を伸ばした。
(いくぜ……リシド、マリク、イシズ!!)
「オレの先攻――ドローッッ!!」
 自分が背負うものを想起し、瞳に強さを宿して、城之内はデュエルに身を投じた。





「――カールよ。貴様はこのデュエル……どちらが優位と予想する?」
「……?」
 ガオスが掛けたその質問に、カールは首を傾げた。
 訊くまでもない愚問だろう――そう思いながら、当然のごとく返答する。
「……無論、シン様でしょう。あの御方には“魔神”がある。城之内克也に、それに対抗できるカードがあるとは思えません」
「……妥当な見立てだな。確かに、あの3枚がある限り、アレの有利は揺るぐまいよ。だが――」
 ガオスは期待に満ちた眼差しで、城之内を見つめた。

「――儂は断然……カツヤ・ジョウノウチを推すがね」




決闘127 魔神への挑戦

 6枚の手札を確認すると、城之内はすぐに判断し、行動を起こした。
「オレは『蒼炎の剣士』を攻撃表示で召喚し――カードを1枚セット! ターン終了だ!」


蒼炎の剣士  /炎
★★★★
【戦士族】
このカードが破壊されフィールド上から墓地へ送られた時、
デッキから「炎の剣士」1体を特殊召喚する事ができる。
攻1800  守1600


<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,伏せカード1枚
手札:4枚


「フン……俺のターンだ! まずは小手調べってね……『暗黒のミミック LV3』を守備表示で召喚! さらに2枚セットして……ターンエンド!」
 シンが喚び出したのは、マリク戦でも披露した、ドロー効果を持つ壁モンスター。後ろには2枚のリバースカードを揃え、まさに無難な立ち上がりと言えよう。


暗黒のミミック LV3  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって墓地に送られた場合、
このカードのコントローラーはデッキからカードを1枚ドローする。
このカードが「暗黒のミミック LV1」の効果によって
特殊召喚されている場合はカードを2枚ドローする。
攻1000  守1000


<シン・ランバート>
LP:4000
場:暗黒のミミック LV3,伏せカード2枚
手札:3枚


(リバースは2枚……普通なら慎重にいくべきかも知れねぇ。だが!)
 城之内はカードを引くと、強い瞳でシンを睨んだ。
「オレはさらに『鉄の騎士 ギア・フリード』を召喚し――そして! コイツを特殊召喚するぜ! 来い、『俊足のワイバーンの戦士』っ!!」
「!? なに……っ!?」
 シンが驚愕に顔を染める。
 開始2ターン目にして城之内は、早くも3体のモンスターを並べてきた――その表示形式は全て、迷うことなく攻撃表示だ。


俊足のワイバーンの戦士  /風
★★★★
【戦士族】
このカードの名前は「ワイバーンの戦士」としても扱う。
自分がモンスターの召喚に成功した時、手札からこのカードを特殊召喚できる。
このカードが相手モンスターを破壊した時、相手の場にモンスターが存在する場合、
このカードはもう一度だけ攻撃できる。
攻1500  守1200


 “蒼炎の剣士”、“ギア・フリード”、“ワイバーンの戦士”――立ち並んだ3体の戦士たちは、それぞれに刃を構える。全てが四ツ星モンスターながらも、総攻撃力は5000を超える。なかなかに壮観な光景だろう。


<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,鉄の騎士 ギア・フリード,俊足のワイバーンの戦士,伏せカード1枚
手札:3枚


「いくぜ、バトルだ!! ワイバーンの戦士、“暗黒のミミック”を攻撃っ!!」

 ――ズバァァァッ!!

 俊敏な動きで跳びかかり、ワイバーンがミミックを斬り捨てる。
 物足りなげにシンを睨むが、後ろに跳び、城之内のもとへ戻った。
「クッ……!? オレは破壊されたモンスターの効果で、カードを1枚ドローする……!」
 苦々しげな表情で、シンはデッキからカードを引く。しかし、それを見た瞬間に顔つきが変わった。
「続け……蒼炎の剣士、ギア・フリード! 相手プレイヤーにダイレクトアタックッ!!」
 客席がどよめいた。
 この2体の攻撃が通れば、シン・ランバートは早くも3600のダメージ――致命傷を受けることとなる。
 これは城之内による、デュエル開幕直後の隙を狙った“奇襲”。これに成功すれば、シンのライフは早くも風前の灯となる。
「――させねぇよ……! 手札から、このモンスターを特殊召喚する! 『バトルフェーダー』!!」
 引き当てたばかりのカードを、シンは迷わず提示した。


バトルフェーダー  /闇

【悪魔族】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
攻 0  守 0


 ――ゴォーン……ゴォーン……!!

 小さな悪魔が振り子を揺らし、バトル終了の鐘を鳴らす。
 特殊な音波がフィールドに響き、2体の戦士は足を止めてしまった。
「残念だったなぁ。このモンスターの鐘は、バトルフェイズを強制終了させる……クク、読めたぜぇ? 俺が“魔神”を出す前に、一気に勝負をつけるつもりだったんだろうが……浅ぇよ、考えが。いや、姑息で見苦しくて、お似合いかもなぁ……クハハッ」
 余裕ぶって、シンは嘲笑う。
 城之内は顔をしかめつつ、気持ちを入れ替え、手札を掴んだ。
「さらにカードを1枚セットし――ターン終了だ!」
 その眼の闘志は萎えていない。勝機を見据え、シンを強く睨めつける。


<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,鉄の騎士 ギア・フリード,俊足のワイバーンの戦士,伏せカード2枚
手札:2枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:バトルフェーダー,伏せカード2枚
手札:3枚





 再び入れ替わった絵空は、城之内のデュエルを見上げながら、天恵と会話をしていた。
(――惜しかったね。この攻撃が成功してれば、一気に大ダメージだったのに……)
『(……そうね。デュエル開始直後は、奇襲を仕掛けるには打ってつけのタイミングだったと思うけど……ただ)』
 彼女の隣に座る遊戯もまた、天恵と同じ違和感を抱いていた。
(たしかに、成功すれば成果は大きいけど……相手の場にはリバースが2枚。総攻撃を仕掛けるにはリスクが高い。城之内くん、焦っているのか……?)
 “奇襲”というよりは、玉砕覚悟の“特攻”に近い――親友のデュエルの動向に、遊戯は一抹の不安を覚える。





「俺のターンだ! ドロー!」
 ドローカードを視界に入れ、シンは舌打ちをした。
(相手フィールドにはモンスターが3体……悠長には構えられねえ。ならば!)
「リバースカードオープン『天使の施し』! デッキから3枚ドローし、2枚を墓地に捨てる!」
 ブラフでセットしていたカードを表にする。
 そして引き抜いた3枚を見て、シンは邪悪な笑みを浮かべた。

 ドローカード:カーカス・カーズ,生け贄の儀式,暗黒界の取引

「……2枚を墓地に捨てる……そして」
 そしてそのままの笑みを、城之内へと向けた。
「マジックカード発動ぉ……『生け贄の儀式』!!!」


生け贄の儀式
(魔法カード)
手札のモンスターカードを1枚選択する。
デッキの上から、選択したモンスターのレベルと
同じ枚数分のカードを墓地に送る。
このターン、選択したモンスターを生け贄なしで通常召喚できる。


「俺が選択するのは当然! “レベル10”のモンスター!! よって――デッキから10枚のカードを墓地へ送る!!」
「!! しまった、もう……!?」
 城之内の背に、戦慄が走る。
 シンは仰々しく、高らかにカードを掲げ、決闘盤に叩きつけた。
「降臨せよ――呪いの魔神『カーカス・カーズ』ッ!!!」

 ――ドクンッッ!!!

 シンの決闘盤が黒煙を吐き、集合してゆく。
 墓地に眠るモンスター達の怨念が、巨大なドラゴンを形どった。


カーカス・カーズ  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは、召喚ターンに攻撃することができない。
Xには自分の墓地に存在するモンスターカードの枚数が入る。
戦闘時、自分の墓地のモンスターカード1枚をゲームから除外する。
(ただし、]の最大値は「9」とする)
攻X000  守X000


 観衆がざわめく。これでは一回戦と同じ――驚異の制圧力を持つ、圧倒的存在の登場に。
「……さぁて……ここで問題だ。『カーカス・カーズ』の攻撃力は、墓地のモンスターの数で決定するわけだが……俺様の墓地には、何体のモンスターが眠っていると思う……?」
 城之内が破壊した『暗黒のミミック LV3』、そして『天使の施し』で手札から捨てられた2枚、さらに『生け贄の儀式』の効果でデッキから墓地へ送られた10枚――その中には果たして、何枚のモンスターカードが含まれていたのか。


『カーカス・カーズ』
攻7000
守7000



「クハッ……ハハッ、ハハハハハハッ!! 俺様の墓地にモンスターは7体! よって攻撃力は7000ポイントッ!!!」
「……っっ!! だ、だが! ソイツは召喚ターンに攻撃できないハズだ! このターンでオレに攻撃を仕掛けることは――」
「――できたらどうするぅ?」
 シンは口元を三日月に歪め、場のトラップを発動した。


速攻付与
(罠カード)
対象モンスター1体はこのターン
「速攻」の能力を得る。


「クハハ……我ながら最高の引きだぜぇ! テメーみたいな雑魚には構わず、とっとと潰せってことかもなぁ!!」
 呪いの邪龍が、顎門(アギト)を開く。口内に“呪い”を凝縮し、砲撃として解き放つ。


『カーカス・カーズ』
攻7000→攻6000
守7000→守6000


「……終わりだ――“呪魂砲−カーシド・フォース−”ッ!!!」

 ――ズドォォォォォォンッッ!!!!!!

 暗黒のブレスが“ギア・フリード”を直撃し、灰にする。その刹那、城之内は咄嗟にリバースカードを開いていたが、攻撃を阻止するには至らなかった。
 2体のモンスター間の数値差は4200、プレイヤーの初期ライフを超過する。
「バカが……神にトラップなんぞ効かねぇよ。これでテメーのライフは0! 俺様の――」
「…………」
 しかし、城之内は屈していない。
 彼が発動した“永続トラップカード”は、なおもフィールドに存在し、プレイヤーのライフを堅守していた。


スピリットバリア
(永続罠カード)
自分フィールド上にモンスターが存在する
限り、このカードのコントローラーへの
戦闘ダメージは0になる。


「チッ……面倒くせぇトラップを張りやがって。俺様はこれでターンエンド――さっさと死んで楽になりな。足掻くだけ時間の無駄なんだからよぉ!」
 シンは煩わしげにそう告げ、ターンを終了させる。


<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:2枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:カーカス・カーズ(攻6000),バトルフェーダー
手札:3枚


(あぶねぇ……双六じいさんのカードを借りてなきゃ、今のターンでやられてたぜ)
 城之内は安堵の溜め息を吐き、額の汗を拭った。
 今朝、双六の病室に立ち寄り『スピリットバリア』を借りてきた意図は別にある――しかし、思わぬタイミングで命拾いした。
(偶然だって何だっていい……! オレはこのデュエル、絶対に勝つ! そして――)
「――オレのターンだ! ドローっ!!」

 ドローカード:墓荒らし




決闘128 背負う想い

「――もう……始まった頃かしらね」
 イシズ・イシュタールはリンゴを剥くナイフを止め、ふと呟いた。
 場所は童実野病院の一室。海馬コーポレーションの手配により、リシドとマリクのために用意された病室である。
「……ええ。きっとやってくれますよ……彼ならば」
 彼女の前のベッドで横になったリシドは、隣のベッドで眠るマリクへ視線を投げ、言葉を紡ぐ。
「私に……いえ、私達に出来ることは全てした。後は信じるだけです……彼の闘いを」
「……! そうね」
 浮かない表情で、イシズは窓の外を見た。空は呆れるほどの快晴で、イシズは思わず笑みをこぼす。
(頼みましたよ城之内……私達の想いを、どうか)
 祈るように瞳を閉じ、離れた場所で行われているだろう“激闘”に思いを馳せた。





<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:カーカス・カーズ(攻6000),バトルフェーダー
手札:3枚


 ドローカードを見つめながら、城之内は思索を巡らせていた。
 やがて一つの決断をし、そのカードをそのまま発動する。
「――オレは手札から……『墓荒らし』を発動! この効果でテメーの墓地の『天使の施し』を盗み取るぜ!!」


墓荒らし
(魔法・罠カード)
相手プレイヤーの墓地に置かれたカードを1枚奪いとる!!


「さらに『天使の施し』の効果! デッキから3枚をドローし、2枚を墓地に送る!!」
 小人が『天使の施し』のカードを抱え、小憎らしく笑ってみせる。
 城之内は勢いごんで、3枚のカードを引き抜いた。





 このプレイングに対し、遊戯は強い違和感を抱いた。
 『墓荒らし』はデュエル後半ほど選択肢が増え、価値を増すカード。それをこの序盤、手札交換だけのために使用した――普段の城之内ならば考えられないプレイだ。
(……『スピリットバリア』にしてもそうだ。ここでの手札交換、何らかのキーカードを引こうとしている?)
 先のターン、遊戯は城之内の戦術を“らしくない”と感じた。
 そしてそれは、彼自身にとって“マイナス”に働くものだと思った――しかし、それは誤解かも知れないと気付く。
(城之内くんは狙っている……“何か”を。そのためにあえて、自らのプレイスタイルを崩しているのだとすれば――)
 遊戯は無意識に唾を飲み込み、彼らのデュエルを注視した。





「……オレは2枚のカードを……墓地へ送る」
 しばらく考えたのち、城之内は手札を2枚捨てる。
 そして冴えない表情で、しかし強い瞳で、シンのフィールドを睨んだ。
「いくぜ……『蒼炎の剣士』! 『バトルフェーダー』を攻撃っ!」

 ――ズバァァァァッ!!

 守備力0、もはや役目を終えた悪魔を斬り捨てる。
 しかしそれは、現在の形成には全く影響を与えない。現にシンは眉ひとつ動かさず、涼しい顔をしていた。
「……! オレはこれで――ターンエンドだ!」
 怖じることなく、堂々と――2体のモンスターを“攻撃表示”にしたまま、城之内はターンを終了した。


<城之内克也>
LP:4000
場:蒼炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:カーカス・カーズ(攻6000)
手札:3枚


(モンスターは攻撃表示か……舐められたもんだな。『スピリットバリア』さえ除去できれば、瞬殺じゃねえか)
 忌々しげにそのカードを睨み、シンはゆっくりとカードを引く。
(まさか長期戦狙いか……? 『カーカス・カーズ』は戦闘ごとに攻撃力を落とす。それを狙っているとすれば――)
「――くだらねぇ。そんな手で“魔神”を倒せるとでも?」
 見透かしたように嘲笑い、シンはカードを発動した。


暗黒界の取引
(魔法カード)
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
その後手札を1枚選択して捨てる。


「クク。この効果により互いにカードをドローし、1枚ずつ捨てる。俺が捨てるのは当然、モンスターカードだ」
 カードをドローするより早く、シンは手札のカードを裏返し、城之内に見せつけた。


暗黒界の狩人 ブラウ  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に
捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。
攻1400  守 800


 それはすなわち、“魔神”の攻撃力回復を意味する――しかし『暗黒界の取引』の発動は、城之内にとっても望むところであった。
(手札交換カードか……ありがてぇ)
 互いのデュエリストは1枚ずつドローし、同じく1枚ずつを墓地へ捨てる。
「クク。『暗黒界の狩人 ブラウ』の効果により、さらに1枚ドローさせてもらう」
 そして引き当てたカードを見て、シンはさらに邪悪に嗤(わら)った。

『カーカス・カーズ』
攻6000→攻7000
守6000→守7000

「クハハ……いくぜぇ。『カーカス・カーズ』よ、『蒼炎の剣士』を消し飛ばせ!!」

 ――ズゴォォォォォォンッッッ!!!!!!

 凄まじい轟音とともに、呪いの砲撃が放たれる。それは先のターンと同様に、城之内の戦士を灰に変えた。

『カーカス・カーズ』
攻7000→攻6000
守7000→守6000

「……ッ! だがこの瞬間、『蒼炎の剣士』の効果発動! 破壊され墓地へ送られたとき、『炎の剣士』を特殊召喚できる!!」


炎の剣士  /炎
★★★★★★
【戦士族】
攻1800  守1600


「クハッ……まるでゴキブリだな。足掻けば覆るとでも、本気で考えてやがるのか?」
「……!」
 城之内は眉をしかめる。対照的に、シンは余裕顔で手札を眺めた。
(次のターンで教えてやるよ……どう足掻こうがテメーには“絶望”しかないってことを)
 シンの手札ではすでに、鼓動を始めていた――ダメ押しの一手、2枚目の“魔神”のカードが。


<城之内克也>
LP:4000
場:炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:カーカス・カーズ(攻6000)
手札:4枚


「……オレのターン。1枚セットして……ターンエンドだ」
「!? アア……ッ?」
 客席が小さくどよめいた。
 これほどの絶望的状況で、城之内はほんの数秒でターンを流した――しかもモンスターは攻撃表示のままだ。『スピリットバリア』があるとはいえ、無防備すぎる。
「大口叩いた割には、もう諦めたか……? なら、冥土の土産に見せてやる。本当の“絶望”ってやつをな」
 ドローカードを手札に加え、シンは別のカードに指を掛けた。
「俺は『幻銃士』を召喚し……特殊能力を発動!」


幻銃士  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが召喚に成功した時、自分フィールド上に存在する
モンスターの数まで「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)を
特殊召喚する事ができる。自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に
存在する「銃士」と名のついたモンスター1体につき300ポイントダメージを
相手ライフに与える事ができる。この効果を発動する場合、このターン
自分フィールド上に存在する「銃士」と名のついたモンスターは
攻撃宣言する事ができない。
攻1100  守 800


 痩身の悪魔が現れ、大きく嘶く。その声は仲間を呼び、同じ姿をした悪魔が2体、その両隣に立ち並んだ。
「クク。コイツは召喚成功時、場のモンスターの数だけ“トークン”を呼び出せるのさ。さらに手札から『二重召喚(デュアルサモン)』を発動! この効果により俺は、二度目の召喚権を得る……さあ、覚悟はいいか?」


二重召喚
魔法カード
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


「……!? なっ、まさか……」
 城之内は驚き、絶句する。
 シンは手札の1枚を、高らかと掲げてみせた。
「――俺はッ! 場の3体の“銃士”を生け贄に捧げ……召喚!!」
 3体の“銃士”を渦が包み、それは合わさり“竜巻”となる。
 吹き荒れる風を受け、城之内は身構える。そして彼は見た――その渦の中心で、赤く輝く双眸を。
「血塗れの魔神――『ブラッド・ディバウア』!!!」

 ――ドグンッッッ!!!!

 竜巻が爆ぜ、その中から――巨大な真紅の“悪魔”が姿を現した。


ブラッド・ディバウア  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
???
攻4000  守4000


 場内が騒然とする。
 場に“魔神”が2体。これではまるで一回戦と同じ――マリク戦の再現とも思えた。

 今現在、シンが使用しているデッキは、彼本来のデッキではない。
 自身の戦術レベルを犠牲にしてでも、一点に特化したデッキ――それは神の“速攻召喚”。“神”という絶対的存在を保持するが故に許された、傲慢なデッキ。
 故に彼には、“魔神”をフィールドに並べることすら難しくないのだ。


<城之内克也>
LP:4000
場:炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード2枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:4000
場:カーカス・カーズ(攻7000),ブラッド・ディバウア
手札:2枚


 城之内にとって、この状況はまさしく計算外と言えた。
 シン・ランバートに“魔神”召喚を許さず、速攻で勝利する――それこそが最善の道。
 2体の“魔神”召喚を同時に許すなど、言語道断とも言えた。
(クソ……想定よりもずっと早ぇ。だが……)
 城之内は視線を落とし、自分フィールドのカードを見る。
 永続罠カード『スピリットバリア』が存在する限り、モンスター間の戦闘による超過ダメージは城之内に届かない。すなわち“魔神”2体の攻撃でも、城之内のライフは傷一つ負わない。

(だが……それも時間の問題だ)
 シンはニヤリと笑みを浮かべた。
 場に“魔神”が2体並んだ以上、城之内のジリ貧は目に見えている。“魔神”の攻撃力はともに、プレイヤーの初期ライフに届いている――すなわち直接攻撃が一発でも決まれば、勝敗は決するのだ。

「――さあ、覚悟を決めな。まずはこっちだ……ゆけ、『カーカス・カーズ』よ!!」
「……!」
 邪龍が咆え、顎門を開く。自身を構成する“呪い”の一部を抽出し、口内に凝縮する。

『カーカス・カーズ』
攻7000→攻6000
守7000→守6000

「撃て――カーシド・フォースッ!!!」
 先のターンと同様に、今回は“ワイバーンの戦士”に狙いを定め、砲撃が放たれんとする――だがその寸前、城之内の手は動いた。
「――リバーストラップ……発動っ!!」
 神にトラップは効かない。
 しかしそれでも、全てのトラップが封殺されるわけではない。現に『スピリットバリア』は機能し、城之内のライフを繋いでいる。
 すなわち神を対象とする効果でなければ、その効力は適用される。城之内が発動したのは、それを踏まえたトラップカード――それも、普通のトラップではない。
「……!? な……っ」
 シンの表情が、驚愕に凍る。
 城之内が発動したトラップカード、その正体は――


デビル・コメディアン
(罠カード)
1/2の確率で、以下の効果を発動する。
○当たり:相手の墓地のカードを全てゲームから除外する。
●ハズレ:相手の墓地のカードの枚数分、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。


 観衆がどよめいた。
 『デビル・コメディアン』――有名なカードとは言えないが、無名のカードでもない。しかし実際のデュエルで使用される機会は、かなり稀と言えよう。
 確率は五分五分。効果の安定しないギャンブルカード。故に、それを好んで使おうとする者はほとんどいない。
(コイツ……『デビル・コメディアン』だと!? 『カーカス・カーズ』を明らかに意識した“メタカード”……だが、正気か!?)
 シンは、城之内の神経を疑う。
 『カーカス・カーズ』が猛威を振るう状況は、すなわち墓地に多くのカードが眠るということ――すなわち“ハズレ”のリスクが高まる。
 現にシンの墓地には今、17枚ものカードが埋葬されている。“ハズレ”を引けば、城之内のデッキは残り10枚まで激減する。即死とは言わぬまでも、致命的な枚数だ。
「……安全に勝とうなんて……ハナから考えてねぇよ」
「……!?」
 据わった両眼で、城之内はシンを睨んだ。
 シンは思わず、唾を飲み込む。
 “玉砕覚悟”――デュエル開幕当初から、彼はその意識で臨んでいる。
(慣れない戦術を使ってまで……“魔神”に対抗するだと? コイツッ……!!)
 シンのその感想は、ある意味で正しくない。
 『デビル・コメディアン』は確かに、城之内が普段から使用するカードではない。しかしこれはギャンブルカード――城之内のプレイスタイルから、必ずしも逸脱するわけではない。

 『デビル・コメディアン』のカードが光り、2体の“コメディアン”が出現する。
 とはいえ両者とも、それらしい服装はしていても、醜怪な面構えをした“デビル”だった。片方の“デビル”は、ハリセン代わりに蛮刀を携えている。そんなものでツッコまれた日には、命が幾つあっても足りまい。
 一体何をもって、当たり・ハズレの判定が行われるというのか―― 一同は息を呑み、デュエルフィールドの動向を見守る。
 ボケ役と思しき“デビル”が、重々しく口を開く。そして、信じがたい言葉を紡いだ。


――布団ガ……フットンダ


 空気が凍り付いた。


 ――よりによってそれか
 ――いくら何でもそりゃないだろ
 ――コメディアンの定義を問いたい
 ――ハズレだよな?
 ――ハズレですよね?
 ――つーか当たりなら何言うのよ


 しかし、


『――AHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!


 静まり返った場内に、頭の悪そうな笑い声が響いた。
 ツッコミ役が腹を抱え、爆笑していた。笑い過ぎて、その眼には涙さえ浮かんでいる。


 ――え……当たり?
 ――当たりなのこれ?
 ――何これひどい
 ――コメディアンの定義を問いたい
 ――つーか何言やハズレなんだ
 ――KCのソリッドビジョン責任者出てこい


「………………」
「………………」
 当の城之内本人すら自失し、呆然としていた。まさかここまで特異な立体映像とは想像だにしなかった。

 しかしそれにしても、気持ち良いほどの笑いっぷりであった。


 ――これでいいのかもしれない
 ――笑えるということは幸せなことだ
 ――つまらないことでも笑ってやれる
 ――それはきっと素晴らしいことだ
 ――笑いは世界を救う
 ――ソリッドビジョン作ったやつグッジョブ


 観衆のごく一部が悟りを開き始めた頃、“異変”は起こり始めていた。
 魔神『カーカス・カーズ』は小さく嘶き、その動きを止めた。
 シンは正気に戻り、視線を落とす――すでに決闘盤の墓地スペースから、6枚のカードが弾き出されていた。

『カーカス・カーズ』
攻6000→攻0
守6000→守0

「………………はっ! よ、よし! 反撃だ、ワイバーンっ!」
 城之内もまた我に返り、慌てて叫び、指示を出す。
 “ワイバーンの戦士”は高く跳躍すると、邪龍の顔面へ斬り掛かった。

 ――シュバァァァァッ!!

 しかし、手応えがない。
 身体の礎たる怨嗟を失い、邪龍はすでに消滅を始めている。巨大な黒い身体は霧散し、欠片一つも残らない。
 “ワイバーンの戦士”は着地すると、今度は低く跳躍し、シンに直接斬り掛かる。
 俊敏な動作で『ブラッド・ディバウア』の巨躯を掻い潜り、再び剣を振るった。

 ――ズバァァァァッ!!

 シンのLP:4000→2500

「!! ぐぅ……っ」
 シンの身体がよろける。
 『ブラッド・ディバウア』が捕らえんと腕を伸ばすが、ワイバーンは素早く飛び退き、城之内のフィールドへ舞い戻った。


<城之内克也>
LP:4000
場:炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア
手札:2枚


 先手は城之内克也。
 それも、圧倒的制圧力を誇った“魔神”を打破した上での先制ダメージ――この後の戦局にも期待がかかる。
「へっ。まずは一体目……ってな」
「……ッ!!」
 憎々しげに歯を噛むシンとは対照的に、城之内は勝ち誇った笑みでガッツポーズをとった。




決闘129 血を貪る悪魔

 前日夕刻、同場所にて――城之内は人知れずデュエルを行い、敗北を喫していた。


<城之内克也>
LP:0
場:
手札:0枚
<リシド・イシュタール>
LP:1200
場:死の女神 セルケト,王家の神殿,伏せカード1枚
手札:0枚


 しかし、膝を折ったのは城之内ではなかった。
 そのデュエルの勝者――リシド・イシュタールは苦悶の表情で胸を押さえている。隣でイシズが支えなければ、今にも倒れそうな様子だった。
 その光景はまた、城之内の胸に突き刺さる。リシドのコンディションは最悪だった、にも関わらず自分は敗北した――それほどの厳然たる力量差。完全なる“敗北”という結果を受け止めざるを得ない。
 そして、万全のリシドを相手に“魔神”を有するシン・ランバートは勝利している。それはつまり――
(リシドの言う通り……オレには、シン・ランバートを倒せない……!?)
 両の拳を握り締め、無力感を噛み締める。

 確かにそうだ、確信はある――遊戯ならば、きっと勝ってくれると。
 自分の実力はまだ、遊戯や海馬には届かない。
 だから……

「……わかったよ、約束だ。明日の試合、オレは棄権する……それで、いいんだよな?」
「…………」
 リシドは肯定も否定せずに、俯く城之内を見据え、問い掛けた。
「……城之内よ。今のデュエル、お前はなぜ負けたと考える?」
「? なぜ……負けたか?」
 リシドは首肯し、言葉を紡ぐ。
「お前のデュエルは基本的に正攻法だ……私のトラップ戦術とは致命的に相性が悪い。デュエルとは必ずしも、強者が勝つとは限らない……たとえば先の一回戦、お前が勝利したエマルフ・アダン。彼とデュエルをしたならば、私は完敗を喫するだろう」
 相手の魔法・罠を封殺する、エマルフの戦術スタイル――トラップデッキを駆使するリシドにしてみれば、まさに最悪の相性と言えよう。逆に、モンスターのステータス・特殊能力を主眼に据えたデッキならば、彼の優位性は薄くなる。
 同様に、リシドのトラップ戦術は“魔神”相手に最悪の相性と言えた。“神”相手には、ほぼ全てのトラップが無力と化すのだから。
「……分かるか城之内? 先の一回戦、お前は2体の“魔神”を目の当たりにしている……つまり、対策を打つこともできる。お前に意志あらば、私が敗戦から知り得た情報……シン・ランバートの更なる手の内を、お前に伝えることもできる。……どうだ?」
「……!!」
 確かにそれは間違いなく、城之内の有利に働く選択だろう。
 だがしかし、城之内の中には迷いが生じた。
(“アイツ”なら多分……それはしない)
 脳裏に蘇る記憶。かつてレッドアイズを奪われ、それを取り返さんと奮闘した“彼”の背中。


『――たとえレア・ハンターがどんな卑劣な手を隠していようが……ゲームの前に敵の手の内をオレが知る権利はない!』


 城之内が目指す“真の決闘者”、その起源。相手がどんな手段を用いようと、正々堂々闘い抜く――それが城之内の目指す、理想とする“真の決闘者”の姿。
「…………。リシド、オレは――」
 と、そこで城之内は言葉を呑み込んだ。
 リシドは両手を床に付け、深々と頭を下げていた。呆気にとられた城之内に対し、そのままの姿勢で言葉を掛ける。
「……分かっている。これは恐らく、お前の矜持(きょうじ)に反する提案だろう……だが! そこを曲げて願い申し上げたい」
「……!? リシド、お前……!?」
 リシドは顔を上げ、想いを吐露する。
「私とマリク様は“グールズ”を率い……数多の罪を犯してきた。しかし贖うすべすらなく……故に我々はここに来た。I2社との誓いを破り、再びデュエルに身を投じた」

 ――公的機関に出頭すれば、相応の罰は受けられよう
 ――しかしそれはグールズ、ひいては“ルーラー”の真実を公表することに繋がる
 ――ルーラーの先導者が、I2社の初代会長であった事実を
 ――だからこそI2社は、“M&W界からの永久追放”などという、曖昧な処分を降してきたのだ

「――我々は……止めたいのだ、ルーラーを。グールズを率いた者の責任として! その想いをどうか……どうか受け取って欲しい! これは我々の問題……身勝手は承知の上だ。しかしどうか繋いで欲しい……我々の願いを、どうか……!!」
 リシドは再び頭を下げる。隣のイシズもまた、深く頭を垂れた。
「――……!! 顔を……上げてくれ、二人とも」
 城之内はもういちど拳を握りしめた。感銘と無力感と、ないまぜの感情を胸に、けれど告げる。
「お前らの想い……確かに受け取った! オレが繋げて……勝ってみせる! あの野郎をぶっ倒してみせるぜ!!」
 せめて迷いは振り払い、城之内はそう誓った。





<城之内克也>
LP:4000
場:炎の剣士,俊足のワイバーンの戦士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア
手札:2枚


「メタカードだと……!? テメエ、舐めたマネをッ……!!」
 シンは歯を噛み、拳を握る。
 一方、城之内は別の理由で、同様に拳を握りしめていた。
(オレはまだ弱ぇから……“神”を正面から破ることはできねぇ。それでも――)
 自身の無力を恥じ、それでも――自分にはまだ出来ることがある。
「――今のターン……“魔神”を倒せたのは、オレ1人の力じゃねえ。マリクのデュエルがあったからこそ、オレは“魔神”を攻略できた!」
「…………!?」
 シン・ランバートは否応なく想起する。
 昨日の試合、敗れ去る前にマリクが残した、奇妙な言動を。


『……たし、かに……ボクの、負けだ。けど、終わりじゃない――お前は絶対に、勝てやしない!』

『――ボクは! 今のボクは独りじゃない! お前は絶対、勝てやしない――みんなに! だから……!!』


(あの野郎……あの状況で、これを見越してたってのか!? 自身の敗北が、仲間の勝利に繋がると信じて……!!?)
 気に入らない、虫唾が走る――シンは腸が煮えくり返る思いだった。
 昨日の試合で、マリクへの復讐は果たしたつもりだった。しかしそれが“完勝”ではなかったことを思い知る。
(だがそれが何だ……? 俺の場にはすでに2体目の“魔神”がいる。マリクとのデュエルで『ブラッド・ディバウア』を晒したのは1ターンのみ……特殊能力の全貌は知られてねぇハズだ)
 全身から力を抜き、心を落ち着ける。
(この男を倒し、今度こそ思い知らせてやる……マリク! 貴様の目論見は見当違い、貴様は犬死に過ぎなかったと……!!)
「やれ――『ブラッド・ディバウア』ッ!!」
 シンは唐突に叫び、命じる。
 裂けた口から牙を覗かせ、“悪魔”は右拳を握り込む。するとそれは、自然と風を纏った。
 暴風を纏った強烈な一打が、その拳から繰り出される。
「『ブラッド・ディバウア』の攻撃――ブラッディー・クラッシャーッ!!!」

 ――ズギャァァァァァッッ!!!!!

 渦巻いた烈風が、空間ごと抉り、城之内の場を襲う。
 先ほどの一太刀の報復とばかりに、“ワイバーンの戦士”は吹き飛び、消滅させられた。
「……ッッ!! ぐぅ……っ」
 ダメージこそ通らぬものの、ソリッドビジョンとは明らかに異なる余波を受け、城之内は身を強張らせる。
 彼のみならず、会場内の逆襲ムードを一掃するには、十分な威力が披露された。


<城之内克也>
LP:4000
場:炎の剣士,スピリットバリア,伏せカード1枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア
手札:2枚


(……!! やっぱり、な)
 だが城之内は、同時に確信を抱いていた。
 大丈夫、まだ闘える――根拠のある自信を胸に、デッキへと指を伸ばす。
「オレのターン――ドローッ!!」

 ドローカード:マジックアーム・シールド

(! よし……いいカードだ!)
 ドローカードは罠カード。しかし攻撃モンスターを対象とするカードではないため、“神”の攻撃に対しても発動できる。しかも、その攻撃が強ければ強い程、その奇襲性は上がる。
(ヤツの残りライフは2500……このカードで勝利を目指すか? だがそれは、今の陣形を崩すことにも繋がる……)
 勘を研ぎ澄まし、城之内は手札から2枚を選び出した。
「カードを1枚セットし――『真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)』を“攻撃表示”で召喚!!」


真紅眼の飛竜  /風
★★★★
【ドラゴン族】
通常召喚を行っていないターンのエンドフェイズ時に、
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地に存在する「レッドアイズ」と名のついた
モンスター1体を特殊召喚する。
攻1800  守1600


「さらに『炎の剣士』も“攻撃表示”のまま――ターンエンドだ!」
「!? な、攻撃表示……だと?」
 シンは驚愕し、両眼を見開いた。


<城之内克也>
LP:4000
場:真紅眼の飛竜,炎の剣士,スピリットバリア,伏せカード2枚
手札:2枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア
手札:2枚


(どういうことだ……!? そういえば昨日の試合、マリクも執拗に“攻撃表示”にこだわっていた。まさかコイツラの狙いは――)
「――もう……種は割れてんだよ」
「…………!!」
 シンの疑問を見越したうえで、城之内は2体目の“魔神”を指さし、隠すことなく宣告した。
「その魔神が“捕食”できるのは守備表示モンスターのみ……つまり! モンスターが全て攻撃表示なら、ただの攻撃力4000のデカブツだってな!!」


ブラッド・ディバウア  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
1ターンに1度、場のレベル4以下の守備表示モンスター
1体を墓地へ送り、その攻撃力をこのカードに加算できる。
この効果を使用したターン、このカードは攻撃できない。
攻4000  守4000


「ッッ……『スピリットバリア』は『ブラッド・ディバウア』に対するメタカード!? 貴様、どこでその能力を……!?」
 狼狽えるシンに対して、城之内は胸を張って応える。
「リシドが教えてくれたよ。アイツのデュエルがあればこそ、オレは第2の“魔神”も攻略できる――このデュエルの、勝利を目指せる!!」
「!! な、リシド……!?」
 シン・ランバートは想起する。今大会の予選中、シンは『ブラッド・ディバウア』の力によりリシドを撃破している――その際、その特殊能力は露呈してしまっている。
(あの男……“魔神”の攻撃をあれだけ受けて、もう目覚めているのか!? なんて精神力だ……!)
 『ブラッド・ディバウア』の攻撃力は4000。通常であれば、相手はダメージを避けるため“守備表示”を晒す。魔神の“エサ”には困らない。
「クソ……俺のターンだ! ドローッ!!」
 しかし次のドローカードを見て、シンは目を見張った。

 ドローカード:ジャイアント・オーク

「…………。俺は『ジャイアント・オーク』を……攻撃表示で召喚」
 巨漢のオークが現れると、棍棒を構え、攻撃態勢をとった。


ジャイアント・オーク  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に
守備表示になる。次の自分のターン終了時まで
このカードの表示形式は変更できない。
攻2200  守 0


(! モンスターを並べて……オレのモンスターを一掃する作戦か)
 シンの意図を推測し、城之内は身構える。『スピリットバリア』の効果が適用されるのは、自分のフィールドにモンスターが存在する場合のみ。そのため城之内は、自軍モンスターを絶やすわけにはいかない。
「さあ……いくぞ! 『ジャイアント・オーク』、『炎の剣士』を攻撃!」

 ――ドゴォォォッ!!!

 オークは力任せに棍棒を振るい、炎の剣士を粉砕する。
 城之内は眉をひそめるが、『スピリットバリア』によりダメージは通らない。ライフは依然として4000のままだ。
「……そして! 『ブラッド・ディバウア』で『真紅眼の飛竜』を――」
「――……!!」
 咄嗟に、城之内は決闘盤を一瞥した。
 “魔神”の攻撃に対し、場のトラップを発動せんと判断した――だが、
「――攻撃、すると思ったか?」
「!? え……っ?」
 あまりにも意外な宣言に、城之内は呆気にとられる。
 トラップ発動の意志を気取られてしまったのか――そう考えたが、そうではない。
「俺はこれでバトルフェイズを終了……このとき『ジャイアント・オーク』の効果が発動。このモンスターは攻撃すると守備表示になるデメリットを抱えているが……」
 ニィッと――被虐的な笑みを浮かべ、シンは躊躇いなく宣言した。
「俺はこのモンスターを対象に――『ブラッド・ディバウア』の効果を発動ぉぉッ!!」
「!!? な、なんだと!?」
 紅い“悪魔”はゆっくりと手を伸ばし、オークの身体を掴みとる。
 もがくオークを気にすることなく、そのまま口内へと放り込んだ。

 ――グチャリ……グチャリッ……!!!

 オークの悲鳴、そして生々しい咀嚼音が響く。“悪魔”の口からはダラダラと、オークの血と思しき紫の液体が垂れ流れていた。
 度が過ぎて凄惨なその光景に、誰もが息を呑む。ある者は目を逸らし、またある者は吐き気を催し口元を押さえた
「――……!! て、てめえ、自分のモンスターを……!!」
「……アア? 俺様が自分のしもべをどう扱おうと、俺様の自由だろう?」
 クク、と余裕の笑みを漏らし、シンは城之内を睥睨する。
「それよりてめえの心配をしな……『ブラッド・ディバウア』の特殊能力適用。モンスターを喰らうことで、その攻撃力を得る!!」
 オークを食し終えると、“悪魔”は邪悪な叫びを上げた。
 全身にみなぎる力を誇示し、周囲の全てを威圧する。

 ブラッド・ディバウア:攻4000→攻6200

「クハハ……俺様のデッキにとって、“魔神”以外のモンスターは“エサ”に過ぎねぇ。墓地にあれば『カーカス・カーズ』の、フィールドにあれば『ブラッド・ディバウア』のエサになる……クク」
 城之内は顔をしかめる。自身の劣勢のみならず、シンの言葉に対して。
「ク……オレのターンだ! ドローッ!!」
 そして逆転の一手を求め、カードを引く。しかしドローカードを視界に入れるも、城之内の表情は優れない。
(クソ……この手札じゃ駄目だ。これ以上ヤツの攻撃力が上がる前に、何とかしてぇのに……!)
「……オレはこのまま何もせずに……ターン、終了だ」
 不本意ながら、早々にターンを流す。城之内の額には脂汗が滲んでいた。


<城之内克也>
LP:4000
場:真紅眼の飛竜,スピリットバリア,伏せカード2枚
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア(攻6200)
手札:2枚


「俺のターンだ、ドロー。……!」
 ドローカードを見た瞬間、シンの表情が一変する。デュエルの流れは哀しいかな、シンに傾き始めていた。

 ドローカード:大嵐

「クハハ! 最高のタイミングで来やがった!! マジックカード発動『大嵐』っ!!!」


大嵐
(魔法カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


「このカードの効果により! 貴様の魔法・罠カードは全て破壊されるッ!!」
「な! 全てだと!?」
 城之内にしてみれば、最悪のタイミングでの発動だ。巨大な竜巻が容赦なく、城之内のフィールドを襲う。

 ――ビュォォォォォォッ!!!

 『天使のサイコロ』、『マジックアーム・シールド』、『スピリットバリア』――3枚ものカードが吹き飛ばされ、消滅してしまった。
(マズイ……『スピリットバリア』が……!?)
 『ブラッド・ディバウア』の成長を妨げんがため、城之内がとっていたリスキーな戦術――その代償を支払う瞬間が来てしまった。


<城之内克也>
LP:4000
場:真紅眼の飛竜
手札:3枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア(攻6200)
手札:2枚


 フィールドの『真紅眼の飛竜』は、“魔神”に喰われぬよう攻撃表示となっている。
 そしてその攻撃力は1800ポイント――『ブラッド・ディバウア』の6200ポイントとの数値差は、4400ポイント。プレイヤーの初期ライフさえ超過する。
 そして魔法・罠カードを全て排除された今、発生するダメージを防ぐ手段は、城之内には無い。
「クハハ……付け焼刃の対策なんざ、こんなもんだ。そんな間に合わせのデッキなんぞで、本気で勝てると思ったかぁ?」
「…………!!」
 城之内はシンを睨み、歯噛みする。数ターン前の戦況が、完全に逆転してしまった。
「……くだらねぇデュエルだったな。終わらせろ……『ブラッド・ディバウア』」
 “悪魔”は右拳を握り込む。
 先ほど以上の暴風を纏い、視線で“飛竜(ワイバーン)”を射抜いた。
「殺せ――ブラッディー・クラッシャーッ!!!!」

 ――ズギョァァァァァァッッッ!!!!!!!!

 城之内には最早、それを防ぐ手段など無い。だからこそ彼は、手札に残された“最後の足掻き”を見せる。
「手札から――『勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)』の効果発動!! このカードの効果により、“飛竜”の攻撃力を500アップッ!!」


勇敢な魂
★★
【炎族】
フィールド上のこのカードは、エンドフェイズ時に破壊される。
自分の場のモンスターが戦闘を行うとき、手札からこのカードを
そのモンスターに装備することができる。このカードが装備カードと
なったとき、次の効果を選択して適用する。
●1ターンの間、装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップ。
●1ターンの間、装備した通常モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ。
攻 500  守 500


 真紅眼の飛竜:攻1800→攻2300

 “悪魔”の拳は易々と“飛竜”を砕き、城之内へと届く。
 その拳打を受け――正確にはそれが纏う暴風を受け、城之内は大きく吹き飛ばされた。
「!!! がは……ッ!?」
 数瞬、意識が飛んだが、背中と後頭部の激痛で目覚める。
 デュエルフィールド上の柵に衝突し、マリクのように落下することだけは防げた。
「……!! う……ッ?」
 しかし意識は朦朧とする。彼自身のライフが示す通り――まさに虫の息だ。

 城之内のLP:4000→100

「ンだよ……まだ生きてやがるのか? しぶてぇな……だがそれでどうする?」
「…………」
 声が歪んで聴こえた。霞の掛かった世界が、今にも閉じようとしている。
「――これで終わってもいいんだぜぇ……? てめぇにゃ特に恨みはねぇ。マリクの二の舞になるこたねぇだろう?」
「――…………!!!」
 空の左手が、落ちた手札を手さぐりに拾う。
 脱力した身体で、城之内は立つ。どれほど世界が揺らいでも、暗くなっても――彼は立つ。友への誓いを果たすために。
「……へっ。こんな……もんかよ……っ」
 平衡感覚を失いフラフラになりながら、閉じそうになる目を必死に開いて――彼は、精一杯の強がりを吐いた。
「……チッ。俺はカードを1枚セットし、ターン終了だ」
 シンは不愉快げにカードを伏せ、ゲームを進める。


<城之内克也>
LP:100
場:
手札:2枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア(攻6200),伏せカード1枚
手札:1枚


(オレの場にはもう……カードが無ぇ。手札にはモンスターカードがある……守備表示で出せば、ライフは守れる。だが……)
 震える左手を上げ、手札を確かめながら、思考を懸命に巡らせる。
(……それじゃダメだ。あの“魔神”をこれ以上、強化させるわけにはいかねぇ……もっと、もっと……強いカードが要る)
 祈るように手を伸ばし、デッキに指を掛ける。
「オレの……ターン。ドロォ……っ」
 引き抜いたカードを、視界に入れる。
 それは、この絶望的状況を覆せる、強力なカードではない――しかし、可能性を秘めたカード。希望と呼ぶにはあまりに儚い、小さな輝きの魔法カード。
(これは……賭けだ)
 残されたカード、その全てを投入し、決死のギャンブルに挑む。
「オレはカードを2枚セットし……『ベビードラゴン』を“守備表示”で召喚。ターン、エンドだ……」
 それは、城之内がこのデュエル中に見せた、初めての“守備表示”。
 その瞬間、観衆は思った――“折れた”と。この絶望的劣勢は非情にも、城之内克也の戦意を否応無くへし折ったのだと。


<城之内克也>
LP:100
場:ベビードラゴン,伏せカード2枚
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:2500
場:ブラッド・ディバウア(攻6200),伏せカード1枚
手札:1枚


「何だそのチビは……? 小さ過ぎて前菜にもなりゃしねぇ。ソイツを差し出すから自分は見逃してください、ってわけか?」
 ヘラヘラ笑いながら、シンはカードを引く。そして勝利を確信した。
「ンなクズ、食指も向きゃしねぇ……今度こそ終わらせてやる。オレが引いたカードは――『早すぎた埋葬』! ライフを800支払うことで、墓地のモンスターを復活させる!!」


早すぎた埋葬
(装備カード)
800ライフポイントを払い、自分の墓地に存在する
モンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを
攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


「テメエが景気よく除外してくれたおかげで、俺には選択肢が無くてなぁ……? 攻撃力1000の『カーカス・カーズ』を蘇生するわけにはいかねぇから、ここは当然……コイツを選ぶしか無ぇ」
 魔神の“エサ”として喰われたモンスターカード――『ジャイアント・オーク』を墓地から拾い出し、城之内に見せつける。

 シンのLP:2500→1700

「クハハ……良かったなぁオイ! テメェが心配してくれた『ジャイアント・オーク』も、無事生還できたってわけだ。テメーにトドメを刺すためにな」
 喰われた恨みなど忘れたかの様子で、オークは棍棒を構え、攻撃態勢をとる。
(さて……どうするかな。チビのドラゴンを喰った後、『ジャイアント・オーク』でトドメが妥当だろうが……)
 城之内をしばらく眺めた末、シンはニタリと笑った。
「ここまで粘ったんだ……褒美に味わわせてやるよ。テメーの大事なお仲間と同じ、“魔神”の一撃を」
 “魔神”でトドメを刺す――その意思を定め、シンは攻撃を命じた。
「いけ、『ジャイアント・オーク』よ――そのチビドラゴンを粉砕しろ!!」

 ――ブォンッッ!!!

 言われるや否や、オークは棍棒を投擲した。
 攻撃力2200、『ベビードラゴン』には耐えようの無い攻撃を――対して城之内は、場のカードを開いた。
「これがオレの――勝利への賭けだ!! リバースマジックオープン! 『モンスターゲート』ッ!!!」


モンスターゲート
魔法カード
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキを
めくり、そのモンスターを特殊召喚する。
他のめくったカードは全て墓地へ送る。


 突如、中空に魔法陣が描かれ、『ベビードラゴン』は吸い込まれて消える。
 棍棒は目標を失い、床に突き刺さった。
「サクリファイス・エスケープか……無駄に足掻きやがる。だが忘れるなよ? 守備表示で出したモンスターは、ことごとく“魔神”のエサとなる……!」
 しかし攻撃表示で出せば、戦闘ダメージは確実に城之内を沈める――選択の余地など無い、あまりにも無惨な二択。
 にも関わらず、城之内は諦めない。ただひとつ、残された矮小な希望にすがり、デッキに指を当てる。
(……オレが生き残るには……“あのカード”を引くしかねぇ)
 場に残された最後のトラップカード、それとのコンボを可能とする、唯一のモンスターカード――それを引き当てることだけが、城之内の生きる唯一の道。
 城之内はゆっくりと、1枚ずつカードをめくる。

 1枚目――魔法カード『ルーレット・スパイダー』。
 2枚目――罠カード『落とし穴』。
 3枚目――魔法カード『ハリケーン』

 3枚目のカードを墓地へ送ると、城之内は右拳を握った。
 手の震えを止め、再びデッキに指を当てる。
(……来い……っ)

 ――ドクン……ッ

 4枚目を抜き放つ。その瞬間、城之内は確かに笑っていた――その正体を視認するよりも以前に。
 研ぎ澄まされた感覚が、そのカードを感じ取る。
 この世に数多あるカードのうち、無二のカード――ともに闘い抜いてきた、彼だけの“相棒”を。
「……来たぜ! オレが最も信頼するしもべ――『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』! 攻撃表示っ!!」
 魔法陣の中から、巨大な黒竜が現れる。真紅の両眼が“悪魔”を睨み、高らかに咆哮する。


真紅眼の黒竜  /闇
★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻2400  守2000


「――アア……? ただの雑魚じゃねぇか」
 シンはそれを鼻で嗤った。最上級モンスターとはいえ、その攻撃力は2400どまり――『ブラッド・ディバウア』とは2倍以上の差がある。
(攻撃表示……? モンスターと心中しようってわけか?)
「なら終わらせてやるよ――消えろ、マリクの亡霊!! 殺せ、『ブラッド・ディバウア』ッ!!!」
 “悪魔”は右拳を握り込み、強烈な風を纏ったそれを、大きく振りかぶった。
(いくぜ――レッドアイズ!)
 城之内は迷うことなく、場に残された最後のカードへ指を伸ばす。
「これがオレの真の切札――リバーストラップオープン! 『真紅の閃き』!!」


真紅の閃き
(罠カード)
自分の場または墓地に存在する、
「真紅眼の黒竜」と他のモンスター1体を
ゲームから除外し、融合させる。


 ――ズギュァァァァァァァァッッ!!!!!!!!

 暴風とともに、魔神の拳がレッドアイズに迫る――だがそれが届くより先に、“それ”は始まった。

 ――ズドォォォォォォォンッッ!!!!!!

 レッドアイズが爆発した。
 発生した巨大な赤炎は壁となり、魔神の拳を受け止める。暴風が弾け、周囲に散っていった。
(“神”の一撃を……止めた!? 馬鹿な!!)
 シン・ランバートは両眼を見開く。
 レッドアイズを包む赤炎が、黒を交えて濁ってゆく――黒く黒く染まってゆく。
 竜は炎を喰らう。
 『ブラッド・ディバウア』が血を喰らうなら、レッドアイズは炎を――膨大な熱量を取り込み、赤みを帯びて発光する。真紅の瞳は煌々と輝き、炎のごとく燃え盛った。
「これこそが、レッドアイズの最強進化形――『灼眼の黒炎竜(バーニングアイズ・ブラックフレアドラゴン)』ッ!!!」


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ中、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚につき、
このモンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
???
攻3000  守2000


「――燃えろ……ッ」
 まとわる闇を振り払うように、渾身の力を振り絞り、城之内は声高に叫んだ。

「燃え上がれ――バーニングアイズッ!!!!」


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:1700
場:ブラッド・ディバウア(攻6200),ジャイアント・オーク,早すぎた埋葬,伏せカード1枚
手札:1枚




決闘130 燃える黒炎!

(バーニングアイズ……だと? 確かあのモンスターは……)
 城之内が喚び出したモンスターを、シンは不機嫌そうに睨んだ。
 『灼眼の黒炎竜』は、城之内が対エマルフ戦の切札とした融合モンスター。故にその特殊能力は、すでにシンにも露呈してしまっている。
(墓地のモンスター数×200ずつ、攻守を上げる能力があったハズ……だが、ヤツの墓地のモンスターはせいぜい10枚程度。強化した『ブラッド・ディバウア』には到底及ばない)
 口元に薄ら笑いが戻る。
 城之内にはもはや手札も無い。結局は悪足掻きに過ぎない――それを察して。
「……バトルフェイズを終了。『ジャイアント・オーク』は守備表示となるが……攻撃宣言を行った『ブラッド・ディバウア』は特殊能力を発動できない。このままターンエンドだ」


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:1700
場:ブラッド・ディバウア(攻6200),ジャイアント・オーク(守0),早すぎた埋葬,伏せカード1枚
手札:1枚


(ここが……正念場だな)
 騒ぐ心を鎮め、城之内は深呼吸をした。背中と後頭部はまだ痛むが、重症というわけではなかろう。意識もはっきりとしてきた。
 『灼眼の黒炎竜』の攻撃力が『ブラッド・ディバウア』に届かぬことなど百も承知だ――それを承知の上で、城之内はこのドラゴンに賭けたのだ。
(“あのカード”が来れば……まだ勝ち目はある! 確率はかなり低い……それでも)
 城之内克也は知っている。運命とは、自らの手で掴みとるものであることを。
 “奇跡”とは、ただ起こるものではなく――自らで起こすものなのだと。
「オレのターン――ドローッ!!!」
 勢いよくカードを引き、すぐに視界に入れる。
 それが望んだカードなのか、それとも望まぬカードなのか――その場の誰にも悟らせることなく、城之内は顔を上げ叫んだ。
「いくぜ! オレは『灼眼の黒炎竜』で……『ジャイアント・オーク』を攻撃する!!」
 城之内が次にとったアクションは、神を避けた攻勢。『灼眼の黒竜』には、戦闘破壊したモンスターの攻撃力の半分をダメージとして与える特殊能力があるため、この攻撃が決まればシンのライフを3桁まで減らせる。
「させねぇよ――罠カード発動『デストラクト・ポーション』!!」


デストラクト・ポーション
(罠カード)
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ
自分のライフポイントを回復する。


 『ジャイアント・オーク』が突然に苦しみだす。
 バーニングアイズが炎を放つよりも早く、オークは断末魔を上げ、爆発とともに消滅した。
「クハハハハッ!! このトラップは自軍モンスターを破壊し、その攻撃力分だけプレイヤーのライフを回復する! 今回は『ブラッド・ディバウア』ではなく、俺様の“エサ”になったってわけだ。“神”を倒せねぇから俺自身を狙ったんだろうが……残念だったなぁオイ」
「…………!!」
 城之内は不愉快げに眉をひそめる。
 シンのライフが大量回復したことではなく、彼の態度に対して。

 シンのLP:1700→3900

「…………。笑ってんじゃねぇよ……」
「……? ア?」
 城之内は顔を上げると、強い瞳でシンを睨んだ。
「テメエのモンスターを犠牲にしといて――笑ってんじゃねぇって言ってんだ!!」
「……。ハッ、またそれか? 反吐が出るな……モンスターなんざ、所詮は“駒”じゃねぇか。俺様が勝利するための、使い捨ての“駒”……てめえだってそうだろう? “魔神”の攻撃に耐えるために、モンスターを“盾”にし続けた。俺様と何が違うってんだよ?」
「……!! なら……見せてやるぜ、シン・ランバート」
 手札のカードを盤にセットし、城之内はターンを終了する。
「オレとてめぇの違いを――オレ達の“絆”が、てめぇのフィールドに風穴あけてやるぜ!!」


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜,伏せカード1枚
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:3900
場:ブラッド・ディバウア(攻6200)
手札:1枚


(何だあの自信は……? たった1枚のリバースで、一体何が出来るってんだ?)
 シンは圧倒的優位を確信しながらも、城之内のリバースを注意深く睨んだ。
 城之内の墓地のモンスターは10枚足らず、それは間違いない。つまりモンスター単体での“魔神”突破は、どう考えても不可能だ。
(互いの攻撃力差は1500前後……カード1枚で補うには大きい。ならばヤツの狙いは? ブラフで躊躇させ、カードを溜めるつもりか?)
 シンはカードをドローすると、それを視界に入れた。


ランサー・デーモン  /闇
★★★★
【悪魔族】
相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを攻撃対象
とした自分のモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに
戦闘ダメージを与える。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1600  守1400


(『ランサー・デーモン』を喰わせれば、攻撃力7800……差はさらに広がる。だがそれをすれば、このターンの攻撃は行えなくなる……)
 『ブラッド・ディバウア』の特殊能力は本来、自軍モンスターを対象とすべきものではない。ここで『ランサー・デーモン』を喰わせることは、城之内を警戒し、“守勢”に回った印象さえ観衆に与えるだろう――それは、シンのプライドに障ることであった。
(こんな所で足踏みしてたまるか……俺の標的は、もっと先にある!)
 シン・ランバートが目指すは決勝戦――倒すべき相手は、神里絵空。
 彼女に勝利し証明する、自身の価値を。そして手に入れるのだ――ランバートの末裔の証、“千年聖書”を。
「終わらせてやる――殺れ、『ブラッド・ディバウア』ァァッ!!」
 シンが声高に叫ぶと、“悪魔”は右腕を掲げ、握り拳をつくった。
 拳は烈風を纏い、凶器となる。“悪魔”の双眸が赤く輝き、眼前のドラゴンを睥睨する。
「――終わらせねぇよ……まだ」
 城之内は両足を肩幅に広げ、迎撃態勢をとった。
 己のドラゴンを見上げると、同じく声高に叫ぶ。
「バーニングアイズの効果発動! 自分の墓地に存在するモンスター1体につき、攻撃力・守備力を200ポイントアップする! オレの墓地にモンスターは7体――よって、1400ポイントアップッ!!」

『灼眼の黒竜』
攻3000→攻4400
守2000→守3400

 ドラゴンは咆え、体内の炎を爆発させる。アギトを開き、口内に“黒炎”を溜めた。
「――ハッ……だから何だ? その程度の攻撃、強化した“魔神”に届きゃしねぇよ!!」
 シンは嘲笑を吐き、勝利の笑みを見せる。
「見せてやろうぜレッドアイズ……! オレ達の背負った想いが今――“魔神”をブッ倒す!!」
 迫る“魔神”の拳に対し、城之内は力強く、場の伏せカードを開いた。
「トラップカードオープン! 『バーン・アウト!』ッ!!」


バーン・アウト!
(罠カード)
ダメージステップ時、フィールド上の戦士族または炎属性モンスター1体を
選択して発動。そのモンスターの守備力分の数値を攻撃力に加える。
選択したモンスターがプレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる。
発動ターンのバトルフェイズ終了後、そのモンスターは攻撃力・守備力が0となる。


「この一撃に全てを込めて――“魔神”を、討つ!! 燃え上がれ……バーニングアイズッッ!!!」
 ありったけの声で叫ぶ。
 それに応えるかのように、ドラゴンは黒炎をさらに爆発させた。
 後先など考えず、その一撃に全てを込めて――口内に黒炎を凝縮し、撃ち放つ。

『灼眼の黒炎竜』:攻4400→攻7800

「!!! なっ、まさか――」
 シンは反応するも、もう遅い。“悪魔”の拳はすでに振り下ろされた。

 ――ズドォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!

 暴風と黒炎が激突する。
 轟音とともに拮抗――しかし数瞬にして、勝敗は決する。
「ブチ抜け――ダーク・ギガ・フレアッッ!!!!」

 ――ズガァァァァァァァンッッ!!!!!!!!

 炎が風を押し飛ばす。
 そして“悪魔”の全身を焼く。この世のものとは思えぬ断末魔をあげ、苦しみ――“悪魔”の肉体は砕け、消滅した。

 シンのLP:3900→3100

「バッ……バカな。魔神が? 俺の、魔――」
 驚愕し、放心するシンを、更なる追撃が襲う。
 『灼眼の黒炎竜』第2の効果、破壊したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを与える――シンに取り乱す隙さえ与えず、黒竜は大量の黒炎を浴びせ掛けた。

 ――ズドォォォォンッッ!!!

 シンのLP:3100→1100


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜(攻7800)
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:1100
場:
手札:2枚


 まさに大逆転。
 会場のボルテージは最高潮に達し、城之内の善戦を称える。ライフでこそまだ負けているものの、何より“神”という絶対的存在を真っ向から破った――常人には成し得ぬ偉業に、誰もが感嘆せざるを得ない。
 しかしその状況でも、城之内は気を緩めなかった。背負った想いをつなげるため、最後まで全力を尽くす。
「……『バーン・アウト!』は攻撃力を大幅に上げられるが……リスクもある。発動ターンのバトルフェイズ終了時、バーニングアイズの攻撃力・守備力は0となる……」
 力を出し過ぎた黒竜は、糸が切れたかのように倒れ込む。しかし蹲りながらもシンを睨み、せめてもの戦意を示し続ける。


『灼眼の黒炎竜』
攻7800→攻0
守3400→守0

(!? 攻撃力0……だと?)
 弱り切った黒竜の様子に、シンは確かな勝機を見出す。
 彼の手札にはまだ4ツ星モンスター『ランサー・デーモン』がいる。攻撃力1600、さらには貫通能力までも備えたモンスターだ。
 『灼眼の黒炎竜』の攻守は現在0――とはいえ、完全に無力化されたわけではない。戦闘時、それぞれの能力値を墓地のモンスター数×200ずつ上げる特殊能力があるためだ。
 だがその上昇値も、現在では1400どまり。仮に守備表示にされたとしても、『ランサー・デーモン』の攻撃で貫ける。城之内のわずかな残りライフを、0にすることが可能だ。
(なっ……なんだよ。やっぱり悪足掻きじゃねぇか……このデュエル、やはり勝つのは――)
 震える右手で、カードを掴む。
 今度こそ、今度こそ本当に勝利するために――だが不意に、脳裏に懸念が生まれた。

 ――次のドローで、攻撃力1600以上のモンスターを引かれたら?
 ――あるいは、場のモンスターの攻撃力を上昇するカードを引かれたら?

 そんな弱気が生じるほどに、シンは追い詰められていた。綱渡りのような奇跡を起こし、2体もの“魔神”を撃破した城之内克也――彼ならばやりかねない、そう懐疑させる程には。
(ダッ……ダメだ! こんなカードじゃ……!)
 その疑心はシンを迷走させる。そして、定石とは思えないプレイに導く。
「ま、魔法カード『手札抹殺』発動! 俺は手札を全て捨て、同じ枚数だけ引き直す!!」
 シンの手札は1枚のみ、そして城之内に手札は無い。
 たった1枚の手札交換。しかも、悪くないカード『ランサー・デーモン』を捨てての――リスクが高すぎる賭け。次のドローカードが、この状況に適するとは限らぬというのに。
(俺は……負けねぇ……っ!)
 悲観的イメージを否定し、精神を沸かす。
 負けない、負けるはずがない――自分は“ランバート”の血筋なのだから、と。
(俺はガオス・ランバートの息子――シン・ランバートだッッ!!)
「ッ――ドローッッ!!!」
 ドローカードを見た瞬間、シンの両眼が見開かれる。
 引き当てたのは上級モンスター。このターンにフィールドに出すすべは無く、次の城之内の攻撃を防ぐこともできない。
 故にシンにとれる行動は、ただひとつしかない。
「……俺はこのまま何もせずに……ターンを、終了……」
 フィールドをガラ空きにしたまま、相手にターンを譲ることしか。


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜(攻0)
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:1100
場:
手札:1枚


「オレのターンだ――ドローッ!!」
 ドローカードを確かめると、城之内は改めてシンのフィールドを睨んだ。

 ドローカード:ランドスターの聖戦士


ランドスターの聖剣士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除く事で、相手フィールド上の
魔法・罠カード1枚を持ち主の手札に戻す。自分のターンのエンド
フェイズ時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。
攻 500  守1200


(ヤツのフィールドにカードは無ぇ……手札は1枚。序盤にも使ってきた『バトルフェーダー』の可能性もある。だが!!)
 元より玉砕覚悟の決戦。ここは臆さず攻める――迷いなど微塵も見せずに、城之内は攻撃を宣言した。
「頼む、バーニングアイズ……ダーク・フレアッ!!」
 ボロボロの状態で、最後の力を振り絞り、黒竜は炎弾を撃ち放った。

『灼眼の黒炎竜』
攻0→攻1400
守0→守1400

 ――ズドォォォッ!!

 黒い炎塊が直撃し、シンは後ろに倒れ込む。
 遮るものもなく、何らの抵抗も見られず――彼の決闘盤のライフカウンターは、その数値を減じた。

 シンのLP:1100→0


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜(攻1400)
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:0
場:
手札:1枚


「……勝った……っ?」
 城之内はポカンとし、現在の状況を確かめる。
 シンのライフは0、自分のライフは100を残している。
 勝った――己の勝利を悟り、城之内は高々と叫んだ。
「――いよっ……しゃあああああっ!!!!」





「――やった……! やりやがった、城之内のヤツ!!」
 彼の大金星に、本田は我がことのように歓声を上げた。
 いや彼に限らず、会場中がそんな雰囲気だ。城之内克也がもぎ取った勝利を、ほとんどの者が賞賛している。

「スゴイ……! 城之内くん、ホントに“神”に勝っちゃった!!」
 絵空もまた同様に喜び、そして驚いていた。
『(見事なデュエルだったわね。“魔神”の特性を把握し、対策し、そして全力をぶつけた……不可能を可能にした、彼だからこそ成し得た勝利)』
 天恵もまた賞賛する。
 遊戯もまた、さぞ歓喜していることだろう――絵空はそう思い、隣に座る彼を見た。しかし、
「……? 遊戯……くん?」
 絵空は目を瞬かせる。
 遊戯はこの会場にいる誰よりも早く、その“異常”に気が付いていた。
 故に“それ”から眼を離せず、食い入るように見上げている。

 デュエルフィールド上空には、黒い――巨大な“箱”が浮かんでいた。





 ――ドクン……ッ

 倒れたシン・ランバートの肢体が、何かに呼応し鼓動する。
 彼が左手に唯一持っていた手札は、いつの間にか彼の決闘盤にセットされていた。
 そう、これが終わり――“終わりの始まり”。かつての“ノア”と同じように。
 倒れた彼の額は黄金に輝き――第三の“眼”が見開かれた。


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:ENDING ARK
手札:0枚




決闘131 箱舟

 シン・シルヴェスターがこの世に生を受けたとき、父親と呼ぶべき男はそこにはいなかった。
 彼を24歳で生んだ母の名は、マリアと言った。
 ある田舎町に生まれ、シンは彼女の愛を受け、母子家庭で育った。
 他に親戚も無く、ただ二人だけの家族。
 物心ついた頃、シンは母に、父のことを尋ねた。
 すると母は微笑んで、けれど淋しげに、短くこう答えた。
 「とても素晴らしい人よ」と。
 母はそれ以上語ってくれなかった。
 彼女のその顔が忘れられなくて、シンはそれ以来、父のことを問うのはやめた。

 生活はつつましく、アパートで生活をしていた。
 母は、シンが学校へ通いだす頃には外で仕事を始めたが、彼が帰宅する頃には大概家におり、彼を出迎えた。
 しかし華美ではないものの、生活に不自由したことは無かった。
 幼い頃のシンはそのことに対し、何らの疑問も抱かなかった。

 マリア・シルヴェスターは優しく、本当に、どこまでも優しい母親だった。
 罪を罪とも言わず、ただ相手を許してしまえるような人だった。
 それはシンにとって、正しい意味で理想的な育成環境ではなかったかも知れない。
 叱るべき父の不在は、彼を我の強い、放縦な少年にした。

 そしてシンが14歳のとき、マリアは病気で他界した。
 唯一の肉親、愛すべき母を失い、彼は塞ぎ込んだ。
 しかしそれにより、彼は知る。
 彼女の預金口座には、莫大な資産が眠っていたのだ。
 彼女はなるべくそれを使わず、シンが不自由しない程度に、質素な生活を心がけていた。
 シンにはそのことの意味が、まるで分からなかった。
 一体どこから、どうしてこれ程の金を持っていたのか。
 シンはそれを、「父親」によるものだと推測した。

 シン・シルヴェスターは知りたくなった、父親のことを。
 生きているのか死んでいるのか、これほどの大金を用意できる彼は何者なのか。
 銀行から多額の金を引き出し、探偵を雇った。
 顔すら見たことの無い、生死すら分からぬ父親を捜し出すこと――それを依頼して。

 ――彼がガオス・ランバートと出会い、シルヴェスターの名を捨てたのは、それからしばらく後のことである。





「――なっ……何だ、コイツは……!!?」
 城之内はその存在を見上げ、口をポカンと開いていた。もはや彼のみならず、会場中の人間が“それ”に気付いている。
 シンのフィールド、その上空に、巨大な黒い“立方体”が浮かんでいた。さながら黒い太陽のごとく、不気味に、冷たく彼らを見下ろしている。
「……!? コ、コイツまさか――」
 城之内の脳裏を、ある懸念がよぎる。
 似ている――かつて目の当たりにした『ラーの翼神竜』、その待機形態“球体形(スフィア・モード)”に。
「……ああ……そのまさかさ」
 シン・ランバートはゆっくりと起き上がる、その額に“ウジャト眼”を輝かせて。
「これこそが、三魔神最高位にして最強の魔神――『エンディング・アーク』! この魔神は俺のライフが0になったときのみ、手札から特殊召喚できる!!」
「!!! な……っっ」
 城之内は驚愕し、困惑する。彼のその言葉と、その額に輝くウジャト眼に。
「バ、バカな……! てめえのライフはすでに0! 決着はもう――」
「――つかねぇよ。『エンディング・アーク』には3つの特殊能力があり、その第一の能力……この魔神がフィールドに存在する限り、俺は敗北しない。つまりコイツを攻略しない限り、俺は死なねぇってことさ!!」
 3つの眼を見開き、シンは叫ぶ。先ほどまでの弱腰など微塵も見せず、自身の勝利を確信して。


エンディング・アーク  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分のライフが0になったときのみ、手札から特殊召喚できる。
●このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
●???
●???
攻????  守????


 額のウジャトが不穏に瞬く。シンはふと右手を伸ばし、指でそれに触れた。
(これが“ウジャト眼”……“千年”に選ばれし者の証……!)
 歓喜に口元を震わせる。『エンディング・アーク』をデュエル中に召喚するのはこれが初めて――ライフを0にされる機会など、予選中にはあり得なかったのだ。
(ついに手に入れた、“ランバート”の証……! 頭が冴える! 力が、全身に満ち溢れてくる!!)
 何でも出来る――そんな驕りを当然に抱けるほどに。
 まるで自分自身が“神”になったかの如く。


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:0枚


(クソ……何つー無茶苦茶な効果だ! こっちの計算を完全に狂わされちまった!)
 城之内は険しい表情で、現在の状況を整理・確認した。
(“場に存在する限り負けない”……? きのう神里が闘ったヤツの切札と、同じ能力じゃねぇかよ。つまり何がなんでも、あの黒い塊を墜とさなきゃならねぇのか。でも……)
 城之内は目を凝らし、上空の立方体を見つめた。
 攻撃力・守備力も不明、さらにはもう2つの特殊能力があるという。
 これまでに倒した2体の“魔神”とは違い、完全に初見での対峙となる。
 最悪と言っても良いのは、城之内がすでに満身創痍の状態であること。能力値1400どまりの『灼眼の黒炎竜』を攻撃表示で晒し、手札にはサポートできるカードも無い。攻撃力1500以上の攻撃を受けただけで、城之内のライフは尽きてしまう。
(とにかくやるしかねぇ……! ヤツの場には“魔神”1体のみ! 何とか凌げる可能性はある)
 とはいえ出来ることは無い。
 頬を伝う汗を拭い、苦々しげに告げる。
「……ターン……終了だ」
 と。


<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜(攻0)
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:0枚


「……俺のターンだ……カードドロー」
 シンは、いやに落ち着いた様子でカードを引く。
 その様には闘志すら感じられず、余裕さだけが窺える。

 ドローカード:炸裂装甲(リアクティブアーマー)

「……。俺はこのまま何もせずに……エンドフェイズへ移行」
「!? え……っ?」
 城之内は呆気にとられる。
 シンは攻撃を仕掛けなかった――それどころか、1枚のカードすら出さなかった。
(攻撃してこない……? あの“魔神”には攻撃能力が無いのか?)
 そう推測し、安堵した次の瞬間、シンの口元が三日月に歪んだ。
「そして俺のエンドフェイズ時――『エンディング・アーク』第3の効果が発動する!」

 ――ドクン……ッ

 何かの、不穏な鼓動が響く。
 城之内ははっと、上空の“黒い箱”を見上げた。そして一瞬、目の錯覚かと思った。
 綺麗な立方体だったそれが、少しずつ形を歪めていく。
(!?? 固体じゃない……まさか、液体!?)
 城之内が自身の誤解に気付くのとほぼ同時に、シンは彼に告げる。
「……俺のターンのエンドフェイズ時、“箱舟”を除く全てのモンスターは洗い流される――“浄化の洪水(セイクリッド・デリュージ)”!」

 ――バシャァァァァァァッ!!!

 “箱”は予想外の変化を見せた。
 “箱”はやはり固体ではなく液体――それは幾つもの帯状に分かれ、城之内のフィールドを強襲し、『灼眼の黒炎竜』の全身を呑み込んだ。
「な……っっ」
 城之内は“それ”を間近で見る形となり、思わず唾を飲み込む。
 ドラゴンを呑み、巨大な球状になったそれは、黒い――というよりも、ひどく濁りきった“泥水”のようでさえあった。
(つーか……これのどこが“舟”なんだよ!? 完全に液体じゃねぇか!!)
 今にも、自分まで呑み込んでしまいそうな“それ”を厭悪しつつ、城之内は乱暴に叫んだ。
「手札を1枚捨てて――バーニングアイズの最後の効果を発動!! カードの効果で破壊されるとき、レッドアイズとして場に復活することができる!!」


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ中、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚につき、
このモンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
このカードがカードの効果によって破壊されたとき、手札を1枚捨てることで、
融合素材とした「真紅眼の黒竜」1体を墓地または除外ゾーンから特殊召喚できる。
攻3000  守2000


 ――ザバァァァァンッッ!!!

 水の塊が弾け、黒竜が咆哮とともに姿を現す。
 散った濁水は再びフィールド上空に集い、巨大な“箱”を形どった。
「…………!! だ、大丈夫かレッドアイズ!?」
 熱を失いつつも生き延びた黒竜は、明らかに弱っていた。
 外傷こそ見られぬもののぐったりとして、十分な気力が感じられない。
 しかし力を振り絞り、レッドアイズは立つ。仕えるべき主を、守らんがために。
「フン……相変わらずしぶといな。だがそれでどうする? “箱舟”を排除できる策が、貴様にはあるというのか?」
「…………ッ!」
 城之内は苛立ちとともに歯噛みし、上空の“箱”を見上げた。


<城之内克也>
LP:100
場:真紅眼の黒竜
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:1枚


(しかし……バーニングアイズを攻撃されなくて命拾いしたぜ。あの“魔神”にはやはり、攻撃能力が無ぇのか……?)
 いまだ全貌が明かされぬ脅威に眉をしかめ、城之内はターンを開始し、カードを引く。

 ドローカード:右手に盾を左手に剣を

(……このままターンを流しても……ヤツのエンドフェイズに、またレッドアイズを破壊されちまう。ここは一か八か――)
 フィールドの相棒を見やると、レッドアイズは頷いてみせた。
 精一杯の咆哮を上げ、上空の“箱”を見上げる。
「頼むレッドアイズ……! 『エンディング・アーク』を攻撃! “黒炎弾”!!」

 ――ズドォォォッ!!!

 レッドアイズが炎弾を放ち、それは“箱”に命中する。
 “箱”は大した手応えもなく、弾け飛んだ―― 一瞬、破壊できたかに思えるがそうではない。
 炎弾がそのまま上空へと消える一方で、弾けた泥水は再び結集する。整然たる立方体を形作り、何事も無かったかの如く浮かんでいる。
「ああ……無駄だよ。これが“箱舟”の第2の能力……この魔神は一切の戦闘を行わない。攻撃されることはもちろん、自ら攻撃することも無い……故に攻撃力も守備力も不要。面白ぇ能力だよなぁ? プレイヤーを絶対的に守護する“究極の盾”……その一方で相手プレイヤーの戦力を奪い続け、そのくせ命は奪わねぇ。自ら手を汚すことなく、真綿で首を絞め続ける……悪趣味にも程がある能力だ」


エンディング・アーク  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分のライフが0になったときのみ、手札から特殊召喚できる。
●このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外の場のモンスターを全て破壊する。
攻????  守????


「戦闘を行わない……だと!? バカな、じゃあどうやって――」
「――だから、倒せねぇんだよ。つまりコイツが出た時点で、俺の敗北は無くなった……貴様が敗北する以外には、何ひとつ道は残ってねぇんだ」
 シンは嗤う、厳かに。
 通常であれば、困難だがまだ手段はある――戦闘で破壊できぬなら、カード効果で破壊すれば良い。しかし『エンディング・アーク』は“神”なのだ。
 “神”はM&W上、最強の“耐性”を持つ。カード効果で倒すのは、ほぼ不可能と言っても良い。ましてや“神”として最高位に位置するなら尚更だ。
(オレのデッキには……無ぇ。“神”を効果破壊できるような、特殊な最上級呪文(スペル)のカードなんて……!)
 城之内は我を忘れ、立ち尽くした。
 『エンディング・アーク』を倒すことは不可能。ならばそれ以外の手段で勝利することはできないか――それを考える。
「何なら俺を直接攻撃するか……? もっとも俺のライフはすでに0、何の意味も無いがな。俺の命(ライフ)は今や、“箱舟”と完全にリンクしている……!」
 “箱舟”が存在する限り“敗北しない”――それはつまり、あらゆる敗北条件が無効になるということ。

 ――シンのデッキ切れを待つか?
 ――それも無意味。
 ――デッキが無くなったところで、シンが敗北することは無い。
 ――城之内のデッキが切れた時点で、シンの勝利が確定する。
 ――引き分けすらも望めない。

 “エクゾディア”を揃えても、“ウィジャ盤”を完成させても――シン・ランバートは敗北しない。
 どれほど悪足掻きをしたとしても、デッキが切れた時点で勝敗は決する。

(勝てない……? 何をどう足掻いても、ヤツを倒す手段は、無い……?)
 瞳から戦意が消えかける。
 デッキ・手札・墓地――全てのカードをどう組み合わせても、勝つ手段が無い。
 デュエリストにはカードの数だけ可能性がある。だが、その全てを結集したとしても、魔神『エンディング・アーク』には届かない。

 どれほど立ち尽くしていたのだろう。
 レッドアイズの嘶きを受け、城之内は正気を取り戻す。
(お前は……諦めてないのか? レッドアイズ……)
 レッドアイズは視線を城之内から逸らし、上空の“箱”を強く見据えた。

 諦めない心――それは時に“奇跡”を生む。
 城之内はこれまでにも、幾度となく“奇跡”と呼ぶべきものを起こしてきた。
 だが――

「……っ。ターン、終了だ……」
 ギリギリの線で、戦意を繋ぐ。
 今にも消えそうな光を、懸命に守らんとする。


<城之内克也>
LP:100
場:真紅眼の黒竜
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:1枚


「俺のターン……ドロー」
 額にウジャトを輝かせ、シンは静かにカードを引く。
 こちらこそむしろ、戦意が感じられない。最早そんなものは必要ない、そう言わんばかりに。

 ドローカード:マッド・デーモン


マッド・デーモン  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ
相手ライフに戦闘ダメージを与える。フィールド上に
存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
攻1800  守 0


「……俺はこのまま何もせずに、エンドフェイズに移行し――再び『エンディング・アーク』の特殊能力が発動」

 ――ザバァァァァァァッ!!!

 黒い水流が再び、黒竜を呑み込む。
 泥水は再び一つに集まり、棺のごとき役割を果たす。
「!! くそ……レッドアイズッ!!」
 城之内は咄嗟に右手を伸ばし、指先で“それ”に触れた――刹那、彼の中に“何か”が流れ込んでくる。

 ――ドグンッッッッ!!!!

「――――!!! うわああああああっ!!!!」
 城之内はらしくもない悲鳴を上げ、咄嗟に身を引き、尻餅をついた。
(何だ……!? オレは今! “何を見た”!!??)
 息を乱し、青ざめた顔で、恐る恐る右手を見る。
 指先が腐り落ちたかと思った――しかし実際には何ともない。
 強い吐き気を覚え、城之内は左手で口を押さえる。

 この“水”は、物体を溶かす“酸”ではない。
 生体に異常をもたらす“毒”でもない。

 ――これは“穢れ”の塊
 ――数多の人間を浄め、それ故に腐った“聖水”の末路
 ――万物を“死”に至らしめる“絶望”の結晶

「…………!! レッド、アイズ……っ」
 城之内は顔を上げ、その“塊”を見る。
 その中で、レッドアイズがどれほど苦しんでいるのか――彼には想像もつかない。
 それなのに、手が伸ばせない。間近で直視することさえおぞましい。

 “水”は間もなく、再び上空へと還っていく。
 そこに黒竜の姿は無い。内部に取り込まれたわけでもなく、ただ“絶望”に穢され“死”に至った。

「これでターン終了……さあ、お前のターンだ」
「………………」
 立てない。立つことすらできない。
 そもそも立って、何をしろというのか。
(終わりだ……もう)
 そもそも光など、ありはしなかった。

 一縷の希望すらない、暗闇の中で――城之内は俯き、ただ絶望を見つめた。


<城之内克也>
LP:100
場:
手札:1枚(右手に盾を左手に剣を)
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:2枚




決闘132 黒い稲妻

 ――時は少しさかのぼり、青眼ドーム前、選手用入場口付近にて。

 二回戦第一試合がまさに開始された頃、城之内は、偶然出会った月村浩一に頭を下げていた。
 「まいったな」とボヤきながら、月村は後頭部を掻く。
「私はたしかに本社上層部に人脈を持っているが……それほど強いものじゃあない。ましてや、そんな無茶を通せるほどには……ね」
 城之内の依頼に対し、月村は否定的に返答した。
 城之内が月村に頼み込んでいること――それは、I2社がマリクとリシドに降した処分について。“M&W界からの永久追放”、その罰を取り消して欲しいというものだ。
「今回、彼らがこの大会に出場した件については……昨日、事情を聞けた。本社上層部にはそのまま報告しておいたよ。まあ事情が事情だし、罪をさらに問われることはないと思うが」
 さらに言うなら、それが評価されることもあるまい。
 要するに、本社上層部は彼らを“厄介払い”したいのだ。
 この件は不問とされ、彼らには再び同様の対応が求められる――それが関の山だろう。
「……君は知らないのかもしれないけどね、彼らの罪は相当に重いものだ。彼らが統括したグールズの活動により、世界中で相当数のデュエリストが被害を受けている。本来なら、この程度の罰で済ますべき話じゃあない。君たちがなぜ彼らに、そこまでの仲間意識を持っているのかは知らないが――」
「――分かってるさ。アイツらの罪の重さは……アイツらが一番良く分かってる」
 月村の発言を制し、城之内は正面から月村を見る。
 迷いの無い真っ直ぐな瞳に、月村は思わず目を見張った。
「大目に見てくれ、ってわけじゃねぇ……アイツらはむしろ“罰”を望んでいる。だからこそシン・ランバートを倒して、“ルーラー”を止めて……少しでも償いたいと考えた。アイツらのその想いを汲んでほしい……むしろ、“償い”になる罰が欲しい! そして何よりオレは……アイツらに、デュエリストであって欲しい。アイツらを“真のデュエリスト”として認めているから」
 月村は視線を逸らし、唸りながら考え込む。
 仮に自分が意見したところで、処分は当然覆るまい――I2上層部はそもそも、彼らを適正に裁くつもりなどない。自分たちの都合により彼らを、“グールズ”の真実を隠匿したいのだ。
 月村はそれを悪いとは思わない。I2社、そしてM&Wを守るための、必要悪だと考える。
 どう誤魔化したものか思索しながら、月村は溜め息を一つ漏らす。そして再び城之内を見て――彼の姿に、ギョッとした。
「オッ……オイ、君……!?」
 城之内は両手を床に付け、深々と頭を下げていた。呆気にとられた月村に対し、そのままの姿勢で思いを告げる。
「……無条件とは言わねえ。オレは昨日、一回戦が終わった後、アイツらと一緒にいたんだ……そして託されてきた。今日のデュエルに勝って、ルーラーを止めて欲しいってな。だから今日、オレが勝てたら……上の連中に伝えて欲しい、アイツら2人の想いを! アイツらには償う意志も、力もあるってことを!!」
「…………。頭を上げなさい、城之内くん」
 城之内が頭を上げると、月村は溜め息を交じりに応えた。
「君の考えは良く分かった……その条件で良ければ約束するよ。シン・ランバートがこれ以上勝ち進むのは、ウチとしても都合が悪い……準決勝戦からはテレビ中継されてしまうしね。君が彼を倒したなら、陰に彼ら2人の助力があったことは報告するよ。ただ、それで上がどう判断するかまでは、私には保証できない。それでも良いかい?」
「……! ああ、十分だ!」
 城之内は力強く頷く。
 月村は微苦笑を漏らしながら、いまだ両膝を折ったままの彼に、手を差し伸べた。





 ――そして現在、シン・ランバートが“箱舟”を召喚して以降、会場内は不穏な空気に包まれていた。
 魔神『エンディング・アーク』は、これまでの二神とは異なる雰囲気を醸している。“神威”とはまた異なる、陰惨たるおぞましさを。
 城之内克也はまだ立てない。それも無理からぬものと言えた。
 これほどの絶望的状況に瀕し、如何にして活路を見出せというのか。それは、この場にいる誰もが解答し得ぬことだ。


「――決まりですね。ガオス様が推すだけあり、大したものでしたが……城之内克也も限界でしょう。まあ“魔神”2体を倒しただけでも、大金星でしょうが」
 カール・ストリンガーの言葉に、ガオスはつまらなげに同意する。
「“箱舟”の召喚までは想定せなんだ……確かにここまでだろう。一度のデュエル中に魔神3体召喚……“アレ”は曲がりなりにも魔神を使いこなした。そして何より……」
 ガオスは失望混じりの眼差しで、城之内の姿を見下ろす。
(戦意を失ったデュエリストには、如何な奇跡も起こり得ぬ。カツヤ・ジョウノウチ……いささか買い被り過ぎた、か)
 そして“箱舟”を見つめる。
 “全て”を知る者として、憐れみに満ちた眼差しで。





(……ここまで、か。彼も良く頑張ったとは思うが……)
 月村浩一は残念げに目を伏せた。
 実際、城之内がここまで闘えるとは思わなかった――デュエル中の彼の言動からも、リシドやマリクの協力は窺える。結果がどうあれ、駄目元でも本社上層部に報告してやりたい、そう思う程には心も動かされた。
(……だが、それも結果は同じだ。私がどう報告したところで、上層部は判断を覆すまい)
 月村は諦め、眼を閉じた。
 彼は哀しいかな知っている。何をどう足掻いても変わり得ぬ、“現実”というものがあることを。



(あれが最後の“魔神”か……厄介な能力だ。守備に徹する分、なおタチが悪い……このオレのデッキにも恐らく、あれを倒す手段は無い)
 海馬瀬人は顔をしかめ、魔神『エンディング・アーク』を分析する。
 神攻略の定石は“戦闘”。神属性が誇る無類の耐性も、あくまでカード効果に対するものに過ぎない。
 だが「戦闘を行わない」以上、その手段は通用しない。
 神らしからぬ消極的能力が、その堅固を盤石たるものとしている。
(そしてプレイヤーを直接狙っても無意味……特殊な勝利手段も通用しない。弱点があるとすれば、その特異な召喚条件か)
 ライフが0になる瞬間、手札にそのカードが存在しなければ意味が無い。
 さらに言うなら、この魔神の召喚に失敗すれば、その瞬間に敗北が確定するということ。
 逆に言えば、召喚を許せば無敵の盾となる。加えて、発動タイミングが遅いとはいえ、モンスター殲滅の攻撃性をも備えている。
(……正面から破ることは不可能に近い。それを可能とするカードがあるとすれば……)
 海馬は横目で彼を――倒すべき“宿敵”の様子を窺った。



「――ねえ遊戯。城之内のヤツ……何か逆転の手段は無いのかな?」
 杏子は振り返り、座ったままの遊戯に意見を求めた。
 遊戯は“箱舟”を見上げたまま、動かない。
 食い入るように、魅せられるように――その四角い“箱”を、見つめ続けている。
(違う……アレは、“箱舟”じゃあない)
 一方、絵空はふと気が付いて、膝の上に視線を落とした。
 鳴いている――天恵ではなく、“千年聖書”が。


 ――“救済の箱舟”
 ――それはかつて、この世界を救わんとし顕現された聖櫃
 ――その内より湧き出た聖水は、全ての穢れを洗い浄め
 ――世界を救うはずだった

 ――しかし人々の絶望はあまりにも業深く
 ――凶器を奪おうとも、人々は争いをやめず
 ――浄めの聖水は穢され、黒く染め上がり
 ――器たる聖櫃を冒し、世界を滅ぼす“邪神”と成した

 ――千年聖書はノアのもとで、その全てを見てきた
 ――彼を導き
 ――そのやさしさに触れ
 ――涙を知り
 ――絶望を受けとめた


「――ぎ……、遊戯、遊戯っ!」
 遊戯はハッとし、正気に戻る。
 彼の視線の先に“箱舟”は無く、案じて見つめる杏子の顔があった。
「どうしたのよ? さっきからボーッとしちゃって……大丈夫?」
「え……ああ、ゴメン。ちょっと考え事しちゃって……」
 そう応えながら、遊戯は自身に疑念を抱いた。
 先ほど浸った奇妙な感覚――胸を刺すような痛みを。
 それとは別に、彼の腰のカードホルダー、その中の1枚が脈動している。魔神『エンディング・アーク』に反応し、何かを訴えるかの如く鼓動していた。


THE SUN OF GOD DRAGON  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????





<城之内克也>
LP:100
場:
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:2枚


 シンのエンド宣言から数分後、城之内はようやく重い腰を上げた。
 顔を俯かせ、身体をふらつかせながら、デッキへと指を伸ばす。
「……オレの、ターン……ドロー……」
 引き当てたのは罠カード。城之内が望むカードではない――というかそもそも、彼が現在望むカードなど、デッキにも墓地にも存在しない。
(魔神も、シン・ランバートも……倒す手段が無ぇ。手札にはモンスターカードも無い……ヤツがモンスターを召喚して攻撃すれば、それで終わる)
 魔神の瘴気に当てられたせいか、思考に力が湧いてこない。
 いや湧いたところで、結果は変えようがない。攻略不能の“箱舟”を前に、打てる手などありはしない。
(このデュエル、オレは負ける…………でも)
 心に小さな光が差す。
 自分はここで敗ける――けれどこの敗北は、再び“次”へと繋がるはずだ。
 『カーカス・カーズ』、『ブラッド・ディバウア』、そして『エンディング・アーク』――全ての魔神の全ての能力が、このデュエルにより明かされた。
 このデュエルは無価値ではない。リシドとマリク、両者のデュエルと同様に。
(遊戯なら……やってくれる。アイツらの……そして、オレの想いを繋いでくれる)
 城之内は両の拳を握りしめた。

 それでも、悔しい――自分ではやはり“神”には届かなかった。
 月村浩一との約束も果たせない。自分にはもう、出来ることが無い。

(すまねえな……遊戯。オレは、ここまでだ……)
 両拳から力が抜け、脱力する。
 力なく口を開き、“終わり”を告げる。
「……オレはこのまま何もせずに……ターンを――」
 と、その瞬間、


 ――カァァァァァァァッ……!!!


 会場中の人間が、その現象に目を見張った。
 城之内の決闘盤の、墓地スペースが輝き出した――プレイヤーの意志にもよらず、まるでカードの意志の如く。
(……!!? この、カードは……!)
 城之内は両眼を見開く。
 知っていた、墓地からいち早く弾き出されたそのカードの存在は――けれど城之内は、敢えてそれを拒んだ。

 これ以上の足掻きは、モンスターをいたずらに傷つけるだけだ。
 だからこそ城之内は敗北を認め、このデュエルに幕を下ろそうと考えた。
 それなのに――

(――お前は……まだ、闘うって言うのかよ……!?)
 情けない――城之内はそう思い、再び拳を握りしめた。
 一年前のあの日、城之内は誓ったのだ――そのカードに相応しい、強いデュエリストになると。
(お前の魂はまだ死んでいない……! それなら――)
 城之内は顔を上げた。
 せめて、応えるために――どれほどの絶望が相手でも。
 その気高い魂が、より強く輝けるように。
「オレはカードを1枚セットし――エンドフェイズ! 墓地に存在する『真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)』の効果を発動!!」


真紅眼の飛竜  /風
★★★★
【ドラゴン族】
通常召喚を行っていないターンのエンドフェイズ時に、
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地に存在する「レッドアイズ」と名のついた
モンスター1体を特殊召喚する。
攻1800  守1600


 先んじて弾き出されていたそのカードを、ゲームから除外する。
 そして再び手にする、魂のカードを。
「よみがえれ――気高き竜よ! 現れよ、『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)ッ!!』
 三度の特殊召喚。何度倒れようとも、再びフィールドに蘇る。
 “箱舟”の瘴気になど屈さず、強く咆える――城之内克也と、最後まで闘い抜くために。


<城之内克也>
LP:100
場:真紅眼の黒竜,伏せカード1枚
手札:1枚
<シン・ランバート>
LP:
場:エンディング・アーク
手札:2枚


「……またソイツか。物分かりの悪い男だ。何をしようが無意味、『エンディング・アーク』は墜とせない――まだ理解できていないのか?」
 ドローカードを一瞥すると、シンはすぐにフィールドへ視線を戻した。
 そして告げる、悪魔の宣告を。
「このままエンドフェイズへ入り――何度でも味あわせてやるよ。『エンディング・アーク』の効果発動!!」
 立方体が再び、歪み始める。
 レッドアイズを襲い、再び呑み込まんがために――城之内は深呼吸をし、盤の伏せカードに右手を重ねた。
(……これがオレの……最後の賭け)
 届かない――それでも信じる。
 現実と想いの狭間で、勇気と理想を胸に抱き、
 手を伸ばす、最後の“奇跡”へと。
「これがオレの――最後の力っ!! リバースカードオープン『真紅の奇跡』!!」


真紅の奇跡
(罠カード)
自分フィールド上に存在するカードが「真紅眼の黒竜」
1体とこのカードのみの場合、手札を全て捨てて発動できる。
自分のデッキのモンスター1体と
自分フィールドの「真紅眼の黒竜」を融合させる。


 ――カァァァァァァァッ……!!!!

 レッドアイズの全身が、仄かに、真紅に輝き始める。
 これから起こるのは“奇跡”――神へと挑む、儚い奇跡。
「このトラップは、オレの場にレッドアイズのみが存在する場合にだけ発動できる……! レッドアイズと、デッキのモンスターとの融合を可能にする――まさに“奇跡”のカード!」
 盤からデッキを取り外し、そのうちの1枚を選び出す。
(借りるぜイシズ……お前の力も!)
 そしてそのカードを、レッドアイズの隣に力強くセットした。
「オレのデッキで最強の戦士……! 稲妻を操る伝説の騎士――来い、『ギルフォード・ザ・ライトニング』っ!!」
 屈強たる肉体を持つ、最上級戦士が現れる。八ツ星にして攻撃力2800、通常ならば切札級のモンスターだが、このフィールドでは力不足だ。
 一方で、レッドアイズは自身の身体を光の粒子へと変換し、消えてゆく――そしてそれは戦士に纏われ、漆黒の甲冑として生まれ変わる。
「……これこそが! オレのデッキの最強モンスター ――『究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー』ッ!!!」


究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー  /闇
★★★★★★★★
【戦士族】
「ギルフォード・ザ・ライトニング」+「真紅眼の黒竜」
上記のカードでこのカードを融合召喚した場合、
相手フィールド上のモンスターをすべて破壊する。
攻3500  守2300 


「……攻撃力3500……ご大層なモンスターだな。で? それでどうするんだ?」
 シンは冷たく嘲笑った。
 どんなモンスターだろうと無価値――“神”という絶対的存在の前には、その程度の強化など無いに等しい。
「――ダーク・ライトニング・ソルジャーの真価は攻撃力じゃねえ……その特殊能力にある! 融合召喚に成功したとき、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!!」
「……!?」
 “究極竜戦士”は右手を伸ばし、背の大剣を抜き放つ。
 彼の背には2本の剣が差されている――その一つは戦士が元より携えた光の大剣“ライトニング・クラッシュ・ソード”、もう一つはレッドアイズの魂が宿った闇の大剣“ダーク・フレア・ソード”。彼がいま抜き放ったのは前者、それには稲妻を操る、強烈な魔力が備わっている。
 剣が高らかに掲げられると、天より雷鳴が響いた。

 ――ガァァァァァンッッ!!!!

 剣に稲妻が落ちる。
 本来ならば、彼はその電撃により絶命してもおかしくない。しかしそうはならない。
 その威力の全ては剣に吸収され、光を纏い、火花を散らす。
「頼む……ダーク・ライトニング・ソルジャー!!」
 戦士は顔を上げ、今にも変形せんとする“箱”を見据えた。
 そして剣を振り下ろし、解放する――モンスター抹殺の光撃、必殺の一撃を。
「ライトニング――サンダーッッ!!!」

 ――ズガァァァァァンッッッ!!!!!!!

 激音とともに、剣より稲妻が放たれる。
 それは“箱”に命中し、余すことなく吸収される――隅々にまで伝播する。
(――雷属性の攻撃は……水属性に対し、より強い威力を発揮する……!!)
 神妙な面持ちで、その動向を見守る。
 “箱”の周囲を火花が散り、電撃が纏わりつく。
 しかし、それ以上の変化は起こらなかった。

「――バカじゃねえの……お前?」
 シンはそれを鼻で嗤った。
 “箱舟”は水属性ではなく神属性――しかも三魔神中、最高位に位置する。
 この程度の電撃で墜ちる道理など、あるはずがなかった。
「……足掻きはもういいか? 終わらせろ、『エンディング・アーク』――」

 ――バシャァァァァァァァッッ!!!!!!!

 泥水が戦士を呑み込む。
 抗うすべはなくそのまま、戦士はその内部に囚われた。

「……ありがとう……ダーク・ライトニング」
 俯き、呟きながら、城之内は右手を動かした。
 手のひらを開き、デッキへと向ける。
 サレンダー ――敗北を認め、この決闘に終止符を打つために。
(もういい。もう……十分だ)
 これ以上、苦しませる意味など無い。
 この想いは必ず、次へと繋がる――だから。
 そして瞳を閉じようとした、刹那、

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!

 世界に、閃光が走った。
 誰もがそれに反応する。しかし誰もが、それを理解できない。

 “稲妻が落ちた”――城之内のフィールドに。
 それは“箱舟”に直撃した。あるいは、その内部に存在するだろう“究極竜戦士”を。

「――ア……ッ?」
 シンは目を丸くし、ポカンとする。“箱舟”には、稲妻を呼び込む能力などありはしない。

「……ダーク……ライトニング……?」
 城之内は唖然とし、たどたどしくその名を呼ぶ。
 天が再び輝き、雷光が走る。

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!

 一体、何が起こっているというのか。
 その疑念が晴れるよりも早く、次なる雷が降り注ぐ。

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!

「――ッ! う……ッ」
 轟音と閃光。それを間近で受ける城之内は堪らない。
 数歩後ずさり、両腕で視界をかばう。

「――何をしている……! 早く殺せ、エンディング・アークッ!!」

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!

 シンが叫ぶ。しかしそれも、稲妻の嘶きに掻き消される。
 電光は泥水を照らす。濁りきったその闇に、一縷の光を撃ち込む。

(お前はまだ……闘ってんのか、ダーク・ライトニング……?)
 城之内は両拳を握り、両腕を下ろした。
 そして見据える、その絶望の塊を。視線を逸らすことなく、真っ直ぐに。
「――負けんな……! ダーク・ライトニングッ!!」

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!

 かつての“箱舟”は、人々を救うためのものだった。
 全てを浄め、全てを救う――誰もを幸福とし、希望をもたらす。
 それがノアの願い。
 彼はそれだけを祈り、ただ他者のためだけに、その箱舟を組み上げた。

 ――ガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!

 全てのヒトよ
 争うことをやめましょう
 我々の絶望は全て、愛すべき神へと通じてしまう


 ――ガァァァァァァンッッッッ!!!!!!

 全てのヒトよ
 ともに微笑み合いましょう
 私たちは、ひとりじゃない


 ――ガァァァァァンッッッッ!!!!!

 解り合いましょう
 受け容れ合いましょう
 我々の光はきっと、愛すべき彼女へも届く


 ――ガァァァァンッッッッ!!!!

 助け合いましょう
 愛し合いましょう
 そして伝え合いましょう
 ありがとう、と


 ――ガァァァンッッッ!!!

 彼女に伝えましょう
 ボクたちを
 私たちを
 生んでくれてありがとう
 あなたがたの愛は、我々の中に生きています


 ――ガァァンッッ!!

 落雷の音が、次第に小さくなってゆく。
 “彼”の命が消えゆくとともに――その光もまた、消えてゆく。

 そして、稲妻は止んだ。
 その執拗な光撃が“箱舟”に届いたのか、外部からは判断のしようが無い。

 “箱舟”は再び上空へと上がり、結集し、その形状を取り戻す。
 天に浮かぶは黒く、邪悪なる“箱”。その様には変化が窺えない。
 だが――

「――……!? バカ、な……?」
 シン・ランバートは眼を見開いた。
 異変はある――城之内のフィールドに。
 “彼”は、“究極竜戦士”はまだ、生きている。
 満身創痍の様子で、錆び付いた剣を杖とし、片膝をついている。
 纏った鎧はボロボロと崩れ、地に転がる。彼の命を護ったその鎧も、使命を終えて塵となる。
 今にも倒れそうな様子で、立つこともままならない状態で、彼は左腕を上げた。
 背に差されたままの、もうひとつの大剣――“ダーク・フレア・ソード”。レッドアイズの魂を宿したそれは、まだ生きている。
 鎧を全損し、融合前と同じ姿に戻った戦士は、左手で剣を抜き放つ。
 それを両手に掴み、よろよろと立ち上がった。
 闇の大剣はすでに稲妻を纏い、バチバチと火花を散らしている。
「――……ッ!! これが正真正銘……最後の一撃……!!!」
 戦士は重々しく、立ち上がる。
 すでに生きていることすら不思議な状態で、しかし剣の魂に突き動かされ、それを振り上げた。
 見ていられない。けれど眼を逸らさず、城之内はその背を見届けた。
「届け――ダーク・ライトニング……サンダーッ!!!」

 ――ズガァァァァァァァンッッッッ!!!!!!!!!!

 一際大きな雷鳴とともに、“黒い稲妻”が放たれる。
 それは“箱舟”に命中し、貫き、爆発を起こした。
「………………」
「…………ッ!!」
 シン・ランバートは両眼を見開き、その光景を見上げる。

 『エンディング・アーク』は不沈の“箱舟”。
 故に墜ちるはずはない――そう確信している、それなのに。
 心に浮かんだ小さな不安が、その動向に注目させる。

 爆煙が晴れ、その姿が明かされる。
 結果――“箱舟”はまだ、そこに在った。
 飛び散った“水”は再び集まり、“箱”の形を取り戻してゆく。

「――ッ! う……っ」
 城之内はひどい立ち眩みを起こし、片膝をついた。
 何故だろう、全身から力が抜け落ちたような奇妙な感覚――先ほど放たれた稲妻とともに、放出してしまったかのよう。

 彼の場の戦士もまた、手にした剣を落とし、その場に倒れ込んだ。
 そして身体は砕け、消滅する。場に残された2本の剣も、その後を追い、消えてゆく。


<城之内克也>
LP:100
場:
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:0
場:エンディング・アーク
手札:3枚


「――ハッ……ンだよ、ビビらせやがって。これで分かっただろう? 何をどうしようが、この『エンディング・アーク』を墜とすことは……」

 ――ベチャ……ッ

「……? ア……ッ?」
 シンは言葉を止め、呆然とした。
 何かが、彼のフィールドに落ちてきた――それは黒い、泥のような液体。
 落ちたそれは、再び浮かぶことなく、地に染み込んで消滅した。
 シンは視線を上げ、愕然とする。
 “箱舟”が、立方体を形どっていない――秩序を失い歪んだそれは、次々と崩れ、崩壊を始めている。
 浮力を失ったそれらは落ち、黒い雨を降らせる。
 シンは呆然と、その様を見ていた。
 消えてゆく――その額に輝いた、ウジャト眼が。天には黒い露ひとつ残らず、デュエルフィールドには一切の異形も残らなかった。


<城之内克也>
LP:100
場:
手札:0枚
<シン・ランバート>
LP:0
場:
手札:3枚


「……ハ……ッ?」
 シン・ランバートは瞳を震わせた。

 “箱舟”は消滅した――何故?
 墜ちるはずの無い“箱舟”が、なぜ消え失せた?

 ただひとつ確かなのは、この瞬間、このデュエルの勝敗が決したということ。

<城之内克也>
LP:100
<シン・ランバート>
LP:0

「――に、二回戦第二試合……勝者、城之内克也っ!!!」

 磯野の宣言をキッカケに、声を忘れた観衆が、歓声を上げる。
 そしてそれは、城之内に伝わる。
 両拳を握り、立ち上がることすら忘れ――城之内は今度こそ、確かな勝利の雄叫びを上げた。




決闘133 ランバート

 ――バンよ
 ――我が息子、バン・ランバートよ

 ――貴様はもうじき成人となる
 ――我が千年聖書を継承し、“神に従う人”となる
 ――新たな、そして最後の“ガオス・ランバート”に

 ――我が息子、バン・ランバートよ
 ――貴様はこの聖書とともに、その記憶を受け継ぐ
 ――旧時代の終焉、我らが偉大なる祖先、ノアの記憶を

 ――ノアの箱舟は、ヒトの心により穢された
 ――それはすなわち、ノアの心が穢されたということ
 ――故に箱舟は穢れ、世界は破滅へと導かれた

 ――忘れるなバン
 ――その呪いを
 ――我らが偉大なるノアは、ヒトの心により殺された

 ――ノアはヒトを愛し
 ――ヒトに裏切られ
 ――ヒトに絶望した

 ――愛してはならない
 ――信じてはならない
 ――ヒトを

 ――神を愛しなさい
 ――ヒトを蔑みなさい
 ――我らがヒトであることを、心より恥じなさい

 ――ただ神を信じ
 ――ただ神を愛し
 ――神に導かれなさい

 ――神はヒトをお赦しになる
 ――罪深き我々を
 ――故に我々は神の下で、世界を正しく導く


 ――バンよ
 ――我が息子、バン・ランバートよ

 ――貴様は最後のガオス・ランバート
 ――故に子孫は必要ない
 ――これ以上この世に、罪深きヒトを生み出してはならない

 ――忘れるな
 ――我が息子、バン・ランバートよ

 ――ヒトを蔑め
 ――ヒトを恥じよ
 ――それでも神は、ヒトをお赦しになる

 ――我らが神の裁きにより
 ――世界は終わり
 ――そして、再生を迎える
 ――全人類は新たなる世界へ、楽園(エデン)へと還る

 ――忘れるな
 ――神に従う人、新たなるガオス・ランバートよ
 ――ただ神のために在り
 ――ノアの遺志を継げ

 ――我が偉大にして愚かなる息子
 ――最後の、ガオス・ランバートよ……





(――見るに堪えんデュエルだ。まさかあの凡骨上がりが、仮にも“神”を倒すとはな)
 デュエルフィールドを見上げながら、海馬は不機嫌そうに眉根を寄せた。
 会場内は本日最高の盛り上がりを見せている。3体もの“神”を撃破し、勝利をもぎ取った――城之内克也のデュエルに。
(……まあ、あの男らしい。泥試合であろうが勝利は勝利。それに変わりは無い……が)
 認めていないわけではない。
 だがしかし、妙な苛立ちを覚える――城之内克也、彼のデュエルには。
 あるいは彼には、自分には欠けた“何か”があるのかも知れない――そんな考えが一瞬浮かび、「バカな」とすぐに切り捨てた。



(――なんて子だ……! あれほどの絶望的戦況を、強引に覆すだなんて! いったい彼には、何が見えていたと言うんだ!?)
 月村浩一は驚嘆し、同時に戦慄を覚えた。
 武藤遊戯と海馬瀬人――M&Wにプロ制度が導入されるに当たり、日本を牽引できるのはこの2人だけだと思っていた。
 しかしどうやら、それは大きな誤解かも知れない。そう気づく。
(昨日の絵空ちゃんにも驚いたが……いや、それ以上だ。彼には“何か”がある。不可能を可能にする程の資質が。もしかしたら彼は、あの2人以上の――)
 ゴクリと唾を飲み込む。そして城之内との、この会場前での“約束”を思い出した。
(……不可能を可能に、か。君がここまでやったんだ。私がそれを破るわけにはいかないな)
 月村は溜め息とともに、小さな微笑を洩らした。



 城之内の勝利を受け、本田は「今度こそ」とばかりに歓声を上げる。一方で、杏子はほっと胸をなで下ろしていた。
 そして絵空もまた、彼の勝利に素直な喜びを示していた。
(あんな無茶苦茶なカードに勝っちゃうなんて……すっごいね! いったい何がどうなったのかな!?)
『(こっちが訊きたいくらいよ。でもまあ……彼の執念の勝利、ってところかしらね)』
 そう返答しながらも、天恵はひとつの推論を立てていた。

 ――『エンディング・アーク』は、他の神とは明らかに一線を画す、不安定な存在
 ――それ故ガオス・ランバートにも、適切に“複製”することはできなかったのかも知れない

 と。
 ふと、絵空は隣の遊戯を見た。
 みなが喜び合う中で、彼だけは異なる反応を見せている。俯いて押し黙り、神妙な面持ちをしていた。
「遊戯くん……さっきからどったの? 顔色も良くないみたいだし」
 絵空に問われ、遊戯は「ちょっと考え事しちゃって」と、笑みを繕って返した。
(何だろう……嫌な感じがする。これで終わりという気がしない)
 遊戯の鼓動が、不自然に速まる。
 “箱舟”の召喚に感応していた『ラーの翼神竜』も、現在では反応を停止している――それなのに。

 そう、これは終わり――“終わりの始まり”。
 かつてのノアの時代のように。
 “その時”が着実に迫りつつあることを、彼らはまだ知らない。





 両膝をつき、頭を垂れたまま、シン・ランバートは床を見つめていた。
 3体の魔神は全て墜ち、自分は敗北を喫した――その現実を受け止められずに。
(“ウジャト眼”も消えた……俺は、“ランバート”の後継者に、相応しくない……?)
 そんな彼に、影が差す。
 不確かな足取りながらも、城之内は彼の前に立ち、そして告げた。
「約束だぜ……シン・ランバート。オレが勝ったら“ルーラー”は解散させる、そういう賭けだったよな?」
「…………!!」
 シンの身体が震える。
 そして口から、奇妙な笑いが漏れ出た。
「残念だが……それは出来ない相談だな。“ルーラー”の実権はすでに、俺にはない。そんな権限、俺にありゃしねぇのさ……クハッ、ざまあねえな」
 シンは嘲り笑った、自分自身に対して。
「親父は俺に、大した興味も持っちゃいねぇ。むしろ疎ましく思っているのさ……“だから捨てた”」
 マリア・シルヴェスターは妻ではなく、彼に仕える女中だった。
 ただの使用人。そしてシンを身籠った彼女は、ガオスの元から離され、遠い田舎へと転出した。
(あの男は母さんを……愛してなどいなかった。だから隠匿したんだ、俺達の存在を!)

 ――愛してなどいなかった
 ――そうに違いない

 ――若い女に過ちを犯し
 ――遠い地に追いやり、隠蔽した
 ――ガオス・ランバートにあるまじき“汚点”を

(それでも母さんは……あの男を、きっと愛していた)
 幼い頃見た母の表情(かお)が、忘れられなかった。
 だから、

 ――だから決めた
 ――息子になると

 ――あの男が俺を“息子”として認めれば
 ――母さんもきっと認められる
 ――“マリア・ランバート”になれる
 ――それなのに……!

(親父は俺を……認めようとはしなかった。俺を認めたのは、組織の一部の人間だけ……親父の側にはいつも、“アイツ”がいた)

 英国のデュエルキング、カール・ストリンガー ――彼がガオスの“お気に入り”であることは組織内部で知られ、彼こそがその後継者とも噂されていた。
 だからシンは、M&Wを始めた。父親に認められる、ただそれだけのために。

 4年前、ガオスが失踪した折、ルーラーの実権はシンにあった。
 それはある意味で、シンがガオスの後継者たり得た期間でもあった。
 しかし組織は機能せず、内部分裂さえ起こした。
 さらにはマリク・イシュタールが現れ、シンは敗北し、組織の一部は“グールズ”として乗っ取られた。

 そして数か月前、ガオス・ランバートは帰還した。
 ルーラーは息を吹き返すものの、その間に負ったダメージはあまりに大きい。
 それでもガオスはシンを、叱責さえもしなかった。当然、労をねぎらうことも。

 ――ガオス・ランバートはシン・ランバートに、何らの期待もしていなかった。

 だからシンは、ルーラーの至宝“三魔神”を持ち出した。
 マリク・イシュタールを倒し、せめて失態を挽回するために。
 しかしシンの思惑とは裏腹に、ランバートの証“千年聖書”は、“神里絵空”へと渡された。
 それはさらに、シンのプライドをひどく傷つけた。

 だからこそ、この大会に優勝し――神里絵空を倒し、証明せねばならなかった。
 自分は、ランバートの血族なのだと。
 ガオス・ランバートの息子なのだと。
 それなのに――


「――笑いたきゃ笑えよ。親父は俺を“息子”だなんて認めてねえ……俺には、何の価値もねえ!!」
「………………」
 城之内はしばらく、跪くシンを眺めていた。
 そして思わず口を開き、自然と彼に言葉を掛ける。
「――自分に価値が無いとか……自分で言ってんじゃねぇよ」
 シン・ランバートを、許容するつもりはなかった。
 ただ少し、重ねて見えてしまった――かつての自分、遊戯に出逢う前の、自棄な自分に。
「てめえの親父が、てめえをどう見てるとか……んなもん関係ねえだろ。お前の人生なんだぜ……お前自身で価値を決めろよ」
 そう伝えながら、城之内は眉をしかめた。
 それはあるいは、自分自身へ向けたものかも知れない――そう悟ってしまったから。
「……“ルーラー”を解散できないなら……せめて、てめえが脱けろ。親父がどうとか、ダセェこと言ってねえでよ……お前が決めろよ、お前自身の生き方を」
「…………ッ!」
 その言葉がシンに届いたか、あるいは届かなかったか――城之内には判らなかった。
 けれど背を向け、舞台を降り始める。自身の未来へ進むために。
(勝ったぜリシド……お前らとの約束、たしかに果たした!)
 階段を降りながら、城之内はもういちど拳を握り、右腕を高らかと掲げてみせた。





「――カツヤ・ジョウノウチ……見事な男だ。これほど才能あるデュエリストを、儂は見たことが無い」
 ガオス・ランバートは両眼を見開き、そう語った。

 ――ユウギ・ムトウよりも
 ――セト・カイバよりも
 ――そして、ソラエ・ツキムラよりも

(今は未熟……しかし、デュエリストとして最も肝要な資質を持ち合わせている。彼は必ず化ける……この上ない“王”の器として)
 ガオスは、胸の高鳴りを感じた。

 ――見届けてみたい……いや、あるいは導いてみたい
 ――この、可能性の原石を
 ――そして、闘ってみたい
 ――十分な成長を遂げた、カツヤ・ジョウノウチと

 そこまで考えて、ガオスは思考を停めた。
 それを待つ程の時間は、最早“この世界”には無い――しかし惜しい、あまりにも惜しい。
(そうだ……その可能性という未来を、我々は奪う)
 かつて自分が、“ガオス・ランバート”の名とともに奪われたように――ガオスは思わず両の拳を、強く強く握り締める。

「――ガオス様。シン様のことは……これで、よろしかったのですか?」
 カールに問われ、ガオスは改めてシンを見る。
 彼はいまだにデュエルフィールド上にうずくまり、その場を動けずにいた――ガオスは瞳を閉じ、彼を視界から消した。
「……ああ、これでいい。元よりアレに期待は無い……むしろ好都合だ。いずれにせよアレに、次の試合などありはせんしな」
 そうだ、これでいい。
 これでシン・ランバートは、この会場を去る――そうなれば、一時的に過ぎぬとも、巻き込む恐れはない。

『――たとえば貴方が、シン・ランバートに辛辣に当たる理由。貴方は彼に、自分と同じ道を歩ませたくない……だから否定する。自分が若くして失った“自由”を、彼には手にして欲しい……そうでしょう? “マリア”を遠ざけたのも同じ理由だ。違いませんよね?』

 ふと、昨日のヴァルドーの言葉を想起し、ガオスは虫唾が走った。
(貴様に何が分かるというのだ……ヴァルドー)

 ――だとしたら何だ
 ――何が悪い
 ――父親が“息子”を愛するなど、至極当然の事ではないか


「――……“魔神”は、いかがしますか? 回収の必要があるならば、私が……」
 カールの言葉に対し、「構わぬ」とガオスは制した。
「カツヤ・ジョウノウチは、あの3枚の“メッキ”を剥いだ……最早さしたる力は無い。放っておいても支障ないよ」
 それはかつて、グールズも望み、行わんとしたこと。
 ランバートの血筋であるシン・ランバートだからこそ、その“怒り”に触れず、使用することができた。

 ――『カーカス・カーズ』
 ――『ブラッド・ディバウア』
 ――そして『エンディング・アーク』

「……所詮は紛い物。我が魔力により精製した“偽りの魔神”」

 シン・ランバートが使役した3体の“魔神”。
 それら3体が纏った“神威”は、城之内に撃破された瞬間、各々すでに剥ぎ落されている。
 そう、それら3枚のカードは、最早――

「――所詮……ただの“劣化コピー”だ」

 神なる力を失い、元々のカードへと姿を戻していた。


カーカス・カーズ  /闇
★★★★★★★★★
【アンデット族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
このカードは、召喚ターンに攻撃することができない。
Xには自分の墓地に存在するモンスターカードの枚数が入る。
戦闘時および互いのエンドフェイズ時、
自分の墓地のモンスターカード1枚をゲームから除外する。
(ただし、Xの最大値は「9」とする)
攻X000  守X000


ブラッド・ディバウア  /風
★★★★★★★★★
【悪魔族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
1ターンに1度、レベル4以下の守備表示モンスター
1体を墓地へ送ることができる。
この効果を使用したターン、このカードは攻撃できない。
攻4000  守4000


セイヴァー・アーク  /水
★★★★★★★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
4000ポイント以上の全てのライフを支払うことでのみ、手札から特殊召喚できる。
●このカードがフィールド上に存在する限り、全プレイヤーは敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。魔法・罠・レベル9以下のモンスターの効果を受けない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外の場のモンスターを全てデッキに戻す。
 この効果発動時、フィールドに他のモンスターが存在しない場合、このデュエルを引き分けとする。
攻????  守????




決闘134 宿命の2人

「――キミが……瀬人くん? そっちの子が、弟のモクバくんかな?」

 今から、8年前のこと。
 セーラー服を着た、淡い金髪の少女がいた。
 青く美しい瞳で覗き込み、そしてやさしく微笑んだ。
「私はサラ……木下(きのした)サラ。よろしくね?」
「………………」
 当時10歳の瀬人は、差し伸べられたその手を見た。
 汚れの無い、きれいな手だと思った。
 父の遺産を喰い荒らした、汚い大人たちとは違う気がした。
 それでも――瀬人はその手を、払いのけた。
「……オレに……さわるな」
 心を許してはいけないと思った。
 誰にも、心を開いてはならない。
 誰にも、知られてはならない。

(オレが殺したんだ……だから)
 笑ってはいけないと思った。
 幸せになる資格など、ありはしないと思った。
(――オレが……父さまを、殺したんだから)

 瀬人とサラ、これが2人のファーストコンタクト。
 2人が同じ施設に入り、“家族”となった日の話。





「――それでは……僕も配置に戻ります。そろそろですからね」
 そう言って、カールはガオスに背を向けた。
 その背にガオスは問い掛ける、静かな口調で。
「……貴様は、儂を恨んでいるか……カールよ?」
 意外な問いにカールは振り返り、「まさか」と返した。
「行き場の無い、幼い僕を拾い……貴方は僕を“息子”のように育てて下さった。感謝こそすれ、恨む道理などありません」

 ――たとえそれが、身代わりでも
 ――貴方が本当に見ているのが、僕ではなかったとしても

「……光栄ですよ。シン様に代わり、僕はこの場所にいられる……貴方の側にいられた。それは本当に、幸せなことでした」

 ――だからどうか、お許しを
 ――この絶望を、断つことを
 ――“楽園”でどうか、貴方と本当の“親子”とならんことを……

 カールが去り、ガオスは独りとなった。
 もうじき終わる。この世界と――ランバートの宿命が。
(お前なら何と言うかなマリア……この儂を)

 ――シャーディーに殺されてもなお、“聖書”の魔力により蘇らされた儂を
 ――お前と同じ処へ逝けない、この俺を

 懐から、3枚のカードを取り出す。
 この時のため“聖書”より生み出され、そしていまだ目醒めぬそれらを――恨めしげに見つめた。


魔神 カーカス・カーズ  /神
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【幻神獣族】
Xには自分の墓地に存在するモンスターカードの枚数が入る。
戦闘後、自分の墓地のモンスターカード1枚をゲームから除外する。
攻X000  守X000


魔神 ブラッド・ディバウア  /神
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【幻神獣族】
1ターンに1度、守備表示モンスター1体を
墓地へ送り、その攻撃力・守備力をこのカードに加算できる。
攻4000  守4000


魔神 エンディング・アーク  /神
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分のライフが0になったときのみ、手札から特殊召喚できる。
●このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外の場のモンスターを全て破壊する。
 この効果発動時、フィールドに他のモンスターが存在しない場合、相手は敗北する。
攻????  守????





「――っつーか……ヘロヘロじゃねーかよお前。ホントに大丈夫か?」
 本田の問いに「うるへー」と城之内は応える。
 側の長椅子に腰を落とし、疲れ切った様子で大きく息を吐き出した。
「無理ないわよ。あの神のカードを相手に三連戦……ホントによく勝てたわね、アンタ」
 呆れ半分、感心半分で、杏子は溜め息を吐く。
 城之内は得意げに笑みを漏らし、隣の遊戯に向き直った。
「勝ったぜ遊戯……次の準決勝、よろしくな。今回こそ負けねーからよ」
「……! ウン、こっちこそ」
 二人は右拳を合わせ、互いの健闘を誓い合う。
 絵空はそれを見て、俄然、気持ちが昂った。
(よーし、わたしたちも続こう! めざせ午後のテレビ出演、だね)
『(……不純な動機で盛り上がってるところ悪いけど、出番まだだからね)』
 冷めた口調で水を差され、「わかってるよ」と絵空は口を尖らせた。
 そして視線を上げる。
 デュエルリング上ではすでに、第三試合の対戦カード――サラ・イマノと海馬瀬人が対峙していた。





「――デュエルを始める前に……サラ・イマノ、貴様に伝えるべきことがある」
「…………!」
 サラは真っ直ぐに海馬を見据えた。
 その青い瞳を受け入れ、同じく彼女を見据え、彼は言葉を紡ぐ。
「昨日、貴様が召喚した……4体目のブルーアイズ。I2本社に照会した結果、それは恐らく“本物”であろうことが判明した」

 『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』はかつて、世界に“4枚”存在するカードであった。
 今から一年前――海馬瀬人は、そのうちの1枚を破り捨てた。
 ゆえに『青眼の白龍』は、彼が所持する3枚のみとなった――はずであった。
 しかし、

 ペガサス・J・クロフォードはそれを受け、新たに“5枚目”のブルーアイズを生み出すよう、指示を出していたという。
 “ブルーアイズは世界に4枚存在すべきカードである”――それがペガサスの考えであったようだ。
 すなわちブルーアイズには、新たな“4枚目”が存在するのだ。

 ただし、それがサラ・イマノの持つ『青眼の白龍』であるという証拠までは無い。
 極めて精巧な“コピー”であるならば、もはや正確な鑑定は不可能かも知れない。
 だがそれでも、海馬には確信があった――彼女の持つブルーアイズ、それは紛れもなく“本物”であると。
 彼らしからぬ、客観的根拠に基づかぬ“直感”が、それを察している。

「――つまり貴様は、このオレと同じ……ブルーアイズの所持者に相違ないということだ。それも他に例外の無い、唯一の……だ」

 海馬の発言に、ドーム内がどよめく。
 昨日、サラの手により召喚されたブルーアイズの真偽については、実際、半信半疑とも言えていた。
 しかし今、ブルーアイズの所持者として有名な海馬瀬人までもが、彼女のそれを“本物”と判断している。
 となれば観衆も、信じざるを得ない。彼女が所持する『青眼の白龍』――それもまた、海馬が所持するものと同じ、“真”であると。

「――だが……気に入らんな。『青眼の白龍』はこのオレにこそ相応しい……最強デュエリストの手の中でこそ、美しく輝く。そうは思わんか?」
 海馬は邪悪な笑みを浮かべ、そしてひとつの提案をした。
「オレはこの場で、貴様に……“アンティデュエル”を申し込む。貴様の賭け札は当然ブルーアイズ……対してオレは、3枚のブルーアイズを賭ける。どうだ、悪い条件ではあるまい?」
 この提案に、誰より真っ先に慌てたのは審判・磯野であった。
「せ、瀬人さま! 今大会ではカードのアンティ行為は厳重に禁止されております! そのようなことは――」
「――だまれ磯野。貴様はいつからオレに意見できるほど偉くなった?」
 海馬に睨まれ、磯野はカエルの如く押し黙る。
 一方で、当のサラは狼狽の様子を見せなかった。ただその代わり、海馬を哀しげに見つめた。
「……変わりましたね。あの頃の貴方とは別人のよう……他人を、見下して見るようになった」
 一瞬、海馬の表情に陰が差す。
 しかし鼻で嘲笑い、そしてサラを見下した。
「……そうだな。あの頃のオレは見上げてばかりだった……知りもしなかったよ。他者を見下すことが、これほど心地良いとは」
 ニィッと、悪魔の如くほくそ笑む。
 それを恥じることはない。そうやって生きてきた――“海馬瀬人”は。
「無論、貴様に拒否権は無い。このデュエルを放棄するなら、相応の“罰”を受けてもらうことになる。想像を絶する罰をな、ククク……」
「……そんなこと言わなくても、受けますよ。私はただ……貴方に、確かめたいことがあってここまで来た」
 見通さんとするかのように、サラは青の瞳を向ける。
 しかし見透かせない、彼の真実が。

 ――貴方に、何があったのか
 ――何が貴方を変えたのか

 ――そして、おぼえていますか?
 ――あの日の約束を

「……言ったはずだ。語るべきことがあるならば、ゲームで語れ……“あの頃”のように」
「……! ええ、そうですね」
 サラは視線を落とし、自分のデッキを見つめた。
 そして語り掛ける、その中のただ1枚に。
(これが多分アナタとの……最後のデュエル。導いてね……ブルーアイズ!)
 サラは再び海馬を見据える。
 海馬もまた、それを受け入れるように見据え返す。

 審判・磯野は吹っ切れると、やや投げ槍気味に叫んだ。
「それでは――二回戦第三試合、サラ・イマノVS海馬瀬人! デュエル開始ィィィッ!!!」
 宿命の2人のデュエルの幕が、切って落とされた。




決闘135 海馬瀬人VSサラ・イマノ

「――瀬人くん、チェスってやったことある?」

 ある日、突然にそう問われ、瀬人は思わず顔を上げた。
「モクバくんに聞いたの。君、ゲームが得意なんだって?」
 サラはしゃがみこんで、瀬人を見上げた。
 どこかで見た瞳の気がした――けれど瀬人は顔を背けた。
「……ないよ。ルールも知らないし」
 他人とあまり関わりたくなかった。弱みを知られたくなかった。

 瀬人には、成すべきことがあった。
 勉強して、偉くなって、恵まれた生活を得たい――弟のために。
 弟から父を奪い、こんな生活を強いてしまった責任として。

「……別にゲームなんて好きじゃない。オレのことは放って、モクバを誘ってやってくれよ」
 そう言って、瀬人は読書に戻ろうとした。
 まだ十歳の瀬人には難しい本だったが、それでも理解しようとした。背伸びをしようと、精一杯だった。

 彼女はそんな彼をじっと見つめて――そして、その手を掴みとった。
「――ルールなら私が教えてあげる。ね、いいでしょう、瀬人くん?」
 彼女は瀬人に微笑みかけた。
 本音を言えば瀬人も、チェスにはもともと興味があった。
 だから一度だけのつもりで、渋々それに応じた。
 彼女とチェスをしていると、施設の子どもたちが集まってきた。

 瀬人はチェスに興じた。
 立場も、使命も、運命も――全てを忘れ、それに興じた。
 チェスの相手である彼女と、ゲームで対話をするかのようだった。
 彼は気付くと、彼らの輪の中にいた。

 彼女にはこうなることが分かっていたのだろう、瀬人はそれを理解できた。
 ゲームとは人と人を繋ぐものなのだと、その素晴らしさを理解できた。

 それは彼に“夢”を与え、そして――のちの“悲劇”の引き金となった。





「――いきます、私の先攻! カードを1枚セットし……『シャインエンジェル』を守備表示で召喚! ターン終了です」
 サラは即断し、ゲームを始める。
 海馬もそれに応じるように、即座にカードを引き抜いた。
「オレのターン! 『ランス・リンドブルム』を召喚! 攻撃表示!!」


ランス・リンドブルム  /風
★★★★
【ドラゴン族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻1800  守1200


「いくぞ、バトルだ! 『シャインエンジェル』を攻撃!!」
 リンドブルムは跳び上がり、双身のランスを振りかざす。
 サラは迷わず、場のセットカードに指を伸ばした。
(『ランス・リンドブルム』には貫通能力がある……この攻撃を許せば1000のダメージ。ならば!)
「リバースカードオープン! フィールド魔法『天空の聖域』!」


天空の聖域
(フィールド魔法カード)
天使族モンスターの戦闘によって発生する
天使族モンスターのコントローラーへの
戦闘ダメージは0になる。


「このフィールド効果により、天使族との戦闘によるダメージは0に――」
 しかし即座に反応し、海馬は手札のカードを発動した。
「――マジックカード『ドラゴンの咆哮』! そのカードを破壊する!」
 リンドブルムが吠え、サラのカードを震わせる――そして砕く。これにより、彼女が発動したフィールド効果は発生しない。


ドラゴンの咆哮
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスターの数まで、
フィールド上の魔法・罠カードを破壊できる。


 ――ズドォォォォッ!!

 『シャインエンジェル』は貫かれ、破壊される。
 その余波は貫通し、サラに衝撃を伝えた。

 サラのLP:4000→3000

「……っ! でもこの瞬間、『シャインエンジェル』の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚できる! 私は――」


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守 800


 決闘盤からデッキを取り外し、その中から1枚を選び出し、召喚した。
「――『シャイニング・ドラゴン』を特殊召喚! 攻撃表示!」
 光の仔竜が現れ、臨戦態勢をとる。嘶きを上げ、リンドブルムを牽制した。


シャイニング・ドラゴン /光
★★★★
【ドラゴン族】
このカードを除く、自分フィールド上の光属性
モンスター1体につき、このカードの攻撃力は
500ポイントアップする(トークンを除く)。
攻1500  守1200


「フン……悪くないモンスターだな。ならばオレもカードを1枚セットし、ターンエンドだ」


<海馬瀬人>
LP:4000
場:ランス・リンドブルム、伏せカード1枚
手札:3枚
<サラ・イマノ>
LP:3000
場:シャイニング・ドラゴン
手札:4枚


(いきなり先手をとられた……けど、デュエルはまだこれから!)
「私のターン! 『放浪の勇者フリード』を召喚! 攻撃表示!」
 甲冑を着た“勇者”が現れ、剣を抜き放つ。
 そしてその輝きを受け、仔竜はその攻撃力を増した。


放浪の勇者 フリード  /光
★★★★
【戦士族】
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードより攻撃力の高いフィールド上に存在するモンスター
1体を破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1700  守1200


 シャイニング・ドラゴン:攻1500→攻2000

(『シャイニング・ドラゴン』を迎撃されても、墓地には光属性モンスターが2体……“フリード”の効果を発動可能になる。ここは臆さず――攻める!)
 サラは怖じることなく、海馬のフィールドのモンスターを指さした。
「『シャイニング・ドラゴン』! リンドブルムを攻撃――シャインブレス!!」

 ――ズゴォォォッ!!!

 仔竜は口を開き、光のブレスを吐き出す。
 それは海馬のフィールド目掛けて放たれ――しかし、反転した。
「!? え……っ?」
 サラははっと両眼を見開く。
 Uターンした光撃の先には“フリード”がいた――そして彼はいつの間にか、見慣れぬ不気味な鎧を着けられていた。
「――トラップカードオープン……『攻撃誘導アーマー』」
 海馬のトラップカードが、すでに発動していたのだ。


攻撃誘導アーマー
(罠カード)
呪われし鎧を装着されたモンスターに
攻撃が誘導される。


 ――ズガァァァッ!!!

 サラのLP:3000→2700

 味方の攻撃を浴び、“フリード”は破壊されてしまった。
 さらに追い打ちをかけるかのように――場に他の光属性モンスターが存在しなくなったことにより、『シャイニング・ドラゴン』の攻撃力は元に戻る。

 シャイニング・ドラゴン:攻2000→攻1500

(マズイ……ペースをつかめない。こういうときはトラップで巻き返すのが定石だけれど……)
 サラは手札に視線を落とす。しかしその中に、トラップカードは存在しない。
「……私は、カードを1枚セットして――ターンエンド!」
 せめてブラフを伏せ、ターンを終える。
 次のターン、大ダメージを受けるかも知れない――それも覚悟した上で。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:ランス・リンドブルム
手札:3枚
<サラ・イマノ>
LP:2700
場:シャイニング・ドラゴン,伏せカード1枚
手札:3枚


「――オレのターン……ドロー」
 海馬の鋭い視線が、サラのフィールドを射抜く。
 ブラフとはすなわち、相手を欺き、その行動を制限する“幻の罠”だ――その有無を見抜ける者には、何らの意味もなさない。
 海馬瀬人は、“幻”などでは妨げられない。
「――オレは『アレキサンドライドラゴン』を召喚! 攻撃表示!!」


アレキサンドライドラゴン /光
★★★★
【ドラゴン族】
攻2000  守 100


「バトルだ! 『アレキサンドライドラゴン』の攻撃! ライトニング・ブレイズ!!」

 ――ズガァァァァッッ!!

 サラのLP:2700→2200

 サラの竜は一瞬にして焼かれ、消滅する。
 そしてこれでは終わらない。海馬にはまだ、追撃可能なモンスターが残されている。
「……『ランス・リンドブルム』、追撃!!」

 ――ザシュゥゥゥッ!!

 サラのLP:2200→400

「……っっ! これで私のライフは、残り400……」
 わずか4ターンにして、たったの400――耐えきったとはいえ、あまりに厳しい戦況。
 いや、そもそも――“耐えきった”と考えるのは、まだ早い。
「――マジック発動『ドラゴニック・タクティクス』!」
「!? な……っ」
 それはサラ・イマノにとって、死刑宣告に等しい宣言だった。


ドラゴニック・タクティクス
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスター2体を生け贄に捧げて発動する。
自分のデッキからレベル8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。


「場の『アレキサンドライドラゴン』、『ランス・リンドブルム』を生け贄に捧げ――デッキより特殊召喚。いでよ、ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!!」

 ――カッ!!!!

 海馬のフィールドが、眩い光を放つ。
 そして現れるは至高の龍――最強の象徴、『青眼の白龍』。

「……これはバトルフェイズ中の特殊召喚。故にこのターン、ブルーアイズには攻撃の権利がある……」
 海馬の冷たい言葉に、サラは唾を飲み込む。
 喉元に刃を突き付けられたも同然――これは“詰み”。サラには抗う術など無い。
「――チェックメイトだ……サラ・イマノよ」
 わずか4ターン、たった4ターンにして――このデュエルの勝敗は、すでに決してしまった。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍
手札:2枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:伏せカード1枚
手札:3枚




決闘136 白龍の闘い

 施設に入って程なくして、瀬人にとっての彼女は、特別な存在となっていた。

 青く美しい眼をした、年上の少女。
 彼女は施設の中で人気の“お姉さん”で、慕わぬ者などいなかった。
 瀬人はそんな彼女に対し、歳相応の特別な感情も芽生えつつあった。
 彼女の方も自分のことを、特別に気に掛けてくれている――そんな気もしていた。

 だからであろうか、
 瀬人は彼女にある日、汚濁を漏らしてしまった。
 誰にも言えなかった事実を、打ち明けてしまった。

「――オレが殺したんだ……父さまを。だから」

 まるで堰を切ったように、口から言葉が溢れ出た。

「……誕生日だったんだ、モクバの。でも父さまは“帰れない”って言って……オレはそれを責めた。そして父さまは死んだ、オレのせいで」

 宿泊して帰るはずだった父が、深夜の高速道路で事故に巻き込まれ、死んだ。

 ――オレのせいで死んだ
 ――オレが責めなければ、父さまは死なずに済んだ

「だからせめてオレは……アイツに、モクバに償わなくちゃいけない。アイツから父さまを奪ったのはオレなんだから」

 ――咎人として
 ――贖う者として
 ――光無き闇の中を、永遠にさ迷いつづける

「――瀬人くんは悪くないよ……」

 彼女はそう囁いた。
 そう言うであろうことを、瀬人は分かっていた。

 ――ずるいと思った
 ――自分は許されようとしている
 ――父の死は自分のせいではないと、誰かに認めて欲しかった

「――瀬人くんのお父さまは……どんな人だったの?」

 ――やさしい人だった
 ――やさしい人になれと、諭してくれた
 ――そして何より、オレたちを愛してくれた

「――そう。それなら……もう、わかるよね?」

 ――わかっていた
 ――本当は
 ――ただそれを誰かに、伝えてほしかった

「――あなたは何も悪くない。だからこれからは……あなた自身の幸せを、願っていいんだよ」

 瀬人は泣いた、彼女の胸の中で。
 そしてそれは、彼が流した最後の涙となった。


 それから半月後、彼女は海外の親戚に引き取られ、施設を去る。
 彼と、ひとつの約束を交わして。
 さらに一ヶ月後、瀬人とモクバもまた施設を去り、海馬コーポレーションへと引き取られた。

 ――そして彼は、“地獄”を見た。





 観衆が騒然とする。あまりにも一方的な、そのデュエルの内容に。
 これではまるで第一試合、遊戯VSキース戦と同じ――いや、決着までのターン数を踏まえれば、それよりもひどい。

「…………っ」
 サラの頬を、汗が伝った。
 たった一言、海馬が「攻撃」を宣言するだけで、彼女の命は断たれる――彼に、かすり傷ひとつも負わせることなく。

「――……。オレは……」
 海馬はゆっくりと、静かに行動を起こした。
「……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」
「!? え……っ?」
 サラは目を丸くし、口をポカンと開いた。観衆も同様に驚き、どよめきが起こる。
 しかし海馬は、当然のごとく発言する。

「……このオレとしたことが……“奴ら”のデュエルに、少々当てられたらしい」

 ――全米チャンプを相手に圧勝した、武藤遊戯
 ――そして……3体の“神”相手に辛勝を掴みとった、城之内克也

「……貴様とのこのデュエルは、いずれがブルーアイズに相応しいかを定めるべきもの――すなわち、互いのブルーアイズ召喚を待たずしての決着など、あり得てはならない」
 冷静に語っていた口元を、ニィッと歪めて――海馬はサラを見下した。
「――貴様のブルーアイズが喚び出されるまでの間に、貴様は……何度死ぬかな?」
「…………!!!」
 それは彼女の、デュエリストとしての矜持をひどく辱める行為と言えた。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,伏せカード1枚
手札:1枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:伏せカード1枚
手札:3枚


 このデュエルの勝敗は、すでに決したと言っても良い。
 しかしデュエルは続く、彼女がブルーアイズを喚び出すまで。
 至極傲慢――しかし海馬瀬人だからこそ可能な、不遜なるデュエル。
「……私の、ターン……ドロー」
 サラは静かにカードを引く。その姿には失意が窺え、この対決の優劣を如実に表していた。
(……勝てるとは思わなかった。でもまさか、ここまでの実力差があったなんて)
 サラは両の瞳を閉じた。

 ここからの逆転は不可能――いや万一、可能であったとしても、それに甘んじるわけにはいかない。このデュエルの勝者は、すでに彼に決定したのだから。

(……それでも。彼がこのデュエルの続行を望むというのなら、私は――)
 サレンダーはしない。
 両の瞳を見開き、彼を見据え――カードで再び語り掛ける。
「マジックカード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、新たにカードを引き直す!」
「……! ほう……それでブルーアイズを呼び込むつもりか?」
 海馬は1枚、サラは3枚のカードを引き直す。
(……いたずらに長引かせはしない。このカードで――)
「――私はカードを1枚セットし! 『コーリング・ノヴァ』を守備表示で召喚して、ターンエンドです!」
 勝利とは異なる、別の何かを求め――彼女は再びゲームを進めた。


コーリング・ノヴァ  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で光属性の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
代わりに「天空騎士パーシアス」1体を特殊召喚する事ができる。
攻1400  守 800


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,伏せカード1枚
手札:1枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:コーリング・ノヴァ,伏せカード2枚
手札:1枚


「ふん……また壁モンスターか、芸が無いな。そんな手で防げると思っているのか?」
 海馬は余裕げにカードを引き、そしてすぐに、別のカードを発動した。
「魔法カード『命削りの宝札』! オレは手札が5枚になるよう、デッキからドローする」
 悠々と4枚のカードを引くと、迷わず、そのうちの1枚に指を掛けた。
「新たなウィルスカードを見せてやろう……オレは『同族感染ウィルス』を召喚! 攻撃表示!」
 海馬のフィールドに、毒々しい色をした球体が浮かび上がった。


同族感染ウィルス  /水
★★★★
【水族】
手札を1枚捨てて種族を1つ宣言する。
自分と相手のフィールド上に存在する
宣言した種族のモンスターを全て破壊する。
攻1600  守1000


「手札を1枚捨て、効果発動……! このモンスターは、宣言した種族にのみ効く“ウィルス”を生成し、フィールド全体に散布する。オレは“天使族”を宣言……さあ、この意味が分かるか?」
「…………!!」
 目に見えぬウィルスがばら撒かれ、天使族モンスター『コーリン・ノヴァ』は地に落ち、死滅する。静かに、しかし確実にサラのフィールドを蝕み――彼女のフィールドは再びガラ空きとなった。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,同族感染ウィルス,伏せカード1枚
手札:3枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:伏せカード2枚
手札:1枚


「……一応、確認しておくとしよう。本来ならばオレは『同族感染ウィルス』により、貴様に直接攻撃を仕掛ける場面だが……貴様には対抗できるカードがあるか?」
「…………!」
 通常であれば当然、答えるべきでない場面。
 しかし答えねば、あるいは『ない』と答えたならば、彼は攻撃を見送るのだろう――それを理解した上で、サラは正直に答えた。
「……ありますよ。むしろ攻撃が欲しい……私の場にはそれを迎撃する、起死回生のトラップカードがある」
 海馬瀬人は嗤った。そして微塵も怯むことなく、場のモンスターに命ずる。
「いけ、『同族感染ウィルス』……ダイレクトアタック!」
 そしてサラは迷わず、場の伏せカードを開いた。
「――トラップカードオープン! 『エンジェル・インヴォーク』!!」


エンジェル・インヴォーク
(罠カード)
相手の攻撃宣言時、自分の墓地の天使族モンスター2体を除外して発動。
自分の手札・デッキ・墓地から天使族以外の光属性モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効となり、
場を離れたときゲームから除外される。


「天使たちの祈りが……新たなモンスターを呼び覚ます!」
 墓地から『シャインエンジェル』『コーリング・ノヴァ』の2枚を除外し、そして迷わず――デッキからそのドラゴンを選び出した。
「降臨せよ、白き龍――『青眼の白龍』ッ!!」

 ――カッ!!!!

 それは、まばゆい閃光とともに。
 神々しい威風をまとい、サラのフィールドに降り立つ。海馬のフィールドに在るものと同じ、巨大な白き龍が。
「そしてこの瞬間……! 相手の攻撃宣言に対し、ブルーアイズが迎撃します!!」
 白龍が咆える。
 愛する主を傷つけんとした愚者に、神罰のごとき光を見舞う。
「――ブルーアイズ・ホワイトドラゴンの反撃……“滅びの威光”!!」

 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!!

 レーザーの如く、光が放たれる。
 それは海馬のフィールドを照らし、彼のウィルスモンスターを浄化せんとする――だが、
「……甘い! 『同族感染ウィルス』を生け贄に捧げ――永続トラップオープン『暴君の威圧』!!」


暴君の威圧
(永続罠カード)
自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する
元々の持ち主が自分となるモンスターは、
このカード以外の罠カードの効果を受けない。


 目標を失った光線はうなりを上げ、海馬の横を通過する。
 その威力を横目に見、海馬は小さく笑った。

 やはり本物。彼女が操るのもまた、紛うこと無きブルーアイズ――本能でそう確信する。

「クク……そうだそれでいい。ここからが真の勝負だ」
 海馬は3枚の手札の中から、1枚のトラップを選び出す。
「カードを1枚セットし、ターンエンド!!」
 互いのブルーアイズを相殺させることなく、海馬はエンド宣言をした。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,暴君の威圧,伏せカード1枚
手札:2枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:青眼の白龍,伏せカード1枚
手札:1枚


「……私のターン……ドロー」
 自身が引き当てたカードを見て、サラは目を見張った。

 ドローカード:聖なるバリア−ミラーフォース−

 引き当てたのは、最強レベルの威力を誇るトラップカード。
 しかし海馬の場に『暴君の威圧』が存在する限り、意味を成さない。完全なる死に札と化す。
(…………。ここ、は……)
 伏せカードを一瞥し、サラは覚悟を決める。
 自身を守護する白龍と同じく、彼を守護する白龍を見据え――声高に叫んだ。
「……バトル! 私は私のブルーアイズで……貴方のブルーアイズに攻撃を仕掛けます!!」
「…………!!」
 観衆が息を呑む。
 互いの白龍は同時に、口内に光を凝縮し始めた――そしてまるで鏡のごとく、同時にそれを解き放つ。

「――滅びの威光!!!」
「――滅びの爆裂疾風弾(バーストストリーム)ッ!!!」

 ――ズギャァァァァァァァンッッ!!!!!!!

 苛烈なる閃光と、炸裂音。
 いずれの砲撃が勝るでもなく、その衝突の衝撃により、互いの龍は砕け散る。
 両プレイヤーもまた、その衝撃に体勢を崩しかけながらも――同時に、リバースカードを翻した。

「「――リバースカード、オープンッ!!!」」

 2人の右手は、同時に――しかし異なるカードを開いていた。


D・D・R(ディファレント・ディメンション・リバイバル)
(装備カード)
手札を1枚捨てる。ゲームから除外されている自分のモンスター1体を
選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

正統なる血統
(永続罠カード)
自分の墓地から通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。


 互いのフィールドに、再びブルーアイズが並び立つ。
 サラはその様を見上げ、しばしキョトンとし――そして思わず、笑みをこぼした。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,正統なる血統,暴君の威圧
手札:2枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:青眼の白龍,D・D・R
手札:1枚


「……何がおかしい。この程度で、よもや互角のつもりではあるまいな?」
 眉をひそめ、海馬は問う。

 サラは『青眼の白龍』を復活させるため、手札1枚をコストとして消費した。加えて、装備カードを破壊されれば墓地に戻る、不完全蘇生に過ぎない。
 対する海馬には『暴君の威圧』があるため、『正統なる血統』を破壊されようともブルーアイズは生き残る。

「……失礼、そんなつもりはありませんよ。ただ思い出しただけです……あの頃のことを」
「……!」
 2人の記憶が交差する。
 かつてチェスを通し、解り合ったように――現在の2人もまたデュエルを通し、心を近づけつつある。

「……昔の話だ。オレは過去には縛られない……未来を見据えて邁進する」
 拒むかのように、あるいは顧みるように、海馬は両眼を閉じた。
「……人は変わる。変わらぬことなどあり得ない。オレと貴様の名も変わったように……過去のままではいられない」

 ――取り戻せない過去
 ――守りたい現在(いま)
 ――手に入れたい未来……

「――所詮は過去(むかし)だ。守るべき現在(いま)と、目指すべき未来(あす)がある。それは貴様とて同じだろう……サラ・イマノよ」
「……それでも……変わらないものもある。そうでしょう?」
「…………」
 海馬瀬人は答えない。両眼を開き、ただ彼女を見据える。
「……よくない噂を聞いたわ。あなたのこと、会社のこと、それから……お父さんのこと」
「……!」
 彼の表情(かお)が、かすかに濁る。それでもサラは、言葉を続けた。
「……だから私はここに来た。私はあの頃のことを、今でも大切に想っている。だから――」
「――黙れサラ。貴様に……」
 静かに話していた、彼の語調が変わる。
 滲み出る感情を抑えられずに――海馬は彼女を制し、呪うように睨んだ。


――貴様にオレの何が分かる……!


 ――ドクンッ!!!


 ぞくりと、サラの背筋を悪寒が走った。
 静かに、しかし確かに――怒りと憎しみと、そして絶望。あらゆる負の感情が、彼の眼からは滲み出ている。
「……あの頃とは違う。オレは“地獄”の中にいた。オレの踏み記したロードは、あまりにも穢れ過ぎている。貴様とは違う、変わらねばならなかった。オレは――変わらなければ、生きてゆくことすらできなかったッ!!
 まるで、泥を吐き出すように。
 彼女を突き放し、否定するために――海馬瀬人は乱暴に、そう言い放った。




決闘137 変わったこと、変わらぬもの

 ――海馬家に引き取られて以来、瀬人は拷問のような日々を送っていた、
 語学・社会学・経営学・ゲーム戦術、海馬剛三郎は瀬人にあらゆる英才教育をたたき込んだ。
 過酷な日々ではあったが、それでも耐えることができた。
 夢と、そして約束を支えにして、瀬人は多くを吸収した。苛烈なスケジュールをこなし、未来へ向けて歩を進めた。

 そんなある日のこと、瀬人は剛三郎から呼び出しを受けた。
 剛三郎はデスクに肘をつき、彼に重々しく語り掛けた。

「――与えたスケジュールを全て消化しているそうだな、瀬人。さすが私が見込んだだけのことはある……いや、そうでなくては困るがな」

 それは、無愛想な“父”には珍しい、称賛の言葉として解釈できた。
 だから瀬人はその瞬間、たとえわずかでも報われた思いがした。
 そんな彼の心を戒めるかのように、剛三郎は険しい口調で彼に問い掛けた。

「――瀬人よ、海馬コーポレーションのビジョンを聞こう。後を継いだとしてお前は、海馬コーポレーションをどうしたい?」

 その質問に、瀬人は少し迷った。
 しかし“父”となった男を信じ、胸の内を正直に打ち明けた。

「オレは……海馬ランドをつくりたい。以前のオレ達のような、恵まれない子ども達がいつでも遊べる……ゲームの国をつくりたい」
「……ゲームの国、だと?」

 少しの間が空いた。
 剛三郎はしばし瀬人を観察し、その眼に失望を宿した。

「……くだらん。実にくだらん。出来る男かと思えば、よもやそんなガキの夢想を抱いていたとはな」

 瀬人は思わず前方に踏み出し、声高に主張した。

「ゲームはくだらなくなんてない! ゲームは人の心を癒し……そして人と人とを繋ぐ、人類が生み出した素晴らしい知恵だ!!」
「……それで? だから何だというのだ?」
「!? え……っ」

 思わぬ冷めた反応をされ、瀬人は言葉を失った。

「貴様は海馬コーポレーションの跡取りに手を挙げ、私はそれに応じた。それは貴様を世界に君臨する“王”とするためだ。私が買ったのは当然、貴様のゲームの腕などではない。巧妙なイカサマを敷いた知性、行動力、そして野心。だがそれが、誤った方向を向いているというなら……調教し、矯正するまでだ。貴様の“父”として」

 その日から、瀬人に強いられる生活は“教育”の域を超えた。
 拷問ではなく、もはや地獄。
 彼が死ぬことすら厭わなかったであろう、過重すぎるハードワーク。犯した失敗に対して与えられる、想像を絶する“罰”。

 だがそれでも、瀬人は生き延びた。
 死よりもはるかにつらい生き地獄の中、それでも彼は生きた。
 人格を、ひどく歪めながらも。

 夢や約束だけでは、生きられなかった。
 地獄を生き抜くためには、もっと強く、より色濃い感情が必要だった。
 海馬剛三郎への、怒りと憎しみと、そして復讐心。
 彼に復讐することこそが、瀬人の生きる、一義的な理由に変わった。





 そして6年後、“その時”は来た。
 海馬コーポレーション重役会議――その場で、瀬人は行動を起こした。

「――本日をもって、海馬コーポレーションはオレのものだ! これもあんたに教わったやり方だがね……!」
「…………!!」

 海馬コーポレーションの株を買収し、その権利を奪い取ったのだ。
 勝ち誇った笑みで、瀬人は剛三郎を見下した。
 剛三郎はしばし険しい表情で瀬人を見据えた後、口元から笑みを漏らした。

「――瀬人! どうやら私はお前とのゲームに負けたようだな! 嬉しいよ瀬人……お前は実に私好みに育った。それでいい、それでこそ……この私でさえ至れなんだ“王”の器たり得る! フフフ……」

 瀬人はそれを、負け犬の妄言と思った。
 狂ったように笑いながら、剛三郎は席を立ち、彼に告げた。

「――“父”として、これがお前への最後の“教育”だ、瀬人よ! ゲームに負けた者の末路をその目に刻み込んでおくがいい!!」

 そして彼は、瀬人の目の前で飛び降りた。

 呪いのような言葉を吐き残し、背後のガラスをぶち破り、ビルの高層から落下した。
 助かるはずもなく、即死。
 派手に血をぶち撒け、惨めに五体を潰し、彼は死んだ。

 そしてそれは瀬人の心を、最後に、否応なくねじ切った。





 ――まさか死ぬとは思わなかった
 ――いや、聞くに堪えぬ弁明だ

 ――死んだのではない
 ――殺したのだ
 ――海馬剛三郎は、オレが殺した

 ――どうすればいい
 ――何をもって償えばいい
 ――いやそもそも、これは罪なのか?

『――やさしい大人になりなさい……瀬人

 実の父が、そう諭した。
 彼は死んだ。

 ――いや違う
 ――やはり殺したのだ……オレ自身が

『――瀬人くんは悪くないよ……

 慕った少女が、そう慰めた。

 ――違うオレのせいだ
 ――オレが殺したんだ、父を
 ――だから

 瀬人は堪えられなかった、この現実が。
 心が壊れてしまう。
 まさに地獄だ。

 ――もうイヤだ
 ――堪えられない

 ――誰でもいい
 ――救ってほしい
 ――この絶望から

 やさしかった実父は、もういない。
 慕った少女も、遠くへ行ってしまった。
 だから彼を救ったのは、あまりにも皮肉な、あの男の言葉。

『――ゲームに負けた者の末路を、その目に刻み込んでおくがいい!

 瀬人は、嗤った。
 心が壊れるよりも前に、壊してしまった。

「……ソウダ……オレハ悪クナイ」

 ――悪いのは奴だ
 ――負けたのが悪いのだ
 ――だから死んだ、それだけのこと
 ――オレハ何モ悪クナイ……

 瀬人は――海馬瀬人は、変わることを選んだ。
 変わらなければ、堪えられない。
 生きてゆくことさえできない。
 だから、

 ――やさしかった実父も
 ――慕った少女も

 その全てを破棄して、彼は己を変えた。
 海馬剛三郎の意図したままに。
 生きるために。

「――敗北とは死を意味する……なるほど。あなたの教えはオレが受け継ぎますよ、父様……」

 吹っ切れたように、海馬瀬人は嗤った。嗤い飛ばした。
 まるでそれを、死した剛三郎への手向けにするかのように――暗闇の中で、彼はただひとり嗤い続けた。





<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,正統なる血統,暴君の威圧
手札:2枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:青眼の白龍,D・D・R
手札:1枚


(変わらないな……サラ、貴様の眼は)
 対峙するサラ・イマノを、海馬は眩しげに見据えた。
 穢れの無い、真っ直ぐな眼だ――初めて出会った頃のように。
 そして彼女は諦めない。
 拒まれても、手を伸ばさんとする――やはり、あの頃のように。
「――私は……カードを1枚セットし、ターンエンド!」
 その眼は、なおも諦めていない。
 過去も、現在(いま)も、そして未来も。
「……オレのターン。カードを2枚セットし――ターンエンド」
 攻撃の気配さえ見せず、海馬は静かにターンを終える。
 互いの白龍は睨み合い、牽制し合っている。
 2体の攻撃力は互角、プレイヤーからの支援の如何によって、勝敗は決する。


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,正統なる血統,暴君の威圧,伏せカード2枚
手札:1枚
<サラ・イマノ>
LP:400
場:青眼の白龍,D・D・R,伏せカード1枚
手札:0枚


「……私のターンです、ドロー」
 ドローカードを見て、サラは表情を強張らせた。
 引き当てたのは、この均衡を崩し得る切札。ブルーアイズとの組み合わせにより、最大の輝きを見せるカード。
(彼の場にリバースは2枚。返り討ちに遭うリスクも高い……けど)
 サラ・イマノは、勝つためにこの大会に臨んでいるわけではない。
 確かめたいから、
 彼の心と、自分の心を。

 彼に初めて出会ったのは、8年前。
 差し出した手を、彼は払いのけた。
 そのときから気になっていた、彼のことが。

 ――放っておけないと思った
 ――ひとりぼっちの彼を、輪の中へ導きたいと思った
 ――だから

 ――いや、本当にそれだけだったろうか
 ――不思議な既視感があった
 ――遠い昔に、彼とは接点があったのではないか……そんな気がした

(……勝てなくていい。ただ私はあの頃のように、貴方と――)
 サラは両眼を見開き、手にしたカードを発動した。
「――手札から装備カード『光の翼』を発動! 私の場のブルーアイズに装備させます!」
 白龍の両翼が輝き、大きく開かれる。
 歓喜とも思える嘶きを上げ、サラのブルーアイズは羽ばたいた。


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
装備モンスターが、相手のカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効化できる。
また、装備モンスターが通常モンスターであれば、下記の効果を与える。
●戦闘時、戦闘する相手モンスターの守備力がこのモンスターの攻撃力以下の場合、
ダメージ計算を行わずその相手モンスターを破壊する。
その後、この効果で破壊したモンスターの守備力の半分のダメージを相手に与える。


「……良いカードだ。ブルーアイズの強さと、美しさが際立つ……貴様は貴様なりに、確かにブルーアイズを使いこなしている」
 上から目線で、海馬は称賛する。
 その様子は、このコンボすら彼には通用しないことを予感させた。
(……私の伏せカードは『光の護封剣』。強力な防御カードだけれど……相手からの“反撃”には意味を成さない。もし彼が、私の残り少ないライフを削り切れるようなカードを伏せているとしたら――)
 サラは不安げに顔を挙げ、白龍を見上げた。
 龍は頷く。
 愛する彼女と、最後まで闘い抜くと――己の意志を主張する。
(……ありがとう。アナタがいなければ私は、ここまで辿り着くこともできなかった)
 感謝と、そして惜別の想いを胸に。
 サラは微笑み、そして海馬のブルーアイズを見据え、声高に宣言した。
「いきます――ブルーアイズ・ホワイトドラゴンの攻撃!!」
 白き龍はアギトを開くと、その口内に光を溜める。
 黄金に輝く巨大な翼が呼応し、それに更なる力を与える――『光の翼』の効果により、サラのブルーアイズは特殊能力を得ている。守備力3000以下のモンスターは、問答無用で効果破壊される。
 すなわち、彼女のブルーアイズに勝利したければ、攻守ともに3000を超える能力値が必要なのだ。

「――滅びの輝光!!」

 ――カァァァァァァァッ!!!!

 光が、神々しく輝きわたる。
 それが解き放たれる刹那――海馬は場の伏せカードを開いていた。
「リバーストラップ発動! 『機械仕掛けのマジックミラー』!!」


機械仕掛けのマジックミラー
(罠カード)
敵の攻撃宣言によって発動。
敵の墓地にある魔法カードを瞬時に発動できる。


「オレはこの効果により、貴様の墓地の――『手札抹殺』を発動させる!!」
「!? 手札抹殺……このタイミングで?」
 サラは驚き、目を見張る。
 彼女の手札は0枚、海馬は1枚。
 たった1枚、彼が手札交換を行っただけで、その効果処理は終了する。
(次のターンへの布石……? このターンは諦めた!? それとも――)
 そんなはずはない。
 海馬瀬人という男は、その程度のデュエリストではない。
「……これで3体……全てが揃った」
「――……!!」
 彼の呟きを聞き、サラはハッとした。
 彼は『手札抹殺』により、新たなカードを得たかったわけではない。手札ではなく墓地に、そのカードを揃えたかったのだ。
 サラのブルーアイズの輝きが届くよりも早く、海馬は素早く、最後の伏せカードを発動した。
「――リバースカードオープン! 『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!!」


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカード
によって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「オレはフィールドと墓地から……3体のブルーアイズを除外し、融合させる!!」
 海馬の決闘盤の墓地スペースから、2枚の『青眼の白龍』が弾き出される。
 海馬のブルーアイズは強く輝き、その姿を変容させる。巨大なる三つ首の巨竜へと。
「現れよ――伝説を束ねし究極たる竜、『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』ッッ!!!」
 “究極”の存在へと進化を遂げ、ブルーアイズは高らかに咆哮した。


青眼の究極竜  /光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」
攻4500  守3800


 その間にも、サラのブルーアイズによる“輝光”は迫っている。
 まずひとつ、究極竜の首のひとつが、光の砲撃を撃ち放つ。

 ――ズゴォォォォォッ!!!!!

 それは“輝光”とぶつかり合うが、その進行を止めるには及ばない。
 “輝光”は砲撃を分解し、進行――究極竜の眼前へと迫る。だが、ふたつ目の首から新たな砲撃が放たれる。

 ――ズガガァァァァァァッッ!!!!!!

 互いの光撃は拮抗――いや、少しずつ押し返される。
 “輝光”による分解が追いつかない。衝突点がフィールド中央にまで押し返されたところで、みっつ目の首が、最後の砲撃を加えた。
「――アルティメット・バーストォッ!!!!」

 ――ズギャギャギャァァァァァァァッッッ!!!!!!!

 3つの砲撃が合流した瞬間、決着はついた。
 究極の三連撃は“輝光”など容易く押し飛ばし、サラのブルーアイズに炸裂する。
 抗う暇すら与えずに、彼女の龍を一瞬で消し飛ばした。

 サラのLP:400→0


<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の究極竜,暴君の威圧
手札:1枚
<サラ・イマノ>
LP:0
場:伏せカード1枚(光の護封剣)
手札:0枚


『に、二回戦第三試合! 勝者――海馬瀬人っ!!』

 強い。いや強すぎる。
 全米チャンプを相手に大勝した武藤遊戯、魔神を相手に競り勝った城之内克也、そして同じく、圧倒的実力を見せつけ大勝した海馬瀬人――ある意味では、波乱ずくめの二回戦。
 常軌を逸した実力者ばかりが、準決勝戦へと駆け上がっていく。
 午後の試合に向け、観衆の期待は否応なく高まった。



「……お見事、でした。私の完敗ですね……」
 サラは素直に敗北を受け入れ、海馬へと歩み寄った。
「……あれから8年、私たちは確かに変わった。人は変わってゆく……未来へと向かって」
 淋しげに眼を細め、サラは海馬を見つめる。

 ――それでも変わらぬ絆があると
 ――私は信じたかったけれど

 ――そして願わくは
 ――貴方の抱く絶望を、ともに分かち合えればと

「――約束の、アンティカードです。お受け取りを」
 そう言って、サラはカードを差し出した。先ほど撃破されたばかりの『青眼の白龍』を。
 海馬は迷わずそれを受け取る。そしてさらに、自身が所持する3枚の『青眼の白龍』を取り出した。
「……これでオレの元に、ブルーアイズは4枚。だがM&Wにおいて、デッキ投入できる同名カードは3枚まで……4枚目のブルーアイズは、使用できない」
 左手に4枚のブルーアイズを集め、眺める。
 たとえデュエルに使えずとも、このカード1枚には数億円の価値がある。ただ所持しても無駄にはなり得ない。

 新たに手に入れた4枚目、それをいかように扱うべきか――海馬はアンティルールを提案した時点ですでに、その答えを見出していた。

「――受け取れ、サラ・イマノ。貴様にはこのカードを所持する資格がある」
「!? え……っ?」
 サラは目を丸くし、ポカンと口を開いた。
 海馬は受け取ったばかりのカードを、そのままサラに差し出してきた――『青眼の白龍』のカードを。
「……勘違いするな、貴様のためではない。『青眼の白龍』は闘いの中でこそ輝く。そして貴様には相応の力がある……それだけの話。貴様はこのオレが認めた、ブルーアイズに相応しい唯一の例外だ――万一、これを狙う愚か者が現れたならば、KCは全力を挙げてそれを排除する」
「………………」
 サラは唖然としながらそれを受け取り、手放したはずのブルーアイズを見つめ、目を瞬かせる。
 海馬は澄ました様子で歩き、彼女と擦れ違い、背中越しに語り掛けた。
「――人は変わる。だが貴様の言うように……それでも、変わらないものもある」

 ――あの日の想いと、約束を
 ――たとえどれほどの絶望を抱こうとも
 ――それでも

「――オレは世界中に……遊園地を作りたい。以前のオレ達のような、恵まれない子ども達がいつでも遊べる……ゲームの国をつくりたい」
「!! それって……」
 サラの脳裏を、“あの日”がよぎる。
 海馬は振り返らぬまま、言葉を続けた。
「……礼を言う。貴様はあの日の“約束”を守り……そのためにKCに入社したのだな」

 それは純粋な、ただ純粋な感謝の言葉。
 壊れた自分はすでに、あの頃の恋慕を失ってしまったけれど、
 それでも、

「…………!!」
 サラは、緊張の糸がぷつりと切れた。
 そして、感情が内側から込み上げて――それを、抑えられなかった。
「……ぷっ……あはははははっ!!」
 腹を抱え、大声で笑う。
 彼女の意外な反応に「何がおかしい」と、海馬は不愉快げに反応した。
「ご、ゴメンなさい。でも私、何だか可笑しくって……!」
 懐かしくてたまらない。
 たしかに変わっていない――目に溜まった涙を指で拭いながら、そう思った。

 ――素直でないところ
 ――気持ちを、真っ直ぐに表現できないところが





「――兄サマの夢はね! 世界中に遊園地を作って、ボクたちみたいな親のいない子どもはタダで遊べるような、ゲームの国をつくることなんだ!」
 8年前、モクバの言葉に感心して、サラは瀬人に微笑み掛けた。
「やさしいね、瀬人くんは」
 「そんなんじゃない」と、瀬人は少し赤くなって応える。
「金持ちになれば、そんなの簡単だろうし……みんなのためとかじゃなくて、あくまで自分のためだよ」
 サラはくすくすと笑った。「素直じゃないんだから」と言うと、瀬人は不機嫌そうにそっぽを向く。
 そんな彼の横顔に、サラは笑顔で、右手の小指を差し出した。
「……それじゃあ約束。お互い大人になって、瀬人くんがその夢のために頑張るときには……私もきっと協力するね。一緒に夢を叶えるために」

 ――私はもうじき施設を去るけれど
 ――だからきっと、また会おう

 互いの小指を絡め合い、2人はそうして約束を交わした。




決闘138 そして終わりが始まる

「――スゲェ……海馬の野郎。舞と互角に闘ったデュエリスト相手に、ここまで圧勝しちまうなんて……!!」
 普段の憎まれ口も忘れ、城之内は感嘆せざるを得なかった。
 城之内だけではない。
 腕の立つデュエリストであるほどに、理解できてしまう――今の海馬の実力が。
 いや、理解の範疇を超えたその実力に、戦慄を覚えずにはいられない。

(スゴすぎる……勝てるビジョンが、全然見えない)
 絵空は唾を飲み込む。
 次の試合に勝てば、準決勝戦で闘う相手は彼なのに――しかし戦慄ばかりでなく、闘争心も沸いた。
『(……楽しみね。でも、そのためには次の試合に勝たないとよ?)』
 試すような天恵の問いに、絵空は躊躇なく頷いた。

(スゴイ……海馬くん。前回の大会より、さらに強くなっている……!?)
 ライバル視すべき男のデュエルに、遊戯は身体が震えた。
 勝てるだろうか――いや恐らく、今の彼は自分よりも強い。
 故に心が騒ぐ。
 遊戯は胸倉を掴んだ。
 自身の心に共鳴する、内なる“それ”を鎮めるために。
 たとえ彼がどれほど強くとも、自分だけの力で闘うために。





 一方で、いまだデュエルフィールド上に留まる2人は、あるカードを巡ってやり取りを続けていた。

「―― 一体どういうつもりだ……それは?」
 海馬はサラにそう訊いた。
 海馬が疑問を発した原因、それは彼女が差し出したカードにあった。
「賭け札(アンティ)としてではありません。貴方に使って欲しいんです……この子の力を」
 彼女が再び差し出したそのカードを、海馬は見つめて眉をひそめる。
「……貴様、正気で言っているのか? そのカードにどれほどの金銭的価値があるか、理解しているのか?」
「もちろん知っていますよ。このカードに、お金にはかえられない程の価値があることは。だからこそ私は、このカードを……貴方に渡したいと考えます」
 その眼に迷いは少しもなく、彼女は海馬を真っ直ぐに見据えた。


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


「……言ったはずだ。ブルーアイズは闘いの中でこそ輝く。オレのデッキにはすでにブルーアイズが3枚、4枚目を入れることはできない。だからこそオレは、貴様にそのカードを返した」
「……なるほど。では、こういうのはどうです?」
 カードを持った右手だけでなく、サラは左手も差し出した。
 その所作の意味を、海馬は一瞬理解できなかった。しかしそれを悟り、顔をしかめる。
「やめておけ。オレのブルーアイズは穢れている……“罪”の象徴でもある」

 ――海馬剛三郎のもとで、瀬人は学んだ
 ――物事を成すために、最も肝要なるものは“力”であると

 ――どれほどの想いを抱こうとも
 ――圧倒的力の前には、あらゆるものが無力

 ――故に瀬人は欲した、ブルーアイズという“力”を
 ――その手段は選ばず
 ――故に穢れている……この3枚のブルーアイズは

「……詳しくはありませんが、聞いていますよ。けれど、だからこそ私は提案します。貴方の痛みを、少しでも分かち合うために……いけませんか、瀬人様?」
 サラはじっと、海馬の眼を見つめた。
 その青い瞳から視線を逸らし、海馬は舌打ちをひとつする。
「……好きにしろ。呪われても知らんぞ、貴様」
「あら。貴方の口から“呪い”だなんて、意外な発言ですね?」
「だまれ。解雇(クビ)にするぞ貴様」
 それは困りますね、と、サラは悪戯っぽく笑みをこぼす。
 互いのブルーアイズを交換(トレード)し終えると、海馬は彼女に背を向けた。
「モクバも午後にはやって来る。会ってやれ、話をしたがっていたからな」
「ええ。もちろんそのつもりですよ、瀬人様」
 階段を降りかけた足をピタリと止め、海馬は再び振り返る。
「……ところで、その呼び方は何だ。調子が狂う」
「? でも、新人研修で教わりましたよ? “瀬人様”とお呼びするように、って」
「知らん。知らんぞ、そんな研修方針は。好きに呼べ」
「では、お言葉に甘えまして。“瀬人様”?」
「…………もういい。勝手にしろ」
 海馬は脱力して、改めて階段を降り始めた。
 サラはくすくすと笑いながら、上機嫌でその背を追いかけた。





『――それでは! 本日午前の部、最後の試合に移ります! 二回戦第四試合、神里絵空VS神無雫!! 両選手はデュエルリング上へお願いします!!』

 審判・磯野のアナウンスを聞き、絵空は「よしっ」と立ち上がった。
「それじゃあいくね! みんな、応援よろしくっ!」
 皆の激励を受け、絵空はデュエルリングへ向かおうとする。
 しかしそんな彼女を、遊戯は不意に呼び止めた。
「えっと……気を付けて。がんばってね」
「? ウン、がんばるね」
 どことなく不自然なやり取りに小首を傾げつつ、絵空はリングへ足を向ける。
 遊戯はその小さな背に、一抹の不安を抱いた。
(……神無雫。彼女は昨日“闇のゲーム”に興味があるようなことを言っていたけど……)
 いやしかし、だからといって、“闇のゲーム”はしようとして出来るものではない。

 きっと杞憂に違いない。
 それでも、万一のことがあれば――遊戯はそう考え、身を強張らせた。



『(……さて。予選でのリベンジ戦になるわけだけれど……何か対策は考えてあるのかしら?)』
 天恵の問いに対し、「モチロン」と絵空は頷いてみせた。
「とにかく積極的に攻める! もちろん、守るべきときは守るけどね!」
『(……それ、いつものアナタと変わらないわよね?)』
 そうかなぁ、と小首を傾げると、「そうでしょ」と抱えた“聖書”から返事が返る。
『(ま、あながち間違ってはいないし……いいんじゃない? いつものアナタらしくで)』
「ウン! 後は組み直したデッキがちゃんと回ってくれるか、かな」
 会話を交わしつつリングに上がると、雫もほぼ同時に到着していた。

 磯野に促されて歩み寄ると、2人は互いのデッキを交換する。
「よろしくね、雫ちゃん。今度はわたしが勝つから!」
「………………」
 雫は相変わらず、素知らぬ顔でデッキシャッフルを始める。
 苦笑いを漏らし、絵空も仕方なくシャッフルを始めた。
 そしてそれを済ませ、自分のデッキを取り戻すと、絵空は彼女に背を向けた。
 しかしその瞬間、雫は絵空に、何かを呟いた。
「……………い」
「? えっ?」
 絵空はハッとし振り返るが、そのときにはもう、雫も背を向けていた。
 彼女のその言葉に、絵空は疑問を抱いた――彼女が何と呟いたのか、絵空はかすかに聴き取った。
(……?? 雫ちゃん、どうしてそんなことを……?)
 それとも、何かの聞き違いだろうか――そうも思うが、すでにデュエルは始まろうとしている。
 深くは気にしないことにして、デュエルに集中しようと決めた。

 絵空は定位置につくと、“千年聖書”を足元に置き、軽く深呼吸する。
 磯野は絵空と雫、両名の様子を確認すると、改めて声を張り上げた。

『それでは二回戦第四試合――デュエル開始ィィィッ!!!!』

 開始の宣言がされると同時に、絵空はデッキに指を伸ばす。
「――いくよ、わたしの先攻っ! カードを1枚セットして『シャインエンジェル』を守備表示で召喚! ターンエンドっ!」
 まずは順当な滑り出し。場持ちの良い壁モンスターを喚び出し、早々にゲームを進める。


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守 800


<神里絵空>
LP:4000
場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
手札:4枚


「……私のターン……ドロー」
 緩慢な動作で、雫はデッキからカードを引く。
 一体何のカードからくるのか――絵空はその動作に注目し、唾を飲み込んだ。
「……私は手札から……フィールド魔法を発動――」
 フィールド魔法――そう聞いて、絵空は予測した。
 彼女が以前、獏良戦で使用したフィールドは『死皇帝の陵墓』。大量のライフポイントを代償とし、上級モンスターの速攻召喚を可能とするカードだ。
(また最上級モンスターが出てくる……!)
 絵空は場の伏せカードを一瞥する。それは今の絵空にとって、望む展開でもある。
 しかし雫が発動したカードは、絵空の予測とは異なる、“闇”のカードであった。
「――『絶望の闇』」
「!? へ……っ?」
 見たことも聞いたことも無いカードに、絵空は目を丸くした。


絶望の闇
(フィールド魔法カード)
●???
●???
●???


『(――!! 絵空っ! 逃げ――)』
 “千年聖書”が警鐘を鳴らすが、もう遅い。
 雫がカードを発動した、その瞬間に――床から色濃い“闇”が伸び、デュエルリング上の全てを呑み込んで、閉じた。


 観衆が騒ぐ。
 デュエルリング上は“闇”のドームに覆われ、何も見えなくなってしまった。
 発動したカード効果によるソリッドビジョンかとも思われたが、それ以降の変化が見られない。これでは試合が観戦できない。


「――どうなっている、磯野! トラブルか!?」
 海馬は無線で磯野に呼び掛けるが、応答がない。
 側に立つサラ・イマノは、不安げにその様子を窺った。


――静粛に……諸君。案ずるには及ばない

 その瞬間、その場にいる全員が、同時に押し黙った。
 声が聴こえた。
 拡声器によるものとは違う――しかし、全員の頭に声が響いた。音の低い、厳かなる男の声が。

――これは“聖戦”である。偉大なる神の御加護により、我々は“裁き”を受け、“聖地”へ導かれることとなる

 観衆は再び騒ぎ出した。
 男が立っている――つい先ほどまではいなかったはずの男が、デュエルリング下の階段前に。
 黒いローブを着た巨漢なるその者は、フードをはずして素顔を晒し、その場の全員に語り掛けた。

――我が名はガオス・ランバート。“神に従う人”……ガオス・ランバートである

 物々しく、そして重々しく――ガオス・ランバートは悠然と名乗りを上げた。





聖戦(前編)へ続く...





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