第三回バトル・シティ大会
〜聖戦(後編)〜
製作者:表さん






 ――私がアナタを望んだことは、果たして誤りだったのか

 私がアナタを求めたために、楽園(エデン)は穢れ、世界となった。
 アナタという“他者”が生まれ、私という“自己”が生まれた。
 私はそのことの意味を、何ひとつ分かっていなかった。

 私は黒を好み、アナタは白を好んだ。
 故に万物は歪み、私たちは地へと堕ちた。

 アナタはそれを是とし、私はそれを非とした。
 地を這い生きてゆくことが、私には受け容れられなかった。

 だから私はアナタを殺した。
 私とアナタは違っていたから。

 私はアナタを愛していて、
 アナタは私を愛していたのに。

 だから私は私を殺した。
 アナタを愛した罰として。

 アナタに出逢わなかったなら、
 私は、
 世界は、
 こんなにも深い“絶望”という“罪”を負わずにいられたのに……――




決闘167 楽園(エデン)T〜過去〜

 ――それは8年前のこと。

 瀬人は海馬家に引き取られて以来、厳しい毎日を送っていた、
 語学・社会学・経営学・ゲーム戦術、海馬剛三郎は瀬人にあらゆる英才教育をたたき込んだ。
 過酷な日々ではあったが、それでも耐えることができた。
 夢と、そして約束を支えにして、瀬人は多くを吸収した。苛烈なスケジュールをこなし、未来へ向けて歩を進めた。

 そんなある日のこと、瀬人は剛三郎から呼び出しを受けた。
 剛三郎はデスクに肘をつき、彼に重々しく語り掛けた。
「――与えたスケジュールを全て消化しているそうだな、瀬人。さすが私が見込んだだけのことはある……いや、そうでなくては困るがな」
 それは、無愛想な“父”には珍しい、称賛の言葉として解釈できた。
 だから瀬人はその瞬間、わずかでも報われた思いがした。
 そんな彼の心を戒めるかのように、剛三郎は険しい口調で彼に問い掛けた。
「――瀬人よ、海馬コーポレーションのビジョンを聞こう。後を継いだとしてお前は、海馬コーポレーションをどうしたい?」
 その質問に、瀬人は少し迷った。
 しかし“父”となった男を信じ、胸の内を正直に打ち明けた。
「オレは……海馬ランドをつくりたい。以前のオレ達のような、恵まれない子ども達がいつでも遊べる……ゲームの国をつくりたい」
「……ゲームの国、だと?」
 少しの間が空いた。
 剛三郎はしばし瀬人を観察し、そして――口から嘲笑を漏らした。
「……くだらん、実にくだらん。出来る男かと思えば、よもやそんなガキの夢想を抱いていたとはな」
 瀬人は思わず前方に踏み出し、声高に主張した。
「ゲームはくだらなくなんてない! ゲームは人の心を癒し……そして人と人とを繋ぐ、人類が生み出した素晴らしい知恵だ!!」
「……ホウ、そこまで言うか」
 剛三郎は両眼を広げ、瀬人を注意深く見据える。
「……瀬人。海馬コーポレーションは、私の父が戦時中、軍需産業企業として……戦争を糧として興した会社だ。それがゲーム? 人と人とを繋ぐ? あまりにも不相応と思わんか」
「――そんなことはない! あなたも知っているはずだ……ゲームの楽しさを、素晴らしさを!! だから……」
「……フン。その素晴らしいゲームに、イカサマを持ち込んだ男がよく言ったものだな」
 瀬人は思わず言い澱む。
 剛三郎はその間隙に、試すように、問いを投げた。
「理想ばかりで現実は成らぬ。ならば問おう、瀬人。貴様はその夢想で、海馬コーポレーションの未来を担えるのか?」
「――できるさ! してみせる……必ず! 海馬コーポレーションを、世界に名立たるアミューズメント企業に!!」
 2人の視線がぶつかり合う。
 瀬人は熱意に満ちた眼で、決してそれを逸らさない。
 やがて剛三郎の方が、フッと噴き出してしまった。
「まったく……困ったものだ。血の繋がりなど無いクセに、いつぞやの私のようではないか」
 予想外のその言葉に、瀬人は毒気を抜かれ、唖然とする。
 剛三郎は目を細め、懐かしむように語り始めた。
「私も若い頃……父のやり方に賛同できんでな。そうしてよく食って掛かったものだよ。若いな……いや、私が老いたのか」
 剛三郎は立ち上がり、確固たる眼で瀬人を見つめる。
「はっきり言うぞ瀬人、貴様のそれは茨の道だ。私が示す道よりも、遥かに……それでもやるというのか?」
「――自分の道は自分で決める。すでに構想はある……確かな自信もあります」
 瀬人は迷わず応える。自信というよりは確信だ。
 不確かなはずの未来に、確固たる自信を抱ける――まるでその未来を、すでに経験してきたかのように。
 そんな瀬人を睨みながら、剛三郎は厳たる表情で、彼の元に歩み寄った。
「ならば勝負だ瀬人……己の力で証明しろ、自分の道の正しさを。成功を掴み、この私を蹴落としてみせよ! 海馬コーポレーションの後継者として」
 そう言いながら、剛三郎は右手を差し出す。
 その所作に戸惑い、瀬人は彼を見上げる。
 するとそこには彼らしからぬ、“父”としての微笑みがあった。
「……だが忘れるな、瀬人。私達は親子だ。怒り、憎しみ合う必要は無い。尋常に勝負といこう……今度はイカサマなど通じんぞ? この私を超えてみろ――我が息子よ」
「…………!!」
 不器用なりの、父の愛。
 欲しかったものがそこにはあった。取り戻せないはずの絆が、そこに。
 瀬人は、海馬瀬人はゆっくりと右手を挙げる。
 目の前のそれに触れ、掴もうとする――その瞬間、

 ――ドクンッ!!!

 瀬人は咄嗟に手を引いた。その事象の意味が分からず、狼狽する。

 伝わってくる父の手の感触は――氷のように、ひどく冷たかった。

(何だ……? オレは何かを、忘れている?)
 世界が一瞬、わずかに歪む。
 瀬人は一歩退き、頭を抱えた。

 ――こうだったろうか……本当に?
 ――海馬剛三郎という男は、こんな人物だったろうか?

「――どうした瀬人? どこか具合でも悪いのか?」
 剛三郎はなおも手を差し伸べながら、父の顔で瀬人に問う。
 その手を暫し見つめてから、瀬人はもう一度それに触れた。恐る恐る、真偽を確かめるために。
 再び触れた、海馬剛三郎の手は――温かかった。そこから伝わる温もりは、瀬人の中の懐疑を溶かす。
 世界は正され、確立してゆく。偽りは真実へ――真実は偽りへと。

「――はい。よろしくお願いします、父様」

 掴み取った絆を、今度こそ手離さぬように――海馬瀬人はその右手を、強く強く握り締めた。





決闘168 最後の聖戦

「――っ……はぁ……っ」
 医務室を出て、デュエルフィールドへと向かっていた武藤遊戯は、しかしその道中で足を止めていた。
 血の気の無い顔色で、壁を背にして座り込む。その様はあまりに弱々しく、これから決戦に臨む人間のものとはとても思えない。
(大丈夫……ただの立ちくらみだ。少し休めば、すぐに収まる)
 白む視界を閉じ、呼吸を整えながら、遊戯は呟く。自分にそう言い聞かせる。

 武藤遊戯は明らかに消耗していた。
 大会二回戦でのキース・ハワード相手の不自然なほどの圧勝、ガオス・ランバートの巨大な精霊“ダークネス”を生身で退けた一件、そして絵空達を救わんとバクラの精霊“ディアバウンド”と対峙した一幕――その全てにはカラクリがある。
 代償は彼の“時間”――すなわち“命”。賢者“シャイ”はそれを軽んじ、故にこそ罰を受けたとも言える。

(海馬くんと月村さんはどうなったろう。ボクも急がないと……!)
 逸る心を抑え、遊戯は両手を握り締める。
 不意に、数日前のシャーディーの言葉が脳裏をよぎった。

『――キミが考えているほどに……“王の呪い”は軽くないぞ』

 唇を、きゅっと結ぶ。両眼を見開き、顔を上げる。
(……それでもいい。みんなのために闘えるなら……ボクは、それでも)
 壁にもたれながら立ち上がる。
 自身に活を入れるべく、頭で壁を打つ。痛みで意識を覚醒させる。
「……行こう。取り戻すんだ……みんなを!」
 彼は不確かな足取りで、決戦の舞台へと駆け出した。





 暗がりの通路を抜け、辿り着く。“敵”の待つ舞台、青眼ドームの中心部へ。
 少し前まで観客で埋め尽くされていたスタンドには、今や人影ひとつない。異常に静まり返ったその空間で、遊戯はデュエルステージを見上げる。
(!? あのモンスターは……っ)
 そこで目にした黒魔術師の姿に、遊戯は息を呑んだ。あまりにも見慣れたその姿に。
 いや、予感はあった。“彼”の姿を模した、倒すべき敵“闇(ゾーク)アテム”――彼の操るモンスターに、その魔術師が含まれているかも知れないことは。

 遊戯は再び走りだし、数十段ある階段を一気に駆け上がる。
 そして頂上に辿り着いたとき、その魔術師の姿はすでに無く、そこには“彼”だけが佇んでいた。
「……! ああ……相棒か、待ちかねたよ」
 “相棒”――その呼ばれ方に、遊戯は眉をひそめる。
 だがそれ以前に、遊戯は彼の様子を奇妙に感じた。“待ちかねた”とは言い難く、彼は虚しげな表情で自失していた。彼にそんな表情をさせた理由が、遊戯には見当もつかない。
(……違う。この男は敵だ……“彼”なんかじゃない!!)
 萎えかけた戦意を奮い立たせ、遊戯は第一声を発した。
「海馬くんと……月村さんは?」
 表情の陰りが強くなる。闇アテムは目を閉じると、溜め息混じりに返答した。
「月村という男は……ガオス・ランバートと相撃ち、共に消えた。海馬はバクラに勝ったが……たった今、消えたところだ。オレとのデュエルに敗れてな」
 遊戯の息が詰まる。
 ならば先ほど目にした黒魔術師は、そのデュエルの名残ということか。
(あの海馬くんに勝つなんて……! やっぱりデュエルの腕も、“彼”をコピーしたものなのか)
 勝てるだろうか――そんな不安が脳裏をよぎる。遊戯は首を横に振り、それをすぐに振り払う。

「――では始めようか、相棒……いや、武藤遊戯。このドーム内に残された人間は今や、お前1人だけだ。お前もまた“楽園(エデン)”へと導き、そして全ての人間を……“全てを救う”。そのためにオレは生み出されたのだから」

 闇アテムは決闘盤を構え、遊戯もそれに応じる。

 彼の語る“救い”とは何なのか――遊戯にはそれが分からない。
 理解する気にもなれない、“彼”の偽者が語る正義など。

 闇アテムを倒し、消えたみんなを取り戻す――それこそが遊戯の正義。
 たとえそのために自分が、どれほど失うことになろうとも。

「……だが、デュエルを始める前に……ひとつだけ伝えたいことがある」
「……?」
 訝しむ遊戯に対し、闇アテムは告げる。
 それは牽制などではない、紛れもない本心。
「海馬とのデュエルで確信した。今のオレは――強すぎる。一瞬たりとも気を抜かないことだ。すぐに終わってしまいたくなければな」

 闇アテムが見せた空虚な表情の理由、それは海馬瀬人を消し去ったことへの自責などではない。
 海馬とのデュエルが成り立たなかったこと――あまりにも力の差が出てしまったことへの、落胆の表情。

 遊戯は顔をしかめ、デッキへと指を伸ばす。
 言われるまでもなく、全力でいく。たとえ相手が偽者でも、そこから発するプレッシャーは本物だ。
 デュエリストとしての直感が警告している――彼は紛れもなく、格上の敵であると。

 周囲を薄闇が包み、闘いの舞台を整える。
 “楽園”という聖地を巡る、最後のデュエルの舞台。彼らが幾度となく経験してきた、“闇のゲーム”のフィールドを。

「いくぜ、武藤遊戯……これで最後だ。心の準備は出来ているか?」
「…………!!」

 遊戯は迷わず頷く。
 そして彼らは身を投じる。この世界の行く末を占う、最後の決闘へと。

「「――デュエルッ!!!」」

 武藤遊戯VS闇アテム――最終決戦の幕は静かに、遂に切って落とされた。





決闘169 王(遊戯)VS神(闇アテム)!!

「――ボクの先攻だ、ドロー! カードを2枚セットし……『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」


マジシャンズ・ヴァルキリア  /光
★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上にで
存在する限り、相手は他の魔法使い族
モンスターを攻撃対象に選択できない。
攻1600  守1800


 リバースカードが2枚に守備モンスターが1体、まずは堅実な1ターン目だろう。
 正体不明の2枚を暫し眺めてから、闇アテムもターンを開始する。
「オレのターン! オレもカードを2枚セットし、『エルフの暗黒剣士』を攻撃表示で召喚! ターンエンドだ」
「!? 暗黒剣士?」
 現れた黒の剣士の姿に、遊戯は一時、唖然とする。
 しかしすぐに気を持ち直し、デュエルへの集中を高めた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:マジシャンズ・ヴァルキリア,伏せカード2枚
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:エルフの暗黒剣士(攻1400),伏せカード2枚
手札:3枚


(攻撃力は『エルフの剣士』と同じ1400ポイント……攻撃を誘っているのか? それなら)
「ボクのターン! ボクは『キングス・ナイト』を攻撃表示で召喚し……さらに『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃表示に変更!!」
「!! 攻めてくるか……面白い」
 闇アテムは不敵に笑い、身構える。
 明らかに攻撃を誘っている闇アテムの布陣に対し、遊戯が選んだ戦術は総攻撃。
 一見するに迂闊だが、間違ってはいない。少なくともそれが、2人の共通認識だ。
(いい読みだぜ相棒……ミラーフォースのような強力なトラップが、1ターン目から伏せられるとは考えにくい)
(――それに、もし裏をかかれていたとしても……手札の充実した序盤なら、フォローがきく。相手の手の内を暴くためにも、ここは臆さず攻める!!)
「――バトルだ! 『マジシャンズ・ヴァルキリア』……『エルフの暗黒剣士』を攻撃!!」
 魔術師の少女は高く跳躍し、杖の先に光を溜める。闇アテムは即座に判断し、場のリバースを翻した。
「リバースカードオープン『魔剣 ダークソード』! このカードをエルフに装備し、攻撃力を500ポイントアップさせるぜ!!」


魔剣 ダークソード
(装備カード)
闇属性・戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、
ゲームから除外された自分の闇属性モンスター1体を手札に加える。

 
エルフの暗黒剣士:攻1400→攻1900

 エルフの持つ黒剣が変形し、闇のオーラを纏う。
 これで双方の優劣関係は逆転、ヴァルキリアは返り討ちに遭う――このままであれば。
「その程度なら……! リバースカードオープン『マジック・クリスタル』! ヴァルキリアの攻撃力も500ポイントアップさせる!!」


マジック・クリスタル
(装備カード)
魔術師(マジシャン)の攻撃力を500ポイント上げる。
このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。

 
マジシャンズ・ヴァルキリア:攻1600→攻2100

 これで再び優劣は逆転、遊戯の魔術師が優位に立つ。
(これでエルフを破壊し、直接攻撃を決めれば……一気にライフを半分近く削れる!)
 遊戯はそう思う。そう期待するのも無理はない。
 ヴァルキリアが輝く魔力弾を放つと同時に、闇アテムは小さく宣言していた。
「――『エルフの暗黒剣士』の特殊能力発動……」

 ――ズドォォンッ!!!

 魔力弾が命中する――地面に。
 驚くことにエルフの剣士は、軽やかに跳躍し、それをかわした。さらにはヴァルキリアの高度まで到達し、剣を袈裟に振り下ろす。

 ――ズバァァァァッ!!!

 エルフの剣に斬り裂かれ、ヴァルキリアの身体は砕け散る。
 予想外のその現象に、遊戯は驚きを隠せなかった。
「――これが『エルフの暗黒剣士』の特殊能力だ。手札の闇属性モンスター1体を除外することで、攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘に勝利することができる」
 闇アテムは早々に種明かしをすると、得意げな笑みを遊戯に向けた。


エルフの暗黒剣士  /闇
★★★★
【戦士族】
攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘時、
手札から闇属性モンスター1体をゲームから除外することで、
ダメージ計算を行わずにそのモンスターを破壊する。
攻1400  守1200


「ク……でもこれにより、『マジック・クリスタル』第2の効果が発動! 墓地に送られたことにより、カードを1枚ドローする!」
 ドローカードを確認してから、遊戯はしばらく考える。
 『エルフの暗黒剣士』と装備カードのコンボ、これは相当に厄介だ。闇アテムの手札に闇属性モンスターカードが存在する限り、いかなる攻撃力値を持つモンスターも返り討ちにされてしまう。相手の手札を確認する手段が無い以上、迂闊に攻撃することはできない。
(でも……対抗策はある)
 遊戯は伏せカードを一瞥してから、引き当てたばかりの魔法カードを再び右手に持ち替えた。
「ボクはカードを1枚セットし――ターンエンド!!」


<武藤遊戯>
LP:4000
場:キングス・ナイト,伏せカード2枚
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:エルフの暗黒剣士(攻1900),魔剣 ダークソード,伏せカード1枚
手札:2枚


「フ……オレのターンだ、ドロー!!」
 ドローカードを手札に加え、闇アテムは思考を巡らす。
(相棒の手が、この程度のコンボで止まるとは思えない……となればあのリバースカードは、恐らく)
 ともに闘った記憶を持つが故の看破。遊戯の伏せカードを見通した上で、闇アテムは敢えてそれに乗る。
「このままバトルだ……エルフの剣士! 『キングス・ナイト』を攻撃!!」
 掛かった――遊戯はそう思い、迷わずトラップを発動させた。
「トラップカードオープン! 『六芒星の呪縛』!!」

 ――ガシーンッ!!

 魔法陣の呪いが、エルフの身体を拘束する。
 行動の自由を封じ、攻撃力をも低下させる。
 
エルフの暗黒剣士:攻1900→攻1200

(よし! これで次のターン、『キングス・ナイト』で――)
「――オレはエルフの剣士を生け贄に捧げ……上級モンスターを召喚する!」
「!! う……ッ」
 闇アテムは微塵も動じず、1枚のカードを振りかざす。
 エルフは生け贄の渦に消え、更なる闇の呼び水となった。
「出でよ……『ダーク・スカル・デーモン』!!」


ダーク・スカル・デーモン  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
闇属性モンスターを生け贄にして生け贄召喚に
成功したとき、場のカードを1枚破壊できる。
攻2500  守1200


「生け贄召喚成功時、特殊能力を発動……『キングス・ナイト』を破壊する! “暗黒魔降雷”!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

 デーモンの放つ雷撃が、『キングス・ナイト』を焼殺する。その厳つい双眸が、遊戯を睨んで威圧した。
「さらにオレも『魔剣 ダークソード』が墓地へ送られたことで、第2の効果を発動……エルフの能力で除外したカードを手札に戻す。そしてカードを1枚セットし、ターンエンドだ」
 手札の補充までも行い、闇アテムは余裕でターンを終えた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:伏せカード1枚
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ダーク・スカル・デーモン,伏せカード2枚
手札:2枚


 ほんの数ターンの攻防、しかし遊戯の額には脂汗が滲む。
(完全に後手に回らされてる……相手の裏をかけない。このままじゃマズイ)
 ライフこそ互角、フィールドもそこまで劣勢というわけではない。
 しかし徐々に、着実に差をつけられ始めている。このままではすぐに追い詰められてしまう――デュエリストとしての経験が、強く警鐘を鳴らす。
(相手の虚を突く戦術を……予想の上をいかないと!)
 伝う汗を拭うと、遊戯はデッキに指を当てた。
「ボクのターン――ドローッ!!」
 そして引き抜いたカードを見た瞬間、遊戯の動きは固まった。
(……? 何だ、何を引いた?)
 闇アテムの眼にも、それは不可解に映った。
 デッキに入れた覚えの無いカードでも引いたのか――いや違う。それは確かに、遊戯自身の手によりデッキ投入された1枚だ。
「………………」
 遊戯の顔が、消え入りそうなほど儚く沈んだ。
 その理由が、闇アテムにも分からない。分かる訳が無い。
「……ボクは手札から、魔法カードを発動――」
 それは2人にとって、あまりにも特別な意味を持つカード。
「――『封印の黄金櫃』」
「!!? 何……っ」
 この世界に生み出されて以来初めて、闇アテムは驚愕に眼を見開いた。


封印の黄金櫃
(魔法カード)
黄金櫃にカードを1枚封印する。
そのカードはあらゆる魔法効果を受けず
そのカードは相手プレイヤーも使用する事ができない。


 それはかつて、2人の道を分けたカード。
 死者の魂は現世にとどまってはならない――かつて“彼”の魂へと引導を渡した、別離のための特別な切札。
「……デッキからカードを1枚選び……黄金櫃に封印する」
 闇アテムはそれを凝視する。しかしそのカードの正体に関して、彼には心当たりがひとつしか無い。
(『死者蘇生』……? オレの動揺を誘っているのか?)

 ――いや、それも考えづらい
 ――“闇アテム”を“アテム”として認めていない遊戯が、そのような目論見を抱くだろうか……?

「…………デュエルを続けるよ。リバースマジックオープン! 『洗脳−ブレイン・コントロール』!!」
 遊戯は意識をデュエルに戻し、次なる戦術を表にした。


洗脳−ブレイン・コントロール
(魔法カード)
敵モンスター1体を洗脳し1ターンだけ味方にし操ることができる


「このカードの効果により……『ダーク・スカル・デーモン』のコントロールを得る!!」
 かつての愛用カード『デーモンの召喚』に良く似たモンスターが、遊戯のフィールドへと移る。
 これで闇アテムのフィールドはガラ空きだ。このまま直接攻撃を仕掛け、大ダメージを狙うこともできる――そう思った次の瞬間、闇アテムはカードを翻していた。
「それはどうかな――リバーストラップオープン! 『闇の綱』!!」


闇の綱
(罠カード)
闇属性モンスターが自分の場を離れた時に発動。
デッキの中から闇属性四ツ星モンスターを特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。


「この効果によりデッキから、闇属性レベル4モンスターを特殊召喚する! 来い、『ヘル・バフォメット』!!」
 守備力1800、今度は『バフォメット』に良く似たモンスターが現れる。
 だが、その能力値はデーモンに劣る。ダメージ回避の壁にしかならない。
「それなら……このままバトルだ! デーモンでバフォメットに攻撃!!」

 ――バヂィィィッ!!!

 デーモンの発する雷撃が、バフォメット目掛けて放たれる。
 それに対し、闇アテムの手が再び動く。最後の伏せカードが開かれた。
「リバースカードオープン――『融合』!」
 バフォメットは『融合』に取り込まれ、雷撃は虚しく空を裂く。


ヘル・バフォメット  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが自分フィールド上に存在するとき
デッキから「ダーク・ガゼル」を素材とし、
「キマイラ」を融合召喚することができる。
攻1400  守1800


「オレはフィールドの『ヘル・バフォメット』と……デッキから『ダーク・ガゼル』を素材とし、融合召喚!!」


ダーク・ガゼル  /闇
★★★★
【獣族】
このカードが自分フィールド上に存在するとき
デッキから「融合」を発動し、
「キマイラ」を融合召喚することができる。
攻1500  守1200


「出でよ……『黒翼幻獣 ダーク・キマイラ』!!」


黒翼幻獣 ダーク・キマイラ  /闇
★★★★★★
【獣族・融合】
「ダーク・ガゼル」+「ヘル・バフォメット」
このカードをデッキに戻すことで、融合召喚に使用した
融合素材モンスター一組を墓地から特殊召喚することができる。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、攻撃できない。
この効果は相手ターンでも発動できる。
攻2100  守1800


 黒翼のキマイラが誕生し、遊戯に向かって低く唸る。
 遊戯は顔を歪めた。彼のフィールドには今、キマイラより強力なデーモンが存在している――だがそれも攻撃を終えてしまった。洗脳もこのターン限りのもの、このままターンを終えてしまえば、取り返しのつかないことになってしまう。
「……っ! ボクは『ダーク・スカル・デーモン』を生け贄に捧げて――召喚、『ブラック・マジシャン・ガール』!!」
 相手の強力モンスターを一時的に奪い、生け贄にすることで墓地へと送る――まさしく教科書通りの動きだ。
 デーモンに代わって喚び出された、黒魔術師の少女が杖を構える。しかしその攻撃力は2000どまり、キマイラにはわずかに及ばない。
「……ボクはカードを1枚セットし……ターン、終了だ」
 遊戯は冴えない声で、エンド宣言を済ます。やはり主導権を握れない――後手に回る流れから抜け出せない、その焦燥を噛み締めながら。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:黒翼幻獣 ダーク・キマイラ
手札:2枚


「オレのターン、ドロー! いくぜ……キマイラで『ブラック・マジシャン・ガール』を攻撃! 暗黒衝撃粉砕(ダーク・インパクト・ダッシュ)!!」
 黒き幻獣の突進に対し、遊戯はトラップを発動させる。
「させない……! トラップ・フィールド『機動砦 ストロング・ホールド』!!」


機動砦 ストロング・ホールド
(罠・フィールドモンスター)
プレイヤーへの攻撃時にフィールドカードとして場に出る。
その攻撃を無効とし、その後は守備力2000の砦となる。


 ――ドゴォォォォォッ!!!

 巨大な砦が立ち塞がり、幻獣の突進を受け止める。
 その守備力値は2000どまりだが、発動時には攻撃を無効とする能力がある。キマイラの攻撃では破壊されない。
「やるな……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」
 闇アテムは遊戯を称賛する。
 しかしそれは、上位の目線からのものだ――彼の立ち振る舞いには、明らかな余裕が窺える。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン・ガール,機動砦 ストロング・ホールド,(封印の黄金櫃)
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:黒翼幻獣 ダーク・キマイラ,伏せカード1枚
手札:2枚


(……このままじゃ勝てない。もっとだ……もっと強く!)
 遊戯は右手を胸に当て、瞳を閉じる。

 ――もっと強く
 ――もっと速く
 ――もっと遠くへ……!

 ――ドクン……ッ

 心臓の鼓動が速くなる。
 遊戯の“魂”は加速し、密度を増してゆく――己の“時間”を代償として。
「――ボクの……っ」
 全身に力が充溢する。
 溢れ返る程のそれは、彼を高揚させ、同時に穢す――彼の人格を歪曲させる。

「“俺”のターン――ドローッ!!!」

 カードを強く抜き放つ。
 遊戯は両眼を見開くと――鋭い眼光で敵を射抜いた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン・ガール,機動砦 ストロング・ホールド,(封印の黄金櫃)
手札:2枚

<闇アテム>
LP:4000
場:黒翼幻獣 ダーク・キマイラ,伏せカード1枚
手札:2枚





決闘170 王の遺産

(!! 雰囲気が変わった? これは……)
 武藤遊戯の変化に、闇アテムはいち早く感付く。
 ドローしたカードを確認すると、遊戯はすぐにそれを召喚した。
「俺は『幻想の魔術師』を、攻撃表示で召喚!!」
 フィールドに小さな黒魔術師が現れ、その杖先をキマイラへと向ける。


幻想の魔術師  /闇
★★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、自分のメインフェイズ及び相手のバトルフェイズに
ライフを500支払うことで、場のモンスター1体を選択する。
この効果で選択されたモンスターは、エンドフェイズまで
攻撃力が500下がり、攻撃できない。
この効果を使用したターン、このモンスターは攻撃できない。
攻1500  守1100


「ライフを500支払い――特殊能力発動! キマイラの動きを封じる! “幻想の呪縛”!!」

<武藤遊戯>
LP:4000→3500

 ――ガシーンッ!!

 魔術師の生み出した魔法陣が、キマイラの身体を拘束する。その攻撃を禁じ、攻撃力値は500ポイントダウンする。
 
黒翼幻獣 ダーク・キマイラ:攻2100→攻1600

「バトルだ! ブラック・マジシャン・ガール、キマイラを攻撃! 黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」
 魔術師の少女は頷くと、黒の魔力弾を撃ち放つ。
 攻撃力の優劣は逆転し、これで破壊できるはず――遊戯はそう考える、が、
「甘いぜ……この瞬間、ダーク・キマイラの特殊能力を発動! 融合を解除し、ガゼルとバフォメットを喚び戻す!!」
 魔法陣の呪縛から、キマイラの姿が消失する。これにより、ガールの攻撃は回避され、健在な“ガゼル”と“バフォメット”がフィールドに再臨した。
 遊戯は舌打ちし、最後の手札を右手に掴む。
(だがこれで、相手フィールドから上級モンスターは消えた……そう悪い流れじゃない!)
「俺はカードを1枚セットして――ターンエンドだ!!」


<武藤遊戯>
LP:3500
場:ブラック・マジシャン・ガール,幻想の魔術師,機動砦 ストロング・ホールド,
  伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ダーク・ガゼル,ヘル・バフォメット,伏せカード1枚
手札:2枚


(……! そうか、この力は……“オレ”が三千年前、ゾーク・ネクロファデスを封印したときの)
 “本物”の記憶を辿り、闇アテムは思い当たる。“ゾーク”としての知識が、その詳細を裏打ちする。
(――“王の遺産”。四千年前、賢者“シャイ”が世に生み出し、歴代の王に取り憑いた“呪い”。人間の“魂”を加速し、神をも殺さんとした負の遺産……まさか相棒に継承されていたとは)

 ――“魂”とはすなわち、“運命”を手繰る力
 ――確かにこれを使えば、ゲームを有利に進めることができるだろう
 ――だが

(使用者は代償として、加速する程に“時間”を失う。そこまでの覚悟か、相棒……だが)
 瞳に闘志を宿し、闇アテムはデッキに指を伸ばす。

 ――ならばこそ、負けるわけにはいかない
 ――お前を死なせないために
 ――“楽園(エデン)”へと導くために

「オレのターン――ドロー!! オレは手札から『強欲な壺』を発動! デッキから2枚ドローする!!」
 闇アテムは手札を増やすと、次のカードを迷わず選んだ。
「『ヘル・バフォメット』を生け贄に捧げて……来い、『カース・オブ・ダークドラゴン』!!」
 先ほどまでとは違う威勢で、彼はカードをプレイする。
 漆黒の翼竜が姿を現し、上空から黒魔術師を見下ろした。


カース・オブ・ダークドラゴン  /闇
★★★★★
【ドラゴン族】
このカードの召喚・特殊召喚に成功したとき、
相手モンスター全ての守備力に2000ポイントの
ダメージを与えることができる。
この効果を使用したターン、このカードは攻撃できない。
攻2000  守1500


「召喚成功時、特殊能力発動! 守備力2000以下の相手モンスターを、全て焼き払うことができる!!」
「!!! な……っ」
 遊戯は驚愕し、フィールドを見回す。
 今現在、彼のフィールドに存在するモンスターは3体――そのいずれもが、守備力2000以下のモンスター。
「殲滅せよ――“地獄の火炎(ヘル・フレイム)”!!!」

 ――ゴォォォォォォッ!!!!!

 翼竜の吐き出す灼熱の火炎が、遊戯のフィールドを焼き尽くす。
 再び視界が開けたとき、彼のフィールドには――1体のモンスターすら残されていなかった。


<武藤遊戯>
LP:3500
場:伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:カース・オブ・ダークドラゴン,ダーク・ガゼル,伏せカード1枚
手札:3枚


 遊戯のフィールドは一転し、ガラ空き状態だ。遊戯は苦悶の表情を浮かべ、何とか抵抗を試みる。
「まだだ! 俺はライフを1000支払い――トラップカードオープン『魂の綱』! この効果によりデッキから、『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で特殊召喚!!」

<武藤遊戯>
LP:3500→2500

 デッキで最硬の守備力を誇るガードナーを喚び、追撃の手を免れる。
 しかしダメージではなくとも、彼のライフはさらに削れた。戦況は依然として好転しない。
「オレはこれでターンエンド……どうした、お前の力はこんなものか」
 闇アテムは遊戯を挑発する。遊戯は容易くそれに乗り、“時間”は徒に加速してゆく。


<武藤遊戯>
LP:2500
場:ビッグ・シールド・ガードナー,(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:カース・オブ・ダークドラゴン,ダーク・ガゼル,伏せカード1枚
手札:3枚


「――俺の……ターンッ!! 手札から『モンスター回収』を発動! 『ビッグ・シールド・ガードナー』をデッキに戻し、新たに5枚を引き直す!!」
 遊戯は勢いを緩めずに、一気に5枚のカードを抜き放つ。
 そしてそれらに目を通すと、逆転への道を即座に見つける。
「俺はカードを1枚セットし――『サイレント・ソードマンLV0』を攻撃表示! ターンエンドだ!!」
 カードを叩きつけるようにセットし、遊戯は鋭く闇アテムを睨んだ。


<武藤遊戯>
LP:2500
場:サイレント・ソードマンLV0,伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:カース・オブ・ダークドラゴン,ダーク・ガゼル,伏せカード1枚
手札:3枚


(サイレント・ソードマン……闘いの儀でオベリスクを倒したモンスターか。時を経る毎に力を増す、相棒の新しいエースモンスター……だが)
 攻撃力1000の少年剣士を攻撃表示、そこに何らかのトラップが仕掛けられていることは明白。
「……オレのターン――ドロー!!」
 闇アテムはカードを引く。そしてそのカードに、口元を小さく綻ばせる。

 ドローカード:ブラック・ダーク・マジシャン

「オレは……このままバトルに入る! 『カース・オブ・ダークドラゴン』で――」
 そのタイミングを見逃さず、遊戯はトラップを発動させた。
「トラップカードオープン! 『威嚇する咆哮』!!」


威嚇する咆哮
(罠カード)
このターン中、相手は
攻撃宣言をする事ができない。


 不可視の怪物の咆哮が響く。
 それは闇アテムのモンスターを威圧し、このターンの攻撃を許さない。
(これでこのターン、サイレント・ソードマンは生き延びる。次のターンで――)
 遊戯は視線を手札に落とし、次なる戦術を脳裏に描いた。


時の飛躍(ターン・ジャンプ)
(魔法カード)
この魔法を発動した瞬間
3ターン後のバトルフェイズに飛躍(ジャンプ)する


「……なるほどな。ならばオレは『カース・オブ・ダークドラゴン』と『ダーク・ガゼル』を生け贄に捧げ――」
 遊戯は目を見張った。
 上級モンスターであるドラゴンを生け贄としてまで召喚する最上級モンスター ――その正体を、危惧せずにはいられない。
「――来い……『ブラック・ダーク・マジシャン』!!」
 あまりにも見慣れた黒魔術師が、闇アテムのフィールドに降臨した。


ブラック・ダーク・マジシャン  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
特定の魔法カード1枚をデッキから発動できる
(1種類につき1回までとする)。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
自分の魔法カードの発動と効果は無効化されない。
攻2500  守2100


「いくぜ……『ブラック・ダーク・マジシャン』の特殊能力発動! 手札を1枚捨てることで、黒魔術師専用の魔法カードを、デッキから発動することができる!」
「なっ……デッキから発動!?」
 闇アテムのデッキから、1枚のカードが弾き出される。
 それはやはり遊戯にとって、あまりに見覚えのあるカードだ。


死のマジック・ボックス
(魔法カード)


 互いのフィールドに、棺桶のようなボックスが現れる。
 それらは2体のモンスターを――『ブラック・ダーク・マジシャン』と『サイレント・ソードマン』を閉じ込める。
「……効果は……説明するまでもないだろう?」

 ――ズババババッ!!!!

 幾つもの剣が、黒魔術師を閉じ込めたボックスを串刺しにする。しかしそれが自爆などではないことを、遊戯はよく知っていた。
 ソードマンを閉じ込めたはずのボックスがゆっくりと開き、姿を見せる――この魔術を操る黒魔術師が。

「…………ッ」
 遊戯は顔を歪めた。これにより黒魔術師は、彼の眼前に現れた形となる――『威嚇する咆哮』を使っていなければ、直接攻撃により負けていただろう。

『…………』
 黒魔術師は遊戯から視線を外し、闇アテムのフィールドへ振り返る。
 串刺しのボックスに右掌を向け、その凄惨な中身を披露せんとする――しかし闇アテムは首を横に振って見せた。
「いや……いい。戻れ、ブラック・マジシャン」
 黒魔術師は頷き、右拳を閉じる。するとボックスは共に消滅し、彼は主のフィールドへと舞い戻った。


<武藤遊戯>
LP:2500
場:(封印の黄金櫃)
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン,伏せカード1枚
手札:2枚


(クソ……コンボが次々に破られる! 隙が無い、強すぎる……!!)
 遊戯の心に弱気が差す。
 しかし即座に振り払い、懸命に戦意を奮い起こす。
「――負けない……絶対に! みんなのためにボクは……“俺”は! 負けるわけにはいかないんだ!!」
「……みんなの、ため?」
 闇アテムは眉をひそめる。
 彼は暫し考えた末、遊戯のために言葉を紡ぐ。

「――オレを倒して、それで……何かが変わるのか?」
「!? え……っ?」

 唐突な問いに、遊戯はぽかんと口を開く。
「お前は知らなすぎる……この世界を覆う“黒い霧”を。この世界にどれほどの痛みがあり、哀しみがあり、そして絶望があるのか」
 何を言っているのか分からない。
 反論しようと口を開くが、闇アテムがそれを制する。
「――お前にもあるはずだぜ……“相棒”。取り戻したいもの、守りたいもの、手に入れたいもの。その全てを叶えるためには、“この世界”は脆弱過ぎる」
 口から声が出ない。“彼”と同じ姿をした彼の言葉を、軽く聞き流すことができない。

 ――取り戻したいもの
 それは目の前にいる。
 失くした“彼”を取り戻すことなどできない――それが“この世界”。

 ――守りたいもの
 それは、消えてしまったみんな。
 みんなを守るための力が、自分には足りない――それが“この世界”。

 ――手に入れたいもの
 それは未来。
 不確かなそれを確実に掴むことなど、誰にもできはしない――それが“この世界”。

「――そんなこと……できるわけないじゃないか」
 遊戯はぼそりと呟く。

 ――そうだ
 ――できたなら
 ――もしそんなことができたなら……ボクと、キミは

「――できるさ……“神にならできる”。そのためにオレは、この世界に生み出されたのだから」
 曇りなき眼で、闇アテムは遊戯に言い放つ。

 ――取り戻したい過去
 ――守りたい過去
 ――手に入れたい未来
 ――その全てを叶えるために、今のオレは在る

「……っ。そんな、こと……っ」

 ――そんなことが
 ――もし本当に、そんなことができるとしたら

 それはきっと、どんなにも――どんなにも素晴らしいことだろう。

 武藤遊戯はその言葉を、ギリギリのところで呑み込む。
 このデュエルの“敗北”の果てに、どれほど素晴らしい“新世界”があるのか――彼にはそれがまだ、哀しいかな見えていないのだから。





決闘171 楽園U〜現在〜

「――お兄ちゃん! 起きてよ、お兄ちゃん!」
「ん……あれ、静香……?」

 城之内克也は目を覚ます。まだ覚醒しきらない意識で、周囲を見回す。
(……ああ、朝か)
 布団から上体を起こし、頭をボリボリと掻く。
 横からカーテンを引く音がして、眩しい光が視界を襲った。
「もう! だから夜更かししちゃダメって言ったのに。今日から新学期でしょ?」
 陽光を浴び、意識がはっきりとしていく。同時に、奇妙な違和感が湧き上がる。
「……どうしたの? 具合でも悪いの? お兄ちゃん」
 風邪なんて引いたことないのに、と静香は顔を覗き込む。
 不思議そうに小首を傾げる彼女に、城之内はふと問いを投げた。

「――お前……何でこの家にいるんだ?」

 静香は目を丸くし、キョトンとした。
 やがて小さく噴き出して、「寝ぼけてるの?」と返す。

「当たり前じゃない。だって――家族なんだもの」

 変なお兄ちゃん、そう言って静香は部屋を出る。
 城之内は頭を掻きながら、考える。

 これで正しかっただろうか――と。



 顔を洗い、ダイニングへ行くと、彼の違和感はより強まった。
 静香はテレビを見て、母は料理をして、父は新聞を眺めている。

 おかしい、これはおかしい――彼は軽く頭を抱える。

 それは普通ならば、ありふれた家族の一コマなのだろう。
 だが何かがおかしい――そんなありふれた日常が、自分にはあっただろうか?

「……オウ、克也! 何をシケたツラしてやがる! 寝ぼけてんのか?」
「お兄ちゃんね、今朝はなんだかおかしいの。どうしちゃったの?」
「夜更かしばかりしてるからでしょう? まったく……アンタも今日から高校3年生なんだから。しっかりしなさいね、克也?」

 皿をテーブルに置きながら、母は溜め息を吐く。
 まったくだぜ、と荒っぽくごちりながら、父は椅子を立った。不意に不安を覚え、城之内はその背に問い掛ける。

「親父……どっか出掛けんのか?」
「……あ? 仕事に決まってんだろうが。今日から新しい現場で、ちっと早く出ねぇとなんだよ」

 仕事の愚痴をぼやきながら、父は部屋を出ていく。
 その背に安堵を覚え、同時に、強い不安を抱く。

 これで、本当に正しかっただろうか――と。



「――今日は本当にどうしちゃったの? 遅れちゃうよ、お兄ちゃん」
 セーラー服姿の静香と通学路を歩きながら、城之内はなお違和感を拭えずにいた。

 何か、夢を見ていたような気がする――とてもリアルな夢を。
 そこは“この世界”とは違う世界で、“この世界”ほど恵まれていなくて、
 けれど確かに、大切なものもあった世界。

「……もう! このままじゃ私まで遅刻しちゃうよ。お兄――」
 静香が彼の手を掴む。
 その瞬間、彼の違和感は急速に強まる。咄嗟に手を引き、それを拒む。

 伝わってくる妹の手の感触は――氷のように、ひどく冷たかった。

(何だ……? オレは何を、忘れている?)
 世界が一瞬、わずかに歪む。
 城之内は一歩退き、頭に手を当てる。

 ――違う……こうじゃない
 ――オレの生きていた世界は、こんな世界じゃない

「――なあ……静香。親父たち、いつ再婚したんだよ?」
 震える声で、彼は問う。
 世界にノイズが走った。
 静香はクスリと笑い、彼に返答する。
「――離婚なんてしてないよ? なに言ってるの、お兄ちゃん」

 ――お父さんは仕事を辞めてない
 ――お酒もギャンブルも好きだけど、それも程々
 ――家庭崩壊なんてしてない
 ――ここは、“そういう世界”なんだもの

「安心して? 遊戯さんも、本田さんも、舞さんも――みんなみんないるよ。お兄ちゃんが守りたい大切な“現在(いま)”は、ちゃんと“この世界”にも揃ってるから」

 ――今はまだ偽りだけれど
 ――もうすぐ真実になる
 ――そのために“彼”は闘ってくれてる
 ――みんなのために

 ――全ての人を“この世界”に導いて
 ――“あの世界”を壊す
 ――それでおしまい
 ――“この世界”だけが残れば、否応なくそれが真実になる
 ――この素晴らしい“箱庭”だけが、唯一の世界に

「――帰らなくちゃ……オレは、“あの世界”に」
 どうして?と、静香は小首を傾げる。
「遊戯が闘ってんだろ? だったらオレも――」
「――でも、“この世界”を望んだのはお兄ちゃんなんだよ?」
 屈託のない笑顔で、静香は問う。
 城之内は頭を抱え、思い出す。
 そうだ――“この世界”に彼を呼んだのは、他ならぬ彼自身。

 ――彼の中の絶望
 ――シン・ランバートとのデュエルで、“箱舟”の泥に触れ、彼が見たもの
 ――希望を求めてやまない、人間の欲望
 ――強い願い

「気に病むことないよ……みんなそうだもの。誰だって幸せになりたい、満たされたい……“人間”はそうなんでしょう?」
 静香の姿をした“彼女”は、哀しげな顔で城之内を見つめる。
「だから叶えるの……私が。みんなを幸せにしてあげる。だって私は、みんなのお母さんだから」
 彼女の手が再び、城之内のそれを掴む。

 再び触れた彼女の手は――温かかった。そこから伝わる温もりは、彼の中の懐疑を溶かしてゆく。
「少しの間、目を閉じて……それで叶うの。もうじき誰も気付かなくなる。お兄ちゃんだけじゃなく、みんなが幸せになれるの。誰もが望む、素晴らしい世界に」
 瞼が重くなり、城之内の瞳は閉じる。

 世界は正され、確立してゆく。
 偽りは真実へ――真実は偽りへと。




「――……? あれ……静香? オレ、どうして……」
 城之内克也は目を覚ます。
 “悪夢”から目を覚まし、現実に――彼が望む、素晴らしい真実に。
「……目、やっと覚めた? 急ごう、お兄ちゃん!」
 静香に手を引かれ、城之内は走り出す。
 疑いの余地など無く、否定などせず――掛け替えのない絆を掴み、彼は走り続けた。




決闘172 ひとり

「――嘘だ……そんなこと、できるわけがない」
 闇アテムの提唱する“希望”を、武藤遊戯は否定する。ただ否定することしかできない。
 “彼”と別れてから数ヶ月後――神里絵空と出逢うキッカケとなった事件、遊戯はそれを通して痛感した。人の抱く願い、それは時に、他者を傷付ける凶器となることを。
「全ての人が幸せになんて……なれない。“この世界”は、そういうふうに出来ているんだから」
「――だから必要なのさ。この世界ではない“新世界”……全てが叶う、素晴らしき“楽園(エデン)”が」
 闇アテムは逡巡せず応える。彼はあくまで正直に、遊戯に理解させんと続ける。
「オレの役目は、人間を一人残らず“楽園”へ導き、その上で“この世界”を壊すことだ。一人の犠牲者も出しはしない……誓うよ。全ての人を“絶望”から救う、そのためにオレは生み出されたのだから」
 彼のその言葉には、微塵の悪意すらない。
 それが解ってしまうからこそ、遊戯は上手く反論できない。“彼”が続ける言葉を、軽んじることができない。
「……お前の言う通りだよ、相棒。人は他者を愛し、同時に、否応なく憎む。誰もが幸せになどあり得ないのだから」

 ――かつて“始まりの人”には、全てを成せる力があった
 ――しかし“対なる人”を生み、彼の力は弱まった
 ――それはすなわち全てが、彼だけのものではなくなったからだ

 ――彼は黒を好み
 ――彼女は白を好んだ
 ――故に万物は歪み、灰色を吐き出した

 ――全てを成し得た“楽園”は、地に堕ち“世界”と成り果てたのだ

「――“他者”があるから“自己”が在る。そして“自己”を持つ限り、人は“絶望”から逃れ得ない。その真理が解るか?」

 ――“自己”は望み、そして願う
 ――故に絶望する、“自己”に対して

 ――こんなはずではなかったと
 ――“自己”を拒み

 ――このままでいたいと
 ――“自己”を知らず

 ――こうなりたいと
 ――“自己”を求める

「だが……“世界”の全ては有限だ。人の数だけ“自己”があり、願いがある。その全てを叶えることなど決してできない。数多の“自己”は世界を歪め、灰色に染める――誰も幸せになれない」

 ――絡み合い
 ――嫉み合い
 ――憎み合う

 ――その果ての呪いが生み出す“破滅の邪神”は、全ての人を殺し尽くす

「そんなの……極論だよ。人は、ちゃんと解り合える。憎み合うばかりじゃない!」
「――ああ、その通りだ。人は解り合うこともできる……だがそれは全てか? 全ての人間が解り合えると、お前は本気で思えるのか?」
 責めるような強い眼に、遊戯は思わず気後れする。
 闇アテムはそれに気が付くと、両眼を閉じて口調を緩めた。
「……オレは何も、人間を否定したいわけじゃない。ただ認めるべきだろう――人間とは“そういう生き物”なのだと」

 ――悪いのは人間ではなく“世界”

 ――“始まりの人”は心を穢し、その身を“始まりの邪神”へ変えた
 ――“彼女”を殺し、“世界”を壊し、
 ――しかし、子ども達だけは殺すことが出来なかった
 ――故にこそなお絶望し、彼は死に至ったのだ

「“他者”のいない世界――それこそが“楽園(エデン)”。世界とは本来、ただ一人のためだけに在れば良い。人の数だけ世界が在り、誰もがその中心となる……誰一人として不幸にならない、何より優しい“神の箱庭”」

 ――それはさながら“ゲーム”の如く
 ――NPCに囲まれた、一人のためだけの世界
 ――素晴らしいシナリオを約束された、神が創りし夢の箱庭

「――独りだけの世界……? そんなものが、理想の世界だって?」
 遊戯は両眼を震わせ、両の拳を握る。
 強い敵意で自身を奮い、倒すべき男を睨め付ける。
「人の繋がりが、“絆”が無い世界なんて――そんなの、絶対に間違ってる!!」


<武藤遊戯>
LP:2500
場:(封印の黄金櫃)
手札:3枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン,伏せカード1枚
手札:2枚


「“俺”のターン――ドローッ!! リバースカードを2枚セットし、『サイレント・マジシャン』を攻撃表示! ターンエンドだ!!」
 今ある力を振り絞り、遊戯はデュエルを進行する。
 勝つために――彼らの“正義”に抗うために。
「“絆”の無い世界……? それは違うな。“箱庭”には人間が溢れている。人は孤独では満たされない――ゾーク・アクヴァデスはそれを学んだ」

 ――ただしそれは“自己”無き人間
 ――同じ外面を持ち、内面(クオリア)を持たぬ者達
 ――対等ならざる“哲学的ゾンビ”

「そんなもの……“絆”と呼ばない。偽物じゃないか!」
「……それはどうかな。物事の真偽は“自己”が定める。条件は“この世界”と全く同じだ……“他者”の存在証明など、誰にも成し得ないのだから」

 ――たとえそれが本物でも、偽だと思えば偽者だ
 ――真実を偽りに、偽りを真実に
 ――真贋を見極めるものは常に、“自己”の思い込みでしかない

「オレのターン、ドロー! オレは――」
 闇アテムがカードを引くと同時に、遊戯は右手を盤に伸ばした。
「――この瞬間……リバースカードオープン『手札抹殺』! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分だけ引き直す!!」
 遊戯は1枚、闇アテムは3枚、それぞれ手札を捨て、引き直す。それにより、遊戯のマジシャンの特殊能力が発動――白い光に包まれ、幼い少女は成長してゆく。
「サイレント・マジシャンの特殊能力発動……相手がドローする毎にレベルを上げる! 最初のドローを含め、上昇レベルは4――攻撃力2000ポイントアップだ!!」

 サイレント・マジシャン:攻1000→攻3000


<武藤遊戯>
LP:2500
場:サイレント・マジシャンLV4(攻3000),伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン,伏せカード1枚
手札:3枚


(攻撃力3000……『ブラック・ダーク・マジシャン』を上回ったか。だが)
 闇アテムは微塵も動じず、手札から1枚を選び、捨てる。
「甘いぜ。『ブラック・ダーク・マジシャン』の特殊能力を発動! 手札を1枚捨てることで、デッキから発動する――『闇魔術の呪文書』!!」
「!? う……っ」
 闇魔術師は魔術書を掴み、そこから魔力を吸収する。それにより攻撃力は上昇――優劣はまたも覆った。


闇魔術の呪文書
(装備カード)
闇属性・魔法使い族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターは攻撃力が800ポイントアップする。
装備モンスターが破壊されるとき、このカードを代わりに破壊する。

 
ブラック・ダーク・マジシャン:攻2500→攻3300


「バトル……! いけ、『ブラック・ダーク・マジシャン』! “闇・魔・導(ダーク・マジック)”!!」

 ――ズガァァンッッ!!!!

「――ッ! ク……ッ」
 闇の波動は女魔術師を砕き、その余波を遊戯にまで伝える。遊戯は顔を引き攣らせるが、その手は再び、場の伏せカードへ伸びていた。

<武藤遊戯>
LP:2500→2200

「――まだだ! リバーストラップ『マジシャンズ・サークル』! 互いのプレイヤーはデッキから、マジシャンを特殊召喚できる!!」


マジシャンズ・サークル
(罠カード)
魔術師による攻撃宣言の際
発動し、互いのプレイヤーは
デッキの中からマジシャンカードを
1枚、攻撃表示で場に特殊召喚できる


「この効果により俺は、デッキから特殊召喚する――来い、『ブラック・マジシャン』!!」
 黒魔術師“マハード”が現れ、杖を構える。
 対峙する闇魔術師の容姿に、彼は一瞬息を呑んだ。しかしすぐに気を持ち直し、“偽者達”に敵意を示す。
「ここでマハードを喚ぶか……面白い。『マジシャンズ・サークル』の効力はオレにも及ぶが……その効果は使わない。オレはこれでターンエンド――見せてみろよ相棒、“本物”の力ってやつを」
 デッキにマジシャンがいなかったのか、あるいは敢えて喚ばなかったのか――いずれにせよその余裕ぶりに、遊戯はたまらず顔をしかめた。


<武藤遊戯>
LP:2200
場:ブラック・マジシャン,(封印の黄金櫃)
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,伏せカード1枚
手札:2枚


(手札には最上級モンスターが1枚きり……これじゃあ相撃ちにも持ち込めない、けど)
 この局面の重要性を、遊戯は深く理解していた。
 『ブラック・マジシャン』は遊戯にとって、紛れもないエースモンスターだ。そしてそれは恐らく、闇アテムにも同じことが言える。
 すなわちこれは、エースモンスター同士の激突――この対決を制した方が、デュエルの主導権を掴める。勝利への手を、確実に進める。
(戦況はすでにこちらに不利……逆転のためには、ここしかない!)
 デッキトップに指を掛け、瞳を閉じる。
 速く、どこまでも速く――加速する魂をイメージし、その指を引く。
 逆襲への流れを思い描き、そのカードを引き抜く。
「俺のターン――ドローッ!!」
 ドローカードを視界に入れ、遊戯は素早く思考する。
 『ブラック・ダーク・マジシャン』は手札コストを支払うことで、専用魔法を自在に操れる強力モンスターだ。しかし、死角が無いわけではない――攻略不能なモンスターなど、このゲームには存在し得ない。
「――リバースカードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」
 結局のところ、遊戯が見せた戦術は、カードを1枚伏せるのみ。
 一見するに、苦し紛れのプレイとしか思えない――しかしその1枚に、闇アテムは大きく期待した。
「マジックか、それともトラップか……いいぜ、すぐに見せてもらおう」
 闇アテムはカードを引くと、迷わず手札から1枚を選んだ。
「オレは『ダーク・グレムリン』を召喚し……バトルフェイズに入る!」
 臆せず、追撃のモンスターを喚び出し、すぐに攻撃体勢をとった。


ダーク・グレムリン  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の手札をランダムに1枚捨てる。
また、自分フィールド上に他のモンスターが存在する場合、
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
攻1300  守1400


「『ブラック・ダーク・マジシャン』……『ブラック・マジシャン』を攻撃! “闇・魔・導”!!」
 闇魔術師は跳躍し、闇の波動を凝縮する。杖が振るわれ、それが放たれる――それと同時に、遊戯の右手は伏せカードを開いた。
「リバースマジックオープン――『魔法の筒(マジック・シリンダー)』!!」


魔法の筒
(魔法カード)
魔術師が操る魔法の筒! モンスターの
攻撃を吸収し軌道を変え相手にはね返す!
物質を転送することもできる


 黒魔術師のもとに、2つの赤い円筒(シリンダー)が出現する。彼はそれを魔力で操り、大砲のごとく左右に並べた。

 ――ズキュゥゥゥゥゥッ!!!!

 片方の筒が、魔力波動を呑み込む。もう一方の筒口が、闇魔術師に狙いを定める。
「……なるほどな。『ブラック・ダーク・マジシャン』の特殊能力は、バトルフェイズ中には発動できない……その隙を狙うか」
 筒口が輝き、魔力波動が返される。この戦術が成功すれば、闇アテムはエースモンスターを失う――遊戯が一気に優位に立てる。
(よし! これで反撃の口火を――)
「――それはどうかな」
「!!」
 闇アテムはほくそ笑み、右手を伸ばす。
 確かにこのタイミングでは、闇魔術師の特殊能力を発動することはできない――だが、それだけの話。使うべきカードはすでに、彼の場に伏せられている。
「リバースマジックオープン――『魔法の筒』!」
「!! 同じリバースカードを!?」
 まるで合わせ鏡のように、2人のフィールドはシンクロする。
 だがしかし、同等ではない――そこには確かな差がある。勝敗を分かつ優劣が。

 ――ズキュゥゥゥゥゥッ!!!!

 魔力波動は再度、新たな赤筒に呑み込まれる。その威力を減衰させず、今度こそ――あるべき軌道で、遊戯の黒魔術師を撃ち砕いた。

 ――ズガァァァッ!!!!

<武藤遊戯>
LP:2200→1400

「――うあ……ッッ!」
 うめき声を上げ、遊戯はその衝撃に耐える。しかしそれでは終わらない。
「『ダーク・グレムリン』……ダイレクトアタック!」
 漆黒のグレムリンが襲い掛かり、弱った遊戯を爪で引き裂いた。

 ――ズシャァァァッ!!

<武藤遊戯>
LP:1400→100

 遊戯は堪らず片膝を折った。これで遊戯のライフは早くもギリギリ―― 一方、闇アテムのライフは微動だにしていない。
「さらに『ダーク・グレムリン』の特殊能力だ……戦闘ダメージを与えたとき、手札を1枚破壊する」
 実力差を見せつけるかのように、確実に追い詰める。抵抗など無意味、そう主張するかのように。
「カードを1枚セットして――ターンエンドだ」
 闇アテムは着実に、このデュエルの勝利へとリーチを掛けた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書、ダーク・グレムリン,伏せカード1枚
手札:1枚


「――これで理解できたか? 偽者が本物に劣るとは限らない……そのことを」
 俯く遊戯を見下ろしながら、闇アテムは問う。
 遊戯は歯を噛み、立ち上がった。ライフは微か、手札と場にカードは無い――そんな状況でなお、彼の眼は光を失っていない。
「それは……どうかな」
「……!?」
 デッキに指をかけ、遊戯は笑う。
 ここまではまだ想定内――遊戯はまだ“切札”を見せていない。
 ここでそのカードを引くことなど、奇跡と呼ぶべき所業だろう。しかし彼は引く――そんな奇跡を起こしてきた、これまでに何度も。
「俺のターン――ドローッ!!!」
 大きく右腕を振り抜く。
 極限の局面で、限界まで加速した彼の魂は、当然に運命を引き寄せる――そのカードが、彼の望まぬものであろうはずがない。
「これが俺の、真の切札――マジックカード発動『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!!」
「!? 何……っ」
 意外なその正体に、闇アテムは両眼を見開いた。


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、
決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「ドラゴン族専用融合カード……? そうか、お前が切札とするドラゴンは――」
 闇アテムが言い終わるより前に、遊戯は2枚のカードを選び出す。
 融合素材とするモンスターは2体、そのいずれもがエースモンスター。
「俺は『ブラック・マジシャン』と『破壊竜ガンドラ』をゲームから除外し――特殊融合召喚!!」
 遊戯のフィールドの大気が、大きく歪む。
 黒魔術師の魔力を喰らい、破壊の竜は覚醒する。実体を得た竜は、大きく咆える――フィールドを制圧せんと、その存在を顕示した。
「――『破壊魔導竜 ガンドラ』!!!」


破壊魔導竜 ガンドラ  /闇
★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「破壊竜ガンドラ」+レベル7以上の黒魔術師
上記のカードを素材とした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
このカードは融合召喚されたターンの終了時、破壊される。
バトルフェイズ中、ライフを半分払うことで、フィールド上の
全てのモンスターを破壊し、ゲームから取り除く。
このモンスターが破壊されたとき、融合素材とした黒魔術師を
墓地または除外ゾーンから特殊召喚する。
攻0  守0


 見覚えのある巨竜の姿に、闇アテムは目を見張る。
 “闘いの儀”でも姿を見せたモンスター“ガンドラ”――その特殊攻撃は、フィールドの全モンスターを破壊する。闇魔術師とてひとたまりも無い。
(これで場を一掃し、ブラック・マジシャンで直接攻撃を決めれば……!)
 まだいける。
 反撃の算段をつけ、遊戯は顔を上げる。残りわずかなライフを抱え、その眼に勝機の光を宿す。
「……流石だな。お前は強い……いや、強くなった。本物のオレと出逢う以前より、遥かに」
 闇アテムは静かに、そう告げる。不意を突いたその称賛は、遊戯の中の毒気を抜く。
「――だが誰しも、お前のように強くあれるわけじゃない。お前は強くなり、そして忘れてしまった……弱者の痛みというものを」
「!? え……っ?」
 遊戯の手が止まる。彼の言わんとすることが分からず、耳を傾ける。
「人は祈り、そして願う。お前はかつて、千年パズルという“神”に祈り、そして願いは叶えられた。結果としてお前は、大きな力を得た……強き魂は“運命”を手繰る。それは誰もが願い求め、そして誰もは得られぬものだ」

 ――たとえば容易に“奇跡”を掴む
 ――さながら、物語の主人公のように

 ――競争に勝ち
 ――人に愛され
 ――夢を叶える

「――だが、ヒトの数だけ願いがある。たとえ神であろうとも、その全てを叶えることは出来ない。誰かの願いを叶えることは、誰かの願いを挫くからだ」

 ――人間は、相対的な生き物だから
 ――自分より不幸な人間を見て、ときに哀れみ、ときに蔑む
 ――自分より幸福な人間を見て、ときに微笑み、ときに妬む
 ――限りある何かを求めるとき、他者を退け、それを奪い合わねばならない

「だから必要なんだ。“この世界”とは違う場所。“相対”から解放された“絶対”の箱庭……“ひとり”のための理想郷」
 遊戯の頭に痛みが走る。
 揺らぐ身体を支えながら、闇アテムの言葉を反芻する。

 ――千年パズルが完成する以前
 ――自分は何を願っていた?
 ――“この世界”を、どう思っていた?

(もしも……千年パズルが完成していなかったら、ボクは)

 ――願いは叶わず
 ――弱いままで
 ――独りのままだったら

 過去の自分が、目の前に立つ。
 彼は呟く。
 たすけて、と。

「違う……ボクは、“俺”はっ!!」
 突如見えた幻を、遊戯は乱暴に払いのける。
 遊戯に“彼”を、“彼ら”を救うことはできない――“神”にしかできない。



 それはもしもの世界
 千年パズルがなくて、願いが叶わなかったら

 “彼”に逢えず
 弱いままで
 独りのままだったら

 独りぼっちは淋しくて
 辛くて、不安で、悲しくて

 過去(むかし)のボクは、それでも拒めるだろうか
 願いの叶う場所を
 現在(いま)のボクの世界を



(何だ……!? こんなときに、どうして)
 遊戯は頭を抱え、困惑する。
 過去の記憶が駆け巡り、翻弄される。まるで――“走馬灯”のように。
「……ッッ! 俺はッ! 『破壊魔導竜 ガンドラ』の特殊能力を発――」

 ――ドスゥゥゥッ!!!

 迷いを強引に振り払おうとした遊戯――その動きが凍り付く。
 信じられないものを見るように、遊戯はガンドラを見上げた。その胸に深々と突き刺さった“闇の剣”を。


闇の封札剣
(魔法カード)
相手の場のカード1枚を裏側表示にする。
対象となったカードは2ターンの間、表にすることができない。
(この効果で裏側表示のままのモンスターは戦闘時、
ダメージ計算を行わず破壊される)


「リバースマジック……『闇の封札剣』。このマジックの効力は、あらゆるカードを“闇”に封じる」
 突き刺さった魔剣の効力により、ガンドラの巨体は消え、カード表示だけが残る。まるで何事も無かったかのように、静けさだけがフィールドに漂う。


<武藤遊戯>
LP:100
場:裏側表示モンスター,(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書、ダーク・グレムリン
手札:1枚


「……オレのターン。『ダーク・グレムリン』の攻撃」

 ――ズシャァァァッ!!

 グレムリンの両腕の爪が、剣の刺さったカードを引き裂く。
 それは本来、低級モンスターに破壊される程度の存在ではない。しかし封印されている今、いとも容易く消えてゆく。
「ま……まだだ! 『破壊魔導竜 ガンドラ』の第二の能力! 融合した『ブラック・マジシャン』を特殊召喚する!」
 そのカードを右手に掴み、しかし遊戯は戸惑う。
 闇アテムのフィールドには、まだ攻撃可能な『ブラック・ダーク・マジシャン』が存在している――その攻撃力値は3300ポイント。『ブラック・マジシャン』単体では対抗のしようが無い。
 よって、
「……『ブラック・マジシャン』を……守備表示で、特殊召喚……」
 他に打てる手などない。エースモンスターを、その場しのぎの壁にすることしかできない――それは遊戯の心に、深い敗北感を与える。
「いけ……『ブラック・ダーク・マジシャン』」

 ――ズガァァァァンッ!!!!

 闇魔術師の杖が輝き、そして――遊戯のフィールドには再び、空のフィールドだけが残った。


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書、ダーク・グレムリン
手札:2枚


 ガラ空きのフィールドで、武藤遊戯は立ち尽くす。
 力の差がありすぎる。渾身の切札さえ、容易くあしらわれてしまった。
(……勝てない。ボクはこのデュエルに、勝てない……?)
 無力感と同時に湧く感情、遊戯はそれに戸惑う。
 それは小さな安堵。

 自分が勝って、その先に――果たして誰が救われる?

(……誰もの願いが叶う世界。もし、本当にそんなものがあるとしたら――)
 きっと誰もが救われる。
 幸せになれる。
「――ボ……クの、ターン……」
 震える右手を、デッキに伸ばす。
 勝機は無く、闘う意義すら見えない。
 これ以上のデュエルを続けることは――彼には出来ない。
「――!? あれ……っ?」
 視界が白む。身体に力が入らない。
 平衡感覚を失い、前のめりに倒れる。しかし痛みすら無い。
 五感は遠のき、思考は止まる。闇に染まり、落ちてゆく。

「――タイムオーバー……時間切れだ。お前は自身の“時間”を軽んじ、魂を加速させ過ぎた」

 静かな口調で闇アテムは告げる。
 彼の眼には見えている――遊戯に残された“時間”が。消えゆく小さな灯火が。
「……後の業はオレが負う。眠りから覚めたその先には……お前の望む、何よりやさしい世界が在る」
 その声はもう届かない。
 闇アテムはそれを承知の上で、だからこその言葉を紡いだ。

「願わくはその楽園で――お前と“オレ”が、共にあらんことを」

 祈るように瞳を閉じる。
 そして感傷を拭い、顔を上げ――倒すべき最後の敵、“破滅の光”へとその意識を向けた。




決闘173 楽園V〜未来〜

 ――それは果たして、何年前のことだったろう。
 それは私が、初めて夢を持った日のこと。

『――ねえねえ、お母さん』
『……なあに? 杏子』

 台所で夕食の準備をしていた母が、包丁を止め、しゃがみこむ。まだ背の低かった私に、目線の高さを合わせるためだ。

『わたしね、おっきくなったら“ぶろーどうぇい”にたつの!』
『――そう』

 身の程知らずに、私は宣言する。
 母は微笑んで、私の頭をやさしく撫でてくれた。

 ――それはまだ、夢を夢として語れた頃
 ――まだ叶えることを考えなくていい、無邪気に夢を見ていられた日々

『――ウン! あのね、“ぶたい”はおきゃくさんでいっぱいでね! それでね!』

 ――自分の力量を顧みる必要がない
 ――叶える努力さえ考えなくていい……どんな夢を抱いても許された頃

『……杏子なら、きっとできるよ』

 母の笑みは、どこか憂いを帯びていた気がする。




 ――私はその笑顔の意味を、後になって理解した。
 夢は必ずしも叶うものじゃない。
 それが大きな夢であるほど、叶う可能性は低くなる。
 何故なら、同じ夢を抱く人はたくさんいて、けれど全員は叶えられない。
 限られた人しか手に出来ない、そういう“イス取りゲーム”なのだから。

 いつからか、私の夢は変わっていた。
 “ブロードウェイに立つこと”ではなく、“ニューヨークでダンスの勉強をすること”に。
 だって仕方ないじゃない。
 現実を知り、身の程を知り、それでも夢を捨てきれなくて。
 心に小さな希望をしまい、期待と不安を胸に抱きながら、私は――童実野高校卒業後すぐに、日本を発った。





 ――それからの日々は彼女にとって、期待に足る、充溢した毎日であった。
 通うダンススクールでは、朝から夕方までダンス漬け。夜はアルバイトで滞在費を稼ぐ。
 無論、楽ではなかった。苦しく辛い、しかしそれ以上にやりがいがあった。不安だった英会話も、学生時代の努力の賜物で、問題なく通用した。

 努力した分だけ報われる、そんな実感があった。
 だから彼女は、スクールの誰よりも頑張った。
 友に恵まれ、講師に恵まれ、環境に恵まれ――努力の日々は、駆けるように過ぎていった。

 そして渡米から一年後、師事した講師の推薦で、初めてプロの舞台へ上がった。
 以来、機会に恵まれ、多くの経験を積み、彼女は成長してゆく。その軌跡の全てが、まるで彼女のためだけのものであったかのように、順調に。
 瞬く間に、さらに3年の月日が流れ――遂に、“その日”はやって来た。





「――みんな! 久しぶり……ホントに来てくれたんだ。ありがとう」
 舞台衣装に身を包んだ杏子は、控室で彼らを出迎えた。
 部屋は彼女専用の個室だ。今日の大舞台で彼女は、それだけの配役を与えられている。
「そりゃあ来るよ。だって、杏子の晴れ舞台だもの」
 お祝いの花束を差し出しながら、遊戯は応える。彼のみならず、高校時代の友人たちが、海を越え、彼女の元を訪れていた。
「ホントは私も応援に行きたかったんだけど……ごめんね。改めて優勝おめでとう、遊戯」
 杏子が言っているのは、つい先月開かれた、M&W世界大会のことだ。
 I2社主催により開かれたそれは、過去の大会とは根本的に異なるものだ。M&Wへの“プロデュエリスト制度”の導入――それに伴い初めて開かれた、プロデュエリストだけの世界大会。それは各国のメディアにこぞって取り上げられ、世界中の注目を集めた。
 武藤遊戯は童実野高校卒業後、童実野大学考古学部に進学していた。そして卒業と同時に、兼ねてよりオファーのあった“プロデュエリスト”となる。そして先述の大会で世界チャンピオンとなり、全デュエリストの憧れの的となった。
「スゴかったよなー、海馬との決勝戦! オメーも見習わねぇとダメだぞ、城之内ぃ」
「ぐっ……うっせぇな。海馬のヤロー、次こそはっ……!!」
「海馬君に勝つ城之内君とか、あんまり想像できないけどね」
 本田と獏良におちょくられ、逆襲を期す城之内。
 城之内克也は童実野高校卒業後、孔雀舞の誘いにより、海外で“賞金稼ぎ”として活動していた。そして今年、プロデュエリスト制度の導入と同時にプロデュエリスト化――同大会に出場したのだが、二回戦で海馬に完敗している。
 本田は高校卒業後、専門学校を卒業し、親戚のバイク屋で働いている。獏良は遊戯と同じ大学を卒業し、大学院へ進学、将来は父親と同じ考古学者を目指すという話だ。
「すごいデュエルだったよねぇ。あー、わたしも出たかったなぁ……ね、大学通いながらプロデュエリストとか無理かな?」
 神里絵空が問い掛ける。その相手は他の誰でもなく“もうひとりの絵空”だ。「そりゃ無理でしょ」とでも返されたのか、彼女は不満げに口を尖らせていた。
 神里絵空は杏子たちが3年生になった年に、1年生として童実野高校に入学した。同学年の太倉深冬・岩槻瞳子・神無雫と“非電脳ゲーム部”を創部し、杏子たちの卒業後も楽しくやっていたと聞いている。高校卒業後は、童実野大学医学部へ入学、医者を目指して勉学に励んでいる。

 彼らのやり取りを見ていて、杏子は思わず吹き出してしまった。
 懐かしい――その郷愁は彼女から、不要な緊張を取り除く。この後の舞台に向け、コンディションが整う。
「それぞれの道へ進んで、成長して、色んなことが変わって……でもやっぱり変わってない。私たち、あの頃のままね」
 特に絵空の見た目が、という感想は胸にしまいこんで、杏子は右手を差し出した。
 その意図をすぐに理解し、遊戯・城之内・本田の3人は右手を差し出す。少しだけ遅れて獏良と絵空の2人、いや3人も、その輪に加わる。

 友情の輪――どんなに離れても変わらない、私たちの絆の証。

「みんな……ありがとう! 最高の舞台にしてみせるから、しっかり観ていってよね!」
 杏子のその言葉を受け、皆はそれぞれに激励の言葉を残し、控室を出ていく。
 そんな彼らの姿と、自身の右手の甲を眺め――彼女の心に去来する。
 足りない絆の1ピース、遠く愛しい“彼”のことが。

「――……遊戯」
「? えっ?」

 呼ばれたかと思い、遊戯は振り返った。
 無意識に呟いていたことに気づき、杏子は慌てて取り繕う。
「あー……いや。居眠りとかして、他のお客に迷惑かけないように言っといてよ。城之内と本田に!」
 真意に気付いた様子はなく、遊戯は苦笑し、部屋を出る。
 皆が出て行ったのを確かめると、杏子は、鏡の中の自分を見つめた。
「もう5年も経つのに……まだ“思い出”に出来ないのね、あなた」
 半ば呆れて、半ば安堵し、22歳の彼女に告げる。そして瞳を閉じると、瞼の裏の“彼”に伝えた。
(アナタもきっと、観ててくれるよね……どんなに離れてたって)
 頬を張り、目を開くと、杏子は意識を舞台に移す。

 その瞬間、その世界に舞い降りた“奇跡”のことなど――彼女にはまだ、知る由も無かった。





 舞台は大成功で幕を下ろした。
 杏子自身、いつも以上の力が出せたと思えた。最高の舞台を披露できたと思う。

 控室に戻った杏子は、その充足感を噛み締めていた。
 子どもの頃からの夢、決して届かぬと思っていた夢を、最高の形で叶えることができた――そしてそれはきっと、これからも続いてゆく。
 これまでの人生の中でも、最高に幸せな気分だった。

 ――コン、コン

 そんなとき不意に、ドアのノック音が響く。
 杏子は夢見心地のままに「どうぞ」と告げる。ドアの先から現れた知った顔に、杏子は柔く微笑んだ。
「遊戯、どうだった? 私としては最高の出来だったんだけど。英語だからやっぱり難し――」

「――杏子」

 杏子の顔から、表情が消える。
 たった一言、名を呼ばれただけ。それなのに――彼女には分かる、分かってしまった。
「……どう、して」
 震える足で、椅子を立つ。
 目頭が熱い。胸が張り裂けそうに痛い。

 夢だと思った。触れれば消えてしまう、幻なのだと。
 だから手は伸ばせずに、歩み寄ることもできず、
 嗚咽を堪え、懸命に言葉を紡いだ。

「――夢……叶えたんだよ、私」

 言葉とともに、涙がこぼれる。

 ――あなたと別れて5年
 ――いっぱい、いっぱいがんばったの

 ――いつかあなたに話した夢を
 ――変わらず目指し、叶えるために

 ――苦しいときや不安なとき
 ――いつも、あなたを思い出してた

 ――あなたの強い背中を
 ――諦めない心を

「――ありがとう。あなたと出逢えたから私は……ここまで来ることができたの」

 掠れた声を絞り出す、消えてしまう前に。
 せめて伝えたい想いを。
 これできっと、本当にお別れだから。

 けれど彼は、一歩ずつ近づいてきた。
 遠かった彼が、目の前にいる。だからもう、抑えられない。

 彼の胸に飛び込んだ。
 触れれば崩れてしまう儚さでも、それでも、それでも構わなかった。

「――消えないよ。オレは……お前の側にいる」
「……!!」

 温もりが伝わる。彼から伝わる体温が、彼女の心を満たしてゆく。

 夢でも、幻でもない。
 覚めない夢は現実で、
 消えない幻は真実。

「――愛してる。今でも……アテム、あなたを愛してる」

 幸せだ。これ以上の幸せなどあり得ない。

 ――過去を取り戻し
 ――現在(いま)を守り
 ――未来を手にする

 終わらない夢を、何よりやさしい、愛しい世界を抱き締めて――真崎杏子は感謝する、その全てに。
 彼女のそれを“彼”は理解し、心から微笑む。

 彼女を幸せにする、ただそれだけのために――“彼”は彼女をやさしく抱き締め、愛の言葉を囁いた。




決闘174 魂

 倒れ伏す遊戯から視線を外し、闇アテムは“外部”へと意識を向けた。
 相変わらず感じ取れる、2つの視線――恐らくは彼らこそが、“この世界”を終わらせるための、最後の障壁となろう。
(“正しき光”の子、エマルフ・アダンはまだ幼い。障害たり得るは、穢れし光(ホルス)――“破滅の光”。“始まりのホムンクルス”ヴァルドーと、それから……“もうひとつ”)
 ヴァルドーの力量は知れている。彼は“破滅の光”の断片を取り込み、自己強化に利用しているに過ぎない。
(“もうひとつ”の気配……穢れの濃度がかなり深い。放置すれば近い将来、必ず大きな災厄となる。ヒトを害する邪悪の根に。これは……)
 この世界に終焉をもたらすべき、究極の闇邪神――“ゾーク・デリュジファガス”。恐らくはそれにも対抗し得る“光の邪神”の卵。

 “邪神”とはすなわち、ヒトの悪意が生み出す“神”。
 “闇(ゾーク)”あるいは“光(ホルス)”を中核とし、それは災厄をもたらす。
 自己と他者の摩擦により生まれる“穢れ”というエネルギー、それを取り込むことで、大なり小なりの“神”に。
 火災、地震、洪水、暴風、疫病、虐待、傷害、殺人、戦争――形は違えどみな等しく、ヒトを傷つける根源となる。
 他者の存在は悪意を生み、“邪神”を生み、ヒトを害する――“この世界”である限り、この連鎖からは逃れられない。

(だが、こちらへ向けられた明確な敵意……なるほど。“毒をもって毒を制す”――苦肉の策だな、ホルアクティ)
 それが自然発生した“邪悪”ではないことを、闇アテムは容易に察知した。

 闇の創造神“ゾーク・アクヴァデス”と同様に、光の創造神“ホルアクティ”もまた、“この世界”に干渉することは困難を極める。
 故にホルアクティは“この世界”を護らんがため、最終手段として“光の波動”を放ったのだ――それが大きく歪曲し、穢され、新たな“邪悪”となることさえ覚悟の上で。

「……“対なる人”よ、それほどに“この世界”を愛するか。かつて貴女が殺された、忌むべき世界を」

 ――“彼女”は貴女を殺し、絶望とともに命を落とした
 ――貴女を愛せぬモノとなり、なお子供らを救わんとしている

「……しかし、それも時間切れだ。今はまだヴァルドー以下……成長途中の火種に過ぎない」
 孵化するのは数年後か、あるいは――いずれにせよ時を要する。闇アテムにしてみれば、容易く毟れる“芽”でしかない。
(視線の主は……近いな。童実野町にいるのか? ならば)
 その根を絶たんと心を決め、最後に、消えゆく遊戯を見届けようとして――彼は眉間に皺を寄せた。

 倒れた遊戯の全身が――光っている。
 仄かな黄金の輝きが、彼の身体を包んでいる。
 力尽き、“楽園”へと導かれるべき彼を、その場に繋ぎとめている。

「――お前は……っ」
 闇アテムは睨め付け、不可解な“それ”に問い掛けた。
「……“お前”は一体そこで――何をしている?」
 闇アテムに見破られ、透明だった“それ”は姿を現す。

 ――それは、千年聖書(ミレニアム・バイブル)。
 かつてゾーク・アクヴァデスがノアに遣わした“導きの書”。
 彼の死後はその子孫“ガオス・ランバート”に継承され、最後は神里絵空の手に渡った――彼女を“闇(ゾーク)の器”とするために。

「お前の役目はすでに終えた。還れ……母なるゾークの元へ」
 闇アテムは右掌を、浮遊する“千年聖書”へ向けた。
 そこに引力が発生し、それを吸い込まんとする――しかし、

 ――バチィィッ!!!

 激しい火花が散り、彼の右手は跳ね上がる。
 信じがたいものを見るように、彼はその眼を見開いた。
 “千年聖書”による拒絶。
 闇アテムと同様に、ゾーク・アクヴァデスの一部たる存在でありながら――それはあり得ない、あり得てはならないこと。

 “聖書”の表紙のウジャトが、仄かに瞬く。
 その輝きは“彼”のもの。
 ゾーク・アクヴァデスはかつて、今とは違う手段でヒトを救わんとし――しかし彼の死により、考えを改めた。

 ――千年聖書は彼のもとで、その全てを見てきた
 ――彼を導き
 ――そのやさしさに触れ
 ――涙を知り
 ――絶望を受けとめた

 ――キィィィィィン……!!

 “聖書”は強く、しかしやさしく輝く。
 それに共鳴し、遊戯の全身は輝く。
 黄金に。

 その輝きは闇を照らし、彼を導く――かつての“彼”と同じように。





 ――遊戯は、“闇”の中にいた。
 それはかつて“始まりの人”が経験したものと同じ。
 “他者”のいない世界、“自己”だけの楽園。

 ――彼は時間を望み、故に全てが始まった
 ――水を望み、風を望み
 ――そして最後に、生物を望んだ

 けれどこの世界に、“他者”が生まれることは決して無い。
 同じ過ちは繰り返されない。
 ただ“自己”のためだけの、穢れ無き、ただ一色の世界。


『――相棒』


 背後に現れた気配に、遊戯の身体は震える。
 知っていた、分かっていた――自分の望む世界に、“彼”がいないハズなど無いと。
 本物としか思えないその声に、遊戯は両拳を握り締めた。

「――きみも……偽者なんだろう?」

 背中越しに問う。
 しばしの間を置いて“彼”は、『そうだな』と応える。

『あの日……“闘いの儀”をもって、オレは冥界へと旅立った。今のオレは幻……偽者のようなものだ』

 もはや怒りすら湧かない。
 両手から力が抜け、顔が下を向く。
 吐き捨てるように自嘲した。

「……これでいいんだよね。ボクは負けて、“あの世界”は終わり……そして誰もが救われる」

 やさしい嘘の世界で。
 じきにボクにも分からなくなる。
 真実と偽りの境界が。

「――分かったんだ。海馬くんも、城之内くんも、杏子も……みんな幸せなんだ。誰もが幸せになれる、やさしい場所……それが“楽園”」

 ――取り戻したい過去
 ――守りたい現在(いま)
 ――手に入れたい未来

 その全てを手にできる、“絶望”の無い世界。
 その全てを否定することなど、どうしてできよう。
 誰だって幸せになりたい、不幸になりたくない――“人間”とは、そういう生き物なのだから。

「ボクには……できない。みんなの幸せを壊すことは。誰もが幸せになれる世界……それが叶うのなら、ボクは」

 瞼が自然と重くなる。
 この瞳を閉じれば、それで終わり。もはや悩むことは無い。
 背後の“彼”は本物で、理想の世界が真実となる――誰もが望む、素晴らしい結末。

『……だがそれなら――オレ達が共に過ごした時間は、どうなるんだろうな』

 閉じかけた瞳が、再び開く。

 ――彼と過ごした時間
 ――共に闘い
 ――そして別れた

 ――傷つき
 ――悲しみ
 ――嘆き
 ――苦しみ
 ――けれど痛みの果てに得た、確かなもの

 それは決して“最良”とは呼べないものなのかも知れない。
 けれど偽りにはできない、かけがえのない“黄金の記憶”。

『――ゾーク・アクヴァデスは正しい。全ての人間を救いたい、幸せにしたい……彼女の想いは本物だ。だがそれは“神の正しさ”だ……お前自身の正義じゃない』

 遊戯はハッと振り返る。
 “彼”は遊戯を真っ直ぐ見据え、言葉を紡ぐ。
 遊戯のために。

『お前が決めろ……お前の心で! お前自身の正義を――お前の世界の在り方を!』

 ――“世界”には数多の“自己”がいて
 ――“自己”の数だけ世界が在る
 ――それでも“自己の世界”はひとつ
 ――“武藤遊戯の世界”は、ただひとつだけ

「……ボクは……っ」

 垂れていた右手を挙げ、拳を握る。
 “あの世界”で掴んだ、確かなものたち――それらを確かめるように、それを見つめる。
 偽りにしたくない、大切な全てを。

 ――過去を取り戻し
 ――現在(いま)を守り
 ――未来を手に入れる

 それはきっと魅力的で、誰もが願う理想郷。
 それを拒むことは大罪で、一個人が阻んで良いものではないのかも知れない。
 それでも、

「ボクは……守りたい。痛くても、悲しくても、苦しくても――みんなと紡いだ“あの世界”を!」

 それは強者の論理で、弱者の痛みを考えない、身勝手なワガママなのかも知れない。
 それでも、
 だとしても――

『……だったら勝て。お前と――お前が信じる、仲間たちのために』

 “彼”は右手を伸ばし、遊戯の右拳に触れた。
 そこから流れ込んでくる――光が、“魂”の輝きが。

『まだ……お前の魂の半分は、オレの中にある』

 ――カッ!!!

 感じる――その存在を、想いを。
 遊戯は驚愕とともに顔を上げ、目の前の“彼”を見つめた。

「きみは……まさか、本物の――」

 “彼”は軽く微笑み、そして告げた。

『見せてやれ、相棒……お前の力を! オレの偽者なんかに負けるな』

 泣きそうになった。
 けれどそれを呑み込んで、遊戯ははっきりと頷く。

「――ありがとう。きみがいたからボクは……ここまで来ることができた」

 その手を、強く握る。
 これで最後、本当に最後だろうから。

 遊戯は静かに瞳を閉じる。
 受け容れるためではなく、抗うために。
 大切な場所を守るために。

「さようなら……もうひとりのボク」

『ああ。さよならだ――もうひとりのオレ』

 気配が消える。
 “彼”が消え――けれど遊戯も振り返らず、前へと。
 確かな決意を胸に灯し、その世界から姿を消した。





「――何……だと……っ!?」
 眼前の出来事に、闇アテムは驚愕し、目を見張る。
 武藤遊戯が立ち上がった――“時間”を失い、力尽きたはずの彼が。

「……間違っていても……いい」
「……!?」

 武藤遊戯は両眼を見開く。
 真実を偽りにしないため、“この世界”を守るために――彼は立つ、何度でも。

「みんなとの世界を守るために、ボクは――絶対に諦めない!!」

 たとえ独りでも
 どれほど傷つくことになろうとも

 そしてその先に待つものが、どれほど辛く――残酷な結末だとしても。




決闘175 あの日のきみへ

(――“魂”が……いや、“時間”が回復している? 何だこれは!??)
 神でさえ解らぬその事象に、闇アテムは狼狽を隠せない。
 “千年聖書”の仕業か――だが、それが保有しているのは“魔力”だけだ。“魂”を分け与えることなど成し得ない。

「……? これは……いや、“キミ”は一体?」
 武藤遊戯は顔を上げ、頭上に浮かぶ“聖書”を見上げる。
 昨日、月村天恵とヴァルドーとのデュエルのときのように――“聖書”は回る、彼の頭上で。
 それは誰の意志なのか。ゾーク・アクヴァデスでも、月村天恵でもない――それは“千年聖書”の心。
 “聖書”は自らの意志で、遊戯に力を貸している。“彼”を看取ったものとして。
(頭痛が止んだ……身体に力も入る。これなら!)
 遊戯は意識を入れ替えて、闇アテムを見据える。
 まっさらな心で。
 怒りも憎しみも振り払い――たとえその相手が、“彼”の偽者だとしても。
「いくよ! “俺”の……っ」
 デッキのトップカードに指を掛け、しかし遊戯は動きを止める。
 今の自分を突き動かす力、“彼”から譲り受けた魂を感じ取りながら――穢れなき心で、その右腕を振り抜いた。
「“ボク”のターン――ドローッ!!」


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,ダーク・グレムリン
手札:2枚


「よし……! 手札から『強欲な壺』を発動! デッキからカードを2枚ドローする!!」
 手札増強カードを使い、遊戯はさらにカードを引く。
 そして引き当てた2枚を見て、遊戯は口元を綻ばせた。この逆境を覆し得るカードに。
「ボクはカードを1枚セットし――このモンスターを召喚する! 来て、『ハネクリボー』!!」
「!? ハネ……クリボー?」
 天使の羽根を生やした“クリボー”。自分の知る姿とは違うモンスターの召喚に、闇アテムは目を見張った。


ハネクリボー  /光

【天使族】
???
攻 300  守 200


<武藤遊戯>
LP:100
場:ハネクリボー(守200),伏せカード1枚,(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,ダーク・グレムリン
手札:2枚


(“闘いの儀”から9ヶ月……その間に手に入れた新モンスターか? 『クリボー』と同じく、何らかの特殊能力を備えているんだろうが……)
 未知のモンスターの登場、そしてそれ以上に、遊戯の姿勢の変化に、闇アテムは警戒を強めた。
 迷いの無い瞳で、遊戯は真っ直ぐに前を見ている。まるで先ほどまでとは別人のように――彼らしい眼で、勝利を目指す。
「……お前はそれで、本当に良いのか? お前の勝利は、少なからぬ人間を不幸にするだろう。“この世界”では幸せになれない、不遇な人たちを。それでも――」
 遊戯の顔に陰が差す。
 完全に割り切れるものじゃない。
 きっと、本当に間違っているのは自分なのだろう――そう自覚した上で、
 それでも、
「それでも――守りたい。間違ってたっていい! ボクが手に入れた大切な全てを……“偽り”になんてしたくないんだ!!」
 彼の瞳は、もう揺れない。
 “彼”の言葉を胸に抱き、勝利を目指す――自分自身の正義のために。

「……そうか……分かったよ。お前がそこまで言うのなら、これ以上は何も言うまい」
 そう応えながらも、闇アテムはかすかに笑みを零していた。
 “アテム”としての記憶が疼く。
 抱いたその感情は、“ゾーク”としては許されぬものだ――だから彼は口を結び、自身を律し、遊戯を鋭く見据えた。
「――ここからはオレも“本気”でやろう。どれほど強い想いがあろうとも……お前は思い知るだろう、変えることの出来ない“現実”を。人が須らく経験する、“この世界”の理不尽さを」
 闇アテムはデッキに指を伸ばし、終焉の幕を掴んだ。

「オレのターン……ドロー! オレはこのまま何も出さず……バトルフェイズに移行する!」
 2体のモンスターは闇を滾らせ、遊戯の場へとにじり寄る。
 初見のモンスター“ハネクリボー”は、確かに警戒が必要なモンスターだろう――だがそれは、攻め手を控える理由とはならない。
「いけ、『ダーク・グレムリン』……“ハネクリボー”を切り裂け!!」
 グレムリンは身軽に跳躍し、ハネクリボーへと躍りかかる。
 その瞬間――遊戯はふっと笑みをこぼした。
「……本命はこっちだよ。リバースカードオープン! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!!」


聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手が「攻撃」を宣言した時
聖なるバリアが敵を全滅させる


 ――バジィィィィィィィィィッッ!!!!

 “ハネクリボー”を光のバリアが包み込み、グレムリンの爪を受け止める。
 最高レベルの威力を誇るトラップ“ミラーフォース”――この効果が決まれば、相手モンスターは全滅。逆襲の口火ともなり得る。
「……そのクリボーは囮か。この局面でミラーフォースとはな……本当に大したヤツだよ、お前は」
「……!?」
 それは本来なら、真逆であるべき反応だった。
 落ち着き払う闇アテムに対し、遊戯は動揺する。眼前の、信じがたい光景に。
 光のバリアがグレムリンを吹き飛ばし、闇アテムのモンスターを全滅させる――はずなのに、それなのに、

 ――ビシッ……ビシシッ!!

 光のバリアに亀裂が走る。
 闇アテムが何らかのカウンタースペルを使ったのか――だがそんな素振りは無い。
 今、このフィールド上で何が起きようとしているのか、遊戯には理解できない。
「――言っただろう……“本気”でやると。お前はオレには決して勝てない。何故ならお前は人間で……今のオレは“神”なのだから」

 ――ドクンッッ!!!


ダーク・グレムリン  /
★★★★
幻神獣族
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の手札をランダムに1枚捨てる。
また、自分フィールド上に他のモンスターが存在する場合、
相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。
攻1300  守1400


 ――バギィィィィンッ!!!!

 音を立てて、希望の光が砕け散る。
 驚愕する遊戯の目の前で、グレムリンは再び腕を振るい、“ハネクリボー”を引き裂いた。

 ――ズシャァァァッ!!!


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,ダーク・グレムリン
手札:3枚


 “ハネクリボー”を失い、遊戯はグレムリンと対峙する。
 低レベルモンスターに過ぎなかったハズのそれから発せられる、確かな“神威”――眼前の不条理に、唾を飲み込む。
「オレのデッキのモンスターは本来、その全てが“神”……ここまでは意図して“抑制”していたに過ぎない。“人間は神には勝てない”――至極当然の摂理だ」
 “神”はM&W史上、最高位の効果耐性を誇る。
 魔法も罠も、そしてモンスター効果も――そのほとんどが通用しない。ゲームの根底を覆す“異分子”。
(全てのモンスターを“神”に!? それじゃあ……っ)
 遊戯の顔が青くなる。

 ここまでのデュエル、闇アテムがその特性を有効活用できる場面は幾つもあった。
 もしも闇アテムが、最初からその力を解禁していたならば、全力だったならば――早々に決着はついていた。
 彼がデュエル開始前に宣言した通り、それではあまりにも“強すぎる”。だからこそ彼は手加減し、“人間の土俵”で闘っていたに過ぎない。

「……あいにく“次”も控えている。お前との“遊び”はここで終わりだ」
 彼は冷たく遊戯を見下ろす。

 人間としての人格が選ばせていた、“平等”という名の“戯れ”。
 行き過ぎた力量差は、人間の眼には“卑怯”とも映るだろう――だが“世界”とは本来、そういうものなのだ。
 生まれながらの才能・境遇・運命――全ての異なる所与のもとに、同等のものなど存在しない。真の“平等”などあり得ない。

「終わらせろ……『ブラック・ダーク・マジシャン』!」
 同じく“神”の力を得た闇魔術師は、その杖先から闇の波動を放った。


ブラック・ダーク・マジシャン  /
★★★★★★★
幻神獣族
1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
特定の魔法カード1枚をデッキから発動できる
(1種類につき1回までとする)。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
自分の魔法カードの発動と効果は無効化されない。
攻2500  守2100


「――……ッッ!!」

 ――ズドォォォォンッ!!!!!

 その一撃は遊戯に命中し、爆煙が上がる。
 今度こそ終わりだ――闇アテムは勝利を確信し、相変わらずの“視線”へと意識を移す。

「――まだだ……っ」
「…………!?」

 彼は再び目を見張った。
 武藤遊戯はなおも倒れていない。“神”の力を得た、闇魔術師の一撃を受けながらも。
「――『ハネクリボー』の特殊能力だよ! このターン、ボクへの戦闘ダメージは全て0になる!」
 半透明の“羽根”が遊戯を包み込み、“神”の一撃さえ防ぎ切ったのだ。


ハネクリボー  /光

【天使族】
フィールド上に存在するこのカードが
破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが
受ける戦闘ダメージは全て0になる。
攻 300  守 200


「ありがとう。助かったよ、ハネクリボー」
 墓地のカードに穏やかに告げる。
 闇アテムは一時、唖然としながらも、すぐに平静を取り戻した。
「なるほど、そういう能力だったか……だがそれでどうする? この状況でなお闘うというのか?」
 それは当然の問いだろう。
 もはやゲームなど成立し得ないのだから――“神”と“人間”の間には。


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,ダーク・グレムリン
手札:3枚


 それなのに――武藤遊戯の眼は死なない。
 闘うさ、そう応えてデッキに指を伸ばす。
(まだ……可能性はゼロじゃない。諦めない!)
「ボクのターン――ドローッ!!」
 強い瞳でカードを引き抜き、それを視界に入れる。
 しかしその瞬間、彼に変化が起きた。強い瞳に“弱さ”が混じり、それは闇アテムにも見て取れた。
「……ボクは、カードを1枚セットして――ターンエンドだ!」
 それでもすぐにそのカードを伏せ、遊戯はターンを終わらせる。

 その様子を観察しながら、闇アテムもデッキに指を伸ばした。
(相棒はドローカードに頼るしかない……ライフも残りわずか、完全に“ジリ貧”だ。この状況に対処不能なカードを引いたか? それとも……)
 闇アテムはカードを引くと、早々にバトルへと移る。
「ならばもう一度……いけ、『ブラック・ダーク・マジシャン』!!」
「――ッ! リバースカードオープン!!」

 ――ズドォォォォンッ!!!!!

 闇魔術師の攻撃により、再び爆煙が上がる。
 その手応えで、闇アテムは早々に察した――遊戯がまだ敗北していないことを。
(また防御カードを引いていたのか。今度は一体どんな――)
 闇アテムの思考が停止する。
 煙が晴れ、姿を現したのは――遊戯と“アテム”にとって、あまりに特別な意味を持つカードだ。


魂の停滞
(永続罠カード)
手札を全て捨てて発動。このカードがフィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードとお互いの場の
モンスターカードは全て墓地に送ることができず、
また、お互いのライフポイントは増減できない。
ターン終了時、このカードはゲームから除外される。


 それは“闘いの儀”のとき、アテムのデッキに入っていたカード。
 しかし発動はされなかった“彼”のメッセージ――発動を許されなかった“彼”の本心。

「――まさか……そのカードをデッキに入れているとは、な」
 “アテム”の記憶が再び疼く。
 沈痛に顔を歪める闇アテムに対し――遊戯は顔を上げた。彼の全身は“光”に包まれ、その眼にすでに“弱さ”は無い。
(……これは“彼”の願い。“この世界”に居たいと願った、“彼”の……“ボク達”の本心)
 見苦しくたっていい。
 ただ“彼”の願いは今、自分を護ってくれている――そのことが嬉しい。
 その温もりを、噛み締める。

「……悪足掻きだな。オレはこのままターンを終了……同時にそのカードの効果は切れ、フィールドから消え去る」
 吐き捨てるように言い放ち、同時に、遊戯を包む“光”が消える。
 動揺を抑えながら、闇アテムは消えゆくカードを見つめていた――そのカードに秘められていた“自分”の想いを。


<武藤遊戯>
LP:100
場:(封印の黄金櫃)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書,ダーク・グレムリン
手札:4枚


(あの日、“オレ”があのカードに託した願い。しかしそれは伝わらず……相棒は別のメッセージを伝えた)
 それは、今も遊戯のフィールドに残り続けているカード――『封印の黄金櫃』。
 “死者の魂は現世にとどまってはならない”――『死者蘇生』を封じることで、遊戯はそれを“彼”に伝えた。
 それは最後に切札となり、遊戯に勝利をもたらした。
(だが……あのときとは状況が違う。『死者蘇生』だろうが、別のカードを封じていようが……この形勢は覆せない)

 ガラ空きのフィールドで、遊戯は小さく深呼吸した。
 闇アテムの言う通り、このままでは“悪足掻き”でしかない――防御カードで凌ぐだけでは、相手の手札が増える一方。戦況は悪化の一途を辿る。
(引くしかない……“あのカード”を!)
 それは、デッキに1枚だけの切札。
 けれど引くしかない、引ける気がする――『魂の停滞』は遊戯に、無根拠な自信をもたらした。
「ボクのターンだ――ドローッ!!!」
 カードを抜き放つ。
 その瞬間――彼は微笑んだ。そのカードの正体を確信して。
「リバースカードを1枚セットして――ターンエンドだ!!」
 カードを一瞥しただけで、遊戯はすぐにターンを流す。
 ともすれば、投げ槍にも見える。しかし闇アテムにはそれが、とてもブラフには見えなかった。
(この状況をたった1枚で覆せるとは思えないが……また防御カードを引いたのか?)
「オレのターンだ……ドロー」
 訝しみながらカードを引く。これで闇アテムの手札は5枚、着々と差は拡がってゆく。
「そのリバースの正体……見せてもらうぜ。『ダーク・グレムリン』!!」
 グレムリンは高く跳躍し、両腕を振り上げた。
 対して、遊戯はカードをめくる。正真正銘“最強の切札”を喚ぶために。
「これがボクの、勝利への賭け――リバースカードオープン『黄金の解放』!!」


黄金の解放
(罠カード)
自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
そのカードと同じ種類(モンスター・魔法・罠)の
カードが「黄金櫃」に封印されていれば、
それをフィールドに解放する。


「デッキトップから2枚を墓地へ送り……効果発動! “黄金櫃”の封印を開き、フィールドに解放する!!」
「!? な……っ」
 闇アテムは両眼を見開いた。
 遊戯が墓地へと送ったカードは、モンスターと魔法が1枚ずつ。
 それを受け、黄金櫃の蓋がずれ、ゆっくりと開いてゆく――封じられたカードが、その姿を見せる。

 ――『封印の黄金櫃』。
 それはカードを封じ、それを禁忌とする箱。
 しかし、それを解放するカードがあるならば――それが有する意味合いは、完全に変わってくる。

 禁忌を示し、禁忌を破る。
 それがこのカードに秘められた、もうひとつの力。

 だとすれば
 あの日、遊戯がこのカードに込めた“もうひとつのメッセージ”は――

「――相棒。お前は……っ」
 闇アテムは呆然と立ち尽くす。
 それ故に反応が遅れる。
 狙うコンボは同じでも、その狙いは“あの日”と大きく異なる――黄金櫃の中身は『死者蘇生』ではない。
 現れたのはモンスターカード。『封印の黄金櫃』と『黄金の解放』のコンボにより、召喚条件を無視してフィールドに解放される。

 恐れを知らず、グレムリンは遊戯のフィールドへと切り込む。
 “黄金櫃”から現れたモンスターをスルーし、遊戯へ襲い掛からんとする――しかしその爪が、遊戯へ届くことはない。

 ――ズシャァァァァッ!!!

 すれ違いざまに鮮血が飛び散り、骸が倒れ、砕け散る。
 その凄惨な光景に、遊戯でさえ顔を歪めた――自らの手で破った“禁忌”に、隠しきれない不快が浮かぶ。
(……!? 何だ……このモンスターは?)
 見たこともないその存在に、闇アテムは刮目する。
 黒い装束にフードを深く被り、巨大な鎌を携えた人型モンスター。
 異様なるそれから感じ取れるものは、強者ゆえの威圧ではない――通常のカードではあり得ない、圧倒的なまでの“殺気”。

 グレムリンは、そのモンスターの反撃により破壊された。
 ならばライフを確認すれば、その攻撃力は把握できるだろう――闇アテムはそう考えて、決闘盤へと視線を落とす。
 しかしライフは依然、4000を示すままだ。しかもそこで、更なる謎が彼を襲う。
 破壊された『ダーク・グレムリン』のカードが――“石”になっている。冷たい石塊と化したそれは、デュエルでの使用が二度と許されない。

「……ボクは君より弱くていい。それでも――ボクは君に、絶対負けない」
 故にこそ、禁忌を破る。
 禁断の枷から解放され、フィールドに現れたその“神”は、低く昏い声を漏らした。

――手ノ掛カル小僧ダ……

 神を殺すための神。
 武藤遊戯が所持する、4体目にして“最凶の神”――“死神”が、その姿を現していた。


DEATH -MASTER OF LIFE AND DEATH-  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/0  DEF/0


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書
手札:5枚




決闘176 最凶

『――冥界神“アヌビス”……アクマデ儂ヲ飼イ殺スカ。何処マデモイケ好カヌ男ダ』
 “死神”アクナディンは忌々しげに呟く。
 彼の視線の先では闇アテムが、見たこともないその“神”に戸惑いを露にしていた。
(これは“闇(ゾーク)”の気配……!? バカな、まさかこの男は――)
 神ゆえに気付き、しかし理解できない。
 闇アテムのそれを裏付けるかのように、遊戯は“彼”に呼び掛けた。
「お願いだアクナディン……! ボクに力を! このデュエルに勝利できるだけの力を、どうか」
『…………』
 “死神”は横目に遊戯を見やる。
 しかしすぐに視線を逸らし、倒すべき敵を――いや、“殺すべき神”を殺意で射抜いた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書
手札:5枚


(やはりアクナディン……だが何故だ? どうして相棒と共闘している!?)
 闇アテムには分からない、解るわけがない。

 “彼”と別れて数ヶ月後、これは彼が選んだ道。
 “彼”が強さと呼んだもの、彼だけの軌跡。

(やっぱり……倒したカードを石にする能力は相変わらず、か)
 遊戯はわずかに眉をひそめる。
 遊戯が、このカードをデッキに入れる覚悟を決めたのは昨晩のことだ。

 シン・ランバートが操った、もう1つの神のカード――“三魔神”。その力によりマリクとリシドは、甚大なダメージを被った。特にマリクは、ひとつ間違えば大怪我では済まなかったはずだ。
 悪意ある者の操る“神”。それは最早、カードの形をした“凶器”でしかない。
 しかしアンティルール不採用の今大会では、彼からその力を奪うことは出来ない。

 故にこれは、苦肉の最終手段。
 “神”を持つ者として、“彼”を継ぐ者として――悪の根を断つための、“神殺し”の切札。

(たとえそれが、許されないことでも……それでも!)
 遊戯は恥じることなく、前を見据える。
 その視線を受け止め、闇アテムは動揺を抑えた。
 相手が誰であろうと、何であろうと――成すべきことは変わらない。
(グレムリンとの戦闘結果を踏まえれば……ある程度の推測は立つ。恐らくは、戦闘での破壊は困難な特殊能力。ならば)
 闇アテムは冷静に思索し、手札から1枚を選び出した。
「バトルフェイズを終了し、手札から――マジックカード発動『闇の護封剣』!!」


闇の護封剣
(永続魔法カード)
このカードの発動時に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを
裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。


「“神”への魔法効果は1ターンのみ有効……! この効果により、その神には“裏側守備表示”になってもらうぜ」
 闇魔術師のもとに、3本の魔剣が現れる。
 彼は短く呪文を唱え、その全てに魔力を注入する。
(“裏側表示”となったモンスターはその間、特殊能力を失う。それは“神”の耐性も例外ではなく、そしてこのターン、オレはまだ『ブラック・ダーク・マジシャン』の特殊能力を発動していない……)
 闇アテムはデッキに視線を落とす。その中には、相手モンスターを破壊可能な黒魔術師専用マジック『千本(サウザンド)ナイフ』が眠っている。本来であれば“神”を破壊する程の威力は期待できないが、“裏側”にしてしまえば話は別だ。
(どれほどの能力を備えているか知らないが……このコンボで、終わりだ!)
「やれ――『ブラック・ダーク・マジシャン』!!」

 ――シュバババァァッ!!!!!

 闇魔術師が杖を振るうと、3本の魔剣が射出される。
 それらは“死神”の周囲を取り囲み、特異な重力場を生み出す。
 それは対象の攻撃を封じ、守備を強制させる――通常であれば。
「――それは……どうかな」
「……!?」
 “死神”は大鎌を構えると、それを大きく横に薙いだ。

 ――ズバババァァァァァッ!!!!!

 一閃。
 その輝きのもとに、全ての魔剣が斬り払われる。
 闇アテムは両眼を見開き、硬直した。彼の手元では『闇の護封剣』のカードが、グレムリンと同じように石化している。
「“死神”は自分のターン中、“必ず”戦闘を行うモンスター。攻撃を妨害するカードは、全て無効化されるよ」
 遊戯の脳裏に、かつて同じように『光の護封剣』を無効化された光景が蘇る。
 呆気にとられていた闇アテムは、程なくして正気に戻り、しかし怪訝げに眉をひそめた。
(『ブラック・ダーク・マジシャン』第2の特殊能力により、オレが発動する全てのマジックは本来、無効化されない。つまり、その上をいくポテンシャルということか……恐らくは“三幻神”よりも上位の階級)
 神同士の激突において、“階級(ランク)”は極めて重い意味を持つ。
 闇アテムは一瞬だけ、相変わらず向けられた“視線”に意識を向け、「仕方ない」と呟く。
「オレはこのまま何もせずに……ターンエンドだ」
 伏せカードは出さず、無防備とも言えるフィールドのまま――ターンを遊戯へと移した。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン(攻3300),闇魔術の呪文書
手札:4枚


(場にはリバースカードも無い……これなら!)
「いくよ……ボクのターン! “死神”がフィールドに存在するとき、ボクのドローフェイズはスキップされる!!」
 遊戯の手札は今や0枚。カードを武器に闘うべきデュエリストにとって、その状況でドローを放棄することは、一見するに死路だ。だが“死神”には、そのリスクに見合うだけの制圧力がある。
「そしてバトルフェイズ! 『死神−生と死の支配者−』で――『ブラック・ダーク・マジシャン』を攻撃!!」
 形勢逆転を確信し、遊戯は強気に宣言する。
 “死神”はこと戦闘においては、絶対無敵の特殊能力を備えている。故に“神殺し”。それ故の確信。


死神−生と死の支配者−   /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは『血塗られた石盤』の効果によってのみ特殊召喚される。
他のカードの効果によっては決して場を離れない。フィールドに存在する
限り、そのコントローラーはドローフェイズをスキップされ、また、他の
カードを場に出せない。自分のターンに1度、必ず戦闘を行う。このカードの
攻撃は、いかなるカードの効果によっても阻止されない。戦闘時、対象の
モンスターまたはプレイヤーに“死”を与える。戦闘時、ダメージ計算は適用
されない。“死”を与えなかった場合、このカードは“制裁”を受ける。さらに、
手札と『血塗られた石盤』を生け贄に捧げることで、このカードは「時の支配」
の力を得る。
攻 0  守 0


 大鎌を振り上げ、彼は舞う。
 闇魔術師めがけて躍りかかり、血濡れの刃を振り下ろした。
「――“絶命の大鎌”!!!」

 ――バジィィィィィィィッッ!!!!!!!

 激しく火花が飛び散る。
 その光景に、今度は遊戯が硬直する番だ。“死神”の大鎌は、あらゆるモンスターを一閃のもとに斬り殺す――ハズなのに。
 火花など散るハズがないのに――
「……ここまで見せるつもりはなかったが……」
 闇アテムは呟く。
 遊戯に――というよりは、“視線”の主に。
「言ったハズだぜ。“人間は神には勝てない”――これがその答えだ」


ブラック・ダーク・マジシャン  /
★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
特定の魔法カード1枚をデッキから発動できる
(1種類につき1回までとする)。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
自分の魔法カードの発動と効果は無効化されない。
攻2500  守2100


 それはあり得ない、あり得てはならない光景。
 限界まで“神威”を増した闇魔術師は、魔力を纏った杖で、大鎌を易々と受け止めていた。
 これが“神”の所業。“人間”と“神”の間にはそもそも、ゲームなど成立するわけがないのだ。

『!! ヌウ……ッ!』

 “死神”は呻く。
 闇魔術師は彼を払い飛ばし、その杖先を突き付けた。
「今の闇魔術師には、“ゾーク・ネクロファデス”を単独で撃破することさえ可能だ。“闇の大神官”は所詮その断片……勝てる道理などありはしない」
 遊戯の顔から血の気が引く。
 闇魔術師の反撃により“死神”が破壊されれば――今度こそ終わりだ。他にカードは無く、次は闇アテムのターン。無防備に直接攻撃を浴び、敗北する以外に道は無い。
「やれ、『ブラック・ダーク・マジシャン』――“闇・魔・導(ダーク・マジック)”!!」

 ――ズガァァァァァンッッ!!!!!

 闇の波動が、爆煙を散らす。
 絶大なる“神威”を纏ったそれは否応なく、遊戯の“最後の希望”を撃ち砕いた――ハズだった。

『――不快ダナ……マッタク』

 遊戯と闇アテムは、同時に目を見張った。
 それは“神”のルール。2体の確固たるレベル差は、そのバトル結果を揺るがなきものとしたハズ――本来であれば。

『……マッタクモッテ不愉快ダ。ヨモヤ、ココマデ――“アノ男”ノ掌ノ上トハ』


DEATH -MASTER OF LIFE AND DEATH-  /DIVINE
★★★★★★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/0  DEF/0


 それは冥界神“アヌビス”の力。
 彼はかつて現世において、“太陽”をその身に宿した男だ。その力はかつての“ノア”にも匹敵し、摂理さえも捻じ曲げる。

 動揺する2人をよそに、“死神”は再び鎌を上げる。
 そして同じく、驚愕した闇魔術師に対し――もういちど襲い掛かった。

『――“絶命ノ大鎌”!!!』

 ――ズシャァァァァァッッ!!!!

 鮮血が散る。
 闇魔術師の装備する『闇魔術の呪文書』には本来、装備モンスターの身代わりとなる能力がある――しかしそれも無意味だ。
 闇アテムの決闘盤の上では、闇魔術師ともども、揃って石と化していた。

(穢れた鋭い“光(ホルス)”の気配……! そうか、冥界神アヌビス! “神殺しの王”か!!)
 闇アテムはようやくそれを理解し、そして初めて戦慄を覚える。
 今この時点をもって初めて、形勢は覆り、ようやく――闇アテムが劣勢の立場へと置かれた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:
手札:4枚


「スゴイ……まさか、ここまでなんて」
 期待をはるかに超える活躍に、遊戯は唾を飲み込んだ。
 もしもう一度、彼と闘うことになったとしたら、きっと勝てないだろう――そう思うと恐ろしく、同時に、頼もしくさえあった。

「……明らかに“三幻神”を超えた力……なるほど。それがお前の……いや、お前だけの“真の切札”か」
 空白の9ヶ月間、その間にあったのだろう“彼だけの闘い”。
 闇アテムはそれを想像し、誇らしげに微笑む。つまりはそれだけの余裕が、彼にはまだまだ残されている。
「オレのターン……ドロー!! いくぜ、今度はこちらの番だ。見せてやろう……“神殺し”のコンボを」
 ドローカードを手札に加え、闇アテムは別のカードへと指を掛けた。
「オレは『ダーク・クリボー』を召喚……攻撃表示だ!!」
 先ほど遊戯が召喚したものと同じ、あまりにも見慣れたその姿に、今度は遊戯が警戒を強めた。


ダーク・クリボー  /闇

【悪魔族】
このカードは戦闘時、ダメージ計算前に破壊される。
このカードと戦闘を行ったモンスターは破壊される。
攻 300  守 200


「このクリボーは“機雷化”し、戦闘した相手モンスターを道連れにする。さらに――“神”の力を得よ、『ダーク・クリボー』!!」
 クリボーは“神威”を纏い、その能力を強化させる。
 だがしかし、そこまでの話だ。あくまで低レベルのその“神”に、“死神”を倒せるとは到底思えなかった。


ダーク・クリボー  /

幻神獣族
このカードは戦闘時、ダメージ計算前に破壊される。
このカードと戦闘を行ったモンスターは破壊される。
攻 300  守 200


(……!? 何だ? これで本当に“死神”を倒せるとでも――)
「――バトルだ! 『ダーク・クリボー』よ……“死神”を攻撃!!」
 戸惑う遊戯に構わず、闇アテムは攻撃命令を下す。
 真っ直ぐ突進してくるそれに対し、“死神”は大鎌を振り下ろす。
 “絶命の大鎌”は、触れる生命すべてを両断し、“死”を与える――しかしそのバトルの結果は、少しだけ違った。

 ――ズドォォォンッ!!!

 散ったものは血ではなく、爆風。
 大鎌の刃が触れた刹那、クリボーは自爆し、“死神”を巻き込む。“神威”を纏ったその爆発は、低レベルながらも、“死神”に微かなダメージを与えた。

 だがそれだけの話だ。
 クリボーの与えた軽微なダメージなど、次のターンには消え失せよう。
 こんなアリのひと噛みが、巨象を倒せるわけがない――“ひと噛み”のみであれば。


増殖
(魔法カード)
攻撃力500以下のモンスターを無数に分裂させる。


「な……っ、これは……!!」
 遊戯の眼前には、慄然たる光景が広がっていた。
 自爆したハズのクリボーが生きている――いや、増えている。
 『クリボー』と『増殖』によるコンボは、元々“彼”が得意とした戦術でもある。無数のクリボーで壁をつくり、破壊をいなす堅守を誇る。
 しかしそれが、攻撃的な自爆能力を持つ『ダーク・クリボー』に代わることで、その意味合いは180度変わってくる。
(何発か……いや、たぶん十数発でも耐えられる。でもこの数は……!!)
 それはいわば“爆弾”だ。
 同じく、そのコンボの使用者たる遊戯にはよく分かる――『増殖』の効果により、クリボーは無制限に増え続ける。
 “神化”により威力を増したその爆撃は、いつまでも終わることなく続くだろう――“死神”が力尽き、その存在が塵になるまで。
「モンスター抹殺の必殺コンボだ。『ダーク・クリボー』はプレイヤーにダメージを通せないが……『増殖』を無効にしない限り、攻撃は続く。お前のモンスターが全滅するまで」
 闇アテムは右手を高らかに挙げる。
 そして、それが振り下ろされると同時に――無数のクリボー達が進撃を始めた。

――クリクリクリクリ〜〜!!!!!

 ありとあらゆる角度から、軌跡を描いて襲い来る。
 逃げ場など無く、防御策も無い。
 遊戯は恐慌し、今度こそ敗北を覚悟しかける――それとは対照的に、“死神”はゆっくりと右手を挙げた。

『――ソレハ……ドウカナ』

 2人は再び驚愕する。
 “死神”が右掌を向け「待った」を掛けると、全てのクリボーがそれに従った。眼前にまで迫っていたものも含め、微動だにしない。金縛りに遭ったかのようにストップする。
(今度は何だ!? なぜクリボー達が動きを止めて――)
 思考の途中で闇アテムは気付く。同時に、遊戯もそのことに気が付いた。
 彼らデュエリストの身体も動かない。今現在このフィールドで、自由を許されているのは“死神”だけなのだ。
(対象はオレのモンスターだけじゃない……!? そうか、これはあのときの!)
 “アテム”の記憶の中に、思い当たる現象が在った。それは“闇RPG”の中で“闇の大神官”が見せた、特異なる能力。


死神−生と死の支配者−   /神
★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは『血塗られた石盤』の効果によってのみ特殊召喚される。
他のカードの効果によっては決して場を離れない。フィールドに存在する
限り、そのコントローラーはドローフェイズをスキップされ、また、他の
カードを場に出せない。自分のターンに1度、必ず戦闘を行う。このカードの
攻撃は、いかなるカードの効果によっても阻止されない。戦闘時、対象の
モンスターまたはプレイヤーに“死”を与える。戦闘時、ダメージ計算は適用
されない。このカードは“時の支配”の力をもつ。
攻 0  守 0


 停止したのは“動き”ではなく“時間”。
 “時間の支配”。それは、この世界に“時間”を生み出した“闇(ゾーク)”ならではの能力。
 本来であれば“コスト”を要するが、しかし“アヌビス”の力を得ることで、その制約さえ無くなった。
(半年前のデュエルと同じ……“停刻”の力! つまり、この後発動されるのは――)
 遊戯の予想通り、“死神”は右掌をゆっくりと閉じてゆく。
 “逆刻”の力――停止していたクリボー達が動き出す、“逆”の方向へ。
 映像を巻き戻すかのように、無数のクリボーは“死神”を見つめたまま、後退してゆく。
 そして消えてゆく。クリボーはみるみる数を減らし、1体に戻る。最後に、フィールドで『増殖』の魔法カードが光り、その姿を消した。
 まるで何事も無かったかのように、時間は再び正常に流れ始める。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ダーク・クリボー
手札:3枚


「バカな……クリボーの増殖が、戻った? いや――」
 闇アテムは瞳を震わせ、戦慄する。
 混乱と動揺を隠せぬままに、恐る恐る口にする。
「――オレは『増殖』のカードを……まだ発動していない……!?」
 記憶を書き換えられたかのような、不自然な感覚。
 ならば今度こそ発動を――そう思って視線を落とし、再び硬直する。
 4枚あるべき手札が、3枚しか残っていない。発動していないハズの『増殖』は、すでに墓地へと置かれていた。
(これが“逆刻”の力……! ゲーム内の時間を巻き戻す際、使用済みの魔法・罠カードは例外となる。つまり――)
 遊戯は唾を飲み込む。

 ――魔法・罠カードの完全封殺。
 戦闘での無敵扱いに加え、この能力――デタラメにも程がある力だ。

『……ソレデ終ワリカ? ナラバ、儂ノターン――』

 “死神”は勝手にターンを進め、大鎌を振り上げる。
 闇アテムにはそれを妨げる権利があるが、しかし妨げる意味が無い。『増殖』を無効とされた時点で先のターン、彼に打てる手などなかったのだから。
(勝てる……! これなら、絶対に!)
 プレイヤーの指示さえ必要とせずに、“死神”は相手フィールドへ切り込んだ。同時に遊戯は確信する、“勝利”を。

 半年前をさらに凌駕する、遥か規格外の力。
 最凶にして最強。この地上のどこを探したところで、“彼”を倒せるデュエリストなど存在するまい。
 故に誤算があるとすれば、それは――目の前に対峙する彼が、地上に存在せぬ“神”なるデュエリストであるということ。

「――手札から、『暗黒の岩兵』の効果発動! 相手の攻撃宣言時、特殊召喚することで……その攻撃を無効とする!!」


暗黒の岩兵  /闇
★★★
【岩石族】
相手が攻撃を宣言した時、このカードを手札から
特殊召喚することで、その攻撃を無効とする。
自分フィールドに闇属性以外のモンスターが存在するとき、
このカードは召喚・特殊召喚できない。
攻1300  守2000


「“神”の力を得て……盾となれ、『暗黒の岩兵』よ!!」
 闇魔術師やクリボーと同様に、その岩兵もが“神化”する。
 強化された能力をもって、大鎌の斬撃を受け止めんとする――しかし“死神”は躊躇わず、白銀の刃を振り抜いた。

『――無駄ダッ!!!!』

 ――ズバァァァァァッッ!!!!!

 全身岩石の巨兵さえも、一閃のもとに斬り伏せる。攻撃を無効とする能力など、“死神”には全く通用しない。
 鮮血こそ飛び散らないが、“岩兵”はクリボーの身代わりとなり、破壊された。
 圧倒的不利なはずのこの状況で――しかし闇アテムは笑う。口元に、不敵な笑みを漏らした。
「――なるほど、これも効かないか……大したものだなアクナディン。オレをここまで追い詰めるとは」
 “死神”は彼をジロリと睨む。
 彼の瞳はまだ、微塵も勝利を疑っていない――その眼には絶対の自信があり、むしろ今まで以上の輝きさえあった。
「だがお前は……いや、お前たちは知るだろう。上には上があることを。どれほど力をつけようと、お前たちは“人間”だ。“真なる神”には到達できない」
 闇アテムはデッキに指を伸ばす。
 彼の手札は現在2枚、そのいずれもが下級モンスターだ。
 闇アテムにはこれまで同様、それらを“神”とすることもできる――しかしそれは“仮初の神”だ。“死神”を倒すことは到底できない。
 だからこそ彼は、カードを引く。
 微塵の迷いすら抱かず、その右手を振り抜く。

「オレのターン――ドローッ!!!」

 それは終幕のカード。
 彼のその右手には、遂に――この世界に幕を引く、“破滅”へのピースたる1枚が握り込まれた。

 ドローカード:FIEND -CARCASS CURSE


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ダーク・クリボー
手札:3枚




決闘177 真なる魔神

(この余裕は何だ……!? “死神”を倒せるだけの手段が、まだあるっていうのか?)
 勝利を確信したのもつかの間、遊戯は闇アテムを注視し、表情を険しくしていた。

 彼の全身から迸る、絶対なる自信。
 ブラフとは思えない、明朗たるそれは、遊戯の心に否応なく不安を植え付ける。

「――いくぜ! オレはまず手札から、『シルバー・ダーク・フォング』を特殊召喚!!」
 黒銀の狼が跳び出し、吠える。
 これで2体だ。闇アテムのフィールドには、モンスターが2体。


シルバー・ダーク・フォング  /闇
★★★
【獣族】
このカードは手札から攻撃表示で特殊召喚できる。
自分フィールドに闇属性以外のモンスターが存在するとき、
このカードは召喚・特殊召喚できない。
攻1200  守800


「さらに……自分フィールド上に闇属性モンスターが存在するとき、このモンスターは特殊召喚できる。『暗黒を守る翼竜』!!」


暗黒を守る翼竜  /闇
★★★★
【ドラゴン族】
自分フィールド上に闇属性モンスターが存在するとき、
このカードは手札から守備表示で特殊召喚できる。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手は他の闇属性モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
攻1400  守1200


 漆黒の飛竜が現れる。
 これで闇アテムのフィールドには、モンスターが3体。

(特殊召喚だけで……3体のモンスターを揃えた……!?)
 遊戯の背筋を悪寒が走る。
 低級モンスターを並べ、時間稼ぎ狙いとは思えない。
 これで闇アテムの手札は残り1枚。その正体に関し、遊戯は思い当たる節があった。
「……オレは! 3体のモンスターを生け贄に捧げ、降臨せよ――」
 右手に持ち替えた最後の手札を、闇アテムは決闘盤に叩きつけた。
「――『魔神 カーカス・カーズ』」

 ――バチィィィッ!!!

 カードから激しく、火花が散る。
 同時に、闇アテムのフィールドから、大量の黒煙が立ち昇った。
「この……カードは……ッ!」
 見覚えのある光景。しかしそれを遥か凌駕するプレッシャーに、遊戯の全身は打ち震える。

 黒煙は集合し、一つとなる。
 形成されるは漆黒の龍。
 “屍の呪い”――その全てが集約された、巨大なる暗黒龍だ。


魔神 カーカス・カーズ  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
Xには自分の墓地に存在するモンスターカードの枚数が入る。
戦闘後、自分の墓地のモンスターカード1枚をゲームから除外する。
攻X000  守X000


(シン・ランバートが使っていたものとは違う……!? 見た目は同じだけど、プレッシャーがケタ違いだ!!)
 恐らくは“オシリス”と対を成す“魔神”。
 暗黒龍は長い胴でとぐろを巻き、高く嘶く。強烈なる“神威”を放ち、フィールドを震撼させた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻14000)
手札:0枚


「攻撃力1万4千……!? でもっ!!」
 常軌を逸した高攻撃力、だが勝機はある。
 どれほどの攻撃力値を持とうと、“死神”の前には無価値なのだ。たとえ十万でも、百万でも、“死神”の前には意味が無い。
「――攻撃力はな。だが……“階級(ランク)”はどうかな?」
 闇アテムは右掌を、決闘盤のカードに重ねた。
 ゾーク・アクヴァデスの一部たる彼が操ることで、“魔神”は真なる力を見せる――仮初の神ではあり得ない、真なる威光を。

 ――ズォォォォォォ……ッ!!!

「!!? 何だ……っ!?」
 先ほど、闇アテムのフィールドで起こった現象が、今度は遊戯のもとでも起こる。
 遊戯のフィールドからも黒煙が立ち昇り、暗黒龍に同化してゆく。遊戯のモンスターの“呪い”さえも、その身に取り込み、力と成す。
 遥か昔、かつてノアの時代に、その龍は現世に誕生した。死した人々の“呪い”を束ね、昇華するために――穢れた現世を浄めるために。
「さあ――真価を見せろ! “闇の魔神”よ!!」

 ――ドクンッ!!!!

 その龍は巨大化したわけでも、変形したわけでもない。
 けれど遊戯には解る。解ってしまった。
 “オシリス”と対等などあり得ない――あまりにも圧倒的な“神威”に、全身が総毛立った。


魔神 カーカス・カーズ  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
Xにはお互いの墓地・除外ゾーンに存在する
モンスターカードの合計枚数が入る。

攻X000  守X000


 その“神威”は最早、“創造神”に限りなく近い。
 ヒトが踏み込んではならない領域、“神”だけに許された高み。
 土台、神を殺せるハズなどないのだ――少なくとも、ヒトの身のままでは。


魔神 カーカス・カーズ
攻14000→攻24000
守14000→守24000


(攻撃力が上がったとか……そんなレベルじゃない!! これじゃあ……っ)
 不安の眼差しで“死神”の背を見る。
 他のカードも無い以上、遊戯にはもう、彼を信じるしかない。彼が倒されれば、それで全ては終わりなのだ。

「……撃て……カーカス・カーズよ」
 闇アテムは静かに告げる。
 呪いの龍はそれに応じ、アギトを開く。その先に“呪い”のエネルギーを収束し――咆哮とともに、撃ち放った。
「――“呪魂砲−カーシド・フォース−”!!」

 ――ズゴォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!

 凄まじい轟音とともに、砲撃が放たれる。
 同時に、“死神”は飛び出していた。“絶命の大鎌”を大きく振り上げ、砲撃に正面から立ち向かう。

『――舐メルナ……ッ!』

 ――バジィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!!!!

 大鎌の刃は、“呪い”を弾く。
 ゾーク・ネクロファデスの一部たる彼には、“呪い”に対する耐性がある。好相性と言っても良い。
 しかし如何せん――出力に差があり過ぎた。

 ――バギィィィィィッ!!!

 砲撃の威力に圧され、大鎌が砕け散る。
 “死神”はやむを得ず、両掌で抑え込む。

『――グ……ッ……ヌウウッ……!?』

 砲撃の勢いに抗し切れず、“死神”はジリジリと後退する。
 フードは破け散り、白い仮面と義眼が晒される。
 仮面にヒビが入り、全身に亀裂が走った。

「――……もういい。止めろ、カーカス・カーズ」

 闇アテムの制止を受け、暗黒龍は砲撃を止める。
 “死神”は膝を折った。反撃の余力などあるハズもなく、すぐに立ち上がることすらできない。
「やはり大したものだな……“魔神”の一撃に耐えるとは。だが、いつまでもつかな?」
 あまりにも白々しい挑発に、遊戯は歯を噛み締めた。

 “耐えた”のではなく、“耐えさせた”のだ――あと数秒、砲撃が続いたならば、“死神”は確実に破壊されていただろう。
 闇アテムはより確実に勝利すべく、“死神”をあえて生き永らえさせたのだ。“いつでも破壊できる”、その確信を得た上で。
 “死神”が場に生存する限り、遊戯はカードをドローできない。何らの策も講じられない。
 最強の切札が、最大の弱点となってしまう。

(追撃のモンスターをドローするまで……“死神”を倒さないつもりか!!)
 遊戯は両拳を握り締める。
 卑怯でも何でもない、これは“戦略”だ。
 遊戯の残りライフ100を削り取れる、追撃のカードを引くまで――いや、闇アテムなら確実に引くだろう、次のターンで。
「オレはこれでターンエンド……さあ、お前のターンだ。最後のな」
 闇アテムは勝利を確信し、ラストターンを促した。


<武藤遊戯>
LP:100
場:死神−生と死の支配者−
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻24000)
手札:0枚


「…………ッ。ボクの、ターン……」
 ドローはできない。完全なる“詰み”だ。
 いや、ドローをしたところで、果たして何が出来ようか。“死神”は正真正銘、最強の切札だった。
 これほどの“神威”を前に、魔法・罠カードなど何も効くまい。攻撃力2万4千、それを超えられるモンスターもいない。
 いや、一つだけ心当たりはあるが――明らかに“階級(ランク)”が届かない。
(もう……打てる手が、無い。今度こそ)
 終わりだ。
 俯き、無力を噛み締める。
 覆せない現実に、今度こそ心が折れる――それでも、

『――顔ヲ上ゲロ……武藤遊戯』

 満身創痍の身体で、“死神”はなお立ち上がる。
 遊戯は驚き、彼を見る。その背が、彼に問い掛けた。

『――“神”トハ願イヲ叶エルモノダ。貴様ガ勝利ヲ願ウナラ……儂ハ其レヲ叶エヨウ。貴様ダケノ“一縷ノ道”ヲ』

 それは彼だけに示せる、あまりにも細く儚い道。
 それさえも“アヌビス”の計算内だったのか、それは分からない。

 彼が右手をかざすと、再び大鎌が生み出される。
 そしてゆっくりと振り返り、その切っ先を――遊戯へと向けた。

『――ダガ儂ハ“死神”ダ……“希望”ナドヤレヌ。ヤレルモノハ“絶望”ノミ……貴様ハ勝利ノ代償ニ、多クノモノヲ失オウ。カツテノ儂ト同ジヨウニ』

 “死神”は左手で仮面を外し、素顔を晒す。
 それは“邪神”と契約し、願いを叶えた者の末路。
 醜く歪んだ異形の顔は、もはや人間のそれではない。
 武藤遊戯に“それ”を示す――ヒトの身を捨てる愚かしさを。

「――それでも……構わない。このデュエルに勝てるなら……みんなとの世界を守れるなら、ボクは!」

 白目を剥いた右眼で、アクナディンは彼を見つめた。
 まるでかつての自分のようだ――自己犠牲に酔い、青い正義を疑わぬ。
 そんな人間が辿るだろう末路を、哀れと思わずにはいられない。

 アクナディンは再び仮面を付けると、大鎌の刃を遊戯に伸ばした。
 その切っ先で、軽く触れる――彼の決闘盤に。
 デッキに2枚、墓地に1枚。未だその中で眠る3枚のカードに。

 ――トクン……ッ

 力を与えたわけではない、むしろ“逆”だ。
 わずかに力を取り戻すと、“死神”は再び背を向けた。

『――儂ニ出来ルノハ此処マデ……後ハ貴様次第。ダガ忘レルナ、貴様ガ独リデナイコトヲ』

 ――せめて、自分と全く同じ末路を辿らぬように。
 彼は伝える、その想いを。
 今度こそ、本当に最後の機会となるだろうから。

『――忘れるな。君が他者を想うように……君を想う者もいる。少なくとも、ここに1人』

 “死神”は大鎌を振り上げる。
 毒気を抜かれ、呆気にとられる遊戯に、彼は小さく微笑んだ。

『――勝てよ、武藤遊戯……私を救った、優しき王よ』

 バトルフェイズを待たず、“死神”は飛び出す。
 “死神”はコントローラーのターンであれば、自身の意志で、如何なるタイミングでも攻撃を仕掛けられる――たとえそれが、“ドローフェイズ前でも”。

「――!? まさか……っ!」
 闇アテムは驚愕に両眼を見開く。
 “死神”の攻撃に対し、暗黒龍は当然に反撃を行う――“呪魂砲”を撃ち放つ。

 ――ズゴォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!

 それは、あまりにも無謀な突進だった。
 無防備に直撃を浴びた“死神”は、あっという間に消し炭と化す。
 しかしその威力は、全てその身で受け止める。
 武藤遊戯には、1ポイントのダメージさえ通さない。

「な……プレイヤーの指示も無く、自爆特攻だと!? しかもドローフェイズ前に!?」
 闇アテムは驚きを隠せない。
 その特殊能力にではない、“彼”が示したその決意に。
(たった1枚のドローで……何が変わる? “まだ勝てる”とでも、本気で思っているのか!?)
 思ってはいない、けれど信じている。

 遊戯は悲痛な表情で、決闘盤の“死神”のカードに触れた。
 “神のカード”特有の、特別な気配はもう感じない。
 しかし完全に消えたわけではない――恐らくは、数日前に消えたシャーディーと同じだ。完全に消滅したわけではなく、回復に相応の年月を伴う。

「……ありがとう……アクナディン」

 半年前と同じ、感謝の言葉を紡ぐ。
 戦況が好転したとはとても言えない。たった1枚のドローカードで逆転するなど、天地が引っくり返っても不可能だろう――それでも、

「ボクのドローフェイズ――カード、ドローッ!!」

 彼の残した糸を手繰る。
 それが“希望”ではなく、“絶望”でも。

 ――今から数年前、ペガサス・J・クロフォードが“三幻神”を生み出したとき、アクナディンはそれらに“呪い”をかけた。
 それにより3枚は穢れ、結果として人智を超えし力を得た。
 彼がいま取り去ったものは、まさしくそれ。
 これにより3枚は力を失い――“元来の姿”を取り戻す。

 遊戯が手にしたドローカード、それは彼自身、見たこともない――“蒼き巨兵”のカードだった。


蒼の巨神兵  /地
★★★★★★★★★★
【戦士族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
自分のターンに1度、自分の場のモンスター2体を
生け贄に捧げることで、そのターンの間、
元々の攻撃力が2倍になる。
この効果を発動したターン、このカードの戦闘により
相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。
攻4000  守4000


<武藤遊戯>
LP:100
場:
手札:1枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻25000)
手札:0枚




決闘178 楽園(エデン)W〜ユメ〜

「――絵空! 朝よ、早く起きなさい、絵空!」
「うー……ん」
 ぼんやりとした意識の中に、良く知った少女の声が響く。
 いつもと同じはずのベッドは、何故だかいつもより心地よい。
 だから絵空は布団に潜り、無駄な抵抗を試みた。
「うーっ、あと五十分……」
「――って、だから長すぎるでしょうがっ!」
 ゆさゆさと、布団ごしに肩を揺すられる。
 それでも絵空は堪える。頭の下に敷かれるべき枕を抱きかかえ、うたた寝を貪り続ける。

 その声の主は、月村天恵。
 以前、童実野病院で知り合った、2つ年上の女の子。
 長い入院生活の中で巡り合った彼女に、絵空は強い絆を感じた。
 姉妹のように戯れ、家族のように接した。
 いや、それはもはや比喩ではない――彼女たちは正真正銘、本当の“家族”になったのだから。

 およそ5分間の格闘の末、絵空の布団は剥ぎ取られる。
 朝の陽光が瞼を照らすと、絵空は眩しげに両目を開いた。
「また夜更かししたの? もう高校生なんだから、早く着替えて支度しなさい」
「……ふぁ〜い」
 あくび混じりに返事をしながら、絵空は大きく伸びをする。
 まったくもう、と小さな溜め息を吐いてから、天恵は部屋を出ようとした。
 その背に向けて、絵空はにこやかに告げる。いっぱいの親しみをこめて。

「――おはよう、天恵おねえちゃん」
「――ええ。おはよう、絵空」

 天恵も同じように微笑み、挨拶を返す。
 彼女が部屋を出て行くと、絵空はベッドから立ち上がり、身支度を始めた。
 パジャマを脱ぎ捨て、童実野高校のブレザーに袖を通す。スカートのホックを留め、ファスナーを上げる。
 最後に、お気に入りの黄色いリボンを取り出す。腰まで伸びた長い髪を、うなじの辺りで結わえた――天恵と同じように。
 そしてそれを確認するため、机上の鏡を覗き込む。鏡の中に映る少女に、絵空は小さく呟いた。

「――反対だね……“あのとき”と」

 鏡の中の少女は、少しだけさみしげに微笑んでいた。



 童実野病院を退院した絵空はこの春、童実野高校に入学した。
 先日の誕生日で17歳になった彼女は、周りの同級生よりも1つ年上ということになる。
 最初は不安もあったけれど、すぐに慣れることができた。友達もできて、毎日が楽しい。長い間ずっと憧れていた学生生活を、当然のものとして送ることができていた。

「――おはよー、おとうさん。今朝はまだいいの?」
 絵空は階段を下りると、慣れた様子でドアを引き、ダイニングキッチンへ入る。
 母はキッチンで朝食の準備を、父はテーブルの椅子に腰掛け、新聞を広げていた。
「ああ、おはよう絵空ちゃん。溜まっていた仕事が昨日で片付いたからね、今朝はゆっくりなんだよ」
 新聞の端から顔を覗かせ、彼は応える。
 彼――月村浩一が、母・美咲と再婚したのは、つい最近の話だ。
 絵空と天恵の仲をキッカケに巡り合った2人は、絵空の退院を契機に再婚へと踏み出した。物心つく前に実父を失っていた絵空は、天恵と浩一に懐いていたこともあり、さして抵抗なく受け入れることができた。
 お互い2人ずつだった家族は1つとなり、4人になった。
 姉のように親しんだ天恵は、本当の姉になった。

「――おはよ、おかあさん。これ運べばいい?」
「おはよう絵空。また夜更かししたんですって?」
 キッチンの美咲が溜め息混じりに挨拶し、絵空は舌を出してみせる。
 運んだ皿を食卓の上に載せると、絵空は椅子に腰掛けた。
 浩一の椅子の斜め前。正面に母が座り、隣には天恵が座る。
 父と母と、天恵と絵空。4人の家族で、テーブルを囲う。

 ――いつか夢見た祈りのように。
 絵空は笑顔を振り撒きながら、その幸せを噛み締めた。



「……幸せ、か……」
 朝食を済ませた絵空は、一度自室へ戻り、呟いた。

 ――幸せだ……本当に
 ――病は治り
 ――親愛な父がいて
 ――大切な母がいて
 ――そして、大好きな姉がいて……
 ――でも

 もういちど、鏡の中を覗き込む。
 そこに映る少女に、自分と同じ“絵空”の姿をした少女に、さみしげに微笑み掛ける。

「――絵空、まだなの〜?」
 ドアの方から、天恵の急かす声がする。
 それで我に返ると、絵空はカバンを掴み、慌てて廊下へ出た。
「さ、行きましょう、絵空」
 天恵の細い手が、絵空のそれを掴む。
 伝わってくる天恵の手の感触は――温かかった。その温もりは、絵空に届く。彼女の心をやさしく包む。
「……うん、そうだね。行こう、おねえちゃん」
 曇りの無い笑顔で、絵空は天恵にそう応えてみせた。



 通学路をゆっくりと歩きながら、絵空は周囲を見回した。

 ――スニーカーごしに伝わる、固いコンクリートの感触。
 ――道の左右に延びる、活気付いた町並みの喧騒。
 ――わずかに吹き抜ける、心地よい風。
 ――そして見上げれば広がる、抜けるような青空。

 “あのとき”と同じ――いや、それ以上だ。
 “この世界”は確実に進化している。
「どうしたの、絵空。学校遅れちゃうわよ?」
 注意散漫な絵空の顔を、天恵は不思議げに覗き込む。
 天恵は絵空と同じ、童実野高校の制服を身に着けている。先に退院できた彼女は、童実野高校3年生。遊戯たちと同じクラスで、楽しい学園生活を送っている。
「――そういえばあの話、どうなったの? “新しい部活を作る”って。何とかなりそうなの?」
「ウン、顧問の先生も見つかったし。わたしと雫ちゃん、トーコちゃんと深冬、それからおねえちゃん! 部員5人、バッチリ揃ってるしね!」
「……私も数に入っているのね」
 受験生なんだけど、とボヤきながらも、天恵は満更でもない様子だ。
 その横顔を見て、絵空は微笑む。
 幸せな、大切な日々が此処にはある。

 ――過去を取り戻し
 ――現在(いま)を守り
 ――未来を手に入れる

「……絶望の無い世界。誰もが幸せになれる、偽りの“箱庭”……」
 絵空は呟き、足を止めた。
 天恵もまた立ち止まり、首を傾げる。
 世界にノイズが走った。けれどそれは一瞬のこと。
 天恵はやさしく微笑み掛け、絵空に告げる。
「そうね……でもそれも終わり。すぐに真実になるわ」

 真実を偽りに、偽りを真実に――そのときはもう、すぐそこにまで来ている。
 全ての人間の願いが、望みが、もうじき叶う――叶えることができる。

 ただ一人のための世界で。
 “他者”のいない、“自己”だけの世界で――かつて存在した“楽園”のように。

「少しの間、目を閉じて……それで叶うの。私は“月村天恵”として、絵空(アナタ)以外の全てとして――アナタを幸せにしてあげる。“アナタだけのために”」
 天恵の手が、絵空の頬に触れる。
 彼女の手は温かい。本物の人間と遜色ない。
 けれど絵空は、彼女が偽者であることを知っている。この世界が虚構であることも。
 絵空は瞳を閉じた。そしてその上で、「無理だよ」と呟く。
「どうして……? 無理なんてないわ。ここはアナタだけの世界。アナタのためだけに存在し、アナタだけを――」
「――だって」
 絵空は眼を見開き、彼女の瞳を見つめた。“月村天恵”のカタチをした、その先の彼女へ伝える。

「だって――月村天恵は“私”だもの」
「――!?」

 世界が歪み、そして崩れる。
 絵空のためだけの世界が――天恵という“他者”により、崩壊してゆく。闇に帰して、消え失せる。
「……!? アナタ、は……」
 深い暗闇の中で。
 天恵のカタチをした“彼女”は後ずさり、信じられないものを見るように、少女を見つめる。絵空の姿をした少女を。
 カタチが揺らぐ。自分が今、誰を模すべきかが分からない――何のカタチをすべきかが、分からない。
「――アナタ……誰? 混ざってるの?」
 髪を束ねたリボンが揺れる。
 少女は自分の胸に手を当て、哀しげに微笑った。
「……絵空だよ。わたしは絵空、神里絵空。でも――」

 ――これは“私”が選んだこと
 ――ヴァルドーとの闘いの果て、“私”が辿りついた答え

 ――白ではなく、黒でもない
 ――絵空ではなく、天恵でもない

 ――灰色の道
 ―― 千番目のティルス

「でも“私”は――天恵でもあるの」

 たとえそれが、永久の別離(わかれ)を意味するとしても。
 それでも――“神里絵空”は躊躇うことなく、“ゾーク・アクヴァデス”を真っ直ぐに見据えた。




決闘179 大地神−オベリスク−

 今より五千年の昔――エジプト第一王朝の“かの王”は、その身に“太陽”を宿していた。
 彼は全てにおいて優れ、誰よりも万物に長けていた。
 しかしそれ故に、彼には分からないものもあった。
 人間の心というものが、彼には理解できなかった。

 彼の存在は燦然と輝き、王国の繁栄を輝き照らした。
 しかし時を経ることで、彼は、自らに訪れた異変に愕然とした。
 歳をとることで、人間は否応なく老衰する。
 彼は自らの衰えを知り、その事実を許容できなかった。

 彼は時間を呪い、それをもたらす“闇”を嫌った。
 日が沈まぬ世界を望み、それが可能であると考えた。
 時間という“闇”を滅ぼすため、多くの生贄が捧げられた。
 歪んだ願望は彼を穢し、その“太陽”を邪悪へと染め上げた。

 世界は夜を失い、黒き太陽が人々を照らした。
 その光の波動は破滅を導き、天変地異をもたらした。

 天空は怒り、大地は嘆いた。
 紅き飛竜は稲妻を呼び、
 蒼き巨人は大地を砕いた。

 その闘いは少なからぬ犠牲者を出し、
 その果てに、彼は殺された。
 民衆は真実を知らず、多くの者が嘆き悼んだ。

 これは古の記憶。
 その後、彼は神を殺し、自らの欲望を叶えることに成功するのだが――それはまた別の話だ。





<武藤遊戯>
LP:100
場:
手札:1枚(蒼の巨神兵)
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻25000)
手札:0枚


(この……カードは……!?)
 ドローカードを見つめながら、遊戯の動きは停止する。
 絶体絶命のこの局面、遊戯がドローしたカードは――『蒼の巨神兵』。デッキに入れた覚えの無い、レベル10のモンスターカード。
(オベリスクに似ている……? まさか、このカードって)
 確証を得るために、遊戯は墓地スペースのカードを覗く。
 その結果は、遊戯の予想通り。今手にしているカードの正体は、紛れもなく『オベリスクの巨神兵』が変化した姿だ。
(召喚することはできる……けど)
 遊戯は顔を上げ、眼前のドラゴンを見上げた。その攻撃力値は2万5千ポイント――常軌を逸した攻撃値を持ち、空前絶後の神威を振り撒く。
 遊戯の頬を汗が伝った。
 いずれにせよ、彼の手札はその1枚のみ。ライフも残り100しかない。
 故に、彼にとれる行動は一つしかない――戸惑いを隠せぬままに、遊戯は墓地のカードを掴んだ。
「ボクは墓地から魔法カード――『リバイバル・サクリファイス』を除外し、その効果を発動!!」
「!? 墓地から……だと?」
 遊戯の意外な宣言に、闇アテムはわずかに眉をひそめた。


リバイバル・サクリファイス
(魔法カード)
自分の手札または墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動。
自分の墓地のレベル5以上のモンスターカード1枚をデッキに戻す。
その後、そのモンスターを生け贄召喚するために必要な生け贄の数だけ
「リバイバルトークン」(天使族・光・星1・攻/守0)を特殊召喚する。
このトークンはターン終了時に破壊される。


「このカードは、墓地の上級モンスターをデッキに戻すことで、そのモンスターの召喚に必要な数だけ、生け贄を喚ぶことができる! ボクは――」
 手札のモンスターを召喚するために必要な生け贄は3体。それを用意するために選ぶべきカードは、ただ1枚しかない。
「ボクは――このカードをデッキに戻し、3体のトークンを特殊召喚するよ!!」
「!? そのカードは……?」
 遊戯が提示したカードは、闇アテムの知らない名前のカード。そしてそれは、遊戯にとっても同じこと。
 手札のカードと同様に、正体不明の1枚。


紅の天空竜  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
Xにはプレイヤーの手札が入る。
相手プレイヤーがフィールド上にモンスターを召喚したとき
手札を1枚捨てることで、そのモンスターに
2000ポイントのダメージを与える。
攻X000  守X000


 『紅の天空竜』をデッキに戻すと同時に、遊戯のフィールドに3体の“霊魂”が出現する。
 戦闘能力を持たぬ3つの魂。しかしその全てが、次なる一手の布石となる。
「ボクは! “リバイバルトークン”3体を生け贄に捧げて――『蒼の巨神兵』を召喚!!」
 地響きとともに、姿を現す。
 召喚されし巨人の姿は、“オベリスク”のそれに相違ない。蒼き屈強なる巨躯が咆哮を上げ、大地を大きく震わせた。


蒼の巨神兵  /地
★★★★★★★★★★
【戦士族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
自分のターンに1度、自分の場のモンスター2体を
生け贄に捧げることで、そのターンの間、
元々の攻撃力が2倍になる。
この効果を発動したターン、このカードの戦闘により
相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。
攻4000  守4000


 だが――それだけだった。
 遊戯にも闇アテムにも、すぐに分かってしまった。この蒼き巨人には“神威”が無い。純粋な戦闘能力においても、本来の“オベリスク”には一段劣る。
 そもそも闇アテムのフィールドには、攻撃力2万4千ポイントの“カーカス・カーズ”がいるのだ。纏う“神威”も、“ラー”のそれを遥かに凌駕する。
 従来の“オベリスク”であったとしても歯が立たないのに、それが弱体化したなどと――優劣は火を見るより明らかだ。
「…………ッ!!」
 遊戯は顔を歪めた。
 ここまでは一本道。しかしここで、遊戯は選択しなければならない。
 決闘盤のカードから指を離さぬまま、彼は葛藤する。そしてその果てに、カードの向きを横にずらした。
「ボクは『蒼の巨神兵』を……守備表示で、召喚」
 震える声で告げる。
 これが現実だ。攻撃力値も守備力値も4000ポイント、“カーカス・カーズ”とは6倍の差がある。
(アクナディンはこれを……“希望”ではなく“絶望”と呼んだ。けれど、こうも言った……ボクだけの“一縷の道”だと!)
 頭を必死に振り絞る。
 手札にも墓地にもデッキにも、もはや頼れるカードは無い。プレイできるカードは無い。
 闇アテムは次のターン、追撃のモンスターを出すだろう。遊戯のライフは残り100ポイントのみ、それを許せば確実に敗ける。
(この“オベリスク”が倒された瞬間に……ボクは敗ける。次のターンは無い)
 攻守ともに4000、本来なら十分すぎるステータスを持つ巨人を、しかし遊戯は頼りなげに見上げた。
 攻撃力2万4千もの攻撃には、どう考えても耐えられない――“このオベリスク”では。
(――……!? この、オベリスク……?)
 その瞬間、遊戯の脳裏をよぎったのは、前の闇アテムのターンでのこと。
 可能性はある、ただ一つだけ。
 アクナディンはこうも言った――“多くのものを失う”と。かつての彼と同じように。
「……ターン、終了だよ」
 唾を飲み込む。
 優れぬ表情で顔を上げ、遊戯は覚悟を決めた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:蒼の巨神兵(守4000)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻24000)
手札:0枚


「オレのターン……ドロー!」

 ドローカード:死者蘇生

 ドローカードを一瞥してから、闇アテムは遊戯のフィールドを見据える。
 “オベリスク”に酷似した謎のモンスター、『蒼の巨神兵』。しかし彼には、それが脅威になるとは到底思えなかった。
 “カーカス・カーズ”の一撃で、確実に塵に出来る――その確信を抱いた上で、カードを発動する。
「魔法カード『死者蘇生』! オレは『ダーク・スカル・デーモン』を……攻撃表示で蘇生召喚!」
 “死神”により『ブラック・ダーク・マジシャン』の復活が封じられている今、自分の墓地から、次点で強力なモンスターを選択する。
 闇アテムのフィールドに、2体のモンスターが立ち並んだ。
 墓地のモンスターが減ったことで、“カーカス・カーズ”の攻撃力は2万3千に下がる――だがそれだけの話だ。圧倒的数値差は埋まりようがない。


ダーク・スカル・デーモン  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
闇属性モンスターを生け贄にして生け贄召喚に
成功したとき、場のカードを1枚破壊できる。
攻2500  守1200


「………………」
 遊戯は俯いたまま、動かない。
 幾度となく足掻き続けた彼も、今度こそ本当に観念したのだろう――否応なくそう判断し、闇アテムは告げた。
「本当によくやったよ……お前でなければ、とうにケリはついていた。紛れもなく、この地上で最強のデュエリストだ……“人間”としては」
 闇アテムは右手を挙げ、宣言する。
 “カーカス・カーズ”はそれに呼応し、高く鋭い嘶きを上げた。
「『魔神 カーカス・カーズ』よ――『蒼の巨神兵』を攻撃! “呪魂砲−カーシド・フォース−”!!」
 暗黒龍は口を開き、その先に“呪い”を収束させる。
 同時に、遊戯は右掌をつくり、決闘盤のカードに重ねた。デッキにではない――重ねたのはフィールドのカード、『蒼の巨神兵』。
 それは先のターン、闇アテムがとったものと同じ所作だ。恐らくは彼が、自らの力を注ぎ込むことで――“カーカス・カーズ”は真の力を解放した。
(……『オベリスクの巨神兵』。これは“彼”が、バトルシティを勝ち抜いて得た……最強の1枚)
 劣っているとは思えない。
 “三魔神”と“三幻神”は、あくまで同格の“神”なのだ――優劣があるとすれば、それはプレイヤー。人間と神の格差。
(……ありったけの全てを。ボクの魂の全てを、この1枚に込めて……!)
 そっと目を閉じる。
 魂を強く持ち、加速させる――己の“時間”を糧として。

 ――パァァァッ……

 遊戯の全身から少しずつ、金色の光が漏れ出す。
 かすかなその光は、遊戯の周囲を包んでいく。それに共鳴するかのように、中空を舞う“千年聖書”のウジャトが瞬く。
(そうだ……思い出すんだ、あのときの感覚を)
 それは半年前、アクナディンとのデュエルでのこと。
 石化した『ブラック・マジシャン』を蘇らせるため、遊戯はこの力を解放した。“死神”の呪いを凌駕するほどの“魂(バー)”を、ただ1枚のカードに注ぎ込んだ。

「見事な“魂”だ……が、無駄な足掻きだ」
 闇アテムは眉ひとつ動かさない。
 “カーカス・カーズ”は呪いを束ね、解放する――圧倒的な威力をもって。

 ――ズドォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 攻撃力2万3千の砲撃が、守備表示の“オベリスク”を強襲する。
 同時に、“聖書”のウジャトが強く輝いた。その強力な“魔力(ヘカ)”をもって、遊戯とともに、“オベリスク”を限界まで強化する。
 だが――それはあまりにも儚い、空虚な悪足掻きに過ぎない。

 ――ビキッ……ビキキキキッ!!!!

 蒼き巨人は腕を交差し、身を固め、砲撃を正面から受け止める。しかしその全身には、たちまち亀裂が走った。
 遊戯の“魂”を注ぎ込み、“聖書”の“魔力”を注ぎ込み――それでも全く足りない。人間と神の間には、あまりにも格差があり過ぎる。
(ダメだ……もっと強く! もっと速く!! 限界まで絞り出すんだ!!!)
 “オベリスク”があと何秒もつかも分からない――遊戯は焦燥に駆られ、いたずらに“魂”を速める。全身から溢れ出た光が勢いを増し、“穢れ”をはらんで黒く濁る。
 それでは駄目だ。
 それこそが“王の遺産”の欠陥――“魂”の強さとは、その“質”と“量”の乗算で決まる。どれほど量を増やそうとも、穢れてしまっては意味が無い。
 その刹那、“千年聖書”は異なる輝きを見せた。
 その身に残った“彼女”の記憶を、彼に直接流し込む。



『――覚えておいてください。この先、どんなことがあろうとも……私はアナタの“味方”であると』



 昨日、大会が終わった後に、月村天恵はそう伝えた。
 忘れないで欲しいと――独りではないことを。たとえこの場に居なくとも、共に闘っていることを。



『私は……守りたい、この世界を。大切な人がいて、大切にしてくれる人がいて、やさしい人がいて、憧れる人がいて、そして愛しい人がいる――この世界を。そんなアナタ達がいる、大切な世界を』



 天恵の左手が、そして絵空の右手が、遊戯の右手に添えられる。
 遊戯の濁りは浄められ、その勢いは更に強まる。



『――心に光を灯せ……闇に屈するな。孤独は闇を助長する……忘れるな、お前たちには仲間がいる』



 シャーディーは言った。
 結束こそが勝利の鍵だと。

 ――城之内くん
 ――杏子
 ――本田くん
 ――獏良くん

 みんなが手を出し、輪をつくる。
 友情の輪――どんなに離れても変わらない、ボクたちの絆の証。

(そうだ……ボクは、ボクたちは独りなんかじゃない)

 ――独りでは勝てなくても
 ――人間は独りじゃない
 ――独りじゃないから、強くあれる

 ――繋がっている
 ――ボクは
 ――ボクたちは
 ――沢山の人たちと繋がっている
 ――だから

「だから……守るんだ! みんなとの“絆”を……人と人との繋がりを! 間違いだなんて思えない!!」

 そしてもうひとつ。
 背後から、もうひとつの手が添えられる。
 大丈夫、分かってる――“彼”のその手に応えるように、遊戯は微笑んでみせた。

「――蘇れ……っ」

 遊戯は、かっと目を見開く。
 同時に、彼の全身は強く輝く――黄金に。
 美しくやさしい、魂の光を。

「起動せよ――『大地神 オベリスク』!!!」

 ――カッ!!!!!!!!

 光が――“オベリスク”の全身を駆け巡る。
 今にも砕け散らんとしたその身体が、みるみるうちに修復してゆく。
 さながら不動の大地の如く――その身はもはや崩れない。どれほどの砲撃を受けようとも、微動だにすらしない。

「……馬鹿な……」
 闇アテムは唖然とする。
 そのときにはすでに、“カーカス・カーズ”の砲撃は収まっていた。

 これこそが――“光の三幻神”が一柱。
 大地の神“オベリスク”、その秘められし可能性。


大地神 オベリスク  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
守備表示のこのカードは戦闘では破壊されない。
また、このカードがフィールドに存在するとき、
相手は他の守備表示モンスターを攻撃できない。
自分の場のモンスター2体を生け贄に捧げたターン、
このカードは「∞」の攻撃力を得、
相手の場のモンスター全てに攻撃できる。

攻4000  守4000


<武藤遊戯>
LP:100
場:大地神 オベリスク(守4000)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻23000)ダーク・スカル・デーモン
手札:0枚


 遊戯は荒く息を吐いていた。
 自分が何をしたのか、何をしてしまったのか――それが分かる。
 青い顔で、思わず失笑してしまった。
(多分できたとして……あと一回、かな)
 アクナディンの言い残した通りだ。
 倒れる前とは違う。恐らくは十秒にも満たぬ瞬間に、こんなにも容易く。
 彼はその一瞬で、あまりにも失いすぎた――恐らくは“半分近く”を。あるべき命の“半分”を。
「……君のターンは……終わりかい? なら、ボクのターンだ」
 乱れた呼吸が整わぬままに、遊戯はカードをドローする。
 霞む視界でそれを確かめると、迷うことなく場に喚び出す。
「『磁石の戦士β』を守備表示で召喚し……ターン、終了だよ」
 闇アテムは目を見張った。
 遊戯は新たにモンスターを召喚した――しかし“オベリスク”の巨躯に阻まれ、その姿を確認できない。
(オベリスクを倒さない限り、他のモンスターを狙うことはできない……ということか)
 厄介だな、そう呟くと、闇アテムはデッキに指を伸ばした。


<武藤遊戯>
LP:100
場:大地神 オベリスク(守4000),磁石の戦士β(守1600)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻23000)ダーク・スカル・デーモン
手札:0枚


(こちらの一撃に“オベリスク”は特殊能力で耐えた……つまりその“階級(ランク)”は、今や“カーカス・カーズ”と同格ということか?)
 にわかには信じがたい事態に、闇アテムは思案げにカードを引く。
 “千年聖書”の補助こそあれど、もはや人間業とは思えない。たとえ遊戯が、どれほどの代償を支払っていたとしてもだ。
(多少のリスクを負ってでも……もう一度、試すべきか)
「オレはリバースカードを1枚セットし――そして!」
 闇アテムは“オベリスク”を睨み、高らかに宣言した。
「『魔神 カーカス・カーズ』の攻撃――“呪魂砲−カーシド・フォース−”!!」

 ――ズドォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 激烈なる砲撃が、再度“オベリスク”を直撃する。
 その巨躯によって、さながら盾の如く、“オベリスク”は攻撃を一身に受ける。
 そしてその結果は同じだ。大地の化身として、その身はもはや砕けない。いかなる攻撃をも受け止めきる。
「……!! オレは『ダーク・スカル・デーモン』を守備表示に変更して――ターンエンドだ!」
 よもやメッキではあり得ない。
 眼前にそびえる蒼き巨人は、疑う余地なき“本物”だ――闇アテムはそれを理解し、同時に、武藤遊戯への懐疑を強めた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:大地神 オベリスク(守4000),磁石の戦士β(守1600)
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 カーカス・カーズ(攻23000)ダーク・スカル・デーモン(守1200),伏せカード1枚
手札:0枚


(“カーカス・カーズ”を攻撃表示で残した……!? これは)
 一方の遊戯は、勝機を見出す。
 このデュエルで恐らく初めて訪れた、千載一遇の好機。逸る気持ちを抑えながら、デッキのカードを掴む。
「ボクのターン――ドローッ!!」
 ドローカードを確認し、遊戯は一瞬迷う。
 ここでそのカードを使うことは、自身のリスクを高めることにも繋がる。
 しかし最早、長期戦はあり得ない――遊戯は決断し、ドローカードを発動した。
「魔法カード『天よりの宝札』! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、カードをドローする!!」
 2人の手札はともに0枚。
 6枚ものカードを引かせることは危険だが、それはお互い様とも言えよう。
 そして彼の手札には、期待通り、望むカードが舞い込んだ。
「ボクは『クィーンズ・ナイト』を守備表示で召喚し……そして! 『大地神 オベリスク』を攻撃表示に変更!!」
 “オベリスク”の無敵能力が適用されるのは、守備表示のときだけだ。ましてや残りライフ100の遊戯が、攻撃表示を晒すことは間違いなくリスキー。
 だが遊戯にはいずれ、自分から仕掛ける覚悟が求められる。元より守備表示のままでは勝てないのだから。
 攻撃力4000ポイントの“オベリスク”が、攻撃力23000ポイントの“カーカス・カーズ”に攻撃を仕掛ける――そのための布石はすでに、遊戯のフィールドに揃えられた。
「モンスター2体を生け贄に捧げ――“オベリスク”の特殊能力発動!! “ソウル・エナジーMAX”!!!」

 ――ドシュゥゥゥゥゥッ!!!!

 『磁石の戦士β』と『クィーンズ・ナイト』その2体を生け贄に、“オベリスク”の最上級能力が発動する。
 “オベリスク”の両の拳が、激しく火花を散らす。それぞれに2体の魂を宿し、強い光を発する。

 大地神 オベリスク:攻4000→攻∞

 “カーカス・カーズ”の攻撃力を超える、遊戯のデッキで唯一の手段――これこそがその答え。
 どれほどの数値を持とうとも超えようがない、加減算不可能な「無限」の一撃。
「『大地神 オベリスク』の攻撃――“ゴッド・ハンド・インパクト”!!!」

 ――ズゴォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 “オベリスク”の両拳から放たれた、強烈なる光の波動が――闇アテムのフィールドを焼き尽くした。




決闘180 命の一滴まで

 爆音に紛れて嘶きが響く。
 あまりに激しい発光に、視界はすぐには回復しない。そんな中で聴こえたそれは、否応なく遊戯に“断末魔”を期待させた。
(やったか……っ?)
 息を切らせて刮目する。
 遊戯が期待するのは2つ。魔神“カーカス・カーズ”の撃破と、このデュエルにおける勝利。
「――やるな相棒……だが」
 白光の中から、声が響いた。
 晴れた視界の先にはもう、巨大な呪龍の姿はない。しかし闇アテムは悠然とたたずみ、彼のフィールドでは伏せカードが開かれていた。


ダメージ・リリース
(罠カード)
自分へのダメージ発生時に発動する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚めくり、その中のレベル4以下の
モンスターを全て特殊召喚する(それ以外のカードは全て墓地へ送る)。
この効果による特殊召喚に成功したとき、そのダメージを0にする。
この効果で特殊召喚したモンスターは戦闘を行えず、他のカードの
効果を受けず、また、自分のターンの終了時にデッキに戻る。


「このトラップの効果によりオレは、モンスターを特殊召喚することで、自分へのダメージを0にすることができる。来い……『クィーンズ・ダーク・ナイト』!!」
 黒の女剣士が現れ、屈んで守備体勢をとる。闇アテムはその後、デッキから共にめくった2枚のカードを墓地へと送った。
 このターン、“オベリスク”の特殊能力を発動しながらも、闇アテムのライフを0にすることはできなかった。しかし戦果はある。魔神“カーカス・カーズ”を葬ることができたのは極めて大きい。
 遊戯の瞳には落胆よりも、希望の色が強く宿った。
(ライフ差は依然として歴然……でも! 立場は完全に逆転した)
 遊戯は頼もしげに、自分フィールドの“神”を見上げる。
 『大地神 オベリスク』、その形貌は『オベリスクの巨神兵』と変わりない。しかしその全身の回路は、遊戯の“魂”により黄金に明滅し続けている。
 極限まで“神威”を増した“オベリスク”は、たとえ闇アテムといえども容易には突破できまい。そう――次なる“魔神”を喚ばれでもしない限りは。
(彼のフィールドにモンスターは1体だけ。そう簡単に“次”は喚べないハズ。このまま押し切れれば……!)
「――ボクはカードを1枚セットし、ターン終了だよ!」
 それは遊戯らしからぬ、あまりに浅薄な楽観視だ。
 しかしそれも詮方ないこと。彼が支払った“代償”を踏まえれば――次のターンの悪夢など、正気で予想ができようものか。


<武藤遊戯>
LP:100
場:大地神 オベリスク,伏せカード1枚
手札:4枚
<闇アテム>
LP:4000
場:クィーンズ・ダーク・ナイト(守1600)
手札:6枚


(『大地神 オベリスク』……確かに厄介な能力だが、死角はある。それは攻撃を仕掛けた後、否応なく“攻撃表示”で相手ターンへ移行してしまう点……)
 新たな“オベリスク”が無敵の戦闘耐性を誇れるのは“守備表示”のときのみ。つまりこのターン、“オベリスク”が攻撃表示の今こそが、その鉄壁を破壊できる絶好のタイミング。
「オレのターン――ドローッ!!」
 カードを引く手に力が入る。
 この無二の好機を逃す手など無い――彼の手には当然の如く、次なる切札が舞い込んだ。

 ドローカード:FIEND -BLOOD DEVOURER

「オレはまず……『クィーンズ・ダーク・ナイト』の特殊能力を発動! 手札から『キングス・ダーク・ナイト』を、守備表示で特殊召喚!」


クィーンズ・ダーク・ナイト  /闇
★★★★
【戦士族】
1ターンに1度、手札から
「キングス・ダーク・ナイト」1体を特殊召喚できる。
攻1500  守1600


キングス・ダーク・ナイト  /闇
★★★★
【戦士族】
1ターンに1度、手札から
「ジャックス・ダーク・ナイト」1体を特殊召喚できる。
攻1600  守1400


 黒い妃と王が並ぶ。
 まさか――その瞬間、遊戯の脳裏をよぎった危惧は、すぐに現実のものとなる。
「さらに『キングス・ダーク・ナイト』の特殊能力! 手札から『ジャックス・ダーク・ナイト』を、守備表示で特殊召喚!!」


ジャックス・ダーク・ナイト  /闇
★★★★
【戦士族】
1ターンに1度、手札から
「クィーンズ・ダーク・ナイト」1体を特殊召喚できる。
攻1800  守1200


 クィーン・キング・ジャック、三剣士が並び立ち、その剣先を頭上で合わせる。
 “絵札の三銃士”――それは“彼”も使用した、神召喚への布石。生け贄たる3体を揃えるための、モンスター三連コンボ。
(しかもこのターン……彼はまだ、モンスターを通常召喚していない)
 戦慄が、遊戯の背筋を駆け抜ける。
 闇アテムはドローしたばかりのカードを、右手で勢いよく振り上げた。
「オレは! クィーン・キング・ジャック、“闇の三銃士”を生け贄に捧げ――召喚!!」

 ――バチィィィッ!!!!!

「――『魔神 ブラッド・ディバウア』」
 風が、強く吹き荒れる。
 捧げた3つの命は渦となり、それは一つの“竜巻”となる。
 闇アテムは右掌を、そのカードに重ねた。“カーカス・カーズ”のときと同じだ――神たる彼の力が注がれることで、“魔神”は真なる威光を示す。
「さあ、姿を見せよ――『魔神 ブラッド・ディバウア』!!」

 ――ドクンッ!!!!

 竜巻が爆ぜ、その中から“悪魔”が姿を現す。
 “オベリスク”と同じく筋肉質な、しかし異なる真紅の巨体。ヤギのように湾曲した二本角を持ち、裂けた口から鋭い牙を覗かせる。赤い双眸がギョロリと動き、“オベリスク”と遊戯を一睨した。


<武藤遊戯>
LP:100
場:大地神 オベリスク,伏せカード1枚
手札:4枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 ブラッド・ディバウア
手札:4枚


(――ッ! 『魔神 ブラッド・ディバウア』……このカードは!!)
 “カーカス・カーズ”と同じく、初見ならざるモンスターの登場に、遊戯は警戒を強める。
 城之内とマリクの奮闘により、その存在はすでに知れていた。その特殊能力は、場のモンスターを捕食することで、自らのステータスを向上させるというもの――“カーカス・カーズ”の前例も踏まえれば、同系統の能力があると推察できる。
(でも……他にフィールドに存在するモンスターは“オベリスク”のみ。どんなに強力な特殊能力でも、この“オベリスク”に通じるとは思えない)

 ――“捕食”という能力は恐らく、格下の者のみを対象可能とする力だ。
 “カーカス・カーズ”と同様に、“ブラッド・ディバウア”の神威も凄まじい。しかしそれでも、今の“オベリスク”とは同格のハズだ。

(捕食対象がいない以上、2体の攻撃力は互角。となれば次の戦術は――)
 ――相打ち狙いの特攻、そんなところだろうか。
 ここで“オベリスク”を失うのは確かに痛いが、それで闇アテムのフィールドもガラ空きとなる。ならばまだ五分止まり、遊戯はそう考える。
 しかし、
「――それはどうかな。お前は大きな誤解をしている。“ブラッド・ディバウア”の本質は、生者を喰らうことじゃない……」

 ――ズボォォォォォッ!!!!

 突如として、地中から風が噴き出す。
 “ブラッド・ディバウア”の足元から発生したそれは、同時に何かを押し上げた。
「!!? な、それは……」
 唐突に飛び出したモノの正体に、遊戯は驚きのあまり両眼を見開く。
 それは『ブラック・ダーク・マジシャン』の――死体。
 “死神”により斬殺され、血まみれとなった遺体。“ブラッド・ディバウア”はそれを右手に掴むと、おもむろに口内へと運んだ。
「『魔神 ブラッド・ディバウア』の特殊能力発動――」

 ――グチャリ……グチャリッ……!!!

 生々しい咀嚼音が響く。口の端からダラダラと、赤い液体が垂れ流れる。
 その凄惨なる光景に、遊戯は吐き気を催した。侮蔑と嫌悪を瞳に滲ませ、その魔神と闇アテムを睨む。
「――必要なことだったのさ。かつてあのとき、この地上は屍に覆われていた。数多の死体は呪いをはらみ、疫病を生み、世界を穢す。ヒトが再び生きられるようにするには、速やかに処理する必要があった」

 ――紅き悪魔は死骸を貪り
 ――呪いの龍は魂を昇華した

 仮にこの2体の存在がなければ、この世界に再び人間が殖えることはなかったであろう――たとえその存在が、邪なるものであろうとも。


魔神 ブラッド・ディバウア  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
1ターンに1度、お互いの場または墓地のモンスター1体を
ゲームから除外し、その攻撃力・守備力をこのカードに加算する。

攻4000  守4000


魔神 ブラッド・ディバウア
攻4000→6500
守4000→6100


 咀嚼物を呑み込み、“ブラッド・ディバウア”は恍惚たる笑みを浮かべる。そこには殊勝な使命感などなく、俗悪なる欲望の色しかない。
 口元を赤い鮮血で濡らしたまま、次なる獲物を求め、彼は狂気の瞳で“オベリスク”を射抜いた。
「いけ、“ブラッド・ディバウア”――『大地神 オベリスク』を攻撃!!」
 紅き魔神は右拳を握り込む。するとそれは風を纏う。
 暴風の拳を大きく振り上げ、蒼き巨人へと狙いを定める。
「く……反撃だ、オベリスク!!」
 遊戯に言われるまでも無く、オベリスクもまた右拳を握り込み、振り上げていた。

「砕け――“ゴッド・ハンド・クラッシャー”!!!」
「抉れ――“ブラッディー・クラッシャー”!!!」

 ――ズギャァァァァァァァッ!!!!!!!!

 二神の間に“格”の差はない。しかし確固たる攻撃力差により、勝敗は決する。
 渦巻いた烈風が、蒼き右拳を砕き、“オベリスク”の右半身を抉り取る。亀裂はすぐに全身まで巡り、大地の化身は崩壊し、消滅した。
「――っっ!! リバースカードオープン『二重罠(ダブル・トラップ)』!!」
 その余波が自身を襲う直前に、遊戯は場のトラップを開いた。


二重罠
(罠カード)
1ターン前に相手が使ったすべての罠カードを使うことが
できる(発動タイミングは正しくなければならない)。


「このカードの効果により、君の墓地のトラップカード『ダメージ・リリース』を発動させる!!」
 二神の攻撃力差は2500ポイント、本来であればその数値分のダメージが発生し、遊戯のライフは0となる。
 しかし罠カード『二重罠』の効果により、先に闇アテムが発動した『ダメージ・リリース』が発動される。発生したダメージはそれに吸収され、遊戯のライフは守られた。
(でも……これだけじゃダメだ。デッキからモンスターを特殊召喚しないとだし、それに……)
 これで遊戯のフィールドはガラ空き。対して、闇アテムのフィールドには、攻撃力6500ポイントの“ブラッド・ディバウア”が君臨する。
(喚ぶしかない……次の“神”を! そして――)
 遊戯の手札にはすでに、『天よりの宝札』により呼び込んだ“紅の竜”が眠っている。
 それを召喚する、しかしそれだけでは足りない。“オベリスク”のときと同じように、その神威を極限まで引き上げねばならない――自分自身の“命”で。
「…………っ」
 右手が微かに震える。
 その指先でデッキに触れ――遊戯は驚き、それを凝視した。

 ――デッキが薄い。
 先の『天よりの宝札』による大量ドローで、デッキ残数は驚くほど減っていた。
 枚数にして残り7枚――それが彼の生命線。
 加えて『ダメージ・リリース』の効果により、さらに3枚が失われる。
 このデュエルの終焉は、すぐそこにまで近付きつつある。

(このまま“オシリス”を召喚すれば……多分ボクは、もう)
 “オベリスク”召喚時のことを踏まえれば、その代償は想像がつく。

 ――このデュエルに勝利したとして、果たして……自分には“何年”が残るだろうか?

 時を歪めた代償。加速し過ぎた時間は、もはや取り戻せない。
 みんなにはある日常が、もう自分にはない。
 怖い――恐ろしい。

「……もう――いいだろう、相棒」
「……!?」
 遊戯は顔を上げる。
 闇アテムは全てを看過し、諌めるように彼に告げる。
「お前がこのデュエルでどれほどの代償を支払ってきたか……想像するに余りある。だからもうやめろ。たとえお前が勝ったとしても、お前に一体何が残る?」
「…………!」
 口を、きゅっと結ぶ。
 顔を俯かせ、右拳を握る。カードを掴んだ左手が垂れる。

 友情の輪――みんなでつくった友情の証
 たとえその輪の中から、ボクだけがいなくなっても
 それでも

「それでも……いい。ボクは」
 遊戯は顔を上げる。
 今度は震えない右手で、デッキから3枚をめくる。
 これで残るデッキは4枚。
 彼の命が尽きるまで、たったの4枚。
「ボクは『ダメージ・リリース』の効果で――3体のモンスターを特殊召喚! 来いっ!!」
 『磁石の戦士γ』、『ジャックス・ナイト』、『磁石の戦士α』――3体のモンスターが立ち並ぶ。
 これで場のモンスターは3体。次なる“神”召喚への布石は整った。
「……っ。相棒、お前は――」
 次は遊戯のターン。
 真っ直ぐ指を伸ばす――デッキへと。
 そして全ての迷いを振り切り、闇アテムをはっきりと見据えた。

「――ボクはきっと死ぬ。それでも……みんなには未来(あす)を生きてほしいんだ」

 それは悲壮なる覚悟。
 終わりへ向けて、カードを引き抜く。
 遊戯はそれを見つめ、手札に加えると、その中から1枚を選び、振り上げた。
「ボクはモンスター3体を生け贄に捧げて――召喚! 『紅の天空竜』!!」
 大気が震え、天が轟く。
 雷鳴とともに、竜は舞う。
 鮮烈なる真紅。蛇のごとく長い胴はとぐろを巻き、双翼を広げる。
 紅き飛竜は高く嘶き、紅の悪魔を牽制した。


紅の天空竜  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
召喚時、3体の生け贄が必要。特殊召喚できない。
Xにはプレイヤーの手札が入る。
相手プレイヤーがフィールド上にモンスターを召喚したとき
手札を1枚捨てることで、そのモンスターに
2000ポイントのダメージを与える。
攻X000  守X000


 遊戯は息を大きく吸い込む。
 大丈夫、やれる――自分にそう言い聞かせ、そのカードに右掌を重ねた。
「――蘇れ……っ」
 全身から、黄金の光が滲み出す。
 時間を糧に、彼は叫ぶ――命を輝かせ、“神”に捧げる。
 自分自身を贄として。
「起動せよ――『天空神 オシリス』!!!」

 ――カッ!!!!!!!!

 黄金の輝きが――“オシリス”の全身を駆け巡る。
 頭から長い尾の先まで、全身の回路に光が走る。
 明朗たる神威を振り撒きながら、“オシリス”は高らかなる咆哮を上げた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス
手札:4枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 ブラッド・ディバウア(攻6500)
手札:4枚




決闘181 天空神−オシリス−

 ――武藤遊戯はその瞬間、世界が遠くなるのを感じた。

 視界は光を失い、音が遠ざかる。
 左手は触覚を失い、手札が足元に散らばる。

 意識が飛んだ。
 身体は平衡性を失い、前のめりに崩れてゆく。

 ――キィィィィィン!!!

 “千年聖書”のウジャトが鳴く。
 次の瞬間、遊戯は意識を取り戻し、右足を踏み出して転倒を免れた。
「――ッ!! はぁ……っ」
 止まりかけた呼吸をし、周囲を見返す。
(……手札、は?)
 焦点の定まらぬ目で、足元を見つめる。
 片膝をつき、ぎこちない手つきでカードを拾う。
 モンスター・魔法・罠カードが1枚ずつ、そしてこのターンでドローした『黄金の翼神竜』――合計4枚のカードを拾う。
 今、遊戯のフィールドに君臨する“天空神”には、この手札が肝要なる意味を持つ。その神の攻撃力は、遊戯の手札枚数により決定される。
 手札は4枚。よって――その攻撃力は、4000ポイントだ。


天空神 オシリス
攻:4000
守:4000


(身体が重い……まるで、自分のものじゃないみたいだ)
 カードを拾い終え、遊戯はよろよろと立ち上がる。

 加速し過ぎた魂は、肉体との間に齟齬を起こす。
 魂は肉体から剥がれ始め、違和感が増してゆく。
 五感は鈍化の一途を辿る。

(……多分ここが打ち止め。この“オシリス”の力で――ケリを付ける!!)
 遊戯は決死の眼差しで、眼前の紅き悪魔を見据えた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻4000)
手札:4枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 ブラッド・ディバウア(攻6500)
手札:4枚


(“オシリス”は先出し有利のモンスターだ。“召雷弾”を撃てない以上、手札枚数を増やす以外に手は無いハズだが……)
 かつての使用者たる記憶を辿り、闇アテムは“オシリス”を分析する。
 しかしそれは古いデータに過ぎない。『大地神 オベリスク』と同様に、『天空神 オシリス』には新たな特殊能力がある。
 それを発動するために――遊戯は肝要なるはずの手札を、自ら墓地へと送った。
「手札を1枚捨てることで……『天空神 オシリス』の特殊能力発動! 相手フィールドのモンスター全てに、2000ポイントのダメージを与える!!」


天空神 オシリス  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
Xにはプレイヤーの手札が入る。
フィールドにモンスターが召喚・特殊召喚されたとき、
以下の効果を発動できる。
また、手札を1枚捨てることでも、以下の効果を発動できる。
●相手の場のモンスター全てに2000ポイントのダメージを与える。

攻X000  守X000


 “オシリス”最大の特徴として、上下に並んだ2つの口がある。
 その上部、“第二の口”が開かれ、その内部に雷が収束される。
 遊戯は右腕を掲げると、宣言とともに振り下ろした。
「放て――“召雷弾”!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!!

 放たれた雷撃が、悪魔の全身を焼き焦がす。
 悪魔は呻き声を上げ、身体が揺らぐ。
 しかしこれは痛み分けだ。本来とは異なるタイミングでの“召雷弾”は、オシリスの消耗を避けられない。


天空神 オシリス
攻:4000→3000
守:4000→3000

魔神 ブラッド・ディバウア
攻:6500→攻4500


(でも……少しずつでも差は縮まる。これなら!)
 遊戯は3枚の手札から、新たに2枚を選び出す。
 “ブラッド・ディバウア”は“カーカス・カーズ”とは違い、ターンを置くごとに脅威を増す“魔神”だ。故にこのターンで勝負を決める。能力をフルに使い、紅の悪魔を猛追する。
「さらに手札を2枚捨て――オシリスの特殊能力発動!!」
 再び“第二の口”が開かれ、手負いの悪魔に追撃を仕掛けた。
「連続――“召雷弾”!!!」

 ――ズガガァァァァァンッッッ!!!!


天空神 オシリス
攻:3000→1000
守:3000→1000

魔神 ブラッド・ディバウア
攻:4500→500


 二連続の雷撃を浴び、“ブラッド・ディバウア”は膝を折る。
 これで2体の優劣関係は逆転した。オシリスは“第二の口”を閉じると、下部の口を大きく開く。
 攻撃力1000対攻撃力500、一見するに低レベルだが、2体の“神威”はそう思わせない。周囲の大気を大きく震わせ、今、激突の瞬間を迎える。
「『天空神 オシリス』――『魔神 ブラッド・ディバウア』を攻撃!!」
 オシリスの“第一の口”に、雷撃が収束されてゆく。
 弱りきった悪魔に向けて、それを砲撃として放つ。
 いや、放とうとした――その瞬間、
「――この瞬間……“ブラッド・ディバウア”の特殊能力発動」
「!!?」

 ――ズボォォォォォッ!!!!

 予想外のタイミングで再び、悪魔の足元から風が噴き出す。
 闇アテムは少しだけ逡巡し、その対象を宣言する。
「対象は『ダーク・スカル・デーモン』……その血肉を貪ることで、攻撃力・守備力を得る」
 今現在、選択不可能な“神”を除けば、墓地に存在する最も強力なモンスターは、遊戯の『ブラック・マジシャン』だ。
 しかし彼は、それを選ぶことを躊躇った。“アテム”としての記憶が、それを拒んだ。
「“ブラッド・ディバウア”の特殊能力……相手ターンには発動できないと踏んだか? 詰めが甘いな」
 自身の甘さを隠すように、彼は不敵にそう告げる。
 紅き悪魔の風に押し上げられ、『ダーク・スカル・デーモン』の死骸が掘り起こされる。
 “ブラッド・ディバウア”はそれを右手に掴み、口内へと放り込んだ。

 ――グチャリ……グチャリッ……!!!

 顎に青い血をしたたらせ、美味そうに貪る。
 呑み込むと立ち上がり、赤眼を輝かせる。次なる獲物を喰らうべく、眼前のドラゴンを凝視する。


魔神 ブラッド・ディバウア
攻:500→3000
守:4100→5300


「これで終わりだ……迎撃せよ、“ブラッド・ディバウア”!!」
 悪魔は右拳を握り、その腕は暴風を纏う。
 このバトルが成立すれば、ここで終わりだ。“オシリス”は砕かれ、遊戯のライフは散る。いよいよ決着がつく。
 だがこの瞬間にこそ、遊戯はニッと笑みを漏らした。
「――それはどうかな」
 遊戯は躊躇うことなく、手札から最後のカードを発動した。
「魔法カード発動――『冥府よりの宝札』! このターン、手札から墓地に送ったカードを全て手札に戻す!!」


冥府よりの宝札
(魔法カード)
このターン、お互いのプレイヤーがコストとして
手札から墓地に送ったカードを全て持ち主の手札に戻す。
この効果で手札に戻したカードはこのターン、プレイできない。


 墓地から、3枚のカードを手札に戻す。これにより“オシリス”の攻撃力は回復し、“ブラッド・ディバウア”に比肩する。


天空神 オシリス
攻:1000→3000
守:1000→3000


「まだだ! さらに手札を1枚捨て――オシリスの特殊能力発動!!」


天空神 オシリス
攻:3000→2000
守:3000→2000


 “第一の口”に雷撃を溜めながら、さらに“第二の口”が開く。そこから放たれる雷の矢が、紅の悪魔を撃ち貫く。
「――“召雷弾”!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!!

 4度目の雷撃、それによりさらに2体の優劣は覆る。
 目まぐるしく変化する戦局。その鍔迫り合いに、遂に終止符が打たれた。


魔神 ブラッド・ディバウア
攻:3000→1000


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻2000)
手札:2枚
<闇アテム>
LP:4000
場:魔神 ブラッド・ディバウア(攻1000)
手札:4枚


「今だ……! 『天空神 オシリス』の砲撃!! “超電導波サンダー・フォース”!!!」

 ――ズドォォォォォォッ!!!!!

 攻撃力値は2000、しかしそうとは思えない、強烈な電撃が悪魔を焼く。
 “ブラッド・ディバウア”は熱量に耐えられず、消し炭と化す。超過ダメージはプレイヤーを襲い、闇アテムに衝撃を伝える。
「――ぐあ……ッッッ!!!」
 闇アテムは顔を歪ませ、その身体はわずかに揺らいだ。


<闇アテム>
LP:4000→3000


 そして驚くべきことにこれが、このデュエル中、彼の受けた初ダメージでもある。
 デッキは残り3枚。この終盤に至ってようやく、遊戯は勝利への一歩を踏み出せたと言える。
(ライフ差はいまだ大きい……でも! この“オシリス”がいれば!!)
 攻撃力値はわずかに2000、しかし十分だ――“オシリス”の特殊能力があれば。
「ボクはこれで――ターンエンドだ!!」
 遊戯は確固たる自信を胸に、声高にエンド宣言をした。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻2000)
手札:2枚
<闇アテム>
LP:3000
場:
手札:4枚


(……やられたな。まさか“ブラッド・ディバウア”まで破られるとは。この状況、不利なのは明らかにオレの方だ)
 闇アテムは“オシリス”を見上げ、眉をひそめる。
 この戦況はまさしく、“オシリス”が真価を発揮する好形と言えよう。
 “召雷弾”は後続のモンスターを悉く潰し、反撃も時間稼ぎも許さない。ましてや“神威”を増した今の“オシリス”ならば、紛れもなく死角無き布陣と言えよう。
(オレの手札には守備力2600の『ダーク・シールド・ガードナー』もいる。壁にすれば次のターン、何とか生き残れるかもしれないが……)
 闇アテムは視線を手札に落とし、そして外した。
 潮時だな、小さくそう呟いた。
「……オレのターン。カードをドローし、そのまま……ターンエンドだ」
「!!? な……っ」
 闇アテムは何らの動きも見せない。
 あまりに予想外のその事態に、遊戯は両眼を大きく見開く。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻2000)
手札:2枚
<闇アテム>
LP:3000
場:
手札:5枚


 闇アテムの手札は5枚。ならばせめて、牽制にリバースカードをセットするくらいは出来たはずだ。
 しかし彼は、それさえもしなかった。そもそも最後のドローカードに、微塵の期待も示さなかった。
(諦めた……? いや違う、多分これは……!)
 遊戯の記憶が警鐘を鳴らす。彼の脳裏に蘇ったのは、今日の城之内のデュエル。シン・ランバートが召喚した“最後の魔神”の姿。
(召喚条件は“ライフを0にする”こと……! どうする!? 次のターンは様子を見るべき!? でも)
「……っ。ボクのターン、ドロー!」
 遊戯は険しい表情でカードを引く。
 これで“オシリス”の攻撃力は3000ポイント。闇アテムのライフポイントと一致する。攻撃を仕掛ければ恐らく、その数値を0にできる。


天空神 オシリス
攻:2000→3000
守:2000→3000


(デッキは残り2枚……ライフは残り100。迷う程の余裕も無い。攻撃を躊躇うわけにはいかない……!!)
 たとえ危惧した通りでも、布石はすでに打った。
 もう1枚のキーカードはデッキの中だが、次のターンでドローすればいい。
 遊戯は強く覚悟を決めると、闇アテムをきっと見据えた。
「いけ! 『天空神 オシリス』――“サンダー・フォース”ッ!!!」

 ――ズドォォォォォォッッ!!!!!

 “電導波”が闇アテムを直撃する。
 その電撃を一身に浴び、しかし彼は倒れなかった。

<闇アテム>
LP:3000→0

 魔神さえ消し飛ばした熱量を浴び、彼は脱力したように見えた。
 ライフはこれで0ポイント、常識で言えばこれで決着だ。
 しかし遊戯の予想通りに――闇アテムの眼は鋭く光り、“終焉”の切札を繰り出した。
「オレのライフが0になった瞬間――このカードを、“デッキ”から特殊召喚する」
「!! デッキの中から!?」
 遊戯の戸惑いになど構わず、闇アテムはデッキから自動的に抜け出たそのカードを、当然の如く決闘盤にセットした。
「――『魔神 エンディング・アーク』」

 ――ドクンッ!!!

 それは終わりの始まり。
 かつてこの世界を滅ぼした、“破滅の邪神”の姿。
 遊戯が視線を上げた、その上空には――巨大な漆黒の立方体が鎮座し、フィールド全体を見下ろしていた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻3000)
手札:3枚
<闇アテム>
LP:
場:FIEND -ENDING ARK
手札:5枚




決闘182 終焉の箱舟

 空高く、“天空神”さえも見下ろす位置に、その黒い物体は浮遊していた。
 物体――しかし、それは固体ではない。“箱”の形をした液体。一切の透明度を失った、汚れきった“泥水”。
(でも……何で液体なんだ? “箱舟”なのに)
 遊戯はそれを見上げながら、当然の疑念を抱く。名が体を表さない、不気味極まりない存在だ。
 そして彼が抱いたものは、疑念だけではなかった――シン・ランバートが召喚した際にも至った、奇妙な既視感。
(ボクはこのモンスターを……知っている……?)
 頭がひどく痛む。
 それは時間を加速し過ぎた代償か、それとも別の要因によるものなのか――遊戯には判らない。
 ただ、これは“箱舟”の本来の姿ではないのではなかろうか、そんな気がした。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻3000)
手札:3枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 エンディング・アーク
手札:5枚


「この瞬間、『魔神 エンディング・アーク』第1の効果適用……“箱舟”がフィールドに存在する限り、コントローラーは敗北しない! たとえライフが0になろうとも、な」
 闇アテムは高らかに宣言する。
 遊戯は改めて“泥水”を見上げ、表情を険しくした。
 これまでの2体の“魔神”とは明らかに違う。それから感じられるのは、“神威”ではなく“邪悪”――生きる者すべてを“破滅”へと導く、陰惨たるおぞましさ。
(これが“神”……? 三幻神と同格の存在だっていうのか!?)
 遊戯には納得できない。
 “カーカス・カーズ”も“ブラッド・ディバウア”も、それぞれが忌避すべき能力を持ちながらも、畏怖すべき“神威”をも発していた。“オシリス”や“オベリスク”と対をなす存在だと直感できた。
 しかし、この“エンディング・アーク”だけは違う――畏怖ではなく恐怖。三幻神よりもむしろ、その性質は“ゾーク・ネクロファデス”にこそ近い。

 遊戯の頭上で、千年聖書が意味ありげに瞬く。だが遊戯には、それに気づく余裕などない。そんな“時間”は最早、彼には残されていないのだから。

(どのみちこれが最後……! この魔神を倒せば、ボクの勝ちだ!!)
 遊戯は思考を切り替え、自身を奮い立たせる。右手を高く掲げて宣言した。
「でもこの瞬間……『天空神 オシリス』の特殊能力発動!! 特殊召喚された“エンディング・アーク”に対し、“召雷弾”を放つ!!」
 オシリスは“第二の口”を開き、その先に雷撃を収束させる。
 一考するにこれは無意味だ――“エンディング・アーク”は恐らく、“ラーの翼神竜”と同ランクの存在。かつての闇マリクとのデュエルの中、“ラー”に“召雷弾”は通用しなかった。
 それでも遊戯はこの一撃に、少なからぬ勝機を見込んでいた。その根拠は、城之内とシンのデュエル。『究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー』の雷撃が、上位神である『エンディング・アーク』を破壊した一幕。
(雷属性の攻撃は水属性に対し、より強い威力を発揮する……!!)
 それはM&Wのみならず、ほとんどのゲームに適用される定石。
 城之内はそれに則り、不可能を可能にしてみせた。ならば――と、遊戯もまたその可能性に賭ける。
「撃て、オシリス――“召雷弾”!!!」

 ――ズガァァァァァァンッッ!!!!

 渾身の雷撃が、黒色の立方体に直撃する。激しい光が視界を照らし、遊戯の両眼を晦ませる。
 “エンディング・アーク”は攻撃力・守備力ともに、数値を持たないモンスターだ。この一撃が決まれば恐らく、破壊することもできるはず――そう期待して、遊戯は目を凝らす。
 ――しかし“箱舟”に変化は無い。“ダーク・ライトニング・ソルジャー”のときのように、電撃が周囲に纏わる様子すらない。ただ何事もなかったかのように、“それ”はそこに佇んでいた。
(少しは効いているのか……? 表情も何も無いから、外見じゃ全然判断できない)
 遊戯は息を詰まらせる。そもそも“モンスター”と表現するには、あまりにも生気が無さすぎる。完全に無機質な存在なのだ。
「……無駄だ。“エンディング・アーク”は三魔神の中でも最高位に位置する。オシリスがどれほどの“神威”を放とうとも、この魔神には届かない。さらに第2の特殊能力により―― 一切の戦闘を行わない! お前にこの“神”を墜とすことは、決して出来ない」
 闇アテムの宣言を受け、遊戯は手札に視線を落とす。
 モンスター・魔法・罠カードが1枚ずつ、合計3枚。この手札を墓地に捨て、更なる“召雷弾”で追撃を仕掛けてみるという選択肢もある――しかしダメージを窺えない現状では、ただの浪費に終わるリスクが高すぎる。
(……この局面。“エンディング・アーク”を破壊する手段があるとしたら、やっぱり――)
 遊戯は決闘盤の墓地スペースを一瞥する。先のターン、オシリスの“召雷弾”のコストとして墓地へ送った、最後の可能性を。


黄金の翼神竜  /炎
★★★★★★★★★★
【鳥獣族】
このカードは通常召喚できず、
ターン終了時にフィールドから墓地に送られる。
このカードが墓地から特殊召喚に成功した時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●1000ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
●残り1ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。
このカードの攻撃力・守備力は払った数値と同じになる。
攻????  守????


(やるしかない……今のボクに、それだけの力が残っているかは判らない。けど!!)
 残り少ない“時間”の、その最後の一滴まで絞りきる――その覚悟を固め、手札から2枚を右手に持ち替えた。
「ボクはカードを2枚セットし――ターンエンドだ!!」
 牽制を目的とし、カードを伏せる。これによりオシリスの攻撃力は落ちるが、“箱舟”が戦闘を仕掛けない以上、その心配は無用だろう。
 遊戯が求めているのは、未だデッキに眠る魔法カード。そのカードを引くまでライフを繋ぐ、それだけが遊戯に残された生命線なのだ。


<武藤遊戯>
LP:100
場:天空神 オシリス(攻1000),伏せカード2枚
手札:1枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 エンディング・アーク
手札:5枚


(“エンディング・アーク”は自ら戦闘を行わないモンスター。なら、壁となるモンスターを出し続ければ……ライフを繋ぐことは容易いはず)
 シン・ランバートのデュエルを踏まえ、遊戯はそう推測する。
 遊戯に残された最後の手札は、堅守を誇る四ツ星モンスター『ビッグ・シールド・ガードナー』。たとえ次のターンでキーカードを引けずとも、それを壁とすればフィールドは手堅い。

 最強の矛“太陽神(ラー)”と対をなす、最強の盾“エンディング・アーク”。
 遊戯の分析は本来、確かに正しい。かつて“ノア”は箱舟を、ヒトを守る目的で生み出した。攻めるためなどではなく、守るために。

 しかし、その存在はすでに穢れている。
 聖水はヒトの心を浄めきれず、泥水と化して“聖櫃”を冒した。
 そして“箱舟”は“邪神”へと成り果て、地上の人間を殺し尽くした――主たる賢者“ノア”と、その血を引く者達を除いて。

「――オレのターン、ドロー。オレはこのまま何もせずに、エンドフェイズへ移行……」
 闇アテムはドローカードを確認せず、6枚ある手札に見向きもしない。
 “箱舟”の特殊能力発動を予見し、遊戯は身構えた。
 その特殊能力は、コントローラーのエンドフェイズ時に“箱舟”を除く全モンスターを破壊するというもの――恐らくは“オシリス”でも耐えられまい。しかしエンドフェイズである以上、追撃のバトルはあり得ない。
 壁モンスターさえ絶やさなければ、勝機は――

「――この瞬間、『魔神 エンディング・アーク』の最後の能力が発動。オレのターンのエンドフェイズ時、他のモンスターを全て破壊し……相手プレイヤーを“敗北”させる」
「!? え……っ?」

 信じられないことばを聞き、遊戯の表情は凍り付く。
 耳を疑い、立ち尽くす。何かの聞き違いではないか、そう思わずにはいられない。
 あり得ない、あり得て良い訳が無い――そのような、デュエルの根幹を覆すほどの能力。
 戦闘すら介さず、困難な発動条件すら必要としない。“太陽神(ラー)”すらも遥かに凌駕する、理不尽なる“1ターンキル”。


魔神 エンディング・アーク  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
デュエル中に1度だけ、自分が敗北する瞬間にのみ、
手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる。
●このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外のモンスターを全て破壊し、
相手を敗北させる

攻????  守????


「そうだ……このデュエルの勝敗は、始める前から決していた。この“箱舟”がある限り、オレに敗北はあり得ない……たとえ誰が相手であろうと」
 闇アテムは浮かない表情で、上空の“箱舟”を見上げる。
 デュエリストとしては許容しがたい、あまりにも強力すぎた“魔神”。戦略も何もなく、ただデッキに入れただけで勝利が約束される――“ゲームの否定”とも言える能力。

(な、何か打てる手は……!?)
 遊戯は狼狽を隠せぬままに、自分のカードを見返した。
 フィールドにも、手札にも、デッキにも、墓地にも無い。この窮地を脱することの出来るカードが、それを可能とする奇跡のようなカードは、どこにも無い。

「……終焉をもたらせ、“エンディング・アーク”よ――」
 整然たる立方体が、少しずつ形態を歪める。
 “聖櫃”という器を失い、穢れた聖水のみとなった存在が、遊戯のフィールドを強襲する。幾つもの帯状に分かれ、まずは“オシリス”を呑み込む。

「――“浄化の洪水(セイクリッド・デリュージ)”」

 ――バシャァァァァァァァッッ!!!!!

 本来、対象の“穢れ”を洗い浄めるためだった聖水が、結果として、逆に穢す存在となる――それはあまりにも皮肉な光景。
 “泥水”は紅の竜の全身を呑み込み、死へと誘う。

 溶かすわけでも、腐らせるわけでもない。その泥水は“穢す”のだ。
 “天空神”は悲鳴のごとく嘶いたが、その声もすぐに消える。
 骨すらも残さず、何ひとつ残さず、数秒にして“オシリス”は穢され、消滅した。

 そして“神”すらも容易く屠ったそれは、今度は遊戯へと降り注ぐ。
 頭上より迫る黒き水に、遊戯は最後まで対抗策を探した。
 しかし無い。あまりにも無力。
 悲鳴を上げる隙さえなく、遊戯は――その激流に呑み込まれた。

 ――ズドォォォォォォッッ!!!!!


<武藤遊戯>
LP:100→0


 これで決着だ。
 “泥水”は遊戯のフィールドに結集し、再び整然たる“箱”を形どる。
 その内部に取り込まれ、足掻くことなどなく、苦しむ暇さえなく――武藤遊戯の意識は、そこで途絶えた。


<武藤遊戯>
LP:0
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 エンディング・アーク
手札:6枚




決闘183 絶望論

 たとえ話をしましょう。
 彼女の名前は神無雫。

 彼女の両親は彼女を愛し、彼女もまた彼らを愛していました。
 彼女は世界に多くを求めず、ただ彼らとの平穏な日々を望みました。
 けれどある日、彼女はそれを失った。
 他ならぬ父の手により、彼女は全てを失った。
 無理心中。
 母は父に刺し殺され、彼女は絞め殺されかけた。
 彼女は朦朧とする意識の中で、それを拒み、そのため一命を取り留めました。
 しかし目覚めた彼女に残されたのは、血まみれの母と、首を吊った父の遺体。
 この事件で彼女は全てを失い、その心を壊した。
 そしてゾーク・ネクロファデスとの遭遇により、“闇の器”となるに至りました。

 彼女にとって、両親は世界の全てと言っても良いものでした。
 彼女にとっての世界とは、自己を中心とした、とてもちっぽけなもので良かったのです。
 世界を広げる努力を怠った?
 そうかも知れませんね。
 けれどそれはいけないこと?
 彼女は自己が傷つくことを恐れ、けれど他者が傷つくことも嫌う、やさしい少女でした。
 弱くてはいけませんか?
 心の弱い人間には、幸せになる資格がありませんか?

 話が少しずれましたね。
 ここで明らかにすべきは、なぜ彼女がこのような悲劇に見舞われたかということ。
 突き詰めて言えば、それは世界が、彼女のためだけのものではないからなのです。

 昔話をしましょう。
 それは創世の記憶。
 かつて楽園には、ただ一人の者だけが存在しました。
 楽園は彼だけのものであり、故に彼の望みは全て叶った。
 しかしあるとき、“対なる者”を望んだことで、彼の力は弱まった。
 楽園は地に堕ち、世界と化した。
 彼は全能なる力を失い、地を這う“人間”となったのです。

 数を増やすごとに、人間はこの力を失いました。
 何故なら、人の数だけ望みが生まれ、そこには否応なく齟齬が生まれる。
 想いの数だけ願いは増え、増えるほどにすれ違う。
 その全てを叶えることは、誰にも成し得ぬことだから。

 たとえば、ティモー・ホーリー。
 彼は自己顕示を求め、勉学で自己を成り立たせんとしました。
 しかし彼は、一番にはなれなかった。
 田舎を出て、後には退けず、過労で倒れるまで努力し、しかし最後まで一番にはなれませんでした。
 思い詰めた彼は自殺を図り、けれど死にきれず、心を歪めた。
 理不尽だと思いますか?
 けれど、少し考えれば分かることです。
 誰もが一番になど、なり得ない。彼が一番になれば、別の誰かは二番にならざるを得ません。

 一方で、エマルフ・アダン。
 “光の子”である彼には生来、あらゆる才が備わっていました。
 “彼女”より贈られた才は全てに通じ、彼の願いは多くが叶う。
 あらゆる分野で一番になれる彼は、しかしそのことに強いコンプレックスを抱きました。
 幼くして世界の理不尽を理解し、自らのギフトを呪ってしまった。
 これもまた、ヒトの不幸。
 人間の数だけ差異がある。人間は決して平等ではない。
 生まれながらの才能・境遇・運命――全ての異なる所与のもとに、須らく不平等なのですから。

 けれど人間は、相対的な生き物だから。
 比べることからは逃れられない。
 とかく周囲を意識し、比較を好む。他者がある限り必然に。
 下位にあることを嫌い、上位にあることを好む。

 ならば他者がいなければ良い?
 それも少し違いますね。
 ヒトは繋がりを求める生き物だから。
 かつて“始まりの人”がそうだったように、完全なる孤独には堪えられない。
 わたしはすでに、それを学んだ。

 母を失ったシン・シルヴェスターは、顔すら知らない父を捜した。
 彼に拒絶をされても尚、名を変えてまで、彼を求めた。
 側近たる青年に嫉妬し、認められんと難渋した。

 けれどそれは、その青年――カール・ストリンガーも同じこと。
 スラムの捨て子だったカールは、自分を拾い育てた彼に、父の姿を求めていた。
 彼の本心を知るが故に、実の息子たる青年に強く嫉妬し、それでも認められんと欲した。

 そしてガオス……いえ、バン・ランバート。
 彼には辛い人生を強いてしまいました。
 人間を愛し、そして世界を愛していた彼は、しかし“ノアの記憶”を受け継ぐことで大きく狂わされた。
 危険な邪神の芽を摘む“王”として、自己の未来を捧げ、その手を幾度となく汚した。
 少女を愛し、しかし愛せず、隔離し自己に孤独を強いた。
 実の息子と向き合えず、その愛さえも伝えられず。
 少年を救い育て、家族の面影を垣間見た。

 彼には、生きたい道があった。
 他人を愛し、ゲームを愛し、世界を愛する。
 友とゲームで戯れ、家族を守って生きてゆく。
 妻を愛し、息子を愛し、他人を愛する――皮肉にも彼が欲しかったのは、あまりにも平凡で平穏な、絆に満ちた世界。

 けれどこれは、彼だけの話ではありません。
 そうでしょう?
 誰にだってある、世界への願い。
 あなたにも

 取り戻したい過去
 守りたい現在(いま)
 手に入れたい未来

 失ったことで得られるものもある?
 確かにそうでしょう。
 しかし、取り返しのつかないこともある。
 海馬瀬人は父殺しの罪を犯し、生涯その十字架から逃れられません。

 現在に掛け替えのないものがある?
 それは素敵なことですね。
 けれどそれが、壊れ得るものだと知っていますか?
 たとえば城之内克也が、大切な家族の繋がりを失った日のように。

 そして未来。
 未だ来らぬその先に、あなたは何を願いますか?
 幸せを
 絶望では終わらない、幸せな未来を。

 約束された幸せには価値が無い?
 得られるか分からない未来だからこそ尊い?
 そうでしょうか
 あなたの生きる人生は、ただ1度しかないのに?

 誰もが幸せになれたなら、それは素晴らしいことでしょう。
 けれどそれは叶わない。
 敗者があるから勝者があり、
 不幸があるから幸福がある。

 そしてその敗者は、あなたであってはならない。
 そうでしょう?
 あなたの人生は報われなければ。
 他ならぬあなたの生きる世界は、ただ1度しかないのですから。

 孔雀舞は絆を愛し、
 パンドラは恋人を死なせず、
 武藤双六は娘を亡くさず、
 アルベルト・レオの父は真っ当で、

 太倉深冬は事故に遭わず、
 岩槻瞳子はいじめられず、
 キース・ハワードは家庭を築き、
 イシュタール家は狂わず、

 梶木漁太の父は生還し、
 獏良天音は死なず、
 月村浩一は家族を亡くさず、
 バクラは全てを失わない。

 そしてヴァルドー
 我が子ならぬ彼もまた、しかし救われるべき1人と思います。
 四千年前、賢者シャイの復讐心から造り出された、始まりのホムンクルス。
 シャイの意思のままに生き、多くの人を殺し、己をも傷つけ、
 しかしティルスに出逢ったことで、その世界は大きく変わった。わたしがかつて、“彼女”と出逢ったときのように。
 彼女の幸せを望み、シャイに歯向かい、殺されかけ、幽閉された。
 その間に彼女は暴走し、シャイとともに命を落とした。
 彼女の亡骸を抱き、ヴァルドーは願った。
 彼女を救いたいと。

 そこから彼は繰り返す。
 何度も何度も繰り返した。
 次のティルスを見つけ、けれど病死し、
 次のティルスを救い、けれど殺され、
 出逢っては死に、愛しては死に、愛されては死に、
 繰り返し
 繰り返し
 繰り返し
 その愛は歪み、憎しみをはらみ、彼女を嬲り殺すことにさえ快楽を見出し、
 そんな自己に絶望し、その願いを捨て、それでも諦めきれなかった。
 その後、彼は先代“ガオス・ランバート”を知り、“楽園”の存在を知り、その目的に共感してくれました。

 あなたには見えませんか?
 “あの世界”を覆う黒い霧が。
 人間は生来、善き生物。人間は何も悪くない。
 しかしその願いは同一ではなく、すれ違い、摩擦し、穢れてしまう。
 憎み合い、嫉み合い、狂い合う。
 だから一つでなければ。
 悪いのは世界。人間は悪くない。
 あなたを幸せにする、ただそれだけのための世界ならば――何が狂うはずもない。

 後は“あの世界”を壊せば、それで全てが叶う。
 億の願いが錯綜し続ける、出来損ないの世界。
 その全てが滅びれば、存在するのは“この世界”だけ。
 真実を偽りに、偽りを真実に。
 この“楽園”だけが、揺らぐことなき真実となる。


 ……まだ迷いがありますか?
 あなたはとても強い人ですね。
 ならばそっと、眼を閉じて。
 そして、想像してください。

 あなたは何も悪くない。
 悪いのは全てわたし。
 わたしが始め損なった“あの世界”だったのだから。

 ――まず、過去を取り戻す
 あの日のあなたの過ちを、後悔を……喪失を。

 ――そして、現在(いま)を守る
 いま、あなたが守りたいものは壊れない。決して、決して失われない。

 ――最後に、未来を手に入れる
 あなたが望む未来を、素晴らしい結末を。
 あなたは特別なのだから。他の誰でもない、あなただけのために。


 全てを始めた者として
 あなたには報われてほしい
 幸せになってほしい

 終わらせましょう、全てを
 哀しみに
 憎しみに
 苦しみに
 痛みに
 そして全ての闇に、終焉をもたらすために

 わたしの名はゾーク
 始まりの女神、ゾーク・アクヴァデス
 かつての名はアダム
 始まりの人間、アダム


 次に目覚めたとき、あなたは全てを忘れます
 そしてあなたは生きてゆく
 あなたの在るべき世界を
 あなたの幸せが約束された、素晴らしい楽園を


 それではまたお会いしましょう
 あなたのための世界で
 あなただけの世界で
 あなただけのために




決闘184 聖櫃

 武藤遊戯はこのデュエルの中で、幾つもの奇跡を起こしてきた。
 さながら不死者のごとく、幾度となく再起し、崩れた戦線を持ち直した。

 黒魔術師を倒され、魂は尽き、
 “神化”という脅威にさらされ、
 “死神”という切札を砕かれ、
 “魔神”との死闘を演じ、

 これほどの“絶望”に襲われながらも彼は――けれど屈さず、諦めず、何度でも何度でも立ち上がってきた。

 けれどこれは、今度こそ本当に決着だろう。
 “終焉の箱舟”の能力は、相手プレイヤーを強制的に“敗北”させる。ダメージを与えるわけでもなく、敗北させるのだ。
 穢れきった“聖水”は、遊戯を内部に取り込んだまま“箱”に戻り、微動だにしない。いやあるいはすでに、遊戯はその中には存在しないのかも知れない――敗北と同時にその魂は“楽園(エデン)”へと導かれる。他の者たちと同じように、母なる“ゾーク・アクヴァデス”のもとへと還るのだから。


<武藤遊戯>
LP:0
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 エンディング・アーク
手札:6枚


(これでこの場のケリは付いた。後は――)
 闇アテムは“次”へ意識を向けようとする。
 しかし――眼前で発生した“異変”に、呆気にとられた。

 遊戯のフィールドに鎮座する“終焉の箱舟”――その内部が光っているのだ、黄金に。
 それは仄かな、儚い光。
 しかし穢れた泥水をも透過する、強く確かな“魂”の輝き。
(バカな……これは相棒の? まだやれるというのか!?)
 闇アテムの全身が総毛立つ。
 あの絶体絶命の状況で、敗北を回避する程のカードが伏せられていたというのか。いや、よしんば伏せられていたとして、別の問題が存在する。
 “エンディング・アーク”は人々の穢れにより腐った泥水。その内部に囚われて、意識を保てるとは思えない。正気でいられるはずがない。まさしく致命的な苦痛を受けているはずだ。

 穢れきった泥水は、闇アテムに内部の様子を窺わせない。故に彼は知らなかった。遊戯はすでに意識を失い、“仮死状態”にさえある――この輝きは、彼の意志によるものではない。

 輝かせていたのは――“千年聖書”。
 遊戯とともに泥水に囚われていたそれは、彼の側で黄金に瞬く。それに呼応するように、彼の全身は黄金に輝く。

 ――神に従う無垢なる人よ
 ――私の声が聴こえますね?

 ――私は全ての始まりのモノ
 ――全てを包む、創造の闇


 それは記憶。
 ノアの記憶。
 彼は他人を愛し、世界を愛する、誰よりもやさしい青年だった。
 だから神――ゾーク・アクヴァデスに選ばれたとき、彼は心より感謝し、人々のためにその身を捧げた。

 ――その魂を材木とし
 ――魔力でそれを結わえなさい


 遊戯の全身から漏れ出す、命の輝き――体外に垂れ流され、失われるばかりだったそれが、“千年聖書”により編まれてゆく。
 ヴァルドーが“剣”を、ティルスが“翼”を形成したように――遊戯の魂もまた、何かを成してゆく。

 ――全てを愛するやさしい人よ
 ――全てのヒトをお救いなさい


 かつての“箱舟”は、人々を救うためのものだった。
 全てを浄め、全てを救う――誰もを幸福とし、希望をもたらす。
 それがノアの願い。
 彼はそれだけを祈り、ただ他者のためだけに、その箱舟を組み上げた。

 ――キィィィィィン……!!!

 “千年聖書”のウジャト眼が鳴く。
 その眼はノアの元で、全てを見てきた。
 彼を導き、そのやさしさに触れ、涙を知り、絶望を受け止めた。

 ――神の授けし導きの書よ
 ――このような惨劇を起こしたこと、心よりお詫びいたします
 ――私がもっと優れていれば、無垢であり続けられたなら
 ――あのような悲劇は、起こるべくもなかった

 ――私は人を疑った
 ――あれほど愛し、信じていた人たちを
 ――聖水がその心に触れたとき、知ってしまったのです
 ――人々の心の醜さを、破滅を導く邪悪を

 ――けれど私は、今にして思うのです
 ――人間とは、それも含めて人間なのだと
 ――愚かでも、醜くても、穢れていても
 ――それこそが私たちの生きる、この世界の輪郭ではないかと

 ――私とあなたが出逢うことは、もう決して無いでしょう
 ――魔力を失った私には、もはや何の力も無い
 ――あなたは私を探せない
 ――それでいい

 ――私のことはお忘れください
 ――あなたと私は逢ってはならない
 ――この世界に二度と、箱舟を組み上げないために

 ――神の授けし導きの書よ
 ――ありがとう
 ――キミがいたからボクは、ここまでくることができた

 ――ボクが託したその力で、どうか子どもたちを救ってほしい
 ――多くの人を守ってほしい
 ――もう二度と、決して
 ――このような悲劇が起こらないように

 ――ありがとう
 ――そして
 ――さよなら



 ――ドクンッ!!!!

 遊戯はかっと両眼を見開く。
 泥水の中で、息もできず、何も見えず、何も届かず――それでも、懸命に口を開く。
「――よみ……がえれ……ッ」
 絞り出すように、その名を口にする。
 本当の名を――その“箱舟”の、在るべき姿を。
「起動せよ――“セイヴァー・アーク”!!!」

 ――カッ!!!!!

 次の瞬間、泥水が爆ぜた。
 水牢から解放され、遊戯の肢体はうつ伏せに倒れ込む。
 彼はひどくむせ返り、嘔吐し、飲み込んだ泥水を吐き出した。

「――な……っっ」
 闇アテムは言葉を失った。
 一体何が起きたというのか――彼には分からない。分かるはずもない。

 爆ぜた泥水の塊は、遊戯を中心に散乱している。本来ならばそれらは再び、遊戯の息の根を止めるべく動き出すところだろう――しかしそれはない。
 水塊には須らく、黄金が付着していた。それが泥水の動きを封じ、遊戯を襲わせない。誰も傷つけさせない。

 そして浮遊する“千年聖書”のウジャト眼が、再び強く輝いた。
 それを最後に、“聖書”もまた遊戯と同じように床に落ちる。全ての魔力を出し尽くし、ウジャト眼の光が消える。預かっていた力を使い果たし、その役割を完遂する。

 その輝きを合図に、泥水は黄金とともに、闇アテムの頭上へと再び結集する。
 しかし今度は、泥水の塊ではない。
 泥水を方形に固め、その周囲を黄金が覆う。黄金の“箱”を組み上げ、その泥水を封じ込める。

「…………!!!」
 闇アテムは刮目する。刮目せずにはいられない。

 ――これが“箱舟”だ。
 かつてノアが組み上げしもの。
 その姿はやはり船には見えず、黄金の立方体を形どる。
 人々の心を浄化する“聖水”を湧き上がらせる箱。
 かつて世界を救うはずだった、神なる“聖櫃”。

 最後に、ウジャト眼の紋章が刻まれ完成する――“ノアの箱舟(ノアズ・アーク)”。
 それは太陽のごとく燦然と輝き、2人の決闘者をやさしく照らす。
 争いを収め、分かり合わせるために――そこには微塵の破壊さえなく、ただ守るためだけに在る。
 世界を救い、人間を救う。ノアの祈りにより組み上げられた聖櫃――“救済の箱舟(セイヴァー・アーク)”。


魔神 セイヴァー・アーク  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
デュエル中に1度だけ、自分のライフを0にすることでのみ、
手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる。
●このカードがフィールド上に存在する限り、全プレイヤーは敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外の場のモンスターを全てデッキに戻し、
 このデュエルを引き分けとする。
攻????  守????


(まさか……こんなことが! あり得るというのか!?)
 闇アテムは自身の決闘盤にセットされたカード『魔神 セイヴァー・アーク』を見つめ、愕然とした。
 そのカードに右手を伸ばしかけ、しかし止める。いかに彼とて、そのカードを“終焉の箱舟(エンディング・アーク)”に戻すことはできない。
 “救済の箱舟(セイヴァー・アーク)”こそが、ノアの箱舟の真の姿。それを穢し、邪神化した根源は、人間の心に他ならない。
 邪神とは人間の生み出す存在、神に生み出すことはできない。他人の、あるいは自己の“破滅”を願う人間の心こそが邪神を生み出す――大なり小なりの邪神を。

 闇アテムは驚愕とともに“箱舟”を再び見上げる。そしてすぐに知った。遊戯の引き起こしたそれが、あまりにも儚い奇跡であることを。
 ――黄金に輝く、神々しき聖櫃。
 しかしその一部に、黒い染みのようなものが出来ている。

 はるか昔、ノアの時代の事象と同じだ。
 憎み合い、嫉み合い、人々が傷つけ合う世界。そんな彼らの穢れ、破滅を願う呪いを浄めるべく“聖水”は降り注いだ――しかしそれは腐り、器たる“聖櫃”を冒してしまった。結果として、人々の願いを汲んだ“聖水”は泥水となり、それを叶えるべく、この世界の人間を殺し尽くした。

 ノアの絶望を受け止め、ゾーク・アクヴァデスは理解した。
 人間とは“共生”のできない存在なのだと。
 かつて自分が“始まりの邪神”となり、“彼女”を殺したのと同じように――世界はあのときすでに、どうしようもなく間違ってしまったのだと。
 そして彼女は誓った、ノアの死に。
 もう二度と、人間を滅ぼさせない――愛すべき子どもたちを救い、絶対なる幸福へ導くと。

(“終焉の箱舟”にはあの時代……全ての人間の“絶望”が染みついている。“聖櫃”を何度組み直そうとも、その末路は変えられない)
 出来たとして時間稼ぎ。
 闇アテムのターンはすでに終了している――遊戯は1ターンを生き延びた、ただそれだけの話なのだ。
 遊戯のライフもすでに0、“救済の箱舟”の威光により命を繋いでいるだけだ。
 このデュエルに引き分けはあり得ない。泥水は程なく“箱舟”を穢し終え、彼の命は終える。闇アテムの勝利が確定する。
 すでに力尽き、フィールドに倒れ伏す遊戯に――この状況を覆せるはずもなかった。


<武藤遊戯>
LP:
場:伏せカード2枚
手札:1枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 セイヴァー・アーク
手札:6枚


 穢れが侵食し、“聖櫃”の威光は淡くなる。
 “救済の箱舟”は“終焉の箱舟”へと変異を進めてゆく――その一方で、遊戯の指先がピクリと震える。
「…………っ、う……っ」
 もう時間がない。“箱舟”だけではなく、自分の身にも。
 朦朧とする意識で、鈍い身体を動かす。震える腕を立て、上体を起こし始める――しかし力が入らず、ぺしゃりと潰れる。
 まさしく虫の息だ。
 “救済の箱舟”を起動するために、彼は残る命の全てを注ぎ込んでしまった――この奇跡を起こすには、それほどの代償が不可欠だった。
 “千年聖書”もまた、全ての魔力を使い果たし、側に落ちたまま動かない。もはや何らの支援も期待できない。

(へんだな……口の中、なんの感覚もない)
 吐いたのに、何の匂いもしない。
 そういえば、昼もまだ食べてなかったっけ――ふとそんなことを思いながら、彼は正気をかき集める。
 気を抜けばすぐにでも、意識など消し飛んでしまいそうだ。だから彼は必死に、精一杯に思考を動かす。
(あれ……手札、は)
 地に這いつくばったまま、左手を這わせ、触覚を頼りにそれを探す。
 何とか探し当てたそれを目に向け、確かめようとする――しかしその焦点が合わない。ぼやけた視界はいつまでも治らず、彼にはもはや何も見えない。
 限界を迎えたその魂は、すでに肉体から剥離を始めている。身体機能には異常が起こり、五体満足とは到底呼べない。死へと向かって停止してゆく。
 それでも彼は、もう一度立ち上がろうとした。
 そして潰れる。
 しかし再び身体を震わせ、立ち上がらんと身悶える。

 彼はもう死ぬのに。
 この世界を救ったとて、彼の命に続きはない。死ぬしかない。
 闘った。
 彼はもう十分に、十分すぎるほどに足掻いたではないか――それでもなお、見苦しく。

「…………ッ」
 息を詰まらせる。遊戯ではなく、闇アテムが。
 もう見てはいられない――“アテム”としての記憶が、彼を苛む。目を逸らしたくて、けれど逸らせない。
「……もう……いい」
 ことばが、自然と口から洩れた。
「もう立つな……相棒……!!」
 打算などなかった。
 彼が立とうが立つまいが、すでに結末は見えている。
 ただ、自分が勝利し、遊戯を“楽園”に導くことだけが、今の彼を救う唯一の手段なのだと――強く意識された。

「……やっぱり……キミは、偽者だね」
 遊戯は力なく笑う。
 遊戯に闇アテムはもう見えない。彼がどんな顔をしているのか、遊戯にはもう分からない。
 だから遊戯はそう思った。
 耳に届いたその言葉に、逆に勇気をもらったかのように――彼は力を振り絞る。上体を起こし、足を上げる。
「キミが本当の“彼”なら……そんなことは、言わない」
 見えなくなった両眼で、けれど彼には見えていた。
 追うべき人の背が。
 どんなときでも諦めない、目指すべき人の背中が。
「あきらめるなって言う……がんばれって、言ってくれる」
 まるで“彼”のように。
 ゆらりと、遊戯は立ち上がる。
 残された触覚と聴覚、そして直感を頼りに、“ラストターン”を迎える。

 上空に浮かぶ箱舟は、すでに半分以上が黒く穢されていた。
 降り注ぐ光は力を失い、いつ消失してもおかしくない。
「ボク……の、ターン……」
 デッキは残り2枚、キーカードは1枚。
 つまり、望むカードを引く確率は2分の1――ではない。箱の中の猫の生死は、すでに確定している。
「――ドロー……ッ!」
 遊戯にはもはや、そのカードを確認する手段はない。
 けれど彼はそのまま、引き抜いたカードを振り上げた。確信を胸に抱いて――そのカードが“それ”でない限り、自分に手段はないのだから。
「魔法カード発動――『死者蘇生』!!」

 ――カッ!!!!

 カードが光り輝く。
 彼が引き当て、発動したカードは――まさしく『死者蘇生』。
 彼の意思を汲み取り、決闘盤の墓地スペースから1枚のカードが弾き出される。遊戯はそれを掴むと、息を吸い込んだ。
「――よみがえれ……っ」
 見えない両眼を見開き、彼はそれを場に喚び出す。
 同時に、カードに右手を重ね、強く祈りを捧げた。
「起動せよ――『太陽神 ラー』!!」
 太陽が昇る。
 黄金の球体が、闇アテムのフィールドに勝る強い光を放ち――遊戯の頭上に輝いた。


<武藤遊戯>
LP:
場:黄金の翼神竜,伏せカード2枚
手札:1枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 セイヴァー・アーク
手札:6枚




決闘185 太陽神−ラー−

 フィールドに2体の“神”が対峙する。
 黄金の球体と、黄金の立方体。
 “三幻神”と“三魔神”――それぞれが、その頂点に坐する存在。

 一方は――五千年の昔、エジプト第一王朝ファラオが魂に宿せし“太陽”。
 邪神となって夜を奪い、世界を滅ぼしかけた、炎属性史上最強にして最強の剣――“太陽の不死鳥”。

 そして、もう一方は――さらに遥か昔、賢者ノアが魂に宿せし“聖櫃”。
 世界を救うべく組み上げられ、しかし邪神となって世界を滅ぼした、水属性史上最強にして最強の盾――“ノアの箱舟”。

 このフィールドが築かれることは、あるいは必然であったとも言えよう。
 対と呼ぶべき2つの存在、果たしてこの激突はどちらに軍配が上がるのか――しかしその解答は、あまりにも明瞭だった。
 激突するまでもない。
 この闘いの勝利は、間違いなく――“箱舟”にもたらされよう。


黄金の翼神竜  /炎
★★★★★★★★★★
【鳥獣族】
このカードは通常召喚できず、
ターン終了時にフィールドから墓地に送られる。
このカードが墓地から特殊召喚に成功した時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●1000ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
●残り1ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。
このカードの攻撃力・守備力は払った数値と同じになる。
攻????  守????

魔神 セイヴァー・アーク  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
デュエル中に1度だけ、自分のライフを0にすることでのみ、
手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる。
●このカードがフィールド上に存在する限り、全プレイヤーは敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外の場のモンスターを全てデッキに戻し、
 このデュエルを引き分けとする。
攻????  守????


 遊戯の召び出した“太陽神”、そのレベルが上がらない。“神”に戻れてさえいない。
 それどころか、待機形態“スフィアモード”のまま、微動だにすらしなかった。

 紛うことなく、武藤遊戯は限界だった。
 残された時間などなく、“加速”することなど不可能。
 “王の遺産”が機能しない今――彼には“神”を、十全に操ることなどできない。
 勝敗を分かつのは、デュエリストの差。人間は神には勝てない、あまりにも当然の摂理。

(“箱舟”の輝きもじき消える……これで終わりだ)
 “聖櫃”に亀裂が走った。
 泥水はその八割を穢し、器は決壊を始める。
 “救済の箱舟(セイヴァー・アーク)”は“終焉の箱舟(エンディング・アーク)”へと変異をしてゆく――それが終えた瞬間に、遊戯の敗北は確定する。

「………………」
 目の見えない遊戯にも、その窮地は把握できた。
 だからもう一度、右手を重ねる。
 闇を切り裂くべき“太陽”に、心を注ぐ。
(終わらせない……終わらせたくない、この世界を! だから!!)
 瞳を閉じれば蘇る――全てが、まるで“走馬灯”のように。

 ――色々なことがあった
 ――この世界に生まれ
 ――たくさんの人に出逢い
 ――そして、絆を紡いできた

 時間ではないのだ。
 命を加速し尽くし、精も根も尽き果て、
 ようやく彼は辿り着いた。

 長さこそが価値ではない。
 たとえ一瞬でも、強く光り輝く。
 まるで蝋燭のように。

 武藤遊戯が絞り出す、最後の――いや、“最期の一滴”。
 それを受け、カードは光り輝く。
 黄金の球体、その全身に通った回路を、“魂”が強く駆け抜ける。

「起動せよ――『太陽神 ラー』!!!!」

 ――カッ!!!!!!

 蕾が開き、花咲くように。
 遊戯の心に応え、“太陽神”は起動する。
 その形態を変化させ、“翼竜”の形態を現した。


太陽神 ラー  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードがフィールドに存在する限り、コントローラーへのダメージは
全て0となり、以下の効果を適用する。
●自分のライフポイントと、このカードの攻撃力は常に同じ数値になる。
●このカードの生け贄召喚成功時、このカードの攻撃力・守備力は
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力・守備力分アップする。
また、自分の場のモンスターを生け贄に捧げる事で、
そのモンスターの攻撃力・守備力分アップする。
●任意のタイミングで、相手の場のモンスターを全て破壊できる。
攻????  守????


(だが……遅い! “箱舟”はもう――)
 闇アテムは“箱”を見上げ、勝利を確信する。
 “救済”の輝きは、今まさに消える――遊戯の命を繋ぐ光が。
 “不死鳥”へと形態変化し、“箱舟”を破壊する暇など無い。
 間に合わない。
 これでもう、今度こそ決着が――
「――ボクは! 『ビッグ・シールド・ガードナー』を召喚し、『太陽神 ラー』の特殊能力発動!!」
「――!? なに……っ?」
 遊戯の思わぬ行動に、闇アテムは両眼を見開く。
 ここで、残っていた最後の手札を使用するなど、予想だにしないことだった。

 ――ドシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 『ビッグ・シールド・ガードナー』の魂が、“太陽神”へと捧げられる。
 これは『ラーの翼神竜』にも存在した能力だ。
 モンスターを生け贄に捧げることで、その攻撃力を得る――それにより『太陽神 ラー』も強化される、わずかに。

太陽神 ラー
攻:0→100
守:0

(何だ……!? ラーの攻撃力を上げた? このタイミングで!?)

 ――ドクンッ!!!!

 同時に、“箱舟”の光は消えた。
 “聖櫃”は完全に失われ、泥水が剥き出しとなる。“救済の箱舟”は“終焉の箱舟”へと、再変化を遂げる。


魔神 エンディング・アーク  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは通常召喚できない。
デュエル中に1度だけ、自分が敗北する瞬間にのみ、
手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる。
●このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
●このカードは戦闘を行わない。
●自分のエンドフェイズ時、このカード以外のモンスターを全て破壊し、
相手を敗北させる。
攻????  守????


 しかし遊戯は倒れない。
 ライフ0の命を繋いでいた、奇跡の光が失われたというのに――満身創痍の身体で立つ。
「『太陽神 ラー』の、特殊能力適用……! その攻撃力と、プレイヤーのライフは一体化する。つまり……!!」

<武藤遊戯>
LP:100

 残りライフは100、けれど命は繋がる。灯火は消えない。
 これで――次の一手で最後だ。
 遊戯はぼやける視界を閉じると、右手を“太陽”に高らかに掲げた。


<武藤遊戯>
LP:100
場:太陽神 ラー,伏せカード2枚
手札:0枚
<闇アテム>
LP:
場:魔神 エンディング・アーク
手札:6枚


 太陽神(ラー)は本来、使い手を選ぶ存在だ。
 エジプト第一王朝“かの王”は、エジプト王家を強く重んじる男だった。
 故にその起動には最低限、古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)という暗号が求められる――本来ならば。
 しかし今や、太陽神は“かの王”のものではないのだ。

 『大地神 オベリスク』、『天空神 オシリス』、『太陽神 ラー』――これらは、武藤遊戯が示した“可能性”に過ぎない。
 『オベリスクの巨神兵』、『オシリスの天空竜』、『ラーの翼神竜』――それらをベースとして生み出した、彼だけの神。
 それが彼に従わぬ道理など、果たしてどこにあろうか。
 彼の魂に感応し、彼にのみ従属する。
 その力が今、ついに――長かったこのデュエルに、終止符を打つ。

「ボクは『太陽神 ラー』の――特殊能力を発動!!」
 “翼竜”が激しい業火を纏い、その姿を変異させてゆく。
 “太陽神”最終にして真の形態、荘厳たる“不死鳥”。
 全てを焼き尽くす、日輪の炎――“フェニックス・モード”。
 武藤遊戯は右手を振りおろし、声高に命じた。
「焼き払え――“ゴッド・フェニックス”!!!!」
 耳をつんざく、嘶きが上がる。
 炎の化身となったラーが、飛翔し、“箱舟”を強襲する。
 “最強の剣”たる所以。その身を自ら“剣”とし、“最強の盾”へと斬り込んだ。

 ――ズゴォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!

 泥水を炎が包み、火柱が上がる。
 『太陽神 ラー』VS『魔神 エンディング・アーク』――このデュエルの行く末を決する、最後の激突。
 その勝敗を占うに当たり、大きく3つの因子が存在する。

 ひとつには――属性の相性。
 M&Wのみならず、現実にも大きく作用する要因。
 たとえば、水属性は雷属性に弱い――遊戯が一度頼りにした要素は、今度は彼に襲い掛かる。
 炎属性は水属性に弱い。それは、新たに“神”の属性を得た両者にも、例外なく適用される。

 ふたつには――“攻撃”と“守備”の関係。
 “あらゆるものを貫く剣”と“あらゆるものを防ぐ盾”――現実には“矛盾”が発生し、論理の破綻を招く。しかしM&Wに限っては、その限りではない。
 “最強の剣”と“最強の盾”。同じ“最強”の数値を持つ両者が激突したときどうなるか――その結末は、“盾”が勝つ。
 M&Wでは、そういうルールなのだ。

 そして、みっつめ。
 これは、ふたつめの因子を覆す、根本的な話。
 人々の心に穢され、人々を殺し尽くした“箱舟”――この存在は果たして、今でも“盾”と呼べるのだろうか?

 ノアはかつてこの“箱舟”を、守るためだけに組み上げた。
 自分ではなく他人を。この地上に生きる、全ての人達を。
 しかしその存在は穢れ、器たる“聖櫃”は失われた。残されたのは“聖水”の成れの果て。人々を浄めきることができなかった、哀れなる泥水。
 そうだ――“最強の盾”とはすなわち“救済の箱舟”を指す。人の悪意に穢され、邪神と化した“終焉の箱舟”はもう“盾”などではない。
 ならば
 ならば、この激突の行く末は――もはや見るまでもあるまい。

 ――ゴォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!

 その結末は、闇アテムにもすでに見えていた。
 消えることなき不死の猛火は、器なき泥水を焼いてゆく。
 火と水の相性など無意味。炎は水を蒸発させ、熱によって泥を浄める。
 上空に巨大な炎塊を生み、最後に――爆発を起こした。

 ――ズドォォォォォォォンッッッ!!!!!!!!!!!!!

 これで決着だ。
 爆発の中から“翼竜”が飛び出し、遊戯のフィールドに舞い戻る。
 遊戯にはもう見えないが、闇アテムのフィールドには何も残らない。手札は6枚あれど、発動できるカードもない。
「……オレの……負けだ」
 闇アテムが静かに告げる。それを聞いた瞬間、遊戯は、意識が遠ざかるように感じた。
 しかし堪える。倒れそうな身体を支える。

 勝ったのだ。
 自分はこのデュエルに勝ち、世界を――この世界を守った。
 そう、思った。


<武藤遊戯>
LP:100
場:太陽神 ラー,伏せカード2枚
手札:0枚
<闇アテム>
LP:0
場:
手札:6枚


 闇アテムは敗北を受け容れ、自身の両手を観察した。
 その指先から、全身が崩れてゆく――それが“闇のゲーム”に敗北した末路。創造の闇“ゾーク・アクヴァデス”の一部たる彼も例外ではなく、その存在は消滅する。
 武藤遊戯の意識を読み取り、“アテム”の記憶を持って生み出された“交渉者”――しかしその役目は完遂されず、母なるゾークの元へ還る。
 最後に
 与えられた役目から解放され、最後に――闇アテムは小さく、遊戯に告げた。

「――勝てよ……相棒」

 それが最後だ。
 闇アテムの姿は消え、そして――少女の姿に変わった。
 神無雫。
 彼は、彼女の肉体を器として、この世界に顕現していたのだ。
 しかし彼女もまた、すぐにこの世界から消え失せる。肉体はソリッドビジョンの如く砕け散り、その魂は“楽園(エデン)”へと導かれる。

 ――何かがおかしい。

 目が見えず、彼女の存在を視認することさえ叶わなかった遊戯にも、それは感じ取れた。
 闇アテムを倒せば、消えたみんなは戻ってくる――そう思っていた。しかしその気配はない。
 そして彼は言った、「勝てよ」と。この期に及んで、何に勝てと言うのか。
 遊戯の脳裏を、嫌な予感がよぎる。そしてそれは正しい――闇アテムなど所詮、ゾーク・アクヴァデスの断片でしかない。
 この世界に最初に送り込まれた、いわば“尖兵”に過ぎないのだから。

 ――ドクンッ!!!!!!

 脈動する――世界が。
 今このとき、この瞬間の全ては、はるか昔から計画されたものなのだ。

 闇アテムが消え失せた後にも、そこには3枚のカードが取り残されていた。
 『魔神 カーカス・カーズ』、『魔神 ブラッド・ディバウア』、そして『魔神 エンディング・アーク』――歴代ガオス・ランバートに継承され、“千年聖書”の魔力により醸成されてきた3枚。
 その全ては、闇アテムに使役させるため、受け継がれてきたわけではない。デュエルで活躍するべく生み出されたものではなく――この世界に幕を引く“究極の邪神”、その呼び水とするべき鍵(キー)だったのだ。


FIEND -CARCASS CURSE  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/X000  DEF/X000

FIEND -BLOOD DEVOURER  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/4000  DEF/4000

FIEND -ENDING ARK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/????  DEF/????


 いかに目を凝らそうとも、遊戯にそれはもう見えない。
 だから判らなかった。闇アテムが消えた後も、そこに“人影”が残されたことを。

 それは闇アテムの影――ではない。
 ガオス・ランバートが敗北し、消滅して以降、“それ”はずっと、闇アテムの元に身を潜めていた。

 “それ”は人型を歪め、形を変え、3枚のカードを呑み込む。沼の如く。
 そして次の瞬間、延びてゆく――遊戯の位置とは逆方向に。
 青眼ドームの端にまで至り、再び人型となり、立ち上がる。

 角を生やし、裂けた口に赤い眼をした、天井にも届く“巨人の影”。
 それは“最後のガオス・ランバート”がその身に宿した精霊――『暗黒集合体−ダークネス−』。
 闇属性史上最強にして“人間の影”。その存在はまさしく“核”に相応しい。
 この世界を滅ぼす存在。この世界に終焉を導く“究極の邪神”の核に。

 歴代のガオス・ランバート達は、千年聖書の導きにより、多くの穢れを摘んできた。
 ひとつには、強大な邪神の発生を阻止し、この世界の人々を守るため。その全てを食い止めることは叶わなずとも、それでも大勢の人間を救ってきた。
 そしてもうひとつの理由は――この瞬間のため。醸成してきた三魔神、とりわけ“箱舟”のカードに、摘んだ穢れを吸わせるためだ。

 3体の“魔神”を、その穢れを取り込むことで、“ダークネス”は変異を始める。
 人型をしたその全身が――腐り落ちてゆく。
 表面がドロドロと溶け、呻き声を上げる。
 取り込んだ呪いは“ダークネス”を穢し、同時に、莫大な力を与える。
 苦しみが、痛みが、呪いが――“ダークネス”を狂化してゆく。

 ――かつて“始まりの邪神”が生まれた日から、ヒトはヒトを呪い始めた。
 他人を、あるいは自己を呪い、それは“破滅”の願いとなる。
 束ねた願いは一つとなり、それを叶える“神”を生む。
 怒り、悲しみ、憎しみ、恐れ、不安、嫌悪、妬み、絶望――あらゆる負の感情を糧とし、それを叶える邪なる神を。

 ――ドクンッ!!!!!!!!!!

 邪悪が咆える。
 数多の負の願いを取り込み、“ダークネス”は否応なく穢れる。
 全身に汚泥を纏い、苦しみながらも怒り、狂う。
 人々の負の感情に翻弄される、哀れなる邪神。

 遊戯は一度すでに“ダークネス”を退けている。にもかかわらず、見えもしないのに、戦慄せずにはいられなかった。
 直感で判る。目の前に現れたモノが、そしてこれから起きようとしていることが――げに恐ろしきことであると。
 その名は『暗黒集合体−ダークネス−』――改め、

 ――『闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス』。


THE DEVASTATOR OF DARK -ZORC DELUGEPHAGOUS  /DIVINE
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【GOD】
[FIEND -BLOOD DEVOURER]+[FIEND -CARCASS CURSE]+[FIEND -ENDING ARK]
ATK/∞  DEF/∞


(何だこれ……!? 闇のゲームはまだ、終わっていない!?)
 全身が戦慄を訴える。感覚の欠損した身体でも、否応なく伝わってくる。震撼を禁じ得ない。
 “終焉の箱舟”さえはるかに超越する――おぞましき“何か”。
 暴虐であり、天災であり、厄病であり、破滅。
 本来、形を持たぬそれらが、一つとなって意志を成す。
 滅ぼせと、ヒトを。この世界の人間を殺し尽くす。
 ヒトの負の感情の集合体であるこの神――“破滅神”は、ただそれだけしか知らぬ存在なのだから。


<武藤遊戯>
LP:100
場:太陽神 ラー,伏せカード2枚
手札:0枚
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス


 闇のゲームは“延長戦”に突入した。
 一見するに不条理。しかし遊戯にとっては、僥倖とも呼ぶべき状況だろう。
 たとえ“神”であろうとも、闇のゲームのルールには背けない。つまり、ここでこの“神”を倒せたならば、今度こそ終われる。
 けれど負けたなら、遊戯が敗北してしまったら――“破滅神”は枷を失い、自由となる。
 この場を離れ、殺す。形を持った“災厄”として、この会場を飛び出し、全ての人間を殺し尽くすだろう。

「……っ!! 焼き払え――『太陽神 ラー』!!!」

 遊戯に言われるまでもなく、翼竜は咆える。
 再び炎の鎧を纏い、その姿を“不死鳥”へと変える。
 自らの身を“剣”とし、舞い上がる。
 そして甲高い嘶きとともに、ラーは特攻を仕掛ける――だがそれを、“破滅神”は許さなかった。


闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【神族】
「魔神 ブラッド・ディバウア」+「魔神 カーカス・カーズ」+「魔神 エンディング・アーク」
このカードは、上記のカードが全て自分の場から墓地に送られた場合にのみ
手札を全て捨てて特殊召喚できる。
このカードが場に存在する限り、相手はバトルフェイズをスキップできず、
自分はバトルフェイズ以外のフェイズを全てスキップする。
また、このカードは相手のバトルフェイズ中にも攻撃できる。
攻∞  守∞


 “ダークネス”を核とし、人々の穢れを集約した“破滅神”。
 破滅を叶えるその神は、故に“攻撃”しか知らない。
 雄叫びとも、断末魔ともつかぬ奇声を上げると、その口に先に“ダークネス”同様、暗黒の球体を創り出す。
 そしてそれを、奇声とともに、巨大なレーザーの如く放つ――それは向かい来る“不死鳥”と、正面からぶつかり合った。

 ――ズギャァァァァァァァッッ!!!!!!!!!!!!!!!

 不死鳥が墜ちる。
 不死の炎を纏う存在が、あまりにも容易く砕かれる。
 中心に巨大な風穴を開けられ、しかし不死なる鳥は、再び燃え盛らんとした。だが、それは叶わない。
 傷から侵食した呪いが、不死鳥を穢す。蘇るどころか力尽き、炎とともに塵となる。

「…………っ」

 わずかな衝撃が遊戯を襲う。
 そう、それは“わずか”だ。
 本来ならばプレイヤーごと消滅させる巨撃、しかし不死鳥は最後の役割を果たす。威力の全てをその身に受け止め、プレイヤーへのダメージは一切通さなかった。

 だからこそ、手はある。
 残された最後の力で、遊戯は伏せカードに指を伸ばす。
 “箱舟”は戦闘を行わないモンスター、故に発動機会は失われたかと思われたカード。
 それを翻し、発動する――“最後の神”を喚び出すために。
「リバースカードオープン――『魂の絆』!!」


魂の絆
(罠カード)
自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を
全て捨てて発動。破壊されたモンスターと、それと同レベルの
モンスターを墓地から除外することで、それらを融合・合体
することができる。この融合・合体に使用するモンスターは、
全て正規の融合・合体素材でなければならない。


 “太陽神”の戦闘破壊をトリガーとし、発動される“融合トラップ”。
 それを融合素材とする存在など――ひとつしかない。
 迷うことなどあるはずもなく、決闘盤の墓地スペースから、3枚のカードが弾き出された。


SAINT DRAGON -THE GOD OF OSIRIS  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
Everytime the opponent summons creature into the field,
the point of the player's card is cut by 2000 points.
X stand for the number of the player's cards in hand.
ATK/X000  DEF/X000

THE GOD OF OBELISK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
The Player shall sacrifice two bodies to God of Obelisk.
The opponent shall be damaged.
And the monsters on the field shall be destroyed.
ATK/4000  DEF/4000

THE SUN OF GOD DRAGON  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????


 遊戯は息を吸い、吐き出し、3枚のカードを掴む。
 “その存在”の召喚方法を、遊戯は知っている。“彼”がすでに示してくれた、その光の道を。
 王もまた神なり。“王の名”のもとに、いま――3体の“神”を束ねん。

「――ボクの名は……遊戯」

 3枚の“神”を天に掲げ、口にする――“王の名”を。
 3枚のカードは光を放ち、強く尊く輝き誇る。

「“王”の座を継ぐ者……! 光を束ね、闇を裂く。その名は――“遊戯王”だ!!」

 ――カッ!!!!!!!!!!

「降臨せよ――『光の創造神 ホルアクティ』!!!」

 光は重なり、束ねられ、それは大いなる扉を開く。

 同時に、遊戯はついに力尽きた。
 意識を失い、その場に倒れる。自身の役目を完遂して。

 そう、ここからはもう――人間に介入する余地はない。
 全てはこの勝敗で決まる。神々による、最後の闘い。

 束ねた光は一つとなり、ついに――光の女神が、その姿を現した。


THE CREATOR OF LIGHT -HARAKHTI  /DIVINE
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【GOD】
[SAINT DRAGON -THE GOD OF OSIRIS]+[THE GOD OF OBELISK]+[THE SUN OF GOD DRAGON]
ATK/∞  DEF/∞


<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ,伏せカード1枚
手札:0枚
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス




決闘186 エソラ

 深淵なる暗闇の中、同じ姿をした2人の少女が対峙していた。
 童実野高校の制服に身を包み、腰まである髪を黄色のリボンで束ねた、幼げな容姿の少女。
 “神里絵空”と同じ姿。けれど彼女たちは、ともに“神里絵空”ではない。
 何故なら――“神里絵空”も“月村天恵”も、もはや存在しない少女なのだから。

『――驚いた……混ざってるんだ? じゃあ何て呼べばいい? 絵空? それとも天恵?』
 質問する少女の声は、わずかに響いて聴こえた。
 “月村天恵”の姿をしていた彼女は、今度は“神里絵空”に形を変えている。同時に、驚愕を露にしていた表情は、すでに平静を取り戻していた。
 彼女――ゾーク・アクヴァデスには、そもそも定まった形が無い。相手に応じて姿を変える“形無しの神”。そもそも相手が存在しなければ、ただ単一の世界においては、“形”など無用なものなのだから。

「“絵空”でいいよ。“私”もそう呼ばれていたわけだし……“天恵”だと違和感あるかな」
 絵空も平然と答える。
 2人の少女に敵意などなく、対等に会話を続ける。
 アクヴァデスはまじまじと彼女を観察し、そして、哀しげに目を伏せた。
『それが人造の人間――“ホムンクルス”の宿命、なんだね。天恵の魂が絵空に喰い込んじゃってる。でも混ざりきってない、不完全な状態。今ならまだ間に合うよ。わたしなら元に戻せる。いちおう神様だからね』
 軽く言ってみせるその少女に、絵空は苦笑を漏らした。なんとも威厳が感じられないのは、自分の姿を模しているせいなのだろうか――そう思うと複雑な心境だ。
「……ううん、いいの。これは“私”の願いで……わたしたちの答え。“月村天恵”は“神里絵空”になりたかったんだから」
 切なげに語る彼女に、アクヴァデスは不思議そうに小首を傾げた。
『どうして、そんな嘘をつくの?』
 心底、不思議そうに問い掛ける。
『それは絵空たちの、本当の願いじゃないよね? 思い詰めた天恵が、羨望と嫉妬から生み出した“呪い”。あなたたちの祈りは、もっとやさしいものだったはずだよ』
 絵空と同じ容姿で、邪気のない表情で問う。
 それは天恵の記憶を刺激し、否応なく蘇らせる。
 あの日の記憶を――それは、彼女らが出逢って一月が過ぎた頃のこと。病室で語られた“未来”の話。



「――おじさんがわたしたちのお父さんでー……おかあさんがわたしたちのお母さんになるの!」
「……もしかして……再婚するってこと?」
「うん! それそれ!」

「おねえちゃんはわたしの、本当のお姉ちゃんになるの♪」
「それでね、退院できたら……家族4人で暮らすの! おかあさんとー、おじさんとー、おねえちゃん、それからわたし! ね、楽しそうでしょ?」




 それが、それこそが彼女達の“本当の願い”。
 家族になって、4人でテーブルを囲むこと。手を繋いで、笑い合って、支え合って生きてゆくこと。
 けれどそれは、“あの世界”では叶わない。
 すでに肉体を失った天恵が、再び命を得ることは不可能なのだから。

『――でも、“この世界”では違うよ? “この世界”でなら、私は全てを叶えられる。天恵に生命を与えることも……死ななかったことにもできる。だから』
 絵空は俯き、首を静かに横に振る。
 アクヴァデスはまた不思議そうに、首を傾げてみせた。
『どうして? 解ってるんでしょう? その選択の意味を。その果てに避けられない“永久の別離(わかれ)”を』

 ――“1人になる”ことの意味。
 それは、お互いがお互いを殺し合うということ。

 絵空の人格は天恵のそれを喰い殺し、天恵の――ティルスの魂は、絵空のそれを喰い殺す。
 絵空でも天恵でもない、全く新しい、別の存在へ生まれ変わるということ。

 そして何よりもう、二度と“2人”には戻れない。
 これまでとは違う、あまりにも。
 一番近い場所で、けれど話すことも、心を触れ合うこともない。
 二度と再会することはない――あまりにも確かな“永久の別離(わかれ)”。

『――あなたは何も悪くないのに。そんなの違うよ、間違ってる。あなたは幸せにならなくちゃ……あなただけじゃない、人間は、誰も悪くないの。悪いのは全て私。全ての人間が幸せになれない、私が始めてしまった“出来損ないの世界”』

 ――あなたの夢が叶わないのは
 ――あなたが苦しいのは、悲しいのは、淋しいのは
 ――全部、全て神(わたし)のせい
 ――だから

『だから叶えるの……わたしが。みんなを幸せにしてあげる。わたしは、みんなのお母さんだからね。誰もの願いが叶ったら、誰もが幸せになれたら……それは、素晴らしいことなんでしょう?』

 神は語る。
 それに対し、絵空は何かを言い掛けた。
 しかし口を噤み、小さく微笑む。
 そして頷いた。
 そうだね、と。

 ――あなたはきっと正しい
 ――誰もが幸せになれたなら、それは何より素晴らしいこと
 ――でも
 ――それでも

「それでもわたしは……やっぱり嫌だよ。“一人のためだけの世界”なんて。みんなと一緒に生きていきたい」

 ――かつてあなたが“彼女”を望み、創り出したように
 ――みんなと繋がった世界で、絆のある世界で生きていきたい

『――知ってるよ……わたしはそれを知っている。大丈夫だよ。“楽園”には絆が満ちているから。“あの世界”よりたくさんの、そして大切な人々が』

 ――内面(クオリア)を持たない、対等ならざる“哲学的ゾンビ”
 ――けれどだからこそ、あなたを大切に想ってくれる
 ――彼らは、あなたのためだけに存在するのだから
 ――あなたの想いを決して裏切らない
 ――鎖のように強い絆が

「でも……それは、偽物だよね?」

『――だとしても。すぐに真実になるよ? “あの世界”が壊れれば、“この世界”だけが真実になる。そして誰も気付かない……だったらそれは、嘘なんかじゃないよね?』

 ――覚めない夢は現実で
 ――消えない幻は真実
 ――あなたたちが“あの世界”を疑わず、“真実”と頑なに信じているのと同じように

「――だとしても。今のわたしは信じているから。“この世界”が偽りで、“あの世界”が真実だって」

 2人の少女は見つめ合う。
 全く同じ容姿をしながら、しかし表情は違う。
 アクヴァデスには理解できない様子で、再び小首を傾げる。

『それは倫理の問題? でも――』

「――違うよ、心の問題。わたしは“あの世界”が好きなんだよ。“私”と出逢えた“あの世界”が」

 ――たとえ願いが叶わなくても
 ――その道の果てが、不幸せかも知れなくても
 ――それでも

『……それは、ワガママじゃないかな。“あの世界”には絶望が満ちている。人間を殺し尽くしてしまうほどの、世界を覆う“黒い霧”が』

 かつて、ノアの犠牲により証明された――人間の“絶望”の業深さ。
 人間は相対的な生き物だから――比較することから逃れられない。
 人は人を羨み、妬み、憎む。
 破滅を願う“呪い”を抱く。

 そしてそれは今、“あの世界”で再び顕現された。
 世界の半分を構成する“闇(ゾーク)”と結びつき、ガオス・ランバートの精霊を中核とし、呪いを叶える“破滅神”として。

『あなたのように強い人ばかりじゃないの……むしろそれは少数。“あの世界”では報われない、幸せになれない人たちは大勢いるの』

 ――そして“あの世界”を壊さない限り、“この世界”は真実になれない
 ――全ての人間を、一人残らず“この世界”に導かなければ
 ――全員を幸せにするために

 彼女の言葉は真実だ。
 そこには微塵の偽りもなく、純然たる慈愛に満ちている。

 まさしく、母親のように。

 絵空は、左胸に手を当てた。
 それを真実と呼ぶべきかは判らない。けれど鼓動が伝わる。
 “私”の心が――“わたし”を支えてくれる。

「……ありがとう、アクヴァデス。あなたは本当に、わたしたちを想ってくれている。でも、それでも――わたしはやっぱり帰るよ、“あの世界”に」

 ――闘ってくれているから……あの人が
 ――わたしを助けてくれた人
 ――私の大好きな、大切な人

「“私”ね……以前、思ったの。神様はどうして、私たちを助けてくれないんだろうって。“この世界には神様なんていないんだ”って」

 ――童実野病院に入院し、死ぬしかないと知ったとき
 ――“わたし”が死期を宣告されたとき
 ――けれど違った
 ――あなたはいつも、わたしたちを想ってくれていた
 ――わたしたちの幸せを、願ってくれてた

「……ありがとう。でもいいんだよ……幸せじゃなくても。それは素敵なことだけど、けれど全てではなくて。わたしたちは、そんな世界で生きてきたの」

 ――あなたの始めた世界で
 ――不完全かも知れない、けれど愛しい世界で
 ――わたしたちは確かに、“あの世界”で生きてきたから
 ――だから

「――たとえわたしと私が、もう逢えなくなっても。この選択が、沢山の人たちの幸せを奪うことでも……それでも。それでもわたしは“あの世界”で、それだけのものを得てきた」

 ――大切な人がいて
 ――大切にしてくれる人がいて

 ――やさしい人がいて
 ――憧れる人がいて

 ――そして、愛しい人がいた
 ――だから

 ――だから……わたしという人間は、ここまで来ることができた

「悲しみも、苦しみも、痛みも……でもそれでいいの。わたしは“あの世界”で生きてきたから。“あの世界”と“この世界”、どちらの方が幸せかとか、そんなことじゃなくて。わたしは終わらせたくないんだ、“あの世界”を」

 ――たとえそれが、間違った選択でも
 ――多くの人々を不幸にする、大罪でも

 絵空は静かに目を閉じる。
 その背に、黒い翼が生えてゆく――骨ばったイビツな翼が。
 彼女の魂、“終焉の翼”が。
 帰るために――“あの世界”へ。

『無理だよ……もう。“デリュジファガス”は止められない。たとえ、わたしでも』

 アクヴァデスは俯きながら呟く。
 ノアの時代以降、人々が吐き出し続けた呪い――“破滅”への願い。
 “千年聖書”により隔離され、封印されてきたそれを取り込み、“邪神”は果てしなく昇華された。
 “終焉の箱舟”の比ではない。
 その力は彼女の想定さえ超え、“創造神”をも凌駕する。
 “あの世界”を滅ぼすまで、決して止まることは無い。
 誰にも止めることはできない。

「――それでも行くの。それがわたしの……そして私の、本当の願いだから」

 絵空は彼女から視線を外し、宙空を見上げる。
 “翼”の力は思ったよりも出ない。ゾーク・ネクロファデスにその多くを奪われ、神無雫に移されてしまったせいだろう。
 こんな自分が戻ったところで、きっと何の力にもなれない――けれど、それでも諦めない。“あの世界”を、諦めたくない。

 “翼”の残された力をかき集め、“この世界”を脱するために――背中に意識を集中する。
 しかし、

『――わからないよ……そんなの』

 くぐもったその声に、絵空の集中は解ける。
 絵空は驚き、呆気にとられる。
 目の前の少女の様子に――こんなことがあって良いのか、判らなかった。

『わからないの……わたしには、もう』

 泣いていた――神が。
 絵空と同じ姿で、弱々しくすすり泣いていた。

 ――わたしにはわからない
 ――人間の心が

 ――あの頃のわたしには見えていたかも知れないものが……今はもう見えない
 ――人間だったのに

 絵空は困惑し、次の行動をはかりかねた。
 しかし彼女のその様子は、“天恵”の記憶を再び刺す。
 覚えている――“あの日”を。
 彼女たちの、全てが始まったときを。

 ――涙をこぼし、怯えるわたしに、“私”は手を差し出した
 ――私はそれを、“あやまち”だと思った
 ――じきに死ぬ自分には、誰かを抱き締める資格などないのだと

 けれど、今は違う。
 あの日、その手を差し出したから――わたしたちは繋がった。
 傷つき、悲しみ、嘆き、苦しみ、けれどその果てに得た、確かな絆。

「いいよ……おいで。見せてあげる」

 ――わたしと私の全てを
 ――あなたの始めた“あの世界”で、わたしたちが抱いた想いを

「――“わたしをあげる”。それで解ってほしいな、わたしたちのこと」

 それが何を意味するのか。
 それは自身を“供物”とし、捧げるということ。彼女に全てを託し、委ねるということ。
 けれど絵空は恐れずに、両手を彼女に向けて開く。

 戸惑う彼女に、絵空は触れる。
 あの日の“私”のように――絵空は微笑む。

 泣きじゃくる少女を、救いを求める少女の心を――やさしく、やさしく抱き締めた。




決闘187 そしてあなたは伝説になる

<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ,伏せカード1枚
手札:0枚
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス


 闇に支配されていたフィールドを、荘厳なる光が輝き照らす。
 それはまさしく“創世の光”。
 彼女の誕生とともに“空間”は生まれ、そして世界は始まったのだ。


光の創造神 ホルアクティ  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【神族】
「オシリスの天空竜」+「オベリスクの巨神兵」+「ラーの翼神竜」
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
また、自分の手札・場に融合素材モンスターが全て存在するとき、
「融合」カードを必要とせずに融合召喚できる。
このカードがフィールドに存在する限り、場の任意のモンスターの
攻撃力・守備力をそれぞれ任意の数値にできる。
攻∞  守∞


『――よくぞ……ここまで闘い抜きましたね、武藤遊戯』

 巨大なる光の女神はその口を開き、倒れ伏す遊戯に賛辞を贈る。
 彼にはすでに意識が無い。その力も底をつき、本来なら“楽園”に導かれる状況だ。しかし女神の威光が、彼を護る。闇の侵食を許さない。

『あの気弱な少年が……よくぞ、よくぞここまで。あなたのこれほどの働きを、私には予見できなかった。この世界を護るため、あなたは……本当によく闘ってくれました』

 光とともに、労いを掛ける。
 武藤遊戯に意識は無い。けれど、その心に刻まれるよう、深く穏やかに伝える。

『――ここからは私の闘い。あなたの死力に応え、必ずや……穢れし闇を拭い去りましょう』

 武藤遊戯から視線を外し、女神は“破滅神”を見据える。
 “破滅神”はなおも苦しみ、悶えながらも怒り狂う。
 全身をドロドロに溶かしながら、集約された“呪い”に翻弄され続ける。
 哀れな、と女神は呟いた。

『アナタを神たらしめるそれは、叶えてはならない願い。どうか安らかに……もう、お眠りなさい』

 ――カァァァァァッ……!!!!!

 女神が両腕を広げると、纏う光が強くなる。
 全ての祖たる“母なる光”。その輝きを極限に高め、闇の邪神を照らしつける。


光の創造神 ホルアクティ  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【神族】
「オシリスの天空竜」+「オベリスクの巨神兵」+「ラーの翼神竜」
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
また、自分の手札・場に融合素材モンスターが全て存在するとき、
「融合」魔法カードを必要とせずに融合召喚できる。
このカードがフィールドに存在する限り、場の全モンスターの
攻撃力・守備力をそれぞれ任意の数値にできる。
攻∞  守∞


 その光に魅せられ、“破滅神”の動きは止まる。
 敵であるはずの彼女の光に、影の巨人は癒される。
 泥による全身の腐食は抑えられ、正気を取り戻してゆく。

闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス
攻:∞→0
守:∞→0

 しかしそれは、一時的なものだ。
 これほど強大な“邪神”と化したそれに、浄化のすべなどありはしない。
 女神は広げた腕を閉じると、両掌を巨人へ向けた。

『――光創世(ジェセル)!!』

 ――カッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 影の巨人を中心とし、巨大な光の球体が生まれた。
 光はその体内に入り込み、その全身を崩してゆく。
 “闇(ゾーク)”により構成された影を、光によって分解してゆく。

 そうして“破滅神”は塵となり、この世界から消え去る――かに思われた、が、

 ――ドクンッ!!!!!!!!

 その身の破滅を間近にし、“呪い”は大きく鼓動する。
 消えかけていた全身が、みるみるうちに復元してゆく。
 全身に纏わる穢れた泥が、母なる光さえも呑み込む。

闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス
攻:0→∞
守:0→∞

 創世の光を消し去り、“破滅神”は咆哮した。暴虐たる神威を噴き出し、邪悪の全てを解放する。
 この神は、滅ぼすためだけに生み出された存在なのだ。自身の滅びが許されるのは、他の全てを滅ぼした後だけ。故にこそ、それは必ず滅ぼす。
 最後に自身を滅ぼし、その苦しみから解放されんがために。


闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【神族】
「魔神 ブラッド・ディバウア」+「魔神 カーカス・カーズ」+「魔神 エンディング・アーク」
このカードは、上記のカードが全て自分の場から墓地に送られた場合にのみ
手札を全て捨てて特殊召喚できる。
このカードが場に存在する限り、相手はバトルフェイズをスキップできず、
自分はバトルフェイズ以外のフェイズを全てスキップする。
また、このカードは相手のバトルフェイズ中にも攻撃できる。
攻∞  守∞


『――……!! まさか、これほどとは』

 ただ一度、その一撃のみで、光の女神は悟った。
 この“破滅神”の力が、自分を超えていることを。

 なんと皮肉なことだろう――“邪神”とは即ち、人の邪心が生み出す神だ。
 人間の抱く怒り・悲しみ・憎しみ、それら一切の負の感情は今、“創造神”さえ超えようとしている。
 “人間は神には勝てない”――武藤遊戯が命を賭して覆さんとした摂理を、この邪神はゆうに否定する。あまりにも容易く、残酷に。


<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ,伏せカード1枚
手札:0枚
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス


 “闇のゲーム”はなおも続く。
 次は“破滅神”――ゾーク・デリュジファガスのターン。
 獣のごとき奇声を上げると、裂けた口を大きく開く。その先に暗黒の球体を生み出し、凝縮し、放出する――光の女神へ向けて。

 ――バジィィィィィィィィィッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 女神は光の防御膜を生み出し、それを正面から受け止める。
 しかしたちまち亀裂が走った。“破滅神”の階級はいまや、“創造神”のそれさえ遥かに凌駕する――優劣はあまりにも明白だった。

『――ッ! ウ……ッ』

 それでも彼女は“創造神”、全ての始まりたる存在の一つだ。
 全ての“光”を結集し、その砲撃に耐える。防御膜が今にも砕け散らんとしたとき、その砲撃はようやく止まった。
 “創造神”は消耗し、“破滅神”は咆え猛る。この戦果を繰り返すことは期待できまい。いつ決壊してもおかしくはない。

 それでも――光の女神には見えていた、勝利への道が。
 “破滅神”を消滅させる、その手段はある。たったひとつだけ。

『――立ち上がりなさい……武藤遊戯』

 倒れたままの遊戯に告げる。次は彼のターンだ。
 無論、彼が自力で立つことに期待をしたわけではない。
 彼女が彼を見つめると、その全身が光に包まれた。その身体は浮かび上がり、地に両足をつける。意識を失ったそのままに、デッキへと指が伸ばされる。

『あとの責は私が負う。あなたは本当によく闘いました。あなたという犠牲のもとに、この世界は救われる――人類の救世主となるのです、あなたは』

 ――広くは知られないでしょう
 ――けれどそれは事実
 ――この世界に刻まれてゆく
 ――知るべき者に知られ、伝えられてゆく
 ――あなたという“伝説”が

『さあ……その手で終わらせなさい。あなたにはその資格がある。この世界を救い、あなたという人間は終わり、次なる舞台へ――私がお導きしましょう』

 遊戯の右手に、最後のカードが握られた。
 デッキに残されていた最後の1枚。正真正銘、最後のドロー。

 光の女神には見えている――そのカードの正体も、場に伏せられた魔法カードも。
 これはまさしく運命。
 彼は今このときのために“人間”として生き、終わる。そして生まれ変わるのだ――彼女の相応しき“後継者”として。

『そのカードの力により、この私ごと――破滅の神を消し去りなさい』

 恐れなどなく、迷いさえなく。
 光の女神は凛然と、そう告げるのだった。


<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ,伏せカード(魔法効果の矢
手札:1枚(融合
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス




決闘188 やさしいひと

 ――M&Wの世界には、“属性反発作用”というものが存在する。
 複数のモンスター同士を結合させ、より強力なモンスターを喚び出す“融合召喚”。しかしその召喚方法には、お互いの相性が絶対不可欠となる。どんな者同士でも正しく“融合”できるわけではないのだ。
 たとえば、水と油は混ざらない。いや、混ざらないだけならまだ良い。互いが互いを打ち消し合い、“対消滅”することもあり得る。これが“属性反発作用”。
 “融合召喚”を扱う決闘者であれば、当然把握すべき禁じ手だ。しかし、この特性を逆手に取った、特殊な高等戦術も存在している。
 相手モンスターに自軍モンスターを“強制融合”させ、その攻撃力を下げる。使用者は極めて少ない、玄人好みの変則コンボだ。


<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ,伏せカード(魔法効果の矢
手札:1枚(融合
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス


 それはかつて“決闘者の王国(デュエリストキングダム)”において、“彼”が『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』を破ったコンボでもある。
 “創造神”と“破滅神”はともに神属性、しかしその実は“光”と“闇”、完全に対をなす存在だ。
 このコンボにおいて、重要となるのはレベルではなく、攻撃力だ。その能力値はともに無限大――すなわち同値。“対消滅”へと持ち込める。

『――あなたが気に病むことではありません……武藤遊戯。むしろ私は誇らしくさえある。あなたという人間の、ここまでの働き……この上ない賞賛に値します』

 意識なき彼に、その声を刻む。
 彼が次に覚醒したとき、その記憶に残されるように。

『あなたに残された時間はごくわずか……私の力をもってしても、それは変えられないことです。だからこそ、私は託しましょう……この私の全てを。そしてあなたがなるのです、次代の“神”に』

 彼女は当然のごとく語る。
 いずれにせよ、彼はもう戻れないのだから――“人間”には。
 この地上には残れない。
 残すには、あまりにも危険すぎる。

『……ここで私は消える――そしてあなたは“神”となる。新たなる“ホルアクティ”として、この世界を……愛すべき人間たちを、永劫に見守るのです』

 かつてのエジプト王が成した所業――“神殺し”。
 奇しくも武藤遊戯は、同様の運命を辿ることとなる。
 彼が私欲のため“アヌビス”を殺し、冥界の神に成り代わったように。
 武藤遊戯の手により“ホルアクティ”は殺され、そしてその座につくのだ――新たなる“光の創造神”として。

『しかし最後にひとつ……謝らねばなりません。私はあなたを見誤った……故にこの世界に放ってしまったのです、“光の波動”を』

 このやり取りもまた“視られている”――それは彼女も解っていた。
 それがどのような結果を招くか、予想もつく。しかし仕方の無いことなのだ。

『私がこの世界に放ってしまった“もうひとつの邪悪”――しかしそれは託せば良い、あなたが選ぶ“次代の王”に。それは“神”となったあなたにとって、第一の仕事となりましょう』

 彼女は眼を閉じ、微笑む。
 武藤遊戯という後継者に、全てを託す――そこには何らの不安も無い。確信がある。
 彼ならばなれる、相応しき“神”に。
 次代の“ホルアクティ”として、世界を――人々を、やさしく見守り続けると。

『――ありがとう、武藤遊戯。あなたのおかげで私は、愛すべき子どもたちを……人間を救える』

 女神はその眼を開き、再び両腕を広げる。
 纏う光は輝きを増し、遊戯に――彼のカードに、祝福を与える。


融合
(魔法カード)
決められたモンスター2体以上を融合させる。


 彼女の意図するままに彼の身体は動き、手札からカードが発動される。
 本来ならば、この“破滅神”ほどに神威を増した存在に、スペルカードなど通用しない――それは彼女にも解っている。
 だからこそ彼女は、強く輝く。
 弓を引き絞るように、強く、強く――『融合』のカードに、特別な力を込める。

『さあ……ともに消えましょう、滅びの神よ――』

 自身の存在をそのカードに載せ、一本の“矢”として撃ち放つのだ。
 “光の創造神”、その存在の全てを犠牲とした、絶対なる一矢。
 この一撃により、確実に終わる――“破滅神”は消滅する。
 これにより脅威は去り、この世界は救われる。
 “楽園”へ導かれた者たちも還り、平穏が取り戻されよう。

 彼女はそう確信していた。
 それなのに――

「――……だ……そんなの」

『――……!?』

 予想外の声が、足元から聴こえた。
 それはあり得ぬはずの声。限界をとうに超えたはずの遊戯が、意識を取り戻すはずは無かった。

 だからこそ彼女は、対応が遅れた。
 彼がそのような“愚行”を冒すなど、想像だにせぬことだった。


魔法効果の矢
(魔法カード)
自軍の魔法効力を敵モンスターに与える


 ――ズガァァァァッ!!!

 “破滅神”の足元に、一本の矢が突き刺さる。
 それは“ホルアクティ”の存在を載せ、“破滅神”を射るはずだった一矢――しかしそれは、地に突き刺さった。
 『融合』のカードを貫き、何もないフィールドを。彼女の意図せぬタイミングで、彼の手により翻された『魔法効果の矢』によって。

「――そんなの……間違ってる」

 息も絶え絶えに、見えない眼を開き、彼は“ホルアクティ”に言い放った。

「誰かを救うために、別の誰かを犠牲にする――そんなことが! そんなものが正しいわけがないよ!!」

『――……!! 武藤遊戯、あなたは』

 何という愚純。
 自身の犠牲を棚に上げた暴論。
 あまりにも青い正義論。

 彼のその一瞬の判断は、彼のここまでの全てを、あまりにも軽率に台無しにした。
 これで無い――何も無い。何ひとつ、もう打てる手が。
 彼の手による懸命な足掻きは、自身の手によって終止符を打たれた。

 これで終わりだ――何もかもが。
 光の女神ですら言葉を失い、立ち尽くす。
 しかし無情にもデュエルは続く。今は遊戯のターンだが、“破滅神”は意に介さない。
 自身の特殊能力により、“破滅神”は砲撃を放った。

 ――ズドォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 光の女神は防御膜を張り、それを遮る。
 しかし、やはり繰り返せない。
 邪悪なる闇の砲撃は、光の膜を侵食し――瞬く間に砕いてゆく。
 彼女を屠り、全ての希望を滅ぼさんがために。

「――っ!! うあ……っ」

 その余波は、遊戯にも届いた。
 しかし全身に力は入らず、逃げることは叶わない。
 “箱舟”の泥さえも遥かに超える、深く色濃い闇の穢れ――その奔流が、遊戯の全てを洗い流さんとする。

 遊戯は死を覚悟した。
 しかし、次の瞬間――その余波が消えた。轟音も止んだ。
 果たして何が起きたのか、遊戯には判らなかった。

 そして、それは彼女――“ホルアクティ”にも同様だった。
 彼女を襲っていた“闇”が、突然に掻き消えたのだ。まるで“破滅神”による攻撃など、最初から無かったかのように。


 ――その瞬間、奇跡が起きていた。


 それはまさしく奇跡。神々の意図したものではない。
 遊戯の手により放たれた『融合』の一矢――それは“破滅神”の足元、正確には、闇アテムが残した“墓地”を射抜いていた。
 それは意図せぬ現象をもたらす。彼が墓地に残した3枚のカード――それらに干渉し、発動を促した。


FIEND -CARCASS CURSE  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/X000  DEF/X000

FIEND -BLOOD DEVOURER  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/4000  DEF/4000

FIEND -ENDING ARK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/????  DEF/????


 遊戯は自分の目の前に、誰かが現れたことに気が付いた。
 黒く巨大な何かを背負った誰か。目の見えない遊戯には、それを視認することはできない。
「……!? キミ、は……?」
 戸惑いながら問いかける。
 その誰かは闇の波動を遮るように、自分を庇うために現れたのだ――遊戯はそう感じた。そしてそれは正しい。

 現れたのは少女。
 黒く巨大な翼を背負った、小さな体躯の少女。
 長い黒髪を束ねた、黄色のリボンが静かに揺れる。
 彼女はゆっくりと振り返り、その問いにやさしく答えた。

「――あなたの……“味方”です」

 “神里絵空”の姿をした少女が、その場に立ち――場違いに、満面の笑顔を振り撒いた。


THE CREATOR OF DARK -ZORC AKHVADES  /DIVINE
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【GOD】
[FIEND -BLOOD DEVOURER]+[FIEND -CARCASS CURSE]+[FIEND -ENDING ARK]
ATK/∞  DEF/∞


<武藤遊戯>
LP:100
場:光の創造神 ホルアクティ闇の創造神 ゾーク・アクヴァデス
手札:0枚
<    >
場:闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス




決闘189 夜明けの翼

「――その声……神里さん!? どうして……」
 戸惑い、狼狽する遊戯に対し、その少女はなおも微笑み掛けた。
「……約束、しましたよね? この先、どんなことがあろうとも……“私”はアナタの“味方”であると」

 ――“私”はもう“私”ではないけれど
 ――けれどこの想いは、その誓いだけは変わらない

 少女はすぐに、遊戯の“その状態”に気が付いた。
 思わず手を伸ばし、彼に触れようとする――しかし、思い留まる。
 まだ少し猶予はある。だからその前に、成すべきことを成そうと。
「……後はわたしが引き継ぐから。だから安心してね、遊戯くん」
 少女は顔を上げ、光の女神を見上げる。
 互いの視線がぶつかり合う。けれど語れることはなく、少女は淋しげに微笑んだ。

 その一方で――“破滅神”は猛っていた。
 何故、自身の砲撃が掻き消えたのかは分からない。だが“それ”は、攻撃することしか知らない存在なのだ――防がれれば再び叩く、滅びるまで叩く、叩き潰す。ただそれだけのこと。
 先ほどの攻撃は、武藤遊戯のバトルフェイズ中に行ったものだ。つまり次は“破滅神”のターン。再びの攻撃が許される。
 その口を再び大きく開き、その先に呪いの球体を生み出した。

「――無駄だよデリュジファガス……あなたの攻撃はもう、わたしたちには届かない」

 少女は振り返り、涼しげに告げた。
 自身より遥か巨大な怪物に向け、対等に語り掛ける。

「だってあなたのバトルフェイズは――すでに終わっているのだから」

 狂気に囚われた“破滅神”が、しかし狼狽めいた反応を見せる。
 練り上げたはずの暗黒球体が、いつ間にか掻き消えていた。解放すべき呪いを失い、それはなおも怒り狂う。


闇の創造神 ゾーク・アクヴァデス  /神
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【神族】
「魔神 ブラッド・ディバウア」+「魔神 カーカス・カーズ」+「魔神 エンディング・アーク」
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ特殊召喚できる。
また、自分の墓地に存在するカードを融合素材として融合召喚できる。
このカードがフィールドに存在する限り、任意のフェイズを
任意のタイミングで終了させることができる。

攻∞  守∞


 次は遊戯のターン。
 本来であればこのドローフェイズ、デッキからカードを失っている彼は、ドローできない次点で敗北となる――しかしその前に、少女の翼が反応を見せる。
 ドローフェイズ・スタンバイフェイズ・メインフェイズを強制終了させ、バトルフェイズへ移行――少女はその右掌を、“破滅神”へと向けた。
 少女は翼を大きく広げ、そこに“闇”を漲らせる。無限の“闇”を集約させ、討つべきモノへ照準を合わせる。

「……ごめんね……デリュジファガス」

 哀しげに、そう呟いた。
 しかしそれはすぐに捨て、束ねた“闇”を解き放つ。

「――“闇創世(ゾーク・クリエイション)”」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!!!!!

 双翼より、無数の槍が放たれる。
 “創造の闇”により構成されたそれらは、“破滅神”を強襲する。
 攻撃力値は無限大、考えられる限り最強のその攻撃は、“破滅神”に突き刺さ――らない。
 その全身を覆う“破滅の闇”に、全て弾き落とされる。
(やっぱり硬い……!! 攻撃が全然通らない)
 少女は顔をしかめ、逡巡する。
 その隙を突くかのように、“破滅神”は球体を練り出す――相手バトルフェイズ中にも、攻撃を仕掛けんとする。
「!! わ……っとと」
 それに気づき、少女は慌てて右手を振り下ろす。
 直撃を喰らえばひとたまりもないのだ――それだけの階級差が、両者の間にはある。“光の創造神”に比べ、戦闘は得手ではないのだ。
 武藤遊戯のバトルフェイズは強制終了され、再びメインフェイズへ――これにより“破滅神”の攻撃は、三度キャンセルされた。

 これを繰り返す限り、敗北はない。しかし千日手だ。勝利することもない。
 そして長期戦になるほどに、不利になるのは彼女たちの方なのだ。
 今はまだ“闇のゲーム”という檻に“破滅神”を捕らえ、隔離することができている。しかし前人未到のこの“神”に、いつまでそれが適用されるかは判らない。

(それでもまだ……手はある)
 ただひとつだけ、最後の手段が。少女と一つになることで、取り戻された記憶の中に。
 けれどそのためには、自分だけの力では足りない――少女は躊躇いながら、再び“ホルアクティ”を見上げた。

 ――語れることなどなかった
 ――自分は“彼女”を殺し、“彼女”は自分に殺されたのだから

 けれど“彼女”はそれを理解し、受け容れ、静かに頷く。
 少女は眉をしかめてから、両手を組んで眼を閉じた。

 ――“彼女”はかつても、そういう人間だったのだ。
 一点の汚れさえも無い、清廉なる人間だった。
 だから殺してしまった、愛し合った“彼女”を。
 自分とはあまりにも違いすぎたから。

 祈る少女の身体から、黒い“闇”が溢れ出る。
 それは巨大な影となり、人型を成す――“黒いホルアクティ”の姿となる。
 敢えて言うなればそれこそが、ゾーク・アクヴァデスの真なる姿。
 “始まりの邪神”として自死した“彼”は、“彼女”をあまりにも求めすぎた――結果として“彼”は“彼”ではなくなり、“彼女”と同種の存在となった。

 白の女神と黒の女神、2体の“創造神”が立ち並ぶ。
 しかしそれは正しくない。
 万物の始まりは、2人ではなく1人。
 “彼”はかつて“彼女”を望み、自身を2つに分けたのだ――自分と同じ、対等なる者とするために。

 2体の“創造神”は共鳴する。
 ホルアクティは白く、ゾーク・アクヴァデスは黒く輝き――発せられた輝きはひとつとなり、“灰色”を生み出す。

 ――それはまだ形を持たない、“始原”なる混沌。
 万物を創り、万物を滅する。唯一ゆえに絶対なるもの。
 彼女らの共鳴が生み出したその輝きは――刹那にして世界を照らした。

 ――カッ!!!!!!!!!!


THE ABSOLUTE GOD -ATUM  /DIVINE

【GOD】
[THE CREATOR OF DARK -ZORC AKHVADES]+[THE CREATOR OF LIGHT -HARAKHTI]
ATK/∞  DEF/∞


 ――戦いが終わる。
 一瞬、その輝きに照らされただけの“破滅神”は灰色となり、その動きを完全に停止する。
 そして崩れてゆく。その全身を塵と化し、跡形も残さず消えてゆく。

 そして同時に2体の女神も、その姿を消失させていった。彼女らもまた、この世界には存在すべからざる存在なのだから。
 彼女らはそれぞれ、在るべき世界へと帰還する。
 しかし刹那の輝きに、彼女らは何かを見たのだろうか――穏やかに、微笑み合いながら消えてゆく。何人にも、それは分からない。

「――ありがとう……アクヴァデス、ホルアクティ」

 彼女らの消失とともに、少女は――“絵空”は祈りをほどいた。
 そして眼を開き、全ての終わりを確かめる。

 彼女が立つデュエルフィールドの上には、5人の人間が横たわっていた――海馬瀬人、獏良了、月村浩一、神無雫、そして審判である磯野。
 さらに青眼ドーム内を見渡せば、観客席は数多の人間で溢れ返っていた――みな眠ってはいるが、すぐに目を覚ますだろう。闇の創造神による“楽園(エデン)”への移住、その計画の全ては、白紙へと戻されたのだから。


 ――しかし、全てが戻されるわけではない。
 取り戻せるものがある。その一方で、取り戻せないものも確かにある。


 戦いの終着は、武藤遊戯にも察することができた。
 もう音も聴こえない。
 けれど見えずとも、聴こえずとも、感覚で理解ができた。
 終わったのだ――今度こそ、本当に。
 自分は闘って、取り戻すことができた。大切な人たちを、守りたい人たちを。
 だから――

 武藤遊戯は笑みをこぼし、その体勢を崩してゆく。
 絵空の目の前で、彼女の手が届かぬうちに、肢体が床に投げ出される。


 意識不明者3名。
 内1名は重体――この一件は未聞の大事件としてメディアに取り上げられ、世界中に報じられるものとなり、

 ――M&Wの歴史に、深い爪痕を残した。




決勝へ続く...





前へ 戻る ホーム 次へ