闇を切り裂く星達
episode17〜

製作者:クローバーさん






目次2

 episode17――滅びの序曲――
 episode17.5――それぞれの一日――
 episode18――願い――
 episode19――暗く深い闇の中で――
 episode20――雲井の意地――
 episode21――帰還――
 episode22――突入開始!!――
 episode23――ムゲンVS佐助&コロン――
 episode24――次なる階へ――
 episode25――選べない選択だから――
 episode26――闇に堕ちた星――
 episode27――幻想と現実と――
 episode28――自分が決めた道――
 episode29――圧倒的な実力差――
 episode30――あってはならなかったこと――
 episode31――希望を託す者、託された者――
 ――エピローグ――



episode17――滅びの序曲――




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 その日の夕刊に、1つの事件が掲載された。

 8月××日
 ある町の中心にクレーターのような跡が出来た。
 隕石らしき物は見つからず、地面に衝突した衝撃で粉々に砕け散ったとみなされている。
 幸い怪我人、死者はなし。
 現場付近には少年が1人倒れていて、警察はその少年を保護すると共に、詳しく事情を聞く方針だ。

 載っていた写真には上空から写したクレーター跡が掲載されていた。

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 視界から、全てを飲み込むような黒が無くなっていく。
 周りに張られた防壁は限界に達し、軽く触れた程度で粉々になってしまいそうだった。
 薫さんは表情苦しそうに歪めている。洞窟一つを消してしまうほどの力を2回も受けきってくれたんだ。苦しくならない方がおかしい。
「大丈夫ですか、薫さん」
「うん……ギリギリだけど……」
 攻撃が止んだと同時に、防壁が消える。
「ごめん……伊月……君…」
 隣で薫さんが倒れた。
『ほう、残ったか』
 ダークが言った。
 闇の神はカードの状態に戻り、その姿を現していない。決闘が終わったことで、この場に留まれなくなったのかもしれない。

 そう……決闘が終わったから……。

 私はずっと目を離さなかった。大助がいたその場所から。
 でもそこに大助はいない。大助は…………。
『なるほどな、これが闇の神の力か』
 ダークが笑っている。
 何が可笑しいの? 闇の神を復活させたことが、そんなに嬉しいの?
 世界を滅ぼせるのが……そんなに嬉しいの? 
「……どこ……よ…!」
『何がだ』
 ダークの冷たい瞳がこっちに向く。それはまるでオモチャに飽きた子供が見せるような目だった。
 拳を作り、歯を食いしばる。
「大助は……どこよ……!」
 自分でも、どうしてこんな事を言ったのか分からなかった。
 ただ心のどこかで、あいつの無事を祈っていたかった。きっと大助は無事だって思っていたかった。そうしないと、何かが壊れてしまうそうだった。大助がそうなってしまったって認めるのが、とても怖かった。
「答えなさいよ! 大助は――」



『消した』



 その三文字の言葉が、私の中で何度も反響した。
 心の中にある何かが大きな音を立てて崩れていく。
「ふざけないで!!」
『真実だ。中岸大助は消えた』
「……!」
 視界が歪む。
「返してよ! 大助を返しなさいよ!」
 私はダークに向かった。
 その胸ぐらをつかんで、声を張り上げる。
「返しなさいよ! お願い!」
『一度だけ言うぞ、離せ』
「返して!」
『離せと言ったはずだ!』
 ダークが私の腹部に手を当てた。
 次の瞬間、衝撃が体を突き抜けた。意識が飛びかける。
 つかんで手がはずれ、その場に倒れた。
「だ……い……………す…け……」
 体が動かない。指1本も動かせない。
 意識がだんだん、遠のいていく。
『一つだけ教えておいてやろう、朝山香奈』
 ダークがしゃがみ込んで、囁いてきた。
 こんなに近くに敵がいるのに、殴るどころかつかみかかることも出来ないなんて……。
 どうして、私はこんなに無力なの? 
『闇の神の攻撃でライフを失った人間は、その存在ごと闇に飲み込まれて消える。白夜のカードを持ったお前達は記憶が残っているかも知れないが、1ヶ月もすればその記憶もなくなる。まぁ、その前に世界が滅びているだろうがな』
 何を言ってるのか分からなかった。
『楽しませてもらったぞ、お前達には……!』
 ダークが後ろに跳んだ。
 私との間に、光の矢が突き刺さる。
『おまえか』
「おやおや、かわされてしまいましたか」
『消える気か?』
「その言葉、そっくりお返ししますよ。大助君との決闘であなたも相当傷ついているはずです。あなたを倒すなら今ということでしょう」
 伊月がカードをかざした。
 上空から無数の光の矢が降り注ぐ。ダークは軽く体をひねる程度で、それをなんなくかわしていた。
『この程度か』
 光の矢を、ダークは素手で受け止めた。
「なっ!?」
『お前ごとき、消すまでもない』
 上を何か大きな塊が通り抜けた。
「ぐあぁ……!」
 伊月の悲鳴。ドサリと倒れる音も聞こえた。
『闇の神が復活したんだ。今や光と闇の力は対等じゃない。白夜のカードなど恐れるに足らん。仮に今、俺と決闘して勝てたとしても、白夜の力で俺を消すことはできない』

 そう言って、ダークは1枚のカードかざした。

『闇の神が復活してからでないと、現実に呼び起こせないカードだ』
 霞む視界で、カードを捉える。
 それは空に二十個の火の玉が浮かぶカード。
「終焉の……カウントダウン……」


 終焉のカウントダウン
 【通常魔法】
 2000ライフポイント払う。
 発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。


 そのカードを通して、ダークの体からあふれ出した闇が空に伸びる。それは灰色の雲のように広がり、やがて町を覆ってしまった。
『20日後だ。世界は滅び、すべては終わりを迎える。誰にも止められはしない』
「う……ぅ……」
 駄目だ。意識がもう……。
『さらばだ』
 その言葉が、最後だった。

 私は意識を失った。
 
 















































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 そのあと、どうなったかは分からない。
 ただ目覚めたとき、私は薫さんの家のベッドに横たわっていた。
「気が付いたか」
 深く渋い声が聞こえた。見ると佐助さんが小さなお鍋を持って立っていた。
「まったく、二日間も寝込んでいたから死んだかと思ったぞ」
「私―――っ!」
 起きあがろうとした瞬間、体に激痛が走った。
「無理するな。これでも食って元気付けろ」
 近くにあるテーブルの上に、お鍋が置かれる。雑炊の匂いがした。
「薫さん達は?」
「二人とも無事だ」
「私達……どうなったの……?」
 佐助さんが面倒くさそうに息を吐いた。

 教えてくれたのは、通信が切れた後、佐助さんがスターの他のメンバーと共に現場へ駆けつけて、私達を薫さんの家まで運んだということだった。すでにダークはその場を去っていて、行方が分かっていない。

「とにかく今は休め。起きたら見せたい物があるからな」
 佐助さんは部屋を出て行った。
 痛む体を動かして、テーブルの上にある鍋に手を掛ける。二日間も寝込んでいたせいで、お腹がすいていた。
 蓋を開けると、とてもおいしそうな匂いがした。あんな顔をしていても、料理は得意なのかも知れない。
 痛みを我慢しながら、なんとかスプーンで雑炊を食べる。飲み込むのに時間がかかったけれど、見た目通りおいしかった。
 お腹も空いていたのもあって、一気にそれをたいらげられた。
「なかなかおいしかったわね」
 10分で食べ終わる。ちょっと物足りない。
「大助、あんたの少し頂戴」
 返事はなかった。
「どうしたのよ……」
 部屋を見渡した。大助の姿がなかった。
 あぁそっか。いくらなんでも同じ部屋な訳がないわよね。じゃあ隣の部屋……?
「ぅっ……っ……」
 痛む体をなんとか起こして、隣の部屋に行った。
「大助……?」
 そこに、あいつの姿はない。
 空のベッドが一つ、置いてあるだけだった。
「あれ?」
 なんでいないのよ。もしかして、別の部屋?
 別の部屋に行ってみる。やっぱり、大助はいない。さらにまた別の部屋に行っても、誰もいなかった。
「どうして?」
 なんでいないのよ。
 そう思いながら、開けた最後の部屋。
 人影があった。
「…だい…!」
 開きかけた口が止まる。
 そこにいたのは、大助じゃなかった。
「香奈ちゃん、起きたんだね」
 薫さんだった。髪はボサボサになっていて、表情も辛そうだった。
「どうしたの?」
「えっ、いや、その……大助を見なかった?」
 薫さんは一瞬だけ、動きを止めた気がした。
「…………ううん。見てないよ。多分、伊月君とどっかに出掛けているんだよ」
「そうなの?」
「……うん。だから、香奈ちゃんはもう少し休んでいいよ」
「分かったわ」
 薫さんに連れられて、元いた部屋に戻った。汗をかいた服を着替えて、ベッドに横にされる。
「なにかあったら、呼んでね」
 薫さんはそう言って、部屋から出て行った。
 なぜか、少しだけ悲しそうな顔をしている気がした。
「……………………………………………………………………………………………………」
 静かになった。
 何もすることがないから、目を閉じる。

















 ――中岸大助は消えた――


「……!」
 思い出してしまった言葉。
 それと同時に、あの光景が鮮明に蘇ってきた。
「大助……!」
 そうだ、さっき佐助さんは言った。"二人とも"無事だ、と。その二人はもちろん伊月と薫さん。
 でも大助は……。


 ――ごめん――


 あの言葉が最後。大助は、攻撃されて、ライフが0になって、それで……。
 出掛けてなんかいない。大助は決闘に負けた。それで、闇に飲み込まれてしまった。だから、もう……。
 もう、ここにいない。
「……!」
 ベッドに顔を伏せる。
 抑え込んでいたものが、涙となって溢れだした。












 翌日、ベッドから起きて会議を行う部屋に行った。
 まだ体が痛かったけれど、あのまま寝ている訳にはいかないと思った。
「あ、香奈ちゃん……」
 薫さんが私を見て笑顔を向けた。
 笑顔を作る気にはなれなかったから、軽く頭を下げる程度の挨拶をした。
「みなさん揃いましたね」
 伊月が爽やかな笑みを向ける。腕に包帯が巻かれていた。
「これを見て下さい」
 渡されたのは今朝の新聞だった。
 一面に大きな写真が貼られている。雲に覆われた空に、三つの炎の塊が浮かんでいるものだった。
「これってもしかして……」
「間違いなく、ダークの仕業でしょう。おそらく"終焉のカウントダウン"の効果です。この炎の塊は一日経つごとに増えています。言うまでもなく、この炎が20個現れたとき、世界は終わりを迎えるでしょう」
「私達……負けちゃったんだよね……」
 何も感じなかった。
 心にポッカリと穴を開けられた気分だった。何の感情も浮かんでこない。
「もう、このカウントダウンは止められないのかな」
「そうとも限りません。今まで闇の力で現実に呼び起こされた力は、呼び起こした人物を倒すことで消えています。今回の件が例外だとは思えません」
「じゃあ、ダークを倒せば……」
「おそらく消えるでしょう。ただその張本人が今どこにいるのか分からないので手詰まりなんです。佐助さん、なんとかならないでしょうか」
「そうしたいのは山々だが、新しいパソコンを仕入れるのにもう二日はかかる。コロンもボロボロで、何もできない状態だからどうしようもない」
「そうですか……やはり、人手を集めて探すしかないようですね」
「そうだね。香奈ちゃんは――」
「どうして……」
「え?」
 新聞をギュッと握りしめる。
「どうして、嘘ついたのよ。大助は……出掛けてなんかいないじゃない!!」
「それは――」
「大助は負けたのよ! だからもういないじゃない!!」
「ぁ…」
 薫さんは言いかけた口を止めて、下を向いた。
「もう、いいわよ……」
「え……」
「家に帰るわ。明日、夏期講習だから」
「そ、そっか……じゃあ送って――」
「来ないで、1人で帰らせて」
 私は部屋を出た。
 なんでもいいから、1人になりたかった。





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「やっぱり、香奈ちゃん……」
「気にしているでしょう。長年の幼なじみが消されてしまったのですから」
「伊月君! 大助君はまだ――」
「残念ですが、闇の決闘に負けて戻ってきた人はいません。ましてや相手はダークのトップです。大助君が戻ってくるのは不可能でしょう」
「そんな……! 佐助さん、どうにかして大助君を救えないかな?」
「………………………………………………………………一つ聞いていいか?」
 佐助が二人に問いかけた。







































「大助って誰だ?」



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 家に帰る途中、私は何も考えられなかった。
 ただ足が動くままに家に向かい、周りの風景も人の声も、みんな私の体を通り抜けていった。
 まるで、何も見えない暗闇を歩いているような気分。
 体から魂が抜けてしまったというのは、きっとこんな感じなんだと思う。大助がいなくなってしまったのが、こんなに辛いなんて思わなかった。
 こんなことになるなら、あの時大助と道を代わっていれば良かった。そうすれば、今みたいなことにならなかったかも知れない。あの胸の嫌な感じは、きっとこのことを予感したものだったんだ。
 どうして引き止めなかったんだろう。
 どうして、気づかなかったんだろう。
 しまいには、薫さんにあたって……。悪いのは薫さんじゃないのに……。

 私は馬鹿だ。

 人に笑われてしまうような大馬鹿だ。




 家に着いた。
「香奈! どこに行ってたの!? 本当に心配したのよ!」
 母さんが心配した顔で出迎えてくれた。
「……ごめんなさい」
「友達の家に行くって言ってたから大丈夫だとは思ったけど、全然連絡よこさないじゃない」
 そっか。そう言って出掛けてたんだっけ。
 友達の家にか。その方が、どれだけよかっただろう。
「服も汚れているじゃない。ほら、さっさと着替えなさい」
「うん、分かってる……」
「どうしたの? 友達の家に行って楽しかったんじゃないの?」
「え、いやほら、はしゃぎすぎて疲れちゃったのよ」
 嘘をついた。笑顔は作ろうと思ったけど、作れなかった。
「………」
 お母さんが私の顔をじーっと見つめる。顔に何か付いてたかな。
「もしかして何かあった?」
「なんで?」
「顔にそう書いてあるわ」
「……! わ、私、着替えてくるわ」
 逃げるように自分の部屋に入る。
 母さんに隠し事が出来ないのは昔からだ。事情を知っていなくても、表情で判断されてしまう。別に嫌だとは思わなかったけれど、今は何も言わないで欲しかった。


 着替えてベッドに横たわる。
 家の匂いだ。やっと実感する。あの世界を懸けた命がけの戦いから無事に帰ってこれたんだ。
 でもそれは私達だけで、大助は帰ってこれなかった。あいつの親はどう思っているんだろう。息子が帰ってこなくて心配しているはずだ。そのうち私に尋ねてくるかも知れない。
 大助の居場所を聞かれたら、どう言えばいいんだろう。
「………………………………」
 部屋を見渡す。
 あの小さなテーブルで、大助と食事したんだっけ。あの時素直にエアコンを付けていればよかったな。あの日だけじゃない。幼い頃から、大助とは家でよく遊んだ。小さい頃は、お人形遊びとかもしたことがあった。
 今考えてみるとすごく可笑しい。
 この部屋だけでも、たくさんの思い出がある。
 それだけ大助と過ごした時間は長かった。だからその分、失ったときの喪失感が尋常じゃない。
 もし叶うなら、時間を戻したい。そしたら敵の作戦にはめられることもない。大助にだってあの道を選ばせない。代わりに私が行ってダークを倒してやる。負けたっていい。大助を失うくらいならその方がいい。
 ……なんて、ありえないことを願ってどうなるのよ。
 虚しいだけじゃない。
 本当に……私は馬鹿だ。



 ピンポーン



 家のインターホンが鳴った。
《中岸ですけど》
 この声は、大助のお母さんだ。
 思ってたよりも早かったけれど、やっぱり来た。
《香奈ちゃんはいらっしゃいますか?》
 ベッドから起きあがる。
 私自身の口から、説明しなくちゃいけない。上手く説明できるかは分からないけれど。
「今、行くわ」
 階段を下りて、玄関にでる。
 大助のお母さんが私を見た瞬間に笑顔を向けた。
「香奈ちゃん、ちょっといいかな?」
「………はい」
 鼓動が早まる。
 本当に、言って大丈夫なの?
 自分の息子が決闘に負けていなくなりましたんなんて言っていいの?
 大助のことを知ったら、この人は……。
「香奈ちゃんっていつも肌がきれいじゃない? もしかして何か化粧品でも使っているのかしら?」
「…………………………………」
 あまりに突拍子な質問に、口が動かなかった。
「やっぱり化粧品なんか使ってないわよね。香奈ちゃんは生まれつき美人だからね。あぁ、あとこれ、この前旅行に行った時に買ったお土産だから。早由利さんによろしくね」
 大助のお母さんはそれだけ言って玄関から出て行く。
「あの……!」
「なにかしら」
「それだけ……ですか?」
「ええ、それだけよ。他に何かあるかしら?」
「だって大助が」
「大助? クラスのお友達かしら?」


 時間が止まった気がした。


「友達も何も、息子じゃないですか」
「私に息子はいませんよ。何か勘違いしているんじゃないの? じゃあね」
 扉が閉じられる。

 何を言ってるの?
 息子のことを忘れちゃったの?
 いったいどういう――――。

 ――闇の神の攻撃を受けた人物は――


「……!」
 まさか、そんな……。そんなことって……。
 時計を見る。短針が10を指していた。
 たしか今日も夏期講習の日だったはず。
 急いで家を出た。頭によぎった嫌な予感が的中しないことを祈って。




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 学校に着いて、教室に行く。
 閉められた横開きのドアに手をかけて、思いっきり開けた。
 バンッ! という大きな音が鳴って、みんなが一斉にこっちを向いた。
「おい遅刻だぞ朝山。しかもその服装はなんだ? なんで私服で学校に来てるんだ?」
 遅刻や制服なんてどうでもいい。
 ……34、35、36……机が1つ足りない。
「大助の席はどこよ!」
 思いっきり叫ぶ。みんなはそれぞれで顔を見合わせて、首をひねらせている。
「朝山……大助って誰のことだ? このクラスにそんな奴居たか?」
「中岸大助よ! いつも遊戯王の授業で全勝している男子がいたじゃない!」
「何を言っている。いつも全勝しているのはお前だけだろ?」
「……!」
 教室の中に踏み込む。
 周りの生徒が私を変人のように見ているような気がしたけれど気にしない。
「な、なんだ?」
「どいて!」
 教師を押しのけて、教卓にある生徒名簿を見る。
 ナ行、ナ行……中岸大助の名前がなかった。
「そんな……」
 

 ――闇の神の攻撃を受けた者は、その存在が消える――。


「存在が……消える……」
 その時分からなかった言葉の意味がようやく分かった。存在が消えるって、こういうことだったんだ。みんな覚えていない。誰も大助のことを覚えていない。
 存在が消されてしまったから。この世にいたという事実ごと、闇に飲み込まれてしまったから。
「どうしましたか?」
 騒ぎを聞きつけたのか、校則を重んじる教頭が入ってきた。
 私服の私を見るやいなや、その顔が真っ赤に染まる。
「あなた! 学校になんて格好で来ているんですか! 今すぐ職員室に来なさい!」
 教室がざわつく。
「学校には制服で登校ですよ!!」 
「………!!」
 なんで怒られなきゃいけないの。
 あんただって大助のことを忘れているんでしょ。何で偉そうに命令するのよ。
 職員室に来い? 行ってどうなるの? 行って訴えればみんな大助のことを思い出すの? そうじゃないんでしょ。私に説教をするだけなんでしょ。
 誰が行くもんか。行くなら教務室なんかよりもよっぽどいい場所へ行ってやる!
「早く来なさい!」
 つかまれた腕を力ずくで振り払う。
 教頭が驚きに満ちた目で私の顔を見た。
「どいて!!」
 その教頭を押しのけて、私は教室を出た。
 向かう場所は1つしかない。この状況を打開してくれそうな手段を知っている人達は、あの場所にしかいない。
 後ろで教師が怒鳴る声が聞こえたけど、どうでもよかった。





 学校から全力で走って30分。
 息も切れ切れに薫さんの家に着いた。もう頼りになるのはここしかない。
 
 インターホンを鳴らす。

 数秒経って、薫さんが姿を現した。
 目頭が熱くなっていた。
「香奈ちゃん……来ると思ってたよ。とにかく、中に入って」
 薫さんに連れられて、家に入った。
 いつも会議をする部屋に案内される。そこには伊月と佐助さんもいた。
「やはり来ましたか」
「うん、思ってたより早かったけれど……この方が良かったかもね」
「………………………」
「香奈ちゃん、そこに座って」
 ソファに座らせられる。薫さんと伊月に向かい合う形になった。
 二人のこんなに深刻な顔を、初めて見たかも知れない。
 なんだか、嫌な予感がした。
「香奈ちゃん、一応聞いておくけど、どうしてここに来たの?」
「実は………」
 全部話した。
 大助のお母さんが息子のことを忘れていたこと。学校のみんなが大助のことを忘れていたこと。教師を押しのけてここまで来たこと。
 二人とも黙って私の話を聞いてくれた。
 話している途中に何度も泣きそうになったけれど、我慢した。
「………だから、ここに来たのよ……」
「そっか」
 薫さんは立ち上がって、私の隣に座った。
「結論から言うね。私達は大助君のことを覚えているよ」
「ホント!?」
「うん、でも……」
 喜んだのも束の間、薫さんの表情が暗くなる。
「ここからは僕が説明しましょう」
 伊月が割り込んできた。
「僕と薫さんは大助君の事を覚えています。ですが佐助さんは、大助君のことを覚えていません」
「えっ、どうして……?」
 佐助さんを見る。
 本人は私から目をそらすように下を向いた。
「………すまん。だが覚えていないんだ」
「大助君の存在がなくなったことは、考えるまでもなくダークが関係しているでしょう。そしてなぜ僕たちは覚えているのかという事については、白夜の力が関係していると僕は踏んでいます。佐助さんは白夜の力がとても弱かった。一般の人達と遜色がないほどにです。それに比べれば僕たちは力が強く、まだ闇の力からの影響が少ないのでしょう」
「……闇の力の影響って……だって光と闇は常に対等だったんじゃないの?」
「ええ、たしかにそうです。いえ、そうでした。ダークの力は闇の神の力を源にしていると以前言いましたよね。その神が復活していなかったので、光と闇は対等だったんですよ。ですが先日の戦いで神が復活してしまい、闇の力はより強力なものに変化しました。ですから今やその関係も完全に崩されてしまったんです。今の状態でダークと戦って勝てたとしても、白夜の力で相手を消し去ることは出来ないでしょう。こういうのは辛いですが、大助君を元に戻す方法もありません」
「……!」
 奈落の底に落とされたような気分がした。
 絶望の中に、心が沈んでいく。
「そして、ここからが問題なんです。今は確かに僕たち3人は大助君の事を覚えています。ですが薫さんや僕は、だんだん彼との記憶が薄れていっているんです。試しに質問でもして下さい。できるだけ過去がいいです」
「大助と、初めて会ったのはどこ?」
「………………僕には分かりません。薫さんはどうですか?」
「多分、病院だったかな?」
 当たってはいたけれど、とても自信なさげな回答だった。
 大助との記憶が薄れているのは、本当みたいだ。
 もしかしたら、私もそのうち………。
「香奈ちゃんは大助君のことをちゃんと覚えているんだよね?」
「えぇ」
「うーん……やっぱりそうかぁ」
「何が?」
「先程、僕は記憶の喪失の個人差は白夜の力にあると言いましたよね? 薫さんは僕たちの中で最も強い力を持っています。あなたは僕と同じかそれぐらいです。それなのに薫さんよりも記憶の喪失がないということは、おかしいと思いませんか?」
「………」
「つまり、長い年月一緒に過ごしていたことが関係していると考えるのが自然でしょう。白夜の力を持ち、長い間大助君と一緒に過ごしていたあなただからこそ、記憶が鮮明に残っていると考えるべきです」
「……それがなんなのよ」
 伊月は息を吐いた。
 なぜか、カンに障った。
「よくドラマであるでしょう。行方が分からない異性を探しに行く話が。その物語の主人公はたいていの場合、その異性と過ごした場所を歩き回るものです。そして、冒険の末に主人公は目的の人物を見つけ出す。すばらしいお話じゃないですか」
「それ、本気で言ってるの?」
「………失礼しました。あなたと僕は違います。こんな話をしても、意味がありません」
 伊月は頭を下げた。
 そういえばこの人も、昔の彼女の事を探しているんだったっけ。少しだけ、私と似た立場なのかも知れない。でも、もしかしたら私よりよっぽど辛いんじゃ……。私は大助がどうなったか分かっているけれど、伊月はその彼女がどうなったのかを知らない。生きているのかも、生け贄にされてしまったのかも分からない。
 それなのに、探し続けている。
「とにかく大助君の事に関しては、そのうち僕達も忘れてしまいます」
「そんな……」
「こう言うのはあれですが、僕たちの目的はダークを倒すことです。世界の滅亡が近づいている以上、今はそっちを優先しなくてはならないんです。分かって下さい」










 薫さんの家を出て、私は家に戻った。
 教師から電話があったみたいで、母さんは困った表情で何があったのかを尋ねてきた。答えても無駄だと言って、私は自分の部屋にこもった。
 ベッドに横になって、枕に顔を埋める。
 もう何度も流したはずの涙が、また溢れてきた。

 もう誰も頼れない。
 スターの人達も、そのうち大助のことを忘れてしまう。
 そして私も…………忘れてしまう。

 そんなの……嫌。
 どうして大助の事を忘れなきゃいけないの? どうして誰も覚えていないの?
 私は、どうしたらいいの? 大助のことを忘れて、ダークと戦えばいいの? それとも――。
「誰か………教えてよ………」
 その問いに答えてくれる人がいるはずもなかった。
 これじゃあ、独りぼっちも同然だ。
 誰に話したって、絶対に私の気持ちなんか理解してくれない。理解できるわけがない。

 もう、どうでもいい。
 スターなんて……学校なんて……世界なんて……。

「もう……いいよ……」

 私はそのまま、目を閉じた。





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 日が暮れて月が出てきた頃、ダークは本部に戻ってきていた。
 スターとの決戦で闇の神が復活したことを、残った仲間に伝えなければならないからだった。そしてなにより、世界が滅亡するまでの残りの時間、どうやって過ごすべきかを考えなければならない。
『お帰りなさいませ、ダーク様』
『ご苦労だったな。フレア』
『結果はどうでしたか?』
『見て分からないか?』
『……!』
 フレアは戦慄した。
 ボスであるダークの後ろに、何かとてつもない闇が見えたことに。
 体中が震えて、足まで竦んでしまった。
『ふっ……それが普通の反応だな。そうだ、ついでに組織にいる全員を会議の場に集めてくれないか』
『は、はい……了解しました……』
 フレアは震える体を押さえて、走りながら去ってしまった。
 どうやら自分は組織の中ですら恐れられる存在になってしまったらしいと実感する。闇の神を従えている立場である以上しょうがないことだが、今まで相手がしてきた対応が全く異なるものになってしまったことが少し寂しい気がした。

 エレベーターに乗り会議室のある地下まで下がる。
 重いドアを開けて、自分の席に着いた。
『……!』
 突然、胸が痛んだ。
 闇の決闘でも滅多に感じることのない程の強烈な痛みだった。
『くそ……やはりか……』
 予想はしていたことだった。
 神をその身に宿すということは、普通では考えられないような強大な力を取り込むということでもある。組織のボスとはいえ、元は人間だ。強大な力を永遠に宿すだけの容量が備わっているわけではない。おそらくあと1年ぐらいだろう。
 1年経ったら自身は逆に闇の神に取り込まれ、闇の神は世界を統べる支配者になる。最も、その頃には自分の発動した終焉のカウントダウンで世界は終わりを告げているから気にする必要はない。闇の神自身も、長年に渡って封印されていたことによってボケが生じた自身の力を再び元の状態まで引き戻す時間が欲しくて人間の体に入ることを了承したのは考えるまでもなかった。
 痛みを堪えて、目を閉じる。


『ドウシタ……苦シイノカ?』
 内に住み着いた神が頭に直接語りかけてくる。
 何度聞いても、きつい。闇の力を操る自分でさえも恐怖を感じるような冷たく深い声。全ての意志をそぎ取られてしまうかのような声を直接聞かされているのだからたまったものではない。
『別に……あと2週間ほどの辛抱だからな』
『ソウカ。貴様モ分カッテイルダロウ? 世界ガ終ワル頃ニハ貴様自身モ滅ビテイルト』
『言われなくても分かっている』
『モウヒトツアルノダガ……』
『………?』
 闇の神はダークに言った。
 まさかの言葉に、ダークの目が驚きによって見開かれる。
『貴様、そんな事して何になる』
『我ニ逆ラウカ?』
 胸の痛みが激しくなる。
 どうやら、もう神は自身の力を取り戻しつつあるらしい。
 思っていたよりも、自分の体の限界は近いようだ。
『ナンナラ、モウ出テッテモイイノダゾ?』
『………分かった。好きにしてくれ』
『フフ、利口ナ人間ダナ――』



『ダーク様、皆がここに集まりました』 
 フレアの声が聞こえて、ダークは目を開けた。
 神と話している間に全員が集まっていたらしい。全ての目がこっちに向いている。
 数えて10人程。元々そこまで人数がいるわけではなかったが、半数以上の仲間をスターによって消されてしまった。もう少し早めに気づいていれば何か行動が打てたかも知れない。だが考えてみれば、今までやられたほとんどの仲間は元々一般人だった奴らだ。こっちにたいした支障はない。
 ゆっくりと辺りを見回す。
 ここにいるほとんどの仲間が、研究所にいた頃から共に闇の力を研究をしていた者達だ。当然、それぞれが持っている闇の力も相当強い。
『よくぞ集まってくれた』
 ダークの声に反応して全員が背筋を伸ばす。
『ボス、作戦は成功したんですか?』
『………ああ、闇の神は復活した』
 会場が喜びの声で溢れる。
 ダークはこれから自分がやろうとしていることに、わずかながら罪悪感を感じてしまう。だが、背に腹は代えられなかった。
『そこで、もう1つ報告がある』
 ダークの言葉に、会場が静まりかえる。
 
『闇の神からお前達に話があるらしい』

 ダークの後ろから、巨大な化け物が出現する。
 まさしく、闇の神の名にふさわしい姿をしていた。蘇った直後よりも遥かに禍々しくなっており、それに比例して威圧感も増していた。
『おお! これが神か!』
『すばらしい……』
 皆がそれぞれの感想を述べる中、ダークは一人、目を閉じる。

『貴様ラノチカラヲモラウゾ』

 闇の神が手をかざす。辺りに強烈な風が吹き荒れて、机に置かれた書類が一斉に舞った。同じようにそこにいる仲間達
の体も宙に浮く。
『やめろ! 何をする!?』
『だ、ダーク様!!』
『ああああああああああああ!!?』
 神が纏ったマントの中には、漆黒の闇が広がっていた。
 巻き起こる風はその中へ吹き込んでいる。まるで全てを飲み込むブラックホールのようにも見えた。







 ダークは目を開けた。
 そこで見たものは、さっきとは違った光景。
 十数人いたはずの仲間の姿がなく、机もないし椅子も自分が座っている物以外残っていなかった。
 残っていると言えば、部屋の端の方でしゃがみ込んでいた幹部の2人。そしてコンピューターだけだ。
『ナカナカノ食事ダッタ』
『なぜ俺の仲間を食った?』
『我ハ闇ノチカラヲ持ッタ人間デハナイト駄目ナノダ』
『………こいつらは何故残した………?』
 ダークは部屋の端でカタカタと震えている幹部の二人を見た。
『トッサニ防御壁デ防イダカ………ヨカロウ。褒美ヲ与エテヤル』
 次の瞬間、闇の神から黒い光が放たれる。
 それは二人の体を包み込み、やがて体の中に入り込んだ。
 先程まで震えていた体が止まり、二人は何事もなかったかのように立ち上がった。
『何をした?』
『コイツラニ、貴様ト同等ノチカラヲ与エタ』
『……!』
『我ハ休ム。後ハ任セタゾ』
 闇の神は消えた。
 
 辺りに静寂が流れる。

『ダーク様、どうなされましたか?』
『フレアにレイカ………お前達……』
『どうしましたか?』
『………いや、なんでもない……』
 ダークは一瞬で二人の力を感じ取った。
 明らかに、今までよりも遥かに上になっている。それこそ自分と遜色が無いほどに。
『これからどうするのですか? ダーク様』
『………特に何もしなくていい』
『どういうことですか?』
『正確には、スターが俺を狙ってくるまで何もしなくていいということだ。のこり約2週間のうちにスターは必ず俺を狙って攻めてくる。世界の滅亡を止めるには俺を倒すしかないことをあっちも分かっているだろう』
『なるほど、だからその間にデッキの調整でもしておけと言うことですね?』
『ああ、最もここを突き止められたらの話だ。仮に突き止められても、専用のエレベーターでないと最上階までたどり着くのは難しいからな』
『それもそうですね』
『ふふ……』
 暗い部屋の中で、3人の声が木霊する。



 世界中の空に浮かんだ火の玉は、4つになった。



 世界が滅亡するまで、あと16日。




episode17.5――それぞれの一日――




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 佐助はコーヒーを飲みながら溜息をついた。
 何度も何度も、腕時計に目をやる。
「遅い……」
 あれが到着すると言われた時刻を、もう一時間もオーバーしている。佐助は、時間にきちんとしている男だった。待ち合わせ時刻の五分前には必ずその場所に行くし、カップ麺の時間は一秒たりとも狂わないように時計から目を離さない。
 そんな神経質な男が、約束を一時間もオーバーされたのは初めてのことで、イライラすることこの上なかった。
『ねぇ、佐助……』
 机の上で、コロンが言った。
「なんだ」
『怒らないでよ。もうすぐ来るって』
「一時間前からその台詞は聞いている。いいから黙ってろ」
『うぅ……』
 コロンが下を向いた。
 佐助はもう一度、時計に目をやって息を吐く。
「もう十分経っても来なかったら、その時は宅配会社をハッキングしてやる」
『えぇ!? 駄目だよ!』
「いいんだ。客を待たせるような会社なんて、どうせろくなもんじゃない」
『きっと、道が混んでるんだよ』
「ありえん」
 佐助はコーヒーを飲み干して、貧乏揺すりを始めた。
 コロンは、このままでは佐助が本当にハッキングしてしまうと思い、落ち着かない。





 ……ピンポーン……





 インターホンが鳴った。
「やっと来たか」
 佐助は立ち上がって、玄関にむかう。
 今は薫も伊月も出掛けているため、でれるのは自分しかいない。コロンに頼もうかと一瞬思ったが、色々とまずいことになりそうなのでやめた。
 ハンコを持って、玄関に出る。
「あ、どうも。星花電気店です。例の物、お届けに上がりました」
「あと五分だ。危なかったな」
「は?」
「こっちの話だ。ハンコはどこに押せばいい」
「はい。こちらに」
 渡された領収書にハンコを押して、返す。
「ありがとうございました」
 電器屋はさっさと荷物を置いて、去っていった。
 他にもまだ届けなければならない物があるのだろう。
 佐助は置かれた荷物を見た。
 大きな段ボールが五個。これを運ぶのかと思うと、少し気が滅入る。
「まぁ、仕方がないか」
 佐助はそう呟いて、部屋に荷物を運び始めた。



 なんとかすべて運び終わって、椅子に腰掛ける。
 一人だとなかなか辛い作業だった。
『佐助、おつかれ』
「なぜお前は手伝わない」
『手伝いたかったけれどさ、私じゃ持つだけの力がないし』
「そうか」


 一息ついた佐助は、荷物の中身を取り出し始めた。
 中身はもちろんパソコン。ダークとの決戦時に壊れてしまった物の代わりだ。
「コロン、手伝ってくれ」
『いいよー』
 幾多もあるコードを繋げていく。
 すべてをつなぎ終わる頃には、日が暮れ始めていた。
「なんとか終わったな」
『うん、あとは設定するだけだね』
「あぁ、もう一踏ん張りだ。頼めるか」
『当たり前だよ』
 パソコンを立ち上げる。
 コロンが画面の中に飛び込んだ。
 あっという間に、設定が成されていく。
「さすがだな」
『うん、まぁね』
「助かる」
 佐助はそう言って台所にむかった。
 冷蔵庫を開けてカスタードプリンを取り出す。それはコロンへの褒美だった。何か仕事をした後には、必ず甘い物をやるのが決まりになっている。
 ダークとの決戦で傷つき、今日の朝になってなんとか回復したのにも関わらず、こうして仕事をしている姿は、まさに仕事人の鏡だろう。少しは見習いたいと思うが、思ってもそう簡単にできないものである。
『終わったよ』
 コロンが出てきた。
「そうか、これ」
 プリンを差し出す。コロンの目が百万$の夜景並みに輝いた気がした。
『ありがとー!!』
「ほら、スプーン」
『うん!』
 コロンは喜んで食べ始めた。
 その様子を見ながら、佐助はふと思った。
 どうして、こいつは俺の所に現れたのだろうか……と。
 白夜のカードは持つ物の強い思いに反応して色を付け、個人に合ったカードになるもの。佐助は決闘者ではない上に、白夜のカードを覚醒させるほど強い思いを発したことがあるわけでもなかった。誰の手にも触れられず、部屋の隅で一枚だけ寂しそうに残っていたカードを片づけようと思い、手を触れた瞬間、コロンになった。コロンは自分の顔を見るや否や、元気な声で話しかけてきた。最初はかなり戸惑ったが、慣れると不思議なことに違和感を感じなくなっていた。
 時々イタズラする時もあるが、仕事はしっかりとする。遊びと仕事、二つの相反する事へのメリハリがきちんとしている。まさに、仕事人が目指すべき姿だった。
『うーん! おいしー!!』
 満足げな笑みを浮かべるコロンは、どこか、"あいつ"と似ている気がした。
 あいつは仕事が出来て、時々イタズラをする。そういえば甘い物も好きだったかもしれない。
「まさか……な……」
 佐助は思いつきかけた考えを、頭から消去した。
 そんなことがあってはならない。なぜなら、自分にはそんな事を望む資格がないから。
 少なくとも、あのプログラムを削除するまでは、考えるわけにいかなかった。
『おいしかったよ!』
「そうか」
『ねぇ、もう一個無いの?』
「残念だが、ない」
『えぇー、佐助の意地悪……』
「今度の仕事が終わったら、もっといいやつを買ってやる」
『え? ホント?』
「あぁ」
『私、頑張るね。それで、次の仕事って何?』
「……………」
 佐助は、言うかどうか悩んでしまった。
『どうしたの?』
「………秘密だ」
 佐助は、そう答えることにした。
『秘密?』
「あぁ、その時が来たら、教える」
『うーん……分かったよ』
「すまんな」
『別にぃ、佐助がプリンを十個買ってくれるだろうからいいよぉ』
「……お前、太るぞ」
『残念だね。妖精は太らないんだよ』
「………」
 佐助は静かに溜息をついた。




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 伊月は読書をしていた。
 近くの図書館で本を借りて、近くにある野原に座り込んで読みふけっている。時間が空いたときは、たいていこうして過ごしている。風が吹いているが、空が暗いためあまりいい気分にはなれなかった。
 時計を見る。そろそろ佐助さんの所に新しいパソコンが届く頃だなと思いながら、伊月はページをめくった。読んでいるのは恋愛小説だ。男女がお互いのことを信頼しあい、周りの反対を背に愛し合う話。どこにでもありそうな本だ。たいてい終わり方は決まっている。それに作者が悪いのか、ただ単に読解力がないだけなのか、伊月はあまり本に集中できなかった。
「…………」
 一応、しおりを挟んで本を閉じる。
 生暖かい風が吹いた。
 伊月は目を閉じて、仰向けになる。そうすれば、あの人の声が聞こえてきそうだから。
 
 彼女は今、どうしているのだろうか。
 行方不明になって数年。遊戯王関係の組織に関わっているという情報だけから、なんとかダークという組織にたどり着くことができた。だが、彼女がどうなったかを掴めるわけではなかった。知ることが出来たのは、彼女と同じように行方不明になっている人の数ぐらい。
 伊月は時々考えていた。
 自分は何のために戦っているのだろうか、と。
 なんとなくだが、彼女がどうなってしまったのかは予想がついていた。

 彼女は……生け贄になった。
 
 そう考えるのが自然。ダークと決闘した者は高確率で生け贄になる。仮に負けなかったとしても、心のない操り人形にされてしまうのが普通だった。
 もう、探しても無駄。
 そのような感情が、最近でてくるようになってきた。
 彼女を捜すためにここまでやってきたが、もう、いいかもしれない。もう、十分だ。諦めてダークを倒すことに専念すればいいんじゃないか。どうして行方の分からない彼女のことを探し回る? まだ諦めきれないからか? それとも別の理由か……?



『相変わらずね』
「……!?」
 伊月は体を起こして、振り返った。
「れいか……?」
 その目に捉えたのは、彼女の姿だった。
『やっと会えたね』
「なぜ……」
『昔の彼氏に会いに来ちゃ駄目なの?』
「今までどこに」
 伊月は、彼女の姿が本物なのかどうか確かめようと手を伸ばす。
 その手が、届く寸前――。
『触らないで』
 彼女は、一歩身を引いた。
『あんたに会うために来たんじゃない。私達の敵を確かめに来ただけ』
「……! 敵……ですか?」
『そうだよ。これ見て』
 彼女は腕を突き出した。
 そこには、漆黒のデュエルディスクがとりつけられている。
「れいか……」
『気安く呼ぶな。もう、あんたの知ってる私じゃない』
「どうして、ダークに?」
『分からない? あんたのせいだよ』
「……!」
『じゃあね。もし私達のアジトまで来れたら、その時は私が相手してあげるよ。だから覚悟してね』
 彼女はカードをかざして、その場から姿を消した。
 その場に残された伊月は何もすることが出来なかった。
「僕は……」
 一人、呟く。
 何のために戦うのか。それが、分からなくなってしまった。



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 薫は大きくあくびをした。
 あんまり眠っていない所為で、昼間なのに眠い。
「うぅ……」
「あらあら、スターのリーダーが眠いんですか?」
 目の前にいる店員が言った。
 ここは、遊戯王本社にあるカードショップ。社員達がカードを購入するために、よく立ち寄る場所でもある。
「ちょっと色々あってね」
 薫はそう言って、三つのパックを選び出した。
 薫がここによる理由は二つある。一つ目は、目の前にいる店員が、大学で出会った友人で、時々こうして話をするためだ。名前は小夜(さよ)。性格も話もかみ合う、まさしく親友だ。
「900円だから」
「うん」
 お金を渡す。
 二つ目は、ここで売られているパックが、有能なカードばかり入ったものだからだった。
 封入率が低いカードも、ここでは他のカードと同じように入っている。新たな切り札を手に入れるためにはうってつけだった。
「世界はあと二週間で滅んじゃうなんて、信じられないね」
「うん、あんまり実感がないけど……」
「でも、薫ちゃんならなんとかしてくれるんでしょ?」
「そうしたいけど……もっと他にいい人いるんじゃないかな」
「他の人は、もっと大変な仕事があるんだよ」
「世界滅亡の阻止より大変な仕事ってなに?」
「ははは、それもそうだね。聞いた話だと、本当に色々大変らしいよ。なんでも話が宇宙規模だとかなんとか……」
「嘘だ」
「ばれちゃったか。とにかく、薫ちゃん達しかいないんだから、頑張ってよ」
「うん」
「それで何か当たった?」
「………これ……」
 薫がカードを見つめるのを見て、小夜はカウンター越しに覗き込んだ。
「あー。"ミスト・ウォーム"かぁ……相変わらずガチなカードしか手に入れないね」
「ガチじゃないよ」
「あとは……"救世竜 セイヴァー・ドラゴン"と"セイヴァー・スター・ドラゴン"じゃん!!」
「どうしたの? そんなに興奮して」
「それ、滅多に出ないんだよ。さすが薫ちゃんだね」
「そうなの?」
 薫はじっと、カードを見つめた。


 ミスト・ウォーム 風属性/星9/攻2500/守1500
 【雷族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
 このカードのシンクロ召喚に成功した時、
 相手フィールド上に存在するカードを3枚まで持ち主の手札に戻す。


 救世竜 セイヴァー・ドラゴン 光属性/星1/攻0/守0
 【ドラゴン族・チューナー】
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 「セイヴァー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


 セイヴァー・スター・ドラゴン 風属性/星10/攻3800/守3000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+「スターダスト・ドラゴン」+チューナー以外のモンスター1体
 相手が魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし、
 相手フィールド上のカードを全て破壊する。
 1ターンに1度、エンドフェイズ時まで相手の表側表示モンスター1体の効果を無効化できる。
 また、無効化したモンスターに記された効果をこのカードの効果として1度だけ発動できる。
 エンドフェイズ時にこのカードをエクストラデッキに戻し、
 自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


「やっぱり、神様も薫ちゃんに世界を救って欲しいと思ってるんだよ」
「そうかな」
「そうだよ。だから、頑張ってね!!」
 薫は、手に入れたカードをデッキに入れることにした。
 もし本当に神様がいるんだったら、小夜の言う通りかも知れない。
「じゃあ、またくるよ」
「うん!」
 小夜が手を振る。
 薫は、力強く拳を作った。

 世界を滅亡させたりなんかさせない。
 みんなの事を、救う。そしていつか、みんなが幸せになるような世界を作ってみせる。
 
 薫は自分の意志を確かめて、外にでた。



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episode18――願い――



 
 ダークとの決戦から6日が経った。空には6つの火の玉が浮かび上がり、新聞やニュースでその事について長々とした無駄な話し合いが繰り広げられている。
 あれから、私は自分の部屋にこもったままだった。何か食べる気も起きないし、眠る気にもなれないから、夜でもずっと起きていて、気がついたら眠っている。起きて、またその繰り返し。生きながら死んでいるような状態。夏期講習は当然の如く休んでいるし、あれからスターと連絡も取っていない。
 もうなんでもよかった。大切な幼なじみを失った。たったそれだけで、周りの世界がガラリと変わった気がした。
 ただ失うだけならこんな状態にならなかったかも知れない。
 ここまで無気力になってしまったのは、大助の存在が消えた事だけじゃない。
 それによって引き起こされた記憶の消失にもある。
 だんだんと記憶が無くなっていく。もう小学校の頃の大助との記憶は完全に無くなっていた。
 大助とどのようにして出会ったのかなんて、覚えていない。思い出せない。その他の小学校の記憶はある。運動会ではいつも一位だったし、文化祭も食べ歩きをしてた。
 でも、あいつとの記憶だけがない。
 まるで、本当に最初からいなかったみたいだ。
 忘れたくないのに、忘れてしまう。
 そのことが心を蝕み、傷つけていた。
「香奈……大丈夫?」
 母さんの声だ。
 毎日毎日、扉越しに話しかけてくる。
「何も食べていないんでしょ? そろそろ出てきたら?」
「………」
 答える気にならなかった。お腹も空いていない。眠くもない。
 もう、何もしたくない。
「……」
 向こうで母さんの溜息が聞こえた。
「じゃあここにご飯置いておくからね」
 昼食を置く音が聞こえて、この場から立ち去る足音が聞こえる。
 母さんはきっとこれから仕事に行く。世界が滅びてしまうのも知らないで……。
 
 最近、辺りがやけに静かに感じる。これも"終焉のカウントダウン"が関係しているのかな。
 なんであれ、もう関係ない……か。



 ピンポーン。



 インターホンが鳴る。
 こんな平日に、いったい誰? 


 ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン……。


 せっかちな人だ。
 母さんももう出掛けてしまっただろうし、ここは出るしかない。
 重い体を起こして、階段を下りて玄関のドアを開ける。
 そこにいたのは――――。

「香奈ちゃん! 良かったぜ……無事で……」
 雲井忠雄が満面の笑みを浮かべていた。
 ひとまず、ドアを閉める。
「な、なんで閉めるんだよ! 香奈ちゃん!」
「………はぁ……」
 薫さんとかだったらまだ許せたかも知れない。でもよりによって雲井が尋ねてくるとはどういうことなんだろう。ついに世界も終わりなのかしら。雲井が尋ねてくるなんて……。
「開けてくれよ! 香奈ちゃん!」
 ドンドンとドアが叩かれる。
 少しは近所迷惑というのも考えてみたらどうなんだろう。
 仕方ないから、ドアを開けてやった。
「なによ」
「いやさ、ダークとの戦いの後警察に捕まって事情聴取を受けちゃってさ、今日やっと終わったんだけど、香奈ちゃんの事が心配で来たんだ」
 そのまま捕まっちゃえば良かったのに。
「ありがと、じゃあ」
 ドアを閉めようとする。
 でも雲井が足をのばしてきて、閉めるのを防がれてしまった。
「なによ」
「これからご飯でも行かない?」
「行かない」
「じゃあ映画でも」
「観たくない」
「じゃあ決闘は?」
「したくない」
 今は何もする気になれない。というか、何をしても無駄だ。後少しで世界は終わりを告げてしまう。それを阻止したいと思うだけの気力もない。
「なんでそんなに不機嫌なんだよ? もしかして"あいつ"とケンカでもしたのか?」
「してないわよ。するわけ無いじゃな………」
 口が止まった。
 今、雲井はなんて言った? "あいつ"って……。
「ちょっと!」
「え?」
 気が付いたら、雲井に掴みかかっていた。
「あいつって誰の事よ! 言いなさいよ!」
「え、あいつは………あれ、誰のことを想像してたんだっけ?」
「……! いいから思い出しなさいよ!」
「わ、分かんないよ! ただ口から出てきただけで……!」
「…………そう………」
 手から力が抜ける。
 やっぱり雲井も覚えていない。
 少しだけ期待してしまったことを後悔した。
「な、なんかごめん、じゃあまた学校で……!」
 雲井は逃げるようにして去っていった。
 引かれるぐらい強い力で掴みかかっていたのかも知れない。
 どうして大助のことになるとカッとなってしまうんだろう。もう存在していないのに……どうして……。

 ドアを閉める。
 また無気力な自分が戻ってきた。

「部屋に……戻ろう……」
「待ちなさい。香奈」
 母さんが立っていた。
 さっき、仕事に行ったはずじゃなかったの?
「ちょっとこっちに来て」
「え……」
 母さんと話す気にはなれなかった。
 けれど部屋に行こうにも母さんの方が階段に近い。これじゃあ部屋に逃げ込もうとしても防がれてしまう。
「うん……」
 そう言うしかなかった。
 母さんは階段を上がって私の部屋の方へと歩く。
 私はそれについていった。



 テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
 なんだか緊張する。周りが静かな所為で余計にそう感じるのかもしれない。
「仕事は?」
 尋ねると母さんは数秒考え込んでから口を開いた。
「……今日は休むことにしたの。ちょっとわがままを言ってね」
 母さんはクスッと笑った。
 今まで1度も仕事を休んだことのない人からでた言葉に思えなかった。
「私のせい……よね……」
「あら、母さんだってサボりたいときぐらいあるのよ」
 嘘だ。
 絶対、私を心配して家に残るためだ。
「ねぇ香奈、正直に言って欲しいの。あなた、私に何か隠しているんじゃない?」
「………」
 たしかに母さんの言う通り、隠し事はしている。でもそれを言ったところでどうなるのよ。
 言って、何か状況が変わるわけでもない。むしろ余計な不安を与えるだけ。だったら、言わない方がいい。
「何もないわよ」
「………」
 母さんは髪をかき上げた。
「じゃあ質問を変えるわね。最近、母さん物忘れが多くて……それで聞くんだけど、あなたのお友達に雲井君以外の男子がいたような気がするの。その子の名前を教えてくれない?」
「え?」
 思いがけない質問に動揺する。
 雲井は友達とは思っていないけれど、雲井以外の男子なんて、そんなのあいつぐらいしかいない。
 でも……あいつはいない。母さんだって、忘れているはずなのに。
「別に私の勘違いならそれでいいのよ。ただね、あなたと雲井君が話しているのを見て、なんだかすごい違和感を感じたのよ。何て言えばいいかしら………なんだか、"この子じゃない"みたいな感覚が一瞬あったのよね。まぁお母さんもそろそろいい年だから気のせいって言えばそうなのかも知れないけれど」
「わ、私は……!」
「大助………って子なの?」
「ど、どうして、その名前……」
 母さんは立ち上がって、私の隣に座った。
 私の頬を撫でるように触れる。
 とても温かい手だった。
「あなた、毎晩泣いていたでしょ? ずっと、大助、大助って言ってたじゃない」
「……!!」
 確かに、私は毎晩泣いていた。
 でもそれは、いつも深夜になってからだった。
 母さんはその時間まで起きていて、ドア越しに聞いていたの? 自分の寝る時間を削って毎日、毎日。
「どうして?」
「あなたって何かあるとすぐに表情に出るから、心配になってね。もしかして何かあるといけないから、ずっと起きてたのよ」
「母さん……!」
「だからね香奈……1人で背負い込まないで。お母さんはいつだってあなたのことを見てるんだから」
 ゆっくりと抱きしめられる。
 とても温かい。
 本当に、温かい。
「……ね?」
 母さんはとても優しい笑みを向けてくれる。
 それは、私の知っている優しい母さんだった。

 そうだ、何を考えていたんだろう。大助の事を忘れていても、母さんは母さんだった。いつも私のことを心配してくれる母さんだった。どうして気づかなかったんだろう。
 どうして、一人で背負い込もうとしていたんだろう。
 頼れる人は、こんなに近くにいたのに。
「母さん」
「なに?」
「私……話すわ……」
「うん」
 抱きしめていた腕がはずれる。
 袖で目元を拭いて、心を出来るだけ落ち着かせた。

 私はすべてを話した。あの不良との決闘から、スターというカードゲームの組織に出会ったこと。そして敵対する組織であるダークと戦ったこと。その戦いで幼なじみの大助が負けてしまって、この世から存在が消えてしまったということも。
 何もかも、全て話した。
 母さんは驚いた様子も見せないで、ただ淡々と話を聞いてくれた。
「そういう感じなの……」
「そう、なんだかファンタジーの世界みたいね」
「信じられないのは分かるわ……でも――」
「――信じるわよ。娘の言ったことですもの。嘘な訳が無いじゃない。それに、あなたの話を聞いたおかげで分かったわ。私の感じたことは気のせいじゃないって……。大助君は確かにいた。それなら全部に説明が付くわ」
 母さんは私の髪を撫でる。
 その表情は優しさに溢れていた。
「話してくれてありがとうね、香奈」
「母さんも、聞いてくれてありがとう」
「うん、それでこれからどうするの?」
「え?」
「だって、あと2週間で世界が滅びちゃうんでしょ? それまでに何か行動しないといけないじゃない」
「そ、それは……」
 考えていなかった。
 元々行動する気なんてなかったし、それに今は世界のことより大助のことが気になって仕方がなかったから。
「どうしたらいいかな……」
 多分、カウントダウンを止める手段はあると思う。
 でもそれは、きっとダークを倒すことに直結してると思う。だけど大助にも倒せなかった相手を、私が倒すことができるの? 薫さんに頼むの? でも、それじゃあ、私のすることなんて何もない。
 それにダークを倒しても大助は帰ってこない。
 根本的解決にはならない。
「あなたらしくないわよ」
 母さんが言った。
「あなたは私の娘なんだから、考えこんだりしないで、もっとシンプルに行動するはずよ」
「シンプルに……?」
「自分の気持ちに正直になりなさい。その方がきっと、あなたにとって行動しやすいわよ」
「私の気持ち?」
 なによ、それ……。
 なんとなく辺りを見渡した。
 本立ての近くに、白い長方形の箱が立てかけられているのが目に入る。
 私は急いでそれをつかみ、中を開けた。
「あっ」
 
 大助がプレゼントしてくれた、星のペンダントだった。

「あら、かわいいじゃない。いつ買ったの?」
「これ、大助がくれたの……」
「結構いいセンスしているじゃない」
「うん……」
 決戦前に大助がくれたペンダント。大切に取っておこうと思って、すっかり置きっぱなしにしたままだった。そういえば、このペンダントは1つや2つなら真剣な願いを聞いてくれるって大助が言っていた。
「願い……」
 今、私が本当に願っていること……それは――。


 ――大助に会いたい!――


 ペンダントをつける。
 胸のあたりに小さな星が輝いている。
 どうしてだろう。こうやってペンダントをつけているだけで、少し元気が出てくる。
「私、スターのところに行ってくる!」
「そう……」
 母さんは、何か納得したように頷いた。
「みんなが大助のことを忘れていたって、私が教える。それでどうにかして、大助を見つけてみせる!」
 どうかしていた。忘れていたら、教えてあげればいい。いないのなら探せばいい。存在が消えるからってなによ。そんなんでへこたれるなんて、それこそ馬鹿じゃない。
「じゃあ当分は帰ってこないのね」
「ごめんね。でも決めたから。母さんの言う通り、自分の気持ちに素直になって、それに従って行動する!」
「それでこそ香奈よ。迎えに行ってあげなさい。あなたの大切な幼なじみを」
 私は母さんに抱きついた。
 感謝の意味を込めて、そして行ってきますの意味も込めて。
「行ってらっしゃい」
「……! うん、行ってくる!」
 私はデュエルディスクの入ったカバンとデッキを持つ。
 部屋を出ようと思ったけれど……。
「あ……」
「どうしたの?」
「母さん、出掛ける前に、お願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「ご飯、作ってくれない?」
 ほとんど何も食べていない私のお腹が、大きな音を立てて鳴った。




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 ご飯を食べて家を出た。すぐに、雲井の姿が見えた。
 なぜか落ち込んだ様子でとぼとぼ歩いている。何かあったのかしら。
「雲井! 何で落ち込んでんのよ」
「あ、香奈ちゃん……元気になったんだ」
「何を言ってるのよ。私はいつでも元気よ。それより、ほら、行くわよ!」
「え? どこに?」
「決まってるじゃない! 薫さんの所よ!」
 全力で走り出す。なんだか不思議だ。さっきまで時間なんかどうでもいいと思っていたのに、今は一分一秒がとても惜しい。
「ま、待ってよ!」
「早くしなさいよ! こうしている間にも時間が無くなっていくのよ!」



 全力で走ること10分弱。
 汗がだくだくだ。呼吸も荒くなって立っているのも少しきつい。
「ちょ……まっ……!」
 後ろで雲井がフラフラになっている。
 まったく、日頃運動していないからそうなるのよ。
 
 呼吸を整えてインターホンを鳴らす。
《香奈ちゃんに……雲井君……!?》
 向こうから意外そうな声が聞こえた。
「薫さん、入れて欲しいの」
《う、うん、じゃあ開けるよ》
 ドアが開いて薫さんが姿を現した。
 とても久しぶりに会った気がした。
「ありがと!」
「う、うん……なんか……元気だね」
 薫さんは戸惑った様子で中に入れてくれた。
 会議の部屋まで行くと、伊月に佐助さんもいた。机の上にはコロンも体育座りで座っている。みんな回復できたみたいだ。
「おや、お久しぶりですね香奈さん」
『あ、香奈ちゃん! 久しぶり!』
 コロンが飛んできて、私の肩に乗った。
「元気だった?」
『もうバッチリだよ!』
「それで、何の用でしょうか?」
 伊月が尋ねてきた。
 そうだ。まず大助のことから説明しないといけないんだ。まだ心に少し苦しいものを感じるけれど、我慢する。
「………みんな忘れていると思うんだけど――」
「大助君という男の子のことでしょうか?」
「え?」
 意外な言葉に驚く。
 どうして……。
「コロンが教えてくれたんだよ。私達がその大助君って子を忘れているって言って大騒ぎしたんだから」
『だってみんな大助君の事を忘れるなんておかしいよ!』
「コロンは精霊だから、ダークの力の影響を受けなかっただけだろう」
 佐助さんがコーヒーを持ってきてくれた。その顔はひっかき傷でいっぱいになっている。
「これか? これはコロンにやられた」
『だって佐助が一番忘れているんだもん!』
 相当すごい暴れ方をしたみたいだ。
 部屋にあった花瓶とかも無くなっているし、壁にも何かをぶつけた跡がある。
 でも、それだけコロンは必死にみんなに教えてくれたんだ。なんだか、少し嬉しかった。
「コロン、ありがとう」
『香奈ちゃんは覚えてるんだよね』
「うん、でも急がないとそのうち忘れちゃうわ。だから何か手だてを考えないと……」
「それなら大丈夫だ」
 佐助さんがコーヒーを飲みながら言った。
 どうやったらこんな苦いコーヒーが飲めるのかしら。
「あれからみんなで知恵を出し合いましてね、ダークに対抗するにはどうしたらいいかと考えたんですよ。そうしたら僕達にとっても香奈さんにとっても、素晴らしい名案が浮かびました」
「それで?」
「結論から言いますと、光の神を復活させることに定まりました」
「光の神? それが大助と何の関係があるのよ」
「いいですか、相手は闇の神を復活させて完全に力を扱えるようになりました。だったらこちらも光の神を復活させれば再び同じ立場になれるのでは、と考えたんですよ。そして大助君は、闇の神の力によって存在を消されてしまったらしいですね。でしたら逆に光の神の力を使えば、消えた存在を元に戻すことが出来るかも知れません」
「本当!?」
「まだ可能性の段階ですが、不可能ではないでしょう」
 伊月は微笑みながらそう言った。
「じゃあ早く光の神を復活させるわよ!」
「ええ、そうしたいのは山々なんですが……」
「……なによ」
「手がかりがない」
 佐助さんが割り込んできた。
「どういうことよ」
「闇の神には暗号があったのを覚えているか?」
「え、あの訳の分からない暗号のこと?」
「ああ」
 佐助さんはテーブルに紙を広げた。そこには公園の広場で見せてもらった暗号が書かれていた。


 世界の滅びを求める者よ、力を求めるならば我に力を捧げるべし。
 多くの魂、そして自身のほとんどを捧げ、地に55の星を揃えるべし。
 そして我が眠る場所で我を呼べ。さすれば我は眠りから覚め、
 汝に滅びの力を与えよう。

 
 この訳の分からない文章に何の意味があったのかは未だに分からない。
「教えてあげるよ」
 赤ペンを持った隣に薫さんが座って、説明を始めた。
「きっとこれは闇の神を復活させるための条件だったんだよ。この「多くの魂」っていうのは今までダークが行ってきた生け贄の行為に間違いないし、「自身のほとんど」もダークが100のライフポイントになるまで追いつめられてのに関係していると思うんだ」
 ワードごとに線を引きながら解説する。
 その姿はどこかの学校の教師のように思えた。
「じゃあこの"55の星"って?」
「それはね、1から10までの合計だったんだよ」
「……え?」
「1から10までの全部の数を足してみて」
 指を折り曲げながら数えていく。1+2+3+………+10は………55。
「ホントだ。55になった」
「うん、ダークの墓地には1から10の星、つまりレベルを持ったモンスターがいた。それが「55の星を揃えるべし」って意味なんだよ。あとは簡単。あの洞窟はおそらく闇の神が封印されている場所だった。そこへ私達を呼んで、あとは上手くやれば計画は成功だったんだよ。まんまとその計画に協力しちゃったんだけどね」
 すべて、仕組まれていた。
 決戦という形でおびき出して、スターを、大助を利用してダークは闇の神を復活させた。
 言いようのない悔しさがこみ上げてきた。
「じゃあ、光の神にも―――」
「―――それがないんだよ。光の神の文章を探しても、全然見つからないんだ。元々ないのか、それとも………」
「……ダークによって抹消されたか………」
 せっかく希望が見えてきたのに、これじゃあ何も変わらない。
 あと2週間しかないのに、どうすれば……。
「あのぉ……」
 雲井が手を挙げた。
「なによ」
「さっきから聞いてたんだけど……大助って誰?」

 痛いほどの静けさが辺りを包み込む。

『雲井も……大助のこと忘れたの!?』
 コロンが肩から飛んで雲井の顔の前で静止する。
「え、忘れたって……? それになんで呼び捨て……?」
『じゃあ私が教えてあげるよ! 覚悟してね!』
「え、ちょっ……まっ……!」

 次の瞬間、コロンが雲井をズタボロにするほど暴れ回ったのは言うまでもない。






 結局、この日は何の手がかりも掴めないまま活動は終了した。
 薫さんが部屋を用意してくれて、私は柔らかいベッドで横になった。
「はぁ……」
 思わず溜息が出る。
 焦っちゃいけないことは分かっているけれど、どうも落ち着かない。何か行動したくてしょうがない気持ちに駆られている。行動するあてがあるわけじゃないけど……。
「あーあ……」
 いつだったか、大助に言われた言葉がある。
 「おまえは後先考えないで行動する癖がある」と。でも、「それがお前らしい」とも言っていた。本当にそれでいいのかしら。もっと冷静になって、しっかり先を見据えて行動した方が目的にたどり着けるんじゃないの?
 考えると頭が痛くなってくる。
 どうして、私は考えるのが苦手なんだろう。
『香奈ちゃん』
 幼い女の子のような声。
 見ると開いたドアからコロンが顔を覗かせていた。
「コロン、どうしたの?」
『うん、なんだか眠れなくて』
「そ、そう……」
 妖精に眠るという行為があることに驚きつつも、私はベッドから起きあがった。
 コロンは部屋に入っていきて、フワフワと私の周りを飛び回る。
『香奈ちゃんも?』
「えぇ、ちょっと落ち着かなくて……」
『そっか、大助のことが気になってしょうがないもんね』
「……………それどういう意味?」
『えへへ、何でもないよ。気にしないで』
 コロンはイタズラな笑みを浮かべて、ちょこんとわたしの肩に乗っかった。
 重量はまったく感じない。精霊だから体重はないのかな。少しだけ羨ましい。
『ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ……』
「なに?」
『その胸のペンダントって、もしかして大助がプレゼントしてくれたの?』
 胸にある星を指しながらコロンは言った。
「えぇ、なんでも願いを叶えてくれるらしいわ。まぁただの売り文句だとは思うけどね」
『そっか、もちろん大助の事を願ったんだよね?』
「……うん……」
 少し恥ずかしかったけれど、正直に答えた。
「誰にも言わないでよ?」
『分かってるよ。チョコ買ってくれたらね』
「あ、ゆするつもり?」
『えへへ、冗談だよ』
 まったくそう聞こえないから恐ろしい。
 でも薫さんくらいなら知られてもいいかもしれない。他の人には絶対に嫌だけど。
「そういえば、コロンは何か分からないの? 光の神について……」
『……………』
 コロンの表情が変わった。
 今までかわいい笑顔を浮かべていたのが、とても悲しそうな表情になる。
『知ってるよ』
「……どうしたの?」
 コロンの瞳に、何か光る物が見えた。

 ――涙――

 それのように思えた。
 コロンは肩から降りて、私の膝の上に座った。
『ごめんね……』
 突然の言葉。それが何を意味しているのか分からない。
『闇の神が復活してから、毎晩誰かが心の中に話しかけてくるんだ。最初はそれが誰かは分からなかったけれど……最近になってだんだん分かってきたの。きっとそれは……光の神様だって……』
「じゃあ、何で今まで?」
『神様がね、言ってくるんだ。"体を貸せ"って………でもそれって………私が私じゃなくなっちゃう事なんじゃないかと思って……私も人の体に入ったりするけれど、ある程度遊んだら出るって決めてる。でも向こうはどう考えているか分からないんだよ』
「………そっか………」
 自分が自分では無くなってしまうという感覚は、実際に体験したことはないから分からないけど、言いようのない恐さがある。
 きっとコロンはそれ以上の恐怖を感じているんだと思う。
 だから、簡単に言い出せなかったんだ。でも光の神の手がかりが見つからない以上、頼れるのはコロンだけだ。だけどそんな簡単に"体を貸せ"なんて命令する権利なんか私にはない。
『香奈ちゃん………香奈ちゃんは………私にどうして欲しい?』
「え、私?」
 見つめるコロンの瞳は悲しみに満ちていた。だがそれと同時に、何もかも受け止める覚悟も出来ているようだった。
『香奈ちゃんが決めていいよ。私、そうするよ?』
「私が?」
 ここで"光の神に体を貸せ"と言えば、コロンはきっとそうすると思った。でもそれでいいの? そんな簡単に頼む権利なんて私にあるの? もしこれでコロンがいなくなってしまったら、どうするの?
 責任をとれるの? 
「私は………」
 言葉に詰まる。
 人生は選択の連続……誰かが言った言葉だった気がする。私の人生なら、私が決めるべきだと思う。でも今は違う。私が決めようとしているのは他人の事だ。他人と言っても妖精なんだけど………。
 とにかくそんな選択を出来るわけがない。
 でも、私はあいつに会いたい。それがたとえどんな手段だったとしても。
「私は……」
 その先を言い出すのに、何分かかっただろう。
 でも、私は決めた。



「体を貸さなくていいよコロン」



『え……?』
 私が選択したのはコロンの方だった。大助に会いたい気持ちは誰よりも強い。でも、だからってコロンを犠牲にするのは嫌。私が大助を見つけるって決めたんだ。そのために別の人を犠牲になんて出来ない。大助だってきっとそう思っている。自分のために誰かが犠牲になったと知ったら、きっと自分を責めるに決まってる。
 私も同じ立場だったら、そう思う。
 この選択が正しいかは分からない。でも私は、自分の力で大助を取り戻す。
 それがどんなに困難な道でも、必ずたどり着いてやる。
「コロンに頼らなくても、大丈夫よ。薫さんや伊月や佐助さんもいる。みんないるから」
『……ホントに?』
「うん、だから、心配しないで」
『…………ありがとう』
「じゃあそろそろ寝ましょう? 明日からも頑張らないといけないし」
『うん』
 コロンは小さく頷くと部屋を出て行った。
 それと同時になんだか眠くなってきた。明日も早いだろうし、そろそろ寝よう。



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 それから3日間、スターは総出で光の神に関する情報を集めようと必死になった。
 だけど成果はなくて、ただただみんなの疲れだけがたまっていった。佐助さんはずっとパソコンの画面を見つめているし。伊月はどこかに出てしまうし、薫さんは疲れでお昼から眠っている。
 私も図書館に行って調べたりしてみたけど、それらしき情報は一切無かった。
 みんなが疲れている中、雲井は呑気に漫画本を読んでいる。思い切って一発殴ってやろうかと思ったけど、そんなことをするだけで時間と体力の無駄だ。
「なぁ香奈ちゃん……どうしてそんなに頑張ってるの? さっさとダークを見つけた方がいいんじゃないかな」
「白夜のカードを持っていないあんたに言われたくないわよ。今のまま戦っても勝てないんだから仕方ないじゃない。漫画読んでる暇があったらあんたも手伝いなさいよ」
「大助ってやつも関係してるんでしょ? 本当に助けたくなるような男なの?」
「次言ったら殴るわよ」
 私の睨みに気圧されたのか、雲井は近くにあった古典の資料を開き始めた。

 本当に助けたいから……会いたいから……頑張ってる。

 そのことを雲井は分かっていない。






 その日も何も掴めないまま、1日が終了した。上空には10個目の火の玉が点灯した。あともう10日たったら、世界が滅びてしまう。その前に、なんとかしたい。
 ベッドに横になる。
 普段からあまり本になれていないせいか、すぐに眠くなってきた。
 もっと他に探す方法はないのかしら。このままじゃすべて終わってしまう。世界もなにもかも。
『香奈ちゃん、起きてる?』
 コロンの声。
 私は体を起こしてドアを開けた。コロンが入ってきて、肩に座る。
「どうしたの?」
『………みんな、疲れてるね。薫ちゃんは昼間に寝ちゃっているし、佐助は毎日遅くまで画面と睨めっこだよ。伊月君は毎日夜遅くに帰ってくるし、香奈ちゃんだって……』
 どうやらみんなの様子を見ていたらしい。
 もしかしたら、責任を感じているのかも知れない。
「私は大丈夫よ。これぐらい闇の決闘に比べたらどうってことないわ。だから、コロンは負い目なんか感じることないのよ。コロンは全然心配しなくていいわよ」
『でも大助は? 記憶なくなってない?』
「え……」
 答えられなかった。
 大助との記憶は、もう中学生時代の半分がなくなっていた。あまり表に出さないようにしていたけれど、コロンには分かってしまったらしい。
『やっぱりそうなんだよね』
「ち、違うわよ! そんなこと――」
『いいよ。私だって、だんだん忘れているから……』
 コロンは肩を降りて、ベッドの上に移動した。
『私ね、貸そうかなって思うんだ』
「えっ?」
『このままだと、世界が滅んじゃう。薫ちゃんも伊月君も佐助も……みんないなくなっちゃう。そんなの嫌だよ。だったら私……』
「だめよ!」
 思わず叫んでしまった。
 コロンの体がビクッとなって、潤んだ瞳がこっちを向く。
「世界を救うためとか……そんなんじゃないでしょ! コロンはどうしたいのよ。みんなと一緒にいたいんでしょ? それならそうしていればいいじゃない! 世界のために犠牲になるとか、自分がいなくなって世界が救えるならとか、そんなのただの格好付けよ! あんたがいなくなったら薫さんは悲しむだろうし、私だって嫌よ。もう私の周りから勝手に人がいなくなるのなんて嫌なのよ!」
『だったら! なおさらだよ………』
「どういうことよ」
『私は……みんなと一緒にいたい! 一緒にいたいから……私は……体を貸すよ……』
「言ってることが無茶苦茶じゃない!」
『香奈ちゃん……ありがとう――――』
 次の瞬間、コロンの体が白く光り始める。
「待ちなさ――――!」
 視界が白く染まる。あまりの眩しさに目を閉じた。



 光が止んで、目を開けた。急いでコロンの姿を探す。
 それに何秒も時間がかからなかった。
 ベッドの上にコロンは座ったままだった。
「コロン……?」
 呼びかけると妖精は振り返った。表情に変わった様子は見られない。ただ雰囲気がなんとなく違っていた。
 なんというか、神々しくなった気がした。
『やっと会えましたね。朝山香奈さん』
 大人の声だった。あの幼さは一切残っていない。
『初めまして、私が光の神です』
「え、ど、どうも……」
 あまりにも丁寧なあいさつに、こちらまでかしこまってしまった。
 これが光の神なのかしら。だとしたらコロンは……?
『コロンのことなら心配いりませんよ。香奈さん』
「……! 心を読めるの?」
『読めませんが、なんとなく察しました。用事が済めばコロンも元に戻ります。心配しないで下さい』
「よ、よかったぁ……」
 そっと胸をなで下ろす。こんなことなら、最初からそうしていればよかったかも。
『闇の神が復活したようですね』
「そうなのよ……だからあんたを探していたのよ。でも手がかりも何にもなくて困ってて……」
『状況は一刻を争います。手短に説明しますからちゃんと聞いておいて下さいね』
 コロン……もとい光の神はそう言って私の前に座った。聞きやすいように私も座る。
『私は今、封印されてしまっています。どうやらダークの仕業のようです。結界のようなものが敷かれていて、中からでは破ることが出来ません。どうやらその結界に白夜の力が使われているらしいのです。それが私の力をわずかに打ち消す形となって邪魔しています。おそらく、大助君の白夜の力だと考えられます』
「大助の?」
『闇の神は大助君を攻撃して、存在が消えるほどの漆黒の闇の中へ入れました。そしてその闇で結界を形成したのです』
「え、え……?」
 頭がこんがらがってきた。
『つまり、その闇の中から大助君を助け出せば、私は復活できます。今は白夜のカードを通じてでしか会話できません。ですが、復活すれば必ずあなた達に力を貸しましょう。ですから――』
「――私に、大助を助け出せってこと?」
『そういうことです。出来ますか?』
「出来るも何も……私は大助を取り戻したい! そのためだったら何でもするわ!」
 願ってもないことだった。
 大助を助けられる。それだけで十分だった。
 今までの疲れが一気に吹き飛んで、頭も冴えてくる。
『こそこそ聞いているあなたもいいですね? 雲井君』
「え?」
 ドアの方を見る。半開きになっていたドアの影から、雲井が姿を現した。
「ご、ごめん……香奈ちゃんが怒鳴っているのが聞こえたから」
『そんなこと今はいいです。早く準備して下さい』
「な、何を?」
『自分のデッキとデュエルディスクを持って私の所に来て下さい。香奈さんも早く!』
「「は、はい……」」


 デッキとデュエルディスクを持って私と雲井は光の神の前に立った。
『準備できましたね?』
「はい!」
『じゃあ行きますよ!』
 光の神の体から、真っ白な光が放たれる。それは私達の体を包み込んで、そして――――


 ――――気が付いたら、私達は野原にいた。
「ここは……?」
 辺りを見回しても、ここがどこなのか分からなかった。見たことない場所だった。
「暗くて何にも見えねぇな」
『じゃあ明るくしましょう』
 私達の前を飛んでいた光の神から再び白い光が放たれる。
 それは地面を波紋のように広がり、辺りはすぐに明るくなった。
 遠くを見ると、そこに大きな黒い穴が開いていた。
『あれが結界です。あの中に大助君はいるはずです』
「あれに……大助が……」
『ええ、ですから――――!!』
 
 黒い閃光が、私達の前を通り抜けた。

『ヤレヤレ、嫌ナ胸騒ギガスル思エバ……オ前ダッタカ、光ノ神ヨ』
 ダークだった。
 その後ろには、あの闇の神の姿も見える。
『お久しぶりですね、まさかあなたが人間に取り憑くなんて思いませんでした』
『そこに入ってどうするつもりだ? 朝山香奈』
「決まってるじゃない! 大助を助け出すのよ!」
『助ける? ふふふ……この状況で何を言っている。せめて俺からどう逃げるかを考えるべきなんじゃないのか?』
 笑っているダークの姿を見ていると、胸に沸々と沸き立つ物を感じた。
 こいつが最初からいなければ、大助は……!
『まずいですね。ここから結界まで100メートルはあります。闇の攻撃をよけながらでは進めません』
「だったら決闘で……!」
『駄目です! 今のあなたではダークには勝てません。仮に勝てても、体力の無駄です』
「じゃあどうしたら―――!」
「俺がやる」
 雲井が前に出た。その腕にはすでにデュエルディスクとデッキがセットしてある。
「あんた何言ってんのよ。相手は大助でも敵わなかったのよ!」
「いいから! 早く行ってよ! 俺だってどれくらい保つか分からないし」
「だから―――」
『――分かりました』
 光の神が答えた。
「何を了解してんのよ! 雲井は……!」
『香奈さん、あなたも女性なら、男性としての雲井君の覚悟を無駄にしないで下さい』
「覚悟…?」
『彼は、あなたを守るつもりなんです。ですから早く!』
「でも……!」
「行って香奈ちゃん! 大助って奴を助けてやって」
 雲井はまっすぐに私を見つめた。
 コロンと同じように、覚悟をした目だった。
『さぁ、行きましょう!』
「……ありがとう……」
 雲井は親指を立てて答えてくれた。
 私はもう1度礼を言う。
「香奈ちゃん……最後に……いいかな?」
「なによ」

「香奈ちゃんは……大助って奴のこと………好きなのか?」

「え……」
 こんな時に何を言ってる。そう言い返そうと思ったけど、喉まで来てその言葉は押し戻された。雲井のまっすぐな目が私に向いている。冗談とか無しで、本当に尋ねているのだと感じ取った。
「どうなの?」
「私は……」
 回答に困って、私は下を向く。
 星のペンダントが見えた。

 ずっと一緒にいた幼なじみ。辛いときも楽しいときも、一緒に泣いたり笑ったりしてくれた。
 買い物によく付きあってくれるし、頼りになる。
 でも考えすぎなところもあるし……なにより、鈍感だし。
 異性として好きかどうかなんて……そんなの……。

 ――そんなの、決まってるじゃない―― 

 星のペンダントを手に取り、見つめる。
 私の気持ちは、最初から決まっていたのかも知れない。
「私は――――」
 はっきりと、雲井に答えてあげた。
「……そっか。早く行って」
「うん……ありがとう!」
 私は結界に向かって走り出した。


----------------------------------------------------------------------------------------------------



「はぁ……敵わねぇなぁ……」
 全速力で走る香奈ちゃんの後姿を見ながら、溜息をついた。
 大助ってやつのこと全然知らないけど、きっと香奈ちゃんにとっては……。
「っ!」
 クヨクヨしたって、仕方ないぜ。
 今は、そんなこと気にしてる場合じゃねぇ。
『逃がすか……!』
 追おうとするダークの前に立ちふさがる。
「香奈ちゃんを追うなら、俺を倒してからにしやがれ!」
『貴様に付きあっている暇など無い』
 体が重くなるかのような威圧感。
 呼吸するのですら辛くなってしまうのではないかと思った。
 だけど、ここで退くわけにいかねぇんだ。
「けっ、ダークのボスともあろう御方が、白夜のカードも持たない一般の高校生に勝つ自信が無いってのか? 今はそんな暇がないとか言って、本当は負けるのが怖いだけなんじゃねぇのかよ? 別に逃げるなら逃げてもいいぜ。ただしこの先、一生お前には決闘から逃げたっていう汚点が残ることになるけど、それでもいいのか?」
『……いいだろう。そんなに死にたいのなら、消してやる!!』
 心の中でガッツポーズをした。
 伊月に習った相手を挑発する方法がこうも上手くいくとは……。
「いい度胸じゃねぇか! 行くぜ!」
 デュエルディスクを構えて、俺は目の前の相手を見据えた。



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 私は結界の前にたどり着いて、穴を覗き込んだ。
 どこまでも、黒い闇が広がっている。本当にこんなところに大助は……。
『行けますか?』
「……ええ、行くわ!」
 怖くない訳じゃなかった。でも大助を助けるためなら、どんなことでもすると決めたのよ。こんなことで立ち止まってる暇なんか無いわ。
『香奈さん、そこから先は私でも何が起こるか分かりません。気を付けて下さいね』
「分かったわ!」
 穴を見つめる。
 呼吸を整えて、足に力を入れた。
「大助! 待ってなさいよ!」

 そして私は、勢いよくその穴に飛び込んだ。




episode19――暗く深い闇の中で――




 飛び込んだ瞬間、周りの景色が一気に黒く染まった。
 不思議と違和感はない。闇の決闘を何回も行ったことで普通の感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
 水の中にいるときのように、ゆっくりと体が落下していく。もう何分も落下している気がする。この暗闇の中に着地地点なんてあるのかしら。
 もしこのまま落下したままだったらどうしよう。この浮遊感はどうも慣れそうにないし、このままだと大助にたどり着けない気がする。光の神は飛び込んだ瞬間まで一緒にいたのにどっかへ行っちゃうし……。
「まったく……いつになったら着地するのよ……」
 溜息が出た。
 この闇の中に長時間いると、気がおかしくなりそうだ。
 大助はこんな所に1週間近くいたということになる。
 想像しただけでゾッとした。どうか無事でいてほしい。
「………あれ?」 
 浮遊感に包まれた足に、何か硬い物が触れた。
 両足の裏が完全について、着地したことを認識する。
 見た感じ何かがあるようには思えない。仮に宇宙空間に地面があるとしたら、こんな感じなんだろうな。
「え……と……」
 一応、辺りを見回してみる。
 真っ暗で何も見えない。というより、周りの空間が真っ暗だ。壁紙を全部真っ黒にしたら、似たような感じになるかも知れない。
 こんなことなら懐中電灯でも持ってくればよかった。
 携帯も……だめだ。バッテリーが切れている。情報探しで手一杯だったからなぁ……。
(香奈さん、聞こえますか?)
 頭の中で光の神の声が聞こえた。
 いったいどこから言ってるの?
(白夜のカードを取り出して下さい)
 言われたとおりにバッグからデッキを取り出す。その中に淡く白い光を放つカードがある。
 それを引き抜くと、絵柄の部分から白い光が1直線に放たれる。まるで私を導くかのようにどこまでも続いているように思えた。
(その先に、大助君がいます。早く行って下さい)
「ええ!」
 足に力を入れて勢いよく蹴りだす。
「きゃあ!」
 体が一気に宙に浮いて、一歩で3メートル近くも飛んだ。なんだかとても奇妙な感覚だ。これは走るというよりも幅跳びに近い。このままだと普通の感覚が無くなってしまいそうで、長時間居たくないのは確かだ。
 再び足を入れて一気に踏み出す。体が嫌な浮遊感に包まれる中、光が指し示す方へ向かって私は走り出した。





 100歩ほど行ったところで、遠くの方に何かが見えた。
 よく分からないけれど、人影のような感じがする。カードから出ている光もその何かを指している。
「もしかして……」
(そこに大助君がいるみたいですね。ですが――――)
 私は走り出していた。
 ずっと会いたかった大助が、今そこにいる。
 その想いだけで、心がいっぱいだった。
「大助!」
 必死で声を出す。一歩一歩、着実に近づいていく。
 その度に、鼓動が早くなっていった。
「大助! 大助!」
 光が消える。
 そこにいたのは、間違いなく、大助の姿。
 仰向けに倒れて、まるで死んでしまったかのように目を閉じている。
「大……助……?」
 呼びかけるが、動かない。
 呼吸もしていない。
 嫌な予感が頭をよぎった。
 もしかして……もう………。
『そこから離れろよ』
 聞こえた不気味な声。その声のトーンはダークの一味のものとよく似ていた。
 振り返って身構える。
「え……?」
 そこにいたのは――


 ――中岸大助だった――。


「なんで……大助が2人もいるの?」
 後ろを確認してみても、目を閉じている大助がいた。
 気のせいじゃない。確かに、この場に二人の大助がいる。
「あんた誰よ……!」
『おいおい、長年一緒にいた幼なじみを忘れたのか? いくら存在が消えたからって、忘れるのは早すぎるだろ』
「質問に答えなさいよ!」
『全く……その態度は相変わらずだな。そいつがいなくなって少しは変わると思ったが、まったく効果がなかったらしいな。やれやれ』
 目の前にいる大助もどきは私を見ながらいやらしい笑みを浮かべている。
 姿形がまったく一緒とはいえ、ここまで感じが違うとさすがに腹が立ってくる。
 そもそもいったいこいつは誰?
 まさか生き別れた双子の兄とかじゃないわよね。
(それは大助君じゃありませんよ)
「分かってるわよ。でも……」
 偽物にしては、似すぎている気がした。
(おそらくですが、この世界の力が原因しているのでしょう。大助君の姿や形を真似て、おそらく声や記憶までも真似ているのでしょう。実質、内面以外なら本人となんら変わらないでしょう。ですが……闇の中で生まれたことで、目の前の大助君からは邪悪なものを感じます。気を付けて下さい)
『へぇ、光の神様も察しがいいじゃないか』
「……! 今の……聞いていたの?」
『ああ、この世界の中でなら、どこにいたって誰がどんなことを話しているかぐらいは分かるさ』
 隠し事は、できないみたいね。
「だったら話は早いわ! 私は大助を連れて帰るから、大助を起こしなさいよ!」
『それは無理だ。そいつは今、深い眠りについている。この世界が消えない限りそいつは目覚めない。そしてこの世界は俺を消さない限り消えない。そして――』
 偽大助は腕を突き出した。
 そこから黒い物が吹き出して、デュエルディスクへと変形する。
『――俺もお前をここから出す気はない』
「……!!」
『構えろよ香奈。俺が負けたら、その眠っている奴は起きる。負けたらお前はそいつの仲間入り。簡単だろ』
「……やるしかないみたいね……」
 デュエルディスクを構えた。
 自動シャッフルがなされて、お互いのランプが点灯する。

 
 
 
『「決闘!!」』




 偽大助:8000LP   香奈:8000LP




 先攻はあっちから。さっき光の神は言っていた。内面以外なら敵は大助と何ら変わりがないと。
 だとしたら……。
『この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動する』
「え!?」
 相手のデュエルディスクから闇があふれ出す。
 今まで戦ってきた闇の決闘で必ず見てきたカードが、現れた。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


「なんで……あんたがそのカードを持ってるのよ」
『何かおかしいか? あぁ、そうか。”大助”が使ったのがショックだったか?』
「う、うるさいわよ!」
『相変わらず、核心をつかれると嘘をつくのが下手だな』
 偽大助は私を見てあざ笑った。
『じゃあ俺のターンでドロー。手札から"六武衆の結束"を発動する』
「……!」


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 やっぱり予想していたとおりね。大助と同じということは、六武衆のデッキを使うのは当然ってことだ。
 だとするとまずい。先攻を取られてしまった。今まで大助が先攻の時に勝てたことがないのに。
『そういえば、こっちが先攻の時にお前は勝ったことがなかったな。お前は負けるたびに何度も挑んでくるから、面倒くさかったよ』
 偽大助の場に長刀を持った武士が現れる。
 もう何度も見ている相手のはずなのに、なぜか不気味なものを感じた。
『そして"六武衆−イロウ"を召喚する。さらに、六武衆が場にいることで手札から"六武衆の師範"を特殊召喚。さらに場に2体の六武衆がいることで"大将軍 紫炎"を特殊召喚する』
 手慣れた手つきで場に出された3体の武士達。
 本当に大助と戦っている気分だ。なんだかすごく気にくわない。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2

『紫炎の効果でお前は1ターンに1度しか魔法・罠カードを発動できなくなった。これだといつものパターンだな。まずいんじゃないのか?』
 たしかに、罠をたくさん使う私のデッキで、紫炎の効果はかなり効く。
 でもそんなくらいで参る程、甘い構築なんかしていない。
「本当に大助なら、このくらいで安心なんかしたりしないわよ」
『安心なんかしてない。ただこれは闇の決闘だ。ダメージが現実になるし、負けたら消える。そんな危険な決闘を、お前は幼なじみとやる気なのか?』
「……!」
『結束を墓地に送って、デッキから2枚ドロー。ターンエンドだ』(手札2→4枚)




「………私のターン!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引いた。
 たしかに大助と闇の決闘をするのは嫌だ。でも目の前にいるは本物の大助じゃない。
 姿が似ていても、声が同じでも、六武衆が相手でも、負けるわけにいかない。
 私は大事な幼なじみを助けるためにここにきたのよ。
 コロンが決意して光の神に体を貸して、雲井がダークを引き止めてくれたからここに来れた。
 だから私がこんなことでつまずいていられない。 
「私は……あんたを倒して、大助を助ける!」
『一応、俺も大助なんだ。心が痛まないのか?』
「私は手札から、"ジェルエンデュオ"を召喚するわ!」
『無視かよ……』
 戦いの場にハートの形をした天使が降り立つ。
 偽大助が、少し苦い顔をした気がした。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。



「バトルよ!」
 主人の宣言と共にかわいらしい天使が長刀を持つ武士に向かって突撃する。
 武士は反撃で刀を振るうが、不思議な力に阻まれて天使には届かなかった。胸にまともに体当たりをくらって、武士はその場に倒れてしまった。

 六武衆−イロウ→破壊

「"ジェルエンデュオ"は戦闘では破壊されないわ」
『分かってるよ。何度もそいつにやられてきたからな』
「……カードを2枚伏せて、ターン――」
『――"強烈なはたき落とし"と"昇天の黒角笛"か』
「え……!?」
 一瞬にして見破られた。
 少し動揺する。
「ど、どうして分かったの?」
『もう何回も決闘しているから、なんとなく分かる』
「……また……大助と同じようなことを……」
 今まで、何度も決闘する中で、大助は幾度か私の伏せカードを見破ってきたことがあった。
 理由を聞いても、今とまったく同じことを言われた。
 偽物だと分かっている。でも、目の前にいるのが大助なんじゃないかと考えてしまう。
『どうするんだ?』
「ターン……エンドよ」

-------------------------------------------------
 偽大助:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   六武衆の師範(攻撃:2100)
   大将軍 紫炎(攻撃:2500)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:ジェルエンデュオ(攻撃:1700)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターン、罠発動するのか?』(手札4→5枚)
「するわよ! "強烈なはたき落とし"!!」
 偽大助の手から、ドローしたカードがはたき落とされた。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「カウンター罠が発動したことで、このモンスターを特殊召喚するわ!」
 香奈の場にいる天使が光に飲み込まれる。
 その中から、悪しき者を裁く断罪の天使が現れる。
「現れて! "裁きを下す者−ボルテニス"!!」


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「この効果で、私は紫炎を破壊するわ!」
 天使の手に込められた雷が、将軍の体に降り注ぐ。
『紫炎の効果で、師範を身代わりにする!』
 雷が将軍に届く寸前、隻眼の武士が主君を守ろうと立ちはだかった。

 六武衆の師範→破壊

「……破壊できなかったわね」
『見慣れたものだろ?』
「………」
『じゃあまだ俺のターンだからな……といってもこれしかできないか………カードを伏せてターンエンド』
 偽大助は一枚伏せてターンを終えた。
 さすがにボルテニスが出ることまでは予想していなかったみたいね。でも紫炎を攻撃表示にしたままなのはどうして?
 今まででこんなプレイングミスはしたことなかったのに……って、どうして相手が本物の大助みたいに考えてるのよ。
 相手は偽物。ミスがあったって別にどうだっていい。


「私のターン、ドロー! バトル!」(手札2→3枚)
 たとえ罠だったとしても、構わなかった。
 ただ少しでも早く、大助を目覚めさせてあげたいという気持ちでいっぱいだった。
『罠発動』
 冷静に発せられた言葉。
 やっぱり警戒しておくべきだったと後悔する。
『"六武衆推参"の効果で、俺は師範を守備表示で特殊召喚する』


 六武衆推参! 
 【通常罠】
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。
 

 地面に召喚陣が描かれて、隻眼の武士が再び姿を現した。
 だが、将軍に向かう攻撃が止まることはない。
『紫炎の効果で、師範を身代わりにする』
 それは、まったく同じ光景。
 武士が将軍を守るために、その身を犠牲にした。

 六武衆の師範→破壊
 偽大助:8000→7700LP

 偽大助は何も言わず、ただ機械的にカードを墓地に送る。
「ちょっと!」
『なんだ?』
「どうしてまた身代わりになんかしたのよ!」
『俺の勝手だろ? それに、主君のために体を張るのは当たり前だ』
「誰が決めたのよ」
『俺に決まってるだろ? それで、ターンエンドか?』
 偽大助が面倒くさそうに言う。
 その言葉で、私の中にあった辛さが消えた。
 目の前にいるのは、大助じゃない。こんなのが、大助であるはずがない!!
「ターンエンドよ!」

-------------------------------------------------
 偽大助:7700LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   大将軍 紫炎(攻撃:2500)

   手札3枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターン、ドロー』(手札3→4枚)
 偽大助はカードを引いて、行動を決めていたかのようにすぐにカードを叩きつけた。
『墓地にいる"六武衆−イロウ"と"六武衆の師範"を除外する』
「あっ!」
『エニシを攻撃表示で特殊召喚だ』
 二人の武士の魂を糧にして現れる武士。
 

 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「させないわよ!」
 すぐさま伏せカードを開いた。


 昇天の黒角笛
 【カウンター罠】
 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。

 紫炎の老中 エニシ→破壊
 
 真っ黒な角笛の音が鳴り響き、降り立った老中が破壊された。
『くっ』
「そんな簡単に召喚させるわけないでしょ! しかもあんたの墓地に六武衆はいないわ! 仮にエニシがもう1枚手札にあっても特殊召喚できないでしょ!」
『……たしかに……だったらやることは決まってる』
 そう言って偽大助は、手札から弓を持つ武士を召喚した。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「それを召喚してどうするのよ」
『こうする』
 次の瞬間、将軍が手に持つ刀を構えた。
 頭にさっきの映像がリピートされる。
「まさか……!」
『紫炎でボルテニスに攻撃。当然敵わないだろ』
 炎を纏った斬撃が天使に向かう。
 だが天使が反撃のために発した雷の力の方が強く、その攻撃が押し戻されてしまう。炎と雷が混じり、将軍を襲う。
『紫炎の効果で身代わりにする』
 その宣言と共に、弓を持った武士が武器を投げ出して将軍の前に立ちはだかる。
 自らの身を犠牲にして、将軍の体を守る。

 六武衆−ヤイチ→破壊
 偽大助:7700→7400LP

『メインフェイズ2に"戦士の生還"を発動してエニシを回収。そして墓地にいる"六武衆−ニサシ"と"六武衆−ヤイチ"を除外してエニシを特殊召喚だ!!』


 戦士の生還
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在する戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 六武衆−ニサシ→除外
 六武衆−ヤイチ→除外
 紫炎の老中 エニシ→特殊召喚(攻撃)

「え、いつニサシが……」
『お前がはたき落としてくれたときに落ちた』
「あの時……!」
 "強烈なはたき落とし"がまさかこんな風にデメリットになるなんて思わなかった。
『再びエニシを特殊召喚だ。効果でボルテニスを破壊する』

 ――居合い一閃!――

 一瞬の斬撃。
 天使の体が、横にまっぷたつに斬られてしまった。

 裁きを下す者−ボルテニス→破壊

「ボルテニス……!」
 切り札級のカードが、簡単に破壊されてしまったことにわずかに動揺する。
 でもそれ以上に動揺したのは、今の戦術だった。
 大助が今まで、数回やったことがある戦術。知ってはいたけれど、その時の本物の大助は少し辛そうだった。でも偽物は、まったく気にもしていない。むしろ当然という風な顔をしている。
『やれやれ、なんとか破壊できたな』
「あんた……なんとも思わないの?」
『……モンスターなら、別に……』
「あんた、一応大助なんでしょ!? だったら――」
『これが大助だよ』
 その一言がなぜかとても重く、私の耳に届いた。
『これが大助の本当の姿だ。モンスターのことなんか、なんとも思っていないんだよ。ターンエンド』

-------------------------------------------------
 偽大助:7400LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   大将軍 紫炎(攻撃:2500)
   紫炎の老中 エニシ(攻撃:2200)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「……私のターン!」(手札3→4枚)
 心が、乱れ始める。
 手札から1枚のカードを取り出して、それを荒々しくデュエルディスクに叩きつけた。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「この効果で、私は"ジェルエンデュオ"を特殊召喚するわ!」
『どうした? 声が荒々しくなってるぞ』
「うるさいわね! 私はこのモンスターをリリースして、"アテナ"をアドバンス召喚!」
 天使の体から光が発せられて、女神の登場を祝った。
 女神は聖なる瞳で、刀を構える武士を見つめる。 


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「バトル! エニシに攻撃!」

 ――ホーリー・スピア!――

 女神から放たれた光の槍が、先程仲間の天使を切り伏せた武士の体を貫いた。

 紫炎の老中 エニシ→破壊
 偽大助:7400→7000LP

『ぐっ……!』
「ターンエンドよ!」
 荒々しく、ターンを終える。
 偽大助は私を見ながら、静かに笑った。
「何が可笑しいのよ」
『別になんでもない。俺のターンだ』
 偽大助はカードを引いて、すぐさまカードを置く。
 淡い光が、現れた。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「な、なんで白夜のカードを……!」
『俺が持っていても不思議じゃないだろ? 俺は大助なんだ』
「うるさい! それ以上言わないで!」
 どうして、こんなに動揺しているのよ。目の前にいるのは、大助じゃないのよ。ただの偽物なのよ。
 だったら――。
『レベル7の紫炎に、レベル3の"先祖達の魂"をチューニング』
 機械的な口調で、偽大助は進める。
 淡い光が強くなり、炎をまとう将軍の体を包み込む。
 赤い鎧が更にその色を濃くして、紅蓮の業火と共に最強の将軍が姿を現した。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


『"真・闇の世界−ダークネスワールド"の効果を発動する』
 フィールドの闇が、紅蓮の鎧を纏った将軍の体を包み込む。
 鎧の色が黒く染まっていく。
 自分のモンスターじゃないけれど、なんだかとても嫌な気分がした。
『天龍の効果で、デッキから"六武衆−カモン"を3枚除外する』
 デッキから赤い光が、漆黒に染まった将軍の体を包み込み、さらなる力を与えていく。
 

 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4500 守備力3000→4000 

「攻撃力4500……!」
『なかなか見ないだろ? 香奈』
「気安く呼ばないでよ! 偽物のくせに!」
『何を言ってるんだよ。俺は大助だ。バトル!』
 漆黒の将軍が女神へ向かって突進し、刀を振り上げる。
 このまま、攻撃を通すわけにはいかない。
「手札から"純白の天使"を捨てて、その効果でダメージと破壊を防ぐわ!」
 女神の前に不思議なバリアが張られて、攻撃を無力化する。
 将軍は悔しそうに刀を下ろして退いた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


『惜しい。カードを1枚伏せて、ターンエンド』

-------------------------------------------------
 偽大助:7000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   大将軍 天龍(攻撃:4500・耐性付加)
      
 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:アテナ(攻撃:2600)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私の……ターン……!!」(手札1→2枚)
 心に違和感を感じながらも、カードを引いた。 
 目を閉じて、集中する。
 落ち着きなさい、私。目の前にいるのは、全くの偽物。言っている言葉も、全部嘘。大助の言葉じゃない。
 いつも通りプレイすれば、勝機はある!
「私は手札から"マシュマロン"を召喚する!」
 フィールドにぷにぷにとしたやわらかそうな物体が現れる。
 それは子供のように無邪気な笑顔を浮かべて、戦いの場に姿を現した。


 マシュマロン 光属性/星3/攻300/守500
 【天使族・効果】
 フィール上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、
 ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。


「"アテナ"の効果で600のダメージを与えるわ!」
 女神の持つ杖から、光の矢が放たれる。
 それは1直線に相手の胸を貫いた。

 偽大助:7000→6400LP

「さらに"アテナ"の効果で"マシュマロン"をリリースして"純白の天使"を特殊召喚! さらに600のダメージ」
『ぐっ……!』

 偽大助:6400→5800LP

「いくわよ、レベル7の"アテナ"にレベル3の"純白の天使"をチューニング!!」 
 現れた白い天使の体から、優しく温かい光があふれ出す。
 それは女神の体を包み込み、その体を昇華していく。聖なる力はさらに清められ、全てを守るための防具を身に纏う。
「シンクロ召喚! "天空の守護者シリウス"!」


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


 純白の鎧を身に纏い、神々しい光を放つ天空の守護者は、漆黒の将軍を見ながら、悲しい表情をした。
「私はシリウスを守備表示で特殊召喚するわ」
 今の場面じゃ、カウンター罠の数が少ない。
 攻撃力で勝ち目がないなら、別のところで勝負するしかない。
『ついに来たか』
「第1の効果を選択して、デッキからカウンター罠を1枚手札に加えるわ!」
 デッキからカードを選び出して、手札に加える。
 これなら、大丈夫のはずよ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

-------------------------------------------------
 偽大助:5800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   大将軍 天龍(攻撃:3000・耐性付加)
      
 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:天空の守護者シリウス(守備:3000)
   伏せカード1枚
   
 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン』(手札0→1枚)
 偽大助はカードを引いて、私を見つめてきた。
『いい加減分かったか?』
「なによ」
『俺は大助だってことがだ』
「そんなわけ……!」
 反論をさせないかのように偽大助は続けた。
『俺は大助そのものなんだよ。記憶も何もかも、あいつと同じなんだ。だから俺が言っていることは、中岸大助の言葉そのものなんだよ。プレイングもそう。モンスターに対する態度もそうだ』
「嘘よ……!」
『香奈と小学校で出会ってから、ずっとお前の身勝手なわがままに付きあわされてうんざりしてたんだ。ダークに負けて闇の世界に来て、やっとお前から解放されると思った。なのにお前はまた、自分のわがままで俺を振り回すつもりか? また俺を困らせるのか? 元いた世界の時は言わなかったけどな、俺はモンスターに敬意なんか払いたくないし、なにより、お前のことが大嫌いだったんだよ!!』
「……!」
 心臓に杭を打たれた気分がした。
 大助の顔が見れなくなる。大助が分からなくなる。何が"本当の"大助なのかが、分からなくなる。
『いつもいつも、自分勝手なこと言いやがって……うざいんだよ。いちいち人が黙って聞いていれば、調子にノリやがって。こんなことなら、早めにお前と縁を切っていれば良かったって今でも後悔してる』
 大助は……ずっと……そんなことを……。
 そんな、そんなつもりじゃ……。
『だからなぁ! 今度は俺がお前を困らせてやる。お前を、この永遠の闇の中で独りにしてやる! "トラップ・スタン"を発動!』


 トラップ・スタン
 【通常罠】
 このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「あ……」
『天龍の効果で、デッキから残りの"六武衆−ニサシ"を除外する!!』


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性

『バトルだ! 天使ごと消えろ!』

 ――奥義 漆黒神風二連閃!!――

 漆黒の炎を纏った刃がシリウスを切り裂いて業火へ飲み込む。
 次の瞬間、天龍の刃が私の身を切り裂いていた。

 天空の守護者シリウス→破壊
 香奈:8000→3600LP

「うあああああああああああああ!!!!」
 激痛が襲った。
 体が宙を浮く。何秒か宙を舞った後、後ろで倒れている大助の横に思いっきり叩きつけられた。
(香奈さん! しっかりして下さい!)
「う……ぁぁ……」
 体を押さえる。痛い。本当に痛い。
 赤い液体が出てしまっているんじゃないかと思えるくらいだった。
『終わりだよ。香奈……』
「ぅ……ぁ……」
 声が出なかった。
 体が痛い。
 瞳から涙が流れていた。
(大助……私……どうしたら……)
 視界が霞む。
 気が遠くなっていく。
 もう……だめ……。
「ぁ………」
 体から力が抜けていく。
 偽大助は私を見ながら、不気味な笑みを浮かべていた。

 零れ落ちた涙が、星のペンダントに落ちる。

 小さな星が微かに光った。






























################################################







 真っ白な世界にいた。
 さっきいたのとまったく逆の世界。すべてがなくて、なんだか変な感じがした。
 もしかして、ここが天国なのかな。考えていたよりも、寂しい場所だ。
 まぁいっか。あの黒い世界にいるよりは、幾分かマシかもしれない。
 体が倒れたままだ。早く起こさないと………………あれ………動かない。
 そっか。死んじゃったんだもんね。じゃあ動かないのも当然だ。
 でもこのまま、ずっと動かないの?
 私……大助に、殺されちゃったの?
 せっかくコロンや雲井が手助けしてくれたのに、これじゃあ全部無駄じゃない。
 助けようとした相手に倒されるなんて、そんな馬鹿な話は滅多にない。
 世界中の笑い者だ。
 もう、どうにでもなっちゃえばいい。
 シリウスも倒されちゃったし、勝ち目もない。戦う力もない。
 なにより、大助自身が帰りたくないんだからどうしようもない。
 このまま眠っちゃおうかな。起きた頃には、きっと何もかも終わってる。大助のことも、世界のことも、何もかも。
 そうだ。眠っちゃえば、楽になれる。
 もう大助と戦うなんて……そんなことできない。

 ……このままずっと独り……。
 嫌だな………そんなの………。
 でも……しょうがないか……。これは罰だ。他人をわがままで振り回したことの罰なんだ。
 だから、素直に受け入れよう。
 どうしたらいいかなんて、分からなくなってしまった。だから、もう――――

「お前らしくないな」
 誰?
「幼なじみの声も忘れたのか」
 大助? 本当の? どうして? 
「俺もよく分からない」
 そっか。
「ほら、早く起きろよ香奈」
 どうして?
「どうしてって……助けに来てくれたんじゃないのか?」
 そうだけど、だって大助は……。
「あの偽物の言うことは気にすんな。さっさと起きて、行ってこい」
 でも私―――!
「そういうところが、お前らしくないって言ってる」
 え……。
「香奈は香奈のままでいいんだよ。誰にどう言われたってな」
 大助……。
「そろそろ話すのも限界みたいだな。じゃあな」
 でも……。

「まったく……お前は俺の幼なじみだろ!! だったら勝てよ!!」

 ……!! それ……。
「もういいだろ?」
 ……生意気なのよ。大助のくせに……。それ、私の台詞じゃないの……。
「じゃあ、またな香奈」
 散々言いたいことを言って、去るなんて、大助らしくない。
 らしくない………けれど………………。




 ………ありがとう。



################################################







 目が開ける。
 あの真っ暗な空間に戻っていた。
 体に力を入れる。体が痛い。でも、ここで倒れたら駄目だ。大助を、助けられない!!
『まだ、立てるのか……!』
「私の……ターン!」
 なんとか立ち上がった。
「ドロー!」(手札1→2枚)
 勢いよく引いたカード。2枚になった手札を見つめたあと、私は伏せておいたカードを開いた。


 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


『"ファイナルカウンター"……だと!?』
「あんたなら分かるわよね。この効果で、私はデッキから5枚のカードをセットするわ!」
 デッキから半分のカードが消えて、そのうち5枚がセットされる。
 セットし終わると、私は勢いよく一枚のカードを叩きつけた。
「"智天使ハーヴェスト"を召喚!」
 香奈の場に、角笛を持った天使が颯爽と舞い降りた。


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


「バトル! ハーヴェストで天龍を攻撃!」
『自滅する気…………げっ!』
「手札から"オネスト"の効果を発動するわ! これで攻撃力が天龍を上回る!!」


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 智天使ハーヴェスト:攻撃力1800→6200

『お前……!』
「いけ! ハーヴェスト!」

 ――ホーリークロス!!――

 角笛を持つ天使から光の十字架が放たれる。
 そこに聖なる翼の力が加わり、巨大な閃光となって漆黒の将軍を襲った。

 大将軍 天龍→破壊
 偽大助:5800→4000LP

『ぐあ…ぁ……!』
「ターンエンドよ!!」
 ターンを終えた。
 偽大助は痛みに胸を押さえている。
『……なんでだ?』
「何がよ?」
『どうして、俺の気持ちが伝わらない。俺は帰りたくないんだよ。もうお前に付きあいたくないんだ。嫌いなんだよ。何もかも、どこまでも限りなくお前のことが嫌いなんだ!!』
 大助の”声”で、相手はそう言った。
 もう、そんな言葉に惑わされない。
「ホント、面倒くさいわね」
『なに?』
「あんたがどう思っても、私は大助を助けに来たのよ! 文句なら助けた後に聞くわ。本人から直接ね。偽物のあんたがどれだけ大助に似ていたって、言ってることが大助の言葉だとしたって、あんたは私の知っている大助じゃない。今までずっと一緒にいた幼なじみじゃないわ!」
『……!』
「私は大助に会いたいから、大助を助けたいからここに来たのよ! だから! あんたを倒す!!」
『………ちっ』
 偽大助が舌打ちをした。
 私はまっすぐに、倒すべき相手を捉える。
『俺のターン…………引いたところで無駄だな。今までの経験で分かる。ドロー』
「"強烈なはたき落とし"!!」


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


 引いたカードが、すぐさま落とされて、闇に消えた。
「まだ、手札が一枚あるわね」
『あぁ、このカードは"死者蘇生"だ。でも、もう無駄だろう?』
 偽大助は、私の場に伏せられたカードを見ながら言った。
 確かに、発動しても無駄だ。全てのカードを無効にできる、"神の宣告"が伏せられているから。
『ターンエンド』
 偽大助は為す術もなくて、ターンを終えた。
「大助なら……」
『?』

「大助なら、分かっていても……最後まで諦めなかったわよ」

『…………そうだな。所詮、俺は偽物でしかなかったか』
「私のターン、ドロー。"光神機−桜火"を召喚するわ!」
 獣の形をした天使が現れる。
 これが最後の攻撃と言わんばかりに、場にいる全てのモンスターが構えた。


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


『俺の負け……か……だがな、一応俺も大助なんだ。お前に言ったことのいくつかは、少なからず、あいつがお前に対して思っていることだ。それだけは覚えておけ』
「大丈夫よ。今度からはちゃんと考えてから行動するから」
『そうかい』
「バトル!!」
 天使と獣が、相手へ向かって突進する。
 偽大助は静かに、目を閉じて、その攻撃を受け止めた。

 偽大助:4000→2200→0LP




















『そういえば、言い忘れたが、俺がいなくなればこの世界は急速に崩壊する。逃げるなら、早めに逃げた方がいいぞ』

 偽大助がそう言い残して消えた。
 途端に周りの闇に、白い亀裂が入る。
「ちょっと! 大助、起きなさいよ!」
 倒れている大助に呼びかける。
 でも、応答はない。
「早く起きなさいよ! 逃げられなくなるわよ!」
 体を揺らしてみるが、全然効果がない。
 闇が綻び始めて、崩れていく。
「起きなさいよ! 早く!」
 頬を叩いてみるが、ううんと唸っただけ。
 すやすやと眠っている。
 呼吸もしている。心臓も動いている。でも眠っている。
「起きてよ、大助!」
「うーん……あと五分……」
 頭の中の何かが切れた。
 こうなったら、最後の手段しかない。
 拳を握りしめ、体中の力を右手に込める。
「起きろー!!」
 闇の世界が、崩れていく。
 その中で私は、大助の顔面に向かって、思いっきり拳を振り下ろした。




episode20――雲井の意地――




 バキッという鈍い音がした。
 
 途端に顔が痛みを訴えて、強制的に意識を覚醒させられる。
 目を開ける。
 真っ暗な世界が広がっていた。
「な、なんだ?」
「やっと起きた! ほら、早くしないと!」
 香奈がいた。なぜか焦っているように見える。
 何をそんなに焦っているんだ? というかここはどこだ?
「ほら、立ちなさいよ!」
「待てよ。とりあえず状況を――!」
 言い終わる前に強制的に立たされる。
「周りを見なさいよ!!」
 言われたとおりに辺りを見回してみる。
 黒い空間に亀裂が入り、だんだんと崩壊している。
 なるほど、たしかに普通の状況じゃなさそうだ。
「逃げた方が良さそうだな」
「そうよ! 早く――――」
 香奈が逃げようとする足を止めた。
 その視線の先には、崩れていく世界が広がっている。
 このどこに逃げ道があるのだろう。
「どうしよう……大助……」
「俺に聞かれても困る」
「あんたねぇ! 非常口とか知らないの!?」
 冗談がきつい。
 こんな真っ暗な世界の中に緑色の看板があったら探して2秒で見つかるだろう。それがないということは答えは簡単。出口なんか無いということだ。
「大助! あんた少しは焦りなさいよ! なんでそんな冷静でいられるのよ!?」
「いや、俺自身何が起こってるか分からなくて混乱―――」
「あぁもう! どうでもいいから早く何とかしなさいよ! このままじゃ私達どうなるか分からないのよ!?」
 香奈は俺の首を掴みながら、激しく左右に振り回す。
「ちょっと、聞いてるの!?」
(香奈さん、大助君、こっちです)

 頭に直接聞こえた声。聞いたことない声だった。

(早く! こっちです!)
「分かったわ!」
 香奈が俺の手を引いて走り出す。それに連れられて、俺も力一杯走り出した。
 向かう先に、白く光るものがある。その光は白夜のカードが放つ光と似た感じだった。
「あれ、なんだ?」
「知らないわよ」
(光っている場所に着いたら、すぐに扉を開いて中に飛び込んで下さい)
「えぇ!? 大丈夫なの?」
(大丈夫です。あれは私が用意した出口です。あそこに飛び込めば元いた世界に戻れます!) 
 光っている場所の前に着く。
 ドアだ。これを開けて出ろ、ということなのか。
「これね!」
 香奈は勢いよくドアノブに手を掛ける。
「って……重いじゃない! このドア!」
 俺もドアノブに手を掛けて思いっきり引っ張る。
 全然、ビクともしない。
「どうなってんだよ!?」
「知らないわよ! 早くしないと……!」
 香奈は足まで使ってドアを引くが、1oたりともも動く気配がない。
 後ろにある足場も、急速な速さで崩れ去っていく。
 もう、時間がない。
 こうなったらやるしかない。

 覚悟を決めて、一か八かの賭けにでる。
 香奈の腕を掴んで、俺はドアに向かって思いっきり飛び込んだ。




 そして闇の世界は、崩壊した。











「う……」
 気が付くと、俺は地面に横たわっていた。
 草のにおいが随分懐かしいものに感じられる。
 空は暗く、夜だった。ただ地面に広がる草達は淡く光り、まるで白い絨毯のように広がっている。
「う……うぅん……」
 隣で香奈が唸った。
「おい、香奈、大丈夫か?」
 体を揺らしながら、呼びかける。
 香奈はそれに気づいて目を開けた。
「うぅ……」
「しっかりしろよ」
「うん………ここは………」
「多分、元の世界だろ」
「そう……でも私達、どうやって?」
「あのドア、引くんじゃなくて、押せば開いたんだ」
「え………」
 香奈が呆気にとられた表情をする。
 最近は引きドアが多いから、あのドアもそうだと勘違いしてしまったのが悪かった。
 やれやれ。寿命が少し縮んだぞ。
「それで――」
 これからどうする。
 そう言おうとした瞬間、香奈は何か気づいたように立ち上がった。
 次の瞬間、背中を凍り付くような感覚が襲った。
 しかもその感覚には覚えがあった。
 振り返ると、広がる野原の中に黒い闇が立ちこめているのが見えた。
 あのすべてを飲み込むような深い闇。
 忘れられるわけがない。
「ダーク……!!」
 体が震え始める。あの時の恐怖が蘇ってきた。
 なんで、またあいつがいるんだ。
「行くわよ」
 香奈が腕を掴んだ。
 向かう先は、あの深い闇が漂う場所。
「どうしたんだよ!」
「あそこで雲井が私達のために戦ってくれているのよ!」
「はぁ!? なんで? どうして?」
「私にもよく分からないわよ! とりあえず、行くわよ!」 





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 突然、頭に何かが流れ込んできた。
 正確には思いだしてきたと言うべきなのか………とにかく、そんな感じだ。

 思い出したのは、1人のクラスメイト、もといライバル。

 いつもいつも俺の前に立ちふさがって人の恋路の邪魔をする奴だ。しかも、決闘の腕もかなりいい。
 香奈ちゃんの隣に当然のようにいて、俺を見るなりやれやれといった表情をする。
 どこまでも気に入らない奴だ。
 正直な話、いなくなればいいのにと思ったことくらいはある。でも、やっぱりライバルがいないというのは寂しいというか、張り合いが無かった気がする。
 中岸は知らねぇかもしれないけど、いつか直接対決してどっちが男として香奈ちゃんに相応しいかを決めるつもりだ。
 だから戻ってきたことに、わずかながら喜びを感じていた。

『何を笑っている?』
 目の前にいるダークが問いかけてきた。
「笑ってなんかいねぇよ」
『顔がにやけているぞ』
 一応、顔に触ってみる。
 たしかに頬が上がっている。
 俺としたことが、不覚にもライバルの復活を心から喜んでいるらしい。
『恐怖を前にして、頭がおかしくなったか?』
「……さぁな」











「雲井!!」
 聞こえたのは、あいつの声。
 振り向くとそこには、我が愛しの女神と忌々しい男が息を切らしながら立っていた。
 中岸は別として、無事で良かったぜ、香奈ちゃん。
『貴様ら……!』
「大助は返してもらったわよ!」
 香奈ちゃんが高らかに叫ぶ。
 ダークは歯ぎしりをたてながら、なんだか悔しそうな表情を浮かべている。
「さぁ雲井! 逃げるわよ!」
「…………………」
「どうしたのよ! 雲井!」
『無駄だ』
 ダークが言う。

 たしかに、その通りだった。
 周りにはすでに不思議な壁が張られている。外から入ることも、中から出ることもできない。
 それに―――

 ――最初から逃げるつもりなんか微塵もない。

『もうこいつは決闘から逃げられない。貴様らも今のうちに逃げておいた方がいいんじゃないのか?』
「なんですって!」
『俺は今から、こいつを瞬殺して貴様らと決闘する。再び闇に落とされたくなかったら、しっぽ巻いて逃げろ』
 次の瞬間、体を突き抜けた寒気。
 体が一気に重くなったように感じた。
 例の威圧感とかいうやつだ。中岸は歯を食いしばりながら何とか立っているし、香奈ちゃんは何が起こったか分からないようで、冷や汗を流しながらなんとか踏ん張っている。
 そう言う俺も、下半身に力を入れて耐えている。
「何よ……これ……」
「威圧感……らしい……」
「あんた、どんな化け物と戦っていたのよ」
 こんなやつに、雲井が勝てるわけがない。
 二人とも、きっと同じ考えが頭に浮かんでいるに違いねぇ。
 実際、中岸も引きが良かったからあそこまで戦うことが出来たんだ。それにその時、ダークは本気じゃなかったらしいし。
 いったい本気になったらどれほどの力を発揮するのか、想像も付かねぇ。
 でも、俺だって強くなったんだぜ。
 伊月さんのアドバイスもあるし、大丈夫だ。
『小僧、一応名前だけでも聞いておこうか』
 ダークは余裕たっぷりといった感じで言う。
 あのすかした態度が気に入らねぇが、答えておいてやる。
「雲井……忠雄だ」
『そうか、一瞬で決着を付けてやる。安心しろ』
 ダークが漆黒のデュエルディスクを構える。
 それに応じて、俺もデッキをセットして構えた。
「ぶったおされるのは、てめぇだぜ」




「『決闘!!』」





 雲井:8000LP   ダーク:8000LP






 赤いランプが点灯した。
 よし、先攻は俺からだぜ。
『フィールド魔法を発動するぞ』
 ダークが言った。
 途端に漆黒のデュエルディスクから、深い闇が溢れ出した。
 それらは大きく回り込むように広がり、後ろにいる香奈ちゃん達の背後まで覆ってしまった。その代わり、背にしていた不思議な壁がなくなった。
『これで、後ろの二人もここから逃げられない』
「っ……! で、他に何かあるのか?」
『いいや、貴様のターンだ。最後のな』
 好き勝手言いやがって。後悔してもしらねぇぞ。
「ドロー!」
 とりあえず6枚になった手札を見つめる。
 その後に、相手の場を見つめた。相手の場には、不気味なフィールド魔法の1枚だけ。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


 面倒な効果だ。対象にするカード効果が完封されるというのは、決闘においてかなりの脅威になるって伊月さんが言ってたな。まぁ、俺には関係ねぇ。
 ただ1つ、気になることがあった。
 フィールド魔法の効果に、"このカードはフィールドを離れない"と書いてあるのに、後の効果で"このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。"と書いてある。
 これは、矛盾というやつなんじゃないか?
 まぁ、考えなくても問題ねぇか。
 とりあえずフィールド魔法が永遠に張られているなら、ゴーズの心配はない。
 この手札も結構、良い。
 これなら余裕だぜ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」




「ちょっと! 何でモンスターを出さないのよ!」
「まさか、また手札事故か?」
 中岸ならいざ知らず、香奈ちゃんまでも怒鳴ってきた。
 二人とも、少し俺のことを見くびりすぎじゃないのか?
 ちゃんと伏せカードを出したじゃねぇか。
『手札事故か………』
 ええい、皆まで言うな。
『俺のターン、手札から"闇の誘惑"を発動する。2枚のカードをドローして、手札から"終焉の黒騎士"を除外する』
 さっそく手札交換か。
 さすがダークのボスだけあるぜ。


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。


 終焉の黒騎士 闇属性/星6/攻2400/守1100
 【戦士族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功したとき、
 デッキからカードを1枚選択して墓地に送ることが出来る。
 また、1ターンに1度自分フィールド上に存在するカードを除外することが出来る。
 このカードがゲームから除外されたとき、このカードを墓地に戻すことで
 自分のデッキからカードを1枚ドローし、そのあと手札からカードを1枚捨てる。
 この効果は1ターンに1度しか発動できない。


『黒騎士を墓地に戻してカードを1枚ドローし、1枚手札を捨てる。俺は手札から"闇に祈る神父"を捨てる。神父は墓地に送られたとき、デッキからカードを1枚除外できる。この効果で俺は"闇の使い−ダークウルフ"を除外する』
 ダークの手札から、不気味な神父が姿を現す。
 そいつは天に向かって祈りを捧げ始めた。すると天から黒い光が降り注ぎ、神父の体を飲み込んだ。
 神父がいたその場所に、黒い狼が現れ、雄叫びを上げた。


 闇に祈る神父 闇属性/星1/攻500/守300
 【魔法使い族・効果】
 このカードが墓地へ送られた時、
 自分のデッキからカード1枚を選択してゲームから除外する。
 その後、自分のデッキをシャッフルする。


 闇の使い−ダークウルフ 闇属性/星5/攻2200/守300
 【獣族・効果】
 このカードはデッキから除外されたとき、
 自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚することが出来る。


「いきなり攻撃力2200のモンスター!?」
 どんだけ反則カードを使ってるんだよ。
 少しは遊戯王本社もカードバランスを考えやがれってんだ。
『まだだ。手札から"闇の欲望"を発動し、デッキから2枚引いて手札から"暗黒界の狩人 ブラウ"を捨てる。ブラウの効で1ドロー。墓地に闇属性モンスターが3体いるので"ダーク・アームド・ドラゴン"を特殊召喚』
 ダークの手札から、空気を引き裂くような咆吼と共に、黒き竜が現れる。
 先程の黒い狼と並ぶその姿は圧巻だった。


 闇の欲望
 【通常魔法】
 デッキからカードを2枚ドローする。
 その後、手札の闇属性モンスター1体を捨てる。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全てゲームから除外する。


 暗黒界の狩人 ブラウ 闇属性/星3/攻1400/守800
 【悪魔族・効果】
 このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手のカードの効果によって捨てられた場合、
 さらにもう1枚ドローする。


 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/星7/攻2800/守1000
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
 このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 フィールド上のカード1枚を破壊する事ができる。


「また、強力モンスター……!!」
 闇属性モンスター3体って、どんだけ緩い召喚条件なんだよ。くそったれ。
『さらに俺はこのターン、通常召喚を行っていない。"墓の装飾女"を召喚し、効果でブラウを装備する』
 更に現れるモンスター。
 それは女性の形をしたモンスターだった。
 白髪の長い髪に、真っ白な肌。一瞬、心を奪われかけたが地面に手を突っ込んで悪魔の屍を身に纏う姿を見て、その気持ちはどこかへ飛んでいった。


 墓の装飾女 闇属性/星4/攻1600/守800
 【魔法使い族・効果】
 このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地にいるレベル3以下の闇属性モンスター1体を
 このカードに装備カード扱いとして装備することが出来る。
 このカードの攻撃力は、装備したモンスターの攻撃力分アップする。

 暗黒界の狩人 ブラウ→装備
 墓の装飾女:攻撃力1600→3000

「な、なんじゃこりゃあ!?!」
 手札が減っていねぇのに、こんなのありかよ!? しかも全員揃って攻撃力2000オーバーだとぉ!?
 まてまて、あいつらの攻撃力の合計は……。

 2200+2800+3000=8000→俺のライフ0。
 
 やっべぇ!! 本当に一瞬でやられちまうじゃねぇか!!
『この攻撃がすべて通れば、貴様のライフは0だ。さぁ、覚悟しろ!!』
 目の前にいる3体のモンスターが身構える。
 背中に嫌な汗が流れた。
「ちょ、ちょっと待て! 伏せカード発動だぜ」


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


 3体のモンスターの前に巨大な獣が現れて、鼓膜が破れるかのような咆吼を上げる。
 その迫力に気圧されて、全てのモンスターは体を硬直させた。
「これで、てめぇは攻撃宣言できねぇぜ!」
 あっぶねぇー……。伏せといて良かったぁ……。
『……なるほど。俺はターンエンドだ』
 ダークは悔しそうにエンド宣言をした。
 どうだ、ざまぁみろ。

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------
 ダーク:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   ダーク・アームド・ドラゴン(攻撃:2800)
   墓の装飾女(攻撃:3000)
   暗黒界の狩人 ブラウ(装備カード扱い)

 手札5枚
-------------------------------------------------


「俺のターン!」
 カードを引いて、さっそく1枚の手札を発動する。


 地砕き
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。


「てめぇの場にいる守備力が一番高いモンスターを破壊するぜ!」
 上空から巨大な拳が現れる。
 それは一直線に振り下ろされて、闇の竜を叩き潰した。

 ダーク・アームド・ドラゴン→破壊

『ちっ……』
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」
 よっしゃ、これでなんとかいけんだろ。



「だから、なんでモンスター出さないんだよ!」
「あんた決闘なめてんじゃないの!?」
 後ろからまた罵声が聞こえる。
 頼むから二人とも、もう少し俺のことを見ておいてくれよ。
 俺は待ってんだぜ。
 相手が”あのカード”を出すその時をな。


『俺のターン!!』
 ダークはカードを引いて、すぐさまバトルフェイズに入った。
 一刻も早く俺を倒したいようだが、そうはいかないぜ。

 悪魔を身に纏った女と漆黒の狼が牙をむけて襲いかかる。
 その攻撃が届く寸前、俺は伏せカードを開いた。
 光の縄が張り巡らされ、2体のモンスターの体を絡め取る。
 牙はギリギリで届かなかった。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


『ロックカードか』
「残念だったな」
『まぁいい。メインフェイズ2に"おろかな埋葬"を発動し、デッキから"闇の格闘家"を墓地に送る』
 地面から無数の腕が飛び出る。
 それらはダークのデッキから小柄な格闘家を引っ張り出して、地面へと引きずり込んだ。


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


 闇の格闘家 闇属性/星2/攻500/守500
 【戦士族・効果】
 このカードは闇属性モンスターをアドバンス召喚するとき、
 2体分のリリースとしてリリースすることが出来る。
 このカードは1ターンに1度、戦闘で破壊されない。


「格闘家を墓地に……」
『俺はターンエンドだ。貴様のターンだぞ』
 ダークは不敵に笑みを浮かべる。
 攻撃を封じられているのに、ここまで余裕なのはやはり"あのカード"があるからだろう。
 いい加減、俺も準備を整えておきてぇな。
「俺のターン!」
 目を閉じて、自らの運に懸ける。

 頼む! あのカード来てくれ!

「ドロー!!」

 



 キターーーーー!!





「"未来融合−フューチャー・フュージョン"を発動するぜ!」
 フィールドの上空に、光の渦が現れる。
 俺のデッキから、"ビッグ・コアラ"と"デス・カンガルー"がその渦に飛び込んでいった。


 未来融合−フューチャー・フュージョン
 【永続魔法】
 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
 墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
 自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


『なるほどな』
「へっ! 2ターン後、てめぇに俺の切り札を見せてやるぜ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   グラヴィティ・バインド−超重力の網(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ダーク:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   墓の装飾女(攻撃:3000)
   暗黒界の狩人 ブラウ(装備カード扱い)

 手札5枚
-------------------------------------------------

『そうか……切り札か……』
 ダークはなにやら意味深げな笑みを浮かべる。
 どうやら、やっとやる気になってくれたらしい。
『"封印の黄金櫃"を発動する』


 封印の黄金櫃
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。


『俺はデッキからカードを1枚除外させてもらおう』
 ダークのデッキから1枚のカードが抜き取られて、黄金櫃に入れられる。
 入れられる一瞬に、そのカードに黒い闇が見えた。
「きたな……」
『さらに"BF−疾風のゲイル"を召喚する』


 BF−疾風のゲイル 闇属性/星3/攻1300/守400
 【鳥獣族・チューナー】
 自分フィールド上に「BF−疾風のゲイル」以外の
 「BF」と名のついたモンスターが存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、相手モンスター1体の攻撃力・守備力を半分にする事ができる。


「レベル3かよ……!」
 これじゃあ俺の場にあるカードで攻撃を抑制することが出来ない。
 くそっ、こんな簡単にレベル3以下のモンスターを引き当てやがって……!
『バトルだ! ゲイルでダイレクトアタック!!』
 漆黒の翼から、強烈な風が放たれる。
 当然、それを防ぐカードはない。
「ぐあああぁ……!!」

 雲井:8000→6700LP

 くっそ。本当に痛ぇな。
 中岸はこんなやつと、最後まで戦っていやがったのかよ。
『メインフェイズ2に入り、レベル5の"闇の使い−ダークウルフ"にレベル3の"BF−疾風のゲイル"をチューニングし、"ダークエンド・ドラゴン"をシンクロ召喚する。さらに"二重召喚"を発動し、2体のモンスターをリリース。手札から"暗黒防壁結界"をアドバンス召喚だ!』


 ダークエンド・ドラゴン 闇属性/星8/攻2600/守2100
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上
 1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


 暗黒防壁結界 闇属性/星9/攻0/守4000
 【悪魔族・効果】
 このカードは召喚に成功したとき、守備表示になる。
 このカードは対象をとるカードの効果で破壊されない。


 守備力4000のモンスター。
 マジで、勘弁して欲しい。
「めんどくせぇ……」
『結界は召喚された後、守備表示になる。ターンエンド』
 




「俺のターン」
 そろそろ相手の準備ができるころだ。
 俺も何とか、揃えておきたい。
「ドロー!!」
 引いたカードを、恐る恐る見る。

 ちっ。

「ターンエンドだ」
 良いカードが引けなかったか。残念だ。










『俺のターン……"闇へ解け合う風"を召喚する。"暗黒防壁結界"とシンクロ召喚だ!』
 地面から黒い霧が吹き出す。
 その中から、闇の皇帝が姿を現した。


 闇へ解け合う風 闇属性/星1/攻0/守0
 【鳥獣族・チューナー】
 このカードがシンクロ召喚のために墓地へ送られたとき、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 ダークエンペラー 闇属性/星10/攻5000/守5000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「闇属性チューナー」+レベル9の闇属性モンスター
 このカードの攻撃力は、相手フィールド上にいる表側表示のモンスター1体につき
 1000ポイントダウンする。
 このカードは相手のモンスター全てに攻撃することが出来る。
 このカードの攻撃力はバトルフェイズ中に変化しない。


「ついにきたな」
 これで相手の墓地と場には、1から10までのモンスターが揃った。
 もう少しだな。
『ターンエンド』

-------------------------------------------------
 雲井:6700LP

 場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   グラヴィティ・バインド−超重力の網(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ダーク:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダーク・エンペラー(攻撃:5000)

 手札3枚
-------------------------------------------------

 俺は目を閉じて、伊月さんとの特訓の日々を思い出した。
 闇の決闘に耐えるだけの体力を付けるために、掃除に洗濯、買い物と色々やった。
 伊月さんも教えるのが大変らしく、時々肩を揉んだり仕事の資料の整理もしてあげた。
 あぁ、俺はなんて師匠想いの弟子なんだろう。
 相手を挑発して決闘を仕掛ける方法も教えてもらった。
 それに、伊月さんは俺にある戦術を授けてくれた。

《あなたのデッキの特性上、ちまちました攻撃は必要ありません》
《じゃあ、どうするんだよ》
《まず、相手の攻撃を封じて下さい。攻撃が封じられている間に、あなたは手札に必要なカードを集めて下さい》
《どうやって集めんだよ》
《それは自分で考えて下さい。そして、あなたが十分に手札を揃えた頃には、相手はあなたのロックをかいくぐり、自分の切り札を出しているでしょう》
《じゃあ――――》
《もう、おわかりですね?》





「俺のターン!」
 心が熱くなる。
 それに応えるかのように、引いたカードも俺のお気に入りのカードだった。
「このターンに、フューチャー・フュージョンの効果で融合モンスターを召喚するぜ!」
 光の渦が大きく輝き始める。
 その中から、腰に王者の証を身につけ、自らの力を誇示するかのように巨大なモンスターが姿を現した。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 相手の場にモンスターが現れたことによって、皇帝の力がわずかに弱まった。
 
 ダーク・エンペラー:攻撃力5000→4000

『攻撃力4200か……!』
「さらに手札から"コピーマジック"を発動!!」 


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


「この効果で俺はデッキから"闇の誘惑"を除外して、お前の墓地にある"闇の誘惑"をコピーして発動!! カードを2枚ドローして、手札から"デス・カンガルー"を除外するぜ」
『手札交換か……』
「てめぇが得意な戦法だろ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


『俺のターン! "封印の黄金櫃"の効果で、俺は除外していたカードを手札に加える!』
 ダークの手札に、あのカードが入った。
 ついに……来る……!
『手札から"絶望への足音"を発動し、貴様の厄介な網を取り除く!』


 絶望への足音
 【通常魔法】
 「闇の世界」と名の付いたフィールド魔法が存在するときに発動できる。
 相手フィールド上のカードを1枚選択して墓地に送る。

 "グラヴィティ・バインド−超重力の網"→墓地 

 皇帝の体にまとわりついていた網が剥がれる。
 その様子を見ながら、チャンピオンはその拳を構えた。
『"ダーク・エンペラー"で"マスター・オブ・OZ"に攻撃!』
「はぁ!? 何考えて――」

 ――ダークフォース!!――

 言い終わる前に、闇の皇帝から黒い波動が放たれた。
 チャンピオンはそれを何とか弾き飛ばして、前に出る。
 力を込めた拳で、皇帝の顔面に左アッパーを食らわせた。

 ダーク・エンペラー→破壊
 ダーク:8000→7800LP

「何考えてんだよ!?」
 わざわざ自分からやられにくるなんて、どうかしちまったのか?
『こういうことさ! メインフェイズ2に"GT−闇の支配者"を特殊召喚!』
「……!」 
 深い穴が現れた。闇の力が渦を巻き、穴の先には何があるのか全く見えない。
 その中から、闇を統べる者がゆっくりと姿を現した。


 GT−闇の支配者 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT(ゴッドチューナー)】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードは自分の墓地にレベル1からレベル10のモンスターが存在するときにのみ
 特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 このカードが特殊召喚に成功したとき、墓地にいるレベル10のモンスターを召喚条件を無視して
 特殊召喚することが出来る。


「しまった……! そういうことかよ!!」
『この効果で、墓地にいる"ダーク・エンペラー"を特殊召喚する! そして―――』
 闇の支配者が、闇の皇帝の体を飲み込んでいく。
 元々深かった闇が更に深まり、全てを黒く塗りつぶすかのように大きく、広がっていく。
『ゴッド・シンクロ!! 現れろ!! "闇の神−デスクリエイト"!!』
 ついに現れた闇の神。
 その全てを凍てつかせるような不気味な姿に、俺はおもわず退く。



 闇の神−デスクリエイト 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「闇の支配者」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードは魔法・罠の効果を受けない。
 自分の場に「真・闇の世界−ダークネスワールド」が存在するとき、
 このカードはモンスター効果を受けない。
 このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカード1枚につき500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となる。
 各プレイヤーは必ずバトルフェイズを行わなければならない。
 攻撃可能なモンスターは必ずこのモンスターと戦闘を行う。
 ???

 闇の神−デスクリエイト:攻撃力5000→14500

『これで、俺のターンは終了だ。どうだ中岸大助。こいつの恐怖はよく知っているだろう?』
 後ろを見る。
 中岸の顔が、真っ青になっていた。
 隣にいる香奈ちゃんも、体が震えている。あの時の恐怖が蘇ったのかも知れない。
『貴様もどうだ? 雲井忠雄。こいつが出てしまって困っているんじゃないか?』
 ダークが憎たらしい笑みを浮かべながら言った。
 


「なに勘違いしてんだよ」



『……なんだと?』
「俺はなぁ、そのモンスターが出てくるのをずっと待ってたんだぜ!」
 そう、俺が待っていたのは、このモンスターだったんだ。
 伊月さんの提案してくれた作戦は、ロックで相手の動きを封じてその間に手札を揃える。そして相手が切り札を出したらロックを解除して相手の切り札ごとライフを削るというものだ。
 だから、ここまでは計画通りなんだぜ。
 俺のデッキは、一撃必殺デッキ。
 だからはこれは理にかなった戦法だ。
 そのこともあったが、それ以上に、俺はこの闇の神とかいうやつに個人的に恨みがある!!
「てめぇが中岸を倒してから、香奈ちゃんはずっと苦しんでいたんだ! 別に中岸のことなんてどうでもいい。消えようが、いなくなろうがそこまで気にする事じゃねぇんだよ。でもなぁ……その闇の神さえいなければ、香奈ちゃんは苦しむことは無かったんだ!!」
『貴様……!』
「だから、俺がてめぇの操る闇の神をぶっ倒してやるよ!! 俺がこの手で、直接な!! 香奈ちゃんにとっては余計な事かも知れねぇけど、そうしないと俺の気がおさまらねぇんだよ!!」
 俺は腹の底から叫んだ。
 それは相手をビビらせるためじゃなく、今にも恐怖に震えそうな体に力を入れるためだった。
 
 正直に言えば、かなり怖い。だが、自分の決意にケジメをつけないで何が男だ。
 俺はやると言ったら、必ずやってみせる!

『闇の神の攻撃力は14500。貴様の場には4200のモンスターしかいない。どうする気だ?』
 ダークは自信満々といった感じで言った。
「14500? そうかよ。所詮、神といってもその程度なんだな」
『なんだと……』
てめぇに教えてやるぜ! この俺に手札を与えるっていうのが、どういうことなのかをな!!

-------------------------------------------------
 雲井:6700LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200)
   未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ダーク:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:14500)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」
 手札を見つめ、考え得る限り最高の戦術を見つけ出す。
 この手札で、やるしかねぇ!!
「伏せカード、"コード・チェンジ"発動!! "マスター・オブ・OZ"を機械族にする!!」


 コード・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を指定する。
 指定したモンスターの種族を、このターンのエンドフェイズまで自分が指定した
 種族にする。

 マスター・オブ・OZ:獣→機械族

「いくぜ! 手札から"ビッグバン・シュート"を装備し"オーバーブースト"で守備力を攻撃力に加え"巨大化"を装備する!! そして最後は"リミッター解除"だあああああああぁ!!!!」
『なにぃ!!??』


 ビッグバン・シュート
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。


 オーバーブースト
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスター1体を指定する。
 このターンのエンドフェイズまで、そのモンスターの守備力を攻撃力に加える。
 指定されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。



 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 一気に発動された4枚のカード。
 それら全ての力が、チャンピオンの体に強力な力を宿していく。

 その攻撃力の合計は――――


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→4600→8300→16600→33200



『攻撃力33200だとぉぉ!!??』
 ダークの目の前に、闇の神以上の力を持ったモンスターが立ち塞がる。
 闇の神も、予想だにしなかったモンスターの登場に動揺を隠せないようだった。 
「これで……終わりだぁああ!!」
 チャンピオンの拳が真っ赤に燃え上がる。
 その手に勝利を掴むため、放つのは渾身の右ストレート!!

――マスター・オブ・ビッグバン・リミットオーバー・ギガントファイナルクライシスパンチ!!!――

 これが決まれば、俺の勝ち。
 もし、決まらなければ――――。























『闇の神の"第3の効果"を発動させる!!!』
 なに!? このタイミングで発動できる効果だと!?
『周りを見てみるがいい』
 言われたとおりに、周りへと目を向けた。
 周りを囲んでいた闇が、闇の神へと集まっていく。
 辺りが元の景色に戻ると同時に、闇の神がその手に巨大なエネルギーを蓄え始めていた。
「なんだ……これ……」
『これが闇の神の最後の効果………相手モンスターの攻撃宣言時に"真・闇の世界−ダークネスワールド"を、効果を無視して除外することが出来る。そうした時、闇の神の攻撃力は倍になり、戦闘では破壊されなくなる!!!』
「なんだって!?」

 闇の神−デスクリエイト:攻撃力14500→29000

『これで、貴様は俺のライフを削りきれなくなった! しかも"リミッター解除"の効果で、エンドフェイズにはモンスターは破壊される!』
「ちっ……!!」
 チャンピオンの拳が、闇の神を捉える。
 だが溢れ出す闇の力に阻まれて、その拳は本体まで届くことはなかった。
『ぐあああああああ!!』

 ダーク:7800→3500LP



 ―――闇の神は、生き残った―――。



『ははははははははは!!!!』
 ダークが笑う。
 残っているのは手札と伏せカードが1枚ずつ。
 あの闇の神を倒すことは、出来そうにねぇ。
 ちっ……仕方………ねぇか……。
「メインフェイズ2に、手札から魔法カードを発動するぜ……」


 魂の浄化
 【速攻魔法】
 自分のデッキ・墓地からカードを1枚除外できる。


「俺は……この効果で……」
 墓地にあるカードの中から、俺が選ぶべきカードは……。

 これしか……ねぇか。

「このカードを、ゲームから除外するぜ」
 ダークに確認を取らせて、俺はそのカードを見つめた。
 このカードゲームを始めた頃から、ずっと俺のデッキに入っていたカード。
 多分、俺のデッキの中で"他人"が使っても使えるカードだ。
「俺のデュエルディスクには、除外ゾーンがない……」
『ふっ、それがどうした?』
「つまり、除外したカードをどこへやろうと、本人の自由だって事だよな」
『………』
 俺は振り返る。
 香奈ちゃんが、俺を心配そうに見つめている。その隣で、中岸も同じように。

 決して、認めた訳じゃない。

 ただこの状況で、俺の勝ちはない。

 この先、一緒に戦うことはできそうにない。

 だから―――。


「中岸」
「なんだよ」
「俺のカード……預かっておいてくれ」
 手首のスナップを使って、カードを投げる。
 綺麗に弧を描いて、それは中岸に届いた。
「雲井……!!」
「勘違いすんな。別にてめぇを頼るわけじゃねぇ。ただな……お前は……」
 
 ――お前は、香奈ちゃんを守らなきゃいけないから――。

 その言葉が、なぜか言えなかった。
「いや………何でもねぇよ」
『さぁ、どうする?』
 ダークが言った。
 まったく、空気の読めない奴だ。すぐにその笑った顔を青ざめさせてやるよ。
『今すぐ、サレンダーしてもいいんだぞ?』
「へっ、随分お喋りじゃねぇか。俺の行動が怖くてしょうがないのか?」
『……………』
「じゃあ、見せてやるよ」
「雲井! お前、まさか……!!」
 中岸の奴、気づいたのか。
 まぁ、この伏せカードはある意味、壊れカードで有名だからな。知っていても不思議じゃないか。
 だったら分かるだろ? 出来るだけ、離れとけよ。
「伏せカード、発動!!」




 俺は、決めたことは必ずやると決めている。

 闇の神を倒すことは出来なかったが……もう1つはやり遂げる。

 この戦いに参加すると決めたときから、香奈ちゃんを守ると決めたんだ。

 だから、それだけは………やり遂げてみせる!!






 ――ファイナル・ビッグバン!!――











 ファイナル・ビッグバン
 【通常罠】
 フィールドに表側表示で存在するモンスターの攻撃力の合計が
 20000を超える場合にのみ、発動することが出来る。
 お互いのプレイヤーは、相手の場にある最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力分の
 ダメージを受ける。


『貴様……!!』
「これで、お前は33200、俺は29000のダメージを受ける!!」
 2体のモンスターの体から、高密度のエネルギーが放たれる。それらは衝突し、一気に超爆発を引き起こした。
 響く轟音。眩い閃光。強烈な爆風。
 それらが一気に、俺達を襲った。





 雲井:6700→0LP  ダーク:3500→0LP











 互いのライフポイントは、0になった。




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 強烈な閃光に目がくらみ、雲井がどうなったのか見えなかった。
 ダメージが現実のものになる闇の決闘で、10000を超えるダメージは危険だ。
 食らってしまったら、まず無事じゃすまない。
 決闘が引き分けになって、敗者はいない。
 それがどういう結果を引き起こすかは、分からない。

 ただ、もしかしたら、雲井は………。




 目が慣れてきた。香奈も目が慣れてきたようで、顔を見合わせる。
 ………ん? どうして、俺達は立っているんだ? 巨大な衝撃が近くで起こったはずなのに、体は何も受けていないように思える。
 一体どうして?

(間に合いましたね)

 また聞こえた女性の声。
 だがそれは頭に直接語りかけてくるものじゃなく、上から言われたものだった。
 見るとコロンが、両手を広げて光り輝く結界のようなものを張り巡らしていた。薫さんのよりも、遥かに強固に感じられた。
 本当にどうなってる? コロンにはこんな力もあったのか? 
(目覚めたばかりで3人分の結界を張るのは苦労しましたよ。香奈さん、大助君)
「3人って……じゃあ雲井は?」
 香奈が尋ねる。
(前を見て下さい)
 前を見る。外はまだ粉塵が立っていたが、結界の内側に、倒れている人の影があった。
 ―――雲井だった。


(体は傷ついていますが、命に別状は無いです。気を失っていますが……1週間ぐらいで回復するでしょう)
「そう………」
「じゃあダークは?」
 コロンらしき妖精は微笑みながら、香奈の肩に乗っかった。
(あまりに膨大なダメージを闇の決闘で受けたため、逃げるしかなかったみたいですね)
「じゃあ……」
(えぇ、とりあえず、大丈夫でしょう)
「よ、よかったぁ……」





 俺は雲井のそばに寄った。
 気を失っているというよりも、疲れてぶっ倒れて眠っているという感じだった。
 あのダークと戦って、退けてしまった。まったく……。
「たいしたもんだな」
 渡されたカードを見る。
 あいつがいつも決闘するときに投入されていたカード。
 たしかに、雲井が使うカードの中でこれが最も使いやすそうだ。
「使わせてもらうよ。雲井……」
 お前が、俺達に"見せてくれたこと"は絶対に無駄にしない。
 そして託してくれたカードもな。
(さぁ、みなさん戻りましょう)
 妖精が言った。
 本当に、こいつは誰なんだ?





 次の瞬間、体が温かい光に包まれる。
 薫さんの移動方法に、似ている感じがした。




episode21――帰還――





 目を開けると、俺達は部屋にいた。
 窓から見える外は真っ暗で何も見えない。時間はどうやら深夜らしい。
「帰ってきたみたいね」
 隣で香奈が言った。
 その肩にはコロンの姿をした妖精が座っている。
(なんとか無事に帰って来れましたね)
「一時はどうなるかと思ったけどね……」
(誰一人欠けることなく戻って来れたのは、言うまでもなく彼のおかげでしょう)
 俺は下を見た。
 雲井がまるで死んだかのように眠っている。こいつがダークを退けてくれたおかげで無事に帰って来られたんだ。感謝しないわけにはいかないだろう。
「本当にこいつ大丈夫なのか?」
(ええ、疲れて眠っているだけですよ)
「そうか……」


 ――光の護封剣!!――


 突如、光の刃が現れた。
 それらは俺達の動きを封じるかのように周りを囲む。
「な、なによこれ!?」
「しるかよ」
 抵抗しようにも、光の刃はかなりの硬度を誇っていて壊せそうになかった。 
 なんか前にも似たようなことがあった気がする。でもその時に比べて、なぜか不安はない。
「そこにいるのは誰?」
 聞こえた柔らかな声。
 なぜだろう。とても久しぶりに聞いた気がする。
「薫さん! 私よ! 香奈よ!!」
 香奈が叫ぶと、光の刃が消えた。
 部屋のドアから薫さんと伊月が顔を出す。
「あっ! 香奈ちゃん!!」
「おやおや、大助君もいますね」
「ホントだ! 一体どうなってるの?」
 二人とも、まるで俺がいることがおかしいような反応の仕方だった。
 一体何がどうなっているのか。それはこっちの方が聞きたい。俺はたしか、ダークとの決闘で負けて、それから……。
 ………何も覚えていない。
「本当に大助君なの?」
 薫さんがまるで天然記念物を見るような目で見つめてきた。
「え、まぁ……」
「ホントに?」
「は、はい……」
 次に薫さんは俺の肩、腰、足と、まるで服を着せたマネキンの最終チェックでもするかのように触ってきた。
「本物みたいだね」
 ……今の行動でどうやって判断したんだ。
「何があったか説明してよ」
「俺に言われても困ります。香奈の方がきっと……」
(私が説明しますよ)
 コロンもどきが言った。
 いい加減、こいつは一体誰なんだ?
「えーと……コロン?」
(違いますよ。私は――)
「おい」
 佐助さんが現れた。
 目の下にクマができている。髪もボサボサで、どこぞの放浪者のように思えた。
「何時だと思ってる」
 みんなが一斉に時計を見た。短針が4を指している。
 太陽が昇っていないということは、深夜4時と考えて間違いないだろう。
「みなさん、とりあえず話はあとにしませんか。この時間帯で騒がれても、周りの住民に迷惑を掛けるだけです」
「……そうだね伊月君。じゃあ朝になってからにしよっか」
「そうしろ。いい加減眠い」




 そうして俺達は、各自の部屋で眠りについた。






 午後3時。俺達は会議場に集まっていた。
 みんなとても疲れているようで、うつらうつらとしている薫さん、目の下のクマがとれていない佐助さんがいる。伊月はなぜか体調が良さそうに笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいた。雲井はまだ目を覚まさないで、ベッドに横につかされている。香奈もまだ眠そうにしていたが、時間ということで無理矢理起きてきたらしく、髪がボサボサになっていた。
 そう言う俺は、何の疲労も感じていなかった。普通に熟睡できたし、体調もいいと思う。強いて言うなら、腹が空いているぐらいだ。
「ふぁぁ……じゃあ……何があったか説明してくれるかな?」
 眠たそうに目をこすりながら、薫さんは言った。
 その隣で佐助さんが、そっとコーヒーを差し出した。
「これ飲んで目を覚ませ」
「あ、ありが……とう……」
 戸惑いの表情を見せながらも、薫さんは差し出されたコーヒーを一口。
 次の瞬間、カッと目を見開いて咳き込んだ。
「に、苦いよ……」
「当たり前だ。レッドマウンテンは苦さがうりなんだ」
 そう言って佐助さんは、そのコーヒーを難なく飲んでいく。
 俺も試しに飲んでみたが、さすがにきつかった。
「大助、砂糖取ってくれない?」
 香奈が薫さんと同じような表情を浮かべながら言った。
 砂糖を渡そう………と思ったが、どこを探しても砂糖らしき物は見つからない。
「香奈さん、砂糖ならありませんよ」
「どうして?」
「佐助さんは甘い物が嫌いなんです。ですからコーヒーに入れる砂糖はありません。台所にある砂糖もちょうどきらしていましてね。ミルクならありますが―――」
「俺が煎れたコーヒーに物を入れるのは許さん」
「だそうです。我慢するしかないようですね」
「そんなぁ……」
「高校生にもなってコーヒーが飲めない方が悪いんだ」
「うぅ……」
 香奈はコーヒーを置いて溜息をつく。
 やれやれ、あとでチョコレートでも買ってやるか。
「……さて、ではそろそろお話に移りましょうか?」
 伊月はそう言って、香奈の肩に止まる妖精を見た。
「この場合、あなたはコロンと呼ぶべきなんでしょうか。それとも別の呼び名で呼んだ方がいいんでしょうか?」
(そうですね……サンとでも呼んで下さい)
「では僕達はあなたのことをサンと呼ばせて頂きますよ。ではサン、あなたは一体何者なんですか? コロンと同じ白夜のカードが具現化した妖精ですか? それとも――」
(私は光の神です)
「……! なるほど、そうですか」
 一瞬の驚きの表情を見せた後、伊月はコーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、大助君が戻ってきたのも、サンが関係しているって事?」
(いいえ。私は道案内をしただけです。大助君を助けたのは香奈さんですよ)
 サンはそう言って香奈に笑みを向けた。
 記憶にないが、どうやら俺はまた香奈に助けられたらしい。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
(闇の神のことについてですか)
「その通りです。現在、僕達の世界には"終焉のカウントダウン"が発動されています。発動されてから二十日後には世界が滅ぶという見解です。なので一刻も早く発動者であるダークという人物を探し出して倒さなければならないのですが、相手の場所がわからない上に、完全に復活した闇の力に対抗できるほどの力を僕達は持っていません。ですからあなたの協力を得ようと思い、あなたを探していた訳です。どうでしょう。僕達に力を貸して頂けませんか」
 さっきから伊月が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 質問する雰囲気でもないし、あとで香奈に聞くか。
(どれも心配いりませんよ)
 サンは香奈の肩から降りて、中心にあるテーブルの上に座った。
(私が復活したことで、あなた達の白夜のカードも力が上がっています。今の状態なら、対等に戦うことが出来ると思いますよ。そして、闇の神の位置も私にはわかっています。出来る限り、私はあなた達に協力することを約束しますよ)
「そうですか。ではさっそく」
「ちょっと待って!!」
 香奈が言った。
「コロンはどうするの?」
(私としたことが……すいません。今、お返ししますよ)
 サンが目を閉じる。
 次の瞬間、その体が淡く輝いた。




『あれ……私……』
 幼い声。それは間違いなく、コロンの声だった。
「コロン!」
 香奈が呼びかける。
 コロンは声の主を見て、その目に涙を浮かべる。
『か……香奈ちゃん!!』
 コロンが飛び付いた。香奈はそれをしっかりと抱きしめる。その様子は、まるで生き別れた母親に再会した子供のようだった。
 いったいこの二人に何があったんだろうか。
「どう? 大丈夫だった?」
『うん、全然だったよ。あっ! 大助!!』
「あぁ……ど、どうも」
『あとは……』
 コロンは佐助さんを見るやいなや、一目散にそこへ飛んでいった。
「どうした」
『この無愛想な反応は間違いないね。なんだかすごく久しぶりな気がする』
「そうか」
「よかったね。佐助さん」
「別になんとも思わん。ほら、いいからあっちいけ」
『佐助の意地悪……』
「なんとでも言え」
 佐助さんは背を向けて、パソコンの前に腰掛けた。コロンは頬をふくらませて戻ってきた。
 なぜだろう。こんな会話やみんなの顔が、どうしても久しぶりにしか思えない。
(よかったですね)
 サンの声が聞こえた。
 だが見回してもその姿はない。
(私は今、姿を消していますよ。あなた達の頭に直接話しかけているんです)
「はぁ……」
 いい加減、頭が会話についていかなくなってきた。
 誰でもいいから、俺に状況を教えてくれ。
「じゃあサン。これから作戦とか色々話し合いたいんだけど……」
「そうですね。僕達には時間がありません。善は急げとも言いますし、ここは手っ取り早く会議をしましょう」
「じゃあ俺達も―――」
「大助君と香奈ちゃんは部屋に行ってていいよ。まだ疲れているでしょ?」
「いや、俺は――」
「いいからいいから」
 薫さんに押されて、俺と香奈は会議場から無理矢理出された。
 なんだ? 俺がいちゃまずいことでもあるのか? 
 香奈も追い出された理由がわからないのか、首をかしげている。
 まぁおそらく、自分たちの仕事に俺達を関わらせたくないというだけなんだろう。それに考えてみれば、あの場にいたところで何か手伝えるわけでもない。いて作業の邪魔になるのだったら、こうして外に出たのは正解だったのかも知れないな。
「大助……」
「ん?」
「部屋に行きたいんだけど、一緒に行かない?」
「あ、あぁ……」
 香奈は笑みを浮かべて、すぐ近くにある部屋に入った。
 気のせいだろうか。いつもと口調というか、雰囲気が違う。いつもなら俺に意見を求めることなんて滅多にない。
 いつものこいつなら、「部屋に行きたいんだけど」なんて言わずに「部屋に行きましょう」と言うはずだ。
 何かあったのか? ……まぁ、本人に聞いてみればいいか。

 香奈に続いて、俺も部屋に入った。一応、ドアは開けておく。
「ドア閉めないの?」
「あぁ、暑いからな」
「何よそれ……ううん、大助がそうならいいわよ」
「………」
 やっぱりおかしい。いつもの香奈なら絶対にこんなことは言わない。
 どうする。直接聞いてみるか? いや、そんなことしても正直に話してくれるかどうかわからない。いつもの香奈なら間違いなく答えてくれないだろう。
 仕方ない。少しずつ聞き出していくか。
「香奈」
「なに?」
「眠くないのか」
「何言ってるのよ。そんなわけないじゃない。そういう大助の方が眠いんじゃないの?」
「俺はお前と違って短時間で熟睡できるから大丈夫だ」
「あっ! なによそれ!? だいたい……うん、ごめん」
 どうもさっきから調子が狂う。しかもおかしいのは、香奈が自然にこうなっているんじゃなく、自らそうしようとしていることだ。普段と違う口調や態度を取ることなんてそうそうできるものじゃない。まして感情表現豊かな香奈が自分の感情を押し殺すことなんて出来るはずがない。
「大助、ここにおにぎりがあるからさ。一緒に食べない?」
「何でそんなところにおにぎりがあるんだ」
 ベッドの近くにある小さな机の上にある皿に、おにぎりが5個置いてある。
 ただ形はバラバラで、ちゃんと握れていないために崩れている物もある。誰が用意したのかは、容易に想像が出来た。
「それ大丈夫なのか?」
「多分ね。カピカピになっていないし」
「そういう問題じゃない」
「そうなの?」
「……まぁいいや。一緒に食べるか」
「うん、ありがとう」
 香奈が柔らかな口調でそう言った。
 やばい。頭がおかしくなってきそうだ。
「大助、何がいい?」
「………………」
「どうしたのよ」
「おまえ、熱でもあるんじゃないか?」
 我慢の限界だった。少しずつ聞き出していくつもりだったが、こんなの耐えられない。
 単刀直入に聞いてやる。
「そんなことないわよ」
「じゃあ、何があったんだ?」
「……!」
 香奈が驚いたように目を見開いた。
「どうもさっきから様子がおかしい。いちいち俺に意見を求めてくるし、食べ物を前にしても真っ先に手を付けようとしない。今みたいな柔らかい口調なんてしたことないし、お前自身が無理してる。いったい、何があったんだ?」
「………」
「誰かに、何か言われたのか?」
「……!」
 香奈の体がわずかに反応した。
 どうやらあたりらしい。やれやれ、こいつに意見できる人物がいるとは。  
「何を言われたんだよ」
「………別に……」
「じゃあ、誰に」
「…………」
 香奈は黙ったまま、俺の方を見た。

「大助に……言われたのよ……」

「え……」
 俺に言われた? ますます訳がわからない。
 いつそんなことを言っただろうか。いや、言っていない。言うはずもない。
「どういうことだ」
「何も……覚えてないの……?」
「あぁ、ダークに負けてから、あの暗い世界で目を覚ました時までの記憶がない。さっきの薫さん達の話も全然ついていけなかった。教えてくれ。何があったんだよ。最初から最後まで」
「………」
 香奈は目をそらした。
 言いたくない様子だったが、聞かないわけにもいかない。
「お前らしくないぞ、香奈」
「……! それって……」
「ん?」
「本当に何も覚えていないの?」
「あぁ、だから、教えて欲しい」
「…………………………………」
 香奈は黙ったまま、顔を伏せた。


 二分ほどの沈黙があっただろうか、香奈がその口を開いた。
「大助……」
「なんだ?」
「一つだけ、正直に答えて」
「わかった」
「大助は、私のことを……面倒くさい奴とか、そういう風に思ったことある?」
「…………あるよ」
 言われたとおり、正直に答えた。
 中学校の頃から何度も振り回されてきたんだ。そう思わない方がおかしい。
「そっか……」
 香奈の声が、さらに弱々しくなった。
「え……」
「そうだよね……そう思うのが、普通だよね……」
 香奈の瞳から一滴のしずくが落ちた。
 紛れもなく、それは涙だった。
「か、香奈?」
「ごめんね。大助……ごめん……!」
 香奈は急に立ち上がって、部屋を出て行ってしまった。
 玄関のドアが閉まる音が聞こえ、家から出て行ったのだということが分かった。
 なんだ? なにか、言ってはいけないことを言ってしまったのか?




 とりあえず、薫さんの所に行くか。
 そう思い、俺は部屋を出て、会議場へ行った。
「あ、大助君、どうしたの?」
 薫さんがこっちに気づいて、やってきた。
 向こうでは伊月と佐助さんがブツブツと何かを相談しながらパソコンの画面を見つめている。
「いや、その……様子を見に来て……」
「大体決まるから、もうすぐ終わるよ。香奈ちゃんは?」
「それが……」
 俺は部屋で何があったのかを薫さんに話した。
 香奈がいきなり部屋を出て行ったことまで話すと、薫さんの顔が険しくなった。
「……そういうことです」
「………そっか。それで大助君は、のこのこと会議場まで来たわけだね」
「は、はい……」
 なんだ? 薫さんから感じられるのは……殺気……?
「大助君」
「はい」
 次の瞬間、頬に熱い痛みが生じた。
 何が起こったのかはわからなかった。
 薫さんの右手が開いていて、左腕の方向にそれがあることから、頬を叩かれたのだということが分かった。
「な、何するんで――」
「大助君!!!」
「は、はい!」
 なんでだ? どうしてこんなに薫さんを怖く感じるんだ?
 明らかに、いつもの薫さんじゃない。
「どうして君は女の子に対してデリカシーがないの!? そんなこと言われたら誰だって傷つくに決まっているじゃない!!」
「いや、それは――」
「言い訳しない!!」
 香奈並みの大声を上げながら、薫さんは鋭い目つきで睨み付けてきた。
「どうしたんですか?」
 伊月が後ろからやってきた。
「どうしたじゃないよ。大助君ったらね……」
「わかりました。あっちで聞きましょう。とりあえず、こちらへ」
 伊月は怒り心頭の薫さんを連れて、佐助さんのいるパソコンがある場所へ行った。
 多分、助けられたんだと思う。
「………」
 それにしても、俺がいったい何をしたって言うんだ。
 あれぐらい、いつもなら冗談ぐらいで済んでいたのが香奈だったはずだ。それが泣いて出て行ってしまうなんて、普通考えられない。
 それに出て行く直前に言った、「大助に言われた」の意味がわからない。
 俺は、何をしていたんだ? ダークに負けて俺はどうなっていたんだ。
 香奈の変化と、俺の記憶のない部分に何らかの関係性があるのは間違いない。だが、それがわからない。
「くそっ……」
 なんだかモヤモヤする。
 香奈に事情を聞くのが早いと思うが、いま追いかけたところでさっきの二の舞になりかねない。
 せめて、俺の身に何が起こったかだけでも分からないか。
(教えてあげましょうか?)
 頭に直接語りかける声。間違いなく、サンだ。
「何をだ」
(あなたの身に起こった出来事についてですよ)
「……! 知ってるのか?」
(ええ、香奈さんと同じぐらい、知っていますよ。あなたに何があったのか、そして彼女に何があったのかもね)
 やっぱり、何かあったんだ。
 そうじゃなきゃあんな香奈になるはずがない。
「教えてくれ」
(知ってどうしますか?)
「知るかよ。聞いてから考える」
(………そうですか。では、教えてあげますよ。あとで聞かなきゃ良かったと後悔しないで下さいね)
「ああ」



 サンは、俺がダークに負けて、それから何があったのかを全て話してくれた。
 俺という人間の存在がこの世から無くなってしまったということ。そんな俺を助けるために、香奈は薫さん達と一緒に光の神であるサンを探していたということ。そして、コロンの勇気と香奈の力で、俺を助け出してくれたこと。助けるための決闘で、偽物の俺が香奈に何を言ったのか。
 何もかもすべて教えてくれた。
「そんなことがあったのか……」
 偽物の俺か。
 たしかに、俺自身が思ったことがあることを正確に述べている。
 あいつがショックを受けても、不思議じゃないかも知れない。
(さぁ、どうしますか?)
「決まってるだろ」
(はい?)
「香奈を追いかける」
(いいんですか。彼女がああなってしまったのは、あなたに原因があるんですよ)
「分かってる。だから行くんだ」
(行ってどうしますか。先程の二の舞になるだけかもしれませんよ?)
 だからなんだ。だったらこのまま放っておけとでも言うつもりか。そんなことをして、今の不安定なあいつが先走った行動をしたりしたら、それこそ駄目だろ。
 大切な幼なじみを放っておくことなんて、出来るわけがない。
 二の舞になる? たしかにそうもしれない。また香奈を傷つけることになるだけかも知れない。でも、さっきとは違うところがある。
 俺は、ちゃんと事情を知っている。
 何があったのかを、認識している。
「俺は行く」
(……どうぞ、お好きなように)
「ああ」
 部屋を出て、そのまま家を出た。
 あいつが行くであろう場所は、だいたい予想が付いている。




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「はぁ……」
 私は一人、溜息をついた。
 いるところは家から徒歩で三十分ほどにある小さな山。
 「星花山」と名付けられている。
 テストの点が悪かったときや、大助とケンカしたときはいつもここに来ていた。
「たしか、この道……」
 高校に上がってから、一度も来たことがなかったせいで、明確に道を思い出せない。
 でも、体がどの道を通るべきかを覚えていた。
 生い茂る草をかき分けて、先に進む。 
 そして、それらが一気にひらけた場所が現れた。
 草の絨毯が敷かれていて、ちょうど誰かが座れるように切り株が一つ。周りを木が囲んでいて、広さは学校のグラウンドくらいで、かるい傾斜がある。ここから見える空は本当に綺麗だ。
 夜になれば、星が瞬く空が広がる。
 どんなに嫌なことも忘れさせてくれる。

 空を見上げた。でも雲がかかっていて星は見えない。
 変わりに見えるのは、世界の滅亡を告げるカウントダウンの炎。
 数は……いいや、今はやめよう。今はそんな気分じゃない。

 切り株に腰掛ける。
「はぁ……」
 もう一度、溜息をついた。
 私はなんて不器用なんだろう。
 大助に迷惑を掛けないように、ちゃんと考えて、ちゃんと大助に意見を聞いて行動するつもりだったのに。あっさりと見破られて、逆に心配までされてしまった。
「……………」
 やっぱり、私はあいつから面倒くさい奴だと思われていたんだ。
 それもそうよね。私はいつだってあいつを振り回していたんだから。何の意見も聞かないで、無理矢理連れ回したり、付きあわせたりしていたんだから。むしろ今までよく耐えてきたと思う。もし私が大助の立場だったら、きっとすぐにでも文句を言ってしまう。
「大助……」
 あの真っ白な世界で会ったのは、誰だったんだろう。
 あの時は本物の大助だと思っていたけれど、今考えると夢だったのかもしれない。
 私はいったい、何をどうすればいいの?
「はぁ……」
 また溜息が出た。
 本当に、今日何度目だろう。
 どうして大助にあんなことをしてきてしまったんだろう。本当に、迷惑かけっぱなしだ。
 ………なんか、戻りたくないな。
 大助に会いたくない。会ったら、どうしたいいか分からなくなってしまいそうだから。今日は、ここで夜を明かそうかな。一応夏だし、暖かいと思う。 
 ここならあいつも知らないし、私だけが知っている場所だから、他の人も来ない。
 そう思うと、なんだか安心した。
 そしたら、急に眠気が襲ってきた。
 寝足りなかったし、ここは思い切って寝てみようかな。もし大助がいたら「こんなところで寝ると風邪を引くぞ」とか言うんだろうな。
 ……って私、大助のことを考えてばかりだ。
 ま、いっか。とにかく寝よう。

 私は切り株から下りて、草むらに寝転がった。
 案外温かくて、すぐに眠りにつくことができた。




































「………ぉぃ……」
 誰?
「ぉぃ……ぉ…ょ」
 大助?
「起きろよ。香奈」
 確かに聞こえた。
 ゆっくりと、目を開ける。
「やっと起きたな」
 目の前にいた人物。
 それは間違いなく、私の幼なじみである中岸大助だった。
「こんなところで寝てると、風邪を引くぞ」
「……………」

 ねぇ……誰でもいいから教えて。
 
 これは……夢なの?



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「やっぱり、ここにいたか」
「どうして……?」
 香奈が分からないという様子でこっちを見つめてきた。
「なんでここにいるの? もしかして……夢……?」
 香奈は自分の頬をつねる。
 もちろん夢な訳がないから、ただ痛いだけだろう。
「夢じゃない。お前は何か嫌なことがあると、結構な割合でここに来てたから、ここだと思ったんだ」
「知って…たの……?」
「あぁ、いつだったか俺とケンカして、追いかけてみたらここが分かったんだ。そのあとも何度かケンカする度にここに来てたよな」
 まぁ、高校生になってからは来たことがなかったみたいだけどな。
 俺もよく覚えていたものだ。
「……知らなかった……」
「当たり前だろ。場所が分かった後、俺はそのまま帰っていたんだから」
「どうして?」
「ケンカした奴と、ケンカしてすぐに会うのは気まずいものがあるだろ」
「……そっか……」
 香奈は起きあがる。
「あ……」
 そして、気づいたように声を上げた。
 外は真っ暗。携帯の時計を見ると午後7時近く。日が長いとはいえ、この時間になるとさすがに外も暗くなる。
 たしかここにきたのが5時くらいだったから、俺は少なくとも2時間近くここでずっと待っていたことになる。起きるまで待っていようと思ったが、ここまで近くで爆睡されると我慢にも限界がある。しかも山だから、時間が遅くなればなるほど寒くなってくるし、暗くもなる。
 こんな小さな山だからといって野宿というわけにはいかないだろう。
「ほら、帰るぞ」
 手を差し出す。
 早くしないと道が分からなくなってしまうからな。
「……どうして?」
「え?」
 香奈は、今にも泣きそうな顔でこっちを見つめた。
「どうして、私なんかの事を気にかけくれるのよ。今まで、たくさん大助を振り回してきて、いっぱい迷惑かけてきたじゃない。どうして優しくしてくれるのよ。どうして……」
 ポロポロと涙をこぼしながら、香奈は言った。
 香奈はいつも元気だが、一回ネガティブな思考に入ると全然抜け出せない。
 自分に非があると感じていればなおさらだ。とことん自分のことを責めて、最終的に泣き出してしまう。こんな状態になったのは、中学校以来だ。
「香奈……」
「私がそばにいると、大助は苦しむんでしょ?」
 違う。そんなことない。
「私から解放されたいと思っているんでしょ?」
 違う。
「私のこと、嫌いなんでしょ?」
「違う!!!」
 思わず、叫んでしまった。
「何が……違うのよ!」
 胸に香奈の拳が当たった。普段殴るときのような力強さはない。ただ、自分の思いを相手へぶつけるためにドンドンと力任せに叩きつけているだけだ。
「あの世界で会ったのは、大助だった! あいつは言ってたのよ。『俺が思っていることは、少なからず大助自身が思っていることだ』って!! だから――」
「知ってる」
「っ……!」
「サンがすべて教えてくれた。俺がダークに負けてから、何があったのか。あの暗い世界での話もちゃんと聞いた。確か
にその世界にいた俺は、多分、俺自身だったと思う」
「……やっぱり……」
 そう。俺は香奈のことを、面倒くさい奴だと思ったこともある。解放されるならされたいと思ったこともある。こんな自分勝手な奴、嫌いだと思ったこともある。
 でもな、どんなに仲がよくたってケンカすることがあるように、相手のことを嫌に思ったりする時もあるだろう?
「私は……」
 ここまで辛そうなこいつの顔は、初めてかもしれない。こんな状態になってしまったのは、間違いなく俺のせいだ。
 俺の悪い感情が香奈をこんなにしてしまったんだ。
「私は……どうしたらいいの?」
 ここまで弱々しくなる香奈がいるなんて、知らなかった。
 長年一緒にいて、こいつの全てを知っているつもりでいた。でも、そんなのただの幻想だった。きっと、香奈も同じだったんだと思う。幼なじみの知らないところを知って、何が本物の幼なじみなのか分からなくなって、それで……。
「私が……いなくなればいい?」
「何を考えてるんだよ。いなくなる必要なんて無い」
「いなくなれば……いいんだよね……?」
 駄目だ。まったく耳に入っていない。
「大助……ごめんね……」
 なんで謝るんだ。謝らなきゃいけないのは俺の方だぞ。
 くそ、これじゃ前と同じ結末じゃないか。また香奈が自分を責めてしまうじゃないか。
 香奈の足が、一歩下がった。
 また逃げるつもりだ。だけど今度逃げられたら、もう追いつけない気がする。逃がしちゃ駄目だ。それにまだ俺の話は終わっていない。
「ごめん……ごめ―――」
 逃げようとする香奈の腕を掴む。
 このまま逃がしてたまるか。
「離して……」
 普段のこいつなら力ずくでふりほどけるだろう。
 でも今の香奈に、それほどの力があるとは思わなかった。
「離してよ……」
「いやだ」
「離してってば……」
「やだ」
「お願い……もう私に――」
 掴んで手を引き寄せる。

 ――その勢いを利用して、香奈を力強く抱きしめた――。

「ぁ……」
 抱きしめて、初めて分かった。
 少しだけ震えている。
 それが寒さからくるものなのか、別のことからくるものなのかは分からない。
「いなくなるなんて言うな。謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ダークに負けて、暗い世界でお前と戦って、そして苦しめた。本当にごめん。一緒に戦っていきたいって言ったのに、いなくなって本当にごめん」
「大……助……」
 やっと、声が届いたようだ。
 今しかないだろう。俺の本当に思っていることを伝えるのは。
「お前は、お前のままでいいんだよ。後先考えずに行動して、わがままで、核心を突かれると動揺が隠せなくて、たまに繊細なところがある。変える必要なんか無い。どんな人間だって、欠点の一つや二つある。欠点が無い奴がいたとしたらそいつは間違いなく宇宙人だ。お前は宇宙人じゃないだろ。朝山香奈だろ」
「……! それ……」
「たしかに俺はお前のことを悪く思ったりしたことはある。でも、だからってお前のことは嫌いじゃない。考えてもみろよ。嫌いな奴とずっと幼なじみをしているわけ無い」
「……悪く思ったことは、やっぱりあるのね……」
「あぁ、でも俺は、そんなお前に何度も助けられているから」
 不良との戦い。シンとの戦い。そして、ダークとの戦い。どれも香奈がいたから、最後まで諦めずに戦うことが出来たんだ。戦い抜く事が出来たんだ。
「私は……私のままで……いいの……?」
「ああ」
「一緒にいて、いいの?」
「当たり前だ」
「どうして?」
「それは……」
 だってそれは………駄目だ。言えるわけがない。
「なんでもない」
「はぁ!? なによそれ! どうして言わないのよ!!」
 口調が戻った。
 さすがに耳元でこの声はきついな。
「すまん、今は言えない」
「何よそれ。第一、いつまで密着してるつもりなのよ!! まさかこのまま変なことしたりしないでしょうね!?」
「誰がするか」
 体を離す。
 香奈の顔が見えた。頬がわずかに赤くなっている。
「顔が赤いぞ」
「な、何言ってんのよ! 寒くなってきたからに決まってるでしょ!? 別に照れてなんかいないわよ!」
「はいはい」
 どうやら完全に元に戻ったみたいだな。
 まったく、やれやれ。
「どうして笑っているのよ」
「いや、いつもの香奈だなって思っただけだ」
「……! なによ。あんたが私のままでいいって言ったんだからね。文句なんか言わせないわよ」
「分かってる」
 まぁなんにしても、元に戻って良かった。
 さて……あとは……。

 ………ここからどうやって帰るかだ………。

 時間は午後7時過ぎ。辺りは暗くなっていて、森は今や漆黒のフィールドに変わっていた。
 ここから歩いて帰るには、明かり無しでは少々きつい。
「さぁ、帰りましょう」
「ちょっと待て。お前この暗い道を帰る気なのか?」
「何言ってんのよ。このぐらいの暗さなら帰れるわよ」
「ホントか?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」
 この自信はいったいどこから出てくるんだ。
 まぁいいか。このまま野宿はできないし、ここは香奈の感性を信じることにしよう。
「じゃあ、頼んだぞ」
「任せなさい!」
 俺は自信満々の香奈に付いていき、暗い森の中を進んでいった。




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「遅いねぇ……大助君と香奈ちゃん」
 薫は時計を見ながら、そう呟いた。
 時間は午後9時。辺りは完全に真っ暗になっている。
「二人でどこかへ出掛けているのではないですか?」
「うーん、だといいんだけどなぁ……」
 薫の胸に、なぜか嫌な胸騒ぎがした。
 本当に何もなければいいんだけどなぁと思いながら、落ち着きのない動きをする。
「心配か」
「うん」
「ちょっと待ってろ……」
 佐助はパソコンを見つめ、キーボードを叩き始めた。
 白夜のカードがある場所を感知すれば、二人の場所は割り出せる。そう思い、探す。
 反応はすぐにでた。
「山だ」
「山?」
「あぁ、こんなところで何してるんだろうな」
「もしや、身投げ?」
「えぇ!? た、大変だよ! とにかく、その山に行こう!!」
 薫は急ぐようにして部屋を出て行った。
「おい伊月」
「なんでしょうか?」
「"ポジション・チェンジ"を使った方が早かったんだじゃないのか?」
「えぇ、ですが彼女はそれを使うことを完全に忘れているようですね」
「そうか。なら追いかけて教えてやれ」




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 ………さて、この状況をどう説明したらいいだろうか?
 隣で香奈が俺の肩に頭をのせてすやすやと寝息をたてている。俺は木を背にして、辺りに何かないかを見回している。もちろん、誰かが通るかもしれないという希望を持ってだ。
 この状況を漢字二文字で説明するなら、間違いなくこれが正解だろう。

 そう、「遭難」というやつだ。

 自信満々の香奈についていったはいいものの、この暗い森に方向感覚を奪われて、1時間ほど森をぐるぐると回っていた。そして、ついに香奈は疲れてその場に座り込んでしまった。「ちょっと休憩しよう」と提案して、近くに木に背を預けたのだ。
 すると香奈は、疲れからなのかなんなのか、寝てしまったのだ。
 これによって俺達は完全に身動きがとれなくなってしまった。香奈を背負って山を下りようかとも考えたが、遭難したときはむやみに動かない方がいいというどこぞの登山家の言葉を思い出し、その場に留まっている。
「さっき寝てたのにな……」
 隣で熟睡する香奈を見ながら、呟く。
 いったい、こいつは何時間眠れば気が済むんだ。
「よくこんな寒いのに眠れるな」
 夏の夜は結構寒い。しかも山の中ならなおさらだ。
 こんなことになるなら、香奈を発見してすぐにでもたたき起こすべきだった。
 それにしても寒い。このままだと本当に死んでしまうのではないだろうか。それに、なんだか眠く……。
「……!」
 いや、駄目だ。ここで俺が寝たらそれこそ駄目だ。数日後の新聞に、「高校生男女二人が山で心中」なんて記事がでるのは、教育的にも色々とまずいだろう。
 呑気に眠っている香奈が少しだけ羨ましい。
「…………………」
 俺だけ焦っても、仕方ないか。
 この時間になればさすがに薫さん達だって心配して探しに来てくれるだろう。探しに来てくれなければ、その時は諦めて眠ろう。案外、体はこの寒さに耐えてくれるかも知れないし。
「うぅん………」
 香奈が唸った。
 いったい、今こいつはどんな夢を見ているんだろうか。ケーキ食べ放題の夢か、それとも決闘している夢か? まぁ、どうでもいいか。
「……」
 眠っている香奈を見つめる。
 天使のようにかわいらしい顔が、なんの警戒心もなく目を閉じている。髪からほのかに甘い香りがして、なんだか変な気分になりそうだった。
 とりあえず落ち着け。ここで手を出したりなんかして香奈が目を覚ましたら、寒さで凍死する前に、この山の一部になることは火を見るよりも明らかだ。
「うぅ……んっ……」
 それにしても、かわいい。
 さすがクラスで1、2を争う人気を誇るだけある。思い返してみると、そんなこいつを俺は抱きしめてしまったんだよな……。我ながら、なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。
「うぅん……お腹いっぱい……」
 夢の中で豪華な食事でも食べているであろう香奈が唸る。
 ここまで無防備なんて、少しは警戒心というものを持ったらどうなんだろう。まったく、親の顔が見てみたい……って見たことあるか。
 あー、本当に誰でもいいから助けに来てくれー。
「はぁ………」
 












 カッ!

 目の前に、白い光が現れた。
 光の中から薫さんが姿を現す。
「大丈夫だった!?」
「あ、はい……」
 やっと来てくれた。
 よかった。あと30分遅かったら、色々とまずかったかも知れない。
「香奈ちゃんは……寝てるの?」
「はい」
「………ねぇ」
 薫さんがこっちに来て耳元で囁いた。
「なんかしたりした?」
「………」
 頭が痛くなってきた。
「してるわけないじゃないですか」
「えー、つまんないなぁ……そうだ、せっかくだから抱きしめちゃいなよ」
「……できるわけないです」
 かろうじて動揺を隠す。「もう抱きしめちゃいました」なんて言えるわけがない。
「ふーん、大助君って草食系なんだね」
「何系でもいいですから、とにかく帰りましょう。ここにいると風邪をひきます」
「………」
 薫さんがつまらそうな表情でカードを引き抜いた。
 まったく、彼女は何を期待していたんだか……。

 ――ポジション・チェンジ!!――

 体が白い光包まれる。
 やっと帰れる。そう思った。



















 帰った後、俺はすぐに眠りについた。




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「うーん、よく寝たわね」
 薫の家の一室、香奈はベッドの上で目を覚ました。
「……ここは?」
 周りを見渡して、疑問に思う。
 たしか大助と一緒に山で道に迷って……それから………。
 どうして薫さんの家にいるの?
「あっ、起きたね」
 薫さんがこっちに笑みを向けていた。
「いやぁ、大助と一緒に遭難するなんて、香奈ちゃんも結構ドジなんだね」
「そ、それは……」
「まぁまぁ、とにかく無事で良かったよ。その様子だと大助と仲直りも出来たみたいだね。あとは……」
 薫さんが不気味な笑みを浮かべた。
 どこから用意したのか、画用紙に文字が書かれている。


 隣では大助が寝ています。彼は完全に無防備です。あなたはこれからどうしますか?

 1:部屋に行って寝顔を見る。
 2:部屋に行って添い寝する。
 3:部屋に行って一緒に夜を過ごす。

 
「さぁ、どれ!?」
「コロン!! イタズラやめなさい!!」
 なによこの問題! どうして部屋に行くしか選択肢がないのよ。
 こんな事考えるの、薫さんじゃない。コロンしかいない!!
『あーあ、ばれちゃった』
 薫さんの体から、コロンが姿を現した。
「やっぱり……」
『せっかくおもしろくなりそうだったのに……』
「こら、コロン!」
 薫さんが怒鳴った。
 そう言う本人も、もっとコロンに体を奪われないように気を付ければいいのに……。
『ごめんなさーい』
「もう……香奈ちゃん、起こしてごめんね」
「……もういいわよ」
「明日になったら、今日決まったことを発表するからね。今日はゆっくり休むといいよ」 
「えぇ、分かったわ」
 ドアが閉められた。
 分かったわと言ってしまったけれど、これ以上にないほど目は覚めている。


 コンコン


 ドアがノックされた。
「香奈、入っていいか?」
 大助の声だった。
「いいわよ」
 ドアを開けて、大助が部屋に入ってきた。
「どうしたのよ」
「眠りが浅くて、それで隣で大声がしたから、起きたんだなって思って……明日っぽいな。決戦」
「まだ分からないけどね」
「あぁ、でも間違いなく近日だろう」
「うん」
 残された日数も少ないから、大助の言うとおりだと思う。
「なぁ、香奈……」
「なによ?」
「俺がダークに負けたとき、ショックだったか?」
「当たり前じゃない。私以外のみんなが忘れちゃったときは、本当にどうしようかと思ったんだからね」
 でも、今はちゃんとそばにいてくれる。それだけで十分よ。
「それだけ?」
「いや、その……」
 大助が口ごもった。
「何なのよ。言うならはっきり言いなさいよ」

「ありがとな」

「え?」
「お前が助けてくれたから、戻ってこれた。そのお礼がしたかっただけだ。本当に、ありがとう」
「べ、別にいいわよ。それぐらい」
「ペンダント、付けてくれたんだな」
 大助が私の胸を見ながら言った。
 その表情は、若干意外そうな感情も含まれている。
「気に入ったんだからしょうがないでしょ」
「そうかい。じゃあ、それだけだから」
「大助!」
「なんだ?」
「頑張りましょう。決戦」
「……ああ!」
 ドアが閉まった。
 大助がいると分かっているだけで、やっぱり安心する。
 もし、あの時の感覚が再び襲ったら、その時は絶対に大助を失わないようにしよう。

 私はそう決めて、ベッドに潜った。
 心臓の鼓動が、心地よく聞こえた気がした。





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 翌日になって、家にいる全員(雲井を除く)が会議場に集まった。
 薫さんがみんなの前に立って、説明を始めた。

 おおまかにまとめると、以下の通りだ。
 1:敵の本部に乗り込む。
 2:ばったばった敵を倒す。
 3:ダークを倒す

 以上が薫さんからの説明だった。
 具体的な事はさっぱり分からない。
「こんな感じなんだけど……」
「全然、駄目じゃないですか……」
「仕方ありませんね。場所は分かっても、相手の数が分からないのですから」
 そうは言われても、2番の作戦が一番難しいんじゃないのか?
「それ、大丈夫なの?」
 さすがに香奈も不安らしい。
「大丈夫だよ。2番は過程みたいなものだから。私達の目的は、ダークを倒すことだよ」
「ダークを倒せば、他の者達には勝ったも同然ですからね」
「俺も、お前らに無駄な戦闘はさせないように誘導する」
「決まりだね」
 三人はお互いに笑みを浮かべた。
 本当に、この三人は仲間なんだなと、改めて思った。

「よし! みんな、明日は殴り込みだからね! 頑張るよ。エイエイオー!」
 



 告げられた最後の戦い。


 明日の戦いで、全てが決まる。


 スターが勝つにしろ、ダークが勝つにしろ、


 明日の最終決戦に、世界の全てが委ねられた。




episode22――突入開始!!――


 翌日、俺達四人は伊月が運転する車に乗っていた。
 もちろん、旅行ではない。これから敵の本拠地へ乗り込もうとしているのだ。
 乗り込もうと………しているの……だが……。
「あ! 見て大助!! あんなところに遊園地があるわよ」
「本当だ。ねぇ伊月君、ちょっと寄っていかない?」
「おやおや、それは名案ですね」
 ………この状況はなんだ?
 想像していたものとまったく違う。決戦前というのはもっと緊張感があるものだと思っていたのだが……。いくらなんでも和みすぎなんじゃないのか。
《おまえら、和みすぎだぞ》
 通信機ごしに佐助さんの呆れた声が聞こえた。
「佐助さんこそ、ちょっと気が入りすぎなんだよ。もっと楽に行こうよ」
《お前……》
「佐助さん、心配しなくても遊園地には寄りませんから大丈夫ですよ」
「えぇ!? 寄らないの?」
 香奈が身を乗り出して言った。
「お前なぁ、これから決戦だっていうのに遊んでどうするんだよ」
「何よ。ちょっとくらいいいじゃない!!」
「そうだよ伊月君、ちょっとくらい寄っていこうよ」
「残念ですが、今の優先順位はそちらではないでしょう」
 香奈と薫さんが頬をふくらませる。
 この二人は、世界の運命より遊園地の方が大事なのか?
「ねぇ佐助さん、ちょっとくらい……」
《今調べた。その遊園地は休止中だ》
 それがとどめだった。
 二人は諦めたように溜息をついて、席に着いた。
「遊園地くらい、いつでも行く機会はあるだろ」
「なによ。じゃあ決戦が終わったら遊園地に行ってくれるの?」
「あぁ、いいよ。ちゃんと無事に終わったらな」
 待ち受ける敵の数は分からない。でも敵の本拠地である以上、かなりの数の敵がいるはずだ。
 佐助さんは極力戦うのを避けるように指示してくれるらしいが、それでも避けられない決闘はあるだろう。とりあえずデッキは調整してきたが、それでも不安がある。一応、バッグには薫さんの家にあったカード達が入っていて、いつでもデッキ調整ができるようにしてあるが、それでも不安がとれる訳じゃない。
「もしかして、緊張してるの?」
 香奈が俺の顔を見ながら言った。
「そう言うお前も、さっきから落ち着きがない。緊張してるんだろ?」
「違うわよ。これは武者震いってやつよ」
《そろそろ、ポイントだぞ》
「どうやらそのようですね」
 伊月の視線の先には、ビルが建っていた。
 1、2、3……5階建てか。
「ここでいいんですね?」
《あぁ、間違いない》
 伊月はハンドルを切って、ビルの前に駐車する。
 車を降りてビルを見上げた。
 何の変哲もない。普通のビル。敵の本拠地がビルだとは思わなかったが、まぁいいか。
「着きました。では、どうしますか?」
《とりあえず突入しろ。万が一、戦闘をしなければいけない場合、薫は出るな》
「えぇ!? なんで?」
《お前がスターのリーダーだからだ。ダークの強さは分かっているはずだ。この中で対抗できるとしたら、実力的に考えて薫しかいない。伊月、大助、香奈は、何が何でも薫を先に行かせることを優先しろ》
 たしかに、ダークのあの強さに対抗できるのは薫さんのシンクロ召喚しかないだろう。
 でもダークは強い。薫さんでも勝てるかどうか分からない。
「分かりました」
 伊月が言った。
「みんな……」
「薫さん、僕達のことは心配しないで先に進んで下さい。たとえ、誰がどうなってもです」
「そんな……」
「大丈夫よ。私も大助も、負けたりなんかしないから! ね、大助」
 香奈が無理矢理笑顔を作ったのが分かった。
 こいつなりに、薫さんに心配を掛けまいと思ったのだろう。
「大丈夫ですよ。さすがにまた負けるわけにはいきませんから」
 まったく……何を心配しているんだ俺は。
 ダークは強い。それは確かだが、薫さんが強いって事も知っているだろ。何を心配することがある。薫さんなら、きっと勝ってくれるに違いない。
 俺に出来るのは、薫さんという希望を少しでも先に進ませることだ。
「みんな……ありがとう。私がダークと戦って、倒すからね」
「おやおや、頼もしいですねぇ」
「じゃあ、行きましょう!!」
 俺達は一斉に構えた。
 どんなときでも、相手の攻撃に対して対応できるように。
「では、行きますよ」
 ビルの入り口を指さしながら、伊月は言った。
 全員が頷き、薫さんを囲む形で進む。
 正面が伊月、左右を俺と香奈が受け持つ形だ。佐助さんの指示通り、どんなことがあっても薫さんだけは先に進めなければいけない。敵がいたらすぐさま俺達三人が決闘をし、その間に薫さんを先に進ませる。非効率化も知れないが、敵の数が分からない以上、こうするしかない。
「行きます」
 そのかけ声で、俺達は一斉に中へ駆け込んだ。




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『ボス、入ってきたよぉ』
『そうか……』
『どうしますか?』
『そうだな。レイカは3階、フレアは4階で頼む』
『ねぇ、僕は?』
『お前は2階で頼む』
『オーケー』
 その場にいるダーク以外の人物が、その場から消えた。それぞれが自分の持ち場に行ったからだ。
『さて……ここまで来れるかな?』
 ダークは不敵に、笑みを浮かべた。




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「なんにも……ないね」
 突入したはいいものの、中の様子は予想していたものと、かなり異なっていた。
 誰もいないのだ。辺りには照明がついているだけで、誰かがいる気配もない。
「どういうこと……?」
「佐助さん、どうですか?」
《そのフロアに反応はない……が……すぐに出た方がいいな》
「え、どうして?」
《不自然すぎる。もし仮にダークの仲間が少ないとしても、入り口に誰もいないのはおかしい。まるで味方がいると何か都合が悪いことでもあるかのようだ》

 ガシャン!!

 入ってきたドアがシャッターで閉められた。
 同時に、辺りに点いていた照明が消えて、一気に暗くなる。
《どうした!?》
「一階フロアが真っ暗になってしまいましたね」
《薫、今すぐ防壁を張れ!!》
「分かった!」
 俺達の周りを、薫さんが作り出した防壁が囲った。次の瞬間、その防壁に強い衝撃が加わった。
「な、なに!?」
《次に、その防壁を維持したまま辺りを照らすカードを使え》
「うん」
 薫さんは1枚のカードをかざした。薫さんを中心に白い光が広がり、一階全てを照らした。
「……!」
 そして、見えたのは衝撃の光景だった。
 無数の槍に剣。鉄球が防壁に阻まれていた。
 どうやら、侵入者が入ると作動する罠があったらしい。もしさっき薫さんが防壁を張ってくれなかったら、俺達は見るも無惨な姿になっていただろう。
「危なかったね」
「ええ、かなり手の込んだ罠ですねぇ……」
《薫、防壁を張ったまま移動することは可能か?》
「え……歩くぐらいのスピードなら、大丈夫だよ」
《よし、じゃあその状態で近くにある階段を上ってくれ》
「あっちだね」
 薫さんが見る方には、エレベーターと階段があった。
 なるほど、たしかに階段の方がよさそうだ。
「どうしてエレベーター使わないのよ」
 香奈が分からないといった様子で尋ねる。
 通信機越しに深いため息が聞こえた。
《明らかに罠だ。エレベーターなんて密室は、入ってドアが閉まったら、あとはやりたい放題だからな》
「やりたい放題って……?」
《例えば、毒ガスを放出したり、爆弾をセットされたり、水が流れ込んできたり……あとは……》
「も、もういいわ」
 香奈が聞かなきゃ良かったという風な顔をする。
 佐助さんの言うとおり、エレベーターという密室では何が起こるか分からない。ならば階段の方が、エレベーターよりも対応がしやすいだろう。
 今日初めて分かったが、佐助さん、かなり頼りになる。
「じゃあ、行くよ」
 薫さんが歩き出した。歩幅を合わせて、俺達も進んだ。  


 階段を上り、何事もないまま2階にたどり着いた。
「着きましたね」
《それ以上、あがれないのか?》
「ええ、そのようですね。代わりに目の前にドアがあります。ここに入れば階段があるかも知れませんが……どうします
か?」
 伊月の視線の先には、確かに「2F」と大きく書かれたドアがある。
 このまま入って、大丈夫なのか?
《階段で居座るわけにもいかないだろう》
「そうだよね」
《あぁ、ただし、薫はもう防壁を張らなくていいぞ》
「え、どうして?」
《普通の一般人なら、一階の罠で死んでる。だからそれ以上罠が張られているとは考えづらいからな》
 もう一度あの罠を思い返してみる。
 ……たしかにあれを食らって生きていたら、普通の人間じゃないだろう。
《入れ》
「分かりました。開けますよ」
 伊月がドアノブに手を掛けた。
 ゆっくりと、ひねる。

 ガチャリ……

 硬そうなドアが、開かれた。
「何もありませんね」
 二階も、何もなかった。
 ただ広い空間を蛍光灯が照らしているだけ。一階となんら変わりが無いような気がした。一直線上にドアが見える。このまま進めば、たどり着けそうだ。
 だが、ここまで手薄なのは一体どういうことだ? 俺達が来ることが想定外すぎて対応できなかったのか?
「いったい……」
『へへ、よく来たね』
 少年のような声が聞こえた。
 辺りを見回すが、その姿はない。
『探しても無駄だよ。僕は人間じゃないからさ』

 ドン!

 背後で大きな音がした。
 振り返ると、そこには不気味な機械があった。
「なんだあれ……」
 中心にある人型の機械から、無数の機械の腕が伸びている。
 それらの腕にすべて、剣だの槍だのが取り付けられていた。
「悪趣味ね……」
「たしかに」
 たしかに、そうだが……。まさかこれって……。
『これね、仲間のみんなに作ってもらったんだ。かっこいいでしょ?』
 次の瞬間、俺達の左右に壁が現れた。入ってきた入り口から、もう一方の入り口まで、先程まで広かった二階は、完全に一方通行の道に変化した。
 よく見ると、壁には8000、7000と、ライフポイントらしき数字が描かれている。
『じゃあ、スタートだね』
 少年の声が合図となり、目の前の機械は無数の腕を振り回し始めた。
 機械の可動範囲を考えていなかったのだろうか、機械の周りの壁が、剣や槍に削られていく。
「なんですか、これは」
『えへへ、分からない? じゃあ問題だよ。僕はこれから何をするでしょう』
 無邪気な声が言った。
 一本道となった通路、ライフポイントが書かれた壁、そしてこの悪趣味な殺戮マシーン。
 何をする気かって……そんなの考えなくても分かった。
「もしかして……」
 隣で香奈が青ざめている。
 どうやらこいつも気づいたらしい。
『分かった? 正解はね、君達を――』
《待て!!》
 佐助さんだった。
『あぁ、君かぁ……なに? 僕忙しいんだけど』
《来ると思っていたぞ、ムゲン!!》
『どうして僕の名前を知ってるの?』
《そんなことはどうでもいい。薫達を解放しろ》
 通信機越しに聞こえる佐助さんの声が荒々しい。
 あの佐助さんが……怒ってる?
『そんなことしたらつまらないよ』
《お前だけは俺が消してやる》
『僕を消す……? 面白いこと言うね』
 なんだ? この正体不明の奴を佐助さんは知っているのか?
「佐助さん……もしやこれが?」
《あぁ、こいつだ》
「伊月君、どういうこと?」
 薫さんが尋ねる。
「僕からの口は……言えません。佐助さんに口止めされているので……」




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 パソコンの中の映像を見ながら、佐助はコーヒーを一口飲んだ。
 通路と化した二階。悪趣味な機械人形。そして何より……。
「ムゲン……」
 こいつのために……俺は……。
『佐助……いったいなんなの?』
 コロンの声がした。
「お前が知らなくてもいいことだ」
『やだよ。伊月君や薫ちゃんにはまだしも、私ぐらいには教えてよ。それに、前に言ってたじゃん。その時になったら、話してやるって。私達、パートナーでしょ?』
「………」
 佐助は静かに溜息をついた。
「分かった」
 佐助は通信を切らずに、語り始めた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 



 それは、約三年前の話。


 佐助は大学にある「コンピュータ部」略して「コン部」に入っていた。
 幼い頃からパソコンという物に興味があり、勉強するにつれて、よりその世界にのめり込んでいった。将来の事が決まっていた訳じゃなかったが、おそらくこれらに関係する仕事をするのだろうと思っていた。
「相変わらず、授業ほったらかしでパソコンと睨めっこかい?」
 そう言いながらコーヒーを差し出したのは、同じくコン部の部員である倉田という男だった。佐助の老けた顔に比べると、かなりの美形な顔だった。背も高く、スポーツも出来る。少なくともコンピュータ部にいるような人間ではないように見えた。
「放っておけ」
 そう言って佐助は差し出されたコーヒーを一口飲む。
 倉田は微笑して、隣に椅子を引っ張ってきて座った。
「……なかなかのプログラムだね」
「お前には敵わん」
 そう。倉田という男に、佐助は何一つとして勝てる要素が見あたらなかった。自分はスポーツはできないし、受けるつもりがない授業はほったらかしにしてパソコンをいじっている。強いて言うならケンカが得意……だがそんなことを自慢してなんになるというのか。
 対して倉田は、ちゃんと単位を獲得するために授業を受けているし、何より佐助よりパソコンに関する技術と知識が長けていた。
「そうだ。今日はちょっと面白い話があったんだった」
 倉田がクッキーをかじりながら言った。
「なんだ? 女子三人に同時に告白されたか?」
「違うさ。なんだ佐助、うらやましいのか?」
 倉田のそのモデルにもなれるんじゃないかと思われる容姿に、今までたくさんの女子が告白してきたのを知っていた。最高記録は三人同時。なぜか倉田はそれらを丁寧に断っているらしい。
 なぜかと聞いてみると、「俺が付きあったら他の女子がかわいそうだろ」というナルシスト全開の発言までした。
 他のチャラチャラした男がいたら、佐助は間違いなく殴っていたが、倉田だけはそうする気になれなかった。
「……で、なんなんだ? その話は」
「あぁ、薫(かおる)って子を知ってるかい?」
「薫……知らんな」
「なんだ、知らないのか。それは残念だね」
「それがどうしたんだ」
「彼女が、コンピュータ部の人に助けられたからって言って、お菓子の箱をくれたんだ。ほら昨日、電器屋行ったら入り口の前で男どもが群がっていて、邪魔だからどけと言ったら絡まれたから、返り討ちにしたって……」
 佐助は自身の記憶を思い返してみた。
 そういえばたしかに、昨日そんなことがあった気がする。新しいノートパソコンを買うために行ったら、入り口の前でチャラけた男達が群がっていて、入り口が塞がれていたから「どけ」と言ったのだ。そして絡まれて、早く買いたいから返り討ちにした。
 だが、少なくとも記憶の中に、女は出てきていない。
「実はな、あの時群がっていたのは、その薫って人が中学生をいじめていた男どもに注意したかららしいんだ。いやぁ、六人の男に向かって一人で注意ができるなんて、なかなかの度胸の持ち主だと思わないかい?」
「単なる馬鹿だろ」
「おいおい、そう言うなって……。とにかくそれで男達の怒りを買って、周りを囲まれて大ピンチって時に、お前が颯爽と現れてそいつらを一掃したってわけだ」
「なるほど、それで助けられたと勘違いした訳か……。迷惑な話だな」
 佐助はコーヒーを飲み干して、画面にむかう。
「はは、だろうな。だと思ったから、呼んでおいたよ」
「何だと……?」
 画面に集中していた佐助は、再び倉田に向き直った。
 倉田は笑みを浮かべて、コーヒーを飲む。
「いやな、誤解なら誤解だってちゃんと言った方がいいと思うんだよ」
「おまえ、おもしろがってるだろ」
「そんなことはないさ。そろそろ来るから、ちゃんと出迎えてやるんだよ」
「おい、待て」
 呼びかけたのにもかかわらず、倉田はスキップしながら部室を出て行った。
「ったく……」
 時々こうやって、倉田は佐助にイタズラをしていた。
「まったく……」
 

 コンコン。


 部室のドアがノックされた。
「入っていいぞ」
「…………」
 返事がない。ノックしといてそれはないだろうと思った。
「入っていいぞ」
「…………」
 気まずい空気が流れた。
「ったく……」
 佐助は席を立ち上がり、ドアに手を掛けた。
 ドアを押し開ける。

 バン!

 ドアに何かが当たった。
「……」
「い、痛い……」
 童顔気味の女が、顔を押さえていた。
 状況から察するに、ドアにぶつかったのだろう。
 こいつ……ドジだな……。佐助は静かに、そう思った。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私……薫って言います」
「あぁ、倉田から聞いている。電器屋での話は誤解だ。俺はお前を助けた訳じゃない。ただノートパソコンが買いたかっただけだ。お礼を持ってきたのなら、持って帰れ。俺は甘い物が嫌いなんだ」
 佐助はドアを閉めようとする。
 伝えることは伝えた。倉田が何を考えているのかは分からないが、これ以上この女と話していたくもなかった。
「あ、待って」
「なんだ?」
「その……ありがとうございました」
「だから、お礼を言われる筋合いがない。こんなコンピュータ部の老け顔に興味があるなら、いますぐ病院へ行け」
 今度こそ、ドアを閉めようとする。
「あ、まだ……」
「今度は何だ?」
「あの……倉田って人が……」
「倉田がどうした」
「伝言で……「単位が危なくなっているぞ。このままだと退学だ」と伝えるように言われました」
 佐助の額に、嫌な汗が流れた。
 たしかに、思い返してみると授業をサボりすぎたかも知れない。この学校は単位を修得するには試験をクリアするのが条件のはずだった。だが、授業に出ていない佐助に、その試験をクリアするだけの知識があるはずはない。
「それで、倉田さんが私に「佐助は甘い物が嫌いだから、お礼するなら勉強を教えてやれって」……」
「……なんだと?」
 倉田の奴……最初からこれが狙いか……。
 佐助は気づかれないように溜息をついた。
「断る。その気持ちだけはもらっておこう」
「え、いいの?」
「あぁ、手だてはあるからな」
「そう……ですか……」
 薫が下を向いた。


 佐助は薫を追い出して、ドアを閉めた。


 これが佐助にとって、薫との最初の出会いだった。






「おいおい、冷たいじゃないか」
「……見てたのか」
「そんなわけないだろう? それよりテストに何か手だてがあるっていうのかい?」
「あぁ……たしか、お前の作ったプログラムがあっただろう? あれを借りたいんだ」
 佐助は、あるプログラムを制作していた。倉田も同様に、自分のプログラムを作っていた。
「あれを何に使うつもりだい?」
「お前のプログラムと、俺のプログラムを使って、学校の試験の問題を盗み見る」
「……なかなか大胆な事を明言してくれるね。たしかに俺達のプログラムを合わせれば厳重な学校のシステムぐらい簡単にハッキングして盗み見れるだろうね。しかも何の痕跡も残さずに」
「あぁ」
 佐助が作っていたプログラムは「完全ハッキング」のプログラムだった。何の痕跡も残さず、誰にも気づかれないような完全なハッキング。それを目指して作っていた。ハッキングとは聞こえが悪いが、要するにどんなシステムにでも円滑に操作が進められるようにするのが目的だった。
 倉田が作っていたのは「完全自動学習知能」のシステムだった。教えられたことをきちんと学習し、自立して行動できるプログラム。ある程度知識がつけば、自ら進んで知識を取り込んで成長していく。
 まさしく夢のようなプログラムだった。
「二つ合わせれば、たしかに最高のプログラムが出来るだろうね。でも、賛成はできないな。俺の作っているプログラムは、まだまだ危険な所がある」
「危険……?」
「そうだな……人間で言うなら、常識がないんだ。どこまでがやっていいか。どこまでなら法に触れないか。そこら辺のモラルがはっきりしない。しかも自立プログラムだ。下手に暴走したら、俺でも止められる保証はない」
「少しの間だけだ。テストを見たら、それで終わる。頼む。俺の落第がかかっているんだ」
「…………しょうがないな。今回だけだ……って、俺自身も少し興味が湧いてきた。俺と佐助のプログラムが合わさったら、本当にすごいことになると思うよ」
「あぁ、恩に着る」
 そうして二人は、行動に移った。



 それが、始まりだった。




 一日かけて、なんとか形にすることが出来たプログラムを、二人はこれからの科学の発展を願って、「ムゲン」という名を付けた。
「なんとかできたな」
「あぁ、あとはこれを……」
 倉田がエンターキーを押して、プログラムを発現させた。
『ねぇ僕は何をすればいいの?』
 パソコンの中から、声が聞こえた。
 少年のような声だった。
「驚いたな。しゃべれるのか」
「あぁ、俺が付けておいたんだ。どうだ、すごいだろ?」
「まったく、お前には感服する……」
『ねぇ……どうしたらいいの?』
「じゃあ佐助、命令をどうぞ」
「………学校のシステムに乗り込んで、テストの問題をコピーしてこっちに持ってきてくれ。誰にもバレないようにだ。いいか?」
『オーケー』
 画面に閃光が走って、声が消えた。
「おい、これもお前の仕業か?」
「…………」
 倉田の顔が、青くなっていた。
「どうした」
「……こんなシステム……つけてない……」
「なんだと?」
「成長のスピードが……速すぎる!!」
 倉田は焦るようにキーボードを操作し始めた。
「どうしたんだ」
「佐助! いますぐムゲンを止めるんだ。そうしないと、多分大変なことになる!」

 その後、一時間作業してみたがムゲンは見つからなかった。

「どうする?」
「……………」
 嫌な空気が流れた。
「ちょっと……なんだよ……これ……」
「……!?」
 他の部員達が一斉に声を上げた。
 見ると、画面に学校のテスト問題がすべて貼りだされていた。
 確認してみると、それはどうやら学校内全域で貼り出されているらしかった。
「一体どうなってる?」
「暴走したんだ。こいつ……自分の力を……楽しんでる!」
「なんだと!?」
「もう、この学校にはいないだろうな……」

「こらぁ!!」

 教師の声が響いた。
 大勢の教師が、コンピュータ部に乗り込んできた。


















 その後のことは、言うまでもない。
 この騒動で真っ先に疑われたのは、コンピュータ部で技術に長けていた佐助と倉田だった。
 二人は、何があったのかを正直に話した。嘘をついたところで、どうしようもないと思ったからだった。

 そして、佐助は二週間の停学。
 
 倉田は退学となった。

 それが告げられた時、佐助は耳を疑った。
 なぜ、倉田が退学にならないといけないのだ。あのハッキングプログラムを作ったのは、自分ではないか。倉田はただ自分に協力しただけ。退学になるはずがない。
 処分が逆だ。
 こんなことが、あっていいはずはない。あっちゃいけないんだ。
 





 佐助は、倉田の家に行った。
 最初はどういう顔をして会うべきかは悩んだ。
 だが、会ってみると、倉田は案外元気そうだった。調子は大丈夫かと聞いてみても、普通の様子だった。
「なんだい、その世界の終わりみたいな顔をして……」
「…………」
「責任を感じてるんだろうけど、責任なら俺にもある。学校の処分だって、俺の方が重い」
「そんなことない!! 俺が……俺が……最初から……」
 佐助の心に、言いようのない感情が溢れ出してきた。
 最初から、テストを見ようなんて思わなければ……思わなければ……。
「気にするなよ。実は会社からスカウトが来ているんだ。ちゃんとした仕事ができる。心配するな」
 佐助には、嘘だと分かっていた。倉田は、もっとすごい会社からスカウトが来ていた。
 それが今回の事件のせいで、無くなってしまった。
 自分のわがままのせいで、大事な親友から、すべてを奪い取ってしまった。
「倉田……」
「なんだい?」
「すまない……本当に……すまん……」
 深く、深く、頭を下げた。
 もう顔を合わせられない。あわせる顔がない。
「まったく、佐助は責任感じすぎなんだよ。俺はこんな事で終わる人間じゃないさ。どんな会社にいたって、俺の技術が落ちる訳じゃない。それに……感謝するのは、俺の方だ」
「感謝……?」
 なぜだ。感謝される事なんかしていない。
 佐助は、殴られるつもりでここに来ていた。償いきれない罪を、少しでも償おうとした。
 それなのに……。
「俺はな、あの自立プログラムを制作するのをやめようかと思っていたんだ。暴走したらどうすればいいか分からなくて怖くてね。でも今回、佐助がムゲンを成長させてくれたから、逆に力が湧いてきた。今度はもっと、ちゃんとしたプログラムを作ろうと思えた」
「違う……俺がちゃんとテストを受けようと思っていれば、こんな事にならなかった」
「だからさ、何度も言わせるなよ。あれは俺達の責任だったのさ……」
 倉田なりに、佐助に罪悪感を感じさせないようにした言葉だったのか、それとも本当に言った言葉だったのか、それは分からない。
「じゃあ、そろそろいいかい?」
「待て……まだ話は……!」
「もう十分だよ。佐助の気持ちは分かったし、やっぱり友達でよかったと思ってるよ。ここだけの話だけど俺、お前以外に友達がいなかったんだぜ?」
「……!!」
 初めて聞いた。
 てっきり、自分なんかよりももっと友達がいるかと思っていた。
「俺は……」
 佐助は胸を押さえた。とても、痛かった。
 自分も、友と呼べるのは倉田しかいなかった。時々仕掛けられるイタズラや、一緒にプログラムを作成するのが楽しくてたまらなかった。
 ナルシストだろうと、モデル体型だろうと、たった一人の友として一緒にいることが何よりの幸福だった。
 そんな大事な親友を、傷つけてしまった。
「ほら、また暗い顔したじゃないか」
「だが……俺は……」
 償いきれない。
 誰よりも輝ける才能を、自分がつぶしてしまった。
 その罪悪感が、佐助の心を飲み込んでいく。
「まったく……そんな暗い顔するなら、あの薫って子を呼んじゃうよ?」
「…………」
「あの子は元気なことで有名だからね。あのこと一緒にいれば、佐助も少しは元気になるんじゃないかい?」
「…………」
「佐助。友達として、頼みたいことがある」
「……!」
 佐助は顔を上げた。
 倉田は、笑っていた。
「これは罪悪感でやってもらっちゃ困る仕事なんだ。さっき言ったとおり、俺は仕事で忙しくなるからさ、ムゲンがほったらかしになっちゃうだろ? そこでだ、年中パソコンをいじってるお前に頼みたい」
「ムゲンを……とめろ……か?」
「そんな甘っちょろい事するわけないだろ」
「じゃあ……」
「ムゲンを消してくれ」
「……!!」
「あいつは、俺達が作ってしまった化け物だ。放っておいたら、きっと将来困る。頼んだぜ佐助。お前しか頼れる奴がいないんだから」
「……俺に……出来るのか……?」
「出来るさ。なんたって佐助だからな。全部終わったら俺の会社に来いよ。今度こそ、完璧なプログラムを作って世界中に名を轟かせてやろうな」
 倉田は小指を出した。
 一瞬、佐助には何のことか分からなかった。
「ほら、指切りだ。嘘付いたらお前のパソコンにハッキングするからな」
「………あぁ、約束する」
 佐助は静かに小指を出した。
 二人の指は、かたく、かたく結ばれた。




 約束は果たす。
 すべてが終わったら、またこいつに会いに来よう。
 会って、きちんと顔を見て謝ろう。
 許してくれるかどうかは分からない。
 謝るのだって、ただの自己満足で終わるかも知れない。
 でも、決めた。
 自分の罪は、自分で償うしかないのだから。
 ついでに倉田の罪も償う。ムゲンを作り出してしまったという罪を。
 何年かかっても、必ずやり遂げる。
 それが、親友との約束なのだから。

 
 佐助は静かに、そう決めた。






















「実はな、事件の後ムゲンの足跡を追ってみたんだ。そしたら『遊戯王』ってカードゲーム会社に入り込んでいることが分かった」
「遊戯……王……?」
「知らないのか。巷で人気だぞ。まぁ、そういうことだから。あぁ、あと薫ちゃんにちゃんと勉強教えて貰えよ。連絡先教えてやるからさ」
「………お前は……まったく……やれやれ」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 そして現在。


 語り終わった佐助は、静かに溜息をついた。
「やっと見つけたぞ……倉田……」
 佐助は静かに、呟いた。
 そして思った。

 ――今こそ約束を果たすときだ、と――。

『そんなことがあったんだね』
 コロンが言う。
「あぁ、俺は、こいつを消す。それがあいつとの約束だ」
 佐助はコーヒーを飲み干して、画面を見つめた。
 状況はあまり思わしくない。あの機械は多分、自動操縦。ここからではプログラムを変更することはできそうにない。
「コロン、どうにかできないか」
『うーん……ちょっと駄目かも……入り込めないし……』
「そうか」
『ごめんね』
「謝る必要はない」
 佐助はマイクに語りかけた。
「おい、ムゲン。一応聞いておく。こいつらをどうするつもりだ」
『そんなの決まってるでしょ……』
「だろうな」
『えへへ、どうするの? 優秀なハッカーさん。あの大会でのハッキングは本当にすごかったよ。僕でも気づけなかったかも知れないよ』
「そうか」
 静かに溜息をついた。
 あの時から、ムゲンの口調が変わっていない。倉田がどうしてこんな口調にしたのか、疑問に思った。
「そいつらを先に進ませてやれ。お前にはそいつらを始末するメリットがないはずだ」
『えー、だってボスが、スターを始末したら『世界の恐怖シリーズ第8巻』を買ってくれるんだもん』
「……そうか。じゃあこういうのはどうだ? そいつらを逃がしてくれたら、好きな物をやる」
『そんなの信用できるわけ無いじゃん』
「そうか、なら、俺と勝負しないか」
『……え?』
「勝負して、お前が勝ったらそいつらは好きにするといい。だが俺が勝ったら、そいつらを三階へ行かせてやれ」
『えー、勝負ぅ? それで僕に得があるの?』
「お前、自分の力を試したいんだろ。自分で言うのもあれだが、俺もこれらの技術にはかなり自信がある。試すにはいい機会だろ」
『へぇ……そうだね……じゃあ、やろっか?』
 画面に閃光が走った。
 あまりにまぶしく、目を閉じる。
『ふう、なんとかできたよ』
 画面に映っていたのは、佐助が今までに見たことがない映像だった。
 2×5のマス目が、手前と奥、それぞれに書かれている。その10マスから離れたところに、4つのマスがある。それぞれには、デッキ、墓地、フィールド、除外、モンスター、魔法・罠という文字が書かれていた。
「なんだこれは」
『知らないの? 遊戯王だよ』
「なに……」
『これで、僕と勝負してよ』
「………………………………」
 佐助は、一度も遊戯王をやったことがなかった。
 いつの日だったか薫に教えられて、ルールだけは把握している。だが、実際にやったことはなかった。
『どうしたの?』
「………いいだろう」
《佐助さん、大丈夫なの?》
 薫が言った。
「心配するな。しっかり休んでおけ」
 佐助はそう言って、頭をかいた。
 こんなことなら、少しでもやっておくんだったな……。
 
 だが、後悔してもしょうがない。

 薫達を助けるためにも、自分自身のけじめのためにも……負けるわけにはいかないのだから。




episode23――ムゲンVS佐助&コロン――




「いいだろう」
 佐助は言った。
『よーし、じゃあこの中から40枚、好きなカードを選んでよ』
 ムゲンがそう言うと、佐助のパソコンに無数のカードが表示された。
 モンスター、魔法、罠。全てのカード情報がここに表示されている。
 おそらく、本社からすべての情報を盗んだかコピーしたかのどちらかだろうと佐助は思った。
『これでお互いにデッキを作って勝負だよ』
「分かった。選択するから待っておけ」
 佐助は画面を見つめ、一枚一枚確認していった。
「…………」
 さっぱり分からない……。

 「謙虚な壺」……どうしてわざわざデッキに2枚も手札を戻さないといけないんだ?
 「強欲な壺」………強いのか……? だめだ、禁止カードか。
 「クリボー」……なかなかだな。
 「ホーリー・エルフ」……守備力2000。これはなかなか強いな。
 「岩石の巨兵」………こっちもか。これも強い。

 あとは……。

『ちょっと佐助!』
 コロンが言った。
「なんだ?」
『そんな一枚一枚見てたら、日が暮れちゃうよ。私がデッキ作ってあげるから、佐助は決闘に集中してね』
「……分かった。任せた」
『オーケー』
 コロンによって、画面からどんどんカードが選び出されていく。
 コロンはカードの精霊だ。もしかすると、とてつもないデッキを作ってくれるかも知れない。佐助はそれを願いながらキーボードを打ち込み始めた。


 五分ほど経って、コロンのデッキは完成した。
『準備できたみたいだね』
「あぁ」
『じゃあ、あの女の子もここに呼ぶね』
「……?」
 佐助は画面を見つめた。
 すると、画面の中に、コロンの姿が現れる。
『あれ、佐助……ここどこ?』
「敵の中に引きづりこまれたんだ。コロン。お前はデッキに加われ」
『……分かったよ』
 コロンがカードになって、デッキの中に入った。
 一枚デッキの枚数が多くなってしまったが、まぁ問題ないだろう。
『じゃあ、始めようか。先攻は君でいいよ』
「余裕か。では、さっそく――――」






「『決闘!!!』」






 佐助:8000LP   ムゲン:8000LP







 決闘が始まった。




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「薫さん、この機械を壊すことはできませんか?」
「うーん……自信ないなぁ……」
 後ろで二人が物騒なことを話している。
 目の前の機械は無数の腕を無茶苦茶に振り回している。
 少しでも近づいたら切り裂かれてしまうだろう。
「ねぇ大助……」
「なんだ?」
「向こうで、決闘って言葉が聞こえたわ」
「俺も聞こえた。ネット上で決闘でもしているんじゃないか?」
 近年になって開発された、ネットワーク上での決闘。世界中の人々とオンラインで決闘することが出来るシステムだ。それを使えば、カードを持っていなくても決闘はできる。
 だが、佐助さんが決闘するのは考えられなかった。いや、考えたくなかった。
 薫さんの話では、佐助さんは一度も決闘をしたことがないらしい。
 初心者は、ルールを間違ったり、思わぬミスがあったりしてまず勝てない。ましてや相手はダークの一員だ。勝てる訳がない。
 それとも、こっちに不利な勝負を引き受けたのには、何か理由があるのか?
『そういえば、君達ヒマだよね』
 少年の声がした。
『扉の上を見てみるといいよ』
 後ろにある扉の上を見た。
 大きな画面に、映像が映し出される。
 遊戯王で使われるフィールドが、そのまま載っていた。
「なんだこれ」
『えへへ、すごいでしょ。これ全部僕が作ったんだよ』
「作った?」
 一体、こいつは何なんだ?
 たしか授業で習ったことでは、遊戯王のフィールドをネット上に非公式で作ることは違法行為のはずだ。ましてや個人が作るなんて考えられない。
『カード情報もゼーンブ入っているんだよ。これ全部、遊戯王本社から貰ったんだよ』
 遊戯王本社では、すべてカードの情報が管理されている。それらを誰かに分け与えることはできないし、ましてやあげることなんか出来ないはずだ。そんなことしたら速攻で刑務所行きだ。
 佐助さん自身だって、”一枚のカード情報を書き換えるぐらいしかできない”と前に言っていたし……。
 もしかして、この声の主は佐助さんより技術が長けているんじゃないか?
「これで何をする気だ」
『決闘だよ。これから君達の仲間と、面白い決闘するから、ちゃんと見ててね』
「……!」
 画面に、小さな少年の姿が映し出された。少年と言っても、外見はどこかに売っていそうなマスコットキャラに近い。
 これが声の主なのか?
 いや、それよりも……佐助さんが決闘するだって?
「大丈夫なのか……それ……」
 とても不安だ。 



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 先攻は、佐助からだった。
 画面にある手札が、一枚増える。
「ドローはターンの始めにする行為だったな」
 6枚になった手札を、一枚一枚確認する。コロンが作ってくれたデッキは、まさしく佐助が望んでいたデッキだった。
 これなら負けることはない、と本人は思う。
 佐助は一番左端にあるカードにカーソルをあわせて、押した。召喚か裏側守備、どちらを選択するかを尋ねられる。も
ちろんここは、後者だ。
「モンスターを裏側守備で、あとは罠カードを伏せてターンエンドだ」
《佐助さん!!》
 薫の声だった。
「なんだ」
《魔法や罠カードを伏せるときに、いちいち何のカードかなんて言わなくていいんだよ》
「そうか。次からそうする」
 佐助は静かに溜息をついた。
 さっそく、ミスをしてしまったか。



『じゃあ、僕のターンだね』
 ムゲンの手札も1枚増える。
 何をしてくるのか……佐助は相手の行動に目を見張った。
『手札から魔法カード、"おろかな埋葬"を発動するよ』


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


 ムゲンのデッキから1枚のカードが墓地に行った。
 佐助は不思議に思った。
 どうしてわざわざカードを墓地に送る必要があるのか。デッキ切れになってしまわないのか?
「そんなことしてどうする」
『秘密だよー。僕は"怒れる類人猿"を召喚するね』
 ムゲンの場に、赤い体毛のゴリラが現れた。


 怒れる類人猿 地属性/星4/攻2000/守1000
 【獣族・効果】
 このカードが表側守備表示でフィールド上に存在する場合、このカードを破壊する。
 このカードのコントローラーは、このカードが攻撃可能な状態であれば
 必ず攻撃しなければならない。


 高い攻撃力の数値に、佐助は一瞬だけひるむ。
「攻撃力2000もあるのか……」
『えへへ、じゃあバトルだね』
 その宣言と共に、ゴリラが大声を上げて、攻撃してきた。
 力任せの拳が、佐助の守備モンスターを狙う。
「残念だが、こっちも2000だ」
『え?』


 岩石の巨兵 地属性/星3/攻1300/守2000
 【岩石族】
 岩石の巨人兵。太い腕の攻撃は大地をゆるがす。


 ゴリラの拳は、堅い体を持った巨人兵によって阻まれた。
「たしかバトルは、攻撃と守備が同じなら互いに破壊されなかったはずである。そうなるとこの場合、お互いに無傷ということになるのだろう?」
『そうだよ』
「残念だったな」
『うーん……1枚伏せて、ターンエンド』
 佐助は息を吐く。
 さすがコロンだ。自分が強いと思ったカードを全て、投入してある。これなら大丈夫だ。攻撃力2000を超えるモンスターはそうそういないだろう。

-------------------------------------------------
 佐助:8000LP

 場:岩石の巨兵(守備:2000)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:怒れる類人猿(攻撃:2000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------- 

「俺のターンだな」
 佐助は1枚ドローする。手札は5枚。
「とりあえず、守りを固めるか……」
 佐助は伏せカードを開いた。


 聖なる輝き
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 モンスターをセットする事はできない。
 また、モンスターをセットする場合は表側守備表示にしなければならない。


 まぶしい光が、辺りを照らした。
『おもしろいカードを入れているんだね』
「そうだな」
 ムゲンも感心しているみたいだ。
《佐助さん!!》
 再び、薫の声。
「なんだ」
《なんでそんなカード使ってるの?》
「相手の裏守備を封じるんだぞ。強いカードに決まっている」
《佐助さんも裏守備に出来なくなるんだよ》
「別に構わない。"ホーリー・エルフ"を守備表示で召喚」
 佐助の場に、祈りを捧げるエルフが現れる。


 ホーリー・エルフ 光属性/星4/攻800/守2000
 【魔法使い族】
 かよわいエルフだが、聖なる力で身を守りとても守備が高い。


 こいつも守備力2000。これで守りは完璧のはずだ。
「ターンエンドだ」
  



『僕のターンだね。"怒れる類人猿"をリリースして"セイバー・ビートル"を召喚』
 ゴリラの姿が消えて、カブトが現れる。
 こころなしか、ゴリラよりも大きく見えた。


 セイバー・ビートル 地属性/星6/攻2400/守600
 【昆虫族・効果】
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「攻撃力2400だと……!」
 佐助は驚いた。
 自分の強力な守備モンスターを超えるモンスターがいるとは思わなかったからだ。
『バトルだよ』
 カブトのようなモンスターが、岩の巨兵に突撃する。
 守備体制を取っていた巨兵が、粉々に砕け散った。

 岩石の巨兵→破壊
 佐助:8000→7600LP

「馬鹿な。どうしてライフが減る?」
 佐助の中のルールでは、守備表示モンスターが攻撃によって破壊されても、ダメージは起こらないはずだった。
 だからこそ、守備表示にすれば安心だと思っていた。 
《あれは貫通効果を持っているモンスターなんだよ》
「貫通効果……だと……?」
 聞いたことのない言葉に、佐助は戸惑う。
《うん、守備表示でもダメージを受けちゃうんだよ》
「そんな効果があるのか」
 反則効果だと、密かに思った。
『あーあ、ダメージを受けちゃったね』
「なんだと?」
『言い忘れてたけど、ダメージを受けると、こうなるからね』
 左上に画面が現れる。
 薫達の姿が映し出されていた。
 すると悪趣味な機械が、薫達へ向けて前進し始めた。
「なっ」
『君がダメージ受けると、仲間の人達がどんどん危なくなるから』
 機械は、わずかに前進しただけだった。壁に書かれた数字から判断すると、おそらく自分のライフが、機械の進む位置を決めているらしい。
 無茶苦茶に振り回されている腕は、依然として止まる気配はない。
 もし、自分のライフが0になったら、薫達は……。
 佐助の脳裏に最悪の光景が浮かぶ。
 なんとしても、それだけは防がなければならないと思った。
『僕はこれでターンエンドだからね』
「………」



「俺のターンだな。カードを一枚伏せて、"ホーリー・エルフ"を攻撃表示にしてターン終了だ」
《佐助さん、大丈夫?》
 またまた薫の声。
「心配するな」
《本当?》
「あぁ、だから休んでいて構わない」

-------------------------------------------------
 佐助:7600LP

 場:ホーリー・エルフ(攻撃:800)
   聖なる輝き(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:セイバー・ビートル(攻撃:2400)
   伏せカード1枚

 手札3枚
------------------------------------------------- 

『僕のターンだね』
 ムゲンのターンだ。
 とりあえず、相手の攻撃を防がないと、薫達が危険だと佐助は考える。
 この伏せたカードに懸けるしかない。
『僕は"ゴブリン突撃部隊"を召喚するね』
 フィールドに、緑色の皮膚をした怪物の大群が現れた。
 か弱いエルフの顔が。若干だがひきつった。


 ゴブリン突撃部隊 地属性/星4/攻2300/守0
 【戦士族・効果】
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、
 次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。


「攻撃力2300だと……!」
『えへへ、そうだよ』
 佐助は舌打ちをうった。
 さっきからなんなんだ。かなりの防御力をもつ自分のモンスター達を、こうも簡単に超えてくる。守備力2000は遊戯王の世界ではたいした脅威ではないのか。
「薫、聞こえるか?」
《聞こえるよ》
「正直に答えろ。今まで俺が出したカードで、強いと思ったカードはあるか?」
《……………………》
 答えが返ってこなかった。
 それだけで、佐助はなんとなく察する。
「薫、答えろ」
《……うん……どれも……強くないよ……》
「そうか」
 佐助は頭を抱えた。
 どうやらコロンは、とんでもないデッキを作ってしまったらしい。もっとも、自分が作ったところで同じようなデッキが出来ていたのは言うまでもないが。
 これでは『あれ』ができるまで持ちこたえられるかどうか……。
『そろそろいいかな』
「……!」
 ムゲンの声で我に返った。
『じゃあバトルだ。"セイバー・ビートル"で"ホーリー・エルフ"を攻撃!!』
 カブトが再び、勢いを付けて佐助のモンスターに突撃する。
 ダメージを受けるわけにいかなかった。
「罠発動だ」
 佐助はカードを開いた。
 途端にエルフの体から、強烈な光が放たれる。

 セイバー・ビートル→破壊
 ゴブリン突撃部隊→破壊

 その光は、ムゲンの場にいるカブトと怪物の軍団が一瞬で消滅させた。
『え!?』
「これでどうだ」
 佐助の発動したのは、正義の力を示すカード。 


 ジャスティブレイク
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する通常モンスターが
 攻撃宣言を受けた時に発動する事ができる。
 表側攻撃表示で存在する通常モンスター以外の
 フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。


「これで、通常モンスター以外のモンスターは全滅だ」
《そっか、これを狙っていたんだね》
「あぁ、どうだムゲン。攻撃を防がれた気分は」
『………』
 沈黙が流れた。
 さすがのムゲンも、予想していなかったのか。




















『知ってたよ』







「なんだと?」
 ムゲンの声が、やけに不気味に聞こえた気がした。
『何でもないよぉ。じゃあ僕も罠発動だぁ!』
 ムゲンの伏せてあったカードが開かれた。
 紫色の煙のような物が、吹き出す。
「なんだこれは?」
《佐助さん! 気を付けて!!》
 薫の大きな声。
 どうやら、相当危険なカードらしいな。
『これで、僕はこのカードを特殊召喚するよ』


 セイバー・ビートル 地属性/星6/攻2400/守600
 【昆虫族・効果】
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「……!?」
 消滅したはずのカブトが、再び現れていた。
「薫、一体どうなってる。召喚は1ターンに1度しかできないんじゃなかったのか」
《あれは特殊召喚だよ。召喚とは別なんだけど……》


 リビングデッドの呼び声
 【永続罠】
 自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 
《あれは8月現在で禁止カードのはずだよ。それなのにどうして……!》
『うーん、だって、これ僕の作った世界だからなぁ』
「禁止や制限がないってことか? だが、俺の画面には禁止の文字があったぞ」
『あぁ、あれ? 書いてあっただけだよ。別に入れれば良かったじゃん』
「……!!」
 佐助は一瞬、畏怖の念を感じた。。
 ムゲンは、自分達の手によって作り出されたプログラムのはずだ。プログラムの分際で、人をだましたというのか?
 一体、こいつはどこまで成長するんだ?
 早く、何とかしなければいけないと、心の底からそう思った。
『じゃあバトルだね』
 復活したカブトが、か弱いエルフにむかって突撃する。
 エルフは守りの力を高めるが、勢いは止められずに吹き飛ばされた。

 ホーリー・エルフ→破壊
 佐助:7600→6000LP

『ダメージ受けたね。じゃあ前進』
 機械が前進した。
 少し進んだだけで、止まる。
 それでも確実に、薫達と機械との距離は縮まっていた。
「まずいな……」
『えへへ、ターンエンド』
 
-------------------------------------------------
 佐助:6000LP

 場:聖なる輝き(永続罠)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:セイバー・ビートル(攻撃:2400)
   リビングデッドの呼び声(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------- 

《大丈夫?》
「あぁ、問題はない」
《でも相手は禁止カードを使ってるんだよ》
「だからなんだ。このまま切り裂かれたいのか」
《そうじゃないけど……》
「俺のターンだ」
 引いたカードを含めて、手札は5枚。
 あのカブトを超えるカードがデッキに入ってるのかは分からない。とりあえず、少しでもダメージを減らさないといけないと思った。
「"クリボー"を召喚して"増殖"を発動するぞ」
 佐助の場に現れた毛玉のようなモンスターが、フィールドを埋め尽くすように増殖し始めた。


 クリボー 闇属性/星1/攻300/守200
 【悪魔族・効果】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


 増殖
 【速攻魔法】
 表側表示の「クリボー」1体をリリースする。
 自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「クリボートークン」
 (悪魔族・闇・星1・攻300/守200)を守備表示で特殊召喚する。
 (このトークンは生け贄召喚のための生け贄にはできない)


『おもしろいカードだね』
「そうだな……」
 小さな悪魔の増殖は、とどまることを知らない。
 佐助は腕時計を見つめた。
 いったいどれくらいの時間がいるのか。たしか1ターンの目安は5分だった。
 それまでに広がればいいんだが……。
『どうしたの?』
「………………」
 佐助は沈黙を保った。
 少しでも時間を稼ぐ。あいつならやってくれているはずだという、信頼を持って。
『どうしたんだよぉ……』
「考えているんだ。頼むから黙れ」
『そんなに怒らないでよぉ……。禁止カードを1枚使っただけじゃん。もう他に禁止カードは入っていないからさぁ』
「本当か」
『ホントだよぉ。だから怒らないでよ』
 時計を見つめた。
 もうすぐ3分。あと2分ぐらいか。
『そろそろターンエンドしてよぉ……どうせ使えるカードないんでしょ?』
 ムゲンが不気味な声で言った。
「まさかお前、手札が見えているのか?」
『そうだよ。だってここ僕の世界だもん』
「……!!」
《そんなの酷いよ!!》
 薫が言った。
 だが佐助には、手札が見えていることで生じる差が分からなかった。
『早くターンエンドしてよ。さもないと機械を進めちゃおうかなぁ?』
「くっ……」
 佐助は時計を見る。
 時間はぎりぎり5分経った。
 これ以上、引き延ばせそうもない。
「ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 佐助:6000LP

 場:クリボートークン×5(守備:200)
   聖なる輝き(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:セイバー・ビートル(攻撃:2400)
   リビングデッドの呼び声(永続罠)

 手札3枚
------------------------------------------------- 

『僕のターンだね』
 聞こえる声が、遊びを楽しむ少年のような調子だった。
『魔法カード"ミスト・ボディ"を発動して、"セイバー・ビートル"に装備するよ』
 カードから吹き出した霧のような物が、カブトの体を包み込んだ。
「なんだこれは」
『これで"セイバー・ビートル"は破壊できなくなったよ』
「なんだと!?」

 
 ミスト・ボディ
 【装備魔法】
 装備モンスターは戦闘では破壊されない。


 佐助は焦る。
 破壊をできなくさせるカードだと。そんな反則カードまであるのか。どうしてそんなカードが禁止カードにならない。本社は何を考えているんだ。
《落ち着いて、佐助さん。"ミスト・ボディ"は戦闘による破壊を防ぐカードだよ。カード効果での破壊には対応していないから》
「そうか」
 佐助は胸をなで下ろした。
 それならなんとか、大丈夫だ。
『まだ終わってないよ。僕は"ツイン・ブレイカー"を召喚するね』
 ムゲンの場に、なにやら機械のようなモンスターが現れる。
 両手にそれぞれ剣を持ち、フィールドを埋め尽くした小さな悪魔達を見つめた。


 ツイン・ブレイカー 闇属性/星4/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、もう1度だけ続けて攻撃する事ができる。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


『じゃあバトルだね。あ、言っておくけど、このモンスターも貫通効果持ちだからね。しかも相手モンスターを攻撃したらもう1度だけ攻撃できるんだ』
「なんだと!?」
 フィールドを守る悪魔の守備力は、かなり低い。
 それに対して、あの攻撃力をもつモンスターの攻撃を食らってしまったら、その時は……!
『いっけぇ、トークン達に攻撃だぁ!』
 カブトが悪魔を突き飛ばし、二刀流の機械人形が素早く悪魔を切り裂く。
 5体もいた守りの壁が、一気に2体にまで減ってしまった。

 クリボートークン×3→破壊
 佐助:6000→3800→2400→1000LP

「しまった……」
 思わぬダメージの量に、佐助はいよいよ危機感を感じる。
『じゃあ前進』
 ムゲンの声。
 悪趣味な機械が、すごい勢いで薫達にむかって前進した。
《きゃああ!》
「……!」
 機械は、薫達の手前10メートルほどで止まった。
 あと一撃でも食らってしまったら、確実に薫達まで刃は届いてしまう。
 ――もう懸けるしかない――。
 佐助は、賭に出ることにした。
『ターンエンドだよ』

-------------------------------------------------
 佐助:2200LP

 場:クリボートークン×2(守備:200)
   聖なる輝き(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:セイバー・ビートル(攻撃:2400)
   ツイン・ブレイカー(攻撃:1600)
   リビングデッドの呼び声(永続罠)
   ミスト・ボディ(装備魔法)

 手札2枚
------------------------------------------------- 

「俺のターンだ」
 カードが1枚、入った。
『あ、佐助! やっと引いてくれたね。私もちゃんとやっておいたからね』
「……あぁ」
 佐助は静かに笑みを浮かべる。
 すぐさま、1枚のカードを発動した。


 聖域の歌声
 【フィールド魔法】
 守備表示モンスター全ての守備力は500ポイントアップする。


 辺りが一面の花畑に変わり始める。
『なにそれ』
「チェーンして発動だ!」
 佐助はさらにカードを発動した。
 すると、フィールドを埋め尽くしていた悪魔達が、一斉に爆発した。その爆風に巻き込まれて、ムゲンの場にいるモンスターも粉々に砕け散る。

 セイバー・ビートル→破壊
 ツイン・ブレイカー→破壊
 リビングデッドの呼び声→破壊
 ミスト・ボディ→破壊 

『……そっか。君そのカード持ってたからね』


 機雷化
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 「クリボー」及び「クリボートークン」を全て破壊し、
 破壊した数と同じ数まで相手フィールド上のカードを破壊する事ができる


《佐助さん! どうしてそのカードを伏せなかったの?》
「すまんな。少し黙ってろ」
 佐助は集中する。
 これから、絶対に間違えてはいけない作業に入るためだ。
「頼んだぞ」
『うん任せて』
「いや、戦闘じゃない……」
『分かってるよ。大助達でしょ?』
「……あぁ」
 佐助は新たなモンスターを召喚した。
「頼む、コロン」


 光の妖精コロン 光属性/星2/攻500/守500
 【天使族】
 イタズラが大好きな妖精。自分以外のものに入って様々なことをする。 


 白い光を纏って、小さな妖精がフィールドに現れる。
「コロン、頼んだぞ」
『うん!』
「バトルだ。コロンで攻撃する」
 コロンが念じる。
 その体が淡く光り始めて、目の前に小さな光の矢を形成する。
 そして、白い光の矢が放たれた。
『残念だったね』
 光の矢は、見えない壁によって阻まれて相手に届くことはなかった。
「なに!?」
『えへへ、このカードだよ』


 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「なんだこれは」
 ムゲンの場にモンスターはいなかった。
 それなのに、どうして攻撃が防がれてしまったのか、分からない。
《それは墓地で効果を発動するモンスターだよ。その効果でコロンの攻撃を無効にしたんだよ》
「そんな効果があるのか。だがいつ……」
《最初のターンに、相手がデッキからカードを墓地に送ったでしょ? あの時だよ》
「……なるほど」
 佐助は少し、感心した。
 遊戯王というのは、ただのカードゲームだと思っていたが、かなり奥が深い。
 少しだけ、興味が湧いてきたかも知れない。
『さぁ、どうするの?』
「カードを伏せてターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 佐助:2200LP

 場:聖域の歌声(フィールド魔法)
   光の妖精コロン(攻撃:500)
   聖なる輝き(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 ムゲン:8000LP

 場:なし

 手札2枚
------------------------------------------------- 

『僕のターンだ』
 ムゲンのターンになる。
 佐助は、そっとエンターキーを押した。
『うーん、この子って君の白夜のカードなんだよね』
「それがなんだ」
『じゃ、この子消していい?』
「なんだと?」
 ムゲンはカードを発動した。
 途端に、黒い塊がフィールドの中心に現れる。


 ブラック・コア
 【通常魔法】
 自分の手札を1枚捨てる。
 フィールド上の表側表示のモンスター1体をゲームから除外する。


『これで、君を除外するよ』
 黒い闇が、コロンの体を包み込んでいく。
 何が起こっているのか、分からない。
「なにをした!?」
『その子をこの世界から取り除いてあげるよ』
『さ、佐助! た、助けて!』
 その闇はコロンの体を黒く染めて、消えていく。
「コロン!!」
『助け――』
 コロンの姿が、消えた。

 光の妖精コロン→除外

『コロン! コロン!』
 佐助は必死で呼びかける。
 だが、応答はなかった。
『残念だったね』
「貴様ぁ!!」
 佐助は唇をかんで、グッと握り拳を作った。
『僕は"ジャイアント・オーク"を召喚』
 その手にこん棒を持ち、大きな体をした怪物が現れた。


 ジャイアント・オーク 闇属性/星4/攻2200/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
 次の自分のターン終了時までこのカードの表示形式は変更できない。


「攻撃力2200!?」
『これで、終わりだよ』
 バトルの宣言がされる。怪物が突撃してきた。
「罠発動!」
 佐助は、伏せたカードを発動した。


 リミット・リバース
 【永続罠】
 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 ホーリー・エルフ 光属性/星4/攻800/守2000
 【魔法使い族】
 かよわいエルフだが、聖なる力で身を守りとても守備が高い。

 ホーリー・エルフ→特殊召喚(攻撃)

「これで、"ホーリー・エルフ"を特殊召喚する」
 佐助の場に蘇るエルフ。
 だが、その体は守りの姿勢ではなく、向かってくる敵を迎撃しようと身構えていた。
『無駄だよ』
「くっ!」
 ムゲンの言うとおりだった。
 怪物の攻撃力は2200。エルフの攻撃力は800。
 どう考えたって、勝てる訳がない。
『攻撃続行だよ。これで僕の勝ちだ!!』
 怪物が、再び突撃した。
 佐助はそのタイミングで、エンターキーを押した。

















 ホーリー・エルフ 攻撃力800→80000000



《えぇええええええええええええええ!!!??????》
 通信機越しに、薫の驚愕の声が聞こえた。



 エルフの体が巨大化した。
 怪物は突然の出来事で、対処が出来ない。
 エルフは怪物を見下ろし、その胸で十字を切る。
 そして――――




 ――怪物を踏みつぶした。





 ジャイアント・オーク→破壊
 ムゲン:8000→0LP



 


 決闘は終了した。







『負け……た?』
 ムゲンは何が起こったか分からない様子だった。
 佐助は静かに息を吐いて、コーヒーカップに手をかける。
「残念だったな」
『え……』
「勝利を確信するのが、早すぎる」
 佐助は一息ついて、画面を見つめた。
 なんとか、間に合ったか。
『なにを……』
「………」
 佐助はコーヒーを飲む。
 静かに、息を吐いた。
"ホーリー・エルフ"のカード情報を改変した。攻撃力800を五桁ふやして80000000にしたんだ
『いつの間に……?』
「おまえと決闘しながらだ。気づかれないようにするのが大変だったぞ」
『そ、そんなの卑怯だ!!』
「卑怯? 何を言っている。気づかなかったお前が悪い」
 画面の中にいる少年が、怒った表情をした。
『……僕を怒らせたね。分からないの? 君の仲間は僕に命を握られているんだよ。こんな卑怯なことして、ただで済むと思ってるのかよぉ!!』
「その通路に、薫達がいたらな」
『え!?』
 もう一つの画面を見つめる。
 ドアが開いていた。当然、薫達の姿もない。
「すでにそのドアのロックは解除させてある。今頃薫達は、次の階へ向かっているだろう」
『ぼ、僕の手にかかれば、機械に追跡させることだって!!』
「無駄だ。もう、ここにお前の世界はない」
『えっ?』
「周りを見てみろ」
 ムゲンは、空間の中で辺りを見回した。たくさんの花が咲いていて、まるで楽園にいるような感じがした。
 だがその花たちが、どんどん黒く染まっていく。
『俺が"クリボー"を増殖させたのは、守備を固めるためじゃない。お前の作り出した空間のすべてを埋め尽くすためだ。"クリボー"には、崩壊のプログラムを仕込んだ。そして、"機雷化"を合図にお前の空間を吹き飛ばすと同時にフィールド魔法を発動した。気づかなかっただろう。自分の世界が崩壊しながら、俺が作り出した空間に変わっていったのに。これでお前の世界は無くなったんだ』
『で、でも! カード情報を改変しながら、そんなこと――』
「出来るわけ無い。俺だけだったらな」
『!?』
 ムゲンは分からないようだった。
 空間が、どんどん黒く染まっていく。
「たしかに、俺一人だったら、カード情報の改変が精一杯だろう。だがな、コロンをデッキに入れたときから、コロンは俺の代わりに崩壊プログラムや空間を創造するのを密かに行っていたんだ。何の相談も無かったから、実際にやってくれるかは一か八かの賭けだったがな………。まぁおかげで、計画は予定通り進んだ。コロンはお前が除外してくれたおかげで、この崩壊する世界から脱出することができた」
『……! ま、まさか……』
 ムゲンは気づいたようだった。
 あの時、ムゲンは自分が引いたカードに何の疑問を持たなかった。なぜなら、それが自分の望んでいたカードだったからだ。自分が作り出した空間なら、自分の引きたいカードが引ける。そう思っていた。
 だが……。
「あの"ブラック・コア"はお前が引いたんじゃない。俺が引かせたんだ
『……!』
「今頃、コロンは薫達の所に行っている。この勝負、俺の勝ちだ。そしてお前も……終わりだ」
 ムゲンの周りの空間が、黒く塗りつぶされていく。
 空間が崩壊していく。
「今から、空間ごとお前を完全消去する。文字通り、この世から消えて無くなる。バックアップもさせない」
『そ、そんな……! や、やめて! 僕は消えたくない!』
「……すまないな」
 佐助はキーボードを打ち込む。
 画面に表示されたのは、デリート実行の最後の許可だった。
『君達をだましたことは謝るよ! で、でも僕は成長したいんだ。これで終わりたくないんだ。これからはもっと、技術に磨きを掛けて、ハッキングしても誰にもばれないようにするから! だから……』
「一つだけ、教えておいてやる」
『え……』

「バレなければイカサマじゃない。だがな……いくら人に気づかれなくても、イカサマをしたという事実が無くなる訳じゃない。罪を犯して裁かれなかったとしても、罪を犯したという事実は決して消えないんだ」

 あの日、自分がテストを見ようとしなければ。
 ちゃんと勉強するつもりでいたなら。
 一人の人生を壊すことにならなくてよかったかもしれない。
 あの日、あいつは許してくれたかもしれない。
 許してくれなかったかもしれない。
 だが、どちらにしても、自身が原因であの事件が起きたことに変わりはない。
 自分が犯した罪は、変わらない。
 ムゲンを消去したところで、何かが変わるわけないのは分かっている。
 だがそれでも、自分なりにケジメをつけなければ、先に進めない。
 過去を捨てる気はない。
 過去に囚われる気もない。
 過去の罪を背負って、これからを生きていくしかない。
 そんなことができるかどうか、今はまだ分からない。
 だが、やらなければならない。

 それが、親友とかわした約束なのだから。


 
『や、やめろ!!』
 佐助は静かに、エンターキーに手を掛ける。
『やめてえええ!!』
「終わったぞ。倉田」

 エンターキーを、押した。







 画面が真っ黒に、塗りつぶされる。
 ムゲンは完全に消去された。






 デリート――完了――。








 マイクを置いて、佐助は電話を掛けた。もちろん、あいつにだ。
《はい》
 すぐに繋がった。
「俺だ」
《久しぶり。もしかして、終わったのかい?》
「……あぁ」
《そうか》
 少しの沈黙があり、佐助は口を開く。
「なぁ、倉田……」
《なんだよ、あらたまったりして……》
「お前を、退学にして、本当に済まなかった。本当に、すまん」
《いいんだよ。あれは連帯責任だったんだ》
「だが――」
《俺は今、充実した仕事が出来ている。それで十分だ。過去は過去。今は今だろ》
「………」
《そうだ。会いに来いよ。約束果たしたんだから》
 相変わらずの気さくな声で、倉田は言ってくれた。
 佐助は静かに、笑みを浮かべる。
「あぁ、行く。全てが終わったらな」
《終わってなかったのかい?》
「あぁ、遊戯王本社に謝罪しなければいけないんだ。間違いなく、刑務所行きだ」
 佐助は自分のしたことを、冷静に考えていた。
 カード情報を改変することは、違法行為だ。間違いなく、3年ほど刑務所に入ることになるだろう。
「お前に会いに行くのはもう少し先になりそうだ」
《ふーん。まぁいいさ。来るときは、薫ちゃんも連れてこいよな。待ってるから》
「あぁ……必ず、行く。必ず―――」

 ――罪をきちんと償って、会いに行く――。

 佐助は電話を切った。

「さて……」
 佐助はもう一度、マイクに手を掛ける。
「薫、伊月、大助、香奈、聞こえるか?」
《聞こえてるよ》
 全員の声が、しっかりと聞こえた。
 激励をする性分ではない。
 だがなぜか佐助は、これだけは伝えておこうと思った。

「頑張れよ」

 マイクの電源を切る。パソコンの電源も切った。
 あとのことは、コロンに任せてある。だからおそらく、大丈夫なはずだ。
 コーヒーを飲み干す。

 佐助は周りを見回した後、ゆっくりと、部屋を出て行った。







---------------------------------------------------------------------------------------------------






 親友との電話が切れた後、倉田はすぐに、電話を掛けた。
《はい、こちら遊戯王本社です》
「俺だ」
《倉田様ですか。どうしました?》
「社長につないで欲しいんだけど、いいかい?」
《はい、大丈夫です。どうぞ》
「社長。倉田です」
《あぁ、君か。どうしたんだね?》
「少し頼みがあって……」
《なんだい? 君の頼みならなんでも聞こうじゃないか》
「ありがとうございます。実は、もうすぐ本社に老け顔の無愛想な男がやってくると思うんですが……」




 用件を伝えた倉田は、静かに笑みを浮かべる。
 自分でもどうして笑ったのかは分からなかった。ただ、心の中にあった靄が少し晴れた気がした。
「さて………」
 今度会った時には、長く話をしよう。話したいことは、山ほどあるのだ。
 最後にあいつと会った日、自分は言った。どこにいたって、自分の技術が落ちるわけではない、と。
 あいつが約束を果たすために頑張っていたように、自分も自身の言葉を偽らないように頑張ってきた。
「あいつ、驚くかも知れないな」
 壁にある写真を見ながら倉田は呟く。
 親友の驚きに満ちた顔が、容易に想像できた。
「……仕事に移るかな」
 親友がそのうち、やってくることになる。
 その時にちゃんと出迎えてやろう。胸を張って会おう。
 倉田は静かに笑みを浮かべて、部屋を出て行った。












 壁に飾ってある写真。数枚ある中で、一番新しい物。
 そこには―――

 『ソリッド・ビジョンシステム
      開発株式会社二代目社長
               倉田宗介』

 と書かれていた。




episode24――次なる階へ――




 佐助さんの言葉を最後に、通信が切れた。
 何度呼びかけてみても、応答はない。
 どうやら向こうから通信を切られてしまったようだ。
「今のって、応援してくれたのよね?」
 香奈が言った。
「どうして通信切っちゃったのよ」
「知るかよ。俺に言われても困る」
 嘘をついた。
 さっきの決闘、"ホーリー・エルフ"の攻撃力が異常な変化を見せたのは、佐助さんがカード情報を改変したのが原因に違いない。カード情報の改変は、大変な法律違反だ。最低でも懲役3年を食らうことになると、授業で習った。
 すぐに本社はカード情報の変化に気づいて、犯人を捜し出すだろう。それで、もしスターが関わっていることが分かったら、薫さんや伊月、俺達にまで刑罰が下ってしまうかもしれない。
 それを回避するために、佐助さんは自首して罪の全てを被るつもりなんだ。
 俺達のために……世界のために……。
 詳しい事情はよく分からないが、佐助さんは俺達を先に進ませるために法を犯してくれたんだと思う。
 突入前に言われた「何が何でも薫を先に進ませろ」という言葉を、俺は改めて胸に刻んだ。
 どんなことをしても、薫さんだけは先に進ませないといけないんだ。
 そうすることが、世界を救うことにつながるのだから。
「でも、どうするの? これから……」
 薫さんが戸惑いながら言った。

 俺達は二階の部屋を抜けたあと、階段の途中で立ち往生している。
 理由は簡単。階段が途中で途切れてしまっているからだ。もう少し上ったところにドアは見えるのだが、壊されたのか壊れたのか、とにかく上がれない。そこで佐助さんに指示を求めようとしたところで、通信が切れてしまったというわけだ。
「ねぇ伊月君、どうしたらいいかな」
「弱りましたねぇ……僕はこの手のことは苦手なんですよ」
「うぅ……」
 薫さんがうなだれる。
 もう一度壊れた階段を見てみた。
 こわれた段数は十四段くらい。さすがに一足で飛び越えられる距離じゃない。
「何かいいカードとかないんですか?」
「階段を作るカードなんか持ってないよぉ……」
「弱りましたねぇ、このままでは進めません」
 伊月は頭をひねらせながら言った。
「大助、なんとかならないの?」
「無茶言うなよ」
「あんたねぇ、これぐらい何とかしなさいよ」
「無理だ」
 そんな短時間で階段が作れたら、苦労はしない。
 やれやれ、どうしたもんか……。

『大丈夫だよ』

 コロンの声だった。
 俺を含めた全員が、声のした方に振り返る。
『やっと見つけたよ。見つけるの大変だったんだから』
 コロンは身軽そうに飛びながら、俺達の前に姿を現した。
「どうしてここに?」
『佐助が、私にあとを任せてくれたんだよ。このビルの構造は大体覚えているから、みんな私についてきてよ』
 そう言ってコロンは、ヒュンと上階へ行ってしまった。
「ちょっと待ってコロン。あなたは飛べるから大丈夫だけど、私達は階段が壊れているから上れないのよ。だから、なんとかできないかしら」
『うーん……じゃあ、ちょっと待ってね』
 コロンは目を閉じて身を縮めた。
 その体から光が溢れて、階段の壊れた箇所を埋めるように広がる。
 そしてその場には、淡く輝く階段が形成された。
『オーケーだよ。でも少ししかもたないから早く上ってね』
「コロン、こんなこともできたの?」
『うん、光の神様が復活してから調子が良くてね。これぐらい余裕だよ』
「おやおや、すごいですね。ではお言葉に甘えて上るとしましょう」
 伊月が一足先に階段を上っていった。
 俺達もそれに続いて、階段を上っていった。












 三階にたどり着く。
 俺達は再び、薫さんを囲む形の陣形を取って、「3F」と書かれたドアを開けた。
 開けたのは一階、二階と同じく広い場所だった。
 あたりにはなにもなく、ただ真っ白な床と天井が広がっている。
 ダークには部屋にオシャレをするという考えがないのだろうか。
『へぇ、抜けてきたんだ』
 女性の声がした。
 見ると部屋の中心に、黒いフードを被った人間がいる。
 さっきまでいなかったのに、いったいどうやって現れたんだ?
『1、2、3……みんないるね。うん、待ってたよ』
 相手はそう言って、フードを外した。
「嘘……!」
 隣で薫さんが、驚いたように声を上げた。
 茶色の長髪に細い瞳。小顔で、肌はとても白い。年齢的には、高校生……いや、大学生ぐらいに感じられた。
「知っているんですか?」
 尋ねると、薫さんは静かに頷いた。
「知ってるも何も……彼女は……」
 そう言って伊月の方をちらりと見たのを、俺は見逃さなかった。
 どうやら伊月に関係があるらしい。
「薫さん、もしかして……!」
「香奈ちゃん、知ってるの?」
「佐助さんに聞いたわ。もしかしてこの人が……?」
「うん、そうだよ」
 二人は納得したように顔を見合わせる。
 やれやれ、また置いてけぼりか。
『久しぶり薫。方向音痴は治った?』
「麗花(れいか)ちゃん……」
『どうしたの。久しぶりじゃん。もう、何年になるかな?』
 麗花と呼ばれた女性は、笑った。
 その姿が、なぜか不気味に感じた。
『初めましてだね。中岸大助君に朝山香奈ちゃん。ボスから色々話は聞いてるよ』
「……!」
『そんな警戒しなくても……って、そりゃあするよね。敵だし』
「お前は、誰だ?」
 俺は尋ねた。
 麗花はフフッと笑って、軽く頭を下げた。
『私は萩乃(はぎの)麗花(れいか)。薫と同じ大学に通っていました。あ、別に覚えなくて良いよ。どうせみんな消しちゃうからさ』
「……!」
 体を冷たいものが突き抜けた気がした。
 反射的にデュエルディスクを構える。
「大助、私が行くわ」
 香奈が一歩前に出た。
「待て、お前が行くぐらいだったら俺が行く」
「あんた誰にむかって言ってんのよ。私なら大丈夫よ。負けないわ」
「馬鹿、相手が何のデッキか分からないのに、むやみに行こうとするなよ」
「バカって何よ! バカって言った奴がバカなのよ!!」
「すまん、言い過ぎた。でもとりあえず、ここは俺が行く」
「あんたねぇ、私が行くって決めたんだから黙ってなさいよ」
「ケーキ買ってやるから、譲ってくれ」
「ホント!? じゃあ、プレミアム苺ケーキがいいわ」
「待て、あれって確かとんでもない値段じゃなかったか?」
「うるさいわね。あんたが買うって言ったんだから買いなさいよ」
「二人とも、話がずれてるよ……」
 薫さんが割り込んできた。
『うんうん、威勢がいいのは良いことだよ』
 麗花が面白そうに俺達を見ながら言った。
 その表情からは、かなりの余裕が伺える。
『でもね、残念だけど、あなた達は後回しね』
「?」
『分かってるよね。弘伸(ひろのぶ)』
「……………」
 伊月がゆっくりと、前に出た。
 そういえばたしかに、伊月の下の名前って弘伸だったな。
 でも、人のことを下の名前で呼ぶなんて、それほどの関係だって事だ。
 いったい、この二人は何の関係なんだ?
『ほらほら、早く構えな。消してあげるからさ』
「……相変わらずですね。その自信満々な口調……」
『あなただってそうでしょ』
「おやおや、そうでしょうか?」
『………いいよ。はじめよ。闇の決闘をさ』
 相手の体から、闇が溢れ出した。
 闇は部屋全体を包み込み、一瞬で暗闇を作り出してしまった。
「伊月君、大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫ですよ。安心して見ていて下さい」
「無理なら、代わるよ?」
「………それは出来ない相談ですね。彼女はどうやら僕に用があるらしいですから」
 伊月はそう言って、相手の方に向かっていった。
 本当に、あの二人はどういう関係なんだ?



---------------------------------------------------------------------------------------------------




 伊月は麗花とある程度距離をおいたところで、進むのをやめた。
 その表情はいつもと同じだが、内心はとても複雑だった。
『なんか、おもしろいね』
「何がでしょうか?」
『一応、私達付きあってたじゃん? それがまさか、こうして敵同士になるなんてさ』
「……………」
 伊月は静かに目を閉じた。
 
 その頭に思い出されるのは、あの時のこと。





###################################################







 約三年前、伊月は大学の広報部に所属していた。
 地方で起こった様々な出来事を大学に新聞として配ったり、個人が興味のあることを自由に調査する部活だった。
「ねぇねぇ、弘伸。聞いた聞いた?」
 麗花が部室のドアを勢いよく開けて入ってきた。
「おやおや、どうしたんですか?」
 伊月は読んでいた本を閉じて、尋ねた。
 二人は同じ部活に所属していた。この部活は男女でペアを組まされて、ペアで調査をして新聞を作り、作った物を部長に見せて、気に入られれば採用。気に入られなければまた次回という謎のシステムを行っていた。
 入部した当時から、伊月と麗花はペアを組まされて、上級生も驚きの活躍を見せていた。
 伊月は物静かな性格で、麗花はその逆。
 あちこちと走り回って情報を集めてくる麗花に、それを受けて細かい調査をする伊月。
 二人の息のあった調査に、周りの誰もが感心していた。
「一週間前のテストばらまき事件の犯人情報を手に入れたよ」
 『テストばらまき事件』とは、一週間前に大学のパソコン全てにテストの問題が一斉に表示されるという事件のことである。教師達はその犯人の詳細を明かそうとはせずに、厳重な処分を下したということだけを学生達に伝えていた。
 当然、広報部としてはそのような大事件は徳川の埋蔵金並に欲しい物で、全員が躍起になって情報を探していた。
 だが一週間が経っても、誰もその情報を手に入れられなかった。
 麗花はそんな状況の中、独自の調査方法というもので情報を掴んだのである。
「おやおや、それはすごいじゃないですか」
「やるでしょ。ほら、さっさと行くよ」
「……どこにでしょうか?」
「決まってる。その犯人の家に行くよ」
「分かるんですか?」
「私の情報収集能力を甘く見ないで。住所ぐらい調べてあるから。ここからそんなに遠くないから、行こ!」
 麗花はいつも通り、ドアを勢いよく開け放って出ていった。
「やれやれですね……」
 伊月は静かに笑みを浮かべて、それについていった。


 電車で三駅ほど通過して、駅から徒歩50分。
 そこが、あの事件の犯人が住んでいると言われている場所らしかった。
「ここでしょうか?」
「多分」
 二人の目の前には、古びたアパートが建っていた。
 ボロボロになった壁に、錆びたドア。階段の隅には蜘蛛の巣が張っていて、長年掃除がされていないのが一瞬で分かってしまった。
 本当にこんなところに人が住んでいるのか、不思議にさえ思える。
「ここでいいんでしょうか?」
「うん、多分」
「では入りましょうか」
 伊月は麗花を後ろに連れて、アパートの一室をノックした。
 返事はすぐに返ってきて、錆びたドアがガチャリと開いた。
「なんだ?」
 伊月は出てきた人物を見て、部屋を間違えたかと思ってしまった。
 なぜなら出てきたのは、どこからどう見ても四十歳代の男にしか見えなかったからだ。
 口には無精髭が生えているし、髪もボサボサ。服装もジーンズにTシャツ一枚という簡単なもの。どうしてこんな人が同じ学校にいるのだろうかと、伊月は密かに思った。
「何の用だ」
 低く重みのある声に驚きつつも、伊月はいつもと変わらぬ爽やかな笑みを浮かべた。
「これは失礼しました。大学の広報部の者なのですが、一週間前の事件について、詳しく聞かせて頂けないでしょうか?」
「一週間……そうか、もうそんなに経っていたか」
「えぇ」
「一応聞いておくが、そんなものを聞いてどうするつもりだ?」
「新聞にして、真実を皆さんにお伝えできたらと思っています」
「…………」
 目の前の男は、考え込んでいるようだった。
「なんか駄目かもね」
 後ろでひっそりと麗花が言った。
「いいぞ」
 意外な返事だった。
「本当に良いんでしょうか?」
「あぁ、ただ、答えたくない部分は答えないぞ。ついでに、個人名は伏せる。それが条件だ」
「分かりました。では、場所を変えましょうか?」
「いや、ここでいい」
「そうですか。では、色々と質問をさせて頂きますね」
 伊月は懐からメモ帳を取り出して、ペンをとった。
「まず、あなたのお名前は?」
「おい、個人名は無しだぞ」
「いえいえ、これは取材には関係ありませんよ。ただ、名前が分からない相手だと、こちらも色々と質問しづらいんですよ。新聞には個人名は絶対に出しませんから、教えて頂けませんか?」
「……佐助だ」
「佐助さんですか。分かりました。では佐助さん、質問させて頂きます」
 伊月は佐助に対して、様々な質問をしていった。
 麗花はその姿を、後ろで見つめていた。














 佐助から事件の全容を聞いた後、伊月と麗花は電車で帰路についていた。
 その二人の表情は、若干暗い。
「まさか、そんな事情だったなんてね」
「えぇ、驚きですねぇ……」
「弘伸は……どうする? このことを新聞にする?」
「……難しい質問ですねぇ。このことを記事にすれば、僕達はまさしく広報部のエースに躍り出れるでしょう。ですが、僕としてはあまり気乗りがしません」
「うん、私も」
 伊月は静かに息を吐いて、考えた。
 このことを公表して一体誰が得をするのだろうかと。少なくとも、テストばらまき事件はもう二週間もすれば、みんなの記憶から消えていく。そこをまたぶり返すようなことをして、大丈夫なのだろうか。
 佐助さんは、傷つかないのだろうか。
「どうしますか?」
 伊月は麗花に決断を促した。
 情報を掴んだのは彼女である。この取材の内容をどうするかは、彼女に決めて貰うべきだと思った。
「………やめよ」
「……」
「こんなつまんない事件を記事にしたって意味無い。記事にするんだったら、もっと面白いことを記事にしよ」
「そうですね。では、そうしましょうか」
 伊月はメモした紙を、丸めてポケットに入れた。
 彼女がそう言ったのだから、それでいい。伊月はそう思いながら、目を閉じた。








 数日経って、麗花が勢いよくドアを開けて入ってきた。
 何か情報を持ってきたときは、いつもこうして入ってくることを伊月は知っていた。
「どうしたんですか?」
「はぁ……はぁ……弘伸……」
 息を切らしながら、麗花は言った。
「遊戯王って知ってる?」
「えぇ、知っていますよ」
 伊月は、密かに遊戯王にはまっていた。
 友達とやる決闘では、かなりの勝率を誇っている。ただ、そのことを麗花には教えていなかった。女子はあまりカードゲームが好きではないと思っていたためである。
「それがどうしたんですか?」
 彼女から「遊戯王」という言葉がでたことに、わずかな驚きを感じながら伊月は答えた。
「教えて欲しい」
「なぜでしょうか?」
「うーん……とにかく教えて。話はそれからだよ」
「……分かりました。では……」
 伊月は部屋の隅に行って、小さな段ボール箱を取り出した。
 麗花をそばに呼んで、箱を開く。
「うっわ」
 段ボールの中身はもちろん遊戯王カード。
 モンスター、魔法、罠カードにきちんと分けられて収納されている。
 大学の部室にこっそり持ち込んだ物であった。
「これが遊戯王カードです。まず、こちらがモンスターカード。このカードゲームの基本となるカードですね。そして、これが魔法カードで……………」
 伊月は一枚一枚、丁寧に説明した。
 麗花はいつも物わかりが良く、ちゃんと説明してあげればすぐに理解する人間だった。
 簡単な説明をして三十分ほどすると、麗花は言った。
「結構、奥が深いんだね」
「だから面白いんですよ。では、そろそろ、何があったのか教えて頂けませんか」
「うん……」
 麗花は伊月の耳元で、そっと囁いた。


「闇の組織って……知ってる……?」


 伊月は闇の組織という言葉を脳内で検索してみたが、該当する項目は見つからなかった。
「なんでしょうか? それは……」
「なんかね、カードゲームを悪用しようとしている組織なんだって」
「……というと?」
「そこまではまだ分からない。でも先輩に遊戯王関係の組織に関わっている人がいるみたいだから、機会があったら聞いてみようと思うんだ」
「機会があったら……? 今、その人は学校にいないんですか?」
「うん、なんか来るのが不定期なんだって」
「そうですか……」
 伊月は考えた。
 カードゲームの悪用なんて、できるのだろうか。
 できるとしても、一体どうやって?
 その時、伊月には闇の組織がどういうものなのか、想像も出来なかった。






 翌日、麗花はまた勢いよくドアを開けて入ってきた。
 一人だけで部室にいた伊月は、本を閉じて彼女の方を向いた。
「今度はなんでしょうか?」
「分かったよ。闇の組織について」
「おやおや、そうですか。それで……?」
 麗花が教えてくれたことは、伊月にとって衝撃的な事だった。
 カードを現実に呼び起こし、その力を自在に扱おうとする組織。
 ただのカードゲ−ムで、本当にそんなことができてしまうのかは疑問だったが、そういう組織があるというだけで十分な衝撃を受けた。
「誰が教えてくれたんですか?」
「うん、玲亞(れいあ)って先輩なんだけど……」
「……残念ですが知りませんね。その情報は確かなものなんでしょうか?」
「分からない。でも嘘をつくような人には見えなかったよ。でも、その人、あまりこのことを知られたくないみたいだったなぁ……」
「だとしたら、よく教えてくれましたね」
「いやぁ、実は盗み聞きしたんだよね。薫ちゃんと玲亞先輩が話しているのを。あ、薫ちゃんってのは私の友達で、とってもかわいくていい子なんだ」
「………なるほど、それは大変ですね……」
 伊月は席に戻って、深く腰を下ろした。
 隣の席に、麗花が座る。
「どうしよう……変な人達に狙われたら……」
 不安そうな表情を浮かべる彼女を見ながら、伊月は静かに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。あなたが人に言いふらしでもしない限り。もし万が一の事があったら、僕があなたを守ります」
「………それって、告白のつもり?」
「おやおや、そうなりますかねぇ」
「……いいよ。じゃあ頼むね。弘伸」
 麗花は笑って、そう言った。
「じゃあ弘伸。決闘しようよ。私、ちゃんとデッキを作ってきたんだから」
「手加減はできませんよ?」
「そんなこと言ってられるのも今のうちだよ」
「そうですか」
 こうして、二人は楽しい時間を過ごしていった。
  


 その帰り道、二人は手をつないで帰路についていた。
 辺りは夕闇に包まれて、なにやら不気味な雰囲気を醸し出していた。
「なんか、変な空気だね」
「怖いんですか?」
「そうじゃないけど、なんか……」
 強がる麗花の手を強く握り、伊月は歩く。
『待て』
 不気味な声がした。
 二人は振り返る。そこには、黒いフードを被った男が立っていた。
「誰ですか?」
 麗花を後ろに隠しながら、伊月は言った。
『決闘しろ』
「はい?」
『決闘しろと言っている』
「……残念ですが、する理由が見あたりませんね」
『これでどうだ?』
 男が手をかざした。
「きゃあ!」
 麗花の悲鳴。彼女の足が、暗い闇に飲み込まれていた。
「動けない……!」
 麗花は必死で足を動かそうとするが、その漆黒の闇はがっちりと足を捉えている。
『彼女を助けたければ俺と決闘しろ。勝てば彼女は解放される。ただもし負けたら、お前と彼女は闇に飲み込まれる』
「闇に……?」
 その時の伊月には、言葉の意味が分からなかった。
「いいでしょう」
 伊月はデュエルディスクを構える。
 彼女を救うためにも、ここは負けられなかった。

『「決闘!!」』

 

















 















 数ターン後

-------------------------------------------------
 伊月:1000LP

 場:シモッチによる副作用(永続罠)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 謎の男:500LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   波動キャノン(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


 闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ライフを半分支払い、カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド場にある限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 また、宣言したカードがモンスターカードだった場合、以下の効果も付加する。 
 ●「攻撃力は1000ポイントダウンする。」
 この効果は、デュエル中に1度しか発動できない。


 波動キャノン
 【永続魔法】
 フィールド上のこのカードを自分のメインフェイズに墓地へ送る。
 このカードが発動後に経過した自分のスタンバイフェイズの数×1000ポイントダメージを
 相手ライフに与える。


『どうした、お前のターンだ』
「くっ……!!」
 伊月は困惑していた。
 相手の異常なまでの強さもそうだが、なにより、ダメージが現実のものになったということに。
 ダメージを受ける度に、体が痛みを訴える。足下も、フラフラだった。
「弘伸……!」
 後ろで彼女が、呼びかけてくれている。
 その気持ちを受け取って、伊月は残っている力を振り絞る。
「僕の……ターンです……」
 伊月はカードを引いた。
『ふっ……追いつめられたか』
「それはどうでしょうか?」
『強がるな。もう体力も限界だろ』
 相手の言うとおりだった。
 崩れそうになる膝が、ダメージの深刻さを知らせていた。
 だが、相手のライフは残り少し。これで勝てれば、彼女は助かる。
「僕はクリッターを召喚します」
 伊月の場に、三つ目の悪魔が現れる。


 クリッター 闇属性/星3/攻1000/守600
 【悪魔族・効果】
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


 悪魔の攻撃力は1000。このまま攻撃が通れば、勝てる。
「これで攻撃すれば、僕の勝ちです」
『くっくく……一つ、面白いことを教えてやろう』
「なんでしょうか?」
『この決闘、お前が勝てば彼女が解放される仕組みだが……実はな、この決闘においては、お前が勝てばお前が、お前が負ければ彼女が闇に飲み込まれる仕組みになっている』
「なっ!?」
 伊月は驚愕した。
 もしこのまま自分が勝てば、自分が闇に飲み込まれる。だが相手の場には自分にとどめを刺すカードが存在している。このまま攻撃すれば、彼女は助かる。攻撃しなければ、自分が助かる……!
「僕は……!」
『さぁ選択しろよ。自分か、彼女か』
「そんなの……!」
『これでどうだ?』
 男は手札を見せた。
 その口には、冷たい笑みが浮かんでいる。
「……!」
『さぁ、どうする?』
「…………」
 伊月は後ろを見る。
 麗花が、恐怖に満ちた目でこちらを見ていた。
「弘伸……助けて……」
「…………………………………………すいません」
「……!!」






「僕は……ターン……エンド……です……」

-------------------------------------------------
 伊月:1000LP

 場:クリッター(攻撃:1000)
   シモッチの副作用(永続罠)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 謎の男:500LP

 場:闇の世界(フィールド魔法)
   波動キャノン(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「そんな! 弘伸……! どうして!?」
 麗花には、伊月の言葉が信じられなかった。
「………………………」
 伊月は答えなかった。
「いや! 怖い! 助けて!! いやぁ!!」
 麗花は必死に叫ぶ。
 足下に広がる闇が、今にも麗花を飲み込みそうだった。
「どうして!? 弘伸!! 答えてよ!」
「僕は……………………勝てません……」
「そんな! 私を守ってくれるんじゃなかったの? 私を助けてくれるんじゃなかったの?」
『俺のターン。ふっ、そいつは勝てないんだよ。勝てば自分が闇に飲み込まれてしまうからな』
「……!」
『"波動キャノン"のエネルギーが貯まった。これで、終わりだぁ!!』
 男の場にある砲台から、エネルギー弾が放たれる。
 それは一直線に、伊月の胸を貫いた。

 伊月:1000→0LP

 ダメージによるショックで、伊月は意識を失った。


















#################################################



「ダークの一員と決闘した後、目が覚めたら僕は病院にいました。ですが、あなたの姿は、見つからなかった……」
『そうだよ。あなたは自分の命が欲しいから、私を犠牲にしたんだ』
「あのあと……どうなったんですか……?」
『言わなくても分かるでしょ。闇に飲み込まれたんだよ。暗くて、怖くて、本当に死んじゃうくらい……!』
 麗花は歯を食いしばる。
 あの暗闇に飲み込まれたときの感覚は、思い出すだけでも吐き気がした。
 


#################################################





 飲み込まれた闇の中で、聞こえてきたのは伊月と決闘していた男の声。
『苦しいか』
「いやだ、苦しい、助けて!」
『お前を犠牲にしたあの男が憎いか?』
「…………………………………………………………………憎い………」
 麗花の心には、異常なまでの憎しみが生まれていた。
 許せない。守ると言っておきながら、最後の最後で守ってくれなかった。
 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
『いいだろう。お前に力を与えてやる』
 麗花の体に、闇が入り込んでいく。
 心が黒く染まっていく。
 そうして、麗花はダークの仲間になっていた。
『ふむ……成功だな……どうだ、気分は?』
『…………』
『言葉も出ないか。しかし、今回の方法だと手間がかかるな。もっと手っ取り早く、決闘に負けた者を仲間にするように研究を続けなければな』
 男は笑いながら手札に持っていたカードを捨てた。


#############################################



 そして現在。

 麗花はその憎しみをぶつけるために、この場にいる。

『私はあんたを許さない』
 伊月はただ黙って、かつての彼女の姿を見つめた。
 姿にはあまり変化が見られない。だがそれでもたしかに、昔の彼女とは違っていた。
 その原因が、自分にあることも分かっていた。
「………」
『来なさい! 私と同じ感覚を味わせてあげる!!!!!』
「………」
 伊月は静かに、デュエルディスクを構えた。
 そして問いかける。誰にでもない。自分自身へ。

 ――自分は一体、どうしたらいい?――





『「決闘!!」』





 伊月:8000LP  レイカ:8000LP








 二人の決闘が始まった。




episode25――選べない選択だから――




 決闘が始まると同時に、レイカのデッキからカードが発動される。
 暗いフィールドをより黒く塗りつぶすかのように、深い闇が溢れ出した。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


「なぜ、あなたがそのカードを使えるんですか?」
 伊月は疑問に思う。
 大助から聞いた話では、あのカードはダーク自身にしか使えないものだったからだ。
『闇の神が、私に力をくれた。あんたに罰を与えるための力をね』
「…………」
 その言葉が、冗談じゃないということを伊月は感じ取った。
 本当に彼女は、自分を倒そうとしているのだ。
 あの日、守れなかったことを、恨んでいる。伊月はそう思うだけで、胸に苦しいものを感じた。
「あなたの先攻ですよ」
『分かってるよ。私のターン。ドロー』
 レイカはカードを引いて、憎むべき相手を睨み付けた。
 その心に、憎悪以外の感情はほとんど存在していない。
『今もシモッチのデッキを使ってるの?』
「……えぇ。もちろんですよ」
『そっか。全然、変わらないんだね』
 レイカはそう言って、モンスターを召喚した。
 フィールドに電気を迸らせて、雷の力を宿した戦士が降り立つ。


 ライオウ 光属性/星4/攻1900/守800
 【雷族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。


「"ライオウ"……ですか……」
『そうだよ。これで、あなたは手札に加える効果が使えなくなった』
 伊月は表情を崩さずに、冷静に状況を見た。
 彼女とは数回しか決闘はしたことがないが、大体デッキの内容は把握している。
 何のテーマデッキでもなく、普通のスタンダードデッキ。事故率が低く、初心者でも簡単に扱えるデッキだ。
 しかし、伊月の不安は別にあった。
 当時、カードゲームの初心者であった彼女とは数回しか決闘をしたことがない。だがそれらのどの決闘も、あとわずかで負けてしまうほどの接戦だった。
 だが彼女は、もう初心者ではない。ダークの一員として、たくさんの経験を積んできているはずである。
 実力がどれほど上がっているのか想像がつかなかった。
「召喚して終わりでしょうか?」
『まだに決まってるよ。カードを1枚伏せてターンエンド』
 裏側のカードが一枚、レイカの場に表示された。




「伊月君!」
 薫が心配になって叫んだ。
 伊月は振り返らずに、目の前の相手に集中する。
「僕のターンですね」
 カードを引いて、伊月はすぐにモンスターを選び出した。
「"堕天使ナース−レフィキュル"を召喚します」


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


 黒い翼を持ち、全身に包帯を巻いた不気味な天使がその場に舞い降りる。
 その表情が、少しだけ悲しそうに見えた。
『やっぱりね』
 レイカは笑みを浮かべて、伏せておいたカードを開く。
 次の瞬間、堕天使の姿が消え去った。
 
 堕天使ナース−レフィキュル→破壊

「なっ!?」
『罠カードを発動したよ』
 

 落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1000以上のモンスターを召喚・反転召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスター1体を破壊する。


『残念だったね。もう通常召喚権は使っちゃったね』
「…………」
『黙らないでさ、いつもみたいに笑いなよ。まだまだ決闘は始まったばっかりなんだよ?』
 レイカは険しい表情の伊月を見て、不気味な笑みを浮かべた。
『まだまだ、もっと苦しめてあげるからさ。いっぱいあがいてよ』
「……僕は……」
 伊月は手札を見つめて、2枚のカードを選び出した。
「カードを2枚伏せますよ」
『あっそ。もう少し伏せた方が良いんじゃない?』
「残念ですが、引きが悪いんですよ」
 伊月はターンを終えた。

-------------------------------------------------
 レイカ:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『私のターンね』
 レイカはカードを引いて、相手を見つめた。
『やっと攻撃できるね』
「……!!」
 レイカは、笑う。
 自分のモンスターを見つめたあとに、何もない伊月の場を見た。
『どうせ、防ぐカードなんかないんでしょ?』
「それはどうでしょうか?」
『強がらないでいいよ』
「強がってはいません。ですが、こういう駆け引きも遊戯王の面白いところだと教えたはずですが?」
『……相変わらず……なんだね』
 レイカは拳を作る。
『バトル!! "ライオウ"! 弘伸を攻撃して!!』
 主人の命令に、雷の戦士はその体から電気を発電させる。
 そして十分に力を溜めると、それを相手に向けて放った。激しい雷が、伊月の体に襲いかかる。
「ぐあああああああぁぁ!!」

 伊月:8000→6100LP

「伊月君!!」
「くっ……」
 伊月は思わず膝をついた。
 今までで受けたダメージの中で、最も強烈な痛みだった。
『いい反応だね。結構痛かったでしょ?』
「麗花……」
『どう? でもね、まだまだこんなものじゃないんだよ。私が受けた痛みはさ』
「あなたは、本当に……僕達の敵なんですか?」
『そうだよ』
 あっさりとした返事。
 そこにはなんのためらいも感じられなかった。
「なるほど、では僕も、本気で戦わないといけないようですね」
『へぇ、じゃあこれからが本気って事か。楽しみだね』
「では続けましょう。これでターンエンドですか?」
『……モンスターとカードを1枚伏せてターンエンド』
 レイカはターンを終えた。
 伊月は足に力を入れて、立ち上がる。
 目の前にいるのは、もう敵なのだと考える。昔はどうあれ、今の彼女は敵。だが――。
 
 ――このまま戦う意味があるのだろうか――。

「……!」
 一瞬だけ、そんなことを思ってしまった。
 頭を振って、余計な考えをなくす。今は、目の前の勝負に集中しなければいけないのだ。
 
-------------------------------------------------
 レイカ:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   裏守備モンスター
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:6100LP

 場:伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「僕のターンです」
 伊月はカードをドローすると、レイカの場に伏せてあるモンスターに注目した。
 何度か決闘した中で、彼女の使っていたカードを思い出す。
 この場面で、裏守備で出すモンスターと言えば………。
「あれしかありませんね……」
 伊月は行動を決めると、1枚の魔法カードを発動した。


 抹殺の使徒
 【通常魔法】
 フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を破壊しゲームから除外する。
 それがリバース効果モンスターだった場合、お互いのデッキを確認し、
 同名カードを全てゲームから除外する。


『"抹殺の使徒"って……』
「あなたの場にいる、裏守備モンスターを除外させて頂きます」
 伊月の場に、鎧を身につけた騎士が現れる。
 騎士は素早い動きでレイカの場に突撃し、裏側表示のカードを貫いた。

 ライトロード・ハンター ライコウ→除外

 ライトロード・ハンター ライコウ 光属性/星2/攻200/守100
 【獣族・効果】
 リバース:フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
 自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


『ライコウが…!』
「やはりそれでしたか」
『なんですって……』
「あなたが僕のデッキを知っているように、僕もあなたのデッキを把握しているということですよ。あなたは基本的に、無駄なカードはいれない。単体でも強力な効果を発揮するカードを好んでいる。裏守備で有能なモンスターと言えば、数は限られますからね」
 場にいる騎士が、さらにレイカのデッキに剣を突き刺した。
 その剣が引き抜かれると、同じ絵柄のカードが突き刺さっていた。
「"抹殺の使徒"は除外したカードがリバース効果を持ったモンスターだったら、同名カードも同時に消し去ってくれるんですよ」
『そんな効果……』
「まだまだ遊戯王の世界は広いということです」
 伊月は笑みを作って、さらにもう1枚のカードを選び出した。
「モンスターをセットします」
『攻撃してこないの?』
「えぇ、むやみに攻撃するだけが戦術じゃありませんから」
『………あっそ。じゃあ後悔しないでね』
「ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 レイカ:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 伊月:6100LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「伊月君、大丈夫かな?」
 薫が言う。
 伊月と麗花の関係を薫は知っていた。
 友達以上の関係だった相手と、危険な決闘をするのは一体どんな気持ちだろうかと考えてみる。
「大丈夫よ」
 香奈が言った。
「そっか、そうだよね……」
 三人は、黙って伊月の決闘を見ることにした。
『私のターン、"ミラージュ・ドラゴン"を召喚!』
 レイカの場に、黄色の硬い鎧を身につけた龍が現れる。
 龍は雷の戦士の隣につき、伊月を威嚇するように大きな咆吼をあげた。


 ミラージュ・ドラゴン 光属性/星4/攻1600/守600
 【ドラゴン族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。


『これで、あなたは戦闘中に罠を使えなくなった』
「どうってことありませんね」
『その強がり、いつまで続くかな?』
 レイカはそのまま、バトルフェイズに入った。
 二体のモンスターが、伊月へと照準を向ける。
『"ライオウ"で裏守備モンスターに攻撃』
 放たれた電撃が、伊月の場で守備体制をとっていたモンスターを打ち砕いた。
「この瞬間、モンスター効果発動です」
 砕けたモンスターの体から、再び同じ姿をしたモンスターが場に現れた。


 キラー・トマト 闇属性/星4/攻1400/守1100
 【植物族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「残念でしたね」
『……何か勘違いしていない?』
「なんでしょうか?」
『"キラー・トマト"は攻撃表示で特殊召喚される。そして私には、まだ攻撃モンスターが残ってる』
 龍がその口に、炎を溜めた。
『"ミラージュ・ドラゴン"で"キラー・トマト"に攻撃!!』
 龍から吐き出された炎が、出てきて間もない伊月のモンスターを焼き尽くした。
 
 キラー・トマト→破壊
 伊月:6100→5900LP

「ぐっ!」
 痛みに耐えて、伊月はモンスター効果を発動する。
 トマトの大きな口から、黒い翼を持った堕天使が現れた。

 堕天使ナース−レフィキュル→特殊召喚

「おやおや、攻撃しない方がよかったのではないですか?」
 さっきの場面で攻撃しなければ、伊月のデッキのキーカードは場に出なかった。
 無駄なことをしない彼女の戦法にしてはおかしいと思ったからこそ、伊月は言った。
『さぁ、どうでしょう?』
 レイカは冷たい目で伊月を見つめながら、カードを1枚伏せた。
『いつもそうだったね。そういう冷静な態度で、取材してたね』
「…………」
 突然のレイカの言葉に、伊月は戸惑った。
『そんな姿を見てて、たまに素敵だなって思うことがあったよ』
「……そうですか……」
『あの時、弘伸が守るって言ってくれたとき、本当に嬉しかったんだよ?』
「………」
『それなのに、最後の最後で、私を見捨てた。信じられなかった。弘伸のことは、心の底から信用していたのに』
 レイカはギリギリと歯ぎしりをたてた。
 伊月は唇をかんで、黙って聞いている。
『この場で、教えてよ。どうして私を見捨てたの?』
「……………」

 だがその問いに、伊月は答えなかった。

『答えないんだ。やっぱり、あなたは臆病者だったんだね』
「臆病者……ですか」
『そうだよ。あの日に分かったんだよ。私よりも、自分のことをとった。守るなんて口先だけで言って、いざとなったら自分の身だけを守る。弘伸はそういう人間だったってことだよ。いつも冷静沈着に振る舞っているだけで、内心はなにか起こらないようにビクビクしているだけなんだよ。デッキだってそうでしょ? 攻撃するのが怖い。攻撃して、仕返しされるのが怖いから、攻撃しないで相手を制す戦術を使っているんでしょ?』
「…………………」
『許さない。あんただけは、本当に……!!』
 レイカの目は、怒りに満ちていた。
 伊月は何の言葉も発さずに、ただ黙って聞いている。
 なぜならレイカの言っていることは、的を得ていたからだった。反論なんか、出来るわけがなかった。
『カードを1枚伏せて、ターンエンド』

-------------------------------------------------
 レイカ:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 伊月:5900LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「僕の、ターンです」
 カードを引く伊月の表情は暗い。
 彼女がそこまで、自分のことを恨んでいるとは思っていなかったからだ。
 このまま戦っていいのだろうか? 戦う意味など、あるのだろうか?
 そんな考えが、頭の中をぐるぐると回る。
『さぁ、弘伸のターンだよ』
「………」
 ぼんやりと手札を見つめて、1枚のカードを発動した。


 成金ゴブリン
 【通常魔法】
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手は1000ライフポイント回復する。


 相手のライフを1000回復させて、自分はデッキからドローするカード。
 だが堕天使が場にいる限り、回復の効果はダメージの効果へと変換されることになる。
『やっぱりね』
 レイカは伏せカードを開いた。
 堕天使の体に雷が落ちて、その体を黒こげにした。

 堕天使ナース−レフィキュル→破壊

「何を……したんですか……?」
『これ見て』
 レイカが示したカードは、罠カード。


 サンダー・ブレイク
 【通常罠】
 手札を1枚捨て、フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを破壊する。


『これで、"成金ゴブリン"の効果はそのまま使用される』
 堕天使がいなくなったことで、ダメージへの変換はなくなる。
 伊月はカードを1枚引いて、レイカのライフポイントが1000上昇した。
『弘伸のデッキは単純だからね。キーカードさえ潰せば、何も出来なくなる』
「その通りです……捨てたカードは何ですか?」
『"ネクロ・ガードナー"だよ』


 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「相変わらず、隙がありませんね……」
 まったく無駄のないプレイングが、伊月を追いつめていく。
 付きあっていた彼女の言葉が、伊月の心を追いつめていく。
「モンスターをセットして、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 レイカ:9000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 伊月:5900LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『私のターン』
 レイカは引いたカードを確認した後、もう1枚の手札を発動する。
 強烈な光の矢が、伊月の場にいた死霊の体を撃ち抜いた。

 シールドクラッシュ
 【通常魔法】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。

 魂を削る死霊→破壊

 魂を削る死霊 闇属性/星3/攻300/守200
 【アンデット族・効果】
 このカードは戦闘では破壊されない。
 このカードが魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
 このカードを破壊する。
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


『一気に攻めるよ』
「……えぇ、しょうがありません」
 止めるカードは伏せられていない。
 伊月は覚悟を決めて、下を向いた。
『バトル!!』
 雷の戦士の電撃と、龍の炎。
 二つの攻撃が、伊月の体に直撃した。
「ぐああああああああああああっっぁ!!」

 伊月:5900→4300→2400LP

「うぁ……くっ……」
 膝が崩れた。
 両手を地面につける。伊月はこれだけのダメージを受けたことが今までに無かった。
 視界が一瞬だけ掠れた気がした。
『痛い?』
「なかなかですね……」
『大丈夫だよ。もうすぐ終わる。弘伸は闇に飲まれて、闇の神の力の一部になるんだよ』
「それは興味深いですね。それで、僕を倒した後、あなたはどうするつもりなんですか?」
 伊月の問い。
 そこにたいして深い意味はなかった。
『………』
 レイカの表情が、一瞬だが変化する。
 それを伊月は見逃さなかった。
「どうしましたか?」
『別に何でもないよ。あなたを倒したら、他の仲間も倒すに決まってるでしょ?』
「おやおや、薫さん達は組織に関係があっても、あなたには関係がないでしょう。戦う理由が見あたりませんね」
『……! 何が言いたいの!』
 レイカが初めて、動揺の色を見せた。
 伊月は呼吸を整える。
『まだ立つの?』
「えぇ、僕は、負けるわけにはいかないんですよ」
 膝に手を当てて力を振り絞り、なんとか立ち上がる。
 その目からは確かな意志のようなものが感じられた。
『世界のため?』
 伊月は考えた。
 これから自分がやろうとしていることは、けっして世界のためなんかではないと思う。
 そう、これは―――。
「自分のためですよ」
『………やっぱり、あなたって最低だね。カードを1枚伏せてターンエンド』

-------------------------------------------------
 レイカ:9000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:2400LP

 場:伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

 伊月はデッキからドローすると、改めて状況を確認した。
 レイカの場にはモンスターが2体。伏せカードも2枚。ライフポイントの差は約3倍。
 誰がどう見ても、絶望的な状況だ。
『はやくしなよ。それとも、何も出来ない?』
「いいえ、少し考え事をしていただけですよ」
 伊月はそう言って、伏せカードを開いた。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


『あ、伏せてあったんだ。今までどうして使わなかったの?』
「………ただのプレイングミスですよ」
『ふぅん、まぁいいや。それで、次は何をしてくるの?』
 レイカは余裕の表情を浮かべる。
「こういうのはどうでしょうか?」
 もう一枚の伏せカードが、開かれる。


 運命の分かれ道
 【通常罠】
 お互いのプレイヤーはそれぞれコイントスを1回行い、
 表が出た場合は2000ライフポイント回復し、
 裏が出た場合は2000ポイントダメージを受ける。


「コイントスで、ライフが上昇するか減少するかを決めます」
『でも弘伸は残りライフが少ないよ。こんな状況で、発動する意味ある?』
「普通の相手だったら意味がないでしょう。ですが、あなたの全く無駄のないプレイングに対抗するには、運に頼るぐらいしか方法がないのが現状なんですよ」
 ソリッドビジョンに映し出された2枚のコインが、回転する。
「"シモッチによる副作用"が発動している以上、あなたは必ず2000ポイントのダメージを受けます」
『大丈夫だよ』
 レイカもまた、伏せカードを開いた。


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 吹き荒れた強い風が、伊月の場に開かれたカードを吹き飛ばしてしまった。

 シモッチによる副作用→破壊

「……!」
『これで、ライフが減るかどうかはお互いに二分の一。さて、どうなるかな?』
 コインの回転が止まる。
 示されたのは――。

 レイカ:裏:9000→7000LP
 伊月:表:2400→4400LP

 
「残念でしたね」
『……まぁいいよ。どうせ形勢が変わる訳じゃないし』
「僕はこのままターンエンドです」

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 レイカ:7000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 伊月:4400LP

 場:なし

 手札3枚
-------------------------------------------------

『カードも何も伏せないなんて……観念したの?』
「滅相もありません。僕はまだ負けを認めていませんよ」
『………私のターン』
 レイカはカードを引いて、すぐにバトルフェイズに入った。
『これで終わり!』
 電撃と炎、二つの攻撃が一斉に伊月に向かって放たれる。

「手札から"バトルフェーダー"の効果発動です!!」

 次の瞬間、伊月の前に古時計にも似たモンスターが現れた。
 それは体から大きな音を鳴り響いて、二体のモンスターの攻撃をかき消す。


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「これで……」
 効果を説明しようと口を開きかけたとき、伊月は異変に気づいた。
『……あぁ……ぁ!!』
 レイカが頭を押さえて、うずくまっていた。
「どうしたんですか!?」
『うぁあああああああ!!』
 レイカは大きな叫び声をあげて、苦しんでいた。
 頭が割れそうになるほど痛い。どうしてこんな事になってしまったのか、レイカ自身も分からなかった。
『痛い……痛い……!』
 信じられないくらいの激痛だった。
 吐き気が出てきて、まともに立っていられなかった。
『うぁああああ!!』
 痛みを増すのと同時に、レイカの頭に何かが流れ込んできた。


################################################


 闇の中で、聞こえてきたのは伊月と決闘していた男の声。
『苦しいか』
「いやだ、苦しい、助けて!」
『お前を犠牲にしたあの男が憎いか?』
「…………………………………………………………………憎い………」
 麗花の心には、異常なまでの憎しみが生まれていた。
 許せない。守ると言っておきながら、最後の最後で守ってくれなかった。
 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
『いいだろう。お前に力を与えてやる』
 麗花の体に、闇が入り込んでいく。
 心が黒く染まっていく。
 そして、目を開けると、麗花はダークの仲間になっていた。
『ふむ……成功だな……どうだ、気分は?』
『…………』
『言葉も出ないか。しかし、今回の方法だと手間がかかるな。もっと手っ取り早く、決闘に負けた者を仲間にするようにしなければな』
 男は笑いながら手札に持っていたカードを捨てた。


 捨てたカードが風に舞って、レイカの足下に落ちた。
 そのカードの正体は―――

































『バトル……フェーダー……?』
 知らないカードだった。
 なんとなく、その効果を見ようと思い、拾い上げた。
『おっと』
 拾い上げたカードが、男に取り上げられる。
『俺としたことが、最後の最後でミスしてしまうところだったな。ちょうどいい。記憶の削除も試してみるか』
 男がレイカの頭に手を置いた。
『いいか。お前はこのカードのことを忘れる。俺が手札に持っていたカードを、忘れる』
 男が呪文のように言葉を唱える。
『忘れろ、忘れろ……』
 レイカは、ぼんやりと、男の手に持っているカードを見続けていた。
『………バトル……フェーダー…………』


#################################################







『……!!』
 痛みが治まると同時に、レイカの頭にある考えがよぎった。
『まさ……か……そんな……』
 あの日、弘伸が言った「勝てません」という言葉。
 もしかしたらあれは、自分が助かりたいから「勝てません」という意味じゃなく、本当に「勝てない」という意味だったのではないか。
 もしそうだとしたら自分は、とんでもない思い違いをしていたのではないのだろうか?
「どうしましたか?」
『……! 何でもないわ!!』
 声を荒げて、レイカは言った。
 頭を振り、考えをなくす。
 そんなことはない。相手は私を見捨てた。自分が助かりたいから見捨てたのだ。
 絶対に、"そんなこと"はありえないと考えたかった。
「………」
 伊月は彼女の異変に気づいたが、どうすることも出来なかった。
「どうするんですか?」
『わ、私は……ターンエンド』




「僕のターンですね」
 伊月はドローしたカードを確認して、すぐに発動した。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


「僕はこの効果で、"堕天使ナース−レフィキュル"を守備表示で特殊召喚します」
 伊月の墓地から、堕天使が蘇る。
 不気味な雰囲気を漂わせる天使は、相手となるレイカを睨み付けた。
『また……そのモンスターを……!』
「おやおや、僕のデッキのキーカードです。そこまで驚くほどのことではないと思いますがね」
『うるさい。いいから早くターンを進めて!』
「どうしましたか? 先程から様子がおかしいですよ」
『あんたなんかに関係ない!! あんたは、勝てなかったんじゃない! 私を見捨てたのよ!』
 レイカの頭は混乱し始めていた。
『そうじゃないと……今まで、私がやってきたことは……』
 今までにやって来た所業。
 一般人を襲って生け贄にしたり、仲間に引き入れたりしたこと。
 それらすべてが、間違っていることになってしまう。憎しみに身を任せてやってきたのに、もし、真実がそうであるな
らば、自分は取り返しのつかない過ちを犯してしまったことになる。
 そんなの、耐えられないとレイカは思った。
「僕はカードを2枚伏せて、ターンを終了します」
 伊月は、レイカが言った言葉の意味を考えながらターンを終えた。

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 レイカ:7000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:4400LP

 場:バトル・フェーダー(守備:0)
   堕天使ナース−レフィキュル(守備:800)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

『私のターン!! ドロー!!』
「この瞬間、伏せカードを発動します」
 伊月がカードを開いた。
 するとその背後に、巨大な目が開かれる。その目が赤く光り、レイカの手札のカードを映し出した。


 真実の目
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は手札を公開し続けなければならない。
 相手のスタンバイフェイズ時、手札に魔法カードがある限り1000ライフポイント回復する。


「さぁ、手札を公開して下さい」
『………!』
 レイカはしぶしぶ、手札を見せた。

 ・メタモルポッド
 ・月の書

「おやおや、魔法カードがありますね。1000ポイントのダメージを受けてしまうのではないんですか?」
『うるっさいなぁ……スタンバイフェイズ時に、魔法が無ければいいんでしょ!』
 "真実の目"によるダメージを受ける前に、レイカは素早くカードを発動した。


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


『これで、"堕天使ナース−レフィキュル"を裏側守備表示にする。そして手札に魔法カードがなくなったから1000ポイントの回復効果も発動しない』
「えぇ、そうでしょうね。そうくると思いましたよ」
 伊月はさらにカードを開いた。
 堕天使の姿が消え、地面に不気味な魔法陣が描かれる。
『これは……?』


 闇霊術−「欲」
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在する闇属性モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
 相手は手札から魔法カード1枚を見せる事でこの効果を無効にする事ができる。
 見せなかった場合、自分はデッキからカードを2枚ドローする。


「あなたの手札に魔法カードはないので、この効果を無効にすることは出来ずに僕はデッキから2枚ドローできます」
 地面に描かれた魔法陣から光が放たれて、伊月の手札となった。
 レイカは舌打ちをして、バトルフェイズに入る。
 龍の炎が伊月のモンスターを焼き、戦士の雷が伊月の体に降り注いだ。

 バトルフェーダー→破壊→除外
 伊月:4400→2500LP

「ぐっ……あぁ……!」
『これで、紛らわしいモンスターはいなくなった!』
「どういう……意味でしょうか? "バトル・フェーダー"など、そこまで脅威には思えませんが?」
『モンスターをセットしてターンエンド!!』
 伊月の言葉を無視して、レイカはターンを終えた。

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 レイカ:7000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   裏守備モンスター1体
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 伊月:2500LP

 場:真実の目(永続罠)
      
 手札2枚
-------------------------------------------------

「僕のターンです」
 伊月は引いたカードを見て、うっすらと笑みを浮かべた。
「"マジック・プランター"を発動します。"真実の目"をコストに、デッキから2枚ドロー」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


『ここにきて、手札増強……!』
「さらに、僕は"堕天使ナース−レフィキュル"を召喚します」
 三度現れた堕天使。
 何度も現れるモンスターに、レイカは苦い顔をした。
「いきますよ。"恵みの雨"を発動します」


 恵みの雨
 【通常魔法】
 お互いは1000ライフポイント回復する。


 フィールド全体に、ポツポツと雨が降り始めた。
 雨には癒しの力が込められており、伊月のライフを少しだけ回復させる。だがレイカの方に降った雨は、堕天使の力によって変えられた赤い雨。
『うっ……!』

 レイカ:7000→6000LP
 伊月:2500→3500LP

「だいぶ、ライフポイントに差がなくなりましたね」
『……! まだ私の方が勝っている! あんたなんかに負けない。私を見捨てたあんたなんかに……!』
「………あの時は、本当に申し訳なかったと思っています。あなたを、守れなかった……」
『違う! 守れなかったんじゃない! あなたは自分が助かりたいから―――』
「――言い訳になるかもしれませんが、あの時、相手の手札には"バトルフェーダー"が存在していました。あのまま攻撃しても、勝てませんでした。サレンダーしたら、僕の負けとなり、あなたが危ない。ですから僕は、そのままターンを終えるしか無かったんです」
『……!!!』
 レイカはその言葉で、確信してしまった。
 さっき浮かんだ記憶は、間違いなく本物だということを。
 弘伸は守ってくれなかったんじゃない。
 守ることができなかったのだということを。
『私は……』
「あなたが僕を恨むのはもっともです。罰を受けるなら、受けましょう。ですが、今は受ける訳にはいかないんですよ。辛いですが、僕はあなたのライフポイントを0にします」
 伊月はそう言って、カードを2枚伏せた。
『嫌……! 嫌……!』
 髪をくしゃくしゃにして、レイカは叫ぶ。
 今やその心は、弘伸への恨みではなく、あの暗い闇の中に戻りたくないという恐怖心に変わっていた。
 暗く何もない闇の世界にいる感覚を思いだし、恐怖する。そしてその恐怖が体を支配していった。
『負けたくない……負けたら、またあの怖い場所に戻っちゃう!』
「……!」
 レイカの周りに漂う闇が、さらに大きくなった。
 まるでレイカの恐怖を糧にしているかのように、その闇は限りを知らずに広がり始める。
『あなたへの恨みは、私の勘違いだったのかも知れない。でも!! 私はあの闇になんか、戻りたくない!! お願い! 私を助けて!! サレンダーして、私を助けてよ!!』
「………麗花……」
『あなたの仲間には手をださない! むしろ協力する! だから、私を闇に戻さないで! お願いだよ!!』
 伊月は拳を握りしめて、歯を食いしばった。
 デッキの上を見つめる。このまま、サレンダーすれば彼女は助かる。
 彼女を守ることが……できる……できるが……。
「僕は……」
 闇の決闘でサレンダーするということは、自ら命を絶つのと同じようなもの。
 そんなことをする勇気は、ない。
「ターンエンドです」

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 レイカ:6000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ライオウ(攻撃:1900)
   ミラージュ・ドラゴン(攻撃:1600)
   裏守備モンスター 
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:3500LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(守備:800)
   伏せカード2枚
      
 手札0枚
-------------------------------------------------

『どうして……助けてくれないの……?』
 掠れた声で、レイカは言った。
「麗花……僕は――」
『――もういいよ!! 私はあなたを倒す!! 自分の身は自分で守る!! そうするしか、他に方法なんて無い!!』
 レイカの瞳には、涙が浮かんでいた。
 それが何を意味するものなのかは、分からない。
『ドロー!!』
「スタンバイフィズ時に、永続罠を発動します」
 レイカがカードを引いたと同時に、伊月はカードを発動した。


 ダーク・キュア
 【永続罠】
 相手がモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 そのモンスターの元々の攻撃力の半分の数値分だけ相手ライフポイントを回復する。


『……!』
「これで、あなたがモンスターを召喚するたびに、あなたにダメージが飛んでいきますよ」
『だから……なによ!!』
 レイカは裏守備にしていたカードを反転させた。


 メタモルポット 地属性/星2/攻700/守600
 【岩石族・効果】
 リバース:お互いの手札を全て捨てる。
 その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。


『お互いに手札を捨てて、5枚ドローする!!』
「ですが、"メタモル・ポッド"の攻撃力の半分、350ポイントの回復をダメージに変えます」
 伊月の場にあるカードから赤い光が放たれて、レイカの腕を貫く。

 レイカ:6000→5650LP

『……来たわ! あなたを殺すモンスターが!!』
「おやおや、それはおもしろいですね」
『3体のモンスターをリリースする!!』
 レイカの場にいる3体のモンスターが光に包まれた。
 モンスターの力を糧に、現れたのは獅子の顔に、赤い長槍を持った王の姿。


 神獣王バルバロス 地属性/星8/攻3000/守1200
 【獣戦士族・効果】
 このカードはリリースなしで通常召喚する事ができる。
 この方法で通常召喚したこのカードの元々の攻撃力は1900になる。
 また、このカードはモンスター3体をリリースして召喚する事ができる。
 この方法で召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。


「……!」
『青ざめたね。そうだよ。このモンスターは3体のリリースで召喚したとき、相手のカードを全て破壊する!!』
 獅子が咆吼を上げた。
 手に持った槍に、巨大なエネルギーが込められる。
 その力は一気に爆発を起こし、伊月の場にあるカードを全て吹き飛ばした。

 堕天使ナース−レフィキュル→破壊
 聖なるバリア−ミラーフォース−→破壊
 堕天使の診察→破壊

「くっ……!」
 伊月は起こった衝撃に、腕を盾にして耐える。
 レイカはその姿を見ながら、心を痛めていた。
 だが闇に飲み込まれる恐怖を、あの苦しみを考えれば、気にならなかった。
『さらに私は、"団結の力"を装備する!!』
 

 団結の力
 【装備魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、
 装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

 神獣王バルバロス:攻撃力3000→3800 守備力1200→2000

『聖バリもなくなった。あなたには、防ぐカードはない!!』
「たしかに、そうなってしまいますね……」
『ごめん弘伸……! 私のために、消えて!!』
 レイカは獅子の王に命令をした。
 愛した彼を攻撃しろと。
 獅子の王は、命令を聞いてから数秒後、大きな咆吼と共に伊月に向かって突撃した。


「たしかに、僕の場にはカードはありません。ですが、あなたの場にはどうでしょうか?」
『……!?』
「墓地にある"堕天使の診察"の効果を使い、手札から罠カード、"リバース・オブ・リバース"を発動します!!」
 

 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。


 リバース・オブ・リバース
 【通常罠】
 相手の魔法・罠ゾーンにある裏側のカードを1枚選択して発動する。
 カード名を1つ宣言する。
 選択したカードを確認して、それが宣言したカードだった場合、
 選択したカードを除外して、このカードの効果は選択したカードと同じになる。
 違った場合、選択したカードを元に戻す。
 相手はこのカードの効果にチェーンすることは出来ない。


「僕が選択するのは、序盤からあなたの場に伏せてあるカード!」
『……!』
「僕が思うに、そのカードの正体は"聖なるバリア−ミラーフォース−"!!!」
 レイカの場に伏せてあったカードが開く。
 そこに描かれていたのは、モンスターの攻撃が聖なる壁によってはじき返されているもの。
 つまり――――。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 獅子の攻撃が、聖なる壁に阻まれる。
 さらに阻まれた時に起こった衝撃によって、獅子の王の体を吹き飛んだ。

 神獣王バルバロス→破壊

『そんな……!』
「"堕天使の診察"の効果で、このカードをデッキに戻し、あなたのライフポイントを2000ポイント回復させます」
 伊月の墓地にあるカードから優しい光が放射されて、レイカの体を包み込む。
 
 レイカ:5650→7650LP

「このターンで決めるつもりだったのでしょうが、残念でしたね」
『……まだよ! 私は手札から、"死者蘇生"を発動させる! 蘇れ! "神獣王バルバロス"!!』
 十字架の光を浴びた地面から、獅子の王が再び姿を現した。
 獅子は雄叫びを上げて、再び伊月を睨み付ける。
『さらに、"真・闇の世界−ダークネスワールド"の効果を発動して、耐性を付加させる!!』
 辺りを包む闇が、獅子の王を包み込んで、さらなる力を与えた。
 闇の力を手に入れて、獅子の咆吼がさらに強くなる。
 だが伊月は、ひるまなかった。
『カードを1枚伏せて、ターンエンド』

-------------------------------------------------
 レイカ:7650LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000/耐性付加)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:3500LP

 場:なし
      
 手札5枚
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「僕のターンです」
 伊月は6枚になった手札を見つめて、そのあとレイカの顔を見た。
 彼女の息は荒く、目が恐怖に支配されている。
 もう、これ以上長引かせることは出来そうにないと思った。
「仕方ありませんね……」
 伊月には、レイカの伏せているカードが何なのか、なんとなく予想がついていた。
 負けるかどうか、それはこのターンにすべてかかっている。
「カードを3枚伏せます。そしてターン―――」
『エンドフェイズ時に、罠カード発動!!』
 レイカはカードを開く。
 強烈な竜巻が発生し、フィールドに吹き荒れる。


 砂塵の大竜巻
 【通常罠】
 相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


『これで私は――』
「――その前によろしいでしょうか?」
 伊月は右手を開いた。
 レイカは動きを止めて、次の言葉を待つ。
「このカードの中には、この決闘の決着をつけるカードが伏せられています。もしこの選択を間違えたら……」
『分かってる。私の負け……でしょ?』
 レイカは目を細めて、伊月の場に伏せられた3枚のカードを見つめた。
 ライフは4000以上も離れている上に、相手の場にはモンスターが存在していない。あの中の1枚で、どうやったら逆転できるのか想像もつかない。
 だがこの場面だ。ハッタリとは思えなかった。
 レイカは呼吸を整えて考える。
 確率は三分の一。決して当たらない確率ではない。
 ここでそのカードを引き当てれば、自分は闇に飲み込まれなくて済む。
『私は…………』
 レイカは目の前にいる人物を見つめた。
 彼は、自分がダークに入れられてからずっと探し続けてくれた。
 闇の組織を調べていく過程で、きっと何度も危険な状況があっただろう。それなのにどうして、自分のことを探し続けていてくれたのか?
 最後の最後で、疑問に思った。
『どうして?』
「……なにがですか?」
『どうして私を探してくれたの。闇に飲み込まれたら、無事じゃ済まない。どうして私を探してくれたの?』
 伊月は開きかけた口を閉じて、首を横に振った。
「…………………………選択して下さい」
『……そっか、弘伸は敵だ。何も言う事なんて、ないよね』
 レイカは真ん中のカードを選択する。
 竜巻が伊月の場の真ん中にあったカードを吹き飛ばした。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


『三枚目のシモッチ……当たりみたいだね。シモッチがなくなったら、弘伸のデッキなんてただの紙束だよ』
「……反論できないのが、痛いですね」
『"砂塵の大竜巻"の効果で、カードを1枚伏せる』
 レイカはカードを伏せた。

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 レイカ:7650LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   神獣王バルバロス(攻撃:3000/耐性付加)
   伏せカード1枚

 手札0枚
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 伊月:3500LP

 場:伏せカード2枚
      
 手札3枚
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『私のターン……』
 レイカは引いたカードを確認せずに、獅子の王に命令を下した。
『ごめんね。弘伸……私の代わりに……』
「おやおや、決闘は最後まで何が起こるか分かりませんよ」
『無駄だよ。結果は、変わらない。この決闘が終われば、どちらかいなくなる。それだけは、変わらないよ……』
「…………」
『バトルフェイズ!!』
「残念ですが、まだ決闘は終わりませんよ」
 そう言って伊月が開いたカードから、巨大な光の壁が形成された。


 光の護封壁
 【永続罠】
 発動時1000の倍数のライフポイントを払う。
 払った数値以下の攻撃力を持つ相手モンスターは攻撃できない


 伊月:3500→500LP

「この効果で、僕は3000ポイントのライフを払いました。これで、お互いに攻撃力3000以下のモンスターは攻撃できません」
 強固な光の壁が、伊月の周りを囲んで守護する。
『だから言ったじゃん。無駄だって』
 光の壁に大きな亀裂が入る。
「なっ!?」
 光の壁が、砕け散った。
 レイカの場には、ついさっき伏せられたカードが開かれていた。


 トラップ・ジャマー
 【カウンター罠】
 バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
 相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。


 遮る壁がなくなった。
 獅子の王は槍を構えて、突撃する。
「薫さん」
 伊月は振り返らずに、呼びかけた。
「どうやら僕は、ここまでのようです」
「……!!」

「伏せカード、発動です」

 瞬間、獅子の王の動きが止まった。
 その周りにいる全員が、不可解な動きに戸惑う。
『……それ……』
 レイカは小さく呟いた。
 伊月の場に開かれていたのは、まさしく、この決闘を終わらせるカードだった。






































 自爆スイッチ
 【通常罠】
 自分のライフポイントが相手より7000ポイント以上少ない時に発動する事ができる。
 お互いのライフポイントは0になる。


「言ったでしょう。"この決闘を決めるカードを伏せている"……とね」
『で、でも……これって……!』
「そうです。僕はこうも言いました。"あなたのライフを0にする"と。何も、あなただけを0にするとは一言も言っていません」
 伊月は爽やかな笑みを浮かべて、言った。
 レイカの瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「あなたの言うように、僕は臆病です。あなたを倒す選択も、自分が負ける選択も、どちらも怖くて選べません。ですから、僕はもう1つの選択をします。あの日、僕はあなたを守れなかった自分を恨みました。あなたに恨まれてしまった自分を恨みました。だからこそ決めたんですよ。もしあなたと決闘することになったら、全力で戦おうと。そして、こうしようと。闇の決闘で引き分けになったとき、どうなるかは分かりません。ですが、これならあなたと一緒にいられます。闇に飲まれるとしても、負傷を負うにしても、僕はあなたと一緒にいます。これが僕がサレンダーしなかった理由です」
『弘伸……』
 伊月は振り返った。
 今まで共に戦ってきた仲間。本当なら、最後まで戦い続けるべきだった。
 だがこの仲間と同じくらい、目の前にいる彼女も大切だった。
 戦いの中で、何度も考えてみた。
 どうして自分は戦い続けるのかと。さっさと負けを認めれば楽になるというのも分かっていたのにもかかわらず……。
「ふふ……」
 不意に笑みが浮かんでしまった。
 決意を固めると、ここまで気が楽になるなんて初めて知った。
「とっくに、分かっていたのかもしれませんね……」
 正面から彼女と向き負い、逃げないで、彼女の恨みや想いを受け止めるということを。
 彼女と敵として再開した日から、彼女が消えていないと分かった日から……。あるいは、もっと前から……。
「麗花……あなたを守ることは出来ませんでした。ですからその代わりに、僕はあなたと一緒にいます!」
『弘伸…………』
 レイカは流れる涙を拭いて、小さく頷いた。

『……ありがとう……』

 その言葉を聞いた後、伊月は仲間の三人に頭を下げた。
「あとは、任せました」
 伊月の手元に、赤いスイッチが現れる。
「これで、終わりです」
 伊月は目を閉じて、スイッチを押した。
 
 大きな爆発が起こり、爆風が二人の決闘者を飲み込んだ。




 レイカ:7650→0LP   伊月:500→0LP










 決闘は、終了した。








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 爆発がおさまって、煙が晴れていく。
 俺達三人はその場に身を伏せて、爆発の衝撃から身を守っていた。
「伊月君!」
 薫さんが伊月の姿を発見して、急いで駆け寄る。
 俺と香奈も、一緒に駆け寄った。


 その場には伊月が、その数メートル先にはレイカが倒れていた。
 息はしている。どうやら二人とも、気を失っているだけらしい。
「………………」
 薫さんは、倒れた二人を見ながら胸の前で拳を握った。
 その動作が、なぜかとても力強く見えた気がした。
「行こう。大助君、香奈ちゃん」
「………はい」
「ちょっと待って大助」
 香奈が呼び止める。
 一瞬、何の事かと思ったが、レイカの体を引きづっている香奈を見てすぐに納得した。
 俺も倒れた伊月の体を引きづって、近くに寄せる。
「そっち、持って」
「分かってる。これでいいんだろ?」
 香奈は頷いた。
「行きましょう!!」
「あぁ!」
 俺は香奈と一緒に、薫さんの後を追った。






















 その場に残された二人。
 伊月と麗花の表情は、こころなしか笑っているように見えた。
 その二人の手は、一緒にいることを確認するかのように、しっかりと繋がっていた。




episode26――闇に堕ちた星――




 三階をあとにして、俺達は階段を上っていた。
 幸い階段には何の罠もなく、難なく進むことが出来た。
 それが意味するのは敵の余裕なのか、それともただの油断なのかは分からない。
「薫さん、大丈夫ですか?」
「え? うん、大丈夫だよ」
 前を歩く薫さんの顔が、突入前より暗く見えた。
 白夜の力はあまり使っていないが、佐助さんに、伊月、同じチームの二人がいなくなってしまったのがショックなのかもしれない。
「薫さん、無茶しないでいいわよ」
「香奈ちゃん……」
「佐助さんや伊月がいなくなっても、大助と私は、薫さんと一緒にいるわ」
『私もいるから、大丈夫だよ!』
 他の二人が言った。
 薫さんの顔が、わずかだが和らぐ。
「そうだね。三人ともありがとう」
 少しだけだが、元気になってくれたみたいだ。


 そうこうしているうちに、「4F」と書かれたドアの前にたどり着いた。
 ここにも、ダークの一員の誰かがいるに違いない。
「それで、どうする?」
「……そうね……」
 中に入る前に、俺と香奈は相談を始めることにした。
 さっきの階と同じようなことにならないように、あらかじめどちらが決闘するかを決めておいた方が良い。
 このビルは五階建て。もしこの階にダークがいなかった場合、最上階にダークがいることになるだろう。薫さんを先に行かせることが、俺達の役目だ。四階にいる敵を倒せば、薫さんは先に進むことが出来る。
「私が行くわよ」
「だから、俺が行く…………って、これじゃあさっきとまったく同じ展開だな」
「……そうね。じゃあこの際、薫さんに決めてもらいましょう」
「えぇ!? 私が!?」
 確かに、薫さんに決めてもらった方が手っ取り早そうだ。
「え、えーと……」
 薫さんが俺達を交互に見ながら、頭を悩ませている。
 そんなに困ることでも無いと思うのだが……。
「いいわよ。薫さん。どっちを選んでも、私も大助も納得するわ」
「うん………じゃあ……」
 薫さんは、ゆっくりと指を指した。
「香奈ちゃん、お願い」
「やったぁ!! さすが薫さんね。信じてたわ!」
 香奈が大喜びする。
 どうして俺を選んでくれなかったのか謎だが、まぁいいか。
「なによ。もしかして落ち込んでるの? しょうがないじゃない。薫さんが私を選んでくれたんだから。あんたは後ろで私の応援をしていなさいよ」
「……分かったよ」
 小さく溜息をついて、俺は肩を落とした。
 薫さんを後ろに置いて、重いドアを開ける。
 ギギギという音がして開いた先には、これまた真っ白な部屋が広がっていた。
「なんかワンパターンだな」
「そうね。もう少しお客への態度を考えるべきよね」
「俺達は客じゃないけど……」

『よく来たな』

「……!」
 部屋の中心に、黒いフードを被った男が現れた。
 まったく、いつもどこから現れているんだ。
「あんただけか?」
『あぁ。お前達の目的は、ダークだろう? あいつは上の階にいる。上に行きたければ、この俺を倒すことだな』
 男は構えた。
 話し合いは無駄らしい。
「ちょっと! 決闘するのは構わないけど、その前に顔ぐらい見せなさいよ!!」
『……いいだろう』
 目の前の男は、フードを外した。
 男の割には長い黒髪。目は大きく体はほっそりとしている。
 こういうとあれだが、あまり強そうな相手には見えない。
「……ぁ!」
 後ろで薫さんが、声を上げた。
 前にいる男は無表情のまま、こう言った。
『久しぶりだな。薫君』
「玲亞(れいあ)……先輩……」
 先輩というと、どうやらまた薫さんの知り合いらしい。
 まったく、どうしてこうも身内との決闘が続くんだ。
「薫さん、さがってて」
 香奈が前に出た。
 その腕にはすでにデュエルディスクが装着されていて、戦闘準備は万端という感じだ。
「気を付けろよ」
「分かってるわよ」
 相手の雰囲気から強さは感じ取れないが、階が上がるにつれて相手の強さも上がっているのは事実だ。
 さっきのレイカよりも強いとなると、一体どれくらいの強さになるって言うんだ?
「さぁ、はじめ――!」
 構えようとした香奈の腕を、薫さんが止めた。
「か、薫さん?」
「ごめんね。香奈ちゃん、大助君。予定変更だよ」
「え……」
「この人は、私が相手をするよ」
 薫さんが自ら前に出て、デュエルディスクを構えた。
 一体どういうことだ? 薫さんが自分から決闘をするなんて……。
「どうして!? 私なら大丈夫――」
「――だめだよ。あの人は、香奈ちゃんでも、大助君でも勝てない。私でも……勝てないかも知れない……」
「え…」
 衝撃的だった。
 薫さんですら勝てないかも知れない相手が、ダーク以外にいるとは考えられなかった。
 薫さんのシンクロデッキの展開力と対応力はどんなデッキよりも優れている。
 それなのに勝てないかも知れないなんて……相手は一体何のデッキを使うんだ?
『まさか、薫君が最初に出てくるとは……一人ずつ順番に消していくつもりだったけど……』
「そんなことさせない。たとえ玲亞先輩が相手だって、私は負けるつもりは無いよ」
『へぇ、言うようになったな』
 玲亞と呼ばれた男は、その腕にある漆黒のデュエルディスクを構えた。
 そしてその体から、闇が溢れ出す。
「薫さん、あの人は誰なんですか?」
「………」
 薫さんは数秒悩んだような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……彼は清風(せいふう)玲亞(れいあ)。私の大学の先輩だよ。そして…………」


「……スターの元リーダーだよ


「なっ!?」
 スターの元リーダー?
 どうしてそんな人が、ダークの一員になっているんだ?
『随分、昔の話をするんだな』
「昔って言うほど、昔じゃないよ」
『そうか……それにしても、思っていたより冷静だな。俺の姿を見て、かなり困惑すると思っていたけど』
「……ダークが白夜のカードを持っていた時点で、そのカードは玲亞先輩の物だって予想がついた。だからもしかしたらそうかもしれないって思っていたんだよ」
『そうか……』




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 およそ三年ほど前の話。
 大学に通う薫は、将来の自分の進路について悩んでいた。
 両親は医者で、病気や怪我に苦しむ人々をたくさん救っている存在だった。医者ということもあって、お金にも困っておらず、ちゃんとした家を持っていた。生活で不自由なことは、何一つとしてなかった。
 こういう家庭ではたいてい、子供も医者を目指すのが主なのだろうが、薫の両親は娘の気持ちを尊重するとして、薫の好きなようにすればいいと思っていた。
「なーに悩んでるの?」
「ひゃっ」
 考えにふける薫の背中を叩いたのは、友達の萩乃麗花だった。
「もしかして、恋煩い?」
「ううん、ちょっと進路について悩んでいたんだ」
「あぁ、またそれかぁ……そんな早い時期に悩んでもしょうがないんじゃない? せっかくの大学生活なんだからもっと楽しみな」
「うん……そういえば、麗花ちゃんはどうしたの?」
「私はいつもどおり情報収集。弘伸が本でも読んで私の帰りを待ってるだろうから」
 麗花は笑いながら言った。
 それにつられて、薫も笑みを浮かべる。
 麗花とは大学で出会った友達で、親友と呼べる存在だった。
「あっ! 今思い出した!!」
「え?」
「『アイポッド』って電化製品知ってる?」
 薫の頭に、長方形型の薄い電化製品が浮かんだ。
「え……うん、まぁ誰でも知ってると思うよ」
「それをさ、私に買ってきてほしいんだよ。お金はあとで絶対に払うからさ。ね、お願い!!」
 麗花は両手を合わせて、頼み込んだ。
 けっして大学生活に急がして買いに行けないわけではない。単純に自分で買いに行くのが面倒くさいからだった。
 薫は昔から、頼まれたら滅多なことでもない限り断れない性格だった。まして友達の頼みなど断ったこともない。真剣に頼む麗花の姿を見て、薫は快く引き受けた。
「いいよ」
「ホント!? じゃあ赤色のやつでお願いね」
 もちろん、麗花は薫の性格を知っているからこそ、お願いしていたのは言うまでもない。





 そしてその日、学校が終わると薫は近くにあった電器屋に足を運ぼうとしていた。
 目的はもちろん、麗花の欲しがるアイポッドを買うためだ。
「うーん……」
 携帯の地図を見ながら、電器屋の位置を探しながら歩く。
「えーと、次の信号を右……いや左?」
 地図が読めない薫は、同じ場所を何度も右往左往しながら、なんとか電器屋に着いた。
 本来なら20分で着くところを、三倍の60分をかけてだ。
「もう、本当に……読みづらいなぁ……」
 自分が方向音痴な事は認めずに、薫は溜息をついた。
 携帯を閉じて、やっと着いた電器屋を見つめる。
 大きな看板がお客を呼び寄せるようにキラキラと輝いている。こんなに装飾をつけてどうするつもりなのかと薫は思ったが、考えないことにした。
 中に入ろうとしたら、入り口の前で5、6人の男達がたむろしていた。
 何をしているのか気になったし、このままだと中に入れないと思った。
 とりあえず、薫は近くに行って様子を見ることにした。よく見ると男達のすぐそばには、中学生くらいの男の子が二人いた。
「おいおい、俺達にぶつかっておいてすいませんだけで済ませる気かよ」
「そうだぜ。慰謝料を払って貰わないと困るなぁ」
「そうそう。ほら、金だせよ」
 それは、いわゆるカツアゲというものだった。
 中学生達は泣きそうな顔をしながら、必死で頭を下げて謝っている。男達はいやらしい笑みを浮かべながら、じりじりと二人に詰め寄っていた。このままではお金を取られるのも時間の問題だった。
 困った人を放っておける性格ではない薫は、男達の近くに寄って大きな声を上げた。
「やめなよ!!」
 男達が動きを止めて、振り返った。
「なんだでめぇ」
「二人とも謝っているんだから、許してあげなよ!! そんな事しても恥ずかしいだけだよ!!」
「あぁ!? てめぇナメてんのか?」
 男の一人が、薫の胸ぐらを掴んだ。
「……!!」
「俺達に文句言うなら、覚悟できたんだよなぁ!!」
 男の怒鳴り声で、薫は体を硬直させた。
 大きな拳が、振り上げられる。
「っきゃ………!」
 殴られる!! そう覚悟した。
「おい」
 とても低い声がした。その場にいる全員が声のした方へと意識を向ける。
 薫も閉じていた目を開けて、声の主を見た。
 無精髭を生やして、ボサボサの髪。四十歳くらいに見える老け顔が、無表情に男達を見つめていた。
「んだ、てめぇ」
「邪魔だ。どけ」
「はぁ?」
「邪魔だと言ってる。いいからどけ」
「うるせぇんだよ!! オヤジ!!」
 薫の胸ぐらを掴んでいた男が、その手を放して老け顔の男に殴りかかった。
 老け顔の男はひょいとかわして、殴りかかってきた男の腹に一発。
 ドス! という鈍い音がして、殴られた男はその場に倒れた。
「……………」
 数秒の沈黙があった後に、他の男達が拳を握りしめた。
「てめぇ!!」
 他の男達が一斉に老け顔の男に襲いかかった。
 そこからは、あっという間だった。
 襲いかかる拳を難なく避けて、男達の顔にそれぞれ一発ずつ拳が入る。
 まるでアクション映画のワンシーンのように、一斉に男達が倒れた。
「まったく……どけって言っただけだろ」
 その老け顔の男は重い息を吐いて、電器屋の中に入っていった。
「…………」
 薫はただ呆然としてしまって、動けなかった。
 数分経って、やっと我に返った。
 薫は急いで電器屋に入った。さっきの男にお礼を言うためだ。
 だが、その男の姿は見つからなかった。








 翌日になって、麗花が満面の笑みを浮かべながら薫の元にやってきた。
「か・お・る・ちゃーん♪」
「あ、麗花ちゃん」
「買っておいてくれた?」
「うん、はい。レシートもね」
 薫はバッグから袋を取り出して、麗花に手渡した。
「ふーん……これぐらいなら今持ってるから渡すね。はい」
 麗花はお金を手渡して、中身を見る。
 自分が望んでいた物である事を確認すると、満足げな笑みを浮かべた。
「ねぇ、麗花ちゃん……」
「んーどうした?」
 表情から何かあったことを察した麗花は近くにあった椅子に腰掛けた。
「実はね……」
 薫は昨日あったことを麗花に言った。
 あの男の人にお礼ができなくて、なんとかしてお礼をしたいと思っていた。広報部に所属している彼女なら、何か情報を知っているとも思った。
「あぁ、その人多分、この学校にいるよ」
「えぇ!?」
 予想外の返事だった。
 助けてくれた人が同じ大学にいるなんて、一体どんな偶然だろう。
「たしか……コンピュータ部にいると思うよ」
「うん、分かった。ありがとう!」
「ちょーと待ったぁ!」
 麗花は引き止めた。
 その頭には、これから起こるであろう面白そうな光景が浮かんでいた。
「お礼をしにいくんでしょ。それなのに何も持っていかないのは失礼だよ」
「……そう……かな?」
「そうだなぁ、お菓子とか持っていきなよ」
「お菓子? でも、男の人って甘い物が嫌いなものじゃないの?」
「チッチッチ。最近はスイーツ男子っていって、男の人でも甘い物が好きな人が多いんだよ」
 たしかに、そういう言葉は聞いたことがある気がした。
 でも、ひとえにお菓子と言っても色々な種類がある。どんなものを持っていけばいいか、分からない。
「クッキーでも持っていけば良いんだよ」
「でも……」
「いいからいいから。ほら、近くに確かクッキーを売ってる店があったから一緒に行こう」
「え、でもこれから講義が―――」
「薫なら大丈夫だよ。ほらほら、私も一緒にサボるから大丈夫だって♪」
 麗花は薫の背中を押して、無理矢理お菓子店に行くことにした。
 薫は小さく溜息をついて、あとで先生に謝ろうと思った。






 クッキーの箱を買った後、薫は麗花の案内でコンピュータ部の近くまで来ていた。
 道だけ教えてくれれば自分でいけると薫は言ったのだが、彼女の方向音痴の加減を知っている麗花は一緒についていくことを選択した。
「このまままっすぐ行けば、コンピュータ部よ」
「うん、なんか、緊張してきたかも」
「ふふふ……」
 後ろで麗花が不気味な笑みを浮かべて、案内していく。
 コンピュータ部の部室前に立ったとき、横から男の声がした。
「何か用かい?」
 二人は横を見た。
 モデル体型をした男の人が、壁際で腕を組みながら立っていた。
「え、あの……その……」
「僕への告白なら無駄だよ。僕は今のところ誰とも付きあわないって決めているからね」
「いや、そうじゃなくて……」
「無駄だよ薫。この人、倉田っていって、かなりイケメンなんだけど、ナルシストで有名だから」
 耳元で麗花が囁いた。薫も声を小さくして会話する。
「この人もコンピュータ部なの?」
「まぁ、そうみたいだね」
「そっか……」
 薫は少し考えた後に、倉田にも事情を説明することにした。
 倉田はすべて聞き終えると、さっき麗花が浮かべたのと同じような表情をした。
「そうか、佐助がねぇ……」
「佐助っていうんですか?」
「ん? あぁ、そうだよ。でも残念ながら佐助は甘い物が嫌いなんだ。だからそのお礼は僕が貰っておいてあげるよ」
 倉田は薫の持っていたクッキーを受け取ると、それを脇に抱えて言葉を続けた。
「もしお礼がしたいなら、勉強を教えてあげるといい。君、勉強は得意かい?」
「え、まぁ……それなりに……」
 薫の成績は、学年でトップ10に入るほどだった。
「じゃあ決まりだ。佐助は単位が危なくなっているからね。今から佐助に言ってくる。少しここで待っていてくれる?」
「はい」
 返事を聞くと倉田は部室に入っていった。


 10分ほど経って、倉田は部室から出てきた。
「部室に入っていいよ。佐助が待ってるから」
「え、はい……」
「薫、頑張ってね!」
 麗花は親指を立てながら言った。
 何を頑張れと言われたのか分からなかったが、とにかく中に入ろうと思い、薫は部室のドアをノックした。
 だが、返事がない。
 もう一度、ノックをする。
 やっぱり返事がない。
 本当に入っていいのかどうか迷ったが、倉田の言葉を信じて中に入ろうとドアに手を掛けようとしたところ、そのドアが勢いよく中から開かれた。
 突然の事に対応できずに、顔を思いっきりぶつけてしまった。

「い、痛い……」
 当たった箇所を押さえながら、薫は目の前にいる人物を見た。
 ボサボサの髪に、同じ大学生とは思えない老け顔。間違いなく、あの電器屋で助けてくれた人だった。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私……薫って言います」
「あぁ、倉田から聞いている。電器屋での話は誤解だ。俺はお前を助けた訳じゃない。ただノートパソコンが買いたかっただけだ。お礼を持ってきたのなら、持って帰れ。俺は甘い物が嫌いなんだ」
 それを聞いて、薫は肩を落とした。
 やっぱり、男の人は甘い物が嫌いなんだ……。
 そう思っていると、佐助はドアを閉めようとした。
「あ、待って」
「なんだ?」
「その……ありがとうございました」
「だから、お礼を言われる筋合いがない。こんなコンピュータ部の老け顔に興味があるなら、いますぐ病院へ行け」
 そんなに言わなくてもいいじゃないかと反論しようと思ったが、やめた。
 なんだか、口では勝てないような気がした。
 佐助はまたドアを閉めようとする。
「あ、まだ……」
「今度は何だ?」
「あの……倉田って人が……」
「倉田がどうした」
「伝言で……「単位が危なくなっているぞ。このままだと退学だ」と伝えるように言われました。それで、倉田さんが私に「佐助は甘い物が嫌いだから、お礼するなら勉強を教えてやれって」……」
「……なんだと?」
 佐助は溜息をついた。
「断る。その気持ちだけはもらっておこう」
「え、いいの?」
「あぁ、手だてはあるからな」
「そう……ですか……」
 薫は下を向いた。
 何のお礼もできなかったことが、少し悔しかった。

 ドアが閉められて、薫は溜息をついた。
「悪かったね」
 後ろから倉田が笑みを浮かべながら言った。
「いえ、なんか私も……すいません」
「いやいや、ああ見えて佐助は喜んでいるから大丈夫だよ。だってこんなにかわいい女子が尋ねてくることなんて滅多にないことだからさ」
「えっ、わ、私が?」
「もちろん。あ、もちろんそこの君もかわいいから心配しなくてもいいよ」
 倉田は麗花を見ながら言った。
 麗花はつまらなそうな表情をして、薫の腕を引いて校舎に戻った。
「ど、どうしたの?」
「別にぃ。ただ想像していた展開にならなかっただけだよ」
「え?」
「ただの独り言だよ」
 一体、彼女は何を想像していたのか、分からなかった。






 翌日、薫はラウンジで溜息をついた。
 悩んでいる内容は、どうやって先生に謝ろうかということだった。麗花に半ば無理矢理お菓子屋に連れて行かれたせいで講義を休むことになってしまったからだ。その授業の教師は怒りっぽいのが有名で、薫が苦手なタイプの教師だった。
「そんなに溜息をつくものじゃない」
「え……」
 後ろから突然聞こえた声に、薫は驚いた。
 見るとそこには、本を片手にあくびをしながら席に座っている青年がいた。
「君が昨日休んだ授業には、あの教師は風邪で来なかった。代理の教師が来て授業をしたんだ。受けなくてもいいようなつまらない講義だったから、そんなに悩まなくてもいいさ」
「そ、そうなんですか」
「あぁ、俺は清風玲亞。他の人からはよく、フレアって呼ばれてる」
 聞いてもいないのに、玲亞は薫が聞こうとしていた事に対する回答をした。
 薫は席を立って、改めて玲亞を見つめる。
「どうして分かったんですか?」
「あぁ、少し心理学を研究していた時期があってね。ところで君、名前は?」
「え、薫ですけど……」
「なるほど、いい名前だ。薫君、遊戯王ってカードゲーム得意だろ?」
 玲亞は席を立ち上がって、ポケットからデッキを取り出した。
 薫は不審に思った。たしかに彼の言うとおり、薫は遊戯王というカードゲームにはまっていた。友達とやる決闘では、今のところ無敗を誇っている。
 でもそれは、大学生の誰にも言ったことはない。友達の麗花にもだ。
 そんな情報を、いったいどこで知られてしまったのだろうかと疑問に思った
「ちょっと俺と決闘してくれないか。デッキ持ってるだろ」
「………でも、どうして?」
「ただ興味が湧いただけさ。君が面白い人間かどうかね」
「……?」
 言っている意味が分からなかったが、薫はとりあえずデッキを取り出した。
 知らない人と決闘するのは初めてで、少し緊張した。

「「決闘!!」」












 結果は、惨敗だった。
 玲亞のライフを1ポイントも削ることはできず、薫のライフポイントは0になった。
「なるほど、"レスキュー・キャット"を主軸にした獣族デッキか」
 デッキを片づけながら、玲亞は言った。
「玲亞さん、強いですね」
「まぁね。それにしても、なかなか君は興味深い」
「え?」
「薫君、もしよかったら、俺と仕事をしないか?」
 突然の誘いだった。
「え、え?」
 どう答えたらいいか分からずにあたふたする薫を見ながら、玲亞は小さく笑みを浮かべた。
「別に、今すぐの返事じゃなくていい。ただの軽い誘いだよ。君がしたいことがあるのなら、そっちの方を優先した方がいいに決まってる」
「はい……?」
「一週間後……いや、十日後にしよう。その時、俺はまたこの時間に講義室に来るから、その時に答えを聞かせてくれるとありがたい」
 そう言って、玲亞は部屋を出て行った。

 薫は胸に手を当てて、自分に問いかけた。

 ――私がしたいことはなんなのだろう――と。

「おい、大変だぞ!!」
 外で騒ぎ声が聞こえた。薫は思考を中断して、外に出る。
「どうしたの?」
「あぁ、どうやら学校中のパソコンにテストの問題が張り出されているらしいぞ」
「テストの問題?」
 教師達の騒がしい声が聞こえる。
 のちにこれは、「テストばらまき事件」と呼ばれることになった。事件の犯人は学校内の生徒という情報だけが公表されて、学生の間で様々な噂が飛び交うことになった。





 テストばらまき事件が起こってから、一週間が経った。
 事件が起こった当初は散々騒いでいた生徒達も、だんだんと落ち着いてきて騒がなくなっていた。
 犯人のことについては、誰もまだ知らない。
「やっほー薫♪」
 親友である、萩乃麗花を除いてだ。
 どこから仕入れたのかは分からないが、誰もが手に入れることができなかった情報を、麗花は手に入れてくる。
 特にそれが大事件の情報だったときは、いつも上機嫌だった。
「どうしたの?」
「あぁ、これから弘伸と一緒に取材に行こうと思うんだ♪」
「そっか。それで、どこから情報を手に入れたの?」
「それは秘密だよ。そんなことより、どうしたの? 相談って」
 薫は麗花を呼び出していた。
 内容はもちろん、一週間前に会った謎の男、玲亞についてだった。本当はもっと前から彼のことについて聞きたかったのだが、調査で忙しかったらしい麗花と時間が合わなく、今日まで延びることになってしまったのだ。
 ようやく玲亞のことについて聞くことができると薫は思った。
「実はね………」
 一週間前のことを、薫は端的に話した。
 そのあと、玲亞の素性を聞いてみた。
 どんな性格なのか。何をしている人なのか。とりあえず知っていることをすべて教えて欲しいと言った。
 麗花は笑って、答えてくれた。
「あぁ、三年生の清風玲亞でしょ? 彼、色々と謎な部分が多いんだよね」
「そうなの?」
「うん。なんだか学校にも神出鬼没らしいよ。たしか、何かの組織に関わっているとかなんとか……」
「組織って?」
「ううんと………たしか…………思い出せないや。ごめん」
「そっか……」
「もしかして、なんかあった? あ、まさか、告白された!?」
「え!? そんなんじゃないよ。なんていうか……誘われたんだよ」
「ホテルに?」
「いやいやいや!! そうじゃないよ!! 一緒に仕事をしないかって誘われたんだよ!!」
「なんだ、つまんないの」
「と、とにかくありがとう」
「んー。じゃあ、またね」
 麗花はスキップしながら外に出て行った。
 これから彼女は大スクープになる記事の取材に行くんだろうなと思いながら、薫はそれを見送った。
 麗花は、新聞記者になりたいと言っていた。
 きっといい記者になれると思う。
 彼女には、ちゃんと夢がある。絶対に叶えたいと思っている夢がある。そんな夢があることが、どれほど羨ましいと思ったか分からない。
「私がしたいことって……なんだろう……」
 曖昧な自分が、少しだけ嫌いだ。
 誰にだって優しくできるからいい子。
 いつも笑っていて元気をふりまく、いい子。
 勉強ができるから、いい子。
 そんなことを友達にも、教師にも言われ続けて過ごしてきた。
 優しくできるから、笑顔でいるから、勉強ができるから、それらのことが一体、何になるのか分からない。仮に何でもできる人がいたからって、その人が何かをしようとしなければ意味がない。
 それだったら、冷たくて、無愛想で、勉強できなくても、夢のある人の方が偉大なように感じた。
 自分には、夢がない。
 どうしても叶えたいと思う、夢がない。
 自分が何をしたいのか、何になりたいか分からない。
「……………………………」
 玲亞先輩は言っていた。
 "君がやりたいことを優先すればいい"と。だったら、そのやりたいことがない自分は、なんて答えたらいいのだろう。
「どうしよう……」





 その日の終わり、薫は家に向かって歩いていた。
 日が落ち掛けている。なんだか、とても暗い気分だった。
 辺りから、子供のはしゃぎ声が聞こえる。まだ将来のことなんか考えずに、ただ遊んでいる。そんな時代が、少しだけ羨ましい。まだ自分も子供の頃に戻れたら、どれだけ楽だろうと思った。
 でも、そんなことができないのも分かっていた。





 それから三日後。
 玲亞はあの講義室にやって来た。
「答えを聞かせて貰おうかな」 
「………………………………」
「どうしたの?」
「…………………私は………」
 薫は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。私は一緒に仕事ができません。私には、自分が何をやりたいのかが分からないんです。中途半端な気持ちで仕事なんかできるわけないし、いても迷惑になるだけです。せっかく誘ってくれたのに……ごめんなさい!」
「…………………」
 玲亞の口から、笑みがこぼれた。
「やっぱり君はおもしろい」
「え……?」
「会って二回目の人に頭を下げるなんて、そうそうできるものじゃない。俺の睨んだとおりの人間みたいだね」
「?」
「それでもいい。俺と一緒に仕事をしてくれないか?」
「で、でも……」
「いいじゃないか。決まっていなくても。人生はまだ長いんだし、そう気負わなくてもいいんじゃないかい? これから仕事をしていって、やりたいことが決まったら、俺との仕事をやめてもいいさ」
「そんな……」
「あいつを救うためだったら、なんだっていいんだよ」
 玲亞の声色が、一瞬だけ変わった。
「え…?」
「なんでもない。こっちの話だ」
 声の調子が元に戻った。
「それより薫君、『闇の組織』ってきいたことあるかい?」
「闇の……組織……?」
 聞いたことがなかった。
「それは僕が関わっている組織に対抗する組織でね。どうやら、世界滅亡を狙っているみたいなんだ」
「世界……滅亡……?」
「あぁ、信じられないかも知れない。だが真実だよ」
「何か兵器でも作っているんですか?」
「いいや……驚くべきは、その世界を滅ぼす力が、僕達の持っている遊戯王のカードだってことだよ。彼らはどうやら、古代文明に生まれた神の力を研究しているらしい。あぁ、訳の分からないことを言っているかも知れないけれど、黙って聞いて欲しい。今の時代に神なんて非科学的なものは信じられないが、僕も調べてみたところ、昔はたしかに神と呼ばれる存在がいたらしい。人々の感情をエネルギーにして、人外的な能力を発現させる。そんな存在が、大昔には確かに存在していたんだ。信じられないかもしれないが、確かにいたんだよ」
 玲亞はやれやれといった感じで溜息をついた後、続けた。
「詳しいことはこれからもっと調べるつもりだよ」
「なんで、そのことを私に……?」
「決まってる。君と仕事がしたいからだ。闇の組織に対抗するには、強力な決闘者が必要でね。そこで、いろいろと人を誘っているわけだ。薫君もその一人ってこと」
「でも私……」
「………まぁ、もう少しだけ考えてみてくれ。あぁ、あと、大丈夫かな?」
「はい?」
「さっきまで扉の影でこそこそと盗み聞きしている女の子がいたけれど……」
 薫の頭に、麗花の顔が浮かんだ。
「彼らが、襲わないといいけどね」
「え?」
「薫君、彼女と話しておきたいことがあったら、今のうちに話しておくといいかもしれないね」
「………?」
 玲亞は遠くを見つめる。
 その様子が、なんだかとても、不気味に見えた。



 結局、返答はまた後日ということになった。
 薫は玲亞と別れたあと、胸に嫌な予感がよぎったため、広報部の部室に急いだ。
「麗花ちゃん!!」
 ドアを勢いよく開ける。
 だが、部室には誰もいなかった。
「……!」
 中心に置いてあるテーブルに、「今日はおやすみです」と書かれた紙が置いてあった。
 窓から見える空の暗さが、胸にわき起こる嫌な予感をさらに大きくする。
「麗花ちゃん……」
 薫は静かに、祈った。
 なにかに向かって祈った訳じゃない。ただ彼女の、親友の無事を祈っていたかった。












 その翌日、薫はとある病院の一室を訪れていた。
 広報部に行ったところ、麗花の姿がなかった。他の部員達に、彼女の行方を知らないかと聞いたところ、自分達は知らないが、一人知っていそうな奴がいるということで、この病院を教えて貰ったのだ。
 なんでもその人は、いつも麗花と一緒にいる人らしい。
 昨日はどうかは分からないが、麗花の行方を知っているに違いないと言われた。
「何か用ですか?」
 目の前にいる爽やかな印象を受ける青年が、口を開いた。
「あ、あの……私、麗花ちゃんの友達で……」
「……麗花の友達ですか……」
「あの、それで、麗花ちゃんが学校に来ていなくて、どこにいるか知らないかなって……」
「…………」
 青年は一瞬だけ、辛そうな表情をした。
 薫はその表情で、何かがあったんだということを判断する。
「教えて下さい」
「……僕にも……分かりません……何が起こったか、分からないんですよ」


「教えてあげよう。伊月弘伸君」


「「……!?」」
 薫と伊月は、声のした方を向いた。
 玲亞が眠たそうな表情を浮かべながら、立っていた。
「彼女は闇の組織に襲われた。おそらくね」
「闇の組織って……」
「薫君には前に言っただろう? 遊戯王のカードで世界を滅ぼそうとしている組織がいるって」
「麗花ちゃんは、どうなったんですか?」
「そこまでは分からない。ただ、闇の組織は、こうして色々な人を行方不明にしようとしているのは確かだ。まだ活動が本格的じゃないけれど、将来、確実に大勢の犠牲者がでるのは間違いない。それを阻止するために、僕はある組織に所属しているのさ」
 玲亞は真剣な眼差しで二人を見つめた。
 それは確かに、現在の危機的な状況を物語っているように見えた。
「闇の組織に対抗するには、強力な決闘者が必要でね。そこで君達をスカウトしたいんだ」
「……!」
「弘伸君は彼女を探すためにやればいい。薫君、このまま闇の組織を放って置いたら、麗花さんのような犠牲者を生む事になるよ。君はどうしたい?」
「そ、そんなの……!」
 答えは決まっていた。
 いや、決めさせられていた。
 大切な友達を失うことになんか、もうなりたくない。自分の力で人が救えるのなら、やらなければいけないと思った。
「決まりみたいだね」
「…………」
「どうしたいんだい? 俺がまだ信用できないのかな?」
「…………」
「まぁいいさ。あぁ、そうだ。もう一人、誘いたい人がいるから、その人の方へ行こうか」
「その人って……?」
「佐助という人物だよ」
 玲亞は笑みを浮かべながら、そう言った。




















 そうして、薫、伊月、佐助は玲亞に連れられて、スターという組織に入った。
 学業を両立しながらなので、仕事はまともに出来てはいなかったが、それでも闇の組織についての情報を集めていた。その間、闇の組織の動きもなく、手に入れられる情報も少なかった。
 だが確実に、闇の組織も動きだしているのが分かった。


 そして三人がスターに入って一年。
 闇の組織に潜入捜査していた仲間から、「白夜のカード」と呼ばれるカードを受け取った。
 薫と伊月のカードは色を付け、佐助のカードはコロンとなって現れた。
 だが玲亞はそれを受け取っても、カードが色を付けることはなかった。
「………」
 玲亞は白夜のカードを静かに見つめながら、深いため息をついた。
「俺には、色を付けてくれないのかい?」
 カードに語りかける玲亞の姿が、なんだか悲しく、そしてどこか怖く見えた。
「ちょっと出掛けてくるよ」
「どこにですか?」
「……友達を救い出しに行く」
 玲亞は出て行った。




 それを最後に、清風玲亞は行方不明となった。
 その手に持っていた、白夜のカードと一緒に。
 それから、玲亞のリーダーというポジションは、薫に移ることになった。






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 そして、現在。
 清風玲亞はフレアと名を変えて、薫達の前に立ちはだかっていた。
「いったい、何があったんですか?」
『答える意味はない。ただ一つ言っておくなら、自分の幻想に気がついただけだ』
「幻想……?」
『話はここまでだ薫君。仲間だった君を倒すのは悲しいが、あいつのためだ仕方ない』
 フレアはデュエルディスクを構えた。
 薫は自分のデッキをセットして、同じく構える。
「大助君に香奈ちゃん、下がってて」
「薫さん……」
『へぇ、立派になったじゃないか薫君。先輩として嬉しい限りだよ』
「余裕ですね」
『全力で君を倒してあげるよ。その方が、楽に逝けるだろ?』
 フレアの体から、闇が溢れ出した。
 薫は身構えて、目の前にいる敵に集中した。




「『決闘!!』」





 決闘が、始まった。




episode27――幻想と現実と――




 決闘が始まると同時に、辺りは深い闇に包まれた。
 どんなに大きな光でさえも掻き消すように、その闇のフィールドは部屋全体を支配する。
 薫は落ち着かない心を何とか静めるために大きく深呼吸をした。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


『どうだい薫君』
 フレアは無表情に言った。
「なんとも思いませんよ。玲亞先輩!!」
 次の瞬間、薫のデッキから白い光が輝く。
 暗い闇を吹き飛ばすように、光は全ての空間へと広がっていく。
『これは……?』
「私の白夜のカードだよ」
 薫はデッキからカードを引き抜いて、勢いよくデュエルディスクに叩きつけた。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。

 
 闇と光がお互いの力を掻き消す。
 フィールドは一気に元の白い部屋の状態へと引き戻された。
「"光の世界"が発動されている間、あなたはフィールド魔法の効果は発動できません」
『なるほど……なかなか面倒なカードだ』
「私の先攻です」
 薫はカードを引いて、考えた。
 昔、戦ったことのある玲亞のデッキはたしか、魔法カードを主軸にした魔法使い族デッキだった。単体ではあまり強力なモンスターは存在していなかったはずである。
 となると、今ある手札で最高の一手はこれしかない。
「"レスキュー・キャット"を召喚します!」
 薫の場に、黄色いヘルメットを被ったかわいらしい子猫が現れる。
 とても戦いに参加できそうにない姿をしているが、これこそが自分のデッキのキーカードなのだ。
『最初の手札でそのカードを引くとは……』
 フレアの表情が少しだけ険しくなった。
 やっぱり気づいたみたいだ。デッキとの相性を考えれば、次にやる行動は自然と決まる。
「"レスキュー・キャット"の効果発動! このカードをリリースすることで、デッキからレベル3以下の獣族モンスターを2体特殊召喚するよ!」
 子猫が胸にかけた笛を力の限り吹き鳴らす。
 その音に反応するかのように、薫のデッキからモンスターが2体呼び出された。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


 コアラッコ 地属性/星2/攻100/守1600
 【獣族・効果】
 このカード以外の獣族モンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を
 エンドフェイズ時まで0にする事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


『相変わらず、"レスキュー・キャット"を主軸にしているみたいだね』
「そうですよ。でもあのころに比べれば、私は何倍も強くなってる!!」
 登場したばかりのモンスター達の体が、薄くなる。
 その力が重なり合い、光の輪が重なる。
「シンクロ召喚!! 現れて!! "ナチュル・ビースト"!!」
 2体のモンスターの力が、自然の力を宿した獣を呼び覚ます。


 ナチュル・ビースト 地属性/星5/攻2200/守1700
 【獣族・シンクロ/効果】
 地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る事で、
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


 自然の力を宿した獣が薫の前に現れて、大きくうなり声を上げた。
『そうか……なるほど……』
「"ナチュル・ビースト"が場にいる限り、私はあなたの魔法カードを無効にするよ」
『おもしろいね。それで、どうするんだい?』
 フレアは一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
 だが、魔法主軸のデッキに"ナチュル・ビースト"の効果は刺さるはず。その余裕もあって、薫はそのままターンを終えた。




『結構驚いたよ薫君。まさか君がここまで強くなっているなんて思ってもみなかった』
「…………」
 フレアの余裕の表情を見て、薫は不思議に思った。
 "ナチュル・ビースト"の効果がある限り、相手のデッキは機能しないはずである。
 それなのにどうして笑っていられるのか分からない。
『僕のターン。手札から"終末の騎士"を召喚しよう』
「えっ」
 それは薫にとって意外なモンスターだった。


 終末の騎士 闇属性/星4/攻1400/守1200
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。


『この効果で、俺は"ネクロ・ガードナー"を墓地に落とそう』
 騎士が剣をかざすと、フレアのデッキからカードが1枚消え去った。
「どうして……」
『何かおかしいかい? 遊戯王の環境は著しく変化している。君のデッキが強力になったように、俺のデッキも以前とはまったく違うんだよ』
「…………そうですね」
 フレアの言うとおりだった。
 自分が強くなっているように、相手だって強くなっているんだ。
 どんなカードがデッキに入っていたって、不思議じゃない。
 薫は改めて、気持ちを引き締めた。
『ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   ナチュル・ビースト(攻撃:2200)

 手札5枚
-------------------------------------------------
 フレア:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   終末の騎士(攻撃:1400)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターン!」
 薫はカードを引いて、すぐにバトルフェイズに入った。
 獣が大きな咆吼を上げて、騎士に向かって突撃する。
『残念だけど、その攻撃は通せないな』
 フレアは笑みを浮かべると、墓地から1枚のカードを取り出した。
 2体のモンスターの間に壁が現れて、薫のモンスターの突撃はそれに阻まれてしまった。
「やっぱり、そうですよね」
『墓地にいる"ネクロ・ガードナー"の効果を発動させて貰ったよ』

 ネクロ・ガードナー→除外

 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


『この効果で攻撃を無効にして、俺のモンスターは無傷だ』
 騎士は無傷でフレアの場に立っている。
 薫のモンスターは悔しそうに唸った。
「私はメインフェイズ2に入って、モンスターをセットしてターンエンドです」




『じゃあ俺のターン。デッキからカードをドローして、"終末の騎士"をリリースしよう』
 騎士の体が、深い闇に飲み込まれるようにして消えていく。
 そして新たな闇から、不気味な魔術師が姿を現した。


 闇紅の魔導師 闇属性/星6/攻1700/守2200
 【魔法使い族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。

 闇紅の魔導師:魔力カウンター×0→2 攻撃力1700→2300

「攻撃力2300……!」
『薫君、たしかに"ナチュル・ビースト"は効果が強力だが、攻撃力の低さが弱点だな』
 魔術師の杖に先に、闇の力が込められる。
『とりあえず、君の邪魔なモンスターを消し去ってあげよう』
「そんな!」
 杖の先から放たれる魔力が、薫の場にいるモンスターを焼き尽くした。

 ナチュル・ビースト→破壊
 薫:8000→7900LP

「っ…!」
 ほんの小さなダメージだったが、かなりの衝撃が薫を襲った。
『これで邪魔者はいなくなったね。まぁ、俺はこのままターンエンドさ』
 フレアはまだまだ余裕といった感じで、ターンを終えた。
 
-------------------------------------------------
 薫:7900LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター

 手札5枚
-------------------------------------------------
 フレア:8000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇紅の魔導師(攻撃:2300・魔力カウンター×2)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私の……ターン!」
 まさかこんな簡単に"ナチュル・ビースト"を倒されてしまうとは思っていなかった。
 でも、相手は自分の先輩。これぐらいできて当然なのかも知れない。
 薫はそう思いながら、引いたカードを含めた6枚の手札を見つめて、次の行動を決めた。
 相手はまだ油断している。
 だったら、早めに仕掛けて主導権を握るに限る。
『ほら、早くしなよ』
「……!」
 まるで自分のことなど、敵とすら認識していないかのようにフレアは言う。
 その行動が、薫の心に小さくだが、確かな火を付けた。
「いきます!」
 薫は意を決して、攻勢にでることにした。
「手札から"レベル・スティーラー"を捨てて、魔法カードを"死者転生"を発動するよ!」


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。


 死者転生
 【通常魔法】
 手札を1枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。


 薫の捨てた手札から小さな光が溢れる。
 その光の中から再び子猫が現れて、薫の手札に加わった。
『なるほど』
「そして、伏せてあった"ボルト・ヘッジホッグ"を反転召喚します。さらに、"死者転生"の効果で手札に加えたばかりの"レスキュー・キャット"を召喚するよ!」
 薫の場に小動物2体が現れる。
 それらはその小さな体に大きな闘志を秘めて、戦いの場に姿を現した。


 ボルト・ヘッジホッグ 地属性/星2/攻800/守800
 【機械族・効果】
 自分フィールド上にチューナーが表側表示で存在する場合、
 このカードを墓地から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚したこのカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「私は"レスキュー・キャット"をリリースして、デッキから"X−セイバー エアベルン"と"デス・コアラ"を特殊召喚するよ!!」
 先程と同じように、子猫は胸の笛を思いっきり吹き鳴らす。
 その音に応えるかのように、薫の場には新たなモンスター達が姿を現した。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


『一気に三体のモンスターを展開したか』
「まだだよ。レベル2の"ボルト・ヘッジホッグ"とレベル3の"デス・コアラ"に、レベル3の"X−セイバー エアベルン"をチューニング!!」
 三体のモンスター達の体が混じり合う。
 無数の光の輪の中に、一筋の光が走る。
「シンクロ召喚!! 現れて!! "スターダスト・ドラゴン"!!」


 スターダスト・ドラゴン 風属性/星8/攻2500/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に
 存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


 現れたのは、星の力を宿した龍だった。
 大きな咆吼を上げ、全てを守ろうとする意志と共に、その龍は敵となる魔術師を睨み付ける。
『なるほど、いい手だな』
「バトルだよ!!」
 薫の宣言で、星屑の龍はその口にエネルギーを溜める。
「いけ!! "スターダスト・ドラゴン"!!」

 ――シューティング・ソニック!!――

 放たれたエネルギーを受け止めることは出来ずに、魔術師は吹き飛ばされた。

 闇紅の魔導師→破壊
 フレア:8000→7800LP

『くっ……』
「ターンエンドだよ」

-------------------------------------------------
 薫:7900LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
 
 手札5枚
-------------------------------------------------

『いいね薫君。それくらいやってくれないと張り合いがなくて困っていたところだよ』
「そうですか」
『じゃあ、俺もそろそろ本気でいかせてもらおう』
 フレアの表情が変わった。
 余裕の笑みを浮かべていたのが、一気に険しくなる。
『僕のターン、ドロー。手札から"おろかな埋葬"を発動しよう』
 地面から無数の手が伸びて、フレアのデッキからカードを1枚墓地に送った。
 墓地に送られたカードは、カードを覆う闇が邪魔して見ることが出来なかった。


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


「何を墓地に送ったんですか?」
『さぁね。カードを1枚伏せてターンエンドだ』




「……私のターン……」
 薫はフレアの場を見て考える。
 相手の場には伏せカードが1枚。自分の場には破壊を無効にする"スターダスト・ドラゴン"が存在している。
 何を伏せたのかは分からないけれど、ここで攻めないと、いつ攻めていいか分からなくなってしまいそうだった。
「いきます!」
 攻撃を宣言する。
 星屑の龍が大きく翼を広げて、羽ばたいた。
『罠カード発動!!』
 その瞬間、発動された罠。
 薫は身構えた。


 リミット・リバース
 【永続罠】
 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


『この効果で、俺は"ユベル"を特殊召喚しよう』
 フレアの目の前に、深い闇が吹き出る。
 その闇は凝縮し、形を成していく。
 現れたのは闇の翼を持った人型のモンスター。
 口元にうっすらと笑みを浮かべて、不気味な人型モンスターは星屑の龍の前に立ちはだかる。

 ユベル:攻撃力0

「攻撃力0……?」
 薫は不思議に思った。
 "スターダスト・ドラゴン"の攻撃力は2500。どうやっても勝てる道理なんかあるはずがない。
 何か効果があるのかも知れないけれど、破壊関係の効果なら無効に出来る。
 おそらくさっきの"おろかな埋葬"で墓地に送ったモンスターがこれなのだろうが、なぜそこまで手間を掛けて墓地に送る必要があったのか。どうして蘇生させる必要があったのか、分からない。
『さぁ、どうする?』
 フレアがなぜあそこまで余裕なのかが、薫には分からない。
『まさか、怖じ気づいたのかい?』
「……!」
 考えても仕方がない。
 そう思った。
「バトル!!」
 薫は覚悟を決めて、攻撃を宣言した。
 星屑の龍が、その口にエネルギーをためる。

「駄目だ!! 薫さん!!」

 後ろで大助が叫んだ。
 だが遅かった。
 そう、薫は知らなかった。
 目の前にいるモンスターが、どれほど凶悪な能力を有しているのかを。
『かかったね』
 フレアと、相手のモンスターが同時に笑った。
 人型のモンスターの体が、不気味な黒い光を発する。
 星屑の龍の動きが止まった。
「え……?」
 龍の体の向きが、180度回転する。
 その敵意に満ちた目で見つめるのは、フレアではなく、薫自身。

 ――シューティング・ソニック!!――

 龍の口から、高密度のエネルギーが放たれる。
 それは一直線に薫に向かい、直撃した。
「きゃああああぁ!!」
 
 薫:7900→5400LP

「うぁ……」
 薫は膝をついた。
 予想もしていなかったダメージに、困惑する。
「どうして……?」
 なぜ、自分の仲間であるはずの"スターダスト・ドラゴン"が攻撃してきたのか分からなかった。
『どうやら知らなかったみたいだな』
「え?」
『俺がただの攻撃力0をだすと思ったのか? "ユベル"には、特殊効果があるのさ。それはね、相手の攻撃を跳ね返すという効果だよ』
「………!!」


 ユベル 闇属性/星10/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、
 攻撃モンスターの攻撃力分ダメージを相手ライフに与える。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 このカードは自分のエンドフェイズ時に
 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げなければ破壊される。
 このカードの効果以外の方法で破壊された時、自分の手札・デッキ・墓地から
 「ユベル−Das Abscheulich Ritter」1体を特殊召喚できる。


「攻撃を跳ね返すなんて……」
 薫にとって見たことも、聞いたこともない効果だった。
『どうだい? 自分のモンスターに攻撃される気分は』
「………」
『いい表情だ。仲間だと思っていた奴に攻撃される者の気分が、少しは分かってくれたみたいだね』
「……?」
『さぁ、どうする?』
 薫はその問いに答える前に、場にいる龍の姿を見た。
 龍は薫の体を案ずるように低いうなり声を上げた。
「大丈夫だよ」
 薫は笑顔を作ってそれに応えた。
『………』
 フレアはそれを見て、若干の苛立ちを覚える。
「私はこのまま、ターンエンドです」

-------------------------------------------------
 薫:5400LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   スターダスト・ドラゴン(攻撃:2500)

 手札5枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル(攻撃:0)
   リミット・リバース(永続罠)
 
 手札4枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!!』
 フレアがカードをドローすると、その場に新たなモンスターが召喚された。
 その姿はまるで電卓のような形をしている。


 ザ・カリキュレーター 光属性/星2/攻?/守0
 【雷族・効果】
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 全てのモンスターのレベルを合計した数×300になる。


「な、なにこれ…?」
『"ザ・カリキュレーター"の攻撃力は、自分フィールド上にある星の数の合計の300倍だ!』
「……!」
 フレアの場にある星に数は、合計12。
 よって――――

 ザ・カリキュレーター:攻撃力?→3600

「攻撃力3600!?」
 予想もしていなかった高攻撃力の登場に、薫は動揺した。
 いくら"スターダスト・ドラゴン"の攻撃力が若干低めだとはいっても、それをこんな簡単に軽々と超えられるはずがないと思っていた。
 それなのにこうして、たった1枚のカードでクリアしてしまう。
 フレアの決闘者としての腕を改めて感じ取った。
「でも……これって……」
 決闘が始まった直後、フレアのデッキは魔法使いデッキだと思っていた。
 だが今の状況を見る限り、想像していたデッキとはまるで違う。
『そうだよ薫君。君のデッキも強くなっていたように、俺のデッキは昔とは違う』
「……!」
『バトルだ』
 電卓の形をしたモンスターが、その体から高電圧の電流を発する。
『消え去れ。"スターダスト・ドラゴン"』
 放たれた電流に星屑の龍は耐えきれず、焼かれてしまった。

 スターダスト・ドラゴン→破壊
 薫:5400→4300LP

「うぁ……っ!」
『苦しめよ。そしてその何も知らない甘さごと消えてくれ』
「っ……!?」
『カードを1枚伏せて、ターンを終了する……といいたいが、その前に"ユベル"の効果が発動する』
 人型のモンスターがその翼を広げ、近くにいる電卓のモンスターの体を包み込んだ。
 すると包み込まれたその体が黒く染まり、塵となって消えていく。

 ザ・カリキュレーター→墓地

「なにをしたの!?」
『"ユベル"はエンドフェイズ時に自分のモンスターをリリースしないと死んでしまうのさ。強力なモンスターをその場
に残す。決闘の鉄則だろ?』
「でも、味方を犠牲にするなんて……!」
『仕方がないことじゃないか。みんなが生き残ることはできないんだからな』
「そんなことないよ!! ちゃんと考えれば、いくらでも方法は……!!」
『薫君、そろそろ大人になりな。そんな甘い考え、出来るわけ無いんだ』
 フレアはそう言って、ターンを終えた。

-------------------------------------------------
 薫:4300LP

 場:光の世界(フィールド魔法)

 手札5枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル(攻撃:0)
   リミット・リバース(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「出来ない事なんか、何もないよ!! 私のターン!!」
 薫は勢いよくカードを引いた。
 だがその勢いとは裏腹に、心の中にかすかな揺らぎができていた。
「私はこのカードを召喚するよ!」
 カードをデュエルディスクに叩きつける。
 現れたのは、魔法のローブを身に纏った僧の姿。


 召喚僧サモンプリースト 闇属性/星4/攻800/守1600
 【魔法使い族・効果】
 このカードはリリースできない。
 このカードは召喚・反転召喚に成功した時、守備表示になる。
 1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てる事で、
 自分のデッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは、そのターン攻撃する事ができない。

 召喚僧サモンプリースト:攻撃→守備表示

「この子の効果で、私は手札から魔法カードを捨てて、デッキから"霞の谷の戦士"を特殊召喚!!」
 僧が魔力をためて、薫のデッキから新たな味方を呼び出す。
 呼び出されたのは霞の谷にその名を轟かせる、風の力を操る戦士。


 霞の谷の戦士 風属性/星4/攻1700/守300
 【鳥獣族・チューナー】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカードとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターは、
 ダメージステップ終了時に持ち主の手札に戻る。


『またシンクロ召喚か』
「いくよ! レベル4の"召喚僧サモンプリースト"に、レベル4の"霞の谷の戦士"をチューニング!!」
 再び現れる光の輪。
 お互いの力を合わせて、より強力な力を誕生させるために二体のモンスターの体が同調する。
「シンクロ召喚!! 出てきて"ギガンテック・ファイター"!!」
 光の柱が立ち、その中から強靱な肉体を持つ戦士が現れた。
 その筋肉の鎧に覆われたその体は、大地を揺らしてしまうかもしれないと思うほどたくましい。


 ギガンテック・ファイター 闇属性/星8/攻2800/守1000
 【戦士族・効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードの攻撃力は墓地に存在する
 戦士族モンスターの数×100ポイントアップする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、墓地に存在する
 戦士族モンスター1体を選択し自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。


「これなら強力なモンスターが出てきて戦闘で倒されても、大丈夫だよ」
『なるほどな。"ギガンテック・ファイター"の自己再生能力は高い。だが、それでは"ユベル"を突破することができないんじゃないかい?』
「大丈夫だよ」
 薫はそう言って、一枚のカードを発動させる。


 精神同調波
 【通常魔法】
 自分フィールド上にシンクロモンスターが表側表示で存在する場合のみ
 発動する事ができる。相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


『……!』
「これなら"ユベル"を破壊できる!!」
 戦士の体から、大きな波動が巻き起こる。
 その強い波動の力は、フレアの場にいる人型のモンスターを吹き飛ばし、破壊した。

 ユベル→破壊

「やった!!」
 凶悪な効果をもつモンスターを破壊できたことに、薫は喜ぶ。
 だがそれも、一瞬のことだった。
『この瞬間、"ユベル"のもう一つの効果が発動する』
「……!?」
 さっきまでフレアのモンスターが存在していた場所に、黒い塊が現れた。
 そしてその塊は不気味にうごめき、形を作っていく。
 再び黒い翼が現れて、先程より人間離れした姿が現れる。
 その体の中心には大きな目があり、頭となる部分には2匹の龍が鋭い牙をあらわにしている。

 ユベル−Das Abscheulich Ritter→特殊召喚(攻撃)

「これって……?」
『"ユベル"の進化形態さ』
「……!」
 現れたフレアのモンスターに、薫は恐怖を感じた。
 不気味な声を出し、獲物を待ち構えるかのような目つきでフィールドを見回している。
『さぁ、どうする?』
 薫は現れたモンスターの効果を見ようとした。
 だが先程と同じように、闇が効果欄の場所を覆っていて、見ることが出来ない。
 でもとりあえず、攻撃しなければ何も問題ないと思った。
「カードを1枚伏せて……ターンエンド……」

-------------------------------------------------
 薫:4300LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   ギガンテック・ファイター(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Abscheulich Ritter(攻撃:0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだ』
 フレアのターンになる。
 相手が何をしてくるか分からない以上、薫は相手の動きを警戒せざるを得なかった。
『随分、警戒しているみたいだが大丈夫かい?』
「………玲亞先輩……」
『今はフレアだ。なんだい薫君?』
「何があったんですか?」
『……………………………』
 フレアの表情が一瞬変わる。
 薫はさらに続けた。
「玲亞先輩は不思議な人だったけれど、ちゃんと平和な世界を目指すために闇の組織を探っていた。それなのに、白夜のカードを手に入れた途端にいなくなって、そして……」
『だから、最初に言っただろう? 現実と幻想に気がついただけだよ』
「現実と……幻想……?」
「たしかに昔は平和な世界を作ろうと思っていたよ。だけどな、そんなことは出来ないって事が分かったんだ。いいや、正確に言うと気づかされたんだ。あいつに出会って、自分の思考がどれだけ甘いことだったのかを思い知らされた」
 フレアはどこか遠くを見るような目をして言った。
 薫は黙って、言葉の続きを待つ。
『あいつに出会ったのは、大学に入ってからだった。たまたま隣の席になって、話して、仲が良くなった。その頃はまだ俺も平和について考えていた。だがある日、あいつは海外へ家族で旅行に行った。そして、事件が起きたんだ』
「何が……起きたんですか……?」
『あいつの行った国は、まだ紛争がたくさん起こっている国だった。ここまで言えば、なんとなく分かるだろ?』
「……まさか」
『そう、自爆テロってやつだ。町の真ん中で一人のテロリストが自爆したんだ。あいつの家族はそれに巻き込まれて即死して、あいつだけが生き残ってしまったんだ。あいつが変わったのはそれからだ。体を鍛えるようになって、どうやって知ったのかも分からない闇の組織と通じるようになった。しかもさらに驚きなのが、そのことを包み隠さず俺に伝えてきたってことさ。まるで、止められるなら止めてみろとでも言われているようだった。俺はあいつの事を友達だと思っていたから、なんとしても救わなければいけない。そう思って俺も色々と頑張って、スターを作った。そして君達を誘って、闇の組織を研究し始めた。そして、白夜のカードの存在を知った。それがあれば、あいつを救えると思った。だが白夜のカードは俺に力を貸してくれなかった』
 薫はその当時のことを思い出す。
 たしかに、玲亞は白夜のカードが色を付けなかった。
『信じられなかったよ。自分には友達を救う力がないのかって思った。だから、そんな考えを振り払うために、俺はあの日にあいつの元へ行った。もちろん、仲間になるためじゃない。あいつを止めるためだったんだ。だが、あいつの決闘で俺は負けた。そして、あいつに現実を突きつけられて、自分の幻想に気づいたんだよ』
「その……あいつって誰なんですか?」
『もちろん、俺達のボスだ。ダークだよ』
「……!!」
『あいつは言ったよ。「世界は腐っている。俺に起きたような出来事が、世界各地で今も起こっている。それなのに他の国ではのうのうと生きている人間がいる。そんなことがあっていいはずがない」ってな』
「それは……」
『言い返せないだろ? そりゃそうだ。事実だからな。平和な世界なんか、無理なことなんだよ。たとえどこかの地域が平和でも、すぐ隣の地域では争いが起こっている。大小を無視すれば、もっともっと起こっている。平和なんて言葉は、何も知らない人間が作ったただの幻想だ。現実を見れば、そんな甘い考えはすぐに失せる。そのことに気づかされた俺はあいつの仲間になった。くだらない世界なら、一度壊してしまった方がいい。その後に新しい世界ができても、平和には絶対にならない。だから何度だって壊す。壊して壊して壊して、その繰り返しをするんだ』
「そんなこと……間違ってます!」
『じゃあ薫君、君はこんな矛盾だらけの世界を、どうしたいんだい?』
「…………」
『ダークの家族は死んだ。今も各地でたくさんの人が死んでいる。誰かを救おうとしても、救えなかったこともたくさんあっただろう? 自分の無力さを感じたこともあるだろう? それをふまえて、君はどういう「答え」をだす?』
「私は………」
 言葉に詰まる。
 たしかに、フレアの言うとおりだった。
 矛盾だらけの世界で、何度もおかしいと思ったことはある。苦しいと思ったこともある。
 どうしたらいいか、分からなくなりそうになったこともある。
『答えられないみたいだね。まぁいいさ。僕はこのままターンエンドだ』
 ターンの終了が告げられる。
 相手の不気味な黒い翼が広がった。そこから無数の黒い矢が無差別にフィールド上に放たれる。
 薫の場にいる屈強な戦士もその黒い矢に貫かれて、その場に崩れ落ちた。

 ギガンテック・ファイター→破壊

「そんな……」
 戦闘破壊に対して擬似的な耐性がある"ギガンテック・ファイター"を、何もしないで破壊してしまった。
 一体何が起こったのか分からなかった。
『これが、進化したユベルの効果だ』


 ユベル−Das Abscheulich Ritter 闇属性/星11/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「ユベル」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、
 攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 自分のエンドフェイズ時にこのカード以外のモンスターを全て破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、自分の手札・デッキ・墓地から
 「ユベル−Das Extremer Traurig Drachen」1体を特殊召喚できる。


『敵味方もなく、みんなを巻き込む力。こんな感じなんだろうな。テロって』
「……!」

-------------------------------------------------
 薫:4300LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Abscheulich Ritter(攻撃:0)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私の……ターン……」
 薫の表情は暗い。
 現実を突きつけられて、自分の考えに迷いが生まれる。
 答えなんてあるのか、とすら思えてしまった。
「薫さん!!」
 後ろで香奈が叫ぶ。
 その声で薫は我に返った。
「わ、私のターンだよ。ドロー!!」
 引いたカードを確認した瞬間、薫の表情が変わった。
 目を閉じて、意識を集中する。
 何を考えていたんだろう。迷う必要なんか無い。自分のやりたいことは、もう決まっているじゃないか。
 誰になんと言われたって、揺らぐ必要なんかどこにもない。
「私は……手札から"死者蘇生"を発動するよ。この効果で"レスキュー・キャット"を特殊召喚!」
 十字架の光が照らされて、薫の場に子猫が再び現れた。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「"レスキュー・キャット"の効果を発動するよ!!」
 大きく笛を吹き鳴らして、子猫はその姿を消す。
 薫のデッキから、仲間の獣たちが呼び出される。


 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


「行くよ!!」
 二体のモンスターが同調し始めた。
『またシンクロ召喚か』
「そうだよ!! シンクロ召喚!! 現れて! "氷結界の龍 ブリューナク"!!」
 辺りを冷気が包み込む。
 その中心に、氷の世界から生まれた龍が現れる。
 触れただけで凍り付いてしまいそうな冷気を持ち、敵となるフレアを睨み付けて、龍は咆吼を上げた。


 氷結界の龍 ブリューナク 星6/水属性/攻2300/守1400
 【海竜族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分の手札を任意の枚数墓地に捨てて発動する。
 その後、フィールド上に存在するカードを、墓地に送った枚数分だけ持ち主の手札に戻す。


「この効果で、手札の"スキルサクセサー"と"チューニング・サポーター"を捨てて、あなたの場にいるモンスターと伏せカードを手札に戻すよ!!」
 氷の龍が凍り付くような息を吐き出した。
 フレアの場にいたモンスターと伏せカードは、その冷気から逃げるように手札に戻ってしまった。


 スキル・サクセサー
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
 攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
 自分のターンのみ発動する事ができる。


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。

 ユベル−Das Abscheulich Ritter→手札
 伏せカード→手札

「やった!」
 今度こそ、攻撃できる。
 薫はそう思って、氷の龍に命令を下そうとした。
『この瞬間、"ユベル−Das Abscheulich Ritter"の効果が発動する』
「……!」
 現れたのは、先程よりもさらに深い闇。
 黒い翼は大きくなり、胴体には不気味な顔があらわになる。
 禍々しい姿でフィールドを支配するかのように、ゆっくりとそれは地面に降り立った。
「また…進化した……!」
『残念だったな。それで、どうする?』
「……ターンエンドだよ」

-------------------------------------------------
 薫:4300LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   氷結界の龍 ブリューナク(攻撃:2300)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 フレア:7800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Extremer Traurig Drachen(攻撃:0)

   手札6枚
-------------------------------------------------

『俺のターン』
 何回除去しても出てくる相手のモンスターに、薫は焦りを感じた。
 いつになったら、自分はちゃんとした攻撃が出来るんだろうとも思った。
『そろそろ俺も攻めようかな』
 そう言ってフレアが召喚したのは、電卓のモンスター。


 ザ・カリキュレーター 光属性/星2/攻?/守0
 【雷族・効果】
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 全てのモンスターのレベルを合計した数×300になる。

 ザ・カリキュレーター:攻撃力?→4200

「攻撃力4200!?」
『さらに手札から"騒々虫"の効果を発動して、カリキュレーターのレベルを1上げる』


 騒々虫 地属性/星2/攻700/守300
 【昆虫族・効果】
 このカードを手札から墓地へ送って発動する。
 フィールド上に存在するモンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで1つ上げる。

 ザ・カリキュレーター:星2→3 攻撃力4200→4500

「うそ!?」
 とんでもない攻撃力の数値に、薫はいよいよ危機感を感じた。
 このまま攻撃されたら、氷の龍はひとたまりもない。
『バトルだ! "ユベル−Das Extremer Traurig Drachen"で攻撃!』
「え!?」
 訳が分からなかった。
 攻撃力0のモンスターで攻撃する。今までのユベルの効果から考えると戦闘ダメージは受けない効果を持っているのはたしかだ。でも、自分から攻撃するなんて、意味がないはず。
『さぁ、効果発動だ』
 フレアのモンスターの体が黒く輝いた。
「そんなっ…!」
 氷の龍の体が、薫の方を向く。
 龍はその口に冷気をため、正気を失った目で主人を見下ろす。
「ブリューナク!!」

 ――コキュートス・ブレス!!――

「うあああぁぁ!!」

 薫:4300→2000LP

 まさかの一撃だった。
 むこうから攻撃してきたはずなのに、どうして自分のモンスターが攻撃してきたのか分からなかった。
「何が起きてるの?」
『ユベルはこの姿の時、自分から攻撃しても相手のモンスターを操ってダメージを与える事ができるのさ』
「そんな……効果……」
『それだけじゃない』
 フレアの視線の先には、正気を失った氷の龍がいる。
 龍は苦しそうな声を上げて、その場で暴れ回っている。まるで主人を攻撃してしまったという罪悪感に縛られて、苦しんでいるようだった。
「どうしたの!? ブリューナク!!」
『"ユベル−Das Extremer Traurig Drachen"と戦闘したモンスターは、主人を攻撃したという罪悪感で破壊される』


 ユベル−Das Extremer Traurig Drachen 闇属性/星12/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「ユベル−Das Abscheulich Ritter」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターと戦闘を行った場合、
 ダメージステップ終了時に相手モンスターの攻撃力分のダメージを
 相手ライフに与え、そのモンスターを破壊する。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


「そんな…!」
 苦しそうに声を上げて暴れ回る氷の龍の姿は、薫には耐えられなかった。
 デュエルディスクから自分でカードを取り外して、すぐさま墓地に送った。
 氷の龍は暴れるのをやめて、穏やかな表情でフィールドから姿を消した。

 氷結界の龍 ブリューナク→破壊

「ごめんねブリューナク……」
『悲しんでいる暇はないぞ』
 フレアの場にいる電卓のようなモンスターが、放電し始めた。
『消えなよ。薫君』
 放たれた電流が、薫に襲いかかる。
「「薫さん!!」」
「大丈夫だよ」
 薫は伏せカードを開いた。
 電流と薫の間に巨大な筒が現れて、電流を全て飲み込む。
 フレアの上に、もう一つの筒が現れた。そのからバチバチと電流が迸り、放出された。
『ぐっ…あああぁあ!!』

 フレア:7800→3300LP

 フレアは膝をつく。
『何をした!?』
「このカードの力だよ!!」
 薫の場に開かれていたカード。
 それは遊戯王の大会で出会った、あの少女のカード。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「ダークが無理矢理、仲間にした子のカードだよ。どんなに世界が腐っていても、ダークのやることは、絶対に間違っている!」
『くっ……』
「今まで犠牲になった人達は、みんな希望を持って生きていたんだよ。それなのに、あなた達がその人達の希望を奪ったんだよ。そんなことして、心が痛くならないの!?」
 薫は必死で声を上げた。
 今までダークの仲間にされてしまった人達は、みんな希望を持っていた。
 それなのに、どうしてそんな人達が犠牲にならなければならなかったのか。
 心に感じていた疑問を、問いかける。
『うるさいよ薫君。大口叩くのは構わないが、状況を見てごらん。ライフは俺が上。手札も俺の方が上。君の方が圧倒的に不利だ。このままじゃ、他の人達の前に君自身が闇に飲み込まれるよ』
「まだ、決まった訳じゃないよ!!」
『まったく……その目……嫌いだな。カード1枚伏せてターンエンド』

-------------------------------------------------
 薫:2000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 フレア:3300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Extremer Traurig Drachen(攻撃:0)
   ザ・カリキュレーター(攻撃:4200)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン!!」
 薫はその目に強い意志を宿して、カードを引いた。
 その口に、笑みが浮かぶ。
「"デブリ・ドラゴン"を召喚するよ!!」


 デブリ・ドラゴン 風属性/星4/攻1000/守2000
 【ドラゴン族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、
 自分の墓地に存在する攻撃力500以下のモンスター1体を
 攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 ドラゴン族モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。
 また、他のシンクロ素材モンスターはレベル4以外のモンスターでなければならない。


「この効果で、墓地にいる"チューニング・サポーター"を特殊召喚!! さらに"ボルト・ヘッジホッグ"を自身の効果で特殊召喚するよ!」


 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 ボルト・ヘッジホッグ 地属性/星2/攻800/守800
 【機械族・効果】
 自分フィールド上にチューナーが表側表示で存在する場合、
 このカードを墓地から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚したこのカードはフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。


 一気に三体のモンスターが同調する。
 フィールドに赤い薔薇が舞い散った。
 龍は深紅の体に、茨の尾を持ち、大きく咆吼を上げる。
「シンクロ召喚!! 現れて!! "ブラックローズ・ドラゴン"!!」


 ブラック・ローズ・ドラゴン 炎属性/星7/攻2400/守1800
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、
 フィールド上に存在するカードを全て破壊する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する植物族モンスター1体をゲームから除外する事で、
 相手フィールド上に存在する守備表示モンスター1体を攻撃表示にし、
 このターンのエンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。

 ボルト・ヘッジホック→除外

『これは……!!』
「いっけぇ!! "ブラックローズ・ドラゴン"!!」
 薔薇の龍がその翼を大きく広げる。
 辺りに強烈な風が巻き起こり、フィールド全体に吹き荒れる。
 自身の力を一気に解放し、フィールドにいるすべてのカードを吹き飛ばした。

 ブラックローズ・ドラゴン→破壊
 ユベル−Das Extremer Traurig Drachen→破壊
 ザ・カリキュレーター→破壊
 聖なるバリア−ミラーフォース−→破壊

「これで、まだ分からないよ!!」
『いいや。分かるよ』
 あってはならない光景だった。
 吹き飛ばされたはずのフレアの場に、闇が凝縮していく。
「まさか……」
『そのまさかだよ。それにしてもやるね薫君。この姿を見せるのは、君が初めてだよ!!』
 凝縮した闇が、人の形になっていく。
 それは最初の人型モンスターよりも、さらに人に近い姿をしていた。
「え……?」
 形がより鮮明になっていく。
 全身が真っ黒で、形は完全に人の姿をしていた。目に耳や鼻、口もある。
『ユベルの最終形態は、明確な姿を持たない。だがその形は、まさしく君達人間だ。お互いに傷つけ合って、そして滅びていく。そんな醜くておろかな存在が、こいつだ』 


 ユベル−Das Final Death Drachen 闇属性/星12/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 「ユベル−Das Extremer Traurig Drachen」が破壊されたときのみ、
 デッキまたは手札から特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターと戦闘を行った場合、
 ダメージステップ終了時に相手モンスターの攻撃力分のダメージを
 相手ライフに与え、そのモンスターを破壊する。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 1ターンに1度、自分の墓地からレベル4以下のモンスターを除外し、
 プレイヤーに除外したモンスターの攻撃力分のダメージを与えることが出来る。
 この効果でダメージを受けたプレイヤーは、デッキからカードを1枚ドローする。
 この効果を使ったターン、このカードは攻撃宣言をすることができない。


「これがユベルの本当の姿……?」
『あぁ、安心しな薫君。ユベルはこれより進化しない。これが俺の切り札だ。これをなんとかできれば、君の勝利だよ。まぁもっとも、その前に君のライフが尽きるだろうけどね』
「……私は"チューニング・サポーター"の効果でカードを1枚ドローするよ」
 薫は引いたカードをすぐさま場に伏せた。
「ターンエンド」

-------------------------------------------------
 薫:2000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 フレア:3300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Final Death Drachen(攻撃:0)

 手札4枚
-------------------------------------------------

『俺のターン……"ユベル−Das Final Death Drachen"の効果発動。"終末の騎士"を除外する』
 フレアは墓地を探り、1枚のカードをポケットに入れた。
 フィールドの人の姿をしたモンスターが、その手に刃を握る。
 そして薫との距離を一瞬で詰めて、薫の腹部に刃を突き刺した。
「うっ…あぁ…!!」

 薫:2000→600LP

『薫君はダメージを受けたから、1枚ドローしていいよ』
「うぅ……」
 薫は痛みに耐えて、デッキからカードをドローする。
『この効果を使ったから、俺は攻撃できない。だけど次のターンで確実に仕留める』
 バトルフェイズが終了して、メインフェイズ2に移った。
 フレアは薫の目を見ながら、今のターンに出来る最高の戦術を披露する。
『手札から"皇帝の秘宝"を発動してユベルに装備する』


 皇帝の秘宝
 【装備魔法】
 装備されたモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
 このカードを装備されたモンスターが破壊されるとき、
 代わりにこのカード以外の自分フィールド上のカードを墓地に送ることで
 破壊を無効にすることができる。

 ユベル−Das Final Death Drachen:攻撃力0→800

『さらに手札から"黒いペンダント"を装備する』
 人型のモンスターに、怪しげなペンダントが着けられる。
 その宝石の中に秘められた魔の力によって、相手のモンスターはさらに攻撃力を上げる。


 黒いペンダント
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 ユベル−Das Final Death Drachen:攻撃力800→1300

『さらに永続魔法、"強制戦闘"を発動する』


 強制戦闘
 【永続魔法】
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
 このカードが表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは戦闘を行う場合、必ず選択したモンスターと戦闘を行わなければならない。


『これで、薫君は戦闘を行う場合、ユベルに攻撃しなければいけなくなった』
「……!」
『そして最後に、手札で腐っている"ユベル−Das Abscheulich Ritter"を捨てて、魔法カード"盗賊王の書物"を発動する』


 盗賊王の書物
 【通常魔法】 
 手札を1枚捨てて発動する。
 自分のデッキから罠カードを1枚選択し、お互いに確認したあと手札に加える。


『この効果で、俺は"災厄の風"を手札加える』
「それは……?」


 災厄の風
 【通常罠】
 自分の場に存在するカードを対象にするカード効果が発動されたときに発動できる。
 その効果をエンドフェイズ時まで無効にする。無効にしたカードがモンスターカードだった場合、
 そのモンスターを発動ターンのエンドフェイズ時まで守備表示にする。


『これを伏せて、ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 薫:600LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 フレア:3300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Final Death Drachen(攻撃:1300)
   皇帝の秘宝(装備魔法)
   黒いペンダント(装備魔法)
   強制戦闘(永続魔法)
   伏せカード1枚(災厄の風)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン!!」
 薫はカードを引いた。
 引いたカードは、"貪欲な壺"。


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 ここにきてのドロー強化カード。
 自分でもかなりの引きだなと思った。
 デッキに戻すモンスターの数も十分すぎるほど存在している。
 けれど……一体どうすればいい?

 薫は相手の場を見つめた。
 相手の場には装備カードで力を上げた攻撃力1300のモンスター。
 戦闘で破壊されることはなく、攻撃も相手に跳ね返してしまう。
 直接攻撃をしようとしても、"強制戦闘"がある限りユベルと戦闘しなければいけない。
 モンスターを破壊しようとしても"皇帝の秘宝"の効果によって破壊を免れることが出来る。
 そして一番厄介なのが相手の場に伏せられている"災厄の風"だ。
 あのカードがある限り、ブリューナクのような対象を取る効果を無効にされてしまう。
「どうしよう……」
 自分のデッキに"大嵐"や"ハリケーン"は入っていない。伏せカードを除去するのは、難しそうだ。
 一応、場には伏せカードが1枚あるが、それは―――。


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


 今のライフだと一回だけしか使うことが出来ないけれど、それでも十分強力だ。
 それに、"貪欲な壺"で戻すモンスターも重要になる。
 墓地にシンクロモンスターはちょうど五体。それら全部をデッキに戻して2枚ドローしてもいいかも知れない。他には"レスキュー・キャット"やチューナーを戻した方が、次に繋げられるかも知れない。
 選択肢はたくさんある。
 だからこそ迷ってしまう。一つのミスが敗北を引き起こすことを、薫はよく知っていた。

 きっとこのターンで決められなかったら、自分は負ける。
 いや、もしかしたら……もう勝てないのかも知れない。

 そんな考えが、頭をよぎる。
 でも、ここで自分が勝たなければ、先に進めない。世界を救うことなんて出来ない。
「一体、どうしたら………」
 目を閉じて、考える。
 自分のデッキ内容を全て思い出して、整理する。
 一枚一枚を頭の中に思い浮かべ、効果を確かめる。




 そして――――。




「……これしか……ないかもしれないな……」


 思考の果てに、薫は一つの結論にたどり着いた。
「私は手札から"貪欲な壺"を発動するよ」
 薫はカードを発動した。
 墓地から選択される5体のモンスターは―――


 ・スターダスト・ドラゴン
 ・ナチュル・ビースト
 ・ギガンテック・ファイター
 ・氷結界の龍 ブリューナク
 ・ブラックローズ・ドラゴン


『シンクロモンスター5体すべてデッキに戻すだって!?』
「これで……いいんです!!」
 デッキがシャッフルされる。
 薫は大きく深呼吸をして、デッキの上に手を掛ける。
 あのカード達を引ければ私の勝ち。引けなければ、世界の終わり。
「デッキから、2枚ドローするよ!!」

 もう一度、今の状況を見つめ、薫は勢いよく、カードを引いた。




episode28――自分が決めた道――


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 薫:600LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 フレア:3300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ユベル−Das Final Death Drachen(攻撃:0)
   皇帝の秘宝(装備魔法)
   黒いペンダント(装備魔法)
   強制戦闘(永続魔法)
   伏せカード1枚(災厄の風)

 手札0枚
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 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


 ユベル−Das Final Death Drachen 闇属性/星12/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 「ユベル−Das Extremer Traurig Drachen」が破壊されたときのみ、
 デッキまたは手札から特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターと戦闘を行った場合、
 ダメージステップ終了時に相手モンスターの攻撃力分のダメージを
 相手ライフに与え、そのモンスターを破壊する。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 1ターンに1度、自分の墓地からレベル4以下のモンスターを除外し、
 プレイヤーに除外したモンスターの攻撃力分のダメージを与えることが出来る。
 この効果でダメージを受けたプレイヤーは、デッキからカードを1枚ドローする。
 この効果を使ったターン、このカードは攻撃宣言をすることができない。


 皇帝の秘宝
 【装備魔法】
 装備されたモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
 このカードを装備されたモンスターが破壊されるとき、
 代わりにこのカード以外の自分フィールド上のカードを墓地に送ることで
 破壊を無効にすることができる。


 黒いペンダント
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 強制戦闘
 【永続魔法】
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
 このカードが表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは戦闘を行う場合、必ず選択したモンスターと戦闘を行わなければならない。


 薫は勢いよくカードを引いた。
 引いたカードを、恐る恐る、ゆっくりと確認する。
「……!」
『何か引いたみたいだね』
 フレアは薫の表情が和らいだことを見抜いた。
 そしてその目に強い力が宿ったことにも気づいた。
「いくよ。手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚!!」
 薫は力強くカードを叩きつける。
 フィールドに、機械の龍が現れる。


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


『"サイバー・ドラゴン"か……だが、それだけじゃないだろう?』
「さらに手札から"ジャンク・シンクロン"を召喚するよ! そしてその効果で、墓地から"チューニング・サポーター"を特殊召喚だよ!!」
 

 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。

 チューニング・サポーター 光属性/星1/攻100/守300
 【機械族・効果】
 このカードをシンクロ召喚に使用する場合、
 このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。
 このカードがシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 現れた三体のモンスター。
 その星の合計は9。
「レベル5の"サイバー・ドラゴン"とレベル1の"チューニング・サポーター"に、レベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング!!」
 薫の場にいるモンスターの力が合わさり、同調していく。
 自分のためだけじゃなく、みんなの世界を守るため。その想いを重ねて、新たな力を創造する。
 辺りに、霧が満ちてきた。
『これは……まさか……!』
「シンクロ召喚!! 現れて!! "ミスト・ウォーム"!!」


 ミスト・ウォーム 風属性/星9/攻2500/守1500
 【雷族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
 このカードのシンクロ召喚に成功した時、
 相手フィールド上に存在するカードを3枚まで持ち主の手札に戻す。


 霧のように、姿が掴めないモンスターが出現する。
「"ミスト・ウォーム"の効果発動だよ!! あなたの場にあるカードを3枚、手札に戻す!!」
 薫の場にいるモンスターの体が、膨張し始めた。
 それはまるで雲のように膨れあがり、フレアの場を圧迫していく。
「戻すのは"ユベル−Das Final Death Drachen"と"黒いペンダント"、そして伏せカードの3枚だよ」
 一気に手札に戻せば、"黒いペンダント"の効果も発動しない。しかも相手モンスターを戻してしまえば"強制戦闘"の効果は無視することが出来る。墓地にある"スキルサクセサー"を除外すれば、"ミスト・ウォーム"の攻撃力は800ポイントアップできる。そうすれば、直接攻撃して、勝てる。
 でも相手だって、ただやられるわけがない。
 だから――――。
『させないよ薫君。伏せカード発動!!』


 災厄の風
 【通常罠】
 自分の場に存在するカードを対象にするカード効果が発動されたときに発動できる。
 その効果をエンドフェイズ時まで無効にする。無効にしたカードがモンスターカードだった場合、
 そのモンスターを発動ターンのエンドフェイズ時まで守備表示にする。


 突風が吹いた。
 膨張していたモンスターの体の動きが止まり、だんだんと縮んでいく。
 場を圧迫する力は無くなり、人型のモンスターは何事もなかったかのように立っている。

 ミスト・ウォーム:効果無効、守備表示

『なんとかシンクロ召喚したみたいだけど、残念だったね。これで君の負けだ。最後に聞いておこう薫君』
「なにをですか?」
『世界は矛盾だらけだ。その事を知って、君はどういう答えを出す? 俺やダークのように、世界を滅ぼすかい? それとも甘い考えを捨ててただ漠然と生きるのかい? さぁ、どっちだ』
 フレアは問いかけた。
 勝利を確信し、勝ち誇った笑みを浮かべる。
 目の前にいる後輩は、一体どんな顔をして答えてくれるだろうか。
 絶望に満ちた顔か……それとも泣き顔か……。
「私は……」
 薫は胸の前で拳を作った。
 その頭には、今まで出会った様々の人の顔が浮かぶ。

 玲亞先輩にスターに勧誘された日。
 その日の自分は、何がやりたいのか分からずに漠然と生きてきた。
 だけど今は違う。
 スターとして戦ってきて、大切な仲間に支えられて、喜びや辛い経験を通して、自分の中に生まれた感情。
 今ならきっと、まっすぐ前を見つめて言える気がする。

 ――自分がやりたいことは、もう、決まっていた――。

「……ます」
『聞こえないな。もっとはっきり言いなよ』


私は……みんなを守ります!! 世界も、何もかも。みんな守る!!


 薫の目には、確かな力が宿っていた。
 その眼差しに、フレアは気圧される。
『何度も言っただろう。そんなのただの綺麗―――』
「―――綺麗事だって構わない!! だってそれが、私の決めた道だから!!
『っ……!!』
「まだ私のターンは終わっていない。"チューニング・サポーター"の効果で、デッキからカードをドローできる!」
 薫はデッキの一番上を見つめて、祈った。
 お願い……あのカードが引かせて……。
 みんなを守るためにも、目の前にいる先輩を救うためにも……。
「ドロー!!」
 カードを引き抜く。














 そしてデッキは、薫の想いに応えた。

「永続罠"血の代償"を発動するよ!!」


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


『"血の代償"って……一体、何をする気だ?』
「玲亞先輩を救います!!」
 薫は力強く言い放った。
『俺を救う? 笑わせるな』
「先輩は世界を滅ぼしたい訳じゃない。本当は、友達を救えなかった自分に罪悪感を感じているだけだよ。ダークの仲間になったのは、一緒に破壊活動をするためじゃない。本当の目的は、一緒にいて、友達をなんとか助ける方法がないかを探すこと!!」
『………………………想像力豊かだね薫君』
「想像なんかじゃないよ。先輩は昔を語るとき、とても辛そうな表情をしていた。私に向かって問いかけたときだって、まるで自分とは違う答えを出して欲しいような口調だった。それで確信したんだよ。玲亞先輩の本当の気持ちを!」
『……』
 フレアは言い返せなかった。
 正確に言えば、言葉に詰まってしまった。
 目の前にいる後輩に、昔の自分と同じ考えを持っていた後輩に、押し殺していた感情を見抜かれるなんて思わなかったからだ。
「もう、やめてください先輩。先輩だって分かっているんですよね。このまま闇の組織にいたって、どうしようもない事ぐらい――――」
『――そんな事言って、本当は決闘に勝てないだけなんだろ?』
 フレアの冷たい視線が、薫に突き刺さる。
「……!」
『もう遅いんだよ。あいつはすでに、人の域を超えてしまった。ただの人間に、あいつは救えない。そして俺も、救われる気は全くない。薫君。君は俺の敵だ。だから容赦はしない。次のターン、確実に仕留める。君が本当にすべてを救う気でいるなら、その引いた手札でなんとかしてみろ』
「……………分かりました……」
 薫は目元をぬぐって、フレアに目を向ける。
 やらなければならない。先輩だった人を、自分をこの世界に引き入れてくれた人を、倒す。
 その覚悟は、出来ている。
「墓地にある"レベル・スティーラー"の効果発動! "ミスト・ウォーム"のレベルを1下げて、守備表示で特殊召喚!」
 薫の場に、テントウムシに似たモンスターが守備体制で現れた。


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

 ミスト・ウォーム:レベル9→8

「そして手札から、"シンクロチェンジ"を発動するよ!」


 シンクロ・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を除外して発動する。
 そのモンスターと同じレベルのシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


「レベル8となった"ミスト・ウォーム"を、エクストラデッキにいる"スターダスト・ドラゴン"と入れ替える!!」


 スターダスト・ドラゴン 風属性/星8/攻2500/守2000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 「フィールド上のカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。
 この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に
 存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 スターダスト・ドラゴン:効果無効

『そこまでして、どうする?』
「ライフを500ポイント支払います!!」
 
 薫:600→100LP

 薫の体から、赤い光が流れた。
 苦しそうに表情を歪めて、手札に残った最後の1枚に力を込める。



 ――"救世竜 セイヴァー・ドラゴン"を召喚!!――



 救世竜 セイヴァー・ドラゴン 光属性/星1/攻0/守0
 【ドラゴン族・チューナー】
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 「セイヴァー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


『救世竜……だって……!?』
 場に降り立った小さな竜。
 薫の想いを受け取って、その体を淡く光らせる。
 優しい光が、フィールドを照らす。
「みんな、いくよ! レベル1の"レベル・スティーラー"とレベル8の"スターダスト・ドラゴン"に、レベル1の"救世竜 セイヴァー・ドラゴン"をチューニング!!」
 薫の上に、三体のモンスターが飛び立った。
 無数に思える光の輪が現れ、重なる。
 星の力を宿した竜の体が洗練され、輝いていく。
 平和を望む想いに応え、星屑の龍はさらなる進化を遂げて、この場に光臨する。 
「シンクロ召喚!! 輝け!! "セイヴァー・スター・ドラゴン"!!」


 セイヴァー・スター・ドラゴン 風属性/星10/攻3800/守3000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+「スターダスト・ドラゴン」+チューナー以外のモンスター1体
 相手が魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した時、
 このカードをリリースする事でその発動を無効にし、
 相手フィールド上のカードを全て破壊する。
 1ターンに1度、エンドフェイズ時まで相手の表側表示モンスター1体の効果を無効化できる。
 また、無効化したモンスターに記された効果をこのカードの効果として1度だけ発動できる。
 エンドフェイズ時にこのカードをエクストラデッキに戻し、
 自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


 全身を輝かせて、救世の龍は姿を現す。
 その翼が羽ばたくたびに、光の粒がフィールドを舞う。
 その光景はまるで、星の世界に引き込まれたかのような錯覚を受けた。
「"セイヴァー・スター・ドラゴン"の効果発動!! 1ターンに1度、相手モンスター1体の効果を無効にする!!」
『なにっ!?』
 龍が翼を大きく広げた。
 フレアの場にいる人型のモンスターの体から、邪悪な力が吸い出される。

 ユベル−Das Final Death Drachen:効果無効

「そして私は、墓地にある"スキル・サクセサー"を除外して、"セイヴァー・スタードラゴン"の攻撃力を800ポイントアップさせるよ!!」


 スキル・サクセサー
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
 攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
 自分のターンのみ発動する事ができる。

 セイヴァー・スタードラゴン:攻撃力3800→4600

『………なるほどね』
「バトル!!」
 薫の宣言で、救世の龍は翼を閉じる。
 勢いを付けて、一直線にフレアのモンスターへ突撃する。



 ――シューティング・ブラスターソニック!!――


 
 そして救世龍は、フレアのモンスターを貫いた。
 
 

 ユベル−Das Final Death Drachen→破壊
 フレア:3300→0LP







 決闘は、終了した。





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 決闘が終了して、フレアがその場に倒れた。
「玲亞先輩!」
 薫さんが駆け寄って、フレア……もとい玲亞を抱きかかえた。
 俺と香奈も近くによって、様子を見た。
 玲亞の体は、ボロボロになっていて、足下から黒い霧となって消えていっている。
 今までに見てきたことのある、闇の決闘に負けた者の末路だ。
「玲亞……先輩……」
 薫さんが、玲亞を抱きかかえながらポロポロと涙を流している。先輩だった人を、倒してしまったことに多少の罪悪感を感じてしまっているのかも知れない。
『……君の言うとおりだ。薫君』
 玲亞が言った。
『君の言うとおり、俺はあいつを、ダークをどうにかして救いたかった。他の何を犠牲にしても、悲劇の運命に巻き込まれたあいつを助けたかった。でも……できなかった……』
「どうしてそんなに、ダークを助けようとしたのよ。あいつは……本気で世界を滅ぼす気なのよ!」
 香奈が言った。
 たしかに、ダークは本気で世界を滅ぼそうとしている。それだけは確かなことだと思う。
 だが俺には、なんとなく玲亞の気持ちが理解できた気がした。
『自分でもよく分からない。ただ、変わる前のあいつとは本当に仲が良かったんだ。心のどこかで、元のあいつに戻って欲しいと思っていたのかもしれない……。いや、そんな理屈なんて、最初から無いな。ただ、助けたかったんだよ。それ以外に理由はない』
「そんな――!」
 前に出ようとした香奈を止めた。
「香奈、それぐらいにしておけよ」
「でも……!」
「俺はなんとなく分かる気がする。俺だって、もし友達が間違った道に進みそうになったら、引き止めにいこうと思う。特に理由はないが、友達だから……助けたいと思う。もちろん、他の何を犠牲にしてもいいとは思っていない。でもこの人は、どうしてもダークを止めたかったんだ」
 結局は救えなかったかも知れない。
 でもこの人は、最後までダークを向き合おうとしていた。
 それが世界を滅ぼす行動を手助けすることでも、友達を助けようとしていた。そうじゃないなら、この人が闇の組織に入った瞬間にだって、邪魔になる存在であるスターのことをダークに教えていたはずだ。そうしなかったってことは、心のどこかにまだ、助けたいと思う気持ちがあったってことだろう。
『薫君。君達には謝らなくてはいけないな』
「え?」
『俺はダークが救いたいから、強力な決闘者と有能な情報収集能力をもつ人材が欲しかった。俺が望んでいた能力を持っていたら、別に君達じゃなくても良かった。半ば無理矢理君達をスターに入れて、危険な戦いに巻き込んでしまった。本当に悪かった』
「そんなことないよ。玲亞先輩がスターに入れてくれたから、私は自分のやりたいことが見つかった。佐助さんだって、親友との約束を果たすことが出来た。伊月君だって麗花ちゃんを見つけ出すことが出来たんです。みんな、玲亞先輩がいなかったらきっとできなかった。だから、謝らないで下さい」
『君は……やっぱり面白い……。だが一人で出来る事なんてたかが知れている。今までの組織の者との戦いだって、救いたくても救えなかった人がたくさんいただろう?』
「………いました。でも、それでも私は――」
『――それでいい。自分が決めた道なら、最後まで突き進めばいい。それに君は俺と違って一人じゃない。佐助君に伊月君……そして、そこの二人もいる』
 玲亞は俺と香奈を見ながら言った。
 その体は、もう半分消えていた。
『消える前に、俺がダークに入ってから調べたことを伝えておこう』
「調べた……こと……?」
『闇の神と、その力についてだ』
「……!!」
『昔のことだから、定かではない。だが俺が調べた中では、最も有力な情報だ。これから、俺が調べた事を伝える。全員目を閉じてくれ』
 俺達は言われた通りに目を閉じた。
 玲亞が何か呟くと、俺達の頭に何かが流れ込んできた。


 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 それははるか昔の話。
 ある文明に、自らを精霊と名乗る者が現れた。
 体は白いが、外見的には自分たちとなんら変わりがないその人を、人々は笑った。
 それを見ると、精霊と名乗った人物はその目の前で人外的な力を発揮した。
 干上がった川の水を元に戻し、生い茂る草木を一瞬で灰にした。
 人々は驚き、そのあとに認めざるを得なかった。 
 のちに人々は精霊を神とあがめて、信仰していくようになった。
 人々は聞いた。
「どうして自分たちの元に現れたのか?」と。
 神は言った。
「あなたたちが私を作ったからだ」と。
 神は続けた。
「自分は、人の感情の塊のようなものだと。人の思いというのは、人が思っているよりもはるかに強い力を持っている。それが喜びであれ憎しみであれ、全ての感情には相応の力が備わっている。人は生きているだけで様々な感情を持ち、周囲に影響を与えている。それは時に奇跡を起こし、時には滅びをもたらす。そのような強大な力の塊が自分だ」と。
 人々は尋ねた。
「私達は、なにをすればいい?」と。
 神は答えた。
「何もする必要はない。ただ、今まで通りに過ごしていればよい」と。



 それから数年経つと、神は突然、人々を集めた。
 人々は言われたとおりに集まり、神の言葉を待った。
 そして、目の前に神が降り立った。
 だがその姿は、現れた頃の真っ白な体から、灰色へと変化していた。
「困ったことになった」
 と神は言った。
「人々の中に、自分の力を悪用したいと願う者がいる」とも言った。
 会場にざわめきが起こって、誰かが言った。
「いったい誰がそんなことを?」
 神は首を横に振り、答えなかった。
 その代わりに、神は言った。
「もうすぐ自分は、自分ではなくなる。灰色の体は二つに分けられ、争いが起こるだろう」
 人々は言った。
「どうすればよいのですか?」
 神は言った。
「どうすることもできない。これは、どうしようもないことだ」


 そして数ヶ月経って、神は姿を消した。
 すると、どこから現れたのか、真っ白な体を持つ人間と、真っ黒な体を持つ人間が、人々の前に姿を現した。
 前者は光、後者は闇だと名乗った。
 二人は神と同じような強大な力を持っていた。
 光は人々に癒しを与え、闇は人々に滅びの力を与えた。
 二人は共に言った。
「自分たちは、あなた達の感情から生まれた者です」と。
 だが、人々は思ってしまった。
「強大な力を持つのは、一人で十分だ。どちらかが、いなくなればいい」
 そして、光と闇の争いが始まった。

 
 なぜか、光と闇の戦いは終わりを見せなかった。
 互いの力は互角で、ただ人々の被害が広がっていった。
 そして人々の中でも、光に荷担する人々と、闇に荷担する人々に別れていった。
 

 争いが続く中で、光に荷担する人々は考えた。
 「このまま争いを続けたところで、意味はない」と。
 そこで、光側の人はある決断をした。
 闇側の人を説得して、自分たちの考えを伝えると、闇側の人も納得してくれた。


 そしてある日、光側と闇側、合わせて55人の成人が、光と闇が争っている自分たちの国に細工をした。
 他の人々は、別の土地へと避難した。
 光と闇が争う中、55人は叫んだ。
「これ以上、争う意味など無い。お前達が私達の感情を力にしているというのなら、私達はお前達と共に滅ぶ!!」
 そして、巨大な爆発が起こった。
 人々が決断したことは、神と共に滅ぶことだった。


 光と闇は防御壁を張り、体に影響はなかった。
 だが力の源を失った光と闇は何も出来なくなり、それぞれが地面の奥深くに自らを封印することにした。
 その際、闇の神は力を使い、石に言葉を示した。
 いつか自分を復活させて、世界を滅ぼそうとする者が現れることを祈って……。




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 情報はそこまでだった。

『これぐらいしか、俺にはできない。すまなかった。本当に……』
「玲亞先輩!!」
『ダークは最上階にいる。あいつを決闘で倒すことが出来れば、世界を覆っている雲は晴れて、カウントダウンも止まるだろう。ただ、あいつは強い。闇の神を手に入れて、おそらく世界中の誰よりも強くなってしまった』
 俺の脳裏に、あの闇の神の姿が浮かぶ。
 たしかにあの能力は、どうしようもないくらい強力だ。
『だけど、攻略法はある。闇の神を召喚するためには、墓地に1から10までのレベルをもつモンスターが存在しなければならない。だから墓地にカードが揃う前に、あいつを倒せ。闇の神さえ出されなければ、倒せる可能性も生まれてくるだろう』
 玲亞の体は、もうほとんど消えかけていた。
『もう、時間だな』
「玲亞先輩!! しっかりして下さい」
『薫君、これは闇の決闘に負けた者の運命なんだ。それに、君は俺を救ってくれた。それだけで……十分だよ』
「違う……! 私は……玲亞先輩を……」
『ありがとう……薫……君……』



 安らかな笑みを浮かべて、玲亞は消えた。



「うっ……うぅ……」
 薫さんが泣き崩れる。
 部屋には泣き声だけが反響して、誰も何も言葉を発する事が出来なかった。
(大助さん、香奈さん、聞こえますか?)
「……!」
 サンの声だった。
 香奈がこっちを向いて目で尋ねてきた。俺は黙って頷く。
(薫さんには聞こえないように話しています。黙って聞いていて下さい)
 サンの声の調子から、何か起こったのだと判断した。
(闇の神の力が、急速に強まっているのを感じます。このままでは、空に浮かんだ炎の数が急速に増えて、世界は滅びてしまいます)
「……!」
(残念ながら今の薫さんは、戦える精神状態ではありません。ですからお二人が、ダークと戦って倒すしか、世界を救う方法が存在しません。辛いですが、薫さんはこの場に置いていきましょう)
「そんなこと出来るわけ無いでしょ!!」
 香奈は叫んだ。
 黙って聞くことが出来なかったらしい。
(ですが、このままでは世界が滅んでしまいますよ?)
「うるさいわね。このまま薫さんを置いていったら、気になって決闘に集中できないわよ! 滅ぶっていっても、そんなすぐに滅ぶ訳じゃないでしょ!!」
「二人とも、さっきから……どうしたの……?」
 薫さんが言った。
 泣きながらのため、言葉が途切れ途切れになっている。
「もしかして……サン……?」
「……はい。闇の神の力が強まっているから、薫さんを置いて先に行けって言ってます」
「そっか……うん、じゃあ、そうして、いいよ」
「そんな!」
「私なら、大丈夫。心配しないで。落ち着いたら、そっちに行くから、ね?」
 薫さんは、無理矢理に笑みを作って言った。
 泣きながら微笑んでいるため、全然大丈夫そうに見えない。
 だがそれでも、気持ちは伝わってきた。世界を救うには、ダークを倒さなければならない。そのために俺達はここに来たんだ。立ち止まっている暇はない。薫さんのことはたしかに心配だが、放っておいても危ない事をする人じゃないってことも分かってる。
「行こう。香奈」
「だ、大助……」
「薫さんが、大丈夫だって言っているんだ。それに俺達がここにいたって、することは何もない」
「そうだよ、香奈ちゃん。心配しないで。大助君と一緒に、行って」
「……………………分かったわ。早く元気になってね薫さん。すぐに来ないと、私が世界を救っちゃうんだからね!!」
 香奈は俺の手を引いて、階段に向かって歩き始めた。
 あの階段を上れば、ダークが待っている。あいつに勝つことなんか、できるのか?
「ほら、さっさと行くわよ」
 香奈が前で力強く歩く。
 一体どんな思考をしていたら、こんなに元気で敵に立ちむかえるのだろう。
 少しだけ元気を分けて欲しいぐらいだ。


「サン、そう言えばさっきのフレアの情報は、本当なの?」
(多少の誤差はありますが、その通りですよ。元々、私と闇の神は一つだったんです。ですが、人間から出る善の感情と悪の感情が、神を二つに分けてしまったんですよ。光と闇はお互いに争って、文明は崩壊しかけた。そこで55人の人間達が、私達と共に滅びようとしたんでしょう。いいえ、正確に言えば、私達から力の源を絶とうとしたんですよ)
「力の源?」
(さっきので分かると思いますが、私達は人間の感情から生まれたものです。私達が人外的な力を発揮できるのは、人間が発する感情の力からです。ですから人がいなくなれば、私達は力が保てなくなる)
「そこまで考えて、昔の人は文明ごと滅んだっていうのか?」
(さぁ、人間の感情は理解しがたいものが多いので、判断が付きません。とにかく、闇の神は復活しました。それは世界を心の底から滅ぼしたいと思っている人間が現れたということです)
「…………」
 ダークは間違いなく、世界を滅ぼそうとしている。
 そうなると、やっぱり倒さなければいけない相手なのだろう。
 だが何か引っかかる。
 何が引っかかっているのかは、分からない。













 一歩一歩、階段を上りながら俺は考える。
 玲亞は言っていた。ダークは誰よりも強いと。
 実際に決闘したから分かる。ダークの闇デッキは、1枚1枚が強力な効果を備えているし、相手の先の先を読むプレイングにも長けている。対応力も申し分ないし、切り札である闇の神は即禁止級の効果を持っている。
 俺の六武衆デッキでも、香奈のパーミッションデッキでも、全体的な強さを考えれば遥かに劣るだろう。
 さっき香奈は「私が世界を救っちゃうんだからね」と言った。
 こいつはきっと、ダークと1人で戦うつもりでいる。
 そんなことをさせたら、結果は考えるまでもない。ダークのモンスターの攻撃に、香奈が飲み込まれる。そんな光景が容易に想像できてしまった。残った俺も戦ったところで、本気のダークに勝てる道理がない。
「…………」
 考えているうちに、足が止まってしまった。
 香奈も足を止めて振り返る。
「どうしたのよ。具合でも悪いの?」
 香奈が顔を覗かせてきた。
 そういう本人の顔も、緊張でわずかに強ばっている。やっぱりこいつも緊張していたらしい。
「気分が悪いならここに残っていていいわよ。私がさっさとダークを倒してくるから」
「駄目だ」
 即答した。
 このまま香奈を一人で行かせたら、きっと取り返しがつかないことになる。
「な、なんで駄目なのよ! 私が負けるとでも思ってるの!?」
「……この際、はっきり言うぞ。経験から判断して、お前も俺も、ダークには勝てない」
「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない! あっ、もしかして私の心配してくれてるの? それなら大丈夫よ。あんたが心配しなくても、ちゃんと勝ってくるわよ!」
「ここで強がってどうする。お前だって、心のどこかでは分かっているんだろ? さっきから無理矢理強がって、不安を押し殺そうとしてる」
「……!」
 香奈は黙り込んだ。
 返す言葉も見つからなかったのだろう。
 しばらく沈黙が生まれた。お互いが何を話していいのか分からない状態が続く。


 ダークの強さは異常だ。
 まともに戦って、勝てる相手じゃない。少なくとも、香奈に1人で戦わせる訳にはいかない。こいつが負ける所など、見たくもないし考えたくもない。だがおそらく香奈も、そう思っている。俺がまた負けていなくなったら、香奈はどうなってしまうか分からない。
 そうして色々と考えを広げるうちに頭にある考えが浮かんだ。これならもしかすれば、ダークに勝てるかも知れない。問題は、香奈がそれを了承してくれるかどうかだ。
「なぁ香奈……」
「……なによ」
 俺は香奈の肩を掴んだ。
 真っ正面から香奈の顔を見て、考えたことを告げる。
「ダークは、俺が戦っても、お前が戦っても、勝てない。けれど……」
「けど?」
「俺とお前の二人なら……勝てないことはないかも知れない」
「……! それってもしかして……」
 そう。俺が考えついたのは、香奈と一緒に決闘することだった。
 俺の六武衆の展開力に香奈のカウンター罠の無効化能力。その二つを合わせれば、ダークに対抗できるかも知れない。幸い、遊戯王本社でも2対1の変則決闘の公式ルールが定められている。無論、相手の了承が無ければ出来ないことだが、ダークは自分に絶対の自信を持っているはずだ。申し込めば受け入れてくれるだろう。だから―――。
「俺と、一緒に戦ってほしい」
「…………………………いいわよ。一緒に、戦ってあげるわ」
 香奈は笑って、頷いてくれた。







 ついに「5F」と書かれたドアの前にたどり着いた。
 ここまで来るのに、随分と長い時間がかかった気がする。
「ついに来たわね」
「あぁ」
 ドア越しに、とてつもない雰囲気が感じ取れた。
 右手がわずかに震える。情けないが、以前戦ったときの恐怖が蘇ってしまった。
「ふぅ……」
 落ち着け。大丈夫だ。前とは何もかも違う。
 相手のデッキは把握しているし、俺自身も少しは強くなった。
 それに今、俺の隣には最も信頼できる人がいる。何よりも大切な人がついている。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。そういうおまえも、緊張してるんじゃないのか?」
「なに言ってんのよ。私が緊張するわけ無いでしょ」
「そうかい」
 重いドアに手を掛ける。
 この先には、ダークが待ち構えているのだろう。
 そう思うとドアノブを回すことができない。
 くそっ、まだ前回の戦いで得た嫌な経験が残っているのか……。
「大助」
 優しい声だった。
 香奈の温かい手が、ドアノブを握る俺の手を握る。
「……ねぇ……大助」
「なんだ?」
「もし無事に、この戦いが終わったら………私と……その………ううん、何でもないわ」
「なんだ? 言いたいことがあるなら言えばいいだろ?」
「……ううん。全部終わってから、言うことにするわ」
 香奈は不思議な笑みを浮かべて、そう言った。
 今までに見たことのない表情で戸惑ったが、おそらく戦い前の緊張の所為だろう。
 それにしても……奇遇だな。
「実は俺も、戦いが終わったら話がある」
「そうなの? 本当に奇遇ね」
「じゃあこれでお互い、負けるわけにはいかなくなったな」
「もともと負けるつもりはないけどね」
 香奈がそう言って笑う。
 たしかに、最初から負けるつもりでいたら、勝てる決闘も勝てなくなってしまいそうだ。
「じゃあ、行くわよ!」
「あぁ、行こう!」
 俺と香奈は、ゆっくりとドアを開けた。



 真っ白な世界が広がる………と思っていたが、予想とはまったく違っていた。
 五階には天井がなく、代わりにどんよりとした雲が見えた。床は灰色のコンクリートで、周りの壁も同じようなコンクリートになっている。
 なんというか……このビルの設計者は内装に気をつかってくれなかったのか?
 しかも五階に天井にないとは、設計ミスとしか考えられない。いったいどうしてこんなことに構造になってしまったのか……。
『よく来た』
 部屋の端にいるダークが言った。
 その体からは闇が溢れ出している。
「どうしてこんなに内装が凝っていないんだ?」
『どうでもいいだろう? そんなこと』
 まぁ、そりゃあたしかに。
「一度だけ言うわよ! 今すぐ"終焉のカウントダウン"を解除しなさい!!」
『断ったら?』
「決まってるじゃない!! 否が応でもぶっとばすわよ!!」
『ふっ……』
 鼻で笑われてしまった。
 隣で香奈が頬をふくらませる。やれやれ、それぐらいで怒るなよ。
『それで……一応言うが何をしに来た?』
「お前を倒して、"終焉のカウントダウン"を止めに来た」
『倒すとは、決闘でのことだな?』
「そうだ。じゃあ――――」
『一つだけ聞こう。ここで俺が決闘するメリットがどこにある?』
「……」
 こいつ、気づいてたのか……。
「どういう意味よ?」
「相手から考えれば、俺達と決闘する意味なんかないんだ」
 今までダークが戦ってきたのは、闇の神を復活させるためだ。
 俺との決闘だって闇の神を完全に復活させるためにあったはず。雲井との決闘だって、光の神を復活させたくなかったからだろう。
 だが今、ダークには決闘する理由がない。
 "終焉のカウントダウン"が発動している以上、世界の滅亡は確実なものになっている。
 それはダークを決闘で倒さない限り解除されることがない。どっちもまったくもって確信がないが、今までの事から判断するとそういうことになる。
 俺達から見ればどうにかしてダークを決闘で倒さないといけないが、ダークから見ればこのまま決闘なんてせずにただじっと待っていればいいのだ。決闘に絶対はない。万が一でも負けてしまう可能性があるリスクを犯す必要なんか何もない。
 ついでに言えば、入ってすぐに俺達は消されてしまっていてもおかしくなかった。
 俺達は薫さんみたいに白夜の力を発動できるわけでもないし、人外的な力を発揮されたら、対抗する方法なんか無い。つまりダークにとって、俺達は敵ですらないのだ。
『なんなら今すぐに消してもいいんだぞ』
「………」
 いったいどうしたらいい?
 アニメとかだったら「決闘しようぜ」とか言って即刻OKしてくれるだろうが、ここは現実だ。する必要のないものをする意味など存在しない。
(私に任せてください)
 サンが言った。
(コロン、体を借りますよ)
 上にいるコロンの体が発光した。
 コロンの雰囲気が変わる。サンに体を貸したからだろう。
『ダーク、あなたはこの二人と戦わなければなりませんよ』
『光の神か……その理由は?』
『あなたの求めている答えを、二人が持っている可能性があるからですよ』
『……貴様!』
 ダークの表情が変わった。
『あなたが宿している闇の神も、私自身を消したいと思っています。私が全エネルギーを発すれば、カウントダウンを止められるからです』
『ふっ……冗談を言うな。だったらさっさとそうすればいいだろう?』
『冗談ではありません。ただ今は、完全に力が目覚めていないだけなんですよ。力が回復すれば、すぐにでもカウントダウンを消して見せましょう。あなたとしては、まだ完全でない私を消去する方が得策なように思えますが?』
『……………』
 ダークは険しい表情をして、サンを見つめている。
 なんというか、ずいぶんと交渉が上手いな。
『……………』
『あなたがやらないというならそれもいいでしょう。ですがそうした場合、後悔するのは確実ですよ?』
『……………』
 ダークが小さく息を吐いたのが分かった。
『いいだろう。やってやる』
「……!!」
 交渉成立らしい。
『望み通り、相手をしてやる。だがな、貴様らそれぞれに時間を掛けているほど俺はお人好しじゃない。二人まとめて、相手をしてやる』
 願ってもないことだった。
 こっちだって、そのつもりでいたんだから。
「分かった」
『ルールは遊戯王本社の2対1の公式ルールでやる。それでいいな』
「ああ」
 近年、遊戯王本社は変則決闘のルールを正式に決めた。
 2対1の場合、1人で戦う決闘者が先攻で、ライフが2倍の16000から始まり、ターンのはじめのドローは2枚引ける。
 2人で戦う方は墓地の共有も場の共有もない。お互いに相談することは出来ない上に、お互いを他のプレイヤーと見るのが絶対条件だ。
 それぞれを人間をA、B、Cとすると、A→B→C→A→B→………と続く。
 その他、"大嵐"や"ライトニング・ボルテックス"などの全体破壊カード、相手に場や墓地に影響を及ぼすカードは、それぞれのごとに扱いが決められている。
 たしか、こんな感じだったはずだ。
『覚悟はいいか』
「………」
 隣を見た。
 香奈が静かに、頷く。
「いいぞ」
 俺達はデュエルディスクを構えた。
『私も戦います』
 サンがそう言ってカードになり、香奈のデッキに吸い込まれるように入ってしまった。
 効果が見えなかったが、香奈ならどんなカードでも初見で使いこなすことが出来るから心配はしなくていいだろう。
「いくわよ大助」
「分かってる」
 意識を集中した。
 目の前の闇が、一気に広がる。
『いくぞ!!』










『「「決闘!!!!」」』



 ダーク:16000LP  大助:8000LP  香奈:8000LP














 最後の決闘が、幕を上げた。




episode29――圧倒的な実力差――




『この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動する!!』
 ダークのデッキから、莫大な量の闇が溢れ出した。
 それらは一瞬で部屋を支配して、目に見える全ての景色を闇の中へ飲み込んでしまった。


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。


「さっそくか」
 決闘開始時にデッキか手札から自動的に発動できるフィールド魔法。
 相変わらず、反則的な効果だ。思い返せば、こんなカードを使う相手に今までよく戦ってこれたものだ。
「きたわね」
『さぁ、俺の先攻からだったな。ドロー』(手札5→7枚)
 変則ルールにより、ダークはデッキからカードを2枚ドローした。
 公式に定められているルールだとしても、ダークがカードを2枚ドローできるというのは危険すぎる。
 とりあえず、どう展開してくるか……。
『"闇の誘惑"を発動する』
 さっそく、手札交換からか。


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。


『デッキからカードを2枚ドローし、"終焉の黒騎士"を除外する。そして黒騎士の効果で、自身を墓地に戻し、デッキからカードを1枚ドローし、その後1枚捨てる。捨てたのは"闇に祈る神父"だ。この効果でデッキから"闇の使い−ダークウルフ"を除外し、特殊召喚する』
「……!」


 終焉の黒騎士 闇属性/星6/攻2400/守1100
 【戦士族・効果】
 このカードのアドバンス召喚に成功したとき、
 デッキからカードを1枚選択して墓地に送ることが出来る。
 また、1ターンに1度自分フィールド上に存在するカードを除外することが出来る。
 このカードがゲームから除外されたとき、このカードを墓地に戻すことで
 自分のデッキからカードを1枚ドローし、そのあと手札からカードを1枚捨てる。
 この効果は1ターンに1度しか発動できない。


 闇に祈る神父 闇属性/星1/攻500/守300
 【魔法使い族・効果】
 このカードが墓地へ送られた時、
 自分のデッキからカード1枚を選択してゲームから除外する。
 その後、自分のデッキをシャッフルする。


 闇の使い−ダークウルフ 闇属性/星5/攻2200/守300
 【獣族・効果】
 このカードはデッキから除外されたとき、
 自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚することが出来る。


 まるで流れ作業のように、カードがまわっていく。
 "闇の誘惑"で手札を交換しつつ、その他のモンスター効果でさらに手札を調節し、そのうえ攻撃力2000を超えるモンスターを展開する。どこをとっても、まったく無駄がない。
「……すごいわね」
 香奈も、ただ賞賛することしか出来ないみたいだ。
 しかもこの様子だと、次の手はおそらく……。
『さらに手札から"闇の欲望"を発動だ』
 やっぱりそれか。


 闇の欲望
 【通常魔法】
 デッキからカードを2枚ドローする。
 その後、手札の闇属性モンスター1体を捨てる。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全てゲームから除外する。


『2枚ドローして、"暗黒界の狩人 ブラウ"を捨てる。こいつの効果でさらに1枚ドローする』(手札7→8枚)


 暗黒界の狩人 ブラウ 闇属性/星3/攻1400/守800
 【悪魔族・効果】
 このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手のカードの効果によって捨てられた場合、
 さらにもう1枚ドローする。


「どれだけ手札交換すれば気が済むのよ!」
『俺の勝手だろう』
 ダークの言うとおりだ。
 それにしても、本当に無駄がない。カード間でのシナジーが尋常じゃない。
 2回の手札交換でダークの手札はたいそう潤っていることだろう。しかも今ので墓地には闇属性モンスターが3体揃ってしまった。
『墓地に闇属性モンスターが3体いるので、"ダーク・アームド・ドラゴン"を特殊召喚する!!』
 ダークの場に、全身を黒く染めた竜が姿を現した。
 不気味な声を上げて、自身が持っている破壊の力を早く使いたいかのようだった。


 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/星7/攻2800/守1000
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
 このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 フィールド上のカード1枚を破壊する事ができる。


『さらに"墓の装飾女"を通常召喚。その効果で墓地にいる"暗黒界の狩人 ブラウ"を装備する』
 綺麗な女性風のモンスターが現れて、地面の下に手を伸ばした。
 そこから先程、墓地に送られた狩人の体が引きづり出される。女性風なモンスターは大きな口を開けて、それを飲み込んでしまった。


 墓の装飾女 闇属性/星4/攻1600/守800
 【魔法使い族・効果】
 このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地にいるレベル3以下の闇属性モンスター1体を
 このカードに装備カード扱いとして装備することが出来る。
 このカードの攻撃力は、装備したモンスターの攻撃力分アップする。

 墓の装飾女:攻撃力1600→3000

「これって……!」
「あぁ、雲井にやったコンボだな」
 攻撃力2000以上のモンスターを3体も展開したにも関わらず、相手の手札はまだ6枚もある。しかもその6枚は、手札交換で調節されたカードばかりだ。どれをとっても、強力なカードに違いない。
『カードを3枚伏せて、ターンエンドだ』
「長い1ターンだったな」
「そうね」

-------------------------------------------------
 ダーク:16000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   ダーク・アームド・ドラゴン(攻撃:2800)
   墓の装飾女(攻撃:3000/ブラウを装備)
   暗黒界の狩人 ブラウ(装備カード扱い)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:なし

 手札5枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ!」(手札5→6枚)
 カードを引いて、考える。
 相手の場には3枚の伏せカード。変則決闘ルールで、すべてのプレイヤーは最初のターンに攻撃できないことになっている。もちろんそれを見越しているからこそ、相手は"ダーク・アームド・ドラゴン"を出しておいたのだろう。次のターンからすぐに効果を使えるように……。
『どうした? お前のターンだぞ』
「………」
 この場で考えても仕方がない。
 今できる事を、するしかないんだ。
「手札から"六武衆の結束"を発動する!」
 俺の背後に、大きな陣が描かれた。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


「"六武衆の御霊代"を召喚。場に六武衆が1体いるから、"六武衆の師範"を特殊召喚する!!」
 鎧の姿をした武士と隻眼の武士が戦場に現れる。
 2体の武士の登場を喜ぶように、後ろの陣は大きく輝いた。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2

「結束を墓地に送って、デッキから2枚ドロー。そして"六武衆の御霊白"を師範にユニオンする!」
 後ろに描かれた陣が光を放って、俺の手札を補充する。
 場にいた鎧が分離して、隻眼の武士の体に装着された。
 その力が、師範の力をさらに高めた。

 六武衆の師範:攻撃力2100→2600 守備力800→1300

 これで強力な破壊耐性をもつモンスターを場に残せる。
 あとは……。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」



「私のターンよ!」
 香奈がドローして、まるで行動を決めていたかのように、すぐにカードに手を掛けた。
「"智天使ハーヴェスト"を召喚するわ!」
 香奈の場に、角笛を持った天使が颯爽と現れた。


 智天使ハーヴェスト 光属性/星4/攻1800/守1000
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


「カードを2枚伏せて、ターンエンドよ」
 香奈は静かにターンを終えた。
 伏せたのはおそらく、あのカード達だろう。だったら大丈夫だ。

-------------------------------------------------
 ダーク:16000LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   ダーク・アームド・ドラゴン(攻撃:2800)
   墓の装飾女(攻撃:3000/ブラウを装備)
   暗黒界の狩人 ブラウ(装備カード扱い)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2600/御霊代をユニオン)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:智天使ハーヴェスト
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

『俺のターン、ドロー』(手札3→5枚)
 また2枚のドローか。
 やっぱり、ダーク相手にこのルールはきついかもしれないな。
『さっそく"ダーク・アームド・ドラゴン"の効果を発動するぞ!』
 ダークの墓地から黒騎士が除外される。
 闇の竜が口に黒い炎を溜めた。
「させるわけないでしょ!!」
 闇の竜を、雷が襲った。

 終焉の黒騎士→除外(コスト)
 ダーク・アームド・ドラゴン→効果無効→破壊

『くっ……』
「残念だったわね。"天罰"を発動させてもらったわ」


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


「それを引いてるなんて、さすがだな」
「誰に言ってんのよ。当たり前でしょ」
 やれやれ、引いたのは当然だってことか。
 まぁいい。これで相手のモンスターは2体になった。
『クククク……』
「何がおかしいのよ」
『俺がその程度を読めていないとでも思ったのか?』
「……!」
『手札から魔法カードを発動だ』
 ダークがカードをかざした。
 上空に暗雲がかかる。


 デス・ブラスト
 【通常魔法】
 デッキの上からカードを3枚除外する。
 その中にモンスターカードが含まれていた場合、
 1枚につき1000ポイントのダメージを相手に与える。


 ダークのデッキの上から、3枚ものカードが除外された。
『除外されたのは"闇の格闘家"、"闇へ解け合う風"、"封印の黄金櫃"の3枚だ。モンスターカードが2枚含まれていたので、中岸大助に2000ポイントのダメージを与える!!』
「なっ!?」
 上空に現れた暗雲から、雷が降り注いだ。
 あまりの速さに対処できず、それらは体に直撃した。
「ぐあああぁっぁああ!!!」

 大助:8000→6000LP

 体が焼き切られるような痛みだった。
 くそ。まさかこんな方法でダメージを受けるとは……。
「大丈夫!?」
 香奈が心配そうな顔をして声を上げる。
「大丈夫だから、油断するな」
『その通りだ。まだ俺のターンは始まったばかりだぞ』
 そう言ってダークはさらにカードを発動した。


 異次元からの埋葬
 【速攻魔法】
 ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
 そのカードを墓地に戻す。


『この効果で"終焉の黒騎士"、"闇の格闘家"、"闇へ解け合う風"を墓地に戻す』
 相手の除外されていた3枚ちょうどのモンスターが墓地に戻された。
「除外されるカード枚数まで、予想してたのか……」
『さらに伏せカード"王宮のお触れ"を発動する!!』
「えっ!?」
 

 王宮のお触れ 
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


 辺りを赤い霧が包み込んだ。
 この霧がある限り、お互いに罠カードは発動できなくなってしまった。
 なるほど、確実に攻撃するために発動したか。だが……
「なんでさっき発動しなかったんだ?」
 さっきの場面で、いや、もっと前のターンに発動すれば、香奈の罠は防げていたはずだ。
『お前、俺が何を狙っているのか分からないのか?』
「なに?」
 狙っていることだと……。
 じゃあさっき、ダークはあえて香奈に"天罰"を使わせたってことなのか。
 でも……どうして……。
『バトルだ!! "墓の装飾女"で"六武衆の師範"に攻撃だ!!』
 考える暇も与えないかのように、攻撃宣言が下される。
 どうやらダークは、香奈よりも先に俺の方を倒すつもりらしい。
 だが、思い通りにさせてたまるか。
「ダメージステップに、速攻魔法"収縮"を発動する!!」


 収縮
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 墓の装飾女:攻撃力3000→2200

「これで、"墓の装飾女"の元々の攻撃力は半分になる」
 襲ってきた女性型モンスターの体が小さくなる。
 隻眼の武士は攻撃を素早くかわし、相手の体を一閃した。

 墓の装飾女→破壊
 ダーク:16000→15600LP

『くっ…!』
「相手モンスターを戦闘で破壊したから、ユニオンされている"六武衆の御霊代"の効果で、カードを1枚ドローする」
 これで相手モンスターを破壊したうえに手札も補充できた。
 さすがにダークも伏せカードまでは予想できなかったらしい。
『では"闇の使い−ダークウルフ"で"智天使ハーヴェスト"を攻撃する!!』
 黒い狼が、天使に向かって突進する。
 天使は為す術もなく、その漆黒の爪に引き裂かれてしまった。

 智天使ハーヴェスト→破壊
 香奈:8000→7600LP

「う……!」
「香奈!」
「だ、大丈夫よ。たった戦闘で破壊された"智天使ハーヴェスト"の効果で、"天罰"のコストで捨てた墓地からカウンター罠"攻撃の無力化"を手札に加えるわ」
 引き裂かれた天使の体から優しい光が溢れて、香奈の手札を1枚補充する。
 モンスターはやられてしまったが、損失的にはプラスマイナス0ってところか。
『ククク……なかなか面白いな』
 ダークは余裕たっぷりといった感じで笑っている。
 一体、こいつの狙いはなんだ?
 さっきの"王宮のお触れ"の発動タイミングは明らかにおかしい。罠を無効にすれば、"ダーク・アームド・ドラゴン"の効果でかなりの優位に立てたはずだ。
 香奈にわざと"天罰"を使わせて、手札を減らすのが目的だった?
 いや、そんなことより、場のアドバンテージを稼いだ方が良いに決まっている。
 じゃあ……一体……。
「……っ!」
 頭をかすめた予感。
 まさか、相手が狙っている事って……!
「どうしたのよ。大助」
 俺の様子に気づいたのか、香奈が尋ねてきた。
「急ぐぞ香奈。今までの4ターンのやりとりで、ダークの墓地にかなりの枚数のカードが送られた」 
「だから何よ?」
「ダークの目的は、闇の神を召喚することだ!!」
「……!」
 そう。玲亞は言っていた。
 闇の神を召喚するには、墓地にレベル1から10までのモンスターがいると。つまり、ダークの墓地に1から10までのレベルを持つモンスターが揃ったら、いつでも闇の神は召喚されてもおかしくないのだ。
 これまでのやりとりで、ダークの墓地にはレベル1、2、3、4、6、7が存在している。
 あと少しで、条件が整ってしまう。
 もし整ってしまったら……!
『気づいたか。だが少々遅かったな』
「そんなの、分かんないだろ」
『分かるさ。ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:15600LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   王宮のお触れ(永続罠)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:6000LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2600/御霊白をユニオン)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:7600LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「俺のターン」
 "王宮のお触れ"がある限り、香奈のデッキは機能できない。
 ここはなんとか、あいつを引いて除去しておきたいな。
「ドロー」
 カードを確認して、思わず笑みが浮かんだ。
「"増援"を発動する!」
『……!』
「この効果で"六武衆−カモン"を手札に加えて、そのまま召喚だ!」
 俺の場に、赤い光と共に爆弾を持った武士が現れた。


 増援
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「カモンの効果で、俺はお前の場にある"王宮のお触れ"を破壊する!!」
 武士がその手に持った爆弾を辺り一帯に放り投げる。
 それらは一斉にはじけ飛んで、フィールド包んでいた赤い霧を吹き飛ばした。

 王宮のお触れ→破壊

「これで、罠は発動可能だな」
『なかなかやるな』
「バトルだ!! "六武衆の師範"で攻撃!!」
 隻眼の武士が、ダークの場にいる漆黒の獣に向かって突撃した。
『甘かったな』
 ダークはカードを開いた。
 武士の前に、強固な光の壁が形成される。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


『これで、お前達のモンスターは全滅だ!!』
 そういえば2対1のときのミラーフォースは、もう一方の味方にまで効果が及んでしまうんだったな。
 だが、おそらくこれは大丈夫だろう。
「させないわ!!」
 香奈が声を上げて、カードを発動した。


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

 香奈:7600→6600LP
 聖なるバリア−ミラーフォース−→無効→破壊 

『なにっ!?』
「大助、このままいっちゃいなさい!」
「あぁ! これで、攻撃はそのまま続行だ!」
『くっ!』
 光の壁が消えたことで、隻眼の武士は力強く前へ踏み込む。
 漆黒の狼が反撃しようと爪を振るが、武士の素早い動きは捉えられない。そして生じた一瞬の隙をついて、武士は狼の体を一閃した。

 闇の使い−ダークウルフ→破壊
 ダーク:15600→15200LP

『ぐっ……!』
「ユニオン状態の御霊代の効果で1枚ドロー。カードを伏せてターンエンドだ」
 流れはこっちに傾いている。
 このまま行けば、もしかしたら勝てるかもしれない。

-------------------------------------------------
 ダーク:15200LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:6000LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2600/御霊白をユニオン)
   六武衆−カモン(攻撃:1500)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   伏せカード2枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:6600LP

 場:なし

 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターンよ!!」
 香奈はカードを引いた。
「"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!!」
 戦いの場に、マントを羽織った天使が現れた。
 

 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 香奈のデッキのキーカード。
 これを召喚したときは、香奈のデッキは100パーセントのまわりを見せている。
 しかも今の状況なら、安心して伏せカードも伏せることが出来る。
 これなら、ダークを倒せるかも知れない。
『そんなことさせるか!!』
 ダークも危機感を感じたのか、伏せカードを開いた。


 激流葬
 【通常罠】
 モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
 フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。


「あっ!」
『これで、お前達の場のモンスターは吹き飛ぶぞ!!』
 大きな波の激流が、フィールドに流れ込む。
 このままでは場にいるモンスターは全員、無事では済まないな。
「させるかよ」
 これぐらいなら、予想はついていた。
 伏せカードを開く。
 激流が一瞬で、消え去った。
『なんだと!?』
「"トラップ・スタン"を発動した」


 トラップ・スタン
 【通常罠】
 このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「これで"激流葬"は無効だ」
「やるじゃないの」
「まぁな」
「バトルよ!!」
 香奈は勢いよく攻撃を宣言する。
 天使がその手に光の玉を作り上げて、それを放った。
『ぐぁあ……!』

 ダーク:15200→13600LP

「カードを2枚伏せてターンエンド―――」
『この瞬間、手札からモンスター効果を発動する!!』
「えっ!?」
 香奈も俺も、驚いた。
 このタイミングで発動できるモンスター効果って一体……?
『"冥府の使者カイエン"を特殊召喚だ!!』
 ダークの場に、防具を装着した人型の悪魔が現れる。
 その手に大きな剣を持ち、それをゆっくりと構えた。


 冥府の使者カイエン 闇属性/星7/攻2700/守2500
 【悪魔族・効果】
 自分が直接攻撃によってダメージを受けたとき、
 そのターンのエンドフェイズ時に手札からこのカードを特殊召喚できる。
 この効果で特殊召喚に成功した時、
 自分フィールド上に「冥府トークン」(闇属性/星7/悪魔族/攻守1600)1体を特殊召喚できる。


『この効果で特殊召喚に成功したので、場に冥府トークンが現れる』
 人型の悪魔の隣に、黒い姿をした巨鳥が現れる。

 冥府トークン→特殊召喚(攻撃)

「なによこれ!?」
『残念だったな。これで、まだ戦況は分からなくなったぞ』
 名前から察するに、ゴーズの仲間だろう。
 フィールド魔法が張ってあるから、ゴーズは出てこないと思っていたが、計算が違った。
 まずいな。どうする……。

-------------------------------------------------
 ダーク:13600LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   冥府の使者カイエン(攻撃:2700)
   冥府トークン(攻撃:1600)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:6000LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2600/御霊白をユニオン)
   六武衆−カモン(攻撃:1500)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:6600LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだ』
 ダークが不気味な笑みを浮かべながら、カードをドローした。
 一瞬たりとも、気が抜けない。
『手札から"大寒波"を発動する!!』
「っ…!」


 大寒波
 【通常魔法】
 メインフェイズ1の開始時に発動する事ができる。
 次の自分のドローフェイズ時まで、お互いに魔法・罠カードの
 効果の使用及び発動・セットはできない。


 この状況で"大寒波"だと!?
 これが通ったら、きっとまずいことになる。おそらくダークの手札には、戦況を大きく変えるカードがある。
 どうする? 伏せカードをチェーンしておくか?
「そんなカード、通すわけないでしょ!!」
 香奈が大きな声を上げて、伏せカードを開く。
 ダークの場に、嫌らしい笑みを浮かべた男が現れる。


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。


 よかった。対抗策は伏せてあったのか。
 しかもアルテミスの効果で、香奈の損失はない。
「さぁ、あんたもカードを引きなさい」
『……あぁ』
 狙いがはずれたためか、ダークの声の調子が落ちた。
 よし、目論見がはずれたならこれで―――。
「……!」

 ――ダークは、笑っていた――。

 一体、どうして……。
「まさか…!」
『ありがたく、カードを引かせて貰おうか』
「香奈、これは罠だ!!」
「えっ?」
『もう遅い!! 手札から"大嵐"を発動する!!』


 大嵐
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


 部屋中に強烈な風が吹き荒れた。
 その風は俺達の魔法・罠ゾーンにあるカードをすべて吹き飛ばしてしまった。
 隻眼の武士の体からも鎧がはがされてしまい、力がわずかに減少する

 攻撃の無力化→破壊
 炸裂装甲→破壊
 六武衆の御霊代→破壊
 六武衆の師範:攻撃力2600→2100 守備力1300→800 


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 炸裂装甲
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体を破壊する。


「くっ!」
 はめられた。
 "大寒波"はダミーで、本当の狙いは"大嵐"だったのか。
 まずい、これではがら空きだ。しかも相手はまだ、通常召喚を行っていない。
『さらに手札から"霊滅術師 カイクウ"を召喚する!!』
「なに!?」


 霊滅術師 カイクウ 闇属性/星4/攻1800/守700
 【魔法使い族・効果】
 このカードが相手に戦闘ダメージを与える度に、
 相手墓地から2枚までモンスターを除外する事ができる。
 またこのカードがフィールド上に存在する限り、
 相手は墓地のカードをゲームから除外する事はできない。


 ダークの場に、不気味な顔をした法師が現れる。
 法師は手に数珠のような物を持って、お経のような不気味な言葉を唱えている。
『さぁ、バトルだ!! カイエンで"六武衆の師範"に攻撃!』
 巨大な剣が振りかぶられ、武士に向かって振り下ろされる。
 武士はなんとか刀で受け止めようとしたが、重量の差がありすぎて、受け止めきれず、叩き潰されてしまった。
「ぐぁ!」

 六武衆の師範→破壊
 大助:6000→5400LP

『さらに、"冥府トークン"でカモンに攻撃!!』
 巨鳥が武士をわしづかみにして、その鋭い嘴を突き刺した。

 六武衆−カモン→破壊
 大助:5400→5300LP

「くっ!」
『さらにカイクウでアルテミスに攻撃だ!』
 法師が不気味な言葉を唱え、数珠を振りかざした。
 すると天使が苦しみだして、破壊されてしまった。
「きゃっ!」
 
 豊穣のアルテミス→破壊
 香奈:6600→6400LP

『カイクウの効果で、中岸大助の墓地からカードを除外する!!
「……!」
 そうか。カイクウの効果は、変則決闘の時には除外する相手を自由に選べるのか。
 そうなると……。
『お前の墓地から"六武衆の師範"と"六武衆−カモン"を除外しよう』

 六武衆の師範→除外
 六武衆−カモン→除外

『六武衆は墓地からの特殊召喚の方法が豊富だからな。厄介なことになる前に除外しておく』
「そうかよ」
『ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:13600LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   冥府の使者カイエン(攻撃:2700)
   冥府トークン(攻撃:1600)
   霊滅術師 カイクウ(攻撃:1800)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:なし

 手札4枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:なし

 手札2枚
-------------------------------------------------
 
 状況が一変した。
 一瞬、目の前で起こったことが信じられなかった。
 さっきまで圧倒的な優位に立っていたはずなのに、たった1ターンで逆転されてしまった。
 こんな簡単に、あの状況を打ち破ってくるなんて普通無理だぞ。ダークはまさか、この展開まで予想していたのか?
 こっちは2人がかりなのに……やっぱりダークには……
「大助!」
「っ!」
 香奈の声で、我に返った。
 何を考えていたんだ俺は……! 相手が予想できたとしても、おおまかな展開ぐらいのはずだ。
 今の俺は、1人で戦っているわけじゃない。恐れる必要なんてない。
「俺のターン!」
 ドローしたカードを見て、心の中でガッツポーズを作る。
「"六武衆−イロウ"を召喚する!」
 召喚陣が描かれて、長刀を持った黒い長髪の武士が姿を現す。 


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。


「さらに"一族の結束"を発動する!!」


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

 六武衆−イロウ:攻撃力1700→2500

『攻撃力が2500だと!?』
「バトルだ! イロウでカイクウに攻撃!!」
 武士が一瞬で法師との距離を詰める。
 その黒い刀が、法師の体を切り裂いた。
『ぐっあ…!』

 霊滅術師 カイクウ→破壊
 ダーク:13600→12900LP

 とりあえずこれで、厄介なモンスターはいなくなったな。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」




「私のターン!!」
 香奈はカードを引いてすぐに、デュエルディスクにカードを叩きつける。
 ハート形の天使が姿を現した。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


「バトルよ!!」
 ハートの天使の体から、まぶしい光が発せられる。
 それは黒い巨鳥の体を一瞬で掻き消した。

 冥府トークン→破壊
 ダーク:12900→12800LP

『ククク……たいしたことないな』
「うるさいわね! カードを1枚伏せてターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 ダーク:12900LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   冥府の使者カイエン(攻撃:2700)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆−イロウ(攻撃:2500)
   一族の結束(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:ジェルエンデュオ(攻撃:1700)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!! 墓地の"終焉の黒騎士"を除外して、手札から"闇の精霊 ダークデビル"を特殊召喚する!』
 ダークの墓地にいる黒騎士が、闇の塊となって場に現れる。
 やの闇の塊は、ユラユラと漂うように形を成して、影のようなモンスターとなった。


 闇の精霊 ダークデビル 闇属性/星4/攻1800/守200
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地にある闇属性モンスター1体をゲームから除外することでのみ特殊召喚することが出来る。
 1ターンに1度、相手の墓地にあるモンスターカード1枚をゲームから除外することが出来る。


「これは……!」
『ダークデビルの効果で、中岸大助の墓地にある"六武衆の御霊代"を除外する!』
 影が俺の方に伸びてきて、墓地に手を伸ばした。
 そこからカードが1枚奪われて、闇に飲み込まれてしまった。

 六武衆の御霊白→除外

「くそっ!」
 とことん六武衆を除外しやがって。
 そこまでして俺を倒すつもりか。
『バトルだ!! カイエンで"ジェルエンデュオ"に攻撃!!』
「なっ!?」
 悪魔の剣が、香奈の場にいる天使に向かって振り下ろされようとする。
 "ジェルエンデュオ"はダメージを受けたら自動的に破壊されてしまう。そうしたら香奈の場はがら空きになる。
「そんなこと、させるか!!」
 伏せカードを開く。
 悪魔の剣が振り下ろされて、天使を襲う。
「イロウ! 頼む!」
 長髪の武士が、天使の前に立ちはだかった。
 その身を挺して、刃から天使を守る。

 六武衆−イロウ→墓地

『なんだと!?』
「罠カード、"強制終了"を発動した。この効果でイロウを墓地に送って、バトルフェイズを終了させたんだ」


 強制終了
 【永続罠】
 自分フィールド上に存在する
 このカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
 このターンのバトルフェイズを終了する。
 この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「香奈には手を出させない」
「大助……」
『ちっ、まぁいい。ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:12800LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   冥府の使者カイエン(攻撃:2700)
   闇の精霊 ダークデビル(攻撃:1800)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:ジェルエンデュオ(攻撃:1700)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

 なんとか防いだが、このままじゃまずい。あのカイエンを倒さないと、いつまでも攻勢に出られない。
 手札には倒すためのカードが存在しているが、ダークのモンスター効果のせいで墓地に六武衆がいないから召喚することができない。おそらく、相手もそのことを予想しての事なんだろうが……。
 どうする。1ターン待って様子を見るか?
 いや、駄目だ。相手の強さは尋常じゃない。少しでも守勢にまわったら、一気に流れを持っていかれてしまう。
『どうした、お前のターンだぞ』
「……分かってる。俺のターン、ドロー」
 カードを引いた瞬間、見えない力が働いてカードがはたき落とされた。
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「カウンター罠を発動したわ」
「……!」
 香奈の場にあった伏せカードが、開かれていた。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「カウンター罠を発動したことで、このカードを特殊召喚するわ!!」
 香奈の場にいる天使が光に包まれて、辺りに電流が走る。
 光の中から、裁きを下す高位の天使が姿を現す。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「ボルテニスの効果で、カイエンを破壊するわ!!」
 天使がバチバチとその手に雷を込める。
 そして、力が十分に溜まった頃、それを相手に向けて放った。
 悪魔は剣を盾にして受け止めるが、耐えきれずに雷に飲み込まれた。

 冥府の使者カイエン→破壊

『ふん、そのカードを召喚するために、わざわざパートナーの手札をたたき落としたか』
「それだけじゃないわよ!」
 香奈は不敵な笑みを浮かべて言った。
「大助、これで墓地に2体、六武衆がいるでしょ?」
「……!」
 そういうことか。
 今、引いてはたき落とされたのは、"六武衆−ヤリザ"だ。


 六武衆−ヤリザ 地属性/星3/攻1000/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。
 

 香奈の本当の狙いは、ボルテニスの召喚じゃなく"強烈なはたき落とし"でヤリザを墓地に送ること。
 それにしても、俺が引いたカードがよく分かったな。
 まぁ多分、偶然なんだろうが……。
「俺は墓地にいる六武衆を2体、ゲームから除外する!」
『……!』
 2体の武士の魂を糧にして、新たな武士が姿を現す。
 他の武士よりも強い闘志を秘めた、老中が参上した。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「さらに手札から、"六武衆−ヤイチ"を召喚!」
 弓を持った武士が、その隣に現れた。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「墓地にモンスターがいないから、"一族の結束"の効果は発動しない。でも、これで十分だ!!」
 二人の武士が、それぞれの武器を構えた。
「バトルだ!!」
 老中が居合いを一閃し、もう一人の武士は矢を放つ。
 影のようなモンスターは真っ二つに切られ、矢がダークの胸を貫いた。

 闇の精霊 ダークデビル→破壊
 ダーク:12800→12400→11100LP

『ぐぁぁあ!!』
「ターンエンドだ」
 これで、相手の場には何もない。
 今が攻撃のチャンスだ!



「私のターン!!」
 香奈もチャンスとばかりに、ボルテニスで攻撃に出る。
 裁きの雷が、ダークの体を襲った。
『ぐああああああ!!!』

 ダーク:11100→8300LP

「ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 ダーク:8300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:紫炎の老中 エニシ(攻撃:2200)
   六武衆−ヤイチ(攻撃:1300)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札1枚
-------------------------------------------------

『ククククク……』
 ダークが笑った。
 不気味な声が部屋に反響して、背中を冷たいものが通り抜ける。
「なにがおかしいのよ」
『まさか、お前達がここまでやるとは思っていなかったぞ』
「そうかよ。それで、降参でもするのか?」
『ククク……強がるなよ中岸大助。俺がこの程度だと思っていたか?』
「なんだと?」
「どういう意味よ」
 ダークは笑みを浮かべたまま、拍手をし始めた。
 パチパチという音が、むなしく響き渡る。
『お前達二人の力は、驚嘆に値する。この2対1の変則決闘においては、二人の力は俺と同程度と言っても過言じゃないだろう。もっとも、今までの話だがな』
「……!?」
『お前達に敬意を称して、本気でやってやろう』
「なに!?」
 今までの決闘は、本気じゃなかったって事なのか?
 いや、そんなはずはない。ただのハッタリだ。動揺を誘おうとしても、香奈には当然きかないし、無駄だ。
「やれるもんなら、やってみなさいよ!!」
『クハハハハ!!! 俺のターン、手札から"ダーク・クリエイター"を特殊召喚する!!』


 ダーク・クリエイター 闇属性/星8/攻2300/守3000
 【雷族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「この状況で……!」
 たしかにダークの墓地には、多くの闇属性モンスターが存在している。
 このカードが入らない理由はないが、それでも予想外だった。
『墓地の"ダーク・アームド・ドラゴン"を除外して"冥府の使者カイエン"を特殊召喚!!』
 創造者が空に向かって手をかざすと、地面から再び人型の悪魔が姿を現した。
 心なしか、さっきよりも禍々しく見える。
『さらに手札から、"BF−疾風のゲイル"を召喚!! その効果で"六武衆−ヤイチ"の攻守を半分にする!!』
 現れた鳥から強烈な風が放たれる。
 それは武士の持つ弓を吹き飛ばして、すべての能力を半減させてしまった。


 BF−疾風のゲイル 闇属性/星3/攻1300/守400
 【鳥獣族・チューナー】
 自分フィールド上に「BF−疾風のゲイル」以外の
 「BF」と名のついたモンスターが存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、相手モンスター1体の攻撃力・守備力を半分にする事ができる。

 六武衆−ヤイチ:攻撃力1300→650 守備力800→400

『カードを1枚セットして、バトルだ!! カイエンでヤイチに攻撃!!』
 悪魔の持った大きな剣が、無防備な武士に向かって振り下ろされる。
「俺は"強制終了"の効果で――――!」
 ヤイチを墓地に送ろうとした、手が止まる。
 何かおかしい。さっきゲイルの効果で半分にするとしたら、エニシの方なんじゃないのか?
 俺に大きなダメージを与えたかったからと考えてもいいかもしれないが、攻守が半分になったヤイチを"強制終了"で墓地に送ることは目に見えていたはずだ。
 ダークがそれを予想できなかったわけがない。
 じゃあどうしてゲイルでエニシを半減させなかった? まさか、半減させる必要が無かった……?
「……俺は"強制終了"の効果で、エニシを墓地に送ってバトルフェイズを終了させる!!」
『っ!!』
 老中が光に包まれる。
 そのまぶしい光で、ダークのモンスターは動きを一斉に止めた。
 また、戦士が墓地に行ったことで、"一族の結束"で攻撃力が上昇する。

 紫炎の老中 エニシ→墓地(コスト)
 六武衆−ヤイチ:攻撃力650→1450

『……ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:8300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダーク・クリエイター(守備:3000)
   冥府の使者カイエン(攻撃:2700)
   BF−疾風のゲイル(攻撃:1300)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!! "六武衆−ニサシ"を召喚する!!」
 俺の場に、風の力を宿した二刀流の武士が現れる。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→2200

「さらに"六武衆−ヤイチ"の効果で、お前の場の伏せカードを破壊する!」
 武士が隠し持った弓を携えて、伏せられたカードに向けて矢を放つ。
 それはまっすぐに、ダークのカードを貫いた。
「やっぱりそれか」
 ダークの場に伏せられていたのは―――。


 闇の幻影
 【カウンター罠】
 フィールド上に表側表示で存在する闇属性モンスターを対象にする
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


「エニシの効果を、それで無効にしようとしていたんだろ?」
『……まさか見破られるとはな……』
「バトルだ! ニサシでゲイルに攻撃!!」
 風のような速さで刀が振られる。
 その刃は、鳥の翼を捉えた。

 BF−疾風のゲイル→破壊
 ダーク:8300→7400LP

『ぐっ……!』
「ターンエンドだ」




「私のターン!! ボルテニスでカイエンを攻撃!!」
 再び裁きの雷が、悪魔の体を掻き消した。

 冥府の使者カイエン→破壊
 ダーク:7400→7300LP

「ターンエンドよ!」

-------------------------------------------------
 ダーク:7300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダーク・クリエイター(守備:3000)
 
 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   六武衆−ニサシ(攻撃:2200)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札2枚
-------------------------------------------------

『しぶといな。そこまでして世界を救いたいか?』
「あたりまえでしょ!!」
『なぜだ? お前達は、こんな世界おかしいと思わないのか?』
「なんだよ。家族が奪われる、こんな世界はおかしいって言うつもりか?」
『……貴様、どこでそれを聞いた』
「お前の友達からだよ」
『フレアか……あぁそうだ。俺の家族はテロに巻き込まれて、亡くなった。突然だった。何の前触れもなく、俺は一人になってしまったんだ。そして、俺と同じような立場の人間が世界にはたくさんいる。おかしいと思わないか? お前達にも家族がちゃんといる。そしてのうのうと平和に過ごしている。一方で俺のように、一人で生きている人間もごまんといるんだ』
「………………」
 返す言葉が見つからなかった。
 たしかに、今この時でも戦争だの何だのが起こっている。犠牲者は無数に出て、その分、悲しみも生まれている。
 でも……
『こんな世界など、一度壊してしまった方が良い』
「バッカじゃないの!?」
『なんだと?』
「壊して、壊して、それでどうするのよ。何も生まれないし、何も残らないじゃない。そんなんで、誰が喜ぶって言うのよ!!」
「香奈の言うとおりだ。壊したところで、どうにかなるわけじゃない。それぐらい、お前だって分かるだろ」
 一応相手だって、人間なんだ。
 ちゃんと考えれば、こんなことしたって無駄なことが分かるはずだろ。
『どうやら、お前達とは話し合ったところで無駄なようだな』
 ダークを覆う闇が、さらに深くなった。
 俺と香奈は身構える。





 決闘はまだ、終わりそうにない。




episode30――あってはならなかったこと――




 闇の中で決闘が続く。
 今のところ、状況は互角のはず。
 だが俺も香奈も、少しの余裕も感じていなかった。

-------------------------------------------------
 ダーク:7300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダーク・クリエイター(守備:3000)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   六武衆−ニサシ(攻撃:2200)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札2枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだ。"ダーク・クリエイター"の効果で"闇の使い−ダークウルフ"を除外して、"闇の格闘家"を特殊召喚するぞ!!』
 ダークの場にいる創造者が、墓地から新たなモンスターを蘇らせる。
 この状況で格闘家か……まずいな。


 ダーク・クリエイター 闇属性/星8/攻2300/守3000
 【雷族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 闇の格闘家 闇属性/星2/攻500/守500
 【戦士族・効果】
 このカードは闇属性モンスターをアドバンス召喚するとき、
 2体分のリリースとしてリリースすることが出来る。
 このカードは1ターンに1度、戦闘で破壊されない。


 2体分のリリースになる格闘家を特殊召喚したということは、狙いは間違いなく上級モンスターのアドバンス召喚だろう。今の状況では、かなりの脅威になりかねない。
『"闇の格闘家"をリリースして"暗黒防壁結界"をアドバンス召喚する!!』
 格闘家が闇に飲み込まれて、ダークの前に強固な結界が張られた。


 暗黒防壁結界 闇属性/星9/攻0/守4000
 【悪魔族・効果】
 このカードは召喚に成功したとき、守備表示になる。
 このカードは対象をとるカードの効果で破壊されない。

 暗黒防壁結界:攻撃→守備表示

「守備力4000か……」
 前に出されたときも、どうやっても突破できなかったな。
 さて、今回はどうしたものか……。
『さらに、"隠された禁術"を発動するぞ!!』
「……!」
 

 隠された禁術
 【通常魔法】
 除外されている自分のモンスターカードを3枚墓地に戻して発動する。
 除外されている自分の魔法カード1枚を手札に加える。


『俺は今までに除外していた"終焉の黒騎士"、"ダーク・アームド・ドラゴン"、"闇の使い−ダークウルフ"を墓地に戻して、除外されている魔法カードを手札に戻す』
「除外されてる魔法カード……?」
 俺は記憶を探る。
 除外されている魔法カードなんかあったか?
 それに、なんだこの嫌な予感。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


《手札から魔法カードを発動だ》
 ダークがカードをかざした。
 上空に暗雲がかかる。


 デス・ブラスト
 【通常魔法】
 デッキの上からカードを3枚除外する。
 その中にモンスターカードが含まれていた場合、
 1枚につき1000ポイントのダメージを相手に与える。


 ダークのデッキの上から、3枚ものカードが除外された。
《除外されたのは"闇の格闘家"、"闇へ解け合う風"、"封印の黄金櫃"の3枚だ。モンスターカードが2枚含まれていたので、中岸大助に2000ポイントのダメージを与える!!》

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「……しまった!!」
『分かったようだな。俺は除外されていたカード、"封印の黄金櫃"を手札に加えて、発動する!!』
 ダークの場に、黄金の箱のようなものが現れる。


 封印の黄金櫃
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。


『俺はこいつの効果で、デッキからカードを除外し、それを2ターン後のスタンバイフェイズ時に手札に加える』
 ダークのデッキから、1枚のカードが闇の中に消えた。
 取り除かれたカードを、不気味な闇が覆っているのが分かった。
「お前……!」
『残念だったな。2ターン後に、俺の勝利は確定する。それまでに、俺のライフを削れるか?』
 ダークは憎たらしい笑みを浮かべていった。
 相手の残りのライフは7300。あと2ターンで削りきれる量には思えない。だがそれでも、削りきらなければならない。そうしないと、相手の手札にあのカードが入ってしまう。
「いったい、何のカードを除外したのよ!!」
『ククク……教えてやろう。俺が除外したのは、"GT−闇の支配者"だ!!』
「……!!」
 香奈は聞かなければよかったというような表情をした。
 もちろん、ダークは香奈がそうなると分かってて言ったのだろう。
「……いいわよ。その前に、あんたのライフを削りきってあげるわ!」
 香奈が、恐怖を押し殺すように叫んだ。
『ククク……じゃあこれはどうだ?』
 ダークはさらに手札からカードを発動した。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『俺はこの効果で"闇へ解け合う風"を特殊召喚する!!』


 闇へ解け合う風 闇属性/星1/攻0/守0
 【鳥獣族・チューナー】
 このカードがシンクロ召喚のために墓地へ送られたとき、
 自分はデッキからカードを1枚ドローする。


『レベル9の"暗黒防壁結界"にレベル1の"闇へ解け合う風"をチューニング!!』
 黒い光の輪が、ダークの場を覆っていく。
 その輪の中から、闇の皇帝が姿を現した。


 ダークエンペラー 闇属性/星10/攻5000/守5000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「闇属性チューナー」+レベル9の闇属性モンスター
 このカードの攻撃力は、相手フィールド上にいる表側表示のモンスター1体につき
 1000ポイントダウンする。
 このカードは相手のモンスター全てに攻撃することが出来る。
 このカードの攻撃力はバトルフェイズ中に変化しない。


『"闇へ解け合う風"の効果で1枚ドロー。さらに装備魔法"無効化ギプス"をエンペラーに装備する!!』
 闇の皇帝の体に、硬いギプスがはめ込まれる。
 皇帝は少しの間苦しそうにしていたが、すぐに慣れたように立ち上がった。


 無力化ギプス
 【装備魔法】
 装備されたモンスターの効果は無効になる。


『これで"ダークエンペラー"の攻撃力は5000に固定される。もっとも、全体攻撃能力はなくなってしまったがな』
「攻撃力5000だと!?」
 あの"F・G・D"と同じ攻撃力を持ったモンスターを、こんな簡単に場に出されてしまった。
 これじゃあ、2ターンの間にライフを削る前に、こっちのライフが持っていかれてしまう。
『バトルだ!!』
 闇の皇帝が、俺の場にいる武士に向かって闇のエネルギー波を放った。
 通すわけには……いかない。
「"強制終了"の効果で"六武衆−ニサシ"を墓地に送って、バトルフェイズを終了させる!!」
 二刀流の武士が身を挺して闇のエネルギーを受け止める。


 強制終了
 【永続罠】
 自分フィールド上に存在する
 このカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
 このターンのバトルフェイズを終了する。
 この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「ありがとな。ニサシ」
 とにかく今は耐えるしかない。
 その間に、なんとか逆転の目を見つけないと。
『ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:7300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダーク・クリエイター(守備:3000)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   無力化ギプス(装備魔法)
   ※『封印の黄金櫃』解放まであと2ターン

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:5300LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターンだ!!」
 引いたカードを確認する。
 よし。これならとりあえず大丈夫だろう。
「"六武衆−ザンジ"を召喚!!」
 召喚陣が描かれてその中から橙色の光と共に薙刀を持った武士が現れる。
 その目には強い闘志が宿り、相手の場にいる闇の力を宿したモンスター達を睨み付けた。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「"一族の結束"の効果で、ザンジはさらに攻撃力を上げる!!」


 一族の結束
 【永続魔法】
 自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
 1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

 六武衆−ザンジ:攻撃力1800→2600

「バトルだ!! ザンジで"ダーク・クリエイター"に攻撃!!」
 ザンジが創造者に向かって斬りかかる。
 刃は相手の体を通さずに、生じた衝撃が俺に跳ね返ってきた。
「ぐあぁ……!」

 大助:5300→4900LP

 ダメージは受けてしまったが、これでいい。
「ザンジの効果が発動する!」
 先程、武士の刃が触れた場所から、創造者の体に亀裂が入っていく。
「ザンジが攻撃した相手は、ダメージステップ終了時に破壊される!!」
 その亀裂は広がり、闇の創造者を破壊した。

 ダーク・クリエイター→破壊

『なるほどな。ダメージを受けてまで、俺の展開力を鈍らせたか。だが俺には傷一つ無いぞ。どうする?』
「くっ……」
 手札がないのでは何も出来ない。
 情けないが、ここは香奈に賭けるしかない。
「ターン……エンド……」

-------------------------------------------------
 ダーク:7300LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   無力化ギプス(装備魔法)
   ※『封印の黄金櫃』解放まであと2ターン

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   六武衆−ザンジ(攻撃:2600)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターンよ」
 香奈はカードを引いて、笑みを浮かべた。
 どうやら、良いカードを引いたらしい。
「大助、今まで頑張ってくれてありがとね。おかげで、手札が溜まったわ!!」
「そりゃどうも」
 香奈は手札から1枚のカードを力強くデュエルディスクに叩きつけた。


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


「私は"ジェルエンデュオ"を特殊召喚!! さらにそれをリリースして"アテナ"をアドバンス召喚よ!!」
 十字架の力によって、香奈の墓地からハート形の天使が蘇る。
 ハートの天使はすぐさま光に包まれて、女神の光臨を手助けした。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「"アテナ"の効果でボルテニスをリリースして、墓地にいる"豊穣のアルテミス"を特殊召喚よ!!」
 女神が祈りを捧げると、隣にいる裁きの天使の姿が変化する。
 マントでその身を包んだ天使が、現れた。


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「"アテナ"の効果で600のダメージ!!」
 女神が手をかざすと、その手から小さな光の矢が放たれた。
 それは一直線にダークの肩を貫く。
『ぐあぁぁ!!』

 ダーク:7300→6700LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!!」

-------------------------------------------------
 ダーク:6700LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   無力化ギプス(装備魔法)
   ※『封印の黄金櫃』解放まであと2ターン

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:4900LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1450)
   六武衆−ザンジ(攻撃:2600)
   一族の結束(永続魔法)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:6400LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   豊穣のアルテミス(守備:1700)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!!』
 ダークはデッキから2枚ドローすると、笑みを浮かべた。
 なにか嫌な予感がした。
『カードを1枚伏せて、魔法カード"フィールドボム"を発動する!!』


 フィールドボム
 【通常魔法】
 自分の墓地に闇属性モンスターが10体以上存在するときに発動できる。
 相手プレイヤーはフィールド上に存在するカード1枚につき400ポイントのダメージを受ける。

 
 上空に無数の丸い物体が現れる。
 それには導火線のようなものがついていて、火までついていた。
 まるでそれは、爆弾のように思えた。
『この場には全部で11枚のカードがある!! よって貴様達に4400のダメージだ!!』
「なっ!?」
 この終盤で、直接ダメージ系のカードを引いたって言うのか!?
 まずい。これが入ったら、星4モンスターの一撃で決められてしまう程のライフになってしまう。
「伏せカード発動!!」
 香奈がここぞと言わんばかりに、カードを発動する。
 上空にあった爆弾が、一瞬で消滅した。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 香奈:6400→3200LP

「アルテミスの効果で1枚ドロー!!」
 香奈が無効にしてくれたおかげで、助かった。
 とりあえず、このターンは――――。

『ならば2枚目の"フィールドボム"を発動する!!』
「!?」
 2枚目を持っていたのか!?
 一体どんな運を持っていたら、こんな引きが出来るっていうんだ。
『場のカードは1枚減ったが、今度こそダメージを食らえ!!』
 この場にあるカードは、全部で10枚。
 上空に再び爆弾が現れた。
 導火線に火がついて、俺達に向かって落ちてくる。
「伏せろ!!」
 思わず、叫んでしまった。
 香奈も俺も、その場に伏せて身をかがめる。

 ――爆弾が地面に触れると同時に、大きな爆発が起こった――。

 大助:4900→900LP
 香奈:3200→????LP

『クククク……』
「う……くっ……!」
 体中が痛い。
 くそ。物騒なカードを発動しやがって。伏せたおかげでなんとか直撃することはなかったが、4000ものダメージを受けたんだ。精神的にも、体力的にもきつい。
 ……待て。4000ものダメージだって!?
 香奈の残りライフは3200だったはずだ。じゃあ、まさか……!!
「香奈!!」
 俺は力の限り叫んだ。
 答えろ。頼むから答えてくれ。無事でいてくれ!!
「香奈!!」
『無駄だ。朝山香奈はもう――――』


「大丈夫よ」


 煙の中から、香奈が姿を現した。
「無事……なのか?」
「えぇ、このカードのおかげよ」
 香奈の前に、小さな白い天使が立ちはだかっていた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「アルテミスの効果で引いたカードがこれで本当に助かったわ」
『貴様……!!』
 ダークの表情が険しくなった。
 まったく、ダークにしろ香奈にしろ、一体どんな引きの強さをしているんだ。
 まぁなんにしても無事で良かったが……。
『ならば、バトルだ!!』
 闇の皇帝が闇のエネルギーを放った。
 こうなったら、やれるだけやるしかない。
「"強制終了"の効果で"一族の結束"を墓地に送って、バトルフェイズ終了だ!!」
 放たれた闇のエネルギーが、見えない力によって掻き消された。
 ダークは悔しそうな表情を浮かべて、ターンを終えた。

-------------------------------------------------
 ダーク:6700LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   無力化ギプス(装備魔法)
   伏せカード1枚
   ※『封印の黄金櫃』解放まであと1ターン

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:650)
   六武衆−ザンジ(攻撃:1800)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   豊穣のアルテミス(守備:1700)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「俺のターン!!」
 引いたカードを確認すると、なぜか力が湧いてきた。
 とにかく、これを出しておくしかないな。
「場に六武衆が2体いるので、手札から"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!!」
 俺の場に大きな炎があがる。
 その炎を力に宿し、武士達をまとめ上げる将軍の姿が、ついに戦いの場に現れた。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「悪い香奈。もう何もすることができない」
「大丈夫よ。私がなんとかするわ」
「……ターンエンドだ」
 とりあえず今できるのは、香奈を援護することだけだ。
 相手のライフは残り6700。決して削りきれない数値じゃない。
 頼むぞ。香奈。






「私のターンよ!!」
 香奈は引いたカードを確認した後、場にいる女神を見つめた。
「"アテナ"の効果で"豊穣のアルテミス"をリリースして"純白の天使"を特殊召喚!! 600のダメージよ!!」
 再び光の矢が、ダークを貫く。
『ぐっは……!』

 ダーク:6700→6100LP

「いくわよ!! レベル7の"アテナ"にレベル3の"純白の天使"をチューニング!!」
 天使の力が、女神へと注がれていく。
 その体に純白の鎧が身につけられて、全てを守護する最高位の天使が光臨する。
「シンクロ召喚!! "天空の守護者シリウス"!!」


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私は第1の効果を選択して、デッキからカウンター罠"攻撃の無力化"を手札に加えるわ」
 天空の守護者は光を放って、主人のデッキからカードを取り出した。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」
『エンドフェイズ時に罠カード発動だ!!』
 ダークが割り込んできた。
 その場に開かれていたカードは――――。


 針虫の巣窟
 【通常罠】
 自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。


『この効果で、デッキからカードを5枚墓地に送る』
 ダークは俺達に見せつけるように、カードを墓地に送っていく。

・光の護封剣
・洗脳−ブレイン・コントロール
・堕天使ゼラート
・エフェクト・ブレイク
・二重召喚

「一体、何が……!」
 言いかけた瞬間、気づいてしまった。
 ダークの墓地に送られたカードの中に、たった一つだけ、送られてはいけないカードが送られている。
 それは――――。


 堕天使ゼラート 闇属性/星8/攻2800/守2300
 【天使族・効果】
 自分の墓地に闇属性モンスターが4種類以上存在する場合、
 このカードは闇属性モンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。
 手札から闇属性モンスター1体を墓地へ送る事で、
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
 この効果を発動したターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


「星8のモンスターが……!」
『これで、レベル1から10まで揃ったぞ』
「……!」

-------------------------------------------------
 ダーク:6100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   ダークエンペラー(攻撃:5000)
   無力化ギプス(装備魔法)
   伏せカード1枚
   ※『封印の黄金櫃』解放まであと1ターン

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:650)
   六武衆−ザンジ(攻撃:1800)
   大将軍 紫炎(攻撃:2500)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:天空の守護者シリウス(守備:3000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!! スタンバイフェイズ時に"封印の黄金櫃"の効果で除外していたカードを手札に加える!!』
 ダークは高笑いしながら、カードを手札に加えた。
 ついに来たか。だが、闇の支配者は墓地に1から10までのモンスターがいないと場に出せないはずだ。
 "ダークエンペラー"が場にいる以上、召喚される心配はない。
『まさか、エンペラーが場にいるから闇の神は出てこない。そう思っているんじゃないだろうな?』
「……!」
 考えを読まれたか。
 いや、そんなのどうでもいい。闇の神が出ないなら、その間になんとか体勢を立て直しておかなければ――。
『"ダークエンペラー"を守備表示に変更する!!』
「なにっ!?」
 闇の皇帝が、不服そうな表情を浮かべながら守備体制をとった。
『墓地にモンスターが必要なら、自ら墓地へ送ればいい!!』
 そう言ってダークは魔法カードを発動した。


 シールドクラッシュ
 【通常魔法】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。


「これは……!」
「これって……!」
『これで"ダークエンペラー"を破壊する!!』
 鋭い緑色の閃光が、闇の皇帝の体を貫いた。

 ダークエンペラー→破壊

「しまった……!」
 これで相手の墓地には、レベル1から10までのモンスターが揃った。
 ということは――――。
『墓地にレベル1から10までのモンスターがいるので、手札から"GT−闇の支配者"を特殊召喚する!!』
 ダークの場に、禍々しいオーラを発するモンスターが現れる。


 GT−闇の支配者 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT(ゴッドチューナー)】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードは自分の墓地にレベル1からレベル10のモンスターが存在するときにのみ
 特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 このカードが特殊召喚に成功したとき、墓地にいるレベル10のモンスターを召喚条件を無視して
 特殊召喚することが出来る。


『その効果で墓地にいる"ダークエンペラー"を特殊召喚!!』
 支配者が、その隣に皇帝を蘇らせる。
 そして支配者は皇帝の体を、自身の持つ闇の中へと飲み込んでいく。
『ゴッドシンクロ!! 現れろ!! "闇の神−デスクリエイト"!!』
 

 闇の神−デスクリエイト 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「闇の支配者」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードは魔法・罠の効果を受けない。
 自分の場に「真・闇の世界−ダークネスワールド」が存在するとき、
 このカードはモンスター効果を受けない。
 このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカード1枚につき500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となる。
 各プレイヤーは必ずバトルフェイズを行わなければならない。
 攻撃可能なモンスターは必ずこのモンスターと戦闘を行う。
 相手または自分の攻撃宣言時にフィールド上に表側表示で存在する
 「闇の世界」と名のついたカードを条件を無視して除外することで、
 このカードはエンドフェイズ時まで攻撃力が2倍になり、戦闘では破壊されなくなる。


 禍々しく、不気味な骨の顔。
 すべての気力を奪い尽くしてしまうかのような威圧感。
 そして前回の戦いで味わった絶対無比の力。
 どれをとっても、二度と戦いたくない相手だった。そして、召喚させてはならないモンスターだった。
『久シブリダナ。中岸大助』
「くっそ……」
 濁った瞳で見下ろす神を、俺は震えながら向き合った。
 逃げてたまるか。しっかりしろ。こいつをなんとかしなければ、世界は救えないんだ。
『闇の神は、墓地にあるカードの枚数×500ポイント攻撃力を上げる! 俺の墓地にカードは39枚だ。よって――』

 闇の神−デスクリエイト:攻撃力5000→24500

「攻撃力24500!?」
 破格の攻撃力に、驚かざるを得なかった。
 しかも39枚ということは、ダークのデッキは40枚以上だってことなのか?
 たしかに闇の神を最大限に生かすなら、デッキが多い方が良いに決まっている。だがデッキは枚数を多くすればするほど、まわりが悪くなるはずだ。それを手足のように操るなんて、一体どんなデッキ構成をしているんだ。
『バトルだ!!』
「"強制終了"の効果で、ヤイチを墓地に送ってバトルフェイズを終了させる!!」
 一瞬の閃光が、フィールドを通った。
 闇の神は残念そうな表情を浮かべ、その手を下ろした。
「大助、大丈夫?」
 香奈が心配そうな顔をして尋ねてきた。
 我慢したつもりだったが、どうやら駄目だったらしい。震えが止まらない。
「あまり、大丈夫じゃないな」
「大丈夫よ。私がいるわ」
 香奈のまっすぐな瞳が向く。
 力強く、決意に満ちたその顔が、心を落ち着かせてくれる気がした。
「……そうだな」
 大きく深呼吸する。
 そうだ。大丈夫。前回とは違う。俺は一人で戦っている訳じゃない。
「香奈、ダークを倒そう」
「当たり前なこと言ってるんじゃないわよ」
『………カードを1枚伏せて、ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:6100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:24500)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃:1800)
   大将軍 紫炎(攻撃:2500)
   強制終了(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「俺のターン」
 引いたカードは、今は使えないカードだった。
『闇の神の効果で、強制的にバトルフェイズへ行ってもらうぞ!!』
「………」
 そうだ。以前はこの効果のせいで負けてしまったんだ。
 だが今度は違う。それを想定していたからこそ、"強制終了"を入れたんだ。これならたとえ無理矢理バトルフェイズにされても、バトルフェイズごと飛ばすことができる。
 そうすれば闇の神へ自爆特攻する必要もない。
「紫炎で攻撃!!」
 頼むぞ、香奈。
「カウンター罠を発動!! "攻撃の無力化"!!」
 刀を構えた将軍の動きが止まった。
 闇の神は香奈を睨み付けて、舌打ちを打つ。


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 香奈の場にも、バトルフェイズをスキップさせるカードがあってよかった。
『2対1では、パートナーも他のプレイヤーとして扱うルールを利用したか……』
「当たり前よ。それぐらい心得ているわ」
「そういうことだ。俺はこのままターンを終了する」
 なんとか、対抗策を見つけないと……。




「私のターン!! シリウスの効果でデッキから"ファイナルカウンター"を手札に加えるわ!!」
 再び天空の守護者が香奈に恵みをもたらした。
 "ファイナルカウンター"をサーチするとは、香奈には何か考えがあるのだろう。
 とにかく、香奈を援護するしかないな。
『バトルフェイズに入ってもらおうか』
「……バトル!!」
「"強制終了"の効果で"六武衆−ザンジ"を墓地に送ってバトルフェイズを終了だ」
 今度は俺が香奈のバトルフェイズを終了させた。
 とりあえずこの作戦なら、俺のモンスターが尽きない限り永遠に攻撃しなくて済む。
 もっとも、モンスターが尽きればそれまでだ。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

-------------------------------------------------
 ダーク:6100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:24500)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:大将軍 紫炎(攻撃:2500)
   強制終了(永続罠)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『俺のターン!!』
 ダークは勝利の笑みを浮かべながら、手札を見つめる。
 闇の神の異常な攻撃力の数値からか、とてつもない威圧感がフィールドを支配している。
『手札から、"絶望への足音"を発動する!!』 


 絶望への足音
 【通常魔法】
 「闇の世界」と名の付いたフィールド魔法が存在するときに発動できる。
 相手フィールド上のカードを1枚選択して墓地に送る。


 相手のカード1枚を墓地に送ってしまうカード。
 狙いは間違いなく、俺の"強制終了"だろう。
「させない」
 香奈もそれは分かったようでカウンター罠を発動で対応してきた。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


『ふっ……無効にされはしたが、墓地に新たなカードが送られた。それによって闇の神の攻撃力も上昇する!!』
 
 闇の神−デスクリエイト:攻撃力24500→25000

『バトルだ!! 闇の神で――――』
「"強制終了"の効果で紫炎を墓地に送って、バトルフェイズを終了だ!!」
 将軍が身を挺して、闇の神の攻撃を防ぐ。
 闇の神は俺を睨み付けながら、手を下ろした。
『ちっ……ターンエンドだ』

-------------------------------------------------
 ダーク:6100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:25000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:強制終了(永続罠)

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「俺のターン……」
 カードを引いた瞬間、俺は香奈の視線に気づいた。
 こっちをまっすぐに見つめて、何かを訴えているようだった。
「なんだ?」
「…………」
 聞いても香奈は答えない。
 2対1の変則決闘ではパートナー同士の相談はできない事になっている。
 ということは、香奈が訴えているのは決闘に関することということだろう。
「………」
 脳裏になんとなく、香奈が狙っていることが思いついた。
 いつもなら絶対無理だとつっこみたくなるが、今はそうも言っていられない。
 ここは香奈の強運に賭けるしかない。
「手札から"サイクロン"を発動する」
『俺の伏せカードを破壊するつもりか?』
「いや、破壊するのは、俺の場にある"強制終了"だ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 強制終了→破壊

『自分から守りを崩して……諦めたか?』
「そんなわけないだろ。手札から、チューナーモンスター"先祖達の魂"を召喚する!!」
 地面から淡い光りがあがって、俺を守護するように周りを囲った。


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「"先祖達の魂"の効果で、墓地にいる紫炎を特殊召喚だ!!」
『シンクロ召喚か』
「あぁ、いくぞ。レベル7の"大将軍 紫炎"にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!! シンクロ召喚!!」
 紅蓮の業火が燃え上がる。
 将軍はその力をいっそう高め、身につける防具や武器も、より強力な物へとなっていく。
 そうして現れたのは、最強の将軍の姿だった。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


 本当はヤイチを除外して伏せカードを破壊したいところだったが、あれがもし"天罰"とかだったら天龍が破壊されてしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
「バトルだ」
「その前に、伏せカード発動よ!!」
 香奈がカードを開く。
 それは香奈のデッキの中で、最高の切り札とも言えるカード。


 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


「私はこの効果で、デッキから5枚のカードをセットするわ!!」
 香奈のデッキの半分が除外されて、その中から5枚のカードが選び出された。
 あの5枚の中に、おそらく逆転への切り札が入っているんだと思う。
 というか、そうであってほしい。
「俺は天龍で闇の神へ攻撃だ!!」
「"攻撃の無力化"で攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させるわ!!」
 天龍が動きを止めて、俺の所に戻ってきた。
 次のターンが、勝負だな。
「俺はターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 ダーク:6100LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:25000)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:大将軍 天龍(攻撃:3000)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード4枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターンよ」
 香奈はデッキの上に手を掛けて、目を閉じた。
 そのドローに、すべてがかかっているんだ。頼んだぞ香奈。お前ならきっと、引けるはずだ。
「ドロー!!!」
 引いたカードを確認した香奈の顔が、和らいだ。
「私は伏せておいた魔法カード"精神操作"を発動するわ!!」
『なにっ!?』


 精神操作
 【通常魔法】
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールを得る。
 このモンスターは攻撃宣言をする事ができず、リリースする事もできない。


 相手のモンスターのコントロールを奪うカード。
 だが、闇の神に魔法カードは効かない。一体何を……。
『闇の神に魔法は効かないぞ!!』
「分かってるわ。私がコントロールを奪うのは、大助の場にいる"大将軍 天龍"よ!!」
「……!」
 天龍が俺の場から、香奈の場へと移動した。
『そんなことをしてどうするつもりだ』
「私は"天空の守護者シリウス"をリリースする!!」
「なっ!?」
 自分の切り札をリリースした?
 本当に、何をするつもりなんだ。
『貴様……まさか……!』
 何かに感づいたのか、ダークの表情が険しくなった。
「来なさい!!」
 香奈はカードを勢いよく、デュエルディスクに叩きつけた。
「"GT−希望の精霊"を特殊召喚するわ!!」
 輝かしい光を放って、翼の生えた精霊が現れる。
 闇のフィールドを、まるで太陽のように照らすその姿は心をとても穏やかにしてくれた。


 GT−希望の精霊 光属性/星2/攻500/守500
 【神族・GT(ゴッドチューナー)】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードは自分フィールド上に存在するレベル10のシンクロモンスターを
 リリースすることでのみ特殊召喚することができる。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、
 特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。


「あんたが神を使うなら、私だって神を使うわよ!!」
「香奈……」
 なるほど。目には目をって訳か。
「レベル10の"大将軍 天龍"に、レベル2の"GT−希望の精霊"をチューニング!!」
 将軍の体を、精霊の翼が包み込む。
 眩い光が発せられて、そこから光の神が姿を現す。
 金の羽衣に身を包んで、黄金に輝くティアラを被っている。
 右手には杖を、左手には大きな盾を持っている。優しい笑みを浮かべるその顔は、とてもまぶしかった。


 光の神−サンネリア 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−希望の精霊」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードは魔法・罠・モンスター効果を受けない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、相手は攻撃することが出来ない。
 このカードの守備力は自分のデッキにあるカード1枚につき500ポイント上がる。
 このカードをリリースすることで、自分のデッキに存在するカード1枚につき、
 相手に600ポイントのダメージを与える。
 この効果は無効にされず、ダメージを0にすることもできない。


『お久しぶりですね。闇の神』
『貴様……マサカコウシテ対面スル事ニナルトハナ……』
『えぇ、ですが、もう終わりにしましょう。この世界は、あなたが思っているよりもずっと素晴らしいものです。あなたがこの世界を滅ぼすと言うのなら、私はあなたを倒します』
『ヤレルモノナラ、ヤッテミロ!!』
『香奈さん、あとはお任せします』
 光の神は言った。
「分かったわ」
 香奈はそう言って、ダークを見据える。
「"光の神−サンネリア"は、自分をリリースすることで、私のデッキの枚数×600ポイントのダメージを与えるわ! しかもこの効果は無効にされないし、ダメージも無効にできない!!」
『何!?』
「私のデッキの残り枚数は14枚。よって、8400ポイントのダメージよ!!」
 光の神が、祈りを捧げる。
 するとその体が発光し始める。まるで、自分の力を一点に凝縮しているかのようだった。
「これで……終わりよ!!」


 ――シャイニング・ドライブ!!――


 一瞬の閃光が、フィールドを支配する。
 光はダークの体を飲み込んだ。
『ぐあああああああああああああああああああああああああ!!!』


 ダーク:6100→0LP









 ダークのライフポイントが0になる。






 決闘は、終了した。





































































 はずだった。




『クククク……』
 ダークの不気味な笑い声。
『フフフ……ハーッハッハハッハハハハ!!!』
 何が起きているのか、分からなかった。
 俺も香奈も、決闘が終了したと思って安心していたのに。
「なにが……」
「なによ。どういうことよ」
『残念だったな』
 飛び込んできたのは、衝撃の光景だった。

 ダークは悠然と立っていた。
 それなのに、ダークのライフポイントは――――。

 ダーク:0LP

「そんな……馬鹿な!?」
 あってはならないことだった。
 たしかに光の神の力は直撃したはずだ。
 実際にライフポイントも0になっている。それなのにどうしてダークは立っている?
 どうして決闘がまだ続いているんだ?
『戸惑っているな。ついでに闇の神の攻撃力を見るといい』
「な……に……?」

 闇の神−デスクリエイト:攻撃力33500

「攻撃力33500……だって!?」
 意味が分からなかった。どうして相手の攻撃力がこんな異常な数値を示している?
 デュエルディスクの故障か。いや、いくらダメージが現実のものになったといっても、簡単に壊れる構造じゃないはずだ。それに何らかのエラーがあれば、赤いランプが点滅して知らせてくれる。それがないってことは、この状況は正しい状況だって事だ。
「香奈……どういうことだ?」
「し、知らないわよ。私は、"ファイナルカウンター"の効果で"神の宣告"を伏せてあったのよ。どんな伏せカードがあったって、無効にできるわよ」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 そうだ。香奈なら相手の伏せカードを警戒して、万全の体勢を敷くはずだ。
 "神の宣告"は最強のカウンター罠。どんなカードでも無効に出来るカードだ。じゃあ、どうして?
『残念だったな。このカードには、チェーンすることが出来ない』
「……! それは……」
 ダークの場には、1枚の伏せカードが開かれていた。
「デッキワンカード……!!」


 不滅の闇
 【永続罠・デッキワン】
 「闇」と名のつくカードが10枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードにチェーンすることはできない。
 自分フィールド上にモンスターが存在し、自分のライフポイントが0になったとき、
 手札とデッキのカードを全て墓地に送ることで発動できる。
 自分フィールド上のモンスターは表示形式を変更することは出来ず、リリースすることも出来ない。
 また、次の自分のターンのエイドフェイズ時まで攻撃することができない。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分の敗北条件は無効になる。
 このカードがフィールド上から離れたとき、自分は決闘に敗北する。
 自分の場にいるモンスターがフィールドから離れたとき、自分は決闘に敗北する。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在するとき、自分はカードをドローできず、
 モンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚することができず、また、墓地に存在するカードの効果は発動できない。 
 このカードは対象を取らないカードの効果を受けない。
 このカードはコストにできない。 


「デッキワンカード……だと!?」
 しかも、この効果って……。
『貴様達の勝ちは、これで完全に無くなった』
 ダークは言う。
「どういうことよ。大助、あれはどういうカードなのよ」
 長い効果テキストを読むのが面倒くさいのか、香奈が尋ねてくる。
「………」
 その問いに、答えたくなかった。
 それを答えてしまったら、認めたくないものを、認めてしまうことになりそうだったから。
「答えなさいよ。大助!!」
「………あのカードが……"不滅の闇"がある限り……」
 ゆっくりと、答える。
「俺達が……勝つ方法は……」
「方法は……?」
 言いたくなかった。
 心の中にある何かが、崩れてしまいそうだった。



「闇の神を倒すしか、勝つ方法がなくなったんだ」



 絶望の静寂が、辺りを包み込んだ。




episode31――希望を託す者、託された者――



-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:なし

 手札0枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:伏せカード3枚

 手札0枚
-------------------------------------------------


 真・闇の世界−ダークネスワールド
 【フィールド魔法】
 このカードは決闘開始時にデッキ、または手札から発動する。
 このカードはフィールドを離れない。
 カード名を一つ宣言する。
 そのカードはフィールド上に存在する限り、以下の効果が付加される。
 ●「このカードを対象にする相手の魔法・罠・モンスターの効果を無効にする。」
 この効果は決闘中に1度しか使えない。
 このカードはフィールドから離れたとき、そのターンのエンドフェイズ時に元に戻る。
 また、このカードの効果は無効化されない。

 闇の神−デスクリエイト 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「闇の支配者」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードは魔法・罠の効果を受けない。
 自分の場に「真・闇の世界−ダークネスワールド」が存在するとき、
 このカードはモンスター効果を受けない。
 このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカード1枚につき500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となる。
 各プレイヤーは必ずバトルフェイズを行わなければならない。
 攻撃可能なモンスターは必ずこのモンスターと戦闘を行う。
 相手または自分の攻撃宣言時にフィールド上に表側表示で存在する
 「闇の世界」と名のついたカードを条件を無視して除外することで、
 このカードはエンドフェイズ時まで攻撃力が2倍になり、戦闘では破壊されなくなる。

 不滅の闇
 【永続罠・デッキワン】
 「闇」と名のつくカードが10枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードにチェーンすることはできない。
 自分フィールド上にモンスターが存在し、自分のライフポイントが0になったとき、
 手札とデッキのカードを全て墓地に送ることで発動できる。
 自分フィールド上のモンスターは表示形式を変更することは出来ず、リリースすることも出来ない。
 また、次の自分のターンのエイドフェイズ時まで攻撃することができない。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分の敗北条件は無効になる。
 このカードがフィールド上から離れたとき、自分は決闘に敗北する。
 自分の場にいるモンスターがフィールドから離れたとき、このカードを破壊する。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在するとき、自分はカードをドローできず、
 モンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚することができず、また、墓地に存在するカードの効果は発動できない。 
 このカードは対象を取らないカードの効果を受けない。
 このカードはコストにできない。 


「そんな……!!」
 認めたくなかった。
 せっかくライフを0にしたのに、あの闇の神を倒さないと勝利できないなんて……!
『ハーハーッハハ!! 残念だったなぁ!!』
 ダークが大声で笑ってる。
 自身の勝利を、確信している顔だ。
 せっかく大助の天龍を使って、光の神を召喚して、ライフポイントを0にしたのに……。
 やっとここまで、追いつめることができたのに………。
 最後の最後で、こんなことって……。
「どうしたら……いいのよ……」
「…………」
「大助、答えなさいよ……!」
「…………」
 大助は答えなかった。
 右手を強く握りしめていて、下を向いている。
『悟ったか? お前達にはもう、勝つ方法が存在しない』
「………!」
 "不滅の闇"の効果で、"闇の神−デスクリエイト"か"不滅の闇"を除去しない限り、ダークに負けはない。
 でも、あの永続罠は対象をとらないカードの効果は効かない。対象をとる効果なら破壊できるけれど、次のターンにはきっとフィールド魔法の効果で耐性を付加されてしまう。
 こんなことなら"サイクロン"でも伏せておけば良かった。もう勝ったと思って、戦いには関係ないカードまで伏せてしまった。
 何か方法はないの? 闇の神を倒す以外に……何か……。

『どうした? 何もないなら、俺のターンに移るぞ』

 何か……。

 何か…………。

 何も………ない……。

「………ターン……エンドよ」





『俺のターン、"真・闇の世界−ダークネスワールド"の効果を使い、"不滅の闇"に耐性を付加させる!!』
 周囲の闇が、あのカードを守るように覆った。
 これで、対象をとる効果もきかなくなってしまった。
 あの永続罠を取り除くのは、私が考えつく限り、不可能。
 闇の神も、ありえない攻撃力になってしまってる。
 大助も何か考えているのかも知れないけれど、あの様子じゃきっと私と同じように、無理だと思ってる。
『クククク……絶望に染まったな……このターン、俺は攻撃できないが、次からは攻撃ができてしまうぞ』
「っ……!」
 言い返したくても、言い返せない。
 あの永続罠は除去できるわけないし、闇の神を倒すなんて、もっと無理よ。
 攻撃力33500の化け物を、どうやって倒すのよ。
 無理に……決まってるじゃない……。
『せっかく復活できたのに、また消えることになるとは……不運だな、中岸大助』
 ダークは悪魔のような笑みを浮かべながら言った。
 心が、真っ黒に、絶望に染まっていくような気がした。
 本当にもう、どうしようもない。
 どうしようも……。

「――――たまるかよ」

『ん?』
 大助が、言った。
『何か言ったか?』

諦めてたまるかよ

「……!」
 ハッとなった。
 そうよ。私達は、世界の命運を背負ってここにいるのよ。
 今この状況で、私達しか戦える人はいない。
 その私達が諦めるって事は、世界が終わるって事じゃない。そんなことさせない。
 ダークの思い通りなんか、させたくない!!
「そうよ。私達は、諦めない!! 闇の神が何よ! そんなもの、私と大助でぶっ飛ばしてあげるわ!」
『面倒な奴らだ……分からないのか?』
「なによ」
『こんな醜い世界など、一度滅んだ方がいい。何度も同じ過ちを繰り返して、悲しみが絶えない。そんな世界などに存在する価値などない! 闇の神がどうして倒されずに、封印されたか分かるか? 簡単だ。倒せなかったからだ。どんな時でも、憎しみ、怒り、悲しみ、それらの感情が人間の中から絶えなかったからだ! これが何を意味しているか………。これは、世界が滅んでもいいという神の啓示だ!! そして今、闇の神は復活している。だからこそ今、世界を滅ぼす。何もかも、存在ごと消滅させる。そうすれば何も生まれない。誰も苦しまない!!』
 ダークが突然、声を荒げた。
 こんな態度、初めて見た。
「違うだろ」
 大助が前に出た。
「たしかにお前の言うとおり、俺達は過ちを繰り返すかも知れない。悲しみだって、絶えることはないと思う。でもな、考えてみろ。闇の神と光の神の力は対等だったんだろ。それってつまり、憎しみや悲しみと同じくらい、希望や喜びがあったってことだろ! それは、まだ世界が滅ぶ必要はないってことにつながるんじゃないのか!?」
『黙れ。貴様ごときに何が分かる。希望? 喜び? 友情? そんなのただのまやかしだ。玲亞だって、俺を助けるなんてほざいて、俺を消そうとしたんだ!!』
 何かがおかしかった。
 さっきまで冷静だったダークが、どうしてこんなに取り乱しているか分からない。
「違うわよ!! あの人は、あんたを救いたくて、助けたかったのよ!! だから白夜のカードが覚醒していないのに、あんたに決闘を挑んだのよ。どうしてその気持ちを受け取れなかったのよ!」
『あいつが俺を止める? 笑わせるな。あいつごときの力、とるに足らん。だから逆に返り討ちにして、仲間にしてやった。あいつが持っていた白夜のカードを奪って、闇の神を復活させた。その力で、全てを消し去ってやる!!』
「消し去ってどうする気なのよ。そんなの、また悲しみが増えるだけじゃない!!」
『いいや。朝山香奈、お前なら分かるはずだ。中岸大助が消えたとき、周りの人間はどうだった? 何事もなかったかのように生活していただろう。存在を消せば、悲しみも何も生まれない。失ったという記憶があるから苦しむんだ。だったらそんなもの、なかったことにすればいい!!』
「……!」
 ダークの言うとおり、大助がいなくなったとき、みんな何事もなかったかのように生活していた。
 実の親だって、存在を忘れてしまって生きていた。
 失った記憶が無ければ、苦しまなくて済むかもしれない。
 でもそんなの……違う!!
「そんなわけないじゃない!! 存在が無くなったって、みんな、何かがいなくなったことぐらいは分かるのよ。私みたいにちゃんと覚えている人だっているのよ! あんたがやってるのは、ただの自分勝手よ。それじゃあ、あなたの家族を奪ったテロリストと同じじゃない!!」
『……!! 黙れぇぇぇ!!!』
 まるで暴れ回るかのように闇が吹き出した。
 ダークの前に立つ闇の神が、こころなしか笑っているように見えた。
『来い! 次の俺のターンが、貴様の最後だ!!』






「俺のターン」(手札0→1枚)
 大助は静かにカードを引いて、それを見つめた。
 その表情が、なんていうか……どこか悲しそうに見える。
「……!」

 ――ドクン――

 鼓動が高鳴る。
 嫌な予感がした。
 それはあの洞窟で経験したのと、まったく同じ感覚だった。
 もしかして、また……前と同じ事が……?
「俺は、カードを1枚伏せる」
 駄目。よく分からないけれど、あのカードは伏せさせちゃいけない。
 ただの直感なのは分かってる。
 あのカードはもしかしたら、逆転のカードなのかも知れない。
 でも……でも……!
「カウンター罠発動!!」
 気がついたら、伏せカードを開いていた。
「なっ!?」
 

 クロック・バック
 【カウンター罠】
 相手がカードをセットした時に発動できる。
 そのカードを相手の手札に戻す。
 この効果で戻したカードは、このターン、セットすることが出来ない。


「今の伏せカードを手札に戻して貰うわ」
「香奈……どうして……!」
「うるさいわね! 戻したカードはそのターン中にセットできないわ。ターンエンドね?」
「……ターン……エンド……」
 大助はしぶしぶ、ターンを終えた。
 ターンが私に移行する。



「私のターン!!」
 引いたカードは、今は使えないカードだった。
 せっかく強力なカードなのに、使えないなんて悔しい。
 でも、そんなことよりも今は大助の持っているあのカードの正体を確かめなきゃ。
「私は伏せていたカード、"エクスチェンジ"を発動するわ!!」


 エクスチェンジ
 【通常魔法】
 お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。
 (墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)


「私は、大助と手札を交換するわ!!」
「……!!」
 急いで大助のそばに駆け寄った。
「さぁ、手札を見せなさい」
「………」
 大助は私と目を合わせないで、1枚しかない手札を見せた。
「これって……!」
 カードを確認して、さっきの嫌な予感の正体を確信した。
 やっぱり私の直感は間違っていなかった。
 大助はまた、私の前からいなくなろうとしていた。また、勝手に……。
「どうして、こんなカードを入れてるのよ」
「……お前だって、どうして"エクスチェンジ"なんか入れてたんだ」
「なんでもいいでしょ。ただの直感よ。伏せたのだって、なんとなくこれがいいかなぁと思っただけよ」
 正直に答えた。
 特に理由なんてない。本当になんとなく、これがいいかなって思っただけだった。
「……さっさと、交換しなさい」
 そう言ってけれど、大助は交換しようとしなかった。
 でも効果に逆らうわけにもいかないから、無理矢理奪い取って、そのあとに私の手札をあげた。
「……そのカードを絶対に伏せるな」
 大助の瞳が、こっちを向いた。
「なんで、あんたとそんなことを約束しなくちゃいけないのよ」
「香奈……頼むから―――!」
「ごめんね。大助」
「……!」
 本当に、ごめん。
 でもね、それでも私は……大助のことを……。

 胸にある星のペンダントが小さく光る。
 なぜか、笑みが浮かんでしまった。

「素敵なペンダント、ありがとう」
 そう言って私は、元の位置に戻った。
 大助の方は見ない。
 見てしまったら、覚悟が鈍ってしまいそうだから。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:なし

 手札1枚
-------------------------------------------------
 香奈:3200LP

 場:伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

『俺のターンだ!!』
 ダークのターンになった。
 これが、私にとっての最後のターン。
 なんでだろう。不思議と怖くない。
「やめろ!!」
 大助が叫んだ。
「何もするな! 頼むから、このままターンを終了しろ!!」
『何を焦っている。これからお前か朝山香奈のどちらかが消えるんだ。どちらにしたって、結末は同じだろう?』
「いいから、何もするな!! 何もしないでくれ!!」
『バトルだ!!』
 大助の言葉を無視して、ダークがバトルフェイズに入る。
 闇の神がその手に力を溜め始めた。
『どちらから消してやろうか?』
「……攻撃するな」
『クククク。そこまで闇の神が怖いか? それはそうだな、あの闇の世界は――――』
「攻撃するなって……言ってるだろうが!!」
 大助が必死で訴えている。
 もちろん、私の伏せたカードの正体を知っているからよね。
『決めたぞ』
「……!」
 もう決めちゃったのか。
 どっちに攻撃したって、結果は変わらないのに……ね。
『中岸大助、貴様を最初に消し去ってやる!!』
「っ!!」
 大助が身構えた。
 そんなことしなくても、大丈夫よ。
 大助は、私が守るから。
『闇の神の直接攻撃!!』
 巨大な闇の力が、大助に向かって放たれる。

 ――ダークネス・オーバードライブ!!!――

「発動するな!!」
 大助が叫んだ。
 そんな事言って、私が聞くとでも思っているのかしら。
「伏せカードを発動するわ!!」
 最後の伏せカードを開く。



 ――大助に向かって放たれた闇が、光の壁によって阻まれた――。



『馬鹿な!? 闇の神に魔法・罠は効かないはずだ!』
「ええ、その通りよ。でも、このカードは闇の神へ向けるカードじゃないわ」
 私の場に開かれたカード。それは――――。


 希望を託す者
 【通常罠】
 他のプレイヤーがダメージを受ける時、発動できる。
 そのダメージを無効にし、自分は無効にした数値分のダメージを受ける。
 この効果でダメージを受けたプレイヤーは、デッキからカードを2枚ドローできる。
 このカードの効果は無効に出来ない。


「大助の受けるダメージを無効にして、無効にした数値分のダメージを私が受ける!!」
『それは、中岸大助の代わりに、お前が消えるということか?』
「………そうよ」
 闇の神の攻撃力は33500。私のライフは、その10分の1以下しかない。
 この効果でダメージを受ければ、どうやっても私のライフは0になってしまう。
 闇の決闘に負けることになる。
 でも、それでいい。
『そうまでして……自分を犠牲にしてまで、どうして仲間を守ろうとする?』
 ダークが問いかけてきた。
 仲間を守りたい訳じゃない。
 私は、大助が守りたかったのよ。
 どうしてって?
 そんなの、決まってるじゃない。

























「…………好きだからよ」


 わがままなのは分かってる。
 でも、これが最後だから。
 最後のわがままだから。
 自分の気持ちくらい、きちんと伝えても……いいわよね。
『なんだと?』
 頬に流れるものをぬぐって、叫ぶ。
大助が好きだからよ!! いつも一緒にいてくれて、一緒に笑ってくれる大助が好きだから、一緒にいたいから、失いたくないから守るのよ!!
『………貴様が消えても……同じ事ではないのか……?』
「分かってるわよ。でも、もう目の前で大助を失いたくない! いなくなってほしくない!! だから……だから……!」
『……っ』
 消えたくない。
 本当に、怖い。
 でも……それでも……!
「"希望を託す者"の効果で、私は33500のダメージを受ける!!」
 大助を守っていた光の壁に弾かれた闇の塊が、一つにまとまって私の方に向かってくる。
 空間すべてを埋め尽くすかのような膨大な闇。
 当然、逃げることはできない。
「香奈ぁ!!」
 大助が私の方に向かって走りながら、手を伸ばした。


 こないで、大助。
 来たら巻き込まれるわよ。
 せっかく守るって決めたのに、あんたが来たら意味ないじゃない。

 でも……うれしいな。
 最後まで、大助は一緒にいてくれようとしてくれた。
 私の傍にいてくれようとしてくれた。
 それだけで……本当に嬉しい。
 お願い。もう一度……もう一度だけ……。 

 手を伸ばした。

 ……消えたくない。
 もっと一緒に大助と過ごしたかった。一緒に笑っていたかった。
 デパートにまた行って、着慣れない服を着て、大助に「かわいい」って言ってもらって……。
 そうだ、遊園地にも行きたかったな。
 でも大助と二人っきりっていうのもあれだから、薫さんとかも一緒に。そして大助に色々と奢らせて、思いっきり楽しみたかったな。


 せめて最後に、手だけでも……


 あれ……なん……で……?


 体……………うご………か…な…………い……………………………………




 目の前が、真っ暗になった。



 香奈:3200→0LP















































---------------------------------------------------------------------------------------------------



 のばした手が空をきった。
 さっきまで、そこにいたのに…………香奈は、もうそこにいなかった。
 本当に消えてしまったかのようだ。これが、闇の神の力ってやつなのか。
『ハハハ、残念だったな。あと少しで手が届きそうだったのに』
 ダークが笑う。
「っ……!!」
 何も掴めなかった手を握りしめた。
 香奈は、あいつは自分のことを犠牲にしてまで俺を助けてくれた。
 また、助けられてしまった。
 どうしてだ。どうして俺はいつも助けられてばかりいる。本当に情けない。
 最低だ。大切な人を守れなかった。
 俺は……最低だ……。
『闇の神の攻撃を受けた者は、その存在が消える。もうすぐ朝山香奈という存在は、お前の記憶から消え失せるだろう。もっとも、その前にお前が消えるだろうがな。まったくお前の幼なじみは無駄なことをしたな。「大切な人を守る」? その大切な人は次のターンで消え去るというのに……。本当に、愚かな女だったな。ククク……ハハハハハハハハ!!』
「っ、なんだと……っ!!」
 ダークが大声を上げて笑ってやがる。
 心に、今までにない怒りがわき起こったのが分かった。
 拳を握りしめて、歯を食いしばる。
 全身の血が沸騰しているような気がした。
 許さない。
 こいつだけは、許さない。
 香奈を笑ったこいつだけは、絶対に……!
「俺のターン!!」
 許さない。無駄だと……? ふざけやがって。香奈の想いを、馬鹿にしやがって……!!
 もう、勝敗なんかどうでもいい。世界のことなんか知るか。
 ダーク、てめぇをぶっ飛ばせれば、それでいい!
「カードをセットしてターンエンドだ!!」 

-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『いいぞ。怒ってるな。それでいい。それらの感情が、闇の神の力の源だ!! さぁ、もっと怒れ!!』
「御託はいい。とっととかかってこい!!」
 攻撃してこい。
 なんでもいい。香奈が受けた痛みを、お前にはじき返してやる!!
『バトルだ!!』
 闇の神が、その手にエネルギーを溜め始める。
 さっきよりも大きな塊に見えた。おそらく俺の憎しみとかも吸収されて、あの中に入っているんだろう。
 そんなの別にどうでもいい。
 ダークを痛めつけることが出来れば、それでいい。

 ――ダークネス・オーバードライブ!!――

「罠カード発動だ」


 ディメンション・ウォール
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
 かわりに相手が受ける。


「闇の神に罠は効かないけど、ダメージを跳ね返すことぐらいできんだろ」
『……!』
「香奈が受けた痛みを、てめぇも食らえ!!」
 闇の塊が、逆方向に向かう。
 ダークは突然の事で対処できずに、飲み込まれた。
『ぐあああああああああああああああ!!!!!!』
 うるさい悲鳴をあげやがって。
 どうせたいして効いてないんだろ。ライフが0だってことは、ダメージもないってことだからな。
『……ふっ、もはや、俺のライフは0だ。そんなことしても、無駄だぞ』
「黙れ。今すぐぶっつぶしてやるから、待ってろ」
『ククク…ターンエンドだ』



「俺のターン」
 デッキからカードを引こうとすると、目の前に妖精のような奴が現れた。
『大助!! 落ち着いて!!』
 なんだ、コロンか。
 いったいどこから出てきたんだ。
「邪魔だ。どけよ」
『……! 大助……』
「ドロー」
 引いたカードを確認した。
 違う。こんなカードじゃ、ダークを苦しめられない。
「カードを伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------


『俺のターン!! バトルだ!!』
 闇に神が再び、その手に闇のエネルギーを溜めた。
『消え去れ!!』

 ――ダークネス・オーバードライブ!!――

 そんなもん、通すわけねぇだろ。
「伏せカード発動」
 俺の前に光の壁が現れる。
 その壁に阻まれて、闇の力は俺には届かない。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「この効果で1枚ドロー」(手札1→2枚)
『ちっ……ターンエンドだ』



「俺のターン」
 今度こそ、あいつを苦しめるカードを引かせろ。
 何でも良いから。とにかく、引かせろ。
「ドロー」(手札2→3枚)
 確認する。
 ……ちっ、どうしてこうも引かせてくれないんだ。
 さっきの"ガード・ブロック"で引いたカードは"死者蘇生"だ。墓地から特殊召喚しても意味がない。
 くそ、これじゃあダークを痛めつけられない。意味ないじゃないか。
『大助!! 落ち着きなよ!! いつもの大助らしくないよ!!』
「……いつもの俺ってなんだ。勝手な事言うな」
『いつもの冷静な大助はどうしちゃったの!? 頭に血が上っていて、勝てるの!?』
「言われなくても、勝ってやる」
『……!!』
「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

『俺のターン、今度こそ、消え去れ!!』
 闇の神のエネルギー波が、放たれる。
 ……ったく、攻撃することしか能がないのか。
「手札の"死者蘇生"をコストに、"ホーリーライフバリアー"を発動して、ダメージを無効にする」


 ホーリーライフバリアー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。
 このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする


 俺の前に形成された聖なる防御壁が、闇の攻撃を防ぐ。
 いい加減ストレスでも溜まってきたのか、闇の神も怒っているように見えた。
『ナカナカシブトイナ……』
「そうかよ」
『ターンエンド』




『大助!!』
「なんだ」
 またコロンか。
 頼むから目の前に立たないでくれ。
 香奈を笑いやがったダークの顔が見れないだろうが。
『なんとか防いでいるけれど大丈夫なの!? 冷静になって考えてよ! いつまでも攻撃を防げる訳じゃないでしょ!』
「………」
 コロンの言うとおりだろう。
 俺のデッキに、ダメージを無効にするカードはそこまで多く入ってる訳じゃない。
 でもな……。
「それがどうした。俺は、あいつをぶっつぶさないと気が済まない。大切な人を奪われて、平気でいる奴がいるわけないだろ。コロンだって、そうだろ」
『……そうだよ。私だって、許せないよ。でも相手は人の怒りを糧にしている。そんな相手に怒って戦っても、いずれ負けちゃうよ!! 負けたら、何もかも終わりなんだよ!?』
「負けなきゃいいだけだ。いいからどけ!」
『……!!』
 コロンの顔が真っ赤になった。
 その姿が、視界から消える。
「っ痛!」
 右手に強烈な痛みが走った。
 コロンが、噛みついていた。
『大助のバカ!! バカバカバカ!! 香奈ちゃんは半端な気持ちで助けたんじゃないんだよ!! 香奈ちゃんは私に言ってた。世界のために犠牲になるとか、そんなのただのカッコつけだって!! ああ言った香奈ちゃんが、どんな気持ちで大助を助けたか考えなよ!!』
「…………」
『香奈ちゃん言ってたじゃん! 「大助と一緒にいたい」って、それは今の怒っている大助じゃないでしょ!! 冷静で、考えて行動する大助でしょ!!』
「…………」
 犠牲はただのカッコつけ……か。香奈は、そんなことまで言ってたのか。
 だったらどうして、犠牲になったりしたんだよ……。どうして、"希望を託す者"を使ったんだよ……。
 どうして、勝手に自分の想いを告げていなくなったりしたんだよ……。
 俺の返事も聞かないで、いなくなったんだよ……。
 分かっていたはずだろ……。いつもそばにいた人がいなくなることが、どんなに辛いことなのかを……。
「……香奈……!」
『……少しは、落ち着いた?』
「…………………」
 たしかに、さっきより少しは頭が冷えたかも知れない。
 だけど、ダークを許せない気持ちは変わらない。
 自分で自分が、抑えられない。
「……!」
 自分で自分が……抑えられない……?
 ちょっと待てよ。もしかして、ダークは……本当の目的は……。
「まさか……」
 頭が冷静さを取り戻していく。
 もちろん怒りが無くなった訳じゃない。心の中では、怒りが煮えたぎっている。
 でも、コロンの言うとおりだ。
 怒ったままで戦っても、勝てない。
『どうした。貴様のターンだぞ』
 ダークが急かすように言った。
 こうなったら、直接聞いてみるか。
「一つだけ、聞かせろ」
『……何をだ?』
「お前の本当の目的は……なんだ?」
『何を言っている。分かり切ったことだろう? 俺は世界を滅ぼすため――』
「違う。お前の”本当”の目的は何かって聞いてるんだよ」
『………何が言いたい?』
 俺はもう一度、今までに聞いた話をすべて思い返してみた。
 真面目に考えてみれば、どうしてこの可能性に気づくことが出来なかったのだろう。


「おまえ、本当は世界を滅ぼすつもりなんてなかったんだろ」


『な……に……?』
「おかしな話だけどな、お前への憎しみのおかげで、気づいたんだよ。お前が世界を滅ぼしたいと思うようになったのは家族を奪われたからだったよな。でも、復讐する相手はテロで死んでしまってる。お前は、自分の怒りを誰にぶつけたらいいのか分からなくなったんだ。だから世界を復讐の相手にすることにした。でも逆に、自分のやろうとしていることが悪いことだってことも分かっていたんだ。だが、自分の怒りを抑えることは出来なかった。世界へ復讐したい。でもそれはやってはいけないことだと分かってる。だからお前は、あえて怒りのままに行動することにしたんだろ。自分を止めてもらうために!!」
 もちろん、これは推測の話だ。確証なんかまったくない。
 だが、これなら玲亞の話とのつじつまが合う。闇の組織と関わっていることを玲亞に話していたのは、止められるものなら止めてみろ、という意味じゃなく、自分を止めて欲しいという意味だったんだ。だってそうだろ。本気で世界を滅ぼすつもりなら、そんなことは誰にも話さないだろう。
『随分な妄想だな。じゃあなんだ? 俺は自身を止めて欲しいから、ダークのボスになったとでも言うのか? 馬鹿な。そんなことあるわけないだろ。俺は世界を滅ぼすために、闇の力を手に入れたんだからな』
「……じゃあなんで、闇の神の復活なんて待ってたんだよ」
『……!!』
 闇の力は、神が復活する前でも強力な力を持っていた。
 病院を火の海にしたり、闇の剣を地面に突き刺せたり、石で出来た巨大な迷宮を作れたり。
 それだけで十分に強力な力だろ。わざわざ闇の神の復活なんて待たなくても、軍事に積極的な国にでもなんでも、この闇の力を紹介すれば良かったじゃないか。そうすればすぐにでも、世界は混沌として、滅びるに決まってる。
 闇の神を復活させた方が効率がよかったから? それも考えられるかも知れない。
 でもな、だったらどうして"終焉のカウントダウン"なんてものを使った? エクゾディアでも、終焉の使者でも、世界を一瞬で滅ぼせそうなカードならいくらでもあるじゃないか。どうしてわざわざ20日なんて期限をつけたんだ。まるでそのリミットの間に、敵に攻め込んできて欲しいみたいじゃないか。
『貴様達が邪魔をしてきたからだろ』
「……だったら、どうして闇の神が復活してすぐに、香奈達を消さずに放っておいたんだよ」
『……!!』
 香奈は言っていた。
 ダークは自分たちを放っておいて、洞窟跡を去ったと。
 その時、香奈達はほとんど身動きがとれない無防備な状態だった。闇の神が復活したなら、簡単に殺せたはずだ。それなのに放っておくって、おかしいだろ。
『闇の神が復活したから、スターなど敵ではないと思っただけだ!!』
「じゃあなんで、この決闘を受けたんだよ!」
『くっ……!』
 決闘前にも考えていたが、ダークがこの状況で決闘する理由は無かったはずだ。
 光の神を確実に消したかったからと言い訳できるかもしれないが、それなら使い手である俺達を消し去った方が早いに決まってる。
 それに交渉時にサンが言った「あなたの求めている答え」というのが、一番のキーワードだ。
 ダークが求めている答えって何だ?
 考えてみれば、簡単なことなんじゃないか?
 俺が闇の神に消されたとき、ダークは親切丁寧に香奈に向かって、存在が消えるということを話したらしい。
 そしてこの決闘だって、香奈がいなくなったあとに、俺を煽るような言葉を発した。
 それをふまえれば、自然とダークが求めているものは分かってしまう。


 きっと、ダークは知りたかったんだ。
 もし自分と似た境遇に立たされた人間がいたら、そいつは自分と同じ答え、つまり世界を滅ぼすという考えをだすのかどうかを確かめたかった……そういう事なんじゃないのか?

 
「お前、本当は――――」
黙れ
 ダークの体から闇の塊が放たれて、ぶつかった。
「ぐっ!」
 体が飛ばされ後ろの闇の壁に叩き付けられる。
『いい加減にしろ。そうして時間稼ぎしたところで、貴様の敗北は決まっている。朝山香奈と同じように、惨めに消えていくだけだ』
「……っ!」
 惨めだと……!。
 また、香奈を馬鹿にしたな……!。
「ふざけん――――! っ!」
 言いかけて、思いとどまる。
 落ち着け。怒ったら、相手の思うつぼだ。
『我慢するなよ。貴様だって本当は俺のことが許せないんだろ? 俺が憎いんだろ? だったら遠慮するな。思うままに行動すればいいじゃないか!! 怒りを! 憎しみを! 敵に向かってぶつければいいじゃないか!!』
「………」

 思うままに……か。
 残念だったな。俺を怒らせたかったのかも知れないが、今の言葉じゃ逆効果だ。
 思うままに行動するのは俺の役割じゃない。自分の気持ちに従って後先考えずに行動するのは、あいつの……香奈の役目だ。

「……俺は、お前と同じには……ならない!」
『貴様ぁ!!』
 ダークの体から再び闇の塊が放たれた。
「ぐっ!」
 再び壁に叩き付けられる。闇の決闘で受けたダメージと重なって、今にも倒れてしまいそうだ。
 だが、ダークは動揺している。それは間違いない。
『どうして俺と同じにならない!? 仲間とのつながりとかいうやつか? いい加減気づけ。そんなのはただのまやかしだ!! そんなものは、弱い人間が考えた、ただの幻想なんだよ!!』
「ちげぇよ」
 まったく、どうして俺と戦う奴は、決めつけたがる奴ばかりなんだ。
 どうしてお前に、そんなことが断言できるんだよ。まやかし? 幻想? ふざけんな。仲間のつながりが、そんな言葉で簡単に消されてたまるか。
『お前は断言できるのか? 仲間とのつながりが、たしかにあるってことを!!』
「簡単だ」
 そう、本当に簡単だ。
 みんなとのつながりを証明するなんて、今の俺にとってそれほど簡単なことはない。
『じゃあ、見せてみろ! 今ここで!』
「俺だよ」
『……!』
「考えてみろ。どうして、俺が今、お前と戦っているのかをな」
 闇の神が復活して、闇の神の攻撃で存在を消された俺が、どうしてこの場所に立っていられるか。
 そんなの考えるまでもない。みんなのおかげだからだ。
 香奈が俺を助けてくれた。雲井や佐助さん、伊月に薫さんが、俺達をここまで進ませてくれた。仲間だけじゃない。今まで戦ってきた相手だって、俺を成長させてくれた。それがたとえ、敵だったとしてもだ。
 俺が今、こうして戦えていること。それは一人じゃ絶対に出来ないことだった。
 ここまでたどり着くことも、ましてや、ここまで勝ち残ってこれたことも全部、みんながいたから、できたことだ。
 これを『つながり』って言わないで、なんて言う?
「お前だって本当は分かっているはずだろ。まやかしでも、幻想でもないものが、たしかにあるって」
『……! 中岸……大助ぇ……!!』
「もう終わりにしようぜ。これ以上やっても、俺はお前が望むような答えは絶対に出さない!!」
『俺は……俺は……! ぐあああああああああああああああああああああああああ!!!』
「っ!?」
 ダークに異変が起きた。
 周りを覆っていた闇が、不自然にダークを包み込んでいく。
『な、何が……!』
『モウ用済ミダ』
 フィールドに君臨する闇の神が、笑っていた。
 ダークを闇が包み込んでいく。
『貴様ノオカゲデ、我ハ完全ニ復活デキタ。アトハ我ノ一部トナリ、永遠ノ闇ヲ過ゴスガイイ』
『ぐああああああああああ!!!』
 完全なる闇が、ダークを飲み込んだ。
 残ったのは、主人を飲み込んだ闇の神だけ。
「お前……何をした!?」
『ダークハ心ノ憎シミが頂点ニ達シタ。ソノ力デ我ハ昔ト同ジ状態ニ戻レタ。ダカラ、カウントダウンナド、モウ必要ナイ。コノ決闘ガ終ワレバ、スグニ世界ヲ滅ボセル』
「なんだと!?」
 そういえば、サンが言っていた。
 闇の神の力が急激に上がっていると。それは、このことを予感していたものだったのか。
『モウイイ。貴様ニ、用ハナイ。サレンダースルガイイ』
 闇の神が言った。
 もはや俺を敵とすら認識していないらしい。
 たしかにこの状況なら、相手の勝利は確実なものになっているだろう。
 だけど……最後まで、諦めてたまるか。
「するわけないだろ!! 俺のターン、ドロー!!」
 引いたカードは、あのカード。
「カードを伏せて、ターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 ダーク:0LP

 場:真・闇の世界−ダークネスワールド(フィールド魔法)
   闇の神−デスクリエイト(攻撃:33500)
   不滅の闇(永続罠)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 大助:900LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

『我ノターン!! 消エ去レ!!』

 ――ダークネス・オーバードライブ!!――

「"和睦の使者"!!」
 放たれた闇のエネルギーを、聖なる壁が防ぐ。
 亀裂が入りながらも、壁は俺を守るために立ちはだかり続ける。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


『……チッ、ターンエンド』
 闇の神は悔しそうに、ターンを終えた。
 前方に張られた壁が、音を立てて砕け散る。
「………」
 本当に危なかった。
 だが今の"和睦の使者"で、俺のデッキに闇の神の攻撃を防ぐカードは無くなってしまった。
 モンスターを裏側守備表示で出しても、相手には強制的に攻撃表示にする能力がある。つまり、ダメージステップに入った瞬間に攻撃表示に変更されて、ダメージを受けることになる。
 ということは、次のターンで闇の神を倒すカードを引けなければ、俺の負けだ。


 冷静になって考えろ。この世に無敵なカードなんて存在しない。
 必ず、どこかに弱点がある……………はずだ。
 ………いや、次のドローと今の手札の2枚で、逆転なんかできるのか?
 この状況下で、何を引けたら勝てるって言うんだ。
 落ち着け。もう一度、状況を整理しろ。
 相手の場には、絶対に場を離れないフィールド魔法。
 そしてそのフィールド魔法が場にある限り、モンスター効果はきかない闇の神。仮にフィールド魔法がなかったとしても、魔法・罠の効果は受け付けず、その攻撃力は33500。雲井が叩き出した最高攻撃力の数値だって、33200止まりだ。どう考えたって、超えられるわけがない。
 もし仮に超えられたとしても、相手はフィールド魔法の条件を無視して除外することで攻撃力を倍にして、戦闘破壊ができなくなる。しかもフィールド魔法は自身の効果で再び発動されてしまう。
 直接ダークにダメージを与えようにも、すでにそのライフは0を示しているから意味がない。
 しかもあの永続罠を取り除かないかぎり、エクゾディアやウィジャ盤などの特殊勝利もできない。だが処理しようにもあのカードは対象をとる効果と、対象をとらない効果を受け付けない。
 "トラップ・イーター"のような相手の永続罠をコストにするカードも使えない。
 ついでに闇の神をリリースする事も出来ない。ということは"ヴォルカニック・クイーン"のようなカードも使えないということだ。しかも根本的に、そんなカードは俺のデッキに入っていない。
 つまり、俺にある選択肢は、二つしかない。
 あの永続罠をどうにかして取り除くか、闇の神をどうにかして倒すか、だ。
 永続罠の方は、どう考えても不可能。
 "サイクロン"や"大嵐"も効かない以上、俺のデッキに除去するカードはない。

 残された方法は、闇の神を倒すこと。

 だが、どうやって倒せばいい?
 闇の神はフィールド魔法が発動している状態なら、戦闘破壊による耐性はない。だから、その状態で闇の神を攻撃力で超えることが出来れば倒すことが出来る。もちろん相手だって馬鹿じゃない。俺が攻撃力を超えてきたら、第3の効果を使って攻撃力を倍にして、戦闘破壊に耐性をつけて、思い通りにさせないようにするだろう。だが、その効果を使えば、そのターンのエンドフェイズ時までフィールド魔法は存在しなくなり、モンスター効果は通用する。
 単純に考えれば、相手の攻撃力を超えて、第3の効果を使わせて、そのあとにモンスター効果による破壊をすればいい。
 でもどうする?
 攻撃力33500、いや、倍にすれば67000か。そんな攻撃力を超える方法があるのか? いや、仮にあったとしても、そのあとにモンスター効果を使って破壊できるのか? そんなカード、俺のデッキに入っていたか?
 ……くそ、駄目だ。本当にどうしようもない。

 もう、駄目なのか? モンスター効果も魔法も罠も効かず、戦闘でも倒せない。そんなモンスター………神を倒すことなんて根本的に不可能なことだったのか?
 所詮、ただの人間には何も出来なかったって事で終わってしまうのか?
 それとも、戦闘破壊でも効果破壊でもない方法なんて、存在するのか?
 いや、あったとしたって、そんなカードを俺がデッキに入れていたか?
『ハハハハハ!! 貴様ノ最後ノターンダ!!』
「くっ……!」
 駄目だ。本当に攻略法が思いつかない。
 ここまで来て、あと一歩の所まで追いつめたのに、負けるのか?
 負けて、世界が終わるのか?



 いいや、駄目だ。
 俺達が負けて、闇の神が世界を滅ぼす。
 そんなバッドエンド、誰が望んでいるっていうんだ。ふざけんな。
 諦めるな。もっと考えろ。あいつなら、香奈なら何て言う? ………って、あいつは二つのことをするときは面倒くさがって”両方一緒にやれば?”とか言うに決まってる。

 まったく、そんなことが出来たら苦労しな……………………………………。

「……………………」
 ちょっと待て。
 今、俺は何を考えた?
 両方を一緒にやる?
 戦闘破壊と効果破壊、異なる二つのことを同時にやる?
 待て待て。そんなありえないこと、不可能だろ。
 そんな効果、見たことも聞いたこともない。

 ………でも、もし可能だとしたら……?

 いったいなんだ? この頭に何かが引っかかる感じ。
 考えろ。もう一度、すべての内容を。
 この決闘だけじゃない。今までの戦いを思い出せ。みんなの戦いを、できるだけ全部。
「…………………………」
 頭の中で、何かがつながっていく。
 もう一度、今この状況を確かめる。相手フィールド上だけじゃない。
 今、俺が持っている手札を含めて。
 手札には、香奈が"エクスチェンジ"で渡してくれたカードが1枚だけ。
 そして……俺のデッキは……。
「……!!!」
 もしかしたら、そういうことか?
 闇の神を倒す方法は………。
「……はぁ……」
 溜息が出てしまった。
 どうしてもっと早く気づいていなかったのだろう。
 そうすれば、ここまで長引かせることはなかったのに。
 まったく、やれやれだ。
 本当に、冷静にならなければ、気づけなかったな。
『イイ加減ニシロ!! 貴様ノターンダゾ!!』
 しびれを切らしたように、闇の神が言った。
 やれやれ、随分と長い時間考えてしまったな。

「分かってる。俺のターン……」
 あのカードを引ければ、勝てる。
 でも、引けるのか?
 香奈のような強運を持たない俺に、残ったデッキから1枚のカードを引き当てられるのか?
 ……………なんて、考えても仕方がない。
 どのみち、ドローフェイズにはドローしなければならないんだ。
 引けるかどうか? 強運を持ってない?
 馬鹿か俺は。
 そんなの考えるだけ無駄だ。
 結局、引かなければならないんだ。
 だったら恐れて引くより、信じて引いた方がはるかにいい。
 信じろ。
 自分のデッキを。
 そして、みんなの想いを。
「おい、闇の神」
『ナンダ?』
「これで、最後だ!!」
 デッキに手を掛ける。
 そして――



 ―――勢いよく、カードを引いた―――。


















































「お前の……負けだ!!」
『ナンダト!?』
「手札から"コピーマジック"を発動する!!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。


『ソノカードハ……!』
「雲井が俺に渡してくれたカードだ。俺は墓地にある"死者蘇生"を除外する。そしてお前の墓地にある"死者蘇生"の効果をコピーして発動する!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


『一体、何ヲスル気ダ!?』
「この効果で、俺は墓地にいる"大将軍 天龍"を復活させる!!」
 地面に描かれた十字架から、優しい光が溢れ出す。
 光の中から、紅蓮の甲冑に身を包む、最強の将軍が現れた。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「そして天龍の効果発動!! デッキと墓地から"六武衆−ザンジ"をすべて除外して、その能力を付加させる!!」
 デッキと墓地から橙色の光が放たれて、将軍の持つ刀に宿る。
 仲間の武士の力を手に入れて、将軍はその力をさらに上げる。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4800 守備力3000→4300 炎→炎+光属性

「バトルだ!!」
『馬鹿メ!! 攻撃力デ劣ッテイルノヲ忘レタカ!?』
「勝手に言ってろ!! 天龍で闇の神へ攻撃!!」
 将軍が刀を構えて、闇の神へ向かって突撃した。
『我ノ第3ノ効果ヲ発動スル!!』
 周りの闇が、神へ集まっていく。
 その手に集まった闇のエネルギーがさらに大きくなり、巨大な闇の塊となった。

 真・闇の世界−ダークネスワールド→除外
 闇の神−デスクリエイト:攻撃力33500→67000

『塵一ツ残サズ、消エ失セロォォォ!!!!!』
 
 ――ハイパー・ダークネス・オーバードライブ!!!――

 凝縮した闇の塊が、すべてを飲み込もうと迫ってくる。
 いつだったか、闇から逃れることはできないとダークは言っていた。
 確かに、そうとおりなのかもしれない。
 だけど今は……!!!
「俺は……」
 手札を見つめた。
 右手に握られた1枚のカード。
 香奈が託してくれた希望の力。
 それは全てを決める、最強の1枚だった。






























「"オネスト"の効果を発動する!!」


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 大将軍 天龍:攻撃力4800→71800

『バ、バカナ!? ナゼソノカードガ使エル!?』
「天龍はザンジの力を得て、光属性を得ている!!」
『……!!』
「行け!! 天龍!!」
 将軍の背中に、光の翼が生えた。
 迫る闇を迎え撃つため、全身の力を武器に込める。
 切っ先を前に構えて、勢いよく、闇の中に飛び込んだ。
「いっけえええええええええええ!!!」

 漆黒の闇を、光が貫いていく。
 その姿はまるで、闇を切り裂く星のように。

 そして一筋の閃光は、闇の神を貫いた。

『グハッ! ダガ今ノ我ハ、戦闘デハ破壊サレナイ!! ナントカ攻撃力ハ超エタガ、何モ変ワラナイ!! 我ヲ倒ス事ナド不可能ナノダ!!』
「……それはどうかな?」
『ナニ―――!?』

 ……ピシ……。

 天龍が貫いた箇所から、闇の神の体に亀裂が入り始めた。
『バ、バカナ!?』
「たしかに、お前は無敵だった。だけどたった一つだけ、方法があったんだ」
『ナ……ニ…?』
「お前はフィールド魔法があるときはモンスター効果を受け付けず、フィールド魔法がないときには戦闘破壊されない。普通に考えたら、そんな効果を突破する方法はない。でもな、もし、戦闘破壊と効果破壊を”同時”にすることが出来たら、出来る方法があったとしたら、お前は対処できないだろ!」
『一体ドウヤッテ……! マサカ……!』
「そうだ。"大将軍 天龍"は、六武衆の力をコピーし、その力を一人で発揮できる能力がある。俺が天龍にコピーさせたのは、"六武衆−ザンジ"だ。ザンジは光属性。"オネスト"の使用条件を満たすことが出来る。そして――――」


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「ザンジの効果は、攻撃したモンスターをダメージステップ終了時に破壊する効果だ!!」
『……!!』
 闇の神へ入った亀裂がついに全身にまで行き渡る。
『バカナ!! 我ガ、負ケルノカ!? タッタ一人ノ人間ニ……!』
「一人じゃねぇよ」
『……!?』

「みんなとのつながりが、お前を倒したんだ」

『ク……クソオオオォォォォォォォォォォ!!!!』
 闇の神が、断末魔と共に消えていく。
 亀裂が入った箇所から砂のように、消えていった。


 闇の神−デスクリエイト→破壊
 不滅の闇→破壊






 勝者:中岸大助






 今度こそ、本当に、決闘は終了した。














 闇の神が完全に消えると、空を覆っていた雲が晴れた。
 浮かんでいた火の玉も無くなって、日の光が差し込んできた。多分、これで世界は守られたのだろう。
「……終わったよ……香奈」
 世界を賭けた戦いは、たしかに終わった。
 でも、この場にお前がいなくてどうするんだ。
 闇の神の攻撃を受けた人間は、存在が消える。香奈はライフが0になった。つまり朝山香奈という存在が、この世から消えてしまったということだ。
 存在が消えたときのことは、サンから聞いて、よく知っている。
 お前がいなくなったら、俺はいったい、どうしたらいいんだよ。
『大助……』
 コロンが複雑な表情で目の前に立つ。
 そういえば、さっきは怒鳴って悪かったな。
『あ、あのね……香奈ちゃんは……』
「……分かってるよ」
 俺はダークと同じにはならない。
 あいつのことも、あいつとの思い出も、絶対に忘れない。
「香奈の想いは、俺の中に生きているから」
『大助……!』
 コロンが下を向いた。
 まったく、泣かないでくれ。こっちだって我慢してるんだぞ。
『……………フフ』
「ん?」
 コロンから、笑い声のようなものが聞こえた。
『フフフ……あははははははは!!!! なにそれー!? 「香奈の想いは、俺の中に生きている」だって!! そんな恥ずかしい台詞、よく言えるねぇ』
「……はい?」
 なんだ? たしかに少しくさかったかもしれないが、俺としてはかなり真面目に言ったんだぞ。
 そもそも、こんな状況で普通笑うか?
 一体どんな神経してるんだよ。













「終わったみたいね」






「あぁ、終わった…………………………………………………え?」
 聞き慣れた声に振り返った。
 そこにいたのは――――。
「まさか闇の神に勝っちゃうなんて思わなかったわよ。まぁ、ひとえに私のおかげよね。だって私が"オネスト"を引いて"エクスチェンジ"で大助に手渡さなかったら、勝てなかったってことだからね」
「か、香奈……?」
 長い黒髪。
 ぱっちりとした目に、この口調。

 そこにいたのは、間違いなく、朝山香奈だった。

「なんで、ここにいるんだよ」
「何よ。私がここにいちゃいけないわけ?」
「いや、だって、お前、闇の神の攻撃を受けて……………あっ……」
 言いかけた時、気づいた。
 存在が消えるのは、闇の神の攻撃を受けたときだとダークは言っていた。香奈のライフポイントが0になったのは、闇の神の攻撃じゃない。"希望を託す者"の効果ダメージだった。
 つまり香奈の存在は消えていなかったってことか?
 いや、でも、闇の決闘に敗北した人間は、闇に飲まれて闇の神の生け贄に………って、その闇の神がいなくなったんだったな。じゃあもしかして、今まで生け贄になっていた人は、全員元通りになったってことか?
「なによ。あっ、もしかして私がいなくなったと思ったわけ? そんなわけないじゃない。私が闇の神なんかに消されるわけないでしょ?」
「本当に……香奈だよ……な?」
「あたりまえでしょ。私以外に誰が――――きゃっ」
 思わず抱きしめてしまった。
 たしかに、さわれる。たしかに香奈は、ここにいる。
「な、き、急にど、どうしたのよ?!」
「よかった」
「え……」
「本当に、よかった……!」
 もう会えないかと思っていた。
 あのうるさい声が聞けなくなると思っていた。
「大助……」
 香奈も後ろに手を回してきた。
「……私も……大助にまた会えて……嬉しいわよ」
「香奈……」
 胸が熱い。
 香奈の顔が赤くなっている。
 それがとてつもなく、かわいらしく見えた。
「大助……」
「か、香奈………」
 香奈が目を閉じた。
 その顔が、少しずつ、近づいてくる。
「……………」
 俺は目を閉じて――――。





「おやおや、お邪魔でしたかね?」




「「……!!」」
 俺達は同時に、体を離す。
 すぐさま10メートルほどの距離をおいた。
『伊月君、そういうときは黙って見ているのが、正しい態度なんだよ』
「おやおや、そうでしたか」
「伊月君はそういうところがぬけているよね」
「弘伸は、本当に空気が読めないんだから……」
「本当に、君達は面白いな」
 階段の近くに、伊月に薫さん、麗花に玲亞が立っていた。
 ちょ、ちょっと待て。一体いつからいたんだ?
「な、なな、なんで薫さん達、ここにいるの!?」
「空が晴れたから、きっと勝ったんだと思って来たんだよ。あ、私達のことは気にしないで、続けて続けて♪」
「な、な、何を、続けるのよ!!」
「もー、分かってるくせにー。あんな密着してたら、一つしかすることないでしょ?」
「ば、馬鹿ね!! 私と、大助は、その、だ、ダンスの練習をしてたのよ。べ、別に……ねぇそうよね、大助!!」
 勝手に言い訳をするのは構わないが、俺にまで同意を求めてこないでくれ。
 まぁ、正直に言うのもあれだしな……。
「そ、そうですよ。俺と香奈はダンスの練習をしていたんです」
『嘘なんかついちゃいけないよ。私、最初からゼーンブ見てたからね』
「えっ!? ホント!? ねぇコロン。そこのところ詳しく教えてくれない?」
『いいよー♪』
「だ、駄目に決まってるじゃない!!」
 香奈が急いで走り出した。
 まったく、激しい戦いのあとだっていうのに………。

 まぁ、いいか。








 そうして、スターとダークの戦いは、終幕をむかえた。




――エピローグ――




 ダークとの戦いのあと、俺達はそれぞれの家に戻って休息をとることになった。
 俺は疲れてそのまま眠ってしまい、起きたら翌日の昼になっていた。

 そして三日経って、伊月からメールが届いて、俺達は薫さんの家に集合することになった。

 そこで語られたのは、その後のことだった。
 遊戯王本社にダークを倒したことを薫さんが報告して、スターはとりあえず休暇をもらうことになった。
 今まで生け贄になっていた人達は、闇の神がいなくなったことで元通りになったらしい。
 ただ、闇の組織に関わっていた人達は、本社に捕まえられて、しっかり罪を償わなければいけないようだ。
 ダークはもちろんのこと、元々闇の組織の人間は、そこで罪を償うらしい。
 ただ玲亞だけは、ダークと一緒に罪を償うために本社へ行ってしまった。薫さんは必死で説得したが、玲亞はダークと一緒にいるつもりらしく、聞いてくれなかったようだ。
 麗花は元々一般人なので、事情聴取をされただけで解放されたらしい。これからは大学に戻って、記者になるためにたくさん勉強を積み重ねるつもりのようだ。
「でも、伊月君、よかったの?」
「何がでしょうか?」
「だって、せっかく麗花ちゃんが戻ってきたのに、また別々になっちゃうじゃん」
「離れていても、連絡ぐらいはとれますよ。僕はスターに残って、活動を続けていく。麗花は記者になるために勉強していく。とりあえず、僕達の間ではそういうことになったんですよ」
「そっか……でも佐助さんが……」

「よんだか?」

 深い声が聞こえた。
「さ、佐助さん?」
「なんだ。俺だって驚いた。捕まるつもりで本社に出向いたのに、三日間拘留されただけで釈放された」
 佐助さんは頭をかきながら言う。
 カード情報を改変するという犯罪を犯したのに、たった三日で済んだって、どういうことだ?
「まさか、あいつがあんな大物になっているとはな………」
「え?」
 佐助さんが、笑った気がした。
「とりあえず、俺もスターに残って仕事を続けようと思う。いいな、薫」
「え、も、もちろんだよ!! ありがとう!!」
『よかったね薫ちゃん』
 なんだか薫さん、とても嬉しそうだ。
 コロンも同じくらい嬉しそうだな。
「あれ、そういえば、香奈ちゃんは?」
 薫さんが尋ねてきた。
 俺は溜息をついて、答える。
「なんだか、俺と会いたくないらしいです」
「え? またケンカしたの?」
「いや、それが全然覚えがないんですよ」
 メールで連絡が来たとき、一緒に行こうと誘ったのだが、香奈から返信は返ってこなかった。
 電話にも出ないので、家に直接行ってみたら、早由利さんが出てきて「大助君とは会いたくないみたいよ」と言われてしまった。
「また俺は何かしてしまったんでしょうか?」
「……………ふーん、なるほど、そういうことか」
 薫さんが何か納得したように頷いた。
 いったい、何がどういうことだっていうんだ。
「どういうことですか?」
「うーん……それは自分で考えた方がいいと思うよ」
「はい?」
「おい」
 佐助さんが、俺に小さな紙を手渡してくれた。
「今、調べた。そこに香奈がいる。行ってやれ」
「いや、でも……」
「いいから行け」
「は、はい」
 俺は紙に書いてある文字を見た。
 まったく、どうしてこんな所にいるんだか。
「早く行け。もう、ここには用はないだろう」
「……………じゃあ、俺はこれで」
「大助君!!」
「はい?」
「大変なことに巻き込んじゃったけど、本当にありがとうね。また、香奈ちゃんと一緒に遊びに来てね♪」
「………分かりました。じゃあ、また」
 俺は薫さんの家をでて、香奈のいる場所へ向かった。





 向かう途中、見覚えのある人影が見えた。
「あっ」
 それは間違いなく、雲井だった。
 道路の真ん中に仁王立ちしている。もしかして、俺を待っていたのか?
 伊月は雲井には連絡していないと言っていたのに、よく俺が薫さんの家にいることが分かったな。
「よう中岸」
 こいつと会うのも、随分久しぶりな気がする。
 この突っ掛かってくるような態度も、相変わらずだ。
「なんだよ」
 俺は足を止めて、雲井と5メートルほどの距離をおいた。
 雲井は頭をかきながら、少しずつ距離を詰めてくる。
「……ったく、どうして俺を起こしてくれなかったんだよ。最後の最後まで活躍できなかったじゃねぇか」
「お前、今更そんなこと言ってどうするつもりだ」
「なんだよ。世界を救ったからって調子に乗ってんのか?」
「違うに決まってるだろ」
 突然、雲井は俺の胸倉を掴んだ。
 すごい剣幕で、迫ってくる。
 まてまて。いくらなんでもそれはないだろ。
「これから何しに行くんだよ」
「……香奈に会いに行く」
 雲井は目を見開いたあと、歯ぎしりをたてた。
「……いいか、俺は認めた訳じゃねぇぞ。もしてめぇが不甲斐ないことして、香奈ちゃんを泣かせたりしたら、その時は覚悟しておけ!! 分かったか!!」
「………………」
「返事しやがれ!! 約束しろ。香奈ちゃんを泣かせるようなことは絶対にしないってな!!」
 雲井には今まで、散々似たようなことを言われた気がする。 
 ただ、今のこの言葉は、心に響くものを感じた気がした。

 俺は雲井から目をそらさずに、答えた。
「言われるまでもない」
「………」
 雲井の手が放された。
「さっさと行けよ」
「………ああ」
 俺は走って、その場をあとにした。

 







 そして、やって来たのは星花高校だった。
 ここに香奈がいるらしい。まったく、休みの日の学校に忍び込むなんて、何を考えているんだか。

 あいつを探して20分。
 俺は屋上にやってきた。
 見ると香奈はフェンスに体を預けながら、景色を見てぼんやりとしていた。
「なにしてるんだよ」
 呼びかけると、香奈は驚いたようにこっちを向いた。
「な、なんで、ここが分かったのよ」
「さぁな。とにかく、どうしたんだよ」
「…………………………」
 香奈は何も言わない。
 長い沈黙が続いた。
 何を話したらいいのか分からない。


(大助さん、香奈さん、聞こえますか?)
 サンの声がした。
 姿が見えないということは、頭に直接語りかけているのだろう。
(この前の戦いはお疲れ様でした。まさか、私の力を使わずに、闇の神に勝ってしまうとは思いませんでした)
「………何の用よ」
(一つ、ご報告があります。闇の神が消えた今、私も姿を消そうと思います)
「えっ」
 それは、突然の報告だった。
(闇と光は常に対等。闇が消えたなら、光である私も消えなくてはなりません)
「でも、消えるって……!」
(心配しないで下さい。白夜のカードはみなさんに差し上げます。当然、私がいなくなれば白夜の力はなくなりますが)
「そんなこと言ってる訳じゃないわよ!! あんたも、生きているんでしょ? そんな簡単に消えるなんて―――」
(それも心配いりません。ひとえに消えると言っても、自身を封印するだけのことですから。それに私達は元々、あなた
達の感情から生まれた者です。ですから人間が生きている限り、私も消えることはないんですよ)
「で、でも……あなたがいなくなったら白夜の力がなくなるんでしょ!? そしたらコロンが……」
(コロンはいなくなりません。あの子は、私の力でこの世界に残したいと思います。あなた達が教えてくれました。人間はつながりの中で生きていることを。今あるこの世界も、生きている人々も、過去からのつながりが作り上げているものなんですね。そのつながりは、これからも繋がっていく。コロンもまた、そのつながりの一部です。ですから私の勝手で消してしまうのは、可哀想でしょう?)
「ちょっと待てよ。さっき、私達は人の感情から生まれたって言ったよな。それってつまり、闇の神は復活するかも知れないって事だろ。それなのに、光の神がいなくなって大丈夫なのか?」
 ダークのような大きな憎しみを持った人間が、でてこないとも限らない。
 それなのに、対抗するべき光の神がいなくなったら、なにかと不安じゃないか?
(……たしかに、闇の神は人間の悪い感情から生まれた者です。再び現れない保証はどこにもありません。ですが、もしそんなことがあれば、あなた達の持つ白夜のカードは、再び輝いてくれますよ)
「…………」
(では、そろそろ私も戻ります。大助さん、香奈さん、ありがとうございました)
 頭の中から、声が消えた。











「行っちゃったわね」
「あぁ、そうだな」
 なんていうか、すごくあっさりとした別れの言葉だったな。
 まぁ、正直言ってそこまで親しかったわけでもないが……。
「……なぁ香奈……」
「何よ」
 香奈はすぐに返事をした。
 今なら、話せる気がした。
「この戦いが無事に終わったら言いたいことがあるって言ってたけど、あれ何だったんだ?」
「だ、大助こそ……あるんじゃなかったの?」
「いや、ここはレディーファーストだろ」
「…………………………」
 一分ほどの沈黙があっただろうか。
 香奈が、ゆっくりと口を開いた。

「……とっくに……言ったわよ……」

 香奈は顔を赤く染めながら、そう言った。
「………悪い、もう一回言ってくれないか?」
「な、何よ! 覚えていないならいいわよ!! 大助の馬鹿!!」
 香奈が頬をふくらませて怒鳴った。
 少しイタズラしてみようと思ったのが悪かったか。
「悪かったよ。ちゃんと覚えてるから」
「な、何で覚えているのよ!! 恥ずかしいじゃないの!!」
「お前……覚えているのと忘れているのと、どっちがよかったんだよ……」
「べ、別に気にしないでいいわよ。あ、あれは、その、ピンチの時だったから気が動転してて……。とにかく、あんたの話はなんなのよ!!」
 香奈が怒鳴りながら言った。
 俺は考えてきた言葉をもう一度、頭の中で繰り返す。
 いざとなると結構、緊張するな。
「俺の話も、お前と似たような感じだ」
「え、い、いや、べ、別に、言わなくて、いいわよ……! その、私が勝手に思ってるだけだし……どうせ……駄目だし……」
 顔をそむける香奈の両肩を掴んで、真っ正面から見つめた。
 大きく深呼吸して、考えてきた言葉をはっきりと言う。


「俺も、香奈とずっと一緒にいたい」


 香奈が目をぱちくりとさせた。
「え……そ、それって……」
 心臓がドクンドクンと鳴っているのが分かる。
 口が上手く回らない。まったく、ちゃんと練習してきたのにな。
「だから……その……」
 なんとか、伝えたい言葉だけを絞り出す。
 その一言に、想いを込めた。
「……俺は香奈のことが好きだ!」
「え? え? えぇぇ!?」
 香奈の顔がどんどん赤くなっていく。
 このままいったら、どんなになってしまうだろう。
「だ、大丈夫か? 顔が異常なくらい赤いけど……」
「なな、ななな、生意気なのよ! だ、大助の、大助の……大助のくせに告白なんかしてるんじゃないわよ!! べ、別に、あんたがそこまで私と付きあいたいっていうなら、そ、そうしてあげてもいいわよ?」
「…………」
 顔を真っ赤にしながら言う香奈を見ながら、心の中で溜息をつく。
 こんな時までこうなのか。
 もう少し素直になれば、もっといいのに。
「な、なによ、その目は。べ、別に嬉しがってなんかいないんだからね。あ、いや、べ、別に嬉しくないわけじゃないのよ? むしろ嬉しいっていうか、その……」
「……素直に嬉しいって言えばいいのに……」
「な、なによ! そ、そんなこと言うなら、わ、私にだって考えがあるわよ!」
「へぇ、一体なんだ?」
「それはね………あっ! 薫さん!!」
「なっ!?」
 急いで振り返る。
 だがそこには薫さんどころか、誰の姿も見あたらなかった。
「なんだよ、誰もいな―――!」



 唇に何かが触れた。
 何が起こったのか分からなくなり、体が硬直してしまう。
 だた、唇に触れたものの感覚だけが、感じ取れた。



「………………」
 触れていた何かが離れる。
 香奈の顔が、すぐそばにあった。
「ひっかかったわね」
 香奈がしてやったりの笑みを浮かべながら言った。
「なっ」
 待て。じゃあ今のって、まさか……。
「私のファーストキスなんだから、大切にしなさいよね」
「…………」
 言葉が出なかった。
「なによ。この私がキスしてあげたんだから、もう少し喜んでもいいんじゃないの?」
「そ、そりゃそうだが……」
 いくらなんでも、急というか……自分勝手というか、なんというか……。
 本当に、してやられたな。
「お前には敵わないな」
 まぁこれが香奈だ。
 反論したってしょうがないか。
「あっ、そろそろお昼ね」
 香奈が中庭にある時計を見ながら言った。
「もうそんな時間か」
「じゃあ、はい」
 香奈が手を差し出した。
 それが何を意味して出されたものなのか、分からない。
「なんだ?」
「……まったく鈍いわね。ほら、掴みなさいよ」
 言われるままに手を握った。
 とても温かい、綺麗な手だった。
「一緒に行きましょう。大助」
 香奈が天使の笑みを向けて、そう言った。
 ようやく、差し出された手の意味を理解する。
「ああ。行くか」
「それでいいのよ。あっ、そうだこれから昼食に行きましょう。もちろん大助のおごりで」
「いや、なんでそうなる」
「何よ。こんなときぐらい奢ってくれてもいいじゃない」
「お前なぁ……」


 香奈の隣に並び、歩き出す。
 あのとき掴めなかった手が、たしかに今、ここにある。


 光の神は言っていた。再び闇の神が現れない保証はどこにもないと。
 たしかにその通りだと思う。生きている限り、悲しみや憎しみはたくさん生まれるのは間違いない。
 でも、それでも、それと同等……それ以上の喜びや希望があることを信じたい。 
 またいつか、闇の神が復活するかもしれない。
 だがたとえその時が来ても、みんながいるなら、心から信じ合える大切な人がいるなら、乗り越えられる気がした。


「どうしたのよ大助」
「なんでもない。それよりどうする? たしか屋上は出入り禁止だったろ?」
「そういえばそうだったわね……」

「こらぁ!! 何やってる!!」

 強面の体育教師が、竹刀を持ってやって来た。
「ほら、逃げるわよ!」
「分かってる」
 繋いだ手をしっかりと握る。
 俺も香奈も、お互いの気持ちを確認するように。 

 
 











 空は快晴。雲一つ無い青空が、どこまでも広がっている。














 その中心にある太陽は、この世の全てを照らすかのように、強く、大きく、輝いていた。

















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