レアハンターと太陽神の悲劇orz

製作者:プロたん




 この作品の公開時期は2011年8月ですが、作品の舞台は2009年12月頃を想定しています。
 OCG版の暗黒魔族ギルファー・デーモンもびっくりするほどタイミングを逃していますが、気にせずにお読みくださいorz






1ターン目 本当の勝敗

 私はレアハンター。
 エクゾディアデッキを愛用する至極平凡なデュエリストである。
 デュエルの腕は中の下くらいで、グールズの中では最弱。城之内に不意打ちで勝つのが精一杯で、遊戯や海馬社長には当然の如く敗北してしまう。真のデュエリストなど夢のまた夢、530円デュエリストだと思っていただいて構わない。
 だが! しかし!
 そんなことで、私の人格まであざ笑ってもらっては困る。
 なぜなら、この私。デュエリストとしては平凡だが、社会人としては決して平凡などではないからだ。
 その名を知らぬ者はいないほど有名な海馬コーポレーション。驚くことなかれ、私はその正社員なのだ!
 ククク……。どうだろうか?
 この偉大なる私は、カードゲームなどに現(うつつ)を抜かしているお子様ではないと言うことだよ。
 デュエルに勝ち続けて覇者になったところで、何の意味があると言うのだ? 『闇道化師と化した○○○○』とか、『山岳の闘士××××』とか、自分の顔が埋め込まれたカードを記念にもらってそれで終わりだ。
 賞金? プロデュエリスト? ――はい、遊☆戯☆王カードにそんなものはありません。
 デュエルアカデミア? カードプロフェッサー? ――はい、そんな夢物語はありません。
 デュエルで勝てば株価が変動する? 警察が見逃してくれる? ――はい、寝言は寝てから言ってください。
 そういうことなのだ。
 遊☆戯☆王カードを極めたところで、飯は食べられない。いい大人が飯にありつきたければ、働いてお金を稼ぐしかないのだ。
 もっとも、この不景気な世の中では、働きたくても働けない人も少なくないだろう。現に、私が所属していた(たぶん株式会社)グールズは、そのあおりを受けて倒産してしまった。
 だが、この私は非常に優秀な人材。
 一切路頭に迷うことなく、海馬社長直々のスカウトを受け、あの海馬コーポレーションに就職することができた。しかも、正社員として。
 これを偉大と言わなくてして何と言えばいいのだろう。まさに、エリート街道まっしぐらの勝ち組社会人ではないか!
 その上、容姿も上々、人気も上々。
 まさに「鬼に金棒」、「エクゾディアに天使の施し」状態。こんな私の前に婚礼期の女性を連れてくれば、スペルスピード3で婚約届けが飛んでくること間違いなしだ。
 ククク……。笑いが止まらない。私は人生に勝利したのだ!



2ターン目 レアハンターの功績

 上々な気分のまま、書店へと足を踏み入れる。
 12月の冷たい外気から一転、店内は暖房が効いていた。
「いらっしゃい……ま……せ……」
 いつもの女性店員が私の美しい姿を見つけて、声を詰まらせる。私はぎょろぎょろと店内を見渡し、とある雑誌を探し出す。

 Vジャンプ 2010年2月号
 特別限定OCGカード『ラーの翼神竜』

 あったあった……。
 レジの側に平積みになっているVジャンプ2010年2月号。その脇にはサンプルカードがポップ展示してあり、「ついにラーの翼神竜がOCG化!」と言うキャッチフレーズがでかでかと書かれていた。
 ラーの翼神竜……。
 世界に一枚しか存在しないはずだったラーの翼神竜は、海馬コーポレーションの『神の一般流通計画』によって、Vジャンプの付録となって誰でも入手できるようになった。
「ククク……」
 レジの前で笑いがこみ上げてくる。レジの女性店員が一歩後ろに下がった。
 この書店にいる者達は知らないであろう。
 このラーの翼神竜。こうして一般販売できたのは、海馬コーポレーション社員であるこの私の功績であると言うことを!
 ご存知の通り、ラーの翼神竜は神のカードである。そんな神のカードをコピーして一般人にばら撒いてしまえば、彼らに強大な精神ダメージを与えてしまう。
 それを安全安心なものに仕上げるため、この私が命を懸けてテストプレイを行ってきたのだ。ゴッドブレイズキャノンに貫かれようが、ゴッドフェニックスに焼かれようが、私の強大すぎる精神力によってテストプレイは順調に進み、その結果、一般人でも扱えるラーの翼神竜が出来上がったのだ。
 このテストプレイがなければ、ひいてはこの私がいなければ、ラーの翼神竜が一般流通することなどありえなかっただろう。
 つまり!
 このラーの翼神竜は、私が作ったも同然なのだ!
 社内情報によれば、ラーの翼神竜がついてくる今月のVジャンプはいつもの3倍もの発注があったと言う。この私の働きが、多大なる経済効果をもたらしているのだ。モクバを押しのけ、副社長の座に着くのは時間の問題だと言っても良いだろう。
「クク……ククク……!」
 将来のことを考えると笑いが止まらない。
 レジに立っている女性店員が、さらに一歩後ずさりをして緊張した面持ちで私のことを見ている。
 フッ……。偉大なる私に惚れ込んでしまった切なき女性店員よ。その気持ちに応えることはできないが、せめて天よりの宝札を受け取るがいい。

「Vジャンプを256冊ください」



3ターン目 レアハンターの功罪

 私は256冊のVジャンプをリアカーに積み込んで、その足で時計台にある喫茶店Psartにやってきた。
 256冊のVジャンプは決して安くはなく、先月もらった給料のほとんどをつぎ込んでしまった。しかし、これから先に待つ人生のビクトリーロードに比べればこの程度の支出は些末なもの。私は愉快な気分だった。
「おう! レアハンターちゃんじゃねーか!」
 喫茶店の店長が気さくに出迎えてくれる。私はテラスの席に座り、コーヒーと軽食を注文した。
「あいよ! ちょっとまっててな!」
 店長が店の奥に消えると、私はノートパソコンを取り出して電源を入れた。パソコンの起動が完了するや否や、無線LAN(店長に頼み込んで設置してもらった)を使ってインターネットへと接続する。
 さて、注文の品が出てくるまでの間、私の偉大なる仕事の評判でも見ておくとするか。
 私は、インターネットの掲示板『【最上神】ラーの翼神竜のOCG化を見守るスレ【最強神】』を開き、その書き込みを順番に追っていくことにした。

【最上神】ラーの翼神竜のOCG化を見守るスレ【最強神】

オベリスクの巨神兵がOCG化され、
ラーの翼神竜のOCG化への期待も高まる一方・・・
さあ語れやデュエリストども

ラーのOCG化はマジで楽しみ。
海馬コーポレーションならやってくれると信じている!

ラーの前にドジリスが来るだろ常考

 これはオベリスクの巨神兵が一般発売された頃の書き込みのようだ。
 最上神、最強神――ラーの翼神竜への期待が手に取るように伝わってくる。
 私は画面をスクロールしていき、今から1週間程前の書き込みを表示させた。

12月発売のVジャンプにラーの翼神竜がつくことが決定。
ソースは週間少年ジャンプ。

マジか!
ついに来たーーーー!

イヤッホーーーーー!!

効果は?
ゲーム版の奴より強い?

効果は印刷の文字がつぶれて読めないらしい。
Vジャンプ発売を待つしかないな。

ああ眠れぬ日を過ごしそうだ

楽しみすぎるぞ

俺、期末テストが終わったらラーデッキを組むんだ…

 ラーの翼神竜発売によって、掲示板から歓喜の声が伝わってくる。
 ククク……貴様らよ、この私に感謝するがいい。この私を崇めるがいい、称えるがいい。この私こそがラーの製作者なのだよ!
 私は非常に上々な気分で、さらに画面をスクロールさせていった。

早売りしてたんでVジャンプ買って来た
ラーの翼神竜を手に入れた
ウソだと言ってくれウソだとorz

な、何が起こったんだ?

効果が微妙・・・
と言うか弱すぎるorz

早くラーの効果を書く作業に戻るんだ!

じゃあ書くよ
後悔しても知らんよ?

このカードは特殊召喚できない。
このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上のモンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
このカードの召喚は無効化されない。
このカードが召喚に成功した時、このカード以外の魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
このカードが召喚に成功した時、ライフポイントを100ポイントになるように払う事で、このカードの攻撃力・守備力は払った数値分アップする。
また、1000ライフポイントを払う事でフィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。
攻撃力? 守備力?

は?

> このカードは特殊召喚できない。
> このカードは特殊召喚できない。
> このカードは特殊召喚できない。

嘘バレ乙

画像も張っとくよ

http://www.domino.org/ra_yellow/573573.jpg

うわマジだ

おいおい弱すぎるだろこれ・・・
よくこんなのでOK出たな・・・

特殊召喚できないとかふざけてるの?

フェニックス(笑)
不死鳥(笑)

回収騒ぎになってもおかしくない弱さorz

くっそ!
めちゃくちゃ楽しみにしてたのにこりゃあねえよ!
いっそのこと本当に回収してくれねえかな・・・・・・無理かorz

とりあえずVジャンプの予約をキャンセルしてきますorz

 あれほど歓喜の声に満ちていた掲示板が、失望一色に変わっていた。辛らつなコメントがグサグサと私の心をえぐってくる。
 な、何故だ……! 何故みんなそんなに失望しているのだ!?
 ラーの翼神竜は、神のカードなのだぞ? 最強神で最上神なのだぞ!?
 例えば、攻撃力が一気に7900にまでハネ上がる攻撃力上昇効果! 例えば、原作と違って1ターンに何度でも使うことができるモンスター破壊効果! そして何より、この偉大なる私が作り上げたという事実!
 弱いと言われる要素などどこにも見当たらないじゃないか! オベリスクの巨神兵なんて余裕であしらえるのに!
 ……ん? いや、待てよ?
 忘れていた。こいつらは素人……素人なのだ。
 素人ゆえに、このラーの翼神竜が実は強いと言うことに気付いていない……そういうことなのだ!
 きっと、1ヶ月もすれば、ラーの翼神竜が当たり前のように使われるようになって、私が偉大であることが証明されるはずなのだ!
 となれば、カード考察だ! カード考察を見てみよう!
 私は、開きっぱなしになっていた掲示板『【最上神】ラーの翼神竜のOCG化を見守るスレ【最強神】』を閉じて、管理人がサボりまくっていることに定評のある『遊☆戯☆王カード 原作HP』にアクセスした。
 ここのHPは、管理人以外のカード考察が素晴らしいと言われている。先見の明があるこのカード考察を読めば、ラーが強いことが明らかになるに違いない!

VJMP-JP046  ラーの翼神竜 評価:0
総合的な強さは「神獣王バルバロス」にはるかに及ばない悲しき神のカードであると言える。
本来三幻神の最上位にいるはずが格下の「オベリスクの巨神兵」を対象にできないため効果では破壊不可能となんともやりきれない気分になる。
ある意味このカードを使いこなしたデュエリストこそ神のカードを持つのにふさわしいと言えるだろう。

「ヒ…助けて…来る来る来る助けて…来るああああ! 来る…来る……来る…来る…マリク様が……」



4ターン目 『て』襲来

 実は『0』の前に『1』が隠れていて、評価0ではなくて評価10なのではないかと思った。
 しかし、どれだけ目を凝らしてみても、スクロールをしてみてもリロードをしてみてもソースを覗いてみても管理人に苦情を出してみても(←やめてください)評価は0のままだった。
 念のため、他のカード考察や、大会上位者のブログを確認してみたが、ラーの翼神竜は弱いと言う結論で満場一致していた。
 なんと言うことだ……。
 この私が作りあげたラーの翼神竜が、まさか酷評されてしまうなんて……!
 ゴッドブレイズキャノンに脇腹の辺りを貫かれ続け、ゴッドフェニックスにこんがりウェルダンに焼かれ続け、ゴールドレアのエクゾディアを「はい上にあげた」とおあずけされ続け……。
 こんなにも苦労したと言うのに、その結果がこれほどまでに無残なものだったなんて。
 最近の総理大臣がうまく立ち行かない理由がよく分かった。偉大なる私でも失敗してしまうことはあるのだ。
 私はすっかりアイスコーヒーみたいに冷たくなったコーヒーを飲み干し、Vジャンプ10冊で飲食代を払って店を出た。
 ただでさえ12月で寒いのに、太陽が雲に隠れてしまったせいでますます冷え込んでくる。風がひゅうと吹いて、私の体から体温を奪った。
「帰るか……」
 そう呟き、リアカーを押してとぼとぼと歩いていく。
 リアカーに積み上げられたVジャンプが、アルカトラズのデュエルタワーのようにやるせなく見えた。定期購読のVジャンプ3冊が自宅に届いていたことを思い出して、ますます憂うつになる。
 私の作ったラーの翼神竜は、マリク様が使っていたオリジナルのラーの翼神竜とは、別物と言えるレベルにまで成り下がってしまった。
 自信満々にヒエラティックテキストを音読し、うへぁぁぁと言いながら笑顔を見せているマリク様の勇姿。それがコミックスにバッチリ収録されていたことを思い出す。
「くっ……」
 蔑まれる私のラーの翼神竜。
 こんな醜態をマリク様に晒す訳にはいかない。
 もし、マリク様にあのラーの翼神竜を見せてしまったら、間違いなくショックを与えてしまうことだろう。そして、きっと闇の人格とかが復活して、私の首が(物理的に)飛んでしまうに違いない。ヒィィィ……!
 先ほどの書店の前を通る。
 少し灰色がかった髪の少年が、書店の前に立っているのが見えた。
「ん?」
 どこかで見た気がする――そう思って私は振り返った。

 そこに立っていたのは、マリク様本人だった。

「ヒ……ヒィィィ! ヒ……助けて……来る来る……助けて……来る来る……助けて……! 来る……助けて……来る来る! ああああ! 来る……来る来る……来る……! マリク様が……」

 マリク様、日本来日。



5ターン目 サード……

 マリク様が来てた。
 速攻で逃げ出そうと思ったが、「来てる来てるマリク様が来てる」と連呼したせいで、思いっきり目が合ってしまっていた。これでは逃げられない。
 目の前には、口をぽかんと開けて私を見上げているマリク様の顔。
 冬なのに冷や汗が流れてくる。
 ラーの翼神竜が頭をよぎる。どうかラーのことがバレませんように……! 私は召喚神エクゾディアのほうに祈った。
 マリク様は、首をちょっと傾けて、おくびもなく私の顔を指差してきた。

「おじちゃん、だれ?」

 ――は?

「ねえねえ、おじちゃんだぁれ?」

 ……本当にマリク様が喋っているのかと思った。
 もう一度、目の前にいる少年の容姿を確認する。褐色の肌、白みがかった髪、肩にチクチク刺さりそうなほど長いピアス。何度見てもマリク様本人に違いなかった。
 そんなマリク様は、私を指差したまま「おじちゃんだれ?」などと繰り返している。
 とてもじゃないが、かつてのグールズ社長と同一人物とは思えない。キャラクター崩壊にも限度と言うものがあるだろう。一体何が起こっていると言うのだ?
「ねえ! おじちゃん、だれなのー?」
「私はおじちゃんなどではない。レアハンターお兄さんだ!」
 私がそう反論すると、
「わあ……! レアハンターおにいさんって、いうんだねっ!」
 マリク様は、まるでけがれを知らぬ子供のように笑顔になった。
「…………」
 見た目はどう見てもいつも通りのマリク様。
 しかし、その中身はどう見てもマリク様のものではなかった。ゴールドシリーズの封入率が操作されていることに気付かないほど、純真無垢な子供になっていた。
「ボクはマリクっていうんだよ! よろしくねっ!」
 マリク様がニコニコしながら私のことを見上げてきている。
 冷静沈着な私でも動揺を隠すことができなかった。
 な……何なのだこれは? これではまるで……まるで、別の人格が宿ったみたいじゃないか!
「……別の……人格?」
 はっと気付く。
 私は腰を屈めて、視点をマリク様と同じ高さに合わせた。
「マ、マリク様、聞きたいことがあるのですが……」
「なぁに? レアハンターおにいさん」
「何歳ですか?」
「……ええーと、0さいっ!」
 ああ、やはり……。
 グールズ社長をやっていた頃のマリク様とも違う、憎しみの心にとらわれた闇マリク様とも違う。
 第3の人格。
 それがマリク様に宿ってしまった……!
 だからこそ、自分のことを生まれたばかりの人格――0歳だと思っているのだ。
「レアハンターおにいさん! あーそぼ?」
 マリク様は、周囲の目を気にすることなく、ぴょんと私にしがみついてくる。
 いいや、これはもう普通に『マリク様』と呼ぶのは不適切だろう。憎しみに満ちた人格が『闇マリク様』であることを踏まえると、この純真無垢な人格は『光マリク様』と呼ぶのがふさわしい。
 光マリク様。
 我ながら素晴らしきネーミングセンスだと思った。



6ターン目 接待

 これからどうしようかと悩んだ。
 海馬コーポレーションの社員である私にとって、元グールズ社長のマリク様は、過去の幻影に他ならないからだ。
 海馬社長がアルカトラズを爆破したように、この私もマリク様を爆破したほうが良いのではないか――そんな風に思えてくる。
「あそぼーよ! あそぼーよ!」
 きらきらと目を輝かせて、私のことを見てくる光マリク様。
 そんな光マリク様を見下ろし、考える。
 私は、一流企業の海馬コーポレーションの社員……。その肩書きにふさわしい行動をとらなくてはならない。
 だとすれば、本当にマリク様を爆破しても良いのだろうか?
 もし目の前にいるのが、光と闇の仮面のような元グールズの小物だったら、爆破したって構わないだろう。むしろ爆破すべきだ。
 だが、実際に目の前にいるのは、マリク様――元グールズの社長本人だ。
 それほどの大物であれば、近い未来、海馬コーポレーションとの取引が発生するに違いない。そんな人物を爆破などしてしまえば、海馬コーポレーションにも大きな損害を与えてしまう。到底許されることではない。
「レアハンターおにいさんっ! しりとりしようよ! しりとりっ!」
 光マリク様が、実年齢16歳とは思えない口調で、私をしりとりに誘ってきている。
「しりとりですね! 分かりましたマリク様!」
 私はさわやかな笑みを作る。
 ここでマリク様に恩を売っておくのも、海馬コーポレーションのため。私は愛社精神に溢れる優良社員なのだ。
「じゃあ、ボクからいくよ! さいしょは、『しりとり』の『り』からスタートだから、ええと、『リバイバルスライム』!」
「次は『ム』ですね。ム、む……『無限の手札』でいかがでしょう」
 もちろんこれは大事な営業活動なのだから、『接待しりとり』として、うまく負けてあげなければならない。
 これぞ社会人としての腕の見せ所だ。私は『接待しりとり』に意識を集中する。
「『ダークジェロイド』っ!」
「ド……ド……『ドリラゴ』」
「『ごうもんしゃりん』っ!」
「あーっ! マリク様、『ん』がついたー! マリク様の負けー! やーいやーい! 弱っちーいの!」
 ククク……マリク様に勝った。
 元グールズ社長で! バトルシティ準優勝の! マリク様に! 勝った!
 ククク……やはりこの私は偉大な人物であったということだ! 海馬や遊戯に勝つのも時間の問題だと言えるほどに!
 私は愉快な気分になった。
「う……う……うわーーーーん! レアハンターおにいさんがいじめるー! うわーーーーん!」
 そして、スペルスピード3で後悔した。



7ターン目 7分の1の価値

 書店の前にいたことが幸いした。
 私は書店に駆け込み、ヴァリュアブルブック4を購入(お代はVジャンプ10冊)。付録の『万力魔神バイサー・デス』と『レジェンド・デビル』のカードを、光マリク様にプレゼントした。
 どうやら、カードの好みは全人格共通のようだった。光マリク様は、万力魔神バイサー・デスのカードを見るなり、今までの泣き顔が嘘のように笑顔になっていった。
「ありがとう! このカードたいせつにするね! レアハンターおにいさん、だーいすき!」
 万力魔神バイサー・デスのカードをもらって、マリク様はこぼれ落ちそうなほどの笑顔を見せた。
「…………」
 残酷すぎてアニメには登場できなかったバイサー・デスに喜んでいるマリク様を、本当に『光マリク様』と呼んでもいいものか、ちょっとだけ悩んだ。



8ターン目 太陽神の悲劇

 マリク様の機嫌が元に戻ってくれたのはいいのだが、いつまでもこんなところで遊んでいる訳にはいかない。
 営業活動はもう十分だ。早々にマリク様の保護者を探すべきだろう。
「マリク様……、リシド様かイシズ様とご一緒ではないのですか?」
 私はマリク様のほうを向いて、そう尋ねた。
 しかし、
「うっ……ううっ……!」
 マリク様は両手で頭を抱えてしゃがみ込み……
「ううう……うわあああっ!」
 何かに恐怖するかのようにうめき声をあげてしまった!
 何事かと通行人がこちらを見ている。
「マ、マリク様!」
 急いでマリク様のそばに駆け寄る。
 236冊のVジャンプが積まれたリアカーの前で、マリク様がうずくまっている。
「うそだ……うううっ! ううううっっ!」
 先ほどまでの純真無垢な笑顔が嘘のように、マリク様の顔色が変わっていく。ダーク・ネクロフィアのようなうめき声が、腹の底から湧き上がってくる。
 マリク様の手には1冊のVジャンプがあった。
「ううっ! ラー……ラーのよく……しん……」

 Vジャンプ 2010年2月号
 特別限定OCGカード『ラーの翼神竜』

 マリク様は『ラーの翼神竜』の名を口に出して、うめいている。
 その様子は、まるでラーの翼神竜がマリク様を苦しめている、と言っているかのようだった。
 つまり私の作ったラーの翼神竜が弱すぎるせいでマリク様は…………いやいや、まさかな。それはいくらなんでも考えすぎだろう。そうだよ。そんなはずはない……! そんなはずは……!
 バタンと音が聞こえた。
 先ほどの書店にいた女性店員が本を落としたようだった。
「あの子、また……!」
 女性店員は、うずくまっているマリク様を見てそう言った。
 その口調は、以前にも同じような光景を見ているかのようだった。何か知っているのかこの女性店員は?
「どういうことなのだ? マリク様を知っているのか!?」
 私は女性店員に詰め寄った。
「え? あ……あの……あの子、ちょっと前にもVジャンプを見て……ええと……様子がおかしくなったから……。『こんな弱いのラーの翼神竜じゃない』って言って……急に幼い子供のようになって……だから……ええと……ええと……殺さないでっ!」
 女性店員は引きつった笑みを浮かべたまま、落とした本を拾い上げることなく書店の中に戻っていってしまう。
 マリク様は変わらず頭を抱えて、うめき声を上げている。
『こんな弱いのラーの翼神竜じゃないって言って……急に幼い子供のようになって……』
 女性店員の言葉が頭の中で反すうされる。
 大寒波をも超える悪寒が、私の体を包み込んでいく。
 全ては、ラーの翼神竜のせいだった。マリク様がうずくまってしまったのも、第三の人格『光マリク様』が生まれてしまったのも。
 そして、そのラーの翼神竜を作ったのは、この私……。
 だから。
 つまり。
 全部、私のせいだった! ヒィィィ!



9ターン目 とどのつまり不死鳥です

 錯乱しているマリク様を止めるため、マリク様の右手からVジャンプを取り上げた。
「危なかったですねマリク様! これはVジャンプと呼ばれる闇の書物。触れただけで魂を吸い取られると言う危険な代物です! 千年魔術書やサウザンドルールバイブルよりも恐れられているのですよ!」
 と言って、何とか元の光マリク様に戻すことに成功した。
 そして、リアカーに積まれていたVジャンプ236冊は、資源ごみ(リサイクル)に出すことにした。



10ターン目 恐怖の童実野町

 私は悩んでいた。
 先ほどまでは、マリク様をこのまま保護者(リシドとイシズ)のところに帰そうとしていたのだが……。
「ねえ、レアハンターおにいさんっ!」
 マリク様が光マリク様になってしまった原因が自分にあったとなれば、このまま帰すわけにはいかない。こんなことが知られたら、間違いなく私の首が(物理的に)飛んでしまう。
 今、私とマリク様は、時計塔広場から離れるように歩いている。
 ひとまず私の自宅に連れて行ったほうがいいのだろうか? ……いや、駄目だ。自宅の玄関には定期購読のVジャンプ3冊が置いてある。家に上げた瞬間、「トラップカード発動!」と言わんばかりに、マリク様を錯乱状態に陥らせてしまう。
 自宅が駄目なら、パンドラの家ならばどうだろうか? パンドラはピケル一筋だから、彼の家に行ったところでラーの翼神竜が置いてあることはないだろう。パンドラの家なら安全そうだ。
 ならば、さっそくパンドラに電話を掛けておこう。私は黒装束から携帯電話を取り出し、パンドラの電話番号にかけようとした。
 その時――
「ねえ、ラーの翼神竜買った?」
「いや、買ってねえなぁ……」
 ――通行人Aと通行人Bの声が私の耳に入ってきた。
 普段なら気に留めることのない他愛もないやり取りだが、今の私は違った。その会話を聞いて、ピタリと手を止めてしまう。
 ねえ、ラーの翼神竜買った?
 ねえ、『ラーの翼神竜』買った?
 ま……さ……か……な……。
 そう思って、恐る恐るマリク様のほうを向くと、
「うっ……ううっ!」
 マリク様がふらっと崩れ落ちていた!
「ラーの……よく……しん……」
 マリク様は先ほどと同じようにうずくまって、うめいている。
 再び悪寒が私の全身を駆け巡る。
「ううっ! うわああっっ!!」
 その悪寒は現実のものとして私に突きつけられる。
 なんと言うことだ! マリク様は『ラーの翼神竜』のカードを見るだけではなく、『ラーの翼神竜』という言葉を聞いただけで、こんな風に錯乱状態に陥ってしまうと言うのだ!
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も聞こえなかった! 何も聞こえなかったです!」
 私はマリク様の肩をつかんでぐわんぐわんと揺らし、無理やり錯乱状態から現実へと連れ戻す。
「レアハンターおにいさん……」
 マリク様の様子が元に戻る。どうにか事なきを得たようだった。
「くっ……」
 しかし、これはまずい。
 ラーの翼神竜と言う言葉を聞いただけでNGとなれば、街のあちこちに万能地雷グレイモヤが埋められているようなもの。外を歩いているだけで危険じゃないか!
 一刻も早くパンドラの家に連れて行かなければ、取り返しのつかない事態になってしまうぞ!
「うっ……ううっ! ラーの……よく……しん……」
 決心むなしく、再びマリク様のうめき声が聞こえてくる。
 マリク様の視線を追うと、
『一流ブランドの新作カラーが早くも20%OFF!』
 と書かれた看板が見えた。
 一流ブランドの新作カラー。
 一流ブランドの新作カ『ラー』。
 ひどい冗談だった。
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も見えなかった! 何も見えなかったです!」
 何とかマリク様を錯乱状態から戻し、同じ看板を見せないように「上を向いて歩きましょう!」と提案する。
「あ、たいようがみえる……」
「そ、そうですね! 太陽が見えますねマリク様!」
「たいよう……たいよう……たいようしん……」
「そうそう、太陽です、太陽神です。……え?」
「たいようしん……たいようしんラー……。ラーの……よく……しん……りゅう……うううっ!」
 OH! MY! GOD!
 なんてひどい連想ゲーム!
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も見えなかった! 何も見えなかったです!」
 マリク様を何とか錯乱状態から回復させる。
「だからぁ、言ってるじゃん!」
 街行く人の声が聞こえる。
 だからぁ。
 だか『らぁ』。
「ラーの……よくしん……りゅう……うううっ!」
 マリク様がうめきだす。
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も聞こえなかった! 何も聞こえなかったです!」
 マリク様を元に戻す。
「くっ……!」
 一刻の猶予もない。パンドラに電話する。
「助けてくれパンドラ! 早くかくまってくれ!」
 パンドラ。
 パンド『ラ』。
「ラーの……よくしん……りゅう……うううっ!」
 マリク様がうめきだす。
 私は電話を切る。
 そして、私も一緒に頭を抱える。

「ヒ…助けて…来る来る来る助けて…来るああああ! 来る…来る……来る…来る…マリク様が……」



11ターン目 お気軽ローン事務所へようこそ

 この非常事態に、パンド『ラ』は当てにならない。
 あまり気は進まないが、『光と闇の仮面』のところに行くしかあるまい。奴らの事務所はこの近辺にあるはずだし、非常事態を回避するためだ。仕方ない。
 私はマリク様にアイマスクとヘッドフォンを装着させ、逃げるようにお気軽ローン事務所に駆け込んだ。途中で3回くらい職務質問されたが、特に問題はなかった。
「お気軽ローン事務所へようこそ! ……なんだレアハンターか、金は貸さないぞ」
 チビのほうの『光の仮面』が、笑顔の仮面をつけたまま、あからさまにがっかりした声を出す。
「あれぇ? このひと、かめんつけてるね!」
 私の背後から、マリク様がひょっこりと顔を出す。先ほどまで装着されていたアイマスクとヘッドフォンは既に外されていた。
 マリク様は、きらきらと純真無垢な表情で、光の仮面を見上げて……もとい、見下ろしている。
「ふふふーーっ! さすがマリク様、お目が高いんな!」
 チビの光の仮面は、両手を腰に当てて得意気に胸を張った。
「これは『光の仮面』と言ってな! このオレのシンボルマーク。名付けて、『カメン・オブ・ライト――体の一部だから外せないよ!』 おもろ〜〜っ!」
 別に面白くない。
 ……はずなのに、マリク様は、
「わはははは! おもしろーい!」
 ぱぁぁぁぁっと笑顔になって、パチパチと拍手をする。
「どぉうだぁぁ! おもしろいだろぉぉぅ!」
 光の仮面は、にまぁぁぁぁと気持ち悪い顔になっていく。
「すごーい! ひかりのかめんっ! ひかりのかめんっ! ひかりの……かめん?」
「そうだぞぉ、光の仮面だぞぉ」
「ひかりのかめん……ひかりの……ひかり……ひかり……。ひかりといえば、たいようの、ひかり……」
「ん? 太陽?」
「たいよう……たいよう……しん……たいようしん……ラー……ラーの……よくしん……りゅう……! うっ……。ううっ! うわああっ!」
「んん?」

 ドガッ! (←光の仮面を事務所の外に蹴りだした音)
 バタン! (←ドアを閉めた音)
 ガチャ! (←鍵をかけた音)

 一件落着。



12ターン目 闇の仮面の闇

 お気軽ローン事務所には、闇の仮面が残っていた。
「どうなっているんだ? どうしてマリク様が子供のように……?」
 闇の仮面は、光マリク様をおくびもなく指差し、センスゼロの仮面から驚きの表情を覗かせていた。
「ならば教えてやろう闇の仮面よ」
 私は一息置いてから続ける。
「実は、新種のウイルス『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』によって、マリク様の人格が変わってしまったのだよ……」
「ガ……『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』だと!? 聞いたことがない! 初耳だぞ!」
「私の知るところでは、死のデッキ破壊ウイルスにも劣らない脅威の人格破壊ウイルスと言われている……」
 マリク様に第三の人格が宿った原因は、決して、決して、私のせいではないのだよ。
「な、なるほど……。では、今のマリク様は、幼い子供そのもの……」
 闇の仮面は納得したように呟き、そして、
「クックックッ……なるほど……これはいい……」
 と、その表情を歪ませていく。
「いい機会だ。日ごろの恨みを晴らしてくれるぞ……。クックックッ……」
 闇の仮面は、大きな図体の割に、器がとても小さいことで有名だ。
 グールズ時代、闇の仮面はバイトだからと、マリク様にこき使われていた。その時の恨みをここで晴らすつもりなのだ。仮面から覗かせている作り笑顔が、大人の汚い部分をさらけ出している気がしてならなかった。
 闇の仮面は、事務机の上に置かれていたデッキを手に取り、マリク様に向き直った。
「マリク様! 今からデュエルをしましょう!」
 闇の仮面の作り笑顔と仮面の表情が、不気味にマッチしていた。
 そんなドロドロとした感情を知ることなく、
「うん! いいよ!」
 と、屈託のない笑顔で応えるマリク様が、なんだか哀れに思えてきた。

 ……が、関わるのが面倒なので、このまま見ていることにした。



13ターン目 今世紀最大の決戦! 光マリクvs闇の仮面!!

「おとしあなをはつどう!」
「ああ残念ですマリク様! オレはサイクロンをチェーン発動! これで落とし穴は破壊され、その効果は無効になりますマリク様!」
「そ、そうなの?」
「はい! この仮面に誓って嘘じゃないですよマリク様!」
「うーん……。あ! そうだ! マジック・ジャマーはつどう! これでサイクロンをむこうにするっ!」
「ああ、惜しいねマリク様! 残念だねマリク様! オレは32歳、マリク様は0歳。優先権によって、年上のオレにカウンター罠を発動しちゃダメなんですよマリク様!」
「そ、そうなの?」
「はい! この仮面に誓って嘘じゃないですよマリク様!」

 10分後――

「オレの勝ち!」
「すごーい! やみのかめんさん、つよいねーっ!」
「お……おおっ! おおぅふっ! た、たまらん……! この尊敬のまなざしがたまらんぞぉっ!」

 闇の仮面の器の小ささが改めてよく分かった。



14ターン目 ありがとうお気軽ローン事務所

「おいレアハンター。……いい……」
「は?」
「いい……。このマリク様いい……すごくいい……。オレの事を慕ってくれて最高。うへぁぁぁ」
「そ、そうか……」
 闇の仮面は、その仮面の片側から、恍惚とした表情を覗かせていた。
 それは女邪神ヌヴィアとネクロフェイスを足して2で割ったような感じだった。直視できなかった。
「じゃ、じゃあ、マリク様のことは任せたぞ……」
「おう! オレにまかせとけ! おおぅふっ!」
 私は、闇の仮面とマリク様を置いて、お気軽ローン事務所を後にした。
 事務所を出ると、光の仮面が廊下の隅で体育座りをしていたが、当然無視した。
 薄暗い廊下を歩きながら考える。
 光マリク様は、闇の仮面のところに預けてきた。
 もし、保護者達(リシドやイシズ)にマリク様の人格のことがバレてしまっても、全て闇の仮面のせいにすればいい。その場合、首が(物理的に)飛ぶのは闇の仮面だけ。私の安全は保証される。
 すうっと、胸いっぱいに新鮮な空気が送り込まれてくる感覚がする。
 終わった……。
 すべては終わった……。
 太陽神がもたらした悲劇――私はそこから解放されたのだ!
 ありがとう! 闇の仮面!
 ありがとう! お気軽ローン事務所!
 そしてもう二度と来ません!



15ターン目 上へ参ります

 お気軽ローン事務所がある雑居ビルを出るべく、階段を降りようとしていた時、
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 恨み辛みが込められた呪いの声が聞こえてきた。
 な、なんなんだこれは……!?
 あまりにも陰うつな声色のせいで、さわやかな気分が一気に消し飛んでしまう。
 声は屋上から聞こえてきたようだ。引き寄せられるように、私は階段を駆け上がり、開かれたままの鉄扉をくぐる。
 雑居ビルの屋上に、一人の男の姿があった。
「許さない許さない許さない……あ、レアハンターさん!」
「うっ……!」
 そこにいたのは、山田だった。
 グールズ時代にマリク様に洗脳され『人形』として遊戯と闘い、今では、亡き父の姿を『変態ダイ・グレファー』に重ねている危険すぎる男――それが私の目の前に現れたのだ!
 私は速攻できびすを返そうとする。
「聞いてくださいよレアハンターさん」
 しかし、「逃ーがーさーんー」と言わんばかりに、山田はつかつかと歩み寄ってくる。
 かつてマリク様に操られていた山田は、見た目だけはまともな青年に戻っていた。
 そんな彼の様子を見て、少しだけなら話を聞いてやってもいいか、と思ってしまった。それが大きな間違いだった。

「父さんが……! 父さんが! ダークサイドに堕ちちゃったんだ!」

 そう言って、『ダーク・グレファー』のカードを私に見せてくる。
 闇に堕ちたダイ・グレファーこと『ダーク・グレファー』が、私の顔前までぐぐっと近づいてくる。鼻先5センチ。近い近い近い近い近い近ヒィィイィイィイィイイ!



16ターン目 地上の地獄

「『ダーク・グレファー』なんてカードが作られてしまうなんて、夢にも思わなかった。あれほど勇ましかった父さん(ダイ・グレファー)が、フォーリン・ダウンしてしまうなんて!」
 山田はまだ話を続けている。
 私は先ほどから逃げようとしているのだが、山田がダーク・グレファーをちらつかせているせいで、下手に動くことができずにいた。拳銃を突きつけられているような心境だった。
「しかもですよ! 大会で活躍しちゃっているんですよ! 最近の大会じゃ、誰か一人は必ずダーク・グレファーを使っちゃってるんですよ!」
 興奮した様子で山田は力説している。はぁはぁとした息遣いが、私に恐怖を植え付けてくる。
 早く話を終えてほしい。解放してほしい。と言うか解放してくださいお願いしますどうかお願いします。
 私は、ちらついているダーク・グレファーにびくびくしながら、地上に訪れた地獄にひたすら耐えていた。
「僕がちゃんとしていれば、ダーク・グレファーなんて作られなかったのに……! こんなことになったのも、マリクとか言う奴のせいだよ!」
 山田は眉間にしわを寄せ、吐き捨てるように言った。
『こんなことになったのも、マリクとか言う奴のせいだよ!』
 私は山田の言葉に引っ掛かりを覚えた。
 ダーク・グレファーが作られたのが、マリク様のせいだって?
「なぜ……マリク様のせいだと……思うのだ?」
 私は恐怖心をこらえて、山田に聞いてみる。
「そりゃあそうですよ! ダーク・グレファーが生産されたのは、僕がマリクに洗脳されていた間なんですよ! 洗脳さえされていなければ、僕はダーク・グレファーの生産を食い止めることができたんです!」
「そうなのか?」
「そうですよ! マリクが洗脳さえしてこなければ、こんなことにはならなかった……。くっ……許せない……! マリク、許せない!」
 山田は、ダーク・グレファーを持っていないほうの腕に、血管が浮き出るほどの力を込める。
「じゃ……じゃあ、も……もし、マ……マリク様が目の前に現れたら……?」
 勇気を出して再び私が問うと、山田の目の色が変わった。その瞳から、コントラストが失われていく。
「分からないよ……」
 呟くようにそう言って、それから、焦点の定まっていない瞳のまま、山田は唇の端をつり上げた。

「僕は、マリクに、何をするか、分からない……!」

「ヒィィィィィ!」
 言葉にできぬほどの恐怖を覚えた。
 駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!
 絶対に会わせてはいけない! この山田とマリク様は、絶対に会わせてはいけない!
 ああ! しかし!
 この雑居ビルには、お気軽ローン事務所が入っている!
 もし、マリク様が好奇心で屋上なんかに上ってきたら……!

「レアハンターおにいさんっ! みぃーーつけたぁぁっ!」

 キチャッタヨーーーーーーーー!!!



17ターン目 南無阿弥陀仏

 終わった……!
 マリク様の人生が、終わった……!
 さようならマリク様。今までありがとうございました。貴方のことは一生忘れません。どうか迷わず成仏してください。

「あれレアハンターさん、その人誰ですか?」

 山田が尋ねてきた。
 山田の視線は私を飛び越えて、マリク様に向けられている。
「ひょっとしてレアハンターさんの知り合いですか?」
 山田はきょとんした表情になっている。
 その様子は、そこにいるのがマリク様本人だと気付いていないかのようだった。
「あっ……!」
 そうか! そういうことか!
 山田はマリク様の姿を見たことがないのだ!
 だから、本当に気付いていない! 目の前にいるのがマリク様だと分かっていない!
 パンドラの箱に入っていた、ひとかけらの希望のことを思い出した。
 いける……!
 マリク様のことがバレなければ、この場をやり過ごすことができる……!
 マリク様は、満面の笑みで山田の元まで駆けていく。
「はじめまして! おにいさんっ!」
 マリク様が、元気一杯にあいさつをした。自己紹介をするつもりのようだった。
 ほほえましい光景が目の前に広がって……、ん? 待てよ? 自己紹介?
 嫌な予感がした。
「ボクのなまえは、マリ……」

「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」

 私はとっさに思いついた偽名を叫び、マリク様の自己紹介を遮った。
 間一髪! 危なかった!
 いきなりバレそうになってしまった! あのまま名乗らせていたら、マリク様の命はなかった……!
「そうかー、ナムって言うんだねー。僕は山田、よろしくね」
 山田は右手をさっと差し出して握手を求める。
 しかし、当のマリク様は困惑していた。
「え? え? ちがうよ! ボクはナムじゃないよ! ボクはマリ……」

「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」

 私は再び大声を張り上げる。
「そんな……! ちがうのに……! ボクはナムじゃないのに……!」
 マリク様は泣きそうな表情になった。
 許してくださいマリク様。これも貴方の命を救うためなのです。
「???」
 山田は頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「……マリ?」

「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」

「うわあぁぁぁん! レアハンターおにいさんが、いじめるーーーーっ!」
 とうとうマリク様が泣き出してしまった。
 慈愛に溢れる私の良心がじくじくと痛む。私はマリク様に駆け寄った。
「違います! 冗談ですよ冗談! ナムと言うのは冗談です!」
「ううっ……ぐすっ……。じょうだん……?」
「はい。貴方がナムのわけがないじゃないですか……」
 そこに山田が近づいてくる。
「じゃあこの少年は誰なのさ?」

「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」

「うわあああぁぁぁんっ!! やっぱりいじめるーーーーっ!!」
 私はマリク様に向き直る。
「冗談です! 冗談ですから!」
 その時、屋上にひとつの影が現れる。
「見つけたぞ……」
 闇の仮面だった。
 助かったと思った。この状況に駆けつけてきた闇の仮面は、まるで救世主のように見えた。その仮面がダーク・ヒーロー ゾンバイアを彷彿させるほどに……。
「急に駆けて行くから探したじゃないか、マリ……」

 いきなり正体をばらされそうになった!

「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「は? 何を言っているのだレアハンター。この人はマリ……」
 空気を読まずに再び正体をばらそうとする。やっぱり頼りにならねぇこのダメ仮面!
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
 再びマリク様の瞳から涙があふれていく。
「うわああああぁぁんっっ!! ちがうのにっ! ボクのなまえは、マリ……」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「ナムなの? マリなの?」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「まさかレアハンターお前が泣かしているのか! かわいそうじゃないかマリ……」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「ちがうって、いっているのにっ! ボクのなまえは、マリ……」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「やっぱりマリなの?」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「哀れなり、マリ……」
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
「うわあああああああああぁぁぁんっっっ!!!」
 耳をつんざくようなマリク様の泣き声。
「誰なんですか一体……」
 あからさまに不審がっている山田の態度。
「何だよどうなっているんだよ! マリ……」
 そして無意識に正体をばらそうとする闇の仮面。
「ナムだ! この少年はナムと言うのだ!」
 阿鼻叫喚。地上の地獄。南無阿弥陀仏。
 もはや何がなんだか分からない。目の前にいるのがマリク様なのか山田なのか闇の仮面なのか、それともナムなのか――それすら分からなくなってくる。
 一体私が何をしたと言うのだ! これまで清く正しく生きてきたと言うのに! 世間に誇れる立派な社会人だと言うのに!
 なぜこんな目に遭わなくてはいけないのだ! なぜ……どうして、こんな目に……! 助けて……誰か、助けて……! 助けて……! 来る……助けて……!
「ヒ…助けて…来る来る来る助けて…来るああああ! 来る…来る……来る…来る…マリク様が……」



「あ、今、『マリク様』って言った」
 山田が呟いた。

 私は死んだ。





18ターン目 後片付け

 死んでいる場合ではなかった。
 私は無言のまま、黒装束に仕込んであったデュエルディスクを取り出した。
 そして無言のまま、デュエルディスクの縁の部分で、山田の後頭部にダイレクトアタックを行った。
「…………」
 山田はしばしの眠りについた。
 マリク様が「どうしてたおれちゃったの?」と首を傾げていたが、私は「『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』のせいだ。こうする他なかったのだ」と諭しておいた。純真無垢な光マリク様は疑うことなく信じてくれた。
 しかし、
「恐るべし『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』……!」
 闇の仮面まで本気で信じてしまったのはどうかと思った。

 ともかく、今や山田は「『人形』として操られていた時のほうが安全」と断言できるほど邪悪な存在となってしまった。
 これほど危険な人物の近くにいては、当事者のマリク様はまあともかく、この私にまで火の粉が降りかかってしまう。一刻も早く離れなければならない。
 そう判断した我々は、ビルの外へと出ることにした。
 外には「ラーの翼神竜」を連想させる危険が潜んでいるものの、今の山田の近くにいるよりはマシだろう。
 チャーーチャチャチャーチャチャチャーーー。
 ビルから出たところで、「クリティウスの牙」の着信音が鳴り出した。私の携帯電話のようだった。
 誰だろうと電話に出ると、

「ひどいですよレアハンターさん」
 山田だった。

「マリクがそこにいるんですよね? 今、会いに行きます。待っていてくださいよ? ね?」
「ヒ…助けて…来る来る来る助けて…来るああああ! 来る…来る……来る…来る…山田が……」



19ターン目 とどのつまり不死鳥ですR

 幸いにも、山田はまだビルの屋上にいる。
 山田がビルから出てくる前に路地裏にでも逃げ込めば、この場をやり過ごすことは難しくない。「来る来る来る助けて」などと言っている場合ではないのだ!
「マリク様逃げましょう!」
 私は振り向きながら言った。
 しかし、
「うっ……」
 肝心のマリク様は、その場にうずくまってしまっていた!
「ううっ! ラーの……よくしん…………」
 マリク様は、うわごとのように『ラー』の名前を呟いている。
 まさかまた『ラーの翼神竜』を連想してしまったのか! くっ……やはり童実野町も油断できない!
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も聞こえなかった! 何も聞こえなかったです!」
 私は必死にマリク様をがくんがくんと揺する。早くしないと山田が来てしまう! 早くしないと!
「あ……レアハンターおにいさん……」
 数十秒後、マリク様の様子が元に戻る。一息つきたいところだったが、そんな時間はない!
「早く逃げるのです! 早くしないと」
「え? なんで?」
 マリク様は状況が良く分かっていない。首を傾げてしまう。
 その間にも、事態は深刻化していく。
 無常にも、ラーの翼神竜を連想させる言葉が次々に飛んでくる!

「引っかかったな! 光の仮面! オレは聖なるバリア−ミ『ラー』フォース−を発動!」
「くっ! 闇の仮面め! ならばオレは仮面呪術師カースド・ギュ『ラ』を召喚!」
「カオス・ソーサ『ラー』特殊召喚! くたばれ光の仮面!」
「そうはいくか闇の仮面! エネミーコントロー『ラー』発動!」

 と言うか、元凶は闇の仮面と光の仮面だった!
 最っ高に空気が読めねえな! このダメ仮面共!!
「ううっ! ラーの……よくしん……りゅ……」
 マリク様は再びひざをつく。
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も聞こえなかった! 何も聞こえなかったです!」
 早く逃げなければいけないのに、あのダメ仮面共! とことん足を引っ張る気だ! 神はなんと残酷なのだ!
「覚悟せよ光の仮面。お前に勝機はない」
「そうはいかないかんな! オレには新・切り札があるんだからな!」
「新・切り札だと!」
「そう……これは資源ごみ捨て場に眠っていたカード……!」
 ダメ仮面共は、まだデュエルを続けている。一刻も早くこの場を離れなくては……!
「オレは『ラーの翼神竜』を召喚!」

 よりによって『ラーの翼神竜』を召喚しやがった!

 ソリッドビジョン化されたラーの翼神竜の存在感が、周囲を圧倒する。
「うわあああああああああああああっっ!!」
 マリク様が大発狂する。
「…………」
 私はすっと音を立てずに光の仮面に近寄る。
 デュエルディスクの縁で、光の仮面にダイレクトアタック!
 デュエルディスクの縁で、光の仮面にダイレクトアタック!
 デュエルディスクの縁で、光の仮面にダイレクトアタック!
「…………」
 光の仮面はしばしの眠りについた。
 それに伴い、ソリッドビジョン化されたラーの翼神竜も消えていく。私はマリク様に駆け寄った。
「マリク様! マリク様! しっかりしてください! 何も見えなかった! 聞こえなかった! 何も起こらなかったです!」
 私はがくんがくんとマリク様を揺らす。首が尋常ではない角度で前後に揺れていたが、気にせずどんどん揺らす。
「レアハンター……おにい……さん……?」
 マリク様が正気を取り戻す。よし、早く……早く逃げなくては……!
 ビルから人影が出てくる。

「やっと見つけたよ……マリク!」

 山田が追いついてしまったヒィィィイィィ!



20ターン目 闇山田の恐怖・前編

「逃がさないよ」
 山田に隙はなかった。
「ダイ・グレファー連続召喚! マリクを囲い込め!」
 我々の周囲に次々にダイ・グレファーが召喚されてしまったのだ!
 ソリッドビジョン化された5体のダイ・グレファーがじわじわとにじり寄ってくる!
 こ、これでは逃げられない……!
「許さないよ……マリク……」
 山田がぼそっと呟く。こ、怖い怖いこっわjほいひぃぃぃぃぉほいいおおh!!
「え? え? なに?」
 マリク様は、ぽかんとしている。純真無垢な光マリク様に、山田の殺意はまったく伝わっていない。
「こええ……『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』、こええ……」
 闇の仮面は腰を抜かしていた。
 相変わらずのダメ仮面っぷりだったが、こんなダメ仮面でも少しくらい役に立ってもらわねば。
 私は闇の仮面の肩を叩いた。
「このままでは光マリク様が危ないぞ闇の仮面よ。光マリク様をお守りしなくてもいいのか?」
「確かに今のマリク様なら守ってもいい……。しかし、『ガッチャ・カットビング・オイデュエルシロヨ・ウイルス』が相手では……」
「光マリク様を救うのだ。闇の仮面、貴様ならできる」
「す、救う? できるのか? オレにできるのか?」
「ああ簡単だ。具体的には、山田のオトリとなればいいのだ」
「オレがオトリ?」
「そうだ。光マリク様の命を守るのだ」
 私が闇の仮面を諭すと、闇の仮面はしかめっ面になった。
「嫌だよ。お前が行けよレアハンター」
「何だと? マリク様の命がどうなってもいいのか?」
「オレの命のほうが大事だし。お前が行けばいいだろう」
「いや私の命のほうが大事だ。私の命は、ゴールドレアのエクゾディアくらいに貴重なのだぞ? だからお前が行くのだ」
「いやいやお前が行けよ」
「いやいやいやお前が行くのだ」
「いやいやいやいやお前が行けよ」
「いやいやいやいやいやお前が行くのだ」
「いやいやいやいやいやいやお前が行けよ」
「いやいやいやいやいやいやいやお前が行くのだ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやお前が行けよ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいっゲホッゲホッお前が行くのだ」
 押し問答をしている間に、5体のダイ・グレファーと山田がじわじわと距離を詰めてくるヒィィィィ!
「ふふ……」
 山田が含むように笑った。
「闇の仮面さん。これをあげるよ」
 そうして、山田は1枚のカードを宙に放り投げた。
 私の脅威の動体視力がそのカードの正体を捉える。

 それは、『ガーディアン・エアトス』だった。

 闇の仮面は、グールズ時代に習得した身のこなしで、宙を舞うカードを難なくキャッチした。
「お? おっ? おおーっ! 『エアトス』! 『ガーディアン・エアトス』! アニメの中にしか存在しないはずのカードが! 現実に!? マジかよ!? 信じられねえ」
 闇の仮面は一転、興奮し始めた。
 それから山田のほうへ駆けて行き、
「オレは山田さんの味方です! ともにマリクを倒しましょう!」
 あっさりと裏切ってしまった!



21ターン目 闇山田の恐怖・後編

「マリク……許さない……」
 5体のダイ・グレファーと山田が、私とマリク様へ近寄ってくる。
「早く敗北を認めたほうがお前のためだぞレアハンター」
 あっさり裏切った闇の仮面が、降伏を迫ってくる。
 絶体絶命とはまさにこのことだと思った。
 このまま山田達に歯向かっていたのでは、私の命が危ない。
 そろそろ潮時ではないだろうか。今なら、ラーの翼神竜の件を含めて、山田が全ての元凶だと言うことにできる。
 これ以上粘る意味なんてない。早々にマリク様を引き渡してしまおう。闇の仮面の時のように、何かカード(ゴールドレアのエクゾディアとか!)をくれるかもしれないしな。
 私はおろおろしているマリク様に両手を合わせた。
 さようならマリク様。今までありがとうございました。貴方のことは一生忘れません。どうか迷わず成仏してください。
 その時だった。
 ガチャアアアアンと窓ガラスが割れる音がして、一人の男が空から降ってきた。高いところから落ちてきたにもかかわらず、何事もなかったかのように着地をする。

「待たせましたね。助けに来ましたよ」

「パ、パンド――」
「おっと、その名を呼ぶのはよしなさい珍札。私のことは『鈴木』と呼ぶのです。そうすればマリク様が『あのカード』を連想することはなくなるでしょう」
 奇術師パンドラこと鈴木が、私に人差し指を向けながら言った。
 成るほど。パンド『ラ』と呼ばず、鈴木と呼べば、マリク様に『ラーの翼神竜』を連想させずに済む。
「了解だ鈴木!」
「ええ!」
 まさに救世主の登場だった。
 鈴木の参戦により、この絶望的な状況にも希望の光が見えてきた。
 もし鈴木が現れなければ、私とマリク様はますます追い詰められていた。慈愛溢れる私のことだから、マリク様をかばって命を落としていたかもしれない。
 私は山田に向き直った。
「さあ、山田よ。これで形勢逆転だな」
「これ以上マリク様を付け狙わないで頂きましょう」
「ええと、そちらの奇術師さんは?」
 しかし山田は、鈴木の登場にも動揺していなかった。
「私の名前は鈴木太郎です。マリク様には、私をピケルに引き合わせてくれた恩義があります。いわば私の仲人的存在。お守りしないわけにはまいりません」
「ピケル……それは、『白魔導士ピケル』のことですか?」
「その通りです。ピケルは私の愛する人。来月には挙式を予定しているのですよ」
「そうですかそれはおめでとうございます」
 山田は静かにそう言うと、「ふふ……」と含み笑いをした。
「さて、ここに『白魔導士ピケル』のカードがあります」
「え?」
 山田は懐から1枚のカードを取り出し、こちらに向けた。そこには、10歳に満たない少女である『白魔導士ピケル』が描かれていた。

「この『白魔導士ピケル』のカード――これを『戦士 ダイ・グレファー』のカードに近づけたらどうなるでしょう?」

「や、やめてくれ! 嫁入り前の『白魔導士ピケル』に酷いことをしないでくれ! 何でもする! 何でもするからピケルをダイ・グレファーに近づけないでくれぇぇっ!!」



22ターン目 裏切りコンチェルト

 それから1分後――

「マリク、許さないよ」
 山田が言った。
「恨むなら元の人格を恨むんだなマリク」
 闇の仮面も言った。
「仲人を手にかけることになるとは……。これは太陽神の悲劇と呼ぶほかないでしょう」
 鈴木も言った。
「ふぁぁ。なんだかよくわかんないけど覚悟するんだかんな!」
 いつの間に目覚めていた光の仮面も言った。
「…………」
 闇の仮面に裏切られ、鈴木に裏切られ、ついでに光の仮面にも裏切られ、もう後がなくなってしまった。
 4対2。5体のダイ・グレファーを入れれば、9対2。
 勝ち目など微塵も有りはしなかった。
「…………」
 私は立派な社会人。引き際を心得てこその社会人。
 私はマリク様に背を向けた。
「マリク様。悪は裁かれる宿命なのです」
 ソリッドビジョン化されたダイ・グレファーの脇をびくびくしながら通り過ぎ、マリク様を見据える。
「だからマリク様、私も裏切らせていただきます」
 さようならマリク様。今までありがとうございました。貴方のことは一生忘れません。どうか迷わず成仏してください。
「え? え?」
 山田、闇の仮面、光の仮面、鈴木、ダイ・グレファー5体、そして私――10人もの猛者に囲まれて、マリク様はおろおろとしていた。
「みんな……うらぎっちゃったの? ボクはどうすればいいの?」
 マリク様は自分の立場をきちんと理解していないようだった。
 無理もない。今のマリク様は生まれたばかりの光人格なのだから。
 お許しくださいマリク様。これも社会の厳しさなのです。大人の厳しさなのです。

「じゃあボクもうらぎる!!」

 マリク様はあっさりと言って、笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
 あれれ? マリク様も裏切っちゃった?
 全員が裏切って、11対0になって、誰も敵はいなくなって……。
 ひょっとしてこれは、万事解決ではないだろうか?
 け、計算どおりだ……。
 こ……これも私の大胆緻密な計算の成した結果だ。
 そ、そう……。私が裏切ったのもこうなることを見越したものだったのだ。
 そもそも、情に深いこの私が、本気でマリク様を裏切るわけがない。そ、そんな酷いことができるわけがないじゃないか。ねぇ? そうだよね? そうだよね? そうだと言ってよ!



23ターン目 万事解決

「万事解決のわけないでしょう!」
 山田はまだ不満のようだった。
「山田よ。いったい何が不満だと言うのだ。この戦いに敵など存在しなかったと言うのに」
「何言っているんですかレアハンターさん。敵はマリクでしょう?」
 フッ……分かっていないな山田よ。
 私は携帯している愛読書『遊☆戯☆王コミックス31巻』を取り出し、リシドの名台詞を朗読することにした。
「墓守の一族に課せられた過酷な運命は山田家に悲劇を生み、憎しみと怒りが山田の中に邪悪なる心を宿らせました」
「えっ?」
「山田……今あなたは自ら絶望と言う深い闇に身を投じようとしている」
「えっ?」
「しかし、たとえ闇をさ迷おうとも、人は生きていかなければいけない。それは山田家の宿命ではない。人の宿命なのです」
「えっ?」
「山田よ。人は死して光を目指すものではない。生きてこそ光はあるのです」
 私は遊☆戯☆王コミックス31巻をパタンと閉じた。
「えっ? えっ? えっ?」
 山田は感動、もとい動揺していた。
 しばらくすると再び「マリク許さない」などと言い出してしまう。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 やはりダイレクトアタックすることにしよう。
 幸いにも、先ほどマリク様を裏切った時にダイ・グレファーの脇を通り過ぎていた。つまり、私と山田の間にダイ・グレファーはいない。山田の場はがら空き状態だ。
 私はデュエルディスクを構え、そのままダイレクトアタックを行った。
「…………」
 山田はしばしの眠りについた。
 周囲を見渡した。
 近くにタクシーが止まっていた。
 その中に山田を放り込んだ。
 行き先はアルカトラズだと伝えておいた。
 タクシーは発進した。
「さらば山田」
 今度こそ万事解決だと思った。



24ターン目 真の太陽神出現!

 最大の脅威は去った。
 あとは、マリク様に『ラーの翼神竜』を連想させないようにすればいいだけ。
 私はマリク様にアイマスクとヘッドフォンを装着させることにした。
「レアハンターおにいさん! ボクカッコいい?」
「はい。めちゃくちゃカッコいいですよマリク様」
「えへへ……」
 マリク様は、アイマスクとヘッドフォンを身に着けたまま、満足そうに照れ笑いをした。
 その笑顔はまさに太陽のようだと思った。
 どうか今の光マリク様のままいてほしいと思った。元の人格に戻らないでほしいと思った。
 それはもちろん、元に戻ったらラーの翼神竜のことがバレるから、とかそういう意味ではない。本当だ。嘘ではない。
「うっ……」
 不意にうめき声が聞こえてきた。
 マリク様の声だった。
 エクゾディアとエクゾディオスが入れ替わっていた時のような衝撃が、私を包み込む。
 な、何故!?
 アイマスクとヘッドフォンをしているというのに、何故『ラーの翼神竜』を連想してしまうのだ!?
「うっ……来る……」
 マリク様が呟く。
 来る? 何が来ると言うのだ?

「リシドが来る……」

 リシド……!
 その名を聞いた時、全てを悟った。
 リシドには、マリク様の別人格を封じると言う効果がある。
 だからここにリシドがやってきたら、今の光マリク様は元の人格に戻ってしまう。
 そうしたら、ラーの翼神竜のことがバレて、私の首が(物理的に)飛んでしまう!
 ぎょろぎょろと周囲を見渡す。
 道の向こうに小さな太陽が見えている。
 それは少しずつこちらに近づいてくる。
 太陽(リシド)が、来る!
「逃げるぞ! リシドが来る!」
 私は仮面共と鈴木に呼びかける。
「何?」
「リシドだと……」
「ふむ」
 一刻も早く離れなければならない。リシドから離れなければならない。
 私はマリク様の手をつかんで駆け出そうとした。
「ううっ……リシドが……」
 しかしマリク様はまだうめいている。走っている余裕などなさそうだった。
 仕方がないので、マリク様の体を抱えて駆け出す。
「鈴木! なんとかリシドの気を引いてくれ!」
 私は走りながら鈴木に言った。
「おおっとそろそろピケルサーカスの時間です。それでは皆様ごきげんよう」
 しかし鈴木は去っていった。
 くっ……!
「おい光の仮面! リシドのオトリになれ」
「嫌だかんな!」
「おい闇の仮面! リシドのオトリになれ」
「お前が行けよ! と言うか、別にリシドから逃げる必要ないだろ」
 仮面共はその場に立ち止まって、それから路地裏へと消えていった。
 くっ……!
 鈴木も仮面共も、あっという間に解散してしまった。
 残るはマリク様を抱えて走る私と、徐々に近づいてくる太陽(リシド)だけ。
「あの子アイマスクさせられてるわよ!」
「誘拐よ! 誘拐! 通報しなくちゃ!」
「オレは追いかけるぞ! 逃がしてたまるか!」
 街行く人の叫びが聞こえる。
 どうやらこの近くで誘拐事件が発生したらしい。まったく不届き者もいたものだ。
 走りながら後ろを振り返る。
 太陽(リシド)に加えて、一般人や警察官までもこちらに向かってくる。
「こら待て誘拐犯!」
「その少年を離しなさい!」
 まるで私が誘拐犯とでも言っているように、怒声が飛んでくる。いったいどこにいるんだ誘拐犯は。
 その時、ドン! と前方に衝撃が走った。
 後ろばかり見ていたせいで、前への注意がおろそかになっていた。前方にいた誰かにぶつかってしまったようだった。
「うっ……」
 マリク様を抱えたまま、私はしりもちをついてしまう。
 くっ! こんな時に誰だ! ぶつかってきたのは!?
 私は、顔を上げる。
 必要以上にひらひらした白いマントが見える。

「ほう……」
 それは、海馬社長だった。

 海馬社長は、とてもいい笑顔になっていた。
「かいばしゃあhfかhgkjhkヴぁcgkshgkjんfkjgんdk」
 普段の海馬社長からは想像できないほどのまばゆい笑顔に、腰が抜けてしまう。立ち上がれない。
 もう一度後ろを振り返る。
 太陽(リシド)がすぐ側まで近づいてくる。
「リシド? あれ? ボクは一体……」
 マリク様の声の調子が、元の人格のものに戻っていた。
 腰を抜かしている私のところに、次々に人が集まってくる。
「まさか誘拐事件を引き起こしてくれるとはな」
 海馬社長が私を見下している。
「お前、マリク様になんて酷いことを!」
 太陽(リシド)が私を見下している。
「さあ署に来てもらいましょうか!」
 警察官が私を見下している。
「なんだ。誰かと思えばレアハンター(1)か……」
 元の人格に戻ったマリク様が私を見下している。
 私は頭を抱えた。

「ヒ……ヒィィィ! ヒ……助けて……来る来る……助けて……来る来る……助けて……! 来る……助けて……来る来る! ああああ! 来る……来る来る……来る……! 現実が……」





25ターン目 レアハンターと太陽神の悲劇orz

 拘置所に2週間も入れられた。
 リシドとイシズにこってり絞られた。
 海馬コーポレーションをクビになった。

 これぞ、まさに太陽神の悲劇だと思った。

 そして、私が海馬コーポレーションをクビになったせいだろう。
 最後の神のカード『オシリスの天空竜』は、いまだ一般発売されていない……。





 めでたしめでたしorz









 後書き (全て読んでから見てください)






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