レアハンターの再会
製作者:プロたん
いろんな意味でクレイジーなので、注意した方が良いかもしれません。
第1章 悩み
私はレアハンター。
早速だが、私は今、悩んでいる。
ここは童実野町の玩具屋。休日であるためだろう、店内は子供達の声で溢れかえっている。
そんな玩具屋のレジの脇に、一つの箱が置かれていた。私は、両手をだらりと下ろしたまま、さっきからずっと、その箱を睨みつけていたのだった。
遊戯王デュエルモンスターズ ビギナーズパック
箱を手に取ってみる。
この箱は、ストラクチャーデッキ(カード)とゲームソフトが同梱されたセット商品である。「ビギナーズパック」と名付けられたその箱は、通常であれば私の眼中には無いはずなのだが……
遊戯王デュエルモンスターズ ビギナーズパック
ビギナーズパック特典スペシャルカードパック
(封印されしエクゾディア・封印されし者の右足・封印されし者の左足・封印されし者の右腕・封印されし者の左腕)
「買うべきか、止めるべきか……」
ビギナーズパックの特典は、エクゾディアパーツ全種類。
私は仮にも、世界で一、二を争うエクゾディア使いだ。M&Wの腕前は超一級品と言ってもいい。もちろん実績もある。バトルシティ総合3位の城之内克也を、私は大差で打ち負かしているのだ。
そんな私こそ、新たなエクゾディアを手に入れる資格がある。それは当然のことだった。
しかし、
遊戯王デュエルモンスターズ ビギナーズパック
あくまで、この箱はビギナーズパックだ。初心者向けのビギナーズパックなのだ。
この超上級者の私が、バトルシティ総合3位以上の実力を持つこの私が、こんな物に頼っていいのか? これは初心者向けのビギナーズパックなのだぞ? 初心者向けなのだぞ?
いや、良い訳がない。
だが、このエクゾディアパーツのカードは、ここでしか手に入らない限定モノ。ビギナーであることにこだわっていたら、絶対にゲットすることができない限定モノ……。
「仕方ない……」
私は呟いた。
「仕方ない。仕方ない」
自分自身を制御するために呟き続ける。
「仕方ない。仕方ない。仕方ない」
プライドは時に弊害となる。だから……
「仕方ないんだあああぁぁぁぁぁ!!」
私は、その箱を手に取ったまま駆け出した。
「ヒィィィィィィィィ~~!!」
小学生の右を走り抜け、中学生の左を走り抜け、ゲームソフトが並べられた棚にぶつからぬように注意し、最短ルートを駆け抜ける。
箱を左手に持ち替えて、防犯ゲートの片側に右手をついて思いっきり跳躍した。
そして、私は、解放された……!
「はぁはぁ……」
まるで今まで呼吸を忘れていたかのように、私は息を整えた。
呼吸はすぐに落ち着いていったが、胸の鼓動は勢いを増していく一方だった。
「エクゾディア……」
左手に持っていた箱を両手で持ち、がさがさと音を立てて乱暴に箱を開ける。
箱の中に手を突っ込むと、間もなく袋の感覚が手に伝わってくる。それを箱から引っ張り出す。
「……あった」
思わず、顔がほころんでしまう。
路上で微笑む男の姿はいささか奇妙かもしれないが、私にはそのような心配は要らない。私のあまりに美しい笑顔に、世の女性の3割ほどは魅せられてしまうからだ。
そんなことより、私の手にはエクゾディア。限定モノのエクゾディア……!
「ククク……」
笑いが止まらない。喜びが抑えきれない。
「エクゾディアゲットォォオオオ!!」
思わず歓喜の声をあげた。私は、限定モノのエクゾディアを手に入れたのだ。今しか手に入らないエクゾディアを手に入れたのだ!
こうして念願のエクゾディアを手にすると、全てのものが私を祝福してくれるような気がしてくる。限定モノのエクゾディアを手に入れた喜びをみんなが祝ってくれるのだ。
いいや、きっとそれは気のせいなんかではない。世界中の全ての人が、この私に祝福を贈ろうとしている。エクゾディアを手に入れておめでとうと、心からお祝いの言葉を贈ろうとしている。
ほら、早速、後ろから男の声が聞こえてくる。
「見つけたぞ、この万引き犯め!」
第2章 初犯
「どうして万引きなんかしたんだ!?」
「……してません」
気が付いたら、私は先ほどの店の中に連行されていた。椅子が乱雑に散っている部屋の中で、私はその両手を二人掛かりでがっちりと押さえられたまま、店長らしき男に問い詰められていた。
「キミ、どう見ても万引きしますって顔してるじゃないか。万引きじゃなきゃ強盗だ」
「してません。顔だけで判断しないでください」
どうやら、この低脳な店員どもは、私が万引きを働いたと言うのだ。
「顔だけじゃない。防犯ブザーも鳴った、防犯カメラも君の姿を捉えた、証拠も充分あるんだ」
「別人じゃないんですか?」
しかも、勝手に証拠まででっち上げられると言う始末。
いくら羨ましいとは言え、この私が高い金を出して買ったエクゾディアを強奪するとは、なんという卑劣な行為だ。城之内のエア・マックスを奪った店と同レベルではないか!
「とにかく、キミの勤め先を教えてもらうよ」
「…………」
「勤め先!」
「有限会社……レアハンター……」
「…………」
店員は電話をかけた。
「もしもし警察ですか……?」
そうして、いつかの警察署へ連行され、また、同じようなやり取りが繰り返される。
「あんた、防犯タグが付いてるのに良く平気で盗んだわね……」
「だから、盗んでいません」
気分はイジめられっ子だった。
第3章 過去
日も傾いてきた頃、私は解放された。
初犯だからと言うことで、大した処罰を受けることもなかった。
だが、濡れ衣は濡れ衣だ。裁判を起こしてでもこの潔白を証明してやろう。――そう考えたものの、すぐに思いとどまる。金を二度払うことにはなったが、エクゾディアを手に入れることには成功したのだ。エクゾディアは我が手中にある。これ以上争うことなど何も無いではないか!
「ククク……」
街灯の光がいっせいに点灯する。暗くなり始めていた歩道に光が戻っていく。
私は高揚した気分のまま、近くの本屋に入ることにした。
「いらっしゃいま……せ……」
女性店員が語尾を詰まらせている。どうやら私に惚れてしまったらしい。しかし、私は生涯独身を貫き通すつもりなのだ。残念だが彼女の想いに応えられそうにはない。
さて、ここしばらく本屋には縁がなかったな。新刊をチェックせねば。
「……コミックスがあったな」
すっかり忘れていたが、私は遊戯王のコミックスを35巻から買っていなかった。早速購入する。
また万引きと誤解されるのは面倒なので、領収書も貰っておく。私には人一倍学習能力があるのだ。当然、同じ過ちは繰り返さない。
帰宅後、私は遊戯王35巻を読んだ。
「……」
「…………!」
そこには、驚愕の真実が描かれていた。
神官アクナディンの過去、そこに描かれていたのは……
「エ……クゾディア……?」
私はコミックスを持つ両手に力を入れ、食い入るようにそのページを読み返した。
何度読んでも読み間違いなどと言うことはない。間違いなく召喚神エクゾディアだった。3000年昔のエジプトでは、アクナムカノン王は、エクゾディアをしもべとしていたのだ。
そういえば、武藤遊戯、海馬瀬人……彼らは、ファラオ、神官セトの生まれ変わりと言えるほどの存在であった。
そして、私は、彼ら並に偉大だ。
これは、つまり……!
つまり、私は……!
私は、アクナムカノン王の生まれ変わり、と言っても良いのではないか!?
そう――
「私はアクナムカノン王だった……」
呟いた直後、私の中に電撃が走った。
「ならば、遊戯は……、遊戯は……!」
私は、アクナムカノン王の生まれ変わり。
遊戯は、ファラオの生まれ変わり。
アクナムカノン王とファラオの関係は、親子。
ならば、私と遊戯の関係もまた親子……!
「遊戯は、私の息子……」
何と言うことだ。コミックス35巻からとんでもない真実が明らかになろうとは!
私は込み上げる感情を抑えることができなくなっていた。
「ウオオオオオ!!」
気付けば、私は家を飛び出していた。脇目も振らず夜道を駆け抜けていく。
行き先はもちろん遊戯の家……!
第4章 再会
ピンポーン。
裏口から遊戯の家のチャイムを鳴らす。周囲は既に闇に包まれ、遊戯の家のゲーム屋は既に閉められている時刻だった。
「はいはーい……」
私の前に、武藤遊戯本人が姿を現した。
「お、お前は……!」
遊戯の顔色が変わる。
きっと私の顔色も変わっていたことだろう。実際に遊戯を目にして、私の感情が体の中から膨れ上がっていくことを抑えられなかった。
私の目の前にいる遊戯。今まで私のことを目の仇にしていた遊戯。そんな遊戯が、私の息子だったのだ。私の肉親だったのだ。
「遊戯……」
私はその名前を呟くだけで精一杯だった。
視界が歪んでいく。焦点が合わなくなっていく。もしかして、私は泣いているのだろうか? 右手で顔を押さえると、そこから温かいものが伝わってきた。それは、間違いなく涙だった。私が遊戯のために流した涙だった。
「え? な、何?」
いきなり涙を流した私を見て、遊戯は動揺を隠せずにいた。
当然だ。遊戯は真実に気付いていないのだ。戸惑うことしかできない。
さあ、今こそ伝えよう。私が遊戯の父親であることを伝えよう。真実を伝えて、今こそ親子の再会を果たすのだ。
私は顔を上げ、遊戯の顔をまっすぐに見据える。
「息子よ……」
かすれた声で絞り出す。
「え……? 息子?」
「ああ。遊戯――お前は私の息子」
言葉に出すと喜びが溢れ出してくる。喜びが体じゅうを包み込んで、抑えることができなくなる。
「あぁ……」
もう限界だ。私は涙を隠すことなく、我が子を思いっきり抱きしめた。
「痛い! 痛い!」
力いっぱいの愛を込めてギッチリと抱きしめる。
「うわぁぁぁぁ!!」
間もなく、遊戯も大声を上げて泣き出した。父親との再会に、絞り出すような声を上げて泣き出した。
「ぐぎぎぎ」
言葉にならないほどの嗚咽が聞こえる。それが私のものだったのか遊戯のものだったのか、私にすら分からなくなっていた。離れ離れになっていた親子は、こうしてまた一つに戻ったのだ。
周囲が光に包まれていく。親子の感動の再会に、世界中全てのものが祝福してくれる気すらした。再会できて良かったね、今まで辛かったでしょう? でももうそんな悲しみは終わった。あなた達親子は再会できたんだよ。もう悲しむことなんてないんだよ。良かったね! おめでとう! おめでとう!
ありがとう! 本当にありがとう! 世界のみんなありがとう! 私は本当に幸せだ!
ほら、遊戯も世界のみなさんにご挨拶しなさい。
え? その前に私に言いたいことがあるって? ……ああ、もちろんいいとも。さあ言ってごらん。父さんに言ってごらん。
「いい加減離れろ、このゴミ野郎が!」
「え?」
遊戯の人格が、替わった気がした。
第5章 反抗
「息子よ……どうしたんだ……?」
「いつオレが貴様の息子になった!」
親子の再会から僅か1分、遊戯がグレてしまった。反抗期を迎えてしまった。
「何を言っているのだ。お前は私の子……。これは揺るぎない事実なのだよ。さあ、私の胸に飛び込んでおいで」
「貴様、何を企んでいる!」
遊戯は一歩下がって私を睨みつけてくる。それは、まるで私を敵として認識しているような拒絶の目だった。
しかしすぐに気付く。遊戯は今、人格が変わっているのだ。
「ああ。こっちの人格は知らないのだな。遊戯が私の息子だってことを……」
「オレも相棒も、貴様が父親だとは言ってないぜ!」
「何……!」
私は衝撃を受けた。
私を父親として拒絶するだと! いくら反抗期とは言えこの仕打ちはあんまりじゃないのか!
いや、もしかしたら、これも仕方の無いことなのかもしれない。
私は遊戯に親として十年以上も会っていなかったのだ。顔を忘れられても仕方の無いことであろう。恨まれても仕方の無いことであろう。
でも……。でも、そんなことで諦めるわけにはいかない。どんなに辛いことがあっても、遊戯と向かい合っていかなくては駄目なのだ。どんなに苦しいことがあっても、遊戯のことを愛さなければ駄目なのだ。なぜなら、私と遊戯は親子なのだから!
遊戯の人格は、武藤遊戯のそれに戻っていた。
「そうだ、札子(ふだこ)は元気にしてるか?」
「……え。……誰、それ?」
「な……! 母親を忘れたというのか!?」
遊戯は口を半開きにしてぽかんとしていた。本当に知らない様子だった。
信じられない。自分の母親のことを忘れるなど信じられない。あんなに大好きで、あんなに甘えていたのに、それを忘れてしまうなんて……。
「じゃ、じゃあ、覚えてるよな? 遊戯がまだ5歳だったあの日……童実野遊園地へ行ったこと」
恐る恐る聞いてみる。だが、
「……?」
遊戯は、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
「ほら! お前、メリーゴーランドで落ちちゃっただろ? あの時大変だったんだぞ。遊戯はひざを擦りむいてわんわん泣いちゃって、そこで、私が華麗なフットワークで柵の中に飛び込んで……」
「……ボクが5歳の時には童実野遊園地はなかったよ」
「…………」
「ほら! 7歳の誕生日プレゼントにM&Wのカードを買ってあげただろう? あの時遊戯、思いっきり喜んでてな。でもカードを1枚なくしてしまって、わんわん父さんに泣きついてきてな……」
「……ボクが7歳の時にはM&Wは商品化されてなかったよ」
「…………」
「……も、もういいでしょ? もう、帰ってよ……」
辛い現実。
遊戯は私のことを父親とは見てくれない。これだけ証拠を揃えても父親とは認めてくれない。
でも、遊戯は私の息子。私のかけがえのない息子。どんなに恨まれごとを言われたって、愛する息子には変わりないのだ。いつか分かり合えるその日まで、私は人生を投げ打ってでも遊戯と向かい合っていく。これから長い苦しみが待っていても、私はそれを乗り越えてみせる。
「おーい、遊戯やー」
その時、店の中から少ししわがれた声が聞こえてきた。これは、双六の声だ。
足音が聞こえ、ひょっこりと双六が現れた。
「……!」
その瞬間、私は全ての記憶を取り戻した。
遊戯の父は私。遊戯の祖父は双六。
それでは、私の父親は……!
込み上げる感情は、遊戯に再会した時と同等だった。
手は震え足はすくむ。枯れたと思った涙がまた流れ出していく。
「一体どうしたんじゃ?」
「……と、父さん……」
そう。私の父親は、目の前にいる双六だったのだ!
第6章 悲劇
「へ?」
双六……いや、父さんの顔が歪んだ。数十年会っていなかった息子を目の前にして、涙が抑えられないのだろう。
それは私も同じだ。私も涙が抑えられなかった。既に視界はぼんやりしてしまっている。
「父さぁぁああんっ!!」
私は駆け寄った。
父さんの元へ……あの厳しくも優しかった父の元へ……。感情に身を任せ、父の体を思いっきり抱きしめる。
「ぐわぁぁあぁあ!!」
父さんも言葉にならないほどの嗚咽をあげた。私も同じような嗚咽を上げていることだろう。
父さんと再会できた喜びが、私の体を包んでいく。私は両手の力をさらに強めた。
「ぎょわああぁああぁあぁ!!」
その再会の喜びは親子共々一体化し、
「し、死ぬぅぅううぅううぅ!!!」
決して収まることはなかった。
「僅かですが、骨にヒビが入っちゃってますね」
「ご老人になんてことを……!」
そして、私は何故か再び警察署に戻ってきていた。
納得できなかった。……どうして? どうしてだよ!? 私は親子の再会を喜んでいただけ。それなのに、どうして捕まらなくてはならないのだ?
誰もが親子と認めてくれない。
遊戯も認めてくれない。双六も認めてくれない。目の前の警察官も認めてくれない。
現実は過酷だ。偉大な人物には悲劇がつきものだとは、よく言ったものだ。偉大な私には悲劇が似合いすぎてしまったのだ。
しかし! それを甘んじて受け入れる私ではない!
いつか父さんや遊戯と分かり合って、一緒の家に住んで、一緒の食卓を囲む。そのためなら、この悲劇だって乗り越えてみせる!
これから大変な日々が待っているだろう。でも、できることから少しずつ。長い時間をかけてゆっくりと。長い空白の時間を埋めることができるのもまた時間だけなのだから。
さしあたっては、明日、私はフードを取ろうと思う。
遊戯と双六の異様なまでのクセ毛は遺伝によるもの。ならば、私のフードの下にもあのクセ毛があるはず。そう――遊戯や父さんの目の前でフードを取れば、きっと親子関係が証明できるはず。
だから、明日も遊戯の家に行ってみよう。少しずつ歩み寄っていこう。
私は、明日が楽しみになった。
おしまい
昔書いた後書きを見てみる
(一応残しておきましたが、無理して読む必要は全然ないです)