――ここは?


(そうか、闇の世界……)

 僕の名はムハラ・ヴェンリル――今、僕は何もない真っ暗な空間をさまよっている。ただ暗いだけではない、何も感じる事のない空間だ。


 ――匂いも

 ――音も

 ――熱も

 ――重みも

 ――光も


 何も感じない。この空間に官能的(かんのうてき)な要素なんて何一つも無い。


 ――手足は動くのか?

 ――呼吸はしているのか?

 ――目は開いているのか?

 ――そもそも、身体(からだ)は在るのか?


 分からない――そして恐い。
 ここにいると、生きる事すら忘れてしまう。恐らく普通の人間なら絶望に陥(おちい)り、“命”を失い、そして永き眠りにつくのだろう――



(な〜んだ、やっぱりこの程度か……)


 ――“命”なんて惜しくもない

 ――なぜならば



 ――僕には“命”なんて無いのだから……



(――ククク……)

 突然、僕の心に何かの声が語りかけてくる――


(な、なんだ……、この声は!?)

(我ガ名ハ、“ラハブ”――)






第二十一章 蠢動(しゅんどう)


同日午後4時30分
龍河高校・OCG部、部室


 僕は剣護君と一緒に校舎の外に位置するOCG部の部室に入り込む――

「あ、今日は三年はいないんだ。ま、副部長がいないのは――」

 剣護君はドアノブをゆっくりと回しながらつぶやく――ドアを開というその向こうには金髪でロングヘアーの女性、神谷清華さんが部室のパイプイスの席に座りながら前髪の赤いヘアピンを整えている。神谷さんは龍河高校二年生で僕と剣護君の先輩にあたる。

 その他には誰もいない――今日は学校の諸事情(しょじじょう)により須藤さんや佐渡さんはいない。

「あ、これで全員揃ったね。じゃ、行こっか!」

 神谷さんはヘアピンを整え終わり、僕達に話かける。

「……あれ……?」

 僕は目にかかっている黒髪を払い、元々大きい瞳をさらにパチクリと開きながら、“何か”を忘れている事に気がつく――

「ん……? どうした、豪?」

 僕の隣で肩を並べていた剣護君は、僕を見下ろし首傾げる――


「大崎さんがいない……?」


 僕は部室の周りを見渡す。


 ――中央のデュエル場

 ――部室のトイレ

 ――部屋の四隅(よすみ)

 探しても見つからない――


「あ、大崎君なら今日も風邪で休みだよ。もう4日目だし心配だわ……。それじゃ、行きましょう」



 僕達は部室を出る――向かう場所は“デュエルセンター”だ。“デュエルセンター”とは各地に設けられたカードゲームプレイヤーの集会所みたいな店舗で、見知らぬ相手との対戦やカードの購入を行える。OCG部の人数じゃ練習するのにも限度があるので、僕達は時々ここに来て練習を行う――



同日午後5時00分
デュエルセンター・龍河町店



 ここのデュエルセンターはドームみたいな建造物で入り口を入るとそこには購買部へとデュエル場への入り口へ続く二つの自動ドアがある。
 僕達は迷わずにデュエル場の方に入り、入場の手続きを済ませる――


「ん? 今日は人が少ないな……。」

 体育館みたいな広い空間に円の形をした直径10メートル程度のデュエルフィールドが縦に6つ並んでいる。そこでデュエルを行う。
 普段なら10人前後はいるのだが今日は2人しかいない。

「見つけたぞ豪! その中途半端に目にかかった黒の前髪、口元の小さなホクロ、その優男な顔つき、龍河高校の制服である藍色の背広姿はまさに豪だ!! 今日は前のようには行かないぜ」

 デュエル場の最深部にある椅子でデッキ調整をしていた男女の内の男性の方が椅子から立ち上がり、僕達に向かって叫んでくる。7月下旬の今は、室内気温が25度前後はあってただでさえ暑苦しいけど、その叫びのせいで暑苦しさに拍車がかかる。

「――ウゲェッ、あ、あなたは……」

 僕はその男の事を思い出し逃げたいとい衝動(しょうどう)が脳内を駆け巡る。
 彼の名は三角出留太(みかど でるた)――身長180ぐらいで上は赤のTシャツに下は青のデニムとラフな格好をしている。
 頭の黒いハチマキや腕につけた銀の極太ブレスレットなどかなりワイルドな雰囲気が漂う。髪型が癖毛かかった茶髪のロングヘアーや意図的に伸ばしだのであろう顎髭(あごひげ)、色黒な肌がさらに彼のワイルドなイメージを膨らまさせる。年齢的には二十代後半あたりぐらいだろうか?

「ウゲェッ……、またアイツ等か……」

 剣護は僕と同じ声をあげる。

「ウゲェッ、まただわ……」

 そして神谷さんもまた僕達と同じ声をあげる。

「――“ウゲェッ”はないでしょ、“ウゲェッ”は……。まったくアタイのような美人と再開できたというのに!」

 女性の方も立ち上がり僕達に話しかける。
 彼女の名は円牌(まどか ぱい)――身長165センチ前後で白のタンクトップに藍色のミニスカートを装っている。茶髪のポニーテールの髪と細いまつげと高い鼻筋が特徴だ――出留太と同様、年齢は二十代後半だろう――

「アタイは清ちゃんを倒すまであきらめないわよ!!」

 牌はピシリと神谷さんに指を差しながら力強い声で宣戦布告をする。

「ど、どうしてもあなた達と戦わないといけないのでしょうか……?」

 僕は恐る恐る出留太に質問する。

「当たり前じゃボケ!この俺、出留太が高校生のガキどもに負けたままでいられるか!!」

(しつこい人達だ――)


 1ヶ月前に僕と神谷さんがデュエルをし彼らに勝ったのはいいんだけど何回もデュエルを挑まれてなかなか返してくれないんだ。よくゲームをやるとき自分が勝つまで続けようとする人はいるけど、まさに彼らはそれに当てはまる。


「なぁ……」

 剣護君は神谷さんに呼びかける。

「今日は帰りませんか?」

 剣護君は真顔で言った。この時の彼は妙に礼儀正しかった――

「そうね……」

 僕達は入り口へ向かう。



「待たんかーい!!」


 出留太はこれでもかってぐらいの大声をあげる。出留太とは5メートルほどしかなく僕が思わず耳をふさぎたくなるほどだ。本当に暑苦しい。

「いきなり帰るとかあんまりだぜ!!」
「そうよそうよ!!」

 出留太、牌の順に僕達を引き止めようとする。

「だって負けてもしつこく何回もデュエルをやめないんだろ」

 剣護君は軽蔑の眼差しで出留太達を認める――あの時も何回も挑んできたけど結局最後まで彼らが勝つことはなかった。

「そ、それに今僕は手をケガしていいるからデュエルができないし……」


 そう、今僕は右手の手首をケガしていてデュエルなんてとてもできる状態じゃない――こうなったのはくりえちゃんがさらわれかけたあの日、僕が辺江太に殴りかかった時に手首を捻挫(ねんざ)してしまったのだ。



「――っというわけで剣護君変わりにお願い」

「フッ、俺は手加減なんて技は持ち合わせてねぇぞ、ワハハハハ! 覚悟し……は? なんで俺がやるんだよ!?」

「いや剣護君しかできる人いないし……」

「ククク、別にそっちの銀髪ヤローでもってかまわんぜよ!」

 出留太は相変わらず暑苦しい声で会話に加わってくる――

「ま、豪君がこれなら剣護君がやるしかないわね……」

 神谷さんまで剣護君がデュエルする事を推奨(すいしょう)し始めた。

「決まりね」

 牌は男勝りなドスのきいた声で言った。

「ていうか、だから俺たちは今から帰るんだって言ってんだろ……ん」

 牌は剣護君に向けて茶封筒を投げ飛ばし剣護君がそれを受け止める――

「フフフ、中身を見てごらん!」

 牌の言葉通りに剣護君は封を開く。

「ほら、アンタ達もよ――」

 牌は続けて僕と神谷さんにも剣護君と同じ茶封筒を投げ渡す。

(なんだろう……)

 封筒を開けると中には写真が数枚あった。


「「「……なっ!?」」」


 僕達は目をこすって写真を凝視した――僕が受け取った写真には僕が出来心のためコンビニで……な本を読んでしまった瞬間やとてもじゃないけど誰にも見せられないような恥ずかしい瞬間が撮られた写真が5枚ある――おそらく他の2人もそのような写真なのだろう。


「……フフフ……、それをばらまかれたくないでしょ?」

 牌はサディストと思わせるような眼差しで僕達を見つめる。

「き、汚ねぇな、畜生!」

「や、やるしかないようね……」

 剣護君と神谷さんは悔しがりながらもそれぞれ手に持っていたバックから分厚い円盤に流線型の板が付いたような機械――デュエルディスクを腕に装着する。

「ククク……、安心しな。今回は勝つまで続けるなんて見苦しい事はしねぇ……」

 出留太のセリフを最後に僕以外の4人はデュエルフィールドに上がる。僕はただ剣護君と神谷さんを傍観(ぼうかん)する――



「――あ、そうそう! ただデュエルするよりもなんか賭けた方が面白いよなぁ……」


 出留太は僕達の弱みを握っているのをいい事にいやらしい笑みを見せる。

「チィッ、なにを賭けるんだよ貴様!!」

 剣護君は銀髪の髪がかかったおでこを抱えながら怒り気味に聞き返す――

「剣護が持つ“ソウル・ガードナー”と豪が持つ“ソウル・サクセサー”を賭けるってのはいいじゃね? 俺達が負けたらまぁ……なんかそれなりのカードをやるぜッ☆」


「――え……!?」


 僕は思わず驚愕(きょうがく)してしまう――


「どうした豪?」

 剣護君が僕の方を見つめる。

「いや、なんでも(まさか……)」


 僕の脳内には《あの日》のムハラのあの言葉が響く


『気ィつけた方がいいぜぇ!! 僕以外ににもそのカードを狙う奴は沢山いるぜぇ!!』



(なんなのだろう――)


 僕は何か考えようとするが何も頭に浮かばない。確かに僕と剣護君がもつ《このカード》は貴重な物だから彼らはただのレアカード狩りなのかもしれない。しかし、どうしても僕は嫌な事を思い浮かべてしまう――


『(世界が……破滅するよ)』


 あの日、ムハラとデュエルした時に聞いた謎の声によると《このカード》を奪われると世界が破滅するらしい。“カード”で世界が破滅するなんて未だに信じがたいが、僕はなぜかそれが本当の事に思えてしまう。


「く、つくづく汚えねぇな! 安心しろ豪、絶対に勝つからなっ」

 剣護君はまだ立腹のようだ――とにかく今の僕には様子を見る事しかできない。
 4人はそれぞれ自分のデッキをシャッフルし、対戦相手同士でデッキを交換しまたシャッフルする――デッキを持ち主の手に戻し、それぞれのデュエルディスクにデッキをセットする。
 その後剣護君と神谷さん、出留太と牌に分かれて10メートル程離れる。


「「「「デュエル!!」」」」


剣護&神谷LP8000
出留太&牌LP8000


 それぞれデッキから初期手札であるカードを5枚引き、4人のデュエル開始のかけ声が響き渡る――今回は二人一組での対戦、ダッグデュエルを行う。
 ダッグデュエルでは二人で一つのフィールド、墓地、ライフを共有する。

 ちなみにデュエルディスクはダッグデュエルにも対応していて、片方がカードをフィールドに出した場合、出したエリアにはカードが置けない仕組みになっている。


「俺の先行ドロー!」


 まずは出留太のターンが始まる。

「……っとォ!! まずは手札からリバースカードを2枚セット、そしてワイトを召喚! ターンエンドだ!」


 出留太は相変わらず暑苦しい声で、手札からカードを3枚選びデュエルディスクにセットする――すると青いフードを装った純白の骸骨(がいこつ)のオバケと裏側に伏せられたカードのソリッドビジョンが2枚現れる。



ワイト
闇 星1 攻300 守200
アンデット族
かつてはファラオのしもべだったが戦死する。今では無残な骸骨の姿に成り果てた。


「攻撃力300のモンスターを守備表示……?」

 僕はつぶやきながら首を傾げる。

「次は俺のターンだなっ、ドロー……!!」

 剣護君はいらだちを隠せない態度で、乱暴にデッキからカードを引き、そのカードを確認する――

「手札からサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」


 剣護君の目前に大蛇(おろち)の形をした白銀の機械龍が現れる。


サイバー・ドラゴン
光 星5 攻2100 守1000
機械族・効果
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「俺にはリバースカードが2枚もあるぜィッ! 果ァたしてその攻撃が通るかなあァッ?」

 出留太は暑苦しく剣護君を挑発する。

「なら、サイバー・レオンを召喚だ!」

 剣護君のサイバー・ドラゴンの隣に鋼鉄でできた獅子(しし)が現れる。


サイバー・レオン
地 星4 攻1600 守1000
機械族・効果
このカードは魔法、罠、モンスター効果では破壊されない。

「ワハハ、サイバー・レオンはカードの効果では破壊されない、これで安心して攻撃できるぜ! バトルフェイズ、サイバー・レオンで攻撃――エヴォリューション・レーザー・クロォーッ!!」

 サイバー・レオンはワイトに向かって飛びかかる――

「かかぁったぜッ! 手札のワイトを1枚墓地に送りぃっ、リバースカード――ライジング・エナジーをォッ発動ぅッ! 場のワイトの攻撃力が上がるぜィッ!」


ライジング・エナジー 罠
手札を1枚捨てる。発動ターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力は1500ポイントアップする。


ワイト 攻撃力300→1800


「これでワイトの攻撃力の方が上だぜっ!」

「なら、俺は手札から速攻魔法――超重力を発動!!」

 剣護君は手札のカードを1枚取り出しデュエルディスクに差し込む。


超重力 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで1000になる。そのモンスターは戦闘では破壊されない。

 ワイトは超重力の効果で本来の力を発揮できずにいる――

ワイト 攻撃力1800→1000

「何ぃぃッ!」

 出留太は暑苦しい驚き方を僕達に見せる。

「やはり低攻撃力モンスターで攻撃を誘導し、攻撃力変動カードで攻撃モンスターを返り討ちにするつもりだったか。……だが、それは読んでいた!!」

 サイバー・レオンは無事にワイトを爪で切り裂く事に成功した――

「ぐおおおッ!」

 出留太は暑苦しい声で叫ぶ。


出留太、牌LP7400


「残念ながらその骸骨は生き残るけどな……」


 超重力の効果でワイトは無事に生き残っている。

「サイバー・ドラゴンで攻撃したい所だが、モンスター破壊の罠(トラップ)なら厄介(やっかい)だからここは退かせてもらう――ターンエンドだ!」


ワイト 攻撃力1000→300


「アタイのターンね、ドロー!!」

 今度は牌のターンに移る。

「――手札のゴブリンのやりくり上手を1枚捨てて、THE(ザ)トリッキーを特殊召喚!!」


 牌の場にピエロを模したような魔法使いが現れる。「?」と刺しゅうされたマスクで表情を隠している――また、装束の胴体部分にも大きく「?」と描かれた刺しゅうが施されている。


THEトリッキー
風 星5 攻2000 守1200
魔法使い族・効果
手札を1枚捨てる事で、このカードを手札から特殊召喚する。


「――さっきアンタが警戒したこのリバースカードはゴブリンのやりくり上手よ!」

「なんだよ、攻撃すればよかったぜ……」


ゴブリンのやりくり上手 罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。


「ゴブリンのやりくり上手が発動された時、墓地にある同名カードの数に1枚足した枚数のカードを引くことができるわ。墓地にはアタイがさっきTHEトリッキーのコストにしたゴブリンのやりくり上手が1枚ある、よってカードを2枚ドロー! ただ、手札のカードを1枚戻さなきゃいけないけどね――」

 牌はデッキからカードを勢いよくカードを2枚引き、デッキの一番下に手札のカードを1枚戻す――


「そして、ワイトを召喚!!」

 フィールドに2体目のワイトが現れた。


ワイト
闇 星1 攻300 守200
白き骸骨。究極竜との融合を夢見ている。


「これで、墓地と合わせれば3枚目のワイトね……」

 神谷さんはつぶやきながら何かを考えている――


「THEトリッキーでサイバー・レオンを攻撃するわ!!」

 牌は女性らしい甲高い声で力強くサイバー・レオンを指差す。
 THEトリッキーは魔力の球でサイバー・レオンを粉砕する。


「「く……」」


 剣護君と神谷さんは露骨(ろこつ)にイヤそうな顔をする。


剣護、神谷LP7600


「リバースカードを1枚セットし、ターンエンドよ!!」

 牌は手札のカードを1枚セットしてターンを終了させる――


「やっと私のターンね、ドロー!」

 神谷さんはだいぶ待ちわびていたようで、牌のターンエンド宣言のほぼ直後に自分のターンを始めた――引いたカードを手札に加えてしばらく考える。

「まずは巨大ネズミを攻撃表示で召喚!」


 神谷さんのフィールドに文字通り巨大な灰色のネズミが現れる――


巨大ネズミ
地 星4 攻1400 守1450
獣族・効果
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の地属性モンスター1体をフィールド上に表側表示で特殊召喚する事ができる。その後、デッキをシャッフルする。


「そしてバトルフェイズ、サイバー・ドラゴンでワイトを攻撃――」

 サイバー・ドラゴンの口からエネルギー波が放たれ、それが出留太達のワイトを消滅させる。


「ワイトォォ!!」

 出留太は暑苦しくワイトの名前を叫ぶ。


出留太、牌LP5600


「そして、巨大ネズミで2体目のワイトを攻撃!」

 巨大ネズミは体当たりで、骸骨であるワイトの体を押し倒してバラバラに崩す。

「ワァァァイトォッ!!」
「アンタ、さすがにそれは暑苦しすぎだよ!」
「わ、悪かったよ、牌ぃ……」

 とうとう暑苦しい出留太の叫びに対して牌からのツッコミが入る。それにしても出留太は牌に尻に敷かれているみたいだ。

(あの2人ってカップルなの…かな……?)

 僕はどうでもいいような事を考えた。


出留太、牌LP4500


「リバースカードを1枚セット、ターンエンドよ!」

 神谷さんは淡々とデュエルを行う。さすがに恥ずかしい写真を弱みにされているだけあって、いつものさわやかな雰囲気はそこにはない。特に年頃の女の子なら、なおさら穏やかでいられるはずもない。


剣護、神谷LP7600
手札(剣護)3枚
手札(神谷)4枚
モンスター
【サイバー・ドラゴン】
【巨大ネズミ】
魔法・罠
リバースカード1枚

出留太、牌LP4500
手札(出留太)2枚
手札(牌)3枚
モンスター
【THEトリッキー】
魔法・罠
リバースカード1枚


「――っんとぉッ、俺のターンッッ!! ドローオッ!!」

 出留太は暑苦しい感じの手つきでカードをドローする――

「カムォンッ! ワイトキング召喚だぜぃ」


 出留太の目の前に青いオーラに包まれたワイトが現れる。


ワイトキング
闇 星1 攻? 守0
アンデット族・効果
このカードの元々の攻撃力は、自分の墓地に存在する「ワイトキング」「ワイト」の数×1000ポイントの数値になる。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、自分の墓地の「ワイトキング」または「ワイト」1体をゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する。


「俺達の墓地にはワイトが3体存在する、よって攻撃力は3000だぜっ、イィッヤッホー!」


ワイトキング 攻撃力3000


「剣護君達にはワイトキング以上の攻撃力のモンスターがいない……」

 僕は少し、心配し始めた――


「ワイトキングでサイバー・ドラゴンを攻撃っ――出留太クラッシャーッ!!」

 ワイトキングはバイク並のスピードでサイバー・ドラゴンまで駆け寄り、殴りかかろうとする。ガシャガシャと骨のきしむ音が僕は好きになれない。

「ワイトキングが来ることは予想していたわ! リバースカード、エネミーコントローラーを発動」


エネミーコントローラー 速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。


「前者の効果を使い、ワイトキングを守備表示に変更するわ!」

 神谷さんのセリフとともに、サイバー・ドラゴンに殴りかかろうとしていたワイトキングは攻撃を中止し、出留太の前に戻りひざまずく――


「しまったぜっ! ターンエンドだぜッ!!」


「俺のターンドロー!! 貴様等、俺の弱みを握った事を後悔させてやる――」
「ふふん、アタイ達を倒してから言う事ね!」

「手札から魔法カード、パワー・ボンドを発動! フィールドのサイバー・ドラゴンと、手札のサイバー・ドラゴンを融合――サイバー・ツイン・ドラゴンを融合召喚!!」

 2体のサイバー・ドラゴンの姿が強烈な光の中で一体化し、サイバー・ドラゴンの形態を継承した双頭の機械龍が現れる。


パワー・ボンド 魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。このカードによって特殊召喚したモンスターは、元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


サイバー・ツイン・ドラゴン
光 星8 攻2800 守2100
機械族・融合/効果
「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
このモンスターの融合召喚は上記のカードでしか行えない。このカードは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃することができる。


サイバー・ツイン・ドラゴン 攻撃力5600


「よし、行くぜ!巨大ネズミでワイトキングを攻撃!」

 巨大ネズミはワイトキングに向かって突進する。巨大ネズミの攻撃力1400に対してワイトキングの守備力は0――このままいけばワイトキングは破壊される。

「そうはいかないぜぃ、和睦(わぼく)の使者を発動だぜ!」


「さっきは攻撃しないで失敗して、今は攻撃して失敗。なんか今日は勘がさえないな……」

 剣護君は不満そうにつぶやく。

「ドンマイよ剣護君……。攻撃力5600のサイバー・ツイン・ドラゴンを召喚しただけでもめっけものだわ」


 神谷さんは無表情に剣護君を励ます。

(なんか、今の神谷さんが恐い……)


和睦の使者 罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


 和睦の使者によってこのターン、出留太達は戦闘ダメージを受けない。つまり剣護君が攻撃を行う理由はなくなる。
 もちろんバトルフェイズを終了させ、メインフェイズ2に突入する。


「手札から痛みをやせ我慢を発動!」


痛みをやせ我慢 魔法
このカードが発動してから一番最初に自分が受けるダメージは半分になる。


「パワー・ボンドの効果でエンドフェイズ時に、俺はサイバー・ツイン・ドラゴンの元々の攻撃力分のダメージを受けるが痛みをやせ我慢の効果でそのダメージは半分になる……」


剣護、神谷LP6200


「ターン終了だ!」


 剣護君達のデュエルはまだまだ続きそうだ――





同日同時刻
龍河東公園


「ふぅ、やっと闇の世界から抜け出せたよ……」

 公園の中央に闇の渦のが発生し、その中から僕は沸き出てきた。

「久しぶりの空は心地いいな……。ありがとう、ラハブ」


(礼ニハ及バンゾ……ムハラ)

 僕の脳内にラハブの声が響きわたる――しかし、ラハブと思われる者の姿はどこにもいない……。
 僕は腕につけているデュエルディスクに取り付いているデッキに3枚の《あるカード》を加える。これがラハブの声の主だ。


「こんどは僕が報(むく)いる番だね、ラハブ……」


 僕はこの世界が憎い。


 ――世界は僕を見捨てた

 ――そんな世界に僕は失望した


(こんな世界、壊してやる!! でも、その前に僕には倒したい“奴ら”がいる……。“奴ら”にできる限りの苦痛を与えてから殺してやる!!)


 僕は再びデュエルディスクにセットされているデッキから、一番上のカードを取り出し、無表情にそれを見つめる……。


RAHAB THE FALLEN ONE - OUT OF HEAVEN
DIVINE LV10 ATK5000 DEF5000
GOD・EFFECT
???


(その中でも一番殺してやりたいのは貴様だ!! “混沌”の名を持つ堕天使――ラハブ!!)


 そう、僕が殺したいのは混沌の堕天使。










第二十二章 バラが散るまでに

剣護、神谷LP6200
手札(剣護)1枚
手札(神谷)4枚
モンスター
【巨大ネズミ】
【サイバー・ツイン・ドラゴン】
魔法・罠
リバースカード1枚

出留太、牌LP4500
手札(出留太)2枚
手札(牌)3枚
モンスター
【THEトリッキー】
【ワイトキング】
魔法・罠
無し


「――アタイのターンドロー! 天使の施しを発動、デッキからカードを3枚ドローし、手札2枚を墓地に!! 墓地に捨てた手札の内の1枚はワイトよ――」

ワイトキング 攻撃力3000→4000


 牌は言葉通りにカードを3枚ドローし、その後に手札を2枚をデュエルディスクの墓地スロットの中に置く――


天使の施し 魔法
自分のデッキからカードを3枚ドローし、手札を2枚捨てる。


「アタイは2体目ワイトキングを召喚!」


 牌の手前に2体目ワイトキングのワイトキングが現れる。

ワイトキング
闇 星1 攻? 守0
アンデット族・効果
このカードの元々の攻撃力は、自分の墓地に存在する「ワイトキング」「ワイト」の数×1000ポイントの数値になる。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、自分の墓地の「ワイトキング」または「ワイト」1体をゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する。


ワイトキング 攻撃力4000


「2体目のワイトキングで巨大ネズミを攻撃――」


 ワイトキングは巨大ネズミを殴り倒す。最初のワイトキングの攻撃よりも若干ながら威力がすごい気がする――ワイトキングの攻撃力は4000で巨大ネズミの攻撃力は1400、差の2600が剣護君達のライフポイントから削られる――


剣護、神谷LP3600


「巨大ネズミの効果発動――デッキから攻撃力1500以下の地属性モンスター1体を特殊召喚する!」

 剣護君はそう宣言しデッキから1枚のモンスターカードが特殊召喚される。


「サイバー・モールを守備表示で特殊召喚!」



 剣護君の目前には機械の赤いモグラがドリルがジョイントされた両腕でクロスガードし、プレーヤを守ろうとする――


サイバー・モール
地 星2 攻500 守700
このカードは戦闘では破壊されない。このカードが戦闘によって守備モンスターを攻撃した場合、攻撃を受けたモンスターはダメージステップ終了時に持ち主の手札に戻る。


「ふふん、守備モンスターを手札に戻されるのは厄介(やっかい)ね。ならアタイは1体目のワイトキングを攻撃表示に変更――リバースカードを3枚セットし、ターンエンド!!」



「……ん?」

 僕は疑問の声をあげる。


(剣護君達には攻撃力5600で2回攻撃ができる、サイバー・ツイン・ドラゴンがいるから、1体目のワイトキングを攻撃表示にしてもダメージが多くなるだけだけと……)

 あの3枚のリバースカードから察するに攻撃を誘っているのかもしれない。しかし罠(トラップ)だとしても元々サイバー・ツイン・ドラゴンと比べて攻撃力の劣る攻撃力4000の2体目のワイトキングや攻撃力2000のTHE(ザ)トリッキーが攻撃表示なのにわざわざ加えて1体目のワイトキングを攻撃表示にするとはまるで罠だとこちらに教えているようなものだ。



(ブラフ…かな……?)


「……私のターンドロー、手札からヘイスティ・バードを特殊召喚……」


 無表情でいる神谷さんがデュエルディスクのモンスターゾーンにカードを置くと、赤く鋭い翼が生えた猛禽類(もうきんるい)のような大きな鳥が現れ、フィールド狭しに羽ばたく――


ヘイスティ・バード
風 星2 攻1000 守500
鳥獣族・効果
このモンスターの召喚は特殊召喚として扱うことができる。特殊召喚扱いにした場合、エンドフェイズ時にこのカードを持ち主の手札に戻す。


「……さらにヘイスティバードを生け贄に捧げ、百獣王(アニマル・キング)ベヒーモスを召喚――ベヒーモスを生け贄1体で通常召喚した場合、元々の攻撃力は2000になるわ……」


 ヘイスティバードは消え去り、新たに紫色の鬣(たてがみ)を持つ、厳(いか)つい顔の四ッ足の獣が現れる――


百獣王ベヒーモス
地 星7 攻2700 守1500
獣族・効果
このカードは生け贄1体で通常召喚する。その場合、このカードの元々の攻撃力は2000になる。生け贄召喚に成功した時、生け贄に捧げた数だけ自分の墓地の獣族モンスターを持ち主の手札に戻す事ができる。


百獣王ベヒーモス 攻撃力2000


「……ベヒーモスの効果で墓地の巨大ネズミを手札に――そしてバトルフェイズ、サイバー・ツイン・ドラゴンで1体目のワイトキングを攻撃……」

 神谷さんの言葉が引き金となりサイバー・ツイン・ドラゴンの双頭の口から高エネルギーの波動が直線を描き、1体目のワイトキングに襲いかかる――


「フフン、甘いね清ちゃん! アタイはリバースカード――結束の神風を発動よ!!」


結束の神風 罠
相手ターンに発動可能。フィールド上に存在するモンスターを1体選択し、それ以外の自分のフィールド上に存在する攻撃表示モンスター1体の攻撃力分の数値をそのモンスターに加える。このターンのエンドフェイズ時に自分フィールド上ののモンスターを全て破壊する。


(このカードのためにワイトキングを攻撃表示にしたのか)


ワイトキング 攻撃力4000→8000


 1体目のワイトキングのオーラは激しさを増しサイバー・ツイン・ドラゴンの波動を弾く――そしてワイトキングはサイバー・ツイン・ドラゴンまで駆け抜けて殴りかかり、粉々にする。
 サイバー・ツイン・ドラゴンとワイトキングの攻撃力差が剣護君たちのライフから削られる――


剣護、神谷LP1200


「……よくも私の秘密を……」

「神谷……さんン!?」

 剣護君は神谷の異変に気がつく――彼女は何かうつむきながらつぶやいている。

「……なんでもないわ、さぁのストーカー共を駆逐(くちく)しましょう☆ ね……」


 神谷さんは露骨(ろこつ)に作られたのが分かる笑顔を僕達に見せる――しかし、彼女の体から怒りのオーラがにじみ出ている気がする。


「……私はリバースカード――時の機械―タイム・マシーンを発動、墓地からサイバー・ツイン・ドラゴンを特殊召喚よ……」


 場に棺(ひつぎ)のような形をした無機質な印象の機械が現れて、その中からサイバー・ツイン・ドラゴンが再び姿を見せる――


時の機械―タイム・マシーン 罠
自分のモンスターが戦闘で破壊され墓地に送られた時に発動可能。墓地に存在しるそのモンスターを自分のフィールドに特殊召喚する。


「何ぃ!? せっかく倒したと思ったらまた現れてやがったぜ!」

 出留太は暑苦しく動揺する。


「……本当に暑苦しいったらありゃしない、サイバー・ツイン・ドラゴンでTHEトリッキー攻撃――エヴォリューション・ツイン・バースト……」

 サイバー・ツイン・ドラゴンの波動がTHEトリッキーを射抜く――サイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は2800でTHEトリッキーの攻撃力は2000。


「フン、まだまだよ!!」

 牌は目つきを鋭くして対戦相手を睨(にら)む。


出留太、牌LP3700


「リバースカードを2枚セット、ターンエンドだわ」

 結束の神風の効果で2体のワイトキングは破壊される――

(今度は出留太がワイトキングを出しそうだな……)

 今の出留太達の墓地にはワイトが4体にワイトキングが2体、ここでワイトキングを召喚すれば攻撃力6000――かなり高めの数値だ。


「――っんとぅッ!! 俺のターン、ドロゥッ!!」

 しつこいようだけど、出留太は暑苦しくデッキからカードを引く。

「――リバースカード、ゴブリンのやりくり上手を発動だぜッ!!」


ゴブリンのやりくり上手 罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。


「今、俺達の墓地にはゴブリンのやりくり上手が2枚――よってカードを3枚ドロゥだぜッ!! そして手札1枚をデッキの一番下にだぜッ!!」


 出留太がセリフどおりの操作を終えるとさらに口を開く。

「そして手札を2枚捨て、魔法石の発掘を発動だぜッ。墓地から天使の施しを手札に加えるぜ!」


魔法石の採掘 魔法
自分の手札を2枚捨てて発動する。自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。


「そして、天使の施しを発動ッ!! カードを3枚ドローして、手札を2枚墓地に置くぜ!! 捨てた内の1枚はワイト夫人だぜ!」


ワイト夫人
闇 星3 攻0 守2200
アンデット族・効果
このカード名は、墓地に存在する限り「ワイト」として扱う。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、フィールド上に表側表示で存在する「ワイト夫人」以外のレベル3以下のアンデット族モンスターは戦闘によっては破壊されず、魔法・罠の効果も受けない。


 さらに出留太はカードを3枚引き、手札を2枚捨てた――

「いくぜ、ワイトキングを召喚!!」


ワイトキング 攻撃力7000


「攻撃力7000……」

 剣護君はあ然とする――剣護君達のライフは1200、攻撃力7000のワイトキングで攻撃力2800のサイバー・ツイン・ドラゴンや攻撃力2000のベヒーモスで攻撃されたら超過ダメージを受けて負けてしまう。

「覚悟しろだぜ、ワイトキングでベヒーモスを攻撃、出留太クラッシャー!!」

 ワイトキングはベヒーモスに殴りかかろうと、飛び上がる――ワイトキングを包んでいたオーラの量が凄まじく、今までの攻撃と比べ物にならない。

「……まだよ……まだよ……、まだよ……!!」

 神谷さんはリバースカードを発動する。


「――速攻魔法、エネミーコントローラーを発動……サイバー・モールを生け贄に捧げ、私の仲間になりなさい……ワイトキング」

 これでワイトキングは神谷さんのモンスターになり、攻撃は通らない。

(危なかった……)

 僕は心の底から安堵(あんど)する。もしここで負けていれば《あのカード》を奪われる――“ソウル・サクセサー”、“ソウル・ガードナー”のカードを。
 出留太達がただのレアカード狩りならともかく、もしムハラのような奴らなら……。


「……っはぁっとぜぃやぁぁ、リバースカード、トラップ・ジャマーを発動ぉぉぉぉぉぉっ、エネミーコントローラーの発動を無効だぜ!!」

 出留太はマジック・ジャマーを発動する。


マジック・ジャマー カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。魔法カードの発動を無にし、それを破壊する。


「そんな……!!」

 僕は思わず声を上げる。


 ――負けるのか?

「……キャハハ、大丈夫よ豪君……、カウンター罠――神の宣告を発動よ……、よってマジック・ジャマーは無効よ」


神の宣告 カウンター罠
ライフポイントを半分払う。魔法・罠・モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし、それを破壊する。


(よかった……、でも“キャハハ”って……)

 僕は再び安堵する。それにしてもよく見ると神谷さんの目がよどんでいるのがわかる。正気を失っているようにも見える――


剣護、神谷LP600


 マジック・ジャマーの効果が無効になり、エネミーコントローラーの効果が適用される――


エネミーコントローラー 速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。


 ワイトキングが神谷さんのフィールドに移る。


「く……、だがこのターンの終わりにワイトキングのコントロールは俺に戻るぜぃ……カードを1枚セットし、ターンエンドだぜっ!! 戻ってこい、ワイトキングぅぅっ!!」


 ワイトキングは再び出留太のフィールドに舞い戻る。


「――俺のターンドロー!! 強欲な壺を発動を発動、その効果でカードを2枚ドロー――このターンで終わりにしてやる!!」


強欲な壺 魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 剣護君のターンだ。

「フン! できるものならやってみなさい!!」

「そうだぜぃ!! 俺のフィールドには攻撃力7000のワイトキングがいるんだぜっ!!」

 牌、出留太の順に剣護君を挑発する。

「俺は……、サイバー・ツイン・ドラゴンとベヒーモスを生け贄に捧げ――ソウル・ガードナーを召喚!!」

 剣護君がデュエルディスクのモンスターゾーンに1枚のカードを叩きつける――すると、長身の男が現れる。
 赤のラインが入った機械じかけの甲冑を着込み、信念の強そうな赤い瞳に銀髪の肩までかかるロングヘアーが特徴だ。両手で黒い大剣を構える――



「出たね“ソウル・ガードナー”……。これがムハラとか言うボウヤの探しているカード……」

 牌のセリフに僕は戸惑いを隠せずにいる。

(やっぱりムハラと関係が……!?)


「ムハラ? どこかで聞いた事のある名前だな……。とにかくソウル・ガードナーの効果発動!! ソウル・ガードナーは墓地のモンスターカード1枚をデッキに戻す事によりその種類によって異なる効果を発動する事ができる! 俺が墓地からデッキに戻すのは地属性であるサイバー・モール――地属性をデッキに戻した場合、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊!!」


「何ィ!! 魔法の筒(マジック・シリンダー)がぁぁぁぁ!!」


魔法の筒 罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える。


 ソウル・ガードナーは大剣で出留太のリバースカードを切り刻んだ――


ソウル・ガードナー
闇 星7 攻2500 守1100
機械族・効果
このモンスターは戦士族モンスターとしても扱う。このモンスターが魔法・罠・モンスターカードの効果を受けた場合、その効果を受けなくてもよい。1ターンに一度、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚をデッキに戻すことができる。戻したモンスターの属性が地・水・炎・風の場合、以下の効果を発動する。●地属性:フィールド上の魔法・罠ゾーンに存在するカードを1枚破壊する。●水属性:フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更する。●炎属性:このモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。●風属性:自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「キャハハ……、やるわね……」

 神谷さんは変わらずに、よどんだ目で剣護君を褒(ほ)め称える。

「あ、ああ……。これでお前らのフィールドにはワイトキングのみだな……」

「だが、ソウルガードナーの攻撃力2500、ワイトキングには及ばない!!」

 牌は動じない。

「次のターン、ワイトキングの攻撃で俺たちの勝ちだぜぃ!」


「いや、次のターンは無い!! 魔法カード右手に盾を左手に剣をを発動!! このカードの効果でフィールド上の全てのモンスターは攻撃力と守備力が入れ替わる――だがソウル・ガードナーはカードの効果を受けること拒否できる。攻撃力は2500のままだ!!」


「「なっ……」」

 出留太と牌は感嘆の声をあげる。


右手に盾を左手に剣を 魔法
エンドフェイズ終了時まで、このカードの発動時に存在していたフィールド上の全ての表側表示モンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を入れ替える。


ワイトキング 攻0/守7000


「くぅ……だが俺たちのライフは3700、ソウル・ガードナーでワイトキングを攻撃しても俺のライフは1200残るぜぃ!!」


「まだだ、魔法カード、ソウル・インパクトを発動――ライフを半分払い墓地のサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力をソウル・ガードナーの攻撃力に加える!!」

「そ、そんな……」

 牌の男勝りな風格はこの時点で消えた。


剣護、神谷LP300


ソウル・ガードナー 攻撃力2500→5300


ソウル・インパクト 魔法
ライフポイントを半分払い発動。墓地に存在するモンスター1体を選択し、選択したモンスターの攻撃力分の数値を自分フィールド上に存在する「ソウル・ガードナー」1体の攻撃力に加える。


 ソウル・ガードナーの大剣にサイバー・ツイン・ドラゴンの亡霊が吸収され、黒き大剣に黒きオーラがまとう。


「トドメだ!! ソウル・クレイモヤァーーッ!!」


 スマートな体格を含めても目を疑うほどの高スピードでソウル・ガードナーはワイトキングの場所まで駆け抜ける――そしてワイトキングとの距離が縮まったとたんに手に持つ大剣で斜め切りを行う。攻撃力0のワイトキングは無抵抗のまま粉々に玉砕した。
 そして、その攻撃は勢いを有り余って出留太に直撃する――

「ああああァー、負けたぜぃぃぃ!!!!」

 出留太の叫びと同時にライフははかなく散る。


出留太、牌LP0



「くっ……」

 牌は弱々しい声で嘆く……。


「……私たちの勝ちね……。《あの写真》は無かった事にしなさい……」

 神谷さんはよどんだ目で出留太を睨む……。

「へ、へぃ……」

 出留太は目を点にしておどけた返事を返す。あまりの豹変(ひょうへん)ぶりにリアクションをとりづらいのだろうか?

「……よろしい……」

 神谷さんは吹っ切れたような笑顔で言う。でもどこか不気味さを感じる。

 ――怖い


(どんな秘密を握られたんだ!?)

 僕は考えるが何も思いつかない。読者のみんなのご想像にお任せする事にした。


「ふぅ、前回とは強さが違って焦ったぜ……」

 剣護君は額の汗を袖で拭き取る――

(よかった……)

 僕はやっと本当に安心する事ができた。

 ――でも

 気になる事がある――デュエル中の牌のセリフだ。


『出たね“ソウル・ガードナー”……。これがムハラとか言うボウヤの探しているカード……』


 彼女たちはムハラと何らかの関係があるのだろうか?


「あの――」


 僕が出留太と牌に問いかけようとした瞬間――


「「ウ……ッ!!」」


 突然、出留太と牌は何か抜けたように倒れこむ――

「「「…………!?」」」

僕は慌ててデュエル場に上がり彼らに近づき、剣護君と神谷さんも近づく――




「お、おい……!?」

 剣護君が出留太たちを呼びかける――

「――んん? アタイたち、今まで何を……?」

 牌は女性らしい声と共に起き上がる。

「――全然記憶が無いぜ……」

 対象的に出留太は男らしい声と共に起き上がる――


「き、記憶が無い……?」

 神谷さんはいつの間にかいつものあどけない風貌に戻り、疑問の声をあげる。


「お、俺たちは何でお前らとデュエルしていたんだ……?」

 出留太は必死に僕たちに問い詰める。
「いや、僕の“ソウル・サクセサー”と剣護君の“ソウル・ガードナー”を狙って……」

「ん? 確かにレアカードなのは聞いた事あるけどなんでそれを俺たちが狙ったんだ!?」

 出留太は思いだそうと頭を抱える――

「あ、あのそれとムハラという人を知っているんですか? 十代半ばか後半ぐらいの少年で、褐色の肌に癖毛かかった眺めの金髪が特徴で身長は170前後です。あと多分中東の人だと――」

 僕はムハラの事も聞き出す。

「ムハラ? 分からない、知っているか牌?」
「ぜ、全然……」

 どうやらムハラに関する記憶も消えたらしい……。


「演技では無さそうだな……?」

 剣護君の言葉通り彼らから演技の気は全くもって見られない。彼らの額から滝のように汗が流れているし、顔色も青ざめている――
 ――結局、不可解のまま僕たちはデュエルセンターを去る――






同日午後11時50分
瑞縞宅・豪の下宿



「ダメだ……」


 僕は部屋の座席に着き、机の上で接着剤で砕けたサイコロを修復しようと試みている、くりえちゃんとのデュエルの時に割れたあのサイコロだ――

 ――治らない

 すぐにもげるとか、くっつかないとかそんなレベルじゃない。

 ――破片が接着剤を弾く

 確かにサイコロは異質な金属でできているため接着剤が合わないのかもしれない。しかし、それを差し引いても接着剤をつけた形跡すら残らないのはいささか不自然である――


「どうなっているんだろう……?」

 とにかく、ただでさえ片手をケガしていてやりにくいのに、これではどうしようもない――
 僕はあきらめてパズルをポケットチッシュぐらいの大きさの透明ビニール袋にサイコロの破片をしまう――


 ――その時、突然


(――……!? な、なんだ? 今すごい幻覚が!?)

 それは瞬(ひととき)の幻覚だった。

 ――巨大な灰色の翼龍
 ――その巨体が天を舞い
 ――槍のような黒きの氷塊(ひょうかい)が
 ――僕の胴体を貫く


 はっきりとは分からないがそんな感じのビジョンが脳内に焼き付いた。


(――なんか、本当に起きる気がする……)


 僕の心臓の鼓動は「ドクンドクン」と激しさを増す――そんな事は起きてほしくない。


「疲れたな……」

 そして僕の心の中にはある《嫌な予感》が渦巻いていた。その《嫌な予感》とは今見た幻覚ともまた違うけど、具体的にどんなものかは分からない。とにかく何かが起きる気がした――





同日同時刻
龍河東公園



 僕(ムハラ)は青いベンチに寝そべり夜空を眺めながらつぶやく。

「出留太と牌がしくじったか……。やはり、あの程度のレベルのデュエリストじゃ勝てないか……」


 僕には三つの能力がある。


 ――記憶の支配する能力
 ――形あるものに魂を封印する能力
 ――心の模様替えを行う能力


 その内の記憶を支配する能力を使い、出留太達を洗脳しデュエルさせたわけだ。
 この三つの能力を使うとかなりの魂(バー)を消費するため、安易には使えないが――

「ところでラハブはどうして世界を滅ぼそうなんて考えているの?」

 僕は腕に着けているデュエルディスクにセットしたデッキの一番上のカード――ラハブに話しかける。

(“復讐”……ダ)

 ラハブは直接、僕の心に呼びかける――僕にしかその声は聞こえない。
 しばらく一緒にいて分かった事だが、ラハブは僕の心に話かけてくるが、僕の心の声は聞こえてこないようだ――

「“復讐”?」


(ソノ為ニハ、神ニ匹敵スル“力”ヲ要スル――コノ世界ヲ滅ボシ、新タナル世界ニ作リ直シ、ソノ世界デ“支配者”トイウ名ノ神ニナラナケレバナラヌノダ)

「そうか、目的は違うけど僕もこの世界を滅ぼしたいよ……」

(気ガ合ウナ)

「それはいいけど今回の機会を逃せばまた1年の間、眠りについてしまう――そして次に目覚めた時こそ、本当の僕の最期……。もう、僕には時間が無いんだ。それまでに殺したい“奴ら”がいるのに!! “奴ら”にできる限りの苦痛を与えて――」


 僕には“命”が無いから死にはしない。

 ――でも存在自体が消えてしまう

 ――1年後に


(ソレハ大変ダナ……)


「――でも、そんなに悲観する事ばかりでもないんだ。僕が殺したい“奴ら”の内の“豪”という奴の両親の敵は豪と関係ができ、信頼関係にある。そいつを利用すれば――」



 2年前、豪の両親を殺したのは須藤尚輝だ。正確には僕が奴の記憶を支配し、殺させた――


(ソレヨリモ、モウ遅イ時間ダガ眠ラナヌノカ?)

 僕はやや落ち込みながらも答える。


「この身体(からだ)には苦痛や疲労と言うものが無い――だから、生理的な睡眠は必要ないんだ」

(ナルホド)


(貴様は記憶を失っているようだが、この僕を、このムハラという人間を生み出した……いや、“作り替えた”のは貴様――ラハブだ!!)

 僕は必死にラハブへの憎悪を隠し続ける――


 ――今すぐにでもラハブを殺したい


 でもまだ殺すわけにはいかない。時が来るまで――

「夜はながいな……」

 僕は魂(バー)を溜めながら、星空を眺める続ける――
 たとえ目的を達成しようがしまいが、僕は1年後には消える――

「ならばせめて最後に……、この憎しみも消してから消えてやる! “奴ら”を殺し、世界を滅ぼして――」


 僕の本当の名は“シュウ”――




第二十三章 レアハンターと欠けたパズルの一片(ピース)




 私はレアハンター(1)である、本名(なまえ)はまだない。

※「ヘイスティ・バード」はハーピィ・ダンディさんの作品です。ありがとうございました。

第二十四章 架け橋もとい

8月4日(火)午後12時50分
龍河高校・第一体育館


 わたしは佐渡理奈、龍河高校の三年生。
 そして今、バスケ部の練習を終えたところだ。わたしは部活を掛け持ちしている。

「――ふぅ、疲れたな……」

 わたしはユニフォームから制服に着替え終え、帰るところだ。
 体育館の入り口から出ようとした瞬間――


「あ、理奈ちゃん! 一緒に帰ろぉ〜」

 入り口から出ようとするわたしをひとりの女子生徒が追いかけてきた――彼女の名は柊美鈴(ひいらぎ みすず)、わたしの友人だ。

「ああ、そうだな」

 上のセリフだけを見ると素っ気なく見えるが、それなりの笑顔とできる限りの明るい態度で接したつもりだ。





同日午後1時00分
龍河町・坂城通(さかきどお)り


 わたし達は閑静な町外れの道を歩いている。わたし達が歩く道の両脇には杉の林が広がっている――


「ねぇ、今度どこか行かない? 受験とかで休み少ないけどたまにはいいよね――」

 美鈴はわたしに話しかける。

「そうだな、たまにはいいかもな」


 わたしは軽く相づちをうつ。

「それで理奈ちゃん、今度新しいテーマパークが建つらしいんだって――国内で15番目に高い観覧車があるらしいし乗ってみたいな〜」

 美鈴は子供のような無邪気な目でわたしにきく――彼女は純粋な性格で有名だ。


「うぐ……。わたし、高いところだけはダメなんだ……;」

 わたしは苦い漢方を飲んだような顔をしながら答える。

「へぇー、理奈ちゃん結構高いところとか平気そうだけどね。意外だなぁ〜」

 いつからかは忘れたけど気がつけばわたしは高所恐怖症だった――高い所に立つとどうしても震えが止まらなくなる。
 高い所がダメな理由を考えようとした事もあったが、どうしても思いつかない――


「それにしても国内で15番目に高いってイマイチ凄さが伝わらないな……」

 我ながらごもっともなツッコミに美鈴は笑顔で答える。

「でも、その中途半端さがなんかお茶目じゃない?」

「……ハハハハ……;」

 わたしは苦笑するしかなかった――

(――それにしても“15番目”ってどこかで聞いた数字だな……)

 わたしは歩きながら【混沌の堕天使】を読……もとい脳内検索を始める――


『ギュハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 某々高校(ぼうぼうこうこう)二年B組で15番目のギャンブラーと呼ばれるこの我が、我が、我が、3分の2の確率で外す訳ないじょギュフフハハハハハハ!!! 一番左のカードを破壊ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!』

 本作が台本小説だった時から文体を変えての引用なのにこの分かりやすくうざったい口調ときたら……――


 ――死愚魔だ


「はぁ、まさかここで貴様の事を思い出すとは思わなかったわ……」


「――ん? 理奈ちゃんどうしたの?」
「いや、なんでもないなんでもない」

 気を取り直して私たちは歩きだした――

「それじゃあ海なんてどう? 私、穴場知っているし!」

 美鈴も気を取り直して提案する。

「海か……フフ、いいかもな!」

「ホント!? じゃあ決まりだね!」

 美鈴は大喜だった。
 その後、わたしたちの雑談はしばらく続き、別れも近づいてきた――


「――それにしても理奈ちゃんって凄いよね。運動も勉強もできるしキレイだし、なんか才色兼備(さいしょくけんび)って感じたよね〜」

 今の美鈴のセリフにわたしはやや動揺し始めた――

「そ、そうか。そう言ってもらえるのは嬉しいな……」

「――……あれ? 私なんか悪いこと言った?」

 美鈴はわたしの異変に気づいたらしい。


「な、なんでもないわ! ちょっと考え事をしていただけだ……」

 わたしはあわてていつもの表情に戻った。

「――あ、ここでお別れだね。じゃあ、10日にね!」
「ああ、サヨナラ……」

 美鈴は右肩にかけた重そうなカバンを物ともせずに別れの路地を歩いていく――

 ――やがて彼女の姿は消え失せた――

 わたしも帰宅するため歩調を止めない――


「才色兼備なんて……わたしはただ中途半端なだけだ――」
 寂しげな独り言をつぶやきながら――


同日午後1時30分
佐渡宅前


 ――わたしは自宅のドアの前に立っている。ちなみにわたしの家は某アパートの十階にある。
 わたしは家に入ろうとドアノブを握りしめ回す。金属製のドアノブは夏の猛暑を吸収していてた。

「――熱ッ!」

 幸いドアノブが日陰に位置していたため、火傷(やけど)するレベルには至らないが――わたしはガマンしてドアノブを回す。

 ――回らない

 どうやらカギがかかっているようだ――あいにくわたしはカギを持っていないので中の人に開けさせてもらう事にした。
 ドアの脇に取り付けられたインターホンタイプのチャイムを押した――「ピンポーン」という平凡な音が部屋の中の人間に客の訪れを伝えた。


 ――誰も出ない


「おかしい、今日は泰人(やすひと)が留守番しているはずだが……、あいつどこか行ったのかな? まぁわたしがカギを持っていないから今日1時までには帰ってくるように頼んだし、すぐに帰ってくるだろ……――」

 わたしは14歳の弟、泰人を待つ事にした――




同日2時30分
佐渡宅


「――なんだろうこの気持ち……」

 わたしは一時間近く、家の入り口である黒いドアとにらめっこしている――猛暑も手伝ってそろそろ怒りを越えて黒の感情が湧き上がってきた……。


「へへへ、まさかアイツがあんなレア物が渡してくれるなんて今日はついているぜ――」

 泰人が帰ってきた――本日の使い捨てキャラその2だ。黒髪の特徴が無いというのが特徴なやつだ。

「――ついでにわたしが引導を渡してやろうか? 佐“渡”泰人が三途(さんず)の川を“渡り”行く――面白いダジャレだろ?」


 わたし、今ならなんでも出来そうな気がする――わたしは指の骨を鳴らしながら泰人を見る。


「ゲッ!! 姉さん帰ってたの!? わ、忘れてたぁーー!!」

 泰人は手に持っていたビニール袋を落とす――中から何かプラモデルの箱が出てきた。箱には戦闘機のイラストが描かれている。箱の上部に記されている【サンダー・ファイヤー(※実在しません)】がその戦闘機の名前だろうか? とにかくこれが泰人の言う“レア物”だろう……が、そんなの関係ない。


「――姉さん、バカな泰人を信じてバカみたいにずっと待っていたんだよ……」
「ご、ごめん! 悪かった悪かった――」

「姉さん、この暑さで血迷ってきたよ……」

「悪かった悪かった悪かった悪かった悪かった、ギャアアアアアアー!!」


 ……あまりに悲惨な光景のため情景描写は割愛させていただく――


「はやくここをあけろォーッ!」

「い゛や゛アアアアァァァ――――!!!!」





同日2時40分
佐渡宅・浴場

「はぁ、疲れた……」

 わたしはバスケの練習と弟の愚行によって湧き出た汗を流す事にした。
 ツインテールに縛っていた後ろ髪の赤いゴムをほどき、生まれたままの姿になってシャワーを浴びている。ちなみにこの家の浴場はシャワーと湯船が一体化したタイプのため、立った状態で浴びている。

「――はぁ〜、今日は一段と気持ちいいな……」

 シャワーのノズルから流れる力強い水流が肩から胸や腰のラインをなぞるように全身に行き渡り、べたつきや痒みを流す。肩から足の裏まで全身に快楽が押し寄せて、つい表情がゆるむ――

 まずは髪を洗うことにした。わたしの髪は背中にかかるぐらい長く汗がたまりやすいので念入りにシャンプーで洗い流す――
 次に垢(あか)すりにボディソープを染み込ませ、体をこすり再びシャワーで洗い流す――首筋やら脇の下、股の裏などは意外と流し忘れてしまう箇所なので注意深くシャワーのノズルを当てた。


 浴場で一通りの作業を終え、わたしは脱衣場に出る。普段なら浴場と脱衣場の温度差に身震いするところだが本日は30度近い猛暑日であるためにさほどではなかった。
 わたしは大きめのタオルで濡れた体を拭き、籠(かご)に入っている黒い下着(はく方)に手を伸ばす――髪型を元のツインテールに戻し、全ての着替えを終えた。
 ベージュ色のノースリーブシャツに水色のスカートと淡い色彩のファッションで今日の残りの時間を過ごすことにした。

「さて、大会も近いしデッキの調整でもするか」


 わたしは自分の部屋の机に着き、デュエルモンスターズのカードを広げる。

「うーん、前から気になっていたんだけど上級モンスターが多いんだよな……。あと手札アドバンテージも取りにくいから、上級モンスターを減らしてドロー系のカードを増やした方がいいかもな! それから暗黒界を入れたいな――」

 門外漢が端から聞けば何の事やら解らない独り言を延々と重ねてデッキを組み上げる事一時間――

「うわっ……、もう4時過ぎだ!!」


 夢中になりすぎると時間の流れを忘れてしまうから不思議だ。

「さてと、課題でも始めるか……」


 わたしはこれでも受験生だ。勉強をおろそかにはできない――机のわきに置かれたカバンからペンケースと課題のプリントを取り出す。


「でも、デッキ調整で少し疲れたし、何か甘い物でも食べてからやるか――」

 わたしは台所に移動して冷蔵庫を開ける。そこには楽しみに取っておいたパンケーキがあるはずだ。わたしはホットケーキやカステラみたいな類(たぐい)の洋菓子が大好物だ――

(……ふふふ……)

 わたしは心の中で笑みをこぼしながらゆっくりと白い冷蔵庫の扉を開けようとした――


 ――その瞬間


 リリリリリと家の電話が響く。

「ん、誰だ?」

 わたしは電話の場所まで移動し受話器を耳にあてる。


「はい? 佐渡ですが……」

 わたしが何のためらいもなく通話を始めると――


「――佐渡理奈ね……?」

「えっとそうですが……?」

 わたしは聞き慣れない声に戸惑う。誰なのか考えてみるがこの声に一致する人間は見つからない……。女性の声っぽいが――

(それにわたしの名前を知っているって……?)

「私は宮野アイラ(みやの あいら)……。今日の5時に龍河橋に来て。要件はこれだけ――」

 アイラと名乗る者は高圧的な口調でわたしに言い放つ。

「え、いや、一体な……――」

 すでに通話は途絶えていた――

「誰だ? アイラって……」

 わたしはアイラなんて人間は知らない。しかし、あちら側はわたしの名前を知っているからイタズラとかの類ではないとは思うが。


「――…い…あぁ……ッ!」

 突然、頭にズキズキとした痛みが生じた。わたしは頭を右手で押さえて、無意識にしゃがみこんでしまう――その痛みは一瞬で消えた。

「な、なんなの? 今のは?」

 思わず問うが当然答えてくれる者などいるはずもない。

「――何かあの声を聞くと、すごく心が後ろめたくなるわ……」

 さっきの頭痛もアイラの声の影響かもしれない――


「とにかく、行ってみるしかなさそうね」





同日午後4時50分
龍河橋


「相変わらずボロい橋だわ……」


 わたしはつり橋の前で突っ立っている。

 ――怖い
 ――恐い
 ――壊い

 ここで問題――上の3つの“こわい”で間違いはどれでしょう?
 正解は「壊い」です!


「――……コワイ;」

 わたしはなかなかつり橋の上に踏み出せずに震えている。
 つり橋の下には激流が広がっていて、それとつり橋との距離から察するに落ちたら助かりそうにもない――そしてつり橋自体もかなりボロい。そよ風程度でギシギシ鳴っているのが証拠だ。


 ――それだけじゃない


 ただ単にコワイだけではない。ここに来た頃から妙な胸騒ぎがする――わたしの心の奥に何かイヤな記憶が眠っている気がして、落ち着けない。


「……来たね、佐渡理奈!」


 つり橋の中央にいた女性が電話で聞いたような高圧的な口調でわたしを呼ぶ――その女性は若くて、わたしと同年齢に見えなくもない。
 容姿といえばわたしと同じロングツインテールが特徴だが、あちらの髪色は茶色っぽい赤だ。日本人らしい黄色の肌で身長は150センチ後半程度だろう。白の半袖ワイシャツに藍色のスカートと、学校の制服を着込んでいる。


「あなたが宮野…アイラ……?」

「そうよ!」

 アイラは冷めた目つきでわたしにキツく返事をした。


(何だろう、この感覚? 前に死愚魔と戦った後に突然襲った、あのやるせなさに似ている……)


 わたしはいつからか中途半端な自分にコンプレックスを感じていた。

 ――“一番”を目指す事も“楽しむ”事もできない自分に――


 そして、死愚魔との戦いを終えた後、謎の女性の声がわたしの脳内に響いた――


『勝つことも、楽しむもできない私なんて――』


 その声は目の前の少女――宮野アイラのものに似ている。

「私が誰だか思い出せないようね!」

「一体、あなた誰なの……?」

 わたしは勇気を振り絞り、アイラのいるつり橋の中央までたどり着く――そして彼女に問い詰める。


「私は6年前、あなたの友人だった――」

 アイラは変わらぬ高圧的な口調で過去を語り始める。

(わたしの、ゆ…うじ……ん?)

 6年前といえばわたしが中学一年生だった頃――その頃にアイラなんて名の友人がいた記憶なんてない。わたしが忘れているだけだろうか?


「――ひッ…いぃ…あ……(また頭痛が!)」

 わたしが頭を押さえた事を気にとめずに彼女は話を続ける。


「私と理奈は仲がよく、いつもお互いに競い合っていた――」

「う、ぐ…うあぁッ、やはり…思い出せない……」

 頭の痛みがいよいよ深刻化してきた――例えるならば、氷菓子を食した時に起きる頭痛の感覚に近い。

「――勉強、運動からささいな遊びまで競い合っていた。お互いを高め合うライバルでもあった――」

「……ハァ…ハァ、本当にそれはわたしなのか……?」

 わたしは頭痛に耐えながら聞き返す。

「ええ! 本当にあなたよ!」

 彼女はわたしを睨みつけながら応じる。その瞳からは憎しみも感じられるし羨望(せんぼう)も感じられる。
 わたしは何回もアイラの名を記憶から探るがいまだに思い出せない。


 ――いや違う


 “思い出せない”とは違う気がする。

(もしかして、彼女の事を“思い出したくない”のかもしれない)

 アイラは再び口を開く。

「しかし、いつも理奈が一番で私が二番だった……。最初は私もあなたを超そうと必死に努力した――しかしそれでもあなたは常に私の上だった――」

 彼女は手で顔を押さえてまた言葉を発する。

「――やがて私はあなたを妬(ねた)み始めるようになった。あなたを打ち負かす事ばかりを考えていたわ。始めはあなたと勝ち負けを気にせずに、競うことを楽しんでいたけどそれさえも忘れていたよ!」

「それは…今のわたしと似ている……」
「なら分かるでしょ? それがどれだけつらいことなのか」

「い…、いた…い…! そ…れでどうした…んだ……?」

 わたしの頭痛もアイラの話もまだ続く――


「それを苦に、ある日――私はこのつり橋で飛び降り自殺を試みた……」

 アイラは手で顔を隠しているが指と指の間から目がはみ出ている――その目は話が進む事に険しくなる。


「――その時一緒にいたあなたは私の自殺を止めようとした……」

「…頭…が……」

 その瞬間、わたしの心の奥に眠る“記憶”の断片が一つになりかけていた。

 ――アイラ
 ――アイラ
 ――アイラ――


 ジャミングのように“アイラ”というフレーズがわたしの思考を支配して行く。

「でも、あなたに私の自殺は止められなかった――こうしてわたしはこのつり橋飛び降りた」


 アイラのこの言葉でわたしは覚醒した。


「う…うあああぁぁぁ……!!」


 わたしは両手で頭を押さえてひざまずく。つり橋という安定しない足場など考慮せずに――



『またテストの順位、理奈ちゃんに負けちゃったね! でも、次はこうは行かないよ!』
『でもアイラだってあと10点ぐらいでわたしを追い越すじゃない、次は本当に危ないかもね……。でも負けないわ! わたしだって、負けず嫌いなんだから!』

『ふふふ、理奈ちゃんが私の目標なんだ! だからせめて見た目だけでも近づこうとツインテールにしてみたんだ!』
『うん、似合うよアイラ!』

『私はいつもあなたの下……、私って弱いのかな……?』
『そんな事ないよ……』


 わたしの中で、彼女――アイラと交わした数多(あまた)の言葉が広がる――

(アイラ、確かにわたしは……あなたの事を忘れていた!)

 アイラが言うようにわたしは自殺しようとしたアイラを止められなかった――つり橋から飛び降りようとする行為を止めようとするもわたしはつり橋の外で彼女はつり橋の中央。距離がありすぎた。
 ――川底に消えていく彼女をわたしはただ眺めるしかなかった――


「ようやく思い出したようね?」

 アイラは怒りを含みながらも物静かな声をかけながらひざまずくわたしを見下ろす。

 わたしは怯えた顔をしながら立ち上がる。

 わたしはやがてアイラに関する全ての記憶を封印していた。

 ――わたしが見殺しにした
 ――いや、わたしが直接突き落としたも同然だ!
 ――わたしが彼女の事をもっと理解していたら……――


 しかし、不可解な事が一つある。彼女は死んだはず……。

「生きて…いたのか……!?」

 わたしはこわばった表情で質問する。

「ええ、運良くね! 我ながらよく生きていたと思う。さすがに治療にかなりの時間もかかったし、あなたと同じ学校に行くのもイヤだから登校拒否した――だから……」

 アイラは顔に当てていた手を離しわたしの胸ぐらをつかむ――

「ア、アイラ!?」

 わたしは記憶を取り戻した瞬間からアイラを直視できずにいる。わたしはある事を恐れている。


 ――わたしを恨んでいるかもしれない

 その恐れは的中した。


「私はあなたが憎い! だから――」


 アイラはわたしをつり橋の手すりに押し付ける。


「……やめてくれ……」

「今度はあなたが落ちる番よ、佐渡理奈!!」


 アイラは何かに取り付かれたかのような憎しみを露わにし、突き落とそうと押す。

「うぅ…うわあああ!!」

 わたしは必死にアイラを手で払いのける。わたしの方が体格で部があったせいかわたしの反撃は通り、彼女は倒れ込む。その際、つり橋がギシギシと細かいイヤな揺れが発生した。

「落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる――」

「な、なんだ!?」

 もはや彼女に正気はない。ただ「落としてやる」と連呼し、再びわたしを縄の手すりに押し付ける――


「――落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる――」

「ぐあぁ……ッ!!」

 アイラは信じられない力でわたしを押し付ける――わたしが抵抗する事はできなかった。


「――落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる落としてやる――」

(わたし、死ぬわ。ごめん、アイラ……)


 わたしは悟った。

 ――これが神が下したわたしへの裁きだと……


「――落としてやる!!」


 そろそろわたしの足が地から離れようとした瞬間――



「――理…奈?」

 アイラは気絶し、倒れた。
 かろうじてわたしは落ちずに済み、わたしもつり橋に倒れ込む。


「……はぁはぁ……、どういう事なんだ!? もう、わたしはどうすればいいのか分からない。恐い、全てが恐い!」


「――本当に落とされると困るよ、宮野アイラ。彼女を精神的に弱らせればそれでいいのに」

 気がつくと金髪で褐色肌の少年がうつ伏せに倒れているわたしを見下ろしていた。


「これで、あなたを僕の手駒にできるよ――佐渡理奈」

「い、一体だ…れだ!」

「僕はムハラ――」

 この声と共にわたしの意識は途絶えた――






8月5日(水)午後3時30分
地下デュエル場



 俺、須藤尚輝はこれから“地下デュエル”をする。


 ――地下デュエル

 それは衝撃増幅装置という名の装置を用いた“命がけ”の戦い。
 俺は好んで地下デュエルを行うわけでは決してない。神谷を救うためだ――そしてその地下デュエルの対戦相手が来た。

「お、お前は……!?」

 黒のロングツインテールに色白の肌、そして龍河高校の制服。

「なぜだ! なぜお前がここにいる!?」


 どうやら対戦相手は佐渡理奈らしい――理奈は無言で俺を睨みつける。

「……俺はまた悪夢を見ているのか……」

 もう、どうすればいいのか分からなくなった。





第二十五章 黒く染まる爆炎

 俺と佐渡は檻(おり)に閉じ込められている。
 まるで猛獣のような扱いだ。
 檻の外には観戦席が360度に広がっている。普段ならその観戦席で客がデュエルを傍観するのだが、今ここに客はいない。

「――なぜだ? なぜお前が!?」
「須藤尚輝、早くこれをつけなさい」

 佐渡は無視して何かを俺に投げ渡す――それは黒いベルトのような物だった。


 ――衝撃増幅装置

 それがこれの名称だ。デュエルディスクと連動するこのベルトを体の首や腕に取り付けると、ライフポイントが減る度にプレイヤーに激しい衝撃が加わる――最悪の場合、死に至る事もある危険な道具だ!
 当然、一般販売等されておらず、使うとしたらこの地下デュエルぐらいのものだ。

「佐渡――本気なのか……?」

 佐渡は「ええ」と静かに答える。

「……チィ……」


 ――よどんだ瞳


 俺が見る限り、彼女からは正気が感じられない。まるで何かに取り付かれているようだ。

(このデュエルを受けなければ神谷が……! でも――)


 ――これは“地下デュエル”


 佐渡を攻撃すれば彼女が危険な目に会う。

「……やるしかない……」

 俺と佐渡は体に衝撃増幅装置を取り付ける――その後、デュエルディスクを展開し、俺達は叫ぶ――

「「デュエル!!」」


須藤LP8000
佐渡LP8000


 お互い、初期手札である5枚のカードをデッキから引いた。

「――俺の先行ドロー、手札を1枚捨て、紅の炎竜(クリムゾン・フレイム・ドラゴン)を特殊召喚。そして、死霊騎士デスカリバー・ナイトを通常召喚!」

 俺のフィールドに炎に包まれた大蛇(おろち)と馬に乗る仮面を装備した黒い騎士が現れた。


紅の炎竜
炎 星5 攻2400 守0
ドラゴン族・効果
自分が相手より手札の枚数が多い場合、手札を1枚捨てる事でこのカードを手札から攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


死霊騎士デスカリバー・ナイト
闇 星4 攻1900 守1800
悪魔族・効果
このカードは特殊召喚できない。効果モンスターの効果が発動した時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げなければならない。その効果モンスターの発動と効果を無効にし、そのモンスターを破壊する。


「ターンエンドだ……」

 佐渡は2体のソリッドビジョンを前にしても動揺どころか視線の移動と呼吸以外の動作が全く無く、ただ俺のプレイング見つめる――俺のターンが終わると、何一つ無駄な動きをせず、デッキに左手をあてる。

「わたしのターンドロー、強欲な壺を発動」

 デッキの上からカードを1枚引き、右手の手札に加える――そして強欲な壺でさらにカードを2枚引く。


強欲な壺 魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「地割れを発動――デスカリバー・ナイトを破壊」

 佐渡は淡白(たんぱく)な口調でデュエルを進める。


地割れ 魔法
フィールド上に表側表示で存在する、攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。


 デスカリバー・ナイトのソリッドビジョンがガラスのように砕けて散った。

(しかし――まだ、紅の炎竜がいる……!)


「闇喰い天使(エンジェル)を召喚――」

 佐渡の前に白い光に覆われた天使が現れる。背中に隼(はやぶさ)のような翼、頭に光の輪を浮かべている――が、光が強すぎで真っ白なに人影にも見えてしまう。


闇喰い天使
光 星3 攻1000 守200
天使族・効果
自分のフィールド上に存在する闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる。このターンのエンドフェイズ時までモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。


「そして、クリボーを呼ぶ笛を発動! デッキからクリボーを特殊召喚」


クリボーを呼ぶ笛 速攻魔法
自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を、手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する。


 佐渡がクリボーを呼ぶ笛のカードを発動すると、フィールドに毛玉のような可愛らしいお化けが現れる。本来なら殺伐(さつばつ)としたデュエル中、あの可愛い姿に心を和ませるのだが今回はそうもいかない。


クリボー
闇 星1 攻300 守200
悪魔族・効果
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


「さらに増殖を発動」

 クリボーはアメーバのように、4体のクリボートークンに分裂した。


増殖 速攻魔法
表側表示の「クリボー」1体を生け贄に捧げる。自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「クリボートークン」(悪魔族・闇・星1・攻300/守200)を守備表示で置く。


「闇喰い天使は闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる度に攻撃力を500ポイントアップする――クリボートークン4体を生け贄に捧げれば攻撃力3000になる。紅の炎竜の攻撃力、2400を上回ってしまう……」

 俺のひたいから嫌な汗が流れる――
 これは地下デュエル。ライフが減る度に、衝撃増幅装置は作動しプレーヤーに激しい激痛が襲う。

 ――殺(や)られる!


「闇喰い天使の効果を発動、クリボートークン4体を生け贄に捧げて攻撃力をアップよ!」

 4体のクリボートークンが闇喰い天使に吸収されていく。


闇喰いエンジェル 攻撃力1000→3000


「闇喰いエンジェルで紅の炎竜を攻撃――」

 闇喰い天使の左腕が巨大化する――そしてその左腕が紅の炎竜まで伸び、巨大化した手のひらで紅の炎竜を潰し破壊される。
 そして俺に戦闘ダメージが……!


須藤LP7400


 ここで二つの音が響き渡った――「ビビビビ」という、衝撃増幅装置の機動音。
 そして「うああああ」と俺の悲鳴だ――それらは一体化し、二重奏を奏でる。

「……うぅ……(二年前の自分は平然とこの痛み受け入れていたというのか……?)」

 俺は自分で自分の事を気持ち悪がってしまう――

「リバースカードを1枚セット――ターンエンド」

闇喰い天使 攻撃力3000→1000


 佐渡は俺が苦しみうめく一部始終など視野にも入れず、ターンを終了する。

「――う……俺のターンドロー!」

 引いた手札を確認する。

 ――使えるカードだ

 さっそくデュエルディスクに差し込んだ。

「未来融合―フューチャー・フュージョンを発動! デッキから紅の炎竜2体とヘル・ドラゴン3体を墓地へ送り――発動2回目のスタンバイフェイズにF・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)を融合召喚する」

 俺は追うようにもう1枚のカードを発動させる。

「そして龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動、墓地の紅の炎竜2体をゲームから除外し融合――巨大炎竜(ビッグ・フレイム・ドラゴン)!!」


龍の鏡 魔法
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 俺の目の前に縦長で楕円形型(だえんけいがた)の鏡が現れ、墓地から紅の炎竜2体が亡霊になり湧き上がる――2体の亡霊は鏡に吸い込まれ1体の巨大な姿のドラゴンになって出てくる。紅の炎竜がそのまま巨大化したような姿だ。しかし、背中に金の翼が生えている点では融合前と異なる。


巨大炎竜
炎 星8 攻3200 守0
ドラゴン族・融合/効果
「紅の炎竜」+「紅の炎竜」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーは戦闘ダメージを受けない。


「攻撃力3200……」

 佐渡は静かにつぶやき俺のモンスターを見つめる。
 闇喰い天使は攻撃力1000で巨大炎竜は攻撃力3200、このままなら闇喰い天使を攻撃できるが――

(しかしあのリバースカード、佐渡は対攻撃モンスターの罠(トラップ)カードを多用する傾向があるからな――用心に越した事はない!)

 俺は手札から魔法カードを取り出し発動する。

「撲滅(ぼくめつ)の使徒を発動――そのリバースカードを破壊!」


撲滅の使徒 魔法
セットされた魔法または罠カード1枚を破壊しゲームから除外する。罠カードだった場合お互いのデッキを確認し、破壊した同名カードを全てゲームから除外する。


 佐渡の場に存在していたリバースカードが消滅した。
 そのリバースカードはコーリング・マジック。相手カードの効果で“破壊され墓地に送られた時”にデッキから速攻魔法をセットする魔法カードだ。


コーリング・マジック 魔法
相手がコントロールする魔法・罠カードの効果によってセットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから速攻魔法カード1枚を選択してお互いに確認し自分フィールド上にセットする。


「罠ではなく破壊カードに対するおとりだったか――コーリング・マジックは“破壊され墓地に送られた時”でなければ効果を発動する事ができない。俺が発動した撲滅の使徒は“破壊し除外する”効果だ!」

 佐渡は「ええ」と素っ気なく応える。

「これでお前の場には闇喰い天使のみだ。攻撃ができる――バトルフェイズだ! 巨大炎――」

 俺は思い出した。

(そうだ、これは地下デュエル! 攻撃すれば……)

 衝撃増幅装置が作動しかなりの痛みが生じてしまう。


 ――彼女を傷つけてしまう


 衝撃増幅装置による痛みはかなりのもので、1000ダメージ程度でも絶叫してしまう。

(――ダメだ、攻撃できない!)

 俺はやむなくバトルフェイズを修了させる。

「くっ――ターンエンドだ」

「わたしのターン、ドロー」

 佐渡は感情がこもっていない声と同時にカードを引く。

(やはり、佐渡の様子はおかしいな――)

「――手札から高等儀式術を発動。デッキのデュミナス・ヴァルキリア2体を墓地に送り終焉の王デミスを特殊召喚」


高等儀式術 儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。


デュミナス・ヴァルキリア
光 星4 攻1800 守1050
天使族
勇敢なる光の天使。その強い正義感ゆえ、負けるとわかっている悪との戦いでも決して逃げない。


 佐渡は全身を黒い装甲に身を包む斧を背負った人型の悪魔を降臨させた。デミスの大柄な体格と威圧感は強烈で、全力であの斧を振られれば、フィールド全土を破壊してしまいそうだ。


終焉の王デミス
闇 星8 攻2400 守2000
悪魔族・儀式/効果
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により光臨。フィールドか手札から、レベルの合計が8になるようにカードを生け贄に捧げなければならない。2000ライフポイントを払う事で、このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する。


「デミスの効果を発動、ライフを2000ポイント払い、フィールドの全カードを破壊」

「やはりそう来たな……!?」


佐渡LP6000


 デミスが斧をひと振りするとたちまち黒い波動がフィールド全体を襲い、巨大炎竜と闇喰い天使、未来融合―フューチャー・フュージョンは消滅していた――やはり見た目通りの力を有していた。

「これで俺の場はがら空き……」

 デミスの攻撃力をくらえば2400のダメージが発生する。衝撃増幅装置はダメージが上がるごとに加わる衝撃も上がる。
(今は耐えるしか……ない!)

 俺は歯を食いしばり、足も踏ん張ってデミスの攻撃を待つ。


「デミスでダイレクトアタック」


 佐渡のかけ声にデミスのソリッドビジョンは反応し、デミスは俺の頭上まで飛び上がる――そして斧を構えて俺を叩き切る。

「……うっ……」


須藤LP5000


 さっきとは比にならない痛みが全身を駆け巡り、無心で俺は絶叫した。

「……はぁはぁ……だが――冥府(めいふ)の使者ゴーズを特殊召喚、そしてゴーズの効果で冥府の使者カイエンを特殊使者!」

 痛みをこらえながらゴーズをデュエルディスクのモンスターゾーンに叩きつけるように置く。
 黒い仮面と鎧の青年剣士、白い鎧の女剣士が肩を並べて俺を護衛する。


冥府の使者ゴーズ
闇 星7 攻2700 守2500
悪魔族・効果
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手に与える。


冥府の使者カイエントークン 攻/守2400


「メインフェイズ2に移り、再びデミスの効果を発動」


佐渡LP4000


 デミスはもう一度斧を振り回し、今度はゴーズとカイエントークンが消滅した――佐渡の場にはデミスのみ。この状況でゴーズとカイエントークンの攻撃を受けるのならライフポイントを2000払った方が安いから当然と言えば当然の一手だ。

「ターンエンド」


須藤LP5000
手札2枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し

佐渡LP4000
手札1枚
モンスター
【終焉の王デミス】
魔法・罠
無し


「俺のターンドロー……」

 俺は思い悩む――衝撃増幅装置があるから攻撃する事ができない。

(デッキ切れならどうだ? いや、デッキ切れは残りライフ分だけのダメージを受けたのと同じ扱いになるから衝撃増幅装置は作動する――)

 それともう一つ不可解な事がある。俺はそれを彼女に尋ねる――

「佐渡、なんでこんな地下デュエルなんかを……?」

 ここで初めて見た時から彼女の様子がおかしかった。いつもの覇気もないし常にしゃべり方が棒読みだ――彼女は正気なのだろうか?
 彼女は静かに言う。

「須藤尚輝、あなたに勝つため――いつもわたしは中途半端の位置にいた。デュエルでもあなたの下だった。だからわたしはあなたに勝って上に立つ」

 やはり佐渡の言葉は棒読みだ。

「だ、だがなぜ地下デュエルに……?」
「そんな事どうでもいい」

 あさっさりと俺の質問は断ち切られた。

「……手札から生け贄ゾンビを召喚」

 俺は1体の黒く腐敗した人間が現れる。それは裸体の姿でいるが皮膚がドロドロに溶けていて性別すら判別できない。


「さらに生け贄ゾンビを生け贄に捧げ、ホワイト・ホーンズ・ドラゴンを特殊召喚!」

 生け贄ゾンビは消滅し、俺の手札に戻る――そしてそれを糧に、額に白いを角を持つ翼龍が召喚される。


生け贄ゾンビ
闇 星1 攻0 守0
アンデット族・効果
このモンスター1体を生け贄に捧げることでレベル6以上のモンスターを1体特殊召喚する。このモンスターが生け贄に捧げられた時、墓地へ行かずに手札に戻る。


ホワイト・ホーンズ・ドラゴン
闇 星6 攻2200 守1400
ドラゴン族・効果
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、相手の墓地から魔法カードを5枚まで選択しゲームから除外する。この効果で除外したカード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

「ホワイト・ホーンズ・ドラゴンは召喚時、相手プレーヤーの墓地に存在する魔法カードを5枚まで選択して除外し、除外したカード1枚につき攻撃力を300ポイントアップする効果を持つ――地割れ、クリボーを呼ぶ笛、増殖、強欲な壺、高等儀式術をゲームから除外する!」

 佐渡のデュエルディスクの墓地ゾーンが一瞬光る。カードが除外された信号だ。
 そしてホワイト・ホーンズ・ドラゴンの白い角がその光を吸収する。


ホワイト・ホーンズ・ドラゴン 攻撃力2200→3700


「(ショック療法で気が進まないが……、やむをえない)バトルフェイズ、ホワイト・ホーンズで終焉の王デミスを攻撃――ホーン・ドライブバスター」

 ホワイト・ホーンズ・ドラゴンは強風が吹いた時のような音をたてて、口先にエネルギーを溜める。

(佐渡が何を考えているかは分からない。でも衝撃増幅装置による痛みを感じればきっと――自分のしいてる事の恐ろしさが解るはずだ……)

 ホワイト・ホーンズはデミスをめがけて口に貯めたエネルギーをビームの様に吐き出す。デミスは斧を盾代わりにしてそれを防ぐが次第に斧は崩壊し、デミス本体に直撃する。デミスは爆散した。


佐渡LP3400


 そして衝撃増幅装置はいつものごとく作動する――

「…………ッ!」

 佐渡は一瞬、痙攣(けいれん)を起こしひざまずく――が、間もなく立ち上がる。

(なッ!?)

 俺は驚きを隠せずにポカンと口を開く――佐渡は悲鳴どころか息一つ乱れずに無表情で立ち尽くしいる。

(あの痛みが平気なのか!? だが――)
 俺は一つだけ確信した。


(やはりあいつは正気ではない!)

 二年前の俺でもあそこまで平然とはできなかった。絶対に彼女は神経がどうにかしている。

「リバースカードを1枚セット、ターンエンドだ」

 俺は必死になって考える。

(どうする? このまま続けでもお互い不毛なだけだ……)

 それにもう一つ問題がある。

(さすがに苦しくなってきたな。もう、これ以上のダメージを受けたら俺は……俺は……)


「わたしのターンドロー、魔法カード洗脳―ブレインコントロールを発動、ライフを800ポイント払いホワイト・ホーンズ・ドラゴンのコントロールを奪う」

「くそっ!」


洗脳―ブレイン・コントロール 魔法
800ライフポイント払う。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

佐渡LP2400


 ホワイト・ホーンズ・ドラゴンは佐渡の場にワープした。

「ホワイト・ホーンズ・ドラゴンで須藤尚輝にダイレクトアタック」

 ホワイト・ホーンズはさっきと同様に口先にエネルギーを溜める。

「チィッ! 速攻魔法、スケープ・ゴート!」

 俺はスケープ・ゴートを発動する。


スケープ・ゴート 速攻魔法
このカードを発動する場合、自分のターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)を4体守備表示で特殊召喚する。(生け贄召喚のための生け贄にはできない)


 ぬいぐるみのようにデフォルメ化された羊4体が俺を守る。4体それぞれの毛並みが違い、フィールドが四色のパステルカラーに染まる。

「攻撃再開――」

 羊トークンの内1体がホワイト・ホーンズの攻撃により消滅する。

「モンスターをセット、ターンエンド」

 洗脳―ブレインコントロールの効果が切れ、ホワイト・ホーンズは俺のフィールドに戻ってきた。

「俺のターン、ドロー! ホワイト・ホーンズ・ドラゴンで裏守備モンスターを攻撃――」

 伏せられていたモンスターカードが立ち上がり表面が俺の方向に向く。


裏守備モンスター:サイバーポッド


「しまった!? サイバーポッドか……」

 球状の小型要塞が現れてホワイト・ホーンズの攻撃を受ける――すると、サイバー・ポッドは大爆発を起こし、フィールド上のホワイト・ホーンズや羊トークンは消えて無くなる。


サイバーポッド
闇 星3 攻900 守900
岩石族・効果
リバース:フィールド上のモンスターを全て破壊する。お互いのデッキの一番上からカードを5枚めくり、その中のレベル4以下のモンスターカードを全て表側攻撃表示または裏側守備表示でフィールド上に特殊召喚する。それ以外のカードは全て手札に加える。


「サイバーポッドの効果でお互いにデッキの上からカードを5枚引き、レベル4以下のモンスターをすべて特殊召喚する」

 佐渡の説明どおりにカードを引き、場にモンスターを並べて行く――俺の場には銀色の竜、ホルスの黒炎竜LV4。“竜”と名乗っているがその姿は鳥の様にも見える気がする。


ホルスの黒炎竜LV4
炎 星4 攻1600 守1000
ドラゴン族・効果
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する限り、コントロールを変更する事はできない。このカードが攻撃モンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時に、このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜LV6」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。


 佐渡の場には足に羽が生え、角笛を手に持つ黄金の天使――智天使(ちてんし)ハーヴェスト。そして、裏守備モンスターだ。


智天使ハーヴェスト
光 星4 攻1800 守1000
天使族・効果
このカードが戦闘によって破壊された時、自分の墓地に存在するカウンター罠1枚を手札に加える事ができる。


「ホルスの黒炎竜LV4で裏守備モンスターを攻撃――」

 俺は再び攻撃を始める。とりあえず守備表示モンスターなら相手にダメージを与えずに済む。


裏守備モンスター:ジャイアントウィルス


 紫色の球体に茶色の殻がまだらに包んだようなモンスターが現れる。


「くっ、また油断してしまった……」


ジャイアントウィルス
闇 星4 攻1000 守100
悪魔族・効果
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、相手に600ポイントのダメージを与える。さらにデッキから「ジャイアントウィルス」をフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 ホルスの吐き出した黒い炎がジャイアントウィルスを焼き殺す。

「ジャイアントウィルスは戦闘で破壊された時、相手ライフに600ポイントのダメージを与える」


須藤LP4400


 いつもの衝撃増幅装置の機動音が響き俺は激痛に襲われる――


「が……はっ……!」

 ダメージとしては比較的低い方だがそれでも大きく、俺自身がだいぶ弱り初めていたせいか俺は今まで以上に苦しんだ。

「さらにジャイアントウィルスは戦闘で破壊された時にデッキの同名カードを特殊召喚する事ができる」

 佐渡はデュエルディスクからデッキ取り出し、無造作にジャイアントウィルスのカードを2枚取り出しモンスターゾーンに置――ジャイアントウィルスが2体フィールドに現れる。その彼女はデッキをシャッフルしデュエルディスクにセットし直した。


(くそっ、次にダメージを受けたら本当に……)

 俺は手札を確認する。

「(防御系のカードが無いここはブラフを伏せるしかないな)モンスターをセット、リバースカードを2枚セット。ターンエンドだ――ホルスをデッキに存在するLV6にレベルアップさせる」

 ホルスの黒炎竜の翼が巨大化しLV4からLV6に進化する


ホルスの黒炎竜LV6
炎 星6 攻2300 守1600
ドラゴン族・効果
このカードは自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、魔法の効果を受けない。このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜LV8」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。


須藤LP4400
手札4枚
モンスター
【ホルスの黒炎竜LV6】
リバースカード1枚
魔法・罠
リバースカード1枚

佐渡LP2400
手札3枚
モンスター
【智天使ハーヴェスト】
【ジャイアントウィルス】
【ジャイアントウィルス】
魔法・罠
無し


「わたしのターンドロー」

 佐渡はゆっくりとカードを引く。


(たのむ! ダメージは来ないでくれ)
 ――しかし
 俺はまた深く考え始める。

(仮にここで何もなかったとしてどうする? このままじゃ俺は佐渡を攻撃できない……)

 考えている間に佐渡はメインフェイズに突入していた――

「ハーヴェストとジャイアントウィルス2体、計3体を生け贄に捧げ――邪神ドレッド・ルートを召喚」

「くそっ!」

 俺は顔をしかめる――佐渡のモンスター3体が消え邪神ドレッド・ルートが召喚される。翼の生えた巨人に白い骨の鎧を身につけたのがそれの姿だ。


邪神ドレッド・ルート
闇 星10 攻4000 守4000
悪魔族・効果
このカードは特殊召喚できない。自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で召喚する限り、このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。


 ドレッド・ルートの威圧により、ホルスの黒炎竜LV6は弱る。


ホルスの黒炎竜LV6 攻1150/守1300


「ちく……しょうっ」

 俺は眉間にシワをよせる、もう俺の体は限界だ。

(頼む、裏守備モンスターの生け贄ゾンビを攻撃してくれ……)

「ドレッド・ルートでホルスの黒炎竜LV6を攻撃――フィアーズ・ノックダウン」

 俺の願いも虚しく、佐渡は攻撃表示のホルスに指を指す――ドレッド・ルートは拳を振りかざしホルスに殴りつける。それだけなのにフィールド全体が揺らぎそうな迫力だった。ホルスは恐怖に凍りつき、なすすべなく破壊された。


「……ホルスが……」


須藤LP1550


 聞き飽きた衝撃増幅装置の機動音、そして――


「い……ああああああァァァァァァーッ――」

 本日一番の痛みに俺はひたすら悶(もだ)え「バタン」と倒れた――


(俺は……)

 俺は倒れながら過去に振り替えていた。





 ――二年前――

 俺はこの地下デュエルを何回かたしなんでいた。

 ――平和なデュエルに飽きが来て
 ――もっとスリルのあるデュエルがしたくて

 確かに衝撃増幅装置の痛みは半端では無く、俺もかなりの悲鳴をあげたがそれさえもデュエルを楽しむためのスパイスに思えた。

 あの時の俺は信じられないほどに狂っていた。
 そうなった理由といえば豪の両親を殺したあの《悪夢》のせいだと思う。その不確かな罪悪感を紛らわすためだった。

 しかし、ある日いつものように地下デュエルを終えた後にものすごい喪失感がよぎった。

 ――俺は何がしたいんだ?
 ――ただ、罪が重なるだけなのに

 それ以来、俺は地下デュエルから身を退いた。
 とにかくそれは今でもいやな思い出だ。





(――確かに俺は地下デュエルから身を退いたが、実際はどうだ?)

 ――結局、罪から逃げているだけではないか?
 ――本当に豪の両親を殺したのは俺かもしれない
 ――それが真実になる事を恐れているだけではないか?

(乱心状態とはいえ、二年前俺は平気で地下デュエルで相手を傷つけ、時には人を殺めることさえあった……)

 ――そうだ
 ――そんな自分なら
 ――豪の両親を殺したのだって不思議じゃない


(そうなのかもしれない……)

 俺は立ち上がる――

「もう――どうにでもなれ!!」

 そして精神(こころ)が壊れた。

(そうだ、このデュエルはどちらが死ぬしか無い。なら……俺が生き残る! 佐渡には悪いが犠牲になってもらう!!)

「リバースカードを2枚セット、ターンエンド」

 佐渡は俺に眼もくれずにターンエンドする。

「俺のターンドロー」


 俺はうつむきながらカードを引く。

「――俺はもう、ためらわない。俺はお前を……討つ!!」

 俺はまずブラフとしてセットしたリバースカードを発動させる。

「リバースカードオープン――魔法石の採掘を発動! 手札のランサー・ドラゴニュートと魔王ディアボロスを捨てて墓地の龍の鏡を手札に!」

 言葉通りに手札を2枚捨てると、墓地ゾーンから龍の鏡が出て来た。


魔法石の採掘 魔法
手札を2枚捨てる。墓地から魔法カード1枚を選択し手札に加える。


「そして、その龍の鏡を発動! フィールド、墓地の紅の炎竜と闇属性モンスター9体をゲームから除外し融合――出てこいィ、禁断爆炎龍(フォビドゥン・バーン・ドラゴン)ッ!!」


 再び鏡が現れて融合素材モンスター達が吸収されていく――そして鏡から禁断爆炎龍となって出てくる。禁断爆炎龍は紅の炎竜よりが巨大化したような姿だ。そして炎が黒く濁っている。

 ――まるで
 ――今の俺の心のように


「禁断爆炎龍……」
 佐渡はやはり感嘆の様子が無く、カードの名をただつぶやく。

「禁断爆炎龍は融合素材にしたモンスターのレベルの合計が元々の攻撃力となる――」


紅の炎竜 レベル5
死霊騎士デスカリバー・ナイト レベル4
ヘル・ドラゴン レベル4
ヘル・ドラゴン レベル4
ヘル・ドラゴン レベル4
冥府の使者ゴーズ レベル7
生け贄ゾンビ レベル1
ホワイト・ホーンズ・ドラゴン レベル6
ランサー・ドラゴニュート レベル4
魔王ディアボロス レベル7


「よって元々の攻撃力は9200だァ!」


禁断爆炎龍 攻撃力9200


「ドレッド・ルートがフィールドに表側表示で存在する限り他のモンスターは攻守が半分になる――」

 佐渡の説明通り禁断爆炎龍の攻撃力は半分になる――


禁断爆炎龍 攻4600/守0


「禁断爆炎龍の効果発動ォォ、ライフ半分払うことでエンドフェイズ時まで、禁断爆炎龍以外のカードの効果はすべて無効になる!」


須藤LP775


 ドレッド・ルートの放つ威圧が消え去り、禁断爆炎龍は元の力を取り戻す。


禁断爆炎龍 攻9200/守0


禁断爆炎龍
闇 星9 攻? 守0
ドラゴン族・融合/効果
「紅の炎竜」+闇属性モンスター1体以上
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。このモンスターが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するこのカード以外のカードを全て破壊する。このカードの元々の攻撃力は融合素材にしたモンスターのレベルの合計×200の数値になる。ライフを半分払う事により発動ターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に存在する「禁断爆炎龍」以外のカードの効果は全て無効となる。


「バトルフェイズ――禁断爆炎龍でドレッド・ルートを攻撃ィィィーッ、イグニッション・ポイズン・ブラスタァァァーッ!!」

 俺はただがむしゃらに叫ぶ――
 禁断爆炎龍はドス黒い炎の弾をドレッド・ルートに向けて吐き出す――その弾の大きさはドレッド・ルートの体格の半分ぐらいあるが、スピードはピストルの弾のように速い!

「…………」

 佐渡は攻撃に対するカウンターを得意とするが今回ばかりは何もしない。禁断爆炎龍の効果でカードの効果は全て無効にされるから当然だが。
 よく考えてみれば魔法・罠で相手の攻撃をいなすの戦略の佐渡に対し、俺は相手の魔法・罠を潰して殴り勝つ戦術。彼女が今まで俺に勝てなかった理由はそこにあるのかもしれない。


「ウオオオオォォォォッ! 撃ち砕けーッ!!」

 俺の叫び通りにドレッド・ルートは炎の弾に打ち砕かれた。あの巨体が信じられないほどもろく。


佐渡LP0


「…………」

 負けでもなお、佐渡は無言と無表情を貫き通した――
 衝撃増幅装置が作動する。
 が、俺はその瞬間に檻の扉を開けて逃げるように走り去った。



 ――気がつけば俺は外に出ていた。外は夕立の最中だった。


「――ヒッ、ハハハハハハハ――」

 その場には誰もいず、雨の音と狂った俺の笑い声が響き渡った。
 俺は体に取り付けられた衝撃増幅装置を脱ぎ捨てて、デッキが濡れないように、ケースに入れポケットにしまう。
 ゆらゆらよろけながら歩き始めた。
 俺の体はずぶ濡れだ。俺を冷たく濡らすのは、


 ――空の涙
 ――そして俺の涙



第二十六章 引導

8月6日(木)午前6時00分
須藤家・尚輝の部屋

「――朝だ……」

 佐渡との地下デュエルの後、俺は家に帰りベットで寝たきりで、さっき目覚めたばかりだ。

「……最悪な気分だな……」

 俺はおでこを右手で押さえながら顔をしかめる。体の節々が痛い。

 ――心も、
 ――体も、
 ――ボロボロだ

 原因はもちろん地下デュエルで受けた衝撃増幅装置によるダメージ――そしてあの時、佐渡は地下デュエルで敗北させてしまった事。

「佐渡は……どうなった?」

 あの時狂った俺は佐渡のライフが0になった瞬間にその場を逃げてしまった。己の業(ごう)から目を背き――

「きっと衝撃増幅装置の餌食になってあいつは――死んだんだ……」

 衝撃増幅装置の威力は多大だ。敗北すればかなりの確率で死に至る。

「……もう、何も考えたくない……」

 俺は再びベットの布団に潜り、泣き寝入りを始め――

 ――コンコン

 眠ろうとしたそばから、俺は部屋をノックする音を聞いてしまった。

(今は誰とも会いたくないのに……。よし、シカトを決め込むぞ!)

 ――コンコン

 変わらずノックの音が響くが無視だ無視。

 ――コンコンコンコン

 か、回数増がえやがった!? でも鍵はかけてある。こちらから開けなければ大丈夫だ。俺は布団から出る気は無い。

 ――ゴンゴン

(“ゴンゴン”!?)

 どれだけ強く叩いているんだよ!? 負けるか!

 ――ゴンゴンゴンゴンゴン

 無…視…だ……無視。

 ――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン――
「しつこいなもうっ!!」

 ついに堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れ、ブチ切れてしまった。
 俺は根負けし、ベットから起き上がる――そして、部屋のドアの鍵を外し、開ける。

「――に、兄さん……!」

「日之恵……」

 ドアの向こうにいたのは黒いショートカットの少女、日之恵――俺の、一つ下の妹だ。

「どうしたんだ?」

 俺はげっそりとした顔で訊く。正直誰かと話すのもつらい。が、だからといっていきなり追いやるのはさすがに横暴すぎるだろう。

「いや、昨日から部屋に閉じこもりっきりで何も食べてないでしょ……ほら」

 日之恵は細身の体で支えていた盆を差し出し、俺はぎこちない手つきで受け取る――盆の上にはお粥(かゆ)が盛られた茶碗と匙(さじ)、水の入ったコップが乗っている。

「具合悪そうだからお粥にしてみたけど、もっと味っ気のあるもの方がよかったかな? それなら作り直してくるけど……」

「いや、あまり食欲無いしお粥でいい。ありがとう」

 俺は浮かない顔で礼を言う――まるで何か後ろめたい事があるかのように……。

「母さんも父さんもみんな心配しているよ……」

 日之恵は急に顔から笑みを消し、いたわるような目で俺を見つめる。

「わ、悪いな……」
「帰ってきた時なんかすごい顔色悪かったんだから!」

「う、心配かけてしまったな……」

 俺はうつむきながら会話をしている。

「ごめん、一人になりたいんだ。父さんや母さんには大丈夫だと伝えておいてくれ――」

「何があったかは分からないけど――体だけには気をつけてよ……」

「せっかく心配してくれていたのに悪いな……」
「ううん――」

 日之恵は気を使っているのか優しい言葉を残し、去って行った。
 俺はドアを締め、ベットに向かい、それを椅子代わりにして座る。ベットの脇の棚に持っていた盆を置き、その上に乗っているお粥の入っている茶碗と匙を取り出す。

(あまり食欲は沸かないが――)

 俺はもたついた手つきで茶碗の中のお粥を匙ですくい、口に加える――白く熱いドロドロが口の中に広がっていった。味は無いに等しいが飲み込みやすく、食欲不振の時には最適だろう。

(そうだ……神谷はどうなった?)

 佐渡の事ばかり気にしていて忘れていたが、元をたどれば神谷が人質にされたのが原因だったのだ。

(最初の電話以来ムハラは音沙汰無いし――本当に解放されたのか?)

 茶碗と匙を盆の上に置き、気になって俺は携帯電話を取り出し、神谷に電話をかける。
 受話器に耳を当てると「トゥルルルル」という音が7回ほど続き、「ガチャ」と音がして――


「はい、どなたさんです?」

 受話器から声が聞こえる。この声は正しく神谷のものだ。

「俺だ――」
「新手の詐欺ですか?……“須藤”さんですよね、はい」

 神谷が変なボケをしかけているのをみる限り安全そうだと察し、とりあえず俺は安堵する。

「そっちは神谷だな!?」
「え、えぇ!? そうですが……」

 俺の慌てふためいた問いに驚いているせいなのか、彼女の声がたじろいでいる。

「今どこにいる?」
「じ、自宅ですけど」

 さらに俺は問い詰める。

「昨日何か起きなかったか!?」

「え……っとあまり昨日の記憶がないんですけど〜、でも――」

「“でも”?」

「金髪の中東人っぽい男の人に出会ってから気を失った気がして――」

「それから!?」
「うーん、やっぱりそれ以上の記憶は……」
「そうか……」

 これ以上の問いかけはムダだと悟り、俺は話を切り替える。

「とにかく今は大丈夫何だな?」
「はい! 無事ですよ。それにしても須藤さん、そこまで私の事に必死になるなんて……」

 神谷の声のトーンが変わり始めた。

「あ、いや……」
「照れなくてもいいんですよ! それより今度デートでもしません?」

 俺は神谷のいつもの調子にあきれ始める――

「デートっておい! 俺たちそんな関係じゃないだろ……」
「フフフ、覚悟しいや」

「ムチャクチャだな……」
「まあいいじゃないですか。へへっ、お弁当を作って“あ〜ん”をしてあげますよ」
「ハハハ; まあ考えておくよ。じゃあ俺はこの辺で……」
「はーい☆」

 俺達の通話は終えた。

「“あ〜ん”か……」

 妙にそのフレーズが頭に引っかかり、俺の妄想が広がり、ビジョンが映る。


「……なんだそりゃ……」

 俺は自分自身の妄想に呆れてしまい、身震いする。寒気がしてきた。

(とにかく神谷の方は大丈夫らしいな――でも佐渡は……)
 俺の中で“パンドラの箱”が再び開き出し、俺はまたふさぎ込む。

(佐渡の方は絶望的なんだ……)

 俺は考えることをやめ、ただ呆然としている。


 ――プルルルル


 鳴り響いた携帯電話。それが沈黙を破る。
 俺はさっき寝間着(ねまき)のポケットにしまったばかりの携帯電話を再び取り出す、携帯からソリッドビジョンのモニターが現れ、そこに発信先の電話番号が表示されている。

「誰だ?」

 俺の知らない番号だ。とりあえず通話ボタンを押し、受話器に耳を当てる。

「――はい、どなたさんですか?」

 俺が訊くと――

「須藤、俺だよ俺!」

 受話器から覚えのあるバリトンヴォイスが聞こえてくる。

「奈多岡か――」

 電話の主は奈多岡隆治だった。

「ああ、奈多岡だ。先日は弟が迷惑かけてすまなかったな」
「いや、気にしないでくれ。ところでそれが用件か?」

「いや、それもあるが……よく考えてみれば俺達デュエル以外での付き合いが無かったな――」

「ま、まぁ大会で出会ったんだからな……」

「んでだ、たまにはどこかに遊びに行かないか?」

 奈多岡の言葉に俺は少し驚く。

「えっ!? いいけど……」

「なんだその驚きようは……。俺と遊ぶのがそんなにイヤなのか!?」

「いや、奈多岡からそんな誘いが来るとは思わなかったから……」

「そりゃどう意味だ、須藤? それはいいとしてなんか元気無さそうな声だがどうした?」

 奈多岡の問いに激しく動揺してしまった。

「い、いや、何でもない……」

「ま、ならいいが。とにかく気分転換でもしてみたらどうだ? お前、真面目だしたまには気を緩めるのもいいだろ」

「そ、そうか?」

「まぁスケジュールが空いているなら明日の正午、龍河西公園に来てくれ」

 俺は一瞬ためらうが、せっかくの誘いを断る事はできず――

「分かった。明日の正午だな、奈多岡」

「ああ、じゃあ来るぞ」

「ああ――」

 プツンと通話が途絶えた。

「なんだったんだ一体……?」

 ――そして翌日――





8月7日(金)午前11時00分
龍河西公園

 俺は約束通り公園に来た。そういえばこの近くに瑞縞つばきの家があったんだよな――俺は辺りを見回した。

「相変わらずデカいな……」

 俺の目線にはホテルのような白い建物が木々の向こうにあった。

「須藤!」

 そうこうしている間に緑色の長髪の少年――奈多岡が現れた。

「待た…せたか?」
「べ、別に」

 奈多岡は走ってきたのか息が荒い。

「それなら、いいが――ところで昼食はまだだよな?」

「あ、あぁ」

 奈多岡の突然の問に俺はひるむ。

「なら、俺がおごってやるよ。ちょうど《ラーメンおめて》の割引券を2人分もらったし……」

「ああ、ありがたいな」


8月7日(金)午後5時00分
龍河西公園


 僕(豪)と剣護君は今デュエル中だ。剣護のフィールドにはサイバー・ドラゴンが3体とリバースカード2枚、しかし僕のフィールドには1枚もカードが無い。


サイバー・ドラゴン
光 星5 攻2100 守1000
機械族・効果
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


豪LP6300
手札4枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し

剣護LP6900
手札2枚
モンスター
【サイバー・ドラゴン】
【サイバー・ドラゴン】
【サイバー・ドラゴン】
魔法・罠
リバースカード2枚


「僕のターンドロー」

 僕はデッキからカードを引く。剣護を守る白銀の装甲が光沢を放つ機械の龍3体を見つめ、戦術を錬る。


「白魔導士ピケルを召喚!」

 デュエルディスクにピケルのカードを置くとソリッドビジョンとして白装束で羊の形をした帽子をかぶった赤いツインテール魔女が現れる。2ケタにも満たない年齢を思わせる幼い姿だ――読者の冷ややかな笑みはなんだろう? 僕視点に移る前に何かあったの…かな?


白魔導士ピケル
光 星2 攻1200 守0
魔法使い族・効果
自分スタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在するモンスターの数×400ライフポイント回復する。


「でもピケルの攻撃力じゃあ、俺のサイバー・ドラゴンは倒せないぞ豪!」

 剣護君がそう言って来るのは予想通りだ。

「うん、だからさらに魔法を発動するよ――ディメンション・マジック」


ディメンション・マジック 速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げ、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を破壊する事ができる。


「ディメンション・マジックの効果で白魔導士ピケルを生け贄に捧げ、カオス・マジシャンを特殊召喚!」

 ピケルが煙に包まれて姿を消す――やがて煙が薄らいでいき、ピケルの姿は跡形も無く消え、変わりに魔術師の男が現れる。その魔術師は金色のラインと随所に赤く丸いプレートが散りばめられた三角帽とタキシードを羽織り、手には自身の衣服と同じカラーリングの杖を持つ。

「そして、ディメンション・マジックの効果でサイバー・ドラゴン1体を破壊――」

 3体の中で一番右側に位置するサイバー・ドラゴンは何の前触れもなく爆散した。

「1体やられたか……。そしてカオス・マジシャンの攻撃を受ければ俺のサイバー・ドラゴンも残り1体に……か」

「まだだよ剣護君、墓地に存在する白魔導士ピケルと黒魔導師クランをゲームから除外し――カオス・ソルジャー‐開闢(かいびゃく)‐の使者を特殊召喚!!」


 デュエルディスクの墓地スロットが光り、ピケルとクランがゲームから除外された。そして、カオス・マジシャンの隣に男の剣士が現れる。青をベースに金色の装甲で補強された鎧を着込み、中型の剣と盾を持つ。


「ここでそれが来たか!?」


カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐
光 星8 攻3000 守2500
戦士族・効果
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動する場合、このカードは攻撃する事ができない。●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。


「そして次元融合を発動――ライフを2000ポイント払い、ゲームから除外されていたピケルとクランを特殊召喚!」


次元融合 魔法
2000ライフポイントを払う。お互いに除外されたモンスターをそれぞれフィールド上に可能な限り特殊召喚する。


豪LP4300


 突如、空間に大きな穴が開き、中から2体のモンスターが現れる。
 1体目はピケル、そして2体目はピケルと対をなす黒装束の魔女が現れる。ピケルと同じぐらいの年齢で頭に着けているうさぎの耳がついた帽子がチャームポイントだ。
 ちなみにデュエルモンスターズの世界でこの2体は姉妹という設定らしい。さらにこの幼い姿の2体よりも攻撃力が低い戦士の姿をしたモンスターは「幼児よりも弱い」等と揶揄(やゆ)される傾向がある。


黒魔導師クラン
闇 星2 攻1200 守0
魔法使い族・効果
自分のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在するモンスターの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。


「1ターンでモンスターを4体も並べてきたか――」

 剣護君は僕側に並ぶモンスター達のソリッドビジョンを見つめてつぶやく。
 これで僕のフィールドにはピケル、クラン、カオス・マジシャン、カオス・ソルジャー。相手側にはサイバー・ドラゴンが2体。

「バトルフェイズ――カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐でサイバー・ドラゴンを攻撃、カオス・ブレード!!」

 カオス・ソルジャーは飛び跳ねサイバー・ドラゴンに切りかかる。サイバー・ドラゴンは口に反撃を試み口にブレスをためるがカオス・ソルジャーのスピードの方が圧倒的に速い。
 開闢の使者は戦闘でモンスターを破壊すれば他のモンスターに追撃する事ができる。これで2体のサイバー・ドラゴンはいなくなる!

「豪――お前の成長には目を見張る者があるが俺だって負けられねぇぜ、リミッター解除を発動!」

サイバー・ドラゴン 攻撃力2100→4200


「しまった! カオス・ソルジャーが……」

 カオス・ソルジャーが剣でサイバー・ドラゴンを切ろうとする直前、サイバー・ドラゴンのブレスをためるスピードが加速し、しまいにはカオス・ソルジャーの攻撃の前にそれを撃ってしまう。カオス・ソルジャーはブレスに消された。
カオス・ソルジャーの攻撃力3000とサイバー・ドラゴンの攻撃力4200の数値差、1200が僕のライフから減らされる。



豪LP3100


リミッター解除 速攻魔法
このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


「しかもカオス・ソルジャーがいない今、僕にサイバー・ドラゴンの攻撃力を上回るモンスターはいない」

 そして、僕の手札は0枚。僕のするべき行動は――

「ターンエンド」

 リミッター解除の効果で2体のサイバー・ドラゴンは消えて行った。


豪LP3100
手札0枚
モンスター
【カオス・マジシャン】
【白魔導士ピケル】
【黒魔導師クラン】
魔法・罠
無し

剣護LP7000
手札2枚
モンスター
無し
魔法・罠
リバースカード1枚


「さて、俺のターン。モンスターを出しとかないとな」

 剣護君はデッキからカードを1枚引き――手札の1枚をモンスターゾーンに置く。


「サイバー・イーグルを召喚」

 同時に現れた機械仕掛けの青い鳥。

「サイバー・イーグルは召喚成功時、お互いに墓地から魔法カードを1枚を手札に加える事ができる――融合を手札に加える。」

「なら僕はディメンション・マジックを手札に」

 お互いのデュエルディスクの墓地ゾーンの穴からカードが1枚出てきてそれを手札に加える。


サイバー・イーグル
風 星4 攻1400 守1150
機械族・効果
このカードが通常召喚に成功した時、お互いに墓地から魔法カード1枚を選択し手札に加える。


「そして、融合を発動――場のサイバー・イーグルと手札のサイバー・レオンを融合し、サイバー・グリフォンを融合召喚!!」


 鋼鉄の銀色の獅子(しし)が現れ、サイバー・イーグルと姿が交わり1体のモンスターに融合する。サイバー・レオンにサイバー・イーグルの物だった翼が背中に生え、額には一角を身につけた。


融合 魔法
融合モンスターカードによって決められたモンスターをフィールド、手札から墓地に送り、融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。


サイバー・グリフォン
風 星6 攻2300 守1800
機械族・融合/効果
「サイバー・レオン」+「サイバー・イーグル」
このモンスターは上記のカードによる融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードは魔法・罠・モンスター効果では破壊されない。


「ターンエンドだ!」


「僕のターンドロー」

 カードを1枚引き――

「うーん……」

 僕は深く考える。

「ん? どうした豪? お前にはサイバー・グリフォンの攻撃力が上回るカオス・マジシャンがいるだろ!」

「いや、だって攻撃すればさっきのリミッター解除みたいに攻撃が失敗するかもしれないから……」

「さあ……、でも今回は意外とうまくいくかもしれないだろ?」

 剣護君は不敵な笑みを浮かべている。

「そ、その手には乗らないよ! とりあえずスタンバイフェイズにピケルとクランの効果を発動――ピケルは自分フィールドのモンスター1体につきライフを400ポイント回復」

 ピケルが杖から白い光を発し、その光は僕を優しく包む。

豪LP4300


「そしてグランは相手フィールドのモンスター1体につき300ポイントのダメージを相手ライフに与える!」

 クランはムチで剣護君に叩きつける。

「うわっ……」

 剣護君は軽くよろめく。


剣護LP6600


(ここからだ……。僕の手札に今使えるカードは無い。ここで攻撃するべきか……?)

 僕は数秒悩み、答えを出す。

「……バトルフェイズ! カオス・マジシャンでサイバー・グリフォンを攻撃!」

「フフ、よくためらわなかったな……」

 カオス・マジシャンは杖から魔力を発し、サイバー・グリフォンを攻撃する。サイバー・グリフォンも必死に耐え、反撃に持ち込もうとするがわずかに力足りず、崩れ去った。


剣護LP6500


「ピケルでダイレクトアタック!」

 ピケルは白い光の魔力を手の杖にため、剣護君にぶつけた。

「……く……」

 彼はピケルの攻撃にのけぞった。


剣護LP5300


「そして、クランでダイレクトアタック!!」


 今度はグランがムチで彼を攻撃する。そのムチには黒い魔力が宿っていた――
「……まだだ……」
 剣護君はまたのけぞった。


剣護LP4100


「……フフ……」

「ん? 僕にはもう攻撃できるモンスターがいない――バトルフェイズを終了し、ターンエンドだよ!」

 剣護君の静かな微笑みに戸惑う。今は自分が優勢だけど、すぐに逆転される気がする。特に剣護君の場合、いつもそうだ。
 僕はターンを終了させ、次は彼のターン。

「俺のターンドロー! まずは魔法カード――ソウル・コーリングを発動! これはお互いに手札、デッキからソウル・サクセサー及びソウル・ガードナーを特殊召喚する事が可能だ。もっとも俺はライフを半分にしなければならないがな……」


剣護LP2050


「俺はデッキからソウル・ガードナーを特殊召喚するぜ! お前はどうする?」

「もちろん僕だってデッキからソウル・サクセサーを特殊召喚するよ」


ソウル・コーリング 魔法
ライフを半分にし、このカードを発動する。お互いにデッキ、手札から「ソウル・サクセサー」または「ソウル・ガードナー」を1体選択し攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはカードの効果では破壊されない。その後デッキをシャッフルする。

 カードテキスト通りにデッキから僕はソウル・サクセサーのカードを、剣護君はソウル・ガードナーのカードを探し、モンスターゾーンに置く。その後デッキをシャッフルし、デュエルディスクに戻した。


 ――そして――


 お互いのフィールドに剣士が現れた。
 彼の方には黒い機械仕掛けの甲冑(かっちゅう)を装った銀髪で赤い瞳の青年。僕の方には白い魔術師の装束を装った赤い髪で青い瞳の青年――どちらも端正な顔にファッションモデルを思わせるスマートなボディを持ち合わせており、肩までかかる後ろ髪をなびかせている――


ソウル・サクセサー
光 星7 攻2500 守1100
魔法使い族・効果
このモンスターは戦士族モンスターとしても扱う。このモンスターは2体以上のモンスターを生け贄に捧げる事により通常召喚できる。この召喚方法で生け贄に捧げたモンスターの数によって以下の効果を得る。●3体以上:このモンスターは戦闘以外では破壊されない。●4体以上:このモンスターの元々の攻撃力は倍になる。●5体以上:相手スタンバイフェイズ時に自分の手札を2枚捨てる事でそのターンのメインフェイズ、メインフェイズ2をスキップする。


ソウル・ガードナー
闇 星7 攻2500 守1100
機械族・効果
このモンスターは戦士族モンスターとしても扱う。このモンスターが魔法・罠・モンスターカードの効果を受けた場合、その効果を受けなくてもよい。1ターンに一度、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚をデッキに戻すことができる。戻したモンスターの属性が地・水・炎・風の場合、以下の効果を発動する。●地属性:フィールド上の魔法・罠ゾーンに存在するカードを1枚破壊する。●水属性:フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更する。●炎属性:このモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。●風属性:自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 この2体が僕達の切り札にしてライバル関係である証だ!

「そして――罠(トラップ)カード、ジュラシック・インパクトを発動! このカードはフィールド上の全モンスターを破壊し、破壊されたモンスター1体につき300ポイントのダメージをそのモンスターのコントローラーは受ける!!」

 剣護君の発動した罠カードに僕はぎょっとする。

「そ、そんな!」

 さっき、僕の総攻撃を受けたのも彼には計算の内だと今悟った。


ジュラシック・インパクト 罠
自分のライフポイントが相手より少ない場合のみ発動可能。フィールド上のモンスターを全て破壊する。この効果で破壊されたモンスター1体につき、そのモンスターのコントローラーは300ポイントのダメージを受ける。次の自分のターン終了時までお互いのプレーヤーはモンスターを召喚・特殊召喚できない。


「げっ」

 思わず声をあげたくなるような巨大隕石(もちろんソリッドビジョン)が空から落ちてきた。フィールド中央に着地しその隕石が破裂し、破片がモンスター達に襲いかかる。これが本物ならこの公園が破滅しそうだ。
 僕は思わず目を閉じてしまった。


豪LP3400


 目を開くとソウル・サクセサーとソウル・ガードナー以外のモンスターが姿を消していて、僕のライフが減っていた。

「――ソウル・サクセサーとソウル・ガードナーはソウル・コーリングの効果で生き延びた――」

「うん、そうだね」
 僕はうなずき、それから剣護君は言葉の続きを始める。


「さて、ソウル・サクセサーとソウル・ガードナーの攻撃力はどちらも2500――ソウル・サクセサーは生け贄召喚でなければ自身の効果を発動できない――」
(そうだった! ソウル・ガードナーは……)

「だが、ソウル・ガードナーは墓地に地、水、炎、風属性のモンスターがいれば特殊召喚でも効果を発動できる! 墓地のサイバー・フェニックスをデッキに戻す。サイバー・フェニックスは炎属性――よってソウル・ガードナーの攻撃力を500ポイントアップ!!」


ソウル・ガードナー 攻撃力2500→3000


 ソウル・ガードナーはサイバー・フェニックスの魂の力を吸い取り、両手で構えていた大剣に黒いオーラを宿らせる。

「バトルだ豪。ソウル・ガードナーでソウル・サクセサーを攻撃――ソウル・クレイモヤァァ!!」

 ソウル・ガードナーはソウル・ガードナーの上空まで一気に飛び跳ね、大剣で斬りかかる――ソウル・サクセサーは対抗しようと太刀(ソウル・ファルシオン)でその攻撃を受けようとするがわずかに斬りかかるスピードの方が速く、そのわずかな差が命取りになり――


「……う……」

 僕にとって最後の砦(とりで)であったソウル・サクセサーは刻まれ破壊された。破壊されたモンスターは墓地に消えるのはこのゲームのルールでソウル・サクセサーも例外ではない。
 僕に500ポイントもの戦闘ダメージが及んだ。


豪LP2900


「ターンエンドだ!」

 剣護君のターン終了宣言の直後、僕がデッキからカードを引く。

「僕のターンドロー」

 ジュラシック・インパクトの効果でこのターン、モンスターを召喚できない。
(――そして、僕にできるのは――)

 今引いたカードを魔法・罠ゾーンに差し込む。

「リバースカードを1枚セット、ターンエンド……」

 さっそく剣護君がカードを引き――

「俺のターンドロー墓地のサイバー・レオンをデッキに戻し、ソウル・ガードナーの効果を発動――そのリバースカードを破壊するぜ!」

「や、やっぱり……!!」

 ソウル・ガードナーは大剣で衝撃波を放ち、僕のリバースカードを破壊する――炸裂装甲(リアクティブ・アーマー)を。

「これで僕のフィールドはがら空き。そして僕のライフは2900……」

 ソウル・ガードナーの攻撃力は3000だから――

「ま、負けた! まぁいつもの事だけど……」

「ワハハハハ、ソウル・ガードナーで豪にダイレクトアタック!!」

 ソウル・ガードナーはさっきみたいに僕の上に飛び、大剣で叩き斬ろうとする。生身の僕に抵抗する術なんかあるはずも無く、大剣は僕の脳天に直撃した。

「うわァァーッ!!」


豪LP0


「あーあ、いくら剣護君が相手だからってこんなに負けるとヘコむな……」

 僕はウンザリした表情で立ち尽くしていた。

「まぁ、今日は久しぶりのデュエルだし調子が悪いのも無理無いだろ……な!」

「でも、これで五連敗だよ……」


「きっと、三時のおやつ……」

「へ?」

 彼の口から“おやつ”なんて言葉が出てくるなど予想だにしていなく僕は戸惑う。

「ほら、きっとお前は三時のおやつを抜いて空腹状態だったから勝てなかったんだ! うん、きっとそうだ」

 剣護君はごまかすように言った。

「そ、そうだね……」

 僕は苦笑いしながらも話を合わせた――

「まぁ、……頑張れ、豪!」

 そして僕達はそれぞれの帰るべき場所へ――





同日5時00分
瑞縞宅・入り口


「あ、お帰り!」

「ただいま、くりえちゃん」

 大きな扉の向こうにはくりえちゃんがいた。

「えっと……デュエルしてきたの?」

「うん、剣護君と……」

 急にくりえちゃんは僕をかわいそうな目で見てきた。

「そうだったの……」

「え、ど、どどどうしたの?」

 彼女の急激な沈み込みに僕は慌てめいた。

(僕、なんか悪いことをした!?)

 そして、優しく僕に声をかけた。

「次はきっと……勝てるよ――」

 僕はマンガみたいにずっこけそうになった。

「い、いやいや! まだ負けたとは言っていないよ!!」

 僕の言葉にくりえちゃんは落ち込んだ様子から一変し――

「え、じゃ、じゃあまさか…勝った……の……?」

 彼女は急に僕を羨望(せんぼう)のまなざしで見つめてきた――僕は本当の事が言いにくくなった……。


「……負けたよ……」

「ごめんね、勝手に悲しんだり喜んだりして……」

「ま、まぁ、大丈夫だよ……いつもの事だし」
 最後に彼女は笑顔で言う――

「でも負ければ負け続けただけ、勝った時の喜びは大きいはずだよ! 頑張れ――」


(“頑張れ”? さっきも聞いたような……?)


『まぁ、……頑張れ、豪!』


 剣護君の言葉だ。
(前から思ったけど剣護君とくりえちゃんって何かが似ている気が……)

「ん? どうしたの、豪君?」

 くりえちゃんは考え込む僕を不思議そうにみる。

「いや、何でもないよ! 早く家に入ろう――」

「うん。ところで今夜久しぶりにデュエルしようよ、私の部屋で」

 僕は家に入りながら彼女へ返事をした

「うん。いいよ……――」





同日6時00分
瑞縞宅・豪の下宿


「さーて、そろそろ仕事をしないと……」

 一休みした僕は部屋から出ようとする。

(しかし、熱いな。窓を開けよう――)

 僕は部屋の窓を開けた。窓の外には木々の間から今日僕達がデュエルをした龍河西公園が見える。

「ん? デュエルかな……」

 木が邪魔でよく見えないがデュエルディスクのソリッドビジョンらしき光が公園の中にある。
 それは五つの属性の首を持った龍――F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)である。

「ま、いいや。行こう――」

 僕は部屋を出た。




同日同日時刻
龍河西公園


須藤尚輝LP8000
手札4枚
モンスター
【F・G・D】
魔法・罠
【未来融合―フューチャー・フュージョン】

奈多岡LP8000
手札5枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し


 俺はデュエル中だ――相手は奈多岡隆治。
 俺のフィールドにはF・G・Dが1体で奈多岡のフィールドはがら空き。通常なら攻撃できるが――


「先行1ターン目は攻撃できないターンエンドだ……」

「俺のターンドロー」

 奈多岡は戸惑いながらも手札を引く。

「――須藤…本気なのか……?」

 奈多岡の問いに俺は静かにうなずいた。

「ああ、気がついたんだ。俺はただの殺戮者(さつりくしゃ)だと――だからこれが俺の最後のデュエルだ!」

 俺は少し声のトーンを落とし……

「だから引導(いんどう)を――お前が俺に引導を渡してくれ――」

第二十七章 俺が知っているお前

8月7日(金)午後4時00分
龍河西公園



『今日はありがとうな、奈多岡』

 あれから《ラーメンおめて》を出た俺(須藤)と奈多岡はいろいろと遊びまわり、今から別れる所だ。

『ああ、礼には及ばないさ。たまには息抜きも大切だろ!』

 奈多岡は微笑みながら俺に語り始める。彼には少し辛気くさいそうな雰囲気もある。

『やっぱり楽しむ事は大切なんだよ。俺がデュエルをできなくなってしまった理由はそれなんだ――』
『どういう事……だ?』

 俺は奈多岡に問いかけた。

『――実は俺、親に捨てられたんだ』
『捨てられ…た……?』

 奈多岡は複雑そうに話をする。彼から出た言葉は少なくとも俺には衝撃的なものだった。


 ――“捨てられた”?


 俺はさっき出た言葉をそのままのイントネーションでもう一度使った。

『どういう……事だ?』

『実はな』

 奈多岡は少し間を空けて話を始める。
『去年の夏、俺が世界大会から帰宅した時だった』

 彼は悲しそうに話を続けた。

『家にいたのは弟の興春だけ――親は大量の借金を背負って、俺達を置いて消息したんだ……!』

『そうか』

 奈多岡の思わぬ暗い過去に俺は重く言葉を発する。

『それでさ今俺達の学費や生活費は親戚に恵んで貰っているんだ。俺達も一応バイトで稼いでいるが……一介の高校生の俺達が働いた所で収入はたかがしれているしな』

 奈多岡はさっきとは対象的に明るい口調になる。

『だから、その親戚に対して申し訳ないと思ってな――プロデュエリストになって沢山稼いで恩を返そうと企んだけどな、それ以来デュエルで勝てなくなったんだ!』

『そういえば興春君が言っていたな』

 俺は相づちをうち、奈多岡は話を続ける。

『それで、仕舞にはカードにまで触るのを拒絶しまって俺は諦めたんだデュエリストの道を――』

 「でもな」と奈多岡は話を切り返し――

『興春に説得されて気が付いたんだ――俺はデュエリストである理由を忘れていた事を。最初、俺はデュエルが好きでデュエリストになったんだ! でも、《あの日》から俺はデュエルをその理由を見失った。ただ、金のを稼ぐ為に自分の“デュエルが好き”という理由なんか無視して――』

『今は……デュエルができるのか?』

 俺は恐る恐る質問した。

『ああ』

『そうか、良かったな』

 俺は軽く微笑んだ。

『――って、すまないなこんな話をして。とにかくそういう訳だ、俺はまたデュエリストをやり直す』

『そうか』

 俺は少し後ろめたく返事をした。奈多岡はデュエリストに復帰したが俺は――

『ん、どうしたんだ須藤? とにかく俺はもう一度全国大会でお前と』
『悪いな……』

 俺は奈多岡の言葉を冷たく遮(さえぎる)る。

『え? “悪いな”ってどういうい』
『俺はデュエリストから身を引く』

 奈多岡の表情は固まった。その状態が数秒続き――

『――なぜだ!? どうしてなんだ』
『……言えない……』
『そんな……』

 俺は奈多岡と目を合わせられなかった。

『だから奈多岡、せめてと言ってはなんだか――俺の最後のデュエルの相手になってもらえないか?』

 奈多岡は静かにうなずく。「ああ」と――





同日6時00分
龍河西公園


須藤尚輝LP8000
手札4枚
モンスター
【F・G・D】
魔法・罠
【未来融合―フューチャー・フュージョン】

奈多岡LP8000
手札5枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し


 そして俺達はデュエルを始めた。

「俺のターンドロー」

 奈多岡は静かにカード引いた。

「俺は手札からフィールド魔法カード――二重召喚(デュアルサモン)を発動」

 奈多岡は手札の魔法カードをデュエルディスクに差し込んだ。


二重召喚 魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


「そして召喚僧サモンプリーストを召喚!」

 黒い衣装に肌を隠した老師の男が現れた。白く長い髪を垂らしたいかつい顔だけを露出している。


召喚僧サモンプリースト
闇 星4 攻800 守1600
魔法使い族・効果
このカードは生け贄に捧げる事ができない。このカードは召喚・反転召喚が成功した場合守備表示になる。自分の手札から魔法カード1枚を捨てる事で、デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたモンスターは、そのターン攻撃する事ができない。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに発動する事ができる。


「サモンプリーストは召喚成功時に守備表示になる――」

 サモンプリーストは片足を地につけて腕を十字にして構える。

「さらに手札から魔法カードを1枚捨て、サモンプリーストの効果発動! デッキのクィーンズ・ナイトを攻撃表示で特殊召喚」

 奈多岡が手札の魔法カードを墓地に捨てると、サモンプリーストは奇妙な呪文を唱え――デッキから赤い西洋風の甲冑(かっちゅう)に身を包んだ金髪の女剣士を呼び出した。所々にスペード、ダイヤ、クローバー、ハート――トランプのマークを模したデザインが施(ほどこ)されている。


クィーンズ・ナイト
光 星4 攻1500 守1600
戦士族
絵札の三銃士の一人。迅速の剣は疾風をも切り裂く。


「そして二重召喚の効果でもう1度通常召喚ができる」

 奈多岡は一息つき――

「手札からキングス・ナイトを召喚!」


 今度は壮年(そうねん)の剣士が現れる。クィーンズ・ナイトと同じく、金髪に西洋甲冑とトランプの絵札を模している。


キングス・ナイト
光 星4 攻1600 守1400
戦士族・効果
自分フィールド上に「クィーンズ・ナイト」が存在する場合にこのカードが召喚に成功した場合、デッキから「ジャックス・ナイト」1体を特殊召喚する事ができる。


 彼はさらに口を開く。

「キングス・ナイトは召喚成功時にクィーンズ・ナイトが表側表示でフィールドに存在する場合、デッキからジャックス・ナイトを特殊召喚する事ができる。攻撃表示でジャックス・ナイトを特殊召喚!!」

 彼の説明と同時進行で青年の剣士――ジャックス・ナイトが現れる。ジャックス・ナイトもトランプの絵札を模したデザインだ。


ジャックス・ナイト
光 星5 攻1900 守1000
戦士族
絵札の三銃士の一人。多彩な剣術を操り、それを見切れる者は数少ない。


 俺は重々しい口調で奈多岡のモンスター達をただ見つめる。いきなりモンスターを4体並べてきたのに特に身構えもせずに。

「さらに装備魔法――団結の力をジャックス・ナイトに装備」


団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

 奈多岡が効果の説明を始める。

「団結の力は自分のコントロールするモンスター1体につき800ポイント、攻守をアップさせる装備魔法。今、俺がコントロールしているモンスターは4体――」


ジャックス・ナイト 攻5100/守4200


「F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)の攻撃力5000を越えたか」

 俺は冷めた口調でつぶやいた。なぜかあまりデュエルに感情移入ができない。

「いくぞ須藤、バトルフェイズ。ジャックス・ナイトでF・G・Dを攻撃――」

 ジャックス・ナイトは剣でF・G・Dに飛びつき切り裂いた。F・G・Dは反撃をもくろんでいたがわずかにジャックス・ナイトの攻撃の方が速かった。F・G・Dはもちろん消えた。


須藤LP7900


「キングス・ナイトで須藤にダイレクトアタック!」

 奈多岡の指示に反応し、キングス・ナイトは卓越した剣術で俺の心臓を的確に貫いた。幻影とはいえ、刃物で心臓を突かれるのはなかなかの恐怖だ。
 俺は少したじろいだ。

「……うう……」


須藤LP6200


「リバースカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 奈多岡の足下に裏側のカードがソリッドビジョンとして現れる。

「…………」

「どうした須藤? お前のターン……だが」

 奈多岡は不思議そうに俺に呼びかけた。なぜか俺は何もする気が起きずに固まっていた。

「あ、ああ。俺のターンドロー。手札からドル・ドラを召喚」

 俺の先陣に紫色で二ッ首の龍が現れる。


ドル・ドラ
風 星3 攻1500 守1200
ドラゴン族・効果
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになって特殊召喚される。この効果はデュエル中一度しか使用できない。


「リバースカードを1枚セット……ターンエンドだ」

 次は奈多岡のターン。

「ドロー」

 ゆっくりとカードを引き――

「こちらには攻撃力1500を上回るモンスターがいるのにドル・ドラは攻撃表示」

 俺のリバースカードを見つめ話を続けた。

「つまり攻撃を誘っているな。さしずめそのリバースカードは攻撃に対して発動するのだろう。たから俺はサイクロンでそのリバースカードを破壊」

「…………」

 小型の竜巻が俺のリバースカードを吹き飛ばした。


サイクロン 速攻魔法
全フィールド上の魔法、罠カードを1枚を破壊。


 破壊されたのは聖なるバリア‐ミラー・フォース‐だ。


聖なるバリア‐ミラー・フォース‐ 罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


 これで俺の場にはドルドラのみ。

「さらにレッド・ガジェッドを召喚」

 奈多岡は赤い歯車の形をしたロボットを召喚した。


レッド・ガジェッド
地 星4 攻1300 守1500
機械族・効果
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「イエロー・ガジェッド」1体を手札に加える事ができる。


 モンスターが増えた事により団結の力の効果が上がる。


ジャックス・ナイト 攻撃力5900


「レッド・ガジェッドの効果でデッキから手札にイエロー・ガジェッドを」

 奈多岡はデッキからイエロー・ガジェッドのカードを取り出し、「そして」と話を切り出した。

「バトルフェイズだ。キングス・ナイトでドル・ドラを攻撃――」

 キングス・ナイトはドラ・ドラを切り裂く。


須藤LP6100


「クィーンズ・ナイトでダイレクトアタック!!」

 最初にクィーンズ・ナイトが俺を斬る。

「……うあッ!」


須藤LP4600


 奈多岡は複雑そうな瞳を俺に見せた。

「ジャ、ジャックス・ナイトで」

 彼はそこから先を言うのにためらう。が――

「攻撃――」

 ジャックス・ナイトは団結の力で強化され、強い輝きを放つ剣を構えて俺に襲いかかる。
 そして、俺は斬られた。

「手札からクリボーを捨て戦闘ダメージを0にする……」

 手札のクリボーを俺は墓地にそっと捨てた。


クリボー
闇 星1 攻300 守200
悪魔族・効果
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


須藤LP4600


 俺はどうにか持ちこたえた。

「クリボーかっ!?」

 奈多岡はしてやられたような言い方だか、顔には安堵(あんど)の表情を浮かべている。最後のデュエルがこんな結果じゃ納得がいかないのだろう。

(クリボーか、佐渡も……)

 一瞬、クリボーを使っていた佐渡の面影が頭をよぎったが――

(いや、今は忘れよう)

「レッド・ガジェットで須藤を攻撃――」

 レッド・ガジェットは俺に右ストレートで腹を貫いた。俺はまたたじろいだ。


須藤LP3300


「ターンエンドだ」
「ここでドル・ドラの効果発動、攻守を1000ににして特殊召喚。守備表示で」


 ドル・ドラは蘇った。


ドル・ドラ 攻/守1000


 次は俺のターンだ。

「俺のターンドロー」

 ここである永続魔法の存在を思い出した。

「未来融合―フューチャー・フュージョンの効果を発動。F・G・Dを攻撃表示で特殊召喚」


未来融合―フューチャー・フュージョン 永続魔法
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 五つの首を持つ翼龍――F・G・Dは再び現れた。


F・G・D
闇 星12 攻5000 守5000
ドラゴン族・融合/効果
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。このカードは地・水・炎・風・闇属性モンスターとの戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)


「だが、F・G・Dの攻撃力は5000。強化されたジャックス・ナイトには及ばない」

 俺は黙って魔法カードを発動させる。

「巨大化をF・G・Dに装備」

 F・G・Dは文字通り巨大化した。本当に地響きが起きそうなほどの迫力だ。


巨大化 装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする。


F・G・D 攻撃力10000


「これでジャックス・ナイトの攻撃力を上回ったか!?」

 奈多岡のテンションは一気に上がる。

「さらに、ドル・ドラとF・G・Dを生け贄に捧げ、イグナイテッド・ドラゴンを召喚!」

 ドル・ドラとF・G・Dは消え、1体の龍が現れる。鋼鉄の一角を持ち、背中には炎の翼、胴体は岩石で包まれている。


イグナイテッド・ドラゴン
星8 炎 攻0 守0
ドラゴン族・効果
このカードは特殊召喚できない。このカードの攻撃力は生け贄召喚時に捧げたモンスターの攻撃力の合計の数値となる。

「イグナイテッド・ドラゴンの攻撃力はドル・ドラとF・G・Dの攻撃力の合計の数値だ」


イグナイテッド・ドラゴン 攻撃力11000

 巨大化は自分ライフが相手ライフを上回った場合、装備モンスターの攻撃力が半分になってしまう効果がある。その要素を取り除くためにイグナイテッド・ドラゴンを召喚したのだ。

「イグナイテッド・ドラゴンでレッド・ガジェットを攻撃――イグニッション・カノン!!」

 この攻撃が“通れば”俺の勝ちだ。しかし、奈多岡には焦りの感情を感じられない。

「リバースカードオープン――」

 奈多岡の言葉に俺は面を食らう。奈多岡が発動したリバースカードが魔法の筒(マジック・シリンダー)を始めとする、戦闘ダメージを相手に跳ね返すカードだった場合、俺の敗北は決する。攻撃力の高いモンスターでも安易に攻撃するのが命取りになるのもこのゲームの奥深い所だ。

「和睦(わぼく)の使者! これでこのターンの戦闘ダメージは全て0だ」


和睦の使者 罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 和睦の使者が発動された今、戦闘は無意味になるからイグナイテッド・ドラゴンの攻撃は中止した。

(危なかった)

 俺は安堵しながら次の行動に移る。

「ターンエンドだ」

 俺は元気なく宣言した。

「俺のターンドロー」

 奈多岡はいつものように勢いよくカードを引く。

「須藤、どうしてデュエルを辞めるんだ。俺には納得できない! 俺は知っている、お前のデュエルに対する情熱を」

 奈多岡の熱弁を俺は冷たく突き放す。

「お願いだ、それ以上言わないでくれ。俺が自分で決めた道なんだ! 俺にはデュエリストである資格なんかないんだ!」
「須藤、お前」

 沈黙は数秒続き、奈多岡は不可解そうなまま言い放つ。

「俺にはどうする事もできない。だからせめてこのデュエルに全力で挑む! 俺はキングス・ナイト、クィーンズ・ナイト、レッドガジェットを生け贄に捧げて究極霊魂召喚術師(マスター・オブ・スピリット・サモナー)を召喚!」

 奈多岡が宣言した3体のモンスターが消え、新たに現れたのは壮年の魔術師だ。腕にいくつもの腕輪をつけ、黒いマントを羽織っている。黒の長髪の厳つい男だ。あれがあの時、興春が賭け札にもした奈多岡の切り札だ。
 モンスターが減った事で団結の力の効力が下がり、ジャックス・ナイトは弱体化した。


ジャックス・ナイト 攻撃力4300


究極霊魂召喚術師
光 星10 攻0 守0
魔法使い族・効果
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げる事でのみ特殊召喚が可能。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分は手札を全て捨てデッキからカードを5枚ドローする。このカードがフィールド上に存在する限り、全てのプレーヤーは1ターンに何回でも生け贄召喚以外の通常召喚、セットができ、魔法・罠ゾーンをモンスターゾーンとして使用することができる。このカードがフィールド上に存在しなくなった場合、全魔法・罠ゾーンに存在するモンスターを全て破壊する。


「究極霊魂召喚術師の効果で俺は手札を全て捨て、デッキからカードを5枚ドローする」

 奈多岡はセリフ通りに行動し――


「まずはダンディライオンを召喚」


 二足歩行にデフォルメされたライオンが現れた。たてがみがタンポポの花びら、手が草で出来ている。ライオンの厳(いか)ついは無く、むしろ可愛らしい。

ジャックス・ナイト 攻撃力5100


ダンディライオン
地 星3 攻300 守300
植物族・効果
このカードが墓地に送られた時、自分フィールド上に「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、生け贄召喚のための生け贄にはできない。


「そしてE・HERO(エレメンタルヒーロー)エアーマンを召喚」


 背中にジャイロを内蔵した機会の翼を持つ、仮面の男が現れた。青を基調としたアーマーを着け、肉体は相当鍛えられている。


ジャックス・ナイト 攻5900


E・HEROエアーマン
風 星4 攻1800 守300
戦士族・効果
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。●自分フィールド上に存在するこのカードを除く「HERO」と名のつくモンスターの数まで、フィールド上の魔法または罠カードを破壊する事ができる。●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

「エアーマンの効果でデッキからD‐HERO(デステニーヒーロー)ディスクガイを手札に加え、召喚だ!」

 奈多岡はデッキからディスクガイのカードを手札に加える。
 本来、モンスターを召喚する時にカードを置くのはモンスターゾーンで、モンスターゾーンは満員だ。だが、究極霊魂召喚術師の効果で魔法・罠ゾーンをモンスターゾーンとして使う事が許されるため、そこにディスクガイのカードを差し込んだ。
 すると腕と背中と腰にディスクを取り付けた男が現れる。そのディスクを武器にするのだろうか?

ジャックス・ナイト 攻撃力6700


D‐HEROディスクガイ
闇 星1 攻300 守300戦士族・効果
このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「だが数が増えても、イグナイテッド・ドラゴンの攻撃力に勝るモンスターはいない」

 俺が重々しく言うと。

「端っからイグナイテッド・ドラゴンを倒そうとは思っていない。永続魔法マスドライバーを発動!」

「マスドライバーだと!?」

 俺は驚く。奈多岡に前にある鋼鉄の砲台に。


マスドライバー 永続魔法
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える。


「ジャックス・ナイトを生け贄にマスドライバーの効果を発動」

 マスドライバーはジャックス・ナイトを吸引し、それをエネルギー弾にして俺を撃つ。

「うあッ!」


須藤LP2900


「続いて巨大ネズミを召喚! それをを生け贄にマスドライバー発射!」

 灰色の大きなネズミが現れた。
 さっきと同様に巨大ネズミはマスドライバーに吸引され、マスドライバーはエネルギー弾を俺に向けて撃つ。

「うあああっ」


須藤LP2500


 それ以降も同じ原理で進行する。

「E・HEROエアーマンを生け贄にマスドライバー発射ァー」

「うぅ……」

 さすがに三回目だから俺も少し慣れてきた。


須藤LP2100


「D‐HEROディスクガイを生け贄に発射ーッ!」

「うあ!」


須藤LP1700


「ダンディライオンを生け贄に第五打を発射ァァァ!」

「ぐあっ」


須藤LP1300


 奈多岡にフィールドには今までいなかった綿毛に表情がついたようなモンスターが2体いた。

「ダンディライオンの効果で俺のフィールドに綿毛トークンが2体、1体目を生け贄に、マスドライバー発射ッ!」

「う……ああ」


須藤LP900


「2体目の綿毛トークンを生け贄にマスドライバー発射!」
「うぅっ」


須藤LP500


「俺はさらに獣神王バルバロスを召喚、そしてそのバルバロスを生け贄にマスドライバー発射」

 奈多岡の前に獣神王バルバロスが現れた。1ターンに可能な通常召喚は一回まですでに何回も行っている。それは究極霊魂召喚術師の効果があるから許されているのだ。
 バルバロスは顔は獅子(ライオン)、胴体はシールドとランスを構えた人間、下半身は馬の四ッ足の異様な姿を持つ。 それも今までと同様に、マスドライバーの弾になるため消滅した。そしてマスドライバーから発射されたエネルギー弾が俺を襲う。

「あ……あああっ!」


須藤LP100


「そうか、俺は負けたのか……」

「……究極霊魂召喚術師を生け贄にマスドライバー最終打発射ァーッ!」

 奈多岡はまた複雑そうな顔をしていた。
 究極霊魂召喚術師も例外では無く、マスドライバーの弾になった。そして――


須藤LP0


 俺は沈黙を守って膝をついた。
 しばらく間を空け、悔しそうな素振りをせずに俺は笑顔で言った。

「ありがとう、最後のデュエルの相手になってくれて。もう心残りはない」

 奈多岡は俺の言葉を無視し、切なげに言う。

「俺は信じている……。また、俺にデュエルを挑んでくる事を」

 奈多岡はそれを最後に立ち去った。

「そうだ、これでいいんだ」

 奈多岡が消えた後、膝を地につけて、俺はつぶやく。


 ――俺はデュエルで佐渡を殺(あや)めた
 ――脅迫されていたとはいえ、自分自身の手で
 ――そんな俺にデュエリストである資格は無い。


 俺はしばらく膝をついたまま動けなかった。


(見ツケタヨ)

「なんだ!?」

 突然頭に声が響いた。どこかで聞いたことがある。
 立ち上がり、周りを見渡すと背後に金髪の少年がいた。その少年は褐色(かっしょく)の肌で、日本人ではないだろう。

「やっと魔法(バー)がたまったよ」

 少年は微笑みながらつぶやく。

「この声、キミはムハラか!?」

 俺がムハラに聞くと……

「ええ、僕はムハラだよ。さて挨拶はもう十分でしょ……」

 ムハラの胸が金色の光を放ち始めた。

「なんだこれは……力が……抜ける……」

 俺の視界がぼやけていった。

「安心してよ、全てが終われば豪の両親を殺した記憶も、佐渡を殺した記憶も消してあげるから……」


「どういう……事だ」

 俺はそこで力尽きた。







第二十八章 俺の知っているアナタは!

「サイバー・エンド・ドラゴンで憑依装着(ひょういそうちゃく)―アウスを攻撃、エターナル・エボリューション・バーストォォッ!」

 剣護君の声の次の瞬間には壮絶な爆発音が轟(とどろ)いた。

「うああああ!!」

 僕の驚いた声が響き渡る。


豪LP0





8月14日(金)午前10時50分
龍河高校・OCG部室



「あ〜あ、これで三敗目だ」

 ひざまずいた僕(豪)は残念そうにため息をついて、手札と墓地のカードをデッキに戻し、デュエルディスクの板の部分をクローズした。

「あの瞬間にディメンション・マジックを使っていたらもっといいデュエルになっていたぞ!」

 剣護君は僕に近づき、励ますようにアドバイスをする。
 その直後、ガチャリとドアノブを回す音を立てて、部室に二十代後半の黒髪の男が入ってきた――尾目牙先生だ。尾目牙先生はこの場にいる、僕、剣護君、神谷さん、大崎さんに呼びかける。

「キミ達、頑張っているね!」

 すると。

「まぁ、そろそろ全国大会が始まりますし」

 剣護君は照れるように返事をした。今度は神谷さんが尾目牙先生に近づいて質問をする。

「それにしても須藤さんと佐渡さんが来ていないんですが?」

「あ、俺も気になっていたんですけど!」

 続いて大崎さんも近づいて来て同じ質問をする。すると急に尾目牙先生は浮かない表情を始めた。

「言いにくいんだが、それがどちらも消息不明なんだ」

「「「「え!?」」」」

 尾目牙先生以外の全員が声を揃えて驚いた。

「“しょうそくふめい”ってどういう……」

 剣護君は目を大きく開いて早口で問いかける。

「それが、私にもよく分からないのだ。電話にも出ないし何がなんだか……」

「うーん、この前、須藤さんから電話は来たのに」

 と神谷はつぶやく。

「ま、まぁ二人の事は先生に任せて、キミ達は練習を頑張りなさい」

 尾目牙先生の言葉とともに僕達の練習は再開した。





同日午後1時00分
瑞縞宅・入り口



 練習を終え、僕は家に帰宅しようとしている。
 ――すると、入り口から二十代後半の眼鏡をかけた細身の女性が出てきた。あの三つ編みの黒い髪に赤いタンクトップ、デニムは……。

「姉さん……!」

 彼女は僕の姉――欄(らん)だ。

「どうしてここに?」

 僕は予期せぬ再会に適応できずに言う。すると彼女はあきれたように言い返す。

「なぜってあなた、瑞縞さん宅にお手伝いさんとして雇われているらしいじゃない! 偶然仕事でこの町に来たがらついでに挨拶して来たんだよ!」

「そ、そうなの?」

 僕は目を点にして答えた。

「それにしてもすごいじゃない! 【PRO多電気】社長の家で働かせてもらっているなんて――【PRO多電気】といったら家電品開発の日本最大手じゃない!」

「まぁ、いろいろとあってね」

 僕は答えながら苦笑する。拉致されかけた女の子を救ったのが全て始まりだったけ。

「それにしても」

 姉はニヤニヤしながら僕を見て小さくつぶやく。

「“それにしても”?」

 僕は首を傾げる。


 ――なんなんだろう?

 姉の声は次第に会話の音量になった。

「あんな可愛い姉妹と一緒に生活できるなんてよかったじゃない」

 その時の僕の頬は赤かったと思う。

(そっちか!?)

 姉はこういう話が好物だ。

「ふふふ、もしかして恋しちゃったの? だとしたら恐らく妹の方ね。豪ってそっちの気(け)があるし〜」

「ぼ、僕は別に年下好きとかじゃなくてただ単に、くりえちゃんが――」

 僕は弱々しく声を出す。
 次の瞬間――沈黙が続いた。僕がその沈黙の理由に気づいたのは数秒後だった。

「あっ!?」

 僕は口を手でおさえた。そして目を細め視線をそらした。

「“くりえちゃんが”〜?」

 姉はにやつきながら、白々しく聞いてきた。

「ソ、ソレヨリモソロソロ“仕事”ジャナイノ?」

 僕は“カタコト”で話をそらした。自分でも見苦しいな……。

「ごまかしちゃって、かわいいなぁこの〜……なーんて言いたいところだけど本当に仕事があるからそろそろ行くね」

 姉そう言いここをあとにしようした。

「じゃあ頑張れよー、仕事も恋も」

「“恋”はよけいだよ……」

 姉は去っていった。
 僕はいいかげん、家に入る事にした。
 ――ドアを開けるとそこにはつばきさんがいた。

「あ、お帰りー」

(なんか異様に笑顔だけどどうかしたのかな?)

 つばきさんは微笑みながら汚れない目で僕に訊いてくる。

「ご、豪君のお姉さまってあの欄さんだったんだ〜! 今人気の占い師じゃないの〜!」

「まあね」

 僕ははにかみながら答えた。
 実は僕の姉は少しばかり有名な占い師。
 しかも通常、占いは姓名・手相・人相・生年月日等の依頼人からの情報を元に占うのらしいが彼女の場合は他ならぬ“予言”だ。かなりの集中力を使うため使用制限はあるものの、相手をただ見つめるだけで占えるらしい。しかも的中率は八割を超えるとか。

「すごいですね〜。私も今度占ってもらいたいですよぉ」

「まあ、今度頼んでみるよ」

 僕はそう答えた次の瞬間、今度はつばきさんの背後からくりえちゃんが現れた。

「あの」

 くりえちゃんはこわばった顔で僕達を呼ぶ。

「ん、どうしたのくりえ?」

 それに対してつばきさんは笑顔でやさしく尋ねた。

「い、いや豪君を少し借りたくて」

 「“借りたくて”って!?」と言う指摘はおいといて――

「僕を?」

 どうやら僕に用があるらしい。

「後で私の部屋に来てちょうだい」

 くりえちゃんはそういい立ち去った。早足のせいか赤い髪とスカートがなびいている。

「なんだろう?」

 僕は不可解そうに首をかしげた。

「なんか用事があるみたいだし、行ってあげてください」

 と、つばきさんに言われて僕はくりえちゃんの部屋に向かった。





同日午後1時15分
瑞縞宅・くりえの部屋



 僕達はソファーに向かい合って座っている。

「――と言うワケでもうすぐお姉ちゃんの誕生日なんだけど、何をプレゼントすればいいのかな……?」

 と、くりえちゃんは思いつめた顔で僕に質問する。

「えーと、つばきさんってなんか欲しそうにしていた物とかないの?」

 彼女はアゴに右手の人差し指を入れて考える。「うーん」とうなずきながら――

「最近お姉ちゃん、忙しくてあまり会えないし……分からないなぁ」

「それは困ったね」

 僕の言葉を最後に数秒の沈黙が続き――「あ」と彼女はつぶやいた。何かひらめいたらしい。

「そういえば、《あれ》が――」





同日午後3時00分
龍河町・狩主馬商店街



「本当にそれでいいのかな?」

 僕はくりえちゃんの持つ赤いリボンで結ばれた白い箱を見つめる。彼女が両手丁寧に支えている。
「うん♪ きっと喜ぶよ!」

 彼女は微笑みながら言う。
 僕達は今、商店街の中を歩いている。
 小規模ながら色々なジャンルの店が並んでいて、結構栄えている。どこを見渡しても、最低十人の人が見えるくらいのにぎわいだ。

「でも、どうしてそれにしたの?」

 僕が答えると彼女は真顔で――

「なんとなく」

 と言い切った。
 僕にとってそれは不可解だったからまた聞き返す。手のひらを上に向けて。

「な、“なんとなく”どういう事なの?」

「この前お姉ちゃんから《あれ》が欲しいって心の声が聞こえた気がしたの」

 彼女の自信あり気な返答に僕は戸惑ってばかりだ。

「えーと――そ、それなら大丈夫だと思うよ。うん(心の声ぇっ!?)」

 僕の反応が白々しかったのか彼女がムッとした顔で僕を見た。

「はぁ、絶対……に信用していない目だわ……」

 彼女はガッカリし始めた。

「やだなぁ、信じているよ」

「心の中でうさん臭そうに「心の声」とか言っていそうよ……」

「いってないよ」

 やはり僕の言い方は白々しいらしく、くりえちゃんにまた言われる。

「まぁ、信じるなんて無理よね。自分でもよく分からないし」

「で、でも僕だってよく分からないけど分かってしまう事あるよ!」

 苦し紛れに言った僕のセリフに聞き入り、彼女が興味を示す。

「え? 豪君も!?」

「うん、くりえちゃんと違って僕は未来が見える瞬間がたまにあるんだ」

「へぇ、世の中不思議な事ってあるもんね」

 二人でしみじみと会話しながら僕は商店街を歩いている。
 ――するとくりえちゃんが「あ」と右を向く――その先には《日向慢精肉店》と看板を掲げた店があった。

「そういうばここの店のソーセージを買っていこうよ!」

 僕が「うん」と言いかけている時にはすでに、彼女は店の中にいた。

「あ、まってよぉ〜」

 僕もあわてて店の透明色の自動ドアの前に立つ。するとそれは開き、僕はその向こうに行く。

「えぇっと、どれがいいかな?」

 僕が店の中に入ると、くりえちゃんはショーケースの中にある商品を見つめながら僕に訊く。

「え? どんなのがあるの?」

 僕はショーケースの中の商品を見る。
 そこには生肉からウィンナー、ハム等の加工品が品揃え豊かに並んでいた。ここではその一部を紹介しよう。


 ――牛婆裸肉(ぎゅうバラにく)
 ――牛詐唖露淫肉(ぎゅうサーロイン)
 ――豚賂押肉(ぶたロースにく)
 ――耳餓嗚(ミミガー)
 ――引取手(レバー)
 ――掘者(ホルモン)
 ――予備離部(スペアリブ)
 ――破夢(ハム)

 うん、肝心なのは内容だよ内容。
 タイトルなんて飾りさ! 大丈夫、肉の見た目は普通だから。変に黒かったり、角張っていたりはしないから。
 ほら、映画とかのタイトルを見ただけで「絶対に駄作だな」と思っていたのに実際に見てみたら意外と面白かった――そんな経験はみんなにもあると思う。
 僕には無かったけど。

 「どうしたの?」と真顔で答えるくりえちゃん。

「あ、ソーセージだったね」

 ――と、僕。
 僕はソーセージのコーナーを見た。


 ――勝利名吾(ウィンナー)
 ――腐乱苦古吐(フランクフルト)
 ――没宮侮留守吐(ボックヴルスト)
 ――屋悪侮留守吐(ヤークヴルスト)
 ――美娃侮留守吐(ビアヴルスト)
 ――宙躙餓娃(チュウリンガー)


 等々だ。見た目は普通だから大丈夫。名前で判断してはいけない。

「僕は腐乱苦古吐がいいな」

 僕達はソーセージを買って店を出た。

「さてと、この商店街の近くに公園があるからそこで食べようよ」

 彼女の声が僕の耳に届いた時には僕と十メートル近くの距離があった。

「あ、待ってよ」

 僕はあわててくりえちゃんを追いかける。意外とフットワークが軽いなぁ。
 商店街の外にある公園――龍河東公園の中の青いベンチに僕達は並んで座る。

「さて、食べようよ!」

「うん」

 僕達は袋紙の中からソーセージを取り出す。

「いただきます」

「早いよ!」

 くりえちゃんは僕の三倍の素早さで袋から白いソーセージを取り出して口に入れた。
 気を取り直して僕も――赤みかかったソーセージを口に入れる。
 パクリとボイルされたお肉の棒に噛みつく。
(うわ……、中からなんかドロドロの、気持ち悪い液体が出てきた)

 それはお世辞にも「美味しゅうございます」とは言えない味だった。

「美味しゅうございます」

 僕の隣から声が聞こえた。それはもちろん赤い髪の少女――瑞縞くりえちゃんからだ。

「ええ!?」

 と、三分弱――

「そういえば、ここって私達が初めて出会った場所だったね」

「まぁ、そうだね」
 僕は苦笑気味に答えた。

(くりえちゃん、誘拐されそうになっていたんだよな――そういえばムハラのデュエルもここだったな……)

 僕が考え込み始めると――

「どうしたの豪君? 険しい顔をして」
 僕は彼女に言われ、あわてて笑顔をつくって返事をした。

「あ、気にしないで」

「ならいいけど。それにしてもあの日、私を拉致しようとした辺江太って人、私の両親を殺した人達なの」

「ふーん」

 彼女は深刻そうに言っていたが、その重大さに気づくには少しばかりの沈黙が必要だった。

「それどういう事!? あの辺江太って人、両親を殺した人だったの!?」

「う、うん……。ちゃんと逮捕されたけどあの時は脱獄してきたらしいわ」

「な、なんか複雑だね……」

 僕の返答に「うん」と答え、彼女はさらに悩ましげに言葉を続ける。

「それにしても昔、彼が殺した時、辺江太は必死に裁判で『私は何も知らない!』って訴えていたの」

 僕は恐る恐る答える。

「それって……単なる言い逃れじゃないの?」

「確かにそうだった、でも」

 彼女は悲しさをこらえているようだった。自分の両親が殺された事に関する話だから無理も無い。

「私も最初は言い逃れだと思ったけど、本当に必死で嘘には思えないの。もう六年近く前の話だからあまり記憶はないけど」

 重いムードを逆なでするかのようにリリリリリと何かが鳴った――僕の携帯電話の着信音だ。

 僕は慣れた手つきで電話を操作し、受話器に耳をあて、送話器に口を向ける。

「俺だ、須藤だ」

 受話器から低いトーンの声が聞こえた。内容通り、間違いなくこれは須藤さんの声だ。

「す……どうさん!? どうしたんですか?」

 僕は落ち着けず、あわてて聞き返した。

「デュエルディスクを持って龍河樹林まで来い」
 その言葉と共に電話は切れた。妙に感情の感じられない声だったけど……。

(なんか……すごく嫌な予感がする)

 僕は思い立ち、立ち上がる。

「ごめんくりえちゃん、僕用事ができちゃった!」

「そうなの? 気をつけてね」

 僕は龍河樹林に向かう。





同日4時00分
龍河樹林



 辺り一面の杉の木――僕はそんなところにいる。しかしそんなに規模は大きくなく、果てが簡単に見える。

「豪?」
「剣護君?」

 後ろから剣護君が現れた。どうして彼がここに?

「お前も須藤さんに呼ばれたのか?」

「うん、一体何なんだろう」

 僕達が話し合っているとある声が聞こえてきた。

「来たな」

 この声は須藤さんだ。僕達の前からゆっくりと、一糸乱れずに直進してくる。そして――

「本当は俺は豪の両親を殺していた」

「な、何をいきなり!?」

 剣護君は戸惑いを隠せない。彼の表情が固まった。
 僕はうつろな面持ちでいる。僕は前も聞いた事ががその時はあくまでも悪夢を見ていたの話だった。しかし今回は殺したと断言した。

「そして、佐渡は死んだ。俺が殺した」
「「え!?」」

 もう僕達は驚いてばかりだ。


 ――佐渡さんが死んだ
 ――殺したのは須藤さん


 訳が分からない――それが僕達の本音だ。


 須藤さんは僕達に近づく。

「デュエルだ、二人まとめて――トライアングルデュエルで相手をしてやる。俺が勝ったら貴様等のデッキからカードを1枚ずつ頂く。逃げる事は許さん」

 その瞬間、須藤さんの額が光り――それが消えると僕達の周りは黒い闇に包まれた。

(これは――闇のゲーム? でもムハラの時とは違い、息苦しさは無いな……)
 僕と剣護君はデッキを順序に須藤さんに渡し、両方シャッフルされた。今度は剣護君が須藤さんのデッキをシャッフルする。

「1対2ではこちらが不利、だから貴様等のライフは4000ずつだ」

(なぜだろう? こんな時にデュエルなんて断りたいんだけど……そんな気が起きない。これも闇の力?)

 剣護もただ黙々とデュエルの準備ができていた。

 デュエルディスクのソリッドビジョンシステムが作動できるようお互いに距離を取り、僕を含めたみんながデッキからカードを5枚引く
 ――「デュエル!」とゲーム開始のかけ声を僕達は叫んだ。

豪LP4000
剣護LP4000
須藤LP8000


「(よく分からないけどやるしかない)僕のターンドロー!」

 まずは僕がターンプレイヤーになりデッキから慎重にカードをドローする。
 数秒確認し――

「白魔導士ピケルを召喚!」

 モンスターゾーンにゆっくりとカードを置く。
 白装束に羊の帽子に身を包む、魔法使いの幼い少女が現れた。


白魔導士ピケル
光 星2 攻1200 守0
魔法使い族・効果
自分スタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在するモンスターの数×400ライフポイント回復する。


「ターンエンド!」

「俺のターンだな、ドロォ」

 須藤さんは吐くように言い捨て、乱暴にカードを引く。

「フン、天使の施しを発動!」

 須藤さんは慣れたかのようにデッキからカードを3枚引き、2枚の手札を墓地に捨てる。


天使の施し 魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。


 須藤さんはニンマリと不敵な笑みを浮かべた。

「何か……来る!?」

 と、剣護君。僕も――

「……な、なんだ!?」


「龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動、墓地の融合呪印生物(ゆうごうじゅいんせいぶつ)―光とカオス・ソルジャーを融合し出てこいィ、究極竜騎士(マスター・オブ・ドラゴンナイト)!」


 須藤さんのフィールドに究極竜騎士が現れた。青い瞳の三ッ首竜に赤い髪の剣士がまたがっているのがその姿だ。


龍の鏡 魔法
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

究極竜騎士
光 星12 攻5000 守5000
ドラゴン族・融合/効果
「カオス・ソルジャー」+「青眼の究極竜」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードを除く自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体につき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。


 融合呪印生物―光は自らの効果で究極竜騎士の融合素材である青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)の変わりとなった。


融合呪印生物―光
光 星3 攻1000 守1600
岩石族・効果
このカードの融合素材モンスター1体の変わりにする事ができる。その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。フィールド上のこのカードを生け贄に捧げる事で、光属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「いきなり究極竜騎士か……」

 剣護君が究極竜騎士の迫力にひるむ。

「ククク、このターン――まずは豪から消してやる!」

「え!? でもトライアングルデュエルでは全てのプレーヤーは攻撃できないハズ?」

 僕は須藤さんの妙な笑みに戸惑い続けている。

「次は悪夢の拷問部屋を発動!」


悪夢の拷問部屋 永続魔法
相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。


「そして黒いペンダント(ブラック・ペンダント)を究極竜騎士に装備」


究極竜騎士 攻撃力5000→5500


黒いペンダント 装備魔法
装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える。


「だが、どんなに攻撃力をあげても攻撃はできず、豪を倒すことはできないはずだ!」

 須藤さんはまた手札から1枚のカードを取り出す。

「プロミネンス・ドラゴンを召喚!」

 今度は二本の角を持ち炎に包まれた竜が現れる。


プロミネンス・ドラゴン
炎 星4 攻1500 守1000
ドラゴン族・効果
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、このカードは攻撃する事ができない。自分のターンのエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。


究極竜騎士 攻撃力5500→6000


「覚悟だぁ、エクトプラズマーを発動」

「「ハッ!?」」

 僕と剣護は同時に須藤さんの狙いに気がついた。

「本当に僕は負けてしまう……」


エクトプラズマー 永続魔法
各プレイヤーは自分のターンのエンドフェイズ時に1度だけ、自分フィールド上の表側表示モンスター1体を生け贄に捧げ、元々の攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える。

 剣護君は気まずそうに「豪」と僕を呼んだ。


「リバースカードを1枚セット、ターンエンドだ――ここでエンドフェイズに発動する効果の処理をしとかなきゃなぁ」

 須藤は揶揄(やゆ)するように言った。
 僕と剣護君は青ざめる。

「まずはプロミネンス・ドラゴンの効果で豪に500ポイントのダメージを与える」

 プロミネンス・ドラゴンが炎を吐き出し、僕を襲う。

「うあああああっ!」

豪LP3500


 僕は大げさに叫んだ。本当に苦しんでいるように――

「ど、どうした!? 豪!?」

 剣護君も僕のオーバーリアクションに驚いていた。

(やはりムハラの時ほどの苦しみはないが……これは闇のゲーム)

「そして悪夢の拷問部屋の効果で300ポイントダメージの追撃」

 須藤さんは不気味な笑みを絶やさずに宣言する。

「うっ……!」

 もう一度激痛が来た。

豪LP3200


「そして今度は、エクトプラズマーの効果で究極竜騎士を生け贄に、2500ポイントのダメージを豪に!」


 究極竜騎士から魂が抜け、それが僕に衝突する。

「ぐあ……ああ」


豪LP700


「悪夢の拷問部屋の効果で追撃」

 僕は言葉にならない叫びをあげた。その間、剣護は固まっていた。

豪LP400

「そして黒いペンダントの効果でお前は500ポイントダメージを喰らい、ジィ・エンドだぁ!」

「うああああああああああッ!!」


豪LP0


 僕はうつ伏せに倒れ、息絶えた。





「安心しろ、気絶しただけだ」

「豪……」

 俺は目の前の光景に絶句している。
 幻影であるはずのソリッドビジョンの攻撃を受けて豪は気絶したからだ。

「バカ……な!」

 自然と口から言葉が出た。もう何が起きているのか分からない。

「俺は知っていた」
 須藤さんはさっきとは違い、悲しげな表情で話を始めた。
「攻撃すれば豪がこうなると知っていて攻撃した――これが俺の本質なんだ!」

「違……う!」

 また反射的に俺の口から言葉が出た。さっきの出来事から、俺の思考はあまり機能していないから本能的に出た言葉だった。


「今のあなたは、俺のしている須藤さんでは無い……!」

「悪いが俺は替え玉ではない。正真正銘の須藤尚輝だぁ!」
 俺は挙動不審(きょどうふしん)のまま反論する。

「でも、違う。何かが――」




第二十九章 憎しみメロディー

剣護LP4000
手札5枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し

須藤LP8000
手札0枚
モンスター
【プロミネンス・ドラゴン】
魔法・罠
【悪夢の拷問部屋】
【エクトプラズマー】
リバースカード1枚


 豪は未だに倒れたままだ。

「一つ言っておく」

 須藤さんは高圧的に俺(剣護)に告げた。

「このデュエル、負けた方は闇にのまれて死ぬ」

 一瞬、豪を見て話を続ける。

「現時点で豪は気絶で済んでいるが貴様が負ければ二人とも闇にのまれるぞ」

 俺からは何の言葉も出ない。いや出せないのだ。
 現実で起きている出来事が何もかも突拍子無い。

 ――豪の両親を殺した犯人が須藤尚輝
 ――佐渡理奈は死んだ
 ――しかも、その犯人も須藤尚輝
 ――辺り一面に広がる闇
 ――ソリッドビジョンに豪がやられた

(正直こんなデュエルは早くやめたいところだが――なぜだ? 逃げる気にもなれない)

「その顔を見る限り、こんなデュエルは嫌らしいな……。だが逃げるなんてのは無駄だ!」

 須藤さんが言葉を発する度に、頭がこんがらがる。もう、完全に心が折れてしまった。

「俺達を覆うこの闇は人の心に入り込む――この闇によって俺達は、潜在的にデュエルを強いられているんだ」

 この、言葉を聞いてもなお、俺は固まっていた。

「ククク、早くしないと思考時間の五分が過ぎ、貴様等は負けるぞ」

 須藤さんの言葉がいちいち俺を冷やかす。

 俺は「くそっ」と嘆きながら、右腕で額の冷や汗を拭い、その手をデッキの上に置く。

「ドロー」

 苦い顔で引いたカードを確認する。 

(考えるんだ!――今、何をするべきなのか)

 手札のカード1枚をモンスターゾーンに置く。

「サイバー・ドラゴンは自分フィールドにモンスターがいなく、相手フィールドにモンスターがいる場合は特殊召喚ができる」

 白銀の鋼鉄で製造された竜が現れ、雄叫びを上げる。


サイバー・ドラゴン
光 星5 攻2100 守1000
機械族・効果
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「続いて、サイバー・レオンを召喚!」

 お次は鋼鉄機械の獅子。内部のヒューズ等が見える無骨なデザインだ。


サイバー・レオン
地 星4 攻1600 守1000
機械族・効果
このカードは魔法、罠、モンスター効果では破壊されない。


 須藤さんのフィールドにはモンスターがプロミネンス・ドラゴン。魔法・罠(トラップ)は悪夢の拷問部屋とエクトプラズマー、そしてリバースカードが1枚。

「リバースカードには気をつけるべきだがサイバー・レオンは魔法・罠カードが効かない」

 須藤さんは無言で俺を睨む。
 俺は深呼吸し――

「バトルフェイズ。サイバー・レオンでプロミネンス・ドラゴンを攻撃」

 俺が叫び、サイバー・レオンはさっそうと右の前足でプロミネンス・ドラゴンの胴体を引きちぎった。プロミネンス・ドラゴンは消滅した。
 サイバー・レオンの攻撃力は1600、プロミネンス・ドラゴンのは1500で差は100。

「フン、ぬるい」

 須藤さんは眉間にシワを寄せる。やはり彼にも激痛は来るらしい。


須藤LP7900


「俺のライフは4000、ここで戦闘ダメージを相手に移す罠とか出されるのを考えたらうかつには攻撃できない。メインフェイズ2に突入しリバースカードを2枚セット、ターンエンドです」

 裏側に伏せられたカードのソリッドビジョンが2枚現れる。

「ここでエクトプラズマーの効果発動、貴様もモンスターを生け贄にしてもらう!」

「そうだった、サイバー・ドラゴンを生け贄に……」

 サイバー・ドラゴンから魂が抜け、須藤さんを襲う。サイバー・ドラゴンはもちろん消えた。

「この程度の痛みがなんだぁ」

 彼は怒りのにじみ出た声でサイバー・ドラゴンの魂を受け止めた。


須藤LP6850


「俺は地下デュエルも少しばかりかじっていてなぁ、痛みには慣れていてなぁ」

 須藤は怒りをぶつけるようにぶつぶつと言葉を吐く。

「他人の命を奪う代償が痛みなら安いものだぁ」

 俺はただ突っ立ていた。何もせずに鳥肌を立て、まばたきも辛くなった。
 須藤さんは言葉を続ける。

「だから貴様等とて、俺はためらわずに殺す! それも己のエゴでぇ、サディズムを満たすためになぁ」

 彼はデッキに手を置く。

「俺のターンだ、ドロー! 強欲な壺を発動」

 須藤さんはカードの効果でまたカードを2枚引く。


強欲な壺 魔法
自分のデッキからカードを2枚ドロー。


 引いた2枚のカードを正視、怒りの表情から口元の歪んだ笑みを浮かべる。

「ハ、どうやら今日は引き運に恵まれているようだ」

 引いたばかりのカードの内1枚を押し込むようにモンスターゾーンに置く。

「デスカリバー・ナイトを召喚」

 仮面を装備した乗馬騎士が現れた。
騎士も馬も黒が目立つ。


死霊騎士デスカリバー・ナイト
闇 星4 攻1900 守1800
悪魔族・効果
このカードは特殊召喚できない。効果モンスターの効果が発動した時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げなければならない。その効果モンスターの発動と効果を無効にし、そのモンスターを破壊する。


 須藤さんはサイバー・レオンを指差し――

「デスカリバー・ナイトでサイバー・レオンを攻撃だ」

 デスカリバー・ナイトは馬を走らせ、矛でサイバー・レオンを突き刺す。
 そしてサイバー・レオンは爆散した。
 攻撃力差、300ポイントのダメージが俺を襲う。

「く……、ああっ!」

 俺も例外では無く、激痛を感じる。


剣護LP3700


「くそっ……――リバースカードオープン、バージョンアップを発動!」


 伏せられていたカードのソリッドビジョンがめくれ、効果が発動する。


バージョンアップ 速攻魔法
フィールド上の機械族モンスターが破壊された時に発動する。自分のデッキから破壊されたモンスターよりもレベルの高い機械族モンスター1体を手札に加えシャッフルする。


「このカードで、デッキからソウル・ガードナーのカードを手札に加える」


 俺はなれた手つきでデッキからソウル・ガードナーのカードを取り出し、残りのデッキをシャッフルしてデュエルディスクに戻す。

「バトルフェイズ終了、ターンエンドだ――ククク」

 須藤さんは陰険(いんけん)な笑い声を聞かせ――

「エクトプラズマーの効果発動、デスカリバー・ナイトを生け贄に捧げる!」

 デスカリバー・ナイトからもやはり、魂が抜け、それが俺を襲う。
 「うあああああああああああ!」と悲鳴をあげて、胸に手を当てた。


剣護LP2750


「まだだ、悪夢の拷問部屋の追撃で300ポイントダメージ!」

 俺はほとばしるあふれんばかりの苦痛に必死で耐えた。


剣護LP2450


 「はぁはぁ」と荒い息を整え、デッキにやさしく手を触れる。

「ドロー。俺も強欲な壺でカードを2枚ドロー!」

 カードを2枚引き――

「まずはモンスターを出さないと! マシンナーズ・ソルジャーを召喚!」

 緑を基調としたフォルムのヒューマノイドが現れる。右手には大型のコンバットナイフが固定されている。


マシンナーズ・ソルジャー
地 星4 攻1600 守1500
機械族・効果
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合にこのモンスターの召喚に成功した時、「マシンナーズ・ソルジャーを除く「マシンナーズ」と名のついたモンスター1体を手札から特殊召喚する。


「そして、マシンナーズ・ソルジャーの効果発動」
「かかったな!」

 俺の言葉に割り込み――

「カウンター罠、神の宣告を発動。ライフポイントを半分払い、これでその効果は無効にし破壊だァァ」


須藤LP3425


 マシンナーズ・ソルジャーは何の力も発揮できずにはかなく消えた。


「さらに、相手カードの効果で無効にした事により、手札から冥王竜ヴァンダルギオンを特殊召喚ーッ!」

 黒ずくめに赤いラインが入ったカラーリングの翼龍が現れた。龍にしては腕が発達していて、太く長い。


冥王竜ヴァンダルギオン
闇 星8 攻2800 守2500
ドラゴン族・効果
相手がコントロールするカードの効果をカウンター罠で無効にした場合、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、無効にしたカードの効果により以外の効果を発動する。
●魔法:相手ラインに1500ポイントのダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


「やべぇ……」

 俺は冷や汗をかく。先行きが心配すぎて。

「さて、この効果で特殊召喚した時、ヴァンダルギオンはさらなる効果を発動できる。効果モンスターを無効にした場合、自分の墓地からモンスター1体を特殊召喚!」

 俺は舌打ちした。この状況でも十分劣勢なのにさらにモンスターが出されたら……!

「俺が特殊召喚するのは、プロミネンス・ドラゴンだ。攻撃表示!」

 プロミネンス・ドラゴンは復活する。攻撃を受けた跡すら無く。

「まだ俺のターンだったな……サイクロを発動し、エクトプラズマーを破壊! ターンエンド!」

 エクトプラズマーは竜巻に破壊された。

サイクロン 速攻魔法
全フィールド上の魔法、罠カードを1枚を破壊。


「俺のタァァーン、ドロー」

 と図太い声とともに須藤さんはカードを引く。

「バトルフェイズ――プロミネンス・ドラゴンでダイレクトアタック!」

「今だ! 聖なるバリア-ミラーフォース-発動!!」

「こ、しゃ、く、なァァ!」


 プロミネンス・ドラゴンは俺に向けて、炎を吐く――が、俺はそれに触れる前にバリアを発生させ、炎を相手モンスター達に倍返しする。当然、須藤さんのプロミネンス・ドラゴンと冥王竜ヴァンダルギオンは玉砕し、姿形無い。


聖なるバリア-ミラーフォース- 罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「やりやがったな、モンスターをセット、ターンエンドだ!」

 いらだちながらモンスターカードを伏せて、ターンエンドさせた。

(このターンはなんとかあの激痛はまぬがれたか)

 俺はとりあえずの安堵(あんど)に胸をなで下ろす。

「俺のターンドロー」

 自分のデッキからカードを引き――

(だがどうするこのデュエル? 須藤さんの言うことが本当なら、敗者は闇にのまれるらしい)

 ――つまり――

(たとえ、俺が勝ったところで須藤さんが闇にのまれてしまうって事だろ? どうすればいいんだよ!?)

「どうした? 早くターンをプレイしろ」

 俺をせかし――

「それとも手札に使えるカードが無いのか?」

 今度は俺をからかうように言う。

「貴様の手札は4枚で俺が知る限りのカードはソウル・ガードナーとマシンナーズ・スナイパー――少なくともレベル4のマシンナーズ・スナイパー召喚ぐらいはできるはずだが?」

「ええ、マシンナーズ・スナイパーを召喚」

 ベージュを基調としたマシンナーズ・スナイパーと同タイプのヒューマノイドが現れる。マシンナーズ・ソルジャーと異なるのは全体的に細長のボディと右手の装備がスコープガンである事だ。


マシンナーズ・スナイパー
地 星4 攻1800 守800
機械族・効果
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、「マシンナーズ・スナイパー」を除く「マシンナーズ」と名のついたモンスターは攻撃をする事ができない。


「そして、バトルフェイズ」

 俺は裏守備モンスターのソリッドビジョンを指差した。

「マシンナーズ・スナイパーで裏守備モンスターを攻撃」

裏守備モンスター:メタモルポッド


 裏守備モンスターは壺から大きな目玉を一つ覗かせるグロテスクなモンスターだった。

「メタモルポッドのリバース効果でお互い手札をすべて捨て、カードを5枚ドロー!」

 須藤さんの言葉通りにする。

(勝っても負けてもダメなら――)


メタモルポット
地 星2 攻700 守600
岩石族・効果
リバース:お互いの手札を全て捨てる。その後、それぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。


 その後、マシンナーズ・スナイパーはスコープガンをメタモルポッドに向けて、狙撃する。メタモルポッドはあっけなくそれを受けて消えた。

「メインフェイズ2に突入し、手札から死者蘇生を発動!」


死者蘇生 魔法
自分または相手の墓地からモンスター1体を選択する。選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。


「墓地からソウル・ガードナーを特殊召喚!」

 黒い機械の鎧をまとった、銀髪の男が大剣を構えて現れる。


ソウル・ガードナー
闇 星7 攻2500 守1100
機械族・効果
このモンスターは戦士族モンスターとしても扱う。このモンスターが魔法・罠・モンスターカードの効果を受けた場合、その効果を受けなくてもよい。1ターンに一度、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚をデッキに戻すことができる。戻したモンスターの属性が地・水・炎・風の場合、以下の効果を発動する。●地属性:フィールド上の魔法・罠ゾーンに存在するカードを1枚破壊する。●水属性:フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更する。●炎属性:このモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。●風属性:自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「そして、フィールド魔法――魂の踊り場を発動!」

 デュエルディスクの端にカードを置くスペースが展開しし、そこにフィールド魔法を置いた。
 するとフィールド魔法のソリッドビジョンにより、辺りが変化する――どこかの洞窟の内部になり、魂らしき玉が漂っている。


魂の踊り場 フィールド魔法
フィールド上の「ソウル・サクセサー」または「ソウル・ガードナー」の攻撃力は500ポイントアップする。ドローフェイズ時、デッキからカードを引く代わりに墓地の1番上のカードを手札に加える事ができる。


ソウル・ガードナー 攻撃力2500→3000


「ソウル・ガードナーの効果で墓地のサイバー・レオンをデッキに戻し、悪夢の拷問部屋を破壊」

「フン、その程度」

 ソウル・ガードナーは大剣から繰り出す鎌鼬(かまいたち)で悪夢の拷問部屋のカードを粉々に砕いた。

「リバースカードを1枚セット、ターンエンド」


剣護LP2450
手札2枚
モンスター
【ソウル・ガードナー】
魔法・罠
【魂の踊り場】
リバースカード1枚

須藤LP3425
手札5枚
モンスター
無し
魔法・罠
無し


「俺のターン、貴様のフィールド魔法の効果でメタモルポッドを手札に」

 彼は墓地から出てきたカードを取る。

「手札を1枚捨て、紅の炎竜(クリムゾン・フレイム・ドラゴン)を特殊召喚」

 言葉通りに手札を1枚捨て、炎の大蛇(おろち)を召喚する。プロミネンス・ドラゴンとは違い、本体が金色の甲殻に護られている。


紅の炎竜
炎 星5 攻2400 守0
ドラゴン族・効果
自分が相手より手札の枚数が多い場合、手札を1枚捨てる事でこのカードを手札から攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「だが、攻撃力ではソウル・ガードナーの方が上……つまり融合が!?」

「ハハッ、さすがは! ご名答様だ」

 須藤さんは手札のカードをそつなくデュエルディスクに差し込んだ。

(俺の予想が正しければあれは龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)で、融合召喚するのは――)

「手札から2枚目の龍の鏡を発動ォォ、場の紅の炎竜及び、墓地の闇属性モンスター2体を融合し」

 須藤さんの墓地からデスカリバー・ナイトとヴァンダルギオンが湧き出て、紅の炎竜に吸い込まれていく。
 彼は叫ぶ。「出てこい」と、そして――

「禁断爆炎龍(フォビドゥン・バーン・ドラゴン)ッ!!」

 たちまち、3体のモンスターの姿は交わり、巨大な紅の炎竜が形成される。それは以前の紅の炎竜とは違い、全身の炎がスモッグのようにドス黒い。

「やはり……」


禁断爆炎龍
闇 星9 攻? 守0
ドラゴン族・融合/効果
「紅の炎竜」+闇属性モンスター1体以上
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。このモンスターが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するこのカード以外のカードを全て破壊する。このカードの元々の攻撃力は融合素材にしたモンスターのレベルの合計×200の数値になる。ライフを半分払う事により発動ターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に存在する「禁断爆炎龍」以外のカードの効果は全て無効となる。


紅の炎竜 レベル6
死霊騎士デスカリバー・ナイト レベル4
冥王竜ヴァンダルギオン レベル8


禁断爆炎龍 攻撃力3600


「でも、俺にも対策はある! 罠カード、奈落(ならく)の落とし穴で禁断爆炎龍を除外!」

 俺の発動した罠で、禁断爆炎龍は召喚された次の瞬間には消えていた。


奈落の落とし穴 罠
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。そのモンスターを破壊し、ゲームから除外する。


「チィ、余計なことを! だが俺も保険は準備していた、ネクロフェイス召喚!」

 今度はホラー映画に出てきそうなモンスターが現れた。ネクロフェイスは本体が人形のような顔のみで、所々から触手のような物がはみ出しでいる。

「ネクロフェイスは召喚に成功した時、ゲームから除外されているカードをデッキに戻す」

 デュエルディスクの墓地ゾーンから除外されていたカードが全て出てきた。それを須藤さんはデッキに加えてシャッフルし、デッキをデュエルディスクにセットし直す。

「そして、デッキに戻したカード1枚につき、攻撃力が100ポイントアップする」


ネクロフェイス
闇 星4 攻1200 守1800
アンデッド族・効果
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されているカードを全てデッキに戻してシャッフルする。このカードの攻撃力は、この効果でデッキに戻したカードの枚数×100ポイントアップする。このカードがゲームから除外された時、お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。


ネクロフェイス 攻撃力1700


「だが、まだソウル・ガードナーの方が攻撃力は上です!」

「落ち着けよ。強制転移を発動ォォ!」


強制転移 通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。そのモンスターはこのターン表示形式を変更できなない。


「コイツの効果でお互いに自分のモンスターを選択して相手プレイヤーにコントロールを渡す。確か、貴様のソウル・ガードナーはカード“効果”を拒絶できたはずだが、今回入れ替わるのは強制転移の“効果”では無く、貴様自身の“選択”によってコントロールを移すのだから話は別だ!」

「そうか!?」

 俺の額から冷や汗が流れた。


 ――まずい!


「俺の場にはネクロフェイスしかいないからもちろんそいつを――貴様の方もソウル・ガードナー1体だけだなぁ」

 また、俺をからかう。

「く、俺はソウル・ガードナーを」

 お互いのモンスター入れ替わるように、相手側のフィールドへワープする。
 須藤さんは獲物を仕留めるような目で俺を見る。

「さぁ、喜べぇ、貴様のかわいいげぼくにやられるなら本望だろォ……」

 俺にコントロールが移ったネクロフェイスを指差して叫ぶ。

「まずは、ソウル・ガードナーの効果で墓地のプロミネンス・ドラゴンをデッキに戻し、自身の攻撃力をさらに500ポイントアップ!」


ソウル・ガードナー 攻撃力3000→3500


「そして、バトルフェイズ! ソウル・ガードナーでネクロフェイスを攻撃!」


 ソウル・ガードナーは素早い動きでネクロフェイスに飛びつき、斬りつけた。ネクロフェイスは真っ二つになり破壊された。そして破壊されたら消えるのがこのゲームのルールである。

「ソウル・ガードナーとネクロフェイスの攻撃力差は1800。貴様のライフは2450だからまだ残っちまうが、まぁいい」

 須藤さんが流暢(りゅうちょう)に分析している間に俺は激痛でまた絶叫した。

「痛、……う、ああああ、あああ!」


剣護LP650


「う、はぁ……くっ」

 あまりのつらさに倒れ込んでしまった。

「それにしてもよぉ、いい加減気づけ。俺は貴様が苦しむ姿を楽しんでいる、面白がっている!」

 今度は彼の怒りが始まった。

「これが俺なんだよ。人を傷つけ、苦しめ、怯えさせるのが好きなケダモノなんだよ!」

「う、嘘だ、……嘘だ!」

 俺は全身の痛みをこらえて、反論する。

「あなたは俺の知っていた須藤さんなんかじゃない!」

「フン、なら貴様の知っていた俺の方が偽装(フェイク)だった。それだけの事」

 俺は少し言葉に詰まったがまた言い出す。

「きっと、何かに操られているんだ! さっきだってネクロフェイスではなくメタモルポッドを召喚していたらあなたは勝っていた!」

「何っ!?」

「そんなミスはまずしない。きっと須藤さんはためらっているんだ!」

「ぬう!」

 須藤さんは突然、痛そうに頭を押さえた。

「勝手にほざいてろ! 今はデュエル中だァァ」

 俺は立ち上がり、静かに――

「そうですね。俺はまずこのデュエルを終わらせるべきだ!!」

 須藤さんは頭を押さえた手を離し、冷やかすように――

「まぁ、デュエルが終わった後に残っているのはどちらかだけどな。ターンエンドだ」


剣護LP650
手札2枚
モンスター
無し
魔法・罠
【魂の踊り場】

須藤LP3425
手札1枚
モンスター
【ソウル・ガードナー】
魔法・罠
無し


「俺のターンドロー! サイバー・フェニックス召喚!」

 鋼鉄の不死鳥が現れ、熱に包まれた翼を羽ばたかせる。


サイバー・フェニックス
炎 星4 攻1200 守1600
機械族・効果
このカードが表側表示で存在する限り、自分フィールド上に存在する機械族モンスター1体を対象にする魔法・罠カードの効果を無効にする。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。


「そして、俺も強制転移を発動!」

 カードをデュエルディスクに差し込む。

「同じ手を返されるとはな」

「俺はサイバー・フェニックスを須藤さんに!」

「俺はソウル・ガードナーを相手コントロールに移す!」


 またお互いのモンスターがすれ違うようにワープする。

「そしてバトルフェイズ! ソウル・ガードナーでサイバー・フェニックスを攻撃、ソウル・クレイモヤァァーー!」

 この洞窟内――魂の踊り場が壊れそうな衝撃の剣のひとふりでソウル・ガードナーはサイバー・フェニックスを斬り砕く。


須藤LP1125


「ぐぬぅ、痛くなんか、痛くなんかァァ」

 俺はさらに続ける。

「そして、サイバー・フェニックスは墓地に置かれた時、デッキからカードを1枚ドロー!」

 引いたカードを見てうなづいた。

 ――必要なカードが来た

「まずは、サイバー・フェニックスをデッキに戻し、ソウル・ガードナーの攻撃力アップ(“これ”が失敗した時の保険だがな)」


ソウル・ガードナー 攻撃力3500→4000


「リバースカードセット、ターンエンド!」

「俺のターンドロー! 来た、来たぞ! ミスフォーチュン発動ォォォ!!」

 須藤さんは引いたカードを発動させる。

「ミスフォーチュンは相手モンスター1体を選択し、そのモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。――まぁこのターン攻撃できなくなるが貴様のライフは0になるから関係ない!」


ミスフォーチュン 魔法
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。このターン自分のモンスターは攻撃をする事ができない。


「今だ! チェーンし、破壊輪発動ォ! ソウル・ガードナーを破壊しお互いにソウル・ガードナーの攻撃力分のダメージを受ける!!」

 ソウル・ガードナーの胴体に輪がつけられる。その輪の外側にはまんべんなく手榴弾(しゅりょうだん)が取り付けられている。

「バカな!?」

 須藤さんは驚いて、怒ることも忘れた。

「それを使えば俺どころか貴様のライフだって――」

「ソウル・ガードナー、ごめんな!」

 次の瞬間、ソウル・ガードナーは大爆発を起こした。強烈な爆風が俺達を襲う。

「勝っても負けでもダメならば引き分けにするしかない」

「ぬああああああ」

「そうすれば気絶だけで済むはず。もっともこれは一か八かの危険な」

 俺の言葉は途中で爆音にさえぎられた。

破壊輪 罠
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、お互いにその攻撃力分のダメージを与える。


剣護LP0
須藤LP0


 案外気持ち良く、俺の意識は吹き飛んだ――





「――護君、剣護君!」

 何か聞こえてくる。

「んん……?」

 目を開けると豪が俺を見下ろしている。俺は倒れているようだ。

「豪、俺達生きているの……か?」

 俺は思わず、質問する。

「うん」

 豪が手を差し伸べてくれた。俺はそれを握り、支えにして起き上がる。

 辺りの闇も、ソリッドビジョンも消えていて、普通の樹林に戻っていた。
 そして――

「須藤……須藤さんは!?」

 須藤さんは倒れていた。

「多分、気絶しているだけだと思」

 豪が言いかけた瞬間に須藤さんは起き上がった。まるで操り人形のように。

「「な!?」」

 須藤さんの額にはウジャト目の形をした光が写っている。
 俺達が驚いている間に彼は口を開いた。

「まさか両方生き残るとは誤算だったがまあいいよ」

「この声!?」

 俺はまた驚く。明らかに須藤さんの者では無かった。

「ムハラ!?」

 豪は俺よりも驚いて震えていた。

「豪、ムハラって一体!?」

 豪は何も言わない。

「本当は須藤尚輝が負ける予定だったが、まあもう一つの方にかけてみるよ……」

「もう……一つ?」

 何の事だか俺には分からない。

「知りたかったら龍河東公園に来てよ――」

 須藤さんの額のウジャト目は消えた。それと同時に――

「俺は何を今まで……?」

 “以前”の須藤さんに戻った。

「豪? 剣護? なぜここに……?」

 須藤さんは状況を飲み込めずにいる。

「とにかく」

 豪は久しぶりに口を開いた。

「行こう。ムハラの言っていた場所に」





同日4時45分
龍河東公園


「「「…………!?」」」

 俺と豪、須藤さんの三人は絶句した。

 俺達の目に移るのは、さっきまでの自分達が行った闇のゲームで、そのプレイヤーは――瑞縞つばきと瑞縞くりえだ。


「そんな……」

 豪はまた固まった。

 瑞縞くりえのフィールドには赤い目の翼が生えた全身黒の竜――真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)。
 一方、瑞縞つばきのフィールドには七つの宝玉が埋め込まれた白銀の巨竜――究極宝玉神レインボー・ドラゴンがいた。

 そして会話が聞こえる。

「ごめんねくりえ――私、本当は憎くて憎くて仕方ないの」

「そんな嘘だよ! お姉ちゃんはいつも優しくて、みんなを笑顔にする為に歌っていたんでしょ!」

 必死に弁論する瑞縞くりえに向け、瑞縞つばきは苦笑しながら言う。

「もう、疲れたの嘘の私を演じるのは。これが素よ……」

 瑞縞くりえは全てを覚悟した顔で――

「でも、それでも私たちに笑顔をくれたのは本当よ」

「ごめんね、究極宝玉神レインボー・ドラゴンで真紅眼の黒竜を攻撃――」

 レインボー・ドラゴンのブレスが真紅眼の黒竜を消した。
 それに合わせ、瑞縞くりえが不自然に苦しみ出す――果てには気絶。
 闇のゲームの影響だろう。

「どうして……?」

 豪はやるせない疑問をあげた。
 瑞縞つばきは急にあわてだした。

「わ……たしは一体何を……!? くりえ!? どうしたの!?」

 彼女は早速と瑞縞くりえの場所に駆け寄った。
 俺達も駆け寄った――

「これは一体、何が起きているの!?」

 彼女の問いかけにみんなが固まった。
 突然瑞縞くりえの地面に闇が渦巻き、それが彼女を飲み込み始めた。

「「「「……!?」」」」

 闇はすごい速さで、瑞縞くりえを飲み込んでいく。

「ああ、くりえちゃん……、まさか消えるなんてしないよね……?」

 豪はうつむきながらつぶやいた。

「くりえ!? くりえ!? 何で、どうして!?」

 瑞縞つばきは完全に記憶がないらしい。やはり彼女もムハラに操られていたのだろう。
 やがて、みんな黙り始めた。瑞縞くりえは完全に姿を消した。最後に見た彼女の閉じた瞳から涙が流れていた。
 ――その瞬間、時の流れを忘れ、心臓の鼓動を感じた。

「そんな……どうしてよ!? 分からない、分からないわ!?」

 瑞縞つばきは泣きながらわめき、何かに気づいたらしく、言い出した。

「そうか、私が殺したのね……何も覚えていないけど私が」

 彼女はひざを地に着けた。何も言わずに手で額を押さえながら泣き続けている。
 しばらくして、誰かの声がした。

「ククククク、ハハハハハハハハ! 愉快だァ、愉快だよ!」

「「ムハラ!?」」

 豪と須藤さんが同時に名を呼ぶ。
 俺達と同年代ぐらいであろう金髪の男――ムハラは静かに歩みよる。

「僕は、こう見えても高燃費だから、かなりまどろっこしい方法をとってしまったが、豪とつばきはかなり追い込む事ができたからまあよしとしよう」

「どういう事だ!?」

 他のみんなが固まっている間に俺が問う。

「僕の魔法は不完全でね……、よっぽど心に欠落のあるような奴にしか効かないんだ」

「……そうか、二年前も俺を操り豪の両親を殺させたんだな……?」

 須藤さんも続けて問う。

「さあね。あ、そうそう、豪。キミの姉も死んだよ!」

 ムハラは平然と言った。が、それは豪にはあまりに衝撃的な内容だった。

「え!? まさか!」

「フフ、彼女の親友に殺させたよ」

「ムハラ、貴様!」

 俺はムハラを罵(ののし)る。コイツは許せないと本気で思った。
 ――次の瞬間に豪を見て俺はあぜんとした。

「なんでだよ」

 豪が突然震えて始め、つぶやきはじめた。

「なんで僕は大切な人達を奪われないといけないんだよ」

「豪!? どうした!?」

 須藤さんは豪の変化に、ついていけないでいる。

「まさか!? ダメだ! 落ち着け、豪!」

 俺は必死に豪をなだめるが、大した意味は成さなかった。

「ふざけるなよ」

 豪は段々と声のボリュームを上げ――

「僕がなぜキミに奪われないといけないんだ。いけないんだ、いけないんだ」

 豪はぶら下がっている拳を強く握る。
 果てには――

「貴様ァァッ! アアアアアアアーッ!!」

 獣のような雄叫びをあげた。

「ダメだ豪、またアレに目覚めたらお前――」

 俺の嘆きも虚しく豪の人格は変わった。

「貴様を消してやるよ! 消してやるよ、消してやるよ、消してやるよォォォッ!!」

 “いつも”の豪は消えた――


第三十章 怒りの豪

 ――怒り

 今の豪には、それしか感じられない。
 ゆたゆたとよろけるように豪はムハラに歩み寄る。
 俺は怯えて立ち尽くしている。友達であるはずの豪に。

「なにか? 僕の顔に何かついているのかな?」

 ムハラの空気を読まない発言に、豪の横顔はさらに険しくなる。

 ――全て“アイツ”が悪い

 そんな想いがあるのだろう形相で、ついにムハラとの距離は30センチを切り――

「貴様なんかには拳を汚す価値すら――」

 豪は左手に着いていたデュエルディスクで彼の顔面を殴りかかる。
 その速さだけなら、プロボクサーとしても通用しそうだった。

「ぐあ!」

 ムハラは意味を成さぬ叫びをあげて数十センチ吹き飛び、尻餅(しりもち)をついた。

「豪!? 一体何が? 奴が憎いのは分かるが――あれはあまりにも変わりすぎだ!?」

 須藤さんがぼそりと疑問を発する。俺はいまだにひざまづいて泣いている瑞縞つばきを見て――

「……豪は俺が止めます。須藤さんは彼女の事をお願いします」

「あ、ああ――」


 須藤さんは瑞縞つばきを肩車で支えながらゆっくりと歩き進め、この公園を跡にした。
 そして俺の視線は豪とムハラの方向に戻る。

「痛くは……無いけど酷いよ。痛みを感じなくても怖いものは怖いんだよ」

 ムハラは起き上がりながらジーンズの尻についた土をはらう。
 不思議な事に彼の顔には傷どころかはれた跡すら無い。

「ちぃっ」

 もう一発殴ろうかとムハラにかかる豪を止めるべく、俺は彼を背中から押さえ込むが――

「離せ!」

 と、豪のものとは思えない力で振り払われた。1メートルは飛ばされた。

「くそっ」

 俺は背を地面の土に着ける。ドンと鈍い着地音と同時に背中へ軽い痛みが――

(豪……)

 俺の脳内に二年前の光景がよぎった。





 ――二年前――
 俺と豪はある不良達にからまれた。
 そいつ等は町でも悪名高い連中だった。
 俺は豪を守るべく、必死に立ち向かったが、相手五人ですぐに返り討ちにあった。
 豪も応戦するが全く太刀打ちできずに俺達はリンチされた。
 残虐な奴らの攻撃に意識が薄らいでいる瞬間に豪に異変が起きた。

『貴様等、死にな!』

 いつもの彼とは思えぬ汚い言葉を吐き捨て、おとなしい彼とは思えない荒々しい動きで、不良達五人を打ちのめした。

 ――みんな一撃でノックアウト――
 ありもしない人を殴る効果音が本当に聞こえた気がした。
 そして全てが終わると――

『僕がこれをみんなやった!? う、嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁ!?』

 豪は両手で頭を押さえ、しゃがみこんだ。

『違う、違う、やったのは僕なんかじゃない! 僕の中に何かがいる。僕が僕じゃなくなる! 僕じゃない、僕じゃないんだ!!』

 豪は瞳孔を開いて、ヒステリックに叫び狂った。

『う、ああああああああああ――』





(あの時以来、同じ事は起きなかった。まさか、また起きるとは!)

 ムハラは左腕に着けていた、豪のと全く同じ型のデュエルディスクを構える。

「これは、人を殴る物じゃないでしょ。ゲームに使う道具だろ」

 優しく言うが、今は豪の神経を逆なでするだけだ。

「どこまでおちょくれば気が済む。このゲテモノがァァ!」

 豪は完全に自分を見失い、怒りにまかせて叫ぶ。
 俺は起き上がり、豪に近づこうとするが――

「豪! 目を覚ませ!」

「おっと、これは僕と豪の“ケンカ”だよ! ジャマされたら困るな」

 豪とムハラの周囲に闇ができて俺をさえぎる。
 俺はかまわず豪の場所まで行こうとするが、闇に触れた瞬間にすごい力ではじき返された。
 俺はせめてばかりと豪に叫ぶ。

「豪、怒りや憎しみはデュエルのジャマでしか無い。それだけは言っておく」

 一間空けて――

「勝てよ」

 俺の言葉は豪の耳には届いていないかもしれない。

「ケッ。闇のゲーム、受けてやる!」

 二人は黙ってお互いのデッキをシャッフルし合い、ある程度の距離を空ける。
 ガシン、ウィンとデュエルディスクの作動する音が響き、同時にデッキからカードを5枚引く――

「「デュエル!」」

 と、かけ声の下にデュエル、それも闇のゲームが始まった。


豪LP8000
ムハラLP8000


「僕の先行ドローォォ」

 豪はドスのきいた声をあげ、デッキからカードを引く。まるで剣術でいう居合い抜きのような引き方で、下手をすればカードが曲がりそうだ。

「天使の施しでカードを3枚ドローし手札を2枚捨てる!」

 発言通りの枚数デッキからカードを3枚引き、押しやるように手札のカードを2枚捨てた。

「墓地の白魔導士ピケルと黒魔導師クランを除外し、出な! カオス・ソルジャー‐開闢(かいびゃく)の使者‐ァァッ」


 豪の戦陣で光と闇のエネルギーが交錯し、その中に一体の男剣士が湧き出る。青銅と金でできた鎧、盾に鋼鉄の剣を持つ。


カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐
光 星8 攻3000 守2500
戦士族・効果
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動する場合、このカードは攻撃する事ができない。●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。


「出だしから強力なモンスターを出してきたか。相当ご立腹と見たよ」

 ムハラはやはりヘラヘラした顔だ。

「見てろ、今にそのしたり顔ができなくしてやるよォォ! リバースカードを1枚セット、ターンエンドだァ!」

 豪は脅し文句を吐きながらターンを終了した。
 俺もさすがに豪の変化には慣れたが、当然元の豪に戻る事を願うのは変わらない。

(しかし、見守るしか俺にはできない。頼む、こんな所で死なないでくれ!)

「僕のターンドロー。フフフ、まずはキミのモンスターをもらうよ。洗脳―ブレインコントロール!」

「あれで豪のモンスターを奪う気か(このタイミングでカオス・ソルジャー‐開闢の使者‐を奪われたらいきなり豪は劣勢にたたされてしまう!?)」


洗脳―ブレインコントロール 魔法
800ライフポイントを払う。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。


 俺は心配して豪を見るが、彼は同様しているそぶりは無く、不敵な笑みをこぼす。

「それぐらいは予測できたァ、罠(トラップ)カード、ポールポジションを発動ォ」


ポールポジション 永続罠
フィールド上に表側表示で存在する、攻撃力が1番高いモンスターは魔法の効果を受けない。「ポールポジション」がフィールド上に存在しなくなった時、フィールド上に表側表示で存在する攻撃力が1番高いモンスターを破壊する。


「これで、フィールド上の攻撃力が1番高いモンスターには魔法効果が通用しなくなる。もちろんカオス・ソルジャー‐開闢の使者‐は洗脳されない!」

「あらら、それじゃ僕はライフを損したね」


ムハラLP7200


 軽く口笛を吹き、ムハラはデュエルを続ける。

「さすがにそこまでうまくは行かないか〜。さてと、地道に低級モンスターでも召喚するとしよっと♪」

 手札の1枚をデュエルディスクの上に置いた。

「血塗(ちまみ)れた黒猫を召喚!」

 ムハラのフィールドに一匹の黒猫が現れる。名前通り、全身が血に染まっていて黒の部分は腹ぐらいだ。恐らく返り血だろう。


血塗れた黒猫
地 星4 攻1400 守500
獣族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。このカードが破壊された時、相手は手札を1枚捨てなければならない。


「さらに永続魔法、凶暴化する影を発動」


凶暴化する影 永続魔法
フィールド上に存在する全てのファントムモンスターのレベルは1上がる。


血塗れた黒猫 レベル4→5


「さぁあああて、タァアアアアンエンドだよ……ウププッ、言っている自分でもおかしいな、アハハ。“さぁあああて”って、“タァアアアアンエンド”って」

 やる気無さそうに笑いこけるムハラの言葉一つ一つには俺だって頭に来る。豪ならなおさらで舌打ちをした。

「ほんっとにムカつく野郎だよ貴様は! 僕のターンドローォッ!」

 豪はまた乱暴にカードを引いた。

「ファントム効果は前のデュエルですでに把握している。戦闘を行わずに破壊すれば効果は発動できないんだろォ? ちょうど僕にはカオス・ソルジャーがいる」

 豪はムハラの血塗れた黒猫を指差す。

「カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐の効果で血塗れた黒猫を――除外」

 「除外」の部分は空気を切り裂くような鋭い声だった。
 カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐の剣から繰り出される鎌鼬(カマイタチ)により、血塗れた黒猫はガラスのように砕け散って、本当にゲームから除外された。

「おお、恐い恐い。そんなんじゃあ、女の子にもモテないよキミィ」

 あくまでもムハラはマイペースを貫く。

「黙れ、黙れ、黙れ、ブラッド・マジシャン‐煉獄(れんごく)の魔術師‐を召喚ッ」


 赤と黒が交錯する装束の魔術師が現れた。どちらかと言えば赤がメインで、銀のラインに金の縁どりが特徴的だ。 鎌のような杖を持っている。


ブラッド・マジシャン‐煉獄の魔術師‐
炎 星4 攻1400 守1700
魔法使い族・効果
魔法カードが発動する度にこのカードに魔力カウンターを一個のせる。魔力カウンターを任意の枚数取り除く事で、取り除いた数×700ポイント以下の攻撃力を持つフィールド上の表側表示モンスター1体を破壊する。


「召喚師のスキル発動、デッキのソウル・サクセサーを手札に!」

 豪はデュエルディスクからデッキを外し、それからあさるようにソウル・サクセサーのカードを取り出す。その後、デッキをシャッフルしてデュエルディスクに戻した。


召喚師のスキル 魔法
自分のデッキからレベル5以上の通常モンスターカード1体を選択して手札に加える。


ブラッド・マジシャン‐煉獄の魔術師‐ 魔力カウンター1個


「バトルフェイズだ」

 豪はムハラを指差して、ブラッド・マジシャンに命令する。

「ブラッド・マジシャン、ダイレクトアタックだ。自慢の鎌で奴をミンチにしろ!」

 ブラッド・マジシャンは鎌でムハラの胸元を貫く。

「“うわわわ〜”てね♪」

 攻撃を受けてもムハラはのけぞる事すら無い。
 ――ブラッド・マジシャンが攻撃を終え、豪の下へ戻ると同時にムハラのライフポイントは減少した。


ムハラLP5800


(おかしいな――いくらソリッドビジョンであの鎌は実体ではないとはいえ、これは闇のゲーム。本当に攻撃を受けたような痛みが来るはずだが奴はまるで平気だ。デュエルディスクで殴られた時と言い、ムハラは本当に人間なのか……?)

 俺があれやこれやと考えているうちに、豪は次の行動に移る。

「リバースカード1枚セット、ターンエンドだァァァ!」

 豪が手札にあるカードの1枚をデュエルディスクに差し込むと――裏側に伏せられたカードのソリッドビジョンが出る。
 豪はやはり乱暴な口調でムハラにターンを移した。

「よし、ドロー。フフフフフ――」

 ムハラは突然、笑い出す。

「何がおかしい!?」

 豪が怒鳴りつけると――

「いやぁ、キミの怒り方が面白すぎてね」

「何だと!?」

 豪はますます機嫌が悪くなる。

「でも、僕も前々から怒っていたんだ。ま、キミよりはずっと自分勝手な理由だけど……ね」

「関係ねぇよ。貴様は瑞縞くりえを殺した。それも自分の手を汚さずに彼女の実の姉を利用して。僕の姉も殺した!」

 豪はさらに言葉を続ける。

「聞けば、須藤尚輝に僕の両親を殺させたみたいじゃないか――さしずめ、瑞縞くりえの両親も辺江太を操って殺させたんだろ! そうだろ!? 答えろォ」

「はてさて?」

 ムハラは知らんぷりする。

「それより僕のターンだ。ジャマしないでくれ――まずは戦慄鳩(せんりつばと)を召喚!」

 今度は他ならぬ鳩を召喚する。しかし、その鳩は黒いオーラに包まれていて、凄い不気味だ。平和の象徴である鳩とは思えぬ風格だ。


戦慄鳩
闇 星4 攻1500 守1000
鳥獣族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。このカードが戦闘でモンスターを破壊した場合、デッキから「戦慄を呼ぶ鳩」1体を特殊召喚する事ができる。


戦慄鳩 レベル4→5


「さ、バトルフェイズ。戦慄を呼ぶ鳩でブラッド・マジシャンを攻撃っと!」

 戦慄鳩は目にも止まらぬ速さで飛び回り、ブラッド・マジシャンの胴体を直進し貫通した。
 ブラッド・マジシャンは消える。

「ぐあっ……、なん……のォォ!」

 ライフポイントが減少した事で、闇が豪を痛めつける。


豪LP7900


「ん〜? なんでそんなに痛がるの? ま、どうでもいいや。戦慄鳩は戦闘でモンスターを破壊した時、デッキから同名モンスター1体を特殊召喚できるんだ!」

 戦慄鳩は二羽に増えた。


戦慄鳩 レベル4→5


「さて、ターンエンド」

 ムハラの言葉が終わりかける瞬間にはもう、豪は自分のデッキに手を置いていた。

「僕のターンドロー。憑依装着(ひょういそうちゃく)―ヒータを召喚!」

 豪は魔女を召喚した。赤い髪に炎を吹き出す杖、背中に取り付くキツネのような精霊が特徴の美少女だ。


憑依装着―ヒータ
炎 星4 攻1850 守1500
魔法使い族・効果
自分フィールド上の「火霊使いヒータ」1体と炎属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「まずはカオス・ソルジャー、効果で1体目の戦慄鳩を除外!」

 豪の命令に従い、カオス・ソルジャーは戦慄鳩を鎌鼬で切り裂く。

「酷いな。動物虐待じゃないか〜」

 ――こいつはどこまで本気なんだ?
 と、思ってしまう程にムハラは悪ふざけが過ぎている。
 しかし、どれもが感情がこもっていないよいにも見える。

 豪は力任せにカードをデュエルディスクに差し込む。本当にカードを曲げてしまいそうで、見ているこっちがあわてる。

「永続魔法――慈愛(じあい)と憎悪の魂を発動ォォ! 墓地のモンスターカード1枚を除外し、相手フィールド上のモンスター1体を選択する。選択したモンスターの効果は無効になる!」

慈愛と憎悪の魂 永続魔法
自分フィールド上の「ソウル・サクセサー」または「ソウル・ガードナー」がフィールド上に存在する限り、自分のターンのエンドフェイズ毎にライフを500ポイント回復する。墓地のモンスターカード1枚を除外し、相手モンスター1体の効果をこのターンのみ無効にする。この効果は1ターンに1度だけ発動する事ができる。フィールド上に「ソウル・サークル」または「ソウル・ガードナー」が存在しない場合、自分のターンのエンドフェイズ時にこのカードを破壊する。


「ブラッド・マジシャンを除外し、戦慄鳩の効果を無効化!」

 墓地からブラッド・マジシャンが湧き出て、そのまま戦慄鳩に憑依した。

「そして、バトルフェイズ。憑依装着―ヒータで戦慄鳩を攻撃ィ」

 ヒータが杖の先端を戦慄鳩に向けて、攻撃準備を行い、その瞬間――

「さらに、罠カードォ――マジシャンズ・サークル! その効果でデッキからを特殊召喚!」


マジシャンズ・サークル 罠
魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。お互いに自分のデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を選択し、それぞれのフィールド上に表側表示で特殊召喚する。


 黒いジャケットを羽織る魔術師の青年が現れる。紫髪で、両手に白銀の杖を持つ。


連弾の魔術師
闇 星4 攻1600 守1200
魔法使い族・効果
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える。


「なら僕は悲鳴を喰らう手品師にするよ」

 ムハラ側には緑のシルクハットに黄色のスーツ、黒の蝶ネクタイ、手には金のステッキを持つ気色悪い手品師の男が現れる。


悲鳴を喰らう手品師
闇 星6 攻1900 守2000
魔法使い族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。フィールド上のモンスターが破壊される度に、自分は破壊されたモンスターのレベル×200ポイント回復する。


悲鳴を喰らう手品師 レベル6→7


「そして、ヒータの攻撃再開!」

 豪は親指を下に立てて罵(ののし)った。

「死ね、鳥野郎ォォ」

 ヒータは杖から吹き出す炎で戦慄鳩を燃やす。ミディアムなのかウエルダンなのかなんて次元をはるかに超えて黒ずみになる。


ムハラLP5450


 闇が彼を蝕むが、彼はやはり微動(びどう)だにしない。

「悲鳴を喰らう手品師の効果発動。戦慄鳩のレベル4×200の800ライフを回復」


ムハラLP6250


「ファントム効果でモンスター破壊などのモンスターを出されたら厄介だ。悲鳴を喰らう手品師への攻撃はやめておく――メインフェイズ2に突入し、ディメンション・マジックを発動ォ」


ディメンション・マジック 速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げ、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を破壊する事ができる。


「まずは連弾の魔術師を生け贄に捧げ手札から来いィ、ソウル・サクセサァァーッ!」


 連弾の魔術師が消滅して、変わりに太刀を持つ赤い挑発の白装束の青年が現れた――その名はソウル・サクセサー。


ソウル・サクセサー
光 星7 攻2500 守1100
魔法使い族・効果
このモンスターは戦士族モンスターとしても扱う。このモンスターは2体以上のモンスターを生け贄に捧げる事により通常召喚できる。この召喚方法で生け贄に捧げたモンスターの数によって以下の効果を得る。●3体以上:このモンスターは戦闘以外では破壊されない。●4体以上:このモンスターの元々の攻撃力は倍になる。●5体以上:相手スタンバイフェイズ時に自分の手札を2枚捨てる事でそのターンのメインフェイズ、メインフェイズ2をスキップする。


「さらに、ディメンション・マジックの第二の効果でフィールド上のモンスターを破壊する――悲鳴を喰らう手品師を破壊!」

 豪が素早く指差すと同時に、指さされた悲鳴を喰らう手品師はバリ、ガシャーンという音を立て砕け散った。

「ターンエンドだ!」

 慈愛と憎悪の魂により、豪のライフが回復した。


豪LP8400


 豪は奴にターンを移した。



豪LP8400
手札0枚
モンスター
【カオス・ソルジャー‐開闢の死者‐】
【憑依装着―ヒータ】
【ソウル・サクセサー】
魔法・罠
【ポールポジション】
【慈愛と憎悪の魂】

ムハラLP6250
手札3枚
モンスター
無し
魔法・罠
【凶暴化する影】


 ムハラは今までに比べ、少しだけ真剣な眼差しでデッキのカードを引く。

「僕のターンドロー」

 手札を正視した後、彼は意味有りげにつぶやき始めた。

「豪、キミは執拗(しつよう)にファントム効果を警戒するね。カオス・ソルジャーで攻撃すれば僕のライフを大幅に削れるのに」

 「ああ゛!?」と豪はムハラを睨む。

「それはただ単に臆病なのかそれとも……?」

 ムハラの“それとも”が妙に気になり、俺は「ん?」と首をかしげた。

「さてと、続き続き」

 ムハラはまたお気楽な態度でデュエルに挑む。

「まずは生け贄ゾンビを召喚」

 黒く腐敗し、性別の判断すら出来ない霊長類――生け贄ゾンビが現れる。名前の通り、生け贄要員としての能力に特化している。


生け贄ゾンビ
闇 星1 攻0 守0
アンデット族・効果
このモンスターを1体を生け贄に捧げることでレベル6以上のモンスターを1体特殊召喚する。このモンスターが生け贄に捧げられた時、墓地へ行かずに手札に戻る。


「キミが警戒していたのはこの」

 ムハラは手札を1枚置く。

「超巨大蜂(ちょうきょだいばち)だろ?」

 ムハラは生け贄ゾンビを生け贄に、自分と同サイズ程度のスズメバチ――超巨大蜂を召喚する。本当にスズメバチが姿形を変えずに巨大化したようなものだ。
 あまりにリアルなそれは、デュエルディスクのハイスペックを証明するのに十分すぎる。


超巨大蜂
風 星6 攻0 守0
昆虫族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。このカードと戦闘を行ったモンスターは戦闘後破壊される(ダメージ計算は行う)。フィールド上このモンスターが破壊された時、デッキから「巨大蜂」1体を特殊召喚する。

超巨大蜂 レベル6→7


「やはりか」

 豪は眉間にしわを寄せて不愉快に言葉を吐く。

「“やはりか”は僕のセリフさ」

(何なんだ? 豪に何かの秘密でもあるのか?)

「早くしろ、デュエルを進めろ、貴様とお喋り何かをする気は、無い!」

 豪は依然として激怒している。口調が早口だ。

「はいはい、バトルフェイズバトルフェイズ」

 対してムハラは投げやりに応じる。

「超巨大蜂でカオス・ソルジャーを攻撃!」

 超巨大蜂はカオス・ソルジャーに突っ込んで尾の太い毒針で胴体を貫いた。
 カオス・ソルジャーは猛毒により体が溶けていく。カオス・ソルジャーも最後の力を振り絞り、超巨大蜂を真っ二つに切り落とした。


ムハラLP3250


 超巨大蜂は戦闘を行ったモンスターを破壊する効果はあるが、戦闘ダメージは発生する。
 また闇はムハラを襲う。

「痛くないけど……」

 彼は何故か悲しそうにつぶやいた。

「超巨大蜂は破壊された時、デッキから同名カードを特殊召喚できる」

 2体目の超巨大蜂が特殊召喚された。
 豪は嫌な顔をする。


超巨大蜂 レベル6→7


「超巨大蜂でソウル・サクセサーを攻撃!」

(またか? 確かに豪のモンスターを減らす事はできるが、ムハラの方も自分のライフが……)

 さっきと同様に超巨大蜂は毒針でソウル・サクセサーを貫く。
 これまた同様にソウル・サクセサーはアナフィラキシーを起こし、体が溶けていく。そしてやはり最後の力を振り絞り、超巨大蜂を太刀で斬り砕いた。

「くそっ、よくもっソウル・サクセサーを!」

 豪はモンスターが減り、かなりの痛手を負う。しかしムハラの方もライフが減る。


ムハラLP750


 ムハラはなおもヘラヘラしている。

「さてと、もう一度超巨大蜂の効果を発動し超巨大蜂を特殊召喚」

 また同じ超巨大蜂が出現。


超巨大蜂 レベル6→7


「フン、懲(こ)りずに! だが、それでヒータ攻撃したら貴様は終わるぞ!」

 豪が怒鳴るのを無視して――

「そして、超巨大蜂を生け贄にデッキから特殊召喚――」

 超巨大蜂がゆっくりと浄化して――

「バ、バトルフェイズ中に生け贄? 何が来る! 気をつけろ、豪!」

 ムハラは静かに「来て」――そしてゆっくりとそのモンスターの名を呼ぶ。

「RAHAB THE FALLEN ONE - OUT OF HEAVEN(堕天使ラハブ‐天界を追われた者‐)!」

「「…………!?」」

 俺と豪は驚く。

「そんなカード、聞いた事もないぞ!?」

 俺が声をあげた――その間に、それは姿を表す。
 灰色の男の天使だ――背中の翼は先端がするどく、手も猛禽(もうきん)のように爪が鋭い。しかし、頭に浮かんでいる光輪や、薄着の装束など天使らしい部分も確かにある。
 首に届くような白い口ひげと白い長髪の間から憎しみに満ちた厳(いか)つい顔がうかがえる。


堕天使ラハブ‐天界を追われた者‐
神 星10 攻5000 守5000
幻神獣族・効果
このモンスターは通常召喚できない。自分のライフが1000以下の時、フィールド上のモンスターを1体生け贄に捧げる事でのみ、デッキまたは手札から特殊召喚する事ができる(バトルフェイズ時でも可能)。フィールド上に存在するこのカードはカードの効果では破壊されない。


「攻撃力5000じゃヒータがァ!?」

 豪は怒りにまかせて叫ぶ――ムハラはヒータを指差し――

「堕天使ラハブ‐天界を追われた者‐でヒータを攻撃! 裁きの激流!」

 ラハブは左手からおぞましい量の黒い水が噴射し、それがヒータへ向かう。ズドドドドと、水とは思えない音が辺りの闇に響き渡り、ヒータは流されて破滅した。


豪LP5250


「アア、アア……ア――」

 豪は闇に蝕まれて、ひたすら喘(あえ)ぎ続けた。

「アアア、ウ、アアァ!――」

 彼の顔を見ても、体を見ても激しく悶(もだ)えていて、苦しさがよく伝わってくる。

「やっぱり――」

 ムハラが苦しむ豪を見て言い始めた。

「やっぱり僕は楽しいんだ。キミの苦しむ姿を見る事が、そうなんだ、そうなんだ、そうなんだ」

 彼はブツブツとつぶやく。
 豪は「まだ、僕は、僕はァァァ!」と持ち直した。しかし、息づかいはまだ荒い。
 俺も目の前の二人についていけないでいる。


 ――二人とも狂っている


 俺は嫌な汗をかき続けた――

「ターンエンドだよ」

「チクショウ、僕のターン、だ! ドロォォ!」

 豪の手札は0枚、モンスターは0枚、リバースカードも無く、発動している永続魔法や永続罠も攻撃を防げない。このドローで何かを引かないとラハブの攻撃を受けて負ける。
 豪は引いたカードをモンスターゾーンに置いた。

「――った」

 豪はニヤつきながら、叫ぶ

「勝った! 僕の勝ちだァァ」

 彼は有頂天で手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

「魂と剣の乱舞を、発動ォォ!」


魂と剣の乱舞 魔法
墓地から「ソウル・サクセサー」1体を特殊召喚する。その後、モンスター1体をゲームから除外する。


 赤い長髪をなびかせてソウル・サクセサーは復活する。

「そして、モンスター1体を除外する。ラハブは除外に対する耐性は無いはずだ! もちろんラハブを除外ィ」

 ソウル・サクセサーの太刀から放たれる無数の魂が、ラハブを乱れ撃ちにして、爆発する。

「そしてソウル・サクセサーで貴様へ直接攻撃して僕の勝ちだ!」

 ラハブが爆風で見えなくなり豪は言葉を続ける――「さぁ、覚悟だ!」と。

「“かくご”? 何それ? おいしいの?」

 俺も豪も「ふざけている場合か」と言いたげな呆れ顔をしたが、次の瞬間にはそうもいかない事が分かった。

「何ィ!?」

 豪が驚いたのも無理はない。
 現れたのだ。爆風の中から。

 ――灰色の大蛇(おろち)が

「これは、RAHAB THE FALLEN ONE 2nd - MASTER OF CHAOTC OCEAN(堕天使ラハブ第二形態‐混沌なる海の支配者‐)。どう? カッコイいだろー!」

 ムハラのはしゃいだ声の後に、彼の前の大蛇も雄叫(おたけ)びをあげる。
 それは、全長10メートルはあるであろう胴体に、鋭く細かい牙、刃物のような銀色のヒレと尻尾が特徴で、とにかく“恐いものの象徴”と言っても過言ではない。


堕天使ラハブ第二形態‐混沌なる海の支配者‐
神 星11 攻5000 守5000
幻神獣族・効果
このモンスターは通常召喚できない。自分フィールド上の「堕天使ラハブ‐天界を追われた者‐」が場を離れた時のみデッキまたは手札から特殊召喚する事ができる。フィールド上に存在するこのカードは相手カードの効果を受けない。フィールド上に「海」が存在する限り、このモンスターの元々の攻撃力は倍になる。


 豪よりもラハブ第二形態との距離がある俺でさえも怖じ気付きそうな威圧だ。
 それの背景にブランコやシーソーがある事が、酷く滑稽(こっけい)な事に思えてくる迫力だ。


「さてキミの手札は0枚で、場にもラハブ第二形態を倒せるモンスターはいないケド?」

 ムハラの言葉は真実だ。そしてそれはこのターン、豪にできる事が無い事を意味する。

「ターンエンドだァ……」

 豪はしてやられた顔で乱暴な言い方ででターンエンドを宣言した。
 慈愛と憎悪の魂の効果により、豪のライフが回復する。


豪LP5750


「僕のターンだね。ドロー」

 ムハラはそっとカードを引き――

「まずは地割れでソウル・サクセサーを破壊」

「よくもォォ」

 ソウル・サクセサーは突発的に消滅した。


地割れ 魔法
フィールド上に表側表示で存在する、攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。


「お楽しみのバトルフェイズ」

 ムハラは一瞬鋭い目つきになり、その後はさっきまでの笑顔で豪を指差す。

「堕天使ラハブ第二形態でダイレクトアタック――裁きの大波!」

 突如、ラハブ第二形態の立ち位置から黒い水が大量に湧き出て、それが激しいビッグウェーブとなって豪を飲む込む。家一つを飲み込めそうな高さで、速さはまるでフォーミュラカーのようだ。音もせせらぎなんて生易しいものではない。

「ああ、ああああああああああっ!! うう、ああああ――」

 豪にはひたすらあがく事しかできなかった。


豪LP750


 豪を襲った大波のソリッドビジョンは消えたが、豪はまだ悶えていた。

「豪、頼む。死なないで……くれ」

 俺は闇のゲームには介入できない。つまり、豪を見守る事しかできない。

「……プ……」

 悶えている豪を見て、ムハラは笑いをこらえ始め――ついには吹き出す。

「アハハハ、ハハハハハハハ、僕のご奉仕(ほうし)は気に入ってもらえたかな? ククク、ククク、ハハハハ――」

 ムハラは全くの残虐者だ。
 今日初めて見た時から、豪の苦しむ姿を見て悦(よろこ)んでいる。

 ――何か豪に恨みでもあるのか?
 ――そこまで人を苦しめるのが楽しいのか?

 その上、彼は痛みや苦しみを全く感じてはいない。

(おかしい。歪んでいる)

 俺が絶句している間も豪はまだ……

「僕は、僕は、まだ、貴様をぶっ殺すまで……、ぶっ殺すまで、ぶっ殺すまでェェェ、ぶっ殺すま――」

 威勢はいいものの、ついにはひざまずく。

(もうやめてくれ、豪はもう十分苦しんでいるだろ!)

 俺は心の中で必死に救いを求めた。


 ――その瞬間――
 ――豪の体が――
 ――白く光始める――


「ん?」
「な!? 豪? 豪?」

 ムハラ、俺の順に彼の異変に気づき――

「はぁはぁ……僕は」

 一瞬、口調が以前の豪に戻った……が――

「ぶっ殺すまでェェ」

 今度は黒い闇が発せられ現在の怒り狂った豪になる。

「――うううううう――」

 豪は頭を抑えながら、唸(うなり)り続ける。
 その間も彼を包む光と闇が交互に点滅し――

「僕は、僕は、僕は、僕は、僕は――」

 豪の中の二つの人格が交互に自分を呼びかけ続けた。

「「…………!?」」

 やがて絶叫に変わる。

「うあああああああ!――」

 いつの間にか闇は現れなくなり、閃光弾のような強烈な光が豪から発せられ――光も消えた。

「豪?」

 俺が恐る恐る豪の名を呼ぶ。

「けん……ごくん?」

 以前の優しい豪に戻っていた。豪は立ち上がり、俺に笑みを見せる。

「よかった……」

 俺は一瞬、安心する――が。

「「だけど、今は――」」

 同時にムハラを見る。
 今は“闇のゲーム”の途中だ。

「オイオイ、驚かせないでくれよ! ターンエンド」

 ムハラの言葉に続き、豪がデッキからカードを引く。

「僕のターンドロー……」

 俺と豪は緊張を隠せずにいる。

 ――ここで何か引けなければ
 ――負ける。

 豪は無言で引いたカードをモンスターゾーンに伏せる。

「モンスターを裏守備表示で召喚」

 カードがソリッドビジョンとして豪の前に伏せられた。
 豪は落ち着いた凛々(りり)しい面持ちでムハラに問う。「キミは」と言い出し、少しの間を空けた。

「どうして、僕の大切な人達を奪い、苦しめようとするの?」

 ムハラは「ふぅ」とため息をつき、「僕はね」と話を始めた。

「失敗作なんだよ」

「「え……?」」

 俺と豪は“失敗作”とは何を意味するのか理解できなかった。
 ムハラの補足に耳をかたむける事にした。

「僕は三千年前に生きる、“普通”の人間だった」

 ――いきなり何を言い出すんだ?

「三千年も生きられる人間なんて……!?」

 俺の驚きにムハラはこう答えた。

「“普通の人間だった”――つまり今は違う。普通の人間ではない。だから今ここにいられる」

「“普通の人間ではない”? それはどういう?」

 豪はゆっくりと答えた。

「僕は変えられたんだよ、体をいじられて」

 ムハラは少しラハブを見た後、俺達ににしかめた顔を見せ始めた。俺達は今までとは少し違う彼に少し戸惑った。
 ムハラの話はまだ続く。

「三千年前のある日ね、僕の住んでいた国が、ある反乱軍の攻撃を受けていたんだ。何か策がなければ国は壊滅するまでに追い込まれていた――」

 俺達は未だに彼の言いたいことが分からない。ムハラはあきれたように言う。

「それで、出された策がキミやくりえの両親達なのさ!」

 俺はまた驚く。

「豪やくりえの両親が……!?」

「豪、キミは自分の中の魔力に薄々気づいていたでしょ」

「うん――時々、近い未来が見える瞬間がある」

 豪はあっさりと認める。
 ムハラはニヤつきながら言った――「それは両親からの遺伝だよ」

 俺はふと気がつく。

「しかし、それは三千年の話のはずだろ? 豪達の両親がいたはずが――」

 俺が必死に反論する間、噂の当人である豪は真顔で沈黙していた。
 構わずムハラは続ける。

「実は、豪達の両親は三千年前、ある錬金術師に造られたんだ。絶大な魔力を操る人造人間をね……」

 俺は驚いてばかりだ。

 ――“人造人間”!?

「だけど当初は、元々生きていた人間を改造する予定だった――しかし、“普通の人間”ではわずかな魔力しか宿らず失敗に終わった」

 ムハラは吹っ切れたような笑みを示し――

「だから、絶大な魔力を操る事ができる人間“そのもの”から造り始めた! それがキミやくりえの両親というわけさ」

「だが、三千年前に豪達の両親がいるはずは」

「剣護君、もういいよ」

 豪は俺の言葉をやさしくさえぎる。

「とにかくキミは僕の両親が造られる前に、既存(きそん)の人間を媒体(ばいたい)として造られていた段階の被験者(ひけんしゃ)――つまり失敗作に終わった改造人間という事……かな?」

 豪は真顔でムハラに問い詰めた。
 「そうだよ」ムハラは笑いながら言う。そして次の瞬間、激怒した。

「僕は訳も分からず突然連れ去られて、変な器具で体をめちゃくちゃにされたんだよ!」

 ムハラは「コレがその証さ」と上着をめくり上げ、胸中に埋め込まれた黄金のウジャト眼を見せつける。
 それは痛々しかった。まるで無理やりねじ込まれたようにも思える。

「しかも“失敗作”だってよ、“失敗作”。笑っちゃうよ! これじゃあまるでキミの両親のかませ犬じゃないか!」

 「だから、殺した?」と豪が問う。

「確かに、すごく勝手な動機かもね。でも、僕にはそれでしかやり過ごせなかったんだ――この体のすぐれているのは苦痛を感じないところと少しばかり長く生きられる事だけさ! それに、まともに実体を維持する事もできない。もうすぐ僕は一年間もの間、眠りについてしまう。悔しくて、憎くて、悲しくて、虚しくてしかた無かったんだよ!」

 ムハラは弱々しく叫ぶ。

「キミやくりえの両親を殺してもこの病んだ心は癒えなかった、だから次は奴らの子供である豪を、貴様をォォ!」

 ムハラは涙をこらえて必死に怒りをぶつけだ。

「そ、そんなのただの逆恨みだ! ふざけるな! そんなんで豪達の両親を、そして今から豪を殺すのか!?」

 俺は会話に割り込み、ムハラに叱責(しっせき)する。

 ――コイツの言い分はバカげている!

「逆恨みなんて承知さ! でももうどうでもいい、僕には関係ない。“なんとなく”憎い、だから豪を殺す。それだけさ――」

 ムハラは豪語し、豪は――

「そうか、ターンエンド。次はキミのターンだよ」

 まったく驚いた様子も無く真顔でいる。

「……豪……?」

 ――不思議だ

 今までのムハラの発言はどれも彼にとってショッキングなはずなのに、豪はまったく動揺しない。

「な? キミは驚かないのか!? もしかして信用していないの? でも、いいよ。僕はキミを殺す!」

 ムハラの怒りの声に豪は答えた。

「キミがどれだけ僕を憎んでいるかは知らない。でも、僕だって死にたくない」

 豪が「剣護君」と俺を呼ぶ。

「昔、僕の裏人格が目覚めた時、僕は自殺しようとしたね」

 唐突な質問にとまどいつつも、「ああ」と俺は答える。

「でも、今は逆だ。くりえちゃんや姉さんが死んだ今なのに、僕はどうしようもなく“生きたい”と想っている――いや、だからこそ、生きたい。僕は弱くていつもみじめだから、そして大切な人を失ったから僕は何一つ救われない。このまま死ぬなんて、僕の魂が許さない」

 豪はゆっくりと微笑(ほほえ)みながら言う。

(なんだ? 今の豪からは半端じゃなく強い意志が感じられる……)

「“死にたくない”と思った事は何回かあるけど――」

 豪は決意に満ちた目で俺を見ながらつぶやく。

「こんなに“生きたい”と想ったのは初めてだよ」





終章 さらば、デュエリスト

8月14日(金)午後5時00分
神谷宅・清華の部屋


 俺(須藤)と神谷、瑞縞つばきは一つ屋根の下にいる。
 壁紙や家具は水色を基調とした清々(すがすが)しい空間だ。
 瑞縞つばきは泣き止みはしたものの、闇のデュエルと、洗脳されたとはいえ実の妹を殺してしまったショックで肉体的にも精神的にもかなり消耗している。
 そのため、神谷の部屋を借り、ベッドに彼女を寝かせた。
 俺と神谷は看病のために、部屋のソファーに座り、彼女の様子を見ている。

「悪いな、いきなり家にじゃまして」

 気まずそうに俺は神谷に謝る。

「いえ、私は人の役に立てるなら!」

 神谷は気を利かせているのか、やさしい笑顔で許してくれた。
 瑞縞つばきはベッドで熱にうなされている。

 ――体の調子が悪いのか?
 ――妹を殺(あや)めた事を苦にしているのか?

 どっちが理由なのか?――どちらもだろう。

「あ、今、氷枕をもって来ますね」

 神谷は部屋を出でいく。

「――っはぁ……」

 俺は突如、急激な疲労を感じる。
 理由は沢山あるが、一番は闇のゲームだ。

(ダメだ! 豪や剣護は今も闘っている。こんなところで倒れている場合じゃない)

 俺自身に渇(かつ)をいれる。

 ――俺は彼女を救う
 ――俺だって人を殺めた罪悪感なら知っている
 ――だから少しは彼女の心に近づける

「わ」

 つばきは震えながら息の荒い口から言葉を発する。

「た」

 ゆっくりと、切れ切れに。

「し」

 俺はあわててベッドに駆け寄る。
 そしてこぼれた彼女の一言。

「死ぬわ」

 俺は青ざめる。

 ――“死ぬ”はダメ
 ――死ねば本当に終わりだ!

「ダメだ」

 俺はベッドに仰向けにうなされている瑞縞つばきに呼びかける。

「必死に守ってきたくりえさえ殺してしまった」

 細々と彼女は訴える。

「それはキミの意志じゃない! 操られいたんだ」

 俺は断言した。

「キミは悪くない」

 彼女の潤(うる)んだ目を見て。しかし――

「いや……、私今までずっと憎んでいた。お父さんや……お母さんを殺した犯人を。ずっと……復讐しようと考えていた。私が操られたのは、私の心が憎しみにとらわれていたから、だから私がいけない……の」

 彼女の悲痛の発言。
 彼女は今どん底にいる。そんな彼女にガマンできるはずなどない。涙が頬をつたう。

「もう、私に生きる希望なんて」

 彼女は幼子のように泣きじゃくる。

「生きている限り――」

 俺は彼女に向かい言う。

 ――なだめるように
 ――強く、優しく

 言う。

「希望がある。前にキミが言っていた言葉だ」

『きっとうまくいきますよ、生きている限りは…どうにかなりますよ……。生きている限り……』

 彼女はあわてて涙を手で拭(ぬぐ)い――

「そうですよね。生きていれば……」

「そうだ、彼女だってキミが死ぬことなんて望んでなんかいない。キミを責めてはいない。キミがこの事で苦しめば、彼女はもっとみじめなはずだ」

 俺は必死に説得する。ベッドに仰向け
の彼女を目線をそらさせずに。

「そうですよね。悔やんでも、仕方ないですよね。仕方な……いですよ……ね」

 彼女はまた泣き出す。

「わ……たし、生き……ます……」

「ああ」

 彼女はキレイな泣き顔で、微笑んで俺の手を優しく握りしめて感謝した。「ありがとう」

(後は豪、剣護頼んだぞ――)





 どこかの暗闇に僕はいた。
 無数の黒く太いツタが僕の胴体を巻き付け、身動きがとれない。

『――豪、豪』

 誰かが僕の名を呼ぶ。

『誰? どこにいるの? この声は、初めてムハラと闘ったあの時の……』

 僕はツタに巻きつけられながらも、かろうじて無事な首を動かし、360度見回した。
 すると、僕の正面から、湧き出るように一人の青年が現れた。

『キミは――ソウル・サクセサーぁ!?』

 ――腰まで掛かる赤い髪
 ――白いメタリックな装束(しょうぞく)
 ――整った顔立ち

 まさしくソウル・サクセサーだが――

『でも、ソウル・サクセサーが本当に存在するはずなんか……』

 ――それはカードの中に描かれた空想人物
 ――実在するはずは無い

『確かに、ソウル・サクセサーは実在しない。僕はそれのカードに憑依(ひょうい)しているだけだよ』

『……えーと……?』

 いきなりすぎて意味を理解するのに数秒かかった。

『ま、ソウル・サクセサーの方がカッコイいからこの姿でいるんだよ。いつかの練習試合のデュエルで僕に浴びせられたチビッコ達の声援が心地よかったよ、フフフ』

 ソウル・サクセサーはさわやかな笑顔で、僕に語った。
 とりあえず僕も彼に合わせて笑うとしよう。

『フフフ』

『さて、キミに教えるよ』

 いきなり、真剣な顔で話を切り返した。
 いきなりすぎて、僕は首を窮屈(きゅうくつ)な首を傾げる。

『“おしえる”ぅっ!?』

『ああ、キミとムハラの関係を』

 しばらく話は続いた――





『そうなんだ僕やくりえちゃんの両親は、“キミ”も三千年前に作られた人間で彼はその失敗作なんだ。それでその腹いせに僕や彼女の両親を殺し、今度は僕達まで』

 一連の話を聞いた僕は、どうリアクションをとっていいのか分からずにいる。

『ごめんね、キミや仲間達を巻き込んでしまって。本当は僕だけでムハラを止めたかったんだけど、僕は存在するだけで精一杯だから……』

 ソウル・サクセサーは申し訳なさそうに謝る。

『ううん、でもキミだって僕達を助けたいっていう気持ちは本当だったんでしょ? そんなキミを責めるなんて僕にできるわけないよ』

 僕がフォローをすると、彼ははにかんで――

『そう言ってもらえたら、嬉しいよ――さ、いい加減この空間から出よう!』

『出る? どうやって?』

 僕はとにかく彼の言葉に注目した。

『キミ? サイコロ持っているでしょ、貸して』

 彼の催促(さいそく)に答え、僕は胴体に巻きつくツタの隙間から手を突っ込み、ポケットの中のから砕けたサイコロが入った透明袋を取り出して彼に投げ渡した。
 彼はそつなく左手で受け止める。

『ハァァーッ!!』

 彼はいきなりサイコロの破片から魔力らしき黄金のエネルギーを吸収した。
 それが終わると、その魔力で右手に白銀の太刀(たち)を形成する。

『はれれぇ!?』

 僕は意味不明な言葉を出す。

 ――刃物を出してきたって事は……

 背筋がゾッとした。

『動くと、ケガするよ?』

 彼はあどけない笑みで僕に飛びかかり――

『ていやァァァ!』

 と、彼は斬りかかってきた。スゴイりきんだ顔で。
 刃物には人を興奮させる力があるが、彼も例外ではなかったらしい。

『うわっ』

 と、僕は驚く。彼の的がツタだとはいえ、太刀を向けられるのは怖い。
 殺(や)られる!
 彼が太刀を振り回す度に、物が斬れる音は続く。
 僕は終わるまで目を閉じていた――

『スゴイ! 傷一つついていない……』

 僕はツタに巻きつけられた宙づり状態から解放され、辺りには裂かれたツタの残骸(ざんがい)が散らかる。

『あ、ありがとう』

『どういたしまして』

 やさしく彼は僕の感謝の言葉を受け止めてくれた。

『それにしてもそのサイコロって……?』

 僕は渡したばかりの透明袋に入ったサイコロの破片を指差し、問いただした。

『このサイコロは、魔力が具体化した物なんだ』

 彼の言葉を聞いて理解した。

『そうか、これは父さんの魔力なんだ! きっと何か事情があって、サイコロとして残したのかな?』

『それにしても、このサイコロが割れるなんて……』

 彼は悲観的につぶやく。
 『どうしたの?』僕がまた問いただすと――

『このサイコロは世界の運命を占う器具でもあって、世界を表すサイコロが砕けたって事は……』

 彼の言葉は瞬時に理解できた。

『世界が……砕ける!?』

 ――まさか、まさか、まさか

 僕は絶句した。

『落ち着いて! これはあくまで占い、これから変える事はいくらでもできる』

 僕をなだめ――

『それで、キミに頼みたい事がある』

『何を?』

 僕は聞き返す。

『僕が憑依するソウル・サクセサーとソウル・ガードナーのカードをムハラの手に渡さないで欲しいんだ。そうすれば世界は滅ばずに済む』

『え、どうして?』

 僕は彼を見る――本気だ。

『しかし、ソウル・サクセサーもソウル・ガードナーも“ただの”カード。世界を滅ぼすなんて……』

 彼は僕に近づき――

『“ただの”カードではないんだよ』

『それってどういう?』

『……あっ! ごめん』

 突然、ソウル・サクセサーの体が透け始めた。

『詳しく話す時間はないようだよ』

 彼はゆっくりとサイコロの破片が入った袋を手渡す。その間もどんどん彼の姿はかすれてゆく。

『僕はどうすればいいの? 体は第二の人格に支配されているし……。そもそもここはどこ?』

『ここはキミの心の世界、キミの怒りや憎しみが魔力を使い、本当の人格であるキミをここに閉じこめたんだ』

 僕は落ち込む。

『やっぱり僕は弱いから……、自分自身に負けたんだ……』

 彼は僕を励ました。

『違うよ。今はキミの人を想う強い心が空回りしているだけ――だからそれを直せばいいだけ』

 彼は僕の肩に手をのせて――

『そのサイコロの魔力を使って強く祈るんだ。そうすれば……元に戻れる。早くしないと、キミの暴走した人格が、キミを……滅ぼす。威勢がよくたって、怒りは、ただ冷静な判断をジャマさせるだけ……だよ。このままじゃ、負ける』

 彼の姿は、もうほとんど無いに近い――

『そして、キミ……は生き残るんだ! 今まで苦しんだ分、悲しんだ分も……生きて、取り戻すんだ……!』

『ありがとう』

 僕は涙を流しながら消え行く彼を見送った。
 彼の言葉が真理に聞こえた。
 彼が消えた後、涙を手で拭いとり、サイコロの破片が入った袋を握りしめる。

『泣くには、まだ早いよね……』

 サイコロの破片からまばゆい光が点滅し始めて、暗闇だったここを照らした。

『はぁはぁ……僕は』

 体が削れるような感覚に襲われたが、なんとか踏んばる。

『――うううううう――』

 本格的に苦しくなって、倒れたくなってきたがそれでも歯を食いしばり踏ん張る。
 その間にずっと点滅が続く。だんだん点滅の間隔が長くなってきた――光る時間の方が長い。
 そして呪文のように僕は自分に言い聞かせた。

『僕は……、僕は……、僕は――』

 ――生きる


 完全に光がこの暗闇を凌駕(りょうが)し、僕の視界が闇の広がる公園に戻った。本来なら黄昏時(たそがれどき)だが、夏なのでまだまだ明るい。

 ――そして――




 今、僕はムハラと闇のゲームで闘っている。


豪LP750
手札0枚
モンスター
リバースカード1枚
魔法・罠
【ポールポジション】

ムハラLP750
手札3枚
モンスター
【堕天使ラハブ第二形態‐混沌なる海の支配者‐】
魔法・罠
【凶暴化する影】


「取り乱しちゃったね。僕のターンドロー」

 ムハラは、落ち着きを取り戻し、デッキの一番上のカードを1枚引く。

「よし、鬼畜(きちく)ゴーレムを召喚」

 ムハラは全身が岩石の人形を召喚した。ゴツゴツしていて重量感は満点だ。


鬼畜ゴーレム
地 星4 攻2000 守1000
岩石族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。フィールドに存在するこのカードが破壊された時、自分は手札を1枚捨てる。


 ムハラ側には灰色の海竜と岩の巨人がならび、僕側には裏守備モンスターが1枚。
 剣護君が心配そうに僕を見る。

「さて、バトルフェイズ。この2体の攻撃が通れば――僕の勝ちだね」

 ムハラの言う2体とはもちろんラハブと鬼畜ゴーレムの事だ。
 彼が僕の裏守備モンスターを指差し――ニッコリと宣言する。

「ラハブで裏守備モンスターを攻撃」

 灰色の海竜――ラハブが浮遊している地面から湧き出た大量の黒い水が大波となって僕の裏守備モンスターを襲う。


裏守備モンスター:サイバーポッド


 リバースカードのソリッドビジョンがめくられ、球場の重厚な機械要塞が現れる。


サイバーポッド
闇 星3 攻900 守900
岩石族・効果
リバース:フィールド上のモンスターを全て破壊する。お互いのデッキの一番上からカードを5枚めくり、その中のレベル4以下のモンスターカードを全て表側攻撃表示または裏側守備表示でフィールド上に特殊召喚する。


「まぁキミの余裕ぶりを見て、簡単に終わるとは思っていなかったさ」

 ムハラの言葉の後半で、サイバーポッドは自爆した。
 その瞬間にサイバーポッドの大爆発が公園全体に及び、ラハブの発する大波もかき消す。もちろんただの立体映像だが視覚的な破壊力はかなりのもので、思わず体を腕でかばってしまう。
 爆発が終わると鬼畜ゴーレムは消えた。ラハブの方は自身の効果で無傷だ。

「かろうじて、持ちこたえたか」

 剣護君はホッと胸をなで下ろして戦況を分析していた。
 実を言えば、僕だってホッとしている。サイバーポッドのリバース効果を発動しそこねていたら僕の敗北は決していた。

「鬼畜ゴーレムが破壊された時、僕は手札を1枚捨てないといけない」

 ムハラは効果にしたがい、慣れた手つきで軽やかに手札1枚を墓地ゾーンに捨てる。

「サイバーポッドの効果でお互いにデッキの上からカードを5枚めくり、レベル4以下のモンスターを特殊召喚する」

 ほぼ同時に各自のデッキからカードを5枚引く。

「モンスターの特殊召喚はターンプレーヤーが先、つまりキミが先だよ」

 僕の指示を受け入れ、ムハラはデュエルディスクのモンスターゾーンにカード2枚を並べる。

「血迷う聖騎士を攻撃表示で、高慢(こうまん)なる雷神(らいじん)を守備表示で召喚」

 血迷う聖騎士は黄金の甲冑(かっちゅう)に頭、胴体、手足を包んだ長槍兵だ。それだけなら神秘性(しんぴせい)あふれて美しいのだが、それの上のどす黒いオーラが台無しにする。
 もう一方の高慢なる雷神はと言うと、暗雲の上に乗る頭に角を生やした巨漢が乗っていて、背中に和太鼓が均一に複数個取り付いた輪がある。テンプレート的な“雷様”だ。


血迷う聖騎士
光 星4 攻1700 守1200
戦士族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。このカードは闇属性モンスターとしても扱う。


高慢なる雷神
光 星3 攻100 守2200
雷族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。このカードがフィールド上に守備表示で存在する限り、このカードは戦闘では破壊されない。


 凶暴化する影により、これらのレベルが1上がった。辺りの闇でよく分からないが、それらの影が妙に大きくなった気がする。

血迷う聖騎士 レベル4→5
高慢なる雷神 レベル3→4


 ムハラのフィールドには、まるで世界観がバラバラのモンスター3体が並ぶ。
 エジプト神話やギリシャ神話、剣と魔法ファンタジー、アメリカンコミック、同社ゲームのパロディ等まで、このカードゲームは世界観が多様な事で有名だ――なんてのんきに解説している場合ではない!
 僕も負けじとモンスターカードを並べる。

「憑依装着─アウスを攻撃表示で特殊召喚」

 黒縁メガネと茶髪、スパッツが特徴のボーイッシュな魔法使いの少女が現れる。背後にはおでこに角を持つ、茶色で小柄な竜が憑依している。


憑依装着―アウス
地 星4 攻1850 守1500
魔法使い族・効果
自分フィールド上の「地霊使いアウス」1体と地属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「ラハブ以外にアウスの攻撃力を抜くモンスターはいないな」

 ムハラは手札を見て思い立つ。

「メインフェイズ2に突入。手札からフィールド魔法、海を発動!」

 ムハラのデュエルディスクの先端がオープンし、そこにカードを1枚置きクローズする。
 僕達がデュエルしている場所が膝までつく塩水がせせらぎをたてて流れる。まさしく“海”だ。


海 フィールド魔法
全ての魚・海竜・雷・水族モンスターの攻撃力と守備力は、200ポイントアップする。機械族・炎族モンスターの攻撃力と守備力は、200ポイントダウンする。


高慢なる雷神 攻300/守2400


「ラハブはフィールドに海が存在する時、元々の攻撃力は倍になる!」

 ラハブは力を得たからか、地響きが起こりそうなほどに大きく吠え上げ、ヘビのような長い胴体をうねらせる。


堕天使ラハブ第二形態‐混沌なる海の支配者‐ 攻撃力5000→10000


「フフフ、ターンエンドだよ」

 豪は素早くカードを引いた。

「僕のターンドロー……」

 引いた瞬間に僕は苦い顔をして右手で胸を押さえた。

「う……あ……」

「豪!?」

「どうやら闇によるダメージが効いてきたみたいだね」

 ムハラがあざ笑いながら僕を見てつぶやいた。

「ハハハ」

 僕は苦笑いしながら、胸の上の手を戻す。
 剣護君もムハラも奇妙そうに僕を見ていた。

「僕はやっぱり弱いのかもね?」

 「それが?」ムハラの厳しい口調に――

「でも弱いくたっていい。肝心なのはやるかやらないかだよ」

 と、胸を張って答えた。
 今の僕はとても誇らしげだと思う。

「僕は、死者転生を発動! 手札を1枚捨て、墓地のソウル・サクセサーを手札に」


死者転生 魔法
手札を1枚捨てて発動する。自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。

「バトルフェイズ、アウスで血迷う聖騎士を攻撃!」

 アウスの杖から巨大な岩石が飛び出し、血迷う聖騎士を押しつぶした。


ムハラLP500


「別に彼がやられたって」

 例のごとく、ムハラは自分を襲う闇に動じない。

「リバースカードを2枚セット、ターンエンド!」

 次はムハラがカードを引く。

「僕のターンドロー! バトルフェイズ、ラハブでアウスを攻撃!」

 ムハラが宣言した瞬間に「しめた!」と言わんばかりに僕はリバースカードを発動させる。

「リバースカード和睦(わぼく)の使者、これで戦闘ダメージは0だよ!」


和睦の使者 罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


「時間稼ぎされたか……攻撃を中断」

 ムハラはしてやられたような顔になるが、すぐに戻り――

「まぁ、いい。最後に勝つのはこの僕だ。例え負けて闇に飲み込まれてもまた蘇(よみがえ)ることが僕にはできる」

 僕はムハラに答えた。

「それなら何度でも僕はキミと闘うよ。そして気づかせる、こんな復讐に意味はないと」

「フフフ、そんな簡単にできる事かな?」

 ムハラは揶揄(やゆ)するが――僕も負けない。

「言ったでしょ、肝心なのはやるかやらないかだと」

「フン、ターンエンドだ」

 ムハラは不機嫌そうにターンを終了させた。

「でも、現実はどうかな? 僕のフィールドには攻撃力10000、相手カードの効果を受け付けないラハブがいる僕の方が断然有利だ」

「ああ、分かっているよ。でも僕はやる――僕のターンドロー!」

 僕はそつなくカードをドローした。

(よし、これなら……)

 僕は微笑んで剣護君を見て――

「僕は、生き残るよ」

 「そうか」と剣護君。

 僕は視界をムハラに戻した。

「まずはリバースカードオープン! 異次元からの帰還を発動!」

 リバースカードのソリッドビジョンが勢いよくめくられ――

「ライフを半分払い」


豪LP375


「ゲームから除外されている自分モンスターを自分フィールド上に特殊召喚!」


異次元からの帰還 罠
ライフポイントを半分払う。ゲームからされている自分のモンスターを可能な限り、自分フィールドに特殊召喚する。エンドフェイズ時、この効果によって特殊召喚されたモンスターを全てゲームから除外する。


 空間に穴が開き、そこから白魔導士ピケル、黒魔導師クラン、ブラッド・マジシャン‐煉獄(れんごく)の魔術師‐が現れた。

「これでアウスも合わせてキミのフィールドにはモンスターが4体、多分ソウル・サクセサーあたりが出てくるのかな?」

 ムハラの言葉通りだ。

「うん、僕のモンスター4体を生け贄に来て、ソウル・サクセサー!!」

 アウス、ピケル、クラン、ブラッド・マジシャン――魔術師達が浄化し一人の魔法の剣士――ソウル・サクセサーが現れる。
 彼がいなければ僕は僕でなくなっていた。

 ――ありがとう
 感謝の気持ちを込め、彼を召喚した。

「ソウル・サクセサーは4体のモンスターを生け贄に捧げた場合、元々の攻撃力は倍になる」

 ソウル・サクセサーは両手で持つ太刀に、デュエルディスクの墓地ゾーンから四つの魂を吸い寄せた。


ソウル・サクセサー 攻撃力2500→5000


 ムハラはやや目つきを鋭くした――察したのだろう、このターンで僕が勝負に出る事を。

「そしてバトルフェイズ!」

 この言葉に剣護君は驚いた顔をする。ムハラのフィールドのモンスターは堕天使ラハブ第二形態‐混沌なる海の支配者‐と高慢なる雷神。前者には攻撃力が及ばず、後者は守備表示では戦闘で破壊されない――どちらを攻撃しても無意味だと思っているのだろう。

「ソウル・サクセサーでラハブを攻撃――」

 僕はラハブを指差し、精一杯指示した。
 ソウル・サクセサーはそれに従い、太刀を構え、飛び上がる。あんな重そうな武器を持っているのにあの俊敏(しゅんびん)さには舌を巻く。

「だが、ラハブの攻撃力の方が上だよ」

 ムハラは余裕を見せて、僕に指摘をする。

「僕だって算数の計算ぐらいはできるよ――」

 僕は手札のカードを1枚、ゆっくりと墓地ゾーンに送る。

 ――このデュエルの最後のカードを

「オネストを手札から捨て、効果発動! 光属性モンスターの攻撃力は戦闘を行うダメージステップ時、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする」


オネスト
光 星4 攻1000 守1900
天使族・効果
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


「くっ」

 ムハラが苦い顔をしている間に、飛翔するソウル・サクセサーの背中に光の翼が生えた。
 それは辺りに渦巻いていた闇を吹き飛ばすように輝いていた。


ソウル・サクセサー 攻撃力5000→15000


「これが僕の最後の攻撃だよ――」

 「シャアッ!」と剣護はガッツポーズをし、ムハラは「チィッ」と舌打ちをうつ。
 翼を最大限にまで広げ、赤い髪を揺らし、太刀の切っ先をラハブに向ける――その太刀を斜めに持ち上げて突撃した。

「その翼と太刀で、僕の未来を切り開いてくれ!」

 僕は祈った――ソウル・サクセサーは天空に白と赤の残像を残しながら、ラハブまでアーチを描き、そのまま直進して胴体を切り分ける。

「くそっ! ラハブが!」

「ムハラ、キミは超過ダメージを受ける。これで僕の――」

 ソウル・サクセサーとラハブの攻撃力差5000ものダメージを500のムハラに耐えられるはずもない――僕も剣護君も勝ちを確信した。

「ふぅ」

 ムハラは安堵(あんど)してため息をつく。

「「なっ!?」」

ムハラLP500


「ライフが減っていない……」

 驚いた僕にムハラはにやつきながら説明を始める。

「僕は手札から薄運の亀を捨ててダメージを0にしたのさ!」


薄運の亀
水 星1 攻0 守0
水族・ファントム
このモンスターのダメージステップ開始時に自分の手札に存在するこのカードのレベル以下のファントムモンスター1体と入れ換えることができる。相手ターンのダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


「ククククク、キミにラハブの最後の姿を見せてあげるよ」

「さらに進化、するなんて……」

 僕は絶望にかられた。

 ――負ける

 ムハラの言葉と同時にラハブが再生する。
 いや、正確には違う。
 背中に翼と手足が生え、さらに高く飛翔し、雄叫びをあげた。

「これがRAHAB THE FALLEN ONE FINAL - CREATOR OF NEW WORLD(堕天使ラハブ最終形態‐新世界の創造者‐)!」


堕天使ラハブ最終形態‐新世界の創造者‐
神 星12 攻8000 守8000
幻神獣族・効果
このモンスターは通常召喚できない。自分フィールド上に存在する「堕天使ラハブ‐混沌なる海の支配者‐」が場を離れた時のみデッキ、手札から特徴召喚する事できる。フィールド上に存在するこのカードは相手カードの効果を受けない。フィールド上に「海」が存在する限り、このモンスターの元々の攻撃力は倍になり戦闘では場を離れない。このカードがフィールド上に存在する限り、場の「海」は破壊されない。


堕天使ラハブ最終形態‐新世界の創造者‐ 攻撃力8000→16000


「まだキミのターンだよ」

 ムハラはからかうかのように僕に言う。

「剣護君、このデュエルは負けそうだけど――」

「豪」

 落ち込む剣護君に僕は力強くささやいた。

「それでも僕は死なない。生きるよ」


 ――無理かも知れない
 ――でもあきらめたら終わり


 剣護君は黙り込んだ。本当にやるせなさそうで震えている。

「ターンエンド」


 ソウル・サクセサーの翼が消え、攻撃力が戻る。


ソウル・サクセサー 攻撃力15000→5000


 僕はにらみながらムハラにターンを移した。

「僕のターン――」

 ムハラは今まで以上の勢いでカードを引く。


「ドロー! ククククク、ギャハハハハ、バトルフェイズ! 堕天使ラハブ最終形態‐新世界の創造者‐でソウル・サクセサーを攻撃! 裁きの氷塊(ひょうかい)ィ!」

 いきなりムハラは乱暴な口調で宣言した。
 空を舞うラハブの懐(ふところ)に、地上の水が集まり、無数の氷柱(つらら)を形成する。それの一つ一つが人間一人分の大きさだ。

「ギャハハハハ、死ねェェ!」

 ムハラは笑い狂った。

「ご……う、お前、……お前、死ぬなァァァ!」

 剣護君の悲痛の叫びも虚しく、氷の刃は僕のソウル・サクセサーを襲う。一瞬にしてソウル・サクセサーは刃に消され、こぼれ球の一つが僕に突き刺さる。
 たった一つでも僕と同じ体格だ。僕の胴体を見事に貫通している。


 ――巨大な灰色の翼龍
 ――その巨体が天を舞い
 ――槍のような黒きの氷塊が
 ――僕の胴体を貫く


 こんな幻覚を見た覚えがあったが、これはこの時の予知だったと、僕は気がついた。


豪LP0


 僕は背中を地に着けた。
 何も聞こえない。
 そのまま、視界が闇に覆われた。

(分かる。僕は今闇に飲み込まれているんだ)

 ――いや

「僕は生きるんだ!」

 耳に感覚が戻った。

「豪!」

 剣護君の声が僕の名を必死に呼ぶ。
 僕も彼に答えようと立ち上がろうとするがなかなか力が入らない。

「そうだ、僕は生きるんだ、生きるんだ、生き」

 と言いかけて意識が途絶えた。
 最後にくりえちゃんのあどけない笑顔が見えた気がする。





(僕は何を……)

 気がついたら僕は闇の空間を浮遊していた。

(そうか、僕は闇のゲームに負けて、闇に飲まれたのか)

 もうろうとする意識の中、闇の無重力に身をまかせていた。
 すると、手に何かが触れた。
 僕が首を曲げてみると、それは眠るくりえちゃんの手だった。

(いつかここから出られた時、キミを置いていかないためにも今は――)

 ギュッと彼女の手を握った。

(冷たいな)

 でもいつか取り戻せるかもしれない。


 ――この手にぬくもりを……。
 また消えゆく意識の中、願った。





(ん……? 私は……?)

 気がついたら私は暗い空間を浮遊していた。
 私は頭の中を整理する。

 ――私は瑞縞くりえ
 ――お姉ちゃんと闇のゲームをして負けた
 ――負けたから闇に飲み込まれた

(そうか、ここは闇の世界なんだわ……)

 しかし、意識はもうろうとし、それ以上に考える事ができない。
 私は成す術も無く、闇の無重力に体をまかせていると……。

(ん? 何かが手に……?)

 私の手を何かが握りしめていた。
 この感覚は誰かの手。

(よく、分からないけど――温かい)

 私はまた、この闇で眠りについた。





-終-







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