翔VS?? 〜過去での死闘〜

製作者:ショウさん




 何時ぞやの約束――。

 決して消えることの無い、破られることの無い、永遠の約束――。



―――――オレ達は“仲間”だ!! 何があっても・・・、絶対にッ!!



 赤茶色の髪をした1人の少年を中心に、残り5人が円を作るように並んでいた。
 今叫んだのは、その中心の少年だ。そして、少年の叫びに、残りの5人は力強くうなずいた。
 彼等もまた、消えることの無い約束だと思っていた。破られることの無い約束だと思っていた。


 だが、消える。だが、破られる。



 ――そんな約束が今、消えようとしていた・・・。




chapter.0 今――過去

 闇に包まれた空間の中で、赤茶色の髪をした中学生くらいの少年と、闇に紛れ込むような黒色の髪をした青年の2人がいた。少年はその場で倒れており、青年はそれを見て嘲笑いながら、立ち去ろうとしていた。

(待・・・て・・・!)
 赤茶色の髪の少年――神崎 翔(かんざき かける)は、ボロボロになった自分の体に鞭打って手を伸ばそうとする。だが、その手が動くことは無く、それから伸びる指さえも動かなかった。
 黒色の髪の青年が口を開き、何かを喋っているが、その何かは翔の耳には届かなかった。ただ、翔の本能はその青年を逃がしてはいけないと叫び、翔の体を必死で動かそうとした。
(今・・・、ここで・・・決着・・・を・・・!!)
 だが、動こうとすればするほど、余計に体力が消耗し、翔の瞼は少しずつ重くなってきていた。だんだんと、視界が細くなっていく。

 そして、漆黒の世界が翔を包み込んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「待てェエエエエエエエエエエッ!!!!」
 翔は机をバンッ――と力強く叩いた。更には、その勢いを抑えることなく立ち上がり、そう叫んだ。翔の周りにいる全ての者達は、目を見開かせ、呆気に取られたような顔になっている。
「・・・あれ?」
 その直後、翔はようやく今自分が置かれている現状を理解した。
 翔の背後には、怒りによって、頭に2本の角を生やした、生徒ならば誰でも恐怖するであろう先生が立っていた。
「あの・・・、その・・・すみませ」
廊下に立ってろォオオオオオオオオッ!!!!
 先生の叫び声は、翔の鼓膜を破壊するくらいに大きく、彼の周りの者達は全員、反射的に両手で耳を塞いでしまった。

 時は、2月8日。場所は、デュエル・スクール。
 翔達が、「あの世界」に飛ばされる日の、約1ヶ月前である――。

 この日、翔達のクラスに「転校生」がやって来た――。

《次回予告》

「“麻依(マイ)”って言います! ――よろしく!」

「よろしくな、麻依!」

「私も・・・同じだよ・・・ッ!!」

「絶対に負けられない・・・!」

次回 chapter.1 転校生――麻依(マイ)

――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!




chapter.1 転校生――麻依(マイ)

「馬鹿だろ、翔〜! 授業中に寝て、しかも夢まで見るなんて!!」
 今はデュエル・スクールの昼休み――。
 髪が少し短めの橋本 神也(はしもと しんや)の笑い声が、3階の教室――2−Aに響き渡った。あまりの笑い声に、大勢の白い目が神也を見つめていたことは、言うまでも無いだろう。
 ちなみに、デュエル・スクールの昼休みは、4限目と5限目の間にあり、昼食を食べる時間も込みで40分間である(ちなみに、デュエル・スクールの昼食は、弁当か購買で購入したものとなっている)。
「うるせぇなぁ!」
 翔は神也の笑い声を聞いて、頬を少し赤くしながらそう言った。
「でもさ〜、やっぱり面白いよねー」
「うんうん。 普通、授業中に寝たとしても、夢までは見ないでしょ」
 腰まで届くくらいの髪の長さをした晃神 加奈(こうがみ かな)と、髪が加奈よりも随分と短く、肩くらいまでの長さの神吹 有里(かんぶき ゆうり)も、神也の意見に賛同するようにそう言った。
 彼等の隣で座っていた翔や神也より髪の長い高山 神童(たかやま しんどう)と、加奈ほどでは無いが、髪の長い明神 真利(みょうじん まり)も、言葉には出さないものの、彼等の会話を聞き、笑っていた。

「――でさ、話は変わるんだけど・・・」
 そう言い出したのは、笑いすぎたせいで出てきた涙を、腹を押さえながら、指で拭っている加奈であった。
「知ってる? 今日、私達のクラスに転校生が来るんだってさ」
「あ、私も知ってるよ。 何で午後からなのかは、分からないけど」
「っていうか、時期も時期じゃね? ――進級テストとか、卒業式とかの1ヶ月前だぞ? ・・・まぁ卒業式は、オレ達にとって、そこまで関係ないけどさ」
 加奈の言葉を聞いて、真利と神也がそう答えた。
「男の子と女の子・・・。 どっちだと思う?」
「オレに聞くなよ。 ぶっちゃけ、どっちでもいいけどな。 ――デュエルが強ければ」
 3人の会話を聞いて、転校生の性別が気になった神童は、身を少し乗り出して翔に聞くが、翔は無愛想にそう答えた。

 それから彼等は10分ほど、転校生の性別はどっちだ、と言った想像をめぐらせながら会話を続けた。

「さてと、そろそろ5限目だけど・・・、何の授業だったっけ?」
「えーと、確か実技の“デュエル”じゃなかった?」
 昼休み終了まで残り3分となったところで、有里がそう聞き、その疑問に真利が誰よりも早く、そう答えた。
「うっわ〜・・・。 よりによって、実技かよ・・・」
 この6人の中で、ダントツで頭の良い神也が、その頭を抱えて、そうぼやいた。そんな凹んでいる彼の姿を見て、翔は口を開いた。
「何で? ――ヘタに授業聞くよりは楽じゃん!」
「うるせぇなあ・・・。 今日のオレの対戦相手、お前なんだぞ!?」
 気楽に言った翔に怒りを覚え、神也は少し大きめの声で、彼を指差しながらそう言った。その後、神也は「お前とやると、勝てるのは勝てるんだけど、調子を狂わされるんだよ」と、更にぼやいた。
「私は・・・、神童とだっけ?」
「そうだよ、加奈ちゃん」
 加奈の言葉を聞いて、デッキをセットしたデュエルディスクをスッ――と見せて、神童が答えた。そして、お互いに、「楽しいデュエルにしようね」と言って、握手をした。
「私と真利が、また別の奴だよね?」
「うん。 確か・・・、有里ちゃんが篤志(あつし)くんで、私がしおりちゃんとだったかな?」
 有里の問いに真利が再び答えると、有里は「毎回ごめんね〜」と、両手を合わせ、軽くウィンクもして言った。その言葉を聞いて、真利も「別に大丈夫だよ」と、笑顔で答えた。

キーンコーンカーンコーン・・・

 そんな時、いつも聞き慣れている、在り来たりなチャイムが、デュエル・スクールの全ての教室に鳴り響いた。同時に、教室や廊下にいた全ての者達が自分の席に座り、それに合わせたかのように、先生がガラッ――と扉を開け、教室の中に入った。だが、2−Aの先生だけは、他の先生達と少し違った。――彼の後ろには、腰辺りにまで伸びるであろう髪を、髪と同色である黒色の紐で1つに束ね、胸くらいまでの長さにした少女が立っていた。
「さてと、みんなはもう知ってると思うけど、今日は転校生を紹介するぞ〜」
 先生は出席簿を片手に、気の抜けたような声でそう言った。
 クラスのほぼ全員(主に男子)は、先生の隣にいる可愛らしい少女の姿に、心を奪われつつあった。
「――じゃ、自己紹介をしてもらおうかな」
 そんな中で、先生はクラスの全員(主に男子)を静かにさせると、少女の方を見て、優しくそう言った。少女はそれを聞くと、黒板の方を向き、白色のチョークを手に取った。そして、そのチョークでカッカッカッ――と、黒板に何かを書き始めた。

 ―――そこに書かれたのは、麻依(マイ)という名前。

「麻依って言います! 私、苗字で呼ばれるのがイヤなんで、苗字は書きませんでした〜! ――以後よろしく!」
 麻依と言う少女は、自慢の明るさを振舞いながら、自分の自己紹介を終えた。
 その明るさに、クラスの全員は思わず、黙り込んでしまった。

「・・・麻依・・・?」
「お前も思ったのか、翔?」
「あぁ・・・。 この作者(ショウ)、名前ネタ使い切ったせいで、また実在する人の名前を使いやがった・・・」
「漢字も、その人のとちょっとしか変えてねぇし・・・。 ――ってか、真利と被って分かりにくいわ」
 麻依の自己紹介を聞いている中で、翔と神也はそんな会話をした。

 ・・・ほっとけ。

「このクラスなら、大丈夫だと思うけど、みんな仲良くしてやってくれよ」
 クラスの全員(翔と神也は除く)が黙っている中で、先生はそう言った。その瞬間、彼等(主に男子)の中の何かが弾けたのか、「ハーイ」と大声で、先生に返事をした。
「それじゃあ君の席は、そこだ。 クラスで若干浮いてる髪の色をした、神崎 翔の隣だ」
「ちょっ!! ――それ、言いすぎじゃね!? しかも、髪の色はオレの意思じゃねぇ!!」
 先生と翔の日常茶飯事な会話で、クラスのみんなは思わず爆笑。それに釣られるかのように、先生の隣にいた麻依も思わずフフッ――と小さく笑った。
 そして、麻依はその笑いを一旦区切ると歩き始め、翔の隣にあった席の椅子に手を掛けた。
「よろしくね、翔くん」
 そのまま椅子に座る前に、荷物を机に掛ける前に、麻依は翔に笑顔で挨拶をした。翔は突然の彼女の挨拶に、思わず頬を赤らめてしまうが、「おう」と小さめの声で返事をした。
 その後、少し離れた席から、誰かの殺気を翔が感じたのは、言うまでも無いだろう(2回目)。

「――さ〜て、早速実技のデュエルの授業を始めたい・・・。 が、早く麻依に学校に慣れてもらいたいから、予定していたデュエルをキャンセルして・・・、誰かに麻依とデュエルして欲しいんだが・・・」
 先生が顎に手を当てて考えようとした瞬間、パッ――と彼の目に止まったのが、麻依の隣の席になった(なってしまった)翔であった。そして、先生は誰にも聞こえないような声で、「この組み合わせでいいか、考えるのも面倒くさいし」と言うと、翔と麻依を指差した。
「よし、翔! ――隣になったことだし、麻依とデュエルしてくれ!」
「・・・へ?」
 先生の突然の指名に、一度は目を点にしてしまう翔ではあったが、周り(主に男子)の野獣(バケモノ、と言っても間違いではない)の視線を感じ取り、このままでは麻依が危ない、と察知した。そしてしばらく考えた結果、彼は「分かりました」とつぶやくように言った。

 翔の了承を得たと同時に、教室の中にあった机はあっという間に教室の後ろの方に運び集められた。それによって、クラスの全員が観戦出来るくらいの広さを持ったデュエルスペースが、教室の中に作られた。
 その中央で、翔と麻依は、デュエルを行える距離だけ離れようとしていた。それぞれの左腕にはデュエルディスクが装着されており、十分に離れると、2人は互いにシャッフルを済ませたデッキをそれにセットした。
「ヘヘッ・・・! よろしくな、麻依!」
 デッキの上からカードを1枚ずつ引きながら、翔は笑顔でそう言った。
 嫌々な返事をした翔ではあったが、デュエル自体は嫌いではない。だからこそ、笑顔で、そして感謝の気持ちを込めて、彼は麻依に「よろしくな」と言った。
「よろしくね、翔くんv」
「“くん”はいらねぇよ。 ――それに、デュエルさえすれば、オレ達はもう友達だ」
「・・・そうだね、翔!」
 2人は、全部で5枚のカードを左手に持ち、直前までの気楽な表情を一変させた。





――――――デュエルッッ!!!!





翔  LP:4000
   手札:5枚
    場:無し

麻依 LP:4000
   手札:5枚
    場:無し

「私の先行、ドロー! 手札から“グリーン・ガジェット”を攻撃表示で召喚ッ!!」
 麻依は、デッキの上からカード1枚を素早く引き、少し考えると、手札からモンスターカードを場に出した。そのカードによって姿を現したのは、体の中心を歯車で構成された緑色の機械であった。
「さらに、“グリーン・ガジェット”の効果によって、デッキから“レッド・ガジェット”を手札に加えるよ!」
 緑色の機械が場に出た直後、その機械の歯車が急速に回転を始めた。歯車の回転を受けることで、やがて麻依のデッキからは、1枚のカードが抜き出され、彼女の手元に降りてきた。

グリーン・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1400/守 600
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

「へぇ〜、最近はあんまり見かけねぇけど、“ガジェットデッキ”か?」
「うん! 結構、お気に入りなんだ〜!」
 翔の笑みと共に発せられた言葉に、麻依は笑顔で答えた。
 だが、麻依が自分の手札にあった1枚のカードを見た瞬間、彼女の表情は笑顔では無くなり、陰のある不気味なものとなった・・・。
「ぅん? どうしたんだ、麻依――」
「え? あ、あぁ・・・。 ゴメンゴメン。 何でもないから」
 他の誰もが気づかぬ中、ただ1人、麻依の不気味な表情に気づいた翔が、麻依に声を掛けた。その声を聞き、麻依は何事も無かったかのように、表情を元に戻した。そして、先程まで見ていたカードとは別のカードを手に取った。
「私はフィールド魔法――“歯車街(ギア・タウン)”を発動するよ!」
 彼女が手に取ったカードが発動された時、場は全てを動かす原動力となる無数の「歯車」によって、支配される――。

歯車街(ギア・タウン)
フィールド魔法
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要なリリースを1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地に送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「まだだよ! 手札から“二重召喚(デュエルサモン)”を発動して、私はもう1体のモンスターを通常召喚出来るようになった! ――“グリーン・ガジェット”をリリースして・・・」
 麻依の掛け声が歯車起動の合図となり、緑色の機械の歯車が、場にある無数の歯車が、再び急速回転し始めた。その回転は、古代に造られた機械――古代の機械(アンティーク・ギア)最強の巨竜を呼び覚ます――。





――“古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”をアドバンス召喚ッッ!!!





古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)
効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻3000/守2000
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠カードを発動できない。
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手ライフに400ポイントダメージを与える。
●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。

「ま、マジかよ・・・?」
 わずか1ターン目にして出現した最上級モンスターは、翔の驚きを買った。そんな翔の驚いた表情を見て尚、麻依はエヘッ――と可愛らしく笑った。そんな笑いを、翔は今、嫌味としか解釈出来なかった・・・。
「私はこれでターンエンド――」

麻依 LP:4000
   手札:3枚
    場:古代の機械巨竜(攻撃)、歯車街

「オレのターン――、ドロー!」
 翔は目の前に聳える最上級モンスターをどうにかしないと、と思いながら、カードを1枚引いた。そして、引いたカード、それは・・・。

ドローカード:強制転移

(・・・使っていいのかな・・・?)
 翔はこちら(読者側)の方を向いて、そう思った。その時の彼の顔は、とても青ざめていた。
「えぇえええいっ!! 使わないと、何も出来ない手札だ! オレは“シャインエンジェル”を召喚して、“強制転移”発動ッッ!!!」
 結局、彼は半ばやけくそ気味の状態で、2枚のカードを場に出した。
 1枚のカードは、翔の目の前に天使を出現させ、もう1枚のカードは、その天使と麻依の巨竜のコントロールを入れ替える効果を持っていた。そのカードの効果を受け、天使は麻依の場に、巨竜は翔の場に移動した。

強制転移
通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。

「ちょっ!! 1ターン目から、何でそんなカードを使うのよ、アンタは!!」
 そんな時、外野にいた有里が、翔に向かって大声で叫んだ。更には、有里の叫び声がきっかけとなり、他の外野の者達(主に男子)も大声で翔にブーイングし始めた。
「クッ・・・!」
 ブーイングに耐え切れなくなり、翔は思わず、対戦相手でもある麻依の方を見た。
 だが、それは間違いであった。
 麻依は、「私の“ガジェルドラゴン”がぁ〜」と、涙を流していたのだ。その涙は、更なる外野の者達(主に男子)の怒りとなり、翔へのブーイングはますます酷くなっていった。
「うるせぇ、うるせぇ!! この状況で最良の手が、これしか無かったんだよぉ〜!!」
 ブーイングに対して、翔も少しの涙を見せながら、そう叫んだ。
 その時、先程まで涙を流していた麻依がフフッ――と笑い出した。
「・・・へ?」
「面白ォ〜い!!」
 そう叫んで、彼女は腹を抱えながら、笑い続けた。要するに、嘘泣きだったのだ。

 女の嘘泣きは怖い!みんな、注意しろよ!

 その後、何とか笑いを押さえ込んだ麻依は、笑いすぎたことで出てきた涙をふき取りながら、口を開いた。
「――別に大丈夫だよ? 真剣勝負なんだし、こんなのは日常茶飯事でしょ?」
 突然の口調に、翔は目を点にした。だが、デュエル中ということを思い出すと、ゴホンッ――と一度だけ咳き込み、気を取り直した。
「そ、そうか? なら行くぜッ! “古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”で、“シャインエンジェル”に攻撃ッ!!」
 翔の照れを隠したかのような叫びと共に、彼の目の前にいた巨竜は、その背に生えた大いなる機械の翼で飛び上がり、麻依の目の前にいた天使に向かって突撃した。天使はそれに耐えるべく、両腕と白き翼を前に出し、自分の目の前に壁を作るが、それは天使の消滅と同時に消え去った。

麻依 LP:4000→2400

「くぅっ・・・!」
 天使の消滅によって発生した衝撃は、麻依を吹き飛ばそうとその威力を増していく。だが、彼女はそれを耐え抜き、再び翔と彼の目の前にいる巨竜を、そして、先程まではいなかったはずの女戦士の姿を見た。
「“クィーンズ・ナイト”・・・。 あのバトル・シティを勝ち抜いた、既に“伝説”とも呼ばれている武藤 遊戯さんのカード・・・」
「おう! 色々あってな、今はオレが持ってるんだ!」

シャインエンジェル
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

クィーンズ・ナイト
通常モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
しなやかな動きで敵を翻弄し、
相手のスキを突いて素早い攻撃を繰り出す。

 翔は、麻依の質問に笑顔で答えると、手を前に出し、更なる攻撃宣言をした。その宣言と同時に、女戦士は足に力を込め、一瞬で麻依の目の前に移動。その勢いを消すことなく、左手で握っていた剣を振り下ろし、彼女をズバンッ――と切り裂いた。

麻依 LP:2400→900

「――オレは、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 バンッ――と、翔の目の前に裏側のカードが1枚、姿を現した。

翔  LP:4000
   手札:3枚
    場:クィーンズ・ナイト(攻撃)、古代の機械巨竜(攻撃)、リバース1枚

 翔の言葉を聞き、一息つくと、麻依はデッキの上に手を伸ばし、ゆっくりとカードを1枚引いた。
 手札は4枚。そのうち1枚を除いた3枚のカードをじっくりと見つめ、何らかの考えに辿り着くと、麻依はスカートのポケットから、円柱に近い形をした赤色のケースを取り出した。
「やっぱり・・・、負けるのはイヤなんだよね!!」
 そして、麻依は磁石で閉じられていたケースを開き、その中に入っていた「ある物」を取り出した。「ある物」とは、眼鏡。
「・・・眼鏡?」
 彼女の意気込みとは真逆に近い物が出てきたため、翔は目を点にして、そう言った。そんな彼の姿を見て、麻依は再び小さく笑った。
「そうだよ。 ど〜こにでもあるようなタダの眼鏡――。 ちなみに、度は入ってないよ。 でも・・・!」
 麻依は言葉を途中で区切ると、ケースを再びスカートのポケットに入れ、眼鏡を掛けた。
 その瞬間、ピリリッ――という振動と共に、空気の「質」が変化を始める。その変化に、教室中の生徒は驚くように反応した。当然、翔もだ。
「凄ぇ集中力だな」
「まぁねv」
「でもな・・・!」
 短い会話の途中で、麻依がピクッ――と反応した。翔の最後の言葉に、小さな不安を感じ取ったからだ。
「そういう集中力なら、オレもあるんだよ!」
 翔は手に持っていた3枚のカードを口に咥えると、額に掛けてあったゴーグルをグッ――と力を込めて握り、それのレンズを自分の目に重ねた。それによって発生する振動は、麻依の起こしたそれと酷似していた。

絶対に負けられない・・・!

私も・・・同じだよ・・・ッ!!

 互いの決意が明らかになった直後、麻依は手札のカード1枚を抜き取り、デュエルディスクに差し込んだ。
「魔法カード――“大嵐”!!!」
 差し込まれたカードから放たれるのは、魔力を持つカード全てを滅却する嵐――。
 嵐は、翔の場に伏せられた1枚のカードと、麻依が場に出していた歯車の砦を一瞬で吹き飛ばした。

大嵐
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

「この瞬間! 破壊された“歯車街(ギア・タウン)”の効果が発動され、私のデッキに眠る――2体目の巨竜を特殊召喚させるッ!!!」
 嵐に吹き飛ばされる歯車の砦――。だが、その歯車は嵐に抗うべく、蝋燭の火が消える直前、激しくなるように、超スピードで回転し始めた。やがてその回転は、一瞬の内に、翔の場にいる巨竜と、同じ姿形をした巨竜を作り出した。
「ちょ、ちょっと落ち着かない・・・?」
 再び姿を現した最上級モンスターを前に、翔は自分でも何を言っているのか分からない、という状態に陥っていた。
 そんな中で、麻依は先程の緑色の機械によって手元に降りてきた、次なるモンスターを場に出した。
「行けッ! ――“レッド・ガジェット”ォオッ!!」
 そのモンスターは、背中に自身を動かす歯車を抱えた赤色の機械であった。その機械は場に出ると、背中の歯車を激しく回転させ、もう1種類の機械を、麻依の手に呼び寄せた。

レッド・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1300/守1500
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

「まず始めに、“ガジェルドラゴン”で、翔の場の“ガジェルドラゴン”に攻撃ッ!!」

ドッッ!!!!

 麻依の叫びと共に、2体の巨竜は激しくその体をぶつけ合い、あっという間にその体を機械の破片に変えてしまった。
「――次に、“レッド・ガジェット”で“クィーンズ・ナイト”に攻撃ぃ!!」
 機械の破片が場に降り注ぐ中、赤色の機械が力強く飛び上がり、自身の拳に力を込め始める。そんな姿を見て、翔は驚いたような表情を取りながらも、「返り討ちにしてやるぜ」と叫んだ。だが、そう簡単にはいかなかった。
「甘いよ〜。 速攻魔法――“収縮”ッ!! “クィーンズ・ナイト”の攻撃力は、半分の750だよ!!」
「何ィイイイイイイイイイイッ!!?」

クィーンズ・ナイト 攻:1500→750

収縮
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。
そのモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 体がカードの名の通り収縮してしまった女戦士に、機械の拳を受け止められるはずもなく、女戦士はゆっくりと消滅した。

翔  LP:4000→3450

 麻依に残された2枚の手札は、赤色の機械の効果によって呼び寄せられた黄色の機械――イエロー・ガジェットと、謎の速攻魔法のみ。これ以上は何も出来ない、と彼女は判断すると、勝気な表情でターンエンドを宣言した。

麻依 LP:900
   手札:2枚
    場:レッド・ガジェット(攻撃)

「ライフポイントの差は大きいけど、何とかなりそうかな」
「・・・上等だ・・・ッ!!」
 麻依の勝気な表情に触発されて、翔は力強くカードを1枚引いた。
 引いたカード――それは、翔の望んでいた「自分の手札を捨てることの出来る」カードであった。
「オレも行くぜ、魔法カード!! ――“暗黒界の取引”発動ォッ!!」

暗黒界の取引
通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
その後手札からカードを1枚捨てる。

 少し黒めのオーラが、翔の発動したカードから放たれると、そのオーラの効力を受けて、2人はカードを1枚引いた。
 翔の引いたカードは、融合の力を無理矢理引き出す「呪印」。そして、元々捨てる予定になっていたカードを墓地に送った。
 麻依の引いたカードは、悲劇を呼び寄せ司る「悪魔」。そして、何の躊躇いも無く、黄色の機械のカードを墓地に送った。

「これで決めるッ!! 手札から2枚の通常魔法――“黙する死者”と“死者蘇生”を発動させるッッ!!」
 互いが手札のカードを墓地に送ったのを確認したところで、翔は2枚の「死した魂を呼び起こす力」を持ったカードを発動させた。

黙する死者
通常魔法
自分の墓地から通常モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する。
そのモンスターはフィールド上に存在する限り攻撃をする事ができない。

死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。

「蘇れ! ――“クィーンズ・ナイト”!! ――“ジャックス・ナイト”ッ!!」
 発動された2枚のカードの効果を受けて、先程破壊された女戦士と、先程の魔法カードの効果で墓地に送られた戦士が、姿を現した。女戦士は姿を現すと同時に、片膝を地面につけ、剣を自身のすぐ横に突き刺し、右手で持っていた盾を構えた。戦士は姿を現すと同時に、右手で持っていた剣を構え、切っ先を目の前にいる赤色の機械に向けた。
「流石ね・・・。 でも、このターンで攻撃出来るのは、“死者蘇生”で復活した“ジャックス・ナイト”だけ。 次の私のターンで、何らかのカードを引けば、逆転出来る状況だよ!」

ジャックス・ナイト
通常モンスター
星5/光属性/戦士族/攻1900/守1000
あらゆる剣術に精通した戦士。
とても正義感が強く、弱き者を守るために闘っている。

 2体の戦士から強力な威圧を受けながら、麻依はゆっくりと口を開いた。
 だが、そんな麻依の言葉を聞いて、翔は小さく笑った。
「ちょっと待てよ。 オレはまだ通常召喚をしてないし、手札にはまだカードが1枚残ってるぞ?」
「え・・・?」
 その時、麻依は呆気に取られたような顔を取った。
「最近、デッキに入れたばかりの新(ニュー)カードを見せてやる! “融合呪印生物−光”を召喚ッッ!!」
 そんな麻依の顔を見ながら、翔は残された1枚の手札を天井に掲げ、そのままデュエルディスクに叩きつけた。それによって姿を現したのは、あらゆる光の「素材」を束ねることで、「呪印」を手にした生物――。
「――“融合呪印生物”ッ!?」
「おっ! その反応はこいつの効果を知ってるっていうことだよな?」
「・・・えぇ」
「じゃあ、心置き無く・・・、“融合呪印生物−光”の効果発動ッ!!」
 麻依の言葉を聞くと、翔は右手を前に出し、力強くそう叫んだ。
 すると、「呪印」を手にした生物を中心に、2体の戦士が剣を重ね合わせた。そんな行動に反応して、「呪印」は光り輝き、やがて1体の「最強の戦士」を生み出した――。

融合呪印生物−光
効果モンスター
星3/光属性/岩石族/攻1000/守1600
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、
光属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。





――――1つの“印”が、素材となりし2体のモンスターを束ねるッ!!





切り裂くは剣(つるぎ)! 導くは光!!――――






「現れろッ! ――“アルカナ ナイトジョーカー”ッッ!!!





アルカナ ナイトジョーカー
融合・効果モンスター
星9/光属性/戦士族/攻3800/守2500
「クィーンズ・ナイト」+「ジャックス・ナイト」+「キングス・ナイト」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、
魔法の対象になった場合魔法カードを、
罠の対象になった場合罠カードを、
効果モンスターの効果対象になった場合モンスターカードを
手札から1枚捨てる事で、その効果を無効にする。
この効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。

 翔の叫びが途絶えたと同時に、最強の戦士は素早く赤色の機械の下へ駆け寄り、右手で握る剣をグワッ――と振り上げた。剣はやがて振り下ろされ、赤色の機械は無残にも切り裂かれ、スクラップ状態となった。

麻依 LP:900→0

(こいつが・・・、“アルカナ ナイトジョーカー”か・・・。 ――厄介だな・・・)

 こうして、翔と麻依のデュエルが終わった・・・。

 何者かの、小さな思いを残して――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ありがとね、翔。 楽しかったよ!」
 デュエルが終わり、翔と麻依の2人は近づいて、互いに握手を交わしていた。
「あぁ、オレもだよ!」
「・・・さてと、眼鏡を片付けて・・・」
 握手を終えると、麻依は先程まで掛けていた眼鏡を外そうと、鼻の方に手を当てた。だが、そこには眼鏡は無かった。「え? え?」と麻依は驚くが、何かに気づいたのか、その直後に、翔はゆっくりと口を開いた。
「左手、左手――」
 翔に言われ、麻依は自分の左手を見つめた。そこには、眼鏡を入れ、蓋をしっかりと閉めたケースが握られていた。
「・・・あれ?」
 頬を真っ赤にした麻依は、辺りをキョロキョロと見回しながら、照れるばかりであった。
「もしかして・・・、ドジっ娘? ちょっと古いな・・・」
 外野の方から、神也の声が聞こえてきた。
 だがその声は、彼等(要するに、クラスの主な男子全員)の悲鳴に近い叫び声に、掻き消されてしまった。

《次回予告》

「ふざけるなよ・・・、お前ッッ!!」

「何度言ったら分かるんだ!! オレ達は騙されてたんだって!」

「“力の吸引”を終えた後の彼等は、私が抹殺します」

次回 chapter.2 絆――罅
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!




chapter.2 仲間――罅

 翔と麻依のデュエルから、1週間が過ぎた2月15日――。
 バレンタインデーと呼ばれる、女友達がいない、もしくは彼女がいない男達にとっては、嫌味でしかない日の次の日である。

「神童が・・・もうちょい右かな」
「え・・・、こう?」
「そうそう! じゃ、行くよ〜!」
 放課後となり、誰もいなくなったデュエル・スクールの教室で、翔達7人が集まっていた。何やら写真を撮ろうとしているらしく、少し大きめの三脚の上にデジカメを置き、有里が全員が枠に収まるよう、彼等を誘導していた。そして、丁度全員が枠の中に収まったのを確認すると、有里はデジカメのタイマーを押し、小走りで彼等の中に入った。

パシャッ

 写真を撮る音が、教室の中に鳴り響いた。すかさず有里はデジカメの下まで再び走り、撮れた写真を確認する。それに続いて他の者達も次々と、彼女の側まで駆け寄り、笑みを浮かべながら、撮れた写真を見ながら、楽しく会話を続けていた。
 だが、まだ多少の抵抗があるらしく、麻依だけが彼等と少し距離を作っていた。それに気づいた翔は、すぐに麻依の下まで走って、彼女の手をギュッ――と優しく握った。
「ほら、来いよ。 一緒に撮ったんだから、みんなで見ないとつまらないだろ?」
「ぇ・・・。 ――うん、そうだね!」
 翔の言葉を受けて、少しの間戸惑うも、麻依はすぐに笑顔になった。その後、彼女は翔と一緒にみんなの側に駆け寄り、写真を見た。会話をした。

 それだけじゃない、デュエルもした。

 楽しい楽しい日々・・・。

「さ〜て、そろそろ帰るか?」
 その時、神也が5時を差す時計を見ながらそう言った。
「もう5時かぁ」
「時間が経つの早いな〜」
 そんな彼の言葉に、真利と加奈の2人は、同じく時計を見て、つぶやくようにそう言った。
「ねえ、みんな!」
 突然、2人の言葉を掻き消すかのように、麻依が大声で叫んだ。その声は、(ほぼ)誰もいない教室には大きすぎたらしく、教室中に響き渡り、残りの6人を驚かせた。
「どうしたの? 麻依ちゃん」
 驚きながらも、神童は首を傾げながら、彼女に問いかけた。
「あのさ・・・、ダメだったら別に・・・いいんだけどね・・・」
 神童の言葉のせいで、麻依の中にあった勇気が消え失せ、彼女の言葉は聞き取り辛いものとなっていた。だが、それをからかう者は誰もいない。そんな中で、6人の内の1人である翔が口を開いた。
「勿体ぶらないで、言ってくれよ。 麻依――」
 そして彼は、ニコッ――と笑って見せた。彼の言葉に続いて、他の者達も麻依のために笑った。そんな彼等の表情に、再び勇気を取り戻したのか、麻依は小さくうなずいて、言葉を続けた。
「今日、今から私の家に来れないかな? 紹介したいの、私の家を――」
 麻依の言葉が終わると、教室が急に静かになった。
「やっぱりダメだよね? もう遅いし――」
「別にいいよ。 な? お前等!」
 その時、麻依の言葉を掻き消して、神也が口を開いた。当然、他の者達は、断る理由が無かったので、大きく、しっかりとうなずいた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、彼等はすぐに帰る支度をすると、全員揃って、麻依の家へ向かって歩き始めた(ちなみに、自転車通学者はいない)。
「――でもさ、本当にいいの?」
「何のこと? ――麻依ちゃん」
 歩いていると、突然麻依が口を開いたので、すぐ隣にいた真利が首を傾げながら、彼女の方を見た。
「いや・・・、やっぱり時間遅いし、さ」
 真利の問いかけに対し、地面を向きながら、照れくさそうに麻依は答えた。そんな彼女の姿を見て、翔は口を出そうとするが、それを止め、結局は神也が口を開いた。
「安心しろって! オレ等の親には、“翔ん家に行ってた〜!”って言えば、全部解決なんだからな!」
 神也の偉そうな言葉に、麻依は目を点にして、「何で?」と彼に聞いた。
「ん? よく分かんねぇけど、翔んトコの親って、オレ等の親から有り得ねぇくらい信頼を得てんだよ。 だから、翔ん家だったら、何時まで残ってても、怒られたコトねぇな」
 神也は何故か少し上を見上げて、自分自身で納得するかのように、何度もうなずきながらそう言った。そんな時、加奈が神也をガッ――と押さえ込み、彼の背中に身を乗り出した。
「要するに! 私達の心配はいらない、ってコトだよ」
 加奈は下にいる神也の愚痴を無視しながら、そう言った。そんな2人の姿は、傍から見ればさぞ滑稽なものとなっているだろう。

 そんな会話が続いていると、気づいたら彼等は、麻依の家に辿り着いていた。
「ねぇ、麻依・・・」
「何?」
「本当にこれ・・・、アンタの家なの?」
 辿り着いて真っ先に口を開いたのは、有里であった。口を開きながら、少し後ずさりしているようにも見える。
 それもそのはず。彼等の目の前に広がるのは、人生で1度見れるか見れないか、と言えるほどの豪邸だったからだ。
「うん、そうだよ!」
 彼等の驚きを目の当たりにして、何でだろう?と若干気になりながらも、麻依はウィンクをしてそう答えた。

 彼等は門から入り、4,5分ほど広大な庭を歩き、やっとのことで玄関に辿り着いた。
 改めて近くで見ると、やはりその家は、家と呼べぬほどの大きさであった。
 麻依が手を動かして、「早く早く!」と彼等を急かすが、彼等はあまりの大きさっぷりに、その家に対して、小さな、ではあるが、拒否反応を示していた。
「おい・・・、本当に中に入るのか?」
「入るしかないでしょ? あの後、何回“本当に大丈夫?”って聞かれたと思ってるのよ」
「・・・確か、15回だったっけ?」
「違うよ。 19回じゃなかった?」
「いやいや、そんな話、今関係ないから――」
「――じゃ、入るわよ・・・」
 神也、加奈、神童、真利、翔、有里の順で言葉を発すると、ようやく意を決して、彼等はその家の中へ入った。余談になるが、麻依曰く、家に入るのに、靴は脱がなくてもいいらしい。

 どんだけ大きいんだよ!とか、ここだけ国籍違うよね?といった意見、質問は受け付けません。

 家の中は外見からでも悟れるくらい、豪華なもので溢れていた。椅子や机、テレビまでもがかなりの大きさで、天井ではシャンデリアがキラキラと輝いている。更には、そのどれもが綺麗に整頓され、磨かれていた。
 6人が家の中に入ったのを確認すると、麻依はポンッ――とジャンプして、彼等の前に立ち、「どうぞどうぞ〜!」と手を前に出しながら言った。
 そして、麻依に案内されるがままに、彼等は家の中を見て回り始めた(家の広さ、大きさ的には探検、とも言える)。そんな時、翔がふと妙なことに気づいた。
「――なぁ、麻依」
「ん、何?」
 翔の言葉を聞いて、麻依は全員の歩みを止めて、彼の方を向いた。
「お前の親はどこにいるんだ? さっきから、全然見てないんだけど――」
「――ッ・・・!」
 その瞬間、麻依の表情が一瞬だけ曇った。
 だが、そんな曇りはすぐに無くなり、麻依の目には、涙が溜まっていた。
「親は・・・、仕事で出かけてて、全然帰って来ないんだ・・・」
 麻依の泣き顔を見て、翔と彼女を除く、全員が彼の方を睨んだ。
「翔・・・。 まさか、お前がそんな奴だったとは・・・」
「なっ!? オレは、そんなつもりじゃあ!!」
「見損なったわ、翔」
「加奈までッ!?」
 神也と加奈が投げた言葉は、翔の心にズブリと刺さり、彼を深く傷つけた。だが、それを見て、笑っている麻依がすぐ隣にいた。彼女曰く、親がいないのは既に慣れており、涙するほどのものではなくなっているらしかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 遥か上空には満月が昇っており、辺り一面は全てを包み込む暗闇で覆われていた。
 そんな景色の中、麻依の家の前には、彼女を含めた7人全員が立っていた。
 時刻は大体8時。3時間の内、1時間ほどで家を探検し、結局彼女の部屋に落ち着いた彼等は、残りの2時間をデュエルに注いだ。途中、神童がトイレに行ったきり、帰って来れなくなったり、7人同時デュエルなのに、電卓を3個しか使用しなかったら、ライフ計算を間違えて、大変なことになったりと、色々なことがあった。
「今日は楽しかったよ、麻依ちゃん」
 3時間の余韻に浸りながら、真利は笑顔でそう言った。そんな彼女の言葉に、麻依は大きくうなずいた。
「明日は学校で、だね」
 神童の笑顔と共に発せられた言葉に、これまた麻依は大きくうなずいた。

「じゃあな、麻依!」

 最終的には、翔の言葉でその場を締めた。


 ある程度歩いたところで、6人は翔・有里、神童・真利、神也・加奈の3ペアに分かれた。
 その内の翔・有里のペア――。
「どうしたの、翔?」
 有里は翔の方を見て、首を傾げながらそう聞いた。翔がリュックやら、ポケットやらと、至る所に手を突っ込み、何かを探していたからだ。
 その直後、翔はパンッ――と、学ランの両ポケットを叩き、有里の方を向いた。その時の翔の顔は、かなり青ざめていた。
「・・・スマン、有里。 “あの時”もらったお守り・・・、麻依ん家に落としてきたみたいだ・・・!」

 ここで説明。
 「あの時」とは、 去年の大晦日のことで、6人全員で神社へ行った時のことである。ちなみに、この時、翔は有里から「交通安全御守」と書かれた全体が黒色のお守りをもらっている(本編、番外編で出てくる可能性は低いので、説明しました)。

 翔がそう言い終えると、数秒間の沈黙があった。
 その後、有里に殴り飛ばされ、翔は落としてしまったお守りを取りに行くことになった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翔の息が荒くなり始めた時、彼は再び豪邸の門の前に、腕を組んで仁王立ちしていた。
「さて・・・、全速力で走って着いたはいいものの・・・、どうすりゃ入れるんだ?」
 そんな疑問が浮かぶと、翔はすぐさま腕を組むのを止め、辺りをきょろきょろと見回し始める。だが、何も見つからない。不自然なほどに、何も見つからなかった。
「・・・。 開くのかな・・・?」
 何も見つからなかったため、翔はおそるおそる手を伸ばし、門に手を掛けた。すると、力を全く込めずとも、門がグググッ――と独りでに開き始めた。不思議でならない翔ではあったが、「こんなにでけぇ家なんだから、何か仕掛けがあるんだろ」と、自分に都合の良いように解釈し、庭の中へと入っていった。

 それから、5分後――。
 翔は玄関に辿り着いた。だが、そこでも仁王立ちし、腕を組んだ。そして、力いっぱい息を吸い込むと、近所迷惑を気にすることなく、口を大きく開いた。
ごめんくださ――――――――――――いッッ!!!!
 翔の叫び。普通なら近所の人が怒鳴ってもいいくらいなのに、何も聞こえてこなかった。そして、麻依からの反応も無かった。――ということで、翔は再びおそるおそる扉に手を掛けた。ノブをグッ――と回し、そのまま扉を押してみる。すると、鍵が掛かっていないのか、簡単にそれを開けることが出来た。
(開いちゃったよ・・・。 でもま、叫んだし、大丈夫だろ。 ―――多分だけど)
 犯罪者さながらの思考の中、翔はそのまま麻依の家へと入っていった。
 そして、異様な光景を目撃した・・・。

 辺りが暗い――。全ての廊下、全ての部屋にある電気が一切ついていないのだ。
 そのため仕方なく、翔は先程来たときの感覚で前へ進み、麻依の部屋を探し始めた。

 それから、十数分して、翔は麻依の部屋であろう部屋の目の前に辿り着いた。何故かそこにだけ光が着いており、翔もそこまで迷うことなく、辿り着くことが出来た。
「麻依〜? 悪いけど、ちょっと開けるぞ・・・」
 そう言って、翔はドアノブを掴み、ゆっくりと扉を押し始めた。
「おっ! あったあった! 意外と近くにあったんだな、お守り」
 翔は扉のすぐ側にあったお守りを見つけると、それを手に取り、ポケットに入れた。麻依からの返事が無いのを少し気にしながら。

 すると突然、部屋の奥の方から、麻依の会話をしているような声が聞こえてきた。おそらく、電話で誰かと話しているのだろう。
 翔は何の了承も得ないで入ったからな、と思い、麻依に話しかけようと、一歩前に出た。その瞬間、翔の耳に麻依の言葉がスーッ――と入り込んできた・・・。

 「絶望」を呼ぶ声が――・・・。


『“神の名を受け継ぎし者達”である、神崎 翔、神吹 有里、高山 神童、明神 真利、橋本 神也、晃神 加奈に近づく、という作戦は現在進行中です・・・。 ですので、もうそろそろです。 もうそろそろで、作戦の第二段階である“力の吸引”を始めたいと思います――』


「―――ッ!!?」
 麻依の言葉で、翔は大きく目を見開かせ、驚いた。
(作・・・戦・・・? オレ達に・・・、近づく・・・!?)


『あ、はい。 その後の後処理はお任せください。 “力の吸引”を終えた後の彼等は、作戦の第三段階として、私が抹殺します・・・』


「・・・抹殺・・・ッ!!?」
 その時、翔は咄嗟に自分の口を両手で塞いだ。だが、時既に遅く、麻依は翔がいることに気づき、彼のいる方を見た。
「いたんだ・・・、翔・・・」
 そう言って麻依は、フフッ・・・と不敵に笑った。
 そして、彼女はゆっくりと前に進み、翔の下へと近づき始める。
「くっ・・・、来るな・・・!」
「どうしたの、翔ぅ〜。 何もしないよ、“今はまだ”ね・・・」
 麻依を拒もうと、翔は口を塞いでいた両手を前に出し、彼女と自分の間に壁を作ろうとする。だが、麻依はその両手をパンッ――と、「何らかの力」ですぐに払い除け、更に翔に近づいていく。やがて、麻依は翔のすぐ目の前にまで行くと、彼の顎をクンッ――と掴み、そのまま、自分の唇を彼の唇へと近づかせ始めた。
「来るなァアアアアアアアアアアアッ!!!」
 麻依の言動を拒むかのように、翔は再び両手を前に出し、彼女を押し倒した。そのまま、真後ろにある扉に手を掛け、彼女の部屋を後にした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そして翔は、すぐに玄関を出て、門を出て、いつもの道を全速力で走っていた。
「ヤバイ・・・! 早く伝えないと・・・! みんなが・・・、みんなが・・・ッッ!!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翔が全速力で走っている中、押し倒された麻依はゆっくりと立ち上がり、側に落ちていた電話を再び握り、自分の耳元に当てた。
『スミマセンでした。 私の演技につき合わせちゃって・・・。 えぇ、これから始めます。 作戦の第二段階――絆の消滅を・・・』
 麻依はもう一度、不敵に笑った。
『もうお手を煩わせることは無いと思いますよ、ファイガ様――』
 最後にそう言って、麻依はその電話をピッ――と切った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日(2月16日)のデュエル・スクール――。
 翔は麻依が来る前に、有里、神童、真利、神也、加奈の5人を教室に来させ、麻依が電話越しで話していた内容を、全員に話し始めた。
 だが当然のように、誰も信じなかった。
「何言ってんだ、翔。 夢でも見たんじゃないのか?」
 最初にそう言ったのは、神也であった。彼はそう言いながら、真剣な表情をした翔の肩に手を置いた。そんな彼に続くように、他のみんなも「そんなわけないじゃん」と、翔が冗談を言っているように思いながら、そう言った。
「違うッ!! 本当なんだ・・・! 本当の本当に・・・、麻依が・・・、そう言って・・・!」
 翔は力強く歯を喰いしばり、そう言いながら、机をガンッ――と強く叩いた。
 そんな彼の行動に、何らかの反応を最初に見せたのは、有里であった。彼女はゆっくりと翔に近づき、そして笑った。
「おぉ! 有里は信じてくれるよな!!?」
 翔が笑顔でそう言った瞬間、バシンッ――という、渇いた音が教室に響き渡った。

「アンタ・・・、それ以上その冗談続けると・・・、私、本気で怒るよ!」
 有里の笑みは一瞬で消えており、その表情は怒りで染まっていた。
「“冗談”・・・? 違う違う違うッ!!! 何度言ったら分かるんだ!! オレ達は騙されてたんだって! 麻依にッ!!」
 翔が言葉を言い切る前に、次は神也が、彼の頬を殴り飛ばした。その威力で、翔は吹き飛ばされ、彼の側にあった机は次々と薙ぎ倒れていった。
「ふざけるなよ・・・、お前ッッ!!」
 神也の表情も、有里と同様に怒りであった。
 翔は殴られた頬を手で押さえながら、残りの3人――神童、真利、加奈の表情を見た。そこには、翔の望んでいた表情は、何1つ無かった・・・。

キーンコーンカーンコーン

 無情なチャイムが、デュエル・スクール全体に鳴り響いた――。
 その音に反応して、翔を除く5人は、無言のまま、自分の席に座った。





ピシッ・・・





 「絆」に罅(ひび)が入った、聞こえないはずの音が、今回だけは聞こえた・・・。

《次回予告》

「あいつ等が勝手に、何とかすりゃあいい・・・」

「何だ・・・、この・・・感じ・・・ッ!!?」

「まずはぁ、1人目ぇ〜v」

「翔・・・ッ!!」

次回 chapter.3 犠牲者――1人目
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!




chapter.3 1人目――犠牲者

 あれから、更に1週間が過ぎた2月22日――。
 先生の連絡が終わり、デュエル・スクールの下校時間となった。
 翔は、すぐさま自分の机の中に入っていた教科書等を全てリュックの中に入れると、バッ――と立ち上がった。そのままリュックを担ぎ、誰とも関わろうとせず、すぐさま教室を出て行った。
 そんな彼の姿を見ていた麻依は、首を傾げると、すぐ近くの席にいた神也に、小さな声で話しかけた。
「ねぇ。 何で翔って最近、1人で帰るようになったの?」
「――オレが知るかよ」
 麻依の質問に、神也は眉間に皺(しわ)を少し寄せながら、そう答えた。そんな彼の答えに、麻依は「へぇ〜、そっか」と、何の感情も込めることなく、そう返事した。教室から立ち去る翔の姿を見つめながら。不敵に笑いながら・・・。


 「絆の消滅」――・・・。
 それは、神の名を受け継ぎし者達6人の中の誰か1人を孤立させることで、その絆を断ち切り、更には連鎖的に全ての絆を断ち切る、というものであった。
 だが、それだけが麻依の作戦「第二段階」――翔を孤立させる、では無かった。
 翔という、神の名を受け継ぎし者達の中で最も脅威的な存在を真っ先に消すことで、後の作戦「第三段階」――「力の吸引」をスムーズに実行する、という意味合いもあったのだ。


 麻依の思惑通り、翔と残りの5人の間にある絆は崩壊し、更には残された5人の絆も、多少の欠陥があるものとなった。

 ――よって、これより麻依は、作戦「第三段階」を始める・・・。


(・・・ま・ず・は・・・、一番簡単な奴からかな〜v)
 麻依はそう思いながら、神童の方をちらっと見た。そんな彼女の視線に気づいたのか、神童は手を振り始めた。神童の姿を受けて、麻依も彼と同じように手を振るが、心の中では「バカな奴・・・」と、静かにほくそ笑んでいた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日(2月23日)――。
 翔は暗い表情のまま、2−Aの教室の扉を力強く開けた。
 その時に出たガラッ――という大きな音は、残りの5人――有里、神童、真利、神也、加奈、そしてその5人と一緒にいた麻依の動きを止めた。そんなことお構いなしに、翔はゆっくりと教室の奥へと入っていき、自分の席へと向かっていく。だが、自分の席へ向かう途中で、彼等のいる場所に辿り着いてしまった。
「・・・どいてくれ――」
 仕方なく、と言ったような思いで、翔は口を開いた。
 彼等は翔の言葉には応じず、しかし何事も無かったかのように、その場を後にした。
 だが、翔はそんな動きを気にすることなく、ため息を一度つくと、再び自分の席へと向かい始めた。
 やがて翔は、自分の席に辿り着くと、机の横のフックに、担いでいたリュックを掛け、ドスン――と無駄に力を込めて、目の前の椅子に座った。
 するとそのすぐ後、少し離れていた場所から、クラスメートの2人が翔の下にやって来た。
「ねぇねぇ神崎〜。 何かあったの?」
 翔の下にやって来た2人の内、1人の少女――木本(きのもと) しおりがクスクスと小さく笑いながら、彼にそう聞いた。
「勿体ぶらずに教えろよな、神崎!」
 しおりの質問に答えようとしない翔の姿を見て、彼女の隣にいた樋口 篤志(ひぐち あつし)が、続けて口を開いた。
 何の躊躇いも無く、気になったことを聞く彼等。――そんな2人に嫌気が差したのか、翔は再びため息を小さくついて、彼等の方を見た。

「少し、な・・・」

 そして、翔はそう言った。
 しおりと篤志は互いに顔を見合わせると、同じように首を傾げた。その後も何度か翔に質問するが、翔がそれ以上何も語らなかったので、2人はそそくさと元いた場所に戻っていった。
 2人が戻っていったのを確認すると、翔は机の上で両腕を組み、それに自分の顔を埋(うず)めた。そして、そのまま目を閉じ、先生が来るまで、と思い、眠り始めた・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 辺り全てが見えなくなるような闇が、翔の周りを覆っていた。
 そんな中で、翔は目を見開き、微かに見える人物を見つめた。――麻依だ。彼女の後ろには、傷だらけになり、虫の息となった「仲間」達がいた。

 翔は必死で前へと進んだ。仲間達を助けるために。麻依という、呪縛を消すために。

 だが、翔が前へ進めば進むほど、全てが遠のいていく。彼を拒んでいく。やがて麻依は、そんな翔の姿を見かねて、後ろにいる彼等の方を向いた。そして、ドス黒いオーラで覆われた右手を、その彼等に向けた。

「――止めろ・・・ッ!!!」

 翔は必死で叫んだ。仲間達を助けるために。麻依という、仲間を傷つける者を消すために。

 だが、翔が叫べば叫ぶほど、麻依は手に力を込め、そのオーラを解き放とうとする。彼等を抹殺しようとする。やがて麻依は、そんな翔の姿を見かねて、手を覆うオーラを解き放った。そして、彼等の姿は消えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その瞬間、翔は息を荒くし、じっとりとした汗をかきながら、両腕に埋めていた顔を勢いよく上げた。隣には、翔を心配していたように、先程の2人とはまた別の少女が立っていた。
「――大丈夫・・・?」
 久野 希恵(ひさの きえ)だ。
 翔は希恵の言葉に気づき、彼女の方を向くと、小さくうなずいた後、口を開いた。
「・・・あぁ・・・。 変な夢・・・、嫌な夢を見ただけだから・・・」
「そっか」
 翔の言葉を聞くと、心配そうな表情をしながらも、希恵は友達のいる下へと戻っていった。

 ――時刻は、下校の時間である3時半を迎えていた。

(ずっと寝ていたのか・・・、オレは・・・)
 椅子から立ち上がり、グッと背伸びをしながら、翔はそう思った。
(先生の1人や2人くらい、オレを起こそうとしても良かったのに・・・)
 更にそう思いながら、翔は机の横のフックに掛けてあったリュックを手に取った。その時翔は、自分のリュックに挟まっていた1枚の紙に気がついた。
「何だ、これ・・・?」
 紙を手に取り、見てみると、そこには「From.麻依 To.翔」と書かれてあった。

「――ッッ!!」

 一瞬驚き躊躇うも、翔はその紙の裏(正確に言うと表)を見た。そこには、以下のように書かれてあった。


『拝啓 神崎 翔様

 今日、1人目の「犠牲者」が出ます。 誰かは敢えて書かないけどね。

 気になるんだったら、助けたいんだったら、犠牲者を探して、助けてみれば?

 そこら辺はお好きにどうぞ。 まぁ、その時は私も容赦しないけどね。

 敬具』


「クッ・・・!!」
 翔は手に持っていたそれをくしゃくしゃに握りつぶすと、手に持っていたリュックを右肩に担ぎながら、教室の外に出ようと走り出した。だが、扉を掴んだ瞬間、彼の動きは、一時停止を受けたテレビのように止まった。
「・・・オレに・・・、何が出来る・・・?」
 思わず翔は、思っていたその言葉を口にしてしまった。やがて、彼は扉から手を放し、自分が立っている床(地面)を見た。

「そうだ・・・、そうじゃねぇか・・・。 オレに出来ることは、全部したんだ・・・。 だが、それをあいつ等は拒んだ・・・。 だからオレも、もう何もしない・・・」










――――あいつ等が勝手に、何とかすりゃあいい・・・。










 そう思って翔は、不気味に笑った・・・。
 そんな彼の頭の中を、ズズズ・・・と、小さな闇が過ぎった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翔と希恵が会話していた同時刻――。
 デュエル・スクールの体育館裏。
 そこに、緊張しながら誰かを待っている神童がいた。
(3時29分・・・。 もうそろそろ30分だ! 麻依ちゃん、ボクに何の用なんだろ?)
 神童のこんな思いと共に、翔の眠っていた時間帯へと遡る――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昼休み――。
 飯を食べ終えたクラスのほぼ全員が、運動場や体育館へと遊びに行っている中、神童や他の少数名は、各自で持ってきた本を読んでいた。
 そんな時、読書を続ける神童の下に、1人の少女――麻依がやって来た。
「ねぇねぇ、神童。 神童って、今更な質問かも知れないけど、いっつも本読んでるの?」
「えっ!? う、うん、まぁね。 みんなが外に遊びに行っちゃうと、どうしてもね」
 麻依の質問に対する神童の返答に、麻依は疑問を持って、再び質問した。
「え? 神童も外に出ればいいんじゃない? そうすれば、1人で読書することも無くなるじゃん!」
 「私ってアッタマいい〜!」と、自画自賛している麻依の質問に、神童は小さく笑って、答えた。
「それはそうなんだけど・・・。 ほら、ボクって、運動出来ないじゃん? だから・・・」
 その瞬間、麻依は彼の言おうとしていたことの全てを理解し、彼の言葉を止めた。そして、彼女がその言葉を続け始めた。
「ボクの入ったチーム、負けちゃうから・・・、か。 何かのマンガで聞いたことあるようなセリフね」
「え、そ・・・、そう?」
 神童の照れながら発した言葉に、麻依は笑顔でうなずいた。その後、麻依は何を思ったのか、トンッ――と軽やかにジャンプすると、神童から少し離れた場所で着地した。その時の彼女の頬は、神童と同じように照れているのか、少し赤くなっていた。

「でも・・・、それが神童の優しさなんだよね」

「えっ・・・?」
 突然の麻依の発言に、神童もまた、彼女と同じように頬を赤くしてしまった。
 そんな彼が呆気に取られている間に、麻依はその場から離れたい、というような思いで走った。だが、扉のすぐ側で、彼女はピタリと止まった。
「神童――。 今日の放課後! 体育館の裏に来てねッ!!」
 そう言って、麻依は教室を出て、廊下を先生に怒られながらも、全速力で走って行った。

「それって・・・、どういう・・・?」
 神童はただただ、戸惑うばかりであった。

 ―――「裏」に存在する麻依の考えを知ろうともせずに・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そして、時間は戻って、3時30分丁度――。
 神童の下に、頬を赤らめ、若干早歩きの麻依がやって来た。
「あ、あの・・・!」
 2人が見つめ合った瞬間、何とも言えない沈黙が生まれるが、それを麻依は言葉で破った。そんな麻依の言葉を受けて、神童は呂律(ろれつ)が怪しい状態で「な、何?」と聞き返した。
「あの・・・ね、今日は・・・、ちょっと神童に・・・、聞いてもらいたいことが・・・あって・・・!」
 麻依はそう言いながらも、神童の方を見ることなく、地面を見つめ、行き場の無い指を自分の腹辺りで動かしていた。麻依の言葉もまた、神童と同じように、呂律が怪しかった・・・。
 だが、その怪しさは、神童のような「天然」のものではなく、「人工」的なものであった――。

 ――その瞬間、麻依は神童に見えないよう、不気味に笑った・・・。

「神童・・・」

 ――その瞬間、麻依の言葉が、冷酷なものに変わった・・・。

 神童はすぐにその変化に気づき、目を見開かせ、驚いたような表情をつくるが、それは遅かった――。
 既に麻依は何らかの「アクション」を起こすべく、自分の髪を束ねていた紐を取っていた。それによって、彼女の長い黒色の髪が、風に靡いた・・・。


「翔・・・ッ!!」


 神童はすぐにその変化に、麻依の「アクション」に気づき、全てを知っているであろう少年の名を叫ぼうとするが、それは遅かった――。















―――――バシュンッ!!!















 植物の蔓のようなものが、麻依の足下から伸び、一瞬で神童の「全て」を拒絶した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ドクンッ・・・!!

 帰路についていた翔は突然、その足をピタリと止めた。そして、胸の中でざわつき始めた「何か」を感じ取り、彼は右手で服の胸の部分をギュッ――と力強く握った。

「何だ・・・、この・・・感じ・・・ッ!!?」

 だが、その時はまだ、翔はその「何か」の正体が分からなかった・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「フフッ・・・。 まずはぁ、1人目ぇ〜v」

 麻依は「誰もいない」体育館の裏で、可愛らしくそう言った。

《次回予告》

「何なんだよ・・・! ――この・・・感覚はっ!!」

「拝啓 神崎 翔様――。 今日は、3人の“犠牲者”が出ます」

「何で“大丈夫かな?”って、平然と言えるんだ!?」

次回 chapter.4 犠牲者――増加
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!






残り:5人――

chapter.4 犠牲者――増加

 2月24日――。

『全先生方は今すぐ、職員室まで来てください! ――緊急会議を行いますッ!!』
 全ての教室、全ての廊下に取り付けられたスピーカーから、酷く焦った校長の叫び声が鳴り響いた。その声はあまりにも大きく、聞いていたほぼ全員が、両手で両耳を塞いだ。
 だが、校長の声がこんなに大きくなってしまうのは、誰もが理解出来た。いや、理解することになった。


 「高山 神童の消滅」――。


 学校側がそれに気づいたのは、昨日の夜、神童の両親が学校に、「ウチの息子がまだ帰ってきていない」という、連絡をしたからであった。その連絡後、神童の両親とまだ職員室に残っていた職員一同、そして(後に)彼等が呼んだ警察官数名で、神童の捜索を始めた。だが、明け方まで探しても、神童が「ここにいた」という、微かな痕跡すら残っていなかった。
 だからこそ、未だその事件を知らない職員に、それを伝えるため、校長は放送で彼等を呼んだ。

 2−A――。
 未だその事件を知らない者達は、先生が来ない、という理由で、わいわいがやがやと騒いでいた。数人を除いて――。
「神童、遅いな〜」
 まず始めに口を開いたのは、本来、神童の席の後ろにいる有里であった。
「そういやそうだな。 何の連絡も無かったけど、風邪か?」
 眠気を覚ますために背伸びをしていた神也が、有里の目の前である、自分の席に座りながら、有里の言葉で気づいたかのように口を開いた。
「――大丈夫かな・・・?」
 神也と有里の目の前で、自分の席に座っている、神童消滅の事件を引き起こした張本人である麻依がそう言った。

(・・・ッ・・・!)
 麻依の言葉を聞いて、彼女のすぐ隣の席に、ただじっと座っていた翔が、ピクッ――と反応した。そして、そんな反応と同時に、昨日の紙に書かれた内容を、翔は思い出していた。

『拝啓 神崎 翔様

 今日、1人目の「犠牲者」が出ます。 誰かは敢えて書かないけどね。

 気になるんだったら、助けたいんだったら、犠牲者を探して、助けてみれば?

 そこら辺はお好きにどうぞ。 まぁ、その時は私も容赦しないけどね。

 敬具』

(お前が・・・やったのに・・・ッ! 何で「大丈夫かな?」って、平然と言えるんだ!?)
 思い出した内容と麻依の先程の言動を重ね合わせながら、決して混ざることの無い麻依のそれに、翔は怒りを覚え、自分の体を震わせていた。だが、そんな怒りは、震えは、すぐに消え失せた・・・。

―――・・・オレに・・・、何が出来る・・・?

―――あいつ等が勝手に、何とかすりゃあいい・・・。

という考えが、翔の頭を、全ての行動を束縛する「闇」となって駆け巡っているからだ。そして、翔は突然、スッ――と無表情になり、机の上で両腕を組み、その中に顔を埋めることで、眠る体勢をつくった。

 その時、これまでの道のりである廊下を走ってきたのか、息を荒くした先生が、勢いよく扉を開け、教室の中に入ってきた。
「みんな・・・、落ち着いて聞いてくれ・・・ッ!!」
 彼はそのまま、息を整えることを忘れ、頭の中に刻み込まれたその内容を伝えることだけを考えていた。――そして、話し始めた。
 その内容が話されていく中、既に全てを理解し、真相を知っていた翔は、眠気に負けるかのように、ゆっくりと眠りについた・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ねぇ!」
 翔が眠りについている中、加奈は翔の隣――神也の席を強く叩いた。あまりの強さに、ダンッ――という大きな音が教室に響き渡り、神也はその音に驚いていた。
「なっ・・・、何なんだよ、いきなり!!」
「――探しに行くわよ!」
「・・・ハァ?」
 加奈の突然の発言に、神也は口をポカンと開け、首を傾げることしか出来なかった。だが、そんな彼の行動を他所に、加奈は小さく笑った。加奈の後ろには、有里、真利、麻依の3人が、加奈と同じように小さく笑いながら立っていた。

 いや、麻依だけは、違った意味の笑みを浮かべていた・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 放課後――。
 言い出しっぺとなる加奈を含め、神也、有里、真利、麻依の5人は、誰もいなくなるまで2−Aの教室に残っていた。正確に言うと、依然として眠り続けている翔は、まだ残っている。
「よっしゃー! 探すわよーッ!!」
 自分の教科書等を入れたバッグを片手に、加奈は力強く右手を空に掲げ、大声で叫んだ。だが、彼女の背後にいる4人は、彼女のように盛り上がる訳でもなく、至って冷静であるかのように見えた。
「いや、テンション高すぎだし・・・」
「探すって言っても、どこを探すの?」
 そんな中で、冷静なツッコミを決めたのは、神也と真利であった。
 だが、その冷静さは外側だけである。少しでも中を開くと、そこには、神童がいなくなった、神童は何処にいるのか、というような「不安」で一杯になっていた。

「よ〜く考えてみなさいよ。 昨日、神童は私達に“用があって、まだ帰れないんだ。 だから、先に帰ってて”って言ったでしょ? 要するに、私達が帰った後も、神童はまだ学校の中にいたのよ!」
「ホォ〜。 加奈にしては、説得力のある説明だなぁ」

 若干余談になってしまうが、この後、上から目線でこう言った神也は、加奈に十数分程、ボコボコにされた。

「っとまぁ、その後用が終わって帰っちゃったかも知れないけど、探すとしたら、ここ。 ――学校からでしょ」
「なるほどな〜。 加奈にしては・・・ッ!」

 これまた余談になってしまうが、この後、再び上から目線でこう言った神也は、加奈に数十分程、ボコボコにされた。

 加奈の説明が終わったところで、他の4人もすぐに自分の荷物をリュック、もしくはバッグに入れ、それを担いだ。
「ねぇねぇ。 翔とは・・・、一緒に行かないの?」
 自分達の荷物を担いだ段階で、麻依がゆっくりとそう言った。その瞬間、残りの4人の表情が、とても冷たいものとなった。
「いいのよ、そいつは――。 だから早く行くよ、麻依」
 冷たい表情となった4人を代表して、有里が口を開いた。
 そんな有里の言葉に、多少の躊躇いを感じながらも、麻依は「うん」と小さくうなずき、彼等を追って、2−Aを後にした。

 扉付近で、不気味に笑ってみせながら・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ん・・・?」
 彼等がいなくなってからしばらくして、翔がムクッ――と起き上がった。うまく開けられない目を何度かこすって開かせ、時計を見た。
 時刻は3時半。――昨日起きた時刻と、全く同じであった。
 翔は椅子から立ち上がると、既にボサボサになっている髪をゴシゴシと掻き、再び目をこすった。それによって眠気を取り払うと、机の横のフックに掛けてあったリュックに手を掛けた。
 その瞬間、1枚の紙がヒラヒラと、翔が掴もうとしたリュックから落ちてきた。

「な・・・ッ!!?」
 そして、すぐに察した。――またか、と・・・。
 落ちた紙を、翔は素早く拾い上げ、「From.麻依 To.翔」と書かれていない、文章が書かれた方を見た。


『拝啓 神崎 翔様

 昨日は邪魔をしなくてありがとう。 あなたのお陰で、神童を「犠牲者」にすることが出来たわ。

 突然になるけど、今日は、3人の「犠牲者」が出ます。

 どうする? 流石に助ける? それとも、神童の時と同様、助けない?

 どっちにしろ、私の返答は同じだけどね。

 犠牲者を助けようとすれば、私は容赦しない。

 敬具』


「“3人”・・・だと・・・!?」
 翔は紙に書かれた、その部分だけを見つめ続けた。そして、歯を喰いしばった。
 彼の中で、「助ける」と「無視する」の2つの思いが、激しいぶつかり合いを続けていた。だが、その激突はすぐに終わった。
 翔の結論。それは・・・、

「オレは・・・、オレには・・・、関係ない・・・ッ!!」

「無視する」であった。
「おい、神崎ぃ〜!」
 そんな時、翔を呼ぶ声が、教室の扉の辺りから聞こえてきた。その声に反応し、素早く翔はそちらの方向を見た。そこに立っていたのは、翔と同じクラス――2−Aのクラスメートの1人であった。
「雄介・・・。 何でここに? オレ以外の奴等は、もう帰ったのかと思ってたんだけど」
 翔の返事を聞いた後、彼に雄介と呼ばれた人物――堀内 雄介(ほりうち ゆうすけ)は、ゆっくりと翔の下へ歩きながら答えた。
「いやぁ〜、部活だと思ってたんだけどさ、急に中止になったんだよ。 雨が降りそうだ、っていう理由でな。 ――んで、誰か残ってないかなって、ここに来たんだ」
「そうか」
 雄介の言葉に、翔は少しだけ目を彼から逸らして、そう言った。そんな翔の動作に、雄介は一瞬だけ首を傾げる。そして、首を傾げた段階で、彼は翔の手に握られていた1枚の紙を見つけた。
「ん? 何だ、その紙? ・・・ホォ〜・・・、なるほどな・・・。 もしかして、ラブレターって奴かな?」
「――ッ!!」
 翔は、雄介の興味が自分の握る紙に向けられたことで、目を見開かせてしまう。だが、すぐに握っていた紙をくしゃくしゃと丸め、自分の机の中に無造作に入れた。
「バッ! 違ぇよ!!」
 その後、翔は笑顔でそう言って、自分の下へ向かってくる雄介の下まで小走りした。
 雄介は「本当か〜?」と、疑惑の目で翔を見つめ続けた。
 だが、翔はそれ以上、その紙については口を開かなかった。それを察したのか、雄介も紙のことについての話題は止め、全く別の話題を翔に振った。

 自然な流れの中で、2人は帰路についた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 デュエル・スクール1階、体育館の入り口――。

 そこには、神也と有里の2人が立っており、彼等は辺りを見回していた。
「やっぱいねぇな〜。 うしっ! 別んトコ、探しに行くか!」
「その方がいいみたいね」
 神也の言葉に、有里は小さくうなずいた。

 何故、彼等2人だけがここにいるのか?
 ――それは、神也・有里と真利・加奈・麻依の2手に分かれて、神童を探していたからであった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 デュエル・スクール屋上――。

 そこの中心で、真利と加奈は並んで立ち、彼女等は屋上独特の強風を、その長い髪の靡きで感じ取っていた。麻依は、と言うと、屋上へ続く入り口付近でぽつんと立っていた。

 ―――自分の長い髪を束ねていた紐を、解いた状態で・・・。

「やっぱり、屋上ってのは、安直すぎたか・・・?」
「他のところを探しに行こうよ、加奈。 ずっとここにいても、見つからないよ?」
「そうね」
 真利の的確なツッコミを聞いて、加奈は自分の長い髪を右手で軽く整えながらそう言った。
 その時、麻依が「あの!」と大声で言い、2人の前に立った。
「・・・?」
「どしたの? ――麻依」
 突然の麻依の大声に、紐を解いた姿の彼女に驚き、そのせいで加奈と真利の2人は、口をポカンと開け、呆然としていた。
 そんな2人を見ながら、麻依は多少のためらいを交えながら、口を開いた。
「あのさ・・・、私・・・、実は神童の居場所・・・知ってるんだ・・・」
「「えッ!!?」」
 麻依の次なる言葉は、2人を更に驚かせた。そして2人は、そんな驚きを含ませながら、「何処にいるの?」と声を合わせて、彼女に聞いた。
 麻依は再び、ゆっくりと口を開こうとした。そんな彼女の足下からは、神童の全てを拒絶した植物の蔓が、2人に気づかれぬように、ゆっくりと生えてきていた。


「・・・私が今からあなた達を、“そこ”へ連れて行ってア・ゲ・ルv」










―――――バシュバシュッッ!!










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ドッ・・・クン・・・!!

「ガッ・・・!!」
 帰路についていた翔は、自分の胸の中に「不快感」を覚え、それを感じる付近をギュッ――と手で押さえながら、片膝を地面につけた。突然の翔の行動と状態に、その隣にいた雄介は、思わず彼の名を大声で叫び、彼の下へ駆け寄った。
「おい・・・! 大丈夫かッ!!?」
 翔を介抱するべく、雄介は大声でそう言った。だが、今の翔の耳に、彼の言葉は一切入っていない・・・。
 翔はただ、自分の中の「何か」に驚いており、どこか遠くを見つめ、そんな状態でゆっくりと口を開いた。

「何なんだよ・・・! ――この・・・感覚はっ!!」

 ポツポツと・・・、ゆっくりではあるが、雨が降ってきた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「残り半分かぁ〜。 フフッ・・・、た・の・し・みv」

 「誰もいない」屋上の中心で、麻依が笑顔で口を開いた。

残り:3人――

《次回予告》

「オレは、いなくなったりしない・・・! 絶対に・・・、絶対にな!」

「オレは・・・、どうすればいい・・・?」

「みんなの為にも・・・、オレはお前を倒す!!」

次回 chapter.5 犠牲者――居場所
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!






残り:3人―――

 デュエル・スクール運動場――。
 そこの中心で、神也と有里は立っていた。
 突然降ってきた雨が彼等を濡らしていく。だが、神也はそんな雨を無視するかのように、辺りを見回し続け、有里は携帯電話を片手に、誰かと電話しようとしていた。
「チッ! ここにもいねぇか・・・!! おい、有里! また移動する・・・ぞ・・・」
 神也は神童がいないことを確認し、大きく舌打ちすると、有里の方を向いた。そして、有里の変化に気づいた――。
 有里は携帯電話を片手に、体を震わせ続けていた・・・。
 だがそれは、雨で体を濡らしてしまったから、ではなかった。
「何・・・で・・・?」
 彼女は小さな声でそう言うと、瞳から小さな涙を、雨と一緒に流し始めた――。
「? どうしたんだ、有里」
 有里の変化に気づきながらも、まだ状況を把握していない神也は、彼女にそう聞いた。そんな彼の質問を聞いて、有里は涙を見せながら、神也の方をバッ――と見た。自分の中に溜め込んだ「何か」を吐き出すかのように。
「真利と加奈・・・、それに麻依が・・・!!!」
「――ッ!!? とりあえず、少し落ち着け・・・。 3人がどうかしたのか?」
 神也は有里と同じように驚くが、焦らないよう、自分の感情を何とか調整すると、有里に再度質問した。有里もまた、神也の言葉を聞くと、何度か深呼吸をすることで、自分の感情を調節した。
「3人が・・・」
「3人が?」
「電話に出ないの・・・。 互いの情報を把握するためにも、ちゃんと電話に出るように言っておいたのに・・・!」
「なっ・・・!?」
 有里の言葉を聞き、神也は瞬時に、自分の考える「最悪な状況」を思い浮かべてしまった。だが、彼はその考えた状況をすぐに振り払った。そして、表情を無理に明るくした。
「そうか・・・。 ――なら、最後に電話が掛かってきたとき、あいつ等は何処にいたか、覚えてるか?」
「うん。 確か・・・、“屋上”」
 有里がそう言うと、神也は雨を振り払うように、額に手を当て、目に雨が掛からないようにした。そして、その態勢のまま、屋上の方を見た。運動場から屋上へは、かなりの距離があった。そのため、屋上が今、どんな状況になっているのか、というのを把握することが出来なかった・・・。
「よし。 じゃあ、オレが屋上まで行って、少し見てくる」
「え・・・、でも!!」
「大丈夫。 オレは、いなくなったりしない・・・! 絶対に・・・、絶対にな!」
 神也の言葉から、有里は確かに、「以前の」翔の面影を感じ取っていた・・・。
 自分達のことを仲間だと言い切り、手を差し伸べてくれた翔の面影を――。
 だからこそ有里は、神也の言葉から、確かな自信と、その約束を破らない、という強い意志を感じ取った。
 だからこそ有里は、笑顔で口を開いた。
「うん。 じゃあ、行ってきてくれる?」
「任せとけって!」
 有里の笑顔を見て、神也はホッとしたような表情をとった。
 そして、彼は走った――。雨のせいで柔らかくなった地面を、しっかりと踏みながら――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「んっ・・・!」
 神也が走っていくのを眺めると、有里は小さな掛け声と共に、スッ――と立ち上がった。雨で濡れ、くしゃくしゃになった髪と、涙で濡れ、くしゃくしゃになった顔を整えながら。
「よし! 私ももう少し神童を探してみるかな!」
 自分の気持ちをも整えると、有里は意気込むようにそう言った。
 その時、彼女は自分の背後に、人の気配を感じ取って、バッ――と素早く振り返った。
 そこには、自分と同様に、雨で濡れた麻依の姿があった。
「麻依!!?」
「うん・・・」
 有里の驚いたような声に、麻依は小さな声で返事した。そんな彼女の体は、激しく降り続ける雨のせいで、酷く震えていた。
「他の2人は・・・?」
 麻依の震えを感じ取ると、有里はポケットの中に入れていたハンカチを取り出し、麻依の体を拭き始めた。そしてそんな中で、有里は麻依にそう聞いた。
「真利と・・・加奈のコト・・・?」
「そうよ。 2人はどうしたの?」
 激しい雨から身を守るために、2人は屋根のある学校の玄関へと逃げ込んでいた。
 そのお陰もあってか、麻依の体の震えは止まっていた。
「2人はねぇ〜・・・」

 その時、有里は感じ取った。
 麻依の明らかな「変化」を――・・・。



 麻依の体の震えが止まったのは、雨に当たらなくなったから、ではなかった・・・。
 いや、正確に言うと、麻依は最初から震えてなどいなかったのだ。・・・全ては演技。有里を騙すための――。

『大丈夫。 オレは、いなくなったりしない・・・! 絶対に・・・、絶対にな!』

『オレ達は“仲間”だ!!』

 その時、有里は不意に、自分にその「温かさ」をくれた2人の笑顔を思い出した。










―――――ズバンッ!!










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃神也は、屋上に誰もいないことを確認し終えており、有里のいる下へと向かって、階段を駆け下りていた。彼の右手には、携帯電話が握られていた。
「おっかしいな・・・。 何で出ねぇんだよ、有里の奴!」
 息を荒くしながら、吐き捨てるようにそう叫んだ。

 いずれ階段は途切れ、有里のいる筈の玄関に、神也は辿り着いた。


ピピピピッ・・・ピピピピッ・・・


 だが、そこには有里はいなかった。
 ただ、そこには有里の携帯電話が転がっていた・・・。

「有・・・里・・・!!?」

 神也は目の前で鳴り続けている携帯電話を拾い上げた。そのままカパッ――と2つ折りになっていたそれを開き、着信音を止めるために、1つのボタンをピッ――と押した。
 音は消えた――。
 有里も消えた――。





アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!





 神也は叫んだ。心の底から・・・。
 自分の中に眠っていた全ての悲しみと、全ての無力さと、全ての絶望を、吐き出すために・・・。

 雨は降り続ける。全ての悲しみを拭うためではなく、悲しみを生み出すために・・・。
残り:2人――

chapter.5 犠牲者――居場所

 次の日――。
 デュエル・スクールでは、全校朝礼が行われていた。
 全校生徒が巨大な体育館に集まり、背順でクラスごとに1列ずつ、並んで立っていた。彼等の目の前には、ステージの上に立ち、マイクを片手に持った校長先生の姿があった。
 校長先生は、マイクを通したスピーカーで、神童に続いて新たに、有里、真利、加奈、麻依の4人が昨日、(仮説として)何者かに誘拐された、ということを話した。締めには、4人に関連した何らかの情報を持っていれば、教えて欲しい、ということを言い、校長先生はステージを降りた。

 その後、クラスが教室へ戻っても、校長先生が言っていたことを繰り返すかのように、それぞれのクラスの担任は口を開いた。


 だが、それ以外は何も変わらない・・・。

 ほとんどの者達は、自分達のことではないとして、いつも通りの日常を、そこで繰り広げていた・・・。

(“3人”・・・か)
 そんな中で、自分の席に座っていた翔は、右手でシャープペンシルを何度も回しながら、1枚の紙切れに書かれた文字を見つめていた。

『拝啓 神崎 翔様

 昨日は邪魔をしなくてありがとう。 あなたのお陰で、神童を「犠牲者」にすることが出来たわ。

 突然になるけど、今日は、3人の「犠牲者」が出ます。

 どうする? 流石に助ける? それとも、いつも通りに助けない?

 どっちにしろ、私の返答は同じだけどね。

 犠牲者を助けようとすれば、私は容赦しない。

 敬具』

 その直後、翔は自分の手の動きを止めて、シャープペンシルをギュッ――と力強く握り締めた。目の前にある紙を、ビリビリに引き裂いた。
 だが、その力はすぐに緩められた・・・。

 そして、「闇」が、翔の全てに流れ込んでいく・・・。

「――翔ッ!!」
 翔がシャープペンシルを筆箱に入れようとしていると、彼の隣から、神也の叫びに近いような大声が聞こえてきた。
「・・・何だ?」
 突然の神也の言葉を聞くが、翔は至って冷静に、そう聞き返した。
 その目は、神也の全てを拒絶するかのように、全てを拒絶する闇のように、漆黒に染まっていた。
「頼むっ!! オレと一緒に・・・、みんなを探すのを、手伝ってくれないか!?」
「・・・・・・」
 神也はそう聞くと、周囲の目を気にすることなく、両手、両膝、更には頭も地面につけ、いわゆる「土下座」の態勢をとった。
「今までお前のことをシカトしてたのは、謝る・・・! でも・・・。 いや、だからこそ・・・っ!!」
 その後、神也は自分の頭を地面にぐりぐりと押し付けるかのように、更に頭を下げ、翔に頼み込み続ける。彼は、これが虫がいい話だと、理解していた。だが、これしかなかったから。――彼等を救うためには・・・。

 沈黙が生まれた――。一瞬の・・・。

 翔は咄嗟に笑顔を作って、「あぁ」と返事しようとした。だが、その笑顔は一瞬で崩れ、神也に対する返事の言葉も変化していた。
「何でオレがそんなコトをしなくちゃいけない・・・。 それに・・・、オレにはもう関係ない!」
 そんな翔の言葉のせいで、辺りに再び沈黙が生まれた――。
 その言葉を聞いてすぐに、神也はガバッ――と立ち上がり、翔を睨みつけた。翔の目は依然として、漆黒に染まったままであった・・・。

 全てをぶちまけたかった・・・。今の自分の苦悩を・・・。

 だが、神也は何も言わず、自分の歯を喰いしばり、その場を後にした。
「・・・お前に頼ろうとした・・・オレがバカだったよ・・・」
という、小さな捨て台詞を残して・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 神也の姿が無くなった2−A――。
「クッ・・・!!」
 神也の姿が無くなったのを確認すると、翔は自分の机を、ガンッ――と力強く叩いた。

 本当は、神也と一緒にみんなを探したかった・・・。
 今までのことも、全て水に流して、再び2人で笑い合いたかった・・・。

 でも、何故か出来ない――。

 それは、「意地」以外の何物でもなかった・・・。
 「操られた」意地以外の・・・、何物でもなかった――。

(何で・・・、オレは・・・ッ!! あいつには・・・、もうオレしかいないのに・・・!!)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 授業の始まりを示すチャイムが学校中に響き渡っている中、神也は自分の教室――2−Aに戻ることなく、全員の捜索を続けていた。

 ―――誰かに手を貸してもらう、ということは出来なかった・・・。

 何故なら、神也にはもう、翔、有里、神童、真利、加奈、麻依の6人しか、友達がいなかったから・・・。

(関係ない・・・! あいつがあんな風に言った以上、オレ1人で全員を見つけ出してやる・・・ッ!!)
 そう力強く決意して、神也は昨日探しきれなかったデュエル・スクールの場所を、虱潰(しらみつぶ)しに探し始めた――。

 だが、見つかるはずも無かった・・・。

 汗だくになり、息も荒くなり、ボロボロになった神也は、終礼の始まりを示すチャイムを聞きながら、誰もいない倉庫の中でバタンッ――と倒れこんだ。
「クソォッ!! やっぱり何処にもいねぇっ!!」
 そして、自分の無力さを実感しながら、彼は大声でそう叫んだ。

(何処にいるんだよ・・・、みんな・・・ッッ!!)

 そして、自分の無力さを実感しながら、彼はそう思い、自分の拳をギュッ――と握り締めた。
 彼の頭の中に過ぎるのは、みんなの笑顔――。
 その時、それに紛れ込むようにして、「ある人物」の「ある言葉」を、彼は思い出した――。


『オレ達は騙されてたんだって! 麻依にッ!!』


「――ッ!!?」
 その言葉を思い出した直後、神也は上半身だけをガバッ――と起き上がらせ、自分を落ち着かせ始めた。十分に落ち着かせたところで、神也は再び、その「ある人物」の言葉を思い出し始めた・・・。


 麻依が実は、「何らかの作戦」のために、自分達に近づいていた、といった言葉を――。

 その作戦とは、自分達の持っている「何らかの力」を吸引すること、といった言葉を――。

 「何らかの力」が吸収されてしまうと、自分達は麻依によって、抹殺されてしまう、といった言葉を――。


 神也は未だ、確信した訳では無かった――。
 だが、もしこの「ある人物」の言葉が、真実だと言うのなら、力を吸引するために、自分達を誘拐している、ということで、今回の事件の説明がつく。
翔・・・ッッ!!
 思わず神也は、その「ある人物」の名を口に出した。彼の目からは、涙が零(こぼ)れようとしていた・・・。

「もしかして・・・、本当だったのか・・・。 翔の言っていたことは・・・。 全部、全部・・・」

 そして神也は、零れかけていた涙全てを拭うと、グッ――と力強く立ち上がり、倉庫を飛び出し、全速力で走り始めた。

 目的地は――。

「なら・・・、オレの思いついた場所はただ1つ・・・。 確証は無ぇけど・・・、麻依の家だ!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 放課後の2−A――。
 そこには、夕日を浴びて、赤く照らされた翔の姿だけがあった・・・。
 翔は自分の席に座り込み、ただただ手に持った1枚の写真を見つめていた――。

 その写真には、全員が笑顔になっている「7人」の姿があった・・・。

 翔・・・、有里・・・、神童・・・、真利・・・、神也・・・、加奈・・・、そして麻依――。

「オレは・・・、どうすればいい・・・?」
 そして、翔は自問自答を始めた。
 終わりの見えない自問自答を、だ――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ザッ・・・

 神也の目の前に広がるのは、広大な庭と、その奥に佇む豪邸――。つまり、麻依の家だ。
 改めてその家の大きさを確認したところで、神也は足に力を込め、一歩前に進もうとする。だが、次の瞬間、彼の心の中に「躊躇い」という、自分を束縛する気持ちが生まれた・・・。
(・・・もしあいつの話が嘘なら・・・)
 それは、翔を疑うが故の気持ち――。
 直前の彼の姿を、今までの彼と重ね合わせたことによって生まれた気持ち――。

 だが、神也はその全てを取り払った。そして、前に進んだ。

 今は違っても、今までの翔は「本物」だということを・・・、信じたから――。

 神也が門を開けようとした時、何らかの仕掛けが作動したのか、それは自動的に開いた。――罠を匂わせる状況だった。しかしそれこそが、神也が、より麻依が怪しい、と思わせるきっかけになった。だからこそ彼は、罠だと分かって尚、前に進んだ。

 家の扉も、門と同様に自動的に開き、神也を誘った。そして、神也はその誘いに乗った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 家に入ると、その中の光景は、初めてみんなで麻依の家へ行ったときの光景と、すっかり変わってしまっていた。
 部屋など何1つ無く、だだっ広い空間だけが目の前には広がっており、その空間の奥には、開きかけの大きな「薔薇」の蕾があった。その蕾の上には、無数の蔓が絡み合って作られた十字架が6本あり、その内の4本に・・・、

「・・・ッ!! 神童! 真利! 加奈! 有里ッ!!」

今までに、麻依の手によって連れ去られてしまった4人が磔(はりつけ)にされていた。

 そして、その蕾を守るかのように、麻依が1人立っていた――。

「やっぱり・・・、翔の言った通りだったんだな・・・、麻依ッ!!」
 神也は遠くに見える麻依に向かって、大声で叫んだ。
「そうだよ・・・、神也・・・」
 そんな彼の叫びを聞き、麻依は不気味に笑って答えた。
 あまりにもあっさりとした答えに、神也は再び躊躇いを覚えてしまった。だが、すぐにそんな躊躇いは取り払い、麻依を睨んだ。
「みんなを返してもらうぞ・・・ッ!!」
「何言ってんの? そんな質問、嫌って言うに決まってんじゃん」
 神也の怒りの込められた言葉を受けながらも、麻依は依然として、態度を変えることなく、少しふざけた感じで答えた。そんな彼女の態度に、神也の怒りは募っていく。
「なら・・・、デュエルだッ!!」
 怒りを全て吐き出すために、神也は全身全霊の力を込めてそう叫んだ。その後彼は、ベルトに取り付けてある自分のデュエルディスクを左腕に装着し、展開させた。それに反応して、ピピッ――という小さな電子音が鳴った。
「オレがデュエルに勝ったら・・・、みんなを返してもらうッ!!」
「――別にいいよ・・・。 力を使うのも、結構疲れるし。 でも、負けたら分かってるよねぇ〜?」
「・・・あぁ・・・」
 神也の返事を聞き、麻依は「やった!」と笑顔で言うと、簡単なステップを踏みながら、床に置いておいたデュエルディスクを、神也と同様、左腕に装着し、展開させた。

 互いのデュエルディスクには既に、シャッフルが済んだデッキがセットされている・・・。

「みんなの為にも・・・、オレはお前を倒す!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 デュエル・スクールの教室の中で、翔は糸の切れた操り人形のように、四肢に込める力の全てを抜いていた・・・。だらんと垂れ下がった四肢が、生気を失った彼の顔が、物寂しくも感じ取れる。


 ――――ナンデ、オレハイマ、ココニイル・・・?


 自問自答の終わりは・・・、まだ見えそうになかった・・・。

《次回予告》

「ゴメンな。 お前のこと・・・、疑ったりして・・・」

「今しかないよ? 自分の中の“目標”を成し遂げるのは・・・」

「邪魔なんだよ・・・!!」

次回 chapter.6 犠牲者――最後(ラスト)
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!






残り:2人――

chapter.6 犠牲者――最後(ラスト)

「オレの先攻、ドローッ!!」
 遂に、磔にされ、捕らわれた4人を救うためのデュエル――神也対麻依が始まった。
 先攻は神也。神也はデッキの上のカード1枚に指を掛け、バシュッ――と素早く引いた。
「オレは手札から、“サンダー・ドラゴン”をリリースし、効果を発動させる!!」
 そう言って、神也は手札から1枚のカードを抜くと、それを麻依に見せつけた。その後、それをデュエルディスクの墓地ゾーンに送った。すると、(室内にも関わらず)空(っていうか天井)に暗雲が立ち込み始め、やがて2本の稲妻が神也の手札に直撃した。
「“サンダー・ドラゴン”の効果によって、オレはデッキの中から新たな“サンダー・ドラゴン”2枚を手札に加えるッ!!」
 2本の稲妻――それは、カードの形へと変化していき、神也に2体の雷の龍を与えた。

サンダー・ドラゴン
効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻1600/守1500
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「サンダー・ドラゴン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。

「更に手札から“融合”を発動!! ――現れろ、“双頭の雷龍(サンダー・ドラゴン)”ッッ!!!」
 神也が発動したカードの効果を受けて、先程の2本の稲妻――2体の雷の龍が、彼の目の前にて束ねられ始める。

 ――そして2つは、完全なる「1つ」となった・・・。

融合
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

双頭の雷龍(サンダー・ドラゴン)
融合モンスター
星7/光属性/雷族/攻2800/守2100
「サンダー・ドラゴン」+「サンダー・ドラゴン」

 その「1つ」は、通常の口に加えて、背中に位置する部分に、もう1つの口を兼ね備えていた。その2つの口は、互いに連動しており、全てをその鋭い牙で噛み砕くことができ、互いに共鳴することで、全てをその雷で焼き尽くす――。
「――カードを1枚伏せて、ターンエンドだ・・・」
 神也の目の前に、裏側のカード1枚が、ブンッ――と出現した。
 攻撃力の高い最上級モンスターと、もしそのモンスターが破壊されたとしても、自分を守ることの出来る罠カード――。
 1ターン目の手にしては、上々の出来であった。

神也 LP:4000
   手札:3枚
    場:双頭の雷龍(攻撃)、リバース1枚

 だが、麻依の手は、その全てを打ち砕く――。

「私のターン・・・。 私はまず、“レッド・ガジェット”を攻撃表示で召喚。 効果で“イエロー・ガジェット”を手札に――」
 麻依が目の前に出したモンスターは、背中に自身を動かす歯車を抱えた赤色の機械であった。その機械の効果を受けて、麻依はもう1種類の機械を手札に加えた。

レッド・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1300/守1500
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

 そして、麻依は手札にある1枚のカードに指を掛けた――。
(何だ・・・、この感じ・・・ッ!!)
 麻依がカードに指を掛けた直後に神也を襲ったのは、まさしく「恐怖」であった。今までに感じたことの無い、日常生活で体験するそれとは比べられない程の「恐怖」――。

「更に私は・・・、手札から1枚の速攻魔法を発動させる・・・ッッ!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時を同じくして、デュエル・スクールの教室内にて――。
 そこには、脱力しきった翔が座っていた。彼は、焦点の合わない目を見開かせながら、頭の中で何かを思い出していた。

 ―――それは、過去・・・。

 忘れたいと願い続けた、「絶望」の過去――。

●     ●     ●     ●     ●     ●

 10年前――。

 神崎 翔:5歳。

 まだ小学校にすら入学していない彼ではあったが、父親から教えられたデュエルには興味を持っており、デッキを作っては近所の友達とデュエルを繰り返していた。

 ・・・いや、「繰り返すはず」だった。

「ボクは、“バーサーカークラッシュ”の効果で攻撃力の上がった“ハネクリボー”で、ダイレクトアタック!!」
 翔の初めてのデュエルは、勝利で終わった。
 そしてその後、対戦相手と一緒に笑い合いながら、もう一度デュエルをする筈だった・・・。「筈だった」――。

「・・・ゥウッ!!」

 翔の対戦相手は、突然倒れた――。
 すぐ近くにいた対戦相手の父親が救急車を呼び、対戦相手は病院へと運ばれたため、その命を落とす、といったことは無かった。――だが、目が開かなかった。眠り続けたまま・・・。

 原因は不明――。

 ただ、これが翔の「絶望」の始まりだった・・・。


 その次の日、彼は別の対戦相手とデュエルをした。
 だが、その対戦相手は倒れた――。


 また別の対戦相手とデュエルをした。
 倒れた――。


 それの繰り返し――・・・。


 次第に彼は、嫌われるようになった。孤独になった・・・。
 「こいつとデュエルをすると、死んでしまう」という、噂が町中に流れたからだ。
 死んではいないものの、あながち間違いではないこの噂に、町中の子供達は納得し、翔と遊ばなくなってしまった――。

 そして翔は、孤独な時間をかなり長い間、体感し続けた(両親は今まで通り接してくれたが、その彼等が共働きだったため、孤独な時間の方が結果的に長くなった)。

 ――そんな時、1人の少女が翔に話しかけた。

「ねぇ、デュエルしない? ここに(引っ越して)来たばかりだから、知らない人が多くて・・・」
 そう言って、少女は笑った。久しぶりの両親以外の声に、翔も笑い返した。だが、すぐに彼の表情は曇った。
「――したい、けど・・・」
「・・・けど?」
「ダメなんだ・・・。 ボクとデュエルしちゃあ・・・、ダメなんだよ・・・!」
 翔の絶望に包まれた、暗い表情を見て、少女は突然、彼の腰に着けられたデッキケースからデッキを奪い取った。当然、彼はそのデッキを取り返そうとするが、少女はそれに抵抗することもせず、ただ彼のデッキをシャッフルし始めた。
 デュエルシートを地面に広げ、彼の目の前にシャッフルしたデッキを置き、自分のデッキも彼の目の前に置いた。
「さぁ、シャッフルして」
 少女の威圧を受け、彼は仕方なく少女のデッキを受け取り、シャッフルをした。

 そして、デュエルが始まった。

 結果は翔の惨敗。少女のライフを1ポイントも削ることが出来ず、圧倒的な攻撃を受けて、彼は敗北した・・・。
「つ・・・、強い・・・!」
「――名前は?」
 翔が少女の戦術を考察し、驚いているとき、少女は明るい笑顔でそう聞いた。
 暗くない、明るい少女の笑顔を見て、彼は笑った。そして、その笑顔を絶やさないまま、口を開いて、答えた。

「神崎・・・翔・・・!」
「翔、か・・・。 よろしくねv 私の名前は――」

●     ●     ●     ●     ●     ●

 翔は、何があっても、その少女の名前を忘れない、そう誓った。そう願った。

 だからこそ、翔はその少女に、自分の仲間だ、と言った。
 自分を絶望から救ってくれたから・・・。自分の「呪い」を受けながらも、倒れなかったから・・・。

 だからこそ、翔は他の者達に、自分の仲間だ、と言った。
 自分を絶望から救ってくれた少女のようになりたくて・・・。絶望から救ってくれた少女に、何かしらの恩返しがしたくて・・・。

神吹 有里・・・!
 そして、翔は意識を取り戻すかのように、ゆっくりと焦点を合わせ、過去に出会った初めての「友」の名を、まるで祈りのように唱えた。

ドクン・・・ッ!

 少しずつではあった。だが、確実に、翔の中に宿っていた「闇」が消えていく――。

ドクン・・・ッ!!

 その瞬間、翔は自分の後ろに誰かが立っているのを感じ取り、振り返った。そこに立っていたのは、「過去」の自分――。有里という友を、仲間を手に入れ、充実した生活を始めることが出来た時の自分だ。

 そんな自分が、ゆっくりと翔に向かって、手を前に出した。

『今しかないよ? 自分の中の“目標”を成し遂げるのは・・・』

 過去の自分の言葉を受けて、翔はニッ――と小さく笑って見せた。
 彼の額に掛けられたゴーグルが、彼の中に眠る「何か」が、キラリと小さく光った。

ドクンッッ!!!

「あぁ・・・!!」
 そして、翔は過去の自分の手を取った――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 神也と麻依のデュエルは、依然として続けられていた。
 圧倒的に麻依が有利な状態で・・・。

神也 LP:4000
   手札:3枚
    場:無し

麻依 LP:4000
   手札:3枚
    場:古代の機械巨竜(攻撃)、リバース1枚

古代の機械巨竜
効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻3000/守2000
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠カードを発動できない。
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手ライフに400ポイントダメージを与える。
●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。

「どうしたの、神也? この程度・・・?」
 麻依は、神也を見下ろすようにしてそう言った。だが、神也に彼女の言葉に返答するほどの力は無く、彼はただ、目の前の現状に驚きを隠せないでいた。
(何なんだ・・・、あいつが使ったあの“速攻魔法”と“モンスターカード”・・・。 あんなカード、見たこと無いぞ・・・! オレのリバースカードが“威嚇する咆哮”じゃなかったら、大ダメージじゃねぇか!!)

威嚇する咆哮
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 だが、その感情を無理矢理にでも消すべく、神也は力強くデッキの上からカードを1枚引いた。
「この・・・カードは・・・ッ!!」
 神也が手にしたカード――それは、起死回生の鍵を握っていた「希望」のカード。
 だが、今はまだ使えない・・・。
 そう判断した神也は、守りに徹するべく、手札のモンスター1体をセットし、ブラフとして1枚のカードを場に出した。

神也 LP:4000
   手札:2枚
    場:裏守備1枚、リバース1枚

「私のターン――。 手札が詰まったようだけど、手を抜く気は無いわよ?」
「――いらねぇよ・・・」
「ならいいわ。 私は“イエロー・ガジェット”を攻撃表示で召喚! 効果で“グリーン・ガジェト”を手札に!」
 神也の素っ気ない言葉に、麻依もまた同じようにして答えると、先程のターンで手札に加えたモンスターを場に出した。そのモンスターは、自分の体を、歯車に挟み込ませたような形の黄色の機械であった。黄色の機械の効果を受けて、麻依は更なる機械を手札に加えた。

イエロー・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1200/守1200
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

 そして麻依は、手をゆっくりと前に出し、その手に、言葉を発する口に、力を込めた。
「“古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”で、裏守備モンスターに攻撃ッッ!!」
 麻依の叫びを聞き、巨竜はその巨大な2つの翼で空高く舞い上がった。その時に発生した風は、一瞬で神也の裏守備となっていたカードを引き裂いた。
「ぐっ・・・!」
「更に、“イエロー・ガジェット”でダイレクトアタックッ!!」
 その直後、黄色の機械は、持てる力全てを振り絞って、神也の下までダッシュすると、その頑丈な拳で彼の頬を思い切り殴り飛ばした。
「ガッ!!」

神也 LP:4000→2800

 彼の感じたそれは、まさしく「痛み」――。
 通常のデュエルディスクを使用した場合に発生する「衝撃」とは比べ物にならないほどのものを、その「痛み」は秘めていた・・・。
「なっ・・・!? この痛み・・・、ソリッドビジョンじゃない、のか・・・?」
「えぇ、そうよ・・・」
「何!?」
 神也の痛みに対する驚きを見て、麻依は少し興奮しながら口を開いた。
「この空間は、“アナザー・ワールド”と同じ環境にある。 だから、ここで行われるデュエルの攻撃は、プレイヤーの感情によって、その強さが左右される・・・!」
「“アナザー・ワールド”・・・!? 何言ってるんだ、お前!!」
「ま、分からなくてもいいけど・・・。 私はこのまま、ターンエンドよ」

麻依 LP:4000
   手札:4枚
    場:古代の機械巨竜(攻撃)、イエロー・ガジェット(攻撃)、リバース1枚

 麻依のターンエンド宣言を聞き、神也は小さく笑った。そして、麻依の発言に対する驚きを残しつつも、確かな「勝利」を確信した。
(いける・・・ッ!!)
 神也はそう確信すると、デッキの上のカードをピッ――と引いた。そのカードを見て、彼は自分の勝利を更に確信した。
「オレはスタンバイフェイズ時に、リバースカード――“クリボーを呼ぶ笛”発動! デッキの“クリボー”を守備表示で特殊召喚させる!!」
 その上で、確信を現実に変えるため、神也は伏せていたカードを発動させた。それによって、透き通ったような笛の音が辺り一面に響き渡り、その音に導かれて、小さな悪魔が彼の目の前に姿を現した。

クリボーを呼ぶ笛
速攻魔法
自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を、
手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する。

クリボー
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻 300/守 200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「更に、墓地の“黄泉ガエル”の効果を発動させ、オレの場に特殊召喚させるっ!!」
 そして、小さな悪魔の横に、魔法や罠という束縛が無くなったことで、1匹の小さなカエルが姿を現した。

黄泉ガエル
効果モンスター
星1/水属性/水族/攻 100/守 100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が
表側表示で存在する場合は発動できない。

「まだだぞッ!! 手札から“死者蘇生”発動ッ!! ――“双頭の雷龍”を復活させる!!」
 死した魂を呼び起こす十字架――。それから発せられた光は、先程の麻依が出した「滅亡の能力を持ったモンスター」によって朽ち果てた雷龍を呼び起こした。

死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択して発動する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。

「モンスターが3体・・・。 あっという間に揃えた点は驚いたけど、どのモンスターも“古代の機械巨竜”を倒すことは出来ないわよ?」
「あぁ、分かってるさ・・・。 ――あくまで、こいつ等は単なるリリース要員。 本命のモンスターはこれからだぜ・・・」
 麻依の嘲笑うかのような言葉に答えると、手札2枚の内、1枚のカードを右手で抜き取った。
「オレとも何回かデュエルしただろ? ・・・だったら分かるはずだぜ? こんな状況下で、オレが逆転出来るモンスターの存在がよ・・・ッッ!!」
 やがて彼は、抜き取ったカードを空高く掲げた。
「・・・ッ!!? もしかして・・・、そのカードは・・・!!」
「御名答――!!」
 麻依の驚きと共に、そのカードはデュエルディスクに置かれ、その中に内在していた力は解き放たれた――。
「オレもこんな形で“こいつ”を出すのは久しぶりだな・・・。 3体のモンスターを糧にして、全てのカードを吹き飛ばせッッ!!!

 圧倒的な力は・・・、全てを吹き飛ばす・・・。










―――――“神獣王バルバロス”ッッ!!!










神獣王バルバロス
効果モンスター
星8/地属性/獣戦士族/攻3000/守1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。

「しまった・・・!!」
 目の前のカードが吹き飛ばされていく中、麻依は小さく舌打ちをして、悔しそうにそう言った。だが、その間にも神也は残された1枚のカードを展開し、攻撃を仕掛ける。
「装備魔法“団結の力”を“バルバロス”に装備! ――攻撃だッッ!!!!」
 神也の叫びを受けて、彼の目の前に姿を現した野獣は、四本足に力を込め、猛スピードで麻依の目の前までに移動した。そのまま、移動時の勢いを殺すことなく、右手に握っている槍(ランス)で、麻依を貫いた。
「――ガッ!!」

麻依 LP:4000→200

「少しは・・・、傷つけられたみんなの気持ちが分かったか・・・!! これで、オレはターンエンドだ!」

神也 LP:2800
   手札:0枚
    場:神獣王バルバロス(攻撃/団結の力装備)

団結の力
装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

神獣王バルバロス 攻:3000→3800
         守:1200→2000

 ギュッ――と拳を握り締めながら、神也は苦い表情でそう言った。
 「みんなの気持ち」――どうやら、それを感じ取らなければならないのは、感じているのは、麻依だけでは無いようだ。
「・・・惜しかったわね」
 だが、そんな神也の気持ちを吐き捨てるかのように、麻依はうっすらと笑みを浮かべてそう言った。口の中が切れているのか、彼女の口元には血がついていたが、彼女はそれをすぐに指で拭い、言葉を続けた。
「このターンで・・・、あなたは私を倒さなければならなかった・・・」
 そんな言葉を続けながら、麻依はカードを1枚引き、手札に加えた。
「何を言ってるんだ・・・? オレの場には攻撃力3000オーバーの“バルバロス”がいる。 だが、お前の場には1枚のカードも無い・・・。 これで、何でオレが負けなきゃいけない!!?」
 神也は思わず大声を出して、麻依の言葉を止めた。麻依の表情が至って冷静なのを見て、彼の中に小さな焦りが生まれ始めていたのだ。
「――“貪欲な壺”を発動・・・。 墓地からデッキに加えるカードはこの5枚よ」
 神也の中に生まれた焦りを見ながらも、麻依は自分のプレイを続けた。墓地のカード5枚を取り出し、デッキに加えてシャッフル。そして、シャッフルし終えたデッキの上から、カードを2枚引くと、デュエルディスクに再びデッキをセットした。

貪欲な壺
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「じゃあ、見せてあげるわ・・・。 あなた自身が敗北するところをね・・・」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 デュエル・スクールから少し離れた歩道――。
 そこに、再び感じ取り始めた「何か」を押さえ込もうとしている翔の姿があった。
「くっ・・・、これはいったい、何なんだ・・・? もしかして・・・、仲間の危険をオレに知らせているのか・・・? だとしたら、神也も・・・。 ――クッソォオオオオオオッ!!!」
 いつも通りなら、片膝をつけてしまうほどの苦しみを受けながらも、翔は走り続けた。目的地はただ1つ・・・。

 神也と麻依のいる場所だ――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――そして、“スター・ブラスト”を発動。 ライフを500払って、私の場の“双頭の雷龍”のレベルを1下げるわ」
「くっ・・・!!」
 麻依は余裕の笑みを浮かべ、神也がその笑みを見て苦しみ続けるこの状況――。事態は、急速に進行していた・・・。

麻依 LP:1200→700

双頭の雷龍 星:7→6

麻依 LP:700
   手札:2枚
    場:双頭の雷龍(攻撃)

スター・ブラスト
通常魔法
500の倍数のライフポイントを払って発動する。
自分の手札・フィールド上のモンスター1体のレベルを
このターンのエンドフェイズ時まで、500ライフポイントにつき1つ下げる。

「そして、手札から“?????”を召喚・・・」
 麻依の目の前に突如として出現したそのモンスターは、「この世界の人間」が1度も見たことの無いモンスターであった・・・。
「――また、やるのか・・・? さっきの見たことも聞いたことも無い召喚をッ!!」
「更に“グリーン・ガジェット”召喚。 効果で手札に加えた“レッド・ガジェット”も召喚・・・」
 誰も見たことの無いモンスターの隣に、体の中心を歯車で構成された緑色の機械と、背中に自身を動かす歯車を抱えた赤色の機械が姿を現した。

グリーン・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1400/守 600
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

「えぇ、そうよ・・・。 そしてそれで、あなたのライフは0になる・・・!」
 その瞬間、雷龍と見たことの無いモンスターの2体が、「同調」を始めた・・・。

「“――――召喚”・・・ッ!! ――これが・・・、私の天使よ・・・!!」


 やがて、その2体のモンスターは、天駆ける最強の天使となった――。


???
――――・効果モンスター
星8/光属性/天使族/攻2600/守2100
???

「攻撃力2600!!? その程度の攻撃力でなら、オレの“バルバロス”は負けねぇぞ!!」
「いいえ・・・、効果によって“バルバロス”は守備表示になるわ
「なっ・・・!!?」
 麻依の絶望を生む言葉に、まさしく神也はそれを自分の中で生み出してしまった。最早、神也に成す術は無かった・・・。敗北という、絶望を受け入れることしか・・・。


「―― 一斉攻撃ッッ!!!」


 麻依の叫び声――最強の天使と2体の機械による攻撃――それらの音にもう1つ・・・、「別の音」が加わった・・・。















――――バンッ!!!















 神也の背後にあった扉が開いた――。
 そこに立っていたのは、この場所まで全力疾走し続けた1人の少年――。
「遅ぇぞ・・・、かけ――」
 だが、その少年の到着を誰も喜ぶことなく、全ての攻撃は、神也を貫いた。

神也 LP:2800→0

神也ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 少年の叫びと共に、神也は地面に崩れ落ちるかのようにして倒れそうになる。――だが、神也は倒れることなく、耐え抜いた。その少年の目の前で倒れたくない、という自尊心(プライド)の力のみで、立ち続けた――。
 少年はすぐに神也の下へと駆け寄ろうと、走り始めた。だが、そんな少年をよそに、麻依は神也に向かって口を開いた。
「分かってるわよね、神也・・・?」
「あぁ。 でも・・・、まだ終わりじゃない――」
 麻依の後ろでは最強の天使が、その手に握っている剣を引き、神也を貫くべく、力を溜めていた。だが、そんな天使の姿を気にすることなく、神也はくるっと後ろに振り向き、少年の姿を見た。

 少年の名は――、神崎 翔・・・。

「翔ッ!!! ――お前のことを疑ったりしなかったら・・・、こんなことは起こらなかったんだろうな・・・」
 そう言って、神也は小さく笑った。だが、そんな彼の表情、気持ちとは裏腹な翔がそこにはいた。
「そんなことどうでもいいから、速く逃げろよ! ――速くっ!! ・・・もうオレは自分のせいで・・・、オレの仲間を失いたくないんだ!!!」
 翔の目に、涙が見えた・・・。一滴(ひとしずく)の涙だ・・・。
「だから・・・、ゴメンな。 お前のこと・・・、疑ったりして・・・」

 そこで、神也の言葉は途切れた。神也の笑みもまた、途切れた・・・。










―――――ズブッ










残り:1人――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 神也の体もまた、翔を除く他の者達と同様、十字架に縛り付けられることとなった。「彼等の中に眠る力」を、麻依が手にするために・・・。

「どうして、ここに来れたの? あなたには、私の家で会ったあの夜に、仲間を裏切る“闇”を埋め込んだのに・・・!」
 麻依が少し驚いたような表情で、翔に向かってそう聞いた。
 だが、翔はそれを無視しながら、ゆっくりと歩き始めていた。
「まぁいいわ・・・。 あなたはここで終わりよ・・・。 デュエルもしない・・・。 ここで消す・・・!」
 そんな翔を、彼同様に無視して、麻依は自分の髪を束ねていた黒色の紐を解いた。それによって、麻依の中に眠る力は解放され、無数の植物の蔓が、翔を襲い始めた。
「――喰らえッッ!!!」
 麻依の叫びと共に、蔓は翔に襲い掛かるスピードを速め、彼を一瞬にして包み込んでしまった。
 ――だが、翔はここでは潰えない・・・。



――邪魔なんだよ・・・!!



 次の瞬間、ドッ――という巨大な爆発音と共に、翔を包んでいた全ての蔓は爆ぜ飛んだ。
 その光景に麻依は驚きを隠せないでいたが、翔は何事も無かったかのように、ゆっくりと歩き続ける。――やがて、翔は麻依を通り過ぎて、5人が捕らわれている十字架のある蕾の目の前に辿り着いた。
「・・・やっぱり・・・、今の状態じゃ助けられないな・・・」
 一瞬でそれを読み取った翔は、自分の無力さを感じて拳を強く握り締めた。
 そして、見上げた。――仲間達の姿を見た・・・。
「――本当にゴメン・・・。 オレが迷わなければ・・・、こんなことにはならなかったのにな・・・。 ――でも、もう気づいたから。 お前達がいるから、オレがいるんだってことが。 今までのオレでいられるってことが・・・! ――だから、オレは・・・ッッ!!!」
 翔の覚悟に呼応して、彼を覆う空気がビリビリッ――と振動し始める。その振動はやがて、麻依の下にまで到達し、彼の覚悟を、力を彼女に示した――。
(・・・ッ!! “この力”・・・、まさか・・・!!)

「――お前達を助け出してみせる!! それでも足りないのなら、守り抜いてみせる!! ――絶対に・・・、絶対にだッッ!!! それがオレの・・・、“目標”だから!!」

 ――翔はその覚悟を全力で叫ぶと、麻依の姿を見つめた。

「だからもう迷わない!! ――麻依ッ!! オレはお前を倒すッッ!!!

 ――その何重もの瞳で、「答え」を映し出す瞳で――・・・。


 翔を苦しませ続けてきたその「何か」が今、「仲間」という力に変わった――。


《次回予告》

「見せてあげる・・・。 あの時見せられなかった、私の戦術を・・・!」

「見えるぞ・・・! お前を倒すための“答え”が!!」

「この・・・、麻依の姿は一体・・・?」

次回 chapter.7 真――犠牲者
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!





残り:1人――

「“オレはお前を倒す”ねぇ〜・・・。 本気で言ってるの?」
「あぁ・・・。 本気も本気、超本気だ」
 麻依の冷たい視線を受けながらも、翔は自分の何重もの瞳で、その視線全てを払い除け、そう言った。
「じゃあ、見せてあげる・・・。 あの時見せられなかった、私の戦術を・・・!」
「――“あの時”・・・か・・・」
 麻依のさりげない言葉に、翔はピクッ――と少しだけ反応した。その後、彼はゆっくりと天井を見上げて、麻依が敵だと知らなかった時の、楽しかった日々を思い出していた。
「あんな日々が、ずっと続くと思ってたのにな・・・」
「――無理ね。 あなたが気づかなくても、私は“作戦”を実行していた。 “日常”なんてもの、私が来た時点でもう無くなっていたのよ」
「・・・違う・・・!」
 麻依の言葉を受けて、翔はそれを少し大きめの声で否定した。翔はプルプルと震える拳をギュッ――と握り締めて麻依を見ると、再び口を開いた。
「違うッ!! ――お前を倒して・・・、“日常”を取り戻す!!」
 そう叫ぶと、翔はリュックの中からデュエルディスクを、腰に着けたデッキケースからデッキを、力強く取り出した。そして、デッキをデュエルディスクにセットすると、その勢いのままそれを左腕に装着した。
 麻依もまた、翔のその動作を見て、デュエルディスクからデッキを取り出し、数回シャッフルすると、それを再びデュエルディスクにセットした。

 刹那の沈黙――。

 互いのデュエルディスクが展開され、その沈黙は破られた。
 翔と麻依の2人は、ほぼ同時にデッキの上からカードを5枚引き、それらを手札とした。


「「デュエルッッ!!!」」


 2人は手札を確認すると、再び互いを見つめ、大声でそう叫んだ。

「オレの先攻で行くぞ、ドローッ!!」
 翔がデッキの上からカードを引いた直後であった。
 彼の頭の中に、膨大な「情報」が流れ込んできた。そして、その「情報」は瞬く間に繋がり、揺らぐことの無い1つの「答え」を生み出した。
(な、何だ・・・今の・・・!!? ――でも、この“答え”が確かなら・・・!)
 一瞬の驚きが翔の感情を支配するも、彼は生み出されたそれを信じて、手札のカードを1枚抜き取り、場に出した。
「見えるぞ・・・! お前を倒すための“答え”が!! ――オレは、“ライオウ”を攻撃表示で召喚する!!」

ライオウ
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守 800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。

 翔の場に出したモンスター――それは、自身の力を雷で示す、雷の化身であった。その化身は場に出た直後、自身の体に流れる雷をコントロールし、互いのデッキをそれで覆い尽くした。
「なっ・・・!? “ライオウ”!!?」
「あぁ・・・。 これでお前は手札の“ガジェット”を召喚しても意味ないし、“シンクロ召喚”もこいつで止められる・・・!」
 二重の驚きを、麻依は感じた。第一は自分の戦術を完全に封じるモンスターを召喚されたこと。そしてもう1つは、まだ翔に見せていない「力」を示されたこと。
「――何で、翔が“シンクロ召喚”を知っているの・・・? “この世界”では、まだ存在しない召喚方法なのに・・・!」
「まぁ、そうだな。 だが、オレは分かった・・・。 ――カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

翔  LP:4000
   手札:4枚
    場:ライオウ(攻撃)、リバース1枚

 翔は麻依の驚きを当然のことのように汲み取ると、更に手札からカードを1枚場に出し、そう言った。
「何で分かったの――?」
「さぁな――。 だが、お前ならその理由が分かる、っていう“答え”も出たけど?」
 麻依の質問に、翔は自分の瞳を見せ付けるようにしながら答えた。
「やはり・・・、“答え(アンサー)”・・・ッ!!」
「“答え(アンサー)”・・・? それが“この力”の名前か!」
 麻依の言葉を聞いて、翔は少しの間、新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃいで見せた。
「私のターン――!」
 翔が真剣な眼差しに戻ったのを確認すると、麻依はデッキの上からカードを1枚引いた。そして、自分の目の前に広がる場と、同じく目の前に広がる手札6枚を見つめ、自分が今から何をすべきかを考え始めた。
(“答え(アンサー)”・・・。 ――全ての事象の答えを出す能力(アビリティ)・・・。 確かに厄介だけど・・・、その答えに合ったカードが無ければ、意味は無いわ!!)
 何らかの結論に辿り着くと、麻依は小さく笑った。なぜなら、麻依が今考えている作戦が成功すれば、翔にダメージは与えられなくとも、精神的圧迫(プレッシャー)を与えられるからだ。
 そう、成功すれば・・・。

「私は手札から“歯車街(ギア・タウン)”を発動させる!!」

歯車街(ギア・タウン)
フィールド魔法
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要なリリースを1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地に送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 麻依の確かな自身――。だがそれは、麻依の結論を読みきり、またそれに対処するカードを持っていた翔によって、打ち砕かれる。
「それにチェーンして、“サイクロン”発動ッッ!! 対象は“歯車街(ギア・タウン)”だ!」
 発生した暴風は一瞬で、新たに創造されようとしていた歯車で支配された街を吹き飛ばした。

サイクロン
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

「――これにより、チェーン2で“サイクロン”が、チェーン1で“歯車街(ギア・タウン)”が発動された! それにより、“歯車街(ギア・タウン)”の2つ目の効果は、タイミングを逃したっ!!」
「くっ・・・!!」
 翔は2本の指――人差し指と中指を挙げ、誰が見ても分かるように、今の状況を説明し終えた。そんな偉そうにしている彼の姿を見ても、麻依は悔やむことしか出来なかった。
「残念だったな。 今の状況、“歯車街(ギア・タウン)”の効果発動さえ成功していれば、オレの場を一掃出来たのに!」
 力の持て余しから来る、巨大な傲慢が、着実に翔を侵食していた・・・。
「私はカードを1枚セットして、ターンエンドよ・・・」

麻依 LP:4000
   手札:4枚
    場:リバース1枚

「オレのターン、ドロー!」
 麻依の悔やむ表情を見つめながら、翔はカードを1枚引いた。
「オレは“カードガンナー”を攻撃表示で召喚! 効果でデッキの上からカードを1枚墓地に送り、攻撃力を500ポイントアップさせる!」
 翔が場に出したモンスター――小型のロボットは、翔のカードが墓地に送られたことに反応し、その力を増加させ始めた。

カードガンナー
効果モンスター
星3/地属性/機械族/攻 400/守 400
自分のデッキのカードを上から3枚まで墓地へ送る事ができる。
墓地へ送ったカード1枚につき、このカードの攻撃力は
エンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 そんなロボットの動きを見つめながら、麻依はふと「ある疑問」に辿り着いた。
(“1枚”・・・? このターン、3枚のカードを墓地に送れば、翔の場の総攻撃力は3800・・・。 それに、墓地肥やしの点から言っても、1枚は少なすぎる・・・!)
 麻依の表情を、考えという名の「答え」を見て、翔は口を開き始めた。
「――そうだな・・・。 オレもそう思うよ。 ただ・・・、オレの中の“答え”がそう告げているんだ・・・。 デッキに送るカードは1枚だけ・・・、“デッキの上から2枚目のカード”は重要なカードだ、ってな――」
「――ッ!? それもおかしいわ!! 私の知っている限りの“答え(アンサー)”なら・・・っっ!!!」
「あぁ、それも分かってる・・・。 本来の“答え(アンサー)”は――」

 能力(アビリティ)の内の1つ、「答え(アンサー)」――。
 その効力は、「全ての事象の答えを出す」である。
 だが、実際は少しだけ違う。どんな物事にも「裏」があるように、この効力にも何らかの「裏」が存在するのだ。それが、全ての能力(アビリティ)に存在する条件であり、当然、この「答え(アンサー)」にもそれは存在している。
 その条件とは、「誰か(その人物の生死及び場所問わず)の頭の中に宿る情報のみ読み取ることが出来る」である。
 つまり、「答え(アンサー)」とは本来、「全ての事象の答えを出す力」なのではなく、正確には「他人の頭の中に宿る情報から、全てを導き出す頭脳(もしくは集中力)」なのである。

 例を挙げてみよう。
 今回のデュエルの1ターン目――。
 翔は麻依の手札、及び「シンクロ召喚」なる召喚方法のことを知った。これが、「答え(アンサー)」の条件に当てはまる部分である。
 そして、それら全てを知った上で、翔は麻依の戦略を知り、それを防ぐべく「ライオウ」を召喚し、「サイクロン」を伏せた。これが、「答え(アンサー)」の条件から導き出した「答え」である(「答え」とは、「答え(アンサー)」の条件を「問題」と置き換えた場合の言い方)。

 (ちなみに、これを日常生活――例えばテストなんかで使うとすると、その情報(答え)を知っている「誰か」が、必ずどこかにいるため、それを読み取ることで答えを知ることが出来る)

 翔は説明を終えた段階で、フゥーッ――と小さく深呼吸した。そしてその後、再び口を開いた。
「だからこそ、“おかしい”・・・だろ? 確かに、プレイヤーの頭の中には“デッキ内容”とか“手札”の情報はある。 でも・・・、“デッキの順番”なんてものは分からない。 ――どれだけそいつがシャッフルしたか、であって、誰も知ることの出来ない情報だからな」
「えぇ、その通りよ・・・。 じゃあ何で分かったの・・・? “カードガンナー”の墓地に送るカード枚数を1枚にすべきだ、ということが・・・!」
「知らん。 だが、こんなのも多分、一時的なものだろうな。 ――その証拠に、これ以上のデッキの順番の情報は頭の中に入ってこない・・・」
 翔の言葉を聞いて、麻依はこれ以上の彼の進化は無いと判断し、ほっとしたような表情を取った。
「――なら、安心ね・・・。 デッキの順番まで読み取れるんなら、あなたの勝利は“完璧”になるから」
「そうか? デッキの順番が分からなくたって、オレは負ける気はねぇぞ」
 そして2人は、睨み合った。
 互いの持てる力全てをぶつけるためにもと、2人は両腕にギュッ――と力を込めた。
(麻依のリバースカード・・・。 発動する可能性が無いとも言えないが、ダメージは必ず与えられる! だったら、することはただ1つ!)
 両腕に力を込めた上で、翔は思考能力を働かせ始めた。その能力によって結論が出た直後、彼は両目を見開かせ、麻依を指差した。
「“ライオウ”と“カードガンナー”でダイレクトアタックッッ!!」
 雷の化身は雷を、小型のロボットはその両腕からミサイルを放った。その2つの攻撃は、螺旋を描くように交じり合い、やがて1つの巨大な「力」となり、麻依を襲い始める。
(この2つの攻撃・・・、確かに止めることは出来る。 でも、このリバースカードを無くせば、私の逆転のチャンスは少なくなってしまう・・・)
 巨大な攻撃と自分の目の前に置かれた1枚のカードを見つめると、麻依は全てを受け入れるためにゆっくりと目を閉じた。
 そして、麻依はその攻撃を受けた。

麻依 LP:4000→1200

(さて・・・、あいつの手札には“あれ”があるからな。 それを防ぐためにも、どれを伏せるか・・・な・・・・。 ――ッ!!?)
 翔が新たな何かを考え、手札にある1枚のカードを手に取ろうとした瞬間であった。

 ――巨大なノイズ・・・。

 翔の頭の中に、ノイズがあるせいでよく見えない映像が、浮かび上がってきた。
 その映像は、同時に翔の頭を苦しませ始め、翔の思考を、動作を束縛する。
「――ッ・・・、ガァアアアアアアアアッ!!!

 ――それから来る痛み・・・。

 翔は頭を両手で抱え込み、悲鳴のような叫び声をあげるほど苦しみ続ける。

 ――その痛みは、誰のもの・・・?

 苦しむ翔の姿を見て、麻依は彼を見下すような目をして、鼻で小さく笑った。
「どうしたの、翔? 何もしないでターンエンド?」
 麻依の声は、何とか翔の耳にまで届いた。だが、それに答えるだけの余裕が、今の翔には無かった。

 ――「誰か」が泣いている・・・。

 その時、ピーッ――という、巨大な警告音がデュエルディスクから鳴り響いた。
「な・・・に・・・、警告・・・音・・・?」
「3分経過――。 1ターンに費やせる時間は3分まで・・・。 それで、デュエルディスクから警告音が出たのね。 ――これによって、あなたのターンは強制終了。 よって、私のターンに入るわ!」
 麻依は笑顔になってそう言った。それを聞いていた翔ではあったが、激しい痛みのせいで、片目を開け、そんな彼女の表情を見るのが限界であった。

翔  LP:4000
   手札:4枚
    場:ライオウ(攻撃)、カードガンナー(攻撃)

「私のターン――。 私は手札を1枚リリースして、“ライトニング・ボルテックス”を発動する!」
 麻依はカードを1枚引くと、あらかじめ決めていたかのように、手札にあったカード1枚を抜き取って、それをデュエルディスクに差し込んだ。
 それによって放たれるは稲妻――。
 翔の場のモンスター2体は、一瞬で灰になってしまった。

ライトニング・ボルテックス
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。

「くっ・・・! “カードガンナー”の効果で・・・、オレは・・・、デッキの上から・・・カードを1枚ドローする・・・」
 翔は痛みに耐えながら、手札にある「この状況に対応できたカード」を見つめた。そして、それらから来る悔しさを振り払うと、自分の場にいたモンスターの恩恵を受けた。
「――さてと、これで“このモンスター”の効果が使えるわね・・・。 私は“イエロー・ガジェット”を攻撃表示で召喚するわ!」
 翔の苦しむ姿を見て笑みを浮かべ続けながら、麻依はモンスターを場に出した。自分の体を、歯車で挟み込ませたような黄色の機械だ。この機械の効果を受けて、麻依はデッキの中に眠っていた更なる機械を手札に呼び寄せた。

イエロー・ガジェット
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1200/守1200
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。

「ヤ・・・バイ・・・。 来る・・・っ!!」
 目の前に現れた黄色の機械を見つめながら、翔はゆっくりと立ち上がった。その苦しんでいた表情も少しずつ良くなってきており、どうやら痛みは和らいだようであった。
 だが、そんな彼の表情は、痛みではない別の「何か」を理由に、曇り始めていた。
「そして、リバースカードオープンッ!! ――“緊急テレポート”ッッ!!!」
 翔の表情を曇らせた「何か」が、神也を追い詰めた「キーカード」の1枚が、今開かれた――。

 そのカードが開かれた瞬間、麻依のすぐ横に次元を歪ませた「扉」が出現した。その「扉」はゆっくりと大きくなっていき、彼女の背と同じくらいの大きさになったところで、1体のモンスターがそこから姿を現した。
「“緊急テレポート”の効果によって、私はデッキから“クレボンス”を特殊召喚させるわ!」
 「扉」から姿を現したモンスター――それは、超能力を用いて辺りの物質を持ち上げ、2つの瞳をマスクで隠し、口だけは常に笑みを浮かべていた。また、超能力のみを使うためか、力をあまり必要としない細い体となっていた。

緊急テレポート
速攻魔法
自分の手札またはデッキからレベル3以下の
サイキック族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
このターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。

クレボンス
チューナー・効果モンスター
星2/闇属性/サイキック族/攻1200/守 400
このカードが攻撃対象に選択された時、
800ライフポイントを払う事でそのモンスターの攻撃を無効にする。

 こうして、麻依の場に2体のモンスターが並んだ。
「行くわよ! ――レベル4“イエロー・ガジェット”に、レベル2“クレボンス”を同調(チューニング)ッ!!」
 麻依の叫びと共に始まるのは、「未知の召喚」――。
 超能力を操るモンスターの姿が2つの光の輪となり、その輪の中心で、黄色の機械が4つの星となった。やがてそれらは混ざり合い、6つの光の柱となった。更にその6つの光の柱は、1つの巨大な「光」となる・・・。

 「光」――それこそが、「未知の召喚」において呼び出されるモンスターの原型。

「“シンクロ”・・・“召喚”・・・ッ!!」
「正解よ・・・!」
 翔の言葉に、麻依はそっと返事をした。

 ついに、1つの巨大な光は、モンスターの姿となった――。

 これこそが同期(シンクロ)――。2体の異なったモンスターの力が、動きが、その一瞬で混ざり合い、新たなモンスターの力、動きとなる。










――――“シンクロ召喚”!!!





“ゴヨウ・ガーディアン”ッッ!!!!――――











 姿を現した新たなモンスターは、全てのモンスターを捕らえる紐付きの十手を手に持っており、顔は歌舞伎のように白塗りとなっていた。

ゴヨウ・ガーディアン
シンクロ・効果モンスター
星6/地属性/戦士族/攻2800/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。

 そんなモンスターを見つめながら、翔はゆっくりと口を開いた。
「――何故だ・・・!? お前の今の手札なら、“あのカード”を使えば、“古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”を呼べたはずだろう!!」
 翔のそれは、叫びに似た疑問の言葉であった。
「このターンに、これ以上のカードを使いたくなかっただけよ。 あなたの手札は、今の私の手札より2枚多い・・・。 ハンド・アドバンテージで、これ以上の差はつけられたくないわ」
 そう言うと、麻依は適当な感じで1枚のカードを手に取り、それをデュエルディスクに差し込んだ。
「・・・まぁ、あなたの言う“このカード”を発動させるだけなら、ハンド・アドバンテージに差は出ないから、使わせてもらうわ。 ――“テラ・フォーミング”発動!」
 大地創造(テラフォーミング)――。その名の如く、新たなる大地(フィールド)を出現させるカードが、麻依の手札に加わった。
「手札に加えたカード、言う必要は無いわよね? 私のデッキにフィールド魔法は1種類しか入ってないから」
「2枚目の・・・“歯車街(ギア・タウン)”・・・!」

テラ・フォーミング
通常魔法
自分のデッキからフィールド魔法カードを1枚手札に加える。

「じゃ、バトルフェイズよ・・・。 “ゴヨウ・ガーディアン”でダイレクトアタックッッ!!」
 麻依の新たな叫びと共に、彼女の目の前にいたモンスターは、その手に持っている紐付きの十手を、翔目掛けて投げつけた。その紐は一瞬で彼を絡め取り、そして縛り付けた。
「グッ・・・、ガァアアアアアアアアアアッ!!!」

翔  LP:4000→1200

麻依 LP:1200
   手札:3枚
    場:ゴヨウ・ガーディアン(攻撃)

「あ、言い忘れてたけど、ここでデュエルした時に発生するダメージは・・・」
「――プレイヤーの感情によって左右される、だろ・・・?」
「正・解・・・」
 麻依の返答を聞きながら、翔は縛られたことで痛んだ体を奮い立たせ、デッキの上からカードを1枚引いた。
(“アドバンスドロー”か・・・。 このカードは、このターンでは使えそうにないな・・・)
 引いたカードを見つめ、静かにそう思うと、翔はその隣にあるカードに視線を移した。それは、先程の小型ロボットの効果で引いた、本来の「答え(アンサー)」の能力では判断出来なかった筈のカードであった。
(“このカード”とこの手札・・・。 ――やっぱりここは、ハンド・アドバンテージを捨ててでも、ボード・アドバンテージを稼ぐべきか・・・。 情報アドバンテージも持ってるし――)
 自分の手札、麻依の頭の中に宿る手札、及び考えを考慮した上で、翔は何かを決断し、そして手札から1枚のカードを発動させた。

「オレは・・・、“未来融合−フューチャー・フュージョン”を発動させる! 対象は当然、“アルカナ ナイトジョーカー”だ!!」
 翔の発動させたカードから発せられる輝き・・・。
 その輝きは、奥底に眠っていた最強の戦士の目に届き、彼の目をゆっくりと開かせようとしていた。
「これにより、デッキの中にある融合素材――“クィーンズ・ナイト”、“キングス・ナイト”、“ジャックス・ナイト”を墓地に送る!」
 翔は最強の戦士の目覚めを感じ取りながら、デッキの中にあった3枚の戦士のカードを墓地に送った。

未来融合−フューチャー・フュージョン
永続魔法
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 最強の戦士の目覚めは、本来ならば少し「未来」の話――。
 だが、翔の手に残されたカード達によって、その「未来」は一瞬で「現在」に変わる。

「更にオレは、手札から“闇の量産工場”と“戦士の生還”を発動させる! これらの効果により、オレは今墓地に送った3体の戦士を手札に回収する!!」

闇の量産工場
通常魔法
自分の墓地から通常モンスター2体を選択し手札に加える。

戦士の生還
通常魔法
自分の墓地の戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。

 翔がババッ――と素早い手つきで2枚のカードを発動させると、デュエルディスクの墓地ゾーンから、計3枚の、先程墓地に送ったカードが再び姿を現した。それらのカードを翔は手に取り、手札に加えると、手札の中にある別のカードに手を掛けた。
「まだだぜ。 手札の“融合賢者”を発動。 ――デッキの中にある“融合”を手札に加える!」
 そう言って、翔は手に掛けたカードをデュエルディスクに差し込んだ。すると、彼のそれにセットされていたデッキが輝き始め、そこから1枚のカードが、抜き出された。それはやがて、翔が広げている右掌の上で止まった。

融合賢者
通常魔法
自分のデッキから「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
その後デッキをシャッフルする。

 これで、全てが揃った――。
 最強の戦士の目覚めを、「未来」から「現在」にするための条件(ピース)が・・・。

「――“融合”発動・・・ッッ!!」

 全てを無に帰す戦士――最強の戦士が、その目を開き、翔の目の前に姿を現した。

融合
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

アルカナ ナイトジョーカー
融合・効果モンスター
星9/光属性/戦士族/攻3800/守2500
「クィーンズ・ナイト」+「ジャックス・ナイト」+「キングス・ナイト」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、
魔法の対象になった場合魔法カードを、
罠の対象になった場合罠カードを、
効果モンスターの効果対象になった場合モンスターカードを
手札から1枚捨てる事で、その効果を無効にする。
この効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。

 その戦士の後ろ姿を見て、翔は小さくニヤッ――と笑った。
(さて、後は攻撃するかどうか、か・・・。 あいつの手札には“あれ”がある。 確かに“それ”だけじゃあ何も出来ない・・・。 ――でも・・・!)
 そんな笑みの後ろで、翔は必死に頭の中で考えを巡らせていた。
 麻依の次に引くカードが何か分からない以上、彼女の現在の手札で、何をするかを考えなければならない。
「――取り敢えず・・・、オレはカードを1枚伏せる」
 考える時間を少しでも延ばそうと考え、翔は先程のターンで伏せるはずだったカードを伏せた。
 そして、再び始まる思考の時間――。

 だが、それは再び打ち破られる・・・。

 そう、全く同じ「ノイズ」によって・・・。

「なっ・・・にぃっ・・・!!」
 翔の頭を走り始める、あの時と同じ「痛み」。あの時と同じ「ノイズ」。あの時と同じ、その「ノイズ」によって掻き消されていく「映像」――。
「あら? また苦しみ始めちゃったの・・・?」
 既に麻依にとって、苦しみ続ける翔の姿を見るのは、彼女の中の1つの楽しみになっていた。それを明らかにするかのように、彼女は息を荒くし、興奮していた。
(何なんだよ・・・、これ・・・! オレの“答え(アンサー)”が見せるこれは・・・!!)
 翔の何重もの瞳に、光がゆっくりと宿り始めていた。

 その光は、彼に「痛み」を与えるために宿ったのではない・・・。彼に「ノイズ」を与えるために宿ったのではない・・・。それらによって掻き消されていく「映像」を見せるために、宿ったのだ――。

 だが、その「映像」はまだ、翔の目の前に現れてはくれなかった。
(く・・・そぉ・・・!)
「翔ぅ〜・・・。 このままじゃあ、時間が来ちゃうよ・・・。 3分っていう、タイムリミットが・・・ね・・・」
 そんな麻依の言葉を聞くと、翔は痛む全てに鞭打って、自分の左腕に装着されているデュエルディスクを見つめた。
(考える時間は・・・無い・・・、か・・・!!)
 そして、静かに翔は決心した。
 痛む頭を左手で押さえながらゆっくりと立ち上がり、右手の人差し指で、麻依の目の前にいるモンスターを指した。
「攻・・・撃だ・・・ッ!! ――“アルカナ ナイトジョーカー”・・・ッッ!!!」
 翔の決死の叫びは、しっかりとその戦士の心に届いた。
 戦士は足に力を込め、バッ――と空高く舞い上がると、両手で自身の剣を握り締め、翔にとって「敵」となるモンスターを、一瞬で切り裂いた。

麻依 LP:1200→200

「ぐぅっ・・・! でもこれで・・・、私の手札のモンスターが姿を現すわ・・・!」

バシンッ――!!

 そう言って、麻依は痛む体を押して、手札のモンスターカードをデュエルディスクに叩きつけた。

 出でるのは「悲劇」――。

「――“トラゴエディア”・・・ッッ!!」

 その「悲劇」の名を、麻依は呪文を唱えるかのように、ゆっくりと言った。

 そして、「悲劇」を司る悪魔が姿を現した――。

トラゴエディア
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻 ?/守 ?
自分が戦闘ダメージを受けた時、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。 
このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の枚数×600ポイントアップする。
1ターンに1度、手札のモンスターを墓地に送る事で、
そのモンスターと同じレベルの相手フィールド上に
表側表示で存在するモンスター1体のコントロールを得る。
また1ターンに1度、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、
そのターンのエンドフェイズ時までこのカードは
選択したモンスターと同じレベルにする事ができる。

トラゴエディア 攻/守:?→1200

「やっぱり・・・出たか・・・! “悲劇の悪魔”・・・“トラゴエディア”・・・!!」
「さぁて、どうするの翔? ターンエンド?」
 翔は、目の前に見えるその悪魔を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「あぁ・・・、ターンエン・・・ド・・・」
 その時であった。
 バタッ――という音が、麻依の耳に届いた。

翔  LP:1200
   手札:1枚
    場:アルカナ ナイトジョーカー(攻撃)、未来融合−フューチャー・フュージョン、リバース1枚

「かけ・・・る・・・?」
 麻依の言葉が、震えていた・・・。
 彼女の目の前で、先程まで立っていた翔の倒れている姿が広がっていたからだ――。
 だが、その姿を見た「悲しみ」からではなかった。――その姿を見た「悦び」からであった。
「――でも・・・、デュエルは続けるよ・・・? 私・・・、あなたの“壊れる姿”が見たいから・・・!!」
 そう言って、麻依はデッキの上からカードを引いた。そのカードは、彼女が望んでいた「最高のカード」であった。
「私は“トラゴエディア”の効果を発動させる・・・! 墓地の“イエロー・ガジェット”をゲームから除外して、“トラゴエディア”のレベルを4にする――」
 麻依の言葉を受けて、その悪魔は魂となっていた黄色の機械を食らった。
 食らって、食らって、食らい尽くして・・・、そして悪魔は、黄色の機械と同じ「星」を手にした。

トラゴエディア 星:10→4

「そして・・・、新たなチューナー――“サイコ・コマンダー”を攻撃表示で召喚」
 彼女の目の前に、次に姿を現したモンスター――それは、自身の超能力を凝縮し、発射する砲台を装備していた。

サイコ・コマンダー
チューナー・効果モンスター
星3/地属性/サイキック族/攻1400/守 800
自分フィールド上に存在するサイキック族モンスターが戦闘を行う場合、
そのダメージステップ時に100の倍数のライフポイントを払って
発動する事ができる(最大500まで)。
このターンのエンドフェイズ時まで、戦闘を行う相手モンスター1体の
攻撃力・守備力は払った数値分ダウンする。

「手札の“歯車街(ギア・タウン)”を発動して・・・、“シンクロ召喚”――!」













――――冷たい炎が・・・、世界の全てを包み込む・・・。













 それは、確かな鼓動――。

 冷たい炎を呼び起こす・・・、













漆黒の華よ・・・、開け・・・っ!!――――













漆黒の華の――。













「現れよ、“ブラック・ローズ・ドラゴン”ッッ!!!」
 麻依が絶頂の興奮状態の中で、そう叫んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ズズズズズズ・・・

 「悲劇」の悪魔はその闇を、ゆっくりと翔にもたらしていく・・・。
 やがてその闇は、翔の目の前に広がっていた「ノイズ」を無くし、彼に「映像」の全貌をもたらした。
『“トラゴ・・・エディア”・・・!?』
 確かに、翔の心には「それ」が届いた。

 「悲劇」の悪魔の言葉が・・・。「彼女を助けてくれ」という、懇願の言葉が――。

 そして、翔は目の前に広がる「映像」を見た。
 そこには「涙」があった。「痛み」があった。「辛さ」があった。それら全てを抱えた「麻依」がいた――。

『この・・・、麻依の姿は一体・・・?』

chapter.7 真――犠牲者

 「消滅」が全てのフィールドに、平等に訪れた。
 フィールドに残っていたのは、麻依の目の前にいる、背に巨大な機械の翼を生やした巨竜のみ・・・。

ドッ――!!

 巨竜はその翼を大きく広げると、翔に向かって突進を始めた。
 翔の目の前に、カードは残っていなかった。

翔  LP:1200
   手札:1枚
    場:無し

麻依 LP:200
   手札:1枚
    場:古代の機械巨竜(攻撃)

残り:2人――

《次回予告》

「“これ”しかない・・・! あいつを・・・、元に戻すにはっ!!」

「クリア――。 いいえ、翔に・・・、また会えて良かった!」

「私の持つ能力(アビリティ)――。 それは・・・」

次回 chapter.8 決着――別れ
――戦いの幕が今、上がる・・・ッ!!






 翔の目の前に広がる映像――。
 それには「涙」が、「痛み」が、「辛さ」が・・・、そして、それら全てを抱えた麻依が映っていた。

『この・・・、麻依の姿は一体・・・?』

 そんな映像を見て、翔は驚きながら、つぶやくように言った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――“ブラック・ローズ・ドラゴン”ッッ!!!」

 翔が倒れている中、麻依は自分の目の前に、「消滅」をもたらすドラゴンを召喚した。
 そのドラゴンは出現した直後、遥か上空へと舞い上がり、自身の体である「漆黒の華」を開いた。そして、その華から、「世界の全てを包み込む」程の消滅の力を持った「冷たい炎」を吐き出した。
 冷たい炎は、翔の場のカード全てと、麻依の場のカードを、自身を含めて、全て薙ぎ払って見せた。

ブラック・ローズ・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守2800
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを全て破壊する事ができる。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する植物族モンスター1体をゲームから除外する事で、
相手フィールド上に存在する守備表示モンスター1体を攻撃表示にし、
このターンのエンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。

 だが、正確に言うと、全ては薙ぎ払われていなかった。
 冷たい炎が薙ぎ払った内の1枚のフィールド――歯車で全てを支配する街。その街の歯車だけは、消滅する直前、超スピードで回転を始め、一瞬で新たなモンスターを生み出した。

 それが、古代の機械(アンティーク・ギア)で作り出された巨大な竜であった。

歯車街(ギア・タウン)
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要なリリースを1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地に送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)
効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻3000/守2000
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠カードを発動できない。
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手ライフに400ポイントダメージを与える。
●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。

「終わりよ・・・、翔――! あなたの最ッ高に“壊れる姿”・・・、私に見せてね!!」
 そんな麻依の叫びと共に、巨竜は空高く舞い上がり、翔目掛けて突進し始めた。そのスピードは計り知れず、数秒の内に、巨竜は彼を貫くことが出来た。
 だが、貫けなかった。

 聖なる膜のようなものが、翔の体を覆いつくし、巨竜の突進を阻んだのだ。

「――何っ!!?」
 そんな光景を見て驚く麻依と、そんな彼女の言葉を聞きながら、立ち上がろうとしている翔の姿が、そこにはあった。
「オレを・・・、ナメるなよ・・・? リバースカード――“和睦の使者”。 “ブラック・ローズ・ドラゴン”の効果にチェーンして発動させてもらった・・・!」

和睦の使者
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージを0にする。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

 やがて、敵からの攻撃はもう無い、と判断したのか、翔を覆っていた聖なる膜は、地面に沈み込んでいくかのように、静かに消滅した。
「くっ・・・。 私はこのまま、ターンエンドよ」
 悔やんだ表情をしながら、麻依はそう言った。
 その後、翔はそんな彼女の表情を見て、何かを考えながら、デッキの一番上のカードに指を掛けた。
(“トラゴエディア”が見せてくれた・・・、“あの映像”――)
 翔が考えている「何か」とは、やはり先程見た麻依の涙する姿であった。
 それが何を表しているか、翔はまだ理解してはいなかった。ただ、それの重要さだけは確かに、彼に伝わっていた。それと、「悲劇」の悪魔の持っている麻依を思う気持ちも――。
(――“あの映像”が・・・、あいつの本当の姿なのか・・・? 今の、あいつの気持ちなのか・・・?)
 そんな思いと共に、翔はデッキの上からカードを引いた。
(だったら、助けなきゃいけない・・・! あの“涙”から・・・、“痛み”から・・・、“辛さ”から――)
 翔の引いたカード――それは、敵のモンスターを奪う、「洗脳」のカードであった。
 彼の手札には、上級モンスターをリリースすることで発動するカードが残っていた。そんなタイミングでやって来た「洗脳」のカード。彼は、何の躊躇いも無く、そして何の考えも無く、そのカードを発動させた。

翔  LP:1200→400

「オレは“洗脳−ブレインコントロール”を発動させる! 対象は・・・、“古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”だ!!」
 翔が発動したカードの効果を受けて、巨竜は麻依の下から離れ、翔のすぐ側の地面で降り立った。

洗脳−ブレインコントロール
通常魔法
800ライフポイント払う。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。
発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

 その瞬間であった。

「えッ・・・!!?」

ピシッ・・・

 彼女の中の「何か」に出来た、確かな罅――。
 その罅を受けて、彼女は目を見開き、驚いた。当然、「答え(アンサー)」の能力を持っている翔もまた、その罅に気づいた。
(ん・・・?)
 翔がその「罅」に気づき、驚いている間に、彼女が右手で頭を押さえながら、怒りを
露(あらわ)にして口を開いた。
「翔・・・! 今・・・、何をしタ・・・?」
「オレ・・・!? オレは何も・・・ッ!!?」
 彼女の言葉に返答しようとしたその瞬間、翔は再び「あること」に気づき、驚いた。
 それは、「麻依の変化」――。
 彼女の口調が、ほんの少しではあるが変化し、翔が感じていた麻依の中の「何か」も、一瞬だけではあったが、確かに変化した。
「何をしタ・・・!!? ――何をしたの?」
(――元に・・・、戻った・・・?)
 そして、翔は考え始めた――。

 今の状況のどこに、麻依を変化させた原因があったのかを・・・。
 「答え(アンサー)」で研ぎ澄まされた頭脳(集中力)を使って――。

 ゴーグルも使った。――集中力を、極限にまで高めるために・・・。

(“何をした”って言っても・・・、オレは“古代の機械巨竜”のコントロールを得ただけだし・・・。 ――ッッ!!?)
 そして、翔は理解した――。

 麻依を変化させた原因が何なのかを・・・。

「そうか・・・、そうだったのか・・・!! じゃあ、お前はやっぱり・・・!!」
「何・・・? 何がどうしたの・・・??」
 翔は理解した喜びのあまり、自分の中にある思いを声に出していた。その言葉を聞き、彼女は疑問を彼にぶつけるが、既に彼の耳の中には届いていない。彼の中で出た「結論」が、その言葉が麻依の言葉ではないと判断したからだ。
(――なら、“これ”しかない・・・! あいつを・・・、元に戻すにはっ!! でも・・・、出来るのか? 今の・・・、この少ない手札で・・・!!)
 翔は自分の場にいる巨竜と、1枚の手札を見つめて、そう思った。
 そんな思いとは裏腹に、彼女はだんだんとイライラし始めていた。
「どうしたの!? 早くしないと、また3分経つわよ!!」
 彼女の「偽り」の言葉を聞き、翔はハッ――と我に返り、彼女の姿を見つめた。そして、決心した。自分の心――魂の中で。
(やってやる・・・! やってやるさ!! オレの“この瞳(め)”で・・・、必ず!!)
 決心と共に、翔は手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。
「行くぞ! オレは“アドバンスドロー”を発動ッ!! 場の“古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)”をリリースして、デッキの上からカードを2枚ドローする!」

アドバンスドロー
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体をリリースして発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 翔が発動したカードによって、彼の目の前にいた巨竜の体は足下からゆっくりと、光の粒子になっていった。その時、巨竜が翔に向かって笑ったかのように見えた・・・。
 やがて、光の粒子は翔のデッキに宿り、彼に2つの「希望」を与えた。
(“巨竜(ガジェルドラゴン)”・・・。 お前もなのか? ――あいつを、麻依を助けて欲しいのか!?)
 そんな思いと同時に、翔は巨竜から授かった2つの希望を見つめた。
「オレは――、モンスターを1体セットし、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 翔の目の前に、裏側となったカードが2枚、ブブンッ――と姿を現した。

翔  LP:400
   手札:0枚
    場:裏守備1枚、リバース1枚

 翔の言葉を受けて、彼女はデッキの上から力強くカードを引くと、彼を睨むような目つきを取った。
「時間を掛けた割には・・・、大した手じゃないのね」
「これがオレの全力の手だけど?」
 翔の些細な言葉に、彼女は更に腹を立て、彼を睨む目つきが更に鋭くなっていった。そんな動作から表されるように、彼女の中の「何か」が確かに、「麻依」とは別の胎動を始めようとしていた。
「残念だけど・・・、あなたの命はもうここまでよ・・・!」
 彼女はそう言うと、静かに今引いたカードをデュエルディスクに差し込んだ。それによって、そのカードの絵柄は、翔に示された。
「“精神・・・操作”・・・!?」
「そう。 このカードの効果で、あなたの場の裏守備モンスターをコントロールするわ」
 彼女の言葉が終わった直後、翔の目の前にいた裏側のモンスターがブンッ――と消滅した。それと同時に、彼女の目の前にそのモンスターは現れた。

精神操作
通常魔法
エンドフェイズ時まで相手フィールド上モンスター1体のコントロールを得る。
このモンスターは攻撃宣言をする事ができず、生け贄にする事もできない。

 それによって、彼女は裏側となったモンスターの「正体」を悟った。
(“このカード”は・・・!!?)
 そして、彼女は驚いた。その表情を見て、翔は小さく笑い、ゆっくりと口を開いた。
「さぁ、どうする? ――“グリーン・ガジェット”を召喚して攻撃するか? だが、オレのリバースカードが何のカードか、お前は知らない・・・。 もしかしたら、“グリーン・ガジェット”の攻撃を止めるカードかも知れないぞ?」
 翔はその言葉に、多少の余裕を込めていた。
 翔の言葉の通り、彼の伏せているカードは、敵の攻撃を防ぐカード。そして、今は彼女にコントロールを獲られているモンスターもまた、次のターンになれば、自分の場に戻ってくる。もし、彼女がこのターンにそのモンスターの効果を発動したとしても、その効果は翔にも現れる。これらから出てくる「余裕」だ――。
 だが、彼の心の底には、余裕は存在していなかった。
 このターンを防いだとしても、次のターンで彼女のライフを0に出来たとしても、それが彼の「真の勝利」にはならないからだ。

 彼の「真の勝利」とは、麻依を元に戻した上で、彼女のライフを0にすること――。

「“そのモンスター”の効果を発動させれば、また別の手が打てるかも知れないぞ・・・?」
 翔は表面では余裕を、内面では焦りを持ちながら、言葉を続けた。
「チッ――。 分かったわよ・・・、発動してあげるわよ。 ――私は“メタモルポット”を反転召喚する。 効果で互いのプレイヤーは手札全てを捨て、デッキの上からカードを5枚ドローする」

メタモルポット
効果モンスター
星2/地属性/岩石族/攻 700/守 600
リバース:自分と相手の手札を全て捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 彼女が奪った翔のモンスター――それは、自慢の笑みを壺の表面に浮かび上がらせていた。
 そのモンスターの効果を受けて、手札の無い翔は、デッキの上からカードを5枚ドローした。彼女もまた、手札を1枚捨てるという過程はあれども、翔同様、デッキの上からカードを5枚ドローした。
(・・・足りない・・・っ!!)
 新たに引いた5枚のカードを見つめながら、翔はそう思った。そして、彼の中の焦りが少しずつ、増えてきていた・・・。
 その一方で彼女は、
「――翔ぅ〜〜・・・。 私にカードをドローさせたこと・・・、後悔させてア・ゲ・ルv」
満面の笑みを浮かべていた。翔の「壊れていく姿」を思い浮かべ、興奮し始めたりもした。
「私はこの4枚のカードを、全てチェーンを組んで発動させる!!」
「なっ・・・!?」
 翔の驚く表情を見て彼女は再び笑みを浮かべると、手札の4枚のカードを一気に発動させた。

 チェーン1――死者を蘇らせる十字架・・・。

死者蘇生
通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。

 チェーン2――十字架を食らい、回復へと変化させる食事・・・。

非常食
速攻魔法
このカードを除く自分フィールド上の魔法または罠カードを墓地へ送る。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

 チェーン3――召喚を促進させる、無限の鎖・・・。

サモンチェーン
速攻魔法
チェーン3以降に発動する事ができる。
このカードを発動したターン、自分は合計で3回の通常召喚を行う事ができる。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

 チェーン4――4つの鎖、その全てを束ねて起こす奇跡・・・。

奇跡の蘇生(ミラクル・リボーン)
速攻魔法
チェーン4以降に発動する事ができる。
墓地からモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

 彼女の発動した4枚目のカードの効果によって、彼女の目の前に、最強の戦士召喚の糧となった女戦士が姿を現した。その後、彼女のフィールドを無数の鎖が駆け巡ると、彼女の体の傷が癒えた。そして最後には、彼女の目の前に、少し前のターンにて、「扉」から出現したモンスターが姿を現した。

クレボンス
効果モンスター
星2/闇属性/サイキック族/攻1200/守 400
このカードが攻撃対象に選択された時、
800ライフポイントを払う事でそのモンスターの攻撃を無効にする。

麻依 LP:200→1200

「最後の1枚は、“ライトニング・チューン”――。 これによって、私の場の“クィーンズ・ナイト”は“チューナー”にランクアップする・・・!」

ライトニング・チューン
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4の光属性モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限りチューナーとして扱う。

 彼女の目の前にいる女戦士の体を、突如として、巨大な光が覆った。

 そんな彼女の場を見て、翔はハッ――と気づいた。
「や、ヤバイ・・・! 来るのか・・・!!? あいつの――“切り札”がッ!!」
「流石は“答え(アンサー)”、とでも言っておこうかしら?」
 翔の表情を見て、彼女は再び笑った。だが、その笑みは今までの笑みとは少し違い、どこか・・・、「不気味」であった。

 その直後に出現したのは光――。

 壺に包まれたモンスターと、奇跡の蘇生を遂げたモンスターがその光となり、やがて新たなモンスター――誰かの力になる、武器になりしモンスターが姿を現した。

アームズ・エイド
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「行くわよ・・・」
 武器になりしモンスターが出現したことを確認したうえで、もう一度彼女は自分の右腕を高らかに空へと掲げ、口を開いた。
「レベル4“アームズ・エイド”に、同じくレベル4“クィーンズ・ナイト”を同期(チューニング)ッッ!!!」
 彼女の叫びによって、女戦士の姿は4つの巨大な光の輪となり、その中心を通り抜けようとする武器のモンスターもまた、4つの巨大な光となって、その輪の中を縦横無尽に駆け巡り始めた。やがて、それらは混ざり合い、巨大な8つの「柱」を作り出した。
 だが、その「柱」は「光」を呼び出さなかった・・・。

 表面は「光」でも、内面は全く別の、完全なる「闇」を呼び出した――。

 つまりは、「闇の柱」――。

 8つの闇の柱は瞬く間に、1つになり、更なる「闇」を導いた。

ドクンッ・・・!!

 その闇を、翔は確かに感じ取った。自分のその瞳(め)で――、自分のその魂(なか)で――。
「こいつか・・・。 ――こいつが・・・っっ!!!」
 翔は、彼女の目の前で生成されていく「闇の塊」を見て、悔しそうな表情を取りながら、目に涙を浮かべながら、口を開いた――。










――――天駆ける剣が・・・、大いなる光を呼び覚ます・・・。










 「闇の塊」がゆっくりと・・・、じわじわと忍び寄る「夜」のように・・・、










光に眠る報復よ・・・、目を開け・・・っ!!










「光」という陰に隠れて、その姿を示した――。










「降臨せよ、“Avenging Knight Parshath(アベンジャーナイトパーシアス)”ッッ!!!」
 彼女の新たな叫びに、その騎士は反応し、雄叫びを上げた。

「お前だけは・・・。 お前だけは絶対に倒すッッ!!!

 そんな雄叫びに紛れ込むように、翔の叫びが辺りに響き渡った。
「どう・・・? 綺麗でしょ? 私の切り札・・・、“報復騎士(アベンジャーナイト)パーシアス”は――」
 だが、そんな彼の叫びを聞き取っていない彼女――麻依の皮を被った彼女は、彼の心情を汲み取ることなくそう言った。
「これで“終わり”よ・・・!」
「“終わり”じゃない・・・っ!!」
 彼女の言葉を止めるかのように、翔はそう言って、伏せておいたカード――自分の場に残された最後のカードを発動させた。それによって発せられるは「咆哮」――。その咆哮は、一瞬で彼女の騎士の動きを束縛し、彼女のターンを終わらせようとした。

威嚇する咆哮
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

「“威嚇する咆哮”・・・!!?」
「――これで・・・、お前はターンエンドしか出来ないだろう!!?」

麻依 LP:1200
   手札:0枚
    場:Avenging Knight Parshath(攻撃)

 そして訪れた翔のターン――。
 確かに彼は現在、5枚もの手札を持っている。だが、その中に彼の欲しているカードは1枚も無く、これでは麻依を元に戻すどころか、翔が勝つことすら出来なかった。そんな中での、彼女の召喚。
 まさしくこれが、翔の最終場面(ラストターン)であった――。

(・・・頼む・・・っ!)

 翔は自分のデッキの上に手を置き、祈り始めた。
 既に自分の持つ能力を使っても、どうすることも出来ない状況――。

 翔はもう、祈ることしか出来なかった・・・。

(助けたいんだ・・・ッ!! 麻依を・・・、“あいつ”から・・・っっ!!)

 ――そんな時であった。

『出来るよ、翔なら・・・!』

「――ッ!!?」

 ――小さな「奇跡」が起きた・・・。

 翔の耳元に入ってくるその声は、彼自身、決して忘れることの出来ない声であった――。
(有・・・里・・・?)

『早く引きなよ、翔!』

 再び彼の耳に入ってくるその声も、彼が決して忘れない声――。
(加奈・・・!?)

『そうだよ。 ――早く引かないと、何も始まらないよ?』
『見せてよ。 ボク達に――!』

『――お前のデュエルを、な・・・!』

 次々と、翔の耳に、中に入ってくる声――言葉・・・。
(真利・・・、神童・・・。 ――神也・・・ッ!!)
 翔は入ってくる声を聞きながら、彼等が縛られている筈の蔓の十字架を見つめた。そこには依然として、彼等が眠った状態で縛りつけられていた。
 ――ならば、翔の中に入ってくる声とは一体・・・?
 だが、翔にとってそれは、今は考える必要のないことであった。

 やがて、デッキの上に乗せていた翔の手に、無数の「温かさ」が訪れた――。

(みんな・・・!!)

 ――仲間である、5人の戦士の力が・・・、

「オレのターン――、ドローッッ!!!」
 翔は、彼等の力を受け止めたことで涙を流しながらも、デッキの上から力強くカードを1枚引いた。
「オレは“暗黒界の取引”を発動ッ!! ――互いのプレイヤーはカードを1枚引き、その後1枚捨てる!!」

暗黒界の取引
通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
その後手札からカードを1枚捨てる。

 翔は引いたカードを手札に加えると、そのすぐ隣にあったカードを発動させた。そのカードの効果を受け、彼は素早くデッキの上から新たにカードを1枚引き、いらないカードを1枚捨てた。
 その行動(アクション)を、彼女もまた取らなければならなかった。だが、そんな彼女に変化が訪れようとしていた。
「何ダ・・・!!? また・・・、“罅”ガ・・・!!?」
 彼女の中の「何か」に、更なる「罅」が入った――。

ドクン・・・!!

 そんな中で、翔は今のカードの効果で引いたカードに、先程の巨竜の魂を感じ取った。
 その魂を胸に残し、翔は更なるカードを発動させた。
「更にオレは、さっきドローしたカード――“打ち出の小槌”を発動させる!!」
 そのカードは、仲間達の力によって引いたカード。
 そのカードの効果に乗っ取り、翔は2枚のカードを残した、全ての手札をデッキに戻し、それをシャッフルした。その後、デッキに戻した分の2枚のカードを引き始めた。

 1枚目――。
 翔はそれに、ノイズを除去してくれた悲劇の悪魔の魂を感じ取った――。

 ――敵であった筈の、麻依のモンスターの力が・・・、

 2枚目――。

『――さぁ、行くよ・・・! “目標”を成し遂げる瞬間だ・・・!!



ドクンッッ!!!



 翔はそれに、仲間を大切にし、何があっても守り抜くと決めた過去の自分の魂を感じ取った――。

 ――過去の自分の力が・・・、















 ――今・・・、交わる・・・!!















 手元にある4枚の手札を、翔はじっと眺め、やがて1つの結論を出した。
「決めるっ!!」
 翔はそう叫ぶと、手札のカード1枚をコストとして墓地に送ると、別のカードに手を掛け、それをデュエルディスクに差し込んだ。
「手札の魔法カード1枚をリリースして、“二重魔法(ダブルマジック)”を発動させるッ!!」
「“二重魔法(ダブルマジック)”・・・ッ!!?」
 翔の発動したカード――それは、敵が一度使った魔力を、自分のものとして発動する力を秘めていた。その力に乗っ取るかのように、それには敵である筈の悲劇の悪魔の魂が宿っていた――。
 悲劇の悪魔の魂を感じ取れぬ彼女ではあったが、彼が発動したカードの効果くらいは分かっていた。そのためか、彼女は自分が今まで使ってきたカードを思い返しながら、驚きの言葉を発した。

二重魔法(ダブルマジック)
通常魔法
手札の魔法カードを1枚捨てる。
相手の墓地から魔法カードを1枚選択し、
自分のカードとして使用する。

「これにより、オレはお前の墓地の“死者蘇生”を発動させる!」
 翔の言葉に反応して、彼の目の前に姿を現していたそれは、表の絵柄をゆっくりと、死者を蘇らせる十字架に変化させた。
「――更に手札から“死者蘇生”を発動!!」
 翔が次に発動したカードもまた、死者を蘇らせる十字架であった。これには、死の淵で麻依の変化を嘆く巨竜の魂が宿っていた――。
「蘇れ! ――“クィーンズ・ナイト”! ――“ジャックス・ナイト”ッ!!」
 翔の発動したカードの名通り、彼の目の前に、2体の戦士が蘇った。1体は先程、彼女の力で蘇りながらも墓地へ送られた女戦士。もう1体は、更にその前のターンで、翔の発動した魔法カードの効果で融合を受けた戦士。女戦士は姿を現すと同時に、片膝を地面につけ、剣を自身のすぐ横に突き刺し、右手で持っていた盾を構えた。戦士は姿を現すと同時に、右手で持っていた剣を構え、切っ先を目の前にいる天使に向けた。


 ――デジャビュ・・・?


ピシッ・・・!!


 翔の目の前で繰り広げられる光景を見て、それを感じ取った彼女の中の「何か」が再び、自身を覆うものに罅を入れた。
 その罅を受け続ける彼女は思わず、自分の胸をギュッ――と掴んだ。
「何故ダ・・・、何故だァッ!!」
 そして、叫んだ。その叫びの声は明らかに、麻依のものではない。――というよりも、根本的に人の声ではなかった。もっと別の・・・、そう「モンスター」のような声。
「やっと正体を出したな、麻依――。 いや・・・、“パーシアス”・・・ッ!!」
 その声を聞き、改めて確信した翔は、口を開きそう言った。
『何故分かっタ・・・!!?』
「何故・・・か・・・。 ――てめぇに言う必要は無ぇよ!!」
 怒りの言葉と共に、翔は最後のカードを上空に掲げた。そのカードに宿るのは、捕らわれた仲間達の魂――そして、幼き自分の魂。


「――“融合呪印生物−光”を召喚ッッ!!!」


 そのカードが今、彼のデュエルディスクの上に置かれ、その姿は彼の前で解き放たれた。
『“融合呪印生物−・・・光”・・・? ――グゥッ!!!』
 その姿を見た途端、麻依の皮を被った彼女――天使の顔色が徐々に悪くなっていき、やがて彼女は、再び胸を押さえた。だが、そんな動作ではもう止まらない。天使の中の「何か」――麻依を覆うものは、更にボロボロになっていく。
 苦しんでいく天使の姿を見ながら、翔は口を開いた。

「――オレが“それ”に気づいたのは、“巨竜(ガジェルドラゴン)”をコントロールした時だった。 その時に、お前に変化が訪れた・・・。 最初は意味が分からなかったけど・・・、“答え(アンサー)”の力を極限にまで高めて考えたら分かったんだ――」
『何・・・だト・・・?』
 翔の言葉に、苦しみながらも天使は反応し、顔を上げた。
「“巨竜(ガジェルドラゴン)”のコントロールを得る、っていうプレイング・・・。 実はもう1回だけやってたんだ。 ――2月8日・・・、お前が麻依と一緒にやって来た時だ」
『――ッ!!?』
「そこでピンと来た。 ――実はあの時の麻依はまだ、麻依のままだったんじゃないかって。 だから、麻依を元に戻す作戦・・・。 つまり、あの時のデュエルの再現をしよう、って決めた」
 そう言うと、翔は目を軽く閉じて、首を左右に振るという、「やれやれ」と言ったポーズを取った。
「――まぁ、最初は自分で納得しておきながら、半信半疑だったけどな。 でも・・・、“暗黒界の取引”と、今の“死者蘇生”で確信した。 あの時の麻依は、オレ達の知っていた麻依のままで・・・、あの時のデュエルの再現をすれば良いってな」

 翔の言葉に呼応するかのように、天使の中の麻依を覆うものの原型は、既に無くなりかけていた。

『ぐっ・・・、だが何故・・・、その考えに至れタ・・・!? 確かにデュエルの再現で、私に変化が訪れタ・・・。 だが、たったそれだけで、ここまでの確信を持つことは出来ない筈だロ!!?』
 天使の言葉を聞くと、翔はゆっくりと自分の胸に手を当てた。
 感じるのは、仲間達の鼓動と、巨竜の鼓動と、幼き自分の鼓動と――、「あの映像」を見せてくれた悲劇の悪魔の鼓動。――そして、自分の鼓動。

 みんながいたから、今の状況がある――。

 みんながいたから、麻依を救い出せる――。

 みんながいたから、「あいつ」を倒せる――。


 「みんな」――それは、「麻依を助けたい」と思った者達のこと。


「言ったろ・・・? てめぇに言う必要は無ぇ、ってな!!」
 そして、翔はもう一度、自分の右腕を高らかに空に掲げた。
 それによって始まるのは、「あの時の融合」――。

 呪印を持った生物を中心に、2体の戦士は剣を重ね合わせた。すると、重なった剣とその生物が、溶けて混ざり合い、神々しい「光」を解き放った。
 天使が場に出た時とは全く別の、「神秘の光」だ――。





パキィンッ!!





 そして、麻依を覆うものも、完全に砕け散った――。

 バシュッ――という、物が離れる音と共に、彼女の中には、元々の麻依の魂だけが宿り、天使の魂は、元の場所――カードより現れた天使の中に入っていった。

「クリ・・・。 ――翔・・・?」

 麻依は申し訳なさそうな表情で、翔を見た。だが、翔はそんな麻依の顔を見て、首を横に振ると、ゆっくりと口を開いた。
「何も言わなくていいぞ。 もう終わるんだ・・・。 今までの“全て”が――!!」
 その言葉と共に、彼の目の前に、邪な力全てを切り裂く、最強の戦士が颯爽(さっそう)と姿を現した。戦士はしっかりと剣を握り締めると、その剣を誰かが何を言った訳でも無いのに、目の前に聳える天使に向けた。

『止めロ・・・! ――止めろォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

「――お前にそれを言う資格があるのか!?」
 天使の悲鳴にも似た叫びを聞いて、翔はそう叫んだ。そんな叫びを聞くたびに、麻依の目から、涙が落ちていく・・・。
「翔・・・」

“答え”は簡単だ――

 翔が麻依の下に近づき、彼女の手を握ったと同時に、戦士は天使目掛けて目一杯飛び上がった。
 戦士が天使のすぐ側にまで辿り着き、自身の剣を振り上げたと同時に、翔は泣いている麻依をそっと抱きしめた。

 戦士は力強く、剣を振り下ろす――。

 翔はゆっくりと、天使を見上げる――。

 そこから発せられる、彼の言葉はたった1つ。















「――無ぇよ















 天使が真っ二つに切り裂かれた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 有里、神也、加奈、神童、真利の5人は、天使の消滅後すぐに、麻依によって救出された。どうやら、天使が発動していた蔓のようなものは、麻依が元々持っていた能力(アビリティ)だったようだ。
 麻依が、翔と一緒になって、5人を丁寧に地面に寝かせていく中、ふと翔が口を開いた。
「・・・なぁ、麻依」
「何・・・、翔・・・?」
「――これからどうするんだ・・・?」
「・・・・・・」
 麻依は口を閉ざした。
 5人全員を寝かせ終えても尚、麻依は口を閉ざし続けていた。
 翔が痺れを切らして、「おい」と声を掛けようとしたその瞬間、彼は、麻依の「考え」を自分の能力で咄嗟に読み取ってしまった。

「――何するつもりだ・・・?」
「あれ、気づいちゃった?v」


――ドッ!!!


 麻依を中心に、彼女の家(実際は違うのだが)の瓦礫が、ゆっくりと宙を舞い始めた。その光景は否が応でも、麻依が何かをしようとしていることを、それを見る全員に伝えていた。
「私ね、“敵”にうまく誘導されちゃったの・・・。 ――ここにね。 だって・・・、1つの“思い”があったから」
「・・・ッ!! ――何の話をしてるんだ! オレは今――っ!!」





「――あなたに会いたいっていう思いがね」





 麻依が突然口を開いたため、翔は怒鳴ろうとした。だが、それは麻依の一言で、完全に掻き消されてしまった。それどころか、その次に発せられる筈の翔の一言も、彼自身の驚きのせいで、なかなか出てこなかった。
「・・・どういう・・・意味だ・・・?」
「そういう意味――」
 やがて、麻依の足下から、無数の蔓が姿を現した。
「今なら完全に分かるよね、翔――。 私がしようとしているコトと、それを可能にする“能力(アビリティ)”のコト」
「分かんねぇよ!! それに・・・、分かりたくもねぇッ!!」
 翔は目を閉じて、首を力強く横に振った。
 本当は分かっていた、見えていた。でも、信じたくなかったし、認めたくなかった。

「私の持つ能力(アビリティ)――。 それは・・・“忘却(ロスト)”

 麻依の言葉が続く中、翔は目を閉じたまま、彼女の姿を見ようとはしなかった。
「それが持つ力は、“他人のある1つの記憶を消す”。 条件は、“1度消した記憶を、もう1度消すことは出来ない”――。 そして、この能力(アビリティ)を発動させる媒体は“植物の蔓”で、これを受けると人は一時的に意識を失ってしまい、次に意識を取り戻すタイミングは、私次第――」
 麻依はそれを、笑顔で言い切った。
 麻依の言葉と考えで、彼女の笑顔を見ないでも理解した翔は、自分の気持ちに耐え切れず目を開き、口も開いた。
「ッ・・・、何でだよ! 何でそんなことをするんだっ!! ――別にいいじゃねぇかよ・・・。 みんなは、その力でお前とのこれまでの記憶を失っているのに――! また最初から、みんなとやり直せるのにっ!!」
 彼の言葉は、再び途切れた。彼に近づいた麻依が、翔の口に自分の人差し指を当て、彼の口を閉ざしてしまったからだった。
「翔には・・・、もうちょっとだけでもいい、幸せになって欲しいから
「――オレは・・・、オレの幸せは・・・、仲間がいて初めて成り立つんだよ!!」
「・・・みんながいるよ・・・」
 翔の悔しさを混ぜた言葉を聞いて、麻依は他の仲間達――5人に視線を送った。だが、彼の言葉は止まらなかった。いや、彼自身止めたくなかった。
「分かってる・・・。 けど・・・、お前も仲間だろ・・・?」
「私はそれだけで幸せだよ――」
 麻依の言葉が、終わりを告げようとする中、彼女は翔と少しだけ距離を取った。そして、麻依は足下より姿を現していた蔓を操り、翔の下へと向かわせた。
 蔓のスピードは遅くなること無く、翔へ向かっていく・・・。

クリア――。 いいえ、」










――――翔に・・・、また会えて良かった!










 麻依の涙と共に発せられた言葉――。
 翔はその言葉に、ほんの少しだけ疑問を覚え、口を開こうとした。
「“また”!? “また”ってどういう意味――」
 だが、その言葉は、またまた途切れた。
 麻依の放った蔓が、翔に当たったから。

 彼の中から、麻依の「全て」が消えた――。

chapter.8 決着――別れ


《次回予告》

「名前ぐらいは聞こうかな、って思って」

「初めまして――」

「私は・・・」

「“くん”はいらねぇよ。 ――そうだろ?」
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