1章・終業式




(城之内克也 視点)



「何なんだよ! このふざけた手紙は!」

 オレはポケットからしわくちゃになった紙切れを取り出しながら叫んだ。

 ふざけた手紙というのは、昨日の学校帰りに郵便受けに入っていた奇妙な手紙のことだ。

 7月21日に海馬ランドオープン――とだけ書かれた奇妙な手紙。

 しかもそれが入っていた封筒には、宛名以外には何も書かれていなかった。

 どうやら郵便受けに直接投函されたらしい。

「これ…オレ達みんなのところに来てたんだよな。」

 本田はオレと同じ手紙を取り出しながら呟く。

「しかも、この手紙は私達のところ以外には来ていない…」

 杏子も続けて呟く。

「それじゃあ…やっぱり海馬くんが――」

 遊戯も続けて呟こうとしたが――

「遊戯、その先は言わないでくれ…」

 オレは遊戯の呟きだけ止めた。

 その先は聞きたくなかったからだ。

「………」

 わずかに沈黙が訪れ、空気がちょっとだけ重くなる。

 こんなことになったのも――海馬のヤツが悪いんだ。

 アイツ、バトルシティが終わってから変わりやがった。

 世間一般から見ればいい方向に変わったのだろうが、オレとしては気持ち悪いことこの上ない。

「くそ…海馬のヤツ…」

 オレがそう呟いた直後、

――ガラララッ

 音を立て、教室の後ろの戸が開いた。

 思わずドキリとする。

 ――嫌な予感というものは、意外と当たってしまうものだ。

 …そこに立っていたのは、海馬に他ならなかった。



「あ、海馬くん、おはよう!」

 遊戯が当然のようにあいさつをする。続けて杏子と獏良もおはようと声をかけた。

 しかし、オレと本田は黙りっぱなしだ。

 もちろん、あいさつなどするワケはない。コイツにあいさつするくらいなら、道端で出会った見知らぬ人全員にあいさつをした方がマシだ。

 海馬は、「ああ。」とだけ返事をして、自分の席へと向かっていく。

 いつもなら席に向かう海馬を無視したままにしておくのだが、今日は逃がすわけにはいかない。

 オレはポケットから再び紙切れを取り出し、海馬の元へ詰め寄る。

 もちろんあのふざけた手紙のことを聞くためだ。

「海馬ぁ!」

 勢いに任せて海馬に掴みかかる。

「……」

 海馬はこちらを一瞥したが、何事もなかったかのようにそのままオレの手を振りほどき、席に座ってしまう。

 ………。

 くそおぉぉ! すんげームカつく!

「こ、この野郎! 待ちやがれ!」

 オレは再び海馬の元に詰め寄る。

 海馬は黒板の方を向いたまま、こちらには目もくれない。

「海馬ぁぁ、無視するんじゃねぇ! てめーに聞きてぇことがあるんだよ!」

 そう言いながら、服の裾を引っ張ると、海馬は少しだけこちらを向き――

「フッ」

 と、人を小馬鹿にしたような笑みを見せた。

 …火に油を注がれた気分だった。

 オレはヤツの服を思いっきり引っ張ってこちらを振り向かせようとした。

 振り向かせようとしたのだが…

「城之内、いい加減に席に着け。」

 と、黒板の方から聞こえた声に止められてしまった。

「一学期最後まで元気なのはいいんだが、もうホームルームは始まっているぞ。」

 センコーの声と共に、周りから笑い声が聞こえてくる。

「く…」

 仕方なく海馬の手を離し、自分の席に向かう。

 確か、ちょっと前にもこんなことがあったような気がする。

 もしかして海馬のヤツ…わざとこのタイミングで学校に来ているんじゃ…?





「2、2、2、2、2、2、2、3、5……うっしゃあ!」

 オレは思わず歓喜の声をあげた。

 ――現在、ホームルーム中……いや、正確にいうと、終業式を終えた後のホームルームである。

 終業式後のホームルーム――とくれば……成績表の返却。

 そしてオレの成績表には、"1"がない。"1"がないということは補習や追試を受けずに済むということ。

「フフフ…」

 ついにオレも補習人生から抜け出したぜ!

「おう、城之内、どうだったよ!」

 本田がニヤニヤしながら近づいてくる。オレは誇らしげに成績表を掲げてやる。

「ホラホラ、見て驚くなよ…!」

「………」

 本田は露骨に呆れた顔をしてくる。

「な、なんだよ…」

「いや、幸せなヤツだな…と思っただけ。」

「なんだと、てめえの成績の方がいいって言うのかよ!」

「…オレは中間の時にかなりいいセンまでいってたからな、ほらな、こんなに"3"がある。」

 本田の成績表には"2"はふたつだけしかなかった。もちろん"1"はひとつもない。

「く…」

 本田に負けてしまった。

 何だか無性に腹が立ってきた。

 そして、オレより下のヤツを探すべく、他のクラスの連中にも成績を聞いて回った。

 しかし、オレより下のヤツはだれもいなかった。

 あまつさえ、馬鹿にされる始末だ。

 ――体育の"5"だけが虚しく光っていた。





「それでみんな、海馬ランドに行くの?」

 ホームルームも終わり、集まっていたオレ達に向かって、杏子が切り出してくる。

 でもオレは――

「一大企業の大テーマパークなんて、金かかるんじゃねぇか?」

 と言った。当然の発想だろう。

 ――だが、何故かみんなはオレのことを睨んでくる。

「な、なんだよ…」

「城之内、お前フリーパスポート券持ってるハズだろ?」

「え? 何でそんなモン持ってなきゃいけねぇんだよ…」

「……おいおい、もしかして忘れたのか?」

 何のことだかさっぱり分からない。

 大体オレが海馬からモノを貰ったことなんてないハズだ…よな。

「城之内くん、校内大会の時…」

「え、校内大会…?」

 校内大会…? 校内大会…校内大会……。

「あああっ! アレかぁ!」

 思い出した。校内大会の時、ダンボール1箱分のたわしといっしょに海馬ランドのフリーパスポート券をもらったのだった。

 あの時もらったダンボールは確か…あそこに…いや…あっちだったかな…それとも……。

 …まずい。どこにしまったか思い出せない。

 これでもし見つからなかったらオレのせいなのか?

 顔が少しこわばった。

 そして、それは即刻見破られる。

「城之内…。もしかして、なくしてないでしょうね!」

「だ、大丈夫に決まってんじゃねぇかよ…」

 言葉に詰まる。

 周りの視線が冷たい。

 それに耐えられずオレは――

「と、当日の午前10時、海馬ランドの前に集合な! じゃあな!」

 そう言って駆け出した。





 家に帰るなり、部屋中を引っ掻き回す。

 もし、フリーパスポートとやらが見つからなかったら、オレがおごらなくてはいけない…らしい。

 そうしたら2、3万ほどは吹っ飛ぶ。8月の頭に発売される構築済みデッキどころか、今後の生活にさえ支障が出る。夏休みにカップラーメン生活は勘弁だ。

 リビングからオヤジがガタガタとうるさいと文句垂れてくるが、とりあえずは無視だ。

 ――20分経って、一つのダンボールを見つけた。

 どうやらベッドの下に追いやられていたようだ。

 ほこりを払ってダンボールを開ける。

 中から出てきたのは、たわしの山。

 このダンボールに間違いない。オレはホッと一息ついた。



 パスポートをカバンにしまった時、オレはあることに気付いた。

 それはとても大事なことなのに、とても単純なことで、今まで気付かなかったのが不思議に思えた。

 ………。

「なんで、オレまで海馬ランドに行くことになってるんだよぉぉ!」





微妙な後書き

――ということで、適当なノリで始まりました。
読んでいただいた方は分かるかもしれませんが、前に書いた「童実野高校M&W大会」と「中間の季節」のネタが少し入っています。
次もこのノリでいきます。
ご了承ください…ね?




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