ボクがボクで在る為に

製作者:村瀬薫さん



 この物語は、Kunaiさん作の「君が笑う時まで」を題材に創作されています(執筆許可済)。「君が笑う時まで」の重大なネタバレが含まれ、また既読前提の描写がほとんどなので、そちらの作品を読んでから、こちらの作品を読むことを強く推奨します。また、私・村瀬薫の作品は既読でなくても、鑑賞に支障はありません。


も く じ

                 







1.Kiss of Death ―悪魔との遭遇―



 ボクは酷い後悔に責め立てられていた。

 ボクはボクなりの正義を果たしていたつもりだった。ボクが死ぬ間際に、破滅の光が見せた悪夢のような光景。少女を虐待する3人の大人。その3人を執念で見つけ出し、たった今、破滅の光の力によって3人に復讐を終えた。

 だけど、復讐をしながら、ボクは気付いてしまった。この復讐を果たしても、悲しい事はなくならない事に。

――「あ、あれは衝撃増幅装置のテストだったんだ! ガキだったらどれくらい持つのか実験しろと言われてやった事だ! やらなかったら俺が殺されていたんだ!」

 『言われてやった事』、残酷な真実だ。結局、あの3人の裏には組織がある。その組織の更に相手には、その暴力を楽しむ観客がいる。悲しい事はどこかで繰り返されてしまう。ボクがやった復讐は正義なんかじゃない。ただの私怨だ。酷い事を見てしまって、それを放って置けなかっただけ。無我夢中に、自分が嫌だと思った事を否定しただけなんだ。悲しい事は、ほんの少ししか減っていない。

 だけど、ボクが破滅の光から得た力は消耗していた。残る時間の少なさを伝えていた。ボクが意志を振り絞る度に、力が失われていくのが分かる。ボクはこのまま力が尽きてしまう。3人目に対して力を使っていて、それを感じた。少なくとも、ボクが例えば彼ら3人の背後にある組織まで撲滅することは、残る力からして確実に無理だ。ボクには残せる成果はなかった。常人より大きな力を持っていても、ボクは大きな正義を果たせなかった。

 残された力も時間も少ない。だけど、ボクはどうすればいい。途方に暮れていた。今更、こんな力が少しだけあったとして、どんなことをできるだろう。次元の狭間で――特別な力を持つ者だけが居られる世界で――ボクは立ち尽くしていた。

 そのボクに、見知らぬ気配が近づいてきた。ピチャリ、と水溜りを跳ねるような音がした。ボクはその遭遇を本能的に危機と感じた。その子の外見では信じられなかったけれども、ボクの本能の感覚がそう告げていた。

「水の匂いがするから、ここに来たの」
 
 そこにいたのは、一人の少女だった。流れる青いショートカット、切り揃えられた前髪。華奢で背丈は小さい。まっさらな白いワンピースは少しの汚れもなく綺麗なまま。その瞳は大きくて、その子の感情の豊かさを物語っている気がした。その子の瞳からは涙が流れていた。涙を流しながら、ボクに微笑みかけていた。

「涙――悲しみの一滴――の匂いがしたの。きみは泣いていたんだね」

 そう言われて、ボクは指で頬をなぞった。この体は痛みに鈍い。これまで一人だったから気付かなかったけど、確かにボクは泣いていた。どうして泣いていたんだろう。上手く説明が出来ない。だけど、何かが悲しいのは確かだ。

「わたしも泣いているよ。この世界は悲しいことに満ち溢れているね。わたしもそれをすごくつらく思う。それがどうしようもないことも、ものすごくつらい」

 共感するような、慰めるような言葉を並べる。でも、ボクはその言葉を素直に受け止めることができなかった。この言葉自体は、この子の思っている事のはずだ。だけど、ボクを慰めるために話しているんじゃない。見ず知らずの子が僕にいきなり親身になろうとする事自体が不自然だ。

 それにもう一つ、ずっと気になっている事があった。それはあの子から放たれている気配。覚えがある。この感覚は忘れもしない。あのときの破滅の光の――白光の影の姿をした悪魔の――気配そのものだ。

「迷わすような言葉はいらないよ。それを言うために、ボクに近づいてきたわけじゃないんだろう? それに、キミは誰なんだい?」

 ボクが警戒している事が伝わったんだろう。女の子はその大きな瞳を細め、微笑みを消した。

「カダール君は感覚が鋭いね。わたしがどんな存在か、もう気付いちゃったんだ。自己紹介しなくちゃいけないね。わたしの名前はアリア。きみとおんなじ破滅の光の意志のひとつ。わたしがここに来たのはね、その通り『悲しいよね』って話すためだけじゃないの。わたしはね――














 ――カダール君を、吸収しに来たの」


 ゾクリとボクの体を恐怖が突き抜けた。今やアリアの力が方向性を持って、ボクに向かって放たれている。ボクの破滅の力の闘争本能が怯えている。アリアはやっぱり見たままだけの、か細い少女じゃない。ボクなんて丸呑みできてしまうくらいの力の持ち主。ボクに力を与えたあの破滅の光よりも、遥かに大きな力を持っている。だけど、それでも抵抗しないといけない。ボクはまだ消滅したくない。

「ボクは素直に吸収されるつもりはないよ。できるだけの抵抗をしてみせる。そうしたら、キミは仮にボクを吸収できたとしても、ボクを吸収して得る力以上に、労力をかけてしまう事になるよ。結果的には多くの力を消耗してしまう。それでいいのかな?」

 ボクは力を表面化させて脅した。少なくともこの論理は成り立つはずだ。ボクは破滅の力を操る術を徹底的に試してきた。極論で言えば、アリアに吸収される前に、ボクの全ての力を使い切ることも出来る。そうしたら、アリアは一切得しないはずだ。ボクを吸収する事を諦めるはずだ。

 だけど、アリアはボクのこの反論を分かっていたようだ。それもそうか。これまで同じように他の意志を吸収してきたんだろう。こうやって、抵抗しようとする者がいないはずない。

「うん、カダール君ならそう言うと思った。だけどね、わたしは知ってるんだよ。一番上手に吸収する方法を。そのために必要なのはね、二つだけ。その人と仲良くなること、それとその人をよく知ることなの。だから、そのためにカダール君の好きなことも調べて来たんだよ」

 そう言って、アリアは左腕をかざした。腕から泡が出て、そこから水色のデュエルディスクが出現した。デュエルするのか?

「カダール君、遊ぼう?」

 破綻した論理にも思える。だけど、このデュエルを挑む事は理にかなっている。上手く吸収するためには、相手の抵抗をなくす必要がある。デュエルはその為の手段。このゲームで僕を懐柔するか、屈服させればいい。これはまず間違いなく敵の罠。乗る必要もない。だけど、チャンスでもある。ここでボクが最後まで抵抗の意志を貫けば、奴は立ち去るだろう。それにデュエルなら、――ボクは自信がある。

「いいよ、ボクも気分転換したかったんだ。デュエルなら、受けて立つよ」

 ボクは左腕を構える。黒いデュエルディスクが生えてくる。復讐を果たした3人を屈服させる手段としても、デュエルの腕は鍛えていた。並大抵の相手に負けるつもりはない。もっともこの気配からして、並大抵の相手ではないのだろうけど。ボクの返答に応じて、アリアは微笑み返す。何も知らずに見れば、純真な微笑みに見えるのかな。でも、アリアを敵と認識したボクにとっては、あれはまさに悪魔の微笑みだ。

「ありがとう! 遊んでくれるんだね? じゃあ、デュエル!」

カダール【LP:4000】
アリア【LP:4000】





2.Against the Stream ―流れに逆らうという事―



「ボクの先攻だね、ドロー」

 こうして誰かと対戦するのは、2人目を屈服させた時以来かな。自分の作った衝撃増幅装置の残酷さを体感してもらう為に、デュエルをしたんだ。あれ以来の普段からもシミュレートや調整は欠かしていないけれど、実戦は本当に久しぶりだ。この体じゃまともに誰かとデュエルすることもできないから。だけど、ボクがこの手札でやるべきことはすぐに浮かぶ。

「ボクは手札からプロミネンス・ドラゴンを通常召喚する」

【プロミネンス・ドラゴン】
★4 炎属・炎族・効果 ATK1500/DEF1000
自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「さらにカードを1枚セットして、ターンエンドだ。そして、エンドフェイズにプロミネンス・ドラゴンの効果発動。キミに500ポイントのダメージを与える」

 地面から炎が巻き上がり、アリアに殴りかかる。アリアは攻撃を防ぐように両手で顔をカバーし、大げさなリアクションでそのソリッド・ビジョンを受けた。

アリア【LP:4000→3500】

「うわあああ!! 最初のターンからダメージなんて、カダール君は凄いね!」

 その心無い言葉に、ボクは無表情を通した。アリアはデュエルになっても、ボクの敵対的な姿勢が全く変わらないのを見て取ったようだ。表情を引き締めて、デッキに手をのばした。

「わたしのターン、ドロー」

 加えた手札に目を滑らせるだけで確認し、即座に1枚のカードを発動する。まるで流れるような動作で、デュエルをしている。手馴れているのか、それとも天性の感覚が優れているのか。

「手札よりフィールド魔法を発動! 伝説の都 アトランティス!!」

 場が切り替わり、フィールドは水没した都市に切り替わる。この狭間の世界は、本来は一切の景色を伴わない闇の空間だ。だから、景色そのものが移り変わる。まるでいきなり別の場所に移ったみたいに。

【伝説の都 アトランティス】 フィールド魔法
このカードのカード名は「海」として扱う。手札とフィールド上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。フィールド上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。

「この効果で、わたしはレベル5のモンスターをそのまま生け贄無しで召喚できる。カダール君、いくよ! ジェノサイドキングサーモンを通常召喚!!」

【ジェノサイドキングサーモン】
★5 水属・魚族 ATK2400/DEF1000
暗黒海の主として恐れられている巨大なシャケ。その卵は暗黒界一の美味として知られている。

【ジェノサイドキングサーモン】ATK2400→ATK2600

「フィールド魔法の効果で、攻撃力2600のモンスターがいきなり……か……」

「バトル! プロミネンス・ドラゴンに攻撃!」

 水流と共にもの凄いスピードで、巨大な体の体当たりを仕掛けてきた。プロミネンス・ドラゴンは当然ひとたまりもなく、崩れ落ちる。

「クッ……! だけど、ダメージは通させないよ。ガード・ブロックを発動。ダメージを無効化して、ボクはカードを1枚ドローする」

【ガード・ブロック】 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 トラップを発動した。けれど、アリアには動じた様子はなかった。やはりトラップを見抜いていたんだろうか。ボクの戦術を観察し、様子を窺っているのだろうか。透き通る魔女の水晶のように、アリアの瞳に全てを見透かす知性が宿る。ボクを見抜くように、目線が刺さる。

「いい戦術だね。わたしのデッキは全く分からない。相手は強い力を持っているだろう。だから、最初は様子見の為には万全な体勢にしたんだね。最初のターンからダメージを与えられるプロミネンス・ドラゴン。そのモンスターを召喚すれば、相手は早めに倒そうと攻撃を焦ってくる。それを見越してのトラップ、ガード・ブロック。相手の攻撃を受け流して、さらにデッキを回転させて、手札を充実させる。様子見に適したトラップ。凄く考えられた戦術だね」

「―――――ッ!!」

 完璧だ。完璧なまでにボクの戦術は見抜かれている。ボクの描いた戦術を完璧に把握している。破滅の光の力の特性の一つに、観察眼が異常なまでに進化するというのがある。相手を掌握するための本能。神経が活発化し、思考が冴え渡るようになる。アリアにも当然ながら十二分にその特性は反映されている。破滅の光の化身と言っても、過言ではない程の気配。想像以上の難敵なのは間違いない。

「そうなのかもしれないね。ご賞賛ありがとう」

「うん、どういたしまして。でもね、カダール君。その戦術じゃ、わたしに勝てないよ。わたしはこのままターンエンドするよ」

「ボクのターン、ドロー」

 いちいち意味深で、人を喰ったような言い方をする。ボクを威圧しようとしているのかな。でも、そんな見せ掛けだけの言葉じゃ、ボクには効かない。もっとも、見せ掛けだけとは言えないけれど。ボクは攻め込まれる事は想定していた。しかし、初手から攻撃力2600のモンスターが襲い掛かってくるのは計算外だった。相手の勢いを殺ぐ。ここは防戦を考えなくてはいけない。

「ボクはブリザード・ドラゴンを通常召喚。その効果、ブリザードウェーブを発動するよ。ジェノサイドキングサーモンは氷付けになり、攻撃も表示形式の変更も出来なくなる」

【ブリザード・ドラゴン】
★4 水属・ドラゴン族・効果 ATK1800/DEF1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

【ブリザード・ドラゴン】ATK1800→ATK2000

 水のある場所なら、その力をさらに発揮できる。その翼から氷の竜巻を起こし、巨大な魔界魚の動きを封じた。これで少しは持ち堪えられるはずだ。

「ボクはこれでターンを終了するよ」

「わたしのターン、ドロー。そのカードじゃ、わたしを止められないよ。憑依装着−エリアを召喚するよ」

【憑依装着−エリア】
★4 水属・魔法使い族・効果 ATK1850/DEF1500
自分フィールド上の「水霊使いエリア」1体と他の水属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

【憑依装着−エリア】ATK1850→ATK2050

 ブリザード・ドラゴンの攻撃力を上回っている。やはり、相手の得意のフィールドだと不利か。

「エリアで攻撃!」

 蒼い目を見開き、半透明の精霊と共に水流を放つ。ブリザード・ドラゴンは飲み込まれてしまう。その様子を見送りながら、アリアは冷徹な瞳でボクを見やる。その瞳には、これまでと違った感情が宿っているように思えた。悲しみだけじゃなく、哀れみを含んでいて、そして――ほんの少しの怒りも見えた。

カダール【LP:4000→3950】

「カダール君、流れに逆らうようじゃわたしには勝てないよ」

「何の話をしているんだい?」

「デッキとカダール君の事だよ。カダール君とそのデッキは、よく似ているね」

「ボクが考えて作ったデッキなんだから、当たり前じゃないかな?」

「うん、そうだね。だから、同じ運命を辿る事になるんだよ」

「どういうことかな?」

「カダール君もそのデッキも、滅びへと向かっていくって事だよ。カダール君は自分の破滅の力が、残り少なくなっていってるのは知ってるよね。そしてね、その力の消耗のスピードはみんなと比べても、凄く速いんだよ。どうしてか分かる?」

「……………」

ボクは敢えて答えない。アリアはそれを確認して続ける。

「それはね、カダール君が流れに逆らうから。破滅の光の力は、単なる力じゃないの。流れ――方向性と意志――を持った力。略奪や殲滅、その大いなる意志に従った事をすれば、破滅の光の力は勢いを増して、多大な力を与える。そして、その逆もあるの。正義や献身、その大いなる意志に反した事をすれば、破滅の光の力は反発して、その身を削るの。カダール君はそれを知っていて、やってるんだよね?」

「……………」

 ボクは敢えて答えない。けれど、この沈黙は肯定と同じ事になる。

「わたしのデッキは流れに乗るデッキ。アトランティスの大いなる流れの元に、全てを押し流すデッキ。カダール君のデッキは流れを作り出すデッキ。一見整合性の無い複数属性を自分で丸め込んで、力へと集約させるデッキ。違わないよね? 破滅の光の本能はいつも訴えているはずだよ。カダール君に、その身を滅ぼすような事をして欲しくないって。カダール君は、それでもまだ自分の身を削りながら、自分の道を行くの?」

 ボクは少しだけ腹が立った。余りにも今更な質問だから。

「それで諭したつもりなのかな。気付いてないはずがないよ。ボクはこの体として生まれ変わった時から、こうだったじゃないか。ボクを見込んで力を与えた破滅の光の師を打ち滅ぼし、自分の目的の為だけに力を使ってきた。この姿になった時から、ボクは光の力の抵抗を感じながら、生きてきたんだ。今更、そんな事を再確認させて、どうするつもりだい? それじゃあ十分に力を発揮出来ないから、宗旨替えして欲しいとでも言うのかな?」

「わたしが言う前に、みんな分かってるんだね。最終的な結論はその通りだよ。考え直して欲しい、出来ないのならわたしが取り込む。それが大いなる力を持つ者としての、わたしの責任で目的でもあるの。でも、その前に知っておかなくちゃいけない事があるの」

 アリアはとても神妙な顔つきで、真面目にボクを問いただしてきた。ボクはアリアのことがまだよく分からない。だけど、少しだけその印象を訂正しようと思う。アリアの感情は偽りばかりだと思ってたけれど、そうじゃない。アリアの感情表現は本物だ。ボクを試みるために、アリアは真剣そのものだ。単に遊びを仕掛けに来たわけではないのだ。アリアはまさに使命を果たすために、ボクの元に来ている。

「ボクの何を知らなくちゃいけないのかな?」

「カダール君の理由。その命を削ってまで、カダール君が自分を貫こうとする理由を、わたしは知らなくちゃいけない。このデュエルでそれを見極めてみせるよ。わたしはこれでターンエンド」

「ボクのターン、ドロー。そうなんだ……、『大いなる力を持つ者』だったかな? 『破滅の光の支部長さん』とでも言えばいいのかな? 残念だけど、その問い掛けには満足な解答を与えられないと思う。たった今思い浮かんだ理由があるんだけど、それを伝えたらキミはきっとガッカリすると思うよ。それでもいいかな?」

「うん、構わないよ。すぐに答えられる事じゃないと思うから、少しずつでいいよ」

「うん、それなら良かった。でもね、そんな建設的な答えでもないんだ。ひとまず、ボクはキミの想像通りのターンを進める事にするよ。ボクは2体目のブリザード・ドラゴンを召喚する。そして、魔法カード生け贄の代償を発動。すぐに生け贄に捧げ、カードを2枚ドローする」

【生け贄の代償】 通常魔法
自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げて発動する。自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「キミはこの魔法カードがボクのデッキを象徴しているって思うんだろうね。自分のモンスターを削ってまで、自分の次の目的を果たそうとするカードだからね。ボクもその通りだと思う。このカード無しに、このデッキは成り立たないからね。それにこのカードはボクらしいカードかなとも思うんだ」

 ボクは墓地を確認し、手札のカードに手を掛ける。

「墓地から2体の水属性モンスター及び1体の炎属性モンスターを除外するよ。手札より、氷炎の双竜(フロストアンドフレイム・ツインドラゴン)を特殊召喚する」

【氷炎の双竜】
★6 水属・ドラゴン族・効果 ATK2300/DEF2000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の水属性モンスター2体と炎属性モンスター1体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。手札を1枚捨てる事でフィールド上のモンスター1体を破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 氷の体と炎の体を持つドラゴンが出現する。

「そして、その効果を発動するよ。手札を1枚捨てる事により、相手モンスター1体を破壊する。手札から洞窟に潜む竜を捨てる事で、ジェノサイドキングサーモンを破壊する」

【洞窟に潜む竜】
★4 風属・ドラゴン族 ATK1300/DEF2000
洞窟に潜む巨大なドラゴン。普段はおとなしいが、怒ると恐ろしい。財宝を守っていると伝えられている。

 氷の息で急速に凍らせた後に、炎の息で急速に解凍する。どんなモンスターも原型を留める事が出来ずに破壊されてしまう。

「このモンスターも水属性。アトランティスの効果を受けて、憑依装着−エリアに攻撃する」

【氷炎の双竜】ATK2300→ATK2500

 氷炎の双竜が大きな渦巻く息を吐く。エリアもそれに対抗しようとするが、その力量の差は歴然だ。すぐに押し潰されて、アリアまで被弾してしまう。

アリア【LP:3500→3050】


「ボクはこれでターンエンドするよ。アリア、これがボクの闘い方だよ。生け贄の代償や手札コストで手札を回転させて、ボクの主力モンスター達に繋げる。これがボクのどんな性質を表していると思うかな?」

 ボクの問い掛けに少しだけ首をかしげる。そして、アリアは聞き返した。

「わたしが答えてもいいけど、カダール君の言葉で聞きたい」

「そっか。じゃあ、言うよ。ボクはね、――我がままなんだよ。ただ、それだけ。自分の思い通りにやらないと気が済まないんだ。だから、破滅の光の使命に従う事も、お断りなんだ。自分の思うような事が出来るなら、命が削れてしまってもいい。ボクもね、破滅の光に毒されて、性格が穏やかじゃなくなってるかもしれない。けれど、そう思って最初から行動して来ただけなんだ。子どもっぽい理由だとキミは呆れるかな?」

 ボクの少しだけ自嘲気味な答えを、アリアはじっと聞いていた。

「呆れたりなんかしないよ。答えてくれて感謝してる。けど、ちょっとだけ残念かな」

「何が残念なんだい?」

 ボクがそう問いかけると、これまで穏やかになってきていたアリアの雰囲気が一変する。元の攻撃的な魔女の気配がまた戻ってくる。

「カダール君はまだ隠しているよ。ううん、自分に気付いていないだけかな? だから、わたしが解き明かしてあげる。いくよ」

 少しだけ心を許したボクが馬鹿だったのかな。そうだね、ボクは生まれながらにして破滅の光の反逆者だ。破滅の光の敬虔な信奉者であるアリアと、友達になれるはずがないんだね。





3.Deep Inside ―その心の奥深く―



「わたしのターンだね、ドロー」

 瞬時に2枚のカードを手に取る。

「モンスターをセットして、リバースを1枚セット。ターンエンドするよ」

「ボクのターン、ドロー」

カダール
LP:3950
モンスターゾーン氷炎の双竜(攻撃表示・ATK2500)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
4枚
アリア
LP:3050
フィールド魔法
伝説の都 アトランティス
モンスターゾーン裏側モンスター(守備表示)
魔法・罠ゾーン
セット1枚
手札
3枚

 ボクの手札にはまだ余裕がある。つまり、氷炎の双竜の効果を発動できる。それを分かっていて、モンスターを伏せているのだろうか。消耗させる為だけの見せ掛けか。けれども、水属性モンスターは厄介な効果を持つカードが多い。特にペンギン・ソルジャーやペンギン・ナイトメアを伏せていた場合、目も当てられない事になる。手札に余裕がある限りは、ここは積極的に攻めるべきだろう。

「ボクは手札からデス・ヴォルストガルフを捨てる事で、氷炎の双竜の効果を発動。その裏守備モンスターを破壊するよ」

【デス・ヴォルストガルフ】
★6 地属・ドラゴン族・効果 ATK2200/DEF1700
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、相手ライフに500ポイントダメージを与える。また、自分または相手が通常・速攻魔法カードを発動する度に、エンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は200ポイントアップする。

 凍結、そして加熱と粉砕。その時に、一瞬だけモンスターが現れる。そのモンスターは誰もが知っているカード。確かにセットされた時に、最も警戒しなくてはいけないモンスターだった。

「破壊されたのはクリッターだよ。墓地に送られた時に効果を発動する。わたしはその効果で、黄泉ガエルを手札に加えるよ」

【クリッター】
★3 闇属・悪魔族・効果 ATK1000/DEF600
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。

【黄泉ガエル】
★1 水属・水族・効果 ATK100/DEF100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。

「迂闊だったかな。けれど、まだ攻撃が出来る。ダイレクトアタック」

 だけど、迫るブレスは水の竜巻により弾かれる。

「永続罠発動、竜巻海流壁(トルネードウォール)を発動したよ。これでわたしにダメージは通らない」

【竜巻海流壁】 永続罠
フィールドカード「海」が表側表示で存在している限り、攻撃モンスターから自分へのダメージは0になる。「海」がフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

「このターンは完全に無駄に過ごしちゃったかな。ボクはこのままターンエンドするよ」

「わたしのターン、ドロー。モンスターをセットして、リバースを1枚セット。ターンエンドするよ」

 また、その布陣か。ボクが少し顔を歪めたのを見て取って、アリアは悪戯っぽく語りかける。

「フフッ、カダール君はこういう事されるのが苦手みたいだね。見えないのが怖いんだ?」

「そうかもしれないね。でも、誰だってそうじゃないかな?」

「ふふ……、そうかもね」

 気に食わない。

「ボクのターン、ドロー。ボクは手札からサファイア・ドラゴンを通常召喚する。そして、2枚目の生け贄の代償を発動するよ。サファイア・ドラゴンを生け贄に捧げ、カードを2枚ドローする」

【サファイアドラゴン】
★4 風属・ドラゴン族 ATK1900/DEF1600
全身がサファイアに覆われた、非常に美しい姿をしたドラゴン。争いは好まないが、とても高い攻撃力を備えている。

 これで墓地は整った。その布陣を続かせるわけにはいかない。

「墓地から2体の風属性モンスター及び1体の地属性モンスターを除外するよ。手札より、デザート・ツイスターを特殊召喚する」

【デザート・ツイスター】
★6 風属・悪魔族・効果 ATK2300/DEF2000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の風属性モンスター2体と地属性モンスター1体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。手札を1枚捨てる事でフィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 呼び出したのは、砂漠を荒らす嵐の化身。

「デザート・ツイスターは手札を1枚捨てることで、魔法・罠カードを破壊できる。手札から黄泉ガエルを捨てて、フィールド魔法アトランティスを破壊するよ。さらにフィールドが海でなくなった事で、竜巻海流壁も破壊される」

【黄泉ガエル】
★1 水属・水族・効果 ATK100/DEF100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。

 大きな砂の竜巻が水の都市を吹き飛ばす。そして、それを守る為の海流の壁も魔力を失う。

「そして――」

「――そして、氷炎の双竜の効果も発動するの? 伏せてあるのが、黄泉ガエルの可能性が高いのに。まだリバースが残っていて、ダメージが通る可能性も低いのに?」

「ッ!」

「攻撃した方がいいと思うよ。これ以上手札を捨てると、形勢を覆された時に、カダール君が持ち直すのは難しくなるんじゃないかな?」

 惑わされない。これは罠だ。さっきのターンでクリッターを破壊させ、さらにサーチしたのも黄泉ガエル。けれど、こうして挑発してくるということは、前のターンに警戒したあのペンギンカード達を伏せている可能性もある。黄泉ガエルを伏せているとしたらば、こうして揺さぶらずに、そのままボクに効果を発動させるはずだ。手札1枚で、そのリスクを背負わずに済むならば、安い取引だ。

「挑発には乗らないよ。ボクは手札からエメラルド・ドラゴンを捨てる事で、氷炎の双竜の効果を発動。その裏守備モンスターを破壊する」

【エメラルド・ドラゴン】
★6 風属・ドラゴン族 ATK2400/DEF1400
エメラルドを喰らうドラゴン。その美しい姿にひかれて命を落とす者は後を絶たない。

 破壊したモンスターがどんなモンスターであっても、ボクは後悔しない。

「うん、不正解だよ。破壊したのは、オイスターマイスター。効果破壊された方が有利なカード。その効果でオイスタートークンを守備表示で特殊召喚するよ」

【オイスターマイスター】
★3 水属・魚族・効果 ATK1600/DEF200
このカードが戦闘によって破壊される以外の方法でフィールド上から墓地へ送られた時、「オイスタートークン」(魚族・水・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。

「だけど、この2体の攻撃が通れば、ダメージは与えられる。総攻撃するよ!」

 2体のボクの対称的な主力モンスターが同時に攻撃を放つ。

「言ったはずだよ。リバースが残っていて、通る可能性は低いって。敵だけど、もう少し信用して欲しいな。リバースオープン、グラヴィティ・バインド−超重力の網−。レベル4以上のモンスターは攻撃が出来なくなる」

【グラヴィティ・バインド−超重力の網−】 永続罠
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。

「分かっていたよ、これくらいで終わるはずないって。だけど、主力の揃ったフィールドを凌ぎきれるかな。カードを1枚セットして、ターンエンド」

「フフ、ちょっと防ぎきれないかもしれない。でもね、このやり取りでまたカダール君のことが分かったよ」

「それはありがたいね。聞かせてくれないかな?」

「うん、それはね、カダール君は――臆病だって事だよ」

 ……………。これは挑発なのだろうか。ボクは沈黙を守った。

「カダール君は見えないものが――未知のものが――凄く怖いんだね。リバースを入念に破壊しようとしたり、あらゆる危険を想定して伏せ破壊を正当化しようとするのも怖いから。カダール君は、今までずっとそうだったもんね。あらゆる事を入念に調べたりするのも、知らない事が怖いから。だから、3人に復讐する為にも、何年もかかってしまったよね。そして、カダール君がやってきた事も、結局は過去の因縁を決着させるため。新しい事を成し遂げようとしないのは、もっと大きな事を果たそうとしなかったのは、カダール君が臆病だから。違うかな?」

 ボクは答えようとしなかった。ここで反論しても、嘘っぽくなってしまうから。

「ここで、だんまりを決め込むんだね。じゃあ、わたしがしゃべらなくちゃいけないようにするね。わたしのターン、ドロー。わたしはマジック・プランターを発動。グラヴィティ・バインド−超重力の網−を墓地に送る事で、カードを2枚ドローするよ」

【マジック・プランター】 通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 今度はボクを追い詰めて、何かを探り出すつもりなんだろう。だけど、この主力が揃った場ならば、そう簡単には覆せないはず。だけど、あそこまで強気に出るという事は、何か手があるのかもしれない。ボクが伏せたのは聖なるバリア−ミラーフォース−。ボクのモンスター達は攻撃力が低いけれど、これで最初のターンのような急襲も防げるはずだ。

「わたしは手札より2枚目の伝説の都 アトランティスを発動するよ。これによりレベル7のモンスターを生け贄1体で召喚できる。そして、オイスタートークンを生け贄に捧げて――」

 この場面で来る大型モンスター、まさか……。

「手札から海竜−ダイダロスを通常召喚! そして、その効果を発動するよ!」

【海竜−ダイダロス】
★7 水属・海竜族・効果 ATK2600/DEF1500
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。

「海を墓地に送る事で、フィールド上の全てのカードを破壊するよ」

 大きな津波が全てを飲み込んでいく。何も残らず全てを飲み込んでしまう。伏せていたミラーフォースも破壊されてしまう。焦りすぎた……か。

「何もなくなったね。ダイレクトアタック!!」

 全てを破壊されたら、防ぎようがない。こんな重い一撃をもらう事になるなんて。

カダール【LP:3950→1350】

「カダール君、わたし達と同じ破滅の光の使命に従わない理由はどうして? カダール君が我がままだからかな? それとも臆病だからかな? どっちも違うよね。理由になってないよね……」

 そして、凍えるような殺気でボクにささやいた。

「もっと血まみれになって、カダール君の本当を見せてよ」





4.Awake me to Myself ―鼓動に気付く事―



 このデュエルに負けたら、ボクは消滅させられる。忘れかけていた前提が、急激に現実味を帯びてくる。ボクは今はアリアの気紛れで生かされている。アリアは本当はボクを探るまでもないんだ。さらに言えば、吸収するまでもない。実際はボクなんて取るに足らない存在なのだろう。ボクが邪魔で無価値だと判断したなら消せる。幸いアリアはまだボクに何かがあると思っている。だけど、ボクからこれ以上何も引き出せないと判断すれば、ボクを抹消するのだろう。

 ボクはこれ以上生きるために、血まみれになる必要がある。口を閉ざしている場合じゃない。ボロを出すのを恐れている場合じゃない。アリアが期待する何かを示せなければ、このデュエルを最期にボクは消える。出し惜しみしてはいけない。感情も何もかも。

「そうだね……。ボクが我がままだろうけど、それが全てじゃない。そして、ボクが臆病だと分かっても、何の面白みもないね。ボクはどうして、命を削ってまで、ボクの復讐に専念したんだろうね」

 ボクが悩みだすと、アリアは嬉しそうに微笑んだ。

「分からないなら、疑っていけばいいよ。そうすれば、全部が疑わしくなる。何もかもが信じられなくなる。そうすれば、わたし達の世界に身を委ねられるよ」

「そうだね。それが楽なのかもしれない。だけど、そうしちゃいけないって、ボクの中の何かがささやくんだ。それだけは確かなんだ。だから、ボクはまだデュエルを続けるよ」

 アリアが全てを疑えばいいと言ったのも罠かもしれない。誰だってそう言われれば、抵抗感を感じる。そうすれば、また違うものを掘り出せると算段しているのか。だけど、その思惑を利用してでも、ボクはこの場を切り抜けなくてはならない。

「いくよ、ボクのターン、ドロー」

 この場を打開するために、このドローは頼りなさ過ぎた。それでも時間稼ぎはできる。

「スタンバイフェイズにボクの場にも黄泉ガエルが復活する。ボクは生け贄の代償で、黄泉ガエルを生け贄に捧げて2枚ドロー。……モンスターをセットして、ターンエンド」

 そして、ボクはそこまで臆病でもなかったようだ。相手が次に引くカードは、まさに未知そのもの。例えば、アリアがこのドローで海に繋がるカード――アトランティスの戦士やテラ・フォーミング、もしくは3枚目の伝説の都 アトランティスそのもの――を引けば、ボクの負けは確定する。ボクの主力のドラゴン族に、効果破壊されても相手の攻撃を妨害できるようなモンスターはほとんど存在しない。だけど、ボクはそこまで恐怖を感じていなかった。出来る事は限られているからだ。恐怖したところで、手札は変わらないから。すんなりとその覚悟をする程度の勇気はあった。そして当然だけど、与えられた手札を受け入れられず当たり散らす程に、我がままでもなかった。

カダール
LP:1350
モンスターゾーン無し
魔法・罠ゾーン
無し
手札
3枚
アリア
LP:3050
フィールド魔法
無し
モンスターゾーン海竜−ダイダロス(攻撃表示・ATK2600)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
3枚

「わたしのターンだね、ドロー。ここは攻めなくちゃね。手札からドーピング・フュージョンを発動するよ。このカードは手札を1枚捨てる事で、レベル6以下の融合モンスターを特殊召喚するカード。わたしは黄泉ガエルを捨てて、アクア・ドラゴンを呼び出すよ」

【ドーピング・フュージョン】 通常魔法
手札からモンスターカード1枚を捨てる事で発動する。そのモンスターと同じ属性のレベル6以下の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分は通常召喚する事はできない。

【アクア・ドラゴン】
★6 水属・海竜族 ATK2250/DEF1900
「フェアリー・ドラゴン」+「海原の女戦士」+「ゾーン・イーター」

「これ以上のモンスターは召喚出来ないね。ラッキーだね。カダールくんにはまだチャンスが残されているみたい。神様はきっとまだ期待してるんだよ」

「そうだね、ありがたいよ。これから遅かれ早かれ消滅するしかないボクにも、デッキを手探りする自由くらいは残されているんだね」

「うん。生き延びれば生き延びるほど、デッキから取って置きの宝物を掘り出せるかもね。わたしは与えられた手札の分だけ全力で攻撃するけどね。このままバトル! アクア・ドラゴンで伏せモンスターに攻撃!」

 口から水流のブレスが吐き出されて、ボクのモンスターは消えてしまう。でも、このモンスターには仲間がいる。

「ボクがセットしていたモンスターは、軍隊竜。このモンスターが戦闘破壊された時、デッキからさらに軍隊竜を呼び出す」

【軍隊竜】
★2 風属・ドラゴン族・効果 ATK700/DEF800
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた場合、「軍隊竜」をデッキから1枚選択し自分フィールド上に特殊召喚する。その後デッキをシャッフルする。

「ボマー・ドラゴンか仮面竜を警戒したけど、そうじゃなかったんだね。そのモンスターなら、すぐに後続が尽きるね。さらに攻撃するよ。ダイダロスで軍隊竜を攻撃!」

「戦闘破壊された事で、最後の軍隊竜を特殊召喚」

「届かないね……、じゃあこれでターンエンドするよ」

「ボクのターンだね、ドロー。スタンバイフェイズに黄泉ガエルが復活するよ」

 ここはこのカードを使うしかないかな。いつまでもこの崖っぷちに立たされているわけにもいかない。モンスターの数を揃えられても困る。こういう不利な場面に使っても焼け石に水になりがちだけれど。

「ボクは亡骸の遺産を発動するよ。このカードは相手モンスター1体を選んで破壊するカード。その代わり、相手に1枚ドローさせなくちゃいけないけどね。ボクが破壊するのは、ダイダロス」

【亡骸の遺産】 通常魔法
フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 本来はトドメの一撃に使うべきカードだけれど、いつまでもダイダロスの危機にさらされているわけにもいかない。これで守りやすくはなった。ブラフを伏せる必要はない。少しでも動揺すれば、見破られるような相手だ。黄泉ガエルの蘇生を妨害するだけになってしまう。

「ボクはこのままターンエンドするよ」

「わたしのターン、ドロー。わたしは手札からレインボー・フィッシュを通常召喚する」

【レインボー・フィッシュ】
★4 水属・魚族 ATK1800/DEF800
世にも珍しい七色の魚。捕まえるのはかなり難しい。

 毒々しいまでに色鮮やかな鱗を持つ魚。比較的攻撃力の高いモンスターだ。通常召喚しただけならば、相手の場に並ぶのは2体。これならば、まだ防ぎきれる。だけど、これが最後の死刑執行猶予というところかな。

「バトル、その2体を撃破。これで軍隊竜は全て撃破だね。カードを1枚伏せて、ターンエンドするよ」

 時間稼ぎするにしても、仮面竜でも引かない限りは終わり。そして、アリアの場には新しくリバースが加えられた。黄泉ガエルがいるこのフィールドで敢えてリバースを伏せるという事。恐らくは迎撃用の罠。例え反撃のモンスターを手に入れたとしても、下手に攻撃を仕掛ければ命取りに繋がりかねない。

 ボクの心臓の鼓動はやけに速まっていた。手が震えている。いつの間にか息が上がっている。だけど、やるべき事は一つしかない。ボクはデッキに手をかけた。カードに触れた時、ボクの心はなぜか安らいだ気がした。同時に、逆転のための唯一の手を思い出す。ボクはそのカードに辿りつけるのかな。

「ボクのターン、ドロー!」

 そのカードを見た瞬間、ボクの意識を大量の情報が駆け巡った。思わず胸が熱くなりそうな程に。同時に気付いた。いつの間にかボクは何もかもを忘れていた。どうやってあの3人に復讐するかばかりを考えて、それを果たさなければボクは何者にもなれないと自分に言い聞かせながら。そのうちに、ボクはボク自身の為に考える事がなくなっていたんだ。だけど、このカードはそれを呼び起こさせてくれた。ボクに大切なものがあった事を、思い出させてくれたんだ。

「アリア。ボクにもまだ最期の足掻きができそうだよ。それにこのカードにはボクの大切な何かが詰まっていると思うよ。キミがそれを感じてくれれば、光栄だな」

 気付けば、墓地もこのカードのために丁度良く準備されていた。ボクの最期を、お前になら預けてもいい。

「ボクは手札より龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動する!! このカードは墓地のモンスターさえ素材として用いて、ドラゴン族融合モンスターを召喚できるカード。ボクは墓地の軍隊竜3体と氷炎の双竜とエメラルド・ドラゴンの計5体を除外融合し――」

【龍の鏡】 通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 咆吼せよ。お前は禍々しきまでに美しい。

「――融合召喚! F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)!!」

【F・G・D】
★12 闇属・ドラゴン族・効果 ATK5000/DEF5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

 この世界が震える程の力強い啼き声が響き渡る。そして、話そう。このドラゴンに込められた物語を。

「このカードはね、父さんがボクにくれた最後のカードなんだ」


5.Remembrance of Old good days ―追憶―



「カダール、このカードをお前にプレゼントしよう」

 初めてこのカードを見た時は、本当にびっくりした。ボクはそんな攻撃力の高いカードを見た事がなかったから。ボクがお気に入りだったカードの2倍くらいのとんでもない攻撃力・守備力のカード。ボクは一瞬で釘付けになった。

「父さん! いいの!? こんな凄いカードをボクにくれるの!?」

「ああ、お前の為に海馬コーポレーションの大会で優勝して取って来たんだ。このカードはお前のものだ」

「ありがとう! お父さん!! でも、このカードって出すのはやっぱり難しいね……。ドラゴン族を5体融合なんてどうすればいいのかな……。手札増強とか……、うーん……」

「ハハッ、ダメだぞ。お前は将来デュエルキングになるんだ。その為の戦略くらい自分で練れなくちゃな。だが……」

 父さんは目を細めて、ボクの手にあるF・G・Dを見つめた。

「このカードを初めて知った時、私は激しく嫉妬した。このカードの斬新な召喚条件、禍々しくも神々しいイラスト、込められた魅力的あるストーリーのどれもが圧倒的だ。現在、このカードの発行・流通に関する権利は海馬コーポレーションが持っている。確かにあの海馬社長は天才的だ。だが、カードデザイナーとして私も負けてはいられない……」

 父さんはかがんで、ボクの両肩を掴んだ。そして、力強く語りかけた。

「カダール、約束しよう。父さんはこのカードを超えるカードを完成させてみせる。このカードよりも魅力的で強力なカードを。そして、それを使うのはカダール、未来のデュエルキングになるお前だ。お前だけが使える世界でたった1枚のカード達を、どんなカードよりも強いドラゴンを父さんが作ってみせる。だから、カダール。それまではそのカードを使いこなして腕を磨くんだぞ」

「うん! ありがとう、父さん!! 楽しみにしてる。 ボクもデュエルの練習を頑張る!」

 それから父さんはほとんど家に帰らずに、会社に泊まり込みでカード製作に勤しんでいた。F・G・Dを最後に渡してくれたのは、しばらく忙しくて会えなくなるからの埋め合わせだったのかもしれない。でも、ボクは父さんの期待が嬉しかった。母さんとこのF・G・Dの使い方を試していれば、寂しくなんてなかった。このモンスターの絶対的な攻撃力を生かすにはどうすればいいか。相手の罠に警戒するために、盗賊の七つ道具を入れればいいかな。そうすればライフコストで巨大化も発動しやすくなるとかね。会社のカード輸送の手伝いをしているときも、ボクらはそんな話でずっと盛り上がっていた。でも、そんな矢先だったんだ。ボクは交通事故で死んで、こんな亡霊みたいになってしまった。父さんの願いの詰まったカード――融合神龍――を受け取れないまま、ボクは傍に居られなくなった。

 ボクが死んですぐの時は、父さんの傍に居たんだ。自分の死後に周りがどんな反応をするかって、見れるなら誰もが見ずにはいられないよね。でも、父さんの失意は見ているのがつらくなるくらいだった。父さんの泣く姿なんて初めて見た。あんなに前向きだった父さんが、ありとあらゆる後悔をして自暴自棄になっていた。その姿を見て、ボクの憎悪は爆発しそうになった。どうしてこの世界は悲しい事ばかりなんだろう。どうして父さんがこんなに苦しまなくてはいけないんだろう。どうして何の前触れもなく命を奪われる人がいるんだろう。こんな……、こんな世界なんて!! ボクは憎悪で胸を焼き焦がしそうになるくらいだった。その感情に、ボクの中の破滅の光は共鳴してささやいた。

「その通りだ、カダール。この不条理で醜い世界を滅ぼさなくてはならない。破滅の光の同士達と手を取り、世界の粛清へと乗り出そう」

 階段の上から、手が差し伸べられたイメージだった。新しい力の段階へと、手招きされていた。だけど、ボクはその手招きを振り切った。それでもこの世界には大事にしたいものがたくさんあるから。

 ボクはいつも夢見ていた、憧れていた。デュエルキングに。最初は正義の味方に憧れるような感覚だったと思う。いつでも強くて格好良くて、追い詰められても最後には大逆転する。どんな時でもデッキを信じ抜いて、その運命を真っ直ぐに生き抜く。だけど、ボクが惹かれる本当の理由が、段々と分かってきた。デュエルキングはどうして強く、真っ直ぐでいられるのか。それはどんな時でも絶対に裏切らない、裏切れない友達がいるからだ。ボクはそれに気付いて、凄く羨ましいと思った。父さんの仕事柄で転勤も多くて、ボクには友達が出来なかった。だから、デュエルキングのように本当の友達が欲しいといつも思っていたんだ。

 そして、ボクにはその夢を支えてくれる父さんと母さんが居た。その揺り籠の中で、温かな気持ちになれた日々は確かに在った。どこかで今も誰かがそんな大切な時間を過ごしている。そう感じる事が出来た、いや父さんと母さんがそう感じさせてくれたんだ。だからあの時、ボクは破滅の光の手招きを振り切れたんだと思う。

「後はキミの調べた通りだと思うよ。ボクは個人的な正義を掲げて、少女を痛めつけた3人に復讐したんだ。その中で、当然ボクの中の破滅の力は反発したけど、押さえつけた。その結果がこれだよ。弱り果てたボクが残っただけ」

 ボクは一呼吸を置いて、アリアを見た。アリアは静かにボクを見つめていた。その頬には一筋の涙が伝っていた。ボクの話す事を理解してくれたのかな。それなら、このデュエルを決着させてもいいよね。

「ボクの動機の話はここまでかな。――それで、どうしてボクがここまで一気に話したのかは分かるよね。それはこれがボクの事を話す最後の機会になるかもしれないからだよ」

 ボクはフィールドを見渡す。

カダール
LP:1350
モンスターゾーンF・G・D(攻撃表示・ATK5000)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
2枚
アリア
LP:3050
フィールド魔法
無し
モンスターゾーンアクア・ドラゴン(攻撃表示・ATK2250),
レインボー・フィッシュ(攻撃表示・ATK1800)
魔法・罠ゾーン
セット1枚
手札
2枚

「F・G・Dがこのフィールドに降り立ったという事が、どういう事を意味するか分かるよね。下級モンスターなら完膚無きまでに粉砕できる攻撃力。レベル4の攻撃モンスターがいたなら、3000以上の戦闘ダメージがプレイヤーに通る事になる。今のフィールドには、攻撃力1800のレインボー・フィッシュがいるね。超過ダメージは3200、一撃必殺の射程範囲内だよ。 レインボー・フィッシュに攻撃! ディスオーダー・ストリーム!!」

 5つの頭がそれぞれバラバラに攻撃を放つ。世界は激しく振動して、粉塵を巻き上げて何も見えなくなる。これで終わりかな。ボクはボクの理由を差し出せた。アリアは涙を流した。だからこれで決着したなら、このままアリアはこの次元からいなくなるだろう。これで、この悪魔との遭遇も終わりだ。
























「まだ、逃がさないよ。わたしにはまだカダール君に聞きたい事があるから」

アリア【LP:3050→2100】

 平然とアリアは立ちはだかっていた。アクア・ドラゴンと共に。

「トラップカード、援護射撃を発動したよ。このカードでアクア・ドラゴンの攻撃力を、レインボー・フィッシュに加えたの。だから、わたしへのダメージは950のみ」

【援護射撃】 通常罠
相手モンスターが自分フィールド上モンスターを攻撃する場合、ダメージステップ時に発動する事ができる。攻撃を受けた自分モンスターの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する他のモンスター1体の攻撃力分アップする。

【レインボー・フィッシュ】ATK1800→ATK4050

「カダール君はいい判断だったね。ドラゴン族にはレベル6のモンスターも多いよね。だから、半端な上級モンスターで向かって来たなら、迎撃しようと狙ってたんだ。中途半端な覚悟じゃ通用しないって、叩き込んであげる為にね。カダール君は見事にその上を行ったね。カダール君の事、見直したよ」

 迎撃のトラップは、破壊のトラップよりも恐ろしい時がある。カウンターしにくく、その場で勝負が決まる時があるからだ。例えばボクがヘルカイザー・ドラゴンを引いて、ここで切り返そうとしていたなら即座に負けていた。

「カダール君の理由は分かったよ。この世界を悲しいものだと分かっていながらも、それでも大事にしたい気持ちが。だけど、その気持ちだけじゃ、わたしは見送ってあげられないんだ。わたしにとっては、その先が大事なんだから」

「その先って何かな?」

「3人に復讐を果たし終えたカダール君は、これから何をするの?」

「……………。参ったな、それを考えようとしていたところに、キミが来たんだよ。もう少し時間を置いてから、答えさせてもらってもいいかな?」

 ボクが肩をすくめると、アリアは悪魔の笑みを浮かべた。

「ふふ……、わたしの人間の嫌いなところはそこかな。先送りにしようとして、自分にとって大切な事を大切にし過ぎて見逃してしまうところ。カダール君はまだまだ人間らしいね。カダール君の中の破滅の光が嘆いて暴れるのも無理ないかな」

 そして、再び殺気が向けられる。

「人間は追い詰められるか、失ってからじゃないと、気付けないし決められないんだね。なら、わたしが追い詰めてあげるよ」

「F・G・Dがいるこの状況で、まだそんな事が言えるなんてね……。ボクはリバースを伏せて、ターンを終了するよ」

 けれど、アリアのデュエルの流れを体感してきたボクなら分かる。アリアの追い詰めるという台詞は、決して嘘偽りには終わらない言葉だという事が。

「わたしのターン、ドロー! わたしの魔法・罠ゾーンにカードが存在しないから、黄泉ガエルが戻ってくるよ。そして、わたしは手札より貪欲な壺を発動! 墓地のカードを5枚デッキに戻して、カードを2枚ドローする」

【貪欲な壺】 通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 このタイミングでの手札増強。ボクが作り出したはずの流れが、再び乱れ始める。そして、手札に目を通したアリアは自信を持って、ボクに言い放った。

「カダール君。その攻撃力を超える手段なら、あるよ」

 ハッタリなどではない。アリアは攻撃を仕掛けてくる。

「わたしは手札より3枚目のフィールド魔法・伝説の都 アトランティスを発動する! そして、わたしはフィールドの恩恵を得て、レベル7のモンスターも生け贄1体で召喚できる。黄泉ガエルを生け贄に捧げ――」

 来る。2枚目のアリアの切り札が。

「――超古深海王シーラカンスを召喚!!」

 遥かな時代を生き抜いてきた、海の流れの全てを知る王者が現れる。

「そして、その効果を発動するよ。手札を1枚捨てる事で、デッキより可能な限りの魚族モンスターを召喚する事ができる。わたしは手札よりリビングデッド・ドローを捨てて、3体の魚族モンスターを全て守備表示で特殊召喚するよ。さらにリビングデッド・ドローが墓地に送られたことで、カードを1枚ドロー」

【超古深海王シーラカンス】
★7 水属・魚族・効果 ATK2800/DEF1500
手札を1枚捨てる。1ターンに1度だけ、デッキからレベル4以下の魚族モンスターを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。このカードの効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃宣言をする事ができず、効果は無効化される。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった場合、自分フィールド上の魚族モンスター1体を生け贄に捧げる事でその効果を無効にし破壊する。

【リビングデッド・ドロー】 通常罠
このカードが墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、相手はカードを1枚ドローする。

「このカードで特殊召喚するのは、この3体。効果もなくなり、攻撃もできないけどね」

【光鱗のトビウオ】
★4 光属・魚族・効果 ATK1700/DEF1000
自分フィールド上に存在するこのカード以外の魚族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。フィールド上のカード1枚を破壊する。

【深海王デビルシャーク】
★4 水属・魚族・効果 ATK1700/DEF600
このカードは1ターンに1度だけ、対象を指定しないカードの効果では破壊されない。

【オイスターマイスター】
★3 水属・魚族・効果 ATK1600/DEF200
このカードが戦闘によって破壊される以外の方法でフィールド上から墓地へ送られた時、「オイスタートークン」(魚族・水・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。

「だけど、このカードで力を与える事は出来るよ。わたしは装備魔法・団結の力を発動! 超古深海王シーラカンスに装備させる! わたしのフィールドのモンスターは5体! アトランティスの効果も受けて、その攻撃力は――」

【団結の力】
装備魔法
自分フィールド上に存在する表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力・守備力を800ポイントアップする。

【超古深海王シーラカンス】ATK2800→ATK3000→ATK7000

「カダール君、追い詰めてあげると言ったけど、ついてこれるかな? 超古深海王シーラカンスで、F・G・Dに攻撃!!」

 渦巻く滝のような水流が口から吐き出される。あらゆるものを流し尽くす勢いで、F・G・Dに襲い掛かった。F・G・Dも負けじとブレスを放つが、その吐き出す質量が違いすぎる。

「クッ!! リバースカードオープン、速攻魔法・突進! F・G・Dの攻撃力を700ポイントアップさせる」

【突進】 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

【F・G・D】ATK5000→ATK5700

 わずかばかりのブレスの加速。だけど、勢いは殺し切れない。致命的なダメージを食らってしまう。


カダール【LP:1350→50】

「うん、ついてこれたみたいだね。F・G・Dは光属性以外との戦闘では破壊されないね。けれど、この攻撃力をどうできるのかな? わたしは手札よりフィールド・バリアを発動。アトランティスの守りを固めるよ。そして、アクア・ドラゴンを守備表示にして、ターンエンドするよ」

【フィールドバリア】 永続魔法
フィールド魔法カードを破壊する事はできない。また、フィールド魔法カードを発動する事はできない。「フィールドバリア」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「エンドフェイズにボクはリビングデッド・ドローの効果で1枚ドローする。そしてボクのターン、さらにドロー。スタンバイフェイズに、黄泉ガエルを墓地より守備表示で特殊召喚する」

 ボクはそれでも出来るだけの事をしようと、デュエルを続けていた。そのボクにアリアが語りかける。

「カダール君はまだ勝負を諦めていないんだね。いくら追い詰めても、まだその先に行こうとする。どうしてそう進もうと出来るの? 3人への復讐は終えた、残された時間も少ない。その果てに、カダール君はどうしようとしているの? この決闘を生き延びて、それからカダール君は何をするの?」

「そうだね……。ボクはどうして生き延びようとするかな。まだやりたい事でもあるからかな。やり残した事や未練が、この亡霊みたいなボクにあるのかな……」

 自嘲的にささやいた。ボクがデュエルを続けられていられるのは、どうしてだろう。ボクは限りなく追い詰められている。自分の最強のモンスターの攻撃力を悠に超えるモンスターを出されて、動揺せずにいられる人なんていない。ボクの消滅は目前だった。努めてプレイングに動揺を出さないようにしていたけれど、それはこれまでのデュエルの訓練の成果でそう振舞えただけだった。ボクの心の中は、懐かしい日々の思い出と、それを諦めてからの残忍な日々で混沌としていた。これが走馬灯ってやつなのかな。灯火の前に、温かな思い出がふとよぎっては、ボクの願いを照らし出していた。

 ――もう分かっていたはずだった。全てに気付いたはずだった。やり残した事なら、さっき話したばかりだった。思い出したばかりだった。剥き出しのボクの本当の願いは、最初からボクの心の中に在った。だけど、もう手の届かないもので、ボクの背中を押すものではなかった。ただボクにしがみ付いて来る、未練の影でしかなかった。
 
「でも、これは叶わない願いなんだ。ボクの力で出来る事は、もう限られている。キミに話しても、どうしようもないよ」

「それだけの願いなの? どうしようもないから、諦められるくらいに」

 アリアは試すように語り掛ける。

「違うよ! ボクにとって一番大切な願いなんだ!!」

 ボクはいつの間にか叫んでいた。その声に、アリアは満足そうに笑みを浮かべた。聞いた事もないような優しい声で、ボクに諭した。

「心と運命は嘘をつかないよ。カダール君の願いと気持ちが本当なら、カダール君は次のわたしの攻撃が終わっても生き残れるはず。その時には、カダール君の本当の願いを聞かせてもらうよ」

 気付けば、ボクは必死で考えていた。この先に行きたかった。どうしてだろう。この先に辿り着いても、叶わない願いを嘆くだけなのに。だけど、ボクは生き残る為にカードに手を伸ばした。今引いたカードでは、あのモンスターには通用しない。ここは攻められない。だから、生き延びて、繋げる為の一手を。

「F・G・Dを守備表示に変更。さらにモンスターとリバースを1枚ずつセット、ターンエンドするよ」

 絶対的な攻撃能力を持つ、F・G・Dを守備表示にする。だけど、それが生き残る為の、最善の手だった。

「いくよ、カダール君。わたしのターン、ドロー……」

 手にしたカードをアリアは即座に発動する。アリアは運命を知っていた。裁き手であるアリアは既に知っている。窮極(きゅうきょく)の試練を呼び込むカードが、ここに舞い込まないはずがないと。

「速攻魔法・皆既日食の書を発動するよ。全てのモンスターは裏側守備表示になる! これで団結の力は装備から外れてしまうけどね」

【皆既日蝕の書】 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て裏側守備表示にする。このターンのエンドフェイズ時に相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを全て表側守備表示にし、その枚数分だけ相手はデッキからカードをドローする。

「――ッ!!」

「その様子だと、このカードの意味に気付いてるみたいだね。月の魔力は新たな潮を呼び、魚達に生命をもたらすの。光鱗のトビウオの効果は、超古深海王シーラカンスで呼び出されたから無効になってる。けれど、一度裏守備表示になって反転召喚されれば、新しく召喚された扱いになるの。つまり、光鱗のトビウオの効果が発動可能になるよ! そして、全てのモンスターが攻撃可能になる! 全て反転召喚して、さらに効果発動! オイスターマイスターを生け贄に捧げて、F・G・Dを破壊!」

 オイスターマイスターの体が光る鱗の矢に変えられ、F・G・Dを切り刻んだ。戦闘ではない効果による破壊には対抗できない。予感はしていた。けれど、こんなに早く破壊されるなんて。

「クッ! だけど、それ以上の効果発動はさせないよ! リバースマジックオープン! ボクが発動するのは、月の書!! 光鱗のトビウオを裏側守備表示に変え、沈黙させる!」

【月の書】 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

「すんでのところで食い止められたね。オイスター・マスターが効果で墓地に送られたから、オイスタートークンを召喚するよ。でも、わたしの場には3体の攻撃モンスターがいる。カダール君の場には2体のモンスターしかいない。総攻撃するよ! まずは深海王デビルシャークで黄泉ガエルを攻撃!」

 黄泉ガエルは深海王デビルシャークにあっけなく噛み砕かれる。

「その伏せモンスターさえ撃破できれば、わたしの勝ちだね。アクア・ドラゴンでリバースモンスターを攻撃!」

 水流のブレスに、ボクのモンスターは押し流される。

「セットしていたのは、ドル・ドラ。このモンスターは破壊されたターンのエンドフェイズに、フィールドに戻ってくる」

【ドル・ドラ】
★3 風属・ドラゴン族・効果 ATK1500/DEF1000
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになって特殊召喚される。この効果はデュエル中一度しか使用できない。

「だけど、その再生速度じゃ間に合わないね! 最後の一撃だよ!! 超古深海王シーラカンスでダイレクトアタック!!」

 膨大な質量の激流が、ボクに襲い掛かってくる。そして、ボクに示された道は一つだけだった。










































 そのカードは間違いなく、ボクの目指した夢との絆だった。

「手札よりクリボーを捨てて、このダメージを無効にするよ!」

【クリボー】
★1 闇属・悪魔族・効果 ATK300/DEF200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

 ボクは生き延びていた。アリアの試練を乗り越えて。

「もうわたしの攻撃モンスターはいないよ。これでターンエンド。そして、同時に強制効果でドル・ドラはカダール君の場に再生するね。カダール君、約束通り、聞かせてよ。その願いを」

 ボクの――、ボクの本当の願いは――。





6.Light of Pathfinding ―ボクがボクで在る為に―



「ボクはもう一度デュエルキングを目指したい。ボクは本当に欲しかった友達を得て、そしてボクに願いを託した父さんの気持ちに応えたい。だけど、もう叶わない願いなんだ。ボクはこの世に人間として存在出来ないんだから」

「どうして、それを諦めるのかな? 人間としてなら存在出来るよ。エナジーを集めて奪い、誰かを乗っ取る事だって、今のカダール君になら出来るんだよ」

「じゃあ、尚更出来ないかな。ボクは誰かを悲しませたりなんてしたくないんだ」

「なら悲しませないように、工夫すればいいよ。友達になればいいと思うよ。友達なら、カダール君を思いやって、体を貸してくれるよ」

「ハハッ、簡単に凄い事を提案するんだね。そもそもボクの残る力からして、時間は限られている。その時間の中で体を貸してくれる程の友達を作るなんて、出来ないよ」

 ボクは願いながらも、とっくに諦めていた。だけど、アリアは違った。無責任に諭して、楽観的に提案しているのではなかった。アリアは真剣そのものだった。そして力強く、ボクにとって最高に魅力的な提案をした。

「時間なら十分だよ。友達を作る為の一番いい方法を、カダール君は知ってるはずだよ」

 アリアは微笑んだ。

「デュエルする時間なら、あるよ」

 ――ボクはボクの悩みが一気に吹き飛んだ気がした。

「わたしはこのデュエルでカダール君の気持ちが分かったよ。けれど、わたしはカダール君の友達にはなれないんだ。わたしはわたしで在る前に、破滅の光の大いなる力を持つ者なの。だから、わたしはカダール君とは友達にはなれない」

 アリアの頬を涙がつたった。ボクはその涙が嘘じゃないと分かった。

「でも、他の誰かなら違うかもしれない。その可能性なら、絶対に残されているよ。わたしは信じてるよ。信じられる。カダール君の気持ちの強さを、このデュエルで感じたから。カダール君の気持ちはきっと伝わるよ。きっと友達になれる。誰かと心から繋がれる」

 そんな事を自信を持って言われたら……、希望を持ちたくなるじゃないか。

「――どうして、キミはボクの敵なのに、そんな嬉しい提案をしてくれるのかな」

「わたしはただの敵だよ、破滅の光だよ。だけど、欲張りなんだ。わたしは悲しい事が嫌いなんだ。だからね、わたしは世界の破滅を目指すけれど、出来るだけ安らかな終わりを望んでいるの。出来るだけ悲しみの少ない、そんな方法を。だから、カダール君にも祈ってるんだよ。出来るだけ幸福な終わりを迎えられますようにって」

 ハハッ、狂っている。でも、ボクにはその言葉の意味がよく分かった。反抗ばかりしていたけど、一応は破滅の光の一員の端くれだからね。だから、ボクはアリアに感謝しよう。そして、訣別しないといけないね。ボクにはやる事が出来たから。

「ありがとう。ボクにも最期にやりたい事が出来たよ。ボクはこの先に進むよ。ボクの――いや、ボクと父さんの――デュエルキングになる夢を決着させる。だから、その為に、このデュエルを終わらせるよ」

「来て、カダール君。このデュエルの最後に、カダール君の決意を見せて」

「ボクのターン、ドロー!」

 ボクはこのカードを引くんだ、と不思議と分かっていた。やる事はあの時と一緒だった。全てが終わって、新しいボクが始まった日と。あの頃のボクはちゃんと覚えていたんだ。大切にしなくちゃいけないものを。ボクは復讐の果てに、その大切な事を置き去りにしていた。けれど、今ボクはあの頃の気持ちに戻れた。胸の中に、あの時と同じく熱い鼓動を感じられる。あの温かな日々が、確かに思い出せる。


 だから、ボクは――未来に進める。もう一度、デュエルキングを目指せる。


カダール
LP:50
モンスターゾーン黄泉ガエル(守備表示・DEF300),
ドル・ドラ<再生>(守備表示・DEF1000)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
1枚
アリア
LP:2100
フィールド魔法
伝説の都 アトランティス
モンスターゾーン超古深海王シーラカンス(攻撃表示・ATK3000),
アクア・ドラゴン(攻撃表示・ATK2450),
光鱗のトビウオ(攻撃表示・ATK1900),
深海王デビルシャーク(攻撃表示・ATK1900),
オイスタートークン(守備表示・DEF200)
魔法・罠ゾーン
フィールドバリア(伝説の都 アトランティスを守護)
手札
0枚


「モンスター2体を生け贄に捧げ、――破壊竜ガンドラを召喚する!!」

 あらゆるモンスターを越える破壊力を持つ赤黒い竜。そのモンスターの雄姿を見て、アリアは全てを悟ったんだろう。今度は心を込めて、こう言った。

「カダール君は凄いね……。その力なら、未来を切り(ひら)けるよ」

【破壊竜ガンドラ】
★8 闇属・ドラゴン族・効果 ATK0/DEF0
このカードは特殊召喚できない。自分のライフポイントを半分払う事で、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊しゲームから除外する。この効果で破壊したカード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。このカードは召喚・反転召喚されたターンのエンドフェイズ時に墓地へ送られる。

 右手をアリアへ向ける。

 あの時と同じように全身全霊を込める。

 けれど、これはアリアを否定する為じゃない。

 これからの未来を切り拓く為だ。

 ボクはこの世全てのつらい事、悲しい事を消したかった。

 ずっとずっと、みんなが笑顔でいて欲しかった。

 だけど、ボクにはそんな力は無くて。

 それどころか、ボクは自分すらも、母さんさえも護れなくて。

 でも、ボクは未来に進みたいと思った。

 せめてボク自身は最期に微笑むことができるように。

 まだ生き残った父さんを喜ばせる為に。

 できるだけ、誰をも傷つけない方法で。

 ボクがボクで在る為に。

 未来に進む為に。

 このデュエルを終わらせるよ。

「いくよ、破壊竜ガンドラ!

 ボクのライフポイントを半分支払うことで、その絶対破壊効果を発動するよ。

 未来を切り拓く幾千もの光(デストロイ・ギガ・レイズ)!!!」

 ガンドラの体に無数にある赤い核から、閃光が放たれる。
 全てのモンスターは跡形もなく、消え去った。

カダール【LP:50→25】

【破壊竜ガンドラ】ATK 0→ATK1500(計5枚のカードを破壊したことによる攻撃力上昇)

 だけど、まだカードは残されていた。

カダール
LP:25
モンスターゾーン破壊竜ガンドラ(攻撃表示・ATK1500)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
0枚
アリア
LP:2100
フィールド魔法
伝説の都 アトランティス
モンスターゾーン深海王デビルシャーク(攻撃表示・ATK1900)
魔法・罠ゾーン
無し
手札
0枚

「フィールドバリアの効果で、一度だけ伝説の都 アトランティスは破壊されない。そして、深海王デビルシャークは対象を選ばない効果では1ターンに一度だけ破壊されない。だけど、ガンドラの効果は何度でも発動できる。ボクにライフポイントがある限り、何度でも」

 そうだね……。ボクは何度でも、未来に進む為に、力を振り絞らなくちゃいけない。この命が続いている限りは、決して諦めずに。

「もう一度、破壊竜ガンドラの効果を発動するよ。

 デストロイ・ギガ・レイズ!!」

カダール【LP:25→13】(小数点以下は切り上げて計算される)

【破壊竜ガンドラ】ATK1500→ATK2100

 本当に何もなくなったフィールド。この場にいるのは、ボクとガンドラと、アリアだけ。

「これが本当の最後だね。でも、いいのかな、ボクをこのまま逃がして。キミは破滅の光の逆賊を取り逃がしたから、処罰を受けたりしないのかな」

「ううん、心配しなくていいよ。わたしの使命はカダール君を消滅させることじゃないの。カダール君が3人に復讐を終えて、やり場のなくなった憤りを破滅の光にぶつけることはないかって、それを確認するのがわたしの最低限の役目だから。その心配は全くないみたいだから、わたしは大丈夫だよ」

「なら、よかったよ。ボクにはそんな余裕はなくなったからね。じゃあ、終わらせるよ」

「アリア、ありがとう、さようなら」

「うん、どうしたしまして。カダール君、その願いを果たしてね」

 ボクはガンドラに攻撃を指示する。

「デストロイ・ギガ・ブラスター!!」


 このデュエルは決着した。


アリア【LP:2100→0】


 アリアはいなくなっていた。ボクだけの空間に戻った。

 そして、ボクは次元の扉へと駆け出した。

 一番優しい方法を求めて、ボクが住んでいた街へ。

 ボクが、もう一度夢を目指す場所へ。

 ボクが、もう一度ボクとして生きる為に。





「君が笑う時まで」に続く...














エピローグ(あるいはプロローグ)


 やっぱり、計画通りにはいかなかった。下調べに時間と労力をかけ過ぎたのかな? ボクの悪い癖だ。でも、ボクはボク自身のその欠点を乗り越えてでも、目的を果たさなければならない。

 ボクのエナジーは思った以上に残り少なかった。本当は乗っ取るまでは出来なくても、誰かを操ってボクが藤原賢治とデュエルするつもりだった。でも、それさえ出来ない。だから、ボクは最後の手段を使わざるを得なかった。刃金沢を煽って、憎しみ同士をぶつけ合わせて、莫大なエナジーを発生させる手段だ。この方法は確かに多くのエナジーが得られるだろう。けれど、避けられないリスクがある。

 期待通りの激戦の末、藤原賢治は勝利した。そしてボクは今、そのリスクに対面していた。そのリスクは、藤原賢治の憎しみの矛先がボクに向かう事。藤原賢治の感情の強さは、ボクの予想を遙かに超えていた。お陰で大きなエナジーを得ることが出来たけれど、ボクの手は震えっ放しだ。刃金沢を殺しかねない黒い憎悪をボクはまざまざと感じたから。

 アリアの提案した通り、友達になる程でなくても、その人と出来るだけ理解し合えてから体を貸してもらうつもりだった。偽善に過ぎないかもしれないけど、出来るだけ優しく平和的に、体を借りたかったんだ。けれど、それどころか、ボクは今や藤原賢治に恨み殺されかねない。アリアとボクがデュエルを始めた時よりも、遙かに最悪な状況だった。せめて事後承諾を得なくちゃいけないけれど、到底出来そうにないかもしれない。

 ――それでも、ボクが和解に向けて出来る事は一つだけだ。

 ここは狭間の世界。ボクは打ちひしがれる藤原賢治の前に姿を現した。Jデュエルハイスクールに融合神龍デッキを取りに行くにはまだ早い。時間は十二分にある。その間にボクは藤原賢治と和解する為に、出来るだけの努力をしなくてはならない。

「藤原賢治。体を提供してくれて、礼を言うよ。だけど、キミの意識は残ってしまったみたいだね。だから、ボクがボクとして完全に生きるためには、キミを完全に抹殺しなくちゃいけないんだ。ボクがキミ達から得た力を使えば、キミを消すのも簡単だよ。だけど、それじゃああんまりに理不尽だよね。だから、最後にチャンスを与えようと思うんだ」

 ハハッ、嘘ばかりじゃないか。でも、ボクは藤原賢治――いや、藤原君――を理解する為に、その憎しみと対面する必要がある。憎しみは藤原君にとって、間違いなく最も力の強い感情の一つだから。ここまで来たならば、そのギリギリの対面をしなければ、ボク達は何も理解し合えないんだろう。

「ボクと生死を懸けたゲームをしよう。元の世界に戻って、神之崎幸恵の傍に居たいんだよね。なら、ボクに勝って、生き残ってみせるんだ」

 藤原君の憎しみに対面し、その攻撃を受けること。それがボクに与えられるべき罰であり、ボクが乗り越えるべき試練であるから。

 互いに傷つけ合って、心を交差させよう。

 願わくは、少しでも気持ちが伝わるように。

 叶うなら、――友達になれるように。

 さあ、始めよう。



カダール【LP:4000】
藤原【LP:4000】





ボクがボクで在る為に
Fin


後書き&デッキ紹介




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