THE JUDGMENT RULER
第一部 竜の巫女

製作者:造反戦士さん




本小説は第1回バトルシティ大会から9年後の世界を舞台としております。
時間軸はDMが、
原作BC→R→ペガサス生存発覚→ドーマ→KCグランプリ→原作記憶の世界→【アニメ戦いの儀】
GXはアニメ版で、十代らは卒業しています。そのうち独自に年表を作るかも。
デュエルのルールは初期ライフが4000であることと、いくつかの禁止カードを使用することを除きOCG準処です。
ただし、「強欲な壺」は基本的に使わないことを宣言しておきます。



 も く じ 

 序章 救出作戦
 1章 王家の谷
 2章 対極の天使
 3章 異世界へ
 4章 目覚め
 5章 帝王の降臨
 6章 偽りの決意
 7章 人質
 8章 水霊の巫女
 間章 誘いの書簡
 9章 結界の弱点
 10章 エキシビジョンマッチ
 11章 ドーマの継承者
 12章 暗黒騎士団
 13章 再会

序章 救出作戦

 日本のとある山中、深い森に1台の車が止まっている。
中には4人の男女。男性が3人と女性が1人、年齢的には両親と息子2人での家族旅行に見えなくもない。ただ、雰囲気が明らかに違う。
 エンストしているとかパンクしているとかで焦っていない。この山中に人工物が見当たらなくて途方に暮れているというわけでもない。

 建物ならば、むしろ目の前にある。
 森の出口付近に止まっている車からは巨大な白い壁で覆われた研究施設のようなものが視認できる。
 いかにも蔦と雷が似合いそうな怪しい建物で、ほとんど明かりはついていない。ただし雰囲気は今一つ出ておらず、森の方にしても"昼でも暗い"とまではいかない。はっきり言って中途半端だ。
 加えて車内にいる4人にしてみれば研究所内にいるのは確かにマッドサイエンティストだったが、彼らを恐怖させるには小者すぎた。

 現在四人のうち3人は地図を見ている。山や周辺地域の地図ではない。目の前の建物の内部の地図、設計図だ。
 残る一人は左腕に装着した機械のメンテナンスを行っている。

 
――デュエルディスク。


 海馬コーポレーションが開発したM&WというTCGに使用する機械だ。小型のソリッドヴィジョンシステムを搭載し、いつでもどこでも臨場感溢れるデュエルを可能とした画期的な発明である。


 さて、車の中の四人に通信が入った。

『永瀬巧だ。この名に聞き覚えがないのなら、すぐに通信を終えてくれ』
 事務的な声が車内のスピーカーより発せられたが、機械的ではない。
 変声はしていないだろう。

「よう、巧か。30分前に研究所前に到着している」
 デュエルディスクの調整をしていた20歳ぐらいの青年が言った。少なくとも容姿においては取り立てて特徴のない日本人だ。
 通信の相手はこの4人で正しかったようだ。

『分かっているよ、健。トランクに発信機を入れておいたからな』
 通信の相手、巧がさらっと恐ろしいことを言う。
 健と呼ばれた青年の頬を、冷や汗が流れ落ちた。

「……おい李、ちょっと見てきてくれ」
 12、3歳の中国服を着た李と呼ばれた少年が素早く車を降りトランクの中を見る。その身のこなしからは、武道を極めている域に達していることが分かる。
 1分足らずで戻ってきた李は無言で、握り潰した極小の黒い機械を見せた。

「お前、こんなことしてやがったのか?」
 健が怒鳴りかかったが、相手の男の語調に反省の色はない。

『盗聴はしていない。それとも君たちを完全に信用しろとでも言うのか?』
「そういう問題じゃない。それで、用事は作戦の最終確認か?」

『あぁ。まず、李とアイリは一階で研究員たちの制圧。まぁ、これは時間が来たら適当に暴れてくれればいい。ただし、時間は忘れるな』
アイリはこの車内のメンバーの中で唯一の女性で、年齢不詳の妖艶な美女である。年齢不詳なのは彼女の年齢を知った者が次々と"不幸な事故"に遭うからだ。

「……了解」
「わかったわ」
 2人が返答する。盗聴器、発信機を取り付けられていたというのに、健以外に怒りを見せる気配のある人間はいない。その健ですらすぐに感情を鎮め、むしろ呆れている。それだけ疑われることに慣れているのか。あるいは巧の準備の方が当然だと思ったのか。

『ライデルは地下のメインコンピュータを乗っ取ってくれ。健の通信を起点に地下1階のAブロックとDブロックを封鎖する』
「承知した」
 背の高い中年男性が言った。コンピューター関係に弱そうな顔立ちだが、実際はその手の工作で彼の右に出るものはいない。
 まったく、見かけによらない人間ばかりの集団である。

『健、君は――』
「デュエル場に行って、お前の妹を助け出す。そうだな?」
『分かってるならいい』
「その件で、我らが主から伝言があるんだが……」
『海馬コーポレーションでしばらく瑠衣を保護したいのだろう?構わないよ』
 巧が先手を取る。話の流れからすると瑠衣という人物は巧の妹だろう。
 一方、海馬コーポレーションの主とは勿論社長である海馬瀬人のこと。そうすると、4人は海馬コーポレーションに所属する間諜か、それに近い立場の人間だとの推測が成り立つ。

「……おい、いいのか?せっかく助け出す妹と、当分一緒にいられないわけだが」
 健が呆れ果てた様子で聞いた。一般的な兄ならここで首を縦に振る確率は低いのではないか。そう思ったが、すぐに考えを改めた。
 巧という男は"一般的"などという言葉とは無縁なのだ。

『おそらく瑠衣はこれからいくつかの組織に狙われることになる。そっちで保護してくれるならその方が助かる』
 全く無理する様子もなく、巧は冷静に答えている。冗談で言っているわけでもない。

「……現在進行形で誘拐されてなければ信じられない内容だな」
『そうかもな。じゃあ、任せたぞ』
 言い残して、巧は一方的に通信を切った。




 それから待つことおよそ20分。"時間"が近い。
 車から降りた健はもう一度建物の外観を眺める。
 とっくに放棄されていそうだが、人が出入りしていることは事前に調査済みだ。
 前日に降っていた雨の影響か、地面は少しぬかるんでいた。太陽光を大量の葉が遮り、蒸発を妨げている。"深い森"らしい一面も持ち合わせているらしい。

 そして、堂々と正面玄関から入った。内部もボロボロだったが受付にはきちんと人がいた。受付の人は一応女性だ。ただし美人とは言い難い。

「今日ここでのアルバイトに採用された桐沢健という者ですが」
 名を言うと女性は名簿を調べ始める……フリをしているのがバレバレだ。顔は動いているが視線が動いていない。

「はい、桐沢……健さん。このデッキをお使いください。」
 あまりの演技の下手さに怒りすら覚える。もっと真面目にやったらどうだ、と怒鳴りたくなるのを我慢し、差し出されたデッキを受け取る。

「尚、あなたの持参したデッキは一度預からせていただきます」
 これも予測していた範囲内だ。あらかじめ適当に選んでおいた、40枚のカードの束を女性に渡した。

「ありがとうございます。では、右の通路の奥に階段がありますのでそちらを降りてください」
 あらかじめ調査済みだが一応頷いておく。ちなみに当然健は1階から入った。つまり地下へ行けと言っている。廊下に入り、監視の目がなくなったことを確かめると、まず渡されたデッキの内容を確認した。

「何だよこれは……」
 健がデッキを見て絶句した。ほとんどが雑魚カードばかりだ。





ワイト
ヘルバウンド
ワイト
ギゴバイト
青虫
伝説の剣豪MASAKI
戦士ダイ・グレファー
ガジェット・ソルジャー
カクタス
アサシン
ラージマウス
モンスター・アイ
ワイトetc





よくこんな目に見える雑魚ばかりを集めたものだと、逆に感心してしまう。




35枚目 火の粉
36枚目 ヒエログリフの石版
37枚目 ???
38枚目、ガジェット・ソルジャー



 ……危うく見落とす所だった。これはありがたく、奴らの犯罪の確固たる証拠にさせていただく。
 素早く37枚目のカードを抜き取り、隠し持った1枚と入れ替えた。

 これで準備は整った。
 海馬コーポレーションの密偵の一人、桐沢健は地下へと向かった。 








 地下は思ったより明るい場所だった。照明はランタンのみ、とかを想像していた健は少しだけ驚いた。一般的な研究所、あまり詳しくは知らないが、少なくともKCとI2社の共同で作られた『Legend card研究所』と特に変わりはない。
 いや、むしろこちらの方が設備は新しい。確かに怪しいが、建物の外観の古さとそれにより生じる設備とのギャップによるものだ。しかし、デュエル場につくまでの通路で何人かの研究員らしき人物とすれ違い、納得した。
 特に何か言葉を交わしたわけではないが、彼らは研究のためなら全てを捧げるという印象を与える者ばかりだったのだ。それならこの充実した設備も頷ける。通路にまで所狭しと並べられた計器類は放置され埃を被ったものから、今も稼働中と思われるものまで様々だった。

 だが、これだけの設備を入手する資金はどこから手に入れたのだろうか?一研究員には重過ぎる負担のはずだ。
 ましてや彼らはグールズの残党。洗脳された時に財産も絞り上げられていたことは調べが付いている。この研究所に人影が見え始めたのは4年ほど前というから、その時期に何らかのバックアップを得たのだろう。
 その調査も目的の中に入っている。

「よし、ここだな」
 健は指定された扉の前で止まり、横に書いてある部屋の名前を見た。



[デュエル場]



 その中は、先ほどまでに見た地下の設備をも完全に越えていた。少なくともさっきは計器類だけが新しく、建物自体は古びていた。しかし、この部屋は内装まできちんと手入れされている。尤も、壁や床に広がるいくつかの打撃痕までは隠しきれていないが。
 それだけではない。
 この部屋にはいたるところに隠しカメラが仕込まれている。事前調査だけで40個。すべての準備を1階で済ませたのはこのためだ。
 しかも、敵方はすぐに隠しカメラの存在を裏付けてきた。



『桐沢健さん、所定の位置で対戦相手をお待ちください』



 アナウンスがデュエル場に響き渡った。床にはデュエルディスクを使用してのデュエルに合う大きさの長方形と、その短辺にはデュエリストが立つ位置を示しているのか、外向きに半円が描かれてある。
 そして、健は半円の中にはいない。

「くそっ、あからさまな…」
 そう言いながらも指示通り半円の中に立ち、待つことおよそ2分。健が入ってきたのとは逆の扉が開き、一人の少女が姿を現した。



 容姿だけなら年齢は13,4歳ぐらいに見える。
 細身に腰近くまでの長い黒髪。あまり積極的に身なりを整えた様子はないが、それでも客観的に見て相当可愛い。
 しかし目が絶望的だ。生きる希望を完全に失っている。大人しいというか、悟ったような印象すら受ける。地下での幽閉生活を強いられてきたせいか、顔色も悪い。ただ彼女の細身は自然なもので、足取りはしっかりしていることもあり、餓死寸前にまで及んでいる危険はなさそうに思えた。服は研究員の一人とカモフラージュするためか、服の上から白衣を着ている。

 この少女が今回救出する目標であることはすぐにわかった。
 彼女の本当の年齢は15歳。やや童顔である分、事前に渡されていた写真との差異が少なくて見分け易かった。
 しかも様子を見る限りでは、少女はこの研究所内においてモルモット扱いなれど、生かされている。この推測が正しいなら、巧の「他の組織にも狙われている」発言にも説得力が生まれる。後は名前さえ合えば確定だ。


「本日のテストデュエルの相手を務めさせていただく者です。よろしくお願いします」
 少女が簡単に挨拶をした。
 澱みないが、マニュアル化されたように無機質な言い方である。

「あぁ、よろしく。俺は桐沢健。君の名前は?」
 健が名を言った瞬間、少女の顔が少し曇った気がした。正確には、不意を突かれ動揺したというべきか。一瞬のことだったがその後も動揺が隠し切れておらず、再び口を開くまでにしばらくかかった。


「わたしは……わたしの名前は――――」
















 名前を、知ってしまった。
 知るべきでない名を、知ってしまった。
 これでわたしにとって彼は、"名も知らぬ"赤の他人ではなくなった。
 もうすぐ彼は再起不能になるのに。今日でこのイカレた研究を崩壊させられるかもしれないというのに。
 とりあえず、向こうは名前を言った。こちらが言わないのは問題だろう。

「わたしは……わたしの名前は、永瀬瑠衣です」
 それを聞くと、健と名乗る男は少しだけ笑ったような気がした。
 理由は、わかる筈がない。

 だが、ここまで来て計画を中止するわけにはいかない。この青年で犠牲者を最後にしなければならないから。計画に成功しても、自己満足に過ぎないことなど承知の上だ。だけど研究員たちの野望を打ち砕くためには……。
 いや、それは違う。他の人間のためなどではない。自分はただ、死にたいだけだ。計画など死ぬ決意を固めるためのものでしかない。できれば研究を道連れにしたいが、その程度だ。

「あの、始めてよろしいですか?」
「……よし。ああ、いいよ」
 健はデュエルディスクの裏をいじっていたが、話しかけるとすぐにやめた。



「デュエル!」




LP4000×2
手札5枚×2




「わたしが先攻をもらいます、ドロー。手札より『王家の神殿』を発動します」
 瑠衣の後方に古代エジプトの神殿を模した建物が具現化された。

「王家の神殿だと……!?」
 驚くのも無理はない。
 次に瑠衣が使う効果、その性能が原因で王家の神殿は公式のデュエル大会では禁止カードに指定されているのだ。




王家の神殿 永続魔法
このカードのコントローラーは、罠カードをセットしたターンでも発動できる。
また、自分のフィールド上のこのカードと「聖獣セルケト」を墓地へ送る事で、
手札・デッキ・融合デッキからモンスターカードを1枚選択し、特殊召喚できる。




「『異次元への案内人』を召喚。そして召喚されたこのカードのコントロールは相手に移ります。場にカードを伏せ、そのまま『血の代償』を発動します。『王家の神殿』の効果でわたしはセットした罠を即座に使えます。その効果で1000ポイントのライフを支払い、『異次元への案内人』をさらに2体相手フィールド上に召喚!これでターンを終了します」
 一連のプレイを相手の口を挟ませず、一気に行う。何度やっても恥ずかしい、奇異の目で見られる行動だ。

 ターン終了とともに瑠衣は大きく深呼吸した。健が呆れているのか困っているのか、もはやそんなことは関係ない。
 ただ、健の右腕の動きだけに集中する。




血の代償 永続罠
500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
この効果は自分のターンのメインフェイズ及び
相手ターンのバトルフェイズのみ発動する事ができる。


異次元への案内人 効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1000
このカードの召喚に成功した時、このカードのコントロールは相手に移る。
エンドフェイズ毎に、相手はこのカードのコントローラーの墓地から
カード1枚を選択しゲームから除外する。



瑠衣 LP4000→3000



「俺のターン、ドロー」
 瞬間、健の顔つきが変わった。あのカードを引いたのだろう。
 "アレ"には誰も抗えない。

「3体のモンスターを生贄に捧げ――」
 手札の1枚を抜き取り高く掲げる。そして勢いよくデュエルディスクに置いた。










 裁きを今!支配する!
 瑠衣は今にも具現化しそうなソリッドウィジョンに向けて集中力を解放した。












 瑠衣は3年前に誘拐された。
 学校の帰り道でのことだ。友達と別れた直後をピンポイントで狙われた。大きな声を上げろと教えられてきたが、実行できるわけがない。あれだけ大々的に「大声を出せ」と教えれば、誘拐犯がまず口を塞ぎに来るのは当然だ。必死にもがき抵抗したが、たかだか12歳の少女が大人の男に敵うはずがなかった。
 そして車に乗せられた。目隠しと口にガムテープを付けさせられ、泣き喚くことすらできないまま、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 目を覚ました時、そこは現在も瑠衣がいるデュエル場だった。
 照明が気持ち悪いほど眩しい。
 起き上がって辺りを見回すと、近くにデュエルディスクが置いてあった。デッキはすでに差さっている。

 どうすれば……いい?
 これは着けるべきなのだろうか?

 瑠衣はデュエルの実力に、わずかばかり自信がある。少なくとも卒業した小学校でも、入学したばかりの中学校内でさえ瑠衣に敵う相手はほぼいない。
 しかし瑠衣のデッキは家にある。デュエルとは、デッキ構築の段階から始まっているのだ。 自信があるというのはそこからした場合だ。少なくとも自分の戦略とマッチしたデッキでなければ、デッキの持つ力を引き出すことはできない。
 もしここで命を賭けたデュエルを行うようなことになるならば、安易にデュエルディスクを着けるべきではないが……。

 『地下デュエル』という単語が不意に頭の中に浮かんだ。
 母から聞いたことがある。見世物要素の強い、首や腕に衝撃増幅装置を着けて行うデュエルのことだ。ダメージを受けたりコストとして支払ったりして、ライフポイントが減るとその装置から電流が流れるらしい。
 慌てて首や手首を調べる。たとえ目に見えなくても、実際に触ってみない事には安心できない。しかし幸いなことに首や腕には何も着いてはいなかった。
 とりあえずデッキをディスクから外して確認しようと手を伸ばしたとき、天井から男の声が聞こえた。




『そのデュエルディスクを着けろ!』



 瑠衣は、びくりと身を震わせ、逆に手を引っ込めてしまった。さっきはよく見ていなかったが、もう一度確認すると天井にはスピーカーがあった。
 そして、さらに一つ気づいた。


(デュエルディスクを着けていないことを知っている――!)


 もう一度辺りを見回してみたが、監視カメラと思われるものはない。
 だが、現代の隠しカメラは小型化が進んでいると聞く。どこに仕込まれていてもおかしくはない。



『早く着けろ!聞こえなかったのか!』



 再び、男の声がスピーカーから聞こえた。ただし今回はさっきよりも苛立っている。
 瑠衣は恐る恐る手を伸ばし指先がディスクに触れると、一気につかんで引き寄せそのまま腕に着けた。
 ――――着けてしまった。
 もう取り返しはつかない。
 続けて、待ち構えていたように瑠衣から遠い側の扉が開き高校生ぐらいの男が入ってきた。
 金髪でいかにも中身のなさそうな不良だ。


「チッ、こんなガキに負けてやらなきゃならねぇとはな」
「えっ、それってどういう……」
 「意味ですか?」と、質問しようとしたが、男は勝手にデュエルを始めてしまった。
 男のターンが終わった時、瑠衣の場には『異次元への案内人』が3体召喚されていた。

 分からない。
 なぜ、こんなことを?

「お前のターンだぞ」
 仕方ない、この3体で直接攻撃をして勝とう。それから意味を考えよう。
 デュエルディスクを展開し、カードを5枚ドローする。

「ちょっと……何これ……?」




瑠衣の手札
ガジェット・ソルジャー、ワイト、モウヤンのカレー、戦士ダイ・グレファー、レオ・ウィザード


 すぐに勝てる状態とはいえ、無茶苦茶もいいとこだ。
 しかもダイ・グレファーまでいる……。
 早く終わらせようと強く決心した。


「わたしのターン、ドロー」
 瑠衣はドローしたカードを見ずに攻撃宣言するつもりだった。
 それは簡単に実行できることのはずだ。


 しかし、できなかった。ドローしたカードを見ずに攻撃宣言する、たったそれだけのことができなかったのだ。
 どうしてかは分からない。
 何者がの意思が介入して見せてしまったのかもしれない。だが理由については、もはや意味はない。
 重要なことはただ一つ。
 見てしまったという"事実"。その事実は後の行動に大きく影響を与えた。



「3体のモンスターを――――」
 ドローしたカードの正体にショックを受けていた瑠衣だが、自分の口からほとばしり出る言葉に気付き、はっと我に返った。



(これを召喚しようなどと思っていないのに……)



「生贄に捧げ――――」
 瑠衣の右手は、左手に持つ手札から1枚を抜き取り高く掲げる。
 理性も本能も召喚してはいけないと警告しているのに、止められない。


 そして、




















「出でよ! ラーの翼神竜!!!」




 伝説のデュエリスト、武藤遊戯が持っているはずの3体の神。そのうちの1枚が瑠衣のデュエルディスクに置かれた。





 黄金の機械竜は――――現れなかった。かといって、球体でもない。
 神は、揺らめいていた。
 竜の姿をしていることこそ辛うじてわかるものの、完全な具現化はされず、色も形も安定しない。まるで炎に包まれているかのようだった。




 息をすることすら忘れるほどに、瑠衣はその光景に見入った。
 自分は何かとてつもない間違いを犯した。そんな直感にも満たない思考が心の中に染み渡り、確信へと変化していく。




 やがて、神は怒りの咆哮をデュエル場、いや研究所全体に轟かせ―――




 黒い焔を纏う不死鳥になった。




 ソレが行使するのはあらゆるものを灰塵と化す絶対焼失の力。
 そして、神を冒涜する者への裁き。
 神の威厳など、神々しさなど、そこにはない。
 在るのは、今にも溢れ出しそうな禍々しい念だけ。
 オベリスク、オシリス、ラー。光の三幻神と呼ばれる存在ですら肉体の構成に使われているのは"闇"。
 通常は表に出ないはずの闇が噴出し、この場を支配していた。


 最初の火炎が瑠衣と対戦相手の男を囲み逃げ道を封じた。ソリッドヴィジョンのはずの炎は、しかし熱気を放っており、不用意に近寄った男の服を焦がす。
 紛れもなく本物の炎が為す現象である。


「うっ、うわあああああ!」



 "偽"の太陽神に恐怖して、男が情けない叫びを上げた。
 そう。瑠衣は"ソレ"が偽者の神だと見破っていた。
 証拠があるわけではない。だが、神の咆哮は怒りだけでなく悲痛に呻いていたようにも思えたのだ。

 偽の神は男の絶叫に反応し、動いた。天からの矢のような光が男を貫き、次の瞬間にはうつ伏せに倒れていた。
 それを皮切りにデュエル場のあらゆるところに光の矢が降り注ぐ。



 ――裁きはデュエルを行った者全員に対して行われる。



 なんとなくそう思ったものの、瑠衣にできることはない。恐怖すら感じなかった。
 もしかすると、自ら身を委ねたのかもしれない。
 光は瑠衣の身体を貫き―――― 









 瑠衣は1人呆然として、しかし、その震える2本の足でしっかりと立っていた。










 研究は神のカードを生み出すことが目的だった。千年アイテムに関わりのない者でも扱える神を作りたい、と彼らのリーダーは語った。要は自分達だけが神を操り、デュエル界を席巻しようとしているわけだ。


 しかし、研究は失敗続きであった。
 その際に起きる裁きによって、実験に参加したデュエリストたちは次々と廃人と化してしまっていたのだ。ある者は昏睡状態から回復せず、またある者は目覚めたが正気を失っていた。
 そのため誘拐したり、神を使えるアルバイトと偽ったり、ありとあらゆる手段を使って人集めが行われていた。


 一度のデュエルに必要な人間は勿論2人。
 だが、ある日の実験を境に集めるデュエリストは一度につき1人でよくなった。
 裁きに耐えうる者が現れたのだ。
 それは誘拐して連れて来られた、これまでで最年少の少女だった。


 名は永瀬瑠衣。


 研究員たちは優秀なモルモットの出現にしばらく歓喜した。
 だが、それもすぐに収まる。

 何度か行われた瑠衣の身体の調査の結果、普通の人間とは違う"何か"は一つとして出なかった。レントゲンと血液採取ぐらいで済んだのは何故かわからないが、扱いとしては連れて来られた時の状況と比較すれば奇跡的だったと思う。
 とにかく彼らは、ただ神の方の研究を続けるしかなかった。
 神を操れる細胞がないのなら、神を常人の側に近づけるしかない。
 研究そのものは振り出しに戻っただけだったのだ。

 瑠衣は衣食住を保障される代わりに、毎回テストに付き合わされた。それは、多くの人間が再起不能になっていくのをその目で見続けなければならないことも意味する。
 裁きを受けた者の末路にはすぐに気付いた。森の中に"捨てられる"ことも。
 自分もいつかそうなる日が来るのだろうか。
 そう思うとたまらなく怖かった。悪夢のような、裁きの光景に慣れていく自分にも嫌悪した。



 ――全てを終わらせたい。
 ――もう、楽になりたい。



 いつの頃からかそう思った。
 復讐などという出来上がった感情などではない。
 ただ、疲れていた。
 神の裁きに耐えた自分だ。上手くいけば神と話せるかもしれない。そして、裁きの矛先を研究所そのものに変えてもらう。
 わずかな希望が芽生えた。研究員には言わなかったが瑠衣はたった一つだけ、普通の人と違う能力を持っていた。




 ――カードの精霊と会話できる能力。




 能力を使い、神と交渉しようとしたのだ。しかし、神は瑠衣の呼びかけに答えてはくれず、絶望を深めるだけに終わった。
 それでも自分にできることは、その一つしかない。何を求めているのかも忘れかけ、それでも何かを求めるかのように実験に進んで参加し、のめり込んだ時もあった。それは精神的な自傷行為だと自覚していた。分かっていて、しかし実験に参加しない選択はなかった。
 デュエルはこの時の瑠衣にとって唯一の、日常との接点だったからだ。この場所でも外界でも、カードのテキストは同じだ。攻撃力、種族、イラスト。太陽神の裁きですら、第1回バトルシティ大会の記録映像で見たもの、そのままだ。あの光に貫かれた時、ほんの少しだが安心感を得るほどだった。
 だから、やめられなかった。
 それがどれだけ精神を蝕んでいたとしても――――。



 神を暴走させて、研究所を壊して、自分も消える。
 ある日突然、瑠衣はその目的をはっきりと思い出した。
 同時に閃いた。太陽神とコンタクトをとる方法を。
 それは自分の精神を神に同調させることだった。これまでは神の方から近づいてくれるように呼びかけていたのだが、失敗の原因はそこにあると思った。


 相手は神だ。
 こちらから歩み寄らなければ答えてくれるはずがない。例えるなら、外国人が日本語を覚えてくれるのを待つのではなく、自分が相手の言語を話すように。
 今日がその計画を実行する最初の日だった。
 そして自分の頭で思いつく限りの、最後の策。
 失敗したら自分の命だけでも絶とうと決意して、瑠衣はデュエルに臨んだ――――。







 なのに……

「3体のモンスターを生贄に捧げ、神獣王バルバロスを召喚!」
 健と名乗る青年が召喚したモンスターは太陽神ではなかった。
 彼はおそらくアルバイトで参加した人間だろう。
 契約違反になるはずなのに、何で?




神獣王バルバロス 効果モンスター
星8/地属性/獣戦士族/攻3000/守1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上のカードを全て破壊する。




「バルバロスの効果によって相手の場のカード全てを破壊する!」
 王家の神殿と血の代償が消えていく。
 バルバロスと瑠衣の間にはもはや何もない。

「まだだ、手札より押収を発動!その残った手札……多分クリボーだろうが、捨ててもらう」
 その通りだった。神を召喚せずに攻撃する"契約違反"をした者をはめる罠、クリボーが瑠衣の手札から消え去った。
 ただ、今までのデュエリストたちは全く神に抗えずに召喚し、裁きに呑まれていたから使用する機会はなかった。
 そして、

「永瀬瑠衣さん、君を"保護"します!」
「えっ!?保護って、一体何を……」
 この3年間、同じ状況を何度も見続けていたせいか、突如発生した不測の事態に頭がついていかない。
 しかも、健は補足説明をまるでしてくれない。

「バルバロスでプレイヤーにダイレクトアタックだ!」




――トルネードシェイパー!!

瑠衣 LP3000→0



「うっ!こ……れは……」
 モンスターに貫かれた部分に、これまで経験したことのない灼熱の痛みが走った。
 その衝撃はラーの裁きよりも遥かに辛く苦しいものだった。ソリッドヴィジョンとして許容される範囲の痛みではない。

 だが、少しだけ嬉しかった。
 これで、死ねる。
 膝をつき、貫かれた部分に当てていた手を見る。



 血は、出ていなかった。



 どういう、こと?
 自問するが答えは出てこない。痛みだけを与えて殺さない眼前の男に少しだけ怒りを感じたが、同時に死を回避した安心感が湧き出て、怒りを和らげる。健は瑠衣の方へ歩み寄り、何か通信を行っていた。


「目標を確保した。ライデル、隔壁D、Fを下ろせ」


 耳に入ったのはその一言だけ。
 全く意味が分からない。
 意味を質そうと口を開きかけたが、その前に瑠衣の意識は闇に落ちた。
 ただ、床に倒れ伏しそうだった身体を健が支えたような――そんな気がした。




1章 王家の谷

1年前




「……何者だ?」
 日本人の少女が、前方の岩陰を見据え静かに言った。
 短めの茶髪で、現在の険しい表情を差し引いても冷たい印象を持たせる顔立ちだ。歳は黒のロングコートと落ち着いた態度によって高く見えるが、15、6といったところだろう。


 しかし彼女を見て真っ先に目を引くのは、腰に差した長刀。護身用としては威力がありすぎるであろう、それを持って何をするつもりなのだろうか?
 人を斬るつもりではないだろう。それが目的なら左腕に装着している機械、デュエルディスクなど要らないはずだ。


 岩陰から姿を現した女性もまた、左腕にディスクを着けていた。長い黒髪に落ち着いた印象、ただしこちらは温和な冷静さがある。服装は少女のそれとは逆の白を基調としている。
 イシズ・イシュタール。
 第1回バトルシティ大会でベスト8まで勝ち残った経験を持つデュエリストだ。
 また、エジプト考古局の局長でもある。


 さて、先ほどの少女に"日本人"と、付けたのに、何故イシズには"エジプト人"と付かないのか。
 答えは、今2人がいる場所が日本ではなくエジプトだからだ。もっと詳しくいえば、エジプトの「王家の谷」の入り口付近である。

 そこへ待ち構えていたかのように砂交じりの風が2人の間を通る。殺風景な荒野に時折吹くそれは、まだエジプトに降り立って3日と立っていない少女も何度か正面から食らっていた。
 ただし今この状況においては、両者の埋めがたい溝を示している気がして、少女は元々不機嫌そうな表情をさらにしかめた。

「この先は立ち入り禁止です。すぐに引き返してください」
 イシズが温和な口調で言った。
 しかし、少女はイシズへの警戒を解かない。むしろ強めている。

「……あたしは、『何者だ?』と、訊いたはずだが」
「なるほど。確かにそうですね。私はエジプト考古局局長イシズ・イシュタールです」
 少女はイシズの名は何らかの形で知っていたようだ。
 わずかに驚き、敵であるかのように身構える。

「そうか、あんたが……。それで、どうして立ち入り禁止なんだ?」

(やはり来ましたか…)
 そう思いながら、イシズが言葉に詰まる。
 その理由こそ特Aクラスの国家機密となっているのだ。間違っても他国の、それも民間人に軽々しく教えていい内容などではない。下手に他国に情報が漏れれば、エジプトという国そのものが国際的な信用を失いかねない、それほどまでの影響をもたらす情報なのだ。

 だが、目の前にいる少女がそう簡単に引き下がるとも思えない。
 かといって彼女に中途半端な嘘をついても、まず通用しないだろう。

(デュエルに訴えるのは最後の手段ですし、ここは言うしかなさそうですね。ただ、これで諦めてくれればよいのですが……)

「分かりました。ただし、これはエジプトの最高機密です。親兄弟、友人、その他一切の者にその内容を言わないと誓えますか?」
 "親兄弟"の単語を口にした時、少女の顔に動揺が走った。イシズは自分が地雷を踏んでしまったことに気付いたが、後の祭りである。

「あたしに……親兄弟はいない。言いたくても……言えない」
 予想に反し、何とか感情を押し殺すことに成功した声が帰ってきた。しかし押し殺さなければならないということは、そこに何らかの事情があるのは間違いないだろう。

「……誓約を、しよう。誰にも言わないと――」
 イシズの見たところ、少女は真面目で実直な人間だと感じた。 感情のコントロールも出来るようだし、簡単に言いふらしはしないだろう。

「確かに聞きました。では、お話します。"アレ"が王家の谷に出現し始めたのはバトルシティ大会が終わって2年後、つまり今から6年前の事です」







 その存在が出現したとの報告をイシズは初めは一蹴した。それも当然だ。実体化したM&Wのモンスターが王家の谷に現れたなど、話を聞いただけでは誰が信じられよう?
 しかし、考古局員が持ち帰ったデジタルカメラなどの映像を見て、真実ではないかと疑いを持ち始めた。


「ジャイアントオーク、王家の谷付近に出現す」


 イシズは直ちに王家の谷に急行した。


(何故、今さら……)
 そのような思いが頭をよぎる。
 墓守の一族としての役割は終わった。
 王の魂は無事に冥界へと帰還した。


(石版や文献に、見落としていた部分があった?それとも、それらとはまったく関わりのない新しい事件――?)


 現場に着くまで、イシズはまだ完全には信じていなかった。信じたくなかったと言ったほうがいいだろう。デュエルディスクを使った悪戯だと思いたかった。


 だが、見てしまった。
 ジャイアントオークが、棍棒で岩を砕き、足音を立てて移動しているのを。
 ソリッドヴィジョンとて所詮は虚構。極端な話、鉄筋コンクリートでもすり抜ける。


(ということは……やはり本物?)


 軍の人間も来ていた。
 隊長と思われる男はイシズの姿を認めると、まるでイシズに全責任があるとでも言うかのように怒鳴りかかってきた。


「考古局局長のイシズ・イシュタールだな。どういうことだ、あれは?」
「どうと言われましても、まだ私も報告を受けたばかりで……」
「M&Wとかいうカードゲームのモンスターなんだろう。考古局はエジプトのM&Wに関して全権を与えられている。何とかしてもらおう」
 棘のある言い方が少し気になった。軍の人間ならばおそらくは――


「貴方がたは"アレ"に対して何か――行動を起こしたのですか?」
「ああ、銃撃したが見事に跳ね返った。それと爆弾の爆発に巻き込んでみたが、傷一つつかん」
「!……」
 イシズが絶句して、暴れているジャイアントオークを見る。
 昨日まで、カードゲームのモンスターカードの1枚に過ぎなかった存在が本当にエジプトの地を荒らしまわっているなど誰が想像しただろう。
 しかも、近代兵器が効かないとは。


「おい、王家の谷で爆発を起こしたことは恨むなよ。」
 男が心配そうにイシズの顔を覗き込む。イシズを「貴重な遺跡に傷がついたらどうするのですか!」と怒るような女だとでも思ったのだろう。

「いえ、それよりも今はあのモンスターに対処しなければなりません。まだ、谷から出るつもりはなさそうですしその間に何とかしなければ……」
「分かってるならいいさ。だけど、俺たちは役に立ちそうにないし、後は考古局に任せるぞ」
 言うが早いか、イシズと話していた男は兵を連れてすぐさま撤収してしまった。 止められればそれでよし、止められなくても考古局の責任、といったところか。 どうせ止めても公にはできないのだから手柄にもならない。

(しかし……どうすればいいのか……)
 思い当たる策は一つだけある。
 無論それはM&Wを使って、何らかのジャイアントオークを破壊できるプレイをすること。 だが、こちらはソリッドヴィジョン、相手は実体化している。触れられるとは思えない。

(とはいえ、他に何か有効な手段は考えつきませんし……試すしかなさそうですね)
 こうなることは想定し、デュエルディスクとデッキは持ってきていた。それらを身に付けオークの前に出る。
 ソリッドヴィジョンの有効範囲は意外と狭いため、想像以上に接近してしまったが、相手の動きの遅さを考えれば失敗しても何とか逃げ切れるだろう。

「天空騎士パーシアス!」
 剣や鎧で武装した天使騎士がイシズの前に降り立った。馬の形状をしたその脚は4本ある。 白い翼は飛行目的ではなく、騎士の身体を守護するためのものだ。

「さらにダグラの剣をパーシアスに装備!」
 パーシアスの装備が長剣と盾から、両手に持つ大きく湾曲した剣へと変化した。リーチは短いが、手の動きが直接剣の軌道となる小回りの利く剣だ。


(これで、パーシアスの攻撃力は2400。ジャイアントオークに数値の補正が無ければ、倒せる数値ですが……)


「パーシアス、ジャイアントオークに攻撃です!」
 命令を出してから気付いた。
 確かにデュエル中以外でもソリッドヴィジョンを起動することはできる。だが、具現化されたモンスターがプログラム以上の行動をできるはずがない。
 "ジャイアントオーク"と言ったところで、実際には"ジャイアントオークとプログラミングされたデータ”と認識され、パーシアスは動かないだろう。
 と、イシズが考えたその時、風を切ってジャイアントオークに向かって走り出す存在があった。




 天空騎士パーシアスだった。
 パーシアスは一気に加速してジャイアントオークに接近し、両手を踊らせた。




 ――天空の剣舞!




「なっ、これは……!?」
 イシズは自分の目を疑った。
 パーシアスの動きに合わせて、オークの肉体が裂けていく。
 腕を、脚を、そして首を刎ね飛ばしパーシアスは動きを止めた。

 オークの胴体から離れた四肢と首は砂となって消えた。支えを失った胴体も地面に落下してしばらくすると砂になり始めた。やがて完全に変化し、オークがいた所には小さな砂山ができた。
 オークの存在を示す痕跡は、今にも風に吹かれて飛んでいきそうな、わずかな砂以外何も残らず、谷は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻していった……。


 イシズはパーシアスに近寄り、しばらくためらってから意を決して手を伸ばし――――すり抜けた。ソレはM&Wのモンスターカード、『天空騎士パーシアス』のイラストを立体的に具現化したソリッドヴィジョンであった……。









「それ以来、谷にはM&Wのモンスターが出没するようになりました。政府も初めは報告すら受け付けなかったのですが、その後、違法盗掘者が谷に無断で立ち入った際に犠牲者が出てしまい、ようやく事実を認めました。それ以後、王家の谷は立ち入り禁止になって……待ちなさい!聞いているのですか?」
 少女はイシズを完全に無視して脇を通り過ぎようとしたが、咄嗟に肩を掴まれてしまった。

「……離せ。あたしはモンスターが出るからこそ、王家の谷に行くんだ」
 少女が静かに言った。静かだが強い意志を内包している。
 圧倒され、イシズはわずかに手を緩めてしまった。少女は一瞬の隙をついて手を振りほどき、追いつかれる射程圏外から逃れた。

 しかし今までの少女の言葉と様子によってイシズは彼女の目的について、最初に考え、捨てていた推測こそが正解なのだと気付いた。すなわち、その刀でモンスターを"斬る"つもりなのだと。

「話は終わっていません。待ちなさい!」
「……まだ何か?」
 少女が鬱陶しそうに振り向く。
 説得するならこれが最後のチャンスとなりそうだ。

「これは私の推測ですが、」
 と前置きをしてイシズは話し始めた。
 まだ誰にも明かしていないモンスターに関する考えを。

「モンスターは異世界から組織的に送り込まれています。本気で侵攻しているのかまだ偵察の段階なのかは分かりませんが、少なくとも――私たち人間に敵対感情を持っているのは確かです。エジプトはいずれ人とモンスターとの決戦の地となるでしょう。おそらく、あなたも同じ考えを持っているはずです。そのための戦力として、力を……」
「断る」
 少女が即答した。最後まで聞かずに答えたことにイシズの方が面食らってしまう。まるで、そう勧誘されると予想していたかのようだった。

「それは何故です?」


「あたしは異世界に乗り込むためにエジプトまで来た。待つためでは――ない!」


 決意は固い。これ以上何か言っても時間の無駄だろう。

「仕方ありませんね……。実力行使です」
 イシズはデュエルディスクを展開しようとし、とんでもない光景を目にした。少女が刀の柄に手をかけていたのだ。

「ちょっ、違います!デュエルで雌雄を決すると言っているのです!何のためにデュエルディスクをつけているのですか!」
「……」
 少女は無言、無表情で刀から手を離しデュエルディスクを展開した。本気だったのか冗談だったのか、それは本人にしか分からない。




「デュエル!」


LP4000×2
手札 5枚×2



 厳正なるジャンケンの結果、4回目までお互いにパーを出し続け、5回目でとうとうチョキを出したイシズが勝利した。


「では、私が先攻をもらいます。シャインエンジェルを召喚し……」
 イシズのフィールドに背中に4枚の羽根、頭に光輪という典型的な天使が出現した。


シャインエンジェル 効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。


「さらにカードを1枚セットします。ターンエンドです」
 天使の背後に裏側表示のカードが具現化される。


「ならばあたしのターンだ、ドロー!」
 イシズの場にはリクルーターと伏せカード。
 順当な手だが、だからこそ攻めにくい。


「ライオウを召喚!」
 雷を操る浮遊したモンスターが呼び出される。
 攻撃力1900のメリットアタッカーという強力なカードだ。



ライオウ 効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守 800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。



「ライオウでシャインエンジェルを攻撃!」
 全く躊躇い無く攻撃宣言を行う。




 ――ライトニングキャノン!



 ライオウが発射した雷球はシャインエンジェルに無事命中した。天使は消滅し、同時にイシズのライフカウンターの数字が減少する。


イシズ LP4000→3500


「この瞬間シャインエンジェルの効果を発動し、デッキより新たなシャインエンジェルを召喚します」
 イシズの場に先ほどと同じ姿形をした天使が現れる。


「……ターン終了」
 少女はもう一度手札を確認し、苦々しげにエンド宣言をした。次のターンでイシズがシャインエンジェルを生贄に上級モンスターを召喚してくることは容易に想像できる。そうすると防御用のカードが欲しいところだが、今の手札にはないのだろう。イシズはその様子を見、伏せカードを開く。


「貴女のエンドフェイズ終了前に私は場の伏せカード、神の恵みを発動します」
「!……」
 少女が少しだけ顔を歪ませる。
 どうやら、攻撃反応型の罠だと思っていたらしい。



神の恵み 永続罠
自分はカードをドローする度に500ポイントのライフポイントを回復する。



イシズ LP3500
    手札 4枚
    場 シャインエンジェル、神の恵み

少女  LP4000
    手札 5枚
    場 ライオウ


「私のターンです、ドロー!この瞬間、神の恵みの効果によって私のライフは500回復します」
 ライオウの攻撃によって減った数値が1分も経たない内に即座に元に戻る。


イシズ LP3500→4000


「手札より魔法カード、クロスシフトを発動します……」



クロスシフト 通常魔法
自分の場に存在するモンスター一体を持ち主の手札に戻す。
その後、手札からレベル4のモンスター1体を特殊召喚する。


「この効果によってシャインエンジェルを手札に戻し、ゾルガを特殊召喚します……」
 紫色のマントを身に付けた、天使には見えない天使が現れる。攻撃力は1700。通常召喚も可能であり、魔法を1枚使ってまで召喚するモンスターとは思えないが……。


ゾルガ 効果モンスター
星4/地属性/天使族/攻1700/守1200
このカードを生け贄にして生け贄召喚を行った時、
自分は2000ライフポイント回復する。


「さらにゾルガを生贄に捧げ、天空騎士パーシアスを召喚!」
 件のイシズの体験談にも出てきた天界を守護する騎士が召喚される。その攻撃力はライオウと同じ1900。
 少女もこの後何が起こるか想像はつくのだろう、警戒してパーシアスを睨む。


天空騎士パーシアス 効果モンスター
星5/光属性/天使族/攻1900/守1400
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。


「ゾルガの効果でライフを2000回復します」
 イシズのライフが一気に跳ね上がった。


イシズ LP4000→6000


「さらにダグラの剣をパーシアスに装備!」


ダグラの剣 装備魔法
天使族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、その数値分、自分のライフポイントを回復する。


「パーシアスでライオウに攻撃!」




 ――天空の剣舞!



 天使騎士がライオウに接近し、高速の剣技を繰り出す。
 ライオウはパーシアスに引き裂かれ消滅した。


「……くっ!」
 少女のライフが減少する。
 奇しくも1ターン目でイシズに与えたダメージと同じ数値である。



少女 LP4000→3500



「ダグラの剣の効果によって、与えたダメージ500が私のライフに加算されます!」
 パーシアスの持つ刃が光り、イシズのライフが増加する。



イシズ LP6000→6500



「続けて、パーシアスの効果によって1枚ドロー!この瞬間神の恵みの効果が発動し、さらにライフを回復します!」



イシズ LP6500→7000
    手札2枚→3枚



「これで私のターンは終了です」



「……あたしのターン、ドロー!」
(2ターン目でライフ7000か……。そしてあたしのライフの丁度2倍。最初のターンでシャインエンジェルを守備表示で出してもよかったことを考慮すれば、先手を取ったように思わせたかったのだろうな……。性格の悪い女め……)
 現在の状況を分析し、心の中で悪態をつく。ただし、顔には出さない。

「あたしは天使の施しを発動する」




天使の施し 通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、
その後手札からカードを2枚捨てる。



(……よし!)
 8枚になった手札から迷うことなく2枚を選んで墓地に送る。


「手札より充電器を発動し、電池メン−単三型を特殊召喚……」
 魂が宿り、手足が生えた橙色の電池が少女の場に現れた黒い物体、充電器からから射出され着地する。胸の部分にはその名に相応しく「3」の数字が見える。




少女 LP3500→3000

充電器 通常魔法
500ライフポイントを払う。自分の墓地から「電池メン」という名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

電池メン−単三型 効果モンスター
星3/光属性/雷族/攻 0/守 0
自分フィールド上の「電池メン−単三型」が全て攻撃表示だった場合、
「電池メン−単三型」1体につきこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
自分フィールド上の「電池メン−単三型」が全て守備表示だった場合、
「電池メン−単三型」1体につきこのカードの守備力は1000ポイントアップする




「そして速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動! デッキから単三型を2体特殊召喚する!」


地獄の暴走召喚 速攻魔法
相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に
攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと
同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


「単三型を天使の施しで墓地に送ったのですか……。ではこちらは天空騎士パーシアスを守備表示で特殊召喚します!」
 イシズの場に新たなパーシアスが盾を前面に出した状態で具現化される。ただし数は1体。イシズのデッキに投入されているパーシアスは2枚のようだ。

「単三型は全て攻撃表示だ。よって攻撃力は3000!」



電池メン−単三型×3 攻撃力0→3000



「攻撃力3000が3体……!」
「……驚くほどの事じゃない。本当に電池メンを使いこなせていたらこのターンで勝負はついていた。」
「"漏電"…ですか…」
言いながらイシズは少女の手札にそのカードがない事に感謝する。



漏電 通常魔法
自分フィールド上に「電池メン」と名のついたモンスターが3体以上
表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する



(?……)
 同時にイシズは、今のやり取りに少しだけ違和感を持った。数瞬の後、それに気付く。

「そのデッキ……貴女のものではないのですか?」
「そうだ。どうせ聞かれそうだから言っておくが、あたしの本当のデッキは1年前に火の海に沈んだ」
 その口調は明らかに、それ以上聞くな、と言っていた。イシズもそれを察し、以降の追求はしない。

「……いくぞ。単三型でパーシアスを攻撃!」
 それぞれの単三型が放出した三筋の電力が一つに混ざり合い、ダグラの剣を持ったパーシアスに直撃する。




 ――トライアングルプラズマ!



 圧倒的な電力によってパーシアスの白い体は黒焦げになった。

「っ……!」


イシズ LP7000→6400


「続いて、2体目の単三型でパーシアスに攻撃!」
 再び電池メンたちが電力を放つ。パーシアスは消え去ったが、守備表示なためイシズにダメージは届かない。


「3体目の単三型で直接攻撃!」
 攻撃力3000の雷撃を真正面から受けたが、何とか持ちこたえる。

「くぅっ……!」


イシズ LP6400→3400


「……ターンエンドだ」


(あれはミスでしたね……)
 イシズは初手でシャインエンジェルを攻撃表示で出したことを回想する。
 シャインエンジェルはリクルーターだ。攻撃してもしなくても場にモンスターが残るなら、ダメージを少しでも与えた方がいいのは明らか。
 それ故、"伏せカードに臆せずに攻撃するか"を測る指標としては不適切だ。

 だが、イシズは決して手加減していたわけではない。少女が推測した通り、敢えて先手を取らせたのは事実だった。
 ただし、その目的が、ダメージを与える"希望"からライフで大差を付けられる"絶望"への落差を広げようとするという、プレイング度外視の行動であったことも認めねばならない。
 結果、少女の戦意を奪うどころか逆に増長させてしまったことも。



イシズ LP3400
    手札3枚
    場 神の恵み

少女 LP3000
   手札4枚
   場 電池メン−単三型×3(ATK3000)、



「私のターンです。神の恵みの効果によってライフを500回復します!」



イシズ LP3400→3900



(! これは……)
 ドローしたカードを見て、やはり心の中だけで喜びを露にする。


「カードを2枚伏せ……」
 イシズの魔法罠ゾーンに裏側表示のカードが2枚出現した。


「フィールド魔法、天空の聖域を発動させます!」
 岩と砂で覆われた殺風景な谷に白い塔や神殿がそびえ立っていく。地面も大理石で舗装されていった。



天空の聖域 フィールド魔法
天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターの
コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。



「モンスターを裏守備表示で召喚します」
 これでイシズは手札を全て使い切った。
 そのため、裏守備のモンスターはシャインエンジェルだと自然に分かる。


「これでターン終了です」
 3000ポイントもの直接攻撃はむしろいい薬になった。一筋縄ではいかない相手だときちんと認識させてくれたのだから。
 少女の次の手を予測し、行動を注視する。




2章 対極の天使

「あたしのターン、ドロー!」
 ドローカードを確認し、イシズの場の裏守備モンスターに視線を移す。


(シャインエンジェルはおそらく3枚投入されている……。問題はその後で何が出るかだが……)
 パーシアスだけでは確信は無かったが、天空の聖域があるとなれば話は別だ。可能性は9割を超える。


「……電池メン−単三型でモンスターに攻撃」
 少女が電池メンに攻撃命令を下す。電撃は裏側のカードを粉々にした。


「シャインエンジェルの効果によって、シャインエンジェルを攻撃表示で特殊召喚します!」


「単三型でシャインエンジェルに攻撃……」
 放出された電撃は男性天使を貫きイシズを襲うが、聖域から発生した結界が電撃を遮断する。


「く……しかし、天空の聖域の効果によってダメージはありません。更にシャインエンジェルの効果によって……」
(シャインエンジェルはもう無い……何が来る?)


「『コーリング・ノヴァ』を特殊召喚!」
 クリスマスのリースのような姿をした、薄い橙色のモンスターがイシズのフィールドに呼び出される。



コーリング・ノヴァ 効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた場合、
デッキから攻撃力1500以下で光属性の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚することができる。
また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
代わりに「天空騎士パーシアス」1体を特殊召喚することができる。



(!やはり……)
 コーリングノヴァは天使族限定のリクルーター。だが、天空の聖域の下では天空騎士パーシアスを召喚できる優秀なカードだ。
(だが、地獄の暴走召喚を使った時にデッキのパーシアスは出し尽くしてやった。いや、そもそもパーシアスを出されても攻撃力はこちらの方が上だ……)


「単三型でコーリング・ノヴァを攻撃!」
「この瞬間、リバースカードを発動します!」
「!?」
 イシズの宣言と同時に単三型の電力放出が弱まっていく。


「何が……? くっ、これか!」
電池メンの1体に太いコードが装着されていた。コードはイシズの場のゲームのコントローラーのようなものに伸びていた。


「『エネミーコントローラー』、その効果で電池メンの1体を守備表示にします!」
 電池メンがその力を発揮するためには、全てが同じ表示形式でなくてはならない。見ると、力を失った単三型がイシズのモンスターに決死の体当たりをしようとしていた。だが明らかにフラフラな様子だ。



エネミーコントローラー 速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。
発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。



「させない!手札より『月の書』を発動!エネミーコントローラーの対象となった単三型を裏守備表示にする!」



月の書 速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。


電池メン−単三型×2 攻撃力3000→2000



 カミカゼ寸前で電池メンは力を取り戻し、電力を集中した頭部で渾身の頭突きをする。攻撃宣言時ほどの威力はないが、コーリング・ノヴァを倒すには充分なパワーだ。


「まだです、こちらは『転生の予言』を発動します!私の墓地よりパーシアスとシャインエンジェルをデッキに戻します!」


転生の予言 通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。




 ――ツインプラズマシュート!


 頭突きを受けたコーリング・ノヴァは耐え切れずに地上に落下した。


「そして、コーリング・ノヴァの効果を発動します!天空の聖域が存在するため天空騎士パーシアスをデッキより特殊召喚!」
デッキに戻ったパーシアスが即座に現れる。天空の聖都に立ち入らせまいと、蹄を鳴らし少女を威嚇する。


「あたしはカードを2枚伏せ……」
 今度は少女の場に正体不明のカードが置かれた。


「充電器を発動!ライフを500支払い……」


少女 LP3000→2500


「『電池メン−単一型』を守備表示で特殊召喚!これでターンエンド!」
 新たに出現した電池メンは手足が緑、胴が黄色で人ならば確実にメタボリックシンドロームの宣告を受けていそうな体型をしていた。




電池メン−単一型 効果モンスター
星1/光属性/雷族/攻 0/守1900
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は自分フィールド上に存在する「電池メン−単一型」以外の
雷族モンスターを攻撃対象に選択できない。


イシズ LP3900
    手札 0枚
    場 天空の聖域、神の恵み、天空騎士パーシアス

少女  LP2500
    手札 1枚
    場 電池メン−単三型×2(ATK2000)、電池メン−単一型
      裏守備モンスター(電池メン−単三型)、伏せカード2枚




「私のターンです、ドロー!神の恵みの効果でライフを回復します!」




イシズ LP3900→4400




(……さて)
 イシズが思考する。解せないことがあるのだ。

(何故、単一型を呼んだのでしょう?)
 単一型は他の雷族モンスターへの攻撃を自分に移し変える効果を持っている。だが、その効果は表側表示の雷族だけが対象だ。裏側表示の単三型を守ることはできない。


「私はシャインエンジェル2体、コーリング・ノヴァ、パーシアス、ゾルガをデッキに戻し『貪欲な壺』を発動します!」
 考えながらも、とりあえず今引いたドロー増強カードを使用する。このカードの使用に単一型を召喚した理由は関係ないだろう。



貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「デッキをシャッフルし2枚ドロー!神の恵みの効果で500回復!」



イシズ LP4400→4900
    手札0枚→2枚


 少女が顔を歪める。そろそろ神の恵みに嫌気が差してきたのだろう。しかも厄介なリクルーターが全てデッキに戻ってしまったのだ。


「天空騎士パーシアスを生贄に『天空勇士ネオパーシアス』を特殊召喚します!」
「これは……!」
 功績を挙げ、力を高めたパーシアス。
 足を失った代わりに羽根が開き、飛行が可能になった。
 背中の二つの光輪は縦に無限大を描いている。
 元々の能力はそのままに、基礎能力が上がり新たな特殊能力を得た。



天空勇士ネオパーシアス 効果モンスター
星7/光属性/天使族/攻2300/守2000
このカードは自分フィールド上の「天空騎士パーシアス」1体を生け贄に捧げる事で特殊召喚することができる。
このカードが守備モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
フィールド上に「天空の聖域」が存在し、自分のライフポイントが相手のライフポイントを超えている場合、その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。



「ネオパーシアスの効果、天空の聖域が存在し私のライフが貴女のライフを超えているため、その数値分ネオパーシアスの攻撃力と守備力が増加します!」
 聖域の加護を受け、ネオパーシアスの力が増強される。



天空勇士ネオパーシアス 攻撃力2300→4700



「攻撃力4700……か」
 事務的に呟くものの、少女はその数値にあまり関心を示さない。


(やはり……何かある?)
 問題なのは、裏守備の単三型と単一型、そのどちらに攻撃を誘っているのか分からない点だ。どちらに攻撃をしても、そのまま攻撃が通れば勝利できることが、より判断を迷わせる。
 しばらく考えた後、イシズは攻撃宣言を行った。


「ネオパーシアスで攻撃します!対象は……裏守備モンスター!」
「リバースカードオープン!」
 イシズの攻撃宣言に覆いかぶさるように少女が叫ぶ。


「『砂塵の大竜巻』!天空の聖域を破壊する!」



砂塵の大竜巻 通常罠
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。


(どちらでもよかった……!?)
 天空の聖域が無ければネオパーシアスの攻撃力は2300まで落ちる。対して少女のライフは2500。その数値ならどちらに攻撃を受けても耐え切れる。


(ですが電池メンの守備力は0、2300の貫通ダメージを与えれば彼女のライフは一気に致命的な域にまで行く……!)



天空勇士ネオパーシアス 攻撃力4700→2300



「もう一枚! 『シフトチェンジ』を発動し、攻撃対象を単一型へと変更する!」
「!!」


シフトチェンジ 通常罠
相手が魔法・罠・戦闘で自分のフィールド上モンスター1体を指定した時に発動可能。
他の自分のフィールド上モンスターと対象を入れ替える。




 ――天空聖斬!!



 ネオパーシアスが単一型を切り刻んだ。貫通ダメージとドロー効果、神の恵みによるライフ回復もある。だが、この攻防は被害を最小限に抑えた少女の読みのほうが勝っていた。



少女 LP2500→2100

イシズ 手札 1枚→2枚
    LP4900→5400



「……読んでいましたね。ネオパーシアスを出すと」
「最悪の事態を想定して行動しただけだ」
「そう……ですか。あなたのバックアップをしている人物は私と関係が深い人のようですね」

 少女は何も答えない。しかし、イシズはその点の確信はあった。
 彼女が日本かあるいは別のどこかでモンスターに遭遇し、何らかの事情でそれらを憎んでいることは疑いない。ただし、"エジプトでモンスターが暴れ回っている"ことまでは知りようがないはずなのだ。
 ――それを知っている誰かが教えない限りは。


「……まぁ、いいでしょう。カードを1枚伏せターン終了です」
 神の恵みの横に新たな伏せカードが置かれた。
 確かに攻防そのものは少女の戦術の方が上だった。しかしイシズもミスはしていない。単一型を対象に攻撃していればシフトチェンジを温存されていたのだ。


「……ドロー!裏守備モンスターを攻撃表示に変更する」
 攻撃表示の単三型が3体となり、攻撃力が上昇する。



電池メン−単三型×3 攻撃力3000



「単三型でネオパーシアスを攻撃!」



 ――トライアングルプラズマ!!



「くっ……!」
 天空の聖域は排除されているため、超過ダメージはイシズまで届く。



イシズ LP5400→4700



「リバースカードオープン!『天界の翼』!1000ポイントのライフを払い……」
 破壊されたネオパーシアスの羽根が飛び散り、地上で重なり合い輝きを発する。輝きは一筋の光となって天に達し、新たな天使が降臨する。



イシズ LP4700→3700

天界の翼 通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、自分のデッキから光属性・天使族のレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードが墓地に存在する時、自分の墓地に存在する「天界の翼」を
2枚ゲームから除外することでデッキから1枚ドローする。



「その効果によってコーリング・ノヴァを守備表示で特殊召喚します!」
 またしても、リクルート能力を持つモンスターが呼び出される。


「またか……。単三型でコーリング・ノヴァを攻撃!」
 守備力800のモンスターを破壊するには大きすぎる力。
 何度放たれたのだろう。


「では、もう一度コーリング・ノヴァを守備表示で出します」
 イシズの場のモンスターは途切れることがない。


「単三型で攻撃!」
 もはや作業にも近い攻撃宣言。
 某社長ならとっくにキレているであろうそれを、少女は淡々とこなす。

「コーリング・ノヴァを守備表示で特殊召喚します」
「……ターンエンドだ」


イシズ LP3700
    手札 1枚
    場 神の恵み、コーリング・ノヴァ

少女 LP2100
   手札 2枚
   場 電池メン−単三型×3


「私のターンです、ドロー!神の恵みでライフを回復します!」



イシズ LP3700→4200



「手札より『天空の使者 ゼラディアス』を捨て効果発動! 天空の聖域を手札に加え、そのまま発動します!」
「く…………!」
 並のデュエリストなら燃え尽きてしまっているであろう状況。
 しかし、少女の戦意は全く衰えていない。ただ、戦術上厄介だという思いだけで、その言葉を発する。



天空の使者 ゼラディアス 効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻2100/守 800
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「天空の聖域」1枚を手札に加える。
フィールド上に「天空の聖域」が存在しない場合、フィールド上のこのカードを破壊する。



「出でよ――――、『ムドラ』!!」
 黄金のマスクで顔を隠し、左手にシミターを持ったモンスターを喚び出す。


 そして、
(これがイシズ・イシュタールのエースモンスターか……)
 少女が事前に得た情報を思い出す。


ムドラ 効果モンスター
星4/地属性/天使族/攻1500/守1800
自分の墓地に存在する天使族モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は200ポイントアップする。


「ムドラの攻撃力は墓地の天使族モンスター1体につき200上昇します。今、私の墓地には5体の天使が存在するため1000ポイントアップ!」


ムドラ 攻撃力1500→2500


「2500? ……いや、違う。コーリング・ノヴァに天空の聖域……まさか!」

「気付いたようですね。コーリング・ノヴァで電池メンに攻撃!」
「くっ……」
 迎撃する必要はないという少女の意思に反し、電池メンはコーリング・ノヴァの突撃に反応し電力を放つ。コーリング・ノヴァは黒焦げになり、聖域の舗装された路面に墜落した。

「天空の聖域によって私にダメージはありません。そして、コーリング・ノヴァの効果でシャインエンジェルを特殊召喚します」
 それだけではない。
 墓地に天使族モンスターが増えたことで、脇にいたムドラが更なる力をつけていた。


ムドラ 攻撃力2500→2700


「シャインエンジェルで電池メンを攻撃します」
 止める手段はない。 
 次の天使も、つい数十秒前のコーリング・ノヴァと同じ道を辿った。

「シャインエンジェルを特殊召喚し、電池メンを攻撃します」
 天使は電池メンに触れられる所までも到達しない。

「召喚――シャインエンジェル!」
「…………!」
 ついにムドラの攻撃力が電池メンを上回った。


ムドラ 攻撃力2700→2900→3100


「これで終わりではありません。シャインエンジェルで電池メンを攻撃……」
「まだ攻撃力を上げるつもりか……」
 イシズの墓地には、6体のリクルーターが全て墓地に送られた。

「『勝利の導き手フレイヤ』を特殊召喚!」
 青い服を着たチアガールの少女のような天使が出現する。

「攻撃力100……?」
 少女が訝しげにフレイヤを見る。

「フレイヤは場の天使族の攻撃力、守備力を400上げる効果を持っています。さらに他の天使がいる限り、フレイヤに攻撃することはできません……」
 つまりこの状況では攻撃力3700の強力モンスターを排除しない限り、フレイヤに攻撃は届かない。




勝利の導き手フレイヤ 効果モンスター
星1/光属性/天使族/攻 100/守 100
自分のフィールド上に「勝利の導き手フレイヤ」以外の
天使族モンスターが表側表示で存在する場合、
このカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に存在する天使族モンスターの
攻撃力・守備力は400ポイントアップする。



ムドラ 攻撃力3100→3300→3700
    守備力1800→2200

フレイヤ 攻撃力100→500
     守備力100→500


「いきなさい、ムドラ!!」
 力を溜め込んでいたムドラがついに動いた。電池メンが放った電撃の軌道を見切ってかわし、電池メンを真っ二つにする。

 シャインエンジェルとコーリングノヴァ、6体のリクルーターはムドラの攻撃力を上げるためのギミック。天空の聖域やパーシアスの方がむしろ補助的な要素に過ぎない。

 天空の聖域は爆発力のカードである。マシュマロン、ジェルエンデュオと組み合わせれば戦闘では無敵の壁が作れるし、ネオパーシアスやマーズとのコンボが決まれば高い攻撃力を得られる。その反面1枚のカードに戦術の全面を担わせれば、それを活用できなかった時はほぼ間違いなく負ける。
 対してムドラは積み重ねがモノをいうカードだ。徐々に、しかし確実に攻撃力を上げていく。確かに200の差が戦局を左右することはあるが、墓地の天使を1枚ぐらい除外されたところで戦略に響く可能性は圧倒的に少ない。

 『砂塵の大竜巻』1枚で戦略を崩される天空の聖域と、『DDクロウ』1枚では致命的な被害にはなりにくいムドラ。そこでムドラの戦略を重視する選択は、イシズの安定性を求める志向そのものなのだ。


「くっ!」
 電池メンの数が減ったことで、個々の能力もダウンする。



少女 LP2100→1400

電池メン−単三型×2 攻撃力3000→2000



「私はこれでターンを終了します……」
「……あたしのターン、ドロー」
 少女が目を閉じ、精神を集中させる。

(あたしの手札にムドラを倒せるカードはない。今は耐えるしかないか……)
「電池メン−単三型2体を守備表示に変更し、ターンエンドだ」
 電池メンが膝を折り、腕を組む。また、これまで攻撃に使っていた電力を身を守る為のものに変換した。



電池メン−単三型×2 攻撃力2000→0
           守備力0→2000


イシズ LP4200
    手札 0枚
    場 天空の聖域、神の恵み、ムドラ(ATK3700)、
勝利の導き手フレイヤ(ATK500)

少女  LP1400
    手札 3枚
    場 電池メン−単三型×2(DEF2000)



「では私のターンです、ドロー。神の恵みでライフを回復します……」


イシズ LP4200→4700


「そして、ムドラで電池メンを攻撃します!」
 電気で形成されたシールドを突き破り、電池メンに剣を突き立てる。


電池メン−単三型 守備力2000→1000


「ターンエンドです……」
 圧倒的優位にいるはずのイシズだが、その顔は必要以上に険しい。

「あたしのターン……」
 少女はドローカードを左手に持ち替えることなく、そのままデュエルディスクの魔法罠ゾーンに入れた。

「『急速充電器』を発動する……」


急速充電器 速攻魔法
自分の墓地に存在するレベル4以下の「電池メン」と名のついた
モンスター2体を手札に加える。


「この効果で電池メン−単三型2体を手札に加える……」
 前のターンまでに持っていた3枚にそれらが加わり、少女の手札が計5枚になった。

「そして、『バッテリー交換』を発動する。電池メン−単三型を墓地に捨て2枚ドロー」



バッテリー交換 通常魔法
手札から「電池メン」と名のついたカード1枚を捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。



「さらにもう1枚、バッテリー交換を発動する。同じく単三型を捨て2枚をドロー」
 手札に戻した2枚の単三型は、どちらも召喚されずに手札交換の材料に使われた。

「そして、シャインエンジェルを召喚!」
「な……シャインエンジェル……!?」
 少女の場に、先ほどまで彼女自身を苦しませてきた男性天使が出現する。突然の事にイシズも少し戸惑ったが、すぐに冷静に分析を始める。


(いえ……充分にあり得ますね。電池メンは光属性で低攻撃力のモンスターが多いのですから……)


「更に『強制転移』を発動。あたしはシャインエンジェルを選択する!」



強制転移 通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。



 一瞬、イシズは聞き間違えたのかと思った。
 だが、何度回想しても少女は「シャインエンジェルを選択する」と言っていた。これはとても説明がつかない。
 単三型が2体いればまた話は違ってくるのだが。その場合、攻撃力は2000。シャインエンジェルをイシズの場に送りつけた上で倒し、新しいモンスターをデッキから召喚できるのだ。


(しかし、彼女の手札はまだ3枚残っている。充電器があの中にある可能性は低くない……)
 そこまで考えたところで、イシズは自分も選択しなければならないことを思い出した。


「私は……フレイヤを選択します」
 少なくともムドラを与えるメリットは、イシズにはない。
 フレイヤが少女の場に、シャインエンジェルがイシズの場にそれぞれ移る。同時にフレイヤの応援を失ったことで、ムドラの攻撃力が下がる。


ムドラ 攻撃力3700→3300


(3400を下回りましたか……)
 電池メンデッキと敵対する時、基準となる攻撃力の一つが3400だ。
 『電池メン−単三型』を生贄に、『超電磁稼動ボルテックドラゴン』を召喚した時の攻撃力がそれである。



超電磁稼動ボルテックドラゴン 効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻2400/守1000
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●電池メン−単一型:このカード1枚を対象にする魔法・罠カードの効果を無効にする。
●電池メン−単二型:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●電池メン−単三型:このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。



 そして、この数値は電池メンの"基準"の中で最も高い。そのため、ムドラの攻撃力をそれ以上に持っていくことで戦闘では完全な制圧が可能となっていた。全てのリクルーターを墓地に送った理由はそこにあったのだ。


(ですが、フレイヤを破壊すれば攻撃力は3500。問題はない……はず。)


「カードを3枚伏せ、ターンエンドだ」
 残った手札を少女は全てセットした。


(充電器もなし……。一体何を考えているのでしょう……?)


イシズ LP4700
    手札 1枚
    場 天空の聖域、神の恵み、ムドラ(ATK3300)、
シャインエンジェル

少女  LP1400
    手札 0枚
    場 電池メン−単三型(DEF1000)、
勝利の導き手フレイヤ(ATK500)、伏せカード3枚




3章 異世界へ

「私のターン、ドロー。そして、神の恵みでライフを回復します…」



イシズ LP4700→5200



(彼女の場には伏せカードが3枚…。気にかかりますが、いずれ使われるのなら私が有利なうちに……)

「ムドラで電池メンを攻撃します!」
 筋肉質の天使はあっさりと電池メンを切り裂いた。その間、少女は行動を起こそうとすらしなかった。

「シャインエンジェルでフレイヤを攻撃します」
 シャインエンジェルが指で空中に巨大な十字を描く。十字が発光し、そこから光エネルギーが撃ちだされた。




 ――シャインクロス!!


 フレイヤが光に呑まれ、跡形も無く消え去った。攻撃表示だったが、イシズの使った天空の聖域はフィールド魔法なため、少女のコントロール下にある天使にも適用される。


(何の抵抗もなし……ですか……)
「そして、墓地に天使族が増えたことでムドラの攻撃力が更にアップします!」



ムドラ 攻撃力3300→3500



「カードを1枚伏せ、ターンを……」
 「終了します」とは続けられなかった。少女が突然動いたのだ。


「リバースカードオープン! 『亜空間物質転移装置』!」
 イシズはそのカードを見たことが無かった。しかし、よく似た名前のカードからその効果を推測することはできる。場に現れた機械も「よく似た名前のカード」のそれと酷似していた。

「物質転移装置は相手ターンに相手フィールド上のモンスター1体をエンドフェイズまでゲームから除外する……」



亜空間物質転移装置 通常罠
このカードは相手ターンにしか発動できない。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズまでゲームから除外する。


「その効果により、あたしはムドラを選ぶ!」
 転移装置から射出された光がムドラを包み込み、一時的に消し去る。

(ですが、今の効果は攻撃時に発動してもよかったはず。何故このタイミングで……?)

「更に伏せカードを発動する……『リミット・リバース』!」
「!!」
 とうとう気づいてしまった。少女の真の目的に。
 シャインエンジェル、強制転移。今、全てが繋がった。



リミット・リバース 永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「電池メン−単三型を特殊召喚する……」
 再度、橙色の手足と頭、赤色の胴の電池が出現する。



電池メン−単三型 攻撃力0→1000



「3枚目の伏せカード……地獄の暴走召喚!」
「く……やはり……」
「電池メン−単三型2体を墓地から特殊召喚……」
 新品に蘇った単三電池が2つも現れる。

「全て攻撃表示の単三型が3体……よって!」




電池メン−単三型×3 攻撃力3000



(それだけではない……。地獄の暴走召喚は相手もモンスターを選んで特殊召喚しなければならない……。今、私の場にはシャインエンジェルのみ。それこそが狙い!)

「さあ、イシズ・イシュタール。墓地に存在するシャインエンジェルを、全てフィールドに特殊召喚してもらう……」
 その言葉とともにイシズのディスクの墓地ゾーンから3枚のカードが出てくる。

「シャインエンジェルが、4体……!」
 1人の場にトークンでないモンスターが4体存在しているなど、滅多に見られない光景だ。

「エンドフェイズに物質転移装置の効果でムドラが帰還する」
 除外される前の攻撃力は3500。
 だが今はシャインエンジェル3体分、つまり600下がっている。


ムドラ 攻撃力1500→2900


(こんな方法で攻撃力を下げるとは……! この子の高い実力……やはり、欲しい人材ですね……)
「少し――話があります」
「あぁ、今度は何?」
 すぐにターンを譲ってくれると思っていたのだろう、少女はやや面倒臭そうに応じた。目的はあくまで勧誘だが、ペースを乱しプレイングミスを誘えるならそれも悪くない。

「……デュエル前に私が提案したことを覚えていますか?」
「デュエリストの軍隊に入ってほしいという内容のことか?」
「それです。私は初めは、貴方を引き止めるためだけにその提案をしました。ですが、今は違います。実力を見込んで私に力を貸してほしいと、そう考えています。どうでしょう、この話を受けてくれませんか?」

「……それは……受けられない。」
返答は変わらなかった。ただ、幾分否定の感情が弱まったようにも感じた。

「そうですか……。まぁ、そのためにデュエルをしているのですから仕方ありません。しかし……!」
「……このデュエルに負けたら……その選択を受ける」
 まさしく今、そう言おうとしていた。咄嗟に聞き返す。

「本当……ですか?」
「……あの悪魔どもと戦える場さえ用意してくれれば構わない。ただ……やはり守るよりも、攻めていきたい」
 それは少女のデュエルにおけるプレイングからも見て取れる。
 とはいえ、彼女の側もまだ気が抜けない状況にある。ムドラは倒せる状態になったとはいえ、その代償として3体ものリクルーターを与えてしまっている。

「話が終わりなら、続ける。ドロー、そして電池メン−単三型でムドラを攻撃!」




 ――トライアングルプラズマ!!



「……くっ、ムドラが……!」
 天空の声域の効果で、ライフへのダメージはない。しかし、思いもよらない方法でエースモンスターを失った時のショックほど大きいものはない。

「単三型でシャインエンジェルを攻撃……」
 対象に指定したのは攻撃表示のシャインエンジェル。つまり、元々の所有者が少女の側のそれだ。単三型は瞬時に天使の4枚の羽根を無力化し墜落させる。

「シャインエンジェルを特殊召喚……」
 イシズの場のシャインエンジェルが1体減り、少女の場に新たなシャインエンジェルが現れる。

「シャインエンジェルでシャインエンジェルを攻撃……」




 ――シャインクロス!!
 ――シャインクロス!!


 鏡で映し出していると錯覚するほど同じ動きで、2人の天使が攻撃を放つ。お互いに相手の裏をかこうと軌道を湾曲させており、どちらもかわせなかった。

「相打ちですか……ならば勝利の導き手フレイヤを召喚します!」
 イシズの場に2人目のチアガール風の天使が現れる。

「そして、場の天使たちの能力が上昇!」



シャインエンジェル×2 攻撃力1400→1800
フレイヤ 攻撃力100→500



「く……こっちもシャインエンジェルの効果でシャインエンジェルを特殊召喚。
そして、単三型でシャインエンジェルを攻撃……!」
 いくらフレイヤの応援があるといっても、3体揃った電池メンには敵わない。

「では、リバースカードを発動します、天界の翼!」



イシズ LP5200→4200



天界の翼 通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。1000ライフポイントを払う事で、自分のデッキから光属性・天使族のレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードが墓地に存在する時、自分の墓地に存在する「天界の翼」を
2枚ゲームから除外することでデッキから1枚ドローする。


「『ジェルエンデュオ』を攻撃表示で特殊召喚します」
 ぬいぐるみのような、桃色と薄緑色の双子の天使が出現する。


ジェルエンデュオ 効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1700/守 0
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。



ジェルエンデュオ 攻撃力1700→2100
         守備力0→400



「更にシャインエンジェルの効果によって『マシュマロン』を召喚!」
 マシュマロに魂が宿ったモンスターが現れる。どんな攻撃でもその軟体で受け流し、戦闘では破壊されない強力なカードだ。その上ダメージを与える効果まで所持しているが、シャインエンジェルの効果で召喚された以上、発揮されることはないだろう。



マシュマロン 効果モンスター
星3/光属性/天使族/攻 300/守 500
フィールド上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
このカードは戦闘では破壊されない。



マシュマロン 攻撃力300→700
       守備力500→900



(ここにきて戦闘破壊されないモンスターが2体か。ならば!)


「シャインエンジェルでシャインエンジェルを攻撃!」




 ――シャインクロス!!
 ――ホーリークロス!!


 イシズの場にいるシャインエンジェルは、フレイヤの効果によって攻撃力が増強され、より高度な光の術を使いこなせるようになっていた。
 少女のシャインエンジェルは、光の十字にその身を焼かれた。

「シャインエンジェルの効果で『異次元の女戦士』を召喚!」
 少女が召喚したのは、近未来の黒服に身を包んだ金髪の女性剣士だった。



異次元の女戦士 効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、
相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。



(次のターンでイシズ・イシュタールが最上級モンスターを召喚すると仮定した場合、ジェルエンデュオがいればそれだけで召喚できる。つまり――マシュマロンかシャインエンジェルを温存される。だが、ジェルエンデュオを消し去ればその2体を生贄にせざるを得ない……。天使族の最上級モンスターで素の攻撃力が3000を越えるモンスターはそうはいない。とすれば"応援してくれる人"ことフレイヤは必須だからな……)


「異次元の女戦士でジェルエンデュオを攻撃する……」
(だが、こっちが異次元の女戦士を出すことは読んでいたみたいだ……。わざわざ攻撃表示で出すとは!)
 ジェルエンデュオの攻撃力は可愛らしい容貌とは裏腹に1700もあり、逆にシャインエンジェルやコーリング・ノヴァの効果で召喚できない欠点であるともいえる。しかし、今の状況ではその攻撃力の高さは厄介だ。その上フレイヤの効果で2100まで上昇している。

 ジェルエンデュオが女戦士を連携攻撃で翻弄し挟み撃ちにして消滅させた。
 だが、既にその場は異次元空間への穴で支配されていた。双子の天使は穴に吸い込まれ戻れなくなってしまった。

「異次元の女戦士の効果によって、自身とジェンルエンデュオをゲームから除外する……。戦闘ダメージは受けるが……」



少女 LP1400→800



「カードを伏せ、ターンを終了する……」
 正体不明のカードが少女の魔法罠ゾーンに置かれる。




イシズ LP4200
    手札 1枚
    場 勝利の導き手フレイヤ(ATK500)、
シャインエンジェル(ATK1800)、
      マシュマロン(ATK700)、天空の聖域、神の恵み

少女 LP800
   手札 0枚
   場 電池メン−単三型×3(ATK3000)、伏せカード1枚、
リミット・リバース(単三型の1体対象)





「私のターンです、ドロー!神の恵みでライフを回復します……」



イシズ LP4200→4700



「続いて、墓地の天界の翼の効果を発動します……。墓地の天界の翼2枚を除外して、カードを1枚ドローします。そしてライフを回復……」



イシズ LP4700→5200
    手札 2枚→3枚



「シャインエンジェルとマシュマロンを生贄に……『守護天使ジャンヌ』を召喚します!」
 純白の衣を纏った女性天使が出現した。
 光輪と翼を有する典型的タイプの天使だ。



守護天使ジャンヌ 効果モンスター
星7/光属性/天使族/攻2800/守2000
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分は破壊したモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。



「フレイヤの効果によって攻撃力が上昇します!」



守護天使ジャンヌ 攻撃力2800→3200



「守護天使ジャンヌの攻撃……」
 両手を電池メンに向かって突き出し、光エネルギーを集中してビーム状に発射する。




 ――セイントクラスター!!



「……くっ!だが、電池メンの元々の攻撃力は0だ。回復はさせない……!」



少女 LP800→600


電池メン−単三型×2 攻撃力3000→2000



「これでターンエンドです」


「あたしのターン、ドロー……」
(! 来たか……)
「いくぞ、電池メン−単三型を生贄に捧げ――





『超電磁稼動ボルテックドラゴン』を召喚!」
 玩具のような姿をした西洋風の竜。
 目を引くのは巨大な頭部。
 あの口で電力を吸収したら、どれ程の破壊力をもたらすのかしれない。




超電磁稼動ボルテックドラゴン 効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻2400/守1000
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●電池メン−単一型:このカード1枚を対象にする魔法・罠カードの効果を無効にする。
●電池メン−単二型:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●電池メン−単三型:このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。



「ボルテックドラゴンの効果……単三型を生贄に召喚した時、攻撃力が1000アップする……」
 ボルテックドラゴンの背中に電池を収容する穴が空いた。電池メンはその中にカチッと音を立てて固定される。



超電磁稼動ボルテックドラゴン 攻撃力2400→3400


電池メン−単三型 攻撃力2000→1000



「行け……ボルテックドラゴン……!」
 巨大な口を開き周囲の電力を集束させる。しかも、電池を入れたことによってエネルギーの吸収能力が増大していた。それを一気にジャンヌめがけて放射する。




 ――轟雷天破砲!!



 ジャンヌは防御も回避もまともに出来ないまま、電気光線に貫かれて消滅した。
 しかし、

「天空の聖域の効果によってダメージはありません」
「分かっている。電池メンでフレイヤに攻撃……」
 この攻撃で、とうとうイシズの場からモンスターが完全にいなくなった。実に2ターン目以来の事だ。


「ターンエンドだ……」
(……モンスター全滅と引き換えに攻撃力1000の単三型を攻撃表示で残したのは賭けだが、いけるか?)




イシズ LP5200
    手札 2枚
    場 天空の聖域、神の恵み

少女 LP600
   手札 0枚
   場 超電磁稼動ボルテックドラゴン(ATK3400)、
     電池メン−単三型(ATK1000)、伏せカード1枚





「ドロー、そして神の恵みによって回復します……」



イシズ LP5200→5700



「さらに『手札抹殺』を発動!2枚を捨て、新たに2枚ドローします……。神の恵みの効果で500回復!」
 少女に手札はないので手札交換は行われない。



イシズ LP5700→6200



「墓地のシャインエンジェル2体をゲームから除外し、『神聖なる魂』を特殊召喚します……!」
 一見何の特徴も無さそうな平凡な男性が出現する。その背後には天使の姿が透けて見える。天使の魂が男の肉体を操っているのだろう。



神聖なる魂 効果モンスター
星6/光属性/天使族/攻2000/守1800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手のバトルフェイズ中のみ
全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。



「さらにムドラを召喚!」
「……」
 少女を散々苦しめたモンスターの2体目だが、もはや何の反応も示さない。


「ムドラの攻撃力は墓地の天使族1体につき200アップします……。よって!」
イシズの墓地にはコーリング・ノヴァが3枚にフレイヤが2枚、
シャインエンジェル、パーシアス、ネオパーシアス、ゼラディアス、ムドラ、マシュマロン、ジャンヌが各1枚の計12体である。



ムドラ 攻撃力1500→3900



「ムドラで超電磁稼動ボルテックドラゴンを攻撃!」
 イシズの命令を受け、ムドラが超電磁稼動ボルテックドラゴンに跳びかかる。
 ボルテックドラゴンの攻撃を回避し、背中に回りこむ。シミターを単三型が嵌まっている部分に突き立てると、電池が爆発を起こした。爆発は電池の周辺から始まり、やがて竜の身体全体に広がった。
 ムドラはあわやというところでボルテックドラゴンから飛び退き、爆発から逃れた。



少女 LP600→100



「これでトドメです……。神聖なる魂で電池メン−単三型を攻撃!」
 天使に身体を乗っ取られた男が、与えられた光の力を解放して電池メンに浴びせる。




 ――シャイニングレイン!!




「伏せカードオープン……『電磁障壁』、デッキから電池メンと名のつくモンスター1体を墓地に送り、ダメージを0にする……」




電磁障壁 通常罠
デッキから「電池メン」と名のつくモンスター1体を選択し、墓地に送る。
1度だけ自分が受けるダメージを0にする。




「あたしは、『充電池メン』を墓地に送る……」
(これでいい……。次のターンで"アレ"を引く確率を少しでも高めなければ……)

「(削りきれなかった……!)これでターンエンドです」

「あたしのターン、ドロー……」
 イシズは表情の変化から少女の手札を読むことをとっくに諦めていた。しかしこのターン、ドローカードを見て彼女は笑った。すぐに無表情に戻ったものの、それは意識して見ていなくても分かるほどの変化だった。

「墓地の電池メン−単三型を2枚除外し……『電池メン−業務用』を特殊召喚する!」
 新たに出現した電池メンは、メタボ体型の単一型よりさらに巨大だった。
 四角い胴体に蓄積されている電気の量は、他の電池メンのどれをも凌ぐだろう。
 また、脚部は足ではなくタイヤになっている。小回りは利かないが、一つの行動に全力を出すにはこの方が効率的だ。
 まさに業務用である。




電池メン−業務用 効果モンスター
星8/光属性/雷族/攻2600/守 0
このカードは通常召喚できない。
このカードは自分の墓地に存在する「電池メン」と名のついたモンスター2体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
自分の墓地に存在する雷族モンスター1体をゲームから除外する事で、
フィールド上に存在するモンスター1体と魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。




「電池メン−業務用の効果発動……充電池メンを除外し、天空の聖域とムドラを破壊する!」
 右腕の赤いコードからムドラに向け、左腕の黒いコードを大理石の路面に押し付け、高圧電流を流し込む。
 ガラガラと音を立てて天空の聖域は崩壊していき、ムドラは麻痺したまま動けず、崩れゆく聖域と運命をともにした。


「そして……業務用で神聖なる魂を攻撃……!」




 ――フルバッテリーフラッシュ!!



 天使の魂は業務用が放った電流をわずかに逸らしたが、男に向かう電力の全てを封ずることは敵わなかった。



電池メン−業務用 攻撃力2600→2300

イシズ LP 6200→5900



「……イシズ・イシュタール」
 不意に少女が話しかけた。

「……何です?」
「さっきの話、デュエルをしていて心境の変化が起きたと言っていたが――あたしにもあった。あんたにとっては皮肉な話だが……あたしはこのデュエルで、第一次元への最後の心残りがなくなった」
 話の流れからすれば、第一次元というのはこの世界のことだろう。

「……心残り……ですか?」
 イシズは少しだけ意外に思った。
 そもそも彼女に心残りがあるようには見えなかったためだ。

「あたしが別世界に行った後……この世界にモンスターが侵攻してきた時にそれを防ぎきれるかということだ。だが……安心した。これほどの腕のデュエリストが警戒してくれているのなら、な」
「……」
 イシズは誉められたことを喜ぶべきか、彼女の決心を強めてしまったことを悲しむべきかで迷う。

「この次元の事は……任せます」
「! ……」
 少女がイシズに対して丁寧な口調を使うのはこれが初めてだった。
 同時に、今のは遠回しな勝利宣言でもある。彼女の言葉は"異世界に行く"ことを前提としている。

「これでターンエンド。……だけど、そんな珍しいものを見るような目はやめてくれませんか?」
「……していましたか?」
 自覚はあったが、とぼけるイシズ。
 今のイシズにはまたしても、"怒りでプレイングを乱してくれるなら――"という心理が働いていた。





イシズ LP5900
    手札 0枚
    場 神の恵み

少女 LP100
   手札 0枚
   場 電池メン−業務用




「私のターンです……神の恵みでライフを回復……」
 ドローカードはプレイングミスを誘発させるのにこの上なく効果的だった。


イシズ LP5900→6400



「私はカードを1枚セットし……ターンを終了します……」
 ドローカードと少女の場の業務用電池を何度も見比べ、ついに場に伏せた。

(これでいい……はず。業務用はモンスターと魔法罠を常に同時に"1枚ずつ"破壊する……。私の場にモンスターはいない。つまり、私の場の伏せカードを取り除こうとするなら業務用を犠牲にするしかない。彼女が新しいモンスターを召喚するのでなければ。しかし、それこそが罠……。この伏せカードは『激流葬』なのですから!)



激流葬 通常罠
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動可能。
フィールド上のモンスターを全て破壊する。




 この心理戦に対し、少女には一縷の迷いもなかった。
 ドローカードを一瞥すると、何の躊躇いもなく次の行動を起こした。

「このターンで決める……! 電池メン−業務用の効果、単三型をゲームから除外し……業務用と伏せカードを破壊!」
「なっ……業務用を自ら……!?」
 業務用が腕代わりの青いコードを伏せカードに、赤のコードを自分に向け、高圧電流を流す。





――バチバチバチィィィィッッ!!


イシズの場の伏せカード、激流葬を破壊し……





――ズッドオォォォォォン!!


 業務用が大爆発し炎上した。
 その爆発の意味を考え、イシズは戦慄した。
 少女は業務用の効果を迷わず使った。つまり、彼女の手に残った最後の手札は業務用以上の攻撃力を有するモンスターである可能性が高い。
 ドローしたまま、右手に持ち続けている以上、最悪でも何かしら使用するのは間違いない。


「更に、墓地の電池メン−業務用を除外し……










召喚! 『超電磁稼動ボルテックタイガー』!!」





超電磁稼動ボルテックタイガー 効果モンスター
星8/光属性/雷族/攻?/守0
このカードは通常召喚できない。
このカードは自分の場、または墓地に存在する「電池メン」と名のついたモンスター1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分の墓地の「電池メン」と名のついたモンスター1体を
ゲームから除外できる。
このカードの攻撃力はゲームから除外されている「電池メン」と名のついた
モンスターのレベルの合計×300となる。



「ボルテック……タイガー!?」
 少女の場に機械仕掛けの虎が出現した。
 身体の三分の一を占める巨大な前足と、それに連なる鋭い爪が目立っている。
 ボルテックタイガーの胴体にはケーブルが接続されており、彼女のデュエルディスクに繋がっていた。


「ボルテックタイガーの攻撃力はゲームから除外されている電池メンのレベルの合計によって決まる……。合計数値は22!よって――」

「攻撃力6600……」
 今になって思えば不思議な行動だった。電池メンの特殊召喚は墓地から行われることが多く、基本的に除外ゾーンに送られてしまえば死に札となる。なのに墓地の"雷族"をコストとする業務用の起動効果でも、少女は電池メンを除外した。
 ライオウやボルテックドラゴンがあるにもかかわらず。それもレベルの高い電池メンから順番に――。




超電磁稼動ボルテックタイガー 攻撃力?→6600




(全てはこの1枚のための布石……。電磁障壁で充電池メンを選択したのは、業務用を除いて最もレベルの高い電池メンだったから。可能性を引き寄せるための合理的なプレイング。その上でこれだけの引きを見せてきた。私の手には負えなさそうですね……)


「終わらせる……!ボルテックタイガーで直接攻撃!」
 電気がデュエルディスクから伸びたケーブルを通じて、それを糧とする虎に流れ込んでいく。
 虎が巨大な前足で地を蹴り、イシズの目の前まで跳躍する。
 電力を纏った爪がイシズを襲った。







 ――迅雷地砕爪!!


 ――ザシュゥゥゥッ!!




イシズ LP6400→0






「あたしの勝ちですね……さてと」
 少女はデュエルディスクを左腕から取り外した。
 続いて軽くなった左腕を背中に回し、水の入ったペットボトルを取り出す。
 そして"ソレ"のキャップを外し、デュエルディスクの上にぶちまけた。
 特に変化が起きたようには見えないがデュエルディスクとて精密機器。ただの機械部品の塊と化したことは明白だ。

「な……何を……しているのです?」
 イシズが目を丸くしてその真意を聞く。

「エジプトにあたしがいたという証拠は、隠滅しなければならないと思いますが」
「え……?」
 話がまるで掴めない。

「このデュエルディスクの使用履歴――使われた時間と場所のデータは衛星でKCのデュエルリングサーバに送られます。つまり、少なくともこのデュエルディスクを使った何者かが、エジプト王家の谷付近で貴方とデュエルをしたという記録は残ります。実はこのデュエルディスクは一般のディスクにはない、ある機能が追加されていまして……証拠能力が普通のディスクより高いんです。更に付け加えるならば、あたしはエジプトで顔を隠して行動はしませんでした」

「ああああっ! そういうことですかっ!」
 イシズが思わず頓狂な声を上げた。
 そう、これだけの情報が揃えば、エジプトで行方不明になった少女が姿を消す直前に"王家の谷"で"エジプト考古局局長イシズ・イシュタール"と出会ってデュエルをしていた事象は導き出せる。

 これが明るみに出たらどうなるか?
 まず、イシズはその職に留まることはできないだろう。
 その場合、モンスターに対する警戒も薄くなるのは確実だ。彼女の後任にそんな非現実的な内容を信じる人間はおかれないだろう。
 それだけならまだいい。


 "王家の谷"についての情報公開を促されたら……


 断るわけにはいかない。
 だが、言っても信じてもらえる可能性は皆無だ。

「王家の谷には実体化したM&Wのモンスターが出現します」
 日本政府のお偉方にそう説明し、笑いものになる様子が目に浮かぶ。
 実際エジプト政府を信用させ立ち入り禁止にするだけで、すでに2年以上の歳月を要していたのだ。
 最初の犠牲者が出るまでに、バレなかったことの方が奇跡だった。

「まぁ、これは保険です」
 少女の言葉によってイシズは現実に引き戻された。

「驚かせてすみません。本当はデュエルが終わり次第、記録を即改竄するように手配してあるんです」
「どういうことです? 貴女を送り出した人間はまさか――」
 モンスターについて知っていて、尚且つデュエルリングサーバのデータを改竄できるほどの権力と技術を持っている人間を、イシズは片手の指にも満たない数しか知らない。

「それ以上は言えません。これは置いていきますから、後はそちらで処分なさってください。では」
 少女はデュエルディスクを足元においてから、踵を返し王家の谷へ入っていった。
 イシズはその様子を呆然と見送った後、残されたディスクを回収しようとした。

「? これは……」
 デュエルディスクの脇に何かがある。近づいて見てみると茶封筒だった。宛名などは一切書かれていない。しかし、状況から察するに、

(もしかすると、あの子を送り出した人物からの手紙でしょうか?)
 どう考えても意図的に置かれたものだ。読んでも問題はあるまい。
 イシズは封筒を開け、中の手紙を読み始めた。
 そこには――――。




4章 目覚め

 桐沢健は海馬コーポレーションの、ある部屋の前で何度か深呼吸をした。
 室内にはいかにも医務室然としたベッドが置かれているが、普通の社員が体調を悪くしてもまず訪れることはない。存在自体が知られていないためだ。そしてその性質ゆえに、この部屋は人を隠すことにも用いられていた。

 ここで3日間眠り続けている少女の面倒を見、必要なら護衛することが健の今回の任務である。ただ彼にとってこの仕事は、ある意味得体の知れない会社の重役を相手にするよりも厄介だった。
 女性相手の任務は初めてではない。
 以前、ある会社社長の妻と接触し、海馬コーポレーションに敵対している証拠となる文言を引き出すよう命じられたこともある。
 だが年頃の、しかも被害者側の少女に心を開かせようとするなら、少なくとも女性の方が適任だと真剣に思う。
 任務を言い渡された際にアイリへの伝言ではないかと何度も確認したが、結局間違いではなかった。

 救出してから3日、まだ可愛い寝顔を見るだけで済んでいたが、いつまでもそんな状態が続くと思うほど健は愚かではない。
 初日から感じていた、当てにならない嫌な予感も臨界点に達しつつある。



 ――コンコン

 一応ノックをしてから、返事は待たずに入る。
 意識がない人間に返答を期待するなど馬鹿げている。
 そうするとノックは無駄極まりない行動になってしまうのだが、いわゆる"もしもの時"に最低限の対処をするぐらいの猶予はできるはずだ。
 交渉云々の前に完全に関係を崩壊させるわけにはいかない。

 そして、健の嫌な予感は4日目にしてようやく当たった。
 この部屋にある3台のベッドの内、一番奥の窓際にあるベッドに眠っていたのはもう過去のこと。
 少女――――永瀬瑠衣は、上半身を起こして健を無表情に見つめていた。
 より正確には"健"を見ていたのではなく、ノック音の方向を見たらたまたま視界に入っただけだろう。

 とりあえず、入り口付近で立ち止まっているわけにはいかない。健は瑠衣のベッドのところまで歩き、脇にある椅子に腰掛けた。


「………………」
「………………」


 気まずい、どころか息の詰まりそうな沈黙。
 切り出し方が、わからない。

 研究所での任務は彼女の意思とは関係なく、連れて来さえすればよかった。あの状況では完全に研究所側が悪だったとはいえ、効率優先でまともな説明もせずに気絶させてしまったことを今更ながら後悔した。
 とはいえ、「これから気絶させます」などと言っても反応に困るだけだったろうが。

「あっ、あの!」
 沈黙を打開したは瑠衣の方だった。
 とりあえず感謝する。

「えーと……桐沢健さん、ですよね?」
 まずはショックで記憶喪失になっていないことに安堵した。
 健たち海馬コーポレーションの密偵が使うデュエルディスクには、いくつかの特殊な機構が積まれている。
 その内の一つに、ソリッドヴィジョンに搭載されている衝撃装置のリミッターを解除するシステムがある。意識を失ってくれたためそのシステムが動いていたのは間違いないが、ツマミを1段階余計に回していて、必要以上の苦痛を与えてしまったのではないかと反省していたのである。

「あぁ、そうだよ」
 瑠衣はそれを聞くと安堵するどころか険しい表情をした。

「それ、本名ですか?」
「へっ……?」
 予想だにしなかった反応に真面目に驚く。

「あの、間違っていたら申し訳ないのですが、貴方は"裏"の人間ですよね?だとしたら本名を"あんな所"で名乗るのは危ないと思うんですけど?」
 あぁ、そういうことかと納得した。この場でそれを隠す意味はない。

「あー、何て言ったらいいかな、この名前は本名だけど偽名なんだ。経歴や戸籍すらも操作して、任務に応じて文字通り別人になる。だから"その任務での本名"を知られても痛くない。後で調べられてもそんな人物は最初からいないってことになる。これでいいかい?」
「はい……。じゃあ今はまだ、桐沢健さん……のままでいいんですよね?」
「そうだな。でも特に愛着があるわけでもないし、呼び捨てで構わないけど」
「いえ、それはちょっと……」
 説明しながら健はこの瑠衣という少女について、救出前とは違う点に気づいた。
 その変化は健にとって助かるものだ。

 彼女は――――生きようとしている。
 今の質問の本当の意味は、自分の目の前にいる人間が信用できるか否か確かめようとしていたことにあるのだろう。ひいては彼女を助けた健たちの組織が自分を"救出"したのか、あるいは二重の"誘拐"をしたのかを。
 それらはこれから死のうとする者が持つ思考ではない。

 が、同時に健は非常に重い役目を背負ったことになる。
 健の一挙手一投足が、彼女にとってのKCへの評価に直接繋がってしまうのだ。対応を間違えれば、また絶望してしまうかもしれない。

「あ……そういえば、ここはどこでしょうか?」
 すぐに答えようとして、瑠衣の視線が向かう先が窓の外であることに気付いた。
 彼女のベッドは窓際。つまり完全に起き上がらなくても、少し首を伸ばせばビル近くの階段脇に建てられた『青眼の白龍』の彫像が見える。
 そんな趣味の悪いビルを、健は海馬コーポレーション以外に知らない。
 やはり彼女は健を試しているようだ。

「海馬コーポレーションだよ」
 しかし海馬コーポレーションにとって、今回の活動は紛れもない善意である。警戒されるような事象はまるで存在しない。存在しないものは出せない。
 問題はそれをどうやって理解してもらうかだ。

「じゃあ……今日は何月何日ですか?」
「10月21日だ」
 こちらは確かに手掛かりがなかった。
 普段使われていない部屋であるため仕方ないが、この部屋にカレンダーはない。仮にあったとしても、めくられずに放置されているだろう。
 彼女は違うが、本気で幽閉するなら時間の感覚を失わせるのも一手である。

「では、ちょっと抽象的かもしれませんが、どういう事情でここに連れて来られたのかを……教えてほしいです」
 ここからが本題だろう。
 海馬社長からは特にこの内容を話せ、話すなといった命令は受けていない。
 となれば現場の判断で動くしかない。
 暫し考えてから、まずは彼女がこの件に関してどれぐらい知っているかを確認することにした。

「確かに抽象的だな。とりあえず、君が知っている限りの事実を教えてくれないか。それを補足していく方が俺もやりやすい」
「それは構いませんが――――本当に何も知らないんです。彼らの正体も、どうやって生き残ったのかも……」
「だったら、1つ目は答えられるな。あいつらはグールズの残党だ」
「グールズ……?」
 本小説の読者ならば知らない者はいないであろう組織名だが、第1回バトルシティ大会から10年近く経って、事件は風化しつつある。

「あぁ、9年前の第1回バトルシティ大会の時代に暗躍していた組織だ。主な活動はコピーカードの製造やレアカードの強奪。つまるところM&W絡みの犯罪組織だな。あの大会の準優勝者、マリク・イシュタールが総帥で、一説では大会そのものが奴らをおびき出すための罠って話もあったぐらいだ。残党共はゴキブリ並みのしぶとさで、いまだにあちこちで動いてやがる。そいつらを潰すのも俺たちの仕事だから、君には――本当に申し訳ない」
 彼らの行動には本当に手を焼いている。いまやモグラ叩きのような状態で、完全な掃討は不可能とまで考えられている。

「コピーカードの製造……ですか」
 瑠衣が遠くを見ながらゆっくりと言う。
 研究所でのことを回想しているのだろう。

「心当たりがあるのか?」
「いえ……。神のカードの複製品を作ろうとしていたのにはそんな事情があったんだなって、少し思っただけです。最初からあの『ラー』は偽物だと、見破っていたんですよね?」
まさしくその通りであった。
 健が救出作戦時に渡されたデッキで『神獣王バルバロス』と入れ替えたカードこそ、他ならぬ偽の『ラーの翼神竜』だった。これは紛れもないグールズ残党の違法行為の動かぬ証拠である。

「うん、そうだ。他には何かある?」
 健が聞くと、瑠衣は少しだけ考え込む。

「さっきの言い方だと、私が生き残れた理由は……」
「あぁ、分かっていない」
 形の上では健からの説明だが、これは事情聴取でもある。
 海馬コーポレーションから瑠衣に対しての情報提供に関しては、細かい命令はなかったがグールズ残党についての情報はできるだけ引き出すように言われていた。負い目があるとしても、せいぜいそれぐらいだ。確かに記憶は苦しみの原因になりうる。
 しかし様子を見る限り、あまり期待はできないだろう。思いの外冷静に回想してくれているようだが、結局"知って"いなければその努力も無駄になる。
 無理に続けても傷つけるだけかもしれない。

(さて、どうするべきか……)
 必死に知りたい内容を言葉に練り直している瑠衣を横目で見ながら、健は思案する。











 瑠衣は目覚めてすぐに、現在位置が研究所でないと分かった。
 天井の広さ、色。ベッドの質。それらはこの3年間瑠衣が寝起きしていた部屋とは、完全に異なっていた。
 記憶は意識しなくてもすぐに戻ってきた。フラッシュバックと言った方が正しいか、しかし思い出す過程はあまりにも平坦で、拒絶も恐怖もあまり感じなかった。

 誘拐され、実験材料になったこと。
 神の裁きに耐えたこと。
 しかし心は耐えられず、自殺しようとしたこと。
 計画実行の日、想定外の事態が起きたこと。


「わたし……生きてるんだ……」


 手のひらで視界を閉ざし、ぽつりと口に出たのがその言葉。
 特に思い浮かぶこともなく、なんとなく体を起こした。
 右には壁と窓、左のサイドテーブルには花のない花瓶が載っていて、それより先は同じくベッドとサイドテーブルが2組ほどあった。
 死に損ねたとも、思えない。
 なし崩し的な決意だったとはいえ、結局自殺すらできないほど臆病だったのだと、よくよく骨身に沁みた。本気だったなら、とっくにサイドテーブルの花瓶を割って、破片で手首か喉でも掻き切っているだろう。
 死にたくないなら生きるしかない。どれだけ身を引き裂きたくなるほどの自己嫌悪を向けても、その単純な帰結に逆らうことはできない。


「…………生きよう」


 ため息混じりに、言った。決意も何もない、抜け殻のような一言。だがそれが、瑠衣の中の何かを決定的に変えた。

 周囲を見渡すが、保健室の規模を大きくしたような部屋には誰もいなかった。
 服は入院着っぽいに変わっていた。
 誰が着替えさせたのだろうか?いや、それも重要な案件だが、まずはこの場所について知ることの方が先だ。
 気を静め、手がかりを探る。
 "どこのビル"かは、すぐに判明した。
 窓から下を見ると、正面玄関前、大階段の両脇に、2体の『青眼の白龍』の彫像があった。

(海馬コーポレーション……?)
 これが病院だったなら助かったと思えたかもしれない。
 だが実際に目覚めたのは海馬コーポレーションで、その上力づくで気を失わされた恐ろしい記憶付きでは、無条件で信じることなどできるはずがなかった。
 なんといってもこの企業は――M&W絡みだ。

 当面の課題を海馬コーポレーションが自分を"攫った"理由の究明と定めた時、ノック音がした。身を硬くして扉の方を見る。
 返事をする前に入ってきたその男に、見覚えはあった。というより、記憶が残っている限りで最後に見たのが彼だ。
 一瞬止まった思考を即座に復活させ、彼及び海馬コーポレーションが信用できるかどうか探るための質問を練る。




 結果として、多少嘘も交えた質問の後、海馬コーポレーションは自分を"保護"したのだと判断した。少なくとも目の前の健と言う青年には、瑠衣の考え違いでなければ誠意がある。そこまで思い至ると、ようやく実験体永瀬瑠衣は、少しデュエルが強いだけの普通の少女として話すことができる気がした。
 あのデュエルは精神の安定を保つために必要なものではあったが、基本的に自ら臨もうとしない、常習性のない行為だった。研究員の前では大人しくしていたため、目立った外傷もない。そのため記憶という心の傷を除けば――それが最大の難関だが、異常ともいえる早さで立ち直りつつあった。
 いや、それすらも研究員を無駄に刺激しないために培った、徹底した感情の抑制によって今のところ上手くいっている。

 そうして質問を続けたわけだが、肝心な部分に関しては、あまり詳しい情報は得られていない。
 ただそれは、ある程度割り切っていた。
 健は上層部ではなく現場の――こういう言い方は申し訳ないが、末端の人間だろう。研究所に乗り込んできたことからもわかる。そうすると、教えてもよい情報しか与えられていないと考えられる。となれば、健の言動から上層部の意向を掴むのは難しいと言わざるを得ない。
 また"精霊と会話できる能力"について、瑠衣はその能力こそが自分を裁きから守ったのだと確信していたが、ひとまず隠している。持っている情報は全て与えた方が真実に近づき易いだろうが、それを言えば健の態度が豹変しそうで、そこだけは確かに怖かった。

「そういえば、最後のバルバロスの攻撃……あれは何だったんですか?とても痛かったんですけど」
「……あれについては本当に謝るしかない。デュエルディスクのソリッドヴィジョンシステムについてる衝撃装置のリミッターを解除して気を失ってもらうつもりだったんだが、ちょっとそのレベルを間違えてしまって……」
 瑠衣が"気を失って"の部分にぴくりと反応した。

「わ、わたしの意識を奪って、どうするつもりだったんですか!?」
 ここまで比較的冷静に話を進めていた瑠衣だったが、これには焦りを見せた。
 やましいことがないのはわかるが、やはり確固たる否定を聞いておかないと安心できない。

「誤解するな。運ぶだけだよ。巧から君が運動音痴だって聞いてね、連れて走るより、安全確実だろうと判断したんだ。保護するって言ったところで、信じてくれるかどうかわからないし」
「…………」
 恐ろしいほどに的を射ていた。運動音痴であることについては自覚があることに加え、一応は安全だと思える今でさえ海馬コーポレーションを全面的には信用していない。
 納得できる説明ではあったが、それ以上の謎が新たに湧き出る。


「あの、どうして兄さんのことを知っているんです?それに今の言い方だと、最初から私をあそこから連れ出すのが目的になってしまいますけど……?」


 瑠衣はこの瞬間まで、海馬コーポレーションが"たまたま"残党に関する情報を得て、壊滅させに行ったら行方不明の自分を見つけた。そう思っていた。自分の正確な素性が判明したのは救出後だと勝手に解釈していた。研究所の非道さを知っているからこそ、その破壊を第一目標としていたのだと思い込んでいたのだ。
 しかしこれではまるで、海馬コーポレーションは救出前に兄と接触していたと取れる。

 ただ、いくつかの違和感の正体にも気付いた。
 名前を言ったときに少し笑った理由。
 そもそもなぜ、瑠衣は研究所の被害者であると判断できたのか。

 捕まっていることを知っていたから――?
 最初から"永瀬瑠衣の救出"が目的だったから――?

 他に可能性は思いつかない。


「実はな、巧が海馬コーポレーションにグールズ残党の情報を持ってきたんだ。あいつは海馬瀬人と直接交渉して――――残党の情報を提供する代わりに、奴らに捕らえられている君の救出を依頼した。で、その結果俺らが派遣された。ちなみに、現場の動きを指示したのは巧だ。さっきの気絶させるのも含めてな」
 健が少しずつ言葉を選びながら説明する。兄に聞いてしまえばすぐにわかる以上、嘘とは思えない。だが、今度は兄の行動の方が疑問だ。

「兄さんが残党の動きを知っていた理由は……?」
「それは知らない。むしろこっちが聞きたい」
 健たちにすれば、自分たちが見つけられなかった組織の存在を民間人に指摘されたことで、忸怩たる思いがあるだろう。

「いつ、その情報を持ってきたんですか?」
「1ヶ月前ぐらいだったな……」
 その時期に何かおかしな行動を見なかったか必死に記憶を巻き戻すが、そもそも時間感覚が曖昧だったし、研究員の行動はそういう目で見るとどれもこれも怪しく思えてくる。

「まぁ、情報を得た時期については何ともいえないが、本気で君を救おうとしていたのは間違いないよ。それに、海馬社長と直接交渉したって言っただろ。海馬社長は、その……育ちのせいか、兄弟関係の話は敏感だ。巧が君に非道な真似をすると判断したら家には戻さないよ」
 瑠衣の沈黙を兄への疑いととったようだ。つまりずっと前から情報を得ていたにもかかわらず、助けようとしなかったのではないかと。確かに少し疑っていたのでその説明に得心しかけたが、最後の件を何度か反復し首を傾げた。

「家に戻さないって、今の状況そのままじゃ……」
「いや、1ヶ月ぐらいはここを拠点に過ごしてもらうことになるけど、その後は家に戻すと言っていた」
 これを最初に聞いておくべきだったのかもしれない。
 そうすれば変な疑心暗鬼をすることもなかった。

「その間、わたしに何か行動の制限はありますか?」
「海馬コーポレーションの外に出る時は付き添いがいるけど、基本的には自由だよ。まぁ、家に戻ってからもしばらく監視の目はつくかもしれないが、そこは正直我慢して欲しい。巧も了承してるし。ただ……」
 健が言葉を濁した。
 瑠衣にしてみれば、監視の目は相当に不愉快だ。
 それ以上に辛い条件が何か、不覚にも想像してしまいぶるりと肩を震わせた。


「できれば……君のデュエルの実力を見せてほしい。……駄目だとは思うが」


「……いえ、構いませんけど」
 すんなりと了承すると、健は目を丸くした。

「本当にいいのか……!?」
 心の底から心配そうに声をかけてくれる。
 おそらく、デュエルがトラウマになっていないかと気を使ってくれたのだろう。
 だが、その点は問題はなかった。いや、それは嘘。正確には、覚悟していた。
 M&W関連の犯罪組織に誘拐され、実験とはデュエルのことで、しかも1人だけ生き残って海馬コーポレーションに保護された。これでは、デュエルを挑まれない方がおかしいとさえ思う。いくら保護と言われたところで、何の検査もなしに帰れるとは、さすがに思っていない。
 カードを実際に持ったら少しぐらいは緊張してしまうかもしれないが、理性で抑えつけられる自信はあった。

「大丈夫です。あ、でも、デッキは家にありますが……」
「あぁ、それなら巧から預かってるよ」
 健がどこからともなく、カード40枚ぐらいの厚さの封筒を取り出した。厳重に封と印がしてあり、前に開けたものがいればすぐに分かるようになっている。
 個人のデッキ内容は国家機密にも値する情報なのだ。

「そうですか……」
 兄の準備のよさにはある意味呆れてしまう。
 封筒を開き、デッキを見る。
 ――間違いなく、瑠衣が使っていたデッキだった。
 となるとあとは……

「そういえば、兄さんは今どこにいるんです?」
「学校だろうな」
「…………」
 少し泣きそうになったが、兄らしいといえばその通りでもある。
 むしろ即答する健の方に、この場では反感を覚えた。

「えっと、それじゃあデッキ調整の時間がほしいんですけど……。あとこの3年間で、新しく発売されたカードのリストとかも見たいです」
「待て待て、別に今すぐじゃなくてもいいんだぞ」
「決心がついてるうちにやりたいんです。色々考えると、逆にあの時のことを思い出してしまいそうで……」
「そうか……。だったら無理に止めはしないけどな」
 健にとって一番マズイのは最終的にデュエルをしてもらえないこと。
 自分の言は事実だったが、そのように言えば健は止められないことも理解していた。

「じゃあ、パソコンを持ってくるよ。それで調べて、欲しいカードがあったら言ってくれ。一部のレアカード以外は基本的に揃っている。それと、何か食べるか?」
「では、お願いします。あ!そういえば、今何時ですか?」
 この部屋には時計もない。研究所の自分が軟禁されていた部屋にもなかったことから、この部屋の用途はなんとなく想像がついていた。
 健が差し出した腕時計を見ると、時間は9時52分を指していた。

「時計はないと不便だな。しばらく貸しとくよ」
「あ、ありがとうございます……」
 やはり"保護"で間違いないらしい。素直に時計を受け取った。

「パンとご飯はどっちにする?」
「じゃあ、パンで……」
 十数分後、瑠衣の前にはトーストと目玉焼き、サラダにミルクという典型的洋風の朝食が並んでいた。社員食堂から運んできてくれたようだ。
 こういう食事を見るのは久しぶりだ。研究所にいた頃も衣食住は運よく保障されていたものの、基本的にはコンビニ弁当などが主であった。
 瑠衣は朝食の中の一品をしばらく見つめ、

「あの、健さん。わたしを保護して、更にはこうして食事まで持ってきて頂いて本当に感謝しています。ただ……一つ。非常に我儘なお願いであることは重々承知しているのですが……」
「な、何だ……?」
「ソースを頂けないでしょうかっ?」
 目玉焼きを見ながら言う。瑠衣はこの時、間違いなくマヨネーズ派の健を落胆させたが、そこまでは気付かなかった。





 食事の後、瑠衣は健が持ってきたノートパソコンを開いた。

「1時に開始ってなってしまったんだが……いいか?」
 準備の時間はおよそ2時間。ブランクの期間を考えればとても間に合いそうにないはずだが、瑠衣は頷いた。
 パソコンは無意味に最新の機種だった。
 素早く電源をつけて、インターネットまでを起動させる。
 細部は家で使っていたものと違うが、基本的な操作は同じである。しかしこのvi○ta、x○よりあらゆる面で使いにくい。自分が、3年前に取り残されているだけなのか。
 少しだけ時の移り変わりに現実感が伴い、同時に空虚感を覚えた。ここから出て家に戻ったとき、自分に居場所はあるのだろうか。そんな消極的な思考を頭を振って追い出す。

「へぇ、見かけによらず慣れてるね」
 健は、瑠衣のパソコン捌きをそう評価した。その一言で瑠衣の、健への個人評価は最底辺近くにまで落ちた。
 瑠衣は何故だか、初対面の人にはほぼ例外なく機械音痴だと思われる。しかし彼女自身は人並みに使えると自負しているし、実際にその通りである。特に嫌いなのが"見かけによらず"の部分だ。どんな外見が機械音痴との先入観を生むのか、最初は言われる度に尋ねてみたが、いつも相手は明言を避ける。結局誰も教えてくれず、今はそう言ってくる人に不満を持つだけだ。
 瑠衣はまた一度、機械音痴と思われる外見に生まれたことを後悔した。

 まず、瑠衣が目を通したのは禁止、制限カードのリスト。
 知らないカードも多くあるが、とりあえず制限をオーバーしている分は抜かなければならない。瑠衣のデッキにおいてはモンスターは特に問題は見当たらなかったが、魔法や罠はいくつか引っかかっているものがあった。
 その中で最も目を引いたのは












強欲な壺 禁止














(えええええええええっ!!! 何よこれ、作者のイジメ? 『悪夢の蜃気楼』も禁止だし、これじゃドローソースが……。『運命の宝札』、『命削りの宝札』、『壺の中の魔術書』まで……! こんなのでこの小説、やっていけるの……?)
 心の中で盛大に悲鳴を上げ、禁句をいくつも口にする。
 ただし、『天使の施し』は制限であった。
 瑠衣(と作者)は大きく安堵した。

 気を取り直して、今度は新カードのリストを見ていく。
 いくつかめぼしいものがあり、それらをメモしながら効果を把握していく。
 それが終わると今度は考察を見る。10段階評価や自分では考え付かなかったコンボも載っていて、とても有用である。時間がないので相手が使ってきそうな、高評価のカードについて調べていく。
 CGIでテストしている時間は……なさそうだ。
 仕方なく思考モードに入る。

(うーん、"爆弾"と入れ替えて何を抜こうかな。"槍"は"突撃槍"と少し役目が被るし有力候補だけど、デッキ全体のパワーが落ちそうなのよね……。とはいえ、この"爆弾"は『スキルドレイン』にも阻害されない。何よりリクルートできるのは心強いし入れてみよう。あとは、"吹雪"と"温泉"も候補に入るかな。でもバランスが難しそうだから今回は保留ということで。あ、何だろこれ?…………うん、この"鎧"は、わたしのデッキと結構シナジーしそう)
 かくして、あっという間に1時が近づいてきたのだった。




5章 帝王の降臨

 現在時刻は午後0時58分。
 瑠衣と健は海馬コーポレーション内のデュエル場へと急いでいた。
 密偵が使うコスプレ……ではなく、変装用の服を利用して着替えていたのが主な原因だ。
 道中、健が話しかける。

「なぁ、4枚、5枚って言わずに、もっと貰っておいてもよかったんじゃないか?」
 デッキ調整の末、瑠衣が入れ替えたカードはほんの数枚だった。
 しかし海馬コーポレーションには、何種かのレアカードを除けば予備などいくらでもある。
 これから相手によってデッキのカードを入れ替えなければならないこともあるはずだ。とりあえず、予備はいくら持っていても邪魔にはならない。

「でも、今回の措置はあくまでも3年間のハンデをなくすのが目的です。デッキに入れないカードを頂くわけにはいきません。それに……」
 瑠衣は言葉を切った。
 “あまりに待遇が良すぎるのも怖い”
 そう言おうとしたのだ。

 ――自分を懐柔しようとしているのではないか。
 ――後で見返りを要求するのではないか。

 そんなマイナス思考が深々と根付いている。
 海馬コーポレーション……少なくとも健は味方。まともな保護をしてくれる。頭ではわかっていても、つい拒絶してしまう自分に嫌悪した。

「うん、やっぱ金を払わずに入手するのは気が引けるか? そのうちカードショップにでも行ってみる?」
 少し意味を取り違えているとはいえ、妥協点は適切で、それを見出してくれたことは嬉しかった。
 瑠衣は元気よく見えるように頷いた。



 デュエル場に着いた時、すでに相手の人は待機していた。
 その人物を、瑠衣は知っていた。

 ――――磯野。

 海馬コーポレーションが主催する大会で、特に大規模なものには必ず彼が審判をする。そのため磯野が審判のデュエルをすること自体がステータスである、とそれぐらい有名な人間だ。
 審判のときと変わらない黒服とサングラスが、瑠衣の前で強大な威圧感を放っている。
 しかしデュエルディスクを着けている姿を見るのは初めてであった。

(戦いにくい相手だな……)
 そう思ったのは、何も精神的な萎縮だけでない。
 物理的にもサングラスは表情を隠すのに有効である。
 瑠衣は深呼吸をして、驚きと圧倒感を鎮める。

「あ、あの。磯野さん……ですよね。永瀬瑠衣です。よろしくお願いします」
 ある種の存在感の塊に対し、ようやくそれだけの言葉を搾り出す。

「うむ、よろしく頼む。私のことは知っているようだが、改めて名乗っておこう。磯野だ。では、早速だがはじめようか」
「は、はい……」
 下の名前が気になったが、何となく聞いてはいけないような気がした。


「「デュエル!」」


LP4000×2
手札5枚×2



「先攻はそちらに渡そう」
 今の瑠衣の状態を知ってか知らずか、磯野が譲歩する。
 断るわけにもいかず、瑠衣はカードをドローする。
 先攻を他意なく貰ったとは考えられない。
 ――何か、ある。

「『アックス・ドラゴニュート』を攻撃表示で召喚!」
 瑠衣がまず召喚したのは、両刃の戦斧を担いだ竜人であった。



アックス・ドラゴニュート 効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻2000/守1200
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。



「む……ドラゴン使いか」
 磯野の言葉に瑠衣は驚きを感じ取った。
 瑠衣はその見かけから機械音痴だと先入観を持たれることが多いが、デュエル時にはそれ以上の確率でドラゴン使いということに驚かれる。いや、それ以前にデュエリストということ自体にだが。
 どんな容姿なのか教えてほしい、幾度もそう思ったがことごとくかわされてしまっていた。

「カードを1枚セットして、ターンエンドです」
 竜人の傍らに正体不明のカードを置き、最初のターンを終える。

「ならば、私のターン!」
 磯野が慣れた手つきで、デッキの一番上のカードを手札に加える。
 その姿は明らかに審判ではなく、デュエリストのものだ。風格すら漂わせる彼の周りの空気を察し、瑠衣は警戒信号をレッドゾーンに突入させる。

「手札より、『サイバードラゴン』を特殊召喚!」
 東洋風の竜を模した白銀の機械が出現した。



サイバードラゴン 効果モンスター
星5/光属性/機械族/攻2100/守1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。



(う……やっぱり裏があった……)
 サイバードラゴンはその効果のおかげで後攻に向いたカードだ。
 しかし、それ以上に、

「磯野さんはサイバー流の上位者……ですか?」
「あぁ、そうだよ」
 観戦していた健が答える。

「え!? じゃあ、あの雪山に……?」
「いや、それは違う。実はサイバー流はな……」
 そしてサイバー流についての解説を始めた。





 ――――サイバー流。


 リスペクトデュエルを体現するデュエリストが所属する流派。
 だが、それは表向きの話。
 サイバードラゴン系統のカードは、元々リスペクト精神とは無縁だったのだ。
 『サイバードラゴン』が発売された当初、デュエリスト達はこぞってこれを使用し、デュエル界を席巻した。だが、デュエリストの質よりもカードの質が重要視される環境は、デュエリストの腕のみならず精神までも堕落させた。そして、あまりの濫用ぶりにデュエル界の将来を危惧した有志が集まり、海馬コーポレーションにある意見書を提出したのである。
 これが今のサイバー流へと繋がる。
 その意見書とは、既存の制限とは別の、サイバードラゴン系統のみに適用される制限システムだった。基本を禁止として、使用したいものはサイバー流に入門して修行を積む。そしてリスペクトデュエルの精神と実力を認められた者だけが使用許可を得るのだ。

 そのあまりに厳しいシステムにデュエリスト達は怒り、呆れ返った。直接否を唱える者はいないまでも、流派設立から1年後に起こった『サイバードラゴン集団焼却事件』によってサイバー流は名を大きく落とした。サイバー流道場までの交通の便の悪さも相まって、入門者は減り続け、数名を除いてサイバードラゴンは結局ただの禁止カードと同様に扱われた。ほとんど誰も使えないのなら、条件は皆同じだからだ。
 現在はサイバー流を継承した丸藤亮とその弟、丸藤翔がサイバー流復興を目的として独立リーグを立ち上げ、少しずつではあるが入門者もまた増えてきている。それに従い、サイバードラゴン使用条件の緩和も為されていた。少なくとも極寒の雪山で『サイバードラゴン』3枚と『パワーボンド』を、最初の6枚で狙ってドローするなどという無茶な条件ではなく、大抵の人が制限カードとして扱えるぐらいにはなっているらしい。





「そう……だったんですか」
 瑠衣も一時期サイバー流に憧れたことはあったのだが、あまり身体が強くないため雪山の道場に篭るのは体力的に不安が大きかった。それ故、断念せざるを得なかったのだ。

「でも条件が緩和されたとはいえ、磯野に実力があるのは紛れもない事実だ。気をつけろよ」
「はい……忠告ありがとうございます」
 健の説明が終わり、瑠衣は再度磯野の方に向き直る。



「では、続けるぞ。『サイバードラゴン』を生贄に捧げ、『氷帝メビウス』を召喚!」
 機械竜が光の渦の中に消え、新たに氷を操る人型のモンスターが姿を現す。




氷帝メビウス 効果モンスター
星6/水属性/水族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。




「メビウスの効果発動!フィールド上の魔法、罠カードを2枚まで破壊できる」
 手槍サイズの短めの槍を伏せカードに向かって投げつける。




 ――アイスジャベリン!!



(……どうしよう? スタンの可能性もあるけど、もし磯野さんが帝デッキだとすれば――!)
 少し迷ってから瑠衣は伏せカードの発動を選択した。

「リバースカードオープン!」
 槍はカードの裏ではなく表から刺さった。
 カードは瞬間的に凍結しバラバラに砕け散ったが、すでに伏せカード、『和睦の使者』の効力は発動されている。瑠衣と磯野の場の境目付近に、水色の長衣を身に着けた三人の女性が佇んでいた。とてもそうは見えないが、たとえ神の攻撃であろうと防ぐ魔力の持ち主だ。




和睦の使者 通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージを0にする。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。




「手札より『おろかな埋葬』を発動。『黄泉ガエル』をデッキから墓地に送り、ターンを終了する」
 磯野はこのターンでの戦闘を諦め、次のターンへの布石を打つことにしたようだ。
 伏せカードを出さないのは、黄泉ガエルの効果を妨げないためだろう。




おろかな埋葬 通常魔法
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
その後デッキをシャッフルする。


瑠衣 LP4000
   手札4枚
   場 アックス・ドラゴニュート

磯野 LP4000
   手札3枚
   場 氷帝メビウス




「わたしのターンです」
 ドローカードを見て瑠衣は少し顔をしかめつつも、苦笑いした。

「手札より、『ミストボディ』を発動します」
 アックスドラゴニュートが霧状の生物となる。




ミストボディ 装備魔法
このカードを装備している限り、装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)




「『アックス・ドラゴニュート』を守備表示に変更し、ターン終了です」
 霧状の竜人が斧を前面に出し守備体制を取る。
 今回は通常の表示形式の変更を使用したが、アックスドラゴニュートのダメージステップ終了後に守備表示になる効果はミストボディと相性がいい。

「私のターンだ! このスタンバイフェイズに、墓地より『黄泉ガエル』を特殊召喚!」
 メビウスの隣に羽根の生えた蛙が出現した。
 カエルの顔は色々なデッキに使われすぎて、心身共に疲れきっているような印象を受ける。
 元々そういう顔なのかもしれないが。




黄泉ガエル 効果モンスター
星1/水属性/水族/攻 100/守 100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が
表側表示で存在する場合は発動できない。




「さらに、黄泉ガエルを生贄に『雷帝ザボルグ』、召喚!」
 背中に太鼓を背負ったアフロヘアー、腰に黄色と黒の布を巻いたその姿は、雷の遣い手として典型的な姿だ。

 この時点で磯野は勝利を確信していただろう。
 今、瑠衣の場に伏せカードは無い。
 アックス・ドラゴニュートを処理されれば身を守るカードは何もなく、ザボルグとメビウスの攻撃力の合計は4000を超えている。
 そしてモンスターを消す手段は、召喚されたザボルグの効果がある。




雷帝ザボルグ 効果モンスター
星5/光属性/雷族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。




「ザボルグの効果、『アックス・ドラゴニュート』を破壊!」




 ――ボルテックサンダー!!




 竜人の周囲を雷が取り囲み、閃光が走った。
 次の瞬間、霧状の竜人の姿は消え、

「何……!?」

 瑠衣のフィールドには右手に騎士剣、左手に盾を持ち、全身を鎧で武装した二足歩行の竜がいた。
 緑色の鱗から翼竜に思えるが、それにしては重い鎧兜を身に着けていて、飛行は無理だろう。だが、騎士としての風貌が伊達ではないことは明らかだった。



「ザボルグの破壊効果に反応し、『竜の騎士』を特殊召喚しました」




竜の騎士 効果モンスター
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守2300
自分フィールド上のカードを破壊する効果を相手モンスターが発動させた時、
対象となったカードを墓地へ送る事で手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。




「ぬぅ……」
 最初のターンに続いて、帝の効果を有効利用できなかったことに焦りを浮かべながら、磯野はターンを終了した。




瑠衣 LP4000
   手札3枚
   場 竜の騎士

磯野 LP4000
   手札3枚
   場 氷帝メビウス 雷帝ザボルグ




「わたしのターンです。『ブレード・ドラゴニュート』を召喚します!」
 曲刀を手にした竜人が出現する。
 鱗の色は黒と紫のアックス、黄緑のランサーとはまた違い、茶色を基調としていて関節は赤い。




ブレード・ドラゴニュート
☆4 闇属性 ドラゴン族 ATK1600 DEF1000
このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度だけ続けて攻撃できる。
このカードの攻撃時に戦闘の巻き戻しが発生した場合、対象を変更せずに攻撃しなければならない。
攻撃対象のカードがフィールドから離れている場合攻撃は無効となり、直接攻撃時に相手フィールドにモンスターが召喚、特殊召喚された時のみ対象を選び直して攻撃する。




「更に装備魔法『レゾナンスニュート』を発動! デッキから『ランサー・ドラゴニュート』を墓地に送り、『ブレード・ドラゴニュート』に貫通能力を付与します!」




レゾナンスニュート 装備魔法
このカードは「ニュート」と名のつくモンスターにのみ装備できる。
自分のデッキから「ニュート」と名のつくモンスター1枚を墓地に送って発動する。
装備モンスターは、墓地に送ったモンスターの効果を得る。

ランサー・ドラゴニュート 効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1500/守1800
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。




「まだです! 手札より、『月の書』を発動! この効果で『雷帝ザボルグ』を裏守備表示に変更します!」
 ザボルグの姿が消え、代わりに裏側のカードが磯野の場に現れる。
 帝モンスターは総じて守備力が低いという弱点を抱えている。特に『月読命』に弱く、その禁止カード化は、帝デッキが台頭し始めた大きな要因である。(ちなみにこの世界でも月読命は禁止)




月の書 速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。




(いくよ、竜の騎士!)


 『竜の騎士』のソリッドヴィジョンに心の中から呼びかける。
 当然答えは返ってこない。
 だが――――瑠衣はそれを当たり前とは思わなかった。


(竜の騎士、どうしたの? 何か……言って?)


 聞こえるはずの声が、聞こえない。
 瑠衣がデュエルを進めないため、状況は彼女の有利のまま変わっていない。
 にもかかわらずその表情からは、優勢であるゆえの微笑さえも消えつつあった。


(答えてよ……? 何か――何でもいいから答えてよ、ねぇ!?)


 瑠衣の心の中からの叫びは『竜の騎士』には届かない。
 いや、届いているかどうかすらもわからない。
 もしかしたら、向こうも声を出しているが、聞こえていないだけかもしれない。
 しかしいずれにせよ、それが意味することは理解していた。



 ――精霊と話せる力を、失った。



 神に呼びかけ、答えてくれなかった時に自覚するべきだった。
 元々どうやって得たのか説明できない能力だ。いつ、どこで失われてもおかしくはない。しかし瑠衣にとってそれは物心ついたときには持っていた、自分の手足のような能力だった。
 ある日突然消えてなくなるなど、考えたことがなかった。
 そして、消失を自覚する状況も、タイミングもすべてこの上なく悪かった。

「あ………答えて………」
 自分の身体が異質なものに感じられた。
 魂と器が調和せず、つい出してしまった声が掠れるのさえ、それが原因のような気もする。


(わたしが守ってくれた能力が……消えた……?)


 研究所で自分だけが、神の裁きに抵抗できた理由。健には一切心当たりがないと言ったが、真っ先に思いついたのがやはりこの能力だ。
 他の者が持っていなくて、瑠衣だけが持っている能力。
 能力が自分を生かしてくれて、でも使い果たして、消えた?あの力にそういう限界があるとは思えなかったが、未知の領域だけに何ともいえない。
 太陽神と話せなかったときに、引っかかりはあった。けれど自分が守られているのはその力のおかげだとも、信じていた。あの偽の神は元々話せなかったのだと。

 ――――違う。カタチある理由が欲しかっただけ。消えていないと、都合よく解釈するための言い訳だ。

「……嫌……ぁ」
 いつの間にか涙を流していた。手で覆うのも忘れるほど静かに、しかし止め処もなく溢れてくる。

「おい、大丈夫か!?」
 異変に気づいた健が瑠衣の方に駆け寄る。

「やっぱりまた後日にして、今日は……」
「待って……!」
 健が中止の旨を叫ぶ――のを遮ったのは他ならぬ瑠衣本人だった。必死に涙を抑えつつ、健に負けないぐらいの声で、言った。

「わたし……まだ大丈夫です。続けられますから……もう少し、お願いします」
 気を抜いたらあっという間に倒れてしまいそうだった。
 それでも続けるのを望んだのは、約束を思い出したからだ。手に顔を埋めながら、あの時の記憶を蘇らせる。






 瑠衣がはじめて『竜の騎士』と話した日。その厳つい表情と実際の生真面目な性格のギャップに圧倒されたのを、今でもよく憶えている。

『…………い、瑠衣………』

 『竜の騎士』を手に入れて数日、瑠衣は自分の名を誰かが呼ぶのを感じていた。
 夢なのか、現実かもわからず、M&Wの大会に出て優勝した日の帰り道で。
 声は無視できないほどに大きくなっていた。
 そして突然、ソリッドヴィジョンもなしに現れたのだ。

 『竜の騎士』の姿が。

『お初にお目にかかります、瑠衣様』
「え……ええっ! 『竜の騎士』……?」
 この時は本当に目を丸くした。
 それは一瞬で、すぐに平静を取り戻したが。

「あの、何で敬語なんですか?」
 いきなり、そう聞けるほどに。

『貴女こそが仕えるべき主だと、確信を得たからです』
 と言われても、誰一人従えた経験のない瑠衣は困惑するばかりだ。

「えっと、仕えるって何するんです?」
『そうですね……瑠衣様の御身を守護する、でお分かりいただけますか?』
 ここで瑠衣は辺りを見回した。
 通行人は立ち止まって話している瑠衣に目を向けても、『竜の騎士』の姿は見えていないようだった。それと、さっきまで自分も見えていなかったということは、四六時中顔を突き合わせている必要はないはずだ……たぶん。
 何から守護するのかは言わなかったが、直前のデュエルで文字通り守護騎士のように働いてくれたことから、きっと"そういう"ことなのだろうと解釈した。

「はあ……とりあえず。で、その瑠衣様っていうの、やめてほしいんですけど……」
『は、では何とお呼びすればよろしいですか?』
「普通に、瑠衣で」
 可能なら自分に向けた言葉としては聞き慣れない、敬語全般をどうにかしてくれないものかと思案したが、その時はまだ竜の巨体への畏怖も少し残っていて、それ以上は言えなかった。(後日、瑠衣は彼の言葉遣いを強引に修正させた)

『心得ました。では瑠衣、我が命に代えてもお守りいたします』
 意外にすんなりと提案を受け入れてくれた。
 しかし続けて発せられた言葉を聞いて、瑠衣は安心せず、むしろ慌てた。
 数日前に偶然目に入った、大河ドラマ。薙刀を持った大柄な僧――つまり武蔵坊弁慶が「ここは通さぬ!」みたいなことを叫んで全身に矢を受け、仁王立ちしたまま息絶えるのを思い出してしまったのだ。そして……この性格なら本気でやりそうだった。

「えと、あ、あの!命に代えなくてもいいです! いいです……その前に! わたしがデュエルに勝ちますから!」

『承知致しました。では、そのように』
 そう言い残すと『竜の騎士』は風に吹かれたように揺らめきながら徐々に消えていった。


 こうして、瑠衣と『竜の騎士』との初めての会話は終わった。
 成り行き、いや、それ以下の次元で交わした、口約束。しかし彼は約束通りに、瑠衣を守り続けた。逆に瑠衣も彼らを勝利に導いてきた。



 ――そうだ。


 あの時の約束は、彼らの声が聞こえないぐらいでご破算になるようなものじゃない。直接の会話はできなくとも、強い絆で結ばれた人とカードを、瑠衣は沢山知っている。
 自分も、その状態に戻っただけのこと。
 この程度で取り乱していては、彼の主でいる資格などない。

 誘拐されたあの日、瑠衣はデッキを持っていなかった。
 薄暗い地下室で、何度も自分を責めた。『竜の騎士』が手元になかったから、攫われてしまったのだと。
 守ると言ってくれたのに、自分から彼を遠ざけた。
 結果、彼までもデッキケースという名の牢獄に閉じ込めてしまった。

 そのことを謝ろうと思った。
 ついさっき、思いついたこと。けれど重要なのは決意の強さだ。
 そう、今の自分が生きる意味とは――――




「本当に大丈夫なんだな?」
 健が念を押すように聞いてくる。
 それは仕方ない。1ターンの制限時間である3分などとっくに通り越して、10分近く泣いていたような気がする。

「……はい!」
「わかったよ、じゃあ、続行だ」
 健は肩を竦めて言った。



「――いきます。『竜の騎士』で『氷帝メビウス』に攻撃です!」
 騎士竜がその体躯に似合わない速さで氷を操る帝に接近する。
 氷帝は効果を使った時より大きいサイズの槍を投げつけたが、騎士竜は盾でそれを防ぎ斬撃を放つ。




 ――フレイムブリンガー!!




 斬撃は帝の身体を砕き斬った。
 そこから帝の本体が露になった。氷帝は氷を操るだけでなく、その身も氷だったのだ。
 砕けた氷の一部が磯野に飛散し、ダメージを与える。




磯野 LP4000→3600




「ぐっ……」

「さらに、『ブレード・ドラゴニュート』で守備モンスターを攻撃!」
 裏側のカードが消え、両腕を交差して片膝をついたザボルグの姿が現れる。
 だが、巨体のせいか幾分隙が多い。ドラゴニュートはザボルグの懐に跳び込み、手にした曲刀を一閃させた。
 ザボルグは消滅し、障害を排除した竜人は本来の標的に向けて突撃する。

「『ブレード・ドラゴニュート』はランサーと共鳴し、貫通能力を得ています!」




――竜剣術 壱の太刀!!


 竜人はその曲刀で正面から斬り付け、磯野に更なる傷を負わせる。しかも瑠衣のフィールドに戻らず、未だ磯野の背後を狙っていた。




磯野LP3600→3000




「『ブレード・ドラゴニュート』は戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度続けて攻撃できます! 磯野さんに直接攻撃!」
 ドラゴン達の指揮官として凛と声を張り上げる姿は、先ほどまで泣き腫らしていた少女と同一人物であることを疑わせる。今の彼女は間違いなく、デュエリスト特有の殺気を身に纏わせていた。

「な、何……!?」
 瑠衣の命を受けた竜人は、今度は磯野を仕留めるためだけの一太刀を浴びせた。




――竜剣術 弐の太刀!!




「ぐあっ……!」




磯野LP3000→1400




「これでターンを終了しますね」
 そう言う瑠衣からは殺気が消え、代わりに穏やかな微笑が生み出される。対戦相手の戦意をたちどころに奪う微笑みだ。威圧感あふれるドラゴンとのコラボレーションが、さらに戦慄を引き立てている。

「フフッ、まさかとは思いますけど、サレンダーはしないで下さいね」
 毒気を抜かれたように立ち尽くす磯野を見て、そう付け加える。瑠衣はサレンダーはあまり好きではない。特殊勝利やデッキ破壊はまた別として、基本的にライフを0にすることによっての決着を望む。
 サレンダーは通常互いの合意を必要とするため、この考え方は実力差がありすぎる場合、ある意味拷問でしかない。しかし、瑠衣の場合はそれを感じさせないほど迅速に勝利する方策さえも心得ていた。結果、最もこの無意識の特性を使いたい、実力が近い者にこそ深刻な精神的ダメージを与えることができるのだ。

 瑠衣がデュエルを始めたのは、まだ小学校低学年の時だ。
 兄の幼馴染の少女の、絶大なリアルファイトの強さについていけず、早々にその方面を諦めたのがきっかけだろう。あっという間に兄を超えるほどの実力を身に着け、高学年になる頃には高校生以上と渡り合うまでになっていた。
 その中で無意識にではあるがM&Wが持つ、法的拘束力とまではいかなくともTCGとしては類稀な儀式、契約的な性質を利用し始めていた。瑠衣のクラスメイトにとって幸運だったのは、彼女が自分より他人を優先し、皆に分け隔てなく優しい少女だったことだろう。瑠衣はクラスメイトを屈服させるためには、決してそれを使わなかった。このため皆から慕われることはあっても、女王として君臨はしなかった。サレンダーを許さない姿勢も悪ければ拷問気質と見られただろうが、瑠衣を知る者ならば一様に「デュエルを楽しんでいるだけ」との弁護が入る。

 ただ、それを知らない人間ならば……

(………黒い)
 健は瑠衣の豹変をそう判断していた。
 とはいえ、この判断はある程度正しかった。

「くっ……私のターンだ!」
 瑠衣のペースに引き込まれまいと必死に抵抗する。あの海馬サマ一筋の磯野ですらこれなのだから、普通のデュエリストではひとたまりもないだろう。

「よし! 『黄泉ガエル』を特殊召喚し、メインフェイズ。『天使の施し』を発動!」
 優秀、それ以外の表現が見当たらない手札交換カードだ。
 『強欲な壺』が禁止カードであるため、このカード無しでは本小説は成り立たないであろう。いや、倫理上合法的に墓地にモンスターを送る役目を考えると、『強欲な壺』を遥かに上回る重要なカードだ。これがなければ『the judgement ruler』のデュエルの10割は書き直しになること確実である。




天使の施し 通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。




「この2枚を墓地に送る」
 墓地に送られれたのは『光帝クライス』と『墓守の偵察者』だった。

「そして『黄泉ガエル』を生贄に、『炎帝テスタロス』を召喚!」
 新たに出現したのは炎を司る帝。
 他の帝王とは違い、その効果はフィールドに干渉するものではない。
 だが瑠衣はフィールド以外――手札へ影響することの怖さを知っている。




炎帝テスタロス 効果モンスター
星6/炎属性/炎族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、
相手ライフにそのモンスターのレベル×100ポイントダメージを与える。




「くっ――」
 瑠衣の顔がまともに歪むのは、プレイングに関係することに限定すればこのデュエルでは初めてである。

「テスタロスの効果により、相手の手札をランダムに1枚捨てる!」
 ランダムに、であるが瑠衣の手札は1枚しかない。そのため、強制的にそれが墓地へと送られる。ここに至って、もはや瑠衣は自分のプレイングミスを認めないわけにはいかなかった。




 ――パイルイグニッション!!




 突如、瑠衣は自分の手札から熱を感じた。あっという間に耐え難いまでの温度となり、仕方なく墓地へ送る。
 捨てさせられたカードは2枚目の『竜の騎士』。初期手札5枚の中にあり、2ターン目に2枚目をドローした。

 最初のターンにメビウスを召喚された段階で、磯野のデッキが帝デッキではないかと疑いを持った。帝デッキは主に、モンスター効果でカードを減らしながらアドバンテージを取る。
 それゆえモンスター効果による破壊が何度も繰り返されると想定して、より重要な使い時まで温存しようとした。しかしその機会が訪れる前に、2枚目を引いてしまった。
 この時点で磯野はすでに1枚、メビウスを使っていた。その時点で3枚だった残りの手札全てが、破壊効果を持つモンスターだと思い込むのは虫が良すぎた。
 目先の損得しか考えず、片端からカードを消費する初心者ならこんな事態は起きない。皮肉にも、優秀すぎる観察眼が失敗を招いたのだ。


「テスタロスの効果で墓地に送ったカードがモンスターだった場合、そのレベルにつき100のダメージを与える。『竜の騎士』のレベルは7だ!」
「くっ……!」




瑠衣LP4000→3300




「さらに手札より『蜘蛛の糸』を発動! 相手が前のターンに使った魔法と同じ効果になる」




蜘蛛の糸 通常魔法
相手の墓地から前のターンに使われた魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果はその魔法と同じ効果になる。




「その効果で私は『月の書』を選択。『竜の騎士』を裏守備表示にする!」
 竜の騎士の守備力は2300。帝の攻撃力2400をわずかに下回っている。




月の書 速攻魔法
表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。




「『炎帝テスタロス』で守備モンスターを攻撃!」




――メテオライフル!!



 テスタロスが放った一発の火炎球は守備体制をとる騎士の盾にぶつかり、メビウスの時とは違い、盾に穴を穿った。火球は騎士までをも貫いたが、瑠衣の所には到達せずに崩れた。

「カードを1枚伏せ、ターン終了だ」
 磯野の表情はわからないが、その声からは嬉しさが滲み出ている。




瑠衣 LP3300
   手札0枚
   場 ブレード・ドラゴニュート 
     レゾナンスニュート(ブレード装備、効果ランサー)

磯野 LP1400
   手札1枚
   場 炎帝テスタロス 伏せ1枚




 ライフではまだ瑠衣の方が勝っているが、帝を超える攻撃力を持つ『竜の騎士』を2枚とも処理されてしまったのは痛い。何より、『竜の騎士』との約束を支えにして戦う彼女には単なる戦力的な損失以上の喪失感がある。
 だが瑠衣の瞳には、まだ光があった。
 逆転を信じる――いや、確信している強い光が。
「わたしのターン……ドロー!!」




6章 偽りの決意

 ドローカードは起死回生を狙う瑠衣に相応しいカードであった。

「手札より魔法カードを発動します。わたしも引きましたよ、『蜘蛛の糸』を!」




蜘蛛の糸 通常魔法
相手の墓地から前のターンに使われた魔法カード1枚を選択する。
このカードの効果はその魔法と同じ効果になる。




「その効果によって『天使の施し』を発動します」
 "蜘蛛の糸"で"天使"に辿り着くとは何とも縁起が良い。

ドローカード
竜の騎士 龍の鏡 仮面竜

 3枚を一瞥するとすぐさま残すべき1枚を選び抜く。

「わたしはこの2枚を墓地に送り――」
 『竜の騎士』と『仮面竜』が墓地ゾーンに消える。

「手札より『龍の鏡』を発動!墓地の『竜の騎士』2体をゲームから除外します!














――出でよ、『竜の将軍』!!」




龍の鏡 通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

竜の将軍(ドラゴンジェネラル)
☆8 炎属性 ドラゴン族 ATK3200 DEF2800
融合 「竜の騎士」+「竜の騎士」
このカードが破壊され墓地に送られたとき、自分の墓地から「竜の騎士」1体を特殊召喚できる。




 竜を模った外枠の鏡の中から、竜の騎士に似た、しかし多少違う部位を持つ竜が出現した。その違いは、竜の戦闘力を高める方に作用している。
 鎧兜は新調され、盾も騎士盾ではなく重騎士が使う大盾になっている。剣は無駄な装飾が一切除かれた代わりに、リーチや破壊力が増しているのが一目でわかる。無骨だが、まさに戦う者のための刃である。
 竜自体もさらに一回り体格が良くなり、新たな装備を苦もなく使いこなせそうだ。



「『竜の将軍』で『炎帝テスタロス』を攻撃!」
 瞠目すべき速さでテスタロスに肉薄し、将軍は鋼鉄をも破壊する剛の剣技を繰り出す。帝王といえど真正面からのパワー勝負になれば、鍛え上げた肉体を持つ竜に勝てる筈がない。斬撃は鎧ごと帝の肉体を断つ。





 ―――ブリムランガー!!




「ぐっ……!」




磯野LP1400→600




「『ブレード・ドラゴニュート』で磯野さんにダイレクトアタック!」

「リバースカードオープン、『リビングデッドの呼び声』! 私が呼び出すのは――『光帝クライス』!」




リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

光帝クライス 効果モンスター
星6/光属性/戦士族/攻2400/守1000
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを2枚まで破壊する事ができる。
破壊されたカードのコントローラーはデッキから破壊された枚数分の
カードをドローする事ができる。
このカードは召喚・特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。




 光を操る帝王。その特徴は特殊召喚でも効果が発揮できる点。そして、それに連なるドロー効果にある。
 ライフポイント、手札、フィールド。現状ではそれら全てに影響するため、磯野も慎重に考えている。選択肢は瑠衣が見たところ4つ。ありえないが、破壊後にドローしないという選択まで含めれば無数にある。
 例えば、何も破壊しない選択。この場合、通常のモンスターなら攻撃を巻き戻すことになるだろう。しかし攻撃宣言をしたのは、巻き戻しが出来ない『ブレード・ドラゴニュート』。たとえ自滅するとわかっていても、攻撃を続行しなければならないのだ。

「私は――クライス自身と『ブレード・ドラゴニュート』を破壊する!」

(……一番無難、かな)
 磯野の判断を瑠衣はそう評価した。
 クライスは、今まさに磯野に跳びかからんとする竜人に光を浴びせて消滅させ、自らをも消し去る。

「クライスの効果によって互いに1枚ドローできる。私はドローさせてもらう」
 これで磯野の場にモンスターは消えたが、瑠衣にこれ以上攻撃できるモンスターはいない。その上次のターンには、また黄泉ガエルの特殊召喚――つまり生贄が確保できる状況にある。クライスを残しても生贄が確保できる点は同じだが『リビングデッドの呼び声』が枷となり、次ターン以降『黄泉ガエル』は召喚できなくなっていた。だからクライスを消したのだろう。

「わたしも1枚ドローします」
 瑠衣はドローしたカードをしばらく見つめ――

「……ターンを終了します」
 結局それ以上の行動は起こさなかった。

「私のターン! 『黄泉ガエル』を墓地より特殊召喚!」
 カエルがすぐに帝に成り代わると思っていたが、その間に別の行動が挿入される。

「手札より、『死者蘇生』を発動!『光帝クライス』を特殊召喚する!」




死者蘇生 通常魔法
自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。
選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。




「えっ……また……!」

「この効果でクライス自身と『竜の将軍』を破壊する!」
 お互いに1枚ずつカードを引き、しかし瑠衣にはまだ続けるべき行動がある。

「『竜の将軍』が破壊された時、墓地から『竜の騎士』を特殊召喚できます!」
 瑠衣のエースカード、『竜の騎士』。
 能力的には将軍より劣るが、帝モンスターとの戦闘には充分勝てる攻撃力だ。
 そう、戦闘ならば。



「『黄泉ガエル』を生贄に――『風帝ライザー』を召喚!」
 瑠衣の表情が凍りついた。
 今この時のフィールドは、風の帝王が最高の力を発揮できる舞台だった。




風帝ライザー 効果モンスター
星6/風属性/鳥獣族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のカード1枚を持ち主のデッキの一番上に戻す。




「『風帝ライザー』の効果、『竜の騎士』をデッキトップに戻してもらう!」
「っ……しまっ……!」
 上級モンスターのデッキトップへのバウンス。
 デュエルにおいて、最も効果的かつ凶悪な戦術の一つだ。

 3年の時は、カードのカテゴリの中身さえも変質させた。
 当時はモンスター効果による"破壊"の象徴が帝モンスターだった。
 瑠衣は"破壊"の乱舞が待ち構えていると想定したからこそ、『竜の騎士』を温存したのだ。
 そのたった1度のミスから派生した結果が、これだ。

(ブランクを……甘く見すぎていた……!)


「ライザーでダイレクトアタック!」




 ――ストームスライサー!!




 荒れ狂う風が刃となって瑠衣を襲う。


「あぁぁぁっ……!」




瑠衣LP3300→900




「これでターンを終了する」




瑠衣 LP900
   手札2枚
   場 なし

磯野 LP600
   手札1枚
   場 風帝ライザー




「わ……わたしの、ターン……」
 今にも消え入りそうな声で、手を震わせながらカードを引く。
 その様子から磯野も健も、このデュエルが終わったことを悟った。
 しかし、

「と、本来なら負けが確定してもおかしくない状況ですが、まだわたしには『貪欲な壺』があります!」
「何!ドローソースが……残っていただと!」
「残念でしたね、磯野さん。これは、最初のクライスの効果で手札に加わったカードです。ライザーは正直焦りましたけど……クライスの効果で2度もドローの機会を貰えたので助かりました」




貪欲な壺 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。




 それをドローした瞬間、瑠衣はすぐさま墓地のドラゴン族の枚数を数えた。
 剣、斧、槍を扱う竜人が1枚ずつ。それに『仮面竜』と『竜の騎士』の丁度5枚。
 だが、その時場にいた『竜の将軍』は、破壊された時に墓地から『竜の騎士』を特殊召喚できる特殊能力を有している。そんな状態で『貪欲な壺』を使うのは、『竜の将軍』を効果のないモンスターにするのと同義だ。
 そして今、『竜の騎士』は手札にあるが、代わりに『竜の将軍』が墓地に存在する。こちらの温存策は見事に当たった。


「貪欲な壺の効果によってブレード、アックス、ランサー・ドラゴニュート、仮面竜、竜の将軍をデッキに戻し新たに2枚をドローします!」
 手札の枚数が竜の騎士を含めて4枚にまで増える。

「そしてカードを場に2枚伏せ、『竜の兵士』を召喚!」
 長槍と丸盾で武装した、やはり二足歩行の翼竜が現れた。



竜の兵士(ドラゴンソルジャー)
☆4 炎属性 ドラゴン族 ATK1600 DEF1200
このカードが召喚、特殊召喚に成功した時、自分のデッキから「竜の騎士」1枚を手札に加えることができる。



「『竜の兵士』は召喚時に、デッキから『竜の騎士』を手札に加える特殊能力を持っていますが……あ、ないですね、デッキには。フフッ」
 無邪気に言ってみるものの、瑠衣の実力を完全に認めてしまった磯野が今更油断することはなさそうだ。

「ターンエンドです」
 瑠衣の瞳は勝利を確信する者のそれである。

「私のターン、『黄泉ガエル』を"攻撃表示"で召喚!」
(なるほど……まずは――)
 瑠衣の自信の根拠は、磯野の攻め手、その全てを予測した上に成り立っている。

「『風帝ライザー』で『竜の兵士』を攻撃!」
 この攻撃が通ったとしても、瑠衣のライフは100残る。
 そのために黄泉ガエルを攻撃表示で出したのだろう。
 だが、全ての前提は"攻撃が通れば"に集約している。





 ――ストームスライサー!!



 視認できない風の刃はいつまで経っても竜の兵士には届かず、風帝の鎧が裂け、その身が崩れ落ちる。ついでにカエルも一緒に。


「――『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」




聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。




 あまりにも不用意な攻撃。だが、磯野はまだ何か手を隠している。おそらく今の攻撃は伏せカードを使わせるためだったのだろう。できれば2枚とも使ってくれれば、という思いがあったことは容易に推測できる。

「くっ……まだだ。手札より『デビルズサンクチュアリ』を発動!」
 床に結界が浮き出で、中心から異形のモノが現れる。人型に近い、金属でコーティングされたような"ソレ"は浮遊している。




デビルズ・サンクチュアリ
通常魔法
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、
かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。
払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。




「そして、メタルデビルトークンを生贄に――『邪帝ガイウス』、召喚!!」
「………」
 磯野も瑠衣も、終局を思い描いた。
 自らの勝利という未来の姿を。
 だがどちらかの予測する未来は、幻のまま、終わる。




 闇を司る帝は、両手で小型のブラックホールのような球体を抱えていた。





邪帝ガイウス 効果モンスター
星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。



「『邪帝ガイウス』の効果で、ガイウス自身を除外する――!」
 磯野の指示に従い、帝王はその身を球体に吸収させる。
 そのままでも存在抹消の力はある。だがその先、真の力を得るには闇の魂を持つモンスターを取り込む――生贄が必要なのだ。







 ガイウスを"喰らった"球体はそれ自体が意思を持っているかのように、瑠衣の方に引き寄せられ――







 闇を、解き放った。







 闇は稲妻状に枝分かれして発射され――







 盾に、防がれた。

「何だと……!?」
 磯野が呆然として呟いた。
 効果ダメージは専用のカードがなければ対策しにくい。なのに防がれた。
 驚きはそれがまず一つ。
 そして、もう一つ。






 瑠衣を守護していたのは、『竜の騎士』だったということ――。



「伏せカード、『騎士竜の誓い』を発動しました。これによりガイウスの効果ダメージは無効になります」




騎士竜の誓い
速攻魔法
自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスター1体を生贄に、手札から「竜の騎士」1体を特殊召喚できる。
このカードを発動したターン、「竜の騎士」は戦闘で破壊されず、このカード以外の効果を受けない。
また自分の場の「竜の騎士」1体につき1回、プレイヤーへのダメージを0にできる。




(また……助けられたね)
 瑠衣は『竜の騎士』にそっと触れて呼びかけた。
 答えは返ってこない。
 それでも――わかった。
 最後の局面で『騎士竜の誓い』を引けた。
 それこそ、絆が失われていない証であると。

「……ターン終了だ」




瑠衣 LP900
   手札0枚
   場 竜の騎士

磯野 LP600
   手札0枚
   場 なし




「わたしのターン、『竜の騎士』でダイレクトアタック!」




 ――フレイムブリンガー!!


磯野LP600→0










 瑠衣はデュエル後、普通の健康診断を受け、特に引っかかる項目もなく隠し病室に戻った。
 健はそれまでの間、デュエルの録画を見て特殊な力を使った形跡がないか調べていた。本来それは専門のチームもあるのだが、そちらへの調査協力はすでに依頼済みであり、独自に不審な点を探そうとしていたのだ。
 ただ専門家グループの初見においても「普通のデュエルだな」と言われている。コピーの神でも使えば何か出てくるだろうが、それはできないし、する気もない。

「……どうだった?」
「普通の健康診断でした」
 笑顔で答える瑠衣。
 健は頭を抱えた。デュエル中に発現するあの黒さは、決着後もしばらく存続するようだ。

「あのな……それは分かる。結果だよ、結果」
「い、いえ、異常はありませんでした」
 その様子から見ると、どうやら素で言っていたらしい。
 まぁ、3年も誘拐されていたのでは「健康診断」に他意があると疑っても仕方ないが。

「あの……デュエルの方はどうでしたか?」
「そうだな、とりあえず強いってことは分かった」
「……ありがとうございます」
 返事がワンテンポ遅れた。どうやらいきなり言われると思ったらしい。

「あとは……泣いてたことぐらいか」
「…………」
 ――これを。
 瑠衣が『竜の騎士』を召喚した時の精神状態ははっきり言って異常だった。
 だからこそ、その後の復活劇にも驚いた。
 これから一ヶ月ほど護衛しなくてはならない以上、一連の行動にいかなる意味があったのか知ることは重要だろう。

「理由を教えてもらえるか?」
「…………」
 瑠衣はしばらく俯いたままじっとしていたが、やがて顔を上げた。

「笑わないで、聞いていただけますか?」
 その眸は異様なまでの真剣さを帯びていた。
 それほどまでの内容が話されるとは予想していなかったが、健は覚悟を決めて頷いた。

「――わかりました。では、お話します」
 一呼吸置き、改めてす―と息を吸い込む。



「"精霊の宿るカード"というものをご存知ですか?」



 唐突に紡がれたその単語に、健は聞き覚えがあった。
 ただし――それを専門にしているのは海馬コーポレーション内の別の、先ほど調査を依頼したばかりの組織だ。


「知っては……いる」
 瑠衣はそれを聞くと嬉しそうに顔をほころばせた。
 その段階でつまずくことが多かったのだろう。

「本当ですか! だったら、精霊と会話できる人間がいることは――?」
「あぁ、知ってるよ」
 ここまで来れば、どういう方面に話が向かうかも想像がつく。

「良かった……、ありがとうございます。あ、本題なのですが、わたしは、その精霊と話せる人間です。いえ――話せる人間"でした"」
「つまり……今は話せない、ということか?」
「……はい。わたしが所持している精霊のカードは――これです」
 瑠衣はデッキから1枚の『竜の騎士』を取り出した。
 見たところ、普通のカードと特に変わりはない。
 それに――彼女のデッキには3枚『竜の騎士』が入っているはずである。
 そのことを聞くと「まだ、何となくわかりますから」とだけ答えた。

「あの時――『竜の騎士』を召喚した時、3年前までは聞こえた筈の“彼”の声が、聞こえなかった。早くデュエルをしたかったのも、彼らの声を聞けば――いつものように話せれば、元気になれるんじゃないかなって、そう思ったからです。でも、聞こえなかった」
 瑠衣の目は再び潤み始めていた。
 しかし決して水滴を落とさないように、何度も瞬きをする。

「もう、平気です。聞こえるようになったのも、聞こえなくなったのも突然だったから――また、何かの拍子に戻るかもしれませんし……」
 そこまで言った時、健の携帯電話が鳴った。
 瑠衣の方を見ると「どうぞ」という仕草をしている。
 電話をかけてきたのは……[永瀬巧]とディスプレイに表示されていた。


「巧からだ。後で話すか?」
「! ……はい、お願いします」
 少し肩を硬直させて頷く。

『――桐沢健だな』
「あぁ、どうしたんだ、巧?」
『瑠衣は元気か?』
「まぁ、本調子って訳じゃないが……」
 そこまで言って気づいた。
 健は瑠衣が救出された直後の報告の後、一回も巧と連絡は取っていない。

「どうして、俺が彼女の護衛をしてるとわかった?」
『大切な妹の護衛が誰かくらい、報告があって然るべきだと思うが』
 言われてみればそうだ。
 そうすると教えたのは海馬社長。一介の間諜が口を出すべきことではない。
 ただ巧が"大切な妹"と言っても、嘘臭く聞こえるのはどうしようもない。

『瑠衣は今、どこに?』
「目の前にいる」
『では、かわって貰えるかな?』
「あぁ、いいよ」
 健が携帯電話を瑠衣に差し出した。

「というわけで、交代だ」
「え?あ、はい……」
 慌てて電話を掴むが、心の準備ができていないのが丸わかりだ。


「……電話、代わりました。……あ、うん、久しぶり……」
 緊張がとれていないし、声も大分震えている。

「うん……うん、そう。……えっ! 今から、来る? ううん、わたしは会いたい、けど……」
 瑠衣はそう言うと、健の方に視線を移す。
 来訪者に会わせてはいけない、などとは言われていない。
 健は頷いた。

「大丈夫、……うん、わかった。じゃあ、後で」
 瑠衣は携帯を健に返した。

「で、今から来るのか?」
『そうだ』
「どのぐらいで着く?」
『あと3分ほどだ』
 つまり、もう近くまで来ているということになる。

「おいおい、断られたらどうするつもりだったんだよ?」
『そのまま帰る。そして、翌日にまた来る』
「……そういうものかな?」
『そういうものだろう』
 巧が言うと奇妙な説得力がある。
 そして最後にとんでもない事を付け加えてきた。



『それと――"あの件"を言う』



「……本気か?」
 瑠衣が目の前でやり取りを聞いている以上、あまり大きく反応できない。
 しかも今の少し動揺した一言を聞かれてしまったようで、より注意深く耳を傾けている。

『あぁ、隠せる話ではない。それに早く立ち直って、"奴ら"に対して自衛できるようになってもらいたい』
「……腑に落ちないな。確かに精神の状態はデュエルに影響するが、てき――いや、そいつらが動くこととの関係が見えない。」
 "敵組織"と彼女の目の前で言うのは憚られる。
 そもそも巧が勝手に"敵"と言っているだけで、彼らの規模、指導者、思想、その他一切については全く知らない。健も独自に調べたことはあるが何の成果も得られておらず、存在自体が疑わしい。

『前にも言ったはずだ。奴らは瑠衣の能力を狙っている。だから自衛を……』
「そうじゃない。はぐらかすなよ。"あの件"と"奴ら"の関係だ。関係あるんだろ?」
『……急ぎすぎたな。だがこちらには確信はあるが、確証はない。もうしばらく待て』
「……わかった」
 しばらくすると窓から巧の姿が見えて、電話を続ける意味はなくなった。








「母さんが……行方不明……?」
 瑠衣が放心したように呟いた。
 巧は特に隠そうともせずに頷く。

 ――ただ「母さんは元気?」と聞いただけだったのに。
 ――普通に「元気だ」と返してくれると思ったのに。

 どうしてこんなに悪い方向ばかりに予想が裏切られるのだろう。
 精霊の件といい、今までの何気ない日常の世界がことごとく壊されていく。

「瑠衣が誘拐された1年後、つまり2年前に姿を消した。現在に至るまでその足取りは全くつかめていない」
 兄、永瀬巧は一切の感情を込めずに言った。
 その言い方のせいか、こういう事態に慣れてしまったせいか、瑠衣に悲しいという感情はあまり生まれてこない。

「兄さん、母さんは生きていると思う?」
 あるいは死んだという報告ではないからか。
 不健全な聞き方だとは承知しつつも、聞かずにはいられない。

「生きている」
 その言葉には絶対の確信があった。
 どこにいるか知っているのではないか、と疑うほどの強い肯定だ。
 安堵は、ない。

「そういえば、さっき健から聞いたんだが、『精霊の声』が聞こえなくなったらしいな?」
 母に関する話は今はもう聞きたくなかったが、そちらは瑠衣から振った内容である。
 しかしそれ以上に触れて欲しくない話題に、巧はわざと踏み込んできた。
 できれば話を変えたかったが、あえてここで引っ張り出してきたことに何らかの意図を感じて口をつぐむ。

 巧は精霊の存在を認知することができないにもかかわらず、瑠衣の精霊に関する話を信じてくれた数少ない、というか唯一の人間だ。
 実際に見える者と、見えない者の想像とでは隔たりもあったが、やはり一人でもいると心強く感じる。

「お前は『神の裁き』から自分を守ったのが、その能力ではないかと思っているな?」
「え……!?」
 思わぬ方向へ進んだ話と、図星だったことに瑠衣は驚いた。健の話では研究所でどのような実験が行われているかまで、巧は情報提供の段階で話したらしい。
 正確には"さっきまでそう思っていた"だが、重要なのは今の言い方だとそれを否定することになる。

「それは、違うっていう意味……よね?」
「そうだ」
「じゃあ、兄さんは、どうやってわたしが裁きに耐えたと思うの?」


「……別の能力が守った――そう考えている」


「別の能力……?」
 その発想はなかった。兄の仮説に耳を傾ける。

「あぁ、第二の能力が発現したことにより、元からあった能力が消える、ないしは封印されたのだと考えている。原因としては

1、精神や肉体が能力の同時発動に耐えられず、無意識に過度の負担がかからないように片方を抑制した。
2、能力自体が対になる存在で、一方が表に出ると勝手にもう一方が力を失う。

この2つが可能性としては高いな」
 確かに状況から推理すると、あくまで可能性としてはあり得る。
 瑠衣が思い出す限り、仮説に反する記憶はない。
 それどころか、

「そういえば……わたし、精霊のカードが3枚のうちどれか判別できた……!」
「なるほど、完全な消滅ではないわけか……」
 単に弱まっただけにしても、全てなくなっていないのなら復活の可能性は格段に高いように思える。

「ただ、現状での問題は能力自体ではない」
「どういうこと……?」
 何が問題なのか、残念ながら瑠衣には思いつかなかった。

「これを見てくれ」
 そう言って巧が差し出したのは、封筒。宛先は永瀬巧。差出人の名はない。
 そして、


「な……何なのこれ……!?」


 頭が真っ白になった。手紙を目の届かないところへ放り投げたくなった。しかし震える手はただ手紙を取り落としただけに、終わる。

 そこには、瑠衣が囚われていた研究所の位置。研究所内で行われていた実験の内容。瑠衣がどんな扱いを受けていたかまで、そういったことが事細かに記されていたのだ。

 巧が何を知らせたいのかは、よくわかった。
 知りたくはなかったけれど。
 しかし自分の身に迫る危機を知らずにいるのも、どちらも嫌だった。

「――――わたし、まだ……」
 そう言いかけて、止めた。言えば、それを覆すことができないような気がして。

「狙われている」
 対照的な思考がせめぎ合う中、巧は無情にも結論を引き継いで言ってしまう。
 でも――これでよかったのだろう。何も知らないまま、巻き込まれるよりは。

「それと……最後の部分は見たか?」
「え……?」
 悪意の塊のような手紙を摘み、本心では拒絶しながらも、見る。

「!? 嘘…………」


『I2(インダストリアルイリュージョン)社に協力を依頼すれば、きっと力になってくれるでしょう』


 これが意味するところは一つ。

「I2社全体が敵ではないだろうが、内部に敵が入り込んでいると見てまず間違いない。だから俺は海馬コーポレーションに依頼した。そう思わせる罠とも考えられるが……どうやらこっちを選んで正解だったみたいだな」
「……うん。今のところ、会う人はみんな親切だったよ」
 一度疑った分、それは言える。

「それなら良いが――このままで終わるとは思えない。奴らがいつからこのことを知っていたのか、何故自分達で動かなかったのか全く見当はつかないが、必ず動いてくるはずだ。そして俺も――まだ終わらせるつもりはない」
 それは決意を秘めた言葉だ。
 終わらない、ではなく"終わらせない"。
 単なる個人的な興味にとどまらない何かを、瑠衣は感じ取った。

 そしてこの瞬間、瑠衣は3年間の幽閉生活で忘れかけていた兄の本質を再び実感した。
 すなわち瑠衣が自然体で"黒い"人間だとするなら、巧はほぼ全てにおいて打算的な"黒"であることを。瑠衣を狙っているという組織に対しても、根底にあるのは巧本人の憎悪なのだ。
 今日の行動もおそらく単なる情報の伝達などではなく、瑠衣が組織との戦いで使えるコマかどうかを見に来ているに過ぎない。困ったことに、瑠衣は助けてもらった恩義をきちんと感じることのできる人間で、またその性格を表に出している時の――すなわち今目の前で苦悶の表情を被り、避けられぬ戦いであることを強調する兄を少し苦手としていた。

「お前も……自分の身を大事にしてほしい。お前の心身がどうなろうと能力を欲する連中は必ずいる。それだけ重要な力を持っていると自覚して、それを守ることを考えてくれ。健に言えば衝撃機能のリミッターを外せるディスクも貰えるだろう」
 やはり、そうだ。兄が薦めるのは自衛。積極的な行動方針ではないが、結局瑠衣自身も戦うという意味になる。
 ただ決して打算的ではあっても、言っている内容そのものは間違っていない。拒絶し、見捨てられるより遥かに現実的だ。
 瑠衣はゆっくりと頷いた。

「あぁ、それとI2社が関係していることは、海馬コーポレーション側は誰も知らない。その意味は――分かるな?」
「うん。誰にも言わない」
 真の当事者だけが持つ情報アドバンテージを。

「もう一つ、言っておくべきかもしれない」
 このタイミングで付け加えられる以上、いい話なわけがない。
 そう察して、顔を強張らせた。

「母さんが行方不明になっていると言ったよな。俺の推測では、母さんは……」
 瑠衣の顔から血の気が引いていった。
 最後まで聞く必要はなかった。
 この日ほど自分の持つ特殊な能力を恨んだ日はない。
 母が自分を釣るための餌に、身柄を交換するための人質になっているなどとても耐えられることではなかった。
 母はI2社の日本支部に勤めていた。永瀬瑠衣に関する動きを知ってしまい、口封じされた可能性もある。
 徹底抗戦の決意は早くも揺らぎ始める。
 だが――

「瑠衣、母さんを助けるために、自分を犠牲にしようなんて考えるなよ」
 巧は抗戦を主張する。

「でも――わたしが戦うせいで母さんが死ぬなんて……!」
 思わず叫びかけて、恐怖に襲われた。
 明確な否定を発したことで、兄に見捨てられないかと。

「あのな、俺は母さんを殺せと言ってるわけじゃない。より力を蓄え、きちんと策を練れば、救える方法があるかもしれないだろう?」
「あ……」
 瑠衣が自分の考え足らずな頭を小突いた。
 巧は従わないように言っただけにすぎない。
 とはいえ、その二つが密接に関わっているのも確かなのだ。

「ごめん、兄さん。わたし――いきなりそこまで割り切れそうにない。しばらく考えさせて」
「あぁ、俺も即決を求めてなどいないよ。できるだけ早い方が助かるのは事実だが、いざ奴らと対峙した時に迷われては話にならないからな。ゆっくり考えてくれ」
その後、巧はおよそ30分ほど話して帰宅した。
 前半の暗澹とした内容を払拭こそしなかったが、表面上はあくまで穏やかに世間話をした。
 面会終了後、瑠衣は再度訪れた健に「今夜は、一人にしてほしい」という要求をした。
 健はその要求を、理由も聞かずに了承した。
 電話の内容からすると、母が行方不明ということぐらいは巧から聞かされているのだろう。



 瑠衣は既に方針は決めていた。

 ――兄に協力して、戦う。

 そうするしか、ない。
 巧は選択肢を与えるように見せかけながら、実際は提示した選択肢は 戦うことだけだった。
 それが嫌なわけではない。
 むしろ助けてくれた恩に報いることができるなら、望むべきところだ。
 デュエルも、精霊については割り切った。
 何より――今は見捨てられるのが怖い。
 父はすでに亡く、母が行方不明のこの時点で、瑠衣にとって巧は兄である前に、最も身近な最後の肉親だった。

 ただし現在の状態で人質を前に勝負を挑まれて、迷いなく戦えるかと聞かれれば答えは否である。
 巧が与えたのは、そういうことを克服するための時間だ。
 本当に対処できるかは怪しいところだが、瑠衣は何としても期待に沿うつもりでいた。

 ――――――――――







7章 人質

 10月22日、つまり瑠衣がKCで目覚めた翌日。
 舞台は童実野高校へ。




 永瀬巧、17歳。
 妹永瀬瑠衣とほぼ同等のデュエリストで、KCの密偵を自ら指揮するほどの策士でもある彼は、一般的な、との表現の方が近い童実野高校2年生であった。
 巧はクラスの中で孤立していた。いや、それは正確ではない。彼の場合は周囲の理解ある孤独である。協調性はないが陰湿な、あるいは表立った敵意を向けられることは少ない。
 なぜならクラスメイト達は巧を傍観者の視点で見ているからだ。
 彼らは永瀬巧を知っている。5年前に父を亡くし、3年前に妹、2年前に母が行方不明になった不幸な男の権化。黙して語られない巧の私生活に関して、様々な憶測が飛び交っていた。

――曰く、家族の捜索に全力を注いでいる。
――曰く、生活するために、危険なアルバイトを繰り返している。
――曰く、KC管理下の秘密組織の、諜報員である。

 彼らは各々の脳内で巧に関する勝手なイメージを作り上げ、色眼鏡を通して認識する。つまり、「天涯孤独の身になった普通の高校生。その実態は――!?」というあらすじの本の「読者」がクラスメイトで、本の中の「登場人物」が巧なのだ。「読者」は基本的に「登場人物」への手出しはできない。それこそ巧が自ら望んで手に入れた孤独の正体である。
 日常という鎖に縛られた多くの人間は、刺激を求める。しかし完全に巻き込まれたくはないと考える。そんな中で身近にいる非日常。学級活動に参加しないことを除けば実害はなく、本当に苦しい生活をしている可能性も捨てきれず、敢えて非日常との接点である巧を観察こそしても潰そうとする動きはなかった。
 巧の過去は大量の行方不明者で彩られていたが、オカルトじみた話題には発展しないため、その筋の否定論者に目をつけられることもなく、「読者」と「登場人物」の関係を続ける限り、巧の周囲には誰もいない代わりに平穏だった。

 いや――たった一人。

 大泉裕子。
 童実野高校M&W部の現部長であり、情報魔の面も持っている彼女は、先ほどの例えでいうなら「作家」の役割を担っていた。
 巧は入学したての頃、本当に浮いて孤立していた。彼は陰湿な攻撃の数々自体は何ら意に介さず心の傷など負うことはなかったが、それにより生じる後始末の時間や本を買い直すお金は無駄極まりないと思っていたので裕子と契約をした。この契約は裕子の側から提案されたものであり、彼女がした行動は巧の家族関係についての噂を定期的に流すことだった。その噂が真実と証明されたことによって、今の状態に落ち着いているのだ。
 対する巧への要求は、M&W部の助っ人として大会に出ること。
 巧の過去のデュエリストとしての実績は、裕子の耳に入っていたようだ。瑠衣ほどではないにせよ戦力として求められるには充分な戦績であり、そのためだけに巧を救済――裕子がそう主張しているだけだが――したのだ。
 とはいえあくまで彼女の要求は出場であり、勝利ではない。尤も巧はこの助っ人では、まだ一度も負けていないが。
 また外せない用事があるときの拒否権も用意されているなど、形式的にも実質的にも両者の関係は対等だった。



 かくしてこの日の放課後、巧は授業が終わったことにも気付かずに、これからの対"敵組織"戦略を練っていた。

(昨日の面会で、瑠衣の引き入れは成功したと見ていい。I2社に関することの口止めもしておいた。母がかつてI2社に勤めていたことは分かっても、敵組織とI2社の関係はあの手紙を直に見なければ掴めない。これで海馬コーポレーション側の動きは常に一手遅れるだろう。あとは……)

 その最中、巧は誰かに肩をたたかれた。謎の存在の正体を確かめるべく振り向くと、スポーツ少女との肩書きがが似合いそうなショートカットの同級生がいた。

「永瀬君、久しぶりだねっ!」
「……何だ、君か」
「ひどい言い方ねー。さっきから呼んでたんだけど」
 98%の確率で本物のM&W部部長、大泉裕子だろう。
 巧は仕方なく対"敵組織"戦略の思考を一時的に凍結させた。
 
「大体、前の依頼をキャンセルしたんだから、そっちから依頼はないか聞いてくるのが筋ってものでしょ?」
 それは絶対に違うと思ったが、口にすれば3倍になって帰ってきそうなのでやめた。

「……何の用だ?」
 代わりに早く依頼内容を聞き出そうと、そう言った。しかしこの目論見は外れる。

「それはこっちの台詞よ!前の大会、そこそこの規模だったのに永瀬君がいないせいで2回戦負けしたじゃない!何の用があって蹴ったのよ?」
 明らかに間違っている。確かに巧がいればもう少し上までいけたであろうことは確かだが、助っ人を頼るより、まずは自分たちの実力を高めるべきだろう。
 確かに童実野高校は武藤遊戯等、伝説のデュエリストたちの母校だが、そもそも彼らのいた時代には、M&Wは部活にまでなっていない。つまり学校など関係なく、彼らの実績は彼ら自身の力によるものだ。
 本気でM&Wで生計を立てたいならデュエルアカデミアもあるし、此処のM&W部には彼らのコアなファンかデュエルアカデミアの入学試験に落ちた理想重視の人間が、名前に騙されて入ってくるぐらいのものだ。そういう者達は大抵、無駄にキーカードが多いコンボデッキの使用者であり、戦績はすこぶる悪かった。

 ちなみに巧はその日、健たちを家に招き入れ、永瀬瑠衣救出作戦の打ち合わせをしていた。
 彼らもプロだけに、いくら情報魔たる女子高生相手でも痕跡は残さなかったようだ。

「……黙秘させてもらう。終わったことをどうこう言っても仕方あるまい。それより、次の依頼は何だ?」

「あ、うん。この大会に出てほしいんだけど……」
 何のことはない、高校別の大会だった。
 しかしこの大会は全国大会の予選とかでもなく、注目度はそんなに高くないはずである。
 巧も一応助っ人として出るだけのことはあり、周辺の高校では【童実野の隠し兵器】と呼ばれている。彼個人としては戦う舞台には拘らないが、客観的に見て助っ人を投入するべき大会とは到底思えなかった。
 裕子はデュエルの実力はともかくそういう駆け引きは得意なのだと見ていたし、だから部長になれたのだろう。自分に助っ人を引き受けさせたことからも、その方面の手腕とM&W部への情熱は評価していた。
 そうすると、この奇妙な用兵の理由を聞き出すにはそこから攻めるべきだ。

「どうしたんだ? これは俺が出てもあまり意味のない大会だと思うが」
「え……そうかな?」
 とてもわかりやすい、焦った答えだ。
 不自然に目を逸らし、それでいて身を固くしている。
 明らかに、変だ。
 このぐらいの返答に何かを含ませてしまうとは、通常巧が話している時の裕子とは似つかない。

「あぁ。規模や知名度が高いわけでもないし、あくまで健全な高校生のための大会である以上、入賞賞品が魅力的とも思えない」
「わかってる……わかってるよ、それぐらい!」
「!?」
 裕子は取り乱していて、今にも泣きそうな様子だった。
 教室内にはまだ他の生徒が残っている。
 妙な誤解をされないためにも、場所を変えるのが適切と判断した。

「よし、屋上に行こう」
「……屋上?」
「昔も現代(いま)も体育館裏と屋上は呼び出し、密談の聖域だ」
 裕子がはっとして周りを見た。
 彼女もこの場が密談に適さない状況だと気がついたのだろう。



そして屋上――に続く階段前
「……くそ、鍵が閉まってるじゃないか。仕方ない、M&W部の部室で……」
「そこはダメ!」
 巧の提案は強い口調で遮られる。

「ごめんなさい……でも、これは2人で話さないといけない」
 袖を掴んでの必死の懇願に、巧は頷くしかなかった。



 適当な空き教室を見つけた2人は、ようやく密談を開始した。

「さて、話を聞こう」
「うん……その前に聞いとくけど、【竜の巫女】って行方不明だよね?」
 【竜の巫女】というのは、瑠衣がこの近辺で呼ばれていた二つ名のことだ。
 しかし、いきなり何を言い出すのだろう。行方不明かどうかの確認を、肉親にするなど正気の沙汰ではない。ただし巧が怒りを見せないのは、人間ができているからでもなかった。

「……それは君とて知っているはずだが?」
 完全なポーカーフェイスで流す。が、

「……嘘でしょ、それ」
 バレてはいないはずだ。前の大会をキャンセルした理由を知らないのに、瑠衣が今現在、行方不明ではないことを知っているなどありえない。

「どういうことだ?」
「どういうこともないわよ!最初から行方不明になんて、なっていないんでしょ!?」
「な……に?」
 やはりどこかに大きな勘違いがある。
 ただ、現段階で誤解を解こうと思うなら、ほとんどを説明しなければならない。
 そうすると、危険だ。大泉裕子が敵の間諜である可能性も捨て切ってはいない。
 となれば……。

「とりあえず、事情を説明してくれ。その考えに辿り着くまでの経緯を」
「……いいわよ」
 


 事が起こったのは一昨日の夜。
 裕子の家に宅配便がやって来た。
 両親は共働きで帰宅はもう少し遅いため、必然的に裕子がそれを受けることになる。
 門越しに、応対をしている時だった。
 宅配に来た男が突如、裕子の左手に腕時計を強引につけたのだ。
 そして、言った。

「この腕時計には爆弾が仕込まれている」
 と。
 正直なところ、本当に仕込んであるのかは怪しい。
 しかしまさか、試すわけにもいかない。
 連れ去るつもりはないみたいだし、ここで相手の機嫌を損ねれば時計を外す方法を教えてもらえないだろう。

「な、何が……目的なの……?」
 だが、声が震えるのは隠しようがない。
 宅配便を装っていた男は、普段の裕子並に快活な笑顔で答えた。

「そうそう、それなんだけどね。伝言を頼みたいんだ。永瀬巧は知っているね?」
 爆弾(かもしれないもの)があっては、まず嘘はつけない。「知っている?」と聞きながらも、裕子を標的に絞っている時点で、ある程度の予備知識はあるだろう。例えば、巧に積極的に話しかけるのは、ほぼ裕子のみだということぐらいは調査済みと考えるべきだ。
 仕方なく頷く。
「ほほう、では君の親友か恋人かは知らないが、彼に……」
「あたしは永瀬君の親友でも恋人でもありません!! 仕事上のパートナーです!!」
 永瀬巧の対人関係調査については、少し不備があるようだ。

「そうか……修正しておくよ。仕事上のパートナー、っと。それで君は童実野高校M&W部部長だそうだね。彼をこの大会に出場させることはできる?」
 直してくれたのはありがたいが、本題が始まったのでまだ気は抜けない。
 そうして見せられたのが、いま巧の手にある案内の紙である。

「出場申し込みさえ終わっていなければ……たぶん」
「じゃあ、彼を童実野高校の一員として出場させ、優勝させてくれ」
 それだけ言って立ち去ろうとした男を呼び止める。

「ちょ、ちょっと待って! 要求はそれだけ?」
「そうだけど……どうかしたのかい?」
 それだけのために爆弾を使うなど、狂っている。そして、まだ肝心なことを訊いていない。

「"コレ"はどうやったら外せるの?」
「あぁ、残念だけど大会当日までは着けていてもらわなければならないね。大丈夫だよ。耐震、耐水、耐火性能に定評がある最新モデルだし。無理に外そうとするか、こちらから遠隔操作しない限り爆発はしない。それに腕時計型にしたのは、君の日常生活に支障が出ないようにするためだよ。そこまで考えて形状を決めた僕らに感謝して欲しいぐらいだね。……首輪がお望みなら交換してあげるけど?」
 いや、そんな配慮はまず爆弾という一点で意味を成していないし、爆弾にそんなに色々モデルがあること自体、聞いたことすらない。加えて耐水ということは、お風呂に入っても壊れないということだ。
 だいたい、遠隔操作はある意味時限式より性質が悪い。
 この男の気まぐれ次第で、いつでもドカン!なのだ。
 ……首輪?万一爆発したら、死ぬじゃないか!
 精神的疲労に沈み、うなだれながらも大会案内の紙に目を移す。

「!?」
 恐ろしいことに、気付いてしまった。

「あの、大会に優勝しろって言う条件なんですけど……」
 それだけで相手はこちらの言いたいことを察したようだ。

永瀬兄妹に助けを求めるといい。きっと力になってくれるよ……」
 そして、男は本来の宅配便配達員としての荷物を押し付け、走り去った。
 ただでさえ門も挟んでいるし、これでは追えない。
 おどけた調子とは裏腹に、随分と合理的で手強い男だ。





「それで……全部か?」
「そうよ。たったそれだけのために、あたしは腕一本を狙われるの」
 巧としては、要求を呑むことに異論はない。
 ただ、本当に"それだけのため"なのかは大いに疑問だ。
 要求と相手側のリスクがとても釣り合わない。

「ちょっと……見捨てるつもりじゃないよね?」
 巧が考え込むのを最悪の方向に捉えてしまったらしい。

「要求は受ける。しかし優勝とは……」
「うん。それの意味は、気になってた」
 正直、その真意が測り知れない。
 しかもこればかりは運の要素も絡む。

「それとさ、対戦形式を見てよ。各校3人出場で、1対1の2勝先取。つまり……」
 巧が勝ったとしても、他の2人が負ければ、チームとしては敗北する。裕子が危惧したのは、まさにその点だった。

「それで、瑠衣も助っ人にしようとしたわけか?」
「……そんなところね」
 瑠衣は15歳だが、誕生日は12月なため、学年としては一つ下の、本来なら高校1年生だ。
 しかし元々童実野高校に在学している巧はまだしも、要求された大会は生徒でない瑠衣が出場できるとは思えない質である。勝敗よりも、健全な高校生の育成が目的なのだ。
 となれば……。

「瑠衣に指導してもらう、というのはどうだ? 俺よりはまともな指導が期待できる」
「指導か……。って、待った! 妹さんは行方不明じゃ……?」
「その辺りはこれから話す。潜伏場所からこちらに来るまで、時間がかかるだろうから、先に呼び出してから、な」
 ここまで来れば、もう隠すことはできない。今の話の真偽はともかく、瑠衣が行方不明であることに疑問を持った時点で、巻き込まれているのは確かなように思えた。
 こうして巧は瑠衣に連絡を取り、瑠衣はすぐさま童実野高校に来ることを了承したのだった。




 巧は校門で到着を待ち、その間に裕子にこの状況に至るまでのおおよその事情を説明した。
 ただし、裕子の左腕に装着されている腕時計型爆弾には発信機、盗聴機等が取り付けられている可能性が高い。
 潜伏場所や敵組織についてどれだけ知っているか、そういう類の情報は伏せるよう、細心の注意を払いながら話した。

「つまり、狙いは永瀬君じゃなくて【竜の巫女】だったってこと?」
「要求内容からするとそう考えるのが妥当だ」
 一通りの説明の後、裕子が出した結論も巧と同じく"標的は永瀬瑠衣"だった。
 「優勝させろ」との要求の意味は、瑠衣にM&W部員を鍛えさせろということと解釈した。そういう関わり方をすれば、巧が大会に出ることも相まって瑠衣が観戦に来る可能性も高い。
 その大会は学生レベルの小規模なものであり当然テレビ中継などもないため、観戦する=会場に行く、が容易に成立する。
 そこで相手方は行動を起こすだろう。



 おおよそ1時間後、瑠衣は"1人で"校門前に現れた。
 昨日話したことを受け入れたかどうかはわからないが、活力は戻っているようだった。
 この日、瑠衣は早速外を出歩いていたらしい。健とカードショップに行き、『ダークアームドドラゴン』だとか、『氷炎の双竜』を手に入れたようだ。
 狙われている身である以上、さすがに大会に出るのは止められたそうだが。

「おや、健はどうした?」
「駅までは一緒だったんだけど、突然姿を消しちゃって……」
 巧がいるから護衛はいらないと思ったのだろうか、いたとしても適当な理由をつけて誤魔化そうと思っていたがその必要はなくなった。

「それと、髪を切ったようだな」
「うん、過去を"断ち切る"のには、やっぱりこれがいいかなって思って」
 腰近くまで伸びていた髪は、肩ぐらいの長さで切り揃えられていた。
 方法はともかく、自ら立ち直ろうとするのは悪くない傾向だ。

「さてと、こちらが童実野高校M&W部部長、大泉裕子さんだ」
「よろしくお願いします。永瀬瑠衣です」
 軽く微笑みながら丁寧にお辞儀をする。

「……初めまして、じゃないんだけど、大泉裕子です。よろしく」
「?どこかでお会いしたこと……ありましたっけ?」
 巧は額を押さえた。
 裕子の無駄に攻撃的な要素を含んだ物言いに、ここまで能天気な対応をするとは思わなかった。
 名を知らなかったことで、裕子は不機嫌さをより露骨に示す。

「そう……弱い相手なんて覚えてないってこと、【竜の巫女】さん?」
 裕子にとって瑠衣は、自分を救う存在であると同時にこの状況を生み出した元凶でもある。辛辣になるのは当然といえば当然かもしれない。

「あ……ごめんなさいっ!」
 瑠衣は【竜の巫女】の単語を聞いて、彼女がどういう理由で自分を知っていたか察したようだ。
 頬を紅潮させて頭を下げる。

「……別にいいよ。あたしが弱いのが悪いんだから。でも、そんな言い訳は通用しなくなった。今度の大会に優勝しなければM&W部が廃部になるんです。お願いします。あたしたちを鍛えてください!」
「えっ!あ、あの……」
 瑠衣は突然の態度の豹変と土下座までしそうな勢いに、呆気に取られていた。
 ちなみにM&W部が廃部になるというのは、勿論嘘だ。裕子は本当の事情を公開するよう主張したが、巧はそれを拒否した。
 昨日、巧は直接話した際に辛い事実をいくらか明らかにした。
 その上で「選択を待つ」と言った。
 ここで決断を催促するようなことを言うのは得策ではない。
 "敵組織"の動きが、予想以上に早いのだ。一昨日に裕子が言った通りの出来事があったのなら、救出活動を知ってから動いた可能性が極めて高い。その段階では、瑠衣はまだ目を覚ましてすらいなかった。
 敵のやり方を知らしめるのにはいい機会だが、あまりに苦しめすぎて、打ちひしがれてしまっては元も子もない。

 瑠衣は誘拐される前、デュエル中を除いて自分より他人を気遣う少女だった。
 だが時と環境は長ければ長いほど、それまでとの差が大きければ大きいほど、人を変える。
 素で猫を被り、素で化けの皮を剥ぐ瑠衣は、自分でも気付かずにその本質を変容させている可能性がある。もし今回の事情を話し、それに怒りを見せ闘う決意を示したとしても、以前ほど強固な意志を基盤にしているとは限らないのだ。
 一過性の決断かきちんと見極めなければ、最悪敵に回る可能性すらも否定できない。

「まあ、そんなに心配することはないよ。俺も大会に出るから補助はするし。廃部になっても人が死ぬわけじゃないんだ」
 この説得は、腕を狙われている裕子にきつく睨まれたが、巧は無視した。
 瑠衣はしばらく迷った後、こくりと頷いた。

「じゃあ、わたしでよければ……お手伝いします」





M&W部 部室



 突然現れた謎の少女は部員達を一瞬にして沈黙させた。
 この日は男子部員5人、女子部員1人がいたが、本来は男子7人、女子は部長の裕子を入れて4人らしい。
 3年生がすでに引退してその人数なため、極端に少数ではない。

「兄さん、廃部に危機感を持ってる雰囲気じゃないような気がするけど……?」
 鋭い指摘である。
 部室には緊張どころか、怠惰な空気すら漂っていた。
 助かったのは小声で囁いてくれたことだ。普通に言っていれば、嘘だと即座にバレていた。

「そのことについては、今は聞かないでくれ」
「まぁ……いいよ」
 ここで親しげに"謎の美少女"と話す巧に、男子部員の怒りの眼差しが向けられる。
 一方で女子部員は興味深そうに眺め、携帯電話を取り出そうとする。おそらくは写真を撮るつもりなのだろう。
 これらの厄介な視線に気付いた巧は、裕子に説明を促した。

「大泉さん、説明を頼む」
「うん。――みんな、集まって!」
 裕子がそう言いながらパンパンと手を叩く。
 部員たちは即座に彼女の周りに集合した。
 何度か巧もこの部室に来た――いや、裕子に強引に連れて来られたことはあるが、こんなに簡単に集まったことはなかったような気がする。瑠衣の外見が与える影響がいかほどのものか、今更ながらに実感した。

「さて、まずはこの子の名前だが、永瀬瑠衣という。ここにいる永瀬巧の実の妹だ」
 無駄に"実の"の部分を強調して裕子が言った。
 男子部員が「おお!」と沸き立つ。

「あ、あの……」
「彼女はかつて【竜の巫女】と呼ばれていた名のあるデュエリストで、この度我が部の特別戦術アドバイザーとして協力してくれることになった。各自この機会を逃さずに"様々なこと"に励むように。以上!」
 瑠衣が話しかけるのを無視して裕子が続ける。
 この後の部員の反応は二手に分かれた。
 すなわち"様々なこと"に励もうとする、主に男子部員と、【竜の巫女】の単語に苦々しい顔を見せる者である。

「じゃあ、自己紹介してね」
「え? あ、はい……」
 瑠衣は強引に選手交代された。
 巧もこの場は助け舟は出さない。

「えーと、永瀬瑠衣です。次の大会までよろしくお願いします」
 簡素に過ぎる挨拶だったが、拍手は異様に大きかった。
 その後、簡単な質問タイムが設けられ、趣味やら好きなタイプやら聞かれていた。
 それが終わると、ようやく特別戦術アドバイザーとしての業務に入ることになった。


「では、これからデッキ診断を行います。デッキを見せていただけますか?」
 部員たちはしばらく渋っていたが、部長の裕子が瑠衣の前の机にデッキを置くと少しずつ応じる者は増えていき、やがて7人のデッキ全てが並んだ。

「えっと、最初は部長の大泉さんのデッキから診させていただきます。…………」
 真剣な顔で3枚ほどのカードを睨み、

「これはフェンリルハンデスですか?」
「えっ! よくわかったね……」
 フェンリルハンデスとは、モンスターカード『フェンリル』を駆使してドローロックをしつつ、さらに手札を捨てさせて相手の行動を封じ込めていく戦術のデッキだ。
 部員たちからも、さらに驚きの声が上がる。
 瑠衣は軽く微笑み、カードを見ていく。
 全て見終えると瑠衣はにっこりと裕子に笑いかけて感想を言った。

「――なんですか、これは?こんなものがフェンリルハンデス?冗談じゃありませんよ、まるっきり特性を生かせてないです!大体、『追いはぎゴブリン』を3枚積みしたら事故要因にしかなりません。それに『次元幽閉』や『ライトニングボルテックス』も強いカードではありますが、"戦闘破壊"を主にするデッキでは減らすべきです。その戦闘補助も主力の攻撃力が低めのこのデッキなら『突進』よりも『収縮』です。ウイルスを使うわけでもないですし、倒せるモンスターの幅が広がるのは後者です。『突進』ではサイバードラゴンと相打ち、帝モンスターに敵わないので話になりません。それに『ウォーターワールド』型なのに、何で『レベル制限B地区』や『グラヴィティバインド』のようなロックパーツが入ってるんです?せめて『平和の使者』にするか、『アトランティス』型にしてくださいよ。『サブマリンロイド』も不要です。そうです、攻撃後に守備表示になるこのカードに『突進』はシナジーしませんし、『ウォーターワールド』との相性は最悪です。これじゃ先が思いやられますね……。教えがいもありそうですけど。ウフフフフ……」
 賞賛の声が発せられると予測していた部員たちは、皆一様に呆気にとられて固まっていた。
 至って涼しい顔をしているのは、瑠衣本人と巧だけである。
 尤も満面の笑顔からここまでの毒舌が飛び出せば、こうなるのは必然と言ってもいい。特に笑顔のまま――というのが衝撃を深くしている。

「兄さん……何か間違えたかな?」
 瑠衣が完全に沈黙してしまったM&W部を見回し、心配そうに巧に問いかけた。

「いや。指摘すべきポイントは押さえている」
 巧は瑠衣を支持した。
 今回の指導は慈善事業ではなく、あくまでも優勝を目的として行う。
 ゆえに、そこに甘さを介在させる余地はない。
 正直この程度で立ち直れなくなるなら、大会に出場する資格はないとさえ考えている。
 裕子には気の毒だが、彼女に対してそれ以上の感情はない。

「永瀬さん……」
 裕子が顔を俯かせたまま言った。

「えと……何でしょうか……?」
 瑠衣は恐る恐る先を促した。

「私の力不足を痛感しました! やはり貴方は今のM&W部に不可欠な人材です! 教えてください、先ほど指摘されたカードを抜いて何を入れればよいでしょうか?」
「あ……はい!まず『収縮』は言いましたから……」
 こうして瑠衣は正式に戦術アドバイザーの地位に就くこととなった……かに見えたが、その先にはもう一つの障害があることをこの時知る者はいなかった。








  同日夜


 瑠衣を海馬コーポレーションまで送り、巧は9時過ぎになってようやく帰宅した。

 巧の私生活は大きく2つに分かれる。
 すなわち、読書と推理。
 母が残した文献や資料を読み漁り、それに彼女の置き土産となる"言葉"を加え、得られた情報を分析、再構成する。
 それだけと言ってしまえばそれだけだが、母が残した資料は眉唾なものも多いものの、身長を超える本棚にこれでもかというほど詰め込まれているため、相当な根気と忍耐が要る。
 実動はあまりしないが、それは単に無駄だからだ。
 ことこの問題に関して、人への聞き込みは基本的にアテにならなかった。
 下手をすれば狂っているととられても不思議はない、そういう類の問題だった。


 自室に荷物を置き、作り置きのカレーを温める。


 しかし"アレ"はいる。
 人に触れ、床を歩き――――日本語を話す。
 巧は見た。巧は聞いた。
 そう――他ならぬこの家で。
 その記憶は、今も脳裏に深く強く刻み込まれている。


 食事、風呂等もそこそこに、母の趣味が反映された異様に古風な部屋に篭り、読書を再開する。


 ――おそらくは"彼女"も。


 "彼女"もまた行方不明だ。死亡か親殺しか、"彼女"を彩る言葉はそのどちらか。
 しかし巧は知っている。
 そうなった原因は自分にあるのだと。
 "彼女"は間違いなく生きている。生きて、無明の戦いに明け暮れている。
 数少ない実働――つい近頃、カードプロフェッサーから名と活動を変え、I2社お抱えとなったデュエル界の治安維持組織カードプリベンターの長、北森玲子との面会を果たしたことにより、推測は確信に変わった。
 会うための策も、今日の大泉裕子の一件で整った。
 あとは瑠衣を餌にし、"彼女"の行方を知る何者かを、誘い出すだけ。


 手にした書物をパタンと閉じ、部屋の隅に置かれた小さな化粧棚のところまで歩く。
 化粧台に本を置き、引き出しの一つをゆっくりと開いた。
 そして――――中に入っていたウィジャト眼が彫られた金色のブローチを取り出し、ただ怒りだけを手に込めて血が出るほど強く握りしめた。

 ―――――――――




8章 水霊の巫女

 10月23日、つまり瑠衣が童実野高校M&W部の特別戦術アドバイザーに就任した翌日。



 この日は裕子が特別招集をかけたため、11人の部員全員が部室に集まっていた。
 前日は来ていなかった部員に同じ説明を繰り返し、全員の了承を得た。

「なるほど……昆虫デッキですか。でも『ヴァリュアブルアーマー』を使うのなら、逆に『収縮』よりも『突進』ですね」
 瑠衣が昨日はいなかった部員のデッキを見せてもらい、アドバイスする。

「え、どうしてだ?」
「では、自分の場に再召喚された『ヴァリュアブルアーマー』、相手の場に『冥府の使者 ゴーズ』と『邪帝ガイウス』がいたらどちらが有用ですか?」
『収縮』では一体しか倒せないのに対し、『突進』なら両方とも倒せる。決着がつくのなら大差はないが、『収縮』だと次の相手のターンに持ち越される場合、どちらかが残るため『ヴァリュアブルアーマー』は戦闘破壊されてしまう。

「これは全体攻撃できるモンスター、例えば『阿修羅』や『究極恐獣』などでも同じことが言えます」
 現在瑠衣が構成を確かめているデッキは、『アルティメットインセクト』と『強者の苦痛』で攻撃力を下げつつ、『最終突撃命令』で強制的に攻撃表示にした相手モンスターを、再召喚した『ヴァリュアブルアーマー』で一掃し大ダメージを食らわせるコンセプトだった。
コンボが決まれば強力だが、上手く回らないと手も足も出なくなる。
それはこの部員に限らず、多くが似た欠点を抱えていた。一撃必殺のパーツを大量投入するあまり、個々のカードの能力がおざなりになっている。
 そのため瑠衣はまず、安定性を高める方針で彼らのデッキ構築に注意を与えた。

「あとは……そうですね、初期ライフや汎用性を考えれば、『最終突撃命令』より『ビッグバンシュート』で貫通を狙った方がいいです。それに『アルティメットインセクトLV7』は2回も出す機会はそうそうないでしょうし、これを減らして『デビルドーザー』はどうでしょう?」
 昆虫使いの部員が答えようとした瞬間に、その事態は発生した。
 部室の扉が開き、教師と思われる男が立っていたのである。

「しまった……! こいつのこと忘れてた……」
 裕子が一瞬びくりとした後、大きく嘆息した。
 ちなみに瑠衣がこの男を見た第一印象は
(『怒れる類人猿』に『進化する人類』を使って強引にヒトにしたらこんな風になるのかな……)
だった。
 それほどに悪い印象しかない。
 教師らしき男はずかずかと部室内に入ってきて瑠衣の前に立つと、思い切り上から目線で見下ろした。

「誰だ、君は? ここの生徒じゃないな!」
 声と態度は異様に大きい。

「あの……誰なんです、この人?」
 瑠衣は正体に心当たりがありそうな裕子に小声で問いかけた。
 裕子は耳元に口を寄せてこっそりと囁く。

「こいつはこのM&W部の顧問で、安藤っていうんだけどね。見たまんまの性格で、私たちもなかなか手に負えないのよ。何故かデュエルは無駄に強いし……」
「何をこそこそ話している! 質問に答えろ!」
「は、はい……。わたしは永瀬瑠衣といいます。えっと……こちらの部長にデュエルの訓練をしてほしいとの要請を受けて、昨日から来させていただいています」
 すると、安藤の怒りの矛先は裕子へと向けられた。

「大泉! 勝手に怪しい女を雇うな! 顧問がいるだろう!」
 正確には"雇われて"はいない。瑠衣は特に報酬を貰ってないためだ。だが無償で来ていると言えば余計に疑われそうだ。
 傍にいた部員の一人が瑠衣に追加で耳打ちをした。

「あいつは確かにデュエルは強いんだが、あれは指導に名を借りた生徒へのイジメに近い」
 瑠衣は安藤という男を少しだけ理解した。
 自分より格下の(と思い込んでいる)相手に高圧的な人間なのだ。
 大方、社会的弱者に怒鳴り散らすことを指導と勘違いしているのだろう。
 もしこの場に不動遊星がいれば、間違いなく「権力ってヤツか」と言っていた。

「はぁ。だから、この子はスパイじゃありませんよ」
 裕子が安藤に呆れながら説明していた。
 どうやら自分は今、他校のスパイと疑われているらしい。

「そういえば兄さん。こういう場面で、学校がどこか聞かれたらなんて答えればいいの?」
「あぁ、それは……」

「貴様では話にならん! 本人に聞くしかないか」
「最初からそうしろって言ったんだけどな……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 裕子は相当小声で言ったが、そういう陰口は目ざとく見つける。
 まさに小役人タイプの人間の権化だ。

「おい、永瀬瑠衣とやら! 貴様、どこの学校の者だ?」
 予習しておいた甲斐があった。
 耳を塞ぎたくなるのを我慢し、落ち着いて答える。

「通信制の学校に通っています」
「ぬ……」
 非の打ち所のない答えのはずだ。

「く、くそ! だいたい、【竜の巫女】だか知らんが、こんな小娘が俺より優れた指導者なわけがないだろう!」
 とうとう部員たちが一斉に吹き出した。

「な、何がおかしい? 教師を馬鹿にするなど許さんぞ!」
 またしても安藤は裕子に絡む。

「いや……ただ、命知らずだなと思いまして」
 笑いを堪えるのに必死になりながら裕子が答えた。

「くっ、ならば【竜の巫女】とやら!貴様にデュエルを申し込む!」
 瑠衣は比較的心優しい少女だが、あらゆる人間にに対して聖人君子の如く平等に接することができるわけではない。そして馬鹿にされたような態度でデュエルを挑まれて、黙っていられるまでの寛容さは持ち合わせていなかった。
 それに【竜の巫女】と褒められる分には気恥ずかしくなるが、いざ貶されてみると腹立たしくもある。
 傍に置いてあるデュエルディスクを腕に着けようとした――その手は宙を掻く。
 ディスクを取ったのは巧だった。

「兄さん!? これはわたしの問題だよ!」
「まあまあ、落ち着け。瑠衣が手を下すには、こいつは小物すぎると思わないか?」
 瑠衣は考える前に頷いていた。
 安藤という男は研究員たちとそう変わらない、生理的に受け付けない人種だ。

「そこでだ、大泉さん」
「はい? 何であたしが?」
 突然の指名を受け、裕子が戸惑う。

「君は昨日、瑠衣のアドバイスを受けてデッキを改良した。つまり、今の君は瑠衣の弟子だ。弟子にすら勝てない者が、師に挑戦する資格などあるはずがなかろう? そもそも、あらかじめ顧問の許可を取っていなかったのは誰の失態だ? そのミスの結果を、まさか瑠衣に押しつけるつもりではあるまいな?」
「う……それは、そうだけど」
「じゃあ、決まりだな。安藤先生、それでいいですか?」
「構わん! 然るべき代表者を出せばな!」
 安藤の顔には少しだけ安堵が浮かんでいた。
 もしかすると【竜の巫女】について多少なりと知っていたのかもしれない。

「デュエル!!」



裕子 LP4000
   手札5枚

安藤 LP4000
   手札5枚



「私が先攻を貰います、ドロー!」
 裕子も安藤が心底気に入らないのだとよくわかる。
 安藤は強引に先攻を奪おうとしていたのだが、それを上回る速さで裕子はカードを引いた。
 嫌いな相手を倒す際には、ここまで神経が研ぎ澄まされるようだ。

「モンスターを守備表示で召喚! さらにカードを1枚伏せてターン終了」
 裏側のカードが2枚、裕子の場に現れる。
 1枚は横に、1枚は縦にセットされている。
 先攻1ターン目として、最もオーソドックスな形だ。

「俺のターン! 『エーリアン・ウォリアー』を召喚!」
 安藤の場に二足歩行の宇宙人が出現した。
 茶色の身体に白い鎧を装備しているように見えるが、どうやらそれはエーリアンの身体の一部のようだ。




エーリアン・ウォリアー 効果モンスター
星4/地属性/爬虫類族/攻1800/守1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
このカードを破壊したモンスターにAカウンターを2つ置く。
Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。



「……マズイね、兄さん」
「あぁ、そうだな」
「彼女はあの人と戦ったことがありそうだから、そんなミスはしないと思いたい……けど」
「あまり期待はできない」
 瑠衣と巧は本人たちにしかわからない会話をする。



「『エーリアン・ウォリアー』で裏守備モンスターを攻撃!」
 二足歩行のエーリアンは、四速歩行の獣の動きで裕子のモンスターに跳びかかる。



 ――エーリアンクロウ!!



 エーリアンの爪は裏側のカードを引き裂いた。
 同時に消え始めていたのは――少年の魔法使いだった。



「やってしまいましたね……」
「あぁ、そうだな」
「あと、技のネーミングセンスが皆無のような気がするけど」
「そこは大目に見てやれ。こんな……」
「こんな?」
「……いや、なんでもない。とりあえず大泉が勝つことを期待しよう」
 またしても瑠衣と巧は本人らだけが理解できる会話を展開する。



「『ミラクル・フリッパー』の効果発動!バトルフェイズ終了時にこのカードは相手の場に特殊召喚される!」
 少年の魔術師は安藤の場で守備表示をとる。
 瑠衣はなんとなく、少年魔術師が安藤の精神年齢を表しているような気がした。




ミラクル・フリッパー 効果モンスター
星2/光属性/魔法使い族/攻 300/守 500
「ミラクル・フリッパー」が自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は他の表側表示のモンスターを攻撃対象に選択できない。
このカードが戦闘で破壊された場合、このカードを相手フィールド上に特殊召喚する。
このカードが魔法・罠の効果で破壊された場合、
相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。




「カードを1枚伏せ、ターン終了だ!」
 エーリアンの背後に正体不明のカードが置かれる。




裕子 LP4000
   手札4枚
   場 伏せカード1枚

安藤 LP4000
   手札4枚
   場 エーリアン・ウォリアー、ミラクルフリッパー、伏せカード1枚



 新たにカードをドローした裕子は、慎重に相手の手札を窺う。
「モンスターを守備表示で召喚し…………カードをもう1枚伏せる。これでターンエンドよ」
 裕子が取った手は1ターン目と同じもの。ただし前のターンに伏せたカードは使われていないため、彼女の場には2枚の伏せカードがある。

「俺のターン! ククク、エーリアン相手にミラクルフリッパーとはなんと愚かな! いくぞ、ミラクルフリッパーを生贄に『宇宙獣ガンギル』を召喚!」
「何?ガンギルはレベル7のはず……」
「ガンギルは元々のコントローラーがお前のモンスターを生贄にすれば、1体の生贄で召喚できる!そのぐらい知っておけ!」
「くっ……」
 安藤の場の上空に円形の異次元空間の穴が開かれる。
 そこからいかにもな宇宙怪獣が出現した。
 イカの足のような触手が下半身を覆いつくし、それらは粘液か何かでヌメヌメと光っている。上半身はといえば、毒々しい水色の粘土を捏ね回して作られたような歪な小山の頂上から剥き出しの歯が覗く。その中間からは蟹の鋏を連想させる物体が何本も触手に紛れている。




宇宙獣ガンギル 効果モンスター
星7/光属性/爬虫類族/攻2600/守2000
自分フィールド上に存在する元々の持ち主が相手のモンスターを
生け贄に捧げる場合、このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体に
Aカウンターを1つ置く事ができる。Aカウンターが乗ったモンスターは、
「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、
Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。




「ゆけ! 『エーリアン・ウォリアー』で守備モンスターを攻撃!」



 ――エーリアンクロウ!!



 単調な技名に伴う爪で切り裂くだけの単調な攻撃は、またしても裕子のモンスターを破壊した。
「く……だけど『グリズリーマザー』の効果で『水面のアレサ』を特殊召喚!」
「!?」
 裕子の場に現れたのは、短い青髪の和服を着た女性。
 この用兵に安藤の顔が歪む。





グリズリーマザー 効果モンスター
星4/水属性/獣戦士族/攻1400/守1000
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

水面のアレサ デュアルモンスター
星4/水属性/水族/攻1500/守 500
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
相手の手札をランダムに1枚捨てる。




「……どういうことなんでしょうね?」
「あぁ、確かにこの状況なら『グリズリーマザー』の効果で『グリズリーマザー』を召喚するのが基本だが……あの2枚に何か仕掛けがあるのか、あるいは手札に固まっているのか」
「兄さんなら攻撃する?」
「いや、しないだろうな。仮に伏せカードに『収縮』があった場合、次のターンにアレサを再召喚してから攻撃すれば手札を捨てさせられる。ゆえにこのターンのうちに排除したい。それに攻撃が通れば、大泉の場にモンスターがなくなる。つまり……誘っている」
「……同感」



「ええい! ガンギルでアレサを攻撃!」
 永瀬兄妹の話し合いの結論とは逆に、安藤は攻撃を選択した。



 ――デストラクションポイズン!!



 ガンギルの下半身にある蟹の鋏のような生態部分が、和服の女性に向けられる。
 そして鋏の一つを大きく開き、毒液を発射した。
 見るだけで気持ち悪くなりそうな緑色の液体は、しかし彼女に届くことはない。


「『聖なるバリア−ミラーフォース−』を発動する!」
 毒液はアレサを覆うバリアに弾き返された。しかし、

「それぐらい読んでいる! 手札より速攻魔法、『A細胞散布爆弾』を発動! エーリアンウォリアーを破壊し、4つのAカウンターを水面のアレサに乗せる!」
「なっ……!」
 毒液が安藤のモンスターに届く前に、エーリアンの身体が爆発してアレサはその爆発に巻き込まれた。





聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

A細胞散布爆弾 速攻魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
「エーリアン」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、そのモンスターのレベルの数だけAカウンターを
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターに置く。




 爆風の中からアレサは無事に姿を現したかに見えた。が、




 ――水神の調べ!!




 アレサは水を操って造った神を、あろうことか裕子に向かって使役させた。



裕子 LP4000→2500



「うあっ!どうして……?」
「トラップカード『洗脳光線』。Aカウンターの乗ったモンスターのコントロールを得る!」
「!!」




洗脳光線 永続罠
Aカウンターの乗っている相手フィールド上モンスター
1体を選択してコントロールを得る。
自分のエンドフェイズ時毎に、
コントロールを得たモンスターのAカウンターを1つ取り除く。
コントロールを得たモンスターのAカウンターが全て取り除かれるか
そのモンスターが破壊された場合、このカードを破壊する。




「これでターンエンドだ!」




裕子 LP2500
   手札3枚
   場 伏せカード1枚

安藤 LP4000
   手札3枚
   場 水面のアレサ(Aカウンター3つ)、洗脳光線




「私のターン。まずは場のリバースカードをオープン! 罠カード『リビングデッドの呼び声』。蘇らせるのはグリズリーマザー!」


リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「ちっ、リクルーターか!」
「さらに手札より強制転移を発動。グリズリーマザーとアレサのコントロールを入れ替える」
 裕子がアレサを、安藤がグリズリーを従える。
 ただ戦局が逆転しただけでなく、こちらの方が画になっている。

「『水面のアレサ』を再召喚し、さらに手札より魔法カード『水面神社』を発動!」
「『水面神社』? なんだ、そのカードは!?」
 裕子の背後に小さな神社が現れた。
 荘厳な空気が周囲を包む中、アレサは神社の内側へと姿を消した。

「『水面神社』。自身の効果で特殊召喚した『憑依装着−エリア−』または再召喚した『水面のアレサ』を墓地に送ることでデッキ、または手札から『水霊の巫女−エリア−』を特殊召喚する!」



「ところで、アレサとエリアってどういう関係があるんです?」
「さあ?」
 ここで先ほどの昆虫使いの部員が現れた。

「エリアとアレサは同一人物だ!」
「……そうなんですか?」
「そうだ!その経緯を教えてやろう」
 かくしてデュエル途中ではあったが、彼の説明が始まった。



 そもそも、この設定が公に認知されたのは『闇霊使いダルク』を主人公としたアドベンチャーゲームでのことらしい。
 プレイヤーはダルクを操り、4人の女の子と共に霊術の修行に励む。その中の一人がエリアであり、昆虫使いの部員は2週目以降の限定ルートとか、好感度が150以上とかわけのわからないことを言っていたが、そこは聞き流してあげることにした。

 彼らは必死に修行を積み、憑依装着にクラスチェンジを果たすのだが、そんなある日、強大な水の力を制御しきれなくなってしまったエリアは水流に呑み込まれ、行方不明になってしまうのである。

 数日後、水面神社を守っている夫婦は川岸で倒れている青髪の少女を保護した。必死の介抱の末に少女は意識を取り戻すのだが、なんと彼女は記憶を失ってしまっていた。彼女を不憫に思った夫婦は、この神社で巫女修行を積まないかと提案した。
 夫婦には子供がおらず、跡継ぎもいなかったのだ。提案を承諾して、新しく"アレサ"の名を貰った少女は髪を切って決意を新たにし、霊術を学んでいた頃からの素質を発揮して、次代の水面神社の巫女になるための修行に励んだ。

 だが、少女はある事件に巻き込まれ、その際に記憶を取り戻した。

 ――学校に戻りたい。

 そう思ったが、それは親切にしてくれた夫婦を裏切ってしまうことになる。激しい葛藤に苛まれるアレサだったが、決着をつけたのはかつての仲間たちが水面神社まで自分を探し当ててくれたことだった。その事件には彼らが関わっていて、ダルクがエリアに似ている人を見かけたと主張して一帯を探し回り、ついに見つかったのだという。
 ダルクに必死に説得されたエリアは、夫婦たちと別れて学校に戻った。
 そして数年後、卒業後の進路を聞かれたエリアはこう答えた。

「水面神社の跡継ぎになりたいです!」



「と、こんな裏ストーリーがあってね」
「そして貴方はそのゲームをやり込んでいる、ということですか。なんだか危険そうですね」
 瑠衣は極めてにこやかに言って、その部員と距離を置く。

「なっ、ご、誤解だ!」
 必死に弁解しようとする昆虫使いの部員。
 しかし、逆に瑠衣の言葉に賛同するものの方が増えていく。

「そういう奴だったのか……」
「元々危ないとは思っていたけどな」
 そんな中、ある部員が昆虫使いどころか阿修羅すら凌駕した危険度を有する発言をした。

「静まれ!これはエリア様の御意思であるぞ!」
「……はい?」
 当然のことながら、瑠衣にとっては意味不明の言動である。

「兄さん、どういうこと?」
「知らん」
 一言で切り捨てられる。
 本当に知らないようだが、兄は関わっていないと分かって少し安心もした。

「えっと……」
 気は進まないものの、勇気を振り絞って先ほどの発言をした部員に話しかける。

「おお、【竜の巫女】様!! 自分は知っていますよ。貴女様は竜以外のモンスターの意思も読み取ることができると! 先ほどの御言葉は、エリア様の御意思を代弁していたのでしょう?」
「――――っ!」
 悪気はない。それは分かっている。
 けれど最高に気に障った。
 この、イタい部員は"精霊と会話できる能力"のことを言っているのだろう。
 ただ、そういう噂が立ったことは以前にもあったため、何とか平静は保てた。
 それよりひとまずは現在の状態を打開しなければならない。
 期待の篭った目で見つめられている、悪夢を。

「えーと、その……」
 しかしこの状況。どちらに味方しても犠牲者が出るのは免れない。
 ここは自分の身の安全を考えるべき……だと信じることにした。

「そう……言ってます。週末まで国外追放処分とか、色々……」
 冗談を交えたつもりだったが次の瞬間、瑠衣は自分の不用意な発言を全力で後悔した。

「うわっ、何をする! 俺もエリア様を信じる友のはず……」
「ならばエリア様の命令には従え!」
 エリア教信者にしてエリア狂の男子部員は、国外追放処分を真に受けて昆虫使いの部員を部室の外へ放逐してしまったのだ。
 自業自得とはいえ、流石にちょっとかわいそうな気もした。

「……気にしないで、続けてください」
 発生した結果の大きさに、大泉さんと顧問の安藤もデュエルを中断して状況を観察していた。
 注目されるのは慣れているが、好きではない。




 さて、外野の騒動が静まったところでデュエルに戻る。

「デッキから『水霊の巫女−エリア−』を特殊召喚!」
 社の戸が開き、青髪の女性が木製の階段を下りてくる。
 エリアが巫女衣装を纏っている。ただ、それだけ。
 だがこのカードなくして、今年のM&W部への入部希望者32名はありえなかっただろう。
 裕子はクラブ紹介のデモンストレーションデュエルで、自身の切り札でもあるこのカードを前面に押し出し、この記録的数字を作り上げた。
 ただしもう一つ――1週間以内の退部者27名という不名誉極まりない伝説も出来上がってしまったのだが。
 その原因を簡潔に説明するなら、エリアへの行き過ぎた信仰が内紛を誘発したのだ。
 事例はたった今、見たばかりだろう。




水面神社 通常魔法
自身の効果で特殊召喚した「憑依装着−エリア−」または再召喚した「水面のアレサ」1体を生贄に捧げて発動する。
デッキ、手札、墓地から「水霊の巫女−エリア−」1体を特殊召喚する。

水霊の巫女−エリア− 効果モンスター
星8/水属性/魔法使い族/攻2350/守1500
このカードは通常召喚できない。「水面神社」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
次の相手ターンのドローフェイズをスキップする。




「そして手札よりフィールド魔法『ウォーターワールド』を発動!」



水霊の巫女−エリア− ATK2350→2850

グリズリーマザー ATK1400→1900



「いけ、水霊の巫女−エリア−でグリズリーマザーを攻撃!」




――水神の怒り!!



 エリアが放出した水は、竜へとその姿を変えてグリズリーに襲い掛かる。
 水でできているはずの竜の牙は、グリズリーの腹に突き立てられ、大熊はうつ伏せに倒れた。



安藤 LP4000→3050



「『水霊の巫女―エリア―』が相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札1枚をランダムに墓地に送る!」
「ぐっ……」
 安藤の手札から『侵食細胞A』が捨てられる。


「さらにグリズリーマザーが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスターを特殊召喚できる。私が出すのはグリズリーマザー!」
「くそ……」
 3体目のグリズリーマザーは無事デッキに眠っていたようだ。
 勿論先ほどのグリズリーマザーと変わりなく水属性である。



グリズリーマザー ATK1400→1900



「安藤の場に壁モンスターはいない。グリズリーマザーでプレイヤーにダイレクトアタック!」
 青い毛並みを持つ巨大な熊が、安藤を鋭い爪で引き裂く。



安藤 LP3050→1150


「カードを1枚伏せてターンエンド」
「くそ、生徒ごときに……! 俺のターン!」
 カードをドローしようとした安藤だったが、その前に裕子の冷めた声が挿入される。

「『水霊の巫女―エリア―』のもう一つの効果。戦闘で相手モンスターを破壊した次のターン、相手はドローフェイズのドローを封じられる。あぁ、あと貫通効果も持っている」
「何だと……貫通にハンデスにドロー封じ。その全てを1体のモンスターが成すというのか!?」
 確かに化物じみた能力だが、裕子のデュエルはこれが最初で最後なため問題はない……と思う。
 裕子は追い討ちをかけるべく、伏せカードに手を伸ばした。

「リバースカード、『水霊術―葵―』!グリズリーマザーを生贄にして発動。相手の手札1枚を選択して捨てさせる」




水霊術―葵― 通常罠
自分フィールド上に存在する水属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
相手の手札を確認し、カードを1枚選択して墓地に送る。

 安藤の手札
亜空間ジャンプ装置、エーリアンテレパス




「『エーリアンテレパス』を墓地に」
 生徒である裕子に命令されるのを憎々しげに睨む安藤。しかし、彼に出来ることはもうない。ブラフにもならない伏せカードを出すことを除けば。

「カードをセットし、ターンエンドだ!」
 安藤の語気は、しかし何故か自信に溢れていた。



「兄さん、まさか……」
 瑠衣にはある一つの悪い予感が漂っていた。

「あぁ、おそらくあの男は……」
 兄も同意し、瑠衣の緊張感は一気に高まった。




裕子 LP2500
   手札1枚
   場 水霊の巫女―エリア―、ウォーターワールド

安藤 LP1150
   手札0枚
   場 伏せカード(亜空間ジャンプ装置?)



「私のターン、ドロー」
 裕子はドローカードをすかさずデュエルディスクに差し込んだ。

「……念には念を入れて、抵抗力は完全に削いでおく。手札より魔法カードを発動させてもらう! 『大寒波』!」
「!!!!!!!!」
 安藤が衝撃に打ちのめされたような顔をした。まるでこのタイミングで初めて敗北を確信したかのようだ。

「水霊の巫女―エリア―でダイレクトアタック!」




――水神の怒り!!



「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!俺の『魔法の筒』がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 安藤は水竜に頭から食われながら種明かしをした。



安藤 LP1150→0



「『魔法の筒』……やっぱり」
 裕子は安藤のデュエルディスクに差し込まれたままの、問題のカードを見て呆れた。
 ちなみに『亜空間ジャンプ装置』は安藤のリストバンドに入っていた。どうやらこの男は、デッキからドローしたカード以外をデュエルディスクに入れると警報が鳴るシステムを、わざわざ調べて解除したらしい。ある意味ものすごい執念である。



「……やってくれましたね」
「あぁ、こんなネタ章でまともなデュエルが行われるわけないだろ」
「それは……もう!せっかく兄さんに訊きたいこととかあったのに、ネタなんて言ってしまったらそっちは幕間にしなくちゃいけないじゃないですか! あと、ネタではなく新説提起章の方が良いと思うんよ?」
「どうしてだ?」
「ウケなくても意義があるからだよ。ウフフフフ……」
「ククク、瑠衣。お前は優しいな。しかし、作者には己が分を弁えてもらわねばならn……」
 かくして!
 ようやく瑠衣は正式にM&W部の特別戦術アドバイザーとして認められたのだった。




間章 誘いの書簡

「さて、訊きたいこととは何だい?」
 夜の闇に包まれ始めた公園。
 適当なベンチに並んで、しかしやや距離を置いて永瀬兄妹は座っていた。
 M&W部顧問である安藤に同部長大泉裕子が勝利した後、瑠衣は巧に「訊きたいことがある」と言った。
 そのため巧はこうして時間を取り、その中身を問いただしていた。

「……大泉さんのことって言ったら、分かる?」
 瑠衣と共通での心当たりは、これまでは何もなかったが、ここ2日間は爆発的な勢いで増加している。

「おそらく分かる」
「じゃあ、M&W部が廃部になるのが嘘だってことも?」
 最初から廃部の危機という理由に疑問を持っている風ではあった。
 しかし、瑠衣は巧が秘密主義で、一度隠したことを簡単にばらすような人間ではないと知っているはずだ。
 つまり、ある程度の確信を得ているのだろう。

「……だったら?」
「やっぱり、違うんだね……」
 直接的に巻き込まれている者の中で自分だけが疎外にされている、そのつらさを隠そうともしない、自嘲気味の呟き。

「本当の事情を、教えてくれる?」
 普通なら教えない。ただし、今は例外だ。
 自分に直接嘘だと問い詰めるぐらいの確信があるのなら――つまり今のような状況では、どのような理由で偽りを看破したかに関係なく事実を教えるつもりでいた。

「いいだろう。だがその前に一つ、なぜ嘘だと見破った?」
 この問いも、現状ではそれ自体に意味はない。
 ただし嘘と断定する根拠は、今後のために知っておきたい。

「ただ……少し感じただけ。さっきの大泉さんのデュエルに、命が懸かっているような張り詰めた空気を。――間違っていたらよかったのに!」
 人の感情を大切にし、痛みを知ることができる瑠衣である以上、一概に非論理的と片付けるわけにもいかない。
 そして、垣間見える本音。これもまた、しっかり受け止めねばならない。

「分かった、話そう。大泉さんはこの数日、右腕が吹き飛ぶ危険性を有している。十中八九、敵組織の策謀だろう。爆発のタイミングが悪ければ顔面が焼け爛れ、首はあらぬ方向に折れ曲がり、あるいは頭蓋が砕け散り……」
 おぞましいことこの上ない、最悪の状況を言い連ねる巧。
 話が進むにつれて、瑠衣の表情が青ざめていくのが嫌でも分かった。
 だから、付け加える。

「とまあ、そういうことを平気でする連中ってことだ。しかし、救う余地はある。瑠衣が普段通りの力を発揮すれば……いや、少しぐらい手を抜いても充分助けられるだろう」
「うん……って、手は抜かないけど!」
 巧の発言の中にあまりに不謹慎な内容が含まれていることに気付き、そこだけは否定する。

「じゃあ、もう一つ訊きたいんだけど……やっぱり、そうなったのは、わたしがここにいるせいなの?」
「…………」
 巧は隣に座る妹に悟られないように舌打ちした。
 これまで明らかにした内容の全ては、瑠衣の存在が始まりだと語っている。
 しかし巧としては、そういう方向に考えられるのは好ましくない。
 確かに巧は瑠衣を駒や囮として扱いはするが、敵の手に落ちたり心が壊れたりするような事態は極力阻止しようと考えていた。
 だが、瑠衣のあまりに強い自己犠牲精神は、どちらの事態も引き起こす危険性がある。

「わたし、戦うよ。何の関係もない兄さんやM&W部の人を巻き込むような組織には、従えない。だから、わたしが全ての元凶ならその通りだと言って! きっと、それを敵組織の悪意に対する糧にして見せるから――!」
 瑠衣の思考には、根本的なところに大きな誤りが含まれている。
 大きな尺度で見れば、巧は無関係ではない。
 そこに気がついていないということは、一連の事件の本質を見誤っていることに他ならなかった。
 ただ、巧は始めから瑠衣が錯誤を抱いていると知っていた。
 瑠衣ならばその錯誤に基づいて、戦う決意をするであろうことまで予測していた。
 しかし今はまだ、それを正すべき時ではない。
 
「期待を裏切って悪いが、瑠衣に落ち度はない」
「そんな気遣いは……」
「気遣い? いや、違うな。解釈の問題になってしまうが、瑠衣の持つ力が狙われているのは事実だ。能力がなければ狙われなかった、これもまた事実。しかし能力を入手するため行動した時点で、元凶は敵側にある。動かない選択もあったのだからね」
「…………」
「突き詰めれば、救出を依頼した時点で、こうなることは想定済みだった。それを承知で助けたのだから、俺の責任かもしれないな」
「ち、違う! 兄さんは悪くない。悪いのは、グールズとか、組織の方だよ……」
 そう、今は瑠衣の戦意を煽るため、その錯誤を大いに利用する。
 真実を明かすのは、騙していたことがばれても寝返らないと判断した場合、あるいは敵の首魁が自ら瑠衣を誘惑しに来た時でいい。


「と、まぁ。そういうことだ」
 言いながら巧は背後を振り返った。
 瑠衣もそれにつられて背後を見る。
 ごく普通の茂みがあるだけだが、巧はさらに声を張る。

「瑠衣は戦うことを決めた。つまり、お前の安全は保障されたも同然だ。良かったじゃないか、大泉さん」
「!!!」
 茂みがガサガサと揺れ、瑠衣は息を呑んだ。
 尾けられていたことに気付いてなかったようだ。

「……いつから気付いてたの?」
 茂みから裕子が姿を現した。
 M&W部で話したときより、声も態度も冷徹さが増している。

「ふむ、大体校門を出たときぐらい、だな」
「最初からってことね……」
 巧の答えは勝手に要約される。

「ではこちらも訊いておこう。いつから話を聞いていた?」
「……最初からよ」
 裕子が冷たく言い放った。

「では、用件を手短に答えてくれ」
「さっき、安藤とのデュエルで何回かコントロールを奪ったり取替えたりしてたでしょ? その時に、これをカードと一緒に渡されたの」
 それは四つ折にされたメモ帳だった。
 自分宛と思ってというよりは、単なる興味で裕子はそれを見たらしい。
 すると、そこには大会当日の"瑠衣の"呼び出しが書かれていたのだという。


『親愛なる【竜の巫女】こと永瀬瑠衣様
この度、我々は貴方の実力を確かめたく、M&Wの挑戦を申し込みます。

 
日時 10月31日 午後2時30分
場所 童実野デュエルスタジアム駐車場
   同日午後5時、自宅にて待つ

尚、大泉裕子を救う術を使者に持たせます』


「妹さんも現状を把握したようだし、渡しても文句ないよね?」
 わざわざ渡し終えてから言う。
 さらに巧は、隠していたM&W部の救援依頼へ至った道を、今度は偽りなく裕子の補足を交えて説明した。
 裕子の腕に爆弾を取り付けた人間についても話したが、瑠衣も心当たりはなさそうだった。

「……理由はわかりました。納得もしました。まだちょっと怒ってはいるけど、責めはしません。兄さんも、大泉さんも。正しい答えのある話でもないですし」
 瑠衣は自分に言い聞かせるように言った。

「それにしても、わたし一人を誘い込む目的に対して、随分と手が込んでいますね……」
「あぁ、そこは俺も気になっていた」
 瑠衣を協力させるため、だとしてももっと手軽な方法があるはずだ。
 その答えに裕子と瑠衣は勿論、巧すらも到達していない。

「それで、あの……大泉さん。時計型爆弾とのことですけど……見せてくれますか?」
 瑠衣が申し訳なさそうに切り出した。

「いいわよ」
 裕子が瑠衣の目の前に左腕を突き出す。
 巧は既に確認しているが、時計には一つ奇妙な形の穴が開いていた。つまり挑戦状に記されている"大泉裕子を救う術"というのは鍵である可能性が高い。

 その後も、互いに大まかな事情を確認し合い、とりあえず今日は解散することになった。

「しかし、奴らと接触するための方針が間違っていないことがはっきりした。それは収穫だ」
「えぇ、童実野デュエルスタジアムは大会の会場だし。そして2時半となると丁度決勝戦の開始時刻。永瀬君の介入は難しい」
「となると、できることは一つですね。皆さんをとにかく強くします!」
そうすれば戦いは早く終わり、様子を見る時間があるかもしれない。
そして、そのために与えられた時間、約1週間はむしろ長いくらいだったことが大会当日に判明することとなる。




9章 結界の弱点

10月31日、つまるところ大会当日。
大会出場者控え室にて
現在時刻は2時10分。



 この日、童実野高校は圧倒的な強さで快進撃を続けていた。
 3戦の内2戦先取なのだが、全てストレート勝ちで決勝まで進んでおり、大将として控えている永瀬巧は実はまだ一度もデュエルしていない。
 ちなみに他の2人は、大泉裕子と昆虫使いの部員こと村比斗曽乃参(ムラビトソノサン)だ。
 これだけの戦績をあげられた理由はまさに、童実野高校M&W部特別戦術アドバイザーもとい永瀬瑠衣の力に他ならない。デッキ構築から局地ごとの戦術指導まで、あらゆる方面でM&W部員を鍛え上げた。
 瑠衣の主観では誰が大会に出てもおかしくはなく、わずかに安定性で上回り、なおかつ相手校のデュエリストと相性がいいと思われる戦術の遣い手を選んだ結果がその2人だった。


「さて、ではそれなりに頑張って、無理だと思ったら逃げて来い。まぁ、お前の実力ならむしろ相手のほうが逃げそうだが」
「兄さん、わたしを怪物みたいに言わないでください!」
「デュエリストとしては怪物どころか魔王クラスだがな」
「魔王って……。確かにデュエルになったら勝てる自信はあるけど、問題はデュエルに持ち込めるかの方が……」
「!!!」
 瞬間、巧は豆鉄砲を食らったように、表情を驚きへと転じさせた。

「……兄さん?」
「失念していた。すまない」
 少しして、瑠衣は兄が何を考えていなかったのか理解した。
 つまりデュエルに持ち込む方策を。
 挑戦状にはM&Wの勝負と書かれていたが、それを相手が守る保証はない。
 一人で来いと指定されていたわけではないのだが、事情を知る巧と裕子はこれから決勝だ。
 いや、仮について来てくれるとしても、2人はリアルファイトに優れているわけではない。

「こんな時に、ねえさんがいてくれればいいんだけど……」
「その話はするな」
「あ……ごめん……」
 無論、瑠衣に姉はいない。
 巧の――自分にとってもだが、幼馴染のことだ。
 彼女もまた、行方不明になっているらしい。
 やはり「生きている」とは強調していたが、仲も良かったし、心配だ。

 この一週間で他にもいくらかの情報や、新たな発見があった。
 ある時は、能力の危険性について聞いた。


 
「でも、神の裁きを無力化する能力が何かの役に立つの?」
「そうだな……自分が闇のアイテムとその能力を持っている、目の前に殺したい相手がいたとする。闇のデュエルに勝つのと、裁きを発生させて気絶させてしまうのと、どちらが早く、確実で、リスクが少ない?」
「あ……。それは……!」
「ありえないと言い切れるか?」
 あり得る話だ。
 デュエルに勝つのとモンスター1体を召喚するのでは難易度が違いすぎる。
 しかも、闇のデュエルは負ければ自分が死ぬ。対して裁きは、それを起こすまでは普通のデュエルで、負けても何の問題もない。
 そして何より、即座に実行可能な点で勝る。

「わたし……そんな危険な力を、持っているんだ……」
「そうだ。今瑠衣を狙っている組織はグールズの連中とは違い、最初からその力を知っている。その上で狙うとなれば、少なくとも神創造の実験体より、実益になりそうなことをさせられるのではないか?」
 認識の甘さを突きつけられた瞬間だった。
 目が覚めてから5日後ぐらいに聞いて、以降は自身の訓練にもより力を入れた。
 3年間のブランクは、意外と大きい。これまであまり使われていなかった『大寒波』や『ダストシュート』のようなカードが脚光を浴びているとは、すぐには信じられなかった。


 兄妹関係が人並みに回復していくのに対し、直接の恩人である健とは、逆に話す機会はあまりなかった。
 海馬コーポレーションに、というよりグールズ残党に大掛かりな動きがあったらしい。
 幸いにも、それは同社の密偵やI2社直属のカードプリベンターの働きによって未然に防がれた。
 しかし、芋づる式に判明していくアジトへの踏み込みが追いつかず、巧という保護者的な存在があり、目に見えた危機のない瑠衣の護衛任務は、優先順位が下げられていく一方だった。
 尤もこれは海馬コーポレーション側に精霊と会話する能力を話して尚、普通の少女として扱っているということであり、瑠衣としてはむしろ嬉しかった。
 ただ、危機がすぐそこに迫っているのに気付いて欲しいとも、少しだけ思った。大泉裕子関連の事情は、敵組織を刺激しないよう巧と裕子本人に口止めされていたのだ。
 今日も別の任務があるとかで、会場には来ていない。



 兄には軽く忠告されたが、裕子のことを抜きにしても瑠衣は逃げるつもりはなかった。
 瑠衣は決して兄の意思を絶対とするような人間ではない。そして巧の秘密主義的な面が瑠衣のためではなく、巧自身の趣味であり目的を達成するためのものだと知っていた。そのため、警戒心を煽らないために、無理に聞き出そうとはしなかった。
 となると、情報源となるのは自分を狙っている組織だ。仮に利用しようと考えているならば、限定的にでも目的を教えてくれる可能性はある。兄が知らない内容ならば交渉材料へも変貌させられる。
 情報を共有すべき味方は兄だが、傀儡になるつもりはない。それらを両立させるには、今回の挑戦状は格好の標的だった。


「今回は、おそらく大丈夫だと思うがな……。そういえば時間は大丈夫か?」
 時計に目をやる。
 2時23分。
 急がなければならない。
 情報収集もだが、やはり第一目標は鍵の入手にある。

「あ、じゃあ……行ってきます」
他のM&W部員もいるため、努めて明るく見えるように言って控え室を出た。





 こうして、瑠衣は童実野デュエルスタジアムの駐車場にやって来た。
 甲子園球場と違って駐車場は存在するが、規模はそれほど大きくはなく公共の交通機関の利用を積極的に勧めていた。
 料金もそれなりで、潰れそうな雰囲気が漂っている。
 とはいえ何台かは車が止まっていて、死角に注意しながら足を進めた。
 一度、背後に生き物の気配を感じたが猫だった。
 時計を確認する。2時29分42秒。
 人がいる様子は見受けられない。
 残り10秒。
 9
 8
 7
 6

 何も変化はない。

 3
 2
 1


「ひゃぁっ!」
 不自然な突風に小さく悲鳴を上げた。
 同時に目を瞑り、開くと視界には黒い長衣の男が――



 こちらに向かって必死で走ってきていた。
 ヒゲ面の怪しい中年の男で悪徳宗教の幹部のイメージとぴったり重なる。
 首からは緑色に光る石と、明らかにそれとわかる鍵をぶら下げている。
 その石から何となく目が離せず、少し眩暈がした。

(あれは……もしかして……!)
 その石の正体に瑠衣は心当たりがあった。
 もしデュエルになるなら、おそらく良い対策がある。
 瑠衣は素早く予備のカードから数枚を抜き取り、デッキに入れる。

「ハア、ハア。永瀬瑠衣、だな? ハア、ハア。我が名は……」
 ようやく駐車場に辿り着いた怪しい男は、完全に息を切らしていた。

「あの……息が戻るまでしばらく待ちます」
「そうか……。感謝しよう」


 数分後。

「我が名はグリモ。我らが神の巫女に仕える者」
「…………」
 これでは本当に悪徳宗教の幹部だ。とても受け付けられない。
 さっさと役目を果たして帰りたくなった。

「あの……では、まず鍵を頂けますか?」
 丁寧に頼みながらもその胸中は

(早く渡して! 一刻も早く離れたいんです!)
 という思いで一杯だった。
 しかし、見事に裏切られる。

「デュエルで私に勝てれば、との命令を仰せつかっている」
「そんな――じゃあ、始めましょうか。デュエルを」
 説得する時間も惜しい。
 むしろ、リアルファイトで取り押さえられることを考えれば、デュエルを挑んできてくれたことに感謝すら覚えた。
 デュエルで勝てばいいだけなら、おそらくこの相手ならすぐに終わる。

「何を焦っている?まぁ良かろう。では……」

「「デュエル!!」」


LP4000×2
手札5枚×2



「わたしの先攻です。ドロー!」
 瑠衣の6枚の手札、そのうち3枚は同名カードであるが彼女にそれを気にする様子はない。

「わたしはカードを4枚伏せ、『ランサー・ドラゴニュート』を攻撃表示で召喚!これでわたしのターンは終了です」
 槍を手にした黄緑色の竜人が瑠衣の場に出現した。
 その背後には裏向けのカードが4枚。初手としては相当固い布陣だ。
――『大嵐』さえ使われなければ、だが。




ランサー・ドラゴニュート 効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1500/守1800
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。




「4枚の伏せカードか……いくぞ!私のターン」

グリモの手札
デーモンの斧、凶暴化の仮面、凶暴化の仮面、執念の剣、???


 グリモはデッキトップのカードに指をかけたまま、なかなかドローしない。
 瑠衣はグリモのデッキトップのカードは彼の魂のカードで、その鼓動が伝わってきているのだと解釈してあげることにした。

「ドロー!!!!!」


 ドローカード
戦士 ダイグレファー


「いくぞ!手札よりフィールド魔法を発動する!」
「フィールド……やはり……」
 瑠衣は小さく呟いた。しかし、カードを高く掲げて自分の世界に入っているグリモは気がつかない。

「漆黒の闇より生まれし魔法カード!その神秘なる力が我の力となるよう、我と我が敵を、聖なる刻印の庭で囲め!」

(! 来る……)

「『オレイカルコスの結界』!!! 発動!!!!!」
 緑色の狂気の光が円を成し、内部に六芒星とはまた違う、六角の陣を描く。

「オレイカルコスの結界、その内に入りたる者、何人の干渉も排す。ただひたすらデュエルを続けるのみ。デュエルの決着がつくまで何人たりともこの結界に入ること叶わず、また出ることも叶わず。結界から出ることができる者、それはすなわちデュエルの勝者のみ! 敗者はその魂を、聖なる結界によって封じられるのだ!!」
 結界の説明をして顔を上げたグリモの額には、駐車場を囲んでいるものと同じ印が浮かび上がっていた。




オレイカルコスの結界 フィールド魔法
このカードはフィールドを離れない。また、フィールド魔法カードをセット、発動する事はできない。
自分フィールドのモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
自分は魔法、罠ゾーンにモンスターを召喚、特殊召喚できる。
モンスターゾーンにモンスターが存在する限り、魔法罠ゾーンのモンスターを攻撃できない。
このデュエルの敗者の魂は、このカードに封印される。





「そして、『戦士 ダイグレファー』を召喚!!!!!」
 瑠衣は顔を俯けていた。
 ダイグレファーを見たくないのではない。
 いや、それもあるのだが、最大の要因はこの召喚に対して伏せたカードを使用することで、一気に勝負を決められることだった。
 正直な所、それを使うことは瑠衣のプレイスタイルに反する。

(けれど、大泉さんを助けるためには――!)

「――リバースカードオープン。『オジャマトリオ』! これをわたしは3枚発動します」
「な……なんだと……!?」
「『オレイカルコスの結界』の効果によって、あなたは魔法罠ゾーンにもモンスターを展開することができます」
 フィールドのゾーンを除いて、カードを置くスペースは10。その内モンスターは5つ。
 モンスターゾーンのうち3つを強制的に埋める『オジャマトリオ』は、本来なら2枚同時に発動することも不可能である。
 それを可能にしたのは偏に『オレイカルコスの結界』の力に他ならない。
 黄色、黒、緑の奇妙な生物が3体ずつグリモの場で踊っている。
 そして、残ったたった1つのゾーンに置かれたのは大剣を手にした筋肉質の男。
 『オジャマトリオ』を使ったのは瑠衣だが、正直これは悪夢のような光景に思えた。

「くっ……しかし、モンスターの攻撃力はこちらのほうが上だ! その上、結界の効果で攻撃力は500アップする! お前がくれたオジャマトークンもな」




戦士 ダイグレファー
星4/地属性/戦士族/攻1700/守1600
ドラゴン族を操る才能を秘めた戦士。過去は謎に包まれている。

オジャマトリオ 通常罠
相手フィールド上に「おジャマトークン」(獣族・光・星2・攻0/守1000)を
3体守備表示で特殊召喚する(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。
「おジャマトークン」が破壊された時、このトークンのコントローラーは
1体につき300ポイントダメージを受ける。

戦士 ダイグレファー ATK1700→2200

オジャマトークン×9 ATK0→500 



「いけ、ダイグレファー!!! ランサー・ドラゴニュートに攻撃!」
「……伏せカード、オープン」
「あ………」
 ダイグレファ−の斬撃が竜人に届く前に、竜人はその槍でダイグレファーの心臓を刺し貫いていた。
 間違っても武器の三すくみによる影響ではない。


「……『あまのじゃくの呪い』」
 瑠衣はなぜだか、精神的にどっと疲れを感じた。




あまのじゃくの呪い 通常罠 
発動ターンのエンドフェイズ時まで、攻撃力・守備力のアップ・ダウンの効果は逆になる。

戦士 ダイグレファー ATK2200→1200

グリモ LP4000→3700




「……ターンエンドだ」
(フハハ!しかし、オジャマト−クンにも装備カードは装備できる!ダメージを与えなければ向こうとて勝てない以上、トークンは減っていく一方。さすればチャンスは巡ってくる!!)
 グリモの余裕が続く残り時間は相当少ない。
 瑠衣は自分の手札を見てそう判断した。




瑠衣 LP4000
   手札1枚
   場 ランサー・ドラゴニュート

グリモ LP3700
   手札4枚
   場 オレイカルコスの結界、オジャマトークン×9




「わたしのターン。バトルです。ランサー・ドラゴニュートでオジャマトークンを攻撃!」



グリモ LP3700→3200



「ランサー・ドラゴニュートは貫通効果を所持しています。そしてオジャマトークンが破壊されたときコントローラーに300のダメージを与えます」
「何っ……!」



グリモ LP3200→2900



「そして手札から永続魔法『地盤沈下』を発動します。あなたの場に残った2つのモンスターゾーンを沈めます」
「!!!!!」
 誰の目にも明らかだ。グリモはもはやカードの一枚も場に出せない。
 この状況を打ち砕けるカードは、せいぜい『D-HERO Bloo-d』ぐらいだ。
 しかし、現在その所有を確認されているのは、プロデュエリスト「エド・フェニックス」ただ一人。
 つい先日まで誘拐されていた相手がグールズだったためか、『コピーカード』の単語が頭をよぎったが、そのような卑怯なことはしないと信じたかった。




地盤沈下 永続魔法
全てのモンスターカードゾーンから2ヵ所を指定する。
指定したモンスターカードゾーンは使用できない。
この時モンスターカードが存在している場所は選択する事はできない。




「ターンエンドです」
 
「ぬぅぅっ!我がターン、ドロー!」
 それでもグリモは、オレイカルコスに魂を売ったとしてもデュエリストだった。
 あきらめずにカードを引く。


 ドローカード
強欲な壺





強欲な壺(禁止カード)
通常魔法
あのー。これ禁止カードですよ。何で入れてるんですか、グリモ?
別にいいけど。使えないし。
『強欲な壺』を使わないってマニフェストは守れそうだしね。
それよりさ、これを瑠衣ちゃんに見られたらどうなるのかな?
ロック戦術で追い詰めることに少し抵抗を感じてくれていたのにね。



「く……馬鹿な……」
 グリモはドローカードを手札に加えようとした。
 しかしここで、思わぬ事態が起きた。
 あまりのショックにグリモは手を震わせており、ドローカードは左手に入らずにアスファルトに落ちた。
 グリモは急いでそれを拾おうとした。が――

「グリモ……って言いましたっけ? それ、禁止カードでは?どうせ知っているのでしょうけど、わたしは3年間誘拐されていて、展開を作られたデュエルしかしていないんです。当然その間に究極のドローソースたる『強欲な壺』は、一回たりとも使えませんでした。なのに戻ってきたら禁止カードになっていたのですよ……。それでも! わたしは勿論、あのぐうたらな作者ですらも『強欲な壺』を使わない公約を守っています。ですが――何ですか、それは? 貴方は禁止になる直前の最後の一分一秒まで『強欲な壺』を使うことができました。なのに未だそれを受け入れず、のうのうと使い続けている。許せることではありませんよね」
 瑠衣が優しげな笑顔で指摘した。
 しかし、明らかに目が笑っていない。

「タ、ターンエンドだ……」
 カードを拾うこともせずにグリモは言った。
 その声は完全に裏返っている。





瑠衣 LP4000
   手札1枚
   場 ランサー・ドラゴニュート、地盤沈下

グリモ LP2900
   手札5枚
   場 オレイカルコスの結界、オジャマトークン×8




「わたしのターン、『エクスチェンジ』を発動します」
 やはり笑顔で、言葉を紡ぐ。
 本来このようなカードを発動した場合、互いのプレイヤーが中央まで歩いていくのだがグリモは固まっていて動けそうにない。瑠衣は、しかし構わずグリモの前まで足を運び、アスファルトに落ちたままの『強欲な壺』を拾い上げた。

「あの……貰うのはこれでいいのですが、残りの手札を見せていただけないでしょうか?」
 グリモはまるで瑠衣の操り人形になったかのような緩慢な動作で手札を裏返した。

「なるほど……装備魔法を溜め込んで一撃必殺を狙ってたんですね。あ、そうだ。私も手札を渡さなければいけませんね。どうぞ」
 エクスチェンジを除けば瑠衣の手札は一枚。そのためグリモに選択の余地はない。
 その手札は、『ミストボディ』。

「わたしは手札より魔法カード『強欲な壺』を発動!! この効果によりデッキから、なんと無条件で!カードを2枚ドローします」





強欲な壺(禁止カード)
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする




「バトルフェイズ。ランサー・ドラゴニュートでオジャマトークンを攻撃!」
 当然のことながら竜人に敗北する要素は見当たらない。

「貫通効果及び、オジャマトークンの効果が発動します」
「ぐわぁっ!」




グリモ LP2900→2400→2100




「く……だが!これで私の場は空いた。次のターンで……」
 グリモの説明は遮られる。



何勘違いしてるんです? まだわたしのターンは終わっていませんよ



「………………………」
 ここへ至って、ようやくグリモはデュエルの相手が何者であるかを理解した。

「この瞬間、手札より速攻魔法『アルテミスの怒り』を発動します!」



アルテミスの怒り
速攻魔法
このカードは、バトルフェイズ中に相手モンスターが効果を発動したとき、手札を全て捨てることで発動する。
自分フィールド上の攻撃済みのモンスター一体は、相手モンスターが効果を発動する度に攻撃回数が一回増える。
この効果による攻撃時に戦闘ダメージを与えることはできない。この効果はバトルフェイズ終了時まで続く。



「『アルテミスの怒り』の発動条件は相手モンスターの特殊能力の発動。それは強制効果でも構いません。オジャマトークンの、「破壊された時コントローラーに300のダメージを与える」効果に反応し、使わせてもらいました」
「……は……?」
「さらに相手モンスターが効果を発動する度に、何度でも攻撃済みのモンスター1体に攻撃権が与えられます」
 目以外は満面の笑顔で、しかし悲しそうに、言う。
 纏わせる空気は、狂人のもの。

「貴方はデュエリストの名を貶めてくれましたね。本当は『ミストボディ』をオジャマトークンに付けた上で、7ターンかけてゆっくりといたぶっていた所ですが、作者に申し訳ないのでさっさとその報いを受けてもらいます。ランサー・ドラゴニュートの追加攻撃!」
 グリモは"追加攻撃"のフレーズにかつてない恐怖を覚えた。




――竜槍術裏奥義!!!

――炸夜龍閃・伐!!! 




「ぎゃぁああああああああああああっ!!!!!」




グリモ LP2100→1800→1500→1200→900→600→300→0




 瑠衣が息を呑んで状況を見つめる。
 勢いに任せて勝ってしまったが、もし『オレイカルコスの結界』が本物だとすれば……。

 結界がグリモ一人を囲うように収束し、グリモの叫び、そして狂気の緑の光は空を覆う暗雲へと吸い込まれていく。
 やがて結界は消え、グリモの身体は支えを失って倒れた。
 意識が無いだけなのか、"魂が抜かれている"のか、確かめる方法を瑠衣は知っていた。

 結界のデュエルにおける効果、デュエリスト自体に与える影響、結界の本当の正体。それら全てを瑠衣は母から教わった。
 5年前に父が亡くなってから母は、M&Wの起源等の裏側の事情について調べ始めた。それ以前から母は優れたデュエリストだったのだが、そちらのオカルト方面にまで手を伸ばしたきっかけはおそらく父の死が原因だったのだと兄も自分も確信している。それらの知識を伝承させるかのごとく、母は兄妹に調べたことを語って聞かせた。尋常ではないその様子があまりにも印象的で、3年間の誘拐を挟んでも、教わった内容のほとんどを鮮明に覚えていた。
 巧の話では、瑠衣が誘拐された後は余計に悪化し、行方不明になる直前にはほとんど家に寄り付かなくなるほどだったらしい。

グリモの、肉食獣の牙のようなデュエルディスク。そのフィールド魔法を入れるスペースから瑠衣は『オレイカルコスの結界』を取り出した。結界のカードイラストにはオレイカルコスの象徴たる六角の陣と、大きく目を見開いたグリモの姿がはっきりと描かれていた……。

 本物、だった。
 いや、そんなことは端から明らかだ。
 動かないグリモを見て、少し気分が悪くなった。
 どうして、とめられないのだろう?

 瑠衣はただ、自分がとる戦略に対して相手がどのように切り返してくるのか見たいのだ。
 そして、それをまた打ち破ることが楽しい。楽しくて、ゾクゾクする。サレンダーを好まないのも、ここから派生したものだ。
 もはやデュエリストとしての向上心を通り越して、戦いに憑かれ強者を彷徨い求める人斬りに近い域にまで到達していた。
 しかし、M&Wは所詮カードゲーム。命の奪い合いになることなど、普通はない。あるわけがない。
 だから、できなかった。
 魂を懸けた、グリモとのデュエル。自分が勝てば相手は倒れると分かっていたのに、湧き上がる衝動を、高揚感を、抑えることができなかった。


「あ……あああっ……! わたしは、何てことを……!」


 精霊と話せる能力も、裁きを無力化する能力も関係ない。アスファルトに横たわるこの魂の抜け殻は、瑠衣自身の、罪の証。
 あの、最後のターン。
 瑠衣はただ、自らの欲求を満たすためだけのデュエルをした。
 裕子のことなど露ほども気にかけず、禁断症状を和らげようとする中毒者のように、デュエルを楽しんだ。

 グリモの身体を起こして、首にかけている爆弾の鍵らしきものを取る。
 研究所より戻ってきてから、初めて出来た友人を救うための鍵。
 結果として、目的の品は手に入れた。
 しかし、気付いてしまった。
 もし大切な人を人質を取られ、勝った場合は人質を殺すと脅されていても、その場で衝動が目醒めれば躊躇なく戦い続けてしまうだろうことに。

 人を傷つけた事実が、救った事実を上回る。
 それは誘拐される以前、何の疑いもなくデュエルによる人助けをアイデンティティにしていた瑠衣にとって、あってはならないことだった。
 不可抗力に近い「裁き」にすら罪悪感を覚えるほどだ。
 自分の意思で人を昏倒させたことは、まさしく魂をえぐられるような苦しみだった。

(そろそろ、戻らなくちゃ……)
 グリモの魂の抜け殻は何処かへ移動させるか、せめて隠すべきなのだろうがそれなりの体格の大人を運ぶのは、瑠衣にとって難題だった。
 そのため、見つからないことを祈りながら放置することにした。それに相手が組織単位で動いているのなら、この男を回収しようとするはずだ。
 仕方なく、瑠衣は立ち上がった。
 頭が、妙に重い。
 おぼつかない足取りで、フラフラと駐車場を後にする。
 まだ、何も知らないまま――




10章 エキシビジョンマッチ

 同じ頃、大会場では



「エキシビジョンマッチ?」
 巧が審判に聞き返した。
 審判は頷き、さらに説明を続ける。

「そうだ。これは優勝校の主将が出る予定になっている。それに君は今日、まだ一度もデュエルしていないだろう?」
 そう、童実野高校は優勝していた。
 しかも一戦も取りこぼすことなく。

「どうするんだ?」
「出る」
 村比斗曽乃参の質問に対し、巧は迷いなく答えた。

「いいの? これって多分……」
 事情を知っている裕子はこのデュエルが"関係する"ことは理解している。
 ただ、巧にとっては彼女が考えている以上の重要性を感じていた。

「避けて通れるデュエルではないからな。"向こう"に悪影響を及ぼさないためにもここは受けておく」
 相手は情報源になり得るかもしれないし、ここで反抗的な態度を取れば実力行使で瑠衣が攫われる恐れがある。
 とすれば、必然的に受けるのが正解と巧は判断した。
 審判に出場の旨を伝え、最後のデッキ調整を始める。

「大泉さんは、先に瑠衣の所に行ってくれるか?時計も勝手に外して構わないが、爆発しても恨むなよ」
「心配しなくても、もう散々恨んでるわよ!」
 そう言い残して、裕子は控え室に消えた。



10分後

「これよりエキシビジョンデュエルを開始する!」
 審判が高らかに叫ぶ中、巧は観客が決勝と比べて相当少ないことに着目していた。
 これまでのトーナメントで巧を狙う計略は、瑠衣の指導によってことごとく失敗している。
 となれば、巧をデュエルの舞台に立たせる何らかの仕掛けが用意されているはず。
 ただ、瑠衣の指導は圧倒的過ぎたため、トーナメント内での戦いは望めなくなり、急遽強引にデュエルに引きずり込むことにした。
 おそらくその結果が、このエキシビジョンマッチだ。

「永瀬巧です。よろしく」

 お互いのデッキシャッフルのため、対戦する2人はデュエルフィールドの中央にいる。
 巧はまず、相手を観察した。
 20台半ばの白人の青年。
 背が高く、端正な顔立ち。
 考えなしの女性なら見事に騙されるだろう。

「よろしく。私はシハラム・ド・アクスソードだ」
「? 似たような名前を聞いたことがあるような……」
「あぁ、多分私の従兄弟のジル・ド・ランスボウのことだな。誤解を解いておくけど、彼は平民で古の騎士の血なんて一滴も引いていない。全く困ったものだよ」
 聞かれてもいないことまでぺらぺらとしゃべるシハラム。
 「困ったものだ」と言いながらも、全く困ってなさそうだ。むしろ従兄弟の愚かさを示すことで、自分の価値を高く見せようとしているのかもしれない。

「はぁ……。苦労していらっしゃるようですね」
 巧もまた棒読み口調で返す。

「まあね。ところで一つ、朗報だ。君の妹さんはグリモ――妹さんの所へ送った使者だが、彼を完膚なきまでに叩きのめしたとのことだよ」
 巧はそれを聞いて苦笑した。

「そんなことだろうとは思ったが……しかし、そんな組織に属しているようでは貴方もその従兄弟と大して変わらないな」
「……! 言ってくれるじゃないか。我々は世界を守るために――」
 早くもこの男の本性が出てきた。
 目の前にいるのは怪しい宗教か何かに魅入られた狂信者だ。
 従兄弟とやらを小馬鹿にした態度から、その男と同格に扱えばどうなるかは見物だったが、まさか乗って来るとは思わなかった。
 こんな安い挑発に乗る程度ではたかが知れている。

(やはり……小物か)
 その事実を確認できたことに満足して、巧はデッキシャッフルを終えた。


「それでは、エキシビジョンマッチ、童実野高校主将永瀬巧VSシハラム・ド・アクスソードを開始する!!!」


「「デュエル!!」」


LP4000×2
手札5枚×2



「先攻は君に譲ろうかな、永瀬君」
 明らかな年長者の意地でシハラムは先攻を放棄しようとする。

「いや、別にいいですよ」
 一方の巧は心から先攻を辞退した。

「ならば、せいぜい後悔しないことだな!私はモンスターを裏守備表示で召喚し、さらにカードを1枚伏せる。これでターンエンドだ」
 散々コケにされた割には手堅い初手だ。 
 シハラムは、どうやら巧の腕を舐めてかかっているわけではないらしい。
 それは先攻を素直に貰ったことからも読み取れる。

「俺のターン。……『バルログ』を召喚する」
 炎に身を包んだ悪鬼が巧の場に出現した。
 その手には同じく炎の鞭がある。



バルログ 効果モンスター
星4/炎属性/悪魔族/攻1000/守500
このカードの攻撃力はフィールド上の炎属性モンスターに一体につき500アップする。
このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターをバトルフェイズ終了時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚したモンスターは炎属性として扱われ、このカードが攻撃しない限り攻撃できない。
このカードが場から離れた時、このカードの効果で特殊召喚したモンスターをすべて破壊する。



「バルログの攻撃力は、フィールド上の炎属性モンスター1体につき500上昇する。この効果にはバルログ自身も含まれる」



バルログ ATK1000→1500



「バトルだ。バルログで裏守備モンスターを攻撃」
 悪鬼は手にした鞭を放ち、シハラムが従える黄金の鳥を捕獲する。

「……『幻獣クロスウイング』をバトルフェイズ終了時に特殊召喚。この効果で召喚したモンスターは炎属性となる。場に炎属性モンスターが増えたことにより、バルログの攻撃力が500上昇」



バルログ ATK1500→2000

幻獣クロスウィング 効果モンスター
星4/光属性/獣戦士族/攻1300/守1300
このカードが墓地に存在する限り、
フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスターの攻撃力は300ポイントアップする



「カードを1枚伏せ、ターン終了だ」



シハラム LP4000
     手札4枚
     場 伏せカード1枚

巧 LP4000
  手札4枚
  場 バルログ、幻獣クロスウイング、伏せカード1枚




「私のターン!『地割れ』を発動。『バルログ』を破壊する!」
 バルログの消滅とともに、炎に身を包んでいた幻獣も燃え尽きた。




地割れ 通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する
攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。




「そして『幻獣ワイルドホーン』を召喚!」
 牛と馬が合体したような頭部と、その名が示す通り大きな角を持つモンスターが出現する。
 しかしこの獣、二足歩行な上に武器を手にしている。自慢の角が何のためにあるのか、これではわからない。



幻獣ワイルドホーン 効果モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻1700/守 0
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える

幻獣ワイルドホーン ATK1700→2000



「攻撃力2000。クロスウイングの効果か……」
「あぁ、その通りだ。君の場にモンスターはいない。プレイヤーにダイレクトアタックだ、『幻獣ワイルドホーン』!」
「トラップ発動。『ドレインシールド』」
 ワイルドホーンの突撃は光の壁に阻まれ、吸収された衝撃は巧の生命力へと還元される。



巧 LP4000→6000



「そう簡単には通してくれないか。ターンエンドだよ」
 シハラムが苦笑するが、巧は全く気にかけない。

「……俺のターン。『早すぎた埋葬』を発動。『バルログ』を復活させる」
 再度巧の場に、炎の悪魔が出現した。




早すぎた埋葬 装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示で
フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

巧 LP6000→5200




「さらに出でよ、『UFOタートル』」
 背中に火山のような形状をした機械を背負ったカメが現れる。



UFOタートル 効果モンスター
星4/炎属性/機械族/攻1400/守1200
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。



「炎属性モンスターの増加により、バルログの攻撃力も上昇」




バルログ ATK1000→2000




「攻撃力は同じ。相打ちを狙っているのか……?」
「違うな。フィールド魔法『バーニングブラッド』を発動する」
 巧の背後に火山が現れ、火砕流がフィールド全体を覆っていく。




バーニングブラッド 
フィールド魔法
全ての炎属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、
守備力は400ポイントダウンする。

バルログ ATK2000→2500



「攻撃力2500……。ワイルドホーンを上回っただと!」
「その伏せカードを開いてもらおうか……。バルログで攻撃する」
「クソ……。『サンダー・ブレイク』を発動!手札を1枚捨て、『UFOタートル』を破壊する!」
 シハラムのカードから放たれた電撃は、カメの背の機械に浴びせられ爆発を起こした。




サンダー・ブレイク 通常罠
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

バルログ ATK2500→2000




「バルログは既に攻撃態勢に入っている。ワイルドホーン、更なる力を得て、返り討ちにしろ!」
「更なる力……。やはり、今捨てたカードは……」
「『幻獣クロスウイング』だ!」
「…………」



幻獣ワイルドホーン ATK2000→2300



――バーニングウィップ!!



 バルログが放った鞭はワイルドホーンの腕に絡みついた。
 ワイルドホーンはその怪力をもってバルログを引き寄せる。
 そしてもう片方の手にある、剣とも槍とも斧ともつかない武器で突き刺した。



巧 LP5200→4900



「カードを1枚伏せ、ターン終了だ」
「随分と落ち着いているね。想像以上の反撃に遭ったというのに」
「……見解の相違だ。このターンの攻防は想定範囲内に収まっている」
(尤も、想定していた中で最悪の事態だったことは……伏せておくか)




シハラム LP4000
     手札2枚
     場 幻獣ワイルドホーン

巧 LP4900
  手札2枚
  場 伏せカード1枚



「なるほど。ではこのターンで君が受けるダメージも当てられるか?」
「あぁ。2300……あるいは2600」
「なるほど。案外当たるかもしれないな。手札から『死者蘇生』を発動。クロスウイングを墓地より特殊召喚し生贄に。出でよ、『バフォメット』!」
 羊のような角をもった悪魔が現れる。

「『バフォメット』が召喚に成功した時、デッキから『幻獣王ガゼル』を手札に加える。そして、手札より『融合』を発動!ガゼルとバフォメットを融合し、『有翼幻獣キマイラ』を召喚!」
 ガゼル、バフォメット、キマイラ。これらは決闘王、武藤遊戯も使っていたカードだ。
 とはいえ、基礎的な数値があまり高くないため幻獣デッキを除けば使用者は少ない。
 幻獣モンスターは、そもそも種類がそれほど多くはない。
 下級モンスターはガゼルを入れてようやく4種。
 それらを限界までデッキに入れたとしても各3枚で12枚。内2種類は補助的な要素が強く、実際にアタッカーとして機能するのは6枚。ビートダウンとしては安定性に欠ける数字だ。
 だが上手くクロスウイングが墓地に溜まれば、比較的高い能力で戦闘が展開できる。




幻獣王ガゼル 通常モンスター
星4/地属性/獣族/攻1500/守1200
走るスピードが速すぎて、姿が幻のように見える獣。

バフォメット 効果モンスター
星5/闇属性/悪魔族/攻1400/守1800
このカードが召喚(反転召喚)に成功した時、
「幻獣王ガゼル」をデッキから1枚手札に加える事ができる。

有翼幻獣キマイラ 融合・効果モンスター
星6/風属性/獣族/攻2100/守1800
「幻獣王ガゼル」+「バフォメット」
このカードが破壊された時、墓地にある「バフォメット」か
「幻獣王ガゼル」のどちらか1枚をフィールドに特殊召喚する事ができる。
(表側攻撃表示か表側守備表示のみ)

有翼幻獣キマイラ ATK2100→2700




「バトルフェイズ。ワイルドホーン、プレイヤーにダイレクトアタック!」




――グランドホーンスピア!!



「くっ!」



 巧 LP4900→2600



「キマイラ! プレイヤーに攻撃せよ!」
「速効魔法『スケープゴート』を発動」
 4色の羊が巧の場に出現し、その内の一体にキマイラは突撃を仕掛ける。



――インパクトダッシュ!!



 渾身の体当たりに耐えられず、羊の数が減った。

「ほう、スケープゴートか……。しかし、それは君の首を絞めることになるな」
「……一々言われずともわかっている」
 下手に羊トークンを残せば、ワイルドホーンのような貫通能力を持つモンスターの標的になるだけだ。
 それでも、使わなければ負けるか、圧倒的不利になる状況では使うしかない。そこを四の五の言ってくる者は鬱陶しいだけだ。幻獣の上級モンスターが、ダメージ効果を持っているなら尚更。
 トークンを2体残すか、3体残すかはギリギリまで決断を遅らせたものの、結果的にこれで間違いはなかったと考えている。
 先に攻撃してきたモンスターがキマイラなら強制的に2体になっていたが、『冥府の死者ゴーズ』の存在にばかり囚われている愚か者は、例え攻撃力の高いモンスターから攻撃したほうが効果的な場面に遭遇しても同じプレイングをする。

「本当に愛想がないね。これでターンエンドだ」
「……ドロー。カードを1枚伏せ、手札から魔法カード『天よりの宝札:改』を発動。俺の手札は1枚。貴様は0。よって効果が発動される」



天よりの宝札:改 通常魔法
自分の手札が相手より多い時のみ、次の効果が発動する。
●お互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドローする。




「ちっ。前のターンで手札を使いすぎたことが仇になったか……。ここで大量ドローとは!」
「墓地の『UFOタ−トル』をゲームから除外、『炎の精霊 イフリート』を特殊召喚。さらにイフリートを生贄に『炎の剣士S(サラマンドラ)』を召喚する」
「なに……?レベル4のモンスターを生贄召喚だと……!?」
「『炎の剣士S』は生贄1体で召喚することで攻撃力が700アップする。『バーニングブラッド』の効果も得てさらに500アップ」
 剣士の持つ大剣が炎に包まれ、灼熱の破壊力を得る。




炎の精霊 イフリート 効果モンスター
星4/炎属性/炎族/攻1700/守1000
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の炎属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このモンスターは自分のバトルフェイズ中のみ、攻撃力が300ポイントアップする。

炎の剣士S 効果モンスター
☆4 炎属性 戦士族 ATK1800 DEF1600
このカードのカード名は、ルール上「炎の剣士」として扱う。
このカードは生贄1体で通常召喚できる。その場合、このカードの攻撃力は700アップする。

炎の剣士S ATK1800→2500→3000




「炎の剣士Sでワイルドホーンを攻撃……」



――闘気炎斬剣!!



 剣士が炎の剣を突き出すと、火炎が渦状に噴射され角持ちの獣を焼き尽くす。




シハラム LP4000→3300



「(よし、貫通能力持ちのモンスターを処理できたか……)これでターンエンドだ」



シハラム LP3300
     手札6枚
     場 有翼幻獣キマイラ(ATK2700)

巧 LP2600
  手札4枚
  場 羊トークン×3、炎の剣士S(ATK3000)、バーニングブラッド、伏せ1枚



「我がターン!魔法カード『天使の施し』を発動。3枚をドローし、2枚捨てる」
 シハラムの手札が墓地におかれた瞬間、場のモンスターの攻撃力が変動した。
 墓地に捨てたカードの中に3体目のクロスウイングがあったのだ。




天使の施し 通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。

有翼幻獣キマイラ ATK2700→3000




「さらに新たな幻獣、サンダーぺガスを召喚! クロスウイングの効果で攻撃力が900上昇する!」
 双頭の獣がシハラムの場に2体となる。首の数だけで攻撃回数が決まるなら4回の攻撃が可能になってしまうが、流石にその心配はない。




幻獣サンダーペガス 効果モンスター
星4/光属性/獣戦士族/攻 700/守2000
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスター1体が受ける戦闘ダメージを0にする。
この時そのモンスターは戦闘によって破壊されない。


幻獣サンダーペガス ATK700→1600



「バトルだ。キマイラで炎の剣士を攻撃!」
「……迎え撃て」
 合成獣が剣士に向かって突撃する。
 剣士も真っ向からこれに対し――
 2つの影が交錯し、すれ違った。



――インパクトダッシュ!!
――闘気炎斬剣!!



 倒れたのは、キマイラ。斬撃に沿って獣の体毛は黒く焦げている。
 だが剣士もキマイラの消滅に合わせて腰周辺から大量に出血した。そのまま倒れ伏し、起き上がることはない。

「キマイラの効果により、幻獣王ガゼルを特殊召喚! ガゼルとサンダーペガスで羊トークンを攻撃!」
 この攻撃で巧の場に残る羊トークンは1体だけとなった。

「カードを3枚伏せ、ターン終了だ」
 シハラムの場に裏向けのカードが3枚も置かれる。
 巧にとってはあまり良くない光景だが、体勢を立て直すには『天よりの宝札:改』を使うより他になかったため仕方ない。

「……ドロー。手札より『戦士の生還』を発動し、『炎の剣士S』を手札に戻す。さらに手札より、『沼地の魔神王』を捨て『融合』を手札に加える。魔法カード『融合』を発動。素材とするのはこの2体」
 提示したカードは『炎の剣士S』と『炎の剣豪』。
 剣士の方はまだしも、『炎の剣豪』は能力的には一歩劣る上に通常モンスター。融合するめだけに入れているならば、それだけの価値を持つモンスターが召喚されるのだろう。




戦士の生還 通常魔法
自分の墓地の戦士族モンスター1体を選択して手札に加える。

沼地の魔神王 効果モンスター
星3/水属性/水族/攻 500/守1100
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスター1体は正規のものでなければならない。
また、このカードを手札から墓地に捨てる事で、
デッキから「融合」魔法カードを手札に加える。
その後デッキをシャッフルする。

融合 通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

炎の剣豪 通常モンスター
星4/炎属性/炎族/攻1700/守1100
火山に落ちて、炎を身にまとう能力を身につけた武士。




「『炎の剣聖』を召喚する」
 炎デッキの遣い手とは思えない、冷めた態度。
 それは、限りなく勝利に近い状態においても変わることはない。



炎の剣聖 融合モンスター 効果
☆8 炎属性 戦士族 ATK2600 DEF2300
「炎の剣士」+「炎の剣豪」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
1ターンに1度このカードの元々の攻撃力を半分にして発動する。
自分の墓地の炎属性モンスターを任意の数だけゲームから除外し(最大5枚まで)、このカードの元々の攻撃力はターン終了時まで、除外したカードの数だけ倍化する。
自分のエンドフェイズ時に、ゲームから除外されている炎属性モンスターを1ターンに1体墓地に戻すことができる。




 紅のコートを纏った長髪の剣士。
 炎の剣豪から得物を受け継いだのか、刀を手にしている。 その刀身は大量の血を吸ったかのような、鮮やかすぎる、それでいて暗さを併せ持つ紅。
 しかし彼が血に溺れ、堕ちることはない。炎の剣士の魂を、正義を貫き通す精神を持っているからだ。このいわゆる熱血は、剣豪が持つ武士の寡黙さと中和し、戦士としての理想的な精神バランスを生み出していた。


「くっ。『炎の剣聖』だと……!」
 どうやらシハラムの様子を見る限り、『炎の剣聖』については知らないようだ。
 ただ、うろたえ方が少し度を越している。
 感情の乱れはプレイングミスの引き金となる以上、小物ぶりの露呈以外の何物でもないが。

「炎の剣聖の効果発動。元々の攻撃力を半分にし、墓地の炎属性モンスターを任意の数だけ除外する」



炎の剣聖 ATK2600→1300



「今、俺の墓地には4体の炎属性モンスターがいる。これらを全て除外し、剣聖の攻撃力を4倍にする」
「な、何だとっ!」




炎の剣聖 ATK1300→5200




「まだだ。バーニングブラッドの効果で攻撃力をさらに上昇」




炎の剣聖 ATK5200→5700




「炎の剣聖でサンダーペガスを攻撃……」
 剣聖が前触れなく、動いた。
 次の瞬間には幻獣の目の前で剣を構えている。
 抵抗する時間など与えない、神速の剣。




――メティオブレイド!!




11章 ドーマの継承者

 剣聖の刀は幻獣を確かに捉えた。
 切っ先が首にかかるのを見た。
 だが刀身は幻獣の肉体をすり抜け、ほとんど勢いを殺さぬままシハラムへの斬撃へと移る。
 勢いこそ死んでいないものの、すり抜けたことによる剣士の動揺は間違いなく剣撃にも表れる。



シハラム LP3300→450



「ククク、罠カード『残像の盾』を使わせてもらった。これにより、サンダーペガスへの攻撃を直接攻撃にして、受けるダメージを半減させる」



残像の盾 通常罠
自分モンスターが攻撃対象になった時発動できる。
その攻撃を直接攻撃とする。
この攻撃によって受けるダメージは半分になる。



 このカードの本来の用途は、モンスターを守ることにある。
 だが今回のような一撃で致死級のダメージを受ける場合には、加えてダメージを軽減することにも繋がる。
 とはいえ『残像の盾』は考え得る限りベストな使い方をされたものの、逆の捉え方をすればそれ以上の、つまり巧のモンスターを召喚、攻撃時に破壊するようなカードはないと予想できる。
それが当たっているなら、巧にとってかなり有利な状況だ。

「……エンドフェイズ。炎の剣聖の攻撃力が元に戻る。さらに除外されているバルログを墓地に戻す。これでエンドだ」



炎の剣聖 ATK5700→3100





シハラム LP450
     手札3枚
     場 幻獣王ガゼル(ATK2400)、幻獣サンダーペガス(ATK1600)、伏せ2枚

巧 LP2600
  手札2枚
  場 羊トークン×1、炎の剣聖(ATK3100)、バーニングブラッド、伏せ1枚




「私のターン。サンダーペガスを生贄に、『幻獣ロックリザード』を召喚!」
 ゴツゴツした岩で身体を形成した四足の獣。攻撃力や表示形式を変えるカードがあるなら相当面倒な一枚になり得る。

「ロックリザードは墓地のクロスウイングの効果で攻撃力が上昇する!」




幻獣ロックリザード ATK2200→3100


幻獣ロックリザード 効果モンスター
星7/闇属性/獣戦士族/攻2200/守2000
「幻獣」と名のついたモンスターを生け贄に捧げる場合、
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
このカードが戦闘で破壊したモンスター1体につき、
相手ライフに500ポイントダメージを与える。
相手がコントロールするカードの効果によって
このカードが破壊され墓地へ送られた時、
相手ライフに2000ポイントダメージを与える。




「ロックリザード、炎の剣聖を攻撃!」
 瞬間、岩の身体がいくつもの石片に分離した。
 岩は剣士の死角を狙い、四足の獣の姿に再集束。
 剣士が振り向いたときには遅い。
 硬度の高い、必殺の爪が襲う。



 ――ストーンブレイク!!



 剣士はこれをかわそうとはしない。
 回避が間に合わないことを察し、爪の一撃よりも先に幻獣に致命傷を与えようとしたのだ。



 ――ズバアァァァッ!!



 岩の皮膚に刀が疾る。
 しかし、充分に切断を成せるはずの斬撃は、表面を僅かに削るだけに終わっていた。
 またしても生じた、動揺。
 その間にリザードの爪は剣士の肉体を貫く。
 背からはずぶりと血に染まった爪が覗く。

「ダメージステップに手札より『禁じられた聖杯』を発動する!この効果によって、攻撃力を400アップする!」
 相討ちになるなる筈だった戦闘。だが、攻守変動が行われることは第一に予想したため、巧に驚きはない。
 むしろ、嬉しさを感じていた。 




幻獣ロックリザード ATK3100→3500

禁じられた聖杯 速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。

巧 LP2600→2200




「……『ロックリザード』の効果は『聖杯』の効果によって無効となる」
 『幻獣ロックリザード』は戦闘でモンスターを破壊した時、500のダメージを与える効果がある。
 しかし『禁じられた聖杯』ので無効になり、2000以上のライフを保つことができた。
 ロックリザードにはもう一つ、効果で破壊されたとき2000のダメージを与える効果があるのだ。
 できれば戦闘で倒したいが、万一に備えて、耐えられるだけのライフは確保しておきたい。

「だが、私の攻撃はまだ終わっていない! 『幻獣王ガゼル』で羊トークンを攻撃!」
最後の羊トークンがなすすべもなく消滅した。

「まだだ!魔法カード『左腕の代償』を発動! 手札を全て捨てることによって、デッキからカードを1枚選択し、手札に加える。私が選ぶのは『幻獣アイスライガー』! ただし、手札に加えたカードはこのターンプレイすることできない。ターンエンドだ」



左腕の代償 通常魔法
このカードを発動するターン、カードをセットできない。
手札を全て捨てることによって発動する。
自分のデッキからカードを1枚選択し、手札に加える。その後デッキをシャッフルする。
この効果によって手札に加えたカードは発動ターン、プレイできない。

幻獣ロックリザード ATK3500→3100


「俺のターン。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
巧のターンはものの10秒で終わった。



シハラム LP450
     手札1枚
     場 幻獣王ガゼル(ATK2400)、幻獣ロックリザード(ATK3100)、伏せ2枚

巧 LP2200
  手札2枚
  場 バーニングブラッド、伏せ2枚




「私のターン!」
 勝利を確信した、シハラムの上ずった声。端正な顔立ち。
 それがドローカードを見た瞬間一変した。
 醜悪な怒りの形相へと、そして吐き捨てるような罵声。



「何故……この状況で、こんなものを使わねばならない! 契約だと……ふざけるな! 主の弱みに付け込んだだけのクズが!」



「……何を言っている?」
 何か重要な意味が含まれていることは明白。いかなる手段を用いても聞き出したい思いを抑えつつ、これまでと同じ無情の問いを発する。
 だがシハラムには、もう聞こえてなさそうだった。
 完全に自分の世界に入っている。

「しかし……主は受け入れた。ならば、その方針には従わねばならない! 手札よりフィールド魔法『オレイカルコスの結界』を発動!」
「結界……だと!?」
 『オレイカルコスの結界』についての基礎知識はある。瑠衣と共に母から教わった。
 だが敵組織についてある程度予測を立てていた巧からすれば、これは想定範囲外だった。
 シハラムとて馬鹿ではない。
 先ほどの様子から見るにオレイカルコスへの嫌悪もあるだろうが、『結界』使用者全員が共通して所持している「オレイカルコスの欠片」を隠されれば、結界の遣い手だと傍目にはわからないのだ。

 怪しく妖しい緑光の輪が回転しながら降りてくる。
 巧とシハラム、二人だけを内部に取り込んだ輪はデュエルステージにへばり付き、六角の星のような印を描く。
 結界の二重の円周間には、いかにも良からぬ事象を引き起こしそうな文様。




オレイカルコスの結界 フィールド魔法
このカードはフィールドを離れない。また、フィールド魔法カードをセット、発動する事はできない。
自分フィールドのモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
自分は魔法、罠ゾーンにモンスターを召喚、特殊召喚できる。
モンスターゾーンにモンスターが存在する限り、魔法罠ゾーンのモンスターを攻撃できない。
このデュエルの敗者の魂は、このカードに封印される。




「新たなフィールド魔法の発動により、『バーニングブラッド』は破壊される」
 巧の背後にそびえ立つ火山、火砕流までもが跡形もなく消滅した。
 そして、シハラムの額には結界の縮小版があった。不可侵の領域であることを示すかのように彼の前髪を分けている。

「そして墓地の幻獣ワイルドホーン、キマイラ、クロスウイングの三体をゲームから除外し、『幻獣アイスライガー』を特殊召喚!」
 氷でできた、獅子と虎をかけ合わせたような生物。
 縦髪の一本一本まで綿密に再現され、彫刻のような美しさを放っている。
 しかし命が吹き込まれているそれは、動きさえもしなやかだ。




幻獣アイスライガー 効果モンスター
水属性/獣族/攻2500/守2300
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の「幻獣」と名のつくモンスターを3体ゲームから除外して特殊召喚する。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
このカードは、対象を指定しないカードの効果では破壊されない。




「アイスライガーは墓地のクロスウイングの効果により、攻撃力がアップする!」
「だがお前は召喚コストの1体にクロスウイングを使った。よって上昇幅は600。これまで3体分の恩恵を受けてきた他の2体は攻撃力が下がる」




幻獣アイスライガー ATK2500→3100→3600

幻獣ロックリザード ATK3100→2800→3300

幻獣王ガゼル    ATK2400→2100→2600




 しかし一度下がった攻撃力は、それまでより高くなっていた。
 各々のモンスターの額にも結界の印が浮かび上がり、目つきも凶悪なものとなった。
 アイスライガーの美しさまでも、力の代償に陰りが見え始めている。

「残念だったな!『オレイカルコスの結界』の効果で、自軍のモンスターは攻撃力が500上がるのだ!」
「…………」
 当然巧は知っている。
 その上で無知を装い、「攻撃力が下がる」と言った。
 相手の思考を少しでも誤った方向へ導くのための演技にすぎない。さらに言えば、魔法罠ゾーンにモンスターを置けるなどという、規格外の効果も知っている。

 だが、結界の力などは些事。本当に注意すべきはクロスウイングを敢えて除外したことだ。
 シハラムはクロスウイングの代わりに、サンダーペガスを召喚コストに使うこともできた。
 しかし彼はおそらく、巧のデッキをある程度研究しているのだろう。
 高攻撃力のモンスターをフィールドに居座らせるのではなく、どちらかといえば一撃必殺の奇襲に使うタイプだと知っているようだ。
 その一撃を止めるカードとして、残した。
 懸念はまだある。
 
(本当に2枚の伏せカードに、防御系はないのか……?)
 シハラムが使った魔法カード『左腕の代償』。
 その誓約は「このカードを発動するターン、カードをセットできない。」
 つまりブラフとしてではなく、誓約を回避するために前のターンに伏せた可能性がある。
 さらに、『残像の盾』以上の防御系がないと錯覚させるためにそれを優先したなら……。
 だがまずは、このターンを凌ぐこと。

「いくぞ!アイスライガーで……」
「リバースカード、『威嚇する咆哮』。このターン、お前は攻撃宣言ができない」



威嚇する咆哮 通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。



「くっ。ターンエンドだ」
 巧は先ほどシハラムに少しだけ同情した。
 自分の意思に反する行動を取らされる感覚には、例え根拠が悪意にあったとしても、オレイカルコスへの嫌悪がある限りその余地がある。
 だがもう消え失せた。
 シハラムは結界を、心の闇を受け入れ増幅している。

 巧は彼の戦う理由など知らない。
 それが例えば復讐や終末が目的でも巧は非難するつもりはない。
 自分の目的も似たようなものだ。
 だからこそ、巧はシハラムを軽蔑する。
 その感情は自分の中だけで、氷の刃として研ぎ澄ますものだ。
 それらを抱き込めず、結界に呑まれた。
 目の前のアレはシハラムではない。オレイカルコスが、シハラムを借りて喋っているだけの人形だ。
 契約だろうが何だろうが、結界を使ったなら、最後までそれを道具にしなければならない。
 意志を奪うモノは使っても、使われてはならない。
 例え根拠が悪意にあったとしても、オレイカルコスへの嫌悪がある限り拒絶し続けることは不可能ではないのだ。

「俺のターン。手札より『アエトニクスの炎』を発動する」
 深淵より湧き出す灼熱が、幻獣を喰らい尽くすべく、巧の場から際限なく溢れ出す。

「『アエトニクスの炎』は炎属性、または悪魔族でないモンスターを全て破壊し、墓地より『バルログ』を特殊召喚する」
 シハラムのフィールドが業火に包まれる。
 一瞬にして3体のモンスターが燃え尽きた。かに見えたが、炎の中で掌に乗るほどの大きさの氷塊が、融けずに浮かんでいた。

 踊り狂っていた炎はやがて巧のデュエルディスクへと吸収された。
 命を奪った炎は、新たな命を生み出す。

――邪悪な姿で。

 暗黒の焔を宿した悪鬼、バルログ。
 不規則に揺れる火の鞭をステージに叩きつけ、臨戦態勢にあることを示す。
 だが蘇りの代償は、悪鬼の意思とは関係なく訪れる。
 主である、巧へと――。

「このカードを発動したターン、俺はバトルフェイズを行うことができない」




アエトニクスの炎 通常魔法
フィールド上の炎属性、または悪魔族でないモンスターを全て破壊する。
その後、自分の墓地のバルログ1体を特殊召喚する。
このカードを発動したターン、バトルフェイズを行うことができない。

バルログ 効果モンスター
星4/炎属性/悪魔族/攻1000/守500
このカードの攻撃力はフィールド上の炎属性モンスターに一体につき500アップする。
このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターをバトルフェイズ終了時に自分フィールド上に特殊召喚できる。
この効果で特殊召喚したモンスターは炎属性として扱われ、このカードが攻撃しない限り攻撃できない。
このカードが場から離れた時、このカードの効果で特殊召喚したモンスターをすべて破壊する。

バルログ ATK1000→1500




 一方、シハラムのフィールドでも変化が起きていた。
 伏せカード以外で唯一残った氷塊。その周囲の空気中の水蒸気が凍り始めていたのだ。氷塊を核として周囲の氷は引き寄せられ、絶対零度の針山が球状に広がりつつある。
 針山はある時点で肥大化を停止し、方向性を変えて――すなわち先程と同じ獣の姿へと再生するべく細部を補っていく。完全に元の姿を取り戻すと、遠吠えを上げ、鋭い眼光を悪鬼へと向ける。

「アイスライガーは対象を指定しないカード効果では破壊されない。さらにもう1体のモンスター効果を発動!ロックリザードが相手のカード効果で破壊されたとき、2000ポイントのダメージを与える!」
 破壊されたときのまま火に包まれた岩片が、擬態していたかのようにどこからともなく巧を取り囲む。



 ――ロックデスピアース!!



 時間差で襲い掛かってくる火球を避けることなどできない。衝撃機能の赴くままに身を任せ、リミッターで和らげられた緩やかな痛みを味わい、受け流す。



巧 LP2200→200



「……ターンエンドだ」
 わずかな嫌悪と哀れみと、圧倒的な失望感を秘め巧はターンを終える。
 敵との戦いの中で情報を得ようとしたのは瑠衣だけではない。勿論巧も同様だった。
 しかし『オレイカルコスの結界』の前では期待できない。魂を奪うということは、つまり口を封じる意味もある。
 それは本来副産物に過ぎないが、この状況ではむしろそのためにシハラムに結界を持たせたのではないだろうか、と疑ってしまう。




シハラム LP450
     手札0枚
     場 幻獣アイスライガー(ATK3600)、伏せ2枚

巧 LP200
  手札2枚
  場 バルログ(ATK1500)、伏せ1枚



「私のターン、アイスライガーでバルログを攻撃!」
 アイスライガーが吐いた冷気はは瞬く間にフィールドを覆い尽くした。
 いつの間にか巧のフィールドには、2メートルも離れていないバルログが霞んで見えるほどの霧が立ち込めていた。
 苦手な冷気に支配され悪鬼なりに不安を感じたのだろうか、バルログがきょろきょろと辺りを見回す。ただでさえ悪い視界に心理パニックまで加わった、その隙を見逃してくれるはずがなかった。




 ――ミストコフィン!!




 霧に紛れて無数の氷の刃がバルログへと降り注ぐ。神経を、筋を、ずたずたにされ、四肢の感覚をほとんど失い、悪鬼はがくりと膝をついた。
そして、手負いの獲物の息の根を止めるべく、ライガーは霧の中を音もなく華麗に忍び寄り、悪鬼の喉笛を喰い千切る――――












 そう予測していた巧は、あらかじめ指示して四肢のうちたった一つだけ重点的に守らせていた。それでも鈍い右腕の動きを、罠カードによって補強する。
 霧の晴れたフィールドには、傷だらけになりながらも未だ生にしがみついているバルログ、そしてバルログが右手に持つ鞭をライガ−の首に巻き付け使役している光景があった。シハラムが開けている大口が、ただ一つの感情――驚愕を如実に物語っている。

「罠カード『フレイムウィップ』を発動。バルログが攻撃対象になったとき、手札を一枚捨てることで攻撃モンスターのコントロールを得る。さらにアイスライガーは炎属性モンスターとして扱われる」



フレイムウィップ 永続罠
自分フィールドの「バルログ」が攻撃対象になったとき、手札を一枚捨てることでその攻撃を無効にする。
その後、攻撃モンスターのコントロールを得る。
この効果を発動した次の自分のターンのエンドフェイズにこのカードは破壊される。
このカードがフィールドから離れたとき、このカードの効果でコントロールを得たモンスターは持ち主の場に戻る。
この効果でコントロールを得ているモンスターは、「バルログ」の効果で特殊召喚したモンスターとして扱う。

バルログ ATK1500→2000



「また、コントロールが移ったことにより、『アイスライガー』はオレイカルコスの呪縛から解き放たれる」



幻獣アイスライガー ATK3600→2500



「くっ……私はこれでターンエンドだ」
 最後の手札を何度も見やり、ついに何もせずにターンを終えた。

「俺のターン。バトルフェイズ、『バルログ』でプレイヤーにダイレクトアタック!」
「リバースカード『ミラージュマテリアル』!相手の攻撃宣言時、『幻獣トークン』1体を特殊召喚!レベルは3を選択する」




ミラージュマテリアル 通常罠
相手の攻撃宣言時のみ発動可能。
自分フィールド上に「幻獣トークン」(獣族・地・星?・攻/守100)1体を特殊召喚する。このトークンのレベルは発動時に1から4の中から一つ選択した数値になる。

幻獣トークン ATK100→600




「だが、それではこちらの攻撃は止められない。バルログで幻獣トークンを攻撃」
 バルログがライガーから鞭を放し、大きくしならせ――

「リバースカードオープン!」
「何……!?」
 それは――『遅れた召喚劇』。





遅れた召喚劇 通常罠
前の自分のターンに通常召喚を行っていない場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の手札のモンスター1体を通常召喚する。
この効果でモンスターを召喚する場合、必要な生贄を1体多くする。




「私は幻獣トークンを生贄に『幻獣ロックリザード』を召喚する!ロックリザードはレベル7のモンスターだが、幻獣と名のつくモンスターを生贄にする場合は1体の生贄で召喚できる!『遅れた召喚劇』で3体になろうが関係ない!」
 ロックリザードのテキストは「生け贄1体で召喚する事ができる」である。「1体減らす」ではない。
 シハラムの場から弱々しい幻想の産物のような霧の生物が渦に呑まれ、新たに強固な岩の皮膚を持つ蜥蜴が出現した。




幻獣ロックリザード ATK2200→2800→3300




「……バトルを中断。カードを1枚伏せターンエンド」
「このエンド宣言により、『フレイムウィップ』は破壊され、アイスライガーのコントロールは私に戻る!」
 ライガーの額に再度オレイカルコスの印が刻み付けられる。
 一度悲鳴のようなものを上げたが、すぐに『結界』の邪悪な緑を映した眼光が蘇った。




幻獣アイスライガー ATK2500→3100→3600


シハラム LP450
     手札0枚
     場 幻獣アイスライガー(ATK3600)、幻獣ロックリザード(ATK3300)

巧 LP100
  手札1枚
  場 バルログ(ATK1500)、伏せ1枚




「私のターン」
 ドローカードを確認し、シハラムが口端をつり上げる。

「ドローフェイズに速攻魔法『サイクロン』を発動!」
 具現化された『サイクロン』のカードから竜巻が噴射され、巧の伏せカードを狙う。




サイクロン 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。




「……リバースカード、『火霊術−「紅」』。バルログを生贄に、1000ポイントのダメージを与える」
 巧のデッキには、これも含めて数枚のバーンカードが入っている。
 もしシハラムが巧のデッキを対策しているなら、効果ダメージへの対策が投入されている可能性が否定できない。
 しかし逆に伏せカードがその系統ならば、戦闘でシハラムを倒せる。
 だから前のターン、罠にかかるのを承知で攻撃した。
 仮に『バルログ』が破壊されたとしても、巧の手に残っていたカードは『火霊術』のコストに使用できる、炎属性の『蒼炎の剣士』。『魔法の筒』があったなら、『炎の剣聖』の攻撃時に使っていただろうから確率は限りなく低い。
 ならば待っているのは、ほぼ確実な勝利。

 そして巧は最後の瞬間を見ずに、シハラムに背を向けて歩き出した。






火霊術−「紅」 通常罠
自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。




 バルログが苦しみながら魔法陣に吸収される光景も、魔法陣がシハラムの足元に移動し炎を噴出する光景も、見ない。見る必要はない。
 ただ一言、炎がシハラムを襲うその一瞬に、寸分違わず


「灼け」


 そう、言った。
 勝ったことなど見なくてもわかる。シハラムの場には2体のモンスターしかなかった。伏せカードはない。手札も0。何の不確定要素も存在しない。
 いやそれ以上に、すでに巧が結界の外にいることこそ勝利の最たる証。
 結界はシハラムだけを内に入れ、その魂を封印しているだろう。
 人としては小物だったが、デュエリストとしてはなかなか強かった。

 そして――最悪の置き土産を残した。

 どさり、と背後で人が倒れたような音がした。

 巧は大会場での不意の"敵組織"の襲撃に備えて、瑠衣、裕子と示し合わせて複数の逃走経路を用意している。
 人目につかないような道ばかりを選んだルートもあるため、実害はないのだが計画そのものは崩された。
 つまり、巧の想定とは被害者として逃走するものだった。しかしこの状況では――たとえ結界を使ったのがシハラムだったとしても――巧は加害者として扱われてしまう。

 今の時間は3時半過ぎ。スタジアムから自宅まで最低で1時間ぐらいはかかる。
 巧は瑠衣宛の挑戦状に、ある隠された一文を見つけ出していた。
 それが指定する時間に間に合うためには、事情聴取を蹴る必要がある。そして逃げ出せば、実際には無実でも何かやましいことがあるのではないかと疑われる。
 それでも、一切悔いはない。
 
 デュエルの敗者が意識を失って倒れたからか、会場は騒然としている。
 審判も事態の異常性に、混乱を治めることができずにいた。
 そんな中、誰にも気付かれることなく会場を後にする永瀬巧。
 多くの謎と不穏な空気を残し、大会は終わった――――。





















 ――オレイカルコス
 それは第一次元の惑星、地球が抱える闇を物質化したもの。
 人の精神を堕落させ、魔物にしてしまう危険な石。

 ――ドーマ
 それはオレイカルコスを、人類への試練と解釈する集団。
 歴史の裏で暗躍し、精神の発達と文明レベルの調和を図る組織。
 
 そして――文明だけが著しく発展し、釣り合いが取れなくなった時、
 オレイカルコスの神を呼び覚まし、歴史のリセットを強行する狂信者たち。

 9年前、ドーマは文明の初期化計画を実行し、失敗した。
 主犯格であった古の王の魂は海の泡と化し、
 彼に利用されていた幹部も過ちに気付き、ドーマの思想から解放された。

 ――しかし、
 オレイカルコスの神は三幻神に敗れた後も、
 わずかではあるが闇に染まった魂を繋ぎ止めていた。

 さらに命の危機に陥らない範囲で、
 前任の代弁者、ダーツを倒した別の王の魂を操ろうとした。

 後者は失敗したものの、
 その者には、全てが解決したと思わせることに成功した。
 
 そして、一万年の時をかけて心の闇を醸成させ、繋ぎ止めた魂の一つ、
 かつてのダーツの妻は、次の代弁者として十分な適正を備えていた。
 
 かくしてドーマは再臨する。
 新たな代弁者である彼女の名は――――











“こちら”でもない、“あちら”でもないどこか


 石造りの部屋に二人の女性がいた。
 一人は真紅のドレスを着た若い女性。高貴な身分、大貴族の令嬢、そんな表現が似合う。装飾品も相当に豪華であるが、彼女自身も美人の部類に入るだろう。
 対してもう一人は、極端なまでに動きやすさを重視しており、長袖のシャツとジーンズという格好だ。年齢では彼女の方が上に見えるが、外見の素地はドレスの女性にも劣らない。
 ただ、ここが現代日本なら浮くのは前者だが、この中世の城のような場所では、その点は逆転していた。

 この部屋はそれほど大きくはなく、机が一つと向かい合うように椅子が二つ。
 そこで行われている彼女らの対話は、奇妙に噛み合っていた。
 そう、噛み合ってはいたが、一触即発状態である。

「何故、"アレ"を使ったのです?返答如何によってはただでは済みませんよ」
 赤いドレスの女性が詰め寄るが、相手にはかなりの余裕がある。

「全てはガリウスの第一次元侵攻を補助するため。それ以外に何もない」
 ドレスの女性は、その様相から想像できる立場に相応しい気品と振る舞いを身に着けているものの、相手の態度や言葉遣いにそれを気にする様子は見受けられない。

「では沙理亜、アレを使うことが、どうしてあの国のためになるのか聞かせてもらいましょうか?」
 質素な方の服装の女性の名は沙理亜(サリア)というらしい。
 また、話の流れからするとガリウスは国名だろう。

「ええ。日本とアメリカを中心にした世界150箇所での『オレイカルコスの結界』の同時多発的な発動。これはドーマの再臨を予感させ、故にモンスター侵攻に対して、KC、I2社はエジプトにデュエリストを派遣しない可能性が高くなる。なにしろ一度は乗っ取られたのだから。それと"ドーマ"は常に人が生み起こす災厄に基づいて行動する。つまりガリウスの侵攻軍にドーマが参加していることに関して意表をつくことができる」
 沙理亜は、前もって質問を予測していたかのように澱みなく説明した。
 だが、ドレスの女性は沙理亜に食ってかかった。

「どういうことです? まるで"我々"ドーマがガリウスの侵略に手を貸す、と言っているように聞こえましたが。そのようなことをすれば、あの次元は本当に陥ちてしまいますよ」
 自信過剰か、事実を言っているだけか――本人は後者のつもりだろうが、沙理亜から見ればくだらない妄想でしかない。

「そう? 第一次元は力の使い手の未熟さに対し、力そのものは強すぎる。それゆえに制御を知らず、また敵とみなした相手には野獣の如く襲い掛かる。ガリウス一国が動いたところであの次元には傷一つ付けられないと思うわ。勿論ドーマとて同じ。お前たちは第一次元を過小評価しているようね。崩すには長期戦略が必要となる」
「今回の策もその一環ということですか? 第十二次元を確実に手に入れるほうが先と判断しますが……」
イオレ、話を聞いていなかったの? 折角KC、I2社の主力が本国を離れられず、残った烏合の衆がエジプトに集まる機会を何故放っておく必要がある?それに、ガリウスも筋金入りの愚か者よ。第一次元の人間はモンスターの能力を数値化できる! これでは勝てるはずがないのに。しかしそこに結界による能力の底上げと、奴らの知らない、数値化できないモンスターが加われば、混乱が生まれる。
 現時点でそちらの目的は、心の闇をできるだけ多く収集することでしょう?質では劣るかもしれないけれど……量を集めるなら、これほどいい機会はなかなか与えてやれない。だったらここは素直に受けておくべきではない?ガリウスが一時の戦勝に浮かれている間に、人形どもと結界は回収すればいい」
「ですが、第一次元の人間は基本的に異世界の存在を信じていません。つまり第十二次元の危機を察知して助けることはない。しかし逆は考えられます。例えば9年前、第十二次元に竜として封印されていた『伝説の三騎士』は、第一次元の人間に仕えてまで我らを滅ぼそうとしました。大西洋上の最終決戦では、同盟軍が直接出向いて来るほど。私たちが本格的に第一次元で動き出せば、第十二次元が援軍を送るでしょうね……」
「ガリウス討伐に多くの兵を割いている今、それはないとは思うけれど……ありえないとは言い切れない、か。では、そちらと利害の一致する組織を教えましょう」
「――ローレイド共和国、ですか。できれば、第十一次元の天使とは事を構えたくはないのですが……」
 不審がちに探りを入れるイオレ。
 しかし、そこへ突然

「……問題はない」
 聴いたことのない男の声。イオレは反射的に入り口に目をやる。
 入ってきたのは――

「『大天使ゼラート』……。あなたの仕業ですね、沙理亜?」
 背中には白い羽根。
 大剣と騎士の兜のようなものを身につけている、ヒトではない人型の"モンスター"。

「仕業とは人聞きが悪い。それより、折角の機会を無駄にしていいの?」
 問い詰めるイオレを、飄々とかわす沙理亜。 
 仕方なくイオレは彼女を後回しにして、ゼラートとの交渉を始める。
 第十一次元に狙われる危険さえなければ、確かに同盟を結ぶ価値はあった。

「……さて、ゼラート殿。我々があなた達の戦力を借りれば、まずこちらも第十一次元の標的になります。それを「問題ない」とした根拠をお聞かせ願えますか?」
 ゼラートの顔は、兜で大部分が隠れているため見えない。
 表情を読めないため、それだけならばイオレが若干不利だ。
 ただ、沙理亜からの情報によって、ドーマ側が圧倒的有利な立場であることは既に知っていた。

「そのままの意味だ」
 兜越しにくぐもった声が答える。

「我々ローレイドは、ガーデア城及び、第六次元の研究プラントを捨てる」
「……なるほど。その原因を作ったのは私。是が非でも協力してもらいたいわけですね」
「ならば……」
「ええ、受けましょう。すると、"死神の種"の処理は、そちらの動向も考慮しなければなりませんね?」
「そうしてもらわねば困る」
「分かりました。詳細は後日、この女のいない所でよろしいでしょうか?」
 ローレイドにとってみれば、沙理亜はドーマを紹介した協力者だ。 
 しかし、イオレは沙理亜について多少なりと知っている。
 もしここで、彼女の同席を求めるなら、即刻この関係は切ることになる。

「いいだろう」
 ゼラートは提案を迷うことなく了承した。
 あまりにも露骨だが、それ故に、ゼラートの反応を見る限り、意味は通じたようだ。
 そして、どうやらゼラートも沙理亜をあまり良く思っていないのだろう。
 しかし、当の本人はまったく気にかけていない風だ。

 やがてゼラートは退出し、再度、部屋はイオレと沙理亜の2人だけになる。

「フフフ、同盟成立、おめでとう」
 自分が徹底的に嫌われていると知りながら、どうしてここまで自然に褒め言葉を出せるのか不思議でならない。
 いや――おそらくこの場合は、計画通りに事が運んだからだろう。
 そして、沙理亜の誘惑はまだ続く予感がする。

「……では、そろそろ"私の組織"とも協力関係になれない?」
 やはり、当たった。そして、答えまでも既に決まっている。
 信者を吸収し、勝手に『オレイカルコスの結界』を利用する連中と協力など、できるはずがない。
 
「――論外ですね。あなたは"人の寿命"しか持ち合わせていないがためにそこまで必死になるのでしょうが、こちらは神が力を使い果たさない限り、本当の意味での"負け"はありませんから」

(そう、そこまで頭が回らないわけではないか……)

 沙理亜はイオレの回答に対してそんな感想を持った。
 オレイカルコスの神の代弁者は、神が生きる限り不死に等しい状態ゆえに普通の人間には到底不可能な長期戦略がとれる。イオレの亡き夫はオレイカルコスの神の意思と完全に同調して盲目的に使命を果たそうとする余り、そのことを忘れて散った。
 だが、意図的にか単に神が弱っているだけか、イオレに対する神の干渉はそれほど強いものではない。一個人としての能力面からすれば彼女は亡き夫――つまりダーツに劣っていたが、より冷静に、慎重に判断を下せる点は厄介だった。

 また、今のドーマはオレイカルコスの神の、極度の疲労状態を脱するために心の闇を集めている。眠りについていても、繋ぎとめておいた何人かの人間の闇を糧として徐々に回復はできる。だが回復速度を考慮すれば、多少の危険はあってもこうして各地で暗躍したほうが効率的なのだ。
 逆に言えば本来の使命については、あわよくば、という程度の期待しかなく、本当に危険ならば眠りにつく選択肢もある。イオレが示唆したのはその可能性のことで、彼女が本気で隠れようと思うならば、沙理亜に見つけることはできないだろう。

(だが、付け入る点はまだある。今、地下に潜られるわけにはいかない――!)

「さて、今日は私もそろそろ用事がある。失礼させてもらうわ」
 イオレは憎々しげに睨み付けるが、今更、それをどうこう言うつもりはない。
 嫌われているのは知っているし、むしろそう仕向けている。
 それには、はっきりした意味がある。
 自分は、彼らと違うという証。
 ドーマも、ガリウスも、ローレイドも、倒すべき世界の敵なのだから――――。




12章 暗黒騎士団

 同日、午後4時12分


 海馬コーポレーションに所属する密偵の一人、桐沢健は以前入手した永瀬家の合鍵を使い、同宅に侵入していた。
 目的は巧、瑠衣兄妹の母親が調査、収集したというM&Wに関する文献である。
 彼女の部屋に忍び込み、本棚をひっくり返し、健は目的の一冊を探していた。

 いや――正確にはM&Wではなく"デュエルモンスター"だ。
 7年前、エジプトにモンスターが出現したことを知る数少ない組織である海馬コーポレーションは、ソリッドヴィジョンとは無関係に自律した意思を持つモンスターを区別するため、エジプトに現れるモンスターをそう名付けていた。
 そんな由来で生まれた造語はいつの間にか漏洩していたが、本来の意味からは離れており、M&Wを使った海馬コーポレーション独自の展開戦略を、インダストリアルイリュージョン社のものと分ける隠語として機能していた。
 しかし、この場においては元々の意味での"デュエルモンスター"に関する書物が目当てだ。


「はぁ、これも違うか……」
 健はため息をついて『D−HEROとダイ・グレファーの相互関係理論』を後ろに放り投げた。
 彼の背後には、同じ調子で投げられた、溢れんばかりの本の山ができている。
 『D−HEROとダイ・グレファーの相互関係理論』は、きっちり山頂に降り立ったものの勢い余って麓まで滑り落ち、あまりよろしくない挿絵のページが開けたまま停止した。

(本当ににあるのか……?)
 健が疑うのも無理はない。
 目的の品のタイトルも方向性からすれば、科学的に解明されていないこと請け合いだが、それを度外視してもここにあるのは眉唾な記録書ばかり。
『光の波動による突然変異生物図鑑』から『1年で身に付くディスティニードロー』などという詐欺紛いのものまで様々だ。尤も『光の波動による突然変異生物図鑑』がまともというつもりもないが。

(ん……これは何だ?)
 本棚に紙の切れ端が残っている。雑誌か何かの切り抜きだろうか。
 案外こういう所に手がかりがあるものだ、と少しだけ期待を寄せて見出しを読む。
 
 『超熱血球児デッキ 勝率4割への挑戦!!』

 そして今シーズンの勝率を思い出す。
 確か……2割8分4厘。

(……3割バッターですらないだろ!!!)
 健は切り抜きを握り潰し、ゴミ箱へ放り込んだ。
 この部屋は巧も調査したことがあるらしく、ゴミが少しくらい増えていても誰も気づかないだろう。
 しかし流石にこんな書物と何時間も格闘していると、精神的な疲れが出てくる。

 健は少し休憩することにした。
 向かう先は台所。
 そこには巧が一月ほど前に福引で当てた缶コーヒーのケースがある。
 日用品の補充に利用しようとしていたらしいが、当ててしまった以上は飲むしかない。
 ちょうど同時期、健達は作戦会議のため永瀬家を訪れたため、彼らはその影響を諸に受けたのである。
 台所を覗くと、缶コーヒーはしっかりと残っていた。
 一本拝借し、飲みながら部屋に戻る。
 と、部屋の入口で健は“あるモノ”に遭遇した。

「なっ……!?」
 書斎の中には、体型を隠すようなフード付の長衣に仮面を被った明らかすぎる不審人物がいたのだ。
 性別や髪型の特定もできない。
 開け放たれた窓から吹き込む風が――今日はそんなに風が強くないはずだが――ばさばさとカーテンと不審人物の長衣をはためかせている。何世代か前の怪人が連想され、やや古風な雰囲気が漂う部屋全体との相性も含めて、心奪われそうなほどマッチしていた。
 両者とも一瞬硬直し、まず不審人物が開け放たれた窓から脱出した。

(えーと、あの窓は鍵かかってたかな?)
 巧はそういうことに細かい。
 多分かかっていた。
 となると、健が部屋から離れた数分の間に窓の鍵を開けて侵入したことになる。
 結構な腕前だ。
 感心しながら、足を動かすのも忘れない。
 4秒の後には彼も窓枠をくぐっている。

 ただし、忘れているものも一つ。
 それは缶コーヒー。
 知らずのうちに健の手から離れていた缶は永瀬家の廊下に転がり、中身を盛大にぶちまけていた。
 間違いなく染みになるコーヒーを残し、健は不審人物を追う。

 さらに一つ。
 二人が去った部屋の中央。そこには先程はなかった新たな書物が増えていた。
 不審人物を追わなければ、まず間違いなく見つけていたであろうソレは健が探していた“目的の品”だった。
 タイトルは――――








 『十二次元世界解説書』

 著者はD・Mとイニシャルのみ。
 "デュエルモンスターズ"と同じイニシャルを持つ彼の名を知る者は、この世界には誰一人いない――――。







 1時間後

 健は路地裏に謎の侵入者を追い詰めていた。いや、誰の目にも触れないところに誘導させられたというべきか。
 ただ、この追いかけっこの中で侵入者の正体を特定していた。


「さぁ、そろそろ仮面を外してもらおうか、α(アルファ)」


 αは、海馬コーポレーションに使える密偵の一人だ。
 しかしこの――おそらく男は会うたびに顔が変わっているため、素顔がわからない。
 仮面をはぎ取ったとして、その中から出てくる顔は見たことはあるかもしれないし、ないかもしれない。
 本来ならそんな人間が顔を隠す必要はない。
 だが、目の前にいる人物がαである確信はあった。
 通常侵入者が無断で侵入する際、健のように外出時間を調べていない限り、顔ぐらいは隠すだろう。だが彼は次々と顔が変わるため、その必要はない。
 だからこそ人並みに“顔を見られたら困る”人間であると主張しようとしているのだ。その努力はよくわかる。しかし無駄だった。この人間からは怪しさが感じられない。
 能面のような白い仮面と真っ黒なフード、それに長衣。そんな恰好で街中を走り回って職質を受けない違和感のなさを持つ人間を、健はα以外に知らない。
 追いかけたルート上に交番は二つあり、パトカーのすぐ横すら通過していた。
 それが決め手となり、健はこの人間の正体を知ることができたわけだが。

 風景に溶け込む。それがαの特性。
 日常社会に紛れ込むことを得意とする、"普通"を体現したような人間である健は、逆に殺人事件の起きた絶海の孤島などでは浮いてしまう。
 しかしαは違う。日常も非日常も関係ない。完全に風景の一部になれる。その点で、認めたくはないが、αは健よりも優秀だった。

 そこを指摘すると

「なるほど、それは盲点だったな」
 と嗤った。

 問題なのはここからだ。
 同僚と呼んでいいはずのこの人間は、一番最近の任務の終了報告後、行方を眩ましていた。
 だが海馬コーポレーション側も、機密を所持しているであろう者を野放しにはできない。
 探す当てもなく、しかしとりあえず遭遇した場合、αの身柄確保は他の何よりも優先すべき仕事として言い渡されている。


「α、お前に恨みはないが仕事なんでな。我らが社長の下に連れ帰らせてもらう」
 だがαは仮面をつけたまま、一笑に付した。

「ほう、だがそんなことよりいいのか? お前が探していた“異世界”に関する書物は、今あの兄妹の家にある」
「へぇ。でも残念だが、お前の確保の方が優先順位は高い」
 身をかがめ、いつでも動ける態勢を崩さない健。

「……どうやら、このまま話していても、平行線が続きそうだね」
 それを言うタイミングはまだ早いようにも思われるが、健はαの真意を理解している。
 すなわちこのまま話が長引けば、応援を呼ばれる可能性が高い。そして健はたった今、暗号通信を他の密偵たちに送ったところだった。

「そうだな。決着の方法はこれでいいか?」
 健は左腕を持ち上げ、装着された機械を指す。

「あぁ、いいよ」
 健のディスクにも、おそらくαのディスクにも衝撃機能のリミッターを解除する装置は積まれている。
 デュエル中の手出しは禁忌だ。しかしデュエルが終わればその枷も解かれる。仮に健が負けて気絶したとしても、残った援軍が力ずくで取り押さえればいいだけの話。密偵中でも一、二を争う実力の健がそこに参加できないとなればαの不利は補われるが、アドバンテージまでは与えていないはずだった。

「ク、クククッ」
 仮面の奥の薄ら寒い笑みを崩さないことが気になる。
 ――いや、心理作戦に過ぎない。αと健のデュエリストとしての実力はほぼ同格。ならば少しのツキと精神面の差が勝敗を揺るがす要因となる。




「「デュエル!」」



α LP4000
健 LP4000





「先攻は私がもらう。ドロー! カードを場に2枚伏せ、『終末の騎士』を召喚する」
 裏面が表示されたカードが2枚具現化される。そしてそれを守るかのように、所々壊れた鎧を着た戦士が出現した。
 その効果は、第二の手札とまで呼ばれる墓地にカードを貯める、恐るべきものだ。

「終末の騎士の効果により『ゼータ・レティキュラント』を墓地に置く」
 エーリアンのようなイラストのカードがαの墓地に吸い込まれていく。



終末の騎士 効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

ゼータ・レティキュラント 効果モンスター
星7/闇属性/天使族/攻2400/守2100
このカードが墓地に存在する時、
相手フィールド上に存在するモンスターがゲームから除外される度に、
自分フィールド上に「イーバトークン」
(悪魔族・闇属性・星2・攻/守500)を1体特殊召喚する。
自分フィールド上に存在する「イーバトークン」1体を生け贄に捧げる事で、
手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。




「これでターンエンドだ」

「俺のターン!」
 健のターンが始まり、早速状況分析を開始する。
 これは時間稼ぎのデュエル。ストリートデュエルである以上、分析による意図的な遅延行為も、あまり咎められはしない。しかし逆に1ターンの制限時間、3分はいつもより注意する必要がある。
 こちらが時間稼ぎを目的としていることはαも分かっているはず。
 遅延行為は分析等の理由をつけ易いため、明確なペナルティを負わせにくい。しかし、小学生でも知っているであろう1ターンの制限時間超過は、判断の曖昧さがないために確実に行使されるのだ。

 ただしデュエルに勝てるなら、時間を稼ぐ必要はない。
 難癖つけられるような時間稼ぎをするのは、敗色が濃厚になってからでいいだろう。
 
(ゼータ・レティキュラント、あれは俺のモンスターが除外されるたびにトークンを生み出すカード。おそらく伏せカードの中には、『次元幽閉』や『奈落の落とし穴』が控えているとみて、まず間違いない。だったら――)

「モンスターとリバースカードをセット。ターンエンドだ」
 フリーチェーンの『因果切断』は、警戒したところで防ぎようがない。しかし先の思考で出てきた2枚は特定の行動をトリガーとしているため、こちらのプレイング次第では使用タイミングを操作することもできる。




α LP4000
手札3枚
場 終末の騎士、伏せカード2枚

健 LP4000
手札4枚
  場 裏守備モンスター1枚、伏せカード1枚



「私のターン、『異次元の戦士』を召喚」
 終末の騎士の横に、近未来の服に身を包んだ男が出現した。




異次元の戦士 効果モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1200/守1000
このカードがモンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。




「バトルだ。異次元の戦士で、守備モンスターを攻撃!」
「リバースカードオープン! 『邪神の大災害』!」
 攻撃を仕掛けるため、異次元の戦士が去ったフィールドに禍つ風が吹き荒れ、二枚の伏せカードを一掃する。
 破壊されたカードは『死のデッキ破壊ウイルス』と『次元幽閉』。この一連の戦術が決まっていたら、と考えると、健はぞっとした。




邪神の大災害 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。




 近未来の剣士が同じくこの時代にはなさそうな、ビームソードのような武器で健の場にある裏側のカードを切り裂く。
 しかし斬撃は一端停止し、露になったモンスターが終末の騎士にナイフを投げ、それから再開された。

「『深淵の暗殺者』の効果で『終末の騎士』を破壊! さらに『異次元の戦士』は、モンスターとの戦闘を行った時、強制的にゲームから除外される!」
 ナイフが『終末の騎士』の心臓を正確に貫く。そしてもう一人の戦士も、ビームソードの一撃によって開いた穴に暗殺者もろとも跳び込んでしまった。




深淵の暗殺者 効果モンスター
星3/闇属性/悪魔族/攻 200/守 500
リバース:相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。
このカードが手札から墓地に送られた時、
自分の墓地に存在するリバース効果モンスター1体を手札に戻す。





 ちなみに『深淵の暗殺者』は海馬コーポレーションの密偵が、自身の使うデッキタイプに関係なく全員共通で投入しているカードだ。それはIDカードとしての機能も果たしており、一人ずつカードイラストも違っている。そしてαのものは、当然ながら捨てられている。

「『深淵の暗殺者』の除外により、『ゼータ・レティキュラント』の効果発動。『イーバトークン』が特殊召喚される。攻撃表示だ」
小型の宇宙生物然とした悪魔が、αの場に出現した。



イーバトークン ATK500



「イーバトークンでダイレクトアタック!」



――メルトポイズン!!

健 LP4000→3500



「くっ……!」
「カードをセット。ターンエンドだ」
新たな正体不明のカードが置かれ、αのターンは終わった。

「俺のターン、手札より『撲滅の使徒』を発動!」
「何っ!?」
 伏せられていたカードは『奈落の落とし穴』。しかしそれが破壊されるだけならば、αも声を出してまで驚きの意を示したりはしないだろう。

「『撲滅の使徒』の効果で互いのデッキに眠る『奈落の落とし穴』は、全てゲームから除外される。俺も一枚入れてるがな……」
 αの被害はそれでは済まない。伏せカードとデッキから計三枚の『奈落の落とし穴』が除外され、場にはそれで守るはずだったトークンが無防備に残るのみ。




撲滅の使徒 通常魔法
セットされた魔法または罠カード1枚を破壊しゲームから除外する。
罠カードだった場合お互いのデッキを確認し、
破壊した罠カードと同名カードを全てゲームから除外する。




「『暗黒戦士デュオス』を召喚! さらに装備魔法『漆黒の駿馬』をデュオスに装備!」
 紺と蒼の、ボディーラインに沿って密着した鎧を纏う戦士が出現した。並みの戦士では持ち上げることすら適わないほどの大剣を、片手で使いこなしている。
 戦士は傍らに現れた馬に跨り、暴れ嘶くのを抑える。




暗黒戦士デュオス 効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1800/守1400
1ターンに1度、自分のフィールド上に存在するこのカードを除くモンスター1体を
生け贄に捧げ、このカードの攻撃力はターン終了時まで1000ポイントアップする。
「漆黒の駿馬」を装備したこのカードを墓地に送ることで、
デッキまたは手札から「???」を特殊召喚する。

漆黒の駿馬 装備魔法
戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。
「暗黒戦士デュオス」に装備されているときのみ、以下の効果を適用する。
●装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。

暗黒戦士デュオス ATK1800→2100




「『暗黒戦士デュオス』で『イーバトークン』を攻撃!」
 戦士が馬を駆って接近し、一瞬で宇宙生物を叩き斬った。



――オーラソード!!

α LP4000→2400 



「これでターンエンドだ!」




α LP2400
手札2枚
場 なし

健 LP3500
手札2枚
  場 暗黒戦士デュオス(ATK2100)、漆黒の駿馬



「……ドロー。カードを一枚セットし、モンスターを裏守備で召喚。ターンエンド」
「………………」
 ブラフの可能性もあるとはいえ、このタイプのデッキが相手で、伏せカードが途切れないのはなかなか面倒だ。

「俺のターン。よし……!『異次元の生還者』を召喚する!」
『奈落の落とし穴』こそ完全に排除したが、まだ『因果切断』や『邪帝ガイウス』等、厄介なカードは多く残っているはずだ。そんな中で、一枚しか投入していなかったこれを引けたことは僥倖である。




異次元の生還者 効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1800/守 200
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがゲームから除外された場合、
このカードはエンドフェイズ時にフィールド上に特殊召喚される。




「『異次元の生還者』で守備モンスターを攻撃!」
消滅したのは顔の半分を隠す――――

「『闇の仮面』のリバース効果により、『死のデッキ破壊ウイルス』を手札に戻させてもらおう」
 ――マズイ。本能がそう告げている。デュオスの攻撃が通ればαのライフは一気に風前の灯になるが、αの場にある伏せカードはそれを許さないだろう。
 タイミングを選ばない『因果切断』なら仕方ないが、『次元幽閉』に引っかかるのは健の行動の結果だ。そしてもし除外にかかった場合、ウイルスの媒介となるイーバトークンが召喚されてしまう。攻撃は、できない。

「カードを二枚伏せる。ターンエンドだ」
今の段階では両方ともブラフだ。しかし『死のデッキ破壊ウイルス』で手札を見られるのは避けたい。密偵として、情報の重要性は特に深く理解している。

「ならばエンド前のメインフェイズ2で、リバースカード『亜空間物質転移装置』を発動する!」
「対象は……やっぱデュオスか」
 騎乗した戦士が、謎の光を浴びて異次元空間へと跳ばされた。馬は置き去りになっている。
 『漆黒の駿馬』は破壊をトリガーとして身代わり効果が発動される。しかし破壊を介さない除外には無意味だ。『死のデッキ破壊ウイルス』をこれで防ぐ算段だったが、見込みが甘かったらしい。




亜空間物質転移装置 通常罠
このカードは相手ターンにしか発動できない。
相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズまでゲームから除外する。




「『ゼータ・レティキュラント』の効果でイーバトークンを守備表示で特殊召喚。そしてエンドフェイズ。健、君の場に『暗黒戦士デュオス』が復帰する」
 だが馬は消えている。ウイルスに対して、無防備だ。




α LP2400
手札2枚(死のデッキ破壊ウイルスあり)
場 イーバトークン

健 LP3500
手札0枚
  場 暗黒戦士デュオス、異次元の生還者、伏せカード2枚




「私のターン、カードをセットしターンエンド」
 明らかにウイルスだろう。流石にこの状況で他は考えにくい。

「俺のターン……」
「このスタンバイフェイズでイーバトークンを媒介に『死のデッキ破壊ウイルス』を発動!」
 トークンが霧状に溶け、空気中に拡散される。
 健の場を覆う細菌は、瞬く間に2体の戦士を蝕み、絶命させた。
 αの行動には迷いがない。どうやら、伏せカードの中に蘇生系がないことまで推理されていたらしい。となるとαが見たいのは、

「なるほど。『コマンドサイレンサー』か……」
 ドローカードだろう。




コマンドサイレンサー 通常罠
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。




「しかし折角ドロー効果を持っていても、ウイルスの前では最大限の効力を発揮できないな」
「破壊されるカードを引くよりマシさ。こいつを伏せてターンエンドだ」




α LP2400
手札2枚
場 なし

健 LP3500
手札0枚
  場 伏せカード3枚(コマンドサイレンサーあり)




「私のターン。『ダーク・アサシン』召喚!」
 犬のような頭部を除いて人型の、両手にダガーを手にしたモンスターが現れる。
 体色、装束共に黒く、いかにもな暗殺者である。




ダーク・アサシン 効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1600/守 400
自分の墓地に存在する闇属性モンスターの数によって、
このカードは以下の効果を得る。
●1枚以下:このカードの攻撃力は400ポイントダウンする。
●2〜4枚:このカードの攻撃力は400ポイントアップする。
●5枚以上:このカードを墓地に送る事で、
相手フィールド上に裏側表示で存在するモンスターを全て破壊する。




「『ダーク・アサシン』の効果は墓地の闇属性モンスターの枚数によって決定する。私の墓地には『終末の騎士』と『ゼータ・レティキュラント』がいる。この時、攻撃力は400アップする」




ダーク・アサシン ATK1600→2000




「バトルフェイズ!」
「なら、そのタイミングで『コマンドサイレンサー』を発動!」
「ほう、いいのか? ドローカードを見せてもらうことになるぞ」
「悪いがそうはならないんだ。『コマンドサイレンサー』にチェーンし『時の飛躍』を発動する!」
「…………!!」




コマンドサイレンサー 通常罠
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

時の飛躍 速攻魔法
全てのカードのターンカウントを3ターン進める。




「これにより、ウイルスの活動ターンは過ぎ去った。手札を見せる必要はない!」
「……カードを伏せ、ターンエンドだ」
 αが、やはり伏せカードを置く。本当に厄介だ。

「俺のターン!」
 ただ今の健の場合、それ以前の問題だ。召喚できるモンスターが、ない。布石を打つことはできるが、攻撃を防ぐ手段を持っていないのだ。

「手札より永続魔法、『暗黒騎士団』を発動!ターンエンドだ」
 逆に言えば、もう人事は尽くしている。あとは、次のターンが来る前に負けてしまわないのを祈るのみ。





暗黒騎士団 永続魔法
???




α LP2400
手札1枚
場 ダーク・アサシン

健 LP3500
手札1枚
  場 暗黒騎士団、伏せカード1枚




「私のターン。『終末の騎士』を召喚! 『ネクロ・ガードナー』を墓地に送る」
「攻撃力の合計は3400。耐えられるか……?」
「終末の騎士でダイレクトアタックだ!」
 退廃的な様相の戦士が、健に斬りかかる。





――コラプションソード!!

健 LP3500→2100





「続いてダーク・アサシンで健に攻撃!」
 命令が出た瞬間、アサシンが身を翻して闇に溶け込んだ。
 易々と暗殺者を見失った健は、いわゆる心の眼で位置を特定しようとしたが、その前に背後から斬りつけられた。





――アサシンダガー!!

健 LP2100→100




「ぐっ……!」
「よかったね、健。これ以上の追撃はできないんだ。ターンエンドだよ」
「そうか、だったら俺に与えた1ターンをせいぜい恨めよ。ドロー!」
 健がカードを引くと、場の永続魔法が光を発した。

「……何だ?」
「この瞬間、『暗黒騎士団』の効果発動!ドローしたカードが「暗黒騎士」と名のつくモンスターだった場合、そいつを互いに確認し、もう一枚ドローできる! 俺が引いたカードは、『豪雪の暗黒騎士ガイア』!!」
「…………!」


「ドロー! 『迅雷の暗黒騎士ガイア』!! ドロー!『疾風の暗黒騎士ガイア』!! ドロー!『猛火の暗黒騎士ガイア』!! ドロー!」
 4枚もの「暗黒騎士ガイア」を手札に加え、ようやく健のドローが終わる。
 さらに間髪入れず、場の伏せカードを開いた。

「リバースカード『魂の解放』! お前の墓地の『ゼータ・レティキュラント』、『ネクロ・ガードナー』をゲームから除外する」

「ならば『ネクロ・ガードナー』の効果を発動。このカードを除外し、このターンの最初の攻撃を無効にする」
 『ネクロ・ガードナー』の効果は、攻撃宣言時以外でも発動できるのだ。無効にする攻撃は選べないが。




ネクロ・ガードナー 効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻 600/守1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。





「だが、お前の『ダーク・アサシン』は墓地の闇属性モンスターが1体のとき、攻撃力が400下がる」
「そうだったね……」
 緊張感のない、αの口調。




ダーク・アサシン ATK2000→1200




「まだだ!『暗黒騎士団』のもう一つの効果! それは、生贄なしで召喚できる条件を満たしている、手札の「暗黒騎士ガイア」を特殊召喚できる!」
「…………」
「『魂の解放』を使ったいま、俺の場には『暗黒騎士団』のみ。よって『迅雷の暗黒騎士ガイア』を特殊召喚!」
 身の丈を越えるほどのランスを両手に持つ、騎乗した戦士が出現した。
 本来ランスナイトは重武装だ。集団で勢いをつけて突撃すれば、小回りは利かないものの、その重量も敵を蹴散らすのに役立つ。遠くから弓を射掛けても弾き返す。
 しかしガイアは違う。鎧はほとんど身に着けていない。ただ加速だけを武器にし突撃の威力を高めるのだ。

「『迅雷の暗黒騎士ガイア』は、俺の場のカードが1枚以下のとき、生贄なしで召喚できる! 二枚目!『猛火の暗黒騎士ガイア』はライフが1000以下のとき、生贄なしで召喚できる! 三枚目!『豪雪の暗黒騎士ガイア』は、前のターンに通常召喚を行っていないとき、生贄なしで召喚できる!」





迅雷の暗黒騎士ガイア 効果モンスター
星7/闇属性/戦士族/攻2300/守2100
自分の場に存在するカードが1枚以下の場合、
このカードは生贄なしで召喚する事ができる。

猛火の暗黒騎士ガイア 効果モンスター
星7/闇属性/戦士族/攻2300/守2100
自分のライフポイントが1000以下の場合、
このカードは生贄なしで召喚する事ができる。

豪雪の暗黒騎士ガイア 効果モンスター
星7/闇属性/戦士族/攻2300/守2100
前の自分のターンに通常召喚をしていない場合、
このカードは生贄なしで召喚する事ができる。


暗黒騎士団 永続魔法
自分がドローしたカードが「暗黒騎士」と名のつくモンスターだった場合、
そのカードを相手に見せる事で自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。
また、手札に生贄なしで召喚できる条件を満たしている
「暗黒騎士」と名のつくカードが存在する時、そのカードを特殊召喚できる。



「俺はカードを一枚伏せ、永続魔法『螺旋槍殺』を発動! こいつの効果で「暗黒騎士ガイア」達は貫通能力を得る!!」




螺旋槍殺 永続魔法
自分フィールド上の「暗黒騎士ガイア」と名のつくモンスター
または「竜騎士ガイア」が守備表示モンスターを攻撃した時、
これらのカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
さらに「竜騎士ガイア」がこの効果で戦闘ダメージを与えた場合、
デッキからカードを2枚ドローし、その後手札からカードを1枚捨てる。

注:このカードのみ「the judgment ruler」オリジナルのエラッタがかかっています。
 



「これで俺の手札は一枚! よって『疾風の暗黒騎士ガイア』を特殊召喚!!」
 暗黒騎士ガイアが4体。一体ずつ順番にしか攻撃できないのが恨めしい壮観さだ。




疾風の暗黒騎士ガイア 効果モンスター
星7/闇属性/戦士族/攻2300/守2100
自分の手札がこのカード1枚のみの場合、
このカードはリリースなしで召喚する事ができる。




  「バトル!! 『豪雪の暗黒騎士ガイア』で『ダーク・アサシン』を攻撃!!」




――螺旋槍殺!!




「『ネクロ・ガードナー』の効果により、攻撃は無効になる」
 半透明の戦士が暗殺者の前に立ち塞がった。亡霊のように見えるソレは実体を伴っており、凄まじい加速の突撃を受け止める。

「続けて『猛火の暗黒騎士ガイア』で『ダーク・アサシン』を攻撃!!」
 暗殺者は攻撃を避けきれずに真紅の突撃槍に貫かれた。騎士は少しスピードを落としたものの、常人にはまだ到底及ばない速さで仮面を被った人間に迫る。





――螺旋槍殺!!





「……『パワーウォール』」
「なっ……!?」
 αはデッキのカードを11枚抜き取り、騎士に向かってばら撒いた。
 カードはまるで盾のように、ガイアの突撃を阻む。



パワーウォール 通常罠
相手フィールド上のモンスターの攻撃によって自分が戦闘ダメージを受ける場合、
自分のデッキの上からカードを任意の枚数墓地に送る事で、
自分が受ける戦闘ダメージを墓地に送ったカードの枚数×100ポイント少なくする。



「11枚のカードを墓地に送り、1100の戦闘ダメージを軽減する」
「くっ……」
 健は歯ぎしりしながらも、ばら撒かれたカードが何であるかを確かめていく。

キラートマト、次元幽閉、サイクロン、首領ザルーグ、ネクロ・ガードナー、キラートマト、因果切断、魂を削る死霊、ブラックコア、エネミーコントローラー

「『ネクロ・ガードナー』は1体か……。ランダムに期待するものではないな」
 だが、このターンの攻撃で決めきれないことは確定している。このような、のらりくらりとした耐え方は職業上嫌いではないが、面倒なことこの上ないのもまた事実だ。

「『迅雷の暗黒騎士ガイア』で『終末の騎士』を攻撃!」
「じゃあ、『ネクロ・ガードナー』の効果を発動しようか」




――螺旋槍殺!!




 またしても戦士の亡霊がガイアの攻撃を受け止める。

「『疾風の暗黒騎士ガイア』!!」
 残った戦士に引導を渡し、ようやくランスがαを掠めた。




――螺旋槍殺!!

α LP2400→1500




「くそっ……」
 流石にこれだけの攻撃をして、まだ立っているとなると苛立ちも感じる。
 顔も感情も隠し、余裕の態度を崩さないαを見ていると、それは更に募る。

(いや、落ち着け……。漫画じゃあるまいし、ここから逆転するのは至難の業だぞ。第一、こっちが負けてもどうせ逃げ切れ……な…………)

「!!!」
 冷水を浴びせられた気分になった。
 どうして今まで気付かなかった?
 デュエルに勝つための冷静さは、手放さなかった。
 いや、それこそが――――原因だ。
 デュエルでαに勝つ。そのことだけに集中しすぎて周りが見えなくなっていた。

「おい、α……」
「……どうしたんだい、健?」
 剣呑な空気を漂わせているにもかかわらず、一拍置いて世間話をするかのような反応で用件を問うα。
 さらに数拍置いて、健。

「……応援が来ない。どういうことだ?」
「あぁ……ようやく気付いたのか。こっちの方が忘れていたよ」
「なら、やはり……」
「君は抜け目がないからね。下準備はしておかなければ」
 下準備、つまり周辺の密偵たちは、仲間に連絡する間もなく無力化されたのだろう。

「よーく分かった。ターンエンドだ」
 こうなると、デュエルで勝たなければαを捕らえることはできない。



α LP1500
手札1枚
場 なし

健 LP100
手札0枚
  場 疾風の暗黒騎士ガイア、迅雷の暗黒騎士ガイア
    猛火の暗黒騎士ガイア、豪雪の暗黒騎士ガイア
    暗黒騎士団、螺旋槍殺、伏せカード1枚




「私のターン、手札より『闇の護封剣』を発動!」
 3本の漆黒の剣が、どこからともなく健の場に出現した。そしていつの間にか、騎士達の上には髑髏が浮いている。髑髏の半開きの口から際限なく噴出する黒い霧が立ちこめて、健のモンスターを覆い尽くした。




闇の護封剣 永続魔法
このカードの発動時に相手フィールド上に存在する
全てのモンスターを裏側守備表示にする。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。




「さらに魔法カード『早すぎた埋葬』。蘇生させるのは『ダーク・アサシン』だ」
「くっ……」



α LP1500→700

早すぎた埋葬 装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示で
フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。




「『ダーク・アサシン』は墓地の闇属性モンスターの数によって、発動する効果が変わる。5体以上の場合、自身の命と引き換えに相手の裏守備モンスターを全滅させる」
「…………」
「だが、今その効果を使えば、場はがら空きになる。攻撃力1600では心許ないが、『闇の護封剣』が消えるまでは待たせてもらおうか。ターンエンドだ」
「…………」
 健が無言でカードを引く。そして、

「リバースカード『古のルール』。『暗黒騎士ガイア』を特殊召喚する」
「なっ……!?」
「『闇の護封剣』は発動後に召喚したモンスターに対しての効果はない」
 本家本元の「ガイア」。召喚のし易さは他に劣るが、出してしまえば同じ。何の効果も使えない。突撃だけが全て。だからこそ、暗殺者を正攻法で打ちのめし、αのライフを完全に削り取れる。




古のルール 通常魔法
自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

暗黒騎士ガイア 通常モンスター
星7/地属性/戦士族/攻2300/守2100
風よりも速く走る馬に乗った騎士。突進攻撃に注意。




「『暗黒騎士ガイア』で『ダーク・アサシン』を攻撃!!」
 前のターンの再現。突撃槍が高速で回転しながら暗殺者を貫き――――




――螺旋槍殺!!




 今度はαもガイアの一撃を食らい、後方に吹き飛ばされた。




α LP700→0




「勝っ……たか……」
 それを証明するかのように、ソリッドヴィジョンが消える。
 気が抜けそうになったが、まだ仕事が終わっていないことを思い出した。
 αを捕縛するため一歩を踏み出したそのとき、健は信じられない光景を目にした。

「馬鹿なっ…………!?」
 αが、起き上がった。
 ツマミを思い切り回し、リミッターをほぼ完全に外して攻撃をしかけた。
 しかし痛みすらまともに感じてなさそうに動く目の前の存在に、そもそも人間であることを疑い始めた。

「……私は人間だよ」
 心を読んだかのように、αが言った。

「実はね、今日はリミッターが外されたデュエルディスクの衝撃から身を守る、防護スーツの実戦テストに来たんだ。うん、これなら合格だ。海馬コーポレーションの密偵たちは、しばらく自分だけが危険なデュエルに身を投じることになるだろうな」
 あの全身を隠すような長衣の意味も分かった。αの趣味はともかくとして、スーツを隠すためのものだったのだ。

「名前も思いついた。『DDショックジャマー』にしよう。DDは、デュエルディスクの頭文字。それと『Different Dimension』、違う次元の技術で作られたという意味もある。ちなみに『ジャマー』にしたのは、君たちがこのスーツを無力化する装置を開発してくれるのを待っているからだ。最初から『キャンセラー』では、発展性がないだろう?」
「…………」
「いやしかし、君が勝ってくれて助かったよ。私が勝ってばかりでは、スーツのテストにならないからね」
 健はこの――おそらく人間を取り押さえるタイミングを失っていくのを感じた。
 いや、もう遅いのかもしれない。

「最後に一つ。永瀬瑠衣は、いま永瀬巧と共に自宅にいる」
「!!」
 慌てて元来た道を取って返そうとするようなヘマはしないが、それでもαがこの場を離脱するには大きすぎる隙だった。


――――迂闊だった。

 スーツのテストも真実だろうが、最初からαの目的は健を永瀬家から引き離すことだったのだ。応援到着までの時間稼ぎの予定で始めたデュエルは、いつの間にかそれ自体の勝利へと目的がすり替わっていた。そして――おそらく最初から、デュエルは向こうの時間稼ぎに利用されていたのだ。
 敢えて教えたということは、敵方はもう兄妹を対象とした何らかの行為を終えているのだろう。しかし少なくとも、その結果は確認しなければならない。

 現在時刻は午後6時。健は急ぎ、永瀬家へと引き返した――――。





第12章 暗黒騎士団 終




暗黒戦士デュオス 効果モンスター
星4/闇属性/戦士族/攻1800/守1400
1ターンに1度、自分のフィールド上に存在するこのカードを除くモンスター1体を
生け贄に捧げ、このカードの攻撃力はターン終了時まで1000ポイントアップする。
「漆黒の駿馬」を装備したこのカードを墓地に送ることで、
デッキまたは手札から「暗黒騎士ガイア」1体を特殊召喚する。




13章 再会

10月31日 午後4時45分



 永瀬巧は妹である永瀬瑠衣とともに、自宅前にいた。

 ここに到着するまでに特に障害らしい障害はなかった。
 スタジアムの入り口付近で瑠衣、裕子と落ち合い、2人に鍵の受け渡しをさせた。
 時計が外れたのを確認すると、裕子と別れ、追手が来る前に最寄りの駅から電車に乗った。

 ただ、懸念もある。それは瑠衣のことだ。
 スタジアム前で落ち合ったときから、相当沈んでいる節があった。
 電車に乗ってからは、巧の服の袖を握ったまま離そうとしなくなった。
 原因はおそらく『オレイカルコスの結界』。
 瑠衣の性格からすると結界を使われたことよりも、むしろ倒せば相手の魂が奪われることを知りながら、それでも躊躇せずに倒した自分を責めているのだろう。
 死ぬことはない。他に目的がある。そんな欺瞞で自分の汚さを塗り潰そうとした。
 罪の意識に苛まれ、それを誰かに打ち明けることもできないまま、スタジアムの外周をうろうろしていたところを裕子が見つけたらしい。
 元々瑠衣は考え込みやすい性質だった。その間に自己嫌悪を醸成させてしまったというところか。
 前にも何度かこういうことはあった。しばらくそのまま時間をおくしか、今のところ解決法は知らない。

 ドアの前に立ったところで巧は、大きく隣家を仰いだ。
ロープで囲われた、小さな住宅街に潜む大きな異点。
 そこには2年前の火事の跡が、現在も生々しく残っている。
 あらゆるものが燃え尽き、灰になっている。
 煙草の不始末が原因となっているが、どのように情報操作すればそうなるのか不思議でならない。少なくともあの家に喫煙者はいない。いや――“いなかった”。
 この状況へと至った真実を表すには「激しい闘争」が相応しい。犠牲を出しながらも、かろうじて家人が勝利した。しかし生き残りの行方は依然として知れない。
 しかしおそらく今日、判明する。

 鍵を回し、ドアを開ける。
 靴は処分したか靴箱にしまったかで、ほとんど何もない空虚な玄関が口を開く。
 毎度のことだ。
 ただし今日に限れば、ここで話すべき事がある。その相手がいる。

「靴は脱がなくていい。必要になる」
 そう、瑠衣に声をかける。
 特に反応はしなかったが聞こえてはいるようで、そのまま中に入った。

「あ……部屋に戻ったら、だめかな……?」
 居間という名の決戦の地に入ろうとした時、瑠衣がそう訊いてきた。
 時間は4時50分。

「5分だ。それだけしたら戻って来い。デュエルディスクとデッキは常に装備しておけ」
「うん、ありがと」
 自室に入るのを見送り、巧は一足先に居間に入った。
 これが罠だったとしても、地理的優位はこちらにある。
 油断はできないが、ただ今回は話し合いだろうと予測していた。
 しかし何故か、一分も経たないうちに瑠衣が戻ってきた。妙に慌てているが、何かあったのだろうか?

「あの……ちょっと来て。コーヒーが……」
「コーヒー?」
 何のことだか分からなかったが、現場を見てすぐに状況を理解した。
 母の部屋の前に、缶コーヒーが無残にも撒き散らされていたのだ。

「それと、母さんの部屋もなんだけど……」
 部屋の中には膨大な量の書物が、これでもかというほど積み上げられている。
 さらに窓は開けっ放し。几帳面な瑠衣が青ざめるのも無理はない。

「健の仕業だな」
 巧にはその確信がある。
 正直な所、健がこの家に何度も侵入していることに気付いていた。
 部屋のゴミは増えているし、コーヒーは減っている。
 そんな大胆なことをしても平気なのは、こちらの事情を知っている者だけだ。特にコーヒーの件に関しては密偵4人しか知らない。

「えっと、どういうことなの……?」
「簡単な話だ。俺の外出に合わせて、健はわざわざ不法侵入して母さんが集めた文献を調べに来ていたのさ。言えば手伝ってやるのにな」
 それは本心だった。金品が狙いというわけでもなし、むしろこちらから協力を提案することすら視野に入れていた。

「そ、そう……」
「だが、この状況は妙だな……。いくら奴でもこんなミスをするとは思えない。一体どれほど面白い奴に遭遇したんだ……?」
 状況分析に励む巧に対し、瑠衣は――

「そう、健さんが……。やっぱり裏ではこんなことしてたんですね。しかも、よりによってコーヒー。クスクス、やっぱり犯人は犯行現場に戻ってくるのかな……?」

「瑠衣、調査ぐらい大目に見てやるべきだ。こちらは世話になっている身だしな」
「あ、うん……。でも、これどうしよう?」
 瑠衣にとって、コーヒーは良い意味で衝撃的な事態だったようだ。
 悪循環極まる思考のループから抜け出す、足掛かりになった。
 だが、今は――。

「もう手遅れだな。あの挑戦状に書かれていた時間まであと2分足らず。居間に戻ろう」
「わかった……」
 名残惜しそうにコーヒーで侵食される床をもう一度見て、仕方なさそうに頷いた。

「って、ちょっと待って。挑戦状に書かれていたってどういうこと?」
「おや、気づいていなかったのか。コピぺ……いや、もう一回見せるから、反t……ゴホン、とりあえず隠された部分を見つけてくれ」


『親愛なる【竜の巫女】こと永瀬瑠衣様
この度、我々は貴方の実力を確かめたく、M&Wの挑戦を申し込みます。

 
日時 10月31日 午後2時30分
場所 童実野デュエルスタジアム駐車場
   同日午後5時、自宅にて待つ

尚、大泉裕子を救う術を使者に持たせます』


「……本当だ、あった。でも、これ……」
「あぁ、背景がこのページと少し違うから、違和感に満ちているんだよな。作者は多分投稿するまで、そのミスに気付かなかったのだろう」
「それは最初に見た時に気がつかなかった、わたしへの嫌味?」
「そんなつもりはない。それより、ここからは俺も、何が起こるか分からないから気を引き締めろ」
「うん……そうだね」


 そして、居間に到達した二人を待っていたのは――――
























 闇






















 まだ外が明るいため、視界が閉ざされるまでではない。
 しかし、同時に感じた空気の質の違い。これは2年前、部屋の外にまで漏れてきたものと酷似していた。
 ――間違えようがない。
 巧は居間の天井を、いや、天井付近に溢れ返る、電灯を隠す規模の黒雲を仰いだ。

「な、何……!?」
 巧の動作につられて、瑠衣も上を向いていた。
 両手で口を押さえ、吸い込まれそうな闇に見入っている。
 黒雲の中央には、宇宙空間のような闇が渦を巻いていた。そんな黒の渦に時折別の色が挿入され、またに黒に戻る。

「おそらく――次元の穴。異世界とこの世界をつなぐ、扉」
「!?」
 瑠衣の脳内では、まず理解が追い付いていないだろう。
 だが今説明するより、これから現れる第三の人間を交えた方が早く済む。
 それに巧もまだ、全てを知っているわけではないのだ。

「5年前の真実を知る、唯一の語り部。もうすぐ――いや、到着したようだな」
 渦の回転が、止まった。
 そこから、何かが出てきた。
 何かとは、人だった。
 巧も、瑠衣も、よく知っている。

「…………母さん?」
 瑠衣が恐る恐る呼びかけた。 

「久しぶりね、瑠衣」
 そして、渦から出てきた人間――永瀬"沙理亜"が、不気味に嗤った……。















 瑠衣の頭に渦巻いていたのは、ただ、混乱だけだった。

 この世界と異世界とを繋ぐ次元の穴。 
 そこから出てきた母親。
 明らかに母が出てくると予測していながら、敵組織に“捕らえられている”と偽りを教えた兄。
 そして、完全には振り切れていない、倒したばかりの敵。
 もはや、何が起きているのか想像もつかない。

「お前を呼んだ覚えはないんだけどね……」
 沙理亜が巧の方へ向き直り、忌々しそうに吐き捨てる。
 瑠衣はそれを聞いて、この人間が自分の母であることを疑った。
 確かに巧の話ではろくにこの家にいなかったそうだし、数日家を空けることもあった、行方不明へと至るその片鱗は、瑠衣も知っている。
 しかし誘拐される直前も、少なくとも家にいる間は母として振舞っていたし、たった今自分へはそれなりに優しく声をかけてくれた。
 この差は、何なのだろう?

「来るとは思っていたはずだ」
 巧の返答も、冷え切っている。
 2人にとって、目の前の存在は赤の他人との認識しかないのだろう。

「それと――こいつを返しておく」
 巧がポケットから何かを取り出し、沙理亜に放り投げた。
 色は金だろうか。そして、手で握って隠せる程度の大きさ。
 しかしその正体に心当たりはない。

「ま、実際来てくれて助かったわ。おめでとう、お前は間に合った。あの娘は、大量の返り血を浴びながらも生きている」
「……今は5年前の話が先だ。俺はともかく、瑠衣は何も知らない」
「あら……信じていないのに"俺はともかく"は、おかしいんじゃない?」
「この目で“アレ”を見せられては、仕方な……」


「――ちょっと待ってよ!!」


 話についていけない瑠衣が、とうとう声を張り上げた。
 
「母さんも、兄さんも、何を言ってるの? 5年前って、父さんが押し入られた強盗に殺された事件のこと?」
 それは5年前のとある深夜に起こった事件。
 その時寝ていた瑠衣と巧は、後から母にそのように説明を受けただけだ。
 ニュースにもならず、新聞の地方欄にはかろうじて載ったが、ごく自然に迷宮入りした。
 それゆえマスコミの標的にほとんどならなかったが、瑠衣にとってはその流れがあまりにも自然すぎて現実感が沸かなかった。
 グールズから助け出された後、一度だけ犯人が捕まったか質問したが、答えは否。
 巧はどうなのか分からないが、少なくとも瑠衣はそれを普通に信じていた。
 しかし、沙理亜が頷きその後に続けた言葉は予測の範疇どころか、この世界の常識すら外れたものだった。


「あれは人の手による事件ではないわ」
 

「……母さん、何を言って……?」
「あの事件の犯人は人間ではない。M&Wのモンスター、ダークアサシンの手による暗殺だったのよ!」
「な――――!?」
 冗談で言っているようには見えなかった。
 しかし、到底信じられる話ではない。

「十二次元世界の話は覚えているかしら?この世界は、環を成し宇宙の均衡を保つ十二の世界の一つだという話」
「えっと……覚えてるけど……」
「ならば簡単に済むわね。奴はそのうちの一つ、"第十二次元"のとある国家から、この次元を侵略するにあたって、邪魔者を排除するために送り込まれて来た。その場所こそが――」
「この家……なの?」
「……そうよ」
 その問いまでも、沙理亜は肯定した。
 瑠衣としては、これらの話を完全に信じているわけではない。
 ただ、これまでカードの精霊と会話し、実体化した「裁き」を見てきた瑠衣にとって、そのぐらいの想像は容易に働いた。

「では――狙われた対象は誰だ?」
「!!」
 今度は巧が尋ねる。
 分かりきった問いを。答えられるのを恐れた問いを。

「――モンスターは、丁度今の私と同じように、次元の穴を天井に開けてそこから出てきた。初太刀であなた達の父さんは仕留められ、私は暗殺対象の居場所を吐かされそうになった。どうやら奴は一人を見せしめに殺すことで、もう一人――つまり私を、恐怖で従わせようとしたようね。訊かれたわ……瑠衣、あなたの居場所を!」
「あ…………」
 今度こそ、床が抜けて落ちていくような錯覚を抱くほどの、絶望。
 そして、罪悪感。
 グールズ残党に誘拐され、何人もの人間を再起不能に追いやった、血塗られた3年間。
 その2年も前に、最も身近な"家族"を奈落の底に突き落とし、残った者までも引き裂いた、その原因は、

(わたしに……ある?)

 言われる前から、薄々感じてはいた。
 けれど、実際に指摘されたその衝撃の深さは、重みは、いかなる慰めも空虚に感じさせてしまう。

「瑠衣、誰もあなたのせいだなんて思っていない」
 例えばそう言われても、心が晴れるはずがない。
 足の力が抜け、座り込んでしまった情けないその身を、兄が支えて椅子に座らせてくれた。

「ごめん、兄さん」
「いや、それよりあの女の話はまだ続くが……どうする?」
 だが、実際には言わないし顔にも出ていないものの、経験則上「ここで倒れられては困る」と言っていることは明らかだ。

「……聞く」
 嫌な話はまとめて聞いた方がいい。それだけの判断。
 ――後悔するとも知らずに。

「連中はとある予言によって、瑠衣が異世界のモンスターにとっての天敵になると判断して、暗殺者を送り込んで来た。けれどその曖昧な情報源、そしてそれを私に明かしたことは、私には益にしかならなかった。既に瑠衣の力が目醒めつつあると言ったら、血相を変えた」
 モンスター側の策はこの段階で失敗していた。
 恐怖だけで心を満たし、思考停止に陥らせる、それに失敗した時点で勝負はついていた。
 策そのものは、決して間違ったものではない。
 ただ、恐怖とは未知の存在に対して抱くものだ。それが外見であれ、思考原理の違いであれ、理解できないからこそ恐れるのだ。
 この点で、沙理亜はM&Wを、『ダークアサシン』を"知って"いたのが有利に働いた。
 確かに暗殺という事象は、目の前に広がる血の海は、それまでの沙理亜の生活には程遠い、恐怖の対象になり得た。
 しかし沙理亜は暗殺者の外見に、恐怖を超える理性の源を見つけ出したのだ。
 種族が、属性が、レベルが、攻撃力が、守備力が、特殊能力が、頭の中に浮かんだ。
 自身の効果で攻撃力が上昇しても、『サイバードラゴン』で戦闘破壊できる程度。
 暗殺者は、沙理亜の中では数多の低級モンスターの一体に過ぎなかったのだ。

「予言は成就されるから存在する。ここで瑠衣を殺そうとしても返り討ちに遭うだけ。そいつは、意外と我が身が可愛い暗殺者でね……そう言ったら退いてくれた。で、私が異世界に行き悪魔族の国家ガリウスに協力すること、モンスターの第一次元侵攻に際して瑠衣を戦闘に参加させないことを条件に、私の命も救われた」
「……そこは理解できんな。貴様の目的が復讐だということぐらい、いくら鈍くとも分かる筈。どんなトリックを使った?」
「魔法も罠も使ってないわ。ただ、連中の目的が二つあっただけ。片方は瑠衣の暗殺、そしてもう一つは――M&Wに長けた人間の拉致」
「……何!?」
「十二個もの世界があれば、世界の構成も様々よ。例えば、モンスターがデュエルディスクを装着してM&Wを行う次元も、複数確認されている。では巧――モンスターがモンスターとしてその身を削ってのみ戦う次元に、M&Wを知る者が介入したらどうなる?」
 巧が一瞬眉を顰め、すぐに忌々しそうに答えた。

「能力の数値化、だな?」

「ご名答。ある程度の戦力が整えば、同じ次元内では戦争に勝ち放題になる。自然現象すらも思いのままに利用できる。それほどの危険を秘めた能力――奴らはこれを"絶対戦術勝利"と名付け、主にこの次元――第一次元の人間を攫っていったのよ!」
「なるほど……成功の見込みが低い暗殺よりも、確実に生きて達成できる任務を優先したということか。で、他に捕えられていた者はどうなった?貴様の部下になり、その国家を打倒するために動いているのか?」
「まとめ役を引き受けていることは確かだけど、一応仲間とか同志と言ってくれる? で、お前の質問だけど、今はノーよ。もはや私たちが介入するまでもなく、あの次元の国家がまとまってできた同盟軍によってただ滅びを待つのみ……と言いたいところだけれど、一つ厄介な事態に遭遇してね。手が足りなくなってしまったのよ。同盟軍の進軍にあたって、最後の障害を取り除いてくれると助かるのだけど」
「……その話、受けよう。さあ、異世界に渡る方法を教えろ!」

「……え……?」
 半ば放心状態になりながらも、必死に2人の会話を耳に入れ、兄が当然断ると思った提案を承諾したところで、とうとう瑠衣は顔を上げた。

「異世界に行くって、どういうこと……?」
「そのままの意味だ。この次元への侵略を目論む国家を倒すため、天井に形成されている次元の穴を通る」
 それは理解できる。だがどうして巧がそれをするのか、なぜ母の誘いに乗ったかだ。
 
「でも、母さんは、あの……兄さんの言う"敵組織"の人間……だよね?」
 最初は異世界の国のことかとも思ったが、違う。
 巧によれば、"敵"とは瑠衣の能力を利用しようとしている存在だ。
 決して、瑠衣を殺そうとしているとは言っていない。
 ここまでの話が正しいなら、瑠衣は異世界の悪魔にとって天敵となる能力を保持し、尚且つ母はそれを知っている。
 さらに母は、異世界の国を潰そうとしている。そのために、瑠衣の能力を使おうとすることに、何ら不思議はない。――瑠衣がどう思うかは別にして。
 
「あぁ、瑠衣を利用しようとする組織の、おそらく主犯格だろうな」
「……そう」
 ショックは少ない。組織内での立場などより、組織に属しているという考えに至った時点でほとんど驚き終わっている。
 巧が組織を敵と強調するのも、しかしなかなかその正体に踏み込まなかったのも、母が率いる組織だったからだと、ようやく理解した。
 確かに何も知らずに誘われれば、ついて行ってしまうかもしれない。

「だがこの女への私怨は、異世界の脅威を排除してからで構わない。むしろ、そうしてからでなくてはならない。沙理亜に恨みを持つべき人間は、“向こう”にもいるからな……」 
「…………」
 母は不気味な微笑を浮かべたまま、沈黙を崩さない。意味するところは……肯定しかありえない。

「しかし許せるのはそこまでだ。沙理亜、貴様は瑠衣をモンスター共に対抗する兵器に仕立て上げようと、何も知らないグールズ残党を動かして能力を覚醒させようとしたな?そして、I2社に残るコネクションを使い救出者を装おうとした。そうだな……?」
「なっ……!?」
 巧が、さらに続けた。
 ありえないことを、いや――ありえないと思いたいことを。
 しかしこれで話は合う。合ってしまう。
 例えば、地下研究所で、瑠衣が衣食住を保障されていた理由。
 救出にあたって、海馬コーポレーションではなくI2社を薦めたあの手紙の意味も。

「う、嘘……でしょ……?」
 何かの間違いであると信じたい。
 いや――間違いであると、強く望んだ。
 それほど急速な勢いで、これまでの疑問が氷解していく。
 そして――――



「その通りよ」
 


 瑠衣の願望は打ち砕かれた。静かに、沙理亜は自分の行いを認めた。

「けれどね、他にどんな方法がある?確かに一度は退いてくれたけれど、瑠衣は狙われなくなったわけではない。私の知らないところで暗殺者が送られる可能性もある。そいつらから瑠衣を守るためには、モンスターの天敵となる能力を開放させなければならないわ。しかもその訓練は、私が見張られている以上、他の誰かに委託するしかない。私の与り知らないところで行方不明にする必要がある。遠足の様に送り出すわけには行かなかったのよ」
「…………」
「だけど私は、お前を苦しめようとしたわけではない。できる限り、お前が普通に暮らせるよう、グールズ残党共にはきつく命じていた。それに今日だって。私は瑠衣を迎えに来たのよ。辛さに耐えた分、平穏に暮らす場を提供しに来た。確かにそこは異世界だけど……普通の生活をしているだけでいい。さあ、私と一緒に来なさい」
 そうして、差し伸べられた手。
 そこには抗いがたい魅力があった。
 母の言っていることに嘘はない。その確信はある。
 能力をアテにされ、戦場に放り込まれると思っていたことから比べると、破格の待遇だ。
 何より、平穏に暮らす場――これは、瑠衣がずっと望み惹かれていた響きだった。
 本来それは、与えられるものではなく自分の手で掴み取るべきものだろう。
 だが母は、あの3年間を、そういう形で閉じようとした。平穏な生活を手に入れるための試練だと称した。
 
 そして――――瑠衣は決してそれを受け入れることはできなかった。
 どんな理由だろうと、自分を誘拐したことに変わりはない。
 あの恐怖は、戦慄は、悪魔と対等以上に交渉した上で異世界に渡った沙理亜には、理解できないだろう。
 何も、分かっていない。
 瑠衣が研究所の薄暗い一室で考えていたのは、どうすれば脱出できるかではない。
 どうすれば“楽になれるか”だった。
 きっかけは思い出せない。
 しかしそれだけを考え続け、あの日に助けが来なければ実行に移していた可能性があったことは紛れもない事実。
 妄想などではない。あの時の精神はホンモノだ。
 母が考えるあの3年の意味は、瑠衣が肌で感じた現実から目を逸らした欺瞞であり、瑠衣にとっての3年間を粉々に否定するものだった。
 ここまでの動きが全て予定調和というなら、自ら命を絶つ可能性までも視野に入れていたということになるのだから。

(つまり、わたしの生死なんて本当はどうでもよかった……?)
 いや、それなら実行できないとまで読んでいたのかもしれない。
 そう否定してみるものの、一度浮かんだ悪い予感は広がっていく一方だ。
 
(母さんは研究所でのことを水に流せと言う。でも……)
 確かにアレは忘れたい記憶だ。
 しかし、それを実行に移すことなど考えられない。
 あの時のことを忘れてしまえば、実験の度に犠牲になった多くの人間をも記憶から消し去ることになってしまう。
 良い印象を与える者は、決して多くはなかった。
 あのような所に来るぐらいなのだから、むしろ社会から弾き出された者の方が多数派だったのかもしれない。
 だからこそ、研究所の人間が気にしていると思えない以上、彼らの最期を覚えているのは実質的に瑠衣だけだ。
 名も知らない、犠牲者たち。
 本人に自覚はなかったろうが、瑠衣が生きてこられたのは彼らのおかげだ。
 それを、全部忘れる?

(そんなこと、していいはずがない――!)
 巧の印象操作など必要なかった。
 研究所での時間を経た時、瑠衣と沙理亜は相容れない存在に、既になっていたのだ。
 瑠衣は提案を――いや、命令を撥ね付けると強く心に決めた。

 ――しかし、できない。
 口を開くという事象に心を傾ける、それだけで、母を肯定してしまいそうな錯覚に、瑠衣は襲われた。

「う……あ……っ!」
 呻き声が漏れた。
 さらには、生じる感情は大分違うが、グリモと戦った後の奇妙な倦怠感までもが疼き出す。
 こんなにも、拒絶し続けているのに――この、何か異質な空気は母に従うことを促す。

「――何をしている!!」
 巧の声が矢のように、この空気を貫いた。
 母に向けられた言葉だったのか、一瞬だけ、締め付けが緩んだ。
 隙を突いて叫ぶ。


「わ……わたし――母さんと一緒には、行かない!!」
 

 音もなく、空気が弾けた。
 視認ができるわけでもない。
 ただ、弾けたということだけは理解した。
 まだ少し疲れはあるが、それは気にしていられない。

「……何なの、今のは……?」
 誰にでもなく、単純な疑問として、呟く。
 答えたのは巧だった。

「沙理亜、右手に何を持っている?」
「え……?」
 よく見ると、何かを握っている。そういえば、再会してすぐに


『それと――こいつを返しておく』


 たしか、そう言って物を投げた。
 金色の、小さな何か。
 沙理亜は妖しげな微笑を保ったまま、右手を持ち上げ、開いた。


 ――ドクンッ!


 心臓が大きく跳ねた。
 手を開いた瞬間にもう一度発せられた弱い波動。それはついさっき感じていた悪寒と全く同じもの。

「瑠衣、これがお前の能力だ」
 巧のその一言で、瑠衣は自分の能力を理解した。
 『闇の力』は幻想を現実にする。ただ一つの例外もなく、物理現象ではないものまでも、現実になる。
 では――その逆は?
 現実を、幻想にする。『闇の力』によって実体化した"何か"を幻に戻す。
 「神の裁き」すら逃れることはできない、無二の能力。
 沙理亜の右手に乗る、一つと一枚から目が離せない。
 ウィジャト眼が彫られた金色のブローチと、M&Wの魔法カード『精神操作』。
 そしてもう一つの、最悪の予感。

「もしかして、精霊との会話ができなくなったのは……」
「あら、そんな弊害があったの?ならその能力は“声”を実体化する、『闇の力』に連なる能力かもしれないわね」
 瑠衣と同じ予想。しかし、

「……それを……母さんが言うの? “彼”との絆を奪った、母さんが……!?」
「でもそのお陰で、あなたはガリウスの悪魔共を倒す力を手に入れることができた。むしろ喜んで欲しいぐらいなのだけど」
「…………」
 巧が沙理亜を見限った理由を、全身が理解した。
 そしてその理由は、瑠衣と沙理亜の決別をも決定的なものにする。
 目的を達成するための判断力は残っている。それどころか、研ぎ澄まされていると言っても過言ではない。
 しかし母は――――永瀬沙理亜は、人としての根本的な部分で狂っている。

 少し冷静になって考えれば分かることだ。
 あのような過酷な日々を送らせておいて今更戦わせる気がないなど、むしろそちらの方がありえない。
 I2社に保護されていたら、沙理亜に敵対感情を持つ巧は遠ざけられ、沙理亜に都合の良いことばかりを吹き込まれていただろう。それはそれで“母のために戦える”ことを喜んでいたかもしれないが、客観的にその状態を考えるとぞっとする。
 おそらく沙理亜は、海馬コーポレーションが瑠衣を保護した段階でそちらの計画を諦め、戦わせない選択肢を実際に用意することでの懐柔を狙ったのだろう。
 しかし巧によって目の前で真実を暴かれ、さらに瑠衣が一度完全に拒絶したことで、沙理亜は開き直ったようだった。

 沙理亜が右手に乗せていたブローチを床に捨てた。
 足下に転がってきたそれを瑠衣は拾い上げ――次の瞬間、それは色あせただの砂と化し、いくらか指からこぼれ落ちた。巧と瑠衣にとっては予想通りの、沙理亜にとっては期待通りの結果。
 その意味を噛み締め、ゆっくりと能力の性質を紡ぎ出す。

『闇の力』の、抹消……」

 









 ――――――――――――――――――――――――















 海馬コーポレーションの密偵、桐沢健は午後7時を回った頃になって、ようやく永瀬家に戻ってきた。
 αに受けた忠告――

『永瀬瑠衣は、いま永瀬巧と共に自宅にいる』

 この真偽を確かめるためだ。
 普通ならこれほど自然なことはない。
 しかし今の状態は、残念なことに普通ではなかった。
 瑠衣が家に帰りたいと巧に詰め寄った可能性。これを、躊躇う瑠衣を巧が強引に連れ帰った可能性と比較する――――までもない。
 海馬コーポレーションとの約定を違えるのだ。
 その理由が、家を見せてやりたいなどという質のものとは思えない。
 “敵”との戦いを有利にするため、いや、敵と戦わせる可能性もある。
 
 悠長にインターホンを押している時間はない。
 合鍵を用意しながらも、一度ドアを引いてみる。

 ――開いた。

 論外だ。あの永瀬巧が鍵をかけ忘れるとなれば、余程の事態があったのだろう。
 もしくは……いや、最悪を考えるより、特別広くもない家だ、探したほうが早い。


 15分後


「あとは――居間だけか」
 人がいないかだけでなく、手掛かりがないかも探ってみたが、まだ何も見つかってない。
 強いて言うなら永瀬沙里亜の部屋から“目的の品”だった『十二次元解説書』を発見したぐらいだが、部屋に積まれた本はおろか、コーヒーも缶ごと放置されていた。
 かなりの罪悪感が生じたが、謝罪する相手を見つけなければ話にならない。
 閉まっている戸に耳をあてるが、物音は聞こえない。
 わずかに戸を開く。電気はついていない。
 低い姿勢のまま、突入――。

 運良くか悪くか、居間にも人の姿は確認できなかった。
 だが、ようやく健はこの部屋に人がいたと思しき変化を見つけた。
 床に落ちている砂もそうだが、パソコンが起動されている。
 これに何か手掛かりが残されているとみて、まず間違いない。

 残っていたのは――二つのメモ。
 永瀬瑠衣と、永瀬巧からだ。

「桐沢健さんへ

 あなたがこれを読んでいる頃、私はこの世界にいないでしょう。
 唐突にこのようなことを言っても信じてくれないでしょうが、別の世界に行くという意味です。当面は兄と共に行動しますが、あなたに救って頂いた命を無駄にするつもりはありませんので、心配しないで下さい。
 敵との接触を黙っていた挙句、何の断りもなく姿を消すこと、申し訳なく思っています。
 ですが、あのまま海馬コーポレーションにお世話になれば、迷惑になってしまいます。
 敵の正体は永瀬沙理亜、私たちの母です。I2社と繋がりのある彼女がそちらを通じて私の引き渡しを要求するようなことになれば、争いの火種となる恐れがあります。
 それは私の望むところではありません。
 短い間でしたが、本当にありがとうございました。 
                               永瀬瑠衣

 PS.コーヒーの件を処理させるまでは、絶対に死にませんのでそのつもりでいて下さい。」

 瑠衣が残したものは健個人へのメモだったが、巧のものは海馬コーポレーション宛と考えるべきだろう。

「瑠衣を救ってくれたこと、改めて礼を言おう。おかげで計画は第二段階を無事終了した。
 黙っていたことについては瑠衣が謝罪しているので、こちらは敵組織について、洗いざらい記しておく。
 首領は我々の母だった永瀬沙理亜。5年前、異世界のある国家に夫を謀殺され、復讐のため自ら異世界に渡った。その地で、多くのこの世界の人間が捕らわれていることを知り、彼らを連れて脱走。しかしそのほとんどは帰るべき場所に戻らず、自分たちを拉致した国家への報復を誓い、沙理亜の下僕となった。それが組織の元型だ。
 奴らがただの復讐者と違うのは、その敵国家だけでなく、様々な世界に害悪となり得る組織を排除している点だ。例えばグールズ残党の蜂起は、お前たちに残党を捕らえさせるためのものだった。だがあの女は悪魔と戦うために悪魔の精神性を学び、吸収し、結果守るべきはずだった自分の娘をも傷つけるほどの外道に成り果てた。
 詳しいことは言えないが、瑠衣の誘拐や、隣家の火事は沙理亜の策によるものだ。
 瑠衣は、自分を苦しめた沙理亜について行く気はないらしく、俺への同行を申し出てきた。
 断る理由もなく、沙理亜も了承したため、受け入れることにした。反論は聞かない。
 尚、海馬コーポレーションはこの世界の“敵組織”には手を出さないことを推奨する。
 I2社の拠点に攻め込みたいなら別だが。

 ちなみに“デュエルモンスター”のエジプト侵攻が近い。
 王家の谷周辺の動きに警戒しつつ、速やかに迎撃態勢を整えるよう、現地の者に働きかけるべきだろう。
                               永瀬巧」













「……で、捜索を打ち切ったということだな?」
 そうテレビ電話越しに健に冷水のような言葉を浴びせるのは、彼の雇い主海馬瀬人である。
 永瀬家の、電源が付いたままのパソコンを利用して、健は今日の一連の出来事を報告していた。

「嘘をついてるようには見えませんからね。気持ちは分からないでもないですけど、2人は、あー“こことは別の場所”に行ったと思います」
 健としてはオカルト嫌いの海馬社長に気を使って遠回しな言い方をしたつもりだが、

「同情はいらん!」
 と、逆に怒鳴られてしまった。

「だが、これに記されてあることが真実なら、あの娘を匿っても益はなかった。自ら身を引いたことを褒めてやろう」
 おそらく瑠衣が残した文書を見ているのだろう、海馬社長が言った。
 相変わらずこの人は、強いデュエリストには若干甘い。
 健としては見捨てるのは不本意だが、自分から離れていったのならとやかく言うつもりはないし、今後悔してももう遅い。

「そうですね。『解説書』も入手して、今ある仕事は全部片付きましたし、そろそろ休暇でも欲しいところですね」 
「αの件はどうした?」
「…………」
 畳み掛けるように言って誤魔化そうとしたが、あえなく失敗に終わる。

「とはいえ、αにこちらから手を出すことは極めて難しいといわざるを得んな。それよりお前には、エジプトに行って貰いたい」
「あ、コイツを運べってことですか?」
 さりげなくαより弱いと言われたのは気のせいではないだろうが、そこは聞き流した振りをして、先ほど発見した『十二次元解説書』を海馬社長に見えるように持ち上げる。

「そうだ。その後現地でイシズ・イシュタールの指揮下に入れ。届け先がその女だから、すぐに分かるだろう」
「……はい、了解しました」
「何か不満があるのか?」
 間が空き、さらに棒読みになったのを不審に思われてしまったようだ。

「いえ、ただそれは『闇狩り』の役目だと思っていましたからね」
 『闇狩り』は、海馬コーポレーションが裏で支援をしているオカルト対策チームだ。元々は『闇のアイテム』の回収、封印活動を中心とする私設組織だが、支援を受けて以後はその手の事件を海馬瀬人の“耳に入る前に”解決する役目も兼ねている。
 組織の存在が公に露呈した時、切り捨てられる準備までも整えられてはいるが、今のところは無事に活動していた。
 健も何度か『闇狩り』と接触したことがあり、つい最近も永瀬瑠衣に関して調査を依頼したばかりだ。

「そのつもりだったのだがな……。これを見るがいい」
 そう言うと、海馬社長は永瀬家のパソコンにある映像を送ってきた。

「これは……今日のデュエル大会の様子ですね。…………うん?何だ、スタジアムの外で何かが光ってるな。!! これって、まさか――――」
 『オレイカルコスの結界』。直接遭遇したことはないが、その凶悪な効果や、デュエルという枠を超えた人体への影響は伝え聞いたことがある。

「このデュエルに臨んだ1人は、永瀬瑠衣だ」
「彼女が……!?」
「『結界』を使ったのは相手で、そいつの場を蹂躙し尽くしていたがな。そしてもう一つ」
 映像を進めると永瀬巧のデュエルが始まり、今度はその対戦相手が『結界』を使った。
 さらにデュエルが巧の勝利で終わると、対戦相手のシハラムという男は意識を失っていた。

「これは……あの2人は意図的に狙われたのか……?」
「いや、偶然だろう」
 健の推測はあっさりと否定された。

「『オレイカルコスの結界』が使用されたのはこの場所だけではない。世界150箇所で、400人近い狂信者共が一斉に動き出したのだ!」
「なっ――――!?」
「前回ドーマが暗躍した際、我が社は不覚にも一度奴らに乗っ取られた。“デュエルモンスター”が攻めて来るというなら、尚更ソリッドヴィジョンシステム防衛のため、『闇狩り』の主力を派遣することは出来ん!」
 『闇の力』は幻想を現実にする。だが、無から現実は生み出せない。
 そして基礎となる“幻想”の発生装置としてソリッドヴィジョンは実績があり、海馬瀬人にとっては不本意だが“デュエルモンスター”との戦いにおいても期待されていた。

「ただ、貴様1人では超常現象には対応できないだろう。『闇狩り』側からは獏良了を派遣することになった」
「獏良了……って、『闇狩り』のトップじゃないですか!どうして彼が自ら?」
「さあな。個人的な事情もあるようだが……とりあえず貴様が気にする必要はない。それと明朝の便を手配しておいてやる」
 健はもう少しこの話題に興味があったが、雇い主の方が限界だったようだ。だがこれ以上罵声を聞くつもりもなく、代わりに提供された飛行機代の話に乗ることにした。

「お、交通費込みはありがたいですね。精一杯努めさせていただきますよ」
 今度はきちんと感情を込めて応対して通信を終え、健は空港までの時刻表を調べ始めた。
 しかしエジプトで何が待っているのか、この段階で健は知る由もなかった――――。


 








 ――――――――――――――――――――――――


















 M&Wはこれまで幾度も、世界の命運を懸けた戦いの決着方法となってきた。
 バトルシティにおける三幻神獣の争奪。ドーマによる歴史の初期化。光の結社のレーザー衛星砲撃。ユベルの十二次元世界融合未遂事件。
 これらの危機は勇気ある少年、少女たちの活躍によって、危ういところで防がれてきた。
 しかし再び、戦いの環は動き出す。
 9年前に崩壊した組織グールズ、その残党が一斉蜂起したのだ。
 これは間もなく鎮圧されたものの、人員不足による警戒網の隙は見逃されることなくドーマ残党に利用される結果となった。
 日本、アメリカを中心とした、世界150箇所での『オレイカルコスの結界』の同時発動である。
 さらに数日後、エジプトでは突如大量出現した"デュエルモンスター"が王家の谷を制圧。谷に隣接する街、ルクソールの住民は一夜にして完全に姿を消してしまった。
 対してエジプト政府は、これをテロリストの仕業と発表。
 さらにエジプト考古局の活動を無期限に凍結し、極秘裏に臨時機関「エジプト特別国防局」を発足させた。総司令官には、考古局局長であり、特別国防局の創設進言者でもあるイシズ・イシュタールが任命され、彼女を通じて"デュエルモンスター"に関して理解ある企業、組織に協力を呼びかけるのだった。
 しかしドーマの動きを警戒する各組織はデュエリストの派遣に難色を示し、エジプト軍は予想を遥かに下回る戦力での戦いを強いられることとなる――――。 










第一部 竜の巫女 完

第二部 異世界戦争 へ続く





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