HURRY GO ROUND
第2部

製作者:半真馬奇さん




CHAPTER5 真由美

五日が、経過した。

京弌は自分の席で突っ伏して眠っていた。

全く――――ろくな事のない1週間だった。

携帯が授業中に鳴り出して反省文を喰らうわ、ヤンキーに絡まれるわ(喧嘩で全員ボコったが)――――オイ、神様よ、俺に何か恨みでも

あんのか?京弌は思った。

不意に、背中に「ディープ・インパクト」の隕石着弾のような衝撃が襲った。

「よっ、京弌!元気ないわね〜」

奈津だった。

背中では鎌瀬戌が、なにやらぶつぶつと囁いている。

「君のためにホテルをとっておいたよ――――」

「ねぇ京弌、最近できた『デュエルモンスターズ』のチーム『屍』って知ってる?」

京弌は顔を上げ、

「何だそりゃ、鹿の親戚か?」

京弌は寝ぼけ眼だ。

「違うわよ、最近この街を基点に活動してるレアカードハンターチームなんだって」

噂程度なら京弌も聞いたことがあった。

京弌の住む街でも50以上の被害を出していると言われている、賭決闘集団だ。

後ろでは相変わらず鎌瀬戌がぶつぶつと呟いている。

「君を真実の楽園に連れて行ってあげる――――」

「何でもボスがすっごいヤバいらしくてね、麻薬とかにも手を出してるらしいわよ」

「ふふん、僕には分かってるよォ、本当は君の肉体は僕を求めて――――あべし!」

柔らかな果実が潰れるような音と共に、鼻から朱の噴水を高々と上げながら倒れる鎌瀬戌。

みると、先ほどまで鎌瀬戌の顔があった場所には、奈津の血に塗れた裏拳の握り拳があった。

あ、こりゃ、死んだな――――顔を血塗れにし、あまつさえピクピクと不吉な痙攣を起こし始めた鎌瀬戌をみて京弌は思った。

今夜あたりがヤマだろう。京弌は静かに十字を切り、黙祷を捧げた。

「最近あそこの店のデュエルスペースの使用に監視が付いたのもそのせいだって。

 もぅ、いい迷惑よね」

「あー、何か店員が愚痴ってたな。『どこぞのバカのせいで、うちにPTAから苦情がきやがった』って」

京弌は一つ伸びをして気怠げに言う。

「まぁ、その手の馬鹿はどこにでもいるだろ。

 俺はそいつらがやってきても倒す自信あるけど、おまえはどーなのよ。

 誰かおもりがいるか?」

「ば、馬鹿にしないでよ!私だってデッキつくりかえたんだからね!アンタにだって負けないんだから!」

「発見発見〜自信過剰さん発見〜」

京弌の皮肉に、頭部へのハイキックで応える奈津。京弌は寸前でかわしたが、髪が数本、餌食になった。

頬が切れ、血が滴り落ちる。

「………………おまえ、今俺を本気で殺そうとしたろ?」

「な〜にいってんのよ。単なる戯れよ。た・わ・む・れv」

「…………嘘だ。ぜってぇ嘘だ。今避けてなかったら、俺は脳味噌ぶちまけて死んでたぞ!?」

「やだー。そんなことあるわけないじゃん〜。

 じゃ、もう一発いくから、ちゃーんと喰らってね〜」

再び蹴りの構えをとる奈津。

それはあたかも武道家のような、一分の隙も無い構え。

「うわぁ、ちょっと待て!この馬鹿女!本気(マジ)かよ!

 悪かった、俺が悪かったって!暴力反対――――」


……そのとき、冴えない中年の数学教師の入室と共に、授業の開始を告げる――京弌にとっては命綱となった――チャイムが鳴り響き、

京弌の死期は延期された。



















放課後。

長い長い睡魔との緊急タイトルマッチに疲れた京弌は、一人下駄箱に向かっていた。

奈津は委員会があるので、彼らのよく行く喫茶店『バグダット・カフェ』で待ち合わせする、という寸法だった。

彼は大枚をはたいて購入した自分のフェラガモのローファーを取り出すべく下駄箱を開けた、その瞬間。

ひらり――――と何かが下駄箱から落ちた。

あわててキャッチし、よく見てみる。








それは、何と、









――――綺麗な字で『如月 京弌くんへ』と宛名書きされた、かわいらしい封筒であった。










(え?えぇ?)

京弌は目を見開く。

これは、あれだろうか。

つまり、







ラブレターとやらか?





(うわぁ――――マジで!?)



本当かよラブレターなんか生まれてこの方もらったこと無いぞ
いやまてよこれはドッキリかもしれねぇぞ
でもさ何つうか古典的なシチュエーションだな
つか差出人は誰なんだろう
どーでもいいけどこーゆーのはその場であけてみてみるもんなのか
あれぇどーして俺の心臓はこんなにバクバクいってるわけ?




――――おちつけ、落ち着け、落ち着け。



京弌は深呼吸をして気分を落ち着かせ、意を決して封筒を開ける。

そこにかかれていたモノは、実に意外な内容だった。








“如月くんへ

始めまして。いきなりの手紙ごめんなさい。

先週あなたの大会をみました。かっこよかったよ(^_^)

よかったら、わたしと会ってくれますか?

場所は海岸近くの『辰川公園』で、夜8時までに来てくださいね。

待ってますv

by MAYUMI"









――――差出人の名前の下には、ご丁寧に携帯の番号とメアドまであった……もっとも、「電話するのはあってからにしてね」と書いてあったが。
 
京弌は文面を何度も見返し、考えていた。

(これは罠か?奈津の言ってたレアカードハンターなのか?)

なら、何故携帯の番号やメアドを公開するのか?

もっとも、それが偽物である可能性も否定できないが――――

(よし、決めた)

京弌は靴を履く。








京弌は息を切らし、目の前の公園の全景を見渡した。

「あ、いたいた。おーい!」

ほがらかな――――不釣り合いなほど朗らかな声。

見ると、うす水色のワンピースを着た、小麦色の肌の可憐な少女が手を振っていた。

京弌は手を振りかえし、歩き出した。

彼女の顔には、見覚えがあった。

「君は…」

大会の時京弌に手を振った、あの子だ。

「手紙にも書いてたけど、名前は真由美っていうの。宜しくね」

にっこりと笑う真由美。

「なぁ、マユミさん…だっけ、今日俺を何でよんだんだい?

 デートのお誘いなら、喜んでのるけど?」

「うーん、それはまた、時間があったらね」

笑顔でスルーする真由美。

京弌の好みの美女だけに、少し落ち込んだ。

「実は、私と決闘して欲しいの」

「へ?」

京弌は面食らった。

だが、次に出た言葉は、京弌の表情を激変させた。





「貴方の『龍神』を賭けて――――ね」






「おまえ、レアカードハンターか?」

険しい表情で問いただす京弌。

だが、

「ハズレ。レアカードハンターはむしろ、私達の敵よ

 ――――貴方のその『龍神』は、あなたが想像しているよりずっと危険なものなの」

「………」

「――――わたしたちのチーム『十字軍』の目的は2つ。

 一つは、この街に巣くうレアカードハンターの殲滅。
 
 もう1つは――――












 『龍神』のカードを、焼き捨てること」






「や、焼き捨てる……?」

あまりに意外な単語過ぎて、京弌は二の句をつげなかった。

真由美は真剣な表情で続ける。

「言ったでしょう。『龍神』は貴方の手に負えるモノじゃないって。

 ――――もちろん、私もカードを賭けるわ。『ホーリーナイトドラゴン』でどう?」

「……!」

京弌は目を見開き、前の少女と見比べた。

しばらくして、

「………やれやれだ、ついてねぇっつうか…仕方無ぇ。やってやんよ」

京弌はデッキをシャッフルし、デッキスロットルに差し込んだ。

決闘盤のスイッチを入れる。

真由美もそれに倣った。










「準備はいいかしら?」

「――――Come anytime(いつでも来な)」





「「決闘!!」」



CNAPTER6 ACCIDENT

真由美の先攻。

互いに手札を5枚ひいた。

京弌は自らの手札を確認し――――全身から血液という血液が消え失せてしまったかのような喪失感を覚えた。

手札は『氷帝メビウス』『人造人間−サイコ・ショッカー』『死者転生』『月読命』そして『龍神』。

――――手札が腐ってやがる……。

何てことだろう、先週の大会で運を使い果たしてしまったのだろうか?
そんな京弌の内心をよそに、真由美は布陣を張る。

「『デーモン・ソルジャー』を攻撃表示で召喚。カードを1枚伏せ終了よ」


デーモン・ソルジャー 闇 悪魔 4 ATK1900 DEF1500




真由美の場に、騎士のような出で立ちの悪魔が出現する。

京弌のドローフェイズ。

「俺のターン、ドロー」

(頼む…頼むから、この腐った手札を何とかするカード…来てくれ…)

全身全霊の祈りを込めて、京弌はカードを引いた。









――――引いたカードは『抹殺の使徒』。


京弌は卒倒しそうになった。









「畜生――――カードを2枚付せ、モンスターを守備表示!ターンエンド!」

現状ではこれしか打つ手がない。

「私のターンね。ドロー」

どうか警戒心よ動け――――京弌は願った。そうすれば手札の上級モンスター1体は出せる……。

だが、その願いは決闘の女神にあっさりと無視された。

「『熟練の黒魔術師』を召喚。裏守備モンスターに攻撃するわ」


熟練の黒魔術師 闇 魔法使い 4 ATK1900 DEF1700
効果:自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大3個まで)。魔力カウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。


黒衣の黒魔術師は古めかしい錫杖から光球を放つ。

それは公園の夜景を横断し、京弌の裏守備モンスターのヴィジョンを焼き払う。

「更に、『デーモン・ソルジャー』でプレイヤーに直接攻撃するわ」

悪魔の戦士は跳躍、京弌にその剣を振るう。

その銀光は京弌の胴を袈裟に走った。

京弌:8000→6100

「くっ…」

「私は更にカードを2枚付せ、ターン終了」

京弌は眼前の2体のモンスターを睨む。

まずは、こいつらをどうにかしなくてはならない。

だが、

(――――今の手札じゃ完璧に無理だ)

……せめて、あのカードが引ければ。

京弌のターン。

「ドロー」

カードを1枚引いた。

「魔法『天使の施し』発動!」

京弌はデッキからカードを3枚引き、2枚捨てる。

「よし――――手札から『魂を削る死霊』召喚する」

京弌の場に、フードを被った髑髏の死に神が出現する。



魂を削る死霊 闇 アンデット ★3 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。



「さらに魔法『強制転移』発動!俺の『魂を削る死霊』と君のモンスターを入れ替える!」
    ・・
かつて、あの鎌瀬戌にかまされた戦法。

『魂を削る死霊』は真由美の元へ、『デーモン・ソルジャー』は京弌の元へそれぞれ移動した。

「バトルフェイズ!『デーモン・ソルジャー』で『魂を削る死霊』を攻撃!」

悪魔の騎士は跳躍、黒の死に神に剣を振り上げる!

「やるじゃん――――でも、まだ甘いよ。

 カウンター罠『攻撃の無力化』発動!」


攻撃の無力化 カウンター罠
相手モンスターが攻撃した時、その攻撃を無効にしバトルフェイズを終了する。


『デーモン・ソルジャー』の斬撃は、すんでのところで弾かれた。

「………カードを1枚付せ、ターンを終了する」

京弌の場には攻撃力1900の『デーモン・ソルジャー』が1体。

真由美の場には同じ攻撃力の『熟練の黒魔術師』と攻撃力300の『魂を削る死霊』。

だが、京弌には多少モンスターをふやされても逆転する自信はあった。

何故なら――――彼の場の伏せカードの内1枚は『聖なるバリア−ミラーフォース』。
                              ドン
(かかってこい………攻撃宣言した瞬間におまえのモンスターは“全滅”だ!)

「私のターンね。ドロー―――場の2体のモンスターを生贄に捧げ、『ブラック・マジシャン』を召喚するわ」



ブラック・マジシャン
闇 魔法使い ★7 ATK2500 DEF2100



「!!」
『ブラック・マジシャン』―――かつてのバトル・シティの覇者、武藤遊戯の切り札であった魔法使い族モンスター。
                                    わか
その怜悧な顔立ちからは主とともに幾多の危地をくぐり抜けてきたことを一目で理解らせる。
        ブラック・マジック
「そして、魔法『黒・魔・導』発動するわ」



黒・魔・導  通常魔法
「ブラック・マジシャン」が自分フィールド上に表側表示で存在する時のみ発動する事ができる。相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。



「くっ……」

京弌の頬を、冷や汗の玉が滑り落ちる。

「バトルフェイズ!『ブラック・マジシャン』で『デーモン・ソルジャー』を攻撃!」

黒衣の魔術師はその手に持つ杖から漆黒のエネルギー塊を撃ち出し、悪魔の剣士を塵と返る!

京弌:6100→5600

「カードを1枚セットし、ターン終了」

京弌は己の中の焦りが膨らんでいくのを実感していた。







真由美はこの『ブラック・マジシャン』を見るとき、いつも思う。
このデッキを残し、今もどこにいるか分からない『彼』の事を―――



CHAPTER7 夜と追憶

京弌のターン。

ドローフェイズで引いたカードは『イグザリオン・ユニバース』。

(く…コイツの守備力は1900……『ブラック・マジシャン』の攻撃力には及ばない……)

「―――モンスターを守備でセットし、ターン終了」

真由美のターンに移行。カードを1枚引く。

「『ブラック・マジシャン』で裏側守備表示モンスターを攻撃!」

黒衣の黒魔術師は手の杖から漆黒の破壊エネルギーの塊を放つ!
その畔(くろ)は、浮かび上がってきた半獣人の戦士のビジョンをいとも簡単に焼き払った。

「ターン終了よ」

「……」

京弌は手札を見た。
―――あのカードさえ引ければ。

「俺のターン…ドロー」

京弌の瞳の光が輝きを増した。

「いくぜ…魔法『強奪』発動!」

「!!」

黒の最上級魔術師のコントロールは京弌に移る。

「そして、『ブラック・マジシャン』を生贄に『氷帝メビウス』召喚―――その伏せカードを破壊する!」

『ブラック・マジシャン』に変わって氷の武人が出現、その拳で地を殴打する。

地をはうように疾走する氷柱が、真由美のリバースカード―――『トラップ・ジャマー』を射抜いた。

「戦闘フェイズ―――『氷帝メビウス』で、プレイヤーに直接攻撃!」

『氷帝メビウス』は跳躍、真由美の胸部に弾丸のような拳速の正拳突きを打ち込んだ。

「ッあっ…!」

たまらず蹈鞴を踏む真由美。

真由美:8000→5600

京弌はターンを終了した。

(行ける…形勢は逆転した―――このまま押し切る!)






「っはぁ―――はぁ―――はぁ―――」

真由美の息は荒くなる。
不意に、彼女の胸に沸き上がってきた黒い感情のせいだ。
正体の分からない、只々どす黒いモノ。
もうやめようどうせかてっこないかってもかれにたどりつけるかわからないじゃないいみないじゃん―――

真由美自身でも、この内から這い出る、絶望と諦念が合わさったようなドロドロした感情。



彼女は時々、崩れそうになる。
どのような小さな事でも。まるで繊細な硝子細工のように。

それでも、

(負けない……)

真由美はこらえる。
その硝子細工のような心を精一杯奮い立たせて。

(わたしは、あのひとに合うまで―――絶対、負けない!)













―――真由美の家は、とにかく性別に五月蠅かった。
「男は男らしく。女は女らしく」が絶対の信条だった。
言葉使い、マナー、更には遊びに至るまで、雁字搦めだった。

何か1つでも「男の持つようなモノ」が真由美の手元にあったら、それはすぐに奪われ、
ちょっとでも「男のするようなこと」を真由美がしたら、すぐに平手が飛んだ。

―――どうしていけないの?
―――どうして、ちょっとでもおとこのこみたいなことしちゃいけないの?

そのような疑問を発すれば、そこに必ず『罰』が待ち受けていた。

―――「男は男らしく、女は女らしく」。
只、大人たちはそれを鸚鵡のように繰り返し怒鳴るだけ。

―――いつの間にか彼女は、自分の両親がこの世で誰よりも嫌いになっていた。



もうここから逃げ出したい。
そう思うことが何度あっただろう。


だが、抗えば抗うほど、

逃げようともがけばもがくほど、

彼女を縛る鎖は徐々に食い込んでいき、

やがては皮を破って肉を裂き、真赤の血を流す。

―――結局は、親のつくった『檻』に入っているしかなかった。




だが、ある人間との出会いがきっかけで、彼女は檻から放たれることとなる。





真由美が6歳の頃。3月初頭の習い事からの帰り道。
彼女は、桜の木の下で一つの箱を見つけた。

(何だろう?)

彼女は好奇心から、それを開けてみた。

(? なにこれ?)

中にはいっぱいの―――高質な紙。トランプみたいな、カードだろうか。
中央にはなにやら絵が描かれていた。

(キレイ……)

彼女は、そのカードの束の1番上にあった、黒い服を着た魔法使いの絵に見入っていた。
カードの名は『ブラック・マジシャン』。

「あっ、それ、僕のだ!」

彼女はぱっと振り返る。
一人の少年が、こちらに走ってきた。

(え――え―――)

真由美は困惑した。
別に盗もうとしたわけではない。それはきちんと言えばいい。
言えばいいのだが―――

(ななななな何て言ったらいいの?)

真由美は生まれてこの方、『男の子』なる生き物と接触する機会がほとんど無かった。
ぐるぐる思考してる間にも、男の子は迫ってくる。

(ももももももう普通に出せばいいよね)

真由美は男の子の鼻先に、その手のひらより大きいくらいの箱をつきだした。

「こここ……これ、あなたの?」真由美はとぎれとぎれに言った。

そんな真由美を男の子はじっと見て、

「拾ってくれたの?ありがとう」

無邪気な笑顔で、言った。






その日から、真由美と彼は、いろいろなことを話すようになった。
家のこと、友達のこと、学校のこと、自分の好きなこと―――

いつの間にか彼女は、彼のことが、この世の誰よりも好きになっていた。



「ねぇ、あの箱の中に何が入ってたの?」

ある日、真由美は彼に尋ねた。

「ん?あれはね、―――『デュエルモンスターズ』っていうカードゲームなんだ」

彼女は彼に、ルールを教えてもらった。
彼女の小遣いは少なかったので、デッキは組めなかったが、それでもその時間は彼女にとってはこの生を受けてから最高の至福の時間だった。



7月21日。夏休みの前日。
この日も真由美は、彼に会うことを楽しみに、登校した。



だが、どこを探しても、

彼の姿は、無かった。






(どうしたのかな―――カゼひいちゃったのかな)

帰ったらすぐに、お見舞いに行ってあげようかな―――
真由美はずっと、彼のことを考えていた。
やがて家に帰り、ポストの中を見ると、そこには彼女の想像し得なかったモノがあった。

―――拙い字で“まゆみちゃん へ”と宛名書きされた、封筒だった。

彼女は部屋に駆け込み、急いで封を開け、中身を取り出す。
中には、『ブラック・マジシャン』を先頭にした50枚ほどの『デュエルモンスターズ』のカードの束と―――1枚の便せん。

そこには、こう書かれていた。





“まゆみちゃんへ

 今日からぼくは、遠いところにひっこすことになりました。
 
 ぼくのおとうさんとおかあさんは、ぼくがひっこさなきゃお家がなくなっちゃうからって言ってました。
 
 ぼくはお家がなくなっちゃうかもしれないならしかたないとおもいます。
 
 まゆみちゃんはぼくがいなくなったらかなしいっておもうかもしれないけど、そのデッキをぼくのかわりだとおもってください。

 ぼくはいつでもまゆみちゃんのそばにいます。
 
 バイバイ。”





泣いた。

涙は目から次々とあふれて、止まらなかった。

彼と一緒の時はとても楽しくて、

くだらない親も家もすべて忘れることができた。






―――ずっと、彼と一緒にいたいと思っていた。








数年後、真由美は彼を捜すことを決意した。
手がかりは、進級前に撮られた写真と、彼のデッキのみ。

―――限界は、すぐに訪れた。

だが、彼女はあきらめなかった。
全寮制の私立中学に入学、親元を離れ、別の県で探し始めた。

しかし、世界は非常だ。

彼にたどり着く糸口すら、真由美はつかませてもらえなかった。






―――絶望した。

恨んだ。

憎んだ。






運命と神に、憎悪の念を抱いた。

―――どうして、彼に合わせてくれないの?

どうして、再会しちゃいけないの―――?








それは、もう彼のことを諦めかけていた時のことだった。


「すみませんが、少しお尋ねしたいことがあります」

真由美がふらりと立ち寄ったカードショップ。
そのテーブルの一角に腰かけていた真由美に、唐突に声をかけた一人の女性がいた。


―――綺麗な女性だった。

ブロンズで軽くウェーブのかかった髪に、すべてを受け入れる慈母のような、それでいて若々しい面貌。
真由美は思わす見とれてしまった事を隠すように、素っ気ない声で返答した。

「何ですか?」

「貴女、この写真を落とされましたけど―――もしかして、この写真の彼を捜しておられるのですか?」

「え?」

真由美はあわてて後ろポケットを探す。
確かに、そこに収まっていたはずの彼の写真は無かった。
目の前の彼女は、手にしていた写真を真由美に見せた。
―――それは紛れもなく、幼少時の彼の写真。

「! あ、ありがとうございます!」

真由美は大事そうにその写真を取った。

「それで、貴女はその写真の男の子を探しておられるのですか?」

真由美は返答につまった。

(何で、何で分かるんだろう―――?)

真由美は前の女性を見る。
まるですべてを包み込むような温かい雰囲気を纏い、すべての悲しみを見透かすような瞳。

―――初対面だが、彼女にはすべてを打ち明けてもいいと思った。

「……はい」

堰を切ったように、言葉と涙があふれ出す。

「もうずっと、小さい頃から探してるんです……でも…でも………」

―――もう、諦めたはずなのに。

もう、自分の中で見切りをつけたはずなのに、







―――合いたい。



一度だけでいいから、合いたいよ……










その気持ちは沢山の涙と変わり、頬を伝った。

そんな真由美を、眼前の女性は優しい表情で見つめ、

「分かりました。
 ―――もしよろしければ、私達が彼を捜すお手伝いをしましょうか?」

真由美は目を見開き、眼前の女性を見た。
そんな真由美を温かく包み込むように彼女は微笑み、

「私は、一つの財団を管理する身なんです。
 私の部下の一人に、『人捜し』を専門にしている方がおられるのですが―――どうか、その少年を捜すのに協力させていただけますか?」

真由美は、ようやく、彼へと至る糸口をつかんだ。

「本当ですか!?お願いします!何年でも何十年でも待ちます!」

「よかった―――」

心底安心した表情になる眼前の女神。

「あの、話は変わるのですけど―――貴女『デュエルモンスターズ』というカードゲームをご存じですか?」

突然の質問に真由美は当惑したが、返答する。

「ええ、やってますけど―――」

真由美は、この店で行われる公認大会では、必ず上位に入る腕前であった。

「そうですか―――唐突で悪いですけど……







 私のチーム『十字軍』へ入団しませんか?」


そして、止まっていた歯車は再び回る。



CHAPTER8 ダークゾーン

「え?」

真由美はもう一度聞き返した。彼女は話し出す。

「私、貴女のことは知っています。
 当店で行われる公認大会では、必ず上位3位に入る腕前だと。
 ―――わたしは、貴女のような有能な決闘者を求めています」

「何で……ですか」

「私には、目的が2つあります。
 一つは、この街に巣くうレアカードハンターの殲滅です。


 そして、もう1つは―――」






「―――私のターン、ドロー!」

真由美は、目の前に対峙する京弌を見た。

―――私は、負けない。
あのひとの為にも、負けられない。

「モンスター『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』召喚!」


ダーク・ヒーロー ゾンバイア
闇 戦士族 ★4 ATK2100 DEF500
このカードはプレイヤーを攻撃できない。戦闘でモンスターを1体破壊する度に、攻撃力が200ダウンする。





真由美を守るように出現した、髑髏を模した仮面のアメリカンコミック・ヒーロー。

「更にフィールド魔法『ダーク・ゾーン』発動!」


ダークゾーン フィールド魔法
全ての闇属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップ!守備力は400ポイントダウン!


京弌達を取り囲む風景は、公園の夜景から、荒れ果てた戦場痕へと変化していった。

「いくわよ!『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』で、『氷帝メビウス』を攻撃!」

『ダーク・ヒーロー・ゾンバイア』は荒野の大地を蹴って跳躍、氷蒼の戦士へと飛びかかる!

「URYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

漆黒のヒーローのキックは、氷の帝のヴィジョンを粉砕する!

京弌:5600→5400

「ターンを終了するわ」

京弌のターンに移った。カードを1枚ドローする。

(…どうやってあの『ダークゾーン』で強化された『ゾンバイア』をどう対処するか…)

引いたカードは『スケープ・ゴート』―――駄目だ、現時点でできるのはその場しのぎしかない。

彼の手札はこれ1枚のみなのだから。

「カードを1枚伏せ、終了」

「私のターンね。ドロー…『練金生物 ホムンクルス』を召喚し、効果を発動!」


錬金生物 ホムンクルス 光 植物 ★4 ATK1800 DEF1600
このモンスターの属性を変更する事ができる。この効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。


「もちろん変更する属性は『闇』よ」

「…!」

(まずいな…羊トークンは4体だけ…次のターンに対策できるカードか来なきゃやべぇ!)

『ダークゾーン』で強化された真由美のモンスターのまえに、羊トークンは為す術無く蹴散らされてゆく。

「ターン終了よ」

「俺のターン…ドロー」

京弌はカードを1枚引く。

「『魔導戦士 ブレイカー』召喚し、『練金生物 ホムンクルス』に攻撃する!」

赤い法衣の魔法剣士は、眼部を拘束具で覆った人造人間に躍りかかる!
振るう一刀は『練金生物 ホムンクルス』を袈裟に走った。

真由美:5400→5300

「ターン終了!」

真由美のドローフェイズに移行した。
彼女はカードを1枚引く。

「私は『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』を生贄に、『偉大魔獣 ガーゼット』召喚するわ」




偉大魔獣 ガーゼット 闇 悪魔 ★6 ATK0 DEF0
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げたモンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。





真由美のフィールドに、帝王然とした雰囲気を纏わせた獣が降り立つ。
それは主を守るように京弌と対峙した。

「!!」

京弌は目を見開く。
『ゾンバイア』の元々の攻撃力は2100―――『ガーゼット』は生け贄に捧げたモンスターの倍の攻撃力を持つ…

(攻撃力4200…!?)

「戦闘(バトル)フェイズ!『偉大魔獣 ガーゼット』で『魔導戦士 ブレイカー』を攻撃!」

『偉大魔獣 ガーゼット』の破城槌の如き鉄拳。
うなりを上げて『魔導戦士 ブレイカー』へと疾走する!
赤き魔法戦士は、その疾風の巨拳の前に塵と化した。

京弌:5400→3100

「ターン終了よ」

「俺のターン、ドロー」宣言と共にカードを1枚引く京弌。

「―――魔法『地砕き』発動!」

天空より振り下ろされた拳は、『偉大魔獣 ガーゼット』を叩きつぶし破砕する!
これで真由美の場のモンスターは0体。対する京弌の場には羊トークン2体―――2回までならモンスターの攻撃を凌ぐことができる。
お互いに激しいカードスペルの応酬で、手札も少ない。
―――ここからが、正念場だ。京弌は気を更に引き締める。

「ターン終了」

真由美のターン。

「―――ドローするわ」

真由美は引いたカードを即座に決闘盤に叩きつける。

「『モアイ迎撃砲』を攻撃表示で召喚し、羊トークンに攻撃するわよ」




モアイ迎撃砲 地 岩石 ★4 ATK1100 DEF2000
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。



イースター島のモアイを模した巨大な対空迎撃砲台。
その黄土色の人面の口が開き、そこから黒光りする長い砲身が姿を見せる。
砲口が吼え、轟音を発する。
放たれた砲弾はピンクのまるまるとした羊に着弾し、またしても轟音が空気を振るわす。炎が荒れ狂った。

「『モアイ迎撃砲』を守備表示に変更し、ターン終了」

「ドロー」京弌のターンとなり、ドローフェイズ。カードを引く。

「―――モンスターを裏守備表示でセット、エンドだ」

「私のターン、ドロー……『異次元の生還者』を召喚するわ」

「!!」

(やべえ…そいつを今引くか!?)

京弌の表情に、ほんのつかの間ではあるが焦燥感が浮かんだ。それを見逃す真由美ではない。

(あの表情―――守備モンスターは『異次元の女戦士』か『D.Dアサイラント』あたりかな?)

真由美の読みは的中だった。
京弌の守備モンスターは『異次元の女戦士』。

「バトルフェイズ―――『モアイ迎撃砲』を反転召喚、『異次元の生還者』で守備モンスターを攻撃!」

金髪の美剣士は腰から長刀を抜き放ち裏守備のカードへと斬りかかる。
裏守備を示していたカードが表になる。
それは全身にボディスーツを纏った金髪の女剣士―――『異次元の女戦士』。
その胸部に銀色に鈍く光る長刀が突き立てられる。
仰向けに倒れ込み、異次元からの剣士は飛散した。―――京弌は『異次元の女戦士』の効果を使わなかった。

「更に『モアイ迎撃砲』で羊トークンへ攻撃するわ」

巨大な人面像の口腔から現れた砲身がまたも火を噴き、京弌の視界すべてを羊トークンを中心とした爆炎で覆い隠した。

京弌:3100
真由美:5300

「ターンを終了するわ」

京弌のターンだが、彼はカードを引けないでいた。

(賭けるしかねぇ…デッキの1番上の、このカードに…)

―――京弌の五感は、視覚以外はまるで機能を停止したようになっていた。
彼の目が捉えるのは、デッキの一番上の扉(カード)のみ。
他のモノは、何も、聞こえず、感じず、
―――『信じて』その扉を開けた。




「―――俺は手札から『貪欲な壺』発動!」

京弌は墓地から『氷帝メビウス』『人造人間−サイコ・ショッカー』『魂を削る死霊』『異次元の女戦士』『龍神』の五枚をデッキに加えシャッフル。
万感の思いを込め、デッキからカードを二枚引いた。


「―――手札から『サイバー・ドラゴン』特殊召喚!」



CHAPTER9 COUNTERATTACK!

「手札から『サイバー・ドラゴン』特殊召喚!」


サイバー・ドラゴン
光 機械族 ★5 ATK2100 DEF1600
効果:相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは手札から特殊召喚できる。





京弌の場に、白く輝くボディの機械竜が出現する。

しかし、『サイバー・ドラゴン』の攻撃力は2100。
真由美の『モアイ迎撃砲』は破壊できても、次のターン『ダークゾーン』で強化された『異次元の生還者』の反撃で破壊されてしまう。
だが、

「おっと…まだ終わりじゃない―――『霊滅術師 カイクウ』召喚!」


霊滅術師 カイクウ
闇 魔法使い族 ★4 ATK1800 DEF700
効果:このカードが相手に戦闘ダメージを与える度に、相手墓地から2枚までモンスターを取り除く事ができる。またこのカードがフィールド上に存在する限り、相手は墓地のカードをゲームから取り除く事はできない。

「戦闘フェイズ!『霊滅術師 カイクウ』で『異次元の生還者』を攻撃!」

京弌の場に出現した、顔が半ば異形と化した僧が、数珠を持つ右手を掲げる。
掌底から放たれる、黒きエネルギー波。
両手で長刀を握り、躍りかかる『異次元の生還者』。
閃光が、交錯する。
―――『異次元の生還者』の長刀は『霊滅術師 カイクウ』の頸部を貫き、
―――『霊滅術師 カイクウ』の破壊エネルギー波は『異次元の生還者』の胸部を薙ぎ、焼失させていた。
やがて、双方のカードヴィジョンは消えた。
―――同士打ちだ。
「『サイバー・ドラゴン』で『モアイ迎撃砲』を攻撃する!」
白き竜の殺戮兵器は口腔で成形されたレーザーを、眼前の人面型砲台へと射出、それを蒸発させた。

真由美:5300→4300

「よし、ターン終了」

「…ッ」

真由美は唇をかんだ。
『モアイ迎撃砲』を守備表示にしなかったのは、自分のミスだ。
―――優勢であることのわずかな驕りから来る、失策。

(挽回しなくちゃ…)

「私のターン、ドロー…『ゴブリン突撃部隊』を攻撃表示で召喚して、『サイバー・ドラゴン』に攻撃!」


ゴブリン突撃部隊 地 戦士族 ★4 ATK2300 DEF0
このカードが攻撃したら、バトルフェイズ終了時に守備表示にする。次のターンこのカードの表示形式は変更できない。




粗末なヘルメットと鎧で武装した、隆隆たる筋肉を持つ緑色の肌を持つゴブリンの大群。
まるで主を守護する騎士のように、真由美の眼前に降り立つ。

突撃するゴブリンの歩兵部隊。
非常に統率の取れた動作で、一斉に『サイバー・ドラゴン』を地に伏させる。

京弌:3100→2900

「ターン終了よ」

京弌はデッキからカードを1枚引く。
ドローカードは―――『人造人間−サイコ・ショッカー』

(!?…やべぇ!1ターンめの繰り返しか!?)

京弌は焦ったが、打つ手は何もない。そのままターンを終えるしかなかった。

「私のターンね。ドロー―――『ゴブリン突撃部隊』を生け贄に、『魔法の操り人形』召喚するわ」

眠りこけている『ゴブリン突撃部隊』のヴィジョンは消え、変わりに、赤きフードの魔術師に操られしマリオネットが現れた。



魔法の操り人形 闇 魔法使い族 ★5 ATK2000 DEF1000
自分または相手が魔法を発動する度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は200ポイントアップする。また、魔力カウンターを2個取り除く事で、フィールド上のモンスター1体を破壊する。



(何て引き運してンだよ…)

どうも今日は決闘の女神とやらに嫌われて居るらしい…京弌は悟った。

「行くわよ―――『魔法の操り人形』でプレイヤーに攻撃!」

木製の殺人人形は京弌めがけて突進、手にしたダガーを腹腔に突き立てる!

「が…ぁ…」

京弌:2900→400

「ターン終了よ」

またしても敗北の影が、擦り寄ってくる。
京弌の視線は、自らのデッキを捉えた。

(………俺は―――)

京弌は、自分のデッキに、手を伸ばす。

(―――俺は…)

そして、その『扉』の取っ手を掴んだ。

(俺…は―――)


―――勝ちたい。
重々しい音と共に、‘扉が開く’。







「手札から、『龍神』召喚!」







龍神(アルター) 光 ★6 ATK2900 DEF500 ドラゴン族
  
このモンスターは、スタンバイフェイズ時自分の手札が2枚以下の場合、生け贄無しで特殊召喚できる。
ライフを半分払うことで、このカードを除くすべてのフィールド上のカードを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える。
この効果はデュエル中1度しか使えない。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。




光。

『ダーク・ゾーン』の荒野の闇を寸分の隙無く駆逐する破滅の光。

その光の創造主―――京弌の場に降り立つ、2つの口腔を持った、白色の天空龍。





真由美は、そこで、デッキに手を置いた。
“サレンダー”―――つまり降参だ。





京弌達を包んでいた戦場痕は消え去り、元の公園の風景に戻っていた。

「約束よね―――『ホーリーナイトドラゴン』よ」

真由美は少し寂しげな面持ちで、カードを差し出した。
―――だが、京弌は無言で、掌でそのカードを優しく押し返した。

「え…ッ」

怪訝な顔をする真由美に対し、京弌は静かに切り出す。

「…最初は君からそのカードを巻き上げてやるつもりだったさ」

一拍おき、続ける。

「だけど、それじゃあ小さい子供からレアカード巻き上げて喜んでる連中と同じになっちまう。だから、そのカードは受け取らないぜ」

「で、でも、それは私だって同じ―――」

「と・に・か・く、受けとらないっつったら受け取らない」

京弌の強固な態度に、真由美はなお言いつのろうと口を開きかけたが、やがて息をつき。

「ありがとう」

純真な―――まるで咲き誇る白百合のような笑顔で礼を言った。

「なぁ…今度会ったら、もう1回決闘しよう。
 ―――当然、賭けはナシだ」

「…うん!」

そして、二人は別れた。
辺りはもう宵闇に包まれていたが、京弌の心は夏の晴天の空のように、晴れ晴れとした気分だった。







同時刻。
京弌の家からかなり離れた場所にある、中世西洋風の瀟洒な屋敷。
その屋敷の寝室は、屋敷の最上階に位置する。
全面が硝子張りで、この街の風景が一望できた。
その中、二人の人間の影があった。

「そうですか…如月 神が、入港してきますか…」

部屋にいる家の一人―――ベッドの上で半身を起こしている女性が、物憂げに言った。
美しい女性であった。
透き通るような金色の髪。
まるで美術家の頂点を極めた者が全身全霊を込めて造形した石膏像のような白き美貌。
高価なネグリジェを纏っているが、それも彼女が着るとその一度女性が眼にしたら間違いなくほぼ全員が殺意を覚えるであろう完璧なプロポーションを引き立たせる小道具にしかなっていない。

「はい。1週間後に入港するようですが、例の核融合プラントの所在は彼が掴んでいます。我々も動き出さねばなりません」

そういったのは、黒い正装に身を包んだ、銀色の髪の美少年―――執事のようだ。
短髪でなければ少女と間違えられそうな容貌と、小柄な体躯。

「そうなると、‘確保’は我々が何としても先を取らなくては―――動かせるメンバーは?」

女主人の質問に、執事の少年はキビキビと答える。

「はい。フィンドルさんと刃牙(バキ)さんはいつでも大丈夫なようです」

「その2人に回収をさせて。それと、レナさんや澪(ミオ)さんも呼び出す準備を整えて。如月 神の入港に備えて準備を優先します」

「わかりました―――ご主人様、もう夜も更けています。お休みなさいませ」

静かにドアを閉め、部屋を後にする執事。
一人だけの部屋で、女主人は一人、呟く。

「―――ごめんなさい。皆、私の為に…」

彼女はベッドの横に置かれた小さな机の上の物に眼をはせた。
そこには、赤と白の2色の、楕円形のカプセル。

「でも、私にはもう、時間がない…」

哀しいつぶやきは、只虚空に霧散してゆくだけであった。





時を同じくして―――

その屋敷から離れた、1件の家。
表札には「園山」と記されている。
その庭の木の上には、男が居た。
ゲッソリと痩けた頬、お猪口のようなギョロ目、その目を覆う正方形の巨大な眼鏡。
陰湿極まりなさそうな顔の上、脂ぎったぎとぎとの長髪が乗っかっている。
鼻には何十にも巻かれた、包帯。

「グフフフフフフフフ……園山さぁ〜ん」

男は粘着質な声と共に、シャッターを切る。
2階建ての庭の外に、不穏な空気が漂う。



CHAPTER10 性癖

真由美との死闘を演じた日から、1日。
京弌は近所のカード屋からの帰途、今研究している新型デッキについて思考を巡らせていた。
(2枚ずつ積むか、3枚フル投入にするか…いや、それじゃすこしバランス面が…)
いっそのこと、別のギミックも組み込んでみるか…。
あれこれと思案しているうち、自宅の安アパートの、安っぽい木製ドアが、視界に入った。


京弌はひとり暮らしだ。
両親共に今はいない。
母は病死し、父は行方不明。
今アパートにいるのは、幼少時かわいがってくれた叔父さんが、学費や食費などの資金を援助してくれているためだった。
しかもカードやら服やら靴やらを購入しても有り余るほど――――叔父さんには幾ら感謝してもしたりない。


不意に、突然ポケットの中からGLAYの軽快な曲が聞こえてきた――――携帯の着信。
急いで携帯を開け、応答する。

「もしもし?」

「あ、如月くんかいィ?」

やたらと上擦った、猫も逃げ出すような猫なで声を聞いたとき、京弌は端正な容貌に苦虫を100匹かみつぶしてはき出し、更に噛んで磨りつぶしたような人生最大の苦い表情を浮かべた。


――――電話の相手は、何を隠そう、鎌瀬戌だったからだ。










京弌は家から程近い空き地に自転車を止めた。
電話の内容は、大事な相談があるから来て欲しい、という簡素だがいかがわしさ全開の内容だった。
苦い京弌の心情を全く知らない栄養失調人間は、京弌に手を振っている――――ぶっちゃけ、キモい。
鼻の包帯は無かった。

(単細胞生物かよ、あいつは…)

京弌は鎌瀬戌へと歩を進める。

「何の、用だ」

ニタニタと愛想笑いを浮かべる鎌瀬戌に、京弌は絶対零度の視線と言葉を放った。

「そう怒らないでヨ…この話は君にとっても興味があるはずだからねェ…」

京弌は不快感といかがわしさに目を更に細めた。
――――こんな糞ったれの変態の話にまで応じる自分のお人好しさ加減には、京弌も嫌気がさす。
タイムマシンがあったら、当時の自分を殴って無理矢理でも家に居させただろう。

「ゴタゴタ能書き垂れてんじゃねぇよ。とっとと用件を言え」

バッサリと切り捨てられ、鎌瀬戌の片頬が痙攣する――――分かりやすい奴だ。

「まあまあ…とりあえず、この袋の中を見てくれないかな。
 それで、この袋のことで一緒に謝りに行って欲しいんだ」

アニメの美少女の絵がプリントされた紙袋。
それをひったくり、京弌は中身を取り出す。
―――それは、写真。
その写真の中身は、






「…………………オイ、雑乃魚――――これはどういう事だ?」

「まあ、その…出来心って奴?」







その写真の被写体は、奈津。

しかも、一糸纏わぬお姿。

上の下着を取る動作。
男のSAGAを刺激しまくる胸とかが見えてたり。

下の下着を脱ぐ動作。
締まった下半身とかモザイクかかるようなとこが生で見えていたり。








「つまりこれって?」

「うーん、俗称『盗撮』って奴?エヘv」









京弌の中で、何かが処刑命令を下す。






「この…ド低能がァ――――ッ!」

「グハァ!」






京弌渾身のハイキック。
鎌瀬戌はサッカーボールのようにきっかり5メートル吹っ飛んだ。







「何て蹴り方するのさエリック――――ッ!どうせ蹴るンなら尻にしてくれ!」

「どやかましい!誰がエリックだ!
 ――――すぐに奈津ン所行って土下座してこい!」

「そ、そんなこと言われたって、ボク殺されちゃうヨ!昨日盗撮のことがバレてて電話が来たのにィィィィ!」

鎌瀬戌は一足で5メートルの距離を飛び、京弌の右足にすがりついた。
鼻汁と涙でベトベトの顔を京弌に向ける。
京弌はその情けなくも壮絶な顔に罵声を浴びせる。

「うるせえ!おまえみたいな変態は1回死んでくるくらいで丁度いいんだよ!
 奈津もうまくいけば半殺し程度で済ませてくれるさ!」

「そ、そんなことになったら園山さんのこと考えてできなくなっちゃうじゃないか!
 あの園山さんがボクのお尻を蹴ってくれたり鞭で叩いてくれたり浣○してくれたり●●●踏んづけてたりしてくれるって考えただけで ボ、ボク――――フフ、フフフフフ………」

「人の足にしがみいて妄想すんな気色悪ィ!とっとと足から手をはなしやがれ!」

しがみつきながら薔薇色の世界にトリップし始めた鎌瀬戌の頭に、京弌は残った左足で容赦なく蹴撃を加える。

「――――このっ――――クソ変態――――離れろ!」

「お、オォォォォう!」

歓喜の雄叫びを上げる鎌瀬戌。
京弌は腹腔から沸き上がる嘔吐感を死ぬ気でこらえた。
蹴りの威力を強めるが、全く鎌瀬戌は解放する気配を見せない。

「奈津ちゃーん…フフフフフ――――」

既にショッキングピンクの脳内ワールドに、どっぷりと浸かっている鎌瀬戌。

「うえッ…いい加減解放しやがれ、歩く性犯罪!」

唐突に、現実に帰還した鎌瀬戌が潤んだ目でこちらを見上げた。

「やっぱり、ダメなの…?」

右斜め45度に、首を傾げてみせる鎌瀬戌。
京弌の喉元まで吐瀉物が雪崩を打って押し寄せるが、死人のごとく蒼白な顔で何とかこらえ、飲み込む。
息を吸って、言葉の刃を突き立ててやった。

「知るか!てめえの尻ぐれえ自分でふきやがれ!」


「――――やっぱり駄目なのか」

先程の声とは一変、醒めた声を鎌瀬戌が発する。

「当然だろうが!とっとと半殺しにされ――」

不意に、胸部に衝撃。奈津の入浴シーンの写真の入った紙袋だった。
間髪入れず、一瞬の閃光。
見ると、鎌瀬戌は既に立ち上がり、インスタントカメラを向けていた。

(!! まさか…)

京弌の背中に悪寒が走る。

「フフフ…君がこの盗撮写真を持っていることを報告したら、園山さんは何て言うだろうねェ……」

「こ、この外道!元はと言えばてめえが悪ィんじゃねえか!
 とっととそのカメラを寄越せ!」

「ダメん♪」

鎌瀬戌は京弌に背を向け走り出す。
向かう先には50ccの原付自転車。

(畜生――――用意のいい奴だ!)

京弌もすぐさま追うが、後一歩のところで、追いつけなかった。
鎌瀬戌は素早く原チャリにまたがり、エンジンをかけ、走り出す。

「この野郎!待ちやがれ!」

京弌は怒鳴るが、鎌瀬戌は全く聞く耳持たなかった。

「フフン、園山さんを独占した我が身の傲慢さを呪うんだねェ!フヒャハハハハ!!」

鎌瀬戌は更に速度を上げた。
京弌も必死で走る。

「独占なんかしてねえ――――てめえ――――ゆるさねえ――――この野郎!」

鎌瀬戌の嗤笑が返ってくる。

「ヒヒヒヒヒ…もう園山さんはボクの物だァァァァァァァァァァァ!フヒィハハハハハ!」

勝利の雄叫びを上げる鎌瀬戌。交差点に差し掛かる。
だが、王者気取りは長くは続かなかった。

「あ、危ねぇ!」

不意に、交差点の右から現れた、4トントラック。
勝ちの余韻に浸っていた鎌瀬戌に、視認できる筈もなく。

「!!」





















グワッシャーン!















重々しい、金属と金属の衝突音。

鎌瀬戌はまるでバレリーナのように、螺旋を描いて文字通り“飛んだ”。



「………………」

京弌はしばし茫然と立ちつくした後、あわてて鎌瀬戌を確認に走った。
くだんの交差点の、左を向く。




鎌瀬戌は、ゴミ収集車の荷台に、頭から突っ込んでいた――――かすかな痙攣を起こしながら。



インスタントカメラは既に粉々になっていた。
あれでは修復は無理だろう。




「………はぁ」

京弌の唇から、我知らず溜息が漏れる。

彼は今、人生で最大の徒労感に押しつぶされていた。

(帰るか…)






とぼとぼと、自分の家へ歩く。
できれば、鎌瀬戌とかかわった時間をすべて払い戻して欲しかった。


「にゃー」

不意に、足元に猫が擦り寄ってきた。
白と黒のまだら模様の猫。
京弌はかがんで頭を撫でた。侘びしい思いに駆られる。
――――猫って気楽でいいよなあ…


「あ、いた!」

不意に、どこかで聞いた女の子の声。
京弌はそちらに頭(こうべ)を向ける。

「あ…」

「え…如月くん?」

京弌は目を見開いた。
その声の主は、何を隠そう、真由美だったからだ。



CHAPTER11 猫好きに悪いやつはいない

「そうなんだ……大変だったね……」

真由美の同情の念に満ち溢れた声。
京弌は、先程の珍事の一部始終を話した所であった。

「……うん、大変だったってレベルじゃなかったよ………マジ人生終わったかと思った……」

京弌は物憂げに返事をする。
もし万が一鎌瀬戌に逃げ切られ、あの写真が奈津の元に渡っていたと考えると―――最善でもミンチより酷い状態になるのは火を見るより明らかだ。考えただけでも怖気が走る。
それに自業自得とはいえ、鎌瀬戌の事故に自分が一枚噛んでいる分、一抹の罪悪感もある…まあ以前、奈津の戦車砲にも等しい裏拳を食らって半年もたたずにケロリとしていたのだから、死ぬ事はあるまい。多分。

「ああっ、そうそう」
重くなった空気を変える様に、真由美は手を打つ。
「?」

「あのね、如月君―――明日、暇?」

「確かに暇だけど……もしかして、デートのお誘…」

「それはまたいつか、ね♪」

アッサリとスルーされ、カクンと京弌の膝が折れた。

「その……私のチーム『十字軍』の事なんだけど…会って欲しい人が居るの」

「―――『龍神(アルター)』絡みの事?」

京弌は真由美の次の発言を予測して言った。
真由美は申し訳なさそうな表情で、

「ごめんなさい―――でも、前にも言ったけど、貴方の『龍神』はとても危険なものなの。だから……」

その表情に、京弌はものすごい罪悪感がのし掛かって来るのを感じた。
そして。

「うん、分かった。んで、その人は何処にいるの?」

以外な京弌の返答に、真由美は顔を上げる。

「え…ッ、いいの?」

「淑女のお誘いは断らないのが紳士の嗜みで御座います」

京弌は冗談めかしてお辞儀をした。
その京弌のお辞儀が余程おかしかったのか、真由美は小さく吹いた。

「ありがとう!―――じゃあ、駅前にある『荒ぶる鷹のポーズをとる小便小僧三沢大地』の前で待ち合わせしようね。『龍神』とデッキ、決闘盤も忘れずにね!」



翌日。
気持ちよさげに青空に雲が浮かぶ正午。
京弌は件の『荒ぶる鷹のポーズをとる小便小僧三沢大地』の前に座っていた。
その古びた小便小僧の体には「三沢君、居たの?」やら「リアル『ダイ・グレファー』注意」やら「空気野郎乙 byシン・アスカ」やら、落書きが無節操に描かれていた。
今日の京弌の服装は、古着屋で購入したGパンにTシャツ、その上にブルゾン1枚というラフな格好である。

「あっ、如月君!」
京弌が振り返ると、有名私立高校のブレザーに身を包んだ真由美が走って来るのが見えた。

(美人って何を着ても似合うんだなぁ…)

―――どこぞの怪力幼馴染にも見習わせたい、と真由美に手を振りながら京弌は思った。



「へぇ、それじゃ君も一人暮らしなんだ」

「うん。といっても親は一応仕送りしてくれるし、困る事って言ったら洗濯や炊事が大変って位かな」
「凄いな―――俺、自力で洗濯なんて殆どしないよ。いつもコインランドリー任せでさ」

京弌と真由美は雑談をしながら駅より少し離れた住宅街を歩いていた。
真由美曰く「会って欲しい人」の家は、もうすぐらしい。
京弌はふと気になっていた事を尋ねて見る。

「そういえば君達―――『十字軍』だっけ―――なんで『龍神』を焼き捨てようとしているんだ?」

真由美の表情が少し強張る。が、京弌は敢えて続ける。

「確かにあのカードは強力だけど、幾らなんでも焼き捨てるなんてやることはないと思うけど」

「それは……その……」

真由美は口ごもる。京弌はそれ以上言及するのは止める事にした。いちいち深く聞きたがる男は嫌われると言うし。

「まあ理由は人それぞれだし、ね」

京弌はお気楽な調子で言った。



「この角を右に曲がれば……ここだよ」

真由美が足を止めたそこは、一見何の変哲もなさそうな、二階建て住宅であった。
表札には「フィンドル」の文字。
真由美はその下にありチャイムを鳴らす。
わずかにこちらにまで聞こえる電子音から一拍置き、

〈―――はい?〉

典雅な発音の声が返って来た。

「あ、フィンドルさん?私、私ー。京弌くん連れて来たよー」

〈ありがとう。二人とも中に入って。お茶淹れるから〉

中の彼との会話を終えた真由美は京弌に向き直り、

「さ、中入ろっv」

京弌はそれに従う。
―――この家の主は悪い人ではないらしい。



「ニャー」
「みゃー」
「にー」
「フニぁあ」
「なーご」

玄関に入った京弌達を待ち構えていたのは、五匹の猫の鳴き声による混声合唱だった。

「やっ、真由美ちゃん。久し振り〜」

玄関先で五匹の猫と戯れていた真由美に、声がかかる。
声の主は10代後半の男―――先程チャイムに応じた男であった。
年齢は18程……京弌より少し年上位である。
有名校「デュエルアカデミア」の優等生寮「オベリスク・ブルー」の制服に類似した上着に、白のズボン。
温厚そうな面貌を、ブラウンの瞳と流れるような黒髪が彩っている。

「初めましてだね。如月京弌君―――僕の名前はフィンドル。米国人だけど、生まれも育ちも日本だよ」

「あ、初めまして。如月京弌です」

フィンドルの差し出した手を、京弌は固く握る。
―――人は見掛けによらないと言うが、逆もまた真なり、ってことか。京弌は思った。


「―――にしても、沢山猫がいますね」

日当たりの良いリビングルームに招かれた京弌は差し出された良い香りを漂わせる紅茶を啜りながら、真由美とじゃれ合う玄関にいた五匹の猫を見やった。

「何匹飼ってるんですか?」

「今はこの五匹に、今は昼寝してる二匹……全部で七匹かな。小さい頃から猫が好きだったからね」

「な、七匹も?」

素っ頓狂な声を出した京弌に真由美が、

「前なんか捨て猫を23匹飼ってた事あるんだよ〜」

京弌は危うく紅茶を噴出しそうになった。

「に……にじゅうさんひき!?」

「そーなんだよ、殆どは飼い主が見つかったんだけどね。一時は飼育費がヤバいことになってカードは自粛、明かりはロウソクやランプ、食事は一日一食にまで削った事もあるんだ」

あの時は後先考えてなくてね、と朗らかに笑うが、とんでもないことである。

(幾ら猫が好きだからって、そこまでやる人はざらには居ねえだろ…)

京弌は彼に密かな尊敬の念を抱いた。
と、フィンドルは何かを思い出したかのように膝をポンと叩き、

「そうだ。今日のメインの件を忘れてた」




フィンドルが決闘の場として選んだのは、彼の自宅の広い庭だった。
芝はきちんと刈り揃えられており、思わず寝転んでしまいたくなるようである。

「さて、話は真由美ちゃんから聞いてると思うけど―――僕が勝てば君は『龍神』を僕に渡す。これはいいかな?」

「異存は無いです」

京弌はうなずく。

「うん、では僕が負けたら僕の―――」

「いや、いらないですよ」

京弌はサラッと話を遮った。

「え?君はそれでいいのか?」

「賭けても構いませんけど俺は死んでも受け取りませんよ」

「ね、言った通りでしょ?」

どことなく誇らしげな真由美の声。

「そうか。優しいな、君は――――さあ、始めようか」

お互いにデッキを入念にシャッフル、決闘盤の電源をONにし、デッキをデッキスロットルに差し込む。

一拍の静寂が、二人を包む。



「「決闘!!」」




(京弌LP:8000 フィンドルLP:8000)

「先ずは僕のターン―――ドロー」

フィンドルは6枚の手札と睨み合った。
京弌も倣い、手札を見る。
京弌の手札は『押収』『サイバー・ドラゴン』『怒れる類人猿』『炸裂装甲』『収縮』。

(悪くはないな…次のターンに『サイバードラゴン』と『怒れる類人猿』で攻撃をかけるか…)

フィンドルは手札からカードを出す。
「魔法カード『押収』を発動するよ」

「!」

押収 通常魔法
1000ライフポイントを払う。相手の手札を確認し、その中からカードを1枚選択して墓地に捨てる。


京弌は自分の手札を見せる。
―――確か海馬コーポレーションの海馬瀬人は、手札を見られるとキレて『怒れる類人猿』に変身し、火を吐いて辺りを目茶苦茶にするらしい、と関係のない噂を何故か思い出した。
……いかん、余計な事を考えてる場合じゃない、と京弌は自らを戒める。

フィンドルは少しの思考の後、

「『押収』を捨ててもらうよ」

と宣言した。

(『押収』を捨てさせた―――ってことは何か、手札に捨てさせられたくないカードでもあるのか?使用条件がそろってないから手札に貯めるしかない切り札とか?)

もしそうだとすると、使用条件が揃う前に攻勢をかける必要がある。いずれにせよ、ゲームの流れを今のうちに引き寄せることは悪くない――京弌は思考を纏める。

その間、フィンドルもまた布陣を進める。

「モンスターを守備表示でセットし、カードを二枚伏せるよ。ターン終了するよ」

(京弌:ライフ8000 フィンドル:ライフ7000)

京弌のターンに移行。カードを一枚引く。
引いたカードは『同族感染ウィルス』。京弌は先程考えていた事を実行に写した。

「俺は手札より『サイバー・ドラゴン』を特殊召還し、更に手札より『怒れる類人猿』を通常召還す―――」

「『怒れる類人猿』召還時に、罠カード発動!『激流葬』!」

「!ッ」

巨大な津波がフィンドルの場より発生、『サイバードラゴン』と『怒れる類人猿』、フィンドルの裏守備モンスター―――『クリッター』を貪欲に食らい尽くした。
フィンドルは『クリッター』の効果で『魂を削る死霊』を手札に加えた。
「ちっ……カードをニ枚伏せる。ターンエンドだ」

フィンドルのターンに移り、ドローフェイズ。

「僕のターン、ドロー!」

引いたカードを見たフィンドルに、微かな笑み。

「伏せカードをオープン!魔法カード『大嵐』を発動するよ」


大嵐 通常魔法
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


吹き荒れる暴風に蹂躙される京弌のリバースカード。
これで京弌は身を守る術を失った。

「クッ…」

「更に『魂を削る死霊』を攻撃表示で召還、プレイヤーに直接攻撃!」

魂を削る死霊 効果モンスター アンデット族 闇 ☆3 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によって破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。


髑髏の顔を持つ死神は京弌に向かい飛翔、手にした鎌を一閃する。

(京弌:7700)

「うぐっ…」

「更にカードを一枚伏せ、ターンを終了。君のターンだ」

「ドロー!」

京弌はカードを引いた。
そのカードを眼にし、思わずガッツポーズを取りそうになる。

(よし!『龍神』のカード……)

「おっと!ドローフェイズ終了時に罠カード発動!」

「何ッ!?」

京弌は目を開く。

「『魂を削る死霊』を生贄に―――『死のデッキ破壊ウィルス』発動!」

「!! しまっ――」

今の京弌の手札は『龍神』一枚のみ。そして『龍神』の攻撃力は2900。
これが意味する所はつまり―――

(このターン、俺は何も出来ない………!)

一方のフィンドルは安堵の息をついていた。

「ふう、『龍神』を引いていたのか―――『死デッキ』を引いてなければ、こっちが危なかったよ……」


(ヤバい………場にカードは無い、手札は無い、オマケに高攻撃力モンスターは3ターン使えない……最悪じゃねえか…!)

僅か序盤数ターンもたたぬ内に、劣勢に立たされた。
しかし京弌に出来る事などない。ターンを終了するしか無かった。

「僕のターン、ドロー―――『首領・ザルーグ』を召還し、プレイヤーに直接攻撃!」


首領・ザルーグ 効果モンスター 戦士族 闇 ☆4 ATK1400 DEF1500
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●相手の手札をランダムに1枚選択して捨てる。
●相手のデッキの上から2枚を墓地へ送る。


隻眼の盗賊は両手にした回転式拳銃を京弌に向けた。引き金を絞る。

激鉄が二匹の鉛の猟犬を解き放った!
楔から開放された円錐状の猟犬は空を猛スピードで横断し――京弌の胸に顎(あぎと)を立て――後ろに突き抜ける!

「ウッ……」

(京弌:ライフ6400)

フィンドルはそのままターンを終了した。

「俺のターン!ドロー!」

己の内の焦りを吹き飛ばそうと、力強くカードを引く京弌。

(よし、『リビングデッドの呼び声』!)

京弌は伏せカードをセットし、ターンを終えた。
(まだチャンスはある―――!)

京弌の眼光が強さを増す。
そう。まだ、決闘は始まって間もない。



※本編に入る前に

以前に首領・ザルーグの攻撃を受けて際の京弌のライフを6400と書いてましたが、6300の間違いでしたm(_ _)m

いや、ホントにスミマセン。マインドクラッシュ食らって出直します。
それでは本編をどうぞ。



CHAPTER12 冨樫が本気だしたから俺も出す

フィンドルのターンに移り、ドローフェイズ。
決闘の流れこそ優勢ではあるが、フィンドルは内心、自分自身に対し憤慨していた。

(なんて失態だ……『ザルーグ』のデッキ破壊効果を発動しなかったなんて……間抜けすぎるぞ僕は…!)

『死のデッキ破壊ウィルス』の効果で、そのカード―――『リビングデッドの呼び声』を確認出来たことは救いではあるが、余りにも迂闊だった。
心なしか京弌の場の伏せカードから重圧を感じる。

(―――いや、今は自分に怒っている場合じゃない……)

フィンドルは頭を振り、自分への憤りを頭から追い出す。

「僕のターンだね。ドロー」

あくまで冷静に―――そう自分に言い聞かせながら、フィンドルはカードを1枚引き、そのカードを確かめる。
―――京弌は僅かに口許が笑みを刻んだのを見逃さなかった。

(何か、対策になるカードを引かれた……!?)

「今日は運がいい日だ―――『魔導戦士ブレイカー』を召還し、起動効果を発動する!」

「!」

京弌の頼みの綱―――『リビングデッドの呼び声』は、赤の法衣に身を包む魔術士に無慈悲に焼かれた。

「く…ッ!」

京弌は苦い顔をした。

「そしてバトルフェイズ―――『ブレイカー』と『ザルーグ』で攻撃!」
魔法剣士の一刀は京弌の体を裂き、黒蠍の頭目の放つ銃弾は肩口を抜ける。

京弌:3300 フィンドル:7000)

フィンドルはそのままターンを終了した。

京弌の手札は0、対してフィンドルの手札は2枚。

「―――俺のターン」

すう、と一つ深呼吸をする京弌。
京弌の胸中に焦りはなかった。それどころか、妙な落ち着きさえ感じる。

(もう、ヤケクソと言うか、開き直りの心境だな……)

京弌は内心、苦笑する。
澱みなき挙動で、カードを引いた。

「よし―――800ライフポイントを払い―――魔法カード『早すぎた埋葬』を発動!墓地から『龍神』を特殊召還!』

「!」










早すぎた埋葬 装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1枚選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。



龍神(アルター) 光 ★6 ATK2900 DEF500 ドラゴン族
  
このモンスターは、スタンバイフェイズ時自分の手札が2枚以下の場合、生け贄無しで特殊召喚できる。
ライフを半分払うことで、このカードを除くすべてのフィールド上のカードを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える。
この効果はデュエル中1度しか使えない。
このカードは相手の魔法の効果を受けない。







(京弌:ライフ2500)

京弌のフィールドに現れる、白く、白く輝く巨大な龍。

「これが『龍神』―――実物を見るのは初めてだな…」

フィンドルの声には僅かながらの焦燥感が含有されていた。
眼前のモンスターからは、物理的な重圧すら感じる。

「戦闘フェイズ―――『龍神で『首領・ザルーグ』を攻撃!」

『龍神』の口腔から放たれた光条は、屈強な盗賊を、文字通り蒸発させた。

(フィンドル:ライフ5500)

「更にライフを半分払い『龍神』の効果を発動!」

(京弌:ライフ1250)

『龍神』は空へと舞い上がり霧散、赤の剣士に火柱を降らせ、瞬く間に塵と変えた。

(フィンドル:ライフ3900)

「ターン終了だ!」

自身は気付いていないようだが、今のは京弌のプレイミスである。
『死のデッキ破壊ウィルス』の効果は残り1ターン続くのだ。攻撃力1500以上のモンスターを出すことが出来ない以上、『龍神』の効果は発動せず、温存しておくのがベターであったろう。攻撃力2900は貴重な戦力である。

(向こうのプレイミスに救われたな―――だけど)

―――悪いがその隙に付け込ませて貰うよ―――

「僕のターン、ドロー」

フィンドルは引いたカードを視認し―――少し落胆する。

(今日は運がいいのはむしろ彼か?)

「僕はモンスターを裏守備表示で召還、カードを1枚伏せる。ターン終了だ」

京弌のターンである。カードを1枚引き、そのカードをフィンドルに提示する。

京弌の引いたカードは『ならず者傭兵部隊』。

攻撃力は1000―――『死デッキ』の破壊対象ではない。

(さぁて、どうする京弌―――?)

京弌は頭を回転させる。
京弌の場にカードはなし。
対してフィンドルの場には伏せカードと裏守備モンスター。

(さっきの状況はモンスターでの攻撃には絶好の機会だった、それでも攻撃をせず裏守備表示ってことは―――あのカードはリバース効果モンスターか?)

しかし、『ならず者』の効果を使ってしまうと、壁になるモンスターがいなくなる……
―――えぇい、なるようになれだ!

「『ならず者傭兵部隊』を召還し―――起動効果を使う!」









ならず者傭兵部隊 効果モンスター 戦士族 地 ★4 ATK1000 DEF1000
このカードを生け贄に捧げる。フィールド上のモンスター1体を破壊する。







いかにも荒くれ者といった風体の傭兵たちは、裏守備を示すカードに突進、各々の手にした武器でその守備モンスター―――『聖なる魔術師』を滅多刺しにした。

「ターン終了っ」

終了を宣言した自分の声が少しうわずったのがはっきり分かる。

「僕のターン、ドロー…モンスターを裏守備にして終了」

フィンドルの苦い表情―――あの裏守備モンスターは攻撃に使えないモンスターらしい、と京弌は考えた。
ここで攻撃力の高いモンスターを引けば―――

「俺のターン、ドロー…魔法カード『貪欲な壺』発動!」
京弌は『サイバー・ドラゴン』『怒れる類人猿』『龍神』『ならず者傭兵部隊』『同族感染ウィルス』の5枚をデッキに戻してシャッフル、新たに2枚のカードを引く。

「魔法『抹殺の使徒』を発動!」

フィンドルの裏守備モンスター―――『魔導雑貨商人』は四散した。

「『ジャイアント・オーク』召還、プレイヤーに直接攻撃!」




ジャイアント・オーク 効果モンスター 悪魔族 闇 ★4 ATK2200 DEF0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。次の自分ターン終了時までこのカードの表示形式は変更できない。









薄紫の肌を持つ魔人は、手にした棍棒をフィンドルに振り下ろす!

「う…」

フィンドル:1700

(よし……これでライフの上では互角になった。あの伏せカードは恐らくブラフだ…この勢いを逃しちゃならない…!)

京弌の読み通り、フィンドルの伏せカードは『団結の力』―――今この状況では無用の長物である。

「ターン終了っ!」

フィンドルのターンに移り、ドローフェイズ。

(なるほど…彼が如何な経緯で『龍神』を手に入れたかは知らないが、彼が『龍神』を手に入れるのは必然だったのかも知れないな…)

だが、とフィンドルは思う。
幾ら如月京弌が強い運の持ち主であっても、『龍神』は京弌自身―――否、この世界に仇をなす物、それを呼び覚ます鍵たる存在である。
絶対に回収し、跡形もなく滅せねばならない。

「僕のターン!ドロー!」

力強く宣言し、カードをドローする。

「僕は墓地から『聖なる魔術師』『魂を削る死霊』を除外し―――」

「!?」

京弌は目を見開く。

「『カオス・ソーサラー』を特殊召還する!」





カオス・ソーサラー 効果モンスター 魔法使い族 闇 ★6 ATK2300 DEF2000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する事ができる。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。











顔の上半分を覆う山高帽のような兜。
その目出し穴からの鋭い眼光が、京弌を射抜く。
上半身には拘束具。まるでそのモンスターの凶暴性を具現化するようであった。

「『カオス・ソーサラー』で『ジャイアント・オーク』を攻撃!」

混沌の魔術師は右の手から黄金色の、左手からは暗褐色の光弾を同時に放つ!

2個の破壊エネルギーの奔流は、しゃがみこんだ闇色の巨人を粉々にする。

「ターン終了だよ」

京弌は生唾を飲み、決闘盤にセットされたデッキを見る。
このデッキの一番上に置かれたカード。

(頼みの綱は、コイツだけだ―――)

―――そう思ったとき、何故か京弌は気持ちが軽くなるのを感じた。

(―――今までも、決闘でいつも真っ先に頼るのはデッキの一番上のカードだったっけ…)

鎌瀬戌のときも、真由美のときも。
いつもアテにしていたのはドローするカードだった。

(頼んだぜ……俺のデッキ――――)

京弌は、ゆっくりとカードを引いた――――





「魔法カード『光の護封剣』発動!」




光の護封剣 通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。












「っ…この土壇場で……」

フィンドルの感嘆の声。

しかし、京弌に手札は無い。何もせずターンを終了せざるを得なかった。

「凄いな……君は」

フィンドルが不意に言葉を発する。

「…へっ?」

京弌は思わず間の抜けた返事をしてしまう。

「いや、君の運の事だよ―――今の『光の護封剣』といい、さっきの『早すぎた埋葬』といい、とんでもない強運だ。―――イカサマを疑っているんじゃないよ。何処の言葉か忘れたけど、『強者は幸運をも従える』って諺を知ってるかな?」

「?……いえ…」

「確かに君のプレイングやデッキ構築には粗がある。でも君は磨けば伸びる資質がある―――もしかしたら…」


――――もしかしたら、あの男すら倒せるかも知れない……

フィンドルはその言葉を胸の内で止めた。

『今は、まだ伝えてはなりません…』

‘彼女’の憂いに満ちた声が、フィンドルの中で蘇ったからであった。

「―――僕のターン、ドロー……リバースカードオープン!装備魔法『団結の力』を『カオス・ソーサラー』に装備!」





団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。








突き立てられた光の剣の向こう、『カオス・ソーサラー』の全身が、薄く燐光を発した。

「ターン終了だ」

「俺のターン、ドロー!―――魔法カード『天使の施し』発動!」

京弌はデッキからカードを3枚引き、内『人造人間―サイコ・ショッカー』『お注射天使リリー』を手札から捨てた。

「カードを1枚伏せて、ターン終了」

フィンドルは自分の手札を見た。―――『天空騎士パーシアス』ただ1枚。

(互いに膠着状態だな…次のカードでどうするかを決めるしかないな―――)

「僕のターン……ドロー」

フィンドルはカードを引く。

「よしっ―――魔法カード『サイクロン』発動!『光の護封剣』を破壊する!」





サイクロン 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。








フィンドルの場に吹き荒れる雷と嵐。

『カオス・ソーサラー』を遮る剣は紙切れのごとく吹き飛んだ。

「戦闘フェイズ!『カオス・ソーサラー』で、プレイヤーに直接攻撃!」

混沌の魔人の両手から放たれる、光の弾丸。


―――だが、自身めがけて走る弾を見ても、京弌は焦りの片鱗すら見せない。


『カオス・ソーサラー』の攻撃が己の肉体に到達する間際、京弌の宣言が響いた。

























「罠カード発動!『魔法の筒』!」






















フィンドルは右手をデッキの上に置く―――降参の意だ。



「か………勝った」

京弌はヘロヘロと地面に座り込み、息を吐く。

そこに差し出される右手―――フィンドルの手だ。

「おめでとう。君の勝ちだ」

フィンドルの爽やかな声。
京弌は笑顔で立ち上がり、その手を強く、強く握り返した。











「ニャー」

「みー」

「みゃー」

「ふにぁあ」

「にー」

「なーご」

「ふみぁああ」














足元を見ると、京弌達の回りにいつの間にかフィンドルの飼っている7匹の猫が集まっていた。

「―――どうやら京弌君のこと、気に入っちゃったみたいだね」

フィンドルのおかしそうな声。京弌は笑って、

「ちょくちょく遊びに来るけど宜しくな」

と言った。






その日の夜は、星が瞬く空模様であった。

京弌の家から遠く離れた、一件のあばら屋。
その中には、二つの人影があった。

「フーン、次は俺にお鉢が回るって訳か」

「ええ―――ですから貴方も『リトバスの鈴たんのフィギュア出せメガハウス!』『PG∀ガンダム出さないとバンダイ本社を焼き討ちにするぞ』だのふざけた抗議文書いてないで、シャキッとしてください。」

粗末な机の上にある汚い字でなぐり書きされた書類を一瞥し、冷たい声を放ったのは一人は少年。以前の西洋屋敷の女主人の執事である。
たんなる洒落だよ、と顔だけ笑いながら抗議文を丸めてゴミ箱に捨てるもう一人の青年。
年齢は高2位であろう。短い髪を茶に染めて立たせており、上は黒のTシャツ、下はジーンズ。ベルトの左腰にはチェーンをまたがせている。

「それと、もう一つ―――もし貴方が彼に敗れたら、“あの男”のことを伝えてください」

執事の少年の言葉に、茶髪の青年は目をむいた。

「ず、随分思ったより早いなおい」

「“あの男”の入港が近付いています。あまり時間はありません」

茶髪の男は少し考えこみ、

「わかった。『負けたら』伝えとく」

「お願いします」

正装に身を包んだ少年は丁寧に返す。

そのあばら屋の上空では、三日月が冷たい輝きを放っていた。



13話 作者の頭はお花畑、当然それをモデルにしたキャラの頭もお花畑

翌日。
とあるアパートの一室の前に、一人の男が立っていた。
ニキビ跡だらけの顔に乗っかってる、ゴキブリのように油で妙にテカテカした長髪。
出目金のように大きな眼球を覆う、やたら分厚い正方形の眼鏡。
げっそりとこけた頬に生えている無精髭。
その男―――雑乃魚 鎌瀬戌のいるドアの横側には、「如月」と書かれた表札が架けられていた。

(グフフフフ………如月め……………キサマには散々煮え湯を飲まされて来たが………今回こそはそうはいかんぞ………!)

鎌瀬戌はシミだらけのパーカーから小さなケースをとりだし、明ける。
中には、先端の曲がった無数の針金らしきものが入っていた。
鎌瀬戌はそれを見つめ、急角度で目尻と頬を吊り上げ――――彼なりの笑顔を浮かべた。

(ゲヘヘヘヘヘヘヘ………覚悟しろ如月ィィ……このピッキングセットは8万もしたんだ…)



鎌瀬戌とて、先日の公園における神聖なる絵をめぐる(鎌瀬戌の中ではそういう事になっている)京弌との男同士、正々堂々とした聖戦(鎌瀬戌の中ではそういう事になっている)においての敗北(鎌瀬戌の中では以下略)に、何も学ばなかった訳では無い。
京弌は自分より体力もあり、顔も良い。―――正攻法では勝ち目はない。ならば――――簡単な事だ。
正々堂々と、戦わなければ良いのだ。
そして、京弌とサシで戦わず、大きなダメージを与えるにはどうするか―――
これもまた、簡単な事である。



経済原理主義社会たる日本における一番の生活必需品―――金を盗めばよいのだ。



「ヒョーッヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!如月ィィィィィィィ……今日がお前の命日だァァァァァァァ!ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


鎌瀬戌は某KC社長の如く高笑いし、ピッキングセットの針金を憎き如月の財産を守護する鍵穴に差そうとした――――




「Oh〜♪らいどおんへぶ〜んずどら〜いぶ♪みちづ〜れに罰を受ける〜前に〜♪」




階段を上る音と共に下手くそな歌声の奏でるLA'rc~en~cielの「HEAVEN's DRIVE」の不吉な歌詞が、鎌瀬戌の耳に飛び込んできた。

(何ィィ!?まさか、嘘だろォォォ!?せっかく毎週調べて人の出入りが一番少ない日を選んで学校までサボったのにィィィィィィィィ!)

鎌瀬戌は焦り、目の前にある忌々しい鍵穴に手当たり次第針金を突っ込んで行く。
しかし、思ったより鍵穴は身持ちが固かった―――少しも鍵を開放する素振りを見せない。
鎌瀬戌の作業中にも、下手な歌声は足音を伴い接近してくる。

「あたら〜しぃ〜♪そのはこぶ〜ね〜で〜きみ〜と〜♪」

(落ち着け鎌瀬戌―――ピケルたんがついている僕に出来ないことは無いのだ――!)

そうだ落ちつけ鎌瀬戌これは神罰なのだ僕はトシシタケイモエ神エソラタン・モ・エーとゴッドオブツンデレ・クギミーヤの寵愛と加護を受けているのだおちつけェェェェ!

鎌瀬戌は2、3度深呼吸をし、新たな針金を鍵穴に差し込むべくケースの中をまさぐろうとした。



「そこのお兄さん、そこのお兄さん」



不釣合におちゃらけた様な声が、鎌瀬戌にかかった。
鎌瀬戌はバッタの如くその場から1メートルほどジャンプして後退する。彼の眼前には、男が立っていた。
茶の短い髪を立てており、首にはチェーンのネックレスを何重にもぶら下げている。顔からしていかにも軽薄そうである。

「いやいや〜驚かしたか?ゴメンゴメン―――俺は吾玖咤刃牙っつうモンなんだけど、如月京弌とやらの家はここで―――アレ?」

茶髪の男の視線は鎌瀬戌が落とした黒の箱と、散らかった針金―――ピッキングセットに移った。

「えーと、お兄さん、もしかして犯罪者ってヤツ?」

鎌瀬戌の顔面が蒼白になる。

(ばれてしまった―――くそぅ、こうなったらアレをやるしかないィィ…)





「ヒャハハハハハ!よくぞ気付いた!我こそは決闘者の秩序を守る正義の漢、雑乃魚 鎌瀬戌だァァァァァァァ!ゲハハハハハハハハ!」




「………何か知らないけど、通報しますね」

茶髪の男はポケットから携帯を取り出そうとした。

「! 何をいっている!キサマ!こっちを見ろォォォォォォォォォ!」

鎌瀬戌の叫びに、うさん臭げな視線を向ける刃牙。

「目を放すなよォォ―――全力全開ッ!」

鎌瀬戌はもったいぶった挙動で、上着とズボンに手を掛ける。

「……一体何をする気なんですか?」

「スターライト………」

茶髪男のうんざりした声など何処吹く風、鎌瀬戌は気合を貯める。






「ブレイカーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」






鎌瀬戌は裂帛の気合と共に服を全て脱ぎ捨てた!






その下に鎌瀬戌が纏っていたのは、







「3の1 たかまち」と書かれたワッペンのついた、スクール水着。

その股間から、僅かに男のソレが見え隠れしていた。




「隙有り!勝ったッ!死ねェェェェェェェェ!」

スクール水着のまま、茶髪に襲いかかる鎌瀬戌。

「……『なのはさん萌え』そう思っていた時期が、俺にもありました」

茶髪の男が拳を構えていたのに、鎌瀬戌は気付かなかった。






「う〜あっ」

午後5時。
京弌は下校途中で大きく伸びをする。
少し体育の時間のバスケで動き過ぎたのか、体のあちこちがダルさを訴える。
運動は出来る方だと自分でも思っていたが、あまり激しい事はするもんじゃないな、と京弌は思った。
―――今日は奈津が休みだったな。
京弌は微かにそんな事を思い出す。
学校には風邪と伝えてあるらしいが、メールを打っても返ってこない。
ウチに帰ったら、顔見せくらい行ってやろうかな―――
京弌はそんなことを考えつつ、アパートの自室がある階へと階段を上る。数歩歩いて自室のある階に入ったところで、京弌は驚愕に目を見開いた。

まず最初に目に飛び込んで来たのは、顔面を見るも無残に破壊された男―――鎌瀬戌だった。

(な、なんだよコイツの格好―――)

驚くべき事にこの変態はスクール水着を着て倒れていたのだ。
血まみれでぶっ倒れた彼の横には血で「ギン姉≧エリア>>>>>>>(越えられない壁)>>>>>>キモイルカ>なのは≧ダイ・グレファー」と書かれてあった。―――京弌には全く意味が分からなかったが。

ふと自室のドアを見ると、一枚の紙がテープで止められていた。

乱暴にはぎ取り、読む。

“如月 京弌(←字これでいいのか?)へ
今日午後8時、『龍神』入りのメインデッキと決闘盤を持って下の地図の場所に来てくれよ
追伸:園山奈津(←これも字これでいいのか)ちゃんも下の地図の所にいるんで、そこんとこヨロシク”

京弌の顔色は一変した。
(まさか、今日学校に来なかったのは―――!)

京弌は部屋に飛び込み、決闘盤とデッキをひっ掴み、鎌瀬戌に警察ではなく救急車を呼び、自転車に飛び乗り、力の限り疾走させた。

(奈津―――!)






「はっ――――はっ――――はぁっ――――」

荒い呼吸をつく。京弌は携帯電話の時計を見た。

―――7時23分。あと37分しかない。
京弌は辺りを見回した。
ここは京弌の住む市にある唯一の港がある場所である。漁船が幾つも停泊しているのが見える。
地図にある地域は道は地図があっても何度も迷ってしまう程複雑であり、そのうえ現在地に辿り着くまでにも急な坂道がいくつもあった。京弌は再び息を吐く。

(くそっ……足が痛え…)

京弌は右の太股を擦った。汗が滝のように噴き出す。全身が重油をかけられたように重い。
京弌は疲れと足の痛みを無視し、自転車を発進させた。

(急がないと―――!)





数十分後―――
京弌は両のブレーキを全力で握り、自転車を急停止させた。
鍵をかけるのももどかしく、自転車のスタンドを上げる。
彼はチラリと携帯電話を見た。
―――7時58分。間に合った!
眼前の建物―――寂れた一軒家に踏み込む。
相も変わらぬ足の激痛を無視し、家の戸を明ける。

「奈津!」

疲れで叫び声が掠れる。

それでも京弌は奈津の名を呼んだ。

「奈津っ!」

京弌は靴を脱ぎ捨て、家の中に足を踏み入れる。

呼吸が疲労とは別の理由で荒くなる。頭の中は靄がかかったように、思考がハッキリしない。それでも京弌は足を動かし、目の前の襖を開けた。





「奈―――」

「あっ、京弌来てくれた〜♪」

「き、如月君、汗だくだよ……大丈夫?」





必死の形相の京弌の目に写ったもの。
それは小さな硝子張りの机の前の座布団に座って、呑気に飲み物を飲む奈津と真由美の姿だった。―――京弌は急激に視界が暗くなるのを感じた。




「お、お前ら知り合いだったのか!?」

「そーよ、女の決闘者って少ないし、話も合うから意気投合しちゃった〜♪」

奈津と真由美の話を総合すると、どうやら彼女達は京弌が真由美と決闘する前の日に知り合ったらしい。

「私が奈津ちゃんに事情を話したら、奈津ちゃんが『こういうシチュの方が緊張感ある』って言い出して、刃牙君も乗り気だったから、その―――」

真由美は申し訳なさそうに言いつつ、京弌の足に湿布を貼る。少し痛みが和らいだ。

「………無駄に手の込んだことしやがって…」

京弌は奈津に向けて怨みがましく呟いた。

「ゴメンゴメン、でも幼馴染がさらわれた、とかあったら京弌がどんな風になるかって思って♪」
京弌の恨み言をサラリと流す奈津。京弌は頬を引きつらせる。

「けっ、せいぜい狼少年の童話みたいにならないように気をつけとけよ」
京弌は不機嫌そうにそっぽを向く。騙されて気分の良い人間などいない。

「―――でも、ちょっと嬉しかったな」

唐突に、奈津が口を開いた。

「?」

「だって、京弌が……普段いつもダラダラしてる京弌が、あんなに必死になってくれるなんて、思わなかったから」

真由美は京弌に向き直った。
彼女は申し訳無さと微笑の交ざったような、複雑な表情を浮かべていた。
京弌は思わずその表情にドキッとなる。


「ごめん、京弌―――ありがと」


京弌は自分の顔の温度が急上昇するのを感じた。照れ隠しに軽口を叩こうと口を開きかけ、





「お〜お〜♪青春しちゃって〜♪」





ヘラヘラした冷やかしの声。
京弌は声のした方に目を向ける。
見ると、そこには茶色の短髪を立たせた男がいた。

「まあまあ、そう冷たい顔すんなよ。―――俺は吾玖咤 刃牙ってんだ。まあヨロシク〜」

「……まあ、こっちも宜しく。―――んで、早速聞きたいことがあるんだけど」

「金の話以外なら何でもOKだ」
ヘラヘラと答える刃牙。

「……今まで何処にいたんだよ?」

「トイレ」

アッサリとした返答。京弌はコケそうになる。あんな脅迫じみた物騒な内容の手紙を送りつけられてその差出人はトイレに行っていた―――間の抜けた話だ。拍子抜けするのも無理からぬ事であろう。
京弌はひとつため息をつき、改めて部屋を見回した。
部屋の壁と言う壁にはLA'rc~en~cielやELLEGARDENと言ったバンドのポスターが貼られており、かと思えば部屋の隅に居を構える本棚は大半が『ジョジョの奇妙な冒険』『ベルセルク』『バキ』が締めており、その上の段にはこれまた『ボトムズ』をはじめ、『初代ガンダム』『Gガンダム』『ガンダムX』『∀ガンダム』などを始めとするガンダムシリーズ、その他の『パトレイバー』『ファイブスター物語』などのロボットの模型やフィギュアが占領していた。
更に下のCDラックには前述のLA'rc~en~cielやELLEGARDEN、B'z等のアルバムやシングル、他にもゲーム『バーチャロン』『ギルティギア』等のサントラが並び、部屋の主の多趣味ぶりを如実に現していた。

「さ、駄弁りタイムは終了して、本日のメインショーに移りますか」


「―――もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
京弌はふと疑問に思って口を開いた。

「ん?」

「あんたらのチーム『十字軍』って、規模はどのくらいなんだよ?」

「んー、俺ら『十字軍』自体は少ないな。13人だ」

(13人……か、思っていたより少ないな)

少し京弌は安堵する。

京弌は刃牙に先導され、地下に通じる階段を下り終えたところであった。
辺りは一面の闇に覆われており、中を把握するのは難しい。

「えーと、スイッチは…と」
刃牙は壁をまさぐる。

数秒の後、電気の光が闇を駆逐し、地下室の全貌を晒す。

そこには、一つの使い古されたボクシングリングがあった。

「すげえな、……以外と金持ちだったり?」

京弌は驚いて刃牙に尋ねる。

「親父はな……元々はジムを経営してたけど、引退してから、要らないってな」

刃牙はリングのロープを潜り、リングの上に上がった。

「―――でも、こんな所での決闘ってのも乙なモンだろ?」

京弌はニッと笑って応じる。
ロープの下を潜り、刃牙と対峙した。

「さぁて―――始めようか」

刃牙は言った。
その唇の端に、僅かに肉食獣の笑みを浮かばせて。




「「―――決闘!」」



CHAPTER14 喧嘩する時は四の五のヌかす前にまずブン殴れ

決闘盤は京弌の先攻を示していた。
京弌の手札は『ニュート』『イグザリオン・ユニバース』『炸裂装甲』『砂塵の大竜巻』『ライトニング・ボルテックス』『人造人間―サイコ・ショッカー』。

京弌は少し黙考し、

「モンスターを裏守備表示でセット。カードを1枚伏せ、ターン終了だ」

(―――取り敢えずは様子見、だな)

刃牙のターンに移る。

「俺のターン、ドロー」―――『サイバー・ドラゴン』を特殊召還。更に『魔導戦士ブレイカー』を通常召還し、起動効果を発動する!」





魔導戦士 ブレイカー 魔法使い族 闇 ★4 ATK1600 DEF1000

このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、魔力カウンターを1個取り除くことで、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。



刃牙の場に現れる機械の竜と炎のように赤い色を纏う剣使い。
紅い法衣の剣士は、盾を掲げた。
その中央部の宝玉からの光が、京弌の伏せカード―――『炸裂装甲』を焼く。

「さぁ行くぜ―――『サイバー・ドラゴン』で裏守備表示モンスターを攻撃!」

白の機械竜が放つ熱線は、そのビジョンを浮かび上がらせたモンスター―――『イグザリオン・ユニバース』を霧散させた。

「そして『魔導戦士ブレイカー』でプレイヤーに直接攻撃!」

朱の魔法剣士は疾走、手にした剣で京弌の胴を薙いだ。

「………っく」

京弌:6400

「更にカードを2枚セット。ターン終了だ」

「コラ、京弌!な〜にやってんのよ!気合いを入れなさい、気合いを!」

奈津の叱咤激励。京弌も言い返す。

「うるせぇ、今に見てろっての!―――俺のターン、ドロー…手札から『人造人間―サイコ・ショッカー』を捨て魔法カード『ライトニング・ボルテックス』を発動する!」



ライトニング・ボルテックス 通常魔法
手札を1枚捨てる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。




空から降り注ぐ、裁きの稲妻。
それは一瞬の閃光の後、刃牙の場のモンスターを灰燼に変えた。

「ちっ…」

小さく舌打ちをする刃牙。

「更に手札から『ニュート』召還!」



ニュート 効果モンスター 悪魔族 風 ★4 ATK1900 DEF400
リバース:このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。このカードを戦闘で破壊したモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。




鎧で身を固めた水色のスライムが、京弌の場に出現する。

「プレイヤーに直接攻撃!」

水色の人型軟体生物は、手首から先を剣状に固め、主に仇なす敵に襲いかかる!
だが刃牙は余裕の表情を浮かべていた。

「無駄だ無駄ッ!―――罠カード発動!『聖なるバリア―ミラーフォース』!」


聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。





『ニュート』の突出した手刀は鏡のようなバリアに阻まれ、それどころか『ニュート』の肉体は右の手刀から 亀裂が入って行き―――砕け散る。

「甘いな如月……そんなガンダムに対するザクマシンガン程度の攻めは通さねえよ」

「……喩えがわからねーよ」

刃牙の挑発に腹を立てるべきか否か迷った京弌は取り敢えずそう返した。

「決闘者ならガンダムくらい見とけ―――カードを1枚伏せてターン終了だ」

京弌:6400 刃牙:8000

京弌は場を見渡す。
手札は2枚。場には伏せカードが1枚。
対する刃牙の場にもモンスターはなし。同じく伏せカードが1枚あるのみだ。手札も同じ1枚だけである。

(今まではほんの、スパーリングってわけか)

京弌は気を引き締める。
「俺のターン、ドロー」
刃牙はカードを1枚引いた。

「手札から『異次元の女戦士』を召還しプレイヤーに攻撃!」



異次元の女戦士 効果モンスター 戦士族 光 ★4 ATK1500 DEF1600
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。




銀のボディスーツを身に纏った金髪の女剣士が現れる。
『異次元の女戦士』は剣を腰溜めに構え、地を蹴る!

「罠カード『リビングデッドの呼び声』発動―――墓地から『人造人間―サイコ・ショッカー』を特殊召還する!」


リビングデッドの呼び声 永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。



地に穴が空き、異形の改造人間が姿を現す。
だが刃牙は、『異次元の女戦士』の突撃を止めさせない。―――あくまで攻撃を続行させた。

(やっぱりそうきたか……)

京弌は内心、苦い顔をする。
京弌の『サイコ・ショッカー』は両手で成形した黒のエネルギー弾を無謀にも突撃してくる眼前の女戦士に放つ。
金髪の戦士は跡形も残さず飛散した。―――だが、『サイコ・ショッカー』の頭上にブラックホールのような穴が開いていた。
その穴は京弌の場の、禿頭の改造人間をいとも簡単に飲み込む。―――2体のモンスターは除外された。

京弌:6400 刃牙:7100

刃牙はカードを1枚伏せてターンを終了した。

「俺のターン、ドロー」
京弌はカードを1枚引いた。
引いたカードは『魔導戦士ブレイカー』。

(お互いに序盤で手札を消費し過ぎたか…モンスターがあまり多くは出てこない…)

―――つまり、1枚1枚のカードが貴重な戦力って訳か。
前哨戦はとっくに終わり、もう本番に突入している。
―――さて、ここから本腰を入れないとな…
京弌は手札を見て、思案する。

(一枚は『魔導戦士ブレイカー』、もう1枚は…)

―――現時点で選択肢は無いな。京弌は腹を据える。

「『魔導戦士ブレイカー』召還し、起動効果を発動する!」

盾の宝玉の照準を、刃牙の伏せカードに据える『ブレイカー』。

「無駄だ無駄!速攻魔法カード『スケープゴート』発動!」

『ブレイカー』の眼前にかわいらしい羊が現れた。赤の剣士が盾から放つ光は、リバースカードのビジョンがあった場所を虚しく焼くだけであった。

「バトルフェイズ―――『魔導戦士ブレイカー』で羊トークンを攻撃する!」

『ブレイカー』は愛らしい羊トークンの内1体に向かい、銀光を走らせた。

「俺のターンだな、ドロー……『忍者マスターSASUKE』召還し、『ブレイカー』に攻撃する!」

鉄仮面の忍者はくないを投擲、『ブレイカー』に銀の雨を浴びせる!

京弌:6400→6200

「ターン終了だ」

京弌は自分の置かれている状況を再確認する。

(……ヤバいな、これは―――)

京弌の場にはモンスター、伏せカード共にない。序盤の手札消費が祟ったのだろう―――京弌は臍を噛んだ。

(―――また、いつもの事か)

しかし、京弌は内心どこか楽観的だった。

デッキの一番上のカードに目をやる。




―――いつも世話になってるな―――今回も、アテにしてるからな。





「俺のターン―――ドロー!」
力強く宣言し、カードを引く。



「魔法カード『天使の施し』発動!」


天使の施し 通常魔法
デッキからカードを3枚ドローし、その後手札からカードを2枚捨てる。





京弌はデッキからカードを3枚引き、その中から『砂塵の大竜巻』と『氷帝メビウス』を墓地に捨てた。

京弌は手札からカードを取り、決闘盤に叩きつけるように置いた。



「手札から『龍神(アルター)』を召還する!」









龍神(アルター) 光 ★11 ATK2900 DEF500 ドラゴン族
  
このモンスターは、スタンバイフェイズ時自分の手札が2枚以下の場合、生け贄無しで特殊召喚できる。
ライフを半分払うことで、このカードを除くすべてのフィールド上のカードを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える。
この効果はデュエル中1度しか使えない。(※エラッタかけました)











薄暗い地下室を、光が―――光が満たしてゆく。
二つの口腔を持つ龍は羽を羽ばたかせ、咆哮した。
その咆哮はその場の人間全てに物理的圧力すら与え得るものであった。

「……へっ、伊達に世界に一枚だけしかないレアカードじゃないって訳か」

刃牙は顔にうっすらと冷汗を滲ませて言った。

「ライフを半分払い、『龍神』の起動効果を発動する!」

京弌:6200→3100

『龍神』は飛翔し、上下二つある口の上方を開く。

そこから放たれるは、裁きの雷。
全てのカードが―――『忍者マスターSASUKE』が―――羊トークンが―――裁かれ、消えてゆく。

『龍神』以外の、全てが、無へと帰した。

刃牙:7100→5300

「更に『龍神』でプレイヤーに直接攻撃!」

『龍神』は下方の口腔を開き、光の鉄槌を敵に叩き込む!

「ぐおぁっ…!」

堪らずリングの端まで刃牙は吹き飛ばされた。

刃牙:5300→2400

京弌は内心ガッツポーズをとる。

(いける―――いけるぞ、京弌!このまま押し切るっ!)

京弌は手札の残り1枚を伏せ、ターンを終了した。

「やれば出来るじゃん!行け〜京弌〜!」

奈津の声援。
真由美も驚愕の表情を隠し切れない。

(こんな土壇場で『龍神』を引くなんて……)

真由美は純粋な驚きとは裏腹に、ある種の戦慄さえ感じていた。

(本当に凄い……もし彼なら…)

もし、彼なら『十字軍』全員を、
―――否、『あのひと』すら倒してしまうのではあるまいか…―――?


「くくっ……」

倒れた刃牙の、小さく低い笑い声。


微笑しながら、どことなく緩慢な動作で立ち上がる刃牙。


―――楽しい。



―――楽しくて仕方がない。



こんな強敵―――『龍神』と今、こうやって対峙しているのが、干戈を交えて居るのが楽しくて仕方がない。




刃牙は微笑を浮かべたまま、京弌に向き直る。

「ありがとよ如月京弌―――楽しい、マジ楽しいよ……」

刃牙は笑っている。顔自体は普通の笑顔と変わりはなかった。しかし何かが違う、と京弌は思った。
笑いの雰囲気が、おかしいのだ。

まるで、餌を見つけた獲物のような―――

「俺のターン、ドロー」

刃牙はカードを1枚引く。


「くくく―――俺は墓地から『サイバー・ドラゴン』と『魔導戦士ブレイカー』をゲームから除外し―――」

「『カオス・ソーサラー』か!?」

京弌は身構えた。

「残念、ハズレだ―――」

刃牙は『サイバー・ドラゴン』と『魔導戦士ブレイカー』を腰のデッキケースにしまう。

「見せてやるよ。俺が一番信頼するカードを―――」









「『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』ッ!」



CHAPTER15 決着と始まりは背中合わせで

夜空と同じ表情をしている海。
その広い黒の上を疾(はし)る一隻のモーターボートの中に私は居た。

「―――様、後25分程で到着となります」

私と同じ黒のスーツに身を包んだ私の部下が私に教えた。5分置くらいに聞いてもいないのに律義に教えて来る。

「うむ」

私は目を半開きにしたまま返事をし、興味がないといった態度を見せつける。
―――私は船室で窓の外を眺めていた。
何も海が綺麗であったからではない。他にやることもないからであるし、何より目的地に着くのを―――自分でもいささか意外ではあるが―――楽しみにしているからであった。
表向きは部下の手前、落ち着いた風を装っているが、私は胸が高鳴るのを押さえ切れない。

―――やっと、見つけたのだ。

―――私の計画の鍵。忌わしきあの下衆に奪われた鍵。

だが、もうすぐだ。

もうすぐ、私の生涯を賭した計画は完成を見る。

―――その暁には、この世界も―――


私は顔が笑みを刻むのを堪えられなかった。

月は下弦に向かい痩せていく。





「か…『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』…」

京弌は掠れた声で、辛うじてその名を呼んだ。









カオス・ソルジャー −開闢の使者− 効果モンスター 戦士族 光 ★8 ATK3000 DEF2500
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。










「嘘っ!?あれって世界に少ししかないってレアカードじゃないの!?」

奈津も驚愕に声が大きくなる。

奈津の指摘するとおり、この『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』はスペルが強力過ぎるため『混沌帝龍―終焉の使者―』同様生産が早々に打ち切られたカードだったのだ。
世界に4枚しかなく、所有する人間などほんの僅か―――それこそ長さ10mほどの巨大な砂時計をひっくり返して、最後の一粒に残る位の可能性である。

そのモンスターが今、京弌の目の前にいる。

京弌は動悸が早くなるのを感じた。

「戦闘フェイズ―――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』で『龍神』を攻撃!」

鎧を纏った盾を背に回し剣鬼は跳躍、『龍神』との距離を一気に詰め―――両手にした剣で白の龍を頭頂から尾までを一気に切り裂く!!

「く…速攻魔法カード発動!『ご隠居の猛毒薬』!ライフを1200回復する!」



ご隠居の猛毒薬 速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分は1200ライフポイントを回復する。
●相手ライフに800ポイントダメージを与える。




京弌:3100→4200

「まだまだぁ!『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』の効果で、もう一度攻撃!」

『開闢の使者』は『龍神』を切り裂いた勢いはそのままに京弌めがけてレーザーの如く疾駆、その剣先から剣の腹までを京弌の胸に突き立てる!

「ぐ……ぁっ……!」

京弌の視界が白黒と明滅し、膝をついた。

京弌:4200→1200

「ターンエンドだ―――カードを引きな!」

京弌は震える手でカードを1枚引く。
引いたカードは『マシュマロン』。

(駄目だ……『開闢の使者』には太刀打ち出来ない…!)

「くっ……モンスターを裏守備表示で召還、ターン終了」

「何体壁を出そうが無駄無駄無駄無駄!俺のターン、ドロー!」

刃牙の引いたカードは『押収』―――手札の無い京弌には効果を与えられない。刃牙はフンと鼻を鳴らす。

「『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』の起動効果発動!その裏守備モンスターを除外!」

『開闢の使者』はその剣を地に突き立てる。

そこから地を這うように衝撃波が発生、疾走し、裏守備のモンスター―――『マシュマロン』をバラバラに切り裂いた。

「くっ……」

小さい呻きを漏らす京弌。

「ターン終了だ……思ったより粘るじゃねえか」
「何事も最後までやり遂げるのが俺の美徳だよ」

刃牙の軽口に、こちらも軽口で返す京弌。

だがしかし、内心はかなり焦っていた。

(……『開闢の使者』は攻撃権と引換えにモンスターを1体除外することが出来るモンスター……対してこっち通常召還が出来るのも、1ターンに一度だけ…)

―――アイツの場に攻撃力1200以上のモンスターが来たら、俺は確実に負ける……。

畜生め、最低じゃねえか――と京弌は頭を振る。
(――いや、手札のない状況でぐたぐた言っても始まらない…)

京弌は頭を回しはじめる。

(今アイツの場には『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』だけ―――コントロール奪取カードを使えば、逆転出来る―――まだ勝機はある!)

「俺のターン、ドロー!」

京弌はカードを、1枚引く。

(クッ……駄目だ!)

心の内で舌打ちをする京弌。

「モンスターを裏守備で召還し、終了」

「ハッ…いいカードを引くまで壁を張って時間稼ぎって寸法か?」

刃牙の闘志に満ちた声。
「―――上等だね。そっちがその気なら、俺の『開闢の使者』でお前のモンスターがなくなるまで除外してやんよ。―――俺のターン!ドロー!」

刃牙は引いたカードを見、―――ニィッと、笑う。

「手札から、『魂を削る死霊』を召還する!」


混沌の剣鬼の隣に出現する、髑髏の死神。
京弌の背中を、氷塊が滑り落ちる。

「『開闢の使者』の効果発動!その裏守備モンスターを除外!」

粉々にされる京弌の裏守備モンスター―――『クリッター』。
京弌は舌打ちをする。

「バトルフェイズ!『魂を削る死霊』でダイレクトアタック!」

『死霊』は鎌を振りかざし、京弌に肉薄、京弌の右肩から左腰にかけて刃を走らせる!

京弌:1200→900

「その調子でいつまで耐えられるかな?―――ターン終了」

京弌の手は、脂汗でじっとりと濡れていた。
ごくり、と生唾を飲む。

「俺の……ターン」

湿った感触のする手でカードをドローする。

「魔法カード『スケープゴート』を使う!」

京弌の場に丸々とした小さな羊が出現する。

(どうする……次のターンは凌げるが、最低でも3体のトークンはやられる…)

―――次に訪れる自分のターンにいいカードを引かないと確実に負けてしまう…!

「そうそう、最後の最後まで闘ってくれないと張り合いがねえ―――俺のターン、ドロー!」

刃牙はカードを引いた。
―――『サイバー・ドラゴン』。今は生贄召還してもあまり意味はないか…

「『開闢の使者』と『魂を削る死霊』で羊トークンを攻撃っ!」

『開闢の使者』と『魂を削る死霊』は哀れな3匹の小羊を、バターのように切断する!

「ターンエンド……さあ如月、お前の壁は後一つだ!」

「京弌!諦めたら駄目っ!」

刃牙の啖呵も、奈津の声援も、今の京弌には聞こえなかった。

聞こえるのは己の呼吸と、心臓の鼓動だけ。



目の前の扉の取っ手は冷たい金属。

その冷たさは、手を通じて、京弌の背筋まで這い上がる。

京弌はその冷たさに負けないように、取っ手を握る手に力を込めた。













力を振り絞り、扉を開け、足を踏み込んだ―――











「魔法カード発動っ!」

京弌は引いた扉の先にあった景色、
その名を力強く唱えた。














「『悪夢の鉄檻』っ!」
「!!」




悪夢の鉄檻 通常魔法
全てのモンスターは(相手ターンで数えて)2ターンの間攻撃できない。2ターン後このカードを破壊する。





刃牙と彼のしもべの周辺を、黒い鉄檻が覆う。
刃牙の信じられないと言った表情。
だが、その表情も少しだけだった。刃牙はフンと鼻をならし、

「しつけぇなお前……いい加減諦めて『龍神』を渡してくれよ」

「言ったろ?何事も諦めないのが俺の美点だってな」

軽口を叩き、京弌はターンを終了する。

「俺のターン、ドロー!」
刃牙はカードを引く。

「魔法カード『天使の施し』!カードを3枚引いて、内『サイバー・ドラゴン』と『押収』を捨てる!」

刃牙は手札を見る。

(『冥府の使者ゴーズ』に『地砕き』か……今の俺には意味ねぇな)

「何もしねぇ―――ターン終了だ」

京弌はデッキからカードを引く。



神獣王バルバロス 効果モンスター 獣戦士族 地 ★8 ATK3000 DEF1200
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。その場合、このカードの元々の攻撃力は1900になる。3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、相手フィールド上のカードを全て破壊する。








(『神獣王バルバロス』―――元の攻撃力は3000だけど、どうやったって生贄をそろえられない…だが……!)

―――俺のデッキには入っていた筈だ。―――今の状況だからこそ活かせるカードが。

―――次のターン終了時、刃牙の場が今のままだったなら、

「……何もせず、ターン終了」

「ちょっと京弌!?どーしちゃったのよ!?『悪夢の鉄檻』の効果は後1ターンで切れるのよ!?余裕こいてる場合じゃないのよ!?」

奈津は焦って叫ぶ。

真由美も刃牙も、京弌の行動に疑問を抱いた。

(カードを引いただけで終了…?まさか如月君……)

(アイツ、手札事故でも起こしたのか?)

―――まあいいや、と思い直す刃牙。自分の『開闢の使者』の攻撃力は3000。これを上回るモンスターはそうはいない。
万が一攻撃力300の『魂を削る死霊』を殴られたとしてもこちらのライフは2400。攻撃力2700までなら耐えられる。その次のターン『開闢の使者』でボコボコにしてやるまでだ。

「俺のターンだな、ドロー!」

引いたカードは『封印の黄金櫃』―――プレッシャーをかける程度にはなるだろう。

「魔法カード『封印の黄金櫃』発動!―――『リビングデッドの呼び声』を取り除く!」



封印の黄金櫃 通常魔法
自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。







刃牙のフィールドに、黄金色に輝くウジャド眼の飾りをもつ棺が現れる。その中に格納される『リビングデッド』のカードCG。

「ターン終了だっ!」

「俺のターン―――」



京弌は目を閉じる。

(頼む……俺のカード…)

京弌はデッキに手をかける。

(奈津には―――)

ゆっくりとカードを引く。

(奈津にだけは―――)

―――俺の惨めな姿を見せたく、ない。





目を開き、その先の








「―――!!」








“光景(カード)”を、目に焼き付けた―――






「俺は手札から『神獣王バルバロス』を生け贄なしで召還する!」

鎧を着た半人半獣の戦士が現れる。
刃牙は顔に疑問符を浮かべた。

(『バルバロス』だと!?そいつの攻撃力は生贄無しで召還したから1900…)

―――『死霊』には勝てるだろうが、次の刃牙のターンに『開闢の使者』に倒される。
しかし、京弌の瞳には闘志が燃え盛っていた。










「更に手札から魔法カード発動!」








「なにっ!?」

刃牙の驚愕の声。
京弌は残りの手札一枚を、決闘盤に叩き込んだ。










「装備魔法『巨大化』発動!」










巨大化 装備魔法
自分のライフポイントが相手より下の場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。自分のライフポイントが相手より上の場合、装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする











肉体がむくむくと大きくなってゆく『バルバロス』。対峙する刃牙のモンスターを傲然と見下ろす。

バルバロスの今の元の攻撃力は1900。つまり―――

(今のコイツの攻撃力は―――3800…!?)

「バトルフェイズ!『バルバロス』で『魂を削る死霊』を攻撃!」




『バルバロス』は眼前のチンケな死霊に向かい走り、勢いそのままに右手にした突撃槍を打ち込んだ!

刃牙:2400→0








「はぁっ―――はぁっ―――はーっ」

京弌は息をはきだし、汗を拭う。

(何て野郎だ……『巨大化』を使うなんて思っても見なかった…)

刃牙は暫く呆然としていたが、やがて息をついた。

―――どうやら『十字軍(おれたち)』は、とんでもない奴を敵に回しちまったらしい…。

「―――負けた。完敗だ」












「やったぁー!京弌ー!」

「ぐはぁっ!?」

奈津はリングにかけ上がり、京弌に猫のように飛び付いた。

「ぐぇっ…奈津…息がっ……苦し……」

京弌の顔色が、一瞬にして蒼白になる。

「あらまー見ました奥さん?」

おちょくり声のした方に目を向けると、刃牙が真由美に聞こえよがしの耳打ちをしていた。―――額に青筋を浮かべながら。

「もーこんな公衆の面前だってのにあんなにイチャイチャストロベってますよ〜。恥ずかしいったらありゃしない」

「なっ……う、うるせえ!イチャついてなんか―――」

「人前で抱き合ってる奴がどの口で『イチャついてない』な〜んて寝言をほざくんでしょ〜ね〜?」

奈津の腕から開放された京弌は刃牙の粘着質な口調に言い返そうとした。が、

「えー何よ京弌?こんなに可愛い娘に抱き付かれて不満なわけ?」

「抱き付いた相手を窒息死寸前にした奴が何言ったって説得力な―――いてぇっ!」

奈津がまるで引き千切らんとせんばかりに京弌の耳をつねる。

「ん〜?京弌〜、今なんて言ったのかしら?ぜぇんぜん聞こえなかったわ〜。男ならもっとハッキリ喋りなさいよ〜」

「いててててててて!ハイ僕が悪かったです!こんな美人さんに抱き付かれて歓喜の極みですいててててててて!」

よろしい、と奈津は京弌の耳を開放する。まだ耳全体に焼けるような痛みが残留していた。

「あはははははははっ!あははははははははは!」

その夫婦漫才の一部始終をみていた真由美が大きく腹を抱えて笑っていた。





「じゃ、俺達は帰るわ」

刃牙の家の居間に戻った京弌は言った。
真由美が刃牙の脇腹を小突く。

(―――やっぱり、言うの?)

(“負けたら伝える”って言っちまったからな。それに、あんまり時間もないらしいし、言わない道理もないだろ)


「あー、ちょっと待て」
刃牙は京弌を呼び止めた。

「? どうしたんだよ?」

「一つお前に話さなきゃならない事がある」

そこで刃牙は一呼吸置く。
―――京弌は気付いた。
刃牙の表情が、これ以上無い程真剣だということに。










「お前の親父―――如月 神が今日、この街に入港する」



CHAPTER16 真実、そして、その先

「――――うわあああああああああああん!―――おかあさああああああああああん!」


京弌はベッドに顔を埋めて、声を震わせて、泣いていた。
涙が、止まらなかった。




“京弌はおおきくなったら、何になりたいの?”

―――いつも優しく微笑んで、温かい手で優しく頭を撫でてくれた母。

“お父さんもね、お仕事で忙しいのよ。だから、いつ戻って来てもいいように頑張らなきゃ”

―――父がいなくてどんなに寂しくても、決してそれを見せなかった母。



京弌は、そんな母が大好きだった。
大人になったら、楽な暮らしをさせてあげようと心に決めていた。







しかし、
雪のように白い顔は、二度と笑顔を浮かべる事はない。
枯れ枝のように細い指の手は、二度と京弌の頭を撫でる事はない。

「帰って………来てよお!」

京弌は両手で母の大きな手を握った。
自分の命を母に分け与えるかのように、強く、強く。

それでも、

「おかあさん……」

幾ら強く願っても、

「おかあさん………!」

両の掌に握った手は、ずっと冷たいままだった。
「おかあさん!」

二度と暖かさを取り戻す事は、なかった。

「おかあさぁぁぁあああああああああああああああん!」






もう、9年も前の事だった。
しかし、京弌は、あの時の事を、まるで昨日の事のように覚えていた。

真っ白い、眠るような表情だった母の顔も。
まるで氷のように冷たかった母の手も。
そして、母の死に目にも会いに―――その後の葬式にも、墓参りにさえ―――来なかった“あの男”のことも―――








「アイツが―――この街に……?何の為にだ!?」

憎悪すべき男―――如月 神の名を出され激昂する京弌に対し、刃牙は淡々と答える。

「理由は極めて単純だ。―――お前の持つ『龍神』だよ」

「なっ…?!何でだよ!何であいつが一枚のカードに―――」

「その答えも極めて単純だ。―――だがその前に、少し話すことがある」

「!?」

刃牙は煙草を取出し、口に咥えて火をつける。やがて、刃牙は淡々と切り出した。

「これはあくまで人伝で聞いた話だが―――如月 神は12年前、極秘裏にオーストラリアの軍事研究所と手を組み、その研究所にゆかりのある一人の金持ちをスポンサーに取り付けた」

刃牙は煙を吐き出し、続ける。

「そのプロジェクトは国や他人の目が一切届かない所で行なわれた。如月神は組んだ研究所と金持ちには、表向き潜水艦の量産ってことで通して、資金援助をとりつけていた。―――だが、真実は違ったって訳だ」

真由美が京弌から目を逸した。
刃牙は灰を灰皿に落とし、続ける。

「作ってた潜水艦はガワだけ作ったタダのハリボテだったのさ。―――そのハリボテを作る傍ら、もう一つ製造を進めていたものがあったんだ。何かわかるか?」

首を横に振る。京弌には皆目見当がつかない。

「そうか、やっぱり分からないか………そりゃそうだよな。俺も最初聞いたときは耳を疑った。
 いいか、よく聞けよ―――」













「―――この日本の海の底にある、核融合プラント―――それを使った陽電子砲だ」





陽電子「砲」―――というには少し語弊があるかもしれない。
大気中にも電子は多く存在するので発射した瞬間、標的に到達する前に対消滅反応が起こってしまうからだ。

まず大気圏内で陽電子砲を撃つと空気分子中の電子と電子対消滅を起こし、指向性の強いガンマ線が発生する。
即ち陽電子と電子が消滅して、進行方向にガンマ線ビームが飛んで行く。
ガンマ線の殆どは宇宙に飛び去るだろうが、一部は空気分子内の原子核と相互作用を起こして、空気自体を放射能に変えてしまう。

つまり、陽電子砲を使用した瞬間、放射能汚染を引き起こすことになるのである。







「な…ッ」

京弌は小さく声を漏らしたことすら自覚していないようだった。

「端的に言っちまえば、広島や長崎に落とされた原爆より何倍、何十倍も強力な殺人兵器だ。―――流石にそれだけで日本全土が焼け野原にはならないだろうな。だが、都市機能の停止や放射能による二次災害の規模は想像もつかねえ。一旦起動させたらこの日本列島は誰も住めない、死の島になる」

刃牙は煙草を一服し、再び口を開いた。

「だが、如月 神の怪しい動向に気付いた人もいた。その人は如月 神にも秘密で核融合プラントに起動する為の起動パスワードを設定し、ある人物に掛合い、そのパスワードをある一つのモノに封印したんだ。―――その“ある人物”ってのは、










 ご存じ、『デュエルモンスターズ』創作者のペガサス・J・クロフォードだ」

京弌は息を呑む。
脇から冷たい汗が流れる。唇は蒼白だった。

(ペガサス・J・クロフォード?!―――まさか………じゃあ、まさか!?)




刃牙は京弌を鋭い眼で見据えて、言った。

「もうわかっただろう?俺の言いたい事が―――
























 お前の『龍神』は、その核融合プラントの、起動キーだ」






















「嘘………だろ……?」

辛うじて声を発した京弌の疑念を、刃牙は容赦なく切って捨てる。

「嘘じゃねぇ。最近『屍(しかばね)』ってレアカードハンターが暴れ回ってんの、聞いたことあるだろ?あれは元を正せば『龍神』を探す為、如月 神が結成した組織だ」

(そんな………そんな、馬鹿な………)

京弌は、自らの過去に囚われていた。
母の亡骸にしがみついて慟哭したあの日。
あの時から心の片隅で燻っていた父への憎悪。―――全てがごちゃまぜになり、京弌の中で渦を巻いていた。








(俺は、どうすれば……あいつは今日この街に入港すると言っていた―――けど、俺には何も出来ない……)




―――“今日”?


―――今日、“この街に”?入港“してくる”?






京弌の頭に、閃光がよぎる。


(―――この街に港が幾つあった?)

―――ひとつしかなかった筈だ。

(―――そして、俺はその港を知っているのか?)

―――間違ない。漁船が大量に停泊していた、あそこしかない!

京弌は立ち上がり、玄関めがけて走り出す。

「ちょっと、京弌!?」

「如月君、どこに!?」

「まさか、如月 神を倒しに―――」

背後の3人の声を無視し、京弌は自転車に飛び乗った。










「ここ、か」

京弌は周辺を見回す。潮の匂いが鼻に飛び込んで来た。
港に一つだけある小さな工廠、その影に京弌は忍び足で侵入する。

声が微かに聞こえて来る。男の声だ。

「―――うにこの街にあるのだろうな?」

「はい、パックの輸送先を調べたところ、この街の可能性が高い、との事です。如月様、この街にはいつまで滞在なさるご予定で?」

「無論、『龍神』が見つかるまで―――と言いたいが、『糸使い』の奴の研究もある。精々一週間が良い所だな。だが、この街の美術館にあるというゴーギャンの絵は見てみたいがな」


京弌は目を見開いた。

―――間違ない、奴だ。



―――如月 神だ!





そう認識した瞬間、
京弌の足は勝手に動き、

声帯は声を発していた。






「―――親父っ!」



CHAPTER17 邂逅は悪夢の如く

「―――親父ッ!」

京弌の腹腔からの怒声が、寂れた工廠に響き渡った。
中の人間は5人。全員宵闇のように黒いスーツを着ていた。
だが、その5つの黒の中から、京弌は仇敵たる男だけを睨んでいた。
銀縁の眼鏡をかけており、頬も痩せているが、黒髪に所々金髪の混じる髪や、目元の形は確かに京弌と酷く似ている。

憎悪に燃える眼で己をねめつける京弌を、その男は平然と見返す。

―――その瞳には、感情が一切含有されてなかった。
ただビー玉のように、京弌の憤怒の表情を移すだけだった。


「『親父』…?神様、あの少年は―――?」

無個性な黒服の内一人が戸惑いの声を上げる。
神と呼ばれた男は顎に手をやり、思い出そうとした。

「? はて―――」

心底覚えのないといった声。
京弌の腑(はらわた)のマグマのような憤怒が、京弌の口から言葉となり噴出された。

「京弌―――如月京弌だ!アンタが置去りにした、如月遥の息子だ!」

地を揺るがすかの如き京弌の怒号。
その敵意そのものの声に反応し、部下の黒服が京弌を円形に包囲する。

憎しみに燃える京弌の視界には、神以外は何も写っていなかった。



「遥………?」



咆える京弌とは対象的に、神はまだ顎に手をやって考え、






「―――あぁ、そういう女もいたな」




「―――!?」





「使い勝手は良かったが、遺産が手に入らなかったのだけは未練だったな」






















―――「お父さんも忙しいのよ、きっと。だから私も頑張らなきゃ」

―――「お父さんはね、真面目な人だから……今も頑張ってるのよ。」

母は信じていた。

全く家に帰らぬ父を。父は家庭の為に頑張っていたのだと。

幼かった京弌も最初は信じられなかった。
―――まだ顔は写真でしか見た事が無い上、何年も家に帰ってこないようないい加減な男を信じろと言われても、信じられる訳が無い。

―――それを聞いた母は、京弌が生まれて初めて京弌の頬を張った。―――目に溢れそうな悲しみを湛えながら。

それ以降、京弌も信じて父の帰りを待った。
父の事は相変わらず好きではなかったが―――母が信じていたから、自分も信じることにした。

母は、死ぬまで夫の帰りを待っていた。





―――それを、こいつは今、何と言った?








―――「そういう女もいたな」
―――「使い勝手は良かったが、遺産が手に入らなかったのだけは未練だったがな」





―――京弌の中で、何かがぷつりと切れた。










「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」




京弌は弾かれたように、地を蹴った。




―――憎い




―――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い



京弌は体重を乗せ、右腕を振り上げた。

―――殺してやりたい。



―――この男のすまし顔を目茶苦茶にしてやりたい―――


京弌の憤怒を乗せた拳はしかし、父に届くことはなかった。

黒服の男たちが、京弌の腕をねじり上げ、その体を捩じ伏せていた。

「ぐぁあっ!?」

その衝撃で、京弌の腕から決闘盤が弾け飛んだ。不自然な方向に曲げられた右腕が激痛を叫ぶ。

「くそっ―――殺してやる!―――畜生っ!放せ!放せぇっ!」

京弌は地を舐めさせられても、なお狂ったように抵抗を続ける。

「うるせえんだよ!このクソ餓鬼がっ!」

京弌の頬に、黒服の靴が飛んだ。
頬の裏が切れ、口の中に熱い鉄の味が広がる。
息子が足蹴にされるその光景を目の当たりにしても、神は何の感慨も見せない。
神は目線を吹っ飛んだ決闘盤に向けた。

「! てめえ、何を―――」

京弌が反応する。
神は、京弌のデッキを決闘盤から取り外した。
デッキの中身を一枚一枚確認する。

(こいつ……!まさか『龍神』を―――!)

「このっ、放せぇっ!」

京弌は体を出鱈目に動かして黒服の拘束から逃れようとする。

「ギャーギャー鬱陶しいんだよっ!」

怒声と共に、今度は鼻に蹴りが飛んだ。鼻血が舞い、コンクリの床に赤の斑点を散らす。
不意に、神のカードを確認する手が止まる。
今まで硝子玉のようだったその眼が初めて感情に揺れた。
その目に写したのは、純粋な歓喜。
―――不意に、神の顔が笑みを浮かべた。

「―――!」

京弌の背筋が凍り付く。
その笑顔は、まるで人間的な物を感じさせなかった。
それは、悪魔の笑い。
人の体を引き裂き、その悲鳴を楽しむ悪魔の笑顔。

「くははは―――なんという偶然だ……捕らえてみれば自分の子だっただと?―――ははははは、なかなか笑える冗談じゃないか」

神は地に地に這いつくばった京弌に体を向けた。
その目の前にデッキをセットした決闘盤が投げられる。

「もう良いぞ。京弌を開放してやれ」

「!?」

黒服の男達は戸惑いを見せる。

「神様!?一体何を!?」

「只このまま奪い取るのも芸が無いと思ってな。―――京弌と『龍神』を賭けて決闘するのだ」

配下の一人の声に、まるで散歩にでも出かけるかのような口調で応じる神。

「なっ―――!?」

「勿論、私もそれ相応の物を賭けねばなるまい。―――そうだな、決闘に負けたらこの計画を破棄、私は自害する。……というのはどうだ?」

回りの部下が一瞬で凍り付く。
だが、神は依然として上機嫌のままだ。


「しかし、神様!この『龍神』を探すのに何億の資金、何年の年月が掛かったかは、神様が一番よくご存じの筈!神様自身もこの計画には生涯を賭けているとおっしゃったではありませんか!それをたかが一回のゲームで―――」

「私が死んだ後は『糸使い』の面倒になればいい。―――それに父と息子、一回ゲームくらいするものだろう?」

神は珍しく、冗談めかした声音で言った。

そして開放されても地面に伏せたままの京弌に目線を向ける。

「それとも、私がこの駄犬のように這いつくばっている不肖の息子に負けるとでも?」

神の金属のような冷たい声。
京弌は決闘盤を手に取り、力を振り絞って立ち上がった。

「言いたい放題言いやがって……後悔するなよ!」

京弌の軋むような憎悪の声。

若干の距離を置き、対峙する京弌と神。


一瞬の静寂が流れ、京弌と神の宣言が轟いた。




「「―――決闘!」」



CHAPTER18 血の宿命は纏りつく汚泥のように

決闘の火蓋は京弌の宣言で切って落とされた。

「俺のターン、ドロー!」

京弌の頭はどす黒い感情に支配されていた。

(俺の命に替えても…こいつだけは―――!)

―――母さんの胸がどんなに痛かったか―――その身に刻み付けてやる!

「モンスターを裏守備表示!カードを1枚伏せ、ターン終了だ!」

激情的な京弌とは対象に、神は淡々と宣言する。

「私のターン、ドロー―――魔法カード『サイクロン』を発動」

京弌の伏せカード―――『収縮』は霧散する。

「更に魔法カード『抹殺の使徒』を発動する」

京弌の裏守備カード―――『魂を削る死霊』も先の『収縮』と同様の運命を辿った。

「『E・HEROエアーマン』召還し、効果を発動―――同じく『エアーマン』を手札に加え、プレイヤーに直接攻撃」



E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン 効果モンスター 戦士族 風 ★4 ATK1800 DEF300
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカードを除く「HERO」と名のついたモンスターの数まで、フィールド上の魔法または罠カードを破壊する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。




背中にジャイロを背負った戦士は跳躍、京弌の腹に強烈な蹴りを叩き込む!

「ぐっ…!」

京弌:8000→6200

「カードを1枚伏せ、ターン終了―――どうした京弌?私を殺すのではなかったのかな?その程度では赤子すら殺せないぞ」

「黙れっ!余裕こいてられるのも今のうちだ!」

京弌は怒鳴り、立ち上がった。

「俺のターン!ドロー!」

引いたカードは『ジャイアント・オーク』。京弌は引いたカードを除く今の手札4枚を見る。

―――『月読命』『邪帝ガイウス』『早すぎた埋葬』等……今この状況では使えないカードが多い。
どの道この手札ではやることは決まっている。

「『ジャイアント・オーク』召還し、『エアーマン』に攻撃!」

棍棒を振りかざし突撃する『ジャイアント・オーク』。

神の奇妙に平坦な声が、その突進を妨げる。

「罠カード発動。『万能地雷グレイモヤ』」


万能地雷グレイモヤ 通常罠
相手がモンスターで攻撃した時、相手の攻撃表示モンスターの中から一番攻撃力の高いモンスター1体を 破壊する事ができる。




『ジャイアント・オーク』の踏んだ地面が爆発、紫色の巨人は跡形も無く飛散する。

「くっ…カードを1枚伏せてターン終了」

京弌の苦渋の声。

「私のターン、ドロー……これはいいカードを引いた。手札から『E・HEROスパークマン』と『融合呪印生物―光』を融合し『E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン』を特殊召還する」



E・HERO(エレメンタル・ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン 融合/効果モンスター 戦士族 光 ★8 ATK2500 DEF2100
「E・HERO フレイム・ウィングマン」+「E・HERO スパークマン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は自分の墓地の「E・HERO」という名のついたカード1枚につき300ポイントアップする。このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。






全身から白銀の光を放つ英雄は、日本を消す悪魔の守護者となり立ちはだかる。
今、神の墓地のE・HEROは『スパークマン』のみ。
つまり、攻撃力は―――2800。
神は更に自分の布陣を強化する。

「『E・HERO エアーマン』を召還。魔法・罠破壊効果を発動―――」

「『エアーマン』の効果にチェーンし、リバースカード発動!」

神の平坦な宣言に被さるように、京弌の声が響いた。

「『月の書』!対象は『シャイニング・フレア・ウィングマン』!」

銀色の肉体を持つヒーローのビジョンが、突如消失する。

「―――だが、私の場には『エアーマン』が2体存在する。その2体でプレイヤーに直接攻撃だ」

神の命令と共に、二体の『エアーマン』は飛翔、京弌のみぞおちと頬に蹴撃を見舞う!

京弌:2600 神:8000

「ぐぅっ…」

京弌は堪らず膝をついた。

「ターン終了。フム……京弌よ。私は頭が良い方だと思っているが、―――お前を見ると私の遺伝情報が少しでも入っているのか不安になって来たぞ」

「なにっ…」

神の蔑むような声に、京弌は首を上げる。

「あの女―――遥の遺伝子情報が紛れ込んで劣化したとはいえ、もう少しマトモに足掻いてはくれないのか?」

「―――っ!」


瞬間、京弌の頭に血が駆け上がった。思考が一瞬の間に吹き飛ばされ、頭が真っ白になる。
京弌は痛いほどに右拳を握り締め、噛み切らんばかりに唇を噛み締めた。




「お前は……っ」

京弌の口から声が漏れた。

「?」

「お前は、お前だけは――――絶対に許さねえ……!」

その声はまるで燃え盛る地獄の業火、
神を睨む視線はまるで雷光。

「―――その意気は良かろう。だが、京弌」

神はその憎悪を一身に受け―――それでも尚、見下した態度を微塵も崩さない。

「そのような大言壮語は結果を残せるようになってから言うものだ」

「そんな台詞、この決闘で絶対に吐けなくしてやる!」

京弌は怒号と共にカードを引いた。

「魔法カード『強奪』!『E・HERO エアーマン』のコントロールを奪う!」

『エアーマン』の内1体は京弌の場に移動した。

「更に『エアーマン』を生贄に捧げ―――『邪帝ガイウス』を召還!効果で裏側守備表示の『E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン』を除外する!」


邪帝ガイウス 効果モンスター 悪魔族 闇 ★6 ATK2400 DEF1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚を除外する。除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。




全身が漆黒の悪魔は、拳を地に叩き付けた。
裏守備表示のカードビジョンを、ブラックホールのような穴が貪欲に食らってゆく。

「バトルフェイズ!『ガイウス』で『エアーマン』を攻撃!」

『ガイウス』の黒い影が『エアーマン』に肉薄、次の瞬間には胸から背中にかけてその腕が深々と貫く。

神:8000→7400

「フム、掠り傷くらいは負わせられるのか」

神は死んだ魚のような目で何の感慨もなく呟いた。

「ターン終了!」

京弌の声を受けて、神が機械的な動きでカードを引く。

「私のターン、ドロー……魔法カード『天使の施し』発動」

神は3枚カードを引いた後、『異次元の女戦士』と『E・HEROエッジマン』を捨てた。

「モンスターを裏側守備でセット。魔法カード『未来融合―フューチャーフュージョン』を発動。『E・HERO フェザーマン』『E・HERO バーストレディ』『E・HERO クレイマン』『E・HERO バブルマン』をデッキから墓地に捨て、『E・HERO エリクシーラー』を融合デッキから取り除く」

「……!」

京弌は息を呑む。
今京弌の手札に魔法、罠破壊のカードはない。
つまり、後2ターンの間に対策を講じなくてはならないのだ。

(焦るな俺……まだ2ターンある。それに今奴は手札がない。その間に除去カードを引けばいいじゃないか…!)

「俺のターンっ!」

京弌はカードを引く。
引いたカードは『霊滅術師カイクウ』。―――今手札の中でマトモに使えるのはこいつしか居ない。


「『霊滅術師カイクウ』で、裏守備モンスターを攻撃!」


霊滅術師 カイクウ 効果モンスター 魔法使い族 闇 ★4 ATK1800 DEF700
このカードが相手に戦闘ダメージを与える度に、相手墓地から2枚までモンスターを除外する事ができる。またこのカードがフィールド上に存在する限り、相手は墓地のカードをゲームから除外する事ができない。


異形の半面を持つ僧は、数珠を巻いた右手より漆黒のエネルギー塊を放った。

「残念だな京弌―――私の守備モンスターは『マシュマロン』だ」



神の場にプヨプヨとした白く愛らしいモンスターが出現し、『カイクウ』のエネルギー塊を食らい、凹んだ―――と思いきや、あらぬ方角に弾いた。

京弌:1600 神:7400

「く………っ!」

京弌はギシリ、と歯ぎしりをした。
こちらは既に死に体も同然、方や眼前の憎き敵には自分の攻撃が殆ど届かない。
京弌の全身に嫌な汗が流れ、動悸が早くなる。

(くそっ―――冷静になれ如月京弌!)

「カードを1枚セット……ターン終了!」

神は京弌のターン終了と共に無造作にデッキからカードを引く。

(『E・HERO ワイルドマン』か……フン、壁にはなるか)

「……モンスターを守備表示で召還し、ターン終了。―――さて京弌、『エリクシーラー』召還まであと1ターンだぞ?手札1枚のみの君に大逆転劇など誰も期待してはいないが、もう少しばかり抵抗してもらわないと退屈なのでね」

「………ッ!」

京弌は神をねめつけたが、正直今の手札ではどうしようもない。
デッキの一番上のカードに目を落とす。






―――俺は、負けられない…!

京弌の脳裏に、母の笑顔が浮かんだ。
痩せこけた頬、隈の濃くなった目元。
それでも、母は、京弌に笑顔を見せてくれた。






――――負けられない……!






それを、眼前の男は土足で踏みにじった。







―――負ける訳には、いかないんだ!






そして奴は、日本中の人間に同じ思いをさせようとしている…



―――頼む、俺のデッキ……
俺にコイツを倒す力をくれ――――!







京弌は祈りと共に、カードを引いた―――――




「――――手札から『龍神』を特殊召還!」



CHAPTER19 神の悪戯(はかりごと)

「―――はい、分かりました。失礼しま〜す」

刃牙はハタから見ると不気味な位丁寧な口調で携帯電話を切った。
刃牙の住む粗末なあばら屋の中は、重い空気が漂っていた。真由美と奈津もいる。

「今、如月の自転車を見つけたってさ。多分ヤツもそな近くに居るだろうな―――10分したら見つかるかもな」

刃牙の報告を聞いた真由美は、ホッと胸を撫で下ろす。張り詰めていた空気が和らいだ。

「良かった―――如月君ったら物凄い勢いで飛び出していったから、事故にでもあったんじゃないかって……」

「え、真由美……もしかしてアイツに惚れたとか?」

刃牙の冷やかすような声に、真由美は顔を赤らめ、刃牙の顔を食わんばかりの勢いで怒鳴った。

「そ……そんなんじゃないってば!だいたい、こーなったのは刃牙君が今日この街に入港してくるなんて口を滑らせたせいじゃん!」

「え〜?なんのことかな〜?ボクぜんぜん知りませーん」

京弌が近くにいるかも知れない。その報せですっかり安堵した二人に対して、奈津の顔はあくまで沈痛なままだった。

「? どうしたの奈津ちゃん」

真由美の声に奈津は答えず、すくりと立ち上がる。

「ゴメン、今日はもう帰るね」

奈津の固い声に何かを感じ取った真由美は、止めるべきか否か迷った。
しかし、

「そっか。でも、もう暗いから送ろうか?」

口火を切ったのは刃牙だった。

「ありがとう。でも一人で帰れるわ」

奈津はそれを素っ気無いとも言えるような態度で断り、玄関に向かう。


奈津の頭の中は、京弌のことで一杯だった。

(京弌の馬鹿っ…!)

幼い頃からマイペースでヘラヘラしてて、だるがりで。
そのくせ誰よりも強情で、頑固で、時々やることが突拍子もなくて。

(何で、相談してくれないのよ…)

だからいつも世話が焼けて、眼がはなせなくて。
目を話したらどこかに消えてしまいそうで。

(私だって、話くらい聞けるんだから―――)

彼女の足は、京弌の居る港に向かっていた。





「ほお…」

神の不釣り合いな程呑気な声。
彼の目は硝子玉のように、巨大な龍を写し出すだけだった。

「行くぜ!ライフを半分払い、『龍神』の特殊効果を発動する!」

京弌:1600→800

『龍神』は羽ばたき、周囲の物を全て吹き飛ばさんばかりの旋風を巻き起こして飛翔する。
上下二つある口の上方の口を開いた。
そこに瞬く間に収束して行く光。

―――その雷光が、地上に降り注いだ。

総てのカードが、その光に焼かれる。
濛々たる煙が上がるも、降下した『龍神』の羽ばたきにより吹き飛ばされた。

神:7400→3600

神の表情は何の変化もなかった。
まるで彫像のように、その表情筋はぴくりとも動かない。

「母さんの痛みを思い知れ!『龍神』でプレイヤーに直接攻撃!」


今度は下方の口が開き、そこから光が放たれる!主の怒りを乗せた攻撃は神を真正面から捕らえた。
神は風に吹かれた木の葉のように飛ばされ、工廠のコンクリ床にたたき付けられる!

神:3600→700

「ターン終了!お前のターンだ!」

京弌は叩きつけるように怒鳴る。
神は緩慢かつロボットのような動作で立ち上がった。
神の手がデッキに伸び、カードを1枚引く。

神の表情を見た瞬間、京弌の背中に悪寒が走った。









引いたカードを手にした神は、はっきりと笑顔を浮かべていた。

それは、他人の苦痛を極上のディナーとする悪魔の笑顔。
先程京弌のデッキから『龍神』を見つけた時の、背筋が粟立つかのような笑い。
その目は今までの硝子玉のようではなく、まるで煮立った泥のように底が見えなかった。
冷たい汗が京弌の脇の下を伝った。

(何だ!?アイツの引いたカードは…)






「ふふ……カードを1枚伏せ終了」

神は笑ったまま宣言する。

「何がおかしい!」

京弌は叫んだ。己が身にのしかかる不安の捌口を求めるように。

「いやいや、別に何も」
神は笑ったままはぐらかすだけだった。

(くそっ……ヤツの笑い顔なんかに惑わされるな!)

「俺のターン、ドロー!」

京弌はカードを引く。

引いたカードは『地砕き』…今奴の場にモンスターはいない。無用の長物だ。

対して京弌の場には『龍神』。このターンに直接攻撃をかければ、京弌の勝ちだ。
だが、京弌の頭から神の凶笑が離れない。

(もしかしたら、奴の伏せカードは罠カード…!?『ミラーフォース』か『炸裂装甲』…?いや、奴は手札がない。モンスター破壊だけでは逆転は不可能……じゃあつまり―――)



「―――『あの伏せカードは《魔法の筒》《ご隠居の猛毒薬》のようなライフに直接ダメージを与えるカードではないか?』と今お前は思っているだろう?」

「!」

手札を見て思案をしていた京弌はガバッと顔を上げた。
神は、あのヘドロのような笑顔を浮かべたままだった。

「く……っ」

京弌は唇を噛み締める。
確かに今奴の場にはモンスターはいない。攻め込む絶好の機会だ。
だが、奴の笑みが京弌の頭に頑固汚れのように取り付いている。

「何を躊躇う必要がある?私が憎いのなら攻撃すればよかろう?」

神は獲物を狩りたてて楽しむ獣のように、汚泥の笑顔のまま京弌の耳に毒を流し込む。

「私は妻子を捨てたばかりか、この日本さえも消し去ろうとしている愚者だ。君でなくとも許せる筈があるまいよ。攻撃するのは極々当然の―――」

「黙れっ!」

京弌は怒鳴って神の言葉を遮る。
心臓の鼓動が不自然に大きく聞こえる。まるで心臓そのものが耳元まで移動して来たようだ。
不快な汗が肉体を伝う。呼吸まで荒くなりそうだ。

「そうだ。―――おい、私が死んだあとの事を書いた書類は『糸使い』に渡しただろうな」

「!?」

京弌は目を見開く。
神は京弌を一顧だにしなかった。

「は、はい。三日前に渡しておきましたが…」

「よろしい。あの男は何も言わないでおくとろくな事にならない―――」
「畜生、ふざけるのもいい加減にしろっ!」

京弌は再び怒声を上げる。

しかし、内心は押し潰されそうな程に、あの伏せカードに対する不安があった。

「上等だ、そんなに攻撃して欲しいなら―――」
「―――無論、私の財産の譲渡についての書類も渡してあるな?」

神は依然として、京弌など存在していないかのように振る舞う。

「は……その通りですが……」

部下の戸惑いの声。京弌の不安感も大きくなる一方だった。

(奴のあの態度―――あの余裕は、奴の伏せカードはまさか…予想どおりライフダメージ系の……?)

こめかみから氷のような温度の冷汗が流れる。
目の瞳孔が開くのが自分でも分かる。








「さあ、攻撃するかしないか―――そろそろはっきりと言葉にして貰おうかな」

神はそう言うと、あの笑顔を―――絡み付くような笑顔を浮かべた。










「―――モンスターを裏守備表示……ターン終了だ」















京弌は残った気力を絞り出すように声を出した。









「くくくくく………惜しかったな京弌、私の勝ちだ――」

京弌のターン終了と同時に、神が宣言した。
心底京弌を見下すたように。
心底愉快で堪らないといったように。




「てめえ、何がおかしい!」

京弌は激昂して叫んだ。

「くくくくくく………私のこの伏せカードが気になって攻撃しなかったようだが………この伏せカードが何が教えてやろう―――」

神はデッキからカードを1枚引き、決闘盤のボタンを押す。








「リバースカードオープン―――魔法カード『ミラクル・フュージョン』!」











「!!」

京弌の目が最大限に見開かれる。

「お前は罠か何かと勘違いしたらしいが……私は貴様のターンを1ターンだけ凌げればよかったのだよ。私のドローフェイズが来て、カードを引く事が出来ればね。―――墓地の『E・HERO スパークマン』と『E・HERO エッジマン』を取り除き、『E・HERO プラズマヴァイスマン』を特殊召還、特殊効果を発動!」

墓地から二条の光が煌めき、複雑に絡みあい―――黄金に輝く四肢を持つヒーローが出現する。

「『龍神』は確かに強力な効果を持つカードだ……だが、効果を使ってしまえば只の攻撃力の高いモンスターに過ぎん。特に自身の効果使用後、場が空の状態なら―――」

人差し指を高々と天に掲げる『プラズマヴァイスマン』。その指先に徐々に雷の紫電が集ってゆく。

「あ、あ…」

京弌は自分の喉から声が漏れるのにも気付かない。

雷光が、爆ぜた。

その雷は一瞬京弌の視界を白に灼き、次の瞬間には眼前にいた白き龍を塵も残さず消滅させていた。

「―――魔法なり罠なりモンスター効果なり……消すのは造作も無いことだ」

京弌の膝が震える。心臓が痛い位に脈打つ。歯の根が合わない。

「私のバトルフェイズ―――『E・HERO プラズマヴァイスマン』で裏守備モンスターを攻撃!」

『プラズマヴァイスマン』は両手で抱えるように、紫のエネルギー塊を形成する。

踏み込みと同時にそのエネルギーを、京弌の裏守備モンスター―――『月読命』に放った。





その攻撃は『月読命』のビジョンを粉砕、その後ろの京弌の肉体を捕らえた!

「うわあああああああああああっ!」

全身に焼け付くような痛みが走り、京弌の肉体は冷たいコンクリ床にほうり出された。
石の冷たい感触が傷付いた京弌の肉体を迎えた。

京弌:800→0



―――負けた……

―――俺は、負けたんだ…


「………っぐはぁっ!?」

京弌の腹部に襲いかかる激痛と重量。
神の部下の黒服が、京弌の腹部に靴を突き立てていた。

「神様……この者は如何します?」

無機質な声に、神は面倒臭げに返した。

「生かしておいては後々厄介になりかねん。好きにすればいい。―――死なない程度にな」

神が言い終ると同時に、黒服が地に倒れる京弌を囲んで見下ろした。内の一人が京弌に馬乗りになる。

右頬に衝撃と痛み。次に左の頬、それから次々と、至る所に―――

黒服の鉄拳が、京弌の顔を滅多撃ちにしていた。京弌は腕を動かして防ごうとするものの、京弌を打ちのめす拳は京弌の腕の防御をことごとくすり抜けて顔に着弾する。


―――母さん……ごめん………無念を晴らせなかった………


拳をくらい続け、朦朧となる意識。
やがて両腕が取り押さえられ、打たれ放題となる。

視界が定まらない。
顔と腹が痛みのオーケストラを奏でる。




―――ああ、俺……









――――…………死……………ぬ…………?






「――――たぞ!間………ない…………んだ………」

「………つ、アル…………うば………えせ……」
薄れゆく京弌の意識に、騒々しい声が飛び込む。いつの間にか断続的に襲っていた痛覚がはたと黙る。
しかし、京弌の意識はもはや消える寸前だった。








「………やああああっ!………いちが―――京弌が――――!」







―――ああ、何だ………奈津か。

―――なんだよ、お前っていつも変な所でテンション高いんだよな。困るぜ、ったく





―――安心しろ……よ…………二、三日………寝りゃ………すぐ…………………なお…………………











京弌の意識はそこで途絶えた。
感覚さえ失った京弌が最後に思ったことは、いつも一緒にいてくれた幼馴染の事だった。








――――京弌の思考は止まり、意識は深い暗闇へと落ちていった――――――







Part2 了







*第二部 後書き

一年くらいブランクがありましたが「HURRY GO ROUND」の第二部、完結しました〜。
読者の皆さん、如何だったでしょうか?

さて、一応この第二部までで「HURRY GO ROUND」はひとまず完結と相成ります。
京弌の次の闘いは、続編の「DAYBREAK'S BELL」(言うまでもないでしょうけど、『HURRY GO ROUND』の既読をお勧めします)でまだまだ続きます。

最後に、ご愛読ありがとうございました。
次作も頑張ります!

*第二部執筆中のヘビーローテーション

・L'Arc~en~ciel『DUNE』『Clicked single best 13』『KISS』

・ELLEGARDEN『Fire Cracker』

・BUMP OF CHICKEN『THE LIVING DEAD』『ユグドラシル』

・teamねこかん[猫]『エアーマンが倒せない』『コイツは本当に協力する気があるのか?』





 → DAYBREAK'S BELL を読む





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