DAYBREAK'S BELL

製作者:カトキ・T・ハジメ(半真馬奇)さん




「HURRY GO ROUND」の続編となっていますので、「HURRY GO ROUND」を先に読むことをお勧めします。



TRACK0 夜明けの鐘

海底の風景が、通路の壁面一杯に広がる。
日本経済水域内に眠る、極秘に製造された海底トンネル。
海底の岩や珊瑚礁、イソギンチャクや魚が海の濃い青を彩っていた。

「はっ―――はっ―――はっ―――」

その神秘的なトンネルの風景に目もくれずに走る一つの影があった。
トンネルの先には、見るからに頑丈そうな一枚の鉄扉があった。
その影―――見た所齢15、6位の少年のようだ。腕には円盤と板を組み合わせたような装置を付けている。―――はその鉄扉の前に立った。
―――その目に強い光を宿して。





空気の抜けるような音と共に鉄扉が開いた。
中はこれも辺り一面ガラス張りのドームであった。初見の人間が見たら水族館と間違えるであろう雰囲気である。
ただ異質なのは、奥に巨大な柱のような装置があることだ。―――その装置には、コンソールにカードを差し込むスロットルのようなものがしつらえられていた。

その機械の前には、白衣を纏った一人の男が立っていた。
年は40位か―――顔は頬がこけてはいるがそこそこ整っている方であろう。髪の色は黒だが、そこかしこに金髪が混ざっている。彼もまた、板のついた円盤状の装置―――決闘盤(デュエルディスク)を装着していた。
その男はドアが開いた音を敏感に聞きつけ、そちらに頭を巡らせる。

「遅かったな―――京弌(きょういち)」

何の感情も宿っていない、機械のような声。

「『龍神(アルター)』は持って来たのか?」

京弌と呼ばれた少年は、腰のデッキケースから一枚のカードを取出し、男に見せた。
少年の顔は、眼前の男に似ていた。
整った目鼻立ちに流れるような黒髪。金髪が混ざっている所まで似ている。

「あの港での一戦以来だな、京弌―――今度はあの程度ではすまんからな」

まるでコンピュータで合成したかのような平坦な声。
京弌は燃え盛る眼光を、眼前の男に向ける。

「あの時―――俺は怖かった」

そして静かに語り始める。

「あの時―――俺は心からお前を恐れたんだ。負けたのも、今思うと当然だったかも知れない」

そこで一旦京弌は言葉を切った。
彼の目が爛々と鋭い輝きを増す。

「でも―――今の俺は違う。恐ろしさなんてこれっぽっちも感じない。―――みんなが俺を支えて、ここまで道を開けてくれたから」

京弌のいかずちのように鋭い眼光が真直ぐ男を見据える。
京弌は決闘盤に、腰から取出したデッキを差し込んだ。男もそれに倣う。

「だから俺は、負けない―――負ける訳にはいかない!


















如月神(きさらぎ じん)――――お前を、倒す!」







一瞬の静謐が、二人の包む。





「「―――決闘(デュエル)!」」











―――そして、最後の闘いは幕を明ける。

その闘いは、誰にも記憶されることはないだろう。

だが、その闘いは存在の証し。

彼等がそこに居たという、紛れもない証し。
















―――始まりは、数ヶ月前に遡る―――




TRACK1:Awaking

ぐるぐるとあらゆる光景が目まぐるしく交錯してゆく。
如月 京弌(きさらぎ きょういち)はぼんやりと、その記憶の欠片を眺めていた。

(「墓地から『光神機―轟龍』特殊召還だァァァァァァ!」)

ああ、これは4月頭位の大会の―――京弌は思い返す。
あの時は本当にラッキーだった。龍神を引かなければ負けは必至の状況だったな。対戦相手―――雑乃魚 鎌背戌(ざつのうお かませいぬ)のキモさと相俟って、緊張した決闘だった……



(「私は『熟練の黒魔導師』と『魂を削る死霊』を生贄に、『ブラック・マジシャン』を召還するわ」)

―――これはその直後、真由美(まゆみ)と真夜中の公園での決闘だな――京弌は自分の記憶と照合した。
一見誰も使わなさそうなカードがそろってて、苦労したんだよな。最初に手札が事故って大変だった―――


(「『カオス・ソーサラー』を特殊召還!」)

―――でもってこれはフィンドルさんとの決闘。
龍神を早々に墓地に送られて焦ったなぁ。あの猫たち俺の事気に入ったってフィンドルさんは言ってたけど、今度遊びに行こうかな―――


(「見せてやるよ。俺が最も信頼するカードを―――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』!」)

んで、これは刃牙(バキ)の奴との決闘っと。
『開闢の使者』を出された時は負けたかと思ったけど、『ご隠居の猛毒薬』があって良かった―――っても、サイドデッキにいれてた奴が紛れ込んでただけなんだけど。


ここ最近の記憶が、まるで映画のように京弌の脳裏に映し出される。

その奥の奥、まだ京弌が幼い頃の、輪郭の定まらない霧のような記憶。

(「京弌は、おおきくなったら何になりたいの?」)

―――ああ、これは……母さんの―――
京弌の胸に痛みが走る。
―――あの時俺は何と答えたんだっけ?覚えてないや。
でも、こんな風に笑ってくれる事はもうないんだな―――胸の痛みが強さを増す。


―――だって、もう母さんはいないんだから。






―――死んだのだから。

















最初に目に入って来たのは、無機質な象牙色の天井だった。
京弌はゆっくりと上体を起こす。

(………あれ…ここは―――)

次に入ったのは白色のカーテン、骨組だけの粗末なベッドと、次々に視界から情報が入ってくる。

(……病院?)

神に敗北し、その部下にリンチを受けたのは覚えている。
しかし、その後のことはまるで覚えていない。
顔の痛みはだいぶ引いていた。がしかし、今度は体の節々が痛い。
取り敢えず看護士さんを呼んで見よう―――と思い体を動かした刹那、太股に僅かな重みと暖かみ。

―――奈津が、ベッドに顔を突っ伏して眠っていた。

「え…奈津!?」

目の下には紫色の隈が出来ている。顔色も白みがかっていた。

(もしかして、俺の事を付きっきりで―――)

京弌は彼女を優しく揺すってみた。

「………う…ぅん……」

小さな声と共に、奈津が目を開けた。
視線が京弌と合う。どうやら京弌のことを認識したようだ。

「京……弌………?」

奈津はゆっくりと、確認するように京弌の名を呼び、

「―――京弌!?気が付いたのね!」

涙目で京弌の名を叫んだ。

「あ、ああ」

気後れしたような声で京弌が答える。
不意を撃つように、京弌の胸に重圧が来た。

「ぐっ…?」

視線を動かすと、奈津が京弌の胸に顔を埋めていた。

「奈津…?」

「ほ…ホントに……心配したんだから……っ」

奈津の嗚咽混じりの怒声。京弌の胸の中に痛みが走る。

「奈津……」

「いきなり………何も言わずに飛び出して………探してみたら…………一杯殴られてて…………顔中血だらけで倒れてて…………お医者さんにも………下手したら意識が戻らないかもって…………心配で眠れなくて、ご飯も食べられなくて………」

奈津の健気な言葉が京弌の肺府を抉った。
京弌に出来ることは、震える奈津の背中を撫でることだけだった。

「奈津……ごめん……」

「『ごめん』じゃないわよっ!……一週間もずっと寝たきりで………もう起きないんじゃないかって………」

その後は言葉にならなかった。嗚咽だけが響いた。
京弌は奈津を優しく抱き締め、背中を撫で続けた。
京弌の肩で泣く奈津の体は、とても小さかった。


―――俺はなんて馬鹿だったんだろう。京弌は思う。こんなに自分の事を心配してくれる人がいるのに、何故相談しなかったのだろう。何故一旦立ち止まって話さなかったのだろう。
戦力もろくに分からない相手に勝手に飛び出して勝負を挑み、完膚なきまでに負けた。挙句はチンピラに取り囲まれてリンチされる。結果幼馴染を泣かせる始末だ。―――最低もいいとこだ。他人事ならどれ程嗤えたか知れない。

(でも、奈津は―――)

―――奈津は、こんな俺を一週間ずっと隣で看ていてくれていた。
普段は喧嘩っぱやいくせに、抱き締めるとこんなに小さい体で。






「ごめんな、奈津―――ありがとう」





三十分もすると、奈津の嗚咽が小さくなり、洟をすする音も間隔も長くなった。

「―――落ち着いたか?」

京弌は優しく尋ねる。

「………ん」

奈津が小さくうなずくのが分かった。
京弌はゆっくり奈津が身体を放すに任せた。

「………なんかごめんね、京弌…いきなりなきついたりして………」

顔を赤らめて消え入りそうな声で言う奈津。
普段の振る舞いからは想像もつかない表情に、京弌は見とれてしまう。

(やべ……マジ可愛い―――)






京弌の複腔から沸き上がる衝動。
それはムクムクと京弌の中で肥大化する。










―――奈津が、欲しい。

短い髪も、丸く愛らしいい瞳も、艶やかな唇も――――




――――全部、欲しい。





京弌は、強引に奈津の肩を掴む。

「え…ちょっ………京弌!?」

急な京弌の行動に戸惑う奈津。
京弌は構わず、そのままの勢いで唇を重ねようとし――――





――――コンコン




「!?!?」

控え目なノックの音が京弌の自我を欲望から開放する。

「は、はぃいっ!どうぞっ!」

慌てて奈津の肩から手を放し、直立不動の姿勢をとる京弌。

「失礼しまーす……」

ノック同様控え目に入って来たのは果物の詰め合わせを抱えた一人の青年であった。
穏やかそうな顔を彩る髪と瞳は黒曜石のような綺麗な黒。そなデュエルアカデミアの優等生寮オベリスク・ブルーの制服に似た服装は―――

「やあ、京弌君。傷はもういいのかい?」

「フィンドルさん!」






フィンドルは奈津に自己紹介をした後、京弌が気を失って以降の事を話した。
話を聞くと、京弌が神と決闘している最中刃牙が連絡を入れ、神の動きを探索していた『十字軍』のボスお抱えのボディガードを動かして貰った、ということらしい。

「………フィンドルさんの所のボスって、ビル・ゲイツか何かですか」

余りの現実離れぶりに、京弌はそう言うしかなかい。


「ハハハ、僕だって最初はビックリしたけど、話して見るといい人だったりするよ」

フィンドルは明朗に答える。

「―――そうそう、君に渡すものがあるんだった。はいこれ」

京弌に差し出されたそれは、小包だった。

早速開封して中を確かめる。

「!」

京弌は目を見開く。
中には、京弌のデッキと決闘盤が、主の帰還を待っていたかのように存在していた。
デッキ枚数は一枚の過不足なくキチンと40枚ある。―――勿論、『龍神』も入っていた。

「あ、ありがとうございます―――!」

「一応拾って貰って置いたよ。―――君がデュエルを止めるかとも思ったけど、その様子なら杞憂だったみたいだね」

正直、京弌自身あの時デュエルそのものに恐ろしさを感じなかったかと言えば嘘になる。

だが、京弌は確信にも似た思いがあった。―――自分が父と闘うことが出来るのは―――母の無念を晴らせるのは、このデュエルモンスターズしかないと。
それに、

(―――やられたらやられっぱなしっていうのもあんまり好きじゃないし)

「この分なら、大会も出られそうだね」

フィンドルの口から出た大会という曖昧な単語を京弌は聞き漏らさなかった。

「“大会”……?」

頭に疑問符を浮かべる京弌。

「そ、大会だよ――――4人一組でのチームを組んでの大会が、来週に行なわれるんだ。それで頼みがあるんだけど―――」










「園川さんと君で、僕とチームを組んでくれないかな?」




TRACK2:SWORD DANCER

「チームでの、大会……?」

フィンドルはその大会を待遠しむかのような口振で続ける。

「そ。制限カードも新しく改変されるから一筋縄じゃ行かないよ。それに、今度の大会は『十字軍』が参加する。―――まあ僕は籤(くじ)引きで余っちゃったんだけどね」

随分とさばけたというか、いい加減な組織だな―――京弌は思った。

「あ、でもちょっと待って下さいよ」

隣にいた奈津が口を挟む。

「チーム組むのはいいんですけど……あとの一人はどうするんです?」

フィンドルは予めその質問を予測していたようであった。返答は早い。

「それなら問題ないよ。昨日スカウトして置いたからね。―――入っていいよ」

その人物が扉を開ける。奇妙な程痩せた体系。知らぬ人が見たら栄養失調と間違えるであろう。
ゴキブリのように妙に油ぎった長髪、牛乳の瓶底のような眼鏡をかけている。
顔からは赤いニキビ。鱈子を2つ重ねたかのような唇。
世のキモヲタというイメージを体現したかのようなその男は京弌も奈津も知っていた。―――雑乃魚 鎌背戌。

「フヒヒヒヒヒヒヒヒ……園川さん、あと如月ィ。ヨロシク頼むよォ」



「「うげぇ………」」



奈津と京弌の声と表情が、見事にシンクロした。














「はーっ………あともうちょい……頑張れ俺………」

同時刻。
阿久咤―――改め「荻雅 刃牙(おぎみや ばき)」は、鬱蒼たる竹林の中で息を吐いた。太陽が容赦なくガンガン照りつける。
刃牙の自宅から40km程離れた場所にある閑散たる山の内部。
刃牙自身、運動には自信があるが、毎度毎度この山登りはキツい、というのが本音だった。
ロープウェイなんてものは勿論、舗装道路や階段すらない。
5000円で買った買いたてホヤホヤのTシャツも、Gパンの下にあるトランクスも既に汗を大量に吸っていた。
“アイツ”以外にこんなとこに住む物好きが居たら脳味噌を覗いてみたいもんだ―――刃牙は噴出す汗を拭い、屈伸を一回。
歩みを再開しようとしたその刹那。





―――こぉぉぉぉぉ






まるで闘気が形となって現れたような、息を吐く音。
刃牙はふと立ち止まる。刃牙の目は、その呼吸音の主を即座に見つけていた。
その竹に覆われた中に佇むのは、左手に鞘に収まった刀を手にする一人の青年。
鷹の如き切れ長の目は、瞑想するように閉じられている。長く流れる黒髪を後ろで全て束ねていた。
上半身には黒のTシャツ一枚のみだが、その下には鍛えぬかれた筋肉が潜んでいるのがありありと見て取れた。
―――不意に、カッと青年が眼を見開き―――かまいたちのように疾走する。
青年の左手から、銀光が走った。二度、三度と、立て続けに銀の閃光が舞う。
次の瞬間、軋むような音を立てて五本の竹が倒れた。
それは、まるで一服の絵画のような荘厳な光景だった。
刃牙はヒュウ、と口笛を吹く。

「よお剣道少年。精がでるねぇ」

「刃牙か―――久し振りだな」

その青年―――カナード・ネグレクトは刃牙を一瞥し、彼を手招きする。


彼―――カナード・ネグレクトの自宅は、質素な道場だった。
カナードの家は、代々剣術道場をやっている。その起源は江戸時代、濃尾に於いて無敵を誇ったと言われる剣術の流派から派生したと言われている。

「っぷは―――麦茶うめ〜」

刃牙はこれで何杯めかになる麦茶を一気に飲み干した。
カナードの私室。畳張りの4畳間に文机(ふづくえ)にノートパソコン、小さな本棚だけがある簡素な部屋だ。

「……刃牙よ、麦茶を飲むのはいいが、少しは俺の分も残して置いてくれよ」

「悪い悪い。慣れない山登りで疲れてよ」

苦笑するカナードに対して更に麦茶を自分のコップに注ぐ刃牙。

「そういえば刃牙。お前また名字が変わったんだって?今度は父方の“荻宮”に戻ったのか」

カナードの発言を聞いた途端、刃牙の表情に一瞬ではあるが陰が差す―――が、次の瞬間にはいつものヘラヘラした顔に戻っていた。

「もう3回変わってるよ。その代わり本名は変わらないから、今まで通り“刃牙”で頼むわ」

以前刃牙が名字で呼ばれる事が嫌いだと言っていたのは、家庭の事情が背景としてあったのかもしれないな。―――カナードはそれ以上その話題に触れるのを止めた。

「ところでよ、カナード……今度の大会だが、チーム分けのメンバーの書いてあるメール、そっちに付いたか?」

「昨晩の奴か。読ませて貰った。―――確か俺のチームはお前と護さん、飛影だったか」

「ああ、他のメンバーはまだどういう組み合わせか知らないけどな」

刃牙も自分が属するチームのメンバー以外は一切知らされていない。それは真由美も、他のメンバーも同じなのだそうだ。そちらの方が意外性があっていいというリーダーの意向なのだろう。

「―――ん?どうした?」

すくっと、カナードが立ち上がる。

「久し振りに会ったんだ。俺と―――」

「『やらないか』とか?―――いやいやいやいや、俺悪いけど先祖代々伝わる異性愛主義者で……」

刃牙の茶化しに、カナードは顔をしかめる。

「阿呆。調整がてら決闘をしないかと言おうとしたんだ」





刃牙が案内された場所は、板張りの床の道場だった。
距離を置いて対峙する刃牙とカナード。両者共に決闘盤を装着していた。
「刃牙、分かっていると思うが――――」

「『手加減など一切無用』―――だろ?いー加減聞き飽きたぜ」

「分かっているようで何より―――では、始めよう」





「「―――決闘(デュエル)!」」





「先攻は俺か―――ドロー!」

刃牙はデッキからカードを一枚引いた。僅かな逡巡。

「『死霊騎士デスカリバー・ナイト』を攻撃表示!」




死霊騎士デスカリバー・ナイト 効果モンスター 悪魔族 闇 ☆4 ATK1900 DEF1800

このカードは特殊召喚できない。効果モンスターの効果が発動した時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げなければならない。その効果モンスターの発動と効果を無効にし、そのモンスターを破壊する。





刃牙の場に出現するマントを纏った髑髏の騎士。
「更にカードを2枚伏せ―――ターン終了だ」

『デスカリバー・ナイト』の背後にカード裏面のビジョンが出現した。

「俺のターンか、ドロー」

カナードは手札と刃牙の場を交互に見比べる。

(いきなり『デスカリバー・ナイト』を攻撃表示で召還…?)

確かに『死霊騎士デスカリバー・ナイト』は厄介なカードだ。
だが『死霊騎士デスカリバー・ナイト』は、相手の場に裏守備等の正体の分からないモンスター、若しくは相手側の邪魔な効果モンスターが存在する時に出してこそ真価を発揮するカード。―――いわば「後出しタイプ」のモンスターだ。
見せるタイミングが早すぎれば『魂を削る死霊』等の壁モンスターを張られるか、魔法や罠の効果で破壊若しくはコントロールを奪われてしまう。
それをこんな早期に見せると言う事は、手札事故か、若しくは何かしらの策が有るか。

(うむ……今は様子見だ)

「モンスターを守備表示で召還し、カードを1枚伏せる。ターン終了」

カナードの場には二つのカードの裏面が浮かぶ。

「俺のターン、ドロー―――手札から『閃光の追放者』を召還!」



閃光の追放者 効果モンスター 天使族 光 ☆3 ATK1600 DEF0

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、墓地へ送られるカードは墓地は行かずゲームから除外される。




腹部に鉱石を詰め込んだようなその奇怪な白い体を現す『閃光の追放者』。

「戦闘(バトル)フェイズ!『デスカリバー・ナイト』で裏守備モンスターを攻撃!」

手綱を打ち、馬を走らせる『デスカリバー・ナイト』。
その剣の切っ先が裏守備を示すカードのビジョンを捕らえかけ―――

「罠カード発動!『炸裂装甲』!」



炸裂装甲(リアクティブアーマー) 通常罠

相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体を破壊する。




『デスカリバー・ナイト』の全身に銀(しろがね)の鎧が纏りつき―――爆風が巻きおこる。

「まだまだ行くぜッ!『閃光の追放者』の攻撃!」

『閃光の追放者』は飛び、右手の鋭利な爪を裏守備カードのビジョンに振り下ろす!

「残念だったな刃牙…裏守備モンスターは『コマンド・ナイト』だ!」




コマンド・ナイト 効果モンスター 戦士族 炎 ☆4 ATK1200 DEF1900

自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。




カードが突如反転し、赤色の鎧を纏った女戦士が出現。『閃光の追放者』の爪を剣で受け止め、刃の角度を変えて受け流す!

刃牙:7700 カナード:8000

「ちぃっ……ターン終了だ」

刃牙は舌打ちする。

「俺のターン、ドロー」

カナードはデッキからカードを引く。

「手札より魔法『増援』を発動!『切り込み隊長』を手札に加える!」




増援 通常魔法

デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。




カナードは手札に加えた『切り込み隊長』のカードを、決闘盤に置いた。
「更に『切り込み隊長』を召還。効果により『ブレイドナイト』を手札から特殊召還する!」





切り込み隊長 効果モンスター 戦士族 地 ☆3 ATK1200 DEF400

このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。





ブレイドナイト 効果モンスター 戦士族 光 ☆4 ATK1600 DEF1000

自分の手札が1枚以下の場合、フィールド上のこのカードの攻撃力は400ポイントアップする。また、自分のフィールド上モンスターがこのカードしか存在しない時、このカードが戦闘で破壊したリバース効果モンスターの効果は無効化される。




戦士族モンスター主体のデッキの脅威は、その展開力及び除去力にあると言っても過言ではない。
スピーディにモンスターを展開し殴り勝つ。―――戦法としてはシンプル極まりないが、戦士族モンスターは効果モンスターの効果の種類が豊富な上に、サーチ・召還手段を豊富に取り揃えているため、その爆発力は侮れない。

「カードを1枚セットし、バトルフェイズ―――『ブレイドナイト』で『閃光の追放者』を攻撃!」

全身褐冑の戦士は異形の天使―――『閃光の追放者』に向かい跳躍、その剣で『閃光の追放者』を頭頂から真っ二つに切り裂いた。

刃牙:7700→6900

「更に『コマンド・ナイト』でプレイヤーに直接攻撃!」

『コマンド・ナイト』の斬撃が、銀の後光を持って刃牙の体を駆けた。

刃牙:6900→5300

カナードは少し安堵する。

(初手から『デスカリバー・ナイト』を召還したことの意味を深読みしていたようだな……)

「『―――何のことはない。只の手札事故か、ハッタリだ』……って思ってたり?」

刃牙の軽薄そうな声。
カナードは目を見開く。

「確かに『デスカリバー・ナイト』は初手に出す性質のカードじゃない。そんなことは百も承知だ」

「なら、何故―――?」
「敢えて高攻撃力モンスターにお前の注意を引きつける為さ。『デスカリバー・ナイト』はあらゆる効果を無効にする…目障りだからなるべく先に消そうと考えるだろ?それで手札を消費する」

カナードはハッとなる。確かにこのターンで消費し過ぎたせいか、1枚しかない。

「反面、手札が減った今こそ逆転のチャンスって訳よ―――手札から『冥府の使者ゴーズ』を特殊召還する!」



冥府の使者ゴーズ 効果モンスター 悪魔族 闇 ☆7 ATK2700 DEF2500

自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージを種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。





全身黒ずくめの悪魔と白色の天使が突如として刃牙の場に、まるで守護者のように出現する。
しかし、カナードの目から闘志は消えなかった―――むしろ以前より強く燃え上がる。

(なるほど『ゴーズ』の召還が狙いだったか……)

しかし、とカナードは自分の場の伏せカードに視線をやった。

(俺も保険はかけてある―――上級モンスター1体程度、どうとでもなる…!)

「『切り込み隊長』で『冥府の使者 カイエントークン』を攻撃!ターン終了だ」

互いに互いの剣で貫きあい、砕け散る『切り込み隊長』と『カイエントークン』。

刃牙のドローフェイズ。

「俺のターン、ドロー……手札から『魔導戦士ブレイカー』召還し、起動効果を発動する!」


魔導戦士 ブレイカー 魔法使い族 闇 ☆4 ATK1600 DEF1000

このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。また、魔力カウンターを1個取り除くことで、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。






刃牙の場に出現した『ブレイカー』は盾の宝玉からレーザーを放った。
その熱線はカナードの場の伏せカード―――『聖なるバリア―ミラーフォース』を焼き払う。

「魔法カード『天使の施し』を発動!」

刃牙はデッキからカードを3枚引いた後、『D.Dアサイラント』と『エネミーコントローラー』を捨てた。

「そして伏せカードオープン!速攻魔法『収縮』発動!更に罠カード『死のデッキ破壊ウィルス』を発動する!」

「!」


収縮 速攻魔法

フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。そのモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズまで半分になる。


死のデッキ破壊ウィルス 通常罠

攻撃力1000以下の闇属性モンスター1体と「死のデッキ破壊」を生け贄に捧げる。フィールド上と手札内、発動後3ターン内にドローした攻撃力1500以上の相手モンスターを破壊する。



かつて、KC社長の海馬瀬人が行ったことのあるコンボ。
『ブレイカー』の肉体が空気の抜けた風船のように縮み、飛散する。
瞬間、カナードの場のモンスターも砂の如く粉となって消え去る!
カナードの場の『コマンド・ナイト』の攻撃力は1200である。しかし―――

「くっ―――『コマンド・ナイト』自身の効果で攻撃力は400アップしていた―――」

「そうだ!そして今、墓地に光属性と闇属性モンスターがそろった―――」

刃牙は墓地から『ブレイカー』と『閃光の追放者』を取り除く。








「『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召還!」




カオス・ソルジャー −開闢の使者− 効果モンスター 戦士族 光 ☆8 ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。






光と闇が交差し、光が破裂する。
そして刃牙の場に降臨する、混沌の武人。
冷たく射るような目線がカナードを見据える。


「行くぜ!バトルフェイズ!『ゴーズ』でプレイヤーに直接攻撃!」

『ゴーズ』は腰に下げた大剣を抜き放ち、カナードの肉体を一閃する!

カナード:8000→5300

「くっ……」

「更に『開闢の使者』でプレイヤーに直接攻撃!」

『開闢の使者』は疾走、大上段からの剣撃をカナードに叩き付ける!


「うぐっ……」



刃牙:5700 カナード:2300

「――――さぁて、反撃と行きますか!」




TRACK3:THE EDGE

「カナード、お別れだな」

まだ幼いカナードに、“彼”は告げる。
一瞬たりとて変化しないことのない時の流れ、それによって生まれた変化。

「俺は虎爪流の掟に背いた―――戻っても殺されるだけだ」

そこで彼は、何かを飲み込むように言葉を切った。
彼はカナードにとっての憧れだった。
剣術もデュエルモンスターズも、彼を―――彼だけを目標に鍛練に励んで来た。

「でも俺には、どうしても―――どうしても一緒にいたい人が出来たんだ……」

カナードには、何故彼が急にそんなことを言い出したのか分からなかった。
だが、子供心に伝わってきた事柄もある。
―――こんなことを打ち明けられるのは、長年共にいたカナードしかいないのだ、と。

「最後に―――お前に渡しておきたいものがある」

彼が差し出したのは、一枚のカード。
それは“彼”が、一番大切にしていたカード。

「これを託せるのはお前しかいないんだ―――強くなれよ。誰にも、誰にも負けない位強く―――」






「ン〜ンン〜♪実にッ!いい気分だッ!一つ歌でも歌いたくなるようないい気分だーッ!」

今にも天国に飛んで行かんばかりの刃牙のやけにハイテンションな声。
刃牙が上機嫌になるのも無理はない。相手方の場はガラ空き、しかも相手は攻撃用モンスターを総て捨てさせられる。その上自陣にはデッキ最強モンスターが2体。これで余裕を持つなという方が無理である。

「今までの決闘30戦中2勝28敗、今こそ連敗に歯止めをかけてやるもんねプップクプー♪決闘中じゃなきゃ小躍りしたい気分だよ―――最高にハイって奴だアハハハハハーッ!」

刃牙は今にも舌を噛み切りそうな早口でまくし立てた。

「―――そうだ、まだお前の手札を見てなかったっけな〜♪ま、何が来ても今の俺には関係ないけどね〜♪」

刃牙は足でステップを踏んでいる。もはや勝利を確信したようである。
カナードは刃牙の浮かれぶりに一つため息をつき、

「―――刃牙よ。昔に我が師はこう言った。『刀を鞘に納める時こそが最も警戒せねばならぬ時である』とな」

カナードは手札を刃牙に見せる。





「―――えーと、カナードさん?………これマジックで“ATK1500”って書き加えてくれない?」

「『どんなカードが来ても関係ない』とのたまったのはどこのどいつだったかな」





カナードの冷たい声。
手札のカードは『強奪』だった。




「俺のターン、ドロー―――魔法カード『天使の施し』を発動」

カナードはカードを3枚引き、流れるような挙動で2枚のカードを捨てる。

「魔法カード『強奪』を発動。『開闢の使者』のコントロールを奪う!」




強奪 装備魔法
このカードを装備した相手モンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、相手は1000ライフポイントを回復する。



混沌の剣鬼はカナードの場に移動する。

「―――ガンダムだ…俺がガンダムだ……略して俺ダム………」

『開闢の使者』が奪われたショックからか、訳の分からない事を口走る刃牙。

「戦闘フェイズ―――『開闢の使者』で『冥府の使者ゴーズ』に攻撃!」

『開闢の使者』は剣を構え跳躍、裂帛の気合をもって『ゴーズ』に切り掛かる。
『ゴーズ』も上段に構えた剣で防御するも、構えた剣ごと粘土細工のように切り飛ばされた。

「更に『開闢の使者』の効果で、もう一度攻撃!」

『ゴーズ』を破壊した勢いのまま、『開闢の使者』の剣は刃牙の腹を貫く
「うげっ………!」

刃牙:2400 カナード:2300

二人のライフはほぼ互角となる。

「くっ……やっぱキクなぁ………」

刃牙の呻き。カナードはカードを1枚伏せてターンを終えた。

「俺のターン、ドロー!」

デッキからカードを引く刃牙。その顔に笑みが広がった。

「こ、これは―――俺の時代!遂に俺の時代がきたぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

前の落ち込み具合から一変、歓喜の雄叫びを上げる刃牙。

「コロコロと忙しい奴だな―――何を引いたのやら」

「そんなヨユーこいてられるのも今の内だぜフフフのフ〜♪カードを1枚伏せターン終了!」

刃牙:3400 カナード:2300

刃牙のハイテンションぶりから察するに、何かいいカードをひいたらしい。
あのカードはモンスター破壊系統の罠か?―――しかし、勝負はそろそろ終局に差し掛かっている。ここで躊躇う理由もない。カナードは決断する。


「俺のターン、ドロー―――『開闢の使者』で攻撃する!」

瞬間、刃牙の瞳が見開かれる。

「残念!バトルフェイズ開始時に罠カード発動!『砂塵の大竜巻』!『強奪』を破壊する!」


砂塵の大竜巻 通常罠
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。破壊した後、自分の手札から魔法か罠カード1枚をセットする事ができる。




元の主人の場に戻る『開闢の使者』。
刃牙は嬉しさのあまりブレイクダンスを踊り始めた。

「さーて次のターンにどんな感じでボコボコにしてやろうかな〜やっぱ『針串刺しの刑』かな〜?」

刃牙はまたもや勝ったつもりである。カナードはふぅと息をつき、

「刃牙、お前はさっき俺が言った事を覚えているか?」

「え?お前何か言ったっけ?―――ああ、『俺はノンケだろうが構わず食っちまう男なんだぜ』」

「阿呆。『刀を鞘に納める時こそ、最も警戒せねばならぬ時である』だ―――手札から魔法カード『光の護封剣』を発動する!」

「………へ?」



光の護封剣(ごふうけん) 通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。




『開闢の使者』の眼前に無数の光の剣が降り注ぐ。

「ターン終了だ」

刃牙のターンに移行した。カードを1枚引く。

「チクショー、勝てると思ったのによぉ」

刃牙は愚痴をこぼす。

(まあいいや。次のターンにでも除去カードを引けば勝ちなんだからな―――)

刃牙は手札を見た。―――『サイバー・ドラゴン』『リビングデッドの呼び声』の2枚。

(やべー、手札が最悪だ……)

取り敢えず『リビングデッド』を伏せてターンを終了するしかない。もう泣き出したい心境だった。

「かーどをいちまいふせてたーんしゅーりょー」

刃牙の生気が抜けきったような声。カナードは頭を掻く。

(本当にこいつは忙しい奴だな………)

―――だが、お互いに遠慮は不要だと言ったからな。容赦はせんぞ。

「俺のターン、ドロー―――カードをセットしターン終了だ」

刃牙は手札の『サイバー・ドラゴン』を忌々しげに睨み付ける。

(チクショー、何だってこんな肝心なときに役にたたないかな)

「俺のターン、ドロー!」

刃牙はもはやヤケクソ気味であった。

しかし、引いたカードを見た瞬間―――刃牙は再びハイテンションを取り戻した。

「ぃよぉぉぉぉぉぉーし!魔法カード『封印の黄金櫃』を発動!『大嵐』を手札に加える!」


封印の黄金櫃(ひつ) 通常魔法
自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。






(へへへーん!遂に俺の時代の到来だせ〜!)

刃牙は小躍りしながらデッキの最下部から順繰りに確認してゆく。が、

(アレ………ない?)

確かにデッキにいれていた筈の『大嵐』。―――だが、見当たらない。

(まさか………)

悪い予感が頭の中で閃く。
デッキを確認する手が早まった―――。








「嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」







刃牙が発見した『大嵐』のカード。
それはデッキの一番上で、次のターンを待っていたのだった。



「チクショー、ついてねー………ターン終了」

落ち着きなどかけらもない刃牙にカナードは苦笑してカードを引く。

「―――何もせずにターン終了だ」

このターンで刃牙の『死のデッキ破壊ウィルス』の効果は消える。
対してカナードの光の護封剣はあと1ターン残っているのだ。

(いやいやいや、アイツの場にモンスターがいない―――奴の手札は確か『団結の力』、んで伏せカードが『スケープゴート』…だっけ…?)

さっき見た手札の内容を思い返しつつ刃牙はカードを1枚引く。
―――引いたカードは、『貪欲な壺』。



(……何で今くるんだよ………)

刃牙の墓地のモンスターは『閃光の追放者』の効果と『開闢の使者』の召還コストのお陰で、殆ど残っていない。
刃牙は足からヘナヘナとくずおれそうだった。

「ターンしゅーりょー………死ねる……マジで死ねる………」

「その表情だと、余りいいカードは引けなかったらしいな―――お前のターンのエンドフェイズ時、魔法カード『スケープゴート』を発動する」

カナードが半分苦笑、半分呆れの表情で宣言する。
カナードの場に現れる4匹の小羊。


「俺のターン、ドロー……刃牙よ。そろそろ終らせて貰うぞ。手札から魔法カード『早すぎた埋葬』を発動!」


墓地から蘇らせるのは、誓いのカード。
幼い頃の彼との誓いのカード―――


「墓地の『真紅眼の黒龍』を特殊召還!」



ルビーのような真紅の瞳を持つ黒の竜が現れる。
咆哮が大気を震わせた。

「更に魔法カード『団結の力』を『真紅眼』に装備する!」







団結の力 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。








今カナードの場には『真紅眼』1体と『羊トークン』が4体。
つまり合計攻撃力は―――6400。

「悪いな刃牙―――最初お互いに遠慮無しといっただろう?」

「鬼や………アンタ鬼や………」

刃牙の戯言もカナードは一顧だにしなかった。

「バトルフェイズ!『真紅眼』で『開闢の使者』を攻撃!」

牙のそろった口腔を開く『真紅眼』。
敵の総てを焼き払う黒の炎が放たれ―――天が降り注ぐような轟音と共に刃牙の『開闢の使者』を焼失させた。

刃牙:0 カナード:1500







「畜生ぉぉぉ!また負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
刃牙は頭を抱え込んで絶叫する。
カナードは苦笑し、

「久々の決闘、楽しかったぞ。―――まさか『開闢の使者』と『ゴーズ』を同時に展開されるとは思っていなかったからな」

「……負けん。次は負けん。絶っっっ対に負けん」

「お前、前にやった時も同じ事言ってなかったか?」

カナードの苦笑いは、当分収まりそうになかった。







(『龍神』―――まさかこんな形で再開することになるなんて…)

成田空港へと向かう飛行機の中。
私は白い雲に覆われた窓の外に視線をやる。

(私があの方の為に出来ることは、『龍神』を見つけ出して破壊することだけ―――)

正直、初めて知った時には衝撃だった。
私のデザインしたカードが、まさかあんな事に使われるなんて―――

(あの方の為なら私に出来る事は何でもやる―――)

私は目を閉じ、自分の中で語りかけた。

(そうでしょう―――アディル)
彼女を乗せた鋼鉄の鳥は、あと一時間程度で目的地に到着する。




TRACK4:Before day

「―――やっぱコイツの融合召還はアテには出来ないですか」

京弌が一枚の魔法カードをカードケースに放り込みながら言った。
刃牙とカナードの決闘から3日後、京弌宅の近所にあるカードショップ。
先日退院した京弌は奈津、フィンドル、あと鎌背戌の4人と来たるべき大会に向けてデッキ調整を行なっていた。

「そうだね―――墓地からの除外とはいえ、素材の数が数だからホイホイ使えるわけでもないからね。……『次元融合』を使った時の爆発力は高いけど、リスクに合うかと言われたら微妙かな。個人的には後半の駄目押し程度にとどめておいた方がいいと思うよ」

店内の片隅で「狼と香辛料」のエ☆同■誌をハアハアと呼吸を荒げながら読む鎌背戌から最低2mの距離を堅持しつつ、京弌にアドバイスを送るフィンドル。

「うーん、そう考えたらやっぱり積極的に融合狙って行くのは『キングドラグーン』一択になるか―――そうそう、『生還の宝札』なんでどうかな?相性はいいと思うけど」

鎌背戌から最低5mの距離を堅持しつつ、一枚のカードを手に取る京弌。

「でも京弌〜、あんたのデッキ『龍の鏡』とか除外カード多いじゃん?無理して入れる必要ないと思うわよ」

鎌背戌から最低10mの距離を堅持しつつ京弌の手からカード―――『生還の宝札』を抜き取る奈津。

「僕も奈津さんに賛成だね。入れるとしたら取り敢えずは1枚から始めた方がいいと思うな」

「うーん、そうするか。序盤手札にこられても困るし」

京弌は悩んだ挙句、『生還の宝札』を一枚だけモンスター、魔法、罠と並べられたカードに加えた。

「にしても奈津……ありがとうな。3枚もカードくれて―――」

「っ……ば、馬鹿ね。単に使えないカードあげただけなんだから、別にそんな―――」

奈津は頬を赤らめて口ごもる。その様子がおかしくて、京弌はふっと笑ってしまった。

「う〜ん、ウブだねぇ」

フィンドルの昔を懐かしむような、からかうような声。
鎌背戌が殺意丸出しの視線を京弌に向けていた。

(奈津―――本当にありがとうな)

京弌は決意していた。
奈津のくれたこの3枚のカードで奴を―――如月神を倒すと。
もうあの時の徹は踏まない。
今回の大会も自分の腕試しの為に出場を決めたのだ。



―――もう、負けない。
―――もう、奈津を泣かせない。

京弌の両手は、知らず知らずの内に握り拳を作っていた。







同時刻。
ベルトコンベアから流れて来たトランクを受け取り、澪(みお)は気品ある動作で空港の出口へ向かっていた。
清流のようにしなやかな黒い長髪。
氷細工を思わせる大人びた顔立ちで、血を吸ったような真紅の瞳が印象的だった。

「あっ、澪ちゃ〜んっ♪ひっさしっぶり〜♪」

玄関を出た先には一台の車。
その運転席には澪の知る顔があった。
目を引くのは黄色のカチューシャをつけた桃色の長髪。
年は澪と同じ18だが、明るそうな美貌はむしろ成人以上のそれである。
彼女の名前は―――ラーン・レナ。オーストラリアの軍事研究所の設計部長。13歳にして国立大学を卒業した秀才である。
白衣のままである事を見ると、どうやら職場から一直線で来たらしい。

「半年振りかな。こうやって会うのは―――」

「そーだね〜、でも澪ちゃんあんまり変わってなくておねーさんホッとしたよん♪」

澪が助手席に乗り込んだ事を確認すると、レナはアクセルを踏んで車を発車させた。

「それで、ラーン。神の動向だが……」

「大丈夫、大丈夫。のーぷろぶれむ♪信頼できるスジからの情報だと、今はカナダに潜伏してるんだって〜。今神の配下の連中の一部はまだ『龍神』を持ってる子―――如月京弌くんだっけ?―――を監視してるけど、とーぶんの間は動かないんじゃないかな?」

ラーンは瓢薄(ひょうはく)に答えた。
彼女の弁によると、神は潜伏先のカナダで何をやらかそうとしているのかまではまだ調べがついていない。だが京弌に直接被害を及ぼすことは当面の間ないだろうということだった。

「―――どうにも解せないな」

澪はラーンの話に疑問符を浮かべる。

「確かに神は『龍神』を手に入れかけた。しかし、それを阻まれて逃亡した―――ここまではいい。しかし何故カナダに?同じ逃げるなら国内や中国などの近隣アジアの方が手っ取り早いだろうに」

「う〜ん、カナダに神の大きな武器になりそうなものでもあるのか、それか適当に逃げただけかな?情報屋さんもこればっかりは調べるのに時間がかかるって言ってたからね〜、今はなんともいえないよん」

神の動きが掴めない以上、現時点では手の打ちようがないらしい。澪はそれ以上の質問は控えることにした。

「そーそー澪ちゃん、今度の大会でチームおんなじだったよねん♪帰ったら決闘しな〜い?」

「分かった。私も長い間ご無沙汰だったから、お手柔らかに頼む」

「ん〜、でも澪ちゃんエゲツないから駄目ん♪手加減なっしんぐ」

ラーンがハンドルを左に切った。
ここから彼女達のアジトに到着するまでには、そう時間はかからないだろう。








“準さん、元気ですか〜?私はすっごい、それこそ準さんがみたらあきれるくらい元気です(o^-')b
この間デュエルアカデミアで大会があったそうですけど、結果教えてくださいねーd(^O^)b
私の方も3日後に大会があって、それもチーム戦なんですよ((( ^^)爻(^^ )))でもチームみんなの足を引っ張っちゃったりしないか心配…(ΘoΘ;)―――”

「―――人の手紙を勝手に読むなぁぁぁ!」

「ぐはぁっ!?」

延髄にドロップキックを食らい吹っ飛ぶ刃牙。
十字軍のリーダーの住居にして十字軍全体のアジトでもある、瀟洒な西洋屋敷。

「なっ!何をするだァーッ!?」

ベランダまで転がりつつも、刃牙は猿の如く身軽さで立ち上がる。

「ただちょっと腹式呼吸して気合い入れて音読しただけじゃねーか!そんなに強く蹴る必要なくね!?」

「うるさいうるさい!読んだってだけで万死に値するわよこの下半身直結馬鹿!」

そう言って手紙を大事そうに胸に抱えるのは、長い髪の小さな少女だ。高校生なのだが、殆どの人間は小学生と見間違えるであろう。
名前は―――美悠(みゆう)。

「いや、こないだのバレンタイン、お前が愛しの万丈目サマの為にチョコ作ってたら何故か致死量のメタミドホスが出来たって事書いてあったのかなーって……」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁい!何がメタミドホスよ!あれは―――ただ―――その―――ちょ、ちょっと失敗しただけよ!」

顔を真っ赤にしてまくし立てる美悠に、刃牙は待ってましたとばかりにイヤラシイ笑みを浮かべる。

「そーそー、真由美から聞いたんだけどお前そーいえば調理実習で作ったクッキーで担当の教師を気絶させたってマジ―――ぐへっ!?」

襟首を掴まれベランダからまた部屋の中にボールのように放り込まれる刃牙。

「いってー……護(まもる)さーん見ましたこの暴力女〜?人の背骨をへし折ろうとしましたよ〜?」

刃牙の情けない声を聞いた彼―――190cmは優にあるであろう体躯に学ラン。厳めしい顔つきに古風なリーゼント。
如何にも「昭和当たりから殴り込みに来た」と言わんばかりのゴツい男である。

「そべかいそべかい、そりゃ災難だったな」

そう言って豪快に笑った彼―――阿名 護(あな まもる)は立ち上がると、刃牙をヒョイと摘みあげ、両腕をがっちりとはがい締めにする。

「あ、あの〜……護さん?この腕は一体何でございましょ?」

青ざめた顔の刃牙の質問に豪快な笑顔のまま答える護。

「今のは完璧にお前が悪いだろべ?女の子にセクハラする社会の悪にはお仕置が必要―――ってなわけで美悠、一発やっちまいな」

「嘘ぉぉぉぉぉ!?」

ふらりと立ち上がった美悠の手にはボールペン。

「躾(しつ)けなおしてあげるわこの変態犬―――」

刃牙はもがいて脱出を試みるも、護の腕は微塵も動かない。

「うわ、マジかよ!本気かよ!わ、悪かった!スミマセン、俺がチョーシこいてました!もう音読とかしないから、頼―――」

「うるさい」

刃牙の懇願も美悠の冷たい一声で封殺されてしまう。

「刃牙〜、この間借りた『クロノクルセイド』―――」

刃牙の息子を救ったのは、もの静かそうな黒縁眼鏡の青年だった。
彼の名前は―――草野 淳(くさの じゅん)。

「……一体何をやっているんだ」

淳のあきれたような声に、刃牙は神託でも下ったかのように縋りついた。

「淳!丁度良かった〜さっきからこの二人がか弱い男の子を苛め―――」

「ああ、ちょべっと痴漢に制裁を加えてただけだかいら気にすんな」

刃牙の嘆願は護の破顔一笑で遮られた。

「……へ?」

「刃牙、君また何かやらかしたのか?―――この間も美悠をからかって小指を落とされかけてたろ?」

淳の呆れ声に、刃牙は自分の望みが断たれたのを悟った。

「そべいべ事で、ちょべっと席を外してくれ」

「はいはい。―――まあ殺さないようにね」

「うわ、ち、ちょっと〜!助けてくれよーっ!」



結局、刃牙は100回程美悠に「ごめんなさい」を連発し、後日必ず昼食を奢ると血判まで押させられてようやく解放された。







その一連のコントをベランダの椅子に腰掛け、紅茶を飲みながら見る影があった。
年は19位か。黄金色の髪に透き通るような白い肌。その端整な顔立ちと立ち振る舞いは見る者に中世の貴族を連想させた。
彼の名は飛影(ひえい)。刃牙らと同じ『十字軍』の一員である。

「フフフ、元気があっていいねぇ」

彼―――飛影は微笑ましげに呟くと、手にした漫画本『苺ましまろ』に目を戻す。
飛影の表情は蕩けるように恍惚たる表情に変化してゆく。

「嗚呼、やはり女性は小学2、3年生の幼女に限―――」

「……それにしてもあのひとたち、一体何処からあんな元気が湧くんでしょうか」

飛影の足元から彼の妄言を遮る、生気という生気が総て抜けたような暗い声。
ベランダにまるで面倒臭がりの犬のように寝そべる少年がいた。
のび放題の黒髪。上下には着古された黒のジャージ。肌は石膏の像かと思える程に滑らかだが、刃牙たちを映す青色の瞳はまるで夢遊病にでもかかっているかのように焦点が合ってない。

「ビリーくん、そういう君も美悠さんたちとさして年齢はかわらない―――むしろ同じくらいんじゃないかな?」

飛影の苦笑いに、ビリーと呼ばれた少年は茫痒たる視線を向ける。

「……僕は体動かすのダメなんですよ」

「そ、そうか……」

飛影は失笑した。
―――彼は初めて会った時からこんな感じだったな。飛影は思い返す。
出会って最初は口すらきかなかったので、今の状態は彼にしては成長したと考えていいのだろう。

「そうそう、真由美さんは?」

飛影はふとビリーに尋ねる。

「―――真由美さんなら、フェイさんを呼びに行きましたケド」







「―――それ以降は如月 神は行方を眩ましたのですか」

「はい、レナさんは今カナダ辺りに潜伏してるって言ってました……でも、それ以降は分からないそうです」

『十字軍』のアジトから少し離れた山にある小さな教会。
真由美はその教会の外で、一人の神父に現在までの『十字軍』の活動と『龍神』の動向について話していた。
フェイと呼ばれた全身を白の法衣に包んだ齢20程の若い神父は、屈んだ足元の小鳥に餌を与えていた。
小鳥だけではない。首輪のついた子犬や野生のリス、果ては鹿までフェイの巻いた餌に集まって来ている。
この山一つが彼個人の所有物―――しかも動物を森林伐採から保護する為に購入したものであると初めて聞いた時には真由美も冗談だろうと思ったものだ。

「なるほど、分かりました―――『龍神』を持つ少年…如月 京弌くんでしたか、彼もやはりこの大会には参加するのでしょう」

「はい。フィンドルさんから、やる気満々だって聞いてます」

フェイは物憂げな表情を浮かべた。
その眼差しは己の内に向いている。

「主よ、どうか私めと同じ過ちを彼に繰り返させぬよう―――」

神父の呟きは、彼の信じる神に届いたのか否か―――








『十字軍』の本部たる西洋屋敷の寝室。
午後に入りたてのやや陰りを帯びた日光が差し込む。

「あら、このカルボナーラ美味しいですね。特に麺の舌触りがいい」

館の女主人は、側に立つ料理人の逸品に舌鼓を打った。

「ありがとうございます。麺は秘蔵の自家製パスタ麺を使ってます」

そう言って誇らしげに胸を張るのは、年23程の若いシェフだ。
顎には短く髭を生やしており、ワイルドな顔立ちをひき立たせている。
名前は柏原 慶志(かいばら けいじ)。「Mr.コック」というニックネームで呼ぶ者もいる。

「美悠にお料理を教えてあげては如何です?この間、炒飯を作る練習をしていた時に何故かダイオキシンが発生していましたよ」

「フム……彼女の場合はゆで卵からでしょうなぁ」

慶志は主人の冗談に笑う。ただ、彼女が練習すると調理器具が必ず一つは使い物にならなくなるので、新しくもう一セット購入しておく必要がありそうだと慶志は思った。
「それで、慶志。“大会”は5日後でしたね―――準備はよろしくて?」

「ついこの間デッキ調整も済ませたばかりです。全員準備は万端ですよ」

慶志の頼もしい声に、女主人は少し安堵する。

(如月京弌―――あなたの本当の力量、確かめさせて貰います)

彼女の瞳の奥には、冷たい輝きが潜んでいた。






そして、5日は矢のように経過し―――大会の朝を迎える。




続く...



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