遊戯王GX〜Idea〜
後編

製作者:望月悠乃(神薙遥)さん




Episode_17 信じるということ

 斎王とエドと氷月が同居している家は結構大きい。
 ホテルとまで大きくはないが、おそらく、『デュエル・アカデミア』の、ラー・イエロー寮並みの大きさは誇っているだろう。

 そのひとつの部屋で、斎王は瞑想していた。
 …誰かが来たのは気配でわかった。

 「斎王」
 「ああ、エド。どうかしたのか?」

 我ながら白々しいと思う。
 …彼が『あのこと』を快く思わないのは知っていたはずなのに…。

 「『どうかしたのか』じゃない!……『あいつ』に手を貸したんだな…」
 「まあ…そんなに、嫌だったのか?」
 「別に」

 そこで反論するのは大人気ないと思ったのか、エドはそっぽを向いてつっけんどんに答える。
 普段から十分、つっけんどんという説もあるが。

 「…この件ばかりは、彼に任せるのが最適ということだ」
 「僕だって戦う力はある!」

 斎王の言葉に、今度は我慢ならなかったのか、エドは言い返す。
 …確かに…だが、エドには決定的に不足している面があった。
 斎王はそれが心配だったのだ。

 「そう…確かに、その通りだ。だが、『許す力』はあるかな?」
 「え?」
 「『悪』を行う。…そういった人間の中には、『理由』がある。それを許す気には…」
 「なるわけないだろ。…僕は、平気で『悪』を行う人間を決して許しはしない」

 そう。
 エドは、『悪』を行った人間を完膚なきまで叩きのめす。

 斎王は、それが悪いことと言うつもりは全くない。
 そういう正義の形なのだから。
 …だが、斎王は、『インバーテッド・ペンタクル』の真実に気付いていた。
 だから、エドを関わらせたくなかったのだ。

 「…英雄とは…時に無情なもの、か」
 「そうだ。僕は、あんな奴が英雄になれるとは思えない」

 そう言って、エドは思わず自嘲する。
 これは嫉妬なのかもしれない、と。
 …氷月に認められた人間に対する。
 自分でも、子供じみた行動だと、思った。

 そんなエドを見て、斎王は意を決し、口を開いた。



 「…エド。その『悪』も、『神』から見れば、盤上の駒に過ぎない」



 「……どういう………まさかっ…!」

 思い当たる節があるのか、エドの表情が変わった。

 「そのまさかだ。全ては、『彼』の思うままだ」
 「何故…」

 先程までの覇気はどこへやら、エドは力が抜けたように呟く。

 「…それは、我々の知ることではない」

 それを聞いているうちに、今度はマグマの様に、強い感情が溢れ出す。

 一番近い感情は…憤り。

 「全ては運命の歯車の通り…『彼』の思う通り、ということか…!」

 激情を抑えたエドの言葉。
 斎王は、無言で頷いたのだった…。





 「やれやれ、やはり見ていて飽きないなあ、エドも」

 耳からイヤホンを外し、そうひとりごちる氷月。
 …どうやら、盗聴していたらしい。

 「ははは、次に会った時、何を言われるかわからないなあ」

 ポケットから携帯電話を取り出す。

 「さて、そろそろもうひとつ、歯車を動かす頃、か…」

 そして、とある番号へとコールした…。



 「やあ、十代君か?」
 『氷月さん』

 「『インバーテッド・ペンタクル』の人間のアドレスが判明した」
 『!?』
 「一応、君にも連絡しておこうと思ってね。…もちろん、動けと強制するつもりは全くない」

 それは半分嘘だ。
 十代ならば、動くとわかっている。

 『…はい』

 「アドレスはメールで転送しよう。それからどう動くか、動かないかは君の自由だ」
 『はい』

 通信越しの十代は、どこか緊張していたようだった…。



 「私も人が悪いなあ…彼の性格なら、どうするかわかっているのに」

 そう言うと、氷月はいつもと変わらない笑みを浮かべたのだった…。





 『十代、これは罠かもしれないよ?』
 「うん…」

 ユベルの助言に、十代は反論の余地がなく、そう答えるしかなかった。

 『それに、あいつにいいように使われているじゃないか!僕は…』
 「わかってる」
 『…十代』

 そう。わかっている。
 おそらく、自分は氷月の思う通りに動いているのだろう。
 …だが。

 「…でも、カガリの妹さんが苦しんでいることも、『インバーテッド・ペンタクル』が何かを企んでいることも、間違いはないんだ…」
 『だからと言って十代がやらなくても…!』

 ユベルは、十代に何も背負わせたくなかった。
 それは、今まで十代は色々なものを背負ってきたから。
 せっかく、晴れて自由の身になったのに、これ以上十代を束縛させたくはなかった。

 だが、十代から返ってきたのはユベルが全く予想しなかった言葉だった。

 「俺だって、自分自身が特別とか何も思っちゃいないさ」
 『え?』



 「ただ、目の前に起きている何かに、自分ができることがあるなら力を貸したい。
…それだけなんだ」



 それは、あまりにも純粋でいて、単純な心。
 思考回路が行動に直結している、そんな感じの少年。

 『…わかったよ。十代がそう言うなら、僕も何言わない』
 「サンキュ、ユベル」

 それでも、十代がそう言うならば、自分はそれに付き従うまでだ。


 …だが、ひとつ言いたいことが。


 『だけど、あの男からもらったのはアドレスだけだろ?どうする気なんだい?』

 「………」
 『………』


 しばし流れる沈黙。


 「しまったああぁっ!何も考えてなかったああぁっ!」
 『…はあ、やっぱり…』

 「えっと、えーっと、こういうときこそ落ち着いて、落ち着けば…!」
 『落ち着いてないよ、十代』

 不意に、十代の脳裏に機械いじりをしている那由多の姿が浮かび上がる。

 「あ…!」
 『ん?』

 「那由多なら…何かわかるかもしれない…!」
 『あの子が?』

 ユベルはあまり快いと思わない感じだった。
 もっとも、彼(?)の場合、大概、十代に関わる人間は快く思っていないという面もあるということは…触れないでおこう。

 「やっぱ、ダメかな〜…人を巻き込むのは…」
 『十代が信じた道だろう?僕も付き合うよ』

 「…うん。俺、那由多に相談してみる…!」

 駄目で元々。
 こうなったら、とことんやってやろうと思う十代だった…。





 那由多のPDAに着信が入る。
 …どうやら、メールではなく、通信のようだ。
 …通信を寄越したその人物は…。

 「…遊城さん?どうしたんですか?」
 『よ、よぉ…那由多……』

 相談してみるとは言ったものの、十代は交渉事が苦手である。
 その為、次の言葉が言えない状態だった。

 『姫様、我々も暇ではないですし…』

 那由多の傍に控えていた氷帝メビウスが口を開く。
 すると那由多は、悪戯を思いついた子供のような笑顔を返した。

 『姫様…?』

 また那由多の悪巧み(?)が始まったらしい。
 それを見て、メビウスは頭が痛くなった。

 「遊城さん、こんな時間、わざわざ私に連絡を取ったということは、情報が御入用ですか?」

 画面の向こうの十代が硬直したのがわかった。

 「だいじょーぶ!私に任せてください☆」
 『あ、ああ…』

 元気一杯に言う那由多に、十代は唖然とした表情を向けていた…。





 アドレスを転送した後、十代はまだ暫しPDAを見て固まっていた。

 『あの子、なかなか強いね…』
 「那由多を見てたらさ、悩んでいるのが馬鹿らしくなるよな…」

 呆れ気味のユベルに、十代はそう声を掛けた。

 「あいつ、強いからさ…でも、それを鼻にかけることもしない。すごい奴だと思う」
 『…でも、十代だってすごいよ?』

 それは、ユベルの掛け値なしの評価だった。



 自分を許してくれたこと。
 ユベルにとっては、それが全てだった。



 「でも、何でもかんでも自分で解決できるわけじゃない。…だから、」



 十代に、先程の那由多の姿が浮かび上がり…。
 そして、つかさ、十夜の姿も思い浮かぶ。



 「多分、仲間ってこういうものだって思うんだ」



 自分は、仲間という感情を知らない。
 だが、主がそう認めたならば…自分も認めなければならないのだろう。

 『…そうだね』

 何でもかんでも背負うことではなく、他人に相談し、力になってもらうこと。
 それもまた、友情の形だと。

 …初めて知ったことだった。





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 陽はとっくに傾き、空は、はや黒々としていた。
 その空には、たった一つの光があった。
 月。

 その月を見て、瑞希は胸元にある逆五芒星のペンダントを握り締めた。

 足音は来客を告げる。
 瑞希は、ほんの少し浮かんだ感傷を振り払い、感情の欠片もこもっていない冷たい口調で来客を迎えた。

 「…雪夢か。何の用だ?」
 「いえ。そのようなところにおられては、御身体に障ります、瑞希様」
 「構わないさ。…僕は、そんなにやわな人間じゃない…」

 瑞希の言葉には、わずかばかりの棘が含まれていた。
 今は、とても話す気分にはならなかった。
 言外に「もう去れ」と言っているのだが…雪夢はそれに気付いているのか、いないのか、さらに瑞希の内側に関わることを話し始めた。

 「全ては復讐の為ですか?」
 「あいつを許すことはできない…ただ、それだけさ…」

 にべもなく吐き捨てる。
 だが、雪夢は食い下がる。

 「…畏れながらも申し上げます。私には、貴方様が彼をそれほど憎んでいるようには見えませぬ」
 「雪夢、お前、僕に口出しする気か?」
 「……いえ…」

 口調にわずかながらの殺気がこもる。
 だが、雪夢には、それに気圧された様子はなかった。

 「これは、僕に与えられた力さ。『あいつ』にさえ復讐できれば、後はどうなってもいい」
 「瑞希様…」
 「『あいつ』を…殺す。全てはそのため…」

 瑞希の顔に、悲しさとも怒りとも取れない表情が浮かび上がった。

 「…私の主は、瑞希様です。貴方様の願いが本当ならば、私もそれに付き従うまで」
 「……ふん」

 瑞希は、その雪夢の言葉に、冷淡に応じた…。





 「…復讐、かぁ…」

 一方、瑞希と雪夢の会話を盗み聞きしている人物がいた。
 天空寺翼。
 同じ『インバーテッド・ペンタクル』の一員だった。

 「そんなことしても、虚しいだけなのにな…」
 「翼…」

 瑞希に追い払われたらしい雪夢と、鉢合わせる。

 「いいのか?瑞希の奴、放っておいて」

 だが、翼は驚いた様子もなく、雪夢にそう質問を投げ掛けた。


 「瑞希様には落ち着いて考える時が必要かと…」
 「でも、僕が口出しできる問題じゃないのは見てわかる」

 翼の淡々とした口調は、ほんの少しだが、雪夢の心を抉った。

 「…確かに、その通りです」

 だが、表面に出すことはなく、雪夢は同意した。

 「瑞希の理論は、地に足が着いていない理論だ。…筋は通っているかもしれないけど」

 翼にとって、『筋を通すか』は問題だった。
 何故、彼がそこまで筋を通したがるかを知る人間はいない。
 …いや、もしかしたら氷月あたりならわかるかもしれないが。

 「雷虎も、カガリも、それぞれ筋は通している」

 彼は、『正義』も『悪』も、一種の言葉遊びのようなものだと考えている。

 これが『正義』だと言えば、それが正しく思えて、それが『悪』だと言われたら、それが悪いように感じる。
 だが、それは決定されたことじゃない。
 全ては、ヒトのものさしによって計られた善悪。

 そこに、真実は存在しない。
 ただ、漠然とした『事象』があるだけだ。

 そこで、翼は『筋を通す』ことを善悪のものさしとして使用した。

 かといって、『筋が通っていなければ』、『悪』。
 『筋が通っていれば』、『正義』。

 として、見ているわけではない。
 …彼は、もっと大局を見ている。

 「雪夢、安心していいと思う」

 不意に、翼は口を開く。

 「?」

 「瑞希は誰も殺せない。…本当に望んでいるのは、そんなことじゃないと思うから」
 「ですが、我々のしてきたことは事実です。
何人の人間が傷ついてきたか…貴方なら、わかるでしょう?」

 「うーん、それを言われると痛いモンがあるなあ…まあ、執行猶予くらいはつくと思うよ。
…盤上に存在する駒は、全て何の狂いもないのだろうし…ね」

 それは、紛れもない事実。

 「…『彼』がどうにかすると?」



 翼は応えない。
 …だが、その微笑みが全てを物語っていた…。



Episode_18 強敵、星雷虎!

 「このアドレスは…うん、星雷虎さんのものですね〜」

 十代から転送されたアドレスを見て、一目でそう判断する那由多。
 それは彼女が、そのアドレスを初めから知っていた、そういうことだった。

 『姫様』
 「ん〜、何ですか、メビウス?」

 パソコンでなにやらキーを慌しく打ち込みながらも、以外にも間延びした声で返す那由多。
 メビウスの声は届いているのか、結構微妙なところかもしれない。

 『十代殿…姫様のことを信頼されているようです』

 「それはありがたいですけどね」

 苦笑しながら言う彼女は、どうやら本当にそう思っているようだった。

 『ですが、その情報は…氷月殿経由のもの』

 「でも、居場所までは…違いますよ?」

 『はあ…』

 生真面目なメビウスは、騙しているようで気が引けているらしい。
 そんなメビウスに構わず、那由多は未だにパソコンを操作している。

 『あの、姫様…ハッキングですか…?』
 「うん」

 『聞く必要はないと思いますが、もしかしてその場所は…』

 「うん。メビウスの思ってる通り、遊葉財閥ですよ☆」

 『姫様!それは危険すぎます!』

 「大丈夫ですよ。私も元々『遊葉の人間』なんですから」

 メビウスの忠告もどこへやら、那由多はあっけらかんと答えた。

 『姫様…』
 「それに、この行動は氷月の予測範囲内ですよ…」

 ほんのわずかだが、那由多の表情に陰りがあった。

 『あ…申し訳ありません』
 「いいですって。…さて、出ますよ」

 エンターキーと共に、画像が変わる。
 それは、座標を示していた。



 ――座標 利橋町 S−27 W−43



 モニターに映された座標を見て、那由多は不敵に微笑んだ…。





 『利橋町の、3丁目の空き地?』

 「はい、それが『インバーテッド・ペンタクル』のひとり、星雷虎さんの居場所です」

 『でも何で空き地なんかを拠点にしてるんだ?』

 「雷虎さんは、星家の長男に生まれた少年です。
ですが、星家の命令により、現在は『タクティクス・ラボラトリー』に入学中。
こちらは、指示かどうかまではわかりませんが、『インバーテッド・ペンタクル』に所属。

家は星家にあてがわれたものがあるようですが、彼はその空き地に好んで居るようです」

 十代のもっともな疑問に、那由多はよどみなく答える。

 星雷虎。
 彼の情報は、那由多の頭の中に完璧にインプットされていた。

 『…サンキュな、那由多』

 「いえ、これくらい軽いものですよ!」

 『…で、いつから行く?』

 「私は今からでもいいですよ?」

 十代の言葉に、那由多は気分が高揚しているらしい。
 挑戦的に言う彼女に、十代は言った。

 『…わかった。じゃあ今から頼む』

 「はい!了解しました!」





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 利橋町、空き地前…。

 十代と那由多は利橋町の3丁目で合流し、その空き地の前に居た。

 そして、そこには、ひとりの少年が、申し合わせたように居た。

 彼から立ち上る気は間違いなく、『殺気』だ。



 「間違いありません。彼が『インバーテッド・ペンタクル』の一員、星雷虎です」
 「こいつが…」

 十代は油断なく雷虎を見遣る。

 雷虎の殺気が一層きつくなった気がした…。



 「俺は、星雷虎。お前は…誰だ?」

 模範的な質問。
 温度のない声。

 那由多は、軽く溜息をつき、振り返らずに十代に言った。

 「…遊城さん、ここは私に任せてください」
 「え?」

 「私を…信じてください」
 「……おう」

 十代は、その言葉に数歩下がる。
 それと同時に、那由多が一歩前に出た。



 「はじめまして、星さん。私の名は…皇那由多」

 「皇…那由多……」

 何ともいえない沈黙があたりに流れる。

 その重い沈黙を破ったのは…雷虎だった。



 「お前…敵……後ろの奴、遊城十代…瑞希の敵…」

 「!?」

 瞬間、雷虎の殺気が何倍にも膨れ上がる!

 「『インバーテッド・ペンタクル』の敵!お前ら、倒す!!」

 その時に彼の形相は、まさしく凶暴な野獣のようだった。

 「星さん!?何故、遊城さんが敵なのですか!」
 「うるさいっ!お前も敵だ!俺と戦え!!」



 「何なんだ、こいつは…!」

 尋常ではない雷虎の様子に、困惑する十代。
 それに、那由多は油断なく雷虎を見据えながら答えた。

 「星さんは星家でひどい教育を受けたと聞いたことがあります。
…おそらく、わずかな敵意や殺気に反応して、戦闘態勢を取るのでしょう…」

 「…そう…なのか…?」

 十代は、思い当たる節があったらしく、愕然と呟いた。

 「那由多っ…!」
 「気にしないで下さい、元々…戦うつもりでしたから…ね!」

 那由多は持っていたデュエルディスクを装着し、展開する。

 その様子を見た十代は、下がるしかないと知り、那由多に心の中で謝罪した…。



 『デュエル!!』



 【皇那由多 LP:4000】
 【星雷虎 LP:4000】



 「俺のターン、ドロー!」

 (星雷虎。使用デッキは昆虫族デッキ。獣族との混合も見られる。
『強者の苦痛』、『アルティメット・インセクト』などで攻撃力を下げ、『王虎ワンフー』で破壊する戦法も取る。
また、単に攻撃力を下げ、そのまま押し切る場合もある…)

 那由多は、冷静に相手の戦力を分析していた。



 「『ドラゴンフライ(ATK/1400)』攻撃表示で召喚!」

 雷虎の場に巨大なトンボが現れた。

 「さらに、永続魔法『強者の苦痛』発動!」

 『強者の苦痛』。
 それは、相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力を、レベル×100ポイントダウンさせるカードだ。

 「カードを2枚セット。ターンエンド!」



 「私のターン、ドロー」

 (…『強者の苦痛』は厄介ですね…早めに潰しておきますか…)

 手札には、『氷帝メビウス』がある。
 これなら、突破口を開ける…。

 「手札から魔法カード『クロス・ソウル』発動!
貴方のフィールドの『ドラゴンフライ』を選択します。
選択されたモンスターは、生け贄に捧げる時、自分のモンスター1体のかわりに生け贄に捧げることができます」

 「!」

 「貴方の『ドラゴンフライ』を生け贄に、『氷帝メビウス』を召喚!
『氷帝メビウス』の効果発動!このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊します!
私は『強者の苦痛』と、私から見て右側のカードを選択!」

 破壊されたのは『炸裂装甲』だった。

 「…これは、ラッキーでしたね」

 だが、雷虎はリバースカードの発動を宣言する。

 「まだだ!速攻魔法『蟲笛―α』発動!
自分フィールド上に存在する昆虫族モンスターが、フィールド上から離れた時に発動可能!
デッキからレベル4以下の昆虫族のモンスターカード1枚を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する!
…俺は『アルティメット・インセクトLV3』を選択!」

 雷虎の場に、新たな昆虫族モンスターが現れた。


 【蟲笛―α】 速攻魔法
 自分フィールド上に存在する昆虫族モンスターが、フィールド上から離れた時に発動可能。デッキからレベル4以下の昆虫族モンスターカード1枚を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。


 「さすがですね。『クロス・ソウル』を発動したターンはバトルフェイズを行えない…。
カードを1枚伏せ、ターンエンドです」



 雷虎が纏う殺気がまた一際濃くなる。
 緩慢な動作でドローするそれは、獲物を狙って前進する肉食獣の様だった。

 「ドロー…!」

 雷虎の闇が一瞬揺らぐ。

 那由多は、雷虎のことを知っている。
 …あくまでも、『過去』をだが。

 彼の闇を、間近で見て、那由多は自分の認識が甘かったことを今更ながら後悔していた。

 「ううおおおああぁっ!
俺のスタンバイフェイズ、『アルティメット・インセクトLV3』効果発動!
このカードを墓地に送り……。
来い!!『アルティメット・インセクトLV5』!!」

 次にフィールドに出たのは、巨大な銀色の昆虫。

 「これは…やはり大したものですね…」

 那由多も、その効果は知っている。
 …さすがに、那由多の頬に冷や汗が伝った。

 「この程度で済むと思うなあぁっ!
手札から魔法カード『蟲笛―β』発動!
自分フィールド上に昆虫族モンスターが存在する場合のみ発動可能…。
デッキからレベル4以下の昆虫族モンスターカード1枚を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する!
来い、『ドラゴンフライ』!!」


 【蟲笛―β】 速攻魔法
 自分フィールド上に昆虫族モンスターが存在する場合のみ発動可能。デッキからレベル4以下の昆虫族モンスターカード1枚を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。


 「やりますね…『アルティメット・インセクトLV5』の効果で『氷帝メビウス』の攻撃力は下がっている…。
このままでは餌食ですね…」

 「…まだだ…」
 「え?」

 雷虎の声に、底冷えする何かを感じた。
 凄まじい殺気と共に、モンスターを召喚する雷虎。

 「来い!『雷獣ライデン』!!」


 【雷獣ライデン】
 ☆4 光属性 獣族 ATK/1700 DEF/1000
 このカードが召喚された時、相手フィールド上の攻撃力がこのカードより高いモンスター1体を破壊する。


 「雷獣ですか…」

 おそらく、雷虎のお気に入りのカードなのだろう。
 今の彼と話をすることは叶わないが、何となくそんな気がした。

 「ライデン、効果発動…!!メビウスを破壊しろぉっ…!!」

 雷獣から雷撃がほとばしり、メビウスを包み込み、爆発した…。

 「っメビウス…!」

 「これが全部通れば、俺の勝ちだ…!」
 「全部通れば、ですけどね…?」

 どことなく、強がったような気が漂うのは、那由多か、それとも、雷虎か。



 「舐めるなぁっ!!やれ!!」


 雷虎の命令に応え、ドラゴンフライ、雷獣ライデン、アルティメット・インセクトLV5が一斉に那由多に飛び掛った…。



Episode_19 見えざる切り札

 この一撃で、全てが終わるはずだった。

 これで、あの痛みから解放される。

 …これで…終わるはずだったのに…。



 【皇那由多→LP:900】
 【星雷虎→LP:1700】



 「…何で、俺のライフポイントが…」

 雷虎は半ば呆然とした様子で言う。

 「『アルティメット・インセクトLV5』の攻撃時、このカードを発動していたんです。
…『魔法の筒』」

 那由多は、カードを取り、雷虎へと見せる。

 「『魔法の筒』…。攻撃モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを相手ライフに与える罠カード…」

 「ええ」

 残酷なほど冷淡な言い方の那由多。

 「何でっ!…何であのまま負けてくれなかったんだ!…何でっ…!!」

 地面に跪き、地面を叩く雷虎。

 「おおおおおあああぁっ!!」



 ――いくら高い能力を持っていようと、それを発揮できなければ意味はない。

 ――雷虎。貴方は選ばれてしまったの。…一緒に頑張りましょう。

 ――行け。そして、奴らを倒すのだ…雷虎…!!



 雷虎の脳裏に焼きついて離れない、記憶。



 「…そうだ…負けられないんだ…俺のために……!お前はっ、敵だぁ……!!」

 大の男でも怯むであろう殺気を向けられても、那由多はわずかに顔を顰めただけ。

 それも、雷虎の殺気にではなく、雷虎の過去に、である。



 「カードを1枚セット!ターンエンドだ…!」



 「どうやら、貴方の目を覚ますには、もっと貴方の心を折る必要がありそうですね。
貴方の、その『かりそめの敵意』を…」

 「!?」

 瞠目する雷虎。
 それに構わず、那由多はドローする。

 「私のターン、ドロー」

 「装備魔法『強奪』発動。貴方の『アルティメット・インセクトLV5』のコントロールを得ます」



 ――貴方は逃げなさい!雷虎!

 ――死ねぇっ!小僧!!

 ――まだだ。まだ戦え!雷虎!



 それは、過去の想い出と重なり…。



 「あ……う…」

 「『アルティメット・インセクトLV5』を生け贄に、『雷帝ザボルグ』召喚!」

 那由多の場に、新たな帝が現れる。

 「『雷帝ザボルグ』効果発動。『ドラゴンフライ』を破壊します」

 ザボルグから放たれた雷撃が巨大なトンボに直撃し、光へと帰す。



 「…ああ…わ……」



 徐々に混乱をきたしだす雷虎の様子を、那由多はただ見ていた。
 心の中で、そっと謝りながら…。

 (これは『決闘』…そして、貴方が『インバーテッド・ペンタクル』の一員である以上、容赦はできません…!)



 「さらに、『不屈の闘志』発動!」

 墓地から『氷帝メビウス』が復活する。
 2体の帝は、那由多を守るように、前に出た。

 「装備魔法『雷帝剣』発動。メビウスに装備します」

 『氷帝メビウス』に、雷の力が宿った剣が装備される。

 「『雷帝剣』効果発動。このカードが装備された時、フィールド上のモンスター1体を破壊します」

 「っ!!」

 その意味を察したか、雷虎の表情が恐怖に染まった。

 「『雷獣ライデン』を破壊!」

 メビウスは『雷帝剣』を振りかぶり、衝撃波を放つ。
 雷を纏った衝撃波は、狙い違わず『雷獣ライデン』を直撃し、消滅させた…。



 「うああああああぁあぁあぁぁっ!!」



 絶叫。

 それを聞いた那由多は、静かに目を伏せた。

 「無理だ…無理だよ、勝つのなんて…」

 力が抜けたように、膝をつく雷虎。

 「怖いよ、蘭華姉…」

 カシャン、と逆五芒星のペンダントが落ちる。
 それは、夕暮れ時の光を受けてか、赤く輝いていた。

 「蘭華姉…どうしたらいいの…?」

 星蘭華―シンランファ―。
 雷虎の心の支えであり、姉のような存在だった。

 彼女がいたからこそ、自分は戦えたのだ。



 ――大丈夫よ、雷虎は強いから。



 頭を撫でられ、幼い雷虎は笑顔を見せる。

 それは、昔の記憶だ。

 変わらない、記憶。



 「貴方が戦うのは、誰のためですか?」



 不意に、聞かれた言葉。

 目の前の相手。

 皇那由多。

 敵。

 自分の敵。

 『インバーテッド・ペンタクル』の敵。



 「だれ…の……ため…?」



 呆然と言う雷虎。

 「まだ、終わったわけではありません」

 雷虎のリバースカードに目を遣り、那由多は続ける。

 「少しでも可能性が残されているのなら…」
 「お前に何がわかるっ!」

 那由多の言葉を遮り、拒絶の意思を明らかにする雷虎。

 「…わかりませんよ。だから、デュエルで語るんです」
 「…!?」

 そんな雷虎を見て、那由多は柔らかに微笑んだ。

 「貴方の心、私に見せてください」



 「……こころ…」



 その瞬間、雷虎の心の中を支配していた恐怖は、消え去った。

 「行きますよ…」



 (…蘭華姉…戦えるかどうか、わからない…だけど、このままじゃ負けられない!)

 那由多の言葉も鮮明に聞こえた。

 雷虎は、一瞬、蘭華の姿を思い浮かべる。

 優しかった姉。
 その姿と、思い出の中で再会した雷虎は、ふっきれた。

 (俺、やってみる!)



 「…『雷帝ザボルグ』、ダイレクトアタック!」

 「リバースカード、オープン『蟲笛―γ』!」


 【蟲笛―γ】 速攻魔法
 自分の墓地に昆虫族モンスターが1体以上存在する時、発動可能。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。その後、自分のライフを自分の墓地に存在する昆虫族のモンスターカードの枚数×500ポイント回復する。


 「この効果で、『雷帝ザボルグ』の攻撃、無効になる!
さらに、自分のライフを自分の墓地に存在する昆虫族のモンスターカードの枚数×500ポイント回復する!」



 【雷虎→LP:3700】



 「…やりますね。でもまだまだっ!『氷帝メビウス』、ダイレクトアタック!」

 メビウスの攻撃を受け、強かなダメージを食らう。

 「くあぁっ!!」



 【雷虎→LP:1300】



 「そして、エンドフェイズ、『不屈の闘志』の効果で、『氷帝メビウス』は破壊されますが、貴方に1000ポイントのダメージを与えます」

 『氷帝メビウス』は、最後の力を振り絞り、氷柱を生み出す。
 雷虎はそれに飲み込まれ…。



 【雷虎→LP:300】



 わずかに、ライフポイントが残った…。



 「ターンエンドです」



 (雷虎さん…頑張って下さい…)



 那由多は、心の中で、そっと雷虎を応援した…。



 「俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードは、雷虎のデッキの中で最も強力なカードだった。

 「これならどうだ!墓地の『ドラゴンフライ』『アルティメット・インセクトLV3』をゲームから除外!」
 「それは…」
 「そうだ!行くぞ!『デビルドーザー』!」

 雷虎の場に、巨大な昆虫が現れた。

 「『デビルドーザー』…この土壇場で…やりますね…」

 「バトル!『デビルドーザー』、『雷帝ザボルグ』、攻撃っ!」

 巨大な昆虫がザボルグへと襲い掛かる。
 その体当たりは、ザボルグを吹き飛ばし、消滅させた。

 「『デビルドーザー』効果発動!
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手のデッキの上からカード1枚、墓地へ送る!」

 那由多は無言でデッキからカード1枚を取り出し、墓地へと送る。
 そのカードは『炎帝テスタロス』。それを見て、薄く溜息をついた。

 「ターンエンド!」



 (どうやら…あの力を借りるしかなさそうですね…)



 精神を集中させ、このドローに懸けた。

 「私のターン、ドロー!」

 自分の目当てのカードが来たらしく、彼女は微笑む。

 「…私は、墓地の『氷帝メビウス』『雷帝ザボルグ』『炎帝テスタロス』をゲームから除外!」
 「なっ!『炎帝』…いつ!」

 雷虎の脳裏に、『デビルドーザー』の攻撃が思い浮かんだ。

 「…あの時…裏目に出た…?」
 「…そうですね。来て下さい、『源帝ブラフマー』」



 その瞬間、無が、うまれた。



 那由多の場に、酷く無機質で、それでいて妙にあたたかい何かが現れた。

 『それ』は、ヒトの理解を超越した何か。

 雷虎も、呆然と『それ』を見た。



 「全ての力の源よ。その力を以って全てを無へと帰せ」



 那由多のその言葉に従い、『それ』は力を振るう。

 その瞬間、全ては無限小へと圧縮され…。

 『デビルドーザー』は、『消滅』した…。



 「…一体、何が」



 「『源帝ブラフマー』のダイレクトアタック」



 『それ』は、再び、力を振るう。
 『それ』から放たれた力は雷虎を直撃し、雷虎のライフポイントは…。



 【雷虎→LP:0】



 短い電子音が戦いの終了を告げた。



 そして、それと同時に、ピシィッ、と逆五芒星のペンダントにヒビが入り…。
 それは、砕けて散った…。



 「約束、していただけますか?」
 「え?」

 呆然としていた雷虎に那由多は声を掛けた。

 「もう、『インバーテッド・ペンタクル』に関わらない、と」

 「……うーん……那由多、十代も!いつでも俺と戦って欲しい!」


 雷虎はちょっと考えるそぶりをした後、元気にそう言った。

 「私はもちろん、構いませんよ?遊城さんは、どうですか?」
 「え?…ああ、俺もいいぜ!雷虎!」

 源帝を見て、硬直状態だった十代は弾かれたように二人へと向き直った。


 「じゃあ、約束!俺、もう、あいつらと関わらない!」

 「ええ、それでは、お元気で」

 「うん!元気、元気!」

 雷虎に見送られ、二人はその空き地を後にした…。





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 「なあ、那由多…さっきの奴、一体何なんだ?」
 「『源帝ブラフマー』は、遊葉氷月から借りた『力』です…。
もっとも、これは世界にただ1枚しかないようですが…」

 「え?そうなのか?」

 那由多は無言で十代へと『源帝ブラフマー』のカードを見せる。



 「すげぇ効果だな…」

 カードに目を通した十代は思わず顔を顰めた。

 「まあ、私もあまり使いたくはなかったんですけれどね…。
このカードを私が持っていることは、あくまでも極秘事項でしたし」
 「いいのか?見せちまって」

 苦笑気味に言う那由多に、十代は真面目に聞く。

 「雷虎さんは大丈夫だと思います。それに…」

 那由多はそこで言葉を区切り、十代を見つめた。



 「貴方のことは、信用してますから」



 「……サンキュ」

 迷った結果、それだけに留めていた。

 那由多は、少し哀しげな表情を浮かべたが、それに本人すら気づかなかった。



 二人は、そして帰路につく。


 まだ、夜明けには遠い。



Episode_20 逆五芒星の呪力

 「ホタル……」

 いつもカガリはホタルを見舞う。
 眠っているホタルの表情は穏やかで、カガリは微笑みをこぼした。
 そして、ふとあることに気づいた。

 「…?いつもより顔色がいい…」

 そうひとりごちた瞬間、ぴくり、と、ホタルの手が動いた。



 「…おねえ…ちゃん…?」



 「ホタル!…目が覚めたのかい!」
 「うん…ちょっと、頭痛いケド…」

 てへへ、と笑いながら言うホタルに、カガリは思わず泣きそうになった。

 「ホタル…」
 「ごめん…せっかく来てくれたのに、何も言えなくて…」

 そんなカガリに、ホタルは気まずさを覚えたらしく、目を背ける。
 だが、その眼差しは優しさに包まれていた。

 「何を言うんだい…さ、寝ておきなよ…」

 「うん…ありがとう…」

 すぅっ、と寝入るホタル。

 それを見届けた瞬間、カガリの表情はまた毅然としたものとなっていた。



 「あたしが、しっかりカタをつけるからね、ホタル…」





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 「カガリ」
 「十代!…来てくれたのかい」

 カガリの言葉に、十代は思わず目を逸らしかける。

 「ああ……ぐ、偶然ダナ」

 無論、嘘である。
 那由多の情報を駆使して、カガリの現在地を突き止めたのである。

 「ホントかよ」
 「ああ、まあ…」

 詰め寄るカガリに、汗する十代。
 だが、幸いにもそれ以上の追求はなかった。

 「ま、どーでもいいけどな。…ホタルが意識を取り戻した」
 「本当か!?」
 「嘘言っても仕方ないだろ?で、一体何の用なんだ?」

 「あ…一応、カガリには言っておこうと思ってさ」

 十代はやや顔を曇らせながらカガリに告げた。

 「那由多から聞いたんだ。『逆五芒星のアイテムに呪いが籠められている』って」

 「逆五芒星のアイテム…?」

 カガリはポケットからペンダントを取り出し、それを見る。

 「そういえば、これは瑞希の奴からもらったものだ…いつでも身に着けておけって…。
なるほど、そういうことかい…」

 カガリは無造作にペンダントを空中に放り…。

 「破っ!!」

 カガリが繰り出した拳は逆五芒星のペンダントにヒビを入れた…。
 カシャン、と音を立て、ペンダントは地に落ちる。
 そのペンダントを、カガリは迷うことなく踏みつけ、砕いた。

 「…あンの野郎…絶対に許さないからね…!!このあたしに、ホタルを傷つけさせたっていうのかい…!!」

 踏み砕いた後も、カガリの腹の虫はおさまりそうになかった。
 瑞希へと敵意を募らせるカガリ。

 「カガリ…」

 そんなカガリを見て、十代はふと複雑な思いに囚われた。

 「あたしは瑞希の野郎をはっ倒す。…協力してくれるかい?…十代」
 「…ああ。こちらこそ頼むぜ、カガリ」





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 この世界のものに善がある。
 この世界のものに悪がある。

 ヒトはそう言うけれども、翼はそう思わなかった。



 翼にとって、『真実』は自分。
 ヒトそのものだったのだ。

 だから、ヒトの数だけ真実がある。

 瑞希のことは、紹介された時に知った。
 翼は、瑞希の抱いていた気持ちに矛盾を抱えていたことに気付いた。
 だが、それに触れようとはしなかった。



 『筋が通っていればそれでいい』。



 正義としても、悪としても、異端の考え。



 天空寺翼とは、そういう人間だった。



 そんな彼が何故『インバーテッド・ペンタクル』に入ったのか。
 そこに、珍しく氷月の意思はなかった。

 『たまたま』居合わせた『駒』。
 氷月はそう思っているだろう。

 だが、翼はそれを不愉快と感じることはない。
 …少なくとも、今日、今までは。

 ヒトの『真実』はあくまでもヒトのものであって、自分のものではないからだ。

 ヒトの『真実』を侵すことはできない。
 だから、ヒトとは関わらず、馴れ合うこともない。



 それが、翼の『真実』だった。



 ――君、強いね…どうだ?僕の仲間にならないか?



 瑞希にそう誘われ、翼はすぐに了承した。

 別に特に理由はない。

 ただ、強いものを集めている彼に興味が湧いた…。

 強いて言うならば、そんなちっぽけな理由だった。



 「さてと、デッキの調整でもしようかな」



 翼の表情の奥に隠された感情を知るものは誰もいない。





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 不知火雪夢にとって、主、『戸叶瑞希』の命令は絶対だった。
 別に誰が決めたわけでもない。

 ただ、この人に従おう、そう思い、生きてきたのだ。

 雪夢は幼い頃から瑞希と共にいた。

 不知火家は、『誰か自分の主を見つけ、それに従うこと』という決まりがあった。
 それは珍しいことだったかもしれない。

 だが、雪夢はそれをかたくなに守った。

 そして、雪夢は瑞希と出会い、瑞希を主として定めた。

 連携があまり取れていない『インバーテッド・ペンタクル』の、唯一のしもべと言ってもいいかもしれない。

 己を殺し、主に従う…。

 そんな生き方に反発する人間もいるだろう。

 それでも、雪夢は、瑞希を守り続けた。



 「貴方を守る。それが私に課せられた使命です…」



 瑞希が、雪夢ともう少し早くに出会っていたら、瑞希は『インバーテッド・ペンタクル』を設立せず、復讐に生きずにすんだのかもしれない…。





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 「いったい、いつまで僕は…」

 暗闇に声が響く。
 深い、疲れを宿した声。

 声の主は、ふと動きを止め、溜息をついた。

 「…そうか…呪縛が解けたのか…」

 解けた呪縛は二つ。

 「星雷虎。期待はずれだったな。
経歴を見るともう少しやると思ったけどね」

 星雷虎。
 地下デュエルに流され、そこで生き抜いた少年。
 ならば、もう少し活躍するかと思ったが。

 「凪柴カガリ…使えない奴だ…
…いや、『あいつ』の息が掛かった奴よりは良かったかな…」

 凪柴カガリ。
 仲間に引き入れた経緯が経緯なだけに、素直に動くとは思わなかったが、ここまで態度が強いとは思わなかった。

 だが。
 それでも、踊らされると思うよりはマシだった…。



 「…駒を与えてくれたことには感謝するよ…だけど」



 自分の逆五芒星のペンダントを取り出し、それを見据えた。

 「僕の邪魔はさせない。それが例え神であろうと……倒す」



 逆五芒星は淡い光を放つ。

 まるで瑞希の言葉に呼応するように。



 「お前達も…僕から離れるか…?雪夢、翼…」



 瑞希の問い掛けは虚空へと消えた。
 その問い掛けに答えるものは、誰もいなかった…。



Episode_21 氷月の挑戦

 「正義、それは人、誰もが持つもの」

 黄昏時、少年は歌うように言う。
 その声には、何の感情も含まれてはいなかった。

 「そして、人それぞれに違うもの」

 少年は手を翳し、何かを掴むような素振りをする。
 その少年の名は、天空寺翼。

 「じゃあ、僕の正義は…」

 手を降ろし、呟く翼。

 瞳が揺れる。

 何の感情かはわからない。



 「それも、聞けばわかるかな〜。…遊葉氷月に」



 いつもと変わらない笑みで、翼はその場から身を翻した…。





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 高架線の下、一人の青年がいた。
 彼は何者かと電話で話していた。

 遊葉氷月。

 神の眼を持つと言われ、神そのものとも謳われた青年。



 「さて、と。駒がそろそろ不足しててきたな」

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうだった。

 「エドも、簡単には聞いてくれないだろう」

 電話の相手から、心底呆れた声が帰ってくる。
 氷月は、それをただ笑って聞いていた。

 「え?困った神様って?ははは、そう言うなよ。私だって必死なんだ」

 だが、急に真面目な顔になる。

 「何、大丈夫さ。運命の歯車には、誰も逆らえない」

 電話を切り、前を見据える。

 電柱。
 …だが、そこに誰かがいることを氷月は知っていた。

 「…私を含めて、ね」

 その声は、どこか寂しそうだった…。





 高架線を走る電車の音が響く。
 …電車が通り過ぎた後、静寂が訪れる。

 氷月は、電柱に、正確に言えば電柱の後ろにいる人間に、声を張り上げて言った。

 「こんなところで待ち伏せか?デートの相手にしては、趣味が悪そうだな?」

 幾分かからかいの色が含まれているその声に、隠れていた少年は姿を見せた。

 「なかなか言ってくれるな〜、氷月。噂どおりだ」

 跳ねた…というより、ぼさぼさの茶色が掛かった黒髪に、のんびりとした口調。
 …その人物に、氷月は心当たりがあった。

 「天空寺翼、か」
 「ん」

 「何故君がここにいる?」

 氷月のその質問に、翼の瞳が真剣さを帯びた。

 「色々と聞きたいことがあったからかな」
 「聞きたいこと?」

 我ながら白々しい、と思った。



 「色々あるけどな、やっぱり気になるんだ、氷月、あんたが」



 翼の真剣な双眸が氷月を捕らえる。

 「ふ…ん、それでどうするつもりだい?」

 「どうもしないさ。ただ、あんたの考えているようなことには、簡単にはならないだろうと思ってさ」

 「ははは、確かに簡単にはならないだろうね」

 だが、氷月は意外にも翼のその言葉に同意した。

 「?」

 思わず怪訝そうな顔をする翼。

 それでも、返ってきたのはやはりと言うべきか、肯定する言葉だった。



 「だが、人は皆、逃れようなく、その運命を歩む。それに例外はないのだよ、翼君」



 「…納得、いかないな。あんたはそれでもいいかもしれないけど、僕達は決められた未来を歩むつもりはない」

 「それは無理だ」

 「何故そう思う?」

 にべもなく吐き捨てられ、翼は思わず声を荒げる。

 「それは君が一番よくわかってるんじゃないか?」



 そう言われたら、黙るしかない。

 「………」
 「………」



 暫し流れる沈黙。



 「期待したわけじゃなかったけど、何を言っても無駄、か」

 肩を竦める翼に、氷月は笑いながら道を示す。

 「無駄というわけじゃないさ」
 「…?」

 「私に勝ったら教えてやろう。もっとも勝たなくとも、ある程度のことは教えよう」
 「デュエル…か」

 思い当たることがあった。

 この人物は何でも決着をつけたがる。
 …意外と子供じみた面。

 …ならば、つけいる隙はある。



 「そういうことだ。どうせ暇だろう?」
 「暇つぶしというわけか」

 だが、真剣勝負を暇つぶし扱いされるのは心外だった。

 「そういうことだ」
 「……っ!!」

 帰ってきたのは肯定。

 らしくもなく、激昂する翼。

 思えば、これは氷月の作戦だったのかもしれない…。



 『デュエル!!』



 そして、再び始まる。

 デュエルが。

 氷月の、神の暇つぶしが。


 高架線を走る電車の音が、やけに耳障りだと思った。



Episode_22 真実

 『デュエル!』



 【遊葉氷月→LP:4000】
 【天空寺翼→LP:4000】



 「私のターン、ドロー」

 射るような翼の視線をものともせず、氷月はドローする。

 「私は、手札から永続魔法『機械増産工場』を発動」

 手札を見回し、瞬時に作戦を立てた。


 【機械増産工場】 永続魔法
 自分フィールド上に機械族モンスターが召喚された時、手札・デッキから、レベル3以下の機械族モンスター1体を特殊召喚することができる。この効果で召喚されたモンスターは攻撃宣言を行えない。


 「そして、『サイバー・シェル(DEF/2100)』を守備表示で召喚」

 氷月の場に、光の粒子と共に機械的な貝が現れた。


 【サイバー・シェル】
 ☆4 光属性 機械族 ATK/1000 DEF/2100
 このカードの表示形式が変わった時、相手フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更することができる。


 「そして、機械族モンスターが召喚されたことにより、『機械増産工場』の効果発動。
手札、またはデッキからレベル3以下の機械族モンスター1体を特殊召喚する。
私は、『プロト・サイバー・ドラゴン』を選択する」

 氷月の場に、更にもう1体、モンスターが出現する。
 あの有名な『サイバー・ドラゴン』のプロトタイプだ。

 「さらに、カードを3枚伏せ、ターンエンドだ」

 (手札ほとんどを伏せた…?どういうつもりだ)

 氷月のフィールドに出現したリバースカードを見て、翼は怪訝に思う。
 『大嵐』を使われたら一巻の終わりだ。
 それとも、『大嵐』の対策は打たれてあるのか…。



 「僕のターン、ドロー!」

 だが、翼の引いたカードの中に『大嵐』はなかった。
 軽く舌打ちする。


 その瞬間、氷月がカードの効果の発動を宣言した。


 「スタンバイフェイズ、私は『威嚇する咆哮』を発動。
これで、このターン、君は攻撃宣言を行えない」

 翼はそのとき初めて厄介だな、と思った。
 モンスターの召喚を止めなければ、上級モンスターを召喚されてしまう。

 「…フィールド魔法『ハーピィの狩場』発動!
そして、『ハーピィ・クィーン(ATK/1900)』を攻撃表示で召喚する!」

 ならばと思い、フィールド魔法を発動する。
 これなら、相手の魔法・罠カードを破壊できる。

 「なるほど、『ハーピィ・クィーン』は、場所は限定されるが、ルール上『ハーピィ・レディ』として扱われる。
それで、『ハーピィの狩場』の効果、『ハーピィ・レディ』を召喚した時に、魔法・罠カードを破壊する効果を発動するということか」
 「そうだ!『機械増産工場』を破壊!」

 『ハーピィ・クィーン』から風が放たれ、『機械増産工場』を破壊した。



 …だが。



 「ははは、これで君は一つミスを犯した…」

 氷月はきわめてにこやかにそう翼に告げた。

 「!?」

 「セットカードを破壊すれば、君にもまだ勝ち目はあったかもしれないのにな」
 「どういうつもりだ…?」

 「…今答える必要はない。嫌でもわかる」

 翼は完全に策にはまっていた。
 氷月が『威嚇する咆哮』を発動した時、氷月が受身に回っていると『錯覚』したのだ。
 だが、実際は違った。
 『威嚇する咆哮』は、あくまでもカムフラージュだったのだ。


 「……カードを2枚セット。ターンエンドだ」

 だが、翼にとって想定外のことが起きた。

 「このエンドフェイズ、私はリバースカードを発動する。
『生け贄封じの仮面』!!」

 「しまった!!」

 「その伏せカード…片方は『ゴッドバードアタック』だろう?」

 「……く!」

 あたり、だ。

 『ゴッドバードアタック』は、鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げ、フィールド上のカードを2枚破壊するカード。

 『生け贄封じの仮面』は、あらゆる生け贄を封じるカード。

 これで、完全に進路は絶たれた。

 それでも、ステータスは翼のカードの方が勝っていた。
 まだ、チャンスはあった…。

 「さらに、リバースカード、オープン!『DNA改造手術』!
当然、私が宣言するのは、『機械族』だ」


 …だが、この発動で、退路もまた絶たれた…。


 翼の場の『ハーピィ・クィーン』は、無機質で機械的な姿となっていた…。

 「…フォートレス…か!!」

 翼は思わず歯噛みする。
 強い、というよりかは、イカサマでもしているかのような読みだ。

 「御明察。チェーンはあるかい?」

 「…ない」

 氷月はあくまでも笑顔を崩さずに聞いてくる。
 翼はぶっきらぼうに答えた。



 「そうか、では私のターンだな。ドロー」

 翼は眉を顰める。
 おそらく、このターンで、氷月は『キメラテック・フォートレス・ドラゴン』を召喚してくるだろう。

 はっきり言って、この時点で負けは決定していた。


 翼が伏せたもう1枚のカードは、『魔封じの芳香』。

 相手を手玉に取るつもりのデッキが、完全に手玉に取られていた…。

 それでも、負けを認めなかったのは、単なる意地だ。
 つまらないものかもしれない。
 だが、翼は投了、という形は取りたくはなかった。

 「私は、『機動砦のギア・ゴーレム(DEF/2200)』を召喚。
そして、『プロト・サイバー・ドラゴン』の効果により、このカードを『サイバー・ドラゴン』とし…。
『プロト・サイバー・ドラゴン』『サイバー・シェル』『機動砦のギア・ゴーレム』。
…そして」

 翼の場の『ハーピィ・クィーン』に目を遣った。

 「機械族となった『ハーピィ・クィーン』を墓地へ送り…。
『キメラテック・フォートレス・ドラゴン』を攻撃表示で特殊召喚する!」

 「っ!!」

 わかってはいたが、いざ出現されるとなると、緊張が走った。

 「『キメラテック・フォートレス・ドラゴン』は、フィールド上のモンスター全てを対象とする。
そして、このカード元々の攻撃力は、融合素材にしたモンスターの数×1000ポイントとなる!」

 氷月の場に、巨大な機械要塞龍が現れる。

 「う…!!」

 その迫力に、翼は思わず後ずさった。



 【キメラテック・フォートレス・ドラゴン:攻撃力?→4000】



 「『キメラテック・フォートレス・ドラゴン』でダイレクトアタック!
エヴォリューション・リザルト・アーティレリー!!」

 『キメラテック・フォートレス・ドラゴン』から伸びた光線が、狙い違わず翼を撃ち抜いた…。



 「くあああっ!!」



 【天空寺翼→LP:0】



 ビ…。

 低い電子音と共に、翼は崩れ落ちる。

 「……そんな…バカなっ…!!」

 「3ターンか。まあ、手の内を知っている人間にしても早期決着だったな」

 そう。
 開始後わずか3ターンで、決着はついた。

 …翼は何もできなかった。

 手札事故を起こしたわけではない。
 氷月が完全に手の内を読みきり、その上を行ったのだ。



 「まあ、私も運がよかったからというのもあるか…。
しかし、運も実力のうち、と言わせてもらおう」

 「……」

 翼は俯いたまま動かない。

 もはや悔しい、という次元ではなかった。

 ただ、自分の力が発揮できなかった。
 それが残念でならなかった。


 「天空寺翼」

 不意に、氷月は改まった口を開いた。

 「…真実を知りたいか?」
 「!?」

 「褒美としようじゃないか」

 勢いよく顔を上げた翼に、氷月はまたいつものような悪戯っぽい笑みを浮かべた。



 「…施しのつもりでも、ありがたく受け取っておくよ」

 「ははは、まあそう言うな。で、何が知りたいんだい?」

 やけくそ気味に言う翼に、氷月は聞く。



 「瑞希が何故『インバーテッド・ペンタクル』という力を持ったか。
…そして、何故あんたがエド・フェニックスや斎王琢磨を『タクティクス・ラボラトリー』に入学させたかだ」

 疑問はそれだった。

 瑞希は言っては何だが、それほど統率力のある人間じゃない。
 なのに何故、そのような力があったのか。
 翼にとってはそれが疑問だった。

 「十代君やユベルのことは知っているのかい?」

 「こう見えても裏の世界のことは人並み以上に知ってる。…あの皇那由多ともそう変わらないはずだ」
 「はっはっは。あのお茶目なお嬢さんとか。…えらくでかく出たもんだ」

 「どういう意味だ?」

 問う翼に、氷月はごくあっさりと言い放った。

 「じきにわかるさ。で、まず、エドや斎王を『タクティクス・ラボラトリー』に入れたのは、十代君のバックアップの為だ」
 「バックアップ…?」

 怪訝な顔をする翼。

 「まあ、試練を与える意味でもあったがな。
だが、エドはこれで私の企みにも気づいただろう。もう、上手くは動かせないと思うがね」
 「十代君にこだわる理由はわかる。だけど、何故エド達をそこに配置する必要があった?」

 自分の調査ルートで、十代についてはある程度のことは知っていた。
 だが、いや、だからこそ、エドや斎王をそこに配置した理由がわからなかったのだ。


 「…簡単なことだ。光と闇、正義と悪、表と裏…。
相反するものは惹かれあい、打消し合い、時には多大な力を生み出す。
ま。ただの暇つぶし程度のつもりだったが、思ったより踊ってくれたよ」

 「悪趣味だな」

 思わず、本音が出た。
 だが、意外にも氷月はそれを否定しなかった。

 「否定はしないよ。…で、瑞希が『インバーテッド・ペンタクル』という力を持ったのかと言うと…」

 氷月は口を開いた。



 高架線を走る電車がなければ、時が止まったように感じられた。



 がたんがたん。

 がたんがたん。

 がたんがたん。

 がらららら。

 らら…。



 翼は暫し、その場に立ち尽くした。



 「遊葉氷月っ…!!」

 翼は思わず、怒りを露にした。

 …氷月にその怒りを向けるのは間違っているのかもしれない。
 だが。

 それしかできなかった。



 「膨張しすぎた風船は、いずれにせよ割れる運命にある。
だが、その前に空気を抜いてやれば、しぼむ…」

 「何を…!」

 いきなり何を言い出すのかと思えば、と氷月の方を見やる。
 だが、氷月は笑みを浮かべていた。

 …今まで、見たことのないような、哀しげな笑みを。



 「瑞希は、破裂寸前の風船みたいなものだったんだよ」



 「だからと言って…!
…いや、僕はまだいい。正義は確かに人それぞれだ。



だが、あんたの正義は、いつも人の領域を侵し続けている…!」



 その言葉は、深く氷月の心に突き刺さった。

 「人はそういう不器用な生き物だよ、翼君」

 おくびにも出さず、そう言う氷月。
 …一番不器用なのは、自分かもしれないな、と思わず氷月は自嘲気味の笑みを漏らした。



 「…教えてもらったことは礼を言う。けど、あんたのしていることを認めたわけじゃない。そのことを…忘れないでくれ」

 「わかったよ」



 そう言い残すと、翼は去って行った。

 その背中が完全に消えるまで、氷月は彼を見ていた。



 「…やれやれ。嫌われ者は辛いねぇ…」



 誰もいなくなった空間、氷月はぽつりと言葉を漏らした。

 その言葉を聞く者がいれば、さぞ驚いただろう。
 神が後悔の言葉を漏らすなどありえないことなのだから…。



Episode_23 もう一人のヒーロー

 まさか、そんなことが。

 でも、何故。

 戸叶瑞希。

 氷月の考え。

 氷月の協力者。

 遊城十代。

 ユベル。



 翼の思考はめまぐるしく回っていた。

 それは、いくら考えても纏まらない、ヘタな考え。



 「くそっ…」



 思わず悪態を吐く。



 不意に顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。



 「時村つかさと…碓氷十夜」

 やや喧嘩腰だったかもしれない、と翼は言った後できまり悪そうに視線を逸らした。

 「そういうお前は、天空寺翼か!…何の用や?」
 「…何だか顔色悪いけど、大丈夫?」

 そんな翼に、全くに気にしてなさそうな十夜と、翼を心配するようなつかさの声が掛かる。

 「…別に何でもないさ…君達こそ、何でこんなところに?」

 逸らした視線はそのままで、翼は言う。
 その言葉に、十夜は苦笑気味でつかさの方へと視線を遣った。
 十夜の視線につられ、翼もつかさの方を見る。

 「…いや、なあ…」

 すると、つかさは意外にもはっきりとした口調で言った。



 「十代君に聞くためさ」



 「は?」

 翼にとって、まさしくその言葉は寝耳に水だった。
 そんな翼の様子を知ってか知らずか、つかさは続けた。

 「十代君の様子が変なのを、十夜君から聞いたんだ。
…だから、僕も何とかしたくて…。
今から十代君のところへ行こうと思ってたんだ」

 「意外と行動派なんだな」

 そんなつかさに、翼は感心半分、呆れ半分に言った。

 「意外は余計や思うで」

 ぽそりと突っ込む十夜。
 だが、翼は聞こえないフリをした。

 それの反撃か、十夜は珍しく意地悪そうに口の端を上げた。

 「……なあ、天空寺翼。氷月と何かあったんか?」
 「!!」
 「ははっ、図星みたいやな」

 思ったとおりだったことが嬉しかったのか、十夜は実に嬉しそうに笑った。
 しかし、その笑顔に、影は欠片も感じられない。

 「何で、それを…」

 だが、翼は苦虫を噛み潰したような顔で十夜を見た。


 「あんた、結構真実を知りたがってたみたいやからな。
せやったら、どうすればいいか。
一番簡単なんは本人に聞くことや」
 「一番難しい、の間違いなんじゃないのか?」

 軽口は何とか言葉になった。
 だが、十夜は核心を突く言葉で応戦する。

 「氷月の性格やったらそうやないやろ。
中途半端に情報を与えて煽るんはあいつの得意分野や」

 その言葉は、やや憤りが含まれているようだった。

 「……十夜君?何か嫌なことあった?」
 「べっつに」

 それに気づいたのか、つかさが話し掛けるが、十夜は肩を竦めて見せるだけだった。



 「…それじゃあ、もう僕は行くよ」

 溜息をついた後、翼は身を翻す。
 …このままここにいても、あまり意味はないだろう。

 だが、制止の声が掛かった。


 「ちょい待ち」
 「…何?」

 剣呑な眼差しで迎撃するも、全く十夜は意に介した様子がなかった。

 「ちょーっと、教えてくれへんか?色々なことを」
 「……例えば?」

 わかってはいたが、念のために聞く。
 …十夜は、笑みを崩さずに言った。


 「十代やユベルのことや。…いや、それだけやない。瑞希達のことも…」

 翼は思わず呆れる。
 その表情が露骨過ぎたのか、やや十夜が表情を曇らせたのが目に見えた。

 「『インバーテッド・ペンタクル』である僕が何故君達に教える必要がある?」
 「いや、あんたは筋を通したがる人間や。
せやから、それも…ほんまは壊してしまいたいんとちゃう?」

 翼の胸元の逆五芒星のペンダントを見遣り、言う十夜。

 すぐに表情を変える。
 翼もその言葉には目を逸らすしかなかった。

 「でも、瑞希への義も通すために、むやみに壊すわけにはいかへん、といったところやな」

 全部正解だ。

 「……」

 鋭い。
 翼は目を伏せた。

 「…わかった。
君達が勝てば、このペンダントは壊し、僕が知っている全ての情報を君達に話そう」

 「僕達が負けたら…?」

 つかさの言葉に、翼は淡々と正論を並べる。

 「どうもしないさ。ただ、この件には二度と関わらないでくれ。



…僕なんかに負けるようならば、この件に関わる資格は…ない」



 重い沈黙が一瞬辺りを支配した。
 それを破ったのは、意外にもつかさだった。

 「僕がやるよ、十夜君」
 「ええんか?」
 「見てみたいんだ、真実を」

 「…つかさ、言っとくけど、翼は強いで?」

 それは真実だ。
 …だが、今のつかさはその言葉では止まらなかった。

 「わかってる…でも、僕は…『僕達』は、戦いたいんだ…!」



 『デュエル!』



 【時村つかさ→LP:4000】
 【天空寺翼→LP:4000】



 「僕の先攻!ドロー!」

 つかさは宣言し、ドローする。

 「『E・HEROクレイマン(DEF/2000)』を守備表示で召喚!」

 彼の場に粘土で来た頑丈なヒーローが現れた。

 「さらに、カードを1枚セット、ターンエンドだよ!」

 そこそこ迎撃態勢は整っている。



 (……さあ、どう来る…?)



 「僕のターン、ドロー」

 翼のターンへと移行する。
 珍しく緊張しているようにも見えた。

 「フィールド魔法『デザート・ストーム』発動!」
 「…これで、風属性モンスターの攻撃力は大幅に強化される…」
 「そうだ…。
さらに、『バードマン先遣隊(ATK/1200)』を召喚!」


 【バードマン先遣隊】
 ☆3 風属性 鳥獣族 ATK/1200 DEF/300
 このカードを生け贄に捧げる。手札からレベル4以下の「バードマン」と名のついたモンスターカード2枚までを特殊召喚することができる。


 「先遣隊、効果発動!
このカードを生け贄に捧げ…『バードマン遊撃隊(ATK/1900)』と『バードマン偵察隊(ATK/800)』の2体を特殊召喚する!」


 【バードマン遊撃隊】
 ☆4 風属性 鳥獣族 ATK/1900 DEF/900
 1ターンに1度、自分のメインフェイズにのみ発動可能。相手ライフに600ポイントのダメージを与える。このカードは攻撃した場合、エンドフェイズ時に守備表示になる。

 【バードマン偵察隊】
 ☆3 風属性 鳥獣族 ATK/800 DEF/2000
 このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手のデッキの上からカード3枚を墓地へ送る。


 「さらに、偵察隊の効果を発動!
相手のデッキの上から3枚を墓地へと送る!」

 矢継ぎ早にモンスターを召喚する翼に、つかさは手が出せない状態だった。


 「……送ったよ」

 (墓地が肥えてラッキーだった…だけど、『融合』のカードが落ちたのは痛かったな)

 この効果で墓地へ送られたのは、『E・HEROネクロダークマン』『E・HEROワイルドマン』『融合』の3枚だった。

 「永続魔法『トラップ・フィーバー』発動!」


 【トラップ・フィーバー】 永続魔法
 このカードのコントローラーは、罠カードをセットしたターンでも発動できる。この効果で罠カードを使用した時、お互いのプレイヤーはカードを1枚ドローする。この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 「罠カードをセット、そして、『トラップ・フィーバー』の効果で、伏せたターンにも使用可能となる!
『バードマン偵察隊』を生け贄に、『ゴッドバードアタック』を発動!」

 バードマン偵察隊の姿が光り輝き、閃光となってつかさのフィールド上を目掛けて舞い降りる。

 「クレイマン、そしてそのセットカードを破壊する」

 その閃光により、クレイマンとセットカードが破壊された。



 「……まずいな。完全にやられっぱなしやんか…」

 傍らで見ていた十夜は、劣勢に傾きつつあるつかさを心配した。

 「『トラップ・フィーバー』の効果で、お互い1枚ドローできる」
 「…うん」
 「そして、『バードマン遊撃隊』効果発動!
相手ライフに600ポイントのダメージを与える!」

 バードマン遊撃隊からの攻撃を受け、つかさは一歩、後ずさった。

 「つっ…!」



 【つかさ→LP:3400】



 フィールド上ががら空きなのを見て、つかさは頭の中で警鐘が鳴った。

 (やばい!)



 「『バードマン遊撃隊』で、ダイレクトアタック!」



 【バードマン遊撃隊:攻撃力1900→2400】



 「くあぁっ!!」

 先程の攻撃と比較にならないダメージを受け、つかさは動揺する。

 …痛みよりも、心が軋む音が聞こえ、それが気になった。



 【つかさ→LP:1000】



 「…う…」

 「どうした?これで終わりじゃないだろ?」



 心が折れたわけじゃない。
 …まだ、やれる。



 だけど。



 今一度、あのときのことを思い出してしまうならば…。



 『…わかってはいたが…一筋縄じゃいきそうもないな…』

 「…お前は…『かなめ』か?……当たり前だ。僕だって弱いわけじゃない」



 冷涼とした雰囲気が、翼を刺す。

 いつの頃だったか。

 つかさが交代の意を示さず、自分がこうして表へ出てくるのは。



 (さあ、ここからどう出る?…つかさ…いや、かなめ)

 十夜は、冷静に二人の様子を観察していた。



 「さらに、僕はカードを1枚セット。僕のエンドフェイズに、遊撃隊は自身の効果で守備表示へと変更される。…ターンエンドだ」



 【バードマン遊撃隊:守備力900→500】



 「…ダメか…?」

 つかさはぽつりと言葉を漏らす。

 それはとても悔しそうで、対戦相手である翼でさえ、その表情を曇らせた。



 『つかさ』
 「……かなめ」

 かなめの呼ぶ声が聞こえた。
 つかさは、やや悔しそうに、彼の声を聞いていた。

 『今のお前じゃ無理だ。…いや、今はまだ、とっておけ。…お前の、「力」を』
 「………」

 かなめはそんなつかさの心中を知ったのか、言い方を変えた。



 『手札…E−HEROだろう?

……「それ」は「お前」じゃ使えない』



 過去を、思い出す。



 ――傷つき、倒れた自分。

 ――負傷した身体。

 ――起き上がる瞬間。

 ――『自分』であって、『自分』でない、そんな感じ。

 ――絶叫。

 ――抹消された記憶。

 ――虚ろな表情。

 ――かなめという、もう一人の人格。

 ――できなくなったデュエル。

 ――かなめとの和解。



 「…うん」

 つかさの表情は、泣きそうでいて、それでいて怒り出しそうで、そんな複雑な表情をしていた。

 『必ず、お前も戦え。だからこそ、今、俺は戦おう』



 「…ありがとう」



 つかさの表情がふとやわらいだ。

 『礼はお前が勝ってからだ』
 「…うん」

 その瞬間、つかさは、かなめへと『変心』した。



 「俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードを一瞥し、戦略を組み立てる。



 ――これなら。



 (よし!いける!)

 「俺は、『E−HEROヘル・ブラット』の効果発動。
このカードは、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、表側攻撃表示で特殊召喚できる!
『E−HEROヘル・ブラット(ATK/300)』を特殊召喚!」

 フィールドに現れるヘル・ブラット。

 もちろん、これで済むはずもない。
 翼の頬に一筋の汗が伝った。



 「そして、マリシャス・エッジの効果…相手フィールド上にモンスターが存在する場合、このカードは生け贄1体で召喚することができる。
…来い!『E−HEROマリシャス・エッジ(ATK/2600)』!!」

 ヘル・ブラットを生け贄に現れた、邪悪なヒーロー。

 「っ!!」

 翼に緊張が走った。


 「そして、魔法カード『ダーク・コーリング』発動!

自分の手札または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスター1体ずつをゲームから除外し、『ダーク・フュージョン』の効果によってのみ特殊召喚できる融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する!

手札のスパークマンと墓地のクレイマンをゲームから除外し…。
来い!『E−HEROライトニング・ゴーレム(ATK/2400)』!」

 黒い光と共に、かなめの場に、新たなモンスターが現れる。

 「ライトニング・ゴーレム、効果発動!
1ターンに1度、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊できる!
…『バードマン遊撃隊』、退場願おうか!」

 ライトニング・ゴーレムから放たれた黒い電撃を浴び、バードマン遊撃隊は消滅した。

 「…くっ…!」

 四散した遊撃隊へと視線を遣り、翼は思わず悲鳴を漏らした。

 (…やっぱり強い。『かなめ』になった瞬間、流れが変わった…。
いや、それだけじゃない。まだ、何かを隠しているな…)

 再び、視線をかなめへと遣る。
 そこには、静かに、そして強い闘志を持った少年が佇んでいた。

 (本当に、思ったとおり…いや、それ以上だ!…時村つかさ!)



 「行くぜ!マリシャス・エッジ!奴をぶっ倒せ!」



 疾走するマリシャス・エッジ。
 だが、翼とてこのままやられるつもりはなかった。

 「リバースカード、オープン、『バードマン戦陣―楓―』!
その効果により、『バードマン遊撃隊』を特殊召喚する!」

 「…ちぃっ!!
何度来ようが同じだ!攻撃続行っ!!」

 思わず舌打ちをするかなめ。
 だが、モンスターが召喚されても、こちらの優位は揺るがない!

 そう思い、攻撃の続行命令を出した。



 【E−HEROマリシャス・エッジ:攻撃力2600】
 【バードマン遊撃隊:攻撃力1900→2400】



 バードマン遊撃隊は破壊され、わずかに翼のライフが減った。

 【翼→LP:3800】



 「…ふっ」
 翼が挑戦的な笑みを漏らす。
 「!!」
 不意に、かなめの背筋にそら寒いものがはしった。

 「この瞬間、『バードマン戦陣―楓―』の特殊効果発動!
この効果によって特殊召喚されたモンスターが戦闘によって破壊された時、相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊することができる!
ライトニング・ゴーレムを破壊!」


 【バードマン戦陣―楓―】 通常罠
 自分の墓地に「バードマン」と名のついたモンスターカードが2枚以上存在する場合のみ発動可能。自分の墓地から「バードマン」と名のついたレベル4以下のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたモンスターが戦闘によって破壊された時、相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。



 バードマンから風が吹き荒れ、ライトニング・ゴーレムを包み込み、切り裂く。
 …消滅したライトニング・ゴーレムの残滓を見て、かなめは悪態を吐いた。

 「ちっ!こしゃくな真似をっ…!!」

 だが、それで状況が変わるものではない。
 …それに、まだチャンスは残っている。

 そう、ヘル・ブラットの効果だ。

 「カードを1枚セット、ターンエンドだ。
…そして、俺のこのターンのエンドフェイズ、ヘル・ブラットの効果…ヘル・ブラットを生け贄に『HERO』と名のつくモンスターを生け贄召喚したため、デッキからカードを1枚ドローする!」



 わずかに、かなめの表情が明るくなる。

 (…さあ、どんなカードを引いたんだ…?)


 二人の勝負は、クライマックスを迎えようとしていた…。



Episode_24 邪悪な力を解き放て!

 【時村つかさ→LP:1300】
 【天空寺翼→LP:3800】



 「僕のターン、ドロー!」

 (まだ、ライフポイントには僕の方が有利だ…。
だけど、決して甘く見ていい相手じゃないな)

 翼はかなめのことをそう分析していた。

 …この人物は強い。
 そう、直感していたのだ。

 「『バードマン哨戒隊(ATK/1500→2000)』を攻撃表示で特殊召喚!」


 【バードマン哨戒隊】
 ☆4 風属性 鳥獣族 ATK/1500 DEF/1400
 手札がこのカード1枚だけの場合、このカードを手札から特殊召喚することができる。このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に他にモンスターが存在しない場合、デッキからカードを2枚ドローすることができる。


 翼のフィールドに、バードマンが現れる。

 「さらに、哨戒隊、効果発動!
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に他にカードがない場合、デッキからカードを2枚ドローすることができる!」

 「手札補充か!…やるな」

 舌打ち混じりながらも、翼の戦術を評価するかなめ。
 それに対し、翼は…。

 「君ほどじゃないよ、『つかさ』君」

 その言葉に、かなめは眉を顰めた。



 「まだまだ行くよ!
哨戒隊を生け贄に、『バードマン高速機動隊(ATK/3000→3500/)』を攻撃表示で召喚!
このカードは、『バードマン』と名のつくモンスターを生け贄にする場合、生け贄1体で召喚することができる!」


 尖鋭的なデザインを持つモンスターが翼の場に現れる。


 【バードマン高速機動隊】
 ☆8 風属性 鳥獣族 ATK/3000 DEF/1800
 このカードは、「バードマン」と名のつくモンスターを生け贄にする場合、生け贄1体で召喚することができる。1ターンに1度、自分のメインフェイズにのみ発動可能。手札からレベル4以下の「バードマン」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる。


 「なるほど…哨戒隊を生け贄に、より強力なモンスターを召喚したか…」
 「さらに、1ターンに1度、手札からレベル4以下の『バードマン』と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる!
来い!『バードマン補給隊(ATK/1000→1500)!!』


 【バードマン補給隊】
 ☆3 風属性 鳥獣族 ATK/1000 DEF/2000
 自分のスタンバイフェイズに、このカードのコントローラーは1000ライフポイント回復する。


 矢継ぎ早に召喚されるバードマン達に、かなめは冷や汗をかく。

 「悪いが、勝たせてもらうぞ!
高速機動隊で、マリシャス・エッジを攻撃!
高速閃華!!」



 【バードマン高速機動隊:攻撃力3000→3500】
 【E−HEROマリシャス・エッジ:攻撃力2600】



 バードマンから放たれた高速の一閃がマリシャス・エッジに直撃、無へと帰した。


 「くぅっ…!!」

 【つかさ→LP:400】

 だが、ここで終わるかなめではない。
 リバースカードの発動を宣言した。

 「次の攻撃を通らせると思うか!?
罠カード、『イービル・タックス』発動!
自分の墓地に『E−HERO』と名のついたモンスターが存在し、このカードのコントローラーが戦闘ダメージを受けた時に発動可能!
相手フィールド上に存在するモンスター全てを破壊する!」


 【イービル・タックス】 通常罠
 自分の墓地に「E−HERO」と名のついたモンスターが存在し、このカードのコントローラーが戦闘ダメージを受けた時、発動可能。相手フィールド上に存在するモンスター全てを破壊する。


 邪悪な輝きが翼のモンスターを包み込み、爆散した。


 「邪悪な力を舐めるなよ!ガキがっ!!」



 口汚くなったかなめを見て、十夜は思わず呆れ気味に呟く。

 「…自分かてガキやろ…。
ったく、あかんわ…かなめの奴、完全にハイになっとる…」

 十夜はこめかみを押さえる。
 だが、幸か不幸か、それを見る人間は誰もいなかった。

 「補給隊が…!高速機動隊まで……!

……くっ…ターンエンドだ…」



 モンスターが破壊されても、手札がなければ手の打ち様がない。

 勝負はもう決まっているだろう。

 だが、ここでサレンダーするわけにはいかなかった。

 自分には、義務がある。

 戦いを、彼の力を見届ける義務が。



 「……」
 「ひとつ、聞かせてくれ」

 かなめの冷涼とした空気を破り、翼は彼へと話し掛ける。

 「…何だ」



 「お前は一体何者だ?」



 翼の言葉に、かなめは溜息をつく。

 珍しく、困惑しているようにもとれた。

 それは、翼への困惑か、つかさへの配慮か。



 「時村つかさのもうひとつの人格…。
つかさが自分を守るために作った、もうひとつの人格―たましい―さ」

 「!?」

 やはり知らなかったのか、とかなめは苦笑気味に笑った。

 「何故か、俺の触れたカードは闇に染まった。
…それ以来、それらのカードは『E−HERO』と呼ばれた」



 ――カードに触れるかなめの手。

 ――そこから湧き出す、黒い闇。

 ――闇が消え去った後、そこにかつてのヒーローの面影はなかった。



 「そうか…そういうことか……」

 「ああ…だからこそ…次にカードを引くのは、『つかさ』でなくてはならない。
お前も知っていたからあの時俺を『つかさ』と呼んだのだろう?」

 「…すごいな。そんなことまでわかるのか」

 翼には、わかっていた。

 つかさとかなめの関係性まではわからなかった。
 だが、つかさがどのような時に出るかどうかはわかっていた。

 「『E−HERO』は俺にしか扱えない。だが、俺は同時につかさでもある。
そして、つかさもまた、俺、というわけだ。
光と影。それが俺達なのさ」
 「だから君の戦術は同時につかさ君のものってワケだ」
 「知る人間は少ないがな」

 「…ああ」

 翼は瞳を伏せる。



 ――もうすぐ、自分の役目は終わる

 ――『歯車』としての自分の役目は、すぐそこだ。



 「さて、お喋りは終わりだ」

 その瞬間、ふっと『かなめ』から殺気のようなものが消えた。
 …『つかさ』だ。

 「…僕のためにも、この勝負はもらう。だけど、サレンダーはしないだろう?」

 瞳を閉じていてもわかった。
 その瞳を開け、つかさへと向き直る。

 「……見たいものがあるからな」
 「やっぱり、君は強いよ、翼君」

 つかさは笑顔を見せる。

 それは、翼にとって、眩しいほどきれいな笑顔だった。



 「僕のターン、ドロー!」

 ドローした瞬間、伝わってきた。
 ……精霊の、声が。

 『おおおおぉおぉん』

 「魔神王!…よし、行くよ!」
 『おおおん!!』

 「僕は『沼地の魔神王(ATK/500)』を攻撃表示で召喚!」



 「…勝負、あったか」

 十夜は人知れず、呟いた。



 「手札から魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動!
この効果により、『E・HERO』を名のつく融合モンスターの素材を、フィールド、または墓地から選択することができる!
僕は、フィールドの魔神王を、墓地のネクロダークマンを選択!

現れろ!邪悪な力と、英雄―ヒーロー―の力を兼ね備える、E・HERO―元素の英雄―よ!」



 つかさのフィールドに闇が渦巻く!

 『「汝の名、『E・HEROダークネス・フレア・ウィングマン』!!」』


 【E・HEROダークネス・フレア・ウィングマン】
 ☆8 闇属性 戦士族 ATK/2500 DEF/2100
 「E・HEROフレイム・ウィングマン」+「E・HEROネクロダークマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、自分の墓地の「E・HERO」という名のついたカード1枚につき300ポイントアップする。このカードが墓地に存在する時、自分は「HERO」と名のついた融合モンスターを、召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚することができる。この効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。この効果はこのカードが墓地に存在する限り1度しか使用できない。


 闇と共に現れた、闇を司る英雄。
 それは、まさしく翼が見たかったものだった。

 「ダークネス・フレア・ウィングマンは、自身の効果により、攻撃力を300ポイントアップさせる!」



 【E・HEROダークネス・フレア・ウィングマン:攻撃力2500→2800】



 「バトルだ!ダークネス・フレア・ウィングマンでダイレクトアタック!
ダークネス・シュートっ!!」



 「くあああぁっ!!」

 闇の英雄から放たれた黒い光は、翼のライフポイントを大きく削った。



 【翼→LP:1000】



 「だけど、まだライフポイントは残る…君の力はその程度か?」

 挑発するように言う翼。
 だが、つかさは自信満々に言い返してきた。

 「まさか。…僕にも『闇』は扱える!!
速攻魔法『ダークネス・グレイス』発動!
自分フィールド上に存在するレベル8以上の闇属性のモンスター1体を選択して発動する!
選択したモンスターを破壊し…破壊したモンスターカードの種類により違う効果を発動する!
僕は、ダークネス・フレア・ウィングマンを選択!」


 闇の英雄の周囲に闇が渦巻き、それを無へと帰す。

 その光景を見て、つかさは小さく『ごめん』と言っていたのを、十夜と翼は聞き逃さなかった。
 …もちろん、かなめも。


 「僕が破壊したダークネス・フレア・ウィングマンは融合モンスター…。
よって、これ以降のフェイズと相手ターンをスキップし、次の自分のターンのドローフェイズとなる!!」


 【ダークネス・グレイス】 速攻魔法
 自分フィールド上に存在するレベル8以上の闇属性のモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊する。破壊したモンスターカードの種類により以下の効果を発動する。
●通常モンスター:もう一度通常召喚を行うことができる。
●効果モンスター:カードを2枚ドローする。
●融合モンスター:これ以降のフェイズと相手ターンをスキップし、次の自分のターンのドローフェイズとなる。
●儀式モンスター:墓地からカード2枚を手札に加える。


 「!!」



 時が暴れる。
 その『時』の奔流を越え、つかさはドローする。

 「ドロー!
だけど、このドローカードは必要ない!
もう既に、勝利の布石は完成しているよ!」

 「…くっ!」

 翼は、目の前に生まれつつある、闇の扉―ゲート―に、目が釘付けだった。

 「ダークネス・フレア・ウィングマンの効果発動!
このカードが墓地に存在する時、僕は『HERO』と名のついた融合モンスターを、召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚することができる!
この効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊されるけど…このターンがあれば十分だ!!」



 ――闇の扉が、開かれる。



 「僕は…!」

 『…!よせ、つかさ!「それ」はお前じゃ…使えない!』

 つかさのしようとしていることがわかったのか、かなめは声を荒げた。

 「大丈夫だよ、かなめ。…『僕』は、『君』だ。
…だから、大丈夫だよ!」

 自分の中で暴れまわる『力』を、つかさはコントロールしようと必死だった。

 「『E−HEROインフェルノ・ウィング(ATK/2100)』を選択!」



 闇の扉から、女性型の邪悪な英雄が現れる。

 「…つかさ…何でわざわざ針のムシロに座ろうとするんや!!」

 その光景を見て、十夜は苦々しく吐き捨てた。



 【E−HEROインフェルノ・ウィング:攻撃力2100】



 「ぐぅっ…!!」

 『闇』がつかさの中で暴れまわる。
 その痛みは、つかさを蝕む。



 ――だが。



 『つかさ!!』

 かなめはつかさへと『気』を送る。
 これで、わずかだが、『闇』を緩和できるはずだ。

 「…は…ぁっ!…インフェルノ・ウィングで、う…くぅ……プレイヤーにダイレクト…アタック!!
…インフェルノ・ブラストっ!!」

 つかさは必死に攻撃宣言をし…。



 【翼→LP:0】



 その瞬間、つかさの勝利が確定した…。



 「う…」

 どさり、と落ちる身体。

 何とか、手を地面について、息を整える。

 それを見て、翼は呆れたように溜息をついた。





 ――僕は、やっと乗り越えることができたような気がする。

 ――あの日のことを。

 ――虚ろだった僕に、再び生きる気力を与えてくれた存在。

 ――かなめ。

 ――僕は、かなめがいたからここまで来れた。

 ――かなめ…僕にとって、君は必要な存在なんだ…。





 思い出す。

 昔のことを。





 ――お前、デュエルしたいんだろ?

 ――だったらやろうぜ?

 ――やってやるよ、俺が。

 ――だから、今日からよろしくな、つかさ。





 「どうして、そこまで無理をしたんだ…。
わざわざE−HEROを出さなくても、勝てた戦いだろ?」
 「…どうしても…勝ちたかったら…」

 翼の言葉に、つかさは息を切らせながら言った。

 「え?」

 「どうしても一緒に勝ちたかったんだ!…僕にとって、かなめは家族だから!!」

 「…つかさ君…」

 …その気持ちはわからないでもなかった。

 だけど…何故そうまで…。
 そう、口を開こうとしたが次のつかさの言葉に黙り込んだ。

 「かけがえのない家族なんだ!」



 「わかったから、ちょっとは冷静になり、つかさ。」
 「……十夜君」

 だんだん熱くなるつかさを止めたのは十夜だった。

 「私情を優先して勝たれんかったら元も子もないやろ。…つかさ」
 「……」

 つかさは地面へと視線を移す。
 その瞳は、泣きそうで。
 …翼は思わず声を掛けようとしたが、今何を言ってもつかさの耳には入らないだろうと思い、言葉を呑み込んだ。

 「もうちょっとのところで、かなめの頑張りを無駄にするところやったんやで」
 「……ごめん」

 「ま、ええやろ。…で」

 今度は翼へと視線を移す十夜。

 「教えてくれるんやろ?約束やったもんな、天空寺翼」
 「…もちろん、約束は守るよ」

 翼は、破壊した逆五芒星のペンダントを十夜へと見せる。
 それを見た十夜は、満足そうに笑顔を見せた。

 「ほな、よろしゅう」


 そして、翼は二人に真実を語り始めたのだった…。



Episode_25 人間の手がまだ触れない

 「おや、これは珍しいお迎えだね、エド」

 帰宅した氷月を出迎えたのは、エドだった。
 その瞳は氷月への不信感で揺れていた。

 「…貴方はいったい何を考えているんです?…遊葉氷月」
 「……そうだね、そろそろ教えてもいい頃かな?」

 「……」

 笑顔を見せる氷月に対し、エドは睨みつける、とまではいかないが、敵意を籠めた視線で彼を見る。
 それを見て、氷月は困ったように苦笑した。

 「そう、怖い顔をするな。ここじゃあなんだから、リビングにでも行こうか」

 「……」

 そう言い残し、氷月は扉に手を掛け、家へと入る。
 その後ろ姿を、エドは何とも言えない表情で見ていた…。



 ――遊葉氷月。

 ――常に、僕はこの人物を信じていた。

 ――だが…。

 ――それすらも嘘だというのか?

 ――僕が信じたもの全て…。





 「…氷月…貴方が僕に掛けてくれた言葉全てが嘘だったんですか…?」

 そう切り出したエドに対し、氷月はやや呆気に取られた表情をした。

 「…エド…」

 エドは、怒り出しそうな、泣き出しそうな、複雑な表情をしていた。
 そのエドの表情を見て、氷月はエドに気づかれないくらいの小さな溜息をこぼす。

 「気持ちはわからないでもないがね…だが、もしそうだと言ったら?」
 「……僕は貴方を許せません」

 それは、強い光を湛えた瞳。
 普通の人間なら、その瞳に射竦められると恐怖を覚えるだろう。
 しかし、氷月はティーカップを口へと傾け、何の気なしに紅茶を飲む。

 「…怖いな。…だが、私は仕事だからといって他人に優しくできるような、できた人間ではないよ」

 カタン、とティーカップを置きながら言う氷月。

 その言葉は真実だ。



 「…氷月」
 「……騙していたことは謝ろう」

 いまだ疑心を抱いている様子のエドに、今度は氷月が謝罪する。

 「ならば、今何が起こっているのか、包み隠さず教えてください」



 「……いいだろう」



 知りたかったのはそれか、と氷月は心の奥でふと微笑した。



 「まず、ユベルについて、教えようか」





 ユベルは、現在、遊城十代の精霊だ。

 ユベルは十代君の両親によって、十代君に与えられたカードだった。

 だが、それには力が宿っていた。

 ヒトには全く理解できない、未知の力が。

 ユベルは、十代君を主と定め、十代君に仇なすものを呪い続けた。

 デュエルしなかったら、何も起きなかった。

 しかし、事件は起きた。

 当時、十代君には友達がいた。

 その友達とデュエルをしていた時、ふとした拍子にユベルの『封印』が解けた。

 ユベルには、強力な封印がなされていた。

 だが、デュエルという戦いを通して、その封印が緩み…

 対戦相手を、意識不明の昏睡状態にしてしてしまった…。

 十代君は、最初はただの偶然だと思ったらしい。

 普通、デュエルで意識不明になるなんて考えられないからね。

 ……もっとも、おかしい、くらいは思っていたみたいだけど。

 だけど、自分とデュエルをするたびに意識不明になる人間を見て、十代君はユベルへの恐怖心を抱くようになった…。

 意識不明の友達。

 孤立する自分。

 だが、そんな折、ある少年と少女が十代君の元に訪れた。

 名前を、少年の方を、蒼軌アルカ、少女の方をエルミューレといった。

 彼らは、ユベルから邪気を祓い、意識不明の人間を覚醒させた。

 邪気を祓われたユベルは、十代君の守護者となることを選んだ…。



 「いまひとつわからないな。何故ユベルにはそれほどまでの力がある?
…そして、何故、遊城十代にはそんなモンスターを使役する力がある?」

 「それも話そうか」



 かつて、神と魔と。

 幾度となく戦争を繰り返していた。

 今にして思えば、これも御伽話のようだがね。

 神はとある人間と協力し、ついに魔王を封印するにまで至った。

 だが、魔王は力尽きる寸前、いくつかの欠片を残した。

 それは、狂える魔王の欠片。

 それのひとつが、この世界で『ユベル』と呼ばれている精霊だ。



 「!!」



 そして、神と協力した人間は、後に『覇王』と呼ばれ、世界を統一した。

 精霊を使役することのできる人間は、全て『覇王』の血縁、または『覇王』を前世に持つものだと言われている。

 まあ、一部の例外はあると思うがね。

 十代君はおそらくそのどちらかなのだろう。

 だから、精霊を使役することができるのだ。





 「……話が突飛過ぎるな。…本当なのか?」

 信じるにしても、難しい。
 というより、エドは限りなく現実に生きてきた人間だ。
 それなのに、今の非現実的な話をどうしたら信じることができるのか。

 「ま、信じるか信じないかは君次第だ」

 エドの呆れとも、感心ともつかない視線と言葉を受け、氷月は涼しい態度で流す。

 「どこへ行くんだ?」

 席を立つ氷月に、エドは思わず反射的に話し掛ける。

 「…もうすぐ、全ての決着がつく。…どんな形であれ、ね」
 「……」

 どんな形であれ、という言葉にエドは思わず黙り込む。
 …自分は蚊帳の外なのだ。
 それが何故だか悔しくてならなかった。

 「だから、私にはそれを見届ける義務がある。…一緒に来るか?」
 「当たり前だ」

 毅然と言い放つエド。
 それを見て、氷月はいつものポーカーフェイスを浮かべていた…。



Episode_26 決戦前夜

 「…これが、僕の知っている内容の全てだ」

 全てを話し終わった翼に、驚きを隠せない様子のつかさと十夜。

 「……そんな、まさか…じゃあ、僕達が精霊を見ることができるのは…?」
 「そこまではわからない。だが、僕が話したことは事実だ」

 控えめに聞くつかさに、翼は瞳を伏せながら、やや遠慮がちに言った。

 「ふ…ん、なかなかおもろい内容やったわ…で、翼。お前はいったいどうするんや?」
 「え?」

 まさか自分にそのようなことを聞かれるとは思わなかったのだろう、翼は十夜へと視線を移す。

 「お前の歯車としての役目はもう終わった。その後どうするかはお前の自由やろ?」

 「……うん、そうだね…」



 翼は、息をつく。



 ――そう、これで役目は終わった。

 ――後は、見届けるのみ…。



 「僕は、ただ筋を通したかった…最初はただそれだけだったんだ。
でも、僕はその思いに囚われすぎて、逆に自分を見失っていた…」



 そういう翼は、どこか哀しそうで、それでいて吹っ切れた様子だった。



 「だから、これから自分を見つめなおすことにするよ」



 「翼君…」
 「…さよか」

 清々しい笑顔を浮かべながら言う翼に、つかさと十夜は安心したような様子を見せた。



 「つかさ君、十夜君、ありがとう」

 「また、デュエルしようね、翼君!」
 「へへっ」
 「それまで暫しの別れやな、翼」

 つかさと十夜のそれぞれの別れの言葉に、翼は頷く。

 「うん!それじゃあ、また!」

 「バイバイ!」
 「ほなな!」





 「ふ〜、行っちゃったね、翼君…」
 「かなりの強敵やったな…」

 翼が見えなくなった後、つかさと十夜はこれからのことを考えていた。

 「…十夜君、これからどうするつもりなの?」
 「決まっとるやろ。……十代と一緒に瑞希のところ乗り込むで!」

 そういう十夜はどこか楽しそうだった…。





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 ――こんなこと言うと笑われるかもしれないけれどさ、何だか嫌な予感がする。

 ――でもな、何とかなるってそんな気がするんだ。

 ――絶対に、悪いようにはならないって、俺の魂が言ってる。



 「どーしたの、ヨハン?」

 そんなことを思っていたら、ぼーっとしていたらしい。
 エルミューレが声を掛けてきた。

 「ん〜、何かな、ざわざわするんだ……何かしたか?エルミューレ…」

 エルミューレの悪巧みは今の始まったことじゃない。
 もしかしたらエルミューレのせいじゃないかと思い、彼女に声を掛ける。
 …が、それに答えたのはエルミューレじゃなかった。

 「ヨハン、エル、精霊の気配、する。極東の方角だ」

 同居人の蒼軌アルカ。

 こいつも訳アリらしい。
 黒髪に、黒色と金色のオッドアイ。
 そして、左腕に袖はなく、包帯でぐるぐるに巻いた上からさらに手袋をしている。

 理由は聞いたことはないが、ある程度の理由なら見当がついた。



 「日本、か…でかしたわよ、アルカ」

 エルミューレは手を組み、東の方向を見る。


 「エル、確か、あいつに渡したのって…」
 「あっはは。……っちゃー、こんな形であらわれますか…」

 二人はなにやらひそひそ話をしている。
 ったく、また俺だけ蚊帳の外かよ…。

 「ま〜た、悪巧みかよ〜。どうせ宝玉獣のコピーカードを売ったとかだろ?」
 「おお〜」

 アルカが感嘆の声を上げる…って正解なのかよ!

 「人聞きの悪いこと言わないで。私はただ人助けをしただけだっての」
 「ホントかよ……何でもないです」

 俺の視線を、無言の圧力で対抗するエルミューレ。
 …大人げねぇ…。
 「ま、いっか」、そう言いながら俺は思わず溜息をついた。

 「い〜の、ヨハン?」
 「エルミューレの言うことは絶対だろ…っていうか」

 アルカの言葉ももっともだが、エルミューレの行動に失敗はなかった。
 …だから、信じる。

 そして、その理由は…。



 「なんてたって、俺の御先祖様だからな」



 「そりゃどーも」

 悪戯っぽく笑いながら、エルミューレは言った。


 「氷月から、報告来ると思う〜。それ、待とう?」
 「オーケー。いいわね、ヨハン?」
 「ああ。その時まで、宴会でもするか?」

 アルカの言葉に、俺はそう提案する。
 その提案に、エルミューレは苦笑しながら言った。

 「お酒は甘酒かシャンパンよ」
 「ったく、相変わらずかってぇな」

 たまにはパーッとやりてーよな。

 「わーい、お酒、お酒〜」
 「相変わらずアルカはお酒好きね〜」

 そんなことをしながら、俺達は極東を見つめていた…。





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 「……座標 七将町 N−31 W−67……」

 パソコンのキーを打ちながら、表れた座標をぽつりと呟く那由多。
 それを見て、彼女の口の端がわずかに上がった。

 「遊城さん!戸叶瑞希さんの現在地の座標が判明しました!」
 「……本当か!?」

 「はい、七将町の…おそらく、この座標だと廃ビル『七将建設』だと思います」
 「七将町か…ここから1時間くらいだな」

 「……そうですね、およそ46分掛かります」

 交通機関などを検索して、那由多は答える。


 「夜、帰れなくなるけどいいのか?」
 「そりゃもう。全然大丈夫ですよ☆」

 「……サンキュ」


 元気に言う那由多に、十代は礼を言った。

 だが、その瞬間、パソコンからアラートが鳴る。


 「……!!これは!?」
 「どうした!?」

 「逆ハックを受けています!これは…早い!ここまでできるのは…まさか!」

 那由多には思い当たる節があるらしく、珍しく表情が険しくなった。

 「…仕方ありません、通信カット!回線もカットします!」





 「……いったい、何だったんだ…?」

 いまだ動かない那由多に、控えめに聞く十代。

 「おそらく、ハッキングしたことがバレました…」
 「!」
 「…今から行っても、瑞希さんは万全の状態で迎撃されると思われます」
 「……」

 確かに、それはまずいかもしれない。
 …だが。

 逃げることなんて、できるわけない。
 これ以上彼らを放っておくと、犠牲が出るかもしれないのだ。

 「それでも、行きますか?」
 「……頼む」

 十代の言葉に、那由多は…。

 「…皆さんにも連絡入れておきますね?」
 「え?」

 その言葉に、一瞬、十代は呆気に取られた様子になる。

 「約束、ですよ?…一人で突っ走らないって」

 優しい微笑みを浮かべながら言う那由多。

 「……ありがとう、那由多」



 そんな那由多に、十代は心から感謝の念を覚えた。










 「来るか……」

 暗闇の中、瑞希はモニターに向かい合っていた。
 その画面にはアラートが映し出されていた。

 「瑞希様…」
 「雪夢、配置についておけ。だが、遊城十代には手を出すな」

 「は…?」

 瑞希の言葉を、怪訝に思う雪夢。

 「……お前では足手纏いになるだけだ」

 だが、返ってきたのは冷たい言葉。
 それでも、雪夢は満足だった。

 「はっ!かしこまりました」



 一礼して去っていく雪夢。
 その後ろ姿を見送ることをせず、瑞希はただモニターに映し出されていた茶髪の少年を睨みつけていた。

 「誰にも、僕の邪魔はさせない…」

 それは、深い怨嗟を含んだ声。

 「……奴は……十代は…僕が倒す…!!」

 モニターのスイッチを切り、彼はその場から立ち去った…。










 その、1時間後―
 十代達は、敵の本拠地、廃ビル『七将建設』の前にいた。

 「まさか、二つ返事で行くというとは思わなかったぜ、つかさ、十夜…カガリ」
 「当たり前だろ?お前、結構危なっかしいからね」

 十代の軽口に、また軽口で返すカガリ。

 「ここまで来たら、見て見ぬ振りはできないよ、十代君」

 つかさも、緊張しつつもどこか吹っ切れた様子だった。

 「そういうこっちゃ。いい加減、腹くくりぃな」

 からからと笑いながら言う十夜は、まるでお祭りにでも行くような感じだった。

 「頼もしいですね、皆さん」

 そんな3人の様子を、那由多は迎える。



 「発信機の反応は地下からです。…行きましょう」

 そんな中、那由多がさらりと言った言葉に、皆に共通の思いが生まれた。

 (…いつ発信機なんてつけたんだろう…)

 だが、それを口にする命知らずな人間は誰もいなかった。



 「ま、事情はともあれ、行くぜ!…突入だ!!」

 『了解っ!』

 十代の言葉に、皆が頷き、廃ビルの中へと突入していく。



 ――だが、まだ十代は知らない。

 ――戸叶瑞希が何者なのか。


 ――神の置いた駒は、最終局面に差し掛かった…。



Episode_27 立ちはだかるのは

 暗い通路の中、一人の少年がいた。

 不知火雪夢。

 戸叶瑞希の腹心の部下。
 彼が絶対の信頼を置く存在。

 だが、その信頼が、自分への好意でないことに、雪夢は気づいている。
 ただ、自分の都合のいいものを操っているだけだ。

 それでも、雪夢は瑞希の傍にいることを望んだ。

 それは全て、この時のためなのかも知れない。



 足音が響く。
 伏せていた顔を上げ、正面を見据える。

 そこには、見知った顔達がいた。

 遊城十代。
 時村つかさ。
 皇那由多。
 碓氷十夜。
 …そして、凪柴カガリ。

 同じ『インバーテッド・ペンタクル』だったカガリが敵側にいても、雪夢はさほど驚かなかった。
 元々、カガリは正義感の強い人間だ。
 そちらに回っても、全然おかしくはない。



 ――裁かれるべきは、私だけだ。



 雪夢はゆっくりと一歩を踏み出した…。






 「……雪夢かい」

 唯一、十代達の前に立ちはだかった人物に見覚えがあったカガリが口を開いた。

 「ああ、そうだ」
 「そこを通してくれないか?」

 感情のこもらない声で対応する雪夢に対し、つかさが聞く。
 …だが。

 「断る。…そちらにも、戦う理由はあるだろう?」

 逆五芒星のペンダントを見せながら、雪夢は言った。

 「……ふ…ん…」

 面白くもなさそうに溜息をつく十夜。

 「ここはあたしが行く」

 そして、カガリが一歩前に出た。

 「カガリ!」

 十代が声を掛けるが、カガリはわずかに十代の方へ向き、微笑んだのみ。
 すぐに雪夢へと視線を移し、話した。

 「雪夢、あんたも一度にこの大人数は相手できないだろ?」
 「……」

 「せやったら俺も残るわ」
 「碓氷さん!」

 那由多が心配そうに十夜を見る。
 だが、十夜は相変わらず微笑みを浮かべたままだった。

 「なあ、不知火雪夢?俺ら二人が残る代わりに、そいつら行かせてぇな」

 「……いいだろう」

 十夜の言葉に、やや時間を置き、雪夢は答えた。
 …その瞳には、鋭い光が宿っていた。



 「カガリ…」
 「聞いての通りさ。行きな、十代」

 デュエルディスクを取り出すカガリに、十代は話し掛けようとする。
 だが、カガリはいつもと変わらないような自信満々な顔をしてそう言った。

 「……」
 「あたしもすぐに駆けつける。…絶対に勝ちなよ!」

 不敵な笑み。

 「…ああ!カガリも!」

 それに安心したのか、十代はカガリへと別れを告げた。


 「ふん、あたしを誰だと思ってんだい。十夜に出番は回さないよ」
 「はは、こりゃ痛いわ」

 会話もそこそこに、十代達は先へと進んでいった…。





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 暗闇に落ちる溜息。
 それは自分の発したものだと気づいた時、カガリは苦笑した。

 …自分は気圧されている。
 この、瑞希に付き従う少年に。

 「何故、あいつらを行かせた?」

 十代達の姿が見えなくなった後、カガリは雪夢へと聞く。

 「……私は、ただあの方を止めて欲しいだけ…」
 「あの方…瑞希をかい?」

 雪夢が敬語を使うのはカガリの知る限りでは瑞希に対してだけだった。

 「……もはや多くを語るまい。デュエルだ」

 だが、雪夢はデュエルディスクを展開し、臨戦態勢に入る。
 …ならば。

 「望むところだ!」

 こちらも応じるのみ!

 ――こうして、カガリと雪夢のデュエルの幕は、切って落とされた…。



 『デュエル!』



 【凪柴カガリ LP:4000】
 【不知火雪夢 LP:4000】



 「あたしの先攻!ドロー!」

 カードをドローする。
 …なかなかにいい手札だ。

 (まずは、墓地肥やしが重要か…)

 手札の『紫炎の老中 エニシ』を見遣り、カガリは戦略を組み立てた。

 「あたしは『カードブロッカー(DEF/400)』を守備表示で召喚!
さらにカードを1枚セット!ターンエンドだ!」

 カガリの場に盾を持った小さな戦士が現れ、守備態勢を取る。
 それで、カガリはターンを終了させた。



 「私のターン、ドロー」

 雪夢は静かにドローする。

 「フィールド魔法『剣闘獣の闇闘技場―パンクラチオン』発動」


 【剣闘獣の闇闘技場―パンクラチオン】 フィールド魔法
 フィールド上に表側表示で存在する「剣闘獣」と名のついたモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。このカードがカードの効果によって破壊される時、デッキから「剣闘獣の闇闘技場―パンクラチオン」を手札に加えることができる。


 二人は、禍々しい檻で覆われる。
 カガリは知らず知らずのうちに、一歩後退していた。

 (なるほど、攻撃力増強で来たかい…)

 「『剣闘獣ディカエリィ(ATK/1600→2100)』を攻撃表示で召喚」

 そして、雪夢の場に、バッファローのモンスターが現れる。

 「ディカエリィで、カードブロッカーに攻撃」

 ディカエリィはカードブロッカー目指して拳を振るう。
 だが、このままやられる気はカガリにはない!

 「『カードブロッカー』の効果発動!
このカードが攻撃対象となった時、自分のデッキのカードを上から3枚まで墓地へ送ることができる!
そして、墓地へ送ったカード1枚につき、このカードの守備力はエンドフェイズ時まで500ポイントアップする!」


 【剣闘獣ディカエリィ:攻撃力1600→2100】
 【カードブロッカー:守備力400→1900】


 墓地へ送られたカードにより、カードブロッカーの守備は強固なものとなった。
 だが、ディカエリィの拳に耐え切れず、破壊される。

 「なるほど、墓地肥やしか。カガリもやるなぁ」

 十夜はそんなカガリの様子をのんびり観戦していた。

 「また終わっちゃいない!罠カード『戦士の号令』発動!」

 さらに、カガリは罠カードの発動を宣言する。


 【戦士の号令】 通常罠
 戦士族モンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動可能。手札、またはデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。


 「このカードの効果により、レベル4以下の戦士族モンスター、『六武衆―ザンジ(ATK/1800)』をデッキから攻撃表示で特殊召喚!」


 カガリの場に薙刀を持った戦士が現れた。
 雪夢はそんな様子を、ただただ静かに見ていた。

 「バトルフェイズ終了。
そして、この瞬間、ディカエリィの効果発動。
このカードをデッキに戻すことで、『剣闘獣ディカエリィ』以外の『剣闘獣』と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する」

 「なるほど、剣闘獣お得意の効果ってワケかい…」

 カガリとて剣闘獣の効果は知っている。
 そして、その効果が時には厄介だということも。

 「私は、『剣闘獣アレクサンデル(ATK/2400→2900)』を攻撃表示で特殊召喚する!」


 【剣闘獣アレクサンデル:攻撃力2400→2900】


 雪夢の場に現れた高攻撃力のモンスターを見て、十夜は思わず感心した。

 「攻撃力、2900…!さすが瑞希の側近やなぁ…」
 「それだけじゃない、特殊召喚されたこのカードは魔法の効果も受けない」

 十夜の言葉が聞こえたのか、雪夢はやや満足気な口調で言った。

 「さらにカードを2枚セット。ターンエンドだ。…どうした?怖気づいたか?」
 「冗談言うなっ!あたしのターン、ドロー!!」

 ふとカガリは墓地を見遣る。
 墓地には、2体の六武衆がいる。
 これなら…!!

 「墓地の『六武衆―ニサシ』と『六武衆―ヤイチ』をゲームから除外!」
 「!!…『カードブロッカー』の効果で墓地に送ったカードか…!」

 その瞬間、雪夢の表情が厳しさを増した。

 「その通り。来い!『紫炎の老中 エニシ(ATK/2200)』!!」

 カガリの場に厳つい顔をした老中が現れる!
 彼女が信頼を寄せていると同時に、彼女の切り札の一つだった。

 「まだだ!あたしは『六武衆―イロウ(ATK/1700)』を攻撃表示で召喚!」

 今度は黒い刀を持った黒い戦士が現れる。

 「そして、エニシの効果、発動!
このカードは、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する!」
 「せやけど、1ターンに1度しか使えない上に、効果を使用したターンは攻撃でけへん…」

 (どうするつもりや思うたけど、アレクサンデルはあれでしか破壊できんか…)

 十夜はそうひとりごちたが、単体の攻撃力が低い六武衆デッキがアレクサンデルを倒せるとしたら、エニシの効果しかないだろうと思い当たった。

 「『剣闘獣アレクサンデル』を破壊!」

 そのカガリの宣言と共に、エニシは剣を抜き、アレクサンデルを斬りつける。
 アレクサンデルは咆哮した後、砕け散った…。

 「ちっ、やるな。だが、これで終わりじゃない。
罠カード発動『グラディアル・ハート』」
 「!!」

 「このカードは、自分フィールド上にモンスターが存在しない時に発動可能。
自分の手札、またはデッキからレベル4以下の『剣闘獣』と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
私は『剣闘獣ホプロムス(DEF/2100)』を守備表示で特殊召喚する」


 【グラディアル・ハート】 通常罠
 自分フィールド上にモンスターが存在しない時に発動可能。自分の手札、またはデッキからレベル4以下の「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる。


 「ふ…やるね。だけど、あたしがそれで終わるような甘い女に見えるかい?」
 「……」

 赤みが掛かった茶髪をかきあげ、挑発的な態度を取るカガリ。
 それを、雪夢は眉一つ動かさずに見ていた。

 「装備魔法『天叢雲剣』発動!イロウに装備する!」


 【天叢雲剣】 装備魔法
 このカードを装備モンスターは、攻撃宣言を行うかわりに、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊することができる。その後、相手ライフに800ポイントのダメージを与える。


 「天叢雲剣!あいつ、あんなレアカード持っとったんか…!」

 『天叢雲剣』。
 それは、装備魔法の中でも、非常に強力な効果を持つカードだといわれているカードだった。

 「『天叢雲剣』効果発動!
イロウの攻撃宣言を破棄し、あんたのそのリバースカードを破壊する!」

 「っ…!!」

 天叢雲剣から凄まじい力がほとばしり、雪夢のリバースカードを破壊する。

 「そして、その後、あんたのライフに800ポイントのダメージを与える!」

 そうカガリが宣言すると同時に、破壊されたリバースカードが鋭い欠片となり、雪夢へと降り注いだ。

 「……くっ!」



 【不知火雪夢→LP:3200】


 「まだまだ!さらに永続魔法『連合軍』発動!
これにより、自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族・魔法使い族モンスター1体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする!」

 「!!」
 「ヒュウ♪さすが言うたところやな」

 『連合軍』は、モンスターが多ければ多いほど強力な効果を発揮する。
 六武衆のように展開力のあるデッキに入れれば、なかなかの威力を発揮する。



 【六武衆―ザンジ:攻撃力1800→2400】
 【紫炎の老中 エニシ:攻撃力2200→2800】
 【六武衆―イロウ:攻撃力1700→2300】


 「一気に追撃したいところだけど、あたしのフィールドにいるモンスターで攻撃宣言を行える奴は1体しかいない…。
残念だけど、仕方ないね。
でも、ホプロムスには消えてもらうよ!
ザンジでホプロムスに攻撃!!」


 ザンジは強固な剣闘獣を目指して疾走する!


 【六武衆―ザンジ:攻撃力1800→2400】
 【剣闘獣ホプロムス:守備力2100】

 ザンジの刃を受け、ホプロムスは破壊される。
 その様子を、雪夢はただ静かに見ていた…。



Episode_28 不知火雪夢

 【凪柴カガリ→LP:4000】
 【不知火雪夢→LP:3200】



 「あたしのターンは終了だ」

 カガリは、ターンエンドを宣言する。
 静かなる刃、不知火雪夢は、カガリを見据えた。
 修羅場慣れしているカガリでさえも、その視線に圧された。

 「…せいぜいいい気になっているがいい。剣闘獣の恐ろしさは、今にわかる」

 だが、すぐに『自分』を取り戻す。
 …そう、こんな程度で『自分』は失われない。

 「ふん、そんなもの、あたしが打ち砕いてやるさ…。
それにしても、剣闘獣…哀れな存在ともとれるねぇ…」
 「何?」

 明らかに不愉快そうに、雪夢はカガリを見返した。
 その光景を、十夜は溜息をつきながら見つめていた。

 「誰かのために戦い続ける存在…まるで誰かさんのようじゃないかい?」
 「……私が戦うのは、少なくとも自分のためだ」

 揶揄するようなカガリの言葉。
 しかし返ってきた言葉には、悲痛なくらいの決意が漂っていた。

 「……?」
 「こればかりは不知火家によって決められたことでもない。
まあ、確かにそれもあったが…。

…自分で決めたことだ」
 「あんたは…!」



 ――瑞希が何をしたのか知っているのか?



 その言葉は、雪夢の次の言葉によってのみこまれた。

 「瑞希様は、強い。だが、あの日…守れなかった私に責任がある…」
 「守れなかった…?」
 「…瑞希様には、友がいた。
その方は『デュエルモンスターズ』というものが好きで、よく集めておられた」


 ――私の脳裏に思い浮かんだのは、一人の少年。

 ――私では、瑞希様の隣に立てなかった。


 「……」
 「そして、その方の御両親は仕事熱心な方達で、その方のことをあまり構っていなかった…」


 ――寂しげな少年に、いつしか私は親近感を覚えるようになった。


 「それってまさか…」

 思い当たる節があるらしく、カガリの頬に汗が伝った。

 「だが、とある時その方の父君が、その方にカードを与えた。
それが…『ユベル』と呼ばれるカードだった」

 「『ユベル』…!!」

 聞き覚えのあるもの。
 カガリは確信する。
 その『少年』の正体を。

 「そのカードは、その方にとって、数少ない御家族との絆だった…。
当然、その方は喜び、すぐにデッキに入れた。
そして、瑞希様がその方の元へと行かれた時…その方とデュエルをした…」


 ――あのとき、瑞希様は幸せだったと思う。


 ――だが、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。


 「だが、異変は起きた。
その方が『ユベル』を召喚しようとした時…」


 ――それは、後で自分の能力で『視た』ものだ。

 ――凄まじい闇がわだかまり…。

 ――瑞希様に襲い掛かった…。


 「瑞希様は意識不明になられ…一時は命の危険な状態まで及んだらしい…」
 「…!!」

 「その方は、当時こそは瑞希様の持病かと思われた。
だが、デュエルを重ねるうち、『ユベル』をデッキに入れてデュエルをすると、必ずその相手が意識不明に陥ることが判明した…」


 ――遊葉氷月に言われた言葉を思い出す。



 ――『彼』の力は、極めて稀なものだ。

 ――私を殺せるとしたら、『覇王』の力を継ぐものしかいないだろうな。

 ――彼が…遊城十代が『ダイナスト・サクセサー』というわけさ。

 ――断定するにはまだ早いかもしれないけれどね。



 「そして、瑞希様は『ユベル』のことを人づてに聞き、その方のことを酷く憎まれた…」


 ――その時の瑞希様は、酷く憔悴していた。

 ――私の言葉など、耳に入らなかった。

 ――ただ、『何故憎んでいるのか』それは漠然としたものだったと思う…。

 ――少なくとも、本当にその人を憎んでいるようには見えなかった。

 ――何故だかはわからない。

 ――ただ、何となくそんな気がした。


 「その方も謝罪しようと瑞希様の元を訪れようとしていた。
だが、瑞希様は違う場所へと移転され…二人の接点は消滅した…」


 ――そのことに、一瞬でもホッとしてしまった。


 「正直、その方が憎く思えた。だが、何故だか憎みきることはできなかった…」


 ――そう、瑞希様は変わらず、彼を追いかけ続けた…。


 「その方こそ、遊城十代。異端の力を引きし、現代の異端者…」



 ――さて、どんな反応をする?凪柴カガリ…。










 「――それがどーした?」

 カガリは、不敵な笑みを浮かべ、雪夢を見る。

 「何?」

 「あたしはあいつを信じてる。異端だろうが何だろうが、



――あたしはあいつの友達だ!」



 「同じく、やな」

 そんなカガリの言葉に頷く十夜。


 ――ああ、そうか。

 ――これが『友達』というものなのだな。


 雪夢は急激に『友情』を理解した。
 それはまるで、コンピューターがプログラムをインストールしたようだった。

 「まあ、あんたを剣闘獣呼ばわりしたことは…悪い風に言ったことは謝るよ。
…正直、そんな考えて行動しているとは思わなかったしさ。

……悪かった」

 「……貴方達なら、あの方を任せられる」
 「…?」

 雪夢のポツリと漏らした言葉に、カガリは一瞬怪訝な顔をするが…。

 「さあ、デュエルを続けよう」
 「おう!望むところだ!」

 雪夢の言葉と共に、再びカガリはデュエルディスクを構える。

 彼女は気づいていただろうか?
 雪夢がかすかに微笑んでいたことに…。



 「私のターン、ドロー!」

 ドローしたカードは『幻影の宝札』。

 (私の手札にはこの状況を打開できるカードはない…。
これに賭けるしかないですね…)

 「私は、手札から『幻影の宝札』発動する!
 このカードの効果により、デッキからカードを任意の枚数ドローすることができる!」


 【幻影の宝札】 通常魔法
 デッキからカードを任意の枚数ドローする。その後、自分はこの効果でドローした枚数×1000ポイントのライフを失う。


 「!手札補充か…やるね」

 「私は3枚ドローする。しかし、その後、自分はこの効果でドローした枚数×1000ポイントのライフを失う」



 【不知火雪夢→LP:200】



 (なるほど、一か八かってワケか…意外とギャンブラーだね、雪夢)

 「私は、『剣闘獣ラクエル(ATK/1800→2300)』を攻撃表示で召喚!」

 雪夢の場に、鎧を纏った虎のようなモンスターが現れた。

 「そして、魔法カード『剣闘獣の解放 術式―赤―』を発動。
このカードは、自分フィールド上に存在する『剣闘獣』と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
私は、当然、『剣闘獣ラクエル』を選択。
そして、選択したモンスターより攻撃力が高いモンスター1体を破壊する…」

 「!!」


 【剣闘獣の解放 術式―赤―】 通常魔法
 自分フィールド上に存在する「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターより元々の攻撃力が高いモンスター1体を破壊する。


 「『紫炎の老中 エニシ』を破壊!」

 ラクエルから赤い光が溢れ出し、エニシに直撃する。
 エニシはそれにより、無へと還された。

 「ちっ、やるね!」
 「そして、さらに『スパルティクス参上』を発動!
 自分の墓地に存在する『剣闘獣ホプロムス』をゲームから除外し、自分の手札またはデッキから『剣闘獣スパルティクス』を特殊召喚する!」

 雪夢の場に、恐竜のような剣闘獣が現れた。


 【スパルティクス参上】 速攻魔法
 自分の墓地に存在する「剣闘獣ホプロムス」をゲームから除外することによって、自分の手札またはデッキから「剣闘獣スパルティクス」を特殊召喚する。


 「大した展開力だ…!おもしれーぜ!」

 カガリは場に現れたモンスターを油断なく見ながら呟いた。

 「まずは、その邪魔な『連合軍』から取り去ろうか!
手札から魔法カード、『剣闘獣の解放 術式―青―』を発動!」

 その瞬間、ラクエルとスパルティクスは青い光に包まれる。

 「このカードは、自分フィールド上に存在する『剣闘獣』と名のついたモンスターの数までフィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊することができる!」
 「!!」


 【剣闘獣の解放 術式―青―】 速攻魔法
 自分フィールド上に存在する「剣闘獣」と名のついたモンスターの数までフィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。


 ラクエル、スパルティクスから一閃された青い光がそれぞれ『天叢雲剣』と『連合軍』を破壊した。

 「くっ…!!」
 「これで布石は整った…」

 (さあ、この盤面からどう仕掛けてくる…?)


 カガリは焦りつつも、雪夢の出方が気になった。
 雪夢の手札は残り少ない。
 ここからどう仕掛けるのか、興味があった。

 「私は手札から速攻魔法『剣闘獣の解放 術式―緑―』を発動!」
 「解放術の連発…!!」


 ――まさかこうくるとは…!!


 カガリは思わず歯噛みする。

 「ふむ、いくらカガリでも一筋縄じゃいかん相手やな…。
お〜い、カガリ、交代しよか〜?」
 「大きなお世話だ!そこで黙って見ときな!!」

 十夜の茶々を、倍返しにするカガリだった。

 「はは、やっぱすごい度胸やわ…」

 そんなカガリに、十夜は呆れつつも笑顔を見せた。


 「このカードは、自分フィールド上に存在するレベル6以下の『剣闘獣』と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
私は、『剣闘獣スパルティクス』を選択!
…そして、選択したモンスターは攻撃力が倍になる!」


 【剣闘獣スパルティクス:攻撃力2200→4900】


 スパルティクスを緑の光が包み込み、一気に攻撃力が上がった。

 「なっ…!」


 【剣闘獣の解放 術式―緑―】 速攻魔法
 自分フィールド上に存在するレベル6以下の「剣闘獣」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターは攻撃力が倍になる。そのモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃することはできない。エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターを破壊する。


 「もっとも、そのモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃することはできず、エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターは破壊される…」
 「……あたしの場に、その攻撃に耐えられるモンスターはいない…」
 「その通り。…バトルフェイズだ。
スパルティクスでイロウに攻撃!」


 【剣闘獣スパルティクス:攻撃力2200→4900】
 【六武衆イロウ:攻撃力1700】


 スパルティクスの斧がイロウを捕らえ、イロウは斬り裂かれる。
 そして、凄まじい衝撃波がカガリを襲った。



 「くあああぁあっ!!」



 そのまま跪きそうになるが、何とか持ちこたえるカガリ。


 【凪柴カガリ→LP:800】



 「くっ…!!」
 「まだ終わってはいない。ラクエルでザンジを攻撃!!」


 ラクエルから放たれた炎がザンジを直撃し、無へと還す。


 【凪柴カガリ→LP:300】


 (ったく、強いね…!)

 今更ながらカガリは感心する。

 (瑞希への忠誠心と、自分の中での良心…)



 ――正直、その方が憎く思えた。だが、何故だか憎みきることはできなかった…。



 (その二つがせめぎあっていたんだ……)

 雪夢の言葉を思い出し、思わず目を眇めるカガリ。

 (あんたも、不器用な奴だね…!)


 「そして、自分フィールド上に存在するスパルティクスとラクエルをデッキに戻し…。
出でよ!『剣闘獣ゲオルディアス』!!」



 【剣闘獣ゲオルディアス:攻撃力2600→3100】



 雪夢の場に、スパルティクスが鎧を纏ったようなモンスターが現れた。

 「なるほど、これが破壊のデメリット回避、か…」

 「その通り。ターンエンドだ」

 余裕の表情を崩さない雪夢。
 その様子を、十夜は見ていた。

 (さあ、ここからどうする気や…?カガリ…)



 カガリは自分の手札へと視線を移す。

 (あたしの手札には『六武衆―ヤリザ』がいる。…だから)

 デッキに手を当て、瞳を閉じる。

 (……師範。力を貸してください)



 ――カガリ。お前は何のために戦う?

 ――決して…憎しみのために戦ってはならぬ。

 ――その力は、誰のためでもない、自分のためだ。

 ――…だが…誰かを救う力であれ。



 (はい、師匠)



 「あたしのターン、ドロー!」



 ……ドローしたカードは…。



 「…よし!
あたしは手札から『六武衆―ヤリザ(ATK/1000)』を攻撃表示で召喚!」

 「ヤリザだと…?そんな低攻撃力のモンスター…まさか!」

 思い当たることがあるらしく、雪夢は驚愕する。

 「そのまさかさ!――行くよ!師範!!」
 「……六武衆の、師範…!!そうか、それがお前の相棒か」

 「…そうだね、相棒であり、同時に師匠でもあるんだ…」

 カガリの表情がふと和らいだ。



 「ヤリザの特殊効果発動!
このカードはフィールド上にヤリザ以外の『六武衆』と名のつくモンスターが存在する場合、直接攻撃が可能になる!
行けっ!ヤリザ!!



――神刃一閃!!」



 ヤリザは雪夢へと斬りつけ、雪夢のライフポイントを減っていく…。



 【不知火雪夢→LP:0】



 そして…。



 ――ビ…。



 低い電子音が勝負を決定した…。



 そして、逆五芒星のペンダントが砕け散る。
 だが、その瞬間。


 ――ビシィッ


 天井に亀裂が走った。

 そして、その真下には…。

 「…!!」

 雪夢がいた…。



 ――これまでか………瑞希様…。



 「雪夢っ!!」
 「カガリ!動いたらあかんっ!」

 「!!」

 「吼えろ!ディノインフィニティ!!」



 『グオオオオォオオオォッ!!』



 ディノインフィニティは咆哮し、彼の体が光り輝く。

 その輝きは、崩れ落ちた瓦礫を消し去り…。

 穴の開いた天井から月が顔を覗かせた…。










 「はあ〜、どうにか無事やったようやな…」
 「あんた…あんな力持ってたのかい…」

 どこか満ち足りた顔の十夜に、呆れ気味にカガリが聞いてきた。
 その様子を、複雑そうに見ている雪夢。

 「……」

 「雪夢」
 「…何だ?」

 不意に十夜に話し掛けられ、雪夢はかすかに表情を動かした。

 「俺は…俺らは前へ進む。…お前はどうする…?」
 「……私は…」

 「先に行っとくで。…気が向いたら来ぃな」

 ウィンク一つ残して。
 十夜とカガリは先へと…仲間の元へと、瑞希が待つ場所へと向かった。

 だが、何を思ったのか、カガリはこちらへ歩み寄ってきた。
 …罵声の一つでもかけられることを覚悟していた。
 彼女は瑞希に脅されて『インバーテッド・ペンタクル』にいたのだから。

 …しかし、カガリに掛けられたのは予想外の言葉だった。



 「雪夢。…いいデュエルだった」
 「…ああ」

 それは疑う余地もない。
 雪夢は満足そうな笑みを浮かべた。



 「ありがとう」



 そう言い残し、カガリもまた十夜の後を追って行った。



 「…………ありがとう、か…」



 ありがとう。
 感謝の言葉。

 …自分が言われるには、最も遠い言葉。



 「……凪柴カガリ、碓氷十夜。…礼を言うのは、こちらの方だ…」

 一瞬、俯き、彼は暗い表情になる。
 それは、少年が作る表情ではなかった。

 「瑞希様…これ以上、後悔のないように…!」


 雪夢は痛む身体を支えながら、その場を後にした…。



Episode_29 孤独の裏側に

 「なあ、もう大分走っているけど…まだか?」

 暗闇の廊下を走りながら、十代は那由多へと聞く。
 那由多は手元の発信機の装置へと視線を移す。

 「…もうすぐです!」

 その言葉に、やや緊張したように頷く十代。
 そんな十代に不安を覚えたのか、つかさは十代へと話し掛ける。

 「…十代君、わかってる?…後戻りは、できないんだよ?」
 「わかってる…!俺は奴を…止める!」

 そう、それしかないのだ。
 それでないと瑞希は止まらない。

 「その意気です、遊城さん!」





 不意に、視界が開けた。

 そこに、一人の少年が立っていた。

 淡い茶髪に、華奢な身体。

 とても、今回の事件の元凶とは思えないような少年だった。



 「……あれが…戸叶瑞希…」

 横でつかさがそう呟くが、十代の頭の中で何かが引っ掛かった。



 「はじめまして、皆さん。僕が戸叶瑞希です」

 一礼する少年、戸叶瑞希。

 「……」

 得体の知れないプレッシャーに、思わず後ずさる十代。


 「……ねぇ、昔話をしてあげようか?」

 そんな十代を見て、口の端を上げる瑞希。


 「…何を言って…!」

 傍らではつかさがプレッシャーに負けんと口を開いていた。



 (……やはり。彼は…戸叶瑞希は…)

 だが、その一方で那由多は瑞希の正体を理解していた…。



 ――昔、僕は、遊ぶことが大好きでした。

 ――そして、『デュエルモンスターズ』というゲームを見つけました、

 ――僕は、それに心奪われ、それをすることが楽しみでした。

 ――とても幸せでした。

 ――とある日、『悪魔』と友達になりました、

 ――『悪魔』はとても寂しがり屋で、僕と遊んでいた時、とても嬉しそうでした。

 ――そして、『悪魔』とデュエルをしました。

 ――ですが、『悪魔』は僕を呪い、僕は意識不明の重体になりました…。



 それは奇しくも雪夢がカガリ達に言った内容と同じようなものだった。

 ただ、全く違ったのは…。

 彼には……『戸叶瑞希』には、明確な『悪意』があったということ…。



 「!!」

 瞠目する十代。
 その表情は、信じられないくらい悲痛なものだった。



 「そうだよねぇ?…『悪魔』、遊城十代!!」

 「……みっちゃ…ん…」



 思わずへたり込みそうになる十代。

 「十代君!知り合いだったの!?」

 だが、つかさのその言葉で、現実へと意識を引き戻された。


 「何で…名前…!戸叶って…!」
 「僕はあの後、父親に引き取られたんだよ。だから、苗字も違った」

 「何で…こんなこと…!」

 苦々しく言う十代。
 …だが、瑞希はそれに激昂したようで…。

 「こんなことだって!?…それをお前が言うか!」

 その言葉に、今度こそ十代は言葉を失う。
 ただ、後悔とやるせなさが十代の中で渦巻いていた。

 「そうだ、君達だってこんな奴についていくこと、ないんだよ?」

 瑞希は思い出したようにつかさ、那由多へと話し掛ける。



 「…何を勘違いしているのか知らないけれど…」

 だが、那由多とつかさの心は決まっている。

 「私達は、遊城さんを知っています」
 「君に十代君の何がわかるって言うんだ!」

 「……僕も知っているさ。平気で人を重体にまで追い込む。それが奴の本質なのさ」

 「例え事実だとしても、私の知っている遊城さんは揺らぎません」

 瞳を閉じる那由多。
 再び開いた瞳がとらえたのは、哀しき復讐者の姿。

 「何だと?」
 「遊城さんは様々な人を助けた。私は、そんな遊城さんを知っています」

 明らかな瑞希の殺気に、那由多は毅然と言い放った。

 「そうだ。十代君は僕の友達だ。それは絶対に変わらない!」

 つかさもそれに同意する。
 その二人に舌打ちする瑞希。

 「関係ないよ。人を重体にまで追い込んだ。その事実だけで十分さ」

 拳を握り締める。
 爪が皮膚を破り、瑞希の掌に血が滲んだ。





 「……みっちゃん…瑞希」

 その場に落ちた沈黙を破ったのは意外にも十代だった。

 「……」

 十代の言葉など聞きたくない、という意思の表れか、俯く瑞希。

 「俺への憎しみは、仕方がないと思う。
…だけど、お前のしていることは間違ってる。俺だけを狙うんなら、殺したって構わない。
だけど、他の人を傷つけたことは、関係のない人間を傷つけたことは、絶対に許せない!」

 「相変わらずの偽善者ぶりだね、十代……。
君のせいで、こんなにも人生が狂わされたのにさ!!」
 「!!」

 一段と強くなるプレッシャー。

 「十代。お前を1対1で倒す。僕の目的はそれだけだ」
 「…瑞希」

 その瞳はもはや正常なものではなかった。
 …やはり戦って止めるしかないのか。

 「もっとも…命の保障はできないけれどね?」

 同じことを考えていたのか、瑞希はデュエルディスクを作動させる。

 そして、逆五芒星のペンダントを掲げた。
 その瞬間、床が光り輝き、逆五芒星の陣を作った。

 「……これは…まさか…!戸叶さん…!」
 「へぇ?知ってるんだ…。そうだ、『闇のゲーム』だ」

 咎めるような那由多の言葉を、瑞希は笑って流す。



 「遊城さん!」

 陣へと歩み寄る十代に、思わず声を掛ける那由多。

 「危険です!貴方がそんな思いをしてまで戦う必要はありません!
あの逆五芒星のペンダントも、別にデュエルをしなくても壊せます!」



 ふと、十代の足が止まる。
 だが、返ってきたのは那由多の予想を反する言葉だった。

 「……それだと」
 「っ…!!」

 強い意思の現れた言葉に、思わず那由多は絶句する。



 「瑞希の心は救えない」



 「傷ついても前に進んで、それが偉いわけじゃないんですよ…?遊城さん…」

 俯いて、何とかそれだけを言葉にする那由多。

 「大丈夫だ。
目の前にいる瑞希を救いたい。それが理由じゃダメかな…?」
 「遊城さん……」

 顔を上げて、どこか申し訳なさそうに言う十代。



 「瑞希も助け出す。『闇のゲーム』の対処法は、氷月さんから教えてもらったから…」
 「…!!」

 『氷月』、という言葉に、一瞬那由多の身体が硬直した。

 「……混沌に潜みし魔よ、我、遊城十代の名において命ず――」
 「遊城さん!それは…!!」

 那由多は知っている。
 十代が詠唱している呪文の意味を。



 ――血、異なりし者の闇、引き受け

 ――我が闇と同調せん

 ――彼の力、偽りなり、我が力、真なり

 ――彼の闇、我が元へ

 ――我が力、ここに解放せん



 「遊城さん…!」

 助けられない。
 自分の力では。

 床へと膝をつく那由多を、つかさは心配そうに見る。

 「十代君、どうしちゃったの?…那由多さん…!!」
 「あの術は、他人の闇を自分の闇へと置き換える力…」

 やや落ち着いたのか、再び立ち上がる那由多。

 「あれを使っている以上、戸叶さんは闇によるダメージは受けません」

 胸元で手を握り締める。
 …その奥に痛むものを隠すように。

 「…ですが、遊城さんは戸叶さんの分のダメージも負うことになります…!」
 「……!!」

 その言葉に驚くつかさ。

 「そんなにまでしてどうして…!!」



 「償い、さ」

 つかさと那由多の会話が聞こえたのか、十代はこちらを向いていた。

 「十代君!そんなことしても意味はない…!!」
 「こうなっちまったのは俺のせいだ…だから、瑞希をこれ以上傷つけるわけにはいかない」
 「十代君!!」

 半ば怒鳴るように言うつかさ。
 だが、そんなつかさに、十代は背を見せ、手を振るのみ。



 「…話は終わったかい…?」
 「随分と険しい顔だな、瑞希」

 殺気だった瑞希を、憐憫の表情で見遣る十代。

 「小細工などなくても、お前を殺す。ただそれだけだ」
 「……ああ…」

 十代もまたデュエルディスクを展開する。



 『デュエル!!』



 【遊城十代 LP:4000】
 【戸叶瑞希 LP:4000】



 「那由多さん…十代君、勝てるよね…?」

 不安そうなつかさ。
 だが、不安なのは那由多とて同じだった。
 必死に冷静さを取り戻そうとする。

 「…前情報に寄れば……少なくとも、戸叶さんは学校内ではエーリアンデッキを使っています」

 手元のPDAを操作しながら、那由多は答える。

 「エーリアンか…調子づかれると厄介だね…」
 「ですが…」

 つかさの言葉を遮り、那由多はぽつりと言葉を漏らした。

 「え?」
 「…嫌な予感がします……」

 それは当たりだった。





 「俺の先攻!ドロー!!」


 (……瑞希は俺だけが目的だ。
……俺だけのせいで、また皆が…!!
だから、このデュエル、勝たなきゃいけない。皆のためにも…そして…)



 ――友達のためにも…!!



 「俺は、『E・HEROエアーマン(ATK/1800)』を攻撃表示で召喚!」


【E・HERO エアーマン】
☆4 風属性 戦士族 ATK/1800 DEF/300
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカードを除く「HERO」と名のついたモンスターの数まで、フィールド上の魔法または罠カードを破壊する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。



 十代の場に現れた風のヒーローを見て、瑞希は顔を歪める。

 「相変わらず、ヒーローデッキか…。
だけどお前はヒーローなんかじゃない…!!
大悪党だよ!!」
 「…エアーマンの効果発動。
自分のデッキから、『HERO』を名のついたモンスター1体を選択して手札に加える!
俺は、『E・HEROコールドマン』を選択!」

 今の瑞希に何を言っても通じないだろう。



 ……今は、デュエルに集中するんだ。



 心の中で喝を入れ、十代はデュエルを続ける。

 「カードを1枚セット。ターンエンドだ」



 「僕のターン、ドロー」

 瑞希の口の端が上がる。
 …予定通り、事が進みそうだったからか。

 「見せてやるよ、十代。『絶望』を、ね…」
 「!」

 「僕は『宝玉獣トパーズ・タイガー(ATK/1600)』を攻撃表示で召喚!」


【宝玉獣トパーズ・タイガー】
☆4 地属性 獣族 ATK/1600 DEF/1000
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が400ポイントアップする。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。


 瑞希の場に、虎のモンスターが現れる。

 「宝玉獣…!?」

 だが、十代は全くそのカードを知らなかった。

 「エーリアンじゃないのか…初めて見るカードだけど…那由多さん?」

 つかさも然りだ。
 彼は、那由多の異変に気づき、声を掛けようとする。
 すると、那由多は弾かれたように瑞希へと向き直り、彼に怒鳴った。


 「…っ!何故、貴方がそのカードを持っているのですか!」

 そんな那由多を涼しい瞳で見る瑞希。

 「そのカードは…宝玉獣はヨハンさんのカードのはずです!」
 「ヨハン…?」

 訝しげな瞳で那由多と瑞希を交互に見る十代。
 だが、瑞希はそんな十代をよそに、からかうように那由多へと言う。

 「そう。これはただのコピーカード。
『インバーテッド・ペンタクル』はカードの偽造も行っている。
つまりはそういうことさ」

 「……っ!貴方という人は…!!」

 そこから先は幸か不幸か、言葉にはならなかった。



 「さーてと、行け!トパーズ・タイガー!エアーマンに攻撃!」
 「!?」

 「攻撃力はそっちの方が低いのに…!?」

 瑞希に攻撃宣言に驚く十代とつかさ。

 「…いえ、トパーズ・タイガーには相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間、攻撃力が400ポイントアップする効果があります…」

 だが、トパーズ・タイガーの効果を知っている那由多は、悔しげにその効果を説明した。

 「その通り」



 【宝玉獣トパーズ・タイガー:攻撃力1600→2000】
 【E・HEROエアーマン:攻撃力1800】



 トパーズ・タイガーがエアーマンに飛び掛り、その余波が十代にまで及ぶ。
 そして、それは黒い雷となって十代を襲った。


 【遊城十代→LP:3800】


 「く…!!リバースカードオープン、『戦士の号令』!
戦士族モンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動可能。
手札、またはデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する!」

 わずかな痛みがはしる。
 だが、それにかかずらうつもりはなかった。


【戦士の号令】 通常罠
戦士族モンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動可能。手札、またはデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。


 「来い!『E・HEROクレイマン』!」


【E・HEROクレイマン】
☆4 地属性 戦士族 ATK/800 DEF/2000


 十代の場に、新たなE・HEROが姿を見せる。
 それを見て、瑞希はあからさまに舌打ちをうった。


 「まだ、終わっていないよ!
速攻魔法『宝玉の変換』発動!
自分フィールド上に存在する『宝玉獣』と名のついたモンスター1体を、魔法・罠カードゾーンに表側表示で置く!
その後、自分の手札から『宝玉獣』と名のついたモンスター1体を特殊召喚する!
『宝玉獣サファイア・ペガサス(ATK/1800)』を攻撃表示で特殊召喚!」


【宝玉の変換】 速攻魔法
自分フィールド上に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を、魔法・罠カードゾーンに表側表示で置く。その後、自分の手札から「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

【宝玉獣サファイア・ペガサス】
☆4 風属性 獣族 ATK/1800 DEF/1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、墓地へ送らずに永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる。


 「そして、サファイア・ペガサスの効果発動!
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から『宝玉獣』と名のついたモンスター1体を永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く事ができる!

僕は、『宝玉獣コバルト・イーグル』を選択!

――サファイア・コーリング!!」


 サファイア・ペガサスの蒼い角が光り輝き、瑞希の場にコバルトの宝玉が出現した。


 「モンスターを永続魔法扱い…?変わった効果だな、瑞希」

 「ふふ、悪夢はこれからさ。ターンエンドだ」


 どこか嬉しそうな十代に、瑞希は面白くもなさそうに言い放った。



 「那由多さん…」

 つかさは那由多の様子を覗う。
 那由多は、もうすっかり頭は冷えたようだった。
 だが、その表情はどこか悔しそうで。
 つかさは胸が痛んだ。

 「宝玉獣デッキは厄介です…。
瑞希さんも、おそらく強い…!
この戦い、思った以上に厳しくなりそうです…」



 ――遊城さん、頑張って下さい…!!



 那由多は祈らずにはいられなかった。
 彼女は、ただ、祈るしかできない自分自身に、かすかな憤りを感じていた――



Episode_30 幻魔降臨

 【遊城十代→LP:3800】
 【戸叶瑞希→LP:4000】



 (瑞希はやはり強い。
……だけど…突破しなければ、道は開けない!)

 わずかな攻防で、十代はそう判断していた。



 ――道。

 ――皆を救うため。

 ――心の闇に呑み込まれ、カガリ達を苦しめた瑞希を救うため。

 ――自分の過去。

 ――罪。

 ――だけど。



 ――こうするしか、自分は知らない。



 「……俺は、『E・HEROハイドマン(ATK/500)』を攻撃表示で召喚!」


【E・HEROハイドマン】
☆3 闇属性 戦士族 ATK/500 DEF/1200
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、デッキから「E・HEROハイドマン」以外のレベル4以下の「E・HERO」と名のつくモンスター1体を特殊召喚することができる。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃宣言を行えない。その後、このカードをデッキに戻す。


 十代の場に、白い仮面を被った白い戦士が現れた。

 「そんな弱小モンスターでどうやって僕に勝つつもりだ?」
 「弱小かどうかは見てから言えよ!
行け、ハイドマン!特殊効果発動!このカードは相手プレイヤーに直接攻撃をすることができる!」
 「…ふ、なるほど」

 ハイドマンの短剣が瑞希を捕らえた。


 【戸叶瑞希→LP:3500】

 「……く…!」

 十代にわずかにはしる痛み。

 (…そうだった、瑞希のダメージは俺のダメージ
瑞希を倒した時、俺の力全てを放出する…。
それで氷月さんは大丈夫だと言っていたけど……)



 ――危険な賭けだがね。



 一瞬、かすかな恐怖がよぎる。
 …だが…。

 (いや、やるしかない!瑞希を今度こそ助けるためにも!)

 すぐにそう決意した。

 「そして、ハイドマンのもう一つの効果、発動!
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、デッキから『E・HEROハイドマン』以外のレベル4以下の『E・HERO』と名のつくモンスター1体を特殊召喚することができる!」

 十代のデッキが光り輝く。

 「俺は、『E・HEROオーシャン(DEF/1200)』を守備表示で特殊召喚!」


【E・HEROオーシャン】
☆4 水属性 戦士族 ATK/1500 DEF/1200
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に発動する事ができる。
自分のフィールド上または墓地から「HERO」と名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻す。


 十代の場に、海を司るヒーローが現れた。
 守備態勢を取るオーシャン。

 「……オーシャン、か…厄介な効果だな…」

 「この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃宣言を行えない。
…そして、その後、ハイドマンをデッキに戻す」

 ハイドマンをデッキに戻し、シャッフルする。
 その間にも、瑞希の刺さるような視線は十代を捕らえていた。

 「さらに、カードを1枚セット。ターンエンドだ」



 「僕のターン、ドロー」

 ふ、とかすかに微笑む瑞希。
 だけど、その笑みは歪んだものだった。

 「早めに決着をつけてやるよ。
魔法カード『宝玉の挫折』発動!
自分のデッキから『宝玉獣』と名のついたモンスター2体までを選択して墓地へ送る!
僕は、『宝玉獣ルビー・カーバンクル』と『宝玉獣エメラルド・タートル』を選択。
その後、相手プレイヤーはデッキからカードを2枚ドローすることができる。
どうする?十代」

 「……ドローするぜ!」

 デッキ破壊でないなら、ドローしない必要性はない。
 迷わずドローを選ぶ十代。


【宝玉の挫折】 通常魔法
自分のデッキから「宝玉獣」と名のついたモンスター2体までを選択して墓地へ送る。その後、相手プレイヤーはデッキからカードを2枚ドローすることができる。


 「ま、何枚ドローされようと、『こいつ』がいれば大丈夫ってこと」

 瑞希は1枚の手札をちらつかせる。

 (…何か強力なモンスターを持っているのか…!)


 その様子を見て、十代に緊張がはしった。

 「さらに、『宝玉の恵み』発動!
自分の墓地に存在する『宝玉獣』と名のついたモンスターを2体まで選択し、永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く!
僕はさっき墓地へ送った『ルビー・カーバンクル』と『エメラルド・タートル』を選択する!」


【宝玉の恵み】 通常魔法
自分の墓地に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスターを2体まで選択し、
永続魔法カード扱いとして自分の魔法&罠カードゾーンに表側表示で置く。


 瑞希の場に新たに宝玉が2つ出現した。


 「さーてと、これで準備は整った…」

 瑞希の場には、3つの宝玉があった。
 それを見た那由多は一瞬、息を呑むが、それは近くにいるつかさにもわからなかった。

 「でもま、その前に戦力増強だ!
手札から、魔法カード『宝玉の導き』発動!
自分の魔法&罠カードゾーンに『宝玉獣』と名のついたカードが2枚以上存在する場合、
デッキから『宝玉獣』と名のついたモンスター1体を特殊召喚する!
僕は『宝玉獣アンバー・マンモス(ATK/1700)』を攻撃表示で特殊召喚!」


【宝玉の導き】 通常魔法
自分の魔法&罠カードゾーンに「宝玉獣」と名のついたカードが2枚以上存在する場合、
デッキから「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。


 瑞希の場に新たな宝玉獣が現れる。
 その様子に、那由多は眉を顰めた。


 (…まずいですね…宝玉獣がどんどん集まっていってる……それに…あの宝玉…)


 「さーて、そろそろ行くか!」

 (!!何故?まだ、あのカードは…『究極宝玉神』は召喚できないはず…!やはり……!)

 那由多は、冷静に状況を分析する。
 彼女の視線は瑞希の場に並んだ3つの宝玉に注がれていた。

 「……三幻魔…」

 ぽつりと漏らした言葉を聞く者は誰もいなかった。


 「僕は、場の永続魔法カード扱いとなっている、ルビー・カーバンクル、エメラルド・タートル、コバルト・イーグルを墓地へ送り…」

 瑞希の言葉と共に、3つの宝玉が消える。

 「来い!『降雷皇ハモン(ATK/4000)』!!」


【降雷皇ハモン】
☆10 光属性 雷族 ATK/4000 DEF/4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、
相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。


 「何!あのモンスター!!」

 瑞希の場に現れた金色の禍々しくも、神々しいモンスターを見て、つかさは驚く。

 「…やはり…」
 「那由多さん、あのモンスターを知ってるの!?」

 つかさの問いに、一瞬逡巡する。
 『三幻魔』は、トップシークレットだ。
 だが…。
 つかさも、知る権利はあるだろう。
 彼もまた、『ダイナスト・サクセサー』の一人なのだから…。

 「……ええ…。
『三幻魔』と呼ばれる、非常に危険なカードの一つです…」
 「!!」
 「まさかこんなところにオリジナルがあるわけがないので、おそらくコピーカードでしょうけど…」

 そう。
 オリジナルは自分も含め、一部の人間しか知らない。
 …誰も想像しない場所。


 ――そこに、幻魔はいる。


 (…まさか幻魔まで出てくるとは…この試合の突破、容易ではなさそうです…!)



 「降雷皇ハモン!クレイマンに攻撃!
――失楽の霹靂!!」

 「……甘いぜ!速攻魔法『リターン・ポイント』発動!」
 「何!」

 幻魔を前にしてもなお、十代の闘志は折れた様子はない。
 それどころか、生き生きとしてさえ見えた。
 そんな十代に、瑞希は苛立ちを覚えた。

 「このカードは、バトルフェイズにのみ発動可能!
自分フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す!
俺は、『E・HEROクレイマン』を手札に戻す…!
そして、このターンのバトルフェイズを終了する!」


【リターン・ポイント】 速攻魔法
バトルフェイズにのみ発動可能。自分フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。このターンのバトルフェイズを終了する。その後、お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローする。


 ハモンの攻撃は見えない壁に弾かれる。

 「ちっ」
 「その後、お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローする!」

 お互い、カードをドローする。
 瑞希の表情には憎悪が、十代の表情には安堵と歓喜が浮かんでいた。

 「逃げるのだけは上手だな」


 氷のような、冷たい瑞希の声。

 (……すごい攻撃だ…!正直かわすのがやっとだぜ…!)

 十代は、深呼吸する。
 ……そう、まだ負けたわけじゃない。
 倒せる…きっと――!

 「まだ僕のターンは終わってないよ。
手札から『宝玉の心得』を発動!
このカードは、手札がこのカード1枚の時のみ発動可能…。
自分フィールド上に存在する『宝玉獣』と名のついたモンスター1体を、魔法・罠カードゾーンに表側表示で置く。
僕は、『宝玉獣サファイア・ペガサス』を選択。
その後、デッキからカードを2枚ドローする」


【宝玉の心得】 通常魔法
手札がこのカード1枚の時のみ発動可能。自分フィールド上に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスター1体を、魔法・罠カードゾーンに表側表示で置く。その後、デッキからカードを2枚ドローする。


 瑞希の場に、サファイアの宝玉が現れる。


 (…うまい…!
全くフィールドにカードを絶やさない…!
瑞希、強いな…!!)


 瑞希の場を見ながら、十代はふとある思いが去来する。



 ――こんな時じゃなかったら、このデュエルは最高に楽しかっただろうな。



 だが、今はそんなことを考える心のゆとりはない。

 「俺のターン、ドロー。
俺はこのスタンバイフェイズ、オーシャンの効果発動!
自分の墓地からエアーマンを俺の手札に戻す!」

 オーシャンの身体が光り輝き、墓地もそれに呼応するかのように輝く。
 墓地からカードが吐き出され、十代はそのカードを手札に加えた。

 「『E・HEROエアーマン(ATK/1800)』を攻撃表示で召喚!」

 再び現れる、旋風のヒーロー。

 「エアーマンの効果により、『E・HEROシュートレディ』を俺の手札に加える!
……さらに、『融合』発動!
手札のコールドマンとシュートレディを融合!
来い!『E・HEROスチーム・ランサー(ATK/1600)』!!」


【E・HEROコールドマン】
☆4 水属性 戦士族 ATK/500 DEF/1800
自分のターンのエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。

【E・HEROシュートレディ】
☆4 地属性 戦士族 ATK/1400 DEF/200
自分のターンのエンドフェイズ時、自分フィールド上に存在するモンスターのレベルの合計数×100ポイントのダメージを相手ライフに与える。


【E・HEROスチーム・ランサー】
☆6 水属性 戦士族 ATK/1600 DEF/2000
「E・HEROシュートレディ」+「E・HEROコールドマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードは戦闘によっては破壊されない(ダメージ計算は適用する)。このカードと戦闘を行ったモンスターは、ダメージ計算終了後に破壊される。このカードは戦闘を行ったダメージステップ終了時に守備表示になる。


 十代の場に、槍を携えた軽装備のモンスターが現れる。
 その周りは蒸気で揺らめいていた。

 「ふーん。……結構やるね。だけどそれでどうするつもり?
そんなザコじゃハモンは倒せない…よ?」
 「なら、やってみるか?
スチーム・ランサーでハモンに攻撃!
――ランス・トルネード!!」

 嘲るような瑞希。
 だが、あくまでも挑戦的な態度を崩さない十代。

 十代の声と共に疾走するヒーロー。



 【E・HEROスチーム・ランサー:攻撃力1600】
 【降雷皇ハモン:攻撃力4000】



 「十代君!自滅する気!?……あ!」
 「ええ、スチーム・ランサーの効果狙い、ですね」

 つかさは十代へと声を掛けるが、すぐにスチーム・ランサーの効果を思い出す。
 那由多はそんなつかさに、静かに頷いた。

 「さらに、手札から速攻魔法発動!『チェンジ・ダメージ』!!
このカードのプレイヤーが戦闘によるダメージを受ける時に発動可能!
発生するダメージを0にし、相手プレイヤーにこのカードのプレイヤーが受けるはずだったダメージを与える!」


【チェンジ・ダメージ】 速攻魔法
このカードのプレイヤーが戦闘によるダメージを受ける時に発動可能。発生するダメージを0にし、相手プレイヤーにこのカードのプレイヤーが受けるはずだったダメージを与える。その後、このターンのバトルフェイズを終了する。


 「何!!」

 これには瑞希も驚愕した。


 【戸叶瑞希→LP:1100】


 「……ぐうううぅっ!!」


 瞬間、えぐるような痛みが十代を襲う。

 「……そうか。どっかの馬鹿が能力を発動したから、どのみちダメージを受けるのは…。
十代、お前だよ」
 「……覚悟の上だ…!!」
 「ふん、いつまでそんな強がりを言ってられるかな…?」

 「そして、スチーム・ランサーの効果発動!
このカードと戦闘を行ったモンスターは、ダメージ計算終了後に破壊される!
――ライオット・ランス!!」

 ハモンの内側から小爆発が連鎖し、ついに耐え切れなくなり、ハモンは爆発する。

 「……幻魔が倒されたか…!」

 瑞希は吐き捨てるように呟いた。

 「『チェンジ・ダメージ』の効果により、バトルフェイズは終了する…。
そして、スチーム・ランサーは戦闘を行ったダメージステップ終了時に守備表示になる」

 その言葉と同時に、スチーム・ランサーは守備態勢を取った。


 【E・HEROスチーム・ランサー:守備力2000】


 「さらに、カードを2枚セット。ターンエンドだ」

 「……どうやら、悪夢が見足りないようだね…。
いいだろう、見せてやるよ。本当の悪夢を…」



 瑞希の宣言に、十代の頬に汗が伝った…。



 ――そう、全てはここから始まる……。
 ――『究極宝玉神』という名の再生と破壊は、まだ訪れてはいないのだから…。



Episode_31 戸叶瑞希

 「あ〜、もう!何でここはこんなに入り組んでんだよ!」
 「はっはー、まさかカガリさえ瑞希の場所を知らんとはな〜」
 「笑ってる場合か!この馬鹿!……結局」

 カガリはそこで言葉を区切り、雪夢へと視線を遣り、言う。

 「あんたの手を借りることになっちまったね…雪夢」

 「ほんま、来てくれてよかったわ。渡りに舟っちゅうやつやな」

 カガリとは対照的にからからと笑う十夜。
 それがカガリの癇に障ったらしく、カガリは器用に走りながら蹴りをかました。

 「……大したことではない」

 そんな二人の様子も気に留めず、雪夢は事務的に応対する。


 「なあ、まさかもう終わっとる、なんてことはあらへんよな?」
 「…どういう結果でだ?」
 「……まあ、どっちでも考えられるけど…」

 カガリに睨まれ、思わず弱気になる十夜。
 だが、そこに割って入ったのは雪夢だった。

 「あの方は…瑞希様は強い…」
 「まーた、主人の自慢かいな」

 その言葉に呆れ気味の十夜。
 だが、雪夢は表情一つ変えることなく、続けた。

 「自慢ではない、事実だ」

 雪夢の冷たい事実に、思わず黙り込むカガリと十夜。

 「……そろそろつくぞ」



 走ってきた3人の視界が不意に開けた。

 それは、今まさに両者が戦っているところだった。



 「形勢は……」



 【遊城十代→LP:3800】
 【戸叶瑞希→LP:1100】



 「よし!十代が優勢だ!」
 「へぇ、やるやんか」

 だが、それに水を差す雪夢。

 「…果たしてそうかな?」
 「何!?」

 「確かに第一波は凌いだ、といったところだろう…。
だが、瑞希様はまだ本当の切り札を出してはいない」
 「本当の切り札…?」

 怪訝そうに聞くカガリ。
 だが、雪夢は淡々と言う。

 「見ていればわかる」

 カガリは瑞希の場に目を遣る。
 そこには、見たことのないカードばかりが並んでいた。

 「それにしても…何だい、瑞希のあのカード…」
 「あれは、『宝玉獣』やな」
 「宝玉獣?」

 鸚鵡返しに聞くカガリ。
 だが、十夜はその情報をどこで仕入れてきたのか、カガリへと話す。

 「極北のデュエリストが持ってるカードや」
 「それが、なんでここに…!」
 「それは知らんけど、かなり厄介なカードやで」

 「……厄介、か……十代!負けるんじゃないよ!」

 「そや、やったれ、十代!」

 十夜達が到着したことを知り、十代は軽く手を振る。

 その様子に安心するカガリ。
 だが、カガリは知らない。

 その時、十代はどれほどの痛みを抱えていたかを。





 「僕のターン、ドロー!
僕は『宝玉の契約』を発動!
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する『宝玉獣』と名のついたカードを1枚選択して特殊召喚する!
僕は、サファイア・ペガサスを選択!」


 瑞希の場のサファイアが光り輝く。
 それは、再び形を成そうとしていた。


【宝玉の契約】 通常魔法
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する「宝玉獣」と名のついたカードを
1枚選択して特殊召喚する。


 『ハアァッ!』

 瑞希の場に、再び蒼い角を持った天馬が現れる。

 「さらに、サファイア・ペガサスの効果発動!
その効果により、宝玉獣を魔法・罠ゾーンに置く!
僕は『宝玉獣アメジスト・キャット』を選択する!
――サファイア・コーリング!!」

 蒼い光に導かれ、アメジストの宝玉が現れた。

 「さらに、魔法カード『宝玉の施し』を発動!
このカードは、自分フィールド上に存在する『宝玉獣』と名のついたモンスターの枚数だけ、デッキからカードをドローすることができる!
僕のフィールドに存在する宝玉獣は、トパーズ・タイガー、アンバー・マンモス、サファイア・ペガサスの3体!
よって、3枚ドローする!」


【宝玉の施し】 通常魔法
自分フィールド上に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスターの枚数だけ、デッキからカードをドローする。


 「この局面で手札補充…!」
 「そろそろ、お目にかかれそうですね…」

 「何!?」

 焦るカガリに、雪夢は瑞希の場をじっと見つめながら、そう言った。

 「瑞希様の、本当の切り札を……」
 「瑞希の、切り札…」

 それはいったい、何なのか。
 カガリは硬直するが、すぐに立ち直り、二人のデュエルを見つめていた…。





 「これで、僕のフィールド及び墓地に7種類の宝玉獣が揃った…!
これで、『あのカード』の召喚条件が満たされた…」
 「……あのカード?」

 「……まさか、その召喚条件は…!」

 怪訝そうにする十代に、合点がいった様子の那由多。

 「遊城さん!お気をつけて!」
 「那由多……おう、任せとけ!」

 十代に教えたいところだが、これは1対1の真剣勝負。
 水を差すことは許されない。



 「――行くぞ、十代」

 ざわりとしたものが十代を襲う。

 それは、言いようのないような不安、そして……高揚感!!



 「来い、瑞希!!」



 「……現れろ!『究極宝玉神レインボー・ドラゴン』!!」


【究極宝玉神レインボー・ドラゴン】
☆10 光属性 ドラゴン族 ATK/4000 DEF/0
このカードは通常召喚できない。
自分のフィールド上及び墓地に「宝玉獣」と名のついたカードが合計7種類存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードは特殊召喚されたターンには以下の効果を発動できない。
●自分フィールド上の「宝玉獣」と名のついたモンスターを全て墓地に送る。
墓地へ送ったカード1枚につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
●自分の墓地に存在する「宝玉獣」と名のついたモンスターを全てゲームから除外する事で、フィールド上に存在するカードを全て持ち主のデッキに戻す。


 ――瑞希が翳したカードから、虹色の光が溢れる。

 ――それは、徐々に形を成していき…。

 ――1体の神々しい龍―ドラゴン―としてその姿を見せた。



 「これが…瑞希の切り札……」
 「ついに…」
 「お出ましですか…!」

 「――現れたか」
 「何だい、あれ!」
 「すっげぇ!」

 皆それぞれの反応をする中、瑞希だけは一人、別の手に移ろうとしていた。


 「ふ…驚くのはまだ早い!
速攻魔法『レインボー・バースト』発動!
手札を1枚捨て…自分フィールド上に存在する『究極宝玉神』と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
当然、僕は、こいつを選択する」

 瑞希の言葉に呼応するように、虹色に輝く龍は咆哮する。


【レインボー・バースト】 速攻魔法
手札を1枚捨てて発動する。自分フィールド上に存在する「究極宝玉神」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
自分の手札・フィールド・墓地に存在する「宝玉獣」と名のついたカード全てをゲームから除外する。
選択したモンスターの攻撃力は除外したカードの枚数×1000ポイントアップする。


 「そして、自分の手札・フィールド・墓地に存在する『宝玉獣』と名のついたカード全てをゲームから除外する。
僕は、墓地からルビー・カーバンクル、エメラルド・タートル、コバルト・イーグル…。
そして、フィールドからアメジスト・キャット、サファイア・ペガサス、アンバー・マンモス、トパーズ・タイガーをゲームから除外する!

……そして、選択したモンスターの攻撃力はゲームから除外したカードの枚数×1000ポイントアップする!」


 【究極宝玉神レインボー・ドラゴン:攻撃力4000→11000】


 さらに、虹色の龍は天に向かい、咆哮する。
 その身体は光り輝き、龍の身体の全ての宝玉が光り輝いた。


 「これで終わりだよ、十代!楽しかったねぇ!!
レインボー・ドラゴン、エアーマンを消し去れ!
――オーバー・ザ・レインボー!!」


 瑞希は歪んだ笑みを浮かべながら、レインボー・ドラゴンへと攻撃命令を下した。


 【究極宝玉神レインボー・ドラゴン:攻撃力4000→11000】
 【E・HEROエアーマン:攻撃力1800】


 虹の龍は、咆哮する。
 そして、その口元に虹の力が収束する。


 「あんなもの受けたら、即死じゃないか!」
 「こりゃ、やばいで…」
 「遊城さん!」
 「十代君!」

 「…………」

 それぞれが十代の身を案じる中、雪夢の胸には複雑な思いが去来していた。

 (……本当に…これでいいのですが、瑞希様…)


 雪夢は瑞希の方へと視線を移す。
 瑞希の表情もまた、やや強張ったような表情で…。
 とても優勢に立っているものの表情ではなかった…。


 そして、虹の力が収束し、臨界点を超えた時――

 強力なブレスがエアーマンに向かって放たれた――



 だが、この局面でも、十代はどこか冷静だった。


 「リバースカード、オープン!!『ハーフ・パワー』!!」


【ハーフ・パワー】 通常罠
このターンのエンドフェイズ終了時まで、相手フィールド上に存在するモンスター全ての攻撃力を半分にする。


 【究極宝玉神レインボー・ドラゴン:攻撃力4000→11000→5500】


 「レインボー・ドラゴンの攻撃力が!?」
 「このカードの効果で、このターンのエンドフェイズ終了時まで、お前のフィールド上に存在するモンスター全ての攻撃力を半分になる!」

 「ちっ、こしゃくな真似を!!…だが、ダメージは避けられないぞ!」


 虹色の光はエアーマンを貫通し、十代へと直撃する。

 「ぐっ…うあああぁああっ!!」


 【遊城十代→LP:100】


 身を焼くような痛みが十代を襲う。
 それは、半端なものではなく…。

 脳が、苦痛を拒否するような、そんな痛みだった。

 意識が朦朧とする中、十代は過去の記憶を見る。










 「う……」


 ――泣いている…これは…俺…?


 「ねぇ、もう泣くの、やめよう?」
 「だって…ひっく…う…う…」


 ――ああ、そうだ…。

 ――あの時俺は泣き虫で、よく瑞希に慰められていたんだっけ…。


 「泣き止まないと、友達やめちゃうよ?」
 「!!うああ〜!」

 「ああ、もう、冗談だって」

 火がついたように泣き出す十代に、瑞希は幼い子供をあやすように言った。

 「ホント?友達、やめない?」
 「うん、本当!大丈夫だよ!何があっても、僕が十ちゃんを守るから!
ずっと、一緒だよ!」
 「……ありがとう、みっちゃん」



 ――ずっと、一緒…か…。



 「やったぁ、十ちゃん、オセロ、強いんだね!」
 「うん…」


 ――そういえば、瑞希はずっと俺の勝利を喜んでくれていたな…。


 「どうしたの?」
 「な、何でもないよ、みっちゃん…」

 十代が隠したものを、瑞希は見つける。

 「あ、デュエルモンスターズだ!十ちゃんも好きなの?」
 「…うん…でも、僕、カードあまり持ってなくて…デッキが組めないんだ…」

 しゅんとして言う十代。
 だが、瑞希はそれに同意した。

 「あ、僕もだよ!」
 「みっちゃんも?」

 「うん!だから、十ちゃんもデッキを組めたら一緒にデュエル、しようね!」
 「みっちゃん…うん!約束だよ!」


 二人はこうして約束する。


 そして、ある日のこと…。

 十代のデッキを見ていた瑞希は、一つのカードに目が留まった。

 「あれ、このカード、珍しいね!」
 「父さんがくれたんだ」

 そのカードこそ、『ユベル』だった。

 「すごいな〜!じゃあ、デュエルしよう!」
 「え?」

 「約束、だったでしょ?」
 「うん!」

 二人はデュエルの準備を始める。

 そして……。

 十代がユベルを召喚しようとした時、凄まじい『闇』が生まれた。

 それは瑞希へと襲い掛かり、瑞希の身体が傾いだ。



 ――ドサッ!!



 床へと崩れ落ちた瑞希をゆする十代。

 「みっちゃん!!」

 十代は必死に瑞希の名を叫ぶ。
 だが、瑞希はぴくりとも動かなかった。



 「みっちゃん!どうしたの!みっちゃん!!」





 ――瑞希君、どうしたのかしら?

 ――何でも、十代君と遊んでいるうちに倒れたらしいわよ。

 ――やーね、何かの発作かしら?

 ――あの子、引越しするんだってね〜。

 ――そう、寂しくなるわね〜。



 「みっちゃん、ずっと一緒だって言ったのに…」



 ――十代君と遊んだ子、次々意識不明になっているんですって。

 ――まあ、怖いわね〜。

 ――あの子、悪魔か何かなのかしら?

 ――うちも遊ばせないようにしないと…。

 ――恐ろしい子よ、本当に。



 「寂しいよ…一人は嫌だよ…」



 そんな中、来客を告げるベルが響く。
 また罵声を浴びせにきた近所の子供かと思ったが、どうやら違うらしい。

 「こんにちは」


 現れたのは、ショートボブの少女と、オッドアイが印象的な少年。

 「誰?目、変わってる…」
 「初めまして!あたしはエルミューレ、この目が変なのは蒼軌アルカ。よろしくね!」

 エルミューレと名乗った少女は、手を差し出す。
 一瞬手を取りかけた十代だったが、俯く。

 「僕と遊ばない方がいいよ…僕は呪われているから…」
 「……その呪われているもの、見せてくれる?」

 「……うん…デュエルしなかったら大丈夫みたいだから…」

 アルカに言われるままに、十代は『ユベル』のカードをアルカへと見せた。



 「浄化―ピュリファイケイション―」



 アルカはカードを持ったまま、そう呟く。
 すると、カードが光り輝き、黒い『気』が抜けていく。

 その黒い『気』は、ひとつの魔物となって十代達の前に姿を現した。



 「何……こいつ…!」

 十代は動揺していた。

 「アルカ!」

 そんな中、エルミューレはアルカへと声を掛ける。

 「わかってる!ここはお前のいるところじゃない!闇へと帰れ!!
除外―エクスクルージョン―!!」
 『グアアァアッ!!』

 アルカの瞳は、黒から金色になっていた。
 そして、髪も透けるような銀に。

 魔物へと、アルカが放った金色の気が収束する。
 アルカの呪を受け魔物は完全に消滅した。


 「……お姉さん達、何なの…?」

 半ば呆然としていた十代は、エルミューレとアルカへと聞いた。

 「…あたし達は『デュエル・ガーディアン』」
 「精霊と人間との均衡を保つのも、また役目」

 「これで、君のカードはもう大丈夫よ」
 「後で話すといいよ。その精霊、結構寂しがり屋」

 エルミューレは悪戯っぽい笑みを、アルカは柔らかな笑みを見せた。



 「……ありがとう…」



 十代は、二人が去った後、意を決して『ユベル』へと話し掛けた。


 『僕の名はユベル…貴方を守護する者』
 「……ユベル…」

 『全ては貴方の心のまま…』
 「うん!よろしくね、ユベル!!」

 十代は笑顔を見せる。
 それを見てユベルは、安心したようにも見えた。



 ――出会いがあって、別れもあった…。

 ――なあ、瑞希。

 ――お前は、『偽善者』って言うかもしれないけれど、俺は、これ以上お前にこんなことをして欲しくないんだ。

 ――だから。



 ――俺は、お前に勝つ!!



Episode_32 Idea

 ――十代と瑞希の決闘は熾烈を極めた。

 ――そして…。



 「馬鹿な…!!あれだけの攻撃をくらってもなお、立てるというのか!!」

 瑞希は驚く。
 いくら攻撃しても、十代の闘志は消えるどころか、どんどん高まっているようにも見えた。

 「リバースカード、オープン!『サモン・ゲート』!!
自分フィールド上に存在するモンスターが戦闘によって破壊された時、デッキから破壊されたモンスターの攻撃力以下のモンスター1体を特殊召喚することができる!!」


【サモン・ゲート】 通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターが戦闘によって破壊された時、デッキから破壊されたモンスターの攻撃力以下のモンスター1体を特殊召喚することができる。


 「!!」
 「破壊されたエアーマンの攻撃力1800以下のモンスター…!
来るんだ!『ユベル』!!」


【ユベル】
☆10 闇属性 悪魔族 ATK/0 DEF/0
このカードは戦闘によっては破壊されない。
表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。このカードは自分のエンドフェイズ時に自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げなければ破壊される。
このカードの効果以外の方法で破壊された時、自分の手札、デッキ、墓地から
「ユベル−Das Abscheulich Ritter」一体を特殊召喚できる。


 【ユベル:攻撃力0】


 ユベルの姿を見て、瑞希は実に忌々しげに舌打ちをする。

 「ふん、それがどうした…。
今更そんなもので僕が倒せるものか…!!
僕は手札から装備魔法『リフレクショット』発動!
レインボー・ドラゴンに装備する!
このカードに効果により、装備モンスターは戦闘によって破壊されず、装備モンスターが戦闘を行うことによって発生する戦闘ダメージはすべて相手が受ける!」


【リフレクショット】 装備魔法
装備モンスターは戦闘によって破壊されず、装備モンスターが戦闘を行うことによって発生する戦闘ダメージはすべて相手が受ける。
このカードのコントローラーは、自分のスタンバイフェイズ毎に1000ポイントのライフを払う。払わない場合、このカードを破壊する。


 「このタイミングでとてつもなく厄介なカードを…!戸叶さん、やはりすごい…!!」
 「強いね、やっぱり…!」

 「あそこまで徹底してやがるなんて、反則だぜ…!」
 「十代…頑張るんや!」

 (……瑞希様…どうか…どうか、お気づき下さい…!自らの心に…!)





 「これでどうだ?…ターンエンドだ!!」

 瑞希の瞳は狂気に染まっていた。
 それを見て、十代の心の中に一瞬、かすかな焦りが生じるが…。


 ――それはすっと消えていった。


 「俺のターン、ドロー!!」


 ――大丈夫、まだ救える…!!


 「……俺が引いたカードは、『サイクロン』!!」


【サイクロン】 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 「こいつ…!!」

 「すっげぇ!十代も負けちゃいないよ!!」

 「遊城さん!」
 「…すごい!」


 「その効果で、『リフレクショット』を破壊する!!」

 「ちっ…!!」

 風が吹き荒れ、レインボー・ドラゴンに装備されたバリアを打ち破った。

 「だが、『ユベル』だけでは攻撃できないだろ!」
 「……それはどうかな?」

 瑞希はその十代の表情を見て、奇妙な既視感に襲われた。


 ――そういえば…あいつはいつも劣勢の時…。


 「速攻魔法『アドバンス・クリア』発動!
自分フィールド上に存在する攻撃力0のモンスターを選択する。
俺は、ユベルを選択!
選択したモンスターのレベル+2以下のモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する!
ユベルのレベルは10…。
俺は、レベル12の『ユベル−Das Extremer Traurig Drachen』を選択する!」


【アドバンス・クリア】 速攻魔法
自分フィールド上に存在する攻撃力0のモンスターを選択する。選択したモンスターのレベル+2以下のモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。その後、選択したモンスターをデッキに戻す。


 ――あんな、不敵な顔をしていたな…。


 ユベルの全身が黒く光り輝き、禍々しい変化を遂げようとしていた。

 「これは…!!」
 「来い!『ユベル−Das Extremer Traurig Drachen』!!」


【ユベル−Das Extremer Traurig Drachen】
☆12 闇属性 悪魔族 ATK/0 DEF/0
このカードは通常召喚できない。
「ユベル−Das Abscheulich Ritter」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードは戦闘によっては破壊されない。
表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターと戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、そのモンスターを破壊する。
このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。



 ――禍々しき龍。

 ――深き悲哀の龍。



 「……!」
 「行くぞ!瑞希!!」

 「……うあああぁっ!!」

 瑞希は思わず叫ぶ。
 それしか、過去の呪縛からは逃れられないと思い…。



 ――……いや…。

 ――囚われているのは……『今』なのか…!?



 ふと、瑞希の脳裏にそんな想いがよぎった。



 「――ナイトメア・ペイン!!」



 『究極の悪夢』が、『究極宝玉神』へと襲い掛かる。

 黒き龍から放たれた炎を浴び、白き龍は黒き龍へと攻撃を仕掛ける。

 だが、その攻撃は、黒き龍の周りに出現した半球状のオーラに阻まれ…。

 瑞希へと敗北を決定させる茨が伸びた。



 そんな中、瑞希もまた過去を想起していた。



 ――わかってた。

 ――自分が負けることくらい。

 ――十代は馬鹿で、お人好しで、どうしようもない奴で…。

 ――守らなきゃ、って思ってた。

 ――だけど、そんな、守るべき対象に引っ掻かれたことが、衝撃だったのか…な。



 ――いや、違う。

 ――僕じゃ守れない。

 ――それが、悔しかったんだ。



 ――ずっと、一緒にいたのに。



 【戸叶瑞希→LP:0】





 瑞希は知っていた。

 いくら十代といえど、闇のゲームでこれだけのダメージを負えば、おそらく死ぬだろう。



 だから…終わらせよう。



 自分に与えられたのは、所詮、『紛い物』の力。



 ――もし、君が間違いに気づけば、この言葉を唱えるんだ。



 氷月に、教えられた言葉。



 ――十代君には、何も言っていない。もし君が使わなければ、十代君は死ぬ。



 教えられた時は、そんなもの、使うもんか、と思っていた。

 ……だが。

 使わなければ、十代は死ぬ。



 ――わかってるよ、雪夢…。



 こちらを心配そうに見つめる雪夢。

 その真意に、瑞希は気づいていた。



 「解除―キャンセル―」



 茨が瑞希を弾き、十代へと闇のダメージが及びそうになる。
 十代は、その衝撃を覚悟して、瞳を瞑った…。

 だが、予想していた衝撃はいつになっても来なかった。


 「え!?」

 おそるおそる目を開けてみる。
 すると、逆五芒星のペンダントを握りつぶしている瑞希の姿が目に入った。

 「……瑞希…」



 「……十代…お前の勝ちだ…」

 瑞希は俯く。
 どんな表情かは見えなかった。
 もしかしたら、泣いていたのかもしれない。

 「……みっちゃん…」

 十代は瑞希へと話し掛ける。
 瑞希の身体が、びくり、と震えた。


 ――何を言われても、文句は言えない…。


 瑞希はそう思い、瞳を閉じた。



 「……また、守ってくれたんだな」



 「っ!!」

 それは、全く思いもしなかった言葉。
 そして、あまりにも聞き慣れた言葉。

 「でなきゃ、俺、死んでた」

 瑞希は顔を上げられなかった。
 顔を上げなきゃ、と思っているのに。

 おそらく、十代は微笑んでいるのだろう。

 「氷月さんに教えてもらった『闇のゲーム』の対処法…。
それは、みっちゃんの『心』だったんだろ?」

 瑞希の頬に涙が伝う。
 そっぽを向き、咄嗟に見られないようにした。

 「あと、本当に、ごめんな」
 「十代……」

 「謝ってもどうにもならないことだってわかってる。
……でも、俺が招いたことでもあるんだ。本当に、ごめんなさい…!」

 十代の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 「勝手に闇に堕ちたのは僕の方だ…!
泣くなって…!…相変わらず…泣き虫だ…なあ……」

 そこまで言うと、弾かれたように顔を上げた。
 ぐにゃり、としていて、よく見えなかった。

 瑞希もまた、泣いていた。

 過去を悔いて。
 己の悪業を悔いて。

 だが…。

 『友』は喪わずに済んだ……。



 そして。



 「雪夢……お前はもう、自由だ…」

 傍に控えていた雪夢に、そう言う。

 「瑞希様……。
…また、よろしければ、貴方の元にいさせてください。今度は畏れ多くも『友』として」

 雪夢はそう言って、瑞希の今にも崩れ落ちそうな心と身体を受け止める。

 「う…うわああぁあああ!!」

 瑞希は傍にいた十代と雪夢にしがみつく。
 雪夢の頬にも涙が伝っていた。





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 「ふう、無事に解決したか」

 その様子を聞いていた氷月は、いつものように飄々とひとりごちた。

 「……やはり、彼を『タクティクス・ラボラトリー』に入れたのは正解だったようだな」

 ピピピ、と携帯電話のコール音が鳴る。



 「ああ、君か。聞いていたよ。すぐにこちらに戻ってきたまえ」

 プツ、と電話を切り、今度は違う人間にコールする。



 「エルミューレか?こちらもケリはついた」





 「ええ、見ていたわ」

 エルミューレには、遠くを見通す能力がある。
 それを利用し、今回の一部始終を見ていたのである。

 「ま、色々あるけど、しばらくは好き勝手やっていてちょうだい。じゃあね」

 本来ならば、エルミューレに通信手段は必要ない。
 だが、氷月が『傍目から見えると怪しい人間だから』と言って、携帯電話を押し付けられたのだった。
 文明の利器とは相性が悪かったが、ヨハンの根気強い指導により、何とかものにできたのだった。



 「終わった〜?」
 「終わったようよ」

 間延びした声が聞こえた。
 アルカだ。

 「で、どうだったんだ?」
 「ばっちりだったみたいね。…あの子、思ったより強くなってるかも」

 今度はヨハンまで身を乗り出して聞いてくる。
 どうやら、よほど気になるらしい。
 エルミューレもまた、十代の成長を喜んでいた。

 「へぇ〜!俺も会ってみたいなあ〜!」
 「ヨハン、宝玉獣使われたこと、怒ってる?」

 「べっつに。結局そのおかげで瑞希って奴と仲直りできたんだろ?
じゃあ、何も言わねぇよ。架け橋になれたんならさ」

 アルカの言葉に、ヨハンは最初こそ不貞腐れたように言ったが、最後は笑顔を見せながら言った。
 ……それはとても清々しい笑顔だった。



 「あ」
 「どうしたの?アルカ」
 「虹だ〜」

 アルカの言うとおり、虹が伸びていた。

 「うわあ、綺麗だな〜」

 ヨハンはその虹に見入る。
 アルカもまた、「虹だ、虹だ〜」と馬鹿みたいに騒いでいた。


 「……馬鹿騒ぎするのは性に合わないけれど、今日くらいはいいかもね」


 エルミューレはそう言って、静かに虹を見つめていた――





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 「……了解です、兄さん」

 那由多は、通信を切る。

 そして、雪夢に支えられてその場を去っていく瑞希に、一瞬視線を遣った。


 (……大したものですよ、遊城さん…)


 十代は、ゆっくりと立ち上がる。


 (あれだけ憎悪という妄執に囚われた人を、解放したのですから…)


 最初は、まだ泣いているのかと思った。

 だが。

 もう、彼は泣いていなかった。

 いつもの、『遊城十代』だった。



 それだけを見届けて、那由多はその場を後にした…。





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 「やっ。那由多」
 「お久しぶりです、那由多さん」

 外で待っていたらしい氷月とエドに、溜息をつく那由多。

 「全ては予定調和、ですか?」
 「…カードの強奪はさすがに驚いたがね」

 氷月は困ったように頬をかく。

 「…そう。『インバーテッド・ペンタクル』は貴方が戸叶瑞希に与えた力」
 「人聞きの悪いことは言わないでくれたまえ。全ては、瑞希の暴走を食い止めるためさ」

 氷月は一瞬冷たい眼差しになる。
 それは、見覚えのあるものだ。
 そう、『仕事』の時の顔。
 那由多はそれがたまらなく嫌だった。

 「……遊城さんへの憎悪という暴走…」
 「そうだ」

 「でも、万一、遊城さんが負けたらどうするつもりだったんです?」

 全ては、瑞希の暴走を食い止めるためだった。
 ならば、もし十代が負ければ全ては水の泡となる。

 「…この世界の全てはあらかじめ決められた未来へと向かっている。
いかなる偶然のように思えても、それは神がさだめた必然…。
だから、初めから決められていたのさ。十代君が勝つことも、瑞希が負けることもね」
 「だから、大丈夫だと?…傲慢ですね」

 エドの反論するような言葉に、氷月は諭すように言う。

 「…一番怖いのは人の心さ。
…闇に溺れるのは簡単だ。闇をコントロールするのは、何よりも難しい。
瑞希はあのまま放っておけば、闇に食われただろう」
 「…だが、奴が悪を行ったことに変わりはない」

 憮然とそっぽを向くが、どうやらエドもそれなりに納得した様子だった。

 「そうだな…。
だからこそ、やり直すんだ。これからを。…それぞれの考え、想い…『イデア』でね」

 「…本当に、アバウトな神様ですよ、貴方は。あと、これはお返ししておきます」

 逆五芒星のネックレスを那由多は氷月へと渡す。

 ふと見れば、先程感じた氷月のプレッシャーは綺麗に消えていた。
 それはまるで、霞か何かのように。

 「…よく言いますよ。あと、全く役に立ちませんでしたから、それ」
 「ははは」
 「笑い事じゃありません。瑞希さんの性格上、早々とクビになっちゃったんですから」
 「そりゃ、ホントに意味ないな〜」

 そして、那由多は、デッキケースから1枚のカードを取り出す。

 「あと、これも…」
 「…ほう、必要となったのかね?『源帝ブラフマー』」



【源帝ブラフマー】
☆10 光属性 天使族 ATK/3000 DEF/2500
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の「帝」と名のつくモンスター3種類をゲームから除外した場合のみ特殊召喚することができる。
このカードを特殊召喚するターン、他のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚することはできない。
このカードの特殊召喚に成功した時、このカードを除く全てのフィールド上のカードをゲームから除外する。
魔法・罠・モンスターカードの効果が発動した場合、その効果を無効化しなければならない。無効化した場合、攻撃力が1度につき1000ポイントダウンする。
このカードはエンドフェイズ時に破壊される。
このカードが破壊された時、このカードのコントローラーは3000ポイントのダメージを受ける。



 「……ええ。これは誰かを救うための力…。雷虎さんを闇から救ってくれたんです」
 「……そうか」

 氷月は、カードを受け取りながら、静かに微笑んだ。

 「雷虎さんの闇を、無によってかき消した。…そうですね?」
 「さあ。その答えは君で見つけることだよ、那由多」

 笑顔で言う氷月。
 十代やカガリあたりが見れば、多分『うさんくさい』って言うのだろうな、とふと考えていた。

 「…私は、この世界のもの全てがあらかじめ決められているものとは思いませんよ?」
 「ほう?」

 どこか嬉しそうに言う氷月。



 「未来がわからなから、楽しいんですよ」



 「…那由多。…情でも移ったか?」

 「……さあ、どうでしょうかね」



 からかうような氷月の言葉に、那由多ははぐらかす。

 だが、この少女は、どこか変わったことは事実だ。

 そして、おそらく自分も…。

 そこまで考えて、氷月はかぶりを振った。



 ここからは、自分が決めることではない、そう感じたからだった――










 ――カガリの元に電話が入り、ホタルの退院の日取りも決まったらしい。

 ――結局、俺達の思いは同じだったんだ。
 ――ただ、やりかたが間違っていただけ。

 ――だから、やり直せるんだ。



 「さあ、明日からも、張り切ってデュエルだ!」

 「負けないよ!」

 「今日も張り切っていきましょう!」

 「よっしゃ!行ったるか!」





 それぞれのイデアで――

 それぞれのデュエルで――




                  〜END〜








遊戯王GX〜Idea〜 あとがき

おかげさまで『遊戯王GX〜Idea〜』、完結いたしました☆
ここまで来れたのも、皆様の応援があったからこそです!
感想掲示板で感想を下さった方々、本当に、本当にありがとうございましたm(__)m

Ideaはこれにてひとまず終了です。
アルカやエルミューレ、ヨハンなど、終盤新キャラが出ましたが、それはサービスだと思ってください(^^ゞ
ヨハンは、瑞希との対比、アルカやエルミューレは氷月だと年齢的に無理があるので、言わばジョーカー的なキャラクターです。

オリジナルカードは作っているのは楽しいのですが、結構壊れだったりするんですね;
それが難しいところですが、温かい目で見守ってやってくださいませm(__)m

タイトル、『Idea』の意味ですが、最後の最後まで引っ張りました。
これは『遊戯王GX〜Idea〜』の原型となった『Idea―0―』でもずっと書きたかったシーンですので、書けて満足です!

といっても、『遊戯王GX〜Idea〜』で、『Idea―0―』のネタを引き継いだのは、『タクティクス・ラボラトリー』と『遊葉』だけですが;
原型残していない、とも言いますね(^^ゞ

でも、ここまで書けたこと、本当に幸せに思います。
皆様方の応援は、本当に励みになりました。

それでは、また御縁があればお会いしましょう!


神薙遥






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