遊戯王GX〜Idea〜
前編

製作者:望月悠乃(神薙遥)さん






はじめに

この小説、「遊戯王GX〜Idea〜」は、私、神薙遥の創作小説です。
舞台は遊戯王デュエルモンスターズGXの世界ですが、もしもこうだったら、どうなったんだろう、という思いの元で制作しています。
詳しくは設定に目をお通しくださいませ。

出てくるキャラクターに偏りがありますが、最後までお付き合いしていただければ光栄でございますm(__)m



遊戯王GX〜Idea〜(設定)

遊城十代(ゆうきじゅうだい) 15歳・男
→幼少時に、カードの精霊『ユベル』が原因で、デュエルをした人間を呪ってしまった少年。それが原因で、『デュエル・アカデミア』受験を断られる。
『ユベル』を手放す術を知らず、孤独な日常を『ユベル』と共に暮らしてきた。
周囲からは疎まれて過ごしてきたが、本人は「デュエルが好きだから」という理由で、デュエルはやめなかった。
『ユベル』と話ができるようになってからは、『ユベル』の「対戦相手を呪う」行為を抑えることができた。
デッキはE・HEROデッキを操るが色々なカードも入っている。
カードの精霊は『ユベル』。

時村つかさ(ときむらつかさ) 15歳・男
→元は普通の少年だったが、幼い頃、カード強盗に遭い、危うく命を落としかける。
そのショックからか、別人格の「かなめ」を作り上げる。
性格は大人しく、優しいなど、とても戦いには向かない性格だったが、「かなめ」は非常に好戦的である。
十代と意気投合し、友達となる。
デッキは十代同様、E・HEROを操るが、「かなめ」の時は、E−HEROデッキを操る。
普段の一人称は『僕』、「かなめ」の時は『俺』になる。
カードの精霊は『沼地の魔神王』。

皇那由多(すめらぎなゆた) 15歳・女
→情報収集のプロで、彼女に集められない情報はないと言われたほど。
十代の過去を知る数少ない人物である。
性格は誰に対しても丁寧言葉を使うが、若干慇懃無礼な面もある。
『タクティクス・ラボラトリー』の中でも、最も強力なデッキと言われているが、本人は未だ切り札を出したことはない。それくらい強力なデッキを操る。
『タクティクス・ラボラトリー』を受験したのは、『デュエル・アカデミア』には女子の空きがなかったためである。
一人称は『私』。
カードの精霊は『氷帝メビウス』。

碓氷十夜(うすいとーや) 15歳・男
→『タクティクス・ラボラトリー』の高等部入学式で出会った不思議な少年。
関西弁を喋る少年で、はるばる『タクティクス・ラボラトリー』にやってきたらしいその目的は不明である。
性格は天真爛漫で、基本的に飄々としているものの、時折陰のある一面を覗かせる。
デッキは恐竜族デッキ。
一人称は『俺』。
カードの精霊は『ディノインフィニティ』。



戸叶瑞希(とかのみずき) 15歳・男
→「インバーテッド・ペンタクル」のリーダー。
彼の組織は、カードに関する悪事を行う。カードの強奪、チートカードの製造など。
性格は冷酷で、自分にとって、必要か、そうでないかだけで判断する。
幼少期に、十代とデュエルをして、昏睡状態に陥った過去がある。
一人称は『僕』。
デッキはエーリアンデッキ。

不知火雪夢(しらぬいきよむ) 16歳・男
→「インバーテッド・ペンタクル」の一人。
幼い頃から瑞希と共にいたせいか、瑞希の役に立つことを第一に考えている。
性格は、寡黙であり、人と話すことは稀。
一人称は『私』。
デッキは剣闘獣デッキ。

凪柴カガリ(なぎしばかがり) 16歳・女
→「インバーテッド・ペンタクル」の一人。
だが、望んでなったわけではなく、瑞希に弱みを握られたからである。
妹、ホタルを溺愛しており、彼女の為に戦っている。
ホタルを「インバーテッド・ペンタクル」から守る為らしい。
性格は直情的で、自分の敵に回ったものには容赦はない。
一人称は『あたし』。
デッキは六武衆デッキを操る。

天空寺翼(てんくうじつばさ) 15歳・男
→「インバーテッド・ペンタクル」の一人。
瑞希の幼馴染みで、瑞希の悪事を止める為に一員となった少年。
性格はぼーっとしていて、常に何を考えているのかわからない少年。
しかし、筋は通す少年で、それは味方であっても(瑞希でも)容赦はしない。
一人称は『僕』。
デッキは鳥獣族デッキを操る。

星雷虎(せいらいこ シン・レイフー) 15歳・男
→「インバーテッド・ペンタクル」の一人。
物事の善し悪しの頓着が全くない少年で、全ては面白そうかだけで判断する少年。
瑞希の勧誘を受け、「インバーテッド・ペンタクル」の一員になる。
性格は元気で、屈託のない少年だが、一度敵だと認めた相手には敵意をむき出しにする。
日本語はあまり話せない。姉がいる。
かなり背が小さい。
一人称は『俺』。
デッキは昆虫族デッキを操る。



遊葉氷月(あすはひつき) 26歳・男
→エド・フェニックスを引き取った青年。
プロデュエリストで、常に数歩先のことを考えていることから、「神の眼を持つ」存在とも呼ばれている。
十代を『タクティクス・ラボラトリー』へと紹介したのも彼である。
性格は、基本的につかみどころのない飄々とした面もあるが、妙にお茶目な面もある。
弟がいるが、自立して家を出たため、会っていないらしい。
エドと弟を重ねて見ている面もある。
一人称は『私』。
デッキは機械族デッキを操る。

エド・フェニックス 14歳・男
→父親を殺した犯人を見つけるため、また、盗まれたD−HEROのカードを探す為、氷月と共に行動する少年。
より深い世界に入るため、自身もプロになろうという考えを持っている。
性格は基本的に冷静で、無情のように見えるが、本当は心優しい少年。氷月、斎王には心を開いている。
デッキはD−HEROデッキを操る。

斎王琢磨(さいおうたくま) 17歳・男
→エドの友人。
不思議な能力を持つため、妹の美寿知ともども気味悪がられていた少年。
エドの父の葬式にて出会い、絶望の闇にいたエドを慰めた。
性格はエド同様冷静だが、エドよりも決断力があり、物事を客観的に見ることができる。
氷月とは旧知の仲。
デッキはアルカナフォースデッキを操る。



世界観
→GXの世界のアナザーバージョン。
もし、十代がユベルを手放さずに持っているままだったらどうなっていたか、という話です。
また、エドがDDではなく他の人間に引きとられていたら、という要素もあります。
その過程で出てこないキャラクターもいますが、御容赦を…。
基本的に出てくるのは十代、エドだけですが、話が進むにつれて、他のキャラクターも出る予定です。
また、禁止・制限カードの概念はほぼないものと考えてくださいませ。

タクティクス・ラボラトリー
→デュエル・アカデミアとは違う会社が創設したデュエリスト養成学校。
創設したのは碓氷財閥であり、創設者は碓氷十夜の母親である。
基本的に、デュエル・アカデミアの受験を受けなかったもの、もしくはすべり止めに受けていたものも多い。
しかし、中等部も存在し、ごく稀に中等部から所属している人間もいる。
だが、その境目は限りなく希薄で、中等部と高等部の合併も考えられているらしい。

インバーテッド・ペンタクル
→戸叶瑞希が結成したグループ。
だが、少数精鋭で、メンバーは5人のみである。
メンバーは逆五芒星のアイテムを身に着けており、そのことから「インバーテッド・ペンタクル」の訳でもある「逆五芒星」とも呼ばれている。
活動内容は主にカードに関する悪事。カードの強奪、チートカードの製造など。



Episode_1 全ての始まり

 「ええ〜!?受験時間はまだ間に合ってるよな?」

 ここは、海馬ドーム。
 『デュエル・アカデミア』の受験施設だ。
 そこに、少年―遊城十代―はいた。

 「申し訳ありませんが、受験時間はもう過ぎております」

 そう言いながら、受付嬢は気まずそうに視線を逸らす。
 さりげない…あまりにもさりげない行動だったが、十代は何のことだか見当はついたようだ。

 「…そうですか。すみません、御迷惑をお掛けしました」

 そう言って、足早にそこを立ち去った。



 こんなことは何も初めてではなかった。
 幼少期、『十代とデュエルをしたら呪われる』。
 そういう噂が立っていた時期があった。
 それは事実で、自分とデュエルをした人間は倒れてしまうのだ。

 その原因はカードの精霊『ユベル』だと判明し、現在は意思疎通も可能になり、デュエルもできるようになっていた。

 だが、自分が過去に『呪われた子供』だと知ると、皆、デュエルをやめた。
 そして、突き刺さってくる冷たい瞳。
 十代はその瞳を見るたびに、心が痛んだ。

 「学校、これでひとつパァか…」

 空いていた公園のベンチに座り、それとなしにひとりごちる。

 『デュエル・アカデミア』はこれでもう受験できないだろう。
 心に受けた傷が深かったのは、十代とデュエルをした人間ではなく、むしろ十代の方だった。

 「入りたかったけど、仕方ないか…」





 「君が、遊城十代君かい?」



 不意に響いた声に、十代は驚く。
 ベンチにもたれかかっていた身体を起こし、声を掛けてきた人物を見る。

 年は20代半ばだろうか。
 だが、どことなく、本能が告げていた。
 『この人物は危険だ』と。

 「あの…」
 「あ、いや、すまない。つい臨戦態勢のままで来てしまったよ。ははは」

 不意に、直感が消え失せる。
 どうやら、この人物の殺気が原因だったらしい。

 どっと、身体から力が抜ける。
 そのままその青年には知れず、身体をベンチに預けた。
 …とは言っても、おそらく『気圧されていた』というのは、この人物にはバレバレだろう…。

 「私は、遊葉氷月。心配しなくても、君の敵ではない」
 「…敵じゃないからって味方とはかぎらねぇよな…?」

 遊葉氷月、その名前は何処かで聞いたことがあった。
 確か、プロデュエリストで、常にランキング入りしている天才…。

 何とか十代はそう言うも、口がカラカラだった。

 「うーん、まあそのとおりだけど、別に気にしないでOKだ。さて、行こうか」
 「は?」

 どこに?と言いたかった。
 『デュエル・アカデミア』には受験できず、これからどうしようか迷っていたところなのに…。

 「ああ。『タクティクス・ラボラトリー』だ」

 『タクティクス・ラボラトリー』。
 それは、デュエル・アカデミアとは違う会社が創設したデュエリスト養成学校。
 創設したのは碓氷財閥。
 基本的に、デュエル・アカデミアの受験を受けなかったもの、もしくはすべり止めに受けていたものも多い。
 しかし、中等部も存在し、ごく稀に中等部から所属している人間もいる。

 「でも、俺は…」

 『ユベル』の暴走とは言えど、人を傷つけてきた人間だ。
 そんな人間の受験を許すのか。
 すると、氷月は悪戯っぽく微笑み、

 「心配いらないさ。ここの連中は、『訳アリ』の連中が多くてね」

 そう言った。

 (…いや、それはそれで問題あるような気が…)




 『タクティクス・ラボラトリー』は童実野町の隣町、利橋町にあった。
 そこに着くまで、会話の機会があった。

 「私の紹介ならば、すぐに入学できる。
入学式は、試験後すぐあるから、君は見物しておくといい」

 遊葉氷月。
 最初会った時には『怖い』人間だと思ったが、意外といい人間だった。
 とは言っても、知らない人間いついて行っては駄目という言葉どおり、自分は浅はかかもしれない。

 それでもついて行ったのは、ユベルの言葉があったからだ。



 『もし、十代に何かをしようとしたら、僕が十代を守る。
それに、デュエリスト養成機関に入りたかったんだろう?だったら、それに賭けてみようよ、十代…』



 自分とて、今までしてきたユベルの行為をまた許す気はない。
 だが、興味があった。

 『タクティクス・ラボラトリー』という存在に。


 そして、それが全ての始まりだった…。



Episode_2 初めての友達

 「へぇ〜、結構色んなものがあるんだな」
 「気に入ったかい?」
 「うん。すごい」

 ここは、『タクティクス・ラボラトリー』の施設内。
 確かに色々な設備があった。
 …とは言っても、自分はここしか知らないのだが…。

 「えっと、氷月さんから見ても、ここは設備、整ってますか?」
 「まあね。『デュエル・アカデミア』とは違う質の設備もあるからね」

 その言葉を聞いて、十代はひたすら感心する。
 デュエリスト養成学校の最高峰である『デュエル・アカデミア』とは違う質の設備もあるとは…。
 どうやら、好奇心に任せた結果は正解だったらしい。

 「さて、私は君の入学の手続きに行って来る。
ここから真っ直ぐ行って、二つ目の角を右に曲がった場所がデュエル場だ。
見学していくといい。関係者には、私の名前を出せば大丈夫だ」
 「ありがとうございます」



 成り行き任せだったが、どの道構わないと思った。

 十代の両親は、共働きで、家にいること自体が稀だった。
 かといって、決して愛情が不足していたわけではない。
 十代が『呪われた子供』だと囁かれた時には、学校を変えたり、家庭教師を呼んだりと、色々と手を掛けてくれた。


 『十代、あの男をどう思う?』
 「…うーん、何かよくわからない人だなとは思うけど…」
 『僕も同感だ。あの男の前では全てが無力に思える』

 「…ユベル……」

 珍しい。
 ユベルがこんな形で自分が他の存在より劣っているなんて言ったことはなかった。
 それも相手は人間だ。
 …それなのに何故?

 「…デュエル場だ」

 疑問は膨らむばかりだが、今はまだ考える時ではない。
 十代はそう結論づけ、デュエル場へと向かった。





 ------------------------------------------------------------------------------





 目についたのは一人の少年だろうか。
 大人しそうな少年が、最後列の椅子にちょこんと腰掛けていた。



 …自分と同じにおいがした。



 見れば、デッキを確認しているらしく、カードを見ている。

 「お前もヒーローデッキ?」
 「うわあ!?」

 突然だったためか、驚かせてしまったらしい。
 わりぃ、と短く言うと、少年は苦笑して、「こっちこそごめん」、と言った。

 「何とか、合格できたみたいで…へへへ、今、力抜けてたところ」
 「でも、合格できたんだろ?じゃあ、すごいじゃん!」
 「ありがとう。僕は、時村つかさ。君は?」
 「俺は、十代。遊城十代。よろしくな!」

 二人は軽い挨拶を交わす。
 つかさは大人しそうな少年だったが、意志が強そうだと十代は思った。

 「今から、最後のデュエルが始まるところなんだ」
 「…へぇ…」

 十代は、つかさの表情を見て、そのデュエルがただならないものだと思った。
 つかさの表情はまるで、今から自分がデュエルをするかのような高揚感に満ちていた。



 『1番、皇那由多さん―』



 アナウンスが流れ、一人の少女がフィールドへと向かった。



 「実技試験は固定されたフィールドから、3ターン以内に勝利を収めなければならない変則デュエルなんだ」
 「固定されたフィールド?」
 「うーん、まあ、全然違うけど、詰めデュエルみたいなものかな。
大抵は1ターンで何とかできる状態が多いけど……あれは…」

 試験官のフィールドには守備表示の『機動砦のギア・ゴーレム(DEF/2200)』が1体。
 さらに、『平和の使者』『グラヴィティ・バインド―超重力の網―』のおまけつきだ。
 ライフポイントはお互いに500。


 『開始』


 無機質なアナウンスと共に、少女はドローする。

 「『強奪』を発動、『機動砦のギア・ゴーレム』のコントロールを得ます」

 よく通る声だった。
 誰もが注目する中、那由多は次の動作へと移る。

 「…なあ。あの那由多ってデュエリスト…帝使いか?」
 「え!?よ、よくわかったね」
 「他に、あの状況から、決められたターン内でできることといったら、『大嵐』くらいだもんな。
あとは『二重召喚』かモンスター除去系の魔法か」
 「あとは、バーン系のカードとかだね」

 見れば、那由多は『氷帝メビウス』を召喚し、二つの魔法・罠カードを破壊した後、ダイレクト・アタックを決め、見事合格を収めていた。

 「お前、あの那由多って奴と知り合い?」
 「知り合いというか…試験の時に席が隣だったから仲良くなったんだ」

 「そう…なんだ…」

 十代は、何となく息苦しい気分に襲われた。
 自分にはそんな知り合いはいない。
 幼い頃から転々と学校を変え、周囲からは疎まれてきた自分にとって、こんな風に話せる人間は少なかった。
 …だから、少し羨ましい、そう思ったのかもしれない。

 つかさは突然黙り込んでしまった十代を心配げな瞳で見ている。

 「何でもないって」、十代がそう言うと、「僕達も友達、だよね」と、つかさは言った。

 それが何とも嬉しくて、十代は笑顔を見せる。
 その笑顔を見て、ユベルも心から安心した。



 「ああ!ヒーロー仲間、だな!」

 「これからもよろしく!十代君!」



 アナウンスが切り替わり、入学式の案内が流れている。

 デュエル場の出口に目を向けると、氷月がいた。





 「いや〜、結構掛かっちゃったよ」
 「ありがとうございます、氷月さん」

 「おや、友達もできたのかい?」
 「はい!」

 つかさに目を移し、氷月はそう言った。


 「ええ!十代君って遊葉氷月さんの知り合いだったの!?」

 つかさのその声で、一斉に振り返る観客の皆様方。

 考えてみれば、遊葉氷月はプロデュエリストで、デュエリストを志すものであれば憧れの存在だろう。
 当然のごとく、「遊葉?」「あの天才デュエリストの?」などと囁く声が聞こえる。

 「いやあ、まあそんなとこだよ。だが、私は、どうも騒ぎは好かなくてね。
あ、十代君、先生達には言っておいたから、後は君一人でも大丈夫だ。
それでは、この辺でバックレよう。ではさらば!」

 一方的にそう言い残し、目に止まらないスピードで人々の間を縫って去って行った…。



 「か、変わった人なんだね…」
 「………」


 つかさは唖然とした表情でそう呟き、十代も答える気力はなかったとか。



Episode_3 入学デュエル!?VS碓氷十夜!

 「しっかしまあ、古今東西、入学式ってのは退屈なもんだよなあ…」
 「うん…そうだね…」

 つかさも決して不真面目な人間ではないが、さすがに退屈らしい。
 壇上で未だ終わらぬ講義を見て、溜息をつく。



 『それでは、新入生代表、碓氷十夜君』



 進行のアナウンスが流れ、一人の少年が壇上へと向かっていた。

 「あの那由多って子じゃないんだな…」
 「本当だ…珍しいね…」



 『新入生代表の、碓氷十夜です。
宣誓!!我々、タクティクス・ラボラトリーの生徒は、常に切磋琢磨しつつ、常勝を目指し、相手へ敬意を払い、常に全力で戦うことを誓います!』

 その言葉を皮切りに、拍手が巻き起こる。

 「妙なイントネーションだったな…?関西の方か?」
 「地方から、色々なデュエリストが来てるっていうからね〜」



 『…で、常に切磋琢磨しつつって、言葉を受けて、ちょっとデュエルをやらせてくれへんか?』

 ざわざわ。
 周りは予想外だったらしく、ざわめいている。
 しかし、教師は止める様子を見せない。

 『これは、氷月からの命令でもあるんやで!遊城十代!俺とデュエルや!』



 「いっ!?」
 「うわあ」

 思いっきり名指しの上、指差しまでされ、軽く仰け反る十代。
 つかさもほとんど呆れ気味な声を頼りなく漏らした。



 『ほな、後ろのスペース開けてんか〜。遊城十代!ええな?』

 入学式の後列の人間にちゃっかり言いつつ、マイクを独占しつつ言う碓氷十夜という少年はとても嬉しそうだった。

 「OK!受けてたつぜ!!」
 『僕達を敵に回したこと、後悔させてやろうよ、十代!』

 「…頼むから、もう、病院送りはナシだぜ…?」
 『わかってるよ、十代』

 そんな十代とユベルの様子を、つかさは見ていた。



 (精霊…!?十代君も、精霊が見えるの…?)





 デュエルの準備は着々と進んだ。
 こんなに早くからデュエルができるのは幸せだと思った。

 (でも、どんな奴なんだ…?俺と氷月さんを知ってるなんて…)



 「よっしゃ、その辺でええやろ」

 ある程度スペースが空けられたのを見て、十夜はデュエルディスクを構える。

 「ホレ、お前のモンや」

 投げられたデュエルディスクを受け取り、十代は十夜を見据えた。



 『デュエル!!』



 【碓氷十夜 LP:4000】
 【遊城十代 LP:4000】



 「俺の先攻、ドロー!!」

 どんなデッキを使うか、わくわくする。
 お互いがお互いの手の内を見せる瞬間。
 十代はこの瞬間がたまらなく好きだった。

 「俺は、『セイバーザウルス(ATK/1900)』を攻撃表示で召喚。カードを2枚セット。ターンエンドや」

 「俺のターン、ドロー!」

 相手の場にはレベル4では最高クラスの攻撃力を持つセイバーザウルス、さらに、リバースカードまである…。
 無策で突撃するのはあまりにも無謀か。

 「俺は、スパークマンと、エッジマンを手札融合!
現れろ!『E・HEROプラズマヴァイスマン(ATK/2600)』!!」

 十代の場に金色を纏った青の戦士が現れる。

 「さらに、『E・HEROワイルドマン(ATK/1500)』召喚!」
 「げ。」

 融合召喚は特殊召喚扱い。
 よって、通常召喚権が残されている。
 十夜はワイルドマンの姿を見るなり、軽く引きつった。

 「プラズマヴァイスマンの効果発動!手札を1枚捨て…相手フィールド上の攻撃表示モンスター、セイバーザウルスを破壊する!」
 「っちゃ〜、リバースカードオープン!『マクロコスモス』!
この効果で、墓地に送られるカードは全部ゲームから除外されるで!」

 セイバーザウルスをポケットにしまいつつ、十夜はいつも思う。
 …どうせならゲームから除外されているカードを入れる場所も作って欲しいと。

 「『E・HEROプラズマヴァイスマン』でダイレクトアタック!」

 金色の拳が迫り来て、十夜を打ち抜く。

 「うわっ…!!」



 【十夜→LP:1400】



 「さらに、ワイルドマンでダイレクトアタック…」

 …これが通れば十代の勝ちだったが、十夜はそこまで甘い相手ではない。

 「待ちぃや!リバースカードオープン!『ダメージ・コンデンサー』や!
手札を1枚捨て…デッキから受けたダメージ分の…攻撃力が2600以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚やな!」
 「…くっ…!」

 攻撃力2600以下…。
 それは結構相当な能力を持つ。
 攻撃力の高い方で先に攻撃したのが仇となったらしい。

 「運も実力のうちや!ワイルドマンで先に攻撃するべきやったな!」

 十夜はカードを選択し、掲げる。



 「来るんや!『ディノグラヴィティ』!!」



 【ディノグラヴィティ】
 ☆6 地属性 恐竜族 ATK/2400 DEF/2000
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、相手フィールド上の全てのモンスターの表示形式を変更する。



 黒い光に覆われた恐獣を見て、十代は思わず感嘆の息を漏らした。

 「…すっげぇ…」
 「どや!ワイルドマンは守備表示になったで!」

 「…おう。ターンエンドだ」



 「俺のターン、ドロー!
 俺は、『ディノグラヴィティ』を生贄に、手札から『大進化薬』を発動する」

 「!?」
 「へへっ、これで終わりやないで!『グランドクロス』!!」

 召喚したモンスターを生贄に捧げるのは、確かに珍しいだろう。
 だが、次に発動するカードは『グランドクロス』。
 モンスター全てを破壊するカードだ。

 「モンスターが!!」
 「そうや、『マクロコスモス』がある時にしか使われへんけど、フィールド上のモンスターを全て破壊するカードや!
それから、300ポイントのダメージも受けてもらうで!」

 「くっ…!」

 わずかなダメージとは言えど、場はがら空き。
 さすが新入生代表のことはある、と十代は思った…。


 (さて、どうするかな…)


 楽しくなってきた。

 だが、彼らは気づかない。
 彼らを見ている視線の中に、明らかに異質なものがあることに…。



Episode_4 ファランクス!脅威のヒーロー!

 【碓氷十夜 LP:1400】
 【遊城十代 LP:3700】



 「見せたれや!『大進化薬』の効果で『ディノブラスター』を生贄なしで召喚!!」

 【ディノブラスター】
 ☆6 風属性 恐竜族 ATK/1800 DEF/1600
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、もう一度だけ攻撃を行うことができる。



 次に召喚されたのは、風を纏った恐獣。

 「行け!ブラスター!!トルネード・ブラストっ!」

 轟っ!!
 強烈な風が巻き起こり、十代を襲う。

 「くぅっ!!」



 【十代→LP:1900】



 「ブラスターの効果発動や!いっけぇ!ダブル・トルネード・ブラストっ!」
 「うわあぁっ!!」

 これはきつい。
 1回目は踏みとどまったが、2回目は吹き飛ばされてしまった。



 【十代→LP:100】



 「どないした。氷月に選ばれた力、見せてみぃ!」

 十夜は得意満面の顔をして話し掛ける。

 「…久しぶりだな、この感じ」
 「?」

 だが、十代にはそれが嬉しかった。
 前まで、自分とデュエルをする人間は倒れていしまうか、離れていくかのどちらかだった。



 「デュエルして、楽しむ、この当たり前な感じ」



 それが、何とも嬉しかった。

 「…お前、今、負けてるんやで?」
 「わかってる。だけど、まだ負けたわけじゃない」
 「おもろいやっちゃ。…ターンエンドや」

 やや緊張する。
 十夜は、十代の燃え上がる闘志を感じていた。



 (氷月がもし、何らかの理由でこいつを送りこんだんやったら、こいつの能力がわかるかもしれん…。
 見せてもらおうやないか…。遊城十代…お前の力を…!!)



 「ドロー!!」

 (今…明らかに気が変わった…!!)

 ピィン、と張り詰めた空気。

 知らず、身体が震えた。



 「俺は手札から『強欲な壺』を発動!カードを2枚ドローする!」

 (このタイミングで手札増強か…!あなどれんやっちゃ…!)

 「さらに、手札から『E・HEROフェザーマン(ATK/1000)』を攻撃表示で召喚!
さらに、魔法カード『ミラクル・フュージョン』発動!
墓地のスパークマン、エッジマン、そして、場のフェザーマンを融合!」


 (しもたなあ…確かに、融合前の素材は『マクロコスモス』発動前やった…。
ヒーローデッキは墓地肥やしが重要!!
…『マクロコスモス』の発動はスタンバイフェイズにしておくべきやったか…!)

 十代の召喚の手際を見て、十夜は今更ながら後悔していた。
 これは完全なプレイングミスだ。
 ここまで引きのいい人間がいるものなのか。

 だが、不思議と嬉しかった。



 「現れろ!『E・HEROファランクス(ATK/2800)』!!」

 【E・HEROファランクス】
 ☆8 風属性 戦士族 ATK/2800 DEF/2800
 「E・HEROフェザーマン」+「E・HEROスパークマン」+「E・HEROエッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、1000ポイントのダメージを相手ライフに与える。



 蒼い槍を携えた金色の戦士が十代の場に現れた。


 (…こいつ…やっぱり、強いな…)


 「行くぞ!『E・HEROファランクス』で『ディノブラスター』を攻撃!」



 【E・HEROファランクス:攻撃力2800】
 【ディノブラスター:攻撃力1800】



 「ファランクス・ブリッド!!」
 「くっ…!!」

 ファランクスから放たれた不可視の衝撃が十夜を直撃する。



 【十夜→LP:400】



 …そして。

 「確か、ファランクスの効果は…」
 「ああ、戦闘によって相手モンスターを破壊した時、1000ポイントのダメージを相手ライフに与える」



 ファランクスが十夜の前に立ちはだかり、槍を一閃させる。

 「っうわああぁ!!」



 【十夜→LP:0】
 【勝者→遊城十代】



 「だー、負けてもーたー!」
 「ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ!十夜!」

 「あー、まさかここまで強いとは思わんかったわ。さすがやな!」

 十夜は素直に十代を賞賛する。

 「でも、十夜もかなり強かったぜ!ライフが100だけしか残らなかった時なんて、生きた心地しなかったしな」

 「へへっ。改めてよろしゅうな、俺は碓氷十夜や」
 「ああ!俺は遊城十代!よろしく!!」

 こうして、二人の間にも友情が芽生えたようだった…。





 ------------------------------------------------------------------------------





 異質な視線でデュエルを観戦していた4人がいた。
 それが…彼らだった…。



 「なかなかいいデッキ、使いますね、あの二人…」

 背の高い少年は、二人のデュエルを見ていた。

 「瑞希の奴は?」

 短髪の少女は、傍ののほほんとしている少年に話し掛ける。

 「瑞希は多分、モニターで見てるんじゃないかな。いやあ、すごいデュエルだったなあ」
 「すごいすごい!敵じゃなかったら、よかったのになあ〜」
 「まだ、敵と決まったわけじゃないだろ」

 短髪の少女は、二人の少年に言うが、背の高い少年はその意見を一蹴した。

 「敵ですよ。我々以外は全て敵です」

 「雪夢〜、どこ行くの?」
 「帰ります。もうここには用はありません、行きましょう、雷虎」
 「うん!翼、カガリ、また後!!」

 雪夢、と呼ばれた少年が出て行くと同時に、もう一人の少年―雷虎―も出て行った。

 「カガリ、お前はどう思うんだ?」
 「あたしは瑞希に付き従う気はさらさらないさ…ホタルのことがあるから…」
 「ホタル…?」
 「なっ、何でもないよ。じゃあ、あたしも行くから、じゃあな、翼」



 「うーん、ホント、すごいデュエルだったなあ〜。僕じゃ敵わないや」

 皆が出て行った後でも、のほほんとした少年―翼―は、ずっとデュエル場を見ていた。
 その瞳に映るものは、誰も知らない…。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「ふふふ…やっと見つけた…!まさか、精霊もいまだにいるとは思いもしなかったよ…」

 モニター室、と書かれたプレートの中で、一人の少年がいた。
 おそらく、この少年が瑞希だろう。

 「全ては僕の前に平伏す…ははは、あっははははははははは!!」

 その哄笑を聞くものはいない。
 だが、それはあらゆる不吉をはらんでいるような、まさしく悪魔の哄笑だった…。



Episode_5 高い城の男

 「ただいま〜、っと、エドは?」

 氷月は帰宅した。
 そこには、一人の少年がいた。

 斎王琢磨。
 エドの友人であり、同時に氷月とも友好関係がある人物だ。

 「エドならおそらく道場かと。演武をしているのでは?」
 「身体を鍛えることは、同時に心を鍛えるか…相変わらずな奴だな」
 「氷月さん…今のままでいいと?」

 斎王は、畏れ多くも、と言った様子で話し掛ける。
 氷月もまた、斎王の意図を知ったらしく、軽く手で制してから続けた。

 「エドを『タクティクス・ラボラトリー』に入れようと思う」

 『タクティクス・ラボラトリー』。
 『デュエル・アカデミア』同様、デュエリスト養成機関。
 その能力は未知数だが、高い潜在能力を持っている学校だった。

 「…その真意は?」
 「『タクティクス・ラボラトリー』には駒が多い。
エド・フェニックスがどちらに立つかは考えるまでもないが、『逆五芒星』の抑止力にもなるだろう」

 「…了解しました」

 斎王は恭しく礼をして、氷月を送り出したのだった。





 ------------------------------------------------------------------------------





 強くなりたい。
 エドの心はただそれだけだった。

 自分が強ければ強いほど、色々なものを守れる。
 色々なものを倒せる。

 父親の遺したヒーロー。
 D−HERO。

 それはエドにとって、特別な『力』だった。

 D−HERO自体の力はもちろん、敬愛する父親が遺したものということで、エドのD−HEROへの思い入れはとても大きいものだった。

 それは、あまりにも安易な善悪二元論かもしれない。
 エドにとってもまた、『味方』と『敵』の境界ははっきりしすぎているだろう。

 だが、あの時から。
 父親を喪ったあの時から、エドの心はあまりにも空虚なものとなった。

 だからこそ、『守りたいもの』は全力で守るし、それ以外のものは淘汰していく。

 そう、決めたのだ。

 あの日、父の墓前で。



 「やっ」

 その場にそぐわぬ能天気な声に、エドは一瞬呆気に取られる。

 「氷月!」

 「…エド、プロになる下準備といっては何だが、『タクティクス・ラボラトリー』に入ってみる気はないか?」
 「…『タクティクス・ラボラトリー』?
…確か、碓氷財閥が創設したデュエリスト養成機関でしたよね?」

 やや怪訝そうにエドは話す。
 それほど強い人間がいるとも考えにくかったからだ。

 「ああ。…結構『訳アリ』の連中が多くてね。いい経験になると思うよ」
 「…わかりました。入学手続き、お願いします」

 『訳アリ』。
 それに何かを感じたらしく、エドは氷月にそう頼んだ。



 「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、数日後には入れると思うよ」
 「はい」

 氷月は、そう言い残し、去って行った。





 「『タクティクス・ラボラトリー』。
…奴らなら、知っているかもしれない…盗まれたD−HEROのことを…。
父さんを殺した奴を…!」

 エドは拳を握り締める。
 憎い仇。
 それが、『タクティクス・ラボラトリー』にいるかもしれないのだ。

 「『インバーテッド・ペンタクル』…。僕は決してお前達を許しはしない…!!」

 深い怒りの声。
 それは暫く、重く空間に残ったのだった…。



Episode_6 謎の少女、皇那由多

 「データ入力完了!」

 エンターキーを押して、一人の少女―皇那由多―は、ノートパソコンを閉じた。

 「うん、今日もいい一日になりそうですね!」

 カーテンを開けると、朝陽がさんさんと降り注いでくる。
 いい天気だった。

 那由多は視線を巡らせ、床に無造作にうち捨てられている逆五芒星のネックレスを見て、呟いた。

 「『インバーテッド・ペンタクル』ですか…動きますかね〜?」

 『インバーテッド・ペンタクル』。
 活動範囲は狭いものの、カードの強奪、チートカードの製造などを行うグループである。
 リーダーは戸叶瑞希という人物まで突き止めたのだが、それ以降はガードが固くて、天才的なハッキング能力を有する那由多とは言えど、この突破は容易ではなかった。

 「ま、動いたら、その時はその時、ですね!」

 そう思考を切り替え、那由多は『タクティクス・ラボラトリー』へ行くことにした。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「おはよう、十代君」
 「おはよ、つかさ」

 『タクティクス・ラボラトリー』への通学路、十代はつかさと出会った。

 「十夜君は?」
 「家の場所が反対で、一緒に通学できなくってさ」

 碓氷十夜。
 入学式で十代にデュエルを挑んだ少年で、すぐに仲良くなれた。
 だが、通学路が正反対で、一緒に通学することはできなかった。

 「そうなんだ…あ、そういえば、聞いた?まず、テストをするんだって」
 「げ。」
 「筆記と実技、その合計でクラスが変わるみたい」

 その言葉に十代はうなだれる。
 どこに行ってもテストはつきもの。
 だが、まさかこんなにも早い段階からテストをするとは、思いも寄らなかった。

 「それってやっぱり、賢い奴わけとかそういう風?」
 「ううん、知識レベルが均等にするみたい」
 「ああ〜、俺、筆記自信ねーよー」

 そんな会話をしていると、不意に凛とした声が響いた。



 「おはようございます」



 「うわっ…えっと、確か、お前…」
 「皇さん!」

 つかさの言うとおり、その人物は皇那由多だった。

 「当たり、です!ちょーっといいですか?お二方さん?」

 那由多はそう言うと、とても楽しそうな表情で二人に話し掛ける。

 「何?」
 「ずばり!『カードの精霊』について、です!」

 那由多の傍らに、一人の精霊が跪く。
 …それは…。

 「!!」
 「氷帝メビウス!?」

 十代は驚き、つかさは声も出ない様子だった。

 「うわあ!見えるんですね!感激です〜」

 「え…見えるってことは…皇…だけじゃなくて…つかさも!?」
 「えへへ…」

 十代もまた、精霊が見えるのは自分だけだと思っていたらしく、つかさも精霊が見えることに驚いていた。

 「遊城十代さん、時村つかささんの二人の過去は、失礼ですが調べさせていただきました」

 その言葉に、十代はやや緊張した風で、那由多を見つめる。
 心なしか、つかさも眉を顰めているようだ。

 「……」
 「…十代君?」


 つかさはどうか知らなかったが、自分の場合、過去が過去だ。
 …それでもう、友達をなくしたくはなかった。


 「そんなに睨まないで下さいよ。私は知的欲求を満たす為に行動しているだけなんですから!」
 「えーと、皇さん?それで、何の用なんですか?」

 だが、さんざんこちらを引っ掻き回した那由多の言葉は、あまりにも普通でこけそうになった…。

 「よろしければ、私もお友達にしてくださいません?」





 ------------------------------------------------------------------------------





 「遊城さん、『あの事件』以来、精霊を使いこなせるようになったんですね?」
 「まあ…そんなとこかな」

 教室にて、三人は隅の方で話し込んでいる。

 『あの事件』。
 十代が精霊を見えるようになった日…いや、見えるようになった瞬間…爆発的な力によって、一人の少年を完全に暫く意識不明へと追い込んだ。
 …自分も怖かった。
 あの事件以来、その少年には関わっていない。
 というより、関われなかった。
 謝罪に行こうとしても両親が止めたし、何より自分で調べたところ、その少年はもう引っ越した様子だった。

 謝って済む問題でもないだろうと思うが、今でも謝りたいと思っていた。



 (……ごめんな、みっちゃん…)



 「時村さんの精霊は?」

 那由多がつかさに話を振ると、つかさの頭にドロドロとした精霊が現れた。

 「この子。」
 『おおおおぉぉぉん…』



 「どわああぁっ!」
 「沼地の魔神王ですね」

 「そう、可愛いでしょ?」

 「か、かわいい…のか?これ…は?」
 「融合を多用するデッキには必須ですよね〜」

 「あ…そーだな…」

 いや、そういう問題じゃない。
 死ぬ程そう言いたかったが、それはこの空気が許してくれないだろう。

 確かに、『沼地の魔神王』は、融合を多用するデッキにとっては必須だ。
 …そうなのだが、実は十代はあまり知らなかったりする。

 「えっと、もしかして、知らなかったりします?」

 「ほっとけっ!俺はユベルのこともあるから、融合ばっかじゃねーの!」
 『そうだよ!こんなドロドロの奴と僕、十代ならどっちを取るか決まってるよね?』



 (『ユベル』…私が調べた精霊の中で、もっとも知られざる部分の多かった精霊…)



 那由多は傍らに現れたユベルに視線を遣り、思う。
 この精霊は、『とんでもない存在』だ。
 …十代にはおそらくユベルの力はわかっていないだろう。


 (遊城さん…貴方の選択次第で、世界すら滅ぼせるんですよ…?)


 「で、皇はテストの傾向とか知ってんのか?」
 「那由多でいいですって。あと、敬語もナシでいいですよ!」

 思ったより好感の持てる少女だ。
 天才かと思えば、意外と感性は普通の人らしい。

 「筆記試験の傾向は、絵柄を見てカードのステータスを当てるもの…。
って、何ずっこけてるんですか、遊城さん」

 見れば、十代はこけていた。

 「え…いや…最悪だなーって」

 実は、そういう絵柄を見てどうたらする、というものが半端ではないくらい苦手なのだ。
 …つくづく運がないと十代は思った。

 「あと、対戦カードですけど、遊城さんは入学式に戦ったのでナシ」
 「何じゃそりゃあ!!」

 十代は向こうで、「実技がない試験なんて地獄だ」とか、「んな不条理な」とかわめいている。

 そんな十代に一瞬、苦笑する那由多だったが、すぐに真顔に戻ってつかさに向き直った。

 「…で、時村さんは……」



 「この私と、です」

 「!!」

 つかさはさすがに驚いたようだった。

 皇那由多。
 筆記試験で1番をとった上に、非常に高い能力を持つデュエリストと言われている少女なのだ。
 そんな少女に、こんなにも早く当たるとは…。

 戦ってみたいという気持ちはもちろんあるが、今は心が追いつかなかった。



 「お手柔らかに、お願いしますね?」



 口ではそう言っているものの、顔は明らかに笑っていなかった。
 時村つかさ、早くも女難の相?



Episode_7 試験開始!

 今日はテストの日だ。

 「それでは、筆記試験開始!」

 皆、一斉にテストを表に返し、筆記テストを始める。

 そんな中、全くといっていいほど筆が進んでいない人物がいた。
 十代だ。

 (…わかんねぇ)

 絵柄だけだと、全然わからない。
 罠カードか、モンスターカードか、くらいならまだわかるのだが、攻撃力が1500か、1000かくらいなんて、はっきり言ってわからなかった。
 それも、新入荷のカードばかりではなく、めちゃくちゃ古いカードもある。

 はっきり言って、できる問題が少なすぎて暇だった。


 「筆記試験、終了!」





 ------------------------------------------------------------------------------


 「はあ。」
 「どないしたんや、十代」

 思わず溜息が漏れ、十夜は心配そうに十代を見た。

 「いや、何でも…筆記は死んだ。」
 「俺もや〜、いやあ、実技もあかんかったし、やばいな」
 「え?」
 「俺も、お前と同じで、入学式にデュエルやったからナシなんや」
 「…ああ…」

 そういえば、と思った。
 さすがに十夜に同情するかもしれない。
 自分もかなりやばいが。

 「こりゃ、堪えんで…」

 ふとデュエル場へと目をやる。
 そこには、進行役らしき人間がいた、

 「そういえば、次…だよな、那由多とつかさのデュエル」
 「お?あのべっぴんさん、もう名前で呼んどんのか。意外と隅に置かれへんなあ」
 「…あのなぁ…お、始まるみたいだぜ」



 『それでは、ただいまより、実技試験第7試合を始めます!
先攻、皇那由多さんVS後攻、時村つかさ君!……では、はじめっ!!』




 【皇那由多 LP:4000】
 【時村つかさ LP:4000】



 進行役が合図すると共に、那由多はドローする。

 「私の先攻ですね、ドロー!
私は、『黄泉ガエル(DEF/100)』を守備表示で召喚。ターンエンドです」

 那由多の場に、黄泉ガエルが現れる。

 それを見ていた十代は十夜に聞く。

 「え、あれだけ?」
 「黄泉ガエルは魔法・罠カードゾーンにカードがなかったら復活するさかい、ヘタにカード置くと邪魔なる思たんやな」

 「なるほど」

 納得である。



 「僕のターン、ドロー」

 つかさのターンだ。

 「僕は、『E・HEROブレードマン(ATK/1700)』を攻撃表示で召喚!」

 つかさの場に、手の甲が鋭く刃の様に尖った戦士が現れた。

 【E・HEROブレードマン】
 ☆4 地属性 戦士族 ATK/1700 DEF/800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。



 「行くよ!ブレードマンで、黄泉ガエルを攻撃!」

 ブレードマンは黄泉ガエルを目掛けて突進する!

 「ブレードマンは、貫通効果も持ってる。だから、1600ポイントのダメージを受けてもらうよ!」

 攻撃の余波が、那由多を襲った。



 【那由多→LP:2400】



 「…なかなかやりますね」

 だが、まだまだ余裕の表情だった。
 つかさはそれに不安を覚える。

 「カードセット、ターンエンド」

 念の為に、ブラフのカードをセットした。



 「私のターン、ドロー!
スタンバイフェイズ、黄泉ガエルの召喚条件を満たしています。特殊召喚!」

 黄泉ガエルは、スタンバイフェイズに魔法・罠カード、そして場に同名モンスター『黄泉ガエル』が存在しない場合、特殊召喚することができる。

 「そして、黄泉ガエルを生贄に捧げ…来て下さい、『地帝グランマーグ(ATK/2400)』!」

 那由多の場に、茶色の帝王が現れる。

 「グランマーグ、効果発動!セットされたそのカードを破壊します!」

 その重力波で、セットされていたつかさのカードを破壊した。

 「…っ!しまった…!!」

 破壊されたカードは『融合』だった。
 これは完全に…。

 「ブラフが裏目に出ましたね?でも、手加減はしませんよ!グランマーグで、ブレードマンを攻撃!」

 見透かされている。
 つかさは歯噛みした。



 【地帝グランマーグ:攻撃力2400】
 【E・HEROブレードマン:攻撃力1700】



 グランマーグの攻撃を受け、ブレードマンは破壊される。
 さらに、その衝撃波がつかさを襲った。

 「うわあぁっ!」



 【つかさ→LP3300】



 「カードをセット。ターンエンドです」



 それを見ていた十代は怪訝そうな顔をする。

 「あれ?今回はカードをセットした…」
 「融合モンスターを警戒してるんやろ。黄泉ガエルは戻ってこれるけど、グランマーグは戻ってこれんからな」
 「なるほど…」

 融合モンスターは、手間は掛かるものの、1ターンで強力なモンスターを呼び出せる。
 那由多は、もしもの時に備えたようだった。



 (さて、つかさ…こっからどうする?お手並み拝見させてもらうで…)

 十夜は、焦っている様子のつかさを見遣る。

 つかさは、デュエルディスクのカードと、那由多を、交互に落ち着きなく見ていた。



 「つかさ、ヒーローの力、見せてやれよ…!」
 十代は、そんなつかさを心の中で激励した。



Episode_8 もう一人の人格、かなめ!

 【皇那由多 LP:2400】
 【時村つかさ LP:3300】



 (……ライフポイントだと、僕がわずかにリードしている…だけど…)

 那由多の場に目をやる。そこには地帝グランマーグが佇んでいた。

 (那由多さんの場には、帝の一人、地帝がいる…今の僕の手札には、太刀打ちできるモンスターはいない…)

 弱小モンスターというわけではないが、召喚できないモンスターだった。
 次にドローするカードが、命運を分けるだろう。



 怖い。



 自分の中で、かすかな恐怖心が巻き起こった。

 その瞬間…。



 『よぉ、そろそろ交代時か?』
 (……っかなめ)

 かなめ。
 それは、時村つかさのもうひとつの人格だった。

 とある事件がきっかけで、つかさはショックを受け、深く心を閉ざした。
 そのやり場のない気持ちから、つかさは自己防衛の為に人格を創り上げたのだ。

 それが『かなめ』だった。



 『苦戦してるみてーじゃんか。俺に任せとけよ、つかさ』

 (…うん……かなめ、ごめんね…)

 つかさは、情けない、と思った。
 自分じゃ何もできない。
 …勝つことは愚か、デュエリストとして最後までフィールドに立つことさえ。

 『気にすんな。さて…と』





 瞬間。
 冷涼とした気が那由多を襲った。

 (今…明らかにつかささんの雰囲気が変わりました……データどおりですね…)



 「『俺』のターン、ドロー!」



 ドローしたカードは、『ダーク・フュージョン』。



 「へっ。俺は手札から『戦士の生還』を発動!墓地のブレードマンを手札に加える!
さらに、『ダーク・フュージョン』発動!」

 つかさ、いや、『かなめ』が掲げたカードから光が、黒き光が溢れ出す。



 「『ダーク・フュージョン』!?」
 「E−HEROか!」

 十代は信じられないものを見るような目で、かなめの戦いを見る。
 十夜もまた、『つかさ』が、そのカードを持っていたことが意外のようだった。



 「手札のブレードマンと、ブラッドマンをダーク・フュージョン!
来い!『E−HEROブラッドエッジ(ATK/2600)』!!」

 【E・HEROブラッドマン】
 ☆4 闇属性 戦士族 ATK/1800 DEF/0
 1ターンに1度、手札からモンスターカードを1枚捨てる。この効果を使用したターンの終了時まで、このカードの攻撃力は、捨てたモンスターカードのレベル×100ポイントアップする。

 【E−HEROブラッドエッジ】
 ☆8 闇属性 悪魔族 ATK/2600 DEF/1500
 「E・HEROブレードマン」+「E・HEROブラッドマン」
 このモンスターは「ダーク・フュージョン」による融合召喚しか特殊召喚できない。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。1ターンに1度、手札からモンスターカードを1枚捨てる。この効果を使用したターンの終了時まで、このカードの攻撃力は、捨てたモンスターカードのレベル×300ポイントアップする。



 つかさの場に、禍々しい気を纏った戦士が現れる。
 赤の刃。

 それを見て、那由多はかすかに息を呑んだ。


 「来ましたね…E−HERO…」

 「ブラッドエッジ、効果発動!手札から『E・HEROエッジマン』を捨て…。
捨てたモンスターカードのレベル×300、つまり、2100ポイント、攻撃力がアップするぜ!」

 エッジマンのレベルは7。
 2100ポイントもの攻撃力アップの効果を受けたブラッドエッジの赤い刃が妖しく輝いた。

 「行け、ブラッドエッジ!グランマーグに地獄を見せてやれ!」

 疾走するブラッドエッジ。
 那由多は一瞬目を伏せ…リバースカードの発動を宣言した。

 「リバースカードオープン!『炸裂装甲』!」
 「無駄だ!『ダーク・フュージョン』で召喚されたターンは、効果の対象にはならない!
『炸裂装甲』の効果じゃ、破壊されないぜ!」
 「確かに、『炸裂装甲』は対象をとる効果のカードです…でも、発動できないわけではありません…」

 そう。
 発動できないわけではない。
 だから、発動させるのだ。
 次に、繋げる為に。

 「なら望みどおり、ぶっ潰してやるよっ!」

 ブラッドエッジの赤の刃が、グランマーグを捕らえた。



 「那由多の奴、いったいどういうつもりで…」
 「無駄撃ちを覚悟して、黄泉ガエルに繋げるつもりや…」
 「え?」
 「次に現れる帝次第で、決着がつくでぇ」

 何もここで発動しなくても、次のターンになれば那由多の炸裂装甲は使える。
 だが、1ターン何もしないで待っていてくれるほど甘い相手ではないと判断したのだろう。



 「くうぅっ…!!…予想以上です…!」



 【那由多→LP:100】



 那由多は、衝撃波を受け、一瞬へたりこんだが、すぐに立ち上がった。

 「ちっ、残っちまったか…ターンエンドだ」



 「…私のターンです、ドロー」

 ドローしたカードを見た瞬間、那由多の雰囲気はまさしく『女王』だっただろう。
 その雰囲気に呑まれたか、かなめは目を細めた。

 「貴方のファイトは認めます。ですが、私に勝つことはできません。来て下さい、黄泉ガエル(DEF/100)」

 那由多の場に、黄泉ガエルが現れる。

 「目当ての帝は来てくれませんでしたが、その力は受け継がれます…。
手札から、速攻魔法『不屈の闘志』発動!自分の墓地からモンスター1体を選択し、特殊召喚します!」

 【不屈の闘志】 速攻魔法
 自分の墓地からモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊され、破壊された時に相手ライフに1000ポイントのダメージを与える。


 「『不屈の闘志』やて!?」
 「…知ってるのか、十夜?」

 反応する十夜に、十代は聞く。

 「……ああ。かなりレアで、持ってる人間は十にも満たん言う話や…」
 「十人!?」

 めちゃくちゃと言えばめちゃくちゃな数字で、十代は驚く。

 「あれ持ってるのは、遊葉か、I2社の関係者くらいやで」
 「え…でも、那由多って…」

 困惑する十代に、十夜は語った。

 「皇はもともとI2社に深く関わりのある財閥や。…でも、そこに娘がおるって話はあんまし聞いたことあらへんなあ」
 「え?」
 「あ、まあ…皇家は、家族のことについてはトップシークレットやったから、そのせいかもしれへんけどな」

 「へぇ…」

 十代は思わず感嘆の溜息を漏らす。
 那由多は、只者ではないと思っていたが、まさかI2社と深く関わりのある人間だったとは…。

 再び、デュエル場へと目を移す。
 そこでは、今まさに、地帝が召喚されようとしていた…。



 「行きますよ、『地帝グランマーグ(ATK/2400)』!」

 那由多の場に、再び現れるグランマーグ!



 「それで一体どうするつもりだ?グランマーグだけでは、俺のブラッドエッジは倒せないぜ」

 それを冷めた様子で言うかなめ。



 「それも、生贄召喚じゃないから、効果も発動できない…」
 「よしんば発動できたとしても、つかさのフィールドにはセットされたカードはあらへん…」



 【地帝グランマーグ:攻撃力2400】
 【E・HEROブラッドエッジ:攻撃力2600】



 すると、那由多は1枚のカードをかなめに見せた。

 「…私のドローしたカードはこれでした。装備魔法『雷帝剣』」

 【雷帝剣】 装備魔法
 「帝」と名のついたモンスターにのみ装備可能。このカードが装備された時、フィールド上のモンスター1体を破壊する。



 「っ!!」

 その瞬間、かなめに緊張が走った。

 「…お察しのとおりです。装備魔法『雷帝剣』!グランマーグに装備!
そして、この瞬間、『雷帝剣』の効果発動!ブラッドエッジを破壊します!」

 グランマーグが装備した雷帝剣から凄まじい雷がほとばしり、ブラッドエッジを直撃し、無へと還した。

 「ちぃっ…!!」



 そして、那由多は帝へと指令を下す。

 「グランマーグでプレイヤーにダイレクトアタック!」



 「ぐうぅっ…!!」

 グランマーグの攻撃の直撃を受け、膝をつくかなめ。



 【つかさ→LP:900】



 「そして、私のエンドフェイズに、グランマーグは破壊されますが、『不屈の闘志』の効果で、貴方は1000ポイントのダメージを受けます」

 グランマーグは消えそうになりつつも、かなめへと拳を振るった。

 「ぐあぁっ…!」



 【つかさ→LP:0】



 ソリットビジョンが消え、那由多から緊張が抜けた。
 『つかさ』に歩み寄り、手を差し出す。

 「いいデュエルでした、つかささん…いえ、今は、『かなめ』さん、でしたね?」
 「知っていたのか、『俺』のことを」

 かなめは、やや驚いた風に那由多へと問う。

 「…はい。つかささんのことは調べさせてもらったので」
 「ちっ。やな女だぜ…!」

 乱暴な所作ではあるものの、那由多の手を取るかなめ。

 「褒め言葉ととっておきますよ?」

 悪戯っぽい微笑みを浮かべて言う那由多に、かなめは心から呆れて、
 「…勝手にしろ」
 と言ったのだった。



 「っちゃあ〜、惜しかったな〜」
 『なかなかのものだったね、あいつも』
 十代は、その様子を見て、拍手しながらもそう呟く。
 ユベルですら、つかさのデュエルに感銘を受けたようだった。

 「ん、いいデュエルやった!」
 十夜も嬉しそうに拍手する。



 その後、続々と実技試験が始まり、十代と十夜は参加できないために不満そうだったらしい。
 そんな二人を、つかさと那由多は楽しげになだめていた。


 …そして、全ての試験は終了した…。



Episode_9 インバーテッド・ペンタクル

 「―クラス分け、見たか?」
 「―同じ組だ〜」
 「―でさ、あの遊葉氷月が推薦したデュエリストってさ…!」
 「―あーあ、俺も同じ組が良かったなあ」



 「んで、どうやった?氷月が推薦したデュエリストさん?」

 気になる生徒達の会話を聞きつつも、十夜はからかい半分で十代に言った。

 「どうもこうも。っていうか、お前クラス分け見てねぇの?」
 「んなつれへんこと言いなや〜」

 急に猫撫で声になった十夜。
 だが、十代は華麗にスルーした。

 「俺とお前は同じA組だけど、つかさと那由多は違ったな…」
 「せやけど、つかさと那由多は同じ組…確か、B組やったで?」

 今度はコロリと真剣モードに切り替わる。
 見ていて飽きない、と思った。

 「え、そうなの?」
 「そうや。っていうかPDA配られたやろ?これで名前検索したら一発やったで。
…って、何固まってんねん」

 そういえば、何だか電子端末だかなんだかを配られたような気がする…。
 だが、十代はあまり電子機器系統に強くなく、後で説明書を見ようと思ってカバンに突っ込んでいたのだった。

 「…いや、俺はわざわざ見て行ったのに、あんまり意味なかったんだなって思ってさ」
 「でも名前見つけんのはおもろいやろ」
 「まーな」

 前向きなのだか、馬鹿みたいなのだかわからない十夜の言葉を受けて、十代は苦笑した。

 「じゃ、今日はこれまでや。また明日な〜」
 「ああ」



 つかさと那由多はもう帰っている。
 二人とも、それぞれ用事があるらしい。

 つかさはバイトをやっているらしく、それの時間に間に合う為。
 那由多に聞けば『企業秘密です』という答えが返ってきた。



 「…俺も帰るか…」





 ------------------------------------------------------------------------------





 一方、遊葉氷月は、『デュエル・アカデミア』にいた。

 「お久しぶりです、ミスター鮫島」
 「こちらこそ御無沙汰しております…氷月さん…。
神の眼を持つと謳われている貴方がこの学園に一体何の御用でしょうか?」

 飄々とした様子の氷月と違って、鮫島は何処か緊張した様子だった。

 「遊城十代のアカデミア受験を断ったようですね?」
 「………」

 その言葉に、目を伏せる鮫島。
 氷月は、それを見て、続けた。

 「ここは確かにいいところです。設備も本当に素晴らしい」

 外を見ると、立派な校舎が見える。
 だが、赤い屋根だけ何処かおろそかにされているように見えた。

 「…しかし、肝心の生徒達が、あまりにも覇気がない」
 「失礼なことを言わなイーデ下さイーノ。ここの生徒はァ、常に切磋琢磨しつつ、デュエルキングを目指しているノーネ!」

 「クロノス教諭」
 「あばば…」

 氷月に食って掛かったのは、クロノス・デ・メディチ。
 『デュエル・アカデミア』の実技最高責任者だ。
 だが、鮫島からの叱咤を受けると、焦ったように後ずさった。

 「いやいや、こちらこそ出すぎた真似を…ですが、オシリス・レッドの生徒達は特に覇気がないように感じました」
 「それはァ、彼らがドロップアウトだからでスーノ!それにィ、この世界は弱肉強食!強い者が世界に君臨するのは、世の定めなノーネ!」

 言った直後に鮫島からの叱咤を思い出したのか、顔面蒼白になるクロノス。
 そんなクロノスを氷月は冷めた眼差しで見た後、鮫島へと向き直った。

 「…まあ、いいでしょう。今日は、この辺で」
 「はい」
 「また、いずれ親善試合でもしたいものですね。『タクティクス・ラボラトリー』と」

 氷月の言い方はまるで、自分が『タクティクス・ラボラトリー』の校長のような言い方だったとか。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「新しい風を吹き込むには、まだ準備が必要だな…お互いに」

 氷月はPDAを取り出し、手馴れた動作でボタンを押した。

 「もしもし、十代君かい?」
 『はい、氷月さん?』

 モニターに十代が映し出される。
 氷月は、変わらぬ笑みのまま、言った。

 「『インバーテッド・ペンタクル』を知ってるかい?」
 『はい。カードの無理矢理奪い取ったり、妙なカードを作ったりする奴らですよね?』

 十代もまた知っていたらしい。
 その言葉に頷き、氷月は続ける。

 「そうだ。君なら、もし手が届く場所にそいつらがいたらどうする?」
 『そりゃ…最初は説得します。もうこんなことするなって』

 「……そうか。やはり君は面白いな」
 『え?』

 氷月は微笑む。
 説得か。面白いことを言う、と思った。
 普通なら『退治する』とか『許さない』とかいう意見か、『放っておく』とかも出てきそうな気もするが…。
 やはり十代は面白い、と氷月は思った。



 …だからこそ…頼みたいのだ。



 「実は君に頼みがあってね」
 『頼み…ですか?』
 「ああ。その『インバーテッド・ペンタクル』の一員が君と同じクラスにもいる」
 『!!』

 十代が息を呑んだのがわかった。
 確かに、普通の反応だ。
 自分と同じクラスに犯罪行為をしている人間がいると聞くと誰だって驚くだろう。

 「そこで…交渉してもらいたいんだ」
 『誰と…ですか?』

 十代はやや緊張した様子で聞く。

 氷月は、一息置いた後、その名前を言った。


 「『凪柴カガリ』とだ」



Episode_10 凪柴カガリ

 「凪柴カガリ。女。タクティクス・ラボラトリーA組。
誕生日、5月19日、血液型、A型…」

 PDAに映し出された情報を復唱する。

 凪柴カガリ。
 クラスメイトではあるものの、別に特に素行が悪いと言うわけではない。
 …以前に、男子をしばき倒していたような気もするが、別にこれと言って問題がないので無視しておく。

 「俺が調べられるのここまで、だな」

 正確には、PDAにあったデータを見ただけなのだが。

 「…つーか、交渉ってどうやるんだ?」

 十代は、幼い頃から人と疎遠だったという一面も持つ。
 それ故にか、交渉事は苦手だった。
 しかも、相手は初対面で、しかも女。
 …女性が苦手というわけではないが、何となく、『凪柴カガリ』という人物には苦手意識を抱いた。

 「影からこっそり見るとか、一歩間違えればストーカーだしなあ…」

 一歩間違えなくてもストーカーかもしれない。

 那由多あたりに相談すれば、もしかしたら有益な情報を持っているかもしれない。
 だが、あまり他の人間を巻き込みたくはなかった。

 「…気は進まねぇけど、直接交渉しか…ない、か」

 気は本当に全く進まない。
 だが、自分は氷月に世話になった身。
 できるかぎり、氷月の言うことは聞きたかった。



 ぼふっとベッドへとダイブする。
 枕に顔を埋めながら、考えていた。

 それにしても、何故、氷月は『インバーテッド・ペンタクル』の構成員を知っているのか、と。

 「氷月さんって、一体何者なんだ…?」

 考えてみれば、自分の入学だって明らかに不自然だ。


 デュエル・アカデミアには入れなかった。


 なのに、あっさり入れた。



 「…碓氷財閥と、遊葉氷月さん、か…」

 もしかしたら、何か関わりがあるのかもしれない、と思った。

 「まあ、今は凪柴カガリだな…」

 PDAを取り出し、氷月からもらった文章を思い出す。

 「…PDAで呼び出すか…」



 『件名:インバーテッド・ペンタクル

本文:件名に心当たりがある場合、放課後、利橋町のホビーショップ、『炎鶴』の前まで来て欲しい。

差出人:遊葉氷月の使い』



 「…てか、これって、ある種の脅迫だよなあ…?」

 氷月からもらった文章を打ち終え、改めて読むと、どうしてもそんな気がしてきたのであった。

 「差出人に『遊葉氷月の使い』って…センスゼロだし…。まあ、いいや。…送信完了、と」

 遊葉氷月。
 妙な人間だが、その力は確からしい。

 「後は、明日の放課後、『炎鶴』に行くだけだな…」

 これで相手が来てくれれば、だが。





 ------------------------------------------------------------------------------





 そして、放課後、『炎鶴』前。
 十代は、そこにいた。

 『炎鶴』は、『タクティクス・ラボラトリー』からは比較的近い場所にあるホビーショップだ。

 「まだ来てないのかな…?」

 十代は辺りを見回す。
 …すると、不意に横手から声が掛かった。

 「とっくに来てるさ…」
 「!!」

 赤みが掛かった短めの茶髪の少女。
 彼女は、首から逆五芒星のペンダントを掛けていた。

 「はじめまして、とでも言っておくかい?」
 「…凪柴カガリ、か…」

 PDAの顔写真とも一致した。
 …この人物が、凪柴カガリ。
 『インバーテッド・ペンタクル』の、そう、カードの強奪やチートカードの製造をしている人間の一人。

 「女の子を初対面で呼び捨てかい…勝手な男だねぇ」
 「……」

 口ではそう言いつつも、それはあまり気にしていないようである。

 「あの氷月の使いだっていうんだから、どんな奴かと思えば…奴の推薦で入学したボウヤか…」
 「…知っているのか」

 十代は警戒を続けつつ、口を開く。

 「そりゃあ、有名な話だからねぇ。で、何の用だい?」

 わかりきったことを聞く、と思った。
 自分の中でかすかに憤りが生じるが、気づかないふりをした。

 「…何で『インバーテッド・ペンタクル』をやっている?」
 「…答える義務はない」

 今までの遠慮のないような言い方とは一転して、固い声色になる。
 …何か理由があるだろうとは思った。
 だが…自分もまたここで引くわけにはいかない。

 「……『インバーテッド・ペンタクル』をやめて欲しい」
 「…『嫌だ』って言ったら?」

 今度はどこか、からかいながら言うようなカガリ。

 「言ったら…………」

 セオリーどおりなら、『腕ずくで』だろうが、自分は男でカガリは女。
 ヘタに行動すれば、自分の方が悪役である。

 なら、デュエルで、だろうか?
 そう言おうとした瞬間、軽快な音楽が鳴った。

 (…着メロ?…俺のじゃない、ってことはこいつのか…)

 見れば、カガリは携帯電話を取り出し、特にこちらに断りもなく通話をしだした。

 (こっ、こいつは〜…!!)

 「はい、もしもし、カガリです」

 次の瞬間、カガリの顔色が変わった。

 「……え、ホタルが!?」





 ------------------------------------------------------------------------------





 「おい、どうしたんだよ!」

 事情すら説明せずに、その場を立ち去ろうとするカガリを、十代は引き止める。

 「状況が変わったんだよ」
 「状況?」

 喋っている間にも、十代とカガリは歩いている。

 「お前、『インバーテッド・ペンタクル』をやめて欲しいって言ったね」
 「……ああ…」
 「あたしが『インバーテッド・ペンタクル』に入ったのは、とある人を救うためだ」
 「とある人?」

 鸚鵡返しに聞く十代。

 「…凪柴ホタル。…あたしの、妹だ…」
 「妹…」

 自分は一人っ子だからわからないが、家族だ。
 カガリにとっては、大事な存在なのだろう。

 「ホタルの容態が急変したらしい…だから、病院に行く」

 十代は、一瞬立ち止まったものの、カガリの後を追う。
 …もうすぐ車道に出る。
 おそらく、タクシーを拾う気だろう。

 「……って、いつまでついて来るんだい!」

 さすがに怪訝に思ったのか、声を荒げる。

 「…俺も連れて行ってくれないか?」
 「はあ?」


 その十代の提案に、カガリは素っ頓狂な声を出した…。



Episode_11 凪柴ホタル

 タクシーの中。
 カガリは落ち着きなく、時計を見ていた。
 十代はそんなカガリを横目で見る。


 …家族か。


 心の中でひとりごちる。

 家族。
 特別なもの。

 自分にとっては?
 …自分にとって特別なものは何なのだろう…?

 そんなの、わかりきっている。

 家族。
 友達。
 …精霊。

 守りたいものは山ほどあった。



 「不思議かい?」

 ふと、カガリが口を開いた。

 「何故、あたしのところに電話があったのか」
 「いや、それは全然不思議じゃないだろ。家族だったら、どんな形でも知らせるだろ?」
 「違うね。…あたしに、ホタル以外の家族はいない」

 どこか悔しげに言うカガリ。
 その言葉に、十代は瞠目した。

 「正確には叔母がいるけどね。…でも、あんな雌狐、家族のうちに入りゃしないさ」

 忌々しげに吐き捨てる。
 そこには、何の情も存在していなかった。

 「……仲、悪いのか?」
 「良かったらあんたにこんな話してないさ」
 「……」

 十代は俯く。

 …家族。

 特別なもの。

 大切なもの。

 だけど…カガリにとっては同時に忌々しいもの。



 「多分、あいつに連絡は行ってない。どーせ、朝から家出てるに決まってるしな」
 「凪柴…」

 十代のその言葉に、カガリは静かに語り始めた。

 「……『インバーテッド・ペンタクル』に入ったのは、弱みを握られたからさ」
 「…それが、凪柴ホタル、か…」
 「そうさ。奴らは、あたしが入らないと、ホタルを殺すと言い出した」

 カガリの拳に力が入る。
 彼女の震えた身体を見て、十代は複雑な思いに囚われた。

 「…嘘の可能性も十分あったさ。…だけど、『もしも』なんて安易に思っていい問題じゃなかった…」



 大切な存在。

 その命がかかっているのに、無視はできなかった。

 …例え手段が間違っていても構わなかった。

 …ホタルさえ、妹さえ守ることができるならば。



 「その日からさ。ホタルの容態が悪くなり始めたのは…」

 カガリは目を隠すように手を掲げた。
 …泣いているのかと、思った。

 「偶然の可能性だってあった。…けど、あたしにできることなら、何だってする…」

 それは、悲痛なほど伝わる決意。

 「……あたしがホタルを守るんだ。…絶対に」



 誰も、カガリを止められない。

 …いまは、まだ。





 ------------------------------------------------------------------------------





 『十代、何であいつを責めないの?』

 ユベルの言葉に、十代はやや考えてから言った。

 「…俺には、正直、家族っていうのはいまひとつ遠い存在でさ。…よくわからなかった」

 十代は特別に家族と疎遠なわけではない。
 むしろ、色々と世話をしてもらった部類だろう。
 だが、どことなく他者へと壁があった。

 …それは自分のせいかもしれない、とユベルは思った。

 対戦相手を呪い、十代を呪われた子供にしたのは自分なのだから…。
 だが、十代は一度だってそのことを責めたことはなかった。
 …そのことを思い出した。

 『十代…』

 「ん、でも、凪柴が妹のことを大事に思ってるのは、わかった」
 『嘘かもしれないのに?』



 「嘘じゃない」



 それは、確信を持って言われた言葉。

 『…どうしてそう言い切れるの?』

 ユベルは不思議だった。
 何故そんな風に敵を信じられるのか。
 …敵だから倒す、ユベルにはどこかそういった概念があった。
 だが、十代にはそれがない。

 「何となく…だけど、あいつは悪い奴じゃないよ」

 笑顔を見せる十代に、ユベルは思い出した。



 ―ユベル!ユベルは悪くないよ!僕が弱いから…それだけだよ!



 十代を傷つけるもの全てを排除しようと行動していて、その誤りが正された時、十代はそう言った。
 その言葉が嬉しくて、自分も十代に相応しい存在になろうとした。

 『そう…まあ、十代が言うのだから、そうなんだろうね』
 「ああ!」

 十代は元気に、そう言う。


 そう、この人を守ること。

 それが自分の運命―さだめ―だ…。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「凪柴」

 カガリは応えない。
 その背中に、怪訝に思ったのか、十代はもう一度呼びかけた。

 「凪柴?」
 「……さっきの独り言、聞いた」

 カガリの言葉に、十代は沈黙する。

 カガリには精霊が見えない。
 だから、独り言だと思われていたようだ。

 (ってことは、俺ってハタから見れば危ない人…!?)

 だらだらと汗が出る。
 …確かに、危ない人間に見えるかもしれない。

 「…あたしを信じてくれるんだろ?」

 だったら、応えようじゃないか。
 カガリは、すがすがしい笑顔を浮かべる。
 …彼女の笑顔を、初めて見た。
 厳しい顔しか知らなかったが、優しい顔だと思った。

 「カガリだ」
 「え?」

 十代は何のことかわからず、聞き返す。

 「カガリでいい」

 凪柴だと、ホタルもいるしな、という言葉は、どこか言い訳めいたものがあった。



 『十代!』
 「ユベル!?」

 十代の傍らに、ユベルが現れる。
 だが、カガリには見えないので、何のことだかわからず、混乱しているようだった。

 『この子から、精霊の気配がする……!』

 ホタルから…精霊の気配?
 十代は、ただならぬ雰囲気を察し、ユベルの名を呼んだ。

 「ユベル!」
 『…何者だ!?』

 ユベルに睨まれ、急いでホタルから具現化し、離れる精霊達。
 彼らは、一目散に病院から離れていった…。



 『精霊…か。
だけど、我を忘れている。誰かにコントロールされているみたいだね。』

 「………」
 『誰がやっているまでかはわからない。だけど、相当の使い手ということは確かだね…』



 十代は顔を伏せた。

 (…どうすればいいんだろう)



 「何でもいいけど、あたしにも、わ か る よ う に 説 明 し ろ よ?」

 (しまった、カガリには精霊が見えないんだった…!)


 いまさらながら、十代は冷や汗をかいた。



Episode_12 術者は誰だ?

 「しっかし、今日は色々あったなあ…」

 自室のベッドで横になりながら、ふと十代は今日の出来事を振り返っていた。

 凪柴カガリとの出会い。
 彼女が『インバーテッド・ペンタクル』にいる理由。
 凪柴ホタルの謎の病。
 術者不明の謎の精霊。


 「…氷月さんにも、今日の出来事を報告しておくか…」

 メールを打ちながらふとこのままでいいのかという思いにも囚われた。
 カガリは加害者じゃないと思う。
 他人が何と言おうと、カガリはホタルを守るために行動している。
 …もちろん、だからと言って何をやっても許されるというわけではない。
 だが、十代はカガリを責める気にはとてもなれなかった。

 カガリと話してわかったことがあった。


 嘘はついていない。

 彼女の言うことは本当だった。



 彼女を動かしているのは、紛れもなく純粋な思いだ。



 「カガリが『インバーテッド・ペンタクル』から抜けるには、精霊の術者を見つけ出さないとな…」

 気がつけば、自分のことのように考えている。

 それは、偽善なのかもしれない。
 だけど、放っておくことなんて、できなかった。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「お前、何かあったんか?」

 十夜がそう聞いてきたのは昼休みだった。

 授業中、ぼんやりしていて、3度ほど注意を食らったが…。
 …やっぱり、変だったかな、と十代は思った。

 (どうしようかな)

 ここで正直に言えば、十夜はおそらく首を突っ込んでくるだろう。
 短い付き合いだが、碓氷十夜という人物はそういう少年だと十代は知っていた。

 …言わない方がいい。

 頭のどこかで引っ掛かりを感じる。
 …それは、十夜に対してか、はたまたカガリを庇っている自分自身に対してか。

 「いや、ちょっと寝不足なだけ」

 笑顔を繕って言う。

 …もちろん、十夜がそれくらいで納得するとは思えない。
 だが、他に方法がなかった。

 「…困ったことあるんやったら、いつでも言いや」

 ずきり。
 心が悲鳴を上げる。

 痛い。

 十夜の優しさが痛かった。



 「…ありがとう」



 そして、ごめんなさい。

 騙すような真似をして。



 足早に去って行く十代を心配そうな瞳で見ていたのは十夜だけではなかった。
 …カガリもだった。



 「馬鹿野郎…」


 ぽつりと漏らしたカガリの言葉を聞く者は誰もいなかった。



Episode_13 謎の転入生

 「今日、A組とD組に転入生が来るようですよ」

 朝、いつも十代達はA組に集まっている。
 ここで情報交換をしたり、時間があればデュエルをしたりしているのだ。
 幸い、つかさと十夜のクラスは隣のB組なので、予鈴ギリギリまでいることは珍しくない。

 今日は那由多が持ってきた情報が話題になった。
 何故か、那由多は半端ではない情報収集能力を持っている。
 そして、その情報を十代達に告げ、こうして話をすることも多かった。

 『転入生』。

 それが、今日の話題だった。

 「転入生?」
 「…せやけど、まだ入学式から1週間くらいしかたっとらへんで?」
 「確かに…珍しいかも」

 3人とも、不思議そうな表情をする。
 確かに、珍しい。
 それくらいしか離れていなかったら、入学式で入らせるのが普通だ。

 「それが、お二人ともあの遊葉氷月に関わっている人達のようなんです」

 「やっぱり、遊葉氷月か…本当に、すごい人なんだね…」
 「そりゃ、プロの中でも強い言われてるデュエリストやからなあ…」

 那由多のその言葉に、つかさ、十夜は納得する。

 遊葉氷月。
 プロの中でも、トップレベルの実力を持ち、強い発言力を持つデュエリスト。
 彼の言葉で、色々な人間が動く。
 十代もまた、彼の口添えで入学した人間だった。

 「で、その転入生ってどんな奴なんだ?」

 その言葉に、那由多は、PDAを操作して、一人の少年を映し出して見せる。

 「ここ、A組の転入生、エド・フェニックス」

 さらに、もう一人の少年を映し出す。

 「…そして、D組の転入生、斎王琢磨」

 だが、どう氷月と関係あるかは、那由多はあえて言わなかった。
 …言っても、余計にややこしくなるから、というのもあるが。

 遊葉氷月のプライベートは意外と謎に包まれている。
 その『謎』のうちの人間が、彼らだったりするのだ。

 「二人とも、かなりのレベルのデュエリストですね」

 とりあえず、それだけは述べておく。

 これも伏せている情報だが、エド・フェニックス、斎王琢磨両名とも、氷月が『試験』を与えたところ、クリアしたといわれている。
 試験内容は、現役のプロデュエリストを倒すこと。
 転入生は、少なくとも、プロの中でもマイナーリーグのデュエリストならば、確実に倒せると那由多は判断していた。

 「おっと…もうすぐ予鈴ですよ、つかささん、十夜さん」

 腕時計を見て、そう言う那由多。

 「…うわあ、もうそんな時間かいな…」
 「じゃあ、また後でね、十代君、那由多さん」

 「おう!」
 「頑張って下さいね〜」

 予鈴ギリギリなのはいつものことだが、つかさは十夜を引っ張って行った。





 ------------------------------------------------------------------------------





 そして、本鈴が鳴り、担任と共に一人の少年が教室へ入ってきた。
 銀髪で蒼眼の少年だった。

 「転入生の、エド・フェニックスです。よろしくお願いします」

 (なるほど、表面上はなかなか礼儀正しそうですね…だけど、その実力に裏打ちされた自信は、私の目から見れば明らかですよ…)

 那由多はエドのことをそう分析した。

 「席は…そうだな、皇の横があいているか。ホラ、あそこだ」
 「はい」

 教師は那由多の横の席を示し、エドはそれに頷く。


 「よろしくお願いします、フェニックスさん」
 「…こちらこそ」

 二人は、仮面の笑顔を交しあった。





 ------------------------------------------------------------------------------





 昼休み、十夜とつかさは来なかった。
 …昼休みにも、情報交換タイムが存在する。

 おそらく、十夜が宿題をやっていなかったのだろう。

 今までにもそういうことがあり、教師から大目玉を食らったことがあった。
 それ以来、十夜は宿題をやるようになり(とは言っても、当日の前の授業にだが)、つかさは自動的にそれに付き合わされる形となったのである。
 つかさにとっては全く迷惑な話だが、本人はあまり気にしていないようだ。

 そして、那由多は口を開く。

 「…遊城さん、あの転入生の方には気をつけた方がいいです」
 「え?何でだ?」

 十代は、突然そんな話をしだした那由多を、怪訝そうな瞳で見返す。

 「あのエド・フェニックスという人からは、殺気を感じました。…それは、凪柴さんに向けられていました」
 「…カガリに…何でだ…?」

 彼は気づいていない。

 自分が、口を滑らしてしまったことに。

 そして那由多は、その言葉だけで、十分何が起きているか見当はついた。



 (……『カガリ』ですか…私には何も言ってくれないんですね…)



 そう思うと、悲しくなった…。





 「ちょっと、いいですか?」

 那由多と別れて行動していた時、十代はエドに話し掛けられた。



 ―気をつけた方がいいです―



 十代の脳裏に那由多の言葉が蘇る。
 …だが、ここで無視するわけにはいかないだろう。
 反射的に言葉を返していた。

 「…おう…」

 だが、次に返ってきたのはトーンの低い声。



 「凪柴達『逆五芒星』に関わっているのはお前か」



 「っ!!」

 十代に緊張が走った。

 …何故、知っているのだ?
 『インバーテッド・ペンタクル』のことを。
 カガリのことを。


 「放課後、屋上で待つ。…一人で来い」

 「…言われなくても、一人で行くさ…」
 「フ…」

 精一杯の虚勢。
 だが、エドはそれすらも見透かしたようだった…。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「聞きたいことがある。何故、凪柴達『逆五芒星』に関わっている」

 放課後。
 屋上へ行った十代を出迎えたのは、エドのその言葉だった。

 「別に関わっているわけじゃねぇよ」

 一瞬、眉を顰めたものの、何とかそう言い返す。
 …おそらくは、聞く耳は持たないだろうと心のどこかでわかっていながら。

 「関わっているわけではない?凪柴と会っていたのにか?」
 「……知っているのか。一体、お前は…」

 カガリが『インバーテッド・ペンタクル』の一員であることを知っていたことにも驚いたが…。
 どうやら、この人物は、カガリと会っていたことも知っているらしい。

 「何者かなど、どうでもいいことだ。…ひとつ、忠告しておこう…。これ以上『逆五芒星』に関わるな」
 「俺が誰と関わろうが、俺の勝手だろう…」

 『忠告』というには、あまりにも敵意を孕んだ言葉だった。
 もちろん、十代の身を案じてなどではなく、根本的に『インバーテッド・ペンタクル』を敵視しているようだった。

 十代は、思わず瞳を逸らす。

 だが…。



 「言い方を変えようか…お前のように、ヘラヘラ笑ってデュエルをする奴が、気に入らないんだよ!」



 羨望。
 怒り。
 悲しみ。
 憤り。



 …エドの言葉は、それらが含まれていた。

 その言葉に、十代の混乱は増すばかりだった。



 (こいつ…なんでこんなに怒ってるんだ?)



 …だが…今はやるしかないようだ…。



 『デュエル!!』



 【遊城十代 LP:4000】
 【エド・フェニックス LP:4000】



 十代は知らない。
 『迷い』が、デュエルの流れを変えることを。



 「先攻は俺がもらうぜ!ドロー!」

 ドローしたカードを含めて、十代の手札には『融合』がなかった。
 …サポート用のカードもない。
 思わず、嘆息する。

 (…ダメだ…融合素材は揃ってるけど、『融合』がない……なら…)

 「俺は、『E・HEROコールドマン(/1800)』を守備表示で召喚!」

 透き通った水色の戦士が十代の場に現れる。
 それは跪き、守備態勢をとった。

 「…ターンエンド。そして、このエンドフェイズ、コールドマンの特殊効果、発動!
お前に、500ポイントのダメージを与えるぜ!」

 コールドマンから寒波が放たれ、わずかだがエドのライフポイントを削った。
 エドは、それを微動だにせず受ける。



 【エド→LP:3500】



 「…僕のターン、ドロー」

 エドの手札にはそこそこ戦力となるカードは揃っていた。
 …だが…。



 まずは、力の差を見せつけてやる。



 (…さて、と……まずは、こいつから行くか…)

 「僕は、『E・HEROスパークマン(1600/)』を攻撃表示で召喚」
 「ヒーローデッキ!?」

 エドの場にスパークマンが現れる。
 それを見て、十代は驚く。

 E・HEROスパークマン。
 それは、紛れもなく、十代と同じヒーローだということだ。

 「…さあね。…さらに、装備魔法『スパークガン』を装備!」

 エドはそんな十代の様子を笑う。

 「『スパークガン』のエフェクト発動!コールドマンを攻撃表示にしろ!」

 スパークガンから雷撃が放たれ、コールドマンは立ち上がる。

 …まずい。
 十代はそう直感した。

 「…行け!スパークマンでコールドマンを攻撃!スパーク・フラッシュ!!」



 【E・HEROスパークマン(1600/)】
 【E・HEROコールドマン(500/)】



 コールドマンは撃破され、攻撃の余波が十代を襲う。

 「うわぁっ!!」



 【十代→LP:2900】

 「カードをセット、ターンエンドだ」



 強い。
 十代の中で、自分でも気づかないくらいのかすかな恐怖が生まれた…。



Episode_14 D−HERO

 【遊城十代 LP:2900】
 【エド・フェニックス LP:3500】



 「俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードは『ヒーロー・ソード』。
 …『融合』ではなかったが、何とか戦えないことはないだろう。

 (…よし、これなら!)

 十代は意を決し、1枚のカードに手を掛ける。

 「俺は、手札から『E・HEROシュートレディ(1400/)』を攻撃表示で召喚!」

 十代の場に軽装鎧を纏った女戦士が現れる。

 「さらに、装備魔法『ヒーロー・ソード』をシュートレディに装備!」

 女戦士の手に、大振りの剣が握られた。


 【ヒーロー・ソード】 装備魔法
 「HERO」と名のついたモンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力はバトルフェイズ時のみ1000ポイントアップする。


 「『ヒーロー・ソード』の効果で、シュートレディの攻撃力は1000ポイントアップしている!
行け!シュートレディでスパークマンを攻撃!」

 十代の声に応じ、シュートレディはスパークマンへと斬り掛かった。



 【E・HEROシュートレディ:攻撃力1400→2400】
 【E・HEROスパークマン:攻撃力1600】



 スパークマンは撃破され、エドのライフポイントを削る。

 「…くっ…!」



 【エド→LP:2700】



 「そして、このエンドフェイズに、シュートレディの効果発動!
俺のフィールド上に存在するモンスターのレベルの合計数×100ポイントのダメージ相手ライフに与える!」



 今度は、シュートレディの掌からエネルギー弾が放たれ、それがエドを直撃した。

 【エド→LP:2300】



 流れは、十代にあるように思えた。
 だが、十代の頬に汗が伝う。

 (…何だろう…この感じ)

 嫌な、感じだった。
 何か大切なものを見落としている、そんな感じだった。



 エドは、伏せた顔を上げ、十代と真っ向から視線を合わせた。
 その視線に、怯む十代。



 「…ひとつ、言っておいてやる。これが今のお前の限界だ」
 「……っ!」



 否定、できなかった。

 今までの自分なら否定できただろう。
 だが、この少年の敵意の前に、十代は答える術を失った。

 敵意。

 それは、あまりにも向けられた回数が多い感覚。
 そして、いつまで経っても慣れない感覚。



 十代は敵意を恐れた。



 「お前じゃ僕には勝てない」

 「…っ」
 『……十代』

 言葉が出ない。
 そんな様子を、ユベルは痛々しげに見ていた。



 「見せてやるよ…お前と僕の決定的な違いを」

 デッキに手を掛け、ドローする。

 「僕のターン、ドロー。
手札から、『D−HEROドローガイ(1000/)』を召喚」

 無造作に1枚のカードを選び、デュエルディスクへと置く。
 エドの場に、黒い戦士が現れた。


 【D−HEROドローガイ】
 ☆4 闇属性 戦士族 ATK/1000 DEF/1000
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードのコントローラーがドローする度に、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。


 「D−HERO!?」

 それは、十代も初めて見るカードだった。
 まじまじと黒い戦士を見るが、彼は無造作に佇んでいた…。

 「Eを越えたDの力…思い知れ」

 そう言うと、エドはカードを掲げ、発動を宣言する。

 「魔法カード、『デステニー・ドロー』発動!
手札からD−HEROを捨て…カードを2枚ドローする」

 ドローされたことにより、ドローガイの攻撃力は上昇した。


 【D−HEROドローガイ:攻撃力1000→2000】


 「さらに装備魔法『早すぎた埋葬』を発動。
墓地の『D−HEROディスクガイ』を復活させる!」

 『早すぎた埋葬』のライフコストも、今のエドにとっては意味のないもの同然だった。

 …何故なら、このターンに決着が着くから…。



 【エド→LP:1500】



 「…いつの間に…!……くそっ、あの時か…!!」

 『デステニー・ドロー』を思い出す。
 あの時、コストとして捨てられたカードだった。

 「…そうだ。ディスクガイの特殊効果発動!
このカードの特殊召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドローする!」

 特殊効果にも驚いたが、ドローガイの攻撃力は更に上昇する。
 それを十代は成す術もなく見ていた…。


 【D−HEROドローガイ:攻撃力2000→3000】


 「さらに、手札から『D−HEROダークネスガイ(ATK/1800)』を特殊召喚…。
このカードは、自分フィールド上に「D−HERO」と名のつくモンスターが存在する時、手札から特殊召喚することができる…」


 【D−HEROダークネスガイ】
 ☆4 闇属性 戦士族 ATK/1800 DEF/1200
 このカードは、自分フィールド上に「D−HERO」と名のつくモンスターが存在する時、手札から特殊召喚することができる。


 闇がわだかまり、形を成す。
 まさしく、闇に相応しいモンスターだった。

 「そして、罠カード発動。『D−チェーン』。
このカードをドローガイに装備し…装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする」

 鎖鎌のような武器を装備した黒い戦士は、もはや手のつけられない攻撃力となっていた。


 【D−HEROドローガイ:攻撃力3000→3500】


 「…攻撃力3500……!?」

 驚愕する十代を無視し、エドは攻撃の指令を出す。

 「ドローガイでシュートレディを攻撃!」



 【D−HEROドローガイ:攻撃力3000→3500】
 【E:HEROシュートレディ:攻撃力1400→2400】



 黒い戦士の攻撃に、女戦士は葬り去られる。
 その攻撃の余波が、十代を襲った。

 「くああぁっ…!!」



 【十代→LP:1800】



 「さらに、『D−チェーン』のエフェクト発動。
装備モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地へ送った時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える」

 ドローガイは鎖鎌を振り回し、それを十代へと投げる。
 鎌が十代を貫き、十代のライフを更に削った。

 「……うあっ!」



 【十代→LP:1300】



 「……これで終わりだ!ダークネスガイでプレイヤーにダイレクト・アタック!」



 【D−HEROダークネスガイ:攻撃力1800】



 闇が、飛び来る。

 その爪が十代を捕らえた時…。



 「うわあああぁっ!!」



 ビ…。
 低い電子音と共に、デュエルの終了を意味した。



 【十代→LP:0】





 「……力の差がわかったか?」
 「………」

 地面に膝をつく十代。
 それを見下ろし、エドは冷たく言い放つ。

 「もう一度言っておこう。凪柴達に関わるな」

 「…ってだ」

 「何?」

 十代の声は震えていた。
 だが、意外とはっきりとした口調で、こう言った。


 「誰と関わろうと、そんなの俺の勝手だって言ってるんだ」


 「…お前…!!」

 エドの口調に怒気が含まれる。
 それに気づいているのか、気づいてないのか、十代は続けた。

 「人は一人で生きているわけじゃない、カガリだってそうだ!…俺はカガリを守りたい」



 ――バキィッ!!



 鈍い音と共に、十代は弾き飛ばされる。

 十代は、自分が殴られたことを理解するのに、暫しの時間を要した。



 「……拍子抜けだな」

 エドは、自分自身でも不思議だった。
 ふつふつと怒りが込み上げてくるのに、声は氷のように冷たかった。

 「まさかここまでふぬけた奴だとは思わなかったよ」

 未だ起き上がる気配のない十代を見て、吐き捨てる。

 「…次に僕の前に現れる時は、もう少しマシになって来るんだな」

 エドは、一瞬、哀れむような瞳を十代へと向ける。
 …その感情は、自分自身でも、気づいていないようだった…。





 『十代っ!大丈夫かい!?』
 「…ユベル…」

 地面に寝転んでいる十代を、ユベルは心配そうに話し掛ける。
 殴られた左頬が痛かった。

 『あいつ…よくも十代を…!!』
 「……やめろ、ユベル」

 ユベルの瞳が輝く刹那、十代は制止の声を掛けた。

 『でも…!』
 「…ふぬけ、か…確かに、今の俺はそうだ…」
 『そんなことないよ…!』

 自嘲する十代に、ユベルは励ます。



 「…ワリィ、つかさ…お前の方が強いよな…」

 十代は、少し前、つかさと交わした会話を思い出していた…。










 「え、このカードを俺に?…でも、つかさのカードだろ?精霊もいるし…」

 いきなり差し出された『沼地の魔神王』のカードに、十代は驚く。
 しかも、御丁寧に3枚あった。

 「精霊が宿っているのは1枚だけだよ。それに、枚数なら大丈夫!
僕は『沼地の魔神王』のカードは26枚持ってるから!」
 「……うーん」

 どこか嬉しそうに言うつかさに、十代はいまひとつ乗り切らない感じだった。

 「ヒーローデッキなら、このカードがあるかないかで大分差がつくんだ!
入れておいて損はないよ!」

 確かに、融合素材のひとつにもなり、同時に『融合』のカードのサーチ能力も持っている。
 入れておいて損はないどころか、ヒーローデッキには必須である。

 「…ああ…ありがとう…」

 だが、十代は、つかさの勢いに負ける形で、そのカードを受け取ったのだった。










 「つかさの言うとおり、入れておけばよかったかもな…」

 ポケットから『沼地の魔神王』のカードを取り出し、そう呟く。

 『十代…』

 ユベルは、そんな十代を心配そうに見ていた…。





 ------------------------------------------------------------------------------





 …そして。
 そんな十代を見ている影が二つあった。

 一人は、遊葉氷月。

 「んー、あれはかなり追い詰められているね…」

 そして、もう一人は、斎王琢磨。

 「彼がそのようなタイプには見えませんでしたが…なるほど、『迷い』ですか」

 「『迷い』がそのままデュエルへと反映した。まあ、そんなところだろうな」


 斎王はそう分析し、氷月もまた同意した。

 「よろしいのですか?…今のままで…」
 「全然よろしくないさ。…これからは、君の仕事だ、斎王」

 氷月は斎王へと話を振る。

 「…そうですね…」

 すると、彼は1枚のタロットカードを取り出した。



 「……『愚者』。旅人…」
 「だが、旅人には大いなる可能性が秘められている…だろう?」

 氷月の言葉に、斎王は頷く。

 「ええ…」



 二つの影は、姿を消した。
 ただひとり、『旅人』を残して…。



Episode_15 悲しき迷い

 「…帰ろうか…」

 十代がそうぽつりと呟いたのは、陽が傾いてからだった。

 『……うん』

 ユベルは、何も言わなかった。
 …いや、何も言えなかったのかもしれない。

 今、何を言っても、安っぽい慰めの言葉にしかならない気がしたから…。





 「初めまして」

 十代に声が掛かったのは、とぼとぼと帰路を半分ほど歩いていた時だった。

 電車を使わなかったのは失敗だったかもしれない。
 頭を冷やそうとそれどころじゃなかった十代は、今更ながら後悔した。

 「お前は…」

 記憶の糸を手繰り寄せる。
 …その顔は、朝、那由多に見せてもらった転入生と一致した。

 「確か、転入生の…」
 「はい、D組に転入してきた、斎王琢磨と申します」

 深々と礼をして見せる斎王。
 だが、十代は、かすかに眉を顰めただけだった。

 「……何か用か…?」
 「はい。私とデュエルして頂けないでしょうか?」
 「悪いけど…」

 にべもなく断ろうとする十代だったが、斎王はそれすらも予測してたようだった。

 「遊葉氷月から、指令を受けました」

 その言葉に、十代の心は揺れ動く。

 「氷月さんから…?」
 「はい」

 何を考えているんだ。

 不意にそんなことが頭をよぎる。
 …今はとてもデュエルする気にはなれない。
 断ろうと口を開いた。

 「今、俺はそんな気分じゃない。日を改めてくれ」

 だが、斎王から帰ってきたのは、予想だにしない言葉だった。



 「今の貴方は『愚者』、旅人です。ですが旅人は、未知なる力を秘めています。
…それに…私は、貴方の中に、何かがくすぶっているのを感じます」

 「…っ!」



 図星だった。
 十代に衝撃が走った。



 「それの解決になればと思いまして」
 「…ひとつ、聞いてもいいか?」

 探るような視線を斎王に向ける。
 無遠慮な視線だったが、斎王は気にした様子はなかった。

 「何なりと」
 「氷月さんは何のつもりで俺とあんたをデュエルさせようとしている?」

 もっともな疑問だった。
 斎王は一瞬、考えるそぶりをした。

 「…『インバーテッド・ペンタクル』を止める為です」
 「それは俺に関係あるのか?メンバーの正体が割れているなら、警察か何かに協力を頼んだ方がいいんじゃないか?」

 そう。
 メンバーがはっきりしているならば、警察に頼むという手もある。
 それなのに、わざわざ自分に頼む理由は何なのか、十代はつかめずにいた。



 「……いえ…貴方でなければ、止められないのです」



 そうか。
 何を言っても無駄だと悟った十代は、頷いた。

 「……………わかった」
 『十代!?そんな奴のいうこと聞く必要は…!』
 「いいんだ、ユベル……さっさと終わらせようぜ」

 どちらにせよ、この人物は自分がデュエルをするまで引かないだろう。
 そう感じた十代は、斎王を見据える。

 「いえ、私、実はデュエルディスクを家に忘れてしまって…よろしければ、そちらでお願いできますか?」

 今、自分が持っているデュエルディスクは1つ。

 どうせ、家に帰ってもおそらく誰もいない。
 …ならば。

 「…まあ、いいぜ」

 十代は何処か投げやりに言った。





 ------------------------------------------------------------------------------





 「…ありました。わざわざお付き合いしていただいて、ありがとうございます」

 デュエルディスクを片手に、斎王がそう言ったのは、家についてから15分ほど経ってからだった。
 今更といえば今更だが、十代は、はっきり言ってどうでもいい気分になりつつあった。

 「……手早く頼むぜ」
 「戦う前に、ひとつ、言っておきましょう」
 「?」

 その言葉に、十代は思わず身構える。

 「その迷い、抱えたままで勝てるほど、私は甘い人間ではありません」



 見透かされている。

 あまり気持ちのいいものじゃない、と十代は思った。



 「……貴方の運命をお教えしましょう」

 斎王は、1枚のカードを取り出す。

 そのカードが床に落ち…。
 …丁度、真横にその絵柄を向けた。



 「…『死神』のカードですね」

 十代は、カードに描かれている死神に目を遣り、思わず顔を顰めた。

 「…さて…これは、死か再生か、どちらを意味していたのでしょう?」
 「………っ!…御託はいい!…さっさとやろうぜ」

 思わず、声を荒げる十代。
 その瞳に、余裕の色はなかった。



 『デュエル!』



 【遊城十代 LP:4000】
 【斎王琢磨 LP:4000】



 「私の先攻、カード、ドロー」

 斎王は、ドローしたカードを確認し、デュエルディスクへと置いた。

 「『アルカナフォース0−THE FOOL (ATK/1000)』を攻撃表示で召喚」


 【アルカナフォース0−THE FOOL】
 ☆4 光属性 天使族 ATK/1000 DEF/1000
 召喚時にコイントスを1回行う。表の場合は正位置の効果を、裏の場合は逆位置の効果をこのカードは得る。
●正位置:このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターン、もう一度通常召喚を行うことができる。
●逆位置:このカードを破壊する。


 「THE FOOLの特殊効果発動。
アルカナフォースシリーズは、正位置か逆位置か、どちらかの効果を得ます。
……予言しましょう…正位置」

 カンカンカン…。
 フィールドで回っていたカードは止まり、正位置を示した。

 「…正位置だ…」
 「この部屋は、少し特殊でしてね。心がそのままデュエルへと反映する部屋なのですよ」

 思わず言葉を漏らす十代に、斎王はそう補足した。

 「………」
 「それでは、THE FOOLの正位置の効果を発動。
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターン、もう一度通常召喚を行うことができます」

 さらに、斎王は1枚のカードに手を掛け、それを掲げる。

 「『アルカナフォースW−THE EMPEROR(ATK/1400)』を攻撃表示で召喚します」

 斎王の場に、また新たなアルカナフォースが現れた。
 これで、斎王の場にはモンスターが2体。
 十代は、自分でも知らぬ間に、1歩、後ずさっていた。

 「そして、THE EMPERORの効果発動。……正位置」

 カン…。
 と、カードは正位置で止まった。

 「これにより、私のフィールド上のアルカナフォースと名のついたモンスターの攻撃力は500ポイントアップします」


 【アルカナフォース0−THE FOOL→攻撃力:1000→1500】
 【アルカナフォースW−THE EMPEROR→攻撃力:1400→1900】


 「さらに、魔法カード『エース・オブ・ソード』を発動。
私のフィールド上のTHE EMPERORを選択して発動します。
……正位置」
 「……っ!」

 あまりにも正位置の連発で、十代は思わず心の中で悪態をつく。
 …これも、この部屋の影響なのだろうか。
 ……通常では使いこなせないようなカードも、ここでは最高の力を得る…。

 「『エース・オブ・ソード』の正位置の効果、発動。
選択したモンスター1体の攻撃力分のダメージ…つまり1900ポイントのダメージを貴方に与えます」

 「くああぁっ!」

 不可視の衝撃波が十代を襲い、彼のライフポイントを大きく削った。



 【十代→LP:2100】



 (…こいつ、一体何なんだ…!?
すっげぇ不気味だ…言葉では言い表せないくらい、何か異質な力が蠢いてる気がするぜ…)

 まだ、1ターン目なのに、この猛攻だ。
 強い…と言わざるを得ないと思った。

 「……更にカードを1枚セット。ターンエンドです」



 (気を抜いたら、一瞬でやられる…!


やられる?

何で?

負けることは怖いことか?



いや…違う。



……そうか…。



負けることが怖いんじゃない。

負けることを恐れ、デュエルができなくなるのが怖いんだ…!)



 その瞬間、自分でもわからないくらい、急激に頭が冷え、さっぱりした。



 『十代……』
 「…ユベル。大丈夫だ。…ここで勝つか負けるか、その差は思ったより大きい。
だけど、負けられない」
 『うん!その意気だよ、十代!』

 ユベルは、そう言う十代に微笑む。
 裏返した拳と拳を合わせる。

 (…気合いも入ったしな)

 デッキに手を掛け、ドローする。

 「俺のターン、ドロー!!」

 ドローしたカードは、『沼地の魔神王』。
 あの後、デッキに入れたつかさからもらったカードだった。

 (……つかさ)

 そのカードを見ていると、つかさが励ましてくれているような、そんな気がした。

 「もう、大丈夫だから、な」

 ぽつり、と呟き、それからはデュエルに専念した。

 「…俺は手札から『沼地の魔神王』の特殊効果を発動!
このカードを墓地へ送り…『融合』を手札に加える!」
 「……」

 十代のその効果の発動を、斎王は何も言わず、ただ、佇んでいた。

 「そして、『融合』発動!手札のフェザーマンとバーストレディを融合!
…現れろ!『E・HEROフレイム・ウィングマン(ATK/2100)』!!」

 十代の場に、手に竜を模したヒーローが現れる。
 …彼のお気に入りのカードだった。

 「さらに、『E・HEROスパークマン(ATK/1600)』を攻撃表示で召喚!」

 考えなしと言われるかもしれない。
 だが、別に何も考えていないわけではない。
 先程、斎王が2体モンスターを召喚したからもある。

 さらに、十代の場に蒼い、金色の鎧を纏った戦士が現れた。

 「バトルだ!フレイム・ウィングマンでTHE EMPERORに攻撃!
フレイム・シュートっ!!」



 【E・HEROフレイム・ウィングマン:攻撃力2100】
 【アルカナフォースW−THE EMPEROR:攻撃力1400→1900】



 フレイム・ウィングマンから炎が放たれ、それがTHE EMPERORを直撃、四散させた。

 【斎王→LP:3800】

 「…やりますね」
 「それだけじゃない、フレイム・ウィングマンの効果発動!
戦闘によって破壊し、墓地へ送ったモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える!」

 フレイム・ウィングマンから更に炎が放たれ、斎王を直撃する。



 【斎王→LP:2400】



 「くっ……!これは…!」

 それにより、斎王のライフポイントは大きく削られた。



 「まだだっ!スパークマンでTHE FOOLを攻撃!スパーク・フラッシュ!」

 THE EMPERORが倒されたことにより、THE FOOLの攻撃力は元に戻っている。
 スパークマンから、電撃が放たれ、THE FOOLを無へと帰した。



 【E・HEROスパークマン:攻撃力1600】
 【アルカナフォース0−THE FOOL:攻撃力 1000】



 【斎王→LP:1800】



 「フフ、少し油断が過ぎたかもしれませんね。
リバースカード、オープン。罠カード『愚者の旅』発動」

 ライフが削られても、斎王から余裕の表情が消えることはなかった。


 【愚者の旅】 罠
 自分フィールド上の「アルカナフォース0−THE FOOL」が破壊された時に発動可能。デッキから、「アルカナフォース」と名のつくレベル4のモンスターを特殊召喚する。


 「!?」
 「このカードは、自分フィールド上の「アルカナフォース0−THE FOOL」が破壊された時に発動可能なカード…。
デッキから、『アルカナフォース』と名のつくレベル4のモンスターを特殊召喚します。
…私は、『アルカナフォースT−THE MAGICIAN(ATK/1100)』を選択、攻撃表示で特殊召喚」

 斎王の場に、新たなアルカナフォースが現れた。
 このシリーズ特有の、奇妙な形のモンスターだった。

 「THE MAGICIAN、効果発動」

 カンカンカン…。
 止まったのは…。

 「…正位置」
 「くぅ〜、またかよぉ」

 十代は、いい加減、嫌になったような口調だった。
 …多分、何回も見ていたら本当に嫌になるのだろう。

 「フ。こちらのチェーンは終了です」
 「OK、カードを2枚セットして、ターンエンドだ」

 十代の場に、リバースカードが2枚現れる。
 それで、エンド宣言をした。



 (……フフフ、貴方は気づいていますか?
貴方は格段にいい目になった…私とデュエルをする前より)

 斎王は、十代の瞳を見る。
 その瞳には、輝かしい光が宿っていた。

 …それでこそ、氷月の選んだ人間だと、斎王は思った。
 もっとも、この介入にエドは怒るかもしれないが…。

 (何が貴方を追い詰めていたのかはしりません。
ですが…その重さは、時に他の人に分けていいものだと思いますよ…)



 運命の部屋で。
 二人は戦う。

 この戦いが終わった時、何かが変わる。
 斎王は、そう感じていた…。



Episode_16 『死』それは『再生』

 【遊城十代 LP:2100】
 【斎王琢磨 LP:1800】



 (ライフポイントは互角…次の私のターンで行動を起こさなければ、まずいですね)

 「私のターン、ドロー」

 斎王は、そう思い、デッキに手を掛け、ドローする。

 「…私は、手札から魔法カード『コイン・オブ・ベイジ』を発動。
お互いのプレイヤーはこのカードのプレイヤーのフィールド上に存在するモンスターの数。
…つまり、1枚ずつ、自分のデッキからカードをドローします」


 【コイン・オブ・ベイジ】 通常魔法
 お互いのプレイヤーはこのカードのプレイヤーのフィールド上に存在するモンスターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


 (…サイクロンですか。…伏せカードが気になるところですね…)

 斎王は一瞬、気を取られ、十代がドローした時に、表情が明るくなったのを気付かずにいた。
 「速攻魔法『サイクロン』発動!フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊します」

 斎王の示した方向に風が走り、十代のリバースカード1枚を破壊した。
 破壊したカードは『攻撃の無力化』。

 「…少しもったいなかったですね。まあ、いいでしょう。
私は、THE MAGICIANを生け贄に、『アルカナフォース]V−THE DEATH(ATK/2300)』を攻撃表示で召喚します!」


 【アルカナフォース]V−THE DEATH】
 ☆6 光属性 天使族 ATK/2300 DEF/2300
 召喚時にコイントスを1回行う。表の場合は正位置の効果を、裏の場合は逆位置の効果をこのカードは得る。
●正位置:このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、このカードを除く全てのモンスターカードを破壊する。この効果に成功した時、次の自分のターンのドローフェイズをスキップする。
●逆位置:このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地からモンスター1体を選択する。選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。この効果に成功した時、次の自分のターンのドローフェイズをスキップする。


 「…当然、正位置」

 「げ。」


 カンカンカン…。
 止まったのは、またしても正位置だった。
 十代は、もう見るのも飽きたという風にその様子を見ていた。

 「THE DEATHの正位置の効果発動!
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、このカードを除く全てのモンスターカードを破壊します!」

 「…っ!フレイムウィングマン、スパークマン!」

 THE DEATHから放たれた黒い衝撃波により、フレイムウィングマンとスパークマンは破壊された。

 「……これが通れば…終わりですね?」
 「………くっ!」

 少し意地悪く、確認するように聞く斎王に、十代は思わず顔を顰めた。

 「THE DEATHでプレイヤーにダイレクトアタック!」



 【アルカナフォース]V−THE DEATH→攻撃力:2300】



 「…リバースカード、オープン!『ハーフ・ダメージ』!
このカードの効果で、このターン受けるダメージを全て半分にするぜ!」

 THE DEATHから再び、衝撃波が放たれる!
 しかし、十代の前に現れた淡い光を放つ盾に、それは軽減され、決定打を与えるには至らなかった。

 「ほぅ…」

 【ハーフ・ダメージ】 通常罠
 このターン受けるダメージを全て半分にする。



 「ですが、ダメージは免れませんよ」
 「…覚悟の上だっ!……くううっっ!」

 涼しい顔で言う斎王に、十代は応える。



 【十代→LP:950】



 「ターンエンドです」



 (…さあ、貴方は運命をどう乗り越えますか…?)

 斎王の顔から、再び表情が消える。
 それは、まるで自分を『無』にする、そんな雰囲気だった。

 『無』の瞳は十代を見つめる。



 『十代っ!』
 「大丈夫だ、ユベル」

 心配そうに言うユベルに、十代はそう返した。

 『…十代…』
 「きっと、いや、絶対にデッキは応えてくれる」
 『……うん!』



 「だから、俺は心を折らない!」



 どんな時でも、信じている…。

 自分の力を、友を…!



 「俺のターン、ドローっ!」

 (よしっ!)

 ドローしたカードは、キーカード、『ハイパー・ゲート』。
 これなら、ユベルを呼ぶことができる…!

 「…俺は、手札から魔法カード『ハイパー・ゲート』を発動!
このカードは、自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを支払って発動する!」



 【十代→LP:100】



 「そして、モンスターカードを1つ、宣言する。宣言したカードが出るまでデッキをめくる…。
宣言したモンスターカードが出た時、そのモンスターカードを、召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚するぜ!

…俺が宣言するのは、『ユベル』!」


 【ハイパー・ゲート】 通常魔法
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを支払って発動する。モンスターカードを1つ、宣言する。宣言したカードが出るまでデッキをめくり、宣言したモンスターカードが出た時、そのモンスターカードを、召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する。それ以外のカードは全て墓地に送る。


 「『ユベル』!」

 初めて、斎王が驚愕をあらわにした。


 「来い!『ユベル』!」

 十代の掛け声と共に、空中に出現した立体的な魔法陣から一人のモンスターが姿を現した。

 …それが、『ユベル』。



 『君の命運もここまでだよ』

 後ろでは、十代が「いきなりそれかよ」と苦笑している。

 『よくも十代に好き勝手言ってくれたね!この代償は高くつくよ!』


 「まあ、俺はそのおかげで…大切なものに気付けたんだけどな」


 『十代…』

 俯きがちに言う十代に、ユベルは柔らかに微笑んだ。

 …本当にこの子は強くなった。


 「でも、デュエルはデュエル、真剣勝負だ!だからと言って、手は抜かないぜ!」

 「フフ、望むところです。
確かに、ユベルの効果ならばTHE DEATHの攻撃を跳ね返せるでしょう。
しかし、わざわざ私は好きこのんで攻撃はしない…。

それに、ユベルには貴方のエンドフェイズ時にモンスター1体を生け贄に捧げなければならないという維持コストが存在していたはず。

それの対策はできているのですか?」

 「げっ………へへ、なんてな!ユベルと俺の付き合いはこう見えても長いんだぜ!
…だから、それくらい、俺がフォローできる」

 一瞬、嫌そうな顔をする十代だが、また不敵な顔に戻る。
 そんな十代を見て、斎王は何となく納得した。



 ―だから、彼は強い。



 「なるほど…」
 「これが勝負を決めるカードだ!魔法カード『攻撃誘導』発動!」

 十代の声に呼応し、掲げられたカードから眩い光が溢れ出す。


 【攻撃誘導】 通常魔法
 このカードは相手フィールド上に1体以上モンスターが存在する時しか使用できない。このターンの残りのフェイズをスキップし、相手のバトルフェイズへ移行する。この効果でバトルフェイズになった場合、相手は必ず攻撃可能な全てのモンスターで攻撃しなければならない。そのバトルフェイズ終了時に、相手はカードを1枚ドローする。



 「このカードの効果により、俺と、お前のバトルフェイズまでの全てのフェイズをスキップ!お前のバトルフェイズへ移行するぜ!
さらに、この効果でバトルフェイズになった場合、相手は必ず攻撃可能な全てのモンスターで攻撃しなければならない!」
 「…つまり…」
 「そう。THE DEATHは、ユベルを攻撃しなければならない!」

 THE DEATHはユベルを見据え、攻撃態勢を取った。



 【アルカナフォース]V−THE DEATH→攻撃力:2300】
 【ユベル→攻撃力:0】



 そして、THE DEATHから黒い光が放たれ…ユベルを包み込む。
 いや、ユベルの周りに現れた障壁が、ユベルを守っていた。



 「今だ、ユベル!」



 「『ナイトメア・ペイン』!!」



 十代とユベルの二人の声が重なり…。


 THE DEATHをすり抜け、斎王へと茨が伸び…。
 斎王に、ユベルがTHE DEATHから受けたダメージを返した…。



 【斎王→LP:0】



 「……勝った…」

 力が抜けたように思わずへたり込みそうになった十代に、斎王は声を掛けた。

 「見事でした、遊城十代君」

 「…サンキュな、斎王」

 「何のことですか?」

 斎王は、十代が何故そう言うのかを知っていた。
 それなのに何も言わなかったのは、彼の本当の心を知りたいと思ったからなのかもしれない。

 「俺、大事なモンがわかっていなかった。それがわかったから…だから」
 「…私は、私なりに運命を示したまで」

 そう。
 十代は強い。
 だが、まだ発達途上の子供に過ぎない。

 今回のように道に迷うかもしれない。

 だから、その時に示してやるのだ。

 進むべき運命―道―を。



 「ところで、貴方は『ハイパー・ゲート』の際に、『ユベル』を指定しましたが、本当は『ユベル』の究極態でも良かったのでは?」

 それは、斎王にとって当然の疑問だった。
 だが、返ってきたのはロマンチストととも取れる言葉だった。

 「…一緒に、戦いたかったからさ…」
 「?」
 「ユベルは、やっぱり俺の『友達』だから」

 「…『友達』ならば、自らの苦しみを理解してもらい、共有するのもまた必要なことです。
ただ、ひとつ」

 黙って十代の言葉を聞いていた斎王だが、口を開く。

 「何だ?」



 「…デュエルにおいて、感傷は無用なことが多いです。念の為に、ね」

 「ああ…ありがとう」

 十代の感謝の言葉に、斎王もまた、微笑みを返したのだった。





 「じゃあ、俺、もう帰るな」
 「また、いつでも来て下さい」
 「へへ、考えとく」

 十代は、頭を下げる。
 ユベルは十代のその行動を見て、自分もまたそれに倣った。

 …斎王に見えているのかはわからなかった。

 だが、主が取った行動は確かだと、ユベルの心は告げていた。





 斎王は1枚のカードを拾い上げる。
 それは、先程落とした『死神』のタロットカード。

 「どうやら、彼の運命は『再生』だったようですね」

 斎王はどこか満足そうだった。





 ------------------------------------------------------------------------------





 とある建物の、屋上。
 陽は傾き、赤い光を放つ。

 夕焼け空。

 その空を見ながら、何者かと会話している青年がいた。

 …携帯電話。
 電話の相手と、彼は砕けた口調で話していた。

 彼。

 …遊葉氷月。

 神とまで言われた、強大な力を持つ青年。



 「全ては、予定通りに進んでいるよ」

 愉しそうに、まるでゲームでもしているかも様な口調だった。

 「え?詰めが甘いんじゃないかって?うーん、そうだな」

 電話の相手に指摘され、氷月は少し迷ったように口を開いた。
 …もちろん、本心では、欠片も迷っていない。
 あくまでも、そう『演じている』だけ。
 万一、迷うことがあったとしても、彼にとって、それは『楽しい出来事』に過ぎなかった。

 「十代君は…彼は、強い。だが、その強さは、時として自らを傷つける」

 氷月は急に真剣な口調になった。

 …自分でもわかっている。
 自分が若い頃、その力を持て余したように。

 「鋭すぎるナイフは、自らを傷つけることもあるように、ね」

 研磨されすぎたものは、時に持つだけで傷つくこともある。
 触れる場所を誤れば、その身体は傷つく。

 「そろそろ君に協力を仰ぐ頃だろう。そのときはよろしく頼むよ」

 ピッ、と電子音と共に通話を切る。

 「やれやれ、なかなか面白いことになりそうじゃないか…」

 彼は、嬉しそうに夕陽を見ていた…。







 氷月が夕陽を見ていた頃…。
 同じように夕陽を見ていた人物がいた。

 カタン、と受話器を置いた。

 どうやら、氷月の電話の相手は、この人物だったらしい。


 床で、逆五芒星のネックレスが夕陽の光を受けて輝いていた。



後編に続く...






戻る ホーム 次へ