エピローグ




 ――7月23日午後9時11分

 足早に階段を上る音が聞こえる。

 すぐにその音は止まり、そして、扉を開く音が響く。

「遊戯! いつまで寝てるの! いくら夏休みって言ったって――」

 そこまで言って彼女は気付いた。

「って、起きてるじゃないの…」

「ママ、ちょっと悪いんだけど、今日はボク、約束してるから!」

 遊戯は既に着替えも終え、すれ違いざまに部屋を出るところだった。

「ちょ、ちょっと、ご飯はどうするの!」

「あ、後で!」

「後でって…」

 遊戯は階段を駆け足で下り、そのまま家の外へ出ていった。



 遊戯は強い気持ちにとらわれたまま、外に出たのだが――

(約束…って、何か約束してたっけ?)

 ふと立ち止まり、気付いた。

(約束なんかしてたっけ?)

 彼の中のもう一人の人格にも尋ねる。

(いや、オレは分からない…)

(うーん、夢でも見てたのかな…?)

(だが相棒、何か約束だけはしていたような気はするぜ…)

(うん、ボクもそんな気がする…。一応みんなに聞いてみよう!)

(ああ!)

 遊戯は城之内の家へと足を向けた。



「約束?」

「約束ねえ…」

「夢じゃないの、遊戯くん…」

 結局、みんなで集まることになった。

 だが誰一人として遊戯と約束はしていなかったし、遊戯の約束の正体についても分からなかった。

「あ、分かったぜ!」

 本田が少し身を乗り出して言う。

「昨日、海馬の奴が飲ませたあのレッド・ポーションとか言うヤツ! アレだ、アレだぜ原因は! 幻覚作用まであるとは危険なクスリだぜ!」

「そ、そう…」

 つれない様子の遊戯。

 そして、城之内も何か引っかかるものがあった。

「オレも約束した気がする…」

「はぁ? お前までオカシクなっちまったか…?」

「いや、間違いねえ! 何か大切な約束だけはしていたんだ。」

 右手で軽く頭を抱えて考え込む城之内。

「あれ?」

 杏子が何かに気付く。

「これ、昨日のピースの輪よね?」

 城之内の右手の甲を指差して言った。

「あ、ああ。そういや、レストランで描いたっけ?」

「城之内ぃ、昨日お風呂入った?」

「げ。」

 城之内の右手の甲には、くっきりとマジックの跡が残っていた。

「お風呂に入れば少しくらいマジックの跡は薄くなるはずなのに、このハッキリとした跡は何かしらねぇ?」

 少し いたずらめいた顔をして杏子が笑う。

「城之内〜、お前、不潔すぎー。」

「き、昨日は風呂ガマが壊れててだな!」

 本田と城之内がまたいつも通りドタバタ騒ぎ出そうとした時、

「ピースの輪…」

 遊戯は自分の消えかかったそれを見て呟いた。

 そして――



 フェイトによってねじ曲げられた運命が――元に戻るんだ。

 あの時、お前の手には確実にピースの輪があったぜ!

 ブレイブ、この見えるけど見えない絆を信じるんだ! そうすればオレ達はまたきっと会える!

 ブレイブ、待ってるよ…!

 みんな、ありがとう。……また、会おうね!



 フィードバックされる映像。

 それは「過去」のものではない。

 だが、遊戯にとっては大切な記憶だった。

「ブレイブ…!」

 遊戯は呟いて顔を上げた。

 夏の青空にブレイブの顔が浮かんだ気がした。





「兄サマ! 今日も順調だね!」

「ああ。」

 海馬ランド、ルーレットレストラン3階・コントロールルーム。

 海馬をはじめとしたスタッフ達がそこにはいた。

(そろそろ次の海馬ランド計画を進めねばならないな…!)

 海馬はコントロールルームを出ようとエレベータに向かう。

 と、その時――

「海馬ぁ!」

 突然、エレベータの扉が開き、なだれ込んでくる者達がいた。

 その片隅に気絶したような状態で座り込んでいる黒服の男が見えるところ、無理やり入ってきたのだろう。

 コントロールルーム内は騒がしくなった。

「遊戯…!」

「お願いがあるんだ、海馬くん!」

「願いだと!」

「ボク達をブレイブのいる村まで連れて行ってほしいんだ!」

「!」

 いきなりの注文に少しの間言葉を失う海馬だったが――

「ブレイブ…、フン、オレの知ったところではない! 邪魔だ遊戯!」

 無視してエレベータに乗り込もうとする。

 だが――

「あ、あんなところにいいヤツはっけーん!」

 城之内が突如コンソール前に座った黒服の男を指差す。

「え?」

 振り向いたその男は――スエズだった。

「貴様の村でもいいぜ! 案内しやがれ!」

 椅子からスエズをひきずり倒して無理やりに連れて行こうとする。

 スエズの前のモニターにはエラーメッセージが出ていた。

「ぬううう! 城之内め…!」



「うひょー、さすが海馬コーポレーションだぜ!」

「く…!」

 エンジン音と風の音が支配する空間。

 そこに遊戯達はいた。

「フン、たまたまオレの目的地に近かったから乗せてやっているまで! 帰りの保証などしない!」

 海馬の方が折れて遊戯達を案内することになったのだ。

 目指すはブレイブの住む、ミッド村。

「この海の向こうにブレイブはいるんだ…」

 昨日会ったばかりの友人に会いに行くためだけにしては豪快な旅だった。

 だが、彼らはまた会おうと約束したのだ。

 遊戯達はそれを守っているだけに過ぎない。





 同時刻。

 ブレイブはミッド村にいた。

 いつものように仕事を手伝いつつも、心に引っかかる約束が気になっていた。

(何かが、約束したんだけどなぁ…)

 ふと見た右手の甲に黒いラインがあった。

「?」

 最初は首を傾げたが、ブレイブはその正体に気付いた。

「ピースの輪!」





 もはや、あまり遠くない空の向こうに、彼はいる。

 彼とは過去には会ったことはない。しかし、彼らには確実な記憶があった。

 ――なぜ過去に起こっていないことを覚えているのだろうか?

 なぜなら、彼らにはあったから……



 それは――見えるけど見えない絆。







 運命の支配者・完







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