25章 ブレイブの願い




「ぜっつぼう、ぜっつぼう〜、オレ様のターン!」

 のん気に口ずさみながらフェイトはカードを引く。

「さて特殊能力を使わせてもらおっかな…」

 そう言うと同時に、タイム・クラッシャーの針が回り、止まる。

 もう、結果は分かっていたことだ。

「ドローフェイズスキップね。」

 フェイトのターンは終わる。



 遊戯の希望は完全に失われた。

 この世の全てがフェイトの知るところにある。

 遊戯が負けた後どうなるかまで、フェイトには手に取るように分かっているのだろう。



 暗闇の中で遊戯は立ち尽くしていた。

(奴にはオレが起こすことの何もかもが見えている)

 前は絶望の闇。左も絶望の闇。右も上も下も後ろも絶望の闇。

(何を考え、どう抵抗したところで無駄なことなのか…!)

 全てが闇ならそれを見る必要もない。

 目を閉じた方がいい。

 だが目を閉じると不思議と仲間達の顔が浮かび上がってくる。

(城之内くん……杏子……本田くん……御伽……獏良くん……海馬……そして、相棒……)

 他にも遊戯と出会った人達が浮かび上がっていく。

 そして今はもう一つ大きく見えるものがあった。

(ブレイブ…?)

 その瞬間――

「まさか!」

 遊戯に電撃が走った。

(もし奴が干渉出来ないのなら、その鍵となるのは――!)

 遊戯は前を見据えた。

 その瞳に映ったのは浮遊する3つの千年アイテム。

 一面の絶望の闇に一寸の光が差し込んだ。



「どうしたのかなァ?」

「フフフ…、気付いたんだよ!」

「気付いたって、その付せカードを一か八かで使うってこと? 無駄だからやめといた方がいいよ。」

 その一言に遊戯はニヤリと笑みを作った。

「今のお前の一言で確信したぜ!」

「え?」

「オレの希望がまだ残っていることにな!」

「……そ、そんな!?」

 その時フェイトの顔に初めて焦りの表情が浮かんだ。



「貴様の力は万能ではない…!」

「全ての運命がフェイトによって操作されているとしたら、それが及ばないところが1つだけある!」

「それは――フェイト、貴様自身だ! 貴様の作った運命に、貴様自身が操作されることだけはない!」

「ハ、ハハ! そ、それがどうした? そんなの当たり前だろ?」

「フフフ…、ならどうして驚いている?」

「貴様が全ての運命を見ることができるのなら、オレが今このことを言い当てることも分かっていたはずだぜ!」

「う…」

「分かっているぜ、貴様は自分自身に関することを見ることができないんだ!」

「そ、そ、それを知ったところで、お前にはどうすることもできんわ! お前がいくらあがいたところでオレ様には全てが見えて――」

「いや、あるぜ! とっておきの作戦がな!」

「……!」

「今、貴様をこの世に留めているものは――3つの千年アイテム!」

 フェイトの周囲を浮遊している3つの千年アイテムを指差す。

「それに干渉すれば、貴様の体は運命操作の力に耐え切れず、その力は失われる!」

「バカが! 干渉なんかできねえよ!」

「貴様には見ることが出来るか? 千年アイテムの中を! その中で苦しみ悶えている声を!」

「……」

「貴様の身勝手な運命に弄ばれてた魂――今は憎しみや絶望に染まっているかもしれない…。だが、魂はまだ救うことが出来る! 彼らの魂を救い出せば、千年アイテムは消滅する!」

「ヘ…ヘヘ…! 魂を救うなんて出来るわけないじゃん! 大体、千年アイテムの中に声なんて届いちゃあないって!」

「フフ…、まだ貴様には分からないか? オレ達の切り札が!」

「へ、切り札……バカみてえ。」

 口先で笑う。フェイトの運命にはそんな切り札は存在しないのだ。

 だが、ここに切り札は存在する。

「――ブレイブ!」

 遊戯は振り返り、後ろのブレイブを見る。

「……うん。」

 遊戯の声にブレイブはゆっくりと返事をする。

「…任せたぜ!」

「うん、任せて!」

 ブレイブは頷いて、浮遊している千年アイテムをしっかりと見た。

 そして、足元からその体は消えていく。

「ブ、ブレイブ…?」

 突然に消えだしたブレイブに御伽が驚く。

「千年アイテムに入れるのは、声が届くのは……、ぼくだけなんだ。」

 少しパニックになっている御伽にそう言って、ブレイブの体はさらに消えていく。

 それを追うように、セダがブレイブに呼びかける。

「ノディのことも…頼む!」

 セダの頼みにブレイブは頷き、そして――その体は完全に消えた。

 そこに小さな光が現れ、それは千年アイテムの方に向かって飛んでいく。

 その光は小さかったが、闇の中でも負けずに光り続けていた。



「ブレイブ…」

 城之内はブレイブが消える前にあるものを見つけていた。

 それは、右手の黒いラクガキ。

(あれは、ピースの輪…)

 城之内は右手の甲に目を落とした。そこに描かれた落書きは、輝いて見えた。





 闇の中にブレイブはいた。

 周りから聞こえてくるのは――声。

 苦しみに満ちた声。絶望する声。憎しみに包まれた声。

 どれも聞いているだけでおかしくなりそうなほど悲痛なものだった。

 だが、ブレイブはとらわれない。

「みんなの気持ちは痛いほどよく分かる。でも、このままじゃいけないんだ!」





 遊戯は思考時間をギリギリまで使って、ブレイブを待っている。

「……ターンエンド。」

 だがそれも終わり、遊戯はターン終了の宣言をする。

 そして、宣言と同時にドーム天井に18個目の明かりが点いた。

 残り2カウント。

 次の遊戯のターンまでに決着をつけなければ遊戯の敗北が確定してしまう。





「みんな! 希望を持って!」

「今、必要なのは前向きになった強い意志!」

「それがあれば、歪められた運命を元に戻せるんだ!」





「オレ様のターン!」

 無常にもターンは移行する。

「オレ様はタイム・クラッシャーの特殊能力を発動!」

 と同時に時計の針が回り始める。

 これでまたドローフェイズがスキップされれば、遊戯の敗北が決まってしまう。

(もう、見えてるんだよ! ドローフェイズスキップの運命はな!)

 だが、遊戯はあきらめていない。

(ブレイブ――頑張ってくれ! そして、千年アイテムに封印された多くの魂達――ブレイブの願いを聞き入れてくれ!)





「憎しみにとらわれないで!」

「未来に絶望しないで!」

「フェイトの運命を切り崩せるのは、ぼく達しかいないんだ!」

「運命と闘おう!」

「きっと、ぼく達の――ぼく達が切り開く運命が見えてくるはずだから!」





 もうすぐ針は止まる。

 減速しながらEの文字を通り越し、Dに差し掛かる。

(ホラホラ、ドローフェイズで…!)

 しかし、針はドローフェイズでは止まらなかった。



 ――午前1時58分

 海馬コーポレーションは、デュエルディスクのアップデートプログラムを全国に配信した。

 そのきっかけは、海馬とスエズが遮断されていた外部への通信回線を開いた瞬間に起こった。

 それは、デュエルディスクのバグ報告。

 それが海馬の耳に止まり、直ちに改正プログラムが配信されたのだ。

 そして、その改正プログラムは、遊戯とフェイトのデュエルディスクの乱数に影響を与えていた。

 フェイトが見た運命にはなかったことだった。



「S――スタンバイフェイズ…! な、なんでぇぇ!」

 タイム・クラッシャーが破壊したのは遊戯のスタンバイフェイズ。

「フフ…、残念だったな!」

 フェイトの運命は現実にはならなかった。

 彼の見ている未来――ドローフェイズをスキップされ絶望のまま敗北していく遊戯の姿は、彼の中にしかない。

 フェイトが支配する運命は、単なる妄想になった。



「オレのターン!」

 最後の遊戯のターン。

フェイト
LP 600
追い剥ぎゴブリン
【永続罠】
相手は攻撃を受ける度に
手札を1枚捨てる。
タイム・クラッシャー
守備表示
攻1200
守2800
カオス・シールド
防御シールドを発生させ
守備力を上げる



ブラック・マジシャン・ガール
攻撃表示
攻2500
守1700
ビッグ・シールド・ガードナー
守備表示
攻100
守2600
伏せカード
『マジシャンズ・コンビネーション』
敗北まで
1カウント
遊戯
LP 2000

 現在、終焉のカウントダウンのカウントは残り1。

 このターンの終わりまでに決着をつけなければ遊戯は敗北してしまう。

 守備力2800のタイム・クラッシャーを打ち破らなければ、勝つことは出来ない。

「オレのドローフェイズ!」

 ようやくやってきたドローフェイズを噛みしめるように遊戯は宣言する。

 このドローカードに遊戯の命運がかかっているのだ。

「ヒヒヒヒヒ……アヒャヒャヒャ!」

 しかし、フェイトは笑う。

「オレ様の運命を知る力が失われたとしても、力を失う前に見たものは変わりようのない事実!」

「何…!?」

「――つまりオレ様は、お前のデッキのカードは全て把握しているっつうこと! もちろん、このターンお前が引くカードもな!」

「……!」

 運命の力を打ち破られたフェイトが再び自信を付ける。

「せっかくなのでドローカードを当ててやろう。ヒャヒャ、貴様が次にドローするカードは――マジシャンズ・コンビネーション! 今の状況ではまるで役に立たないカード! アーーーヒャヒャヒャァ!」

 遊戯の落胆する顔に期待を寄せつつ大声で笑った。だが、その一言は遊戯に希望を与えてしまった。

「残念だったな!」

「え?」

「そのカードは、すでにここにあるぜ。」

 遊戯はディスクの伏せカードをフェイトに見せる。

 その伏せカードは、マジシャンズ・コンビネーション。

「な、ななななんでだぁぁ!」

 落胆するフェイト。

 彼の見た運命が、いつから現実と食い違っていたのかは分からない。

 だが、彼が力を失う前に見ていた運命も、全てが現実にはならなかったのは紛れもない事実なのだ。

「それじゃあ改めてカードを引かせてもらうぜ!」

 今、遊戯が思い浮かべているカードは1つ。

 勝利のピースとなるそのカードに願いを込めてデッキからカードを引く。

 そして――

「オレの運命は勝利を教えてくれたぜ!」

「……!」

 遊戯は勝利を確信した。

「死者蘇生発動! ブラック・マジシャンを蘇生!」

 光に包まれて黒き魔術師が場に現れる。

「そして、今こそ使わせてもらうぜこのカードを! マジシャンズ・コンビネーション!」

マジシャンズ・コンビネーション
【魔法カード】
魔術師の合体攻撃によりその攻撃力は一つとなり、
守備表示モンスター相手でもダメージを与えられる。

「行くぜ、ブラック・マジシャン師弟の合体攻撃!」

 2人の魔術師の杖に魔力が集まっていき、攻撃力の表示も見る見るうちに上昇していく。

 その矛先はフェイトのタイム・クラッシャー。

 攻撃力4500と守備力2800。

 しかも守備表示モンスターに攻撃しても、超過ダメージを与えることができる。

 そして今、フェイトのライフポイントは僅か600。

 勝負は決まった。

「ままままさか、負けるゥゥ!?」

 妄想から覚めたフェイトに、初めて恐怖が浮かび上がった。

「タ、タタ……タンマ! タンマ! タンマぁぁ!!」

 恐怖から逃れるために抵抗するフェイト。

 だが、そこには自分の犯したことを悔いる気持ちは微塵もなかった。

 遊戯と魔術師師弟の攻撃は止まらない。

「ブラック・バーニング・マジック!!」

 遊戯の宣言と共に、杖に溜まった魔力がタイム・クラッシャーに叩き込まれる。

――ズガガガガアアアア!!

 周囲を見渡せないほど強力な攻撃。

 タイム・クラッシャーは一瞬でその原型を失い、その先のフェイトも巻き込まれた。

「ぎゃあああああああ!!」

 巨大な魔力攻撃はフェイトの絶叫さえもかき消していく。

 そしてその体さえも、跡形なく消し去ったのだった。

 フェイト LP 600 → 0



 武藤遊戯 vs 運命の支配者フェイト

 勝者・武藤遊戯





 フェイトは消え去った。

 千年アイテムもまた、なくなっていた。

 遊戯が周りを見渡すと、そこにはコントロールルームに残っていたはずの6人――杏子、舞、海馬、モクバ、磯野、スエズ――と、ノディの姿があった。

 さらには、外にいた本田と獏良も駆けて来ている。

「やったな! 遊戯!」

 勝利の喜びを顔に貼り付けて、城之内が遊戯に近づいていく。

「ああ…」

 だが、ブレイブの姿はない。

「ブレイブか……」

「……」

 城之内の顔が暗くなる。

 ブレイブは既に死んでいたのだ。戻ってこなくて当然である。

 だが、遊戯達にとってブレイブは最初から死人ではなかった。

 一日限りではあったが、友として信頼しあえたブレイブ。彼を失ったこの結末を素直に受け入れることはできなかった。

 勝利の喜びが一段落した今、それはじわじわと遊戯達の心で大きくなっていった。



 先程海馬コーポレーションに届いたデュエルディスクのバグ報告は、ユーザーの電子メールによるものであった。

 バグ自体は大したことのないものだった。現に海馬がほんの2分ほどで直している。

 だが、その送り主は――ノディウス・プロメス。

 バグ報告ついでに、海馬コーポレーションで働く兄に宛てたメールだったのだ。

 しかも、遠い国――彼が活躍している水泳の実業団から。



 遊戯の視界が急に歪んだ。

「?」

 城之内、海馬、他の全員の視界もまた歪んでいく。

「これは…?」

「ど、どうした?」

「何が起こった!?」

 突然の現象に慌てふためく遊戯達。

 そんな中で、一人の声が聞こえた。

「みんな!」

 その声は心の中に直接語りかけていた。声の主の姿は見えない。

「ブ、ブレイブ…?」

「お、お前、どうなったんだ?」

 見えないブレイブに尋ねる。

 少し間を置いて、ブレイブは答える。

「……元に戻るんだ。」

「え?」

 不意を打つような一言に動揺してしまう。

「フェイトによってねじ曲げられた運命が――元に戻るんだ。」

「どういうことなんだ?」

「千年アイテムの中にいたみんなの強い意思が、フェイトの運命を打ち破って、全てを元に戻したんだ。」

「元に、戻した――」

「うん、これがぼくの、みんなの、願い……」



 歪められた運命は元に戻る。

 フェイトが操作した運命は、なかったことになる。

 ガルド村がなくなる幻影を見せられたあの日、フェイトは運命を操作していた。

 操作され歪められた運命は元に戻る。つまり、はじめからこんな悲劇はなかったのだ。

 ブレイブは夢に憧れて暮らし続け、セダ兄弟はそれぞれの夢を実現する。

 そして遊戯達は海馬ランドに閉じ込められることなくそれぞれの帰路に着くのだ。



「だから、ぼくとも会わなかったことになるのかな?」

 少し声のトーンが落ちてブレイブが言う。

「ブレイブ…」

 ブレイブと会わなかったことになれば、当然遊戯達にも彼のことは記憶されない。

「ちょっと残念かな?」

 少し明るくふるまってブレイブは言った。

 だが、無理しているのは誰からも明らかだ。

 少しの沈黙が場を支配する。



「ブレイブ、右手の甲には何がある?」

 城之内が突然言った。

「え?」

 突然のことで一瞬戸惑うブレイブだが、すぐに答えた。

「ピースの輪…」

「ああ、そうだ!」

 今、遊戯達の手の甲にはピースの輪のかけらが描かれている。

 モクバが描いたのだろうか、海馬の手の甲にもそれがあった。

「今はお前のピースの輪は見えねえが、あの時、お前の手には確実にピースの輪があったぜ!」

「え…」

 城之内に続いて遊戯も話しかける。

「そう…、だからブレイブ、この見えるけど見えない絆を信じるんだ! そうすればオレ達はまたきっと会える!」

「遊戯くん…」

 さらにもう一人の遊戯も。

「ブレイブ、待ってるよ…!」

「うん…!」

 そして、視界は眼前が見えないほど薄れ、声は内容を聞き分けるのが困難なほど小さくなった。

 だが、遊戯達の心には大きく膨れ上がるものがあった。

「みんな、ありがとう。……また、会おうね!」

 最後にブレイブの声が響いて、視界は真っ白になった。

 もはや何も見えず、聞こえない。



 一つの歪んだ運命が消え、元に戻った瞬間だった。




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