24章 ラプラスの悪魔




「遊戯くん…」

 今や遊戯の手札は0枚。

 かろうじて場には攻撃力2500のブラック・マジシャン・ガールがいるものの、たやすく打破されかねない危機感が遊戯にはあった。

 運命の支配者――その言葉が徐々に重くなってきていた。



「ギャハハハ! オレ様のターンはまだ終わってないんだよねェー!」

「く…」

 フェイトは2枚の手札のうち1枚を場に出す。

「このカードが、運命の支配者をお前達にイヤというほどご教授しちまうよ!」

「オレ様は7号を生け贄に捧げ――タイム・クラッシャーを守備表示で召喚だ!」

フェイト
LP 600
追い剥ぎゴブリン
【永続罠】
相手は攻撃を受ける度に
手札を1枚捨てる。
タイム・クラッシャー
守備表示
攻1200
守1800


ブラック・マジシャン・ガール
攻撃表示
攻2500
守1700
ビッグ・シールド・ガードナー
守備表示
攻100
守2600
敗北まで
12カウント
遊戯
LP 2000

「タイム・クラッシャー!」

 1つの時計が体に仕込まれた機械モンスターが現れた。

 だが、その時計には数字が書かれていない。

「もちろんコイツには特殊能力があるんだよねえ!」

 時計には、数字の代わりに5つのアルファベットが書かれていた。

 そのアルファベットは、D、S、M、B、E。

「1ターンに1回、自分のバトルフェイズをスキップすることで、特殊能力が使える。」

「その特殊能力とは――次の相手ターンのフェイズをどれか1つランダムでスキップする能力!」

「フェイズ・スキップ――時の破壊…!」

「そうそう、そういうことなんだよ!」

 フェイトは満足そうに頷く。

 時計に書かれた5つのアルファベットは、それぞれのフェイズを表していたのだ。



「タイム・クラッシャー、恐ろしいモンスターだぜ! ターンの一部が削られちまう!」

「いや城之内、オレはそうは思わない。」

「え?」

「この効果はあくまでランダム性が伴う。メインフェイズやバトルフェイズを削れるならともかく、スタンバイフェイズやエンドフェイズを削ったところでほとんど意味はないぜ。」

「そういや、そうだよな…。守備力も大したことないし、倒そうと思えば簡単に倒せるよな…」

 城之内は頷いたが、胸の内ではスッキリできなかった。

 それはブレイブもセダも同じだった。

(絶対に何か裏があるぜ…)

(運命の…支配者……)



「つーことで、早速効果を使っちゃおう!」

 フェイトの宣言と同時に、タイム・クラッシャーの時計の針が回りだす。

 長針、短針が揃って回る。

「この針は、オレ様やお前が干渉することなく勝手に止まるから。」

 ぼそっと付け足す。

 完全なランダム性とはそういうことなのだ。

 針の止まる位置を決めるのはデュエルディスク内部のコンピュータ。

 誰の意思にも従わずに針は止まる。

「針が示したのは――『B』!」

「B…。バトルフェイズ! 次のターン、マジシャン・ガールでの攻撃はできない!」

「その通り! 頭イイじゃん!」

「く…」

「てことでオレ様のターンはお終いですよ。」



「オレの…ターン。」

 宣言して遊戯は自分のデッキを見据える。

 現在、遊戯の手札は0枚。

 このターンのドローカードがこの状況を打ち破る鍵となるのだ。

「ムダだって。」

「!」

 そこに飛び込むフェイトの声。

「どういうことだ…!」

「言葉どおりの意味。ムダ、むだ、無駄。」

「なぜ無駄だと言い切れる! カードを引いてみなければ分からないぜ!」

「なぜなら、そのカードはコンボじゃないと役に立たないからね…」

「何だと!」

 自信溢れるフェイトに挑発され、遊戯は少し乱暴にカードをドローする。

 ドローカードは――マジシャンズ・コンビネーション。

 魔術師の連携によってのみ力を発揮できる魔法カードだ。

「……」

 遊戯の顔が一層険しくなる。

「ほらね?」

 軽々しい調子で追い詰めるフェイトの言葉が遊戯に突き刺さる。

(なぜ奴は、オレのドローカードを――! 千年アイテムの力だというのか!)

「く…、オレはカードを1枚伏せてターンエンド…」

 遊戯はマジシャンズ・コンビネーションを場に伏せた。

フェイト
LP 600
追い剥ぎゴブリン
【永続罠】
相手は攻撃を受ける度に
手札を1枚捨てる。
タイム・クラッシャー
守備表示
攻1200
守1800


ブラック・マジシャン・ガール
攻撃表示
攻2500
守1700
ビッグ・シールド・ガードナー
守備表示
攻100
守2600
伏せカード
『マジシャンズ・コンビネーション』
敗北まで
10カウント
遊戯
LP 2000



「オレ様のターンか…」

 フェイトは呟き――

「ドローカードを使うとしよう!」

 ドローしたカードをまた見もせずに場に出した。

「カオス・シールドを張り、守備力アップ!」

フェイト
LP 600
追い剥ぎゴブリン
【永続罠】
相手は攻撃を受ける度に
手札を1枚捨てる。
タイム・クラッシャー
守備表示
攻1200
守2800
カオス・シールド
防御シールドを発生させ
守備力を上げる



ブラック・マジシャン・ガール
攻撃表示
攻2500
守1700
ビッグ・シールド・ガードナー
守備表示
攻100
守2600
伏せカード
『マジシャンズ・コンビネーション』
敗北まで
10カウント
遊戯
LP 2000

「く…! タイム・クラッシャーを戦闘で倒せなくなった!」

「ゲギャギャギャ! さ・ら・に! タイム・クラッシャーの効果発動だよ!」

 針が回る。

「……」

 針は誰の意思にも従わず、無機質的に止まっていく。

 針が止まり、それが示したアルファベットは――D。

「ドローフェイズ!」

「シシシシ! その通り!」

「オレ様は、ターン、エ・ン・ド!」



「オレの…ターン…」

 遊戯のターン。

 遊戯はデッキからドローができない。

 そして遊戯の手札は0枚。

 場のモンスターや伏せカードにも今の状況を打破できるものはない。

(このターンは、何もできない…)

「ターン…エンド…」



「ビャビャビャ! オレ様のターン!」

 奇妙な笑い声に包まれたままフェイトのターン。

「タイム・クラッシャーの特殊能力発動!」

 宣言に合わせて、針が回る。

 コンピュータ内部の電気信号によって針の止まる場所が決まり――

 まもなく針は止まった。

 針が指し示したのは――D。

「またドローフェイズ!」

「ワッハッハッハ!」

 驚愕の遊戯と、笑うフェイト。

 遊戯の希望は消滅しかけていた。



 そしてターンは移行されたが、遊戯は何もできず、またフェイトのターン。

「特殊能力発動!」

 コンピュータは無作為に選び、針はDを指して止まる。

「またドローフェイズ…。あり得ない…!」

「あり得ない? へぇ。別におかしくないじゃん。たまたまだよ。」

「タイム・クラッシャー4回の効果――いずれも貴様が最も都合のいい結果となった。これが千年アイテムの力だというのか…!」

「ちゃうちゃう、千年アイテムはオレ様の体と、闇のゲームを行うことしか関与してないよ。」

「なら一体…」

「ねぇ、ちゃんと話聞いてた? 今オレ様が持っている運命の力は、オレ様の体が本になるのと引き換えに得たものだってコト。」

「まあ、それからそのコツを掴んだり、幻影を見せる力をつける様になるまで、また語るに長い苦労が――」

「運命の力…」

 フェイトの話を遮るようにして遊戯は呟いた。

「おっと、変な方向に話がいっちゃったね。…まあとにかく、オレが運命の支配者だってことを教えてやるよ!」

「……」

「そこの外野!」

 フェイトは御伽を指名する。

「オレ?」

「そうそう、お前の耳につけてるダイス貸してくれ。」

「どうしてこれが…?」

「よこせっての。」

「……く、分かった。」

 仕方なしに御伽はダイスを放る。

「さて! 今からオレはこのダイスを投げます。4の目を出します。」

 ダイスを拾いながらフェイトは言う。

「そんなことできるわけ…」

 反論させるのも程々に、フェイトは手に持ったダイスを落とす。

「……」

 ダイスの目は――4だった。

「ね?」

「く…!」

 フェイトはそれから5回同じようにダイスを投げたが、全てその数を言い当てた。



「運命って言うのは――そんなものなんだよ。決まってるんだ。」

「決まっているだと…」

「ダイスの出る目はイカサマを使わなくても決まっている。」

「まさか、それを運命が決めていると言うのか!? フ…、オレは信じないぜ! 運命は自分の手で――」

「落ち着け、落ち着けよ。」

「く…」

「ダイスの出る目つうのは――ダイスを投げた高さ、投げた力や向き、地面やサイコロの材質、空気抵抗など――これらの要素で決まっている。少し考えりゃ分かるだろ?」

「それがどうなると…」

「オレ様には分かっちゃうんだよ! ダイスを投げた高さ、投げた力や向き、地面やサイコロの材質、空気抵抗――そして、それらが及ぼす結末までも見える。」

「さらには自分の思うように調整もできる。4の目を出すには、どのような力や高さで投げればいいか、体が勝手に動いてくれるわけ!」

「そしてこれはダイスだけに限ったことじゃあなく――」

「アリンコ1匹が探しているエサから、明日の天気まで、ありとあらゆることがオレ様には分かる。」

「人の体のどこをどんな風に突けば気絶するだとか、分かるしそれができる。」

「コンピュータの挙動は電気信号で決まるから、どのタイミングで時計の針の回転をスタートさせれば、自分の望む結果になるのかも分かる。」

「人の心も、所詮、脳の活動の一部――それを知るのもたやすい。」

「感情によってデッキのシャッフル回数が違おうがそれも見える。互いのデッキの内容、手札、伏せカード――全てが分かる。」

「そして、幻影を見せられた者達の末路も……!」

 ニヤリと笑う。

 誰もが背筋にゾクリとくるものを感じた。

「……それが運命の支配者ってことなんだよ!」

「……!」

「ヒャヒャヒャ! アヒャ! アヒヒヒヒヒ!」

 そしてまた大声で笑う。

 運命の支配者――それは全てが見える者。

 たとえ抵抗しても抵抗すること自体が彼には読まれ、絶望して放棄してもそれさえも読まれている。

 どのように振る舞ったところで、それは全て彼の予想範疇にあるのだ。

 そして彼には、世界の終わりまで見通せるのかもしれなかった。



 ターンは移行した。

 遊戯のターン。しかしドローはできない。手札はない。場のカードは状況を変えられない。

 何もできない。

「ターン…エンド…」

 ふと遊戯はドームの天井を見上げた。

 16個目の明かりが点くところだった。





補足

作中には、「ラプラスの悪魔」という言葉は一切出てきませんでしたが、フェイトの手に入れた運命を見る力はラプラスの悪魔(またはラプラスの魔)とほぼ同じです。
興味のある方は、一度調べてみることをオススメします。




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