19章 冥界の魔王




――午前0時36分

 階下から近づく足音が次第に大きくなっている。

 足音は勇ましく感じられた。足音の主が強固な意志を持つことが足音からだけでも分かるほどだった。

 足音の主は、既に階段に差し掛かっていた。

「あれから、やけに時間が掛かったな…」

 黒服の男――セダは、呟いた。

 セダ――彼こそが、1階、2階で遊戯と闘った分身の本体である。

 その顔立ちや声は、分身のものと同じだ。

 ……足音が止まる。

 セダの前に遊戯、城之内、ブレイブが現れた。

「お前が分身どもの本体だな…?」

 遊戯が一歩前に進み出て言った。

「いかにも。」

 セダは答える。落ち着きを払った声だが、その視線は遊戯を睨みつけている。

「貴様に勝てば、御伽は返してもらえるんだろうな…」

 言いながら遊戯はディスクを構える。

「…ほう。貴様――3連戦するつもりか…!?」

「ああ。お前にオレの正義を叩き込むためにな!」

「正義だと…。ハハハ…、貴様如きの正義などに価値はない!」

「……」

「まあいい、オレに勝ったら御伽は返す。…さあ、行くぞ!」

 セダもディスクを構える。

 お互い、睨み合うように相手を見据える。

 そして――

「デュエル!」

 遊戯 LP 500

 セダ LP 4000

 ――3回戦が始まった。



「オレから行くぞ…」

 先攻はセダ。ゆっくりとカードを1枚引く。



 デュエル始まって早々、城之内とブレイブは、気が気でなかった。

(遊戯のライフはわずか500。大丈夫と言われても、さすがにこればっかりは……)

(彼の手札に、ダメージカードがあったらそれだけで……)



 セダはカードを1枚場に出した。

「――幻影の壁を召喚。」

セダ
LP 4000
幻影の壁
守備表示
攻1000
守1850





遊戯
LP 500

 闇に紛れてモンスターが召喚される。

 「壁」と名乗ってはいるが、闇に隠れてその壁を見ることはできない。唯一見えるのは壁の中心に浮かぶ顔だけだった。

「…ターンエンドだ。」

 セダはターンを終える。

「やはりな…!」

 遊戯はニヤリと笑みをこぼした。

「…ちっ。」

 セダは舌打ちをする。

「ど、どういうことなんだ、遊戯?」

「簡単なことさ、城之内くん。」

「ダメージデッキは、コンボ前提でリスクを覚悟しなければ成り立たない。つまり、力不足な戦術と言えるんだ。」

「だから、ライフの減らない卑怯な手を使い、それを解消した。」

「――だが、ライフの減らない罠に気付いたオレ達は、3階ではデュエリストを交代するだろう。」

「そうなればライフは互角。ダメージデッキでは力不足。――となれば、ダメージカードを使っている余裕などない。……こういうことさ。」

「な、なるほど…!」

 納得して様子で、城之内は大きく頷く。

 しかめ面をしたセダが、口を挟んでくる。

「しかし、いずれにせよ貴様のライフは500。不利であることには変わりない…」

「フフ…、不利だろうがオレは勝つぜ!」

 自信溢れた声で遊戯は返す。

「く…!」

 その顔はますます険しくなった。



「さあ、オレのターンだ! ドロー!」

 遊戯は力強く宣言してカードを引く。

「オレは異次元の女戦士を守備表示で召喚し――ターンエンド!」

セダ
LP 4000
幻影の壁
守備表示
攻1000
守1850


異次元の女戦士
守備表示
攻1500
守1600
遊戯
LP 500

 残りライフ500の精神力とは思えないほど、遊戯はたくましく感じられた。



「オレのターン…」

 セダはカードを引き、ニヤリと笑みをつくる。

(引き当てた、あのカードを…!)

「オレは幻影の壁を生け贄に捧げ――冥界の魔王ハ・デスを召喚!」

セダ
LP 4000
冥界の魔王ハ・デス
攻撃表示
攻2450
守1600


異次元の女戦士
守備表示
攻1500
守1600
遊戯
LP 500

 闇に浮かぶ顔が消え、そこから漆黒のローブで身を包んだ男が現れる。

 男の顔は悪意に満ちたものだった。

 身に着けたローブには苦悶の表情を浮かべた顔が浮かび、左手に持つカクテルグラスは血で満たされている。

 まさに悪魔――そう呼ぶのがふさわしい。

「ハハハ…。これこそが闇をつかさどる魔王――ハ・デスだ!」

「ハ・デス……」

「さあ、ハ・デスよ! 異次元の女戦士を闇に取り込むのだ!」

 ハ・デスの目が光り、女戦士に詰め寄る。

「だが、異次元の女戦士には特殊能力がある…」

「残念だが、ハ・デスの闇に呑まれた者は、あがくことすらできない!」

――グガァァァ!

 ハ・デスの右手から闇が作られ、女戦士を呑みこんでいく。

 女戦士は何もできぬまま闇に呑まれ、消えていった。

「…くっ。」

「ハハハ…! 闇に呑まれ消え行く姿は格別だ…」

 セダは笑う。それが、ハ・デスの笑いと重なって一層不気味に映った。

「く…」

 闇が遊戯に迫りつつある。

「ターン終了だ…」

 セダのターンは終わる。



「オレのターン…、ドロー。」

 気押されしたまま、遊戯のターンを迎える。

 ただでさえ闇のゲームで精神力を削られ、さらにライフも僅かな状況であるのだ。

 弱気になったままでは、闇に飲まれてしまう。

 だが――遊戯には仲間がいる。

「遊戯、負けんなよ!」

「遊戯くん、頑張って!」

 仲間の声が、遊戯の支えとなっていく。

「セダの奴なんてぶっ飛ばせ!」

「がんばれぇ!」

 仲間の力――それが遊戯を闇から救い出した。

(ありがとう…!)

 心の中で大きく感謝して、それに応えるために、カードを引こうとデッキに手を伸ばす。

 しかし――

「何故だ…」

 仲間達の応援はセダにも影響を与えていた。

「ノディにもスエズにも、オレのことは黙っておくように言っておいたはず…」

 驚愕の表情が浮かんでいる。

「何故だ…!」

 セダの視線は遊戯の後ろに向けられる。

「え、オレ?」

 セダは城之内を睨みつけていた。

「何故――オレの名前を知っている!? オレは名乗った覚えはない!」

「……あ!」

 ハッと気がつく城之内。

「アレ? 何でオレ…知ってんだ?」

 無意識のうちに口に出していたのか、言った当人が頭をかしげてしまう。

「ごまかすな!!」

 城之内の態度に、ますます口調が荒くなる。

 2階での闘いで垣間見せた驚きの表情とは比にならないほどの大きな衝撃が、顔に表れていた。

「……ぼくが教えたんだ。」

 一歩進み出てブレイブが代わりに答える。

「何…!」

「2階での決闘が終わった後、ぼくは教えたんだ。――ここに来た目的を…!」

「……! ま、まさか……」

 彼の声を聞いて、彼の姿を見て、セダは気付く。

「お、お前は――!」

 驚愕のあまり、セダはまばたきすることも忘れ、目は見開いたままだった。

「お前はあの時の――!」

 言いながら、体が震えている。

「どうしてここにいるんだ!? ……ブレイブ!」

 ようやく疑問を口に出せたセダ。

 ブレイブは少し顔を曇らせて、それに答えた。

「……ぼくはもう死んでいる。」

「なに……!」

「千年アイテムに心をはじかれ、今、魂だけここにあるんだ。」

「魂だけ…。まさか千年アイテムが完成しなかったのは貴様が――」

「そう、ぼくの魂が足りなかったからだ。……ぼくこそが99人目の魂なんだ。」

「馬鹿な…!」

 愕然となるセダ。

 ……セダは知らなかったのだ。

 「魂の負のパワー」が足りないのではなく、「魂の数自体」が足りなかったことに。

(それじゃあ、わざわざ強い魂を求めて、こんなことをした意味は何だったんだ……)

 膝を着いて頭がうなだれる。

 しかし、彼の頭に浮かび上がってくる――村人達の顔、両親の顔。

(だが、いずれにせよ、ここで遊戯に勝ちさえすれば――魂は集まるはず!)

(そうすれば、オレはようやく救い出せるんだ!)

 セダは顔をあげる。

「オレは負けるわけにはいかない。たとえオレ自身が闇に染まろうと、あと一人、あと一人で、全員が助かるんだ!」

 立ち上がり、ディスクを構える。

「助かる…?」

 遊戯が不意を打たれた様子で呟く。

「ハハ……ブレイブに聞いていなかったのか…? オレの村のことを。」

「村…?」

「え…?」

 2人の声が重なる。遊戯とブレイブ――2人の声が。

 ブレイブも知らないようだった。

 構わずセダは続ける。

「オレの村――ガルド村は、あの日の地震が引き起こした巨大な山崩れで……無くなった。」

「……!」

「無くなった…」

「そ、そんなことが……!」

 3人は衝撃を受けた。

 その衝撃を追従するように、更にセダは続ける。

「その直後に見つけた本で、オレは千年アイテムを知った。」

「そして願いを叶えるために、ミッド村を襲い、千年アイテムを作った。」

「――願いはもちろん、ガルド村を救うことだ!」

 たった30秒の短い告白で、3人は大きく心動かされた。

 遊戯と城之内から、目の前の男に対する敵対心が消えた。

「だから、オレは村人500人の命を救うため、今――貴様を倒す!」

「……」

 セダの声に、遊戯は黙ったままうつむく。

「500人の命を救うため、オレは闇にでも何でも染まってやる!」

「……」

「さあ、遊戯! 貴様のターンだ!」

 遊戯は顔をあげる。

「たとえ、命を救うためとは言え、無関係の人間の命を奪って、それが許されるものか…!」

 セダを見据えたまま言った。

「許す、だと? ハハハ…、貴様に許されなくとも、殺した村人に許されなくとも、オレには関係ない!」

「……オレとは無関係なのだからな!」

 闇の中でセダは笑う。

「くっ…」

 その狂気じみた顔に圧倒され、遊戯はディスクを再び構えるしかなくなる。

「く…、オレのターン!」

 宣言し、引きそびれたドローカードを引く。

「オレは――」

 そして、遊戯はドローしたカードを場に出す。

「黒魔術のカーテンを発動! ライフを半分払い、ブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 遊戯 LP 500 → 250

 遊戯の場を覆うように黒いカーテンが現れる。

 そのカーテンは徐々に開いていくが――

「やっぱり、許されない……」

「――ブレイブ?」

 ブレイブの一言が、デュエルを止めてしまう。

「……許されなくとも、オレには関係ない。」

 強い調子でセダは答える。

 だが、ブレイブの次の一言でそれは打ち砕かれる。

「……許さないのは、あなたのガルド村の人達と、そして――あなた自身だよ!」

「……!」

「ぼくは知っている!」

「――あなたのことを!」

「――あなたの村を!」

「――そして、あなたの夢を!」

 ブレイブの一言一言が、セダの心に重くのしかかる。

「オレは――」

 狂気に満ちた笑みは一瞬のうちに消えた。

 セダの前に立つ、冥界の魔王ハ・デスからも笑みは消えていた。

 ハ・デスの目には、魔術師が映っていた。

 その魔術師は杖を掲げ――

――ズガガガガァ!

 その闇を消し去ったのだった。




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