18章 はじかれた心




「え……」

「し、死んでるって…?」

 動揺を隠せない遊戯と城之内。

 開いた口がふさがらない。

「…ゴメン。今まで隠してて。」

「怖くて言えなかったんだ。」

 ブレイブはフォローするように言葉をつむいでいく。

「……」

 気まずい空気が流れ、沈黙が訪れる。

 そんな空気をいち早く振り払おうと、城之内が口を開く。

「ブレイブ…、さっきはすまなかった。」

「え、あ…、気にしないでいいよ。」

「ま、まあ、ともかく、上に行こうぜ! このまま、ここでボーっとしてても何も解決しないしな!」

 少しギクシャクした雰囲気を残しつつも、城之内は階段へ駆けようとする。

「ま、待って!」

 2、3歩も駆けないうちに後ろからブレイブの声がかかる。

「え…?」

 二人の視線が再びブレイブに注がれる。

 ブレイブの瞳には決意が表れていた。

「……話しておきたいんだ。」

「話す…?」

「うん、ぼくがこんな体になった理由と、ここに来た目的。」

「…それじゃあ、ブレイブは偶然に閉じ込められたわけじゃあないんだ?」

「…うん。ぼくは彼らを止めに来たんだ。」

 ブレイブの声の調子が少し落ちる。

「――ううん、止めに来た…つもりだったんだ。」





「ぼくが死んだのは今から3ヶ月前。4月のことだった。」

「……」

 多少不意を打つ形でブレイブの告白は始まった。

「ぼくは山奥にある小さな村に住んでいた。」

「村の名前はミッド。隣村まで10キロと言うくらい、人里から離れた田舎の村だった。」

「人も少なかった、みんなの顔を覚えられるくらいで。…確か、人口99人だったと思う。」

 自分の村のことを過去形で話すブレイブが見ていて痛々しい。

 遊戯と城之内の手に思わず力が入る。

「そんなある日――村人の一人が行方不明になった。」

「その人は勤勉で、いつもは定刻通りに仕事を始めるはずだったのに、3時間経っても姿を見せなかった。」

「仕事仲間みんなで捜すことになった。」

「でも、なかなか見つからなくて、村人ほとんど総動員で捜すことになったんだ。」

「日が傾くころになって、その人は見つかった。」

「……ぼくは見ていないけど、酷い有様だったみたいで。」

「つまり――」

 ブレイブは少し言いよどむ。だが、ここで止まるわけにはいかないと、頭を振って先に進める。

「――死んでたんだ。しかも明らかに誰かに殺された跡があった。」

「……な!」

 遊戯は思わず声をあげてしまう。

「そして、その日の晩――」

 間をほとんど置かないままブレイブは先に進めていく。

「――ぼく達村人は、悲しみと怒り、そして恐怖と疑心に苦しめられつつ家路に着いた。」

「あんなことがあって、まともに眠れる人なんていなかったと思う。」

「実際、ぼくも日が昇る直前まで起きていた。」

「でも、その外が明るくなってきた頃、急に眠気が襲ってきて――」

「気がついたら、ロープで体をくくり付けられて、村の広場にいた。」

「周りを見渡すと村人みんなが同じように、ロープで拘束されていた。」

「そして、ぼく達を見下ろすように、3人の男――ノディ、スエズ、セダ――が立っていた。」

「――手に、拳銃を持って。」

 淡々と事実を話すブレイブだが、その内容の惨さに遊戯は思わず身震いした。

「そして――順番に、殺されていったんだ。」

「う…」

 城之内の表情が暗闇でも分かるほど変わる。

「……も、もう、それはいいよ。」

 ブレイブより先に耐えられなくなって遊戯が話を止めた。

「え…?」

「そこのところはもういいから、先のことを教えてほしい。」

「あ、うん…」

 感情を殺して事実をしっかりと述べようとしていたのだろう。

 それが裏目に出て、遊戯達にはかえって生々しく感じられた。

 ブレイブは話を再開する。

「――それで、ぼくも死んだと思ったんだけど、気がついたら広場の隅にいたんだ。今の――幽霊みたいな状態で。」

「広場にはあの3人の姿しかなかった。村のみんなはいなくなっていたんだ。」

「広場の真ん中には、大きな窯と金型があって――」

「そこで彼らの千年アイテムは生み出された。」

「生み出された…?」

「うん、壺と指輪と鏡の3つ…」

「……」

「…そして、彼らは3つの千年アイテムをそれぞれ天に掲げた。」

「『これで願いがかなう』と言って……」

「でも、何も起こらなかった。」

「彼らは1冊の本を取り出して、むさぼり返すように何度も読み返した。」

「そこで彼らはある結論にたどり着いたんだ。」

「『負の魂が足りない』って――」

「普通の魂ではなく、憎しみ、絶望――負の力に満ちた魂が……」

「そうか、その不足した魂が、ブレイブ――君なんだね。」

「うん。…でも、彼らはぼくの魂がないことには気付いていない。」

「あくまで、負の力そのものが足りないと思っているみたいなんだ。」

「だから、彼らはより強力な魂を求めるためにここに来た。」

「その魂があれば、千年アイテムは完全なものとなり、願いがかなえられる――って。」

 話が一区切りついて、少しの沈黙。

 黙っていた城之内が、ハッとあることに気付き、口を開く。

「だからヤツは――ノディのヤツは、あんなことを言ったのか……」

「あんなこと?」

「ああ、オレとデュエルしていた時に、絶望を味わわせてやる――っつうことを連発してやがった。それに最初はオレ達を戦わせて憎しみ合わせようとしていたしな。」

「さらに、モクバの意識をぶっ飛ばしたり、さっきのライフの減らない罠――すべて、怒りや憎しみを買うようなことばかりだ…!」

 城之内の気持ちは高ぶってきていた。

 そしてそれは遊戯も同じだった。

(悪いな相棒!)

 遊戯の人格が入れ替わる。

「奴らの思い通りにさせるわけにはいかない! オレが奴に正義を叩き込んでやる!」

 強い意志を持って、遊戯は言った。

「遊戯…?」

「遊戯くん?」

 そして、遊戯は再びデュエルディスクを腕に装着する。

「ま、まさか…!」

 左腕のディスクを構え、デッキをセットし、遊戯はまっすぐ階段を見据えた。

「無謀だよ! 遊戯くんのライフは僅かしか残っていないのに――!」

「大丈夫。オレは必ず勝つ!」

「でも! ダメージカードを1回でも受けたら、終わりなんだよ!」

「ああ。分かってる。」

 頷いて、歩き出す。

「ホ、ホントに行く気かよ…!」

 今回ばかりは、城之内も驚きを隠せない。遊戯の元に駆け寄る。

「感情に任せてゲームをするなって前に教えてくれただろ、遊戯! このまま行っていいのかよ!」

「心配しなくていいさ、城之内くん。」

「だが、このままじゃ奴の思うツボ…」

「……勝機はある。」

「え?」

「オレに任せな、城之内くん! 奴には必ず勝ち、犯した過ちの重さに気付かせてやるぜ!」

 遊戯は迷いなく階段を上る。

 もはや誰にも止められなかった。





補足

今回のエピソードについては原作35巻参照。
ブレイブの話の中に出てきた本は、原作のそれとまったく同じものではありません。




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