2章 探索


 閑散としたドーム内には、遊戯達の足音以外には何も聞こえない。

 コースターから聞こえる絶叫も、デュエル場から聞こえる歓声も、辺りを走り回る子供のはしゃぎ声も、全て聞こえない。

 広いドーム内は明るかった。

 あちこちに散りばめられた電飾がきらびやかに輝いていた。

 遊戯達は、先程までの賑やかな様子とのギャップに違和感を感じずにはいられなかった。

 静か過ぎるテーマパーク。その静寂に負けたからなのかは分からないが、誰一人として口を開く者はいなかった。

 ――午後5時28分

 遊戯達は、ルーレットレストランに向かって歩を進めている。

 というのも、ルーレットレストランの3階はコントロールルームとなっており、そこで海馬ランドの照明やらアトラクションやら、電子的な設備の制御やらを行うことができ、入場口のコントロールもそこで行うことができるからだ。

 コントロールルームに行けば、少なくともここから外に出ることくらいはできるだろう。

 そういう海馬の提案にとりあえず皆賛成し、こうしてルーレットレストランの3階に向かっている。

 2分程歩くとレストランの外観がはっきり見えてくる。

 コントロールルームがあるレストラン3階はドーム状になっている。

 その下の外壁にはナイフとフォークの電飾が虚しく輝いていた。



「こっちだ…」

 2階フロアの一番奥にエレベーターがあった。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた札が貼ってある。

 海馬はエレベーターの扉に右手を押し付けた。

 ピッ…と電子的な音がして、エレベーターの扉が開く。



 静かな音を立ててエレベーターは上昇する。

 その音は、普段では聞こえそうもないほど小さいものだったが、遊戯達にははっきりと聞こえていた。

 それほど辺りは静かだった。そして、遊戯達も静かだった。

 エレベータはすぐに減速する。

 ――結局、コントロールルームに到着するまで、必要最低限のこと以外では誰も口を開くことはなかった。



「モクバ! 何故残った!」

 コントロールルームに着くなり、海馬は大声を張り上げて叫んだ。

 コントロールルームには、モクバと他2人の海馬ランド関係者がいたのだ。

「瀬人サマ…申し訳ございません! モクバ様がどうしても残ると聞かないものでしたから…」

 海馬の怒声にモクバより早く答えた者がいた。黒服を着た背の高い男――磯野である。

「ごめん、兄サマ…でもオレ…」

 磯野に続いてモクバが尻込みしながらも口を開く。

「………。フン…まあいい…」

 海馬は無駄だと悟ったからか、これ以上追求することをやめた。

「それで…確か伊佐坂だったか…状況はどうなんだ?」

 伊佐坂と呼ばれた男は椅子から立ち上がり海馬の方を向く。

「それが…システムが一部制御不能なのです。」

「何だと…!」

「いえ、ほとんどの機能は正常に作動するのですが、監視カメラとホラーハウスの照明…そして、入場口の開閉だけが動きません!」

「……!」

「入場口がひとりでに閉まった時から何度も試しているのですが、まったく反応がありません!」

「く…」

 海馬は右の拳を強く握りしめた。

「おいおい…それじゃあオレ達…やっぱり閉じ込められたのか?」

 後ろで海馬たちのやり取りを見ていた城之内が口を挟む。

「どうやらそうらしい…。何企んでるんだか知らないがな…」

 海馬は壁の方に拳を突き出しながら答えた。

 杏子も続いて口を開く。

「でも海馬くん、非常口とかはないの…?」

「あるにはあるが…おそらく無駄だろう。コンピュータ制御を潰したくらいだ、その程度の対策は講じているだろう。」

「そう…」

 杏子は肩を落とした。

「非常口…か。たとえ溶接なり何なりされていても、叩き壊せれば何とかならないかな…」

 杏子を取り繕うように御伽が言うが――

「フン…無駄だと思うがな…」

 海馬は否定した。

 わずかばかりの沈黙が訪れる。

 その沈黙を打ち払うかのようにモクバが口を開いた。

「でも兄サマ、調べるだけ調べた方がいいと思うよ。もしかしたら、他に閉じ込められた人がいるかもしれないし…」

「ええ、他に閉じ込められた人を捜すべきだわ。ここから出られないんなら一層よ。」

 舞も加勢する。

「……。フン…勝手にするがいい。」

 海馬はそう言うときびすを返し、コンピュータの前に向かっていった。



 遊戯達は三手に分かれた。

 非常口は4つあるのだが、その一つはレストランのすぐ裏手にあるため、最初に全員で調べたのだ。

 やはり非常口は開かなかった。鍵はかかってはいなかったが、御伽の言った通りしっかりと溶接されていたのだ。

 モクバと磯野を加えた遊戯達7人はきれいに三方向に散って歩いていた。



「誰かいないのかぁ!」

 城之内と御伽は大声で叫びながら非常口へ向かっていた。

 彼らが調べる非常口はホラーハウスのすぐ近くにある。

 非常口を調べるついでに、ホラーハウスの中も簡単に確認することになっていた。

「まずは、ホラーハウスに人がいないかどうかを調べるぞ、城之内!」

「あ、後にしないか? 照明もコントロールできないって言うし…」

「ダメだ。奥までは踏み入って確かめないにしても、大声で呼びかけるくらいはしないとな…」

「…じゃ、じゃあ、オレは非常口の方に行くから…! 任せたぞ、御伽!」

「あ、逃げるな、城之内!」

 城之内は御伽の制止を無視して走り出した。



「ったく、人の体消えるって言ってたし、あン中だけは勘弁だぜ…」

 城之内はぶつぶつ独り言を言いながら、非常口の方に向かって歩いていた。

 その時、不意に目の前に人影が現れる。

「お、おわっ!」

「うわっ!」

 城之内とその人影は同時に声をあげていた。

「ビ、ビックリした…」

 城之内の目の先30センチくらいのところに人がいた。気付くのがあと少し遅かったら、間違いなくぶつかっていただろう。

「ぼくだってビックリしたよ…」

 城之内とぶつかりそうになった人――いや少年は、困ったような顔を浮かべて言った。

「あ、ゴメンゴメン、オレ、ちょっとボーっとしてたかもな…」

「……。あ、それは、ぼくも同じかも…」

 頭を掻きながら答える少年。

「ハハ…そりゃそうだ。二人ともボーっとしてなきゃ正面衝突なんて起きねぇよな…」

 そう言って城之内は目の前の少年を見る。

 半袖の真っ白なTシャツに、紺色のハーフパンツ――肌は焼けている方だろう、Tシャツの袖口から日焼けの跡がよく分かる。

 顔つきから察するに、年齢は15歳前後のようだ。

「それで、君は――?」

「オレ? オレは城之内…城之内克也。よく分からねえが閉じ込められちまったみたいでよ…」

「うん…そうみたいだね。この先の非常口も溶接されて、使えなかったし…」

「チッ、やっぱりダメか…」

 城之内は舗装された地面を蹴り上げる。

「あ、そういや、お前はなんて言うんだ?」

「ぼくは――ブレイブ…ブレイブだよ。」

「ブレイブ…か。よろしくな!」

 城之内は右手を差し出す。

「うん、こちらこそよろしく!」

 ブレイブは頷きはしたが、その右手には応えることはなかった。

(…握手ってコトに気付いてないのか…?)

 城之内は空しく浮いたままの右手を下ろした。





補足

運命の支配者では、オリジナルのキャラが何人か登場します。
やたら多くは出しませんので、無理して覚えるほどではないと思います。




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