1章 赤すぎた空


 7月21日 午後4時52分――

 海馬ランドの入場口前。

 遊戯達7人は、心底満足げな表情を浮かべていた。

「今日は遊んだなぁ…」

「うん。」

 遊戯達の遥か後ろには、真っ赤な夕焼けがある。

 一大イベントが終わった後の夕焼けは、達成感のようなものを感じさせるのであろう。

 夕焼けによって、遊戯達の心はより満たされていた。

「次のバスが来る時刻は…確か5時ちょうどだったかな…」

「御伽、よく覚えてられるよな…」

「ああ、0分、15分、30分、45分で来るからね…すぐに覚えられる。」

「…かもな。」

 海馬ランド前に設置されている時計は、午後4時52分から53分になった。

「それにしても、こんな時間まで遊べて良かったよね…」

「こんな時間って言っても、まだ5時前じゃ…。…え?」

 ハッとする杏子。

 そして、その表情は瞬く間に険しくなっていく。

「あれ? ちょっと…おかしいよ…!」

「え? 杏子? どうかしたの?」

 杏子からは、先程までの満足感は消え、表情は不安に溢れていた。

「空が…」

「え? 空?」

 反射的に遊戯は空を見上げる。

 前方に見える空は澄み切った青色だったが、後方の空は真っ赤に染まっていた。

「夕焼け…? これがどうしたの?」

「うん、まだ5時前なのに…夕焼けなんて…変だよ…!」

「そ、そういえば…!」

 遊戯達一同は、空を――海馬ランドの方角の空を見上げた。

「………」

 そこにあったのは、紛れもなく赤い空。

 太陽は海馬ランドのドームに隠れて見えないものの、夕焼け空であることには間違いないように見えた。

「別に空自体はおかしくなんてないよな…?」

「うん…」

「もしかして、おかしいのは、あの時計の方なんじゃ…」

 本田は腕時計に目をやる。

 文字盤には「4:53PM」の文字が浮かびあがっていた。

「時計は合ってるか…」

 赤い空を再び見上げる7人。

 遊戯達7人だけではなく、周りの客達も怪訝そうに赤い空を見ている。

「空が赤すぎるかも…」

 遊戯はポツリと呟いた。

「あ、うん…確かにそうかも。まるで空が燃えているような…」

 ――その時である。

――ブイィィン…ブイィィン…ブイィィン…!

 辺りに警報音が鳴り響いた。

「警報…!」

「お、おい…。ヤバいんじゃないのか…」

 警報が鳴ってから1分も経たないうちに、海馬ランドからどっと人の波が押し寄せる。

「中で、何かあったんじゃないか?」

「うん、行ってみようよ!」

「お、おい、みんな逃げてんのにわざわざ行くこたぁねぇだろ。」

「じゃあここで待ってて、ちょっと見たら戻るから…!」

 遊戯は一人、海馬ランド入場口に駆け出した。

「あ、オレも行くぜ、遊戯!」

「あたしも!」

「オレもだ。」

「あ、待ってってば!」

 遊戯に続いて、城之内、舞、御伽、杏子も駆け出していく。

「ちょっと見たら戻って来いよ!」

 本田は遊戯達に向かって叫んだ。

 だが、その声は周りの喧騒と警報音にかき消され、遊戯達の耳には届かなかった。



 人の波を押し分けて遊戯達は海馬ランドに駆けていく。

 海馬ランドに近づくにつれ、赤い空の原因が海馬ランドの中にあることが分かってくる。

 赤いのは海馬ランドの中なのだ。

 海馬ランドはドーム状になったいるため、中が赤ければ外もぼんやり赤く映るのだ。

 入場口までやってくると、海馬ランドの中の様子がはっきり分かってくる。

(間違いない。赤い空の原因は、この中にあるんだ)

 遊戯も確信できるほどであった。



 狭い入場口を何とか通ると、その原因ははっきり分かった。

「何で…」

「う、嘘だろ…」

 …燃えていた。

 ドームの中央部分が燃えていた。

 しかし、これは火事ではない。現に熱を感じることもないし、それ以前に、ドーム中央には何もないはずである。燃えようがないのだ。

 燃えている「物体」は、ドーム中央に浮いていた。

 その物体は、何かの形をしていた。

 例えるなら…翼を広げた鳥――不死鳥。

「…ラーの翼神竜!」

「どうしてこんなところに…!」

 ラーの翼神竜は、真っ赤に燃えあがり、ただそこにたたずんでいた。

 遊戯達は呆然とそれを見ていた。いや、あまりに突然のことで、見ていることしかできなかったのである。

「も、もっと、近くに行ってみよう…!」

 ふと我に返った遊戯は再び駆け出す。

「お、おう…!」

 城之内も続く。

 しかしすぐに異変が起こる。

 遊戯がそこにたどり着く前に、ラーの翼神竜は地面に吸い込まれるように消えてしまったのだ。

「消えた…」

 呟く遊戯。

 はじめから何もなかったかのように静寂が訪れる。

 気付いた時には、既に警報は止み、海馬ランドに客の姿はなかった。



 午後5時11分――

「一体なんだったんだよ、アレは!」

「分からない…。でも、嫌な予感はバリバリにするわね…」

「うん…」

 我に返った5人は、先程の現象について話し合っていた。

 1時間前の喧騒が嘘のようになくなったドームの中に、遊戯達の声だけがこだましている。

「あ、もしかして…」

 ふと、城之内が思い立った。

「アレさ――誰かがソリッドビジョンでイタズラしたんじゃねえのか?」

「それはない、城之内。」

 遊戯達の後ろから、城之内の考えは否定される。

 思わず遊戯達は後ろを振り向く。

「海馬くん?」

 海馬は真剣な表情で話を続けた。

「――イタズラだったら、警報など出さん。あれは――ありえない!」

「は?」

 面食らう5人。

「『ありえない』って、どういうこと?」

「バトルシティが終わった後、我が社では神の姿をソリッドビジョン化しようとした。――だが、何度やっても神の姿は歪み、煙のように消えてしまった。」

 海馬はやや自嘲気味な表情になって続ける。

「フ、どうやら、千年アイテムとやらがなくては、姿を現すことさえ許されないらしい…。まったく…くだらない…」

「それじゃあ『ありえない』っていうのは…」

「ああそうだ、神のカードなしではあの映像はありえない…!」

「でも、神のカードはボクの家に…」

「そうだ…。遊戯しか持っていないはずの神のカード…それがここにある!」

「海馬くん、もしかして、遊戯くんの家から盗まれたってことは…」

「それはない。既に遊戯の家に確認してある。神のカードは3枚とも健在だ…」

「じゃあどうして…!」

 その時…!

――ガガガガガ!

 重い音が響き渡った。

「何だ…この音…?」

「あ、あれを見て!」

「…! 入口が閉まっていく!」

「何ぃ!」

 視界の先に小さく映った入場口の柵とシャッターが徐々に閉められていくのが分かる。

 遊戯達は慌てて駆け出した。

 しかし、そこにたどり着く前に、入場口は完全に閉鎖されてしまった。



 遊戯の人格が入れ替わる。

「…これは絶対に何かあるぜ。しかも、オレ達に関係がある何かがな…!」

「ああ。何企んでるんだか知らないが、オレ達を閉じ込めて何かしようとしているのは確かだぜ。」

「ククク……ワハハハハ! オープン早々ナメた事をしてくれる! そいつをオレの前に引きずり出してくれるわ!」

 確かに何か大きな存在を遊戯達は感じていた。

 だが誰一人として怯む者はいなかった。その大きな存在に立ち向かおうとしていた。



 誰もいなくなったドームには戦慄が走っていた。




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