デミスとルインの混沌とした一日
―― End of the World 編 ――

製作者:プロたん




[ここまでのあらすじ]
 デミスとルインは、小さいころからケンカばかりしてきた幼なじみ。今日も二人はディアハ・アカデミアに通いました。

 しかし、デミス、ルイン、クランの3人が帰宅して間もなく、クランが魔導サイエンティスト先生に誘拐されてしまいます。
 一日の終わりが近づいていたのでした……。




カオス42 19:06

 遅い。
 もうデミスったら、クランの部屋に行ったっきり帰ってこないじゃないの。
 ドダダダダ……家の中を走り回る音が聞こえる。この重量感あふれる足音はデミスのものね? いったい何をしてるのよ?
「デミス、うるさいわよ! もう少し落ち着きなさい!」
 私は廊下に向かって呼びかけた。
「ルイン、急ぎなんだ。今すぐクランの部屋に行って、そして助けとなる人を集めてくれ!」
 廊下を駆けるデミスの姿が目に入る。デミスは、さっき脱いだはずの鎧をまた着込んで、いつもの斧を持っていた。まもなくガララッと玄関の戸が開く音がして、デミスの足音が徐々に遠ざかっていった。デミスは外へと出かけたようだった。
「…………」
 何? 何なのよ!? どうしてデミスは慌てて外へ出て行っちゃったのよ!?
 ゾクリという感覚が全身を駆け巡る。ものすごく嫌な予感がする。私のこういう嫌な予感は外れたためしがない。
 確かデミス、「クランの部屋に行って欲しい」って言ってたわよね?
 私は、何が起こったのか知りたい気持ちと、それを知りたくない気持ちを抱いたまま、クランの部屋まで駆けた。
 クランの部屋は、廊下の突き当たりにある。そのドアはすでに開かれていた。
「クラン?」
 呼びかけて、部屋の中に入る。
 クランの部屋には、去年の誕生日に買ってあげたうさぎのぬいぐるみと、キッズ用D・モバホン(携帯電話)が落ちていた。そのD・モバホンのディスプレイには一通のメールが映し出されていた。

 デミス、お前の娘は、この私――魔導サイエンティストが預かった。

 助けたくば、かつてカオス・ソルジャーが作り、カオス・エンペラー・ドラゴンが終わらせた街。
 その街の『終焉の地』へと来るがいい。

 一瞬ウソかと思った。何かのいたずらかと思った。
 でもすぐに納得する。納得せざるを得なかった。
 デミスはこのメールを見つけたから、あんなに慌てて飛び出して行ったんだ。一足早くクランを助けに行ったんだ。
 それなら……! なぜ……なぜ、私を置いていったのよ!
 デミスに対する苛立ちが先立って、私はすぐにデミスの言葉を思い出した。
『助けとなる人を集めてくれ』
 落ち着け。落ち着け、私!
 今、私がすべきことは、感情のままデミスを追いかけることじゃない。デミスに怒りをぶつけることじゃない。
 クランを助けなくてはいけない。クランを助けられる可能性を少しでも増やさなくてはいけない。
 そう、そのために、クランを助けるために、今、私がすべきことは……!
「よしっ!」
 私はD・モバホンを手にとって、助けとなる人たちへと電話を掛けることにした。



カオス43 19:10

 夜道を駆けながら見つけた2匹分の昆虫の死骸。俺はそれを握り潰した。
 地面が盛り上がり、巨大なムカデのモンスター――デビルドーザーが現れた。
「うにゅ? デミスのダンナ?」
「寝てるところ悪いな。緊急なんだ」
「へい。へい。へい。ダンナ」
 10本以上の足をゆっくりと動かし、けだるそうな声を出す。本来、ムカデは夜行性だが、デビルドーザーはその例外らしい。
 俺は高く跳躍し、デビルドーザーの頭の上に乗った。
「かつて、俺の親父と、ルインの親父が治めていた街。そこまで行って欲しい。できるか?」
「行けないこともないが、俺はタクシーじゃないぜ、ダンナ?」
「そんなことは百も承知だ。今はクランの命が懸かっているんだ。頼む!」
「何? クランの嬢ちゃんが……?」
 デビルドーザーの声色が変わる。完全に目が覚めたようだった。
「それなら任せろ、デミスのダンナ! このデビルドーザーがどんなところへでも運んで見せようぞ!」
「ああ。頼もしい限りだ」
「全速前進! このデビルドーザー、エクスプレスロイドよりも早く、迷宮の魔戦車よりも強く、デミスのダンナを目的地へ連れて行きますぞ!」
 デビルドーザーが北へ向かって走り出した。
 黒うさぎの頭巾をかぶり、ムチを小脇に抱え、いたずらっぽい声で俺を『デミスちゃん』と慕う少女。その姿が脳裏に浮かぶ。
 待っていろクラン、お前は必ず俺達が助け出す!



カオス44 19:26

 私は外を走っていた。
 電話で助けとなる人を集めるはずだった私。しかし、それはいきなり壁にぶち当たってしまった。
 街にある全ての電話がシステム・ダウンして使用不能に陥ったためだ。私やクランのD・モバホンも全て繋がらなかった。
 きっと、魔導サイエンティスト先生の仕業。電話がつながらないように先手を打ってきたに違いないわ。
 電話が使えない以上、私は走って助けを呼ぶことしかできない。集められる人の数には期待できないけれども、せめて、あの二人だけでも……。
 見上げると夜空に2つの満月が浮かんでいた。
 こんな夜は、デミスやクランと一緒に、2階のテラスでお月見したかったのに。……許さないわよ! 魔導サイエンティスト先生!



カオス45 19:59

 家を飛び出してから1時間が経過しようとしていた。
 俺はデビルドーザーの上に乗って、目的地である親父達の街まで進んでいた。
 暗くてよく見えないが、この辺は湿地草原になっているはずだ。デビルドーザーは湿地だろうが減速することなく、ずんずんと進んでいく。やはりデビルドーザーを呼んで正解だった。
 親父達の街まで、残り半分。
 俺は、『あること』に気付きつつあった。
 しかし、たとえあの時の原因を作ったのがあいつだったとしても、俺の目的はクランを助け出すことにある。それだけは絶対に間違えてはいけない。俺は湧き上がる衝動を抑え、そのことを強く心に誓った。



カオス46 20:25

 私はディアハ・アカデミアのグラウンドにいた。
 助けとなる仲間は何とか集め終わり、あとはそれらの仲間を連れてデミスを追いかければいいだけ。
 でも、ここから目的地までは約276.39キロメートルも離れている。しかも、その途中には山あり谷あり湿地ありと、道のりも険しくなっている。今から普通に追いかけてたんじゃ絶対に間に合わない。
 だから、私たちは、ここ――ディアハ・アカデミアにやってきたのだった。



カオス47 20:53

 家を出発してから間もなく2時間。
 満月の明かりの下、いくつもの建物が密集しているのがうっすらと見えてくる。それらの建物のいずれにも明かりは灯されていなかった。
「デミスのダンナ……、到着、しましたぜ……」
 そう言ってデビルドーザーは減速した。さすがのデビルドーザーも、2時間走りっぱなしで声にも疲れが表れていた。
 2時間をかけて、俺達はようやく目的の街に到着した。
 魔導サイエンティスト先生……いや、いい加減『先生』をつけるのはやめよう。
 魔導サイエンティストは、この街の『終焉の地』へ来るよう、メールに書いていた。
 終焉の地――それは言うまでも無く、俺の親父が死んだ場所。この街の北側の街外れにある荒野のことである。
 今、俺達がいるのは町の南側。ここから街を北に抜けなければ、目的の場所へ辿り着くことはできない。
「デビルドーザー、疲れているところ悪いが、もう少し働いてもらう必要がありそうだぞ」
 俺はそう言って、街の方角を見据える。
「ん?」
 そこで、異変に気付いた。
 俺達から10メートル程離れたところで、突如『光』が現れたのだ。
「な、何ですぜい? この光は?」
「この光は……! 亜空間物質転送装置! 敵だ。敵が送りこまれてきた!」
 それは、俺が修学旅行で見た光と同じもの。
 魔導サイエンティストが作り出した融合モンスター。それが最新式の亜空間物質転送装置によって転送されてきたのだ。
 光は俺達を囲むように次々と出現する。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……まだまだ増えていく!
 洪水のように光が現れている。一つの光が隣の光を巻き込み、またその光が隣の光を巻き込み、俺達の周囲は真っ白になった。もはや光の数を数えることすらできない。
「何体送り込まれてくるんだよ……」
 光はやがて消え、視界は回復する。
 そこに現れたのは、いくつもの目を持つ怪物――サウザンド・アイズ・サクリファイス。
 それが俺達を囲むように、100体以上転送されてきたのだ!
「な、なんぞ? なんぞ?」
「冗談きついぜ……」
 俺達の周りは、目、目、目。これだけの目があったら、目の数を数えるだけでも1日が終わりそうだった。
 サウザンド・アイズ・サクリファイス。それは修学旅行の時に闘った凶悪なモンスター。攻撃力は0だが、敵の動きを封じた上、敵を吸収してしまう特殊能力を持っている。
 修学旅行の時でさえ、命懸けであの技を使ってようやく倒したというのに、こうも簡単に再登場されるとは。しかも100体以上。
「デミスのダンナ。これはまずいぜ……」
「いや……大丈夫。俺にはこの状況を打開する方法が二つある」
 俺はデビルドーザーの上から飛び降り、斧を構えた。
「一つ目は、俺の特殊能力『エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き』を発動すること。これを使えば、全ての敵を倒すことができるだろう。だが、ライフが2000も失われてしまうから、できるだけ使いたくはない」
「ではもう一つは?」
「二つ目は、これだ」
 俺は斧の柄に括りつけておいた紙袋を取り出した。
 今日の帰りに、クランとピケルに買ってもらった『あのアイテム』。こんなに早く役立つことになるとは。
「これは、暗闇を吸い込むマジック・ミラー。闇属性のモンスターが発動した特殊能力を無力化する鏡だ」
「そうか! サウザンド・アイズ・サクリファイスの属性は闇。マジック・ミラーで特殊能力を吸収できる!」
 100体以上のサウザンド・アイズ・サクリファイスの瞳が光る。すかさず俺は、マジック・ミラーを掲げる。闇の一部がその鏡の中に吸い込まれていく。
 だが、俺達は縛り付けられたように、動くことができなくなった。
「デ、デミスのダンナ、身動きが取れませんぜ……。本当にそのマジック・ミラー、効果があるのですかい?」
「ああ、吸収の特殊能力を封じることには成功している」
 このマジック・ミラーでは、『永続タイプ』に分類される特殊能力は無力化できない。
 サウザンド・アイズ・サクリファイスは、2つの特殊能力『束縛』『吸収』を持つ。このうち、『吸収』の特殊能力はマジック・ミラーで無効化できるが、『束縛』の特殊能力は『永続タイプ』に分類されるため、マジック・ミラーでは無効化できないのだ。
「しかし、動けなかったら、死なないだけで、敵に勝つことができないんじゃないですかい?」
「いや、大丈夫。勝機はある」
 魔導サイエンティストが作り出した融合モンスター。それらの融合モンスターは、例外なく不完全な存在である。その証拠に、サウザンド・アイズ・サクリファイスの表皮はただれ、ひどいものになるといくつかの目が飛び出している。
「これらのモンスターは、不完全ゆえ放っておけば勝手に朽ち果ててしまう。早くて数十秒、遅くとも3分。この程度の命でしかない。だから数分も待てば、勝手に全滅するはず……」
 そこまで言って、俺は自分の理論に矛盾が存在することに気がついた。
 これらサウザンド・アイズ・サクリファイスは、長くて3分の命のはず。そして魔導サイエンティストは1000ライフポイントを消費しなければ、サウザンド・アイズ・サクリファイスを作り出すことはできない。
 だとすれば、今、俺達の周りを100体以上ものサウザンド・アイズ・サクリファイスが囲んでいる事実は何なのだ!? ライフポイントをこまめに回復しながら高速でサウザンド・アイズ・サクリファイスを作り出したとしても、100体以上同時に生存させることなど到底不可能に決まっている。
 自由の利かない体に鞭打って、頭だけでも動かす。俺の視界に映っている100体以上のサウザンド・アイズ・サクリファイス。見た目こそは今にも朽ち果てそうに見えるが、本当に朽ち果てている者は1体も存在しなかった。
「嘘だろ……」
 なんと言うことだ。これらのサウザンド・アイズ・サクリファイスは、3分以上生きていることが可能だと言うのか!?
 暗闇を吸い込むマジック・ミラーのおかげで、俺達はサウザンド・アイズ・サクリファイスの吸収能力から逃れることに成功している。だが、束縛能力のせいで動くことができない。俺達は、死ぬ危険こそないものの、勝って先に進むこともできなくなったのだ。
 このままでは駄目だ。俺達の目的は、クランを救い出すこと。こんなところで詰まっていては、クランを救い出すことなんてできるわけがない……!
 く……くそっ……!
 夜空にある二つの満月が身動きできない俺達を照らしている。月はこんなにも綺麗なのに、無常にもただ照らし続けるだけだった。

「今宵の獲物は月明かりに映える」

 何者かの声が聞こえた。
 透き通るような男の声。それは俺の知らぬ者の声だった。
「誰、だ……?」
 暗闇の中、すっと一人の男が現れた。
「我の名は、月読命(ツクヨミ)。月の満ち欠けを支配する能力を持つ神の一人である」
 長い髪を結わえ、勾玉が縫い付けられた衣装を身にまとい、女性のように綺麗な顔立ちをした男――月読命。
「魔導サイエンティストが作り出したモンスターは、通常ならすぐに朽ち果ててしまう。しかし、我が持つ『月の満ち欠けを操る能力』を使えば、その命を長らえさせることは容易……」
 ゆっくりとした口調で月読命は話す。
 そうか、こいつの仕業だったのか。月の力を使いサウザンド・アイズ・サクリファイスが朽ち果てるのを食い止めているのは。
「ここに終結したるサウザンド・アイズ・サクリファイス。これらを全て倒せば、我々の所有するサウザンド・アイズ・サクリファイスは全滅する。しかし、貴方にそれができるか? 128体ものサウザンド・アイズ・サクリファイスを全て倒すことができるか?」
 月読命は唇の端を不自然に吊り上げた。
 この男、俺を挑発しているのか? 俺達は月読命の掌の上で踊らされている気がしてならなかった。
 だが、この状況。打開するには、俺の特殊能力を使う他に方法がない。この事実もまたひっくり返すことはできそうになかった。
「デビルドーザー……。お疲れだった」
「デミスのダンナ?」
「今日はもう帰っていいぞ。お前はワーム・ホールで行き来しているから、この状況でも帰ることはできるはずだよな?」
「いや、しかし、デミスのダンナも知っての通り、俺の使っているワーム・ホールは一方通行のトンネル。一度帰ったら、今日中にこの場に戻ってくることはできないぜ? それでもいいのですかい?」
「ああ、構わない。お疲れだった」
「……分かった」
 デビルドーザーから数十メートル上に、ぽっかりと大きな穴が開いた。これがワーム・ホールと呼ばれる異次元空間へと通じる穴だ。デビルドーザーはこの穴を通って、瞬時にあらゆるところに召喚されるのだ。
「でも、デミスのダンナ! この闘い、絶対に負けるんじゃないぞ!」
「もちろんだ。俺は絶対にクランを助けてみせる。デビルドーザー、また明日な。……おやすみ」
「おやすみ、デミスのダンナ。また明日に会おう。もちろん、ルインお嬢、クラン嬢ちゃんも一緒にな」
「ああ」
 デビルドーザーは、ワーム・ホールに吸い込まれて消えていった。
「美しい。貴方は実に仲間思いな方だ」
 月読命は抑揚をつけた声で言った。ここにサウザンド・アイズ・サクリファイスがいなかったら、きっと拍手をしていたに違いない。
「それはなにより。ついでに、この調子で俺を逃がしてくれると助かるんだがな」
「それは無理な話。霊魂となった我(われ)が、この世界に身を置けるのも、魔導サイエンティストの力があってこそ。彼に報いなければ、我の立つ瀬がない」
「仕方がない。ならば、無理やりにでも道をこじ開けるまで!」
 俺は、右手に持っていた暗闇を吸い込むマジック・ミラーを手放した。
 俺の手を離れたマジック・ミラーは、地面に叩きつけられバリンと割れた。
 クラン、ピケル。せっかく買ってくれたのにごめんな。このマジック・ミラーがあると、サウザンド・アイズ・サクリファイスの特殊能力を封じると同時に、俺の特殊能力までも封じてしまうんだ。許してくれよ。
「さあ、お望み通り、俺の『終焉の王』たる所以を見せてやる」
 ドクン……ドクン……心臓の鼓動のペースが遅くなり始めた。俺は目を閉じる。
 俺は混沌の中にいた。
 その俺を取り囲むように数多のイメージがあった。
 喧騒の街中、寂れた廃墟、常夏の小島、真冬の雪山――それらのイメージは、現れては消え、消えては現れる。脈絡があるようで脈絡がなく、意味があるようで意味がない。
 ふわりと漂うように、俺はそのイメージに包まれていた。イメージが通り過ぎていくのをただ傍観していた。それは心地良い感覚だった。
 この世界は、混沌だった。
 俺は手を伸ばし、イメージの一つに触れ、それを……握り潰した。
「エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き!」
 技が発動すると同時に、心臓が握り潰されたような激痛が走る。これは俺のライフが削られている証拠。俺のライフが削られれば削られるほど、終焉の力は大きくなっていく。
 月明かりの下に真っ黒な空間が現れた。それは俺を中心として、またたく間に周囲を支配していく。
 この空間に飲み込まれた者は、どれほど高い攻撃力を持っていようが生き残ることはできない。全てを破壊しつくす俺の最強の技。無数のサウザンド・アイズ・サクリファイスが俺の空間の中で砕け散っていった。
 やがて、真っ黒な空間は収縮し、辺り一面は元に戻る。
 俺の周囲に100体以上存在したサウザンド・アイズ・サクリファイスは、1体も残らず破壊し尽くされていた。月明かりが俺一人を照らしている。
 しかし、それをあざ笑うかのように、一つの『光』が俺の前に現れた。
「見事なり」
 その光から現れたのは月読命。
 亜空間物質転送装置を使って俺の特殊能力から逃れていたようだった。予想していたこととは言え、失望感は拭えなかった。
 月読命は俺の特殊能力のことを知っていたに違いない。月読命は俺のライフを削るために、あれだけのサウザンド・アイズ・サクリファイスをけしかけたのだ。
 つまり、俺の行動は、月読命や魔導サイエンティストの掌の上だったというわけだ。
 ……くそっ! こんなザマでは、クランを救い出すことなど到底無理ではないか!
「よくぞサウザンド・アイズ・サクリファイスを倒した。しかし、我のしもべはサウザンド・アイズ・サクリファイスだけではない。……紅陽鳥よ現れよ!」
 俺に追い討ちをかけるように、再び複数の光が俺を包み込んだ。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……。その数を数えることすら困難。
 光が消えると、そこには無数の紅陽鳥。赤紫の翼を羽ばたかせて、火の粉を撒き散らせている。それらの火の粉はダメージに繋がる程高温ではないようだが、月明かりの夜空を朱色で彩っていた。
 またしても亜空間物質転送装置で大量のモンスターが転送されてきたのだ。その数は、サウザンド・アイズ・サクリファイスの時と同じく100体は超えていた。
「くっ……」
 容赦のない第二陣。
 ただ、幸いにも紅陽鳥は攻撃力2300で、且つ、特殊能力も持っていない。攻撃力2400を持つ俺であれば、決して倒せない相手ではない。俺は覚悟を決めて斧を構えた。
 だが、
「今宵は、二つの満月が綺麗な夜だ。だが、紅陽鳥の翼も夜空に映える。それを堪能してみたくはないか?」
「何?」
 突如として周囲が暗くなった。その暗闇のせいで、紅陽鳥の火の粉がいっそう目立つようになった。
 何が起こった?
 空を見上げてみると、さっきまであったはずの夜空の満月がどこにも見当たらなかった。これが月読命の特殊能力だと言うのか?
「満月は新月へと変わる。すると、貴方の存在は闇へと溶け込み、一時的に攻撃できなくなるだろう」
 月読命がそう言うと、俺が持っていた斧がひとりでに手から離れる。
 月の魔力のせいだろうか、俺は守りを固めなければならない気がしてきた。
「そして、闇夜に浮かぶ紅陽鳥の翼が貴方を襲う」
 月読命がそう言うと、100体以上の紅陽鳥が一斉に鳴いた。
 闇夜に舞い散る火の粉。その闇を貫き響く紅陽鳥の鳴き声。なんと幻想的なんだろうと思った。
「貴方の守備力は2000程度。攻撃力2300の紅陽鳥の攻撃を受け止められますか?」
 受け止められるわけがない。
 だが、俺は守りを固めなければならなかった。頭の表層では『守っていては勝てないこと』は分かっているはずなのに、頭の深層が『守りに徹しなければならない』と言っているのだ。
 これが月の魔力なのか? もはや、それすらも分からなくなっていた。
「さようなら。できれば、貴方とはこんな形で会いたくなかった」
 月読命がそう言うと、火の粉が舞い上がり、風を切るような音が俺に向かってきた。全ての紅陽鳥が俺に向かって攻撃を仕掛けてきたのだ。
 しかし、俺は馬鹿の一つ覚えみたいに、腕を前に出して守りを固めることしかできなかった。その光景に見とれることしかできなかった。
 そして、一つの光。
 俺は、その光に飲み込まれて消え去ったのだった。



カオス48 21:12

「大丈夫? デミス?」
 私は、デミスの顔を覗き込んで言った。
「こ、ここは? ……あの世?」
 デミスが戸惑いの表情を見せる。私はふっと笑った。
「違うわよデミス。あなたはね、コザッキーが持ってきた亜空間物質転送装置で転送されてきたのよ。ピンチのところを助けられたの」
「コザッキーが? 何でまた……」
「助けを呼べって言ったのデミスじゃない。コザッキーはね、ディアハ・アカデミアにあった『異次元トンネル−ミラーゲート−』を使って、私たちをここまで運んでくれたのよ」
 私の近くにいたコザッキーは、てててっとデミスの前まで小走りする。
「デミス、大丈夫だったか。良かったぜー。モーレツに良かったぜー」
「お、おお。コザッキー、助けに来てくれたんだな」
「俺とデミスは親友だからな。これくらいのことはモーレツに当たり前のことだぜー!」
 デミスはようやく話が飲み込めてきたらしい。デミスの声色に生気が戻ってきた。
 ……2時間前。
 私は、デミスに言われた通り、助けとなる人を呼びに行った。
 一通り助けを呼んだ後、コザッキーの指示で私たちはディアハ・アカデミアに集まった。
 ディアハ・アカデミアには、修学旅行のときに使った『異次元トンネル−ミラーゲート−』がある。それを動かせば目的の街へ一瞬でワープできる。そうコザッキーが言っていたからだ。
 しかし、ミラーゲートは、ワープ元とワープ先の両方にゲートが置いてなければ、ワープできる位置に大きな誤差が生まれてしまう欠点がある。
 そこでコザッキーは、空間の乱れをキャッチして、正しい街の位置を捕捉しようと試みた。空間の乱れを掴むのにはかなり時間がかかる。けれども、約16分28秒前、この街の南側で100基以上もの亜空間物質転送装置が使われ、空間の歪みが発生した。コザッキーはこれを利用して正しい街の位置を補足することに成功。私たちは、この街へとワープしてくることができたのだった。
「ともかく、うまくやってくれたなルイン。こんなにうまく助けに来てくれるとは思わなかった。コザッキーを選んでくれたのは、いろいろな意味で大成功だった」
「……あたしもいるんだけどね」
 大きな注射器に乗って上空から降りてくる天使のような魔法使い。お注射天使リリーが言った。
「お、リリーもいたのか」
「――って、人をオマケみたいに言わないの」
 私が集められた仲間は、結局コザッキーとお注射天使リリーの2人だけだった。人数こそは少ないかもしれないけど、とっても心強い仲間だった。
「そんなことより、ここは危ないよ。たっっっくさんの紅陽鳥が、デミスを探してる!」
 ここは、私とデミスが生まれ育った街の入り口。
 さっきまでデミスが闘いを繰り広げていたところから、385.98メートル程度しか離れていない場所だった。
「それじゃあ早く出発しなくっちゃ! 街の北にある荒野へ行って、一刻も早くクランを助け出すのよ!」
「ちょっと待てルイン。今、リリーが言っただろう? 紅陽鳥の群れが俺達を探していると。だから、二手に分かれた方がいい」
「二手に分かれる? なぜよデミス?」
「下手に4人で動くより、2人で動いた方が敵に見つかりにくい。さらに、片方のペアが敵に見つかってしまったとしても、もう片方のペアは先に進むことができる。いち早くクランを助けるためには、この方法が合理的なんだ」
「……うん、そうね。分かったわ」
 リリーとコザッキーも異存は無いようだった。
「よし。それじゃあ、俺とコザッキーは、街の東側を通って北の荒野へ行く。ルインはリリーと一緒に、街の西側を通って北の荒野へ行ってくれ」
 西側ね。私は頷いた。
「分かったわ。それじゃあ、デミス、コザッキー。街の北で会いましょう」
「ああ」
「おーぅ!」
 デミスとコザッキーが先に走り出した。
「リリー、私たちも行きましょう? 街の西側を通って北の荒野へ向かうのよ」
「うん。まずはあの建物の影を通っていきましょ。あそこなら見つかりにくいはず」
 私とリリーもまた走り出した。
 クラン……。
 今、とっても怖いわよね、とっても寂しいわよね。
 でも安心して。私たちが絶対に助け出すから。あとちょっとだけ、ちょっとだけ待っててね……!



[ここまでのあらすじ]
 魔導サイエンティスト先生に誘拐されてしまったクラン。デミスとルイン達は、仲間と共にクランを助けに向かいます。

 そんなデミスの前に現れたのは、魔導サイエンティスト先生助手の『月読命』。
 月読命の月の魔力と、魔導サイエンティスト先生が作り出したモンスターの前に、デミスはピンチになってしまいましたが、何とか逃げ切ることに成功しました。

 デミスとルインは、コザッキーとリリーと共に、クランがいる街の北へと駆け出します。デミスとコザッキーは街の東を通って北へ、ルインとリリーは街の西を通って北へ。

 デミスとルイン達は、クランを無事に助け出し、この混沌とした一日を終えることができるのでしょうか?




カオス49 21:24

 俺とコザッキーは街の東側を通って、北にある終焉の地に向かって走っていた。
 だが、コザッキーの走るスピードはあまりにも遅い。俺はコザッキーを脇に抱えて走ることにした。
「す、すまん。俺の足がモーレツに遅いばっかりに……。ジャマだったら置いていってもいいんだぜ……?」
「ジャマなんかじゃない。その科学力を生かせる機会があると思っているから、俺は、お前をこうして運んでいるんだ」
「お、おおっ、俺、絶対にデミスの期待に応えてみせるぜー! モーレツに応えてみせるぜー!」
 俺はコザッキーを小脇に抱えて走り続ける。
 夜の街に、紅陽鳥の鳴き声が響き渡っている。ダメージにならない程度の火の粉を撒き散らしながら、あっちへ飛んだりこっちへ飛んだりしている姿が目に入る。
 その様子を見る限り、紅陽鳥はおそらく鳥目だ。そのため、大声でも出さない限り、紅陽鳥に見つかることはないだろう。その点では安心して良さそうだった。
 だが、敵には月読命がいる。
 月の満ち欠けを操り、俺を窮地にまで追い詰めた男。俺達が見つかるのも、時間の問題なのかもしれない。
「デミス。なんか変なエネルギー反応があるぜー?」
 俺に抱えられたまま、コザッキーは針がたくさん付けられた計器を見てそう言った。
「どういうことだコザッキー」
「デミス。この付近から感じるぜー……。霊子エネルギー固定装置から発せられたパワーが。しかもモーレツに強力な!」
「霊子エネルギー固定装置?」
 確かその装置は、魔導サイエンティストが作った発明品の一つ。
 魂だけとなった存在を実体化し、この世に留めておく効力があると聞いたことがある。
「まさか……」
 俺の頭の中で、月読命の言っていたことが思い出される。
『霊魂となった我(われ)が、この世界に身を置けるのも、魔導サイエンティストの力があってこそ』
 そうか、月読命は魂だけの存在。
 霊子エネルギー固定装置がなければ、この世界に居続けることができないのだ。
「コザッキー、目的地を変えるぞ」
「え?」
「その『霊子エネルギー固定装置』のところへ行くんだ。そいつを破壊する!」



カオス50 21:28

 建物の影を通って、北の荒野へと向かっていく私とリリー。
 街のあちこちに15年前の面影がある。私は昔の記憶を頼りに、できるだけ敵に見つからないルートを選んで北へ北へと走り続けていた。
 前方に公園が見える。
 ここは、私が昔よく遊んでいた公園。懐かしい遊具が残っているのが見える。
 それら遊具に紛れて、異次元トンネル−ミラーゲート−が置いてあった。それは、帰りのミラーゲートとして、コザッキーが設置したものだった。
 私たちは、その公園の脇を通り過ぎ、さらに北へ北へと走り続けていった。
 夜空には、二つの満月と、百羽以上もの紅陽鳥。紅陽鳥の撒き散らす火の粉が、夜空の色を変えている。月がこんなにも赤く見えたのは生まれて初めてだった。
 その時、
「えっ……? ウソ……」
 突然リリーが止まった。
「何? どうしたのよリリー?」
 リリーは呆然と立ち止まったまま返事をしない。リリーの視線を追っていくと、道の真ん中を歩いている人影が見えた。
 その人影は、小さな杖を持ち、白い法衣を着て、羊の頭巾をかぶった女の子。お注射天使リリーの娘――白魔導士のピケルちゃんだった。
「ピケルーーーッ!!」
 リリーは大声で叫んで、ピケルのところまで走っていく。
「ママ? ママ? ママぁぁーーーーーっ!!」
 ピケルもまた泣き声を上げてリリーへと抱きつく。
 ……それが、いけなかった。
 リリーとピケルちゃんが大声を出したことにより、私たちは空を飛んでいる紅陽鳥二羽に見つかってしまった。
 二羽の紅陽鳥は、まっすぐリリーとピケルちゃんに向かって滑空していく。
「危ない!」
 とっさに私が飛び出し、一羽の紅陽鳥の攻撃を破滅の槍で食い止める。
 さらに、『影』となった私も、もう一羽の紅陽鳥の攻撃を受け止めた。
 私は『本体』と『影』の両方で、二羽の紅陽鳥を相手にしていた。
「ここは私に任せて下がって!」
「うん、任せるよ。……ピケル、ついておいで」
「うん」
 リリーとピケルちゃんが私から離れていく。
 ピケルちゃん、きっと私がリリーを連れて行くところを見てて、こっそりついてきてしまったのね。ここは、攻撃力2300の私が二人を守ってあげなくっちゃ!



カオス51 21:32

 計器を頼りに、霊子エネルギー固定装置を探す俺とコザッキー。それは思ったより早く見つかった。
「あった……」
 廃ビルの屋上に、50本以上ものアンテナが取り付けられた機器があった。それらのアンテナは、絶え間なく次々に放電されていた。
「モーレツ! これはすごいぜー! エネルギーの増幅量がハンパじゃない! これなら、この街全体に効力が及ぶに違いないぜー!」
 これが霊子エネルギー固定装置。月読命をこの世界に留めている秘密。
 これを壊せば、月読命を倒すことができる。
 俺は、右手に持つ斧を両手で持ち直し、アンテナの一つめがけ振り下ろした。
「はっ!」
 バリーンとガラスの砕けるような音が聞こえ、俺の手に軽い反動が伝わってきた。よし、これでアンテナを一つ壊した……!
「デミス? 壊れていないぜー?」
「何っ?」
 俺はアンテナを確認する。斧を振り下ろす前と同じ形でアンテナが残っていた。
 俺は確かにアンテナめがけて斧を振り下ろし、確かに破壊した手ごたえを感じたはずだ。なのに、アンテナには傷一つついていないとは。
「どうしてだ……?」
「マジック・ガードナーのお陰」
 背後から、俺でもコザッキーでもない声が聞こえた。
「……!」
 振り返る。
 そこには、数十分前に会ったばかりの男。月読命が姿勢良く立っていた。
「ここに設置されたアンテナは、それぞれが3重のマジック・ガードナーに守られている。そのため、4回の攻撃を行ってようやく破壊ができる。アンテナの数は64本。全てを破壊すれば、我をこの世界より引き離すことができるだろう」
 月読命は、ゆっくりとした口調で話し、当たり前のようにふわっと宙に浮いた。
「全てのアンテナを壊すには256回の攻撃が必要。当然、我も黙ってそれを見ているわけには行かない。相応の妨害はさせてもらう」
 満月が再び新月になる。
 そして、俺はまた新月の魔力に魅せられてしまうのだった。



カオス52 21:36

 私は『本体』と『影』の二人に分かれて、紅陽鳥二羽と闘っていた。
 私は空を飛ぶ紅陽鳥に破滅の槍を突き刺そうとするが、わずかにかすめただけで上空に逃げられてしまう。上空の紅陽鳥は、体勢を整え私に向かって滑空してくる。私はすばやく横へ飛びのいたが、その爪が私の肩をわずかにかすめた。
 互いにほんのわずかだけダメージを受ける。
 さっきから同じような攻防が続いていた。おそらく、この紅陽鳥の攻撃力は、私と同じ2300。
 攻撃力が等しい敵同士の闘いは、どうしても長引いてしまう。『ライフポイント理論』によれば、わずかな誤差程度のダメージをお互いに受け続けるという。今の状態そのものだった。
 私が破滅の槍をなぎ払うと紅陽鳥の羽をかすめてわずかなダメージを与え、紅陽鳥が爪を繰り出して突撃してくると私の体は少しだけ傷ついた。
 こんなことでは、らちが明かない。何とか……何とかならないの!?
 そうは思いながらも、私はまた同じように破滅の槍をなぎ払うことしかできない。
 なぎ払われた破滅の槍は、紅陽鳥のももを僅かにかすめただけで、ほとんどダメージを与えることができなかった。
「えっ?」
 それなのに。
 ほとんどダメージを与えていないはずなのに。
 紅陽鳥は力尽きて羽ばたくことをやめてしまった。
「倒した……の?」
 まもなく、私の『影』が相手をしている紅陽鳥も同じように力尽きた。
 そこで気付いた。これらの紅陽鳥は、魔導サイエンティスト先生が作り出した不完全な生物。だからライフポイントが極端に少ないんだ。攻撃力が互角であっても6分32秒ほど粘っていれば勝てるんだ!
 私は強気になって、小さくガッツポーズをとった。
 しかし、
「キエエエエエエエエエーーーーーッ!!!」
 突然、倒れた紅陽鳥のうちの一羽が、つんざくような鳴き声をあげた。
「……しまった!」
 油断なんかせず、トドメを刺しておくべきだった!  この紅陽鳥は、最後の力を使って、他の紅陽鳥に居場所を知らせたんだ!
 私の嫌な予感はやはり当たってしまう。
 空を巡回していた紅陽鳥が次々に私たちのところへ飛んでくる。その数八羽!
 とても私一人では相手にしきれない。私は、『影』の力を使って何とか食い止めようと必死にもがいたけれども、そのうちの一羽が私の脇を通り過ぎた。その紅陽鳥が狙ったのは、リリーとピケルちゃん!
「リリーっ! ピケルちゃん! 逃げてッ!」
 私はそう叫んだけれども、紅陽鳥の滑空スピードは、私でも完全に回避できないほどに速い。二人の足ではかわしきれないのは明白だった。
 後ろを一瞬だけ振り返る。
「あたしをなめないでよね!」
 紅陽鳥の頭に巨大な注射器が刺さっていた。
 リリーは辛そうな顔をしながらも、力強く注射器を構えていた。
 注射器を刺された紅陽鳥は、バリアーにでもぶつかったかのように弾き飛ばされ、そのまま建物に突っ込んだ。
 それは、攻撃力400のお注射天使リリーが、攻撃力2300の紅陽鳥に勝利したことを意味していた。
 見た目は可愛らしい格好をしているお注射天使リリー。そのリリーには、巨大な注射器に『命の力』を注入することで、一瞬だけ攻撃力を3400まで引き上げることができる必殺技がある。
 この必殺技は一瞬だけとは言え高い攻撃力を手に入れることができる。しかし、その代償に『命の力』を消費してしまう欠点がある。それは、数値に換算して2000ライフポイント。
 お注射天使リリー。攻撃力は3400から400へと戻り、ライフポイントは4000から2000にまで減っていた。リリーの表情に苦しみが浮かんでいるのが見える。さっきの必殺技をあと1回でも使ったら、その命は尽き果てるに違いない。
 だから……!
 だから、これ以上、紅陽鳥をリリーとピケルちゃんのところへ行かせちゃダメ! 二人の命に関わってしまうから!
 紅陽鳥は残り七羽。私は、『影』の力と、破滅の槍のリーチの長さを生かし、紅陽鳥を食い止めようと奮闘していた。
 でも、正直、それらをフルに活用しても四羽を相手にするのが精一杯だった。
 一羽の紅陽鳥が、私の頭上をすーっと通り過ぎるのが確認できた。
 その紅陽鳥は、リリーとピケルちゃんに向かって滑空する。
「ダメーーーーーーーッ!!」
 私は叫ぶ。
 目の前の紅陽鳥をなぎ払って、私はリリーとピケルちゃんのもとへ走り出した。背中を向けた私に別の紅陽鳥が爪を立てた。背中にざくりと嫌な感触が走る。でも、そんなことは関係ない!
 私の頭上を通り過ぎた紅陽鳥は、まっすぐにリリーとピケルちゃんに向かっている。
 リリーは、巨大な注射器を構えて、それを紅陽鳥に突き刺そうとしていた。
 お注射天使リリーのライフポイントは2000。そんな状態でもう一度必殺技を使用したら、リリーのライフポイントは0になってしまう。
「お注射の時間よ!」
 リリーが微笑む姿が見えた。
 そして、リリーは注射器を紅陽鳥に思いっきり突き立てた。



カオス53 21:42

 満月から新月へ。新月から満月へ。
 俺は月読命に踊らされっぱなしだった。
 俺は月読命一人すらまともに相手にできず、馬鹿みたいにずっと身を守り続けていたのだった。
 一方、コザッキーは、月読命からも相手にされておらず、
「くそーっ! 壊れないぜー! 壊れないぜー!」
 と、素手でアンテナを壊そうと奮闘していた。攻撃力400のコザッキーでは、マジック・ガードナーのバリアですら破壊することができなかった。
「今宵の月も我のしもべ」
 月読命は舞う。
 満月から新月へ。新月から満月へ。
 俺はいつまで守りを固めればいいのだろうか?
 俺はそう思っていながらも、身を守り続けていなければならない気がして、ひたすらに身を守っていた。
 コザッキーは、アンテナを壊そうと、ひたすらにマジック・ガードナーのバリアを殴りつけていたが、やはり一つも壊せていなかった。
 無常にも時間だけが経過していく。
「……そろそろ月見も終わるとしようか。さあ、この世に別れを告げる覚悟は良いか?」
 月読命は舞いながら、抑揚の無い声で言った。
「貴方を死へと誘うモンスターを呼ぼう。現れよ、フュージョニスト!」
 再び3つの光が俺の前に現れる。
 またしても亜空間物質転送装置でモンスターが転送されてきたのだ。
「にゃあぁぁぁん」
「にゃあぁぁぁん」
「にゃあぁぁぁん」
 そこに現れたのは3体の猫。羽とふさふさの尻尾を兼ね備えたフュージョニストと呼ばれるモンスターだ。
 フュージョニストは初期に発見された融合体で、猫を少しだけ強化した程度の力しか持たない。これが俺を死へと誘うモンスターだというのか……?
「見るがよい。これが魔導サイエンティストの研究成果だ」
 月読命はどこからともなく、3つの黒い玉を取り出した。親指大ほどの玉。月読命はそれらを3体のフュージョニストに投げつけた。
「にゃああああっ!」
「にゃああああっ!」
「にゃああああっ!」
 3体のフュージョニストに変化が見られた。
 その体の輪郭が急に歪みだし、猫とは思えぬ形へと変貌していったのだ。
 何かまずいことが起ころうとしている。それは誰にでも分かる。
 だが、月読命の特殊能力で守りばかり固めている俺は、その様子を傍観することしかできない。
 3体のフュージョニストは二本足で立ち上がり、後ろ足だった部分がキャタピラーになり、前足だった部分がドリルになり、鼻だった部分もドリルになった。
 見たことがある。これは大手自動車メーカーが販売しているドリルロイドだ。
 だが、本物のドリルロイドとはずいぶん様子が違う。フュージョニストだった頃の毛皮が残ったままだったり、後ろ足がキャタピラーになりきれていなかったり、羽がそのまま残っていたり、ひたすらに不完全でグロテスクだった。
「ぎにゃああああ!」
「ぎにゃああああ!」
「ぎにゃああああ!」
 不気味な鳴き声を上げるフュージョニストだったドリルロイド達。三日月の明かりに照らされ、その姿が一層不気味に映った。
「ファントム・オブ・カオスの細胞を組み込んだフュージョニスト。その力、とくと味わうが良かろう」
 月読命がふわりと舞うと、それを合図にしたかのようにドリルロイド達のドリルが回り出した。不完全な見た目とは異なり、本物と遜色ない回転速度を持っていた。
 ドリルロイド。鉱山採掘用の作業車の一種。攻撃力は1600だが、守りを固めているモノ全てを問答無用で破壊する機能を持っている。たとえどんなに守備力が高くても、3つのドリルが体に食い込み、その身を砕いてしまうのだ。
 そう。俺は、月読命の特殊能力によって強制的に守備を行っている。そんな俺がドリルロイドに攻撃されれば、間違いなく粉々になってしまうだろう。
 月の魔力のせいだろうか。これほど危険な状況にも関わらず、俺は穏やかな気持ちで一心に身を固めていた。
「今宵の月も我らを照らす。笑うことも無く、泣くことも無く、唯唯我らを照らす」
 詩を読み上げるように、月読命は舞う。
 満月から新月へ。俺はひたすらに守り続ける。
「じゃうぁおおおお!」
「じゃうぁおおおお!」
「じゃうぁおおおお!」
 フュージョニストだったドリルロイド達が、声ともつかぬ音を出して、高速回転するドリルを俺に向けて近づいてくる。
 このドリル攻撃を食らえば、俺の体はバラバラに砕け散るに違いない。だが、俺はその様子をただ見ていることしかできない。危機感を持つことすらできない。
 月明かりさえ消えたこの街で、俺は命を落とそうとしていた。ドリルロイドのドリルは、俺の胸のすぐそばまで接近していた。
 その刹那、一つの『光』が俺を包み込んだ。
 光に包みこまれた俺は、月読命の後ろで親指を立てているコザッキーの姿を見た。
「……ん? コザッキー!?」
 光に包まれた俺と、親指を立てたコザッキー。そして、周囲に見えるのは、色すら不明瞭な歪んだ景色。
 ようやく我に返る。
 そうか、俺はコザッキーに助けられたんだ。ドリルロイド達のドリルに巻き込まれそうになったところを、亜空間物質転送装置で助けられたんだ。
 コザッキー、ありがとうな。ここに来てからはお前に助けられっぱなしだ。
 そろそろ亜空間物質転送装置の効力が切れる。歪んだ亜空間の景色に小さな穴が現れ、その穴が瞬く間に広がっていく。
 穴が亜空間全体に広がりきると、いくつもの星が散りばめられた夜空が見えた。亜空間からビルの屋上に戻ってきたのだ。
 周囲を見渡す。
 月読命が舞うのをやめて地に足をつけている。
 3体のドリルロイド達が一点に集まっている。
 それらドリルロイドが集まった先に、コザッキーが仰向けで倒れていた。
「コザッキー?」
 コザッキーは、白いはずの白衣を真っ赤に染めていた。それは、コザッキーの体から血が吹き出していることを示していた。
「コザッキーーーっ!!」
 俺はコザッキーの元へと走る。ドリルロイド達が俺の前に立ちはだかる。
「どけぇーーーっ!!」
 俺は斧を振りかざし、そのうちの1体を隣のビルまで吹き飛ばした。
 コザッキーの側まで走り寄ると、コザッキーは顔をわずかに上げて笑った。
「デミス……。モーレツに、ヘマ、しちまったぜ……。俺、デミスのこと守ろうとするばっかりで……、自分の身のこと、忘れて……」
「馬鹿、馬鹿だよコザッキー! 俺が場からいなくなれば、代わりにお前が攻撃を受けることくらい……分かれよ……」
「ヘヘヘ……、でも、この勝負。俺達の勝ちだぜー……」
「……!?」
 コザッキーは血だらけの顔でにやりと笑った。
 それは、発明をしている時と同じく、得意気な笑みだった。
 霊子エネルギー固定装置の駆動音に紛れて、別の機械の音が聞こえてくる。まもなく、低い金属音がして、俺たちより一回り以上大きな装置が現れた。
 強制脱出装置だった。
 そして、その強制脱出装置の鋼鉄の扉。その向こうに月読命が飲み込まれていくのが見えた。
 そう。コザッキーは、月読命に向けて強制脱出装置を使ったのだ。
「モーレツに、最高のアイディアだぜー。これが俺の最高傑作……。この強制脱出装置は……敵にも使えるんだぜー……!」
 ピンと来た。
 この街全体に効力が及び、いくつものマジック・ガードナーに守られた霊子エネルギー固定装置。
 月読命が邪魔する中、霊子エネルギー固定装置を全て破壊するのは難しい。
 ならば、月読命の方を移動させてしまえばいい。月読命を霊子エネルギー固定装置の有効範囲の外に出してしまえば、霊子エネルギーを得ることができず、月読命はこの世界から去らざるを得なくなる。
 そして、そんな芸当ができるのが、この強制脱出装置!
「最高だ! 最高だぞコザッキー!」
「そう言ってもらえて嬉しいぜー……。俺、デミスの親友で、本当に、モーレツに、よかったぜー……!」
 血だらけのコザッキーが、生き生きと輝いている。
 強制脱出装置の扉の向こうから、月読命の声が聞こえてきた。
「見事なり……。コザッキーと言ったか、今までの非礼お詫びしよう」
 強制脱出装置の扉は鋼鉄製。その扉の向こうからでも月読命の声がはっきりと聞こえていた。心に直接話しかけているのかもしれない。
「我は16年前に魔導サイエンティストに召喚され、助手として今日までこの世界に居続けてきた。……思えば、我は寂しい日々を送っていたのかも知れぬ。貴方達を見てそれを感じずにはいられなかった」
 淡々と月読命は話す。だが、その声には憂いが含まれていた。
 今まで闘ってきて分かった。月読命は、心の底では俺達を殺したくなかったんじゃないだろうか?
 必要以上に舞い踊ったり、この場に紅陽鳥を呼ばなかったり、ドリルロイドにやられたコザッキーへのとどめを刺さなかったり、全てがそれを物語っているような気さえしてくる。
 だったら……。
「だったら、月読命! 学園に来いよ! ディアハ・アカデミアに! 学園は誰でも歓迎する!」
「そ、そうだぜー! 今度は俺の助手をしてくれよ! 俺達と一緒に、モーレツな発明品を作り出そうぜー!」
 その返事を聞いた月読命は、
「ありがとう」
 と言って、強制脱出装置の効力で空へと打ち上げられていった。
 射出された月読命は、やがて霊子エネルギー固定装置の効力を失い、この世界から去ることになるだろう。
 しかし、きっと、明日にでもディアハ・アカデミアの生徒として転校してくる。そんな気がする。
 夜空には、いつの間にか二つの満月が戻っていた。満月は力強く輝いていた。



カオス54 21:52

「ルイン。あたしのために泣いてくれたの? あたし、う・れ・し・いっ!」
「うっ……うるさい! うるさい!」
 ああもう! この女! 絶対わざとだわ!
 リリーの必殺技。使う度に2000のライフを失ってしまうため、必殺技を2回使ったら4000のライフが0になってしまう。
 だから、2度目の必殺技を使ったあの時、私、リリーが死んじゃうって本気で思ったじゃないの! 泣きながら紅陽鳥と闘い続けていたじゃないの!
 それなのに、リリーは3度4度と必殺技を使って、それなのにけろりとしてる。
 で、理由を聞いてみると、リリーが必殺技を使う度に、ピケルちゃんがライフを回復し続けていた――というオチだった。
「聞いてないわよ! ピケルちゃんが回復魔法を使えたなんて!」
「ご、ごめんなさい。ルインのおばさん……」
 私の怒号に驚いて、ピケルちゃんが謝る。でも、『おばさん』って何よ! 私はおばさんじゃないわよ!
「まぁまぁルイン、そんなに怒らないで。紅陽鳥も何とか倒せたんだし……」
「……もう」
 それにしても、クランもピケルちゃんも魔法なんてまったく使えなかったはず。いくら魔法使いを目指していても、10歳にも満たない若さで魔法を使うのは難しいと言われてるのだから。
 にもかかわらず、ピケルちゃんは9歳で回復魔法を使えるようになっていた。はっきり言ってすごい才能だ。将来、上級魔術師になるのも夢じゃないかもしれない。
 うーん。うちのクランも、そろそろ魔法が使えてくれると嬉しいのだけれども……。
 クラン……。
「私、そろそろ北へ進まなくっちゃ。クランが待ってる」
 私は、そう言って、破滅の槍を構えなおした。
 それを聞いて、リリーとピケルちゃんは気まずそうな顔になる。
「ごめん……。あたし達、ここまでだよ……」
「ごめんなさい」
 リリーの表情から、どっと疲れが浮き出たのが分かった。
「ピケルはね、魔法覚えたてだから、その分魔力切れも早いの。回復魔法4回が限度」
 私は、D・モバホンについているデュエルカリキュレーター機能を使って、リリーのライフポイントを計測した。残り800だった。
「ライフ回復ができない以上、あたしたちは完全なお荷物ね。一足先に帰ることにするよ」
「ごめんなさい」
 ライフ800の苦痛が浮き出るリリーと、ぺこりと頭を下げるピケルちゃん。
「気にしないで、リリー、ピケルちゃん」
 そう言って私はしゃがみこみ、ピケルちゃんの頭をなでてあげた。
 私がなで終わると、ピケルちゃんは私の顔を覗き込むようにして言った。
「あのっ、ルインおばさん! ぜったいに、ぜったいに、クランちゃんを助けてあげてね! クランちゃん、いつも強がってるけど、ほんとうはすっごく寂しがり屋さんなんだ」
 うん、分かってるよ。すっごく良く分かってる。
「安心して。クランは必ず助けるから。……だから、私のこと『おばさん』って呼ぶのはやめてね」
「うんっ! ありがとうルインおばさん! ……あ、おばさんって言っちゃダメだった……」
「私のことは『ルインお姉さん』って呼ぶのよ」
「……ルインお姐さん?」
 何か違うけどまあいいわ。私は立ち上がった。
「それじゃ、リリー、ピケルちゃん。おやすみ」
「ルイン、あたしたち結局役立たずでごめんね。また明日ね。バイバイ」
「バイバイ、ルインおばさん」
 お注射天使リリーと、白魔導士のピケルちゃんは、手を繋いで公園の方角へと歩いていった。
 公園にあるミラーゲートを使えば、二人はディアハ・アカデミアまで戻ることができるだろう。今は残りの紅陽鳥の姿も見当たらないし、無事に帰れるはずよね。
「よしっ!」
 一人になった私は、北の荒野へ向かって走り出した。



カオス55 21:58

「コザッキー、やっぱりお前、帰れ」
「デミス、俺、どうしても行きたいぜ……。魔導サイエンティスト先生にもう一度会って話をしたいんだ」
 白衣が真っ赤になるほど出血したコザッキー。そんなコザッキーを魔導サイエンティストのところまで連れて行けば、命を落とす危険がますます高くなる。
 魔導サイエンティストを相手にして、コザッキーを守りながら、クランを助ける――俺にはできそうになかった。
「コザッキー、すまない。ここは俺のわがままを聞いてくれ! 俺はどうしても! どうしても、クランを助けたいんだ! 絶対に助けたいんだ!」
「デミス……?」
「こんな傷だらけのコザッキーを魔導サイエンティストのところまで連れて行ったら、お前の命が狙われることになるだろう? そうなると、俺はお前を守るので精一杯。結果的にクランを助けられる可能性がしぼんでしまうんだよ! だから残酷なようだけど言うぞ。コザッキー、早く帰ってくれ!」
 コザッキーは、しばらく悩む様子を見せた後、顔を上げた。
「分かった。俺は帰るぜ……。俺とデミスはモーレツに親友だもんな。今ならデミスの気持ちがなんとなく分かるぜ……」
 すまないな。そして、
「ありがとう、コザッキー」
「どういたしまして、だぜー。……あ、そうだ」
 コザッキーは白衣の内ポケットをごそごそと漁り始めた。
「デミスにはこれを渡しておくぜー」
 コザッキーは1つの基盤を取り出して、俺の手の平に乗せた。
「強制脱出装置。俺が今日持っている最後の発明品だぜ……」
 コザッキーの最高傑作、強制脱出装置。これがあれば、クランを助ける時に大いに役立ってくれる。
「ああ、助かる。すっごく助かるぞ!」
「へへ……」
 コザッキーは、照れ笑いをした。
 そうだ。
「コザッキー、お前、魔導サイエンティストに伝えておきたいことがあるか? それくらいなら引き受けてもいいぞ」
「え? あ。そ、そうだな……。じゃあ頼むぜ。これを伝えて欲しいんだ」
 コザッキーは一枚の紙を俺に手渡した。紙にはところどころ血が付着していて、おまけに字も汚いが、何とか内容を読み取ることはできそうだ。
「じゃあ伝えておくぞコザッキー」
「でも、優先するのはクランを助けることだぜー? 俺の伝言はクランを助けた後でいいからさ」
「ああ、そうさせてもらうぞ……。コザッキー、何もかもありがとうな」
「へ、へへへ……」
 空には、二つの満月と無数の星が散りばめられていた。
 指揮者である月読命が消えたせいだろうか、ちょっと前まで空を飛びかっていた紅陽鳥がぱったりと居なくなっていた。
「コザッキー、家に帰るまでが遠足だぞ。気をつけろよ」
「分かったぜー。でも、デミスも約束してくれよ。明日、必ずディアハ・アカデミアに来るって!」
「約束する。俺は、クランを助け出し、明日はまたいつものように学園へ行こう」
 俺は右手のグローブを外し、コザッキーと握手をした。
「また明日な!」
「モーレツにまた明日会おうぜー!」
 コザッキーは、よろよろと西の方角へと歩いていく。
 傷だらけのコザッキー。本来ならば家まで送っていきたいところだが、俺の目的は一刻も早く確実にクランを助けること。これ以上時間を消費するわけにはいかないのだ。
 俺は力強く地を蹴り、北の荒野へ向かって走り出した。
 さあ、行くぞクラン! もうすぐだ! もうすぐ助けてやるぞ……!



カオス56 22:34

 走る走る。どんどん走っていく。
 夜空の月と、幼いときの記憶を頼りに、ひたすら北を目指していく。
 リリーたちと別れてから、約37分29秒の時間が経過していた。その間、私はずっと走り続けていた。
 そのおかげもあって、もうすぐ目的地の荒野。家の数がまばらになってきて、地面の砂や石が多くなってきていた。
「ルイン! ルイン!」
 東の方角から一人の男の声が聞こえた。
「デミス? デミスじゃないの!」
 全身を鎧で固めた男、デミスが右手に走っているのが見える。
 街の東を通ってきたデミスと、街の西を通ってきた私。ここで合流することができたんだ。
 デミスは私を見つけるなり、徐々に私へと近づいてくる。私たちは並んで北の荒野へ向かって走り出した。
 そういえば、デミスと一緒にいたコザッキーの姿が見えない。デミスに理由を尋ねてみると、傷を負ってしまったため先に帰ってもらった、とのことだった。
「目的地まであと少しだな、ルイン」
 走るスピードを落とすことなくデミスが話す。
「うん。あと6.76キロメートルくらいね。でも……」
 この街に来た時から感じていたことだけど、デミスの体調が万全でないように見える。
 私は、D・モバホンを取り出し、デュエルカリキュレーター機能を使ってデミスのライフポイントを計測した。残りライフ2000。
 やっぱり……。
 デミスは、ここに来てから一度必殺技を使ったんだわ。ライフポイントがきっちり2000だけ減っているもの。
「デミス、体、大丈夫?」
「うーん、正直なところ、腹が減っている」
 なんとも緊張感のない返事をするデミス。
「何言ってるのよ、もう……」
「本当に腹が減ってるんだって。晩飯どころか昼飯すら食ってない。腹に入れたのはレッド・ポーションとコーヒーくらいだ」
 デミスが走りながらお腹を押さえた。
 そういえば、今日の家庭科の授業で作ったサンドウィッチ。確か余りがあったはずよね。私は不意にそんなことを思い出す。
「あった」
 私はポケットに押し込んであったサンドウィッチを4つ取り出した。
「ほら、サンドウィッチ。今日のお昼ご飯の余り。ポケットに入れていたから、ちょっと潰れちゃったけどね」
 私はサンドウィッチをデミスに差し出した。
「…………」
 デミスは12.34秒ほど沈黙した後、それらのサンドウィッチを受け取った。
 そして、デミスは4つのサンドウィッチを観察した後、そのうちの1つのサンドウィッチを地面に投げ捨てた。
「な……! 何するのよ!」
 ひどい! 元々はデミスのために作ったサンドウィッチなのに。いきなり捨てちゃうなんて!
「ルイン。一応聞くぞ。今俺が捨てたサンドウィッチ、表面がツブツブだった。あれはどうやって作った?」
 え? えーと確か……
「トマトを切ったらなんか変なのが出てきたから、そのままパンに挟んで……。うん、そうだった」
「それはジャイアントウィルスだ! 食ったら増殖した上ダメージ受ける! お前、バカか!」
「え? そ、そうだったの……?」
 知らなかった……。
「残りのサンドウィッチも、なんだよこれ。こんにゃくが挟まっていたり、パンが青色だったり、レタスの芯が入っていたり……」
「そ、そんなに嫌なら食べなくてもいいわよ……」
 もう、文句ばっかり言うんだから。せっかく作ったのに、せっかく作ったのに……。
「まあ、味はそれほど悪くはないけどな……」
「あ……」
 デミスは3つのサンドウィッチをいつの間にか平らげていた。口をもごもごさせている。
「モウヤンのカレーくらいにはうまかったぞ、うん」
「……それ、ほめられた気がしないんだけど」
「ほめてるぞ。本当に、ありがとうな。ルインが俺のためにサンドウィッチを作ってくれたおかげで、なんだか力が湧いてきた気がする」
 デミスが言った。
 もう、さらりと嬉しいことを言わないでよ。恥ずかしいじゃない。
「……もういいわよ」
「じゃあ行くぞ。気を抜くなよ」
 私たちは、再び走ることに集中し出した。

 さらに3分24秒ほど走ると、クレーターのように地面がえぐり取られた跡が見えてきた。
 その地面のへこみは、デミスのお父さんが必殺技を使った時にできたもの。高さ最大約37.76メートル、半径平均約986.36メートル。
 そう。ここが、デミスのお父さんが命を落とした場所。魔導サイエンティストが終焉の地と呼んでいた、私たちの目的の場所。
 私とデミスは、えぐり取られた地面へ足を踏み入れた。坂道を下っていくように、どんどん中心へと向かっていく。
 中心へと近づくにつれて見えてくる。
 少ない髪を伸ばして白衣を着た男――魔導サイエンティスト先生。
 魔導サイエンティスト先生を取り囲むように、羽の生えた12匹の猫。
 そして、悪夢の鉄檻に閉じ込められ、黒うさぎの頭巾をかぶった女の子――黒魔導師クラン。
 ついに、私たちは目的の場所に到着したのだった。



カオス57 22:51

 長かった。ここまで長かった。
 俺達は何度もピンチになりながらも、ようやくクランのいる終焉の地までやってきたのだ。
 俺達の目の前には、魔導サイエンティストと12体のフュージョニスト、そして、黒魔導師クランがいた。
「デ、ミスちゃん……ママ……」
 檻の向こうのクランは、泣きはらした顔で俺達のことを見ていた。今にもまた泣き出しそうだった。
 開口一番、魔導サイエンティストは舌打ちをした。
「計算が合わない。何度繰り返しても計算が合わない」
 そう言って魔導サイエンティストは、眼鏡越しに俺を睨みつける。
「それもお前がいるからだデミス! 理論上ではお前はここに辿り着く前に死んでいるはずだった。だが、実際はお前はここまで辿り着いた。ほんの一部とは言え、この私の計算が崩されるなんてことは、決してあってはならない。分かるな?」
 何を言っているこの男。
 先生をしていた頃の魔導サイエンティストは、一言で言えば、陽気なおっさんだった。変な眼鏡をかけて、ウヒヒヒヒなんて変な笑い声を出しながら、時折、薬品を爆発させて生徒達を驚かせていた。ある意味コザッキーに近い性格だった。
 だが、今俺の目の前にいる魔導サイエンティストは何だ? 苛立ちと憎しみをむき出しにして、俺達をためらいなく殺そうとしている。まるで別人じゃないか。
「デミス。私は、ホムンクルスの影で研究を続けながら、お前を監視していた。何故だか分かるか?」
 魔導サイエンティストが、低い声で問いかけてくる。
 そこでようやく分かった。本当に別人だったのだ。ディアハ・アカデミアで理科を教えていた魔導サイエンティスト先生は、目の前の魔導サイエンティストが作り出したホムンクルス(ニセモノ)だったのだ。
 それでは、なぜ魔導サイエンティストはニセモノを作ってまで俺を監視していたのだろうか?
 俺が魔導サイエンティストの研究の障害になるから? いや、俺は魔導サイエンティストの研究に対して今まで邪魔をしたことはなかった。監視する必要などなかったはずだ。
 だとすれば、魔導サイエンティストの本当の障害となったのは……
「俺の親父か……」
「その通り。私は、研究の障害になるもの全てを排除しなければならない。15年前、お前の父親が俺の研究を台無しにしたように、お前もまたその危険因子となり得る。だから、監視をしていたのだ」
 そして、魔導サイエンティストは不気味な笑みを作った。
「デミスよ、私がこの場所に呼びつけた時点でもう気付いているのだろう? 15年前の『真相』に気付いているのだろう?」
 15年前、俺達のいるこの荒野にはモンスターの大群が集まっていた。それらの大群は、街を襲撃するために進軍していた。俺の親父は、街のみんなを守るため、自分の命と引き換えにこれらのモンスターを全滅させたのだった。
「15年前、この付近にモンスターを集めたのはこの私――魔導サイエンティストだ。街を襲わせるように指示をしたのも当然私だ」
「なん……ですって!」
 隣にいるルインが驚きの声をあげる。
 俺は驚くことなく沈黙を続けている。魔導サイエンティストの言う通り、俺はこの事実に気付いていたからだ。
「私の作り出した融合モンスター。放っておくとすぐに朽ち果ててしまう。だが、そこに月読命の力を組み合わせれば、朽ち果てさせずに命を長らえさせることが可能。当時の私は、特殊能力を持つモンスターを作り出すことはできなかったが、それでも紅陽鳥、アクア・ドラゴン、ソウル・ハンター、金色の魔象、プラグティカルといったモンスターを作り出し、その命を長らえさせることはできた。私は1年の期間をかけて1024体のモンスターを作り出した。1024体。それだけのモンスターを作り出すと科学的な興味が湧いてくる。これだけの軍勢があれば何人の人を殺せるだろうか。科学者として検証を行うことは非常に重要なこと。私はモンスターの性能検証を行うため、一つの街を襲撃させたのだ。いい実験結果が取れると期待した。だが、実際の結果はどうだ。まさか、たった一体のモンスターに全て倒されてしまうとは。私の1年間の努力が水の泡だ。……しかし、私は優秀な科学者。同じ失敗は繰り返さない。よって、デミス。カオス・エンペラー・ドラゴンの息子であるお前をここで葬り去る。不穏分子は残しておくわけには行かない」
 淡々と魔導サイエンティストは話す。その度に俺に怒りが蓄積されていく。
 俺の親父がこんなくだらない理由で殺されたから? いいや、違う。
「ふざけんな魔導サイエンティスト! お前の話は長いんだよ! 後ろでクランが泣いてるだろ! とっとと返しやがれ!」
 魔導サイエンティストは許すわけには行かない。親父を殺した男。仇。
 だが、俺は親父と誓ったんだ! 絶対に愛する者は守り抜くと!
 もし土下座したらクランが助かるのなら、俺は喜んで土下座してやる。靴を舐めたらクランが助かるのなら、俺は喜んで靴を舐めてやる。
「魔導サイエンティスト。一応聞こう。おとなしくクランを解放する気はないんだな?」
 俺が問うと、魔導サイエンティストは、12個の黒い玉を取り出した。
「目覚めの時間だ12匹のフュージョニスト。お前達は今から十二神竜となり、デミスを殺すのだ」
 俺の問いに答えず、魔導サイエンティストは12個の玉を宙に投げる。12体のフュージョニストがその玉に飛びついた。
「つまり、クランを返す気がないということか。ならば力づくでも返してもらうまで!」
 俺は斧を両手に持って、魔導サイエンティストに飛び掛かろうとした。
 しかし、実際には飛び掛かることはできなかった。
 なぜなら、魔導サイエンティストの後ろにとんでもない光景が浮かび上がったからだ。
 魔導サイエンティストの後ろ。悪夢の鉄檻に閉じこめられているクラン。
 そのクランの体に巻きつくように輪が取り付けられた。その輪には、いくつもの爆弾が装着されていた。
「破壊輪!」
 爆発したが最後、それを装着された者は木っ端微塵になってしまうという最悪クラスの兵器。それがクランに巻きついたのだ!
「あ……あぁ……」
 クランが引きつった表情を見せ、声にならない声を出す。いつ死ぬかも分からぬ恐怖がクランを脅かしていた。
「私は科学者。常に最適な解を求められることが要求される。その解を導き出すためには手段は選ばない」
 そう言って魔導サイエンティストは、白衣のポケットからスイッチの付いた基盤を取り出した。破壊輪の起爆スイッチだった。
「デミス。お前が攻撃する真似を見せたら、その時点で娘の命はない」
 起爆スイッチに手をかけ、魔導サイエンティストは冷たく言い放った。
 俺は、コザッキーからもらった強制脱出装置の起動装置を持っている。
 だが、それを使ってクランを助けようとしても、破壊輪ごとクランを空に飛ばしてしまうかもしれない。使えるわけがなかった。
「くそっ……!」
 甘かった。
 何もかも甘かった。
 相手は、いくつもの発明品を作った天才科学者。
 あらゆる状況を想定して、先手先手を打ってくる。俺がここまで来れたことでさえ誤差の範囲内――そんな気さえしてくる程だった。
 黒い玉に飛びついた12体のフュージョニスト。それらは竜へと姿を変えていった。それは、先程月読命に見せられた時と同じくグロテスクな光景であった。
「さあ死んでもらおうデミス。ファントム・オブ・カオスの細胞を取り込んだフュージョニスト達が、お前を確実に死へと追いやる。現れよ十二神竜!」
 12体のフュージョニストは、猫とは思えぬ鳴き声を響かせ、12体の竜へと変身していった。



カオス58 23:03

 何もかも信じられなかった。
 何も信じたくなかった。
 せっかくクランに会えたのに、そのクランには爆弾が取り付けられて、デミスの攻撃は封じられてしまった。
 さらに、目の前には12体の竜。サファイアドラゴン、ドル・ドラ、ベビケラサウルス、エメラルド・ドラゴン、エビルナイト・ドラゴン、ホワイト・ホーンズ・ドラゴン、ヘルカイザー・ドラゴン、双頭の雷龍、リボルバー・ドラゴン、スパイラルドラゴン、タイラント・ドラゴン、古代の機械巨竜。
 竜たちは、変身前の面影をわずかに残しながらも、私たちよりはるかに大きく強力になっていた。
 こんな……こんな状況で、クランを助ける方法なんてあると思う?
 絶対に無理。詰めデュエルの問題にもならない。私たちにはどうすることもできない!
 鉄檻の向こうで、クランが今までに見せたことがない表情を見せている。それは恐怖と不安が強烈に浮き出た表情だった。
 クラン……。クラン。クランクランクランっ!!
 本当にどうしようもないの!? 本当にこのままクランやデミスが死んじゃうのを見ているしかないの!?
 私は悔しくて情けなくて涙が出てきた。こんなときに泣いちゃダメなのに! ダメなのに!
「死ね」
 魔導サイエンティスト先生が合図を出した。
 それをきっかけに12体の竜が、なだれ込むようにデミスへと襲い掛かっていく。
 クランを盾に取られているデミスは、この攻撃を見ていることしかできない。バカみたいにダメージを受けることしかできない。このままでは、残りライフ2000のデミスは、これら竜たちの攻撃で確実に死んでしまうだろう。
 デミスが死んじゃう?
 そう考えただけで、胸がずきんと痛んだ。
 そんなの……、そんなの……ダメよ。ダメ。
「ダメぇぇーーーーーっ!!」
「ルイン!?」
 私は、破滅の槍を握り締めて、デミスの前に飛び出した。泣きながら12体の竜たちからデミスを守ろうとする。
 私よりはるかに大きい12体の竜。その標的をデミスから私へと変更して、次々に迫ってくる。
 ヘルカイザー・ドラゴンが私に攻撃する。双頭の雷龍が私に攻撃する。リボルバー・ドラゴンが私に攻撃する。スパイラルドラゴンが私に攻撃する。タイラント・ドラゴンが私に攻撃する。古代の機械巨竜が私に攻撃する。
 一撃ごとに私の体に激痛が走っていく。
 竜の爪が私の皮膚を切り裂き、竜の牙が肩に食い込み、最後には古代の機械巨竜のしっぽに吹き飛ばされた。
「かあっ……」
 36.56メートル以上離れた地面に叩きつけられる私。全身を痛みが伝わっていく。血の味が口の中に広がった。
 合計2800ダメージ。紅陽鳥に受けたダメージも入れれば、私のライフポイントはきっと残り600。立ち上がることすら難しい程だった。
「デ、ミス……。クラ、ン……」
 もう何をやっているのかさえ自分でもよく分からない。
 今デミスをかばったところで、もう一度竜たちが攻撃すれば結果は同じ。いずれにしてもデミスは死んでしまう。
 頭では分かっているはずなのに、体が勝手に動いてしまう。どうしようもないのに、どうにかしようとしてしまう。
 残りライフ600の私は、ふらふらと立ち上がって、けれども足元がふらついて、そのまま転んでしまった。
 涙が止まらない。次から次へとあふれ出てくる。
 もう、私たちダメなの? もう、私たち終わりなの?
 自分の愛する人たちを守ることができないなんて。そんなの嫌だよ。嫌だ……。
 クラン……、デミス……。ごめんね。頼りない私でごめんね。もうちょっとがんばってみるけど、私、きっとみんなを守ることはできそうにない。ごめんね、ごめん……。
 その時、ふいに女の子の声が聞こえてきた。
「いじめるな……」
 それは、とっても大切でとっても愛しい女の子。クランの声だった。
「いじめるな! デミスちゃんをいじめるなぁぁああっ! ママをいじめるなぁああああっっ! ああああああああああああああっっっっ!!」
 クランが力いっぱい叫んだ。
 その直後、クランが閉じこめられている悪夢の鉄檻。その中から、ぶわっと爆発のようなものが発生した。
 一瞬、クランに取り付けられた破壊輪が爆発したのかと思った。けれども、そうではなかった。爆風の色が紫色で、明らかに爆弾によるものとは異なっていたためだ。
 あれは破壊輪による爆発じゃない。魔法による爆発……!
 檻の中で発生した爆発の煙は、またたく間に槍の形に変化する。悪夢の鉄檻の上空に13本の槍が作られた。
「デミスちゃんとママをいじめるなぁぁあああっ!!」
 再びクランが叫ぶ。まるでそれを合図にしたかのように、13本の槍はまっすぐ一人の男へとめがけて飛んでいく。そして、
「ぐはっ……!」
 13本の槍が、魔導サイエンティスト先生の胸を貫いていた。
「いじめるなぁぁああっ! いじめるなぁああああっっ!!」
 何が起こったかもわからないまま夢中で叫び続けているクラン。
 胸を貫かれた魔導サイエンティスト先生がよろめいた。
「完全に、計算、外……」
 私はふと、ピケルちゃんが回復魔法を使えるようになったことを思い出した。
 黒魔導師クラン。今まで魔法を使えなかったはずのクラン。
 そのクランが、今、魔法の才能に目覚めた。そして、その魔法が魔導サイエンティスト先生を攻撃した。そうとしか思えなかった。
 私のポケットからD・モバホンが滑り落ちた。その衝撃でシャッターボタンが押され、デュエルカリキュレーター機能が作動した。
 D・モバホンのディスプレイに目をやると、魔導サイエンティスト先生の姿が映っていて、その下に100と書かれているのが見えた。それは、魔導サイエンティスト先生のライフポイントが残り100ポイントであることを示していた。



カオス59 23:07

 突然のことで俺は混乱している。
 クランが叫んだら、魔導サイエンティストが槍に貫かれた。意味が分からなかった。
 いや、落ち着け。親父と誓ったようにどんな時でも平常心を忘れてはいけない。こんな時こそ、平常心で考えるんだ。
 今、魔導サイエンティストは、槍に貫かれた痛みで、苦しみもがいている。だとすれば、さっきまで魔導サイエンティストが持っていた破壊輪の起爆スイッチ。それはどこにある?
 魔導サイエンティストの右手、左手には起爆スイッチはない。
 ならばと思って、その足元に視線を向ける。……あった!
 俺は、地面を思いっきり蹴って、魔導サイエンティストの足元へと駆け、すばやく起爆スイッチを拾い上げた。そして、起爆スイッチに取り付けられた基盤の回路をねじ切った。これでもう破壊輪は爆発することはない。
「逆転だ、魔導サイエンティスト」
 俺は間髪入れず斧を持ち上げ、槍で貫かれた痛みにもがいている魔導サイエンティストへと振り上げた。
 魔導サイエンティストは、苦痛と憎しみに満ちた声を出す。
「こ、こんなことが……起こるとは……! だが、お前達は、この十二神竜から逃れることができずに、死ぬ。絶対に、死ぬ」
 魔導サイエンティストの周囲を光が包み込む。
 この光は亜空間物質転送装置によるもの。魔導サイエンティストは、最新式の亜空間物質転送装置を使って、ここから離れたところへ逃げようとしているのだ。
 俺は振り上げた斧を魔導サイエンティストへ叩きつけようとして、やめた。俺は魔導サイエンティストを殺すためにここに来たわけではないからだ。
「デミス。私は生き残り、お前達は死ぬ。予想外のトラブルはあったものの、結果は同じ。お前達は、死ぬ。100%、死ぬ。それが今から証明されるのだ」
 消えゆく光の中、魔導サイエンティストの声が聞こえてきた。
「…………」
 まもなく光は完全に消滅した。魔導サイエンティストがこの場から逃げ、脅威の一つが消え去ったのだ。
 だが。
 だが、これで終わったわけではない。
 俺は、辺りを見渡した。12体の竜が咆哮を上げている。ルインがよろよろと俺の近くへ歩いてきている。クランを閉じこめていた悪夢の鉄檻が消えている。
「ルイン、クランの体に巻きついた破壊輪を外すんだ。早く!」
 俺はルインに指示を出す。
「あ、う、うん! 分かったわ!」
 ルインは生気を取り戻したかのように走り出した。ルインは途中で一度つまづきそうになったが、なんとか転ばずに走り続けた。
 ふと、ルインがつまづきかけた足元へ目を向けると、何かが落ちているのが見えた。
「スイッチ……?」
 地面にはスイッチが取り付けられた基盤が落ちていた。拾い上げてみる。基盤を観察すると、304−052と型番がプリントされていた。これは亜空間物質転送装置を遠隔作動させるスイッチだ。おそらくは、魔導サイエンティストの忘れ物だろう。
 前方を見ると、ルインがクランの破壊輪を外し終えていた。ルインは、外した破壊輪を遠くへと投げ捨てた。
 12体の竜の咆哮が続いている。雄たけびの中に猫の声色が混ざっていて、ひどく不気味に聞こえた。
 これらの竜。主である魔導サイエンティストを失って戸惑ってはいるが、まだ俺達をにらみ続けている。あと3分も経てば、攻撃が再開されてしまうに違いない。
 竜の多くは俺達より攻撃力が高い。まともに相手をしたのでは、魔導サイエンティストの言う通り、俺達は全滅してしまう。
 しかし、今、俺の手元には、亜空間物質転送装置と強制脱出装置がある。

 一、決して嘘をつくな
 一、どんな時でも平常心を忘れるな
 一、命に代えても親友や愛する者を守り抜け

 大丈夫だ。
 もう大丈夫。
 俺は、愛するルインとクランを守り抜くことができる。
 まず、俺は強制脱出装置のスイッチを入れた。
「クラン! お前は一足先に帰ってろ! いいな!?」
 俺は、少し離れたところでルインと手を繋いでいるクランに向かって叫んだ。
「デミス、ちゃん……?」
 泣き声のクランの返事が小さく聞こえる。
「強制脱出装置を使う。ルイン、クランの手を離してやってくれ」
 俺がそう指示すると、ルインは言われた通り手を離した。クランの頭をさっとなでて、ルインはクランから離れた。クランはまだ戸惑っている。
 その直後、クランの真下の地面から巨大なメカが現れた。
「このメカでお前は家まで無事に送り届けられる。安心して待ってるんだ、クラン!」
 俺の言葉でクランは何が起こったのかを理解したようだ。すかさず俺へと大声で呼びかけてくる。
「デミスちゃん、ママ! 助けてくれてありがとう! でも、絶対死んじゃダメだよ! 絶対帰ってきて! 約束して!」
 ああ。もちろん。もちろんだとも。
「ああ、約束するぞ!」
「私も!」
 俺とルインは力強く頷いた。
「うんっ……!」
 その返事を最後に、クランは強制脱出装置の中へと飲み込まれた。
 数秒も経たないうちにクランは夜空へと射出された。強制脱出装置で射出されたクランの腰には、小さなボールのような装置が取り付けられていた。この装置の効力により、クランは、亜空間ジャンプを何度か繰り返して、高速かつ安全に自宅まで送り届けられることだろう。
「絶対だよーーーーーっ!!」
 夜空へ消えゆくクランの声が聞こえた気がした。



カオス60 23:10

 空へと消えていったクランを見送って、私はデミスのもとまで走った。
 本当はデミスに泣きついてしまいたかったけれども、今は、そんな時じゃない。
 私たちの周りを12体の竜が囲んでいる。スパイラルドラゴンがひれのような足でゆっくりと近づいてきて、双頭の雷龍の放電が激しくなっていき、リボルバー・ドラゴンの砲身が私たちへと向けられていく。私たちを狙っていることは明白だった。
「デミス! 私たちも逃げましょう!」
「いや、それは駄目だ。12体の竜の中には、電撃や銃弾で攻撃する奴がいるだろう? 攻撃力2500を超える電撃や銃弾は目にも止まらぬ速度になる。無傷で逃げ切ることなど困難だ」
「でも、闘って勝てる相手じゃない! 逃げた方が助かる可能性は高いわよ!」
「いや、大丈夫だ。確実に助かる方法がある。俺に任せろ」
 デミスは自信満々に自分の胸をどんと叩いた。
 その瞬間、悟ってしまった。
 これだけの竜。逃げずに助かるには、倒すしかない。
 私たちの攻撃力を超える竜たちを倒す。そんな方法は、デミスの必殺技しかない。
 ここに到着する前にデミスのライフポイントを計測したとき、残り2000ポイントだった。そして、デミスの必殺技を使うと、そのライフがさらに2000ポイント失われてしまう。
 つまり、今ここで必殺技を使ったらデミスのライフポイントは0。お注射天使リリーのときのように、ピケルちゃんが回復してくれることもない。デミスは確実に死んでしまう!
 そう、デミスが死んでしまう。
 せっかくクランが助かったのに、せっかく魔導サイエンティスト先生を追い払ったのに、せっかくみんなで家に帰れると思ったのに、デミスが死んでしまう。
 ダメよ。そんなのダメ。ダメ。ダメ……!
「絶対にダメぇぇーーーっ!!」
 私のかけがえのない存在。私はそれを離したくなくて、しがみつくようにデミスに抱きついた。
「どうしたんだよ、ルイン」
 わざとらしくデミスが笑った。
「だって! 使う気でしょ!? あの必殺技、使う気でしょう!?」
「ああ、使う。……でも大丈夫。お前は、この亜空間物質転送装置で亜空間に逃げることができる。巻き添えになることはない」
「バカっ! バカバカバカぁぁーーーーーっ!! そんなことじゃないのよっ!! そんなことじゃ……っ!!」
 デミスのライフが0になっちゃうのよ! デミスが死んじゃうのよ!! 私は声にならない声をあげ続ける。
 次第に私の周囲がぼやけて明るくなった。私の涙のせいでぼやけたのか、亜空間物質転送装置の光のせいでぼやけたのかよく分からなかった。
「ルイン、俺の技を持ってしても倒しきれない竜が2体いる。ベビケラサウルスとドル・ドラだ。亜空間から戻ってきたら、残っている2体の竜を倒しておいてくれ。ほらルイン、お前、2回攻撃できるんだろ? そのくらいなら余裕で倒せるだろ? な?」
「何、言ってるのよっ!」
 そんなこと言われたって! デミスが死んじゃうのよ! そんなことどうだっていいじゃないのよっ!!
 私を包む光が大きくなっていく。私の頭をデミスがぽんと叩いた。
「ありがとうルイン。お前が勇気を出してくれたおかげで、クランを助けることができた。俺、お前と一緒になれて本当に良かったと思っている。大好きだ」
 そして鎧越しの体で私をぎゅっと抱きしめる。
「バカ……っ! バカバカ……バカ……」
 そんなこと、しないでよ……。
 そんなことされたら! そんなこと言われたら……。私、何も言えなくなっちゃうじゃない……。
 それでも涙だけは止まらなくて、私はデミスの胸でわんわん泣いていた。
 ……きっとわざとだと思う。
 デミスは、私が胸がいっぱいになって喋れなくなってしまうことを知っていて、わざと「大好きだ」なんて言ったのよ。
 私は、そんなデミスが悔しくて嬉しくて悲しかった。
 だから、私も笑顔を作って、
「私も大好き」
 と言い返してやった。
 鎧の奥でデミスが笑い返してくれた気がした。
 やがて、私の視界は真っ白になった。亜空間物質転送装置から発せられた光が私を完全に包み込んだためだった。



カオス61 23:12

 ドクン……ドクン……心臓の鼓動のペースが遅くなり始めた。俺は目を閉じる。
 俺は混沌の中にいた。
 その俺を取り囲むように数多のイメージがあった。
 喧騒の街中、寂れた廃墟、常夏の小島、真冬の雪山――それらのイメージは、現れては消え、消えては現れる。脈絡があるようで脈絡がなく、意味があるようで意味がない。
 ふわりと漂うように、俺はそのイメージに包まれていた。イメージが通り過ぎていくのをただ傍観していた。それは心地良い感覚だった。
 この世界は、混沌だった。
 俺は手を伸ばし、イメージの一つに触れ、それを……握り潰した。
「エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き!」



カオス62 23:13

 私は涙を流したまま亜空間に飛ばされて、涙を流したまま荒野へと戻ってきた。
 約11.25メートル先で、デミスが倒れている。必殺技の衝撃に耐えられなかったのか、全身を包んでいた鎧が砕けていた。
 そのことが、デミスの死を現実的なものにするように感じられて、私はこのまま泣き崩れたくなった。
 ダメよ……! ダメ! 泣いていてもいいけど、このまま泣き崩れるのはダメっ!
 デミスが言っていたじゃない!
 必殺技を使っても、ベビケラサウルスとドル・ドラだけは倒しきれない。だから、倒してくれって! 私の『影』の力を使って2回攻撃してくれって!
 2体の竜が、倒れているデミスに近づいていく。
 私は泣きながら『影』の力を使って、それらの竜をなぎ払った。竜たちは私よりはるかに攻撃力が低く、すぐに力尽きてしまった。

「デミス。私、デミスの言うことやったわよ。2体の竜を倒しておいたわよ」
 私の足元には、デミスがいた。
 柄が折れた斧と、砕けた鎧。鎧の下の体は、傷こそついてなかったけれども、ぴくりとも動かない。人形と言っても嘘ではないように思えてしまった。
「デミス。私、敵はいなくなったわ。クランも助かった」
 デミスは動かない。
「だから、起きて……。起きてよ。こんなところで寝ていると風邪引いちゃうわよ。さっき投げ捨てたサンドウィッチのジャイアントウィルスに感染しちゃうわよ」
 デミスは動かない。
「ね? だからデミス。早く起きてよ。起きて。起きてよぉおぉぉっ!」
 感極まった私は、砕けた鎧を払ってデミスの上体を起こす。
 そして、デミスの体を抱きしめた。
「温かい……」
 鎧越しに抱きしめられたのでは分からない。デミスの体は優しくて温かいんだ。
 でもこの体。徐々に温かさが抜けていくのだろう。夜の冷たい風にさらされて冷たくなっていくのだろう。
 そんなの……そんなの信じられないよ。信じたくないよっ!
 嫌だ……。嫌だよ。こんな結末嫌だよっ! いくら私とクランが助かったって! 肝心のデミスが死んじゃうなんて!
 嫌だよ。嫌だよ。嫌だよぉぉっ!
 私はその温もりを離したくなくて、デミスの体をいっそう強く抱きしめた。
「痛い」
 何か、聞こえた。
「離せ……離してくれ」
 私のすぐ耳元から聞こえる声。
「だから離せって、本当に死ぬ……」
 デミスが、私の大好きなデミスが、目を開けて、喋っていた。
「生きてた……」
「ああ、生きてる。だから離せ」
「生きててよかった……」
「ああ、良かったぞ。でもな、そんなにきつく抱きしめると、本当に死ぬから。死ぬから」
「デミス……っ! デミスぅぅううぅうぅっっ!」
「だから抱きしめるのやめてくれーーーーっ!!」
 私はそこで我に返って、慌てて力を弱めた。
 よかったよ。よかった。
 デミスが生きててよかった……っ!!
 私はまた涙が溢れ出て、デミスの胸に顔をうずめた。
「ルイン。お前、なんか泣きすぎだろ?」
「バカっ! 誰が泣かせてるのよ! ほとんどデミスじゃないのよっ!」
「あれ? そうだったっけ……? ああそうかもな」
「自覚……しなさいよ! この女泣かせが!」
「ははは……」
 デミスは笑って、私を優しく抱きしめてくれる。
 温かい。
 本当に、本当に、温かい。
 抱きしめられたまま私はデミスの左胸に耳を当てた。
 ドクン……ドクン……。生きている。デミスは生きているんだ……。
 そんなことは分かっているはずなのに、私はものすごく安心した。ものすごく嬉しかった。
「でもデミス。どうして生きてるの? あの必殺技を使ってライフが0になったはずでしょ?」
「なんだか、まるで俺に死んで欲しかったみたいな言い方だな……」
「ふざけないでよもう!」
「ああ、ちゃんと答えるよ。……それはな、約束したからだ。デビルドーザー、コザッキー、クランと約束したからだ。必ず家に帰って、明日もディアハ・アカデミアに行くと」
 デミスは嘘をつかない。それは、デミスお父さんとの大切な誓い。
 だから、約束したことは必ず守る。破ったら嘘をついたことになってしまうから。
「それと、もう一つ」
「もう一つ?」
「ああ。これが一番大きな理由だな」
 デミスは、体をぐっと起こして、私にキスをした。
「お前の愛のおかげだよ。ありがとう」



カオス63 23:25

「な、なななな、何言ってるのよっ! 何してるのよっ! 何が愛なのよっ!」
 俺の突然な行動に、ルインが慌てふためいている。
 ははっ、いつも通りのルインだ。その慌てている姿が俺を安心させた。
 俺は、ルインの愛のおかげで、こうして生き延びることができた。これはもちろん嘘ではない。
 俺がさっき『エンド・オブ・ザ・ワールド――終焉の嘆き』を使った時、実は俺のライフポイントは、2000ではなく、2050程度だった。
 2000だったはずの俺のライフ。それを回復させたのは、ここに着く少し前に食べたサンドウィッチ。ルインのサンドウィッチだった。
 ルインのサンドウィッチの中には、青色のパンでできたサンドウィッチがあった。食べてみて分かった。これは、パンをブルー・ポーションに漬けて作られたものだと。ライフを回復するブルー・ポーションが染みこんでいたのだと。
 そのサンドウィッチを食べた俺は、元々のブルー・ポーションの回復量には及ばないものの、ライフを回復させることができた。そのおかげで、あの技を使ってルインも俺自身も助かることができた。
 そして、俺は知っている。あれらのサンドウィッチは、家庭科の授業でルインが俺のために作ってくれたものだということを。落ち込んでいた俺を想って作ってくれたということを。
 まあ、つまりは、ルインの愛。そういうことなのだ。
 北の空に浮かんだ二つの満月が輝いている。そろそろ今日と言う日が終わりへと近づいていた。
「早く帰ってやらなきゃな。クランが待っている」
 俺は立ち上がろうとする。
 だが、俺のライフは残り50。力が思うように入らなかった。
「無理しないの。ほら、私につかまって」
「お前も傷だらけじゃないか。大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。デミスのライフの12倍はあるし。それに、今のデミスは重い鎧も着てないし、肩を貸すくらいなら平気よ」
「じゃあ頼む」
 俺はルインに手を引いてもらって、立ち上がった。
 ルインの肩を借りながら、俺はゆっくりとゆっくりと歩いていく。
「まいったな。こんな速度じゃ、明日になっても家に帰れるか分からないぞ」
「文句言わないの。こうして生きているだけでも良かったじゃないのよ」
「まあ、それはそうなんだが……。ん?」
 ゆっくりと歩き続ける俺とルイン。そこに、俺たちに向かって近づいてくる影が見えた。
「何か近づいてくるわね……」
 その影は、俺たちが走るのと同じ程度の速度で接近してきた。ファンファンと音を鳴らして赤色のランプが光り、白色と黒色のボディから成る車。パトロイドだった。
「警察……?」
「あっ……、やっと来たのね……」
 俺の反応とは裏腹に、ルインは安心した様子を見せた。
「どういうことだ? ルイン?」
「何言ってるのよデミス。ここに来る前に『助けを呼べ』って言ったでしょ。まず最初に助けを呼ぶのは警察に決まってるでしょ? 場所が場所だから、来るのが遅れちゃったみたいだけど」
 当然のことのようにルインは言った。
 そうか。優等生のルインにとっては、警察に通報するのが一番最初なんだ。
「ははは……ルインらしいな」
「ん? 何それ? バカにしてるの!?」
「いやいやいや……」
 パトロイドは俺達の近くに停車する。
 その中から、二人の男が顔を出した。ゴヨウ・ガーディアンと魔導サイエンティストだった。
「逮捕に協力していただき、誠に感謝!」
 顔面を白塗りにしたゴヨウ・ガーディアンは、俺達に敬礼をする。その容姿からは似合わない行動だった。
 そして、隣に立たされている魔導サイエンティストの両手には手錠がかけられていた。
「何と言うことだ……何と言うことだ……」
 魔導サイエンティストは目が虚ろになったまま、同じ台詞を呟き続けていた。
「これも貴殿らの活躍あってこそ!」
 どうやら魔導サイエンティストは運が悪かったらしい。
 致命的なダメージを受け、亜空間物質転送装置で逃げた魔導サイエンティストは、よりによってゴヨウ・ガーディアンの近くに転送されてしまったのだ。
 傷だらけの魔導サイエンティストは、ゴヨウ・ガーディアンから逃げられるわけもなく、あっけなく御用。こうして再び逮捕されたのだった。
「でも大丈夫だろうな? また逃げられるなんてことはないよな?」
 俺が聞くと、ゴヨウ・ガーディアンは、自信満々な様子で右手を前に出し顔をぐるりと回した。
「今、魔導サイエンティスト容疑者を捕らえているこの手錠。これは、『コスモロック』と呼ばれる最新式の手錠。この手錠をはめられた者は、一切の物を出すことができなくなるのだ」
 コスモロック……聞いたことがある。最悪クラスのハメ技の一つで、そのロックがかけられると、あらゆるモノを場に出すことができなくなる。
 つまり、魔導サイエンティストは融合モンスターを作り出すことはできず、新しいアイテムを出すこともできない。二度と逃走されることはないだろう。俺は安心した。
 魔導サイエンティストは、今もなお、
「何と言うことだ……何と言うことだ……」
 と呟き続けている。
 そうだ。今こそ、あの伝言が役立つ時かもしれない。俺は、コザッキーから頼まれていた言づてを伝えることにした。
「魔導サイエンティスト。コザッキーから伝言だ。よく聞けよ」
「何と言うことだ……何と言うことだ……」
 魔導サイエンティストは俺を無視して呟き続けている。俺は、コザッキーの伝言を読み始めた。

 魔導サイエンティスト先生。俺、気付いたぜ。この世界がモーレツに複雑だってことに。
 だから、自分が知らないこと、興味がないこと、気付かないこと、そんなことがたっくさんある。それで、それらが複雑に絡み合って、その中に大事なことが混じっている。
 俺、馬鹿だから気付くの遅すぎたんだ。デミスを殺そうとして、どうしても殺せなくて、俺とデミスが親友だってことにようやく気付いた。
 それで、それから、デミスのこと、魔導サイエンティスト先生のこと、今まで知らなかったこと、今まで興味がなかったこと、今まで気付かなかったこと。たっくさん考えた。無い頭でたっくさん考えた。
 そうしたら、世界が広がったんだ。今までには無いようなモーレツな発明できる気がしたんだ。
 この世界はモーレツに複雑で、モーレツに混沌としている。
 だから、実際に動かしたら理論値と違うこともたっくさんある。自分の思い通りにならないこともたっくさんある。
 理論値を追求するためにジャマな要素を排除するのも悪くないけど、俺は、そんなジャマな要素にこそ大事なものが混じっていると思うんだぜー!

 俺は、コザッキーからの言づてを読み終えた。
 血だらけの紙いっぱいに書かれていた汚い文字。それは、コザッキーが今まで書き上げた論文の中で最高の論文だったかもしれない。
 魔導サイエンティストは、呟きをやめて少しの間沈黙した。そして、
「再提出だ」
 と言い放った。
 魔導サイエンティスト先生の中で、何かが動いたような気がした。



カオス64 23:34

 それから、私たちは、警察が運んでくれていた『異次元トンネル−ミラーゲート−』を使い、ディアハ・アカデミアのグラウンドまで戻ってきた。
 ディアハ・アカデミアに戻ってきた私とデミス。ほとんど動けないデミスは、一つのアイディアを出した。学園長室に忍び込んで、学園長先生の机の中にある非常食を拝借して来れば回復できると。
 私は、本当は嫌だったけれども、デミスのためならと思って、こっそり学園長室に入って非常食をもらってきた。そしてデミスと分け合って食べた。
 そのおかげもあって、私とデミスはある程度元気を取り戻すことができた。
 今の時刻は23時47分38秒。
「早く家に帰ろう」
「ええ。クランが待ってるわ!」
 私たちは見合って、大きく頷く。それを合図にして駆け出した。
 夜のディアハ・アカデミアを後にして、私たちは走っていく。街灯すら消えた道を、月明かりを頼りに走っていく。
「ああっ、怒られないかしら? 先生の机の引き出しから食べ物もらっちゃって。しかも学園長先生……」
「いいって、いいって! 1戦1勝0敗で『無敗将軍』を名乗っている学園長先生だし、そもそもお前、その槍のような斧のような武器で、いつも家の壁とか壊してるんだろ? 非常食くらい大したことないぞ?」
「家はいいのよ、家は! でも先生のモノはダメ。学校で習ったでしょう?」
「な、なんだよそれ。お前、どんな基準で物事考えてるんだよ。そんなんだから『破滅の女神』って呼ばれるんだぞ」
「それ、どういうことよっ!」
 いつも通りにケンカ腰で話す私たち。いつも通りにケンカできることが、とてもとても嬉しかった。
 私たちは走っていく。ちょっといびつな十字路を右へと折れて、ぐんぐんと走り続けていく。
 あと3分33秒ほどこの道を直進すれば、私たちの家へと到着する。クランが、私たちの帰りを今か今かと待ちわびているに違いない。
 クラン……。
 今、どんな気持ちで私たちを待っているのかしら? また泣いているのかしら?
 早く顔を見せてあげたい。私とデミス。どっちも無事だったよ。無事に戻ってこれたよ。
 クランに会ったら、思いっきり抱きしめて、思いっきりほめてあげたい。
 よく頑張ったね。辛かったのに本当に頑張ったよね。しかも魔法を使ってママたちを助けてくれて。ありがとうクラン。
 見慣れた家が見えてくる。10年間住み続けた私たちの家が見えてくる。
 その家の前には、一人の女の子が立っていた。その女の子は、私たちに向かって小さな手を大きく振っていた。
「クラーーーンっ!」
「ママーーッ! デミスちゃーんっ!」
 黒うさぎの頭巾をかぶった女の子。まっすぐに私の胸に飛び込んできた。
 私はクランをぎゅーっと抱きしめた。
 クランも私にぎゅーっと抱きついてくる。
 クランに言いたことはたくさんある。
 クランも、私に言いたいことがたくさんあるだろう。
 でもまずは、この一言。
「ただいま、クラン」



カオス65 23:59

 もうすぐ、今日という日が終わる。
 もうすぐ、明日という日がやってくる。
 俺は、明日が楽しみだった。
 明日はどんな一日になるのだろう? どんな混沌とした日になるのだろう?
 コザッキーが、また変な発明品を作ってくるに違いない。教室を破壊するような発明品はさすがに勘弁して欲しい。けれども、楽しみだった。
 リリーは、きっと明日もルインとケンカしているのだろう。先生の目を気にしながら毒舌を吐きまくっている姿が容易に想像できる。うーん、でも基本的には仲は良いんだよな。
 クランやピケルも、ルインとリリーと同じように仲良くケンカしているだろうな。……というかこの二人、いろいろと母親譲りだよな、うん。
 デビルドーザーの奴、夜に起こされたせいで多分明日は寝不足だろうな。面白いからわざと起こしてやろうか。
 それにしてもエクゾディアにはびっくりしたな。今まで右腕、左腕、右足、左足を馬鹿にしていた生徒も、きっと一目置くようになるだろうな。
 噂によると、そのエクゾディアの騒ぎで、ダイ・グレファーが王家の眠る谷−ネクロバレーに置き去りになったらしい。……まぁ、どうでもいいことだな。
 あ、そうそう。月読命。今、どうなったのだろうか? 本当に俺達の学園に転校してくれればいいよな。
 そういえば、今日、ショッピングセンターでパーシアス先生達から逃げるように帰ってきたよな。俺とルインが結婚してるって、知らない人のほうが多いんだよな。明日はどうなることやら。
 それと…………











10月25日 0:00







 と言うわけで、デミスとルインの混沌とした一日はここでおしまい。
 次の日、彼らはどんな一日を送ることになるのでしょうか?
 それは、またそのうち……。









 最後まで読んでいただきありがとうございました!

















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