第三回バトル・シティ大会
〜本戦・一日目(午前)〜
製作者:表さん






 ――生きることと幸福は、決してイコールでは繋がらない

 生きることは死ぬことだ。始まりがあれば、必ず終わりがある。
 この世に生を受けた瞬間――私は“死”の運命を課せられた。
 私だけじゃない。遅かれ早かれ、誰だって同じだ。

 生きることは死ぬことだ。“死”は誰にでも、等しく必ず訪れる。

 ――生きることと幸福は、決してイコールでは繋がらない

 ――ならば……死ぬことと絶望も、決してイコールでは繋がらない?

 死ぬことは消えることだ。
 消えてしまえば辛くない。
 消えてしまえば悲しくない。
 嬉しいことや楽しいこと、それさえも“死”の前には無価値に等しい。

 突き詰めてしまえば、そういうことだ。極論を言うならば、人が生きることに意味なんてない。私が生き続けることに、価値なんてない。

 ――ならば……私は何故こうも、“生”にしがみつこうとしているのだろう?


 “答”は、そこにあるのかも知れない。



決闘61 ふたり

「――おかあさん、ご飯おかわりっ!」
 そう言って、絵空は空の碗を、目の前の母に突きつけた。
 絵空の母――美咲は軽く微笑むと、それを受け取り、テーブルを立つ。

 “第三回バトル・シティ大会”予選、その日から二日が経過した夜のことだ。
 運良く本戦出場の資格を得た絵空は、本戦前日、自宅のダイニングで夕食を楽しんでいた。母の作ってくれた料理を二人で――いや、“三人”で囲って。

(……ごちそーさま。それじゃ、次は“もうひとりのわたし”の番だね)
 膝にのせた“千年聖書”に呼び掛けると、絵空はゆっくりと瞳を閉じた。
 “聖書”のウジャトが輝き、人格交代がなされる――“もうひとりの絵空”が、いや、“月村天恵”が肉体の主導権を得る。もっとも外見が変わるわけではないので、事情を知らぬ人間なら、その変化には容易に気付けない。それは、目の前の美咲にとっても当てはまることだ。
 天恵は溜め息を一つ漏らした。絵空の心遣いは嬉しいのだが、これは少しやり過ぎではなかろうか――と。
 美咲が碗を差し出してくる。天恵はそれを、少しぎこちない様子で受け取った。
「あっ……ありがとう、お母さん」
 声が少し上ずった。今朝からこんな調子なのだが、どうにも慣れず、落ち着かない。
 碗を置くと、改めてテーブルに視線を移す。
 夕食のおかずはハンバーグだった。周りに添えられたポテトやニンジンなども含め、きっちり“半分”残されている。
 ヤレヤレと溜め息を吐きながら、天恵は箸をとった。そこでふと、視線に気付き顔を上げる。
 美咲がどこか訝しげに、天恵を見つめてきていた。
「なっ……何、お母さん?」
 引きつった表情で問う。美咲は口元に手を当て、小首を傾げてみせる。
「……あなた、今日……少し様子がおかしくない?」
 流石は実の母、と天恵は感心した。しかし、感心ばかりもしていられない。
 天恵は愛想笑いを浮かべながら、「そんなことないよ」と答える。
「……そうかしら? 何だか今日は時々、急に雰囲気が変わるというか……」
「きっ、気のせいで……だよ。疲れているんじゃない?」
 何とか誤魔化し通しながら、残りの食事を平らげる。食べ終わるや否や「ご馳走様」と席を立った。ダイニングを逃げるように出ると、ほっと安堵の溜め息を吐く。

『(ウーン……おかあさん、意外な名探偵だったね)』
 さも呑気そうに、絵空が言う。その能天気ぶりに、天恵はたまらず肩を落とした。
「やっぱり無理があるわよ……こんなの」
 階段を上りながらごちる。
 そもそもこうなった原因は、昨日、遭遇した謎の青年――“シャーディー”のことばにあった。

 畳み掛けるような彼の問いに、絵空は答えた――“半分こする”と。嬉しいことも悲しいことも、全て二人で分けていくと。自分の命の半分は、“もうひとりの自分”のものであると。

 そして今日から、有言実行とばかりに、絵空はその宣言を行動に移していた。
 さし当たっての行動は、“食事の半分こ”――温かい御飯も、美味しいおかずも苦いホウレン草も、全て半分こするというものだ。
「……意外と極端な性格よね、あなた」
『(えーっ? そんなことないと思うけど……)』
 自覚ゼロの本人に、天恵は軽く頭を抱えた。
「とにかく……お母さんも不審に思ったみたいだし、明日からは元に戻しましょう。今まで通り、食事はあなたが摂ること。苦手なホウレン草も全部一人で食べる、いい?」
 頭の中で、絵空がさぞ不満げに唸る。しかしすぐに、「そうだ」と次なる“名案”を披露した。
『(じゃあさ……おかあさんにも話しちゃおうよ、“もうひとりのわたし”のこと)』
「――えっ?」
 部屋のドアノブを握ったところで、天恵の動きがピタリと止まった。
 そのまま動かない天恵に対し、「名案でしょ?」と絵空は微笑む。
『(考えてみれば、隠す必要なんてないわけだしさ……最初は驚くだろうけど、ちゃんと話せば分かるはずだし。ね?)』
「……でも、それは……」
 天恵は思わず言い澱(よど)んだ。乗り気でない天恵に対し、「反対?」と絵空は問う。
『(きっと分かってくれるよ……ううん、絶対。わたしから紹介するから……ね?)』
「…………」
 天恵は俯き、答えない。何と答えるべきかが、分からない。
『(“もうひとりのわたし”は……おかあさんのこと、嫌い?)』
 天恵は無言で、首を横に振る。
 そんなはずがない――4年前から美咲は、天恵にとって憧れの存在だった。綺麗で、大らかで、女性らしい人――もしも大人になれたなら、こんな女性になりたい、そんなふうにさえ考えていた。
『(……月村のおじさんは?)』
 天恵の瞳が震える。
『(おかあさんとおじさんが再婚すること……“もうひとりのわたし”は、反対?)』
「…………!」
 唇を噛み締める。
 しばしの逡巡の末に、やっとのことで「賛成よ」と答える。
『(だったらさ……おじさんにも話せばいいよ。おかあさんとー、おじさんとー、もうひとりのわたしと、それからわたし! 4人で楽しくテーブルを囲むの! そしたらきっと――)』


「――“神里絵空”として?」


 苛立ったように、天恵は声を吐き出した。
 いつにない、鋭い語調。絵空は驚き、ことばを止める。
『(も……もうひとりのわたし……?)』
 すがるような甘い声。天恵は思わず、奥歯を噛み締める。
 心の中に、黒く澱んだものがあった。それはまるで“火種”のごとく、天恵の中で燻(くすぶ)り続けている。
 大きく息を吐き出し、気持ちを静める。

 いけない――こんなことでは。
 “心の闇”に侵されれば、もう後には退けなくなる。

「……ごめんなさい。色々あったから……少し、気が立っているみたい」
『(えっ……あ、うん)』
 握ったままだったドアノブを、天恵はゆっくりと回した。
 手の平が不自然に汗ばんでしまって、何だか気持ち悪い。
「少し……もう少しだけ、時間をちょうだい。考える時間が欲しいの」
『(……! 分かった……ゴメンね、一人で勝手に話進めちゃって)』
 部屋に入ると、天恵は“聖書”を放り上げた。それは引力に逆らって浮かび、視線の高さでぴたりと止まる。
 次の瞬間、ウジャトが輝き――再び人格交代がなされる。
『(……あなたは、明日の大会の準備があるでしょう? 私の方はいいから……デッキの最終調整、早めに済ませておきなさい)』
「うっ……うん」
 戸惑ったように、絵空は机に向かう。
 椅子に座り、引き出しからデッキを取り出す。そのときふと、一枚のカードが視界に入った。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 何故だろう――そのカードを見つめていると、とても哀しい気持ちになった。
 雄雄しく、猛々しいその外見とは裏腹に、何故だかひどく脆く、儚いような印象を覚える。
『(――デッキに入れちゃ駄目よ……そんなカード)』
 天恵は絵空に、釘を刺した。
『(召喚することさえできないんだもの……手札事故のもとだわ。“シャーディー”という人から、新しい『開闢の使者』は受け取ったし……そんなカード、何の価値もないでしょう?)』
「……そんなカード、って……」
 絵空はカードを手に取り、眉をひそめる。
 らしくない物言いだと思った。どんなカードにだって、色んな可能性が秘められている。確かに、デッキ投入する必要性は低いかも知れないが――それでも、“何の価値もない”は言い過ぎだと思った。
(どうしたんだろ、もうひとりのわたし。昨日の夜から、ずっとカリカリしてる……)
 悩んでいるなら、もっと相談して欲しいのに――絵空はそう思う。


 しかし天恵には、それができない。それができない性分だからこそ――闇に堕ちやすい。侵されやすい。
 責任感が強く、真面目で、他人に迷惑をかけることを嫌う――それゆえに、孤独になりやすい。もともと穢れた人間よりも、よほど“闇”に魅せられやすい。


(…………。昨日の夜……かあ)
 ふと、絵空はデッキを置くと、昨夜の出来事を回想した。

 漫画や小説の中でしかあり得ないはずの、非現実的な体験。
 アスファルトの地面から、まるで生えてきたかの如く現れた、謎の青年――“シャーディー”。
 “千年聖書”を賭け、行われた“闇のゲーム”。そして、アスファルトの地面を割るほどの衝撃を生んだ、最上級モンスター同士の激突。

 もしかして、夢だったのではなかろうか――心のどこかが、今もそう疑っている。
 けれどあれは、紛れも無い現実だったのだ。その証拠に、彼がアンティとして渡してきたカード――“英語版”の『カオス・ソルジャー−開闢の使者』は、目の前のデッキにしっかり投入されている。おかげで本戦には、予選時に劣らぬデッキで挑むことができそうだ。
(結局……あの男の人は、誰だったんだろう? 遊戯くんは知ってるみたいだったけど……)
 彼の残した“呪い”のような言葉が、頭の中から離れない。



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『断言しよう。その本はいずれ必ず、キミにとって大きな弊害となる。必ず思うはずだ……“あのとき手放せば良かった”と。今回だけではない……その本を持ち続ける限り、キミは厄介事に巻き込まれるだろう』


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(……“厄介事”って、いったい何なんだろう……?)
 顔を上げ、宙に浮かぶ“聖書”を見やる。
 絵空は、詳しいところを全く知らない――だが、これが“ただの本”でないことくらいは、容易に見当がつく。
(“もうひとりのわたし”は、何か知ってるみたいだったけど……)
 けれど……訊くことができなかった。いま訊いてもきっと困らせてしまう、“彼女”が話してくれる気になるまで、待たねばならない――そう思った。
(大丈夫……だよね。今回も何とかなったし、それに――)
 それに―― 一人じゃない。頼りにできる、“味方”がいる。



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『……これだけは覚えておいて。この先、どんなことがあっても……ボクは絶対、神里さんたちの“味方”だから』


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 絵空は想起する。
 昨夜――“シャーディー”と対峙した、武藤遊戯の頼もしい背中を。



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『君が神里さんを“敵”だというのなら……ボクは……』

『――ボクは君の“敵”だ……シャーディー』

『――立ち去れ、シャーディー……。それとも君はここで……“俺”と闘ってまで正義を貫くかい?』


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(昨日の遊戯くん……カッコ良かったなあ)
 思わず、ほう、と溜め息を漏らす。あのときの遊戯を思い出すと、何だか顔が熱くなる。胸の動悸が速くなる。
(……そういえば遊戯くんって、誰のことが好きなんだろう……。今まで、ちゃんと考えたことなかったけど……)
 今までは深く考えず、ただ無邪気に“もうひとりのわたし”を応援していた。
(わたしの知る限り、遊戯くんの周りの女の子っていうと……杏子さんと、わたしたち2人しかいないんだよね。杏子さんとは“幼なじみ”って聞いてるけど……どうなのかなあ。あんまり、“そういう仲”には見えないんだよね……どっちかっていうと、姉弟みたいっていうか。身長差だってあるし……)
 だとすると、残るは――“もうひとりのわたし”か。
(“もうひとりのわたし”が遊戯くんにベタ惚れなのは知ってるけど……遊戯くんはどうなんだろう? 何か、わたしに言えない秘密みたいなのを共有してるみたいだし……両想いだったりするのかなあ。もし、そうだとしたら――)

 ――“もうひとりのわたし”と遊戯くんが付き合うのなら……

(――わたしと遊戯くんも一緒に付き合う……ってことに、なるのかなあ?)
 頬がさらに紅潮する。顔が、かあっと熱くなった。
(〜〜〜〜。……あれっ? でも、もしも……)
 次の瞬間、ふと気が付いた“あること”に、絵空の思考は停止する。

 ――もし遊戯くんが、わたしの方は好きじゃなかったら……そのときはどうなるんだろう?

 と。

 ――“もうひとりのわたし”だけが、遊戯くんと付き合う?
 ――だったら、わたしの方は……?
 ――わたしは?

 ――わたしは、要ラナイ……?


(あれ……? 何だろ、この気持ち……?)

 心の中に、黒く澱んだ“欠片”が生まれた。しかし絵空はすぐに、首を横に振り、慌ててそれを否定する。

(変なの……。わたしの方も疲れてるのかな?)
 今日は早めに寝よう、と呟くと、絵空は机を立った。
「お風呂行こ、もうひとりのわたし」
 浮遊する“聖書”をキャッチすると、着替えを用意し、部屋を出る。
 その間も、天恵はずっと黙ったままだった。


 月村天恵は焦り、考えていた。
 立ち位置を決めなければならない――自分が、これからどうするべきなのか。

 ――ゾーク・アクヴァデスに与(くみ)し、“楽園(エデン)”で幸福を手にするか?
 ――それとも……

 決めなければならない――できる限り早く。
 あの男……ガオス・ランバートが、再びその姿を見せる前に。



決闘62 集結

 第三回バトル・シティ大会、本戦――厳しい予選を勝ち残った、16名の決闘者たちにより争われる、M&Wのカード大会。
 童実野町全体を使って行われる予選とは異なり、本戦は1つの場を貸し切って行われる。海馬コーポレーションが建設したアミューズメントパーク“海馬ランド”――もともと屋内型だったそれは、昨年冬に大幅改装され、日本でも随一の広さと来客数を誇る、大人気の遊園地になっていた。バトル・シティ大会本戦は、その中にあるM&W専用ゲームドーム“青眼(ブルーアイズ)ドーム”内にて、大観衆の前で行われる。
 大会開始は午前10時。本戦参加者16名は原則、その30分前までにドーム内に集合することになっている。それに伴い、海馬ランドの開園時間も、その日は1時間繰り上げられていた。晴天に恵まれたこともあり、その日はいつも以上の盛況で、朝から大勢の客が集まり、様々なアトラクションに興じている。

 さて――そんな人混みの中、神里絵空は一人、ぽつんと立ち尽くしていた。進むべき方向を見失い、呆然と、道行く人々を眺めている。
「……迷ったね」
『(……迷ったわね)』
 脇に抱えた“聖書”と、無価値なコミュニケーションをとる。
 迷子になってしまった。つい先ほどまでは、一緒に来ていた遊戯や杏子たちと歩いていたのだが――絵空の不注意からはぐれてしまい、それを無闇に探すうち余計に迷い、現在位置が完全に分からなくなってしまった。
「えっと……あっちにジェットコースターが見えるから、現在位置はここだよね?」
『(待って、観覧車が左に見えるから、そこじゃないわよ。多分いまの位置は……)』
 入園時に貰ったパンフを広げ、二人で相談を始める。
 すでに時刻は9時を回ったため、悠長にしている余裕もない。まさかここまできて、集合時間に遅れて失格では、笑い話にもなるまい。
「……多分みんなもう、先にドームに行っちゃったよね……。わたしたちも急がないと」
『(それは分かってるけど……この遊園地、色々なアトラクションがあり過ぎて、ちょっと複雑だわ。どこかに現在位置が分かるもの、ないかしら?)』
 天恵に言われ、絵空はキョロキョロと辺りを見回した。しかし、来場客の多さと身長の低さ故か、中々それらしきものは見付からない。

「――あなた……もしかして、迷子かしら?」

 背後から、不意に話しかけられる。
 振り返るとそこには、長く美しい金髪をした、痩身長躯の女性が立っていた。上半身を屈め、美しい青の瞳が、絵空の姿を映している。
(わっ、綺麗な人)
 同性でありながらも、絵空は一瞬、その女性に見惚れてしまった。整った顔立ちに、透き通るような白い肌。
 肌の白さだけなら、先日まで入院していた絵空も負けてはいない。しかし、そういう不健康な白さとは違う――まるで玉のような、つやのある白さだ。
「……? 私の顔……何か付いてる?」
「……ふえっ?」
 小首を傾げてみせるその女性に、絵空ははっと我に返る。
「あ、その、えっと……友達とはぐれちゃって。青眼ドームに行きたいんですけど……」
「あら、そうなの。私もこれから、そこへ行く予定なんだけど……良かったら、一緒に行かない?」
「え……いいんですか?」
 柔和に微笑んでみせると、「もちろん」と彼女は首を縦に振った。
 並んで歩き、ドームの方へと向かう。歩きながらも途中、見慣れぬものを見つけては、絵空は興味ありげにキョロキョロと視線を泳がせた。
「……“海馬ランド”は初めて? えっと……」
 足を止め、彼女が問いかける。絵空は頷き、「絵空です」と簡単に名乗る。
 名を聞いた瞬間、彼女の眉根がわずかに動く。しかし構わず、絵空はことばを続けた。
「海馬ランドどころか、遊園地に来たこと自体初めてで……。テレビとかで見たことはあるんだけど」
「あら……そうなの?」
 彼女は意外そうに、目を瞬かせた。
 そして、少し考えるような仕草をすると、「それじゃあ」と手を差し出してきた。
「またはぐれちゃうといけないから……手、繋いで歩かない?」
 絵空は驚いたように、彼女の掌と顔を交互に見やった。彼女は促すように、柔らかい笑みを浮かべてみせる。
 そっと、手をとった。温かく柔らかなそれに触れたとき、絵空はなんだか、こそばゆいような気持ちになった。そういえば、と、絵空は再び顔を上げ、問いかける。
「おねえさんは名前……何ていうの?」
 彼女はクスリと微笑み、それに答える。
「……サラ。サラ・イマノよ」
 と。

 二人は手を繋ぎ、並んで歩いた。髪や瞳の違いさえなければ、傍からすれば、仲が良い姉妹のようにも見えたかも知れない。そして絵空も少しだけ、本当にそうであるかのような錯覚を覚える。
「わたし……小さい頃からお姉ちゃんが欲しかったんです。おねえさんみたいに、綺麗で頼りになるお姉ちゃんが欲しかったなあ……」
「フフッ……そう? ありがとう、絵空ちゃん」
『(……どうせ私は綺麗じゃないし、頼りになりませんよ……)』
 左手の“聖書”が、ボソリと呟く。
(……? 何か言った? もうひとりのわたし)
『(……別に。何も言ってないわよ)』
 天恵が、拗ねたような声を出す。絵空はハテナマークを浮かべ、小首を傾けた。

 2、3分ほど歩くと、目的地のドームに着いた。ブルーアイズの頭を模した、半球形の丸屋根が付いた巨大ドーム――その周辺には、ブルーアイズの銅像が幾つも立てられている。
(趣味丸出しのデザインだね……これは)
『(……そうね)』
 噂には聞いていたが、ここまでとは――と、絵空と天恵は閉口する。M&Wの生みの親、I2社はもともと、『青眼の白龍』をM&Wの代表的モンスターとしては取り扱っていない。にも関わらず、ここまでブルーアイズ尽くし――海馬瀬人はよほど『青眼の白龍』が好きなのだろう、十人中十人がそう思える光景だった。
 入り口前には長蛇の列が出来ていた。バトル・シティ大会本戦を観戦しに来た客であろう。春休み中であることもあり、若者が大半を占めている。親子連れの姿も多い。
(こんなに沢山の人の前でデュエルするんだ……)
 絵空はゴクリと唾を飲み込む。込み上げてくる感情に、身体が震える。
「――緊張してきた? 大丈夫?」
「……へ……あ、はい。まあ……」
 従順に頷く絵空に、サラはクスリと微笑む。
「これだけ観客が多いと、思わず舞い上がっちゃいそうだけど……お互い、がんばりましょうね」
「へ……お互い?」
 サラはロングスカートのポケットから、1枚のカードを取り出してみせる。
「……私も大会参加者なのよ。本戦で当たったら、お手柔らかに……“神里絵空”さん?」


サラ・イマノ  D・Lv.7
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:5位


「……! あっ……」
 そうか――と、絵空はハッとした。
 予選通過者16名のリストは、絵空も、KCのホームページで確認していた。“サラ・イマノ”――彼女も絵空と同じ、本戦出場者である。
 絵空は顔を見上げた。サラは表情を綻ばせている――そこには、“敵意”のようなものは微塵も見られない。
 何だか、嬉しいような気持ちになる。絵空は頷き、満面の笑みで応えた。
「――はいっ! お互いがんばりましょうっ!」
 と。




 しばらくして、無事遊戯たちと合流すると、各々の参加カードを見せ、絵空たちはドーム内へと入る。
 一般来場者とは違う通路を歩き、選手控え室を目指す。
「――それにしてもまさか……絵空ちゃんの言う“お友達”が、貴方とは思わなかったわ。武藤遊戯さん」
「え……ボクのこと、知ってるんですか?」
 サラの言葉に、遊戯は目を瞬かせる。「それはもちろん」とサラは微笑(わら)ってみせた。
「……ご存知ありませんか? “第二回バトル・シティ大会”決勝戦――日本でテレビ中継されていましたよね? ある動画サイトにそれが投稿されていて……あまりのレベルの高さに、アメリカでもだいぶ話題になっていましたよ。たぶん海外でも、貴方を知らないデュエリストは稀なんじゃないかしら」
「そっ……そうなんですか?」
 遊戯は赤面し、頬をかいた。そういえば、予選で闘った“カール・ストリンガー”も、その試合のことを絶賛していた――裏では、そういうことになっていたのか、と。
「おっ……オレは!? オレも有名人なんだろ!?」
 横から城之内がしゃしゃり出る。
「……えっ? エート……あ、はい。まあ……」
 本田は見逃さなかった――サラが一瞬、視線を逸らし、困惑の表情を浮かべたのを。能天気に浮かれる城之内の様子を、本田は、どこか哀れんだように見つめる。
「あのー……サラさん、アメリカから来たんですよね? 私、来年はアメリカに留学するつもりで……良かったら後で、いろいろ話を聞かせてもらえませんか?」
「ええ。いいわよ、喜んで」
 杏子の頼みに、サラは笑顔で快諾する。
「留学かあ……その歳で、随分しっかりしているのね。私も昔は、日本に住んでいたんだけれど……アメリカに引っ越した当初は、色んな文化の違いに、ずいぶん戸惑ったりしたわ」
「あれ……アメリカ生まれじゃないんですか?」
 獏良の問いに、サラは首を縦に振る。
「父が日本人だったのよ……中学までは日本にいたわ。少し事情があって……アメリカに引っ越すことになったんだけど」
 サラが一瞬、何かを懐かしむように目を細めた。どこか憂いを帯びたその表情に、獏良は、それ以上踏み込むべきではない“何か”を感じた。


 しばらく歩くと、広間に出た。
 フロア内ではすでに、十人程の人間が集まっていた。その中には、遊戯たちが見知った人間も幾らかいる。
「――久し振りじゃのぉ!! 城之内! 遊戯ぃ!」
 真っ先に話しかけてきたのは、絵空の見知らぬ青年だった。しかし、絵空以外の全員は顔見知りらしい。
「おお! 梶木じゃねーか! いつ以来だ!?」
 とりわけ城之内が、嬉しげな声を上げていた。自分だけが仲間ハズレのようで、絵空は少し面白くない。
「ったく……相変わらず騒がしいわねえ、アンタラは」
 ヤレヤレと呆れながら、一人の女性が近寄ってくる。彼女の顔は、絵空も見覚えがあった。
「舞さん! お久し振り!」
 杏子が呼びかけると、舞は軽く手を挙げ、それに応える。
「って……あら? あなた……」
 舞の視線が、絵空に向く。
「エ……何? アンタラの知り合いだったわけ?」
 目を丸くする舞を前に、絵空と杏子は顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

 旧知の仲であるデュエリスト同士が、大会という場で再会し、談笑する――傍から見るに、実に微笑ましい光景だろう。
 だが必ずしも、旧知の者同士が、打ち解けた関係にあるとは限らない。


「――ここで会ったが百年目だゾ〜!! バンデット・キースッ!!!」
 少年の叫び声が、フロア内に木霊する。室内のほぼ全員が、そちらに視線を向けた。
 少年が指差す先では、長身の男が一人、腕組みをしていた。キース・ハワード――決闘王国において、その少年を裏切った、忌むべき人物。
「…………」
 壁を背に、キースは黙って、少年を見下ろしていた。その威圧感に、少年――骨塚はわずかに怯む。しかし気力を振り絞り、必死に睨み返した。
「あ、あんときのオレとは違うんだゾ〜! お前なんか、オレのパワーアップした“超スーパーウルトラゴーストデッキ”で――」
 と、そのとき――予期せぬ第三者が、二人の間にはだかった。

「――パパをいじめるな! ヘンテコ顔っ!!」

 その予期せぬ介入者に、骨塚は目を丸くした。いや、骨塚のみならず、傍観していた遊戯たちも同様にだ。
(なっ、何だコイツ……!?)
 意表をつかれ、骨塚は毒気を抜かれる思いだった。介入者は子ども――それも、背丈から察するに、まだ小学校にも通わないような、幼い男児であった。
 キースと同じ、金髪のボサボサ頭。小生意気に睨みつけてくる幼い容貌には、心なしか、キースの面影が垣間見られた。
(“パパ”? ってことは……キースの子ども!?)
 骨塚は目を瞬かせ、再びキースを見上げた。
 キースは変わらず、冷たい瞳で、骨塚を見下ろし続けていた。疑念と怯えが入り混じる中、骨塚はそれでも、精一杯の虚勢を張り、言葉を続けた。
「とっ……とにかくっ! あのときの恨み、今日こそ晴らさせてもらうゾ〜!!」
「…………」
 キースは無言で、しかし、視線でそれに応じる。
 そこが気力の限界だったのか、骨塚はそれだけ言うと、おめおめと引き下がった。ハタから見るに、“格好良い”とは評し難い光景だろう。


「――おい……アレ、本当にキースか?」
 訝しげな本田の問いに、かつて決闘王国で彼を見た全員が、同じ疑問を抱いた。
 足元にいる子どももそうだが、キースは雰囲気・見た目がだいぶ変わっていた。当時、頭に巻いていた派手なバンダナや、好んでつけていたサングラスは無いし、無精ヒゲも綺麗に剃られ、小奇麗な容貌をしている。何も知らない人間が見れば、“美形”とさえ評する外見だろう。
「……あれっ……遊戯くん達、“あの”キース・ハワードと知り合いなの?」
 絵空が小首を傾げる。“あの”という言い回しが気に掛かり、杏子がその真意を問う。
 絵空は何でもない様子で、あっけらかんと答えた。
「……知らないの? “キース・ハワード”って言ったら……この間行われた“全米チャンピオンシップ”の王者だよ? アメリカはM&Wの本場だけあって、特に盛んだから……“全米王者こそが決闘王”なんて見方もあるくらいだし。スゴイよねえ」
 絵空は素直な気持ちで、彼の戦績を称賛する。しかし遊戯たちは生憎、そういう感情を抱くことができない。
「……心を入れ替えた……とか?」
 杏子の問いに、遊戯は軽く唸りながら答える。
「分からないけど……でも、全米王者になった話が本当なら、生半可な実力じゃないと思う」
「…………」
 城之内だけが、何も言わず、彼を睨んでいた。王国での恨みだけではない――城之内は生理的に、キースという男が好きになれなかった。王国で彼が見せた横柄な態度は、嫌でも“ある人物”を連想させたからだ。

(……? どうしたんだろ、急に雰囲気が悪くなったけど……)
 事情の分からぬ絵空は一人、呑気に小首を傾げる。
 何となく手持ち無沙汰になったので、他のデュエリスト達にざっと目を通すことにした。
「……! あっ……」
 するとその中に、見知った少女がいることに気が付く。神無雫――予選終盤において、本戦出場をかけてデュエルした因縁の少女。
「ちょっと挨拶して来るね、知ってる子なんだ」
 遊戯たちに軽く断ってから、小走りに駆け寄る。

「雫ちゃん! こんにちは!」
「……?」
 雫がゆっくりと、絵空の方を振り向く。相変わらず、眠そうな目をしている――本戦が楽しみでよく眠れなかったのだろうか、絵空はそう推理した。
「へへ〜、わたしもあの後、予選通過できたんだ♪ 本選で当たることがあったらよろしくね。今度こそわたしが勝つんだから!」
「…………」
 緩慢な動作で、雫の首がわずかに傾く。
「……あなた……誰?」
「……へっ?」
 あまりに不意打ちな返答に、絵空の表情が引きつる。
「おっ……覚えてない? ホラ、雫ちゃんとは予選最後のデュエルでー……自己紹介、したよね?」
「…………?」
「ホッ……ホラホラ! わたしはガーゼットを召喚してさ、「ドカーン」って! そしたら雫ちゃんはデミスを出して、「ズドーン」って! ね、覚えてるでしょ? 結構いいデュエルだったよね!?」
「……知らない……」
 大げさなジャスチャー付きで説明した絵空だったが、雫は顔色一つ変えず、さらりと答えてしまう。ショックのあまり、絵空は石化してしまった。
「…………」
 それに頓着した様子もなく、雫は瞳だけを動かし、一人の少年を視界に入れる。
(……武藤遊戯……)

 ――“闇のゲーム”と繋がりを持つ、“鍵”となる人物……


 一方で、そんな絵空の様子を、部屋の隅から、不愉快げに観察する青年もいた。
(……あれが“神里絵空”……? ただのトロそうなガキじゃないか!)
 青年――シン・ランバートは、不愉快げに眉をしかめ、歯軋りする。
 あんなヤツが“千年聖書”を受け継いだというのか――そう思うと、腹立たしくて堪らなかった。




 そのフロアの中には数名の、黒服を着込んだKC社員の姿もあった。そのうち一人は、こまめに腕時計を見やり、時間を確かめていた。
 9時30分――時計の針がそれを指すと同時に、男は声高に叫ぶ。
「――皆様! 規定の時刻となりました! ご静粛にお願い致します!」
 部屋に集まった決闘者全員が、男の方へ向き直る。男は物怖じする様子もなく、腹の底から声を吐き、ことばを続けた。
「ワタクシ、“第三回バトル・シティ大会運営委員長”磯野の補佐を務めさせていただきます、中嶋です! まだ二名、ヴァルドー選手とマリク選手がいらっしゃらないようですが……時刻となりましたので、トーナメント表を発表させていただきます!」
 中嶋がそう言うと、壁に備え付けられたモニターに、16人のデュエリスト達の名が表示された。


第一試合:武藤遊戯VS太倉深冬
第二試合:キース・ハワードVSゴースト骨塚
第三試合:シン・ランバートVSマリク・イシュタール
第四試合:エマルフ・アダンVS城之内克也
第五試合:サラ・イマノVS孔雀舞
第六試合:海馬瀬人VS梶木漁太
第七試合:ヴァルドーVS神里絵空
第八試合:獏良了VS神無雫


「――すでに告知した通り……本戦は二日間に渡り、行われます! 本日行いますのは一回戦のみ……二回戦以降は明日となります! 試合開始は午前十時、武藤遊戯選手と太倉深冬選手より順に行いますので……デュエリストの皆様はそれに備え、準備をお願いします!!」
 中嶋の説明が終わると、各々はトーナメント表に注目し、様々な反応をみせる。


「――ゲッ! この対戦表でいくと、準決勝で遊戯と当たるんじゃねえか!?」
 最初に声を上げたのは城之内だ。
「お前……他の連中は眼中にねえのか? 二回戦でマリクと当たるじゃねえかよ」
 ヤレヤレと、本田が溜め息を吐く。
「……そもそも、一回戦から強敵だと思うよ? 城之内くん、“エマルフ・アダン”って聞いたことないの?」
 絵空の問いに、城之内は首を横に振った。生憎そんな名前は、聞いた覚えがない――実際には一度、耳にしているわけだが(決闘3を参照)。
 聞いたことあるわね、と、舞が横から口を挟む。
「フランスの王者、“天才少年”エマルフ・アダン……世界で最年少の12歳チャンプ。強豪揃いのヨーロッパでも、とりわけ注目視されているわ」
「へえ……12歳で? 小学生でナンバーワン決闘者……凄いわね」
 杏子が思わず感嘆する。しかし絵空が、「違うよ」と返した。
「小学生じゃなくて大学生のハズだよ……確か」
「……へっ? 大学生?」
 杏子は目を瞬かせる。彼女のみならず、日本人の常識としては、「12歳の大学生」というのはあり得ないのだ。
「とっ……飛び級してんのかよ、ソイツ!?」
「……そう、だから“天才少年”。元々けっこう有名な子らしいよ? デュエル始める以前からも」
 本田の驚嘆に、絵空はあっけらかんとした様子で応える。
 当の城之内はというと、やはり当然、動揺を隠せない。“天才少年”の呼び名に、完全にビビってしまいつつある。
「……終わったな。高校レベルでも劣等生のオマエが、勝てる相手じゃねーわ」
「なっ……ふ、フザケンナ! デュエルはベンキョーじゃあねえんだ! やってみなくちゃ分からねーぜ!」
 哀れんだ目を向けてくる本田に、城之内は精一杯強がってみせる。しかし、「12歳で大学生」――想像もできない雲上の存在に、脅威を覚えぬワケがない。
 城之内は一般的に、知識を笠に着て威張るようなインテリタイプが大の苦手だ。“天才少年”エマルフ・アダン、どれほど生意気なクソガキなのだろうか――頭の中で想像を巡らせてみる。

「――あのー……城之内克也さん、ですよね?」

 不意に、背後から声がかけられる。遠慮がちで、礼儀正しそうな少年の声。振り返るとそこには、赤みがかった茶髪をした、小柄な少年が立っていた。
「初めまして。僕、エマルフ・アダンといいます。一回戦で当たるので、ご挨拶をと思いまして……」
「へっ……あ、ああ。そりゃどうもご丁寧に……」
 想像と違うその様子に、城之内は呆気にとられる。てっきり捻くれた、偉そうなガキなのだろうと思っていたのだが――眼前の少年は背が低く、あどけない顔付きをしていた。見た目だけなら、そこらの普通の小学生と、何ら変わらないだろう。身長は絵空と同程度……いや、それよりも少し低いかも知れない。
(……な、何か想像と違ぇな……)
 エマルフが握手を求めてきたので、城之内も上半身を屈め、それに応じる。
 一方で、素直そうな表情の裏側に、何かあるのではないか――城之内はそう警戒する。
「……。城之内さん……僕はこの大会に、“答”を求めてやって来ました」
「……はっ?」
 意味不明なことばを呟くと、エマルフは握手を解いた。
 そして城之内を見上げると、どこか淋しげな微笑を浮かべる。
「貴方ならあるいは……僕に、それを教えてくれるのかも知れない」
 そう言って、エマルフは一礼すると、城之内のもとを離れた。
 何のことを言っているのか分からず、城之内は頬を掻いた。
(“答”……? 何のことだ? ……まっ、“天才”だっていうしな。どーせオレみたいのには想像もつかねえ、すげえ問題を考えてるんだろうが……)
 そんなの教えられるワケねーぞ――と、思わず失笑を漏らした。


「――あ、そういえば……マリク、一体どうしたのかしらね? まだ来てないみたいだけど」
 思い出したように杏子が問う。それを受け、遊戯はわずかに表情を曇らせた。
 そもそも、マリクがこの大会に参加しに来ていることを、遊戯たちは聞いていなかった。普通なら、連絡の一つもあっていいはずなのに――と、遊戯はそこを訝しんでいた。
(何かあったのかな、マリク……)
 遊戯は不安げに、このフロアの入り口を見やる。しかし、彼がそこに姿を見せそうな気配は無い。


「――あたしは五試合目ね、相手は……」
「……あ、私ですね」
 舞の背後に立っていた女性――サラが、いやに柔らかな笑顔をしてみせた。
「お手柔らかにお願いしますね……孔雀さん」
「へ……あ、ああ。こちらこそ」
 毒気の無いその調子に、舞は少々、調子が狂う思いだった。


「わたしたちは第七試合かー……ずいぶん後の方だね」
 少しつまらなそうに、絵空は呟く。
「……あ、でも、一回勝てば雫ちゃんと闘えるかも!」
 そのことに気付き、絵空は嬉しげに手を合わせる。しかしそこで、手にした”聖書“から、窘(たしな)めるような声が飛ぶ。
『(そんなこと言ったら獏良さんに失礼よ。まるで負けて欲しいみたいに聞こえるじゃない)』
「……あ、そか」
 絵空はばつが悪そうに、獏良の方に振り返った。
 しかし、様子がおかしい。獏良は対戦表を眺めたまま、口をぼんやりと空け、動かない。
「……? 獏良くん? どうかしたの?」
 問いかけるが、返事が無い。今度は背中を叩いて問うと、獏良はハッとした様子で応える。
「……あ、ゴメン。何でもないよ……」
 いつも通りの、のんびりした語調で答える。しかし、再びスクリーンを見つめ、わずかに眉をひそめる。
(“神無”……? この名前、どこかで聞いたような……)
 何処でだったろうか――その心当たりを、獏良は思い出そうとした。しかし、中々その答えが見付からない。まるで記憶に、不自然な“モヤ”がかかっているかのような、奇妙な感覚を覚える。
(……? 獏良君……どうかしたのかな?)
『(さあ……何か、思うところでもあるのかしら?)』
 ふと絵空は、獏良の隣の、遊戯の様子が目に入った。遊戯の方も様子がおかしく、スクリーンから視線を外し、フロア入り口の方を見つめている。
「……遊戯くん? どったの?」
「……! あ、うん。ちょっとね」
 絵空の問いで我に返り、遊戯は改めてスクリーンを見た。

 マリクの件は、気にしても仕方ないだろう――試合開始までは時間があるし、何かの都合で遅れているだけかも知れない。遊戯は一旦、そう考えることにした。

「えっと……ボクは一回戦かあ。ってことは、この後すぐだね。相手は……」
 “太倉深冬”――聞いたことの無い名に小首を傾げる。名前から察するに、性別は女だろう。すでにこの部屋にいるはずだから、見回せば誰か見当がつくかも知れない――そう思った、その矢先のことだった。



――アンタが武藤遊戯ねっ!!!



 少女の怒声が、フロア中に木霊した。
 遊戯は驚き、振り返る。するとそこには、見たことのない少女がいた。肩にかかるぐらいのストレートヘアをした、気丈な雰囲気の少女。気の強そうなツリ目が、目の前の青年を睨めつけている。
「この時をどれほど待ち侘びたことか……! 積もりに積もった、アンタへの積年の恨み――今日、この場で晴らさせてもらうわよっ!!」
 あまりに突然の出来事に、青年は戸惑いを隠せない。でも、とりあえず――言わねばならぬことが、一つある。
「……あのー……ボク、遊戯くんじゃないんだけど……」
 青年――獏良了は、困ったように頬を掻いてみせた。



決闘63 本戦開始!

「みっ……深冬ちゃん〜。そっちの人じゃないよ〜」
 正体不明の少女の背後から、おっとりとしたソプラノが響く。眼鏡をかけた、タレ目気味の少女が、慌てた様子で戸惑っていた。
「へっ……違うの? じゃあこっちの角刈り? それとも金髪?」
 “深冬”と呼ばれたその少女は、奔放な調子で、本田と城之内を順に指差す。その尊大な態度に、眼鏡の少女は慌てて訂正する。
「ちっ、違うよ〜。そっちの……その、背が低い人……」
 申し訳なさげに口に出す。しかし深冬はあろうことか、またも遊戯本人をスルーし、絵空に視線を向けた。
「へっ!? ウソ、このロリっ娘がそうなの!?」
 “ロリっ娘”――その言葉に、絵空はピクリと反応する。絵空に対してこの手の単語は、完全にNGワードなのである。
「――ロリっ娘じゃないもん!! 正真正銘、今年17歳の高校生だもんっ!!!」
「えええええっ!? ウソ、年上なの!? どう見ても小学生でしょ!?」
 深冬は心底驚いた様子だった。その瞬間、絵空の中で、何かが切れる音がする。
「大切なのは見た目じゃなくて中身なんだよっ! 外見にとらわれるのは、心が狭い証拠だよっ!!」
「なぁっ!? この“ミス・寛大”と呼ばれたアタシに向かって、心が狭いですってっ!?」
 あからさまな狭量ぶりを見せつけながら、深冬は喚(わめ)く。
 当の遊戯はすでに、完璧に蚊帳の外だった。
「――上等だわ! デュエルで勝負よ、このロリっ娘! 自慢の融合モンスターでワンキルしてやるわ!!」
「こっちこそ、ガーゼットとかザボルグとかでフルボッコにしてあげるんだよっ!!」
 何だかよく分からないことになってきた。
 とりあえず、興奮した二人を、周囲で取り押さえる形となる。お互い落ち着いてきた辺りで、遊戯が深冬に言葉を掛ける。
「えーっと……武藤遊戯はボクなんだけど……」
「……へっ? アンタが?」
 深冬は目を丸くした。腰回りに必死にしがみついた眼鏡少女が、コクコクと何度も頷く。
 それを見てようやく、「へ〜」と深冬は感慨深げな声を漏らした。
「ゴメンゴメン、ぜんぜん強そうに見えなかったからさ〜。付き添いのお友達とかかと思っちゃったわ♪」
 悪びれた様子は微塵も見せない。遊戯は半ば呆れながらも、先ほどの、彼女の発言について問い直すことにした。
「……ボクとキミが会うの、初めてだよね? さっき“積年の恨み”とか言ってたけど……」
「……へっ? あー……そうそう! セキネンの恨み! セキネンの恨みがあるのよ!!」
 様子から察するに、大した恨みではなさそうだ。遊戯はこっそりそう思う。
 深冬は改めて手を伸ばすと、その人差し指を、遊戯の方へと向けた。
「アンタに奪われたチャンピオンの座――今日、この場で返してもらうわ!!」
「……? チャンピオンの座?」
 何のことか分からず、遊戯は眉をひそめた。すると、先ほどから脇にいた眼鏡の少女が、仲介せんと前に出る。
「えーっと……だいたい一ヶ月ぶりなんですけど、私のこと覚えていらっしゃいますか……?」
 おずおずとした様子で、上目遣いに尋ねてくる。深冬の態度と比べると、まさに天地ほどの差があった。
「え……一ヶ月ぶり?」
 遊戯はふと視線を逸らし、記憶の中を探った。一ヶ月前ということは三月上旬、あるいは二月下旬頃のことだろう。
 少女の容貌を再確認する。かけている眼鏡のためか、少女はどこか知的に見える一方で、おっとりした、穏やかそうな印象を受ける。背まで伸びた長い髪を、三つ編みで一つに纏めていた。
 どこかで見たような気がする――次の瞬間、遊戯は心当たりにぶち当たった。
「――あっ! もしかして隣町の……」
「はいっ! そうですっ!」
 少女は安心したように胸を撫で下ろす。遊戯以外の面々は、何のことか分からず首を傾げた。
「――ホラ、城之内くん、覚えてない? 一ヶ月くらい前に二人で、隣町のゲーム店に行ってみたことあったじゃない。カードのトレード目的でさ……」
「一ヶ月前……? トレード目的? もしかして、“わらしべワイト計画(プロジェクト)”の時のことか?」
 苦い記憶に、城之内の顔が歪んだ。意味不明なその単語に、しかし、絵空・獏良・杏子・本田の4人も反応する。舞だけは何のことか分からず、怪訝そうな顔をした。
「“わらしべワイト”……? 何よその、珍妙なネーミングは?」
 杏子・本田の二人が、冷笑を浮かべ、それに応える。
「そもそも、試み自体が無謀だったのよねえ……」
「『ワイト』でブルーアイズに勝つとかな……。途中でやめときゃ良かったのによ」
「…………??」
 全く答えになっていない。
 どうやら自分の知らないところで、何か面白いことがあったらしい――舞はとりあえず、そう理解した。
「だぁ〜〜っ! もうその時の話はいいだろ!? とにかく……あのとき、あの店の大会でデュエルした子だったよな?」
「……はい、岩槻瞳子(いわつき とうこ)です」
 瞳子は改めて自己紹介し、丁寧にペコリと頭を下げた。
 名前までは覚えていなかったが、その戦術に関しては、城之内もよく覚えていた。岩石族モンスターを主軸に置いた、守備寄りのデッキ――と見せかけた、上級モンスターによる一撃必殺タイプのデッキだ。彼女の切札『メガロック・ドラゴン』を前に、城之内は危うく敗れ去るところだったのである。
(まっ……最終的には、オレが勝ったわけだけどな!)
 心の中で、フフン、と得意げに鼻を鳴らす城之内。残りライフ100のところまで追い詰められていたことは、同行した遊戯だけが知る事実である。
「え〜っと……ここまでは思い出したけどさ。それで、そっちの子は?」
 遊戯が視線を送ると、深冬は不遜な態度で腕組みをしていた。彼女が遊戯を識別できなかったことを踏まえると、どうやらこちらが覚えていないワケではなさそうだ。恐らくは初対面の人物なのだろう。それなのに“積年の恨み”とは一体どういうことなのか――遊戯には見当もつかない。
「え〜っと……それが、何というか……」
 瞳子は困ったように、深冬の方を見やる。すると彼女は一歩前進し、憤慨した様子でこう叫んだ。
「――あの店の前チャンピオンはね! アタシだったのよ!!」
「……はっ?」
 遊戯は目を瞬かせる。何が何だか分からない。
「だ〜か〜らぁ〜! あの店で定期的に開かれるM&W大会の、前回のチャンピオンはアタシだったの! それなのに、アタシが寝坊して出そびれた大会にしゃしゃり出て、アンタは優勝をかっさらったのよ!! 以上っ!!!」
「…………。あ、以上なの?」
 遊戯の表情が引きつる。“積年”どころか、一ヶ月分しか積もっていない。


 確かに、一ヶ月前――遊戯は隣町のゲーム店を訪れた際、城之内に誘われ、そこで行われた大会に渋々参加。見事優勝を果たしている。
 ちなみに、城之内は二位だった。決勝戦で遊戯に、4ターンキルされています。


「アタシはあれ以来、アンタと闘う日を心待ちにしていたわ……! アンタを倒し、チャンプの座を奪還できる日を! しかぁ〜しっ!! アンタは二度と店に来なくなったわ! 何でよっ!?」
「……いや、だって結構遠いし……自分ちゲーム屋だし……」
 あんまり他店に通うと、双六が泣きついて来るのだ。
「恐れたのね!? アタシがいない時を狙って、大会に出たんでしょ! この泥棒猫っ!!」
 遊戯の返答を無視し、昼ドラでしか聞かないような単語を吐き出す深冬。二人の温度差は最早、熱湯とドライアイスくらい離れてしまっている。
「……で! ちょっと聞いてみたらアンタ、けっこう有名人らしいじゃない? この大会に出るはずだって聞いたから……こっちから乗り込んでやったのよ! アタシの寝坊のせいで実現しなかった、あの店での“幻の決勝戦”――その決着をつけるために、ね!!」
 スケールが大きいのか小さいのか、よく分からなくなる話だった。
 そこまで叫ぶと満足したのか、深冬は勝ち誇った笑みとともに、「覚悟しときなさいよ!」と言い残し離れてゆく。
 瞳子は申し訳なさげに一礼すると、その背に慌ててついて行った。
「……何というか……スゴイ女の子だったわね」
「……何というか……スゴイのに目を付けられたわね」
「……何というか……女版城之内だったな」
「……って、ちょっと待て! 最後のは聞き捨てならねえぞ!?」
 杏子・舞・本田・城之内の四人が、呆れ気味に感想を漏らす。
「遊戯くんっ! わたしに代わって、世の中の厳しさを叩き込んであげちゃってよねっ!!」
 絵空一人だけは、何だかやけに盛り上がっていた。





 時計の針が、十時に近づく。
 係員に誘導され、本戦出場者およびその付き添いの人間は、デュエルフィールドへと向かう。
(……いよいよ、かぁ……!)
 絵空は自然と、感情の昂りを覚えていた。手にした“聖書”に視線を落とし、「覚えてる?」と問いかける。
(去年の冬……“第二回バトル・シティ大会”をテレビで見ながらさ、話したよね。一緒に来ようって……この場所に)
『(……! ええ、そうだったわね)』

 一年前には、想像もできなかった出来事――叶うはずが無いと思っていた、“夢”の舞台。
 この一年間で、色々なことがあった。
 遊戯や、他のみんなと友達になって……病状が急速に回復して。
 叶うはずのない、ただの“夢”のはずだった。それが今――こうして、実現しようとしている。

 薄暗い通路から、眩しい光の下に出た。
 軽く眩暈を覚え、絵空は目を細める。


 ――まるで、異世界に迷い込んだかのようだった。
 目の前の情景に、耳にする騒音に、絵空はその瞬間、完全に我を失った。
 自分が溶けて、無くなったかのような感覚。忘我し、呼吸することさえ忘れ、その場に立ち尽くす。


『(――大丈夫? もう一人の私)』
「……ふえっ?」
 天恵の声で、正気に戻る。そんな自分に驚きながらも、改めて周囲を見渡す。
 スタンドは、数え切れないほどの観客で埋め尽くされていた。軽く千人以上はいるだろう。
 皆が歓声を上げ、騒いでいた。しかしそれも、広いドームに吸い込まれ、むしろ耳に心地よい。
 まるで異世界だった。つい先日までいた病院とはまるで違う――壮大な建物、広い世界。

 ドーム中央には、小高いステージが一つ、建られていた。
 恐らくそこで、本戦のデュエルは行われてゆくのだろう。その上に立つ、サングラスをかけた黒服――磯野が、マイクを片手に、声高に宣言する。

『それではこれより――第三回バトル・シティ大会! 本戦を開始いたします!!』

 歓声が一際大きくなった。それだけ多くの人間が、これから始まるデュエルに心躍らせているということだろう――絵空の胸の鼓動が、自然に高まった。


「……!」
 そして遊戯もまた、ステージ上を見て、表情を引き締める。磯野の隣には一人、見慣れた青年が立っている――彼はこちらを見下ろし、佇んでいた。


(来たな――遊戯!)
 青年――海馬瀬人が、その口元にうっすらと笑みを浮かべる。その視線の先には、遊戯一人だけがいた――他のデュエリストになど興味は無い、そう言わんばかりに。


「あっ、海馬のヤロー! 控え室にいねえと思ったら……何でもうステージに上ってやがんだ!?」
 城之内が非難の声を上げ、騒ぐ。
「……この大会の主催者だもの。何か挨拶でもしてたんでしょ」
 ヤレヤレと、舞がそれを軽く流した。


『――では! 一回戦、第一試合を開始します!! 武藤遊戯VS太倉深冬!! 両選手はデュエルリングへお上がり下さい!!』


「よしっ……! それじゃあ、行って来るね!」
「おお! 気張っていけよ、遊戯ぃ!」
 仲間達に見送られ、遊戯はステージへと向かう。
 途中、対戦相手である深冬と目が合った。相当な自信家なのだろう、彼女はフフン、と勝ち誇った笑みを見せる。
(……な、何だか調子が狂うなあ……)
 遊戯はたまらず苦笑を漏らした。


 壇上へは、ステージ両端に設置された、簡易エレベーターを用いて上がる。
 遊戯は向かって右手のエレベーターを、深冬は左手のものに乗った。
 ステージに立つ。するとそこにはまだ、海馬がいた。海馬は何も言わず、ただ遊戯に視線を投げかける――それは、彼なりの“エール”でもあったのかも知れない。遊戯の気持ちは、自然に引き締まった。
 ステージに備え付けられた階段で、海馬はゆっくりと、壇上を降りていく。それを合図としたかのように、磯野は遊戯・深冬の2名に指示を出す。
『――では! 選手2名は互いのデッキを、カット&シャッフル!』
 二人は歩み寄り、互いのデッキを交換し、シャッフルし合う。
 そして、それを返したところで――深冬は遊戯を指差し、ハッキリと宣言した。
「――予告KO宣言! アンタはズバリ、13ターン目でアタシに負けるわ!!」


「……どこかで聞いたような台詞ね……」
「……まさに女版城之内だな……」
 杏子・本田の二人が、城之内を半眼で見やる。
「……って、ちょっと待て! オレはあんなアホっぽい台詞いったことねえだろ!?」
 リシド戦のとき言ってたよ。


 ともあれリング上にて、二人は距離をとると、左腕の決闘盤を構えた。
 先に階段を降り終えた海馬は、振り返り、自身のライバルたる男を見据える。
(こんな所で手こずるなよ、遊戯……オレと闘う決勝の舞台まで、全速で駆け上がってみせろ!)

 デュエル開始の準備が整ったことを確認すると、磯野は右手を挙げ、可能な限りの声量で叫んだ。


『では――!! デュエル開始ィィィッ!!!』


 遊戯のLP:4000
 深冬のLP:4000


「――いくわよっ! アタシの先攻、ドローッ!!」
 気合いっぱいに、深冬はカードを引き抜く。そして引いたカードを見て、ニヤリと笑みを零してみせた。
「アタシはリバースを一枚セットして……『E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン』を守備表示で召喚!」
「!? エレメンタルヒーロー……!?」
 見たことのないモンスターの登場に、遊戯は目を見張った。


E・HERO フォレストマン  /地
★★★★
【戦士族】
1ターンに1度だけ自分のスタンバイフェイズ時に
発動する事ができる。自分のデッキまたは墓地に
存在する「融合」カード1枚を手札に加える。
攻1000  守2000


「見せてあげるわ! アタシの自慢の最強デッキ――“ヒーローデッキ”の力をねっ!!」


遊戯のLP:4000
    場:
   手札:5枚
深冬のLP:4000
    場:E・HERO フォレストマン,伏せカード1枚
   手札:4枚




 第三回バトル・シティ大会、本戦一回戦開始――初戦から優勝候補の一角・武藤遊戯が登場ということもあり、会場のボルテージは一気にヒートアップした。
 しかしそんな中でも、冷静に、彼らの試合を冷ややかに眺める者もいた。
 スタンドの最上段にて、黒いローブを身に纏った巨漢――ガオス・ランバートが、鋭い瞳でデュエルリングを見下ろしている。

「――ご一緒しても構いませんか……? ガオス様」

「……! カールか」
 瞳孔のみを動かし、ガオスは隣の青年を視認する。青年――カール・ストリンガーはその顔に、爽やかな笑みを湛え、敬意を示す。
「……召集はまだのはずだ。イギリスへは帰らなんだか?」
「ええ。僕は“神官”であるとともに、デュエリストでもありますので……せっかくだから見学していこうかと。“彼”のデュエルを」
 カールは視線を、ドーム中央、デュエルリングへと向けた。
 リング上では“彼”――武藤遊戯のデュエルが、ちょうど開始されたところだ。
「それよりも……お珍しいことですね。ガオス様がこのような、大衆の前に姿を現すなど……何か気がかりなことでも?」
「……ああ。少し、な」
 ガオスの瞳が収縮する。今、彼の視線の先にもまた、リング上、武藤遊戯の姿がある。
(ヴァルドーの言葉を信ずるならば、あの小僧……ユウギ・ムトウの中には“王の遺産”が眠っていることになるが……)
 その額のウジャトが、静かに、神々しく輝き始めた。



決闘64 VSヒーローデッキ!

「“ヒーローデッキ”……? 聞いたことのないデッキね」
 リングを見上げながら、舞は眉をひそめた。
 M&Wには、何千、何万種類ものカードがある――故に、決闘者の作るデッキの形は、それこそ無数に存在し得る。
 名前から推測するに、“ヒーロー”と名の付くモンスターを主力として闘うデッキなのだろうか。
「――私は少し……聞いたことがありますね」
 振り返るとサラが、邪気の無い笑みを舞に向けてきていた。
「最近できたデッキジャンルで、『融合』を主軸とした上級融合モンスターを自慢とするビートダウンタイプ……。扱いは難しいけれど、使いこなせれば、相当な爆発力を発揮するそうです」
 へ〜、と、後ろの長椅子に腰掛けた絵空が、感嘆の声を漏らした。他の本戦出場者たちが立ち上がって観戦する中、絵空一人が、用意された長椅子に腰掛けている。
 予選でのスタミナ切れの反省を活かし、自分の出番まで、無駄な体力を使わないためだ。
「詳しいんだね、おねえさん。わたしも、カードの知識はそれなりにあるつもりだったけど……」
「舞さんも絵空ちゃんも聞いたことないってことは……相当珍しいデッキなのね。大丈夫かしら?」
 不安げに見上げる杏子に、「問題ねえって!」と城之内は能天気に応える。
「そんなマイナーデッキに、遊戯が負けるわきゃねえぜ! きっとワンサイドゲームに決まってらぁ!」
 遊戯の強さは、自分が一番良く知っている――そう言わんばかりに、城之内は頼もしげに遊戯を見上げる。



「ボクのターン、ドロー! ボクはまず、魔法カード『強欲な壺』を発動して……カードを2枚ドローするよ!」
 未知のモンスターを前にして、警戒しつつもカードを引く遊戯。7枚に増えた手札を一瞥し、2枚のカードを選び出す。
「ボクもカードを一枚セットし……『マシュマロン』を守備表示! ターン終了だよ」
 これでお互いの場に、リバースカードと壁モンスターが1枚ずつ並ぶ――順当な、静かな出だしと言えるだろう。


遊戯のLP:4000
    場:マシュマロン,伏せカード1枚
   手札:5枚
深冬のLP:4000
    場:E・HERO フォレストマン,伏せカード1枚
   手札:4枚


「アタシのターン、ドローッ! この瞬間、『フォレストマン』の効果発動……デッキから『融合』を手札に加えさせてもらうわよ!」
 勝気な様子で、深冬はデッキを取り外し、カード1枚を選び取る。
 “ヒーローデッキ”の特長は、『融合』から繰り出される、多様で強力な融合モンスターにある――毎ターン『融合』を得られる『フォレストマン』は、最高のサポートモンスターとも言えるのだ。
「いくわよっ! アタシはまず、『E・HERO スパークマン』を攻撃表示で召喚!」
 深冬が喚び出したのは、攻撃力1600を有する、稲妻を操るヒーロー。特殊能力は持たず、単体では大した活躍を望めない下級モンスターだが――その真価は、『融合』によって発揮される。
「そして『融合』発動! 場の『スパークマン』と、手札の『E・HERO クレイマン』を融合するわ! 来なさい――『E・HERO サンダー・ジャイアント』ッ!!」
 二体のモンスターが混ざり合い、新たなモンスターが誕生する――現れたのは、『クレイマン』の巨体を有し、『スパークマン』の稲妻を継承した上級モンスターだ。


E・HERO サンダー・ジャイアント  /光
★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO スパークマン」+「E・HERO クレイマン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分の手札を1枚捨てる事で、フィールド上に存在する
元々の攻撃力がこのカードの攻撃力より低いモンスター
1体を選択して破壊する。この効果は1ターンに1度だけ
自分のメインフェイズに使用する事ができる。
攻2400  守1500


「そして、モンスター効果を発動っ! 手札1枚を墓地に捨てて……アンタの場の『マシュマロン』を破壊するわ! ヴェイパー・スパークッ!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

 掌から放たれた稲妻が、遊戯の『マシュマロン』を焼き尽くす。
 マシュマロンは通常の物理攻撃に対し、無敵の守備を誇る――しかし、カード効果までは防げない。
「っ……! それなら――リバーストラップ『魂の綱』! ライフを1000支払って、『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で特殊召喚っ!」
 マシュマロンに代わり、新たに、大盾を携えた戦士が喚び出される。その守備力は2600――上級モンスター『サンダー・ジャイアント』の攻撃力をも上回っている。

 遊戯のLP:4000→3000

「ふーん……やるじゃない。「E・HERO」の融合モンスターは速攻能力付きだから、融合ターンでも攻撃できたんだけど……ま、さっさと終わっちゃってもつまんないしね。アタシはさらに1枚、カードを伏せてターンエンドよ」
 深冬は早くも、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


遊戯のLP:3000
    場:ビッグ・シールド・ガードナー
   手札:5枚
深冬のLP:4000
    場:E・HERO サンダー・ジャイアント,E・HERO フォレストマン,
      伏せカード2枚
   手札:1枚


(……なるほど……大した“爆発力”だな)
 海馬は一人、腕を組み、深冬の使う未知のデッキ――“ヒーローデッキ”の特徴を分析する。
(だが小娘はこのターン、同時に“弱点”をも露呈した……。遊戯、貴様なら見抜けぬことはあるまい)



「――ボクのターン! ドロー!」
 遊戯はカードを1枚引き、手札に加える。これで手札は6枚――フィールドはかなり劣勢だが、これなら、様々な策を練ることができる。
「…………」
 遊戯はいちど顔を上げ、深冬の状況を確認する。
 そして暫く考えてから、引き当てたばかりのモンスターカードに指をかけた。
「ボクは……『魔導戦士 ブレイカー』を攻撃表示で召喚するよ!」


魔導戦士 ブレイカー  /闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに
魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。
このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除くことで、
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
攻1600  守1000


「そして、『ブレイカー』の効果発動! このカードに乗った魔力カウンターを取り除くことで、フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊できる……! いけ、ブレイカー!」
 遊戯が指示を出すと、魔導戦士は頷き、手にした魔法剣を振るう。すると、そこから魔力刃が発生され、深冬の場のリバースカード1枚を斬り裂く。
「――マジック・ブレイク!」

 ――ズバァァァッ!!

「!! クッ……『ヒーロー・シグナル』が!?」
 仕掛けていた罠を破壊され、深冬は顔をしかめる。
 しかし、まだだ――まだ大勢に狂いは無い。罠カードを1枚破壊された程度、何ともない。深冬はそう考える。
「……まだだよ! ボクはカードを1枚伏せ……手札から装備カード『マジック・クリスタル』を発動! ブレイカーに装備させる!」


マジック・クリスタル
(装備カード)
魔術師(マジシャン)の攻撃力を500ポイント上げる。
このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 魔導戦士の剣の柄に、青い水晶体が埋め込まれる。それにより、剣は再び魔力を帯び――攻撃力が500上がる。

 魔導戦士 ブレイカー:攻1600→攻2100

「そしてバトルフェイズ! ブレイカーでフォレストマンを攻撃っ!」

 ――ズバァァァッ!!!

 魔導戦士の剣が、フォレストマンの硬い身体を両断する――だがその瞬間、深冬の手が動いた。
「甘いわっ! リバーストラップ! 『ヒーロー逆襲』!!」
「!!」


ヒーロー逆襲
(罠カード)
自分フィールド上に存在する「E・HERO」と名のついた
モンスターが戦闘によって破壊された時に発動する事ができる。
自分の手札から相手はカード1枚をランダムに選択する。
それが「E・HERO」と名のついたモンスターカードだった場合、
相手フィールド上のモンスター1体を破壊し、選択したカードを
自分フィールド上に特殊召喚する。


「このカードは、自分の場の「E・HERO」が戦闘で破壊されたときに発動できるトラップ……! まず、アタシの手札1枚をランダムに選ぶわ! アタシの手札は1枚だけ、そのカードは――『E・HERO エッジマン』!!」
 得意げに、深冬はそのカードをかざし、遊戯に見せつける。


E・HERO エッジマン  /地
★★★★★★★
【戦士族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻2600  守1800


「これにより、『ヒーロー逆襲』の効果発動! アンタのモンスター1体を破壊し、なおかつ『エッジマン』を特殊召喚できるわ! 『魔導戦士 ブレイカー』を破壊っ!!」

 ――ズドォォォンッ!!!

 ブレイカーが爆散し、消滅する。そして、代わりに深冬の場に現れたのは、全身を金で覆われた最上級ヒーロー。
 これで深冬の場には、上級モンスターが2体――遊戯の場には、壁モンスターが1体だけ。
「……! この瞬間、『マジック・クリスタル』のもう一つの効果により……デッキから、カードを1枚ドローするよ」

 ドローカード:ブラック・マジシャン

「……! ボクはこのまま何もせずに……ターン終了……」
 遊戯は何のアクションもとらず、エンド宣言する。それと同時に、深冬は、自身の勝利を確信した。
(……勝ったっ!!)
「――アタシのターン! ドローカードをコストにして……『サンダー・ジャイアント』の効果発動! ヴェイパー・スパークッ!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

 遊戯の最後の砦、『ビッグ・シールド・ガードナー』までもが破壊されてしまう。これで遊戯の場には、頼りなげなリバースカード1枚しか残らない。


遊戯のLP:3000
    場:伏せカード1枚
   手札:4枚
深冬のLP:4000
    場:E・HERO エッジマン,E・HERO サンダー・ジャイアント
   手札:0枚


「おっ……おいおい! やべーんじゃねえか!? 遊戯のヤツ!」
 焦った様子で、本田は城之内に振り返る。城之内も同じ思いのようで、顔をしかめ、食い入るようにリングを見上げている。
「なるほど……突破力がハンパないわね。遊戯の布陣を掻い潜って、数ターンでここまで攻め込むなんて……」
 攻撃力だけなら、自分のハーピィデッキをも上回るかも知れない――舞は至って冷静に、そう分析する。
「どっ……どうしよう!? 遊戯くん、いきなり大ピンチだよ〜!?」
 慌てふためく絵空。しかし、手元の“聖書”から「大丈夫よ」と返される。
『(……ピンチなのはむしろ――あの子の方だと思うわ)』
「……? ヘ……どゆこと?」
 天恵の言葉の意味が分からず、絵空は首を傾ける。



 一方、リング上では今まさに、深冬が、トドメの総攻撃に入ろうとしていた。
「けっこう強いって聞いて、期待してたんだけど……大したことなかったわね、アンタも」
 深冬はわずかに、つまらなそうな顔をした。
 しかしそれも、一瞬だけ――眼前にある勝利を手にするべく、顔を上げ、高らかに宣言する。
「いくわよっ! エッジマン、サンダー・ジャイアント――ダイレクトアタックッ!!」
 それとほぼ同時に、遊戯の手が決闘盤に伸びる。
「――リバーストラップ発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!!」
「――!? へっ!?」
 予期せぬ、最悪のトラップの発動に、深冬は目を丸くした。


聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手が「攻撃」を宣言した時
聖なるバリアが敵を全滅させる


 2体のモンスターの攻撃を、バリアが弾き、跳ね返す。
 そこから発せられた衝撃波が、深冬の全モンスターを強襲する。

 ――ズガガガガガガァァァァンッ!!!!!

「……!! なあ……っっっ!??」
 呆気にとられる深冬。
 先ほどまで立ち並んでいた、自慢の上級モンスターは全滅――圧倒していたフィールドの戦況は、一気にリセットされてしまった。


遊戯のLP:3000
    場:
   手札:4枚
深冬のLP:4000
    場:
   手札:0枚


「くっ……このぉ! それならアタシは――って、あれっ?」
 空の左手を見て、深冬は目を瞬かせる。いつの間にか、手札は0枚――フィールドにも、1枚もカードが残っていない。



「――爆発力が高いということは……その分、カードの消費も激しいということだ」
 海馬は鼻を蠢かし、満足げに笑みをこぼす。
(……手札とは可能性……M&Wにおいて、手札のカードは“選択肢”の数を意味する。それを失った者に、選べる道は無い……)
「もはや勝敗は見えたな。このデュエル――遊戯の勝ちだ」
 ライバルの実力を再確認し、海馬は悦に入った。



決闘65 激戦!(前編)

 岩槻瞳子はひとり不安げに、リング上の、2人のデュエルを見守っていた。
 親友・太倉深冬の戦況は、明らかに分が悪い――トラップカードによる大逆転で、流れは完全に対戦相手・武藤遊戯に傾いてしまった。

「――これは決まりね……もう」
 孔雀舞の発言が、耳に入ってきた。
 瞳子はハッとして振り返り、そちらの方を向く。
「あの子の怒涛の攻め……なるほど、大したものだったわ。でも、M&Wは考えナシに突っ込むだけで勝てるほど、甘くはない――あんな突攻戦術、中級以下のデュエリスト相手ならまだしも……遊戯に通じるわけないわ」
 舞の心無い言葉に、瞳子は表情を曇らせる。

『(融合モンスターの召喚には通常、最低3枚の手札が必要になるわ……。生け贄召喚よりも素早く上級モンスターを出せる反面、手札消費が激しい。加えて、『サンダー・ジャイアント』の効果乱発などで、彼女は手札を使い過ぎていた。そうやって、速攻で決着をつけるのがコンセプトなんでしょうけど……迂闊な戦法と言わざるを得ないわね。ここまで優勢だったのは当然のこと――彼女は遊戯さんよりも、4枚も多くの手札を消費していたのだから)』
 天恵の解説に、「へ〜」と、絵空は感嘆の声を上げた。
(……そういえば、“もうひとりのわたし”は遊戯くんの伏せカード、『ミラーフォース』って読めてたの?)
『(何となくだけどね。遊戯さんの戦い方に、相手のカード消費を加速させる意図があるように見えたから。ともあれこれで、手札差は4枚……次のターンでは5枚に広がる。あの子には悪いけど……勝負あり、かしらね)』
 なるほど、と、絵空は手を合わせて喜ぶ。
「あの子、大口叩くからどれだけ強いのかと思ったけど……大したことなかったねっ♪」
 絵空のその言葉自体には、特別な悪意は無かったのかも知れない。
 しかし――その軽率な発言に、瞳子は確かな不快を感じた。


 ――何も知らないクセに……いや、何も知らないからそんなことが言えるのだ、と。




 そんな下の状況とは無関係に、リング上では、デュエルが続行されている。
 深冬は何の行動もとれず、ターン終了――遊戯のターンに移行する。
「ボクのターン、ドロー!」
 5枚の手札を見返すと、遊戯はその中から、3枚のカードを選び出す。
「カードを2枚セットして……『サイレント・マジシャン』を召喚! 攻撃表示!」
 遊戯の場に、小さな魔術師の少女が喚び出される。
 深冬の場には最早、1枚もカードが存在しない――よって、何の憂慮も無く攻めることができる。
「サイレント・マジシャンの直接攻撃――サイレント・バーニング!」

 ――ズドォォッ!

「! くっ……!」
 成すすべなく攻撃を受け、深冬は顔を歪める。悔しさから、下唇を噛む。

 深冬のLP:4000→3000

「……ターンエンド」
 落ち着いた様子で、遊戯はターンを終了した。
 勝利を目前にしても、油断はしない――相手のライフが0になるまで気は緩めない。そのことの大切さを、よく知っているから。


遊戯のLP:3000
    場:サイレント・マジシャン,伏せカード2枚
   手札:2枚
深冬のLP:3000
    場:
   手札:0枚


「………………」
 先ほどまでの勢いが嘘のように、深冬は大人しくなっていた。
 さしもの気丈だった彼女も、この絶望的な戦況に、戦意を失ってしまったのか――ほとんどの人間がそう思っただろう。
 しかし、そうではなかった。
 伏せがちになった彼女の顔は、その口元に、薄っすらと笑みを浮かべている。
「――久し振りだわ……こんな感覚」
 遊戯は目を見張る。
 上げられた彼女の瞳は、微塵も“絶望”を映していない――いや、むしろ先ほど以上の“闘志”を宿している。
「アタシね……根っからの負けず嫌いなのよ。自分より前を誰かが走ってるのが、すごくイヤ……。でもね、知ってるのよ。ソイツを追い抜いたとき……アタシは“恍惚”を得られる。ソイツより速いんだって、すごくいい気分になれるの。何にも代えがたい、至福の瞬間だわ……」
 彼女の瞳にわずかに、狂気じみた輝きが混じった。
 遊戯は本能的に戦慄を覚え、身構える。
「アタシの手札は0枚……場にもカードは無い。たぶん今のアタシは、考えられる限りの絶望的状況……ここから逆転できるなんて、誰一人考えちゃいないんでしょーね……」
 けれど、だからこそ燃える――自分がそういう人間であることを、深冬はよく知っている。
「いくわよっ!! アタシのターンッ!!」
 カードを引く。微塵の絶望も映さずに、勝利へ向けて手を伸ばす。

 “太倉深冬”は誰よりも、“勝負”の中でしか生きられない人間なのだ。

 だから――もう、立ち止まらない。“足”を失った自分にとって、この場所は、二度と失ってはならぬ“戦場”なのだから。

 カードを引き抜く。微塵の“絶望”さえ映さずに、力強く――その手で、“希望”のカードを引き抜く。
 それと同時に遊戯は、怯むことなく、高らかに言い放った。
「この瞬間! 『サイレント・マジシャン』の効果発動! 相手がカードをドローするごとにレベルを上げ、攻撃力が500アップするよ!!」

 サイレント・マジシャン:攻1000→攻1500(LV0→LV1)

 深冬もまた、同様に怯まなかった。カードを抜き放ったその勢いのままに、それを盤に叩きつける。
「マジック発動! 『ホープ・オブ・フィフス』ッ!!」


ホープ・オブ・フィフス
(魔法カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついたカードを
5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
このカードの発動時に自分フィールド上及び手札に
他のカードが存在しない場合はカードを3枚ドローする。


「このカードの効果により、アタシは墓地の「E・HERO」5体をデッキに戻す! さらにその後――3枚のカードをドローするわ!!」
「!? このタイミングで、ドロー強化カード……!? でも!」
 遊戯は自分の場のモンスター『サイレント・マジシャン』を、頼もしげに見つめた。
 深冬の発動したドロー強化は、同時に、遊戯にも恩恵をもたらすのだ。
「その瞬間、『サイレント・マジシャン』の効果が再び発動するよ! キミが3枚のカードをドローすることで、マジシャンのレベルは3上昇……! 攻撃力1500ポイントアップ!!」
 沈黙の魔術師(サイレント・マジシャン)の杖に、多量の魔力が集約される。
 その影響を受け、魔術師は一気に“成長”する。小さな少女の姿から、美しい女性の姿へと。

 サイレント・マジシャン:攻1500→攻3000(LV1→LV4)

 『沈黙の魔術師』はある意味で、“追い詰め型”のモンスターなのだ。
 追い詰められた相手プレイヤーは、逆転のためにドローカードが必須――しかしドローすればするほど、魔術師は強化されてゆく。相手はさらに追い詰められる。
 このデュエル展開は、『沈黙の魔術師』が活かされる、理想的な形の一つ。彼女はすでに、最上級モンスター以上の魔力を誇っている。

 しかし深冬は止まらない。
 成長した魔術師を前にしても、手早く、引き当てた3枚に目を通す。
 そして笑む。彼女の手札には今まさに、この上ない3枚が揃えられているのだから。
「――『E・HERO ワイルドマン』を……攻撃表示で召喚っ!!」
 深冬の場に、新たな“ヒーロー”が喚び出される。その攻守は、沈黙の魔術師に遠く及ばない――だが。


E・HERO ワイルドマン  /地
★★★★
【戦士族】
このカードは罠の効果を受けない。
攻1500  守1600


「そして手札から『融合』発動! 手札の『E・HERO ネクロダークマン』と融合させるわ!」
「!? また融合モンスター!?」
 深冬の場に新たな“ヒーロー”が現れ、空間の歪みの中、2体は結合する。


E・HERO ネクロダークマン  /闇
★★★★★
【戦士族】
このカードが墓地に存在する限り、自分は「E・HERO」と
名のついたモンスター1体を生け贄無しで召喚する事ができる。
この効果はこのカードが墓地に存在する限り1度しか使用できない。
攻1600  守1800


「現れなさい……! 『E・HERO ネクロイド・シャーマン』ッ!!」


E・HERO ネクロイド・シャーマン  /闇
★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO ネクロダークマン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の
モンスター1体を破壊する。その後、相手の墓地から
モンスター1体を選択し、相手フィールド上に特殊召喚する。
攻1900  守1800


「そしてこの瞬間! 『ネクロイド・シャーマン』の特殊能力発動っ! 冥府の祈祷(きとう)!!」
 喚び出されたシャーマンが、その手に持った錫杖を、勢い良く地面に突き立てる。
「!? 何だ……!?」
 その様子に、遊戯は目を見張った。突き立てられた錫杖が、仄かな紫光を発する。
 そして、次の瞬間――沈黙の魔術師の足元に、巨大な“穴”が開いた。

 ――ズォォォォォォッ……!!!

 “穴”の中から、幾つもの“黒い手”が沸き出してくる。それが魔術師の四肢を掴み、“穴”の中へと強引に引きずり込む。
「これが、『ネクロイド・シャーマン』の特殊能力……! 融合召喚成功時、相手の場のモンスター1体を破壊! さらに――相手の墓地から、モンスター1体を特殊召喚させる! 『サイレント・マジシャン』を破壊し、代わりに特殊召喚させるのは――『ビッグ・シールド・ガードナー』! 攻撃表示っ!!」
「!! なっ……!?」
 魔術師を呑んだ“穴”の中から、『ビッグ・シールド・ガードナー』が喚び出される。その攻撃力はわずか100――最低レベルの数値しかない。
「行きなさい、『ネクロイド・シャーマン』! 『ビッグ・シールド・ガードナー』を攻撃っ!!」
 地に刺した錫杖を引き抜くと、シャーマンはそれを振り回し、ガードナーへと躍りかかる。
 遊戯の場には今、2枚の伏せカードがある――だが、遊戯はこのタイミングでは、どちらのカードも開かなかった。
 シャーマンの錫杖が、ガードナーの腹部を勢いよく突いた。

 ――ズガァァァッ!!

「!! くっ……!?」
 ガードナーが粉々に砕けると同時に、遊戯のライフは大幅に減少する。

 遊戯のLP:3000→1200

 会場が沸いた。
 絶望的な状況下からの、起死回生の一撃――その“奇跡”に、観客が盛り上がりを見せた。
「――いよっ……しゃぁぁぁぁっ!!!」
 怯む遊戯とは対照的に、深冬は全身で、会心のガッツポーズをとってみせた。
「まだよっ……! まだまだ――本番はこれからよっ!!」


遊戯のLP:1200
    場:伏せカード2枚
   手札:2枚
深冬のLP:3000
    場:E・HERO ネクロイド・シャーマン
   手札:0枚



決闘66 激戦!(後編)

 会場の熱は、容易には収まらなかった。
 無名の少女による、初代デュエルキングへの起死回生の一撃――その奇跡的逆転劇に、会場中が盛り上がる。

「おっ……おいおい! 何なんだよアイツは!?」
 動揺した城之内が、声を荒げた。ほぼ決まっていたはずの形勢が、奇跡的な形で覆された――親友に訪れた想定外の窮地に、城之内の心中は穏やかではない。
 驚きのあまり、絵空はぽかんと口を開けていた。しかし手元の“聖書”から、「大丈夫よ」と声が掛けられる。
『(確かに、奇跡的なプレイだったけど……まだまだ、カードアドバンテージは遊戯さんにあるわ! ライフは大幅に削られたけど……まだ、優位に立っているのは遊戯さんの方よ!)』
 天恵の声に、いつにない“熱”があった。その不自然な調子に、絵空は動揺を覚える。このデュエルの行く末に、一抹の不安を抱く。
「そっ……そうだよね! 何たって、あの遊戯くんだもん! 次のターンにはまたすぐに逆転だよっ!」
 その感情を誤魔化すかのように、絵空も声を上げた。



「くっ……ボクのターン、ドローっ!」
 深冬の勢いに気圧されながらも、遊戯はカードを1枚引く。
 会場の雰囲気は、異様なまでに盛り上がっている。その雰囲気を作り出したのは紛れもなく、目の前の少女――歓声の大半は、彼女の健闘を称えてのものだ。遊戯にしてみれば当然、面白い展開とは言えなかった。
(ここで流れを引き戻さないと、マズイ……!)
 危機感に後押しされながらも、3枚の手札から、2枚のカードを選び出す。
「ボクはリバースカードを1枚セットし、さらに手札を1枚捨てて――『THE トリッキー』を特殊召喚するよ!」
 遊戯のフィールドに、1体の上級魔術師が喚び出される。
 その攻撃力は2000――深冬の場の融合モンスターを、わずかながら超過する数値だ。
「いくよ……! 『THE トリッキー』の攻撃っ!」
 『トリッキー』は飛び上がると、その両手から、無数のカマイタチを解き放つ。それは深冬の場の“ヒーロー”を襲い、その体を微塵に引き裂く。

 ――ズシャァァァァッ!!

 深冬のLP:3000→2900

「ぐっ……チィッ! その程度、痛くも痒くもないわっ! ライフはまだまだ十分ある! 次のターンでまた、逆転して――」
 饒舌だった、深冬の口が止まる。
 『トリッキー』の攻撃宣言に合わせ、遊戯の場で、一枚のトラップが表にされていたからだ。


マジシャンズ・サークル
(罠カード)
魔術師による攻撃宣言の際
発動し、互いのプレイヤーは
デッキの中からマジシャンカードを
1枚、攻撃表示で場に特殊召喚できる


「このカードの効果により、互いのプレイヤーはデッキから、マジシャン1体を特殊召喚できる! この効果により、ボクは――『ブラック・マジシャン・ガール』を攻撃表示で特殊召喚!!」
 調子に乗り始めた相手デュエリストの出鼻を挫かんと、魔術師の少女を喚び出した。
「ぐ……アタシのデッキに、マジシャンカードは1枚もない……!!」
 いま現在、深冬のフィールドにカードは0枚――そして今はまだ、遊戯のバトルフェイズ。新たに喚び出されたモンスターを止める手立ては、無い。
「……さらに! ボクは『THE トリッキー』を特殊召喚する際、『ブラック・マジシャン』のカードを墓地に送っていた……! よって、『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力は、500ポイントアップッ!!」

 ブラック・マジシャン・ガール:攻2000→攻2500

「いくよ! 『ブラック・マジシャン・ガール』の直接攻撃! 黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)ッ!!」

 ――ズドォォォォォッ!!!

「!! ぐう……っっ!!」
 少女が放った魔力弾により、深冬の全身に衝撃が伝わる。そのライフポイントを、大幅に削り落とす。

 深冬のLP:2900→400

(……よしっ! これで――)
 遊戯は心の中で、ガッツポーズをとりかけた。
 しかしそれは、阻害される――再び追い詰められたはずの彼女が発する、異様なまでの“闘志”によって。


遊戯のLP:1200
    場:ブラック・マジシャン・ガール(攻2500),THE トリッキー,
      伏せカード2枚
   手札:0枚
深冬のLP:400
    場:
   手札:0枚


「アタシのタァァーンッ!! ドロォォーーッ!!!」
 深冬は猛り、カードを引き抜く。その手は小刻みに震えていた。
 しかし、分かっている――その手を震わせる感情は、“恐怖”とは最も遠いものだ。
 デュエルという“勝負”の場において、味わうことのできる“興奮”――それによる“歓喜”。確かな“強敵”を前に、心が打ち震えている。
 深冬は微笑む――まるで狂人の如く。目の前の少年の手から、“勝利”をもぎ取らんと。その末に得られるであろう、極上の“恍惚”を求めて。
「『E・HERO バブルマン』を――守備表示で特殊召喚っ!!」


E・HERO バブルマン  /水
★★★★
【戦士族】
手札がこのカード1枚だけの場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に
自分のフィールド上と手札に他のカードが無い場合、
デッキからカードを2枚ドローする事ができる。
攻 800  守1200


「この“ヒーロー”の特殊能力により――アタシはさらに、カードを2枚ドローッ!!」
「!? ま、また手札増強カードを!?」
 驚く遊戯を尻目に、深冬は新たに2枚を引き抜く。
 モンスターカードと魔法カードが1枚ずつ――そして間髪入れずに、そのモンスターを決闘盤に叩きつける。
「『E・HERO エアーマン』を召喚……守備表示っ!!」


E・HERO エアーマン  /風
【戦士族】
このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカードを除く
「HERO」と名のついたモンスターの数まで、
フィールド上の魔法、罠カードを破壊する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついた
モンスター1体を選択して手札に加える。
攻1800  守 300


「そしてこの瞬間! 『エアーマン』の効果発動っ!! デッキから“HERO”1体を手札に加えることができる! アタシは――」
 デッキを盤から取り外すと、手早く、カード1枚を選び出す。
「――『E・HERO エッジマン』を……手札に加えるわっ!!」
 『ホープ・オブ・フィフス』の効果でデッキに戻していた7ツ星HEROを、迷わず遊戯に見せつける。その選択をいぶかしみ、遊戯は眉をひそめた。
「カードを1枚セットして……ターンエンドよっ!!」


遊戯のLP:1200
    場:ブラック・マジシャン・ガール(攻2500),THE トリッキー,
      伏せカード2枚
   手札:0枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エアーマン,E・HERO バブルマン,伏せカード1枚
   手札:1枚(E・HERO エッジマン)


(……このタイミングで、召喚に生け贄2体が必要なモンスターを手札に……!? 何が狙いだ!?)
 遊戯は優れぬ表情で、デッキに指を伸ばす。深冬の狙いが読み切れず、焦燥を覚える。
 深冬の狙いは次のターン、墓地に存在する『E・HERO ネクロ・ダークマン』の特殊効果により、手札から『E・HERO エッジマン』を生け贄なしで召喚するというもの――しかし遊戯にとって、“HEROデッキ”は未知のデッキ。そこまでの“読み”は働かない。
「ボクのターン……ドロー!」

 ドローカード:手札抹殺

(……! よし、これなら!)
 遊戯には、深冬の次の狙いが読み切れていない――しかし、『エッジマン』を手札に残すべきでないことは、容易に見当がついていた。
 引いたばかりのカードを、迷わずそのまま提示する。
「手札から魔法カード……『手札抹殺』発動!」
 同時に、深冬の表情が露骨に曇った。どうやら彼女は真正直で、ポーカーフェイスなどとは無縁なプレイヤーらしい――見るからに苦々しげな表情で『エッジマン』を捨て、新たに1枚ドローした。
 一方で、これで遊戯の手札は0枚。捨てるカードはない。しかし確実に1つ、憂慮すべき障害は取り除けた。
「いくよ……バトル! 場のマジシャン2体で、壁モンスター2体を破壊っ!」

 ――ズシャァァァッ!!

 ――ズドォォォッ!!!

 深冬は何の抵抗もできず、その攻撃を受ける。守備モンスターを破壊されても、ダメージは通らない――しかしこれで、再びモンスターはゼロ。このままでは次のターン、相手の直接攻撃を受けて負けてしまう。


遊戯のLP:1200
    場:ブラック・マジシャン・ガール(攻2500),THE トリッキー,
      伏せカード2枚
   手札:0枚
深冬のLP:400
    場:伏せカード1枚
   手札:1枚


(……場にはハッタリの、永続魔法が1枚伏せてあるだけ……。手札の方も、この状況で役立たない下級モンスターに換えられた。状況は悪化する一方ね。それでも――)
 それなのに――深冬は笑う。不敵に微笑む。
 対面している遊戯にしてみれば、不気味極まりない光景だった。
 彼女は恐らく、表情の変化で相手のプレイを狂わせるような、巧緻なタイプのデュエリストではない――では何故、この状況で笑えるのか。
 答えは一つしかない。勝てると“確信”しているからだ――この状況でなお、自身の勝利を微塵も疑ってはいない。負けるなどとは、塵ほどにも考えていないのだ。




「――これは中々……意外にも、興味深い展開になりましたね」
 観客席の最上段にて――カール・ストリンガーは手前の柵に肘を置き、意味ありげに微笑んでみせた。
「あの少女の方……太倉深冬、ですか。感情の昂りとともに、“魂(バー)”の“質”がみるみる向上している。デュエル開始時の倍……いや、それ以上か」
 その額には、黄金の瞳――“ウジャト眼”が発現している。
 その輝きは、リング上の2人を凝視し、その“魂”を明白に見極める。
「“魂”の強さは、その“量”と“質”の乗算……。“量”では武藤くんに分がありますが……“質”では逆転しましたね」
 カールの言葉に、彼の背後に立つ男――ガオス・ランバートは、重々しくその口を開く。その額にはすでに、カール同様、“ウジャト”の眼が輝いている。
「“魂”の“量”は先天だ……それが大幅に増減することは、通常にはあり得ぬ。故に魔術師は大概、自らの“質”を磨くものだ。“魂”の“質”は、その者の精神状態に大きく左右される――しかし、あの娘ほどの振れ幅は異常だな」
 ガオスの口元が、不自然に歪む。
「“魂”はその性質差により、様々な“色”を持っている。あの娘の“魂”は、“赤”の色調が極めて強い――闘争心の増減により、左右されやすいタイプだ。“闘い”という場においては、これ程に理想的な“魂”はあるまい。とんだ逸材だ……面白い、これは実に面白い展開だ」
 ガオスは微笑む――願ってもない展開に、まるで悪魔の如く。

 ――“魂”とはすなわち、“運命”を手繰る力
 ――光の“魂”は“空間”を、闇の“魂”は“時”を惹きつける

「あの娘の“魂”はもはや、ユウギ・ムトウのそれを上回った……。このゲーム、覆るやも知れぬぞ? クク……」

 ――となれば、実に好都合……追い詰めれば見せるやも知れぬ、“王の遺産”を

「“シャイ”の出来損ないの“遺産”が、どれほどのものか――この“眼”で直に見極めてくれるわ」
 ガオスの“ウジャト”がギラギラと、その勢いを増した。




「――いくわよ……!! アタシのターンッ!!!」
 声高に宣言すると、深冬はデッキへ指を伸ばす。
 場にも手札にも、起死回生のカードはない――このドローカードに、全てがかかっている。

 ――ドクンッ!!

「…………!!」
 デッキのトップカードに触れた刹那、その指先に電撃が走った。
 分かる――このカードは、この局面を打開できるカード。絶望を希望へ変える、“奇跡”のドローカード。
「アタシのターン――ドローッ!!!」
 大きなモーションで、カードを引き抜く。
 そのとき、深冬は微笑んでいた――“勝利”の笑みを、その口元に湛えていた。
「――リバースカードオープン……永続魔法『未来融合−フューチャー・フュージョン−』!!」


未来融合−フューチャー・フュージョン
(永続魔法カード)
自分のデッキから融合モンスターによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合モンスター1体を宣言する。発動後2回目の自分の
スタンバイフェイズ時に宣言した融合モンスターを自分フィールド上に
特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「アタシはデッキから、『E・HERO フェザーマン』と『E・HERO バーストレディ』を墓地へ送り――『E・HERO フレイム・ウィングマン』を宣言! これにより、2ターン先の“未来”に、宣言した融合モンスターを特殊召喚できるわ!」
「……!? 未来にモンスターを融合するカード……!?」
 遊戯の表情がこわばる。
 この局面で喚ぼうとするからには、宣言したのは、余程の強力モンスター ――未知のモンスター名の宣言に、警戒せずにはいられない。


E・HERO フレイム・ウィングマン  /風
★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し、墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
攻2100  守1200


(でも……召喚までに2ターンのタイムラグがあるなら、それまでに決着をつけられればいい!)
 短期決戦を念頭に入れ、遊戯は表情を引き締める。
 しかし深冬の方にも、悠長に2ターンも待つつもりはない――引き当てたばかりの“奇跡”のカードを、右手に持ち替える。
「これで、全ての条件は揃った……! いくわよっ! これがアタシの真の切札――魔法カード発動! 『ミラクル・フュージョン』ッ!!」


ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターによって決められた
モンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という名のついた
融合モンスター1体を特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 ――カァァァァァァッ……!!!

 盤にセットしたカードから、黄金の光が溢れ出る。
 深冬は墓地スペースから、4枚のカード――『E・HERO フェザーマン』『E・HERO バーストレディ』『E・HERO バブルマン』『E・HERO クレイマン』を取り出した。
「『ミラクル・フュージョン』は、アタシの“墓地”の『HERO』を素材とできる、まさに“奇跡”の融合カード……! このカードにより喚び出すのは、数いる“HERO”の中でも“究極”の戦士!」
 フィールドにも同様に、黄金の光が輝きだす。それはやがて、“人”を形どる。地・水・炎・風――融合素材としたのは、万物の根源ともされる“四大元素”。喚び出されるのは、“エレメンタル”の冠に相応しい、自然を司る最上級HERO。
「来なさい――『E・HERO エリクシーラー』ッ!!!」


E・HERO エリクシーラー  /光風水炎地
★★★★★★★★★★
【戦士族】
「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
+「E・HERO クレイマン」+「E・HERO バブルマン」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが融合召喚に成功した時、ゲームから除外された
全てのカードを持ち主のデッキに戻しデッキをシャッフルする。
相手フィールド上に存在するこのカードと同じ属性のモンスター
1体につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
攻2900  守2600


 フィールドに現れたのは、全身きらびやかな“黄金”のヒーロー。その攻撃力数値は――フィールドの全モンスターを上回る、2900ポイント。
「まだ驚くのは早いわよ……! 『エリクシーラー』には3つの特殊能力があるわ! このモンスターは、光・風・水・炎・地の、5つの属性を併せ持つ! さらに、このモンスターが融合召喚されたとき、ゲームから除外されたカード全てをデッキに戻す――これによりアタシは、『ミラクル・フュージョン』の効果で除外されたヒーロー4体をデッキに戻し、シャッフル!」
 得意げに、深冬はカード4枚をデッキに戻し、カットする。ここまでの効果は当面、遊戯にとって大した脅威ではない――危惧すべきはむしろ、最後の特殊能力。
「――そして、第3の効果……! 相手フィールドに存在する同属性モンスター1体につき、攻撃力が300ポイントアップ!」
「!! なっ……!?」
 遊戯はハッとし、自分の場のモンスターへ視線を移す。
 遊戯のフィールドに存在するのは、2体の上級モンスター ――『ブラック・マジシャン・ガール』の属性は“闇”、そして『THE トリッキー』は“風”属性。
「……!! しまった、それじゃあ……!?」
「……そう! 『エリクシーラー』はその特殊能力により、さらに攻撃力を上げる!」

 E・HERO エリクシーラー:攻2900→攻3200

 遊戯の顔が歪んだ。
 本来なら、300ポイント程度の攻撃力上昇は、大した問題ではない――しかしこの局面では、その意味合いが大きく異なってくる。


遊戯のLP:1200
    場:ブラック・マジシャン・ガール(攻2500),THE トリッキー,
      伏せカード2枚
   手札:0枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エリクシーラー(攻3200),
      未来融合−フューチャー・フュージョン−
   手札:1枚


「この攻撃が通れば――アタシの勝ちよっ!! 『エリクシーラー』で『トリッキー』を攻撃!! フュージョニスト・マジスタリーッ!!!」

 ――カァァァァァァッ!!!!

 『エリクシーラー』の全身が、強く輝き始める。その神々しい光に照らされ、『トリッキー』が苦しみ出す――遊戯は慌てて、場のリバースカードを開いた。
「リバースマジック『モンスター回収』っ!!」


モンスター回収
(魔法カード)
場に出ている全てのカード及び
手札を山札に戻しシャッフルの後
あらためて手札を5枚引く


 表にされたカードから、強い引力が発生する。遊戯の場の、2体の上級マジシャンは揃って、その中に吸い込まれ姿を消した。

 E・HERO エリクシーラー:攻3200→攻2900

「……このカードの効果により、ボクの場のモンスター全てを、手札に回収……! よって、キミのモンスターの攻撃は対象を失い、無効となる!」
「チッ……まあいいわ。アンタの場のモンスターは一掃できたもの……次のターン、一気にケリをつけてやるわよ!」
 舌打ちこそしたものの、深冬の表情には、確かな余裕が見られた。これで深冬の場には、切札の最上級モンスターが1体――対する遊戯の場には、モンスターはゼロ。
「……まだだよ。『モンスター回収』のもう一つの効果……手札を全てデッキに戻し、5枚のカードを引き直す」
 手札2枚をデッキに混ぜると、遊戯はそれをカットし、新たに5枚引いた。
 手札の数とはすなわち、デュエリストに与えられた“可能性”の数――フィールドこそ圧倒されているものの、手札の枚数では、遊戯に圧倒的な分がある。


遊戯のLP:1200
    場:伏せカード1枚
   手札:5枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エリクシーラー,未来融合−フューチャー・フュージョン−
   手札:1枚


「なるほど……アタシの攻撃をかわしつつ、手札を補充ってわけね。中々いいカードじゃない。それならアタシは、バトルフェイズ終了後に――このモンスターを召喚しておくわ。『E・HERO レディ・オブ・ファイア』! 守備表示!」


E・HERO レディ・オブ・ファイア  /炎
★★★★
【炎族】
自分のターンのエンドフェイズ時に、自分フィールド上に存在する
「E・HERO」と名のついたモンスターの数×200ポイントの
ダメージを相手ライフに与える。
攻 1300  守1000


「……そして、このターンのエンドフェイズ時――『レディ・オブ・ファイア』の効果発動! 400ポイントのダメージを、アンタに与えるわ!!」
 新しく召喚された、女性型のヒーロー ――『レディ・オブ・ファイア』は、その両手に火球を生み出し、遊戯に向かって投げつけた。

 ――ズドドォンッ!!

「!! うわ……っ!」
 威力こそ高くはないが、終盤に受けるダメージとしては大きい。残り少ないライフポイントを更に削られ、遊戯の表情は曇る。

 遊戯のLP:1200→800


遊戯のLP:800
    場:伏せカード1枚
   手札:5枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エリクシーラー,E・HERO レディ・オブ・ファイア
      未来融合−フューチャー・フュージョン−
   手札:0枚


(フィールド上のアドバンテージは、完全に奪われた……! でも!!)
 遊戯は、手元の手札5枚に視線を落とした。その中にはすでに、深冬が出した最上級モンスターを撃破できる、必殺コンボのカードが揃っている。
「ボクのターン! ドロー!」

 ドローカード:破壊竜ガンドラ

「……! ボクは、リバースカードを1枚セットし……『サイレント・ソードマン LV0』を召喚! 攻撃表示!」
 遊戯のフィールドに、小さな少年剣士が喚び出される。その攻撃力はわずかに1000――しかし、まだ少年に過ぎないその剣士には、“成長”という無限の可能性が秘められているのだ。
「そして手札から、マジック発動……! 『時の飛躍(ターン・ジャンプ)』!  この効果により、瞬時に3ターンを経過――そしてそれにより、『沈黙の剣士(サイレント・ソードマン)』の効果も発動する! 1ターン毎にレベルを上げ、攻撃力アップ――3ターンの経過により、1500ポイントアップだ!!」
 少年剣士は一瞬で、“青年”へと成長する。
 同時に、手にした剣もサイズを変え、巨大化――青年の体躯に相応しい、大剣となった。

 サイレント・ソードマン:攻1000→攻2500(LV0→LV3)

「一気に攻撃力2500のモンスターが……!? でも甘いわ! アンタの場に光属性モンスターが召喚されたことで、『エリクシーラー』の攻撃力は再び300ポイントアップ!」

 E・HERO エリクシーラー:攻2900→攻3200

(これでモンスター2体の攻撃力差は、700ポイント……!)
 これは、遊戯の想定の範囲内――場にはすでに、逆転のためのトラップが置かれている。
「いくよ……『サイレント・ソードマンLV3』の攻撃!」
 沈黙の剣士は剣を振るうと、深冬の場へと躍りかかる。狙うのは、攻撃力3200の『エリクシーラー』ではない――その隣の、守備表示の『レディ・オブ・ファイア』だ。
「――沈黙の剣LV3!!」

 ――ズバァァァッ!!!

 守備体勢の『レディ・オブ・ファイア』を、一瞬にして両断する。
「ボクはこれで、ターンを終了するよ!」
 当面の脅威である『エリクシーラー』を排除できぬまま、遊戯のターンは終了した。


遊戯のLP:800
    場:サイレント・ソードマンLV3(攻2500),伏せカード2枚
   手札:3枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エリクシーラー(攻3200),
      未来融合−フューチャー・フュージョン−
   手札:0枚


(相手のモンスターの攻撃力は2500……追撃用のモンスターカードを引ければ、アタシの勝ちねっ!!)
「アタシのターン! ドローッ!!」
 深冬は威勢良く、カードを引き抜く。その瞳に迷いは微塵もなく、遊戯の狙いを読む気も、さらさら無い。

 ドローカード:ヒーロー・オーラ

(!! 装備カード……よし、これなら!)
 モンスターカードではないものの、引いたのは願ってもないカード――場の『HERO』に装備させることで、その攻撃力を上げることができる。
 深冬はすぐさま、そのカードを盤に置いた。
「装備カード『ヒーロー・オーラ』発動っ! 『エリクシーラー』に装備させることで、その攻撃力・守備力を200ポイントずつアップッ!」

 E・HERO エリクシーラー:攻3200→攻3400
                守2600→守2800

 『エリクシーラー』の周囲を、光のオーラが覆った。
 これにより、『沈黙の剣士』との攻撃力差は900ポイントに拡大――遊戯の残りライフを超過する。
「さあ、今度こそ――この一撃で終わりよっ!! 『エリクシーラー』の攻撃! フュージョニスト・マジスタリーッ!!!」

 ――カァァァァァァッ……!!!!

 『エリクシーラー』の全身が輝き出す。それと同時に、遊戯の場のトラップが発動した。
「リバーストラップ発動! 『罅割れゆく斧』!!」


罅割れゆく斧
(罠カード)
このカードがリバースされてから経過した
ターン数×500ポイントを対象のモンスターの攻撃力から引く


「このカードの効果により、場のモンスター1体を選択……! 選択したモンスター1体の攻撃力を、このカードをリバースしていたターン数×500ポイント、削ることができる!」
「……!? リバースしていたターン数……ですって?」
 深冬は眉根を寄せた。遊戯がそのカードをセットしたのは、つい先ほど――まだ1ターンも経過していないハズ。
 その疑問に答えるかのように、遊戯はゆっくりと口を開く。
「ボクは前のターン……『時の飛躍』の発動前に、このカードをセットしていた。よって、このカードもリバース状態で、その効力を受けているんだ! つまり、経過したのは3ターン――1500ポイントを、『エリクシーラー』の攻撃力から削らせてもらうよ!」
「!! んなっ……!?」
 深冬の表情に、驚愕の色が現れる。
 “闘いの儀”のとき、“神”さえも撃破した必殺コンボ――これにより『エリクシーラー』は返り討ちに遭い、深冬のライフはゼロとなる。
 そのはずだった。
「――……!? なっ……!?」
 しかし次の瞬間、今度は遊戯の方が、驚愕に青ざめることとなる。
 『エリクシーラー』を迎撃すべく発動した『罅割れゆく斧』――そのカードの立体映像が、一瞬にして砕け散ってしまったのだ。
(……!?? 『罅割れゆく斧』が無効化された!? どうして――)
 その瞬間、遊戯の頭の中は、完全なパニック状態に陥った。
 しかし、ゲームは止まってくれない。バトルは続行――『エリクシーラー』の全身は輝き続け、その光が『沈黙の剣士』を襲う。
 『罅割れゆく斧』の無効化により、攻撃力の優劣関係は覆らない。

 ――ズガァァァァァァッ!!!!

 『沈黙の剣士』が砕け散る。その刹那、遊戯は背筋に、冷やりとしたものを感じた。
 攻撃力3400のモンスターにより、攻撃力2500の『沈黙の剣士』が破壊された――その際に受けるダメージは、900ポイント。遊戯の残りライフ800を上回る。
(……負け……た……!?)
 遊戯は自失し、立ち尽くす。
 過信していたつもりはなかった――だが心のどこかに、“まだ一回戦”という油断が多少なりとも存在したことも事実。

 会場が、爆発的な盛り上がりを見せていた。
 無名の新人により、初代決闘王が墜とされた――誰もがその瞬間に、そう思ったからだ。


 分かっていたのは深冬を含め、わずか数名のみである――そのデュエルの決着が、まだついていないことを。


「――けっこう悪運強いじゃないの……アンタ」
 深冬が上段から、得意げに笑った。

 遊戯のLP:800→100


遊戯のLP:100
    場:伏せカード1枚
   手札:3枚
深冬のLP:400
    場:E・HERO エリクシーラー,未来融合−フューチャー・フュージョン−
   手札:0枚


「……ライフポイントが……残っている……!?」
 呆然と、遊戯は左腕の、決闘盤を見つめていた。
 負けたのかと思った――だが彼のライフは、紙一重のところで踏みとどまっている。なぜ踏みとどまることができたのか、ほとんどの人間が理解できていなかった。
「……種明かししてあげるわ。アンタのトラップを無効化するとき、このカードが墓地に送られたのよ――『ヒーロー・オーラ』のカードが、ね」
 深冬は墓地から1枚のカードを取り出すと、それを遊戯に提示した。


ヒーロー・オーラ
(装備カード)
HEROの攻撃力・守備力を200ポイントずつ上げる。
装備モンスターが、相手のカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効化する。


「コイツの効果で、アンタのトラップは無効化された……。でも同時に、このカードも破壊されたのよ。結果、『エリクシーラー』の攻撃力は200ポイントダウン……アンタのライフはギリギリ残ってる、って寸法よ」
 深冬はフフン、と鼻を鳴らした。
 決着こそつけられなかったものの、本当に、後一歩のところまで追い詰めることができた――後ほんの一押しで、勝利を手にすることができる。
 深冬の中に、“油断”が生じる。気持ちが緩む。
 その一瞬の隙をつくかのごとく――正気を取り戻した遊戯が、すかさずアクションをとった。
 場に残された最後のカード、“最後の切札”を、勢い良く開く。
「手札を全て捨て――リバーストラップ発動っ!! 『魂の絆』っ!!」


魂の絆
(罠カード)
自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を
全て捨てて発動。破壊されたモンスターと、それと同レベルの
モンスターを墓地から除外することで、それらを融合・合体
することができる。この融合・合体に使用するモンスターは、
全て正規の融合・合体素材でなければならない。


 遊戯は惜しげもなく、3枚の手札を一気に、墓地へと置いた。
 ギリギリの、崖っぷちまで追い詰められ、決死の想いで開いたトラップカード――このデュエルに勝利するための、正真正銘“最後の切札”。
「このカードは、自軍のモンスターが戦闘で破壊されたとき、手札を全て捨てて発動……! 破壊されたモンスターと、それと同レベルのモンスターを墓地から選択し、“融合”することができる!!」
「!? アタシの『ミラクル・フュージョン』と同じ……墓地融合を可能にするカードですって!?」
 緩んでいた深冬の表情が、一瞬にして引き締まった。
 『サイレント・ソードマン』のレベルは4、よって遊戯は墓地から、レベル4モンスターを選択する。迷わず取り出したのは、『サイレント・ソードマン』と同種の能力を持つ、レベル4のマジシャン――『サイレント・マジシャン』。
「『サイレント・ソードマン』と『サイレント・マジシャン』をゲームから除外し、融合……! 現れろ――『サイレント・パラディン』ッ!!!」


サイレント・パラディンLV(レベル)?  /光
★★★★★★★
【戦士族】
「サイレント・ソードマン」+「サイレント・マジシャン」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
このモンスターの「LV」は、融合素材としたモンスターの「LV」の合計となる。
このモンスターの「LV」が1上がるごとに、攻撃力は500ポイントアップする。
????
攻1500  守1500


「!? なっ、このモンスターは……!」
 新たに喚び出された融合モンスターに、深冬はわずかにたじろぐ。
 そのモンスター自身の容姿は、破壊したばかりの『サイレント・ソードマン』と全く同じ――しかし、融合した『サイレント・マジシャン』の力を確かに受け継いでいるらしく、服装や兜が、少なからず変化している。
 最も大きな変化は、彼の持つ武器にあった。無骨な大剣であった『ソードマン』の剣は、相対的に縮小化し、ぱっと見の迫力は減少してしまった。
 しかしそれは魔法剣。マジシャンの魔力を引き継いだそれには、細かい装飾が施され、柄尻に“宝玉”が埋め込まれている。その攻撃力は、元々の大剣のそれに、決して引けをとらない。
「――『サイレント・パラディン』の“LV”は、融合素材としたモンスターのLV合計となる……! 破壊時の『サイレント・ソードマン』はLV3、墓地に眠る『サイレント・マジシャン』はLV0……よって、『パラディン』はLV3! 攻撃力3000ポイントだ!!」

 サイレント・パラディン:攻1500→攻3000(LV?→LV3)

「攻撃力3000……!? でも、甘いわっ! そのモンスターの属性は“光”……『エリクシーラー』はその特殊能力により、攻撃力が再び300ポイントアップする!!」

 E・HERO エリクシーラー:攻2900→攻3200

「残念だったわね……追い詰められて、ミスったのかしら? 融合時のトラップのコストで、アンタの手札は0枚……つまり、他のカードによるサポートも見込めない! 攻撃力差はたったの200でも、それだけで覆すことはできない――次のターン! ソイツも倒して、今度こそトドメをさしてやるわっ!!」
「…………。ボクの……ターン……」
 静かに、ゆっくりと、遊戯は自分のターン開始を宣言する。恐らくはこのデュエルで、最後になるであろう自分のターンを。
(もし、モンスターの攻撃力を増減できるカードを引かれたら厄介だけど……そうそう都合よく、そんなカードがくるわけないわっ!!)
 遊戯の動向に、深冬は目を凝らして注目する。
 しかし、様子がおかしい――遊戯が、動かない。自分のターンを宣言したにも関わらず、デッキへ指を伸ばさない。
(カードをドローしない……!? 諦めた? それとも――)
 顔をしかめる深冬とは対照的に、遊戯はゆっくりと、その口元に笑みを湛えた。
「……ボクは、このターンのドローフェイズをスキップし――『サイレント・パラディン』の特殊能力を発動!!」


サイレント・パラディンLV?  /光
★★★★★★★
【戦士族】
「サイレント・ソードマン」+「サイレント・マジシャン」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
このモンスターの「LV」は、融合素材としたモンスターの「LV」の合計となる。
このモンスターの「LV」が1上がるごとに、攻撃力は500ポイントアップする。
自分のターンのドローフェイズをスキップすることで、「LV」が2上がる。
攻1500  守1500


「『サイレント・パラディン』は、ボクのドローフェイズをスキップする毎に、その「LV」を2上げる……! これにより、『パラディン』は「LV3」から「LV5」に進化! 攻撃力1000ポイントアップ!!」
「!!? な……っ!?」
 呆気にとられる深冬をよそに、『サイレント・パラディン』は剣を構える。その刃に、自然と魔力が集中してゆく――それに伴い、攻撃力が飛躍的に向上する。

 サイレント・パラディン:攻3000→攻4000(LV3→LV5)

「こっ、攻撃力4000ですってっ!?」
 予想外の手段でのパワーアップに、深冬は戸惑わずにいられない。
 遊戯は構わず、そのまま攻撃宣言に入る。それに合わせ、パラディンも前傾姿勢をとった。
「『サイレント・パラディンLV5』の攻撃――沈黙の魔法剣LV5っ!!!」
 たった一度の跳躍で、パラディンは『エリクシーラー』の懐へと飛び込んだ。武器が軽量化された分、そのスピードも格段に増している。
 迎撃体勢に入る隙など与えずに、その右胴を大きく薙ぎ払った。

 ――シュバァァァァァァァッ!!!!

 まさに刹那の出来事。
 黄金に輝く『エリクシーラー』の身体は、極限まで斬れ味を増した魔法剣により、上下真っ二つに斬り分けられた。

 深冬のLP:400→0

「…………!!」

 ――ドクンッ……!!

 消滅する『エリクシーラー』を見つめながら、深冬はぎゅっと、両の拳を握り締めた。
(コイツ、やっぱり強い……!!)
 対戦相手の強さを再確認し、一度は消えかけた“それ”が、まるで炎の如く、再燃を始める。
(相手の場には、攻撃力4000の超強力モンスター……アタシの場・手札には、1枚もカードがない。さっき以上に分が悪い。でも、上等だわ――何度だって、逆転してやる!!)
 自分に気合を入れ直すと、深冬は勢い良く、デッキへと指を伸ばす。
「いくわよっっ!!! アタシのター ――――」


「――そこまでっ!! 一回戦第一試合、勝者! 武藤遊戯っ!!」


「――――ンっ? はっ?」
 深冬は、デッキに触れかけた指を慌てて止めた。

 “そこまで”とはどういう意味なのか。その意味が、さっぱり頭に入ってこない。

「――ちょっと、オッサンっ!! 何で止めんのよ!? せっかく面白くなってきたトコだってのにっ!!」
「オ、オッサン!? 何を言ってるんだキミは! デュエルならもう終わっただろう!?」
 磯野が、慌てた様子で説明する。しかし深冬には、その言葉の意味がさっぱり理解できない。
「何ワケ分かんないこと言ってんのよっ!! アイツの場にはまだ、あんな強力モンスターが残ってるじゃない!! むしろこっからが本番よ! 本番っ!!」
「訳が分からないのは君の方だろう!? 自分の決闘盤を確認してみたまえ!!」
 不満げな顔のまま、深冬は一度視線を落とす。あくまで“何言ってんだこのオッサンは”という姿勢を崩さないままで。

 深冬のLP:0

「…………」

 深冬のLP:0

「…………。はっ?」

 深冬のLP:0

「…………。えええええええっ!!?? ウソッ、もうアタシのライフ残ってないのっ!? いつゼロになっちゃったのよっ!??」
「さっきの戦闘に決まっているだろう! 残りライフ400の場面で、800ポイントのダメージを受けたんだから!」
 これで納得するだろう――とばかりに、磯野はため息を一つ吐く。
 しかし予想に反して、深冬はなおも食い下がった。
「納得いかないわっ!! デュエルはこっから面白くなる場面だったでしょーがっ!!! 初期ライフ4000とか少なすぎっ!! せめて8千……ううん、8万は用意しとくべきよっ!!!」
「そんなにあったら、いつまでもデュエルが終わらないだろうっ!!?」
 その後もギャーギャーと、深冬と磯野は揉めていた。呆気にとられた様子で、遊戯はそのやり取りを眺めている。

「とっ……とにかくっ!! 大会運営に支障が出る! 君は失格!! いいねっ!?」
「……ぐぅ」
 数分間の問答の末、ようやく深冬が折れた。
 しかし最後に、遊戯の方に振り返ると、指差し、声高に叫んだ。

「――いい気になってんじゃないわよっ!!! 次やるときは、絶対アタシが勝つんだからねっ!!!!」

 そう捨て台詞を残し、深冬は階段を降り始めた。まだ怒りが収まっていないらしく、一歩一歩に力が込められている。
 壇上に立ち尽くした遊戯は、その背中をぼんやりと眺めていた。
(……“次やるときは”……か)
 苦笑し、額をそっと拭う。特に暑かったわけでもないのに、遊戯の額には、脂汗が滲(にじ)んでいた。


 深冬が階段を降り終えたとき、瞳子はすでに、そこに駆けつけていた。
「えと……惜しかったね、深冬ちゃん」
「全くよ! 初期ライフが5000とかなら、絶対アタシが勝ってたのに……!!」
 ぶつぶつと、不満げに呟く。そんな親友の様子を見ながら、瞳子はたまらず苦笑した。
「それより、さっさと観客席上がりましょ! そっちの方が見晴らし良さそーだし……行くわよ、トーコっ!」
「わ……ちょっと待ってよ、深冬ちゃんっ」
 早足の深冬の背に、瞳子は慌ててついて行った。
 途中、瞳子は一度だけ振り返った――数多の鋭い視線を感じて。
 その場にいた本戦出場者の多くが、リング上の遊戯ではなく、深冬の背に視線を向けていた。デュエル終了後の、彼女の“奇行”に対する非難ではない――わずかに敵意の混じったその視線は、紛れもなく、上級デュエリストたちに実力を認められた証。

 瞳子は何だか、嬉しくてたまらなくなった。これからは此処が“彼女の居場所”なのだと。
 “足”を失い、絶望しかけていた深冬を、瞳子はこの世界に導いた。
 三年前、彼女が自分の背を押してくれた時のように――その選択は正しかった、今ならそう確信できる。


「――何ニヤニヤ笑ってんのよ……アンタわっ」
 唐突に、瞳子はその額に、深冬からの“でこピン”を受けた。
 不意打ち気味のその激痛に、瞳子はたまらずうずくまる。
「いっ……痛いよ、深冬ちゃん……」
「当然の報いよっ! 親友が負けたっていうのに……友達甲斐のないヤツめっ」
 もう一度、深冬が右手を瞳子へ伸ばす。瞳子は慌てて額をガードし、数歩後ずさった。
「――でも……深冬ちゃん、すごく楽しそうだったから。つい」
「なっ……! た、楽しいワケないでしょっ! 負けたのにっ!!」
 そう言って、無防備の頭頂部へチョップを見舞う。
 瞳子はあえて、それを受けた。
 チョップはあくまで“照れ隠し”。“でこピン”に比べれば大した威力でないことを、三年間の付き合いで知っているからだ。
「ホントに素直じゃないよね……深冬ちゃんって」
「んなっ……! バカトーコの分際で、偉そうにぃっ!!」
 ベシベシ何度も叩かれる。一発一発は痛くないが、積み重なると流石にツライ。
「あんのヒトデ頭……! 今度やるときゃ、絶対に泣かしてやるわッ!!!」
 気合いっぱいに叫ぶと、深冬はその胸に、かたくリベンジを誓うのだった。



決闘67 キース

 ゆっくりと、一段一段を踏みしめながら、遊戯はステージを降りていた。
 初戦からの予期せぬ激戦により、精神的消耗が少なくない。試合数などとの兼ね合いから、本日、各決闘者が行うデュエルは一戦ずつのみ――そのことに少しだけ感謝する。

「――フン……随分と、苦戦を強いられたものだな」

 階段を降りきったところで、側にいた海馬に声をかけられる。その一言に、遊戯は思わず苦笑を浮かべた。
「まあ……貴様が弱かったわけではない。あの娘が想定外に強かった……それだけの話。貴様への評価を落とすつもりも無いが……」
 腕を組んだままで、遊戯を見据え、海馬はことばを続ける。
「――決勝のステージで待つ。オレはその場で、貴様を下し……真の“決闘王(デュエルキング)”の称号を手に入れる。覚悟しておくことだ」
 必要以上の自信に溢れた、強い瞳だった。
 しかし遊戯は怖じけない。小さく苦笑を漏らすと、その首を縦に振った。
 海馬の横を通り過ぎ、仲間たちのもとへ向かう。

「――やったな遊戯ぃ! 一時はどうなるかと思ったが……下馬評通り、一回戦突破だぜぇっ!!」
 皆が、遊戯の勝利を祝福してくれる。その中でもとりわけ、盛り上がっているのが城之内であった。
「大体あんな生意気なのが、遊戯に勝てるかってんだ! オレは最初から信じてたぜ、お前が絶対勝つってよ!!」
「……良く言うぜ。途中、相当ハラハラしてたくせによ」
 横で本田が茶化すが、城之内は特に気に留めた様子もなく、大声で笑い出す。まるで自分のことのように、親友の勝利に心を踊らせる。
(でも……すっごく僅差の勝利だったよね。ホントにヒヤヒヤするデュエルだったよ)
 盛り上がる城之内を眺めながら、絵空は微笑を浮かべ、手元の“聖書”に語りかける。
(……あ、もうひとりのわたしも、遊戯くんに「おめでとう」言いたいよね? 変わろっか?)
『(なっ……! べ、別にいいわよ、私は)』
「まーまー、そう言わずにさー」
 天恵の返答などお構いなしに、絵空は瞳を閉じ、人格交代を行おうとする。
 しかしその瞬間――すぐ隣から拍手が聞こえ、それは中断された。
 目を開き、振り返ると、そこには見知った男がいた。
「――ナイスゲーム。いいデュエルだったね、武藤君」
 がっしりとした体格をした、スーツ姿の中年男性。ほんの二日前に、絵空が面識を持ったばかりの人物。
『(……!)』
「エ……月村おじさん?」
 絵空は驚いたように、目を瞬かせた。それもそのはずで、絵空は月村が、I2社の“監査役”としてこの場に現れるなど、全く聞いていなかったのだ。
「あれ……神里さん、月村さんと知り合いなの?」
 遊戯もまた、驚いたように瞬きする。
 三日前、予選デュエル終了後に月村と会話をした遊戯にしてみれば、彼が“監査役”であることを聞いていたので、この場に現れたことへの驚きが少ない。むしろ、彼と絵空が知り合いであった事実に関心が向いたのだ。
 もっとも月村にしてみれば、遊戯と絵空の二人が友人関係にあった事実に、意表を突かれることになるわけだが。
「何? 二人の知り合いなの?」
 そして三人以外の全員は、月村の正体に関心が向いた。杏子が代表してそれを問う。
 問いを受けて、月村が他の皆に、自分の素性と二人との関係を、簡潔に説明した。


「――他の仕事の都合で、少し到着が遅れてしまってね。着いたときにはもう、デュエルが始まっていたんだけど……いや、実に良いデュエルだったよ。先ほど武藤君とデュエルしていた女の子……実は、私が世話になった方のお孫さんでね。予想通り、かなり腕の立つデュエリストだった……いやあ、最初から観戦できなかったのが本当に残念だよ」
 半ば興奮したような調子で、月村は先ほどのデュエルを賞賛した。
 その雰囲気から、彼が悪い人間ではないだろうことを、遊戯・絵空以外の全員も理解する。


 そして、そんな彼らの様子を、遥か壇上から冷ややかに見つめる瞳があった。
(……! コウイチ・ツキムラ……)
 その瞳の主――ガオス・ランバートが、その口元を不敵に綻ばす。



『――それでは続きまして! 一回戦第二試合を開始します! キース・ハワードVSゴースト骨塚! 両選手、リング上へお願いします!!』



 ステージ上の磯野から、大会進行のコールがなされる。呼ばれた二名の決闘者の名は、遊戯たちにとって、ともに知ったものであった。
「オイ……どっち応援する?」
 本田が何気なく訊いてみると、城之内は悩ましげな顔をした。城之内にとっての二人は、ともに、ロクな思い出のない人物なのだ。
「ボクは骨塚くんを応援したいなあ……デッキタイプがけっこう似てるし」
 のほほんと、マイペースな調子で獏良が言う。当時、決闘王国で散々な目に遭わされた過去は、もはや記憶にないらしい。
(つってもまあ……指示してたのはキースだったし。骨塚はただの“小悪党”ってカンジだったよなあ)
 強いて選ぶとするなら、やはり骨塚の方だろうか――城之内がちょうどそう考えたとき。
「――じゃあ、わたしはキース派かな。パワーデッキ使いなところに、けっこう共感もてるし♪」
 と、絵空が横槍を入れる。決闘王国での一件を知らない彼女には、どうやら彼に対する悪印象がないらしい。

「――“子連れデュエリスト”、キース・ハワード……か」

 不意に、月村が一言そう呟いた。聞き覚えのないそのフレーズに、遊戯は月村を見上げ、疑問げな顔をした。
「ン……聞いたことなかったかい? “子連れデュエリスト”……アメリカの方で言われている、彼の現在の異名だよ」
 遊戯のみならず、“決闘王国”に行った全員が首を傾げた。遊戯たちの知る、キースの異名とは、似ても似つかぬものだったからだ。
「“盗賊(バンデット)”以外に……キースに異名があったんですか?」
「“バンデット”……? ああ、彼の“復帰前”の異名だね」
 遊戯の質問に、月村は何気ない調子で言葉を続けた。
「キース・ハワードが二年前の、全米チャンピオンシップを制覇していることは知っているかな? 当時、彼は国内の、ほとんどの賞金トーナメントで優勝し、先例ない超高額賞金王となった――そのことから付いた異名が、“賞金泥棒”……“バンデット・キース”。しかしある一件以来、パタリと姿を見せなくなってしまった……」
 その“一件”の内容には、遊戯は説明されずとも、見当が付いた。
 以前、海馬から説明を受けた話――ペガサスの千年眼により、デュエル初心者の子どもに敗北した一件。
「彼が次に、表舞台に姿を現したのは“決闘王国(デュエリスト・キングダム)”……君が優勝し、ペガサス会長に勝利した大会だ。そしてそれから数ヵ月後……彼は唐突に、再びアメリカの大会に現れたと聞く。ブランクめいたものは垣間見せず、ストレート勝ちの優勝……その頃から彼は、大会の場に必ず、男の子を一人連れていたそうだよ。多分、あの子のことじゃないかな?」
 月村が視線を投げた先では、大会開始前から、キースの側にいた男の子が一人、リングを見上げ、無邪気に声援を送っていた。

「――がんばれ〜! パパーッ!!」

 リングに上がったばかりのキースは、その子を一瞥し、軽く片手を振ってみせた。
 その表情には、微笑を見せない。仏頂面で、その子からすぐ視線を外すと、眼前の骨塚を見据えていた。

「――もしかして……キースの子ども、なんですか?」
 半信半疑で、杏子は問う。見たところ、その子の年齢は5歳前後――もしもキースの息子なら、「決闘王国」以前にとうに誕生していたことになる。
 少し考えるような仕草をしてから、月村は答える。
「確証はないけれど……恐らく、そうだと思うよ。キースは前回の全米チャンピオンシップを制覇した際、インタビューで言ったそうだ。“この優勝を息子に捧げる”とね。それを聞いて“キースは今まで育児休業をとっていたんだ”なんて、茶化す人もいたらしい。それが“子連れデュエリスト”の異名の由来……ってわけさ」
 月村の解説を受けて、遊戯たちは、半ば面食らったような表情で、リング上の彼を見上げた。しかしその中の一人は、イラついたように表情を歪ませている。
(……キースに息子……ね)
 城之内克也だけは、当惑以上に、“嫌悪”の感情が沸いてきていた。


 リング上では二人の決闘者、キースと骨塚が、互いのデッキシャッフルに入っていた。
 無言でその作業を続ける中、骨塚はいちど視線を上げ、キースの様子を盗み見た。
(コイツ……本当に、あのキースなのか……?)
 もしかしたら、同姓同名のそっくりさんだったりするのでは――骨塚は、そんな非現実的な可能性まで考えた。
 それほどに、骨塚が眼前の男から受ける印象は「決闘王国」当時のものと乖離していたのだ。当時のキースは荒々しく、飢えた獣のような、猛々しい雰囲気を纏っていた。それとは全く対照的に、眼前の“キース”を名乗る男は、粛然とした、落ち着いたオーラを漂わせている。
(あ、相手の雰囲気に呑まれちゃダメだゾ……! せっかくここまで勝ち進んだんだ……)
 自身の心の揺れに気付き、デッキシャッフルの手を止めると、骨塚はいちど深呼吸をした。
 予選での戦いを思い出す。
 強そうな相手からは徹底的に身を隠し、出来るだけ弱そうな相手を選び、勝ち星を稼ぎまくる――彼のその作戦は見事成功し、夢にまでみた本戦出場を果たしたのだ。
(相手がキースだろうが誰だろうが、関係ないゾ! 優勝はムリでも、何とか上位入賞して、“ゴースト骨塚”の名を日本中に知らしめてやるんだゾー!)
 想いを胸に、右手を強く握り締めた。
 ふと気が付くと、キースのデッキシャッフルは終わっていた。骨塚はそそくさとデッキを再交換し、踵を返す。
 と、そこで、背中にキースが語りかけてきた。
「――お前がオレを恨んでるのは知ってるよ……骨塚」
「……!」
 骨塚は思わず振り返った。しかしキースもまた、すでに背を向けていた。背中越しに、キースは言葉を続ける。
「だが……オレは負けねえ」
 落ち着いた語調。やはり、「決闘王国」当時のキースとは別人――しかし、ナイフの如く鋭利だった当時とはまるで違う、重厚な凄みを醸している。
「オレはもう絶対に――負けるワケにはいかねえんだ」
 骨塚と磯野にしか聞こえないような、小さな、静かな宣言だった。しかし、そのことが逆に、骨塚に、ある種の危機感を募らせた。

 キース・骨塚の両名が距離を取り終えると、磯野は咳払いを一つし、宣言する。

『――それでは、一回戦第二試合! キース・ハワードVSゴースト骨塚!! デュエル開始ィィィッ!!!』

 その言葉を合図に、二人はデッキから、カードを5枚ずつ引き抜いた。



 骨塚のLP:4000
キースのLP:4000



「オレの先攻だ! オレはまず、コイツを召喚する――『可変機獣 ガンナードラゴン』!!」
「!? な、何ィィ!?」
 キースの召喚したモンスターに、骨塚はデュエル開始早々、度肝を抜かれた。


可変機獣 ガンナードラゴン  /闇
★★★★★★★
【機械族】
このカードは生け贄なしで通常召喚する事ができる。
その場合、このカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。
攻2800  守2000


「レッ、レベル7のモンスターを、生け贄ナシで召喚……!?」
 キースの召喚した、見るからに強そうな重戦車モンスターに、骨塚は怯まずにいられない。
「……安心しな。コイツは本来、最上級モンスターだが……生け贄ナシの“妥協召喚”が許されるモンスター。その際、元々の攻守は半分となる。オレはコイツを、守備表示にしておく……」
 ガンナードラゴンは、その前部に付いた首部分を曲げ畳み、守備体勢となる。


 可変機獣 ガンナードラゴン:守1000
               攻1400


(守備力1000……? 何だ、とんだ見かけ倒しだゾ!)
 骨塚は露骨に、安堵の溜め息を吐いてみせた。守備1000など、そこらの低級モンスターより、よほど低い能力値である。
「……。オレは更に、カードを2枚セットして……ターンエンドだ」
 キースは静かに、自らのターンを終了した。


キースのLP:4000
     場:可変機獣 ガンナードラゴン(守1000),伏せカード2枚
    手札:3枚
 骨塚のLP:4000
     場:
    手札:5枚


「オレのターンだゾー! ドローッ!」
 勢いごんで、骨塚はカードを引き抜く。

 ドローカード:手札断殺

「……! よし、オレは手札から『手札断殺』を発動するゾ! コイツの効果により、互いのプレイヤーは、2枚ずつ手札を入れ替えるんだゾ!」


手札断殺
(魔法カード)
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、
デッキからカードを2枚ドローする。


 骨塚はほとんど考えずに、手札から2枚を墓地に捨てた。キースは少し考えた上で、2枚を墓地に置く。その後、互いに2枚を引きなおす。
(ヒヒ……オレのゴーストデッキは、墓地にモンスターが増えるほど、真価を発揮するんだゾ!)
 新たに引いた2枚を眺め、骨塚はニヤニヤと笑みを零す。
「さあいくゾォ! 続いて、オレは手札からモンスターを召喚するゾ! いでよ『ゾンビ・マスター』!」
 骨塚のフィールドに、一体のゾンビが喚び出される。
「そして早速、特殊能力を発動! 手札のモンスターを1枚捨てて……墓地のアンデットモンスターを特殊召喚するゾ!!」


ゾンビ・マスター  /闇
★★★★
【アンデット族】
このカードがフィールド上にで存在する限り、
手札のモンスターカード1枚を墓地に送る事によって、
墓地に存在するレベル4以下のアンデット族モンスター1体を
特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1800  守 0


 特殊能力の発動コストとして、骨塚は『龍骨鬼』を墓地に置く。
 『ゾンビ・マスター』が両手をかざすと、床の中から、何かが這い出てきた。
「ヒヒ……特殊召喚するのはコイツだゾ! いでよ『再生ミイラ』!!」
 這い出たミイラは立ち上がり、揺ら揺らと上体を揺らしながら、キースの方を見据える。


再生ミイラ  /闇
★★★★
【アンデット族】
相手がコントロールするカードの効果によって、
このカードが手札から墓地に送られた時、
このカードを墓地から自分の手札に戻す。
攻1800  守1500


「まだ終わりじゃないゾ! オレはさらに……墓地に存在する『馬頭鬼(めずき)』の特殊能力を発動ッ!!」


馬頭鬼  /地
★★★★
【アンデット族】
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。
攻1700  守 800


 キースの眉間に、僅かだが皺が寄った。骨塚はそれを見逃さず、気分が高揚する。軽やかな手つきで、墓地のカード2枚を抜き出す。
「『馬頭鬼』のカードを除外することで……オレは、墓地のアンデット一体を蘇生召喚できるゾ! 蘇生させるのは、レベル6の上級モンスター ――いでよ、『龍骨鬼』ィィッ!!」
 骨塚の宣言と同時に、『龍骨鬼』がその姿を現す。その攻撃力は2400――上級モンスターの中でも、比較的高い能力値。全身骨で覆われたそれは、その口元に、獰猛そうな笑みを湛えた。


龍骨鬼  /闇
★★★★★★
【アンデット族】
このカードと戦闘を行ったモンスターが戦士族・魔法使い族の場合、
ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する。
攻2400  守2000

キースのLP:4000
     場:可変機獣 ガンナードラゴン(守1000),伏せカード2枚
    手札:3枚
 骨塚のLP:4000
     場:龍骨鬼,再生ゾンビ,ゾンビ・マスター
    手札:3枚


「スゲェ……! 骨塚のヤツ、一気に三体もモンスターを並べやがった!!」
 リング上を見上げながら、本田が驚きの声を上げた。
 その隣にいる城之内の方は、何故だか顔色がよろしくない。
(骨塚のヤロー、相変わらず気味悪ぃモンスター使いやがるぜ……一回戦で当たらなくて良かったぁ〜)
 青い顔で、城之内はこっそり安堵の溜め息を吐いた。
「って言っても……安直にモンスター並べすぎだと思うけどね。キースの場にはリバースが2枚もあるのに」
 冷めた視線で、半ば呆れたように舞は漏らす。
「そうかな? 奇襲狙いは、そんなに悪くないと思うけど……」
 絵空はどちらかと言うと、感心組の方だ。
 デュエル開始直後は、デュエリストの警戒心が最も希薄になりがち――“奇襲”を仕掛けるには、打ってつけのタイミングだろう。
『(何にせよ、相手のリバース次第かしらね。リスキーだけど、仮に2枚ともブラフなら……)』
 天恵は中立派。“どちらとも言えない”という意見。
 仮にリバースが『ミラーフォース』のような全体破壊トラップなら、骨塚は一気に3体ものモンスターを失うこととなる――目も当てられない結果となるからだ。



 そしてそのことは、骨塚も承知の上でプレイしている。
(悔しいけどキースは、オレより格上のデュエリストだゾ! ならばイチかバチか――)
「――バトルッ! 『ゾンビ・マスター』で『ガンナードラゴン』を攻撃するゾ!」
 決死の表情で、攻撃指示を出す。
 ゾンビ・マスターは、その両掌から電撃を発し、キースのモンスター目掛けて撃ち放った。

 ――バヂチィィィッ!!

 キースの手は、動かない。ゾンビ・マスターの攻撃は、守備力1000のガンナードラゴンを易々と撃ち砕いた。
(……!! やった……!?)
 骨塚は一歩、勝利に近づいたことを確信する。ゾンビ・マスターの攻撃を憂慮なく通したことを踏まえれば、キースのリバースが少なくとも、全体破壊の攻撃誘発型トラップである可能性は低いからだ。
 残る攻撃可能なモンスターは2体――その攻撃力の合計値は、4200ポイント。
「2体の攻撃が通れば、オレの勝ちだゾ! いけぇ『再生ミイラ』っ!!」
 無人と化したキースのフィールドへ、ミイラは勢いごんで躍りかかる。
 同時にキースは、迷うことなく、場のリバースを発動した。
「リバースマジック! 『死者の生還』!!」
 思いもよらぬその正体に、骨塚は驚き目を見開いた。


死者の生還
(魔法カード)
このターン葬られたモンスターを1体だけ
攻撃表示で墓地から場に戻す。


「このマジックの効果により、『ガンナードラゴン』が“攻撃表示”でフィールドに舞い戻る!!」
 キースの言葉通り、破壊したばかりの重戦車が、再びフィールドに姿を現す。だがその真意を、骨塚はすぐには理解できなかった。
「ムッ……無駄だゾ! 『再生ミイラ』の攻撃力は1800! 攻撃力1400のモンスターなんて、時間稼ぎにしか――」
「――ソイツはどうかな?」
 キースはその口元に、うっすらと、勝利の笑みを湛えた。
「ガンナードラゴンのステータスが半減するのは、妥協召喚時のみ……。つまり特殊召喚時には、本来の力を発揮できる。飛翔せよ――ガンナードラゴンッ!!」
 次の瞬間、骨塚は度肝を抜かれることとなる。
 眼前にした重戦車に、巨大な、機械仕掛けの翼が生える。見るからに重そうなその体躯は、浮力を得、空へと飛翔したのだ。


可変機獣 ガンナードラゴン:攻2800
              守2000


「反撃だ、ガンナードラゴン! ガンファイア・キャノンッ!!」
 両肩の砲門、そして口の三箇所から、同時に砲撃が放たれた。

 ――ズドドドォンッ!!!

「!! うあ……っっ!!」
 上空からの砲撃を受け、再生ミイラは成す術なく爆散した。砲撃を終えると、ガンナードラゴンは地響きとともに着地した。見るからに重そうなその体躯では、やはり継続的に飛翔することは困難なのだろう。

 骨塚のLP:4000→3000

(ク……攻撃力2800だって……!?)
 骨塚は慌てて、自分の手札を確認した。
 キースのモンスターを突破できるカードは、残念ながら手札にない。自軍のモンスターを守るための、トラップカードも存在しない。
「……タ、ターンエンドだゾ……」
 苦虫を噛み潰したような表情で、骨塚は悔しげにエンド宣言した。


キースのLP:4000
     場:可変機獣 ガンナードラゴン,伏せカード1枚
    手札:3枚
 骨塚のLP:3000
     場:龍骨鬼,ゾンビ・マスター
    手札:3枚


(まっ、まだだゾ! まだオレのライフは3000も残ってる! 勝負はこれからだゾ!)
 骨塚は自身に言い聞かせる。しかしその額には、巧みに先手をとられたことによる、焦燥の汗が滲んでいた。
「……オレのターンだ……ドロー」
 やけに静かな様子で、キースはカードをドローする。

 ドローカード:オーバーロード・フュージョン

「……。オレはこのまま、バトルフェイズに入る。行け、ガンナードラゴン!!」
 キースの指示を聞くと、機械龍は再び飛翔し、攻撃態勢に移る。対象は『ゾンビ・マスター』、その攻撃力差は丁度1000ポイントになる。
(これでオレのライフは、早くも半分か……!!)
 1000ポイント分のダメージの衝撃に備えるべく、骨塚は身構えた。
 しかし予想外に、キースの右手が、一枚のカードを握っていた。
「次のターンはねえよ……マジックカード『リミッター解除』ッ!!」
 上空のガンナードラゴンが、巨大な咆哮を発した。


リミッター解除
(魔法カード)
このカード発動時に自分フィールド上に存在する
全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 可変機獣 ガンナードラゴン:攻2800→攻5600

 発動されたカード効果により、ガンナードラゴンの攻撃力は、限界を超えて引き出される。生物にあらざる存在だからこそ、可能な限界点突破――刹那、凄まじい爆発音とともに、骨塚の視界が閃光に侵された。

 ――ズギャァァァンッ!!!!!!

「うぎゃあああああっ!!!」
 骨塚は堪らず尻餅をついた。
 観客が沸く。神をも超える派手な一撃に、多くの人間が興奮を覚えた。

 骨塚のLP:3000→0


キースのLP:4000
     場:可変機獣 ガンナードラゴン(攻5600),伏せカード1枚
    手札:3枚
 骨塚のLP:0
     場:龍骨鬼
    手札:3枚


 何が起こったか分からない――そんな様子で、骨塚は呆然とキースを見上げていた。やがて審判から、彼の置かれた現状を伝えられる。

『一回戦第二試合、勝者――キース・ハワード!!』

 さして嬉しげな表情も見せず、キースは黙ってステージを降りる。それは骨塚の癪に障った。しかし、敗者たる彼には、キースに向けてぶつけられる言葉が、何一つ見当たらなかった。

「――やったぁ! さっすがパパ!」
 階下では、キースの子どもと思しき男の子が、我が事の様に跳んで喜んでいた。笑いかけることすらせず、無表情で、キースはその頭に左手を置いた。
「……客席に上がるぞ、マイク。その方が、くつろいで観戦できるだろ……」
 それだけ言うと、キースは手をどけ、歩き出す。“マイク”と呼ばれたその子は小走りに、嬉しげにその背を追いかけた。
 一瞬、キースの瞳が遊戯を睨んだ。
 その強い瞳に、遊戯はぞくりと、悪寒のようなものを感じる。デュエリストとしての本能が、以前にはない、今のキースの“特別な強さ”を感じ取った。
(二回戦で、ボクが闘うのはキース……か)
 得体の知れぬその“強さ”の根源をいぶかしみながら、遊戯は翌日の対戦に向け、気を引き締めた。



決闘68 贖罪の決闘

 観客席がざわついていた。
 それは、キースが前の試合、衝撃的な勝利を収めたことによるものではない――大会進行の異常事態によるものだ。
 デュエルリング上では、磯野を含めた黒服三名ほどが集まり、何やら相談していた。リング上にはもう一人、シン・ランバートが上っている。
 バトル・シティ大会本戦は、第三試合へと進んでいる。対戦カードは“シン・ランバートVSマリク・イシュタール”――しかし肝心の決闘者の片方が、この会場に姿を見せていなかったのだ。



「――オイオイ……どうしちまったんだ、マリクの奴?」
 城之内克也が発したその問いに、即答できる者はいなかった。
「マリクさん……って、そういえば、遊戯くん達の知り合いなんだっけ? バトル・シティの第一回大会で準優勝だった人だよね?」
 絵空の何気ない問いに、遊戯は首を縦に振った。
 絵空はマリクについて、遊戯たちから詳しい話を聞いたことがない――かつて彼が、グールズの首領であった事実も。遊戯たちは可能な限り、その事実を秘匿し、広めないようにしていた。
 故に、一般デュエリスト達にとって、“マリク・イシュタール”はあくまで“第一回バトル・シティ大会準優勝者”でしかない。半年前、友達となった絵空に対しても、それは伏せられた事実であった。ましてや、I2社員である月村浩一の前で、その話を気軽にするわけにもいかない。
 I2社にとっての彼は、会社に甚大な被害をもたらしたであろう“罪人”に他ならないのだろうから。

「――彼は本当に……この大会に、出場するつもりなのかい?」

 不意打ちのような月村の問いに、遊戯は振り返り、目を瞬かせた。
「あ……いや、何と言うか……」
 月村は口ごもると、バツが悪そうに口に手を当てた。
「……? 何か知ってるんですか?」
 遊戯のみならず、周囲の仲間全員の視線が月村に向かった。
 しまったな、と思いつつも、月村は冴えない口調でことばを紡ぐ。
「いや……申し訳ないが、詳しい事情は話せないんだ。ただ……私の聞いている情報が本当なら、“マリク・イシュタール”はこの場に現れないと思うよ」
 月村のその言葉に、全員の表情が曇った。それはどういう意味なのか――その真意を問う前に、デュエルリング上から、磯野の声が響く。


『え〜皆様! 大変ながらくお待たせいたしました! 協議の結果、第三試合の出場デュエリスト、マリク・イシュタール選手がこの場に現れない件について、誠に残念ではありますが――』
 磯野はそこで一拍置き、次の言葉を強調する。
『――マリク選手の不戦敗と見なします。よって、一回戦第三試合は勝者、シン・ランバート選手です!!』
 言い終わるや否や、観客のざわめきが増した。歓声など上がるはずがない、むしろブーイングが起こった。
 第一試合、第二試合と、良い感じで盛り上がり始めた空気が、一変して澱んだものとなる。
 磯野は堪らず眉をひそめた。磯野は今大会の運営委員長であり、重い責任も課せられている。自らに落ち度は無いとはいえ、このような事態は、自身の社内評価に響きかねないのだ。
(第二試合は早く終わったからな。もう少し待つという選択肢もあったが……)
 腕時計を確認し、磯野は悩む。
 バトル・シティ大会本戦は、2日間かけて行われる――初日に一回戦の8試合、二日目に二回戦以降の計7試合を。そして初日の今日は、午前中に4試合を消化する予定なのだ。
 一デュエルに見込んだ試合時間は約30分強――十時に開始された当大会は、4試合消化後の十二時過ぎに、いちどインターバルに入る予定だ。だが二試合目が早々に決着してしまったために、すでにスケジュールが前倒しになり始めていた。そんな状況で第三試合をスキップするのは、磯野にとって非常に頭が痛い。だがしかし、観客をいつまでも待たせるわけにもいかないのだ。
『では!! 早速、第四試合に移りたいと思います! エマルフ・アダンVS城之内克也! 両選手はステージ上へお願いします!!』
 そう言うと、観客の雑音も次第に収まり出した。
 下で城之内がギャーギャー騒いでいるようだったが、もはや気にしていられない。見て見ぬフリを決め込むことにした。
 磯野は一度マイクを下ろすと、腕組みして佇むシン・ランバートを見やった。
「そういうことですので……シン選手は不戦勝により、二回戦進出となります。どうぞステージをお下がりください」
「……ああ」
 シンは頷くと、その言葉に従い階段へ向かう。口元に、堪えきれぬ薄ら笑いを浮かべて。
(……よもやここまで来て、臆病風に吹かれて逃げ出すとはね……滑稽だな。“置き土産”が強烈すぎたかな?)
 ククッ、と声を漏らしながら、一段目を降りようとした――ちょうどそのとき。


「――待ってくださいっ!!」


 観客の喧騒にかき消されそうになりながら、一つの叫びが、辛うじてステージ上に届いた。
 シンの足は止まる。ステージ下、通路の出入り口付近で、見知った青年が肩で息をしていた。シンは一瞬、面食らったような顔をする――だがすぐに、充足の嘲笑で表情を満たした。
 一方で、同じステージに立つ磯野は、その青年の姿を視認した瞬間、困惑極まってしまった。その青年――マリク・イシュタールの不戦敗を、たった今宣言したばかりなのだ。今さら来られてしまっても、覆水は盆に返らない。
 観客も次第に、彼の一足遅い到着に気付き始めたようだった。恐らく観客の誰もが、第三試合の不戦勝決着など望んではおるまい――しかし審判の立場にある磯野にしてみれば、ルールは遵守せねばならない。ましてやほんの一分前の宣言を、都合よく撤回はできない。
 溜め息を一つ吐くと、磯野はマイク越しに言おうとする。
『あー……マリク選手。残念だがキミは――』
 だが次の瞬間、横から腕が伸び、磯野のマイクを掻っ攫った。
 驚き固まる磯野を無視し、腕の主――シン・ランバートは声高に宣言する。

『――上がれよ!! マリク・イシュタール!!!』

 怒号、それが会場中に響き渡った。
 シンは続けて、空いた右手で親指を立て、首を掻き切るような仕草をして見せた。見るからに挑発的な笑みとともに。
「おっ……おい! ちょっと……!」
 磯野がその行為を窘(たしな)めようとすると、シンは無頓着にマイクを放り返した。
「対戦相手がこう言ってるんだ……全く問題ないだろう?」
 半ば脅すような視線で、シンは磯野を睨んでみせる。磯野は言葉に詰まると、優れない表情で客席を見回した。
 今のシンの宣言が火を点け、客達は盛り上がり始めていた。ここで再び中止を宣言すれば、自分は間違いなく大非難を浴びるだろう。少し悩んだ末に、冷や汗をかきながら、磯野は躊躇いがちに言い直した。
『えっ……えー。そ、それでは、シン・ランバート選手の了承も得られましたようですので……特別に! 特別に、先ほどの宣言を撤回し、第三試合を行いたいと思います。マリク・イシュタール選手! 至急リング上へお願いします!』
 言い終わるや否や、賞賛の歓声が上がった。わざわざ金を払って上級者同士のデュエルを観戦しに来た彼らにしてみれば、その宣言に反対する理由などあるハズがないのだ。


 マリクはほっと、安堵の息を吐くと、改めてデュエルリングを見上げた。
 シン・ランバート――今からおよそ三年前、グールズ結成時に“闇のゲーム”を行った相手。そのときのことは、今でも良く覚えていた――忌まわしいその記憶、犯してしまったその“罪”に、マリクの表情は必然的に陰る。
「――おいっ、マリクッ!」
 城之内の呼び掛け。その方向を向くと遊戯たち、バトル・シティで出会えた沢山の“仲間”達の姿があった。
 その姿に、緊張したマリクの精神は自然と和らぐ。
(変わったな……ボクも)
 心の中で苦笑した。三年前の自分に想像できたろうか――自分が今、こんなにも多くの“絆”に繋がれることを。“千年杖”の力で“駒”を作り、“復讐”に囚われ続けたかつての自分に。
(だからこそボクは……決着をつけなきゃいけない!)
 遊戯たちに小さく頷いてみせると、マリクは地を蹴り、デュエルリングを目指す。リング両端に備えられたエレベーターは使わず、数十段ある階段を一気に駆け上がる。


「どうしたのかな……マリク君、何だか思い詰めたような顔してたけど?」
 獏良が問うが、やはりその答を知る者はいない。
 いや、正確には一人だけ――月村浩一だけは、この第三試合を行う、二人の因縁に心当たりがあった。


 マリクが壇上に着いたとき、二人は自然と睨み合っていた。硬い表情のマリクと、嘲笑混じりに余裕顔のシン――その表情は、見るからに対照的だった。
「……“あの時”と正反対……だな」
 シンがポツリと呟く。
「三年前の“あの時”……俺はきっと、今のお前みたいな顔をしていたんだろうなぁ?」
 気味が悪い程の笑顔で、シンはマリクに同意を求める。その語調には明らかに、彼の“宿怨”の念が込められていた。
 審判の磯野に指示を受け、二人はすみやかにデッキ交換し、シャッフルを始める。
 リングに上がってから、マリクは一言も発さなかった。挑発的な笑みをぶつけてくるシンに対し、マリクは動じず、黙々とシャッフルを続ける。
「――“置き土産”は気に入ってくれたかい……マリク?」
 しかしシンのその一言に、マリクの手は止まった。
 “置き土産”――その言葉が指す意味を、マリクは理解していた。
 二日前、大会予選終了後に、“ルーラー”の構成員から引き渡されたもの――傷だらけで意識を失った、リシド・イシュタールの身柄。
「逃げずに現れたことは褒めてやるよ……だが、浅はかだな。すぐに後悔させてやるよ……このデュエルでな」
「……! 約束は……忘れていないだろうな?」
 シャッフルしたデッキを突き出すと、マリクは努めて冷静に、目の前の男に確認した。
 シンはその様子に、少しつまらなそうな顔をした。だがすぐに「ああ」と返し、言葉を続ける。
「万が一、貴様が勝利した場合には……“ルーラー”の活動一切を停止し、解散させる。それで満足なんだろう?」
「……ああ」
 マリクは強い瞳で、はっきりと首肯してみせた。その様子を見て、シンは内心ほくそ笑む。
(もっとも今の俺に、そんな権限ありはしないがな……)
 約束を守るつもりなど、毛頭ありはしなかった。
 シンがこの大会に出場する目的は、たった二つだけ――“過去への復讐”と、“未来への証明”。その前者の目的が、今まさに果たされようとしている。
「あくまで勝つ心積もりか、マリク……? クク。その鼻っ柱、5分でへし折ってやるよ」
「…………」
 シンの手からデッキを奪い、マリクは盤に、それをセットした。
 そして振り返りざまに――意味ありげに呟く。

「――“魔神”のカードを使って……だろう?」

 そのたった一言に、シンは大きく反応した。
 しかしマリクは立ち止まらず、黙々と歩き、デュエル開始の所定位置につく。
(コイツ、“魔神”の存在を知っている……!? どうして……)
 余裕と憎悪しか無かったシンの笑みに、初めて“焦燥”が混じった。
(“魔神”の直撃を見舞ったんだ……リシドが目覚めたとは考えにくい。予選中、第三者にスパイでもさせていたのか!?)
 焦りは警戒を誘発し、シンの表情もわずかに硬くなった。
 だがそれも、所詮はわずかなもの――思考はすぐに、余裕を取り戻した。
(まあいいさ……知っていようがいまいが、関係ない。今のヤツは“神”を持っていないハズ……俺が負ける要素など、あるハズがない!)
 思考にピリオドを打ち、シンもまた所定の位置へ着いた。
 それを確認すると、磯野は咳払いを一つし、叫ぶ。
『――それではっ!! 一回戦第三試合、シン・ランバートVSマリク・イシュタール――デュエル開始ィィィッ!!!』

 同時に二人は勢い良く、気合十分に、5枚のカードを引き抜いた。


 シンのLP:4000
マリクのLP:4000


「俺の先攻だぁ!! 俺はまず、コイツを召喚する――『暗黒のミミック LV3』! 守備表示!」
 シンのフィールドに、奇妙な装飾をした宝箱が出現する。どうやら生物らしく、装飾と同化した目玉がギョロギョロと蠢いていた。
「さらにカードを1枚セットし、ターンエンド!」


暗黒のミミック LV3  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって墓地に送られた場合、
このカードのコントローラーはデッキからカードを1枚ドローする。
このカードが「暗黒のミミック LV1」の効果によって
特殊召喚されている場合はカードを2枚ドローする。
攻撃力1000  守備力1000


(低ステータスのモンスターを守備表示……まずは様子見のつもりか?)
 マリクはシンの出方を窺いながら、慎重にカードを引く。

 ドローカード:ヒューマノイド・スライム

「いくぞ、まずはこのカードだ! 『地獄詩人ヘルポエマー』を攻撃表示!!」


地獄詩人ヘルポエマー  /闇
★★★★
【悪魔族】
ヘルポエマーが死を迎えた時
相手の墓地に眠り
地獄の詩を唄う
攻2000  守1200


「へえ……レベル4で攻撃力2000か。なかなか上等なモンスターじゃないか」
 シンが嘲笑混じりに茶化す。しかしマリクは構わず、そのまま攻撃宣言に入った。
「ゆけ、ヘルポエマー! 暗黒のミミックを破壊しろ!!」
 ヘルポエマーは躍りかかると、ミミックに「地獄の唄」を聴かせる。
 ミミックは苦しみ出すと、すぐに爆散し消滅した。
「ふん……だがこの瞬間、『暗黒のミミック』の効果が発動! カードを1枚ドローする!」
 シンの手札が、再び5枚に増える。
「……! ボクはこのまま何もせずに……ターンを終了する」


マリクのLP:4000
     場:地獄詩人ヘルポエマー
    手札:5枚
 シンのLP:4000
     場:伏せカード1枚
    手札:5枚


(リバースカードを出さないとはね……舐めているのか?)
 シンはわずかに顔をしかめ、デッキへと指を伸ばす。
「俺のターンだ! 俺は続いて、コイツを召喚する――『デーモン・ソルジャー』! 攻撃表示!!」


デーモン・ソルジャー  /闇
★★★★
【悪魔族】
デーモンの中でも精鋭だけを集めた部隊に所属する戦闘の
エキスパート。与えられた任務を確実にこなす事で有名。
攻1900  守1500


 マントを翻し、好戦的そうな形相をした、痩身のデーモンが現れる。
「コイツの攻撃力は1900、貴様のモンスターには及ばない。だが――」
 シンはすかさず、手札の1枚に指を伸ばした。
「装備カード『デーモンの斧』発動! コイツを『デーモン・ソルジャー』に装備させる!!」


デーモンの斧
(装備カード)
装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードがフィールドから墓地に送られた時、
モンスター1体を生け贄に捧げればデッキの1番上に戻る。


「クハハ……コイツは、対象の攻撃力を一気に1000も引き上げる装備カードだ! これで攻撃力は2900……クク、最上級モンスター並みってわけだ!」
 片手斧を掴み、デーモンの戦士は身構えてみせた。

 デーモン・ソルジャー:攻1900→攻2900

(マリクの場にリバースはない……何の躊躇いもなく攻められるよ!)
「ヘルポエマーを破壊しろ! アックス・スラッシュッ!!」

 ――ズシャァァァッ!!!

 反撃のヒマすら与えずに、デーモンはヘルポエマーを袈裟に両断した。
「ク……!!」
 先手を奪われ、マリクはわずかに顔を歪める――ほんの、一瞬だけ。

 マリクのLP:4000→3100

(……かかったっ!!)
 それはマリクの狙い通り。斬り裂かれたヘルポエマーの身体から、半透明の霊体が飛び出した。
「!? 何っ!?」
 シンは咄嗟に左腕を突き出し、それに対して身構えた。しかし、それが元より狙うのは、シンの左腕の決闘盤――その墓地スペースへと潜り込む。
 ワケが分からず取り乱すシンに、マリクは悠然と解説を加えた。
「……『ヘルポエマー』の特殊能力だ。このモンスターは戦闘破壊されたとき、相手の墓地に眠る……」
 マリクはシン目掛け、そのカードを投げ渡す。
 シンはそれを受け取ると、数秒の逡巡の末、仕方ないといった様子で墓地スペースに置いた。
「そして、お前のバトルフェイズ終了時――特殊能力が発動する!」
 シンの決闘盤から、白く不気味な腕が生える。それは素早く動き、シンの手札1枚を掠め取った。
「!! なっ……」
 4枚あった手札が3枚に減る。奪われたカードはそのまま、彼の墓地へと置かれてしまう。
「……墓地のヘルポエマーは、毎ターンのバトルフェイズ終了時、コントローラーの手札1枚を破壊する」
「毎ターンの手札破壊……だと!?」
 シンの表情に、露骨に動揺が浮かんだ。
 手札のカードは、決闘者が戦術を組み立てる上で不可欠なもの――この効果が、今後の展開に大きく響くものであることは、上級決闘者ならずとも分かるだろう。
「…………。クク……いいだろう、ちょうどいいハンデだ。すぐに地獄を見せてやるよ。三年前の復讐……俺様の“魔神”の力でなぁ!!」
 憎悪の表情でマリクを睨みつける。
 しかしマリクは怯まず、その視線を真っ向から受け止めた。
(“復讐”か……まるで昔の自分だな)
 マリクは思う。眼前のシンの姿が、かつての自分とダブって見えた。
(父の仇、墓守の運命……ファラオへの“復讐”という名目のもと、多くの人を傷つけてきた)
 シンのエンド宣言を聞き、マリクはゆっくりと、デッキに指を伸ばす。
(だからこそ……このデュエルには、勝たねばならない。せめてもの償いに……シン・ランバートを倒し、“ルーラー”を終わらせる。“グールズ”を率いた者の責任として……せめてものケジメをつける!)
「ボクのターンだ! ドローッ!!」
 マリクは気合いっぱいにカードを引き抜いた。
 それを含め、6枚のカードに目を通すと、迷わず3枚を選び取る。
「『ヒューマノイド・スライム』を攻撃表示! さらに『融合』発動――手札の『ワームドレイク』と融合! いでよ『ヒューマノイド・ドレイク』!!」


ヒューマノイド・ドレイク  /水
★★★★★★★
【水族・融合】
「ワームドレイク」+「ヒューマノイド・スライム」
攻2200  守2000


「いくぞシン・ランバート……! ボクはこの一戦に、ボク自身の全てを賭ける! 必ずお前に勝利してみせる!!」
 自慢の上級スライムを喚び出し、マリクは強気に見得を切ってみせた。


マリクのLP:3100
     場:ヒューマノイド・ドレイク
    手札:3枚
 シンのLP:4000
     場:デーモン・ソルジャー(攻2900),デーモンの斧,伏せカード1枚
    手札:3枚



決闘69 屍(かばね)の呪い

 ――今より、三年ほど昔の話。

 “ルーラー”のカリスマ、ガオス・ランバートの失踪――それは組織内に、かつてない大きな動揺を与えていた。
 臨時に代理を任されたシン・ランバートは、当時16歳。各国に支部を持つ巨大地下組織の首領としては、あまりに幼く非力。何より信用が足りなかった。
 統率力は失われ、組織を抜ける者も増えた。自らの私益のため、組織を利用する不穏分子も現れる。
 ガオス・ランバートは戻らず、その息子のシン・ランバートは“お飾り”のリーダーとしてさえ不足――組織は自然瓦解し、存続の危機に立たされていた。

 そんなときに、“彼”は現れたのだ。その少年はある意味で、組織の“救世主”とも呼べたかも知れない。


「――キミがシン・ランバート……この組織のトップかい?」
 それはシン・ランバートにとって、一生忘れられない“屈辱”の夜だ。
 シン・ランバートはその夜、“ルーラー”支部の一つ、ある建物の地下室内にいた。戻らぬ父に焦燥を覚え、思うままにならぬ組織に苛立ちを覚え――そんなとき、何の前触れもなく“彼ら”は姿を現したのだ。
 音もなく侵入し、背後から肩を叩かれた。シンは驚愕とともに、その手を振り払い、そこで初めて二人の風貌を視認した。

 一人は、シンよりも幼いだろう、背の低い中東系の少年。もう一人は、シンよりも恐らく年上の、ガタイの良い辮髪の青年だった。

(何だ……どこから入って来た!? この部屋に来るまで、何人も見張りがいたはずだぞ!?)
 シンは一種の、恐慌状態に陥った。二人の着衣には、争ってきた形跡がまるで見られない――どうやってこの部屋に足を踏み入れたか、見当がつかない。
 そんなシンの様子をほくそ笑みながら、少年は言う。
「話は聞いているよ……キミじゃあ統制できないんだろう? この組織」
 おもむろに、少年は装束の中から、黄金の錫杖を取り出してみせた。その先端には、シンも見たことのある紋様――ウジャト眼が刻まれている。
「光栄に思いな……ボクが使ってあげるよ、この組織。ボクの復讐を果たすためにね……」
 ウジャト眼が輝く。その超常現象に、シンは思わず身構えた――しかし、特に何も起こらない。
「……? へえ……驚いたな。“千年ロッド”の効かない人間が、リシド以外にもいたなんて。なるほど、他の下っ端連中とは一味違うらしい」
 訳の分からぬシンに対し、少年はあくまで余裕顔で、上段から言葉を続ける。
「本当はキミも“駒”にしてあげたかったんだけどね……効かないんじゃ仕方ない。洗脳できないヤツなんて、不安要素にしかならないし……」
 錫杖が再び、輝きを見せる。
 今度は先ほどとは違う――杖のウジャト眼が闇を吐き出し、三人の周囲を覆っていく。
「キミ……M&Wは出来るんだろう? チャンスをあげるよ。もし万一、ボクに勝てたなら……見逃してあげるよ。“賭け金(ベット)”はキミの命だけどね」
 クスクスと薄笑いを漏らし、少年はデッキを取り出した。
「実験台になってもらおうか……“神のデッキ”の。ボクが考案した最強コンボ“ゴッド・ファイブ”の生け贄にね……」


●     ●     ●     ●     ●     ●     ●


マリクのLP:3100
     場:ヒューマノイド・ドレイク
    手札:3枚
 シンのLP:4000
     場:デーモン・ソルジャー(攻2900),デーモンの斧,伏せカード1枚
    手札:3枚


「どうしたんだマリクのヤツ……? すげえ気合い入ってんじゃねえか」
 リング上で繰り広げられるデュエルを見て、本田はそう感想を漏らした。デュエリストではない彼にも、今のマリクの意気込みは十分に伝わってきている。
「あの二人、顔見知りみたいじゃない? お互い、名前を呼び合ってたし……」
 状況が今ひとつ掴めないながらも、杏子はそう推測した。
「まっ、何はともあれマリクを応援してやろうぜ! オレ達の“仲間”なんだからな!」
 そう言って、城之内はマリクに声援を送った。



「――ふん……融合召喚により、上級モンスターを場に出したか。だが、その攻撃力も2200どまり……俺の『デーモン・ソルジャー』の敵じゃあない」
 上級モンスターを前にしても、シンの余裕は崩れない。
「……まだだ。ボクはエンド宣言前に、リバースカードをセットしておく。ターン終了だ」
 『ヒューマノイド・スライム』に隠れるように、伏せカードが1枚置かれた。
(トラップカードか……? ずいぶん露骨にセットしやがる)
 シンは一瞬、眉を顰め、デッキから1枚をドローする。

 ドローカード:ジャイアント・オーク

 ドローカードを手札に加え、手札4枚を眺めながら、シンは暫し思考した。
(マリクが俺の墓地に送った『ヘルポエマー』は毎ターン、俺の手札を破壊しやがる……かなり面倒なカードだ。破壊対象はランダム、何を破壊されるか分からない……)
 シンの現在の手札は、モンスターカードが3枚に罠カードが1枚――バランスが良いとは言い難い。場に伏せたトラップカードはブラフ、この状況では何の役にも立たない。
(手札のトラップは、相手攻撃モンスターを破壊できる『炸裂装甲(リアクティブアーマー)』。本来ならばコイツも伏せ、様子を窺いたい場面だが……)
 シンが現在手にする、3枚のモンスターカードのうちの1枚――それが大きなネックとなっていた。
 それはシンにとって、“どうしても捨てられたくない切札”。安易にトラップを伏せて手札を減らせば、それを手札破壊される確率は高まる。
(クソッ! マリクの野郎、面倒なカードを使いやがって!)
 シンは苛立ち、マリクを睨んだ。彼の場には、リバースカードが1枚だけ。
「フン、そんなブラフに引っ掛かるかよ! ゆけ『デーモン・ソルジャー』!!」
 デーモンは斧を振りかぶり、攻撃体勢に入る。それと同時に、マリクの右手も動いた。
「ブラフじゃないさ……リバースオープン! 『砂塵の大竜巻』!」


砂塵の大竜巻
(罠カード)
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を
破壊する。破壊した後、自分の手札から
魔法か罠カード1枚をセットする事ができる。


「このカードの効果により……装備カード『デーモンの斧』は破壊させてもらう!!」

 ――ビュォォォォッ!!

 カードの発した竜巻が、デーモンの持つ斧を的確に弾き飛ばした。これにより、デーモンの攻撃力は大幅に減少――『ヒューマノイド・ドレイク』を下回る。

 デーモン・ソルジャー:攻2900→攻1900

「迎撃しろ! ヒューマノイド・ドレイク!!」
 マリクのスライムモンスターが、水のブレスを吐き出し、デーモンを打ち砕く。

 ――ズガァァァッ!!!

「!! ぐぅっ!?」
 シンはたまらず身悶える。物理的衝撃ではなく、精神的ダメージによって。

 シンのLP:4000→3700

「……さらに、『砂塵の大竜巻』のもう一つの効果で、カードを1枚セットする。そしてお前のバトルフェイズ終了時、ヘルポエマーの能力が発動する!」
 不意打ち気味に、シンの決闘盤に腕が生え、手札1枚を奪い取る。
(!! クソッ『炸裂装甲』を!?)
 シンに残された手札はこれで、3枚のモンスターカード。
 レベル3、レベル4、レベル10が1枚ずつ。
「ならばっ! 『ジャイアント・オーク』を召喚し、ターン終了だ!」
 巨漢のオークが喚び出される。その攻撃力は2200ポイント――『ヒューマノイド・スライム』と並ぶ数値。この戦況では、なかなか好ましい壁モンスターだろう。


ジャイアント・オーク  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備
表示になる。次の自分のターン終了時までこのカードの表示
形式は変更できない。
攻2200  守 0


 だがしかし、早々にシンの余裕は消えてしまった。
 シンは元来、逆境に強いタイプのデュエリストではない。加えて今回は、デッキに投入された“三枚”のカードに心理的依存をし過ぎていた――それはシンの戦術レベルを、ある意味で低下させていた。
 “このカードさえ出せれば勝てる”――そういった潜在意識は、彼本来のデュエリストレベルを大きく制限してしまう。


マリクのLP:3100
     場:ヒューマノイド・ドレイク,伏せカード1枚
    手札:1枚
 シンのLP:3700
     場:ジャイアント・オーク,伏せカード1枚
    手札:2枚


(……リバースカードを出さない、か……)
 熱くなるシンとは対照的に、マリクは冷静にその様子を観察した。
(ヘルポエマーの手札破壊は、墓地に存在する限り、毎ターン継続する。対抗策があるとすれば、手札を0枚にすることだが……)
 手札を0枚にしてしまえば、もはや手札破壊は意味を成さない。つまり、手札のカードを全て場に出してしまえば、とりあえずの対策にはなる。
(魔法・罠を場に出さないということは……可能性は2つ。手札にモンスターしかないか、あるいは……手札に、どうしても捨てられたくない上級モンスターがいるか!)
 確信めいた直感が、マリクの頭に閃いた。
 間違いない、十中八九“魔神”のカードはすでに、シンの手札の中にある――マリクはそう推理した。
「ボクのターン! リバースカードを2枚セットし――バトルフェイズ!」
 これでマリクの手札は0枚。しかし構わず、攻撃宣言に入る。
「ヒューマノイド・ドレイク! ジャイアント・オークを攻撃だ!!」
 スライムが再び、水のブレスを撃ち出す。しかしオークも黙ってはいない――とっさに、手に持つ巨大骨棍棒を投げつけた。

 ――ズガァァァッ!!!

 ――ドゴォォォッ!!!

 互いの攻撃はともに命中――相撃ちとなり、相殺される。
 これで、互いのモンスター数は0となる。一見したところ互角――だが、マリクの腕が盤に伸びた。
「この瞬間、ボクの場のモンスターの総攻撃力はゼロとなった……! リバーストラップ発動! 『遺言の札』!」


遺言の札
(罠カード)
自軍のモンスターの攻撃力が0になったときに発動
手札が5枚になるようにカードを引く


「……手札増強カードだと……!」
 悔しさから、シンはギリギリと歯を食い縛った。『ヘルポエマー』の効果で毎ターン手札破壊されるシンにしてみれば、喉から手が出るほど欲しいカードだ。
「ボクの手札は0枚。よって、新たに5枚をドローする!」
 マリクは一気に5枚を引き抜くと、その中からモンスターを選び出す。
「『ギル・ガース』を攻撃表示で召喚し、ターンエンド!」
 マリクの場に、攻撃力1800を備えたモンスターが喚び出される。鋼鉄の鎧に身を包み、大刀を携えたマシーンモンスター。レベル4以下としては、強力なモンスターと言えるだろう。
(勝てる……! このデュエル、このまま押し切ることができる!)
 マリクは自身の優位を確信した。『遺言の札』の発動により、カードアドバンテージ差を大きく付けた。場の状況も優勢と言える。
(唯一懸念すべきは、シンの手札の『魔神』だが……召喚の生け贄は揃えさせない! 手札に腐らせておけば、不安要素は何もない!)
 自分がかつて所持していた“三幻神”と同じこと――どれほどの能力を持っていようと、場に出せないなら意味がない。出させなければ怖くはない。
(愚かだな、シン・ランバート……使えない切札に固執し、自滅を選ぶとはね)
 マリクの心に、わずかな余裕が生まれた。


マリクのLP:3100
     場:ギル・ガース,伏せカード2枚
    手札:4枚
 シンのLP:3700
     場:伏せカード1枚
    手札:2枚




「――なるほど……その理解は正しい」
 ガオス・ランバートが呟く。
 その額にウジャトを輝かせ、冷たくリングを見下ろしている。
「今現在、アレの手札に眠る“魔神”は、『ラーの翼神竜』のような、墓地埋葬後に真価を見せる“神”ではない。ヘルポエマーの能力で手札破壊してしまえば、恐るるに足りぬ。だが――」
 マリクの思考を見越し、その上でガオスは嘲笑う。
「マリク・イシュタールよ……貴様も知るのであろう? “神”を。“神”は全てを超越する……場に出してしまいさえすれば、大抵の小細工は無力と化す。それが“神”」
 マリク・イシュタールには一つ、大いなる誤算がある。
 “神”とはすなわち、全てを蹂躙し得る存在。
 場に出させなければ怖くはない――では、出されてしまったら?
 逆に言えばこういうことだ。如何なる代償を払おうとも、出してしまいさえすれば――?
(もっともアレ如きに、そのためのカードを引ければの話だがな……)
 ガオスは笑み一つ見せず、むしろ詰まらなげに、2人のデュエルを見下ろしていた。

 こんなデュエルになど、何の価値も無い――そう言わんばかりに。




「おっ……俺のターンだっ!」
 シンは背中に冷や汗をかいていた。ゲームの形勢が不利なこともあるが、焦燥の最大の理由は『ヘルポエマー』による手札破壊。
(手札の“魔神”を破壊されれば、逆転の芽は無くなる……! 何とかしなければ!)
 険しい表情でカードを引く。
 そして、そのドローカードを視界に入れた瞬間――その顔色が、露骨に変化した。

 ドローカード:生け贄の儀式

「……!! クッ、ククッ、クハハッ……」
 堪えきれぬ感情が、シンの口から零れ出す。
「ハハハハッ……ハハハハハハハハッ!!!」
 マリクは目を丸くした。突如発せられた高笑いに、当然の警戒心が沸く。
(何だ……!? 何を引いた!?)
 シンが何らかの、好都合なカードを引いたのは明白だった。
 しかし、シンの場にモンスターは0体――ここからどうするつもりなのか、皆目見当も付かない。
「クククッ……いやあ失礼。待ち望んでいたカードが、やっと手札に来てくれたもんでね……」
 引いたばかりのそのカードを、そのまま盤に叩きつける。
「さあ、始めようか……魔法カード『生け贄の儀式』発動ォ!!」


生け贄の儀式
(魔法カード)
手札のモンスターカードを1枚選択する。
デッキの上から、選択したモンスターのレベルと
同じ枚数分のカードを墓地に送る。
このターン、選択したモンスターを生け贄なしで通常召喚できる。


「このカードの効果により、まず……手札のモンスター1枚を選択する。俺が選択するのは、レベル“10”のモンスター。よって――10枚のカードを、デッキから墓地に送る!」
「!? な、何だって!?」
 マリクは両目を見開いた。
 レベル10――それはすなわち、“神”と同等のレベル数。
(しかも、10枚ものカードを墓地に……!? いったい何のつもりだ!?)
 シンはニタニタと笑みを浮かべながら、デッキを10枚めくり、その内容を一瞥する。
(モンスターカードは4枚……か。まあこんなものか)
 軽く舌打ちした上で、惜しげもなく墓地へ捨てる。
「そしてこれにより、俺はこのターン――レベル10のモンスターを、“生け贄なしで”通常召喚することが許される!!」
「!! な……っ!?」
 その瞬間、マリクは言葉を失ってしまった。
 ここまでのデュエル展開で、マリクはシンの場に生け贄モンスターが揃わぬよう、気を遣いながらプレイしてきた――それを嘲笑うかのような、予想の斜め上をいく召喚方法。
(こいつ……ハナから、マトモに生け贄を揃えるつもりなんてなかったのか! コストを厭わぬ強力なマジック・トラップカードを駆使した“速攻召喚”が狙い……!!)
 “魔神”の召喚を阻止し、速攻で決着をつける――それが当初のマリクの狙い。その狙いは一枚の魔法カードにより、あっさりと崩れ去ってしまった。
(ボクにはもう、シンの上級召喚を止める手立てはない……! こうなった以上は、召喚後の“魔神”を倒すしかない!)
 だがすぐに、マリクは思考を切り替え、覚悟を決めた。
 レベル10――そのレベル数から察するに、相当以上に強力なモンスター。それに対峙する覚悟を。
「クハハッ……さあ、刮目しろ。恐怖しろ――」
 わざと緩慢な動作で、シンはそのカードを盤にセットする。
 その刹那――リング上の空気が、明らかな変貌を遂げた。

「――魔神『カーカス・カーズ』」

 ――ドクンッ!!!


CARCASS CURSE  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/X000  DEF/X000


 ――ズォォォォォォォォッ……!!!!!

「な……何だ!?」
 眼前の光景に、マリクは戦慄を覚える。
 シンの決闘盤から、禍々しい気配を帯びた、大量の黒煙が溢れ出る。それはやがて、1つの巨大な個体を形どる。
「バカな……!! まさかこれは……!?」
 驚愕するマリクを前に、シンは心底満足げに微笑んでみせた。
「良く似ているだろう、マリク……? 貴様が3年前――俺を殺し損ねた“神”と!」
 気体は“龍”を形成した。蛇のように長い胴を持つ、暗黒色の東洋龍。
 それは、凄まじい“神威”を発し、マリクの全身を貫く。
(バカな……この圧倒的な威圧感! まさかこのカードも……“神”だとでもいうのか!!?)
 マリクは改めて、その“魔神”――『カーカス・カーズ』を観察した。発される“神威”と、胴長の龍体――嫌でも彷彿とさせた、『オシリスの天空竜』を。
 もっともその顔には、オシリス最大の特徴とも言える“第二の口”はなく、顔の造形も異なる。発せられる“神威”さえなければ、“少し似ている”で済まされるレベルだろう。
「クハハ……どぉだぁ? これは貴様の持っていたオシリスと、対となる“魔神”……俺の一番のお気に入りだぁ!!」
「オ、オシリスと……対……!!?」
 信じられないといった様子で、マリクは呆然と、その暗黒龍を見上げた。
 シンは嘲笑を漏らした後、その目を覚まさせるかの如く、驚愕の説明を続ける。
「貴様のオシリス同様……この“神”の攻撃力も、“あるカード”の枚数により攻撃力が変動する。そのカードとは……クク、クハハ……あんな貧弱な神とは、比べ物にならないぞぉ?」
 心底愉しげに、これ以上ない嘲笑とともに、シンはその事実を伝える。
「『屍の呪い(カーカス・カーズ)』は、俺の墓地に眠る“死骸”どもの“怨嗟(えんさ)”の集合体……“死骸”が多ければ多いほど、その“怨嗟”は増し、攻守が増す。すなわち――“プレイヤーの墓地のモンスターの数”×1000ポイントが、その攻撃力となる!!!」
「!!? バカな!? そんなことが――」
 マリクの瞳が、この上なく見開かれた。
 今、シンの墓地にあるモンスターの数――少なくとも、3枚や4枚どころの話ではない。
「ああ……教えてやるよ。俺の墓地のモンスターは“8枚”――つまり、『カーカス・カーズ』の攻撃力は……8000ポイントだ!!!」


カーカス・カーズ  /神
★★★★★★★★★★
【幻神獣族】
このカードは、召喚ターンに攻撃することができない。
Xには自分の墓地に存在するモンスターカードの枚数が入る。
戦闘時、自分の墓地のモンスターカード1枚をゲームから除外する。
(ただし、]の最大値は「9」とする)
攻X000  守X000


 カーカス・カーズ:攻8000
          守8000


「こ……っ、攻撃力……8000……!??」
 マリクは無意識に後ずさる。今、マリクの場に出ている『ギル・ガース』の攻撃力は1800――レベルが違いすぎる。いや、そもそも“三幻神”として畏敬される『オベリスクの巨神兵』の攻守でさえ4000ポイントどまりなのだ。その数値の、悠に“倍”をいってしまっている。
(信じられない……これが“魔神”!? “三幻神”に匹敵どころか、ヘタをすれば――)
 平静さを欠くマリクに、シンはニヤニヤと笑い、説明を続ける。
「だが安心しな……『カーカス・カーズ』は、召喚ターンの攻撃が許されない。つまりこのターン、お前がその攻撃を受けることは――」
 シンは話しながら、盤のリバースカードに指を伸ばす。
「――あったらどうするぅ?」
 何でもないように、それを発動してみせる。


速攻付与
(罠カード)
対象モンスター1体はこのターン
「速攻」の能力を得る。


「クハハ! このカードの効果により、『カーカス・カーズ』は「速攻」の能力を得た!! それにより、このターンの攻撃も可能となる!!!」
「!! な……っ!!?」



マリクのLP:3100
     場:ギル・ガース,伏せカード2枚
    手札:4枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000)
    手札:1枚


「ああ……爽快だよマリク。三年前の俺とのデュエル、貴様もこんな気分だったんだろうなぁ……!?」
 湧き上がる快感に身を震わせ。シンは高らかに言い放つ。
「ゆけ……『カーカス・カーズ』よ! 我が恨みの念とともに――その一撃で、亡者の“呪い”を鎮めてみせろ!!」
 黒龍はアギトを開くと、その先に、暗黒のエネルギーを練り出す。全身エネルギー体であるその“魔神”は、砲撃時、自身の身体の一部を糧とする――それ故に、攻撃力がわずかに鈍る。だがそれも、全体としてみれば微々たる量に過ぎない。

 カーカス・カーズ:攻8000→攻7000

「『カーカス・カーズ』の攻撃――“呪魂砲−カーシド・フォース−”ッ!!!」


 ――ズドォォォォォォォンッッ!!!!!!!

 黒龍の吐き出す暗黒のブレスが、マリクのモンスターを撃ち砕いた。



決闘70 パワー勝負!

「何だよ……これは……!?」

 三年前――シン・ランバートとマリク・イシュタールの間で行われた“闇のゲーム”。

 当時は、決闘盤を用いたようなソリッドビジョンシステムは開発されておらず、テーブル上にカードを置き、ゲームが行われていた。
 ゲーム内容は当然、M&W。“ルーラー”の今後を賭けたゲームとしては、この上なく相応しいセレクトだろう。

 “千年杖”の力により始められたそれは、各モンスターに実体を与え、プレイヤーの魂を試す。精神力の強さ――それこそが、闇のゲームで最も強く問われるもの。心弱き者は思考を乱され、まともな判断を下すことすらままならない。
 そしてその時まさに―― 一人のデュエリストの精神は折られ、ゲームに決着がつこうとしていた。


マリクのLP:2700
     場:オシリスの天空竜,リバイバルスライム,生還の宝札,無限の手札,ディフェンド・スライム
    手札:9枚
 シンのLP:200
     場:
    手札:1枚


「キミも意外と粘ったけど……この辺りで終幕かな?」
 クスクスと、マリクは侮蔑の笑みを零す。
 シンは震える手で、たった1枚の手札を握っていた。そして恐る恐る、それをテーブルへと置く。
「デ……『デーモン・ソルジャー』を……守備表……示……」
 シンが言い終わるよりも早く、マリクは愉快げに宣言する。
「その瞬間、ボクの『オシリス』の能力が発動する――“召雷弾”!」

 ――ズドォォンッ!!

 実体が現れるのとほぼ同時に、『デーモン・ソルジャー』は、その赤きドラゴンの雷撃で消し飛んだ。
 マリクの喚び出した『オシリスの天空竜』――その特殊能力は、2000ポイント以下の中・低能力値モンスターを漏れなく自動破壊する。あり得ぬ程の超強力モンスター。
 その圧倒的過ぎるパワーを前に、シンのモンスターは悉く灰燼に帰す。そして早々に、万策は尽きた。
「じゃあ……ボクのターンだね」
 マリクはゆっくりカードを引いた。これにより手札は10枚――オシリスの攻撃力はさらに上がる。

 オシリスの天空竜:攻9000→攻10000

 オシリスはマリクの背後で、とぐろを巻いて飛翔し、シンを睨みつけていた。
 その身から発せられる、凄まじい神威。それはシンの精神力を、否応無く削り切っていた。
「ありがとう……良い実験台になったよ。やはり“ゴッド・ファイブ”は、完全無欠の“神の領域”。攻略不能な究極のコンボだ」
 シンの視界が暗くなった。心を完膚無き程にへし折られ、意識が遠のいてゆく。
「君はもう用済みだよ……バイバイ、シン・ランバート」

 ――そこで、シンの記憶は途絶えている。
 今より三年前のこと、これが二人の因果。

 シン・ランバートがマリク・イシュタールを憎悪する、根源たる過去である。



●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



 粉塵が、デュエルリング上に舞い上がっていた。
 攻撃力7000の直撃を、攻撃力1800のモンスターが受けた――つまり超過ダメージは5200のはず。この一撃で、決着はついたかに思われた。
 だが晴れる煙の中で、マリクは尚も立っていた。彼の場では、一枚のトラップカードが開かれている。
「……そうこなくちゃなぁ……」
 大して驚いた様子も見せず、シンはむしろ嬉しげに笑ってみせた。


ガード・ブロック
(罠カード)
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「このトラップの効果により……ボクの受けるダメージはゼロになる。『ギル・ガース』は破壊されてしまったが……さらに、デッキからカードを1枚ドローする」
 マリクはよろめきながらも、手札を1枚補充した。これで彼の持つカードは5枚、対するシンの手札は1枚。
(“魔神”……危惧していたより、遥かに危険なカードだ。それに今の一撃、明らかに、ソリッドビジョンではあり得ない威力があった。本当に“神のカード”だというのか……!?)
 マリクの思考に弱気が生まれる。
 しかしそれを自覚すると、すぐさま首を左右に振り、精神を奮い立たせた。
(クソッ……だったら何だって言うんだ! バカかボクは!? 相手が何を使おうと関係ない! これはボクの罪……贖罪の唯一の機会! 逃げるわけにはいかない……絶対に!!)
 瞳に強さを取り戻す。そして、自らを鼓舞する狙いも込め、声高に言い放つ。
「この瞬間! お前のバトルフェイズは終了する……『ヘルポエマー』の効果発動! その手札を捨てさせてもらう!!」
 シンの盤から、三度白い腕が伸び、彼に残された最後の手札を奪う。
 だがその瞬間、シンは微笑んだ。「待ってました」と言わんばかりに、口を三日月にする。
「ああ……やっと捨ててくれたか。ありがとうよ」
 シンは即座に指を伸ばし、墓地に置かれたそのカードを拾い上げた。
「今、貴様の『ヘルポエマー』で捨てられたのは『暗黒界の狩人 ブラウ』。コイツは相手のカード効果で捨てられたとき、2枚のカードドローを可能にしてくれるのさ……」
 悠々と、シンは手札を2枚補充した。


暗黒界の狩人 ブラウ  /闇
★★★
【悪魔族】
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に
捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。
相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。
攻1400  守 800


 さらに、それだけではない――これにより、墓地のモンスターはさらに増えた。『カーカス・カーズ』の攻撃力が再上昇する。

 カーカス・カーズ:攻7000→攻8000

「ククク……『カーカス・カーズ』は戦闘開始時、墓地のモンスター1体を除外するコストもある。しかし貴様の『ヘルポエマー』で、俺のモンスターは効率よく墓地へ落ちてくれる……クハハハッ、自業自得だなマリクよぉ?」
 シンはこの上なく相好を歪め、自らの快をひけらかし、マリクに不快を押し付けた。


マリクのLP:3100
     場:伏せカード1枚
    手札:5枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000)
    手札:2枚




 得体の知れぬ怪物――“魔神”の登場により、客席は騒然としていた。
 その禍々しい外貌に、あり得ぬ程の高ステータス。誰でも連想するだろう――“神”を。かつてバトル・シティで争奪された、伝説の3枚を。

「――オッ……オイオイ! 何なんだよアレはっ!?」
 リング下で、城之内克也は指差しながら叫ぶ。
 怖気が走り、全身総毛立っていた。かつてラーに殺されたかけた城之内には、『カーカス・カーズ』の発する“神威”が、痛すぎるほどに伝わってきている。
「聞いたこともないわよ……“魔神”なんて。墓地のモンスター数×1000ポイントが攻撃力……無茶苦茶すぎるわ。下手をすれば“三幻神”よりも……」
 舞も同様の理由から寒気を覚え、身を僅かに震わせた。

 ――ドクンッ……!!

「……!! えっ……」
 ふと、遊戯はハッとし、腰に巻いたデッキホルダーに手を伸ばした。
 ホルダーに収めた1枚が一瞬、まるで呼応するかのごとく脈動した。そのことに気付き、それを取り出す――その正体に、目を見開く。


SAINT DRAGON -THE GOD OF OSIRIS  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
Every time the opponent summons creature into the field,
the point of the player's card is cut by 2000 points.
X stand for the number of the player's cards in hand.
ATK/X000  DEF/X000


「! 遊戯くん、それって……」
 それに気付き、絵空が横から覗き込む。
 神のカード『オシリスの天空竜』――つい二日前まで、絵空が預かっていた国宝級レアカード。一度は紛失したかに思われたそれは、シャーディーの手により、再び遊戯の手元に舞い戻っている。
 デッキ投入はしないまでも、シャーディーの言葉を受け、遊戯はその3枚を持ち歩くことにしていた。シャーディーとの一件はすでに、他の皆にもおおよそ説明してある。だから遊戯がそれを所持していることについては、さして驚かれる事由ではない。
 疑問に思うべき点とすれば、遊戯がこのタイミングで、それを取り出した理由だろう。
(『オシリスの天空竜』が……反応した? あのモンスターに!?)
 遊戯は驚き、視線を上げる。
 確かに、共通点はある――“神威”を纏い、蛇の如く長い胴を持つドラゴン。しかし遊戯にしてみれば、“似ている”と評する気にはとてもならなかった。
 『オシリスの天空竜』は、対峙したプレイヤーに“畏怖”を植え付けつつも、思わず凝視させるような“美麗さ”を湛えている。目にしたデュエリストの心を、良くも悪くも高揚させる。
 だが今、この会場に翔ける黒龍は違う。どす黒いオーラを身に纏い、見る者全ての血を冷たく凍りつかせる。そういった負のエネルギーに満ち満ちていた。




「――心なしか……似ていらっしゃいますね、ガオス様の“精霊(カー)”と」
 デュエルリングを見下ろしながら、カールが呟く。それを聞き、ガオスは僅かに眉を蠢かせた。
「一緒にしてくれるな、カールよ。なるほど、アレは確かに“ダークネス”同様、実体を持たぬ闇エネルギーの集合体……だがアレを形成するは、屍どもが“怨嗟”のみ。我が“ダークネス”とは、似て非なる怪物だよ」
 ガオスは不愉快げに顔を歪め、侮蔑の視線を暗黒龍へと向ける。
「“三魔神”の中で、儂が唯一好かぬ神だ。敗者どもの逆恨みを継ぎ合わせた、惨めで歪な“負け犬”の神……もっともそれでも神は神。弱いとまでは言わんがね」
 そう、『カーカス・カーズ』は“神”の属性を持つ――“神”は他のモンスターと一線を画す。トラップの効果を受け付けず、マジックの効果は1ターンしか受け付けない。M&W中、疑いなく最強の属性である。
「現在、『カーカス・カーズ』の攻撃力は8000……戦闘破壊を狙うには絶望的な数値だな。並みのデュエリストならば、早々に闘志を折られる局面だが――」
 ガオスはその口元に、薄っすらと笑みを漏らした。
「――マリク・イシュタール……どうやら思っていたより、骨のあるデュエリストのようだ」




「ボクのターンだ……ドローッ!!」
 マリクは決して諦めず、デッキからカードを引き抜いた。
 現在、手札は6枚――通常ならば申し分ない、潤沢な手札だろう。しかし如何せん、戦況はあまりにも特殊すぎた。
 相手フィールド上には、攻撃力8000を備えた“神”がいる――手札が何枚あったとしても、充足とは程遠い。
(そうだ……簡単に諦めるな。粘れよマリク……)
 心の中で、シンはマリクにエールを送る。口元を大きく綻ばせて。
(粘れば粘るほど、お前の絶望は深くなる。諦めるな、もがけ……そして最後に絶望しろ。三年前の俺のようにな……)
 大上段に構え、シンはマリクを見下す。かつて自分がされたのと同様に。
 侮蔑の視線を浴びながら、それでもマリクは手札を凝視し、熟考の末、1枚のカードを選び取る。
「ボクは手札から……このカードを発動する。モンスターカード『D.D.クロウ』!!」
 空間に歪が生まれ、その中から、一羽のカラスが飛び出した。


D.D.クロウ  /闇

【鳥獣族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
相手の墓地に存在するカード1枚をゲームから除外する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻 100  守 100


「異次元に棲むカラス……『D.D.クロウ』には特殊能力がある。このカードを墓地に送ることで、相手の墓地のカード1枚を除外する。ボクが除外するのは――『地獄詩人ヘルポエマー』だ!」
「!? 何っ!?」
 シンの表情に、わずかな動揺が生まれる。
 マリクの宣言を聞くと、カラスは再び異次元へと姿を消す――同時にシンの墓地スペースから、1枚のカードが弾き出された。
「へえ……自分自身の手で、『ヘルポエマー』の能力を潰すのかい?」
 シンは不愉快げにそれを掴むと、マリクに対して投げ返す。
 マリクはそれを受け取ると、無言で上着のポケットにしまい込んだ。
(……これでいい。『ヘルポエマー』の特殊能力を維持すれば、手札から際限なくモンスターを落とされる。『カーカス・カーズ』の攻撃力は上昇する一方……倒す隙はなくなる)
 続いて手札から、2枚のカードを選び出す。
「リバースカードを1枚セットし! 『グラナドラ』を守備表示で召喚! 特殊能力を発動――ライフを1000回復させてもらう」

 マリクのLP:3100→4100


グラナドラ  /水
★★★★
【爬虫類族】
このモンスターが召喚された時
そのプレイヤーは1000ポイントのライフを得る
攻1900  守 700


「……ターンエンド。さあ、お前のターンだ!」
 決して心を折ることなく、マリクはシンを強く見据えた。


マリクのLP:4100
     場:グラナドラ,伏せカード2枚
    手札:3枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000)
    手札:2枚


「フン……まあせいぜい足掻いてみせるんだな。俺のターン! コイツを使わせてもらうぜえ……装備カード『ニトロユニット』! お前の『グラナドラ』に装備してもらう」
「!? 何……っ!?」
 グラナドラの身体に強制的に、爆弾のようなものが取り付けられた。


ニトロユニット
(装備カード)
相手フィールド上モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、
装備モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「ククク……いくぜえ。『カーカス・カーズ』の砲撃っ!!」

 カーカス・カーズ:8000→7000

 ――ズドォォォォォォンッッ!!!!!!!

 暗黒龍の巨大なブレスが、グラナドラを易々と消し飛ばす。しかし、そのモンスターは守備表示、本来ならば超過ダメージは通らない――のだが。
「『ニトロユニット』の効果発動ぉ……グラナドラの攻撃力、1900ポイント分のダメージを受けてもらう!」

 ――ドクンッ!!

「!? うあ……っっっ!!?」
 突如、マリクの胸に激痛が走り、その場にうずくまった。

 マリクのLP:4100→2200

「ぐ……ううっ……!?」
 声を押し殺し、身悶える。
 その全身に走る苦痛に、必死で堪えようとする。
(“闇のゲーム”でもないのにこのダメージ……! やはり“神”!? だがっ!)
 マリクは顔を上げ、目を剥いた。彼の場ではすでに、1枚のトラップカードが開かれている。
「トラップ発動……『暗黒の魔再生』ッ!!」


暗黒の魔再生
(罠カード)
敵モンスターが攻撃した時に発動。
相手の墓地にある魔法カードを使うことができる。
ターン終了後そのカードを相手の墓地に戻す。


「……!? 俺の墓地のマジックを利用……だと?」
 シンはふと視線を落とし、決闘盤の墓地スペースを見やる。そして、その中にあるだろう魔法カードを軽く想起する――だが、『カーカス・カーズ』の撃破を可能にするような奇跡のカードは、その中には存在しない。
「フン……いいぜ、選べよ。好きなカードをよ……」
 余裕の笑みとともに、シンが促す。マリクはよろよろと立ち上がり、選択するカードを宣言した。
「ボクが選択するのは……『生け贄の儀式』。デッキから6枚のカードを墓地へ送り――レベル6の上級モンスターを通常召喚させてもらう!」
 手札からそのカードを選び出し、盤に勢い良くセットした。
「いでよ! 『レジェンド・デビル』ッ!!」


レジェンド・デビル  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このモンスターは毎ターン
攻撃力を700ポイント上げる。
攻1500  守1800


「…………。プッ……クハハハッ、何だよソレはぁ! 攻撃力1500? 一体何を狙うのかと思ったら……ただ壁モンスターを出したかっただけかぁ!?」
 シンはマリクを笑い飛ばす。自身の勝利を微塵も疑わず、高慢な笑みを湛える。
「俺はこれでターンエンドだ。そら、さっさと壁モンスターを並べな。1ターンでも長く、この地獄が続くようによぉ!」
 マリクが手繰る、ほんの僅かな希望の糸など、シンの目には映っていない。


マリクのLP:2200
     場:レジェンド・デビル,伏せカード1枚
    手札:2枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻7000)
    手札:2枚


「ボクのターン、ドロー! この瞬間、『レジェンド・デビル』の効果発動――攻撃力700ポイントアップ!」
「……!?」
 シンが僅かに眉根を寄せた。マリクの悪魔の纏うオーラが、わずかだが増す。

 レジェンド・デビル:攻1500→攻2200

「『レジェンド・デビル』は攻撃表示のまま……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」
 やけにあっさりと、マリクのターンは終了した。その瞳は絶望を映さずに、むしろ懸命に希望を目指している。



「……! そうか……分かったぜ、マリクの狙いがよ!」
 城之内は閃いたとばかりに、パチンと指を鳴らした。
「マリクの『レジェンド・デビル』は1ターン毎に攻撃力を上げるモンスター……対するカーカス何とかは、攻撃ごとに攻撃力が下がっちまう弱点がある! 何ターンか凌ぎ続ければ、何とかなるんじゃねえか!?」
「……そんなの見てれば分かるでしょ。何もっともらしく説明してんのよアンタ」
 舞が横からジト目で城之内を睨む。
「でも……そんなに上手くいくかな? 今、2体のモンスターの攻撃力差は5000弱……それに、相手が何の考えもなく、マリクさんの狙いに乗ってくれるとは思えないし」
 絵空が何気なく発した意見に、遊戯は悩ましげに眉をひそめた。
(確かに……マリクの狙いがそれだけなら、成功はかなり難しいだろうな。けど、今はそれ以上に――)
 マリクのデュエルの勝敗以上に、遊戯の脳裏には懸念すべき事態が浮かんでいた。
 『オシリスの天空竜』が反応した、同等レベルの力を持つ暗黒龍――その一撃でダメージを受けたとき、マリクの表情は露骨に歪んでいた。その原因が、ソリッドビジョンによるものだけとは考えにくい。

 ――“神のカード”による一撃は、相手プレイヤーに、甚大な精神的ダメージを与える。

(あのモンスター……『カーカス・カーズ』は、攻撃毎に攻撃力が落ちてゆく――マリクの狙いが長期戦による消耗なら、その攻撃を何度も受けることになる……!!)
 下手をすれば、デュエルの勝敗だけでは済まないのではないか――大いなる不安が、遊戯の胸に渦巻いた。




「俺のターン、ドロー! クク、どうやら長期戦による“魔神”の消耗がお望みらしいが――生憎だったなあ。いいカードを引き当てたよ」
 下卑た笑みとともに、シンはドローカードを、そのまま盤にセットした。
「『天使の施し』を発動! 3枚ドローし、2枚を捨てる……当然、モンスターカード2枚をな」
 マリクの表情が大きく歪んだ。
 墓地のモンスターが2体増えたことで、『カーカス・カーズ』の攻撃力が更に上がる。

 カーカス・カーズ:攻7000→攻9000


マリクのLP:2200
     場:レジェンド・デビル,伏せカード2枚
    手札:2枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻9000)
    手札:3枚


(モンスターを並べて、一気にカタをつける手もあるが――それじゃあ俺の気が済まない。“魔神”の攻撃を受けて、もっともっと苦しんでもらわないとなあ!)
 シンの手札にはまだ1枚、レベル2のモンスターカードが残されている――しかし敢えて召喚せず、そのまま攻撃宣言に移る。
「さあ、いくぜぇ! 『カーカス・カーズ』3度目の砲撃――カーシド・フォースッ!!」

 カーカス・カーズ:攻9000→攻8000

 呪いの砲撃が放たれた刹那、マリクの右手は素早く動く。
「リバースオープン! 『亜空間物質転送装置』! これにより、『レジェンド・デビル』をフィールド外へ退避させる――よって、その攻撃は空を切る!」


亜空間物質転送装置
(魔法カード)
場のモンスター1体を別の場所に転送する。
それが相手の場でもかまわない。


 ――ズゴォォォォォォッ……!!!!!!!!

「……!! ッッ……!!」
 マリクの宣言通り、『カーカス・カーズ』による砲撃は空を切り、マリクのすぐ横を通過した。その禍々しいオーラを浴び、マリクの身体がグラつく。
(何て邪悪な一撃だ……! 一撃の威力だけなら三幻神以上……こんなのを受けたら、ひとたまりも無いぞ)
 その一撃はマリクの心理に、確かな恐怖を植えつける。その直後、『亜空間物質転送装置』の効果は切れ、『レジェンド・デビル』がフィールドに舞い戻った。
「クハハッ……いつまで凌げるかな? さて、俺はエンドフェイズ前に、カードを1枚セットし……コイツを守備で出しておこうか。『暗黒界の斥候 スカー』!」
 フィールドに、不気味な悪魔が姿を現し、守備体勢をとる。


暗黒界の斥候 スカー /闇
★★
【悪魔族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分のデッキから「暗黒界」と名のついたレベル4以下の
モンスター1体を手札に加える。
攻 500  守 500

マリクのLP:2200
     場:レジェンド・デビル(攻2200),伏せカード1枚
    手札:2枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000),暗黒界の斥候 スカー,伏せカード1枚
    手札:1枚


(『暗黒界の斥候 スカー』……戦闘破壊されたとき、能力を発動するカードか。迂闊に攻撃はできないが……)
 マリクはふと、自身に残されたカードを確認する。
 リバースカードは大分前に伏せた、現状ではまだ役立たないカード。残る手札2枚は、『カーカス・カーズ』攻略の鍵とはなり得ない。

 マリクの手札:スライム増殖炉,ダークジェロイド

(このターンで何か引き当てなければ……次のターン、『レジェンド・デビル』は破壊される。そうなれば、ボクに勝ち目はない……!!)
 デッキに伸ばした右手が震える。
 恐れている――未来を。そのことを自覚し、マリクは顔を歪める。
「……!! ぐ……っ」
 手を退き、懸命に開閉させてみる。しかし震えが止まらない。これではカードをドローできない。
(クソッ……しっかりしろ! 今さら何を恐れるんだ!? ボクは自らの意志で、“彼ら”との誓いを破ってまでこの場に現れたんだ――ビビってどうする! 闘うんだッ!!)
 しかし、三度に渡る“魔神”の砲撃は、マリクの深層心理に、トラウマの如き恐怖感を植えつけた。表面的な意思と無関係に、肉体は正直な反応を示してしまう。
「オイオイ……早くしてくれよ。それとも、このまま俺のターンに移っていいのか?」
 小憎らしい発言とともに、シンは右手を、デッキの側にチラつかせてみせた。
 ルール上、ターンプレイヤーに許された思考時間は5分のみ。仮にこのまま、ドローすらできずに時間を過ぎれば、強制的にシンのターンに移行してしまう。
(無謀だったのか……!? 所詮、“神”を手放したボクには、マトモに闘う力も勇気も、ありはしなかったっていうのか!?)
 マリクの心に、小さな諦めが生まれた。それは見る間に成長し、彼の心を覆い尽くそうとする――しかしその瞬間、彼の耳に、届く声があった。


「――諦めんな!! マリクッ!!」


「……!!」
 ハッとした。マリクの身体は一瞬弛緩し、その声の源へ顔を向ける。

 ――“仲間”がいた。グールズ時代、“駒”に囲まれていた自分にはいなかった、沢山の“絆”がそこにはあった。

「……! あ……っ」
 マリクは驚き、目を瞬かせる。
 手の震えが止まっていた。凍りかけた血液が、灯火を得て熱を帯びた。
(ああ……そうか)
 その中の一人、遊戯へと視線を定める。
(勝てなかったハズだよ……遊戯、キミ達は今まで、こうやって勝ち続けてきたのか)

 ――どれほどの“絶望”に襲われたとしても
 ――背中を押してくれる人がいるなら……まだ、闘うことができる
 ――あと一歩、踏み込むことができる

(まだ――闘える!)
 右拳を握り締め、眼前の“魔神”を見据えた。
「いくぞ……ボクのターン! ドローッ!!」
 大きな動作で、カードを引き抜く。
 それを確かめるや否や、マリクの表情に、確かな強さが蘇った。
「――この瞬間! 『レジェンド・デビル』の攻撃力は更に700アップ! 2900ポイントとなる!!」

 レジェンド・デビル:攻2200→攻2900

 マリクの喚び出したモンスターは着実に、確かな進化を続けている。
 だが、遅すぎる――“魔神”の攻撃力は8000ポイント、攻撃力差は未だ5000ポイント以上も残っている。気が遠くなるようなローペースだ。
「リバースカードセット! ターン終了だ!」
 カードを1枚だけ伏せ、マリクは自身のターンを終える。

 その様子から察するに、恐らくはまた『レジェンド・デビル』を護るためのカード。相手の巨砲を紙一重で避け続けるしかない、極めて絶望的な“死の行進(デスマーチ)”――ほとんどの人間がそう思った。


マリクのLP:2200
     場:レジェンド・デビル(攻2900),伏せカード2枚
    手札:2枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000),暗黒界の斥候 スカー,伏せカード1枚
    手札:1枚


(それにしてもコイツ……さっきから、何故『レジェンド・デビル』を守備表示にしない? 万一、魔法・罠を無効化されるパターンを恐れないのか? それともハナから、“死なばもろとも”の覚悟なのか……?)
 わずかな疑念を抱きながら、シンはカードを1枚引く。
 マリクが『レジェンド・デビル』を守備にしないことから察するに、リバースカードは十中八九、『カーカス・カーズ』の攻撃を再び回避するカードだろう――だがそれも、攻撃を躊躇する理由とはなり得ない。
(『カーカス・カーズ』は攻撃ごとに、攻撃力を1000失うが……問題ない。また後で補充すれば良いだけだ)
「クハハハッ……残念だったなマリク。貴様にも“神”があれば、もう少しマシな勝負になったのかもなぁ?」
 マリク・イシュタールは現在、“三幻神”のカードを所持していない――シンはそのことを知っている。それ故の余裕。
 しかしマリクの瞳は、いまだに力を失わずにいた。いま浴びせた挑発にも、さして大きな反応を示さない。そのことはシンの神経を少なからず刺激する。
「どんなカードを寄せ集めようが無意味……“神”は“神”でしか倒せない! 俺が“神”を使い、貴様が“神”を使えない――その時点で、すでに勝負は見えていたのさ!」

 そう、かつて自分が、“神”を操るマリクに敗れたように――心の中でそう付け加えた、そのとき。

「――それはどうかな……」
 マリクは静かにそう呟く。
「今のボクは知っている……“神”が無敵でないことを。“神”以外のカードだけでも、その存在を打ち砕けると」

 ――知っている……それを可能とした、2人の男を
 ――同じ姿をした……けれど異なる2人
 ――不可能を可能とした、誇り高きデュエリスト達を

「フン……御託を並べやがって。そこまで言うなら倒してみせるんだな、俺様の“魔神”をよぉ」
 シンは深く考えず、あくまで強気な姿勢で、本日4度目の攻撃命令を下す。
「ゆけ、『カーカス・カーズ』よ! カーシド・フォースッ!」
 暗黒龍は再度、自らの身体を構築する“呪い”を消費し、口内にエネルギーを凝縮する。

 カーカス・カーズ:攻8000→攻7000

 ――誰が予測し得たろう。
 先刻から防戦一方のマリクは、このターンも守備に徹するものと、誰もが考えたハズだ。
 マリクが『レジェンド・デビル』を守備表示にしなかったのは、まさにこのため――反撃に転ずるタイミングを、シンに決して悟られぬため。

「――この瞬間を待っていた……!」

 力強く、マリクは呟く。そしてゆっくりと、場のリバースへ手を伸ばす。
 今現在、2人のモンスター間の攻撃力差は4100ポイント――絶大なる溝が存在する。それにも関わらず。
「何を言っている……? この状況から何ができる? その程度の雑魚で、俺様の“魔神”を倒すことなど――」
 シンが言い終わるより早く、マリクのリバースはその正体を見せていた。


時の飛躍(ターン・ジャンプ)
(魔法カード)
この魔法を発動した瞬間、3ターン後の
バトルフェイズに飛躍(ジャンプ)する


「!! あのカードは……!」
 マリクが発動したカードを見て、遊戯は両眼を見開いた。
 『ターン・ジャンプ』――それは先のデュエルで、遊戯も使用したカード。瞬時に3ターンを経過させる、かなり特殊なカードである。
「そうか! 『レジェンド・デビル』は遊戯の『サイレント・ソードマン』と同じ、ターン毎にパワーアップするモンスター! コイツで一気に、えっと……」
 城之内が悩み出したところで、舞が溜め息混じりに「2100アップよ」と教える。
「でも……今の攻撃力差は4100ポイント、それだけじゃ届かないよ……?」
 絵空の疑問に対し、天恵は「なるほどね」と呟いた。
『(だいぶ前から伏せられたままだった、彼のもう1枚のリバース……あの正体は恐らく――)』
 天恵が言い終わるより早く、マリクはそのカードに指をかけていた。



「――そして手札を全て捨て……リバースオープン! 『連続魔法』!!」


連続魔法
(魔法カード)
自分の魔法発動時に発動する事ができる。
手札を全て墓地に捨てる。
このカードの効果は、その魔法の効果と同じになる。


「このカードは、ボクのマジックの効果をコピーし、発動させることができる……! そう、『ターン・ジャンプ』の効果を! これにより、フィールドは6ターンの時を“飛躍(ジャンプ)”する――『レジェンド・デビル』は、4200ポイント攻撃力アップ!!」
「!? 何……っ!?」
 シンの顔に、確かな動揺が生まれた。マリクの宣言とともに、悪魔は咆哮する――『レジェンド・デビル』は、その肉体と魔力を刹那にして巨大化し、絶大なる力を得た。

 レジェンド・デビル:攻2900→攻5000→攻7100

「な……っ、攻撃力7100だとぉぉっ!!?」
 常識外れの攻撃力上昇に、シンは確かに怯んだ。
 観客の誰もが驚いていた――4200の攻撃力アップなど、常識ではあり得ない。“魔神”を打破するため、マリクが狙っていた超必殺コンボ――シンの絶対的優位を覆す、奇跡的な一手。

 6ターンのスキップなどお構いなしに、『カーカス・カーズ』は今まさに、“呪魂”のブレスを吐き出さんとしていた。もう攻撃宣言は取り消せない。
 『レジェンド・デビル』は堂々と、真正面からそれを迎え撃たんとしていた。当然だ、攻撃力は自身が勝っている――バトルの勝利は、自分に約束されているのだから。


マリクのLP:2200
     場:レジェンド・デビル(攻7100)
    手札:0枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻8000),悪魔の施し
    手札:2枚


「!? え……っ?」
 その瞬間、マリクは何が起こったのか、分からなかった。思考が凍り付き、全身が硬直する。
「――クククククッ……クハッ、クハハハハァッ!!」
 シンはそれを嘲笑う。一枚のトラップカードを振りかざして。


悪魔の施し
(罠カード)
自分フィールド上に存在する、レベル3以下の悪魔族モンスター
1体を生け贄に捧げる。デッキからカードを3枚ドローし、
その後手札からカードを2枚捨てる。


「『暗黒界の斥候 スカー』を生け贄に、『悪魔の施し』を発動ォ……クハハハッ、勝ったとでも思ったかぁ? マリクよぉぉぉ!!」
 シンはデッキから3枚引くと、迷わずモンスター2枚を捨てる。
「この瞬間! 俺様の墓地のモンスターは“10体”……だが安心しなぁ。『カーカス・カーズ』の攻撃力は、9000を上限値とされている。……クハハハッ、それでも『レジェンド・デビル』をぶっ殺すにゃ十分だがなぁぁぁぁ!!!」
 新たに墓地に眠ったモンスターの“呪い”を得、暗黒龍は更なる力を得る。

 カーカス・カーズ:攻7000→8000→9000

「殺(や)れ……カーカス・カーズ」
 無情にも、闇の砲撃が放たれる。
 神に楯突いた者への“神罰”の如く――あまりに圧倒的な一撃が、『レジェンド・デビル』に撃ち込まれる。

 ――ズギャァァァァァァンッ!!!!!!!!!

「――うあああああああっ!!!!」
 マリク・イシュタールの悲鳴が、会場内に響き渡った。


 マリクのLP:2200→300


マリクのLP:300
     場:
    手札:0枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻9000)
    手札:2枚



決闘71 脅威の魔神

 ――お前の父を死に追い遣ったのは、王(ファラオ)の魂なり……


 六年前、シャーディーが放ったその一言は、その後のマリクの人生を、良くも悪くも狂わせた。
 その一言があればこそ、マリクは憎しみの矛先を見つけることができた。“真実”を知らずにいられた。

 シャーディーが放ったその一言は、ある意味で、マリクを救うものと言えた。
 まだ十一歳であった彼に、父殺しの罪を背負えただろうか――否、背負えたわけがない。
 シャーディーが放ったその一言に、マリクは踊り、“グールズ”を結成した。その組織は、多くの人々を苦しめ、傷つけてきた。


 ――そして一年前、神のカードを巡った、バトル・シティ大会。
 マリク・イシュタールは“真実”を知る。
 そして決断した。生という闇に一点の光を求め――その全ての罪を背負い、生きてゆくと。
 全ての闇が晴れる日は、きっと永遠にやってこない。それでも“絶望”の闇には決して屈しない。


 ――決めたのだ、闘い続けると。光を求め続けると。
 たとえどれほど大きな闇が、未来に立ちはだかるとしても――


●     ●     ●     ●     ●     ●     ●


マリクのLP:300
     場:
    手札:0枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻9000)
    手札:2枚


「ぅ……ぁ……?」
 朦朧とする意識の中、マリクはそれでも、膝を折ってはいなかった。
(気を……失っていたか? どれだけの時間だ?)
 思考が上手く働かない。脳内にノイズが蔓延し、判断が全くまとまらない。
 視界が霞む。しかし現況を把握すべく、必死に両眼を凝らす。
(……ボクがいる)
 対峙する青年の姿に、マリクは堪らず眉をひそめる。
 自分がいた。正確には、過去の自分――グールズを率い、“復讐”に囚われた過去。“憎しみ”に満ちた自分が。

 無論、現実は異なる。マリクの眼前に立つはシン・ランバート。しかし“魔神”の攻撃に侵され、精神を汚された彼の意識には、それが違って見えていたのだ。

(……負けない……!)
 身体を弱々しく揺らしながら、マリクは震える手で、やっとのことでカードを引く。そしてそれを、すぐさま盤に置いた。
「『リバイバルスライム』を……守備表……示……」
 息も絶え絶えに、そう言った。


リバイバルスライム  /水
★★★★
【水族】
リバイバルスライムは再生能力を持つ
攻1500  守 500


(リバイバルスライムは、無敵の再生能力を備えたモンスター……。相手が“神”といえど、数度の攻撃には耐えられるハズ……)
 現在、マリクに残されたカードはその一枚のみ――他にとれる行動はない。エンド宣言を済ませ、相手にターンを譲る以外には。


マリクのLP:300
     場:リバイバルスライム
    手札:0枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻9000)
    手札:2枚


 マリク・イシュタールの身に起きた異常は、誰の目からも明白だった。
 『カーカス・カーズ』の反撃による大ダメージを受けて以来、彼の挙動には力がない。目も虚ろで、全身がフラフラと揺れている。今にも倒れてしまいそうだ。
 それを不審に思ってのことだろう。客席もざわめき、奇妙な空気が出来上がっていた。
「――ちょっと……止めた方がいいんじゃない!?」
 杏子が叫ぶ。
 すでに勝敗は決した――誰の目から見ても、シンの勝利は確定的だろう。マリクにどんな事情があるのか、遊戯達には知る由も無い。だが、正体不明の“4体目の神”により、彼が満身創痍の状態にあることだけは明白だった。
「…………!」
 遊戯が眉をしかめ、一歩前へ出る――しかしその動きを、思わぬ人物の一言が制した。

「――やめておけ。ヤツはまだ諦めていない……その誇りを、踏みにじるつもりか?」

 その言葉の意外な主に、遊戯は目を瞬かせた。
 海馬瀬人。他人のことには比較的無関心な彼の口から、予期せぬ制止がかかる。
「何言ってんだ、海馬ぁ! マリクはどう見たって、デュエルを続けられる状態じゃねえだろうが!!」
 城之内が食って掛かった。
 海馬はそれを見流すと、再び遊戯に向き直る。
「……ヤツから、事前に依頼を受けている。たとえ自分に何が起ころうと、このデュエルだけは、最後まで止めずにいて欲しい――とな」
「……!? え、それって……」
 遊戯が問うより早く、海馬は再び、リングを見上げた。
「これはヤツの問題だ……最後までやらせてやれ。ヤツの気が済むまでな……」
 リング上では、シンのターンが始まろうとしていた。
 被虐的な笑みとともに、ゆっくりと、デッキへ指を伸ばしている。


(再生能力を持つ壁モンスターか……いいねえ、見苦しくて)
 ニタニタと笑みを漏らしながら、シンはターンを開始する。
 眼前の、極上の獲物を前に、いかにトドメを刺すべきか。そればかりを考え、カードを引く。

 ――ドクン……ッ!

 ドローカードを視界に入れた瞬間、シンの胸が高鳴った。
(ああ……そうだなぁ……)
 シンは思わず、舌なめずりをした。
(ただ勝つだけじゃツマラナイ……俺の恨みは、そんなもので晴れはしない……)
 左手に持った手札の中から、1枚の魔法カードを選び取る。
「手札から魔法カード発動……『悪夢の狂宴』!」


悪夢の狂宴
(魔法カード)
自分の墓地に悪魔族モンスターが5体以上存在する場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在する悪魔族モンスターを可能な限り特殊召喚する。
その後、自分の手札を1枚選択して捨てる。
この効果で特殊召喚したモンスターは、戦闘・効果を封じられ、
エンドフェイズ時にゲームから除外される。
このターン、相手はカード効果によるダメージを受けない。


「コイツの効果により、俺は――墓地から、4体の悪魔族を特殊召喚する! 来いっ!!」
 決闘盤の残りカードスペース全てに、墓地に存在したモンスターカードを叩きつける。
 『暗黒界の斥候 スカー』、『デーモン・ソルジャー』、『幻銃士』、『マッド・デーモン』――4体の悪魔達が立ち並ぶ。


幻銃士  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが召喚に成功した時、自分フィールド上に存在する
モンスターの数まで「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)を
特殊召喚する事ができる。自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に
存在する「銃士」と名のついたモンスター1体につき300ポイントダメージを
相手ライフに与える事ができる。この効果を発動する場合、このターン
自分フィールド上に存在する「銃士」と名のついたモンスターは
攻撃宣言する事ができない。
攻1100  守 800

マッド・デーモン  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ
相手ライフに戦闘ダメージを与える。フィールド上に
存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
攻1800  守 0


 マリク・イシュタールに、特段の反応は見られなかった。
 元々10体のモンスターが存在したシンの墓地から、4体のモンスターが蘇生される――これにより、『カーカス・カーズ』の攻撃力は激減する。しかしそれが、マリクにとって好ましい状況でないことは、誰の目にも明白だったろう。

 カーカス・カーズ:攻9000→攻6000

「おおっと……俺は『悪夢の狂宴』の効果により、手札1枚を墓地に送らねばならない。送るのは魔法カードだ……クハハッ、少しは安心したか?」
 一方的に言いながら、シンはカードを一枚捨てる。
 これで、残された手札は1枚――うすら笑いを浮かべながら、それを右手に持ち替える。
「サレンダーしなかった褒美だ……見せてやるよ。俺は『デーモン・ソルジャー』『幻銃士』『マッド・デーモン』の3体を生け贄に、召喚……!!」
 大気が震えた。
 風が渦を作り、巨大な“竜巻”を生み出す――そしてその中から、恐るべき“悪魔”が姿を現す。
「――魔神『ブラッド・ディバウア』」


BLOOD DEVOUR  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/4000  DEF/4000



 ――ドクンッ!!

「!? なっ……!?」
 刹那、再度感じた脈動に、遊戯は慌ててホルダーから、1枚のカードを取り出す。


THE GOD OF OBELISK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
The Player shall sacrifice two bodies to God of Obelisk.
The opponent shall be damaged.
And the monsters on the field shall be destroyed.
ATK/4000  DEF/4000


(今度はオベリスクが反応している……!? まさか、こんなことって……)
 戦慄とともに、遊戯はリングを見上げた。

 そこには“悪魔”が降臨していた。
 『オベリスクの巨神兵』と良く似た、極めて筋肉質な巨躯。ヤギのような、湾曲した二本角を生やす“悪魔”。
 裂けた口に鋭い牙。全身真っ赤なその体色は、見る者全てを圧倒し、ゾッとさせる。無機質な、巨大なギョロ目が2つ、マリクの『リバイバルスライム』をじっと見詰めている。まるで品定めするかの如く。

「――さあ、ご馳走だ。残さず喰らえよ……『ブラッド・ディバウア』」
 シンのその言葉を合図に、“ディバウア”はゆっくりと右腕を伸ばし、スライムを掴み、口内へと放り込む。

 ――グチャリ……グチャリッ……!!

 クチャクチャと音を立てながら、美味そうにスライムを咀嚼する。青い液体がダラダラと、その口元から垂れ流れる。
 そのあまりに不気味な光景に、客席が不穏にどよめいた。小さな子どもの泣き声が、そこかしこから聴こえてくる。

 ブラッド・ディバウア:攻4000→攻5500


 再生能力を持つはずの『リバイバルスライム』が、あっさりと攻略されてしまった。
 これでマリクのフィールドは完全にガラ空き――そしてシンにはまだ、「攻撃」の権利が残されている。


マリクのLP:300
     場:
    手札:0枚
 シンのLP:3700
     場:カーカス・カーズ(攻9000),ブラッド・ディバウア(攻5500)
    手札:0枚


「……大した……もの、だな……」
 掻き消えるような声とともに、マリクはやっとのことで口を開く。
「へえ……まだ喋れたのかよ? 正気なんざ、とうに吹っ飛んでるかと思ったぜ」
 ククッと嘲笑を漏らしながら、シンは言う。
 いずれにせよ、もはや関係が無い。勝敗は完璧についた。後はシンが「攻撃」の宣言をすれば、全ての決着はつくのだ。
「……まだ……勝ちじゃ、ないさ……」
「……あ?」
 マリクは言葉を紡ぐ。虫の息になりながら、それでも、最後の力を振り絞って。
「……たし、かに……ボクの、負けだ。けど、終わりじゃない――お前は絶対に、勝てやしない!」
 マリクが顔を上げた。
 その目には未だ、強い輝きが宿っている――体力と精神力の全てを侵され、それでも尚、心は決して折れていない。
 そのことは、シンの精神に強い不快を与える。
「何の負け惜しみだ……? 何を言っている? 貴様は――」
「――ボクは! 今のボクは独りじゃない! お前は絶対、勝てやしない――みんなに! だから……!!」
 シンを視界から外し、マリクは首を動かす。
 そして視界に入れる――リングの下、このデュエル中に沢山の応援をくれた仲間達を。
(……スマナイ……本当は、自分の手でカタをつけたかった。許して欲しい)
 マリクは申し訳なさげに、しかし小さく微笑んでみせた。
 それはシンの癪に障る。強い激情とともに、荒々しく叫ぶ。
「――殺れ!! カーカス・カーズッ!!!」
 マリクはそれに振り向かなかった。
 遊戯たちを見詰めたまま、小さく口を開く。
「……あとは、たの――」
 言い終わることはできなかった。

 ――ズギャアアアアアアアアンッ!!!!!!!!

 暗黒のエネルギー波が、マリクの身体を“文字通り”吹き飛ばした。直接浴びせられたその一撃は、彼に残された全意識を容易に刈り取る。


 マリクのLP:300→0


 客席から、悲鳴が上がった。
 ソリッドビジョンではあり得ない衝撃により、マリクの身体は「くの字」に曲がり、宙空を舞い。

 ――デュエルリング外へと、頭から転落していった。



決闘72 ティルス

 ――それはあまりに、突然の出来事であった。

 マリク・イシュタールは“魔神”の直接攻撃により、手すりを飛び越え、デュエルリング外へと放り出される――誰もが予期せぬ事態だったに違いない。遊戯達は現に、その非常事態に際し、驚愕に身を硬くし、一歩も動くことができなかった。

 デュエルリングから地上までの高さは10メートル近くある。加えて下は、硬いコンクリートで綺麗に舗装されてしまっている。頭から落ちたなら、軽傷で済むハズが無い。重傷で済む保障も無い。

 その場にいたほぼ全員が、その瞬間に息を呑んでいた。眼前で起こるだろう“惨劇”に、心構えをしようとする――だがまた次の瞬間、別の“異変”に気が付くのだった。


 ――ドサッ……!


 マリク・イシュタールの頭部が、コンクリート床に威勢良く衝突する――かに思われた。しかし、実際にはそうならなかった。

 ――人がいた。
 まるで予見していたかの如く、マリクが落ちたその下には、見慣れぬ白いローブに全身を包んだ、謎の人物が立っていた。否、立っていたのみならず、自由落下するマリクの身体を、その痩身で軽々と抱きとめてみせたのだ。

 その人物はゆっくりと、マリクの身体を床に寝かせた。
 遊戯たちは急いで、その元へ駆け寄る。険しい表情の彼らに対し、その者は口元に微笑を湛えてみせた。

「――大丈夫……気絶しているだけです。外傷はありませんよ」

 穏やかな、透き通った男の声だった。
 しかし、フードを不自然に深く被っており、表情を窺うことができない。見るからにミステリアスな雰囲気を醸した男だった。

「あっ……ありがとうございます! ……あの、あなたは?」

 遊戯の口から、思わず疑問が零れる。
 男は微笑を浮かべたまま、ゆっくりと、顔のベールを剥いでみせた。

「――これは失敬。私の名は“ヴァルドー”……皆さんと同じ、本戦出場者の一人です。お見知りおきを」

 晒されたその素顔に、一同は揃って息を呑んだ。

 一見、女性と見間違うような、中性的で整った容貌、白く美しい肌。背中まである黒髪は、白いゴムで一本に束ねられている。

 何て美しい人だろう――その瞬間、絵空は彼に対し、本日二度目のそんな印象を抱いた。しかし同時に、妙な違和感も沸く。
 言い表せない違和感――何故だろう、“サラ・イマノ”に対して感じたものとは違い、彼の美しさにはどこか“不自然さ”がある気がした。


「――おっ……おいっ! すぐに担架を用意しろ! 早くっ!!」

 遊戯たちの背後で、大会運営補佐・中嶋が叫んでいた。
 眼前で起こったショッキングな光景に、会場の空気は冷め、不穏なものとなっている。


 大会運営委員長・磯野にしてみれば、気が気でない事態だった。
 “バトル・シティ大会”の運営に関しては、海馬社長が一決闘者として参加する関係上、全責任を自分が負うことになっている。今大会運営の動向は、自身の首と直結しているのだ。

 しかし、不安げにリング下を見つめる磯野に対し、背後から声が掛けられる。
「オイ……勝者の宣言はまだなのかよ?」
 平静な様子で、高圧的な瞳とともに、シン・ランバートが問い掛けてくる。この非常事態に際し、彼には、取り乱す気配がまるで無い。さも当然のごとく振舞っている。
「え……あ、ああ」
 磯野は呆気にとられながらも、いちど視線を上げ、高らかに宣言した。

『一回戦第三試合! 勝者――シン・ランバートッ!!』


 歓声は上がらなかった。代わりに、非難に似た数多の視線を浴びながら、シンはゆっくりと階段を下りる。
 一段一段を踏みしめながら、シンは視線をマリクの方へと向けた。
(どこの誰だか知らないが……余計な真似をしやがって)
 見知らぬ男――ヴァルドーを睨み、シンは舌打ちを一つした。
(まあいい……これで“過去への復讐”は終えた。後は……)
 シンの紅の瞳が、一人の少女の姿を捉える。
(神里絵空……“千年聖書”の現所持者。“ランバート”の血筋以外が“聖書”を継ぐなんて、聞いたことがない。親父はそんなにも、この俺を認められないっていうのか……!?)
 シンは苛立ち、歯軋りする。
 彼がこの大会に出場する目的は2つ――残る1つは“未来への証明”。
(“ルーラー”において、ゲームの勝敗は絶対の掟……! そうさ、俺があのガキに勝利すれば……親父も、他の神官どもも、俺を認めざるを得ないハズだ!)
 シンはニヤリと笑みを零した。
 容易いことだ――そう言わんばかりに。
(あのガキと当たるのは決勝……大観衆の前で証明してやる。この俺の力を! この“3枚”の“魔神”のカードでなぁ)


 やがてマリクの元に、担架が慌しく運ばれて来た。
 それを見計らって、ヴァルドーは小さく一礼し、その場を離れる。しかしその途中――絵空とすれ違う刹那、小さく、何かを囁いた。

「――? えっ?」

 絵空は驚き、反射的に振り返った。しかし彼は留まらず、ゆっくり歩き去っていく。
(……? 今の……わたしに向かって言ったの?)
 意味を解せぬその一言が、絵空の脳内で反芻される。


『――お久し振りですね……ティルス』


「ね……もうひとりのわたしも聴いた? 今の」
『(ええ。“ティルス”って……誰かの名前かしら? 聞いたことないけど……)』
 周囲を軽く見回す。しかし、“ティルス”と呼ばれそうな人間の心当たりは無い。そもそも、男女いずれの性別なのかも、名前からは見当がつかなかった。

 一方、その間にマリクは担架に乗せられ、医務室へ運ばれようとしていた。
 その様子を傍から見守る遊戯。その背後から、不意に海馬が話し掛けてくる。
「――遊戯……貴様に伝えねばならんことがある。少し顔を貸せ」
 遊戯は振り返り、目を瞬かせた。
 わざわざこのタイミングで切り出される話題、それは十中八九、つい先ほどの試合に関わるものだろう。
「此処では少々都合が悪い……場所を改め、後で話す。いいな?」
 有無を言わさぬ調子で問う。しかしその会話に、横から、思わぬ人物が水を差した。
「その話……私も混ぜて頂いて構わないでしょうか?」
 その人物――月村浩一は、海馬にとって初見の人物であった。唐突に現れたその邪魔者に、海馬は少々不愉快げに眉をしかめる。
「……? 誰だ貴様は?」
「……失礼。私はI2社の月村と申します。不躾で申し訳ありませんが……先ほどのデュエルについて、何かご存知ならば、お聞かせ願えませんか?」
「フン……なるほど、T2社の監査役か? 仕事熱心なことだが……これは末端の、監査ごときが知るべき話ではない。遠慮願おうか」
 そう言うと、海馬は早々に、月村を視界から外した。
 歩を進め、その脇を素通りせんとする――だがその瞬間に、月村が小さく囁いた。
「――それは……“グールズ”と“ルーラー”に関わる話だからですか?」
「……!?」
 海馬の足が止まる。怪訝げな表情とともに、海馬は月村を見上げた。しかしすぐに、その表情に、余裕げな笑みを取り戻す。
「ほう……意外だな。知っているのは、本社上層部の人間のみと聞いていたが?」
「……以前、本社へ出張していた時期があります。上層部の人間とも、少しだけパイプを持っておりまして……ある程度の事情は承知済みのつもりです」
「フン、なるほどな。いいだろう、ただし……“ルーラー”について、貴様が知る情報は洗いざらい喋ってもらうぞ。それについての情報は、こちらでも不足していたからな。ギブ&テイク、というわけだ」
 月村は無言で頷いた。
 やがてマリクを乗せた担架が、通路の方へと運ばれていく。遊戯たちはついて行こうとしたが、まるでタイミングを見計らったかのように、ステージ上からマイク音が響く。

『――そっ……それではっ! 一回戦第四試合……本日午前の部、最後の試合を行います! エマルフ・アダンVS城之内克也! 両選手はステージ上へお願いします!!』

 磯野が気合いっぱいに宣言した。暗鬱とした空気を吹き飛ばさんと、だいぶ必死のご様子だ。
「――って……この後すぐにやんのかよっ!! しかもオレの出番だしぃっ!!」
 城之内が不服の声を上げたが、磯野は聴こえぬフリをした。最初の4試合は元々、インターバル抜きで一気に消化する予定だったのだ。ここで文句を言われる筋合はない。
「しょうがないわね……みんなは城之内の応援してて。マリクには私がついてるから」
 杏子は率先してそう言うと、「がんばんなさいよ」と言い残し、担架について行く。

「チッ……しゃーねえな。さっさとケリつけて、マリクの所へ行くとすっか!」
 陽気な調子でそう言うと、城之内は準備運動とばかりに、右腕をブンブン振り回した。
「って……お前、相手のこと完全に忘れてるだろ。“天才少年”だぞ、“天才少年”」
 本田が茶々を入れたが、城之内は頓着せず、あっけらかんと応じた。
「へっ! “天才少年”だか“変態中年”だか知らねぇが……問題ねぇ! この“超天才デュエリスト”の城之内様が、デュエルの“いろは”ってヤツを教えてやるぜっ!」
「……その言い間違いは流石にヒドいような……」
「……ていうか、いつから天才になったのよアンタは」
 獏良と舞のツッコミも軽く流し、城之内は妙に自信ありげな高笑いとともに、デュエルステージへと向かって行った。
「ちょっと……ホントに油断すんじゃないわよ城之内っ! 相手は仮にも、一国のチャンピオンなんだからねっ!!」
 舞のその忠告に対し、「おうよ!」と調子良く応えてはいたが、どの程度届いているのかは未知数だった。

「……本当に大丈夫かな? 城之内くん」
「ウーン……まあ、城之内君は本番に強いタイプだし。大丈夫とは思うけど……」
 心配げな絵空の問いに、遊戯は苦笑混じりに応える。
「相手はたしか、フランスのチャンピオンなんだよね? 神里さんは詳しいの?」
「んー……そんなにでもないと思うけど。ただ前に、デュエル雑誌の記事で大きく取り上げられてるのを見たことあるよ。若干12歳の“天才デュエリスト”――って」
 その記事内容を思い出そうと、絵空は首を軽く捻る。すると月村が、絵空に続くように言葉を続けた。
「とりわけ注目されているのは、将来性だね。“欧州最強”のデュエリストと言えば、イギリス三連覇の“カール・ストリンガー”、ドイツ二連覇の“ティモー・ホーリー”辺りが筆頭に挙げられるが……それを打倒し得る、期待の新星と見られている。というのも……彼がフランスを制した時点でのデュエル歴は、たったの“三ヶ月”だそうだからね」
「!? た、たったの三ヶ月で!?」
 驚きのあまり、遊戯は声を上げていた。
 デュエルを始めて“三ヶ月”と言えば、普通なら漸く、強いカード・弱いカードの区別がつくようになる時期だ。「町内大会優勝」とかいうレベルならばまだしも、一国のチャンピオン――明らかに異常な成長スピードだろう。
「フランスは世界でも、十指に入る“デュエル先進国”と呼ばれている……彼の実力は本物だろうね。さらに最も恐るべきは、“三ヶ月”という、あまりに短いデュエル経歴……つまり彼にはまだ、相当な“伸びしろ”が残されていると言うことさ」
 月村の説明を聞きながら、遊戯は思わず唾を飲み込んだ。
 たったの三ヶ月で、デュエリストが十分な成長を遂げられるとは考えづらい――つまりエマルフ・アダンはまだ、“成長期”にあると考えるのが妥当だろう。彼に秘められているだろう潜在能力は、想像するだに恐ろしい。
「フランスチャンピオンシップ決勝が行われたのは約三ヶ月前だから……さらに三ヶ月、これで半年が経ったわけだ。一体どれほどの成長をしたのか……あるいはフランス制覇の時とは、180度異なる戦術になっている可能性もあるだろう。とにかく、侮れない強敵なのは確かだよ」
 言い終わると、月村は視線をデュエルステージへと上げた。
 舞台上ではちょうど、これからデュエルを行う二人が、互いのデッキシャッフルを終えたところだった。



「――では……よろしくお願いします、城之内さん」
「へっ……あ、ああ。よろしくな」
 礼儀正しくお辞儀するエマルフに、城之内は早々に勢いを削がれていた。
(それにしても小っちぇえな……普通なら小学生だもんな。捻くれた感じもねえし……ホントにそんな強ぇのか?)
 小首を傾げながら背を向けると、エマルフと距離をとり、決闘盤を構える。


『それでは!! 一回戦第四試合、デュエル開始ィィィィッ!!!』


 城之内の戦意が固まらぬうちに、デュエルの火蓋が切って落とされた。
 エマルフはすぐに相好を引き締め、デッキへと指を伸ばす。
「では……いきます! 僕の先攻、ドロー!」
 デッキよりカードを引き、視界へと入れる。
 引き当てたのは、エマルフの戦術の核ともなる、重要なトラップカード。
(……! よし、この手札なら……)
 口元に微笑を浮かべながら、まずは2枚のカードを選び出す。
「リバースカードを1枚セットして……『きつね火』を守備表示で召喚! ターン終了です」
 エマルフのフィールドに、尻尾の先に火を灯した、可愛らしい子ギツネが現れる。その守備力はたった200、極めて微々たる数値だ。
(何だぁ? ずいぶん可愛いモンスター出したな。何か特殊能力でもあるんだろうが……)
 釈然としない意識のままで、城之内もカードをドローする。

 ドローカード:悪魔のサイコロ

(ま、ちょっと闘ってみりゃ分かるだろ。まずは積極的にいくぜっ!)
 6枚の手札の中から、最も攻撃力の高いカードに指をかける。
「オレは『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』を攻撃表示で召喚! 『きつね火』を攻撃だっ!」
 攻撃力2000の自慢のモンスターで、果敢に攻撃を仕掛ける。
 豹戦士は素早く飛び掛り、子ギツネ目掛けて剣を振るう。

 ――ズバァァッ!!

 攻撃は難なく通り、『きつね火』は容易く両断された。エマルフの場の伏せカードはピクリとも動かない。破壊したモンスター自身の効果が発動する気配も無い。
(ただの弱小モンスターだったのか……?)
 城之内の警戒心が緩む。とりあえず手札に視線を落とすと、1枚のトラップカードに指をかけた。
「オレはカードを1枚セットし、ターンを――」
 と、城之内が宣言する瞬間、エマルフが動きを見せた。
「――この瞬間、『きつね火』の特殊能力が発動します! 戦闘で破壊された『きつね火』は、そのターンのエンドフェイズ時、墓地から特殊召喚できます!」
「! 何……っ」
 エマルフのフィールドに、子ギツネが再びその姿を見せた。


きつね火  /炎
★★
【炎族】
このカードが戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 300  守 200


「そして『きつね火』の特殊召喚成功時、場の魔法カードを発動します。永続魔法『魂の火種』!」


魂の火種
(永続魔法カード)
炎属性モンスターが特殊召喚される度に、このカードに
火種カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
火種カウンターが2個乗ったこのカードを墓地に送る事で、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「炎属性モンスターの特殊召喚に成功したので……「火種カウンター」が一つ乗ります」
 カードのソリッドビジョンの前面に、赤い「火種」が一つ灯る。
 その様子を見て、城之内は思わず顔をしかめた。
(毎ターン、復活するモンスターか……面倒だな。オマケに復活する毎に、「火種カウンター」は一つ増える……迂闊な攻撃はできねえな)
 とはいえ、場のモンスターの攻撃力では、城之内が圧倒的に勝っている。それを頭で確認すると、城之内は改めてエンド宣言を済ませた。


 城之内のLP:4000
      場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,伏せカード1枚
     手札:4枚
エマルフのLP:4000
      場:きつね火,魂の火種(カウンター:1),伏せカード1枚
     手札:3枚


「僕のターンですね、ドローします」
 エマルフはゆっくりとカードを引き、それを視界に入れる。その瞬間、エマルフの瞳が僅かに見開かれた。

 ドローカード:ホルスの目醒め

「よし……! 僕はまず、手札からモンスターを召喚します。いでよ、『ホルスの黒炎竜 LV4』!」
 フィールドに銀色の、ドラゴンの雛が喚び出される。しかしそれでも、パンサーウォリアーと同程度のサイズはある。成長すれば相当に巨大な竜となるのは、容易に想像がつくだろう。


ホルスの黒炎竜 LV4  /炎
★★★★
【ドラゴン族】
このカードは自分フィールド上に存在する限り、
コントロールを変更する事はできない。
このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜 LV6」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。
攻1600  守1000


「そして手札から、魔法カード発動――『ホルスの目醒め』!!」


ホルスの目醒め
(魔法カード)
自分の場の「ホルスの黒炎竜」1体を墓地へ送り発動する。
生け贄にしたモンスターより、レベルが2高い「ホルスの黒炎竜」を
召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


 魔法カードの発動コストとして、仔竜が場から姿を消す。しかしそれも、“成長”までの僅かな間――発動したカードの効果解決のため、エマルフは盤からデッキを取り外した。
「このカードの効果により、ホルスは一気に進化します。特殊召喚――いでよ、『ホルスの黒炎竜 LV6』っ!」
 成長したドラゴンが、エマルフの場に舞い戻る。
 成長した巨躯を存分に広げ、銀の翼をはためかせて、城之内を上空から見下ろしていた。


ホルスの黒炎竜 LV6  /炎
★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは自分フィールド上に存在する限り、魔法の効果を受けない。
このカードがモンスターを戦闘によって破壊したターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地に送る事で「ホルスの黒炎竜 LV8」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。
攻2300  守1600


「なっ、攻撃力2300……! パンサーウォリアーの攻撃力を一気に上回りやがった!?」
 そのモンスターを見上げながら、城之内は大袈裟に驚いてみせた。その内心を、微塵も垣間見せぬように。
「いきます……バトルフェイズ! 『ホルスの黒炎竜』で、パンサーウォリアーを攻撃っ!!」
(! よっしゃ、かかったっ!)
 エマルフの宣言を聞くや否や、城之内はガッツポーズを取り、颯爽と伏せカードに指を掛けた。
「残念だったな! この瞬間、オレの場のトラップが発動するぜ! 『悪魔のサイコロ』発動ぉ!!」
 勢いごんでカードを開くと、中から、サイコロを抱えた小悪魔が飛び出してきた。
「このカードの効果により、サイコロを一つ振る! そして出た目の数だけ、そのモンスターの攻撃力は割り算されるぜっ!」
 『ホルスの黒炎竜LV6』の攻撃力は2300――「1」以外の目さえ出れば、返り討ちに出来る。
「いくぜ! ダイスロールっ!!」
 誰ぞのセリフを拝借しながら、城之内は声高に宣言する。が――
「――って……あれっ?」
 城之内は目を丸くする。小悪魔がサイコロを抱えたまま、ピクリとも動かない。
 小悪魔はじっと、エマルフのフィールドを見つめていた。正確にはそこで開かれた、一枚の永続トラップカードを。


王宮のお触れ
(永続罠カード)
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカード以外の罠カードの効果を無効にする。


「この永続罠カードの効果により、全てのトラップカードの効果は無効となります」
「!? げえっ!?」
 小悪魔は結局、賽を投げぬまま消滅してしまった。よってバトルはそのまま続行――ホルスの吐き出す黒炎が、パンサーウォリアーを直撃した。

 ――ズドォォォンッ!!!

「!! ぐぅ……っ!」
 黒炎が、城之内の眼前を焼き尽くす。それに伴い、決闘盤のライフ表示が変動した。

 城之内のLP:4000→3700

「……さらに僕は、このターンのエンドフェイズ時――ホルスの特殊能力を発動します。モンスターの戦闘破壊に成功していれば、更なる進化を遂げられる。『LV6』を墓地へ送って――」
 再びデッキを取り外すと、エマルフはその中から、一枚のカードを選び出した。
「『ホルスの黒炎竜LV8』を……特殊召喚っ!!」
 ホルスは更に巨大化し、オーラを纏った両翼を、悠然と広げてみせた。


ホルスの黒炎竜 LV8  /炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
「ホルスの黒炎竜 LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、
魔法の発動と効果を無効にし破壊する事ができる。
攻3000  守1800


「ぐっ、攻撃力3000だと……!?」
 城之内は堪らず顔をしかめる。海馬のブルーアイズとも肩を並べる、最高レベルの攻撃値――それがたった2ターンで喚び出されるなど、全く予想だにしていなかった。


 城之内のLP:3700
      場:
     手札:4枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火,魂の火種(カウンター:2),王宮のお触れ
     手札:2枚


(なるほど……“フランス王者”の称号は伊達じゃねえ、ってわけか)
 城之内はフッと、根拠の無い不敵な笑みを漏らした。
「面白ぇ……そうこなくっちゃな! こっからはオレも、決闘者レベルを“スーパーMAXモード”に上げて闘ってやるぜっ!!」

 スーパーMAXモードって何やねん。




「……ホントに大丈夫かしら、アイツ……」
「……こりゃ負けたかな……」
 舞と本田は揃って、呆れたように呟き合った。



決闘73 駆け引き

「ホ……『ホルスの黒炎竜LV8』って、まさかあの……!?」
 デュエルフィールドを見上げながら、絵空が面食らった顔をしていた。
「ウン……ボクも本物を見るのは初めてだよ。世界に十数枚しか存在しない、最高位の超レアカード――相手の魔法を完全封殺可能な、最強レベルのモンスター!」
 遊戯は思わず唾を飲み込む。噂には聞くモンスターだが、その超絶的なレア度ゆえ、目にしたことは一度もない。『LV6』までならば、実際に闘った経験もあるのだが。
「……攻撃力3000ものモンスターを倒すには、通常、魔法か罠カードによるサポートが必要となる。しかしホルスは魔法を封じ、『王宮のお触れ』が罠カードをも封殺する……恐ろしいコンボだね。しかもそれを、たった3ターンで成立させてくるとは……」
 感服した様子で、月村は賞賛の言葉を連ねた。
「――って……それって結構ヤバイのか? オレにはイマイチ良く分からねえんだが……」
 非決闘者・本田の問いに、「ヤバイわよ」と舞が被せる。
「デッキ構成によっては、この時点で「勝負アリ」になる可能性だってあるわ。そうでなくとも、対処法はかなり制限されてくるし……アタシのデッキにだって、この状況を覆せるカードは何枚も無いわ」
 神妙な面持ちで、舞は決闘盤の、自身のデッキに目を落とす。頭の中で、この状況下での対応をシミュレートする――そして堪らず顔をしかめた。魔法・罠によるサポートを重視したデッキほど、この状況は苦しくなる。
(城之内はアタシよりも、使用モンスターの攻撃力が若干高めだけど……それでもかなり厳しいハズ)
 一体どう対処するのか――舞は目を凝らし、城之内の対応に注目する。
 しかしその時、「ところでさ」と獏良が口を開いた。
「――城之内君はあのモンスターの効果……ちゃんと知ってるのかな?」
 獏良のその質問に、月村を除く全員が、無言で顔を見合わせた。




(……相手の場には攻撃力3000のモンスター。対するオレの場はガラ空き、か……)
 手札4枚とフィールドを確認しながら、城之内はデッキへと指を伸ばす。
(さらに厄介なのは『王宮のお触れ』だな。アレがある限り、全部のトラップが封じられちまう。つまりは、モンスターと魔法カードだけで対応しなきゃいけねえワケだ。けっこうキツイな……)
 そして案の定、『ホルスの黒炎竜LV8』の特殊能力は知らなかったりする城之内。
(だが、この程度の苦境! オレは今まで何度も潜り抜けてきたぜ! モンスターと魔法が使えりゃ十分……一気に逆転して、度肝を抜いてやるぜっ!!)

 だから魔法も使えないんだってば。

「いくぜ! オレのターン、ドローッ!」
 勢いごんで、デッキから1枚カードを引く。

 ドローカード:モンスターBOX

 これで手札は5枚。モンスターが2枚、魔法が2枚、罠が1枚――カードの種類だけを見れば、まずまずバランスのとれた手札だろうか。しかし、
(マズイな……この手札じゃ攻撃力3000の、あのドラゴンは倒せねえ)
 翼をはためかせて見下ろしてくるそれを、恨めしげに一瞥する。
(トラップは使えねえから、実質、使えるカードは4枚ってワケか。だとすればココは――いや、待てよ……?)
 瞬間、城之内の脳裏に、何かが閃いた。悪戯っぽい笑みを見せると、手札のモンスターを1枚掴む。
「いくぜ! オレは『ランドスターの聖剣士』を召喚! 攻撃表示!」
「!? 攻撃表示!?」
 城之内のフィールドに、小柄な妖精剣士が喚び出される。


ランドスターの聖剣士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除く事で、相手フィールド上の
魔法・罠カード1枚を持ち主の手札に戻す。自分のターンのエンド
フェイズ時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。
攻 500  守1200


「召喚に成功したとき、特殊能力が発動するぜ! 剣に魔力が補充され……攻撃力が1000ポイントアップする!」
 ランドスターが呪文を唱えると、その剣が光を得、輝きだす。

 ランドスターの聖剣士:功500→攻1500

「さらに特殊能力を使う! 補充した魔力を解放することで、場の魔法・罠カード1枚を手札に戻す! この効果でオレは――お前の『王宮のお触れ』を選択! 手札に戻させてもらうぜ!」
「!? な……っ」
 ランドスターが剣を向けると、その先にある罠カード『王宮のお触れ』が震え出す。そして次の瞬間には、フィールドからその姿を消し去っていた。
(魔法・罠のバウンス効果か。破壊されるよりは良かったけど……!)
 エマルフは優れぬ表情で、盤から『王宮のお触れ』のカードを手札へと戻す。これで城之内は晴れて、トラップカードを使用可能になった――と言いたいところだが、あいにく場には現在、一枚も伏せられてはいない。
(だが『王宮のお触れ』は、セットしたターンには発動できないハズ……つまりオレは次のターン、罠の発動が許される)
 得意げな笑みとともに、2枚のカードを選び出す。
「リバースカードを2枚セットし、ターンエンド! そしてこの瞬間、ランドスターの聖剣に、再び魔力が宿る。攻撃力1000ポイントアップだ!」
 ランドスターの手にした剣が、その輝きを取り戻した。

 ランドスターの聖剣士:攻500→攻1500

(カードを2枚伏せた……! スーパーエキスパートルールでは、魔法カード2枚を同時に伏せることは許されない。つまり1枚は、確実に罠カードということ!)
 エマルフは堪らずに顔を歪める。せっかく決めたコンボの陣形を、容易く崩されてしまったことに。しかも、城之内の場のモンスターは攻撃表示――実に強気な布陣だ。


 城之内のLP:3700
      場:ランドスターの聖剣士,伏せカード2枚
     手札:2枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火,魂の火種(カウンター:2)
     手札:3枚



「――ほう……面白い駆け引きを仕掛けてきたな、カツヤ・ジョウノウチ」
 観客席の最上段で、ガオス・ランバートは愉快げな笑みを零す。
「……それにしても、エマルフ・アダン――“天才”とはよく言ったものですね。潜在的な魂(バー)・魔力(ヘカ)ともに、群を抜いている。……いや、それだけではありませんね。これは……」
 額にウジャトを輝かせ、眉をしかめるカール。それに対し、ガオスは平静に応える。
「ああ、宿す精霊(カー)も相当だな。ソラエ・ツキムラと同等か、それ以上――かつての“アヌビス”さえ彷彿とさせるよ。時代が時代ならば“幻神化”もあり得たろう。しかし――」
 ガオスはエマルフを見下ろした。どこか冷ややかな視線で。
「――先天の才のみで制せるほど、M&Wは浅くないよ。さて、どれほどのものか……」




「僕のターン、ドロー!」
 エマルフはターンの開始とともに、デッキからカードを一枚引く。
 真剣な面持ちでそれを確かめると、迷わず次の動きに移る。
「僕はまず……『魂の火種』を墓地に送り、効果を発動します! デッキからさらに、カードを2枚ドロー!」

 ドローカード:スタンピング・クラッシュ,打ち出の小槌

(! このカードは……!)
 引いたカードの1枚に、エマルフは思わず眉を開いた。『スタンピング・クラッシュ』は、相手の魔法・罠1枚を破壊可能な魔法カードだ。
(城之内さんのフィールドにあるのは、魔法・罠が1枚ずつのハズ。モンスター破壊の効果を持つトラップは、攻撃誘発型が多い。攻撃前にこのカードで、罠カードを破壊できれば……)
 問題は、そのトラップがどちらかということ――城之内の場には現在、2枚のリバースカードが存在している。
(僕の場の『ホルスの黒炎竜』は、相手の魔法を封じることができる。このモンスターがいる限り、かなり有利にゲームを進められる。召喚できた以上、可能な限り維持したい切り札。そのためにも……)
 城之内の場を観察する。『ランドスターの聖剣士』の左右に1枚ずつ、変哲なく配置されたカード。どちらが罠か見破る術を、エマルフは持ち合わせていない。
(確率は2分の1……ならば!)
「僕は手札から『スタンピング・クラッシュ』を発動! 城之内さんの場の……そちらのカードを破壊します」
 エマルフは右腕を伸ばし、城之内から見て右側の伏せカードを指差した。


スタンピング・クラッシュ
(魔法カード)
自分フィールド上にドラゴン族モンスターが存在する時のみ
発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、
そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。


「オレのリバースを破壊するカードか……だが甘いぜ! リバースマジック発動! 『モンスターBOX』っ!!」
 城之内は威勢良く、指差されたそのカードを開いてみせた。


モンスターBOX
(魔法カード)
自分の場の攻撃表示のモンスターを
すべて箱に隠し敵の攻撃をかく乱する。


「『モンスターBOX』は発動ターン、オレの攻撃表示モンスターを箱に隠し、戦闘回避を行うカード! 発動さえしちまえば、破壊されても効果は1ターン継続するぜ!」
 発動されたのは魔法カード。それを認識すると同時に、エマルフは反射的に口を開いた。
「僕はこの瞬間! 『ホルスの黒炎竜LV8』の特殊能力を――」
(――……! いや……違う! ここは――)
 だが次の瞬間には、再び口を結んでいた。エマルフの頭の中で、咄嗟の思考判断が行われ、一つの決断がなされた。
「――……っ! いえ……ここは発動しません。『モンスターBOX』の効果を通します」
「……へっ?」
 何のことを言っているか分からず、城之内は目を瞬かせる。
 『モンスターBOX』の効果により、『ランドスターの聖剣士』がボックス内に隠された。そして次に『スタンピング・クラッシュ』の効果により、ホルスが着地し、地響きを起こす。それを受け、効果発動済みの『モンスターBOX』のカードが砕かれる。
「さらに『スタンピング・クラッシュ』の効果! 魔法・罠カードの破壊に成功したとき、相手に500ポイントのダメージを与えます!」
「何……ぐあっ!?」

 城之内のLP:3700→3200

(チッ……そういやダメージ効果付きだったな、すっかり忘れてたぜ)
 僅かにダメージを受けたものの、すぐに気を持ち直す。そして先刻の、エマルフの不可解な発言に意識を傾けた。
(『ホルスの黒炎竜LV8』の効果……とか言ってたな。攻撃力3000に加えて、何か特殊能力がありやがんのか?)
 再び宙へ浮かぶ巨竜を、小憎らしげに見上げる。
 するとエマルフの口から、予期せぬ言葉が掛けられた。
「やりますね、城之内さん……ホルスの特殊能力を、逆手にとるつもりだったんですね。『ホルスの黒炎竜LV8』の特殊能力は、相手の魔法の発動と効果を無効にし、破壊する……僕がその効果を使ったならば、『スタンピング・クラッシュ』の効果適用前に『モンスターBOX』は破壊される。そうなれば、対象を失った『スタンピング・クラッシュ』の効果は不発となり、500ポイントの効果ダメージを回避できる……そういうわけですね?」
 心底感心した様子で、エマルフは表情を引き締めていた。
(“ジャン”の言っていた通りだ……やっぱりこの大会は、レベルがすごく高い!)
「………………」
 少しの間を置いてから、城之内はフッと、得意げな笑みを浮かべた。
「フッ……バレちゃあ仕方がねぇ。このオレの狙いを一瞬で見抜くとは……やるなエマルフ!」
 堂々と胸を張りながら、声高に城之内が叫ぶ。




「嘘ね」
「嘘だな」
 舞と本田は揃って、即座に断言した。
「ま……まあでもとりあえず、これで城之内君も、あのモンスターの特殊能力が分かったみたいだし……結果オーライじゃない?」
 と、苦笑混じりに獏良が言う。
「……けっこう有名なモンスターだから、知らないわけないと思ったんだろうね」
 遊戯もまた、同様の苦笑いを漏らした。

「ちょっと天然はいってるね、エマルフ君」
『(……あなたに言われちゃお終いだと思うわよ)』
 絵空の何気ない一言に、天恵はすかさずツッコミを入れた。「どういう意味?」と絵空が問うと、「何でもないわよ」と天恵はかわす。




(……『スタンピング・クラッシュ』で破壊できたのは魔法カード。つまりは、もう1枚の方がトラップ……)
 2分の1の確率を外し、エマルフは苦い顔をした。加えてこのターン中には『モンスターBOX』の効果も適用されており、攻撃しても命中確率は6分の1。
(僕のデッキには『スタンピング・クラッシュ』がまだ2枚入っているし……戦闘を介さずにランドスターを破壊する手段もある。ここは――)
 エマルフは手札の、『王宮のお触れ』のカードに指を掛けた。
 焦る必要は無い。『ホルスの黒炎竜』が存在する限り、優位は揺るがないのだ――そう考えた末に、
「――カードを1枚セットして……ターンを終了します」
 エマルフが選んだのは慎重策。危険な橋は渡らずに、着実に相手を追い詰める方針。
(攻撃してこねえ……か)
 緊迫した表情のまま、城之内は息を一つ吐き出した。フィールドを隠していたボックスが消え、再び『ランドスターの聖剣士』が姿を現す。


 城之内のLP:3200
      場:ランドスターの聖剣士(攻1500),伏せカード1枚
     手札:2枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火,伏せカード1枚
     手札:4枚


「オレのターン、ドロー!」
 城之内はカードを引き、それを視界へと入れる。

 ドローカード:墓荒らし


墓荒らし
(魔法・罠カード)
相手プレイヤーの墓地に置かれたカードを1枚奪いとる!!


(『墓荒らし』……コイツは魔法・罠カード、どちらとしても扱うからな。『王宮のお触れ』がなくても、『ホルスの黒炎竜』のせいで発動できねえか……)
 そのカードを左手に持ち替えると、城之内は改めて、眼前の飛竜を見上げた。
(魔法カードの完全無効化能力……そういや前に、双六じーさんから聞いたことがあったぜ。オレのレッドアイズと同じ、“黒炎”を操る最上級ドラゴン……!)
 上等だぜ、と心中で呟くと、城之内は声高に叫んだ。
「オレは再び……『ランドスターの聖剣士』の効果を発動! お前の場のリバースを、手札へと戻す!」
 伏せられていた『王宮のお触れ』が、再びエマルフの手札へと戻る。予想していたこととはいえ、エマルフは顔をしかめた。
「オレは『ランドスターの聖剣士』を守備表示に変更し、ターンエンドだ! さあ、お前のターンだぜ、エマルフ!」
 挑発的な眼をとともに、ターンを相手へ突き返す。城之内のその様子からは、劣勢など微塵も垣間見えない。
「……! 僕のターンです、ドロー!」

 ドローカード:ホルスの黒炎竜LV6

 エマルフが次に引き当てたのは、この状況を打開できるカードではない――僅かにその表情が曇る。
 しかしこのパターンへの対応も、エマルフはすでに考えてあった。6枚の手札を両手に持ち、徐(おもむろ)にシャッフルを始める。
(『ランドスターの聖剣士』の特殊能力は、1ターンに1度しか使用できない。それなら……)
 暫くして手を止め、2枚のカードに指を掛ける。
「リバースカードを2枚セットし――ターンを終了します!」
 エマルフが挑んだのはギャンブル――成功確率は2分の1。エマルフが先ほど外したのと同じ状況を、城之内へと突きつける。


 城之内のLP:3200
      場:ランドスターの聖剣士,伏せカード1枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火,伏せカード2枚
     手札:4枚


(なるほどな……一方がアタリでもう一方がハズレ、ってわけか。面白ぇ)
 城之内は舌を出し、唇を湿らせた。分かり易い勝負を挑まれ、精神が自然と高揚する。
「いくぜ、オレのターン! 『ランドスターの聖剣士』の特殊能力を発動! オレが選択するのは――」
 右腕を振り上げ、真剣な眼差しをエマルフのフィールドへ向ける。そして暫くの間を置き、それを振り下ろした。
「――そっちのカードだ! 手札に戻してもらうぜ!!」
(!? う……っ)
 隠そうとはしながらも、エマルフの表情は一瞬、確かに怯んでいた。
 城之内の直感は、『王宮のお触れ』を的確に見抜いたのだ。無言でそのカードを手札に戻す。
(さて……鬼が出るか、蛇が出るか……)
 城之内の側からは、『王宮のお触れ』を選べたという確証はない。しかし強気な顔のまま、手札に指を掛けた。
「カードを1枚セットして……ターンエンドだ!」
 場の伏せカードを1枚増やし、ターンを終える。それが魔法・罠のどちらなのかすら、エマルフには分からない。
(リバースカードが増えた……! これは……)
 エマルフの頬を汗が伝う。城之内のターン終了を受け、デッキへとその手を伸ばす。
「僕のターンです、ドローっ!」

 ドローカード:仮面竜(マスクド・ドラゴン)

 引き当てたのはまたも、この状況に対処できるカードではない。しかしエマルフはまだめげず、場の伏せカードを表にする。
「リバースカードオープン! 魔法カード『打ち出の小槌』!」


打ち出の小槌
(魔法カード)
自分の手札を任意の枚数デッキに加えてシャッフルする。
その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。

「この効果により僕は……手札6枚のうち5枚をデッキに加え、シャッフル! そして新たに、5枚を引き直します!」
 『王宮のお触れ』のみを残し、残り全てのカードを入れ替える。
(これなら……どうだ!?)
 デッキシャッフル後、5枚のカードをドローする。しかしそれを確認しても、エマルフの表情が優れることはない。
(駄目だ……この手札じゃ)
 5枚のカードの中に、この均衡状態を破れるものはなかった。カード1枚を、完全に無駄遣いしたことになる。


 城之内のLP:3200
      場:ランドスターの聖剣士,伏せカード2枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火
     手札:6枚


「慎重すぎるわね……いくら何でも」
 デュエルフィールドを見上げながら、舞が思わず苦言を呈す。
「でも……城之内君のトラップの正体が分からない以上、慎重にプレイするのもアリじゃないかな? 『ホルスの黒炎竜』が場に残ってる限り、優勢は変わらないだろうし……」
 軽く悩みながら、獏良も意見を口にする。確かに、現状のエマルフ優位は、ホルス1体の存在により支えられている――それを倒されれば、戦局は五分まで巻き返される。

『(――4ターン前……城之内さんが『モンスターBOX』を発動した場面、アナタならどうしたと思う?)』
 天恵からなされた問い掛けに、絵空は心の中で返答した。
(んー……やっぱり反射的に、ホルスの効果使って無効化してたと思うな。『スタンピング・クラッシュ』の500ダメージが無くなっちゃうのなんて、全然気付かなかったし)
『(じゃあ……気付いていたなら、無効にした?)』
(……へっ? それはー……)
 顎に右手を当て、考え込む。

「――4ターン前、『モンスターBOX』の効果を通した場面……あれが良くなかった、かな」
 まるで二人の会話を聞いていたかのようなタイミングで、月村が感慨深げに言う。
「一見したところ、相手に500ダメージを確実に与えた、好プレイにも思えるが……それが逆に悪かったかも知れない。結果として、トラップを避ける“言い訳”を作ってしまった。無論、城之内君のトラップの正体にもよるが、これは……」
 月村の言葉を聞いて、絵空は目をパチクリさせた。
(エ……あれってプレイングミスだったの?)
『(そうとは言い切れないけど……際どい所ね。所詮は結果論だし、悪手だったハズの手が、予想外に好手へ変わることだってある。でも個人的な意見を言えば……500ポイントのダメージは見限って、攻撃すべきだったと思うわ)』
(へー……意外。“もうひとりのわたし”はけっこう慎重派だから、ああいう場面ではむしろ、エマルフ君と同じコトすると思ったよ)
 絵空がそう言うと、「むしろ逆よ」と天恵は返した。
『(慎重ならば尚更……あの場面では、攻撃すべきだったと思うわ。何故なら――)』



「――“1ターンの重み”」
 何処かつまらなげな顔をしながら、ガオスは一言、そう呟いた。
「ターンプレイヤーはその間、相手より遥かな優位に立つことができる。手札の補充・カードの使用・攻撃の宣言……様々な自由が許される。自らのターンを軽んじ、いたずらにターンを相手へ譲る……それはすなわち、相手に逆転の芽を与えるということ。上級デュエリストにあるまじき、詰めの甘さだよ」
「……! しかし……エマルフのデッキ構成にもよるのでは? ここでの攻撃宣言は、やはりリスクを背負うことになる。彼のデッキに、この状況に対処可能なカードが多く投入されているならば……」
 ガオスの苦言に対し、カールはエマルフの弁護をする。
「……なるほど認めよう。確かに『ホルスの黒炎竜』が健在な限り、フィールドの優位はエマルフにある――だが、ゲーム全体の流れはどうだ? 果たしてエマルフの優位で、デュエルは進行しているだろうか?」
 否。現在のデュエルの流れを作ったのは城之内――正体不明のリバースにより、エマルフの自由を見事に縛りつけている。
「“慎重”と“臆病”は意味が違う。“慎重”ならば尚更に、自らの優位を磐石にすべく、リスク承知で攻撃すべきだったハズだ。ホルスを破壊されたところで、形勢はせいぜい五分どまり。リスクを恐れて勝利は得られぬ。現状の均衡状態は、エマルフの明らかな失態だよ」
 現状を生んだ一因は、恐らくは“経験”の差――いまだ幼く、デュエル歴も浅いエマルフでは、城之内のそれに大きく及ばない。
(……決闘者のタクティクスは、数百・数千・数万と経験するデュエルの中で、自然と培われるものだ。このような死活の場面でこそ、その経験値は試される)
「……知らぬうちに、フランスのレベルも随分と落ちたものだな。この程度の若造が一国の王者になるとは……嘆かわしいことだよ」




 デュエルフィールド上では依然、6枚の手札を片手に、エマルフが次の行動を決めかねていた。
(……もう一度、2分の1の駆け引きを挑もうか? でももし、また当てられたら……?)
 ガオスの見立ては“半分”正しい。浮き足立ったエマルフの現状は、経験不足による未熟さが一因。しかし決して、それだけではなかった。

 ――エマルフ・アダンはこの決闘に際し、ある“迷い”を抱いたままに臨んでしまった。

 エマルフ・アダンは“勝利”を求め、この場に臨んだわけではない。
 それはエマルフのプレイから積極性を奪い、結果、現在のような消極策へ自然と傾いてしまったのだ。

(……成功率2分の1の運が、そう何度も当たるハズはない。よし、ここはもう一度――)
 長考の末に結論を出し、エマルフは手札の2枚に指を掛ける――しかし同時に、城之内から声を掛けられた。

「――考えすぎじゃねえのか? お前」

「!? え……っ」
 対戦相手からの思わぬ言葉に、エマルフは驚き、顔を上げる。
「いや……余計なお世話かも知れねえけどさ。何つーか、肩に力入れすぎてるように見えたからよ」
 深呼吸でもしたらどうだ?と、城之内は気安く言った。エマルフはその言葉に、ある種の既視感を抱く。

 同じことを言われた覚えがある――それは今より半年前、ある人物から言われた言葉。


 ――その男の名は“ジャン”。エマルフをM&Wの世界へ導いた、そして彼にとって、掛け替えの無い男の名だ。


 城之内のLP:3200
      場:ランドスターの聖剣士,伏せカード2枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火
     手札:6枚



決闘74 エマルフ少年の孤独と苦悩(前編)

 半年前――フランスの首都近くにある、とある中規模都市の大学校内にて。



「――僕たちは何のために生きているんだろうね……ジャン」
「……はい?」
 突拍子も無いその質問に、大学生“ジャン”は右手に持ったスプーンを止め、固まってしまった。
 場所は学生食堂。周囲は食事・談笑する学生で騒がしい。そんな場で、しかも昼食中に切り出す話題としては、あまりに重く、場違いではなかろうか――ジャンはそう考えた。
「どうしたエマルフ……何か悪いモンでも食ったのか?」
 熱は無いよな?と、ジャンはエマルフの額に手を当てた。
「やめてよジャン、子ども扱いは。僕だってもう12歳なんだよ?」
 エマルフは嫌そうに、その手を払いのけた。しかしそれも、心底嫌がる程ではない。エマルフは目の前の男に対し、相応な‘親愛の情’を持っていたからだ。
「何言ってんだか……12なんざ、まだまだガキだろ。俺の半分しか生きてねえじゃん?」
 フフンと鼻を鳴らすジャンに対し、エマルフは声のトーンを落として言った。
「……ジャンの方こそ、それは威張れないんじゃないかな? 2年留年しちゃってるし」

 ――グサリ

 うぐぅ、という呻きとともに、ジャンは胸を押さえ、身悶えた。
 先月、24歳となったジャンは、大学で2年の留年を経験していた。流石に今年こそは卒業せねば――と、危機感を募らせている。仲の良かった友人も、去年まででほとんど卒業してしまった。
「しょ、しょうがねえだろ? お前も知ってるだろう、エマルフ……俺の留年の原因は交通事故。アレがなけりゃあ、留年なんてしなかったぜ?」
 ジャンは何故か誇らしげに言う。今より一年半程前、交通事故に遭い、入院生活を余儀なくされた――もっともそれが、二人が知り合うキッカケとなる出来事だったのだが。
「……半年足らずで退院してなかったっけ? よしんば、それで一年分の単位がとれなかったとしても……もう一年分はどうしたのさ?」
「…………。いや、それはまあホラ、色々とだな……」
 エマルフの追求に、しどろもどろの弁明を試みる。しかし哀しいかな、思ったように舌が回らない。
「ええい黙らっしゃいっ! 実家からの仕送りも、今年度までの約束だし……とにかく、今年こそは卒業する! つーか、卒業するしかねえんだよっ!!」
 悲痛に叫び、宣言する。大声に少々驚きながら、エマルフはとりあえず頷いてはおいた。
「――って……まあとにかく、俺のことはいいだろ。で、何の話だったか? お前の身長を手っ取り早く伸ばす方法だっけか?」
「……いや、それもまあ気になるケド」
「……気になるのかよ」
 ツッコめよ、とボヤきながら、ジャンは肩を落とす。悪ふざけをやめ、そろそろ真面目に応対することにした。

「“人間が生きる理由”とか……随分とまあ青臭いことを。哲学系の講義で、感銘でも受けたのか? あるいは、ニーチェかキルケゴールあたりでも齧(かじ)ったか……」
「……いや……そういうわけでもないんだけど。ただ何となく」
 俯くエマルフを観察しながら、「フム」とジャンは唸る。
「あー……そうか、アレか。お前もう12だし……早い気もするが“思春期”ってやつだなきっと」
「……思春期?」
 エマルフは目をパチクリさせる。知識としてなら、知っている用語だ。
「俺は16の時だったかな……そーゆう無駄なこと考えたりするんだよ。ま、誰もが通る道だから、そんなに重く考えんなって」
 ジャンが軽い口調で言うが、エマルフの表情は緩まない。
「――じゃあ……ジャンは、どういう“答え”を出したのさ?」
「あ? 答え?」
 あー……と、暫く考えた後に、
「いや、特に何も出さなかったけど」
 と、あっけらかんと答えてみせた。エマルフの肩がガクリと傾く。
「えっと……じゃあさ。ジャンは来年卒業したら、学校の先生になるつもりなんだよね? それは何で? 昔、憧れた先生とかいたの?」
「ん? そりゃあお前、アレだよ。夏休みとか、長期休暇があるじゃんか。職業の社会的評価も比較的高いしさ……サラリーマンより楽かと思って」
 期待ハズレの返答に、エマルフは再び肩を落とす。そして、溜め息を一つ吐いた。
「……だから、そう重く考えんなって。分からなきゃ死ぬわけじゃねえんだし……もっと気楽に考えろよ」
「…………。でも……」
 エマルフは真剣な表情で、真摯な言葉を紡ぐ。
「――僕は将来、沢山の人の“命”を救う仕事に就くんだから……それを知らないのは、無責任なことだと思うんだ」
 それは、心からの言葉。


 エマルフの家は開業医で、父は病院長、母は看護師をしている。大学近くにある、それなりに大きな病院だ。世間的評判も悪くない。その一人息子であるエマルフは、いずれ医者となり、父の跡を継ぐことを期待されていた。
 けれど、父も母も優しい人で“他になりたいものがあれば――”と、常々言ってくれている。両親を敬愛し、尊敬するエマルフにとって、それは決して、押し付けられた運命でない。自らの意志に基づいた夢だった。

 なお、エマルフがジャンと知り合ったのは、その病院に、彼が入院してきたことに起因する。心配性が玉にキズの両親が、息子の進学する大学の学生であることを知り、ジャンによろしくお願いした結果なのだ。


「――考え過ぎなんだよ、お前は」
 しかしそれを、ジャンはあっさりと斬り捨てた。
「お前が目指すのは外科医だろ? カウンセラー志望ならともかく……そんなもん、いちいち気にしてたらキリねえって」
「……そうかなあ」
 優れぬ表情で、エマルフは俯く。
 心の中に、言い表せぬ“違和感”があった。ある時、不意に生じたその感情こそが、エマルフの抱いた疑念の根源。“迷い”の正体。
 エマルフの様子を窺いながら、ジャンは面倒臭そうに、後頭部の髪をボリボリ掻いた。
「…………。お前さ、最近はどうなんだ? 医学部の連中とは上手くやれてんのか?」
 実験とかもあるんだろ?と、少し真面目な口調で問う。
 エマルフが大学に入学して、すでに一年が経過している(フランスの年度始めは9・10月頃)。しかし学部の違いなどもあり、ジャンは、医学生としてのエマルフを良く知らなかった。それ故の問い。
「ウン。それなりに仲良くやれてると思うけど……。みんな良い人達ばっかりだし」
 エマルフは屈託なく、そう言った。しかしその言葉の中に、ジャンは小さな引っ掛かりを覚える。
(……“それなりに”……ね)
 フム、と唸ってから、ジャンは質問を変えた。
「この大学で最年少って、当然オマエだよな? 知り合いで、一番歳が近いのって誰だ?」
「え? えっと……エリックさんかな。確か17歳だと思ったけど」
「……それでも5歳差か」
 フーム、と唸ってから、ジャンは視線を一度外し、現在時刻を確認した。
「やべ、もうすぐ三限目はじまっちまうな。……話はまた後で聞いてやるから、先にメシ食っちまおうぜ」
「あ……う、うん」
 エマルフが頷くと、ジャンは手元のパンをちぎり、口に放り込んだ。エマルフもそれに倣い、食事に戻る事にする。

 何だかんだと言いながら、ジャンは面倒見の良い人間だった。動機こそ何であれ、彼は教師向きの人間だろう――エマルフは以前からそう思っている。
 だからこそ、こんな相談をできるのは、彼を置いて他には思い当たらなかった。



 それから数日後――、大学の講義が終わった後に、エマルフはジャンから呼び出しを受けた。
 自転車で十数分かかる、年季の入ったアパートへ案内される。その中の一室が、ジャンの寝起きしている部屋らしい。
「……少しは掃除した方が良いんじゃない? ジャン」
「……まーな」
 異臭の漂う部屋だった。玄関先に置かれた、口の縛られていないゴミ袋の中には、インスタント食品の空き袋が幾つも入れられている。
「こんなものばかり食べてると身体壊すよ? もっと栄養バランスも考えないと……」
「ほっとけ。お前は俺のオフクロか何かか」
 悪態を吐きながら、ジャンは室内へと踏み入った。その後をついて行こうとするが、ジャンに慌てて制止される。
「待てエマルフ! この部屋は18歳未満立ち入り禁止だ! 良い子は入っちゃいけません!」
「……はあ」
 仕方が無いので、玄関先で待つことにした。間もなくしてジャンが戻ってくる。その両手には一つずつ、見慣れぬ白い物体があった。
「コレ、見たことあるか?」
「……? 何だいコレ?」
 やっぱり知らなかったか、とジャンは呟く。
「コイツは“決闘盤(デュエル・ディスク)”って言ってな……まあ平たく言えば、いちおう玩具ってことになるかな。それじゃあお前、M&Wも知らないクチか?」
「マジックアンドウィザーズ……? 手品か何か?」
 キョトンとするエマルフを前に、ジャンは失笑していた。
「『魔法少女ピケルたん』を見てれば分かると思うんだが……お前、見てないんだっけ?」
「確か……夜7時に放送しているアニメだよね。その時間は夕食中で、テレビは見ないことにしてるから……」
「フーン……なら今度、録画して見ろよ。お前くらいのヤツはみんな見てるし、面白いからさ」
 何ならDVD貸してやるぞ、などと言いながら、今度は外に連れ出される。これから何をしようというのか、エマルフにはさっぱり見当がつかない。
「さて、百聞は一見に如かずだ……一度やってみようぜ」
「?? って……何を?」
 首を傾げたままのエマルフの左腕に、ジャンは決闘盤を装着した。次に、その場にエマルフを待機させ、ある程度の距離を置く。
「こんなもんでいっかな……よーしエマルフ、先攻はお前にやろう! 決闘盤から6枚カードを引くんだ」
 言われるがままに、エマルフは盤にセットされたカードを引く。そのデザインを見て、一つの推測が浮かぶ。
「……これって、何かのカードゲーム?」
 ウム、とジャンが頷く。エマルフは漸く、事態を把握し始める――しかしルールが分からないので、何をすべきかサッパリだ。
「特別にアドバイスをしてやろう。先攻1ターン目のプレイヤーはな、何もせずに「ターンエンド」って言うのが有利なんだ」
「え……タ、ターンエンド?」
 その瞬間、ジャンの瞳がキラリンと輝いた。
「バカめ、引っ掛かったなぁぁぁっ!! 俺様のターン! 『グレート・アンガス』を召かぁぁぁんっ!!」
 ジャンの前に、見るからに凶暴そうな、見たことの無い怪物が姿を現す。突然の出来事に、エマルフは面食らった顔をした。


グレート・アンガス  /炎
★★★★
【獣族】
狂ったように暴れ続けている、非常に凶暴な獣。
おとなしい姿を見た者はいないと言う。
攻1800  守 600


(!?? これって……立体映像!?)
 状況を呑み込めないうちに、ジャンがエマルフを指差し、叫ぶ。
「いけぇグレート・アンガス! エマルフに直接攻撃じゃぁぁぁぁっ!!!」
「!? え……えええっ!?」
 叫ばれると同時に、怪物はエマルフに殴りかかって来た。たぶん映像だろう――そうは思っていたものの、冷静な対処は出来ない。そのあまりの臨場感に、エマルフは身構え、後ずさる。
「――アンガス・パーンチっ!!」

 ――ドカァァッ!!

「!! うわ……っ!?」
 予想通りの立体映像。怪物の拳は、エマルフの身体をすり抜ける。しかしエマルフは反射的に、その場に尻餅をついてしまった。

 エマルフのLP:4000→2200

「……とまあ、これがM&W――いま巷で大人気のカードゲーム、というわけだ。分かったか?」
「…………」
 しばらく呆然とした後、思い出したようにエマルフが問う。
「……もしかして今の、卑怯な手とか使った?」
「……いや、もしかしなくても使ったが」
 そこでゲームは終わりらしく、ジャンは決闘盤からカードを外し、エマルフに近づいた。カードが外されるのと同時に、怪物の姿が消え失せる。
「先月から一般販売された、このカードゲーム専用の装置でな……なかなかスゲェ機械だろ?」
 エマルフは無言で頷く。高鳴ったままの心音が、先ほどの立体映像の凄さを物語っていた。
「もうすぐ教育実習だから、ガキども相手の話題作りに良いかと思ってな……もともと興味あったしよ。で、2つ買ってあったから、お前に一個やる」
「え……っ」
 エマルフは驚き、目を瞬かせる。
「……でもこれ、高かったんじゃないの? こんな――」
 エマルフの言葉を制するように、ジャンはその頭に手を置いた。
「ガキがくだらねーこと気にしてんじゃねーよ。ガキの小遣いじゃ、ちぃと高いかも知んねぇが……大人の財力ならちょろいもんよ」
 その手をそのまま差し出して、未だ座ったままのエマルフを立たせる。
「勉強ばっかしてねえで、お前はもちっと“遊び”を覚えろ。駅前にでけぇゲーム屋があってな……後で場所教えてやるから、休日とかはそこへ行け。お前くらいのガキどもが、わんさか遊んでやがるからよ」
 それだけ言うと、ジャンは腕時計に視線を落とす。エマルフが返す言葉に迷っていると、ジャンが慌てたような声を上げた。
「やっべ、そろそろ行かねえとバイトの時間だわ! お前、こっからの帰り道分かるか?」
 エマルフが頷くのを確認すると、ジャンは駐輪場の方へと駆け出した。エマルフはついて行こうとしたが、なにぶん歩幅が違いすぎる。自転車にまたがると、疾風の如き速さで行ってしまった。
(…………。M&W、か……)
 独り取り残されたエマルフは、決闘盤からカードを外し、その一枚一枚を観察してみた。
(……カードによって色が違う……3種類……いや、4種類か。役割で色分けしているのかな?)
 肝心のルール説明を全くしてもらえなかったので、どういうゲームなのか良く分からない。
(怖そうなイラストが多いなあ……あ、でもコレは可愛いかも。こっちはカッコ良い……)
 そして暫くしてから、あることに気付き、呟いた。

「……「ありがとう」って、言い忘れた……」

 ――それが、エマルフ・アダンがM&Wを始める、キッカケとなる出来事。
 彼がフランス王者の座につく、ほんの三ヶ月前の話である。



決闘75 エマルフ少年の孤独と苦悩(後編)

 ジャンに紹介されたゲーム店で、エマルフには何人もの“友達”が出来た。
 もともと人見知りをするタイプではなかったし、人当たりも良い方だった。同年代の少年少女達の輪の中へ、割と自然に溶け込むことができた。その点で言えば、特に問題は無いハズだった。

 彼らとの友好を育む一方で、デュエリストとしての彼の腕は、急速に成長していった。店は居心地が良かったし、休日のみならず平日でも、行けそうな日は足繁く通った。貯めるばかりで使い道の乏しかった小遣いを使い、カードを買い、デッキの改築も行った。友達と遊び過ぎて帰宅が遅れたときは、両親は怒ると同時に喜んでもくれた。


 しかし彼の成長は、あまりにも急速すぎた―― 一ヶ月としないうちに、同年代では無敗となってしまった。それでも“手加減”をして、みんなと楽しく遊べていたのだが……それを見越したらしい店主が、大人中心で催される大会への出場も勧めてきた。同年代相手に物足りなさも感じ始めていたエマルフは、少し迷ってから首肯した。

 大きなゲーム屋だけのことはあり、強い、大人のデュエリストも沢山いた。初参加したときには、一回戦で惜敗した。「悔しい」という気持ちよりは、エマルフは純粋な高揚を覚える。越えるべき壁が出来たことで、M&Wへの熱意は、更に大きくなった。家での勉強時間も少し削って、デッキの完成度アップ・戦略の研究を試み始めた。

 だが、もう一ヶ月も経たぬうちに、その壁はあっさりと打ち破られてしまう。常連客の大人の誰もが、エマルフに勝てなくなっていた。そのあまりの上達速度に、誰もが舌を巻いた程だ。

 倒した大人たちの中に、“フランスチャンピオンシップ”への出場経験を持つ者がいた。その者にしきりに薦められ、エマルフはその大会に出場することになる。
 チャンピオンシップ大会予選、圧勝できた試合などほとんどない――しかしデュエルを重ねる毎に、彼は多くを学び、吸収していった。苦戦したデュエルである程に、彼の成長を促した。半月かけた予選を終える頃には、自らのデュエルスタイルを固め、納得のいくデッキを完成させ、万全の体勢で本戦に臨むことができた。

 数多くの白星を挙げ、彼はベスト4まで勝ち進んだ。ノーシードから、M&Wでは無名の、そしてたった12歳の少年が準決勝まで勝ち進んだ――彼の存在は、マスコミの注目をたちまち集めた。もともと決闘盤の開発により、世間でのM&Wへの注目は過熱的だった。故にマスコミにとっての彼は、何にも勝る、格好の“スクープ”に他ならなかったのだ。

 後日、優勝決定戦は、パリのカイバランド・ゲームドームを貸し切り、大観衆の前で行われた。
 準決勝戦を辛勝し、エマルフは決勝戦へと勝ち進む。決勝戦の相手は、昨年まで2連続優勝を挙げているチャンピオン“アネット・ベルタン”――世界でも稀有な女性チャンピオン。そのこともあり、決勝戦への注目度は相当なものだった。





「――私は手札から『サイクロン』を墓地へ送って――『神聖魔導王 エンディミオン』の特殊能力発動! 『ホルスの黒炎竜LV8』を破壊するわ!!」
 アネットの強気な宣言が、会場内に響く。
 捨てたカードの魔力を糧に、彼女のエースモンスター ――漆黒の魔導王は力を得る。携えた杖をホルスに向け、闇の魔力を解き放った。

 ――ズガァァァンッ!!!

「!! ホルスの黒炎竜が……!」
 魔導王の魔術の前に、屈強なるドラゴンが撃ち落とされる。迫力あるその光景に、客席から歓声が上がった。


エマルフのLP:1000
      場:ヴォルカニック・エッジ,きつね火,王宮のお触れ
     手札:0枚
アネットのLP:3000
      場:神聖魔導王 エンディミオン,魔法都市エンディミオン(カウンター:2),伏せカード1枚
     手札:2枚

ヴォルカニック・エッジ  /炎
★★★★
【炎族】
相手ライフに500ポイントダメージを与える事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
攻1800  守1200

神聖魔導王 エンディミオン  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは自分フィールド上に存在する「魔法都市エンディミオン」に乗っている
魔力カウンターを6つ取り除き、自分の手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加える。
1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てる事で、フィールド上に存在する
カード1枚を破壊する。
攻2700  守1700

魔法都市エンディミオン
(フィールド魔法カード)
自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。
魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、破壊されたカードに乗っていた
魔力カウンターと同じ数の魔力カウンターをこのカードに置く。
1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを取り除いて
自分のカードの効果を発動する場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを
取り除く事ができる。このカードが破壊される場合、代わりにこのカードに乗っている
魔力カウンターを1つ取り除く事ができる。


「これで私は、魔法カードが発動できるわね……! 手札から『強欲な壺』を発動! デッキから2枚ドローし……さらに「魔法都市」に、魔力カウンターが一つ乗るわ!」
 アネットはデッキからカードを引く。これで彼女の手札は3枚。

 ドローカード:魔導戦士 ブレイカー,死者蘇生

 魔法都市エンディミオン(カウンター:2→3)

「……! 私はこのまま、バトルフェイズに入る! エンディミオン、『ヴォルカニック・エッジ』に攻撃! 魔・導・爆・裂・波!!」

 ――ズガァァァッ!!!

「うあ……っ」
 エマルフのモンスターが破壊され、ライフポイントにダメージを受ける。

 エマルフのLP:1000→100

「私はこれでターンエンド……さあ、あなたのターンよ!」
 アネットは表情を緩めずに、ゲームの進行をエマルフに促す。


エマルフのLP:100
      場:きつね火,王宮のお触れ
     手札:0枚
アネットのLP:3000
      場:神聖魔導王 エンディミオン,魔法都市エンディミオン(カウンター:3),伏せカード1枚
     手札:3枚


 これでエマルフの場には、再生能力を持つが低守備力の『きつね火』と、罠の発動を封じる『王宮のお触れ』のみ。そして手札は0枚、ライフは風前の灯――誰もがアネットの勝利を疑わない戦況となる。
「『王宮のお触れ』……ホルスとのコンボは見事だけれど、こうなると逆効果ね。そのせいで、私のトラップは発動できないけれど――おかげで私も、あなたの罠を気にせず攻められるわ」
「……!」
 彼女の勝気な微笑みに、エマルフは表情を曇らせた。
 それは、エマルフも承知済みの弱点。エマルフは承知の上で、『王宮のお触れ』のカードをデッキに投入している。
 デュエル歴の浅いエマルフには、多彩な魔法・罠・モンスター効果に対し、十分柔軟な対応をとることは困難。故に『王宮のお触れ』を張り、デュエルの“単純化”を狙う。そうすることにより、経験の絶対的不足を補うのだ。以前、トラップを多彩に使う技巧派プレイヤー相手に苦戦した経験から見出したスタイル――無論、エースカード『ホルスの黒炎竜』とのコンボも視野の入れてのキーカードではあるが。
(強い……! この人のデッキは多分、魔法カードへの依存度が高い。魔法無効化能力を持つ『ホルスの黒炎竜LV8』を使う僕は、かなり相性が良いはずなのに……!)
 エマルフは眼前の女性に対し、確かな“格の違い”を覚える。しかし“絶望”は沸かない――逆に心は、大きな高揚を覚えた。
(……楽しい……。この人は本当に、すごく強い!)
 それは、子ども故の無邪気さか。
 デッキへと指を伸ばす。手札は無い、ここからの逆転は99パーセント不可能――しかしその瞳には、確かな希望と期待が混じっている。
「僕のターンです! ドローッ!」
 カードを引き、視界に入れる。引いたのはモンスターカード。それを迷わず、決闘盤に置いた。
「僕は『フレムベル・ドラン』を召喚して……特殊能力を発動します!」
 エマルフのフィールドに、丸い腹をした、肥満体のドラゴンが喚び出される。ドラゴンは両拳で腹を5回叩き、ドンドンと太鼓のような音を鳴らす。


フレムベル・ドラン  /炎
★★★★
【ドラゴン族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
炎属性モンスター5体を選択して発動する。
選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
この効果の発動時に自分の手札が1枚以下ならば、さらに1枚ドローする。
攻撃力1500  守備力 200


「このモンスターの効果により、墓地から5枚をデッキに戻して……2枚ドローします!」
 新たに2枚を引き、視界に入れる。モンスターと魔法カードが1枚ずつ――確認した瞬間、エマルフは力強く微笑む。
「手札から装備カード発動……『炎のバトン』!!」
 エマルフがカードをかざすと、場の『きつね火』と『フレムベル・ドラン』が、炎の渦に包まれた。


炎のバトン
(装備カード)
自分の墓地の、炎属性モンスター1体を選択して発動。
選択したモンスターと同じレベルになるように、
自分の場の炎属性モンスターを墓地に送る。
選択したモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


「『きつね火』のレベルは2、『フレムベル・ドラン』のレベルは4……! この2体を墓地に送り、蘇生召喚――出でよ、『ホルスの黒炎竜LV6』っ!!」
 渦はやがて一つとなり、中から飛竜が姿を現す。
 先ほど倒された復讐を果たさんというのか、巨大な咆哮を挙げた。

 魔法都市エンディミオン(カウンター:3→4)

(……!? LV6の攻撃力は2300どまり、エンディミオンの攻撃力には及ばない。罠も使えないこの状況で、一体何を……)
 アネットは眉根を寄せ、訝しむ。対するエマルフは強い瞳で、彼女のエースモンスターを見据え――
「バトル!! 『ホルスの黒炎竜LV6』で……『神聖魔導王 エンディミオン』を攻撃します!」
「!? なっ」
 エンディミオンの攻撃力は2700、ホルスの攻撃力は2300――このままでは勝てない。だからエマルフは次に、手札の1枚を勢い良く振りかざした。
「――手札から『ヴォルカニック・ブースター』を捨てて……効果発動っ!!」


ヴォルカニック・ブースター  /炎
★★★
【炎族】
ダメージステップ時、自分の炎属性モンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
このカードを手札から墓地へ送る事で、自分の炎属性モンスター1体の攻撃力は、
このターンのエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。
このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、相手のライフに
300ポイントのダメージを与える。
攻1000  守 0


 ホルスの黒炎竜LV6:攻2300→攻3300

「いっけぇ……ホルス! ブラック・ブレイズッ!!」
 ホルスは口内に貯めた黒炎を爆発させ、それを勢い良く吐き出した。

 ――ズドォォォォォンッ!!!!

「!! くう……っ!」
 黒炎が、魔導王を焼き飛ばす。さらに超過ダメージを与え、アネットのライフを減らす。

 アネットのLP:3000→2400

「……そしてエンドフェイズ時、戦闘でモンスターを破壊した『ホルスの黒炎竜LV6』を墓地に送って――」
 エマルフは、デッキの中から1枚きりの、『フレムベル・ドラン』の効果でデッキに戻したカードを選び出す。
「――『ホルスの黒炎竜LV8』を……特殊召喚します!!」
 雄雄しき巨竜が、再臨する。これにより、形勢は再逆転――奇跡の逆転劇に、観客が再び沸く。
「……まだです! 墓地に送った『ヴォルカニック・ブースター』の、もう一つの効果を発動! 相手プレイヤーに、300ポイントのダメージを与えます!」

 ――ズドォォンッ!

「つ……っ」
 アネットの足元で爆発が起こり、彼女のライフを更に削る。

 アネットのLP:2400→2100


エマルフのLP:100
      場:ホルスの黒炎竜LV8,王宮のお触れ
     手札:0枚
アネットのLP:2100
      場:魔法都市エンディミオン(カウンター:4),伏せカード1枚
     手札:3枚


(やってくれるわ……! これでデュエル歴3ヶ月っていうんだから、とても信じられない!)
 アネットは憎々しげに歯を噛んだ。
 エマルフの情報はマスコミを通し、多くの人間に知られていた。12歳で大学生、ほんの3ヶ月の経験で王座を狙わんとする、超天才児――マスコミは好意的な記事を書いていたが、彼女にはそう思えなかった。


 アネット・ベルタンがM&Wを始めたのは7年前、今のエマルフと同じ12歳の頃――学校で流行り出したそのゲームに、彼女は自然と手を伸ばした。それが始まりだった。
 始めたキッカケこそ平凡。しかし彼女は7年間、M&Wへの情熱を、一度たりとも失わずに生きてきた。それは彼女の、デュエリストとしての一つの誇りだった。M&Wに費やした、積み重ねてきた7年間――それこそが自分の強さの礎であると、信じてきた。だから、


(……負けたくない)
 アネットはエマルフを、きっと見据えた。フィールドの戦況は確かに、エマルフの圧倒的優勢――しかし彼のライフはたったの100。付け入る隙は必ずある――そう、自身に言い聞かせる。
「私のターン! ドローッ!!」
 気合とともに、彼女はカードを引き抜いた。引き当てたのは罠カード――彼女の脳内に、勝利への道、最後の戦術がイメージされる。
「私は『魔導戦士 ブレイカー』を……攻撃表示で召喚っ!!」
 それを現実のものとするべく、場に魔導戦士を喚び出す。
「このモンスターの召喚成功時……魔力カウンターが1つ乗るわ! それにより、攻撃力300ポイントアップッ!」

 魔導戦士 ブレイカー:攻1600→攻1900


魔導戦士 ブレイカー  /闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
また、このカードに乗っている魔力カウンターを1個取り除くことで、
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。
攻1600  守1000


「そしてブレイカーの効果発動! 『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンター1つを代わりに取り除いて……あなたの場の『王宮のお触れ』を破壊する! マジック・ブレイクッ!!」

 ――ズバァァッ!!

 ブレイカーの生み出した魔力刃が、エマルフのカードを両断する。
 エマルフは表情を歪めた。これでアネットは再び、罠カードの発動が可能となってしまったのだ。
「そしてカードを2枚セットして……ターンエンドよ!!」
 強い語気で、エンド宣言を済ます。これでアネットの場には3枚、正体不明のリバースカードが並んでしまった。


エマルフのLP:100
      場:ホルスの黒炎竜LV8
     手札:0枚
アネットのLP:2100
      場:魔導戦士 ブレイカー(攻1900),魔法都市エンディミオン(カウンター:3),伏せカード3枚
     手札:1枚


(ホルスより攻撃力が低いモンスターを、攻撃表示……!? 伏せカードの中に、攻撃力を増減する罠が入っているのか!?)
 アネットの強気な布陣に、エマルフは警戒せずにいられない。エマルフの残りライフは100、もはや一つのミスも許されないのだから。
(そして、そこにこそ私の勝機はある……! このターンを凌いでしまえば、私の勝利は確定する!)
 攻撃力3000のドラゴンを従えるエマルフに対し、アネットは強気な姿勢を見せる。そうすることで、彼の動きを制限しようとする。
「……。僕のターンです……ドロー!」

 ドローカード:UFOタートル


UFOタートル  /炎
★★★★
【機械族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター1体を
自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
攻1400  守1200


(……『UFOタートル』の攻撃力は1400。このモンスターも攻撃させれば、アネットさんのライフを0にできるけど……)
 問題は、彼女の場にセットされた3枚のカード。易々と攻撃を通してくれるとは思えない。
(……普通なら攻撃せずに、様子を見る場面……かな?)
 エマルフは悩み込む。仮に彼女のリバースカードが『ミラーフォース』であったなら、見るも無残な結果となろう。そうでなくとも、このターンで勝負を決められなかった場合、攻撃力1400のモンスターを攻撃表示で残すのは危険すぎる。
(……3枚もの伏せカードが、全てブラフとは考えがたい……けど)
 エマルフの思考は、自身にブレーキを掛けようとしていた。攻撃するにしても、ホルス1体のみでの攻撃が妥当、モンスター2体での総攻撃だけはあり得ない――と。
 しかし、
(総攻撃した方がいい……気がする)
 彼女の伏せはブラフ……そしてここで勝負に出ねば、逆に倒されてしまうのではなかろうか――根拠の無い“直感”が、エマルフに警鐘を鳴らしている。
 白熱したデュエル中、研ぎ澄まされた“感覚”が、“思考”の上をいこうとする――今までにも、こうした体験は何度かあった。そしてその判断が間違っていたことは、今までに無い。
(……!! ここは――)
 左手に持ったカードを、右手に持ち替えた。
「僕は『UFOタートル』を……攻撃表示で召喚っ!!」
「!? なっ!」
 エマルフのフィールドに、UFOを背負った巨大亀が現れる。エマルフの意外な選択に、アネットは両眼を見開いた。
「そして……いきますっ! ホルスの黒炎竜で、ブレイカーを攻撃! ブラック・ブレイズ・バーストッ!!」
 小さな主の命を受け、ホルスは黒炎を吐き出した。アネットの場には、3枚の伏せカード――しかしそのいずれも、ピクリとも動きはしない。

 ――ズドォォォォォッ!!!

「!! ぐう……っっ!」
 一瞬で、魔導戦士は消炭と化した。そしてアネットのライフポイントは、大幅に削られることになる。

 アネットのLP:2100→1000

 魔力カウンターの乗ったカードが破壊されれば、その分のカウンターが“魔法都市”に補充される。しかしそんなことを考える余裕は、アネットにはもう無かった。

 魔法都市エンディミオン(カウンター:3→4)

「この攻撃が決まれば……僕の勝ちです! いけ、UFOタートル!!」
 巨大亀の口から、赤い炎が放射される。この攻撃が通されれば、アネットの敗北は確定する。
「!! く……っ」
 アネットは決闘盤の、3枚のカードに目を落とす。その中で、この状況で発動可能なカードは1枚しかない。
「――っっ!! リバーストラップ発動! 『エンジェル・リフト』ッ!!」


エンジェル・リフト
(永続罠カード)
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に
存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。


(『エンジェル・リフト』による蘇生は、攻撃表示限定……! 攻撃力400以下のモンスターは選べない! だとすれば、召喚するべきは――)
 苦渋に満ちた表情で、アネットは墓地からカードを選び出す。
「その効果により、私は――『黒魔導師クラン』を特殊召喚!!」


黒魔導師クラン  /闇
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在する
モンスターの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。
攻1200  守 0


 アネットのフィールドに、黒の魔法少女が喚び出される。しかし攻撃力は1200――UFOタートルの攻撃は受け止めきれない。

 ――ズドォォッ!!

 現れて早々に、炎に焼かれ破壊される。その能力値の差だけ、アネットのライフは削られる。

 アネットのLP:1000→800

 このタイミングでの罠発動は、彼女にとって苦肉の策と言えた。エマルフのエンド宣言時に発動させ、特殊召喚した『黒魔導師クラン』の特殊能力でエマルフのライフを削りきる――それこそが、彼女の思い描いた勝利パターンだったのだから。
 対するエマルフは、彼女の狙いを潰せたことで、ほっと安堵の溜め息を吐く。しかし表情は、まだ緩められなかった。
(このターンでのトドメは刺せなかった……UFOタートルは攻撃表示で場に残る。次のターン、攻撃力1500以上のモンスターを出されれば、僕の負けだ!)
「……僕はこれで……ターン終了です」
 緊迫した空気の中、慎重にエンド宣言を済ます。
 アネットは震える手で、デッキへと指を伸ばした。
「……わ……っ、私の……ターン……ッ」
 デッキのトップカードを信じて――アネットはカードを引き抜く。
(そうよ……攻撃力1500以上のモンスターを引けば、私の勝ちじゃない! 引ける……私なら引けるはずよ!! デュエルを始めて3ヶ月ぽっちの子どもに、私が負けるワケが――)
「……ッッ! ドローッ!!」
 彼女が引き当てたのは、攻撃力2000のモンスター。その瞬間に、決着はついた。


魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)  /闇
★★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上に存在する限り、自分または相手が
魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は200ポイントアップする。
また、このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、
フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
攻2000  守1000




 アネットは表彰式に出なかった。
 釈然としない気持ちとともに、エマルフは優勝カップを受け取った。その理由は、決勝のデュエル終了後に起こった、ちょっとした“事件”に起因する。




「――大人げなかったよなあ……前チャンピオンもさ」
 大会終了後、あるマスコミ記者がそうぼやいた。
「それだけ悔しかったってことだろ。写真撮れてると思うが、記事に書くのか?」
 相方のカメラマンの質問に、「まさか」と、記者は肩をすくめてみせる。


 決勝戦のデュエルは、前チャンピオン・アネットの降参(サレンダー)により幕引きとなった。
 その後、握手を求めたエマルフに対し――アネットは激しい形相とともに、その掌を、力いっぱい叩き返したのだ。


「決着ついて盛り上がってるトコだったから、気にした観客も少なそうだったけどさ。すっげえ顔してたぜ、アネット・ベルタン。半泣きでさ」
「しょうがないさ。まだ二十歳前の女の子だろ? 若気の至りってやつだよ」
 まあな、と相槌を打つと、記者は煙草を取り出した。
「――しかし実際……アネットの気持ちも分からんでもない。7歳も年下のガキに倒されれば、そりゃあプライドも傷つくぜ」
「つっても、エマルフは大学生だろ? 学力レベルで言えば、アネットと同等以上だ。年齢差はもう、あまり関係ないだろう」
「そりゃあそうかも知れんが……肝心なのはデュエル歴だ。たった3ヶ月だぞ? 明らかに異常……いや、異常すぎる短さだ。そんなん聞いたこともねえよ」
 煙草に火を点け、一服すると、感慨深げに呟く。
「“天才少年”エマルフ・アダン……世界でも最年少の12歳チャンプ、ね。俺達マスコミにとっちゃ、扱い易いスクープだが……たまんねえよな。俺ら凡人とは生まれつき、色々と出来が違うんだろうぜ……俺もそういうふうに生まれたかったよ」


 そして不幸な事に、エマルフはこの二人の会話を聞いてしまった。
 そのとき彼は、分かったような気がした――自分が抱き続けていた“違和感”、その正体が。


 以来、エマルフは誰とのデュエルも行わず、一ヶ月余りの時が過ぎる。
 そして――



決闘76 世界の輪郭

「――そして……、前チャンピオンとマスコミの心無い言動に傷ついたエマルフ少年は、M&Wへの情熱を喪失。行きつけだったゲーム店にも、以来いちども足を運んでいないのでした。めでたしめでたし……とか、そういう話?」
「……今の話のどこかに、おめでたい要素はあった?」
 ジャンのデリカシー皆無な物言いに、エマルフは不満げに口を尖らせる。
「勝ったこと自体はめでたいだろ? 新聞にも載ってたぜ、お前。流石に一面じゃなかったけどな」
 有名人じゃん、とジャンはからかうが、エマルフは相変わらず浮かない表情だった。
(……まーた下らない事で悩んでるのかね、この子は……)
 ジャンは面倒臭そうに、後頭部をポリポリと掻いた。


 フランスチャンピオンシップから一ヶ月余りが経った頃。教育実習を終え、地元から大学へ戻ってきたジャンにより、エマルフは喫茶店に連れ出され、事情聴取を受けていた。
「っていうか……店に行っていないの、何で知ってるのさ? ジャンがあの店にいるの、見たことないんだけど」
「……言ってなかったか? あの店の従業員に、サークルのOBがいるんだよ。店長さんが気にしてるらしいぜ? お前、けっこう可愛がられてたらしいじゃんか」
「……それはまあ……そうだけど……」
 エマルフはバツが悪そうに俯く。ヤレヤレと思いながら、ジャンは言葉を続ける。
「お前は別に悪くねえよ。強いて言えば、握手求めたのが少し空気読めてなかったかも知れん程度だろ。マスコミ連中の会話だって、ただの僻(ひが)みだしよ。お前だって、色々がんばって優勝したんだ……誇れよエマルフ」
「……本当にそうかな」
 訥々と、エマルフは言葉を紡ぐ。
「本当に僕は努力して……そのおかげで、優勝できたのかな?」
「……? どういう意味だ、そりゃ」
 目を瞬かせるジャンに対し、エマルフは分かるように言い換えた。
「普通の人間は、3ヶ月努力しただけで……優勝できるものかな、って」
「…………。何だそりゃ、嫌味か」
 ジャンの茶化しに対し、エマルフは力無く苦笑する。
「……フランスチャンピオンシップ優勝……この結果は本当に、正当な、努力の結晶だと思うかい? ジャン」
「……何かイカサマでもしたのか? お前」
 エマルフがそういう人間でないことは、ジャンも良く知っている。
 予想通り、エマルフは首を横に振った。

 ――抱き続けていた“違和感”
 ――それは自分が、他とは違うのだということ

「……僕は“特別”なんだよね。“普通”の12歳は、大学生になれたりしない……そうでしょう?」
「……。まあ、否定はしないよ」
 ジャンは言葉を濁した。
 フランスは“飛び級”が認められた国だ。何年か飛び越しての進級者は、そう珍しくもない――しかし、五年以上も飛び越すとなれば、流石に話が変わってくる。
「お前の努力を否定するわけじゃないが……後天的なものだけじゃない、先天的な要因も大きいだろうな。そういう“才能(ギフト)”を与えられた人間……なんだろうよ、お前は」
 生まれつき、才能という“贈り物(ギフト)”を与えられた、特別な人間――そういう人間は世界に、確かに存在し、学術的にも認められている。

 ジャンは、エマルフの今回の“悩み”の原因が、何となく読めた気がした。だから、単刀直入に訊いてみる。
「――お前さ……M&W、やめるつもりなのか?」
 少しの間を置いてから、エマルフは首を縦に振った。
「僕は本当は……勝っちゃいけなかったんじゃないかな。僕がM&Wを続けるのは、フェアじゃない気がする。同じ条件で……同じスタートラインに立ってなかったんじゃないかって」
「……。そいつは何も、お前だけに当てはまる話じゃないと思うがね」
 コーヒーで喉を潤すと、ジャンは感慨深げに話す。
「人間は決して平等じゃない。生まれながらの才能・境遇・運命――全ての異なる所与のもとに、須(すべか)らく不平等だ。全く同じ出発点なんて、最初から存在しねぇよ。正しいか正しくないかじゃない、“世界”はそういうふうに出来てるんだ」
「…………」
 憂いを湛えた瞳で、エマルフは黙り込む。
「……なあエマルフ。世の中、納得いかない事なんて山ほどある。お前みたいな人間のことを、良く思わないヤツだっているかも知れないよ。けどな――」
 ジャンはそっと右手を伸ばし、エマルフの頭に乗せた。
「……? ジャ――」
 そして次の瞬間、エマルフは“異変”に気が付く。ジャンの大きな手の平が、エマルフの頭をガッシリと掴んでいたのだ。
「――だぁ〜かぁ〜らぁ〜っ!! 言ったろうが! 考えすぎるなってっ!!」
「ちょっ……いたっ! いたたたっ!! ジャンッ!?」
 ジャンの右手握力に頭を絞められ、エマルフは悲鳴を上げて悶える。結果、喫茶店中の客の視線が集まってしまった。
「……お前が今回見たのなんざ、“世界”のほんの一面だよ。それが全てと思い込むな。そんな事でイチイチ悩んで……悲観主義に浸ってりゃキリねえよ」
「……あ……はあ、そうかな……」
 頭掴みはやめてもらえたが、エマルフは脱力し、テーブルに突っ伏していた。お陰でジャンの今の言葉も、馬耳東風の状態だった。
「M&W……嫌いになったわけじゃねえんだろ?」
「……! それは……」
 エマルフは顔を上げ、言い澱む。それを肯定と捉えると、ジャンは得意げに笑ってみせた。
「なら迷うこたねえ。続けろよ、エマルフ」
「……! でも……」
 エマルフは言葉に詰まる。返答に悩む。
 するとそれを見越したのか、「ところで」と、ジャンは話題を変えた。
「ところでお前……もう“答え”出たのか? “人間は何のために生きるのか”……とかいうやつ」
「……え? いや」
「フーン……んじゃ、尚更やめない方がいいな。M&W」
「……へっ?」
 エマルフは心底意外そうに、目をパチクリと瞬かせた。
「……関係あるの? M&W」
「モチロン、大アリですよ。気付いてなかったんですか?」
 ジャンはさも大袈裟な調子で語る。何だか言い方が胡散臭い。
「……本当にそうなの?」
「いや、半分くらいウソ」
 期待を込めた質問に、ジャンはあっさりと答える。
 エマルフはがっくりと肩を落とすが、すぐに気付き、訊き直した。
「……半分は本当?」
「ああ。半分くらいは本当……のような気がする」
 飄々と語るジャンに対し、エマルフは小首を傾げる。
「仕方ねぇだろ。古今東西、有史以来、数え切れない哲学者が考えても、ハッキリした“答え”なんて出てないんだ……俺だって知らねぇよ。ただな、“答えっぽいもの”なら知ってる……ような気がする」
「……答えっぽい……もの? 答えとは違うの?」
 何だか逃げ腰な言い回しで、エマルフは釈然としないものを感じた。
「ええい黙らっしゃいっ!! とにかくお前は、M&Wを続けること! いいな!?」
「……そんな強引な……」
 半ば呆れるエマルフを無視し、ジャンはコーヒーを一気に飲み干した。
「悪いが、俺はもう出るぞ? バイトに間に合わなくなっちまうから。支払いだけはしとくからよ」
 伝票付きのボードを掴み、ジャンはさっさと立ち上がる。そして去り際に、それで、エマルフの頭をこつんと小突いた。
「――嫌なことからただ逃げたって……何も解決しねえぞ?」
「……!」
 一人残されたエマルフは小突かれた辺りを摩りながら、か細い声で呟く。
「……逃げてたかな……僕」
 浮かない顔で目の前の、アイスの溶けかけたクリームソーダに手を伸ばした。



 翌日からエマルフは、件のゲーム店へ、再び顔を出すことにした。
 それでも、頻繁に顔を出す気にはなれなくて――特にデュエル大会には、一度も参加する気にはなれなかった。

 そして三月の中旬。エマルフの元にKCから、一通の手紙が送られてくる。“第三回バトル・シティ大会”への招待状だ。
 大会参加を避けてきたエマルフも、それには興味が沸いた。海外旅行の経験がないエマルフは、単純に“外国”というものに興味があった――そういう“理由”があったから、参加に踏み切る事ができた。
 両親は仕事でついて行けず、強い反対を受けた。しかし、“ある同伴者”を付ける条件で、何とか許可を得ることができた。


 そして大会予選。
 さして強い相手にも当たらなかったため、ブランクのある彼でも、あまり苦戦せず本戦出場を決めることができた。


 しかし本戦にて、問題は表面化する――。



●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



「――ったく……。考え過ぎんなって何度も言ってんのに、あのバカは」
 観客席の一席にて、ジャンはポップコーンを齧りながら、呆れ気味に一人ごちた。

 第三回バトル・シティ大会本戦第4試合、“エマルフ・アダンVS城之内克也”――その一戦は、エマルフのターンを迎えたまま、長い停滞に陥っていた。動かないデュエルに飽きたのか、場内では少しだが、ブーイングも起こり始めている。


 城之内のLP:3200
      場:ランドスターの聖剣士,伏せカード2枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火
     手札:6枚


「――エマルフ・アダン選手! プレイヤーに与えられる1ターンの思考時間は5分と決まっている! 残り時間は1分!」
「!! え……っ」
 審判・磯野の宣言で、エマルフはハッと我に返る。
 エマルフはこのターン、まだ何の行動も起こせていない。このまま、無駄にターンを流すワケにはいかない――急いで手札に指を掛ける。
(時間ももう無い……! とりあえずここは今まで通り、リバースを2枚伏せて、かく乱を――)
 手札の『王宮のお触れ』と、魔法カード1枚を右手に掴む。しかしそこで、手の動きは止まってしまう。

 ――本当に、これで正しいだろうか?
 ――本当は、攻撃すべきなんじゃないか?

 思考は“様子見”を是としている。しかしそれに、異議を唱えるものがある。“直感”――これまで彼を幾度となく救ってきたそれは、最初からずっと「攻撃」を主張し続けていた。

 ここは攻撃するべきだ、相手の伏せカードはハッタリなのだ――と。

(恐れている……? 何を? 城之内さんのリバースカードを?)
 違う。エマルフの攻撃を真に止めているのは、城之内の伏せカードではない。それはあくまで“言い訳”に過ぎない。

 ここで「攻撃」すれば恐らく、“勝利”に着実に近づく――故にエマルフは迷う。
 “勝利”の先にあるものを、エマルフ・アダンは恐れている。

(……ここで“様子見”に回るのは……不自然じゃない)

 ――“直感”が外れていて、強力なトラップなのかも知れない
 ――ここで“様子見”することは、むしろ正しいのかも知れない

 それが言い訳。体の良い逃げ道。
(確率2分の1の賭け……次こそは、成功するかも知れない。そうだ、ここはやっぱり慎重に……!)
 自身をそう言いくるめ、2枚のカードを伏せようとする――その寸前だった。


「――攻撃して来いよ……エマルフ」


「!? え……っ?」
 エマルフは驚き、顔を上げる。数分ぶりに、対戦相手・城之内の顔を見た。そして彼は、予期せぬ言葉を続けてくる。
「オレの場のトラップは残念ながら、お前の切札をどうこう出来るカードじゃねえ……ここは攻撃すんのが正解だぜ」
「……!?? なっ……?」
 エマルフは唖然とする。城之内の言葉の真意が、まるで掴めない。
(……攻撃させるための、挑発……!? いや、それにしたって、あまりにも……)
 城之内からのその誘いは、あまりにも素直な口調で、逆に疑いようがない。“駆け引き”とは別次元の“助言”にしか聴こえない。

「――制限時間残り30秒!」

 磯野のその宣言で、エマルフは余計に混乱する。思考が上手く働かなくなる。
「……っっ」
 そして衝動のままに、エマルフは叫んだ。

「――ホルスの黒炎竜! 攻撃だっ!!」

 そしてその瞬間、城之内の瞳がキラリンと輝いた。
「バカめ、引っ掛かったなぁぁぁっ!! お前の攻撃宣言によって……オレのトラップが発動するぜぇぇぇっ!!」
「!!? なっ!?」
 もはや攻撃は取り消せない。城之内の場で1枚の、モンスター破壊能力を備えた罠カードが開かれた。


落とし穴
(罠カード)
相手の攻撃モンスター1体破壊する
その攻撃力の1/4が相手プレイヤーのライフから削られる


「……なーんてな」
「へ……っ?」
 そして再び、エマルフは唖然とさせられるのだった。
 宙を舞うホルスの真下に、大きな穴が現れる。しかしそれで終わり。“飛行”能力を持つドラゴンが、穴に落ちる訳がない。

 ――ズドォォォォンッ!!!

「!! のわ……っ」
 ホルスによる、上空からの爆撃を受け、城之内は大きく仰け反った。


 城之内のLP:3200
      場:伏せカード1枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火
     手札:6枚


 城之内の場から、『ランドスターの聖剣士』が焼き払われた。
 これにより、エマルフの『王宮のお触れ』を止める手段は失われたことになる――エマルフの圧倒的有利、城之内の圧倒的不利な状況となる。
「……な……どうして……?!」
 あまりにも理解不能な展開に、エマルフはポカンと口を開けた。

「――肩の力は抜けたかよ……“天才少年”?」
「……!?」
 不利になったはずの城之内が、むしろ得意げな笑みを見せる。
「……いつまでもシケたツラしてんじゃねえよ、エマルフ。デュエルはまだまだ――こっからが本番なんだからよっ!」
 そして城之内は、左腕の決闘盤を構え、見得を切ってみせた。



決闘77 見えるけど見えないもの

「――制限時間残り5秒! 4、3……」

「……っ! ボクはカードを1枚セットし、ターンエンドです!」
 磯野の宣告に急かされながら、エマルフは長い1ターンを終える。セットしたのは当然『王宮のお触れ』――これを再発動できれば、流れは完全に彼のものとなる。


 城之内のLP:3200
      場:伏せカード1枚
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,きつね火,伏せカード1枚
     手札:5枚


『(……せ、せっかく有利な膠着状態だったのに……自分から崩させた……!?)』
 天恵が驚きの声を上げた。
 もっとも今の彼女の声は、絵空以外に届かないのであるが――しかし会場中の、ほとんどの人間が同様の心境であった。
「……な、何か狙いがある……のかな?」
 絵空が顔を引きつらせる。
「……そうね……そうだったらいいわね」
 舞はむしろ、呆れ気味に頭を抱えていた。
「何も考えてないんじゃねえか……アイツ馬鹿だし」
 本田も同様の状態だ。
 しかしそんな中、ただ一人だけ、城之内のプレイを否定的に捉えない者がいた。

「――もしかしたら城之内君には……ボク達には見えていない“何か”が見えているのかも」

「……! え……“何か”?」
 遊戯の思わぬ発言に、絵空は小首を傾げる。それに対し、遊戯はコクリと頷いた。
「上手く言えないんだけど……デュエルをしている人間には、傍観する人間には見えない“何か”に気付けることがあると思うんだ。その場の空気や、駆け引きの中で……相手の狙いとか、気持ちの変化とかにさ」
「……そういうもの……なの?」
 絵空は千年聖書に目を落とす。
『(私にも良く分からないけど……遊戯さんが言うなら、そうなんじゃないかしら)』
 分からないと返しながらも、天恵はそれに同意を示した。
(……デュエルを通して、相手の気持ちが分かる……か)
 それってスゴイな――そう思いながら、絵空は再びリングを見上げた。





「オレのターンだ! ドローッ!!」
 城之内は威勢良くカードを引く。それと同時に、エマルフの場でカードが開かれた。
「この瞬間、リバースカードを発動します! 『王宮のお触れ』!」
 先ほどから、場と手札を往復していた永続罠カードが、ようやく発動を許される。
(……! 何らかの手段で発動を止めてくるかと思ったけど……それもないのか?)
 無事発動ができたことに、エマルフは更なる戸惑いを覚える。

(さあて……どうしたもんかな)
 対する城之内は、外面では余裕げな表情を繕いつつも、内心ではかなり追い詰められていた。
 手札にも場にも、起死回生のカードなど1枚も無かった――下手をすればこのままでは、あと何ターンももたずに負けてしまう。
(頼りの綱は、このドローカード……頼むぜ)
 右手に掴んだカード1枚を、恐る恐る視界に入れた。

 ドローカード:魔封剣士 フォビッド

(! よし!)
「オレは『魔封剣士 フォビッド』を召喚! 守備表示っ!」
 フィールドにホビット族の剣士が現れ、守備体勢をとる。


魔封剣士 フォビッド  /闇
★★★★
【戦士族】
戦闘により破壊されたとき、
フィールドに“魔封の剣”を遺す。
攻1400  守1700


(……! 見たことのないモンスター……何か特殊能力を持っているのか!?)
 未知のモンスターの登場に、エマルフは警戒心を強める。現状、魔法と罠は完全に封印できている。残る警戒すべきものは、モンスター効果のみだ。
「……ターンエンド。さあ、お前のターンだぜ」
 またも早々に、城之内のターンは切り上げられる。
 エマルフはゆっくりデッキに手を伸ばし、カードを引く。
「僕のターンです! ドロー!」

 ドローカード:UFOタートル

(……あのモンスターの効果は分からないけど……罠を無効化できている今、モンスターを並べない理由は無い……)
「……僕は『UFOタートル』を……攻撃表示で召喚します」
 エマルフの場に、円盤を背負った巨大亀が喚び出される。
「……そして、バトルを行います! ホルスの黒炎竜で、フォビッドに攻撃!」

 ――ズドォォォンッ!!!

 ホビットの剣士は、その“剣”のみを残し、粉々に消し飛ぶ。
「……さらに! UFOタートルの追撃、ダイレクトアタックを行います!」
「! くっ……!」
 亀の口から放射される炎に、城之内は身構え、守勢に移る。

 ――ズドォォッ!!

 炎に焼かれ、城之内のライフは減少する。それは、暫く停滞していた二人のデュエルが、エマルフ優位で、再び動き出したことを意味していた。

 城之内:3200→1800

(……これで、オレのライフは残り半分……!)
 城之内は手札に視線を落とす。
 この手札では、まだ駄目だ――逆転を狙うには、決定的なキーカードが欠けている。
(こうなりゃ……次のドローに賭けるっきゃねーな)
 下手をすれば、次のターンで決まってしまう――それを肝に銘じて、城之内は気を引き締める。


 城之内のLP:1800
      場:伏せカード1枚,(魔封の剣)
     手札:3枚
エマルフのLP:4000
      場:ホルスの黒炎竜LV8,UFOタートル,きつね火,王宮のお触れ
     手札:5枚


「…………。何故ですか? 城之内さん」
「……? あん?」
 城之内の戦意に割り込むように、エマルフは真摯に問い掛ける。
「このターンを終える前に、教えて欲しい……先のターンのあなたの言葉、その真意を」
 真剣な面持ちで、エマルフは問う。
 このターンの動きを見る限り、先のターンの城之内によるアドバイスは、明らかに墓穴を掘っている。城之内に有利な要素が、一つも見付からない。
「……何でって……そりゃお前」
 後頭部を軽く掻き、少し躊躇ってから城之内は答える。
「……お前さ、オレの罠がハッタリだって見抜いてたんじゃねえの?」
「!!」
 エマルフは驚きに目を見開く。その様子を見て「やっぱりな」と城之内は呟いた。
「オレが気付いたのはついさっきだけどな。何となく、そんな気がしたんだよ。元々さっきのハッタリは、“良くて1ターン、出来すぎの2ターン”くらいで考えてたし。……お前さ、いつから気付いてた? もしかして、最初のターンから気付いてたんじゃねえのか?」
「……!! それ、は……」
 逆に返された質問に、エマルフは言葉に詰まった。
 心の中に、目に見えぬ“鎖”があった。それこそが、エマルフの攻撃を躊躇わせたものの正体に他ならない。
「……お前の攻撃を真に妨げてた“何か”……ソイツが何なのか、そこまでは分からねえ。だがな、オレは決闘者(デュエリスト)だ。オレの力じゃねえと分かった以上、それで逆転したって納得できねえ。それが答えだよ」
「…………」
 エマルフは顔を俯かせる。城之内のプライドへの憧憬と、自身の行動への羞恥――二つの感情が芽生える。
 デュエルに臨む以上、勝利を目指すべきなのは当然――それが、今の自分には出来ていない。
(……やっぱり、やめるべきだったのかも知れない……僕は)
 わざわざ日本にまで来て、何をしているのか。
 外国に興味があったから――そんなのは言い訳だ。そんなこと、自分でも分かっていた。
 M&Wへの、中途半端な未練――それが動機。だが、そんなもので闘っても、相手に失礼なだけではないか。
「……ターン……エンドです」
 力なく、そう宣言する。
 エマルフはデッキを見つめた。心の中に、“サレンダー”の単語が浮かぶ――圧倒的有利なハズのこの状況で、しかし戦意が、今にも消えてしまいそうになる。

「――顔を上げろよ……エマルフ・アダン」

 エマルフは反射的に顔を上げた。対戦相手の城之内が、真っ直ぐこちらを見据えている。
「お前も決闘者なら、覚えておきな。決闘者はいつだって、前を見据えてなきゃいけねえ……でなきゃ、“未来”に辿り着けねえんだ」
「……!? “未来”?」
 城之内はフッと笑みを零す。そしてその目に、僅かだが懐旧が混じった。
「“真の決闘者”……オレには、目指してる“背中”があった。“あいつ”は、いつだって前を向いていた……オレの前を歩いていた」

 ――この手が届く事は、もう決して無い……そんなことは知っている
 ――けれど

「……決めたんだ。オレはオレの思い描く“真の決闘者”になるってな。だが、いちど煮詰まっちまった……“真の決闘者”、ソイツが一体何なのか」

 ――それはかつて、“彼”を指して用いた言葉
 ――勇敢に闘う“彼”の背に、確かに見えた“決闘者”の理想形

「ただ強ければいいワケじゃねえ……だが、弱くたってダメだ。カードを大切にして、自分なりの最強デッキを作って、正々堂々デュエルして、最後まで諦めなくて……心掛けることは山ほどある。でも、オレは馬鹿だからよ……ただ一つ、絶対にブレねえ、オレなりの“答え”が欲しかった」

 ――そして結論できたのは、あまりにもシンプルな“答え”

「――オレはデュエルが好きだ……だからデュエルをする!」
 あまりにも単純な――しかしそれ故に、心に確立したものとなる。
「……だから負けたくねえ、だから勝ちてえ。正々堂々と勝負して、最後まで絶対に諦めねえ。それがオレの思い描く“真の決闘者”」
 難しい理屈など要らない。そんなものを用意しても、いずれすぐに綻ぶ。“答え”は極めてシンプルで良い。シンプル故に、揺るがぬ真理となり得る。
「……だからよ……お前も、それでいいんじゃねえかな? 事情は何も知らねえけど、そんな泣きそうなツラして、デュエルするのはやめにしようぜ?」
「……!!」
 トクン――と。
 エマルフの中で、何かが鼓動する。永く凍て付いていた“それ”が、ゆっくりと少しずつ、まるで“炎”の如く燃焼を始める。

「――さあ……いくぜ! オレのターンだ、ドローッ!!」
 城之内はカードを引く。そして小さく、確かに勝ち誇ってみせた。
「オレはまず、モンスターを召喚するぜ! 来い、『ベビードラゴン』っ!」
 フィールドに、小さな仔竜が喚び出される。攻撃力1200、守備力700――単体で見れば貧弱なステータス。しかし“未来”への、確かな可能性を宿している。
「いくぜ!! コイツが切札だ――魔法カード『時の魔術師』発動ぉ!!」
 それは、今引き当てたカード。城之内の場に、目覚まし時計の姿をしたモンスターが喚び出される。
(魔法カードの発動……!? それなら)
「その瞬間、『ホルスの黒炎竜LV8』の特殊能力発動! “神の咆哮”!!」
 ホルスが、巨大な咆哮を上げた。それを受けた魔法は無効となり、破壊されてしまう――そのはずなのだが。代わりに、城之内の場に突き刺さった“剣”が砕かれ、消滅する。
「残念だったな! 『魔封剣士 フォビッド』には特殊能力があったのさ……破壊されたとき遺される『魔封の剣』は、相手のカード効果の発動を一度だけ無効化できる!!」


魔封の剣
「魔封剣士 フォビッド」が戦闘で破壊されたとき、場に遺される。
相手の魔法・罠・モンスター効果の発動を1度だけ無効にできる。
その後、無効にした魔法・罠カードは持ち主の手札に戻る。


「!? なっ、それじゃあ……」
 時の魔術師が杖を振り上げる。そして城之内が、声高に宣言した。
「いくぜ! タイム・ルーレットォッ!!」
 杖の先のルーレットが、クルクルと回り始める。そしてその結果は――“当たり”。期待通りの展開に、城之内は会心のガッツポーズをとる。
「うっしゃああああっ!! これによりフィールドは、数百年の時を経ることになる――いけ、時の魔術師っ!!」

『――タ〜イム・マジックッ!!』

「!! う……っ!?」
 フィールド全体が、眩い光を発した。エマルフは堪らず視界を覆う。そしてその間、フィールドは激変を遂げていた。
「…………!? な……っ」
 そしてエマルフは愕然とする。彼の有するモンスターは全て、時空の渦に呑まれ、消失してしまった。対する城之内の場には、見覚えの無い巨竜が1体。こちらを睨んできている。


 城之内のLP:1800
      場:千年竜(攻2400),伏せカード1枚
     手札:2枚
エマルフのLP:4000
      場:王宮のお触れ
     手札:5枚


「いくぜ! これで逆転だ――『千年竜(サウザンド・ドラゴン)』の攻撃!!」
 城之内が右手を振り上げる。それを合図に、千年竜は口を開き、大きく息を吸い込んだ。
「――千年息吹(サウザンド・ノーズ・ブレス)ッ!!」

 ――ズゴォォォォッ!!!

「!! うう……っ!!」
 強烈な烈風を受け、エマルフの身体がよろめく。

 エマルフのLP:4000→1600

 場内に歓声が上がった。
 これでフィールド・ライフともに、2人の優劣は完全に入れ替わった。実に見事な逆転劇――それに対する、賞賛の声が上がる。

(……!! 逆転された……!)

 ――ドクンッ!!

 そして、“それ”は起こる。エマルフの魂の中で、“何か”が揺らめきをみせる。

(強い……この人は! デュエルの腕だけじゃない、心でも……!!)
 エマルフの心に芽生えるもの、それは決して“賞賛”だけではなかった。
 眼前に現れた大きな壁――それは彼の魂を、最も高揚させるもの。“それ”こそが、エマルフの魂に宿る、最も大きく偉大な力。

「――へっ……いい顔になったじゃねえかよ、エマルフ!」
 城之内は笑みを零す。目の前に立つ、小さな少年と同じように。


 これは逆転ではない、始まりなのだ――それは2人の間だけの、観衆には見えぬ、確かな共通認識。

 エマルフ・アダンVS城之内克也――決戦の幕は今こそ、真に切って落とされたのだ。


 城之内のLP:1800
      場:千年竜(攻2400),伏せカード1枚
     手札:2枚
エマルフのLP:1600
      場:王宮のお触れ
     手札:5枚



決闘78 理想のゲーム

「おっしゃあ! 城之内お得意のギャンブルコンボで、一気に逆転だぜっ!!」
 大声を上げながら、本田が会心のガッツポーズをとる。
「相手モンスターの弱体化・破壊と同時に、自軍モンスターの強化を図る……久々に見たわね、『時の魔術師』のコンボ」
 嫌な思い出が脳裏をよぎり、舞は、喜びとも苦みともつかぬ表情を浮かべた。
『(……見事なコンボね。ライフはまだ五分だけど、相手の切札を撃破した末の上級召喚……これで流れは、城之内さんに傾くハズ)』
 “聖書”からの天恵の言葉に、絵空は喜ばしげに頷く。
 城之内の逆転劇を受け、会場内の空気としても、彼を賞賛・応援する声が多く上がっていた。しかし、
(普通に考えれば、城之内君の有利でデュエルが続く流れだろう。しかし、エマルフ・アダンのあの眼は……)
 月村は眉をひそめた。
 エマルフ・アダンの瞳には、先ほどまでとは明らかに異なる“輝き”が混じっている。それが、特段に警戒すべきものであることを、デュエリストとしての彼は良く知っていた。
(油断は禁物だよ……城之内くん!)
 遊戯もまたそれを悟り、闘う親友に対し、心中でエールを送った。




「僕のターン! ドローッ!!」
 ドローカードを確認すると、エマルフは迷わず、2枚を選び出す。
「リバースカードを1枚セットし、『仮面竜(マスクド・ドラゴン)』を守備表示! ターンエンドッ!」


仮面竜  /炎
★★★
【ドラゴン族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守1100


 城之内のLP:1800
      場:千年竜(攻2400),伏せカード1枚
     手札:2枚
エマルフのLP:1600
      場:仮面竜,王宮のお触れ,伏せカード1枚
     手札:4枚


(『仮面竜』……! たしか、戦闘破壊時にドラゴンを特殊召喚できるモンスターだったな)
 現れたドラゴンの効果を想起してから、城之内はデッキからカードを引き抜く。
「オレのターン! へへ……ホルスの黒炎竜を破壊できたことで、オレは魔法が使えるようになるな。『強欲な壺』発動! デッキから2枚ドローするぜ!」
 引いた2枚を確認し、城之内は力強く頷く。
「よっしゃ行くぜっ! オレは『ダンディライオン』を召喚! 守備表示!」


ダンディライオン  /地
★★★
【植物族】
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に
「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)を2体
守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、
生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 300  守 300


「――さらにっ! モンスターの召喚に成功した瞬間……手札からの特殊召喚が許されるぜ! 来い、『俊足のワイバーンの戦士』っ!!」
 城之内のフィールドに一気に、2体のモンスターが立ち並ぶ。1体目はライオンの姿を模したタンポポのモンスターで、すぐさましゃがみ込み、守備体勢をとる。そして2体目は竜の剣士、身軽そうなフットワークとともに、手にした剣を構える。


俊足のワイバーンの戦士  /風
★★★★
【戦士族】
このカードの名前は「ワイバーンの戦士」としても扱う。
自分がモンスターの召喚に成功した時、手札からこのカードを特殊召喚できる。
このカードが相手モンスターを破壊した時、相手の場にモンスターが存在する場合、
このカードはもう一度だけ攻撃できる。
攻1500  守1200


(! あのモンスターの特殊能力は確か……)
 エマルフは記憶の中から、城之内が召喚したモンスター2体の特殊能力を引っ張り出す。
 ともに、フランスチャンピオンシップ大会の中で対峙したことのあるモンスターだった――それは彼の精神に、僅かながらの余裕を生む。
「いくぜっ!! ワイバーンの戦士、仮面竜を攻撃! ソニック・スラッシュッ!!」

 ――ズバァァァァッ!!

 音速の一振りにより、仮面竜は両断され、消滅する。それと同時にエマルフは、決闘盤からデッキを取り外した。
「この瞬間! 『仮面竜』の特殊能力発動! その効果により僕は、デッキから――」
 数ある選択肢の中から、迷わず1枚を選び出す。
「――2枚目の『仮面竜』を……“攻撃表示”で特殊召喚しますっ!!」
 エマルフの場に再び、全く同じ姿をしたドラゴンが喚び出される。
 その攻撃力は1400――城之内は得意げな笑みを浮かべる。
「へへっ……まだだぜ、エマルフ。『俊足のワイバーンの戦士』には特殊能力がある! コイツが相手モンスターを破壊したとき、相手の場にまだモンスターがいれば、二度目の攻撃が許される! やれ、ワイバーンの戦士っ!」
 ワイバーンは剣を構え直し、再び仮面竜へと襲い掛かる。
 しかしその瞬間、エマルフが力強い笑みを浮かべた。
(……かかったっ!!)
「その瞬間! 場のリバースカードを発動します! フィールド魔法『バーニングブラッド』ッ!!」
「!? フィールド魔法だと!?」
 予想外のカード発動に、城之内は目を見張る。


バーニングブラッド
(フィールド魔法カード)
全ての炎属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、
守備力は400ポイントダウンする。


 床から、マグマが滲み出てくる。あまりにリアルなその映像に、城之内は反射的に跳び上がってしまった。
「これこそが、僕のモンスターが全力を出せるフィールド……! 場の炎属性モンスターの攻撃力は、500ポイントアップッ!!」

 仮面竜:攻1400→攻1900

「――仮面竜! ワイバーンの戦士に反撃だっ!!」
 ワイバーンの剣を飛んでかわすと、仮面竜は炎を吐き出した。

 ――ズドォォォッ!!

「! ぐう……っ!」
 ワイバーンが焼き払われ、城之内は顔を歪める。

 城之内のLP:1800→1400

「……っちぃっ! やるなエマルフ! だが――サウザンド・ドラゴンッ!!」
 お返しとばかりに千年竜が、鼻息で仮面竜を吹き飛ばす。

 ――ズガァァァッ!!!

「!! つう……っっ!」
 エマルフは僅かによろけるが、すぐに体勢を整える。

 エマルフのLP:1600→1100

「この瞬間、仮面竜の効果発動! デッキからドラゴン族を特殊召喚――『フレムベル・ドラン』守備表示っ!!」
 喚び出された肥満体のドラゴンが、ドンドンと腹を叩き鳴らす。


フレムベル・ドラン  /炎
★★★★
【ドラゴン族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
炎属性モンスター5体を選択して発動する。
選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
この効果の発動時に自分の手札が1枚以下ならば、さらに1枚ドローする。
攻撃力1500  守備力 200


「特殊能力発動! 墓地より炎属性モンスター5体をデッキに戻して……新たに1枚ドローします!」
 『ホルスの黒炎竜LV4』、『きつね火』、『ホルスの黒炎竜LV8』、『UFOタートル』、『仮面竜』をデッキに戻し、エマルフは1枚を新たに引く。
「……! オレはこれで、ターンエンドだっ!!」
 城之内のエンド宣言を聞くと同時に、エマルフはデッキに指を伸ばす。


 城之内のLP:1400
      場:千年竜(攻2400),ダンディライオン,伏せカード1枚
     手札:2枚
エマルフのLP:1100
      場:フレムベル・ドラン(攻2000),バーニングブラッド,王宮のお触れ
     手札:5枚


「僕のターンっ! 僕は『フレムベル・ドラン』を生け贄に、上級召喚――いでよ『炎帝テスタロス』ッ!!」


炎帝テスタロス  /炎
★★★★★★
【炎族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、
相手ライフにそのモンスターのレベル×100ポイント
ダメージを与える。
攻2400  守1000



 炎帝テスタロス:攻2400→攻2900


「生け贄召喚成功時、テスタロスの効果発動! 城之内さんの手札1枚を焼き払う――フレイム・ブレイクッ!」
「!? うおっ!?」
 突如、城之内の持つカード1枚に火種が灯る。むろん立体映像であるが、発火した『墓荒らし』の炎が消える気配はない。そのまま墓地へ捨てろということなのだろう――しぶしぶ墓地へと置く。
「続けてバトルを行います! テスタロス、千年竜を攻撃っ!!」

 ――ズドォォォォォッ!!!

 炎帝の右掌から、強烈な火炎が放射される。それは千年竜を直撃し、跡形も無く消し飛ばす。

 城之内のLP:1400→900

「ぐお……っ! へっ、やるなエマルフ!」
 一切弱気な姿勢は見せず、城之内は勝気な笑みで対抗する。
「カードを1枚セットして……ターンエンドッ!!」
 エマルフの方も同様で、一歩も退くつもりはない。


 城之内のLP:900
      場:ダンディライオン,伏せカード1枚
     手札:1枚
エマルフのLP:1100
      場:炎帝テスタロス(攻2900),バーニングブラッド,王宮のお触れ,伏せカード1枚
     手札:4枚


「何か……ペースが急に速くなったね」
 デュエルリングを見上げながら、絵空が目をパチクリさせる。
『(エマルフ・アダンのゲーム進行が、急激に速くなったのよ。さっきまでとは、まるで別人だわ)』
 このリズムを生み出したのは城之内。ならばそれは、彼を応援する者にとって、当然喜ぶべき流れのはず――普通に考えれば。
『(……気のせいかしら。エマルフ・アダンのプレイング、さっきまでよりずっと“自然体”に見えるのは……?)』
 もしやこれこそが、彼がフランス大会を制した、本来あるべき戦闘スタイルなのではないか――天恵の脳裏に、確信めいた推測が浮かぶ。




「――表情が変わったな。これがエマルフ・アダン……あの小僧の、本来のデュエルか」
 ガオス・ランバートは、自身の誤解に気が付いた。ガオスは彼を“臆病者(チキン)”と評価した――しかし一転した彼の戦術からは、そういった性格は少しも垣間見えない。
(……こちらの方が馴染んで見えるな。恐らくこれが、エマルフ本来のプレイング……何らかの“迷い”を振り払ったか。いや、振り払わせたのか……カツヤ・ジョウノウチが)
 ガオスは城之内を観察する。
 上級モンスター『千年竜』を破壊されたにも関わらず、彼の眼は少しも俯いていない。むしろ先ほど以上に強い瞳で、前だけを見据えている。
(……良い眼をする。純粋にゲームを愛し、興ずる者の眼だ)
 ガオスは不意に既視感を覚える。同じ眼をした男を知っている――今より四十年以上も昔、ある遊戯場で出遭った、名も知らぬ日本人の青年。そして恐らくは、“その時”の自分自身。
(……考えすぎる生き物だよ。人間というやつは……)
 父より“千年聖書”を受け継いだのは、それから数年後のことだった。
「――ゲームはいい。ゲームをしているときは、何もかも忘れることができる。立場も、使命も、運命も……全てを忘れ、興じることができる」
「……? え?」
 口をついて出た言葉に、横に立つカールが反応する。
「……何でもない。ただの、独り言だよ」
 それに対し、ガオスはらしくなく、小さな苦笑を漏らした。




「――オレのターンッ! 『ロケット戦士』を召喚し……特殊能力発動! 無敵モードに変形するぜっ!!」
「!? 無敵モード……?」
 城之内に召喚されて早々に、ロケット戦士は変形し、ロケット状の戦闘形態となる。
「へへ……『ロケット戦士』には特殊能力がある! コイツはオレのバトルフェイズ中、無敵状態となり、相手モンスターにダメージを与えることができる! 行け、ロケット戦士っ!!」
 城之内の攻撃宣言と同時に、ロケット戦士は自身を発射し、テスタロスに突撃する。
 テスタロスは炎を放ち、迎撃を試みるが無意味――身に纏った甲冑ごと、左肩を抉られる。

 ――ズギャァァァァッ!!

「!! テスタロスッ!」
 利き腕に傷を負い、テスタロスは蹲る。それに伴い、彼の攻撃力は大幅に減少していた。


 炎帝テスタロス:攻2900→攻1400


(よっし……これで攻撃力は、ロケット戦士を下回ったぜ!)
「ターンエンドだッ!」
 内心でガッツポーズをとりながら、城之内はターンを終了する。


 城之内のLP:900
      場:ロケット戦士,ダンディライオン,伏せカード1枚
     手札:1枚
エマルフのLP:1100
      場:炎帝テスタロス(攻1400),バーニングブラッド,王宮のお触れ,伏せカード1枚
     手札:4枚


「僕のターン! ドローッ!!」

 ドローカード:炎のバトン

(……! よし!)
「手札から装備カード……『炎のバトン』発動っ!!」
 膝を折ったテスタロスが、炎の渦に包まれる。


炎のバトン
(装備カード)
自分の墓地の、炎属性モンスター1体を選択して発動。
選択したモンスターと同じレベルになるように、
自分の場の炎属性モンスターを墓地に送る。
選択したモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


「このカードは、僕の場の炎属性モンスターを墓地に送ることで、同レベルの炎属性モンスターを特殊召喚できる……! テスタロスのレベルは6! その魂のバトンを受け継ぎ、蘇生召喚――復活せよ、『ホルスの黒炎竜LV6』っ!!」
「!! 何……っ!?」
 思わぬ手段での上級召喚に、城之内は面食らう。
「『ホルスの黒炎竜LV6』は一切の魔法効果を受け付けないため、フィールド効果を受けられませんが……僕はこのままバトルフェイズに入ります! ホルスの黒炎竜でロケット戦士を攻撃! ブラック・ブレイズッ!!」
 上空よりの黒炎を浴び、ロケット戦士は爆散する。

 ――ズガァァァァァッ!!!

「!! ぐあ……っっ!」
 その攻撃力差は800ポイント。その数値分だけ、城之内のライフが削り取られる。

 城之内のLP:900→100

(やべえ、残りライフが……! しかもこの展開、まさかまた――)
 その“まさか”は、すぐに現実のものとなる。
「……さらに! 戦闘によりモンスターを破壊した『ホルスの黒炎竜LV6』を墓地に送ることで、特殊召喚――再臨せよ、『ホルスの黒炎竜LV8』っ!!」
「……っっ!!」
 フィールドに再び、エマルフの切札が喚び出される。しかもフィールド魔法『バーニングブラッド』の効果が適用され、その攻撃力は更に増している。攻撃力3500、魔法無効化能力という、圧倒的フィールド制圧力を持った、最強レベルのドラゴンが。

 ホルスの黒炎竜LV8:攻3000→攻3500

(くそっ……! また出てきやがった、どうする!?)
 場にも手札にも、再臨したホルスに対抗できるカードは無い。再び均衡は崩された、城之内の圧倒的不利な状況へと。


 城之内のLP:100
      場:ダンディライオン,伏せカード1枚
     手札:1枚
エマルフのLP:1100
      場:ホルスの黒炎竜LV8(攻3500),バーニングブラッド,王宮のお触れ,伏せカード1枚
     手札:4枚


 しかしエマルフの胸の鼓動は、決してペースを緩めなかった。
 勝利まで後一歩と追い詰めながら、なお興奮は収まらない。
(城之内さんのライフは残り100、後もう少し……!)

 ――トクン……ッ!

 楽しい、本当に楽しい――しかしそのデュエルは、もうすぐ終わってしまう。最終局面を迎えている。

 ――トクン……ッ!

 故にエマルフは、最後まで全力を尽くす。いや、全力を見せたいのだ――自分の全力を引き出してくれた城之内克也へ。最大限の敬意として。

 ――ドクン……ッ!!

 そのための“最強の切札”はすでに、彼の手札で、確かな鼓動を始めていた。


ホルスの黒炎竜 LV10  /炎
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚・特殊召喚できない。
????
攻3700  守2000



決闘79 黒炎召喚!

「オレのターン! ドローッ!!」
 決死の表情で、城之内はカードをドローする。しかし引き当てたのは魔法カード。エマルフの『ホルスの黒炎竜LV8』を打開しない限り、発動することは不可能――城之内の表情が露骨に曇る。
(クソッ……来るのが1ターン遅ぇ!)
「……リバースを1枚セットして……ターン終了だ!」
 苦虫を噛み潰したような表情で、何のブラフにもならぬカードを伏せ、ターンを終える。しかしその瞳はまだ、決して逆転を諦めてはいない。


 城之内のLP:100
      場:ダンディライオン,伏せカード2枚
     手札:1枚
エマルフのLP:1100
      場:ホルスの黒炎竜LV8(攻3500),バーニングブラッド,王宮のお触れ,伏せカード1枚
     手札:4枚


「僕のターン! ドロー!」
(このターンで……決める!)
 エマルフは迷いない手つきで、手札のモンスターカードに指を掛ける。
「手札から『ヴォルカニック・ボム』を墓地へ送って……効果発動っ!!」


ヴォルカニック・ボム  /炎

【炎族】
自分のメインフェイズ時、このカードを手札から墓地へ送って発動する。
場のモンスター1体を破壊する。
その後、そのモンスターのレベル×300ポイントのダメージを受ける。
攻 0  守 0


「このモンスターの効果により僕は、城之内さんの場の『ダンディライオン』を破壊します!」
「何……ぐっ!?」
 次の瞬間、ダンディライオンが爆発し、破壊される。しかしその代償として、エマルフは900ポイントものダメージを受ける――ライフの残り少ない現状で、そのダメージ量は決して少なくない。

 エマルフのLP:1100→200

(自分のライフを犠牲にしてまで、オレの壁モンスターを破壊してくるとはな……だが!)
「――残念だったなエマルフ! 『ダンディライオン』には特殊能力がある! コイツが墓地に送られたとき……「綿毛トークン」2体が守備表示で特殊召喚されるぜっ!!」
 低ステータスながらも、城之内の場に壁モンスターが2体並ぶ。
(これで、このターンは凌げるハズ……! 後は何とか、逆転の手を見つけねえと!)
 次ターン以降、いかにして逆転を狙うべきか――城之内はそれを考え始める。しかし、
「――知っていましたよ……その効果。これで準備は整った」
「エ……?!」
 エマルフは予定通りに、場の伏せカードへ手を伸ばす。
「リバースマジック発動……『フレイム・バーン!』っ!!」


フレイム・バーン!
(魔法カード)
自分のメインフェイズ時、自分の場の炎属性モンスター1体を選択して発動。
選択したモンスターよりもレベルの低いモンスターを全て破壊する。
選択したモンスターはこのターン攻撃できない。


 まだ攻撃宣言はなされていないのに、ホルスは咆哮し、口内に黒炎を溜めだす。魔法カードの効力を受け、その全身が、真っ赤なオーラに包まれた。
「このマジックは、炎属性のみに許された必殺カード……! バトルを放棄する代わりに、自身よりレベルの低いモンスターを全て破壊できます!」
「!? す、全てだとぉっ!?」
 ひときわ高く飛翔すると、ホルスは眼下のフィールド目掛け、大量の黒炎を叩きつけた。

 ――ズドォォォォォォォッ!!!!!

 フィールド全体が、黒炎の海に包まれる。そしてその中で、「綿毛トークン」2体は跡形も無く消し飛ぶ。
「ぐお……っっ!!」
「……!!」
 そのあまりの迫力に気圧され、決闘者2人は軽くのけ反る。


 城之内のLP:100
      場:伏せカード2枚
     手札:1枚
エマルフのLP:200
      場:ホルスの黒炎竜LV8(攻3500),バーニングブラッド,王宮のお触れ,
     手札:4枚


 圧倒的有利なこの局面で、エマルフはライフとカードを消費し、城之内のモンスターを一掃した。焦る必要など無いこの状況で、そうする理由など一つしかない。
(……このターンで決める気か……!!)
 城之内は歯を噛んだ。魔法も罠も封じられた現状、城之内のフィールドは完全にガラ空き状態だ。
「……『フレイム・バーン!』を使用したモンスターは、このターンの攻撃ができません。ですが……」
 それ以外のモンスターならば、攻撃は可能。エマルフの手札はまだ4枚も残っている。無理して城之内の場を一掃した以上、トドメ用のモンスターは必ず用意されているはずだ。
(場にあるのは、発動を封じられた魔法カード2枚だけ。手札にも、対抗手段はねえ……)
 エマルフ・アダンは明らかに、“詰め”の段階に入っている。城之内は経験から、それを容易に察知できた。
(……ここまで、だな……)
 厳然たる現実。諦める・諦めないの問題ではない。そのラインはすでに、突破されてしまったのだ。すでに城之内に選択肢は残されていない――敗北を待つ以外には。


「…………」
 対するエマルフには、まだ選択肢が残されていた。
 手札は4枚。モンスターカードが2枚に、魔法カードが2枚。とるべき戦術は2択。
(……ここ、は……)
 感情に突き動かされるまま、魔法カードに指をかける。
「手札から魔法カード発動……『ホルスの目醒め』!!」
「!! 何っ!?」


ホルスの目醒め
(魔法カード)
自分の場の「ホルスの黒炎竜」1体を墓地へ送り発動する。
生け贄にしたモンスターより、レベルが2高い「ホルスの黒炎竜」を
召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。


「ホルスを進化させるカード……? まさか、まだ上のレベルがあるってのかよ!?」
 城之内は驚きを隠せない。レベル8の時点ですでに、圧倒的なフィールド制圧能力を備えているのに、なお上があるというのか――と。
「……お見せします、城之内さん。僕のデッキの、真の最強モンスター……『ホルスの黒炎竜LV10』を!!」
「…………!!」
 城之内は目を背けない。これから現れるという、更なる強力モンスター ――その姿を正視すべく、両目をはっきりと見開く。


 ――だからこそ、気付けた。
 そこに一縷の光明があることに。

 更なる進化を果たすべく、『ホルスの黒炎竜』が光の渦に包まれる。
 そして消える。フィールドに再臨すべく、いったん姿を消す。消え失せる。


 城之内は確かにそれを見た。そして思考よりも早く、肉体が反応していた。
「――リバースカードオープン!! 『真紅の魂』っっ!!!」


真紅の魂
(魔法カード)
自分が1000ライフポイント以下の時、
ライフポイントを半分払い発動。自分の
デッキ・手札・墓地から「真紅眼の黒竜」
を1体特殊召喚する。


「ライフを半分支払い、オレはデッキから特殊召喚――いでよ、『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』ッッ!!」
 城之内のフィールドに、雄々しき漆黒の竜が現れる。城之内の信頼に応えんとし、黒竜は巨大な咆哮を上げた。

 城之内のLP:100→50




「上手い……! ホルスは進化の瞬間、場を離れる……その一瞬の隙をついた!!」
 驚きとともに、舞は思わず、賞賛の声を上げていた。
「でも……レッドアイズの攻撃力は2400、これだけじゃあ……」
 そう呟きながら、獏良はデュエルリング上を見つめる。
 そして気付く。城之内の手により開かれた、確かな可能性に。




(『真紅眼の黒竜』……噂に聞く、ホルスと同じ“黒炎竜”か。でも、レベルを極限まで上げたホルスの敵じゃあな――)
 エマルフも気が付く。城之内の手により開かれていた、もう1枚のカードに。
「……融……合?」
 城之内はニッと笑ってみせた。『真紅の魂』と同時に、城之内は『融合』を発動した――特殊召喚したレッドアイズと、手札に残された最後のモンスターを結束させるべく。
(一体どんなモンスターを……!?)
 エマルフは戸惑うが、すぐに心を持ち直し、手札のカードに指を掛ける。
「……何を融合するのか知りませんが……無駄ですよ、城之内さん。これこそが、僕のホルスの“最終進化形”――すべてを制する力を持った、最強の“黒炎竜”!」
 エマルフは力強く、そのモンスターを決闘盤にセットした。
「現れよ――『ホルスの黒炎竜LV10』っ!!!」


ホルスの黒炎竜 LV10  /炎
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚・特殊召喚できない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、
魔法の発動と効果を無効にし破壊する事ができる。
また、このカードは自分フィールド上に存在する限り、
任意のカードの効果を受けない。
攻3700  守2000


 渦の中から現れたのは、全身煌びやかな黄金のドラゴン。銀色だった先刻までとは、明らかに一線を画す体色だ。
 自身の存在を強調するかの如く、ホルスは巨大な咆哮を上げる。
「オイオイ……随分ド派手な外見になっちまったじゃねえか。今までは、ただデカくなるだけだったのによ……変わり過ぎじゃねーのか?」
 茶化しながらも、城之内は唾を飲み込んだ。“LV8”とは比べものにならぬ、確かなオーラを感じ取ったからだ。
(この威圧感(プレッシャー)……やべーな、神クラスじゃねえのか?)
 かつて“太陽神(ラー)”に対峙した記憶が蘇り、城之内は顔を歪める。
 事実、『ホルスの黒炎竜LV10』が備えた能力は“神”に匹敵し得るものであり、さらにフィールド魔法の効果により、攻撃力は4000を超える――城之内の背を戦慄が貫き、全身を震わせる。

 ――しかしそれは決して、“恐怖”のみから現れたものではなかった。

「――面白ぇ……面白ぇよエマルフ! これがお前の最強モンスターか!! それなら……」
 発動済みの『融合』が効力を見せ、空間に歪みを生み出す。いかに『ホルスの黒炎竜LV10』といえど、すでに発動済みのカード効果までは妨げられない。
「見せてやるぜ……オレの切札も! レッドアイズの力を!! これこそが、オレが最も信頼するモンスターの“最強進化形”!!」
 城之内は手札から、融合素材とする、もう1体のモンスターを見せつける。


勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)  /炎
★★
【炎族】
フィールド上のこのカードは、エンドフェイズ時に破壊される。
自分の場のモンスターが戦闘を行うとき、手札からこのカードを
そのモンスターに装備することができる。このカードが装備カードと
なったとき、次の効果を選択して適用する。
●1ターンの間、装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップ。
●1ターンの間、装備した通常モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ。
攻 500  守 500


 そして次の瞬間、異変が起こった。


 ――ズドォォォォォォンッ!!!!!!

「!! なっ!!?」
 エマルフは目を見開いた。凄まじい轟音とともに、城之内のレッドアイズが爆発、巨大な赤炎に包まれたからだ。
「……!?? まさか……自爆!? 一体何が……」
 その爆音から察するに、レッドアイズが無事とは考えづらい。いかに最上級モンスターであろうとも、それに容易く耐えるとは思えない。
「……!? え……っ?」
 程なくして、次の異変は始まった。
 エマルフは目を見張る。レッドアイズを巻き込んだ赤炎が、少しずつ色合いを変えていく。色鮮やかな赤を濁らせ、黒く黒く染まってゆく。
(これは……黒炎!? まさか……)
 そして炎は消えてゆく。消火しているわけではない。中にいるドラゴンにより“消化”されているのだ。全身を覆う炎を喰らい、ドラゴンは力を蓄える。
「……待たせたなエマルフ。これがオレのデッキが誇る、最強の“黒炎竜”――」
 ドラゴンが姿を見せる。
 姿形は、融合前とほぼ同じ。しかし漆黒だった体色が、赤みを帯びて仄(ほの)かに発光している。そして何より目を引くのは瞳――真紅のそれは煌々と炎の如く輝き、エマルフの竜を睨んでいる。
「――『灼眼の黒炎竜(バーニングアイズ・ブラックフレアドラゴン)』ッ!!!」


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
???
攻3000  守2000


「燃え上がれ――バーニングアイズッ!!」
 城之内の掛け声に呼応して、『灼眼の黒炎竜』は巨大な咆哮を上げた。


 城之内のLP:50
      場:灼眼の黒炎竜
     手札:0枚
エマルフのLP:200
      場:ホルスの黒炎竜LV10,バーニングブラッド,王宮のお触れ,
     手札:2枚



決闘80 激突の黒炎!!

 ――ジュウウウウウ……!!!

 城之内のフィールドから熱気が立ち昇る。
 無論、実際にはただの立体映像に過ぎないのだが、見る者のほとんどに錯覚させる、それだけのリアルさがあった。

 エマルフはふと視線を落とす。
 城之内が融合召喚した『灼眼の黒炎竜』――翼を持ってはいるが、両足を地につけていた。そしてそのコンクリートから絶え間なく、ジュウジュウと悲鳴が上がっている。
(さっきの炎の熱量を……全身に吸収している? なんて無茶な融合だ……!)
 エマルフは唾を飲み込んだ。頬を伝う汗に気付き、空いた右手で拭う。
「バーニングアイズは“闇”と“炎”、2つの属性を併せ持つ……よって! お前のフィールド魔法の効果で、攻撃力が500上がるぜっ!!」
「……! けれど……僕のホルスも炎属性、条件は同じ。『ホルスの黒炎竜LV10』はカード効果を受ける際、受けるか否かを任意に選択できる……『バーニングブラッド』の効果は当然受け、攻撃力500ポイントアップ!」
 城之内とエマルフ、双方のドラゴンが強化される。しかし上昇値は同等、攻撃力差に変化はない。


 灼眼の黒炎竜:攻3000→攻3500
 ホルスの黒炎竜LV10:攻3700→攻4200


 2体の竜が睨み合い、今にも闘わんとしている。
 しかし今はエマルフのターン、バトルフェイズにも入っていない。主たる彼の宣言なくして、戦闘開始はあり得ない。
(攻撃力では勝っているけど……あのモンスター、ただ攻撃力3000のモンスターとは思えない。何らかの特殊能力を持っていると思った方が良い……)
 問題はそれが何であるか。
 まず警戒すべきは、攻撃力増減系の効果――相手モンスターに干渉するタイプならば、ホルスの効果で無効にできる。しかし、自身の攻撃力を上げる効果ならば、ホルスでは無効化できない。
(現状、攻撃力差は700ポイント……そして僕のライフは200。城之内さんのモンスターが攻撃表示なのは……バトルで勝てるから? それとも牽制? 攻撃力アップの効果ならば、一体どの程度……?)
 思考が加速し、エマルフの身体は硬くなる。
 しかしそれを断つかの如く、ホルスが嘶きを上げた。
「…………! ホルスの黒炎竜……?」
 エマルフは驚き顔を上げる。ホルスは上空から彼を、力強い瞳で見下ろしている。
(……! 闘いたい……のか? ホルス……)
 エマルフの問いに応えるかの如く、ホルスは視線をバーニングアイズに向ける。
 同じ“黒炎”を宿す竜の対抗心か――2体の竜は興奮気味に、睨み合い、威嚇し合っている。


『――考えすぎなんだよ、お前は』


 いつぞやの、ジャンの言葉が脳裏に蘇る。それで決心がついた。
(……!! 僕は……!)
「僕は――バトルを行います!! 『ホルスの黒炎竜LV10』! 『灼眼の黒炎竜』に攻撃っ!!」
 待ってましたと言わんばかりに、2体の竜は戦闘体勢に入る。
 ホルスは飛翔高度を上げ、その口内に“黒炎”を溜める。対するバーニングアイズは、地上でそれを迎撃すべく、両脚に力を込め、同様にして“黒炎”を溜める。
「いきます! ホルスの黒炎竜の攻撃!!」
 十分に溜めた“黒炎”を、勢い良く放射し解き放つ。
「――ブラック・ブレイズ・キャノンッ!!!」

 ――ズドォォォォォォォッ!!!!!

 攻撃力4200の“黒炎”が、空高くから襲い来る。しかしそれに対し、城之内は笑ってみせた。不敵な笑みとともに、バーニングアイズとそれを見上げている。
「楽しかったぜ……エマルフ」
 エマルフの攻撃宣言と同時に、城之内は勝利を確信した。そして確信を胸に、力強く宣言する。
「いくぜぇ……バーニングアイズの効果発動!! 戦闘時、オレの墓地に存在するモンスターの数×200ポイント、攻守がアップするぜっ!!」
 城之内の宣言を受け、バーニングアイズは口内の“黒炎”を爆発させた。


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ中、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚につき、
このモンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
???
攻3000  守2000


「今、オレの墓地にモンスターは9体……よってその攻撃力・守備力は、1800ポイントアップッ!!」


 灼眼の黒炎竜:攻3500→攻5300
        守1600→守3400


「いっけぇぇ! バーニングアイズ!! ダーク・ギガ・フレアッ!!!」
 爆発させた“黒炎”を凝縮し、一つの球体を生み出す。黒く燃え盛るそれを、バーニングアイズは勢い良く撃ち出した。

 ――ズドォォォォンッ!!!!!!

(……!! 攻撃力5300……ホルスとの攻撃力差は1100ポイント! 僕の残りライフは200……)
 エマルフは目を見張る。このままバトルが成立すれば、ホルスは破壊され、エマルフは1100ポイントの超過ダメージを受け、敗北となる。
(良し……勝ったっ!!)
 勝利の確信を抱き、城之内はガッツポーズをとる。
 しかしエマルフも同時に、同様の感情を抱いていた。
(やった……勝ったっ!!)
 そしてエマルフは、手札のカードに指を掛ける。
「手札から『ヴォルカニック・ブースター』を捨て――効果発動っ!!」
「!? 何ぃっ!?」
 思わぬタイミングでのカード発動に、城之内はハッとした。


ヴォルカニック・ブースター  /炎
★★★
【炎族】
ダメージステップ時、自分の炎属性モンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
このカードを手札から墓地へ送る事で、自分の炎属性モンスター1体の攻撃力は、
このターンのエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。
???
攻1000  守 0


「この効果により、ホルスは更なる力を得る……! 攻撃力1000ポイントアップっ!!」
「!! な……っ」
 ホルスの“黒炎”が爆発し、その威力を底上げする。
 2体のドラゴンの“黒炎”が、正面からぶつかり合う。

 ホルスの黒炎竜LV10:攻4200→5200



 ――ズギャァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!



「おわ……っ!!」
「……っっ!!!」

 爆音と閃光が、会場内を支配する。
 2体の“黒炎”の激突を、正視できた者は一人もいない。城之内とエマルフも、堪えられずに視線を逸らした。
 拮抗した攻撃力ながらも、決着は一瞬についたようだった。2人は慌てて視線を戻し、勝敗の行方を確認する。


 エマルフのLP:200→100


 城之内のLP:50
      場:灼眼の黒炎竜(攻5300)
     手札:0枚
エマルフのLP:100
      場:バーニングブラッド,王宮のお触れ,
     手札:1枚


「……!! いよっ……しゃあああっ!! やったぜ、バーニングアイズッ!!」
 自身の勝利を確信し、城之内は会心のガッツポーズをとる。
「へへっ……後ちょっとのところで、攻撃力が足りなかったみてぇだな。お前の切札は倒したぜ! これで――」
「……ええ。これで――僕の勝ちです」
「!? エ……ッ?」
 エマルフの予想外の言葉に、城之内の表情が固まる。
「ホルスは命を賭して、僕のライフを繋いでくれた……だから僕の勝ちだ」
「……!?? い、いったい何を……」
 エマルフは誇らしげに、勝利の笑みとともに宣言する。
「僕はバトルフェイズを終了し、エンドフェイズ時――『ヴォルカニック・ブースター』第二の効果を発動!!」


ヴォルカニック・ブースター  /炎
★★★
【炎族】
ダメージステップ時、自分の炎属性モンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、
このカードを手札から墓地へ送る事で、自分の炎属性モンスター1体の攻撃力は、
このターンのエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。
このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、相手のライフに
300ポイントのダメージを与える。
攻1000  守 0


「このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時……相手に300ポイントのダメージを与えます! 今、城之内さんの残りライフはたったの50……」
「……!! んな……っ」
 仰天する城之内を前に、エマルフは高らかに宣言する。
「これで終わりです! 『ヴォルカニック・ブースター』の効果……ヴォルカニック・バーンッ!!」
 エマルフは右手をかざす。城之内を襲うであろう、トドメの“爆発”を期して――しかし、様子がおかしい。エマルフが宣言しても、“爆発”が起こらない。フィールドは至って平穏なままだ。
(……!?? まさか……不発? いや、そんなハズは……)
 狼狽するエマルフに、今度は城之内が笑みを見せた。
「残念だが、エンドフェイズは来ないぜ……エマルフ」
「……!? エ……ッ?」
 唖然とするエマルフに対し、城之内は高らかに宣言した。
「――相手モンスターを破壊したことによって……『灼眼の黒炎竜』の、第二の効果が発動するぜ! 破壊したモンスターの元々の攻撃力の、半分のダメージを相手に与える!!」


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ中、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚につき、
このモンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
???
攻3000  守2000


「……!! 『ホルスの黒炎竜LV10』の元々の攻撃力は3700……つまり僕は、1850ポイントのダメージを受ける……!?」
 エマルフの残りライフは100、そのダメージには耐えられない。
 今度こそ勝利を確信し、城之内はエマルフに向け、右手をかざした。
「コイツで終わりだっ!! いけ、バーニングアイズッ!!」
 バーニングアイズはその口内に、再び“黒炎”を溜め始める。そしてそれをエマルフ目掛け、勢い良く放射した。
「――ダーク・フレア・バーニングッ!!」

 ――ズドォォォッ!!

 迫る炎に対し、エマルフは視線を落とし、最後の手札を視界に入れた。
 そして数瞬の迷いの末に、それを右手に持ち替える。
「手札から魔法カード……『非常食』発動!!」


非常食
(魔法カード)
このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを
任意の枚数墓地へ送って発動する。墓地へ送ったカード1枚につき、
自分は1000ライフポイント回復する。


「この効果により、『バーニングブラッド』と『王宮のお触れ』を墓地へ送って……ライフを2000回復しますっ!!」
「!!? 何ぃぃぃっ!?」
 城之内は目を見開いた。もはや城之内には、使えるカードなど1枚も無い。この一撃を凌がれれば、そのままエンドフェイズ時、『ヴォルカニック・ブースター』の効果で負けてしまう。
「…………」
「……!? へ……っ?」
 しかし様子がおかしい。『非常食』のソリッドビジョンが、場に現れる気配が無い。
 エマルフは“それ”を承知の上で、『非常食』の発動を宣言した。少しの間を置いて、城之内も“それ”に気が付く。


 ――スーパーエキスパートルールでは、1ターンに手札から出せる魔法カードは1枚まで。このターン、エマルフはすでに魔法カード『ホルスの目醒め』を手札から発動しているのだ。故に『非常食』の手札発動は認められない。


 もはや遮るものは何もなく、黒炎はエマルフを直撃した。

 ――ズドォォォンッ!!

 それでようやく、勝敗は決した。


 エマルフのLP:100→0


「―― 一回戦第四試合!! 勝者、城之内克也っ!!!」
 審判・磯野の宣言が、会場中に響き渡る。それを受け、場内にはかつてない大歓声が沸き起こった。


 城之内のLP:50
      場:灼眼の黒炎竜(攻5300)
     手札:0枚
エマルフのLP:0
      場:バーニングブラッド,王宮のお触れ,
     手札:1枚(非常食)


「――おっしゃああ!! 良くやったぜ、城之内ぃっ!!」
 デュエルの結果を受け、本田は我が事のように喜びの声を上げる。
「ったく……心臓に悪いデュエルしてくれるわ。どんだけ接戦なのよ」
 半ば呆れた様子を見せながらも、舞の口元も綻んでいた。
「……それにしても……すごい歓声だね。前の三試合では、終わってもここまで騒いでなかったのに……」
 客席をキョロキョロと見回しながら、絵空は目を丸くする。
「すごくいいデュエルだったからね……特に最後。お互いの切札の激突に、カード効果の応酬……そりゃあ盛り上がるよ」
 絵空にそう諭しながら、遊戯も顔を綻ばせ、親友の勝利を祝福していた。




「――今のデュエル……エマルフ・アダンは勝つことができましたね」
 デュエルの決着を受け、カールの発した第一声はそれだった。
「『ホルスの黒炎竜LV10』を出さずとも、『ヴォルカニック・ブースター』を召喚すればトドメには足りた……そうすれば、城之内克也は魔法を封じられたまま。リスク無しに、着実に勝利できたハズ。ミスの原因は慢心か、あるいは虚栄心か……」
「……いや。そのどちらでもあるまい」
 デュエルフィールドを見つめたまま、ガオスは穏やかに言葉を紡ぐ。
「リスクは承知の上のこと。承知の上でのプレイ……それはエマルフの“敬意”だ。ゲームの“パートナー”へ向けた、最大限のリスペクト……それを“ミス”と呼ぶのは無粋というものだよ、カール」
 その言葉に、カールは違和感を抱いた。“ルーラー”において、ゲームの勝敗は絶対の掟――まるでそれを否定するかのような解釈だからだ。
(カツヤ・ジョウノウチ、エマルフ・アダン……ともに大きな成長可能性を秘めた、素晴らしい決闘者だ。特に……)
 ガオスの両の瞳が、城之内の姿を凝視する。
 そして自身の中に、“迷い”が生じていることに気付く。それを振り払うこともできず、ガオスはただ立ち尽くす。





「――最後の『非常食』はマジでビビったわ。絶対負けたと思ったぜ」
「……ただの負け惜しみですよ。使えないのは分かっていたけど、何もしないのは悔しくて」
 デュエルフィールド中央にて、闘いを終えた2人は、改めて相対していた。エマルフの顔に曇りは無く、むしろ心は満たされている。
「楽しかったぜ、エマルフ。また闘(や)ろうぜ、次のバトルシティとかでよ」
 そして城之内は右手を差し出す。それの意図するところが分からず、エマルフは一瞬固まってしまった。
「ん……何だよ、フランスにはねえのか? 握手だよ握手」
 何でもない調子で言う城之内に、エマルフは僅かに躊躇する。
 しかしすぐに右手を挙げ、彼のそれを掴みとる。
(……日本に来て良かった)
 心の隙間が、埋まってゆくのが分かる。
 自分がいま掴んだもの、それこそが“答え”。人が生きてゆく上で、最も肝要で尊いもの――エマルフの心はぼんやりと、そんなふうに感じ取った。
「……次に闘うときには……」
 顔を上げる。確かな充足感を胸に。
「次に闘うときには――きっと、僕が勝ってみせます!」



 ――誰が始めたのだろう、場内では拍手が起こっていた。
 会場の中心で握手する2人に、感謝と祝福の雨を。
 その日一番の喝采が、2人の若き決闘者に注がれていた。



決闘81 ルーラー(前編)

 「第三回バトル・シティ大会」は本戦一回戦の四試合を終え、大会は1時間半程のインターバルに入っていた。
 時計は十二時前を指している。つまりは昼食休憩用の時間なのだが、遊戯たち面々はその時間を利用し、選手用医務室へと向かっていた。無論、第三試合で倒れたマリク・イシュタールの容態を窺うためである。


「――つーか……何でテメーがついて来てんだよ、オイ」

 道中、先ほど勝利を収めたばかりの城之内が、不服げにごちた。
「フン……それはこちらの台詞だ。このオレが踏み印すロードを、土足で踏み荒らすな……凡骨上がり風情が」
「んだとぉ! 海馬テメーッ!」
「まっ……まあまあ。城之内くん」
 海馬に掴みかかろうとする城之内を、間の遊戯が慌ててなだめる。さっきからずっとこんな調子だった。

「……ずいぶん仲悪いんだね、あの二人。むかし何かあったとか?」
「ウーン……あったと言えばあったけど」
「……ま、それ以前の問題だろーな」
「もともと相性最悪なんでしょ、あの二人は」
 三人の後ろを、絵空・獏良・本田・舞の4人がついて行く。さらにその後ろには、月村浩一の姿もあった。

「……月村おじさんも、マリクさんのお見舞いに行くの?」
「ん……ああ。まあ、そんなところかな」

 途中、絵空が何気なく問うと、月村は言葉を濁した。
 その様子に違和感を覚えるが、問い直す前に目的地に着いてしまった。



 遊戯が先んじてドアをノックし、医務室の中へと入る。
「あ……遊戯、みんな」
 まず先に、マリクについて行った杏子の姿が視界に入った。しかし医務室内には、彼女以外にも見知った人物がいる。
「――お久し振りですね……みなさん」
 杏子の隣に座る女性が、丁寧に挨拶をする。
 彼女と最後に会ったのは、エジプトの地、“闘いの儀”のときのこと。およそ八ヶ月ぶりの再会だ。そして彼女の他にもう一人、マリクとは別のベッドに、弁髪の男性が横になっている。
「イシズさん……それにリシド!? どうして……」
 予想だにせぬ再会に、遊戯は驚き目を見張った。
 ベッドで眠るマリクを見れば、彼女らがこの場にいることは、そう不思議なことではない――しかし、リシドもまた同様に眠っているのはどういうことなのか。
「おっ……おいおい! どうしたんだよリシド!?」
 遊戯の横で城之内が騒ぐ。
 するとそれに反応したのか、リシドの身体が動いた。
 苦痛に顔を歪ませながら、上体をゆっくりと起き上がらせる。
「! リシド、無理をしては……」
「……いえ、大丈夫ですイシズ様。彼らの協力を仰がねばならぬ以上、せめて私の口から話すのが礼儀というもの……」
 いちど深呼吸をすると、リシドは頭を上げた。
「……遊戯、城之内……先に謝罪しておく。結局お前たちに頼らねばならぬ、この私の不甲斐なさを……! 本当に申し訳ない」
「……!? そ、そんなことよりよ! 見るからに体調悪そうだぞお前! 何があったんだよ!?」
 城之内の問いに対し、頭を下げるリシドに代わり、海馬が端的に答える。
「察しの悪いヤツだ。マリクと同じ理由……と言えば分かるだろう」
 マリクが倒れた理由――それは先程の、第三試合のデュエルでのこと。
 シン・ランバートの召喚した“魔神”『カーカス・カーズ』『ブラッド・ディバウア』――もはや存在しないはずの、“神属性”を持つカード。その攻撃を受けた結果、マリクが倒れたことは明白……それはかつて、“三幻神”が引き起こした現象と同じものだ。
「……マリク君……ずっと寝たままなの?」
 獏良の質問に、イシズは首を縦に振る。
「医者の話では、命に別状はないだろうとのことです。ただ……」
「……私が“魔神”に倒されたのは3日前、この大会の予選中でのことだ。そして目覚めたのは今朝のこと……意識は当分戻らないと見るべきだろう」
「……!」
 リシドの言葉を聞き、月村の眉根がわずかに寄る。もっともそれに気付く者は、当人以外にはいなかったが。
「……ねえリシド。マリクは試合が始まる前に、シン・ランバートと何か話をしていた……キミ達は彼と知り合いなの? 彼が使った、あのカードは一体……?」
 遊戯に問いに、リシドは頷いてみせた。
「……ああ。お前達にこの場へ来てもらったのは、全ての事情を明かし、託すため。……だが」
 リシドは顔を動かし、二人の人物を視界に入れた。
「……失礼だが、そちらのお二人は……?」
 突然に話を振られ、絵空は目を瞬かせる。
「あ……えっと、この子は神里絵空さん。最近できたボクたちの友達で……今大会の本戦出場者でもあるんだ」
「あ……ど、どうも。ハジメマシテ……」
 遊戯の紹介に後押しされ、絵空は緊張気味に頭を下げた。
(あの顔の刺青……何だろうね。エジプトの文化なのかな?)
 絵空の興味本位な問い掛けに、天恵は「聞いたことないけど」とそっけなく返答する。
「……そうか……本戦出場者か。ならば聞いてもらうべきだろう。お前たちの友人であれば、信用もできる」
 神妙な面持ちで呟くリシドに、絵空は話が見えず小首を傾げる。

「――そっちの男はI2社の社員だ。“ルーラー”を知っているようなのでな……オレが同席を許可した」
 海馬からのその言葉に、リシドは思わず顔を上げた。
「T2社の……!? では、まさか」
「……ああ。君達の情報は、本社上層部からおおよそ聞いている……過去に犯したことのみならず、その後交わした“誓い”についても。そして君達は今回、それを反故にした――その真意を確認するよう、本社から指示を受けている」
 名乗ることもせずに、月村はリシドにそう話した。
 リシドを見下ろすその視線には、少なからぬ非難と嫌悪が込められている。
「……“誓い”? 何の話?」
 不意に訪れた不穏な空気に、遊戯は間に割って入る。
 リシドはしばらく黙った後に、訥々と返答した。
「“闘いの儀”を終え、お前たちと別れた後に……私とマリク様は、I2本社へ赴いた。そして、全ての罪を認め……彼らに“処分”を求めた。かつて“グールズ”を率い、多くの者達を傷つけてきた責任を、いかにしてとるべきか――その判断を求めたのだ」
「……!! え……っ」
 初めて聴く話に、遊戯は言葉を失う。
 リシドはどこか申し訳なさげに、躊躇いがちに話を続ける。
「我々は当然、相応の報いを覚悟していた。しかし彼らが……I2本社上層部が出した答えは、実に慈悲深いものだった。二度とエジプトの地は踏めないかも知れぬ……そう覚悟していた我々にとって、本当に慈悲深い処分だったよ」
 少しも表情は緩めずに、重々しく口を開く。
「“M&W界からの永久追放”――それが彼らの降した処分。M&W大会への参加はもちろんのこと……金輪際、M&Wには関わらぬこと。カードには一切触れぬこと、目にもせぬこと……つまりは“デュエリストを辞めること”――それだけを条件に、彼らは我々の罪を許すと言ってきた。まさに破格の条件だ」
「な……っ」
 一瞬、呆気にとられた城之内が、数瞬して、思い出したように叫ぶ。
「なっ、何だよそりゃあ!? デュエリストを辞める!? そんなの……お前は納得できんのかよ!!?」
 今にも掴みかかりそうな勢いで、城之内はリシドに詰め寄る。
「……良いのだ、城之内。もとより、我々には拒否権などない。すでに受け入れたこと……もう、覆らぬことなのだよ」
「……!! でも、お前……」
 城之内は言葉に詰まる。やりきれない感情を、いかにして言語化するかが分からずに。

 かつて、カードを交えた相手として――2人がデュエリストを辞めるということに、納得ができない。できるはずがない。城之内から見た2人はあくまで、グールズである以前に、心から認めたデュエリストに他ならないのだから。

(……“慈悲深い処分”……か。確かに、一見はそうも思えるが……)
 月村は、先程のリシドの言葉を反芻し、顔をしかめた。

 確かに、彼らの犯した罪全てを踏まえれば、本来なら法的手続きを通し、相当の罰を受けることになったはずだ。それを考えればこの条件は、少なくとも客観的には、軽すぎる罰と言って良いだろう。
 しかし彼らのそれは、決して“慈悲”に基づいたものではない――そのことは、月村もリシドも承知していた。
 T2本社上層部はつまり、“グールズ”の存在を公に出したくないのだ。グールズ、ひいては“ルーラー”のことを――その先導者が、I2社の初代会長、ガオス・ランバートであった事実を。そんなことが世間に知れれば、I2社は一気に信用を失ってしまう。その存続が危うくなる。
 I2社にとってグールズは、一種の“爆弾”のようなものだったのだ。故にI2社上層部はこの一件を、極めて内密に、丁重に処理しようと結論した。公の罰などは一切与えず、ただ2人をM&Wから隔離することで、“事実”が露呈する可能性をできる限り排除しようと考えた。
 “慈悲”などというものとは程遠い――あくまで利己的な、I2社の都合に基づいた処分だったのだ。


 そして、訪れていた沈黙を、海馬の不遜な口調が破る。
「――悪いが時間は有限だ。そろそろ本題へ移ってもらおう。このオレを含め、午後に試合を控えた者もいる……貴様らの事情にばかり構ってはおれん」
 リシドは頷くと、いったん呼吸を整え、話を始めた。
「……我々がI2社との“誓い”を破り、今大会へ出場したのは……ある者達に呼び出されたことに起因する。黒ずくめの装束に身を包んだ、数人の男達……私とマリク様は見た瞬間に、彼らをグールズの残党だと考えた。しかし彼らは、こう名乗ったのだ――「“ルーラー”の使者である」と」
「!! ルーラーって、たしか……!」
 聞き覚えのあるその名前に、遊戯たちは顔を見合わせる。
「……? まさか……知っているのか? ルーラーのことを……」
 意外そうな顔をするリシドに、城之内は首を縦に振った。
「予選のときのことなんだけどな……元グールズ、ってヤツが教えてくれたんだよ。名前はたしか……田中だったよな?」
「鈴木だ鈴木」
 本田がすかさず訂正する。
「グールズは、ルーラーを乗っ取って作られた組織……とか言ってたな。本当のことなのか?」
 本田の問いに、リシドは神妙な面持ちで首肯してみせる。
「その“鈴木”という人物が何者かは分からぬが……知っているなら話は早い。彼らはルーラー首領の息子、シン・ランバートからの伝言を携えていたのだ。その伝言とは、“ゲーム”の提案――今大会に出場し、シン・ランバートを倒したならば、再建した“ルーラー”を解散させると言ってきた。そしてこの“ゲーム”に、拒否権は無いと……断った場合には、近しい人間が傷つくことになる、とな」
 イシズの表情がわずかに曇る。
「……なるほど。つまり君らは脅迫を受け、やむなく上層部との“誓い”を破り、今大会に出場した……ということかい?」
 リシドの話に、月村が割って入った。T2本社上層部からの命を受けている月村にしてみれば、それは重要な確認なのだ。
「……確かに、それもあります。しかし、それだけではない。グールズを率いた者の責任として……逃げてはならぬと考えました。この“ゲーム”に勝利し、ルーラーを終わらせる……それを償いにしようとした。……もっとも、その結果がこのザマ……ですがね」
 面目なさげに、リシドは失笑してみせる。
「――ってことは……リシドもあの野郎にやられたのかよ? あの“魔神”とかいうカードに……」
 城之内の質問に、リシドは「ああ」と頷く。
「……私は予選で倒された。魔神『ブラッド・ディバウア』……モンスターを喰らい、無尽蔵にステータスを上げる、あの悪魔にな」
「……ようやく本題か。魔神『カーカス・カーズ』、魔神『ブラッド・ディバウア』……マリクが瀕死に陥りながらも、粘って召喚させた2体だ。あれは一体何なのだ? 三幻神にも匹敵しうる“神威”を感じた……さらに、奴は言っていた。三幻神と“対”になる魔神……と」
 海馬は不愉快げに顔を歪めた。“神”という異常の怪物が増え、あまつさえ不穏分子の手の内に収まっている現状に。
「……すまないが、詳細は分からない。ただ、予想の域は出ないが……ペガサス・J・クロフォードの生み出したカードとは考えにくい。おそらくペガサスとは無関係の、“ルーラー製”の“神”……私はそう推測している」
「!? ルーラー……製?」
 聞き捨てならない単語を聞き、遊戯はリシドへ確認する。
「ちょ……ちょっと待ってよ! 既存カードの複製ならさておき……独自のカードまで作り出せるっていうの!? そんなこと――」
「――できたのさ。“ルーラー”のガオス・ランバートは、I2社の名誉会長だった……その実、実権は彼が握っていたと言って良い。社内にも、“ルーラー”の息の掛かった人間は大勢いた。ペガサス社長に相談なく、秘密裏にカードの数枚を創るなど動作もなかったろうね」
 月村からの説明を聞き、遊戯は絶句する。
 これがルーラー。“創造者(クリエイター)”の意思など無視し、いくらでも無理をまかり通す――それこそが“支配者(ルーラー)”というもの。
「もっとも4年前、ペガサス社長が会長となった折に、ランバート派閥の人間はだいぶ力を削がれたからね。現在ではそんな無茶も通らないよ。つまり、例の“魔神”を創ったとしたら恐らく――」
「――恐らくは、その頃。“三幻神”が創られた前後……と見るべきか」
 被せられた海馬の言葉に、月村は迷わず頷く。
 と、そこで獏良が不意に疑問を投げ掛けた。
「……あのー。一昨日から気になってたんだけど……その“ルーラー”っていうのは、どういう集団なんですか? ボクはあまりピンと来ないんだけど、ガオス・ランバートはI2社の初代名誉会長……ってことは、I2の創建者なんですよね? 一線を退いた後に、I2社の経営方針とかが気に食わなくなって、ガオス・ランバートが独自に作った組織……とか、そういう感じですか?」
 「いや」と、月村は思い出しながら返答する。
「歴史自体は“ルーラー”の方がずっと古いらしい。本来は、一種の宗教団体……“ある神”を崇め、讃える人間達の集まりだった。その“教主”とも呼ぶべきガオス・ランバートが会社を開き、それが現在のI2社になった……と聞いたな。起業の際には、その信者から集めた寄付金が大量に投入されていたとか」
「……フン、一気にきな臭い話になったな。どれほどの歴史・規模があるかは知らんが、世間一般にはまるで通じておらぬ名だ。たかが知れている」
 海馬は不機嫌そうに顔を歪める。この手のオカルト染みた話は、彼が最も嫌うテーマだからだ。
 しかし、ふとある可能性に気が付いて、もう少しその話を続ける気になった。
「……月村、奴等が崇める“神”は何だ? シン・ランバートの“魔神”は“三幻神”と対為すように創られている……とすれば、まだ1体の“魔神”が残っているはず。“ラー”と対為す、最高位の“魔神”――となれば、奴等の信仰神を据えている可能性もある」
「……! なるほど確かに。彼らの信じる神の名前は、たしか――」
 次に月村が口にした一言に、病室の空気が一瞬凍りついた。

「――たしか……そう、“ゾーク”と言ったかな」
 刹那、遊戯たちの脳裏には、かつて目の当たりにした“大邪神”の脅威が蘇っていた。



決闘82 ルーラー(後編)

「――大邪神……ゾーク・ネクロファデス……!」
 遊戯は思わず呟いた。
 三千年前の世界に存在し、エジプトの地を闇に染めようとした怪物。かつて対峙したときの恐怖が、戦慄となり背を貫く。
「……? ゾーク、ネクロファデス……?」
 遊戯が口にしたその名に、月村は首を傾げる。
「何か心当たりがあるのかい? 武藤くん」
「あ……ええと。はい、まあ……」
 どう説明すべきか分からず、遊戯は曖昧に口を濁す。
 この場にいる者の中で、その名を知らぬ人間は4名――海馬瀬人、孔雀舞、月村浩一、そして神里絵空。リシドとイシズに関しては、“闘いの儀”の前にすでに、遊戯たちからその存在を聞き知っていた。
「何て言うか……以前、ゲームで闘ったことのある相手なんです。まさか、それを“神”と崇める集団がいたなんて……!」
 “大邪神ゾーク・ネクロファデス”と、今度はM&Wの中で闘うことになるかも知れない――想像するだに恐ろしかった。
 闇RPGで対峙したゾークの力は、恐らくは個々の三幻神以上。最後の“魔神”がそれだとすれば、どれほどのステータスを備えたモンスターとしてカード化するのか――皆目検討もつかない。
「……? “ゾーク・ネクロファデス”という名前のカードと闘ったことがある……ということかい? だが、名前が少し違うな。似ているから無関係とも思えないが……」
「!? エ……名前が違う?」
 遊戯の心底驚いた問い掛けに、月村はコクリと頷く。

「彼らが崇拝する神の名は――“ゾーク・アクヴァデス”。たしか、世界の“創造神”として崇めていたと思ったが……」

「……!? ゾーク……アクヴァデス?」
 聞いたこともないその名前に、遊戯の表情は驚愕に染まる。
 同じ“ゾーク”の名を冠する、別名の“神”――それが何を意味するのか、今の遊戯はまだ知らない。

「……遊戯。私からもひとつ……あなた達の耳に入れておきたい話があります。エジプトの地から盗まれた、“黒い本”について――」
 イシズは、三日前、海馬にもした話を切り出す。

 ――先日、エジプト政府の封印していた“黒い本”が、何者かに持ち去られたこと
 ――強い魔力を帯びていたそれは、ガオス・ランバートの所持品だったらしいこと
 ――そしてそれが、今回の件と無関係とは考えづらいこと……


(……何かわたし、途中から全然話について行けてないんだけど……)
 イシズの話を聞きながら、絵空は目が回るような思いをしていた。
 グールズの主導者が実は、遊戯たちの友人であったという事実に始まり、ゾーク何とかに、“魔力”云々。一度に許容できる情報量を、大幅に超過してしまった。
『(……私が聞いといてあげるから、あなたはちょっと休んでなさい。午後には試合があるのだし……分かった範囲で、後で説明してあげるから)』
(……ウン。悪いけどそーする)
 よろしくね、と呟いて、近くの椅子にちょこんと座る。
 いま話している“黒い本”が、まさか自分の持つ“千年聖書”とは夢にも思わずに。

 天恵は無論それを知っていたし、イシズがする話に注意深く耳を傾けていた。
 どこまでを知られているのか、自分が知らぬ情報はないか――この場にいる誰よりも集中して。この場にいる誰よりも、事態を詳しく把握しているにも関わらず。

 そしてそれは彼女の心に、更なる孤独と後ろ暗さを募らせる――そうやって着実に、自身の心を追い詰めていることに、彼女はまだ気付いていない。



●     ●     ●     ●     ●     ●


 休憩時間に入り、会場の観客席は、人影が疎(まば)らになっていた。しかしそれでも、全員がその場を離れたわけではない。付近の飲食店の混雑を予期したのか、昼食を事前に用意した者も少なくなかった。ここまでの試合に触発されたのか、狭いスペースにカードを並べ、デュエルを始める者もいる。またある者は、ここまでの4試合について検討し、熱い議論をぶつけ合っていた。


 そしてガオス・ランバートもまた、彼ら同様、その場に留まっている一人だ。
 昼食を調達するため、カールはその場を離れていた。つまりガオスは、そこに一人で立っていた――しかし唐突に、その口が開かれる。
「――要らぬ手間をかけたな……ヴァルドー」
 誰もいないはずの、背後へと語り掛ける。しかし、彼の言葉をキッカケとしたかの如く、その場に気配が生まれた。
「……いえいえ……お気になさらず。当然のことをしたまでですから」
 ガオスの背後にはいつの間にか、白いローブの男――ヴァルドーが立っていた。
 ガオスが口にしたのは、第三試合が終わった時のこと――シンが“魔神”により突き落としたマリク・イシュタールを、ヴァルドーが助けた件について。
「……あのまま彼を見捨てれば、大会は一時中断。私の試合が遅くなってしまうところでしたからね。もっとも……私が動かなければ、貴方が動いたでしょうけれど?」
「…………」
 ガオスは無言で応えない。そんな彼の様子を見て、ヴァルドーはクスクスと、からかい調に笑う。
「それにしても彼……シン君には本当に困ったものですね。何故、あの3枚を渡したのです? 彼には過ぎたオモチャでしょうに」
「……儂の意志ではない。アレが勝手に持ち出したのだ」
「なるほど。そして貴方は、それを敢えて見過ごしている……ということですか?」
「……!」
 ガオスの眉間がわずかに寄る。
 それを承知の上で、ヴァルドーは更に言葉を続けた。
「彼は本当に短絡的ですね……優秀な貴方の息子とは思えぬ無能ぶりだ。何より、身の程を知らない……自身の器の卑小さを、まるで把握できていない」
「…………何が言いたい。まさかそんな文句を言いに、儂のところへ来たのか?」
 ガオスは不愉快げに問う。するとヴァルドーはニッコリと、満面の笑みで言った。

「――やはり母親が低劣だから……息子も、ああなったのでしょうかねえ?」
「――……!!」

 その瞬間、ガオスの“影”が不自然に蠢く。
 荒々しくざわめきながら、それは伸び、ヴァルドーの一歩手前でピタリと止まった。
「おお……怖い怖い。相変わらず優秀な“精霊(カー)”ですね。主人の不快に、本人以上に敏感だ」
 そう言いながらも、ヴァルドーは明らかな余裕をひけらかす。
「……肩慣らしでもしに来たか? ならば幾らでも相手になってやる……場所を変えてな」
「フフ、失敬。そんなつもりはありませんよ……無礼には謝罪いたします。ただね、私は思うのですよ……貴方にもちゃんと“欲しかった未来”があるのではないか、とね」
「……!」
「今さら後には退けない……そうでしょう? 取り戻したい過去、守りたい現在(いま)、手に入れたい未来――誰にでもある。そしてそれは、貴方とて例外ではない……違いますか?」
 伸びた“影”が元に戻る。ヴァルドーの意図に合点がいき、感情がすぐに冷えた。
「釘を刺しに来た……というわけか」
「……ええ、念のためにね。これが最後の会話となるでしょうから」
 最後――その言葉の意味を、ガオスは理解していた。
 答えは午後の第七試合“ヴァルドーVS神里絵空”――その一戦ではっきりする。
「“迷い”など捨てなさい、ガオス……それは今の貴方にとって、最も不毛な感情だ。帰還不能点はじき超える……検討など不要。貴方はただ、“楽園(エデン)”を目指せばそれで良い」
「……そんなものはとうに超えている。ランバートの血筋として、“千年聖書”を継承した瞬間からな」
 強い瞳で、ガオスはヴァルドーを睨む。
 どれほどの迷いを抱こうが、無意味――そんなことは、ガオス本人が一番よく知っている。
「……これは“世界の意志”だ。個人の拒絶など詮無きこと……それは驕りにしかならぬ」
「……なるほど。貴方はそう理解しているわけですね」
 「安心しました」と呟き、ヴァルドーは一歩退く。
「では……仕上げは私が担います。後のことは頼みましたよ……ガオス・ランバート」
 ふっと、ヴァルドーの姿が消えた。
 気配が完全に消えたことを確認すると、ガオスは小さく呟く。
「そうだ……もはや止まることなどできぬ」

 ――取り戻せない過去
 ――守りたかった現在(いま)
 ――欲しかった未来

 瞳をそっと閉じる。
 まぶたに浮かぶは二人の人物。
 若かりし頃、遊戯場にて遭遇した、日本人の青年。
 そして――


「――なあ。そうであろう? マリア……」


 かつて愛した女性の名を、祈るように口にした。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 ―― 一方その頃、選手用医務室にて。
 イシズの口から、エジプトで盗まれた“黒い本”についての説明がおおよそ終わったところであった。
「――今回、“ルーラー”が動き出した件と、“黒い本”が奪われた一件、私には無関係と思えません。何らかの関連があるのは確か。そして犯人は恐らく、ガオス・ランバートかその関係者……」
 一通りの話を終え、イシズは、ほうと溜め息を吐く。
(……魔力を帯びた、黒い本……?)
 イシズの話した代物に、遊戯は心当たりがあった。いや、遊戯だけではなく、杏子・本田・獏良の三人も、その可能性に気が付く。
 “千年聖書(ミレニアム・バイブル)”と銘打たれていた、黒く分厚い本――現在、“もうひとりの絵空”の魂を留めているらしいモノ。“千年”の名を冠した、得体の知れぬアイテム。

「……フン。貴様らのするオカルト話に興味はないが……当面の“敵”として眼前に立ち塞がっていることは事実。マリクの功績は賞賛に値する。ガオス・ランバートの息子、シン・ランバート……ヤツが所持する“魔神”のカード、そのうち2枚を衆目に晒させたのだからな」
 眠るマリクを一瞥してから、海馬は言葉を続ける。
「事前に能力が割れていれば、対策もできる。……もっともオレに、その必要はないがな……何故だか分かるな?」
 試すような瞳で、遊戯を見据える。
「オレがシン・ランバートと闘うとすれば、決勝戦――だが、ヤツが決勝の舞台へ上がる可能性は万に一つも無い。何故なら今大会の決勝戦は、オレと貴様の闘い以外にあり得んからだ」
「……!」
 シン・ランバートが勝ち上がれるのは準決勝まで、それ以上はあり得ない――それが海馬の確信。
「……とは言え、奴が晒した“魔神”は2体まで。肝心の3体目……“ラー”と対を為すカードは、謎に包まれたままだ」
 “神”を初見で、無対策で打破することは難しい。ましてや残りは“ラー”と対のカード――並の能力とは思えない。だから、
「――“三幻神”を使え……遊戯」
「!? え……っ」
 海馬からの思わぬ指示に、遊戯は驚き目を見張る。“三幻神”の名が出た瞬間、場の空気がわずかに緊張した。
「下手な小細工など無用……力には力! 見せつけてやるのだ……真の“神”がどちらであるか! あの紛いモノどもにな!」
 瞳に滾(たぎ)る怒りを顕(あらわ)に、海馬は声高に主張する。
 遊戯の瞳に、若干の迷いが映る。しかし海馬はそれを見越し、畳み掛けるよう言葉を連ねる。
「……“ヤツ”がいなくなって以来、貴様が“神”を使っていないことは知っている。だが、この状況……“ヤツ”ならば当然、三幻神を使うはずだ! “支配者(ルーラー)”ごときが創りし“偽りの神”など、“創造者(クリエイター)”の手を経た“真なる神”の足元にも及ばぬと――その手で証明するためにな!!」
「……!!」
 海馬の言わんとすることは、遊戯にも良く分かる。

 “彼”ならばやはり、“神”を使うだろう――少しでも多くの情報を残そうと、最後まで闘い抜いたマリクのためにも。

「……って、ちょっと待て海馬ぁ! 遊戯の前にあの野郎と闘うのはオレだぞ!?」
「……フン。貴様はせいぜいヤツに、三体目の“魔神”を出させるよう努力するんだな。もし出来たなら……そうだな、貴様のデュエリストレベルを再考してやらんでもないぞ」
 城之内が息巻くが、海馬は興味ないといった様子で、すぐに視界から外してしまう。
「遊戯、最後に決めるのは貴様だ……好きにすればいい。だが、“ヤツ”から“三幻神”を託されたのは貴様だ……ならば貴様には責任がある。力を持つ者としての責任がな」
 遊戯はふと視線を落とし、腰のデッキホルダーを見つめる。中には、先ほどの試合で使用したデッキのみならず、“三幻神”のカードも入っている。

 『カーカス・カーズ』の召喚時には『オシリスの天空竜』が、『ブラッド・ディバウア』の召喚時には『オベリスクの巨神兵』が脈動した――今にして思えばそれは、カードの意志表示ではなかったろうか。
 自分達を喚び、“魔神”を倒せ――主たる遊戯へ向けた、“三幻神”からのメッセージ。

 遊戯の表情の変化を見ると、海馬は満足げに、小さな笑みを漏らす。
「……オレからの話はこれで終わりだ。午後の試合の準備もある……オレはこれで失礼しよう。後は貴様らで自由に話せ」
 他者の反応も見ず、海馬はドアを開け、病室を出て行く。


 予感はあった。
 シャーディーの手を経て、その3枚を返された瞬間から――その力が、必要になる時が来ると。
(……ボクが……三幻神を使う……!)
 来るべきその瞬間を思い、遊戯は表情を引き締めた。



決闘83 闇の胎動

(“三幻神”と対を為す、ルーラー製の神……“魔神”か)
 選手用通路を歩きながら、海馬は先程の、マリクの試合を振り返っていた。
(確かに厄介ではある……だが、“三幻神”に匹敵する力があっても、それ以上というわけではない)

 ならば、遊戯が“三幻神”を使ったとすればどうか――カードの力は互角、勝敗はデュエリストの力量差により決することになる。

(シン・ランバートは、“魔神”の速攻召喚に特化したデッキ……だが、ヤツ自身の戦術レベルはそこまで高くない)
 “魔神”という力に溺れ、彼本来のプレイングを見失っているように見えた――つまりは、その程度のデュエリストであるということ。

 ならば問題はない――遊戯が“三幻神”を使いさえすれば、万に一つも“まさか”はない。決勝の舞台へ上がることはあり得ない。

(……もっともアレの使用者が、遊戯と同等クラスのデュエリストとなれば――話は別だろうがな)

 海馬はまだ気付かない。自分自身が陥っている、大きな誤算に。


●     ●     ●     ●     ●     ●


 ――神無雫は、デュエルフィールドを見上げていた。
 思い起こすは第三試合、シン・ランバートVSマリク・イシュタール――その最中に召喚された、2体の“魔神”の姿。
「……魔神『カーカス・カーズ』……」
 墓地のモンスター数に依存した、圧倒的な超攻撃力――『オシリスの天空竜』とはまた違う、フィールド制圧力を持つ。
「……魔神『ブラッド・ディバウア』……」
 場のモンスターを喰らい、自身の力を無尽蔵に上げる能力――『オベリスクの巨神兵』とはまた違う、強烈な破壊性を誇る。

「――そして、『エンディング・アーク』……」

 呟くと同時に、雫に変化が生じた。
 ずっと無表情だった彼女の顔に、一つの感情が垣間見える。

「……欲しいな……“アレ”」
 口元を三日月に歪ませて――“強欲”の笑みを漏らした。



 番外編へ続く




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