第三回バトル・シティ大会
〜予選(後編)〜
製作者:表さん




※これより先、「レアハンターの奇妙な冒険」に関しては、プロたんさん作の「レアハンターシリーズ」が既読であることを推奨します。ご了承下さい。



決闘24 レアハンターの奇妙な冒険T〜千年のデッキ!〜

 私の名はレアハンター。
 かつて、裏ゲーム会を支配する闇組織――グールズ、その平社員だった男だ。
 容姿は上々。人気も上々。
 今では有限会社レアハンターの社長であり、トップレベルのデュエリストでもある。

 さて、そんな私だが、今はあるカード大会に出場している。その名も“第三回バトル・シティ大会”。世界規模の知名度を誇る、超有名な大会だ。ちなみに私は以前、同大会で3位以上相当の成績をとったことがある。嘘じゃない、だって3位の城之内克也に勝ってるんだぜ?

 ところで、私のカードを見てくれ。コイツをどう思う?


レアハンター(1)  D・Lv.5
★★★☆☆☆☆☆
2勝0敗


 そう……私はいま、連勝街道まっしぐらなのだ。1度も負けてはいない。完璧すぎる。

 今日は運がいいらしい。2回とも、最初の3ターンくらいでエクゾディア揃ったし……あ、いやいや、これが私の実力なのだ。

 そんな私は今、ある男の挑戦を受けてやっている。男の名は海馬瀬人。恐らく世界中のデュエリストの中で、私の次くらいに強い男だ。


珍札のLP:4000
    場:千年の盾,レベル制限B地区,グラヴィティ・バインド−超重力の網−,
      伏せカード1枚
   手札:4枚(封印されし者の左腕×3,シールドクラッシュ)
海馬のLP:4000
    場:青眼の白龍,伏せカード2枚
   手札:4枚


千年の盾  /地
★★★★★
【戦士族】
千年アイテムのひとつ。どんなに強い攻撃でも防げるという。
攻0  守3000


レベル制限B地区
(永続魔法カード)
フィールド上に存在するレベル4以上の
モンスターは全て守備表示になる。


グラヴィティ・バインド−超重力の網−
(永続罠カード)
フィールド上に存在する全てのレベル4以上の
モンスターは攻撃をする事ができない。


「オレのターン、ドロー! ぬぅぅぅ……ターンエンドだ」
 海馬瀬人はカードを引くと、苛立ったように顔を歪めた。彼は今、私の術中にはまってしまっているのだ。
 フフフ、我ながら完璧な布陣だ。『レベル制限地区B』やグラヴィティ何たらはともかく、今の私には、エクゾディアに勝るとも劣らないシモベが存在する。
 それこそが、先日、カードショップで見つけた究極のモンスター――『千年の盾』だ。
 どこが究極なのかって? フフ……よくぞ訊いてくれた。
 ↑のテキスト欄をよく見てみたまえ。そう、このモンスターは千年アイテムのひとつなのだ!
 千年アイテムといえば、かつて、マリク・イシュタールや武藤遊戯とかが持っていた、とにかくすごいアイテム……フフフ、たぶん神の次くらいに強いモンスターに違いない。断じて「古代エジプト王家より伝わるといわれている伝説の盾」なんかではないのだ。



「――何をしている! 貴様のターンだ! カードをドローしろ!」


 おっと……いつの間にか、私のターンがきたようだ。それにしても、海馬瀬人はだいぶ焦っている模様だ。フフ……何せあの千年アイテムを相手にしているのだ、無理はないか。
「私のターン、ドロー」
 デュエリストのテンプレート的な台詞を吐きながら、私はカードを一枚引く。どうでもいいが、イチイチ言う必要はあるのか? この台詞、あんまり書きすぎて、作者はウンザリしてきてるんだぞ?
 そんなことを思いながら、引いたカードを確認する。
「……!! これは……!!」
 実に良いカードを引いた。私の口元から、堪えきれない笑みが漏れ出す。クククク……。


千年原人  /地
★★★★★★★★
【獣戦士族】
どんな時でも力で押し通す、千年アイテムを持つ原始人。
攻2750  守2500


 私が今度引き当てたのは、千年アイテムを持つ原始人だ。なぜ原始人が千年アイテムを持っているのかは謎だが……『千年の盾』と同様、カードショップで大枚はたいて購入したものだ。ヤ○―オークションでも高値がつく、超レアカードである。

 フフフ……千年アイテムは、1つ集めるごとに戦闘力がはるかに増す。その『千年原人』を私はあと2枚もデッキに残している。この意味が分かるな……?

 とはいえ、この場面では召喚しても仕方がない。とりあえずは、いま狙っているコンボを完成させねば……。
「私はカードを1枚伏せ、ターン終了だ……」
「チィ……オレのターン! ……ターンエンドだ……」
 どうやら海馬瀬人は、私のモンスターに手も足も出ないらしい。当然だ、千年アイテムなのだからな……。
「クク……私のターンだな、ドロー」
 引き当てたカードを見て、私は勝利を確信した。これで私は、この“千年デッキ”の最強コンボを披露できる……!!
「いくぞ海馬瀬人! 私は場に伏せた魔法カード『シールドクラッシュ』を発動させる! このカードは、フィールドの守備モンスター一体を破壊できるのだ。どれほどの守備力を誇ろうとな、ククク」
「!? 何だと!?」
 海馬瀬人の表情がこわばる。フフフ、そうだろうな。ヤツの自慢のブルーアイズはいま、私の『地区B』の効果で守備表示……『シールドクラッシュ』で易々と破壊できるのだ。


 だが私は、そんな凡人がとるような戦術は選ばない。


「ククク、安心しろ。私が破壊するのは、私自身の場のモンスター……『千年の盾』だ!」
「!? 何だと!?」
 さっきと同じ台詞を吐いて、狼狽する海馬瀬人。フフフ……どうやらこの作者は、驚き方のバリエーションがよほど少ないと見える。

 そもそも『シールドクラッシュ』のカードイラストを、もういちど見直してみてほしい。イラストを見ると、破壊されているのは『千年の盾』……。そう、『シールドクラッシュ』で破壊するのは『千年の盾』でなければならないのだ。他のカードを破壊するために使うなど、邪道中の邪道なのだ!
 逆にいえば『シールドクラッシュ』は、千年アイテムをも破壊できるカードということだ……何と恐ろしい。間違いなく、次回の制限候補だろう。

 ――ズガァァァッ!!!

 私の場の千年アイテムが、粉々に砕け散る。
 一見したところ、これは私のプレイングミスに見えるのかも知れない。
 だが……私にプレイングミスなどありえない。
 私はさらに、もう一枚のリバースカードに手を伸ばす。

「いくぞ、これが私の必殺コンボ! リバースマジック『黙する死者』! このカードの効果により、墓地のモンスターを守備表示で特殊召喚できる……舞い戻れ、『千年の盾』ぇ!!」

 ――ドズゥゥゥゥンッ!!!

 天より千年アイテムが降り立ち、私を守らんと立ち塞がる。
 これも一見したところ、私のプレイングミスに見えるのかも知れない。
 だが……繰り返すようだが、私のプレイングミスなどありえない。

「このときを待っていた……! 手札から速攻魔法……じゃなくて、魔法カード発動! 『地獄の暴走召喚』!!」


地獄の暴走召喚
(魔法カード)
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上に
攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から
全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと
同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。


 まどろっこしい効果テキストだが要するに、私の場の千年アイテムを3つに増やす、超強力カードだ。これも次回の制限候補だろうな、フフフ。

「だが……その効果により、オレはデッキから2体のブルーアイズを特殊召喚できる!」

 海馬瀬人が何やら粋がっている。クク……今さらそんなモンスターが2体増えたところで、何の問題もない。何せ私の場には、千年アイテムが3つも揃うのだからな、千年アイテムが。
 それに……ある男いわく、所詮ブルーアイズなど「実戦では使えない単なる観賞用のカード」らしい。私の『千年の盾』や『千年原人』の前には、ゴミ同然なのだ。

 地面を大きく揺らしながら、4体もの大型モンスターが、互いの場に降臨しまくる。その後、『地区B』の効果で全て、強制守備表示に。フフフ、これで私のフィールドは磐石……あとは手札に、エクゾディアパーツを揃えればいいだけだ。もはや勝ったも同然だな。
「クク、私はこれでターン終……」

「……待て」

 不意に、海馬が私にタンマをかけた。クク、見苦しいぞ海馬瀬人! 真の決闘者はヒトのターンにタイムはかけない!

 まあ命乞いをするというなら、百万円くらいで負けてやってもいいが。

「貴様のターンの終了前に、オレはこのカードを発動させる……『融合』発動!」
「!? 何っ、融合だと……!」

 私はこのデュエル始まって以来、初めての戦慄を覚えた。『融合』といえば、場のモンスターを“結束”させるカード……。そしてそれは、「遊☆戯☆王」という作品において超重要なテーマの一つ。
 すなわち『融合』とは、私の千年アイテムと並ぶ、最強カードの1つ……次回の禁止候補に違いないのだ。そんなカードを温存していたとはっ……!!

「オレは、フィールドのブルーアイズ3体を融合……いでよ、『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』!!」

 海馬瀬人の場に新たに、三つ首の超巨大龍が出現した。
 その攻撃力は4500。ク、なかなか強そうじゃないか……! 一丁前に、吠えて私を威圧してきている。

 しかしそこで私は冷静になり、「遊☆戯☆王」原作コミックの内容を思い出してみた。
 海馬瀬人が、アルティメットドラゴンを召喚したのは2回……いや、「R」を含めれば3回か。
 そのいずれも、海馬瀬人は敗北しているではないか(一回目はある意味反則勝ちしてるケド)! しかもどのデュエルを思い出しても、『究極竜』召喚が裏目に出たような流れなのだ! 特に「R」は酷い!!
 そう、海馬瀬人の『究極竜』召喚は、絶対的な敗北フラグ!! アニメではどうか知らんが、ヤツが『究極竜』を出したということは、私の勝利が確定したということなのだ。

 『究極竜』召喚は敗北への布石!!

「フフフ……では改めて、私はターン終了だ」
 私は勝ち誇った笑みを浮かべながら、エンド宣言を済ませた。


珍札のLP:4000
    場:千年の盾×3,レベル制限B地区,グラヴィティ・バインド−超重力の網−,
   手札:3枚(封印されし者の左腕×3)
海馬のLP:4000
    場:青眼の究極竜,伏せカード1枚
   手札:6枚


「オレのターン……。ククク……ワハハハハハハ!!!」

 な、何だ? とつぜん笑い出したぞ?

 あまりの負け展開に、海馬瀬人はとうとう気が狂ってしまったらしい。哀れな……まあ、『究極竜』を出した貴様が悪いのだ。今度からは、不用意に『融合』を使わないことをおススメする。最初からブルーアイズ3体で攻撃しなさい。

「手札から魔法カード発動! 『ドラゴンの咆哮(ほうこう)』!!」

 ……!?

 私は自分の目と耳を疑った。
 何故なら海馬瀬人の出したカードが、私の見たことも聞いたこともないカードだったからだ。


ドラゴンの咆哮
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスターの
数まで、フィールド上の魔法・罠カードを破壊できる。


 って、オリカじゃねーか!!
 何でここでオリカなんだよ!! フザけんなよ!?

 私は、作者という名の神に絶叫した。
 いつからお前は、不用意にオリカを多用するようになったのだ。『伝説の騎士の秘密』はオリカ無しだったぞ!? あの頃のオマエはどこへ行った!?

 ……イカン、思わず取り乱してしまった。こんなことではモニター前の、1億2千万人くらいの女性ファンに申し訳が立たない。
 私は深呼吸をし、気持ちを落ち着かせることにした。
 考えてみれば、いま海馬瀬人の場にモンスターは1体だけ。これでは『スタンピング・クラッシュ』の方が強いくらいではないか! OCGカードより弱いオリカを使わされるとは……よほど作者に嫌われているのだろう。
 私は何だか、海馬瀬人が可哀想になってきた。

「――アルティメットドラゴンは、三体分のモンスターとして扱われる! よって、その効果により――貴様のロックカードを全て破壊!!」

 何その俺様ルール!?

 かくして、海馬瀬人の場の究極竜が、巨大な雄叫びを上げた。
 声でかっ! 近所迷惑だろコレ!?

 私の場の『レベル制限地区B』とグラヴィティ何とかが破壊されてしまう。
 くそっ……まさかオリカを使ってくるとは、完全に予想外だ。『巨竜の羽ばたき』とか使ってやれよ!

 これで私の場に、魔法・罠カードはゼロ……いやいやしかし、私の場には、かの千年アイテムが3つも揃っているのだ! このターンは確実に凌げる!
 次のターンで『破壊輪』とか引けば私の勝ちだ。持ってないけど。

「次のターンはやらん! 永続トラップ『竜の逆鱗』!!」

 ええええええええええっ!!!??


竜の逆鱗
(永続罠カード)
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に
戦闘ダメージを与える。


 ちょっ……何でそんなカード使ってんの!? てゆーかいつからドラゴン族専用デッキになったんだよオマエ!? ヴォルスとかXYZはどうした!? サンダーとかいうヤツに盗られたのかよ!??

「ワハハハハハ!!! これで終わりだ!! アルティメットよ! ヤツの場のモンスターを薙ぎ払え!!」

 究極竜の三つの首が、それぞれ口に、巨大な光の塊を練り上げる。
 クッ、マズイ。これで私の千年アイテムは一つ破壊され、1500ポイントのダメージが……!

「アルティメットドラゴンはその攻撃力で、敵フィールドのモンスターを3体まで同時に葬る!!」

 原作ルールキターーーーーー!!!!

「――消えろ雑魚助ぇ!! アルティメット・バーースト!!!」


 ――ズギャギャギャァァァンッ!!!!!!!


 ぎゃーーーーーーー!!!!

 珍札のLP:4000→2500→1000→0


「う……ぐふっ」
 そこで私の意識は途絶えた。あ、「ヒィィィィ〜」って言いそびれたわ。ヒィィィィ〜〜!




●     ●     ●     ●     ●     ●




「チィ……下らんヤツに当たったせいで、時間を浪費してしまったわ」
 海馬は不満げに独り言ちりながら、デュエリストカードを確認した。


海馬 瀬人  D・Lv.10
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:3位


 海馬にしてみれば、予選など、前哨戦に過ぎない。予選など1位通過して当然――そう考えていただけに、不満の残る結果だった。
(まあいい……これで本選出場は確定した。後は――)
 カードをしまうと、海馬はある場所へと向かった。それは童実野美術館。いまこの場所では、以前開かれた際に好評を博したらしい、「古代エジプト展」が再び開かれている。



 美術館に到着し、中に入る。観覧者はまばらながらも、少なからずいた。彼らがゆっくりと、展示物一つ一つを見回る中――海馬は他には目もくれず、ある展示物のもとへ直行する。
 古代エジプトの石版。幻獣と魔術師を従えた、2人の神官を描いたもの。そこに刻まれた、古代神官文字(ヒエラティックテキスト)の碑文――今ならば、その全てを解読できる。刻まれたのは、友へ捧げた「死者への祈り(ペレト・ケルトゥ)」。
「……くだらんな」
 そう呟くと、背後から足音が聞こえた。それは海馬の後ろで停止し、ことばを紡ぐ。
「――古代エジプトの神秘……少しは興味が沸きましたか?」
 聞き覚えのある声。
 海馬は小馬鹿にしたように、失笑を漏らす。
「……くだらん。よもやそんなことのために、オレを呼び出したわけではあるまいな……?」
 その声の主へ、振り返る。
「お久しぶりですね……瀬人」
 声の主――イシズ・イシュタールが、小さく微笑んでみせた。



決闘25 蠢動(しゅんどう)

「まだ午後2時を回ったばかり……もう予選突破を決めてくるとは。流石ですね」
「フン。前口上はいい……とっとと本題へ入ってもらおう」
 少し苛立った様子で、海馬はイシズに促した。

 二日前、海馬はイシズから連絡を受けた。直接会って伝えたいことがある――と。
 だが海馬は、仕事や大会参加の準備の都合上、すぐにそれに応じることができなかった。その結果、大会の予選を終えた後に――ということになっていたのだ。

「このオレを、わざわざ呼び付けたんだ……そこそこ聞く価値のある話なんだろうな?」
 イシズは首肯すると、単刀直入に話を始めた。
「一月ほど前の話です……。エジプトの王家の谷にて、厳重に封印されていた“あるもの”が、何者かに奪われました」
「……何?」
 どこかで聞いたような話に、海馬は顔をしかめる。エジプトに封印され、奪われたもの――かつても同じことがあった。グールズにより奪われた、3枚の神のカード――それらはペガサスの依頼により、エジプト政府に寄贈されていたものだ。
「……悪い冗談だな。まさか、「4枚目の神のカードが存在する」とでも言うつもりか?」
 イシズは首を横に振り、「まさか」とそれを否定する。
「奪われたものは恐らく……一冊の“書物”。黒いハードカバーに、黄金のウジャト眼を装飾した……一冊の本であったようです」
「……! ウジャト眼……またオカルトグッズの話か?」
 海馬は表情に、露骨な不快感を表した。黄金のウジャト眼といえば確か、“千年”と名の付く非科学的アイテムに、ことごとく装飾されていたもの――それに関わったことで、海馬にはロクな思い出がない。
「オカルトの相談なら、他のヤツにしろ……オレは門外漢だ」
「……分かっていますよ。しかしこれは恐らく、M&Wに大きく関わること……聞いて損はないと思いますが?」
 海馬は舌打ちを一つすると、イシズにその先を促す。
「私はその、奪われた現物を見てはおりません。封印されたのは、今からおよそ4年前……エジプト政府の上層部の指示により、墓守の一族の優秀な神官までも駆り出し、何者にも持ち出せぬよう、厳重に封印されたと聞きます」
「つまり又聞きの話か……信用に欠ける情報だな」
 海馬が茶化してみせると、イシズは思わず苦笑を漏らした
「……仕方がありませんよ。私は担当外でしたし……それに政府は、それが何であるかを頑なに隠したがっていました。……奪われてしまった今でも。しかし私にも当時、他の人にはない“眼”がありました……“千年首飾り(タウク)”という、未来をも見通す“眼”が。けれどそれを使っても、それが何であるかを見通すことはできなかったのです……ただ、千年タウクをもってすら見通せない、強い力を持った魔術具だということだけは分かりました。恐らくは千年アイテム並みか……それ以上」
「……滑稽だな。それほどの危険物でありながら、盗まれるとは……警戒が甘かったか?」
 海馬の嘲るような指摘に、イシズの表情が曇る。
「……否定はいたしません。しかし、後に検分した、一族の者の報告では……封印の破られ方が、非常に不自然なものであったとも聞きます。まるで外部でなく、内部から破壊されたようだ……とも」
「……詳細はいい、まずは概要を述べろ。何故オレの耳に入れたいのか……さっぱり話が見えん」
 まさか本当に、オカルトグッズの話だけではなかろうな――そう言わんばかりに、海馬はイシズを不愉快げに睨め付ける。
「……そうですね、では話を進めましょう。実は先日……マリクとリシドが姿を消したのです、「心配しないでほしい」……そう書き置きを残して。私にはこの2つの出来事が、無関係とは思えない。今回の盗難事件に、“グールズ”……あるいは“ルーラー”が関わっていると思うのです」
「……“ルーラー”? 聞かん名だな。“支配者”などとは、随分と思い上がった名前だが……」
 海馬は眉をひそめ、からかうように鼻で笑ってみせた。
「……グールズの母体となった組織です。グールズは私の弟、マリク・イシュタールが全てを作ったわけではない……すでに存在した“ルーラー”という組織を乗っ取り、再構成したものなのです。グールズほど表立っては……というより、彼らは秘密裏に行動していましたからね。その存在を知る者はごくわずか。私は三幻神のカードを預かる際、ペガサスからその名を聞いたのです。彼らが狙う可能性もあるため、くれぐれも注意してほしい……と」
「ほお……それは初耳だな。グルーズの大元を作ったのは、貴様の弟ではなかったというわけか?」
 イシズは頷くと、神妙な顔付きをしてみせた。
「そして、その一団の首領の名は――“ガオス・ランバート”」
「……何? ガオス・ランバートだと?」
 聞き覚えのある人名に、海馬の関心が向いた。“ガオス・ランバート”といえば、I2社の初代名誉会長――知名度はさほど高くないが、一部の間では有名な人物だ。

 当時、画家の卵に過ぎなかったペガサスを大抜擢してI2社の社長とし、M&Wをこの世に生み出させた人物――あまり表に出ない人物だったため、ペガサスに比べれば知名度は大きく落ちるが、一部では、M&Wの“もうひとりの生みの親”とも呼ばれている。
 裏づけはないが、基盤となるゲームルールを定めたのは、実はガオス・ランバートであった――とさえ言われているのだ。もっとも、画家の卵に過ぎなかったペガサスに、カードデザインはさておき、当初からあのような緻密なルール構成が出来たとは思えない……という、あくまでも憶測に基づいた説だが。

「――そのガオス・ランバートが……グールズの、母体となった組織の首領だと? バカな!」
「……。ペガサスからは、強く口止めされた情報ですがね……。あなたも、このことは決して他言しないでください」
 少し考えてから、「当然だな」と海馬は応える。
「……M&Wカードの強奪・偽造を行っていたのが“身内”だったなどと知られれば、I2社の信用はガタ落ち……提携する我がKCも甚大な損害を被ることになる。だが、理解できんな。なぜカードの生みの親が、そのような真似をする? そしてそれが、今回の盗難事件とどう関係する?」
「……ガオス・ランバートが“ルーラー”を率いていた理由は分かりません。しかし、後者の問いには答えられます。私はペガサスから“神”を預かる際、ガオス・ランバートという人物について、詳細を聞いたのです。そのとき、ペガサスはこう言っていました。ガオス・ランバートは常に、“黒い本”を持ち歩いている……自分たちの持つ千年アイテム以上に危険な雰囲気のする、“黒い本”を。彼の真の目的は計り知れない……もしものときは、くれぐれも注意してほしい、と」
「――……! なるほど、ようやく話が見えてきた。盗まれた“本”は、ガオス・ランバートの所有物であった可能性がある……か。しかし、ヤツは確か……」
 海馬のことばの先を読み、イシズは首を縦に振った。
「……ええ。彼は公式には4年前、行方不明になっています……。神のカードを預かった、少し後だったでしょうか。旅行中、不慮の事故に遭い、亡くなった……そういう噂を耳にしますね」
 つまり――と、イシズはこれまでの情報を整理し、推測で、一つの線に繋げる。
「……ガオス・ランバートは4年前、何らかの事情により、行方不明となった……。そしてその所有物であった“黒い本”をエジプト政府が見つけ、確保……。さらにその危険性を認識した政府上層部の何者かが、できるだけ秘密裏にそれを封印した……」
「……クク。こうも考えられるぞ、イシズ」
 海馬はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「そのオカルティックな書物を手にするべく、エジプト政府上層部の何者かが画策し、ガオス・ランバートを暗殺……。しかし殺して奪ったまでは良いが手に余り、自分以外の他者の手には渡らぬよう、後生大事に仕舞い込んだ……ともな」
「……!」
 イシズは顔をしかめた。自分が所属する組織に、そのような“裏”があるなど考えたくもない――だが、彼らの手により多くが隠されていることもまた事実。
「……否定はいたしません。しかし、これであなたの耳に入れたかった理由……分かりましたか?」
「……ああ。要するに、封印されたそれを奪った容疑者として第一に考えられるのが、ガオス・ランバート本人かその身内……つまり、消え去ったはずの“ルーラー”という組織」
「……マリクとリシドが姿を消したのは、彼らの復活を何らかの形で知り、責任をとるため……。“グールズ”を作った者の責任として、彼らを止めるつもりだと思うのです。……たった二人で」
「……要するに……貴様がオレを呼び出したのは、弟たち2人を救うためか」
 イシズが頷くと、海馬は目を側めた。
「先日教えてやった通り……ヤツラ二人は今回、この大会にエントリーしてきている。恐らくは、ルーラーとやらと闘うために……面倒な話だ」
「……マリクとリシドが出場しているということは……十中八九、ルーラーがこの大会で何かしらの動きを見せようとしているということ。単に決闘者のレアカードを奪うためか、あるいは……“黒い本”の魔力を利用し、もっととてつもない“何か”を」
「……なるほどな」
 海馬は感慨深げに腕組みした。
 バトル・シティ大会は今や、KCの要ともいえるカード大会――そこで何かトラブルがあっては、KCの社運にも大きく関わる。
「……いいだろう。オカルティックな側面までは信用せんが……見逃すには危険な不安要素であることは事実。KC全体に警告を促し、注意を向けておこう……加えて、2人の本選出場が確認されれば、貴様に報告も入れてやる。居場所までは分からんが、本選に出てくるなら、そこで会えるだろうからな……」
「……。よろしくお願いします……」
 イシズは頭を深々と下げ、謝意を示す。
 その様からは、弟たちの身を案じる、家族としての深い愛情が感じられた。
「……。だが……この件は、遊戯の耳には入れたのか?」
 海馬の問いに対し、イシズは顔を上げると、首を横に振った。
「……千年パズルとともに、ファラオの魂は冥界へと還った……。今の彼らには私同様、“闇”に対抗する手段がありません。だからまず、あなたの耳に入れるべきと考えました。魔術に関しては疎くとも、あなたにはKCという強力なバックボーンがありますからね……」

 それに――すでに述べた通り、この話は多くの人間に伝えて良いものではない。
 一歩間違えれば、M&Wというゲームは信頼を完全に失い、その存在を失ってしまう。
 一人のデュエリストとして、それだけは避けたい。マリクとリシドも、そんなことは望んでいないはずだ。


「――還ってなどいないさ……ヤツは」

「……? えっ?」
 海馬の唐突な発言に、イシズは目を瞬かせる。海馬の顔が、より険しさを増した。
「ヤツは消えてなどいない……。武藤遊戯という人間の中に、今もなお存在している」
 イシズはそのことばを、意外に感じた。
 それを感じ取ったのか、海馬はことばを続ける。
「……何もオレは、感傷でそう言っているわけではない……。これは事実だ、オレには分かる。武藤遊戯の中にはまだ――“何か”いるぞ」
「……!?」
 イシズは耳を疑った。
 ファラオの魂が冥界に還った今、それでも遊戯の中に、“何か”が存在している……?と。
「……この“第三回バトル・シティ”はオレにとって、それを暴き出すための舞台といっても過言ではない……。ヤツの中に感じた“何か”――それを引きずり出すことこそが、今のオレの最大の関心事!」

 ――第二回バトル・シティ大会決勝……その舞台で、オレは勝利し、頂点に立った。
 ――だが、違和感があった

 ――間違いない……ヤツは、“何か”を隠していた
 ――自分の中の“何か”を抑え、隠し、その上で俺に敗北した……!!

「ヤツのそれが何なのか……それは分からん。客観的な証拠は皆無……あくまでこれはオレの“勘”。だが妙に確信できる――そしてそれは十中八九、消えたという“ヤツ”に通ずる何かであるはず! 鬼が出るか蛇が出るか……だがオレの本能が、魂が訴えかけているのだ! その“何か”を引きずり出し、屈服させることでのみ……オレは真に、“王”の座に君臨することができるとな……!!」
 海馬の笑みが、鋭く邪悪に歪んでゆく。
「ルーラーにも、ガオス・ランバートにも……邪魔はさせん。オレは決勝の舞台で、再びヤツに勝利する。ヤツのベールを全て剥ぎ取り、それの正体を確かめた上で……だ」
 口元に笑みを湛えたまま、海馬はイシズに背を向けた。動きがあれば連絡する――そう言い残して。



「…………」
 一人残されたイシズは、海馬のことばを反芻していた。
 非科学的な事象を頑なに拒む彼が、そこまで自らの“勘”を信じるとは――それはつまりそれほどに、遊戯の中の“何か”の存在を確信しているということ。
(……まさか、ファラオの魂が……?)

 ――いや、それはない。
 彼の魂が冥界へと還るとき、自分はその場にいたではないか。

 ――ならば一体……何がいるというのか?


 イシズはふと、寒気を覚えた。
 本当に、何かが潜んでいるというなら……それは味方なのか? それとも……


 この先に待つであろう“波乱”を、案じずにはいられなかった。




●     ●     ●     ●     ●     ●




「へえ……カールの奴、負けたんだ?」
 人気のない路地裏。
 シン・ランバートは意外そうに、しかし嬉しげに呟く。
「……ざまあないね、こんな簡単なこともできないなんてさ。親父の“お気に入り”が聞いて呆れるよ」
 そして、片手に持ったカードを見やる。


シン・ランバート  D・Lv.7
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:2位


「負かしたのは……武藤遊戯? でも、神を使われたわけでもないんだろ?」
 正面に跪(ひざまず)く黒装束の男は、無言で頷いてみせる。カールの口から、嘲笑が漏れ出す。

(技術じゃどうか知らないけど……関係ないね。要は勝てばいいのさ)

 ――そうさ……要は勝てばいい、勝てる奴が強いんだ
 ――小手先の技術など無用
 ――今なら……“魔神”を手にした俺に、勝てる奴なんていやしない

(……そうだ……見せつけてやるんだ、親父に……!)

 ――この俺にも、“聖書”を継承するに相応しい力があることを……!!

「……そのためにはまず、マリク……」

 ――この俺に恥をかかせたヤツに、鉄槌を……!!
 ――大観衆の前で、“魔神”の力を以ってして、八つ裂きにしてやる……!!!



「……そういうわけだからさ……伝えておいてくれよ」
 顔だけ振り返らせると、背後の男に笑いかける。

 男は傷だらけで意識を失い、アスファルトに倒れこんでいた。
 その近くには、彼のデュエリストカードが落ちている。シンはそれを踏みにじり、吐き捨てるように言う。

「次にこうなるのは……マリク、お前だってさ」

 意識のない人間に、伝えられるはずがない。
 しかしその男の今の状態が、何より彼へのメッセージになる――シンはそのことを知っていた。

 満足げな笑みを零すと、足を持ち上げ、その場を立ち去った。


リシド・イシュタール  D・Lv.7
★★★★★★☆☆
6勝1敗



決闘26 レアハンターの奇妙な冒険U〜邂逅(かいこう)〜

 私の名はレアハンター。
 かつて、裏ゲーム会を支配する闇組織――グールズ、その平社員だった男だ。
 容姿は上々。人気も上々。
 今では有限会社レアハンターの社長であり、トップレベルのデュエリストでもある。

 さて、そんな私だが、今はあるカード大会に出場している。その名も“第三回バトル・シティ大会”。世界規模の知名度を誇る、超有名な大会だ。
 順調に連勝していた私なのだが――思わぬ壁にぶつかった。我が永遠のライバルの一人、海馬瀬人だ。

 終始、有利にゲームを進めていた私なのだが……一瞬の隙をつかれ、オリカという超卑怯な手段を使われ、敗北してしまったのだ。勝負に勝って、試合に負けた気分だ。
 海馬瀬人よ、お前は本当にそれでいいのか?

 何より勝ち方が好ましくない。
 攻撃力の高いモンスターを召喚し、殴り勝つなど、友達から嫌われる典型ではないか。あ、そっか。きみ友達いないもんね、ぷぷっ。

 ちなみに友達から一番好かれる闘い方は、ロックカードで相手を動けなくして、最終的にエクゾディアで勝利するタイプです。


レアハンター(1)  D・Lv.5
★★☆☆☆☆☆☆
2勝1敗


 さて、そんな私だが、気を取り直して再びデュエルをすることにした。
 手ごろな相手はいないかと探したところ、すぐに見つかった。女だ! しかもかなりの美人。

 私が声をかけると、彼女は戸惑いの表情を浮かべた後で、了承してくれた。
 フフフ……まあ、私のような美男子に声をかけられ、緊張してしまったのだろう。無理もない。

 背中までまっすぐ伸ばされた、淡く美しい金髪。日本人ではないのだろう、見る者を吸い込むような、澄んだ青の瞳。整った美しい顔立ちには険もなく、優しげな雰囲気だ。そして、きめ細やかな白い肌……。歳のほどは20歳前後といったところか。実に私好みだ、フフフ……。
 服装のセンスも悪くない。黒のブーツに、膝丈の白いスカート。上はベージュのセーターで、全体的に控え目にまとめている。そして肝心の、スタイルの方はといえば……。華奢な身体つきながらも、随所は丸みを帯び、実に女らしい。実に私好みだ、グフフフ……。


「――あの……あなたのターンですよ……?」
 ふと我に返ると、少し眉をひそめた彼女が、私を見つめてきていた。
 おっとイカン。下から上まで、全身を舐めるように視か……もとい、観察するのに夢中になってしまった。
 いちど心を落ち着け、彼女が場に出したカードを確認することにした。どれどれ。


 サラのLP:4000
     場:マシュマロン,伏せカード1枚
    手札:4枚
 珍札のLP:4000
     場:
    手札:5枚


 ……なるほど。サラというのか彼女は……良い名だ。
 珍札サラ。うん、悪くないんじゃない?

 結婚式の日取りをいつにするか考えながら、私はカードを1枚引く。

「私は永続魔法『レベル制限地区B』を発動!」
 私のデッキのキーカードの1枚……『レベル制限地区B』。レベル4以上のモンスター全てを無力化できる超強力カードだ。私のように、何枚ものカードを手札に揃え、特殊勝利を狙うタイプの決闘者にとっては、必需品ともいえる一枚だ。

 しかしそこでふと、私は、彼女がこのカードの効果を知っているか不安になった。
 かなり有名なカードだと私は思っているが、もしかしたら彼女は知らないかも知れない。「実はこんな効果があったんですよ」と後から言って驚かすのは卑怯千万。事前にイチイチ説明するのが、真の決闘者の嗜みというものである。

「私の『地区B』の前では、あなたは攻撃できないのだ! 『地区B』の前では!」
 彼女の顔が途端に引きつる。やはり効果を知らなかったのだろう。
 それにしても、顔を少し赤らめているが……どうしたのだろう。ハッ、もしかして私に惚れた?

「さらにカードを1枚伏せ、『ハンニバル・ネクロマンサー』を守備表示! ターン終了だ」
 私が続けて伏せたのは永続トラップカード。グラヴィティ……あれ、名前何だっけ? とにかく、レベル4以上のモンスターの攻撃を封じるカードだ。『地区B』があれば十分とも思ったが、いちおう伏せておくことにする。
 モンスターの方は、某怖い映画とは関係ありません。ヒィィィィ〜!

「私のターン! カードを1枚伏せ、『ジェルエンデュオ』を守備表示! ターン終了です!」

 おっと、もう終わりか。随分早いな。
 心なしか彼女は、私とのデュエルを早く終わらせたがっている様子だった。早く終わらせて、私とのデートを楽しみたいのかも知れない。

 彼女の期待に応えるべく私も短期決戦を……と、その前に、いちおう彼女の出したモンスターを確認しておいた。


ジェルエンデュオ  /光
★★★★
【天使族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻1700  守 0


 なるほど……どうやら彼女は、光属性・天使族を主体としたデッキを使うらしい。私レベルの決闘者ともなれば、たった2ターンでそれだけのことが見抜けるのだ。並みのデュエリストには不可能な芸当だろう。

 それにしても、光属性・天使族デッキを使うのか……。実に素晴らしい。合格だ、私の嫁として。
 私の脳内ではすでに、彼女との幸せな新婚生活が出来上がっていた。



●     ●     ●     ●     ●     ●


「――いま帰ったよ……サラ」
 少し古びた感じのする、せまいアパートの玄関。
 私が帰宅すると、彼女はさぞ嬉しそうに、私を出迎えてくれる。

「お帰りなさい、アナタ! お風呂にする? お食事にする? そ・れ・と・も……」

 エプロンの裾を掴み、もじもじと、上目遣いで私を見つめるサラ。

「……ワ・タ・シ……?」

 ――もちろんオマエだぁ〜〜〜っ!!!


●     ●     ●     ●     ●     ●



「――……あの、あなたのターンですよ……?」
「……エ?」

 未来の伴侶の声で、我に返る。
 イカンイカン、私の中の“千年タウク”が暴走してしまったようだ。
 しかし近い将来であることは間違いないだろう、グフフ……。

 私は口元のヨダレを拭うと、改めてデュエルに意識を戻した。

 彼女は引きつった顔で、こちらを見つめてきている。そんなに見ないでくれよ、マイハニー。

「私のターン! 『強欲な壺』を発動し、カードを2枚ドロー!」

 私とは正反対の、醜い顔をした壺を使い、カードをドローする。なるほど、実に強欲そうな顔つきだ。謙虚を地でいくような、私とは正反対だ。

 ドローカード:千年の盾,千年の盾

 きた! 私のキーカード!!

「私は『ハンニバル・ネクロマンサー』を生け贄に、このモンスターを召喚する! 出でよ、『千年の盾』!」

 ――ドズゥゥゥゥンッ!!!

 私の場に、巨大な盾が現れる。言うまでもなく、千年アイテムだ。その守備力は3000。
 例によって鉄壁の布陣を用意し、私は満足げにエンド宣言を済ませた。


 サラのLP:4000
     場:ジェルエンデュオ,マシュマロン,伏せカード2枚
    手札:3枚
 珍札のLP:4000
     場:千年の盾,レベル制限B地区,伏せカード1枚
    手札:4枚


「私のターン! 私は場の2体のモンスターを生け贄に……上級モンスターを召喚します!」
 サラの場の愛らしい天使たちが、生け贄として姿を消す。
 フフ……いじらしいなサラ。無理と分かっても抵抗するとは。しょせん上級モンスターでは、私の『地区B』は……

「いでよ、『モイスチャー星人』!」

 ……ん? モイスチャー星人?
 どんなモンスターだっけ? マイナーだから覚えてないよ。


モイスチャー星人  /光
★★★★★★★★★
【天使族】
3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、
相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻2800  守2900


「『モイスチャー星人』の効果発動! 3体の生け贄を捧げて召喚したとき、相手の場の魔法・罠カードを全て破壊できます!」
「!? 何ぃ!?」

 私は大いに慌てた。このままでは、私の大切な『地区B』が……!

「ヒ…助けて…来る来る来る…マリク様が…………あ、いや、待てよ?」

 そこで私はふと、彼女の可愛らしいミスに気が付いた。

「フフ……残念だがねキミィ。キミは今、モンスターを2体しか生け贄に……」
「――『ジェルエンデュオ』は、光属性・天使族のモンスター召喚時、2体分の生け贄とすることができます」

 ……え、そうなの?

 変な妄想……もとい、未来のビジョンをはさんだせいか、すっかり忘れてしまっていた。

 いかにも宇宙人っぽいモンスターの眼が光ると、私の場の『地区B』とグラヴィティ何たらが、一瞬のうちに消滅してしまった。

「ああっ! 私の『地区B』が!」

 何て不気味なモンスターだ! これのどこが天使族!?
 ヒィィィ〜! このままでは彼女のモンスターの攻撃を止めることが……あ、いや、待てよ?

 冷静に考えてみると、私の場には、守備力3000の千年アイテムがあった。対する宇宙人の攻撃力は、レベル9のくせに2800しかない。しかも、召喚時に『地区B』の効果を受けたから、今は守備表示だ。これなら……

「――リバーストラップ発動! 『重力解除』!」

 ……は? 重力解除?


重力解除
(罠カード)
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。


「このカードの効果により、『モイスチャー星人』と『千年の盾』は、ともに攻撃表示に変更されます!」

 ええええええっ!?

 私の場の巨大な盾が、重力の変化により宙に浮かぶ。
 てゆーかオマエ、存在自体が盾じゃん!! 攻撃表示とかあるのかよ!?


「『モイスチャー星人』で『千年の盾』を攻撃っ!!」
 怪しげな宇宙人の両目から、二本の光線が放たれた。

 ――ズガァァァァァッ!!!

 見た目の強固さが嘘のように、私の千年アイテムは粉々に砕け散った。
「ぐはあああああ!!!」
 私の全身を、2800ポイント分の衝撃が襲う。

 珍札のLP:4000→1200

 くっ……サラめ、予想以上に出来る!
 しかしそうでなければ、私の両親も、彼女との結婚を認めてくれないであろう。追い詰められながらも、私の頭の中は喜びでいっぱいだった。

「カードを1枚伏せて、ターン終了です!」

 ともあれ……未来の大黒柱たるもの、そう簡単に敗れるわけにはいかない。
 将来、尻に敷かれたらイヤだしな。

 私は気合を入れなおし、場の状況を確認する。


 サラのLP:4000
     場:モイスチャー星人,伏せカード2枚
    手札:2枚
 珍札のLP:1200
     場:
    手札:4枚(千年原人×2,千年の盾,黙する死者)


「私のターン、ドロー!」

 ドローカード:千年原人

「……! よし! 私は『黙する死者』を発動! 蘇れ、『千年の盾』!」

 ――ドズゥゥンッ!!!

 私の場に再び降臨する千年アイテム。
 それだけではない……これで私は、カード化された千年アイテム6枚のうち、5枚を手札・場に揃えたことになる。
 あと1枚引き当てることで、全て揃う。そして6枚全て揃うとき……降臨するのだ、究極のモンスターが! 『究極千年神 ミレニアム・ドラゴン』が!!


究極千年神 ミレニアム・ドラゴン  /紙
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分のフィールド上・墓地・手札に「千年アイテム」が
全て存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードは特殊召喚されたターンには以下の効果を発動できない。
●自分フィールド上の「千年」と名のついたモンスターを全て墓地に送る。
墓地へ送ったカード1枚につき、このカードの攻撃力は10000ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
●自分の墓地に存在する「千年」と名のついたモンスターを全てゲームから除外する事で、
フィールド上に存在するカードを全て持ち主の自宅の机の引き出しに戻す。
※こんなカードは存在しません。珍札の妄想です。
攻40000  守 0


「ククク……ターンエンドだ」
 想像しただけで、笑いがこみ上げてくる。
 おっとイカン、彼女が怖がってしまうな……フフフ。


「私のターン! 私は、墓地の『マシュマロン』と『ジェルエンデュオ』をゲームから除外して……『神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)』を特殊召喚!」


神聖なる魂  /光
★★★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
フィールド上に存在する限り相手のバトルフェイズの間、
全ての相手モンスターの攻撃力は300ダウンする。
攻2000  守1800


 サラの場に、新たな天使が現れた。
 ……ところで以前から気になっていたのだが、このモンスター……本体はやっぱ、後ろの天使なんだよな?
 ……前の男って誰? 生前の恋人とか?

「……さらに! 場の『モイスチャー星人』と『神聖なる魂』を生け贄に――最上級モンスターを召喚します!」

 ――ドシュゥゥゥゥッ!!!

 私がこの男女の関係を勘ぐっていると、唐突にそれが光の渦に包まれてしまう。
 って、ちょっと待て! 展開が早すぎやしないか作者!?

 そもそも、『モイスチャー星人』は2800もの攻撃力を持つモンスター。それをわざわざ生け贄に捧げるということは……さらに攻撃力の高いモンスターを召喚してくるということか!?

 私は目に神経を集中させ、彼女が出すモンスターに注目した。

「いでよ! 『―――――』っ!!」

 ……へっ、いま何て言った?

 目に意識を集中させすぎて、モンスターの名前を不覚にも聞き逃してしまった。
 仕方ない、モンスターの外見で、それが何であるか判断するか――そう思い、彼女が召喚した巨大なドラゴンを見上げた。

 ……はて、どこかで見たモンスターのような……?
 しかも、つい最近に。2話くらい前の話で。


?????  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


 ……ちょっと待て。

 私は混乱した頭を整理するべく、頭を抱える。

 青い眼をした白い龍が、こちらを睨み、吠えてきている。青い眼をした白い龍……。青い眼、白い龍……。

 いやいやいやいやちょっと待とうよ。

 このストーリーって原作の設定に準拠だったよね? 原作だと3枚しか存在しないよね? 社長しか持ってないよね??

 私は困惑極まった。
 一歩間違えれば、原作ファンを敵に回しかねない展開……! 作者はまさか、そんな危ない橋を渡ろうとしているのか!?
 「デュエリストレガシー2を買ったら偶然入ってました〜、てへっ♪」とか「これ、結構前のジャンプに付属してたやつですよ?」とかそういうノリ!? そういうノリなの!? 作者もそのジャンプは買ったけどさ!!

 いやいや待て待て待て。まさかそんな展開はない。あるはずがない。そんなことになったら、読者に見捨てられかねない。感想掲示板が苦情の嵐だ。
 考えるんだ、彼女がブルーア○ズを出しちゃったことに対する、合理的な理由を。

「――さらに、リバースカードオープン! 装備カード『光の翼』!」

 彼女が何やらオリカを使った。
 しかし今はそれどころではない。そんなことより、打ち切りを回避せねば!


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
???


 目の前のブルーアイズの両翼が輝きだす。あ、やっべ、伏字にし忘れた。
 だがそんなことに構っている余裕はない。私の頭脳は現在、フル回転でオーバーヒートしかけているのだ。

 振り絞れぇ〜自分の知識ぃ〜呼吸合わせてぇ〜無限のちか〜らぁ!

 ……はっ!!

 その瞬間、私の頭上に天使が舞い降りた。
 これしかない! 世界観を壊さず、理性的な説明をするには……この理由しかない!

 私は顔を上げ、彼女にそれを確認しようとした。

「――君はまさか私と同じ、元グー……」


 ――ズガァァァァンッ!!!


 にぎゃあああああっ!!?


 突如、私の『千年の盾』が爆発し、私の身体は大きく、後ろに吹っ飛ばされた。


 珍札のLP:1200→0


 ぐうう……だが、所詮はソリッドビジョン。それに、さっき社長の『青眼の究極龍』から喰らった連続攻撃に比べれば、やはりダメージは低い。
 アスファルトに身を横たえながらも、私は彼女に問い直すべく、顔を向ける。

 するとどうだろう?
 彼女は軽く一礼すると、まるで何かから逃げようとするかのように、そそくさと早足で行ってしまう。たとえるなら、“あんまり関わりたくないアブない人”から逃げようとしているみたいな感じだ。一体どうしたというんだ?

「――まっ……待ってくれ! 結婚式の日取りがまだ決まってな……」

 とか何とか言ってるうちに、彼女の背中は全く見えなくなってしまった。足はやっ! 何でそんな必死に走ってんの!?

 結局、結婚式の日取りを決めることはできなかった……読者のみんな、スマナイ。
 ついでに、最後のモンスターの謎も解くことができなかったな。

 そこで私の意識は途絶えた。

 まあとりあえず、今回も一応言っておこう。お約束みたいなものだしな。

 ヒィィィィ〜〜!




●     ●     ●     ●     ●     ●




 海馬瀬人は美術館を出ると、歩きながら、先ほどイシズから聞き出した情報を反芻していた。
「……ガオス・ランバート……ルーラー、そして“黒い本”……」
 海馬にしてみれば、前二つはそれなりに興味深い情報だった。I2社の元名誉会長が、グールズの根幹となる組織を作っていた――その情報は間違いなく、I2社の弱みであると同時に、KCのアキレス腱にもなる。
 一歩間違えれば、ユーザーや株主の信用を一気に失いかねない、トップシークレット。その存在を知ることができただけでも、十分収穫と言えた。

(とりあえず社へ戻り……少し調べてみるか)
「……?」
 しかしその途中、道の端で息を切らしている女が目に入った。
 どうやら何処かから全速力で走ってきたようで、膝に手を当て、頭を俯かせている。長い金髪が邪魔をして、顔付きまでは確認できない。
(……ホウ……決闘者か)
 彼女の左腕には、自分と同じ、決闘盤が装着されていた。
 M&Wがだいぶ普及してきている今でも、デュエリストの性別割合は、男の方が断然高い。

 不意に、彼女が顔を上げた。その瞬間、海馬は思わず立ち止まってしまった。

 青く澄んだ、綺麗な瞳。
 海馬は、この瞳を知っているような気がした。だから足を止め、記憶の中を走査する――だが、容易には見つからない。

「……! あっ……」
 女の方も、海馬の存在に気が付いた。
 その瞳に、驚きと戸惑いのようなものが混じる。それが自分に対するものであるのは自明であり、海馬の口から、自然と問いが漏れる。

「――貴様も大会参加者か?」
 途端に、女の戸惑いの色が濃くなった。女が答えるよりも早く、海馬はその真意に気づき、ことばを続ける。
「案ずるな……オレはすでに、本選進出を決めた。貴様をカモにするつもりはない」


 海馬は一般的に、女という人種があまり好きではない。
 正確には、意志の弱い人間や、“甘え”の強い人間が嫌いだ。二十年足らずの人生経験の末、男よりも女の方が、これに該当する人間が多いように感じていた。だからあくまで“一般的に”、好きになれない人間は、女の方が多いのだ。
 そういった意味では、イシズのような強かさを持つ女は嫌いではない。もっともあくまで、一人の人間として“嫌いでない”だけであり、男女間の恋慕のような感情は微塵も催さない。
 そういった感情を、海馬は持ち合わせていなかった。いや、先天的に持ち合わせなかったわけではあるまい――恐らくは海馬家の厳しい英才教育の中で、それは不要なものとして処分されてしまったのだろう。


「あっ……いえ、私の方も……」
 そう言うと、女は海馬に、自身のデュエリストカードを示して見せた。


サラ・イマノ  D・Lv.7
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:5位


「……! ホウ……」
 海馬は意外そうに驚いた。「サラ・イマノ」とは聞かない名だが――ストレートで予選通過を決めた辺り、デュエリストとしてのレベルは相当なものだろう。
「では、貴様とは本選で当たるかも知れんということか……覚えておこう」
 それだけ言うと、海馬は一歩、足を踏み出した。
 もともと、気まぐれで声をかけただけだ。これ以上、無駄話をする理由など海馬にはない。
「……! あっ、あの……」
 しかしサラのことばにより、海馬の進行は止められる。
「……私のこと……覚えていらっしゃいますか……?」
「……何?」
 海馬は眉をひそめた。
 確かに先刻は、その青い瞳に、何か見覚えがあるような気がした。
 だが恐らくは、気がしただけだ。青い眼をした人間など、海外には掃いて捨てるほどいる。そもそも名前に聞き覚えがない時点で、面識のある人間とは思えなかった。
「……知らんな。どこかで会ったか?」
 無愛想に応える。
 そうですか……と、少し淋しげに呟くと、彼女は大きく頭を下げ、謝罪する。
「すみません……そうですね、お気になさらないで下さい」
 そして彼女の青い瞳が、海馬の瞳をとらえる。

「――それでは失礼いたします……瀬人様」


 ――ドクンッ!!!


 刹那、海馬の全身は、まるで金縛りにあったかのごとく動けなくなる。
 もういちど一礼すると、サラは海馬とすれ違い、視界の中から外れてゆく。





『――セト様……』





 胸を刺す、悲しみがあった。
 たとえ記憶になくとも、彼の魂が、“彼女”の存在を覚えている。

 咄嗟に、海馬は振り返った。
 サラの背中はまだ、手を伸ばせば届く位置にある。
 手を伸ばせば――しかし何故?

 それがまた、海馬の動作を躊躇させる。
 自分は何のために、この女に手を伸ばさねばならないのだ――と。

 サラが振り返ることはなかった。
 結果、海馬は彼女の背中を、黙って見送る形となる――それがひどく癪に障った。
(何だ……あの女は……!?)
 海馬はギリギリと、歯をかみ締めた。
(あの女が……オレにとって、一体なんだというのだっ……!?)
 答える声などない。
 海馬はやり場のない感情を抱えたまま、両の拳を握り締め、その場に立ち尽くした。



決闘27 対面

「ボクのターン! ボクは『ブロックマン』の特殊能力を発動……ブロック解除!」
 時刻は午後3時を回ったところ。
 場所は童実野公園広場。遊戯は本選出場をかけて、一人のデュエリストと激戦を繰り広げていた。


 遊戯のLP:2800
     場:ブロックトークン×2,伏せカード1枚
    手札:5枚
 絽馬のLP:2400
     場:魔導ギガサイバー,伏せカード2枚
    手札:3枚


「ブロックトークン2体を生け贄にして……いでよ、『バスター・ブレイダー』っ!」
 遊戯の場に、大剣を携えた剣士が召喚される。その攻撃力は2600ポイント。
「そしてバトルフェイズ! ギガサイバーを攻撃だっ!」
 遊戯の攻撃宣言と同時に、絽馬は自分の伏せカードに手をかけた。
「させないよ! トラップカード『精神操作』っ!!」


精神操作
(罠カード)
敵モンスター1体のコントロールを得る
2ターン後に破壊


「この効果により、君の『バスター・ブレイダー』は2ターンの間、ボクのしもべとなる……。残念だったね」
 遊戯の召喚した最上級剣士は、トラップに惑わされ、絽馬の場へと移ってしまう。

 予選も終わりが近づいてきたためであろうか。大会開始当初に比べれば、デュエルを見学する決闘者も、ずい分減ってきていた。
 二人のデュエルを観戦しているのは、10人程度の人間。そのうち4人は、絽馬と似た顔付きをした子どもであった。

「――がんばれ〜、兄ちゃ〜ん!!」

 そのうちの一人が、絽馬に声援を送る。彼は少し振り返ると、背後の彼らに、力強く頷いてみせる。

 しかし遊戯も負けじと、手札のカードを発動した。
「……まだだよ! ボクは魔法カード『時の飛躍(ターン・ジャンプ)』を発動!」


時の飛躍(ターン・ジャンプ)
(魔法カード)
この魔法を発動した瞬間、3ターン後の
バトルフェイズに飛躍(ジャンプ)する


「ターン・ジャンプの効果により、瞬時に3ターンを経過させる……! これにより、『精神操作』の効力は切れ、破壊されるよ!」
 絽馬の場のトラップが破壊され、竜破壊の剣士は正気に戻る。
 咄嗟に剣を構えると、横に並ぶギガサイバーを、大きく横に薙ぎ払った。

 ――ズバァァァッ!!!

「うわぁ……っ!」
 思わぬ不意打ちを受け、絽馬は声を上げた。

 絽馬のLP:2400→2000

(流石は初代決闘王、武藤遊戯……! でも、まだだ!)
 絽馬はもう一度、場のリバースに手をかけた。
「この瞬間、トラップ発動! 『バイロード・サクリファイス』!!」


バイロード・サクリファイス
(罠カード)
自分フィールド上のモンスターが戦闘によって
破壊された場合に発動する事ができる。
手札から「サイバー・オーガ」1体を特殊召喚する。


「この効果により、手札からこのモンスターを特殊召喚する! いでよ、『サイバー・オーガ』!」
 フィールドに、銀の光沢を輝かせる怪物が現れ、遊戯を威嚇せんと睨みつける。


サイバー・オーガ  /地
★★★★★
【機械族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
自分フィールド上に存在する「サイバー・オーガ」1体が行う
戦闘を1度だけ無効にし、さらに次の戦闘終了時まで
攻撃力は2000ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
攻1900  守1200


(ボクは負けないよ……! 弟たちのため、そしてボク自身のために!)
 遊戯のエンド宣言と同時に、絽馬は勢いよくカードを抜き放つ。
(「エスパー絽馬」としてではなく、ただの「絽馬」として……ボクは勝利し、自分の力を証明してみせる!)
「手札から魔法カード発動『催眠術』! この効果により『バスター・ブレイダー』は眠りにつき……攻撃力が800ポイントダウン!」


催眠術
(魔法カード)
敵モンスターを眠らせ攻撃力を800ポイント減少させる


 バスター・ブレイダー:攻2600→攻1800

 急激な眠気に襲われ、竜破壊の剣士はたまらず片膝を折る。
「寝込みを襲うようで、気がひけるけど……いかせてもらうよ! 『サイバー・オーガ』で『バスター・ブレイダー』を攻撃っ!」

 ――ズガァァァッ!!

 反撃の気配すらなく、剣士は破壊されてしまう。しかし、その身体が砕け散るのと同時に、遊戯もまた、リバースカードに手をかけた。
「リバーストラップ『魂の綱』! ライフを1000支払い……デッキから『ビッグ・シールド・ガードナー』を特殊召喚!」
 遊戯のフィールドに、巨大な盾を構える戦士が現れ、オーガの前に立ちはだかる。

 遊戯のLP2800→2700→1700

 強力な壁モンスターの登場に、絽馬は顔をしかめた。
「……守備力2600か……! ターンエンドだ」


 遊戯のLP:1700
     場:ビッグ・シールド・ガードナー
    手札:3枚
 絽馬のLP:2000
     場:サイバー・オーガ
    手札:2枚


「ボクのターン、ドロー!」
 遊戯はドローカードを確認すると、場の状況を注意深く観察する。
(……いま絽馬くんの場に、リバースカードはない……。今のうちに攻めるのが得策か)
「よし……! ボクは守備モンスターを生け贄に、『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚!」
 遊戯の場に新たに、黒魔術師の少女が喚び出される。彼女は、墓地に存在する師匠『ブラック・マジシャン』の数だけ、攻撃力がアップする――今、遊戯の墓地に『ブラック・マジシャン』は1体。よって、攻撃力が500ポイント上昇した。

 ブラック・マジシャン・ガール:攻2000→2500

「いくよ、マジシャン・ガールの攻撃! ブラック・バーニングッ!」
 少女は黒い魔力弾を、眼前の機械モンスターへ撃ち放つ。
 絽馬の場にリバースカードはない――確実に、その攻撃は成功するものと思われた。だが、
「――甘いよ! 手札から2枚目の『サイバー・オーガ』を捨て……効果発動! 同名モンスターが行う戦闘を1度だけ無効にできる!」

 ――バシィィィッ!!!

 オーガの面前にバリアが張られ、魔力弾を受け止める。
「さらに、それだけじゃない……! このときサイバー・オーガは、敵の攻撃エネルギーを吸収し、一時的に攻撃力を上げる。攻撃力2000ポイントアップだ!」
「!? なっ!?」
 遊戯が驚きの声を上げた。
 バリアにより魔力弾のエネルギーは吸収され、消滅する。そして吸収したエネルギーにより、オーガに過剰なまでのパワーが供給された。

 サイバー・オーガ:攻1900→3900

「っ……! ボクはカードを2枚セットし、ターン終了だよ!」
 黒魔術師の少女をサポートすべく、遊戯は2枚のカードを裏側表示で置く。
「ボクのターン、ドロー!」
 遊戯に負けぬ闘志を放ち、絽馬がカードを引き抜く。

 ドローカード:魂の絆

「……! サイバー・オーガの攻撃力は、キミの魔術師の攻撃力を大きく上回っている。いくよ! マジシャン・ガールを攻撃だっ!!」
 オーガは口を開くと、先ほど吸収した魔力の全てを放出し、一つのエネルギー弾を生み出し、撃ち出した。
「させないよ! リバースカードオープン! 『マジカル・シルクハット』!!」
 しかし突如として、4つの巨大なシルクハットが現れ、それが少女の姿を隠す。

 ――ズドォォォンッ!!!!

 それにより砲撃はかわされ、空のシルクハットが無意味に撃ち抜かれた。吸収したエネルギーは、その一撃で全て使い終わってしまった――オーガの攻撃力は再び戻り、大きく減少してしまう。

 サイバー・オーガ:攻3900→1900

「クソッ……! ボクはカードを1枚伏せ、ターン終了だ!」
 絽馬は悔しげに、ターンの終了を宣言した。
 だが、それはブラフ――今の一撃がかわされることは、彼の計算のうちに入っている。
(この賭けに勝てば、ボクの勝ち……! 勝負だ、デュエルキング!)
 1枚のリバースカードに望みを託し、絽馬は遊戯を見据えた。


 遊戯のLP:1700
     場:ブラック・マジシャン・ガール(攻2500),マジカル・シルクハット,
       伏せカード1枚
    手札:1枚
 絽馬のLP:2400
     場:サイバー・オーガ,伏せカード1枚
    手札:1枚


「いくよ! ボクのターン、ドロー!」

 ドローカード:同胞の絆

 遊戯はドローカードに目を見張った。
 これで手札は2枚――遊戯は顔を上げ、場の状況を確認する。絽馬の場には、伏せカードが1枚。さらに、手札が1枚――その1枚が、3枚目の『サイバー・オーガ』という可能性もある。
 ここで攻めるべきか、様子を窺うべきか――それを判断する。
(……オーガの攻撃力は、マジシャン・ガールを再び下回った……。ここは――)
「……。いくよ! シルクハットの効果を解除! 出てきて、ブラック・マジシャン・ガール!」
 少女が元気良く飛び出すと、3つのシルクハットは消滅し、姿を消す。
 攻撃してくる――そう理解し、絽馬は身構える。しかし遊戯は、攻撃宣言よりも前に、手札のカードに手を伸ばす。
「まだだよ……ボクは『磁石の戦士γ(マグネット・ウォリアー・ガンマ)』を召喚し、さらに魔法カード『同胞の絆』を発動! ライフを1000支払い……磁石の戦士2体をデッキから特殊召喚する!」

 遊戯のLP:1700→700


同胞の絆
(魔法カード)
同胞の絆はプレイヤーのライフを1000ポイント
払うことでデッキから場上のモンスターと同種族の
四ツ星モンスターを2体まで召喚できる
ただし攻撃・生贄はできない


 カードの効果により、遊戯の場に3体の「磁石の戦士」が出揃う。
 この瞬間――3体はパーツごとに分解され、新たな一つのモンスターへ、“変形合体”を果たす。
「合体! 『磁石の戦士 マグネット・バルキリオン』!!」
 現れたのは、他のモンスターよりも一回り巨大な、磁石製のモンスター。手にした剣が磁力を発し、激しく火花を散らす。

 磁石の戦士 マグネット・バルキリオン:攻3500

「攻撃力3500……!? まさか1ターンで、こんな強力モンスターを呼び出すなんて!?」
 予想外の展開に、絽馬は驚き、狼狽した。これで遊戯の手札は0、遊戯はこの局面を“好機”と見なし、一気に勝負を決めるべく、切札を切ってきたのだ。
 そんな絽馬の動揺が、ハタから見ても伝わったのだろう。背後から、弟たちが檄を飛ばしてくる。

「――負けるな〜、兄ちゃ〜ん!!」

 その一言が、絽馬の気持ちを奮い立たせた。弱気になりかけた気持ちが、前を向く。
(そうだ……ボクは一人じゃない。弟たちがいる!)
 絽馬は場を見据え、冷静に状況を分析する。『マグネット・バルキリオン』の攻撃力は3500――そして今、自分のライフは残り2000。この一撃を喰らっても、辛うじて生き残ることはできる。
(……まだボクの計算内……! いや、ライフコストを支払ってくれたおかげで、むしろボクに有利な展開にもなり得るよ!)
 絽馬は身構えると、その上級モンスターの攻撃による衝撃に備えた。
「いくよ、バルキリオンの攻撃! マグネット・セイバーッ!!」

 ――ズバァァァッ!!!!

「!! うわぁ……っ!!」
 オーガの身体は両断され、強い衝撃が絽馬を襲う。だが次の瞬間――彼は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 絽馬のLP:2000→400

「……『サイバー・オーガ』の攻撃力は1900……上級モンスターでありながら、攻撃力はあまり高くない」
 『サイバー・オーガ』は、単体では真の実力を発揮できない。仲間と力を合わせることで、初めて真価を発揮する。
「でもこのモンスターは……1人じゃない! 仲間と力を合わせることで、真の力を発揮するんだ! リバーストラップ発動『魂の絆』!!」


魂の絆
(罠カード)
自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を
全て捨てて発動。破壊されたモンスターと、それと同レベルの
モンスターを墓地から除外することで、それらを融合・合体
することができる。この融合・合体に使用するモンスターは、
全て正規の融合・合体素材でなければならない。


「!! そのカードは……!!」
 今度は、遊戯が驚きの声を上げる番だ。
 『魂の絆』――そのカードは、発動条件はやや厳しいものの、発動できれば、強力モンスターを呼び出せる切札級のトラップ。
「この効果によりボクは、『サイバー・オーガ』2体を結束し、融合させる……! 来い、『サイバー・オーガ・2』っ!!」
 遊戯のバルキリオンに負けない巨大モンスターが、絽馬のフィールドに降臨した。その攻撃力は2600――遊戯の場でまだ攻撃可能な『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力を、僅かながら上回っている。


サイバー・オーガ・2  /地
★★★★★★★
【機械族】
「サイバー・オーガ」+「サイバー・オーガ」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
このカードが攻撃を行う時、攻撃対象モンスターの
攻撃力の半分の数値だけこのカードの攻撃力をアップする。
攻2600  守1900


「攻撃力だけじゃないよ……このモンスターの真価は、その特殊能力にある! このモンスターが攻撃を行う時、対象モンスターの攻撃力の半分だけ、攻撃力をアップできるんだ!」
 つまり次のターン、『サイバー・オーガ・2』の攻撃が決まれば、遊戯のライフはゼロにすることが可能。そして今、遊戯の手札は0枚――新たなカードを場に出すこともできない。
「…………」
 短い沈黙があった。
 絽馬は、遊戯のエンド宣言を期待し、唾を呑み込む。しかし、彼の口から漏れたのは、絽馬の期待するそれではない。
「……まだだよ。ボクは場のトラップを発動させる……『罅割れゆく斧』!」


罅割れゆく斧
(罠カード)
このカードがリバースされてから経過した
ターン数×500ポイントを対象のモンスターの攻撃力から引く


 ――ビシッ!

 オーガ2の身体に、わずかだが亀裂が走った。
「『罅割れゆく斧』は発動時、リバースされていたターン×500ポイント、対象モンスターの攻撃力を削るトラップ……! リバースされていたのはわずか1ターン。でも……今は、それで十分だ!」
 マジシャン・ガールは遊戯のことばに頷くと、杖を颯爽と構える。

 サイバー・オーガ・2:攻2600→攻2100

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃! ブラック・バーニング!!」

 ――ズドォォォッ!!!

 魔術少女の一撃が、オーガ2を粉々に粉砕する。そしてこの瞬間、デュエルの決着はついた。

 絽馬のLP:400→0


 遊戯のLP:700
     場:磁石の戦士 マグネット・バルキリオン,
       ブラック・マジシャン・ガール(攻2500)
    手札:0枚
 絽馬のLP:0
     場:
    手札:0枚


 遊戯のデュエリストカードの“勝ち星”が増える。遊戯の予選通過が決定した。


武藤 遊戯  D・Lv.10
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:7位


 残りライフ0となった決闘盤を見つめながら、絽馬は苦笑を漏らした。
「負けた……か。でも、全力は出し切れた。いいデュエルだったよ」
「……ウン、こちらこそ」

 デュエル終了後、二人は握手を交わした。
 お互いを、真の決闘者として認めた証として。

「でも、ボクもまだ、星を全部失ったわけじゃない……諦めないよ。でもとりあえずは……おめでとう、遊戯くん」
「ありがとう。絽馬くんも、残りの予選、がんばってね」

 落胆する弟たちを慰めながら、絽馬はその場を立ち去った。4人の中の一人は、涙まで流していた。
 それを見て、遊戯は少しだけ居たたまれない気持ちになる。デュエルをすれば必ず、勝者と敗者が決まる。自分が勝てば相手が負ける、それがデュエリストの宿命だ。
 そんなこと、分かっているはずなのに――遊戯は時々、敗者を気の毒に思い、哀れんでしまうことがある。そんなときは、「向いていないのかも知れない」などと思ってしまうことさえあった。

(考えたって、しょうがないよな……)
 これはゲームなのだから。
 命を賭けた“闇のゲーム”というわけではない。アンティカードを賭けているわけでもない。だから――気にすることなんてないんだ、そう自分に言い聞かせる。


 気が付くと、デュエルを観戦していた他の者たちも、どこかへ行ってしまった。
 何はともあれ、本選進出はこれで決まった。遊戯も気持ちを入れ替え、次のアクションを考える。

「……。とりあえず家に帰って、じーちゃんの様子でも見てこようかな……。その後は、杏子の携帯に連絡して……」
 ぶつぶつと独り言を呟きながら、計画を立てる。
 しかしそんな遊戯に、背後から近づく男がいた。


「――あの……少し時間あるかな?」


「……えっ?」
 不意をつかれた遊戯は、反射的に振り返った。
 声をかけてきたのは、スーツを身にまとった、見知らぬ中年の男だった。歳のほどは40前後といったところだろう。
 遊戯が目を瞬かせていると、男は背広から名刺を取り出し、自己紹介してくれた。
「……! インダストリアル・イリュージョン社の……?」
 名刺を一瞥してから、遊戯は再び男の顔を見上げる。
「――月村浩一です。初めまして、武藤遊戯くん」



決闘28 遠い過去、近い未来

「コーヒー……で、良かったかな?」
「あ……はい、どうも」
 ベンチに腰掛けたままで、遊戯は温かい缶コーヒーを受け取る。本当はコーラの方が嬉しかったのだが、それは言わないのが礼儀だと思った。
 缶のプルタブを上げて、一口胃に流し込む。慣れない、ほろ苦い甘さが、まだよく知らない大人の味のような気がした。
 そうしているうちに、渡してくれた張本人――月村浩一が、横に腰かけ、同じようにプルタブを上げた。何故だか手馴れた動作に見えて、思わず“大人”を感じた。
「……武藤君、歳はいくつだっけ?」
 唐突に訊かれて、遊戯は少し慌ててしまう。17です、と緊張気味に答える。
「あー……そうか。そういえば海馬社長と同い年だったね。ということは、今年で高3か。来年はどうするの? 大学?」
「エ? エート……多分、まあ……」
 いきなり進路相談が始まってしまったようで、遊戯は余計に萎縮してしまった。
 それに気づいたのか、月村は苦笑し、ゴメンゴメンと謝る。
「何気ない質問で、緊張をほぐすつもりだったんだが……逆に良くなかったみたいだね。いや、すまない」
 月村は苦笑してみせると、コーヒーを口に運んだ。
 その笑みからは、気さくそうな印象が受け取れる。それを見て、遊戯の緊張も少しはとれた。
「いえ、そんな。それで……ボクに用って何ですか?」
 遊戯が改めて質問すると、月村は軽く唸り、考えるような仕草をしてみせた。
「んー……まあ、特別重要な用事があったわけじゃないんだけどね。私は今、I2社の“監査役”としてこの場にいるんだ。KC主催のこの大会を、いろいろ見て回り、本社に報告……万一トラブルが起これば、それに対処。それが今日の仕事さ。で、さっきの君のデュエル、ちょうど見せてもらってね……いや、実にいいデュエルだったよ」
「え……いやあ、そんなこと」
 遊戯は照れ臭そうに頭をかいた。普段褒められることが少ないので、つい照れてしまう。

「――流石は決闘王国(デュエリスト・キングダム)で、あのペガサス会長を倒したデュエリスト……ってとこかな?」

「!」
 遊戯ははっとして、月村に視線を向ける。今の月村の一言に、“含み”のようなものを感じたからだ。
「……以前から、君とは一度会ってみたいと思っていたんだよ……。知っているかい? ペガサス会長は君とのデュエル以外、公式・非公式を問わず、一度も負けたことがないと言われている。私は以前、一年ほどアメリカ本社で働いていたことがあってね。相手をしていただいたことがあるんだが……完敗だったよ。まるで、こちらの手の内を全て読まれているようでね……手も足も出なかった」
 流石はM&Wの生みの親だ、と月村は素直に感心してみせる。
 それを見ながら、遊戯は少しだけ口元を引きつらせた。
(……千年眼(ミレニアム・アイ)を使ってたからなんだけどね……)

 千年眼――千年アイテムの一つで、相手の心の中を見通してしまう、恐ろしいアイテム。しかし冷静に考えれば、それの使用は“インチキ”のようなものだ。
 実際のところペガサスに勝てたのは、“彼”やみんなと力を合わせ、“マインドシャッフル”で千年眼の力を封じたお陰なのだ。もし、それができないなら――千年パズルの無い今なら、千年眼を付けたペガサスには勝てる気がしなかった。

 そんな事実は露知らず、月村は遊戯に対し、話を続ける。
「……そこで、是非とも君に訊いておきたかったんだよ。君は今後、どうするつもりなのかを……ね」
「……? 今後……ですか?」
 意味ありげな笑みを浮かべてくる月村に、遊戯は小首を傾げた。
「単刀直入に訊こうか。君は今後、M&Wで生計を立てていくつもりはあるかい?」
「……エ……」
 考えてもいなかった問いに、遊戯は目を瞬かせる。
 M&Wで生計を立てる――聞いたことはある。特に海外では、定期的に行われるカード大会で、高額な賞金・景品がかけられていることが多い。ペガサスが開いた決闘王国もそうだった。
 だが遊戯はこれまで、そうしたビジョンを持ったことはなかった。少なくとも日本ではまだ、M&Wで高額な賞金がかけられた大会は珍しいし、安定収入は望めない。そうした人生を選ぶのは非常にリスキーであり、覚悟の必要な選択といえるだろう。M&Wは続けるにしても、“趣味”としてが限界だと考えていた。
「……まあ、考えたことがなくても無理ないかな。そうした生き方をするには、デュエルの腕だけじゃなく、精神的・肉体的なタフさ、相当な覚悟が必要だし……特殊な生き方だからね。ただ、だからこそ、君の耳には是非入れておきたい情報がある……」
 もっとも、まだ確定したわけではないんだが――と、留保を付した上で、月村はことばを続けた。
「T2社とKCは現在、あるプロジェクトを進めている……。数年以内にM&Wの“プロ化”――つまり正式に、M&Wの“プロデュエリスト”を採用し、より安定的な収入を約束された一つの“職業”として確立する計画だ」
「……!? M&Wの……プロ化?」
 途方もない話に、遊戯は閉口した。一つのゲームに過ぎないM&Wをプロ化することなどできるのか――と。
「……まあ、にわかには信じられないのも当然かな。でも、知っているだろう? かつては同じ、ただのゲームに過ぎなかった将棋や囲碁などにも、プロ組織は存在し、国内だけでも数百人ものプロ棋士が存在する……」
「……でも、将棋とか囲碁は別格だと思うんですケド……」
 当然の反論だった。
 将棋や囲碁には、M&Wとは違う、古く長い歴史が存在する。かたやM&Wは、生まれてまだ十年にも満たない、若いゲーム。同格に考えるのは難しい。
「確かに……少し考えただけでは、ただの夢物語に聞こえるかも知れないね。けれど、決して夢じゃないんだ……I2本社では今、極めて実現可能性の高い計画として考えている。……海馬社長が開発してくれた、君も腕に付けている“ソレ”のおかげでね」
「……!」
 遊戯は視線を落とし、自分の左腕を確認した。
 装着されているのは、今日の大会でも散々用いた、カードを立体映像化させる装置――デュエル・ディスク。海馬瀬人考案のもと開発されたそれは、最新鋭の科学技術の結晶体であり、一般販売を始めた今では、膨大な数が売れ、世界中に広まっているらしい。
 発売当初はニュースなどで取り上げられる機会も多かったし、これをキッカケにM&Wを始めた人間も少なくないという話だ。
「……デュエル・ディスクの誕生により、M&Wは戦略性のみならず、視覚性が格段に増した……。つまりソリッドビジョンシステムのおかげで、プレイヤーのみならず、観戦者の楽しみも非常に大きくなったんだ。さっきは将棋や囲碁を例に挙げたが……むしろ、スポーツのプロを考えた方がイメージが近いかも知れないね。大勢の観客やスポンサーから資金を得て運営し、デュエルの成績により給与する……予定では、I2社とKCの全面的バックアップのもと、プロデュエリストを管理する第三機関を設立することになっている。どうだい? 少しは信憑性が出てきたかな?」
 遊戯はふと、前回の、“第二回バトル・シティ大会”の本選を思い出した。なるほど、カイバランドのゲームドームで行われたそれは、ドーム内が観戦者で埋め尽くされるほどの大盛況だった。
 加えて今日の大会でも、予選であるにも関わらず、大勢の人間が観戦しに来ていた。決闘盤の生み出すソリッドビジョンシステムは、上級デュエリストが行うデュエルを、金銭価値のある一つの“ショー”として昇華し、確立させつつあるのだ。
「……もっとも、M&W自体の人気上昇も大きな要因だけどね。デュエル・ディスクの一般販売に伴い、M&Wの売り上げは世界中で鰻登り……現在の普及率はかなりのものだよ。I2社の売り上げも、今ではその大半がM&W部門によるものとなった。I2社もその人気に応えるべく、より質の高い多様なカード開発・厳密なルール整備に余念がない……。これならプロ化も可能、十分勝算のあるプロジェクトと見られている」
 月村は喜々として、饒舌にことばを吐き出していた。遊戯は思わず唾を飲み込む。
 ことばに熱があった。彼がこのプロジェクトにどれだけ入れ込んでいるか――それがことばだけで、如実に伝わった。
「……もっとも最初は、沢山のデュエリストを一気にプロ採用できないし……必然的に、国内よりも世界戦がメインになるだろう。中心地となるのはやはり、アメリカだろうね……デュエリストの数・質ともに、本場のアメリカが抜きん出ているから。だが……個々の戦力でいえば、日本も負けてはいない」

 ――決闘盤の生みの親でもある、最上級決闘者……海馬瀬人
 ――そして、M&Wの生みの親、ペガサス・J・クロフォードを下した唯一の決闘者……武藤遊戯

「……もちろん、これは君の意志の問題だ……強制するつもりは全くない。だが、プロデュエリスト化が実現した際――日本のデュエリスト界を引っ張っていけるのは、君たち2人だと思っている。もっとも、繰り返すけどこれは、私のあくまで個人的な希望だよ」
「――……!!」
 遊戯は眉ひとつ動かさず、月村の話に聞き入っていた。
 M&Wのプロ化――世界中の上級デュエリストと鎬(しのぎ)を削り、共に高め合っていける世界。
 一人のデュエリストとして間違いなく、魅惑的な響きだった。

 だが、そう簡単に首は縦に振れなかった。
 まだプロジェクトの段階というし、何より、実際にそのときにならなければ実感が沸かない。自分の先の人生を、未来を、安易に選ぶことなどできない。

 遊戯は黙り込んだままだった。その心情を察したのか、月村は語調を弱め、穏やかに続ける。
「……もちろん君の人生だ、好きにすればいい。強制はしないし……他に目指すものがあるなら、止めはしないよ。ただ私が伝えたかったのは、「そういう選択肢もある」ということさ。予定では、3〜4年以内にということになっているから……君が大学を卒業する前までには、はっきりしてくると思うよ」
「……! あ、はい……」
 ふと、遊戯は顔を上げ、空を見上げた。
 考えてもいなかった未来。あやふやでしかなかった将来が、一つの選択肢として顕在化してくる。
「……ゆっくりと、けれどちゃんと考えておいて欲しい。年寄り染みた説教と笑うかも知れないけどね……人生なんて、後悔の連続だよ。ああすれば良かった、こうしてやれば良かった……後になってからようやく気付くんだ。自分にとって何が一番大切だったか……本当は、何が一番欲しかったのか」

 ――けれど時は戻らない
 ――失ったものは、取り戻せない
 ――ただ、どうするべきだったと悔いるばかり……

 月村の瞳が、あらぬ方向を向いた。何かを思い出しているように、ただ哀愁を感じさせる。
「……ま、ともあれ今は、この後の本選に集中するといいよ。重要なのは、その時その時を大切に生きるってことだからね。まだ先の話だ、頭のスミに入れておく程度で構わない」
 気を取り直すと、月村は残りのコーヒーを飲み干し、空き缶を近くのゴミ箱へ放り捨てた。
「さて! 忙しいところ、悪かったね武藤君。私もそろそろ、監査の仕事に戻るよ。本選の方も、私は監査役として赴く予定だけど……密かに応援しているよ。君のファンの一人としてね」
 そう言って、軽く手を振ると、月村は遊戯の前から立ち去った。
 遊戯はそれに一礼すると、ボンヤリと、先ほどの話を反芻する。

「――プロデュエリスト……か」

 右掌を見つめ、軽く握ってみた。何も掴めていないのに――それだけで、何故だか心が躍った。




 それからしばらくして、遊戯はとりあえず家路につくことにした。
 月村に会う前に考えた通り、とりあえずは、ギックリ腰で寝込む哀れな祖父を見舞うことにする。

「――ただいま〜!」
 そう言って玄関を開けるが、返事がなかった。
 母は買い物にでも出たのだろうか、そう思いながら、武藤家の無用心さに失笑し、祖父の部屋へ直行する。
「帰ったよ、じーちゃん。腰の具合は……」
 しかし襖を開けて、遊戯は眉をひそめた。
「……? じーちゃん……?」
 部屋の中心には、空になった布団だけが横たわっていた。



決闘29 JOKER(ジョーカー)T〜双六失踪〜

「――おじーさんがいなくなったぁ!?」
 おやつにストロベリーアイスを舐めていた絵空の横で、杏子が声を荒げた。
 携帯電話を耳に当てて、杏子はウンウン頷く。
「分かった……見たら連絡するね。それじゃ……」
 そう言って、杏子はため息混じりに、折りたたみ式の携帯電話を閉じた。
「……? 遊戯くんのおじーちゃん……何かあったの?」
 ベトベトした口元に舌を這わせながら、絵空は訊いた。
 杏子は一部始終を説明する。今朝、今大会に参加しようと張り切っていた双六が、ギックリ腰によりやむなく戦線離脱したことから。そして先ほど、遊戯が帰宅したら、寝込んでいたはずの双六が姿を消していたことを。
「……それで、まさかと思って確認したら……おじーさんの決闘盤がないらしいのよ。だから、無理してデュエルしに出掛けたんじゃないかって……」
「……ふぇー……すごいガッツだね、おじーちゃん」
 感嘆してみせると、「感心してる場合じゃないでしょ」と裏絵空にたしなめられた。
「もし見かけたら、すぐ知らせてって遊戯が……。絵空ちゃんも気が付いたら教えてくれる?」
「ウン。それはいいけど……でもそれなら、杏子さんも探しに行った方がいいんじゃない?」
 けっこう大変みたいだしさ、と絵空。しかし杏子は口を濁した。
 退院したての絵空に付き添うこと――それが今の、自分に任された使命だからだ。絵空の母・美咲からも、頭を下げて頼み込まれている。
「わたしなら大丈夫だよ。あとたった1勝だしさ」
 そう言って、絵空は誇らしげにデュエリストカードを取り出してみせた。そこにはすでに、七つの星が輝いている。


神里 絵空  D・Lv.?
★★★★★★★☆
6勝0敗


 杏子は少し考えた。
 ここまで絵空は全勝――確かにこの勢いなら、次もきっと勝って、本選進出を決めるだろう。あとたった一戦――体調面の不安も、今の絵空からは特に感じられない。むしろ、ギックリ腰をおして無理に外出している双六の方が、優先的に懸念すべき案件かも知れなかった。
「うーん……そうねえ。本当に大丈夫?」
「ダイジョーブ! それに正確にはわたし、“一人”じゃないしね」
 そう言って絵空は、パズルボックスの中の裏絵空の存在を示唆した。
「早めに決まったらわたしも一緒に探すからさ……行ってよ、杏子さん」
「……分かった。じゃあ、予選が終わったら私の携帯に連絡して。そしたら合流しましょう」
 確認を終えると、杏子は絵空と別れ、遊戯の家の方へ走った。


「よしっ……! それじゃあラスト一戦、がんばっていこーっ!」
 絵空は残ったコーンを口に放り込むと、座っていた木製のベンチから立ち上がった。
『(でも……対戦相手がいないわね)』
 裏絵空の言うとおりだった。開始当初は嫌という程いた、決闘盤をつけた決闘者が、今ではさっぱりだった。大会も進み、脱落者や予選通過者も増えてきているということだろう。
「そうだねぇ……とりあえず、広場の方に戻ってみよっか。あっちの方が、決闘者も沢山いそうだし……」
 噛み砕いたコーンを飲み込むと、今いる並木通りを退散しようとする。
 と、しかしそこで、道路を挟んだ反対側の歩道を、一人の少女が歩いているのが目に入った。少女の左腕には、決闘盤が装着されている。
「! やった……もう見つかった♪」
 見つけるや否や、絵空は大声で少女を呼び止めた。
 向こうもこちらに気付いたらしい。足を止め、こちらに向き直る。
 少女のところへ向かうべく、邪魔なガードレールに乗り上がる絵空。普段なら当然、やってはいけないことなのだが、今日はずっと歩行者天国なので、車道に出ても全く問題が無い。
『(スカートが汚れるわよ……横断歩道まで大回りしなさいよ)』
 裏絵空はそう言ったのだが、絵空はすでに、その上に登ってしまった。今さら手遅れだと言わんばかりに、車道側へと飛び降りる。
「わっ……とと」
 しかし着地の瞬間、足元が少しフラついた。
『(……大丈夫? 疲れてきてるんじゃない? もう結構長く、デュエルし続けてるけど……)』
「へっ……ヘーキだよ。何でもないって」
 そう言って、絵空は何度か地面を蹴ってみせる。
「……あれ? あの服って……」
 気を取り直し、顔を上げたところで絵空は気が付いた。その少女は、絵空と全く同じ服装をしていた――といっても、別に趣味が合ったというわけではない。いま絵空は、来年から通い始める童実野高校のブレザーを着込んでいる。それと同じということは――彼女もまた、同じ童実野高校の学生ということだ。

 その少女も絵空と同じように、ガードレールを乗り越え、こちらへ向かって来てくれた。しかしその仕草が、絵空のそれとやけに酷似して映る。
『(! あの子……ずいぶん背が低いわね。あなたと同じくらいじゃない?)』
「……それって遠まわしに、わたしのこと貶(けな)してる?」
 絵空は口を尖らせた。

 ともあれ二人の少女は、道路のど真ん中で相対する形となる。
 なるほど不本意なことに、彼女の体型は、絵空とほぼ同程度らしかった。背が低く、華奢な身体つき。一見したところ、違うのは顔の容貌と、束ねられずに垂らされた長い黒髪くらいだろう。
 共通点の多さから、絵空は彼女に親近感を覚えた。デュエリストカードを見せる前に、軽く自己紹介をする。
「わたし、絵空! 神里絵空。今年から童実野高校に通う一年生なんだ。あなたは?」
 少女は静かにカードを取り出し、簡潔に応えた。

「……神無雫(かみなし しずく)……」

 と。


神無 雫  D・Lv.5
★★★★★★★☆
6勝0敗




●     ●     ●     ●     ●     ●




 時間は少しさかのぼり――、時計塔広場周辺の道路にて、一つのデュエルが行われていた。


ティモーのLP:4000
      場:雷帝ザボルグ,氷帝メビウス
     手札:6枚
  少年のLP:2500
      場:ゴキポン,伏せカード1枚
     手札:0枚


「『雷帝』の攻撃……その目障りなゴキブリを破壊!」
 栗色の短髪にブラウンの瞳、そしてやや分厚い眼鏡をかけた長身の青年――ティモー・ホーリーが叫ぶと、彼の場のザボルグは、両手から電撃を放ち、眼前のゴキブリモンスターを破壊する。

 ――バヂィィィッ!!!

「うあっ……、僕の『ゴキポン』が! でもまだだ、『ゴキポン』の効果発動! 『ゴキポン』が破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の昆虫1体を手札に加えられる!」
 ティモーに対峙する少年は、デッキから手早くカードを選び出す。


ゴキポン  /地
★★
【昆虫族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
手札に加える事ができる。
攻 800  守 800


「この効果で僕は……『ゴキボール』を手札に加える!」
「……!?」
 少年の宣言と同時に、ティモーの眉が不愉快そうに歪んだ。


ゴキボール  /地
★★★★
【昆虫族】
丸いゴキブリ。ゴロゴロ転がって攻撃。守備が意外と高いぞ。
攻1200  守1400


「……。『氷帝』の攻撃……相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 ティモーが静かにそう言うと、メビウスは氷の槍を作り出し、少年へと投げつける。

 ――ドスゥゥッ!!!

「う……あっ……!?」
 腹を貫かれ、少年はよろけた。同時に、残されたライフポイントが大幅に減少する。

 少年のLP:2500→100

「……カードを1枚セットし、ターンエンド」
 ティモーは静かにエンド宣言を済ます。しかし苛立ったように、右足が地面を何度か叩く。
「僕のターン……! やった、魔法カード『貪欲な壺』を発動! 墓地の『ゴキボール』2体と『ゴキポン』3体をデッキに戻して……デッキから2枚ドロー!」


貪欲な壺
(魔法カード)
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、
デッキに戻してシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「……! よし、揃ったぞ! 僕は『ゴキボール』を攻撃表示で召喚して……場のトラップカードを発動! 『夜の台所で羽ばたく黒き者』!!」


夜の台所で羽ばたく黒き者
(罠カード)
お互いのプレイヤーは、デッキに存在する
ゴキブリモンスターを全て手札に加える。


「この効果によって僕は、『ゴキボール』2体、『ゴキポン』3体、『コカローチ・ナイト』3体を手札に加える!!」
「……こちらのデッキには当然、ゴキブリモンスターなどいない……」
 驚いた様子もなく、ティモーは不愉快そうに口を歪める。しかしそれは、自身が不利になったことによるものではない。


コカローチ・ナイト  /地
★★★
【昆虫族】
このカードが墓地へ送られた時、このカードはデッキの一番上に戻る。
攻 800  守 900


 発動したトラップの立体映像から、わらわらと8匹もの巨大ゴキブリが這い出してくる。その光景は非常に気持ち悪く、食事中の方は見ない方が賢明だろう。
 二人の周囲についていた、十人ほどの観戦者のうち、何人かがウッと目を逸らした。
「いくぞぉ! これが僕の切札……『融合』発動! 場と手札の、合計9体のゴキブリを融合! いでよ、『スーパー・ゴキブリ・キング』ゥゥゥッ!!」


スーパー・ゴキブリ・キング  /地
★★★★★★★★★
【昆虫族・融合】
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ゴキブリモンスター3体以上を融合素材として融合召喚する。
このモンスターの元々の攻撃力は、
融合素材モンスターの数×700ポイントとなる。
攻?  守 0


 少年の場に、これまでとは違う、超巨大なゴキブリが出現する。サイズだけなら、神にも劣らぬモンスター。
 ……それにしても、キショイ。ヘタに巨大化されたため、ゴキブリの細部まで容易に観察できる。しかも融合素材としたモンスターに比べると、よりリアリティーを追求したようなデザインだ。頭に載せられた王冠が無ければ、とてもゲームのモンスターとは思えないだろう。
 見ていた決闘者の過半数が、顔を青くし視線を逸らした。
「ハハハ、どうだぁ!! これが僕の切札! 『スーパー・ゴキブリ・キング』の攻撃力は、融合素材としたゴキブリの数×700……つまり、6300ポイント! スゴイぞー、カッコイイぞー!!」
 ……スゴイけど、カッコ良くはないと思うぞ。

 スーパー・ゴキブリ・キング:攻?→攻6300

 ソリッドビジョン自体はあまり見ないようにしつつも、何人かの決闘者は感嘆した。攻撃力6300――あの神をも上回るモンスターが、こんな馬鹿馬鹿しい方法で召喚できるのか、と。
「ハハハハハー! 『スーパー・ゴキブリ・キング』で攻撃、といきたいところだけど……融合モンスターは召喚したターンに攻撃できないからな。これでターン終了だぁ!」
 自慢の超強力モンスターを召喚できたことで、少年は有頂天になる。胸を張り、すでに勝ったような気になった。
「……くだらない」
「……へ?」
 吐き捨てるように呟くと、ティモーはカードを引き、モンスターカードに指をかける。
「『氷帝』を生け贄に、このモンスターを召喚……『炎帝』!」
 ティモーのフィールドに新たに、甲冑に全身を包んだ戦士が現れる。


炎帝テスタロス  /炎
★★★★★★
【炎族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
相手の手札をランダムに1枚墓地に捨てる。
捨てたカードがモンスターカードだった場合、
相手ライフにそのモンスターのレベル×100ポイント
ダメージを与える。
攻2400  守1000


「そして『炎帝』の効果……相手の手札1枚を破壊する。フレイム・ブレイク!」
 テスタロスの左手に、炎が灯(とも)る。
 そしてそれを振るうと、一瞬のうちに、少年の持つ手札に点火されてしまった。
「わっ……熱ぃっ!?」
 咄嗟に、少年はそのカードを地面に捨てた。実際には映像なので、熱いはずはない。だが、あまりにリアルな炎だったため、反射的に熱を恐れ、手放してしまう。


H−ヒートハート
(魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
そのカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が越えていればその数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
この効果は発動ターンのエンドフェイズまで続く。


「……なるほど。こちらがモンスターを守備表示にしたところで『ヒートハート』を使い、貫通攻撃をする狙いだったか。……馬鹿馬鹿しい」
「!? 何ぃ!?」
 ティモーの一言に、少年が噛み付いた。
「へんっ! 偉そうなこと言ったって、アンタのモンスターじゃ、僕のゴキブリ・キングは――」
「――マジック発動『エネミーコントローラー』」


エネミーコントローラー
(魔法カード)
相手フィールド上のモンスターをエネミーコントローラーによって
コマンド入力で操作できる。
ライフ1000+↑←↓→A爆破
ライフ1000+←→ABで生贄


「俺が入力するのは、「↑←↓→A」……その目障りな害虫を爆破する」
 ティモーがコマンド入力すると、そのコードの先が、ゴキブリに取り付けられる。

 ティモーのLP:4000→3000

 ――ズガァァァァンッ!!!!!!!

「なああっ!? 僕のゴキブリがぁ!?」
 ゴキブリ王が爆散する。呆気にとられる少年をよそに、ティモーはあくまで冷静に、モンスターへと指示を出す。
「……終わりだ、直接攻撃」
 テスタロスがその右手から、炎を勢いよく放射した。

 ――ズドォォォォッ!!!

「うあああああっ!?」
 炎のソリッドビジョンをもろに浴びて、少年が悲鳴を上げた。

 少年のLP:100→0


ティモー・ホーリー  D・Lv.9
★★★★★★★☆
6勝0敗


「くっそぉ……これで失格かぁ。勝てると思ったんだけどなあ……」
 膝をつき、少年は残念そうにため息を吐く。自分のデュエリストカードを確認しながら、心底悔しそうに。
「――本当に、そんなクズカードで勝つつもりだったのか?」
 冷徹な語調。少年が顔を上げると、ティモーが蔑みの目で見下げてきていた。
「なっ……何だよ? どんなカードを使おうと、僕の勝手だろ!?」
 そう叫び、少年は決闘盤から、3種類のゴキブリカード――『ゴキボール』『ゴキポン』『コカローチ・ナイト』を誇らしげにかざして見せる。ハタから見るに、なかなかシュールな光景だ。
「た……確かに、見た目はあまり良くないかも知れないけど……僕はゴキブリカードが誰よりも好きなんだ! そりゃあ、世間一般ではゴキブリの評価は低いかも知れないけど……でも! 何を隠そう僕は小さいとき、ゴキブリに命を救われた経験が――」
「――そんなことはどうでもいい」
 少年の過去話が始まりそうなところで、ティモーは冷静に制した。
 周囲の何人かが舌打ちした。少年の話の続きが、非常に気になったからだ。
「馬鹿馬鹿しい……。カードに必要なのは強いか弱いか……使えるか使えないかだけだ。好きだから使った? そんなことに何の意味がある? デュエルに勝てるカードを使うのが、決闘者の正しい在り方だ」
 吐き捨てるように言う。少年の持つ3枚のカードを、まるで汚いものでも見るように蔑視する。
「……お前の戦術は、デッキの安定性を大きく犠牲にし、『ゴキブリ・キング』とやらで相手の隙をつく奇襲戦術らしいな……なるほど、確かにそのクズカードで勝とうとすれば、それくらいしか方法がないだろう。だが、そんなクズをどう構築したところで、せいぜい勝率3割が関の山……運任せのクズデッキにしかならない。よくここまで勝ち残っていたものだ」
 鼻で笑ってみせると、周りの観戦者たちを睨み回す。
「……こんなクズまで出場できるとは……日本の決闘者のレベルも知れたな。強さを差し置いて、私情を優先してカードを選ぶなど――愚の骨頂だ」
 その一言は、周囲の決闘者たちの反感を買った。誰もがみな、ティモーのことを憎らしげに睨み返す。
「……どうした、悔しいならかかって来い。こちとら、クズの相手をさせられてイラついているんだ……二人同時でも構わないぞ」
 だが、進み出る者はいなかった。彼の圧倒的強さを目にし、誰もが足を竦(すく)ませる。
(……やはり噂通り、日本はデュエル後進国だな……。強いカードのセレクトがまるで出来ていないばかりか、強者を倒そうという野心すらない)
 仕方ない、場所を移動するか――そう思ったところで、一人の男が割り込んできた。


「――これこれ……そんなこと、言うモンではないぞい?」


「……!?」
 ティモーが正面を向き直すと、そこには、先ほどまではいなかったはずの老人がいた。
 老人は手を差し出し、膝をついたままの少年を引っ張り、立ち上がらせる。
「いやぁ……実に良いデッキじゃったわい。君のフェイバリットカードの魅力が、十分に活かされた戦術じゃった」
 老人がそう言うと、少年は嬉しげな笑顔をした。
 それを見て、ティモーは虫唾が走った。さぞ不愉快げに、地面に唾を吐いてみせる。
「どこのモウロクジジイか知らないが……デュエルのことをまるで分かっていないな。クズカードはどう使おうとクズ……そんなカードを活かしたところで、強いデッキは作れない」
「……。ヤレヤレ……困った若人(わこうど)じゃのう」
 そういうと、老人は向き直り、ティモーを正面から見据える。
「強いカードを使い、強いデッキを作る……もちろん、それは間違っとらん。じゃが、他人に自分の価値観を押し付けてはイカンな……人間は多種多様、色んな趣向があって当然の生き物じゃ」
「……フン。馬鹿馬鹿しい……デュエルは勝つことが全てだ。そして勝つには、強いカードを使わなければならない……。個人の趣向でカードを選ぶなど、三流以下のカスがやることだ」
 老人はため息を一つ吐くと、左腕の決闘盤を構え、デッキをセットしてみせる。
「どうやらキミには少し、灸を据えねばならんかのぉ……?」
 そして――自身のデュエリストカードを、ティモーに示してみせた。


武藤 双六  D・Lv.6
★☆☆☆☆☆☆☆
0勝0敗



決闘30 JOKERU〜ティモー・ホーリーの栄光と挫折〜

 ティモー・ホーリーは21年前、ドイツのとある田舎町に生を受けた。
 両親共に凡庸で、家は農家を営んでいた。決して裕福ではなかったが、近所では中の下程度の暮らしだったろう。

 もともと彼は引っ込み思案な性格で、他者と交わることが得意ではなかった。彼はそのことに、強いコンプレックスを感じていた。だがその代わり、誰にも負けないアイデンティティーがあった。勉強だけは、誰にも負けなかった。
 初等教育を、他を圧倒する成績で修了した。クラスメイトからは“天才”として一目置かれた。そんな自身を誇り、彼は少なからず周囲を見下し、そうすることで自我を保っていた。

 だが彼は、天才などではなかった。現在の自分の地位を守るべく、誰よりも多く勉強した。誰よりも真剣に、勉学に励んだ。哀しいかなそれを知るのは、彼自身と両親だけであったが。

 彼は、偉くなることが夢だった。誰もに認められ、尊敬される人間になりたい――純粋にそう思った。だから両親に無理を言い、都会の、国内でも一、二を争う有名な中等教育機関へ進んだ。貪欲なまでの向上心を胸に、10歳の若さで親元を離れ、親戚の家に下宿し、都会暮らしを始めた。

 そこでティモーは、初めての挫折を味わった。自分が“井の中の蛙”であったことを思い知る。その学校には本当の“天才”が溢れており、最初に行われた学力テストでは、平均点もとれなかった。
 彼は焦った。勉学こそが、彼の自我を支える、唯一の礎(いしずえ)だったからだ。

 彼は一層、勉学に熱を入れた。睡眠時間を削り、自室にこもって予習・復習を繰り返す。友を作り、遊びに出かけることもなかった。親戚とも上手く打ち解けられず、昼食は早起きし、自分で弁当を作った。
 視力が極端に低下し、眼鏡をかけ始めたのは、ちょうどこの頃だった。

 半年も経った頃、彼は校内で上位に食い込む、成績優秀者になっていた。1位にはなれない、しかし周囲の注目が、次第に彼に集まりだした。周りに仰ぎ見られること、それは彼にとって、何にも代えがたい至福の喜びだった。

 そんなある日、彼に数人の友達が出来た。いや、ティモー自身は本当は、彼らを友と認めてはいなかった。彼らは校内での“落ちこぼれ”――学校の課題などを見せるよう媚びを売ってくる、努力家のティモーにしてみれば蔑視の対象となる人間だった。
 だがティモーは、彼らに進んで課題を見せ、勉強を教えてやりもした。
 ティモーは彼らを馬鹿にしていた――だが、蔑視しつつも嫌ってはいなかったのだ。彼らを見下げることで、自身は優越感に浸れた。「コイツラよりも上なのだ」と、自信を持つことができたから。

 数年は、そのままの状態が続いた。だが学年が上がるにつれ、ティモーの生活は苦しくなっていく。
 勉強の難易度が上がり、授業時間が延びた。満足のいく成績を維持するには、より過酷な自習を求められた。その頃になって、ティモーは“落ちこぼれ”を見捨てることにした。
 完全な孤独に身を置き、ひたすら勉学に励む。睡眠時間を半分にし、それ以外の時間のほぼ全てを勉強に費やした。そんな中、彼にとって嬉しいことが起こった。

 上位成績者が脱落し始めた。十数位ていどだった彼の学内順位が、片手で数えられるようになった。
 心が躍った。“天才”たちに勝てた愉悦で――心が舞い上がった。

 だが、そこまでだった。彼が学内2位の成績をとった翌月、彼はベッドから起き上がれなくなっていた。医者には“過労”と診断され、自宅療養することになった。
 それはティモーにとって、何年振りとも分からぬ、安息の時間だった。一日中何もせず、ぼんやりと天井を見つめる――何事にも代えがたい、至福の時間だった。
 一月が経った。だが彼はまだ、学校へ行く気になれなかった。また、あの過酷な日々が始まるかと思うと、怖くてたまらなかった。療養後2ヶ月目にして、親戚に背中を押され、嫌々、学校に出た。
 授業はかなり進んでいて、2ヶ月何もしていなかったティモーには、全く理解できないものとなっていた。こうしたときは友人から、欠席中のノートを借りれば良いのだろう――それはティモーも知っていた。
 ……だが誰に?
 ティモーの周りには、それを頼むことの出来る人間など、一人もいなかったのだ。

 半月ほど無断欠席した後、ティモーは自殺を謀った。
 だが幸か不幸か、彼は助かってしまった。
 学校に休学届が出され、実家のある田舎の病院へ入院させられる。再び自殺する勇気もなく、ただ空虚に、空だけを見つめ、日々を浪費するようになる。

 まるで廃人のように。




 そんなある日、彼は院内で、思わぬ人物との再会を果たした。
 名前はデニス。初等部時代、クラスメイトだった少年だ。
 仲が良かったわけではない。ことばを交わした記憶も、まるでなかった。デニスは消極的な性格で、クラスでは最も存在感の薄い人間だった。仮に不登校になったとしても、気にするクラスメイトはほとんどいなかったろう。
 だがティモーは、彼の存在をよく知っていた。彼が自分と似た人間であることを知っていた。学力の優劣の差があっただけで、根本的な部分が非常に似通っていることを。もしも勉強ができなければ――自分は、デニスと同じ立場になっていただろうと。デニス自身もそれを知っていたのか、彼らの間には、不思議なシンパシーが存在していた。

 デニスはその病院で働いていた。といっても、医者や看護士をしているわけではない。便所掃除などの雑務、誰にでもできるような作業を黙々とこなし、細々と生きていた。
 いつからか、二人はよく話すようになっていた。彼はティモーにとって、初めての“友達”と呼べる存在になった。

 そんなある日、デニスがある物を持ってきた。それがカードゲーム――M&Wだった。ティモーはそれまでの人生で、ゲームというものをほとんど知らない。チェスのルール一つ、満足に知らなかった。
 デニスに教えられながら、借り物のデッキでデュエルをする。もともと頭の回転の早いティモーは、2回目でデニスに勝った。以降、デニスに負けることはなかった。多少のハンデを付けても、余裕で勝てた。二人の間には、哀しいかな知能の差があり過ぎたのだ。

 あるときティモーはデニスに、町内で開かれるデュエル大会に出てみないかと誘われた。少し悩んでから、ティモーは首肯した。
 ただし、ティモーは一枚もカードを持っていない。もともと努力家で完璧主義な男だ――デニスに所持するカードを全て持って来させ、丸一日かけてデッキを仕上げた。彼の所持するものにはロクなカードがなかったが、それでも、そこそこの出来に仕上げてみせた。

 医者の許可を得、およそ一年ぶりに病院を出た。そして……“カードの差”に苦戦しつつも、彼は大会に優勝した。こんな深い戦術は見たことが無い――賞品のカードパックを受け取る際、主催者にそう称賛された。
 貧弱なカードを緻密な戦術でカバーし、相手の強いカードを撃破する――彼の戦術は、多くの決闘者に好感を持たれた。町内の決闘者の間では、ちょっとした“英雄”扱いだった。ティモーの顔に、笑顔が生まれた。

 それは、彼の精神を立ち直らせるキッカケとなった。病院を無断で抜け出しては、書店を訪れ、カード雑誌を読み耽る。近所のデュエル大会に出場し、賞品のカードを使い、デッキを強化する。共に参加した決闘者と食事をし、デュエルの勉強会を開くこともあった。
 より高見を目指せるよう、努力を怠らなかった。だがしかし、学校での勉強とはまるで違った。
 友達が出来た。努力することが、楽しくて楽しくてたまらなかった。

 その後、精神の安定した彼は退院。学校は正式に退学して、実家の手伝いをするようになった。普段は農業に汗を流し、時間を見つけ、デュエルに打ち込む。それまでの人生で、何より充実した時間だった。




 そんなある日、ティモーに転機が訪れる。近所で負けなしのチャンピオンとなった彼は、I2社主催で行われる、ドイツチャンピオンシップに出場することを勧められた。彼は二つ返事で了承し、未だかつてないほどに、デッキ作りに励んだ。我ながら、完璧なデッキだった。

 だが彼は二回戦で、あっさりと敗北を喫した。またも“井の中の蛙”であったことを思い知る――だがそれは、ティモーにとって納得のいかない敗北だった。
 “戦術”は間違いなく、ティモーが上をいっていた。それなのに負けた。
 原因は“カードの差”。相手の持つカードが圧倒的に、ティモーの持つそれより強かった――ただそれだけの話。ティモーの中で、M&Wに対する認識が大きく変わった瞬間だった。

 実力は劣っていない、ただカードが弱過ぎただけだ。
 そう悟ったティモーは、実家の手伝いをやめ、外で働くようになった。持ち前の頭脳を駆使し、できるだけ儲かる仕事をした。詐欺まがいの、汚い仕事も平気でこなした。今までとはまるで別人のように、狡賢く、利口に立ち回った。
 そして得た収入で、強力なレアカードを買い漁る。そして一年が過ぎ――ティモーは再び、チャンピオンシップに出場した。新しいカード情報はチェックし続けたものの、その一年間、ティモーはほとんどカードに触れていなかった。

 だが、彼は見事優勝した。ドイツの決闘者の中で、最強の称号を勝ち得たのだ。
 彼の考えは間違っていなかった。ティモーの戦術レベルはドイツ最強――だが、それだけでは勝てない。強いカードがなければ、強いカードを使ってこそ、初めて勝利を掴めるのだと。
 かつてない称賛を浴びた。雑誌の取材も受けた。彼は笑っていた。多くの人間に敬われ、見上げられ、心の底から笑っていたのだ。いまだかつてない快感を覚えた。

 その瞬間、勝利こそが、彼の全てとなった。
 勝って称賛を得ること、それだけがティモーの生き甲斐となった。

 ――楽しいデュエル?
 ――お気に入りのカード?

 ティモーにしてみれば、愚問だった。
 勝ったデュエルだけが「楽しいデュエル」であり、自分を勝利に導くカードが「お気に入りのカード」だ。




 そしてそれから数ヶ月が経ち、ティモーにとって、願ってもない事態が訪れた。KCにより開発された、M&Wへのソリッドビジョンシステムの採用だ。
 M&Wへの注目は、一気に過熱した。そのオーバースペックとも思える優れたパフォーマンスに、それまで見向きもしなかった人間が、こぞって関心を向ける。M&Wはマスコミに頻繁に取り上げられ、もはや、狭い世界のゲームではなくなったのだ。
 ティモーがチャンピオンになってから初めてのチャンピオンシップは、決闘盤を用いて行われた。地域限定のローカルではあるものの、テレビ放送も生中継された。そしてその場で、ティモーは2連覇を成し遂げた。

 全国紙の新聞に、顔写真入りで掲載された。コメントも長々と載せられていた。
 ティモーはある意味で、夢を叶えることに成功したのだ。偉くなり、沢山の人に尊敬されたい、認められたい――醜いほどに貪欲な、自己顕示欲が満たされた。
 同時に、ティモーは負けられなくなった。決して負けてはならなくなった。勝ち続け、“英雄”であり続けなければならない――“認められるために”。欲を満たし続けるために。
 決闘者としては不純なのかも知れない――だが、あまりに圧倒的な彼の“渇望”が、“執念”が、彼を無敗の男とした。時にありえないほどの強運を引き寄せ、彼に味方することさえあった。

 そして最近になって、ティモーは、M&Wがプロ化する計画を知った。プロデュエリストとなり、世界の頂点に君臨する――そうなれば、一体どれほどの人間に尊敬され、認めてもらうことができるだろう?
 考えただけで、全身の震えが収まらなかった。勝ち続ければ、相応の賞金も手に出来るはずだ。勉学の世界で脱落したティモーにとって、人生で逆転する唯一無二のチャンスとも言えた。

 そんな折、ティモーの元にKCから、“第三回バトル・シティ”への招待状が届いた。ティモーは迷わず、それに応じる。“認められるために”。
 大会に優勝し、多くの人間に敬われるために。周囲の人間全てを、見下すために……。




 ドイツを発つ十日ほど前、デニスがティモーの元を訪れ、激励にやって来た。会うのは実に、ティモーが初めてドイツチャンピオンシップに出場した日以来だった。
 ティモーはすでに、デニスの知る彼ではなくなっていた。勝利の快楽に憑り付かれたティモーの目には、貧弱なカード・惰弱な戦術しか持たないデニスは、侮蔑の対象にしかなり得ない。
 デニスは近々、結婚する予定があるらしい。予定が合えば、来て欲しい――そう言って、招待状も渡された。喜々とした様子で語っていたが、ティモーはまるで関心を持てなかった。だが、デニスはそれを、大会前でナーバスになっているのだと勝手に勘違いした。相変わらず頭の悪い男だと、心の中で馬鹿にした。
 そして彼は餞別(せんべつ)にと、自分の所有するカード全てをティモーに譲ってきた。どうやらデニスはM&Wをやめたらしい。だがティモーにはもはや、何の関心も沸かないことだった。

 デニスが去ってから、ティモーは一応、彼の置いていったカードに目を通した。ほぼ全てがクズカード。かなりの数があったが、王者になってからも努力を厭わない彼にしてみれば、全て確認するのもあまり苦ではなかった。懐かしいはずのカードの山を無機質に漁り、使えそうなカードがないか吟味する。
 辛うじて使えると思えたカードは、1枚だけしかなかった。それもデッキ投入はせず、カードプールに放り込むだけだ。私情でデッキ構成を崩すなど、馬鹿げている。確かに強力な能力はあるが、召喚条件が厳しく、安定性に欠けるカードだった。一応レアカードらしかったので、売れば高値がつくかも知れない――そういう考えもあり、キープした。
 残りのクズカードはその日のうちに、招待状と一緒に、まとめて焼却処分した。かつての友人のカードだろうが、使えないカードは使えないカードでしかない。余分なスペースをとる“紙クズ”でしかなかった。




 冷徹な心を持ち、そして誰より貪欲に勝利を掴まんとする決闘者。
 ドイツの決闘者たちは、彼を畏れ敬い、彼の使用するモンスターを踏まえ、こう呼んだ――『“皇帝”ティモー・ホーリー』と。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 老人――双六がデュエリストカードを提示してみせると、ティモーは眉をひそめ、考えた。
「……お前のようなオイボレが、大会参加者だと……!? そして“武藤”……まさかお前、初代デュエルキングの……」
 双六は、いかにも、と頷いてみせた。
「“武藤遊戯”はワシの孫じゃよ。ちなみに、遊戯にデュエルのいろはを仕込んだのはワシ。デュエルの師匠と言えるかのう?」
 ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてみせる。
 周囲が、おお〜、とどよめいた。
「……ちなみに、M&Wに年齢上限はないぞい? 何歳になっても楽しめる、素晴らしいゲームじゃ」
「……フン。なるほど面白い」
 不敵な笑みを浮かべると、ティモーも同様に、デュエリストカードを提示してみせた。
「俺はあと一勝で、予選突破が決まる……。本選には当然、“武藤遊戯”も上がってくるだろう。ジジイを倒し、その首を手土産にしてやるよ」
 そして決闘盤を構え、双六を挑発する。
「……。なるほど、ティモーくんか……いいじゃろう、デュエルに応じよう。じゃがその前に一つ、確認したい……」
 双六は真摯な瞳で、ティモーを見据えた。
「――君はちゃんと、デュエルを楽しんでおるかの?」
「……!?」
 ティモーは顔をしかめた。だがしかし、ほとんどの間を置かずに、鼻で笑ってみせる。
「ああ……楽しんでいるさ。俺は勝つことが楽しいんだ。過程などに興味はない。ただ、結果として勝てれば、存分に楽しめたことになる……」
 それを聞き、双六は何か、ことばを続けようとした。
 だが、それを予測したように、ティモーが更なることばで制する。
「……構わないだろう? アンタはさっきこう言った。“人間は多種多様、色んな趣向があって当然”だと……。ならば無論、俺の考え方も認めてくれるよなぁ?」
「……! なるほど、確かにそうじゃな」
 いいじゃろう、と呟くと、双六も決闘盤を構えてみせた。
「さて、ティモーくん……互いの主義・主張は合わんようじゃが……楽しいデュエルをしようぞい」
「ならアンタが負けな……俺は、勝たなきゃ面白くもなんとも無いんでね」
 そして二人は同時に叫ぶ。


「「――デュエル!!!」」



  双六のLP:4000
ティモーのLP:4000



「俺の先攻だ、ドロー! 俺はまず、魔法カード『天使の施し』を発動! カードを3枚引き、2枚を墓地に送る!」
 ティモーはほとんど迷わずに、2枚のカードを墓地へ置く。1枚は、墓地へ送ることで有用に働く効果モンスター。
「そして『マシュマロン』を守備表示で召喚し、ターンエンドだ!」


マシュマロン  /光
★★★
【天使族】
このカードは魔法・特殊能力以外の攻撃を受け付けない
攻 300  守 500


「ワシのターンじゃな、ドロー」
 双六は緩慢な動作で、デッキからカードを引く。

 ドローカード:執事長−ヒツジー

 ドローカードを確認すると、双六は迷わず、一枚のカードに指をかけた。それは双六のデッキの核を担う、最高のエースカード。
「フフ……見せてやろう、ティモーくん。マイ・フェイバリットカード、ワシのデッキで最高の強さを誇る最愛のパートナーを……」
「……!? 何っ……!」
 ティモーが表情を強張らせた。あの武藤遊戯にデュエルを教えたという張本人――その人物が、“最高のパートナー”と語っている。どれほど強力なモンスターを呼び出すのか――その正体に刮目する。
 そしてそれは、観戦しているデュエリスト全員が同じ思いだった。
「カモン! 『白魔導士ピケル』たん!」


白魔導士ピケル  /光
★★
【魔法使い族】
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。
攻1200  守 0


「…………」
「…………」
 沈黙があった。誰もがことばを発せない。まず何を言うべきか、ことばに窮する。
 双六の場では、とても強そうには見えない、白服の可愛らしい魔法少女が「わたし、がんばりますねっ」と言わんばかりに、いじらしく決めポーズをとっていた。

 ……カワイイ。とにかくカワイかった。

 いいじゃないかピケル。なるほど、最強のモンスターは他でもない、ピケルたんだったんだ。可愛いは正義、可愛いは最強。
 彼女を目の当たりにした何人かが、早くも洗脳され始める。

 だが、ティモーの反応だけは違った。
「ふざけやがって……! 何が出てくるかと思えば、ピケルだと!? ふざけるのは顔だけにしろ!!」
 その瞬間、ティモーの周囲を、未だかつてない殺気が覆った。


「――てめえ、よくも俺たちのアイドルを馬鹿にしやがったな!?」
「――コンクリで固めて、東京湾に沈めてほしいか!!」
「――謝れ! 俺たちのピケルたんに謝れ!!」


 激昂する彼らを、コレコレ、と双六がなだめる。

(日本人はロリコンが多いと聞いたが……噂通りだな!)
 不愉快げに顔を歪めるティモー。全くもって申し訳ないっす。

「フフ……余裕ぶっていられるのも今のうちだけじゃぞ? レッツゴー、ピケルたん! マシュマロンくんを攻撃じゃっ!」
 ピケルたんは頷くと、テケテケと歩き「ごめんね」と謝った後で、マシュマロンのモチハダを杖でぽかりと叩いた。とても痛そうには見えない一撃、しかしマシュマロンの立体映像は、穏やかに消滅してゆく。
(チッ……!! マシュマロンは通常攻撃に対し、無敵の守備を誇るが……いかんせん魔法攻撃には弱い)
 強力な壁モンスターを、予想外な貧弱モンスターに破壊され、苛立ちを露にするティモー。
「カードを2枚伏せて……ターン終了じゃ」
 か弱き少女を守護すべく、2枚のリバースカードが置かれる。
「武藤遊戯の祖父……どんなモンスターを使うかと思えば、こんな雑魚をエース扱いとはな! 時間の無駄だ、さっさと終わらせてやる!」
 ティモーはカードを抜き放つと、墓地から、一枚のカードを取り出してみせる。
「この瞬間、『黄泉ガエル』の効果発動! 黄泉ガエルは自分のスタンバイフェイズ時、自分フィールド上に魔法・罠が存在しなければ特殊召喚できる!」


黄泉ガエル  /水

【水族】
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が存在する場合は発動できない。
攻 100  守 100


「そして、『黄泉ガエル』を生け贄に捧げ……『地帝』を召喚する!」


地帝グランマーグ  /地
★★★★★★
【岩石族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上にセットされたカード1枚を破壊する。
攻2400  守1000


 現れたのは、全身が岩石でできた、無骨な形のモンスター。
「『地帝』の効果発動……お前のリバースカード1枚を破壊する! 地殻変動っ!!」

 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 地面が震動を始め、双六のフィールドに亀裂が生じる。亀裂は拡大し、双六のリバース1枚を呑み込まんとした。
「おっと……そうはいかんぞい。破壊される前に、効果を発動させる! リバースマジック『スケープ・ゴート』ッ!!」
 呑み込まれる寸前で、リバースカードが開かれる。ピケルの両隣に、2体ずつの「羊トークン」が並んだ。
「チッ……トラップは外したか。まあいい、地帝でピケルを攻撃!」
 グランマーグは宙を浮き、か弱き少女へ襲い掛かる。
(ジジイのリバースは十中八九、こちらのモンスターを破壊するトラップか、『グラヴィティ・バインド』のようなロック系トラップだろう……。だが、躊躇する必要などない。こちらから仕掛けてやるよ!)
 ティモーの思惑通り、双六は伏せカードに手を伸ばした。だがその正体は、ティモーの推測とは異なるものだった。
「永続トラップ発動じゃ! 『アストラルバリア』!」
「!? 何っ!?」


アストラルバリア
(永続罠カード)
相手モンスターが自分フィールド上モンスターを攻撃する場合、
その攻撃を自分ライフへの直接攻撃にする事ができる。


(馬鹿な……!! 身代わりに上級モンスターの直接攻撃を受けてまで、そんな貧弱モンスターを守ろうというのか!?)
 グランマーグはピケルをスルーし、双六の眼前まで迫ってくる。そして岩石の拳を、双六めがけて振り下ろす。

 ――ズドォォォォンッ!!!

「ぐはああああっ!!!」
 デュエル開始早々に、双六のライフが大幅に削られた。

 双六のLP:4000→1600


  双六のLP:1600
      場:白魔導士ピケル,羊トークン×4,アストラルバリア
     手札:3枚
ティモーのLP:4000
      場:地帝グランマーグ
     手札:5枚



決闘31 JOKERV〜鉄壁〜

「くぅっ……やってくれるわい。年寄りをもう少し労(いたわ)らんか」
 現実に物理ダメージはないものの、KC製の立体映像から繰り出されるそれの臨場感はかなりのものだ。しかし、「大丈夫?」と心配そうに振り返るピケルには、「全然平気じゃ」と双六は爽やかに答える。
「さて……ワシのターンじゃな、ドロー。この瞬間、ピケルたんの効果発動! 自分フィールドのモンスターの数×400ポイント、ワシのライフを回復してくれるぞい」

『――マジック・ヒールッ☆』

 ピケルは呪文を唱え、くるりと1回転した。
 すると、杖の先から放たれた白い光が、双六に降り注ぎ、その身体を癒していく。

 双六のLP:1600→3600

「……で、カードを2枚伏せて、ターン終了じゃ」
「……!」
 双六の様子を観察し、ティモーは冷静に分析する。なるほど、双六の戦術は、魔法・罠で徹底的にピケルを守り、ライフの大量回復を狙う戦術――しかしそうと分かれば、恐れる必要など全くない。
(……要は、ジジイのリバースを全てかい潜り、ピケルを破壊すれば瓦解するデッキだ。俺の“帝デッキ”の突破力なら、切り崩すのは造作も無い!)
「俺のターン! 『黄泉ガエル』はその効果により、再びフィールドに蘇る! さらに『強欲な壺』を発動し、カードを2枚ドロー! フン……どうやら余程、その雑魚魔導師にご執心らしいな。それなら――」
 『黄泉ガエル』が再び、生け贄の渦に呑まれていく。ティモーは容赦なく、手札から、第二の“帝”を抜き取る。
(このカードで一気に――焼き払ってやるよ!!)
「『黄泉ガエル』を生け贄に、『雷帝』を召喚!」


雷帝ザボルグ  /光
★★★★★
【雷族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻2400  守1000


「このカードの特殊能力で、アンタの場のピケルを破壊し――」
 だが、そこでティモーの口は止まった。ザボルグの立体映像が現れない。まさか決闘盤の故障か――そう疑い、顔を上げると、双六の場では、一枚のカウンター罠が表にされていた。

 双六LP:3600→1800


神の宣告
(カウンター罠カード)
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスター召喚・特殊召喚の
どれかを1つ無効にし、それを破壊する。


(このジジイ、またライフを犠牲にして……!!)
 ティモーの苛立ちが増す。だが、これで双六のライフは1800、グランマーグの攻撃力を下回った。
「この状況なら今度は、『アストラルバリア』に頼ることはできないぞ……! ゆけ、『地帝』よ!」
 だが双六は動じず、もう一枚のリバースを表にする。
「永続魔法発動……『レベル制限B地区』!」


レベル制限B地区
(永続魔法カード)
フィールド上に存在するレベル4以上の
モンスターは全て守備表示になる。


 突如として重力場が生じ、グランマーグは膝を付かされた。そこから身動きがとれず、攻撃に移ることができない。『レベル制限B地区』があるとき、レベル4以上のモンスターは守備を強いられてしまうのだ。
(チッ……マズイな。『地帝』の守備力は1000、あの雑魚魔術師の攻撃力を下回っている。それなら……)
 ティモーは手札から、一枚の罠カードを選び出す。
「リバースカードを1枚セットし、ターンエンドだ!」
 それはティモーが、このデュエルの中で初めて出したリバースカード。『黄泉ガエル』の効果を活かすためには、不用意に魔法・罠を伏せることができないためだろう。
 だがそれ故に、双六は警戒せざるを得ない――ピケルを後生大事に守り続ける、双六なら尚更のことだ。それこそがティモーの狙いだった。
「ワシのターン、ドロー。ピケルたんの特殊能力により、ワシのライフは回復するぞい」

『マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:1800→3800

 しかし、双六のプレイに躊躇するような素振りはない。すぐさま手札から、1枚の装備カードを盤にセットする。
「装備カード発動『王女の試練』じゃ!」


王女の試練
(装備カード)
「白魔導士ピケル」「黒魔導師クラン」にのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
装備モンスターがレベル5以上のモンスターを戦闘によって
破壊したターン、このカードを生け贄に捧げる事で、
装備モンスターは「魔法の国の王女(プリンセス)」になる。


 白魔導士ピケル:攻1200→攻2000

「ファイトじゃピケルたんっ! グランマーグを攻撃!」

 ――カァァァァッ……!!

 ピケルの持つ杖が、白い光を発し始める。
(!? このジジイ……俺のリバースを全く警戒しないだと!?)
 ピケルの魔力光を浴び、グランマーグは浄化され、その姿を消していった。
「ホホッ……ブラフなのが見え見えじゃったぞ? ティモーくんや」
「……! なるほど、無駄に歳を食ってもいないわけか」
 ティモーは舌打ちするとともに、認識を改めることにした。
(カードはクズだが、本人は予想外に出来る……! 油断するわけにはいかないな)
 一方で、双六はニヤリと笑みを零す。この戦闘を経て、ピケルは更なるパワーアップを遂げることができるからだ。
「『王女の試練』をクリアしたことで、ピケルたんは新たな力を得ることができる! “マジカル・プリンセス”にクラスチェンジするぞぃっ!!」

 ――カァァァァァッ……!!

 ピケルの全身が、白い光に包まれる。
 容姿や体型はそのままに、杖と魔法服が新たなものへと形を変えた。


魔法の国の王女(プリンセス)−ピケル  /光
★★★★
【魔法使い族】
「王女の試練」の効果でのみ、
「魔法の国の王女」にパワーアップすることができる。
自分のスタンバイフェイズ時、自分フィールド上に存在する
モンスターの数×800ライフポイント回復する。
攻2000  守 0


(攻撃力2000……一気に戦闘能力を増したか。だがどのみち、俺の『帝』を下回る数値……懸念すべきはむしろ、大量回復能力だな)
 このまま放置すれば、次のターンには、双六のライフは8000ポイントにもなる。ティモーにしてみれば、是が非でも阻止したい事態だった。
「ワシはこれで、ターン終了じゃ」
 『レベル制限B地区』があるから油断したのか、双六はリバースカードをセットしなかった。
 ピケルの方はというと、先ほどの戦闘で疲れたのか、地面に三角座りをして、呑気に休憩していた。……いやまあ、実際には『B地区』の効果で、守備表示になっているだけなんだけど。


  双六のLP:3800
      場:魔法の国の王女(プリンセス)−ピケル,羊トークン×4,
        レベル制限B地区,アストラルバリア
     手札:2枚
ティモーのLP:4000
      場:伏せカード1枚
     手札:5枚


(油断したな、ジジイ……!! その一瞬の隙が、俺の“帝デッキ”の前では命取りだ!)
 途端に、ティモーの眼光がぎらりと鋭く光る。
 勢いよくカードを引くと、リバースカードへ手を伸ばした。
「リバースカードオープン! トラップモンスター『アポピスの化身』!」
 ティモーが宣言すると同時に、フィールドに、剣と盾を持った爬虫類族モンスターが現れる。だが、現れるや否や、すぐさま生け贄の渦に巻き込まれていった。
「見せてやる……これが俺の第三の『帝』! 勝利を手にし続けるための、俺の優秀な“駒”の一つだ! いでよ、『氷帝』っ!!」


氷帝メビウス  /水
★★★★★★
【水族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。
攻2400  守1000


「その効果により、アンタの目障りな『B地区』と『アストラルバリア』を破壊する! フリーズ・バーストッ!!」
 メビウスの全身から強烈な吹雪が発せられ、それが双六の場の、2枚の永続系カードを凍りつかせ、打ち砕く。
「くぅっ……! じゃが、生け贄召喚時にメビウスは『B地区』の効果を受け、強制守備表示となった! このターン、ピケルたんに攻撃は――」
「――そいつはどうかなぁ?」
 ニタリと邪悪な笑みを浮かべると、ティモーは手札から、1枚の魔法カードを取り出した。
「ライフを800支払い……装備カード『早すぎた埋葬』を発動! 墓地から『雷帝』を復活させる! ……当然、攻撃表示でな」

 ティモーのLP:4000→3200


早すぎた埋葬
(装備カード)
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して
攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


「……確かに『氷帝』は守備表示のままだが……新たに蘇生された『雷帝』は攻撃表示。そしてアンタの場にはもう、魔法・罠はない……この意味、分かるよなぁ?」
 ティモーの満足げな問いに、双六は顔をしかめ、怯む。


  双六のLP:3800
      場:魔法の国の王女(プリンセス)−ピケル,羊トークン×4,
     手札:2枚
ティモーのLP:3200
      場:雷帝ザボルグ,早すぎた埋葬,氷帝メビウス(守備)
     手札:4枚


 周囲の決闘者たちがざわめき出す。
 ここまで双六は、鉄壁とも言える防御で、ピケルを完璧に守ってきた。だが今、双六の場にリバースカードはない。つまり――双六にとれる対抗策は、ない。
「終わりだ……『雷帝』の攻撃! 対象は当然、そのフザケタ魔術師だ――ローリング・サンダー!!」

 ――バジジジジッ!!!

 ザボルグの掌から放たれた電撃が、パワーアップしたピケルに迫る。強化されたとはいえ、攻撃力は400ポイント足りない。このままやられるしかないのか――観戦者の誰もがそう思った、そのときだった。


『――ピケル様はやらせまセン!!』


 その瞬間、何が起こったのか、ティモーはすぐには理解できなかった。

 ――バチィィィッ!!!

 電撃は命中し、モンスターが破壊される――ただしそれは、ピケルではなかった。唐突に飛び出してきた何者かが、避雷針となり、代わりに、ザボルグの攻撃を受けて破壊されたのだ。あまりに一瞬の出来事だったので、頭の理解が追いつかない。

 双六のLP:3800→2000

「なっ……」
 ティモーは絶句していた。なぜピケルが守られたのか、分からない。

 いやそもそも、いま飛び出してきたモノは何だ? 羊? 黒いスーツを着込んだ……二足歩行の、羊……?

「……彼の名はヒツジー。ピケルたんのお世話を任された羊の使い魔で、「ヒツジ執事団」で一番偉い羊じゃ。ピケルたんのためならば、命も惜しくない……まさにシツジの鏡たるヒツジじゃわい」
 ……何だか噛みそうな説明をしながら、双六はそのカードを、誇らしげにかざしてみせた。


執事長−ヒツジー  /光
★★★
【獣族】
このカードは通常召喚できない。
フィールド上の「ピケル」と名のつくモンスターが攻撃・
相手のカードの効果を受けるときのみ、手札から攻撃表示で
特殊召喚され、身代わりとなる。
このカードが破壊され、墓地へ送られたとき、「ヒツジ執事団」と
名の付くカードをデッキから手札に加えることができる。
攻600  守備600


「さらにワシはその効果により、『ヒツジ執事団集結!』を手札に加えるぞい」
 双六は悠々と、魔法カード1枚を手札に加えた。ティモーは動揺を隠せない。見たことも聞いたこともないカードの登場に――そう、一般的に使われないマイナーカードには、こういった利点もあるのだ。
 相手の虚をつき、精神を揺さぶる――ティモーは徐々に、双六の術中にはまりつつある。
「くそっ……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」


  双六のLP:2000
      場:魔法の国の王女(プリンセス)−ピケル,羊トークン×4,
     手札:2枚
ティモーのLP:3200
      場:雷帝ザボルグ,早すぎた埋葬,氷帝メビウス(守備),伏せカード1枚
     手札:3枚


「ワシのターンじゃな、ドロー。この瞬間、“マジカル・プリンセス”となり、パワーアップしたピケルたんの白魔法が発動するぞい」

『――マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:2000→6000

「さらに手札から……このカードを発動させる! 魔法カード『ヒツジ執事団集結!』!」
 ティモーはたまらず身構えた。今度は何が来るのか――予想できない展開に、身体がこわばり、緊張する。
 ……だが、新たに現れるモノは何もない。
「……? 何も起こらない……?」
 まさか不発か――そう考えたとき、ティモーの耳に、奇妙な囁き声が届く。


『――執事長につづけェ〜』

『――ピケル様をお守りしロ〜』

『――我ら無敵の……“ヒツジ執事団”だァ〜!!』


「なっ――にぃぃぃぃっ!!?」
 ティモーは、悲鳴にも近い声を上げた。
 変化が起きたのは、双六の場にいた、4体の「羊トークン」。
 基本的な見た目はそのままに――しかし彼らはいずれも、先ほどの『ヒツジー』と同じ、黒い執事服を身にまとっていたのだ。『ヒツジー』との決定的な違いは、彼らが4足歩行のままである点だろう。言うなれば最近の、愛玩動物に無理やり洋服を着せているような状態だ。


ヒツジ執事団集結!
(魔法カード)
「執事長−ヒツジー」がフィールドから墓地へ送られており、
場に「ピケル」と「羊」がそれぞれ1体以上存在するとき発動可能。
場の「羊」を全て「ヒツジ執事トークン(獣族・光・星2・攻/守0)」
に変化させる(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。
「ヒツジ執事トークン」は、場の「ピケル」を何が何でも護り抜く。


「…………」
 ティモーはもう、何が何だか分からなくなってきていた。「ヒツジ執事トークン」? 何だそのフザケタ名前は??
「そしてバトルフェイズ! ピケルたん、守備表示の『メビウス』を攻撃じゃっ!」
 ピケルは頷くと、パワーアップした杖の先に、魔力を集中させ始める。
「……っ! ええいっ、トラップ発動『炸裂装甲(リアクティブアーマー)』!」
 ティモーは半ばヤケクソになりながら、場の伏せカードを開いた。


炸裂装甲
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体を破壊する。


「このトラップの効果で、ピケルを今度こそ破か――」


『――ピケル様はやらせませン!!』


 しかしその瞬間、双六の「ヒツジ執事」1体が、効果発動寸前のトラップに体当たりをかました。

 ――ズドォォンッ!

 身代わりにトラップの効果を受け、爆破されるヒツジ執事。
「ヒツジーの遺志を継いだヒツジシツジたちは、命を賭してピケルたんを護り抜く……。まさにヒツジの鏡たるシツ……んっ?」
 言ってる双六本人も、何だかよく分からなくなってきていた。
 とにかくそんなことを言っている間に、メビウスはピケルの攻撃を受け、破壊されていた。
「まっ……どっちでもえーか。ワシはカードを1枚伏せて、ターン終了じゃよ」
 ヒョッヒョッと笑いながら、双六はターン終了を宣言した。
「クソッ……さっきから、守備ばかり固めやがって! だが、それだけで勝てると思うなよ! 俺のターン! ド――」
「――あ、ちょい待ち」
 ティモーがカードを引き抜こうとした瞬間、双六がストップをかけた。
「確かに君の言う通り……守備を固めるばかりではラチがあかん。いずれは突破されてしまうじゃろうからのう。よって――」
 双六は、場の伏せカードに手を伸ばした。
「ワシはこのタイミングで、このトラップを発動させる! リバースオープン! 『白魔術の修練』!」


白魔術の修練
(罠カード)
フィールド上の白魔法使い一体の魔力レベルを上げる。


「この効果により、ピケルたんはレベルアップを遂げ、姿を変える……! その名も――」

 ――カァァァァッ……!!

 ピケルの全身が、白く、神秘的な光に覆われる。
 一体、何がどうなるのか――ティモーは目を側め、刮目する。

「その名も――『魔法少女ピケルたんMP(マジカル・プリンセス)』じゃっ!!」


魔法少女ピケルたんMP  /光
★★★★★
【魔法使い族】
この魔法少女は、以下の魔法を使いこなす。
●「マジック・ヒール+(プラス)」
自分のターンのメインフェイズに1度、自分フィールド上に存在する
モンスターの数×800ライフポイント回復する。
●「リーディング・ハート」
相手はドローしたカードを公開してから手札に加える。
攻2000  守 0


 ……ティモーは何だかもう、色んな意味で泣きたくなってきていた。



  双六のLP:6000
      場:魔法少女ピケルたんMP,ヒツジ執事トークン×3,
     手札:1枚
ティモーのLP:3200
      場:雷帝ザボルグ,早すぎた埋葬
     手札:3枚



決闘32 JOKERW〜アニメ〜

「まっ……魔法少女ピケル“たん”……だとぉ!??」
 混乱の坩堝に突き落とされるティモー。何故こんなふざけたネーミングのモンスターが存在しているのだ、I2社はどうかしてしまったのではないか――と。
「……。時にティモーくんや、君はアニメを見る方かのう?」
「アッ……アニメだと?」
 ティモーには、双六の質問の意図が全く見えない。そもそもティモーはこれまで、アニメは愚か、バラエティー番組の一つもマトモに見たことがなかった。
「日本のアニメーション制作プロダクション“ぎゃろっぶ”が、M&Wカードを原作として生み出した、世界に誇れる魔法少女アニメ……。『魔法少女ピケルたん』、『魔法少女ピケルたんACE(エース)』、そして現在放送中の『魔法少女ピケルたんMP(マジカル・プリンセス)』……。その大人気に伴い、I2社はピケルたんのパワーアップバージョンとして、この『魔法少女ピケルたん』を誕生させてくれたのじゃ!」

 おおー、と周囲の決闘者たちの間で歓声が上がった。ちなみに彼らのうち9割は、『魔法少女ピケルたん』を毎週欠かさず見ています。

(日本はアニメ大国だと聞いた覚えがあるが……噂通りだな!)
 まったくもってその通りですね。

 ティモーは舌打ちを一つしながら、改めてデッキからカードを引き抜く。
「おっと……この瞬間、『魔法少女ピケルたん』の魔法が発動するぞい!」

『――リーディング・ハートッ☆』

 ピケルたんが杖に祈りを捧げると、その先に、白い光の塊が生み出される。その中に映し出されたのは、ティモーが丁度いま引き当てたカード――『デビルズ・サンクチュアリ』。
「思い出すのぉ……『魔法少女ピケルたん』の魔法11「真っ白の心」を。あのお話の中でピケルたんは、ことばを話せない少女の心を開くべく、この魔法を習得したんじゃ。しかし一番の見せ場は、魔法20「こころをみせて」じゃろうな。クランちゃんの心を救うべく、懸命に闘いながら“リーディング・ハート”を発動するピケルたん……実にけな気じゃった。歴史に残る名エピソードじゃったわい」
 観戦者のほぼ全員がウンウンと頷く。
 ……興味のある方は、おもて先生の『魔法少女ピケルたん』(ダイジェスト版)を読みましょう。

「クソッ……俺は魔法カード『デビルズ・サンクチュアリ』を発動!」

 ――ゴゴゴゴゴ……

 ティモーの場に“悪魔の聖域”が現れ、その中に『メタルデビル・トークン』が生まれる。
「さらに、メタルデビル・トークンを生け贄に捧げ……第4の“帝”を召喚する! 『風帝』召喚!」
 ティモーのフィールドに、風を操る、新たな“帝”が姿を現した。


風帝ライザー  /風
★★★★★★
【鳥獣族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のカード1枚を持ち主のデッキの一番上に戻す。
攻2400  守1000


「『風帝』の特殊能力により、ピケルをデッキの一番上に戻す! ストーム・ブロー!!」

 ――ビュォォォォォッ!!!

 ライザーは暴風を操り、ピケル目掛けて打ち放つ。
 その風の力により、ピケルたんのスカートの裾が持ち上がり――


『――ピケル様はやらせませン!!』


 しかしそこに割って入る、執事服のヒツジ野郎。
 ピケルの前に飛び込むと、代わりに空高く吹き飛ばされ、姿を消した。

(チッ……羊風情が余計な真似を!!)
 双六を含め、ティモー以外の決闘者全員が、揃って舌打ちをした。

「チィッ、破壊効果以外にも反応するのか……! だが! 『雷帝』と『風帝』で攻撃だっ!!」
 ザボルグとライザーは力を合わせ、雷撃と突風を放出する。しかしそこに、残り2体のヒツジたちが割って入る。

 ――ズガガァァッ!!!

「どうだ……! これで、その目障りな畜生も早々に全滅! この状況では、ピケルの回復効果も有効には働くまい! ターンエンドだ!!」


  双六のLP:6000
      場:魔法少女ピケルたんMP
     手札:1枚
ティモーのLP:3200
      場:雷帝ザボルグ,早すぎた埋葬,風帝ライザー
     手札:2枚


「ワシのターン、ドロー。ピケルたんの“マジック・ヒール”を発動する前に……ワシはこのカードを発動するぞい。『ヒツジ執事団再集結!!』!!」
 どこからともなく、奇妙な囁きが聞こえてくる。


『――執事長につづけェ〜』

『――ピケル様をお守りしロ〜』

『――我ら無敵の……“ヒツジ執事団”だァ〜!!』



ヒツジ執事団再集結!!
(魔法カード)
すでに『ヒツジ執事団集結!』が発動されており、
場に「ピケル」が存在するとき発動可能。
場に4体まで「ヒツジ執事トークン(獣族・光・星2・攻/守0)」
を特殊召喚できる(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。
「ヒツジ執事トークン」は、場の「ピケル」を何が何でも護り抜く。


  双六のLP:6000
      場:魔法少女ピケルたんMP,ヒツジ執事トークン×4
     手札:1枚
ティモーのLP:3200
      場:雷帝ザボルグ,早すぎた埋葬,風帝ライザー
     手札:2枚


「…………」
 ティモーはもう、空いた口が塞がらなかった。
「君はアニメを見ていないらしいから、知らんかも知れんがのう……彼らは特殊な“魔法生物”でな。魔力供給を受けることで無限に復活が可能なんじゃ」
 実にどうでもいい裏設定だった。
 これで双六の場に、モンスターは再び5体。そしてピケルたんの特殊能力が発動する。

『――マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:6000→10000

「で、カードを1枚伏せて、ターン終了じゃ」
 双六は何でもない様子で、さっさと自分のターンを終了した。
「…………」
 ティモーはもう、悪い夢でも見ているようだった。いくら攻めても、手ごたえが全く感じられない――こんなデュエルは、生まれて初めてだった。
「おっ……俺のターン、ドロー!」

『――リーディング・ハートッ☆』

 新しく引いたカードも、ピケルたんの特殊能力により把握されてしまう。
「クソッ……ゾンビかよ、コイツラは! なら何度でも破壊してやる! 『ドル・ドラ』を攻撃表示で召喚!」


ドル・ドラ  /風
★★★
【ドラゴン族】
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、
エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ
1000ポイントになって特殊召喚される。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。
攻1500  守1200


「『風帝』、『雷帝』、『ドル・ドラ』――まとめて総攻撃だっ!!」
 ピケルを守護するヒツジを狩るべく、ティモーのモンスターが総攻撃を仕掛ける。だが――
「……今たしか『攻撃』と言ったかのぉ……?」
 双六がそう言った瞬間、ハッとした。双六のフィールドで、一枚のトラップカードが開かれる。その正体は――数あるトラップの中でも最強の威力を誇るカード『聖なるバリア−ミラーフォース−』。

 ――ズガガガガガガガァァンッ!!!!!

「…………!!」
 ティモーはもはや、目の前の光景が信じられなかった。
 バリアにより反射された攻撃は、ティモーのフィールド全体に拡散され――結果、全滅。ティモーの場に揃っていた屈強なモンスターは揃って罠にかかり、まんまと全滅させられてしまった。


  双六のLP:10000
      場:魔法少女ピケルたんMP,ヒツジ執事トークン×4
     手札:0枚
ティモーのLP:3200
      場:
     手札:2枚


(……この俺が、3体ものモンスターをミラーフォースで破壊された……?)
 ティモーは我を失っていた。ミラーフォースで3体ものモンスターをまとめて失う――普段冷静な彼にしてみれば、ありえないプレイングミスだった。
 そしてその瞬間、ある二文字が頭をちらついた。「敗北」――それはティモーにとって、決してありえてはいけないこと。最も恐れるべきこと。
(とっ……とにかく、直接攻撃だけは防がなければ!)
 狼狽し、混乱しながら、たった2枚の手札を見つめる。
「カッ……カードを1枚セットして、ターン終了だ!」
 と、その瞬間、ティモーの場にモンスターが1体出現した。
 それは『ドル・ドラ』。一度きりだが再生能力を持つ、特殊なドラゴンである。
「……!! ド、ドル・ドラは守備表示にして、ターンエンドだ!」
 ティモーは慌てて言い直す。そしてそれは奇しくも、ティモーの心に新たな動揺を生んだ。動揺しすぎて、『ドル・ドラ』の再生能力を忘れていた――その事実は、ティモーの精神をさらに追い詰める。

 ドル・ドラ:守1200→守1000
       攻1500→攻1000

「ワシのターンじゃな、ドロー。ピケルたんの回復魔法を発動」

『――マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:10000→14000

「……君のリバースは恐らく、さっき引き当てた『万能地雷グレイモヤ』じゃろうのぉ……。ま、ヒツジ執事たちが護ってくれるから問題ないわい。レッツゴー、ピケルたん!」
 ピケルたんの杖が輝き出す。案の定、ティモーはトラップを発動させるが――無意味。ヒツジ執事の特攻により、あえなく無効化されてしまう。


万能地雷グレイモヤ
(罠カード)
相手が攻撃を宣言した時に発動する事ができる。
相手の攻撃表示モンスターの中から
一番攻撃力が高いモンスター1体を破壊する。


 ドル・ドラが浄化され、消滅する。
 デュエルの優劣は、誰の目から見ても分かるほど、明確化してきていた。
「カードを1枚セットして、ターン終了じゃよ」


  双六のLP:14000
      場:魔法少女ピケルたんMP,ヒツジ執事トークン×3,伏せカード1枚
     手札:0枚
ティモーのLP:3200
      場:
     手札:1枚


 ――ドクンッ……!!!

 ティモーの鼓動が、次第に高まり始める。圧倒的劣勢に立たされたことで、ティモーの中の“何か”が目覚める。
「イヤだ……俺は……!!」
 ゆっくりと、デッキに手を伸ばす。
(俺は絶対に――負けられないんだッッ!!!)
「俺のターン!!! ドロォーッ!!!!」
 鬼気迫る形相で、ティモーはカードを引き抜く。

『リーディング・ハートッ☆』

 ドローカード:命削りの宝札

(そうダ……俺は勝つンだ……!!!!)
 ギリギリと、奥歯を噛み締める。
 負けられない――負けられるハズがない。
 負けたら戻ってしまう、“あの頃”に。

 ――疲れ果て、絶望し、自ら死を選んだあの時に
 ――死に損ね、病院で廃人のように過ごした日々に

「魔法カード発動ォォ!! 『命削りの宝札』ゥゥゥッッッ!!!!」
 ティモーが執念で引き当てたのは、手札が5枚になるまでドローできる、強力な手札増強カード。
 力強く、4枚のカードを引き抜く。それらも当然、ピケルたんの“リーディング・ハート”により読み取られる。

 ドローカード:炎帝テスタロス,マジック・ストライカー,聖なるバリア−ミラーフォース−,光の護封剣

 ティモーは目が血走り、鼻息が荒くなる。
 彼の意識から徐々に、正気が失われ始める。

 ――そうだ……負けない、絶対に負けられない!
 ――負ければ居場所を失ってしまう、また居場所がなくなってしまう!!
 ――誰にも認められなくなる、誰もに侮蔑されてしまう……!!!

「墓地の『命削りの宝札』を除外してェ……『マジック・ストライカー』を特殊召喚ゥゥッッ!!!!」


マジック・ストライカー  /地
★★★
【戦士族】
このカードは自分の墓地の魔法カード1枚をゲームから
除外する事で特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
このカードが戦闘を行うことによって受ける
コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
攻 600  守 200


「さらニィ!! この雑魚を生け贄にシテ――『炎帝』を召喚だァァァッッ!!!」
 ティモーの場に、炎を操る第5の『帝』が現れる。
 ふと、双六は小首を傾げた。ティモーがいま見せたプレイングについてだ。
(……はて? 『黄泉ガエル』を復活させれば、生け贄には困らなかったはずじゃが……?)
 そう――ティモーはすでに、冷静なプレイを完全に欠いてしまっていた。

 「負けたくない」という異常に強い想いが、ありえないほどの強運を彼にもたらす――だがその反面、その想いは彼から、本来の精密なプレイングを奪う。ひどく矛盾した諸刃の剣。

 ティモーの操る“帝”はいずれも、生け贄召喚時に特殊能力を発揮する、強力なモンスターだ。『炎帝テスタロス』の能力は手札破壊――だが肝心の、双六の手札は0枚。不発に終わる。
 だがそれを気にする様子が、今のティモーには微塵もない。
「いくぞォォォォ!!! 『炎帝』ィ!! その小娘を焼き殺セェェェッ!!!!」
 テスタロスが、手の平から炎を放射する。そんなことをしても、ヒツジ執事が身代わりとなるだけなのだが――今のティモーの頭には、そんな考えは微塵も浮かばない。
 ただ目の前の魔法少女を、両親の敵でもあるかのように、激しく睨め付ける。
「物騒なこと言うのぉ……リバーストラップ発動『白魔術の修練』! この効果により、ピケルたんはさらにレベルを上げ――新たな白魔法を習得するぞい!」


魔法少女ピケルたんMP+  /光
★★★★★★
【魔法使い族】
この魔法少女は、以下の魔法を使いこなす。
●「マジック・ヒール+」
自分のターンのメインフェイズに1度、自分フィールド上に存在する
モンスターの数×800ライフポイント回復する。
●「リーディング・ハート」
相手はドローしたカードを公開してから手札に加える。
●「マジック・シールド+」
1ターンにつき2度まで、相手の攻撃・カード効果から味方を護ることができる。
攻2000  守 0


『――マジック・シールドッ☆』

 ――バシィィィィッ!!!

 ピケルたんが作り出したバリアにより、テスタロスの攻撃は難なく受け止められる。
「チィィッ!! リバースを1枚セットし、ターンエンドォォッ!!!」
 叩きつけるように、ティモーはミラーフォースを裏側表示でセットした。

(……!? 一体どうしたと言うんじゃ、この青年? さっきとはまるで雰囲気が違うが……)
 眉をひそめながら、双六はカードをドローする。
「……ワシは『強欲な壺』を発動。カードを2枚ドローするぞい」

 ドローカード:お注射天使リリー,魔力解放

「よし……、いいところで来てくれるわい。ワシは『お注射天使リリー』たんを攻撃表示で召喚じゃ!」


お注射天使リリー  /地
★★★
【魔法使い族】
このカードが自分・相手のターンに戦闘を行う場合、
そのダメージステップ時に発動する事ができる。
2000ライフポイントを払う事で、このカードの
攻撃力はダメージ計算時のみ3000ポイントアップする。
攻 400  守1500


 ピケルの隣に、巨大な注射器を抱えた、ナース服の天使が召喚される。
 二人はよほど仲が良いらしい。アイコンタクトを交わし、微笑み合う。
「ティモーくんや……君はアニメを見ていないらしいから、知らんじゃろうがな……」
 双六は唐突に、静かに語り出す。
 重要なことを語りだすのだろう――そう思った観戦者たちは、その先を聞くために心を落ち着かせた。
「このお注射天使リリーたんは、リリーたんは……、ピケルたんの……『母親』なのじゃ!」
 「そら知ってるよ」と、ティモー以外の全員が思った。最早、M&W界の常識の一つである。ちなみに他の常識としては、ブルーアイズとレッドアイズは♂ではなく♀です。

「いくぞい……まずはピケルたんの特殊能力を発動じゃ」

『――マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:14000→18000

「そしてバトルフェイズ開始! リリーたん、テスタロスを攻撃じゃ!」
 思考を一切介さずに、ティモーの右手がリバースカードに伸びる。
「トラップ発動ォォォ!!! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』ッッッッ!!!!!」
 発動したのは、最大の威力を誇る罠カード。だが――

「オイオイ……ピケルたんの特殊能力、もう忘れたかの?」

『――マジック・シールドッ☆』

 ピケルの作り出したバリアが、ミラーフォースと相殺し、共に砕け散る。これで――リリーの攻撃を阻害するものは、何も無い。
「そして、リリーたんの特殊能力! ライフ2000を支払い、攻撃力が3000ポイントアップ!」

 双六のLP:18000→16000

 お注射天使リリー:攻400→攻3400

「――……ア……?」
 ティモーは間抜けな声を漏らした。
 何が起こったのか理解できない。正気を半ば失った頭では、状況の変化についていけなかった。
 巨大化した注射器が、テスタロスへと突き刺さる。

『――お注射よ♪』

 ――ズドォォォンッ!!!!

 注射針を打ち込まれたテスタロスは、それに込められた魔力によりダメージを受け、爆散する。
 ダメージを受けたことにより、ティモーに衝撃が伝わった。そのショックにより、ティモーは正気を取り戻してしまう。

 ティモーのLP:3200→2200

「…………え?」
 ティモーは唖然とした。
 自慢の『炎帝』までもが退けられ、ティモーの場にカードは0。対する双六の場には、まだ攻撃可能なモンスターが1体。
「レッツゴー、ピケルたん! ティモーくんにダイレクトアタックじゃ!!」
 ピケルたんは頷くと、杖の先に、光の魔力を集中させる。
「ヒッ……ヒィィィィィィィッ!!!」

 ――カァァァァァッ……!!

 白い光は、ティモーの全身を満遍なく照らした。
 敗北への恐怖から、ティモーはたまらず尻餅をつく。

 ティモーのLP:2200→200

 恐る恐る、決闘盤のライフ表示を見た。あと200しかない。たった200ポイントのダメージで、負けてしまう。“あの頃”に戻ってしまう。
(イヤだ……)
 全身が、ブルブルと震えた。敗北の恐怖に、四肢の全てが支配されてしまう。

「……? お、おい、ティモーくん。大丈夫かの?」
 双六の問いかけに、ティモーは応えない。激しく震える足で何とか立ち上がり、カードを引く。
(とっ……とにかく、守備を固めるんだ……)
 先ほどまでとは一転し、思考が完全に弱気になる。
 あまりに不安定な精神で、しかし敗北だけは出来ないと、必死に食い下がろうとする。
「たっ、『魂を削る死霊』を守備表示……。さらに『光の護封剣』を出して、ターン終了だ……」
 守備一辺倒で、ティモーはターンを終えた。


  双六のLP:16000
      場:魔法少女ピケルたんMP,お注射天使リリー,ヒツジ執事トークン×3
     手札:1枚
ティモーのLP:200
      場:魂を削る死霊,光の護封剣
     手札:1枚


「ワシのターンじゃ、ドロー。ピケルたんの特殊能力を発動するぞい」

『――マジック・ヒールッ☆』

 双六のLP:16000→20000

(はて……。ティモーくんの様子が大分おかしいが……?)
 相手の身を案じながらも、とりあえずはデュエルを続けるべく、手札の魔法カードに指を伸ばした。
「魔法カード『魔力解放』発動! ピケルたんをさらにレベルアップさせるぞい!」


魔力解放
(魔法カード)
フィールド上の魔術師一体の魔力レベルを上げる。


「この結果ピケルたんは、最強の白魔法――『ディバイン・マジック』を習得することができたぞい! 早速、その魔法を発動させる!!」

 ――カァァァァァァッ……!!!!!

 杖の先から放出される、柔らかくも強い光が、フィールド全体をくまなく照らし始める。


魔法少女ピケルたんMP++  /光
★★★★★★★
【魔法使い族】
この魔法少女は、以下の魔法を使いこなす。
●「マジック・ヒール+」
自分のターンのメインフェイズに1度、自分フィールド上に存在する
モンスターの数×800ライフポイント回復する。
●「リーディング・ハート」
相手はドローしたカードを公開してから手札に加える。
●「マジック・シールド+」
1ターンにつき2度まで、相手の攻撃・カード効果から味方を護ることができる。
●「ディバイン・マジック+」
この魔法はデュエル中、1度しか使用できない。また、この魔法を発動したターン、
バトルフェイズを行えない。相手の場・手札のカードを全て、デッキの一番下に戻す。
以降、相手モンスターの攻守は全て半分になる。
攻2000  守 0


『――ディバイン・マジックッ☆』

 ――カァァァァァッ!!!!

 闇を打ち消す、聖なる白光。それがフィールド全土を覆い、全ての“邪念”を浄化する。
 ティモーの場・手札に存在するカードは能力を失い、全てデッキへと還ってゆく。

 終わった――白い光に包まれながら、がっくりと膝を折り、ティモーは敗北を確信する。

 これで終わってしまった――全てが。逆転できるカードなど、デッキには一枚もありはしない。

 勝ち続けなければならなかったのに。
 この先にあるのは、あの頃と同じ……孤独と絶望の日々だけだ。

 また失ってしまった。また負けてしまった。

 何もかももう……失ってしまった……――




『――どうして?』




 耳元で、少女が囁き、問いかける。
 幻聴かと思った。
 だがもう一度、少女の声が問い直す。

『――どうして……お兄さんは、そう思っちゃうの……?』

 ティモーは顔を上げた。すると目の前には――白い光の中、この光を放った張本人である、魔法少女が立っていた。


  双六のLP:20000
      場:魔法少女ピケルたんMP,お注射天使リリー,ヒツジ執事トークン×3
     手札:1枚
ティモーのLP:200
      場:
     手札:0枚



決闘33 JOKERX〜大切なこと〜

 どうやら自分は、夢を見ているらしい――ティモーはそう考えた。
 あまりのショックに、気を失ってしまったのか。情けない――そう毒づいて、自身を罵倒した。

 夢ならば、どうしたって構わないだろう――そう思い、目の前の少女に、全てをぶち撒(ま)けることにする。質問に答えるべく、口を開く。

「――俺は小さい頃……学者になりたかったんだ」
 少女は真剣な表情で、首を縦に振った。
「……でも、本当はそうじゃない……何だって良かったんだ。俺はただ、認めてほしかったんだ……みんなに」

 ――認めてほしくて
 ――ただ、認めてほしい……それだけの理由で

「馬鹿みたいな理由だろう……? でも、俺にとっては、そうじゃなかったんだ。俺はネクラな性格で……みんなとロクに、コミュニケーション一つ取れなくて。……友達なんて、一人もできなくて……」

 ――だから……勉強するしかなかった
 ――勉強して……一番になって
 ――そうすることで……認めてもらうしかなかった、居場所を作るしかなかった
 ――そうすることでしか……“ティモー・ホーリー”という人間を、“価値ある人間”として認めてもらえないと思ったから

「……だから俺は、がむしゃらに勉強したんだ。勉強して……“頭の良いヤツだ”って認められて……。そうすることでしか俺は、自分の場所を確保できなかったんだよ」

 馬鹿みたいだろう?
 最低のクズ野郎だろう?

 自虐的に、そう問いかける。
 けれど少女は応えずに、黙って続きを聞いてくれる。

「……でも俺は、天才でもなんでもなくて……。人の何十倍もがんばらないと、どうにもならないクズで……。それなのに、途中で立ち止まってしまった。がんばらなくちゃいけないのに……がんばれなくなってしまった……」

 結果がコレさ――そう言って、左手の袖をまくった。そこには痛々しい傷跡が、何本も何本も刻み込まれている。

「ためらい傷だらけさ……。ちゃんと血管を切れたのは一本も無い。俺は死ぬ勇気すら無い、最低のクズ人間なんだよ……!!」

 少女はふるふると、首を横に振ってくれた。
 傷跡を、やさしく撫でてくれる。ひどく心地よかった。こんなふうに接してくれる人なんて、一人もいやしなかったから。

「……そんなとき、俺はM&Wに出会ったんだ……。そして俺は、認められて……トップに上がることができた。失ったものを、取り戻せたんだ!」

 ――そうだ……取り戻せたんだ
 ――やっと手にできたんだ……“認めてもらえるもの”を
 ――自分が、“価値ある人間”だと思ってもらえるものを
 ――輝ける場所を

「だから俺は……勝たなくちゃいけなかったんだ! 自分を認めてもらうために……価値を証明するために! 勝ち続けなくちゃいけない!! あの頃に戻らないために……!!!」

 ――全てを失ったあの時
 ――価値を失った自分
 ――居場所の無い世界

「勝ち続けていれば……俺は、認められていられる! ヒーローでいられる!! 誰にも馬鹿にされない……誰にも、無価値な人間だなんて思われない!!!」

 突如、少女の手を払いのけ、ティモーは叫んだ。

 そうだ――勝てばいい、簡単なことなんだ。
 それなのに……そんな簡単なことが、自分にはできない。
 勝たなければ、ゴミ以下なのに。自分なんて、何の魅力も無いのに。

「勝てない自分なんて――誰も認めてくれやしないのにッッ!!!!」

 悲痛な叫びが、光の中で木霊した。
 少女はもう一度首を横に振り、『違うよ』と応える。
 それに対し、ティモーは――これまでにない、憎しみの目を少女に向けた。

「お前みたいなガキに……何が分かるんだよ……!!!!」

 呪いのことばを吐きかける。
 それだけで殺せそうな殺気を、少女に向かって浴びせかける。

 ――同情なんて欲しくない
 ――哀れみなんて、惨めなだけだ

 しかし少女は、視線を逸らさなかった。
 真っ直ぐにティモーを見据えて――ことばを紡ぐ。

『お兄さん……おんなじこと言ってる』

 ことばの意味が分からない。
 誰と?と問うと、少女は即答する。『わたしの一番のお友達』と。

『初めて会った頃……言われたの。「あなたに私の何が分かるの?」って。最初は分かり合えなくて……でも少しずつ、分かり合えて……。今では一番の、親友だよ』

 “親友”――その響きを、ティモーは羨ましく感じた。
 自分の人生には、そんな人間などいなかった。
 本当の気持ちを分かり合える存在など……一人もいやしなかった

 少女はもう一度、首を静かに横に振る。

『いるはずだよ……お兄さんにも。あなたの“ありのまま”を受け入れてくれる人が』

 ただ……あなたが気付いていないだけ。今はちょっと、すれ違っているだけ。

『いるはずだよ……“ありのまま”を受け入れてくれる人。過去に……現在(いま)に……そして、未来に……』

 少女が杖を振るった。すると――左腕につけたデュエルディスクの、一番上のカードが輝き出す。

『……手を伸ばせばいいんだよ、すごく簡単なことなの。そして手を繋ぐの……それだけで、きっと分かり合えるから』

 ティモーは視線を落とした。何が光っているというのか――恐る恐る、それに手を伸ばす。

『忘れないで……いるんだよ、あなたにも。誰にでも。気付いてあげて、大切な人の存在に……』

 そしてそのカードを、ゆっくりと引き抜く――



●     ●     ●     ●     ●     ●



 気が付くと、白い光は止んでいた。
 双六のターンは終わっている。無意識に、いつの間にか、ティモーはカードを引き抜いていた。

 ――勝てるハズなど無い
 ――自分のデッキのことは、自分が一番良く知っている

(この状況を覆せるカードなんて、俺のデッキには……)
 そう諦めながらも、それを視界に入れた。

 ――ドクンッ……!!

 心臓が高鳴った。
 何故――どうして――、ティモーの心の中で、自問が繰り返される。

 何故、デッキに入れたハズの無いカードが……ここで引き当てられるのかと。

 視界がぼやけて、良く見えない。
 ボロボロと、涙が溢れて止まらない。

「そうだよ……俺にだって……」

 いたじゃないか……認めてくれる人が。支えてくれる人が。手を差し伸べてくれる人が。
 ドン底にいた俺に、それでも接してくれた人が……いや、“人たち”が

 そうだよ……幾らだっていたじゃないか、認めてくれた人は。ただ俺が、手を伸ばさなかっただけで……疑ってばかりいただけで……差し出してくれた人は、今までにも沢山いたじゃないか。

(そうだよ……そうだったんだよ……!!)

 それなのに、俺は不器用で……自分のことを、卑下してばかりいて。貶(けな)してばかりいて。自分のことで精一杯で……手を伸ばせば良かったのに……いつも、それだけのことだったのに。

(馬鹿だよ……本当に馬鹿だよな、俺は……)

 何度も涙を拭って、そうしながら、手を差し伸べてくれた“親友”の名前を呼ぶ。

「――デニス」

 と。


精霊界の女王−ドリアード−  /光
★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光・風・水・炎・地属性モンスターを
1体ずつゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。
このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
???
攻3000  守3000


 『精霊界の女王−ドリアード−』――このカードは、ティモーがデッキに入れたはずのないカード。だが、見覚えは確かにある。
 何故ならこのカードは――ドイツを発つ前、デニスから貰ったカード。沢山のカードの中で、唯一燃やさず、しかしカードプールに投げ込んだカード。

 ――いつデッキに紛れ込んだのだろう?

 ティモーには見当もつかない。
 大会開始直前にも、入念にチェックはしていたはず――それなのに気付かなかった?
 これまで6戦もしているのに、一度も引き当てなかった?
 そんな奇跡のような事象が、果たして起こりえるのだろうか?




「この瞬間――ピケルたんの特殊能力発動! “リーディング・ハート”により、相手のドローカードを確認するぞい!」
 双六が宣言する。しかし――肝心のピケルたんは何故か、魔法を発動しなかった。
「……? エ……?」
 唖然とする双六。代わりにピケルたんは振り返り、ゆっくりと口を動かす。


 ゴメンネ、おじーさん――と。


「……!? ピ、ピケルたん……!?」
 双六は呆気にとられた。そのことばの意味が分からぬうちに――ティモーは涙を拭い、アクションを起こす。
「俺はこのターン――墓地のモンスター5体をゲームから除外し、レベル9の最上級モンスターを特殊召喚する!!」
「――!? なぬっ!?」
 双六は耳を疑った。
 5体ものモンスターを除外し、特殊召喚――そんなモンスターなど、聞いたことがない。
 ティモーは墓地から、5枚のカードを選び、抜き取る。『雷帝ザボルグ』『風帝ライザー』『氷帝メビウス』『炎帝テスタロス』『地帝グランマーグ』――光・風・水・炎・地、5つの属性モンスターを除外する。
(デニス……!! 俺に、最後の力を貸してくれ!!)
「――特殊召喚!! 『精霊界の女王−ドリアード−』ッ!!」
「なっ……何ぃぃぃぃぃっ!!??」
 ティモーのフィールドに降臨する、美しい女性。見覚えのあるその姿に、双六はたまらず、驚愕の悲鳴を上げた。


精霊界の女王−ドリアード−  /光
★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光・風・水・炎・地属性モンスターを
1体ずつゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。
このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードがフィールドに存在する限り、
相手の同属性モンスターの効果は無効化される。
また、このカードは同属性モンスターとの戦闘では破壊されない。
攻3000  守3000


「バッ……バカな! そのカードはっ!?」
 双六は瞳を、わなわなと震わせる。何故なら『精霊界の女王−ドリアード−』は、現在、双六の場に存在している『魔法少女ピケルたん』と同様に、同アニメの登場人物をカード化したモンスターだからだ。
 しかも『精霊界の女王−ドリアード−』といえば、ピケルたんアニメカードのなかでも、最高峰のレア度を誇るカードなのだ。噂では、十枚程度しか製造されなかったらしい。
 当然、双六にしてみても、喉から手が出るほど欲しいカードなのだ。
「じゃっ……じゃが! 相手がドリアード女王といえど……発動済みの“ディバイン・マジック”の効果は適用されるはず! 攻撃力・守備力が半分に――」
「――ドリアードの特殊能力発動……」
 ティモーの宣言が、双六の叫びを遮る。

『――エレメント・シールッ!!』

 ――シュゥゥゥゥ……

「……!? ピケルたんの杖の……“魔法の石”が……!?」
 双六は愕然とした。
 ドリアードが右手をかざすと――ピケルの杖についた“魔法の石”が、みるみるうちに光を、その魔力を失ってゆく。
「ドリアードの特殊能力により、“闇”以外の属性を持つカード効果は全て封じられる……。よってピケルの魔力は封じられ――“ディバイン・マジック”の効力は無効となる!」
「……!!? なっ、何じゃとぉぉっ!?」
 予想だにせぬ事態に、双六は狼狽せざるを得ない。つまり、ドリアードの攻撃力は3000のまま――ピケルたんの攻撃力を下回らない。相手の攻撃を弾く、『マジック・バリア』も発動できない。
「バトルフェイズ!! 『精霊界の女王−ドリアード−』よ――『魔法少女ピケルたんMP』を攻撃だっ!!」
 ドリアードの周囲に、5つの魔力弾が生み出される。光・風・水・炎・地――それぞれに5種類の魔力がこもった、色違いの魔力弾。


 思わぬ窮地に立たされ、双六はさっと、自らのフィールドを見返した。
(ワシの場に、リバースカードはない……。じゃがまだ、ヒツジ執事トークンが――)
 だが、双六の期待は裏切られる。ドリアード女王の“エレメント・シール”により、光属性である『ヒツジ執事』3体はみな特殊能力を失い、ただの『羊トークン』に戻っているのだ。
「……!!」
 次に双六は、手札を見やる。手札に存在するのは、1枚の強力な魔法カード――


「ドリアードの攻撃!! クロス・エレメント――シュートッ!!!」

 ――ズドドドドドッ!!!!!

 5つの光弾が、一斉に撃ち放たれる。攻撃目標は全て、双六のフィールドのピケルたん。命中し、今度こそ倒せると確信しかけた刹那――双六が、何らかの動きを見せた。
 そして次の瞬間、ティモーは目を疑った。攻撃対象であったピケルたんが――攻撃を受ける刹那、ふっと姿を消してしまったのだ。
 光弾は全て空を切り、地面を穿ち、消え失せる。
「……!! くそっ、また手札から発動可能なカードだったか……!?」
 ティモーは顔を歪めた。どれだけ鉄壁な防御体制なのだ、やはりピケルを倒すのは不可能なのか――と。


 だが、様子がおかしい。
 双六は何も言わない。消えたピケルも、戻ってこない。それどころか、リリーや羊たちまで消え、双六のフィールドは完全にがら空き状態だ。

「…………!?」
 疑問を解決すべく、ティモーは視線を上げ、双六自身を見やる。そこでティモーは――信じられない光景を目の当たりにした。
「…………」
「……サッ、サレンダー……!?」
 双六のライフが勢いよく減り、ある数字でピタリと止まった。

 双六のLP:20000→0

「……見事じゃティモーくん……このデュエル、君の勝ちじゃわい」
 穏やかに、双六はそう言った。
「君はこれで7連勝……予選通過決定じゃったな。おめでとう……本選でもがんばっておくれよ」
 自分のデュエリストカードを確認し、双六は苦笑を浮かべる。


武藤 双六  D・Lv.6
☆☆☆☆☆☆☆☆
0勝1敗
予選失格


 納得できるわけがない。ティモーは声を荒げ、噛み付いた。
「なっ……何を言ってるんだアンタは!? ジイさんのライフは2万もあったんだぞ!? 対する俺のライフはたった200……どう考えても、形勢は変わってない! アンタの勝ち試合だ! 諦めるのが早すぎる!!」
 それに対し、双六はニッと笑ってみせる。その表情からは、後悔の念など微塵も感じられない。
「……すまんのう……ティモーくんや。君は納得できんかも知れんが……ワシはこうするしかないんじゃ」
 そして視線を落とす。その先にあるのは、いまだ決闘盤にセットされたままの『白魔導士ピケル』のカード。
「……ワシには、勝利よりも大切なことがあった……。ピケルたんを護ること――それはワシにとって、何より優先すべきことなんじゃ。じゃから遠慮なく、誇ってくれ……ワシのピケルたんを倒せるところまで来れた――その時点で、君の勝ちなんじゃよ」
「…………!!」
 ティモーは呆気にとられる。
 勝った気はしない。実感がまるで沸かない。
 ただその代わり――双六の一言が突き刺さる。“勝つよりも大切なこと”――それが、自分にはあるだろうか?


(……さっきまではなかった……)
 そうだ――このデュエルの途中までは、自分にとって、勝利以上に優先すべきものなどありはしなかった。それが空虚なことと分かりつつも――そうするしかなかった。
(……でも、今は――)
 ティモーもまた、決闘盤に視線を落とす。そこにセットされているのは『精霊界の女王−ドリアード−』――ドイツを出立する前、デニスが渡してくれたカード。にも関わらず、邪険に扱い、あまつさえ売り捌こうと考えていた。
 ティモーは、両の拳を握り締めた。許せなかった――そんな自分が。
(……デニス……俺は……!!)

 ――謝らなくちゃいけない……お前に
 ――許してくれるか分からないけど……それでも俺は……!

 ティモーはそのとき、双六のことばの意味が分かった気がした。
 今の自分にならある――双六の言う、“勝つよりも大切なこと”が。


「……! ジイさん、俺は……」
 ティモーは顔を上げた。
 しかしそこで気付く。双六の様子が、どこかおかしい。
 双六は目を伏せていた。額には冷や汗をかき、顔面の血の気が引いてきている。
「気に……せんで良いぞい、ティモーくんや」
 そのままで、双六は口を開いた。先ほどまでと違い、ことばに力がない。
「実は少々……無理をして、大会参加しておってのぉ。本当は絶対安静だったんじゃが……薬で騙し騙し、無理やり参加しとったんじゃよ。しかしどうやら、無理をしすぎたらしい……」
 双六は顔を上げ、ニコリと笑ってみせた。
「楽しいデュエルをありがとう……。ティ――」
 そこで、双六のことばは事切れた。
 うつ伏せに倒れこむ。それから、ピクリとも動かない。
「……ジイさん?」
 ティモーは呆気にとられる。眼前の事態が、すぐには呑み込めない。
 双六のことばを反芻し、ようやく事態の緊急性を悟る。
「おっ……おい! ジイさん!!」
 弾かれたように、双六のところへ駆け寄った。
 呼びかけながら、双六を抱き起こす。そのときふと、彼の左手に持ったカードが視界に入る。


団結の力
(装備カード)
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


(『団結の力』が手札にあった……!?)
 驚きに、瞳が見開かれる。
 サレンダーさえしなければ、次のターン、双六はこのカードを『リリー』に装備させ、攻撃力3600にまで上昇できたのだ。そうすれば、ドリアードは戦闘破壊できないまでも、超過ダメージでティモーのライフは確実にゼロにできた。
 そうだ――本当に双六は、眼前の確実な勝利を捨ててまで、自分の大切なものを――ピケルを護り抜いたのだ。
「オイッ! しっかりしろジイさん! ジイさん!!」
 何度も何度も呼びかける。だが、双六の意識はすでにない。顔面は蒼白としており、ティモーの脳裏を“最悪の事態”がかすめる。
 双六は倒れる前、“絶対安静だった”と言っていた。もしかしたら、命に関わるものかも知れない――と。

「オイ、病院は!? どこにある!?」
 思考をはさむ余裕もなく、ティモーは周囲の人間に叫んでいた。
 聞いたところ、そう遠くはない。救急車を呼ぶより、自力で運んだ方が早い。
(死なせるかよ……!!)
 必死になって、ティモーは双六を背負った。そして我も忘れ、全速で駆け出す。
(俺に“大切なこと”を気付かせてくれた恩人を――絶対に、死なせたりするものか!!)

 ティモーは走った。無我夢中で――双六を助けたい、ただその一心で走った。

 胸ポケットに入れたデュエリストカードが、彼の勝利を祝福していた――そんなことは微塵も気に留めずに。


ティモー・ホーリー  D・Lv.9
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:9位



決闘34 破滅の少女(前編)

 “第三回バトル・シティ大会運営委員長”である磯野は、KC本社の屋上にて、2名の部下と共に、空を見上げていた。何も、空を見つめて青春を謳歌しているわけではない。そんな年齢は、とうの昔に過ぎ去ってしまった。
 空からはパラパラと、独特の風切音がしていた。彼らの視線の先では、ヘリコプターが一機、その場に降り立とうとしている。彼らが主、KC社長の凱旋帰還である。
 出迎えは3人。多ければ多いで、「そんな暇があれば仕事をしろ」と怒鳴られる。少なすぎても、失礼に当たる。その微妙な匙加減が、中間管理職の難しいところなのである。社長が“あの”海馬瀬人なので尚更のことだ。

「――お帰りなさいませ!! 瀬人様!!」
 社長の姿を視認するや否や、磯野は90度近い角度まで頭を下げた。背後の部下数名も、それに習う。
 とりあえずは問題ない。そう思い、頃合を見て顔を上げるが――そこで磯野はギョッとした。

 ――マズイ、この顔は……瀬人様が不機嫌なときの顔だ。出迎え人数が少なすぎたか? それとも後ろの新人の頭が十分に下がっていなかったか? ヘリのパイロット人選を誤ったか? それとも……大会運営に不備があったか? 予選通過順位3位が、よほど不満だったのか? 改竄してでも1位通過扱いにすべきだったか??

 瞬時に様々な推測を立てる。磯野の頬を、一筋の汗が伝う。
「……磯野」
「はっ……はいいいっっ!!」
 背筋をぴしっと伸ばす。
 一体何を糾弾されるか――それに身構える。
「……予選はどうなっている? 本選枠は残り何名だ?」
 危惧したそれよりも、海馬の口調は穏やかだった。と、いうことは……社長の不機嫌の理由は、どうやら自分たちにあるわけではなさそうだ。それを悟り、磯野はこっそりと安堵のため息を漏らす。
「はい! 現在、予選通過者は9名……本選枠は残り7名となっております!」
 そう言って、報告書2枚を留めた黒いボードを、海馬へと手渡した。
 不機嫌そうな顔付きのまま、海馬はそれらに目を通す。



●予選通過者リスト
1位.ヴァルドー D・Lv.5  7勝0敗
2位.シン・ランバート D・Lv.7  7勝0敗
3位.海馬瀬人 D・Lv.10  7勝0敗
4位.キース・ハワード D・Lv.9  7勝0敗
5位.サラ・イマノ D・Lv.7  7勝0敗
6位.エマルフ・アダン D・Lv.9  7勝0敗
7位.武藤遊戯 D・Lv.10  7勝0敗
8位.獏良了 D・Lv.7  8勝1敗
9位.ティモー・ホーリー D・Lv.9  7勝0敗


●第三回バトル・シティ大会 本選
第一試合:武藤遊戯(7)VS<予選通過15位>
第二試合:キース・ハワード(4)VSティモー・ホーリー(9)
第三試合:シン・ランバート(2)VS<予選通過11位>
第四試合:エマルフ・アダン(6)VS<予選通過14位>
第五試合:サラ・イマノ(5)VS<予選通過13位>
第六試合:海馬瀬人(3)VS<予選通過12位>
第七試合:ヴァルドー(1)VS<予選通過16位>
第八試合:獏良了(8)VS<予選通過10位>



(フン……やはりヤツと当たるのは決勝か。そうだ、それでいい……)
 本選の組み合わせ表を見て、海馬は悦に入る。今大会では、第一回大会でやったような、組み合わせを決めるためのバトルロイヤルは行わない。よって、海馬が遊戯と当たるのは、決勝戦以外にはない――それを知り、ニヤリと笑みを零す。
 次に、予選通過者リストを見返した。海馬よりも早く予選通過を決めているのは2名――ヴァルドーと、シン・ランバート。
(……! シン・ランバート……“ランバート”か)
 海馬は眉をひそめ、先ほどイシズから得た情報を反芻する。
(そう珍しいファミリーネームではないが……ガオス・ランバートと無関係とは考えにくい。息子か何かか?)
 本名で出場してくるとは、いい度胸だ――そう思い、不敵な笑みを漏らす。もっともあちらにしてみれば、隠すつもりなど毛頭ないということか。
 さらに気になるのは、1位通過の“ヴァルドー”――聞いたことのない名だ。“デュエリストレベル5”というのも気にかかる。KCのデュエリストレベル認定は、各国のM&W公式大会の戦績を漏れなく総合的に評価し、割り振られている――にも関わらず“レベル5”ということは、大したデュエル経歴の持ち主ではないということだ。だが、本当に“レベル5”相当の実力しかない者が、まぐれで1位通過などできるわけがない。
 デュエリストレベル5如きが予選通過1位――逆に不気味さを醸し出していた。
「……磯野。予選通過1位、2位の二人の素性を、できるだけ詳細に洗い出せ……やれるな?」
「はっ! 了解しました!」
「……。それから…………」
 言いかけたところで、海馬は口を噤(つぐ)んだ。いま海馬が口に出しかけた名前は、予選通過5位、サラ・イマノ――だが、海馬はすんでのところで思い留まった。
「……は? それから……何でありましょうか?」
 磯野は先を促した。それが、踏んではならない“地雷”とは気付かずに。
 海馬が不愉快そうに、ギロリと睨んでくる。
「何でもない……貴様は、オレに指示されたことだけをこなせ。いいな?」
 磯野にしてみれば、寿命が数年は縮まった思いだ。
「はっ……はいっっ! かしこまりましたぁぁぁっ!!!」
 機敏に背筋を伸ばすと、磯野は深々と頭を下げた。

 ストレスの大きい職場だ。磯野は前々から、つくづくそう考えていた。
 だが転職を考えたことは一度もない。それに見合う給与・待遇は受けていると感じているからだ。それに今は、“バトル・シティ大会運営委員長”という、非常にやりがいのある仕事を任されている。
 何だかんだ言いながら磯野は、目の前のワガママ社長を畏(おそ)れつつも、しっかりと敬っているのである。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 時刻はもうじき、午後4時になろうとしていた。
 大会終了は午後6時なので、すでに終盤戦に入ったといえるだろう。

 町の中心部から外れた並木道。今の季節は春なのだが、桜は一本も植えられていない――この場所の人気が出るのは、秋ごろのことだ。秋になると植えられた木々は、見事な紅葉を披露してくれる。

 さて、そんな場所で今、2人の決闘者が本選出場をかけ、デュエルを始めようとしていた。
 一人は絵空。そしてもう一人は、彼女と同じ童実野高校女子制服を着た少女――神無雫。

「…………」
「…………」
 道路のど真ん中、彼女らは無言で互いのデッキをシャッフルしている。
 絵空はちらりと、雫の様子を窺(うかが)った。彼女はこちらに微塵も興味がないようで、デッキを見つめ、黙々とシャッフルを続けている。

(うう……何か気マズいよぉ……)
 絵空は場の空気に耐えられず、裏絵空に助け舟を求めた。
『(……そんなことよりあなた達……シャッフルし過ぎだと思うんだけど)』
 裏絵空が当然のように指摘した。時計を見ていたわけではないので、ハッキリしないが――恐らく5分は続けているだろう。
(だってぇ……せっかくだから仲良くなりたいと思ってさ。デュエル前に、色々お話したいと思って……)
 絵空は手を動かしたまま、約5分前のことを回顧する。


 「何歳?」と訊くと「16」と答えられ、「じゃあ同い年だね」と続けるが、無言。
 「あのね、一年留年してるのはワケがあって……」と説明しようとすると、彼女は反応無く、黙々とシャッフル。
 「雫ちゃんは今年で二年生?」と問うと、「違う」と答えられる。その後、何か続きがあるかと思いきや……またも無言。
 「趣味は?」と問うと「無い」と答えられる。
 「好きなテレビは?」と問うと「無い」と答えられる。
 「好きなカードは?」と問うと「無い」と答えられる。
 「ここまでの予選どうだった?」と問うと、「普通」と答える。


 会話に全く手応えがない……流石に絵空も困ってしまい、同じように黙り込んでしまった。
『(……それにしても、あなたに付き合って5分もシャッフル続けるなんて……何だかポーッとしてる子ね。雰囲気は全然違うけど、案外あなたに似てるのかしら?)』
(……それってどういう意味かな?)
 手を止めると、絵空はにこやかに問いかける。
 するとその瞬間、雫の手もピタリと止まった。

「…………」
「…………」

 再びのダンマリ。
 ふと、絵空は再び手を動かし、シャッフルを始めてみる。
 すると、雫の手も動き、シャッフルを再開する。

 手を止める。雫もピタリと止める。
 再び動かす。雫もそうする。

『(……実に不思議な子ね)』
 裏絵空がごもっともな感想を漏らした。

「えーっと……デッキシャッフル、もういいかな?」
 ラチが明かないので、絵空は観念し、雫に問いかける。
 すると雫は、無言でデッキを差し出してきた。
 互いにデッキを取り戻すと、やはり無言で距離をとる。
(もしかして……私のデッキシャッフルが終わるの、待ってたのかな?)
『(……そうみたいね。ちょっと変な子だけど……悪い子じゃなさそうだわ)』

 ソリッドビジョンを出すのに十分な距離を稼ぐと、二人は決闘盤を構える。
「よしっ……それじゃあ始めよっか。デュエル!!」
「…………」
 雫はやはり無言のまま、デッキからカードを5枚引いた。


絵空のLP:4000
 雫のLP:4000


「……私の先攻……ドロー。……カードを2枚伏せて、ターン終了……」
 雫は2枚のカードをセットし、早々にターンを終えた。
 流石にデュエル中の宣言は、ちゃんとしてくれるらしい。絵空はちょっとだけ安心した。
 しかし小声で、やや聞き取り辛かった。それに、何だかつまらなそうな、眠たそうな目をしている。
 もしかして、予選で町中を歩き回り、疲れているのだろうか――ふと、そんな推測が絵空の頭に浮かんだ。

『(雰囲気に呑まれて、油断しちゃ駄目よ……。相手だって、ストレートで6連勝してきたツワモノなんだから。これに勝てば予選突破なんだからね!)』
「……ウン! 分かってるって!」

 絵空はデュエルに集中すべく、深呼吸を一つした。
「わたしのターン、ドロー!」

 ドローカード:大嵐

 ドローカードを片手に、絵空は、雫のフィールドを観察する。
 雫はモンスターを出さなかった。ここで考えなければならないのは――手札事故なのか、それとも敢えてモンスターを出さなかったのか。
(トラップ戦術……なのかな?)
 絵空は雫を、じっと見つめた。それにしても、表情の変化がない――何を考えているか、まるで見当がつかない。
 ある意味で、理想的なポーカーフェイスかも知れない。雫の視線はどこか定まっていない様子で、絵空の方を無機質に、ぼんやりと眺めているような感じだ。
(何だか調子が狂うなあ……)
 そう思いながらも、絵空は引いたばかりのカードを使う。
「私は手札から、魔法カード『大嵐』を発動!


大嵐
(魔法カード)
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


(これで雫ちゃんの場のカードは全滅……! 安全に直接攻撃を仕掛けられる!)
 我ながら、良いカードを引き当てた――そう思い、軽くガッツポーズを決めてみる。
 だが次の瞬間、雫の場のカウンタートラップが動いた。
「カウンター罠……『神の宣告』」

 雫のLP:4000→2000

「え……いきなり『神の宣告』?」
 絵空は驚き、ぽかんと口を開けた。『神の宣告』の効果により、絵空の『大嵐』は無効とされ、破壊される。だが――絵空にしてみれば、あまり好ましい戦術には見えなかった。
 『神の宣告』は確かに強力なカウンターカードだが、半分ものライフを払わねばならない、諸刃の剣。基本的には、残りライフが少なくなった辺りで使うのがセオリーなのだが――雫は早速、2000ポイントものライフを、惜しげもなく支払っている。
(……つまり雫ちゃんは、そうまでしてもう1枚の伏せカードを守りたかった……?)
 雫のリバースカードに興味が沸く。よほど重要な魔法カードだったのだろうか、と。
 絵空は少し迷ってから、手札のモンスターカードに指をかけた。
「私は『首領(ドン)・ザルーグ』を攻撃表示で召喚するよ!」


首領・ザルーグ  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●相手の手札をランダムに1枚選択して捨てる。
●相手のデッキの上から2枚を墓地へ送る。
攻1400  守1500


(……躊躇なく『神の宣告』を使ったことを踏まえると、簡単に攻撃が通るとは思えないけど……)
「いくよ、ザルーグの直接攻撃! ダブルリボルバー!!」
 ザルーグは両手に構えた二挺拳銃で、目の前の少女を狙い撃った。

 ――パンパンッ!!

 雫のLP:2000→600

「……!? あれっ……通っちゃった」
 絵空は呆気にとられた。こちらの攻撃に対し、雫は何のアクションもとらなかったのだ。
 これで雫のライフは早くも3ケタ。風前の灯である。
(やっぱり手札事故だったのかな……? でもそれなら、『神の宣告』なんて使わなきゃ良かったのに……)
「っと……そうだ。この瞬間、ザルーグの特殊能力が発動するよ。雫ちゃんの手札1枚をランダムに選んで、墓地に送るの」
「…………」
 雫は無言で、4枚の手札を、裏側のまま絵空へと向けた。その様子は不気味なほど冷静で、とても1ターン目から追い詰められた決闘者のものとは思えない。
「……んーっと……どれにしよっかな……」
 4枚を見つめ、絵空は考えた。全て裏側なのだから、悩む余地などないのだが――絵空は自身の直感に働きかけ、できるだけ良いカードを捨てさせようとする。
「…………」
 雫は無言で、感情を出さない表情のまま、広げた4枚の手札を見つめていた。

 雫の手札:闇より出でし絶望×3,光神機(ライトニングギア)−轟龍(ごうりゅう)


闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから
墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000

闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから
墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000

闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから
墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000

光神機−轟龍  /光
★★★★★★★★
【天使族】
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻2900  守1800


「よしっ……決めた! わたしから見て一番左のカード、捨ててくれる?」
「…………」
 雫は小さく頷くと、惜しげもなくそのカードを墓地へ置く。絵空が選んだカードは――レベル8の最上級モンスター『光神機−轟龍』。
(ライフは3ケタまで削れたし、手札破壊もできた……。雫ちゃんには悪いけど、このデュエルはもらったかな)
「カードを1枚伏せて、ターン終了だよ」
 ほくほく顔で、絵空はエンド宣言を済ませた。


絵空のLP:4000
    場:首領・ザルーグ,伏せカード1枚
   手札:3枚
 雫のLP:600
    場:伏せカード1枚
   手札:3枚(『闇より出でし絶望』×3)



決闘35 破滅の少女(中編)

「……私のターン……ドロー。手札から永続魔法発動……『ミイラの呼び声』」


ミイラの呼び声
(永続魔法カード)
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚できる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「このカードの効果により、手札から……『闇より出でし絶望』を特殊召喚」

 闇より出でし絶望:攻2800

(!? いきなり最上級モンスターを……!?)
 思わぬ展開に、絵空はギョッとした。楽勝ムードだったのに、いきなりこんな大物が出て来るとは――と。
 二本の角、野太くグロテスクな両腕をした怪物が、笑みを湛え、絵空とザルーグを見下してきている。
「……バトルフェイズ……『闇より出でし絶望』で、ザルーグを攻撃」
 怪物が、その右腕を勢いよく振り上げた。だが絵空の方には、まだ十分に余裕がある――すかさず、場の罠カードに手を伸ばした。
「トラップ発動! 『ドレインシールド』!」
 絵空の周囲を、半透明のバリアが覆った。


ドレインシールド
(罠カード)
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの
攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 ――バシィィィィッ!!!

 怪物の攻撃は、バリアにより難なく受け止められる。そしてその攻撃力分、絵空のライフを大幅に回復してくれるのだ。

 絵空のLP:4000→6800

「……ターン終了」
 またも眉ひとつ動かさず、雫はエンド宣言を済ませた。だが、二人の間には早くも、十倍以上のライフ差がついている。最上級モンスターの召喚に成功したとはいえ、やはり絵空の有利は確かだろう。
「わたしのターン! 『強欲な壺』を発動して、カードを2枚ドロー!」

 ドローカード:雷帝ザボルグ,天よりの宝札

「……よしっ! わたしはザルーグを生け贄に捧げて……『雷帝ザボルグ』を召喚するよ! そして特殊能力を発動、雷光一閃っ!」

 ――バヂヂヂヂヂッ!!!

 ザボルグが拳を地面に突き立てると、そこから発せられた電撃が、『闇より出でし絶望』を焼き尽くす。絵空は小さくガッツポーズをとった。これでまたも、雫のフィールドはがら空きである。


絵空のLP:6800
    場:雷帝ザボルグ
   手札:4枚
 雫のLP:600
    場:ミイラの呼び声,伏せカード1枚
   手札:2枚


(……雫ちゃんのリバースは、ザルーグの直接攻撃時にも発動されなかったカードだし……これで勝ち、かな?)
 半分勝利を信じながら、絵空は攻撃宣言に入る。
「バトル! ザボルグで直接攻撃だよっ!」
 だがその瞬間、雫のフィールドで、思いがけないカードが表にされた。
「リバースオープン……『デーモンとの駆け引き』」
「!?」


デーモンとの駆け引き
(魔法カード)
レベル8以上の自分フィールド上のモンスターが
墓地へ送られたターンに発動可能。
自分の手札またはデッキから
「バーサーク・デッド・ドラゴン」を特殊召喚する。


「この効果により、デッキから……」
 地の底から、全身を骨で構築した、アンデッドドラゴンが這い出してくる。
「……『バーサーク・デッド・ドラゴン』を特殊召喚……」


バーサーク・デッド・ドラゴン  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードは「デーモンとの駆け引き」の効果でのみ特殊召喚が可能。
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃が可能。
自分のターンのエンドフェイズ毎にこのカードの攻撃力は500ポイントダウンする。
攻3500  守備力 0


「!? うええっ!?」
 途端に、絵空の表情が引きつった。攻撃力3500ものモンスターがいきなり特殊召喚――ザボルグの攻撃にタンマをかけたいところだが、もう遅い。
 アンデッドドラゴンは迎撃態勢に入り、強烈な火炎弾を吐き出した。

 ――ズドォォォンッ!!!!

「!! わぁ……っ!」
 その攻撃により、ザボルグは一瞬で吹き飛ばされ、消滅する。

 絵空のLP:6800→5700

(っ……まさか、『神の宣告』で守ったのが『デーモンとの駆け引き』だったなんて……!?)
 絵空は眉をひそめる。『デーモンとの駆け引き』は、発動さえできれば強い反面、そう簡単には発動条件を満たせないカード――そんな不安定カードを、2000ものライフを犠牲に守っているとは、夢にも思わなかった。
(でも、この手札なら……!)
 絵空はすぐに気を取り直し、手札の1枚に指をかける。
「リバースカードを1枚セットして……ターン終了だよっ!」
 そうだ――ライフポイントでは、大きく絵空が上回っている。ここから逆転されるなど、絵空は微塵も考えない。


絵空のLP:5700
    場:伏せカード1枚
   手札:3枚
 雫のLP:600
    場:バーサーク・デッド・ドラゴン,ミイラの呼び声
   手札:2枚


「……。わたしのターン……ドロー」
 何を考えているか分からない、ポーッとしたような表情のまま、雫は静かにカードを引く。

 ドローカード:我が身を盾に


我が身を盾に
(魔法カード)
相手が「フィールド上モンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。


「……。バーサーク・デッド・ドラゴンで、直接攻撃……」
 雫が宣言するや否や、絵空はリバースカードを表にした。
「手札を1枚捨てて……トラップ発動『サンダー・ブレイク』!」


サンダー・ブレイク
(罠カード)
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。


 ――ズガァァァンッ!!!!

 雷鳴とともに、稲妻が落ちる。
 閃光が直撃し、雫のアンデッドドラゴンの全身を粉々に打ち砕いた。
(……よしっ! これで戦況は、再びわたしに有利――)
「――『ミイラの呼び声』の効果で、2体目の『闇より出でし絶望』を守備表示で特殊召喚。ターン終了……」

 闇より出でし絶望:守3000

「……へっ?」
 絵空の目が、点になった。


絵空のLP:5700
    場:
   手札:2枚
 雫のLP:600
    場:闇より出でし絶望,ミイラの呼び声
   手札:2枚


(まっ……また最上級モンスターぁっ!?)
 絵空はたまらず狼狽(うろた)えた。
 これで早くも、雫が出した最上級モンスターは3体目だ。こうも簡単にポンポン出されては、絵空の方も対処が追いつかない。
「わ、わたしのターン、ドローッ! こうなったら……『天よりの宝札』を発動! この効果で、互いのプレイヤーは手札が6枚になるようカードをドローするよ!」
 絵空と雫はそれぞれ、4枚ずつカードを引く。
(……とにかく、『闇より出でし絶望』を何とか破壊しないと……)
 『闇より出でし絶望』の守備力は3000、容易に超えられる数値ではない。『シールドクラッシュ』でもあれば良いのだが――あいにく、今の絵空の手札にはない。
(……仕方ない。ちょっと効率悪いけど……)
 絵空は手札から、3枚のカードを選び出した。
「カードを1枚伏せて……『ホーリー・エルフ』を守備表示で召喚! さらに、墓地の『雷帝ザボルグ』と『首領・ザルーグ』をゲームから除外して……」

 ――カァァァァッ……!!

 二本の光の柱が立ち、“混沌戦士”が降臨する。
「――『カオス・ソルジャー』を特殊召喚!」


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


「そして『ホーリー・エルフ』の特殊能力! その攻撃力を、『カオス・ソルジャー』に与えるよ!」
 エルフが呪文を唱えると、混沌戦士の全身に力が漲(みなぎ)っていく。


ホーリー・エルフ  /光
★★★★
【魔法使い族】
1ターンの間、場のモンスター1体に、
自らの攻撃力を全て与えることができる。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。
攻 800  守2000


 ホーリー・エルフ:攻800→攻0

 カオス・ソルジャー:攻3000→3800

「バトルッ! 『カオス・ソルジャー』で『闇より出でし絶望』を攻撃! カオス・ブレードッ!!」

 ――ズバァァァッ!!!!

 混沌戦士の一太刀が、『闇より出でし絶望』を見事に両断した。
(さらに、『開闢の使者』の効果で追加攻撃……と、いきたいところなんだけど……)
 絵空は顔を引きつらせながら、混沌戦士を見上げる。
 混沌戦士はすでに剣を下ろし、満足した様子だ。二回攻撃してくれそうな気配は微塵もない。
(“ただの”『カオス・ソルジャー』なんだよねぇ……まあ、仕方ないけど)
 またも散々な言われようのカオス・ソルジャー。ちなみに舞戦以降も、2度ほど召喚する機会があった――その都度、試してはみたのだが、やはり特殊能力は2つとも発動しなかった。
 ため息を一つ漏らすと、絵空はエンド宣言を済ます。同時に、混沌戦士の立体映像は姿を消していった。


絵空のLP:5700
    場:ホーリー・エルフ,伏せカード1枚
   手札:4枚
 雫のLP:600
    場:ミイラの呼び声
   手札:6枚


(まあ、『闇より出でし絶望』は倒せたし……そうそう何度も、最上級モンスターが出てくることは……)
「……ドロー。『ミイラの呼び声』の効果により、3体目の『闇より出でし絶望』を特殊召喚」
「って、うえええええっ!!?」
 絵空が悲鳴を上げた。すでに見飽きた厳(いか)つい顔が、再び絵空を見下してきている。悪夢のような繰り返しに、絵空は肩を落とした。
『(ちょっと……これが最後の一戦なんだから、踏ん張りなさい! 『闇より出でし絶望』はこれで最後だし……相手のライフはあと少しなのよ!?)』
 見るに見かねて、裏絵空が檄を飛ばした。

「……それから……手札から魔法カード発動……『名推理』」


名推理
(魔法カード)
相手プレイヤーはモンスターのレベルを宣言する。
通常召喚が可能なモンスターが出るまで自分のデッキからカードをめくる。
出たモンスターが宣言されたレベルと同じ場合、めくったカードを全て墓地へ送る。
違う場合、出たモンスターを特殊召喚し、残りのカードを墓地へ送る。


「!? ギャ、ギャンブルカード……!?」
 雫の出したカードに、絵空は怯んだ。『名推理』はこちらにレベルを宣言させ、デッキからめくったモンスターとそれが当たらなかった場合、特殊召喚を可能としてしまうカード。当てさえすれば問題ないのだが、ハズすと精神的ダメージが大きい……使われる側としては、なかなか厄介なカードなのだ。
「……モンスターのレベル……宣言して」
 静かに、雫が促してくる。絵空はふと目線を逸らし、考え込んだ。
(雫ちゃんがこれまで出してきたのは、全部最上級モンスターだったし……いくら何でも、下級が当たる可能性の方が高いよね……?)
 自問の末、ヨシ、と頷く。
「わたしが推理したのは……“レベル4”だよ!」
「…………」
 雫は眉ひとつ動かさず、デッキのカードを上からめくる。そして、二枚目をめくったところで、その動きが止まる。
「……ハズレ」
 そして引いたカードを、絵空に提示してみせた。


創世神(ザ・クリエイター)  /光
★★★★★★★★
【雷族】
自分の墓地からモンスターを1体選択する。
手札を1枚墓地に送り、選択したモンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
攻2300  守3000


「ま、また最上級モンスターぁ!?」
 絵空はあんぐりと口を開けた。雫のフィールドでは、巨大な体躯を有するモンスターが光を纏い、その場に降臨してきていた。
「……さらに、その特殊能力を発動……。手札を一枚捨てて……」
 雫は手札から、2枚目の『バーサーク・デッド・ドラゴン』のカードを墓地に置く。
「『光神機−轟龍』を……蘇生召喚」
 『創世神』の全身が輝く。そしてその光を受け――地の底から、さらなる大型モンスターが復活した。


光神機−轟龍  /光
★★★★★★★★
【天使族】
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻2900  守1800


「……!? ウッ……ウソ、そんな……」
 絵空は思わず後ずさる。雫のフィールドにはあっという間に、3体もの最上級モンスターが揃ってしまった。
『(……!? ね、ねえ。あの子がこれまで出してきたモンスター……何だかおかしくない?)』
「……へっ?」
 何かに気が付いた様子で、裏絵空が指摘する。
 『闇より出でし絶望』レベル8、『バーサーク・デッド・ドラゴン』レベル8、『創世神』レベル8、『光神機−轟龍』レベル8……。
(ぜ、全部レベル8……!?)
 まさか、そんなことが――そう思いながらも、絵空は恐る恐る口に出した。
「レ……レベル8デッキ……!?」
 と。
 雫は答えず、ただ黙って、絵空を見据えていた。


絵空のLP:5700
    場:ホーリー・エルフ,伏せカード1枚
   手札:4枚
 雫のLP:600
    場:光神機−轟龍,闇より出でし絶望,創世神,ミイラの呼び声
   手札:4枚



決闘36 破滅の少女(後編)

 “レベル8デッキ”など、聞いたこともない。
 最上級モンスターの召喚には、特殊召喚を除くと、2体もの生け贄が必要になる。そんなモンスターばかり大量に積み込んで、まともに闘えるわけがない。
(まっ……まさか、そんなわけないよね? ただ偶然、レベル4以下のモンスターが手札に来なかっただけで……)
『(……そうね。いくらなんでもそんなデッキ、まともに機能するとは思えないし……。ただ、かなり偏ったデッキ構成にしているのは確かだと思うわ)』
 絵空が顔を上げると、雫はちょうど総攻撃に入ろうとしていた。
「……轟龍で、ホーリー・エルフを攻撃……」
 静かな攻撃宣言とは裏腹に、轟龍が凄まじい勢いで光のブレスを吐き出す。

 ――ズドォォォンッ!!!

「っ……!!」
 直撃を受け、エルフはそのまま消滅する。さらに、轟龍には貫通効果がある――絵空のライフポイントがその超過分、削られる。

 絵空のLP:5700→4800

「……。さらに……残ったモンスター2体で直接攻撃……」
 『絶望』と『創世神』は、絵空めがけて勢いよく飛びかかってきた。
(この攻撃を両方通したら、わたしの負け……!)
 そうはさせない――と、絵空は場のトラップを発動した。
「リバースカードオープン! 罠モンスター『アポピスの化身』!」
 表にしたカードから、剣と盾を持った大蛇が現れる。
 それが絵空の前に、勇敢にも立ちはだかるが――次の瞬間、『絶望』の腕で叩き潰される。その隙をついて、『創世神』は絵空の眼前に迫った。『創世神』の拳は電撃を帯び、バチバチと火花を散らす。

 ――ズガァァァァッ!!!

「きゃあ……っ!!」
 その拳を直接受け、絵空はたまらず尻餅をついた。

 絵空のLP:4800→2500

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド……」
 相変わらずの様子で、雫はエンド宣言を済ませた。
 形勢を大きく逆転できたというのに、その瞳には、それを喜ぶような感情が全く映らない。


絵空のLP:2500
    場:
   手札:4枚
 雫のLP:600
    場:光神機−轟龍,闇より出でし絶望,創世神,ミイラの呼び声,伏せカード1枚
   手札:3枚


『(大丈夫? 立てる?)』
「うっ……うん。ヘーキ……」
 絵空は立ち上がるとまず、スカートについた汚れを払った。
『(……あの子のデッキコンセプトは、大型モンスターを大量に召喚し、力任せにフィールドを制圧していくタイプ……。それだけとは限らないけど、それが主戦術なのは間違いないわ。そういったデッキは魔法・罠が、大型モンスターの召喚サポート等に偏りがちになる。つまり、このデュエルを制するのに一番必要なのは……)』
 絵空は頷くと、果敢にデッキへ手を伸ばす。
(フィールドの全モンスターを圧倒できる……最高の攻撃力を備えたモンスター、だね)
 このデュエルを制するために必要な、キーとなるモンスター――その姿が、絵空の脳裏にはっきりとイメージされた。
「わたしのターン! ドローッ!!」

 ドローカード:偉大(グレート)魔獣ガーゼット

(……!! 来た!!)
 願ってもないタイミング。引き当てたのは、絵空のデッキで“最高”のカード――そしてこのデュエルに必要な、最大のキーカード。
「いくよ……! わたしは手札から『早すぎた埋葬』を発動! ライフを800ポイント支払って……」

 絵空のLP:2500→1700

「このモンスターを蘇生召喚するよ! 『カオス・ソルジャー』!!」

 ――カァァァァァッ!!

 フィールドに光が差し、『カオス・ソルジャー』が降臨する。だが、その存在を留められるのは1ターンのみ――だからこそ、絵空はすかさず次のアクションを起こす。
「さらに、『カオス・ソルジャー』を生け贄に捧げて――」

 ――ドシュゥゥゥゥッ!!!

 『カオス・ソルジャー』が、生け贄の渦に包まれていく。絵空は引き当てたばかりのカードを、勢いよく盤にセットした。
「いでよ! 『偉大(グレート)魔獣ガーゼット』ッ!!」
 絵空が最も自慢とする、“魔獣”がフィールドに現れた。


偉大魔獣ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げた
モンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


「ガーゼットの攻撃力は、生け贄にしたモンスターの倍になる……! よって、『カオス・ソルジャー』を生け贄にしたガーゼットの攻撃力は――6000ポイントっ!!」
 絵空は右手で、力強くガッツポーズを決めてみせた。

 偉大魔獣ガーゼット:攻0→攻6000

 『カオス・ソルジャー』を生け贄に呼び出されたガーゼットは、いつにも増して巨大な体躯を有していた。雫のフィールドに並んだどの大型モンスターも、並以下に見えてくる――その攻撃力差は、優に2倍以上である。
「…………」
 それでも雫は怯まない。わずかな動揺も垣間見せずに、悠然とガーゼットを見つめている。
 その様子には、絵空も怯まずにはいられない。だがここまできたら、退くことはできない――勇気をもって、攻撃宣言を下す。
「いくよ……! ガーゼットで、『創世神』を攻撃っ!!」
 ガーゼットは飛びかかると、その巨大な拳を勢いよく振り上げた。その攻撃力差は歴然――勝利を信じ、絵空も同じように拳を握って叫ぶ。
「――グレート・パンチッ!!!」
 だがその瞬間、雫の伏せカードが開かれた。
「リバース発動……『迎撃の盾』」


迎撃の盾
(罠カード)
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げて発動。
指定したモンスター1体の攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの
元々の守備力の数値分、ターン終了時までアップする。


「『創世神』を生け贄に捧げ……『轟龍』の攻撃力を3000ポイントアップし、迎撃……」
 『創世神』の姿が消え、その力を吸収した轟龍が、光のオーラに包まれる。そしてガーゼットの前に立ちはだかると、迎撃せんと口を開き、光のブレスを撃ち放つ。

 光神機−轟龍:攻2900→攻5900

 ――ズドォォォォォッ!!!!!!

「……うあ……っ!!」
「…………!」
 凄まじい衝撃が、2人の決闘者を同時に襲った。
 神をも超越する一撃。辺りが爆煙に包まれる。
 絵空は不安げに、目を凝らしてフィールドを見つめる。ここで万一ガーゼットがやられれば、絵空にはもう、逆転の手が存在しないからだ。
「…………!!」
「…………」
 2人の決闘者の視線を浴びながら、煙は少しずつ晴れてゆく。そしてその中に佇むのは――攻撃力6000を有したガーゼット。雫の轟龍はその一撃を受け、見事撃破されていた。
「……!! やったっ!!」
 それを確認すると同時に、絵空は会心のガッツポーズを決めていた。

 雫のLP:600→500


絵空のLP:1700
    場:偉大魔獣ガーゼット(攻6000)
   手札:3枚
 雫のLP:500
    場:闇より出でし絶望,ミイラの呼び声
   手札:3枚


(『迎撃の盾』を使われたときは、一瞬ヒヤッとしたけど……ぎりぎりガーゼットの方が上だったね)
『(ええ。でも、あれだけ大型モンスターを出しながら、さらに攻撃力を上げるカードまで用意しているなんて……意外だったわ)』
 しかしこれで、ライフポイントのみならず、フィールドのモンスターでも優位に立てた――そのことを確信しながら、絵空はターンを終了する。
 だが相変わらず、雫に動揺は見られない。大型モンスターを2体も失ったというのに、少ないライフがさらに削られたというのに――まるで、自身のライフが0に近づくことを、まるで恐れていないかのように。
「……私のターン……ドロー」

 ドローカード:死皇帝の陵墓


死皇帝の陵墓
(フィールド魔法カード)
お互いのプレイヤーは、生け贄召喚に必要なモンスターの数
×1000ポイントのライフを払う事で、
生け贄モンスター無しでそのモンスターを通常召喚する事ができる。


「…………」
 一瞥だけして、手札に加える。そして雫は止まることなく、手札のカードに手を伸ばす。
「……私は手札から……儀式魔法を発動……」
「……!? 儀式魔法……!?」
 珍しい種類のカードの発動に、絵空は身構えた。
「――『エンド・オブ・ザ・ワールド』」


エンド・オブ・ザ・ワールド
(儀式魔法カード)
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが8になるように、
光または闇属性モンスターを生け贄に捧げなければならない。


 『闇より出でし絶望』が、儀式の生け贄として消えていく。
 そしてその“闇”を吸収し、新たにフィールドに降臨するのは――巨大なアックスを手にした、“終焉”の力を持つ闇の王。
「『闇より出でし絶望』を生け贄に……『終焉の王デミス』を儀式召喚」
 デミスは不気味な笑みを浮かべ、ガーゼットと絵空を嘲るように睨んでくる。


終焉の王デミス  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族・儀式】
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドから、レベルの合計が8になるよう
闇属性モンスターを生贄に捧げなければならない。
2000ライフポイントを払う事で、
このカードを除くフィールド上のカードをすべて破壊する。
攻2400  守2000


(……? ねえ、このモンスターの特殊能力って確か……)
『(……ええ。強力だけど、2000ものライフコストが必要のはず……今は発動できないわ)』
 絵空は目を瞬かせた。単純なステータスの比較なら、ガーゼットには遠く及ばない。
 ならば当然、特殊能力の発動を狙ってくるはず――とすれば考えられるのは、ライフ回復カードか。
 だが雫に、そんな考えは毛頭ない。
「……『終焉の王デミス』の特殊能力……発動……」
「!? うえっ!?」
 驚きのあまり、絵空は間抜けな声を上げてしまった。

 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

 デミスの全身を、邪悪な、闇の魔力が覆っていく。デミスは準備運動とばかりに、軽々とアックスを振るってみせる。
「ちょっ……ちょっと待ってよ! 今の雫ちゃんのライフじゃ、デミスの効果は発動できな――」

 雫のLP:500→250

「――!? えええっ!??」
 驚愕する絵空に構わず、雫は宣言した。
「――ダークネス・ディマイズ」
 と。
 同時に、強大な闇の魔力を凝縮したアックスの柄を、デミスは勢いよく地面に突き立てた。

 ――ズキュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!!!

 “闇”が、そこから噴き出した。
 それはデミス以外の、全てのカードを呑み込む。雫の場の永続系カードと、そして――絵空のフィールドで圧倒的攻撃力を誇るモンスター、ガーゼットを。
 ガーゼットは必死に抵抗した。だが、フィールド一面を覆う大量の“闇”の前には、あまりに無力。四肢を“闇”に絡め取られ、身動きを封じられた末に呑み込まれる。
 一通り呑み終えると、“闇”はデミスの元へと戻り、そのアックスへと吸収される。
 地面に刺したアックスを引き抜くと、デミスはニヤリと笑みを浮かべた。


絵空のLP:1700
    場:
   手札:3枚
 雫のLP:250
    場:終焉の王デミス
   手札:2枚


「……え……? あ……」
 絵空は愕然とした。状況の変化に、すぐに頭が追いつかない。
 デミスの特殊能力により、絵空のカードは全滅……。そして――雫にはまだ、バトルフェイズが残されている。
「……終焉の王の直接攻撃……」
 デミスは絵空に飛びかかると、手にしたアックスを一閃した。

 ――ズバァァァッ!!!

「!! きゃあ……っ!!」
 映像の迫力に気圧され、絵空は尻餅をつく。そして――決闘盤のライフが、大きく変動する。

 絵空のLP:1700→0

(……。負け……た……?)
 尻をついたまま、呆然とした。
 敗北が信じられない。序盤、あれほど優位に立っていたのに――こうも簡単に逆転されるなど、夢にも思わなかった。


「……。また……」
 雫がぽつりと、小さく呟く。

「……また……ゼロにならなかった……」

 と。どこか哀しげな顔をして。
 2人のデュエリストカードから、同時に、電子音が鳴った。それが、2人の少女の明暗をはっきりと示す。


神里 絵空  D・Lv.?
★★★★★★☆☆
6勝1敗

神無 雫  D・Lv.5
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:11位


「…………」
「……! あっ……」
 気が付くと、雫は踵を返し、歩き出していた。絵空は何かを言おうとしたが、彼女の迷いなき歩みと、そして敗北のショックから、何もことばを掛けられなかった。





 ゆっくりと、しかしはっきりと歩き続ける。
 雫がぽつりと呟く。
「……もうすぐ……だから……」
 と。
 先ほどまでとは違う。口元に、うっすらと笑みを浮かべて。
「あと少しで……終わりにするから……」
 心臓がわずかに高鳴る。それに手を当て、祈るように瞳を閉じる。

 ――地獄のような“この世界”に……“終焉”を
 ――今度こそ、今度こそきっと終わらせてみせるから……

 瞳をすっと見開く。
 術(すべ)は知っている。この身に“寄生”した“千年”の力――それが、迷うことなく導いてくれる。

「もう少しだから……待っててね」
 やさしく、語りかけるように雫は呟く。

 パパ、ママ――と。



決闘37 レアハンターの奇妙な冒険V〜幻のディスティニー〜

 私の名はレアハンター。
 かつて、裏ゲーム会を支配する闇組織――グールズ、その平社員だった男だ。
 容姿は上々。人気も上々。
 今では有限会社レアハンターの社長であり、トップレベルのデュエリストでもある。

 さて、そんな私だが、今はあるカード大会に出場している。その名も“第三回バトル・シティ大会”。世界規模の知名度を誇る、超有名な大会だ。
 順調に連勝していた私なのだが――思わぬ2つの壁にぶつかった。海馬瀬人と、珍札サラだ。

 二戦とも、終始、有利にゲームを進めていた私なのだが……前者にはオリカ俺様ルールという絶対的暴力に敗れた。後者には色仕掛けに遭い、敗れてしまった……。ああ、サラよ。愛を誓い合ったあの日はウソだったというのかい?

 そんなわけで、私は非常に傷心だ。モニターの前のみんなも、くれぐれも結婚詐欺には気をつけて欲しい。あ、それから、傷ついた私の心を癒してくれるという女性は、是非とも私にメール下さい。オバサンと男は却下なので、悪しからず。

 まあそんなわけで、私の大会戦績は↓な感じなのだ。


レアハンター(1)  D・Lv.5
★☆☆☆☆☆☆☆
2勝2敗


 私は何だか、嫌な予感がしてきた。もしかしてこれって、今回負けて終わりってオチなんじゃない? そのために、最初いきなり2勝状態だったんじゃないの? 今回も、新キャラのカマセ犬とかにさせられちゃったりするんじゃないの? そういう役回り?

 しかし、冷静に考えてみて欲しい。私は仮にも、このHPのアイドルマスター的存在なのだ。そんな私がこんなところで、予選などで敗れ去るだろうか……? そんなことになったら、プロたん氏が激怒するんじゃなかろうか? 打ち切り決定だ。
 「Wブラック・マジック!!」→「THE ENDォォォ!!!」の流れになってしまう。

 そう考えると、何だか今度は勝てそうな気がしてきた。そうだよ、この前の2敗は勝利のための布石に違いない。これから7連勝すりゃいいんだろ? 楽勝楽勝。

 そんなことを考えていると、早速デュエルを申し込まれた。フフ……この私を相手に選ぶとは、よほど対戦相手に困っていると見える。私ほどの実力者に、自ら進んで挑むとはな!


アルベルト・レオ  D・Lv.9
★★★★★★★☆
7勝1敗


 またも外国人だ。全く、最近は日本もグローバルになったものだよ。
 グレーの瞳に、やや長い茶髪。服装はというと……あ、男の説明なんて要らないよね。パスパス。青年ですよ青年、十代後半な感じ? フツーの体型だし。


「……それじゃあ、良いデュエルをしましょうね。珍札さん」
 爽やかな感じで、青年はにっこりと微笑む。妙だ……キャラが普通すぎる。こんなノーマルすぎるキャラでは、変態揃いの遊戯王界では生き残れないぞ?
 私は彼が、ザコキャラであることを悟った。きっと、私のために用意された、“珍札専用カマセ犬”に違いない。
「フフフ……ではいくぞ。私の先攻、ドロー!」
 強気になった私は、6枚の手札を確認する。


 ドローカード:強欲な壺,手札抹殺,冥界の使者,千年の盾,千年原人×2


 初期手札に“千年アイテム”は3つ……まあ、悪くない手札だろう。全てのアイテムを揃えるには、あと三枚ほど必要だが。
「私はまず……『強欲な壺』を発動! カードを2枚ドローする!」
 決闘者の必需品とも言えるカードで、私は手札を補充する。禁止カード? 何それ? 原作ルールに禁止は存在しません。


 ドローカード:グラヴィティ・バインド−超重力の網−,千年の盾


 いいカードを引けた。グラヴィティ何とかはどうでもいいが……これで千年アイテムが、早くも4つ揃ったことになる。残るはあと2つ……実に幸先の良い出だしだ。
「フフ……私はリバースを1枚セットし、『冥界の使者』を攻撃表示で召喚、ターンエンドだ……」


冥界の使者  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、
お互いに自分のデッキからレベル3以下の
通常モンスター1体を選択し、お互いに確認して
手札に加える。その後デッキをシャッフルする。
攻1600  守600


「俺のターンですね……ドロー」
 無個性のカマセ君がカードを引く。まあどんなカードを使おうが、私の敵では……
「俺は魔法カードを発動します『名推理』」

 ……!?

 その瞬間、私は耳を疑った。『名推理』だと? 何を考えてるんだコイツは。
 『名推理』といえば、2話前に新キャラが使ったばかりのカードじゃないか!!
 それをオマエが使ってどーする! 「ワンパターンな作者だな」とか思われちゃうじゃないか!!

 私は苛立ちを覚えながら、一応『8』を選んでおいた。もしかしたら新キャラと血の繋がらない兄妹設定だったりして、同じデッキかも知れないからな。
 アル何とかがカードをめくる。そして3枚目のカードを見て、ニッと微笑んでみせた。
「ハズレですね。このカードのレベルは『6』です」
 そう言って、自慢げにそのカードを見せてくる。くそ、コイツ実は性格悪いだろ!?


聖導騎士(セイントナイト)イシュザーク  /光
★★★★★★
【戦士族】
このカードが戦闘によって破壊した
モンスターはゲームから除外される。
攻2300  守1800


 アル何とかのフィールドに、何だかカッコいい、光の騎士が現れる。まあ、私の『千年原人』の足元にも及んでないけど。
「さらに……『異次元の女戦士』を召喚し、バトルフェイズに入ります」
 ちゃんとしたフェイズ確認なんて初めて聞いた気がするな、そういえば。


異次元の女戦士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、
相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。
攻1500  守1600


「『イシュザーク』で……『冥界の使者』を攻撃します!」

 ククク……バカめ!! いま確か『攻撃』と言ったな!?

「トラップ発動ォォ!! グラヴィティ何たらァァッ!!」
 重量波が、フィールド全体を襲った。私のモンスターに殴りかかろうとしていたバカ共は、揃って動けなくなり、その場に跪(ひざまず)いた。ハハハ、実に良い気分だ!
 カマセ君は澄まし顔だが、内心では相当焦っているに違いない。
「……俺はカードを1枚伏せて、ターン終了です」
 苦し紛れのリバースを出し、彼はターンを終えた。フフフ……悪あがきだな、アル何とか。
 カマセ臭たっぷりな男相手に、これ以上時間はかけられまい。さっさと楽にしてやろうと、デッキに手を伸ばす。
「私のターン、ドロー!」

 ドローカード:レベル制限B地区

 フフ……いいカードを引き当てた。“泣きっ面に蜂”とはこのことだなぁ、アル何とか……。
「私は永続魔法『地区B』を発動! ふふ、『地区B』があるとき、場のモンスターは全て守備表示となるのだ……」
 相手フィールドの戦士2体が、地べたに這いつくばった。クク……やはり最高だな、私の『地区B』は。今日の最強カードだ。
「私はこれで、ターン終了だ」
 すでに差は歴然だ。サレンダーするなら早めに頼むよ……ククク。


珍札のLP:4000
    場:冥界の使者,レベル制限B地区,グラヴィティ・バインド−超重力の網−
   手札:5枚(千年原人×2,千年の盾×2,手札抹殺)
アルのLP:4000
    場:聖導騎士イシュザーク,異次元の女戦士,伏せカード1枚
   手札:3枚


 どうでもいいが“アル”と聞いて、某鎧男を連想するのは私だけではないだろう。

「俺のターンですね、ドロー。手札から『サイクロン』を発動。あなたの『レベル制限B地区』を破壊します」

 ……!?

 馬鹿な、サイクロンだと!? 何でそんなOCGの必須カード使っちゃってんの!?


サイクロン
(魔法カード)
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。


 突風が吹き、私の『地区B』を破壊してしまう。くそっ……私の大事な『地区B』が!!
 だがまだ私には、グラヴィティ何とかがある。これで相手は攻撃できな……

「さらに、永続罠発動『王宮のお触れ』!」

 えええええええ!!??


王宮のお触れ
(永続罠カード)
このカードがフィールド上に表側で存在する限り、
このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「この効果により、全てのトラップ効果は無効になります。イシュザークと女戦士を攻撃表示に戻し……さらに『異次元の戦士』を攻撃表示で召喚!」
「げっ……ちょ、ちょっとタン……」
 しかし私の言うことなど聞き入れず、鎧男もどきは攻撃宣言に入る。

 くそっ、やっぱり性格悪いだろコイツ!?


異次元の戦士  /地
★★★★
【戦士族】
このカードがモンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。
攻1200  守1000


「『異次元の戦士』で守備表示の『冥界の使者』を攻撃……これにより、特殊能力が発動します! このモンスターと『冥界の使者』は、ともにゲームから除外される!!」

 何だかセンスの怪しいファッションをした戦士の特攻により、私のモンスターは異次元にすっ飛ばされてしまう。ヒィィィィ〜!!

「さらに! 『女戦士』と『イシュザーク』でダイレクトアタックです!!」

 ――ズババァァッ!!!!

 ぐはぁぁぁっ!!!!


 珍札のLP:4000→2500→200


「カードを1枚セットして、俺のターンは終了です」

 何でもない様子で、鎧男もどきはエンド宣言を済ます。
 その様子を観察するに、穏やかな表情の裏では“次のターンで終わりだな”的な余裕思考をしていると見た。クソッ……何ということだ!


珍札のLP:200
    場:グラヴィティ・バインド−超重力の網−
   手札:5枚(千年原人×2,千年の盾×2,手札抹殺)
アルのLP:4000
    場:聖導騎士イシュザーク,異次元の女戦士,王宮のお触れ
   手札:2枚



 負けるのか私は……。のべ880万以上もの閲覧者の期待を背負ったこの私が。こんなところで、こんな影の薄そうなヤツに!?

 否、そんなことはありえない!
 補正がかかる! 間違いなく補正がかかるはずだ!!

「いくぞ!! 私のタァァーーンッ!! ドゥロォォォォォォォッッッ!!!」

 私はオーバーに叫びながら、超オーバーアクションでカードを引き抜く。ディスティニードローを狙うには、まず形が大切なのだ。

 ドローカード:千年原人

 引き当てた……! 5つ目の千年アイテムを!

 だが、『究極千年龍 ミレニアム・ドラゴン』(※珍札の妄想です。こんなカードは存在しません)を呼び出すには、あと一つ千年アイテムが必要……最後の一つが欠けている。
 かくなる上は……

「私は手札から、魔法カード発動――『手札抹殺』っ!!」
 覚悟を決め、私はカードをセットする。
 『手札抹殺』は全ての手札を捨て、同じ枚数分だけドローし直すカード。イチかバチか……これで最後の千年アイテムを引き当てられるかに、全てがかかっている。

「いくぞ……! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード!」
 偶然にも、引き当てたのは全てモンスターカードだった。こんなこともあるんだな。

 祈りをこめて、1枚1枚確認する。

 だが――。

(……ダメだ……無い……!!)

 何ということだろう。5枚もモンスターが来たというのに、全て千年アイテムではなかったのだ!

 私は絶望した。所詮、私はこの程度の男だったというのか。
 しかも引き当てたのは、どれもこれも、脆弱な攻守しか持たない雑魚モンスターばかり……。ここぞというときに、私の引き運は少しも役に立たなかったのだ!


 ここまでか……ここまでなのか……。
 私は絶望の前に、膝を折った。デッキを手を伸ばし、サレンダー――降参の意を示そうとした。



『――諦めたらそこで……デュエル終了だよ』



「――……!!」

 だがそのとき――私の目の前に、過去の出来事がフラッシュバックした。
 尊敬する“あの人”……安西(やすにし)先生のことが。
 “あの日”のことが、まるで走馬灯のように、如実に思い出される――。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 あれは私が、中学三年生のときの話だ。
 当時の私はバスケ部に入っており、チームを支える3ポイントシューターだった。県大会の決勝戦、残り時間わずかというところで、私のチームは1点負けていた……。


「このスーパースター、珍札がいる限り……絶対勝ァつ!!」

 そうは言ったものの、はっきりいってもう勝てないと思っていたよ。


 こぼれ球を拾おうとして、私は来賓席に突っ込んだ。

 そして、もう駄目だと諦めかけたとき――太った白髪の老人が、安西先生がボールを片手に、こう言ってくれた。


『最後まで……希望を捨てちゃいかん』

 そして私の肩に手を置き、こう続けてくれる。

『エクゾディア揃ってるじゃないか……』

 と。


●     ●     ●     ●     ●     ●


 ん? エクゾディアだって?

 私は改めて、自分の手札を確認した。



【手札】
封印されし者の右腕  封印されし者の左腕  封印されし者の右足  封印されし者の左足  封印されしエクゾディア



「…………」
 目を疑った。
 いきなりエクゾディアが揃ったのだ……! 自分でも信じられない! まさにディスティニードローだ!

 というか冷静に考えてみると、私のデッキは実は、エクゾディアデッキだったのだ。
 千年アイテムに惑わされ、すっかりそのことを忘れていた。恐るべし千年アイテムの魔力!

 ああ、エクゾディアよ。今の今まですまなかった。やはりお前あっての私だったようだ。
 今日からは毎晩、枕の下に入れて寝るとしよう。お前を入れておくカードケースには、沢山のピケルカードを一緒にさせておくよ。
 と、いうわけで……。


 眼前の、純朴そうな顔で小首を傾げる青年に、私は満面の笑みを浮かべてみせた。
「見ろこの手札をぉ! これが私のエクゾディアだ!! ワハハハハハハ!!!」
 驚愕する鎧男に見せびらかしながら、5枚を盤にセットした。
 それにより封印は解かれ――“幻の召喚神”が姿を現す。

 召喚神エクゾディア:攻∞

 そーだよ、コレだよコレ! こーゆー展開を読者は求めていたわけよ!!
 今にして思えば、初登場時の私は非常に輝いていた。数ページで城之内を瞬殺だぞ!?

「てなわけで……いけぇエクゾディア! 怒りの業火エクゾードフレイムゥゥゥゥ!!!」

 ――ドゴォォォォォォッッ!!!!!!

「――うわぁぁぁぁっ!!!」
 エクゾディアの放つ砲撃が、アル何とかを大きく吹き飛ばした。
 スゴいぞー! カッコいいぞー!!

 アルベルトのLP:4000→0


レアハンター(1)  D・Lv.5
★★☆☆☆☆☆☆
3勝2敗


 私は勝った。そう、私は勝ったのだ。
 まあ考えてみれば、当然の結果だっただろう。
 リシドよりも強いこの私が、新キャラ如きに負けるはずがないのだ。
 私は笑った。
「まあ、惜しかったが、貴様にはカードに対する愛が足りな――」

 ――ガシッ!!!

 へ? 何この効果音?
 気が付くと、先ほど私のエクゾディアに吹き飛ばされたばかりの青年が、私の胸倉に掴みかかっていた。立ち直り早っ! てゆーか息が苦しいって!

「てめえ……イカサマしやがったな!?」

 は!? いきなり何言い出してんのこの人!?
 さっきまで大人しそうな顔をしていたアル何とかは、激しい形相で私を睨み付けている。ちょっ……さっきとキャラが全然違っ……!

「こ、この私が手札を操作するわけなどないだろう!」

「嘘を吐け! 『手札抹殺』で引いた5枚が全てエクゾディアパーツなど、ありえるはずがない!!」

 私のディスティニーが、否定されるだと……?

「この俺様を相手にイカサマするとは、いい度胸だ!」

 私のディスティニーがぁぁ!!

「い、言いがかりだ! お前のデッキシャッフルが甘かったんじゃ――」
「何だと!? テメェ!!」

 私のディスティニー……ディスティニー……。

「珍札とか言ったな……? 二度とこんなイカサマする気が起きねえようにしてやるぜ!!」
 そう言ってアル何とかは、右手で握り拳を作ってみせた。


 ディスティニィィィィ!!!!



●     ●     ●     ●     ●     ●



「冗談じゃねえ……!! まさかこの俺様が、よりによってあんな陳腐なイカサマに引っかかっちまうとは!!」
 吐き捨てるように言いながら、アルベルトはギリギリと歯軋(ぎし)りする。
(イタリア最強の俺様が、予選落ちなんて許されるはずがねえ!!)
 そして次の瞬間、その口元がニタリと笑みを漏らす。
「いいぜ……そっちがそのつもりなら、やってやるよ! 俺様なりのやり方でな……!!」
 狂ったような怒りの瞳で、自身のデュエリストカードを見やった。


アルベルト・レオ  D・Lv.9
★★★★★★☆☆
7勝2敗



決闘38 遭遇

 時刻はすでに、4時半を回った。
 童実野高校付近の、とある道端で――本選進出を賭け、一人の決闘者がデュエルに臨んでいた。


 梶木のLP:400
     場:
    手札:3枚
 竜崎のLP:1700
     場:超伝導恐獣(スーパーコンダクターティラノ)
    手札:0枚

超伝導恐獣  /光
★★★★★★★★
【恐竜族】
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
また、この効果を発動した場合、そのターン
このモンスターは攻撃宣言をする事ができない。
攻3300  守1400


「ヘヘ……どや、オマエのライフは残りわずかや! このデュエル、ワイが貰ったでぇ!」
「まだじゃ! まだ勝負はついとらんぜよ!」
 竜崎の“恐竜デッキ”の圧倒的パワーを前に、梶木漁太は苦戦を強いられていた。
 だが、その瞳は微塵も絶望を映さない。梶木は自らのデッキを信じ、カードを引き抜く。
「オレのターンじゃい! ドローッ!」

 ドローカード:アトランティスの戦士

「……! よっしゃああ! オレは『アトランティスの戦士』を手札から捨て……効果発動! 『伝説の都アトランティス』を手札に加え、発動するぜよ!」


アトランティスの戦士  /水
★★★★
【水族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「伝説の都アトランティス」1枚を手札に加える。
攻1900  守1200

伝説の都アトランティス
(フィールド魔法カード)
このカードのカード名は「海」として扱う。
手札とフィールド上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。
フィールド上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。


「……何やて!? フィールドが水浸しに……!」
 ソリッドビジョンが現れ、竜崎の腰の辺りまで、フィールドが大量の水で満たされる。
(せやけど……『超伝導恐獣』は電撃を操るモンスター! この程度の海水、むしろ好都合なくらいや!)
 そう思い、竜崎は笑みを漏らした。だが、梶木の狙うコンボはこれからだ。
「いくぜよ! オレはまず……『突撃魚』を攻撃表示で特殊召喚じゃ!」


突撃魚  /水
★★★★
【魚族】
このモンスターは攻撃表示で特殊召喚できる。
フィールドが「海」のとき、相手を直接攻撃できる。
攻 500  守 0


「さらに! 『突撃魚』を生け贄にし……このモンスターを召喚するぜよ! 『海竜(リバイアドラゴン)−ダイダロス』!!」


海竜−ダイダロス  /水
★★★★★★★
【海竜族】
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、
このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。
攻2600  守1500


 海竜−ダイダロス:攻2600→攻2800



「!! いきなり最上級モンスターを……! せやけど、攻撃力はワイのモンスターの方が上や! その程度では……」
「……へへ、そいつはどうかなぁ。ダイダロスの特殊能力発動じゃい!!」
 梶木の喚び出した巨大な海竜、その瞳が怪しく光りだす。
「……!? な、何や!?」
 すると見る見るうちに、水かさが増してゆく。
 二人の決闘者は海中に沈み、『超伝導恐獣』も身動きがとれなくなる。
 ソリッドビジョンと分かりつつも、竜崎は息苦しさを覚え、顔をしかめる。目の前の梶木は、ニヤリと笑みを零した。
「いくぜよ……ダイダロスの特殊効果! 津波を起こし……ダイダロス以外の、フィールドの全カードを洗い流す! いけぇぇ、タイダル・ウェーブッ!!」

 ――ズシャァァァァンッ!!!!

 ダイダロスが暴れると、巨大な津波が竜崎のフィールドを襲った。
 巨大な体躯を有する『超伝導恐獣』もそれには敵わず、流されてゆき、消滅する。
「ワッ……ワイの恐竜がぁぁぁ!?」
 だが、それを嘆いているヒマなど竜崎にはない。
 津波とともに、場を満たしていた海水も消滅したが――梶木の場にはまだ、召喚したばかりのダイダロスが残っている。

 海竜−ダイダロス:攻2800→攻2600

「こいつでトドメじゃあ! ダイダロス、竜崎にダイレクトアタックっ!!」
 宙に浮くダイダロスは、勢いよく竜崎に飛び掛り、体当たりをかました。

 ――バキィィィィッ!!!

「ぐは……っ!!」
 竜崎の背が大きくのけぞり、決闘盤のライフポイントが0を示した。

 竜崎のLP:1700→0


梶木 漁太  D・Lv.6
★★★★★★★★
9勝2敗
予選通過!
通過順位:13位


「よっしゃぁぁっ!! これで本選出場決定じゃいっ!!」
 梶木は会心のガッツポーズをとってみせた。
「通過順位は13位か……けっこう際どいトコじゃったな!」
 反対に、竜崎は悔しげに地団駄を踏んでみせる。
「あーくそっ! 勝てると思ったんやけどなぁ!!」
 デュエリストカードを取り出し、顔を歪める。


ダイナソー竜崎  D・Lv.6
☆☆☆☆☆☆☆☆
3勝4敗
予選失格


「これでワイも失格か……ま、終わってもうたモンはしゃーないわ。ワイに勝ったんや、本選がんばるんやで、梶木!」
「おう! お前の分も暴れてくるぜよ!」




 と――そんな二人の様子を、物陰から窺うデュエリストがいた。
 彼女は姿を隠したまま、小さく舌打ちをする。
(何よ……竜崎のヤツ、失格なわけ? 使えないわね!)
 彼女の正体――それは、孔雀舞である。


孔雀 舞  D・Lv.8
★★★★★★★☆
7勝1敗


「……まいったわね……時間も残り少ないっていうのに」
 舞は、道端の丸時計を見上げながら、苛立った様子でその場を離れる。
 現在、舞の勝ち星は7つ――あと一勝すれば、本選へ進出することができる。残り時間のうちに一勝上げることは、そう難しくもないだろう。

 だが、先ほどの梶木のことばが気にかかった。
 彼の発言によれば、本選枠はすでに13埋まっている。残りの枠はわずか3つ――早い者勝ちなので、もはや一刻の猶予もないと考えるべきだろう。

 だが舞は現在、思わぬ壁にぶつかっていた。残り時間わずかとなったためか、開始当初は掃いて捨てるほどに存在した決闘者たちが、どこにも見当たらないのである。
 恐らくは失格、あるいは勝ち抜けにより、だいぶ人数が絞られてきているのだ。おかげで先ほどから、決闘者と全く遭遇しない。
 いや、正確には遭遇するのだが、その多くがすでに、決闘盤を腕から外していた。勝ち星を全て失った者・予選通過が決まった者は、決闘盤を外す――そういうルールなのだ。つまり舞が探すのは、いまだ勝ち残っている、決闘盤を付けたままの決闘者である。
 辛うじて先ほど、梶木と竜崎がデュエルしているのを見つけたのだ。そのデュエル終了後、どちらかにデュエルを申し込もうと考えていたのだが――梶木は予選通過、竜崎は予選失格。完全に当てが外れてしまった。

(もう余裕は全く無いわね……。下手をすれば次の瞬間、本選枠が満杯になるかも知れない)
 舞は焦燥に駆られた。まさか、予選落ちなどするつもりはない――何が何でも、本選の舞台へ上がりたい。
(とにかくもう、相手を選んでいる余裕はないわ……。どんな相手だろうと、決闘者を見付けたら、即デュエルを申し込まないと!)
 歩きながら、舞はそう決意した。

(……。そういえば……アイツはもう、本選進出できたのかしら……?)
 ふと、一人の青年の顔が頭に浮かんだ。
 アイツは遊戯とかと違ってヌけているから、案外まだ残っているのかも知れない――そんなことを考えた、ちょうどそのときだった。


「――あれ? 舞じゃねえか」


「……エ……?」
 後ろからの懐かしい声に、舞は反射的に振り返る。
「……! 城……之内……?」
 舞の瞳が、動揺に震える。
 そこには、まだ決闘盤を付けたままの――城之内克也が立っていた。



決闘39 仲間

 孔雀舞は今から25年前、北関東の、平凡な中流家庭に生を受けた。
 金持ちではなかった。しかしその代わり、愛に満ちた家庭だった。学校から帰宅すれば、母が「お帰り」と言い、舞は「ただいま」と返す。父が「ただいま」と帰れば、二人して「お帰り」と返す。そんな、平凡だけれど温かな家庭。
 幼稚園や小学校では、割と人気者な方だった。スポーツはできたし、勉強もできた。ルックスだって悪くない。友達も多かったし、クラスでは手本になるような生徒だった。近所のカッコいいお兄さんに、淡い恋心を抱いたことだってある。
 平凡な、しかし幸せに満ちた幼少時代だった。しかし10歳のとき、彼女を悲劇が襲った。交通事故により、両親と死別――天涯孤独の身となった。

 しかし幸か不幸か、遠縁の親戚である孔雀家に引き取られ、養女として育てられることになる。孔雀家は貿易商を営む資産家で、そこには、金と物に満ちた生活が待っていた。
 欲しい物は何でも買えた。お小遣いだって多かった。食事も、以前よりもずっと豪華なものだった。けれどその代わり――愛に欠けた家庭だった。
 養父母は不仲で、家族全員で一緒に食事することは一度もなかった。
 実の両親を失ったショックから、しばらくは性格も消極的になり――転校先の学校では、いつしかクラスから浮いた存在となった。
 中学の頃から、ガラの悪い連中と付き合うようになった。けれど養父母は何も言わない。舞と彼らの間には、埋めることのできない、確かな溝が存在していた。

 高校へ上がってすぐの頃、養父母が事故で亡くなった。両親との、二度目の死別――しかし今回は、哀しみを微塵も感じられなかった。
 覚えたのは虚無感。両親を失っても哀しまない、空っぽな自分への虚しさ。
 財産目当てに、親族たちが群がり始めた。それに嫌気が差した舞は、高校を辞め、家を飛び出した。しばらく当てのない一人旅を続けた後、豪華客船のカジノ・ディーラーをしながら世界を回るようになった。
 天涯孤独の身の上で、しかし強く生きた。強く生きようとした。しかし、彼女が強くあろうとするほどに、自らを孤独に追い詰めることになった。いつからか舞は、“他人”を軽んじるようになる。自分以外の人間は、自分が生きていくための“糧”であり、踏み台にすべき“敵”であると。信じるべきは自分だけ、ずっと一人で生きてゆこうと。

 そんなある日、舞はM&Wと出会う。海外には、高額な賞金を賭けたM&W大会が幾つも存在した――試しに出場した大会で上位入賞を果たした舞は、嫌気のさしていたディーラーを辞め、M&Wを新たな生活の糧とすることを決めた。そのとき、彼女は決闘者になったのだ。

 そして、賞金目当てに参加した決闘王国で――舞は出会いを果たす。強豪決闘者として有名な武藤遊戯――その友人に過ぎない、初心者に近い男に負けた。彼らは何よりも、仲間の“絆”を重んじていた。それはかつて、舞が手放し、否定してしまったもの――彼に敗北したことは、舞の凍りついた心を溶かすキッカケとなる。

 いつからだったか――正確なときは思い出せない。気が付けば舞は、彼らの輪の中にいた。自分も彼らと同じ、“仲間”になっていた。独りではなくなった。“仲間”の大切さを、温もりを知った。

 キッカケを作ってくれたのは、城之内克也――彼の、馬鹿正直な、真っ直ぐな姿勢が、彼女の頑なな心を開いてくれた。
 言葉に出さなくても、彼には誰より感謝していた。そして――他の仲間とは違う、“特別な感情”も少なからず抱いている。

 “城之内克也”は、舞にとって特別な存在だった。
 感謝、好意、そして――心のどこかで、憧憬(しょうけい)の念も抱いていた。不器用な自分にイラ立ち、“彼のようになれればいいのに”――そう感じることも少なくない。


 “城之内克也”は舞にとって、何より特別な存在なのだ。


 ――だから……



●     ●     ●     ●     ●     ●



「久しぶりだな舞……確か、前の大会で会ったきりだったよな。元気そうじゃねえか」
 屈託のない笑みで、城之内が話しかけてくる。一緒に回っていたのだろうか、その隣には本田もいた。
「……。ええ、アンタらも元気そうじゃない。安心したわ」
 わずかな間を置いてから、舞も笑みで返した。自分がいま考えていることなど、目の前の男は想像もしていないのだろう――そう思いながら。
「アレ……決闘盤つけてるってことは、オマエもまだ予選中か?」
 城之内の問いかけに頷くと、舞はデュエリストカードを取り出してみせた。
「あと一勝だけか。なら城之内と同じじゃねえか」
 本田がそう言うと、城之内も自分のデュエリストカードを取り出し、舞に見せる。


城之内 克也  D・Lv.5
★★★★★★★☆
6勝0敗


「……ストレートで勝ってる割には……遅いわね。全勝組はとっくに勝ち抜けてると思ったわ」
 舞の指摘に、城之内の表情が引きつった。横から本田が解説する。
「コイツよー、最初の頃、なかなか対戦を申し込まなかったんだよ。“オレは強そうなヤツとしか闘わねーんだ”――とか何とか言いやがって。で、そのうち参加者も減ってきたろ? そこでようやく焦り出して、やっとこさココまで辿り着けた――ってわけさ」
 自業自得だろ?と本田が鼻で笑うと、城之内は恨めしげにジロリと睨んだ。
「全く……相変わらず無計画なのね、アンタは」
「ぐっ……べ、別にいーだろ! まだ一時間以上残ってるし……残り一勝なんだから、楽勝だっての!」
 舞のジト目に対し、城之内は慌てた様子で応える。あとたった一デュエル、一時間もあれば余裕ではないか――そう考える。
「……アンタ、これが早い者勝ちってこと忘れてるでしょ。さっき偶然、知ったんだけど……本選枠、あと3つしか残ってないわよ」
「ゲッ!? マジかよ!?」
 教えてやると、城之内は露骨に焦燥を浮かべた。
 まったく、しょうがない男だ――そう思い、舞はため息を漏らす。
「なら、急いだ方が良さそうだな……。せっかく会えたトコ悪ぃけど、さっさと対戦相手を探すか。んじゃな、本選で会おうぜ舞」
「――ストップ! 待ちな、城之内!」
 踵を返そうとしたところで、城之内は舞に呼び止められた。
「アンタも気付いてるでしょ? まだ生き残ってる決闘者は残りわずか……ちんたら対戦相手を探してたら、間に合わなくなるかも知れない」
「……? だから、急いで探すんだろ? まだ失格になってないヤツを……」
「……目の前にいるじゃない。まだ生き残っている決闘者が」
 舞のことばの意味を、城之内はすぐには理解できなかった。舞の不敵な、デュエリストとしての笑みを見て、ようやくその真意に気が付く。
「おっ……おいおい! 何言ってんだよ舞!?」
 城之内より早く、本田が驚きの声を上げた。
「オレ達は仲間だろ!? 何も、予選からツブし合うことなんて――」
「――でも。仲間である以前に、ライバルでもあるわ……」
 舞は真剣な瞳で、城之内を見据えた。
「もちろん……できるなら、アンタとは本選で闘いたいと思っていたわ。けれどこの状況……ヘタをすれば、二人とも予選敗退だわ。どのみち勝ち進めば、アンタとは闘う運命……早いか遅いかの違いだけ。そうでしょう、城之内?」
 挑戦的な眼差しで、しかしはっきりと、城之内を見つめる。
 城之内は戸惑った。確かに……予選通過を目指すなら、ここで舞とデュエルをするべきなのかも知れない。
 だが――。
「…………。城之内、アンタにとって“仲間”って何……?」
「エ……」
 渋る城之内を見かねて、舞が口を開く。
 迷いの無い瞳で、舞がその言葉の続きを言おうとした刹那――


「――そこの二人! ちょっと待つんだかんな〜!!」


 特徴的な喋り方で、二人を呼び止める者がいた。
 振り返ると、チ……背の低い男が、こちらに走ってきていた。
 二人のところまで辿り着くと、男はゼーゼーと息を吐いた。どうやら、かなり必死に走ってきたらしい。
「……何? アタシたち、いま取り込み中なんだけど」
 舞は露骨に、邪険な対応をした。良い感じに高まり始めた闘志を、こんなところですり減らしたくはない――そう言わんばかりに。
「おっ……お前たちに、デュエルを申し込みたいんだかんな〜」
 そう言って、男は自分のデュエリストカードを提示してみせた。よく見ると左腕に決闘盤も付けてる。


光の仮面  D・Lv.6
★☆☆☆☆☆☆☆
2勝2敗


 “光の仮面”というのは、デュエルをする上でのニックネームのようなものなのだろう。バトル・シティの参加登録は、本名以外で行うことも可能だからだ。ちなみに、男は別に仮面など付けてはいない。

 城之内と舞は、顔を合わせ、眉をひそめた。この男を相手にデュエルできれば、2人は予選でツブし合わずに済む――願ってもない申し出だ。だがそうすると、どちらが相手をするかという問題が生じる。片方はそれでいいにしても、もう片方は別の相手を探しに行かねばならない。
 先に口を開いたのは、城之内だった。
「いいぜ、お前がやってやれよ、舞」
「え……でも」
「心配いらねーよ! オレは運いいからな! すぐに相手が見つかるって!」
 城之内は早口にそう言うと、逃げるように立ち去ろうとする。
 だがそれを、チビが慌てて呼び止めた。
「まっ……待つんだかんな! オレは“お前たち”にデュエルを申し込んだんだ! お前にもいてもらわないと困るかんな〜!」
「……は?」
 城之内と舞は、揃って目を瞬かせた。

 2人はとりあえず、男の話を聞くことにした。
 何でも彼は、もともとタッグ専門の決闘者で、この予選も、タッグデュエルで勝ち上がるつもりだったらしい。
「ところが……タッグデュエルを受け入れてくれる相手が、なかなか見付からないんだかんな。仕方ないからシングル戦もやってるんだが……タッグじゃないと全然勝てないんだかんな〜」
 城之内と舞は顔を合わせ、表情を引きつらせた。
 それはそうだろう――バトル・シティ大会は元々、1対1を念頭に置いたデュエル大会だ。そんな大会で、タッグデュエルを受けてくれる相手など、そうそう見付かるはずがない。相手がタッグ専門と分かっている以上、急造のタッグで挑むのは圧倒的に不利だからだ。
「つーかオマエ、予選通過したらどうするつもりなんだよ……タッグ専門なんだろ?」
「そっ……そのときはそのときだかんな〜。来月、ドイツで開かれるタッグデュエル大会の、調整のつもりで参加してたんだかんな〜」
 どうか了承してくれ、と言わんばかりに、男は土下座までしてみせた。その必死さから察するに、相当な数のデュエリストに申し込んでは断られ続けたのだろう。城之内は何だか可哀想になってきた。
「オイ……コイツもこう言ってるし、受けてやろうぜ」
「う〜ん……そうねえ。正直あまり気は進まないんだけど……アンタのパートナーも生き残ってるわけでしょ? 1対1×2、ってわけにはいかないの?」
「そっ……それはお断りだかんな〜! タッグじゃないなら、オレは他を当たるかんな!」
 必死な様子で、男は食い下がった。
 しょうがないわね、と舞はため息を吐く。
「……まあ、城之内と闘(や)り合うよりはマシでしょ。いいわ、受けてあげる。パートナー連れて来なさいよ」
「サッ……サンキューだかんな〜!」
 男は目を輝かせると、携帯電話を取り出し、相棒に連絡をとる。通話相手も喜んでいるのか、何やら饒舌に会話していた。

「つーかオメーら……いきなりで大丈夫なのか? 城之内は遊戯とタッグした経験あるけど……舞はあるのかよ?」
 後ろから、本田が忠告する。大丈夫よ、と舞は胸を張った。
「何回かならあるわよ。それに……基本は同じデュエルだもの。いざとなったら、あたし1人で何とかしてやるわよ」
「へっ! まーオレは、タッグデュエルの勝率、100パーセントだからな! むしろタッグは得意分野だぜ!」
「……オメーは遊戯としか組んだことないじゃねーか」
 本田は不安げに、口を引きつらせた。


 5分もしないうちに、男の相棒が到着した。こちらはさっきの彼とは違い、背の高い男だった。このままだと紛らわしいので、デュエルを申し込んだ方をチビ、後から来た方をノッポと呼ぼう。

「チビじゃないかんな〜! コイツがちょっとデカ過ぎるだけだかんな〜!」

 チビが地の文にツッコんでいるうちに、ノッポは自身のデュエリストカードを提示してみせた。


闇の仮面  D・Lv.6
★☆☆☆☆☆☆☆
2勝2敗


「さて……んじゃ、さっさとおっぱじめようぜ」

 ターン移行の順番は、「チビ→城之内→ノッポ→舞」という形で決まった。

 チビとノッポの二人は、顔を合わせるとニヤリと笑みを零す。

(城之内克也と孔雀舞……相手にとって不足はないかんな〜!)
(ああ。グールズ解散後、無敗のタッグデュエリストとして世界中の大会に出てきたオレ達の実力……そしてタッグデュエルの恐ろしさを、ヤツラに思い知らせてやろうぞ!)

 4人全員がカードを5枚引くと、城之内が先走って宣言する。

「いくぜぇ……デュエル開始だっ!」



 チビのLP:4000  手札:5枚
     場:
城之内のLP:4000  手札:5枚
     場:
ノッポのLP:4000  手札:5枚
     場:
  舞のLP:4000  手札:5枚
     場:



決闘40 VS仮面コンビ!

「オレの先攻だかんな〜。オレはカードを2枚伏せ――ターン終了!」
 チビはモンスターを出すことなく、早々にターンを終えた。
「へっ……モンスターを引けなかったのか? 運が無いじゃねえか」
 城之内は能天気に、ニヤニヤと笑ってみせた。
 だがチビとノッポの方に、動揺した様子は全く無い。
(なるほど……あの落ち着いた様子から察するに、チビの方は主にサポート役らしいわね。二人で役割を分担した闘い方……“タッグ専門”というだけのことはありそうだわ)
 城之内とは対照的に、舞は冷静に、相手の様子を窺った。
「いくぜ! オレのターンだ、ドロー!」
 城之内は気にせず、勢い良くカードを引く。

 ドローカード:リトル・ウィンガード

「へへ……オレはまず『ランドスターの聖剣士』を召喚! 攻撃表示だ!」
 城之内のフィールドに、一体の妖精剣士が召喚される。ステータスは貧弱だが――彼の持つ剣には、特殊な魔力が秘められている。


ランドスターの聖剣士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除く事で、相手フィールド上の
魔法・罠カード1枚を持ち主の手札に戻す。自分のターンのエンド
フェイズ時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。
攻 500  守1200


「召喚時、特殊能力が発動するぜ! ランドスターの持つ剣に魔力が補充され……攻撃力が1000ポイントアップだ! さらに、その魔力を解放し――特殊能力発動!」

 ランドスターの聖剣士:攻500→攻1500

 ランドスターが光の剣を構える。そしてその輝きが増すと――チビのリバースカード1枚が、少しずつ震え始める。
「ランドスターの魔力カウンターを取り除くことで――オマエの場のリバース1枚を手札に戻すぜ!」
「!? うおっ!?」
 チビのカード一枚が、強制的に手札へと戻される。チビは憎々しげに、顔を歪めてみせた。

 ランドスターの聖剣士:攻1500→攻500

「へへ……言っとくが、これで終わりじゃねえぜ? 手札から『天使のサイコロ』を発動! サイコロを一つ振り……出た目の数だけ、ランドスターの攻撃力を倍化させる!」
 場に小さな天使が現れ、両手に持ったサイコロを放り投げた。それにより、出た目は――『6』。
「うっしゃあ、ツイてるぜ! これでランドスターの攻撃力は6倍……一気に3000だ!」
 城之内は顔を上げ、ガッツポーズをとってみせた。が――

 ランドスターの聖剣士:攻500

「……アレっ?」
 ランドスターに変化が起きない。城之内は目を瞬かせる。
「ヒャハハハー! 残念だかんなー! オレはこのカードを発動した。『魔力無力化の仮面』!」
「!? 何ぃ!?」
 城之内が確認すると、サイコロの上に気味の悪い仮面が装着され、出目が見えないようになっていた。


魔力無力化の仮面
(魔法カード)
場の魔法カードにとりつく呪いの仮面。
その魔法カードの持ち主は毎ターン300ポイントのダメージを受ける。


「くそっ……カードを1枚セットしてターン終了だ! この瞬間、ランドスターの剣に、再び魔力が補充されるぜ!」

 ランドスターの聖剣士:攻500→攻1500


 チビのLP:4000  手札:4枚
     場:魔力無力化の仮面
城之内のLP:4000  手札:3枚
     場:ランドスターの聖剣士(攻1500),天使のサイコロ,伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:5枚
     場:
  舞のLP:4000  手札:5枚
     場:


「オレのターン! 『シャイン・アビス』守備表示! リバースを1枚セットし、ターン終了だ!」
「あたしのターン、ドロー! 手札から『ハーピィ・クィーン』を捨て……効果発動! デッキから『ハーピィの狩場』を手札に加え、発動するわ!」


ハーピィ・クィーン  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻1900  守1200

ハーピィの狩場
(フィールド魔法カード)
「ハーピィ・レディ」または「ハーピィ・レディ三姉妹」が
フィールド上に召喚・特殊召喚された時、フィールドに存在する
魔法・罠カード1枚を破壊する。
フィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターは
攻撃力と守備力が200アップする。


「さらに『ハーピィ・レディ・SB』を攻撃表示で召喚! 『狩場』の能力により――『魔力無力化の仮面』を破壊!」


ハーピィ・レディ・SB  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカード名はルール上「ハーピィ・レディ」とする。
攻1800  守1300


 ハーピィ・レディ・SB:攻1800→攻2000
             守1300→守1500

 ――ズバァァァッ!!

 ハーピィは召喚されるや否や、チビのフィールドへ飛び掛り、仮面カードを引き裂いた。
 同時に――サイコロに付いていた仮面が引き剥がされる。
 だが、ランドスターの攻撃力はすでに1500、『天使のサイコロ』の効果は適用されずに墓地へと送られた。
「そのまま放置しとくと、ライフが300ポイントずつ削られるからね……あたしに感謝しなさいよ、城之内」
「おう! サンキュー、舞!」
 満足げに頷いてみせると、舞はそのままターンを終えた。


 チビのLP:4000  手札:4枚
     場:
城之内のLP:4000  手札:3枚
     場:ランドスターの聖剣士(攻1500),伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:シャイン・アビス,伏せカード1枚
  舞のLP:4000  手札:4枚
     場:ハーピィ・レディ・SB(攻2000),ハーピィの狩場


「オレのターンだかんな〜! オレは『仮面呪詛師』を守備表示で召喚し……特殊能力を発動!」


仮面呪詛師  /闇
★★★
【魔法使い族】
手札から仮面カードを1枚捨てる。
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻600  守1400


 新たに現れた、仮面モンスターが呪文を唱えると、ランドスターは突然苦しみ出す。
「毎ターン、リバースカードを手札に戻されるのは面倒だからな……ランドスターを、特殊能力で破壊するかんな!」
 次の瞬間、ランドスターの身体が爆発し、消滅する。城之内は顔をしかめた。
「そして……カードを2枚伏せて、ターン終了だかんな」
 チビはニヤリと笑みを零した。


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面呪詛師,伏せカード2枚
城之内のLP:4000  手札:3枚
     場:伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:シャイン・アビス,伏せカード1枚
  舞のLP:4000  手札:4枚
     場:ハーピィ・レディ・SB(攻2000),ハーピィの狩場


「んなろぉ……オレのターンだ! よし、『天使の施し』を発動! カードを3枚引いて……2枚を墓地に置くぜ!」

 ドローカード:真紅眼の黒竜,悪魔のサイコロ,漆黒の豹戦士パンサーウォリアー

 城之内は良く考えてカードを吟味し、モンスターカード2枚を墓地に置く。
「いくぜ! 『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』を召喚し……『仮面呪詛師』を攻撃だっ!」
 黒の豹戦士が、チビのモンスターめがけて躍り掛かる。だが、チビが伏せカードに手を伸ばす様子はない――これで破壊できる、城之内がそう信じかけた瞬間、隣のノッポの手が動いた。
「そうはさせん! 罠カード『無敵化の仮面』を発動!」


無敵化の仮面
(罠カード)
場のモンスター1体を選択して発動。
発動ターン、そのモンスターは破壊されない。


 ――ガキィィィィン!!

 『仮面呪詛師』の前に鋼鉄の仮面が現れ、豹戦士の剣を受け止めた。
「ナイスだかんな〜、闇の仮面!」
 凸凹(デコボコ)コンビは顔を合わせ、不敵な笑みを浮かべる。
「チッ……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面呪詛師,伏せカード2枚
城之内のLP:4000  手札:2枚
     場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,伏せカード2枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:シャイン・アビス
  舞のLP:4000  手札:4枚
     場:ハーピィ・レディ・SB(攻2000),ハーピィの狩場


「オレのターンだ! いくぞ、光の仮面よ!」
「オウ! いけ、闇の仮面!」
 チビに軽く確認をとると、ノッポはとっておきの魔法カードに指をかけた。
「オレは儀式カードを発動する! 『仮面魔獣の儀式』!」


仮面魔獣の儀式
(儀式魔法カード)
光と闇のモンスターを2体生贄にし
仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーを召喚する


「これが我々の、第一の切札……! 『仮面呪詛師』と『シャイン・アビス』を生け贄に捧げ、出でよ『仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー』!!」
 ノッポのフィールドに、不気味なマスクをした、巨大な“魔獣”が姿を現す。

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー:攻3200

「こっ……攻撃力3200ですって!?」
 驚きに、舞が声を上げた。いま舞の場には、攻撃力2000のハーピィとフィールド魔法のみ――攻撃されれば、確実にハーピィを破壊され、1200のダメージを受けてしまう。

(……さて、どちらを攻撃するか……)
 ノッポは一度冷静になり、場の状況を確認した。
 城之内克也と孔雀舞の場にはそれぞれ、攻撃力2000のモンスターが存在する。気になるのは、城之内の2枚のリバースカードだが……。
 ノッポはちらりと、隣のチビを見やった。チビはにやりと笑ってみせる。
(分かるだろ相棒……ここで攻撃すべきなのは、“あっち”のモンスターだかんな!)
 ノッポはチビの考えを察し、小さく頷いてみせた。

「オレが攻撃するのは……『ハーピィ・レディ・SB』だ! いけ、ヘルレイザーよ!!」
「!! くっ……!?」
 ヘルレイザーは杖を構え、舞のハーピィに対し、威勢良く殴りかかった。
 城之内は迷わず、場の伏せカードをオープンする。
「させねえよ!! トラップ発動『悪魔のサイコロ』!」
 小悪魔がフィールドに現れ、赤いサイコロを振るう。そして出た目は――またも『6』。
「っしゃあ! 今日はツイてるぜっ! コイツの効果で、ヘルレイザーの攻撃力は6分の1だ! つまり――」

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー:攻3200

「!? エ……!?」
 次の瞬間、城之内は目を疑った。ヘルレイザーに、全く変化が起きていない――チビの場でも、一枚のリバースが発動していたのだ。


呪い移し
(カウンター罠)
罠カードを使った時に発動!
その効力を相手に移し変える。


「ヒャハハハー! コイツの効果で、『悪魔のサイコロ』の対象を変更したかんな。対象はもちろん……」
 チビの視線の先には、舞のハーピィがいた。

 ハーピィ・レディ・SB:攻2000→攻500

 弱体化されたハーピィに対し、ヘルレイザーは容赦なく杖を振るう。

 ――ドガァァァァッ!!!!

「!! きゃあ……っ!!」
 凄まじい衝撃が、舞の身体を襲った。

 舞のLP:4000→1300

「すっ……すまねえ舞!! 大丈夫か!?」
「つう……!! え、ええ。何とか……」
 巻き上げられた煙を払いながら、顔をしかめ、舞は応える。
「ヒャハハー! 予想外の大ダメージだったかんな〜! そっちの男が『悪魔のサイコロ』を使ってくれて、超ラッキーだったかんな!」
「……!?」
 城之内の顔が青くなる。
 ――もし自分が『悪魔のサイコロ』を使わなければ、舞はここまでの大ダメージは負わずに済んだ……自分のミスで、舞を巻き込んでしまったのだ、と。

(フフ……やはり孔雀舞の方を攻撃して、正解だったようだな)
 ノッポはニヤリと、得意げな笑みを浮かべた。

 こうしたパートナーのミスが、相棒を巻き込んだ場合――そのタッグのチームワークは、少なからず乱れるものだ。
 無論、『呪い移し』を読むことは困難だし、城之内は舞を助けるためにトラップを使ったのだ。だが……それでも結果は失敗。
 結果として、城之内は舞に“負い目”を感じ、舞は城之内に“猜疑(さいぎ)”を抱くことになる。
 それは、さほど大きな亀裂にはならないかも知れない――だが積み重ねるにつれ、少しずつ、確かな不和となり、二人のプレイングを狂わせることにもなる。

「フフ……オレはこれでターン終了だ」

 凸凹コンビは着実に、勝利への駒を進めていた。


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:伏せカード1枚
城之内のLP:4000  手札:2枚
     場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
  舞のLP:1300  手札:4枚
     場:ハーピィの狩場



決闘41 信頼(前編)

「ちょっと……何て顔してんのよ、城之内!」
 舞はターンを始める前に、隣で青い顔をした城之内に喝を入れた。
「さっきのは仕方ないわよ……『呪い移し』なんてそうそう読めないし。あたしだってトラップを使ったと思うわ」
「え……あ、ああ」
 城之内は優れない顔のまま、舞に頷いてみせる。
「まだデュエルは始まったばかりじゃない! この程度のミスで気落ちなんてしてられないわ! しゃんとしなさい!」
 それだけ言うと、舞は勢いよくデッキからカードを引いた。その様子からは、凸凹コンビが期待した“猜疑心”など、微塵も感じ取れない。

(ホウ……切り替えが早いな。流石は孔雀舞、といったところか)
(でも……城之内の方には、思ってた以上に効果あったみたいだかんな〜!)
 冷静に状況を分析するノッポとは対象的に、チビはニヤニヤと笑みを漏らす。

「あたしはカードを1枚伏せ……『バード・フェイス』を召喚! 攻撃表示よ!」
 舞のフィールドに、新たな鳥獣モンスターが降り立つ。


バード・フェイス  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、
デッキから「ハーピィ・レディ」を1枚手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
攻1600  守1600


 バード・フェイス:攻1600→攻1800
          守1600→守1800

(とにかく……あの攻撃力3200のデカブツを、さっさと何とかする必要があるわね!)
 舞は手札から、1枚の魔法カードを選び出した。
「魔法カード『アマゾネスの呪詛師』! この効果により、バード・フェイスとヘルレイザーの攻撃力を入れ替えるわ!」


アマゾネスの呪詛師
(魔法カード)
呪詛のまじないの言葉は敵モンスターの
攻撃力と自軍モンスターの攻撃力を入れ替える


 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー:攻3200→攻1600
 バード・フェイス:攻1800→攻3400

「いくわよ……! バード・フェイス、ヘルレイザーを攻撃っ!!」
 アマゾネスの呪詛により力を得たバード・フェイスは、力強く羽ばたき、ヘルレイザーを強襲せんとする。
ノッポの場に伏せカードはない。しかしその代わり――チビの方が、場のリバースカードを発動する。
「そうはさせないかんな〜! 装備カード『仮面爆弾』!」


仮面爆弾
(装備カード)
自分の場の仮面モンスターが攻撃されたとき発動。
攻撃モンスターに装着される。
装備モンスターは攻撃できず、エンドフェイズ時に破壊される。
この効果で破壊したモンスターのレベル×100ポイントの
ダメージをコントローラーは受ける。


 新たな仮面がフィールドに現れ、それは、舞のバード・フェイスの顔面に、強制的に装着された。
 それにより、バード・フェイスは前が見えなくなる。何とか外そうともがくが、それは決して外れない。
「ヒャハハー! そいつを付けられたモンスターは、攻撃できなくなるかんな〜! さらに、エンドフェイズ時に爆破され、オマエのライフを400削るかんな!」
「!! なっ……!!」
 舞は表情を険しくした。だが、この状況に対応できるカードが手札に無い――しばらく考えてから、手札の罠カードを選び出す。
「カードを1枚伏せ……ターンエンドよ」

 ――ドガァァンッ!!

 バード・フェイスが爆破され、舞のライフが削られた。

 舞のLP:1300→900

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー:攻1600→攻3200



 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:
城之内のLP:4000  手札:2枚
     場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
  舞のLP:900  手札:2枚
     場:ハーピィの狩場,伏せカード1枚


「まっ……舞! 大丈夫か!?」
「えっ……ええ。何とかね」
 優れない表情で、舞は応える。これで舞のライフは早くも残り3桁――凸凹コンビは当然、舞を集中攻撃してくるだろう。
(やっ……やべえ。オレが何とかしねえと……!!)
 城之内の焦りは加速する。手札に視線を落とし――1枚の魔法カードに注目した。

「オレのターンだかんな〜! 魔法カード『強欲な壺』! さらに2枚をドローするかんな!」
 チビは引いたカードを見ると、ニヤリと笑みを零した。
「ヒャハハ、状況はさらに悪化するかんな! オレは『仮面複製士』を召喚し……特殊能力発動!」


仮面複製士  /光

【魔法使い族】
このカードを生け贄に捧げることで、自軍の仮面モンスターと
同じステータスを持った「仮面トークン」を生み出す。
「仮面トークン」はそのターン、攻撃できない。
攻 0  守 0


「コイツの特殊能力で、相棒の『ヘルレイザー』の複製「仮面トークン」を作る……この意味、分かるよなあ?」
 仮面複製士が姿を消すと、代わりに、2体目のヘルレイザーがフィールドに現れる。

 仮面トークン:攻3200
        守1800

「こっ……攻撃力3200が2体……だとぉ!?」
 城之内は呆気にとられる。
「安心しな、『仮面トークン』はこのターンの攻撃が許されないかんな。リバースを1枚置いて、ターン終了だ」


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面トークン(攻3200),伏せカード1枚
城之内のLP:4000  手札:2枚
     場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
  舞のLP:900  手札:2枚
     場:ハーピィの狩場,伏せカード1枚


「ク……オレのターンだ、ドロー!」

 ドローカード:炎の剣士

(これ以上の攻撃を受けたら、舞はやられちまう……! オレが何とか踏ん張らねえと!!)
「いっ……いくぜ! オレはパンサーウォリアーを生け贄に――」
「クク! させないかんな!」
 チビはすかさず、場の永続トラップを発動する。
「永続罠カード『生贄封じの仮面』!!」


生贄封じの仮面
(永続罠カード)
相手プレイヤーがモンスターを生贄宣言した時に発動!
そのモンスターの生贄は無効となり、このカードが場にある限り
相手モンスターはすべて生贄にはできない


「ヒャハハ! こいつが場にある限り、オマエらはモンスターを生け贄にできないかんな!」
「!? なぁぁっ!?」
 城之内は驚き、焦る。狙いを潰され、歯車が狂う――次にどうするべきか、悩み出す。

「……? ちょっと、アンタ大丈夫? 城之内?」
 いつもと違う城之内の様子に、舞が気付く。
 だが、城之内は応えない。完全に一人で考え込み、舞のことばが耳に入らない。
(相手の場には、最上級モンスターが2体……! 舞のライフは残りわずかだ、やっぱここは勝負に出るしかねえ!!)
 覚悟を決めると、城之内は手札の魔法カードを発動する。
「ライフを半分払って……魔法カード『ルーレット・スパイダー』発動!!」
「「「!!?」」」
 城之内以外の全員が、揃って目を丸くした。


ルーレット・スパイダー
(魔法カード)
フィールド上で最も攻撃力の高いモンスターを中心に置き回転させる。
ルーレット・スパイダーの矢印が指す対象を攻撃する。


 城之内のLP:4000→2000

 カードから奇妙なクモ型モンスターが飛び出し、『マスクド・ヘルレイザー』に目隠しをした。同時に、フィールドの中央にルーレットが現れ、そこにヘルレイザーを誘導する。
「こいつの効果は……攻撃力が一番高いモンスターを目隠しした状態で回転させる! そして矢印の止まった先の標的を攻撃するんだ!」
「!?」
「なっ……何だと!?」
 チビとノッポは顔を見合わせ、青くなった。
 ルーレットの標的は、4人のプレイヤーと『仮面トークン』、『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』。つまり、各々に当たる確率は6分の1。

(確かに強力なカードだけど……ライフ4000の段階で使うようなカードじゃないわ! 何考えてんのよ、城之内!?)
 怪訝そうな表情で、舞は城之内を見つめた。

(『仮面トークン』に当たれば、相撃ちで一気に形勢逆転……! 頼むから、舞にだけは当たってくれるなよ!!)
 城之内はゴクリと、唾を飲み込んだ。
「いくぜ……! 運の悪いヤツが吹っ飛ぶ大バクチだ! ルーレット・スパイダー回転!!」

 ――ゴオオオオオオオオッ!!!

 目隠しされたヘルレイザーが、高速回転を始める。
 それを止めるのは、ヘルレイザーの持ち主であるノッポ――だが回転が速すぎて、狙いを付けることはできない。
「スッ……ストップだ!!」
 冷や汗をかきながら、震える声でノッポは叫んだ。ピタリと、回転が停止する。4人全員が、その矢印の先に注目する。
 『ルーレット・スパイダー』の効果対象は何と――城之内のモンスター『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』。
「……。ハ……ッ」
 凸凹コンビの表情が一変する。
「ハハハハッ!! バカめ、自滅しやがった!!」
 回転に酔いながらもヘルレイザーは、目の前の豹戦士に杖を叩きつける。

 ――ドゴォォォッ!!!!

「!! ぐあ……っ!!」
 豹戦士は容易に潰され、城之内のライフが削られた。

 城之内のLP:2000→800

 衝撃に負け、城之内は膝を折った。
 数値上のダメージだけではない――ここぞのギャンブルを外した精神的ダメージが、城之内を打ちのめす。
(何てこった……! また失敗しちまった!)
 顔を上げることができない。
 このデュエルには、舞の本選出場もかかっているのに、絶対負けられない一戦なのに――と。
「…………」
 そんな城之内に、舞が無言で歩み寄る。それに気付き、顔を上げると――舞が、怒りの表情を向けてきていた。

「――バカにしてんじゃないよっ!!!」

 舞が叫ぶ。その雰囲気に気圧され、城之内は呆気にとられた。
「アンタさっきから……なに気負ってんのさ! あたしのライフが減ったのは、自分のせいだとでも言いたいわけ!? 舐めてんじゃないわよ!!」
 城之内の反応など待たず、舞は激昂してみせる。
「アンタの中のあたしは、そんなに弱い決闘者なわけ!? あんたの言う“仲間”ってのは、オンブに抱っこで馴れ合う関係なわけ!?」

 ――違うでしょ!?
 ――そんなの、“仲間”でもなんでもない!!

「アンタがあたしを“仲間”だと思うなら……もっと信じな! あたしの力を!!」
 それだけ言うと、舞は踵を返し、元の配置へ戻る。
 その様子を見て、凸凹コンビはキシシと笑い合った。

(ぷぷっ……ヤツラのチームワーク、早くもガタガタだかんな〜!)
(ああ! このデュエル、もはや勝敗は見えたな!)

「…………」
 城之内は無言で立ち上がる。舞の方は、少しも見ない。
「カードを1枚セットして……ターン終了だ」
 顔は伏せがちにして、静かにターンを終えた。


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面トークン(攻3200),生贄封じの仮面
城之内のLP:800  手札:1枚
     場:伏せカード2枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
  舞のLP:900  手札:2枚
     場:ハーピィの狩場,伏せカード1枚


「フフ……オレのターンだな、ドロー」
 ノッポはニヤニヤと笑いながら、相手のフィールドを見やった。
(ヤツラにもうモンスターはいない……ライフも残りわずか、頼みの綱はリバースのみか)
 どちらを攻撃しても良いが――やはりここで優先すべきは、次にターンが回る孔雀舞の撃破だろう。
「いくぞ……ヘルレイザーよ、孔雀舞を抹殺せよ!!」
 ノッポが叫ぶと、ヘルレイザーは舞に飛び掛った。

 城之内は一切動かない。リバースカードは2枚ある――だがどちらにも、手を伸ばすことはない。
 自身に迫る攻撃に対し、舞は自ら、トラップを発動する。怒りが冷めていないのか、手つきがやや乱暴だ。城之内の手助けなど無用――そう主張するかのように。
「リバースオープン!! 『イタクァの暴風』!!」


イタクァの暴風
(罠カード)
相手フィールド上モンスターの表示形式を全て入れ替える。
(攻撃表示は守備表示に、守備表示は攻撃表示にする)


「!? むっ!?」

 ――ブォォォォォォッ!!!!

 凄まじい風が吹き荒び、ヘルレイザーはたまらず後退する。その圧力は『仮面トークン』にも及び――揃って片膝を折り、守備体勢を強いられる。

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー:守1800
 仮面トークン:守1800

(チィッ……まだこんなトラップを隠し持っていたとは!)
 ノッポは顔をしかめた。ヘルレイザーの守備力は1800――さほど高くはない。
 リバースカードで対処したいが、生憎手札には、モンスターカードしか存在しなかった。
「仕方ない……『女邪神ヌヴィア』を攻撃表示で出し、ターンを終了する」

 女邪神ヌヴィア:攻2000


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面トークン(守1800),生贄封じの仮面
城之内のLP:800  手札:1枚
     場:伏せカード2枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー(守1800),女邪神ヌヴィア
  舞のLP:900  手札:2枚
     場:ハーピィの狩場


「あたしのターン、ドロー! あたしは『ハーピィ・レディ1』を召喚! それにより、『狩場』の効果発動……『生け贄封じの仮面』を破壊するわ!」


ハーピィ・レディ1  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に存在する限り、
風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
攻1300  守1400


 ハーピィ・レディ1:攻1300→攻1600→攻1800
           守1400→守1600

 ――ズバァァァッ!!

 呼び出されるや否や、ハーピィは『生け贄封じの仮面』を切り裂き、破壊する。これで舞と城之内は、モンスターを生け贄にすることが可能となった。
(チィッ……『ハーピィの狩場』か。けっこう厄介なカードだかんな〜!)
 チビが顔をしかめる。だが、新たに呼び出したハーピィの攻撃力は1800、凸凹コンビの仮面モンスターまでは倒せない。
「……さらに、墓地の『バード・フェイス』をゲームから除外し……『シルフィード』を守備表示で特殊召喚!」


シルフィード  /風
★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻1700  守 700


「そして、カードを1枚セットして……ターンエンドよ」
 結局舞がしたのは、次のターンを凌ぐための守備一辺倒――手札も全て使い切った。チビは勝ち誇った笑みを浮かべる。


 チビのLP:4000  手札:1枚
     場:仮面トークン(守1800)
城之内のLP:800  手札:1枚
     場:伏せカード2枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー(守1800),女邪神ヌヴィア
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:ハーピィ・レディ1(守1600),シルフィード(守700),ハーピィの狩場,伏せカード1枚


「ヒャハハ! 足掻くだけ無駄だかんな! 『仮面トークン』を攻撃表示に変更し……バトルフェイズ開始ぃっ!」
 その瞬間、舞の手がリバースに伸びる。
「トラップ発動!! 『ゴッドバードアタック』!!」
「……は……?」
 チビの表情が、凍りついた。


ゴッドバードアタック
(罠カード)
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。
フィールド上のカード2枚を破壊する。


 ――ピシャァァァァンッ!!!

 ハーピィに稲妻が落ちた。
 電撃を身にまとったハーピィは甲高い雄叫びを上げ、飛翔する。
「『ゴッドバードアタック』は、あたしのハーピィちゃんを生け贄に、カード2枚を破壊できる強力カード……!! あたしが破壊するのは当然、高攻撃力を備えた『ヘルレイザー』とそのコピーよ! 行って、ハーピィ・レディ!」
 ハーピィは頷くと、凸凹コンビの大型モンスター2体に、一見すると無謀とも見える特攻を仕掛けた。

 ――ズガガァァァァンッ!!!!!!

 だがその突撃が、突破口を開く。2体のヘルレイザーは、ハーピィの捨て身の一撃を受け、ともに爆散し、消滅してしまった。
「オッ……オレたちのヘルレイザーがぁぁ!!?」
 凸凹コンビは揃って、青い顔をした。
 あっという間の猛反撃――これで2人の場に残されるのは、レベル4のヌヴィアのみ。場の状況は、一気に心許ないものとなる。
(だっ……だが! まだだかんな! さっき引き当てたこのカードがあるかんな!)
 焦りを感じながらも、チビはモンスターを召喚する。
「バトルフェイズ終了後、『メルキド四面獣』を召喚し……さらに! ヌヴィアとこいつを生け贄にして……オレのデッキ最強のモンスターを特殊召喚するかんな!」
「!? オッ……オイ! オレのモンスターを生け贄にするなら、少しは確認をとったらどうだ!?」
 ノッポの非難を、チビは黙って聞き流す。スタンドプレイに走りながらも、手札に残された最後のカードを場に召喚する。
「いでよ! 『仮面魔獣デス・ガーディウス』!!」


仮面魔獣デス・ガーディウス  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
デス・ガーディウスが墓地に行く時、場に仮面を残す。
(「仮面呪術師カースド・ギュラ」「メルキド四面獣」
どちらかを含む生け贄2体を捧げない限り特殊召喚できない。)
攻3300  守2500


 チビのフィールドに、新たな“仮面魔獣”が呼び出される。その攻撃力は、ヘルレイザーを更に上回る数値――3300。
 それを見て、ノッポは手の平を返したように、反応を一変させる。
「おおっ! そうか、ガーディウスを引いていたのか! でかしたぞ、光の仮面!」
「当然だかんな! オレを信じてりゃ、負けることはないんだかんな!!」


 チビのLP:4000  手札:0枚
     場:仮面魔獣デス・ガーディウス
城之内のLP:800  手札:1枚
     場:伏せカード2枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:シルフィード,ハーピィの狩場


「オレのターンだ! ドローッ!!」
 更なる力を秘めた“仮面魔獣”を前に、城之内は怯まずカードを引く。
 だが、レベル4以下のモンスターが手札にいない――召喚したい上級モンスターはいるが、如何せん生け贄がいない。
(クソッ、どうする……?)
 手札と睨めっこを始める。すると横から、声が掛けられた。

「――使いなさいよ……あたしのモンスターを」

「……! 舞……?」
 城之内は顔を上げた。舞は顔を向けないまま、ことばを続ける。
「上級モンスターを召喚したいんでしょ……? 生け贄にしなさいよ、あたしのモンスターを」
「え……でも……」
 今度は顔を向け、舞はふっと笑みを浮かべた。
「あたしは、アンタの力を信じてるもの……“仲間”として。足の引っ張り合いではなく、共に互いを高め合える“パートナー”だと思ってる。そうありたいと思ってる。だから……!」
「……!!」
 城之内の瞳から、一切の迷いが消えてゆく。
 力強く頷くと、城之内ははっきりと“仮面魔獣”を見据えた。
「いくぜ! オレは舞の『シルフィード』を生け贄に――レベル6の上級モンスターを召喚する!」
 舞のモンスターが、生け贄の渦に巻き込まれていく。だが所詮はレベル6、圧倒的な攻撃力を誇るガーディウスを前に、一体何ができるというのか――3人は揃って、その正体に注目する。
「オレが呼び出すのはコイツだ……出でよ、『炎の剣士』!」
 城之内の場に、炎を操る屈強な剣士が召喚された。


炎の剣士  /炎
★★★★★★
【戦士族】
攻1800  守1600


「……。ぷっ……ヒャハハ! 何だその貧弱モンスターはぁ!?」
「クク、追い詰められて気でも狂ったか?」
 チビとノッポは揃って、笑い飛ばす。だが、舞だけは決して笑わない。

「……へっ。笑うのは勝手だがよ……忘れてんじゃねえか? けっこう前に伏せたきりで、全然使わなかった……コイツの存在をよ」
 城之内は颯爽と、リバースカードに手を伸ばす。
「いくぜ、これがオレの切札だ! リバーストラップ発動! 『真紅の閃き』!!」


真紅の閃き
(罠カード)
自分の場または墓地に存在する、
「真紅眼の黒竜」と他のモンスター1体を
ゲームから除外し、融合させる。


「コイツの効果により……『天使の施し』で墓地に送ってあったレッドアイズと、場の『炎の剣士』を融合させるぜ! いでよ――」
 城之内の場にレッドアイズが現れ、炎の剣士と交わり、新たなモンスターが誕生する。その名は――

「――『黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−』ッ!!」

 城之内のフィールドに、黒炎を操る剣士が現れた。


黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−  /闇炎
★★★★★★★
【戦士族】
「炎の剣士」+「真紅眼の黒竜」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ時、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力が
このモンスターの攻撃力より高い場合、自分の墓地に存在する
レベル4以下のモンスター1体をゲームから除外することで、
バトルステップ終了まで、その攻守をこのモンスターに加える。
攻2100  守1800


 チビのLP:4000  手札:0枚
     場:仮面魔獣デス・ガーディウス
城之内のLP:800  手札:1枚
     場:黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−,伏せカード1枚
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:ハーピィの狩場



決闘42 信頼(後編)

「ダッ……ダーク・フレア・ブレイダー……だと?」
 見たことのないモンスターの登場に、ノッポは目を見張った。
「ビ、ビビることなんてないかんな〜! ただ『炎の剣士』が少し大きくなって、黒っぽくなっただけだかんな〜!!」
 身もフタもないことを言うチビ。
(それに……仮に破壊されたとしても、ガーディウスには特殊能力があるかんな!)
 そこまで計算に入れた上で、チビはニヤリと笑う。

「へっ……色が変わっただけかどうかは、いま見せてやるよ! バトルだ! 黒炎の剣士(ダーク・フレア・ブレイダー)で、ガーディウスを攻撃っ!」
「!? 何ぃ!?」
 黒炎の剣士は頷くと、自分より一回り大きい“魔獣”に向けて、怖じけず、果敢に斬りかかる。
 2体のモンスター間の攻撃力差は1100――ガーディウスが大きく上回っている。
「はっ、反撃だ、ガーディウス! ダークデストラクション!!」
 ガーディウスは両掌に闇の魔力を集中させ、突っ込んできた黒炎の剣士へ振り下ろす。
 黒炎の剣士は剣を構え、正面からそれを受け止める。

 ――ガギィィィィッ!!!!

 力の差は歴然――だが、黒炎の剣士が真価を発揮するのはここからだ。
「この瞬間――黒炎の剣士の特殊能力発動っっ!!」

 ――ズドォォォォッ!!!!

 黒い剣から一気に、黒の炎が溢れ出す。それは剣に纏わり付く一方で、ガーディウスを襲い、怯ませる。
「黒炎の剣士の特殊能力……! 墓地へ送られたモンスターの闘志を受け継ぎ……攻撃力・守備力を上げることができる! 『リトル・ウィンガード』をゲームから除外することで……1ターンの間、その能力値だけ攻守が上がるぜ!!」


 黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−:攻2100→攻3500
                      守1800→守3600


「いけ、黒炎の剣士!! 闘・気・黒・炎・斬っ!!」
 後退したガーディウスの懐へ飛び込むと、極限まで威力を増した黒剣を振るう。

 ――ズバァァァァッ!!!!

 冴えた音が、辺りに響き渡った。
 力任せに振るわれた剣が、魔獣の身体を袈裟に斬り裂く。

 勝利を確信した剣士は、剣を下げて、後ろへ跳ぶ。
 すると、傷口から入ったであろう黒炎が爆発し、ガーディウスを見事打ち砕いた。

 チビのLP:4000→3800

「うっしゃああ!! デス・ガーディウスを撃――」
「――そいつはどうかなぁ?」
 切札を破壊されたにも関わらず、チビの顔は笑ったままだ。
「ヒャハハハハッ、ガーディウスを破壊してくれてありがとよ! コイツは死に際に仮面を残して行くんだ! その仮面とは――」
 チビはデッキから素早く、魔法カードを選び出す。
「――コイツだぁ! 『遺言の仮面』!!」


遺言の仮面
(魔法カード)
このカードをデッキに戻しシャッフルする。
また「仮面魔獣デス・ガーディウス」の効果を使用した場合は
装備カード扱いとなる。装備モンスターのコントロールは
その時点のコントローラーの対戦相手に移る。


「この仮面には、さっき破壊されたガーディウスの復讐心が宿っているのだ! そして装着されたモンスターはその意思に操られ、オレ達のしもべと化す……! ゆけぇ、『遺言の仮面』よ!」
 チビは黒炎の剣士を指差し叫ぶ。
 だが、様子がおかしい――『遺言の仮面』が、黒炎の剣士を襲わない。
「アレ……?」
 城之内のフィールドで、もう一枚のリバースカードが表にされていたのだ。


墓荒らし
(魔法・罠カード)
相手プレイヤーの墓地に置かれたカードを1枚奪いとる!!


「へへ……コイツでテメエの墓地のカードを拝借させてもらったぜ! 奪ったのは、『遺言の仮面』の効果を封じられるカード――『魔力無力化の仮面』!!」
「!! なぁ……っ!?」
 チビはことばを失った。『遺言の仮面』には“無力化の仮面”が取り付けられ、見事その効果を封じ込められている。
「へへっ……どーだ、見たか! これで形勢逆転だ!」
 自慢げに、城之内は舞に向き直る。
「……ま、アンタにしちゃ上出来ってトコかしらね」
 舞もまた、笑みでそれに応じた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!」


 チビのLP:3800  手札:0枚
     場:遺言の仮面
城之内のLP:800  手札:0枚
     場:黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−,伏せカード1枚,魔力無力化の仮面
ノッポのLP:4000  手札:4枚
     場:
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:ハーピィの狩場


(チッ……これでチビのカードは全滅か! こうなったら、オレが何とかするしかないが……!)
 すがるような顔で見つめてくるチビを無視しながら、ノッポは自分の手札を確認する。
 全てがモンスターカードだった。レベル4以下が3枚、レベル10が1枚。この状況を覆すには、あまりに偏り過ぎていた。
(くそっ……このドローで何とか、起死回生のカードを引き当てねば!)
「オレのターン! ドローッ!!」
 引くや否や、すぐにその正体を確かめる。引き当てたのは何と――この状況で、最も欲しかったキーカード。
「きたぁぁぁっ!! オレは魔法カード『仮面祭』を発動する!!」


仮面祭
(魔法カード)
手札に存在するレベル4以下の仮面モンスターを
可能な限り特殊召喚する。


「この効果によりオレは……3体の仮面モンスターを一斉に特殊召喚する! 来いっ!!」
 ノッポは威勢良く、3枚を決闘盤に並べた。『シャイン・アビス』、『仮面魔道士』、『仮面道化』――いずれも、黒炎の剣士を下回る能力値しか持たない。
「へっ……壁を並べて凌ごうってか? ずいぶん必死じゃねえの」
 余裕気味に、城之内が嘲笑う。
 バカめ、とノッポはほくそ笑んでみせた。
「コイツラは生け贄だ……。オレの、そしてオレ達のデッキで、最強の“仮面魔獣”を呼び出すための、な」
 残された1枚をかざす。現れたばかりの3体全てを生け贄とし――それを盤に叩きつける。
「3体の仮面を生け贄に捧げ――降臨せよ、『仮面魔獣 イビル・ヴァイザード』ッ!!!」
 ノッポのフィールドに、先ほどまでの2体の“仮面魔獣”と同じような――しかし一段と巨大で獰猛そうな、まるで野獣のようなモンスターが呼び出された。その顔には当然、今までと同じで仮面を付けているが、裂けた口だけはそれに隠れず、飢えたように涎を垂らしている。


仮面魔獣 イビル・ヴァイザード  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在する仮面モンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
ライフを1000払わなければ攻撃できない。
自分のスタンバイフェイズ時に自分の墓地の
仮面カード2枚をゲームから除外する。
除外しない場合、このカードを墓地へ送る。
攻5000  守3000


「なっ……攻撃力5000!? あの『青眼の究極竜』を更に凌ぐ攻撃力ですって!!?」
 『デス・ガーディウス』で打ち止めと思っていただけに、そのインパクトは相当なものだった。信じがたい事態に驚愕し、舞は目を見張る。
 ここまでの戦闘で、舞と城之内はほとんどの戦力を費やしてしまった。
 今現在、全プレイヤーの手札は0枚――その状況で、これだけの化け物を喚び出したのだ。舞は怯まずにいられない。

「フフ……見たか! これこそが、我らが持つ“仮面三魔獣”最後の1体! 扱いは少々難しいが……攻撃力だけなら、あの三幻神をも上回るしもべとなるのだ!!」
「ナイスだかんな〜! これでオレ達の勝利確定だかんな〜!!」
 凸凹コンビは喜々として、これから訪れるであろう勝利を、共に祝い始める。

「――へっ……ちっと早えーんじゃねえか? 喜ぶのはよ」
 そんな中、城之内一人は冷静だった。挑発的な笑みを浮かべ、ノッポに言う。
「忘れたのかよ? オレの『黒炎の剣士』の特殊能力を。コイツは墓地のレベル4モンスターを除外することで、その攻守を得ることができるんだぜ?」
「……フン。当然、計算ずくだ……。貴様の墓地に存在するレベル4モンスターで、最強はパンサーウォリアーのはず……それを除外したところで、『黒炎の剣士』の攻撃力は4100どまり。つまり、この『イビル・ヴァイザード』には到底及ばない……」
 そして、その攻撃力差は900ポイント――城之内の残りライフ、800ポイントを超過する数値。
 城之内の場にはまだ1枚、リバースカードも残っているが――これまで2体もの“仮面魔獣”を退けた城之内たちが、相当の余力を残しているとも思えなかった。
「クク……ではその減らず口、この一撃で叩けぬようにしてやろう。ゆけ、『イビル・ヴァイザード』よ! 我がライフの一部を糧とし――黒炎の剣士を叩き潰せ!!」

 ノッポのLP:4000→3000

 『イビル・ヴァイザード』は低い雄叫びを上げると、上体を大きく反らせ、その長い腕を振りかぶる。そしてそのまま、足は動かさずに――上体を起こし、めいっぱい反動を付けた右拳を叩き込んだ。
「……っ! 黒炎の剣士の特殊能力発動! パンサーウォリアーを除外し……その攻守を得る!!」
 剣の纏う黒炎が威力を増し、剣士のステータスが飛躍的に上がる。

 黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−:攻2100→攻4100
                      守1800→守3400

 ――ドズゥゥゥゥゥンッッ!!!!!

 斜め上から襲う強烈な一撃を、剣士は正面から、剣を使って受け止める。
 だがその攻撃力は、黒炎をまとった剣よりもさらに上――たちまちそれに、亀裂が走る。
「ハハハ、見たか! やはりオレのヴァイザードには敵わな――」

 ――ズドォォォォォォッッ!!!!!!!!

 だが次の瞬間、異変が起こる。
 剣のまとっていた黒炎が、一気に爆発し、剣士の全身を覆った。
 まるで、自らの命を燃やし始めたかのように――黒炎の勢いは飛躍的に上がり、ヴァイザードの腕を後退させ始める。

「……へっ」
 城之内の最後のリバースカードが、このタイミングで開かれたのだ。
「リバーストラップ発動……『バーン・アウト!』ッ!!」


バーン・アウト!
(罠カード)
ダメージステップ時、フィールド上の戦士族または炎属性モンスター1体を
選択して発動。そのモンスターの守備力分の数値を攻撃力に加える。
選択したモンスターがプレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる。
発動ターンのバトルフェイズ終了後、そのモンスターは攻撃力・守備力が0となる。


「この効果により、黒炎の剣士は全ての力を、この一撃に注ぎ込める! 燃え上がれ、ダーク・フレア・ブレイダーッッ!!!」
 黒炎の剣士は、己の全てを燃やし、この一撃に全てを賭ける。
 守備を捨て、攻撃に全てを費やすことで、攻撃力が飛躍的に向上する。


 黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−:攻4100→攻7500
                      守3400→守0


 絶望的なまでの体格差。
 だが、全てを賭ける剣士の前には、体躯の差など、微々たる問題でしかない。
 目の前の腕を、力任せに払い上げる。そしてその隙をつき、一足飛びに跳躍すると、胸に剣を突き立てた。
「燃やし尽くせ――“バーン・アウト”ッ!!!」
 城之内の叫びを合図とし、剣を残し、剣士は後方に跳躍する。同時に剣は燃え上がり、“魔獣”の全身を焼き尽くした。


 ノッポのLP:3000→1750


「う……おおおおおっ!?」
 “魔獣”の断末魔を聞きながら、ノッポは呆気にとられた。信じられない――まさか、最強の“仮面魔獣”までが敗れ去るなど。

 この一撃に全てを賭けた剣士は、がっくりと片膝を折り、全ての戦闘能力を失う。だが、その役割は十二分に果たしてくれた。


 黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−:攻7500→攻0


 チビのLP:3800  手札:0枚
     場:遺言の仮面
城之内のLP:800  手札:0枚
     場:黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−(攻0),魔力無力化の仮面
ノッポのLP:1750  手札:0枚
     場:
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:ハーピィの狩場


「あたしのターン、ドロー! よし……『ネフティスの導き手』を召喚し、特殊能力発動!」


ネフティスの導き手  /風
★★
【魔法使い族】
このカードを含む自分フィールド上のモンスター
2体を生け贄に捧げる事で、デッキまたは手札から
「ネフティスの鳳凰神」1体を特殊召喚する。
攻 600  守 600


 舞が目配せすると、城之内は無言で頷く。
 炎の渦が、導き手自身と『黒炎の剣士』を包み込む。
「『黒炎の剣士』の魂を受け継ぎ……“鳳凰”が降臨するわ! いでよ『ネフティスの鳳凰神』!!」


ネフティスの鳳凰神  /炎
★★★★★★★★
【鳥獣族】
このモンスターがカードの効果によって破壊された場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。
この方法で特殊召喚に成功した場合、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻2400  守1600


「いくわよ! ネフティスの直接攻撃! エターナル・ブレイズッ!!」
 鳳凰が口を開くと、ノッポ目掛けて火炎を放射した。

 ――ズドォォォォッ!!!

「――ぐあああああっ!!!」
 その一撃が、ノッポの全身を焼く。そして、決闘盤のライフ表示が大きく動いた。


 ノッポのLP:1750→0


「あっ……相棒ぉぉ! クソォ……まだ諦めないかんな! オレのターン、ドローっ!」
 チビは懸命にカードを引いた。しかしその瞬間、城之内の場の『魔力無力化の仮面』により、微細ながらダメージを受ける。

 チビのLP:3800→3500

 ドローカード:凶暴化の仮面

(駄目だ……オレのデッキは元々、サポートを念頭に置いた構成になってる! 一人じゃどうにもならない……!!)
 顔をしかめて、ノッポを見る。ノッポは力なく、首を横に振った。
 それを見て、チビもがっくりと肩を落とす。
「……サレンダー……オレ達の負けだかんな……」

 チビのLP:3500→0


 チビのLP:0  手札:1枚
     場:遺言の仮面
城之内のLP:800  手札:0枚
     場:魔力無力化の仮面
  舞のLP:900  手札:0枚
     場:ネフティスの鳳凰神,ハーピィの狩場


 ノッポはチビに歩み寄ると、その肩に手を置いた。
 チビは口を歪め、心底悔しげに呟く。
「納得いかないかんな……! ヤツラは所詮、急造コンビ……チームワークだって、ロクにとれてなかった! それなのに、タッグ専門のオレ達が負けるなんて……!!」
「……チームワークか……」
 それは違うな、とノッポは応える。
「ヤツラは終盤、ちゃんとチームワークをとれていた……。確かに、目に見えた連携はほとんどなかった。だが、互いの力を信じ合い、各人が自分にできることを存分にやり抜くことで……共に100パーセントの力を出し合い、結果としてデュエルを勝利に導いたのだ」
「……タッグデュエルの新たな可能性……ってわけか?」
 チビはたまらず苦笑を漏らすと、ヤレヤレと肩を竦めた。
「いい勉強になったさ……デュエルの世界はまだまだ奥が深い、ということだ」
 ノッポも同じように、苦笑で返してみせた。




 一方、城之内と舞の二人は、デュエルの勝利を喜ぶことも忘れ、自身のデュエリストカードを見つめていた。


孔雀 舞  D・Lv.8
★★★★★★★★
8勝1敗
予選通過!
通過順位:14位

城之内 克也  D・Lv.5
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:15位


「……つーか……何でオマエの方が、通過順位、上なんだよ?」
「まっ……デュエルのトドメを刺したのは、あたしのネフティスだったからね。当然の結果よ」
 不満げな城之内に対し、舞はフフンと鼻を鳴らしてみせた。
「――ったく……ハタから見てる分にゃヒヤヒヤしたぜ。ともあれこれで、2人とも予選通過だな」
 観戦していた本田が、二人に歩み寄る。
「あれっ、本田いたんだっけ?」
「最初からいたぞ」
 舞の問いかけに、本田は半ギレ気味に応えた。何だこの背景扱い。
「さて……とにかくこれで、あたし達は揃って本選に進めるってわけね」
 舞は城之内に、右手を差し出してみせた。
「アンタとのタッグデュエル……結構楽しめたわ。三日後の本選では、また敵同士だけど……お互いがんばりましょう」
「……。へっ、敵なんかじゃねえよ」
 城之内も手を出し、それに応じる。
「タッグだろうが1対1だろうが、いつだって……オレ達は“仲間”だよ。強ぇ絆と、信頼で結ばれた……な」
 そして二人は、固い握手を交わした。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 孔雀舞・城之内克也――この2名の同時通過により、本選枠は残り1つとなった。もっともそれが分かるのは、KCの大会関係者と、15位の成績で通過した城之内たちだけであるわけだが。
 制限時間は残り、1時間を切る。人数もだいぶ絞られ、途中辞退者を除く残された決闘者は、わずか6名にまで減っていた。


 そしてその中には未だ――“神里絵空”の名が残されている。
 残り時間わずかなこの状況、絵空は童実野公園のベンチに座り、うな垂れていた。
 急がなければならないこの状況で、しかし彼女は力なく、そこに座り込んでいた。

「……ごめんね……もうひとりのわたし……」

 か細い声で、絵空はそう呟いた。


神里 絵空  D・Lv.?
★★★★★★☆☆
7勝2敗



決闘43 リミット

 身体がひどく重かった。思うように動いてくれない。
 以前、どこかで聞いたことがある――人間は楽しいとき、上手くいっているときほど、身体の不調には鈍感になってしまうものだ。

 体力面に不安があることは、絵空も十分、承知しているつもりだった。これほど長時間に渡る外出は、生まれて初めてだったかも知れない。

 疲労が、絵空の全身を支配していた。神無雫に敗北した辺りから、それは顕著となり、纏わり付くように絵空を苛(さいな)み続けている。
 それでも絵空は忍耐強く、対戦相手を見つけ、デュエルを挑んだ。1勝し、あと1勝で予選突破――しかし、またしてもその好機で、絵空は敗れてしまったのだ。今の絵空の状態は、その精神的ダメージによる部分も少なくない。

 大した戦績の相手ではなかった。敗因は、絵空のプレイングミス――普段の絵空には考えられないような、あまりに単純で致命的なミスだった。そこを相手に付け込まれ、絵空は惜敗を喫した。

 そのショックから、絵空は立ち直れていない。ベンチでうな垂れながら、立ち上がらなければいけない――そう考えつつも、肉体が言うことを聞いてくれない。
 身体がだるい。瞼が重い。意識にも、うっすらと靄(もや)が掛かり始めている。自宅のベッドをここまで恋しく思ったことは、未だかつて無いことかも知れない。


『(……限界ね……もう)』


 裏絵空の一言で、絵空ははっと顔を上げた。
「まっ……まだやれるよ! 大丈夫、ちょっと休んでただけだって!」
 空元気で、絵空は慌てて主張した。だが、身体を共有する裏絵空に虚勢など通じない――それにすぐ気付き、顔を俯かせる。
『(退院して数日だもの……無理ないわ。それに、約束したハズよ……無理はしないって)』
「……! でも……っ!!」
 口だけで、絵空は反抗の意を示す。
「せっかくここまで来たのに……ずっとずっと夢だったのに……諦めたくないよっ……!!」
 そう言って、6ツ星まで溜まったデュエリストカードを握り締める。
 あと二勝、たった二勝で、夢の本選まで進めるのに。憧れの場所でデュエルできるのに――と。
『(……バカね。諦めろなんて、私は言ってないわよ?)』
 意外な返事に、絵空は目を瞬かせた。裏絵空は少し得意げな様子で、ことばを続ける。
『(大会規定、忘れたの? 星を8つにしなくても……本選出場の可能性はあるのよ。午後6時までの間に、本選枠が埋まり切らなかった場合……戦績考慮の上、本選枠が補充される。今現在、本選枠が幾つ残っているかは不明だけど……アナタの星は6つ。勝算はあるわ)』

 むしろ、今の状態で無理にデュエルを続け、星をさらに失えば――その可能性さえ失うことになりかねない。

『(その方が、この状態で続行するより、よほど勝算が高いわ。そう思わない?)』
(…………。でも、何かヒキョーじゃない?)
『(いわゆる“戦略的撤退”よ。“勝てば官軍”、っていうでしょ?)』
 裏絵空はいつになく、軽い口調でそう言った。
 しばらく考えた後――絵空は小さく、首を縦に振った。渋々といった様子で、提案を承諾する。

(そだね……これ以上続けて、また負けちゃったら意味ないし……)
『(……ええ。帰りましょう、家に。ここからなら割と近い方だし……)』
 絵空は力なく頷くと、足に力を入れ、立ち上がろうとした。しかし、上手く動けない――身体が危なっかしく揺れ、ふらついた。
『(あなたはもう疲れたでしょう……代わるわ。精神だけでも、先に休めるといい……私が家まで歩くから)』
「……ウン。ゴメン、お願い……」
 弱々しく呟いて、絵空は静かに眼を閉じた。

 ――カァァァァァッ……!!

 ポシェットに入れた、パズルボックスのウジャト眼が輝き出す――人格交代がなされ、裏絵空が表に現れる。
「さて……と」
 軽くよろめきながら、裏絵空は立ち上がった。
 なるほど、身体がひどく重い――こんな状態では、ロクに身動きがとれなくて当然だ。
 内に引っ込んだ絵空からは、すでに何の反応もなくなっていた。交代したと同時に、眠りについたのかも知れない。
(とは言え……私が動いていたんじゃ、身体の方が休まらないわ)
 まさか、いつまでもベンチで休んでいるわけにもいかない。疲労感は、肉体が休息を求めている証――できるだけ早く、自宅まで辿り着く必要がある。
(こうなってくると、杏子さんと別れたのが失敗だったわね……)
 苦笑を漏らしながら、裏絵空はヨタヨタと歩き始めた。
 それにしても、あまりに身体が重く、気だるい―― 一瞬、裏絵空の脳裏を、ある懸念がかすめる。

 ――本当に、ただの疲労だけなのだろうか……と。

 視線を落とし、パズルボックスの入ったポシェットを見つめる。
 パズルボックスの中に入っている、三枚の“神のカード”――それの力により、裏絵空の魂は現在、絵空の肉体と結びつきを得られている。
 それ以前、神のカードが無い段階では、裏絵空の魂が肉体に過負荷を与え、あまつさえ死に至らしめるところだったのだ。
 まさか……と、裏絵空は恐ろしい仮説に到達する。

 ――肉体の疲労をトリガーに……“神のカード”の影響力が、弱まってきているのではないか?
 ――そうでなくとも現在の不調には、自分の存在が何らかの悪影響を与えているのではないか……?

 と。

 考えたくもない。
 自分の存在が再び、絵空を死に追いやるなど――そんなことになるぐらいなら、消えた方がよほどマシだ。

(考えすぎよ……これはただの疲労。休めばすぐに良くなるハズ……!!)

 額に脂汗を滲ませながら、再び歩を進め出す。
 この様子だとむしろ、家に電話をして、迎えを求めた方が良いかも知れない――そう考えたときだった。




――見ぃ付けたぁ……


 背後から、男の声がした。
 背筋がぞくりとするような、悪意に満ちた声。裏絵空は身体の調子も忘れ、はっと振り返る。
 そこにはグレーの瞳をした、長髪の青年が立っていた。獲物を見つけたハイエナのように、青年はニタリと不気味な笑みを浮かべる。
「てめえも大会参加者だろぉ? 決闘盤をまだ付けてるってこたぁ……まだ“星”が残ってんだよなぁ?」
 見るからに、危険そうな男だった。左腕に決闘盤を付けてはいるが、それを除けば、そこらの不良と何ら変わらない印象だ。
 あまり関わらない方が良い――本能的に、そう悟る。
「申し訳ありませんが……決闘盤は外し忘れただけで、私は先ほど予選敗退したんです。他を当たって下さい」
 そう言って、頭を下げる。
 そのまま男の顔は見ず、振り返り、立ち去ろうとする――しかし次の瞬間、足元で石コロが跳(は)ねた。
「……!?」
 裏絵空は足を止める。
 超常現象などではない――再び男に向き直ると、その右手には、幾つかの小石が握られている。
「誰が“行っていい”っつったよ……?」
 高圧的に、睨みつけて来る。思わぬ事態に、裏絵空は顔をしかめた。
「何か嘘くせぇなあ……失格になったって、デュエリストカードは持ってんだろ? 見せてみろよ」
 従わなければ、次は当てる――そう言わんばかりに、石コロを弄(もてあそ)ぶ。


 どうするべきか――裏絵空は咄嗟に悩んだ。
 走って逃げ切れるとは思えない。大声を出すのも、周囲に人影が無いことを踏まえると、この状況では得策と思えなかった。
 ならば、デュエルに応じるべきか――しかし現在、立っているのも辛いような状況なのだ。もし負けてしまい、さらに星を失えば……本選出場は大きく遠ざかってしまう。


 次のアクションをとりかねて、裏絵空はそのまま固まってしまう。
 それを見て、男は不愉快げに舌打ちする。
「何もとって食おうってんじゃねえんだ……俺だって困ってんだよ」
 そう言って、ポケットからデュエリストカードを取り出してみせる。
「あと一勝で終わりだってのに、相手が全然いねえんだ……。ちゃっちゃとデュエルして負けてくれりゃあ、何もしねえよ」


アルベルト・レオ  D・Lv.9
★★★★★★★☆
8勝2敗


「!? アルベルト・レオ……!?」
 名前を見て、裏絵空ははっとした。
 “アルベルト・レオ”といえば、確か――今年のイタリアチャンピオンシップの覇者。その決勝戦、奇跡的なドローで大逆転劇を見せたことから、“ラッキースター”などという異名まで付いている男だ。
「へえ……ガキのくせに、俺様のこと知ってんのかよ。嬉しいねぇ」
 大上段に構え、アルベルトは嘲笑を浮かべた。
 そこで裏絵空は、違和感を抱く。アルベルトの姿は、写真で見たことがある――確かに外見は似ているが、雰囲気がまるで違う。少なくとも、こんな軽薄そうな男ではなかった。もっと真面目で、大人しそうな青年だったはずだ。
「普段は猫被ってんだよ……驚いたか? 心象悪くして、人気を失いたか無いんでね……」
 裏絵空の考えがおおよそ読めたのか、小馬鹿にしたようにアルベルトは笑う。
 裏絵空はたまらず、不快感を顔に出した。
 しかしそこでふと、考える――アルベルトの勝ち星は、絵空のそれよりも一つ多い。つまり、仮にここで逃げ切ったとしても、本選枠補充の際、彼が優先的に勝ち上がることになる。だがもし、ここでデュエルに応じ、アルベルトの星を奪い取れれば……一気に優勢に立つことができる。
(本選枠が、幾つも余る保証は無いし……何より、この男に見逃がしてくれそうな気配が無いわ)
 6時までの残り時間を考えると、アルベルトにしても、あと1デュエルが限界だろう。ここで勝てれば、少なくとも、彼よりも有利な位置に立つことができる。
「………………」
 逡巡の末、裏絵空も、デュエリストカードを取り出してみせた。
 アルベルトは満足そうに、ニタリと笑みを浮かべる。
(やるしかない……! この状態で闘うには、かなり厳しい相手だけど……もうひとりの私のためにも、勝つしかないわ!!)
 ゴクリと、唾を飲み込んだ。


 二人は近づくと、デッキを交換し、シャッフルし合う。
 変な因縁を付けられたくもないので、視線は合わせないようにしていた。
(ケッ……可愛げのねえクソガキだな)
 俯きがちの裏絵空を見下げながら、アルベルトは小さく舌打ちした。
(まあいいさ……すぐにカタを付けてやる。時間もねえし、周囲の目も無いからな……遠慮無くやらせてもらうぜぇ)
 これから始めるデュエルを想像し、アルベルトは内心、笑いが止まらなかった。

 シャッフルを終えると、お互いに自分のデッキを取り戻し、距離を置く。
 途中、裏絵空は少しよろけた。
 こんな状態で、満足なデュエルができるのだろうか――たまらず不安を覚えた。



「――いくぜぇ……デュエル開始だ!!」
 アルベルトの宣言を合図に、デュエルが始められる。
 同時に5枚のカードを引き、さらにアルベルトはデッキに指を伸ばす。
「いくぜ、俺の先攻だ! ドロー!」

 ドローカード:異次元の戦士

「…………」
 アルベルトはほくそ笑む。そして、裏絵空の方を一瞥した瞬間――いつの間にか、カードがすり替わる。

 ドローカード:神殿を守る者

「俺はカードを2枚伏せ、『神殿を守る者』を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」
 それはあまりに一瞬の、刹那の出来事。誰もそれには気付けない――いや、アルベルト本人以外には。


神殿を守る者  /地
★★★★
【悪魔族】
このカードがフィールド上に存在する限り、相手プレイヤーは
ドローフェイズ以外ではカードをドローする事ができない。
攻1100  守1900


 ましてや裏絵空は今、自分自身のことで手一杯だ。肉体の疲労が、彼女の精神力までも磨耗させてゆく。
 重い腕を上げ、懸命にカードを引き抜いた。
「私のターン、ドロー!」

 ドローカード:キラー・トマト

(長期戦になるほど、私が不利になるわ……! 相手はイタリア最強の決闘者、集中力が持つうちに、何とか短期決着を狙わないと……!!)
 裏絵空は重い顔を上げ、相手の場を見つめる。半透明状のモンスターが、背後の主を護らんと立ち塞がっている――その守備力は1900。
「私は手札から……『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚します!」
 裏絵空が1枚目のカードを、決闘盤にセットした。


サイバー・ドラゴン  /光
★★★★★
【機械族】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
攻2100  守1600


「へっ、結構いいカード持ってんじゃねえか。だがこの瞬間、俺様のトラップが発動するぜ! 『奈落の落とし穴』!」


奈落の落とし穴
(罠カード)
相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・特殊召喚した時、
そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


 突如として大穴が開き、機械龍はその中に引きずり込まれてしまう。
「コイツの効果で、サイバー・ドラゴンは除外だ……残念だったな」
 裏絵空は顔をしかめるが、怯まず、次のカードをセットする。
「それなら……手札から魔法カード『シールドクラッシュ』を発動! 『神殿を守る者』を破壊します!」
「!? 何っ!」


シールドクラッシュ
(魔法カード)
フィールド上に守備表示で存在する
モンスター1体を選択して破壊する。


 裏絵空のフィールドから、一筋の光線が撃ち放たれる。アルベルトは少し慌てた様子で、場のリバースを開いた。
「させねえよ! リバースマジック『魔封壁』!」


魔封壁
(魔法カード)
魔封壁の発動したターン
自軍のモンスターはあらゆる魔法攻撃をハネ返す


 ――バシィィッ!!

 バリアが現れ、光線を受け止める。
 アルベルトは軽く、安堵のため息を吐いた。
(あぶねぇあぶねぇ……危うく、こっちの狙いを潰されちまうところだったぜ。このガキ、思ったよりやりやがる……!!)
 一方の裏絵空は、仕方ないといった様子で、『キラー・トマト』を守備表示で出し、ターンを終えた。


 絵空のLP:4000
     場:キラー・トマト
    手札:3枚
 アルのLP:4000
     場:神殿を守る者
    手札:3枚


「俺様のターンだな、ドロー!」

 ドローカード:霊滅術師 カイクウ

 そしてまたも、裏絵空の様子を一瞥した瞬間――

 ドローカード:太陽の書

「いくぜ! 俺はまず、『メタモルポット』を守備表示で召喚!」


メタモルポット  /地
★★
【岩石族】
このカードが表になったとき、相手と自分の手札を全て捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキの上からカードを5枚ドローする。
攻 700  守 600


「さらに魔法カード発動ぉ……『太陽の書』」
「!!? なっ……!!」
 眼前の展開に、裏絵空は目を疑った。


太陽の書
(魔法カード)
守備表示でフィールド上に存在するモンスター1体を攻撃表示にする。


「こ……このコンボは確か……!!」
 裏絵空は絶句する。その様子を見て、アルベルトは満足げに口を歪める。
「どうやら理解できてるようだな……説明の手間が省けて安心したぜ。『メタモルポット』の効果により、互いのプレイヤーは手札を全て捨て、5枚ずつ引き直す……だが、俺の場には『神殿を守る者』がある。コイツが場にあるとき、テメエはドローフェイズ以外でカードを引けねえ。つまりテメエの手札は、このコンボにより――」

 絵空の手札:0枚
 アルの手札:5枚

「ヒャハハハハ! 対する俺様の手札は、5枚まで増強される!! オイオイ、初っ端からずいぶん差がついちまったなぁ!!!」
 狂ったように、高笑いを始めた。
 これで裏絵空に残されたのは、フィールドの『キラー・トマト』のみ――圧倒的不利な状況に立たされる。
(まさか、こんなコンボを使ってくるなんて……!?)
 信じがたい事態に、裏絵空は動揺を隠せない。
 『メタモルポット』と『神殿を守る者』の組み合わせは、相手の手札を一方的に枯らせる超極悪コンボとして知られている。だが実際に、狙う者はほとんどいない――何故ならI2社はすでに、このコンボの危険性を認識し、2枚ともに制限指定を掛けているからだ。
 デッキに入れられるのは1枚ずつ。加えてこのコンボには時間差が存在するため、相手に妨害されることも少なくない。狙って発動するのは、非常に難しいコンボなのだ。
 それをアルベルトは、『太陽の書』というサポートにより、わずか2ターンで発動させた――恐ろしいほどの幸運。そして裏絵空にしてみれば、絶望的なまでの不運だった。


(……バーカ……イカサマに決まってんだろうが)
 心の中で、アルベルトは裏絵空を嘲笑った。
 今回だけではない。アルベルトはこれまでに何度も、イカサマで決闘を好転させたことがある――数ヶ月前開かれたチャンピオンシップでも、沢山の観客に囲まれる中、それを何度もやってのけてきたのだ。
(要はバレなきゃいいのよ……“勝てば官軍”、ってなぁ)
「俺様はこれでターンエンドだ……ホラホラどしたぁ。サレンダーなら早くしてくれよぉ?」
 心底愉快げに、アルベルトは舌なめずりをした。


 絵空のLP:4000
     場:キラー・トマト
    手札:0枚
 アルのLP:4000
     場:神殿を守る者,メタモルポット
    手札:5枚



決闘44 満身創痍の闘い

「私のターン……ドローッ!」
 裏絵空はカードを引くと、それに目を向ける。だが――その瞬間、視界が歪んだ。
「……っ……!?」
 首を横に振る。
 いけない、思った以上に身体の調子が悪い――それを悟り、表情を歪める。

 疲労はピークに達し、カード1枚引くことすらおぼつかない状態なのだ。
 それは次第に、裏絵空の思考力までも麻痺させてゆく。
 しかも、戦況は2ターン目から絶望的――考えうる限り、最悪の状況と言って良かった。

 ――もう、諦めた方が良いのではないだろうか……?

 裏絵空の脳裏に、そんな考えが浮かんだ。
 ここからの逆転など、現実的に可能だろうか? 並みの決闘者ならさておき、一国を制したほどの決闘者を相手に?

(……でも……ここで私が諦めたら……!!)

 気持ちを奮い立たせ、歯を食いしばる。
 ここで匙を投げれば、予選通過は絶望的になる。
 しかも自分のせいで――そうだ、この男の決闘を受けてしまったのは自分なのだ。
 ならば責任がある。
 勝たなければならない……絶対に、“もう一人の私”のために。

 ドローカード:増援

「私は魔法カード『増援』を発動!」


増援
(魔法カード)
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、
デッキをシャッフルする。


「その効果により私は……デッキから、このモンスターを呼び、召喚します。『忍者マスターSASUKE』を攻撃表示で召喚っ!」


忍者マスターSASUKE  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。
攻1800  守1000


 手札が無いということは、逆に言えば、あまり考える必要がないということだ――今の裏絵空にしてみれば、それは少しだけありがたいことだった。
 下手に手札が多くても、今の自分では、十分に思考し、カードを選ぶことができないだろう。こうなれば、自分のデッキと“引き”を信じるしかない――裏絵空はそう、覚悟を決める。
「バトル! SASUKEで『神殿を守る者』を攻撃っ!」
 忍者戦士は身軽に跳躍すると、両手のクナイを投げつけた。

 ――ズドドッ!!

 2本のクナイは寸分違わず、『神殿を守る者』の急所を貫く。苦しみ悶えながら、消滅していった。
(チッ、『神殿を守る者』の守備力が上回っていたが……特殊能力で破壊されたか)
 なかなか良い引きをしてやがる――アルベルトはつまらなそうに舌打ちした。
「……さらに! 『キラー・トマト』で『メタモルポット』を攻撃!!」
 ハロウィンのカボチャのような顔を刻まれた巨大トマトが、アルベルトの場の、壺の形をしたモンスターに体当たりを仕掛ける。
 『メタモルポット』は攻撃表示、その数値はわずか700。決まればダメージを与えられるのだが――この瞬間、アルベルトの手が動いた。
「させねえよ! 墓地の『ネクロ・ガードナー』を除外し、特殊能力発動!」


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


 『ネクロ・ガードナー』の魂が召喚され、それが、キラー・トマトの突進を身代わりとなって受け止める。

 ――ドカァァッ!!

 ガードナーの盾に弾かれ、キラー・トマトは裏絵空のフィールドに舞い戻った。
(てめえみたいなガキに……1ポイントでもダメージを与えさせるかよ!)
 ククッ、とアルベルトは邪悪な笑みを浮かべる。
「く……私はこれで、ターン終了です……」
 成す術なく、裏絵空はターンを終えた。


 絵空のLP:4000
     場:忍者マスターSASUKE,キラー・トマト
    手札:0枚
 アルのLP:4000
     場:メタモルポット
    手札:5枚


(もはや、イカサマする必要はねぇな……じわじわと嬲り殺しにしてやるよ)
「俺様のターンだ、ドロー!」

 ドローカード:魂吸収

「ケケ……いいカードがきたぜぇ。俺は永続魔法『魂吸収』を発動する!」


魂吸収
(永続魔法カード)
このカードのコントローラーはカードがゲームから
取り除かれる度に、1枚につき500ライフを回復する。


「さらにぃ……『メタモルポット』を生け贄に捧げ、コイツを召喚するぜ! 『聖導騎士イシュザーク』!」
 アルベルトの場に、光の騎士が現れる。
 その攻撃力は2300ポイント――裏絵空の場のモンスターのものを上回っている。
「へへ……イシュザークは聖なる力を秘めた高等騎士でなぁ。コイツが戦闘破壊したモンスターはゲームから除外されるんだ。『キラー・トマト』を攻撃しろぉ!!」
 持ち主の邪悪さに似合わぬ聖騎士は、しかし従順に指示に従い、巨大トマトを両断する。

 ――ズバァァァッ!!!

「!! くうっ……!!」
 裏絵空に衝撃が伝わり、ライフポイントが削られる。

 絵空のLP:4000→3100

「そしてこの瞬間、『魂吸収』の効果が発動する! 『キラー・トマト』が除外されたことで、俺のライフが500回復だ!!」

 アルのLP:4000→4500

(クク……たとえ壁モンスターを並べようとも、俺様のライフが回復する一方……。とっとと絶望して、諦めるんだなぁ……)
 せせら笑いながら、アルベルトはターンを終えた。
 上級モンスターを呼び出した相手に対し、裏絵空の手札は相変わらずゼロ――しかし諦めることなく、緩慢な動きでカードを引く。
「私のターン、ドロー!」

 ドローカード:団結の力

(……! よし、このカードなら!)
 カードを見た瞬間、裏絵空の瞳には絶望どころか、逆に希望が宿った。
「装備カード発動……『団結の力』!」


団結の力
(装備カード)
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


「SASUKEに装備することで……攻撃力800アップ!」

 忍者マスターSASUKE:攻1800→攻2600

「! 何っ……!?」
 この絶望的状況で、裏絵空はまたも良いカードを引き当てた――アルベルトの表情がわずかに曇る。
「バトル! SASUKEでイシュザークを攻撃っ!」
 忍者戦士は身軽に躍りかかると、両手のクナイで、聖騎士を斬り裂く。

 ――ズバァァァッ!!!

 イシュザークは破壊され、アルベルトのライフもわずかに削られる。またしてもカードを使い果たした裏絵空は、静かにエンド宣言を済ませた。

 アルのLP:4500→4200


 絵空のLP:3100
     場:忍者マスターSASUKE(攻2600),団結の力
    手札:0枚
 アルのLP:4200
     場:魂吸収
    手札:4枚


(……気に入らねぇな……)
 アルベルトは眉をひそめた。
 目の前の少女は、これだけ絶望的状況にあるにも関わらず、まだ逆転を諦めていない。それどころか現に、少しずつ巻き返し始めている。
(諦めなければ何とかなる……そういう、希望に満ちた眼だ……!!)
 虫唾が走った。まるで、昔の誰かを見ているようで――心底腹立たしくなる。
(ぶっ潰してやんよ……テメエのその瞳、絶望で塗り潰してやる!!)
「いくぜ、俺のターン、ドロー!!」

 ドローカード:ワーム・ホール

 そしてまたも一瞬で、そのカードを入れ替える――まさに神業(かみわざ)と言って良い、恐ろしい速さと巧妙さで。
 ことイカサマに関しては、アルベルトは何者にも負けぬ自負があった。何故ならこれは、彼が人生の中で、“生きるために”習得した特別な技術なのだから。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 アルベルト・レオは20年前、イタリアの貧しい家に生を受けた。
 父親は最低の人間だった。ロクに働きもせず、ギャンブルを繰り返す父。アルベルトはそんな彼を憎み、常々、殺したいとまで考えていた。何かのキッカケさえあれば、あの醜い喉元にナイフを突き立て、心臓を抉り出してやりたいとまで思っていた。
 しかしその一方で、アルベルトは、非常に母親思いの少年だった。正義感も強く、近所の子供たちの間では人気者だった。将来は検事になり、不正を正し、全ての悪を罰する“正義の使徒”となろう――それが彼の、幼い頃の夢だった。

 十歳のとき、父親が蒸発した。それだけならむしろ喜ばしいことなのだが、あの男は多額の借金を残していった。母はそれを返済すべく、仕事を増やした。学校に通いながら、アルベルトも近所の飲食店で働き、わずかながらも賃金を得ていた。だが、真面目にコツコツと稼ぐ彼らの金など、父の娯楽のため生まれた膨大な借金に比べれば、極めて微々たるものだった。
 半年もした頃に、母が過労で倒れた。アルベルトは学校へ行くのをやめ、一日中働くようになる。だが、汗水垂らして稼いだ金は、借金の利息にも届かない。母の薬を買うことすらままならない。

 あるとき彼は、現状を打開できる、唯一の手段を見つけた。あの憎むべき男が、娯楽として楽しんでいたもの、そして現在、自分たちを苦しめる元を作った悪の根源――ギャンブルだ。
 しかし無論、普通にやっていたのでは儲からない。運などという不確定要素に賭けるのは、リスクが大きすぎる。あの男の二の舞になってしまう。
 賭博に勝つため、生きるために、彼はイカサマを覚えた。もともと手先は器用な方だったし、頭も悪くなかった。心の中では怯えながら、しかしまるで天賦の才を持ち合わせていたかの如く、誰にもバレず、上手くやった。
 一度、あまりに勝ちが過ぎて、相手の大人に殺されかけたことがあった。そこから学習し、彼は疑われぬよう、程々の勝ち方を演出するようにもなる。それでも、今まで真面目に働いていた頃とは、比べものにならない程の収益が見込めた。

 十六歳のとき、母は病気で亡くなった。
 ギャンブルで稼ぐことを覚えて以来、家には金を送るだけで、あまり帰っていなかった。
 母の亡骸を前に、アルベルトは声を上げ、むせび泣いた。思えばこれが、彼の流した最後の涙であった。
 遺品を整理した際、自分がかつて使っていた、学校の教科書が出てきた。それを見て、かつての夢を思い出す――今の自分とのあまりのギャップに、やるせなさが込み上げた。
 しかし今さら、後に引くことなどできない。時を巻き戻すことなどできない。
 心の奥底に残っていた良心を、遺品と一緒に焼き捨てた。

 それ以降、アルベルトはより貪欲に、より悪賢く生きるようになった。ギャンブルのみならず、盗みも詐欺も行った。
 十八の頃には借金を返し終え、そこそこの金持ちにさえなっていた。
 イカサマの腕は、この上ないほどに上がっていた。これを使って、成り上がることはできないか――彼の中で、金とは別の、新たな功名心が生まれる。
 そして見つけたのが、M&Wであった。決闘盤の販売により、世界中に流行したカードゲーム。ギャンブルで培った技術を活かし、名を売るには絶好の機会だった。

 数ヶ月前、アルベルトはイタリアチャンピオンシップに出場した。多くの観衆の前でのデュエル、マスコミまでもが立ち会う場。しかし十年近くの年月を経て、アルベルトは現在の技量を習得したのだ。この程度の逆境も、大した問題にはならない。
 決して驕らず、謙虚にイカサマを行う。露骨な幸運は不自然に映る、アルベルトはそれを痛感していた。毎回のデュエルに、不自然でない“小さな幸運”を捏造し、勝利を重ねた。周囲の嫌疑を受けぬよう、大人しい、真面目な人柄を装った。
 しかし決勝戦の相手は、未だかつてない程の強敵だった。故に、アルベルトは“小さな幸運”ではままならなくなった。追い詰められたところでやむなく、“大きな幸運”を捏造した。ディスティニードローの連発で、強引に逆転し、勝利をもぎ取った。
 周囲の観衆にも、やはりそれは不自然に映ったのだろう。だがまさか、この大舞台で、多くの視線に晒されて、大っぴらなイカサマをできたなど誰も考えない。それほどに、アルベルトのイカサマ技術は優れたものだった。

 驚異的な幸運に恵まれ、まるで神に愛されたかの如く勝利したアルベルトを、人々はこう呼んだ――“ラッキースター”と。大いなる畏怖と、少なからぬ侮蔑を含んで。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 ドローカード:ブラック・コア

(気に入らねぇんだよ……その眼が!)
 アルベルトは絵空を睨み、舌打ちする。
 懸命に、食い下がるような真っ直ぐな眼。気に入らない――どこか、汚れる以前の自分自身を彷彿とさせて。
「コイツでぶっ潰してやるよ……! 魔法カード『ブラック・コア』!」


ブラック・コア
(魔法カード)
自分の手札を1枚捨てる。
フィールド上のモンスター1体をゲームから除外する。


「コイツは手札1枚をコストとするが……強力な能力を持っている。テメエのモンスターを除外してやるぜ! ククク!」
 フィールドに闇の球体が現れ、それは、裏絵空の忍者戦士を丸呑みにし、異次元へと連れ去る。
(!? そんな、モンスターが……!?)
 裏絵空は青ざめた。
 これでとうとう、全てのカードを失ってしまった。場のカードは0枚、手札も0枚。これでは、何の行動もとることはできない。
 加えて、裏絵空のモンスターが除外されたことで、アルベルトの『魂吸収』が効果発動し、ライフ回復を行う。

 アルベルトのLP:4200→4700

「まだだぜぇ……俺は『魂を喰らう者 バズー』を召喚し、特殊能力発動!」


魂を喰らう者 バズー  /地
★★★★
【獣族】
自分の墓地のモンスターを3枚までゲームから除外する事ができる。
除外したカード1枚につき、相手のターン終了時まで攻撃力300アップ。
この効果は自分のターンに1度しか使えない。
攻1600  守 900


「コイツは墓地のモンスターを除外することで、1体につき300ポイント攻撃力を上げることができるぜ。俺は墓地のモンスター全て……『神殿を守る者』『メタモルポット』『異次元の狂獣』の3体を除外する! 魂を喰らえ、バズーよ!!」
 地面から、白い魂のようなものが3つ浮かび上がってくる。バズーはそれを手で掴むと、1つ1つ、美味そうに貪り始める。
「これでバズーは攻撃力900アップ……加えて『魂吸収』により、ライフ1500回復するぜ!! ヒャハハ!!」
 魂を1つ食すごとに、バズーは巨大化し、力を得る。

 魂を喰らう者 バズー:攻1600→攻2500

 アルベルトのLP:4700→6200

「…………!!」
 汗が頬を伝う。裏絵空は無意識に後ずさった。
「いけ、バズー! そのガキにダイレクトアタックだ!!」
 バズーは飛び掛ると、両手の爪を振るい、絵空の身体を切り裂く。

 ――ズシャァァァッ!!!

「!! きゃあ……っ!!」
 裏絵空はたまらず、悲鳴を上げた。

 絵空のLP:3100→600

「……あ……うっ……!!?」
 思わず、両膝を折る。これでライフも風前の灯……手札も無い。肉体は満身創痍……視界は霞み、意識も次第に朦朧としてくる。


 絵空のLP:600
     場:
    手札:0枚
 アルのLP:6200
     場:魂を喰らう者 バズー(攻2500),魂吸収
    手札:2枚


 ――トクンッ……!

 心臓が鼓動する。自身の存在を主張するかのように。

 ――負けられない
 ――もう一人の私のために……絶対に負けられない
 ――こんなヤツに……負けるわけにいかない……!!

 疲れも忘れ、歯軋りする。
 心なしか少しずつ、身体が軽くなってくる。

 ――トクンッ……!!

 心臓が鼓動する。その“真の持ち主”が、自身の存在を主張するかのように。

 思考が少しずつ、クリアになってゆく。
 雑念が少しずつ、晴れてゆく。
 その代わり、湧き出てくる感情がある。

 ――怒りと憎しみ

 目の前に立ち、自分の邪魔をするこの男が、排除すべき“敵”として認識されてゆく。
 彼女自身と……そして、彼女の中に潜む“何か”によって。


「――……負けない……」

 ゆらりと、立ち上がる。

「絶対に……負けない……!!」

 そして顔を上げると、彼女らしからぬ鋭い瞳が、アルベルトの姿をとらえる。

 ――ドクンッ!!!

 何かが、脈動した。
 今度は心音ではない――彼女の中に潜む“魔物”が、感情に呼応し、首をもたげたのだ。


「――私のターン!! ドローッ!!!」

 ドローカード:天よりの宝札

「マジック発動! 『天よりの宝札』!  互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、カードを引くわ!」
 叫ぶや否や、6枚のカードを引き抜く。
 それを見て、アルベルトは舌打ちした。
(チッ……いいカードを引きやがって。まあいいさ……ライフ差は歴然だ。ここなら、周囲の目を気にする必要も無ぇからな……いざとなりゃあ、いくらでも手札を入れ替えてやるぜ)
 内心でほくそ笑みながら、アルベルトは4枚カードを引く。自身の勝利は疑わない。好きなカードを自由に手にできるのだ、負ける要素などあるはずがない、と。
 普通に考えればそうだろう。彼に勝てる決闘者など、存在するはずがない。

 だが――


 ――これから始まる“地獄”を、彼はまだ知らない。



 絵空のLP:600
     場:
    手札:6枚
 アルのLP:6200
     場:魂を喰らう者 バズー(攻2500),魂吸収
    手札:6枚



決闘45 闇のツバサ

「私はカードを1枚伏せ、『ダーク・ヒーロー・ゾンバイア』を召喚! ターンエンド!」


ダーク・ヒーロー ゾンバイア  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードはプレイヤーに直接攻撃をする事ができない。
このカードが戦闘でモンスターを1体破壊する度に、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
攻2100  守 500


 いやに素早い手つきで、裏絵空はターンを終える。
 同時に、バズーの攻撃力アップ能力は切れ、元の数値に戻った。

 魂を喰らう者 バズー:攻2500→攻1600

(ケッ……手札補充が何だってんだ。テメエのライフは600ぽっちじゃねぇか……こっから逆転なんざ、ありえねぇんだよ!)
「いくぜ! 俺のターンだ、ドロー!」

 ドローカード:手札抹殺

「……! ほぉ、面白いカードが来たな……クク。俺は『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、引きなおす!」
 アルベルトは6枚、裏絵空は4枚を捨て、同じ枚数だけ引き直す。
「そして再び、バズーの特殊能力を発動する! 墓地のモンスター3体を除外し……攻撃力アップ! さらに俺のライフも回復する!」

 魂を喰らう者 バズー:攻1600→攻2500

 アルベルトのLP:6200→7700

「続けて……イイモンを見せてやるぜぇ。バズーを生け贄に、上級モンスターを召喚する! 来い、『D・D・M(ディファレント・ディメンション・マスター)』!!」


D・D・M  /光
★★★★★
【魔法使い族】
手札の魔法カードを1枚捨てる。
ゲームから除外された自分が持ち主のモンスターを1体特殊召喚する。
このカードは1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。
攻1700  守1500


「“異次元を極めし者”……『D・D・M』には特殊能力がある! 手札の魔法カードを捨てることで……除外されたモンスター1体を特殊召喚する。特殊能力発動! ディメンション・リバイブ!!」

 ――カァァァァァッ……!!

 魔術師が呪文を唱えると、光が生まれ、その中から更なるマジシャンが呼び出される。
「復活させるのは、俺様のデッキで最強のレアモンスター……『混沌の黒魔術師』だ!!」


混沌の黒魔術師  /闇
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。
このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。
攻2800  守2600


「そして効果発動……墓地から魔法カード1枚を手札に戻す! クク……これで俺の場には上級モンスターが2体。勝負あったかぁ?」
「…………」
 裏絵空は先ほどまでとは違い、冷静に、落ち着いた様子でフィールドを見つめていた。


 絵空のLP:600
     場:ダーク・ヒーロー ゾンバイア,伏せカード1枚
    手札:4枚
 アルのLP:7700
     場:混沌の黒魔術師,D・D・M,魂吸収
    手札:5枚


「ケッ……ダンマリかよ。まあいいさ、これで終わりだ! ゆけ、『混沌の黒魔術師』よ!! ゾンバイアを破壊し……俺様に勝利をもたらせぇ!!」
 黒魔術師は飛び上がり、その杖の先に魔力を集め、球状にして撃ち出す。
 そしてほぼ同時に――裏絵空のトラップが開かれる。
「トラップ発動……『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
「!? 何ぃっ!?」
 裏絵空の周囲を、聖なるバリアが覆った。それに当たった魔力弾は、増幅され、拡散されて跳ね返り、アルベルトのフィールドを急襲する。

 ――ズガガァァァンッッ!!!!!

 アルベルトの上級マジシャンを、まとめて撃ち砕いた。
 『混沌の黒魔術師』は破壊されたとき、墓地へは行かず、除外される――よって『魂吸収』が適用され、アルベルトのライフがわずかに回復した。だがそれ以上に、裏絵空のミラーフォースは、アルベルトに痛打を与えている。

 アルベルトのLP:7700→8200


 絵空のLP:600
     場:ダーク・ヒーロー ゾンバイア
    手札:4枚
 アルのLP:8200
     場:魂吸収
    手札:5枚


(チッ……少し調子に乗りすぎたか、運のいいガキだ。それなら……)
 アルベルトは手札のうちの1枚を、裏絵空が発動したばかりのトラップ『聖なるバリア−ミラーフォース−』とすり替える。
(テメエも喰らいな……ミラーフォースをよ!)
「リバースカードを1枚セットし、ターンエン……」
「――私のターン、ドロー!」
 アルベルトのエンド宣言を聞くや否や、裏絵空は素早くカードを引き抜く。
 そして一切の思考を介さず、それがまるで、一連の“流れ作業”であるかのごとく、カードをプレイする。
「ゾンバイアを生け贄に捧げ、『氷帝メビウス』召喚! 特殊能力発動、絶対零度!!」


氷帝メビウス  /水
★★★★★★
【水族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで
破壊する事ができる。
攻2400  守1000


 メビウスは現れるや否や、両拳を地面に突き立てる。地面を冷気が伝っていき、アルベルトのカード2枚を凍らせ、撃ち砕く。
「!? なっ……にぃっ!?」
 アルベルトの瞳が、驚きに見開かれる。『魂吸収』と『ミラーフォース』を一瞬にして破壊され、場はがら空き状態だ。
「さらに魔法カード『遺言状』! この効果によりデッキから『不意打ち又佐』を特殊召喚!!」


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上のモンスターが
自分の墓地へ送られた時、デッキから
攻撃力1500以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

不意打ち又佐  /闇
★★★
【戦士族】
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、
コントロールを変更する事はできない。
攻1300  守 800


(……!? バカな、モンスターの展開が速過ぎる……!!)
 アルベルトは驚愕した。
 ついさっきまでは、自分がフィールドを制圧し、相手を圧倒していたのに―― 一瞬にして、形勢が覆されている。
「メビウス、又佐……攻撃!!」
 裏絵空の宣言により、バトルは開始される。
 まずは又佐が懐に飛び込み、刀を抜き放つ。目にも留まらぬ剣速で、アルベルトに二回斬りつける。

 ――ズババッ!!!

「!! ぐぅっ……!?」
 それにアルベルトが怯む隙に、メビウスは氷柱を投げつけた。

 ――ドスッ!!!

「ぐは……っ!!」
 アルベルトのライフポイントが、大幅に削られる。

 アルのLP:8200→6900→5600→3200

「……1枚伏せ、ターンエンド」
 喜んだ様子もなく、裏絵空は冷静にターンを終える。その態度が、アルベルトの神経を逆撫でした。


 絵空のLP:600
     場:氷帝メビウス,不意打ち又佐,伏せカード1枚
    手札:2枚
 アルのLP:3200
     場:
    手札:5枚


(上等だ……もう容赦はしねぇ! 俺様のデッキの最強極悪コンボを披露してやるよ!!)
 アルベルトはカードを引くと、6枚の手札のうち1枚を入れ替える。
「俺は2枚目の『魂吸収』を発動する! さらにリバースをセットし、『異次元の戦士』を守備表示! ターンエンドだ!」
 これから裏絵空が体験する“地獄”を想像し、アルベルトはほくそ笑む。
「私のターン、ドロー! 『ならず者傭兵部隊』を召喚し……特殊能力発動!」


ならず者傭兵部隊  /地
★★★★
【戦士族】
このカードを生け贄に捧げる。
フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻1000  守1000


 ならず者集団は一致団結の叫び声を上げると、『異次元の戦士』に向かって殴りかかった。
 異次元の戦士も応戦しようとするが、如何せん多勢に無勢だ。集団に囲まれ、タコ殴りに遭う。

 ――ドコッ! バキッ! ズガッ!

 『異次元の戦士』は破壊され、墓地へと送られた。そこで力尽きたのか、ならず者たちも姿を消し、消滅する。
(チッ……通常戦闘じゃねぇから、特殊能力が発動しねぇ)
 アルベルトは眉をしかめた。通常戦闘で破壊されれば、2体のモンスターが除外されるので、1000ポイントライフを回復できたのだ。
「まあいいさ……小娘、いいモンを見せてやるよ。トラップ発動! 『次元殺』!!」


次元殺
(罠カード)
自分のデッキからモンスターカード1枚を選択して
ゲームから除外する。その後デッキをシャッフルする。


「コイツの効果で俺は、デッキからモンスター1体を除外できる。俺が除外するのはコイツさ……『ネクロフェイス』!!」


ネクロフェイス  /闇
★★★★
【アンデット族】
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されている
カード全てをデッキに戻してシャッフルする。
このカードの攻撃力はこの効果でデッキに戻した
カードの枚数×100ポイントアップする。
このカードがゲームから除外された時、
お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。
攻1200  守1800


「このモンスターには隠れた能力があってなぁ……! 除外されたとき、互いのデッキのカード5枚を道連れにすんのよ! つまり11枚を除外……さらに『魂吸収』の効果が発動し、俺様のライフポイントは……」

 アルベルトのLP:3200→8700

(さらに……コレで終わりじゃないぜぇ!)
 ここからが本領発揮と言わんばかりに、アルベルトはデッキに細工を施す。
「おやぁ……? 除外する5枚の中に、面白ぇカードが混じってんなぁ……」
 イカサマで入れ替えたばかりのカードを、裏絵空に見せ付ける。


ネクロフェイス  /闇
★★★★
【アンデット族】
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されている
カード全てをデッキに戻してシャッフルする。
このカードの攻撃力はこの効果でデッキに戻した
カードの枚数×100ポイントアップする。
このカードがゲームから除外された時、
お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。
攻1200  守1800

ネクロフェイス  /闇
★★★★
【アンデット族】
このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されている
カード全てをデッキに戻してシャッフルする。
このカードの攻撃力はこの効果でデッキに戻した
カードの枚数×100ポイントアップする。
このカードがゲームから除外された時、
お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。
攻1200  守1800


「ヒャハハ! ついてるぜぇ!! これでさらに、20枚のカードが除外される! よって、俺様のライフは……1万ポイント回復ぅ!!」
 デッキのカードをめくりながら、心底楽しげにアルベルトは叫んだ。

 アルベルトのLP:8700→13700→18700

「クケケ……どーよ! テメエのライフはわずか600! これでライフ差はおよそ……」
「…………」
 アルベルトの表情が凍りつく。
 裏絵空の場にいつの間にか、1枚の魔法カードが発動していたからだ。


コピーキャット
(魔法カード)
相手が場に捨てたカードに姿を移し変えることができる


「この効果により、あなたの墓地のカードをコピー……。コピーするのは……」
 ニンマリと笑う黒猫が、見る見る姿を変えてゆく。


魂吸収
(永続魔法カード)
このカードのコントローラーはカードがゲームから
取り除かれる度に、1枚につき500ライフを回復する。


「!!? た、『魂吸収』が貴様のフィールドにも!?」
 予想外の事態に、アルベルトの両目が見開かれた。これにより、裏絵空のライフポイントも大幅に増加する。

 絵空のLP:600→5600→10600→15600

(じょっ……冗談じゃねぇ……!!)
 アルベルトは腸(はらわた)が煮え繰り返る思いだった。
 自らのお株を奪われ、大幅にライフ回復された……しかもそれだけではない。まだ裏絵空にはバトルフェイズが残されている。
「モンスターの総攻撃……」

 ――ズババァッ!!!

 ――ドスゥッ!!!

「!! ぐはぁぁぁっ!!!」
 強い衝撃を受け、アルベルトの身体は吹き飛ばされる。

 アルベルトのLP:18700→13700

 これで、逆転だった。見事すぎる逆転劇。今、フィールドで優位に立つのは紛れも無く、裏絵空の方だ。


 絵空のLP:15600
     場:氷帝メビウス,不意打ち又佐,魂吸収,伏せカード1枚
    手札:1枚
 アルのLP:13700
     場:魂吸収
    手札:3枚


(身体が軽い……)
 今の自分の状態には、裏絵空自身、驚いていた。
 さっきまで、あんなにもボロボロの状態だったのに――今は身体が、驚くほどに軽い。思考もクリアに働く。望んだカードが手札に来る。思い通りにゲームが進む。

 ――まるで……背中に翼でも生えたかのように
 ――何もかもが、スムーズに進む
 ――何でもできる、そんな驕りさえ抱けるほどに

 ――まるで全ての運命が、自分を後押しし始めたかのように……!


「……ターンエンド」
 しかしそんな感情はおくびにも出さず、冷静にエンド宣言を済ませた。



決闘46 神の見えざる手

「クッ……俺のターンだ、ドロー!」
 ドローカードを見て、アルベルトは顔をしかめる。
 良いカードが全く来ない……完全にツキに見放されたかのように。イカサマでカードを交換するにも限度がある。魔法でもなんでも無い、ただのトリックなのだから――あらかじめ仕込んでおいたカードしか、手札に呼べないのだ。
(……あの男のように、エクゾディアでも持っていれば楽なんだがな……)
 アルベルトは一時間ほど前、デュエルをした男のことを思い出した。5枚集めるだけで、勝利が確定する――イカサマ師のアルベルトが手にできれば、これほど心強いカードはないだろう。しかし生憎、アルベルトは、エクゾディアなどという超レアカードは持っていないのだ。
 こんなことなら、奪い取っておくべきだった――そんな後悔すら覚える。
 アルベルトは追い詰められていた。
 1万以上ものライフを有しながら、序盤あれほど優位に立っていたにも関わらず――だ。
(こうなればもう……最後の切札を出すしかねぇ!!)
 手札のうちの1枚を、別のカードと入れ替える。
「いくぜ! コイツが俺の真の切札――『紅蓮魔獣 ダ・イーザ』召喚!!」


紅蓮魔獣 ダ・イーザ  /炎
★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力と守備力は、ゲームから除外されている
自分のカードの数×400ポイントになる。
攻 ?  守 ?


「コイツは俺の、除外されたカードの数によって攻撃力が上がる……!! 俺の除外されたカードは、合計21枚。よって攻撃力は――8400ポイント!!」
 魔獣の全身を炎が覆い、勢い良く燃え盛る。

 紅蓮魔獣 ダ・イーザ:攻?→攻8400

「ハハハハァ!! どうだ!! あの神をも軽く凌駕するモンスターだ!! 驚いたろぉ!?」
「…………」
 裏絵空の瞳は揺れない。微塵も動揺を垣間見せない。
 その様子は逆に、アルベルトの精神を大きく揺さぶる。
(小娘の場には、リバースカードがある……! そいつで迎撃するつもりなのか!? それなら……!!)
 手札の1枚を、『我が身を盾に』と入れ替える。


我が身を盾に
(魔法カード)
相手が「フィールド上モンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。


「これで恐れるものはねぇ!! いけ、『ダ・イーザ』よ!!」
 灼熱を身に纏い、凄まじい勢いで、ダ・イーザは突撃を仕掛ける。
 裏絵空のトラップが、静かに開かれた。
「トラップ発動……『ドレインシールド』」
 裏絵空の周囲を、バリアが覆う。

 ――バシィィィィィッ!!!!!!!!!

 神をも越える一撃を、バリアは難なく受け止める。そして『ドレインシールド』のもう一つの効果――防いだ攻撃力分、プレイヤーのライフを回復する。

 絵空のLP:15600→24000

「なぁ……っっ!!?」
 アルベルトは言葉を失った。
 一度は3ケタまで減らしたライフが、今や2万――おかしい、これはいくら何でもおかしい。
(この小娘も、イカサマしてやがるのか……!?)
 ふと、そんな考えが浮かんだ。
 だが目の前の少女に、そんな気配は微塵もない。むしろ、妙に落ち着いている――先ほどまでとはまるで違う、どこか見下すような眼。
 ひどく癪に障った。
「クッ……カードをセットし、ターンエンドだ!」
 『わが身を盾に』をセットし、ターンを終えた。


 絵空のLP:24000
     場:氷帝メビウス,不意打ち又佐,魂吸収
    手札:1枚
 アルのLP:13700
     場:紅蓮魔獣 ダ・イーザ(攻8400),魂吸収,伏せカード1枚
    手札:2枚


(落ち着け……! 『ダ・イーザ』の攻撃力は8400! しかもリバースカードに『わが身を盾に』を伏せた……カード効果で破壊することはできねぇ! 攻撃力8400以上のカードなんざ、こんな小娘が持ってるわきゃねぇんだ!!)
 しかし、彼の期待を裏切るように、裏絵空はカードを引くや否や、それを盤にセットする。
「『キラー・トマト』を攻撃表示で召喚し、魔法カード『強制転移』を発動」
「!!!」


強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。


「このカードの効果により、『キラー・トマト』と『ダ・イーザ』のコントロールを入れ替えるわ」
「…………!!!」
 やられた――完全に、裏をかかれた。アルベルトは悔しさで、ギリギリと歯を食いしばる。
 『ダ・イーザ』が、裏絵空のコントロール下に渡る。『ダ・イーザ』の攻撃力は、コントローラーの除外カード枚数により変化するため、わずかながら減少した。

 紅蓮魔獣 ダ・イーザ:攻8400→攻7200

「バトルフェイズ……『ダ・イーザ』で『キラー・トマト』を攻撃!」

 ――ズドォォォォンッ!!!!!!!!

 『ダ・イーザ』の炎を纏った突撃により、『キラー・トマト』は跡形もなく焼き尽くされる。そしてその衝撃は、アルベルトにも伝わる――しかしどこか様子がおかしい。
「ぐあああああああっ!!?」
 アルベルトは後方に吹き飛ぶと、まるで実際に炎で焼かれたかの如く、悶え苦しむ。

 アルのLP:13700→7900

(何だ今のは……!? ソリッドビジョンのはずなのに、実際に痛みが……!?)
 信じ難い事態に、アルベルトは青ざめる。
 しかし、そんな彼の異変には興味ないといった様子で、裏絵空はゲームを続ける。
「『キラー・トマト』の特殊能力発動! その効果により、デッキから……『首領・ザルーグ』を特殊召喚!」
 これで裏絵空の場には、4体ものモンスターが並んだことになる。
 アルベルトはまだ、立ち上がれていない――だが裏絵空は構うことなく、そのまま攻撃宣言に入る。
 『不意打ち又佐』、『首領・ザルーグ』、『氷帝メビウス』――3体が同時に攻撃を仕掛けた。

 ――ズババァッ!!!

 ――パンパンッ!!

 ――ドスゥゥッ!!!

「がは……っ!!」
 未だかつてない激痛が、アルベルトの全身を苛んだ。

 アルのLP:7900→1500

「う……っ……!?」
 よろめきながら、起き上がる。
 どうやら裏絵空は、ターンを終わらせたらしい。早くゲームを続けろと言わんばかりに、こちらを見つめてきている。


 絵空のLP:24000
     場:紅蓮魔獣 ダ・イーザ(攻7200),氷帝メビウス,首領・ザルーグ,
       不意打ち又佐,魂吸収
    手札:0枚
 アルのLP:1500
     場:魂吸収,伏せカード1枚
    手札:1枚


 気が付くと、手札が1枚減っていた。『首領・ザルーグ』の効果により、アルベルトは手札1枚を捨てなければならないのだが……確認するとすでに、1枚墓地に置かれている。

 ――だが、いつの間に?

 アルベルトはそれを、墓地に置いた記憶がない。ザルーグの特殊能力により、見えない“何か”の力が働き、強引に奪い、墓地へ送ったとでもいうのか?

 いつの間にか、空気がひどく重く、息苦しくなっていた。
 何かがおかしい……まるで別次元へ迷い込んでしまったかのよう。
 目の前に立つ4体の魔物が、本物であるかのように思えてくる。外傷こそないが、現に彼らの攻撃は、立体映像では考えられない程の激痛を彼に与えた。


 ――もし……ライフが0になった場合、どうなるのだろう?


 何故かふと、そんな疑問が沸いた。
 ゲームならば、負けて悔しがるだけだ。だがこれは、本当にゲームなのだろうか……? ただの“遊び”なのだろうか?
 アルベルトの頭に、恐ろしい仮説が成り立つ。

 ――このゲームは気付かぬうちに……互いの生死を賭けた、真の“決闘”と化してしまったのではないだろうか?

 と。


「――……あなたのターンですよ……?」

 目の前の少女が、静かに促す。
 アルベルトは恐怖した。彼女の存在が、“化け物”のように感じられた。

 逃げたい――強い衝動に駆られる。

 しかし、逃げられない。
 目の前に立つ、少女の皮を被った“化け物”が、自分を見逃すはずが無い。


 ガクガクと震える足で、何とか立ち上がる。そしてカードを引くと、迷わずそれを盤に出す。
「ま、魔法カード『悪夢の鉄檻』!!」


悪夢の鉄檻
(魔法カード)
悪夢の鉄檻に閉じ込められたプレイヤーは3ターンの間
攻撃を封じられ、また敵の攻撃も受けない


 ――ガシーンッ!!!

 巨大な鉄檻が現れ、少女と、そのモンスター全てを閉じ込める。そこでやっと、ほっと安堵の息を吐く。
(これで3ターンは、生き延びることができる……!!)
 だが、これだけでは安心できない。アルベルトは残る1枚の手札を、またも別のカードと入れ替える。鉄檻が決して壊されぬよう、保険をかけるためだ。
「さらにカードを伏せ、ターンエンドだ!」
 怯えながらも果敢に、目の前の“化け物”に挑む。


「……私のターン……ドロー」
 檻に捕らわれながらも冷静に、裏絵空はカードを引いた。

 ドローカード:カオス・ソルジャー −開闢の使者−

「……!」
 引き当てたのは、デッキで最強のモンスター。
 他を圧倒する力を秘めた、“混沌”のカード。
「……私は、墓地の『シャインエンジェル』と『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』をゲームから除外し……特殊召喚……」

 ――ズドォォォッ!!!

 鉄檻の中、二本の光の柱が立つ。
 一つは黄金、一つは漆黒。二本はすぐに混じり合い、その中から、“混沌”のモンスターが現れる。
 少女は静かに、その名を呼ぶ。
 静かに――しかしはっきりと。
 その名を、力強く宣言する。


「――『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)』……」


 ――ドクンッ!!!


「――『終焉の使者』」


 と。


 闇が、フィールドを覆ってゆく。
 光を激しく散らしながら、盤にセットした『開闢の使者』のカードが、みるみる姿を変えてゆく。
 “混沌の光”を操る、勇敢な戦士から――“混沌の闇”を司る、獰猛な野獣へ。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 闇のドラゴンが、フィールドに降臨する。
 骨ばった翼を広げて、纏う“闇”を解き放ち。
 巨大な嘶(いなな)きを上げた。主たる少女を除く全てを、味方モンスターまでも威圧する、強大な叫びを。


 ――“終焉”の扉は、今まさに開かれたのだ――



 絵空のLP:24000
     場:混沌帝龍−終焉の使者−,紅蓮魔獣 ダ・イーザ,氷帝メビウス,
       首領・ザルーグ,不意打ち又佐,魂吸収
    手札:0枚
 アルのLP:1500
     場:悪夢の鉄檻,魂吸収,伏せカード2枚
    手札:0枚



決闘47 飛べない鴉(からす)(前編)

 少女の喚び出した混沌龍の召喚条件により、2枚のカードがゲームから除外された。
 それに伴い、互いの場の『魂吸収』が効果を発動――両者のライフを1000ポイントずつ回復させる。

 絵空のLP:24000→25000
 アルのLP:1500→2500

 だがアルベルトは、最早それどころではなかった。
 目の前の檻の中に存在する、翼を生やした“2体”の化け物――その存在に対する恐怖が、彼の心を支配する。
(……!!! 何なんだよ、コイツラはぁぁっ!!?)
 恐怖に後押しされ、衝動的に、伏せカードを開く。
「リ、リバースカードオープン! カウンター罠『神の宣告』っ!」

 アルのLP:2500→1250


神の宣告
(カウンター罠カード)
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスター召喚・特殊召喚の
どれかを1つ無効にし、それを破壊する。


(そっ……そうだ! モンスターである以上、このトラップは通じるはず……!!)
「コイツで、その化け物の特殊召喚を無効にし――」
 だが次の瞬間、混沌龍が咆哮を上げた。
 耳をつんざく、暴力的な叫び。アルベルトは苦痛に顔を歪め、両耳を押さえる。
 より近くに立つ少女には、しかしそのような様子は見られない。むしろ涼しい顔をしている。

 ――バリィィィィンッ!!!

 異変は起こる。
 混沌龍の雄叫びを浴びて――発動された『神の宣告』が、粉々に砕け散る。
「……!? バッ、バカなっ!??」
 驚愕に、アルベルトの両眼がこの上なく見開かれた。

 おかしい――そんなハズは無い。
 『神の宣告』は、あらゆるカードに対し、万能にカウンターできるはず。特殊召喚は無効となり、破壊されるはず――“普通のモンスター”なら。

 ――そう、“普通のモンスター”ならば……!!


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 混沌帝龍 −終焉の使者−:闇属性→神属性
              ★8→★9
              ドラゴン族→幻神獣族

 少女はその変化を、気にも留めなかった。さも、それが当然のことであるかのように――平静に、ことばを続ける。
「――ライフを1000支払い……『終焉の使者』の特殊能力発動……」

 絵空のLP:25000→24000

 ――ズォォォォォッ……!!!

 少女の魂の一部を糧に、混沌龍の全身に、“闇”が漲(みなぎ)り始める。
 何よりも深く、何よりも重く、そして何よりも強い――全ての“闇”を凌駕する、畏怖すべき“混沌の闇”。
 右手をかざし、少女は指示を下す。

「――破滅の終焉(デストロイド・エンド)」

 と。

 ――バサァァァァッ!!!

 混沌龍が身体を上げ、翼を広げる。そして、雄叫びを合図として――そこから、大量の“闇”が溢れ出る。

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!!!

 “混沌の闇”は、全てを呑み込む。
 手始めに、自軍のカード――『コピーキャット』の複製した『魂吸収』を、そして味方のモンスターを。
 圧倒的攻撃力を誇る『紅蓮魔獣』をいとも簡単に、そして正真正銘、味方であるはずの『氷帝メビウス』『首領・ザルーグ』『不意打ち又佐』を躊躇なく呑み込む。
 そして“闇”は成長する。カードを喰らうごとに、それは破壊力を増し――次に、少女のフィールドを囲う『鉄檻』を蝕む。
「ヒィ……ッッ!!?」
 恐怖におののき、アルベルトが悲鳴を上げる。
 だが最早、命乞いのヒマすらない――檻を喰らい尽くし、制約を失った“闇”は、アルベルトのフィールドを蹂躙し始める。
 フィールドを、“闇”が覆い尽くす。一枚残らずカードを呑み込むと、それは彼を強襲し、爆発を起こした。

 ――ズガァァァァァァンンッッッ!!!!!!

 声もなかった。
 爆発のショックを受け、アルベルトの身体は大きく後方へと吹き飛ぶ。
 大木に背を打ち付け、派手に倒れ込んだ。彼の身体はそのまま、ピクリとも動かない。代わりに左腕の決闘盤が、彼の現状を如実に表す。

 アルベルトのLP:1250→0

 まさに圧勝だった。
 しかし、自身の技の威力に耐えられなかったのだろうか――最後に混沌龍は雄叫びを上げ、絶命する。甲高い、どこか哀しげな叫びとともに。
 そして、そのドラゴンの消滅とともに――周囲の“闇”は少しずつ晴れていった。


 絵空のLP:24000
     場:
    手札:0枚
 アルのLP:0
     場:
    手札:0枚


(……勝った……)
 裏絵空の精神に、少しずつ正気が戻り始める。
 ひどく清々しい心地だった。デュエル前の不調が嘘のように、身体が軽い。思考が妙に、はっきりとしている。

 ――ピピピッ

 電子音が鳴った。音源は、スカートのポケットにしまったデュエリストカードだ。落ち着いた様子で、ゆっくりとそれを取り出す。


神里 絵空  D・Lv.?
★★★★★★★☆
8勝2敗


(勝ち星がちゃんと増えてる……! これなら……)
 だが次の瞬間、カードから再び電子音が鳴った。

 ――ピッ、ピピピピッ

「……? エ?」
 裏絵空は呆気にとられた。すぐには、それの意味を理解できない。せっかく、先ほど得たばかりの“勝ち星”が――これまでのものも含めて、全て消え失せてしまったのだ。


神里 絵空  D・Lv.?
☆☆☆☆☆☆☆☆
予選失格
予選終了シマシタ


 今の裏絵空にしてみれば、あまりに舌足らずな説明だった。
 なぜ“星”が全て消えたのか、なぜ失格になるのか――すぐには理解できない。
 公園の時計を見上げ、時刻を確認する。まだ六時まで、十数分はある――なぜ予選終了なのか、すぐには理解できない。
 十数秒置いて、ようやく理解できた。16の本選枠――それが全て、満たされてしまったのだ。
「そん……な……?」
 膝を折り、その場に座り込む。

 ――勝ったのに……予選失格?
 ――本選枠が埋まってしまった?
 ――そしてその枠に、“神里絵空”の名前は入っていない……

 無力感が、彼女の心を苛む。今さらどう足掻こうと、この結果は覆らない。


 ――“神里絵空”のバトル・シティは、今ここで終了したのだ。





「…………」
 しばらく、放心したまま動けなかった。
 “もう一人の私”は、どれだけ悲しむだろう――それを思うと、胸が痛い。

 そのときふと、盤に置かれたままの、見慣れぬカードが目に入った。
 『混沌帝龍 −終焉の使者−』――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』が姿を変えた、“混沌の闇”を秘めし“怪物”。

「……あ……」
 彼女は立ち上がると、ゆっくりとそのカードを手に取った。そして訝しげに、それを見つめる。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


(これは一体……どういうこと……!?)
 裏絵空は寒気を覚えた。

 ――デュエルの最中に、カードが姿を変えた……?
 ――そんな非現実的なことが、果たして起こりうるのか?

 ――I2社が、何か特別な細工でも施していたのか?

 ――それとも……


 第一の疑問の元であるそれを、裏絵空は注意深く観察した。
 そういえば、デュエル中……自分は何故、このカードが出て驚かなかったのだろう?
 まるで、こうなることが分かっていたように。事前にこのモンスターを知っていたかのように。
(私はこのカードを……知っている……?)
 どこか、見覚えがあった。
 どこかで見た覚えがある……最近ではない。大分前……ずっと昔に、“誰か”に見せられた気がする。


●     ●     ●     ●     ●     ●


『――それが……あなたの心の写し身、魂に宿る魔物(カー)』

『――あなたに“闇の火種”がある、確かな証――』


●     ●     ●     ●     ●     ●


「う……っ?」
 思い出そうとすると、頭がひどく痛んだ。
 思い出そうとしているのに……何かが、それの想起を妨害する。思い出してはいけない――そう訴えかけるように。

(一体……何がどうなってるのよ……!?)
 何がなんだか分からない――苛立ちながら顔を上げる。
 そこで初めて、その“異変”に気が付いた。
 先ほどまでデュエルをしていた青年――アルベルト・レオが、『終焉の使者』の特殊攻撃に倒れてから、ピクリとも動かない。
 両の眼は閉じられて、身体は力なくぐったりと横たえられ。
 どうしたというのだろう――恐る恐る声を掛けようとした、その瞬間だった。


「――無駄だよ……すでに死んでいる」


「……!?」
 背後から、声をかけられる。
 低く野太い、男の声。振り返るとそこには、銀の長髪をした巨漢が立っている。
 場違いな黒いローブに身を包んだ、老齢の男。口元に生やした銀の髭が、口の動きとともに揺れる。
「久しいな……。およそ4年ぶりかね?」
 裏絵空は眉をひそめる。
 記憶にない人物だった。眼つきの鋭い三白眼が、一回りも二回りも体躯の小さい裏絵空を見下ろしている――その威圧感に、やや気後れする。
 明らかに見覚えの無い人物だ。
 もしかしたら、“もう一人の私”の知り合いであろうか――だが彼の放つ雰囲気は、明らかに常人のそれではない。本能が危険を訴え、思わず身構え、身じろぎする。
「……! そうか、覚えておらぬのだったな……つれないことだ。儂はある意味、貴様の“命の恩人”でもあるのだぞ……?」
 そう言って、ローブの中から何かを取り出す。
 それは、黒い本だった。
 分厚く、黒いハードカバーをした一冊の本――その表紙に装飾されたものを見て、裏絵空はハッとする。
(……!? ウ、ウジャト眼……!?)
 思わず視線を、腰に巻いたポシェットに落とす。
 その中に入れた、パズルボックス――遊戯から預かったそれの側面にも、同様の装飾が付けられている。
 それをかざしてみせながら、ガオスは、反応を確かめるようにことばを続ける。
「……エソラ・カミサト……いや、ここは敢えて“ソラエ・ツキムラ”と呼ぶべきかね……?」
「……!!」

 ――ドクンッ!!

 心臓が一瞬、不自然に脈動した。
 “ソラエ・ツキムラ”――まるでその名が鍵(キー)となったかの如く、男の名前を思い出す。

 どこで会ったか、どのような知人か――そういったことまでは思い出せない。
 しかし名前だけは、はっきりと思い出せた。

 震えた声で、その名を口にする。戦慄と共に、顔をしかめて。

「――ガオス・ランバート……!!」

 と。
 男――ガオス・ランバートは、心底満足げに口を歪めた。



決闘48 飛べない鴉(後編)

 ――童実野町内、某所。

「……私のエクゾディアが……崩れてゆく……」

 珍札狩郎は地面に突っ伏し、ショックで気を失った。普通のデュエルで気を失える人間など、恐らく彼一人であろう。南無阿弥陀仏。


レアハンター(1)  D・Lv.5
☆☆☆☆☆☆☆☆
予選失格
予選終了シマシタ


 対照的に、その正面に立つ少女は、自身のデュエリストカードを見つめ、満足げに口を綻ばせていた。


太倉 深冬(たくら みふゆ)  D・Lv.5
★★★★★★★★
7勝0敗
予選通過!
通過順位:16位


●     ●     ●     ●     ●     ●


 何故、自分がその男の名前を知っているのか――裏絵空はそれを理解できなかった。
 会った記憶などない。その男の異様な風体を見るに、普通なら関わりすら持たぬ人物なのは明白だった、
「…………!!」
 少女は唾を飲み込んだ。訊きたいことはある――だが、何をまず言うべきか分からない。眼前の、何かを知った様子のこの男を前に、次に起こすべきアクションが分からない。
「――まずは……背中のものを仕舞ってはどうかね?」
「エ……?」
 ことばの意味が、分からない。

 “背中のもの”……? 背中に、何か付いてでもいるのだろうか?

 ゆっくりと、背を振り返る。そして“それ”を見て――少女の表情は凍り付いた。
「――……!!? な……」
 ことばを失った。
 何故、“こんなもの”がそこにあるのか――全く見当が付かない。

 ――彼女の背には、“翼”が生えていた。
 ――天使の美しい翼などとはまるで違う……骨ばった、大きな黒い翼
 ――見覚えはある……そうだ、先ほどまでフィールドにいた混沌龍と同じもの
 ――『終焉の使者』が背中に生やしていた……“終焉の翼”

「……ナニ……コレ……?」
 やっとのことで、ことばを搾り出す。
 まるで化け物だった。背中に生えた、蝙蝠のように黒い、巨大な翼――恐る恐る、少女はそれに意識を向けた。
 動かせる。
 思ったように動かせる――それはすなわち、その翼が紛れもなく彼女のものだということ。しかし、服を裂き、肌から直に生えているわけではない。あくまで、服の上から付いているのだ。
「本物ではないよ……それは貴様の魂(バー)の塊。特殊な魔力(ヘカ)を媒介とし、魂(バー)が体外へ漏れ出し、形どっておるのだ……極めて稀なケースだがね」
 ガオスがニヤリと笑みを浮かべる。もともとの強面(こわもて)が、さらなる威圧感を帯びる。
「“それ”を出来る人間を、儂は2人しか知らぬ……つまり貴様は、“ヴァルドー”に次いで2人目だ。何の魔術道具も術式も媒介とせず、純粋な魔力(ヘカ)のみで魂(バー)を発現する……素晴らしい。実に素晴らしい。流石は“あの方”の器たるべき、“終焉”の少女……」
 ガオスは恍惚の笑みを浮かべる。
 そして、「だが」と続けると、その手の“本”をかざした。
「まだ完全に制御できるわけではないようだ……まあ無理もない。覚醒したばかりだからな……だが、ずっとそのままというわけにもいくまい?」

 ――カァァァァァッ……!!

 “本”のウジャト眼が、黄金の光を発する。
 すると次の瞬間、彼女の背に生えた翼は、空中に分解され、消滅する。
 同時に、彼女は急激な気だるさを覚えた。
「う……っ!?」
 足の力が抜け、その場に跪(ひざまず)く。
 身体が重い、頭も痛い。これではまるで、デュエルを始めた前と同じ――翼が消えた途端、疲労が一気に溢れ出す。
「……っ……!?」
 苦痛に顔を歪めながら、裏絵空は顔を上げた。身体が思うように動かない――デュエル以前よりも、体調は悪化しているかも知れない。
「……? ホオ……これは実に驚いたな。“光の三幻神”か」
「!?」
 ガオスのことばにギョッとした。
 彼の瞳は、彼女が腰に巻いたポシェットに向けられている――そこに入れられたパズルボックス、その中には、遊戯から預かった三枚の“神のカード”――『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』が収められている。裏絵空の魂は今、それらが持つ特殊なエネルギーを媒介とし、絵空の肉体に魂を留めているのだ。
 しかし外から見れば、当然分からないはず。そもそも3枚の“神”を絵空が持つなど、誰にも想像できないはずだ。
 何故それが分かったのか――ガオスという男の不気味さに、裏絵空は戦慄を覚える。
「…………」
 ガオスの瞳孔が斜めを向く。何かを考えるように、額に皺が浮かぶ。
(“光の三幻神”……ファラオの魂とともに、冥界へ還るはずだったが……。何者の仕業だ? シャーディーか、あるいは……)
 不愉快げに顔を歪める。
 しかしまあ、この程度なら問題ない――むしろ考えようによっては、好都合とも言えた。
「……しかし、無茶をする……。術式も何もなく、“幻神獣”の純粋な魔力のみを利用するとは。……いつ封印が壊れてもおかしくない、極めて危なげな方法だ。誰の発案かね?」
 ボヤきながら、ガオスは片膝を折った。
 跪いた裏絵空に目線を近づけると、“本”のウジャト眼を、彼女の顔前に突き出す。
「まあ良い……すぐに楽にしてやる。予定よりも大分遅れたがな……」

 ――カァァァァァッ……!!!

 ウジャト眼が再び、黄金の光を発する。
 光が少女の瞳を照らす――顔を逸らすことができない。“闇”に魅せられ、少女の瞳はその光を失ってゆく。
「“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”の継承だ……丁重に扱えよ。今後はコレが、貴様ら2人の“生命線”となるのだから……」
 強く輝いた光は、やがて少しずつ弱まり、消えてゆく。それに伴い、少女の瞳も少しずつ閉じてゆく。
 光の消滅と同時に、彼女は意識を失った。
 地面にパタリと倒れ込む。それを確認すると、ガオスは“聖書”を手放し、少女の手元に置いた。
「“闇の器”の完成だ……!!」

 ――これで良い……これで未来は正される。
 ――わずかな狂いなど無意味……大いなる流れの中では、微々たる相違に過ぎない。
 ――エソラ・カミサトに“千年聖書”が継承された……後は“儀式”を行い、ゾーク様を降臨させるのみ

 満足げに笑うと、立ち上がる前に、絵空の腰のポシェットに手を伸ばす。
 “聖書”を継承した今、もはやこれは無用――いや、むしろ目障りと言える。
(三幻神はこの中か……)
 強引に取り外し、中身を取り出す。
 黄金のパズルボックス――そして収められているのは、3枚の“神のカード”。
(……もっともファラオ亡き今、この程度の紙切れが脅威たりえるとは思えんがな……)
 3枚のカードを取り出すと、用済みとなったパズルボックスを放り捨てる。
 そして、右足を持ち上げると――足元のそれに、力いっぱい叩きつけた。

 ――バギィィィィンッ!!!!

 いとも簡単に、砕け散る。それは本来、踏んだ程度で壊れる代物ではない――だがそれは、あまりに容易に砕けてしまった。
 ガオスの額にはすでに、黄金の“第三の眼”が輝いている。“千年聖書”を手放そうとも、彼自身の魂(バー)と魔力(ヘカ)は、少しの衰えも垣間見せない――足元のボックスの破片から視線を移すと、次は3枚の“神”を睨む。
 3枚を束ね、両手で掴む。そして躊躇うことなく――

 ――ビリィィィィッ!!!

 無情な音が、辺りに響き渡った。
 3枚のカードは全て同時に、真っ二つに引き裂かれてしまった――そう、あの“神のカード”が、だ。
「……ククッ……クハッ……ハハハッ……」
 抑えきれぬ声が、ガオスの口から漏れ出す。
 両手の指先に魔力を込める。するとそこが熱を帯びだし、破られた紙片が黒ずんでゆく。
「ハハハハッ……ハハハハハハハハッ!!!!」
 ガオスは笑う。高らかに――狂ったかのように。
(これで我らが障壁となり得るものは――全て消え失せたッ!!)
 3幻神は灰と化した。熱に侵され灰と化し、空中へと飛び散った。

 『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』――それら3枚は残らず、この世から存在を消したのだ。


(……さて、残るは……)
 ギョロリとした三白眼が再び、その場に倒れたままの絵空を見据える。
 “降神”の儀式のため、絵空を連れ帰る――そのために、その野太い腕を伸ばそうとした。ちょうどそのときだった。

「――……!?」
 背後から、視線を感じた。
 ガオスは動きを止め、眉をひそめる。
(……? 周囲には、人除けの“結界”を張ったはずだが……?)
 緩慢な動作で振り返る。
 この場所へ来る以前、“千年聖書”の力により、公園全体を“結界”で覆った――これにより、並みの人間はこの場所を無意識に避けるようになるはず。
 その影響を受けないのは、“聖書”の“洗礼”を受けたルーラーの人間か、あるいは――相応の強き魂(バー)と魔力(ヘカ)を持ち合わせた人物。

「……! ホウ……なるほど、貴様だったか」
 振り返ったその先には、一人の男が立っていた。
 見覚えのあるその容姿に、ガオスは悦ばしげに口を歪める。
 男はガオスの顔を見て、驚きの表情を浮かべていた。そして口を開き、ことばを吐き出す。
「……!! ガオス・ランバート……!?」
 それに応えるように、ガオスもことばを返す。
「久しいな……貴様ともおよそ4年ぶり、だったかね? コウイチ・ツキムラ……」
 と。



決闘49 闇の楔(くさび)

 “聖書”の予言には無い再会だった。
 だからこれは予想外――しかし願ってもない再会に、ガオスは機嫌良さげに微笑む。

「嬉しいよツキムラ……また貴様と会えるとは。これも我らが神、ゾーク様が御意思……ということかな?」
 額のウジャトがギラギラと、その輝きを増した。
 ガオスの感情の昂ぶりに反応し、それを吐露するかのごとく、黄金の光を発する。

「…………!!」
 月村は表情を険しくした。彼がこの場に現れたのは、ただならぬ轟音――“終焉”による破壊音を耳にしたためだ。よもやこの場で、4年越しの再会をすることになるなど、全く予期せぬ出来事だった。
 ガオスの額に輝く、黄金のウジャト――月村は4年前すでに、それを直に見たことがある。だから、特に驚きはしない――だがむしろ、その背後の光景に、驚きと怒りを露にする。
「ガオス・ランバート……! これは一体、どういうことだ!?」
 声を荒げ、叫ぶ。
 その理由は、彼の後ろに横たわる二人の人間。
 一人は外国人の青年で、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。そしてもう一人、ガオスの足元に小さな少女が横たえられている――月村の記憶が間違っていなければ、彼女は“神里絵空”だ。もう五年近く会っていないが、彼の亡き娘と友人関係にあった少女。容姿が記憶と似ているし、母親の神里美咲から、彼女が今大会に参加していることは聞いていた――だから間違いないだろう。
 亡き娘の友人であり、いま愛する女性の娘である少女――それが現在、ガオスの足元で倒れているのだ。
 ガオス・ランバートが信用ならぬ人間であることは知っている。ならば答は一つ……疑うなという方が無理な話だ。
「……心外だな……? あの男の方は、この娘が殺(や)ったのだぞ?」
 クク、とガオスはうすら笑いを浮かべる。
 無論、月村は信じない。たとえ月村でなくとも、ガオスの今の発言を信じる者はいないだろう。
「……目的は……レアカードか?」
「……ア?」
 月村はあくまで、真剣な面持ちで問いかけた。
 だがそれに対し、ガオスは拍子抜けと言わんばかりに嘲笑う。
「クク……生憎だが、それはもう終わりだよ。今はすでに、その段階ではない。儂の当面の興味はむしろ、この娘の方にある……」
「……!?」
 ガオスの瞳が、足元の少女――絵空を捉える。
 あまりに意外な回答に、月村は驚きの表情を浮かべた。
「それはどういう意味だ……? その子の何に、どんな興味があると言うんだ?」
 ククッ、と笑みを漏らすだけで、ガオスはその問いには答えない。
 その代わりに、ある提案を持ちかける。
「ツキムラ……貴様とのデュエルの決着は、4年前に保留したままだったな。どうだね? 4年越しの決着をつけるというのは……この娘を賭けて、だ」
「……!? なっ……」
 月村はことばを失った。
 ガオスは邪悪な笑みとともに、月村を睥睨(へいげい)する。
「万一、貴様が勝てば、儂は大人しく手を退こう……二度と貴様らの前に姿を現さぬと約束するよ。しかし儂が勝った場合は……この娘は預からせてもらう」
「……ルーラーはいつから、人攫(さら)いをするようになったんだ……?」
 当然、飲める要求ではない。
 デュエルで人の身柄を賭ける等、馬鹿げている。そもそも、犯罪もいいところだ――どうあれ、連れて行かせる気など微塵も無い。
「そもそも……私とその子は無関係だ。なぜ私とのデュエルで、その子を――」
「――クク。生憎だが、儂は知っているのだよ……この娘は貴様にとっても、“特別な存在”だろう?」
 月村は眉をひそめた。
 なぜ、それを知っているのか――それは分からないが、無関係を装い、ガオスの要求を退ける狙いには失敗した。

 睨み合いが続く。月村の頬を、一筋の汗が伝った。
 本来ならすぐにでも、ガオスの足元に倒れる絵空の様子を窺いたい――だが、目の前の男が油断ならぬ男だと知っている。ガオスの狙いが絵空だと分かった以上、安易な行動はとれない。
「……不毛だな」
 やがて、ガオスは飽きたと言わんばかりに、月村から視線を逸らし、ため息を漏らす。
「こちらの提案を呑む気はないのか? デュエル一つで、このつまらぬ膠着状態のカタが付くんだ……安い手段とは思わんかね?」
「…………」
「……フン。4年の間に、随分と火付きが悪くなったな……それならば」
 ガオスはニタリと、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「――貴様の娘……ソラエ・ツキムラを殺したのが儂だと言えば、少しはやる気が出るかね?」
「――!?」
 ガオスのことばに、月村は一瞬、大きく反応した。
 心臓の鼓動が速まる。“ソラエ”――懐かしいその名前に、胸を締め付けられる思いがする。
 月村は顔をしかめる。だがすぐに冷静さを取り戻し、馬鹿な、とことばを返した。
「娘は病気で死んだ……デタラメにも程がある!」
「……“病気”……ねえ」
 クク、と下卑た笑みを漏らす。
「ならば問おうか……貴様は娘が息絶えるとき、その場に立ち合わせていたかね?」
「……!? それは……」
 月村はことばを濁らせた。

 ガオスの言う通り、月村は娘が亡くなった報せを、アメリカで受けた。
 容態の急変により、亡くなった――死に目に会ってやることすらできなかった。
 飛んで日本へ帰ったが、月村が会ってやれたのは、すでに冷たくなった、娘の亡骸(なきがら)だけだった。
 なぜもっと側にいてやらなかったのか――月村はそのことを、今でもひどく悔やんでいる。

 そして、なぜ今ここで、そんな話を持ち出すのか――月村にはそれが理解できない。
 戸惑いと怒りの混じった表情で、ガオスを見据える。
「もし……もし仮に、だ。他に誰もいない病室に、儂が忍び込んだとしよう。そして故意に病状を進行させ、死に至らしめたとすれば? さすれば、病院の医師は“病死”と判断せざるを得まい。しかし実際には“殺人”だ……違うかね?」
「……もういい、黙れ! 病気に見せかけ、殺しただと? 故意に病状を進行させた? そんなこと、できるわけが――」
「――できるさ」
 月村の反論に被せるように、ガオスは額に指を這(は)わせる。
「この“眼”を持つ儂に、不可能などほとんど無いよ……。これに秘められた魔力は、貴様も体験したはずだろう?」
「……!!」
 月村は思わず歯を噛んだ。
 まさかそんなことが、実際にあったとは思えない。

 ――しかしそうだとしたら……万一、そうだったとしたら?

 疑念が脳裏をちらつく。
 それは月村の感情を高ぶらせ、少なからぬ憎悪を生む。
「悪くない表情だ……闘争心に駆り立てられた、“決闘者”の眼だよ」
 ガオスは徐(おもむろ)に、黒衣のローブからあるものを取り出す。
 それは決闘盤――4年前の時点では存在しなかった、KC社が最先端のテクノロジーを結集し、完成させた結晶体。
「……貴様に断る権利などないのだよ……ツキムラ。デュエルに応じぬなら、そのままエソラ・カミサトを連れ去るのみ……儂はチャンスを与えておるのだ。慈悲深くも、“唯一のチャンス”をな……」
 そしてデッキを取り出すと、盤にセットしてみせる。
「全く、面白いものが出来たな……造られることは“聖書”で知っていたが、実際に手にしたのはつい最近だからな。もう少し重量・幅があるものかと思っていたが……意外と軽くコンパクトだ。なるほど、セト・カイバも大したものだよ」
 感心した様子で決闘盤をまじまじと観察する。
 やがて視線を上げると、目の前の男を見据えた。
「……決闘者たる者、デッキは携帯しておろうな? 決闘盤は持っておらぬか……この娘のものを借りるかね?」
「…………!」
 途端に、月村の表情が弱気になり、顔を背ける。
「無理だよ……私はデッキを持っていない。私は決闘者を辞めたんだ」
「…………ア?」
 予想だにせぬことばに、ガオスは間の抜けた声を出す。
 そしてすぐに、失笑を漏らした。
「クク……ここまで来て、本当に火付きの悪い男だ。決闘者を辞めた? 貴様ほどの男が? ハッタリなら、もう少し信憑性のあるウソを――」
 だがそこまで言って、ガオスの口は止まった。
 何か様子がおかしい……月村はどこかばつが悪そうに、顔を逸らしたままだ。
「…………アア?」
 眉間に皺を寄せ、ガオスはわずかに、首を傾けた。
 月村は仕方ないといった様子で、ガオスの疑問に応える。
「何度も言わせるな……私は決闘者を辞めた。貴方とのデュエルを最後に、デッキは燃やした……残りのカードもほとんど処分した。仕事上、カードに触れることはもちろんあるが……ここ4年間、まともなデュエルを経験したことは一度も無いよ」
 苦虫を噛み潰したような表情で、しかしさらりと説明する。
 ガオスにはそれが、すぐには納得できないといった様子で、表情を凍らせ、月村を見つめる。

 ――嘘ではない……実直なこの男は、演技でここまでのことは言えない。

 ガオスの表情に一時、落胆の感情が色濃く表れる。
 だが所詮は、一時だけだ。個人的な愉しみが一つ消え去った……ただその程度の話。計画に狂いが出たわけではない。
「……では、貴様の不戦敗……ということで構わんな?」
 月村は顔を上げた。
 そうはいかない――暴力に訴えてでも、絵空を連れ去らせるつもりなどない。
「…………」
 ガオスの、月村を見る目は変わっていた。
 先ほどまでとは打って変わり、まるで道端の石コロを見つめるかの如く、侮蔑の視線を向けている。
 決闘者を辞めた月村になど、何の関心もない――そう言わんばかりに。
「馬鹿が……何も分かっておらんな」

 ――カッ!!!

 ガオスの額のウジャト眼が、鋭い光を発した。
 すると次の瞬間、月村の全身が鉛のように重くなる。
「!!? ぐあ……っ!?」
 耐えられず、地面に跪く形となる。
 見えない何かに押さえつけられ、月村は身動きが取れなくなる。
「言っただろう……? 儂は“唯一のチャンス”を与えたのだと。M&W……それこそが、貴様が唯一、儂と肩を並べられる土俵……」

 ――知力も
 ――体力も
 ――財力も
 ――魔力も

 ――貴様如き俗物が……このガオス・ランバートと張り合おうなど、片腹痛いにも程がある

「……ぐ……うっ……!?」
 月村は苦痛に顔を歪める。
 何が起こっているか、理解できない。だが、どれほど抵抗しようとも、身体を持ち上げることができない。
 ガオスを前に跪き、一歩も動くことができない。
「己の無力を呪うのだな……ツキムラ。4年前、娘を失ったときと同じように……」
 ガオスはゆっくり背を向けると、足元の少女へ手を伸ばす。
「……!!! 待……てッ……!!」
 月村はギリギリと、歯を噛み締めた。

 だがそのとき――思わぬ第三者の声が、事態を転がした。

「……う……っ……?」
 呻き声がした。
 月村の声ではない。ガオスは眉をひそめ、その声の主を見やる。
 アルベルト・レオ――先ほど、『終焉の使者』の一撃を喰らい、絶命したはずの人物。
(生きている……だと?)
 ガオスはギョロリと瞳を動かし、その男を睨む。
 アルベルトはよろめきながら、ゆっくりと上体を起こした。

「あ……つっ……。俺、一体なにを……?」
 全身の痛みに耐えながら、アルベルトは顔をしかめ、頭を押さえた。
 なぜ、こんな状態になっているのか――まだ朦朧とした頭を動かし、それを想起しようとする。
(そうだ……あの化け物小娘の召喚したモンスターの攻撃を受けて、それで……)
 そこでふと、人の気配に気が付く。
 さっきのチビがまだいるのではないか――そう思いつつ、アルベルトは恐る恐る顔を上げる。だがそこにいたのは、彼が想定したものとは似ても似つかぬ、全く異なる人物。
 巨漢の外国人が、高圧的な表情で見下ろしてきていた。
「……貴様……“終焉”の一撃を受けて、なぜ生きている……?」
「ヒッ……ヒィィィィィィッッ!!?」
 会話になどならない。
 今度こそ、本当に殺される――そう思い、恐怖し、アルベルトはまだ痛む身体に鞭打って一目散に駆け出す。
 幸いにも、男は追いかけてこなかった。だが、安心する余裕など微塵もない。
 一刻も早く、その場を離れるべく、死に物狂いで全力疾走する。
 余談だが、今後一切、アルベルト・レオがM&Wに関わらなくなったことをここに記しておこう。


「…………」
 ガオスは呆然と立ち尽くしていた。
 『終焉』の攻撃で倒れた者が、生きていた――これは一つの事実を示す。
 まだ完全には目醒めていない――エソラ・カミサトの“終焉”の覚醒は未だ、不完全な状態なのだ。
(……? どういうことだ……?)
 ガオスはそれを訝しむ。
 おかしい――これでは、“聖書”の予言と食い違う。
 予言通りならば、“終焉”の力はとうに目醒めているはずだ。

 ――何らかの要因により……覚醒が阻害されたか?

(……“光の三幻神”により、魂が封印されていた影響か……? それとも何か、別の……)
 ガオスはその場に立ち尽くし、考え込む。


 ――7つの千年アイテムが、所定の人間へ渡らなかったためか?
 いや……そのことはエソラ・カミサトに、直接的影響を及ぼさないはずだ。

 ――“聖書”の継承が遅れたせいか?
 これはあり得る……だが、そこまで大きな影響でもないはずだ。

 ――それとも……儂が殺されている間に、何らかの特殊な干渉を受けたか?
 ソラエ・ツキムラの魂に大きな影響を与える何かが……予定外の事態が起きていたとでもいうのか?


(いま連れ帰ったところで……“儀式”は行えぬな)
 何をどうするべきか――ガオスはそれを考える。

 覚醒は時間の問題だろう……ソラエ・ツキムラに“終焉の翼”は従えられない。“生みの親”さえも殺した血濡れの翼――それの絶対性は、“聖書”にも明記されていた。
 だが、少々時間がかかる恐れがある。ならばこれ以上は、過大な干渉は避けるべきかも知れない。
 “迷い”こそが、心の闇を増幅させる――それは人の心に「恐れ」を生み、そして「恐れ」は、人を果てしなき闇に誘うのだから。


「…………」
 ガオスは振り返り、未だ這い蹲り続ける月村を見やる。
 実に無様。月村は屈辱に顔を歪め、より研ぎ澄まされた憎悪の瞳を投げつけてくる。
 ガオスは何かを思いついた様子で、口元に笑みを浮かべた。
「……そうだな……では、こうしよう」
 指をパチリと弾く。
 すると、月村の全身に掛かった負荷が取り外される。
 月村は咄嗟に立ち上がり、ガオスに対して身構えた。
 だがガオスは、微動だにしない。完全に上段に立った姿勢で、嘲笑を浮かべる。
「今回はこのまま退こう……少々、想定外のことがあったものでね」
 幸運に思うことだ――そう言うと、ガオスは少女を一瞥する。

 ――“終焉”は目覚め始めた
 ――“聖書”の継承も済ませた

 ――焦る必要は無い……着実に、決められた未来へと進めば良い
 ――ゾーク様が定めし世界……人類のあるべき新世界、“楽園(エデン)”へと

「……近いうち、儂は再び貴様らの前に現れよう……。覚えておるかね? 4年前、儂が貴様に残したことばを。儂はこう言った……“貴様に意志あらば、儂は再びその挑戦を受けよう。いつ如何なるときであろうと”」
「……!!」
「……あのことば、取り消すつもりは無い。貴様にまだ、デュエリストとしての誇りが微塵にでも残っておるならば……再びカードを手にすることだ。このまま大人しく、“傍観者”で終わりたくなくば……な」
 ガオスはゆっくりと、月村の横を通り過ぎる。
 ゆっくりと――知らしめるために。月村浩一に、自身の惨めさを。
「…………!!」
 月村は、ガオスに掴みかかりたい衝動に駆られた。
 可能ならばその拳で、ぶん殴ってやりたい――だが二人の間には、あまりにも大きな溝があった。

 対等にはなれない。
 今の自分のままでは、ガオス・ランバートは止められない。

「……ッッ……!!!」
 衝動的に振り返る。しかしそこにはすでに、彼の姿は無い――つい先ほどすれ違ったばかりだというのに、忽然と消え失せていた。
「…………!!」
 両の拳を握り締める。奥歯を強く噛み締める。
 目の奥が熱い。ハラワタが煮え繰り返りそうだ。
 こんなにも――他人を“憎い”と思ったのは初めてだ。
(……ガオス……ランバートッッ……!!!)
 月村の心が、激しい憎悪に染め上げられた。



決闘50 ソラエ

 母がこの世を去ったとき――月村天恵はまだ、十にも満たぬ年齢だった。

 天恵は世界中の誰よりも、母のことが好きだった。辛いときや悲しいとき、母はいつも、天恵を優しく抱きしめてくれた。
 母の身体は温かくて……柔らかくて……いい匂いがして……。
 母に抱きしめられることが、天恵は世界中の何より好きだった。

 その点で言えば、父のことはあまり好きではなかった。
 温かいけれど、ゴツゴツしていて……少し煙草の匂いもして。
 天恵は世界中の何よりも、父の煙草が嫌いだった。
 愛煙家であった父は、気が付くと庭で煙草を吸っていた。
 目の前で吸われることはなかったけれど、服に染み付いた煙草の匂いが何よりも嫌いだった。

 だから母を亡くしたとき、天恵は、世界が終わったようにさえ感じたのだ。

 悲しくて。淋しくて。
 人が死ぬということは、こんなにも辛くて不幸なことなのだと知った。

 母の葬式から一週間、天恵は家に閉じこもった。
 友達が、心配して家に来てくれた。けれど天恵は、顔を見せずに帰ってもらった。
 父と二人きりの家は、何だかぎこちなかった。
 月村家において、母はやはり、何にも代えがたい重要な存在だったのだ。

 父は食事を作る余裕がなく、仕事帰りによく弁当を買ってきた。
 天恵は、その弁当屋の弁当が嫌いだった。父は気を遣って、毎回違う種類の弁当を買ってきた。けれどどれも、好きになれなくて……そもそも、母の手作り料理に比べれば、味も愛情も雲泥の差があった。

 ちょうど一週間後のその日、天恵は家出を図った。
 お気に入りのナップサックに荷物を詰めて、去年母がくれた黄色のリボンで髪を結わえて。小学校と正反対の方向へ歩いた。
 10分も歩くと、知らない道になった。けれど構わず前進した。

 どれだけ歩いたか分からない。
 だんだん疲れて、足が棒になってきた。それでもがんばって歩いていると、お巡りさんに捕まった。平日の昼間だったので、当然の結果だった。

 交番で待っていると、父が迎えにやって来た。
 どうやら会社を早退してきたらしい。お巡りさんに何度も頭を下げていて、その時やっと、天恵は自分のしたことを反省した。

 足元のふらつく天恵に対し、父は“おんぶ”を提案した。
 恥ずかしいから嫌だったけど、歩くのはもっと嫌だったから、渋々それに従った。
 父の背中は、すごく大きくて……煙草の匂いがしたけれど、何だかすごく頼もしくて、すごく安心できた。
 父は天恵を怒らなかった。
 ただ、道中、ポソリと呟いた。
「ごめんな……天恵」
 それを聞いたとき、天恵は自分の中で、込み上げてくるものを感じた。
 違うのに……悪いことをしたのは自分なのに、と。
 眼から涙が零れ落ちた。母を失った悲しみではなく、父に対する申し訳なさから、涙が溢れ出た。

 ――心配かけてごめんなさい
 ――わがまま言ってごめんなさい
 ――背中を濡らしてごめんなさい

 涙のせいで、声には出せなくて……けれど心の中で、何度も何度も謝った。


 強くなろうと思った。
 母がいなくなった分は、自分ががんばろうと。
 もう、父に迷惑はかけたくない……母の代わりは、自分が務めようと。

 料理に挑戦してみた。
 最初は上手くできなくて……大したものは作れなかった。
 それでも父は必ず、「美味しい」と全部食べてくれた。

 掃除は割と、すぐ慣れた。洗濯も天恵が担当した。
 父が手伝おうとしてくれたが……頑なにそれを拒み、天恵は家事全般を自分の仕事とした。
 母がやっていたことは全て、自分がしよう――そう思った。母の死は自分が埋めようと、精一杯に背伸びをした。

 気が付くと、父は煙草を吸わなくなっていた。
 遠慮しなくていいのに――そう言うと、「健康のためだよ」と笑っていた。

 いつからか、天恵は世界中の誰よりも、父のことが好きになった。
 広い背中が好きだった。
 あの日の“おんぶ”が忘れられなくて……時々、甘えたい気持ちになった。もう一度してもらいたいな……そんなふうに思いながらも、やっぱり恥ずかしくて言い出せなかった。
 父の背中が、世界中の何より愛おしくなった。

 半年もした頃、天恵は料理が得意になっていた。
 毎朝早起きして、父の弁当も作るようになった。

 ある晩、空の弁当箱を受け取りながら、天恵は得意げにこう言った。

「――大きくなったら、私がお父さんと“再婚”してあげるね!」

 父と娘が結婚できないことを知ったときは、心底ショックを受けたものだ。


 それでも二人の生活は、とても幸せなものだった。
 そう――幸せだったのだ、数年間は。

 ――天恵が中学校に上がってしばらくして、病に倒れるまでは――



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「ン……ッ」
 裏絵空は意識を取り戻すと、ゆっくりと眼を開いた。
「あ……目が覚めたかい? 絵空ちゃん」
 頭の上から声がした。
 ゆっくりと、上体を起こす。見ると、公園のベンチの上だった。頭の下にタオルを敷き、その上に寝かされていたらしい。
「大丈夫かい? もう少し寝ていた方が……」
 背後から、心配そうに声をかけられる。倒れていた自分を、この声の主が介抱してくれたのだろう――裏絵空はそう理解し、振り返る。
「いえ……もう大丈夫です。ありが――」
 と、そこで、裏絵空の口が止まる。その人物を視界に入れた瞬間、驚きにことばを止めてしまう。
 それを見て、声の主――月村浩一は、わずかに顔をしかめた。
(そうか……覚えていないのだったな)
 月村は以前、娘が生きていた頃に、絵空とは何度も会ったことがある。
 しかし、絵空の母・美咲から聞いた話によると、海外での手術後の絵空は、その頃の記憶がすっぽり抜け落ちているらしい。
「ええと……あやしい者じゃないよ。私は、君のお母さんの友人で……」
「――月村さん……ですよね?」
 裏絵空の一言に、月村は一瞬、目を見開いた。
「母から特徴を聞いていましたので……分かります。よくカードをプレゼントして下さった……T2社で働いていらっしゃるんですよね?」
「……! あ、ああ。そうか、特徴を聞いていたのか……」
 月村は小さくため息を吐いた。

 一瞬、記憶が戻ったのかと期待したが……そうではないらしい、と。

「大丈夫かい? 君はそこで倒れていたんだけど……何があったんだ?」
 “ガオス・ランバート”の名は、あえて口に出さなかった。
 月村がこの場に居合わせたとき、絵空はすでに倒れていた。もしかしたら、ガオスの姿は見ていないのかも知れない――そう考えたからだ。
「……あ、ええと……」
 裏絵空はことばに窮した。
 どこまで話して良いものか、分からない。
 少し考えてから「何も分からない」と応える。大会予選のデュエル終了後、気が付いたら意識を失っていたのだ――と。
 裏絵空は、目の前のこの男を、今回の一件に巻き込みたくなかったのだ。
「そう……か」
 月村は顎に手を当て、眉をひそめた。
 忌むべき男――ガオス・ランバートは、絵空に何らかの興味を持ったようだった。彼の意図が分からず、イラ立った様子で顔をしかめる。
「…………」
 裏絵空はそれを見て、申し訳ないような様子で顔を俯かせた。
 しかしそのとき、あるものに気が付く。月村が腰を下ろす隣に、何かが置かれている。

 腰に巻いていたはずのポシェットと……ハンカチの上に集められた、パズルボックスの破片。

 裏絵空の視線に気が付いた月村は、それに手を伸ばし、差し出した。
「君の側に落ちていたんだけど……君の物かい? こっちの破片は……」
「……!!」
 裏絵空はことばを失った。
 遊戯から預かった、大切なパズルボックス――それが無残にも打ち砕かれ、見る影もなくなってしまっている。
 これは遊戯にとっても、大切なものだったらしい――よりによってそれを、壊されてしまった。遊戯への申し訳なさに、顔を歪める。
 しかし次の瞬間、ハッとした。
 中に入っていたものは? 中に収められていた、3枚の“神のカード”はどうなったのだろう――と。
「あっ……あの! 他に何か落ちていませんでしたか!? カードとか……」
「え……いや。落ちていたのはそれだけだったが……」
 月村のことばに、裏絵空は顔を俯かせた。


 ――そうだ……パズルボックスを壊したのは十中八九、ガオス・ランバートだろう。だとすれば、その中に収めてあった“神のカード”は当然、彼の手に渡ったはず。そのまま見過ごすはずがない。奪い去ったのか、あるいは……


 裏絵空の脳裏を、“最悪の可能性”が過ぎった。
「……何か足りないのかい? 一応、君の側に落ちていたものは全部拾ったつもりだったが……」
「あ……いえ。こちらの思い違いでした……大丈夫です」
 遠慮した様子で、裏絵空はそう応える。
 そんな彼女の様子を見て、月村はどこか、遠い目をした。

(……絵空ちゃん、だいぶ雰囲気が変わったな。当然か、5年も会っていなかったのだから……)
 絵空との会話の中、月村はふと、懐旧を覚えた。
 顔はあの頃とあまり変わっていない……けれど雰囲気は変わった。
(昔はもっと、人懐っこい、子どもっぽい感じの子だったけど……5年の間に、ずいぶん大人びた雰囲気になったな)
 年月は人を成長させる、そのことを月村は痛感した。
 今の絵空と話していると、何だか……昔の絵空よりも何故か、亡くした娘が思い出された。娘がいつも愛用していた、黄色のリボンを結わえているせいもあるかも知れない。


「……。あ、ところで……さっきから気になっていたんだが、その手に持っているものは何だい?」
「……え?」
 問われて初めて気が付いた。
 裏絵空は視線を落とし、ぞっとした。左手に何かが握られている。表紙に黄金のウジャトが装飾された、黒い書物。
(……“千年聖書(ミレミアム・バイブル)”……!!!)
 絵空の小さな手には余るような、かなり大きく分厚い書物。
 無意識のうちにしっかりと、離さぬように握られている。


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「“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”の継承だ……丁重に扱えよ。今後はコレが、貴様ら2人の“生命線”となるのだから……」


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 口をきゅっと結んだ。
 “生命線”――そうだ、今後はこれを手放せない。何より大事に保持しなければならない。


 ――何故ならこれを失うとき……神里絵空の“心臓”は停止する
 ――これを失ったとき……自分一人だけでなく、絵空も死ぬことになるのだから


「そんなに大きいのに、全然手放さなかったからさ……大事なものなのかい?」
「……はい」
 神妙な面持ちで首肯する。
 両手で掴み、胸に抱く。
「とても……大切なものです」
 両手に力を込めて、裏絵空は哀しげに頷いた。





 月村が公園の丸時計を見上げると、すでに針は7時を指していた。
 時間の経過により、辺りもだいぶ暗くなりつつある。
「美咲さんには連絡を入れておいたけど……そろそろ家に帰った方がいいかな」
 立てるかい?と月村が尋ねると、裏絵空は小さく頷いた。
 月村が先に立ち上がる。ふと、その広い背中が目に入った。
「…………!」
 ひどく、懐かしい気持ちになった。泣きそうになった。
「……あの」
 ベンチに座ったままで、遠慮がちに言った。
「その……背中、お借りしてもいいですか?」
「……え?」
 裏絵空は気恥ずかしげに、顔を俯かせた。
「えっと……今日一日歩き回って、疲れてしまって。あの……」
 気恥ずかしげに、たどたどしく言う。
 月村はことばの意味を悟り、微笑みながら頷いた。
「ああ、いいよ。喜んで」
 月村はしゃがみ込み、裏絵空に背中を差し出してくれた。

 ――本当は“聖書”の魔力により、裏絵空が感じる肉体的疲労はだいぶ軽減されている。
 でも…………

「…………」
 無言で、裏絵空はその背中に負ぶさった。
 大きくて、頼もしくて、安心できて……けれど少し、煙草の匂いがした。
「……煙草……吸っているんですか?」
 込み上げてくる感情を抑えながら、裏絵空は訊いた。
 立ち上がりながら、月村は苦笑を浮かべる。
「時々ね……昔は禁煙もしていたんだけど。ごめんね、気になるかい?」
 いいえ、と裏絵空は小さく応えた。
 懐かしくて……温かくて……少女はもう、感情を抑え切れなかった。
 首に回した両腕に、力を入れた。
 背中に顔を押し付けて、漏れる嗚咽を懸命に我慢した。
「……! 絵空ちゃん?」
 少女は涙を零していた。
 もう我慢ができなくて……涙が零れ落ちた。
「……ごめん……なさい。何でもないんです……」
 泣きながら、そう言った。
 月村も気持ちを察し、追求はすまいと思った。
 口を閉じ、前を向いて、ゆっくりと歩き出した。


 背中が心地よかった。
 温かくて……幸せで……懐かしくて。
 だから少女は、我慢ができない。
 その温もりに、堰を切ったように感情が溢れ出す。
(……さん)
 口には出せなかった。
 だから心の中で、大好きなこの人を呼んだ。

 ――お父さん……

 と。



 少女は思い出したのだ――全てを。本当に、全てのことを。

 ――自分が本当は……“月村天恵”であること
 ――死にたくなくて……消えたくなくて、“闇”と契りを交わしたこと
 ――器に、絵空を選んだこと
 ――この肉体に入れられた心臓が……本当は、“仮初の異物”であること

 ――死ぬことが怖くて
 ――消えることが辛くて
 ――“死に至る病”に冒され……私は契約した

 ――“楽園(エデン)”に辿り着きたくて
 ――そのために……この世界を、“終焉”に導かねばならぬと知りながら



 言えるはずがなかった。
 “お父さん”などと、呼べるはずがなかった。
(ごめん……なさい)
 少女は……月村天恵は父の背で、何度も何度も謝った。

 ――この私の存在が……この世界を終わらせる、最後の“火種”となるのだから――







幕間へ続く



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その前に『おまけ』を読んでみる




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