闇を切り裂く星達4
episode14〜

製作者:クローバーさん





目次2

 episode14――試練と再会の最終日――
 episode15――それでも俺は――
 episode16――君が傍にいるのなら――
 episode17――世界のために死んでくれるか?――
 episode18――まずは簡単な自己紹介を――
 episode19――決戦の始まり――
 episode20――プランB――
 episode21――星の見えない夜空の下で――
 episode22――星の光は黒く濁って――
 episode23――攻撃VS守備――
 episode24――箱入り娘の物語――
 episode25――最初の一歩――
 episode26――師弟対決――
 episode27――死せる英雄その手には――
 episode28――英雄の一撃――



episode14――試練と再会の最終日――
 合宿最終日。俺と香奈は2人で街へ出かけていた。
 この1週間で俺たちは数多くの決闘をこなし、考え得る限りの状況下での戦い方を学んだ。
 雲井と本城さんは別メニューをこなしていたらしいが、それもかなり良い成果を得られたらしい。

「それにしてもなんで私達だけみんなと別行動なわけ?」
「さぁな。薫さんが本社に出向けって言ったんだから、きっと何かあるんだと思うけど……」
 
 最終日ということもあって、各自の仕上がりを確認したいということで俺と香奈は遊戯王本社に出向くことになっていた。
 どうやら本社で会ってほしい人がいるらしく、その人と最終試練を受けてほしいとのことだった。
 遊戯王本社は小学生の見学会で来て以来だ。以前に聞いた話では、本社では薫さんにも劣らない腕利きの決闘者がたくさんいるということだから、きっとその人達を相手に決闘するのが目的だろう。
 ちなみに雲井と本城さんはあの合宿場で試験らしい。
 たぶん、薫さんと伊月が決闘相手になるのだろう。

「あっ! 見えてきたわよ!」

 隣で香奈が指差す先。
 市街地の中に一際目立つビルが見えた。
 昔見た時より、少しだけ小さく感じるのは成長した証だろうか……。

 ビルに入って受付に行く。
 名前を告げれば、二つ返事でゲスト用の通行証を渡された。
 それを首にかけてエレベーターで15階へ向かう。時間帯が早かったためか、俺達以外に乗っている人はいない。
 15階に着いた後、白衣を着たスタッフが案内してくれた。俺はエレベーターを出て右へ、香奈は左に向かう。
「じゃあまたあとでね」
「ああ。頑張れよ」
「そっちこそ」
 香奈と別れて、スタッフの案内の元、俺は一つの部屋に案内された。
 鉄製で重苦しい雰囲気のドアだった。まるで監獄にあるかのような、頑丈な扉だ。

「約束通り、面会時間は2時間とさせていただきます。それでは、お気をつけて」

「え?」
 ギギギ…という音と共にドアが開く。
 半ば押し込まれるように、俺は部屋の中へ足を踏み入れた。

 部屋の中は、灰色だった。コンクリートでできた天井と壁に、蛍光灯がいくつかある。
 テーブルなどの家具は一切見当たらなくて、間隔をあけた状態で椅子が二つ向かい合う形で置いてあった。
 そして奥の椅子には誰かが座っていた。
 回転式の椅子なのか、その人物は俺に背を向けている。
「あの、すみません」
「……………」
 声をかけてみても返事が無い。
 聞こえないのかと思って、少しだけ近づいた。
「あの―――」


「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」


「っ!?」
 その声を聞いた瞬間、背筋を悪寒が襲った。
 思わず、一歩退いてしまう。
 そんな、まさか……この声は……!
「驚いたか? まぁそうだろうな。俺もまさか、再び貴様に会えるとは思っていなかった」
 そう言って、椅子に座った人物は振り返った。
 刈り上げた黒髪に、筋肉質の体が真っ白なパジャマのような服装をしている。
 すべてを射抜くかのような鋭い視線に、そこから発せられる威圧感。
 外見はかなり変わっているが、この感覚は忘れるはずがない。


「ダーク……!」


「その名前で呼ばれるのも……久しぶりだな」
 懐かしそうに笑みを浮かべ、立ち上がった人物。
 忘れるはずもない。俺達が闇の力に関わるきっかけになった戦い。
 闇の組織を総べていた存在が、目の前にいたのだから。

「なんでお前が、ここにいるんだ!?」
「聞いていなかったらしいな。まぁ明かせば来ない可能性もあったから当然か……」
「どういうことだ?」
「スターのリーダーに頼んでおいたのさ。合宿が終わったら、貴様を俺と面会させてくれるようにな。まぁ”あいつ”も、別の頼みごとをしていたらしいが、それは知ったことじゃない」
「…………」
「そんなに怖い顔をするな中岸大助。危害を加えるようなことをするつもりはない。ただ貴様と話したかっただけさ」
 平静を装ってみるが、ダークはそれを見透かしているかのように余裕の笑みを浮かべている。
 分からないことだらけだ。どうして薫さんが俺をダークに会わせたのか。
 ダークが俺に話すようなことがあるのか。そもそもどうしてこのタイミングで会わせるのか。
 本当に、疑問が溢れだすばかりだ。
「まぁ座れ。2時間は案外、長いぞ?」
「………」
 少しだけ警戒しながら、椅子に腰かけた。
 相手との距離は約5メートル。音が通りやすい部屋のか、話し声が聞きやすい。
「さて、何から話せばいいかな? まずは、俺がどうしてここにいるかってところか」
「……薫さんから、お前が本社に捕まってるって聞いた……」
「そうだな。俺はこの本社に連れてこられて色々と事情聴取をされた。犯してきた罪も他の人間よりも重いこともあって、こうして本社内でしか行動ができない。しかもこの15階のみだ。まぁ風呂も飯もしっかりしているから、居心地は悪くないがな」
「こんなところで、生活してるのか?」
「まさか。俺の部屋はもっと小さい。ここは罪人と面会するときに設けられる場所だ。刑務所だとガラス越しの面会になるが、ここは甘いことにそうした仕切りが無い。まぁ監視カメラがあるからおかしなことをすればすぐに警備が飛んでくる」
 よく見ると、部屋の四隅や天井のいたるところに監視カメラが設置してあった。
 死角が出来ないようにするためか、かなりの数が置いてある。
「とりあえずそういうわけだ。まだ警戒するなら、俺はここから動かない。一歩でもお前に近づけば叫べばいい。それで面会は終わりだ」
「……俺と何を話すつもりだったんだ?」
「物わかりが良くて助かるぞ中岸大助。いやなに、俺の組織を潰した後も、いろんな事件に巻き込まれていたらしいじゃないか?」
「っ! どうしてそのことを…!」
「本社は基本的に情報を罪人にも開示している。世間では公表されない情報もな。ましてやスターの連中が頻繁に出入りしているんだ。情報を知らない訳がないだろう。北条牙炎、小森彩也香、神原聡、一之瀬遥人……貴様らが関わったすべての事件を俺は把握している」
「………知ってるから、なんだっていうんだ?」
「貴様はもちろん、スターを含めてだが、驚いたんじゃないか? まさか……闇の神や光の神以外にも神のカードが存在したということに」
「そりゃあ……当たり前だろ。あんな凶悪な力が他にもあったなんて考えたくもなかったさ」
「だろうな。俺自身もそれを聞いたときは少し驚いた。だが、冷静に考えてみればおかしなことじゃない。遊戯王には7つの属性がある。それぞれの属性に沿った神がいても不思議じゃないはずだ」
「………話が見えない。お前は、何が言いたいんだ?」


「アダムの一部である神に苦戦したくせに、本気で奴に勝てると思っているのか?」


「っ!!」
 一気に核心を突かれてしまった。
 言葉に詰まる俺に、ダークはさらに言葉を畳み掛ける。
「さすがにアダムのことは知っているだろう。闇の力の源泉ともいえる存在。分かりやすく言えば闇の神の生まれ変わりのような存在だ。人間の持つ黒い感情を蓄積した”最悪の人災”……それが奴の本質だ。貴様らは、そんな存在に本気で勝てると思っているのか?」
「……やってみなくちゃ、分からないだろ……」
「その通りだ。勝負である以上、100%は無いのが道理だ。だが俺から見れば、あれから貴様たちがどんなに成長していたとしてもアダムには敵わない」
「まるで、アダムと決闘したことがあるみたいな言い方だな」
「したさ。そして負けた」
「っ!」
 平然とダークはそう言った。
 そこに悔しさは微塵も感じられない。まるで、負けるべくして負けたような言い方だった。
「そんなに……強いのか?」
「あれを”強い”かどうかを判断するのは個人の自由だな」
「1万回やっても勝てないのか?」
「回数の問題じゃない。奴の力は、この世界の”現実そのもの”を形にしたようなものだ。世界を相手に人間が戦いを挑んだところで、結果は目に見えているだろう」
「……!」
 いったい、どんなデッキを使ってくるんだアダムは……。
 あのダークが即答で「勝てない」と言ってしまうような実力を持っているっていうのかよ。
「険しい顔をするな中岸大助。まだ話す時間はある。そもそも貴様はアダムについて1つ勘違いしていることがあるぞ」
「なに?」
「アダムは決して、無敵なんかじゃないってことだ」
「えっ」
「おっと、希望は持つなよ。無敵ではないにしろ、最強であることには変わりはない。厄介なのは、アダムがそれを自身で認識しているってことだ。自分が最強であり、無敵ではないことを知っているからこそ暗躍してきたんだ。貴様たちと同じように必死なのさ。最強の力を持っている者の弱点は、自身が無敵だと思い込んでいる点だ。普通なら、そこを突けば勝機を掴むこともできるだろう。だがアダムは自身が無敵じゃないことを知っている。だからこそ、自分が決闘してきた相手の記憶を消してきたんだ。まぁ俺に限っては、その記憶が消されなかったわけだが……」
「なんで消されなかったんだ? いや、それよりも……知っているなら教えてくれ。アダムは、どんなデッキを使うんだ?」

「なぜ俺がそれを言わなきゃならん?」

「え?」
「アダムの目的がこの世界を消すことなら、願っても無いことだ。わざわざ障害となる貴様たちの手助けをする義理など俺には無い」
「お前、まだ世界を滅ぼそうと……」
「まだ? まさか1度敗北して改心するとでも思っていたのか? 貴様らの絆とやらに負けて、この世界も捨てたものではないと思ってくれる、とでも考えていたか? 冗談では無い。そんな程度で消える恨みなら、最初から無かったのと同じだ」
「…………」
 確かに、考えが甘かったのは認めざるを得ない。
 世界を滅ぼそうと考えて実行に移した人間が、そう簡単に諦めるはずがない。
「少しだけ、昔話をしてやろうか?」
「え?」
「昔あるところに、仲のいい家族がいた。父と母、姉と弟の4人家族だった………」




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 最初に述べておくとするならば、これは悲劇の物語だ。
 青年の名は……ここではAとしておこう。青年Aは父と母と姉の4人家族だった。
 
 Aの家族はボランティア団体に所属していた。
 海外の……特に発展途上国や貧困に苦しむ国に物資を送ったり、井戸の開発や学校の建築など、様々な活動をする大きな団体だった。
 元をたどれば、父と母が共に活動していたのがきっかけだったのだろう。
 大学で出会ったという父と母は、共にボランティア団体に属していた。
 二人の子供を産んだ後も、団体に所属し、子供と共に活動を続けていたのだ。

 自分たちは比較的裕福な国に生まれたということは、高校生になる頃には理解していたAだった。
 普通に学校に通えること、朝昼晩のご飯を食べられるという事、友と遊ぶことができること……普段の日常として受け入れているすべてが、どれほど裕福な事かも理解していた。
 そして同時に、怖くもなった。裕福な国で生きている自分たちと同じ時間を、つらく苦しい境遇で生きている人たちがいる。そしてそれらの情報が、まるで報道されたりしないということに。
 自分と同じように多くの人たちが、それらを知識として知っているものの何も行動していないという事に。

「あんたは深く考えすぎよ」

 そう言ったのは、3歳年上の姉だった。
 気さくな話し方で誰からも好かれる性格をしていた。深く考慮しがちな自分の悩みをあっさり吹き飛ばしてしまうような……そんな存在だった。
「なんでだよ姉さん」
「考えたって無駄だって言ってるのよ。考えたところで世界が変わるわけ? そんなんで変わるくらいなら、とっくにこの世界は滅んでるわよ」
「何も考えないよりマシだと思うんだが?」
「どうしようもないことを考えるのは時間の無駄だって言ってるのよ。テストの問題が分からないなら、鉛筆削ってサイコロでも作った方がよっぽど効率的って話」
 なんだそれはと言いたくなったが、こうした口喧嘩で姉に勝てたことが無い。
 Aは深く溜息をつきながら、思考を中断した。
「こういうことはね。何か考えるよりも行動した方がいいのよ。もちろん闇雲に行動するってことじゃないわ。ちゃんと考えた上での行動よ。父さんも母さんも、少しでも誰かを助けたいって想うからボランティアをしてる。私もあんたも、そうでしょ?」
「……そりゃあそうかもしれないが……」
「考えて行動しないやつより、考えながら行動する奴の方が世の中では有意義なものよ? 残念ながら今のあんたは前者みたいだけどね」
 姉はそう言いながら、モデルのようにその場でくるりと回転する。
 少し憂いを帯びた表情が、その時は少し印象的だった。


 家族でボランティア活動をする際に、姉とAは基本的に一緒だった。
 物資の積み込みをしながら、周りにいる人間を見つめてみる。
 みんながみんな、どこか誇らしげだった。
「なぁ、姉さん」
「なによA?」
「俺達がしていることは、正しいことなんだよな?」
「………世間一般では正しい事かもね」
「珍しいな。いつもより歯切れが悪い」
「人の心ほど分からないことは無いわ」
 姉は荷物を運び終えて、大きく背伸びをした。
 首に回したタオルを使って汗をぬぐいながら、その場に腰かける。
「ボランティアって言っても、している目的は人それぞれよ。父さんや母さんみたいに慈善心でしている人もいれば、就活のための材料として参加している人もいる。単なる暇つぶしのためって人もいるかもね」
「俺だって、みんながみんな慈善心でしているなんて思ってないさ」
「その慈善心が問題なのよ」
「どういうことだ?」
「簡単な話よ。その慈善は、本当に慈善なのかってこと」
「…………もう少し噛み砕いて説明してくれ」

「自分が思っているよりも、人の心は複雑ってことよ。どんなに正しいことをしたって、環境が変われば悪に変わってしまうように、人の心も環境によって変化する。今こうやってボランティアしていることだって、誰かを助けたいからと思っているつもりでも、実際は”誰かを助けている自分は偉い”のだと思いたいだけかもしれない。自分の労力で誰かを助けている。人の助けになれる自分は他の人よりも優れている……そう思って優越感に浸っているだけかもしれないわ」

「そんなつもりは――!」
「そうね。でも私はどちらかというと、そっち側よ」
「え?」
「情けは人の為ならず……昔の人はよく言ったものね。誰かのために行動できる人間なんて、ほんの一握りよ。結局は大多数の人間は自分のために行動している。大なり小なりは勿論あるだろうけど、人なんてそんなものよ」
 姉のらしからぬ態度に、Aはただ聞き入れることしかできなかった。
 考えていた”つもり”だった自分よりも、姉は遥かに考えていたことを思い知らされた気がした。
「らしくないこと言っちゃったわね。Aは私みたいになっちゃ駄目よ」
「…………」
「はぁ、そんな顔しないの! 私だって悩むときくらいあるってことよ。あんたはあんたらしく頑張りなさい」
 そう言いながら、姉はAの頭を撫でた。
 自分よりも華奢の手のぬくもりが、とても印象的だった。


 世界は争いで満ちている。
 誰かが幸福になるという事は、誰かが不幸を引き受けるという事だ。
 1つの国が貿易に頭を悩ませているその隣で、物資の奪い合う国がある。
 世の中は不条理だ。
 皆が平等に、幸せを享受できないようにできている。
 人の命も平等じゃない。
 指を紙で切った程度で大騒ぎされる人間もいれば、全身を切り刻まれても見て見ぬふりをされる人間もいる。
 地べたを這いずり、泥を啜り必死で金を稼ぐ者がいれば、酒を浴び権力を振りかざし無駄遣いする政治家がいる。
 幸せなんて人それぞれだという人がいれば、生きているだけで人を不幸にしてしまう人もいる。
 誰かにそっと手を差し伸べる者を、悪に手を貸す偽善者だと笑う英雄もいる。

 どんなに時が経ち、人が変わってもこの理はきっと変わらない。
 なぜなら、こうして今の世界が存在しているから。
 不条理と不平等の世界が滅ぶことなく、個人の感情や境遇を無視して、世界全体のシステムに組み込まれた歯車のように……。
 まるで神の掌で踊らされているかのように、世界はこのままゆっくりと滅びに進んでいく。
 街が、国が、世界が、星が、宇宙が、銀河の更に先までこの理は続いていく。
 考えれば考えるほど、自分の考えていることが馬鹿馬鹿しく感じてしまう。

「結局、俺も自分のために動いてるだけなのかもしれないな……」

 ぽつりとつぶやいたAは、鏡に映った自分の表情を見た。
 酷い顔だと思った。
 とても、人には見せられないような表情だと思った。
 姉は自分に頑張れと言ったが、あれはいったいどういう意味で言ったのだろう。
 こうして思い悩めば悩むほど身体が鉛のように重くなっていく。心は縛られ動かなくなっていく。
 どうして自分のこの考えを、誰もかれもが持っていないだろう。
 いや、本当はみんな考えていて、個々に折り合いをつけているのだろうか。
 折り合いがつけられていないのは、自分だけではないのだろうか。

 どうして。

 なぜ。

 分からない。

 世界は……どうしてこんなに、不平等にできてしまったのだろう。

 そもそも最初から平等なんてもの、存在するのかどうかすら怪しくなってくる。

「はぁ……」
 何度目の溜息だろうか。
 息を吐くたびに、胸に、心に、何か暗いものが住み着いてくる。
 その正体を探ろうとすれば途端に吐き気を催してしまう。
 自分でも分かっている。
 きっとこれは……悪意というものなのだろう。
 誰かに対するものじゃない。もっと大きな……どうしようもないほど途轍もない何かに対するものだ。
「なぁ、俺……教えてくれよ。”俺”の行動に、意味はあるのか…?」

 そう尋ねると同時に、鏡の中にいる自分が笑っていた。





 ボランティア活動が終わりを告げた次の週、突然に両親が旅行に行こうといった。
 どうやらたまたま仕事の休みが重なったらしく、家族サービスをしようと思ったらしい。
「外国に行こう。発展途上国だが、なかなか裕福な街だ」
「しばらく家族で旅行になんて行ってなかったし、ちょうどいいわよね」
 両親はそう言って笑った。
 姉も、家族水入らずの旅行を楽しみにしているようだった。

 そして旅行初日。
 初めて、ボランティア活動以外の目的で海外に来た。
 いつも貧困に苦しむ環境の中で活動してきたこともあって、普通に街の中に人々が行きかっているのを見るのが新鮮だった。
「平和ね」
「ああ……」
 ボランティアしている時は見ることすらなかった光景だった。
 食糧不足に苦しむ人々の傍らで、こうして様々な人が幸せそうに暮らしている。
 その現実が、Aにとっては不気味だった。
 幸せに暮らしている人と、苦しんでいる人……相反する環境で暮らしている人々が同じ世界で暮らしている。
 享受される幸せの1%でも……苦しんでいる人に分け与えることが出来たのなら世界から争いは無くなるような気がした。
 そして同時に、そんなことはありえないとも思ってしまった。

 
 ――大多数の人間は自分のために行動している――


 姉の言葉が、不意に思い起こされた。
 Aは途端に自分が何者なのか分からなくなりそうだった。
 自分の言葉が、行動が、真に自分の心から生まれたものなのか、分からなくなりそうだった。
 考えても仕方なのかいことだとは理解している。
 だが、そうして思考から逃げているだけでいいのか?
 誰かに考えを求めたり、世界に訴えることはできないのか?

 そんな考えが脳裏を巡っていく。

「ボーっとするなA!!」
 背中を強く叩かれた。
 姉だった。ボランティアしている時とはまた違った、年相応の可愛らしい笑みを浮かべている。
「せっかく来たんだから、楽しまないと損よ。普段は大変なところしか見てないんだから、たまにはこうやって平和なところを見ないとやっていけないわよ?」
「……なぁ姉さん。ここにいる人達は皆、貧困に苦しんでいる人がいることを知っているのかな?」
「知識としては知っているかもね。でもそれだけよ。対岸の火事を見るように、自分の身に降りかからない出来事に関してはあんまり考えないのが人間よ」
「じゃあ、俺達がやっていることって、無意味なのか?」
「なんでそうなるのよ。理由はどうあれ、私達は苦しんでいる人達の手助けをしてきた。その事実は変わらないし誰にも覆すことは出来ないわ」
「それはそうだけど……どうして皆、無関心でいられるんだよ」
「当たり前なことを言わないでよ。あのねA、現実は漫画やアニメじゃないわ。自分が今こうして生きているだけでも精一杯なのに、他人まで面倒見ることなんて出来るわけがない。それが出来るのは金も時間も心も余裕がある人間だわ。一般人に出来るのは、せいぜい手の届く距離で、聞いたり、見たり、手を差し伸べることくらいなのよ」
「姉さん……」
「さて、もう話は終わりよ。父さんも母さんも噴水の前で待ってるわ。あんたがシャッター押しなさいよね」
 姉は溜息交じりにそう告げて、Aにデジタルカメラを渡した。
 視線の先には噴水があった。西洋風の、大きな噴水。
 観光名所の一つとしても有名な場所だった。

「ほらA! さっさと撮って!」
「まだまだ行くところはあるんだぞー!」
「早く早く!」

 楽しそうに、家族は笑っていた。
 それにつられるように、Aも静かに笑みを浮かべていた。
 ……そうだ。どうかしていた。
 あくまで他人は他人……それはどうしたって覆せるわけではない。
 だけど、それでも出来ることはいくらだってある。自分たちがしているボランティア活動だけではない。目の前にいる人間に手を差し伸べ続けることが、いつかきっと平和へと繋がっていくはずだ。
 誰かに手を差し伸べる。それがどんなに大変な事かは分かっているつもりだ。
 だがそれを見た他の人が、ほんの気まぐれでも手を伸ばすことが出来れば……そんな行為がゆっくりでも連鎖的に広がっていければ……。
「それじゃあ撮るよー!」
 カメラを構えて、噴水を背景にピントを合わせていく。
 そうだ。今度の活動では家族の写真をみんなに見せてあげよう。
 他の国にはこんなに綺麗な場所があるのだと……辛いことばかりじゃない、楽しいこともたくさんあるのだと教えてあげよう――。



 ――大きな爆発が、噴水を襲った――。
 


「………え?」
 爆風に倒された体。
 ところどころに感じる痛み。
 原因が分からぬまま、状況が理解できなかった。

 辺りに聞こえる悲鳴。何かから逃げ惑う人々。爆発が起こった噴水からは、水が溢れて流れてきた。
 だがその水は赤く染まってる。何度も見てきたからわかる。人の血だ。
「え……ぇ…?」
 目の前に起きている現実が、受け入れられなかった。
 自分はカメラを構えていただけだった。噴水の前で笑顔でいる家族を前に………家族を………。
「ぁ……ぁぁぁ…!」
 ようやく、脳が現実に追い付いてきた。
 見てしまった。
 撮影の瞬間、家族が爆発に巻き込まれた姿を……舞い散る血しぶきを……。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ただ叫ぶことしかできなかった。
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデなんでなんでなんでどうしてどうしてドウシテどうして。
 分からないワカラナイわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 喉の奥から出ていく声が、自分のもののように聞こえなかった。
 声が掠れても、息が切れかけても、絶え間なく発せられる悲鳴は、ただ残酷に、この状況の無慈悲さを物語っていた。







 それから病院に運ばれたAが事件の全容を知ったのは、病室に取り付けられたテレビでやっていたニュースだった。
 『自爆テロ』と呼ばれる行為。自らの体に爆発物を巻きつけて、自分の命と共に他を巻き込み行うテロ行為だ。
 他人のみならず自分すらも巻き込む、文字通り道連れの残虐な行い。
 A以外の家族は皆、巻き込まれて死亡した。
 遺品は見つからなかった。それほどまでに損傷が激しかったらしい。
 だがそんなことすらも、当時のAには聞こえていなかった。
「…………」
 現実が受け入れられなかった。
 ほんの少し前、家族は共に生きていた。
 だが、死んだ。
 悪意に染まった行為の道連れとなって、死んだ。

 面倒を見てくれた医者は「家族の分まで生きてくれ」と能書きを垂れた。

 家族が所属していたボランティア団体は、家族を表彰しただけで何も語ることは無かった。

 騒いでいたニュース番組も、翌日には万引きのニュースを取り上げていた。

 興味本位の記者たちが、被害者の自分に「事件の全容」を話すように言ってきた。

「……死んでしまえ……」
 虚ろな表情で、Aは呟いていた。
 まるで自分の声では無いようだった。
「死んでしまえ……死ね……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
 口が勝手に動く。
 自分の意志ではないように、その口から悪意の塊が言葉となって吐き出される。

 ボロボロになった自分の所有物が、机に散らばっていた。
 破れた衣服、割れた携帯電話。ヒビの入ったカメラ。
 元が何だったのか分からない紙の切れ端まで、そこには散らばっていた。
 なぜかAの目線は、その中の一つに吸い寄せられていた。

《暗黒界の狩人 ブラウ》

 自分の所有物ではない。
 たまたま自分の近くに落ちていた物が回収されたのだろう。
 爆発に巻き込まれて、名前の部分しか残っていない。焦げてボロボロで、少し力を咥えれば容易く灰になってしまいそうだ。
「悪魔……か…」
 力無い笑みが浮かぶ。
 頭の片隅で、そのカードのイラストが浮かんだからだ。
 どうして目を惹かれたのは分からない。
 1枚のカードの残り滓が、何を意味するのか分からない。
 ただ、その残り滓からは何かを感じたのは確かだった……。



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 帰国したAを待っていたのは友人の玲亜だった。
 心底、Aの無事を安心していた様子で、その肩を掴んでくる。
「良かった! 無事で……! お前が行った国でテロが起こったって聞いたから……!」
「………」
 無事だと?
 何が、無事なんだ?
 家族を失ったんだぞ俺は?
 どうしてそんな風に安堵していられる?
 何も知らないくせに……何も――!

 言いかけて、Aは気づいた。気づいてしまった。

 ――ああ、こういうことか――


 所詮、そういうことなのだ。
 あれほどボランティアをしてきて、自分は自爆テロに関して他人事のように考えてきた。
 玲亜も同じだ。自分が無事なのに安心するくせに、家族の事はまったく気にかけていない。
 結局は、人間は自分本位でしかありえないのだ。
 他人に関わろうと思っても、所詮は自分に関係のある奴の事しか気にかけない。
 遠い世界のことなど、知ったことか。

 この世界は絶望に満ちている。
 平和という聞こえのいい単語で上辺だけを塗り固めた世界が、こうして自分が生きている世界だ。
 どれだけ他人に手を差し伸べても、救った気になっていても、世界が返還してくるのは途方もない残酷な現実だ。
 逆に、こうして何も知らない人間が、家族も、時間も、命も……すべてを得られる幸せを享受している。その幸せを分け与えることなどせずに、のうのうと生きている。

 こんな世界に、生きている価値はあるのか…?
 いや、そもそもこんな世界が存在していてもいいのか?

 いいわけがあるか。
 家族を奪った世界だ。
 自分だけじゃない。多くの人間に、不幸を撒き散らすようなこの世界など、滅んでしまえ。
 滅ばないというのならせめて、壊してやる。
 壊して壊して、壊して壊して壊して壊してコワシテコワシテコワシテ破壊しつくしてやる。


 のちにAは、とある闇の組織に身を堕とすことになる。
 その瞳の奥には凄まじいまでの憎悪と、怒りを秘めて………。



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「………………」
 ダークの話が終わって、俺は何も言えなかった。
 話された内容が、かつての彼自身の事だったのかは聞くまでも無いだろう。

 分かっているつもりだった。
 ダークは生まれた時から世界を滅ぼそうなんて考えたりなんてしなかったはずだ。
 大事な人を……家族を失った。自分たちは世界に貢献していたつもりなのに、その世界にすべてを奪われた。
 他人を支えて少しでも幸福を与えてきたはずなのに、世界が返上してきたのは最悪の不幸だった。
 世界を恨んで……滅ぼそうと考えても、おかしくはない。

「いい加減、認めたらどうだ中岸大助?」
「なに……?」
「お前も俺も、たいして変わらないということをだ」
「ふ、ふざけるな! 俺は、世界を滅ぼそうなんて考えたことは1度もない!!」
「俺も考えたことは無かったさ。目の前で大切な家族を失うまではな……。もしお前の前から朝山香奈が消えたらどうする?」
「そんなこと――――」
「させない。とでも言うつもりか? 突然の心臓発作が起こったら? 転んで頭を打って死んだら? 人間は割と丈夫だが、死ぬときはあっけなく死んでしまう。目の前で大切な人を失ったとき、お前だって怒り狂っていたじゃないか」
「っ!」
 たしかに。闇の神の攻撃によって香奈が目の前で消されたとき、俺は全身の血が沸騰するかのような怒りにかられた。
 世界の事とか、決闘のこととかどうでもよくなって、ダークを痛めつけることしか考えられなかった。
「あの時の貴様は、俺とは同じ答えを出さないと言ったな。だが本当にそうか? 前と同じようなことが起こった時に、まったく同じ答えを出せる自信はあるか?」
「…………」
 黙り込んでしまった。
 ダークの言うことに反論することができない。
 もし香奈を目の前で失ってしまったら、俺はどうなってしまうのだろう。
 また怒り狂ってしまうのか……悲しんで絶望してしまうのか……そして、ダークのように、世界を……滅ぼそうなんて思うのか?
「いいか中岸大助。どんなに強い信念を持っても、不屈の心で立ち向かっても、綺麗事を並べても、それらを容易く踏みにじるのがこの世界の現実だ」
「…………」
 何も言い返せない。
 たしかに、ダークの言う通りなのかもしれない。
 どれだけ頑張っても、報われないことだってある。覆せないことがあるのが世の中だ。
 だけど……それでも……!
「たしかに、お前の言う通りかもしれない。大切な人を目の前で失ってしまったら……俺もお前と同じ答えを出してしまうかもしれない」
「意外だな。あっさり認めたか」
「認めるしかないだろ。だけど、受け入れたりはしない」
「……ほう……?」
「香奈を失ったら、どうなるかなんて分からないし考えたくもない。だから、失わないように、残酷な現実に抗うために諦めないで戦うんだ。諦めて下を向くくらいなら、諦めずに上を向き続けていたいだけだ」
 何の算段も無くていい。
 すがりつく希望が無くてもいい。
 それでも俺は、諦める事だけはしたくないんだ。
「諦めたほうがよほど楽だろうに」
「だろうな。自分でもそう思うし、香奈にだって呆れられてる」
「諦めなかった末に、大切なものが守れなったらどうする」
「分からない。そんなの、この場で考えたってどうしようもないだろ。そういうことは、そうなった時に考える」
「そうやって問題を先延ばしにするか。はっきり答えてもらいたいものだな?」
「……今は断言できないけれど……俺は、どんなことがあったって……この世界を滅ぼしたりなんてしない。お前みたいに、死ぬほど恨むことになったって、苦しんだって……滅ぼすわけにはいかない……!!」
「なぜだ?」

「どれだけ世界が残酷だって……今ある世界は……香奈がいた世界だからだ……! あいつがいた世界を消したら、それこそ……あいつのいた証を消すことになるからだ……!!」

 俺がそう言うと、ダークは小さく溜息をついた。
 だがその口元が少しだけ笑っているように見えた。
「どうやらお前とは口論しても決着がつきそうにないな」
「……残念だったな」
「いや、もともとこうなるだろうと思っていたさ」
 そう言ってダークは懐からデュエルディスクを取り出して、装着した。
「なにを……?」
「どうした? 俺と戦うなんて予想していなかったか? 初めて戦った洞窟では、闇の神を復活させるために俺が手加減した。2度目は2対1で始まったし、途中からは闇の神に意識を奪われた状態だった。まともに決闘したことなんて1度も無い。貴様との話は、ただの前座。これでもなかなか執念深い性格をしていてな。こういうことはきっちりと勝敗をつけておきたいんだよ」
「っ!」
 ダークはそう言って静かに立ち上がった。
 つられるように、俺も席を立つ。用意していたデッキとデュエルディスクを装着し、数メートル先にいる相手を睨んだ。
「決着をつけるぞ中岸大助。これは光と闇の戦いでも、世界を賭けた戦いでもない。1人の決闘者としての、ただ純粋な真剣勝負だ!!」
 ダークに促され、俺はデュエルディスクを構える。
 同時に押し寄せる威圧感。闇の力を使っていたときほどではないが、それでも尋常じゃないプレッシャーだ。
 きっと前だったら手も足も出ないほどの実力差だっただろう。
 だけど俺も前より確実に強くなっている。
 なにより相手はおそらく最高峰の決闘者。全力をぶつけるにはもってこいの相手だ。
「さぁ、始めるぞ!」


「「決闘!!」」



 3度目にして、初めての決闘が幕を開けた。




episode15――それでも俺は――

 決闘が始まった。
 ピリピリと肌が震えるような威圧感……何かされているというわけじゃない。
 ただ相手の雰囲気に、場が支配されかけていることが分かった。あの夏の戦いから半年以上経っている。俺も成長はしたつもりだが、どれだけ実力差が埋められているのかは想像がつかない。
「俺のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 デッキからダークはカードを引いた。その仕草にブランクらしきものは見当たらない。
「手札から"闇の欲望"を発動する」
「っ!」


 闇の欲望
 【通常魔法】
 デッキからカードを2枚ドローする。
 その後、手札の闇属性モンスター1体を捨てる。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全てゲームから除外する。


「この効果で俺はデッキからカードを2枚ドローし、手札から1枚捨てる。捨てたのは"暗黒界の狩人 ブラウ"だ。こいつの効果でさらにデッキから1枚ドロー」(手札5→7→6→7枚)


 暗黒界の狩人 ブラウ 闇属性/星3/攻1400/守800
 【悪魔族・効果】
 このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、
 デッキからカードを1枚ドローする。
 相手のカードの効果によって捨てられた場合、
 さらにもう1枚ドローする。

「さっそくか……」
「懐かしいだろう? 手札から"墓の装飾女"を召喚する」


 墓の装飾女 闇属性/星4/攻1600/守800
 【魔法使い族・効果】
 このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地にいるレベル3以下の闇属性モンスター1体を
 このカードに装備カード扱いとして装備することが出来る。
 このカードの攻撃力は、装備したモンスターの攻撃力分アップする。


 ダークの場に、白髪の女性が姿を現した。
 その身体はやせ細り、纏う布もボロボロで歯も欠けている。
「効果発動。墓地にいるレベル3以下のモンスターを装備し、その分の攻撃力分アップする」
 女性型のモンスターが、突然手を下へ伸ばした。
 その手は地面に埋め込まれ、墓地に送られた悪魔が引きずりだされる。女性が口を開けると、悪魔はそこへ飲み込まれた。

 墓の装飾女:攻撃力1600→3000

「ターンエンドだ」
 ダークはそう言って、何食わぬ表情でターンを終えた。
 その手札は6枚。一切の無駄のなく、攻撃力3000のモンスターを召喚してしまった。
 これだけで確信に至るには十分。相手の実力は、以前から何も変わっていない。



「俺のターン!!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引き、状況を見つめる。
 ダークは何も言わないが、言わんとしていることは分かるような気がした。
 この状況は”あの日”、ダークと初めて戦った時と同じ1ターン目……きっとダークは試しているのだろう。あれから俺がどれだけ成長しているのかを……。
「手札から"六武の門"を発動する!」
 カードをデュエルディスクに叩きつけると同時に、俺の背後に巨大な門が出現した。


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


「いきなり全力だな」
「お前を相手にするのに、手加減なんか出来るわけないだろ。"真六武衆−カゲキ"を召喚する!」
 描かれる召喚陣。その中心から4刀流の武士が姿を現した。


 真六武衆−カゲキ 風属性/星3/攻200/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に「真六武衆−カゲキ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する限り、このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。

 六武の門:武士道カウンター×0→2

「カゲキの効果発動! 手札からレベル3以下の六武衆を特殊召喚できる! 俺は手札から"六武衆の御霊代"を特殊召喚! さらに場に六武衆が1体以上いることで"六武衆の師範"を特殊召喚だ!!」
 連続して出現する召喚陣から2体の武士が現れる。
 彼らの登場と共に、背後の聳える門の紋章が光り輝いた。


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 六武の門:武士道カウンター×2→4→6
 カゲキ:攻撃力200→1700

「カゲキは他に六武衆がいるときに攻撃力が1500アップする。さらに御霊代のユニオン効果で師範に装備! 六武の門の武士道カウンターを4つ取り除くことでデッキから"真六武衆−ミズホ"を1枚手札に加える! さらにカウンターを2つ取り除くことで、師範の攻撃力を500ポイントアップさせる!!」
 連続して使用される効果。
 鎧の化身となった武士が分離し、隻眼の武士の防具をより強固にしていく。
 光り輝く門からは1体の仲間が手札へ呼び出され、その門の力によって隻眼の武士の力は更に高まる。

 六武の門:武士道カウンター×6→2→0
 大助:手札2→3枚(ミズホをサーチ)
 六武衆の師範:攻撃力2100→2600→3100(御霊代のユニオン効果&六武の門の効果)

「ほう、多彩な効果を使ってこちらの攻撃力を超えてきたか」
「ああ! バトルだ!! 師範で"墓の装飾女"を攻撃!!」
 力を増した武士の一閃が、亡者を喰らう女性を切り裂いた。

 墓の装飾女→破壊
 ダーク:8000→7900LP

「御霊代を装備したモンスターが相手を戦闘破壊したとき、デッキからカードを1枚ドローする」(手札3→4枚)
「やるな、それで?」
「続けてカゲキで攻撃だ!!」
 華麗な4本の剣捌きによって、無防備なダークの身体を切り裂いていく。
 ダークは表情を変えないままその攻撃を黙って受け止めた。

 ダーク:7900→6200LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 ターンを終えると同時に、隻眼の武士を強化していた力が消え去った。

 六武衆の師範:攻撃力3100→2600

--------------------------------------------
 ダーク:6200LP

 場:なし

 手札6枚
--------------------------------------------
 大助:8000LP

 場:六武衆−カゲキ(攻撃:1700)
   六武衆の師範(攻撃:2600)
   六武衆の御霊代(ユニオン状態)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
--------------------------------------------

 ターンが移り、ダークは口許に僅かに笑みを浮かべていた。
「成程……少しは成長したようだな」
「まぁな」
「少しは楽しめそうだな。俺のターン」(手札6→7枚)
 ダークの手札が7枚になる。
 盤面は完全に俺の方が有利になっている……だが相手はあのダークだ、どんなに有利な状況でも油断は出来ない。
「手札から"おろかな埋葬"を発動する」


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


「この効果でデッキから"闇に祈る神父"を墓地へ送る。さらに墓地へ送られた神父の効果で、デッキから"闇の使い−ダークウルフ"を除外する。ダークウルフは除外されたとき、場に特殊召喚する」
「っ!」
 地面から現れた無数の手によって、ダークのデッキから一人の神父が闇へ沈んでいく。
 だが闇に祈る神父の力が、闇の中から凶暴な獣を呼び起こした。


 闇に祈る神父 闇属性/星1/攻500/守300
 【魔法使い族・効果】
 このカードが墓地へ送られた時、
 自分のデッキからカード1枚を選択してゲームから除外する。
 その後、自分のデッキをシャッフルする。


 闇の使い−ダークウルフ 闇属性/星5/攻2200/守300
 【獣族・効果】
 このカードはデッキから除外されたとき、
 自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚することが出来る。


「そして墓地に闇属性モンスターが3体いることで、"ダーク・アームド・ドラゴン"を特殊召喚する」
「来たな…!」
 続けざまに召喚される強力なモンスター。
 鋭い牙を携えた闇の獣の隣に、闇の力に染まった竜が現れた。


 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/星7/攻2800/守1000
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
 このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 フィールド上のカード1枚を破壊する事ができる。


「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動。墓地にいる"墓の装飾女"を除外して"六武の門"を破壊する!」
「させるかよ! 伏せカード発動だ!!」
 闇の力を纏った爪を振り下ろそうとした竜の四肢を、光の輪が拘束した。


 ブレイクスルー・スキル
 【通常罠】
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。
 選択した相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。
 また、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択し、その効果をターン終了時まで無効にする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。


「ふん、ならばバトルだ! ダーク・アームド・ドラゴンで師範に攻撃!!」
 拘束する光の輪をそのままに闇の竜は隻眼の武士へ向かって炎を吐き出す。
 視界一面に広がる巨大な炎に、武士は為す術無く飲み込まれた。
「御霊代はユニオン効果で、師範の代わりに破壊される!」
「だがダメージは受けるだろう?」
 炎の余波が襲い掛かり、当然のごとくダメージが発生した。

 六武衆の御霊代→破壊(ユニオン効果:身代わり)
 六武衆の師範:攻撃力2600→2100
 大助:8000→7800LP

「そしてダークウルフでカゲキを攻撃だ!」
「っ!」
 闇の獣の鋭い牙が、4刀流の武士の身体を切り裂いた。

 真六武衆−カゲキ→破壊
 大助:7800→7200LP

「これで盤面は取り戻した。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:6200LP

 場:ダーク・アームド・ドラゴン(攻撃:2800)
   闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   伏せカード1枚

 手札4枚
--------------------------------------------
 大助:7200LP

 場:六武衆の師範(攻撃:2100)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)

 手札3枚
--------------------------------------------

「俺のターン!」(手札3→4枚)
 やっぱり強い。
 どれだけ有利な状況でも、すぐに反撃してくる。
 しかもさっきのバトルフェイズ……ダークは師範では無くカゲキを攻撃してきた。次の俺のターンを見込んでの上での行動だろう。
 読まれているのは分かっているが、この状況じゃとれる手段は一つだ。
「手札から"真六武衆−ミズホ"を召喚する! さらにミズホが場にいることで"真六武衆−シナイ"を特殊召喚!!」
 描かれる二つの召喚陣。
 現れる女武士の隣に寄り添うように、棍棒を持った武士が参上する。


 真六武衆−ミズホ 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−シナイ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。


 真六武衆−シナイ 水属性/星3/攻1500/守1500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−ミズホ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、
 自分の墓地に存在する「真六武衆−シナイ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

 六武の門:武士道カウンター×0→2→4

「ミズホの効果発動! 他の六武衆をリリースすることで相手の場のカードを1枚破壊できる! 俺はシナイをリリースすることで、ダーク・アームド・ドラゴンを破壊する!!」
 女武士がかざす武器に乗り、棍棒を持った武士が闇の竜へ突撃する。
 その身と引き換えに闇の竜を討ち取った武士は、満足げな笑みを浮かべて消えていった。

 真六武衆−シナイ→墓地
 ダーク・アームド・ドラゴン→破壊

「さらにシナイは効果でリリースされたときに墓地の六武衆を手札に加える! 俺は墓地のカゲキを手札に加える!!」
 さっきのターン、ダークが師範を攻撃しなかったのはこれを見越しての事だったのだろう。もし師範を攻撃して墓地へ送っていたら、シナイの効果で回収されて再び特殊召喚していたはずだ。そうさせないために、召喚権を使わざるを得ないカゲキの方を墓地へ送っておいたのだろう。
「場に六武衆が2体以上いることで、"大将軍 紫炎"を特殊召喚する!!」


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


 並び立つ2体の武士とそれらを束ねる将軍が相手を見据える。
 このまま攻撃が通れば大ダメージを与えることができるが……。
「バトルだ! 紫炎でダークウルフに攻撃!!」
「残念だったな。伏せカード発動だ」


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「っ!」
「これで貴様のモンスターは全滅だ」
 将軍の振るう刃を、聖なる光の壁が受け止める。
 その壁は光を乱反射するように場を殲滅し、俺のモンスターを焼き払った。

 大将軍 紫炎→破壊
 六武衆の師範→破壊
 真六武衆−ミズホ→破壊

「まだ読みが甘いな。俺がその程度のことを想定していないと思ったか?」
「……」
 やられた。ここまで見越して、ダークは聖バリを伏せておいたのかもしれない。
 だけど……確かにしてやられた気分だが、それに反して嬉しく感じてしまう自分もいた。
 以前に戦った時は発動すらしてくれなかった聖バリを……使ってくれる程度には成長できたかな。
「破壊された師範の効果発動。墓地から師範自身を手札に加える。さらにメインフェイズ2に六武の門の効果でカウンターを4つ取り除いてデッキから"六武衆の影武者"を手札に加える」
「……やはり厄介だな、その永続魔法」
「そりゃどうも。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:6200LP

 場:闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)

 手札4枚
--------------------------------------------
 大助:7200LP

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
--------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 ダークは手札を引き、静かに笑みを浮かべる。
 場を冷静に見つめながら、気を引き締めた。
「そろそろ本気で相手をしてやる」
「……今まで真面目にやっていなかったってことか?」
「いや、真面目に戦っていたさ。ただ……本気でやっていなかっただけだ」
 そう言ってダークは手札から1枚のカードをデュエルディスクに置いた。


 闇の精霊 ダークデビル 闇属性/星4/攻1800/守200
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地にある闇属性モンスター1体をゲームから除外することでのみ特殊召喚することが出来る。
 1ターンに1度、相手の墓地にあるモンスターカード1枚をゲームから除外することが出来る。

 ダーク・アームド・ドラゴン→除外(特殊召喚のコスト)

「っ…!」
「いくら六武衆が新たな力を手に入れようが、弱点は変わらないだろう? ダーク・デビルの効果発動。貴様の墓地にいる"大将軍 紫炎"を除外する」
 相手の場に現れた闇の精霊の掌から放たれた瘴気によって、俺の墓地から1枚のカードが掻き消される。

 大将軍 紫炎→除外

「くっ…!」
「その表情をするのはまだ早いぞ。さらに手札から"霊滅術師 カイクウ"を召喚する」


 霊滅術師 カイクウ 闇属性/星4/攻1800/守700
 【魔法使い族・効果】
 このカードが相手に戦闘ダメージを与える度に、
 相手墓地から2枚までモンスターを除外する事ができる。
 またこのカードがフィールド上に存在する限り、
 相手は墓地のカードをゲームから除外する事はできない。


「また除外効果を持ってるモンスターを…!」
「相変わらず、この効果は苦手らしいな。バトルだ! ダークデビルで攻撃!!」
 闇の精霊から放たれた瘴気の塊が直撃する。
 闇の決闘ではないから肉体的なダメージは無いにしろ、つい表情を歪めてしまう。

 大助:7200→5400LP

「さらにカイクウで攻撃!」
「それは通さない! 伏せカード"ガード・ブロック"を発動だ!!」
 錫杖を振りかざし僧から放たれた呪詛の塊を、薄い光のベールが包み込み消し去った。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 大助:手札3→4枚

「ならばダークウルフで攻撃!!」
 3体目の攻撃。防ぐ術はないため、その攻撃を受け止めることしかできなかった。

 大助:5400→3200LP

「っ…!」
 大幅に削られたライフ。
 場の状況的にも、かなり追いつめられてしまったことは考えなくても分かった。
「カードを2枚伏せてターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:6200LP

 場:闇の使い−ダークウルフ(攻撃:2200)
   闇の精霊 ダークデビル(攻撃:1800)
   霊滅術師 カイクウ(攻撃:1800)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------
 大助:3200LP

 場:六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)

 手札4枚
--------------------------------------------

「俺のターン!」(手札4→5枚)
 相手の場には3体のモンスター。対してこっちはがら空き。
 手札を改めて眺めながら、頭の中で道筋を立てていく。相手の2枚の伏せカードの正体を読めるほど、俺の読みは鋭くないことは分かっている。だからこそ、今は恐れずに前に進むしかない。
「手札から"真六武衆−カゲキ"を召喚する! この効果で手札のレベル3以下の六武衆……"六武衆の影武者"を特殊召喚する!!」


 真六武衆−カゲキ 風属性/星3/攻200/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に「真六武衆−カゲキ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する限り、このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。


 六武衆の影武者 地属性/星2/攻400/守1800
 【戦士族・チューナー】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体が
 魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
 その効果の対象をフィールド上に表側表示で存在するこのカードに移し替える事ができる。

 六武の門:武士道カウンター×0→2→4

「そして――」
「影武者の特殊召喚にチェーンして、伏せカードを発動する!」
「っ!」
 開かれたカード。途端に辺りに耳障りな音が響き渡った。


 不協和音
 【永続罠】
 お互いのプレイヤーはシンクロ召喚をする事ができない。
 発動後3回目の自分のエンドフェイズ時にこのカードを墓地へ送る。


「シンクロ封じのカード…!」
「俺がこの程度の対策をしていないとでも思ったか?」
 平然とダークはそう言って笑う。
 まさかこのカードが相手のデッキに入っているとは考えていなかったのは確かだ。だけど今の手札なら、それも対応できる!
「それなら手札から速攻魔法、"六武衆の荒行"を発動する!!」


 六武衆の荒行
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターと同じ攻撃力を持つ、同名カード以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時、選択したモンスターを破壊する。


「この効果でデッキから、"六武衆−カモン"を特殊召喚する!」
 描かれた赤い召喚陣から爆弾を抱えた武士が参上した。
 その存在に、ダークは僅かに表情を歪めた。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武の門:武士道カウンター×4→6

「カモンの効果発動! 場にある"不協和音"を破壊する!!」
 赤い鎧を纏った武士が爆弾に火をつけて相手の場に投げつける。
 そのまま表側に開かれたカードめがけて爆発を起こし、ダークのカードを破壊した。

 不協和音→破壊

「そして手札から"六武衆の師範"を特殊召喚!! そしてレベル3の"六武衆−カモン"とレベル2の"六武衆の影武者"をチューニング!! シンクロ召喚!! "真六武衆−シエン"!!」


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 真六武衆−シエン 闇属性/星5/攻2500/守1400
 【戦士族・シンクロ/効果】
 戦士族チューナー+チューナー以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体以上
 1ターンに1度、相手が魔法・罠カードを発動した時に発動する事ができる。
 その発動を無効にし破壊する。
 また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊する事ができる。

 六武の門:武士道カウンター×6→8→10

「ずいぶんとモンスターを展開するじゃないか。攻め急いでいるのか?」
「ここが攻め時だと思ったから攻めてるだけだよ。六武の門の効果でカウンターを4つ取り除いてデッキから"真六武衆−キザン"をサーチして、そのまま特殊召喚する!!」


 真六武衆−キザン 地属性/星4/攻1800/守500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−キザン」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で
 2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。

 真六武衆−キザン:攻撃力1800→2100
 六武の門:武士道カウンター×10→6→8

 並び立つ4体のモンスター。このまま一気に押し切ってやる。
「バトルだ! シエンでダークウルフに攻撃!」
「……いいだろう。その攻撃、すべて通してやる」
 ダークは目を閉じて、攻撃してくるモンスター達に何もすることは無かった。
 武士たちの凄まじい斬撃によって、ダークの場にいるモンスターたちは為す術無く倒されていく。
 がら空きになった場に、4刀流の武士の連撃がダーク自身へダメージを与えて、怒涛の攻撃が終わった。

 闇の使い−ダークウルフ→破壊
 闇の精霊 ダークデビル→破壊
 霊滅術師 カイクウ→破壊

 ダーク:6200→5900→5600→5300→3600LP

「メインフェイズ2に入って、六武の門の効果で墓地から"真六武衆−ミズホ"と"真六武衆−シナイ"をサーチしてターンエンドだ」

 六武の門:武士道カウンター×8→4→0
 大助:手札1→2→3枚

--------------------------------------------
 ダーク:3600LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
--------------------------------------------
 大助:3200LP

 場:真六武衆−シエン(攻撃:2500)
   真六武衆−キザン(攻撃:2100)
   真六武衆−カゲキ(攻撃:1700)
   六武衆の師範(攻撃:2100)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)

 手札3枚
--------------------------------------------

 相手の場には伏せカードが1枚。
 こっちの場には魔法・罠効果を無効にできるシエンと、他に3体の六武衆がいる。
 幾らダークでも、この状況で逆転は難しいはずだ……!
「……くくく……」
「何が可笑しい?」
「いや、貴様の考えが透けて見えるようでついつい笑ってしまったのさ。いくら俺でもこの状況を覆すのは難しい……とでも考えていたか?」
「っ!」
 完全に見透かされていたことに動揺を隠せない。
 これだけ不利な状況なのに、ダークは焦る素振りすら見せない。まだ何か手があるっていうのか?
「そんな険しい表情をするなよ中岸大助。まだまだ勝負はこれからだぞ。俺のターン…!」(手札1→2枚)
 ダークが勢いよく、デッキからカードを引いた。

 ――その瞬間、俺の場から2体のモンスターが姿を消した――

「しまった……!」
 気づいた時には、もう遅かった。
 ”俺の場”に、新たなモンスターが召喚されていた。


 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性/星8/攻3000/守2500
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に存在するモンスター2体をリリースし、
 手札から相手フィールド上に特殊召喚する。
 自分のスタンバイフェイズ毎に、自分は1000ポイントダメージを受ける。
 このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。


 真六武衆−キザン:攻撃力2100→1800

「貴様の場にいる"真六武衆−シエン"と"六武衆の師範"をリリースして特殊召喚させてもらったぞ。このカードまでは考えていなかったらしいな」
「くっ…!」
「だがまだだ。伏せカード発動」


 洗脳解除
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分と相手の
 フィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る。


「なっ!?」
「これでラヴァ・ゴーレムは俺の場に戻る。さらに場の六武衆が減ったことでキザンの攻撃力は下がっている。バトルだ。キザンに攻撃!!」
 ダークの場にいる溶岩の悪魔が、その口から灼熱の炎を吐き出した。
 武士は咄嗟に身構えるも、その容赦ない炎に飲み込まれて姿を消した。

 真六武衆−キザン→破壊
 大助:3200→2000LP
 真六武衆−カゲキ:攻撃力1700→200

「これで形勢再逆転だな。メインフェイズ2に魔法カード"マジック・プランター"を発動する。"洗脳解除"をコストに2枚ドロー」
「く……」

 洗脳解除→墓地
 ダーク:手札0→2枚

 俺の場にいるモンスターを処理するだけじゃなく、強力なモンスターを自陣に置いて更に手札補充……本当に無駄のない動きだ。
 悔しいが、本当にダークは凄いと感心すらしてしまう。
「おっ、良いカードを引いたな。手札から"サイクロン"発動だ」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 六武の門→破壊

 フィールドに吹く突風によって、俺の背後にそびえた門は崩されてしまった。
 強力な永続魔法を失い、余計に不利な状況が作られていくような気がした。

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:3600LP

 場:溶岩魔神−ラヴァ・ゴーレム(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
--------------------------------------------
 大助:2000LP

 場:真六武衆−カゲキ(攻撃:200)

 手札3枚
--------------------------------------------

「俺のターン!! ドロー!」(手札3→4枚)
 互いにライフが半分を切り、終盤へと突入する。
 状況は五分五分……といいたいところだが、相手があのダークである以上、何が起こるか分からない。
 どれだけ不利な状況でも、すぐに逆転されてしまうんだ。油断すれば一気にライフを削り切られてもおかしくは無い。
「どうした考え込んで? 遠慮せずにかかってきていいんだぞ?」
「……っ」
 必死に考えを巡らせている俺をダークは笑っているようだった。
 どこまで戦いの流れを読まれているかは分からないけれど……この状況を黙って見ているわけにはいかない。
「手札から"真六武衆−シナイ"を召喚する!!」


 真六武衆−シナイ 水属性/星3/攻1500/守1500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−ミズホ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、
 自分の墓地に存在する「真六武衆−シナイ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。


「また出てきたか。とすれば次は……」
「ああ。場にシナイがいることで、手札から"真六武衆−ミズホ"を特殊召喚する!」


 真六武衆−ミズホ 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−シナイ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。


 場の六武衆をリリースすることで相手の場のカードを破壊する効果を持ったミズホなら、相手のモンスターを倒せる。
 だがダークがこれに何も対策していないとは考えづらい。
「伏せカード発動だ」


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。

 真六武衆−ミズホ→破壊→除外

「これで破壊効果は使えないだろう? さぁどうする?」
「くっ……カゲキを守備表示にして、カードを1枚伏せてターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:3600LP

 場:溶岩魔神−ラヴァ・ゴーレム(攻撃:3000)

 手札0枚
--------------------------------------------
 大助:2000LP

 場:真六武衆−カゲキ(守備:2000)
   真六武衆−シナイ(攻撃:1500)
   伏せカード1枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札0→1枚)
 ダークがカードを引くと同時に、溶岩の魔人から灼熱の体液が零れて降り注いだ。
 ラヴァゴーレムはスタンバイフェイズ、持ち主に1000ポイントのダメージを与えてくる。

 ダーク:3600→2600LP

「手札から"アドバンス・ドロー"を発動する」
「っ!?」


 アドバンス・ドロー
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 手ベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

 溶岩魔神−ラヴァ・ゴーレム→墓地(コスト)
 ダーク:手札0→2枚

「そして手札から"ダーク・クリエイター"を特殊召喚する」


 ダーク・クリエイター 闇属性/星8/攻2300/守3000
 【雷族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
 自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚する事ができる。
 自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「く……」
 デメリットがあるとはいえ、3000の攻撃力を持ったモンスターを躊躇なくドローカードのコストに使ってカードを引き、新たなモンスターを特殊召喚してきた。
 引きの強さもさることながら、その判断に迷いが無い。
「墓地にいる"闇の精霊−ダークデビル"を除外して"闇の使者−ダークウルフ"を特殊召喚する」


 闇の使い−ダークウルフ 闇属性/星5/攻2200/守300
 【獣族・効果】
 このカードはデッキから除外されたとき、
 自分の場に表側攻撃表示で特殊召喚することが出来る。


「さぁバトルだ!!」
「っ、伏せカード発動だ!!」
 このまま一気に攻撃されたら、取り返しのつかないことになる。


 強制終了
 【永続罠】
 自分フィールド上に存在する
 このカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
 このターンのバトルフェイズを終了する。
 この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「このカードの効果でシナイを墓地に送ることで、バトルフェイズを終了する!!」
「……なるほど、仕留めきれなかったな。カードを1枚伏せてターンエンド」

--------------------------------------------
 ダーク:2600LP

 場:ダーク・クリエイター(攻撃:2300)
   闇の使者−ダークウルフ(攻撃:2200)
   伏せカード1枚

 手札0枚
--------------------------------------------
 大助:2000LP

 場:真六武衆−カゲキ(守備:2000)
   強制終了(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------

「俺のターン!」(手札1→2枚)
 なんとかギリギリで防げたからいいものの、いつまでもつかは正直分からない。
 次のターンにサイクロンなどの破壊カードを引かれたら負けてしまう。
 それなら…!
「手札から"マジック・プランター"を発動する!!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 強制終了→墓地(コスト)
 大助:手札1→3枚

「墓地にいる"六武衆−カモン"と"真六武衆−シナイ"をゲームから除外して、"紫炎の老中エニシ"を特殊召喚だ!」
 出現する灰色の召喚陣。
 そこから年老きながらも、確かな威厳を携えた武士が現れる。


 紫炎の老中 エニシ 光属性/星6/攻撃力2200/守備力1200
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚ができない。自分の墓地から「六武衆」と名のついた
 モンスター2体をゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する事ができる。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言をする事ができない。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「エニシの効果発動! このターン攻撃しない代わりに相手の場のモンスター1体を破壊する!」
「差せると思うか? 伏せカード発動だ」
 腰の刀に手を当てた老中の身体を、邪悪な鎖が縛り上げた。


 デモンズ・チェーン
 【永続罠】
 フィールド上に表側表示で存在する
 効果モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターは攻撃する事ができず、効果は無効化される。
 選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


「さぁ、次はどうする?」
「くっ…それなら、"真六武衆−エニシ"を召喚する!!」


 真六武衆−エニシ 光属性/星4/攻1700/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲームから
 除外する事で、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して手札に戻す。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
 また、自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。


 真六武衆の中でも強力な効果を持っているカードだ。
 バウンスをすることが出来ることもさることながら、相手ターンにも使える効果であることが大きい。
「エニシの効果発動! 墓地にいる"六武衆の御霊代と"六武衆の師範"を除外して、ダークウルフを手札に戻す!」
 大剣を振るう武士の一閃。
 その刃から発せられた暴風によって、闇の獣は主人の手札へと戻っていった。
 ダーク・クリエイターは特殊召喚モンスターであるため、バウンスしても効果は薄い。
 だがダークウルフの方は星5のため、通常召喚するためにはリリースが必要だ。あのまま場に出しておくよりは、ずっといいはず。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:2600LP

 場:ダーク・クリエイター(攻撃:2300)
   デモンズ・チェーン(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------
 大助:2000LP

 場:真六武衆−カゲキ(守備:2000)
   真六武衆−エニシ(攻撃:1700)
   紫炎の老中エニシ(攻撃:2200)
   伏せカード1枚

 手札0枚
--------------------------------------------

「……俺のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 ダークは引いたカードを見つめながら、小さく笑った。
「やはりまだまだだな。手札から"闇の誘惑"を発動する」
「なっ!?」


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

 ダーク:手札1→3→2枚("闇の使い−ダークウルフ"を除外)

「ダークウルフをバウンスしていなければ、余計な手札を与えずに済んだのにな」
「くっ…!」
 やられた。そのカードがあることは想定してなかったわけではないが、まさか引かれるなんて思わなかった。
 ……いや、落ち着け。カードを引かれても、良いカードが引けるとは限らないはずだ。
「さて、そろそろ終わりにするか。ダーク・クリエイターの効果で墓地の"闇に祈る神父"を除外し、"霊滅術師 カイクウ"を特殊召喚だ」
「っ!」


 霊滅術師 カイクウ 闇属性/星4/攻1800/守700
 【魔法使い族・効果】
 このカードが相手に戦闘ダメージを与える度に、
 相手墓地から2枚までモンスターを除外する事ができる。
 またこのカードがフィールド上に存在する限り、
 相手は墓地のカードをゲームから除外する事はできない。


 闇の創世者の手によって、不気味な法師が再び姿を現す。
 新たにモンスターが場に出たことだけじゃない。カイクウが出されたということは――!
「カイクウは相手の、墓地からカードを除外する効果を封じる。これでエニシの効果は使えないな」
「ぐ……」
 カイクウさえ場に出なければ、相手のバトルフェイズにエニシの効果を使ってバウンスし、攻撃をある程度防ぐことが出来たはずだ。
 だが今やその作戦も、使えなくなってしまった。
「バトルだ!! ダーク・クリエイターで老中エニシに、カイクウで"真六武衆−エニシ"に攻撃だ!!」
 伏せられたカードは、攻撃を封じるものでは無い。
 ダークの場にいるモンスターたちの攻撃に、武士たちは為す術も無く倒されてしまった。

 紫炎の老中エニシ→破壊
 真六武衆−エニシ→破壊
 大助:2000→1900→1800LP

「さらにカイクウの効果発動。貴様の墓地にいる"真六武衆−シエン"と"六武衆の影武者"を除外する」
 俺の墓地から、更に武士たちが消されていく。
 残ったのは1枚の伏せカードと、守備体制をとる武士が1人のみ。
「崖っぷちだな。どうするのかな? カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

--------------------------------------------
 ダーク:2600LP

 場:ダーク・クリエイター(攻撃:2300)
   霊滅術師 カイクウ(攻撃:1800)
   伏せカード2枚

 手札0枚
--------------------------------------------
 大助:1800LP

 場:真六武衆−カゲキ(守備:2000)
   伏せカード1枚

 手札0枚
--------------------------------------------

「俺の……ターン……!!」
 完全に崖っぷちだ。
 このターンで何とかしない限り、俺は負ける…!
 頼むぞ俺のデッキ……!!

「ドロー!!」(手札0→1枚)

 勢いよくカードを引き、恐る恐るカードを確認する。
「……!!」
「なにかいいカードでも引けたか?」
「ああ! 手札から"六武衆の露払い"を召喚する!」


 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「ほう、この土壇場でそのカードを引いたか……」
「露払いの効果発動! 露払い自身をリリースすることで、"ダーク・クリエイター"を破壊する!!」
 女武士が自らに刃を突き立てて、その体を光へと変える。
 その光はまるで矢のように、闇の創世者を破壊した。

 六武衆の露払い→墓地
 ダーク・クリエイター→破壊

「相討ちか。だがまだ俺の場には――」
「いくぞ! 伏せカード発動!! "究極・背水の陣"!!」
「っ!」


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。

 大助:1800→100LP

 俺を中心に4つの召喚陣が輝きはじめる。
 逆転へ繋ぐための道筋が、頭の中に描かれていく。
「俺はこの効果で、墓地から4体の六武衆を――」


 パァン!!


 まるで風船が破裂したような音。地面に描かれていた召喚陣が、消え去っていた。
 何が起こったか分からず、戸惑ってしまう。
「伏せカードを発動した」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 ダーク:2600→1300LP
 究極・背水の陣→無効→破壊

「な……」
「終わりだな」
「ま、まだだ…!」
 諦めるわけにはいかない。まだ俺には最後の切り札が残っている!
「デッキワンサーチシステムを使う!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押すと同時、デッキからカードが選び出されてその1枚を手札に加えた。(大助:手札0→1枚)
 ダークもルールによって、デッキからカードを1枚ドローする。(ダーク:手札0→1枚)
「これで最後だ!! 手札から"神極・閃撃の陣"を発動する!!」


 神極・閃撃の陣
 【通常罠・デッキワン】
 「六武衆」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。 
 自分のライフが100のとき、このカードは手札から発動でき、発動と効果を無効にされない。
 自分のライフポイントが50ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。 
 自分のデッキに存在するすべてのモンスターを墓地へ送り、自分の墓地に存在する「六武衆」と
 名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する。
 また、手札からこのカードを発動したとき、以下の効果も使うことが出来る。
 ●この効果で特殊召喚したモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊することが出来る。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、自分のモンスターは相手のカード効果を受けない。


 大助:100→50LP

 フィールド全体の地面に光り輝く複雑な召喚陣。デッキのモンスターがすべて墓地に送られて、その中から4体の六武衆を選び出す。
「デッキワンカードだと…!?」
「ああ、この効果で俺は墓地から"真六武衆−エニシ"、"六武衆−ザンジ"、"六武衆の師範"、"六武衆−ニサシ"を特殊召喚する!!」
 描かれた召喚陣から、5体の武士たちが姿を現す。


 真六武衆−エニシ 光属性/星4/攻1700/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲームから
 除外する事で、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して手札に戻す。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
 また、自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「成程……起死回生というわけか。まさかデッキワンカードまで手に入れているとはな……」
「まだ効果は残ってる。手札から"神極・閃撃の陣"を手札から発動したとき、特殊召喚した六武衆は相手のカード効果を受けない。更に俺の場に特殊召喚した数だけ、相手の場のカードを破壊できる!!」
「なんだと!?」
「俺はこの効果で、お前の場にあるカードを全て破壊する!!」
 特殊召喚された武士たちの手に、光の刃が握られる。
 それを振り下ろすと同時、無数の刃がダークの場に襲い掛かった。


 霊滅術師 カイクウ→破壊
 黒いペンダント→破壊


「な………」
 あってはいけないカードが、そこにはあった。



 黒いペンダント
 【装備魔法】
 装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 相手ライフに500ポイントダメージを与える。



「この俺が終わりだと言ったんだ。だから……終わりさ」

 破壊された漆黒の宝石が、黒い閃光となって俺を貫いた。


 大助:50→0LP


 俺のライフが0になる。


 そして決闘は………終了した。








「惜しかったな」
 デュエルディスクをたたみながら、ダークは自身のデッキを仕舞ってそう言った。
 俺は……しばらく何も出来なかった。
 ただ純粋に、悔しかった。全力を出し切ってもなお、ダークに及ばなかったことが悔しかった。
「以前に比べれば大分マシにはなったが……やはりまだまだだな」
「……何が……悪かったんだ………?」
 口から、そんな言葉が零れてしまった。
 半分放心状態だったこともあるだろう。敵だった相手にそんなことを尋ねるなんて……。

「単純な実力差だ。どうすることもできないさ」

 ダークはそう言って、椅子に腰を下ろした。
 俺は静かにデュエルディスクを畳んで、デッキを仕舞う。
「なかなか楽しめたぞ中岸大助」
「………」
 何も答えることが出来ない。
 ダークに勝てなかったこともあるが、”その先”のことを考えると気が滅入りそうだった。
「アダムは……お前より強いんだよな?」
「そうだな」
「お前に勝てないようじゃ……アダムに勝つことなんて、到底出来ないってことだよな……?」
「どう思うかは貴様の勝手だ」
 ダークはそう言うが……胸の奥に暗い感情が湧き出てくる。
「どうしたら、そんなに強くなれるんだ……?」
「…………」
 ダークは、何も言わなかった。
 しばらくの沈黙があって、小さな溜息が聞こえた。
「俺に意見を求めても無意味だろう。貴様と俺は違うのだと、貴様自身が言っていたではないか」
「っ…」
「さて、俺の用は済んだ。まだ他に聞きたいことはあるか?」
「…………お前は、世界を滅ぼそうって気持ちをまだ持っているんだよな?」
「ああ」
「これから先、もし俺達が負けて、アダムが世界を滅ぼしたら、お前は喜ぶのか?」
「さぁな。正直な話、俺もよく分からない。この感情が果たして満たされるのかどうかもな……。人間なんてそんなものだろう? どれだけ幸せでも、更に幸せを求めるようにな。”慣れる”ことが、良い方に作用することもあれば悪い方向に作用することにもなる」
「……………」
「この世界がどうなるか……そんなの誰にもわかるわけないだろう? 仮に貴様らがアダムを倒して世界を救ったところで、どこかの国が戦争を始めて滅ぶかもしれない。隕石が降ってきて滅ぶかもしれない。過程はどうあれ時間はどうあれ……世界はいつか必ず滅ぶ。俺にとっては、そんな世界を必死になって救おうとする貴様らの気がしれないな」
「確かに、お前の言う通りかもしれない。だけど……それでも俺は……!!」
 ダークの言っていることは、正しいのかもしれない。
 俺達がやっていることは、結局は無駄なのかもしれない。
 それでも俺は……香奈と……みんなとこの世界に生きていたいと思うから。
「はぁ……もういいだろう? そろそろ面会時間も終わりだ。さっさと出ていけ」
 ダークはそう言って椅子を回転させて背を向けた。
 もう話すことは無いという事だろう。

 自然と、背を向けるダークに礼をしていた。
 どうしてそんなことをしたのか、よく分からない。ただなんとなく、そうしたかったからだ。

 背後の扉が開く。係の人がやってきて、俺はその部屋を後にした。




episode16――君が傍にいるのなら――

 15階で大助と別れてから、私は突き当りの奥の部屋まで足を運んでいた。
 鉄製の大きなドア。まるで牢獄のような雰囲気を持つその扉を、係の人が私を見るなりゆっくりと開く。

「面会は2時間となっております。ではお気をつけて……」

 部屋の中は、灰色だった。コンクリートでできた天井と壁に、蛍光灯がいくつか。
 テーブルなどの家具は一切見当たらなくて、間隔をあけた状態で椅子が二つ向かい合う形で置いてある。
 そして奥の椅子には誰かが座っていた。
「あんた誰? 私に何の用なのよ?」
 警戒しながら、一歩ずつ近づいていく。
 私に用意されたであろう椅子の前まで近づいた時、向こうの椅子が反転して相手がその表情を見せた。
 男にしては長い黒髪と細い体に大きな瞳。
 どこかつかみどころのない雰囲気を持つ相手が笑っていた。
「やぁ、久しぶり、というべきかな?」
「あんた……どっかで会ったっけ?」
 なんとなく見たことはある顔だ。
 だけどどこで会ったのか思い出すのが難しい。
「まぁまともに顔を見合わせたのは1度だからね。俺の名前は清風玲亜。スターの元リーダーと言えばいいのか……ダークの幹部フレアと名乗るのが分かりやすいかい?」
「………そんなあんたが、私に用があるわけ?」
 頭の片隅で埋もれていた記憶が蘇ってきた。
 私は直接戦ったわけじゃないけれど、薫さんの先輩だった人の筈だ。
「薫君に言われて本社に来るように言われたんだろう?」
「そうよ。つまり……あんたが決闘の相手ってわけ?」
「理解が早くて助かるよ。それにしても、ずいぶんと俺の事を警戒しているね」
「当たり前でしょ。それ以上近づいたら人呼ぶからね」
「手厳しいね……」
 苦笑を浮かべながら玲亜は席を立った。
 なんだかよく分からないけれど、嫌な胸騒ぎがする。
 私がこの人と戦うってことは、もしかして大助は……”あいつ”と戦っているのかもしれない。
 そんな考えが浮かんできて落ち着かなかった。
「何を焦っているのかな? ボーイフレンドの事が気になって仕方がないのかな?」
「……っ!」
「もう気づいているかもしれないが、彼は今、俺の友と戦っている」
「……そう」
「あれ? 案外、動揺しないんだね?」
「私がここでジタバタしたところで、どうせ出してくれないんでしょ。あんたをとっとと倒して出てった方がきっと早いわ」
 小さく息を吐いて、カバンからデュエルディスクを取り出して腕に装着する。
 そしてデッキを取り出して、デッキゾーンに差し込んだ。
「やれやれ、話に聞いていたのとはずいぶん違って、迷いがあまり感じられないね」
 溜息と共に、相手も同じようにデュエルディスクを取り出した。
 ゆっくりとした動作で、急ぐつもりは無いらしい。
「まぁいいさ。俺としては、”あいつ”の邪魔をしないために君を引きとめたかっただけだからな」
「あいつって……ダークのことよね」
「そうさ。あいつは君のボーイフレンドと大事な話をしたいらしいからね。邪魔になりそうな君には退場願いたかったわけさ」
「ダークに頼まれたって事?」
「いいや、俺個人の判断さ。大事なパートナーの意を汲んでやるのも、パートナーとしての義務だろう?」
 そう言って笑いながら、相手はデュエルディスクを構えた。
 私は小さく息を吸って意識を集中する。
 相手の目的は分からない。だけどどっちみち、この決闘を終えなければ大助のところに行くこともできないなら戦うしかない。



「「決闘!!」」



 香奈:8000LP   玲亜:8000LP



 決闘が、始まった。



「俺のターン、ドローだ」(手札5→6枚)
 デュエルディスクの青いランプが点灯する。先攻は相手からだ。
 相手の行動に意識を向けながら、頭の片隅で夏休みの戦いを思い出す。
 確か、前に薫さんと戦った時のデッキは……。
「手札から"終末の騎士"を召喚しよう」


 終末の騎士 闇属性/星4/攻1400/守1200
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。


「この効果でデッキから"ユベル"を墓地に送る」
「……やっぱり、そのデッキなのね」
「ああ。闇の組織にいる間に使っていたせいで馴染んでしまってね……念のために言っておくが、闇のカードはデッキに入ってはいないからね」
 そう言って玲亜は笑った。
 闇のカードは入っていない……ってことは、ユベルは第3形態までってことなのかしら?
「そう考えなくてもいずれわかるよ。カードを3枚伏せてターンエンドだ」


 玲亜のターンが終わって、私のターンになる。


「私のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
「スタンバイフェイズに、伏せカード発動」
 勢いよくデッキからカードを引いた私を遮るように、相手から強い声が飛んできた。
 開かれたカードは―――


 王宮のお触れ
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。


「っ!」
「君の使うデッキは知っている。だからこそ対策させてもらったよ」
「やってくれるじゃない」
「まだまだこれからさ、さらに"王宮のお触れ"にチェーンする形で"リミット・リバース"を発動だ」


 リミット・リバース
 【永続罠】
 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「逆順処理だ。リミット・リバースは王宮のお触れが発動される前に適用される。俺が墓地から蘇らせるのは、当然"ユベル"だ!!」
「きたわね…!」
 相手の場に現れたのは、大きな翼を携えた人型のモンスター。
 無限にも思えるほどの闇をその瞳の奥に隠し、不敵な笑みを浮かべる存在が立ちはだかった。


 ユベル 闇属性/星10/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、
 攻撃モンスターの攻撃力分ダメージを相手ライフに与える。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 このカードは自分のエンドフェイズ時に
 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げなければ破壊される。
 このカードの効果以外の方法で破壊された時、自分の手札・デッキ・墓地から
 「ユベル−Das Abscheulich Ritter」1体を特殊召喚できる。


「これで俺は切り札の召喚に成功した。同時に君の得意のトラップを封じたわけだけど、どうする?」
「それが何よ! 手札から"天空の使者ゼラディアス"を捨てることで"天空の聖域"をサーチ、そして発動するわ!!」
 確かに罠カードを封じられることはキツイ。
 だけどその程度でどうしようもなくなるほど、軟な構築はしてないわ。


 天空の使者 ゼラディアス 光属性/星4/攻2100/守800
 【天使族・効果】
 このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
 自分のデッキから「天空の聖域」1枚を手札に加える。
 フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在しない場合
 このカードを破壊する。


 天空の聖域
 【フィールド魔法】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターの
 コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


 殺風景な部屋が、輝かしい天空の居城へと変化する。
 相手はたいして動揺もしないまま、次の行動を待っているようだった。
「さらに私は"コーリング・ノヴァ"を召喚するわ!」


 コーリング・ノヴァ 光属性/星4/攻1400/守800
 【天使族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下で光属性の
 天使族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、代わりに「天空騎士パーシアス」1体を
 特殊召喚する事ができる。


「そのモンスターか…っ!」
「私の狙いが分かったみたいね。バトルよ! コーリング・ノヴァで終末の騎士に攻撃!!」
 リースのような天使が、光の輪となって闇の騎士に襲い掛かる。
 対する騎士も剣を振り下ろし、互いは打ち消しあうように消えていった。

 コーリング・ノヴァ→破壊
 終末の騎士→破壊

「"コーリング・ノヴァ"の効果発動よ。戦闘で破壊されたとき、デッキから"天空騎士パーシアス"を特殊召喚するわ!!」
 消えていった天使の羽が光の粒となって場に残る。
 その光を辿るように、天空を守護する騎士が参上した。


 天空騎士パーシアス 光属性/星5/攻1900/守1400
 【天使族・効果】
 守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
 その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
 また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
 自分はカードを1枚ドローする。


「成程ね。本来なら"コーリング・ノヴァ"はデッキから攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚するが、天空の聖域があるときはパーシアスを特殊召喚できるんだったね」
「そういうことよ。カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

--------------------------------------------
 玲亜:8000LP

 場:ユベル(攻撃:0)
   王宮のお触れ(永続罠)
   リミット・リバース(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
--------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   天空騎士パーシアス(攻撃:1900)
   伏せカード2枚

 手札2枚
--------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札2→3枚)
「………」
「おや、伏せカードは発動しないのかな?」
「ええ。ここでは発動しないわ」
 場に王宮のお触れがある以上、私はカウンター罠を発動しても効果が無効になってしまう。
 だけど相手だって簡単には動けないはずだ。"ユベル"はダメージを反射する効果を持っているけど、それはこちらから攻撃した時に発動するものだ。
 こっちから攻撃さえしなければ、まだ大丈夫だ。
「手札から"マジック・プランター"を発動する」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 リミット・リバース→墓地
 玲亜:手札2→4枚

「手札増強ね」
「その通りさ、更にこのモンスターを召喚する!」


 ザ・カリキュレーター 光属性/星2/攻?/守0
 【雷族・効果】
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 全てのモンスターのレベルを合計した数×300になる。

 ザ・カリキュレーター:攻撃力?→3600

「っ!」
 いきなり攻撃力3600のモンスターが召喚されて驚いてしまう。
 私の表情を見ながら、玲亜は楽しそうに微笑んでいた。
「パーミッションならこの攻撃力を超えるのは至難だろう? バトルだ!!」
 電卓のような姿をしたモンスターが、その手にスパークを迸らせて天空騎士へと襲い掛かる。
「甘いわね。手札から"オネスト"を捨てて効果発動よ!!」
「なっ!?」


 オネスト 光属性/星4/攻1100/守1900
 【天使族・効果】 
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時に
 このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 天空騎士パーシアス:攻撃力1900→5500

 突如、その背に光の翼を羽ばたかせた騎士の姿に怯んだのか、攻撃の手が止まる。
 力を大幅に高めた相手に対し、騎士は聖なる光を照射して消し去ってしまった。

 ザ・カリキュレーター→破壊
 玲亜:8000→6100LP

「パーシアスの効果発動よ。相手を戦闘で破壊した時、デッキから1枚ドローするわ」(手札1→2枚)
「やるね。それなら別の手段をとることにしようかな。メインフェイズ2に"ユベル"を守備表示に変更し、このカードを発動させる」
 玲亜は笑みを絶やさず、手札の1枚をデュエルディスクに叩きつけた。


 シールドクラッシュ
 【通常魔法】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。


「っ!」
「この効果でユベルは破壊される。そして――」
 玲亜のモンスターが砕け散る。散った体の破片が霧のように霧散し、1つに集まり新たな形を創り上げる。
 黒い翼と先程より人間離れした姿。
 その体の中心には大きな目があり、頭となる部分には2匹の龍が鋭い牙をあらわにしている。


 ユベル−Das Abscheulich Ritter 闇属性/星11/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「ユベル」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、
 攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
 自分のエンドフェイズ時にこのカード以外のモンスターを全て破壊する。
 このカードがフィールド上から離れた時、自分の手札・デッキ・墓地から
 「ユベル−Das Extremer Traurig Drachen」1体を特殊召喚できる。


「まさかこんなに早く召喚されるなんてね……」
「君相手に、手加減は出来そうにないからね。ターンエンドだ。そしてエンドフェイズ時に、ユベル第二形態の効果が発動する」
 相手の不気味な黒い翼が広がった。そこから無数の黒い矢が無差別にフィールド上に放たれる。
 私の場にいる騎士はその黒い矢に貫かれて、その場に崩れ落ちた。

 天空騎士パーシアス→破壊

--------------------------------------------
 玲亜:6100LP

 場:ユベル−Das Abscheulich Ritter(攻撃:0)
   王宮のお触れ(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
--------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札2枚
--------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 3枚になった手札を見て、状況を確認する。
 相手の場にユベルと王宮のお触れがある以上、私の不利は否めない。
 この手札で、私に出来ることは……!
「手札から"天空聖者メルティウス"を召喚するわ!」


 天空聖者メルティウス 光属性/星4/攻1600/守1200
 【天使族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分は1000ライフポイント回復する。
 さらにフィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
 相手フィールド上のカード1枚を破壊する。


「なるほど、そのカードか……」
「私は更にカードを1枚伏せて、ターンエンドよ」
「君のエンドフェイズに、伏せカード発動」


 迷える子羊
 【通常魔法】
 このカードを発動する場合、このターン内は召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
 自分フィールド上に「仔羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。


「っ!」
 全体破壊をするモンスターがいるのにトークンを召喚してきたってことは……十中八九、次のターンで何かを狙ってくるって事よね。
 いや……考えても仕方ないわ。
 大した行動も起こせないまま、ターンを終える。
 同時に玲亜へとターンが移行した。



「俺のターン!」(手札2→3枚)
「この瞬間、伏せカードを発動するわ!!」


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「っ、なるほど。そうきたか…!」
「"王宮のお触れ"の効果で効果自体は無効になるけど、発動したことに変わりは無いわ! メルティウスはカウンター罠が発動した時、ライフを1000回復する! さらに天空の聖域があるとき相手のカードを1枚破壊できるわ!!」
 場にいる天使が光の輪を放つ。
 それらの光は玲亜の背後にそびえる王宮を、跡形も無く消滅させた。

 王宮のお触れ→破壊
 香奈:8000→9000LP

「これでようやく、罠カードが使えるわ!」
「そうだね、でも――!」
 次の瞬間、場にいた2体のトークンが消えた。
 羽ばたく金色の翼、僅かに炎を纏う鳳凰がフィールドに降臨した。


 ネフティスの鳳凰神 炎属性/星8/攻2400/守1600
 【鳥獣族・効果】
 このカードがカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、
 次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを墓地から特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


「えっ!?」
「さすがにこのモンスターが入っているとは考えていなかったみたいだね。バトルだ!!」
 その巨大な翼を羽ばたかせ、鳳凰神は天使を焼き払う。
 余波となって襲い掛かる炎は聖域の加護によって阻まれて、私には届かない。

 天空聖者メルティウス→破壊

「俺はこれでターンエンドだ」
 エンドフェイズの宣言。
 再び場全体を黒い矢が降り注ぎ、すべてを打ち貫いていく。

 ネフティスの鳳凰神→破壊

--------------------------------------------
 玲亜:6100LP

 場:ユベル−Das Abscheulich Ritter(攻撃:0)

 手札2枚
--------------------------------------------
 香奈:8000LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「わ、私のターン!」(手札1→2枚)
 思わぬモンスターの登場に、困惑してしまった。
 まさかネフティスまで入っているなんて思わなかった。
 次のターン、相手のスタンバイフェイズでネフティスが再び特殊召喚されてしまう。そうなれば私の場にある魔法・罠カードは全て破壊されてしまう。
 でもかといって、ユベルの方も放っておくわけにはいかない。
 あのモンスターを何とか処理しない限り、私に攻撃のチャンスが訪れないからだ。
 本当に……厄介なデッキね。
「ずいぶんと悩んでいるようだね?」
「なによ、人が困っているのを見て楽しいわけ?」
「そういうつもりじゃないさ。少しくらい話す時間があってもいいじゃないか。どうして君はそのデッキを使っているんだい?」
「はぁ? なんでそんなこと、あんたに話さなきゃいけないのよ」
「当ててあげようか。そのデッキは、君の心そのものさ。自分の大切な人を守りたい、支えたい。そういった気持ちがそのデッキを使わせている」
「…………」
「君は、大切なボーイフレンドとずっと一緒にいたいと思っているんだろう? こうして決闘している最中も、頭の片隅では彼氏の事が気になって仕方ないはずだ。こんなところで油を売っていないで、早く彼のところに行きたいって思っているんじゃないのかな?」
「……何が言いたいのよ」
「別に。ただの忠告さ。俺から言わせれば、君の彼氏と”あいつ”は似ている。君が傍にいるのなら、ちゃんと気を付けてあげた方がいい。俺のように取り返しがつかなくなる前にね……。あいつと君のパートナーの違いは、どれだけの痛みを感じているかどうかだ。取り戻せる程度の悲劇だったか、そうじゃないか……その一点につきる。君の存在が、彼にどれほど重要なものになっているかをちゃんと自覚した方がいいと思っただけさ」
 玲亜の視線がまっすぐ突き刺さってくる。
 構えていた腕が、自然と下りていた。
 正直な話、相手が何を言っているのかちゃんと理解できているわけじゃない。傍にいるなら気を付けてやれとか。私が大助にとってどれだけの存在なのかとか……そんなこと言われたって、分かるわけがない。
 だけど……これだけは言える。
 言わなくちゃいけないことがある。

「馬鹿じゃないの? なんであんたが勝手に決めつけるわけ?」

「え?」
「確かに、ダークと大助が似てるかもってことは否定しないわ。私が闇の神に倒された時だって大助は怒ったみたいだし、世界を滅ぼそうとか考える可能性だって0じゃないわ。でもね、たとえそうだとしたって、大助は世界を滅ぼしたりなんかしないわよ」
 玲亜の眉が僅かに揺れた。
 どうしてそんなことが言える、と目が訴えている。
「確証なんかないわ。でもね、大助とずっと一緒にいる私がそう思っているってことは、きっとそうなのよ。どれだけ理不尽なことが起きたって、絶望があったって、大助は諦めない。諦めないで、頑張って、ボロボロになりながらも前に進んでいこうとする……そんな大助の姿をずっと傍で見てきたの。たとえ私がいなくなっても、大助はこの世界を否定したりなんかしない。私がそう信じている以上、あんたなんかに好き勝手言われる筋合いはないわ」
「そんな、無茶苦茶な……」
「これが私よ。誰にも文句は言わせないし、私の気持ちは変わらない。大助やみんなと一緒に生きていきたい……あいつが道を踏み外そうとするなら、殴ってでも止めさせる。たとえ死んだって化けて出て止めてやるわ」
「っ…! 信じたところで、無駄かもしれないんだよ? 君がいなくなったとき、彼は―――」
「だから、そうならないって言ってるでしょ? ちゃんと理由があれば納得するわけ?」
「っ!」
「話は終わり? 私はこのまま何もせず、ターンエンドよ」


 私のターンが終わり、玲亜へとターンが移行した。


「俺のターン!」(手札2→3枚)
 若干、玲亜のカードを引く手に力が籠った。
 スタンバイフェイズに入り、地面から炎が湧き立ってくる。
「この瞬間、墓地からネフティスの効果が発動する!!」
「その効果にチェーンして、伏せカード発動よ!!」


 人造天使
 【永続罠】
 カウンター罠が発動される度に、
 「人造天使トークン」(天使族・光・星1・攻/守300)を1体特殊召喚する。


「ずいぶんマイナーなカードを使うね。だがネフティスは蘇る! そして自身の効果で蘇ったとき、相手の場の魔法・罠カードをすべて破壊する!!」
「させないわ! "大革命返し"を発動よ!!」


 大革命返し
 【カウンター罠】
 フィールド上のカードを2枚以上破壊する
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時に発動できる。
 その発動を無効にしゲームから除外する。


「くっ!」
「これでネフティスの破壊効果を無効にして、ゲームから除外するわ!!」
 炎を撒き散らそうとする鳳凰神を、光の球体が包み込む。
 全身を光に覆われて、ネフティスはこの場から消え去った。

 ネフティスの鳳凰神→除外

「さらに"人造天使"の効果で、トークンが場に1体特殊召喚されるわ! さらに―――!」
 私の場に現れた小さな天使が光になる。
 途端に辺りを雷雲が覆い、雷鳴と共に裁きの天使が現れる。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「ボルテニスはカウンター罠が発動した時、場のモンスターをすべてリリースして特殊召喚される! 更にその時リリースしたモンスターの数だけ、相手のカードを破壊するわ! 私はユベルを破壊する!」
 天使がその手に雷を纏い、1つに固めて解き放つ。
 轟く雷鳴と共に、黒き翼のモンスターは姿を消した

 ユベル−Das Abscheulich Ritter→破壊

「くっ…だがユベルは更に進化する!! こい! ユベル−Das Extremer Traurig Drachen!!」
 雷によって消し去られた身体が闇へと変わり、新たな形を作りだしていく。
 先程よりもさらに深い闇。
 黒い翼は大きくなり、胴体には不気味な顔があらわになる。
 禍々しい姿でゆっくりと、それはフィールドに降り立った。


 ユベル−Das Extremer Traurig Drachen 闇属性/星12/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「ユベル−Das Abscheulich Ritter」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは戦闘によっては破壊されない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターと戦闘を行った場合、
 ダメージステップ終了時に相手モンスターの攻撃力分のダメージを
 相手ライフに与え、そのモンスターを破壊する。
 このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


「わざわざ進化させてくれるとはね」
「毎回、全体破壊されたらたまったもんじゃないわよ!」
「自ら不利にするとは、面白いね! バトルだ!!」
 相手モンスターが裁きの天使に攻撃を仕掛ける。
 その瞳に見つめられ、天使は我を失ったように主人である私へ雷を落とす。
「きゃぁ!」

 香奈:9000→6200LP

「ユベルの効果によって、君のモンスターは破壊される!」
「うっ…」
 正気を失った天使の身体にヒビが入り、朽ちた石像のように崩れ落ちる。
 心の中で謝りながら私はカードを墓地ゾーンへ置いた。

 裁きの天使 ボルテニス→破壊

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

--------------------------------------------
 玲亜:6100LP

 場:ユベル−Das Extremer Traurig Drachen(攻撃:0)
   伏せカード1枚

 手札2枚
--------------------------------------------
 香奈:6200LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   人造天使(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 ついにユベルを第三形態まで引き出すことが出来た。
 闇のカードが入っていない以上、あのユベルを倒せばもう切り札は無いはず。
 私だって、無闇にモンスターを破壊したわけじゃない。
 あの第三形態は効果は強力だけど、性質上”攻撃をする”という選択肢が増える。
 パーミッションで相手をする以上、カウンターするための相手の行動は多い方がいい。
「カードを1枚伏せて、"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!!」


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 カウンター罠が発動するたびにデッキからカードを引けるカード。
 本当はもっと早く出して活躍させたかったけど、今更言っても仕方がない。
「私はこれでターンエンドよ!」



「俺のターン!」(手札2→3枚)
 カードを引くと同時に、玲亜はすぐさまバトルフェイズに入った。
 出来るだけ私にカウンター罠を発動させるタイミングを与えないためだろう。
 だけど――!
「伏せカード発動よ!」


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


 香奈:手札0→1枚(アルテミスの効果)
 人造天使トークン→特殊召喚(守備)

「そっちが伏せられてたか。それならこっちだ」
 そう言い放ち、玲亜は手札の1枚をデュエルディスクに置いた。


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 天空の聖域→破壊

 放たれる嵐によって、フィールドに存在していた神殿が破壊され、元の無機質な部屋へと戻ってしまう。
 これで私は、戦闘ダメージを受けるようになってしまった。
「ターンエンドだ」

--------------------------------------------
 玲亜:6100LP

 場:ユベル−Das Extremer Traurig Drachen(攻撃:0)
   伏せカード1枚

 手札2枚
--------------------------------------------
 香奈:6200LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   人造天使トークン(守備:0)
   人造天使(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------

「私のターン!」(手札1→2枚)
 なんとかギリギリで凌いでこれたけど、いつ相手の場に新しいモンスターが出てきてもおかしくは無い。
 アルテミスも場にいるし……”あのカード”を使うしかない。
「デッキワンサーチシステムを使うわ!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押すと同時、デッキからカードが選び出されて手札に加える(手札2→3枚)
 ルールによって玲亜もデッキからカードを引いた。(手札2→3枚)
「ついにくるのかな? 超強力なデッキワンカードが……」
「その通りよ。カードを1枚伏せるわ!!」
「この瞬間、伏せカードを発動する!」
「えっ!?」


 王宮の鉄壁
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 カードをゲームから除外することはできない。


 そのカードを見た瞬間、ハッとした。
 私のデッキワンカードを封じることが出来る数少ないカード。あれを発動させたらまずい!
「その効果にチェーンして手札から"サイクロン"を発動するわ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「これでそのカードを破壊するわ」
「そうはさせないよ。"緑光の宣告者"の効果を発動だ」


 緑光の宣告者 光属性/星2/攻300/守500
 【天使族・効果】
 自分の手札からこのカードと天使族モンスター1体を墓地に送って発動する。
 相手の魔法カードの発動を無効にし、そのカードを破壊する。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 紫光の宣告者→墓地(手札コスト)
 サイクロン→無効→破壊

「カウンター罠だけが、相手の行動を打ち消せるわけじゃないんだよ。ユベルはデッキの性質上、手札が余りがちだからね……入れておいて正解だったらしい」
「そ、そんな……」
「さぁ、どうする?」
 残り1枚の手札は"冥王竜ヴァンダルギオン"。今の状況じゃ、召喚しても意味は無い。
 とにかくここは……
「アルテミスを守備表示にして、ターンエンドよ」

--------------------------------------------
 玲亜:6100LP

 場:ユベル−Das Extremer Traurig Drachen(攻撃:0)
   王宮の鉄壁(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------
 香奈:6200LP

 場:豊穣のアルテミス(守備:1700)
   人造天使トークン(守備:0)
   人造天使(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 カードを引き、玲亜は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「手札から"死者蘇生"を発動する」


 死者転生
 【通常魔法】
 手札を1枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。


「これで墓地にいる"ザ・カリキュレーター"を特殊召喚する!」
「うっ…」


 ザ・カリキュレーター 光属性/星2/攻?/守0
 【雷族・効果】
 このカードの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
 全てのモンスターのレベルを合計した数×300になる。

 ザ・カリキュレーター:攻撃力?→4200

 また新しいモンスターが出てきてしまった。
 でもまだ終わっていない。あの2体のモンスターに攻撃されても、ライフは残る。
 そうすれば……!
「次のターンは無いよ。君の場にある"人造天使"をコストに"トラップ・イーター"を特殊召喚!」


 トラップ・イーター 闇属性/星4/攻1900/守1600
 【悪魔族・チューナー】
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に表側表示で存在する罠カード1枚を
 墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。

 人造天使→墓地
 ザ・カリキュレーター:攻撃力4200→5400

「そんな……」
「バトルだ! トラップ・イーターでトークンを、ユベルでアルテミスを攻撃!!」
 守備体制をとる小さな天使を悪魔が噛み砕き、マントを羽織る天使が理性を失い攻撃し、やがて朽ちて消えてしまう。

 トークン→破壊
 豊穣のアルテミス→破壊
 香奈:6200→4600LP

「これで止めだ! カリキュレーターで攻撃!!」
 膨大になった力を込めて、モンスターが掌に電気を迸らせる。
 防ぐ手段の無い私は、それを黙って受け止めるしかできなかった。


 香奈:4600→0LP



 私のライフが0になる。


 そして決闘は……終了した。








「残念だったね」
 デュエルディスクを仕舞いながら、玲亜が話しかけた。
 私は小さく溜息をつきながらデッキとデュエルディスクをカバンに仕舞う。
「何よ。次にやったら負けないんだから」
「ああ。俺も2回目は勝てるとは思っていないさ」
 苦笑を浮かべながら、玲亜はそう言った。
 その視線が右左と動いている。まるで、何か言葉を探しているようだった。

「朝山香奈さん……俺が言えた口じゃないが、君は君のまま、彼の傍にいてやるといい」

「……」
 僅かに憂いを帯びた言葉に、何も返すことが出来なかった。
 もしかしたらこの人は、自分と私を重ねていたのかもしれない。
 目を離したらどこかへ行ってしまいそうなパートナーを持つ存在として……。
「あんたに言われなくても大丈夫よ」
 多分ね。
「そうか……ならいい。君たちが困難を乗り越えて行けるように、心の片隅で祈ってるよ」
「あんたも頑張りなさいよね。どんな過去があったって、今こうしてダークのそばにいるのは、あんただけなんだから……」
「……それもそうだな。さて、そろそろ時間もちょうどいいだろう。面会は終わりだ」
 そう言うと、後ろの扉が開いてスタッフの人が入ってきた。
 私はもう1度、玲亜の方を見た。
 その憂いを帯びた表情が変わることは無く、ただ笑顔を向けている。
「薫君によろしく言っておいてくれ。それじゃあまたいつか会おう」
 そう言って手を振る玲亜に軽く礼をして、私はその部屋をあとにした。




episode17――世界のために死んでくれるか?――

 合宿最終日、中岸と香奈ちゃんは本社に出向くという事で街へ行っている。
 俺と本城さんは合宿場で最終調整をすることになっている。
『あの小娘は一緒ではないのだな』
「そうみたいだぜ?」
 足元でライガーが見上げながら尋ねてきた。
 本城さんは俺とは別の場所で最終調整するという事になっている。
 俺と同じように決闘以外の練習もしていたみたいだし、それを込みで試験するのかもしれねぇな。

「お待ちしていましたよ」

 視線の先に、伊月が木を背にして待っていた。
 その両手には拳銃が握られており、その体はほんのりと白く発光していて白夜の力が込められているのが分かった。
「ここで最終調整ってやつをするのかよ?」
「おや、珍しく察しがいいですね」
「一言余計だぜ。さっさと決闘しようぜ」
 肩に下げたバッグからデュエルディスクを取り出そうとするが、伊月はそれを静止させるように銃口をこちらに向けてきた。
『何の真似だ?』
「おやおや、そんなに物騒な顔をしないでもらえると助かりますね。こちらとしてもあまり手荒な真似はしたくないのですが」
『……』
 ライガーの表情が一気に険しくなったのが見えた。
 その場の雰囲気が変わっていることに、俺もゆっくりと身構える。
「雲井君。君には色々と活躍してくれていることには感謝しています。今回もドレッド・ルートの討伐を手伝ってくれたようですしね」
「別に成り行きでああなったってだけだぜ」
「そうですね。ですがスターとしては礼を述べておかなければならないでしょう。しかし同時に、問題も起こってしまいました」
 伊月は右手の銃を構えたまま、懐から1枚の紙を取り出した。
 ここからの距離は約10メートル。文字が細かくてここからは見えそうにない。
「合宿前に受けてもらった定期健診の結果です」
「それがなんだってんだよ」
 ライガーの事件以来、俺は定期的に本社に赴いて検診を受けることになっていた。
 合宿前までで合計10回の検診。ライガーがいることの影響が出ていないかどうかを診断するためのものだ。
 中岸達には言っていないが、連続10回とも『影響なし』の診断を受けていたから問題ないと思っていた。
「雲井君……あまり聞きたくないのですが、あなたは本当に自分の意志で動いていますか?」
「ああ?」
「破壊衝動に駆られたことはありませんか? 誰かを何かを壊したい、そう思ったことはありませんか?」
「ふざけんじゃねぇよ。そんなこと思うわけねぇじゃねぇか!!」
 真意の見えない相手の発言に、つい声を荒げる。
 右拳にも力が入ってしまった。

「おや、目の色が変わりましたね?」

「っ!?」
 咄嗟に目を擦ってしまった。
 そんな様子を見て面白そうに伊月は笑っている。
「どうやら心当たりがあるようですね」
「っ…!」
「まぁライガーに聞いた方が早いでしょうか。ライガー、そろそろ隠し事は無しにしませんか? あなたにとってもスターにとっても、主人である雲井君にも良いことはないと思いますが?」
『……そうだな。そろそろ頃合いかと思っていたところだ』
 深い溜息の後、ライガーが面倒臭そうに口を開いた。
『小僧、貴様の身体は徐々に闇の力に染まりつつある』
「なっ」
『正確には、我との同調性が高くなっているというだけだがな』
「俺が、闇の力を……?」
「考えてみればおかしなことではないでしょう。あのダークですら闇の神を宿した状態でどんどん体を蝕んでいったという記録もあります。神を所持するということは、それなりのリスクがあるということでしょう」
『その通りだ。何度か我に体を貸すうちに波長が噛み合ってきたのだろう。まぁ貴様自身が闇の力を扱う事は出来ないが……今なら簡単に我が身体を乗っ取ることもできるだろうな』
「っ…!」
 明かされた事実に、動揺することが隠せなかった。
 今まで戦ってきた闇の力が自分にも宿りかけているのだと思うと、あまりいい気はしない。
「それで? 雲井君を、あなたはこれからどうするつもりなのですか?」
『どうするつもりもないさ。今のところな』
「………」
『そう怖い顔をするな。一応は、この小僧を主として扱ってやっているんだ。小僧がアダムと戦うつもりならば気が乗りはしないが協力くらいはしてやるつもりだ。もっとも…我を排除しようと考えるのも自然だろうが戦力が多いに越したことはないだろう』
「……それもそうですね」
 伊月は銃を下ろして、静かに溜息をついた。
「なるほど。懸念していた事項が解決して良かったです。あなたが嘘をついているという可能性もありますが……もし我々に不都合な事を引き起こすようでしたら全力で対処させていただきますので」
『人間ごときに止められるとは思えんが、一応頭に入れておこう』
「ライガー……」
『心配するな小僧。闇の力を宿しているとはいえ、貴様の身体に影響は出ないはずだ。中岸大助も白夜の力を持っていても影響は出ていないだろう? 無理に授けられたものならいざ知らず、徐々に浸透させられた闇の力ならば負担もかかるまい』
 ライガーはそう言って笑った。
 こいつの言葉を信じないわけじゃねぇが……。
『それで、話は終わりか?』
「ええ。では最後に……」
 伊月がおもむろにデュエルディスクを構えた。
 やっぱり、そうなるのかと思いながら俺も用意していたデュエルディスクを構える。
「雲井君。今までの訓練をよく頑張ってくれました。記念というわけではありませんが……決闘しましょうか」
「分かったぜ。それで、勝てばいいのか?」
「特に規定は設けませんよ。君の力は、危機的な状況でこそ光るのですからね。それに僕の役目は君の足止めですから」
「はぁ?」
「なんでもありません、こちらの話ですよ。では……」


「「決闘!!」」



 雲井:8000LP   伊月:8000LP



「それでは、僕の先攻ですね、ドロー」(手札5→6枚)
 先攻は伊月からだった。
 脳裏に彩也香の事件の時の決闘が浮かんできて、あまりいいイメージは無い。
「僕は手札から"光の護封剣"を発動しますね」
「いきなりかよ……」
 フィールド上に幾多もの光の刃が降り注ぐ。
 それらは俺を囲うように配置され、身動きを制限してきた。


 光の護封剣
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
 このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


「そして僕はカードを2枚伏せて、ターンエンドです」


 ターンが終了して、俺のターンになった。


「いくぜ! 俺のターン!!」(手札5→6枚)
 デッキの上から勢いよくカードを引く。
 いきなり相手はこっちの攻撃を封じてきた。
 それだけ俺の攻撃を警戒してるって事だろう。
 だけどそんなの、こっちの思うつぼだぜ。そうやって時間稼ぎするってことは、こっちの準備する時間が得られるってことだからな。
「手札から"強欲なカケラ"を発動するぜ!!」


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「おやおや、手札増強カードですか」
「ああ。そうやって俺の攻撃を封じたつもりだろうけど、いつまでも防げると思ったら大間違いだぜ!!」
「ええ、そうでしょうね」
「否定しないのかよ?」
「これでも僕は、君の事をかなり評価しているんですよ? 手加減する理由はあっても、侮る理由は見当たりませんね」
「……」
 褒められている…と素直に受け取っていいのかよく分からねぇ。
 こうやって俺のことを油断させる目的なのかもしれねぇし……。
「さぁ、次はどうしますか?」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ」


--------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:光の護封剣(通常魔法:1ターン経過)
   伏せカード2枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札4枚
--------------------------------------------

「僕のターンです、ドロー」(手札3→4枚)
 伊月はカードを引くと、しばらく手札を眺めながら考えていた。
 まだ序盤だからそこまで考え込む必要はないと思うんだが………。

 それから数分、伊月は黙ったまま考えこみ、そして――

「待たせてしまってすみませんね、ターンエンドです」
「っ!?」
 結局、何もしないまま伊月はターンを終えてしまった。
 こっちの攻撃を封じているなら、絶好の攻撃チャンスなのに……何もしてこない。
 さては手札事故って奴だな。

(成程な……)

 内側からライガーの声が聞こえた。
「どうしたんだよ?」
(いや、別に何でもないさ……)
「言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
(……小僧、貴様はもう少し、相手の言動に気を使った方がいいな)
「あぁ?」
(意味が分からぬのなら、それでいいさ。決闘に集中しろ)
 それっきり、ライガーの声が聞こえなくなった。
 結局何が言いたかったのかは分からない。ただ、なんとなく伊月が本気を出していない事だけは理解できた。
 まぁ理由がなんであれ関係ねぇ。今は戦いに集中するだけだぜ。




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 合宿最終日、私は薫さんの指示でいつも通り訓練所へ向かっていました。
 1週間に渡る訓練で、私がどれだけ成長できたのかを確かめたいということらしいです。
(マスター、緊張しますか?)
「うん。ちょっとね……」
 きっと薫さんと擬似的な戦闘を行うんだと思います。
 いくら訓練の成果確認だと言っても、誰かと戦うなんてあまり考えたくありません。

 地下室へ向かう階段を下りて、部屋に入ります。
 広い空間の奥に、背を向けた人物がゆっくりと振り返ります。
「……来たか」
 そこにいたのは、佐助さんでした。
 その隣にはコロンちゃんも浮いています。
「あれ? 佐助さん……?」
 てっきり薫さんがいると思っていました。
 もしかして、薫さんは雲井君の相手をしているのでしょうか…?
「…コロン」
『うん、分かった…』
 コロンちゃんが指を鳴らすと、入り口が光の壁に塞がれてしまいました。
 どうしてわざわざ入り口を塞いだのか分かりません。
 疑問を解決する魔も無く、佐助さんがゆっくりとこっちに近づいてきました。

「コロン……ユニゾンだ」

『うん』
 コロンちゃんが光の球体に変化して、佐助さんの身体に入り込みました。
 ボサボサの黒髪が白に染まり、その瞳は緑色。全身を強力な白夜の光が覆っています。
「さ、佐助、さん…?」
 彼の不審な様子に、さすがに違和感を感じてしまいました。
 ユニゾンをしたこと、何の説明も無く近づいてくること、そしてなにより――

 ――あんなに殺意の籠った視線で睨みつけてくること――

(マスター!!)
「え―――」
 途轍もない衝撃が、身体を貫きました。
 肺にある息が一気に吐き出され、そのまま身体が後方へ吹き飛ばされて壁に激突しました。
「がっ――はっ…! えほ、げほ……!」
『……仕留めきれなかったか』
(マスター! 大丈夫ですか!?)
「う、うん……けほっ…!」
 思っていたよりも痛くないです。
 咄嗟にエルが物理保護を全開にしてくれたおかげで、大怪我をしなくて済みました。
 だけど分からないことだらけです。どうして、佐助さんは私にこんなことを……。
「な、なん、で……」
「本城。すまないが、こうすることが最善の道なんだ」
「ど、どういうことですか?」
 壁際で横たわる私に、ゆっくりと歩み寄りながら佐助さんは口を開きました。
「お前の持っている”永久の鍵”の力は、アダムの持つ神を……つまりはアダムの一部を封印することが出来る性能を持っている。ならばその力を使えば、アダムを戦うことなく封印できる可能性がある。さらに元はと言えば薫から受け取った力だ。ならば、お前の力を薫へと移してやることが出来れば……薫はより強い力を手に入れることが出来るだろう」
「で、でも、私の、力は……!」
「コロンから聞いたさ。リンクしている状態だから外すことは出来ない。だがそれは……”生きている場合”に限りだ」
「っ!!」

「本城真奈美、手荒なことはしたくない。世界のために、死んでくれるか?」

(マスター!! 彼は本気です!!)
「っ!!」
 右手に杖が握られて、全身を白いローブが覆いました。
 途端に身体から力が溢れてきます。白夜の力で全身を強化したからです。
 すぐに立ち上がり、杖の先を相手へ向けます。
「こ、来ないでください!」
「抵抗するか。それならば別に構いはしないさ」
「っ!」

 ――ライトシューター×15!!――

 私の周囲に小さな光球がいくつも浮かびます。
 その気になればいつでも、佐助さんへ向けて発射することが出来ます。
 だけど彼はまるで気にする素振りも見せないで確実に私に近づいています。
「どうした? 撃たないのか?」
「ぅぅ…!」
 たまらず、私は光球を佐助さんへ向けて放ちます。
 上下左右から襲いかかる光球を眺めながら、躱す様子はありません。
 そして―――
「え?」
 佐助さんの間近で、光球たちが一気に掻き消されてしまいました。
 目にも止まらないほどの速さで拳を振るって、襲ってきた光球をすべて壊してしまったんです。
「そんな……」
(マスター!)
 エルの必死の叫びも間に合わず、白夜の力を帯びた拳が腹部に直撃しました。
 殴られた勢いで、私はそのまま別の壁まで飛ばされてしまいます。
「はぁ…はぁ……!」
 背中を強く打ちつけられ、そのままズルズルともたれこむように床に倒れてしまいました。
(マスター! しっかりしてください!)
「うっ……」
 痛いです。
 エルが物理保護を全開にしてくれたおかげで致命傷にはなっていませんけど、痛みがあることに変わりはありません。
 薫さんも、佐助さんも、伊月さんも……みんなこんな風にたくさんの痛みと戦ってきたのでしょうか。
「そろそろ諦めてくれ。出来れば俺も、お前を苦しませたくない。永久の鍵の力は薫に有効に使ってもらう。だから……おとなしく死んでくれ」
「っ……」
 佐助さんがゆっくり近づいてきます。
 体はまだ動きます。思考もはっきりしています。
 だけどこのまま戦っても、私は……殺されてしまいます。
 水の神の事件の時に決めたんです。私は、私が笑顔でいられる世界にいたいって思えたんです。
 諦めません。絶対に……!!
「エル、聞いて……」
(マスター?)
「ひとつだけ……お願いがあります」



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 ゆっくりと進めていた歩を止める。
 佐助の視線の先には、腹部を抑えながら立ち上がる真奈美の姿があった。
 ほぼ全力で攻撃したのにたいした傷を受けていない防御力の高さもさることながら、まだ戦う気力が残っていたかと感心した。
 だが、それだけだ。状況は変わらない。まだ立てるというのなら、立てなくなるまで攻撃するだけ。気力が残っているのなら、それらすべてを消耗させるだけ。
 静かに拳に力を籠め、構える。
 真奈美は杖こそ右手に持っているものの、構えることは出来ていない。少し俯いているため表情も見えない。
 だが少なくとも、攻勢に出る準備は整っていないように見えた。


 そう―――思っていた。


「っ!?」
 視界から真奈美の姿が消える。
 同時に背後から出現する気配。
 振り向いた時には遅かった。

 白夜の力が込められた杖の先端が、すぐ目の前にあった。

 ――シューティングレイ!!――

 体全体を飲み込む光の砲撃が、直撃した。
「ぐっ!?」
 腕を交差し、白夜の力で防御力を高めて耐える。
 0距離からの強烈な攻撃は、いかに佐助といえども無視することは出来なかった。
 砲撃が止むと同時に反撃へ出る。瞬時に距離を詰め、左拳を振るう。

 ――プロテクトバインド!――

 その拳が届く前に、3重層の防御壁が立ち塞がった。
 1枚目、2枚目の防御壁は容易に突破されるも、それによって瞬間的に動きが止まった左拳に、3枚目の防御壁から飛び出してきた鎖が巻きつき縛る。
「っ!?」
 強固な防御壁と拘束技の同時使用。
 それは薫ですら為しえていない超高等技術だった。当然、コロンも真奈美に教えた記憶は無い。
 硬い鎖で腕を縛られ動きが制限された佐助へ向け、”彼女”は素早く杖を向ける。

 ――ライトシューター×60!!――

 佐助の周囲を光弾が埋め尽くし、一斉に襲い掛かる。
 光弾は接触すると同時に連鎖的に破裂し、大きな爆発を引き起こした。

 部屋に巻き起こる粉塵。
 その中から佐助は姿を現し、改めて状況を見つめた。
 粉塵によって僅かに咳き込みながらも、その体には僅かな傷しか見受けられない。
(コロン、何が起こった?)
(分からないけど、真奈美ちゃん、白夜の力の扱いが急に上手くなってるよ)
(なんだと……)
 その視線の先、杖を片手に先端を此方に向けながら睨みつけてくる。
 
『まだ倒れませんか。さすがですね』

「……その声は……まさか……!」
 彼女の口から発せられたその声で佐助とコロンは直感した。
 それは相手のここまでの反撃を納得させるものであり、それ以上に真奈美のしていることが『とんでもないこと』だという認識を得るものだった。

「自分の肉体のすべての権限を、永久の鍵の力に任せたのか!?」

『ご明察ですね。そうです。今はマスターの体を使って戦っています』
 彼女は……エルはそういって静かに微笑んだ。
 その笑みに不気味さや悪意は無く、心から安らぎを得ているような純粋な笑みだった。

 直前に真奈美がエルに頼んだこと。
 それは自分の体をすべて好きに使っていいからエルが自由に戦ってくれという内容だった。
 訓練を受けていたとはいえ真奈美の白夜の力の扱いはエルに遥かに劣る。なによりエルの指示に従いながら真奈美が行動するのでは、戦闘において致命的な遅れが生じる。
 だがエル自身が戦うことが出来れば、それらの問題すべてを解決し状況を打開できる。
 そう真奈美は考えたのだ。

「正気か……お前ら……!」

 畏怖の念を込めた佐助の言葉は、正しい。
 どんなに気を許した相手でも、たとえ家族であろうとも、自分の体すべてを他人に自由にさせることなど躊躇いが生じる。
 その逆もまた然りだ。
 それを何の躊躇もなく、平然とこなしているのだから畏怖を感じるのも当然だろう。
「佐助さん、エルは私の家族で、お姉さんで、親友なんです。エルならきっと私なんかよりもずっと上手に戦えます。私の体を悪いようにはしないです」
『マスターは私を信じて、すべてを受け止めれくれました。なによりマスターは私の主で、家族で親友で、妹のような存在です。妹に頼られて、応えない訳にはいきませんよ』
「……さっきは、何をした……?」
『簡単ですよ。高速移動によってあなたの背後に回り砲撃、その後の攻撃に対して三重層の防御壁を展開。一枚目と二枚目の防御壁には破壊されたときにチェーン・バインドを発動するように設定しました。そしてライトシューターは単体で使えば広域に等しく攻撃できますが、弾幕を集中させれば誘爆に似た形で連鎖破裂して破壊力を増すことができます』
「ずいぶんとペラペラしゃべるな。余裕ということか?」
『そんなわけありません。いくらマスターの成長が早くても、まだ私は全力の6割しか出せません。”本気”のあなたを相手にするのは厳しいと思っていますよ?』
「お前……」
『出来ればこのまま退いてください。心優しいマスターは、あなたを傷つけたくないと思っています』
「……そういうことは、俺を倒せる力があってから言うものだ」
『退くつもりはないんですね。分かりました。では、ここからは私事になりますが……マスターを傷つけて、無事に帰れると思わないでくださいね?
 笑顔でそう言った真奈美――エルは杖を構える。
 佐助も無防備な姿勢をやめて、構えた。

 空気が変わり、辺りが緊張に包まれる。

 先に動いたのは佐助だった。
 瞬時にエルの背後に回り込み、右拳を振るう。
 その攻撃がヒットした瞬間、そこにあったはずのエルの姿が霧散した。
 それどころか空振りした先に小さな光球があり、そこから小規模の光の砲撃が放たれた。
「ぐっ!」
 咄嗟に腕で防御し、一歩退く。
「幻覚か……!」

 ――ミラージュ・シリンダー――

 幻影の姿を映し、そこに攻撃してきた相手に自動反撃する魔法。
 真奈美やエルの扱う永久の鍵の力は、本質的には白夜の力と同じである。
 だが薫や伊月の扱うように、カードをかざすことでモンスターや銃などの物質を具現化させることはできない。
 その代わり、杖を使うことによって発動することが出来る。イメージの基礎となるカードは本人の自由であり、その効果も本人のイメージ次第だ。ファイアボールが炎の灯った野球ボールになる使い手もいるかもしれないし、巨大な隕石となる使い手となる場合もある。もちろん規模が大きければ力の消費は激しい。
(す、すごいねエル)
 精神世界の内側にいる真奈美から、感嘆の声が漏れた。
(この戦いをよく見ておいてください。きっとマスターなら、すぐに私と同じように力を扱えるようになります)

「調子に乗るなよ」

 佐助は辺りに現れる幻影を、片っ端から攻撃していく。
 そこからくる自動反撃が自身に大したダメージを与えないということを判断したためだ。
 エルは連続で幻影を出現させるが、それよりも佐助が幻影を破壊していくスピードの方が速い。このままではすぐに本体の自分へ攻撃が来るだろう。
『やはり、そうきますか』
(どうするのエル?)
『……どうしましょうかマスター』
(ええ!? 打つ手無しなの!?)
『とりあえず相手のユニゾンが解けるまで時間を稼ごうと思っていましたが、ミラージュ・シリンダーでは稼ぐことは出来なそうですし、そもそも相手の持続時間が分からないです。となると、相手を戦闘不能にするしかありません』
(戦闘不能って……)
『簡単なのは、相手を殺すことですが、マスターはそんな物騒なことをお望みではありませんよね』
(当たり前だよ! 他にないの? バインドで拘束して行動不能にするとか……)
『チェーン・バインドは力づくで破られてしまいますし、攻撃による足止めは効果が薄そうですね。煙幕も吹き飛ばされてしまいそうですし……』
(………………じゃあエル、こんな方法は?)
『はい?』
(あのね――――)
 真奈美からの言葉を聞き、エルは納得したような笑みを浮かべた。
『名案ですねマスター。さっそく実践しましょう。空間系の魔法は、かなり消費が激しいですが大丈夫ですか?』
(うん。エルに全部任せる)
『ありがとうございます』
 エルは杖を構え、瞬時にイメージする。
 辺りに出現していた幻影がすべて消えて、本体が露わになった。
「そこか!」
 佐助が突っ込んでくる。
 エルはタイミングを見計らい、杖を床に突き刺した。

 ――ウォーター・ワールド!!――

 次の瞬間。地下室のすべてが水で満たされた。
 突然の出来事に、佐助もコロンも動揺する。
(コロン、空気を作ってくれ!)
(うん、分かった!)
 内部にいるコロンの力で、なんとか呼吸を可能にする佐助。
 その数メートル先では、エルが勝ち誇った笑みを浮かべていた。
『地下室で助かりました。ここなら水を充満させても外へ出ることがない』
「それがどうした? 呼吸も会話も戦闘もまだできるぞ」
 水中にも関わらず佐助は勢いを失わないまま突進する。
『くっ』
 杖を前方に構えて、突進する相手の拳を受け止めた。
 後方へと身体が飛ばされるが、態勢を立て直して改めて相手を見据える。
(これでも駄目なの?)
『水で部屋を満たして戦闘力の減少を試みましたが、駄目ですね。相手の身体能力補助の調整が異常です。相手が元々、近接戦闘に長けているからというのもあるでしょうが……これではジリ貧ですね』
 水中で繰り広げられる戦闘。
 水の抵抗をほとんど感じさせずに連続で攻撃を繰り返す佐助の拳を華麗な杖さばきで何とか受け止めていく。だがやはり経験値の差であろうか……防戦一方となってしまっていた。
 たまらずエルは水の空間を解除するも、それでも不利な状況が変わるわけではない。
『……マスター、ご相談があります』
(なに?)
『相手は身体能力を増強させて戦っています。アレを殺さずに止めるには、それ以上の力で対抗するしかありません』
(っ…! それって…!)
『はい。一か八かの賭けになりますが……どうしますか?』
(…………)
 真奈美の脳裏に、以前エルと話した内容が浮かんできた。


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 訓練が終わって布団に着いた頃、今までの内容を復習しているとエルが語りかけてきた日のことだ。

『マスター、ちょうどいい機会なので、私とマスターの力について説明させていただきますね』
「うん」
『ではまず、永久の鍵の力は、白夜の力と同一であり、その扱い方も薫さんたちとほぼ同じであるということはマスターも理解していらっしゃいますよね』
「うん。私達の想いを力に変えて、具現化することが出来るんだよね」
 白夜の力も闇の力も、その源となるのは使用者の”想い”の力。
 誰かを守りたいと願う心や、倒したいという想い。それらを体力と共に力に変えることで現実に現象を呼び起こすことが出来る。
 そこに込められた想いが強ければ強いほど効果は絶大な事は言うまでもないだろう。
『はい。ですが薫さんたちと違い、私達は杖を媒介に白夜の力を使用することになります。カードを媒体に具現化をしないのでモンスターや物質の具現化は行えませんが、汎用性は高いです。そしてスターメンバーと違う点がもう1つあります』
「え?」
『マスターが白夜の力を使用するとき、杖のみを扱うデバイスモードと、私の姿……つまり魔法のローブを纏い杖を扱うユニゾンモードの2パターンあることに気づかれていましたか?』
「……そういえばそうだね。あんまり気にしていなかったけど、何か違いがあるの?」
『はい。簡単にいえば、デバイスモードは低燃費なんです。杖やローブは具現化して維持するのにも白夜の力を消費しますから』
「あれ? じゃあ、いつも杖だけ……デバイスモードならいいんじゃないんですか?」
『そうはいきません。ローブはマスターのお体をお守りするための防御魔法が編みこまれていますし、身体強化などの補助効果もあるんですよ。杖は対象物へ作用させる道具だとするなら、ローブはマスター自身へ作用させる道具だと思ってください。扱う場面を考えれば、日常生活に使う程度ならデバイスモード、誰かと戦うときならユニゾンモードといった具合ですね』
「誰かと……戦う……」
『マスターは望まないとは思いますが、闇の力が存在する以上、戦うべき時は必ず来ます。覚悟だけはしておいてください。そして最後に……もし戦いにおいてユニゾンモードでも敵わなかったとき、使える手段があります』
「え?」

『”エクセリオンモード”……全身にリミッター解除をかけた状態で戦うモードです』

「えっ!? それって、薫さんが入院した原因の……」
『そうですね。しかしこのモードは単にリミッター解除をかけるのとは少し違います。さっき言ったように私達は杖とローブを具現化して、それを媒介にして戦います。エクセリオンモードはその杖とローブにリミッター解除をかけるんです。なのでマスターへ反動がくることはありません』
「でも、言うのをためらったってことは、何かしらの代償がいるってことだよね?」
『そうですね。エクセリオンモードはマスターに著しい体力の消耗が強いてしまいます。体力を使い果たせば白夜の力は使えなくなりますし、立っているのもままならなくなるでしょう』
「…………」
『リスクは大きいですが、出力や効果範囲は桁違いになります。事実上の決戦モードですね。このエクセリオンモードはマスターが自分の意志で使ってください』



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 意識が現実へと戻ってくる。
 一撃一撃に必殺の意志が込められた拳をいなし、弾き、時には躱しながらエルは交戦を続けていた。
 身体能力に差はあれど、時折、自らの幻影も交えることで相手の目を誤魔化しているのも効いているのだろう。
『どうしますか、マスター』
 その問いかけに、真奈美は小さく答えを示した。
 エルの口元が少しだけ緩む。

 ――チェーン・バインド×3!――

 地面から魔方陣が3つ現れて、そこから伸びた白い鎖が佐助へ巻きつく。
 攻撃の手が止んだ瞬間を見計らい、エルは素早く距離を取った。
「こんなもので俺が止められると思ったか?」
 不敵に言う佐助の四肢を縛る鎖には、すでに亀裂が入っている。
 分かっている。”この程度”で止められるなんて思っていない。
 欲しかったのは時間だからだ。

『いきますよ、マスター!』
(うん!!)
 大きく息を吸い、目を閉じる。
 真奈美もエルもすべての神経を集中させ、ゆっくりと杖を前に突き出した。

『「リミットブレイク! モード――――エクセリオン!!」』
 
 二人の声が重なり、自身に内在する白夜の力を開放される。
 次の瞬間、彼女を中心に眩い白光が放たれた。
 部屋全体を覆うような眩い光に、佐助も思わず目を閉じる。
「なんだ…!?」
 やがて目を開き、彼が見たのは変化した彼女の姿だった。

 体全体を白夜の力が纏い、杖の先端は光り輝いている。
 ローブを羽織った彼女の背からは溢れ出る白夜の力が放射状に広がり、まるで光の翼を携えているような印象を受けた。

『「いきます」』

 光り輝く翼。
 それを携える彼女の姿が、佐助の視界から消える。
「っ!?」
 見えなかった。
 強化した動体視力でも捉えることのできないほどの速さだった。
(佐助、左!!)
「っ!」
 気づいた時には遅かった。
 視界すべてに広がる眩い光。
 巨大な光の砲撃が、放たれていた。
(防御力全開!!)
 攻撃に飲み込まれる直前、コロンの咄嗟の機転でまともに喰らうことは無かった。
 だが圧倒的な攻撃に佐助は為す術無く壁まで吹き飛ばされていた。
「ぐっ…ぁ…!」
 痛みが声となって溢れるが、攻撃は止まらない。

 ――ライトシューター×600!!――

 無尽蔵にも思えるほどの、大量の光弾が襲い掛かった。
 連鎖的に破裂し破壊力を増した連撃が、確実にダメージを与えていく。
「ぐぅ…!」

 ――エクストラ・バインド!!――

 攻撃によって身動きの取れない佐助の身体全体を強靭な鎖が巻きついた。その上からはゴムのような伸縮性を持つ光の縄が巻きつき、手首と足首をリング状の光輪が嵌められて空間に固定され、さらに四方を格子状の小さな檻が囲う。
「な、なんだ、これは…!?」
 動きを制限するバインドの類だと分かったが、驚かざるを得なかった。

『「チェーン・バインド、ライト・バインド、リング・バインド、クリスタル・バインド……複合四式のエクストラ・バインドですよ」』
「っ!」
 視線の先、20メートルほど離れた距離に彼女はいた。
 両手で構えられた杖の先には、膨大な光が溜まっている。
 しかしよく見れば、身に纏うローブはすでに半分消えていて、杖も柄の端から砂のように消えていっている。
 エクセリオン・モードの限界が近いという事をエルも真奈美も理解していた。
『「あまり時間がありませんので、終わりにしますね」』
「く…!」
 回避を試みようにもバインドを解くほどの余裕は無い。
 あれだけの高密度な砲撃を喰らえばただでは済まないだろう。
『「覚悟はいいですね?」』
「この…!」
 佐助は必死に動こうとするが、間に合わない。
 杖の先には光が溜まり切り、まるで星屑が集まったかのような錯覚すら受ける。
 放たれるであろうトドメの一撃。受け切れるかどうかは、佐助にもコロンにも判断が付かなかった。

『「……スターダスト・ブレ―――っ!!」』

 杖を振り下ろす寸前。
 彼女の周囲を覆っていた膨大な光が霧散した。
「…!?」
 同時に佐助を拘束していたバインドも、効果を失う。

 気付けば真奈美は、床に倒れていた。
 エクセリオン・モードの時間切れ………体力を使い果たし、手に持っていた杖も身に纏っていたローブも消えて、完全に戦闘不能となっていた。




「はぁ………っ!」
 佐助は額に汗を流しながら、呼吸を整えていた。
 ユニゾンを解除して、ゆっくりと立ち上がる。そばにはコロンが現れて、倒れた真奈美へと寄り添いに行った。
『もう、いいでしょ?』
「……ああ」
『凄かったね真奈美ちゃん……これでまだ伸びしろがあるなんて、末恐ろしいよ』
「そうだな。正直、ここまでとは……」
 深い溜息をついて、佐助は倒れた彼女へ歩み寄った。



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「う……うぅん……?」
 閉じた瞼が光を感じて、目が覚めます。
 真っ先に飛び込んできたのは木目の天井。すぐに、合宿場の寝室だとわかりました。
 体に残る気怠さ。まるで全力疾走して疲れ果ててそのまま眠ってしまい、起きても疲れが取れていないような感覚。
 おぼろげに、何があったのかを思い出していきます。
 たしか、佐助さんに襲われて……それで……エクセリオンモードを使って、それから……。
「っ! そうだ! エル!!」
 慌てて飛び起きます。
 佐助さんは永久の鍵の力を求めて私を殺そうとしました。
 ということは、目的はエルです。
 もし私が気を失っていたんだったとしたら――――!
「エル! エル! 返事して!」
 必死で呼びかけます。
 数秒経ったでしょうか、隣から、聞きなれた声が聞こえてきました。

『お呼びですかマスター?』

「……え?」
 隣から、エルの声が聞こえました。
 私の内側からじゃなくて、隣から……?
 見るとそこには、ベッドの上に広がる銀色の髪、一緒の毛布をかぶったエルがベッドに横たわっていました。
 私の手を握り、うっすらと笑みを浮かべて、こちらを優しさに満ちた青い瞳で見つめています。
「え、エル…?」
『はい。どうかされましたか?』
「なんで? エルが、隣にいるの?」
『……おそらく、エクセリオンモードが原因ですね。マスターが白夜の力を全力で使用した影響で、私が具現化できるようになったのかもしれません』
「え、あ、そ、そうなんだ……」
 具現化出来るようになったと言われ、少しだけ嬉しく感じてしまいます。
 今まで内側にしか感じられなかった存在が、こうして目の前に……しかもちゃんと触れられる実体としているのは、とても安心できます。
『マスターとこうして添い寝をすることが出来るなんて、夢のようです♪』
「う、うん…私も嬉しいよエル」
 そう答えますけど、疑問はまだあります。
 佐助さんは私達を殺そうと襲い掛かってきたのに、こうしてベッドの上で眠らされている理由が分かりません。
 気が変わった……ということなのでしょうか? それとも、もしかして最初から……?


『起きたー?』


「ひゃあっ!?」
 すぐ目の前にコロンちゃんが現れました。
 その表情は暗く、どこか申し訳なさそうです。
『良かった……起きたみたいだね。体力は消耗しちゃってるみたいだけど、無事でよかった。本当にごめん! 痛かったよね? 佐助ってば手加減を知らないから……』
「ど、どういうことですか?」
『コロンと佐助さんは、最初から私達を殺そうとは思っていなかった、ということですよマスター』
 私の疑問を解決するかのように、隣でエルがそう言いました。
『ちゃんと私とマスターに戦える力があるのかどうか……それを判断したかったということですよね?』
『うん。訓練では真奈美ちゃんは一人前に力を使えるようになったけど、実戦で使えないと意味がないから確かめたかったの。でも薫ちゃんだと本気で出来ないし、伊月君は防御が堅くないから怪我をする危険性がある。だから、防御も堅くて本気で戦える私と佐助が、真奈美ちゃんと戦って判断することにしたの』
「そんな……! でも、間違ったら死ぬかもしれなかったです!」
『そうだね。一応、私も殺さない程度に力のコントロールはしたつもり。真奈美ちゃんには、本気で戦う状況でどう対処するのかを経験してほしかったんだ。本当にごめん! あとで佐助にも謝らせるから……』
 本気で謝っているようでした。
 一歩間違えれば死んでしまうくらい激しい戦闘をして、それが訓練だったなんて信じたくありません。
 でも……きっとそうでもしないと判断できなかったのかもしれません。
「わ、分かりました……じゃあ、そういうことにしておきます」
『ありがとう。本当にごめんね。でも、本当にすごいね真奈美ちゃん。あそこまで戦えるなんて、正直思ってもみなかったよ』
「え、いや、私なんてそんな……エルが助けてくれたから……」
『マスター♪』
 嬉しそうな笑みを浮かべ、エルが手を強く握ります。
 その手を強く握り返してそれに応えます。
『エルも、初めましてだよね。改めまして、コロンです。よろしくお願いします』
『こちらこそ、エターナル・マジシャンです。よろしくお願いします』
「……ところでエル。ずっと手を繋いでいるけど……」
 意図しない形で、私はエルから手を離します。
 すると彼女の姿が光の粒子になって、霧のように消えてしまいました。
「エル!?」
(ご心配なくマスター。ちゃんといますよ)
 内側から声が聞こえます。
 よかった。いなくなったわけじゃないんですね。
 でも、これはいったい……?
(どうやらマスターと触れ合っていないと、実体化は出来ないみたいですね)
「ええ!? でも、なんで?」
(マスターが未熟だから、というのが正確な解答になると思います。もともと私はマスターと力を共有していますから、一定距離離れることは出来ないのでそれも原因だと思いますが)
「……そっか。じゃあその、実体化はどうすれば出来るの?」
(簡単です。私の姿を思い浮かべて手に白夜の力を集めればできます)
「分かった!」
 深呼吸して、エルの姿を思い浮かべながら手に力を籠めます。
 すると優しい白い光が手から溢れて、それが人型を形成し、やがてエルの姿へと変化しました。
『マスター♪』
 エルは嬉しそうに私に抱き着いてきます。
 白夜の力の持つ心地よい温かさ。本当に、エルがそこにいるのが実感できました。
 なんだか本当にお姉ちゃんができたみたいで、ちょっぴり嬉しいです。


「起きたみたいだな」


 部屋のドアが開いて、佐助さんが入ってきました。
 私とエルを見るや否や、その場で深く頭をさげます。
「……すまなかった。他にいくらでもやりようがあったのは分かっているが、この方法がベストだと判断したんだ。本当に、すまない」
『私からも謝るね。本当に、ごめん……』
「え、あの、その……」
 あの佐助さんがここまで頭を下げるなんて思ってもみませんでした。
 それほど申し訳ないことをしたって思っているんでしょう。
『マスター、どうか許してあげていただけませんか?』
「えっと、その……わ、分かりました。こ、こちらこそ、たくさん訓練に付き合ってくれて、サポートしてくれて、ありがとうございました!」
 私とエルは、自然と頭を下げていました。
 こうしてここまで白夜の力をコントロールできるようになったのも、スターの皆さんのおかげでもあります。
 今までだってたくさん助けられてきたんですから、こっちこそ感謝が足りないくらいです。

「今日をもって、合宿は終了だ。今頃、雲井には伊月が、大助と香奈には薫が訓練終了を伝えている頃だろう」
『みんな色々あったけど、最終的にはバッチリ鍛えれたからね。安心していいよ』
「そうなんですか。良かったです……」
「本城……分かっているとは思うが、アダムと戦うときにはお前たちの力が必要になってくる時がくるだろう。その時は頼んだぞ」
「は、はい!! 頑張ります!!」
「そうか……ならいい」
 佐助さんはそう言って、小さく息を吐いて部屋を出て行ってしまいました。
 振り向きざまに見えたその表情が、とても険しいものでした。
 きっと、アダムとの戦いが近づいていることを感じているんだと思います。
『マスター……』
 握った手に力が籠ります。
 エルはそんな私の手を、優しく握り返してくれました。
『大丈夫ですよマスター。きっと、うまくいきますから』
「うん、ありがとうエル」




 そして……私達の合宿は、無事に終了を迎えたのでした。




episode18――まずは簡単な自己紹介を――

 ダークとの面談を終えた後、俺は香奈と合流して本社を後にしていた。
 話を聞いてみると、香奈はどうやらスターの前リーダー、玲亜と会って決闘したらしい。
「ダークは、どんな感じだったの?」
「相変わらずって感じだったな。やっぱりまだ、世界の事を恨んでる……」
「そう……それで、決闘の方はどうだったの?」
「……負けた」
「私も負けちゃったわ。薫さんからは、合宿はちゃんと成果が見込めたからOKだって言われたけどね……」
 本社から出てすぐに、待っていたかのように薫さんが目の前に現れて合宿終了を告げられた。
 俺も香奈も決闘でどうなったかは言わなかったけれど、彼女曰く「決闘の結果がどうあれちゃんと成果が出たんだからOKだよ」ということらしい。
 ただやはり俺達としては、きちんと勝って合宿を終えたかった。

「ねぇ大助、このまま帰るのもあれだし、ちょっと付き合ってよ」

 唐突に香奈が言った。
 俺の手を引き、目的地も言わないまま街の中を進んでいく。
「急にどうしたんだよ?」
「まぁいいじゃない。とっておきの場所に行くわよ」
「はぁ?」
 だからそれはどこだよ、と言いかけて気付く。
 香奈の言う「とっておきの場所」というのが、分かったからだ。



 着いたのは星花山。
 小さな山であるため、よく小さな子供たちが遠足などで登ってくることもしばしばだ。
 ここにやってくるのは夏休み以来……香奈が先導となって生い茂る草をかき分けて進む。 
 そして、それらが一気にひらけた場所が現れた。
 草の絨毯が敷かれていて、ちょうど誰かが座れるように切り株が一つ。周りを木が囲んでいて、広さは学校のグラウンドくらいで、かるい傾斜がある。ここから見える空は本当に綺麗だと香奈が言っていたのを思い出した。
「ん〜、やっぱり春も近づいてるから居心地がいいわね」
「ここに来るのも久しぶりな気がするな」
「夏休みに私がここに来た時以来よね……あの時、大助に抱きしめられたんだっけ」
「あ、あの時は、お前がどっか行っちゃいそうだったからつい……」
「ふふっ、なに恥ずかしがってんのよ」
 振り向き様に笑いながら、香奈は草地の腰を下ろした。
 つられるように俺もその隣へ腰を下ろす。
「ねぇ、大助」
 右肩に重みを感じた。
 香奈が寄りかかっていることは見なくても分かった。
「なんだ?」
「あの時、大助は私が傍にいてもいいって言ってくれたわよね。ここでだけじゃない……牙炎の事件のときだって、大助は私と一緒にいたいって言ってくれたわよね」
「ああ」
「私ね……今だから言うけど、すっごく嬉しかったのよ?」
「それは何となく察してた。お前、顔に出やすいし」
「えっ、そうだったの?」
「今更かよ……」
 自然と笑みが浮かんでしまう。
 横に視線をやれば香奈も笑っていることが分かった。
「ねぇ大助……もし、もしよ…? 私が事故に遭ったり、病気で死んじゃったりしたら……大助は世界を滅ぼそうとか思う?」
「………あんまり考えたくないな。でも、多分だけど、滅ぼそうとは思わない」
「良かった」
「香奈は……俺がいなくなったら、どうするんだ?」
「知らないわよ。すでに2回くらい最悪な気分を味わってるんだから……」
 2回とは、闇の神に俺が消された時、牙炎の事件で俺が死んだと伝えられた時の事を言っているのだろう。
 今思い返しても、当時の香奈の気持ちを考えるとやるせなくなってくる。
「まず間違いなく泣くわ。それで塞ぎこんで、泣いて泣いて……何度も大助の名前を呼ぶのよ。でも雫や真奈美ちゃんが遊びに来てくれて……励ましてくれて……色々あってようやく立ち上がって、お墓参りにいくわ」
「なんかかなり具体的で辛いな」
「半分、実体験だからね。そりゃリアリティも出るわよ」
「……ごめんな」
「何に対して謝ってるの? 私に最悪な気分を味あわせたこと? それとも別の?」
「多分、全部だと思う。ダークの事件の時も、牙炎の事件の時も、学校での事件だって、結局は香奈に心配をかけた。何度も何度も注意されたのに……それでも治らなくて……」
 ここに来るまで言葉をまとめておいたはずなのに、うまく言えない。
 香奈は何も言わずに言葉の続きを待っていてくれる。
「俺は香奈に心配かけて、助けられてばかりで、何度も香奈を泣かせた……俺はこれからも無茶をすると思う。だけどそれは、自分を大切にしていないとかそういうのじゃないんだ。結果として、そうなってるだけで……困難にぶつかったときに、俺は諦めないで戦おうとする癖がある。どんなに絶望的でも、方法が無くても、諦めて下を向くことだけはしたくない。最後まで諦めずにあがき続けたいんだ。だから……ごめん」
 自分でも、どうしてこうなってしまったのかはよく分からない。多分、幼いころに親父から言われた言葉が胸に刻みつけられているんだと思う。
 ここから見える香奈の拳が、固く握られている。
 視線をあげたら、どんな表情をしているかが分かるのに……見ることが怖かった。


「なんだ、そんなことわざわざ言いたかったの?」


「え?」
 予想もしてなかった言葉に、思わず顔をあげる。
 香奈は笑っていた。優しさに満ちた、可愛い笑顔だった。
「あんたが散々無茶してきた理由が分かってないとでも思ったわけ? ずっと大助のそばにいるんだから、気づかない訳ないでしょ。ホント、損な性格よね。でもね大助、あんたが私に言ってくれたのよ。私は、私のままでいていいんだって。だから大助も、大助のままでいいのよ」
「香奈……」
「あんたが無茶したら、私が何度だって怒ってあげるし支えてあげるわ。もし大助が私に心配をかけることに負い目みたいなものを感じていたならお門違いよ。代わりに私が間違えそうになったらちゃんと止めてよね」
「お前を止められるか、自信が無いな」
「なにそれ、酷いわよ。でも大助がちゃーんと反省してるってことが分かったから、それはよかったわ」
「……ありがとう」
「どうしたしまして」
 寄りかかっていた香奈の左手が、俺の右手と重なった。
 互いのぬくもりが伝わり、自然と指が絡んでいく。

「……あったかい」
「……そうだな」

 たったそれだけ。
 手を繋いだまま、俺と香奈はしばらく言葉を発さなかった。
 いや、言葉が無くても十分だったと言った方が正しいだろう。親指や人差し指、絡めた指先に力を籠めたり緩めたりするだけでなんだか楽しかった。温かな風が吹く中、二人きりの空間が心地いい。 
 しばらく合宿で、二人きりになれる機会が少なかったから余計に楽しく感じるのかもしれない。
 普段はたまにはこうして二人でゆっくりするのもいいかもしれないな。
 俺も身体を傾けて、香奈に身体を預けるように凭れ掛かった。
「……大助、ちょっと重い……」
「どこうか?」
「ううん、このままがいい……」
 文句を言ったようにも聞こえたが、その表情を見ればそんな意図は無かったのだと分かってしまう。
 繋いだ手の力が強くなれば、同じように握り返してやった。




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『〜♪〜〜♪』
「ご機嫌だねエル」
 合宿を終えてスターの皆さんや雲井君と別れた後、私はエルと一緒に街中を歩いていました。
 隣で鼻歌を歌いながら足取り軽く、エルは私の手を強く握っています。
 訓練のおかげで前より白夜の力の扱いがかなり上手になった自覚があります。なにより、こうしてエルをみんなの目にも見えるように実体化出来るようになれたことがとても嬉しいです。
 だけどまだ慣れていないせいか、私の体のどこかに触れていないとエルは実体として姿を現せないことが分かりました。
 街中で誰かと手を繋ぐのは少し恥ずかしいですけど、こんなに上機嫌なエルは初めて見たような気がします。
「合宿場を出てから、ずっとそんな感じだよ」
『だって、こうしてマスターと手を繋いでデートできているんですよ♪ 嬉しくないはずがありません♪』
 眩しい笑顔でエルはそう言いました。
 こうして実体化している間も感覚は共有しているらしいですけど思っている事は伝わらないらしいです。
 もっと練習すれば感覚共有もオフに出来るらしいですけど、まだ私にはできません。
「ごめんねエル。私の力不足で……」
『いいえマスター♪ お気になさらず♪ むしろずっとこのままでも私は大丈夫です♪』
「そ、そう?」
 太陽のように晴れやかな笑顔で、エルは手を強く握ります。
 彼女の服装はいつもの魔法のローブではありません。私の服装をトレースして、エルのサイズに合わせたものを着ています。エルの身長は私よりも10センチほど高くて、持ってきた服の中で合うサイズが無かったんです。
 一応、色は変えてありますけど服装はまったく一緒です。俗にいうペアルックというものです。
『こうして並んで歩いていると、私達は姉妹に見えてしまうのでしょうか』
「そうかもね。やっぱりエルの方がお姉ちゃんに見えるのかな?」
『ふふっ、試しにお姉ちゃんって呼んでみますか?』
「あはは、さすがにそんな年じゃないよー」
『むぅ…そうですか……』
 あからさまにがっかりして、エルは小さく溜息をつきました。
 ちょっと悪い事をしちゃったかなと思いましたけど、誰かに聞かれたら恥ずかしいですし。
『ところで、今日はどちらへ行かれるんですか?』
「うん。霊使い喫茶だよ。エルのことを実体化させることが出来たし、まずは雫ちゃんにエルのことを紹介しようと思ってね。さっき電話したら暇みたいだから、ちょうどいいかなって」
『そうですか。マスターと私の関係を明らかにしてしまわれるのですね。ありがとうございます♪』
「う、うん? とにかく行こっか。あ、それと、改めて確認だけど、街中で杖を具現化するのは禁止ね」
『もちろんです』
 こうして会話をしているうちに、私たちは霊使い喫茶に着いていました。
 デコレーション豊富な看板に可愛いイラストの女の子がたくさん描かれています。
 オープンしてから人気があって、一時期はテレビの取材も来たことがあるくらいです。
 初めてここに来たときはその異質さに驚いてしまいましたけど、慣れてみると可愛い喫茶店に思えてきます。

 カランカラン♪

「「「いらっしゃいませ〜♪」」」

 小気味いいベルの音と共に、従業員の皆さんが出迎えてくれました。
 その中には光霊使い−ライナのコスプレをした雫ちゃんの姿もありました。
「あ、真奈美! いらっしゃい!」
「雫ちゃん、お疲れ様です。お邪魔じゃなかったですか?」
「ううん。ピークも過ぎたし、この時間帯はお客さんもあんまり来ないから大丈夫だよ。それより真奈美、そちらの方は初めて見るけど……」
「はい。今から紹介します。えっと、空いてる席は……」
「それならあたしがちゃーんと席予約しておいたから大丈夫だよ。ほら、こっちこっち♪」
 雫ちゃんが私の左手を引いて、案内してくれました。
 彼女の言うとおり、今の時間帯は私達以外のお客さんがほとんどいません。
 これなら心置きなく、雫ちゃんに事情を説明できます。

 私とエルは隣同士で座り、対面に雫ちゃんが座ります。
 それにしても、雫ちゃんのコスプレは何度見ても完成度が高いです。本当にライナと対面しているような気分になってしまいます。
「それで、そちらの方は?」
「はい。彼女は――――」
『初めまして雨宮雫さん。私の名前はエル。マスター―――いえ、真奈美の恋人です
「……………」
 ………あれ? ちょっとエル、何を言っているの!?
「え?」
 あまりに衝撃の発言で、雫ちゃんが固まってしまっています。
 それなのにエルは憎らしいくらいの笑顔です。
「え、えっと、真奈美?」
「ち、違うんです雫ちゃん! これはエルの冗談で―――」
『冗談ではありません。私と真奈美は文字通り”一心同体”。感覚すら共有できるほど、親しい間柄です。それにこうしてずっと手を繋いでいるのが何よりの証拠ですよ』
 繋いだ手を見せつけるように机の上に置いて、エルはなぜか誇らしげな笑みを浮かべています。
 それを見て雫ちゃんも顎に手を当てて、私とエルを交互に見つめます。
「たしかに、お店に来てからずっと手を繋いでるよね。もしかして外でもずっと繋いでたの?」
「え、いやこれは――」
『そうなんです雫さん。それにこの服装をよく見てください。真奈美とお揃いです。ペアルックですよ♪』
「た、確かに!」
「違うんです! これには事情があって仕方ないことなんです! エルも誤解を生むようなこと言わないでください!」
 このまま放っておいたら取り返しのつかないことになりそうなので、急いで事情を説明します。
 雫ちゃんは香奈ちゃんと同じように水の神の事件に関わっていたので、説明はしやすかったです。
 説明の途中でエルが何度もちょっかいを出してきましたけど、無視して続けました。


「……ということなんです。エルはこうやって手を繋いでいないと、姿を維持できないんです」
「ふーん、前に会ったコロンって妖精みたいな感じ?」
 水の神の事件で事情聴取のためにスターに招かれた雫ちゃんはコロンのことを知っていました。
 おかげでエルのことも、なんとか理解してくれたみたいです。
「ごめんなさい。今まで秘密にしてしまって……ちゃんと話さないといけないと思っていたんですけど……」
「いいよいいよ♪ 香奈と違って真奈美はこうやってあたしに打ち明けてくれたし。魔法使いになるっていう夢が叶って良かったじゃん♪」
「もう、からかわないでくださいよ雫ちゃん」
 笑いあう私達。
 最初の変な空気は、もう無くなっていました。
『………』
 繋いだ右手が痛いくらい強く握られました。
 隣でエルが頬を膨らませています。
 もしかして、嫉妬してる?
「じゃあさじゃあさ、真奈美は変身したり空とか飛べちゃったりするの?」
「えっと、変身は出来ますけど、空はまだ飛べないです」
「マジで!? じゃあ今度、変身するの見せてよ! それでそれで―――」

 ギュウゥゥゥl!!
 
「痛たたたたた!! エル! 痛いよ!?」
 さらに強く握られて、痛みが増しました。
 エルは相変わらず笑顔を取り繕っていますけど、すごく不機嫌になっているのが分かります。

『雫さん、この際ですけどはっきりさせておきたいと思います』

「え、エル?」
『前々からマスターの内側で拝見させていただきましたけど、雫さんは”わ・た・し”のマスターに少し馴れ馴れしくありませんか?』
「そうかなぁ?」
『そうです! 特に雫さんは酷いです。マスターの体に頻繁に触れるし、胸だって何度も揉みしだいて……! 確かにあなたはマスターの命の恩人に等しいですけど、マスターのことを一番に考えているのは私です。その私を差し置いてマスターとイチャイチャイチャイチャイチャイチャして……!!』
「いや、あれはその、スキンシップっていうか……」
 怖いです。
 表情は笑っているのに、発せられる言葉は怒りに満ちています。
 ここが喫茶店じゃなかったら、雫ちゃんに襲い掛かっていたかもしれません。
「確かに真奈美にはスキンシップが過ぎたかもしれないけどさ、別に女の子同士なんだからいいじゃん。それにさっきの話を聞く限り、エルさんは真奈美とずっといるんでしょ? だったらちょっとくらい、いいじゃん」
『たしかに私はマスターとずっと一緒にいますけど……』
「いいなぁ。真奈美と一緒に寝放題じゃん。真奈美はあったかくて抱き枕みたいだし、快適な睡眠できそう」
「雫ちゃん、私のことを睡眠グッズとしてしか見てないんですか?」
「いやいやそうじゃなくて、いつも真奈美と一緒にいるんだからあたし以上に真奈美を好き放題にできるじゃんって言いたいの!」
『マスターを…好き放題に……?』

 あれ? なんか話がおかしな方向に進んでいるような……?

「そうそう。それに真奈美もいけないと思うなぁ。話を聞く限り、エルさんは真奈美のことをずっと守ってきたんだよ? それなのに真奈美が素っ気ないから、エルさんがこうやってあたしに文句言ってきたんじゃないの?」
「そ、そうでしょうか?」
 確かに、雫ちゃんの言う通りなのかもしれません。
 エルはずっと私のことを守ってくれました。こうやって実体化できる前も、日常生活でサポートしてくれていました。そんな彼女に、私は何かしてあげられていたのでしょうか? 考えてみれば何も恩返し出来ていません。それどころか街中で杖を出さないようにとか、不自由を強いてきてしまっていました。
 うぅ、考えれば考えるほど罪悪感が生まれてしまいます。
『マスターは気に病む必要はないんですよ?』
「そうやってエルさんも甘やかせるから、真奈美も甘えてそれでいいんだって思うんじゃん! ちゃんと言う時は言わないと駄目だよ!」
『で、でもぉ……』
「……雫ちゃんの言う通りです。私はエルのこと、全然考えてなかった……これからはきちんと考えるようにするね。だからエルも、雫ちゃんのことは大目にみてあげてくれない?」
『マスター♪ 分かりました!』
「えぇぇぇ、切り替え早ーい」
 喜怒哀楽の激しいエルの姿に、さすがに雫ちゃんも苦笑を浮かべていました。




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『まったく、相手の意図に気づくことも出来んとは…』
「うるせぇよ。まさか時間稼ぎしてくるなんて発想が無かったんだ」
 子犬モードのライガーと共にバスを降りる。
 星花町に到着し、合宿の内容を振り返りながら俺達は歩いていた。
 結局、伊月との決闘は相手のサレンダーで幕を閉じた。光の護封剣とか悪夢の鉄檻とか、散々時間を稼がれた挙句サレンダーされて終わっちまった。
 俺の力を測るというよりは、本城さんと佐助さんの戦いの邪魔をさせないことが目的だったらしい。
 まんまと伊月師匠の策略に嵌っちまったってわけだ。
「てめぇは気づいてたんだろ? なんで教えてくれなかったんだよ?」
『あそこで我が教えるメリットが無かっただけだ。仮に決闘を打ち切って加勢に向かったところで力になれたかどうかは怪しいからな。貴様はあの佐助とかいう男と本気で戦えると思うのか?』
「知らねぇよ。佐助さんの戦いを見たこともねぇし」
『まったく……スターの幹部で、戦闘における最高戦力だぞ。我の力を宿したところで、いいところ相討ちが山だろう。仮にも主である貴様に死なれては困るからな』
「なんだよ、心配してくれてんのか?」
『調子に乗るな小僧』
 ため息交じりにライガーが一足先を歩く。
 口は悪いが、なんだかんだで俺の心配もしてくれているのは分かっているつもりだ。
 伊達に半年近く一緒にいるわけじゃない。
「なぁライガー……」
『なんだ?』
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど、聞いていいか?」
『随分と遠回しな言い方だな。我にいちいち確認を求めてくるような性格ではあるまい』

「アダムとの戦いが終わったら、てめぇはどうなるんだ?」

『……ほう、まさか貴様からそんな台詞が来るとは思わなかったぞ』
「誤魔化すんじゃねぇよ。てめぇはアダムから生まれた存在なんだろ? もし俺達がアダムに勝ったら、お前も消えちまうんじゃねぇのか?」
『くだらん質問だな。そんなことを聞いてどうするつもりだ?』
「いいからさっさと答えやがれ!」
『……結論から言えば、問題は無い。あのコロンとかいう生意気な妖精がいただろう? あれも光の神の力でこの世に残っている。我も同じように、どんな結果になろうとこの世に残るに違いないさ』
「本当か?」
『嘘を言ってどうする。それより自分自身の心配をした方がいいのではないか? イブが目覚めたことで、アダムも本格的に動き出すだろう。いくら我が傍にいるとはいえ貴様はただの人間だ。たとえ闇の力を宿すようになったとはいっても、貴様自身は脆弱な人間であることは無い』
 脳裏に、今まで戦ってきた敵の姿が思い浮かぶ。
 どいつもこいつも簡単に勝てた相手なんて一人もいなかった。
 正直な話、ここまで無事に勝ててきたことすら奇跡のようにも思える。
「ライガー、てめぇは知ってるんじゃねぇのか? アダムがどんなデッキを使うのか……」
『あいにくだが我も知らん。アダムの使う力については、我にも想像がつかない』
「じゃあなんで、俺達が勝てないって簡単に言えんだよ」
『……それも分からん。なんとなくそう思ったから言っただけだ。アダムがどんなデッキを使うか、どんな能力を持っているのか、その目的すらも分からん』
「………」
 てっきりスターがあの場にいたから言わなかっただけだと思ったのに、どうやらライガーは本当に知らないらしい。
 誤魔化したり、嘘を言っているような感じもしない。
『……死ぬなよ小僧』
「あ?」
『貴様は、我を真正面から打ち破った初めての人間だ。そんな貴様に死なれると我も退屈だからな』
「なんだよ、やっぱ心配してくれてんじゃねぇか」
『どう思うかは貴様の勝手だ。さぁ、さっさと家に帰るぞ』
 こっちに1度も振り返ることも無くライガーは先を進む。
 表情は全く見えないが、どんな表情をしているのか分かる気がする。
『どうした、さっさと行くぞ』
「ああ、分かったぜ」
 足早に帰路につくライガーに追い付くように、俺も脚を速めた。



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「「「「『かんぱーい!!』」」」」
 大助たちが去った合宿場、そのリビングで薫たちスターの面々は軽い打ち上げを行っていた。
 ちょうど麗花もやってきて飲み物類も充実し、打ち上げパーティーをすることになったのである。
「麗花ちゃんありがとうね」
「いやぁ、私としては弘伸の様子を見にきただけだったんだけど、ちょうどよかったよ」
「おやおや、スーパーであれやこれやと買っていたのは麗花だったではありませんか」
「もうっ! それは言わない約束だったでしょ!」
 二人のやり取りを見ながら薫は笑う。
 しばらく仕事で忙しくて会えていなかった親友の姿も見れたことの安心感もあるかもしれない。
『いやぁ、色々と大変だったけどなんとか乗り切ったね〜』
「ああ。1週間という短い期間だが十分な成果は出たと思うぞ」
『真奈美ちゃんの件で薫ちゃんにすごく叱られたけどねー』
「だって二人とも方法が乱暴すぎるよ! もし大怪我したら大変だったんだよっ!」
「まぁまぁ薫ってば落ち着いて。結果的に無事に終わったんだからそんなに責めないであげてよ」
「もう……あとでもう1回説教だからね」
 頬を膨らませながらコップのジュースを飲む薫に、横から麗花が新たに飲み物を注ぐ。
「彼らの成長は目を見張るものがありましたしね。僕達としても、参考になる場面は多かったです」
「そうだな。特に雲井と本城の伸び幅が良かった」
『だねー、でも大助と香奈ちゃんもかなり実力が上がったんじゃない?』
「あの二人は今までの戦いの経験値もあったからな。雲井や本城に比べれば大きく成長はしなかったかもしれんが、それでも十分だろう」
「僕としては、あの4人をスターのメンバーに加えてしまった方が何かと都合がいいのではないかと思うんですがね?」
「それは、駄目、だよ。あの4人は、まだ、ひっく、高校生なんだから」
「ん?」
 口調に違和感を感じ、佐助は薫の方へ視線をやった。
 ちょうど手に持ったコップの飲み物が空になっている。
 その表情はほんのりと赤く染まり、瞳もとろんとしている。
「「『!?』」」
 佐助、伊月、コロンは戦慄した。
 その横では麗花が逃げるようにキッチンの端へと移動する。

「さーすけーさーん♪」

「っ!?」
 ゆらりと動く視線、薫が凭れ掛かるように佐助に抱きついた。
 普段から考えられないくらいの甘いトーンと、突拍子もない行動に全員が困惑する。
「えへへ、佐助さーん♪」
 まるで猫のように頬を摺り寄せる彼女を引きはがそうとするが、身体強化を使っているのかびくともしない。
 傍で感じる吐息からは仄かな酒の匂いがした。
「か、薫! 離れろ!」
「やーだぁ♪ この方がいーい♪」
「誰だぁ!? 薫に酒を飲ませた奴はぁ!?」
 犯人はキッチンの端で、携帯カメラで撮影をして楽しそうに笑っている。
 必要以上に密着しようとする薫さんを、佐助さんは力づくで引きはがそうとする。
 だが女性相手に本気をだすわけにもいかないのだろうか、完全に引きはがすことは出来ないでいた。
「いいぞー薫! そのまま押せー!!」
「麗花ぁぁぁ!! お前わざとだろう!!」
「いやー、薫ちゃんが酒弱いのを知ってて見張ってなかった佐助さんの責任だと思うな♪」
「い、伊月! 助けろ!!」
「助けたいのは山々なんですがね……」
 苦笑を浮かべる伊月は、すでにその身体を柱に縛り付けられていた。
 コロンも空中に創られた立方体の中に囚われている。

 ここだけの話なのだが、薫は酒に弱い。
 その癖、酔うと誰かに抱きつくようになってしまう。普段は表に出せない感情も、堪えることなく吐き出されてしまうのだ。
 もちろん、麗花はそれを知っているからこそ薫のコップにカクテルを注いでおいたわけだが……。

『もう、なんで薫ちゃん、こういう時に限って硬いバインド作るの……』
「僕の方も、外すのに少し時間を要しますね」
「えへへ、これで邪魔が入らなくなったよ佐助さん♪ はい、ちゅー♪」
「よせっ薫っ!」
 無理やりにでも唇を寄せようとする彼女をギリギリのところで抑えつけながら佐助は叫ぶ。
「いいぞ薫! そのままそのまま!」
「貴様ぁ!! あとで覚えてろよぉ!!」






 騒ぎから20分後、薫は机にソファの上で眠らされていた。
 コロンが毛布を掛けながら傍で面倒を見て、机では伊月と佐助、麗花が酒を酌み交わしている。
「いやぁ、惜しかったなぁ。結局ほっぺにしかチューできなかったもんねー」
「貴様……本気で怒るぞ……」
 げんなりとしながら佐助は項垂れる。
 そんな彼の様子を見ながら、他の2人は笑みを浮かべた。
「薫さんも疲れが溜まっていたのでしょう。ストレス発散には良かったのではないですか?」
「そうそう、彼女はスターのリーダーで、我々の切り札ですよ♪ そんな彼女の望むことくらい叶えてあげればよかったのにぃ♪」
「それとこれとは話が別だ……」
 差し出したお猪口に、伊月が冷酒を注ぐ。
 それを一口飲みながら、再び佐助は溜息をついた。
「もうすぐ決戦、始まるんでしょ? 正直な話、勝率はいかほどなの?」
「僕としては、五分五分というところですかね。僕達も日々成長していますが、肝心のアダムの情報は無いですから」
「そうだな。いくつか作戦は立てたし本社からの協力も得ているが、それでも勝てる見込みは薄い」
「なるほどねぇ、弘伸に頼まれて調査はしてみたけど、全然情報掴めないし……まぁ闇の力に関連することなんて最初から全然情報の仕入れが無かったんだけどさぁ……」
「あまり言いたくはありませんが、出たとこ勝負になりそうですね」
 苦笑を浮かべながら伊月は溜息をついた。
「そのための合宿だったんだ。アダムがどんな闇の世界を使ってくるか分からない以上、色々と試行錯誤して決闘の経験値を稼いだ。大助たちの決闘データも色々と検証したしな」
「成程ねー。高校生たちを鍛えるついでに決闘のデータを集めてたってわけだ。強かだねぇ〜」
「何とでも言え。決闘が出来ない俺に出来ることは、この程度だ」
「確かに。でも佐助君は情報網とか、肉弾戦闘とかで大活躍してるじゃん」
「喧嘩が得意で、それをコロンに補助してもらっているだけだ。それを役に立つとは言い難いと思うがな?」
「そう? 弘伸みたいに喧嘩強くないのに比べたらだいぶいいと思うんだけどなぁ」
「痛いところを突いてきますね」
「ふん、仕事だからって彼女を放ったらかしにしてる弘伸にはいいお灸だよ。それにほら、よくあるじゃん。ここは俺に任せて先に行け、的な台詞。喧嘩が強いと、ああいうの言いやすいでしょ?」
「……俺はあまりその台詞は好きじゃない」
「どして? 佐助君なら好きだと思ってたのに……」
「勝手なイメージを押し付けるな」
「ねぇ、なんでなんで? なんか理由でもあるの?」
「……自分が戦いの場を引き受けて、味方を先に進ませる……それは裏を返せば、味方に他の敵を任せたと言っていることと同義だ。当然、先にはより強敵が待ち受けているだろう。それを『自分に任せて先に行け』なんて言葉で、強敵との戦闘を回避しているのが気に食わないだけだ」
「ふーん、まぁ佐助君なら、一人で相手を全滅しちゃえそうだし……そういう台詞を言う機会もないか」

「……だが……」

「ほえ?」
「万が一、誰かに戦いを託さなければならなくなったなら、俺も言ってみたい台詞ではあるがな」
「うわぁ〜、なにその余裕。なんか腹立つんですけど……」
 笑いあうスターの面々を見ながら、コロンは眠る薫の頭を静かに撫でた。
『薫ちゃん……頑張ろうね……』
 そっと囁く声に応えるように、薫は静かに笑みを浮かべていた。






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 大助達やスターの面々がそれぞれの日常を過ごした3日後、遊戯王本社はいつも通り運営を開始していた。
 基本的に本社は午前9時からオープンとなり、そこには各業界の役人、社員たちが多く出入りしている。
 スーツ、白衣、各々が仕事服に身を包む中、悠然とその中心を歩く『少年』がいた。

 『少年』は普通に歩いて、会社の窓口にやってくる。
 受付には容姿の整った3人の女性が座っていた。
 今日もいつも通り、受け答えをして過ごすつもりだった。

『ねぇねぇお姉さんお姉さん♪』

 呼びかけられた声に、背筋が凍りつくような感覚がした。
 思わず立ち上がってしまうが、目の前にいる『少年』を見ればそれが勘違いだったのだろうと思ってしまう。
「あ、あら坊や、どうしたの?」
『うん♪ お姉さん達に聞きたいことがあって来たんだ♪』
「なにかな?」
『あのね、ボク、この会社を乗っ取りたいんだけど、どうすればいいのかな? 社長さんに直接訴えればいいのかな?』
 その言葉を聞いて、思わず3人は笑ってしまった。
 幼い子供らしい、純粋無垢な妄言だと思ったからだ。

 だが、それは間違いだった。
 純粋無垢な事には違いないが、妄言では無かったからだ。

「あのね坊や、そういう物騒なことは考えちゃ駄目なんだよ?」
「そうそう、君がもっと大きくなって偉くなってから考えようね」
「さて、お話は終わりかな? そうだ坊や、お名前は?」

『あっ、ごめんごめん♪ まずは簡単な自己紹介からだよね♪』

 無邪気に笑う『存在』は、漆黒の衣を翻して丁寧に頭を下げる。
 その次の言葉を聞いて、受付嬢の3人から、笑顔が消えた。



『ボクの名前はアダム。世界を滅ぼす手始めに、この遊戯王本社を乗っ取りに来たよ♪』




episode19――決戦の始まり――

 遊戯王本社全体に、緊急警報が鳴り響いた。
 滅多に鳴ることのないその音を聞き、職員全員が異常事態だという事に気づく。
『あーあ、やっぱり警報機鳴らされちゃったよねー』
「っ……!」
『ははっ♪ そんなに怯えた表情をしないでよ♪ ボクはこれでも女の人には優しいんだよ?』
 恐怖に慄く3人の受付嬢を見下ろしながらアダムは笑う。
 周囲にいる人間達も、受付で何かが起こっていることは分かるが、動けないでいた。

 なぜならアダムのすぐそばで、屈強な警備員達がすでに薙ぎ倒されていたからだ。

 受付嬢の悲鳴を聞くや否や、異変を察知した警備員達がアダムを取り押さえにかかったのだが一瞬のうちに倒されていた。
 常人の目には見えぬほどの速さに、周囲にいた者達も戦慄してしまったのだ。
「お、お願い、助けて……」
『だからね、危害を加えるつもりは無いよ。むしろ警報機鳴らしてくれてありがとうって感じかな? だから貴方達には、これをあげるね♪』
 アダムは掌の上で3枚のカードを握りしめる。
 紙だった筈の物が3つの黒い結晶へと変わると、それらを受付嬢たちへ放り投げる。
「ひっ!」
「な、なにっ!?」
 闇の結晶は女性達の前に浮かぶと、漆黒の光を放ち受付嬢たちを包み込んでいく。
 悲鳴をあげる暇も無くその全身を闇が侵食しつくした頃、現れたのは3体のモンスターだった。


 ハーピィ・レディ1 風属性/星4/攻1300/守1400
 【鳥獣族・効果】
 このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。


 ハーピィ・レディ2 風属性/星4/攻1300/守1400
 【鳥獣族・効果】
 このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
 このモンスターが戦闘によって破壊した
 リバース効果モンスターの効果は無効化される。


 ハーピィ・レディ3 風属性/星4/攻1300/守1400
 【鳥獣族・効果】
 このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
 このカードと戦闘を行った相手モンスターは、
 相手ターンで数えて2ターンの間攻撃宣言ができなくなる。


『キシャァァ』
『カァァ』
『ウゥァァ』
 そこから発せられた声は最早、人の物とは思えなかった。
 モンスターと化した3人を見つめながらアダムは笑う。
『さてさて、検証するのは初めてだったけど概ね成功かな♪ さぁ外に出て色んな人を襲っておいで♪』
 アダムの言葉を受けて、3体のモンスターが翼を広げて飛び立った。
 繰り広げられる異常な光景に、動けないでいた職員たちも事態の深刻さを改めて実感する。
『よし、次は君達だね♪ パレードを賑やかにする一員になってもらうよ♪』



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 異変に気付いたのは佐助だった。
 いつものようにパソコンの画面を通じて調査をしていたところ、途方もない闇の力が出現したことが分かった。
 しかもその場所は《遊戯王本社》。スターやその他多くの組織をまとめる拠点となるところだ。一般向けの開放区もあることから基本的に警備は手薄だ。中に入ることは簡単にできるが、深部に入るのはどんな腕利きであろうと難しいはず。
 だが……検出された闇の力は異常だった。
 示された数値を数えるのも馬鹿らしくなるほどの巨大な力。
 以前に星花高校で検出された際のものと同じ……いや、それ以上のものだった。
「まさか、この反応は……」
『考えたくないけど……アダムが本社にってこと?』
「く……まさかよりによって……」
 冷や汗が額を流れるも、同時に佐助はどこか安心している部分もあった。
 警備が薄いとはいえ、本社には腕利きの決闘者も多く存在する。薫と同程度の実力を持っている者も多数いるため、迎え撃つにはうってつけの場所と言えるだろう。ましてや本社はここから車で1時間もかからない。スターのメンバーを集めてすぐに向かうことだって出来るのだ。
「コロン、本社への回線は生きているか?」
『うん! まだ陥落はしてな―――って、ちょっとまって! 本社から新しく3つの闇の力が出てきてる!』
「なんだと!?」
『え…嘘………また新しく、4つ……5つ……どんどん新しい闇の力が出てきて、街の色んなところに向かってる! どの闇の力も弱いけど数が急速に増えてるよ!!』
 佐助は奥歯を噛み締めながらも、対処を考える。
 理由は分からないが、アダムが出現してから、本社を起点に幾多もの闇の力を持った者が外に排出されている。
 それらを対処しなければならないのは事実だが……アダムも放っておくことは出来ない。
『佐助、どうする?』
「……とにかくこれはスターだけじゃ対処できない。大助達もここに呼んで対処を考えた方がいい。全員に連絡をしてくれ」
『分かった!』
 大きく頷いて、コロンはその場から姿を消した。
 佐助も携帯を取り出して、薫と伊月に連絡を取る。
≪もしもし佐助さん、どうかしたの?≫
「薫か、今すぐ家に来て――」
≪え、ちょ―――なに―ザザッ―聞こ―――ない≫
「!?」
 通話が繋がらない。
 よく見れば電波が何かに妨害されているようだった。
『佐助、駄目だよ。伊月君と連絡が取れない!』
「そうか」
 通信機器が使えなくなってきていることも、偶然ではないのだろう。
 それらを司る機関にもアダムの手が伸びているという事だろうか。
「ここまで急速に動き出すとは思わなかった」
『どうする? みんなを探しに行く?』
「……いや、俺達はここを動かない方がいいだろう。薫や伊月だけじゃなく、大助たちも異変に気づけばここにやってくるはずだ。行き違いになってもまずいだろう」
『そっか。じゃあ私達はここで、今後の作戦を考えておかないとだね』
「そうだな」



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「それで? 大助はこういうのどう思うわけよ?」
「はい?」
 合宿が終わって三日後。
 俺は香奈に連れられて、霊使い喫茶にやってきていた。
 行先も告げられないままここに連れられて、様々なコスプレをした従業員に「いらっしゃいませご主人様、お嬢様♪」と迎え入れられて席に案内された。
 最初は何かの冗談かと思ったのだが、隣に≪光霊使い−ライナ≫の格好をした雨宮までやってきて向かい合う形で座らされている。
「えーっと、もう1回言ってくれるか?」
「だ、だから、大助はこういう格好どう思うのかって聞いてんのよ!」
 雨宮の隣で≪火霊使い−ヒータ≫の格好をした香奈が顔を紅くしながら問いただしてくる。
 学校での制服姿や、デートの際にオシャレな服を着てくるのとはまた違って、似合っているように感じる。
「可愛いと思うぞ?」
「そ、そう……」
「良かったねー香奈。中岸はこういう格好も好きなんだってさ♪」
 なぜか雨宮がにやけながら肘で香奈を小突く。
 ここで香奈がヒータのコスプレをしてバイトしたことがあるのは知っていたが、だったらわざわざここに来なくても口頭で尋ねれば良かったのではないだろうか。
「じゃあこれから偶には、この格好でデートしてみる? あ、ここをデートの待ち合わせ場所にしてもいいよ!」
「いや……さすがにそれは……」
「なんでなんで? コスプレした彼女に色々と奉仕してもらうのもいいんじゃない?」
「ほ、奉仕って、私に何させるつもりなのよ!!」
「えぇぇ…俺は何も言ってないだろう……」


 バァン!!


「「「!?」」」
 店のドアが突然開いた。
 その乱暴な訪問に従業員のみんなも声を出せないでいた。
『キシャァァ!』
 訪問者は、不気味な奇声をあげながら店内に侵入してくる
 その姿はまさしく、≪ハーピィレディ1≫だった。
 突然現れた本物のモンスターに、店内は大パニックになる。
「きゃああ!!」
「化け物だぁ!!」
「っ! 香奈!」
「雫は私の後ろにいて!」
 俺と香奈は席を立って、騒ぎの中心へ足を運ぶ。
 その騒ぎを聞きつけたのか、店の奥から雨宮のお姉さんがやってきて避難誘導を始めた。
『アァァァ…!』
 飢えた獣のような声をあげながら、モンスターは逃げ惑う人達へ襲い掛かろうとする。
「っ!」
 咄嗟に近くにあった椅子を投げつける。
 椅子は相手の肩に当たるも、椅子の方が壊れるだけだった。
『シャアァ!!』
 だが注意はこちらに引けただろう。
 鋭い視線が逃げている人達から、俺の方に向く。
 とりあえずこれで逃げる時間くらいは稼げるだろう。
「大助、気を付けて」
「ああ、分かってる」
 俺や香奈は薫さんや伊月みたいに白夜の力を使って何かできるわけじゃない。
 かといって佐助さんのように戦闘が得意というわけでもない。
『ガルルルル』
 モンスターは俺が敵だと思ったのか、左腕を前に突き出した。
 警戒して身構えていると、その左腕にデュエルディスクが装着された。
 まさか決闘をするのか?
「大助!」
「分かってる…!」
 バッグの中からデュエルディスクとデッキを取り出して装着する。
 自動シャッフルが終わり、準備が完了した。



「決闘!!」
『キィィ!!』



 大助:8000LP   ハーピィレディ1:8000LP



 決闘が、始まった。



『ガァァ!!』
 相手のデッキから1枚のカードが発動された。


 羽の舞う闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。


「やっぱり闇の世界を使ってくるのか…!」
『アァァ』
 相手は手札の1枚をモンスターゾーンに置く。
 するとフィールド上に1体のモンスターが姿を現した。


 ハーピィレディ 風属性/星4/攻撃1300/守1400
 【鳥獣族】
 人に羽のはえたけもの。
 美しく華麗に舞い、鋭く攻撃する。


 ハーピィレディ:攻撃力1300→1600

『………』
 そのまま何もすることなく、相手はターンを終えた。
 デュエルディスクのランプが点灯し、俺のターンに移ったことが分かる。



「俺のターン!」(手札5→6枚)
 相手の場には攻撃力1600のモンスター。
 伏せカードは何もない。手札誘発系のカードを持っているかもしれないが、ここは攻める!
「"六武衆−ニサシ"を召喚する!」


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


「場に六武衆が1体いることで"六武衆の師範"を特殊召喚!! さらに場に六武衆が2体以上いることで"大将軍 紫炎"を特殊召喚だ!!」


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「さらに"団結の力"を発動!! ニサシに装備する!!」


 団結の力
 【装備魔法】
 自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、
 装備モンスターの攻撃力と守備力は800ポイントアップする。

 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→3800

 次々と現れる武士達がフィールドに存在する鳥人を見据える。
 相手もこの展開力に驚いているのか、一歩退いたのが分かった。
「バトル! 紫炎で攻撃!!」
 将軍の刃に炎が灯る。
 振り下ろす灼熱の刃に切り裂かれ、鳥人型のモンスターは跡形も無く消え去った。

 ハーピィレディ→破壊
 ハーピィレディ1:8000→7100LP

「そしてニサシで2回攻撃だ!!」
 仲間たちの力を得た二刀流の武士の連撃。
 相手は手札のカードに手を掛けることもなく、その攻撃を受け止めた。
『ガアアアァァ!!??』

 ハーピィレディ1:7100→3300→0LP



 相手のライフが0になる。


 そして決闘は、終了した。


『が…アァ……』
 大ダメージを受け、モンスターはその場に倒れた。
「た、倒したの?」
「ああ…多分……」
 手ごたえがあまり感じられなかった。
 今まで戦ってきた闇の世界と種類は同じだが、肝心のデッキの方があまり強くなかったのかもしれない。
 途端に白夜のカードが強く輝き、倒れたモンスターを照らす。
 その姿が黒い霧のように霧散していくと、そこにはスーツを着た女性が倒れていた。
「う……うぅ…」
「ちょっと、大丈夫!?」
 香奈が急いで駆け寄り、倒れた女性を抱きかかえる。
 気付くようにうっすらと瞳を開いた女性は、俺達を見ながら今ある状況を確認しているようだった。
「こ、ここは……私は……」
「さっきまであなた、モンスターになってたのよ。どうしてこんなことになってるの?」
「わ、分からない……あ、ぁぁ…! そ、そうよ……あの、アダムって子供に……」
「っ!」
 その名が出たことで、俺と香奈は目を合わせていた。
 間違いない。この騒ぎはアダムの仕業。いよいよ本格的に動き出したという事だろう。
「香奈……中岸……」
「……ごめん雫。この人をお願い。私と大助はこのままスターのところに行ってくるわ」
「この人の事は任せて。2人は……大丈夫なの?」
「ええ。とっとと解決して戻ってくるから安心しなさい」
「……分かった。気を付けてね香奈。中岸も……頑張って」
「ありがとう」
 デュエルディスクをバッグに仕舞う。
 香奈もカツラを取って、ヒータの格好から普段着へと着替えに行ってしまった。
「あのさ、中岸」
「ん?」
「香奈はああ言ってるけど……きっと不安だと思うんだ。だから……中岸が支えてあげてね?」
「ありがとう。雨宮も気を付けてくれ」
「うん!」



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 本社での戦いは激しさを増していた。
 一般客を避難誘導しながらも、ついには銃火器まで用いてアダムを足止めしようと試みるようになっていた。
 だがまるで通用せず、まるで何も気にしていないように銃弾の雨霰を歩きながら次々とアダムは社員を闇の力を宿したモンスターへと変えていく。
 モンスターへ変えられた者はアダムの命で外に出ていき、一般人を片っ端から決闘で襲っていた。
『うーん、だいたいはモンスターに変えられたかな?』
 数にしておよそ100人ほど。
 モンスターパレードの”発生源”としては十分だと判断した。
『まぁでも、念には念を入れてもう少しモンスターに変えてあげようかな♪』
 遠足に行った子供のように笑いながら、銃火器を放つ相手を薙ぎ払っていく。
 倒れ気を失った相手を片っ端からモンスターへ変えながらスキップをしながら2階へと階段で上がる。

 本社の方も銃火器の効果が無いことが分かったことで、対抗手段を変えることにした。
 スターの幹部からアダムへの対抗手段は遊戯王であることは伝えられていたため、それを実行することにした。
 すぐさま決闘が出来る面子を揃え、すぐにアダムの討伐へ向かわせる。

「そこまでだ! お前はここで止める!!」
『あはは♪ ボクを止めるかぁ……そこは”倒す”くらいの意気が無いとなぁ』
「っ、かかれ!!」
 リーダー格の者の一声で、3人が一斉にアダムを取り囲む。
 行うのはサバイバル方式。全員がライフ8000でスタートし、誰か一人が残るまで戦う方式だ。牙炎の事件で武田達が大助に対して取った戦術でもある。どれだけ実力差があろうとも、3人に集中砲火されればまともに戦うことすらも難しいだろう。
『あはは♪ 3対1じゃなくて、わざわざサバイバル決闘にするなんて本気だね♪』
「卑怯でもお前は倒す!!」
『はいはい、じゃあ始めよっか♪』


「「「『決闘!!』」」」


 決闘が、始まった。



 そして―――



 アダム:Win!


「え?」
「は?」
「……あ?」
 決闘が始まると同時に、3人が敗北して闇の中へ沈んでいった。
 リーダー格の者は何が起こったのか分からず、その光景を見ていることしかできなかった。
『やれやれ、君たちはもう少し様子見ということを覚えた方がいいんじゃないかな?』
「な、何をした!?」
『教えるわけないじゃないか♪ ボクだって、いちいち力を使うのも面倒だって思うんだよ?』
「くっ……!」
 不気味に笑い続けるアダムに恐怖を感じながらも、男はデュエルディスクを構える。
 アダムはそんな彼の姿を見ながら、笑みを絶やさずにデュエルディスクを構えた。



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「ど、どうなってるんや! あれ!」
「分かりません!」
「とにかく逃げよう!」
 デパートの3階、琴葉、華恋、ヒカルの3人は逃げ惑う人々に紛れて走っていた。
 突然、窓から異形のモンスター達が乗り込んできて一般客に決闘を仕掛けてきたのである。
 物理的な抵抗が一切効かず、ところ構わず強制的に決闘を仕掛ける。場から離れることのない未知のフィールド魔法を使って戦う相手に対戦相手は皆、戸惑いのままに敗れた者が多かった。敗れた者は同じように異形のモンスターへと変わっていく。勝てた時は負けた側のモンスターは消え人の姿に戻るが、また別のモンスターが襲い掛かってきて負けてしまう。その波のように襲い来る相手に、全員が対抗できずにいた。
「携帯も繋がらへんな」
「この混乱で、繋がりづらくなっているのかもしれませんね……」
「せやな。あのモンスターみたいなのも、何か分からんし」
「………」
 琴葉も会話に入るも、明確な答えが出せずにいる。
 彼女の脳裏には、自分が幽体離脱をすることになった事件がよぎっていた。
 あの頃の記憶は今でも少し怖くなってしまう。それを言おうかとも思ったが、直感的に話さない方がいいと思った。
「にしても参ったなぁ……どこもかしこもモンスターうじゃうじゃしとるし、逃げる人達で非常口も混んでるしなぁ…」
「どこかに隠れた方がいいかもしれませんね」
「っ! 華恋ちゃん! ヒカルちゃん!」
 琴葉が何かに気づき指をさす。
 その先には標的を見つけたモンスターがこっちに迫ってきていた。
 逃げようにもフロアの端まで来てしまっているため、逃げる場所は少ない。
「逃げられそうにあらへんな……」
「やるしか、ないのでしょうか……」
「わ、わたしも頑張るよ!」
 迎え撃とうと身構えた瞬間―――


 ―――ライトシューター×10!!―――


 襲い掛かるモンスター目掛けて、眩い光弾が襲い掛かった。
 光弾に打ち抜かれたモンスターはその場に倒れ、その姿が人間へと戻っていく。
「大丈夫ですか、3人とも!!」
「「「え?」」」
 聞き慣れた声が、上から聞こえてきた。
 白いローブを纏い、右手には切っ先の尖った杖を携えた青い瞳の少女が舞い降りた。

「「「ま、真奈美さん!?」」」

 そう。3人の目の前に降り立った少女は本城真奈美だった。
 たまたまデパートで買い物をしていたところ、異変に気づき慌ててユニゾンモードになったのである。
「ま、真奈美さん、空を飛んでました……よね?」
「その格好……それに、杖も……!」
「魔法使いだったんだね真奈美さん!!」
 各々の反応を示す3人。
 真奈美は苦笑を浮かべながら、どう答えるか困っていた。
「すごいです!! まさか本物の魔法少女がいるなんて!!」
「うんうん! あの、サインとかもらってもええか?」
「あの! あの! 何か魔法使って欲しい!!」
 3人に詰め寄られ、誤魔化しが効かなくなってしまう。
 急務だったとはいえ、こんなことなら誰か分からないように髪を伸ばしておくくらいしておけばよかったと後悔した。
(マスター……これはもう、腹を括るしかなさそうですよ)
(そ、そうだね。下手に説明するより、そっちの方がいいかも……)
 コホン、と1つ咳払いして3人の頭を優しく撫でる。
 幸いにしても、色々と”予習”済みだ。そんな感じで振る舞うことは出来るはず。
「ば、ばれちゃったなら仕方ないね……。そうなんだ。いつもは普通の高校生、だけどその正体は、悪を退治する正義の使者……魔法少女マジカルまなみんだったの!!」
 エルが気を利かせたため、真奈美の周囲には煌びやかな星が舞う。
 目の前で鮮やかな登場シーンを魅せられて、小学生たちはキラキラと目を輝かせていた。
(マスター、随分と慣れていらっしゃいますね)
(う、うん……伊達に毎週魔法少女のアニメ見てないからね……)
 ついに後には引けなくなってしまったことを実感しながら真奈美は笑う。
 ここで細かく説明している時間は無さそうだったからだ。
「あのね3人とも、ここは危ないから薫さんの家に行こう。あそこならきっと安全だから」
「うん! 分かった!!」
「あ、あとそれから―――」
「言わんでもええ! うちら分かっとる! 真奈美さんの……ううん、マジカルまなみんの正体は秘密なんやろ!」
「私達、真奈美さんの事、誰にも言いません!」
 目を輝かせながら自分の事を見つめてくる少女達に、真奈美は何も言うことが出来なかった。




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『やぁ、久しぶりだねダーク』
 本社15階。
 出会った社員のほとんどを蹂躙し、モンスターへ変えたアダムは収容者のいるフロアへとやってきていた。
 部屋のドアが破壊され、中にいたダークと玲亜を視界に捉える。
「久しぶりだな。貴様とは、また会うと思っていたぞ」
『へぇ。ということは、ボクがここに何をしに来たかも分かるよね?』
「ああ、俺を消しに来たんだろう?」
 その言葉に、玲亜はすぐにアダムの前に立ちふさがった。
 目の前の存在から感じられる圧倒的威圧感に震えながらも両手を広げ、後ろで笑う友を守るように……。
『邪魔しないでほしいんだよな玲亜さん。ボクは別に、君まで危害を加えようなんて思っているわけじゃないんだよ?』
「……俺の友を傷つけようとしている時点で、それは十分に俺にとっての危害だ」
 震える身体を抑えながら、玲亜はデュエルディスクを構えていた。
 まともに戦ったのでは、おそらく1秒も持たないだろう。
 だが決闘なら……相手がどんなに強かろうと、数分は凌げるはずだ。その間に、彼が逃げてくれれば―――


「玲亜……忠告だ。やめておけ」


「っ、出来るわけないだろう!」
「そうか。なら、さよならだな」
「何を―――」
 その瞬間、視界の端でアダムがデュエルディスクを構えるのが見えた。

 そして―――


 玲亜:LOSE


「……え?」
 床から無数の手が伸びて、玲亜の身体を掴む。
 共にいると誓った友を守ることも出来ず、そのまま深い闇の中へと彼は沈んでいった。
『これで邪魔者はいなくなったよダーク』
「ふん。白々しいな。最初からあいつを消すつもりだったくせに」
『そんなことないよ。向こうから勝負を挑んできたんだから返り討ちにしただけさ。正当防衛だよ』
「ふざけた力で正当防衛とは笑わせるな」
 おどけて笑う存在に、ダークはくくっと笑みを零す。
 アダムは漆黒の衣を弄りながら、床に座る彼を見下ろす。
『君は、ボクとの決闘を覚えているんだよね、なんで?』
「……簡単な話さ。闇の力で記憶は消せない。元々、人間の脳は物事を忘れないようにできている。忘れたように思っても、思い出せないだけなのさ……何かきっかけさえあれば、細いが記憶は復元できる。貴様は闇の力で記憶を奥底に封じ込め、さらにそれらを思い出そうとする思考も封じているに過ぎない。だが封じているのは所詮、闇の力だ。闇の神に飲み込まれたときに、俺は闇と同化するような感覚を得た。その時に闇で封じられていた記憶が戻ったというわけさ」
『なるほどねー。黒い絵の具に黒い絵の具を落としても分からないように、闇の中なら闇で封じられた記憶も簡単に引き出せたわけか』
「そういうことだ。それにしても、本当にふざけた力だな」
『……ボクと決闘した記憶があるとはいえ、ボクの力を明かしたつもりはないんだけど?』
「一流の決闘者ならだいたいの想像はつくさ。『■■■の■■■■■を■■■■■■■出来る』とか、そんなところだろう? さっき玲亜を敗北へ追い込んだのは、その力の応用というところか?」
 ダークの言葉を聞いて、アダムは笑みを向けるのを止めた。
 その瞳が光を失い、黒く濁る。
『へぇ……さすがだね。けど1つ訂正するなら、さっきの決闘で使った力がボクの本質的な力さ。君が言ったのは、その応用だよ』
「どちらでもいいさ。ふざけた力だ。もっとも……いくつか制限がありそうだがな。そうでなければ記憶をいちいち消しはしないはずだ」
『本当に凄いね。その通りだよ。やっぱりダークは凄いや♪ ねぇねぇ、どうせならボクと手を組もうよ! 君がいれば千人力だ!』
「断る」
『どうして? 世界を滅ぼせるチャンスだよ?』
「貴様の駒になるのは御免だからな」
『そんなこと言わないでよ。君から黒い感情はまだ消えていない。まさか1回負けたくらいで、世界を滅ぼすことをあきらめたわけじゃないんだろう? ボクと一緒に戦えば、簡単に世界を滅ぼせるよ?』
「だろうな。だが答えは同じだ」
『どうして? 何か不満があるの?』
「あるさ。俺は他人に動かされるのが嫌いなんだ。たとえ貴様であろうとも、軍門に下るつもりは無い。消すならさっさと消すといい。闇の中から、貴様と白夜の力を持つ者達との戦いを見ているさ」
『ふーん、じゃあお言葉に甘えて……』
 アダムは無表情のまま、ダークへと手をかざした。
『残念だよ。ボクと君なら、最高のパートナーになれたのに』
「冗談は寝てから言えよ。利用する存在を、パートナーとは呼ばないんだ」

 ――本当のパートナーとは”あいつら”のような――

 その言葉を飲み込んで、ダークは不敵に笑った。
(改めて見せてもらおう。精々、諦めずに頑張ってみるがいい)
 胸の内に秘めた言葉と共に、アダムの手から闇が放たれてダークは姿を消した。



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「武田! 奥様と旦那様の避難は!?」
「2人とも車に乗せた! 早くお前も乗れ!!」
 鳳蓮寺家においても異変は発生していた。
 多くのモンスターが襲来し、襲い掛かって来たのだ。
 吉野が率先して囮となり、決闘によって襲い來るモンスター達を蹴散らしている。
 だが多くの相手をしていくうちに吉野にも疲労がたまっているのは事実だった。
 じわじわと詰め寄ってくる相手に背を向けて、裏口に停めた車へと乗りこむ。
「吉野。急いで!」
「しかし…! お嬢様達が……」
「あの子達ならきっと大丈夫です。星花デパートにいるはずですから、逃げる途中に拾いましょう」
「っ、分かりました!」
 この異常事態は、間違いなく闇の力が関わっている。
 ならばすぐにスターのところに向かうのがいいだろう。
「咲音。いったい、何が起こっているんだい?」
「数馬さんには、後で説明させていただきます」
「……どうにも並々ならない事情がありそうだね」
「武田、出しなさい!」
「ああ」
 サイドブレーキを外し、アクセルを一気に踏んで急発進させる。
 急激なGが発生するもそれに構うことなくギアを可変し、4人は家を後にした。
≪ニュースです。現在、星花町を中心にデュエルモンスターの姿をした存在が暴れまわっているという被害が相次いでいます。遊戯王本社からは何の連絡も無く、問い合わせも出来ない状態となっています。警察や消防が動いていますが、住民の皆さんは速やかに避難をお願いします≫
「どうやら、異変はここだけじゃないらしいな」
「そうですね」
 猛スピードで裏道を通りながら、大通りの渋滞を回避し薫の家へと向かう。
 咲音は何度も琴葉の携帯へと電話を掛けるが、繋がらない。
「お願い……琴葉……出て…!」
 さっき吉野に大丈夫と言ったものの、胸のうちでは不安でいっぱいだった。

「っ! みんな何かに掴まれ!!」

 武田の叫びと同時に、急ブレーキがかかる。
 ほぼ全員が前のめりになりながら、前方を確認する。
 その視線の先には、無数のモンスターが明らかな敵意を向けてこちらに歩み寄ってきていた。
 バッグをしようとするも、後ろからもモンスターが現れている。
「く……裏道を使っていたのが裏目に出たか……」
「仕方ないですね。武田。あなたは前を担当しなさい。私は後ろのモンスター達を足止めします」
「ああ―――いや待て吉野!」
「はい?」
 静止をかけた武田が指差す先、襲い掛かろうとするモンスター達と一人の少年が戦っていた。
 少年の全身からは黒いオーラのようなものが溢れ、その腕が振るわれる度にモンスターが倒され、薙ぎ払われていく。
 その赤い瞳が車に気付くと……。
「あれ、武田じゃねぇか」
「雲井忠雄……!」
 少年の正体は、雲井忠雄だった。
 闇の力を宿すその姿を初めてみるも、見知った顔に安心する。
「ちょうどよかったぜ! なんか事情を知ってるなら教えてくれ!!」
 車の窓を開けて、武田は応える。
「……あいにくこちらも様子は知らない。だが助かった。私達はひとまずスターの家に向かうから乗れ!」
「待って武田! 琴葉達も助けに向かわないと…!」
「奥様達をスターの家に下ろしたらすぐに向かいます。今はとにかく、奥様達の安全を優先させていただきます」
「そんな…! 吉野からも何か言って! 琴葉達を助けないと…!」
「……咲音。私としては武田の意見に賛成です。まずは咲音と数馬さんの安全を確保して、それから私と武田で琴葉たちを助けに行った方が結果的に効率がいいと思います」
「でも―――」
「咲音。吉野さんの言う通りだと思う。僕達がいたらかえって足手まといだ……事情は詳しく分からないけど、きっとあの子なら大丈夫だよ」
「………」
 言葉には出さないものの、その表情は不安に満ちている。
 吉野はそんな彼女を宥めながら、武田に運転の指示を出した。
「少年、とりあえず助手席に乗れ。このまま行くぞ」
「……分かったぜ」
 雲井が助手席に乗ると同時に、その膝の上に黒い犬型のライガーが乗った。
『ちょうど良かったな小僧』
「とりあえずこのままスターのところまで行くぜ。そこで説明してくれるんだろ?」
『珍しく察しがいいな。おい運転手、早く行け』
「ああ」
 ライガーの言葉に頷きながら、武田は再びアクセルを踏んだ。



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 遊戯王本社にアダムが襲撃してから2時間が経った。
 スターの本部、薫の家には闇の力に対抗するべく全員が集まっていた。
 大助、香奈、雲井、真奈美、伊月、佐助、薫、武田、吉野、コロン……琴葉と華恋とヒカル、咲音と数馬は別室で休んでもらっている。
 2人とも子供達が無事だということで面倒を見てもらうことにしたのだ。
「みんな集まってくれたな」
 リビングの中心のソファで佐助が静かに口を開いた。
 その場にいる全員が、今起きていることが緊急事態であることを理解できていた。
「まずは状況整理ですね。僕達は色んなところでモンスターが徘徊しているのを見てきましたが、やはり―――」
「ああ、アダムの仕業だ。出現地点である遊戯王本社とはもう連絡が取れない。なんとか通信回線は残っているが、それもいずれ繋がらなくなってしまうだろう。街には様々なモンスターが徘徊中。物理的な抵抗が効かず、決闘を仕掛けてくる者が大多数らしい」
「無差別ってこと?」
「そうだな。確認できる限り全員が闇の世界を使ってくる。勝てば相手のモンスター化が解除できるが、もし負ければ、そいつも同じようにモンスターになってしまうようだ」
「じゃあ、片っ端から倒していけば―――」
「それは無理だ」
 香奈の発言を遮るように佐助は言った。
「相手は目についた相手に強制的に決闘を仕掛けてくる。カードゲームを経験したことがある者ならまだ分からないが、決闘者じゃない人間だっていくらでもいる。そいつらにも強制的に決闘を仕掛けている以上、モンスターに変えられていくスピードの方が圧倒的に早いはずだ」
「ということは、やっぱりアダムを倒してしまった方が早いってこと?」
「理屈的にはそうなるな。住民の避難は各組織が率先して行っているから、これ以上急速に被害が広まることは無いだろう。だがやはり相手が闇の力を使っているとなると、時間稼ぎが精一杯だ。俺達がアダムを倒すことが最も早い解決方法だろう」
 相手の戦力がどんどん増えているのに対してこちらは10名ほど。
 少数精鋭でアダムを倒しに向かうことが効率的であろう。
「作戦には異論はありません。ですが街には幾多ものモンスターが徘徊しています。いちいち決闘で倒していたら日が暮れてしまいますよ」
「その点については問題が無い。徘徊しているモンスターは、白夜の力を用いた攻撃によって退けることが出来る……そうだな本城?」
「は、はい! 私がデパートで攻撃したら、モンスターは人に戻りました!」
「成程。薫や伊月さん、真奈美さん達によって相手を退けながら本社に乗り込む……ということですか」
「ああ。もっと早くに対処できていればその方法でモンスターになった全員を元に戻すことも出来ただろうが、すでに反応は1000を超えてしまっている。対してこちらで白夜の力を使って攻撃できるのは4人……正直言って労力の無駄だ。被害がこれ以上拡大する前に、俺達でアダムを倒す」
 その場にいる全員が、状況を理解していた。
「……やはり全員で対処に向かうのでしょうか?」
「そうなるな。薫の"ポジション・チェンジ"で一気に本社まで行くことになる」
「……ならば一気にアダムの元へ行った方が効率的ではないでしょうか?」
「そう言いたいのは山々だが、建物内部まで座標を確認できていない。闇雲に飛んでも床や壁に埋もれるのがオチだ」
 薫の使う座標移動は、あくまで向かう先の正確な座標を把握していなければ使えない。
 慣れ親しんだ我が家ならいざ知らず、普段から頻繁に向かう事のない本社だと勝手が違う。
「小学生たちは、麗花や鳳蓮寺家の夫妻に任せましょうか。武田さんと吉野さんはいかがしますか?」
「……私も行こう。大して力になれるかどうか分からないが、盾になることくらいできるはずだ」
「縁起でも無いことは言わない。私も共に行きます。本社で何体のモンスターが待ち構えているか分からない以上、人数が多いに越したことはないでしょう」
 その場にいる全員が、戦いに向かう覚悟が出来ていた。
 気になることがあるとすれば家に残していく事になる小学生達の心配くらいだろう。
「武田こそ、奥様やお嬢様には行く事を伝えないのですか?」
「2人に言ったら、間違いなく止めに来るだろう。下手したら付いてくるとか言いかねないからな」
「察しが良くなりましたね。まぁ咲音なら、そんなこともお見通しだと思いますが……」
「吉野、なんならお前はここに残ってもいいぞ。一応はお前も女性だ。無理に戦いに出る事は―――」
「それ以上言ったら殴りますよ。戦いたいという人間の意志を尊重しないのは愚の骨頂です」
 吉野の鋭い視線に、武田は言葉を返せなかった。


「……みんな……」


 不意に口を開いたのは、これまで何も話さなかった薫だった。
 ソファの中心に座りながら、両手を机の上で組んで忙しなく指を動かしている。
「本当は……こんなこと言っちゃいけないって分かってる。皆の気持ちも、すごく嬉しい……だけど、本当は……皆を戦いに巻き込みたくなんかなかったんだ」
「薫さん……」
「ご、ごめんね! みんなのやる気を削いじゃうような事を言って……でも、これからの戦いは今までの戦いとは全然違う。何人かは……ううん、下手したら全員が元の生活に戻れなくなっちゃうかもしれない。それでも……みんな、付いてきてくれるの?」
 その言葉に、その場の空気が一気に重くなった。
 他の誰でもないスターのリーダーから放たれた一言が、どれほどの重さを持っていたのかは言うまでもない。

「……それは違うわよ、薫さん」

 重苦しい雰囲気を破ったのは、香奈の一言だった。
「確かに、アダムとの戦いは危険だし、みんなそれを分かってる。でもね……それでも私達が協力するのは、”元の生活に戻るため”なのよ」
「っ!」
「私がいて……大助がいて…雲井や真奈美ちゃんもいて…スターのメンバーや、鳳蓮寺の人達……みんなが全員無事に帰ってこられるように、みんなで戦いに行くのよ。ね? そうでしょ大助?」
「……そうだな。香奈の言う通りだと思う」
「香奈ちゃん……大助君……」
「わ、私も頑張ってサポートします、そのために訓練したんですから!」
「乗りかかった船って奴だぜ。ここまで来て逃げ出せるわけねぇだろ!」
「真奈美ちゃん……雲井君……」
「決まりですね」
「お前はそうやってすぐに抱え込むんだな」
『薫ちゃん、大丈夫、私達がいるよ♪』
「そうですよ、微力ながら私も手伝います」
「スターには救ってもらった恩を返せていないしな」
「伊月君…佐助さん…コロン…吉野さん、武田さん……」
 全員が、優しさと覚悟を秘めた視線を向けていた。
 自然と力が入っていた両手から、力が抜ける。

 ――ああ……そっか……緊張してたんだ……――

 ついに始まった決戦の狼煙を受けて、リーダーとしての責任、みんなを戦いに出さなければいけないことの恐怖。
 それらすべてが重荷となって圧し掛かってきていたことにようやく気付く。
 ずしりと肩に乗る”何か”に、押し潰されてしまいそうになっていた。
 だが、見渡せばそこには仲間がいた。
 綺麗事だって思うし、都合のいい解釈なのかもしれない。だけど少なくとも……ここに”みんな”がいることは紛れもない事実だった。

「みんな……ありがとう」

 薫はゆっくりと立ち上がり、全員の表情を改めて見渡した。
 大きく深呼吸して、覚悟を決める。
「私達で、アダムの企みを阻止しよう!」
 その呼びかけに、全員が頷いた。





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 薫の白夜の力によって”ポジション・チェンジ”で本社の前に全員が移動した。
 最後の通信から30分が経っていた……もう本社内に残っている人間はいないだろう。
「なんか……凄く静かだね」
「ああ。建物も壊れていない」
 薫の隣で佐助が頷く。
 普段ならば家で指示を出している彼も、その場に同行していた。
 すでに通信設備は敵の手に落ちたためか、遠くからの指示が出来なくなったためである。
「なんだか、作戦内で隣に佐助さんがいるのって新鮮だね」
「……せいぜい足手まといにならないようにするさ。それよりも油断するな。いつどこから襲ってくるか分からないぞ」
「うん」
 薫と真奈美、コロンを先頭に他の者達が続く形で本社の中へと入る。

 本社内部はいくつか破壊された痕跡が残されているものの、予想よりずっと無事な状態だった。
 ただもちろん、人はいない。
 だがモンスターの姿もいないのだ。
 てっきりモンスター達が徘徊しているものだと思っていた全員が拍子抜けを喰らい戸惑っている。



『アハハ♪ ようこそいらっしゃい♪』



 1階の空間内に響いた声。
 全員がほぼ同時に身構えた。
 エントランスの中心に設けられた巨大ディスプレイに映し出されたアダムは笑っていた。
『そんなに身構えなくても大丈夫だよ。この建物にはもうボクしかいない』
「他の人はどうしたの!?」
『一部の人を除いて、みーんなモンスターに変えちゃったよ♪ 色んなところから連鎖的に被害は広まっていく。もうモンスターパレードは止められない……ボクを倒さない限りね♪』
 自身のやったことを、平然と言ってのける相手の姿を見て、薫は静かに拳を握る。
 これ以上、被害を広げさせるわけにはいかない。
 だったらやることは一つであろう。
「あなたを倒せば、みんな元に戻るの?」
『うん♪ まぁ無理だろうけどね♪』
「そんなのやってみなくちゃ分からないよ!」
『じゃあやってみるといいよ♪ そこのエレベーターからおいで? 最上階にボクはいるからね♪』
 そう言い残し、映像が途絶えた。
 小さな到着音が聞こえて、中央の大型エレベーターの扉が開く。
「佐助さん……」
「罠である可能性は否定できないが、他に敵がいない以上チャンスだ。行くしかないだろう」
 その言葉に促されて、全員がエレベーターに乗った。
 最上階である17階まで約30秒。全員が意識を張り巡らせて、どんな状況でも対応できるように心掛けていた。

「みんな……大丈夫だよ」

 その中で響く薫の声。
 優しく力強い……そんな声色だった。


 そして、ついに最上階へ到達する。
 本来なら社長が座っているはずの部屋。だがその席にはアダムが座り、部屋も荒らされ天井は跡形も無くなり吹き抜けとなっていた。
『いらっしゃい♪』
 椅子の上に立ち、アダムは漆黒の布を靡かせて一礼する。
 幼い容姿で無邪気に笑う存在であるも、滲み出る底の見えない不気味さを全員が感じ取っていた。
「警備すら置いていないとは……随分と不用心じゃないのか?」
『あはは♪ 適当な警備を置いたって、どうせやられちゃうんだし戦力の損失は抑えるに越したことはないよ♪ ボクがここにいるってことが何よりの警備にもなるしね♪』
 こちらの人数差を意に介している様子も無い。
 佐助は静かに拳を握り、コロンはそのすぐそばで戦う姿勢へと変わっていく。

 だが握られた拳に、優しく触れる者がいた。
 皆が相手の出方を伺っている中、薫が1人前に出る。その腕にはすでにデュエルディスクが装着されていた。
「みんな、ここは私に任せて」
「薫っ!」
「未知の戦力には、最初から全力で当たるべし……そうでしょ佐助さん?」
「く……」
 その言葉に異を唱えることが出来なかった。
 これまでも未知の組織を相手にするとき、特に相手組織のトップと戦う時、薫は優先的に戦うようにしていた。
 そして結果的に勝利してきた。相手の実力が分からない以上、最初から全力で戦うに越したことは無い。他の者の被害を嫌う薫ならばなおさらそう思うだろう。
『いきなり薫さんからかぁ……ボク的には、てっきり1番手は中岸大助君とかかなぁって思ってたんだけどなぁ? ほら、ダークと初めて戦ったのも大助君だったでしょ?』
「っ! ダークは……どうしたんだ?」
『消しちゃったよ。仲間にお誘いしたのに断られちゃったからね』
 そう言いながらアダムは椅子の上から飛び立ち、空中で1回転して床に下りる。
 左腕を前に突き出せばそこに濃い闇が纏わりつき、デュエルディスクへと変化していた。
「もう1度確認させて。あなたを倒せば、全部元に戻るんだよね?」
『そうだよ。モンスターパレードの元凶はボクだ。具現化された闇の力は発現者を倒せば解除される……ダークが使った”終焉のカウントダウン”もそうだったでしょ?』
「……分かった。じゃあ、始めるよ」
『いいよ♪ ボクとの決闘、楽しんで逝ってね♪』



『「決闘!!」』



 薫:8000LP   アダム:8000LP




 決闘が始まった。
 同時にアダムから溢れだす闇の波動。その威圧感に全員が身震いした。

「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動するよ!!」

 薫のデッキが光り輝き、辺り一帯に広がっていく。
 フローリングの床は大理石のように真っ白で平らになり、そこを踏みしめる度に淡く優しい光の粒が花弁のようの舞い踊る。
 一切の闇を打ち消してしまうほどの美しい光が、その空間を染め上げた。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。


 無数に存在する闇の世界を封じることが出来るカード。
 薫が自ら望んで戦いに赴いたのも、このカードがあるからだった。
 相手がどんな闇の世界を使ってきたとしても、それを封じることが出来る。

 だが……アダムは一向に闇の世界を発動する気配が無い。

『あれ? もしかしてボクが闇の世界を使うと思ってる?』
「っ!」
 思っていたことを告げられて、軽く息を吐いた。
 薫の視線を真正面から受け止めて、アダムは純粋無垢な笑みを向ける。

『やだなぁ薫さん。人でも無い機関のボクが……闇の力の根源たるボクが……闇の世界なんか使うわけないだろう?』

「闇の世界を……使わないの?」
『うん♪ あっ、気付いてないなら教えてあげるよ。”闇の世界”は人間しか発現出来ないんだ。だから犬や猫が決闘者になっても、その子の闇の世界は発現しない』
「……」
 ここまで余裕を持っている理由が理解できないというのが率直な意見だった。
 闇の世界を使ってこないというのは予想外だったが、それでも有利不利は変わらない。むしろ相手のフィールド魔法の発動は制限されるわけだからこちらが有利にすら感じる。何か裏があるのか……と、薫の胸に不安に似た何かが渦巻きはじめる。
『さぁさぁ、薫さんの先攻だよ♪』
「……私の先攻、ドロー!!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引き、薫は手札を眺める。
 相手が何をしてくるか分からない以上、出来ることは限られてくる。
 この手札で出来る最善手を考え、実行するべく手札の1枚に手を掛ける。
「魔法カード"調律"を発動するよ!!」


 調律
 【通常魔法】
 自分のデッキから「シンクロン」と名のついたチューナー1体を手札に加えて
 デッキをシャッフルする。その後、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


「この効果でデッキから"ジャンク・シンクロン"を手札に加えてシャッフルして、そのあとにデッキの1番上から墓地に送る!」
 軽やかな音色が響き、薫の手札に新たなカードが舞い込む。
 同時にデッキの上から1枚のカードが墓地へと送られた。
『うわぁ、もしかして早速かな?』
「手札から"ジャンク・シンクロン"を召喚! その効果で墓地から、さっきデッキから墓地へいった"グローアップ・バルブ"を特殊召喚!!」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 グローアップ・バルブ 地属性/星1/攻100/守100
 【植物族・チューナー】
 「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。
 (1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。
 自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。


「さらに墓地からモンスターが特殊召喚されたことで、手札から"ドッペル・ウォリアー"を特殊召喚!!」
 アダムは手札から何かを発動する様子は見せない。
 ただ薫の戦術を見守っているようだった。


 ドッペル・ウォリアー 闇属性/星2/攻800/守800
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードがシンクロ召喚の素材として墓地へ送られた場合、
 自分フィールド上に「ドッペル・トークン」
 (戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「レベル2の"ドッペル・ウォリアー"とレベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング!! シンクロ召喚!!」
 2体のモンスターの身体が光となり、光の輪となって重なっていく。
 新たに現れたのは、白いマントを羽織り幾多もの知識を詰め込んだ書を誇らしげに掲げた人型のモンスター。


 TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性/星5/攻2400/守1800
 【魔法使い族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、
 自分または相手がシンクロ召喚に成功した時、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「さらにシンクロ召喚に使った"ドッペル・ウォリアー"の効果発動! レベル1のトークンを2体特殊召喚! さらにレベル1の"グローアップ・バルブ"とレベル1のトークンをチューニング!! シンクロ召喚! "フォーミュラ・シンクロン"!!」


 フォーミュラ・シンクロン 光属性/星2/攻200/守1500
 【機械族・シンクロ・チューナー】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。
 また、相手のメインフェイズ時、自分フィールド上に表側表示で存在する
 このカードをシンクロ素材としてシンクロ召喚をする事ができる。


『わぉ♪ 一気に2体のモンスターをシンクロ召喚か』
「"フォーミュラ・シンクロン"の効果とライブラリアンの効果で、デッキから1枚ずつ……合計2枚ドロー!」(手札4→5→6枚)
 手札を引き、確認した後にすぐさま行動に移る。
 今できる最善の一手を打つために。
「さらに手札から"レベル・スティーラー"を墓地に送ることで、手札から"クイック・シンクロン"を特殊召喚!!」
『まだモンスターを出すつもりなんだね……』


 クイック・シンクロン 風属性/星5/攻700/守1400
 【機械族・チューナー】
 このカードは手札のモンスター1体を墓地へ送り、
 手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードは「シンクロン」と名のついたチューナーの代わりに
 シンクロ素材とする事ができる。
 このカードをシンクロ素材とする場合、「シンクロン」と名のついた
 チューナーをシンクロ素材とするモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。


「さらに"クイック・シンクロン"のレベルを1つ下げて墓地にいる"レベル・スティーラー"を特殊召喚!」


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

 クイック・シンクロン:レベル5→4

「レベル4になった"クイック・シンクロン"とレベル1の"ドッペル・トークン"をチューニング! シンクロ召喚! "ジャンク・ウォリアー"!!」


 ジャンク・ウォリアー 闇属性/星5/攻2300/守1300
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
 (1):このカードがS召喚に成功した場合に発動する。
 このカードの攻撃力は、自分フィールドのレベル2以下の
 モンスターの攻撃力の合計分アップする。

 薫:手札4→5枚("TG ハイパー・ライブラリアン"の効果)

 並び立つ3体のシンクロモンスター。その圧巻の光景を眺めながらアダムは笑みを絶やさない。
『ははっ、イレイザーに披露してくれたモンスターを出してくれるのかな?』
「知ってるんだね。じゃあいくよ!! レベル5の"TG−ハイパー・ライブラリアン"と"ジャンク・ウォリアー"に、レベル2の"フォーミュラ・シンクロン"をチューニング!!」
 並び立っていた3体のシンクロモンスターが光へ変化する。
 輝き照らされた光の世界。そこで煌びやかに交わる無数の光輪。
 金色に輝くそれらの光は1つに重なり、強い星の輝きへと昇華する。
「シンクロ召喚!! "シューティング・クェーサー・ドラゴン"!!」


 シューティング・クェーサー・ドラゴン 光属性/星12/攻4000/守4000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 シンクロモンスターのチューナー1体+チューナー以外のシンクロモンスター2体以上
 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードはこのカードのシンクロ素材とした
 チューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。
 1ターンに1度、魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、破壊する事ができる。
 このカードがフィールド上から離れた時、「シューティング・スター・ドラゴン」1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。


『いきなり攻撃力4000のモンスターかぁ……キツイなぁ』
「さらに私はカードを2枚伏せて、ターンエンドだよ!!」
 壮絶ともいえる決闘の幕開け。
 最強のシンクロモンスターを従えた薫は、静かにターンを終えた。

--------------------------------------------
 薫:8000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   シューティング・クェーサー・ドラゴン(攻撃:4000)
   レベル・スティーラー(守備:0)
   伏せカード2枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:なし

 手札5枚
--------------------------------------------

『ボクのターン、ドロー!』(手札5→6枚)
 漆黒の衣が靡く。
 力強くカードを引くアダムに対し、薫は間髪入れずに伏せカードを開いた。
「スタンバイフェイズに、伏せカード発動だよ!」


 生贄封じの仮面
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 お互いのプレイヤーはカードをリリースできない。


『………あー、なるほどねぇ』
「このカードが場にある限り、お互いにリリースは出来なくなるよ!」

 手の内が分からないアダムに対して薫が取った行動は、様子見をすることだった。
 攻撃力と守備力が共に4000もあり、相手の魔法・罠・モンスター効果を1ターンに1回だけ無効にできる"シューティング・クェーサー・ドラゴン"。
 名実ともに最強のシンクロモンスターだが、"ヴォルカニック・クイーン"のような相手モンスターを強制的にリリースして召喚されるモンスターに弱い。
 だが"生贄封じの仮面"によってその類の効果を持つモンスターを無力化し、同時に相手の上級モンスターの召喚も制限する。何の効果も使わず、元々の攻撃力が4000以上の数値を持つモンスターを召喚する方法は数少ない。下級モンスターに至っては存在すらしていない。同じくシンクロモンスターなら可能かもしれないが、それに対する手段として薫は"奈落の落とし穴"をセットしてある。
 他にカードをセットしてもよかったが、"大嵐"などの全体除去カードの危険性などを考え得る限り、これが最善の一手だった。

『さすがスターのリーダーだね。最初のターンで切り札を召喚するだけじゃなく、どんな人でも難しい対応の求められる環境作り。しかもカードアドバンテージを損なっていない』
「褒めてくれてありがとう。でも褒めたところで、あなたの状況は変わらないよ」
『そうだね。だからボクはこのカードを場に出すよ』
 アダムが手札の1枚をデュエルディスクに置いた。


 途端に空が灰色で覆われた。辺りから雷鳴が轟き、雲で覆われたその場所から蛇のような赤い胴体が垣間見える。
 巨大な口の上にもう一つの口を持ち、全体が見えないほど巨大な躰。
 空全体を迸る雷が、大気を震わせた。



 オシリスの天空竜 神属性/星10/攻?/守?
 【幻神獣族・効果】
 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上の
 モンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
 このカードの召喚は無効化されない。
 このカードが召喚に成功した時、魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
 このカードは特殊召喚した場合エンドフェイズ時に墓地へ送られる。
 このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000ポイントアップする。
 相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚された時、
 そのモンスターの攻撃力を2000ポイントダウンさせ、
 攻撃力が0になった場合そのモンスターを破壊する。


 攻撃力?→5000


 天空を司る紅き竜。
 召喚されるはずのないモンスターが―――降臨していた。





episode20――プランB――

「………え?」
 目の前の光景に、その場にいる全員が言葉を失っていた。
 天空を支配するかのごとく、その躰をくねらせて紅の竜は咆哮をあげる。


 オシリスの天空竜 神属性/星10/攻?/守?
 【幻神獣族・効果】
 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上の
 モンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
 このカードの召喚は無効化されない。
 このカードが召喚に成功した時、魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
 このカードは特殊召喚した場合エンドフェイズ時に墓地へ送られる。
 このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000ポイントアップする。
 相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚された時、
 そのモンスターの攻撃力を2000ポイントダウンさせ、
 攻撃力が0になった場合そのモンスターを破壊する。

 攻撃力?→5000

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。気が付いたらオシリスが場に出ていた。
 相手の行動を見逃したはずが無い。仮に見逃していたとしても……おかしいことがある。
 オシリスの攻撃力は持ち主の手札の数で決まる。攻撃力が5000ということは、アダムの手札は5枚ということになる。つまり、他のカードを経由せずに場に出したことになる。だが"生贄封じの仮面"によってリリースは封じられ、召喚することは出来ないはずだ。
 だとしたら―――
「オシリスが場に出た時、私は伏せカードを―――」

 ビー!

 伏せておいた"奈落の落とし穴"を発動しようと試みるも、デュエルディスクが警告音を鳴らした。
 ライフカウンターに表示されたのは【相手カードの効果により、発動できません】という1文のみ。
(”特殊召喚”されたわけじゃない…!? あのオシリスは”通常召喚”されているってこと!?)
 アダムが何らかの方法でオシリスを特殊召喚しているのならば、奈落の落とし穴は問題なく発動できるはずだ。
 だが、オシリスが召喚されているならば話は違う。
 あのカードには召喚時に相手の魔法・罠を発動させない効果がある。
 間違いなく、あのオシリスは………
「っ!!」
 その表情が青ざめる。
 薫の脳裏を掠めたのは”最悪の可能性”だった。
(ありえない……でも、もしそうなら説明がつく……でも、だとしたらなんで……?)

『驚いているところ申し訳ないけど、バトルフェイズに入るね♪』

「っ!」
 薫は身構える。
 同時に、アダムの場にいる紅の竜がその口に雷を溜めこんだ。

 ――超伝導波−サンダー・フォース!!――

 視界を奪い尽くすほどの凄まじい攻撃。
 圧倒的な神の一撃によって、星屑の竜は跡形も無く消し去られてしまった。

 シューティング・クェーサー・ドラゴン→破壊
 薫:8000→7000LP

「かっ……は…!」
 凄まじい痛みが身体を襲ってきた。
 数値にしてわずか1000ポイント。それでも今まで受けてきたダメージで、最も重い。
 圧倒的な闇の力が為せる現実のダメージ。間違いなく、今までの敵と桁が違う。
『やったぁ♪ 薫さんの切り札を倒したぞ♪』
「ま、まだだよ! クェーサーは破壊された時、エクストラデッキから"シューティング・スター・ドラゴン"を特殊召喚できる!!」
 無邪気に笑うアダムに対し、薫は叫ぶ。
 神の雷によって消し去られた竜のいた場所に、微かな光が溢れだす。
 星の残照を体現するように、僅かに輝きを淡くさせた竜が場に戻る。


 シューティング・スター・ドラゴン 風属性/星10/攻3300/守2500
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 シンクロモンスターのチューナー1体+「スターダスト・ドラゴン」
 以下の効果をそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。
 ●自分のデッキの上からカードを5枚めくる。
 このターンこのカードはその中のチューナーの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。
 その後めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。
 ●フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する事ができる。
 ●相手モンスターの攻撃宣言時、このカードをゲームから除外し、
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする事ができる。
 エンドフェイズ時、この効果で除外したこのカードを特殊召喚する。


『守備表示で特殊召喚かぁ。オシリスの効果は使えないね』
「…………」
 オシリスは相手の場にモンスターが攻撃表示で出された時、攻撃力を2000ダウンさせる凶悪な効果がある。
 だから薫は、シューティング・スター・ドラゴンを守備表示で特殊召喚した。
 戦線は一応保持できている。だがそれでも、疑問は尽きない。
『あはは♪ そんなに見つめても状況は変わらないよ? メインフェイズ2にボクは"トレード・イン"を発動するよ』


 トレード・イン
 【通常魔法】
 (1):手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。
 自分はデッキから2枚ドローする。


 アダム:手札4→6枚
 オシリスの天空竜:攻撃力4000→6000

「……発動コストを、支払わないんだね……」
『あはは♪ 何のことかボクにはさっぱり分からないな♪ カードを2枚伏せてターンエンド♪』

 オシリスの天空竜:攻撃力6000→4000

--------------------------------------------
 薫:7000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   シューティング・スター・ドラゴン(守備:2500)
   レベル・スティーラー(守備:0)
   生贄封じの仮面(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:オシリスの天空竜(攻撃:4000)
   伏せカード2枚

 手札4枚
--------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 頭によぎった可能性を胸の片隅に追いやって、薫は考える。
 まだ、そうと決まったわけじゃない。まだ……分からない。
「"生贄封じの仮面"をコストに"マジック・プランター"を発動するよ!」
『どうぞどうぞ』


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 生贄封じの仮面→墓地(コスト)
 薫:手札3→5枚

 新たに2枚のカードを手札に加えて、薫は小さく頷いた。
 これなら……突破できるはずだ。
「手札から"精神同調波"を発動するよ!」


 精神同調波
 【通常魔法】
 自分フィールド上にシンクロモンスターが表側表示で存在する場合のみ
 発動する事ができる。相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「これで"オシリスの天空竜"を破壊する!!」
『っ!』
 放たれる一筋の光が、紅の竜を貫き沈ませる。
 アダムはそれを静かに見つめ、カードを墓地へと送った。

 オシリスの天空竜→破壊

「さらに"レスキュー・キャット"を召喚!! そして、このカードを墓地に送ってデッキから"コアラッコ"と"X−セイバー エアベルン"を特殊召喚!!」
『ふふっ、下級モンスターの弱点であるオシリスを倒した途端にシンクロ召喚だもんね〜』


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。



 コアラッコ 地属性/星2/攻100/守1600
 【獣族・効果】
 このカード以外の獣族モンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を
 エンドフェイズ時まで0にする事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。



 X−セイバー エアベルン 地属性/星3/攻1600/守200
 【獣族・チューナー】
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の手札をランダムに1枚捨てる。



 ヘルメットを被った子猫が消えると同時に、2体のモンスターがフィールドに現れる。
 狙うは当然シンクロ召喚。
「レベル2の"コアラッコ"にレベル3のエアベルンをチューニング!! シンクロ召喚!! "ナチュル・ビースト"!!」


 ナチュル・ビースト 地属性/星5/攻2200/守1700
 【獣族・シンクロ/効果】
 地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る事で、
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


「このモンスターがいる限り、あなたの使う魔法は無効にできる!」
『……なるほどね。ボクの戦術への対策をしたわけだ。だけど―――』
 アダムは笑みを絶やさぬまま、伏せカードを開いた。


 昇天の角笛
 【カウンター罠】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を無効にし、それを破壊する。

 ナチュル・ビースト:特殊召喚→無効→破壊

「っ…!」
『スターのリーダーが相手だもん。これくらいの対策は当然、打っておかないとね♪』
 表情には出ないものの、薫の心には焦燥感が滲んでくる。
 自分の思い通りに決闘が進まないことに関してでは無い。
 先程、脳裏を過った”最悪の可能性”が、ますます的を得ていることを実感しているからだ。
『ふふっ、だんだん余裕が無くなって来たね薫さん』
「まだだよ! シューティング・スター・ドラゴンを攻撃表示にして効果発動!! デッキの上から5枚カードをめくって、チューナーの数だけ攻撃できる!!」
 相手の場にカードは1枚だけ。
 また強力なモンスターが召喚される前に、決着させてしまえばいい。
『複数回の攻撃で一気にボクのライフを0にしようってことか』
「うん、いくよ!」
 デッキの上から5枚、一気にカードを引き抜く。

・エフェクト・ヴェーラー
・リミット・リバース
・ハネワタ
・デブリ・ドラゴン
・死者転生

「チューナーが3体いたから、このターン、シューティング・スター・ドラゴンは3回攻撃が出来る!!」
『そのモンスターの攻撃力は3300……全部攻撃が通れば、ボクのライフは0になっちゃうね』
「バトル!!」
『させないよ。バトルフェイズ移行前に伏せカード発動!!』


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「そのカードは……!」
『残念ながら攻撃誘発じゃないよ。さぁさぁ、どうするのかな?』
「っ…今度こそバトルだよ! シューティング・スター・ドラゴンで攻撃!!」
『だったらボクは"血の代償"の効果でこのモンスターを召喚するね!!』
 アダムが手札の1枚をデュエルディスクに置いた。
 大地が罅割れ、現れる巨躯。
 鋼にも勝るほどの隆起した全身。
 握りしめたその拳からは、すべてを粉砕する力と意志が感じられた。


 オベリスクの巨神兵 神属性/星10/攻4000/守4000
 【幻神獣族・効果】
 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上の
 モンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
 このカードの召喚は無効化されない。
 このカードが召喚に成功した時、魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
 このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にできない。
 このカードは特殊召喚した場合エンドフェイズ時に墓地へ送られる。
 自分フィールド上のモンスター2体をリリースする事で、
 相手フィールド上のモンスターを全て破壊する。
 この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃宣言できない。


「攻撃力4000のモンスターを、こんな簡単に……」
『やだなぁ……薫さん、もう気付いちゃっているんでしょ?
 光を宿さない漆黒の瞳が、薫を睨みつける。
 額から冷や汗を流しながらも、その視線を受け止め口を閉ざす。
 十中八九、間違いない。
 もしそうなら……すべて説明がついてしまう。

「薫さん!!」

 闇の瘴気で作られた壁の向こう。
 真奈美が心配そうな表情を浮かべて叫ぶ。
 薫は無理やり笑顔を作って、ただ静かにピースサインを返した。
『いいねいいね♪ 皆を不安にさせないように気丈に振る舞っているんだぁ』
「………」
 アダムの言葉に応えることなく、薫は大きく深呼吸する。
 心を静め、今の状況を出来る限り冷静に見つめた。
 バトルフェイズ中にモンスターが特殊召喚されたことで、攻撃の巻き戻しが発生する。
 シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力は3300。それに対してオベリスクの攻撃力は4000ある。
 このまま攻撃したら自滅行為だ。
「バトルは中断するよ」
『了解だよ。次はどうするのかな?』
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

--------------------------------------------
 薫:7000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   シューティング・スター・ドラゴン(攻撃:3300)
   レベル・スティーラー(守備:0)
   伏せカード2枚

 手札2枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:オベリスクの巨神兵(攻撃:4000)
   血の代償(永続罠)

 手札3枚
--------------------------------------------

『ボクのターン、ドロー!』(手札3→4枚)
 楽しげにカードを引いたアダムに対して、薫は身構えた。
 今までの常識が通用しないことは分かっている。
 次にどんな戦術が披露されるか、予想がつかない。
『じゃあボクはこのカードを召喚するよ!』
 辺りから溢れだす黒い闇。
 形を持たぬ泥の塊のように浮かび上がったそれは、1つの球体となって場に降臨する。


 邪神アバター 闇属性/星10/攻?/守?
 【悪魔族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。
 (1):このカードが召喚に成功した場合に発動する。
 相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動できない。
 (2):このカードの攻撃力・守備力は、「邪神アバター」以外の
 フィールドの攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100の数値になる。


「っ! それは、召喚させない! 伏せカード発動だよ!!」
 考え得る限り最も場に出されたくないモンスターが出されてしまった。
 アバターが召喚に成功すると、2ターンの間、魔法と罠が使えなくなってしまう。それだけは避けなければいけなかった。


 神の警告
 【カウンター罠】
 2000ライフポイントを払って発動する。
 モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。

 薫:7000→5000LP
 邪神アバター→破壊

『さっきのお返しってわけだ。それとも、さすがの薫さんも神の警告を使わざるを得なかったってことかな? でも……まだ甘いなぁ。血の代償の効果を使ってもう1回、召喚をする!!』
「っ!」
 燃え盛る炎。
 金色に思える火の粉が舞い、巨大な翼と共に黄金の竜が出現する。


 ラーの翼神竜−不死鳥 神属性/星10/攻4000/守4000
 【幻神獣族・効果】
 このカードは通常召喚できず、このカードの効果でのみ特殊召喚できる。
 (1):このカードが墓地に存在し、
 「ラーの翼神竜」がフィールドから自分の墓地へ送られた場合に発動する。
 このカードを特殊召喚する。
 この効果の発動に対して効果は発動できない。
 (2):このカードは他のカードの効果を受けない。
 (3):1000LPを払って発動できる。
 フィールドのモンスター1体を選んで墓地へ送る。
 (4):エンドフェイズに発動する。
 このカードを墓地へ送り、自分の手札・デッキ・墓地から
 「ラーの翼神竜−球体形」1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。


「あ…!」
『このカードの存在を失念してたんだね? そりゃあそうだよねぇ……こんなオシリスもオベリスクもラーも……本社じゃなきゃこんな超レアカード置いてないもんね?』
「そのために……本社を襲ったんだね……」
『うん♪ おかげでボクの力を存分に扱えるほどにデッキをカスタマイズ出来たよ♪ 不死鳥の効果発動だ! 効果を2回使って薫さんの場にいるモンスター達を墓地へ送る!』
 黄金の竜が、その灼熱の翼を羽ばたかせる。
 巻き起こる業火に飲み込まれ、薫の場にいるモンスター達は跡形も無く飲み込まれた。

 シューティング・スター・ドラゴン→墓地
 レベル・スティーラー→墓地

 発生した衝撃に耐え、薫は歯を食いしばる。
 シューティング・スター・ドラゴンの無効に出来る効果は、破壊効果だけ。
 直接墓地に送る効果に耐性を持っているわけじゃない。
『これで薫さんの場はがら空きだ! さぁバトルだよ!!』
 間髪入れず、アダムは攻撃宣言をする。
 攻撃力4000を誇るモンスターが2体。これらの攻撃をすべて受ければ、ライフは一気に消し飛んでしまう。
「く……! 手札から"バトル・フェーダー"の効果発動だよ!!」
 たまらず手札からカードを発動した。
 小さな悪魔の持った鐘の音が強く響き渡り、2体の神の攻撃を止める。


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


『ふふっ、なかなか粘るね♪ メインフェイズ2に不死鳥の効果でバトル・フェーダーを墓地に送るね』
「……バトル・フェーダーは場を離れるとき、ゲームから除外されるよ」
 再び黄金の竜が羽ばたき、薫のモンスターを焼き尽くす。

 バトル・フェーダー→除外

『このターンで決めきれなかったかぁ、ざーんねん♪ カードを1枚伏せてターンエンドだよ♪ そしてエンドフェイズ時に不死鳥は卵に戻っていく。不死鳥を墓地に送ってデッキから"ラーの翼神竜−球体形"を特殊召喚だ』


 ラーの翼神竜−球体形 神属性/星10/攻?/守?
 【幻神獣族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードを通常召喚する場合、
 自分フィールドのモンスター3体をリリースして自分フィールドに召喚、
 または相手フィールドのモンスター3体をリリースして相手フィールドに召喚しなければならず、
 召喚したこのカードのコントロールは次のターンのエンドフェイズに元々の持ち主に戻る。
 (1):このカードは攻撃できず、相手の攻撃・効果の対象にならない。
 (2):このカードをリリースして発動できる。
 手札・デッキから「ラーの翼神竜」1体を、
 召喚条件を無視し、攻撃力・守備力を4000にして特殊召喚する。


 金色の不死鳥が儚く消えたと思えば、神々しい雰囲気を放つ黄金の球体が現れる。
 その内側からは力強い鼓動が鳴り響き、無音の威圧感を周囲へ撒き散らしていく。

--------------------------------------------
 薫:5000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚(奈落の落とし穴)

 手札1枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:オベリスクの巨神兵(攻撃:4000)
   ラーの翼神竜−球体形−(攻撃:?)
   血の代償(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
--------------------------------------------

『薫さん、そろそろ諦めたら? この布陣を崩すのは、いくら薫さんでも無理があると思うよ?』
 両手を広げて、アダムは諭すように首を傾げる。
 だが薫は必死に思考を巡らせながら、この戦況を覆す術を探していた。
「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたのは、逆転へとつながるキーカード。
「手札から"貪欲な壺"を発動するよ!!」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「この効果で私は墓地から―――」
『させないよ』
「えっ」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 貪欲な壺→無効

 だが無慈悲に、冷酷に、アダムはそれを無効にした。
 当然のようにコストを支払うことも無く、最強のカウンター罠によって。
『残念だったね薫さん。きっと薫さんなら、新しくカードを引いて逆転できたんだろうね。それとも、その残っている1枚が本命だったりするのかな…?』
「………私は手札から"サイバー・ドラゴン"を守備表示で特殊召喚するよ」


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


 機械の龍は、その身を丸めて主を守るように現れた。
 2体の神に見下ろされながらも、必死にその声を唸らせて抵抗する。
『壁モンスターにするつもりかな?』
「墓地の"レベル・スティーラー"の効果で、サイバー・ドラゴンのレベルを1つ下げて守備表示で特殊召喚!!」


 レベル・スティーラー 闇属性/星1/攻600/守0
 【昆虫族・効果】
 このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
 レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
 このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

 サイバー・ドラゴン:レベル5→4

『なるほどなるほど。そうやって時間を稼ぐつもりなんだね?』
「……ターンエンドだよ」

--------------------------------------------
 薫:5000LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   サイバー・ドラゴン(守備:1600)
   レベル・スティーラー(守備:0)
   伏せカード1枚(奈落の落とし穴)

 手札0枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:オベリスクの巨神兵(攻撃:4000)
   ラーの翼神竜−球体形−(攻撃:?)
   血の代償(永続罠)

 手札1枚
--------------------------------------------

『ボクのターン、ドロー!』(手札1→2枚)
 圧倒的に不利な状況でも、薫は諦めない。
 確かに絶対的な力を誇っているが、付け入る隙が無い訳じゃない。
 このターンさえ凌ぎ切れれば、まだ可能性はある。
『ボクは球体形の効果発動!! デッキから"ラーの翼神竜"を攻守4000にして特殊召喚する!!』
「また…!」
 場に君臨する球体が光り輝くと同時、その隣に黄金の翼を羽ばたかせる竜が現れた。


 ラーの翼神竜 神属性/星10/攻?/守?
 【幻神獣族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードを通常召喚する場合、自分フィールド上の
 モンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
 このカードの召喚は無効化されない。
 このカードが召喚に成功した時、このカード以外の魔法・罠・効果モンスターの効果は発動できない。
 このカードが召喚に成功した時、ライフポイントを100ポイントになるように払う事で、
 このカードの攻撃力・守備力は払った数値分アップする。
 また、1000ライフポイントを払う事でフィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

 ラーの翼神竜:攻撃力?→4000 守備力?→4000

「球体形が……場から消えていない……!?」
 本来なら発動コストとして、球体形はリリースされていなければならないはずだった。
 だが球体は依然として場に君臨し、圧倒的な存在感を放っている。
『やだなぁ。薫さんならこれくらい予想済みでしょ?』
「っ…! 伏せカード"奈落の落とし穴"!!」


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


「そのラーは特殊召喚された……召喚時に発動する魔法・罠封殺の効果は使えない!」
『ふふ♪ 最初のターンからずっと伏せられていたカードはそれだったんだ。三幻神ばかり出てくるから、発動する機会が無かったんだね』
 現れた黄金の竜を、巨大な穴が飲み込んでいく。
 これで倒した神はオシリス、アバタ―、ラーの3体。
 三幻神、三邪神などのカードはかなりのレアレティであるため、手に入れられることは滅多にない。誰かが独占できないように、本社では現在それらを制限カードとして扱っている。
 今までアダムは、下級モンスターや他の上級モンスターを見せていない。
 もしメインモンスターが最上級モンスターで構成されているならば、それらすべてを倒してからなら反撃が出来るはずだ。
『ここまで粘られるとは思っていなかったなぁ……仕方ないか。"血の代償"の効果発動だよ』
 ドローフェイズを経て、2枚になった手札。
 アダムはそれらを一気にデュエルディスクに叩きつけた。


 降雷皇ハモン 光属性/星10/攻4000/守4000
 【雷族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールドの表側表示の永続魔法カード3枚を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。
 (1):このカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、
 相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
 (2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。
 相手に1000ダメージを与える。


 幻魔皇ラビエル 闇属性/星10/攻4000/守4000
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3体を
 リリースした場合のみ特殊召喚する事ができる。
 相手がモンスターを召喚する度に自分フィールド上に「幻魔トークン」
 (悪魔族・闇・星1・攻/守1000)を1体特殊召喚する。
 このトークンは攻撃宣言を行う事ができない。
 1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体をリリースする事で、
 このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は
 リリースしたモンスターの元々の攻撃力分アップする。


「な、なによ、それ…!?」
 後ろで見ている香奈の声。
 薫は歯を食いしばりながら、並び立つ大型のモンスターを見た。
 そのどれもが、本来なら容易に召喚することのできないモンスターばかりだった。
 そして確信する。アダムの”力”と、その凶悪性について。
『これで終わりだね♪ ハモンでサイバー・ドラゴンに攻撃!!』
 黄金の翼を羽ばたかせた幻魔が、その口から膨大な光を吐き出した。
 必死に守備体制を取る機械の龍を、跡形も無く消し去った。
『ハモンで戦闘破壊したことで、薫さんに1000ポイントのダメージだよ』

 サイバー・ドラゴン→破壊
 薫:5000→4000LP

「ぅ…ぁぁ…!!」
 発生する衝撃とダメージによって、薫の身体が揺れる。
『更にラビエルでレベル・スティーラーを攻撃!!』
 幻魔の拳が、テントウムシ型のモンスターを叩き潰す。

 レベル・スティーラー→破壊

 フィールド上のモンスターが全滅する。
 薫は墓地にある"グローアップ・バルブ"を見た。
 もしさっきのターン、これを召喚していたら………。
「か、薫さん…!」
 呼びかける真奈美の声が震えていた。
 薫には手札もカードも無く、アダムの場にはまだ攻撃宣言をしていない攻撃力4000のモンスターが1体。
 今から行われるであろう攻撃を、防ぐ方法は……ない。

『今まで本当にお疲れ様。それじゃあ、バイバイ♪』

 オベリスクの巨大な拳が振り下ろされる。
 その光景を、全員が黙って見ていることしかできない。
「薫!!」
 咄嗟に叫ぶ声。佐助の声だった。
「佐助さん……みんな……」


 ――ごめん、勝てなかった――


 その言葉と涙を零すと同時に、オベリスクの拳が直撃した。



 薫:4000→0LP





 薫のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。




-------------------------------------------------------------------------------------------------------



「薫!」
「薫さん!!」
 全員が一斉に、彼女へ駆け寄ろうとした。
 だが、アダムから放たれた闇がそれよりも早く、意識を失った彼女を呑みこんでいった。
『さてさて、薫さんは倒したし、次は誰から消していこうかな?』
「………!!」
 アダムの無邪気で不気味な瞳がこっちを向く。
 凄まじい決闘を目の当たりにした俺達は、その場から動けずにいた。
 あの薫さんが、手も足も出ずにやられてしまった……その事実が、俺達に深い絶望を与えていた。
 もし薫さんが少しでもダメージを与えられていたら少しは心境が変わっていたのかもしれない。だがアダムは一切のダメージを受けていない。それほどまでに圧倒的な戦いだった。
『やっぱり順番的に伊月さんかな? それとも中岸君かな? あ、でもそうすると朝山さんが悲しむから朝山さんから消していこうかな?』
「っ!」
 反射的に香奈の前に立ち塞がる。
 体が勝手に動いただけだった。どうこうしようなんて考えられるほどの余裕は無かった。
『よし決めた! まず――――っ!!』


 ドゴォッ!!!


 キャノン砲が撃ちだされたかのような轟音が響いた。
 アダムがものすごい勢いで吹き飛ばされ、近くの壁を突き破って視界から消える。
「しっかりしろ!!」
「……!」
 佐助さんの声だった。
 その髪は白く染まり、瞳の色はコロンと同じエメラルドグリーンになっている。
 これが……香奈の言っていた……『ユニゾン』ってやつか?
「伊月。プランBだ。内容は分かっているな?」
「っ! さ、佐助さん……!」
「俺の作戦にケチをつけるつもりか?」
「……分かりました。ご武運を」
 そう言って伊月が佐助さんへと背を向けた。
 その表情から、何かを覚悟していることが見て取れる。
「プランBってなんですか?」
「万が一、薫さんが敗北してしまった時のための作戦ですよ。佐助さんとコロンによる実力行使。決闘で勝てないことが分かった以上、武力に物を言わせて倒してしまおうというわけです」
「じゃ、じゃあ私も加勢を……!」
「いいえ。この状況では僕も真奈美さんも援護したところで邪魔になるだけです。ここは佐助さんに任せて戦いの邪魔にならないところへ避難するのが最善の行動ですよ。さぁ脱出しますよ!!」
 伊月の先導でみんなが避難を開始する。
 さっきの衝撃のせいだろうか、エレベーターは使えないため非常階段を使って降りることにする。
 武田と吉野の先導のもと、香奈と本城さんが先に脱出を始めた。

「大助……雲井……」

 佐助さんは俺達へ背を向けて、アダムが飛ばされた方向を警戒していた。
 最後に避難しようとする俺達に、彼は背を向けたまま言い放つ。


「……俺達が守れなかった世界は……お前らに託したぞ」


「っ!!」
「さぁ、分かったら行け。戦いの邪魔だ」
「っ……雲井、行くぞ!」
「あ、ああ!」
 歯を食いしばって、走る。
 雲井は気づいていないようだが、今の言葉で察してしまった。



 このプランBという作戦の………『本当の目的』を。




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 大助たち全員がこの場から避難したことを確認し、佐助は小さく息を吐いた。
 崩れた壁から意識を逸らさず、先程アダムを殴った右手を確認する。
「ちっ」
 骨が砕けていた。少しでも動かそうとするだけで激痛が走る。
 アダムに何かされたわけじゃない。
 単純な話だ。普通の人間が鋼鉄を殴れば硬度の差によって殴った方の骨が折れる。
 規模が違えど、それとまったく同じことが佐助とアダムの間で起きていたのだ。
(全力で殴ったんだが……骨がイったか……。かなり硬いな)
 鋼鉄も貫けるはずのユニゾン状態の拳を、白夜の力で回復させる。
 ユニゾン状態の一撃でも、おそらく相手にはほとんどダメージが与えられていないだろう。
 薫がやられ、肉弾による戦闘でも勝ち目が見えないこの状況で、自分が下すべき判断は……1つしかない。

『びっくりしたなぁ。びっくりしてうっかり隣のビルまで吹き飛ばされちゃったよ』

 崩れた壁の向こうから、アダムが姿を現した。
 纏う漆黒の布にすら傷がついていない。
 予想していた通り、ダメージがあるようには見えなかった。
『ボクが言うのもアレかもしれないけど、そうやってなんでも暴力に訴えるのは良くないと思うな? それともあれかな? 薫さんがやられちゃって怒ってるのかな?』
「……黙れ。その口を閉じろ」
 自分の口から溢れ出た言葉に、佐助自身が驚いてしまった。
 胸の奥で煮え滾る熱が、自然と全身に力をみなぎらせる。
 佐助は拳を構えてアダムを見据える。内側にいるコロンも全神経を集中して戦う態勢になっていた。

 この状況下ですべきこと……それはプランBの実行。
 そしてプランBとは、伊月が言っていた『実力行使によってアダムを倒す』ことではない。

 この作戦の本当の目的は……『スターが死力を尽くして、大助たちを逃がすこと』だ。
 アダムは遊戯王で戦うことが、一番の対抗手段。
 合宿でイブの言っていたことはおそらく本当なのだろう。
 最高戦力だった薫が敗れた今、薫と同等の……いや、それ以上の決闘者になる可能性を秘めた彼らを逃がすことが最優先事項だった。

 つまりこれからする戦いは、単なる時間稼ぎ。
 だが死力を尽くさなければならない。一分、一秒、一瞬でも、未来の希望を繋ぐための時間を稼がなければならないのだから。

『あはは、まさか喧嘩でボクを倒すつもり? 大助君達の前だからって格好よくキメてもらったところ悪いけど、それは無理な話だね』
「お前が、負けないから……とでも言う気か?」
『さすが佐助さん。よく分かってるじゃない。それなら、君が今どれだけ無駄なことをしているのかってことも分かるよね?』
「……ふっ、最悪の人災というわりに、分からないんだな。いや、そういう存在だからこそ分からないだけか」
『どういうことかな?』
「心配するな。いずれすぐに分かる。お前が散々利用してきたあいつらの刃は、必ずお前の心臓に届くからな」
『……遺言は、それだけかい?』
「じゃあもう一つ言わせてもらおうか?」
『なんだい?』
「覚悟しろよ、最悪の人災……!!」
 その捨て台詞と共に、佐助は前へ出た。
 一瞬でアダムとの距離を詰め、心臓の位置へ全力の一撃を叩き込む。
 今度は打撃の瞬間に拳に力を集中させたため、骨は折れずに済んだ。
『あはは♪ ボクと遊びたいならそう言ってくれればいいのに』
「っ!」
 全力の一撃を受けて、アダムは笑顔で返事をした。
 攻撃力強化の一点集中ですらダメージが入っていない。
 その事実を重く受け止めつつ平静を装った。
「あいにくこっちは、お前を倒すつもりだがな」
『そうなの? じゃあボクが遊んでいるうちに倒せるといいね♪』
 佐助が退くと同時に、アダムが右腕を横に振った。
 反射的にしゃがみ込む。
 その背にあった壁が切り裂かれていた。
『へぇ避けたんだ。さすがだなぁ。普通の人だったら気づかないで斬られちゃっていたはずなのに』
「っ!」
 屋内での戦闘はまずいと感じ、佐助は全速力をもってアダムに掴みかかる。
 そのままの勢いで崩れた壁を抜け、屋外へ飛び出した。
『わぉ♪ 空中戦かぁ。いいよいいよ。空中戦ってあんまりやったことがないから楽しみだなぁ♪』
「楽しめる余裕があればな!!」
 二つのビルの間。その空間内に佐助は無数の透明なブロックを展開する。
 以前、星花高校で山中と戦ったときに見せた『空を駆ける足場』だ。
 足元のブロックを蹴り、宙へ浮かぶアダムへ突進する。
『あはは♪』
 反撃するように腕を振るアダム。
 佐助はすぐさまブロックを蹴って方向転換し、アダムの周囲を高速で駆け回る。
 そして死角となる位置から攻撃を加え、すぐさま一定距離を保つ。
(佐助! なんで連続で攻撃しないの!?)
「連続で攻撃して、アダムに捕まったらアウトだ。さっき繰り出された刃はまともに喰らったんじゃ受けきれない」
(でもこのままじゃこっちの白夜の力が尽きちゃうよ!)
「ああ。だから一定距離を保って攻撃しつつ、相手の隙を――――っ!?」

 視界から、アダムが消えた。

『こっちだよ♪』
「っ!?」
 振り向きざまにアダムの拳がわき腹に直撃した。
 肋骨が何本も折れる音がして、同時にビルの壁に叩き付けられる。
「が……はっ…!?」
(佐助!)
 コロンがすぐに傷を修復するが、すぐに動けるようにはならない。
 その隙をついて、アダムが佐助の周囲に無数の黒い槍を展開した。
『避けれるかなぁ? それ♪』
 周囲に展開する槍が一斉に佐助の元へ放たれる。
 避けようとは思わなかった。そもそも避けられないと判断した。
 両腕を前に組んで、全速力で前へ出る。
 槍の何本かが腕に刺さり、体を掠ったが展開された槍の量から判断すればかなりの軽傷で済んだ。
 下手に避けようとしたり防御しようとすればこれ以上の負傷を負っていただろう。
『すごいすごい♪』
 手をパチパチと叩くアダムを見据えながら、佐助は自身の腕に刺さった槍を抜く。
 その傷はすぐに癒されるが、呼吸は乱れ、大量の汗が全身から噴き出していた。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
 疲労の色を隠せないながらも、佐助は冷静だった。
 今までの戦いから、相手の能力と自分の能力を比較する。
(防御力も、スピードも、パワーも、すべて相手の方が上。しかもレベルが桁外れ……か。白夜の力を使った攻撃に関しても……間違いなく相手の闇の力の方が勝っているから意味がない……薫のようにリミッター解除を使う手もあるが、それを踏まえてもアダムの力の方が遥かに勝っている……か……)
 思わず力ない笑みが浮かんでしまった。
 どの要素をとっても勝てる可能性がない。
 コロンも頑張ってサポートしてくれてはいるが、ここまで連続で白夜の力を消費させられては、もってあと5分と言うところだろう。

『もう終わり? ボク、まだ本気の1%もだしていないんだけど?』

「…………」
 さらに絶望的な言葉を叩き付けられた。
 ここまでの実力差があるにも関わらず、相手は本気を出していない。少なく見積もっても、あと100倍以上の戦闘力が発揮できるほどの余裕がある。
「まいった……な……」
 どうしようもない状況に追い込まれたとき、笑うことしかできないというのは本当の事らしい。
 心のどこかでは、少しくらいなら対抗できるのではないかと思っていた。
 だがその考えがいかに甘かったかを、この場で思い知らされた気がした。
『諦めてくれると嬉しいな佐助さん。さすがにボクも、弱い者いじめは好きじゃないんだよ?』
「ふん……まだまだ、これからだろう……?」
『残念だけど、飽きちゃった』
 次の瞬間、アダムが目の前にいた。
 咄嗟に両腕を組んで防御の態勢を取る。
 かざされた掌から、膨大な闇のエネルギーが放出された。
 そのエネルギー波に飲み込まれ、佐助はビルの中まで吹き飛ばされた。


「ぐっ……がふっ……っ!」
 吹き飛ばされたビルの柱。
 もたれかかりながら、佐助は口から血を吐き出した。
 たった1撃で、全身がボロボロになっていた。なんとか呼吸は出来るようだが、全身の骨に異常を感じた。
 立つことすらままならず、かろうじて右腕が動かせる程度だった。
「コ……ロン……無事か……?」
(う、うん。でも、もう白夜の力が……! 佐助の傷を治したらユニゾン解除しなきゃいけなくなっちゃう!)

「そう……か……なら……もう傷は……治さなくて……いい」

(え!?)
「コロン……俺は……ここまでだ。お前だけ……この場から……脱出……しろ……」
(……やだよ! 佐助! 一緒に戦うって言ったじゃん! 最後まで戦おうよ!)
「悪い……な……。無駄な……戦いは……しない主義………なんだ………。もうすぐ……アダムが……トドメを刺しにくる……その前に………!」
(やだ! やだやだやだ!! 絶対にやだ!!)
 コロンが駄々をこねると共に、佐助によってユニゾンが強制解除される。
 妖精姿のコロンが、瞳に涙を浮かべながら現れていた。
『見捨てることなんてできないよ! だって、佐助、パートナーなのに……!』
「お前は……本当に………薫みたいなことを……言うんだな……」
 残された力を振り絞り、何とか動く右腕を動かして、佐助はコロンの頭を優しく撫でた。
 こんな小さな体で、自分と一緒に戦ってくれたパートナーを、誇りに思った。
「俺には……大切なものなんて……無いと思っていた……。だが失って……気づいた。薫もお前も……俺にとって……がふっ!」 
『さ、佐助!』
「だから……コロン……せめてお前だけでも……逃げてくれ………お前まで……目の前で失ったら……俺は………」
『…………』
 優しく、そして儚く笑う佐助を見て、コロンは自身の瞳に流れるものをぬぐった。
 必死で歯を食いしばり、鼻をすすり、精一杯の笑顔を向ける。
『っ……分かった…ぅ…それが佐助の望みなら……ぐすっ……そうするよ!』
「ああ……ありがとう」
『いつもコーヒーしか飲んでなくて、パソコンしかしてなくて、そのくせ喧嘩が強くて、薫ちゃんの事、はっきりさせないままで……私に見捨てろなんて言うし……そんな佐助なんて、こっちから見捨ててあげるよ!!』
「そうしてくれ……」
『でも……!』
「?」
 コロンの体が、瞬間移動するために発光する。
 泣きじゃくる顔を佐助に向け、たった一言。

『でも……そんな佐助が、大好きっ……!!』

「……あぁ、俺もだ」
 互いに、その”好き”の意味がパートナーとしての”好き”だと分かっていた。
 言葉にしなくても分かりきっていたことだった。
 それでも……こうして言葉にして、伝えておきたいことだった。
『絶対、仇はとるからね!!』
「ああ。頼む」
 コロンの体から眩い光が放たれて、彼女はその場から姿を消した。
 きっと、大助たちと合流しているだろう。
 あとは……すべてあいつらに……任せるしかない。


『あれ? ユニゾン解除しちゃったの?』


 アダムが現れ、見下ろしてきた。
 悔し紛れの言葉すら、思いつかなかった。
『何か言い残すことはある? もし良かったら他の人に伝えてあげるよ?』
「……………」
『あらら、気を失っちゃったか。まぁいいか♪ どうせみんな消しちゃうんだしね♪』
 アダムが掌をかざす。
 消え行く意識の中で、佐助はどこか安らかな気持ちに包まれていた。

(……何かを託すというのも……それほど悪いものではない……か……)



 そして、漆黒の闇が佐助を飲み込んだ。





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 伊月がみんなを誘導しながらビルからの脱出を図る。
 佐助さんが全力で戦っているせいか、上の階から激しい振動が伝わってくる。
「落ち着いて、迅速に行動してください」
 伊月の指示に従って動くものの、ビル全体を襲う激しい揺れがそれを困難にしていた。
 俺と雲井は列の最後尾にいて、後ろから誰かが追いついてきていないか意識を集中している。
「佐助さん、大丈夫かよ?」
 階段を下りながら尋ねてきた雲井。
 俺は静かに拳を握りながら、平静を装いながら答える。
「……今は信じるしかないだろ」
「ああ」

「大助君、雲井君」

 伊月が呼びかけてきた。
 いつの間にか、みんなとの距離が離れていたらしい。
「2人とも急いでください。このビル自体が長くもちそうにありません」
「っ、はい!」
 急いで階段を駆け下りる。
 せっかくの佐助さんの頑張りを、無駄にすることはできない。


『伊月君!』

「「「っ!」」」
 幼い女の子のような声。
 壊れた窓から、コロンがやってきていた。
「コロン!? なんでここに……!?」
「ま、まさか……!」
『………………』
 赤く腫れた瞳とその沈黙で、俺達はすべてを察してしまった。
 伊月は少しだけ顔を伏せた後、コロンに真剣な眼差しを向ける。
「よく時間を稼いでくれました。あなたたちの頑張りは無駄にはしません。この先に香奈さん達がいます。行って先導してあげてください」
『伊月君は……?』
「おやおや、それを聞くのは野暮というものですよ」
 伊月は爽やかな笑みを浮かべ、そう言った。
 隣にいた雲井が、突っかかる。
「ちょっ、待てよ! まさか……!」
「大助君、雲井君を連れて先にいる香奈さん達と合流してください。あとのことはコロンに任せます」
「待てって言ってんだろうが!!」
雲井!!!
 大声で叫ぶ。
 これ以上、黙っていることができそうになかった。
「な、中岸!」
「行こう。みんなが待ってる」
「てめぇ、佐助さん達を見捨てんのかよ! 冗談じゃねぇぞ!」
 掴みかかってきた雲井の腕を逆に掴み、そのまま壁際に押し付ける。
 勢い余って叩き付けるような感じになってしまったが、俺も感情を抑えるのに必死で気にしていられなかった。

「まだ分からないのか!? 佐助さんも伊月も、俺達を逃がすために戦ってくれてるんだ!!」

「っ!!」
「薫さんが負けて、スター以外で戦えるのは俺達だけだ!! ここで全滅したら、終わりなんだぞ!!」
 嘘だ。
 本当は、怖かった。
 訳の分からない力で戦いを挑んでくるアダムから、一刻も早く逃げたいだけだ。
「けど、全員で戦えば――――」
「ふ、ふざけるな!! アダムは薫さんが相手でも1ポイントのダメージも受けなかったんだぞ!! しかもアダムは上級モンスターをなぜかリリースなしで場に出している! 闇の世界を使っていないのにだ!! 魔法や罠のコストだって無視してる!! そんな奴が相手なのに、何の策も無しに戦ってもやられるだけだ!!」
 吐き出す言葉に、自分の恐怖が滲んでいるようだった。
 分かってる。分かっているはずなのに……言葉が止まらない。
「全員で戦えばなんとかなるだって!? 闇雲に戦って勝てるなら、苦労しないだろ!!」
「中岸……お前……」
「大助君の言うとおりです」
 伊月が2枚のカードをかざすと同時に、その両手に銃が握られていた。
 間違いない。伊月は1人でここに残って、アダムの足止めをするつもりだ。
「本当は一般人である君たちに頼むわけにはいかないのですが……状況が状況です。あとのことは任せましたよ」
「っ、分かったぜ! あとはまかせやがれ!!」
 雲井の歯ぎしりがここまで聞こえてきた。
 よほど、この状況をどうにかできないことが悔しかったのだろう。
「いくぜ中岸!!」
「……ああ!」
 溢れ出そうになる感情を抑えながら、俺と雲井は伊月を置いて階段を駆け下りた。



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『伊月君……』
「おやおや、コロンも早く行ってください。佐助さんに、大助君達をサポートするように言われたのでしょう?」
『でも、でも…!』
「いいから、早く」
『っ! 無茶しないでよ!?』
「おやおや、1つ誤解していませんか?」
『え?』
 首を傾げるコロンに、伊月はいつものような爽やかな笑みを向けてこういった。

「時間稼ぎをするのはもちろんですが……別に、アダムを倒してしまっても構わないのでしょう?」

『……勝算あるの?』
「ええ。いい考えがあります。この戦いが終わったら麗花とビールを飲む約束をしていますし、ここは僕に任せてください。なに、すぐに追いつきますよ」
『……伊月君、真面目に言ってるのかもしれないけど、それフラグだよ?』
「おやおや、フラグは折るために存在していると思いますが?」
 コロンが小さく溜息をついて、この場から姿を消した。
 伊月はさっきまで降りていた階段を上がりながら、銃を握る手に力を込めた。




「こんなことになるなら……麗花ともう少し話しておけばよかったですね」





 ビルの10階に位置する場所で伊月は大きく息を吐き出した。
 全神経を集中させて、白夜の力で自身の体を覆う。薫やユニゾン状態の佐助が行う、白夜の力による身体強化だ。
 もっとも伊月の場合は2人と違い、運動神経の強化よりも視覚、聴覚など、空間把握用の感覚神経の強化に重点を置いている。
 伊月は戦闘において銃しか使わない。なので他の2人と違って機動力のみの強化をすればたいして支障はない。本来なら攻撃力やその他に使うべき分の力を感覚神経に使うことが出来る。
 神経が敏感になり、少しだけ世界がゆっくりに感じた。
(来ましたね)
 窓の外。誰もいない空間に向けて、伊月は引き金を引いた。
 放たれた10発近くの弾丸が空を飛ぶアダムに直撃した。
「これくらいでダメージがあるとは思えませんね」
 追撃としてさらに100発の弾丸を撃ち込む。
 それらすべてがアダムに直撃し、巨大な爆発を引き起こした。

『びっくりしたなぁ。階段下りるのが面倒だから外を飛んでたのに、ビルの中から急に攻撃されるんだもん』

 爆発による煙の中から、アダムが姿を現した。
 その体どころか、衣服にすら傷がついていない。
(なるほど。佐助さんでも勝てない訳ですね)
 とても冷静に、伊月は相手の戦闘力を感じた。
 そもそも、実力行使によってアダムを倒せるなんて伊月は微塵も思っていない。
 佐助が敗れた時点で、アダムに対しての実力行使は無駄だということが分かっていたからだ。
「そんなに驚いてくれたなら嬉しい限りですね」
『これは佐助さんにも言ったんだけど、あんまり暴力に頼るのは良くないと思うな? ボク達は言語を通じて意思を疎通することができるんだから話し合いで解決するならそれに越したことは無いと思わない?』
「では一応聞いてみましょうか? おとなしくこの世界から手を引いてただの機関に戻っていただけませんか?」
『丁重にお断りするね。ボクはこの世界を消してイブと一緒に暮らすっていう大切な夢があるんだ♪』
「おやおや、交渉決裂ですね」
 爽やかな笑みを浮かべると同時に、伊月は引き金を引いた。
 アダムは首を傾けてそれをひょいと躱す。
「……………」
『そうやって不意を突くのも感心しないなぁ。スターは正義の味方なんだから、やるなら正々堂々戦うべきだと思わない?』
「それもそうですね」
 軽く笑みを返すと、伊月は何もない空間内に無数の弾丸を放った。
 放った先に漆黒の刃が現れ、弾丸がそれらを的確に打ち抜いた。
『わぁ。凄いね。闇の力を微かな気配を察して、刃が出現すると同時にそれらを撃ちぬくなんて』
「……不意打ちは卑怯だったのではないですか?」
『ボクはほら、正義の味方じゃないから問題ないんだよ♪ それにしても、本当に凄いね伊月さん。ここまでの空間把握能力に特化した相手は初めてだよ♪』
「褒めても何も出ませんよ?」
『出るさ。君の血がね♪』
「っ!?」
 伊月の肩を熱い痛みが襲った。
 左肩を、漆黒の槍が貫いていた。
「いったい……何を……?」
『簡単だよ。君は外部の気配をすべて察することが出来る。それなら君の体の内部に直接刃を形成すればいいだけの話だからね♪ もちろん白夜の力で防御を高めればそれは出来なくなるけど、単純な話で君の空間把握能力に勝る密度の攻撃をすればいいだけだし、仮にすべて把握されても君が防げない攻撃をすれば何の問題もないよね』
「…………」
 伊月は槍を引き抜き、すぐさま傷を癒した。
 そして銃をおろし、大きく溜息をつく。
(なるほど。これは………勝てませんね……)
『あれ? 武器を下ろしたってことは、負けを認めたってことでいいのかな?』
「いえいえとんでもない。あなたの言うことを実践しようと思っただけですよ」
『んー?』
 伊月はウエストポーチから辞書型のデュエルディスクを取り出し、変形させる。
 デッキケースからデッキから取り出し、セットした。

「正義の味方らしく、正面堂々あなたに挑むとしましょう」

『へー、薫さんでも勝てなかったボクと、どうして戦おうと思うのかなぁ?』
「おやおや、たしかに僕の実力は薫さんに劣るでしょう。ですが、僕達のリーダーが守ろうとし、僕達の参謀が希望を託したものを傷つけると言うのなら、英雄でない僕でも放っておくわけにはいきませんね」
『ふーん、じゃあお望み通り、薫さんと同じところに送ってあげるね♪』



『「決闘!!」』



 伊月:8000LP   アダム:8000LP




 決闘が、始まった。
 同時にアダムから溢れだす闇の波動。その威圧感を全身で感じながら伊月は震える膝に力を入れる。


 伊月のデュエルディスクが点灯する。先攻は彼からだ。
「僕のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 手札を眺め自分が取るべき戦術を考える。
 さっきまでの薫との決闘を見ていれば、アダムのデッキが上級モンスターで構成されていることは分かった。
 さらには闇の世界を発動しないことからも、薫が相手だから意図的に発動しなかった、ということは考えにくい。
(……考えても無駄かもしれませんね。ならば僕に出来る戦術は一つ)
「デッキワンサーチシステムを使いますよ」(手札6→7枚)
 デュエルディスクの青いボタンを押して、伊月はデッキからカードを手札に加える。
『あはは♪ 最初のターンから全力ってわけだね、じゃあボクもルールによってデッキからカードを引くよ♪』(手札5→6枚)
「お好きにどうぞ。デッキワンカード"堕天使の楽園"を発動します!」


 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン】
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。


 フィールドに赤い海が広がり、辺りを黒い羽根が舞い散っていく。
 不気味に場を彩る楽園の中心で、伊月は静かにアダムを見据えた。
「"堕天使の楽園"の効果でデッキから"堕天使ナース−レフィキュル"をサーチ。そしてそのまま召喚します」
 全身を包帯で包まれた女性型のモンスターが現れる。
 手に持った大きな注射器の先端を相手に向けて、看護師は不気味に微笑んだ。


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


「そしてカードを3枚伏せて、ターンエンドです」

--------------------------------------------
 伊月:8000LP

 場:堕天使ナース−レフィキュル(攻撃:1400)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード3枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 アダム:8000LP

 場:なし

 手札6枚
--------------------------------------------

『ボクのターン! ドロー!』(手札6→7枚)
 楽しそうに笑いながら、アダムはカードを引く。
 間髪入れず、伊月は伏せカードを発動した。
「あなたのドローフェイズ時、"マインド・クラッシュ"を発動します。宣言カードは"ハネワタ"です」


 マインドクラッシュ
 【通常罠】
 カード名を1つ宣言して発動する。
 宣言したカードが相手の手札にある場合、相手はそのカードを全て墓地へ捨てる。
 宣言したカードが相手の手札に無い場合、自分は手札をランダムに1枚捨てる。


『……はーい』
 アダムはしぶしぶ手札を見せた。

 【アダムの手札】
 ・ハネクリボー
 ・オシリスの天空竜
 ・ラーの翼神竜
 ・オベリスクの巨神兵
 ・二重召喚
 ・レインボーライフ
 ・ガーディアン・エアトス

「おやおや、外れですね。僕は手札の"ネクロ・ガードナー"を捨てましょう」
『……伊月さん、ビーピングは相手に嫌われる戦術だよ?』
「おやおや、そんなことを気にしている暇はありませんよ? スタンバイフェイズに"堕天使の楽園"の効果が発動します。それにチェーンして"ギフトカード"を2枚発動。合計9500ポイントの回復をダメージに変換して終わりです!」


 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


 連続して発動された回復カード。
 伊月の場から、アダムへ向けて無数の赤い光が放たれた。

 アダムのやっていることが分からない以上、何かされる前に倒すしかない。
 たしかに伊月は実力では薫に劣るかもしれないが、限定的状況下なら薫を超える火力を発揮できるのが彼のデッキだ。

『うわぁ………それは防げないなぁ』

 数秒後、放たれたすべての光がアダムへと襲い掛かった。



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 階段を下りながら、俺と雲井とコロンは香奈たちと合流した。
 吉野と武田が俺達の姿を確認するや否や、何も言わずに先導を再開する。
 あの二人はもう何があったのかを察しているようだった。
「大助……伊月は…?」
「…………」
「そんな、どうして……」
「ごめん香奈。今は……何も言わないでくれ……」
「………ごめん」
 視界の端で、香奈が表情を俯かせた。
 こんなときに何も出来ない自分の無力さが辛い。
「中岸……」
「雲井も、さっきはごめん……」
「いや、別に気にしてねぇよ」
「……ありがとう」



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『ふぅ、危ない危ない♪』


 伊月:0LP


 決闘は終了していた。
 アダムがデュエルディスクとデッキを仕舞う傍らで、伊月は全身を漆黒の十字架に貫かれていた。
「っ……ぁ……!」
『さすがのボクもヒヤッとしたよ。でも残念だったね。君の刃はボクには届かなかったみたいだ♪』
 漆黒の布を靡かせて、アダムは倒れ伏す伊月へ歩み寄る。
 ぼやける視界の中、伊月は静かに絶望していた。
「なる……ほど……すべ、て……合点が、いき……ました……」
『えへへ♪ ざーんねんでしたー♪』
「おやおや、あなたは……理解していないようですね」
『なにが?』
「人間というのは………誰かに想いを託すことが出来る………。そして……あなたが一番よく分かっている……人の想いには力がある」
『…………』
「僕達の………想いは、どんなことが起きようと………いつか必ず、あなたの前に強大な壁として立ち塞がる………」
『それは面白いね。そんな日が来ることを楽しみにしてるよ♪』
 アダムは笑みを絶やさぬまま、掌をかざした。
 薄れいく意識の中で、伊月は静かに目を閉じた。

(あとは……弟子である君に……任せましたよ……)

 そして、漆黒の闇が伊月を飲み込んだ。




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 本社一階。
 全員が息を切らしながら、出口へ向かっていた。
「武田! あなたは先に行って車の用意をしなさい!」
「吉野! お前はどうするんだ!?」
「私にはやることがあります。すぐに追いつきますから先に行きなさい!!」
 先導する吉野の指示に、武田は素直に従った。
 悔しいが危機的対処能力は彼女が上だからだ。
「武田、あとこれをあなたに」
 後ろにいる大助たちに見えないように、吉野はポケットから1枚の封筒を取り出した。
「これは?」
「キーが無くてもエンジンをかける方法。あとは執事としてのノウハウが書かれています」
「……っ! お前―――」
「勘違いしないで。万が一の時のためよ。あと10分経っても私が戻らなかったら発進しなさい」
「吉野!!」
「無駄口は叩くな。今は薫たちの意志を尊重することだけを考えなさい」
 すべてを射抜くような強い視線。
 こうなったときの彼女を説得するのは至難の業だという事を、武田は知っていた。
 自分の無力さをはがゆく思いつつも、封筒を受けとり武田は駐車場へ向かった。




 武田達と別れた吉野は、一人で遊戯王本社の地下へ赴いていた。
 その思惑はたった一つ。

 アダムの能力を暴くことだ。

 このままただ逃げたところで、アダムのやっていることを解析できなければ敗北は必至。傍から見ても何を行われているかは判断が出来なかったが、せめてその決闘記録だけでも送ることが出来たなら……。
(決闘のデータのほとんどは本社のデータベースに保存されているはず。せめて薫の決闘の記録だけでも抽出できたなら…!!)
 地下室の一室。
 データベースにアクセスすることができるパソコンの前に辿り着く。
 幸いにも起動状態であったため、すぐさま操作しデータを確認する。
 膨大なデータ量だが、最新の決闘記録を検索すればすぐに見つかった。
「あった!」
 闇の力で作られたアダムのデュエルディスクのデータは送られていないようだが……薫のデュエルディスクのデータは送られていた。
 すぐさまそのデータを電子メールに添付して、薫の家のアドレスまで転送を始める。
 本社の回線は一般住宅とは違う。それを使えばデータを送れるはずだ。
(よし。データは送信できた。あとは―――)

『あれれぇ? いーけないんだいけないんだぁ♪』

 背筋に走る悪寒。
 振り返らなくても、そこに何がいるのか……分かってしまった。
『まったく、会社のデータを抜き取るなんてやっちゃ駄目なんだよ?』
「そうですか、それは知りませんでしたね」
 音をたてないように、通信機をある電話番号に向けて接続した。
 そのままゆっくりと振り返り、そこにいる存在を見据える。
「あなたこそ、よくも何食わぬ顔で現れましたねアダム。元を正せば貴方がいたから、琴葉が意識不明になったんですよね」
『やだなぁ。実行犯は牙炎じゃないか。ボクはそれにちょっと協力しただけだよ♪』
「白々しいですね。そこまで読んでいたんでしょう?」
『さすがだなぁ…これでもボク、吉野さんにはそれなりに期待していたんだよ?』
「今まで似たような言葉を何度も聞いてきましたが、これほど心の籠っていない言葉を聞くのは初めての経験ですね」
 会話をなんとか続けながら、吉野は策を考えていた。
 情報は送信し終わっている。だがその情報に誰かが気づけなければ意味が無い。
 さっき接続した電話番号は……自分が最も信頼する人物。
 親でもない……共に働いてきた武田でもない。

 彼女の……初めての友達。

≪……もしもし……?≫

 ああ、繋がってくれた。
 安心感から、吉野は自然と笑みが浮かんでいた。
「咲音。良かった……繋がってくれて……」
≪吉野……?≫
 アダムから視線を逸らさず、吉野は続ける。
 この声が、聞けて良かった。
「私達が初めて出会ったのは、あの小さな公園でしたね。思えば、あそこからすべてが始まったような気がします」
≪な、なに?≫
 突然の言葉に、電話の向こうの咲音は戸惑っていた。
 聞こえる声の調子から、何かあったのだと理解する。
 アダムは会話する吉野を見つめたまま、ゆっくりと手をかざし始める。
「咲音、あなたは一児の母親だというのに、掃除も料理も満足に出来ませんでしたね……。コーヒーの淹れ方もなっていませんでした。メイド服を着させられたこともありましたか。今にして思えば、それも楽しい思い出ですね」
≪どうしたの……吉野、やめて…! そんなこと……最後みたいなこと言わないで!≫
「武田はいつまでも手のかかる部下でした。いつか”私の代わり”に立派な執事になることを少しばかり願っておきましょう」
≪何を言ってるの!? お願い、話を聞いて!!≫
 すがりつくような声。
 見ることが出来ない咲音も、察してしまった。
 大事な友が、危険な目にあっているのだと理解してしまった。
「長年、私の欲しかった大切なものを、咲音と琴葉にいただきました。薫を交えたお茶会も、素敵な思い出ですね。薫の家のパソコンにもその時の写真が入っていましたか。素敵な思い出ですし、メールを通して私の携帯に送っておいてくれませんか?」
≪逃げて吉野! お願いだから逃げて!!≫
「いいえ咲音。私はここまでです。この上、あなたを守るために戦えるのですから、執事としてこれ以上の幸せはありません」
≪ダメ……! お願い、あのアダムの闇に飲み込まれたら、もう、もう……!≫
「そうでしょうね。もう、あなたには会えないでしょうね」
≪いやっ! 私は、あなたの主です……! 執事は、主の命令を聞いてください……!≫
「いいえ咲音。執事として一番の務めは、主の安全を第一に考えることです。実をいうと、あなたの執事になると決めたときから、私は命を懸けてでもあなたを守ろうと思っていたんですよ?」
 泣きそうになる。
 声が震えて、今すぐにでもここから逃げ出したくもなる。
 だがそんな素振りを見せればすぐに、自分は消されるだろうという事を理解していた。
≪お願い! 執事じゃなくていい! ただ、親友として、一緒にいてくれるだけでいいですから、だから……いなくならないで…!≫
「駄々っ子は、友人に嫌われてしまいますよ咲音」
≪私には……吉野と薫さんしか……!≫
 電話の向こうで泣き声が聞こえた。
 ああ、彼女を泣かせてしまった……と、吉野は少し後悔する。
 きっと子供の様に泣いているのだろう。身体は大人でも、心はまだ成熟しきっていない彼女だ。
≪やめて! やめて吉野!≫
「泣かないでください。あなたには、いつまでも笑っていてほしい。それが、私の”最後のお願い”です」
≪いや…いや……! 吉野がいなきゃ、私は、私は……!!≫
「咲音。今まで本当にありがとうございました。あなたと共に過ごした時間は、私の人生の中で、最高の時間でした」
≪そんな……やめて……! お願いやめて……!!≫
 声が遠ざかっていく。
 吉野が少しずつ、スピーカーの音量を下げているのだ。


「咲音。大好きですよ」


 ただ一言。
 それだけを告げて、吉野は通信を切った。

『別れの挨拶は済んだのかな?』
「ええ。しかし意外ですね、てっきり最悪のタイミングで私を消すと思っていましたが?」
『これでもボク、女の子には優しいんだよ♪ どうする? このまま消えたい? それとも最後に決闘する?』
 その言葉に、吉野はゆっくりとデュエルディスクを構えた。
 おそらくこれが自分にとって、最後の戦いになるだろう。
 だが、ただでやられたりなんかしない。
 自分だって、数少ない友人を……薫を目の前で失った。その仇を取りたいと思う気持ちは、あったっていいはずだ。
「私と勝負しなさい、アダム!」
『あはは♪ 意気込みはいいけど、白夜のカードを持っていない君じゃあ相手にならないよ?』
「それはどうでしょうか?」
『ん?』
(お願いです……! 咲音、薫!! 私に力を貸して!!)


『「決闘!!」』



 吉野:8000LP   アダム:8000LP



 決闘が、始まった。


 アダムから溢れる闇の波動。
 その威圧感が、吉野の全身を襲う。

『…………あれ? ボクの勝利にならないなぁ?』

 首を傾げながら、アダムは吉野を睨みつけた。
「予想的中……というところですね」
 そう言って吉野は胸ポケットに入っていた闇の結晶を見せつけた。
 本社の研究機関に置いてあったものだ。本社がスターから収集したデータで闇の力を研究していたことは知っていた。ここに来る前に拝借してきたのだ。
 もちろん研究用であるため、本来の闇の結晶と違って闇の世界は発現しない。
 当然だが武力として行使することも出来ないものだ。ただの闇の力を持っている塊を身に着けているだけに過ぎない。
「勝利にならない……つまり本来なら私は、あなたにすぐ負けていたわけですか……」
『……ちょっと心外だなぁ。まさか研究用の闇の結晶程度でも防がれちゃうのか。それともボクが近くにいるせいで、研究用でもそれなりの濃度を持つ結晶になっちゃったのか……それとも、1度闇の力を扱ったことのある吉野さんだからかな……?』
「白夜のカードを持っていない私じゃ相手にならないと言っていましたね……あなたの”能力”は、白夜の力や闇の力を扱う者には通用しないのではないですか?」
『……あはは、それについてはノーコメントだよ。まぁすぐに倒せないなら、普通に君を倒すことにするよ♪』

「それは無理ですね」

 吉野は勝ち誇り、笑う。
 確かにまともに戦ったとしても、アダムの絶対的な力を誇るデッキには敵わないかもしれない。
 だが、それすら今の吉野には関係は無かった。
 たとえどんなデッキが相手だろうと、対抗できない手段が1つだけ存在する―――



 封印されしエクゾディア 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 このカードに加え、「封印されし者の右足」「封印されし者の左足」「封印されし者の右腕」
 「封印されし者の左腕」が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する。



 封印されし者の右腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右腕。封印を解くと、無限の力を得られる。



 封印されし者の左腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左腕。封印を解くと、無限の力を得られる。



 封印されし者の右足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右足。封印を解くと、無限の力を得られる。



 封印されし者の左足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左足。封印を解くと、無限の力を得られる。



『っ!』
「咲音と薫が力を貸してくれました。いくらあなたでも、闇の決闘で受けるエクゾディアのダメージは無事じゃ済まないはずです!!」
 対戦型カードゲームとして有名な遊戯王だが、エクゾディアデッキのみにおいて0ターンキルが可能になっている。
 決闘が始まり、初期手札5枚を引く。この時は先攻も後攻も決まっておらず互いが何のアクションも起こせない。
 そしてエクゾディアは手札に5枚すべてのパーツが揃えば勝利が決定する。
 現在の遊戯王における最速の勝利方法だ。

 五芒星が描かれて、その中心から召喚神が現れる。
 すべてを焼き尽くす業火が、放たれた。
































『吉野さんはRPGとかやったことある?』
「っ!」
 背筋が凍りついたような感覚。
 今も消えない業火の中に、一つの影があった。


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「みんな、急いで乗れ!!」
 本社に停車してあるスポーツカー、非合法的な方法でエンジンをかけた武田が全員に呼びかける。
 急いでその場にいる者達が乗り込み、発進する。
「飛ばすぞ!!」
 アクセルを全開にして、急いで本社から離れていく。
 街に蔓延るモンスター達が車に向けて襲い掛かるが、そこへ―――


 ――ライトシューター×30!!――


 光弾が幾多にも放たれて迎撃していく。
 ユニゾンモードを発現した真奈美が杖を構えていた。
 屋根の無いスポーツカーならば、こうして車に乗りながらでもモンスター達を退けることが出来る。
「すまんな。僅かな道を開けてくれればそこを抜ける!」
「大丈夫です!! 武田さんも、元に戻った人たちを轢かないように注意をお願いします!!」
 白いローブを翻し、杖を構えなおす。
 真奈美の周囲には常に十数個の光球が浮かび、いつでも射出できるようになっている。

 結局、10分経っても吉野は戻ってこなかった。
 仕方なく発進し、武田は彼女を見捨てる形で走り出していた。
(吉野……すまない……!!)
 胸の内で深く謝罪しながら、武田はハンドルをきった。




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 吉野:0LP


『ゲームでRPGってあるでしょ。それにはよく即死系の呪文があるんだけどね、それってラスボスには効かないんだよ。なんでだろうね、理不尽だと思わない? まぁラスボスが一撃で死んじゃうRPGも詰まらないんだけどね♪』
「…………」
 倒れ伏し、消えゆく意識の中、吉野は一つの確信を得た。
(間違い、ない……それ、なら……すべ、て……説明が……つく………アダムの……能………力………は……)
 しかし、気づいても何も出来なかった。
 全身を漆黒の十字架によって貫かれ、指一本すら動かせない。
『さようなら吉野さん♪ 闇の中でみんなを待っているといいよ』
 最後にアダムが微笑む姿を見ながら、彼女は闇の中へと沈んでいった。



『さーて、かなり遠くに逃げられちゃったかなぁ……うーん、どうしようかなぁ。まっ、いっか。きっとなんとかなるよね♪』
 アダムは無邪気に笑いながら、再び屋上へと向かっていった。



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 武田の運転で街の中を疾走する。
 すでに本社からはかなり距離を取っていた。
 スターの時間稼ぎのおかげとも言えるだろう。
 襲い来るモンスター達も、本城さんの攻撃によってなんとか退けてきていた。だが彼女の表情にも疲労が見えるため、長くは続かないだろうと思った。
「大丈夫? 真奈美ちゃん?」
「はい。まだまだ大丈夫ですよ」
 心配する香奈ちゃんに本城さんが笑みを返す。
 杖を握る手に、力が籠っていた。


 ――あはは、逃がすと思ったかい?――


 どこからか、無邪気な声が聞こえてきた。
 本社の方向。
 その場所から膨大な闇の力が上空へ放たれる。
 次の瞬間、放出された闇が巨大な炎の塊へと変化した。
 ゆっくりと、その塊が落ちてくる。まるで太陽そのものが、落ちてきているようだった。

「な、なんなんですかあれ!?」
「あんなの落とされたら、ひとたまりもねぇぞ!」
 車に乗る全員が、途方もない力に身を震わせた。
「っ、エル! ライトバスター、フルチャージ!!」
 本城さんが杖を構えたが、その先に光が宿ることは無かった。
 まるで、あの落ちてくる太陽に攻撃すること自体無駄だと悟らせているようだった。

「……………」

 この状況下で、俺がやるべきことは決まっていた。
 あの落ちてくる太陽を破壊しない限り、俺達は全滅してしまう。
 壊せる可能性があるとしたら、俺の持っている破壊の力だけだ。

「……本城さん、頼みがあるぜ」
「え?」
「俺を、あの太陽に向けて一直線に飛ばしてくれ」
「っ!? 何言ってるんですか!?」
「ふざけるな! 何するつもりだ!?」
「そうよ! そんなことしたら、あんたが死んじゃうわ!!」
「分かってんだよそんなこと! だけど、これしかねぇなら……」
 これからやろうとしていることがどういうことか分かっている。
 正直言って、震えが止まらない。
 だけど、他に方法なんか思いつかない。
 この状況を打開できる可能性があるんだったら、俺は……!!


『……ここらが潮時だな』


 その瞬間、口が勝手に動いて低い声が出た。
 ライガーの声だった。
「雲井君?」
『小娘。この小僧の言う通り、我をまっすぐに飛ばせ。あとは何とかしてやろう』
「だ、駄目です! 死にに行かせるようなこと、出来ません!」
『まったく……頑固な小娘だな』
 いつの間にか、体の支配権がライガーに移ってしまっていた。
 くそっ、意識がはっきりしているのに、体が動かせない……!
 ここまでライガーの力が戻っていたってことなのか……!?

『……そういうわけだ小僧。あの太陽を破壊することは、諦めろ』

 ふざけんな!
 放っておいたら、全滅しちまうんだぞ!?

『仕方ないだろう。”人間”の貴様では、あそこまで到達する手段がないのだからな』

 そんなの分かって……………いや待て。
 てめぇ、おかしなことを考えているんじゃねぇよな?
 ”人間”である俺に無理だってことは……まさか……!!!

『……ほう。長く生活してきた中で一番察しが良かったぞ。伊達に我と共に過ごしたわけではないということか』 

 くそったれ! 本城さん! こいつを……ライガーを止めてくれ!!
 こいつは……こいつは……!!

『無駄だ。貴様の言葉は我以外には届かない。そのために体を支配したのだからな』

 うるせぇ! いいから早く体を元に戻しやがれ!
 あんな馬鹿でかい火の玉くらい、俺と本城さんでなんとかできる!!

『出来るわけないだろう。あれはアダムが全力で攻撃してきたものだ。たかが人間の力で止めるのは無理だ。もっとも、あれさえ凌げばしばらくアダムも動けないだろうがな』

「っ!」
 体が自由に動くようになった。
 だけど同時に、内側から”何か”がいなくなったような感覚があった。
『まったく、やれやれだな』
「ライガー!!」
 声を上げた時には、すでにライガーは落ちてくる太陽へ向かっていた。
 いつもの子犬モードではない。初めて会ったときと同じ、巨大な獅子の姿だった。
『小僧、どうやらお別れだ』
「なっ!?」
『安心しろ。貴様専用のデッキワンカードは残しておいてやる。我からの餞別だと思え』
「ふざけんじゃねぇぞ!! そんなことされて、俺が納得すると思ってんのかよ!?」
『別に納得してもらおうと思っているわけではないさ。ただ純粋に、貴様への”借り”を返す時が来たと思っただけだ』
「はぁ!?」

『小僧、貴様は我の”破壊の力”を私欲に使わず、”救いの力”として使ってくれたからな。感謝するぞ、雲井忠雄

 その言葉を残して、ライガーは声の届かない遥か上空へ跳躍した。

「ライガー! ライガー!!」

 必死に呼びかけた声が、届いたかどうかは分からない。
 言いようもない感覚と共に、悔しさで拳を握る。

「雲井君! ライガーは?」
「……あの馬鹿野郎。あの太陽を、破壊する気だ……!」
「っ!」
 その言葉で、本城さんも察したみたいだった。
 遠ざかっていくライガーの姿を、俺達は黙って見ていることしかできなかった。



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『我ながら……ガラにも無いことを言ってしまったな』

 ライガーは自嘲気味に笑う。
 だがすぐに意識を切り替え、視線の先にある巨大な熱球を見据えた。

 実物の太陽とまではいかないようだ。どちらかと言えば、超巨大な隕石のようなものだろう。
 近づいただけで、その表面温度に焼かれてしまいそうだ。
 事実、銀色の体毛が焦げ始めている。
 くわえて、ただ壊すだけでは駄目だ。粉々に跡形も無く壊さなければ、飛び散る破片で人間達は滅ぶ。


 結界を破る場合を除いて、ライガーの力は原則的に対象物に直接触れなければならない。
 あの隕石には、近づくことすら容易ではないだろう。


 だが、それがどうした?

 これから使うのは、すべてを砕く大地の一撃。

 我は地の神−ブレイクライガー。

 運命も、理も、すべてを粉砕する、破壊の神。

『我に壊せぬ物など、あると思うなぁぁぁぁ!!!!!』

 その全身を躍動させ、熱球へ向けて突撃する。

 閃光。

 爆風。

 熱気。

 轟音。

 すべてを吹き飛ばす衝撃が、町全体に響き渡った。


「……っ!! ライガァァァァァァァァァァ!!!!」

 発生する衝撃波に煽られながらも、雲井は叫んでいた。

 天高く跳躍した巨大な獅子は、その身を挺して熱球を跡形も無く破壊した。

 そして同時に……その姿は閃光の中へと消えていった……。




episode21――星の見えない夜空の下で――

「……以上が、私達が本社での戦いで経験してきたことのすべてです」
 本社での戦いの後から3時間ほどが経過していた。
 上空から落ちてきた熱球はライガーが身を挺して破壊し、巻き起こる衝撃波に街は飲み込まれることなく形を保っている。
 武田の運転によって薫の家まで辿り着き、自分を含めて大助、香奈、雲井、真奈美、コロンの計6名が帰還した。
 出迎えた咲音の表情は、暗かった。
 自分達を見てしまったことで、そこであったすべての事を知ってしまったのだと武田は思った。

 大助達はリビングで休んでもらっている。
 報告をする役目は自分にあると武田は思った。
 表情を俯かせる咲音に、淡々と説明した。
 薫が敗れたこと。佐助と伊月が命がけで時間を稼いでくれたこと。
 そして………自分が吉野を見捨てて戻ってきたことを。

「……ありがとう、武田……よく、帰ってきてくれました……」

 返してくる言葉が震えていることを指摘したかった。
 だが……言えない。きっと、彼女は自分のことを恨んでいる。
 自分自身でもそう思う。あの時、吉野の事を無理やりにでも引き留めていたら……役目を変わっていたなら……後悔してもしきれないほどの罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
 いっそ、叱ってくれた方が良かった。
 気遣うことなく、思いのままに恨み節を言われた方がよほど楽だった。
「奥様……私は……」
「駄目よ武田……それ以上は……言わないで……」
「……ありがとうございます。何かあれば、お申し付けください」
 深く頭を下げて、武田はその場を後にする。
 すぐ近くにいた和馬が、眠っている小学生たちの傍にいながら呼びかける。
「咲音……大丈夫かい?」
「っ、もちろん、ですよ。だって、私は鳳蓮寺家の当主ですから」
「……君は昔から何かあるたびに『当主』であることを言い訳にするね。泣きたいときくらい、泣けばいいんだよ……」
「……………」
 子供達から離れて、和馬は手さぐりに咲音を見つける。
 そのままゆっくり彼女を抱きしめれば、何も言わずに頭を撫で続けた。
「ぅ……ぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
 涙が溢れて止まらなかった。
 大切な友人を2人も失った。
 その事実を、受け入れられなかった。
 ただ……夫の胸の中で、泣くことしかできなかった。




「……………」
 咲音が泣きじゃくる中、ベッドの上で親友と隣り合って横になっていた琴葉は繋いだ手を強く握った。
 その手を握り返すように……両脇にいる華恋とヒカルも手に力を込める。
「琴葉ちゃん…」
「琴葉さん…」
 3人とも、眠っていなかった。
 正確には熱球を破壊した際の衝撃音によって目を覚ましたのだが、それからずっと眠ったふりをしていたのだ。
 武田の報告は、すべて聞いた。
 何が起こっているのかは完全に理解することは出来なかったが、今まで傍にいた大切な人達がいなくなったことは分かっていた。
「っ……2人とも、わたし……」
「分かってますよ」
「だってうちら、親友やからな」
「……ありがとう」
 本当は琴葉も泣きたかった。
 すぐに2人の間で、泣いてしまいたかった。
 だけど、今はそれをするタイミングじゃない。ママが泣いているのに、自分が泣くわけにはいかないと思った。
「行こう……みんなに……本当の事、教えてもらおう」
「はい!」
「ほな行こか。パパさんとママさんに気付かれんように……」
 出来るだけ物音を立てないように心掛けながら、3人は部屋を後にする。
 和馬は咲音を抱きしめたまま、部屋のドアが開く音を聞き、そのまま何もしなかった。
(ごめんね咲音……君達は巻き込まないつもりだったんだろうけど……子供だから何も知らなくていい事態では無くなってしまったようだよ)
 目の見えない自分では、妻を慰めることくらいしか出来ない。
 他の事は、自分以外の誰かに任せるしかない。
 まだ幼い娘のことを想えば不安は残るが、信じるしかなかった。







「なんとか抜け出せましたね」
「どうやろなぁ、もしかしたら気づかぬフリしてたかもしれんよ?」
「…パパは気づいてたと思う」
「マジか。あーでも、目の見えない人って耳が良くなるって聞いたことあるしなぁ」
「とにかく連れ戻されないうちに話を聞きに行きましょう」
 足早に、3人はリビングへ赴く。
 部屋の中央にあるソファに、香奈と真奈美が隣り合って座っていた。
 テーブルの上には湯気の立つ砂糖入りのコーヒーが置いてある。
「あ、琴葉ちゃん…」
「どうかしましたか?」
 こっちに気付いた2人の表情が暗いことを、3人は感じ取った。
 やはり何か良くないことが起こったことは間違いないらしい。
「あ、あの、私達、話が――――」

「香奈おねぇちゃん。真奈美おねぇちゃん。わたし達に本当の事、教えて!」

 恐る恐る尋ねようとした華恋より先に、琴葉は尋ねた。
 突然の質問に、香奈と真奈美は戸惑ってしまう。
「な、なによ。どうかしたの?」
「……薫ちゃんと、伊月さんと佐助さん……吉野も……帰ってきてないよね?」
「っ、そ、そんなことありませんよ! みなさん、ちょっと買い物に―――」
「真奈美おねぇちゃん、嘘ついてる」
 純粋で真っ直ぐな瞳が真奈美へ向けられた。
 誤魔化すことは出来そうにないと思った。
 自然と二人は顔を見合わせて、どうするべきか悩んでいた。
「実はうちら、武田さんが話してるの聞いてしもうたんよ」
「外の様子も変ですし、皆さんに起こったことと関係あるんですよね」
 華恋とヒカルが畳み掛けるように尋ねる。
 真奈美が言葉を迷っている中、香奈は大きく溜息をついた。

「……辛い話になるかもしれないけど、それでもいい?」

「香奈ちゃん!」
「もう隠す意味ないわよ。モンスターパレードがいつここまでやってくるか分からないし、知らない方が逆に危ないわ」
「それは、そうかもですけど……」
「もう1度聞くわ。琴葉ちゃん、華恋ちゃん、ヒカルちゃん。本当に……本当の事を聞きたい?」
 その問いに、3人は固く手を繋いで頷いた。



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 リビングで休んでいるつもりだったが、いてもたってもいられず外に出ていた。
 庭の上に座り込み、星の見えない夜空を見上げる。
 脳裏には、薫さんとアダムの決闘が何度でも蘇る。
 恐怖を通り越して、訳が分からなかった。
「ったく、こんなところでなにしてやがんだよ」
「……」
 雲井が後ろから呼びかけてきた。
 薫さんの家は、コロンと本城さんの力によって防護壁が張られている。
 だが本人たちが言うには気休め程度らしい。もしアダムがここに攻めてくれば防ぐことは出来ないと言っていた。
 せめてこうして外を見張ることで、気を紛らわせているだけなのだろう。
「返事くらいしやがれ」
「……ありがとな」
「あぁ?」
「お前とライガーがいなかったら……あの時、俺達は全滅してた…」
「俺が壊したんじゃねぇよ。あいつが壊してくれたんだ」
「………」
 薫さん、伊月、佐助さん、吉野さんに、ライガー……今まで頼りにしてきた人達を全員失ってしまった。
 重苦しい絶望感が身体に圧し掛かってきていた。
 託してくれたことは分かっている。
 だが、その想いに応えることが出来る気がしない。
「ったく」
 雲井が溜息交じりに隣に座った。
 同じように空を見上げながら、再び隣で溜息が聞こえた。
「全然、星が見えねぇな」
「……そりゃあ、真っ黒な雲がかかっているからな」
 本社から溢れ出る漆黒の霧が、空全体を覆っている。
 更には空に、3つの火の玉が浮かんでいた。


 終焉のカウントダウン
 【通常魔法】
 2000ライフポイント払う。
 発動ターンより20ターン後、自分はデュエルに勝利する。


 それは、かつてダークが引き起こした最悪の光景そのものだった。
 おそらくアダムが発動したのだろう。
 発動されてから3時間が経過して、火の玉が三つあるということは、1時間ごとに火が灯っていっている事が分かる。
 そうだとすれば、あと17時間ほどでタイムリミットが訪れてきてしまう。それより前にアダムを倒さない限り、世界が滅んでしまうのだろう。
 こういうとおかしいのかもしれないが、ダークが≪終焉のカウントダウン≫を20日間に設定したのは良心的だったのかもしれない。20日という時間は、最低限の準備を行うには十分な時間だ。だがアダムはその準備をする時間すら整えてくれない。このまま何もせずにいればカウントダウンで全滅……かといって戦いを挑みに行っても勝てるビジョンが浮かばない。
 正直言って、今までの戦いの中で最も辛い状況だった。
 相手の強さの底が見えない上に、限られた時間、徘徊するモンスター達と広がっていく被害。今まで頼りにしてきた存在の不在。どうしようもなく絶望的な状況が一気に押し寄せてきていた。
 アダムもタチが悪い。わざわざ終焉のカウントダウンを発動しなくても、直接襲って来ればいいだろうに……。
 ダークの時のように俺達を誘っているのか……それとも別の目的があるのか……それすらもまったく想像がつかない。
「ここにいたか、少年」
 武田の声だった。
 その表情は暗く、何があったのかは容易に想像が出来た。
「失礼するぞ」
「ああ」
 隣り合って座る俺達に向かい合う形で、武田が座る。
「……これから、どうするつもりだ?」
「…………」
「…………」
 その問いに、俺も雲井も答えられなかった。
 アダムを倒さなければいけないことは分かっている。だがどうしても、勝つイメージを描けなかった。
 あの圧倒的な力に、どう立ち向かえばいいのか分からなかった。
「はっきり言って私達にはもう戦うしか選択肢が残されていない。アダムに立ち向かう力を持っているのも君達だけだ」
「………」
「……すまない。答えを急ぎすぎたな。まだ時間は残されているはずだ。どうするべきか……じっくり考えるべきだろう」
「武田は……何も思わなかったのかよ」
「なにをだ?」
「あのアダムの力を見て、勝てるつもりなのかよ。あの薫さんが手も足も出なくて、伊月も、佐助さんも……いや、もっと多くの人達がアダムに負けて消されたはずだ! そんな相手に、どうやって勝てって言うんだよ……戦えって言うんだよ…!」
「中岸……」
「……悪い。今の言葉は、忘れてくれ」
 自分でも何を言っているんだと思った。
 抑えきれないからって、他人に当たって……自己嫌悪でやりきれなくなる。
 武田だって、吉野さんがいなくなって辛いはずなのに……。
 雲井だって、ライガーがいなくなって苦しいはずなのに……。
 2人ともそれを我慢しているはずなのに……。

「それでも……やるしかねぇだろ」

 雲井だった。
 拳を握りしめ、そこをじっと見つめている。
「方法なんか思いつかねぇし、勝てる見込みがあるかどうかも分からねぇよ……だけど、佐助さんが「任せる」って言ってくれたんだ。やらないわけにはいかねぇぜ」
「ライガーもいないのに……どうやって戦うつもりなんだよ……」
「だから、そんなこと考えても仕方ねぇって言ってんだよ。てめぇと違って考えるのは得意じゃねぇんだ。あいつがデッキワンカードを残してくれてるし、まだ俺に出来ることはあるはずだぜ」
 そう言って雲井は立ち上がっていた。
 はっきり言って、何の解決にもなっていないと思った。
 具体的な作戦も何もないのに、雲井はアダムと戦おうとしている。
 あそこまで圧倒的な力を見せつけられたのに、立ち向かおうしている……そのことが、勇気づけられると同時に疎ましくもあった。
「てめぇはどんすんだよ武田」
「……少年。君はかつて言ったな……自分の不甲斐なさのつけを他人に押し付けるな、と。あの言葉は今でも私の胸に刻まれている……私も戦おう。私の上司が守ろうとした人たちを守るために」
 武田もそう言って、立ち上がっていた。
 その瞳に影は見えない。
 自分に出来ることをやろうと、強い覚悟を秘めた表情だった。

「……なんでだよ……」

 膝を抱えて、言葉が零れた。
 2人とも、どうしてそんなに前向きでいられるのだろうか……。
 どうして……頼りになる人達を失ってなお、前に進もうと思えるんだろう……。
「中岸、てめぇはどうすんだよ?」
「………」
 答えられなかった。
 正直に言えば、逃げてしまいたかった。
 だけど、言えなかった。言ったら……本当に何もかも、終わってしまうような気がしたから……。
「ちっ」
 舌打ちが聞こえた。
 てっきり掴みかかってくるかと思ったが、雲井は何もしないままこの場から離れていく。
「俺がとやかく言ったって、てめぇは動かねぇんだろうな……ったく、俺のライバルともあろう奴が情けないぜ」
「……悪かったな」
「謝るんじゃねぇよ。いつもみたいに言い返してきやがれ」
「……ごめん」
「……………はぁ……先に、家に戻ってっからな。行こうぜ武田」
「え、あぁ」
 二つの足音が、遠ざかっていく。
 やがて扉が閉まる音がして、俺の周囲を静けさが覆った。
 ……独りになったような気がした。現実的にも今は1人なのだが、そうではなく……もっと大切な何かが、離れていくような気がした。



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「………と、いうわけよ。端折りながらだったけど、理解できた?」
 一通りを彼女たちに話し終えて、私はソファに凭れ掛かった。
 3人は口を開けたまま、私達の話に聞き入っていた。

 闇の力、世界の危機……彼女たちにとっては、テレビの向こう側で起きている事態が現実で起こっていることを突きつけられた形だと思う。
 だけど話したことに後悔は無かった。
 硬く握られたその手に、彼女たちの覚悟を感じた気がしたから…。

「じゃあ……薫さんも、伊月さんも、佐助さんも……吉野も、もう戻ってこないの…?」
「………」
 何も言えなかった。
 私だって、これから何がどうなるかなんて分からないのだから、無暗にいう事なんか出来なかった。
「辛い話をしてしまいましたよね。でも、これが真実です」
「そんな……」
「な、なんとかならへんのか? その……香奈おねぇさんも真奈美おねぇさんも、白夜の力ってものを持っとるんやろ?」
「確かに、私と大助と真奈美ちゃんは持ってるわ。一応、雲井も似た力を持ってるけど……だからって今の状況が覆せるわけじゃないわ」
「おねぇちゃん……」
 私の否定的な言葉に、3人は言葉を失ってしまった。
 すごく、心がざわついた。
 本当はいつもみたいに、強気に振る舞わなきゃいけないはずなのに……。
「だ、大丈夫ですよ! このままやられっぱなしの私達じゃないです! そうですよね、香奈ちゃん!」
「………」
 言葉が出てこなかった。
 真奈美ちゃんなりに、必死に励まそうとしてくれたのに……賛同できなかった。
 わずか数時間で、今まで頼りにしてきた人達がいなくなってしまった。
 私達を逃がすために戦ってくれたのは分かっている。
 だけど、だからどうしたというのだろう。
 本当に私達が、アダムに勝ってくれるって思って逃がしてくれたの……?
 それほどの期待を向けてくれたの……?
 駄目だ。
 考えれば考えるほど、暗い感情が押し寄せてくる。
「はぁ……」
 溜息まで出てしまった。
 こんな感情になるのは、久しぶりだ。
 周りが暗くて、何も見えなくなっていく……だけど怖くは無くて、ゆっくり引きずり込まれていくような……そんな感覚。
 ここにいたら、見せたくない姿まで見せてしまいそうだった。
「ちょっと、話すのが疲れちゃったから、外の空気吸ってくるわね」
「あ、あの香奈ちゃ―――」
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」
「おねぇちゃん……」
「琴葉ちゃんも、心配しないで、私は大丈夫だから」
「でも―――」
「大丈夫なものは、大丈夫だから」
 無理やり笑顔を作って、私は部屋から出て行った。
 玄関の近くで、雲井と武田にすれ違った。
 2人が何か言ったような気がしたけど、私の耳には届かなかった。


 扉を開けて、外に出る。
 家の外に張られた薄い光の壁が、ほんの僅かに安心感を抱かせてくれた。
 だけど空に浮かぶ火の玉が、私を現実へ引き戻してくる。
 点灯する火の玉は3つ。
 きっと、私達に残されている時間は少ないんだと思った。
「……」
 自然と足が動く。
 向かった先には、大助がいた。
 膝を抱えて庭の上に座り込んで、ボーっと灰色の空を眺めていた。
「隣……いい?」
「ああ」
 短い了承を得て、大助の隣に座った。
 肩同士が触れ合う位置で、ゆっくりと身体を凭れかからせる。
 やっぱり……ここが一番落ち着く。
「琴葉ちゃん達に、全部話したわ」
「……あのまま知らないよりは、全然いいと思うぞ」
「うん、ありがとう」
 言ってほしかった言葉を、大助は言ってくれた。
 それだけで、心が少しだけ休まったような気がした。
 触れる肩から大助のぬくもりが伝わってくる。
 温かくて……とっても、安心する。
「ねぇ……大助」
「ん?」
 口が勝手に動いていた。
 だけど、止めることは出来なかった。

「このまま二人で、どこかに逃げない?」

「……」
 その言葉を聞いてから、大助は少し考えて……私の手を強く握ってくれた。




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 香奈ちゃんと入れ替わる形で、雲井君と武田さんが部屋に戻ってきました。
 2人とも、あまり浮かない表情です。
「あの……中岸君は?」
「あいつはまだ外にいるぜ。決心がつかねぇみてぇだ」
「そう、ですか……」
 香奈ちゃんだけじゃなく、中岸君まで……。
 2人ともやっぱり、薫さん達がいなくなってしまったことにかなりのショックを受けているのかもしれません。
 何もなければいいんですけど……。
「本城さんは、ここで何してたんだ?」
「え、あ、はい。私はここで、香奈ちゃんと一緒に琴葉ちゃん達に事情を説明していました」
「なっ、お嬢様!!」
 武田さんが焦ったように詰め寄りました。
 だけど小学生の3人は彼をまっすぐに見つめたまま、硬く手を握っていた。
「もううちらを、のけもんにせんといて」
「そうです! 私達だって、何か出来ることがあるはずです!」
「武田! わたし、戦うよ。だから……怒らないで」
「………」
 小学生たちの言葉に、私達は何も言い返せませんでした。
 あの圧倒的なアダムの力を見てしまったがために、そんなことを言う気力が湧かなかったんです。
「……危険です。お嬢様」
「分かってるもん!」
「分かっていない!!」
 武田さんは叫び、琴葉ちゃんの肩を強く掴みました。
「お嬢様達が思っていることより遥かに、危険なんです! 私は吉野に、お嬢様達を守るように言われています。もし貴方達に何かがあれば、奥様や旦那様にも顔向けできません」
「……違うもん。武田、嘘ついてるもん」
「っ!」
「わたしだって、薫ちゃんや、吉野がいなくなって……泣きたいもん。でも、その吉野が言っていた……『守る』ってことは、その人が笑っていられるようにすることだ、って……今の武田、全然、笑ってないもん!!」
「……っ!」
 その言葉に反論することが出来ませんでした。
 琴葉ちゃんが、ここまで言い返してくることが初めてだったこともあるかもしれません。だけど、彼女の言う通り自分に余裕が無くなっていることも事実だったからです。
 こんなとき、吉野さんだったら何と言って宥めるんでしょうか……。
 そんなことを考えてしまう自分が情けなく思えてしまいます。
「お嬢様……私は―――」


「琴葉、落ち着いて」


「ママ……」
 武田さんが何かを言うより前に、咲音さんと和馬がリビングまで戻っていました。
 彼女の瞳はほんのりと赤みを帯びていて、きっと泣いていたんだと思います。
「武田、ごめんなさいね」
「いえ…私こそ、不甲斐ないばかりで申し訳ありません」
「琴葉も、こっちへいらっしゃい」
 その言葉にしぶしぶといった感じで従って、琴葉ちゃんは抱きつきました。

 部屋の張りつめた空気がほんの少しだけ和らいでいきます。
 だけど、本質的なことは何も解決していません。

 外にある『終焉のカウントダウン』は4つめの火の玉が点灯しました。
 残りの時間は、わずか16時間……私達に残されている時間は、あとわずかです。

(エル……私、どうしたらいいと思いますか? 私に何が出来ると思いますか?)
(そうですね…マスターが、何をしたいか、だと思います)
 エルらしい返事が返ってきました。
 迷っている時に聞く彼女の言葉は、いつだって私に勇気を与えてくれます。

「あの、みなさん、少しいいですか?」

 これからやろうとしていることに、自信はありません。
 だけど、今まで頼ってきた人達がいないなら、誰かが代わりを務めないといけないと思いました。
 本当は香奈ちゃんや中岸君が適任なのかもしれませんけど、2人はきっと今、大切な事を話し合っているんだと思います。
 雲井君はリーダーって感じには思えませんし、武田さんや咲音さん、和馬さんは大人ですけど、闇の力について深くは知りません。
 小学生の3人に関しても、同じことが言えます。
 このメンバーの中で、私が最も闇の力に詳しくて、白夜の力も扱える。
 ですから……私がみなさんへ、声をかけないといけないんです。

「みなさん、これから私達は、アダムと戦わないといけません。今は外に結界を張っているので襲われる可能性は低いですけど、外にはモンスターが徘徊していて、終焉のカウントダウンも発動してしまっています。残されている時間は圧倒的に少ないです」
「……だけど、勝算あるん?」
「分かりません。だけど、それでもやらないといけないと思います。だからもう1度、皆さんでちゃんと作戦を立てましょう」
「作戦たって、どうすんだ? アダムの決闘は見てたけど、何やってんのかよく分かんなかったぜ?」
「……それはたぶん、大丈夫だと思います」
 確信はありません。
 だけど、何かを考えないと……。
「武田さん、吉野さんと別れる時、何か言っていませんでしたか?」
「……そうだ。確か吉野は、やることがあると言っていた。向かった先には地下へと続く階段があったはずだが……」
 その言葉に、咲音さんが何かを思い出したように口を開きます。
「吉野から電話があったんです……それで、最後に……私に……」
「きっと、アダムがそこにいたんだと思います。でも……どうして地下に……」
「吉野は、勝手に話して…私に、写真をメールで送ってくれなんて、冗談まで……」
「まってください、吉野が、メールを送ってくれと言っていたんですか?」
 武田さんが何かを思いついたように口走りました。
 咲音さんは首を傾げながら、首を縦に振ります。
「もしかしたら……」
 そう言って彼は、リビングに置いてあるパソコンを起動させました。
 全員が彼の周りを囲うように立ち、その行く末を見守ります。


「……あった! これだ!!」


 そう言って武田さんが指し示した先には、遊戯王本社から送られたデータファイルが存在しました。
 そのデータの記録日は今日の約4時間前……ちょうど、薫さんとアダムが決闘していた時間です。
「もしかして、吉野はこれを?」
「おそらくそうでしょう。メールを送る際に必ず受信フォルダが目に入るのを見越していた。だからこそ、奥様に伝えたんだと思います」
「……吉野……」
「と、とにかくこれ、もしかして凄い重要な情報なのではないでしょうか!」
「そうだよ! 吉野が送って来たんだからきっとすごい情報だよ!」
 興奮する華恋ちゃんと琴葉ちゃんに促されるように、武田さんがデータを抽出し始めました。
 全員がそこに注視して、開かれたデータを見つめます。


 決闘記録は基本的に、どのターンに誰が何のカードをプレイしたかを箇条書きに記録されているようです。
 アダムの記録は残っていませんが、薫さんがその時に持っていたカードや、場に残っているカードは記録されているので大まかな様子は把握できます。
「凄いです……薫さん、1ターンでシューティングクェーサーを出してます」
「な、なんやねんこれ……なんでいきなり超レアカードのオシリスが場に出てるん!?」
「あれ? コスト…払ってないよね…?」
 羅列される決闘の状況に、初見の皆さんは各々の言葉を述べていきます。
 何度見ても、アダムが何をやっているのか分かりません。
 特別なカードを使っているわけでは無さそうです。

 やがて薫さんのライフが0になって、決闘記録はそこで終了しました。
「……意味わからんな」
 ヒカルちゃんの言葉に、ほぼ全員が頷きました。
 薫さんが≪光の世界≫を発動していたなら、闇の世界の効果では無いです。
 そうなると……考えられる可能性は……。

「改めて見ても、何やってんのか分からねぇな」
「……そういえばこれ、あれに似てるね」
「ああ、キャラクターカードですね!」
「それうちも思ったわ! ついこの間、授業で習った奴やな!」

 キャラクターカード。ゲーム開始前に設定できる、プレイヤーが使える特殊な効果みたいなものです。
 有名なところで言えばやはり≪ペガサス≫でしょうか。


 ペガサス
 【キャラクターカード】
 ライフを1000ポイント払う。
 あなたはデッキから好きなカードを1枚選んで手札に加えることができる。
 この能力は、あなたのターンのメインフェイズにしか使うことはできない。
 あなたはライフ6000ポイントからデュエルを開始する。


 このキャラクターカードは大昔に創られたカードで、実際には使用することが出来ません。
 友達の間で使える遊び用のカードだというのが、私達の間での認識でした。
 確かに……これなら闇の世界を使わなくても強力な効果を使用することが出来ます。
 だとすれば……。
「アダムも、似たような力を持っているということでしょうか」
 そう考えれば説明がつきます。
 何のカードも使わずに、何かの効果を使う……単純に考えればアダム本人が何かしらの能力をもっているというのが考えられます。
 闇の世界で無いから≪光の世界≫で封じることは出来ない。正体に気付けなければ不可思議な現象が起こっているようにしか見えない……それが、アダムのやっていることだとすれば……。
「小学生たちの、お手柄かもしれないな」
「そうですね。私達じゃ、キャラクターカードなんて発想ありませんでしたからね」
「では、早速整理しましょう」
 そう言って武田さんは、紙とペンを取り出しました。

 アダムは何かのカードを使っているわけじゃなく、アダム自身が能力を持ってそれを使用している。
 そう考えれば、思考が一気にクリアになりました。
 訳が分からないことを考えるよりも、ありのままに受け入れれば簡単な話です。
 10分ほど経って、A4サイズの紙に検討した事柄がまとめられました。


 アダム
 【キャラクターカード(仮)】
 ・モンスターをリリース無しで召喚できる。
 ・自分の使うモンスターは特殊召喚が出来なくても、特殊召喚できる。
 ・魔法カードのコストを支払わなくてもいい。
 ・罠カードのコストを支払わなくてもいい。
 ・モンスター効果のコストを支払わなくてもいい。


 薫さんとの決闘から考えられる事柄をすべて記述されています。
 見れば見るほど、眩暈のするような力です。
 キャラクターカードっぽく書いてあるのは、形式的なものです。この方がみんなの馴染みに近いだろうという武田さんの判断でした。
 単純に考えれば、アダムは闇の世界の効果を複数持っているようなものです。
 正直に言って、勝てる見込みはかなり薄いと思います。
「と、とんでもない効果やな…」
「こんなカードが出回ったら、間違いなく非難の嵐ですよね……」
「使ったら、楽しいかもしれないけどね……」
 恐ろしい効果だということは、全員の共通認識でした。
 でも遊戯王デュエルモンスターズが発売した当初は、もっとすごい環境だったはずです。
 ≪サンダーボルト≫や≪ハーピィの羽箒≫……たった1枚で場を殲滅できるカードもたくさん出回っていました。
 今でこそ禁止制限になっていますけど、当時ではそれが当たり前だったんですよね……。
「あの……少しいいでしょうか?」
 口を開いたのは咲音さんでした。

「こういうことは言いにくいのですけど、本当に、アダムの力がこんな感じなのでしょうか?」

「どういうことだよ?」
「今まで薫さん達は、たくさんの敵と戦ってきました。多くの闇の世界とも戦ってきたはずです。闇の根源であるアダムが、その……闇の世界を複数使っている程度の力で、あれほどの自信を持っているのかと思うと……ちょっと変な感じがして……」
「でもママ、こんなにたくさん力を使えたら誰にだって勝てると思っちゃわないかな?」
「それはそうなんだけど……」
 琴葉ちゃんの言葉に、咲音さんは口籠ってしまいます。
 だけど、同じことは私も思っていました。
 さっきまとめた効果一覧は、大体の的を得ているようには感じます。
 でも本当にそれだけなのでしょうか?
 何かもっと……もっと別の何かが隠れているような気がするんです。
「奥様が不安に思う気持ちも分かりますが、検討する時間はありません。これらの能力に対して私達が出来ることを考えましょう」
「武田の言う通りだぜ。本城さん、何か対策とかあるか?」
「え、えっと……いくつか思いつくことはあります」
「ホントか? 真奈美さんやっぱすごいなぁ」
 ヒカルちゃんは褒めてくれますけれど、相手の出方に対応する戦術は中岸君も得意なはずです。
 本当は彼にも考えてほしかったですけれど、いないなら私が考えるしかありません。
「この能力を生かすためには、デッキを上級モンスターだけで構成するのが一番です。必然的に魔法・罠もコストを考えずに投入されているって思います」
「つまり、上級モンスターへ対策するカードを投入すればいいってことだよね?」
「ですけど、魔法と罠の対策は難しいですね……」
「そうでもありませんよ。華恋ちゃんは、もし魔法とか罠のコストを払わずに使えるとしたら、どんなカードを使いますか?」
「え……手札増強カードとか、全体除去とか―――あっ」
「そうですね。気軽に使えるってことは、それをメインで使うはずです。強力な効果を持つカードは基本的に単調な効果が多いはずです。全体除去に関しては、耐性を付けたり、カウンター罠とかで対策出来ると思います」
 本当は、カウンター罠のことを香奈ちゃんに相談したかったです。
 このメンバーの中でなら、彼女が一番扱い方が上手だと思いますから。
「ほんなら、うちらは相手にメタを張る感じでデッキを作ればええんかな?」
「あくまで1例なので何とも言えないですけど、他にも方法はあります」
「それは?」
「雲井君みたいに一撃必殺……とまではいかなくても、相手に何もさせずに倒す戦術でしょうか」
「なるほど。強力なカードが使われても問題ないほどの攻撃力もしくはコンボで圧倒するということですか」
「はい。もしくは香奈ちゃんみたいにカウンター罠で封殺するって手段もあると思います」
 考えられる対策は2つです。
 私や中岸君みたいに、どんな状況でも対応できるようにするデッキを作ること。
 もしくは香奈ちゃんや雲井君みたいに、どんな相手でも自分の戦術で押し切ることが出来るデッキ。
 相手のデッキが上級モンスターで構成されている事と、単調な魔法・罠を使うことを鑑みて、デッキを調整する必要があります。
「あの、咲音さん。武田さん、薫さんの家でカードが置いてある場所分かりませんか?」
 本当はコロンちゃんに聞きたかったのですけど、ユニゾンを使った上に防御壁を張るのに尽力してくれて今はカード状態になってしまっています。回復するにはもう少し時間がかかりそうです。
「それならきっと薫さんと、伊月さんの部屋にあると思います」
「早速、このリビングへ持ってきましょう」
「なら武田は伊月さんの部屋を……私は薫さんの部屋から持ってきます」
「わたしも手伝う!」
「ありがとう琴葉」
「……生憎、僕はカードゲームに疎くてね……目も見えないし今回は力になれそうにないかな……」
「和馬さん……」
「でもパパはママの傍にいてあげて。その方が、ママが一番安心すると思うから」
「ふふっ、そうだね」
「じゃあさっそく、はじめましょう!」
 私の掛け声に応じるように、その場にいる全員が頷きました。
 思っていたよりも上手く話を進めることが出来たことで、少し安心します。

 だけど、肝心なことは、まだ決めていません。
 アダムを倒すためには白夜の力を持っている人が戦わないといけません。
 雲井君も、もしかしたら闇の力が残っているのかもしれませんけど……ライガーがいない状態だとあまり期待は出来ないと思います。
 つまり、私か香奈ちゃんか中岸君が戦わなければいけないんです。
「香奈ちゃん……中岸君……」
 本当は、言いたくありません。
 だけど……言わなくちゃならないことだと思うんです。
 
「真奈美さん」
「はい?」
 咲音さんでした。
 彼女の瞳がこっちに向いていて、何かを察したように微笑んでいます。
「貴方の考えていることは……貴方が納得できるから、そうするんですよね?」
「はい」
「それなら、私達には何も言えません。あとは、お願いします」
 そう言って咲音さんは、薫さんの部屋へと向かっていきました。
 きっと、見透かした上で励ましてくれたんだと思います。
(薫さんも、時にはこんな判断を下していたのかな?)
(どうでしょうね。ただマスターの思っていることは、私も賛成するところです)
(ありがとう)
(あとは……あの二人次第ですね)
「大丈夫だよ」
 何の根拠も無いですけど、それだけは確信して言えます。
 それに私達には、まだやらなければならないこともたくさんありますから。
「エル。コロンちゃんが起きたら、一緒に作戦考えよう?」
(もちろんですマスター♪)



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 香奈の口から出たのは、思ってもみない言葉だった。
 戸惑いや覚悟……いろんな感情が籠った視線が、こっちを向いている。
 いつのまにか握られていた手が、震えていた。
「分かってるわ。アダムを倒せる可能性があるのは、私達だけだって……。でも、あの薫さんがまったく相手にならなかったのよ? 伊月だって、佐助さんだって……今までずっと頼ってきた人たちはみんな、消えちゃった……私達が戦っても、勝てるわけないわよ……」
 震える手と言葉から、香奈の不安が伝わってくる。
 なぐさめてあげたかったが、どんな言葉をかけてやったらいいのか分からない。
「残ってる時間は少ないけど2人で過ごせればいいかなって思ったりもしてさ……」
 香奈の言っていることは、とても理解できた。
 本音では、すぐにここから逃げ出したい。
 アダムの事とか闇の力とか、世界の運命とか……間近に迫っている滅びから目を逸らしてしまいたい。

「やだよ……消えたくない……! もっと、みんなと……大助と一緒にいたいの……!」

 ポタポタと透明な雫が、香奈の瞳から零れ落ちる。
 懸ける言葉が見つからず、俺は震える香奈を黙って抱きしめることしか出来ない。
「香奈も、不安だったんだな……」
「っ、ごめんね。真奈美ちゃんとか琴葉ちゃんの前では、我慢できたんだけど……迷惑……よね……」
「いや、むしろ安心した」
「え?」
「お前が無理してるってのは、分かってたから……こうやって打ち明けてくれて良かった……」
「ぐすっ……みんなには、私がこんなになったなんて……言わないでよ?」
「ああ」
 さっきよりも強く抱きしめる。
 震えはさっきよりも小さくなったが、香奈はまだ泣き止まない。
 腕の中にあるこいつの温もりも、いずれはアダムの闇に飲み込まれてしまうのだろうか。
 こうやって話す言葉も、今まで積み上げてきた思い出も、みんなと繋いできた絆も、すべて消えてしまうのかもしれない。
「香奈……」
 正直に言えば、俺も不安に押しつぶされてしまいそうなんだ。
 香奈がこうして泣いていてくれるから、ギリギリで耐えることが出来ているだけ。

 どうやっても、この世界が終わるイメージしか浮かばない。
 あの最悪の人災を退けて、世界を救うことなんてできない気がする。
 薫さんとの決闘を見て思った。あのときの薫さんの戦術は、俺が今まで見てきた中で最高の戦術だった。それをアダムは何食わぬ顔で打ち破り、あっけなく倒してしまった。
 薫さんも必死で抵抗して、頑張っていた。けど1ポイントも削ることが出来なかった。佐助さんもまともに戦って、まともな戦いになんてならなかったんだろう。伊月も吉野さんも……きっと同じだったはずだ。

 すべての負の感情を一身に引き受けた機関。それらすべての負の感情が存在として現出した最悪の人災。よくよく考えればアダムと戦うこと自体が無駄なのかもしれない。きっとあいつには、人類の持つ兵器と軍隊をすべて注ぎ込んでも、笑顔でそれらをあしらい、子供のように遊び感覚で刃向う人達を殲滅するだろう。
 心が折れかかって……いや、もう折れているのかもしれない。
 俺達に残された選択肢は……消えること……だけ……。
「っ……!」
「大助?」
「もう少し、このまま抱きしめてていいか?」
「え?」
「こうしてないと、俺も、その……あれだ……不安なんだよ」
「……ふふっ」
「なんだよ?」
「大助も、不安だったのね……」
「悪かったな」
 互いに腕を回し、抱きしめあう。
 誰かにすがりたい、傍にいてほしいと思うのもあるが、こうしていることが落ち着くというのが一番だった。

 空に灯る火の玉は4つ……残りはもう16時間しかない。
 この残された時間、全部を捨てて香奈と一緒に過ごすのも悪くないと思う。
 雲井や本城さんには申し訳ない気持ちにはなるが、最後の時くらい大切な人と過ごしたいと思うのはいけないことだろうか?

 いつもだったら、諦めずに戦おうと思っているのかもしれない。
 だがあのアダムを相手に、まともに戦える姿すら想像できなかった。
 今までだって、辛い状況はいくらでもあった。
 ダークの時も牙炎の時も、学校サバイバルの時も水の神の事件の時も……どんなに相手が強敵だとしても『戦える』と思えた。
 勝算が無くても、無謀とすら言える実力差があっても、戦える理由があった。

「……本当は、俺も逃げたい」

「大助……」
「今までだって、ずっと諦めずに戦ってきたけれど……結局俺は、何かを失いたくなかっただけなんだと思う」
「……どういうこと?」
「なんだかんだ言って、俺も我儘だったんだよ。大切なものを失いたくないから、必死で戦って……だけどそれは、誰かのためなんかじゃなかったのかもしれない。俺が、そうなってほしくないって思うから戦えていただけだったのかもしれない。自分のいる世界が壊れてしまうのが嫌なだけだったんだ」
 最後まで諦めない。
 それは俺がずっと戦ってきた理由だ。
 幼い頃に受けた父さんからの言葉もあるだろう。
 誰かの助けを求める声を聞いて、助けたいと思ったというのもあると思う。
 だけど、それだけだ。
 ここからの戦いには、文字通り世界の運命がかかっている。
 牙炎の事件の時は香奈を失いたくなかったから戦った。学校でのサバイバルも、元の日常を取り戻したいから戦った。水の神のときだって、雲井や香奈、本城さんがいなくなるのが嫌だったから……。
 ダークの事件でも世界は危機に瀕していたが、あの時は正直、実感が無かった。
 本当に闇の力で世界が終わってしまうなんて思えなかったし、薫さん達もいた。

 だけど今回はまるで違う。
 アダムは間違いなく世界を滅ぼせる力を持っている。
 頼りになる人もいない。
 俺達だけで……戦うしかない。
 誰かに何かを託されたことはあったけれど、ここまで重い何かを受け取ったのは初めてだった。
 託された想いに応えたい。なんとかしたいと思うと同時に、無理、無駄と、諦めようとする感情が押し寄せてくる。
 気持ちを整理する時間が欲しい。
 だが、そんな時間も残されてはいないのだろう。

 それならいっそ香奈の言ったように、すべてを捨てて逃げてしまった方が、よっぽど楽なように思えた。

「逃げたらさ、大助は行きたいところある?」
「……そうだな、海とか行きたい。まだ冷たいだろうけど」
「いいわね。私の水着とか見たい?」
「それもかなり惹かれるが、浴衣とかも見たいな」
「なによそれ。めちゃくちゃじゃない」
「悪かったな」
「私はね、教会とか行ってみたいわ」
「なんで?」
「行ったことないのよね。西洋っていうか、ああいう綺麗なところを見学したいのよ。ステンドグラスだっけ? ああいうのも見て見たいわ」
「てっきり聖歌でも歌いたいのかと思った」
「外国語はちょっと苦手なのよね……外国に行く前に日本全国を制覇したいわ。色んな行事とか料理とか楽しみたい」
「あー、日本全国旅行は楽しそうだな」
「…………」
「…………」
 話しているうちに、俺達は自然と笑っていた。
 抱きしめあうのを止め、また元の位置に座り互いの手を繋ぐ。
 香奈の右手を左手で掴みながら、強く強く、握りしめる。


「……駄目だな」
「うん、駄目ね。行きたいところ多すぎるわ。思えば私達、一緒にいたけど旅行とか行ったことなかったわ」
「確かに。まぁ旅行に行くほどの資金も無かったからな」
 そう言って笑いあう。
 さっきまでの暗い発言が、嘘のようだった。


「結局、私達に残されてる選択肢って、戦う事だけみたいね」
「そうだな」
「あーあ、なんだかすっきりしたわ。久々にらしくないこと言っちゃった。まぁ嘘ってわけでもないんだけどね」
「俺も、はっきりやることが決まったから、気持ちも決まった」
 顔を見合わせる。
 不安もあるし、迷いもある。
 だけど……逃げないと決めた。戦うと決めた。

「香奈、一緒に……戦ってくれないか?」
「当たり前なこと言ってんじゃないわよ。私達でアダムを倒すわよ」
「勝てると思うか?」
「知らないわよ…っと!」
 香奈は勢いよく立ち上がり、俺もそれに倣って立ち上がった。
「でも、そうね……なんとかなるわよ」
「根拠は?」


「……私と大助が組んで、負けたこと、ないでしょ?」


 自身の溢れる笑顔で、香奈はそう言った。 



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 真っ白な世界だった。
 眠りについていたはずのコロンは、その不可思議な空間で目を覚ます。
『ここは……』

『目覚めましたね、コロン』

 透き通るようなその声。
 純白の長髪を靡かせ、白いドレスを羽織る少女の姿をした存在が笑っていた。
『イブ…!』
 その存在に気付くや否や、コロンは詰め寄る。
『今まで何してたの!? アダムのせいでスターは壊滅。残っている皆だって、ボロボロなんだよ!?』
『そうですね……ワタシも見ていたから知っています』
『見ていたって……じゃあなんで助けてくれなかったの!?』
『助けるわけにはいかなかったんです。ワタシが助けても、結果は変わらなかったでしょうし……』
 イブのエメラルドグリーンの瞳が僅かに曇る。
 コロンは頬を膨らませたまま、言葉を続けた。
『アダムって、変な能力使ってるんでしょ? イブにも、そういう能力持ってるんだよね。それ使えば戦えるんじゃないの!?』
『ワタシの力は、誰にでも使えるものじゃないんです』
『イブ自身が戦えばいいじゃない。どうして薫ちゃん達に戦わせようとしたの!?』
『……』
 その質問に、イブは笑みを絶やさぬまま答えなかった。
 頬を膨らませるコロンの頭を撫で、語りかける。

『ワタシが戦っては、意味が無いんですよ』

『っ!?』
 どこまでも白く、濁りの無い言葉……そのはずなのに、コロンは背筋が凍るような感覚を得る。
 思わず撫でる手を払いのけ、距離を取っていた。

『イブ……1つ聞かせて……貴方の本当の目的って、なんなの?』

『ワタシに目的なんかありませんよ。ワタシはただ、皆さんがいるこの世界を守りたいだけです』

 輝かしいまでの純粋さを携えながら、イブは静かに笑っていた。


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episode22――星の光は黒く濁って――

 俺と香奈はそれから1時間ほど、外にいた。
 決意は出来たが、ほんの少しだけ気持ちを整理する時間が欲しかったからだ。
「佐助さんが、大助達に”託した”って言ってくれたのよね」
「ああ。きっと、スターはここまで見越してたんだと思う。もし自分達が負けていなくなったときに、俺達だけでも戦えるようにしてくれたんだ」
「そうね……でもちょっと、歯がゆかったりするわ。真奈美ちゃんや雲井は凄い力を使えるけど、私と大助はただ白夜の力を持っているってだけじゃない?」
「今更考えても仕方ないだろ。俺達は、俺達のするべきことをするしかない」
「分かっていてもなんとなくね」
 そう言って香奈は儚げに笑う。
 合宿が終わって、俺と香奈は本城さんにすべての事情を聞いた。
 水の神の事件の際に、永久の鍵という力を身に着け白夜の力を使用できるようになったこと……それを話された時の香奈は笑っていたが、自分では何も出来なかったことに対して悔しさを感じていたらしい。
 特殊な力が使えない以上、決闘以外の部分では本城さんと雲井に頼るしかない。

 それなら……俺達に出来ることは、たった1つだ。

「ん、大助、ちょっと痛い」
「え? あぁごめん」
 繋いでいた手に力が入ってしまったようだ。
「もう……今のうちから緊張してどうすんのよ」
「そういう香奈は緊張してないのか?」
「馬鹿ね。緊張してるに決まってるでしょ。負けたら世界が終わっちゃうんだから」
 そう言って香奈は、俺の手を握ったまま胸の高さまで持ち上げた。
 その首に掛けられた星のペンダントを、2人の手で包み込む。
「流れ星は見えないから、代わりにこれにお願いしましょう」
「あれは店員さんの売り文句だぞ」
「別にいいじゃない。願い事は、祈ってこそ叶うものでしょ?」
「……何を祈るんだ?」
「うーん、そうね、世界平和とか願ってもピンとこないから、もっと単純な奴がいいわ」
「というと?」
「大切な人と一緒にいられますようにって感じかしら」
 そう言って香奈は僅かに頬を染めた。
 自分で言ったくせに、恥ずかしがるなよ……。
「ずいぶん限定的な祈りじゃないか?」
「そ、そんなことないわよ! いいからさっさとするの! はい!」
 香奈はそう言って目を閉じた。
 やれやれと思いながらも、俺も静かに目を閉じる。

 ――どうか、大切な人と一緒にいられますように――

 時間にして数秒だっただろうか。
 俺と香奈はゆっくりと目を開き、見つめあう。

 単なる願い事だと分かっている。叶う保証なんかどこにもない。
 だがそれでも俺達は………。

「……じゃあ、そろそろ戻るか」
「そうね。真奈美ちゃん達に心配かけたままだろうし」
 繋いでいた手を解いて、俺達は家の中へと戻ることにした。





 リビングへ戻ると、そこはカードの海と化していた。
 おそらくこの家にあるカードをすべて引っ張り出してきたのだと思ったが、これほどの量は初めて見るかもしれない。
 さすが、遊戯王本社に属している組織だけあると思った。
「あっ! おねぇちゃん!」
 カードの山の隙間から、琴葉ちゃんが手を振る。
 下手に動くとカードを踏んでしまいそうだったので、俺と香奈はリビングの入り口から動かなかった。
 小学生達や咲音さんに武田、雲井に本城さんと、その場にいる全員がカードを選別していた。
「やれやれ、肩身が狭いとはこのことだね」
 端っこに置かれたソファで、和馬さんが苦笑を浮かべている。
 たとえ見えていなくても、今の状況をなんとなく理解しているのかもしれない。
「……みんな、来たるべき戦いに向けて準備しているみたいだ。僕には何も出来ないが……任せていいんだよね?」
「当たり前でしょ。みんな、無事に帰ってくるわ」
「心強いね」

「香奈ちゃん! 中岸君!」

 カードの山を掻き分けながら、本城さんがやってきた。
 その表情からは若干の疲弊が見える。
「もう、大丈夫なんですか?」
「ええ。心配かけちゃったわね」
「とんでもないです。一緒に……戦ってくれますか?」
「もちろんよ」
 そう言って笑う香奈に、本城さんは心底ホッとしているようだった。
 だがすぐ思い直すように首を振ると、真剣な眼差しを俺達に向ける。
 リビングから無理やり廊下へと押し出されて、ドアを閉められた。おそらくリビングにいる人達に聞かせたくない話だったのだろう。
「香奈ちゃん、中岸君……あの、お願いがあります」
「なに?」
「あの……えっと……」
 まるで言葉を選ぶように、なかなか言い出そうとしない。
 そんな彼女の様子を見ながら、俺と香奈は視線を交わし笑いあう。
「言いづらい事なら、無理に言わなくていいですよ」
「ち、違うんです! 2人に、お願いがあって……!」

「大丈夫。私達がアダムと戦うわ」

「………え?」
 彼女はその発言に、呆気をとられているようだった。
「白夜の力を持っているのは、俺と香奈と本城さんだけ……でも本城さんは力を使って消耗してる。だから、俺達に戦ってほしいって思ったんですよね?」
「心配しなくても、1人で戦うわけじゃないわ。私たち二人で戦うの。ダークの時みたいに2対1でね」
 家の庭で香奈が提案したのは、2人がかりで戦う事だった。
 今いるメンバーの中で、薫さんやダーク以上の実力を持っている決闘者はいない。
 だけど……俺と香奈の二人なら話は別だ。
 合宿では色んな形式で決闘をした。当然、2対1での決闘なども充分に行った。その中で、戦績が最も良かったのは俺と香奈のコンビだった。なんと30戦して、どれもが無敗だった。もちろん、たまたま運が良かっただけだったのかもしれないが、結果は結果だ。
 その戦績を見た時の薫さん達の表情は、記憶に新しい。
「……ごめんなさい。2人には、負担をかけてしまうと思います」
「謝ることないわよ。私達で決めたことだもん」
「ああ」
「でも、私が2人に戦ってほしいって思った一番の理由は……納得できるからです」
「どういうこと?」
「2人が戦ってくれるなら……どんな結果でも、受け入れられると思ったからです」
「本城さん……」
「え、あっ! 負けてもいいってわけじゃなくて、その、えっと、あの…」
 自分の発言を思い返し慌てる彼女の手を、香奈が握る。
「ありがとう。真奈美ちゃんの気持ちは伝わったわ」
「香奈ちゃん……」
「まぁ心配いらないわよ! みんな無事に帰ってこれるわ!」
 いつもの強気な発言で香奈は笑う。
 普段通りの彼女の姿になっていて、少し安心した。
「じゃあ早速準備を始めないといけないわよね」
「はい! 必要そうなカードの整理も大体終わっているので、あとはデッキを組むだけです」
「さすがね。じゃあすぐに始めましょう!」





 それから2時間……俺達は薫さんの家にあるカードを使い各々のデッキを作り上げた。
 互いに意見を出し合いながら、今考えられる最高の状態で戦いに行けるように準備をした。
 何度かテストプレイもして、カードの扱い方も万全だ。
「だいたい、こんなところか……」
「そうね。はぁ、久しぶりにちゃんと考えてデッキ組んじゃったわ」
 疲れ切ったようにソファの上で寝転ぶ香奈。
 今までどうやってデッキを組んできたのだろうか。

 他の皆は適当な部屋で休息を取っている。
 あと20分ほど経てば出発するという事だ。

「いよいよね」
「ああ」
「……これで、本当に最後なのよね」
「そうなるな」
 俺達が負ければ、この世界にアダムに対抗できる者はいなくなる。
 戦いを挑むことは出来るかもしれないが、たとえ勝っても意味が無いだろう。
「不思議なのよね。世界の運命とか、大きなものが懸かっているはずなのに、妙に落ち着いているのよ」
「奇遇だな、俺もだ」
「大助も? うーん、色々考えすぎて感覚が麻痺しちゃったのかしら」
 天井の光に手をかざしながら、香奈が首を傾げる。
 俺はデッキのカードを改めて確認して、デッキケースにしまった。
「多分だけど、俺達が世界のために戦おうとしてないからだと思う」
「……あー、なるほどね」
「結局俺達は、自分達のために戦うだけだから……だから大して責任を感じていないんだ」
「うぅ、そう言われるとちょっと罪悪感が……結論を言えば私達、色んなところにデートに行きたいから世界が滅ぶと困る。だから戦うってだけじゃない? 世界を救う戦いなのに、そんな理由で挑んでいいわけ?」
「いいんじゃないか? 今までだって、大層な理由で戦ってきたわけじゃない。自分のモチベーションが保てる一番の理由で行動するのが一番だと思う」
「……大助にしては、いいこと言うじゃない」
 香奈は笑みを浮かべながら、ソファから飛び起きた。
「そろそろみんなが来る頃ね。覚悟はいい?」
「今更言うなよ」
 そう答えて俺も立ち上がる。
 数分経って、雲井に本城さん、咲音さんに和馬さんに武田、琴葉ちゃん、華恋ちゃん、ヒカルちゃん、コロンがやって来た。
「いよいよやな!」
「うん! 頑張ろうね!」
「怖いですけど、全力で頑張ります」
 意気込む小学生達3人の後ろで、本城さんが静かに杖を構えた。
 一瞬だけ交わった視線。隣で香奈が、笑みを浮かべて頷いた。


 ――≪催眠術≫――


 3人の全身を藍色の光が覆うと同時、彼女たちは崩れるようにカーペットの上に倒れた。
 本城さんが白夜の力で、眠らせたのだろう。
「ごめんね。やっぱり、3人を行かせることはできないわ」
「……和馬さん、3人を見ていていただけますか」
「いいよ。でも咲音、君はどうするんだい?」
「私は……この戦いを見届けようと思います。私の”力”が少しでも皆さんの力になるなら……」
「そうか。分かったよ。小学生たちの文句は僕が引き受けよう」
「ありがとうございます」
 3人をソファにかけさせて、改めて全員と顔を見合わせる。
 コロンがやや疲れ気味な表情で浮いているのが目に留まった。
「大丈夫?」
『も、もちろんだよ! 十分に休んだし!』
「……やっぱり大丈夫じゃないな」
『そんなことない!!』
 大声をあげるコロンの頭を撫でる。
 出来るだけ優しく笑いかけ、言葉をかける。

「コロンはここに残って、小学生達を守ってやってくれ」

 その言葉でコロンは目を見開いた。
 撫でていた手を払いのけ、頬を膨らませる。
『なんで!? みんな戦いに行くなら私も―――!』
「コロン。よく聞いてくれ。これから俺達は死力を尽くしてアダムを倒すために戦う。だけど正直言って、勝算はほとんど無いと思う。俺達がいなくなったら、いったい誰がここにいるみんなを守るんだ?」
『それは……でも、大助たちが負けたらそれで終わりなんだよ!? だったら私は最後までみんなと戦いたいよ!!』
「いいえ違うわ。コロン。仮に私達が負けても、それで終わりじゃない」
『え?』
「スターが私達に希望を託してくれたのと同じように、琴葉ちゃん達は私達にとっての希望なの」
「合宿の時に戦って分かった。これからたくさんの経験を積めば、きっと彼女達は強くなる。俺達よりもずっと強くなれるかもしれない。アダムにだって……簡単に勝てるかもしれない」
「だからコロン。あなたが私達の希望を守って欲しいの。もちろん私達だって負けるつもりで戦いに行くわけじゃないわ。だから……お願い」
『2人とも……』
「コロンちゃん。私からもお願いします。私がいなくなったら、この家にいる和馬さんや小学生達が危険に晒されてしまいます。こっちは私とエルでなんとかしますから」
『真奈美ちゃん……』
「心配いらねぇぜ。さっさと決着付けて帰ってくるぜ」
『……雲井が言うとあんまり安心できないんだけど……』
「なんでだよ!!」
 怒鳴る雲井を無視して、コロンはあからさまに溜息をついた。
『分かったよ……でも、絶対に帰ってきてね。あとお詫びとしてプリン100個ね!』
「……もうちょっとまけてくれないか?」
『なぁに? 200個の方が良かった?』
「何でもない」
 項垂れる俺を見て、他の皆が笑っていた。
 狙っていたわけじゃないが、戦い前の緊張感を解れたように感じる。
『じゃあみんな、円陣組むよ!』
「ええ!」
「はい!」
 コロンが中心となって、俺達は円陣を組む。
「みんな、覚悟は決まったか?」
「もちろん」
「当たり前だぜ!」
「はい!」
「まぁな」
「……はい!」
「正直言って、今回の戦いは勝ち目がないのかもしれない。だけど―――」
「そんな戦い、今までだって何度もあったわ。その度に私達は乗り越えてこれた。だから今回も大丈夫よ!」
「そ、そうですよ! 100%が無いなら、0%だってありません! 僅かでも可能性があるなら、大丈夫です!」
「どんな敵が相手だって、俺がまとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」
「子供がやる気なら、大人である俺も付き合わない訳にはいかないしな」
「私も……最後まで見届けたいです。この戦いを……!」
「……不思議ね。今なら、何でもできる気がするわ」
「ああ。そうだな」

「スターがいなくても……まだ私達が残ってる。みんなとだったら、世界だって救えるわよ」

「じゃあいくぞ!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
 全員で声を掛け合って、覚悟を決める。
 もう後戻りは出来ない。前に向かって、進んでいくしかないのだから。


『みなさん、覚悟は決まったようですね』


 その場に、透き通るような声が聞こえた。
 思わず身構えた俺達の前に、イブが現れる。
『イブ……』
『コロン、ここのことは任せます。ワタシはみなさんを本社まで連れて行きます』
「一緒に戦ってくれるってことですか?」
『……ごめんなさい真奈美さん。まだ、それは出来ないみたいなんです』
「そんな……」
 イブが深く頭を下げる。
 考えてみれば、おかしなことはたくさんある。
 薫さん達が戦っている間、イブはどこで何をしていたんだ?
『街にはアダムが生み出したモンスター達が徘徊しています。なので、ここから本社の入り口までゲートを用意します』
 イブが指を鳴らすと、空間内に大きな穴が出現した。
 その穴の向こうには遊戯王本社が見える。
「ここ、通っても大丈夫なわけ?」
『心配ありませんよ朝山香奈さん。ただ、あまり長い時間は維持できないので、早めに通っていただけると助かります』
「………」
 気のせいだろうか。心なしかイブの口調が、大人びているような気がする。
 そこまで深い付き合いではないから、気のせいと言えばそれまでなのだが……。
「よっしゃあ!! じゃあ先に行ってるぜ!」
 雲井は何も考えず、先陣を切ってゲートをくぐる。
 それを追いかけるように武田、咲音さん、本城さんが足を運んで行った。
 残された俺と香奈は、笑みを絶やさないイブをまっすぐに見つめる。
『どうしました?』
「……いや、イブがここから本社までゲートを作れるなら、アダムも同じことが出来たはずだって思っただけだ」
『この家には結界が張ってありましたからね』
「ふーん、まぁ別に何でもいいわ。さっさと行きましょう大助」
 会話を打ち切るように、香奈が俺の手を引いて進んでいく。
 何かを訴えるようなコロンの視線。その答えを、尋ねることは出来ない。

「大丈夫よ、分かってるわ」

 ゲートをくぐる直前、香奈が少しだけ振り向いて笑った。
 掴まれた手が強く握られ、俺もそれに応えるように握り返す。
「じゃあ行ってくるわ!!」
 そして俺達は、光のゲートをくぐった。



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 光のゲートが霧となって消えていく。
 コロンは険しい表情をしたまま、イブを見据えていた。
『そんなに怖い表情をしないでください』
『……イブ、信じていいんだよね……? 貴方は、私達の味方なんだよね?』
『もちろん。ワタシは、いつだって貴方たちの味方ですから』



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 光のゲートをくぐった俺達の前には、遊戯王本社が建っていた。
 だがそこから感じる雰囲気は普段のものとはかなり異なる。
 明らかに、いてはいけない何かがいるような……そんな不気味な気配を感じた。
 間違いなく、アダムはここにいる。
「いよいよですね……」
「ああ、腕が鳴るぜ!」
 拳を鳴らす雲井の横で、本城さんが右手に杖を構える。
 1度目の決戦からそこまで時間が経っていないが、中で何が待っているかは分からない。
 敵の手に落ちた本社内に、モンスター達が徘徊していない保証なんかどこにもないのだから。
「みなさん、もしモンスターが現れたら私が戦います。でも、もし対処しきれなかったらその時は、無理せず逃げてください」
「真奈美ちゃんばかりに負担はかけられないわ。私達も戦うわ」
「……ありがとうございます。じゃあその時は、お願いしますね」
 本城さんは嬉しそうに笑いながら、杖を構えて先導する。
 俺達は彼女の後ろについていきながら、本社内へと突入した。


 突入と同時に身構えるも、中は不気味なほど静かだった。
 何かが襲い掛かってくる気配も無い。杖を構えていた本城さんも、静かに下ろしてしまうほどだった。
「誰も、何もいないですね……」
「やっぱりアダムしかいないってことなのでしょうか」
「………」
 おかしい。
 何がおかしいのかは分からないが、嫌な予感がする。
「大助……」
 隣にいる香奈の表情が険しくなる。
 やっぱり、何かあるのかもしれないと思った。
「どうやって最上階まで行く? やはり階段か?」
「そうですね。エレベータは使えないですし、階段で最上階を目指しましょう」
「そうだな」
 彼女の指示の元、俺達は階段を使って上の階へと向かう。
 胸によぎる嫌な予感が、段をあがるたびに増してきた。
 いつのまにか握られていた香奈の手が、汗ばんでいる。

 非常階段を昇り4階までやってきたが、そこで階段は途切れていた。
 とてもじゃないが次の階へ上がることは出来そうにない。
「別の道を探そう」
 武田が率先して、道を探る。
 非常階段はここだけじゃない。別の道を探すのは当然なのだが……この状況はまるで……。
「ねぇ、大助……これ、もしかして……」
「……ああ」
 香奈も同じことを考えていたようだ。

 エレベータが使えず、階段を使ってビルの最上階を目指す。
 外では終焉のカウントダウンが発動され、残された時間もわずかで、後に引けない戦い。
 この状況のどれもが、あの戦いを思い出させていた。

 武田が部屋のドアノブに手をかける。
「待っ―――」
 静止しかけたが、遅かった。
 武田は勢いよくドアを開く。
 その瞬間、俺達の全身を悪寒が襲った。




『よく来たな。いや……来ると思っていたぞ』



 低く濁った声。
 俺達は一斉に身構えていた。
 何もない広い部屋の中心。漆黒のスーツを身に纏った一人の男が、そこにいた。
「なっ……」
「そ、そんな…!」
 雲井と本城さんが目を見開き、言葉を失う。
 俺と香奈は互いの手を握りしめながら、目の前にいる”敵”を見据えていた。

 ボサボサの髪に無精髭を生やした、ほりの深い顔。
 全身を覆う闇の力のせいか、瞳もどこか暗く濁っているように見える。
 胸にぶら下げた闇の結晶から溢れる闇が、部屋を暗く染め上げていく。

「コロンちゃんを……連れてこなくて良かったです」

 その言葉に、俺達は頷くしかなかった。
『ずいぶんと険しい顔だな。まぁ当然か。今まで味方だった者が敵になるのも、戦いの醍醐味だろう?
 不敵な笑みを浮かべながら、彼は言う。
 胸によぎっていた嫌な予感が的中してしまった。
 歯を食いしばり、額に流れる嫌な汗をぬぐう。

 ――俺達の前にいた人物……それは、スターの幹部である佐助さんだった――

『お前達ならまたここに来ると思っていた。階段を壊しておいて正解だったな』
「さ、佐助さん、なんで…!!」
『なんでだと? くだらないことを聞くな雲井。俺はお前たちを排除するためにここにいる、それだけだ』
「ふざけんなっ! 俺達に、世界を託すって言ってくれたのは佐助さんじゃねぇか!!」
『ふっ、くだらないな。お前達ガキに世界を託すなんて言葉をまともに受け取ったつもりだったか? 俺達でもどうにもならなかったことをお前達にどうにかできると、本気で思っているのか?』
 雲井の言葉に一切耳を貸そうとしない。
 間違いなくあの佐助さんは、俺達の事を敵として認識している。
『もうすぐアダムによって世界は滅ぶ。世界を救うなんて……その気にさせてしまったのなら謝ろう。俺がお前らに引導を渡してやる』
 佐助さんがゆったりと身構えようとした瞬間、その四肢を地面から出現した真っ白な鎖が縛り上げた。
 気付けばすぐそばで、本城さんが杖を向けていた。
『随分と仕事が早くなったな本城』
「う、動かないでください」
『敵に情けをかけるな。言っておくが、このビルにいるのは俺だけじゃないぞ?』
「っ!!」
『お前ならここに残って俺を抑えられるだろうが……”残り三人”から他の奴らを守れるのか?』
「な……」
 残り三人……アダムの他に敵がいる。
 今ここにいる佐助さん以外に3人……ということは、もう考えられることは1つしかない。
『さぁどうする? 早く決断しないと拘束を壊すぞ』
 佐助さんの四肢を縛る鎖にヒビが入っていく。
 雲井が咄嗟にデュエルディスクを構えるが、それを制止させる人がいた。


「少年、ここは君が戦うべきじゃないはずだ」


 武田がゆっくりと前に進みながら、デュエルディスクを構えていた。
 部屋の中心へと足を運び、数メートル前にいる佐助さんへ向けて腕を突きだす。
「佐助、私と決闘しろ。もともと、それが目的の筈だ」
『………』
 笑みを浮かべたと同時、佐助さんの左腕に漆黒のデュエルディスクが取り付けられる。
 その瞬間、四肢を縛っていた鎖が砕かれ消えた。
『物分かりが良くて助かるぞ武田。まさか一番手がお前だとは思わなかったがな』
「それについては同感だ。私も、あなたと戦うつもりは無かった。だが………この世界の希望をここで絶やされるわけにはいかない」
『ふん。初心者同然の俺なら闇の力があっても敵じゃないとでも思ったか?』
「それは違う。単純に、戦うべき相手だと思ったからだ」
 そう言って武田は、後ろにいる俺達へ一瞬だけ目配せをした。
 きっと彼も気づいているのだろう。
 この先に、いったい誰が待っているのかを……。
「ま、待てよ武田! 相手は闇の力持ってんだぞ! 仮に勝ったところで――」
「心配いらない。ここには本城真奈美さんがいる。たとえ一般人でも、決闘に勝って相手を弱らせれば白夜の力で破壊できるはずだ」
「は、はい! まかせてください!」
 一時期スターの家で過ごしていた武田は知っていたのだろう。
 ダークに事件のときだって、当時は何の力も持っていなかった雲井がダーク一味との決闘に勝利し、弱ったところを薫さんが白夜の力を使った攻撃で倒したことがある。
『やれやれ、俺も舐められたものだな』
「舐めてなんかいない。少なくとも、この場にいる誰よりも、あなたのことを警戒しているさ」
『光栄なことだな。まぁいいさ……安心しろ。最上階につく前に、俺がお前らを全滅させてやる』

 一気に空気が張りつめる。
 戦いの始まりを、全員が感じ取った。



『「決闘!!」』



 武田:8000LP   佐助:8000LP



 2人が叫び、決闘が始まった。




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 大きく深呼吸して、武田は不気味に笑う佐助を見据える。
 もともと、どんな敵が相手だろうと自分が先陣を切るつもりだったのだ。
 戦力の温存という意味もあるだろう。
 今いるメンバーの中で、自分が最も実力不足であると考えていた。
 決して捨て駒になるつもりは無いが、無駄に戦力を消費しないことに越したことは無い。

『決闘が始まったこの瞬間、デッキからフィールド魔法を発動する』

「っ!」
 溢れだす闇の力。
 部屋を漂っていた黒い霧がより深くなっていく。


 星を砕く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ??????



「それが……貴方の闇の世界か……」
『ああ。スターのメンバーである俺が闇の世界を使うのがそんなにおかしいか?』
「いいや。私も使っていたことがあるから何も言えないさ」
 脳裏によぎる嫌な記憶。
 かつてスターの前に立ちはだかっていた自分が、再びスターを敵として戦っている今の状況が皮肉だと思った。

 デュエルディスクの赤いランプが点灯する。
 先攻は自分からだ。

「私のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 手札を眺めながら、発動されたフィールド魔法のテキストを読もうと目を凝らす。
 だが、辺りを覆う闇の濃度に、肉眼じゃ見ることは出来そうにない。
 それならば……取るべき戦術は1つしかなかった。
「デッキワンサーチシステムを使用する!」
 デュエルディスクの青いボタンを押すと同時、デッキから自動的にカードが選び出される。
 それを勢いよく引き抜き、自分の手札へと加えた。(手札6→7枚)
『ふん。最初から全力か。俺もルールによってデッキからカードを引かせてもらうぞ』(手札5→6枚)
 笑みを絶やさないまま佐助もカードを引いた。
 闇の世界の効果が分からない以上、今の手札で整えられる万全な状況を築くのが得策だろう。
「私は、モンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンドだ」
 静かな1ターン目を終えて武田は意識を集中する。
 普段から佐助がカードで戦ったことを見たことが無い。
 だからこそ、どんな戦術でも対応できるように心構えだけはしておくつもりだった。


『俺のターン、ドロー』(手札6→7枚)


 佐助はカードを引き、しばらく眺めたあとゆっくりと手札の1枚に手をかける。
『俺はこのモンスターを召喚する』
 カードをデュエルディスクに置いた瞬間、現れたのは竜の姿。
 全身を輝かしい鱗に覆われた屈強なドラゴン。闇の世界に映える白銀の姿が、どこか幻想的だった。


 アレキサンドライドラゴン 光属性/星4/攻2000/守100
 【ドラゴン族】
 アレキサンドライトのウロコを持った、非常に珍しいドラゴン。
 その美しいウロコは古の王の名を冠し、神秘の象徴とされる。
 ――それを手にした者は大いなる幸運を既につかんでいる事に気づいていない。


「通常モンスター……か」
 現れたモンスターの姿に、無意識の内に安心してしまった。
 効果モンスターが主流となっている現在の環境では、あまり見ない戦術である。
 もちろんたまたま通常モンスターが出てきただけかもしれないが、少なくとも恐れることは無いと考えた。
『……バトルだ』
「っ!」
 伏せカードを警戒する様子も無く、佐助は攻撃を宣言した。
 輝かしい竜が翼を羽ばたかせ、突進してくる。
「攻撃宣言時、伏せカードを発動だ!!」
 チャンスとばかりに、武田は伏せカードを開いた。


 金剛石の採掘場
 【永続罠・デッキワン】
 岩石族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分フィールド上に表側表示で存在する守備表示モンスターの守備力は倍になる。
 また自分のモンスターが反転召喚に成功したとき、相手に700ポイントのダメージを与える。
 自分の場に岩石族モンスターが表側表示で存在する限り、このカードは破壊されない。
 また1ターンに1度、デッキから岩石族モンスター1体を墓地に送ることが出来る。


「このカードが場にある限り、私の場にいる守備表示モンスターの守備力は倍になる!! そして―――」
 裏側表示だったモンスターが表側になる。
 突進してきた竜の攻撃を、石像が受け止めた。


 アステカの石像 地属性/星4/攻300/守2000
 【岩石族・効果】
 このモンスターを攻撃した時に相手プレイヤーがダメージを受ける場合、
 その数値は倍になる。

 アステカの石像:守備力2000→4000

「反射ダメージだ。アステカの石像は、反射ダメージを倍にする!!」
 竜の突進を受け止めた衝撃が、地面を伝わり佐助本人へ伝搬する。
 反射ダメージは2000ポイント。それが倍加され、4000ポイントものダメージが襲い掛かった
『ぐっ…!!』

 佐助:8000→4000LP

「よし…!」
 先手を打てたことにホッとする。
 自分がほとんど行動せずに大ダメージを与えられたことで、武田の胸に更なる余裕が生まれた。
「やはり、貴方は初心者のようだな。無警戒に攻撃してくるとは……」
『……くだらないな。ライフを半分削っただけでもう勝った気か?』
「なんだって?」
『自分のモンスターをよく見ろ』
 促されるまま、武田はモンスターを見つめる。
 竜の突進を受け止めた石像の全身に、亀裂が入っていた。
 そして―――

 アステカの石像→破壊

「なに……?」
 不可解な現象に、武田は困惑する。
 だがすぐに、その答えを理解する。闇の世界のテキストが公開されていた。


 星を砕く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 このカードを持つプレイヤーのモンスターは、
 攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。



『武田。お前のデッキは守りがウリだったな』
「これは……佐助、貴方は……!」

『だったら試してみるとしよう。貴様の守りと俺の拳。どちらが先に壊れるか、をな』

 戦いが始まったばかりにもかかわらず、武田の額に冷や汗が流れる。
 一筋縄ではいかない戦いを予感して、再び気持ちを引き締めた。




episode23――攻撃VS守備――

 戦いは始まったばかり。
 破壊されたモンスターを墓地に送りながら、武田は額に滲み始める汗をぬぐった。
『まだ戦いは始まったばかりだろう。そんなに怖い顔をするな。カードを2枚伏せてターンエンドだ』

--------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札4枚
--------------------------------------------
 佐助:4000LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   伏せカード2枚

 手札4枚
--------------------------------------------

「私のターンだ、ドロー!」(手札4→5枚)
 気を取り直して武田はカードを引く。
 闇の世界の効果は驚いたが、冷静に考えればそこまで恐ろしいものには思えない。


 星を砕く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 このカードを持つプレイヤーのモンスターは、
 攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。


 攻撃したモンスターを問答無用で破壊する効果。
 だがダメージ計算を行ってから効果は発動する。だとすれば、残りライフを気にして相手も無闇に攻撃することは出来ないはずだ。守備に特化した自分のデッキならばいくらでも耐えられるはず。
「私は"金剛石の採掘場"の効果によって、デッキから"リバイバルゴーレム"を墓地に送る!!」


 金剛石の採掘場
 【永続罠・デッキワン】
 岩石族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分フィールド上に表側表示で存在する守備表示モンスターの守備力は倍になる。
 また自分のモンスターが反転召喚に成功したとき、相手に700ポイントのダメージを与える。
 自分の場に岩石族モンスターが表側表示で存在する限り、このカードは破壊されない。
 また1ターンに1度、デッキから岩石族モンスター1体を墓地に送ることが出来る。


 リバイバルゴーレム 地属性/星4/攻100/守2100
 【岩石族・効果】
 このカードがデッキから墓地へ送られた時、
 以下の効果から1つを選択して発動する。
 「リバイバルゴーレム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
 ●このカードを墓地から特殊召喚する。
 ●このカードを墓地から手札に加える。


「墓地に送られたリバイバル・ゴーレムを、自身の効果で特殊召喚する!」
 武田の場に現れる巨体。
 その不気味な表情で相手を睨みつけながら、堅い大地の広がるその場所で守備体制を取る。

 リバイバルゴーレム:守備力2100→4200

「さらにモンスターをセットしてターンエンドだ」
『無駄な事を……俺の闇の世界に守備表示は無意味だぞ』
「そんなことは無い。このまま守りを固め続ければ、自滅するのは貴方の方だ」
『どうだろうな。その前に貴様の陳腐な守りが崩れるかもしれないぞ?』
「………」
 その発言に武田は眉をひそめる。
 暮らしてきた時間は短かったが、彼はこんなことを容易く言う性格では無かったはずだ。
 闇の結晶は身に着けるだけで残酷な感情が溢れ出てくる。それが原因かもしれないと勘繰るが、すぐに思考を停止した。

--------------------------------------------
 武田:8000LP

 場:裏守備モンスター×1
   リバイバル・ゴーレム(守備:4200)
   金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札4枚
--------------------------------------------
 佐助:4000LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   伏せカード2枚

 手札4枚
--------------------------------------------

『俺のターンだ』(手札4→5枚)
 佐助は手札を眺めると、すぐさまその1枚を手に取りデュエルディスクに置いた。


 凡骨の意地
 【永続魔法】
 ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、
 そのカードを相手に見せる事で、自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。


「っ、やはり、通常モンスター主体のデッキか」
『意外だったか。だが効果を持たないからといって、馬鹿にするなよ。さらに手札から魔法カードを発動する』


 悪魔への貢物
 【通常魔法】
 フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して墓地へ送り、
 手札からレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚する。


『これで貴様の場にいる特殊召喚された"リバイバル・ゴーレム"を墓地に送る。さらに手札から"ジェネティック・ワーウルフ"を特殊召喚する』
「なっ!?」
 守備体制を取っていた武田のモンスターが闇の中へと引きずり込まれていく。
 それと入れ替わるように、佐助の場には新たなモンスターが登場していた。


 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/攻2000/守100
 【獣戦士族】
 遺伝子操作により強化された人狼。
 本来の優しき心は完全に破壊され、
 闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。
 その破壊力は計り知れない。

 リバイバル・ゴーレム→墓地

『さらに"サファイアドラゴン"を召喚だ』
「また通常モンスターを……!」


 サファイアドラゴン 風属性/星4/攻1900/守1600
 【ドラゴン族】
 全身がサファイアに覆われた、非常に美しい姿をしたドラゴン。
 争いは好まないが、とても高い攻撃力を備えている。


 並び立つ3体のモンスター。
 武田は嫌な予感を表情には出さず、あくまで真っ直ぐに相手を見据える。
『バトルだ』
「っ!? 反射ダメージが怖くないのか!?」
『くだらないな。自分が傷つくのを恐れて敵を逃がす馬鹿がどこにいる』
 全身を輝かしい鱗で覆われたドラゴンの突進が、武田の場にいるモンスターへ襲い掛かった。


 番兵ゴーレム 地属性/星4/攻800/守1800
 【岩石族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

 番兵ゴーレム:守備力1800→3600("金剛石の採掘場"の効果)

『反射ダメージだな。だが闇の世界の力によって、そのゴーレムも破壊する』
 強固な守備を固めたゴーレムに突進した反動が佐助に襲い掛かる。
 だが彼は僅かに表情を歪めるだけで、ダメージを受けたことをさほど気にしていないようだった。

 佐助:4000→2400LP
 番兵ゴーレム→破壊("星を砕く闇の世界"の効果)

『これでがら空きだな。残り2体のモンスターで攻撃だ!』
 主の命によって、2体のモンスターが武田に襲い掛かる。
 獣人の鋭い爪に切り裂かれ、ドラゴンのブレスが直撃する。
「ぐっ、ぁぁぁぁ!!!」

 武田:8000→6000→4100LP

 全身へ走る激痛。
 久々の闇の決闘によるダメージに表情を歪めながら、崩れそうになる膝を支えた。
『残り半分だな。大丈夫か?』
「余計な、お世話さ……!」
『そうか。俺はこれでターンエンドだ』

--------------------------------------------
 武田:4100LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札4枚
--------------------------------------------
 佐助:2400LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札4→5枚)
 わずか1ターンで劣勢に立たされてしまったことを認識し、策を巡らせる。
 一気にライフを削られてしまったが、ライフが少ないのは相手も同じ。
 このまま守り続ければ、いずれ相手は自滅するはず……そう考え、武田は手札の1枚を手に取った。
「手札から"ブロック・ゴーレム"を召喚する!!」


 ブロック・ゴーレム 地属性/星3/攻1000/守1500
 【岩石族・効果】
 自分の墓地のモンスターが地属性のみの場合、
 このカードをリリースして発動できる。
 自分の墓地から「ブロック・ゴーレム」以外の
 岩石族・レベル4以下のモンスター2体を選択して特殊召喚する。
 このターンこの効果で特殊召喚したモンスターは、
 フィールド上で発動する効果を発動できない。


「このカードをリリースして効果発動だ! 墓地にいる"番兵ゴーレム"と"アステカの石像"を守備表示で特殊召喚!」
 1体の石像が自らを地面へ還すと同時に、地面の中から2体のモンスターが蘇った。


 番兵ゴーレム 地属性/星4/攻800/守1800
 【岩石族・効果】
 このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。


 アステカの石像 地属性/星4/攻300/守2000
 【岩石族・効果】
 このモンスターを攻撃した時に相手プレイヤーがダメージを受ける場合、
 その数値は倍になる。

 番兵ゴーレム:守備力1800→3600
 アステカの石像:守備力2000→4000

 守備力の高いリバイバルゴーレムのほうを蘇らせればよかったのかもしれないが、番兵ゴーレムには自身を裏側守備表示にする効果がある。今はブロック・ゴーレムの効果によって蘇生させたため封じられているが、次のターンには使用可能だ。
 ただ守備力の高いモンスターよりも、こちらの方が結果的に戦線を維持できるような気がした。
「さらに"金剛石の採掘場"の効果で2体目の"リバイバルゴーレム"を墓地に送り、守備表示で特殊召喚だ!!」


 リバイバルゴーレム 地属性/星4/攻100/守2100
 【岩石族・効果】
 このカードがデッキから墓地へ送られた時、
 以下の効果から1つを選択して発動する。
 「リバイバルゴーレム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
 ●このカードを墓地から特殊召喚する。
 ●このカードを墓地から手札に加える。

 リバイバル・ゴーレム:守備力2100→4200

『まだ守りを固めるか』
「このまま攻撃してきても、ライフが先に尽きるのは貴方だからな」
『そうだといいな』
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

--------------------------------------------
 武田:4100LP

 場:リバイバル・ゴーレム(守備:4200)
   番兵ゴーレム(守備:3600)
   アステカの石像(守備:4000)
   金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード2枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 佐助:2400LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

『俺のターン、ドロー』(手札1→2枚)
 佐助がカードを引いた瞬間、場に置かれた"凡骨の意地"のカードが光を放った。
『俺が引いたのは"フロストザウルス"。よってもう1枚ドロー。さらに"岩石の巨兵"なので1枚ドロー』(手札2→3→4)
 通常モンスターが引ける限り、多くの手札を得ることが出来るカード。
 たとえ効果を持っていないモンスター群でも、有用なサポートカードがそろっている。
『まずは伏せカード発動だ』


 凡人の施し
 【通常罠】
 デッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の通常モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に通常モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。


『デッキからカードを2枚ドローし、手札の"岩石の巨兵"を除外する』(手札4→6→5枚)
「ここで手札を増強するか……」
『さらに"サファイアドラゴン"をリリースして、"紅蓮魔闘士"をアドバンス召喚する』


 紅蓮魔闘士 炎属性/星6/攻2100/守1800
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在する通常モンスターが3体のみの場合、
 このカードは自分の墓地に存在する通常モンスター2体をゲームから除外し、
 手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する
 レベル4以下の通常モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。


「ここで、そのモンスターを出してくるのか…!?」
『この程度で驚くな。まだまだ終わらないぞ。紅蓮魔闘士の効果で墓地から"サファイアドラゴン"を特殊召喚だ』


 サファイアドラゴン 風属性/星4/攻1900/守1600
 【ドラゴン族】
 全身がサファイアに覆われた、非常に美しい姿をしたドラゴン。
 争いは好まないが、とても高い攻撃力を備えている。


 リリースしたモンスターをすぐさま蘇生。
 佐助から繰り出されるとは思っていなかった、まったく無駄のない戦術が披露されていく。
『バトルだ!!』
 総勢4体のモンスターが、攻撃態勢になった。
 このまま攻撃しても相手のライフが0になるだけ……ならば何か仕掛けてくると武田は判断し、伏せカードを開いた。


 モンスターBOX
 【永続罠】
 相手モンスターが攻撃をする度に、コイントスで裏表を当てる。
 当たりの場合、攻撃モンスターの攻撃力は0になる。
 自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。
 払わなければ、このカードを破壊する。

『っ!』
「迂闊だったな佐助。攻撃力を上げる手段でも用意していたのだろうが、それもこのカードで無意味だ!」
 勝利を確信し、武田は笑みを浮かべる。
 
 ――だがその表情が、一瞬で青ざめた――。









 レインボー・ライフ
 【通常罠】
 手札を1枚捨てて発動できる。
 このターンのエンドフェイズ時まで、自分は戦闘及びカードの効果によって
 ダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。

 フロスト・ザウルス→墓地(コスト:佐助の手札4→3枚)

「な……」
『迂闊なのはどっちだ。このカードの存在を忘れていたか? アレキサンドライドラゴンでリバイバル・ゴーレムに攻撃』
 取り消そうとしても、もう遅い。
 すでに攻撃宣言が終わっている。
 輝かしい鱗をもったドラゴンの突進が、襲い掛かった。
 "モンスターBOX"の効果が発動し、コインが映し出されて回転する。
 示されたのは―――

 ―――表。


 アレキサンドライドラゴン:攻撃2000→0
 佐助:2400→6600LP(反射ダメージ4200ポイントが回復へ変換)
 リバイバル・ゴーレム→破壊(星を砕く闇の世界の効果)

『2体目の攻撃だ。サファイアドラゴンでアステカの石像に攻撃』
 青い瞳のドラゴンが石像へ向けて突撃する。
 再び回転するコイン。
 示されたのは―――

 ―――裏。

 武田がそっと胸をなでおろすも、攻撃力1900のサファイアドラゴンが守備力4000のアステカの石像に攻撃したことにより、反射ダメージが発生する。2100ポイントの反射ダメージが、アステカの石像の効果によって倍加される。つまり、4200ポイントのライフが佐助に加算された。

 佐助:6600→10800LP
 アステカの石像→破壊(星を砕く闇の世界の効果)

『3回目。ジェネティック・ワーウルフで番兵ゴーレムに攻撃』
 鋭い爪を構え、獣人が襲い掛かる。
 3度目のコインが弾かれて、回転する。

 示されたのは―――表。

 ジェネティック・ワーウルフ:攻撃力2000→0
 佐助:10800→14400LP(反射ダメージ3600ポイントが回復へ変換)
 番兵ゴーレム→破壊

『4度目だ。紅蓮魔闘士で直接攻撃』
 間髪入れずに続けられる攻撃。
 武田は祈りを込めて、コインの行方を見つめる。
 示されたのは表。力を失った魔闘士は、振りかぶった腕をおろし主の元へと帰っていった。

 紅蓮魔闘士:攻撃力2100→0
 武田:4100→4100LP

『ずいぶんと状況が一変したな』
「………」
 考えられる限り、最悪の状況だった。
 今まで余裕を保てていたのも、相手のライフが先に尽きることを見込んでの戦術だったからだ。
 だが自分のミスによって、相手は大幅にライフを回復すると同時に自分のモンスターを全滅させた。

 不意に決闘前の自分の言葉を思い出す。
 他の誰よりも佐助の事を警戒しているなどとほざいておきながら、こうして油断している自分の愚かさを恨んだ。
 もし吉野がここにいれば、間違いなく叱咤が飛んでくることだろう。
『惨めだな。守ることを意識するあまり、相手にチャンスを与えてしまった……これが貴様の最大のミスだ』
「……なんとでも、言うといい。だが私は、この戦い方を否定するつもりは無い!」
『そうか。ならば遠慮なく見せてもらおうか。カードを2枚伏せてターンエンドだ』

--------------------------------------------
 武田:4100LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   モンスターBOX(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 佐助:14400LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   紅蓮魔闘士(攻撃:2100)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「わ、私のターン……」
 背中に流れる嫌な汗を感じながら、佐助はカードを引く。(手札3→4枚)
 相手のライフが回復してしまった以上、今までと同じように守備を固めているだけでは駄目だ。
 もちろん、自分のデッキに攻撃用のモンスターが少ないのは分かっている。
 それを引くためには……。
「スタンバイフェイズ、私は"モンスターBOX"のコストを支払う」

 武田:4100→3600LP

「そして手札から"マジック・プランター"を発動だ」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 モンスターBOX→墓地
 武田:手札3→5枚

 新たにカードを引き、武田の表情が一瞬緩む。
 何か仕掛けてくることを感じて武田は身構えた。
「"金剛石の採掘場"の効果発動。デッキから"リバイバルゴーレム"を墓地へ送る!」
『またか……懲りないな』
「何とでも言え。リバイバル・ゴーレムを自身の効果で守備表示で特殊召喚!」


 リバイバルゴーレム 地属性/星4/攻100/守2100
 【岩石族・効果】
 このカードがデッキから墓地へ送られた時、
 以下の効果から1つを選択して発動する。
 「リバイバルゴーレム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
 ●このカードを墓地から特殊召喚する。
 ●このカードを墓地から手札に加える。

 リバイバルゴーレム:守備力2100→4200

『まさかそれだけじゃないだろう?』
「当然だ。墓地から"リバイバルゴーレム"と"番兵ゴーレム"を除外する!!」
『っ!』
 大地が隆起する。
 強固な地面から盛り上がる岩の塊が人型を形作り、岩の巨人を生み出した。


 地球巨人 ガイア・プレート 地属性/星8/攻2800/守1000
 【岩石族・効果】
 このカードは自分の墓地の岩石族モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する事ができる。
 このカードと戦闘を行う相手モンスターの攻撃力・守備力を半分にする。
 自分のスタンバイフェイズ時に自分の墓地の岩石族モンスター1体をゲームから除外する。
 除外しない場合、このカードを墓地へ送る。


『成程。ずいぶんまともなモンスターが出てきたな』
「バトルだ! ガイア・プレートで紅蓮魔闘士に攻撃!!」
 岩の巨人が腕を振りかぶり、魔闘士へと振り下ろす。
 隆起する岩が魔闘士の身体に纏わりつけばその力を半減させ、巨大な拳が押し潰した。

 紅蓮魔闘士:攻撃力2100→1050
 紅蓮魔闘士→破壊
 佐助:14400→12650LP

『その程度か。次のターンに耐えきれるのか?』
「貴方の心配には及ばないさ。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」

--------------------------------------------
 武田:3600LP

 場:地球巨人 ガイア・プレート(攻撃:2800)
   リバイバル・ゴーレム(守備:4200)
   金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード2枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 佐助:12650LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   ジェネティック・ワーウルフ(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

『俺のターンだ』(手札1→2枚)
 佐助が引くと同時に、場にある"凡骨の意地"のカードが輝いた。
『引いたカードは"デーモン・ソルジャー"だ。更に1枚ドロー』(手札2→3枚)
 さらに手札を補充する相手に、佐助は冷や汗を拭っていた。
 間違いなく追いつめられている……僅かでも対処を誤れば、待っているのは敗北だろう。
『デーモン・ソルジャーを召喚するぞ』


 デーモン・ソルジャー 闇属性/星4/攻1900/守1500
 【悪魔族】
 デーモンの中でも精鋭だけを集めた部隊に所属する戦闘のエキスパート。
 与えられた任務を確実にこなす事で有名。


『さぁバトルだ。ワーウルフでガイアプレートに攻撃!』
「くっ……ガイア・プレートは戦闘を行う相手モンスターの攻撃力を半減させる!!」
『それがどうした?』
 自身へのダメージを気にも留めず、冷酷に佐助は攻撃宣言を下す。
 決死の覚悟で突撃する獣人は、岩の巨人に押し潰された。

 ジェネティック・ワーウルフ:攻撃力2000→1000
 ジェネティック・ワーウルフ→破壊
 佐助:12650→10850LP

『"星を砕く闇の世界"の効果で、ガイア・プレートを破壊する』
 獣人の一撃は、倒しこそできずとも岩の巨人の身体に亀裂をいれていた。
 亀裂は広がっていき、巨人は為す術も無く崩れ去った。

 地球巨人 ガイア・プレート→破壊

『せっかくのモンスターも無駄だったな』
「く……」
『続けてバトルだ。アレキサンドライドラゴンでリバイバルゴーレムに攻撃』
 ドラゴンの突進を受け止めるものの、武田のモンスターは為す術も無く破壊されていく。
 反射ダメージが佐助に襲い掛かるも、それを気に留めている様子は無い。

 佐助:10850→8650LP
 リバイバルゴーレム→破壊

『これで終わりだ。続けて――』
「まだだ! 伏せカード発動!!」
 闘志を失わない瞳で、武田は叫んだ。


 針虫の巣窟
 【通常罠】
 自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。


【墓地へ送られたカード】
・黒曜岩竜
・うごめく影
・超電磁タートル
・伝説の柔術家
・守護者スフィンクス

「よし! 墓地にある"超電磁タートル"の効果発動だ!!」


 超電磁タートル 光属性/星4/攻0/守1800
 【機械族・効果】
 相手ターンのバトルフェイズ時に墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
 そのバトルフェイズを終了する。
 「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 超電磁タートル→除外

『しぶといな……』
「どうした。自慢の攻撃が泣いているぞ…?」
『減らず口を……カードを1枚伏せてターンエンドだ』

--------------------------------------------
 武田:3600LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札3枚
--------------------------------------------
 佐助:8650LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   デーモン・ソルジャー(攻撃:1900)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード3枚

 手札1枚
--------------------------------------------

「私の……ターン!」(手札3→4枚)
 自身を奮い立たせるように、勢いよく武田はカードを引く。
 なんとか凌げはしているものの、長くはもたない。
 それならば……ただ1度のチャンスにかけるしかない。
「"金剛石の採掘場"の効果で、デッキから"カオスポッド"を墓地へ送る……」
『ふん。あの面倒なゴーレムも底を尽きたか』
「佐助……」
『そんなに睨むな武田。貴様はよくやった方だ。ほとんど自ら攻撃を仕掛けずに耐え忍んでいる……だが、それもここまでだ。貴様は敵を倒すことでは無く、味方を守ることを選んだ……だからこその結果だ』
「………」
 相手の言う事は一理あるだろう。
 最初から守りを固めず、果敢に攻めていけば今より状況は良くなっていたかもしれない。
 だが……それは結果論だ。
 武田にとってこのデッキは、自分の生き方そのものだ。


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 仕事を辞めさせられ、路頭に迷っている時に救われた時のことは今でも鮮明に覚えている。
 少女に手を取られ、優秀な上司に指導され、すべてを見透かす奥様に何度も気を遣われた。
 武田にとっては、そんな日常を守ることが一番の優先事項だった。
 敵が襲い掛かってきても、まず第一にお嬢様達の身の安全を確保することを第一にしてきた。そして安全を確保した後で、敵を撃退する。どんなに自分が傷ついても、守れるならばそれでよかった。
 お嬢様も、そんな自分の戦い方を心配していたのも知っていた。
 だが、変えられなかった。
 傷だらけになる自分に、上司は溜息交じりに文句を言っていた。
 お嬢様や奥様の手当の仕方も、手慣れたものになっていた。

「どうして武田は、そんなに傷だらけになるの?」
「……自分にもわかりません。ただ……お嬢様を守れるなら、私はどうなっても構わない」
「……武田の馬鹿」
 それは、琴葉が初めて言った悪口だった。
 絆創膏がやや乱暴に頬に貼られて、傷口が僅かに痛む。
「ねぇ武田……武田は、わたしの執事なんだよね……?」
「はい。立場上、咲音様にもお仕えしていますが、私の主はお嬢様です」
「……約束してほしいの。これからも武田は、わたし達を守ってくれる?」
「もちろんです」
「じゃあ、もう怪我をしないで」
「そ、それはさすがに……」
「ん」
 苦笑を浮かべる武田に構うことなく、琴葉は右手の握り拳の小指を立てた。
 その真っ直ぐな眼差しから視線を逸らせず、武田は仕方なく自身の小指を絡める。
「約束だよ。武田が守るのは、わたし達と、自分自身だからね」
「……はい。そうできるように頑張ります」
「絶対に絶対だよ! 嘘ついたら針千本だからね!」


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「……そう、でしたね…約束でしたね……」
 武田はそう呟き、拳を握る。
 ここで自分が負ければ、後ろで見守ってくれている者達へ被害が及ぶだろう。
 それは……約束を破ることになってしまう。
 守ると決めたのだから……最後まで、守りきる。
 スターのリーダーのように、目に見えるすべてを守れるほど自分は強くない。

 自分に守れるのは……幼い主との、小さな約束だけだ。

『観念したか?』
「いや……その逆だ!」
『なに?』
最後まで、見苦しく、もがいて足掻いて、守りきる覚悟が出来たよ。墓地にいるすべての岩石族モンスターを除外する!!」
『っ!?』
 武田のいる大地が隆起した。
 今までで一際大きい岩の塊が、竜の形を創りあげていく。
「墓地にいた9体の岩石族を除外して、メガロック・ドラゴンを特殊召喚だ!!」


 メガロック・ドラゴン 岩石族/星7/攻?/守?
 【岩石族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する岩石族モンスターを除外する事でのみ特殊召喚できる。
 このカードの元々の攻撃力と守備力は、特殊召喚時に除外した
 岩石族モンスターの数×700ポイントの数値になる。

 メガロック・ドラゴン:攻撃力?→6300

『攻撃力6300…!』
「お望み通り、攻撃に適したモンスターを出したぞ! バトルだ!!」
 チャンスと見るや、武田は攻撃を宣言する。
 ゆらりと動く岩竜の姿を見ながら、佐助はゆっくり伏せカードを開いた。





 ジャスティブレイク
 【通常罠】
 自分フィールド上の通常モンスターを
 攻撃対象とした相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
 表側攻撃表示で存在する通常モンスター以外の
 フィールド上のモンスターを全て破壊する。


『意気込みはいいが、こっちが罠を張っているとは考えていなかったか?』
「その通りだな。ならば手札から速攻魔法発動!」
 地を走る雷が岩竜へ襲い掛かる前に、武田は素早くカードを発動した。


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 メガロック・ドラゴン→墓地
 武田:3600→9900LP

「さぁ、これで私もライフを得たぞ」
『それがどうした。貴様の場はがら空きだ』
「そう思うなら、貴方の自慢の攻撃で削り切ってみるといい。”敵”である私を倒すんだろう?」
『貴様……』
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!!」

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 武田:9900LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード3枚

 手札0枚
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 佐助:8650LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   デーモン・ソルジャー(攻撃:1900)
   凡骨の意地(永続魔法)
   伏せカード2枚

 手札1枚
--------------------------------------------

『俺のターン、ドロー!』(手札1→2枚)
 佐助のカードを引く手に、力が籠る。
 目の前にいる”敵”が予想以上のしぶとさに、苛立ちを感じていた。
『引いたのは"ホーリーエルフ"だ。凡骨の意地によってさらに1枚ドロー。ドローカードは"デーモン・ソルジャー"。更に1枚ドロー!!』(手札2→3→4枚)
 新たに引いたカードを手札に加え、更に伏せてあったカードが開かれる。


 凡人の施し
 【通常罠】
 デッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の通常モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に通常モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 ホーリーエルフ→除外
 佐助:手札4→6→5枚(ホーリーエルフを除外)

「さらに手札を補充するか」
『貴様のしぶとさには、これくらいしないと駄目らしいからな』
「それは光栄だな。スターの幹部にそこまで褒められるとは思わなかった」
 武田の態度に、佐助は唇を噛む。
 間違いなく追いつめているのは自分のはず。
 なのに相手は、どうしてここまで粘り続ける?
 負けられない戦いであることは承知しているが、ここまで攻撃してなお倒れないことは今の自分には耐え難い事だった。
『伏せカード発動だ!』


 正統なる血統
 【永続罠】
 (1):自分の墓地の通常モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
 そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。
 このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。
 そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。


『この効果で墓地にいる"フロストザウルス"を特殊召喚する! さらに手札から2体目の"デーモン・ソルジャー"を召喚!』


 フロストザウルス 水属性/星6/攻2600/守1700
 【恐竜族】
 鈍い神経と感性のお陰で、氷づけになりつつも氷河期を乗り越える
 脅威の生命力を持つ。寒さには滅法強いぞ。

 デーモン・ソルジャー 闇属性/星4/攻1900/守1500
 【悪魔族】
 デーモンの中でも精鋭だけを集めた部隊に所属する戦闘のエキスパート。
 与えられた任務を確実にこなす事で有名。


「それだけか? 私のライフを削り切るには足りないぞ?」
『っ…! バトルだ!!』
 苛立つ心をぶつけるかのように、佐助は攻撃を宣言する。
 場にいるすべてのモンスターが一斉に武田へ襲い掛かった。

 武田:9900→8000→6100→4100→1500LP

「ぐっぁぁぁぁ!?」
 大ダメージを受け、発生した衝撃によって武田は吹き飛ばされ地面を転がる。
 背を闇の力で作られた壁に打ち付けられ、肺から空気が強制的に押し出された。
『これでトドメだ! デーモン・ソルジャーで攻撃!!』
「ま、だ、だ…!」
 霞みそうになる意識をギリギリで保ち、武田は伏せカードを開いた。
 悪魔の刃が、次元の裂け目へと呑みこまれる。


 次元幽閉
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。

 デーモン・ソルジャー→除外

 残りのライフは僅か1500ポイント。
 場にはモンスターも無く、手札もほとんど残っていない。
「がはっ、くっ…!」
 だが、それでも武田は立ち上がる。
 ボロボロの身体を奮い立たせ、その瞳に光を宿しながら元の位置へと足を運ぶ。
『ずいぶんと頑張るじゃないか。理解できないな……何の力も持たない貴様が、ここで踏ん張ってどうなる? そのザマでは仮に俺を倒せたところで、先の戦いには参加できそうにないが?』
「……あぁその通りだ。私は……貴方を止める。私の役目は……それでいい!」
『俺を止める? この期に及んで、まだ敵である俺を倒すと言う事すら出来ないのか。呆れた馬鹿だな』
「何とでも言え。私は、大切なものを守るために戦う。それがたとえ相手を倒すことではなくても……それが私の戦い方だ」
『くだらない。敵を倒せなければ何も意味は無い。退けてもいずれまた襲い掛かってくる。倒せるうちに、確実に仕留めた方がいいに決まっているだろう』
 冷酷な言葉に、武田は苦笑を浮かべた。
 そんなことは分かっている。
 敵を倒した方が、味方を守れることは分かっている。
 敵を逃せば、後々痛い目を見るのは自分だと知っている。
 だが………。

「私が仕える主は、まだ幼いからな……敵を倒すことよりも、味方を守る姿を見せたいと思うのは執事として当然だろう?

「なに…?」
「誰だって、譲れないものがあるはずだ。佐助、貴方だってそうだったはずだ。その知略と拳でスターのメンバーを何度も助けてきたはずだ。そんな貴方が、アダムに加担してはいけない!!」
『助けてきただと……ふざけるな!!
 佐助が叫ぶ。
 その大声が、部屋全体に響き渡った。

『俺にはそれしか出来なかったから戦ってきただけだ。情報収集しかできず、作戦を立ててそれを薫や伊月に任せてばかりだった。真っ先に傷つくあいつらに、俺は労いの言葉もかけることも少なかった。完璧な作戦を立てても、あいつらは傷つく! ならばと自分の腕っぷしに任せて敵を薙ぎ倒してきた。だが俺は……あいつらに報いることが出来なかった! 仇を取ることすら出来なかった!! どんなに志を強く持って守ろうと思っても、圧倒的な力はそれらを容易く踏みにじる!! もう2度とあんな思いをしないために、今度こそ敵は確実に殲滅する!! そのために自分がどれだけ傷つこうが知ったことか! 俺の拳は、守るために使っても意味は無い。ただ敵を倒すことだけに使うべきなんだ!!』

 表情を強張らせ佐助は言葉を発していく。
 武田はそれを聞きながら、静かに拳を握りしめていた。
 他人がくだす評価と、自分がくだす評価は別だ。
 周りの者が讃えても……佐助自身はずっと苦しんでいたのだろう。決闘も出来て他人を救える他の2人に、何かが出来ているような実感が無かったのかもしれない。有体に言えば、うしろめたさがあったのかもしれない。
 そんなことは無いというのは簡単だ。
 作戦を立てることも、情報収集も、喧嘩も……自分からすれば彼は羨ましい物をたくさん持っている。
 だが彼からすればそれは……スターにちゃんと貢献できているか不安だったのだろう。
 今回の戦いで、佐助はアダムにすべてを奪われた。
 大切な者も……自分の力への自信も……圧倒的な力によって屈服させられた。それによって、自分の奥底に潜んでいた感情が露わになってしまったのかもしれない。
『守るなんてくだらない言葉を、貴様が口にするな武田ぁ!! 敵を倒すことを覚悟できないような貴様が……軽々しくその言葉を口にするな!!』
「……確かに、私の志はスターのリーダーに比べれば、儚く小さいものだ。だが……佐助、私からすれば、今の貴方にそんな言葉を口にする権利は無い」
『なに?』
「以前の貴方なら……どんなに矮小な望みでも否定することはしなかった。まして”何かを守る”ことを否定したりはしなかった!! なぜなら、貴方が属していたスターは、守るという志の元で活動したからだ!! たとえ力が無くても、大事なもののために戦える人間を否定したりはしなかったはずだ!!」
『大事なもののために戦える人間……だと……』
「今のあなたの力は、破壊しかもたらさない。それでは、相手は倒せても、大事なものは守れない!!」
 少し前の自分も似たようなことを考えていた。
 自分の身がどうなろうとも、味方が守れるならそれでいいと思っていた。
 だが……違うのだ。
 自分が傷つく姿を見ただけで、悲しんでくれる人がいる。
 その人を悲しませた時点で、守れたとは言えない。
 守るという事は、そんな容易く達成できる物じゃない。
『……それでいいんだよ。俺は、目の前で大事な人間を失った。そいつが大事な存在だということに目を背け、仇も取れなかった。最後まで俺は、誰とも向き合えない臆病者なんだ』
「向き合い方なんて人それぞれだ。私には何もアドバイスは出来ない。だが……あえて綺麗事を言うならば……これからの自分は変えられるはずだ!!」
『っ……!!』
「守ることしかできない私の力では、あなたを止めることしかできない……変えることはできない……だが、それでいい!! 止めた後でどうするかは、佐助が決めることだ!! だから私は、ここで勝って、貴方を止めてみせる!!」
 その強い眼差しに、佐助の脳裏に誰かの姿が浮かんだ。
 闇の染められた心に残る微かな姿を見て、自然と歯ぎしりを立てる。
『やってみろ。貴様の軟弱な心など、俺が粉砕してやる。カードを3枚伏せてターンエンドだ!!』

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 武田:1500LP

 場:金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード2枚

 手札0枚
--------------------------------------------
 佐助:8650LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   デーモン・ソルジャー(攻撃:1900)
   フロストザウルス(攻撃:2600)
   凡骨の意地(永続魔法)
   正統なる血統(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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「私の……ターン!!」(手札0→1枚)
 デッキから勢いよくカードを引く。
 息は乱れ、崩れそうになる足を気力で支える。
 やはりさっきの大ダメージが身体に響いているのだろう。
「っ…!」
 ドローカードを見て、武田の表情が綻んだ。
 佐助はそれを見逃さず、伏せカードを開いた。


 聖なる輝き
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 モンスターをセットする事はできない。
 また、モンスターをセットする場合は表側守備表示にしなければならない。


「なっ…!?」
 それは今の武田にとって致命的なカードだった。
 裏側守備表示が封じられたという事は、リバース効果も反転召喚も封じられたことと同義。
『良いカードを引いたようだが、表情に出すぎだぞ「』 
「ま、まだだ…!!」
 武田は力を振り絞り、伏せカードを開いた。


 活路への希望
 【通常罠】
 自分のライフポイントが相手より1000ポイント以上少ない場合、
 1000ライフポイントを払って発動する事ができる。
 お互いのライフポイントの差2000ポイントにつき、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 武田:1500→500LP

「この効果で相手とのライフ差2000ポイントごとに、デッキからカードをドローする!」
『成程。さっきの次元幽閉をフロストザウルスに使わなかったのはこのためか……俺と貴様のライフ差は8350……』
「ああ、デッキから4枚のカードをドローする!」(手札1→5枚)
 新たに4枚のカードを引き、武田は思考を巡らせる。
 チャンスは1度……これを逃せば、勝機は無い。
「"金剛石の採掘場"の効果で、デッキから"ロストガーディアン"を墓地へ送る!! そして墓地にいる"メガロック・ドラゴン"と"ロストガーディアン"を除外する!!」
『まさか…!?』
 隆起する大地。
 形作られる巨大な人型。


 地球巨人 ガイア・プレート 地属性/星8/攻2800/守1000
 【岩石族・効果】
 このカードは自分の墓地の岩石族モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する事ができる。
 このカードと戦闘を行う相手モンスターの攻撃力・守備力を半分にする。
 自分のスタンバイフェイズ時に自分の墓地の岩石族モンスター1体をゲームから除外する。
 除外しない場合、このカードを墓地へ送る。


『2体目か』
「ああ、これで―――」
『伏せカード発動』
 意気込む武田の勢いを遮るように、発動されたカード。
 現れた岩の巨人が、巨大な穴へと呑みこまれた。


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。

 地球巨人ガイア・プレート→破壊→除外

『残念だったな』
「く……"メタモルポット"を守備表示で召喚だ……」


 メタモルポット 地属性/星2/攻700/守600
 【岩石族・効果】
 リバース:お互いの手札を全て捨てる。
 その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 メタモルポッド:守備力600→1200

『成程。ターン最初のドローカードはそれだったか』
 "聖なる輝き"によって、裏側守備は封じられてしまっている。
 表側守備表示で出すことは出来るが、リバース効果を封じられたのはあまりに痛手だった。
「カードを3枚伏せて……ターンエンド……」

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 武田:500LP

 場:メタモルポッド(守備:1200)
   金剛石の採掘場(永続罠・デッキワン)
   伏せカード4枚

 手札0枚
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 佐助:8650LP

 場:星を砕く闇の世界(フィールド魔法)
   アレキサンドライドラゴン(攻撃:2000)
   サファイアドラゴン(攻撃:1900)
   デーモン・ソルジャー(攻撃:1900)
   フロストザウルス(攻撃:2600)
   凡骨の意地(永続魔法)
   正統なる血統(永続罠)
   聖なる輝き(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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『俺のターン、ドロー! 引いたのは"ジェネティック・ワーウルフ"。よって更に1枚ドローだ!!』(手札1→2→3枚)
 武田も佐助も、決着が近いことを予期していた。
 場に走る緊張感を、観戦している大助達も肌で感じる。
『"ジェネティック・ワーウルフ"を召喚する』


 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/攻2000/守100
 【獣戦士族】
 遺伝子操作により強化された人狼。
 本来の優しき心は完全に破壊され、
 闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。
 その破壊力は計り知れない。


 場に並んだ5体のモンスター。
 対する武田の場にモンスターは1体だけ。伏せられたカードで受け切れる保証は無い。
『さらに手札から"『守備』封じ"を発動する』
「っ!?」


 『守備』封じ
 【通常魔法】
 相手フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して表側攻撃表示にする。

 メタモルポッド:守備→攻撃表示

『ヘタな時間稼ぎなどさせないぞ。このまま攻撃すれば貴様の負けだ』
 発動されたのは、武田のデッキにとって天敵となるようなカードだった。
 守備を主体として戦う岩石族デッキにとっては、まさしく致命的なカードとも言えるだろう。
 残りのライフは僅か500ポイント。1度の攻撃でも通れば、武田は負ける。
「まだだ! この瞬間、伏せカードを発動!!」
 繰り出す最後の賭け。
 武田は勢いよく、伏せカードを開いた。


 化石岩の解放
 【永続罠】
 ゲームから除外されている自分の岩石族モンスター1体を選択し、
 自分フィールド上に特殊召喚する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「この効果で、私は除外されている"ロストガーディアン"を守備表示で特殊召喚する!!」
 武田の場が輝き、巨大な石像が出現する。
 その全身を強固な岩に覆われて、傷ついた主を守護するように立ちはだかる。


 ロストガーディアン 地属性/星4/攻100/守?
 【岩石族・効果】
 このカードの元々の守備力は、自分が除外している岩石族モンスターの数×700ポイントの数値になる。

 ロスト・ガーディアン:守備力?→9100→18200

『守備力18200だと…!?』
 その破格の数値に一瞬戸惑うも、佐助は冷静に思考を巡らせた。
 なぜ、バトルフェイズ前に発動したのか……バトルフェイズ中に発動すれば攻撃の巻き戻りが発生する。当然、自分は攻撃を続行するが躊躇わせることは出来たはずだ。
 そこには目的があるに違いない。バトルフェイズに発動して、困ることがあるとすれば……
『……なるほど。"シフトチェンジ"か』
「っ!」
 伏せカードの1枚が見破られ、武田の表情が曇る。
 もしや自分の狙いが見抜かれてしまったのかと、鼓動が高鳴った。
『バトルフェイズ中に発動すれば、攻撃を中断されてしまう可能性があるからな。攻撃をさせてシフトチェンジで攻撃対象を変えて返り討ちにするつもりだったんだろう?』
「……だとしたらどうする。貴方の場にいるモンスターでは、ロストガーディアンの守備力は超えられない!!」
『だったらこうするまでだ。全モンスターをリリースする』
「なっ」
 佐助の場にいるモンスターが一斉に姿を消した。

 羽ばたく紫色の翼。全身を逞しい筋肉が隆起し紫色の骨格がその身体をより強固なものにしている。
 4つの腕が力強く拳を握り、雄叫びをあげながら金色の眼光を向けた。


 真魔獣 ガーゼット 闇属性/星8/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールドのモンスターを全てリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 (1):このカードの攻撃力は、このカードを特殊召喚するために
 リリースしたモンスターの元々の攻撃力を合計した数値になる。
 (2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
 その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。


 真魔獣ガーゼット:攻撃力0→10400

「これは…!?」
『攻撃の手を止めると思ったか? その気になれば貴様の脆弱な守り、いつでも壊せたんだ。これでもし攻撃対象を変更されても俺のライフは残る。貴様の目論見などお見通しだ』
「く……」
『バトルだ!! ガーゼットでメタモルポットに攻撃!!』
 魔獣が叫び、その腕を振り上げ襲い掛かる。
 その迫力に武田はたまらず伏せカードを開いた。


 シフトチェンジ
 【通常罠】
 相手が魔法・罠・戦闘で自分のフィールド上モンスター1体を指定した時に発動可能。
 他の自分のフィールド上モンスターと対象を入れ替える。


「この効果で、攻撃対象を"ロスト・ガーディアン"に変更する!!」
『やはりそれか。だが結果は変わらないぞ。いけ! ガーゼット!!』
 立ちはだかる巨大な石像に構うことなく、魔獣は襲い掛かった。
 攻撃が届く寸前、武田は自然と笑みを浮かべていた。
「読み誤ったな佐助!! 伏せカード発動!!」
 瞳に光を宿し、武田がカードを表にする。
 魔獣の前に立ちはだかる石像の表面が、金剛石に覆われた。





 D2シールド
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの守備力は、元々の守備力を倍にした数値になる。

 ロスト・ガーディアン:守備力18200→36400

「これで終わりだ! 佐助!!」
 勝利を確信し、武田は叫ぶ。
 強固な守りを携えた守護者に魔獣はひるむも、その攻撃は止まらない。


『終わりは貴様だ』


 冷酷に響く佐助の声。
 ダメージステップ……伏せカードが開かれていた。













 最終突撃命令
 【永続罠】
 (1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、
 フィールドの表側表示モンスターは、攻撃表示になり、表示形式を変更できない。


「……っ…」
 目を見開き、武田は言葉を失った。
 勝利を確信したタイミング……守護者は守りを解き、攻撃態勢へと変わっていく。
 しかし守護者の攻撃力は100しかない。とても、魔獣に立ち向かうには足りない。
切り札は、最後までとっておくものだ
 敵が強固な守備を解いたことで、魔獣は笑う。
 その力を思いのまま叩きつけようと、高く跳躍した。
「佐助……」
『残念だったな』
「っ、佐助…!!」
『貴様の負けだ武田。自分の無力さと共に、闇に沈め』
 魔獣の4つの腕が一つに固まり、振り下ろされる。
 その攻撃を防御する術は……無い。









「同感だ」



 ――攻撃が当たるその瞬間、武田は小さく呟いた。



 ――そして世界は、反転する。








 反転世界
 【通常罠】
 フィールド上の全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える。

 真魔獣ガーゼット:攻撃力10400→0
 ロスト・ガーディアン:攻撃力100→36400

 天地が反転し、重力は向きを変え魔獣は宙へと投げ出された。
 その全身を巨大な影が覆う。
 上を見れば、そこには大きさを増した巨大な守護者。
 圧倒的な物量に押し潰され、魔獣は地面へ打ち付けられた。


 真魔獣ガーゼット→破壊


「切り札は……最後までとっておくからこそ、切り札になる」


 守護者が地面へ衝突した衝撃が、佐助へと襲い掛かる。
 膨大なダメージをその身に受けて、彼は背後へ吹き飛ばされた。


 佐助:7850→0LP


 佐助のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。























 激戦を終えると同時、武田は力尽きたようにその場で膝をついた。
 辺りを覆っていた闇が晴れ、観戦していた全員が駆け寄る。
「武田さん、大丈夫ですか?」
 駆け寄る真奈美に、武田は力無く笑い視線を向けた。
「私の事は、いい……それより、早く…」
「はい!」
 杖を構え、真奈美は倒れる佐助の闇の結晶へ向けて無数の光弾を放った。
 正確なコントロールで光弾は当たり、闇の結晶は跡形も無く砕け散った。
「良かった…これで……っ…!」
 決闘による緊張が解けたのだろう。
 武田は息を乱し、汗を滲ませた。
「大丈夫ですか? すぐに回復を―――」
「いや、余計な力は、使わなくていい……貴方は、まだ、力を温存するべきだ」
「でも武田さんを放っておけません!」
「いいんだ。まだ敵がいることは、分かっているだろう」
 その言葉に、全員が気持ちを引き締める。
 実力的に初心者であったはずの佐助が、あそこまで戦えるようになっていたのだ。
 残っている3人の実力が、どれほど上がっているか想像すら出来ない。
「あとは……君達に任せよう……私も動けるようになれば、すぐに、駆けつける……」
「…分かった」
「奥様……」
「武田、どうしたの?」

「この先にはきっと……貴方が戦うべき人が待っている。どうか、御武運を……」

 咲音は黙って頷き服の裾を握る。
 胸によぎる嫌な予感をそのままに、無理やり笑顔を作って見せた。
「ええ。私なら大丈夫です、鳳蓮寺家の当主ですから」
「………」
 その言葉を受け止めるも、これ以上口を出すべきではないと武田は思った。

「さぁ、早く行くといい。残された時間も少ないのだから」
「はい! 行きましょうみなさん!」
 真奈美の先導で、全員が次の階へと駆け足で進んでいった。









 その場に残された武田は、深く呼吸をして朦朧とする意識をなんとか留めていた。
「気分は、どうだ…?」
 語りかけるその声に、倒れ動けずにいる佐助は無表情に返答する
「最悪の……気分だ。悪夢から、醒めた後のような……」
「そうか」
「なぜ、最後まで戦えた?」
「……託せる者がいた……それだけの話だよ」
 その言葉に、佐助は小さく溜息をついた。

「あぁ……そうだったな……俺も、あいつらに、託していたんだったな……」

 その瞳に流れる何かを拭わないまま、佐助は静かに目を閉じた。
 深く呼吸を繰り返しながら、武田はゆっくりと自身の小指を見つめる。
 その身体は限界を迎え、床に倒れ伏していた。


(お嬢様……私は……約束を……守れたでしょうか………?)


 誰に問いかけることもなく、その頬が緩む。
 やり遂げた表情を浮かべながら、武田は意識を手放していった。




episode24――箱入り娘の物語――

 善と悪について、鳳蓮寺咲音は時々考える。
 他人の本質を見抜くという特異な感覚を持っている彼女にとって、それは常に付き纏う問題だった。
 鳳蓮寺の力について、まだ詳しいことは分かっていない。
 だがそれを扱う者として、歴代の当主達なんとなくの結論を持っていた。


 鳳蓮寺の「本質を見抜く能力」とは、感受性の高さからくるもの……という結論だ。


 悲しい出来事が目の前で起きた時、自分もまるで当事者のような辛い感覚になったりしたことはないだろうか。
 世界に蔓延る凄惨な事件を見て胸が痛くなると同時に怒りを覚えたことは無いだろうか。
 親しい友人が嘘を付いている時、なんとなくそれが嘘だと分かることは無いだろうか。

 鳳蓮寺の血筋は、そうした感受性が非常に優れている。
 僅かな表情の変化や空気の震えが、その者が嘘を付いていることを伝える。
 ランダムに羅列された数字を見せれば、無意識に向ける視線を感じることによって暗証番号などもある程度分かってしまう。
 訓練を重ねればそうした感情の揺らぎが表に出る事は少ないであろう。しかし一般人にはそんな訓練をするメリットも無い。
 従って、この世のほとんどの人間は、鳳蓮寺の者に関わると問答無用で見抜かれてしまう。

 嘘は嘘でしかなく、感情すら情報となってしまう。
 人とかかわるうえで、それがどれだけ苦痛かどうかは、想像に難くない。





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「ただいま」
「「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」」
 鳳蓮寺咲音は、有名私立中学から帰宅するや否や多くの執事やメイドから出迎えられた。
 年齢にして13歳。思春期という不安定な時期にも関わらず、咲音は笑顔でそれに応えた。
「2階で奥様が待っておられます」
「…うん、ありがとう」
 荷物を受け取ったメイドが愛想のよい笑顔を向けてくれる。
 出来るだけ視線を合わせないようにしながら、咲音は自分の母が待つ2階へと上がっていった。

 ドアを軽くノックして、中へと入る。
 ロッキングチェアに腰を掛ける母の姿が、そこにはあった。
「ただいま戻りました、お母様」
「おかえり咲音。学校はどうでしたか?」
「……はい。とても楽しいところで―――」

「嘘を付かない」

 ぴしゃりと言い放つ母親の視線が刺さってくる。
 現当主である母は、どんな嘘すらも見抜いてしまう。
 咲音は、ただ黙って頭を垂れるしかできなかった。
「やはり学校に行きたいと言ったあなたの言葉を、信じるべきでは無かったですね」
「そ、そんなことありませんお母様! まだ1か月しか経っていません」
「1か月もあれば十分です。他人と生活することがどれだけ大変なのか、少しでも理解できたでしょう?」
「…………」
 何も言い返せなかった。
 小学校に通わせてもらえなかった彼女は、中学校がスタートだった。
 有名私立という事もあり、様々な地方から色んな人間がやってくる。当然、鳳蓮寺家と同じように富豪の人間も多く通っている。だがそこには家同士の様々な思惑もあったり、集団生活によって生じる歪みも発生しているのも事実だった。
 普通の者なら、それに気付くことは無いであろう。
 だが咲音は……普通では無かった。
 6歳に覚醒した鳳蓮寺の力は、13歳になることで更に伸びていた。
 発言の真偽を見抜くだけでなく、相対するものが何を思っているのかまでがなんとなく読み取れるようになってしまっていた。

「鳳蓮寺さん、おはよう」(とりあえず愛想よくしておこうっと♪)
「さぁ、出席を取るぞー」(あー、子供の相手もだるいなぁ)
「困ったことがあったら何でも言ってね!」(本当に面倒なことはお願いしないで欲しいなぁ)
「この問題、解ける人いる」(あー、○○君が回答してくれれば早いんだけどなぁ)
「いつでも相談しに来い」(またくだらない質問をしてくる奴がいるんだよなぁ)
「今度家に遊びに行ってもいい?」(あの家の御菓子、すごく美味しいんだよなぁ)

 発言の裏に隠れた真意が分かってしまう。
 気づかなければいいことの筈なのに、気付いてしまう。
 他人の言葉が信用できなくなる。
 どんなに優しい言葉でも、信じられなくなってしまいそうだった。

 咲音は自然と他人と視線を合わせようとしなくなっていた。
 視線さえ交わらなければ、見抜くことは出来ない。それは彼女なりの細やかな抵抗だったのだが、会話をしている相手にとっては不快でしかない。

 どうして視線を合わせないのだろうか。
 本当に話を聞いてくれているのか。
 自分の話など、聞く価値など無いとでも思っているのか。

 そうした負の連鎖が、自然と咲音を孤立させていた。
 幸いにもいじめなどの被害にはあわなかったものの、浮いた存在となってしまっていた。


 学校生活の始まりは、世界がキラキラして見えた。
 だが始まってしまうと、そこは彼女にとっては辛い環境だった。
 様々な思惑を持った人の中で生活することが、これほど苦痛だとは思わなかった。



「……お母様、私に、本当の友達はできるのでしょうか……?」


 ぽつりと、そんな言葉を呟いてしまった。
 母親はしばらく考え込んだ後、椅子から降りて辛そうな表情を浮かべる娘の頭を撫でる。
「きっと、いつかできるわ。貴方が心の底から、友達になりたいって思える人が出来たならね……」
「………はい」
 その言葉が嘘なのかどうか、咲音には分からなかった。




 それから1週間後、咲音は母の勧めで学校を辞めた。






 彼女は高校、大学にも行くことは無く、家に専属の家庭教師を呼んで勉学に励んでいた。
 幸いにも彼女の家は裕福だったため、ピアノに茶道なども習い、鳳蓮寺家の次期当主としてふさわしい人間になるようにと努力してきた。
 だが努力する一方で、考えることもある。
 ふさわしい人間とはいったいどういう人間なのだろう。
 ほとんど人と関わることもなく、家に閉じこもっている自分は、果たしてみんなから見て立派な人間なのだろうか。
「……そんなこと、あるわけないですよね」
 ぽつりと零すのは自分自身への言葉。
 分かっている。
 自分にはきっと、一生、本当の友達なんかできることはないのだろう。

 母の事は尊敬している。
 鳳蓮寺家の当主として、多くの執事やメイドを雇い、他の家とも交流を広げている。
 だがそんな彼女でさえ特定の誰かと一緒にいるのを見たことは無い。
 いずれは自分も当主として、この家を継がなければいけないのだろう。それが嫌だと思ったことは無い。むしろ誇りでもある。


 だけど………やはり、独りは寂しいと思う。


 発言の裏に隠れている感情を知りたくない。
 お世辞も社交辞令も、本当の気持ちを知ってしまえば苦痛でしかない。
 いっそ、この目が無ければいいと思ったことすらある。
 だが母親からもらった体に、傷をつけることは出来なかった。




 それから月日は経って、咲音は18歳になった。
 鳳蓮寺家の当主という座を引き継ぎ、名実ともに屋敷の主を任せられることになった。
「さて、咲音。晴れて当主となったわけですが、まずは最初にやるべき仕事があります」
 母がいつにもまして厳格な表情で見つめてくる。
 視線を合わせないまま、何を言われるのか静かに言葉を待つ。

「お見合いしなさい。そして、自分の生涯の夫を見つけてきなさい」

「………え?」
 思ってもみなかった言葉に思わず顔を上げる。
 母はさっきまでの表情はどこへやら……にこりと柔らかい笑みを浮かべていた。
「鳳蓮寺家の当主は、18歳でお見合いすることが通例となっています。咲音、不安はあると思いますがお見合いしてくれますね?」
「は、はい……」
 戸惑いながらも、咲音は首を縦に振る。
 閉鎖された世界で過ごしていくうちに、彼女は母の言う事を素直に聞くようになっていた。
 身近にいる頼りになる存在は、母だけだったから。
「さぁみんな! お見合いの準備よ!」
「え?」
 母の号令と共に、メイド達がぞくぞくと入室してきた。
 その手には和服だろうか……煌びやかな衣装が携えられていた。

「お嬢様。まずはお見合い写真の準備ですね!」(この時をどれだけ待っていたことか!)
「奥様のお見合い写真も綺麗でしたからね、咲音様もきっとお似合いですよ!」(あとで写真焼き増ししないと!)
「髪はどうしますか? ポニテ? ツインテ?」(まぁ全部の髪型試すんですけどね!!)

 心の底から楽しそうに、メイド達は慣れた手つきで咲音を着替えさせ始める。
 その様子を母が楽しそうに見つめていたことは、今でも記憶に残っている。


 それから3時間ほどの着せ替えと写真撮影が終わり、無事に咲音のお見合い写真は完成した。
 結局、普段のドレス姿にいつも通りの髪型で落ち着いたので、あの3時間はなんだったのだろうと疑問に思った。


 準備は滞りなく整ったのだが、そこからが大変だった。
 もはや語るまでも無く、鳳蓮寺家は富豪の家系だ。
 家の繋がりを求めて契りを交わそうとしてくる相手も少なくない。
 もちろん、鳳蓮寺にとって実際に相手に会ってみれば分かることなのだが、特定の誰かと会う段取りを整えるのも大変だ。

 不幸なことに、お見合いをしてきた5人はそういった事情があった。
 家の事情で、鳳蓮寺家とつながりを持つためにお見合いさせられている人だった。
 誰だって第一印象は大事だと思う。
 大抵の人は、それが見た目に分類されることが多いのだが、咲音の場合は内面こそが第一印象だった。
 どれだけ愛想が良くても、恰好が良くても、自分の心を偽っている人と共に暮らすことが出来るはずないと思っていた。



 そして、6度目のお見合い……用意された和室で母親と共に待っていると、ゆっくりと襖が開いた。
 たいして期待はせずに、咲音は視線を上げる。
 短い黒髪にややふっくらとした体型。和室にも関わらず右手に杖を持ちながらサングラスをかけた人物だった。
 名前は確か……小田桐(おだぎり)和馬(かずま)。外資系に広い人脈を持っている家に属する者だったはずだ。
「和馬様、こちらです」
 傍にいる執事が彼の手を取り部屋へと案内する。
 その様子を見て、咲音は彼が目の見えない人なのだと分かった。
 そして同時に、彼が自分と同じように親にお見合いするように言われてやってきた人間だとも分かった。
「鳳蓮寺様、お待たせして申し訳ございません」
「いいえ小田桐様。このような場所までいらしてくださって光栄ですわ。どうぞお座りになってください」
 執事は深く頭を下げ、和馬と共に座布団の上に座った。
 しばらくの沈黙……その場にいる全員が、何を話せばいいのか分からないようだった。
(どうしたらいいのだろう)
 咲音はその沈黙を破っていいものかと言葉を探す。
 いつものお見合いでは男性の方から話しかけてきたから、会話に困ることは無かった。
 なにより、人と関わらないように過ごしてきた彼女にとって自分から会話を弾ませる術など身についているはずもない。
 ちらりと和馬を見てしまおうかと思うが、何を思われているのか覗くのも怖かった。
「あの……」
「は、はい?」
 恐る恐る発せられた和馬の声。穏やかな声色だと思った。


「慎に勝手なお願いなのですが、顔を触らせていただけませんか?」


「…………え?」
 一瞬だけ、自分の耳を疑った。
 つい視線をあげて彼を見つめてしまう。
 そして自分が幻聴を聞いたわけではないことを理解する。咲音にとっては、耳よりも目の方がを信じられる。
 視覚から伝わる鳳蓮寺特有の感覚が、先ほどの発言をより確かなものにとしていた。
(はぁ……やっぱり嫌われたかなぁ……でも僕としては、顔が分からない相手と話すつもりになれないんだけどなぁ)
「……ふふっ」
 隣で母が笑った。
 その視線が此方を向き、微笑みを向けてくる。
(触らせてあげれば?)
(本気で仰っているんですかお母様?)
 鳳蓮寺の血筋は、互いに考えていることが分かってしまうため言葉を介さずとも意思疎通が出来る。
 いくら母の言葉とはいえ、いきなり顔を触らせるのは些か抵抗があった。
「申し訳ございません鳳蓮寺様。和馬様は目が見えず……まずは相手の顔を知りたいと仰っていまして、このような事を申し上げてしまわれたのです」
「ええ、ちゃんと分かってますよ」
「……ご理解いただきありがとうございます」
(また謝ってる……喜一は本当に謝るのが好きだねぇ。向こうがこっちの顔を知っているのに、僕だけ知らないのは不公平じゃないか)
 深々と頭を下げる執事の隣で、和馬はそんなことを考えていた。
 確かに、今まで出会ってきた人とは違う性質の人だと思った。
 少なくとも自分の感情を隠すことのない人なのだろう。
「さて、じゃああとは若いお二人に任せるとしましょうか」
「え…」
「咲音。しっかり話してみなさい。彼はきっと楽しい人よ」
 そう言って母は、執事と共に部屋を出て行った。
 部屋に2人きりにさせられて、静寂が辺りを包み込む。
「……」
「咲音さん、そういえば挨拶がまだだったね。僕は小田桐和馬。年齢は18歳だ」
「……鳳蓮寺、咲音です。18歳、です…」
「綺麗な声ですね。ところで、顔を触らせていただけませんか?」
 返答に困ってしまう。
 初対面の男性に顔を触れられるなど初めてだし、何より彼の言葉には裏が無い。心の底からそう思い、言葉にしている。
 今まで出会ってきた人の中で、そんな人はいなかった。
 だからこそ、どう対応したらいいのか分からなかったのだ。
(参ったなぁ……恥ずかしがり屋さんなのかな…? そうだ、試しにスリーサイズでも聞いて場を和ませてみようかな?)
「っ! 貴方、出会う女性全員にそんなことを思っているのですか?」
「おぉ凄い。もしかして考えが表情に出ちゃってたかな?」
「……丸聞こえです」
「それは失礼した。人との会話に慣れていなくてね……場を和ませる方法が乏しいんだ」
「…………」
 どこか親近感に似たものを感じながら、咲音は小さく溜息をついて席を立った。
 机の向かい側にいる彼の元へ向かい、その右手を取る。
「い、いいですか。顔だけですよ。それ以外に触れたら……怒ります」
「有難いね。ではお言葉に甘えて……」
 和馬の手が、ゆっくりと顔に触れる。
 頭、頬、鼻、顎、首、肩となぞるように触れられる。こそばゆい感覚はあるものの思っていたよりも嫌な感じはしなかった。
「うん、ありがとう」
 その手が離れ、彼は笑みを浮かべた。
「とても綺麗な顔立ちをしているんだね。きっと、かなりの美人さんなのかな」
「……母からは、そう言われることも多いです」
「正直な話、僕みたいな人間とお見合いするには勿体ないと思うね。僕よりもお似合いの人なら、いくらでもいるだろう?」
「…いませんよ……貴方みたいな、話しやすい人は、初めて会いました」
「他人からそう言われたのは初めてだなぁ。ほら、僕は目が見えないからさ、どうにも他人の気遣いを感じやすくてね。対等な立場で話せているような感じがしないんだ。そういう意味では、素直な反応を返してくれる鳳蓮寺さんは話しやすい。僕の発言は何かとセクハラ扱いされがちでね」
「……言葉の意味は分かりかねますけど、大多数の人が嫌悪感を持つ発言だと思います」
「手厳しいね」
 2人は会話を交えながら、自然と笑い合っていた。
 互いに気兼ねなく会話できる相手が、執事や肉親以外では初めてだったのが一番の理由であろう。

 それから数十分。咲音と和馬は穏やかに言葉を交えていた。
 といっても身の上話などでは無く、家の都合でお見合いさせられる自分達の都合も考えろという愚痴交じりの発言ばかりだったのだが……。
「さて、そろそろ時間かな?」
「そうですね、本当に……本当に久しぶりに、他人と話していて苦じゃなかったです」
「僕もだ。もう少し仲良くなれたらぜひスリーサイズも教えて欲しい」
「……貴方って、本当に最低ですね」
 微笑みを携え冷たい視線を投げかけながら、咲音は席を立ち部屋を出て行った。

 それが、和馬との最初の出会いだった。
 不思議な事に、今までのお見合いの中で最長の時間だった。


 それから時々、咲音は和馬と会うようになっていた。
 彼は外資系の家に所属しているものの、仕事内容はそれとはまったくかけ離れているものだった。
 自分自身が盲目であるためか、世に多くいる障害者のための支援を務めている。
 盲目であることを生かして、自ら現地へ赴き不便なところを見つけ、そのありあまる資産でバリアフリーの施設を作っていく。簡単なようだが、綿密な計画や資産管理、なにより自分自身のことを他人に容赦なく見せつけられる心の強さが、素敵だと思った。
 こんな生き方もあったのかもしれない……未熟な心には、彼の事がとても、眩しく見えた。

 いつの間にか、咲音は和馬に惹かれていた。
 この人となら一緒に生活してもいいかもしれない。そう思えるようになった。


「和馬さん、またお話で来て嬉しいです」
「僕もだよ。咲音さん。こんな盲人に付き合ってくれる女性は貴方が初めてだ」
「………」
 自分が言えた事ではないのだが、彼は自分の事を必ずと言っていいほど蔑む傾向があった。
 自分は人よりも劣っていることを知っている。だから僕自身は何とも思わない、と以前に彼は言っていた。
 そんなことはないと言った。貴方は、私が知っている誰よりも純粋な心を持っているのだと。
 だけど彼は、それを「大袈裟だよ」と笑い飛ばしてしまった。
 悲しい事だが、自分は会話が下手なのだろう。
 すべてを見抜ける感覚を持ってしまったがゆえに……他人と関わることを避けてきた自分には、彼にちゃんと気持ちを伝えることは出来ないのかもしれない。
 それでも、彼と一緒に歩みたいと思えた。
 だから、不器用でも伝えたいと思った。

「和馬さん……あの、お見合いしておいて、今更言う事もおかしいですが、結婚を前提に、お付き合いして頂けないでしょうか」
「………」
「あ、あの、ま、まずはお友達からでもいいんです。えっと、友達と言っても、友達がいたことなんて無いので勝手が分かりませんが―――」

「それは出来ないな」

「え……」
 慌てふためく咲音の言葉を遮って、和馬は言った。
 一気に頭が冷えてきて、咲音は表情を俯かせてしまう。
「咲音さん」
 そんな彼女の手を、和馬の手が優しく握った。
「ご、ごめんなさい、私、勝手に、言ってしまって……昔からそうなんです……人の考えていることは分かる癖に、自分の事になると、ちゃんと伝えることも、出来なくて……」
 瞳からぽろぽろと涙が溢れてくる。
 ちゃんと見れば、彼がどう思っているのか分かるのに……告げられる言葉を受ける前に、知ることが出来るのに……。
 怖くて見つめることが出来ない。告げられるであろう否定の言葉を、見たくない。
「咲音さん、きっと貴方は、他の人ともちがうところがあるんだろうね」
「………」
「答えたくないならいい。僕も奇遇なことに、他の人とは違うところがあってね……今まで親しい友人も作らずに生きてきたんだ。友達のいない生活に慣れてしまってね……だけど、君と過ごす時間はとても楽しく感じられたんだ。だけど……僕は、友達というのは同性でしか成立しないと思っているんだよ」
「………」
 友達にはなれない。
 その言葉が、とても重くのしかかる。
 握られた手を、強く握り返してしまうほど……感情を抑えられなかった。

「咲音さん、僕は貴方の友達にはなれないよ。だけど、夫として傍にいさせてくれないか?」

「…………え?」
 自分の耳を疑うのは、これで何度目だろう。
 瞳から溢れる涙を拭いながら、優しく微笑む彼を見つめる。
「結婚を前提に…なんて言わない。僕と、結婚してくれないか?」
「っ…」
 この人といると、いつもそうだ。
 彼は自分の欲しい言葉を、心の底から語りかけてくれる。
 きっとこの人となら、生活していける。
「はい…! よろしくお願いします…!」
 咲音はそう言って、瞳に涙を浮かべながら笑った。
 それは、彼女が他人に見せた、初めての笑顔だった。




 婚約が済めば、そこからあっという間だった。
 まるですべてが準備されていたかのように、式の会場から日取りまで、すべての段取りが流れるように進んでいった。





「結婚して1ヶ月か……」
「そうですね。だいぶ、生活にも慣れてきました」
 結婚をするにあたって、家は咲音が引き継ぐことになった。
 母は夫婦の邪魔をするのが嫌だったのだろう。父の住む別荘へと移った。
 執事やメイドも最低限の人数を残し、少し寂しくなった屋敷に咲音と和馬は住んでいた。
「僕もだ。ようやく家全体を1人で歩き回れるようになったしね」
「……私は、こうして誰かとずっと一緒にいることが初めてですから……」
「そうだったね、気を悪くしちゃったかな?」
「そんなことありませんよ。あなたとなら、私も心から安心して一緒にいられるんですから。孤独な私に付き添ってくれるのは、あなたぐらいですよ」
 暗い口調になった彼女の腕を彼は握る。
 瞳を閉じたまま、顔を向け微笑む。
「こらこら、消極的な発言はしないって約束だろ?」
「あ、ごめんなさい」
「いいよ。過去の傷を埋めるのは、難しいんだよ。咲音が幸せになれれば、僕も幸せなんだから。それで、話ってなんだい?」
 リビングのソファに座りながら、咲音と和馬は向き合った。
 咲音は踏ん切りがつかないように、握った手に強く力が入る。

「……私、子供が欲しくないんです」

「そうか。それはまた、どうして?」
「世間では、結婚したら一夜を共にして子供を授かるのが常識だと聞かされています。私の両親も、早く孫の顔が見たいと言っています。でも、私は……嫌なんです」
「それは、肉体的不安かい?」
「いいえ。子供を授かりたいと思う気持ちもあるんです。でも、あなたに教えたとおり、私はこれまで辛い世界だけを見てきました。鳳蓮寺の能力のために、知らなくてもいいことを知ってしまう。きっと私の子供にも、同じ能力が宿ってしまいます。私は、自分の子供に、辛い世界を見せたくないんです」
「…………」
「ごめんなさい、お母様に言ったら間違いなく反対されるので、秘密にしておきたかったんですけど、あなたには正直に話しておきたかったんです」
「そっか。僕に話してくれたのは、凄く嬉しいよ」
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。けどね咲音。僕は、この世界がそこまで辛いものじゃないって思ってるんだ」
「………」
「僕は君と違って、何も見えない。いや、普通の人よりも”何も見えない”。けど僕はこうして今日まで生きてくることが出来たし、君っていう最高のパートナーを見つけることが出来た。そんな世界を、僕は子供に見せてあげたい。僕が見ることが出来なかった世界を、僕の分まで見てほしいって思ってるんだ」
「ぁ……」
「ははっ、不思議だね。すべてを見ることができる君が、この世界は辛いものだって思ってるのに、何も見えない僕がこの世界を好きになっているんだから」
 屈託のない笑みを見せて和馬は言う。
 彼は幼い頃に事故で視力を失った。だが周囲に支えられ、こうして立派な大人に成長した。
 誰とも関わることなく過ごしてきた自分には、到底出来ない事だと思った。

「……すべてを見れるからこそ、世界が辛いものだって分かってしまうんですよ」

 知らなければいい本音。発言の裏に隠れた感情。
 人と関わるには、あまりにも辛い感覚と、ずっと一緒に付き合ってきた。
 結婚しても、誰かと積極的に関わろうとは思えなかった。
「そうか。けどね咲音。見えないからこそ、感じることが出来るものもあるんだよ。君にもきっといつか、女性の友達が出来る日が来るさ。そうしたら、この家でお茶でもしようじゃないか」
「……ありがとう和馬さん。でも、私にはきっと、友達を作る資格なんか無いんです。だって私は―――」

 その先の言葉を聞いて、和馬は少し考え彼女の手を強く握った。
 首を横に振りながら小さく息を吐いて、否定する。

「咲音。たとえそうだとしても、友人を作る資格は誰にもある。誰かと一緒にいたいと思えるなら、それだけで最初の一歩になるよ」
「……………」
「あ、ごめん。君を責めるつもりじゃないんだ。とにかく、咲音が子供を欲しくないなら、僕はその意思を尊重するよ」
「……あの、やっぱり……」
「ん?」
「子供を……作りませんか?」
「え、でも……」
「あなたが言うように、本当にこの世界が素晴らしいものなら、私も子供に見せてあげたいです。私が見れなかった世界を……私の分まで……」
「けど、鳳蓮寺の能力はどうするんだい?」
「私が責任を持って、扱い方を教えます」
「そうか。じゃあ子供を授かろうか。ところで……子供ってどうやって授かるんだい?」
「……私も分からないんですが……世間ではその、キ、キスをすると授かれるとか………」
「あれ? でもそれだと結婚式の時に子供ができちゃったってことなのかな?」
「え、そうですね。ちょっと、お母様に聞いてみます」



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 昔話は終わり、今に至る。
 階段を上り、6階へと到達した大助たちの前に1人の女性が立ちふさがっていた。
『……来てしまったんですね』
 濁った声。
 全身を漆黒の執事服で身を包み、腰に日本刀を携えた凛とした態度の女性。
 身に付けられた闇の結晶からは霧のように闇が滲み、部屋を漂っていた。
「……吉野……」
『貴方とまた会うことになるとは思っていませんでした。でも、嬉しいです。言葉だけでサヨナラなんて、辛すぎますから』
 冷たく微笑みながら、吉野はゆっくりと刀を抜いた。
 真奈美が杖を構え、迎撃態勢に入る。
 だが咲音は、ゆっくりとした足取りでその前へと出た。
「危ないです! 下がってください!」
「いいんです、真奈美さん」
 意味深な笑みを浮かべ、咲音は前へ歩んでいく。
 構えられた日本刀の射程内まで歩み寄れば、濁った闇を携えた親友を見つめた。
『あぁ…咲音。いつ見ても美しいですね』
 その刃がゆっくりと、首元へ突き立てられる。
 ほんの僅かでも力が籠められれば、簡単に皮膚は貫かれてしまうだろう。
『心配いらないですよ咲音。苦しまないで逝かせてあげます。すぐに私も、後を追います。琴葉も一緒に逝かせてあげられないのは心苦しいですが、アダムによって世界は滅ぼされるのですしすぐに会えますよね』
「や、やめてください! 吉野さん!」
『邪魔をしないでください。私と咲音は親友なんです。ずっと苦楽を共にしてきた間柄なんです。最期の時くらい、好きにしてもいいでしょう?』
「親友なら、何をしてもいいって言うんですか!?」
『ええ。咲音は、人の善悪を見抜けるんです。貴方から悪に見えているかもしれませんが、咲音は私の事を善い人だと言ってくれました。それは今も変わらない……そうですよね、咲音』
 刃の峰がゆっくりと首筋を撫でていく。
 咲音は大きく深呼吸して、その”瞳”で彼女を見つめた。

 あぁ……やっぱりこうなるんだ…と、自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。


「いいえ吉野。貴方は……”悪い”人ですね」


 いつもと変わらぬ笑みで咲音は言い放つ。
 吉野は表情を歪め、手に持つ刃がカタカタと震えた。
『今、なんて…?』
「……ごめんね、吉野……今の貴方は、私にとっては”悪い”人なの……だから、殺されるわけには、いかないの……」
 穏やかに語りかける咲音は、泣いていた。
 その瞳から涙を零し、出来るだけ平静を装い、言葉を続ける。
「ごめんね……ごめんね、吉野……」
 言葉が、止まらない。
 涙と共に、言葉まで溢れてきてしまうようだった。
 その涙の理由が分からないまま、全員がその様子を見守っていた。
『咲音……?』
「戦いましょう、吉野。貴方の気高い刃は、私みたいな”嘘吐き”に振るわれるべきじゃないわ」
『……』
 初めて見る咲音の態度に、吉野は違和感を感じながらも刃を下ろした。
 決して刃で首を刎ねるのが嫌になったわけじゃない。動揺した一瞬の隙に、真奈美の魔法が刃を覆って無力化されていたからだ。
 不要になった日本刀を捨て、その腕にデュエルディスクが取り付けられる。
 咲音も自身の腕にデュエルディスクを付け、ポーチからデッキを取り出した。
(……ここに琴葉を連れてこなくて、良かった……)
 安堵した表情で、咲音はそのデッキをセットする。
 今から繰り広げられるであろう出来事は、純粋な心を持っている娘に見せたくは無かった。
「さぁ、はじめましょう?」
『ええ……』

 2人は距離を置き、同時に、叫んだ。




『「決闘!!」』



 咲音:8000LP   吉野:8000LP




 暗い雰囲気と共に、決闘が始まった。
 吉野のデッキから溢れだす闇。
 それが部屋全体へ広がっていく。
『フィールド魔法"幻覚を見せる闇の世界"を発動です』
 それはかつて、吉野が使っていた闇の世界。
 咲音は話を聞いていたものの、実際に目にするのは初めてだった。


 幻覚を見せる闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、モンスター1体の攻撃を無効にすることが出来る。


 発動された瞬間、咲音は表情を歪ませた。
 目の前にいる彼女から、溢れるほどの黒い感情が情報として入ってくる。
「っ…!」
 一瞬の眩暈が襲うも、これも罰なのだと受け入れる。
「ごめんね……」
『さっきから、何を謝っているんですか?』
 その問いに胸が締め付けられるようだった。
 もう隠すことは出来ない。もう……隠し通す意味も無い。
 この戦いが最期だから……ちゃんとした罰を受けるために、言わなければいけないと思うから。
「……吉野、ごめんなさい。私はあなたに、1つだけ嘘をついていました」
『え?』
「鳳蓮寺の力は、視たものの本質や情報を得ることが出来る……それは間違っていません。ですけど1つだけ、ちゃんとした情報を得ることが出来ないものがあります」
『なんですって?』
 動揺する吉野に対し、咲音は静かにゆっくりと、振り絞るように言葉を紡ぐ。
 親友についてきた嘘。途方もなく、最低な嘘。
 

「私達、鳳蓮寺の人間は、他人の善悪を見極めることなんて出来ないんですよ」


 そう言って咲音は、儚い笑みを向けて涙を流した。




episode25――最初の一歩――

『……え?』
 咲音から発せられた一言に、吉野は表情を固めた。
 周囲で観戦する皆も、その言葉の続きを待つかのように見守っている。
「私の過去を知っている貴方なら分かるでしょ? これまで、まともに人間関係を築けなかった私が他人の善悪を判断する? そんなこと出来るわけありません。そもそも善悪なんて、環境やタイミング、状況によって変わってしまうものでしょう? それを自分の一存だけで判断をしていいわけありません」
『でも……あなたは私を……』

「そうよ吉野。それがあなたについた最初で最悪の嘘。私はね……ううん、私も琴葉も、あなたが”善人”だから気に入ったんじゃないの。あなたが”私たちに優しく接してくれる人”だから気に入ったのよ」

『っ!?』
 それが真実だった。
 鳳蓮寺の人間は、見たものに対しての情報を取り入れることが出来る。
 それが人柄であったり性格であったりと、個人差はあるが会話を交わさずとも情報を得ることが出来る。
 そして……。
「善悪の基準が明確でない私達が、無意識のうちに作り上げてしまった基準。それはね、”自分に優しくしてくれるかどうか”なの。優しくしてくれなければ悪。優しくしてくれれば善。そんな単純で、馬鹿らしい基準で他人を判断していたの。幻滅したでしょう? 失望したでしょう? 謝っても許してもらえるなんて思わない。私は……初めての友達であるあなたにさえ……っ……最低のっ、嘘をついていたのよ……!」
 感情があふれ出し、咲音の瞳から涙がこぼれる。
 その場にいる全員が、言葉を失って彼女を見つめていた。
「聡明な吉野が、いつ気づいてしまうか怖かった……。もし知られたら、嫌われる。また1人になる。だから嘘をついてでも親友でいようとしたんです。歪んでいるでしょう? 本当に、私は最低なの。本来ならあなたとも、薫さんとも……仲良くなっていいような人間じゃないの」
『咲音……』
「責められても仕方ないんです。だから吉野。あなたが私を許せないって思うなら、煮るなり焼くなり好きにして構いません。だけどその代わり、琴葉は許してあげて……! あの子は何も知らないの。私と違って、まっすぐに生きていってほしいの。だから、お願い……!」
 膝をつき、泣きながら咲音は懇願する。
 冷たい静寂が辺りを包み込んでいた。
 誰もが言葉を失い、どうすればいいか戸惑っている。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 嘘を付いて……ごめんなさい……! 私はどうなってもいいから、琴葉だけは――――」

『許すわけないでしょう』

「っ!」
 返された無情な一言。
 滲んだ視界で、咲音は闇に染まった彼女を見つめた。
 黒い感情……失望と怒りが、より強くなっている。
『どうして、言ってくれなかったんですか……あなただけは、嘘をつかないと思っていたのに……私が優しくする人間だから気に入った…? そんな大切なことを、何年も黙っていたんですか……』
「っ…!」
 返す言葉も無い。
 2人の間では『嘘も隠し事も禁止』という約束が交わされていた。咲音がずっと嘘を付き続けてきたのに対し、吉野はずっと正直に心の内を吐き出し続けていた。
 信頼していた咲音からの裏切りは、闇に染まった吉野の心をより黒く染めた。
『許さない……せめて安らかにと思っていましたが、気が変わりました』
「……ええ。それで、いいわ」
『成程、覚悟はできている、ということですね』
 敵意に満ちた瞳が睨みつけてくる。
 咲音は歯を食いしばり、膝に力を入れて立ち上がった。
 ずっと一緒に暮らしてきたのだ。こうなることは分かっていた。
 怒るのも当然だと思う。もう、後には引けない。だけどもう決めたのだ。
 彼女と向き合うと……自分のすべてを曝け出して、そのうえで自分の想いを伝える。
 今まで誰とも向き合う事をしてこなかったのだ自分にとっては、あまりに高いハードルだ。だが目の前にいるのが一番の親友で、一番想いを伝えたい相手なら、逃げるわけにはいかなかった。

『私のターンです。ドロー』(手札5→6枚)
 口調は怒りに満ちているものの、吉野は静かにカードを引いた。
 手札を眺めた後、デュエルディスクの青いボタンを押す。
『デッキワンサーチシステムを使用します』(手札6→7枚)
 最初のターンでのデッキワンサーチの使用。
 何度も見てきた戦術だ。今更、驚くことではない。
「私も、ルールでカードを引きますね」(手札5→6枚)
 深く深呼吸しながら、咲音は出来るだけ相手を見つめていた。
 鳳蓮寺の能力ならば相手の持つ情報を見抜くことが出来る。それは決闘において、相手の手札や戦術を知ることが出来ることと同意だ。
 普段ならば何の苦も無いことだが、今の相手は黒い感情が絶え間なく溢れているため、それらの情報も取り込んでしまう。
 ただでさえ他人の感情を知ることはストレスであるなら……咲音の精神的なストレスは計り知れないだろう。
『カードを3枚伏せてターンエンド』


 吉野のターンが終わる。


 咲音は一呼吸を置いて、デッキの1番上に手をかけた。
「私のターンです。ドロー!」(手札6→7枚)
『どうかしましたか咲音。顔色が悪いですよ』
「いいえ、大丈夫、です!」
 想像以上に消耗が激しいと、咲音は感じていた。
 常に相手を見つめ続けていたら、こちらが持たない。相手を見続けることで戦術を把握することは、無理だと判断した。
「手札から"ライトロード マジシャン・ライラ"を召喚します」


 ライトロード・マジシャン ライラ 光属性/星4/攻1700/守200
 【魔法使い族・効果】
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
 相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時まで
 このカードは表示形式を変更できない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


「ライラの効果発動。右端にある"封印解放の術式"を破壊します」
『……やはり、見抜かれてしまいますか』
 光の魔術師が杖から光弾を放つ。
 光弾は裏側表示のカードを打ち抜き、破壊した。

 ライトロード マジシャン・ライラ:攻撃→守備表示
 封印解放の術式→破壊

 封印解放の術式
 【永続罠・デッキワン】
 「封印されし」と名のつくモンスターが5枚入っているデッキにのみ入れることができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札から任意の枚数墓地に捨てることができる。
 そうした場合、捨てた枚数だけデッキからカードを選択して手札に加えることが出来る。
 そして、自分は手札に加えた枚数×1000ポイントのダメージを受ける。
 このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地から
 「封印されし」と名のついたモンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、リリースできず、手札に戻ることはできない。


 破壊したのはライフと引き換えにデッキの中にあるカードを手札に加える凶悪なデッキワンカード。
 あの発動を許してしまえば、エクゾディアが完成して相手の特殊勝利が成立してしまう。
 だが咲音は鳳蓮寺の能力を使い、そのカードが伏せられた位置を把握できていた。場所さえ分かれば、狙い撃つのは造作も無い。
「カードを1枚伏せて、ターン終了です。エンドフェイズ時に、ライラの効果でデッキから3枚墓地に送ります」

・ライトロード・パラディン ジェイン
・ライトロード・ドレイド オルクス
・裁きの龍

『切り札が落ちましたね』
「そうね。日頃の行いが、悪いからだと思います」

-----------------------------------------------
 咲音:8000LP(デッキ残数:50枚)

 場:ライトロード マジシャン・ライラ(守備:200)
   伏せカード1枚

 手札5枚
-----------------------------------------------
 吉野:8000LP(デッキ残数:33枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード2枚

 手札4枚
-----------------------------------------------

『私のターン、ドロー』(手札4→5枚)
「スタンバイフェイズに、伏せカードを発動させます」
 吉野の戦術を知る咲音は、すかさずカードを発動した。


 王宮の鉄壁
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 カードをゲームから除外することはできない。


『成程。対策というわけですか。チェーンして手札から"サイクロン"を発動します。対象は"王宮の鉄壁"です』
「っ!?」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 王宮の鉄壁→破壊

 チェーンされたのは、さっきまで手札には存在しなかったカードだった。
 今のドローで引いたのだと分かったところで、もう遅い。吹き荒れる暴風は咲音の場にあるカードをいとも簡単に破壊した。
『手加減無しですよ咲音。墓地から"封印解放の術式"を除外。デッキからエクゾディアパーツ5体を特殊召喚!』


 封印解放の術式
 【永続罠・デッキワン】
 「封印されし」と名のつくモンスターが5枚入っているデッキにのみ入れることができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札から任意の枚数墓地に捨てることができる。
 そうした場合、捨てた枚数だけデッキからカードを選択して手札に加えることが出来る。
 そして、自分は手札に加えた枚数×1000ポイントのダメージを受ける。
 このカードを墓地から除外することで、デッキ、手札、墓地から
 「封印されし」と名のついたモンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、リリースできず、手札に戻ることはできない。



 封印されしエクゾディア 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 このカードに加え、「封印されし者の右足」「封印されし者の左足」「封印されし者の右腕」
 「封印されし者の左腕」が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する。


 封印されし者の右腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の右足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 封印されし者の左足 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された左足。封印を解くと、無限の力を得られる。


 一気に特殊召喚された5体のモンスター。
 本来ならば場に並ぶことは無いカードだが、並ばせることで召喚可能なカードが存在する。
『手札から"ナチュラル・チューン"を発動』

 ナチュラル・チューン
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4以下の通常モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限りチューナーとして扱う。

 封印されし者の右腕:通常モンスター→チューナー/通常モンスター

『さらに永続罠"エンジェル・ソング"を発動します』


 エンジェル・ソング
 【永続罠】
 このカードの発動時、除外されている魔法・罠カードをすべて墓地に戻す。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 自分フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターのレベルは1つ上がる。


 封印されし者の右足:レベル1→2
 封印されし者の左足:レベル1→2
 封印されし者の右腕:レベル1→2
 封印されし者の左腕:レベル1→2
 封印されしエクゾディア:レベル3→4

「くるのね……」
『ええ。レベル2となったエクゾディアパーツとレベル4のエクゾディアをチューニング。シンクロ召喚!! すべてを焼き尽くしなさい! "解放されしエクゾディア"!!!』


 解放されしエクゾディア 闇属性/星12/攻4000/守4000
 【魔法使い族・シンクロ/効果】
 「封印されし」と名のついたチューナー+「封印されし」と名のついたモンスター4体
 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードは魔法・罠・モンスター効果、戦闘によって破壊されない。
 このカードがフィールドから離れるとき、墓地に存在する「封印されし」と名のつく
 モンスターカード1枚を除外することで、このカードはフィールドに留まる。
 手札を1枚捨てることで、相手フィールド上のカードをすべて破壊することが出来る。


「っ…!」
 登場と同時に襲い掛かる威圧感。
 自分があげたカードが、殺意と敵意を持って立ちはだかってくるというのは……とても辛い。
『手札の"バトル・フェーダー"を捨てることで効果発動。咲音の場にあるカードをすべて破壊します』

 ライラ→破壊

「きゃ…!」
 凄まじい衝撃が襲い、咄嗟に腕を盾にする。
 たじろぐ咲音に構うことなく、吉野はすぐに攻撃を宣言した。
『バトルです!』
「っ!」
 解放された召喚神が、その掌に炎を創りだす。
 灼熱にまで高められた炎が、容赦なく解き放たれた。

 咲音:8000→4000LP

「ああああああ!!??」
 全身を焼き尽くされたかのような感覚。
 たまらず咲音は膝をつき、倒れ込んでしまう。
 当然ながら彼女は、闇の決闘は初めてだ。ずっと守られてきた彼女は、身体的に傷ついたことなど無い。
 初めて感じる壮絶な痛み。飛びそうになる意識をギリギリで留めて、痛む身体を抑えつける。
「ぁ……ぁぁ…!」
『痛いでしょう咲音? 貴方の苦痛の表情を見ても、あまり可哀そうに感じませんね。嘘吐きには、ちょうどいいお灸だったでしょう』
「ぅ…よ、しの……っ」
『まだ決闘は始まったばかりですよ咲音。心配しなくても、貴方をたくさん傷つけたら、私が闇の中で丁寧に看病してあげますよ。ふふっ、楽しみですね……楽しみが多いのは、とてもいいことです。そう思いませんか咲音』
「く……吉野……」
『メインフェイズ2に手札から"おろかな埋葬"を発動。デッキから"ネクロ・ガードナー"を墓地へ。ターンエンドです』


 おろかな埋葬
 【通常魔法】
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
 その後デッキをシャッフルする。


 ネクロ・ガードナー→墓地

-----------------------------------------------
 咲音:4000LP(デッキ残数:50枚)

 場:なし

 手札5枚
-----------------------------------------------
 吉野:8000LP(デッキ残数:27枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   解放されしエクゾディア(攻撃:4000)
   エンジェルソング(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-----------------------------------------------

「ぁ……く……!」
「咲音さん!」
「わ、私の……ターン……!」(手札5→6枚)
 少し痛みが引いてきたような気がする。
 それでも、激痛の余韻が残っていて集中することが出来ない。
 まだ決闘が始まって間もないのに、心と体の消耗が激しいと感じた。
「て、手札から……"ライトロード ドラゴン・グラゴニス"を捨てて、"ソーラー・エクスチェンジ"を発動します」


 ソーラー・エクスチェンジ
 【通常魔法】
 手札から「ライトロード」と名のついたモンスターカード1枚を捨てて発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。

 ライトロード ドラゴン・グラゴニス→墓地

『手札交換ですか』
「ええ…」
 口を濁しながら、咲音はカードの処理に入る。
 デッキからカードを2枚引き、デッキの上から2枚のカードを墓地に送る。

 ライトロード・シーフ ライニャン→墓地
 ライトロード・エンジェル ケルビム→墓地

『どうですか? いいカードは引けましたか?』
「そうね」
 咲音は少し考えてカードを置いた。


 ライトロード・ハンター ライコウ 光属性/星2/攻200/守100
 【獣族・効果】
 リバース:フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する事ができる。
 自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。


『攻撃表示でなんて……自滅するつもりですか?』
「いいえ。こうします」


 強制転移
 【通常魔法】
 お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、
 そのモンスターのコントロールを入れ替える。
 そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。


『っ!』
「これで互いのモンスターを入れ替えます。そのカードは、私が貴方にあげたカード……攻略法は心得ています」
『得意げに言いますね。この程度で勝ったつもりですか?』
「……バトルです」
 召喚神の掌に、業火が込められる。
 吉野は何食わぬ顔で、相手へ向けて手をかざした。
『"幻覚を見せる闇の世界"の効果発動。相手の攻撃を無効にします』
 解き放たれた業火も、場を支配する闇の幻影に阻まれ届かない。
 攻撃を無効にする単純な効果だが、単純であるがゆえに強力であることは言うまでもない。
「……カードを1枚伏せてターン終了です」

-----------------------------------------------
 咲音:4000LP(デッキ残数:45枚)

 場:解放されしエクゾディア(攻撃:4000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 吉野:8000LP(デッキ残数:27枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   ライトロード・ハンター ライコウ(攻撃:200)
   エンジェルソング(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-----------------------------------------------

『私のターン、ドロー』(手札1→2枚)
 吉野は表情を崩さずカードを引く。
 何を仕掛けてくるのか、咲音は見抜こうとするも体の痛みが気になって読み取ることが出来なかった。
 相手が何をしてくるのか分からない……それがこんなにも恐ろしいと思ったことは無い。
 能力のことは好きになれなくても、普段の自分がいかにそれに頼りっきりなのか身に沁みてくる。
『"マジック・プランター"を発動。コストは"エンジェル・ソング"です』


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 エンジェル・ソング→墓地(コスト)
 吉野:手札1→3枚

 琴葉からプレゼントされたカードを吉野は容赦なく墓地へ送った。
 そして―――

『永続罠"マクロコスモス"を発動します』


 マクロコスモス
 【永続罠】
 このカードの発動時に、手札・デッキから「原始太陽ヘリオス」1体を特殊召喚できる。
 また、このカードがフィールド上に存在する限り、
 墓地へ送られるカードは墓地へは行かずゲームから除外される。


 発動されたカードを見て、咲音は表情を歪めた。
 それはライトロードにとっては天敵ともいえるカード。墓地へ送られるすべてのカードを除外してしまう凶悪な永続罠。
『このカードの効果で、デッキから"原始太陽ヘリオス"を特殊召喚をすることが出来ますが、デッキには投入していないので特殊召喚はしません。それでも貴方には、キツイ効果でしょう?』
「そう、ですね……」
 墓地へ送られて効果は発動するカードも、除外されてしまえば効果は発揮されない。
 墓地へ送ることで有利な効果を発揮するライトロードにとっては、致命的な効果であると言えよう。

 だが咲音は息を整えながら、状況を見つめなおす。
 相手の切り札であるエクゾディアは奪うことが出来た。
 たとえ除去されようとしても、相手の墓地のエクゾディアパーツを除外すれば対処できる。除去回避のためのコストとして対象が自分相手に指定されていないことは知っている。
 したがって、コントロールを奪う事が最も対策になることを咲音は理解していた。
 だが……

『手札から"終わりのはじまり"を発動します』
「……あっ!」
 発動された1枚のカード。
 それを見て、咲音は背筋に寒気が走った。


 終わりの始まり
 【通常魔法】
 自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、
 自分のデッキからカードを3枚ドローする。

 封印されし者の右足→除外
 封印されし者の左足→除外
 封印されし者の右腕→除外
 封印されし者の左腕→除外
 封印されしエクゾディア→除外
 吉野:手札2→5枚

『これでエクゾディアに除去耐性は無くなりました。そこまで考えてはいなかったという事ですか。手札が潤ったことですし、反撃させていただきますね』
「……耐性がなくなっても、エクゾディアはこちらの手にあります。貴方のデッキに、対抗できるモンスターはいないはずです」
『知ったかぶりしないでください咲音。このデッキは、貴方を私のモノにするためにカスタマイズしてあります。だからこそライトロードに有利な除外関連のカードを投入しておいたんです』
 淡々と語られる言葉に嘘は無い。
 それでも、何を狙っているのかは分からない。
『手札から"紅蓮魔獣ダ・イーザ"を召喚します』


 紅蓮魔獣 ダ・イーザ 炎属性/星3/攻?/守?
 【悪魔族・効果】
 このカードの攻撃力と守備力は、
 ゲームから除外されている自分のカードの数×400ポイントになる。

 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力?→2400 守備力?→2400

 召喚されたのは自分の除外されているカード枚数に応じて攻守を上げるモンスター。
 しかし除外されているカード枚数は6枚であるため、エクゾディアの攻撃力には届いていない。
『さて、準備は整いました。ライコウでエクゾディアを攻撃します』
「自爆攻撃…? いったいなにを―――っ!?」
 咲音の表情が青ざめた。
 吉野の狙いが、分かってしまったからだ。

 小さな白犬が果敢に召喚神へ挑むも、その灼熱の業火に焼かれ跡形も無く消え去ってしまう。
 その衝撃は吉野へ襲い掛かるも、その口元には笑みが浮かんでいた。

 ライトロード・ハンター ライコウ→破壊→除外
 吉野:8000→4200LP

『く…! この瞬間、手札から速攻魔法"ヘル・テンペスト"を発動します』



 ヘル・テンペスト
 【速攻魔法】
 3000ポイント以上の戦闘ダメージを受けた時に発動する事ができる。
 お互いのデッキと墓地のモンスターを全てゲームから除外する。


「そん、な……」
 咲音は言葉を失ってしまう。
 フィールドの中心に巨大な次元の渦が出現し、互いのデッキと墓地からモンスターを飲み込んでいく。
 ライトロード達も例外なく吸い込まれ、その輝かしい光が闇に閉ざされる。
 互いのデッキが半分近く減少し、吉野の場にいる魔獣は力を上げた。

 咲音:デッキ枚数45→12枚
 吉野:デッキ枚数21→13枚
 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力2400→6000

『これで貴方のデッキにモンスターはいない。更に除外された"ネクロフェイス"の効果発動。互いのデッキから5枚のカードを除外します』
「あ……」


 ネクロフェイス 闇属性/星4/攻1200/守1800
 【アンデット族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、
 ゲームから除外されているカード全てをデッキに戻してシャッフルする。
 このカードの攻撃力は、この効果でデッキに戻したカードの枚数×100ポイントアップする。
 このカードがゲームから除外された時、
 お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。

 咲音:デッキ枚数12→7枚
 吉野:デッキ枚数13→8枚
 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力6000→8000

 わずか1ターンで、デッキのほとんどが消えてしまった。
 更に吉野の従える魔獣はその力を高め巨大化し、咲音の場にいる召喚神を見下ろす。
『さよなら咲音。これで、終わりですよ……バトル』
 告げられた攻撃宣言。
 魔獣が力を溜め、その拳を振り下ろした。
「咲音さん!」
「っ、大丈夫です! 伏せカードを発動します!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 解放されしエクゾディア→破壊→除外
 咲音:手札3→4枚 デッキ枚数7→6枚

 魔獣の拳は召喚神を叩き潰すも、その衝撃は咲音には届かない。
 闇の決闘によって発生する衝撃を耐えながら、額に流れる汗はこの状況の危機感を表していた。
『防ぎましたか。ですが"解放されしエクゾディア"が破壊され除外されたことで、私のモンスターは更に攻撃力を上げます』

 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力8000→8400

「はぁ…はぁ…!」
『苦しいですか? 大丈夫。もうすぐ楽になれますよ。嘘をついていたことは許せませんが、それでも私は貴方の事が大好きです。その身も心も……私が堕としてあげますからね。カードを1枚伏せてターンエンドです』

-----------------------------------------------
 咲音:4000LP(デッキ残数:6枚)

 場:なし

 手札4枚
-----------------------------------------------
 吉野:4200LP(デッキ残数:8枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   紅蓮魔獣ダ・イーザ(攻撃:8400)
   マクロコスモス(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------

「私の……ターン……」(手札4→5枚)
 ドローフェイズを迎えて、咲音はカードを引いた。
 デュエルディスクのデッキゾーンに残っているカードは、残り5枚。
 さっきのターンにデッキと墓地からモンスターをすべて除外され、吉野のモンスターを倒すカードは残っていない。
 頼みのデッキワンカードも除外され、呼び出そうにも召喚条件を満たすのは不可能だ。
『もう終わりですよ。貴方のデッキにモンスターはいない。このまま何もしないなら、出来るだけ痛み無く終わらせてあげますよ』
「……駄目よ、吉野。私は……ここで倒れたくないの」
『強情ですね。煮るなり焼くなり好きにしろと言ったのは、貴方ですよ?』
「ええ。その言葉に嘘は無いわ。でも……それをしていいって言ったのは、”悪い人”の吉野じゃないわ。いつも私達を見守ってくれて、守ってくれて……不器用で一途な、”善い人”の吉野へ向けて言ったの」
 大きく深呼吸しながら、咲音は言葉を紡ぐ。
 膝に力を入れ、真っ直ぐに立ちながら、その瞳で相手を見つめる。
 押し寄せる黒い感情が情報となって伝わってくる。今の彼女が自分に対して怒っていることを理解し、目を背けたくなるものの咲音は退かない。

 見続け向き合うと決めたのだ。
 今まで何も自分から手を伸ばしてく来なかったが、そこから踏み出さないと何も始まらない。

 正直言って、自分も琴葉が学校に通う事は反対だった。
 自分が感じたことを、娘に経験させたくないと思った。
 だけど娘は、自分が思うよりずっとずっと強くて、あっという間に友達を作ってしまった。

 少しの嫉妬はあったけれど、誇らしいと思った。
 同時に、そんな娘をちゃんと導いてあげられるような母になりたいと感じた……そのための一歩だ。

 人と向き合うのは、心を消耗するし体力もいる。鳳蓮寺の能力を持っている自分にとってはなおさらだ。
 だけどもう逃げたくない。娘が真っ直ぐに歩もうとしているなら、導く自分も真っ直ぐ前を向いていなくちゃいけない。過去にどれだけ後ろを向いてきたとしても……。

 自分は決して、善い人なんかではないのだろう。
 だけどそれでいい。苦しくて、辛くて、色んな人の言葉に支えられて、今の私がここにいるのだから。

「……これからの自分は、変えられる……」

 武田の言葉。自分に向けてではないけれど、拝借してもいいはずだ。

「……誰かと一緒にいたいと思えるなら、それだけで最初の一歩になる……」

 自分と婚約してくれた和馬の言葉。彼以外の誰かと関わるようになれたのは、この言葉があったからだ。

「……守るということは、大切な人が笑顔でいられるようにすること……」

 吉野が琴葉へ教えてくれた言葉。
 守られてばかりの自分だからこそ、この時この場所で、立ち向かわなければいけないのだと思う。
 そして娘の笑顔が脳裏に浮かべば自然と微笑んでいた。


「……親が子供より先に、音を上げるわけにはいかない……娘の前くらい、素敵なお母さんでいたい……ですよね」


 ちらりと、咲音は後ろで見守ってくれる少女を見つめた。
 彼女がその視線に気づくことは無い。
 だけどそれでいい。この言葉を教えてくれた人はきっと、それを娘には伝えていないだろうから……。

 母として、少しでも娘に誇れる自分になれるように……。
 友として、初めての友達である彼女を助けるために……。
 色んな感情を背負って、咲音は静かに覚悟を決めた。

「はぁ……ふぅ……」
 大きく深呼吸して、手札を見つめ、咲音は微笑む。
 デッキからモンスターはいなくなっても、その手にはまだ残っている味方がいる。
 今までは好きになれなかった……だけど今ならほんの少しだけ、好きになれそうな気がする。
 琴葉には存在すら伝えていなかったカード達。輝かしい光とは真逆の、灰色の光を宿したモンスター達。
「私は手札からこのカードを召喚します」










 トワイライトロード・シャーマン ルミナス 闇属性/星3/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 (1):1ターンに1度、自分の手札・墓地から「ライトロード」モンスター1体を除外し、
 「トワイライトロード・シャーマン ルミナス」以外の除外されている自分の「ライトロード」モンスター1体を対象として発動できる。
 そのモンスターを特殊召喚する。
 (2):1ターンに1度、このカード以外の自分の「ライトロード」モンスターの効果が発動した場合に発動する。
 自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。


『トワイライトロード!?』
 未知のモンスターの出現に、その場にいる全員が驚いていた。
 唯一、咲音だけが現れたモンスターを優しいまなざしで見つめていた。
「ええ。輝かしい光を宿したライトロードとは正反対の存在……墓地を活用するライトロードとは違って、除外を活用するトワイライトロード……白でも黒でもない灰色のライトロード。これが私のデッキの正体です」
『また、私に秘密を……!』
「そうよ。でもこれを他人に見せるのは、貴方が初めて。私のすべてを見てもらって……私のすべてをかけて、貴方に向き合うって決めたの。だからこれからが本番よ! ルミナスの効果発動! 手札の"ライトロード・サモナー ルミナス"を除外して、除外されている"ライトロード・エンジェル ケルビム"を特殊召喚!!」


 ライトロード・エンジェル ケルビム 光属性/星5/攻2300/守200
 【天使族・効果】
 このカードが「ライトロード」と名のついたモンスターを
 リリースしてアドバンス召喚に成功した時、
 デッキの上からカードを4枚墓地に送る事で
 相手フィールド上のカードを2枚まで破壊する。


 黒い光を宿した巫女の隣に、白い光を宿した天使が舞い降りる。
 咲音は2体のモンスターを交互に見つめたあと、手札の1枚に視線を向けた。
「いくよ……ドラグーン……」
 小さくつぶやき、咲音は手札の1枚を高く掲げた。


「光に潜みし影の翼。その罪を背負い今こそ羽ばたけ!! "戒めの龍"!!」


『!?』
 闇が支配するフィールドに走ったのは、灰色の閃光だった。
 湧き出る光の粒に黒い光が混じり、形を作って灰色の巨翼が羽ばたく。
 甲高い咆哮を上げ、その龍はフィールドに舞い降りた。


 戒めの龍 闇属性/星8/攻3000/守2600
 【ドラゴン族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 除外されている自分の「ライトロード」モンスターが4種類以上の場合のみ特殊召喚できる。
 (1):1ターンに1度、1000LPを払って発動できる。
 「ライトロード」モンスター以外の、
 お互いの墓地のカード及び表側表示で除外されているカードを全て持ち主のデッキに戻す。
 この効果は相手ターンでも発動できる。
 (2):1ターンに1度、自分の「ライトロード」モンスターの効果が発動した場合に発動する。
 自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。


『なんですか、そのカードは…!? そんなカード、見たことがありません』
「ええ。琴葉にも、和馬さんにも伝えていません。本当に、これを見せるのは貴方が初めてです」
『咲音ぇ…!』
「私は貴方にだって、今までの自分にだって負けたくない。だから全力で貴方と戦います! "戒めの龍"の効果発動! ライフを1000ポイント支払う事で、「ライトロード」モンスター以外の、お互いの墓地と除外にあるカードをデッキに戻します!!」
『なっ!?』
 巨龍がその翼を羽ばたかせると同時、灰色の閃光がフィールド全体を走った。
 これまでに使用されてきたすべてのカードが、持ち主のデッキへと戻っていく。

 咲音:4000→3000LP
 咲音:デッキ枚数5→16枚
 吉野:デッキ枚数8→35枚
 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力8400→0

 除外ゾーンに存在するカードが無くなったことで、魔獣の攻撃力は著しく減少する。
 チャンスと見るや、咲音はすぐに攻撃を宣言した。
「バトル! 戒めの龍で攻撃!」
『くっ…! "幻覚を見せる闇の世界"の効果発動! その攻撃を無効にします!』
 一撃目は場を支配する闇によって防がれる。
 しかし咲音は怯むことなく、続けて攻撃を宣言した。
「ケルビムでダ・イーザに攻撃!!」
 光の天使が放つ矢が、無力化された魔獣を打ち抜いていく。

 紅蓮魔獣ダ・イーザ→破壊
 吉野:4200→1900LP

『かはっ…!』
「ルミナスで直接攻撃!!」
『ぐっ!』

 吉野:1900→900LP

 大ダメージを受けて、吉野は膝をつく。
 彼女が感じている痛みも、情報として咲音には伝わってしまう。
 罪悪感を感じるも、視線をそらすことなく見つめ続ける。
「メインフェイズ2に、デッキワンサーチシステムを使用します!」
『やはり、きましたか。除外で封じれると思っていましたが……』
 咲音はデッキからカードを1枚手札に加える。(手札2→3枚)
 対する吉野も、ルールによってデッキからカードを引いた。(手札2→3枚)
「カードを1枚伏せて、手札からこのカードを発動します」


 エクスチェンジ
 【通常魔法】
 お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。
 (墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)


「え!?」
「何やってるのよ咲音さん!」
 後ろで観戦していた香奈たちが声を上げる。
 しかし大助は、その意図を察していた。
「いや、あれでいいんだ。"戒めの龍"で除外をリセットしたけど、ライトロードモンスター以外を戻しただけだから、咲音さんのデッキにはライトロードがいない。あの3体のモンスターを倒されたら勝ち目が無くなるし、召喚できないデッキワンカードを交換材料に使うのはいいはずだ」
「でもだからってわざわざデッキワンカードじゃなくても……」
「そうかもな。でも多分、あのエクスチェンジは、狙って発動してる」
「どういうことですか?」
「少し考えればわかると思う……吉野のデッキには、除外をリセットできるカードが入ってる。それを狙って発動したんだ」
 大助の考えは的中していた。
 咲音はゆっくりと吉野へ近づき、その手札を見つめる。
「やっぱりありましたね」
『……白々しいですね。見抜いていたくせに』

【吉野の手札】
・異次元の生還者
・ネクロフェイス
・グランドクロス

「私はこのカードを選びます。吉野はこれを」
『……切り札を相手に渡すとは、とんでもないことをしますね』
 手札を交換し、咲音は元の位置に戻った。
「これで、ターン終了です」

-----------------------------------------------
 咲音:3000LP(デッキ残数:15枚)

 場:戒めの龍(攻撃:3000)
   トワイライトロード・シャーマン ルミナス(攻撃:1000)
   ライトロード・エンジェル ケルビム(攻撃:2300)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-----------------------------------------------
 吉野:900LP(デッキ残数:34枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   マクロコスモス(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

『私のターン……』(手札3→4枚)
 吉野は表情を歪め、息を整えながらカードを引いた。
 状況は不利となっているものの、動揺はしていないようだった。
『手札から"グランドクロス"を発動します』


 グランドクロス
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に「マクロコスモス」が存在する時に発動する事ができる。
 相手ライフに300ポイントダメージを与え、
 フィールド上のモンスターを全て破壊する。


 フィールドで巨大な爆発が発生する。
 その膨大なエネルギーは場にいるすべてのモンスターを蒸発させていく。
 咲音の場にいる灰色の光を宿したモンスター達も例外なく、そのまま姿を消してしまった。

 戒めの龍→破壊→除外
 トワイライトロード・シャーマン ルミナス→破壊→除外
 ライトロード・エンジェル ケルビム→破壊→除外
 咲音:3000→2700LP

 微弱なダメージを受け、咲音は腕を抑える。
 場にモンスターが存在しなくなり、吉野がカードを置くと、広がる闇の世界で人型のモンスターが姿を現した。


 異次元の生還者 闇属性/星4/攻1800/守200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがゲームから除外された場合、
 このカードはエンドフェイズ時にフィールド上に特殊召喚される。


「やはり、それですよね……」
『バトルです』

 咲音:2700→900LP

 防ぐことはせず、その攻撃を受け止めて咲音は歯を食いしばる。
 これで互いに残りライフは900ポイント。1つの攻撃が通れば、ライフが尽きるほどの数値だ。
『私はこれでターンエンドです』

-----------------------------------------------
 咲音:900LP(デッキ残数:15枚)

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-----------------------------------------------
 吉野:900LP(デッキ残数:33枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   異次元の生還者(攻撃:1800)
   マクロコスモス(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------

「私の、ターン!」(手札1→2枚)
 身体を奮い立たせて、咲音はカードを引く。
 引いたカードを手札に加えると、1枚のカードを場に召喚した。


 ネクロフェイス 闇属性/星4/攻1200/守1800
 【アンデット族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、
 ゲームから除外されているカード全てをデッキに戻してシャッフルする。
 このカードの攻撃力は、この効果でデッキに戻したカードの枚数×100ポイントアップする。
 このカードがゲームから除外された時、
 お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。


『やはり、それを出してきますか』
「ええ。ネクロフェイスの効果発動。除外されているすべてのカードをデッキに戻して、その数×100ポイント攻撃力を上昇させます!!」

 咲音:デッキ枚数14→48枚
 吉野:デッキ枚数33→36枚
 ネクロフェイス:攻撃力1200→4900

『攻撃力4900…!』
「バトルです!」
『闇の世界の効果で、攻撃を無効にします!』
 悪魔の顔が触手を伸ばすも、闇の世界によって創られた幻覚によって攻撃は空を切る。
 たった1撃……それを通せれば勝てるのに、それがとても遠く感じる。

 ネクロフェイス→攻撃無効

『残念でしたね』
「……まだ終わっていないです。メインフェイズ2に手札から"命削りの宝札"を発動します!」


 命削りの宝札
 【通常魔法】
 「命削りの宝札」は1ターンに1枚しか発動できず、
 このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。
 (1):自分は手札が3枚になるようにデッキからドローする。
 このカードの発動後、ターン終了時まで相手が受ける全てのダメージは0になる。
 このターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て墓地へ送る。

 咲音:手札0→3枚

 舞い込む手札。咲音はじっくりとそれを眺めた後、場の状況と相手を交互に見つめた。
 すでに体も精神もボロボロだった。視界は霞んできて、きちんと情報を読み取ることが出来なくなってくる。
 苦しいし、辛い。だけど、逃げたくない。
『理解に苦しみますね、咲音。今まで逃げてきた貴方が、なぜ?』
「……吉野が、初めての友達だからです。孤独だった私に、貴方がたくさんの温もりを教えてくれました。執事として、親友として、貴方と過ごしてきた時間は、かけがえのない宝物です。そしてその宝物は、これからも積み重なって、私の心を満たしてくれます。それに……ずっと見ていたから分かります。今の苦しんでる貴方を、放っておくわけにはいきません」
『っ!』
「カードを3枚伏せて、ターン終了です。エンドフェイズ時に"命削りの宝札"の効果で手札をすべて捨てなければいけませんが、今は手札が0なので関係ありません」

-----------------------------------------------
 咲音:900LP(デッキ残数:45枚)

 場:ネクロフェイス(攻撃:4900)
   伏せカード4枚

 手札0枚
-----------------------------------------------
 吉野:900LP(デッキ残数:36枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   異次元の生還者(攻撃:1800)
   マクロコスモス(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------

『私のターン!』(手札2→3枚)
 吉野も咲音も、決着が近いことを予感していた。
 それでも二人は必要最低限な言葉しか発さない。
 怒りや憎しみ、そこへ混じる悲しみや苦痛。たとえ鳳蓮寺の能力が無くても、長く過ごしてきた2人は言葉を交わさずとも、何を思っているかは感じ取っていた。
『手札から"強欲で貪欲な壺"を発動します』


 強欲で貪欲な壺
 【通常魔法】
 「強欲で貪欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。
 (1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。
 自分はデッキから2枚ドローする。

 吉野:デッキ枚数35→25→23枚
 吉野:手札3→2→4枚

『手札から"魂吸収"を発動します』


 魂吸収
 【永続魔法】
 このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、
 1枚につき500ライフポイント回復する。


 除外をするごとにライフポイントを回復させるカード。
 警戒はしていたものの、この土壇場で発動されるとなおさら厄介だ。
『そのカードは返してもらいますよ。手札から"ブラック・コア"を発動。コストは"聖光の天馬"です。もちろん"マクロコスモス"の効果で除外されますがね』


 ブラック・コア
 【通常魔法】
 自分の手札を1枚捨てる。
 フィールド上の表側表示のモンスター1体をゲームから除外する。

 聖光の天馬→除外(コスト)
 ネクロフェイス→除外
 吉野:900→1900LP

「あっ!」
『除外された"ネクロフェイス"の効果で互いのデッキからカードを5枚除外します』
 次元の闇へ消え去る瞬間、悪魔は甲高い悲鳴をあげてデッキのカードを道連れにする。
 デッキ切れの心配はないものの、除外されたことで吉野のライフは大幅に回復する。

【吉野:除外されたカード】
・マクロコスモス
・封印されしものの右腕
・紅蓮魔獣ダ・イーザ
・封印解放の術式
・エンジェルソング

【咲音:除外されたカード】
・ライトロード・パラディン ジェイン
・ライトロード・ドラゴン グラゴニス
・裁きの龍
・ソーラー・エクスチェンジ
・ライトロード・ビースト ヴォルフ

 咲音:デッキ枚数45→40枚
 吉野:デッキ枚数23枚→18枚
 吉野:1900→6900LP

『手札から"紅蓮魔獣ダ・イーザ"を召喚! そして伏せておいた"闇次元の解放"を発動! 除外されている"紅蓮魔獣ダ・イーザ"を特殊召喚!!』
「魔獣を2体も……」

 
 紅蓮魔獣 ダ・イーザ 炎属性/星3/攻?/守?
 【悪魔族・効果】
 このカードの攻撃力と守備力は、
 ゲームから除外されている自分のカードの数×400ポイントになる。


 闇次元の解放
 【永続罠】
 (1):除外されている自分の闇属性モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
 そのモンスターを特殊召喚する。
 このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊され除外される。
 そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。


 紅蓮魔獣ダ・イーザ→特殊召喚(攻撃)
 紅蓮魔獣ダ・イーザ:攻撃力?→6400

 並び立つ3体のモンスター。
 咲音の残り少ないライフを削るには、十分な戦力だった。

『これで終わり……というわけにはいかないでしょうね。バトルです! 異次元の生還者で攻撃!!』
「終わらせる訳にはいきません。伏せカード"ガード・ブロック"を発動!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 異次元の生還者→攻撃無効
 咲音:手札0→1枚

『まだ2体の攻撃が残っていますよ。1体目のダ・イーザで攻撃!!』
 膨大な力を蓄えて、魔獣は爪を立てて襲い掛かる。
 咲音は深く深呼吸をして、伏せカードを開いた。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


 鋭く凶暴な爪は、輝く守りによって防がれる。
 魔獣達は悔しそうに呻き声をあげ、主の元へと戻っていった。
『ふせがれましたか……私はこれでターンエンドです

-----------------------------------------------
 咲音:900LP(デッキ残数:40枚)

 場:伏せカード2枚

 手札1枚
-----------------------------------------------
 吉野:900LP(デッキ残数:18枚)

 場:幻覚を見せる闇の世界(フィールド魔法)
   異次元の生還者(攻撃:1800)
   紅蓮魔獣ダ・イーザ×2(攻撃:6400)
   マクロコスモス(永続罠)
   闇次元の解放(永続罠)

 手札0枚
-----------------------------------------------

「私の……ターン!!」
 大きく深呼吸をして、デッキの一番上に指を置く。
 もう防ぐカードは残っていない。
 決めるとしたら、この1枚で"あのカード"を引くしかない。

(お願い……和馬さん……琴葉……武田……そしてみなさん、私に、力を……!)

 強く祈りを込めて、手に力が籠る。
 その一瞬、自分の手に小さく温かい手が重なったような気がした。

「ドロー!!」(手札1→2枚)


 ……少しの静寂。
 引いたカードを、ゆっくりと瞳を開いて確認する。
「っ!」
 待ち望んでいたカードが手に入ったことで、咲音は小さく微笑んだ。
「手札から"ライトロード・マジシャン ライラ"を召喚します!」


 ライトロード・マジシャン ライラ 光属性/星4/攻1700/守200
 【魔法使い族・効果】
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、
 相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
 この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時まで
 このカードは表示形式を変更できない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


「ライラの効果発動! このカードを守備表示にすることで"マクロコスモス"を破壊します」
 光の魔法使いが錫杖を振るうと同時、一筋の閃光が吉野の場に開かれているカードを貫いた。

 マクロコスモス→破壊

「これで、墓地へ送られるカードが除外されることはなくなりました」
『今更破壊したところで遅いです。すでに十分にカードは除外されています』
「そうね。ですけど、私にとっては遅くないわ」
『え?』
「伏せておいた魔法カード"隣の芝刈り"を発動します」


 隣の芝刈り
 【通常魔法】
 (1):自分のデッキの枚数が相手よりも多い場合に発動できる。
 デッキの枚数が相手と同じになるように、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。


『そのカードは……!!』
「貴方と私のデッキ枚数差は21枚。デッキからその枚数分、墓地に送ります!!」
 デッキから自動的に、カードが墓地へと送られていく。
 大量のカードの中には、数多くのライトロードが存在していた。

【咲音:墓地へ送られたカード】
・トワイライトロード・シャーマン ルミナス
・トワイライトロード・ソーサラー ライラ
・ライトロード・アーチャー フェリス
・死者蘇生
・ライトロード・レイピア
・ライトロード・シーフ ライニャン
・ライトロード・バリア
・ライトロードの裁き
・ライトロード・ハンター ライコウ
・戒めの龍
・ライトロード・プリースト ジェニス
・ライトロード・メイデン ミネルバ
・ライトロード・モンク エイリン
・閃光のイリュージョン
・光の護封剣
・ライトロード・アサシン ライデン
・ライトロード・ウォリアー ガロス
・ライトロード・スピリット シャイア
・光の援軍
・ライトロード・ドルイド オルクス
・ライトロード・エンジェル ケルビム

 墓地へ送られたカードをすべて確認し、咲音は口元に笑みを浮かべる。
 これで……すべての準備は整った。

「伏せておいた通常魔法"救援光"を発動します!」


 救援光
 【通常魔法】
 800ライフポイントを払い、
 ゲームから除外されている自分の光属性モンスター1体を選択して発動できる。
 選択したモンスターを手札に加える。

 咲音:900→100LP

「手札に加えるのはデッキワンカード"聖光の天馬"です。貴方がコストにして除外してくれたから、手に戻すことが出来ました」
『くっ、除外したのが、裏目に出ましたか……!』
 舞い戻ってきたカードを手に、咲音は息を吐いた。
「戻ってきてくれて、ありがとう……」
 感謝と親愛を込めて呟く。

 ――ママ、頑張って――

 幻聴だろうか。愛しい娘の声がした。
 たった一言。だけどそれで十分。きっと彼女も、自分と同じ気持ちでいてくれているはずだ。
 一番の幸せを勝ち取るために、この果てない闇を消し去るために、このカードにすべてを懸ける。

「全ての光を導く浄化の翼! すべての光を開放して!! 出てきて"聖光の天馬"!!」

 闇の世界で、光の柱が出現した。
 舞い散る光の粒が集約し、天馬として姿を形成していく。
 その背に生える翼が広がり、輝かしい光を宿したモンスターが現れた。


 聖光の天馬(ホーリーライト・ペガサス) 光属性/星10/攻?/守?
 【獣族・効果・デッキワン】
 「ライトロード」と名のつくカードが20枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に「ライトロード」と名のついたカードが15種類以上存在する場合のみ特殊召喚することができる。
 1ターンに1度、ライフポイントを半分にすることで、
 ライフポイントを半分にすることで、このカードを除く、場、墓地、除外、手札に存在するカードをすべてデッキに戻す。
 この効果は他のカードの効果を無視して適用され、チェーンすることはできない。
 このカードの攻撃力と守備力は、この効果でデッキに戻したカードの数×200ポイントになる。
 この効果を使用したとき、相手はデッキからカードを2枚ドローする。



『……綺麗、ですね』
「ええ」
 闇の世界に舞い降りた天馬は、その翼を羽ばたかせながら咲音の傍に立つ。
 その頬を撫でながら、辺りを覆う闇を見渡した。
「吉野、あなたはいつも私達を助け、守ってくれました。だからこそ、私は鳳蓮寺家の主として、親友として、あなたを必ず救います!! ペガサスの効果発動! ライフを半分にすることで、このカード以外のすべてのカードをデッキに戻します!!」
 天馬が翼を広げ、全身を発光させた。
 真っ黒な世界を輝かしい光が切り裂き、塗り替えていく。
『これ、は……!?』

 これまでの戦いで傷ついていったカードが、持ち主のデッキへと戻っていく。

 場を染めていく光は、決して場を離れることのないフィールド魔法すらも掻き消して、世界は黒から白へと変わる。

 光が止む頃、フィールドには輝かしい光を纏った天馬だけが君臨していた。

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 咲音:50LP(デッキ残数:59枚)

 場:聖光の天馬(攻撃:12400)

 手札0枚
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 吉野:900LP(デッキ残数:41枚)

 場:なし

 手札0枚
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『まさか、闇の世界までデッキに……』
「闇の世界は決して場を離れない。だけどペガサスは、すべての効果を無視してデッキへ戻す最上級除去効果を持っています。だからこそ、貴方の闇の世界を封じることが出来ました。デッキに戻したカードは合計64枚……ペガサスの攻撃力は12400になります」
 天馬は翼を羽ばたかせ、相手を見下ろす。
 吉野は歯を食いしばりながらも、敵意を失わない瞳で睨みつける。
『……しかし、天馬の効果を使えば相手に2枚カードを引かせる』
「そうですね」
 やるだけのことはやった。
 あとは、相手に委ねるしかない。
 吉野はゆっくりとデッキから2枚のカードを引いた。(手札0→2枚)
『………』
「………」
 咲音はその様子をじっと見つめ、安心したように息を吐いた。 


「吉野。私の……勝ちよ。バトル!!」



 主の攻撃宣言と共に、天馬はその翼から光を発する。


 優しい光の抱擁が、吉野の身体を包み込んだ。





 吉野:900→0LP




 吉野のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。





 決闘が終了し、咲音は膝をつき吉野はその場に倒れた。
 すぐさま真奈美が白夜の力を使い、その胸にある闇の結晶を破壊する。
「咲音さん……」
「真奈美さん、ありがとうございます……」
 ゆっくりと身体を引きずりながら、咲音は吉野の傍に寄った。
 気絶し眠る彼女の頭を、自身の太腿に載せて優しく撫でる。
「みなさん、あとは、お願いできますか?」
「……ここに残るつもりなんですよね」
「はい。少し、人を見すぎて疲れてしまいました……それに、吉野が目覚めたら、たくさん、謝らないといけないから……」
「分かったわ。少しでも危なくなったら、逃げなさいよね」
「香奈さん、ありがとうございます」
 瞳を閉じたまま、咲音は力無く笑みを浮かべ頭を下げた。

「……行こうぜ」

 雲井が先導する形で、大助達は先へ進む。



「真奈美さん」



 最後尾を歩む真奈美へ、咲音は声を向ける。

「私のもう一人の友達を……お願いします」

 その言葉を聞いて、真奈美は拳を強く握った。
「まかせてください」
 ぎこちない笑顔を見せ、真奈美は先に行った大助達に追い付くように走り出した。











 その場に残った咲音は、傷つき倒れた吉野を介抱するようにその頭を撫でる。
 何度も何度も、慈しむように……。

「吉野。嘘を付いて、ごめんなさい。意識が戻っても……貴方は怒るかもしれないけれど……それでも私は、貴方の事が大好きです」

 撫で続けながら、意識を失っている相手に言葉を伝える自分は、やっぱり卑怯な人間だと思った。
 でも、今はそれでいい。ずっとずっと前以外を見続けて歩んできたのだ。

 ”最初の一歩”は、立ち止まって前を向くことから始めたい。

 それがきっと……次の一歩へと繋がっていくだろうから。



「……和馬さん……お母様……私……友達と、はじめて喧嘩することが出来ました…………」


 意識が沈んでいく。
 本当に、精神も体もボロボロだった。

 だけど心だけは安らかで……眠る親友の手を握りながら、咲音はそっと意識を手放した。




episode26――師弟対決――



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「ねぇねぇ雲井君。雲井君ってどうしてそういうデッキを使うようになったの?」
「はぁ?」
 合宿が始まる数日前……ラーメン屋で彩也香が唐突に聞いてきた。
 麺を啜る手を止めて、俺は頭をひねり考える。

 だけど……これといった理由は思いつかなかった。
 もともと小難しいコンボとかは頭が追い付かないから使いたくなかったし、ただモンスターを並べて攻撃するのも性に合わなかったんだよなぁ……。

「自分でもよく分からねぇな。俺だって、自分のデッキが非効率だってことくらいは分かってるんだぜ? でもこのデッキが馴染むようになっちまったから仕方ねぇじゃねぇか」
「ふふっ♪ 雲井君らしいね♪」
「なんだよ。馬鹿にしてんだろ」
「そんなことないよ。だって雲井君が今のデッキを使っていたからこそ、私を助けることが出来たんだもん。それに、この前は同級生の女の子を助けたんでしょ? 立派なヒーローだと思うけどなー」

「………ヒーローねぇ……」

「あれ? もしかして、そう言われるの嫌だった?」
 彩也香の表情が曇る。
 今更気づいたが、感情が表情に出やすいんだな。
「別に言われて悪い気はしねぇけどよ……自分じゃあんまり実感なんてねぇんだよな。困ってるやつがいたり、ただ気に入らないやつがいて……自然と成り行きで戦ってきたってだけだし……救われた本人にとって俺は英雄なのかもしれねぇけど、だからって特別扱いだったり崇められたりっていうのは違う気がするぜ」
「…………」
「わりぃ。別に彩也香を責めてるとかそういうわけじゃねぇんだ。こうやって一緒に飯食える相手が出来ただけで俺は嬉しいしな」
「……ふふっ♪ やっぱり雲井君は、雲井君だね♪」
 なぜか彩也香は上機嫌に笑った。
 ちょうど差し出されたラーメンを、勢いよく啜っていく。
「雲井君は、そのままでいいんだよ。私はもちろん、ライガーだって、そんな君を気に入っているんだからね」
「ライガーが? どうだろうなぁ……憎まれ口しか叩かれねぇぜ?」
「分かってないなぁ。ああいうのはツンデレっていうんだよ」
「……男のツンデレは需要が無かったんじゃねぇのかよ」
「覚えててくれたんだね嬉しい! だがしかし、同じ視点だけに囚われちゃ大人気作家は名乗れないわけですよ! というわけで雲井君、これ食べ終わったらデートしようね!」
「なんでそうなるんだよ……」
「だって早く逃げないとミィちゃんやってきちゃうし……」
「は?」
「ううん、なんでもないよー」
 何かを誤魔化すように、彩也香は変装用の眼鏡を掛けなおした。





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「咲音さん、大丈夫でしょうか……」
 階段を上りながら後ろで本城さんが呟いた。
 中岸も香奈ちゃんも、その言葉にありきたりな返事しか返せないでいた。
 全員が口には出さないものの、これから先の戦いに不安を感じている。ここから先に待ち構えている相手のことを考えればこそだろう。
 正直言って俺も、ライガーがいない状態でどこまで戦えるかは分からねぇ。
「……」
 俺は階段の中間で立ち止まって、デッキケースから1枚のカードを取り出して見つめる。


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。


 ライガーが俺に残してくれたデッキワンカード。
 今となっては、形見のようなものになっちまったな……。
「大丈夫か雲井?」
 中岸が問いかけてくる。
 こいつに心配かけちまうような表情をしてしまっていたのかもしれねぇ。
「変なこと聞いてくるんじゃねぇよ。てめぇに心配されるほど落ち込んじゃいねぇぜ」
「……そうか。悪い」
「てめぇこそビビッてんじゃねぇだろうな。まっ、それならそれで俺がアダムをぶっとばしてやるだけだからな」
「心強いな」
 そう言って中岸は笑う。
 小さく舌打ちをしてから、再び先導する形で階段をあがり始めた。


 やがて9階へとたどり着けば、階段が途切れていた。
 近くにある扉の向こうに、誰かがいるような気がする。
「誰かいるわね」
「そ、そうですね……」
「いくぜ」
 ドアに手をかけて、俺は勢いよく開け放った。


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「……ぅ……ん……?」
 本社6階。
 咲音は自身の頬を撫でる何かに気付き、目を覚ます。
 
「ずいぶんと、安堵した寝顔でしたね」

「吉野!」
 親友の手が、頬に触れていた。
 自分の膝の上で優しく微笑むその表情を見て、また涙を流してしまいそうだった。
「あの、えっと……ごめんなさい。私、貴方にずっと、嘘を……」
「……もう、いいですよ」
「良くないです! 本当に、煮るなり焼くなり、好きにしてください……」
「闇の決闘でここまでダメージを与えたのに言うセリフですか…?」
「あ、ごめんなさい……」
「ふふっ、意地悪な事を言ってしまいましたね……」
 吉野はそう言って笑う。
 起き上がろうとするも、闇の決闘で傷ついた身体は少しも動かない。
「無理しないでください。とても、起き上れる状態じゃありませんから」
「……そうですね。ではもう少し、このまま咲音の膝枕を堪能させていただきます」
 深く息を吐きながら、吉野は身体から力を抜く。
 胸を渦巻いていた黒い感情も今は治まって、ただ清々しい気持ちになっていた。

 だが、その表情が晴れることは無い。
 咲音に対する黒い感情は無くなった。
 だがそれは、残された時間を穏やかに過ごせるようになったというだけ。
 アダムを倒せる者はいないと……吉野は感じていたからだ

「他の人は……?」
「先へと向かいました。私たちも、少し休んだら追いかけないと――」
「無駄ですよ。追いかけたところで……アダムを倒すことなんてできない……」
「やってみなければわかりません。きっと、中岸さんと香奈さんが――」
「分かりますよ。私の推測が正しいなら……アダムの能力は―――」

 脳裏によみがえる記憶を呼び起こしながら、吉野は語る。


 咲音はその言葉を聞いて、目を見開いた。


 もしその推測が正しいとしたら……


「あの二人じゃ……勝てないってことですか?」
「ええ……だから私たちに出来ることは、このまま……穏やかに時を過ごすことだけです」




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 ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは部屋一面を覆う無数の黒い球体だった。

「雲井君!」

 本城さんの声。
 瞬間的に俺たちの周囲を、光の壁が覆った。

『おやおや……対応が早くて困りますね』

 部屋の中心にいた人物が笑みを浮かべる。
 伊月弘伸……スターの幹部の一人である彼が、闇の結晶を身に着けて立っていた。
『まさか吉野さんを破ってここまで来るとは思っていませんでしたよ。素直に感激しますね』
「伊月さん……」
『真奈美さんも素晴らしいですよ。すぐさま防御壁を張るとは……痛みを感じる暇もなく葬ってあげようかとも考えていたのですがね』
 そう言いながら、伊月は指を鳴らした。
 部屋一面を覆っていた黒い球体が消え去る。
 本城さんはしばらくしてから、俺達の周囲を囲っていた防護壁を解いた。
『それで、僕と戦ってくれる相手はどなたですか?』
「俺だぜ」
 覚悟を決めて、俺は一歩前に出た。
 伊月は微笑みを絶やさぬまま、デュエルディスクをゆっくり構える。
『君との対戦は、何度目になるでしょうか?』
「さぁな。もう何度もしたから忘れちまったぜ」
『ふふ、確か君は、僕に勝てたことは1度もありませんでしたね』
「うるせぇ。今日が、最初の1回になるってだけじゃねぇか」
『随分と口が達者になりましたね。もっとも……安心してください。君が僕に負けるのも、これが最後になりますから』
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! さっさと始めようぜ!!」
 こうしているうちにも、タイムリミットは刻々と迫ってきている。
 まだ敵が残っているなら、無駄口叩いている暇はねぇからな。
『残念ですよ。弟子である君を葬ることになるとはね……』
「俺は死なねぇよ。伊月師匠にだって、俺を殺させたりなんかさせねぇぜ」
 ちらりとデッキを見つめる。
 目を閉じて耳を澄ましても”あいつ”の声が聞こえることは無い。
 なんだかんだ言っても、俺も頼ってばかりだったような気がする。
 だが今は……自分の力だけで戦わなければいけねぇんだ。勝率はかなり低い。だが、逃げるわけにはいかねぇだろ!


『「決闘!!」』




 雲井:8000LP   伊月:8000LP



 決闘が、始まった。



『この瞬間、僕はデッキからフィールド魔法を発動します』
「きやがったな…!」
 フィールド全体へ広がっていく闇。
 伊月の背後へ、巨大な杯が出現する。杯の端からは赤い液体が零れ、徐々に地面へと広がっていく。
 赤と黒の不気味なコントラストが、背筋に嫌な汗を流させた。


 命を汲み取る闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 このカードのコントローラーは各ターンのエンドフェイズ時に、
 フィールド上に存在するモンスターのレベルの合計×1000ポイントのライフを得る。


 圧倒的な回復能力を持った闇の世界。
 俺のデッキにとって、どんだけライフがあったって関係ねぇだろうけど、あんまり長引かせたくはねぇな。

 デュエルディスクの赤いランプが点灯した。
 よし、先攻は俺からだぜ。
「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 手札をじっくり眺めた後、頭の中で戦術を組み立てる。
 いきなり攻めることはできそうにねぇ……それなら……!
「手札から"ミニ・コアラ"を召喚! さらにこのカードをリリースして"ビッグ・コアラ"を特殊召喚するぜ!!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。

 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


『いきなりですねぇ。それにしても、僕の闇の世界を見たうえで上級モンスターを召喚してもいいのですか?』
「別にてめぇがどれだけライフを回復したって関係ねぇぜ! カードを3枚伏せて、ターンエンドだ!!」

『この瞬間、僕の"命を汲み取る闇の世界"の効果が発動します』

 伊月の背後にあった杯に小さな星型マークが7つ点灯した。
 杯はわずかに発光し、その端からこぼれていく液体が光に変わって伊月へ降り注いだ。

 伊月:8000→15000LP

「いきなりライフを10000越えしやがったか…」
『おや、君にとってこの程度のライフポイントは即死圏内だと思っているんですがね?』


 伊月はそう言って微笑み、ターンが移行した。


『では、僕のターンです』(手札5→6枚)
 伊月は軽く手札を眺めたあと、デュエルディスクの青いボタンを押した。
『デッキワンサーチシステムを使用します。君も、デッキからカードを引いていいですよ』(手札6→7枚)
「……」(手札2→3枚)
 最初のターンでのデッキワンサーチ。
 伊月の得意とする戦術が、来るってことか。
『手札から"堕天使の楽園"を発動します』


 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン】
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。


 地面へ広がっていく赤色がさらに色濃くなっていく。
 黒い羽根も舞っていて、フィールドの不気味さが増した気がするぜ。
『堕天使の楽園の効果で、デッキから"堕天使ナース−レフィキュル"をサーチ。そのまま召喚します』


 堕天使ナース−レフィキュル 闇属性/星4/攻1400/守600
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手のライフポイントが回復する効果は、
 相手のライフポイントにダメージを与える効果になる。


 不気味な空間に現れた全身を包帯で覆った悪魔の看護師。
 口元の笑みが、いつもより気味が悪いぜ。
 こいつがいる限り、俺に勝ち目はねぇ……だったら……!
「そいつには退場してもらうぜ!! 伏せカード発動だ!!」


 連鎖破壊
 【通常罠】
 (1):攻撃力2000以下のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 その表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
 その表側表示モンスターのコントローラーの手札・デッキから
 対象のモンスターの同名カードを全て破壊する。


『っ!』
「これでてめぇのデッキからレフィキュルを墓地へ送らせてもらうぜ!」
 カードから鎖が伸びて、伊月のデッキに眠る2枚のカードを墓地へと送る。
 これで条件は整ったぜ。
「さらに手札1枚をコストに、"因果切断"を発動するぜ!」


 因果切断
 【通常罠】
 手札を1枚捨てて発動できる。
 相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を選択してゲームから除外する。
 この効果によって除外したモンスターと同名のカードが相手の墓地に存在する場合、
 さらにその同名カードを全てゲームから除外する。


 堕天使ナース−レフィキュル→除外
 堕天使ナース−レフィキュル→除外
 堕天使ナース−レフィキュル→除外
 雲井:デス・カンガルー→墓地(手札コスト)

「これでてめぇのカードは封じたぜ!」
『おやおや、たいした成長ぶりですね。僕はカードを1枚伏せてターン終了です。さらに闇の世界の効果で、ライフを回復させていただきますね』
 杯に灯る7つの星。
 零れた液体が光に変わって、伊月へ降り注いでいった。

 伊月:15000→22000LP

-----------------------------------------------
 雲井:8000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700/レベル7)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 伊月:22000LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札4枚
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「俺のターン!!」(手札2→3枚)
 勢いよくカードを引く。
 すでに伊月のライフは20000ポイントを超えちまった。
 このまま素直に回復させまくるわけにはいかねぇ。
『この瞬間、"堕天使の楽園"の効果発動。君の手札は3枚なので、1500ポイントのライフを回復させます』
「……ありがてぇぜ」

 雲井:8000→9500LP

 舞い散る黒羽が光に代わって、ライフへと変換される。
 シモッチバーンというデッキの性質上、ライフ回復が多く投入されているのは分かっている。
 相手のライフを削り切るのに時間がかかりそうな状況じゃ、俺自身のライフも多くあるに越したことは無い。

 まずは……戦況を整えねぇといけないぜ。
 あの伏せカードが気になるけど、ここは攻める!
「まずは手札から"強欲なカケラ"を発動だ!」


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「さらに手札から"融合呪印生物−地"を召喚するぜ!」


 融合呪印生物−地 地属性/星3/攻1000/守1600
 【岩石族・効果】
 このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
 その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
 フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースする事で、
 地属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「こいつとビッグ・コアラを墓地に送って、マスター・オブ・OZを特殊召喚だ!!」

 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


『攻撃力4200ですか……』
「てめぇの場にモンスターはいねぇ! バトルだ!! OZで攻撃!!」
 チャンピオンは拳をかざし、突撃する。
 だが相手は涼しい顔をしたまま伏せカードを開いた。


 ドレインシールド
 【通常罠】
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 マスター・オブ・OZ→攻撃無効
 伊月:22000→26200LP

「なっ!?」
『迂闊な攻撃は自らの首を絞めると言った気がしますね……まぁ、おかげで大幅にライフを回復できました』
「く……ターンエンド!」
『そしてエンドフェイズ時に、僕のライフは回復する。そのモンスターのレベルは9なので、9000のライフを得ますよ』

 伊月:26200→35200LP

 わずか数ターンの応酬で、伊月のライフは3万を超えてしまった。
 まだ……まだ削り切れるライフのはず……。

 俺は自らを鼓舞しながらも、額に流れる嫌な汗を拭っていた。




episode27――死せる英雄その手には――

 決闘は続く。
 圧倒的なライフを持った伊月を相手に、俺は汗をぬぐいながら戦況を確認していた。

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 雲井:9500LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200/レベル9)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:35200LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)

 手札4枚
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 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 命を汲み取る闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 このカードのコントローラーは各ターンのエンドフェイズ時に、
 フィールド上に存在するモンスターのレベルの合計×1000ポイントのライフを得る。


 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン】
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。



 伊月の場には、闇の世界とデッキワンカードの2枚のみ……だがどちらも除去は難しくて、どちらもライフポイントを大幅に回復させる効果を持っている。
 すでに相手のライフポイントは30000を超えている……手遅れになる前に、なんとかしねぇといけねぇな。


『僕のターンです。ドロー』(手札4→5枚)
 伊月はカードを引き、舞い散る黒羽が光に代わる。
 相手の手札は5枚……ただでさえ膨大なライフに2500ポイントが加算される。

 伊月:35200→37700LP

『"堕天使の楽園"の効果で、デッキから"シモッチの副作用"をサーチします』(手札5→6枚)
「っ、やっぱりそれが来るよな……」
『おやおや…レフィキュルを処理して安心していましたか? カードを3枚伏せて、"キラー・トマト"を召喚しますよ』


 キラー・トマト 闇属性/星4/攻1400/守1100
 【植物族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 攻撃力1400のリクルーター。
 俺の場にいるモンスターには遠く及ばないが、伊月の狙いはおそらく……。
『僕はこれでターンエンドです。そして闇の世界の効果発動。場にいるモンスターのレベル合計は13。よって13000ポイントのライフを得ますよ』
 伊月の背後に存在する杯に13の星が点灯する。
 零れる赤い液体が光に変わって、主へ祝福を与えていく。

 伊月:37700→50700LP

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 雲井:9500LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200/レベル9)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:50700LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   キラー・トマト(攻撃:1400/レベル4)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード3枚

 手札1枚
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「俺のターン!」(手札1→2枚)
『スタンバイフェイズ時に、伏せカードを発動します』
 静かに開かれたカード。
 フィールド全体を紫色の煙が漂い始めた。


 シモッチによる副作用
 【永続罠】
 相手ライフポイントが回復する効果は、
 ライフポイントにダメージを与える効果になる。


『そして"堕天使の楽園"の効果発動。君の手札は2枚なので1000ポイントの回復……ですが"シモッチの副作用"で1000ポイントのダメージへ変換されます』
 黒羽が光に変わるが、その色は赤く染まり鋭くなって襲い掛かる。
 腕に感じるわずかな痛みに、思わず舌打ちをしてしまった。

 雲井:9500→8500LP

『さらに伏せカード発動ですよ』
「っ!?」

 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


 畳みかけるように発動されるカード。
 俺の頭上に現れたプレゼントボックスがひっくり返されると同時に、中身となる色とりどりの玩具がばら撒かれる。
 しかしそれらすべてが凶器へと変わり、俺へ降り注いだ。
「がぁぁっ…!?」

 雲井:8500→5500LP

「雲井!!」
「だ、大丈夫、だぜ…ドローしたことで、強欲なカケラにカウンターが1個たまる…」

 強欲なカケラ:強欲カウンター×0→1

『下準備というわけですか……それまでに君のライフが残っていればいいですね』
「勝手に言ってやがれ! バトルだ! マスター・オブ・OZで攻撃!!」
 チャンピオンが拳を勢いよく突き出し、悪魔のトマトを押しつぶした。

 キラー・トマト→破壊
 伊月:50700→47900LP
 
『痛くも痒くもないですね。キラー・トマトの効果発動。戦闘破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚されます。僕は"キラー・トマト"を特殊召喚します』
 モンスターが倒された場所に、同じ姿をしたモンスターが出現する。
 リクルーターの厄介なところだぜ。
『さて、どうしましか?』
「……俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」
『ではエンドフェイズに、闇の世界の効果発動。フィールド全体の合計レベルは13。よって13000のライフを得ます』

 伊月:47900→60900LP

『おやおや、与えられたダメージよりも遥かに回復してしまいましたね』
「ぐっ…!」
 駄目だ……与えるダメージよりも回復していくスピードも量も違いすぎる。
 このままじゃどうしようもねぇ……早く決着をつけねぇと……!!
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」

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 雲井:5500LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200/レベル9)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   伏せカード2枚

 手札1枚
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 伊月:60900LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   キラー・トマト(攻撃:1400/レベル4)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   シモッチの副作用(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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『では、僕のターンです。ドロー』(手札1→2枚)
 フィールドに舞い散る黒羽が光に変化する。
 シモッチの副作用は、相手を回復させる効果をダメージに変換する効果だから、伊月の回復がダメージに変換されることは無い。
 くそっ、またライフが増えちまうのか……。

 伊月:60900→61900LP

『これだけでは終わりませんよ。"堕天使の楽園"の効果で、デッキから"シモッチの副作用"をサーチします』(手札2→3枚)
「またそのカードかよ」
『おやおや、デッキを圧縮しておくのも戦術の1つだと教えたはずですがね?』
「……ちっ」
『まぁ、もはやそれすら必要ないかもしれませんけどね。手札から"カオスエンドマスター"を通常召喚です』
 伊月はそっとデュエルディスクにカードを置いた。
 赤と黒の不気味な世界に、羽の生えた精霊が出現する。


 カオスエンドマスター 光属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果/チューナー】
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
 デッキからレベル5以上で攻撃力1600以下の
 モンスター1体を特殊召喚できる。


「そのカードは…!」
 まずい。ライフポイントばかりに気が向いていてすっかり忘れていた。
 伊月のデッキは、シモッチバーンで削る戦術だけじゃなかった……!
『レベル4の"キラー・トマト"にレベル3の"カオスエンドマスター"をチューニング……シンクロ召喚! 顕現せよ"エンシェント・ホーリー・ワイバーン"!!』
 フィールド全体を響き渡る甲高い咆哮。
 闇の世界に出現する、神聖さを纏った翼竜が降臨した。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン 光属性/星7/攻2100/守2000
 【天使族・シンクロ/効果】
 光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力はアップする。
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力がダウンする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 1000ライフポイントを払う事でこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力2100→58500

「こ、攻撃力……58500!?」
『君のお株を真似てみたまでですよ。君の最高攻撃力には”まだ”及びませんがね』
「くそっ…!」
 冗談じゃねぇぞ。
 ただでさえ膨大なライフをどうにかしようって考えてんのに、高攻撃力のモンスターが出現しやがった。
 ……いや、まだだ、落ち着け。
 ライガーと違ってあれは効果によって得ている攻撃力だ。
 俺のデッキワンカードを使えば簡単に攻略できるぜ。
『ではバトルです』
「ちょっと待った! 伏せカード発動だぜ!」
 このまま攻撃されれば負けちまう。
 勢いよく開いたカードから光の縄が解き放たれ、フィールドのモンスター達を縛り上げた。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


『やはり防御カードを伏せていましたか。まだ楽しめそうで安心しましたよ。僕はこのままターンエンドです。そしてエンドフェイズ時に、闇の世界の効果発動。フィールドのレベル合計は16。よって16000のライフを得ます』
 杯から溢れる雫が光になって伊月へ降り注ぐ。
 満面の笑みを浮かべながら、その光を浴びて相手は更なるライフを得る。

 伊月:61900→77900LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力58500→74500

「そんな…!」
「攻撃力74500…!?」
 観戦してる香奈ちゃんと本城さんが不安そうに状況を見つめている。
 だが中岸だけは、まだ追い詰められたとは思っていないみてぇだな。

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 雲井:5500LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200/レベル9)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   グラヴィティ・バインド−超重力の網(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 伊月:77900LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:74500/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   シモッチの副作用(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
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「俺の……ターン!!」(手札1→2枚)
『この瞬間、"堕天使の楽園"と"シモッチの副作用"の効果で、君に手札の数×500ポイントを、回復からダメージに変換します』

 雲井:5500→4500LP

 舞い散る羽が赤い光となって突き刺さってくる。
 痛みを歯を食いしばって我慢しながら、たった今引いたカードを確認した。
『さらにライフ差が生まれたことでワイバーンの攻撃力はさらに上がる』

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力74500→75500

「だけど、カードを引いたことで"強欲なカケラ"にもカウンターが溜まるぜ!」

 強欲なカケラ:強欲カウンター×1→2

「カウンターの溜まったこのカードを墓地に送って、デッキから2枚ドロー!」(手札2→4枚)
『おやおや、ついに本領発揮ですか?』
「ああ! 後悔したって遅いぜ! さらに"マジック・プランター"を発動だ!!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 グラヴィティ・バインド−超重力の網→墓地(コスト)
 雲井:手札3→5枚

「これでいけるぜ! 手札から"フォース"を発動だ!!」


 フォース
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 エンドフェイズ時まで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、
 その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力75500→37750
 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→41950

「バトルだ! OZでワイバーンに攻撃!!」
『なるほど。そうして攻撃力を超えてきましたか。受けてもいいところですが……伏せカードを発動しておきましょう』
 飛び上がったチャンピオンの拳が振り下ろされたと同時、力を半減された翼竜の前に薄い光の壁が出現した。


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。

 マスター・オブ・OZ→攻撃無効

『残念でしたね』
「かかったな!! モンスターの攻撃が無効にされた瞬間、手札から速攻魔法"ダブルアップ・チャンス"を発動だぁ!!」
『っ!』


 ダブル・アップ・チャンス
 【速攻魔法】
 モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動する。
 このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃する事ができる。
 その場合、選択したモンスターはダメージステップの間攻撃力が倍になる。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力41950→83900

『……なるほど、してやられたというわけですか……しかし僕にはまだ膨大なライフがある。そのモンスターの攻撃が通っても―――っ!』
 言いかけた伊月の表情が凍った。
 どうやら気づいたみてぇだな。
 デッキワンサーチを使ってないから油断したみてぇだぜ。
「これで終わりだ! マスター・オブ・OZの攻撃時、手札から速攻魔法"デステニーブレイク"を発動する!!」


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。


 ライガーが残してくれた切り札。
 1度攻撃を弾かれたチャンピオンの体を、巨大な獅子のオーラが包み込む。
 再び拳を握り締め、俺のモンスターは再び跳躍した。
「これでてめぇのライフは一気に0に―――」











『”手札”から罠カードを発動しますよ』




 割り込む静かな声。
 伊月はさっきまでの動揺が嘘のように、涼しい顔でカードを発動していた。



















 レインボー・ライフ
 【通常罠】
 手札を1枚捨てて発動できる。
 このターンのエンドフェイズ時まで、自分は戦闘及びカードの効果によって
 ダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。


 伊月:手札1→0枚(コスト:シモッチの副作用)

「なっ…なんで……」
『おや? 僕のさっき発動した"堕天使の診察"の効果を忘れていましたか? このカードが墓地にある時、僕は手札から罠カードを発動できる。その代償にライフを回復させ、このカード自身はデッキに戻りますがね』


 堕天使の診察
 【通常罠】
 相手の攻撃宣言時に発動できる。相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードが墓地にある場合、自分は罠カード1枚を手札から発動できる。
 この効果で罠カードを発動した後、このカードはデッキに戻してシャッフルする。
 そのあと相手は2000ポイントのライフを回復する。


「あ………」
『さて、逆順処理ですね。レインボーライフが発動したターン、僕が受けるダメージはすべて回復に代わる。堕天使の診察は君のライフを回復させ、デッキに戻る……そしてデステニーブレイクの効果は発動し、僕の場にあるカードはすべて効果を失う』


 雲井:4500→2500LP("堕天使の診察"と"シモッチの副作用"の効果)
 堕天使の診察→伊月のデッキへ戻る。
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:効果無効
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力37750→2100

「ま、待て………待ちやがれ……待ってくれ……!」
 攻撃を止めようとするも、すべて遅かった。
 極限まで攻撃力を高めた拳は、容赦なく翼竜を押しつぶしてしまう。
 しかしそのダメージは、虹の光によって―――


 エンシェント・ホーリー・ワイバーン→破壊
 伊月:75500→157300LP


 膨大なダメージは、ライフポイントへと変換されてしまった。
『さて……どうしますか?』
「……くっ……俺は、手札から"神秘の中華鍋"を発動する……」


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 マスター・オブ・OZ→リリース
 雲井:2500→86400LP

『おやおや……まだデステニーブレイクの効いているうちに、ライフを大幅に回復させましたか。まぁ僕には及びませんけどね』
「………」
 やられた……ここまで伊月は予想して動いていたんだ。
 頭のよくない俺でも分かる。ここまで予想していなかったら、あのタイミングで"堕天使の診察"を使うはずないじゃねぇか……俺はそれにまんまと乗せられて、ダブルアップ・チャンスとデステニーブレイクまで使って……途方もないライフを回復させちまった……。
 もう伊月のライフは157300……俺の出したことのある最高攻撃力を超えちまった……。
 だとしたら、この決闘……俺にもう、勝ち目は……。

「雲井ぃ!!!」

「っ!?」
「まだ終わってないだろ! いつも俺にふがいない顔するなって言うくせに、お前がそんな顔するな!!」
 叫ぶ中岸の拳が震えているのが見えた。
 きっとあいつだって、分かっているんだと思う。
 それでも、必死に声を張り上げて応援してくれている……。
「くそったれ…」
 そうだ。まだ、決闘が終わったわけじゃねぇ。
 まだ負けたわけじゃねぇんだ。
 ライフは大幅に回復したし、一気に0になることはない。
 まだ……チャンスはあるはずだ。
『ふふ、まだ折れませんか……いや、もう折れかけているでしょうか?』
「勝手に言ってやがれ。俺はこれでターンエンドだ!」
『エンドフェイズ時に、闇の世界の効果は発動しますが、場にモンスターはいないので回復しません』

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 雲井:86400LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
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 伊月:157300LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   シモッチの副作用(永続罠)

 手札0枚
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『僕のターン、ドロー』(手札0→1枚)
 デッキからカードを引き、伊月は笑う。
 その身を舞い散る羽の祝福で癒し、回復する。

 伊月:157300→157800LP

『そして楽園の効果で、デッキから"シモッチの副作用"を手札に加えます』(手札1→2枚)
「まだそのカードをサーチするのかよ」
『ええ。手札から"マジック・プランター"を発動します』


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 シモッチの副作用→墓地(コスト)
 伊月:手札0→2枚

「手札補充か……」
『いいカードを引きましたね。"死者蘇生"を発動します。蘇生対象は"エンシェント・ホーリー・ワイバーン"です』
「っ!!」
 蘇る真っ白な翼竜。
 神々しい光を放ちながら、再び伊月のもとへ舞い戻る。


 エンシェント・ホーリー・ワイバーン 光属性/星7/攻2100/守2000
 【天使族・シンクロ/効果】
 光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力はアップする。
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力がダウンする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 1000ライフポイントを払う事でこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力2100→73500

「攻撃力……73500だと…!?」
『君を相手にする以上、攻撃力は欠かせませんからね。さらに手札からモンスターを召喚します』


 D−HERO ダイヤモンドガイ 闇属性/星4/攻1400/守1600
 【戦士族・効果】
 (1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
 自分のデッキの一番上のカードをめくり、
 それが通常魔法カードだった場合、そのカードを墓地へ送る。
 違った場合、そのカードをデッキの一番下に戻す。
 この効果で通常魔法カードを墓地へ送った場合、
 次の自分ターンのメインフェイズに墓地のその通常魔法カードの発動時の効果を発動できる。


「ぐ……」
『効果発動。デッキトップをめくって、それが通常魔法なら次のターンに発動できます』
 伊月はそう言って静かにカードを引いた。


 終わりの始まり
 【通常魔法】
 自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、
 自分のデッキからカードを3枚ドローする。


『引きがいいですね。これで次のターン、僕はデッキからカードを3枚ドローできます』
「……マジかよ」
 胸の奥で、何かが軋むような音がした気がした。
 拳を握り締めながら、崩れそうになる何かを必死で繋ぎとめる。
『バトルです。ワイバーンで攻撃!!』
 真っ白な翼竜が、巨大な炎を吐き出した。
 伏せカードを開こうとする手が、一瞬止まる。
「っ、ざけんじゃねぇぇ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 雲井:手札2→3枚

 一瞬でも、このまま楽になれれば……と思っちまった。
 膨大なライフに心が折れかかって、弱気なことを考えて……全然、俺らしくねぇ。
 まだ終わってねぇなら、諦めるわけにはいかねぇ。
『おや、防ぎましたか……ではダイヤモンドガイで攻撃です』

 雲井:86400→85000LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力73500→74900

「ぐっ…」
『ライフが膨大にあると、痛みも僅かしか感じないでしょう? 僕はこれでターンエンドです。エンドフェイズに闇の世界の効果発動。場にあるモンスターの合計レベルは11なので11000のライフを得ます』

 伊月:157800→168800LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力74900→85900

-----------------------------------------------
 雲井:85000LP

 場:なし

 手札3枚
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 伊月:168800LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ダイヤモンドガイ(攻撃:1400/レベル4)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:85900/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   シモッチの副作用(永続罠)

 手札0枚
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「俺のターン!!」(手札3→4枚)
 引いたカードを見つめ、静かに手札に加える。
 ライフ差は圧倒的……だがまだ、負けが決まったわけじゃない。
 ライフポイントが1ポイントでも残っていれば、負けない。
 カードが1枚でも残っているなら、戦えるはずだ。
「スタンバイフェイズに、俺は手札から"サイクロン"を発動するぜ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 シモッチの副作用→破壊

『おやおや、破壊されてしまいましたか』
「ざまぁみやがれ! 堕天使の楽園の効果で、俺はライフを1500回復するぜ!!」
 舞い散る羽が光になって、俺に降り注ぐ。
 僅かだけど、ライフが多ければそれだけターンを凌げるはず。その間に作戦を考えねぇと……!

 雲井:85000→86500LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力85900→84400

「さらに手札から"カードカー・D"を召喚だ!」


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「こいつをリリースすることで、デッキから2枚ドローする!!」(手札2→4枚)
『手札増強ですか。ですが、そのカードはカードを引く代わりにエンドフェイズに移行する……君の場には何もカードが無いのですが大丈夫でしょうか?』
「そんなの、てめぇが気にすることじゃねぇだろ」
『そうでしたね。ではエンドフェイズ、闇の世界の効果発動です。ダイヤモンドガイとエンシェント・ホーリー・ワイバーンの合計レベルは11なので、11000のライフを得ます』

 伊月:168800→179800LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力84400→95400

-----------------------------------------------
 雲井:86500LP

 場:なし

 手札4枚
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 伊月:179800LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ダイヤモンドガイ(攻撃:1400/レベル4)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:95400/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
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『僕のターン、ドロー。スタンバイフェイズに堕天使の楽園の効果でライフを回復します』(手札0→1枚)

 伊月:179800→180300LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力95400→95900

 伊月もライフを回復させ、同時に場に存在する翼竜も力を底上げする。
 分かってはいたが……まともに相手するときつすぎるぜ……。
『メインフェイズに、ダイヤモンドガイの効果で発動しておいた"終わりの始まり"を発動。デッキからカードを3枚ドローです』(手札1→4枚)
「くっ…」
 ここにきての手札補充。
 正直言って、このまま嫌な予感しかしねぇ…。
『これはいいカードを引きましたね。手札からこのモンスターを召喚します』


 魔界発現世行デスガイド 闇属性/星3/攻1000/守備600
 【悪魔族・効果】
 (1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。
 手札・デッキから悪魔族・レベル3モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは効果が無効化され、S素材にできない。


「そのモンスターは……」
『知識があるようで何よりですね。この子の効果でデッキから"クリッター"を特殊召喚です』


 クリッター 闇属性/星3/攻1000/守600
 【悪魔族・効果】
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


 場に並び立つ4体のモンスター達。
 エンシェント・ホーリー・ワイバーンがいれば押し切れるだろうに……最後まで手は抜かないってことかよ。
『おや? これで終わりではありませんよ? ダイヤモンドガイとデスガイド、クリッターの3体をリリース!!』
「っ!? 通常召喚はもうしたはずだろ!?」
『ええ。このモンスターの特殊召喚条件ですからね。現れなさい、命の支配者"D・HERO ドグマガイ"!!』
 3体のモンスターが姿を消し、現れたのは背に黒翼を羽ばたかせる屈強な戦士だった。
 仮面に隠れた表情で、翼竜と共に俺を見下ろしてくる。


 D−HERO ドグマガイ 闇属性/星8/攻3400/守2400
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「D−HERO」モンスターを含む自分フィールドの
 モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 (1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した場合、
 次のスタンバイフェイズに発動する。
 相手のLPを半分にする。


「マジかよ……」
『墓地に行った"クリッター"の効果で、デッキから"バトル・フェーダー"をサーチします。ドグマガイの効果は知っていますね。次のターンが楽しみです。もっとも……次のターンがあるかどうかは分かりませんがね』
「ちっ」
『バトルです。ワイバーンで攻撃!!』
 全身を輝かしく発光させ、翼竜はその口に白い炎を溜め始める。
 あの攻撃だけは、通すわけにはいかねぇ!!
「手札から"バトル・フェーダー"を特殊召喚だ!!」


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


 俺の場に現れた小さな悪魔がその手に持った鐘を鳴らす。
 不思議な音波によって伊月のモンスター達は動きを止め、その攻撃は中断される。
『やはり防ぎますか』
「こんなところでやられてたまるかよ!」
『心意気だけは立派ですね。カードを2枚伏せてターンエンドです』
 ターンが終了すると同時に、伊月の背後の杯が輝く。
 場にいるモンスターの合計ライフは16。つまり16000ポイントのライフが伊月に加算される。

 伊月:180300→196300LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力95900→111900

-----------------------------------------------
 雲井:86500LP

 場:バトル・フェーダー(守備:0/レベル1)

 手札3枚
-----------------------------------------------
 伊月:196300LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:111900/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-----------------------------------------------

「俺の…ターン……」(手札3→4枚)
 カードを引く手が震える。
 歯を食いしばって、折れそうになる心を踏みとどまらせる。
 まだ………まだ……!!
 心の奥で何度も唱えながら、場を見つめる。
「堕天使の楽園の効果で俺はライフを回復するぜ……」

 雲井:86500→88500LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力111900→109900

「手札から、"サイバー・ヴァリー"を召喚」
 俺の場に現れる小さな機械龍。
 強大な敵を前に、小さいながらも力強い咆哮をあげる。


 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 以下の効果から1つを選択して発動できる。
 ●このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
 このカードをゲームから除外する事でデッキからカードを1枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
 選択してゲームから除外し、その後デッキからカードを2枚ドローする。
 ●このカードと手札1枚をゲームから除外し、
 その後自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。


「場にいる"バトル・フェーダー"と共に除外して、デッキから2枚ドローだ……」(手札3→5枚)
『おやおや、凌いで手札補充してばかりですね。そんな調子では、僕のライフは削り切れませんよ?』
「……勝手に言ってやがれ……カードを1枚伏せて、ターンエンド――」
『エンドフェイズに伏せカードを発動しますよ』


 迷える仔羊
 【通常魔法】
 このカードを発動するターン、自分はこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
 (1):自分フィールドに「仔羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。

 子羊トークン×2→特殊召喚(守備)

 新たにトークンが出現し、伊月の場を埋める。
 たとえトークンだとしても、レベルを持っている以上、闇の世界の効果の対象になる。
 場にいるモンスターの合計レベルは17だ。つまり―――

 伊月:196300→213300LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力109900→126900

 もうとっくに、伊月の場にいるモンスターの攻撃力は10万を超えた。
 くそっ……ライガーが相手でもねぇのに、攻撃力10万をまた見ることになるなんてな……。

-----------------------------------------------
 雲井:88500LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
-----------------------------------------------
 伊月:213300LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:126900/レベル7)
   子羊トークン(守備:0/レベル1)
   子羊トークン(守備:0/レベル1)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-----------------------------------------------

『僕のターン、ドロー』(手札1→2枚)
 伊月がカードを引くと同時に、フィールドに舞い散る羽が光に変わった。

 伊月:213300→214300LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力126900→127900

 もう、攻撃力とライフを確認するのも馬鹿らしくなってきたぜ。
『さてスタンバイフェイズにドグマガイの効果も発動します。雲井君のライフを半分消し去りますよ』
「っ!」
 仮面の戦士が手をかざすと同時、その手から光の砲撃が放たれた。
 その光は全身を飲み込み、激痛が襲い掛かる。
「があああああああああああああああああ!!!???」

 雲井:88500→44250LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力127900→172150

 全身が引き裂かれたかのような激痛が走った。
 たまらず痛む箇所を腕で抑え、倒れてしまう。
「がっ…あぁぁ…!!」
『ライフが多い分、半分になった際の激痛は相当のものでしょう? ふふふ、弟子が苦しむ姿を見るのも案外楽しいものですね』
 痛ぇ……全身が、バラバラになっちまったみてぇだ。
 くそっ、意識が飛びそうだ……。
『さて、とどめですよ。ワイバーンで攻撃!!』
「くっ」
 翼竜の口に炎が溜まっていく。
 呼吸を整えながら、俺は必死にデュエルディスクを構える。
『さよならですね雲井君』
 翼竜の炎が吐き出される。
 フィールド全体を埋め尽くすかのような白いブレスが、襲い掛かった。


「まだだぁぁぁぁ!!」


 攻撃の瞬間、伏せカードを開く。
 翼竜の炎が巨大な筒の中へと吸い込まれた。


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

『……!』
「本城さんが、貸してくれたんだぜ……てめぇが膨大な攻撃力を持ってんなら、それを丸ごと返してやるぜ!!」
 俺のデッキに合わないことは分かっている。
 だがもう、四の五の言っていられる状況じゃなくなっちまった。
 もちろんこれで伊月のライフを0にすることはできないが、ライフ差は無くなるし、なんとかなるライフにまで減らすことが出来る。
 これで―――

君にはがっかりですよ、雲井君



 エネルギー吸収装置
 【永続罠】
 ダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を受けるとき、
 自分はダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。

 伊月:214300→386450LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力172150→344300

 跳ね返された炎の渦が、祝福の光へと変換されて伊月に吸収される。

「………」

 俺はただ呆然とするだけで……何も言葉を発することが出来なかった。
『本当に残念ですよ雲井君。君相手にこのカードは使うことは無いと思っていましたが、魔法の筒を伏せているとは……』
「そん…な………」
『君は認めたんですよ。攻撃力で超えられないことをね。攻撃力を売りにしていた君がそこまで落ちぶれるとは……とても残念です』
「…………」
 心の奥底で、何かが折れる音がした。
 途端に身体から力が抜けて、思考もまとまらなくなってくる。
『まぁ、君にしては善戦したほうでしょう。がっかりはしましたが、称賛しますよ。ドグマガイで攻撃!!』
 伊月の攻撃宣言。
 倒れ伏す俺に追い打ちをかけるように、仮面の戦士の攻撃がヒットする。

 雲井:44250→40850LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力344300→347700

「かはっ…!」
 吹き飛ばされ、闇の世界によって作られた壁に背中を打ち付けられる。
 息が乱れ、視界が霞む。背後で聞こえる中岸達の声も、何を言っているのか判断できない。
『メインフェイズ2にドグマガイと子羊トークン2体をリリースします』
 伊月の場にいる3体のモンスターが消える。
 同時に現れたのは、さっきと同じモンスター。


 D−HERO ドグマガイ 闇属性/星8/攻3400/守2400
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「D−HERO」モンスターを含む自分フィールドの
 モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 (1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した場合、
 次のスタンバイフェイズに発動する。
 相手のLPを半分にする。


『これで再び、君のライフは半分になります。もっとも、立ち上がることすら困難なようですけどね』
「ぅ……く……!」
『僕はこれでターンエンドですよ。闇の世界の効果で、ライフを15000ポイント得ます』

 伊月:386450→401450LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力347700→362700

-----------------------------------------------
 雲井:44250LP

 場:なし

 手札4枚
-----------------------------------------------
 伊月:401450LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:362700/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   エネルギー吸収装置(永続罠)

 手札1枚
-----------------------------------------------

「俺の………ターン……」(手札4→5枚)
 声がうまく出てこなかった。
 カードを引く手にも力が入らなくて、思考も働かない。
『スタンバイフェイズに楽園の効果が発動。君のライフを回復させますよ』
 場に舞い散る羽が光になって降り注いでも、たいして何も感じれなかった。

 雲井:44250→46750LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力362700→360200

 この程度のライフを回復したところで、状況は何も変わることは無い。
 もう……ダメなのかもしれない……俺は、伊月に……勝てない。
「俺は……"強欲なカケラ"を発動するぜ」


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

『まだ粘りますか。潔くサレンダーしてもらえると僕としても楽なのですがね?』
「………」
 いつもなら言い返すところだが、言葉が出てこない。
 それどころか、伊月の提案に乗っかってしまおうかとも思ってしまう。
『君にしては本当に頑張りましたよ。思えば、君には驚かされてばかりでした……何の力も持っていない少年だった君が闇の組織の一員を倒し、あのダークと相打ちにまで持ち込み、地の神すら倒し仲間にしてしまった……まさしく英雄というにふさわしい存在だと思いますよ』
「……英雄、か……」
 またその呼び方か。
 今の状況で言われても、皮肉にしか聞こえねぇぜ。
『やがてアダムによって世界は滅ぶ……このまま放っておけば、君はアダムに戦いを挑み、悲惨な最期を遂げるでしょう。師としては、弟子である君に引導を渡すのが筋だと思いますがね』
「……好き勝手言ってんじゃねぇ……」
『おや? 何か気に障りましたか?』
「アダムの力とか、世界の運命とか、そんな訳分からねぇもののために、俺達は戦ってるわけじゃねぇんだ…! 俺達は、自分の信じるもののために戦ってんだ。それだけは、誰にも譲らないし否定させるわけにはいかねぇんだよ…!」
 きっと、俺は伊月に勝てないのだろう。
 だけど決して投げ出したりしない。
 心も折れてるし、身体に力は入らない。
 勝負が終わるその瞬間まで、立ち続けてやる…!
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!!」
 エンドフェイズを迎えて、伊月のライフが上昇する。
 それに呼応して白き翼竜もその力を上昇させた。

 伊月:401450→416450LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力360200→375200

-----------------------------------------------
 雲井:46750LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 伊月:416450LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:375200/レベル7)
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   エネルギー吸収装置(永続罠)

 手札1枚
-----------------------------------------------

『……僕のターン、ドロー』(手札1→2枚)
 伊月の瞳が冷たい光を宿した。
 これから襲い来るであろう出来事に対して、身体が震えてしまう。
『スタンバイフェイズ、楽園の効果で僕は回復し、君はドグマガイの効果でライフを半分になります』
「っ!」
 伊月が羽の祝福を得ると同時、仮面をかぶった戦士はその手に雷を溜め、天へ向かってかざした。
 次の瞬間、俺めがけて巨大な雷が降り注ぐ。
「があああああああああああああああああ!!!???」

 雲井:46750→23375LP
 伊月:416450→417450LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力375200→396175

「……ぁ……ぅ……」
 意識が消えかける。
 足がガクガクと震えて、立つこともままならない。
「ぅぁ…」
 膝が崩れ、倒れてしまった。
 全身が痛みを感じて、動くことすらできない。
『おやおや、これではライフが尽きる前に死んでしまいますかね?』
「っ……ぅ……ぁ……」
 反論する声も出せなかった。
 体中が痛い。マジで……どうしようもねぇ……このままじゃ本当に……死ぬ……!!
『バトル。ワイバーンで攻撃!!』
「が…くっ……!」
 残った力を振り絞り、伏せカードを開いた。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 雲井:手札3→4枚

 翼竜のブレスは、薄い光の膜に阻まれて届かない。
 しかし攻撃時に発生した衝撃は、痛む身体へ追い打ちをかけるように襲い掛かる。
『防ぎましたか。では、ドグマガイで攻撃』
 伊月のモンスターの攻撃が迫る。
 身体を動かす力もなくなってしまった。ドグマガイの攻撃を受けてもライフは尽きないが、この攻撃を受ければ間違いなく死んでしまうと思った。
「く………そ………」
 覚悟を決めて、目を閉じる。
 本当に限界だったのだろう。このまま楽になれるのなら、それもいいのかもしれない……。

 悪い、みんな……俺は……ここまでだ……。

























































『まったく、世話の焼ける小僧だな』


 ――”アイツ”の声が、聞こえた気がした――



「…………」
 おかしい。いつになっても伊月の攻撃が届かない。
 いや、そんなはずは……でも……
「っ……?」
 ゆっくり目を開ける。
 眼前に迫っていたはずの攻撃が、消えていた。


 雲井:23375→19975LP


 たしかに、さっきの攻撃された分の数値は減っている。
 でも現実のダメージが発生していない……?

『いい加減、目覚めろ雲井忠雄』

「……!」
 今度は聞き違いなんかじゃない。たしかに、聞こえた。
 でもなんで……アイツはアダムの攻撃を消すために……!

『”我”があの程度の攻撃を破壊できないと思ったか? まぁ破壊したはいいが、かなり遠くまで飛ばされてな。ここまで来るのにずいぶん時間がかかってしまった』

「……………」
 なんだよ。無事だってんなら……最初からそう言いやがれ……!
 ちくしょう。なぜか目頭が熱くなってきたぜ……くそっ、心配……させやがって……!!

『ボロボロだな。まぁ、我がいない状態で、よくここまで耐えた』

 動かなかった体に、わずかに力が入る。
 不思議だぜ。さっきまで立ちあがることすらできなかったってのに……。
『勘違いするな小僧。小森彩也香の時のように、貴様の体を半強制的に動かしているだけだ。ダメージが無くなった訳じゃない』
 けっ……人の体を勝手に動かしやがって……。

『おや、立ち上りますか。君には本当に感服しますね……ですが、立ち上ったところでどうするつもりですか? 僕のライフを、削りきれると思っていますか?』
 伊月には、俺が聞こえている声が聞こえていないようだった。
 だがたしかに、伊月の言うとおりだ。
 "デステニーブレイク"を使った俺の渾身の一撃だって、倒すには至らなかった。
 もう……打つ手は……!


『さぁ、勝つぞ小僧。ようやく、我の本当の力が使える


 墓地にある1枚のカードが、脈動した。

『カードを1枚伏せて、僕はターンエンドです』
 エンドフェイズを迎えることで、伊月は更なるライフを得る。

 伊月:417450→432450LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力399575→414575

-----------------------------------------------
 雲井:19975LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)

 手札4枚
-----------------------------------------------
 伊月:432450LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:414575/レベル7)
   伏せカード1枚
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   エネルギー吸収装置(永続罠)

 手札1枚
-----------------------------------------------

「俺の……ターン……」(手札4→5枚)

 雲井:19975→22475LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力414575→412075
 強欲なカケラ:強欲カウンター×0→1

 身体が動く。
 少しずつだけど、頭も冴えてくる。

 ――身体を少し借りるぞ、小僧――

「『手札から"貪欲な壺"を発動』」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


【墓地に戻したカード】
・≪ビッグ・コアラ≫
・≪ミニ・コアラ≫
・≪デス・カンガルー≫
・≪カードカ―・D≫
・≪■■■■■■■■≫

 雲井:4→6枚

『手札補充ですか。まぁ今更、何をしたところで無駄ですがね』
 墓地からカードを5枚選んで、デッキに加えてシャッフル。
 そして新たに2枚のカードを引き、俺の手は勝手に動かされていく。
「『手札から"死者蘇生"を発動。蘇生対象はマスター・オブ・OZ』」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 身体が勝手に、デュエルディスクの青いボタンを押す。
 デッキワンサーチシステムを使わされた。だが……。
『血迷いましたか? 君のデッキワンカード"デステニーブレイク"は墓地にある。ルールによって僕はデッキから1枚引かせてもらい―――』(伊月:手札1→2枚)


 デッキから自動的にカードが選び出され、その1枚がデッキから突出する。


『……は?』
「え…?」
 どうして……いや、待て……さっき発動した"貪欲な壺"で……何が戻った?

『何をしている!?』
 伊月の目が驚きで見開かれる。

 デッキワンサーチによって選び出されたカードからは、稲妻にも思える黒い光が放たれていた。
 触れるだけで伝わる鼓動。今まで感じたこともないような力強さが、そのカードから感じられた。
 それを勢いよく引き抜き、じっと見つめる。


 緑色だったはずの枠が、茶色の枠へ変わっている。
 ”魔法カード”だったデッキワンカードが、”モンスターカード”へと変化していた。



「……っ!!」
 頭の中で、すべてが繋がる。
 手札に舞い込んだカード。
 彩也香が託してくれた、使い道不明だったカードの”意味”。
 それが今になってようやく理解できた。

「へへっ……」

 つい、笑ってしまった。
 彩也香……本当にお前はすげぇよ。
 あのカードを渡してくれていたのは、こうなることを予測してたからなんだろ?

「手札から"シンクロ・ヒーロー"を発動!」


 シンクロ・ヒーロー
 【装備魔法】
 (1):装備モンスターのレベルは1つ上がり、攻撃力は500アップする。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→4700
 マスター・オブ・OZ:レベル9→10

 蘇ったエースモンスターは、その格を一つ上げ、拳を突き上げる。
『いったい何をしているんですか? 今更、攻撃力をあげたところで意味はないですよ?』
 首を傾げる伊月に、笑みを返す。
 攻撃力をあげたかったわけじゃない。
 俺は……マスター・オブ・OZのレベルを引き上げたかったんだ。



「これから教えてやるぜ!! 手札から"チェンジ・カラー"を発動だぁ!!」



 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。

 マスター・オブ・OZ:融合→シンクロモンスター
 
 それは、彩也香が俺にくれたカードだった。
 普通だったら、俺のデッキに入ることの無かったもの。
 彩也香がいてくれたから……すべての準備は整った。





「ライフ2000ポイントを支払って、デッキの上から10枚除外することで、こいつを特殊召喚する!!」





『っ!?』
 デッキのカードとライフポイントが消え去ったのとほぼ同時。
 チャンピオンの隣に降り立ったのは、小さな身体に破壊の力を宿した存在。


 GT−破壊の獅子 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 2000ライフポイント払い、デッキの上から10枚のカードを除外することでのみ特殊召喚できる。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 
 雲井:22475→20475LP
 雲井:デッキの上から10枚除外
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力412075→414075

『これは……!?』
レベル10シンクロモンスターになった"マスター・オブ・OZ"に、レベル2の"GT−破壊の獅子"をゴッドチューニング!!
 迸る黒雷の輪がチャンピオンの体を包み込む。
 身に纏うベルトもグローブを捨て去り、その身体は神の力を宿す。
 体毛は気高い黒銀へ、鍛え上げた肉体は、野性味あふれる強靭な肉体へ、技術を結晶した拳はすべてを打ち砕く爪へと変化する。

ゴッドシンクロ!! 現れろ!! "地の神−ブレイク・ライガー"!!!」 

 巨大な光の柱が立ち、フィールド全体を揺らす。
 その光から現れた銀色の獅子。強靭な肉体と鋭い爪と牙を携え、闘志を秘めた赤い瞳が敵を睨んだ。





 地の神−ブレイクライガー 神属性/星12/攻100000/0
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−破壊の獅子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードが場に表側表示で存在する限り、バトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。






『こ、これは、そんなまさか…!?』
「バトル!! 地の神−ブレイク・ライガーでエンシェント・ホーリー・ワイバーンを攻撃ぃ!!」
 動揺する伊月をよそに、獅子は翼竜へ襲い掛かる。
 膨大な力を宿した竜はその迫力に気圧されて、神々しい光を失い力を落とす。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力414075→2100(効果無効)
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン→破壊
 伊月:432450→334550LP

『ぐぁぁぁぁぁぁあぁあああ!!!???』
 巨大な攻撃によって発生する衝撃。
 悲鳴を上げ、伊月は壁際まで吹き飛ばされる。



『さぁ、いくぞ小僧!!』
「ああ! 行くぜぇライガー!!」


 ――死せる英雄その手には、かつて救った者の想いが届く――


 ――運命を打ち砕く英雄と共に、破壊を司る神が咆哮をあげた――




episode28――英雄の一撃――

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 真っ白な世界だった。
 一面に広がるのは白い砂丘。太陽も無いのに辺りは明るく、自身の黒い躰が余計に映える。
 ライガーはゆっくりと躰を動かして、自身の躰が砂の上にあることをようやく認識した。

『ここは……我は……死んだのか?』

 そんな言葉を吐いて、自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。
 元々、アダムによって生み出された存在だったはずだ。本来は存在しない命が、奇妙なことに生意気な小僧と暮らすことになった。
 慣れない人との生活に戸惑ったり、規則とやらを厄介だと思ったり、面倒な事件にも巻き込まれたりした。
 主人として扱っていた小僧も、事件を超える度に強く、強く……なっていった。
 くだらない会話をすることを楽しいと感じられた。
 本来は存在しなかったはずの自身が……破壊の神とまで呼ばれた自分が、ついには人を助けるために身を投げ打った。

 正直、甘くなったなと思った。
 人との生活に毒されたと思った。

 だがそれも……悪くないと思った。

 今頃、あの小僧はどうしているのだろう。
 自分がいなくなったと思って清々しているのか。
 それとも、柄にもなく悲しんでいたりするのだろうか。

 アダムとの戦いはどうなる。
 勝てないと言ったが、もしかしたら何か攻略法があるのではないのだろうか。
 そもそも、アダムの前に辿り着けているのか。
 あの小僧は…………。


 そこまで言って、ライガーはようやく気付く。



 ――自分は、あの世界の事を気にいっていたのだと――



『まったく……気付くのが遅いですよ、ライガー……』


 聞きなれた声だった。
 横たわっていた躰を起こし、どこからともなく聞こえる声に耳を傾ける。
『貴方は本当に……大切なことに気付くのに、時間がかかりますよね』
『セルシウスか。どうして……』
 声の主は、水の神−セルシウス・ドラグーン。
 自分と同じくアダムの力の一部であり、喧嘩仲間でもあった間柄だ。
『私の天罰を”貴方”と”あの子”が破壊した時、ほんの少しだけ力を譲渡することが出来ました。それが貴方を守るために機能したみたいですね』
 ライガーの脳裏に、市野瀬へ向かう天罰を破壊した時の記憶が蘇る。
 水の神の絶対的防御の力……その欠片が僅かに譲渡されたのならば、アダムの攻撃に巻き込まれて無事だったのも納得がいく。
 現に自身の肉体には傷一つない。それどころか、すぐにでも本来の姿で戦うことも出来そうだ。
『余計な事を……』
『素直じゃないですね。これで”あの子”の元に戻れるでしょう』
 聞こえる声が僅かに憂いを帯びているような気がした。


『やっと見つけたんでしょう? 貴方が傍にいるべき主を……だったら行かなきゃいけませんよライガー』


 周囲の砂が綻んでいく。
 世界が、消えていく。

 セルシウスの力はアダムのもとへ還元されている。
 今こうして話せているのも、僅かに譲渡された力の残滓のおかげだ。


『……我に何が出来る?』
 アダムの能力は分かっている。
 だからこそ、戦いを挑むことが無謀だと分かってしまう。

 なにより、柄にもなく別れを告げてしまったのだ。
 どの面を下げて戻ればいいのか分からない。

『いつも通りでいいのですよ。憎まれ口を叩いて、強がって……そして少し褒めてあげればいい。私に見せてください。”あの子”と”貴方”が起こす奇跡を』
『奇跡……か』
 セルシウスが好み、自分の嫌う言葉だ。
 だがそれでも……今だけは、その言葉に乗っかってみるのも悪くない。

『セルシウス』
『はい?』


『……助かった。ありがとう』



 そして世界は、崩れ去った。



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 戦いは続く。
 立ち上がった雲井の瞳は赤く染まり、その背後には黒銀の獅子が伊月を見つめていた。
 その佇まいから溢れる力を感じ、その場にいる全員が身をこわばらせる。
『まさか……地の神を復活させるとは……可能性はあったとはいえ、実現してくるとは思いませんでしたよ』
 直前の大ダメージによってその身体をふらつかせながらも、伊月は口元をぬぐい立ち上がる。
 10万近いダメージを受けても、膨大なライフポイントの恩恵によって負傷には至らない。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
 それに対して雲井は息も絶え絶え……その身に降りかかったダメージの蓄積によって、立っているのもやっとの状態だ。
『やはり英雄たる者は……奇跡を呼び起こすのですかね?』
 自嘲気味に笑う伊月へ、雲井の身体を借りるライガーは言葉を返した。

『スターの幹部よ。今ここに我がいるのは、奇跡などではない。この小僧が小森彩也香を救い、我を従え、本城真奈美を救い、貴様に鍛えられ、この戦いを投げ出さなかったからこそ起きた”必然”だ』

 奇跡なんて言葉で片付けさせない。
 共に戦ってきた自分だからこそ、雲井忠雄の紡いできた”軌跡”を、”奇跡”ではなく”必然”として語る。

『我は3枚カードを伏せて、ターンエンドだ』
『……この瞬間、僕は闇の世界でライフを回復します』

 伊月:334550→354550LP

 場にいるモンスターの合計レベルは20。
 よって20000ポイントのライフが回復した。 

-----------------------------------------------
 雲井:20475LP

 場:地の神−ブレイクライガー(攻撃:100000/レベル12)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   伏せカード3枚

 手札0枚
-----------------------------------------------
 伊月:354550LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   D・HERO ドグマガイ(攻撃:3400/レベル8)
   伏せカード1枚
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)
   エネルギー吸収装置(永続罠)

 手札2枚
-----------------------------------------------

 地の神−ブレイクライガー 神属性/星12/攻100000/0
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−破壊の獅子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードが場に表側表示で存在する限り、バトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。

 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 命を汲み取る闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 このカードのコントローラーは各ターンのエンドフェイズ時に、
 フィールド上に存在するモンスターのレベルの合計×1000ポイントのライフを得る。

 D−HERO ドグマガイ 闇属性/星8/攻3400/守2400
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 「D−HERO」モンスターを含む自分フィールドの
 モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。
 (1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した場合、
 次のスタンバイフェイズに発動する。
 相手のLPを半分にする。

 堕天使の楽園
 【永続魔法・デッキワン】
 ライフポイントを回復する効果をもつカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることができる。
 お互いのプレイヤーは自分のスタンバイフェイズ時に、手札1枚につき500ライフポイント回復する。
 1ターンに1度、デッキ、または墓地から「堕天使」または「シモッチ」と
 名のつくカード1枚を手札に加えることが出来る。
 このカードが破壊されるとき、1000ライフポイントを払うことでその破壊を無効にする。

 エネルギー吸収装置
 【永続罠】
 ダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を受けるとき、
 自分はダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。


「はぁ…はぁ…はぁ…」
 意識が今にも消えてしまいそうだ。
 ライガーが無理やり身体を動かしてくれているから、なんとか決闘は続けられる。
 だがそれでも危険な状態なことに変わりはねぇ。
(まだ戦えるか小僧?)
「けっ……あぁ、まだ、いけるぜ……!」
 空元気でも、そう言ってやった。


『僕のターン! ドロー!!』(手札2→3枚)


 伊月が手札を引くと同時に、フィールドに舞い散る黒羽が光へと変化した。

 伊月:354550→356050LP
 
 さらにライフを得るが、相手の表情が晴れることは無い。
 俺の場には攻撃力100000の地の神がいるから、安心はできないんだろうぜ。
『手札から"闇の誘惑"を発動!』


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

 伊月:手札2→4→3枚
 バトル・フェーダー→除外(闇の誘惑の効果)

『さらに"アドバンス・ドロー"を発動します!』
「っ!」
 ここにきて手札補充か。
 やっぱり、素直にターンを終えてくれるわけはねぇよな。


 アドバンス・ドロー
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 手ベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローする。

 D・HERO ドグマガイ→墓地
 伊月:手札2→4枚

『雲井君。君の成長には、さすがに驚きましたよ。ですが……だからこそ君を先へ進ませるわけにはいかない』
「………」
『僕の全身全霊をもって、君をここで倒しましょう。手札から"二重召喚"を発動!』


 二重召喚
 【通常魔法】
 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 召喚権を増やす魔法カード。
 ここで出してくるモンスターといえば、あれしかねぇよな。
『これで僕は2回の召喚が可能になりました。"キラー・トマト"と"トラスト・ガーディアン"を召喚!』


 キラー・トマト 闇属性/星4/攻1400/守1100
 【植物族・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 トラスト・ガーディアン 光属性/星3/攻0/守800
 【天使族・チューナー】
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 レベル7以上のシンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。
 このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、
 1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
 この効果を適用したダメージステップ終了時、
 そのシンクロモンスターの攻撃力・守備力は400ポイントダウンする。



 召喚された2体のモンスター。
 間違いない。伊月は、このターンで俺のライフを削り切るつもりだ……!
『レベル4の"キラー・トマト"にレベル3の"トラスト・ガーディアン"をチューニング!!』
 2体のモンスターが光の輪へと変化する。
 眩い光が柱となり、神聖な力を宿した翼竜を呼び起こした。


 エンシェント・ホーリー・ワイバーン 光属性/星7/攻2100/守2000
 【天使族・シンクロ/効果】
 光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力はアップする。
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 その数値だけこのカードの攻撃力がダウンする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 1000ライフポイントを払う事でこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力2100→337675

(ほう……生意気にも我の攻撃力を超えるか)
「感心してる場合かよ……」
 もしライガーを倒されてしまったら、俺に勝つ手段は無くなっちまう。
 なんとか、この攻撃は防がねぇと……!
『このままバトルと行きたいところですが……地の神にはバトルフェイズ中に効果をすべて無効にしてしまいますからね』
「っ!」
 確かに、ライガーはバトルフェイズ中にすべての効果を無効にする。
 このままワイバーンで攻撃されても、攻撃力上昇の効果は消えて返り討ちにできてしまう。
『なので、手札から"エフェクトブレイク"を発動しましょう』
「なっ…」


 エフェクトブレイク
 【通常魔法】
 ライフポイントを500払って発動する。
 このカードを発動したターン、
 自分フィールド上にいるモンスター以外の
 モンスターは効果を発動することが出来ない。

 伊月:356050→355550LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力337675→337175
 地の神−ブレイクライガー→効果無効

「っ!」
 地の神の効果はバトルフェイズ中にしか発動しない。
 事前に効果を無効にする効果をかけておけば、バトルフェイズになっても解除されないのだ。
『これで終わりですよ雲井君! バトル!!』
 伊月の宣言と共に、攻撃力を高めた翼竜がその口にブレスを溜める。
 まずい……なんとかしねぇと……!

『我は伏せカードを発動するぞ』

『っ!?』
「っ!?」
 口と身体が勝手に動いて、デュエルディスクのボタンを押した。
 開かれたカードは、罠カード。


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


 場にいる地の神が力強い咆哮をあげ、その音圧に空気が震える。
 凄まじい威嚇を受けて、翼竜の身体は硬直してしまった。
『残念だったな若造』
『くっ…』
 俺が決闘しているはずなのに、ライガーがしたり顔をしているのがむかつくぜ。
 だけど、攻撃を防がれた程度で伊月が終わるわけがない。
『……メインフェイズ2に、伏せカードを発動します』
 僅かに表情を曇らせて、伊月はカードを開いた。


 無謀な欲張り
 【通常罠】
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。その後、自分のドローフェイズを2回スキップする。

 伊月:手札0→2枚

「2ターンのドローを捨ててまで、手札補充かよ…!」
『君を相手にする以上、ライフを少しでも残す手段を残すのが必須ですからね。カードを2枚伏せてターンエンド! 闇の世界の効果で、僕はライフを回復します! 場にいるモンスターの合計レベルは19! よって19000のライフを回復!』

 伊月:355550→374550LP
 エンシェント・ホーリー・ワイバーン:攻撃力337175→356175
 
-----------------------------------------------
 雲井:20475LP

 場:地の神−ブレイクライガー(攻撃:100000/レベル12)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-----------------------------------------------
 伊月:374550LP

 場:命を汲み取る闇の世界(フィールド魔法)
   エンシェント・ホーリー・ワイバーン(攻撃:356175/レベル7)
   伏せカード2枚
   堕天使の楽園(永続魔法・デッキワン)

 手札0枚
-----------------------------------------------

「俺のターン!!」(手札0→1枚)
『この瞬間、伏せカードを発動しますよ』
 スタンバイフェイズに入る直前、伊月が勢いよく伏せカードを開いた。


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 エンシェント・ホーリー・ワイバーン→墓地
 伊月:374550→730725LP

「またライフを回復しやがった……!」
『君を相手にする以上、ライフはいくらあっても足りないでしょうがね』
 処理が終了し、スタンバイフェイズに堕天使の楽園の効果によってライフが回復する。
 俺の手札は1枚。よって500ポイントの回復だ。同時に、強欲なカケラにもカウンターが溜まる。

 雲井:20475→20975LP
 強欲なカケラ:強欲カウンター×1→2

「"強欲なカケラ"を墓地に送ることで、デッキから2枚ドローだぜ!」(手札1→3枚)
『………きますね』
 伊月もきっと感じているのだろう。
 このターンが、この決闘の勝敗を分ける分岐点であることを。
「手札から"コピーマジック"を発動するぜ!!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。

「これで俺は墓地にある"マジック・プランター"を除外して、てめぇの墓地にある"マジック・プランター"をコピーして発動する!! コピーマジックで効果をコピーしただけだから、コストは必要ねぇ! デッキから2枚ドローだ!」(手札2→4枚)
 これで手札は4枚。
 すべての準備は整った。

 大きく息を吸い、伊月を見据える。
 この決闘を終わらせるために、この1ターンにすべてをかける!!


「伊月師匠!! あんたに教えてやるぜ!! どれだけライフがあろうが、”俺達”には無意味だってことをな!!」


『っ…!』
「手札から"コード・チェンジ"を発動するぜ。この効果で地の神を、神族から機械族へ変更させる!!」


 コード・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を指定する。
 指定したモンスターの種族を、このターンのエンドフェイズまで自分が指定した種族にする。


 地の神−ブレイクライガー:神→機械族

「さらに手札から、"巨大化"と"リミッター解除"を発動だぁ!!」
『くっ!』


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


『やはり攻撃力を倍加してきましたね! しかし、僕のライフには届かない!』
「そんなこと分かってるぜ!! 伏せカード発動だぁ!!」


 マジックキャプチャー
 【通常罠】
 自分が魔法カードを発動した時、手札を1枚捨てて発動できる。
 その魔法カードが墓地に送られたときにそのカードを持ち主の手札に戻す。


『なっ!?』
「手札の"ビッグ・コアラ"を墓地に送って、発動した"リミッター解除"を手札へ加える!」
『ま、まさか……!?』
「そのまさかだぜ!! 回収したリミッター解除を使って、ライガーの攻撃力を更に倍にする!!」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

 地の神−ブレイクライガー:攻撃力100000→200000→400000→800000

 獅子の身体は一回りも大きくなり、全身を覆う筋肉が張りつめる。
 限界を超えた力を前に、ライガーはどこか楽し気に笑っていた。
『攻撃力800000!?』
「いくぜぇ! これが俺達の全力だぁ!! バトル!!」

 いくらライフが回復させてあっても、一撃で削り切れば問題ない。
 今までだって、こうして勝利を掴んできたんだ。
 この一撃で―――!!




『バトルフェイズ前に伏せカードを発動します』



「っ!」
 伊月の静かな声が割り込んだ。
 さっきまで狼狽えていたはずの表情が、冷酷なものへと変わっている。


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「……!!」
 発動されたのは、フリーチェーンの防御カード。
 伊月の周囲を強固な光のバリアが覆った。

『雲井君……君の攻撃力は称賛に値する。しかし特性上、君は必ず”一撃”で決めに来る。もしその一撃で相手を沈められなければ、君は一切の攻撃力を失う。まぁ……その一撃を凌ぐのが困難なのですがね』
「さっきまでのも、演技だったってことかよ」
『ええ。必死にライフを回復して凌ごうとしていると思わせることが出来れば、君はそれを超えるために全力を使う。あとは頃合いを見て"和睦の使者"で防げば、厄介な地の神もいなくなり、残るのは君と僕の膨大なライフ差だけです。"無謀な欲張り"の効果で2ターンドローできなくても、十分に凌げるほどのライフがありますからね』
「くっそぉぉ!!! ライガー!!」

 バトルフェイズに入り、俺は攻撃宣言する。
 限界を超えた力を携えた破壊の獅子が爪を立て振り下ろす。
 しかし伊月の周囲は強固な壁に守られて、その攻撃が届くことは無かった。

『残念でしたね雲井君……君の爆発力よりも、僕の備えが僅かに上回ったというところでしょうか』

「……………」
 この攻撃で、決めることが出来なかった。
 相手の思惑通りに、俺は手札をすべて使い切って、一撃で決めるための攻撃力を叩き出してしまった。
 だがそれすらも、伊月は戦術として組み込み、この土壇場で逆転の一手を打ってきた。

 最後の最後まで、俺は伊月の掌で踊らされちまったみてぇだな。

『正直言って感服しましたよ。君がここまで僕を追い詰めるとは思っていませんでした』
「………」
『君は強い。これからより経験を積めば、僕程度は容易に超えることが出来るでしょう。もしかしたら君には………文字通り世界が救えたかもしれない。地の神での事件でも……水の神の事件でも、君は確かに誰かを救ってきた』
「そんなこと、いちいち考えて行動なんかしてねぇぜ……」
『英雄とはそういうものではないでしょうか? 意識せずとも人を救える……正直言って、羨ましい限りですね。師匠として……一人の人間として、羨ましくもあり疎ましくもありました。こうして敵として君と戦えることを誇りに思いますよ』
「………」
 伊月は力強い意志と共に微笑んだ。

 決闘しているとき、何度も思ったことがある。
 どうして伊月は、弟子である俺に対してここまで敵意を向けてくるのだろうかと……。
 だが今の言葉を聞いて、ほんの少しだけ理由が分かった気がした。

 圧倒的な力をもった敵と戦わせたくないという師匠としても想い……弟子が実力をつけて人を救う姿を見てきた嫉妬にも似た想い……色んな気持ちが混じり合って、俺と伊月はこうして戦っている。
 世界という巨大なものを天秤にかけた全身全霊の戦い。
 表情には出さないが、伊月はきっと……楽しんでいるのだろう。

 決して認めることは出来ないし、理解できるかどうかは分からない。
 だからこそ俺は俺らしく戦うしかない。
 それがどんな結果になろうと、俺に出来るのはそれしかねぇんだ。

「伊月師匠……俺は何も言わねぇぜ……。だから、あんたを倒す!!」
『出来るのですか? もう君に打つ手はないはずですが?』
「へっ、それはどうかな?」
 全身から力が抜けて、つい笑みを浮かべてしまう。
 首を傾げる相手をまっすぐ見据えて、ゆっくりとデュエルディスクへ手を伸ばしていく。
「確かに伊月師匠は決闘の展開をコントロールするのは上手だ。だけど……だからこそ……自分が主導権を握っていると思ってるときは、相手の言葉をよく聞かないんだよな」
『なんですって?』

「言っただろ? ”俺達”の前には、どんなライフも無意味だってなぁ!!」

 最後の力を振り絞り、デュエルディスクのボタンを押す。
 この決闘に決着をつけるためのカードが、開かれた。



























 ファイナル・ビッグバン
 【通常罠】
 フィールドに表側表示で存在するモンスターの攻撃力の合計が
 20000を超える場合にのみ、発動することが出来る。
 お互いのプレイヤーは、相手の場にある最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力分の
 ダメージを受ける。




『っ!?』
「何回も伊月師匠に攻撃を防がれてきたんだ。一撃で決められないことは、分かってたぜ」
 伊月師匠のことだから、攻撃を防いでくるのは分かっていた。
 修行中だって何度も防がれて、負けてきたんだからな。

「一撃で決められないなら、もう一撃与えるしかねぇだろ!」

 だけど伊月の場にある"エネルギー吸収装置"の効果で、効果ダメージは回復へ変えられてしまう。
 だからこそ、ライガーの力でバトルフェイズに入る必要があった。ライガーはバトルフェイズ中に相手のすべてのカード効果を無効にする。たとえ攻撃は届かなくても、高めた攻撃力のすべてをダメージとしてぶつけることが出来る!!
『こんな、馬鹿な!?』
「これで……最後だぁぁぁぁ!!」





 フィールドを中心に、膨大なエネルギーが集約する。
 それらは膨張し、やがて眩い閃光と共にフィールドを駆け抜け、巨大な爆発を引き起こした。


 伊月:730725→0LP



 伊月のライフが0になる。




 そして決闘は、終了した。







「はぁ……はぁ……!」
 決闘が終了し、周囲を覆っていた闇が消えた。
 同時に全身が悲鳴を上げるかのように激痛が走った。

『終わったな小僧』

 いつの間にかライガーが子犬モードで横にいた。
 こいつが俺の身体から出ていったから、こうして身体がまともに動かなくなってしまったのだろう。
 ライガーは仰向けに倒れる伊月に乗り、その首にかけられた闇の結晶を噛み砕いて咀嚼した。

「ぅ……く……」

 呻き声をあげて、伊月はダメージで動かない身体で天井を見上げていた。
 足を引きづりながらも、俺は伊月へ近づいていく。

「俺の、勝ちだぜ……師匠……」
「………」
 何も言わないまま、伊月はどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
 それが何を意味しているのか、よく分からない。

「雲井、大丈夫か?」
 駆け寄ってきた中岸が心配してくれた。
 ………くそっ、いつもなら強がれるんだけどな……今回はそれもキツイらしいぜ。
「わりぃ、しばらく、動けそうにねぇぜ…」
 本当に限界だった。
 全身から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
 意識もなんだか朦朧として、すぐに気を失ってしまいそうだ。
『小僧。貴様はここまでだ。あとは他の者に任せるしかないだろうな』
「ライガー……」
『安心しろ。小僧の面倒は我が見てやる。貴様らはさっさと、先へ進め』
「……分かりました。行きましょう香奈ちゃん、中岸君!」
 本城さんが先導する形で、中岸と香奈ちゃんも次の階段へと向かっていった。
 3人が確実に先へ進んだことを確認した瞬間、安心感からか、俺の身体は地面に倒れ伏した。


「雲井君……君には………本当に、驚かされてばかりですね……」


 伊月の声が耳に届く。
 言葉を返そうにも、声が出なかった。
 体力と気力のすべてを使い果たしたかのような感覚。ライガーの言う通り、俺はここまでなのだろう。

「あとは………頼むぜ、中岸……」

 そして俺の意識は、真っ暗な世界へと沈んでいった。






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 雲井君を置いて、私と香奈ちゃんと中岸君は上の階へと進んでいきます。
 階段を一段一段上がるごとに、緊張と恐怖が身体を侵食していくようです。
「真奈美ちゃん、大丈夫?」
「は、はい! もちろんです!」
 香奈ちゃんの優しい言葉が有難いです。
 本当は、少しでも立ち止まったら、動けなくなってしまいそうでした。
 だけどそれは出来ません。ここまでに多くの人達が戦って私達を先へ進ませてくれたんです。
(マスター、私も付いています)
 エルにも心の中で感謝を述べます。



 そしてやってきた12階。
 閉ざされた扉の向こうから、異様な気配を感じました。
「エル。デバイスモード」
(はい)
 私は右手に杖を構えて、ドアノブに手を掛けます。

「香奈ちゃん、中岸君……私は、”あの人”に勝てると思いますか?」

「正直言って分からないわ。でも、真奈美ちゃんなら、大丈夫だって信じてる」
「俺達からは、ただ応援することしかできないけれど……頑張ってください」
「……ありがとうございます」
 二人の言葉は、なぜだかとても安心しました。
 意を決して、私はドアを開きました。







 殺風景な部屋の中心、真っ黒なスーツを身に纏う女性の姿がそこにはありました。

『いらっしゃい3人とも♪ 私のお部屋へようこそ♪』

 茶色のショートヘアに、やや幼く見えるその表情。
 学校に潜入していた時の眼鏡をかけているせいか、印象が少し変わったように感じます。

「薫さん……」
『佐助さんも吉野さんも伊月君も負けちゃったんだね。その様子だと、他の人達は動けなくなって戦線離脱ってところかな』
「……答える必要はありません」
『ふふ♪ つれないなぁ真奈美ちゃん。どうせみんなここで消えちゃうんだから最期くらい楽しく話そうよ♪
「っ!」
 全身を貫く明確な敵意。
 不気味な威圧感を携えた言葉を、薫さんは子供のような笑顔で口走っていました。
 その胸元にぶら下がる闇の結晶が、濁った光を宿しています。
(マスター……彼女は闇に支配されてます。まともな会話を望んでも無駄です)
「っ…!」
 分かっていても、会話せずにはいられませんでした。
 あの優しくて強い薫さんが、こんなことになるなんて……どうしても信じたくなかったんです。
『でも間に合うかな? ここで真奈美ちゃんと大助君と香奈ちゃんを消すとして……下の階にいる他の人も消さないといけないもんね』
「そんなことさせません!」
 私は強い覚悟と共に、一歩前に踏み出します。
 本社に突入してスターの皆さんが相手だと分かった時から、覚悟していたはずです。
 薫さんと戦うことも、階段を上りながら考えていたんです。
 なにより……これ以上、闇に染まってしまった薫さんの姿を見たくありません。
「薫さん。私と勝負してください」
 デュエルディスクを構えながら、前に出ます。
 相対する薫さんも、不敵に笑いながらゆっくりと前に出てきました。

『ごめんね真奈美ちゃん。今まで、苦しかったよね』

「……え?」
 弾んでいた声色が突然、暗く沈み込みました。
『私が闇の組織から貴方を助けたばっかりに、こんな辛くて苦しい世界に戻しちゃったんだ。でも安心して。これから私が真奈美ちゃんを元の暗い世界に戻してあげる。喜びも悲しみも、何もない世界に送ってあげる』
「いやです!」
『どうして? 痛みを伴って消えるくらいなら、眠るように安らかに消えた方が幸せじゃない?』
「……私の尊敬している人は、どんなときだって素敵な世界を夢見て戦っていました。どれだけ綺麗事だって言われても、ちゃんと信念を持って戦っていました! 私もそうなりたいって、その人みたいに自分の心を貫いた生き方をしたいって思いました! ですから私は戦います」
 その言葉に、薫さんは薄い笑みを浮かべます。
 天井を見上げながら、やがて聞こえるくらい大きな溜息をつかれてしまいます。
『はぁ……真奈美ちゃん。それは無駄なことなんだよ? どんなに抗っても、もうすぐ世界はアダムに滅ぼされる。だからせめて、私が痛みのない世界で安らかに眠らせてあげる。それが、私の最後の責任だもん』
 濁った瞳で、薫さんは言います。
 完全に心を闇の力に支配されているようです。
『ね? 悪いことは言わないから、私と一緒に、消えていく世界の中で眠ろう? 優しい夢の中で過ごそうよ』
「……違います薫さん」
『何が違うの?』
「薫さんが今いる世界が、夢なんです。辛い悪夢なんです! だから! 私が絶対に、目を覚まして見せます!!」
『そっか、じゃあ仕方ないね。とても痛いだろうけど我慢してね? 大丈夫。すぐに終わるよ?』
「……!!」
 薫さんがデュエルディスクを構えて、私も同じように構えます。

 彼女との本気の決闘は2回目……いいえ、本当に全力同士の決闘は、きっとこれが初めてです。
 でも負けるわけにはいきません。香奈ちゃんたちと約束したんです。必ず勝って、みんなでまた笑うんです!!
(マスター。共に戦いましょう)
(うん! いくよエル!!)





「『決闘!!』」


 


 スター最強の決闘者を相手に、私たちの負けられない戦いが始まりました。

   


続く...




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