闇を切り裂く星達3
episode13〜

製作者:クローバーさん





目次

 episode13――強襲――
 episode14――馬鹿と天才の紙一重――
 episode15――戦う理由――
 episode16――それでもあいつは――
 episode17――屋上での戦い――
 episode18――最後のお願い――
 episode19――約束――
 episode20――信じる気持ち――
 episode21――ラストカウント――
 episode22――強さと弱さ――
 episode23――瀕死のリベンジマッチ――
 episode24――サバイバルの結末――
 ――エピローグ――



episode13――強襲――

 



「大助たち、大丈夫かしら……」
『うーん、きっと大丈夫だよ』
 体育館で私達は、大助たちの到着を待っていた。
 私達が到着してから10分くらいが経過している。依然として大助たちと連絡することはできないし、胸にある嫌な予感は消えない。
 そわそわしているのは自分でも分かるけど、落ち着かない。
 何かあったのかしら。敵に遭遇しちゃったとか……罠にかかっちゃったとか……。
「香奈ちゃん、気持ちは分かるけど焦ったって仕方ないぜ?」
「そ、そうね……」
 雲井にこんなこと言われるなんて、私は今どんな顔をしていたんだろう。
 本当なら迎えに行きたいけど、すれ違っちゃう可能性もあるし……なにより薫さんがこの場にいる限り探しに行かせてもらえないわよね。
「コロン、大助たちを迎えに行けるように説得してくれない?」
『駄目だよ香奈ちゃん。それは私だって許可できないもん。ここは私達と一緒に待ってるんだよ?』
「……分かったわ」
 コロンもこの調子じゃ、こっそり体育館を抜け出すこともできそうにないわね。
「心配してても仕方ねぇぜ香奈ちゃん」
「分かってるわよ。でも……」
 雲井にまでなだめられるなんて、今の私はどんな表情してるのかしら。
 早く大助たちが来てくれれば、こんな気持ちにならずに済むのに……。
「中岸がついてんだから、きっと大丈夫だぜ」
「………」
 ホント、雲井は何も分かっていない。
 その大助が、一番心配なのに……。私が雫と真奈美ちゃんをちゃんと送り届けるようになんて言っちゃったから、あいつはまた無理な戦いをするかもしれない。自分だけ危険な役目を引き受けて、2人を先に行かせるように仕向けるかもしれない。
 考えれば考えるほど、落ち着かなくなってくる。
 以前はここまで落ち着かなくなることなんて滅多になかったのに………。
『香奈ちゃん、気持ちは分かるけどじっとしてないと駄目だよ?』
「コロン、お菓子あげるから大助たちを迎えに行っていい?」
『………だ、駄目だよ!』
「学食の生クリームたっぷりプリンでも駄目?」
「うっ…とにかく駄目! たとえお菓子1年分だったとしても、私はなびかないからね!」
 残念。コロンの決意は結構固いみたいだ。
 このままここで、大助たちを信じて待つしか手は無いのね……。
「やっぱり、大助君達の事が心配なの?」
 薫さんがやってきた。
 その表情からは、若干の疲れが伺える。
「心配に決まってるじゃない。いくらなんでも遅いわよ……」
「うん、もしかしたら敵と遭遇しちゃったのかもしれないね……」
「っ……」
「あ、ごめんね。でもきっと大丈夫だよ! 大助君だって、香奈ちゃんを心配させるようなことをしないと思うし」
「…………」
 溜息をつきそうなったのを、ギリギリで堪えた。
 薫さんに対しての溜息じゃない。こんなに落ち着かない気持ちになっている自分に対してだ。
 友達の安否が分からないだけで、ここまで不安になってしまうなんて……。
「大助……雫……真奈美ちゃん……」
 自然と胸にある星のペンダントに触れてしまう。
 お願い。早く、3人とも無事に来て……!!


『薫ちゃん! 近くに闇の力を持った人がいるよ!!』


「え!?」
 コロンの突然の声だった。
 薫さんを含めて、私達はすぐに警戒する。
『南側の入り口に……3人……!?』
「さ、3人もいんのかよ!?」
「関係ないわよ。どんなやつだって、倒せばいいんでしょ!」
 デュエルディスクを構えた私達は、閉じられた南側のドアへ集中した。
 一瞬の金属音がして、爆音とともにドアが破られた。粉塵が辺りを舞い、3つの人影が浮かぶ。
「おぉ、いるいる。みんなぐっすりだ」
「どうやらそのようですわね。標的との区別が出来て願ったり叶ったりですわ」
「ちっ、そんで敵はどこだよ?」
 現れた3人の視線が、一斉に私達へ向けられた。
 彼らは何も言わずに手をかざす。するとその手から凄まじい速さで闇が噴き出して、私達へ襲い掛かってきた。
『薫ちゃん!』
「分かってるよコロン!」
 薫さんがすぐさま私達の前に立ち塞がり、防御壁を展開する。
 噴き出した闇は光の壁に阻まれて、こっちまで届かない。
「ちっ、つくづく面倒くせぇ教師だぜ」
 敵の一人が手に漆黒のハンマーを持ち、大きく振りかぶった。
 瞬時に私達の距離を詰め、振りかぶったハンマーを振り下ろした。
 薫さんの張った防御壁に大きな亀裂が入り、やがて粉々に砕け散った。
「そんな……!」
 動揺する薫さんをよそに、光の壁に阻まれていた闇が私の体に纏わりついてきた。
 それはまるで縄のように体を縛り、その闇を発した本人のもとへ引きずっていく。解こうとしても無理だった。
「香奈ちゃん! 雲井君!」
「心配ないわ! 薫さんは目の前の人をお願い!」
「俺も大丈夫だぜ!!」


 自然と三つ巴の形となって、対戦者の周りをドーム状の闇が覆い始めた。
 数秒もかからず周りの視界は遮断されて、敵と二人っきりの状況が作り出された。
「………」
 体を縛っていた縄が消えて、自由に動かせるようになった。
「ずいぶんと親切じゃない」
「もちろんですわ香奈さん。あたくしは生徒……特に女子生徒には優しいんですもの」
 私の視線の先には、華やかな扇子を仰ぎながら高飛車な笑みを浮かべている女子生徒がいた。
 ウェーブのかかったセミロングの黒髪。背は170くらいかしら。私よりも大きな胸を張りながら、どこまでも自信に満ちた表情でこっちを見据えている。
 彼女の名前は海山(うみやま)塑羅(そら)。この星花高校の3年生で生徒会長を務めている。業務は真面目だし、成績も優秀で男子からの人気も高い。
「どうして生徒会長のあんたが闇の力なんて持ってるのよ!」
「そんなことはどうでもよろしくてよ? それよりまたあなたと対面できて、あたくしはとても嬉しいですわ」
「私は全然嬉しくないけどね」
 どこか恍惚とした表情で私を見つめてくる海山会長。夏休み前の嫌な思い出を思い出すのに数秒もかからなかった。

 生徒会長としてちゃんと仕事をしている海山会長には、1つだけ普通の人とは変わった点があった。
 彼女は、女子のくせに女子が大好きな変わり者でもあった。何人かの女子が海山会長と付き合っていたという話を聞いたことがあるため信憑性はかなり高い。だいたいは海山会長が女子生徒を口説いているらしい。
「あたくしは、まだあなたのことを諦めたわけではないのよ?」
「知らないわよ。その話なら即座に断ったじゃない」
 私は夏休み前に、目の前にいる海山会長に呼び出されて告白をされた。
 もちろん私にそういう趣味は無かったし、その時は付き合っていなかったけど大助が気になっていたから即答で断ったのよね。
「どんだけあんたが言い寄ってきたって、私は絶対に断るから」
「うん。だから、正攻法は諦めることにしたわ」
「え?」
「この闇の結晶って、本当に素晴らしい物ね。自分の欲望に素直になれる……」
 うっとりとした表情で闇の結晶を見つめる海山会長。
 そんなものを持たなくても元から欲望に素直だった気がするんだけど、言わないでおいた方がいいかしら。
「香奈さんがあたくしのものになってくれないなら、せめて独り占めしようって思ったの」
「……?」
「ゾクゾクしますわ。香奈さんの苦痛に歪んだ表情。敗北して消えていくときの恐怖に染まった顔。それらすべてを私の記憶にしっかり刻み付けさせてもらいますわ。あぁ、あたくしだけが知っている香奈さんの表情。考えるだけでもたまらないですわね」
「っ!?」
 背筋がゾッとした。
 ただでさえおかしかった海山会長が、闇の力を得たことで余計におかしいことになってしまったみたいだ。
 他人の苦痛の表情を楽しむために闇の決闘をするなんて……ホント、信じられない。
「さぁ始めましょう。あたくしだけが知っている香奈さんの表情を、見せて頂戴」
「……!!」
 心の底から、気持ち悪いと思ってしまった。
 他人の趣味や性癖をあまり否定したくはないんだけど、今回ばかりは認めたくない。
「あぁ、そういうあたくしを蔑む表情もたまりませんわ」
「うっ……」
 駄目だ。ここまで歪んだ感情を真正面からぶつけられるのは初めてで、どう反応したらいいか分からない。
 だけど何をすればいいかは、ギリギリで分かった。今はこの人と戦って、勝つしかない。
「覚悟は決まったらしいわね。じゃあ改めて……」
「分かったわよ」
 デュエルディスクを構えなおして、デッキをセットする。
 自動シャッフルがなされて、決闘の準備が完了した。



「「決闘!!」」



 香奈:6900LP   海山:8000LP


「な、なによこれ!?」
 デュエルディスクに表示されたライフポイントが減っていた。
 どういうこと? もしかしてデュエルディスクの故障!?
「やっぱり驚いてくれましたわね。教えて差し上げますわ。この学校サバイバルでは、ライフは継続性なんですわよ」
「そんな……!」
 ライフが継続性って……そんなのアリ!?
 ただでさえパーミッションはライフコストがあるカードが多いのに、気軽に使えないじゃない。
「もう少しだけ減っていらしたら、楽に終わらせて差し上げられたんですがね」
「冗談じゃないわよ。あんたなんかに負けるわけないでしょ!!」
「その強気な態度でこそ、香奈さんですわ」
 笑う海山会長のデュエルディスクから、闇が噴き出した。
「デッキからフィールド魔法"変幻する闇の世界"を発動しますわ」


 変幻する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 1ターンに1度、メインフェイズにカード名を宣言する。
 宣言したカードがフィールド魔法だったとき、次の効果を使用できる。
 ●次の相手ターンのエンドフェイズまで、宣言したカードの効果をこのカードに付加する。


 私のデュエルディスクの青いランプが点灯した。
 先攻は相手からね。
「あたくしのターン、ドロー」(手札5→6枚)
 手に持った扇子を胸ポケットにしまい、海山会長はカードを引いた。
「メインフェイズ、あたくしは"変幻する闇の世界"の効果で"ウォーターワールド"を宣言しますわ」
 辺りを包む闇に変化が起こる。
 まるで蜃気楼のように景色を変えて、1枚のカードイラストを浮かび上がらせた。


 ウォーターワールド
 【フィールド魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する水属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、
 守備力は400ポイントダウンする。


「そして手札から"ウォーターハザード"を発動しますわ」


 ウォーターハザード
 【永続魔法】
 自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
 手札からレベル4以下の水属性モンスター1体を特殊召喚できる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 発動されたのは水属性モンスターのサポートカード。
 ということは海山会長のデッキは【水属性デッキ】ってことかしら。
「そして手札の"水陸両用バグロス Mk−3"を特殊召喚。さらに"マーメイド・ナイト"を通常召喚させてもらいますわ」


 水陸両用バグロス Mk−3 水属性/星4/攻1500/守1300
 【機械族・効果】
 「海」がフィールド上に存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。


 マーメイド・ナイト 水属性/星4/攻1500/守700
 【水族・効果】
 「海」がフィールド上に存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃をする事ができる。


 水陸両用バグロス Mk−3:攻撃力1500→2000 守備力1300→900
 マーメイド・ナイト:攻撃力1500→2000 守備力700→300

「一気に2体のモンスターを展開したのね」
「ええ。ターン終了ですわ」

 海山会長のターンが終わり、私のターンに移った。

「私のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を見つめたあと、相手の場を見つめた。
 相手の場にモンスターが2体。どっちも攻撃力が2000もあるから、普通に突破するのは難しいわね。
 だったら………。
「モンスターをセット。カードを2枚伏せて、ターンエンドよ!」
 私のエンドフェイズが終わると同時に、蜃気楼のように浮かんでいたカードイラストが消え去った。

 水陸両用バグロス Mk−3:攻撃力2000→1500 守備力900→1300
 マーメイド・ナイト:攻撃力2000→1500 守備力300→700

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 香奈:6900LP

 場:裏守備モンスター1体
   伏せカード2枚

 手札3枚
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 海山:8000LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法)
   水陸両用バグロス Mk−3(攻撃:1500)
   マーメイド・ナイト(攻撃:1500)
   ウォーターハザード(永続魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「あたくしのターン、ドロー」(手札3→4枚)
 優雅な笑みを浮かべた海山会長は、すぐさま闇の世界の効果を発動した。
 再び蜃気楼が浮かび、表示されたカードイラストは―――。


 伝説の都 アトランティス
 【フィールド魔法】
 このカードのカード名は「海」として扱う。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
 また、お互いの手札・フィールド上の水属性モンスターのレベルは1つ下がる。


 水陸両用バグロス Mk−3:レベル4→3 攻撃力1500→1700 守備力1300→1500
 マーメイド・ナイト:レベル4→3 攻撃力1500→1700 守備力700→900

「アトランティスって……!」
「あら、知っていらしたの? そう、あたくしのデッキは【アトランティス】。海としても扱う便利なフィールド魔法を使った強力なデッキですわ」
「………」
 実際に対峙したことはないけど、真奈美ちゃんから情報を聞いたことがある。
 手札と場のモンスターのレベルを下げて上級モンスターを使いこなす。昔からある強力なデッキだって……。
「さぁ行きますわよ。"マーメイド・ナイト"をリリースして"超古深海王シーラカンス"をアドバンス召喚しますわ!!」
 大きな刃を持った人魚の戦士が光に包まれて消えていく。
 すると地面から巨大な水しぶきがあがり、巨大な魚が姿を現した。


 超古深海王シーラカンス 水属性/星7/攻2800/守2200
 【魚族・効果】
 1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。
 デッキからレベル4以下の魚族モンスターを可能な限り特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃宣言できず、効果は無効化される。
 また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが
 カードの効果の対象になった時、このカード以外の自分フィールド上の
 魚族モンスター1体をリリースする事でその効果を無効にし破壊する。


 超古深海王シーラカンス:レベル7→6 攻撃力2800→3000 守備力2200→2400

「なっ、なんでレベル7のモンスターが出てくるのよ!?」
「あらあら、アトランティスの効果で手札のモンスターのレベルも1下がっているのよ。だからシーラカンスのレベルも6になっているからリリースは1体で済むってわけ」
 なによそれ。そんな簡単に上級モンスターを出されたらたまったもんじゃないわよ。
 真奈美ちゃんの言うとおり、相手のデッキはかなり強力みたいね。
「さぁいきますわよ。シーラカンスの効果発動。手札1枚を捨てることでデッキから魚族モンスターを可能な限り特殊召喚することができますわ!!」
「可能な限りって……!」
「まぁ特殊召喚したモンスターは攻撃も効果も封じられるんですけどね」
 嘘でしょ。そんな軽いコストで、大助の六武衆みたいな超展開が可能になるってこと!?
 どんだけ強力なカードなのよ。いくら攻撃と効果も封じられているからって、墓地で発動する効果やシンクロ素材に関しては何の制約もないってことじゃない。
「さぁ、出てきなさい。あたくしのモンスターたち」
 場に君臨する巨大な魚が大きな水しぶきを上げる。
 すると海山会長の場に、次々とモンスターたちが現れた。


 オイスターマイスター 水属性/星3/攻1600/守200
 【魚族・効果】
 このカードが戦闘で破壊される以外の方法でフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分フィールド上に「オイスタートークン」(魚族・水・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。


 スペースマンボウ 水属性/星4/攻1700/守1000
 【魚族】
 広大な銀河を漂う宇宙マンボウ。
 アルファード4の超文明遺跡から発見されたという生きた化石。


 ハリマンボウ 水属性/星3/攻1500/守100
 【魚族・効果】
 このカードが墓地へ送られた時、
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択した相手モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。


 オイスターマイスター:レベル3→2 攻撃力1600→1800 守備力200→400
 スペース・マンボウ:レベル4→3 攻撃力1700→1900 守備力1000→1200
 ハリマンボウ:レベル3→2 攻撃力1500→1700 守備力100→300

 展開されるモンスター。3ターン目でこんなに展開された相手は、大助以外では初めてね。
「バトル!! "海"として扱われているアトランティスがあるから、バグロスは相手にダイレクトアタックが出来ますわ!」
「……!」
「いきなさい。バグロス!」
 相手の場にいる機械型のモンスターが、無数のミサイルを発射した。
「きゃああ!!」

 香奈:6900→5200LP

「うふふ、良い表情ですわ。つづけてシーラカンスでセットモンスターに攻撃!」
「くっ、裏守備だったモンスターは"ジェルエンデュオ"よ。戦闘では破壊されないわ」


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、このモンスター1体で2体分のリリースとする
 事ができる。


「あらあら、それは残念。カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

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 香奈:5200LP

 場:ジェルエンデュオ(守備:0)
   伏せカード2枚

 手札3枚
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 海山:8000LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法:"伝説の都 アトランティス"を宣言)
   水陸両用バグロス Mk−3(攻撃:1700)
   超古深海王シーラカンス(攻撃:3000)
   オイスターマイスター(攻撃:1800)
   スペース・マンボウ(攻撃:1900)
   ハリマンボウ(攻撃:1700)
   ウォーターハザード(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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「私のターンよ! ドロー!!」(手札3→4枚)
 これ以上、相手に好き勝手やらせるわけにはいかないわ。
 相手が高い攻撃力で攻めてくるっていうなら、こっちも対抗してやろうじゃないの!
「場にいる"ジェルエンデュオ"をリリースして"アテナ"をアドバンス召喚するわ!!」
 ハート形の天使が光に包まれる。
 放射状に輝く光の中から、美しい女神が姿を現した。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


 "ジェルエンデュオ"は光属性モンスターのアドバンス召喚に使用されるとき、2体分のリリース素材とすることができる。私のデッキの中ではトップクラスの攻撃力を持っているこのモンスターなら、きっと相手の強力なモンスターにも対抗できるわ。
「それは通せませんわね。伏せカード発動ですわ!」


 フィッシャーチャージ
 【通常罠】
 自分フィールド上の魚族モンスター1体をリリースし、
 フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。
 選択したカードを破壊し、デッキからカードを1枚ドローする。


「あたくしは"オイスターマイスター"をコストに、香奈さんの"アテナ"を破壊しますわ!」
「させるわけないでしょ! こっちだって伏せカード発動よ!」


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。


 香奈:5200→4200LP
 オイスターマイスター→墓地(コスト)

「これであんたのカードは無効よ!」
「あら、残念ですわ。ですがコストになった"オイスターマイスター"の効果で、トークンを1体呼び出しますわね」
「あっそ。こっちだってこれだけで終わるつもりは無いわよ!!」
 そう言って私は、手札の1枚を力強くデュエルディスクに叩き付けた。


 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


「罠カードを無効にしたことで特殊召喚されたヴァンダルギオンの効果発動! あんたの場にいる"スペース・マンボウ"を破壊するわ!」
 冥王竜がその口から漆黒のエネルギー波を発射する。
 その膨大なエネルギーに飲み込まれて、相手の場のモンスターが消滅した。

 スペース・マンボウ→破壊

「あら……」
「このままバトルよ! アテナでバグロスに、ヴァンダルギオンでハリマンボウに攻撃よ!」
 女神からは光の矢が、冥王竜からは漆黒のエネルギーが放たれて相手の場にいるモンスターに襲いかかった。

 水陸両用バグロス Mk−3→破壊
 ハリマンボウ→破壊
 海山:8000→7100→6000LP

「うっ、くっ……せっかく展開したモンスターが、一気にやられてしまいましたわね」
「そのくらいの展開力なんて、大助との決闘で飽きるほど見てるのよ! 私はこのままターンエンド!」
  
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 香奈:4200LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札2枚
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 海山:6000LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法)
   超古深海王シーラカンス(攻撃:2800)
   オイスタートークン(守備:0)
   ウォーターハザード(永続魔法)

 手札1枚
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「……あたくしのターンですわ、ドロー」(手札1→2枚)
 少し間があって、海山会長はカードを引いた。
 若干だけど表情が暗くなったのは、気のせいかしら。
「メインフェイズ、あたくしはまた闇の世界の効果でアトランティスを宣言させてもらいますわ」
 蜃気楼が再び浮かび上がり、海の宮殿を出現させた。
「あたくしは"サルベージ"を発動しますわ」
「……!!」


 サルベージ
 【通常魔法】
 自分の墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスター2体を選択して手札に加える。


「この効果で墓地にいるバグロスとマーメイド・ナイトを手札に加えますわ。さらに"強欲なウツボ"を発動!!」


 強欲なウツボ
 【通常魔法】
 手札の水属性モンスター2体をデッキに戻してシャッフルする。
 その後、デッキからカードを3枚ドローする。


「手札2枚をデッキに戻して、デッキから3枚ドローしますわ!!」
「この状況で手札増強とは、なかなかやってくれるじゃない」
「あら、香奈さんに褒めてもらって本当に嬉しいですわ。その調子で私のものになってくださらない?」
「冗談じゃないわよ。勝手にモノ扱いしないでよね」
「それは残念。オイスタートークンをリリースして、手札から"海竜−ダイダロス"を召喚しますわ!!」


 海竜−ダイダロス 水属性/星7/攻2600/守1500
 【海竜族・効果】
 自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、
 このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。


 海竜−ダイダロス:レベル7→6 攻撃力2600→2800 守備力1500→1700

「ついに来たわね……」
 真奈美ちゃんから教えてもらっていたアトランティスデッキの切り札。
 海を墓地に送ることで、場のカードを破壊し尽くす強力なカード。ここで伏せカードを使ってもいいけど……ダイダロスの効果は"海"を墓地に送らないと発動できないし……それにダイダロスには、”その先”があったはずよね。
 だったらここは………。
「その召喚は無効にしないでおくわ」
「だったらバトル!! アトランティスでアテナに攻撃ですわ!!」
 海竜が口から大量の海水を吐き出した。
 まるで津波にも見える水の波が、まとまって私の場にいるモンスターへ襲い掛かる。
 ここで攻撃を通したら、絶対にダメよね。
「手札から"純白の天使"の効果を発動するわ!!」


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


 迫りくる激流を、小さな天使が作り出した強靭なバリアが弾いていく。
 海竜は悔しそうに唸り声をあげて、攻撃を中断した。
「残念………カードを1枚伏せて、ターンエンドですわ」

-------------------------------------------------
 香奈:4200LP

 場:アテナ(攻撃:2600)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 海山:6000LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法:"伝説の都 アトランティス"を宣言)
   超古深海王シーラカンス(攻撃:3000)
   海竜−ダイダロス(攻撃:2800)
   ウォーターハザード(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 依然として状況は私が不利。
 このターンで少しでも挽回しなくちゃ!
「手札から"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!!」


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「"アテナ"の効果であんたに600のダメージよ!」
 マントを羽織った天使が現れると同時に、女神の周囲に光の矢が出現する。
 その矢は女神が腕を前に伸ばすと一斉に発射され、相手の体に突き刺さった。
「くっ……!」

 海山:6000→5400LP

「さらにアテナの効果で、アルテミスを墓地に送って、墓地にいる"純白の天使"を特殊召喚するわ!! さらに天使族モンスターが特殊召喚されたことで、さらにダメージよ!!」

 豊穣のアルテミス→墓地
 純白の天使→特殊召喚(守備)
 海山:5400→4800LP

「くぁ……!!」 
「そしてレベル7の"アテナ"にレベル3の"純白の天使"をチューニング!! シンクロ召喚!! 出てきなさい! "天空の守護者シリウス"!!」
 小さな天使が祈りをささげ、女神と一体化していく。
 光の粒が降り注ぎ、そこから純白の鎧を身にまとい、輝く翼を持った天空の守護者は降臨した。


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


 やっと私のエースモンスターを場に出せたわ。
 ここで第2効果を選択して、攻撃力アップを狙ってもいいんだけど………そうすると守りが薄くなっちゃうのよね。
 ダイダロスの効果も危なそうだし……今回は………。
「私はシリウスを守備表示で特殊召喚して、第1の効果を選択するわ。デッキから1枚、カウンター罠を手札に加えるわよ」(手札1→2枚)
「あらあら、てっきり攻撃表示にすると思っていましたのに」
「私の勝手でしょ! バトル! ヴァンダルギオンでダイダロスを攻撃!!」
 冥王が海竜へ向けて、漆黒のエネルギー砲を放つ。
 2体のモンスターの攻撃力は互角。相討ちになっちゃうけど、あのモンスターは場に残しておいたらいけないわ。
「ふふ、焦らないでください香奈さん。伏せカードを発動させてもらいますわ」
「なっ」


 ポセイドン・ウェーブ
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが表側表示で存在する場合、
 その数×800ポイントダメージを相手ライフに与える。


「これであなたのモンスターの攻撃を無効。さらに私の場には魚族と海竜族モンスターが1体ずつ。よって1600ポイントのダメージを与えますわ!」
 冥王の攻撃を、突如現れた水の壁がかき消してしまう。
 さらにその水は津波となって、私へ襲い掛かった。
「きゃああ!!」

 香奈:4200→2600LP

「うっ……」
 実際にずぶ濡れになっているわけじゃないけれど、水の塊を全身に受けたようなダメージが襲い掛かった。
「あはぁ♪ いいですわその表情。あたくしだけに向けてくれる表情は、とても素晴らしいですわ」
「あんた……趣味が悪いわよ……!」
「香奈さんが悪いのですよ? あたくしはこんなにあなたのことが好きなのに、あなたがあたくしのものになってくださらないから……」
「私は、誰のものでもないわよ! カードを1枚伏せて、ターンエンド!!」

-------------------------------------------------
 香奈:2600LP

 場:天空の守護者シリウス(守備:3000)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 海山:4800LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法)
   超古深海王シーラカンス(攻撃:2800)
   海竜−ダイダロス(攻撃:2600)
   ウォーターハザード(永続魔法)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「あたくしのターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 さっきよりも険しい表情で、海山会長はカードを引いた。
 闇の世界の効果によって再びアトランティスが宣言されて、海の神殿が蜃気楼のように浮かび上がる。

 超古深海王シーラカンス:レベル7→6 攻撃力2800→3000 守備力2200→2400
 海竜−ダイダロス:レベル7→6 攻撃力2600→2800 守備力1500→1700

「誰のものでもない……? いったいどの口がそう言っていらっしゃるのかしら?」
「……どういう意味よ」
「とぼけないでくださるかしら。あの中岸大助とか言う男は、いったいどう説明するつもりなの?」
「はぁ? 大助がどうしたのよ」
「あたくし、知っていますのよ? 香奈さんとあの男が付き合い始めたことを。誰にも言っていないつもりでも、分かる人には分かってしまいますわ。本当に、皮肉なしでお似合いだと思ってしまいましたわ。ただですね、あたくしのこの想いはどうなるのかしら。こんなにあなたを愛しているのに、香奈さんのためならどんなものでも買ってあげるのに、どんなものからでも守る覚悟があるのに、香奈さんが望むことなら何でもしてさしあげますのに……どうしてこの気持ちを分かってくださらないの!?」
 声を荒げて、海山会長はそう言った。
 ……私は、少しだけ勘違いをしていたのかもしれない。いくら変わり者だって言ったって、この人はこの人なりに、私の事を好きになってくれていたのね。
 でも……………。
「おっと、決闘の途中でしたわね。失礼いたしました。私はダイダロスをリリースして、このカードを特殊召喚しますわ!!」


 海竜神−ネオダイダロス 水属性/星8/攻2900/守1600
 【海竜族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に存在する「海竜−ダイダロス」1体を
 リリースした場合のみ特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「海」を墓地へ送る事で、
 このカード以外のお互いの手札・フィールド上のカードを全て墓地へ送る。


 海竜神−ネオ・ダイダロス:レベル8→7 攻撃力2900→3100 守備力1600→1800

「……!」
 ついにきてしまったアトランティスデッキの切り札。海を墓地に送ることで場も手札も吹き飛ばしてしまう強力な効果。相手の場には墓地に送る海のカードは無いけど、それを承知で召喚してきたってことは何かしらの手段があるってことよね。どのみち、このモンスターを倒さないといけないことに代わりは無いわ。
「そのモンスターは召喚させないわ! 伏せカード発動よ!!」


 神の警告
 【カウンター罠】
 2000ライフポイントを払って発動する。
 モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。


 香奈:2600→600LP
 海竜神−ネオ・ダイダロス→破壊

「そのカードは友達から聞いて警戒してたのよ! これであんたの切り札は無くなったわ」
「……そう。じゃあその友達は、”その先”を知らなかったってことですわね」
「え?」
「墓地のダイダロス、ネオ・ダイダロス、場にいるシーラカンスをリリースして、このカードを特殊召喚しますわ!!」
「!?」
 海山会長の足元から、2体の海竜の魂が浮かび上がってきた。
 その魂は場にいるシーラカンスに纏わりつき、その体を強制的に変化させていく。
 苦しそうに悲鳴をあげるシーラカンスも、やがて力尽きたように動かなくなり、巨大な海竜の亡霊へ変わっていく。
「なによこれ……」
「これがあたくしの最後の切り札。デッキワンカード"海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス"ですわ」


 海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス 水属性/星9/攻3200/1700
 【海竜族・効果・デッキワン】
 水属性モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードは通常召喚できない。
 このカードは墓地にいる「海竜神−ダイダロス」、「海竜神−ネオ・ダイダロス」を除外し、
 自分の場にいる水属性モンスターをリリースすることでのみ特殊召喚できる。 
 「海」が場にあるとき、1ターンに1度、相手の場と手札のカードをすべて墓地に送ることが出来る。
 このカードは「海」が場にあるとき、相手のカード効果と戦闘では破壊されない。


 海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス:レベル9→8 攻撃力3200→3400 守備力1700→1900

「デッキワンカード……!」
 サーチシステムを使ってなかったから、てっきり持っていないと思っていた。
 まさか、すでに手札の中にあったなんて……!!
「神警を発動するタイミングを間違えましたわね。これで終わりですわ。亡霊−ダイダロスの効果で、香奈さんのカードをすべて墓地へ送らせてもらいます!!」
 霊体となった海竜が不気味な咆哮をあげると、巨大な津波が襲いかかってきた。
 フィールドと手札のすべてを飲み込もうとする激流を前に、私はすかさず伏せカードに手を伸ばす。
「"天罰"を発動よ!」


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 天から降り注ぐ雷が、亡霊となった海竜に襲い掛かる。
 雷が落ちた衝撃で津波はかき消されたけど、海竜はただ怯んだだけで消えることはなかった。
「無駄ですわ。このダイダロスは海があるかぎり永遠に存在し続ける。もう香奈さんに勝ち目は無くってですわよ?」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
「すぐに分かりますわ。あなたの敗北と同時にね。バトル!」
 亡霊の海竜が咆哮をあげて私の場に襲い掛かってきた。
 守備態勢をとる天空の守護者を、口から発する激流で飲み込んでしまった。

 天空の守護者シリウス→破壊

「シリウス……!」
「そのモンスターがいる限り、あたくしは他のモンスターに攻撃できませんからね。カウンター罠をサーチされても厄介なので真っ先に処理させていただきましたわ。これでターンエンドです」

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 海山:4800LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法:"伝説の都 アトランティス"を宣言)
   海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス(攻撃:3400)
   ウォーターハザード(永続魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン! ドロー!!」(手札0→1枚)
 ここにきてデッキワンカードがくるなんて、考えてもみなかったわ。
 出し惜しみなんかしてられない。デッキワンカードには、デッキワンカードで対抗するしかない!!
「デッキワンサーチシステムを使うわ!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押して、デッキからカードを1枚手札に加えた。(手札1→2枚)
「それならあたくしもカードを引かせてもらいますわ」
 そう言って海山会長はデッキからカードを引いた。(手札0→1枚)
「ヴァンダルギオンを守備表示にして、モンスターをセットして、カードを1枚伏せてターンエンドよ!!」


「あたくしのターン、ドローですわ」(手札1→2枚)
「この瞬間、私は伏せカードを発動するわ!!」
 相手のドローフェイズと同時に、伏せカードを開いた。


 ファイナルカウンター
 【カウンター罠・デッキワン】
 カウンター罠が15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードはスペルスピード4とする。
 発動後、このカードを含めて、自分の場、手札、墓地、デッキに存在する
 魔法・罠カードを全てゲームから除外する。
 その後デッキから除外したカードの中から5枚まで選択して自分フィールド上にセットする事ができる。
 この効果でセットしたカードは、セットしたターンでも発動ができ、コストを払わなくてもよい。


「この効果で、デッキから5枚のカードをセットするわ!!」
 デッキの約半分が除外されて、私は5枚のカードを1枚ずつ丁寧にセットしていく。
 この状況で、役に立てるカードは少ない。この決闘に勝つには………!
「私はこの5枚をセットするわ」
「そう。スタンバイフェイズ、あたくしは闇の世界の効果でアトランティスを宣言。では早速、その希望を打ち砕いて差し上げますわ。手札から"ハリケーン"を発動!」
「……!」


 ハリケーン
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。


「さぁどうしますか?」
「通すわけないでしょ!! "マジック・ジャマー"を発動するわ!!」
 私の場のカードを吹き飛ばそうとする風を、地面に出現した魔法陣がかき消した。


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。


「あら残念。だったらダイダロスの効果を発動――――」
「もう1回、"天罰"を発動するわ!」


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


 再び亡霊に襲い掛かる雷。だけど海竜は何食わぬ顔でその雷を受け止めて、元気そうに咆哮をあげる。
 ファイナルカウンターの効果でカウンター罠のコストは支払わなくて済んでいるけど、どんどん私の場から守りのカードがなくなっていく。
「あと3枚……バトルですわ! セットモンスターに攻撃!!」
「っ! "攻撃の無力化"を使うわ!!」


 攻撃の無力化
 【カウンター罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスタ1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「これも防がれた……けど、残りの伏せカードは2枚」
「………」
「そんな追い詰められた表情も素敵ですわ。もうすぐ終わりを迎えるのが、楽しみですわね」
「勝った気でいるんじゃないわよ。決闘は最後まで何が起こるか分からないわよ」
「うふふ、あたくしは1枚カードを伏せて、ターンエンドですわ」

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:冥王竜ヴァンダルギオン(守備:2500)
   裏守備モンスター1体
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 海山:4800LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法:"伝説の都 アトランティス"を宣言)
   海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス(攻撃:3400)
   ウォーターハザード(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン……ドロー!!」(手札0→1枚)
 恐る恐る、引いたカードを確認する。
「……!! ターン……エンドよ」
 何もしないまま、私はターンを終了した。
 それを見て海山会長は、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「もう終わりですわね。打つ手無しといったところですか?」
「どうかしらね?」
「こんな時ぐらい、強がらなくてもよろしいのよ? なんなら今からでも、あたくしのものになってくだされば決闘を中断してあげてもよろしくてよ」
「何度言わせれば気が済むのよ。私は私よ! 誰のものでも無いわ!! 大助と付き合っているのだって、私が大助ともっとずっと一緒にいたいから付き合ってるのよ!」
「っ!」
「大助は、あんたと違って私をもの扱いなんかしたりしない。ありのままの私を受け入れてくれて、一緒にいるだけで安心した気持ちにさせてくれるのよ。あんたがどれだけ私のことを好きだって、どんなものを買ってくれたって、そんなの私があんたのものになる理由にはならないわ!!」
 堂々と、私は相手に言ってやった。
 大助が実際にどう思っているのか、知っているわけじゃない。だけど、私は自分自身の意志で大助の傍にいたいのよ。
 色んな事件を経験して、私にとって大助がどれほど大切なのかを思い知らされて……。
 この気持ちだけは絶対にゆずれないわ。
「……! だったら、その気持ちごと消し去ってあげますわ!! ドロー!!」(手札0→1枚)
「この瞬間を待ってたのよ!! 伏せカード発動!!」
 乱暴にドローした海山会長の手から、カードが叩き落された。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


「ドローカードをつぶしたからって、この状況は―――」
「変えられるわよ。このカードで!!」
 残った1枚の手札を掲げる。
 私の場にいるすべてのモンスターがリリースされて、フィールドに閃光が走る。
 強力な電気が迸り、戦況を変える新たな天使が降臨した。


 裁きを下す者−ボルテニス 光属性/星8/攻2800/守1400
 【天使族・効果】
 自分のカウンター罠が発動に成功した場合、自分フィールド上のモンスターを全てリリースする事
 で特殊召喚できる。この方法で特殊召喚に成功した場合、リリースした天使族モンスターの数まで
 相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。


「なっ!?」
「その亡霊は海が無いと耐性は無い。そして闇の世界のフィールド魔法をコピーする効果は、あんたのターンのドローフェイズとスタンバイフェイズには適応されないわ! そして私がリリースしたのはヴァンダルギオンと天使族の"智天使ハーヴェスト"よ。ボルテニスの効果で、あんたの場のカードを1枚破壊するわ!!」
「!!」
 雷の天使が、その手の平に強力な電気を込める。
 その手を上へ向けて広げると、相手の場に存在する亡霊へ向けて眩い閃光が落ちる。
 海竜は今までに聞いたことのないような悲鳴をあげて、跡形もなく消滅してしまった。

 海神の亡霊−ゼロ・ダイダロス→破壊

「そんな……あたくしの切り札が……」
「あんたの切り札は破壊したわ。どうするの?」
「くっ……ターンエンド……」
 
-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:裁きを下す者−ボルテニス(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 海山:4800LP

 場:変幻する闇の世界(フィールド魔法)
   ウォーターハザード(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札0→1枚)
 決着をつけるべく、私は勢いよくカードを引いた。
 引いたカードを見つめ、ゆっくりとそのカードをモンスターゾーンへ置く。
「"光神機−桜火"を召喚するわ!!」


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


 このカードを召喚するのは、吉野と戦ったときに召喚して以来ね。
 前に出したときは、ただ破壊してしまったけど……今は違う。
「お願いね。桜火」
 私の呼びかけに、桜火は小さく頷いてくれた気がした。
「そんな、このあたくしが……!」
「これで終わりよ! バトル!!」
「ふ、伏せカード"くず鉄のかかし"―――」
「"神の宣告"で無効にするわ!!」


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


 防御のために現れたかかしも、神の裁きによってかき消される。
 守るためのカードが無くなった海山会長へ向けて、2体の天使が一斉に襲い掛かった。
「あああああああああああああああ!!!???」

 海山:4800→2400→0LP



 海山会長のライフが0になって、闇の結晶が砕け散る。



 そして決闘は、終了した。




「あ、うぅ……」
 辺りを覆っている闇が、だんだん晴れていく。
 同時に海山会長の体が黒く染まって、足元から消えていっている。
「ごめんなさい。あなたの気持ちは受け取れないわ。私には、ずっと一緒にいたいって思える大切な人がいるから」
「………そこまで頑なに断られたら、さすがに引き下がらない訳にはいかないですわね」
「…………」
「ふふ、勝ったのに、そんな表情をしないでください。最後まで、勝ち残ってくださいね」
「当然でしょ。あたしを誰だと思ってるのよ」
「そうですわね。それでは、ごきげん……よう………」
 どこか安らかな笑みを浮かべて、海山会長は消えてしまった。
 後悔しているわけじゃない。だけど胸に後味の良くないものが残ってしまったのは確かだった。

「……みんなは、大丈夫かしら……」

 徐々に晴れていく闇を見つめながら、私は小さく呟いた。




episode14――馬鹿と天才の紙一重――

 


 闇の力によって俺、香奈ちゃん、薫さんは分断されてしまった。
 体を縛りつけている縄は外れる気配が無く、周囲にはすでにドーム状の闇が広がっていて他の二人の様子を見ることが出来ねぇ。
『まったく、手間のかかる小僧だな』
 デッキの中から、ライガーが子犬モードで姿を現した。
 今までなんで出てこなかったんだよと言う前に、ライガーがその牙で縄を食いちぎってくれた。
「なんだよ。ずいぶん親切じゃねぇか」
『感謝の一つくらいしたらどうだ小僧』
「けっ! てめぇがもっと早く出てきてくれれば、中岸達とすぐに合流できたんだ。出てくるのが遅いくらいだぜ」
『……ふん。こっちにも事情があるのだ。それより、貴様は目の前の相手に集中しろ』
 ライガーに言われて、俺は数メートル先にいる相手を見据える。
 スポーツ刈りをした頭に、黒縁メガネをかけた3年生。
 俺のことをどこか冷めた視線で睨み付けてくるのは、生徒会副会長の一二三(ひふみ)市悟(しご)だ。
 無駄なことがとにかく嫌いで、変わり者である生徒会長をサポートしながらテキパキと仕事をこなす働き者だ。ただ、気に入らない相手がいると決闘で容赦なく叩きのめすという噂を聞いたことがある。
 もちろんその実力は折り紙つきで、星花高校でもトップクラスの実力という呼び声も高い。
「……はぁ……」
 一二三が深い溜息をついた。
「……時間の無駄だ」
「あぁ!?」
「なぁ、決闘開始と同時にサレンダーしてくれないか?」
「なんだと?」
「生徒会の業務が立て込んでいるんだ。君みたいな弱い決闘者と戦っている無駄な時間はない。君だってわざわざ痛い思いをしてまで決闘をする意味はない」
「けっ! 勝利宣言が早すぎるぜ。てめぇこそ、俺に倒されないように覚悟してきやがれってんだ!!」
 デュエルディスクを構えて、展開する。
 一二三も面倒くさそうにデュエルディスクを構えて、デッキをセットした。
 自動シャッフルがなされて、準備が完了した。



「「決闘!!」」



 雲井:6300LP   一二三:8000LP



 決闘が、始まった。



「な、なんで俺のライフが減ってんだ!?」
「知らなかったのか? このサバイバルは、ライフはずっと継続されるんだ」
「なに!?」
 マジかよ。ライフが継続されるってことは、ダメージを受ければ受けるほど後々不利になるってことじゃねぇか。
 ……いや、そんな先のことを考えてなんかいられねぇ。とにかく今はこの決闘に集中しねぇと!
「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動だ」
 一二三のデュエルディスクから深い闇が溢れ出して、広がっていく。
 見た目は何の変哲もない闇の世界だけど………。
「これが"半減する闇の世界"だ。このカードがある限り、僕が受けるダメージはすべて半分になる」


 半減する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 自分が受けるダメージは半分になる。


「へっ、ずいぶんとつまんねぇ闇の世界じゃねぇか」
「そうだな。単純計算でライフが2倍になるだけの闇の世界だから、たいしたことないのは確かさ。けど君を葬るのに、闇の世界は必要ないだろうけどね」
「言ってくれるじゃねぇか! いくぜ俺のターン!! ドロー!」(手札5→6枚)
 相手はかなり格上。
 だったら様子見なんかしている時間はねぇよな。
「手札から"デス・カンガルー"を召喚するぜ!!」


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「どうしてそんな攻撃力の低いモンスターをデッキに入れているんだ。せめて1900ラインは欲しいくらいなのにさ」
「うるせぇ! 俺の勝手だろ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ!!」



「はぁ……僕のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 一二三はゆっくりとカードを引いて、行動を決めていたかのように手札の1枚をデュエルディスクに置いた。


 魔導戦士 ブレイカー 闇属性/星4/攻1600/守1000
 【魔法使い族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
 このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、自分のメインフェイズ時にこのカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、
 フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。


 魔導戦士ブレイカー:魔力カウンター×0→1
 魔導戦士ブレイカー:攻撃力1600→1900

「っ!」
「ブレイカーの召喚時に載った魔力カウンターを墓地に送って、君の場にある伏せカードを破壊するよ」
 魔法剣士が手に持った武器に魔力を込めて振り下ろす。
 三日月形に放たれた斬撃は、俺の場に伏せられているカードを真っ二つに切り裂いてしまった。

 魔導戦士ブレイカー:魔力カウンター×1→0
 魔導戦士ブレイカー:攻撃力1900→1600
 グラヴィティ・バインド−超重力の網→破壊


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


「くそっ!」
 こんな簡単に俺の防御カードが破壊されちまうなんて……!
 ブレイカーも攻撃力が下がったけど、俺のモンスターより攻撃力が高いじゃねぇか。
「じゃあバトルだ」
 淡々とした口調で、一二三は攻撃を宣言する。
 魔法剣士がボクシンググローブを身に着けたカンガルーへ真っ二つにしてしまった。

 デス・カンガルー→破壊
 雲井:6300→6200LP

「っ……」
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 相手モンスターを倒したにも関わらず、たいして喜ぶそぶりも見せずに一二三はターンを終えた。

-------------------------------------------------
 雲井:6200LP

 場:なし

 手札4枚
-------------------------------------------------
 一二三:8000LP

 場:半減する闇の世界(フィールド魔法)
   魔導戦士ブレイカー(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「これでだいたい分かっただろ? 僕は1枚のカードでアドバンテージをこれだけ稼いだんだ。とても君のデッキじゃ巻き返せるとは思えない。今からでもサレンダーでも構わないけど?」
「ふざけんな! まだ決闘は始まったばかりだぜ!」
「……まったく、馬鹿は自分の状況が理解できないから嫌いだよ」
「いくぜ俺のターン! ドロー!!」(手札4→5枚)
 序盤から相手にペースを握らせるわけにはいかねぇ。
 相手モンスターの攻撃力は1600か。だったらこいつで倒せる!
「手札から"ジェネティック・ワーウルフ"を召喚するぜ!」


 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/攻2000/守100
 【獣戦士族】
 遺伝子操作により強化された人狼。
 本来の優しき心は完全に破壊され、
 闘う事でしか生きる事ができない体になってしまった。
 その破壊力は計り知れない。


「なんだ、まともなモンスターもいるのか」
「どうだ! これでそのブレイカーをぶっ倒して――――」
「"奈落の落とし穴"を発動」
「!?」


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


 ジェネティック・ワーウルフ→破壊→除外

「ほら、どうする?」
「……!」
 こいつ、本当に強い。全然思い通りにプレイが出来ねぇ。
 というより、こいつのプレイングにまったく無駄がないと言った方が正しいかもしれない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだぜ……」
 召喚権を使ってしまった以上、俺に出来ることはこれくらいしかない。



「じゃあ僕のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 一二三は引いたカードをすぐにデュエルディスクに置いた。
 すると相手の場に、雷を身にまとった人型のモンスターが現れる。


 ライオウ 光属性/星4/攻1900/守800
 【雷族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。


「これでお互い、サーチする効果は使えなくなった。まっ、君のデッキにそんな効果を持ったカードがあるかどうかは知らないけどさ」
「……!」
「バトル。ブレイカー、ライオウの順番で攻撃」
「くっ!」
 魔法剣士が俺を切り裂き、続いて強力な電気に全身を撃たれてしまう。
 発声した肉体へのダメージに、俺は膝をついてしまう。

 雲井:6200→4600→2700LP

「かっ……くぁ……!」
「1枚カードを伏せて、ターンエンド」

-------------------------------------------------
 雲井:2700LP

 場:伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 一二三:8000LP

 場:半減する闇の世界(フィールド魔法)
   魔導戦士ブレイカー(攻撃:1600)
   ライオウ(攻撃:1900)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------

「くそったれ……!」
 まったく歯がたたねぇ。こんなに実力差があるのかよ。
 もともと、こういう無駄のないデッキとの相性は最悪だってのに……。
「さすがに馬鹿な君でも理解できただろう? ここまで実力差があるっていうのに、まだ続けるのか?」
「……!」
 たしかに一二三の言うとおりだ。
 これ以上やっても、勝ち目なんかねぇのかもしれねぇ。
 だけど……この程度で諦めてなんかいられるかよ。あいつは……中岸はこんなことで諦めるはずがねぇ。
 ライバルのあいつが諦めないのに、俺だけ諦めるわけにはいかねぇだろうが!!
「ぜってぇサレンダーなんかしねぇぞ。てめぇに一泡吹かせるまで負けてたまるかってんだ!」
「はぁ、まったく……本当に君は愚かで馬鹿だな。まぁいいさ。そこまで言うなら完膚なきまでに負かしてやるさ」
「やってみろってんだ! 俺のターン!」(手札3→4枚)
 諦めてなんかやるか。
 どんな結末になろうたって、最後まで俺らしく戦ってやるぜ!
「手札から"ミニ・コアラ"を召喚するぜ!」


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


「まともな効果モンスターも持っているんじゃないか」
「こいつをリリースして、デッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚するぜ!」
 手の平サイズのコアラが一気に成長して、巨大なコアラへと変貌を遂げた。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「ふーん、やっとまともなモンスターを出したじゃないか」
「いくぜ! バトルだ!! ビッグ・コアラでライオウに攻撃だ!」
 巨大なコアラが、雷を宿したモンスターを押しつぶす。
 生じた衝撃によって、一二三の体がわずかによろめいた。

 ライオウ→破壊
 一二三:8000→7600LP

「"半減する闇の世界"の効果で、ダメージは半分になる」
「それがなんだってんだ! てめぇにダメージは与えたぜ!」
「馬鹿だな。わざと破壊されてやったんだ。伏せカード発動だ」


 道連れ
 【通常罠】
 フィールド上に存在するモンスターが自分の墓地へ送られた時に発動する事ができる。
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「なっ!?」
「これでその図体のデカいコアラを破壊させてもらおうか」
「けっ! させるか! こっちだって伏せカード発動だぜ!!」


 キャトルミューティレーション
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する獣族モンスター1体を手札に戻し、
 手札から戻したモンスターと同じレベルの獣族モンスター1体を特殊召喚する。


「これでビッグ・コアラを手札に戻して、もう1回ビッグ・コアラを特殊召喚するぜ!!」
「……! "道連れ"の効果は対象を失って不発か……」
「ああ。しかもバトルフェイズ中の特殊召喚だから、また攻撃出来るぜ!! ブレイカーに攻撃だ!!」
 再び現れた巨大なコアラが、魔法剣士の体を力づくで押しつぶす。
 ペシャンコにされてしまった剣士は、ペラペラになって消えてしまった。

 魔導戦士ブレイカー→破壊
 一二三:7600→7050LP

「どうだ! 一気に逆転してやったぜ!」
「はぁ……まったく気分が悪いよ。自分の思い通りに事が動かないことほど腹立たしいことはない……」
「ざまぁみやがれ。勝負はこれからだぜ!!」
「…………」
「俺はこれでターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 雲井:2700LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 一二三:7050LP

 場:半減する闇の世界(フィールド魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「僕のターン、ドローだ……」(手札3→4枚)
 少し下を向きながら、一二三はカードを引いた。
 なんだ。少し雰囲気が変わった……?
「はぁ、まさかこんな雑魚に切り札を使うとはね……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。さっさとターンを進めやがれ!」
「言われなくてもやってやる。墓地の光と闇を1体ずつ除外する
 一二三の場に、白と黒の光の柱が立つ。
 二色の光が混じり合い、混沌の光となって場に降り立つ。
「出てこい。"カオス・ソルジャー−開闢の使者−"


 カオス・ソルジャー −開闢の使者− 光属性/星8/攻3000/守2500
 【戦士族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ
 ゲームから除外した場合に特殊召喚できる。
 1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
 ●フィールド上のモンスター1体を選択してゲームから除外する。
 この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
 ●このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊した場合、
 もう1度だけ続けて攻撃できる。


「こ、こいつは……!」
「僕のデッキはスタンダードだからね。デッキワンカードが入るようなテーマデッキじゃない。だけど代わりにこのカードで幾多の決闘を勝利してきたんだ。君程度の決闘者が見れるだけ、ありがたいと思えよ」
「……!」
 さすがにこのカードの登場には驚いてしまった。
 カード知識が乏しい俺でも知っている、遊戯王でかなり有名なモンスター。つい最近になって制限カードに復帰した超強力なカード。簡単すぎる召喚方法。様々なサポートカードが適用できるステータス。なにより強力な2つの効果。
 この超レアカードを、一二三が持っているなんて……。
「バトルだ」
 攻撃宣言の直後、混沌の剣士の姿が消えた。
 気づくと俺の場にいるモンスターが、真っ二つにされてしまっていた。

 ビッグ・コアラ→破壊
 雲井:2700→2400LP
 
「ぐっ!」
 なんて速さだ。攻撃がまったく見えなかったぜ。
「開闢の使者の効果発動。相手モンスターを戦闘で破壊したとき、もう1度続けて攻撃できる。これで終わりだ」
「ちっ! まだだぜ! 手札から"バトルフェーダー"を特殊召喚するぜ!!」
 剣を構えた戦士の前に、高周波数の金属音が響き渡った。


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、
 フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「また、つまらないカードを……」
「どんなカードだって、てめぇの攻撃を防げれば十分だぜ」
「あっそ。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 雲井:2400LP

 場:バトルフェーダー(守備:0)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 一二三:7050LP

 場:半減する闇の世界(フィールド魔法)
   カオス・ソルジャー−開闢の使者−(攻撃:3000)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

 状況はかなり悪いぜ。
 今の俺の手札じゃ、どうやっても対抗出来ねぇ。このドローで、なんとかしないといけねぇってことか。
「ほら、デッキトップをいつまで見てるんだ? どんなに見つめたところで引くカードは変わらないんだ。さっさと進めてくれないか?」
「けっ! てめぇに言われるまでもねぇぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 引いたカードは、まさしく俺が望んでいたカードだった。
「俺はカードを2枚伏せて、"カードカー・D"を召喚するぜ!!」


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「こいつを召喚成功時にリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローする!!」(手札0→2枚)
「ふーん。ここでドロー強化か。だけどそのカードはエンドフェイズに移行するデメリットがあったはずだけど?」
「ああ。これで俺はターンエンドだぜ!」


 ターンが一二三へ移る。
 次のターンまで、持ちこたえられるか……?


「僕のターン、ドロー」(手札2→3枚)
 一二三は10秒ほどドローカードを見つめた後、手札の1枚に手をかけた。
「手札から"ライオウ"を召喚する」


 ライオウ 光属性/星4/攻1900/守800
 【雷族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。


「また出やがったな……!」
「バトルだ。開闢の使者で攻撃」
 一二三がバトルフェイズに入った。
 目にも留まらない速さで、開闢の使者が俺のモンスターを真っ二つにしてしまう。

 バトルフェーダー→破壊→除外(自身の効果)

「開闢の使者が戦闘で相手モンスターを破壊したとき、もう1度攻撃――――」
「待ちやがれ! 俺のモンスターが戦闘で破壊されたとき、この伏せカードを発動だぜ!!」


 チャンピオン見参!
 【通常罠】
 自分のモンスターが戦闘で破壊されたとき、
 墓地の「デス・カンガルー」と「ビッグ・コアラ」を1体ずつ除外することで、
 エクストラデッキから「マスター・オブ・OZ」を特殊召喚することができる。
 その後、バトルフェイズを終了する。


「へぇ、面白いカードだな」
「この効果で俺は墓地にいる"デス・カンガルー"と"ビッグ・コアラ"を除外して、エクストラデッキから"マスター・オブ・OZ"を特殊召喚する!!」
 再び斬りかかろうとする戦士の前に、チャンピオンベルトを携えたモンスターが現れた。

 デス・カンガルー→除外
 ビッグ・コアラ→除外

 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


「"ライオウ"の効果じゃ、その特殊召喚は打ち消せないか……」
「こいつの攻撃力は4200だぜ。しかも"チャンピオン見参!"の効果でバトルフェイズは終了だぜ!」
「……ふん。次のターンに処理するだけさ」
「次のターンがくればいいな」
「くるさ。君なんかに負けるはずがない。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 雲井:2400LP

 場:マスター・オブ・OZ(攻撃:4200)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 一二三:7050LP

 場:半減する闇の世界(フィールド魔法)
   カオス・ソルジャー−開闢の使者−(攻撃:3000)
   ライオウ(攻撃:1900)
   伏せカード3枚

 手札0枚
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「俺のターンだぜ!!」
 なんとか凌ぐことができたみてぇだ。
 ほとんど無駄のない相手が作り出した1ターンの隙。どう考えても、このターンがラストチャンスだぜ!
てめぇに教えてやるぜ! 俺を舐めてると痛い目を見るってな!!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 引いたカードを確認する。
 よっしゃあ。引き運も良いし、このまま決めてやるぜ!!
「俺は伏せカード"無謀な欲張り"を発動するぜ!!」


 無謀な欲張り
 【通常罠】
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。その後、自分のドローフェイズを2回スキップする。


「はぁ…またそんな非効率なカードを……」
「なんとでも言いやがれ!! この効果でデッキから2枚ドローだ!」(手札3→5枚)
 5枚まで膨れ上がった手札。
 これなら一気に攻撃力を高くして攻撃することができる。だけど相手の場には3枚の伏せカードがある。無駄が嫌いな一二三なら、そのどれもが強力な伏せカードだろう。”あいつ”に頼るのは癪だけど、今はこれしかねぇ。
「さらに俺はデッキワンサーチシステムを使うぜ!」
「へぇ、持っていたのか」
 デュエルディスクの青いボタンを押して、デッキワンカードを手札に加える。(手札5→6枚)
 それに対して一二三もルールによってカードを引いた。(手札0→1枚)
 これで準備は整った。あとはいけるところまでいくだけだぜ!!
「喰らいやがれ! 手札から"地砕き"を発動だ!」


 地砕き
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。


「これでてめぇの自慢のモンスターは破壊させてもらうぜ!」
「……それだけドローして、ようやくまともなカードを手に入れたか。まぁ、無駄な行為だけど。伏せカード発動だ」


 デストラクション・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てる。
 「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つカードの発動を無効にし、それを破壊する。


「手札1枚をコストに、そのカードの効果を無効にする」(手札1→0枚)
「っ!」
「君のデッキワンカードについては栞里さんから情報を貰っていたからね。デッキワンサーチシステムを使うってことも簡単に予想できたよ」
 しれっとした表情で一二三は言った。
 やっぱそう簡単に破壊させてくれねぇか。だけど俺だってそれは想定済みだったぜ。
「まだだ! 手札から"野性解放"を発動だ!」


 野性解放
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する獣族・獣戦士族モンスター1体の攻撃力は、
 そのモンスターの守備力の数値分だけアップする。
 エンドフェイズ時そのモンスターを破壊する。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→7900

「攻撃力を上げたか……どうやら君はパワー馬鹿だったみたいだね」
「けっ! それは俺にとっちゃ褒め言葉だぜ! さらに手札から"コード・チェンジ"を発動! 俺のモンスターを獣族から機械族へ変更するぜ!!」


 コード・チェンジ
 【通常魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体を指定する。
 指定したモンスターの種族を、このターンのエンドフェイズまで自分が指定した
 種族にする。


 マスター・オブ・OZ:獣→機械族

「また無駄な――――」
「さらに"リミッター解除"を発動だぁ!!」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。


 マスター・オブ・OZ:攻撃力7900→15800

「攻撃力がずいぶん高くなったな」
「どうだ! いくらダメージが半分になるからって、これなら一気にライフを減らすことができんだろ!」
「……その攻撃が通ればの話だろ?」
「通すに決まってんだろ! バトルだ!! マスター・オブ・OZで攻撃だぁ!!」
 自身の力を限界まで引き上げたチャンピオンが拳を振りかぶり、混沌の剣士へ向けて攻撃する。
 剣士は身構える様子も見せず、迫りくる拳を見据えている。
「はぁ」
 小さな溜息が聞こえた。
 すると混沌の剣士の前に、強靭な盾が出現してチャンピオンの拳を真正面から受け止めてしまった。
「なっ!?」
「単調なんだよ攻撃が。"デストラクション・ジャマー"のコストで墓地に送っておいた"ネクロ・ガードナー"の効果を発動したんだ」


 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 相手ターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
 このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「これで君の攻撃は終了だ。ずいぶんとあっけなかったな」
「……へっ、こんな程度で俺を止められると思ったら大間違いだぜ!! 手札から速攻魔法"ダブルアップ・チャンス"を発動だぁ!!」
「なに?」


 ダブル・アップ・チャンス
 【速攻魔法】
 モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動する。
 このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃する事ができる。
 その場合、選択したモンスターはダメージステップの間攻撃力が倍になる。


「どうだ! 攻撃を防いでくれたおかげで、てめぇのライフを一気に削りきる攻撃力が得られたぜ」
「まさか、読んでいたのか?」
「たまたまに決まってんだろ! "ダブルアップ・チャンス"の効果で、攻撃力を倍にしてもう1度攻撃できる!! このまま攻撃だぁ!!」
 弾かれた拳を構えなおし、チャンピオンは再び攻撃する。
 さらに倍加された力で、混沌の剣士へ向けて渾身の一撃を振り下ろした。
「ちっ、馬鹿はたまにこういうおかしなカードを入れてるから、計算を狂わされる……。伏せカード発動だ」


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「……!」
「1体に使うのは少し勿体無いけど、背に腹は代えられない。そのバカげた攻撃力と一緒に消えろ」
 発動されたのは、すべての攻撃を跳ね返してしまう強力な罠カードだった。
 だけどそれくらいなら、対策は出来てるぜ!
「聖バリにチェーンして手札から速攻魔法"デステニーブレイク"を発動するぜ!!」
「っ!?」


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。


 雲井:デッキの上から10枚除外(コスト)

「個人名義のデッキワンカード……バトルフェイズ中の効果をすべて無効だと!?」
「ああ! これでどんな罠だろうが怖くねぇぜ!!」
 チャンピオンの拳に、巨大な獅子のオーラが宿る。
 立ち塞がる聖なるバリアを打ち破り、身構える混沌の剣士へまっすぐに拳を突き出した。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力15800→31600("ダブルアップ・チャンス"の効果)

 攻撃の威力によって巻き起こる粉塵。
 視界が少しの間だけ、塞がれてしまう。
「どうだ……!」
 乱れた息を整えながら、粉塵の中で必死に目を凝らす。
 どんだけ強力なカードだって、俺の攻撃力があればどうってことないぜ。
「へっ、ざまぁみやが………っ!?」

 粉塵の中に、二つの影が見えた。
 次の瞬間、数メートル離れた先から怒りの感情を含んだ舌打ちが聞こえた。

「まったく……雑魚のくせに僕をここまで追い詰めるなんてな」
「……!」
 粉塵が晴れて俺の目に映り込んできたのは、一二三と混沌の剣士の姿だった。
 どちらも健在で、傷一つついていない。それどころか、チャンピオンの拳が何かに阻まれて止まっていた。
「そのデッキワンカードにチェーンして、最後の伏せカード"和睦の使者"を発動したんだ」
「なっ」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「これで僕のライフも、開闢の使者も無傷だ。ダメージステップが終了したことで"ダブルアップ・チャンス"の効果も切れる」

 マスター・オブ・OZ:攻撃力31600→15800

「そしてエンドフェイズになれば、そのモンスターは勝手に自壊する。」
「……………」
「まったく、君みたいな落ちこぼれが僕に勝とうなんて百年は早い」
「落ちこぼれだと……?」
「ああ。馬鹿みたいに攻撃力をあげて攻撃して、結局は防がれる。馬鹿じゃなくてなんだっていうんだ? 馬鹿はこれだから嫌だよ。馬鹿には何を言っても無駄だ。どうして世の中、僕みたいな天才ばかりじゃないのか疑問で仕方ないよ」
「……てめぇが天才だと?」
「おっと、口が滑ったよ。少なくとも、君みたいな馬鹿なやつじゃないって意味で言ったまでさ。まぁ、このサバイバルで落ちこぼれはみんな消えてくれるだろうから、僕にとって安心した学校が出来るけどね」
 歪んだ笑みを浮かべ、一二三は小さく笑った。
 バトルフェイズが終了し、手札が0枚である以上、メインフェイズ2に伏せるカードは無い。エンドフェイズになれば俺のモンスターは攻撃力を上げた反動で破壊されちまう……。
 俺に残された手段は……………。

「……ちっ、仕方、ねぇか……」

 大きく息を吐き、伏せておいたカードに手を伸ばす。
 悔しいけどこの決闘に、もう勝つ手段は残されていない。だけど、目の前にいる奴をこのまま勝ち誇らせてるのも癪だぜ。

(なぁライガー、聞こえているか?)
(なんだ小僧? サレンダーでもするつもりか?)
(そんなことするかよ。一つ質問だぜ。俺が消えたら、てめぇも消えちまうのか?)
(あいにくだが我は消えないな。我は貴様に付き添ってはいるが、運命共同体になった訳じゃない。貴様が消えたところで、我は普通に動くことができるだろうな)
(そうか……それを聞いて安心したぜ)
(……小僧、貴様まさか………)
(俺のやりたいこと、もう分かってるよなライガー。あとは任せるぜ)
(…………了解したと言っておこう)
 心の中での会話。
 最後の一言の前に、ライガーの小さな溜息が聞こえた気がした。

「てめぇ、勝ち誇るにはまだ早いぜ?」
「人がせっかく勝利の余韻に浸っているのに邪魔するなよ。この期に及んで何をするつもりなんだ?」
「こうすんだよ!! 伏せカード発動だぜ!!」








 ファイナル・ビッグバン
 【通常罠】
 フィールドに表側表示で存在するモンスターの攻撃力の合計が
 20000を超える場合にのみ、発動することが出来る。
 お互いのプレイヤーは、相手の場にある最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力分の
 ダメージを受ける。




「き、貴様!?」
 表情が一変。さっきまで勝ち誇っていた顔が、一瞬で青ざめていた。
 互いに相手の場の最も攻撃力が高いモンスターの攻撃力分のダメージを受けるカード。
 さすがに相手も、俺がまさかこんなカードをデッキに入れているなんて想像できなかっただろうな。
「言ったよなぁ。俺を舐めていると痛い目見るって!」
「て、天才の俺が、こんなバカな男に……!」

馬鹿だって天才に一泡ふかせることぐらいはできんだよ! その身を持って、思い知りやがれ!!

 ったく、こんな幕引きになるなんてな……。
 まぁ仕方ねぇよな。俺はここまでだってことか。
 あいつに後を任せるのは癪だけど、任せられるのはあいつしかいねぇ。
 後は頼んだぜ中岸!!
「てめぇも一緒に消えてもらうぜ!!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 フィールド全体を揺るがす、巨大な爆発が起きる。
 膨大なエネルギーの波が体を襲い、俺と一二三は吹き飛ばされてしまった。

「ぎゃああああああ!?」
「ぐっ…うあぁぁ!」


 一二三:7050→0LP
 雲井:2400→0LP



 互いのライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。




------------------------------------------------------------------------------------------------




 巨大な爆発がおさまり、ライガーはカード状態から子犬モードになって一二三の上に跨った。
 15800もの大ダメージを受けて、意識が朦朧としている相手を見下ろし、その胸にかけられた闇の結晶を咥える。
 パリンッ! という音がして、闇の結晶はライガーに吸収された。
「なん……で……僕が……馬鹿な………」
『あいにくだったな天才。相手が悪かった。ただそれだけだ』
 一二三の消えていく体を見下ろしながら、ライガーは言った。
 実際に戦い、敗れるはずのない自身が敗北した日のことが、ライガーの脳裏には浮かんでいた。

 用済みとなった相手へ背を向けて、ライガーは仰向けに倒れた雲井のもとへ歩み寄る。
 ライフが0になったことで、雲井の体も足元から消えかけていた。

『我と戦った時よりボロボロだな』
「へっ、まぁな……あいつは?」
『安心しろ。貴様と同じように、消えていくだけさ』
 冷静に、真実を雲井へ告げる。
 ここがアダムの作り出した空間である以上、ライフが0になれば消えるというルールは絶対だ。
 元々アダムの力の一部だった自身でも、雲井の消滅を止めることはできない。
『なかなかいい勝負だったぞ』
「けっ、てめぇが言うと、褒められた気がしねぇぜ……それに、今の勝負は、引き分けに出来たけど、ほとんど俺の負けみたいなもんじゃねぇか」
 ダメージによる痛みに呻きながら、雲井は呟く。
 ライガーは雲井の胸の上に飛び乗り、鼻で笑ってやった。
「何が可笑しいんだよ?」
『やはり貴様は馬鹿だな』
「あぁ?」
『たしかに決闘は引き分けだったが、”勝負”という面で見れば貴様の勝ちのように見えたがな』
「は?」
 雲井は眉をしかめながら首を傾げた。
 ライガーはそんな様子を見て、再び笑う。
 どこまでも愚直に、馬鹿みたいに攻撃力を上げて敵を倒す。ただそれだけを特化したデッキだったからこそ、引き分けに持ち込めたのだ。いや、この場合は雲井の使うデッキだったからこそ、引き分けに持ち込めたと言った方が正確なのかもしれない。
 つくづく目の前にいる小僧は面白いとライガーは思った。
『小僧』
「なんだよ」

『馬鹿と天才の”紙一重”とは、貴様のような奴のことを言うのかもしれないな』

「……は?」
『貴様のような馬鹿には考えても分かるまい。そろそろ消える頃合いだろうが、何か言いたいことはあるか?』
 雲井の体は、すでにほとんどが消えかかっていた。
 少しだけ考えた後、雲井は真剣な眼差しを、ライガーへ向ける
「………中岸たちの事は、任せたぜ」
『貴様に任される筋合いは無いのだが、まぁいいだろう。ゆっくり休むがいいぞ小僧』
「ああ、そうさせてもら………う………」


 そして、雲井はこの場から消えてしまった。


 後ろにいた一二三の姿も消えて、辺りを覆っていた闇が晴れていった。




episode15――戦う理由――

 


 香奈と雲井と分断され、薫は目の前にいる1人の生徒を見つめる。
 その胸にかけられた闇の結晶が、相手が敵であるということを告げていた。
「君……たしか、山中(やまなか)って名前だよね?」
「へぇ、俺の名前を知ってんのか。まぁ、教師たちの間では俺はなかなかの問題児なんだろうな」
「…………」
 目の前にいる山中という男子は、星花高校でかなり問題児だった。
 たびたび他校の不良と喧嘩沙汰になったり、下級生からカツアゲしたりなど、様々な問題を起こしていた。
 それは思春期特有の精神的不安定によるものだったり、家庭の事情などの原因があった。
 最近ではかなり落ち着いたようで、問題を起こすことは少なくなったみたいだが、あの闇の結晶のせいで再び前の乱暴な性格に戻ってしまったのだろう。
「あんた、スターのリーダーなんだよなぁ。さっきの薄いバリアはなんだぁ?」
「…………」
「だんまりかよ。なんだったらもう1回試してみるかな!!」
 手に持った漆黒のハンマーを振りかぶり、山中は薫に襲い掛かる。
 薫は振り下ろされた武器に対して、眩い光を放つバリアを展開する。
「……っ! 硬い……!」
「えい!」
 打撃を加えたハンマーに反射した衝撃。バリアに対して加えられた衝撃をそのまま武器に向かって跳ね返したのだ。
 急に反対方向の力を受けたハンマーは、山中の手から弾かれて消えてしまった。
「さっきは手加減してたのか」
「そんなことないよ。さっきは対物理攻撃用のバリアじゃなかったから簡単に破られちゃっただけだよ」
「ひゃはは! やっぱり本気の戦闘ではこっちが不利だな。だったら――――!」
 山中はデュエルディスクを構え、笑みを浮かべる。
 想定していたとはいえ、守るべき対象である生徒との決闘。
 本当なら戦いたくない。でも、今は………戦うしかないんだ。
『薫ちゃん、大丈夫?』
「うん、ありがとうコロン。私は大丈夫だよ」
 肩に乗って心配してくれるパートナーに微笑みかけ、薫はデュエルディスクを構える。
 数メートルの距離を置き、2人は同時に叫んだ。



「「決闘!!」」



 薫:6800LP   山中:8000LP



「……!」
「ライフが減ってるのに驚きかぁ? あいにくだったな。この学校ではライフが継続されるんだぜ」
「そう……」
 たいして動揺もせずに、薫は意識を集中させる。
 ライフが継続されてしまうという事実は、なんとなく勘付いていた。ライフが減ってしまってもやることは変わらない。
 いつも通りに戦えばいいだけだ。
「決闘開始時、デッキからフィールド魔法を発動するぜ!!」
「私もデッキからフィールド魔法を発動するよ!!」
 山中のデッキからは闇が溢れ出し、薫のデッキからは光が溢れ出した。


 統一する闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 フィールド上に存在するすべてのモンスターはシンクロモンスターとしても扱う。


 光の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「闇」と名の付くフィールド魔法の効果を使用できない。


 光と闇が互いの存在を打ち消しあい、何も変わらないフィールドを作り出した。
「本当に打ち消されたか。ちっ、面倒なカードだぜ」
「よく言われるよ。でも、それは戦いには関係ないよね?」
「分かってるねぇ!! 行くぜ俺のターン! ドロー!!」(手札5→6枚)
 引いたカードを手札に加えて、山中はデュエルディスクの青いボタンを押した。
「デッキワンサーチシステムを使うぜ!」
「……!」
 山中のデッキから1枚のカードが手札に加わる。(手札6→7枚)
 ルールによって、薫もデッキからカードを引いた。(手札5→6枚)
「俺はモンスターをセット! カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!!」



「私のターン、ドロー!」(手札6→7枚)
 引いたカードを確認し、すぐにデュエルディスクに叩き付ける。
 召喚の光と共に、ヘルメットをかぶった白い子猫が現れた。


 レスキューキャット 地属性/星4/攻300/守100
 【獣族・効果】
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
 デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。


「"レスキューキャット"の効果発動! このカードをリリースして、デッキからレベル3以下の2体の獣族モンスターを特殊召喚するよ!」
 子猫が笛を吹き鳴らし、フィールドから消える。
 薫のデッキから2体のモンスターが呼び出され、勇ましい声を上げた。


 魔轟神獣ケルベラル 光属性/星2/攻1000/守400
 【獣族・チューナー】
 このカードが手札から墓地へ捨てられた時、
 このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


 デス・コアラ 闇属性/星3/攻1100/守1800
 【獣族・効果】
 リバース:相手の手札1枚につき400ポイントダメージを相手ライフに与える。


「この瞬間、罠カードを発動する!!」
「……!!」


 機皇帝の宮殿
 【永続罠・デッキワン】
 「機皇」と名のついたカードが15枚以上入っているデッキにのみいれることができる。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 相手のシンクロモンスター以外のモンスターは攻撃できず、攻撃力と守備力は半分になる。
 自分の場に「機皇」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手のカード効果を受けない。


 魔轟神獣ケルベラル:攻撃力1000→500 守備力400→200
 デス・コアラ:攻撃力1100→550 守備力1800→900

「これでお前はシンクロモンスター以外では攻撃できなくなった! しかもシンクロモンスター以外は攻守が半減する!」
「……残念だったね。私は、最初からシンクロモンスター主体で攻めるつもりだったんだよ! レベル3の"デス・コアラ"にレベル2のケルベラルをチューニング!!」
 重なり合う2体のモンスター。
 光の柱が立つと同時に、新たなモンスターが現れた。


 A・O・J カタストル 闇属性/星5/攻2200/守1200
 【機械族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
 ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。


「シンクロモンスター主体……ねぇ……」
「バトル!! カタストルでセットモンスターに攻撃だよ!」
 薫の場にいる機械のモンスターが、赤い光線を放つ。
 その攻撃は見事に山中の場にいるモンスターを打ち抜いた。

 スキエル・アイン→破壊

 機皇兵スキエル・アイン 風属性/星4/攻1200/守1000
 【機械族・効果】
 このカードの攻撃力は、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する
 「機皇」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから「機皇兵」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。


「こいつの効果で、俺はデッキからもう1体のスキエル・アインを特殊召喚させてもらう!!」
「っ、やっぱり機皇帝デッキなんだね」
 対シンクロデッキといっても過言ではない機皇帝デッキ。
 自分のモンスターがカード効果で破壊されたときに手札から特殊召喚されるモンスター。シンクロモンスターを装備カードとして吸収してしまう強力な効果を持っている。
 相手が自分にシンクロモンスターを出すように促すカードを使っているので予想は出来ていたが、いざ対峙すると思うと警戒してしまう。
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド―――」
「この瞬間に伏せカードを発動する!!」


 機限爆弾
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「機皇」と名のついたモンスター1体と、
 相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを破壊する。


「この効果で俺はスキエル・アインと、あんたの場の伏せカードを破壊する!!」
 山中の場にいるモンスターが爆発する。
 その爆風によって、薫の場に伏せられたカードが吹き飛ばされてしまった。

 機皇兵 スキエル・アイン→破壊
 スキル・サクセサー→破壊

「そして俺のモンスターがカード効果で破壊されたことで、手札から"機皇帝 ワイゼル∞"を特殊召喚だ!!」


 機皇帝ワイゼル∞ 闇属性/星1/攻2500/守2500
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが
 効果によって破壊され墓地へ送られた時のみ手札から特殊召喚できる。
 1ターンに1度、相手のシンクロモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。
 このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外の自分のモンスターは攻撃宣言できない。
 また、1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし破壊する事ができる。


 現れた機皇帝。
 真っ白なボディを覆う異様な雰囲気。まるで巨人のような形をしたモンスターに、薫は警戒した。

-------------------------------------------------
 薫:6800LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   A・O・J カタストル(攻撃:2200)

 手札5枚
-------------------------------------------------
 山中:8000LP

 場:統一する闇の世界(フィールド魔法)
   機皇帝 ワイゼル∞(攻撃:2500)
   機皇帝の宮殿(永続罠・デッキワン)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「ひゃはは! 俺のターン! ドロー!!」(手札3→4枚)
 高笑いしながら、山中はターンを進める。
 引いたカードをたいして確認もせず、メインフェイズに入った。
「ワイゼル∞の効果発動! あんたの場にいるシンクロモンスターを吸収させてもらう!!」
「……!!」
 機皇帝の胸の∞マークから、無数の光の縄が伸びる。
 その縄は薫の場にいるシンクロモンスターを絡め取り、自身の力として吸収してしまった。

 A・O・J カタストル→装備カード
 機皇帝 ワイゼル∞:攻撃力2500→4700

「さぁ喰らいな! バトル!!」
 山中の攻撃宣言。機皇帝から放たれた巨大なエネルギーが、薫の体を襲った。
「きゃああああ!!」

 薫:6800→2100LP

「う……うぅ……!!」
 大きなダメージに、思わず薫はうずくまってしまう。いくら白夜の力で肉体へのダメージを軽減しているとはいえ、これはかなりキツい。
「すぐにあの世に送ってやるよ!! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」



「うぅ……私のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 痛みを堪えつつ、薫はカードを引いた。
 思っていた以上のダメージを受けてしまったけど、相手のデッキの性質は理解できた。
 シンクロモンスターを奪っていく戦術は脅威であるが、ただそれだけだ。今までだって、シンクロモンスターを難なく処理してきた相手はたくさんいた。それらの経験に比べれば、今の状況はどうってことない。
「いくよ。手札から"サイバー・ドラゴン"を特殊召喚!!」


 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/攻撃力2100/守備力1600
 【機械族・効果】
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「さらに"ジャンク・シンクロン"を召喚!! その効果で墓地にいるケルベラルを守備表示で特殊召喚するよ!」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 魔轟神獣ケルベラル 光属性/星2/攻1000/守400
 【獣族・チューナー】
 このカードが手札から墓地へ捨てられた時、
 このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。


「またチューナーか。まさか俺相手にまたシンクロで攻める気か?」
「そうだよ。レベル5の"サイバー・ドラゴン"にレベル3のジャンク・シンクロン"をチューニング!!"」
 再び現れる光の柱。
 同調した2体のモンスターの力を受け継ぎ、破壊の力を宿したモンスターが姿を現した。


 ジャンク・デストロイヤー 地属性/星8/攻2600/守2500
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、
 このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで
 フィールド上に存在するカードを選択して破壊する事ができる。


「"ジャンク・デストロイヤー"の効果発動! あなたのワイゼル∞を破壊するよ!!」
 薫のモンスターが体全体から強烈な電気を放つ。
 その電気に撃たれて、機皇帝は黒こげになってしまった。

 機皇帝 ワイゼル∞→破壊

「俺のモンスターが……!」
「バトル!! デストロイヤーで直接攻撃だよ!!」
「ぐああああ!!」

 山中:8000→5400LP

「カードを2枚伏せて、ターンエンド――――」
「まだだ! 伏せカード発動!!」


 カオス・インフィニティ
 【通常罠】
 フィールド上に守備表示で存在するモンスターを全て表側攻撃表示にする。
 さらに、自分のデッキまたは墓地から「機皇」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズ時に破壊される。


 機皇兵ワイゼル・アイン 闇属性/星4/攻1800/守0
 【機械族・効果】
 このカードの攻撃力は、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する
 「機皇」と名のついたモンスターの数×100ポイントアップする。
 1ターンに1度、相手フィールド上に守備表示で存在する
 モンスターを攻撃対象としたこのカード以外の
 自分の「機皇」と名のついたモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 魔轟神獣ケルベラル:守備→攻撃表示

「そしてエンドフェイズにワイゼル・アインは破壊される! そしてカード効果で破壊されたことで、手札から"機皇帝 スキエル∞"を特殊召喚だ!!」

 機皇兵 ワイゼル・アイン→破壊

 機皇帝スキエル∞ 風属性/星1/攻2200/守2200
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが
 効果によって破壊され墓地へ送られた時のみ手札から特殊召喚できる。
 1ターンに1度、相手のシンクロモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。
 このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外の自分のモンスターは攻撃宣言できない。
 また、このカードに装備されたモンスター1体を墓地へ送る事で、
 このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。


「また出てきたね」
「ああ。こいつらであんたの息の根を止めてやるよぉ!!」

-------------------------------------------------
 薫:2100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   ジャンク・デストロイヤー(攻撃:2600)
   魔轟神獣ケルベラル(攻撃:1000)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 山中:5400LP

 場:統一する闇の世界(フィールド魔法)
   機皇帝 スキエル∞(攻撃:2200)
   機皇帝の宮殿(永続罠・デッキワン)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 山中は意気揚々とカードを引く。
 すでに勝利は目の前だといわんばかりに、薫の場にいるモンスターへ目を向けた。
「スキエル∞の効果発動。あんたの場にいるシンクロモンスターを吸収させてもらうぜ!!」
「……!」
 機皇帝の∞のマークから光の縄が伸びて、再び薫のモンスターを絡め取り吸収してしまう。
 それによって相手モンスターの攻撃力も大きく上昇した。

 ジャンク・デストロイヤー→装備カード
 機皇帝 スキエル∞:攻撃力2200→4800

「これで終わりだぁ! バトル!!」
 機械の皇帝が強力なエネルギー波を放つ。
 無防備に構える神獣がこれを受ければ、ひとたまりもない。
「終わらせないよ! 伏せカード発動!!」


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「……!!」
「これでスキエル∞の攻撃は無効だよ」
「ちっ、カードを1枚伏せてターンエンドだ!」



「私のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 相手の戦術が明らかになってしまえば訳は無い。ましてや戦術が1つならば、対処は簡単なのだ。
 薫は伊達にスターのリーダーであるわけではない。その実力はもちろんのこと、本社の持っているカード情報のほとんどを頭に叩き込んでいる。そしてそれらに対処する術も、佐助や伊月との幾多のシュミレーションで学んでいるのだ。
 おそらく山中は気づいていないだろう。
 もう自分の手の内は、すべて薫に見透かされていることに。
「手札から"貪欲な壺"を発動! 墓地にいるデス・コアラ、レスキューキャット、サイバー・ドラゴン、ジャンク・シンクロン、カタストルをデッキに戻して2枚ドローだよ!!」(手札2→4枚)


 
 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「ふん、いくら引いても、俺の機皇帝は倒せないぜ!」
「倒せるよ。君が思っているよりも、そのモンスターは無力だから!」
「なにぃ!?」
「手札から"コアラッコ"を召喚!」


 コアラッコ 地属性/星2/攻100/守1600
 【獣族・効果】
 このカード以外の獣族モンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を
 エンドフェイズ時まで0にする事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「"コアラッコ"の効果発動。あなたの場にいるモンスターの攻撃力を0にするよ!」
「なっ!?」

 機皇帝 スキエル∞:攻撃力4800→0

「な、こんな……!」
「レベル2のコアラッコにレベル2のケルベラルをチューニング!!」
「またシンクロ召喚!?」
 山中の反応はお構いなしに、薫は自分の思うとおりの戦術をしていく。
 2体のモンスターが同調して、新たなモンスターとして場に現れた。


 アームズ・エイド 光属性/星4/攻1800/守1200
 【機械族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
 または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚できる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 また、装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「シンクロモンスターでしか攻撃できない。だけどシンクロモンスターは機皇帝に吸収されちゃう。君からしたら、それだけで私を封じることが出来ると思ってたみたいだけど、見当違いもいいところだよ」
「……! ずいぶん厳しい口調じゃねぇか。そんなに俺が気に入らないのかよ」
「そんなことないよ。私は差別はしないつもりだもん。私はここの先生として、君に向き合うだけだよ」
「綺麗事を言ってんじゃねぇよ……!!」
「バトルだよ!!」
 鋼鉄の爪が機皇帝に飛び掛かり、無力なその体を切り裂いた。
「ぐっ!」

 機皇帝 スキエル∞→破壊
 山中:5400→3600LP

「私はカードを1枚伏せてターンエンドだよ」

-------------------------------------------------
 薫:2100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   アームズ・エイド(攻撃:1800)
   伏せカード3枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札2枚
-------------------------------------------------
 山中:3600LP

 場:統一する闇の世界(フィールド魔法)
   機皇帝の宮殿(永続罠・デッキワン)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「こんな簡単に倒せたからって、調子のってんじゃねぇぞ!! てめぇみてぇな奴見てると、無性にイライラしてくるんだよ!」
「………」
「黙ってないで何とか言えよ! まぁ、すぐに声も出せないくらい傷めつけてやるだけだ!!」
「駄目だよ。自分の不満や怒りを無闇に人にぶつけちゃ駄目だよ」
「うるせぇ! 俺のターン!!」(手札2→3枚)
 怒りのままにカードを引く山中。
 薫はそんな彼の様子を、ただ冷静に見つめている。
「手札からこいつを召喚だ!!」


 機皇兵ワイゼル・アイン 闇属性/星4/攻1800/守0
 【機械族・効果】
 このカードの攻撃力は、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する
 「機皇」と名のついたモンスターの数×100ポイントアップする。
 1ターンに1度、相手フィールド上に守備表示で存在する
 モンスターを攻撃対象としたこのカード以外の
 自分の「機皇」と名のついたモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「さらに"機限爆弾"を発動。ワイゼル・アインと、てめぇの場にある右から2番目のカード、"くず鉄のかかし"を破壊するぜ!」
「……!!」


 機限爆弾
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「機皇」と名のついたモンスター1体と、
 相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
 選択したカードを破壊する。


 機皇兵 ワイゼル・アイン→破壊
 くず鉄のかかし→破壊

「俺のモンスターが破壊されたことで、手札から"機皇帝グランエル∞"を特殊召喚だぁ!!」
「…………」
 現れた3体目の機皇帝。すでに2体を攻略している薫にとって、その姿はさほどの脅威にもならなかった。


 機皇帝グランエル∞ 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが
 効果によって破壊され墓地へ送られた時のみ手札から特殊召喚できる。
 このカードの攻撃力・守備力は自分のライフポイントの半分の数値分アップする。
 1ターンに1度、相手のシンクロモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。
 このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。
 また、自分のメインフェイズ時に、このカードの効果で装備したモンスター1体を
 自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚できる。


 機皇帝グランエル∞:攻撃力0→1800 守備力0→1800

「ライフが削られちまったせいでたいした攻撃力にはならないが、そのシンクロモンスターを吸収すれば済むはずだ!! いけぇグランエル∞、モンスターを吸収して――――」
「その効果にチェーンして、伏せカードを発動するよ!!」
 シンクロモンスターを吸収しようとする機皇帝を、無数の鎖が縛り上げた。


 デモンズ・チェーン
 【永続罠】
 フィールド上に表側表示で存在する
 効果モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターは攻撃する事ができず、効果は無効化される。
 選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。


 機皇帝グランエル∞:効果無効 攻撃力1800→0 守備力1800→0

「俺のモンスターが……!!」
「これでもうシンクロモンスターは奪えないね。どうする?」
「ふざけやがってぇぇぇ!! ターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 薫:2100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   アームズ・エイド(攻撃:1800)
   デモンズ・チェーン(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 山中:3600LP

 場:統一する闇の世界(フィールド魔法)
   機皇帝グランエル∞(攻撃:0)
   機皇帝の宮殿(永続罠・デッキワン)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 カードを引き、薫はまっすぐに相手を見つめた。
 危険な力に身を任せて、その力を振るうことに溺れている彼を見ているのは辛いが、最後まで戦わなければいけないのだ。
「バトルだよ!!」
 鋼鉄の爪が、鎖に縛られた機皇帝をバラバラに切り裂いてしまった。

 機皇帝グランエル∞→破壊
 デモンズ・チェーン→破壊
 山中:3600→1800LP

「これでライフは逆転したね」
「くそ! くそ! どうして上手くいかないんだ! あんたはシンクロデッキで、俺は対シンクロ用のデッキなのに、どうして劣勢になってんだよ!?」
「相性だけで勝負が決まるわけじゃない。力が強いからって、何でも思い通りになると思ったら大間違いだよ」
「………!!」
「あなたが本当はどんな気持ちでいるとか、どうしてそんなに乱暴なのかは分からない。だけど、その気持ちが他の誰かを傷つける前に、せめて私が受け止める。だから、私は手加減しないよ!!」
 想いを言葉に乗せて、薫は叫ぶ。
 山中は右拳を握りしめながら、目の前にいる相手を睨み付けた。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」


「俺のターン!!」(手札2→3枚)
 気に入らない。気に入らない。気に入らない。
 自分の思い通りにならないものなど、ましてや教師の言葉など、聞いてやるものか。
 受け止めると相手は言った。上等だ。受け止めてもらおうではないか。もう綺麗事が言えないように、ボロボロに倒してやろうではないか。
 そのためのキーカードは手札にある。あとはそれを召喚するだけだ。
「手札から"貪欲な壺"を発動する!!」


 貪欲な壺
 【通常魔法】
 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「墓地にいるワイゼル∞、スキエル∞、グランエル∞、ワイゼル・アイン、スキエル・アインをデッキに戻して2枚ドローだ!」(手札2→4枚)
「…………」
 ここにきての手札増強。おそらく相手の手札には”あのカード”があるのだろうと薫は推測した。
「来たぜ!! 手札の「機皇」と名のついたモンスターを3体墓地に送って、こいつを特殊召喚する!!」
 フィールドに走る無数の光。
 今までの機皇帝よりも大きく、強力な力を持ったモンスターが出現する。
 三つの∞マークが異様な輝きを放ち、機皇帝を超えた機皇神が姿を現した。


 機皇神マシニクル∞ 光属性/星12/攻4000/守4000
 【機械族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 手札から「機皇」と名のついたモンスター3体を墓地へ送った場合のみ特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、相手のシンクロモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。
 このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。
 また、自分のスタンバイフェイズ時に1度だけ、
 このカードの効果で装備したモンスター1体を墓地へ送る事で、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。


「攻撃力4000……!」
「これが最強の切り札だ!! まずはそのシンクロモンスターを吸収させてもらうぜ!!」
 機皇神の∞マークから無数の光の縄が伸びていく。
 その縄がモンスターを絡め取る寸前で、薫は手札の1枚をかざした。
「手札から"エフェクト・ヴェーラー"の効果発動だよ!」


 エフェクト・ヴェーラー 光属性/星1/攻0/守0
 【魔法使い族・チューナー】
 このカードを手札から墓地へ送り、
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。
 選択した相手モンスターの効果をエンドフェイズ時まで無効にする。
 この効果は相手のメインフェイズ時にのみ発動できる。


「これでそのモンスターの効果は無効になる!」
「っ、だからどうしたぁ! そのモンスターを叩き潰せば、俺の勝ちだろうがぁ!! バトル!!」
 相手モンスターを吸収できなかった機皇神から、強力なエネルギーが放たれた。
 受ければひとたまりもない攻撃に対しても、薫は冷静に伏せカードで対処する。
「伏せカード"ガード・ブロック"を発動するよ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 アームズ・エイド→破壊
 薫:手札1→2枚

「防ぎやがったか!! だがいつまでも防ぎきれると思うなよ!! ターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 薫:2100LP

 場:光の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 山中:1800LP

 場:統一する闇の世界(フィールド魔法)
   機皇神マシニクル∞(攻撃:4000)
   機皇帝の宮殿(永続罠・デッキワン)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 引いたカードを見つめた。
 それは最近になってデッキに投入したカード。これを使えば”あのカード”を呼び出すことが出来る。
 だけど……それは……。
「どうしたどうしたぁ!? 早くターンを進めろよ! まぁデッキワンカードと最強の機皇神がいる俺に、何が出来るかは分からないけどなぁ!!」
 あからさまな挑発をしてくる山中を、薫はじっと見つめる。
 正直な話、もう決着はついているようなものなのだ。相手のモンスターを除去して、下級モンスターの直接攻撃を当てれば勝てる。
 でもきっと、それだけじゃ駄目なんだと薫は思う。
 彼の言う”最強”のモンスターを真正面から倒す。そうしなければ、本当に彼の気持ちを受け止めることなんかできるはずがない。
「山中君。それが君の持っている最強のモンスターなんだよね」
「ああ。そうだぜ」
「そっか……じゃあ私も見せてあげるね。私の最強の切り札を」
「!?」
 大きく深呼吸して、手札を見つめる。
 どれも強力な効果を持っているデッキワンカード。だけどそれはメインデッキにのみ入るカードで構成されている。少なくともエクストラデッキに入るデッキワンカードは存在しないのだ。それはデッキに入る条件を定めるのが難しいためだったり、デッキワンサーチシステムとの兼ね合いなどの問題があるためであるが、もう1つ理由がある。
 考えてみれば簡単な話なのだ。
 エクストラデッキに入る「デッキワン」というカテゴリを持つカードを作っていないのではなく、デッキワンカードと並ぶ性能を持っているカードが存在するということ。
 そしてそれは、薫のエクストラデッキに入っている。
「いくよ! 手札から"ジャンク・シンクロン"を召喚! その効果で墓地の"エフェクト・ヴェーラー"を特殊召喚!!」


 ジャンク・シンクロン 闇属性/星3/攻1300/守500
 【戦士族・チューナー】
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
 レベル2以下のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。


 エフェクト・ヴェーラー 光属性/星1/攻0/守0
 【魔法使い族・チューナー】
 このカードを手札から墓地へ送り、
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。
 選択した相手モンスターの効果をエンドフェイズ時まで無効にする。
 この効果は相手のメインフェイズ時にのみ発動できる。


「さらに墓地からモンスターが特殊召喚されたことで、手札から"ドッペル・ウォーリアー"を特殊召喚!!」
「なに!?」


 ドッペル・ウォリアー 闇属性/星2/攻800/守800
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するモンスターが特殊召喚に成功した時、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードがシンクロ召喚の素材として墓地へ送られた場合、
 自分フィールド上に「ドッペル・トークン」
 (戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「レベル2の"ドッペル・ウォーリアー"にレベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング!」
 重なり合う2体のモンスター。シンクロ召喚特有の光の柱が立つと同時に、数多の書物の知識をその頭脳に携えたモンスターが場に現れた。


 TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性/星5/攻2400/守1800
 【魔法使い族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、
 自分または相手がシンクロ召喚に成功した時、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「さらに"ドッペル・ウォーリアー"の効果で、トークンを2体場に特殊召喚するよ!」
 薫の場に、小さな機関銃を持った可愛らしい人形のトークンが現れた。
「レベル1のトークンと、レベル1の"エフェクト・ヴェーラー"をチューニング!!」
「連続でシンクロ召喚だと!?」
 再び現れる召喚の光。新たな世界へと導く力を持ったモンスターが、フィールドを駆け抜ける。
「出てきて!! "フォーミュラ・シンクロン"!!」


 フォーミュラ・シンクロン 光属性/星2/攻200/守1500
 【機械族・シンクロ・チューナー】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体
 このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。
 また、相手のメインフェイズ時、自分フィールド上に表側表示で存在する
 このカードをシンクロ素材としてシンクロ召喚をする事ができる。


「ライブラリアンとフォーミュラ・シンクロンの効果で、デッキから2枚ドローだよ!!」(手札1→3枚)
「なっ、モンスターを展開したのに、手札が減ってないだと!?」
「まだだよ! 伏せカード"血の代償"を発動! 500ライフを払って、手札から"霞の谷の戦士"を召喚!!」


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


 薫:2100→1600LP

 霞の谷の戦士 風属性/星4/攻1700/守300
 【鳥獣族・チューナー】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカードとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターは、
 ダメージステップ終了時に持ち主の手札に戻る。


「まさか、またシンクロか!?」
「そうだよ! レベル1のトークンにレベル4の"霞の谷の戦士"をチューニング!! シンクロ召喚!! 出てきて"A・O・J カタストル"!!」


 A・O・J カタストル 闇属性/星5/攻2200/守1200
 【機械族・シンクロ/効果】
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
 ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。


 薫:手札2→3枚("TG ハイパー・ライブラリアン"の効果)

「は、はっ! 3体のシンクロモンスターを並べても、俺のモンスターは超えられないぜ!!」
「うん。だからもう1回、シンクロするんだよ!! レベル5のカタストルとライブラリアン、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!!」
 フィールド全体を覆うほどの無数の光の輪。
 輝かしい星の光が集約していき、そのモンスターを作り出していく。
 薫の想いと力を乗せて、眩い光を持つ星の龍が姿を現す。
「シンクロ召喚!! 輝け!! "シューティング・クェーサー・ドラゴン"!!」


 シューティング・クェーサー・ドラゴン 光属性/星12/攻4000/守4000
 【ドラゴン族・シンクロ/効果】
 シンクロモンスターのチューナー1体+チューナー以外のシンクロモンスター2体以上
 このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードはこのカードのシンクロ素材とした
 チューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。
 1ターンに1度、魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、破壊する事ができる。
 このカードがフィールド上から離れた時、「シューティング・スター・ドラゴン」1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。



「な、なんだ……これは……!?」
 ただならぬ威圧感を持った薫の切り札に、山中は思わずたじろぐ。
 自分の場にいる切り札が霞んでしまうほどの存在感。こんなモンスターを持っていたのかと、山中は戦慄した。
「これで終わりだよ! 墓地にある"スキル・サクセサー"の効果発動!! このカードを除外して、私のモンスターの攻撃力を800ポイントアップさせるよ!!」


 スキル・サクセサー
 【通常罠】
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
 攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
 自分のターンのみ発動する事ができる。



 シューティング・クェーサー・ドラゴン:攻撃力4000→4800

「そ、そんな……!」
「これが私の全力だよ!! 3体でシンクロ召喚された"シューティング・クェーサー・ドラゴン"は2回攻撃できる!! バトルだよ!!」
 星の龍が全身から光の粒を散らして、機皇神へ突撃する。
 彗星にも思える圧倒的な力に、モンスターもろとも山中は飲み込まれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 山中:1800→1000→0LP



 山中のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。






「う、ぐぁ……」
 朦朧とした意識の中、倒れた山中は自身の胸にかけられた闇の結晶を見つめる。
 結晶にはすでに亀裂が入っており、砕けて無くなってしまうのも時間の問題だった。
「………くははははは」
 無性に笑いが込み上げてきた。
 ダメージを負った体で、ゆっくりとポケットに手を伸ばす。
 その中には、裏も表も真っ黒なカードが入っていた。
「栞里さん………使わせて……もらうぜ……!!」
 不気味な笑みを浮かべて、山中はその真っ黒なカードを握りつぶした。
 途端に全身を莫大な闇が覆い、彼に力を与えていく。
「な、なに?」
 予想もしていなかった事態に薫は戸惑う。

 倒したはずの相手が再び立ち上がった。全身を覆ったどす黒い闇が、彼の体を変化させていく。
 身長は約2メートルほどになり、逞しい肉体を持ち、爪はないが鋭い牙をもった狼男のような外見になっている。
『ははは』
 濁ったような暗い声。
 何かが危険だと、薫の本能が告げていた。
『薫先生……第2ラウンドといこうぜぇぇぇ!!』
 とてつもない大きな咆哮をあげて、山中は薫へ飛び掛かり蹴りを繰り出した。
 薫はとっさにバリアを張り、その攻撃を受け止めた。
「っ!?」
『うらああああ!!』
 バリアに亀裂が入る。
 壊されまいと薫は白夜の力を高めるが、山中はそのバリアごと薫の体を体育館のステージまで蹴り飛ばした。
「きゃあ!」
 10メートルほどの距離を飛ばされて、咄嗟に床に緩衝材を作って落下のダメージを無くす。
 同時に展開していたバリアが、粉々に砕け散った。
「何が、どうなってるの?」
 体勢を立ち上げて、薫は変貌してしまった山中を見つめる。
 その赤く染まった野性の瞳が、獲物を狩るような視線で睨み付けてきた。
『決闘ではあんたは強かったけどよぉ、こっちの戦闘はどうかなぁ!!』
「……!!」
 禍々しい闇の力を身に纏って、山中は不気味な笑みを薫へ向けた。




episode16――それでもあいつは――




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 数十分前、体育館へ向かおうとする山中を栞里が呼びがけた。
「なんだよ栞里さん」
「山中君、あなたにこれを渡しておきます」
 そう言って渡されたのは、真っ黒なカードだった。
「なんだこれ」
「もしあなたが、力を得たいと思ったなら、このカードを握りつぶしてください。そうすれば、あのスターのリーダーですら太刀打ちできない力が得られるはずです」
「その力ってのは、決闘で使えるのか?」
「いいえ。その力は、あくまで実力行使にしか使えません。なので決闘前か、決闘後に使うのをお勧めします」
「リスクは?」
「さぁ、そこまでは私は知りません。使うかどうかは、あなた次第です」
 栞里は小さく笑みを浮かべて、山中へ背を向けた。
 アダムから渡されたカード。スターのリーダーを止めるために、きっと必要だからと言って渡されたものだった。
「あなたはスターのリーダーを倒してくれればいいんです。そうすれば、もう何も恐れることはありません」
「ひゃは、面白そうだな。ありがたく使わせてもらうぜ」


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 3つのドーム状の闇が、ほぼ同時に晴れる。
 それぞれの中から、香奈、ライガー、薫、山中が姿を現した。
「みんな!」
 最初に声を上げたのは香奈だった。
 全員の無事を確認するべく、辺りを見回す。だがそこに、雲井の姿は見当たらない。
「ライガー、雲井は?」
『小僧は消えた。敵と相打ちになってな』
「そんな……! あんたが一緒なのに、なんで!?」
『我にも出来ることと出来ないことがある。それよりも、今は自分たちの身を心配した方がよさそうだな』
「え?」
 ライガーの視線の先。そこには薫と禍々しい姿をした山中がいた。
「なによあれ……」
『……アダムの力だ』
「え?」
『スターのリーダーと対峙している小僧から、尋常ではない闇の力を感じる。個人であれだけの力を持つのは不可能だ。軽い暴走状態と言ってもいいかもしれないがな』


『あぁ?』
 山中が、香奈とライガーの存在に気付く。
 その真っ赤な瞳に、香奈は背筋が凍りつくかと思った。
「香奈ちゃん! 下がってて!!」
 そう叫ぶと同時に、薫はレイピアを片手に斬りかかる。
 だがその刃は漆黒の体を傷つけることは出来ず、高い金属音と共に止まってしまった。
「……!!」
『おいおいおい、敵がよそ見してるところを攻撃するのか』
 ゆらりと、敵の瞳がこっちを向いた。
 明確な敵意と殺意。山中は、全力で自分を叩き潰すつもりだということが認識できた。
「コロン! みんなにバリアを張って!」
『分かった!』
 コロンが香奈の前まで飛んでいき腕を広げる。
 体育館でひとかたまりとなって眠っている生徒全体に、光のバリアが張られた。
 今の山中が相手では、防御力はあまり期待できたものではないことは分かっている。バリアを張ってもらったのは、これから全力で戦うためだ。気休めでも、戦いの衝撃から生徒たちを守れるならそれに越したことは無い。
『ひゃは! いいねぇやる気だねぇ』
「っ!」
 山中が力任せに拳を振り下ろす。
 薫は手に持ったレイピアを手放し、後ろに下がって距離を取る。
 敵の拳が空振りすると同時に、デッキケースからカードを取り出した。

 ――光の護封剣!!――

 無数の光の刃が、敵めがけて一斉に突き立てられる。
 だがその漆黒の体は鋼のように硬く、その刃は突き刺さることは無い。
『そんな攻撃が効くわけねぇだろうが!!』
 突き立てられる無数の攻撃を無視して、山中は膝を曲げた。
 次の瞬間、その姿が薫の視界から消える。
「!?」
 背後に感じる気配。
 一瞬で回り込まれてしまうほどのスピードだった。
「っ」
 体を反転して、全力のバリアを振り下ろされた拳へ向ける。
 とてつもない衝撃が腕に伝わり、薫はそのまま壁まで飛ばされた。
『まだまだぁ!!』
 追撃と言わんばかりに、山中の体から黒い刃が無数に放たれた。
 壁に打ち付けられたせいで反応が遅れた薫は、その攻撃を寸でのところで躱す。

 ――サイバー・ドラゴン!!――

 機械の龍を召喚し、エネルギー砲を放つ。
 だがその攻撃も、山中は片手で弾いてしまった。
「う……」
 サイバー・ドラゴンをカードの状態に戻し、次の一手を打つ。

 ――グラヴィティ・バインド×3!!――

 光の縄が、山中の全身を縛り上げる。
 本来なら付加させない重力による拘束も、今回は制御せずに付加させた。
『……! 体が重い……!!』
「はぁ、はぁ、はぁ!」
 今までの疲れ、そして連続による白夜の力の使用。
 薫の体力は著しく低下していた。
「これで、とりあえず――――」
『なーーんてな♪』
「え?」

 ブチッブチッ!

 本来なら千切れるはずのない光の縄が、どんどん切れていく。
 何かの力を使ったわけではない。圧倒的な力で、拘束を解いている。
「そんな……」
 手加減しているわけじゃない。さっきから全力で攻撃しているし、全力で拘束しているのだ。
 なのにそれらすべてが、今の相手には通用しない。
 もともと、薫は相手を倒すわけではなく相手を制するための戦闘方法を訓練していたため、攻撃力が低いのは仕方ないことなのだが、ここまで攻撃が通用しない相手は初めてだった。
『今度はこっちから行くぜぇ!!』
 再び高速で移動する山中。
 なんとか動きを捉えることができた薫は、自身の身体能力を強化して攻撃をかわす。
 振り下ろされる拳を避け、繰り出される蹴りを躱す。
 そこから生じる風圧を感じるだけで、まともに喰らえば痛いじゃ済まないことが分かった。
『おらおらおら! 逃げてんじゃねぇ!!』
「くっ!」
 激しくなる攻撃の手に、防戦一方になってしまう。
 反撃の手を考えようにも、躱すのが精いっぱいで考える余裕がない。
『だぁぁ!! うぜぇぇ!!』
 山中が力任せに床を踏み鳴らす。
 衝撃が床全体に伝わり、薫の真下にある床が一気に反り返った。
 飛んできた木の破片に気を取られ、薫の意識が一瞬だけ山中から逸れる。
 もちろん、山中はそれを見逃すはずがなかった。
『喰らえぇ!』
 隙が出来た左側面。鋼鉄の塊となった拳が迫る。
 防御壁を張る時間がない薫は、左腕に白夜の力を込めて防御する。
「っ!?」

 ボキッ、ボキッ

 体全体に響いた、嫌な音。
 とてつもない痛みが、薫を襲った。
 殴られた勢いを止めることが出来ず、そのまま薫は宙へ飛ばされる。
 背中から落下し、薫は痛みに体をくねらせた。
「っ、ごほっ!」
 咳き込むと同時に吐き出された血。
 左腕は青く腫れ上がり、突き抜けた衝撃が肋骨にヒビを入れ、内臓へダメージを与えていた。
(う、腕が……!)
 あまりの痛みに、白夜の力を使うための集中力が発揮できない。
 視界もぼやけ、自分が今どの位置にいるのかも判断しづらかった。
「薫さん! しっかりして!!」
 香奈の精一杯の呼びかけも、今の薫には届かない。
 山中は圧倒的な力量差に酔いしれながら、ゆっくりと近づく。
『最高の気分だぜぇ。他人をボロボロにするのがこんなに気持ちいいなんてなぁ』
「そんなこと……駄目だよ……!」
『まだほざくかよ!』
 さらに攻撃を加えようとした山中の動きが止まる。
 てっきり蹴られるかと身構えていた薫は、不審に思いながら相手を見上げる。
『そういやぁ、あんたは生徒を守るためにここにきたんだよなぁ?』
「……!!」
『だったらその生徒たちをぶっ殺せば、あんたはどうなるんだろうなぁ?』
「や、やめて!!」
『聞こえないなぁ!!!』
 山中は眠る生徒たちに飛び掛かり、拳を振り下ろす。
 コロンの張ったバリア全体にヒビが入り、今にも崩壊しそうなほどボロボロになる。
『うぅ!』
 必死でバリアを展開するコロン。
 ヒビが修復されて、バリアが元の状態に戻る。
『いつまで保つかなぁ?』
 再び攻撃を加えられ、バリアに亀裂が入った。
 もう一撃でも喰らえば、いかにコロンの強固なバリアでも砕かれてしまうだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
 歯を食いしばり、痛みを必死でこらえて、薫は集中する。
 なんとかしなきゃ。自分は、みんなを守るためにここに来たのだから。校長先生に、想いを託されたのだから。
(お願い、動いて……! あの子を、止めなきゃ……!)
 呼吸を整えて、右腕でカードケースを探る。
 今までの戦いから考えるに、生半可な攻撃は通じない。
 それなら……もうあの手段しかない……。
「待って……!」
『あん? 死にぞこないは黙ってろよぉ』
 なんとか薫は立ち上がり、相手を見据える。
 その右手に握られたカードは、かつて訓練中に使って大変なことになったカードだった。
 佐助からも「それは二度と使うな」とまで忠告を受けている。
(ごめんね、みんな)
 心の中で謝り、ゆっくりとそのカードを掲げる。
 たとえ身体がどうなったとしても、みんなを守りたい。ただその一心で、薫は覚悟を決めた。

『駄目だよ薫ちゃん! そのカードは使っちゃ駄目!!』

 コロンの叫び声。
 薫は優しく笑いかけ、そのカードを使用した。


 ――リミッター解除!!――


 薫の全身を爆発的な白い光が覆う。
 目の前で起こった現象に、山中は戸惑いながら動きを止めた。
『あぁん、なんだ――――』
「たぁ!!」
 高速で突進する薫。手に持った剣を目にも止まらぬ速さでふるう。
 今までの攻撃では傷一つつかなかった漆黒の肉体に、初めて傷が出来た。
『なに?』
「っ、たぁ!!」
 瞬く間に繰り広げられる剣舞。速さと威力が、今までの比ではなかった。
 ”リミッター解除”は、その名の通り全身のリミッターを解除するもの。本来、人の体は30%ほどの力しか使っていないのだが、このカードはそれを100%以上まで引きだし、さらに白夜の力も限界を超える力を使うことができるようになる。
 薫は”リミッター解除”を自身へ使い、限界を超えた力を発揮しているのだ。
『こいつ、今までと違う―――!?』
「いっけー!!」
 防御する腕を弾き、全力で斬りかかった。
 肉が切れる嫌な音が聞こえて、山中の両腕と両足が切り裂かれた。
『ぎゃああ!!』
「はぁ、はぁ、両腕と両足の腱を切ったよ。痛いかもしれないけど、後で治してあげるから、今は………」
『くそがぁぁ!』
 耳をつんざくような声を上げ、山中が力を入れる。
 すると先ほど与えた傷が、見る見るうちに塞がっていった。
「うそ……」
『大分マシになったじゃねぇか。だがこれくらいの傷じゃあ、俺は倒せないぜぇ?』
「っ……!」
 再び身構える薫。
 だがその手から、剣が零れ落ちた。
『薫ちゃん!!』
「う、あぁ……」
 力なく、その場に崩れ落ちる薫。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 体育館全体に響き渡るような絶叫。
 その全身は痙攣し、呼吸をするたびに咳き込み、吐血する。
 端から見ている香奈には、なぜ薫があんなに苦しんでいるのか理解できなかった。
「どうしたのよ!? 薫さん!?」
「……っ……ぅ………っ…!」
 気絶しそうになる痛み。かろうじて意識を保っているが、思考などまともに働ける状態ではない。
 ”リミッター解除”を使えば、限界を超えた力を扱うことができる。だがその代償として、一定時間後に副作用がやってくる。全身の痙攣など、体全体へのダメージが発生するのだ。
『グヒヒ、なんだ、呆気ねぇなぁ』
 山中は倒れる薫へゆっくりと近づく。
 相手が完全に動けない事を確認して、右拳を構えた。
『あの世に逝っちまいなぁ』
「やめてぇ!!」
 香奈の叫び声を聞き、山中の口元に残酷な笑みが浮かぶ。
 構える右拳に、さらに力が入った。
「あ、あぁ………!」
『苦しそうだなぁ。今、楽にしてやるよぉ!!』




 バァン!!



 突然、体育館のドアを破ってバイクが侵入してきた。
「え!?」
『あっ!』
 そのバイクは体育館の中央で停まり、乗っていた人間がヘルメットを外す。

「やれやれ、なんとか間に合ったらしいな」

『佐助!!』
「佐助さん!!」
 ボサボサの髪に無精髭を生やし、ほりの深い男性。
 スターの幹部、佐助だった。
『全然、間に合ってないよ!! 遅いよ!!』
「すまんな。渋滞で来るのが遅れた」
『あぁ? なんだぁてめぇは?』
 山中を無視して、佐助は苦しむ薫の容体を見る。
 あまり医学に詳しくは無いのだが、すぐに手当てしないと危険な状態であることが分かった。
「まったく……無茶し過ぎだ」
「さ、すけ……さん……ごめ、ん……なさい………でも……ぅっ…!」
「もういい喋るな。あとは任せろ」
『無視してんじゃねぇぇぇぇぇ!!』
 力任せに拳を振る山中。
 佐助は体を反転させてその攻撃を躱し、その勢いを利用して相手の顎めがけて回し蹴りを繰り出す。
 その蹴りは狙い通り顎を掠めて相手の脳を軽く揺らし、膝をつかせた。
『っ!?』
「どれだけ体を強化しても生物の急所は変わらん。顎が揺れれば脳も揺れる」
 そう言って佐助は、薫を香奈の方を運んで行った。
「おい」
「な、なに?」
「包帯でも何でもいい。こいつの応急処置は頼むぞ」
 そう言い残して、佐助は敵に向き合う。
 その隣にはコロンが膨れっ面で浮かんでいた。
『ぐぅ……!』
 山中がゆっくりと立ち上る。
 その体からあふれ出る闇の力を肌で感じながら、佐助は小さく溜息をついた。
「コロン、こいつはなんだ?」
『知らないよ。薫ちゃんが決闘で倒したのに、急にこんな姿になって襲い掛かってきたの』
「そうか……」
 佐助は今の状況を冷静に見つめ、なんとなくの答えを出す。
 決闘によって闇の結晶が破壊される前に、この莫大な闇の力で体ごと結晶を押し固めているのだろう。
 つまり、結晶を押し固めている部分。体の中央にある闇を除去すれば、自動的に闇の結晶は砕け散るはずだ。
『てめぇ、こんな舐めた真似してただで済むと思ってんのかぁ!?』
「それはこっちの台詞だ」
『ああ!?』
 拳を鳴らして、佐助は小さく息を吐く。
 敵討ちというのは、あまり戦う理由として採用したくは無いと思っているのだが、自分たちの組織のリーダーがあそこまでボロボロにされてしまって怒らない方がおかしいだろう。
『佐助、こいつかなり硬いよ。生身じゃ厳しいよ』
 コロンがその肩に乗り、敵を見据える。
 どうやらこいつも同じ気持ちなんだなと、佐助は思った。
「ああ。蹴った時に分かった。コロン、アレを使うぞ」
『うん!!』
 コロンが目を閉じて、光の玉に変化する。
 佐助はその光を手に取り、自分の体へ取り込んだ。

 ――ユニゾン!――

 佐助を中心に、眩い白夜の光が迸る。
 ボサボサの黒髪が白に染まり、その瞳はコロンと同じ緑色の瞳になっている。
 全身を、淡くも力強い光が覆っていた。

『なんだぁ?』
 相手の状態に疑問を抱きつつ、山中は身構える。
 佐助はその緑色の瞳で敵を睨み、静かに口を開いた。
「ここじゃ狭いな。おい、外に出ろ」
『は?』
「聞こえなかった? 外に出ろって言ったんだ」
 あまりに素っ頓狂な言葉に、山中は声をあげて笑う。
 佐助の右拳が強く握られていることに、気づく様子は無い。
『グヒヒ、馬鹿かぁ!? 表に出るまでもなく、てめぇはここで死ん』

 ズドォン!!

 キャノン砲が炸裂したかのような音。
 すさまじいまでの衝撃が、山中の体を貫いた。
 気が付くよりも早く、その体が体育館の壁まで吹き飛ばされる。
『グフッ!?』
 やっと口から血が吐きだされた。
 何が起きたのか分からなかった。
 気が付いたら、体が体育館の端まで飛ばされていた。
 動こうにも、体が壁にめり込んでいるためすぐには動けない。
『っ!?』
 再び、巨大な衝撃が体を貫く。今度は上からだ。
 床に叩き付けられると同時に、側面からの衝撃。
 1度も床に触れることなく、山中の体は壊されたドアを通って外まで飛ばされた。
『ガフッ!』
 遅れての吐血。
 すぐさまダメージの回復を行うも、薫との戦闘時より回復が遅い。
 決して再生機能が鈍っているわけではない。ダメージの量が多すぎるのだ。
『ガハ、グファ……!』
「まったく、どうにも加減が難しいな」
 グラウンドまで飛ばされ、倒れる山中へ向けて佐助は言う。
 外に徘徊しているモンスターたちも、すぐ目の前で起こっていることが理解できないでいるのか、動こうとしない。
『て、てめぇ……っ、何をした!? 超能力か?』
 なんとか体を起き上がらせて、山中は尋ねる。
 それに対して佐助は、呆れたように息を吐きながら、拳を構えた。

「近づいて、殴る。誰でもできることをやったまでだ」

『なん……だと……!?』
 山中の表情が驚愕に染まる。
 近づいて、殴る。そんな単純な動きが、まったく見えなかった。見えないだけじゃない。ありえないほどの攻撃力も兼ね備えている。ただの人間にそこまでの力があるなんて、到底思えなかった。
『てめぇ、まさか俺と同じ……』
「そうだな。似たようなものさ」
 佐助はそう言って小さく笑う。
 ”ユニゾン”とは、コロンの持つ白夜の力を自身の体へ還元する行為の事を指している。
 もともとコロンは佐助の白夜のカードが実体として具現化したもの。そのためコロンの持っている白夜の力と、佐助の持っている微弱な白夜の力は同調しやすい性質を持っている。だからこそ、佐助とコロンは”ユニゾン”という行為で力を合わせることが出来るのだ。
 外見に多少の変化が起きるものの、それ以外はデメリットはあまりない。せいぜい疲れる程度だ。
 佐助へ還元された白夜の力は、同化したコロンが制御している。
 そして佐助は還元された白夜の力を、すべて身体強化のために運用している。他にも運用方法があるのだが、佐助はその力のほとんどを身体強化のために運用している。強化された身体能力と白夜の力によって、佐助は本来の身体能力の約50倍まで引き上げることが出来る。
「抵抗しないなら、楽に沈めてやる。じっとしていろ」
『くっ……』
 山中は焦った。まさかこれほどの相手がいるなんて、考えてもみなかったからだ。
 だが同時に、心の底では笑っていた。薫との戦いで見せなかったファイナルリミットの解除。使えば二度と元に戻ることは無いと思えるほどの力。それを使うにもってこいの相手だった。
 自分の姿はすでに化け物になっている。ならばこれ以上どうなろうとしったことではない。行けるところまで行くだけだ。
『うがあああああああああ!!』
 雄叫びと共に、グラウンドにいるモンスター達が黒い霧となって山中へ取り込まれていく。
 すべての闇を吸収したその体がより大きく強靭に、そして禍々しいものに変化した。
 その肉体を覆う闇の質が、より黒く深い物になったことを佐助は感じ取った。
(なんか、敵さんも本気だね)
 自身の中にいるコロンが語りかけてきた。
「ああ。だが俺達のやることは変わらん」
(そうだね)
『うがああああ!!』
 もはや化け物の姿となった山中が、文字通り血眼になって襲い掛かってくる。
 振り下ろされる拳を、佐助は後ろに下がって躱す。
 勢いを失わない攻撃はそのまま地面へ当たり、辺り一帯の地面に亀裂を入れた。
「………」
 かなりの攻撃力だと、敵ながら感心してしまった。
 加えて移動速度も跳ね上がっている。その速さは、今の自分と同等くらいだろうと判断した。
『うらぁ!!』
 高速で突撃し、次々と連撃を繰り出す山中。
 佐助はそれをいなしつつ、隙が出来た腹部へ一撃を加えた。
「……」
『がっ…! くっ、さっきよりは、痛くねぇぇぇ!』
 蹴りによる反撃がくる。
 腕を交差してそれを防御し、お返しの上段蹴り。
 こめかみを蹴られて、体勢を崩す相手の隙へもう一撃入れるために拳を引く。
『ふっ!』
 山中の体が宙へ跳んだ。
 その背には蝙蝠のような真っ黒な翼が生えており、大きな体を支えて宙に浮いている。
『わざわざ地上で戦う必要はねぇよなぁ』
「……そうだな」
『まさか飛べるなんて思わなかっただろう? それとも、てめぇも飛べるのかぁ?』
「あいにく飛行は出来ないんだ。ついでに言えば、俺は遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない」
『ぎゃははは! じゃあ空から嬲り殺しにしてやるよぉ!!』
 山中が地面へ向けて手をかざすと、そこから漆黒のエネルギー弾が放たれる。
 それは接触した瞬間に小さな爆発を起こし、地面を陥没させた。
『これを空から大量に降らせてやるよぉ!!』
「それは遠慮してもらえると助かる。グラウンドの修復にいくらかかると思っているんだ」
『……!』
 自分の心配ではなく、グラウンドの心配をする佐助の余裕が山中のカンに障った。
 どうしてそこまで余裕なのか。追い詰めているのは自分なのに、相手はなぜ自身の心配をしないのか。
 気に入らない。何もかも気に入らない。壊す。壊して壊して、壊しまくってやる。
『死ねぇ!』

 エネルギー弾を放とうとした山中の視界から、佐助の姿が消えた。

『!?』
「こっちだ」
 その背後に、佐助の姿があった。
 無防備な顔面を、全力の拳が殴打する。
『がはっ!』
 吹き飛ばされながらも、宙に浮かぶ佐助へ向けてエネルギー弾を放つ。
 攻撃される前に自ら宙へジャンプしたのだろうが、攻撃後はまったくの無防備だ。佐助に飛行する手段がない以上、これは受けざるを得ないだろう。
 だが、そんな山中の考えを佐助はいとも簡単に看破する。
『な!?』
 佐助の体が空中を”横”に移動し、エネルギー弾を躱した。
 その背に翼は見られない。さらに横に移動した佐助が、今度は直角に曲がって突っ込んでくる。
 ありえない。仮に佐助の背に見えない翼があるにしても、あのスピードで直角に曲がるのは不可能なはずである。少しでも旋回するような動きがなければ、空中の飛行は出来ないはずなのだ。
「不思議そうだな」
 佐助の飛び蹴り。腹部にまともに喰らった山中は、そのまま地面に叩き付けられた。
『がっ! な、なに……?』
 倒れる山中の目がとらえたのは、宙に浮かぶ……いや、宙に”立つ”佐助の姿だった。
 その足元には、目にとらえるのが困難なほど透明なブロック状のものが浮いていた。
「気づいたか? 俺は”飛行”は出来ないが、”空中戦”が出来ないとは言っていないぞ」
 これが答えだった。
 考えれば単純なことである。
 ”空を翔ける翼”が無いなら、”空を駆ける足場”を作ればいい。
 白夜の力によって形成した無数の透明なブロック。それを足場に移動すれば、簡単に空中移動が出来る。
「降参しろ。お前と俺では、場数が違いすぎる」
 倒れる敵を見下ろし、佐助は告げる。
 その残酷すぎる事実は、山中を怒らせるには十分すぎた。
『戯言を言ってんじゃねぇぇぇ!!』
 超高速で突撃し、拳を振りかぶる。
 佐助もブロックを蹴り、拳を振りかぶる。
 ぶつかり合う拳。次の瞬間、山中の右腕が90度曲がった。
『うぎゃあああああああ!!』
「なんだ……お前、軽いな」
 空中へ蹴り上げる。
 ブロックを蹴り、移動するたびに高速の連撃を加える。
 あっという間に山中がボロボロになっていく。
『グッアアアアアアア!』
「降参しろ。今ならまだ死なずに済むぞ」
 連撃を中止して、最後の警告をする。
 これ以上やったら、命の保証はあまり出来ないと思ったからだ。
『ガハハ………やっぱ甘いなぁ。あのきれいごとを並べる女も同じだ。俺は生徒だから、トドメは刺さないだろうがぁ!! これなら俺は、負けることは―――!?』
 すれ違いざまの佐助の一撃。
 山中の左腕が90度曲がってしまった。
『ぎゃああああ!!!』
「勘違いするなよ。俺は薫とは違って、容赦はしないぞ」
『うぜぇぇぇぇぇぇぇ!! てめぇもあの綺麗ごとを並べる女の仲間だろうがぁ!!』
 その口から、エネルギー弾を体育館へ向けて放った。
「っ!」
 ブロックを移動して、佐助はそのエネルギー弾を弾き飛ばした。
 その隙に山中は、残った力をすべて込めて空へ飛んだ。
 血を吐きながらも、腕を折られながらも、上空に高く飛ぶ。
 こうなっては仕方がない。癪だが逃げるしかない。空を覆うあの黒雲の中にまで行けば、逃げられる。これだけ距離があれば、追いつかれることは―――。

「そんなことだろうと思ったさ」

『!?』
 その上に、すでに佐助がいた。
『なんで……』
「脚力強化と移動補助の2点にのみ白夜の力を集中させた。ここまで暴れておいて、逃がすわけがないだろう?」
『……!』
 全身を覆うことで50倍まで強化できる白夜の力。それを一点に集中させれば、それ以上の倍増効果が期待できる。もちろん他の箇所はおろそかになるが、何かに特化した行動をするのにはもってこいである。
「これで終わらせる」
 全身の光が、その右拳に集まって莫大な光になっていた。
 ”攻撃力強化”の”一点集中”。佐助が持つ最高の攻撃である。
『くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
 衝撃と閃光が、山中の体の中心を貫いた。
 地面に打ち付けられ、漆黒の肉体に埋め込まれた闇の結晶が粉々に砕け散る。
 佐助は地面に降り立ち、相手が完全に戦闘不能になったことを確認する。
「……ユニゾン解除」
 そう呟くと、佐助とコロンが分離した。
 白かった髪が黒に戻り、緑色の瞳も元の黒に戻る。
「ぁ……っ……」
 決闘に負け、結晶を失ったことで、消えていく山中。
 佐助は彼を見下ろし、静かに告げる。
「たしかに、薫の言うこともやることも、すべて綺麗事で、甘いことばかりさ……」
 あんなにボロボロになるまで、戦い続けた彼女の姿が浮かぶ。
 どれだけ綺麗事だと言われようとも、頑なに自分の信念を貫く姿。
 そんな彼女だからこそ、自分はスターとして一緒に戦えるのだと思う。
(俺もずいぶん、甘くなったものだな……)
 佐助は小さく溜息をつく。
 そして、倒れた敵に背を向けながら、こう告げた。


「……それでもあいつは、お前から生徒達を守りきったんだよ」




episode17――屋上での戦い――




 薫たちが体育館で戦闘を繰り広げているころ、大助は屋上で神原聡史と対峙していた。
 真っ黒な雲が覆う空のもと、聡史は不敵な笑みを浮かべている。
「お前が……こんなサバイバルを計画したのか」
「そうだよ。もっとも、ほとんど僕の妹とアダムが実行したようなものだけどね」
「やめさせろ、今すぐに。こんなことしたって、何にもならないだろ!」
「なるよ。僕が強くなるためには、これは必要なことなんだ」
「どういうことだ?」
「人が強くなるには、どうしたらいいと思う? 人は、命を懸けた戦いの中でこそ一番成長できるんだ。弱い僕が強くなるためには、命を懸けたギリギリの戦いで成長していくしかないんだよ」
「なっ……」
 聡史はたいして悪びれる様子もなく、言葉を続ける。
 なんだこいつ? 自分が強くなるために、こんなサバイバルを仕組んだってことか?
 そんな……そんな勝手な理由で、学校全体を巻き込んだのか?
「本当に、このサバイバルは素晴らしいものだって思うよ。負ければ消えるギリギリの緊張感。神経とかがすごく研ぎ澄まされるし、カードもそれに応えてくれるようになる」
「………」
 言葉が出なかった。
 呆れとか怒りとかを通り越して、訳が分からなかった。
「おかげで僕はすごく強くなれたよ。本当、消えてくれたみんなには感謝しないといけないね」
「……それ……だけか?」
「なにが?」
「お前……ただそれだけの理由で、こんな戦いを始めたって言うのか?」
「そうだけど?」
「なっ……ふざけるな!」
「ふざけてないよ。僕が強くなるためなんだから仕方ないでしょ」
「負ければ消える決闘をみんなに強要して、仕方ないで終わらせるつもりか!? 強くなるなら、他にいくらでも方法があっただろ! わざわざこんなことしなくても良かったはずだ!!」
 急に怒りが湧いてきた。
 こんなに大事件を起こしたからには、それなりの理由があると思っていた。
 だけど、こんなくだらない理由でサバイバルが行われたと告げられて、納得できるはずがない。
「ギリギリの緊張感が必要だったんだよ」
「闇の結晶を持っているんだろ。負けても消えない奴が緊張感とか言うな! お前のせいで、どれだけの人が消えたと思っているんだよ!?」
「弱い人間は消えていい。僕は強いから、何をしても許されるんだ」
「……!!」
 こいつ、正気なのか?
 冗談で言っているとか、挑発しているとかじゃない。こいつは本気で、強ければ何でも許されると思っている。
「そんなに怒らないでいいじゃないか。どうせ君も、何人か消してここまで来たんだろ?」
「お前……!」
「さぁ、そろそろ始めようよ。君は強いんだろ? 僕の練習台にはぴったりだ」
 聡史がデュエルディスクを構えた。
 俺もすぐにデュエルディスクを構えて、デッキをセットする。
 負けられない。こんな自分勝手な奴に、負けるわけにはいかない!



「「決闘!!」」



 大助:3050LP   聡史:8000LP



 ライフポイントが3050ポイント。
 良かった。雨宮が受け渡してくれたライフがちゃんと活きている。
「あれ? そんなにライフが減ってるの?」
「悪いかよ。お前と違って、ライフが回復するわけじゃないんだ」
「そうなんだ。まっ、どうでもいいや。この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動するよ」
 聡史のデュエルディスクから、深い闇が溢れ出して辺りを包み込んでいく。
 闇の結晶を持っているから当たり前だが、どんな効果なんだ?
「これが僕の"虚空へ飲み込む闇の世界"さ」


 虚空へ飲み込む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 ???


 重要な効果欄が闇に隠れていて、ここからではよく見えない。
 できればたいした効果じゃなければいいんだが……。
「僕のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 聡史はカードを引き、小さく溜息をついた。
 先攻を取ったっていうのに、たいして嬉しそうでもないな。
「最初はこんなものかな。モンスターをセット、カードを伏せてターン終了だ」
 静かな立ち上がり。
 様子見をしているのか、それとも……。

 ターンが移行して、俺のターンになった。

「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 手札を見つめる。
 立ち上がりとしてはなかなかの手札だろう。
 ライフが少ない上に相手の戦術が分からない以上、ここは積極的に攻めるしかない。
「手札から"真六武衆−エニシ"を召喚する!!」


 真六武衆−エニシ 光属性/星4/攻1700/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター2体をゲームから
 除外する事で、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して手札に戻す。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
 また、自分フィールド上に「真六武衆−エニシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で2体以上存在する場合、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。


「……六武衆か。あぁ思い出したよ。君があの中岸大助君か。妹からも強いから注意してって言われてたっけ」
「そりゃどうも。六武衆が場に1体いることで、手札から"六武衆の師範"を特殊召喚する!!」
 大剣を構える武士の隣に、隻眼の武士が参上した。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「そんなに展開しちゃってさ……攻める気満々だね」
「バトルだ! 師範でセットモンスターを攻撃!!」
 隻眼の武士が刀を手に、姿の見えないモンスターへ斬りかかる。
 裏側になっていたモンスターが表になり、その姿が映し出された。


 ペンギン・ソルジャー 水属性/星2/攻750/守500
 【水族・効果】
 リバース:フィールド上のモンスターを
 2体まで選択して持ち主の手札に戻す事ができる。


「"ペンギン・ソルジャー"だと……?」
 思ってもみなかったモンスターの登場に少し驚く。
 リバースしたときに場にいるモンスター2体をバウンスする効果を持ったモンスター。
 最近ではあまり見ていなかったせいか、ずいぶんと懐かしく感じる。
「モンスター効果発動だよ。大助君の場にいるエニシと師範を手札に戻す」
「バウンスか」
 場から手札に戻されるくらいなら、大丈夫だ。
 特殊召喚できる効果を多く持った六武衆なら、さして脅威じゃない。
「ただのバウンスじゃないけどね」
「なに?」
 そんな俺の考えを見透かしたかのように言った聡史。
 ペンギンの姿をしたモンスターが、場にいる2体の武士を氷漬けにしてしまった。
 そして――――

 真六武衆−エニシ→除外
 六武衆の師範→除外

「……え?」
 手札に戻るはずだった2枚のカードが、虚空へ消えてしまった。
 突然すぎる事態に、頭が追いつかない。
「言ったじゃないか。ただのバウンスじゃないってさ」
 そう言って聡史は笑う。
 どういうことだ。手札に戻るはずだったカードが除外されるなんて……。
 そんなことが出来るカードがあるとすれば……。
「闇の世界か……!」
「やっと気づいたの? 僕の闇の世界は、バウンスを最強の除去へと変化させるのさ」


 虚空へ飲み込む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 フィールド上から手札に戻る相手のカードは手札に戻らずゲームから除外される。



「く……」
 要するに"縮退回路"の強化版ってことか。
 ただのバウンスが、除外と言う強力な除去方法へと変わってしまっている。
 だとするとまずい。バウンスならまだしも除外は六武衆には不利だ。
「さぁどうするの? このまま終了する?」
「……俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:3050LP

 場:伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 聡史:8000LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「僕のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 聡史は笑みを浮かべたまま、引いたカードをそのままデュエルディスクに置く。
 ドリルを携えた小さなモグラが現れた。


 N・グラン・モール 地属性/星3/攻900/守300
 【岩石続・効果】
 このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
 ダメージ計算を行わずその相手モンスターとこのカードを
 持ち主の手札に戻す事ができる。


「またバウンスモンスター……!」
 やっぱり相手のデッキは、バウンスに特化したものか。
 闇の世界と最高のシナジーが出来るようなデッキにしてあるのだろう。
「バトル。グラン・モールで攻撃だ」
 小さなモグラの頭がドリルのようになって、突撃してくる。
 体の中心を貫かれたかのように痛みが襲う。
「ぐっ!」

 大助:3050→2150LP

 さっそくダメージを受けてしまったか。
 本当に、雨宮に感謝しないといけないな。
「カードを1枚伏せて、ターン終了だよ」

 聡史のターンが終わり、ターンが移行する。

「俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 2枚も伏せカードがあるのに、相手は臆せず攻撃してきた。
 伏せていたカードが脅威ではないと見抜いたのか、それとも単に余裕なのか分からない。
 だけど相手の戦術は分かった。あとはそれに今から対応できるかどうかだ。
「"六武衆の結束"を発動する!」
 背後に現れたのは、武士たちの結束を示す陣。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


「そして"六武衆−カモン"を召喚する!!」
 描かれる赤い召喚陣。
 その中から、爆弾を持った武士が現れた。


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1

「あっそ、伏せカードを発動するよ」


 強制脱出装置
 【通常罠】
 フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。


「……!!」
「それでカモンには退場してもらうよ」
「まだだ! 伏せておいた速攻魔法"六武衆の荒行"を発動する!!」


 六武衆の荒行
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターと同じ攻撃力を持つ、同名カード以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時、選択したモンスターを破壊する。


「へぇ、そうやって対応するんだ」
「この効果でデッキから攻撃力1500の"真六武衆−シナイ"を攻撃表示で特殊召喚する!!」
「でも"強制脱出装置"の効果で、カモンは除去されるよ」


 真六武衆−シナイ 水属性/星3/攻1500/守1500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−ミズホ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、
 自分の墓地に存在する「真六武衆−シナイ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。


 六武衆−カモン→除外("強制脱出装置"+"虚空へ飲み込む闇の世界"の効果)
 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

「カウンターの溜まった結束を墓地に送って、デッキから2枚ドローだ!!」(手札1→3枚)
「ふーん。それでどうするの?」
「場にシナイがいることで、手札から"真六武衆−ミズホ"を特殊召喚だ!!」
 巨大な棍棒を構える武士の隣に、三日月形の刃を携えた女武士が現れた。


 真六武衆−ミズホ 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−シナイ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。


「ミズホの効果発動! シナイをリリースすることで、グラン・モールを破壊する!!」
「あっそ」
 女武士から放たれた光が、聡史の場にいるモグラを切り裂く。
 自分のモンスターがやられたにも関わらず、相手は大して気にしていないようだった。

 真六武衆−シナイ→墓地
 N・グラン・モール→破壊

 これで厄介なモンスターは除去することが出来た。
 本当ならリリースされたシナイの効果も使いたいところだが、墓地に他の六武衆がいない以上、効果を使うことはできない。
 なんにしても、相手の場にモンスターはいない。
 伏せカードが気になるが、ここは攻撃するべきだろう。
「バトルだ!!」
「攻撃宣言時に伏せカードを発動するよ」
「っ!?」


 門前払い
 【永続罠】
 フィールド上のモンスターがプレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、
 そのモンスターを持ち主の手札に戻す。


「しまった……!」
 女武士が手に持った刃で聡史を切り裂く。
 相手は軽くよろける程度で、してやったりの笑みを浮かべていた。
「ぐっ!」

 聡史:8000→6400LP

「さぁ、"門前払い"の効果でミズホには消えてもらおうかな!」
「くっそ……!」

 真六武衆−ミズホ→除外("門前払い"+"虚空へ飲み込む闇の世界"の効果)

 "門前払い"を伏せていたのか。
 迂闊だった。相手がバウンスデッキだということが分かっていたのだから、警戒するべきカードだったはずなのに……。
「俺はこれで……ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:2150LP

 場:伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 聡史:6400LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   門前払い(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「僕のターンだ。ドロー」(手札3→4枚)
 余裕に満ちた表情だった。
 それほど手札が良いのか……?
「モンスターをセット、カードを1枚伏せてターン終了だ」

 ほとんど何もしないまま、聡史はターンを終える。
 またモンスターを裏側守備で出したってことは、リバースモンスターか?
 それとも門前払いの効果を避けるために、単に守備表示にしただけなのか?
「大助君のターンだよ」
「……俺のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 3枚になった手札を確認する。
 駄目だ。闇の世界の効果のせいで、墓地活用のカードのほとんどが使えない。
 かといってこのままターンを終えても、無防備なまま相手へターンを渡すだけだ。
 ブラフだけど、伏せカードを増やして相手の警戒心を煽っておこう。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 お互いにほとんど行動をおこなさないまま、ターンが移り変わっていく。
 聡史の持つ不気味な雰囲気が、妙なプレッシャーになっている気がした。

「僕のターン、ドロー」(手札2→3枚)
 聡史はすでに行動を決めていたのか、引いたカードを手札に加えたあと、1枚のカードを選び出した。
「僕はセットモンスター"暴風小僧"をリリースして、"始祖神鳥シムルグ"をアドバンス召喚だよ」
「っ……!」
 風が吹き荒れる。突風が吹き荒れる中、金色に輝く翼をもった神鳥が姿を現した。


 暴風小僧 風属性/星4/攻1500/守1600
 【天使族・効果】
 風属性モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


 始祖神鳥シムルグ 風属性/星8/攻2900/守2000
 【鳥獣族・効果】
 このカードが手札にある場合通常モンスターとして扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 風属性モンスターのアドバンス召喚に必要なリリースは1体少なくなる。
 風属性モンスターのみをリリースしてこのカードのアドバンス召喚に成功した場合、
 相手フィールド上のカードを2枚まで持ち主の手札に戻す。


「シムルグの効果発動だ。大助君の場にある伏せカード2枚を場に戻すよ!」
「くっ」
 神鳥が翼を羽ばたかせて、強烈な風を巻き起こす。
 その風に煽られて、俺の場にあった2枚のカードが虚空へ消えてしまった。

 諸刃の活人剣術→除外
 究極・背水の陣→除外

 諸刃の活人剣術 
 【通常罠】
 自分の墓地から「六武衆」と名のついたモンスター2体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
 このターンのエンドフェイズ時にこの効果によって特殊召喚したモンスターを破壊し、
 自分はその攻撃力の合計分のダメージを受ける。


 究極・背水の陣
 【通常罠】
 自分のライフポイントが100ポイントになるようにライフポイントを払って発動する。自分の墓地に
 存在する「六武衆」と名のついたモンスターを自分フィールド上に可能な限り特殊召喚する(同名カード
 は1枚まで)。ただし、フィールド上に存在する同名カードは特殊召喚できない。


「なんだ、ブラフだったのか。じゃあついで伏せカードも発動しておこうかな」
 そう言って聡史は、伏せていたカードを開いた。


 押し売りゴブリン
 【永続罠】
 自分フィールド上のモンスターが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
 相手の魔法&罠カードゾーンのカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。


 戦闘ダメージを与えるたびに相手の魔法・罠カードをバウンスするカードか。
 とことん俺の場のカードを除外するつもりなのだろう。
「バトルだ!!」
 聡史の攻撃宣言で、神鳥が羽ばたく。
 自分の場に"門前払い"があるにも関わらず、躊躇なく攻撃してきたってことは、これで決めるつもりなのだろう。
 これを受ければ俺は負ける。だけど、そう簡単に負けるわけにはいかない!!
「伏せカード発動だ!!」
 神鳥が放った真空の刃を、光のバリアが受け止めた。


 ドレインシールド
 【通常罠】
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。


 大助:2150→5050LP

「わぉ、そうやって防いだんだ。こんなことならそっちの伏せカードを射抜いておくんだったなぁ」
「残念だったな」
「別に。僕が優勢なことに変わりはないしね。これでターンエンドだよ」

-------------------------------------------------
 大助:5050LP

 場:なし

 手札1枚
-------------------------------------------------
 聡史:6400LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   始祖神鳥シムルグ(攻撃:2900)
   門前払い(永続罠)
   押し売りゴブリン(永続罠)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認し、ゆっくりと手札に加える。
 駄目だ。これじゃあ逆転できない。
 今は耐えるしかないか……。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


「防戦一方だね、僕のターン、ドロー」(手札2→3枚)
 つまらなそうな表情をして、聡史はそのままバトルフェイズに入った。
 神鳥が再び羽ばたき、俺に攻撃してきた。
「まだだ! 手札の"大将軍 紫炎"を捨てて、"ホーリーライフバリアー"を発動する!!」


 ホーリーライフバリアー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。
 このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする


 光の壁が出現して神鳥の攻撃を弾く。
 神鳥は低く嘶き、聡史の場に戻って行った。
「また防いだんだ……」
「………」
 なんとかギリギリで防いでいるが、いつまで耐えられるか……。
「ターンエンドだよ」



「俺のターンだ!」
 目を閉じて祈る。
 手札にも場にもカードは無い。チャンスがあるとすればこのターンだ。
 頼む、あのカードを引かせてくれ……!
「ドロー!!」(手札0→1枚)
 引いた瞬間、カードが白い光を放つ。
 良かった。来てくれたか。
「手札から"先祖達の魂"を召喚する!!」


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


「俺の場と手札に他のカードが無い時、効果によって墓地から"大将軍 紫炎"を特殊召喚できる!! ただしその効果は無効になって、攻守も0になる!」
 フィールドに現れた青い光が円を描き、墓地から大将軍を復活させた。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


 大将軍 紫炎:攻撃力2500→0 守備力2400→0 効果無効

「シンクロ……か」
「ああ、いくぞ! レベル7の紫炎にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 無数の青白い光が、将軍の体に取り込まれていく。
 紅蓮の炎が巻き起こり、強力な力を宿した最強の将軍を呼び覚ました。
「シンクロ召喚!! 出てこい! "大将軍 天龍"!!」


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「へぇ、それが白夜のカードか」
「知っていたのか」
「まぁね。アダムから話は聞いているよ」
「だったら効果だって聞いてるよな! 天龍の効果発動! デッキから"六武衆−カモン"を除外して、その能力を天龍に付加させる!!」


 六武衆−カモン 炎属性/星3/攻1500/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−カモン」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけ表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 大将軍 天龍:攻撃力3000→4500 守備力3000→4000

 俺のデッキから赤い光が溢れて、天龍の持つ武器を覆う。
 巨大な刀だったものは爆弾へと変化して、天龍はそれを強く握りしめた。
「カモンの効果を宿した天龍の効果で、お前の場にある"門前払い"を破壊する!!」
 天龍が手に持った爆弾に火をともし、投げつける。
 爆弾は聡史の場で大きな爆発を引き起こし、表側になっていたカードを1枚吹き飛ばした。

 門前払い→破壊

「この効果を使ったターン、天龍は攻撃できない。ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:5050LP

 場:大将軍 天龍(攻撃:4500・"六武衆−カモン"の能力付加)

 手札0枚
-------------------------------------------------
 聡史:6400LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   始祖神鳥シムルグ(攻撃:2900)
   押し売りゴブリン(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------

 やっと邪魔な"門前払い"を破壊することができた。
 次のターン、天龍の効果でデッキからニサシの力を借りれば、2回攻撃でトドメを刺すことが出来る。
 もちろん相手だって何か行動を起こすはずだから、油断は出来ないが……。
「僕のターン、ドロー」(手札3→4枚)
 聡史はカードを引いた瞬間、大きく溜息をついた。

「もういいや。飽きたよ」

「なんだと?」
「強いって言うから期待してたのに、この程度か。残念だよ」
「………」
「まぁでも、せっかく白夜のカードを見せてくれたわけだし、こっちも”神様”を見せてあげるよ」
「なに……?」
 こいつ、今、神を見せてあげるって言ったのか?
 まさかこいつ、闇の世界だけじゃなく、神のカードまで持っていたのか!?
「いくよ。手札から"創造の代行者 ヴィーナス"を召喚するよ」


 創造の代行者 ヴィーナス 光属性/星3/攻1600/守0
 【天使族・効果】
 500ライフポイントを払って発動する。
 自分の手札またはデッキから「神聖なる球体」1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。


「そのモンスターは……」
 いったいどういうことだ? バウンス関係の効果を持っていないモンスターを召喚するなんて……。
 てっきりGT(ゴッドチューナー)が出てくると思っていたのに、考えすぎだったのか?
「いくよ。ヴィーナスの効果発動。1500ポイントのライフを払って、デッキから3体の"神聖なる球体"を特殊召喚だ」
 聡史の場にいる女神が祈りをささげる。
 するとその女神の周りに、神聖な光を放つ球体が3つ現れた。

 聡史:6400→5900→5400→4900LP

 神聖なる球体 光属性/星2/攻500/守500
 【天使族】
 聖なる輝きに包まれた天使の魂。
 その美しい姿を見た者は、願い事がかなうと言われている。


「さぁお披露目だ。ヴィーナスと球体の4体。そして"追いはぎゴブリン"をデッキの1番下に戻す!」
「なに!?」
「現れろ!! "GT−神風の指揮者"!!」
 聡史の場にある5枚のカードが消える。
 フィールドの中心に小さな竜巻が起こり、そこに緑色のマントを羽織った小人型のモンスターが現れる。
 どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、そのモンスターは手に持った指揮棒を音楽を奏でるように振っていた。


 GT−神風の指揮者 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 自分の場に存在するカードを5枚デッキの一番下に戻したときのみ特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。 
 1ターンに1度、自分の場にいるモンスター1体のレベルを10にすることができる。


「なっ、GTだと……!?」
 まさか本当に出てくるとは思わなかった。
 だけど、相手の場にはシンクロモンスターがいない。GTを使ったシンクロをするには、レベル10のシンクロモンスターが必要なはずだ。あのGTにはレベルを変更する効果があるけど、シンクロモンスターがいないなら問題ない。
「もしかして、シンクロモンスターがいないから大丈夫だとか思ってない?」
「……!」
 見透かされてしまった。
 聡史は不気味に笑いながら、手札の1枚に手をかける。
「これで準備は完了だよ。手札から装備魔法"チェンジ・カラー"をシムルグに装備してシンクロモンスターにする! そして神風の指揮者の効果でシムルグのレベルを10にする!」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。


 始祖神鳥シムルグ:効果モンスター→シンクロモンスター レベル8→10

「しまった……!」
 以前に雲井が話していたはずなのに、"チェンジ・カラー"というカードの存在をすっかり忘れていた。
 まずい。これで相手の場には神のカードを召喚するための準備が整ってしまった。
「レベル10のシムルグに、レベル2の神風の指揮者をチューニング!!」
 神秘的な神鳥の背に乗り、指揮者は指揮棒を軽やかに振るう。
 2体のモンスターの体を無数の光の輪が覆っていく。
 爆発的な風が巻き起こり、その中に見たことも無いモンスターの影が現れた。

「ゴッドシンクロ!! すべてを吹き飛ばせ! "風の神−シルフィ・ウインド"!!」

 
 風の神−シルフィ・ウインド 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−神風の指揮者」+レベル10のシンクロモンスター
 ???
 このカード以外のモンスターが攻撃宣言をしたとき、そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
 このカードは相手フィールド上のカード効果を受けない。


「くっ……!」
 現れたのは、幻想的な羽を持った巨大な妖精の姿をしたモンスターだった。
 顔は真っ白な仮面に隠され、絹のローブに包まれた美しい姿をしている。
 その羽が羽ばたくたびに、緑色の光の粒が辺りを舞った。
 そして独特の威圧感と強力な効果。今までの戦いの経験から、まぎれもない神のカードだということが分かった。
「そんなに身構えないでよ。ターンエンドだ」
「なに!?」
 せっかく神を召喚したのに、攻撃せずにターンエンドだと?
「別に攻撃してもいいんだけどさ、返しのターンに"死者蘇生"とか使われたら大変だからね」
「なにを――――」
 言いかけた瞬間、フィールド全体に突風が吹き荒れた。
 姿勢を低くしないと遥か彼方まで吹き飛ばされてしまうかのような風の強さに、俺は思わず目を瞑る。
「っ!」
 その風は数秒で止み、目を開くと俺の場には何も残っていなかった。

-------------------------------------------------
 大助:5050LP

 場:なし

 手札0枚
-------------------------------------------------
 聡史:6400LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   風の神−シルフィ・ウインド(攻撃:5000)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「な、何が起こったんだ?」
 突風が吹いたと思ったら、天龍の姿が消えていた。
 除外ゾーンに送られていることから、風の神の効果でバウンスされたんだろうが……。
 なんだ? この嫌な予感は……?
「どうしたの?」
「っ、俺のターン!!」
 思考を中断する。
 余計なことを考えるな。今はあの風の神を、どうやって攻略するかを考えろ!
「ドロー!!」(手札0→1枚)
 引いたカードは――――


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「……!」
 ここにきてこのカードか。風の神には相手フィールド上のカード効果を受けなくする効果がある。
 下手な破壊カードが来るよりは、戦闘ダメージを防げるカードが来たのは良いことだろう。
 だけどこれだけじゃ防ぎきれるとは思えない。こうなったら……!
「デッキワンサーチシステムを使う!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押して、デッキワンカードをサーチする。(手札1→2枚)
 同時に聡史もルールによってカードを引いた。(手札1→2枚)
 相手にカードを引かせるのはキツイが、今はデッキワンカードに頼るしかない。
 さっき引いた"ガード・ブロック"と神極・閃撃の陣"を伏せて相手の攻撃を凌ぎ、次のターンにかけるしかない。
「カードを2枚伏せて、ターンエンド――――」

「この瞬間、風の神の効果が発動する」

 フィールド全体に巻き起こった突風。
 また姿勢を低くして吹き飛ばされないようにする。薄目を開けて、何が起こっているのかを確認した。
「なっ!?」
 俺の目に映ったのは、風の神が地面へ向けて羽を羽ばたかせている姿だった。
 その羽から放たれた突風が、場にあるすべてのカードを吹き飛ばしていた。
 当然――――。

 ガード・ブロック→除外
 神極・閃撃の陣→除外

「……!」
 守りの要となる伏せカードも、吹き飛ばされていた。
「そんな……」
「無駄だよ。風の神に守りは通じない」


 風の神−シルフィ・ウインド 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−神風の指揮者」+レベル10のシンクロモンスター
 各ターンのエンドフェイズに、フィールド上に存在するこのカード以外の
 すべてのカードをそれぞれの持ち主の手札に戻す。

 このカード以外のモンスターが攻撃宣言をしたとき、そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
 このカードは相手フィールド上のカード効果を受けない。


「各ターンのエンドフェイズに、すべてのカードをバウンス……だって……?」
 冗談じゃない。
 エンドフェイズに発動する効果ってことは、カードを伏せても意味がないってことじゃないか。
 つまり、攻撃を防ぐ手段が……無い……?

-------------------------------------------------
 大助:5050LP

 場:なし

 手札0枚
-------------------------------------------------
 聡史:6400LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   風の神−シルフィ・ウインド(攻撃:5000)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「僕のターン、ドロー」(手札2→3枚)
 聡史は勝利の笑みを浮かべ、ゆっくりと腕を前に伸ばす。
「たいして強くなかったね。中岸大助君?」
「……!」
「さぁ、僕の強さをその身で受けてよ。バトル!」
 その攻撃宣言で、風の神は羽を羽ばたかせる。
 鋭い風の刃と突風の波状攻撃。防ぐ術は………ない。
「ぐあああああああああああああ!!!!」

 大助:5050→50LP

 俺の後ろにあった闇の壁は風の刃によって切り裂かれ、そのまま俺は屋上の地面を転がる。
 フェンスも風によって倒れており、転がる俺を止めるものは無い。
「っ……!」
 体の半分が、屋上の外へと投げ出される。
 薄れていく意識の中、ギリギリで縁に手をかけることができた。
「くっ……!」
 だが俺の体はほとんど外に投げ出されていて、屋上の縁に右手でギリギリしがみついている状態だった。
「かはっ、ぐっ……!」
 風の神の攻撃によって受けたダメージがキツイ。
 上半身を真っ二つに斬られたかのような痛み。地面を転がったことによるすり傷や打撲で、今にも意識が無くなりそうだ。

「あはは、ごめんごめん。まだ風の神の力をコントロールできないんだよ」

 聡史が笑いながら、俺を見下ろしていた。
「ねぇねぇどんな気持ち? 強者に屈服させらる気分は? 僕を許さないみたいな台詞を言っていたのに、その僕にボロボロにされているのはどんな気持ち?」
「っ…! お前ぇ……!」
 何も言い返せなかった。
 くそっ、くそっ……俺は……こんな自分勝手な奴に、勝てないのか……?
 そんなに俺は……弱いのか………?
「じゃあね大助君。僕の練習台になってくれて、ありがとう」
 聡史の足が、しがみついている俺の手を踏みつけた。
「っぁ!」
 落下を防いでいた最後の砦が、非情な言葉と共に外される。
 落ちていく俺を見ながら、聡史は高笑いをしていた。

 この学校は4階建て。落下したら、大怪我じゃすまない。
 なんとかしたいのは山々だったが、何も手段が思いつかなかった。
 なにより、もう意識を保つのが限界だった。

 ごめん……香奈………みんな……………。

「………」
 俺は諦めて、静かに目を閉じる。
 同時に意識が暗い闇の底へ沈んでいく。


『―――大丈夫だよ―――』


 最後にそんな声が、聞こえた気がした。




episode18――最後のお願い――






 辺りをドーム状の闇が覆っていました。
 叩いてもビクともしないその壁の向こうで、雫ちゃんが私の前にいる人を見つめていました。
「神原……栞里って……!」
「玉木茜さんが言ってた人ですか……?」
 先にカールのかかった茶髪。縁の細い眼鏡をかけていて細い顎に丸い瞳。どこか清楚な雰囲気を醸し出す彼女の瞳は、とても冷たい視線を放っていました。
「中岸大助君は、いないようですね。茜……いえ、玉木さんが倒してくれたんでしょうか?」
「残念だったね! 中岸は負けてないよ!」
「……じゃあ、彼女は負けたんですね……そうですか……」
 栞里さんは少し俯いて、そう呟きました。
 一瞬だけ、どこか悲しそうな表情が見えました。
「なら、あなたたちを倒した後で始末しないといけませんね」
 そう言って、栞里さんはデュエルディスクを構えました。
 標的はもちろん私です。辺りを囲う闇のフィールドは、強力で特殊な力でもない限り破壊することが出来ません。
 それはつまり、決闘が終わらない限りここから抜け出すことは出来ないということです。
「真奈美! 戦わなくていいよ!」
「雫ちゃん……」
「きっとそろそろ中岸が追いついてきてくれる。中岸なら白夜の力ってやつを持ってるんでしょ!? それでなんとか――――」
「無理ですよ雫ちゃん。中岸君は白夜の力を持っていますけど、この壁を壊すことは出来ないと思います」
「やってみなくちゃ分からないじゃん!」
「それはそうですけど―――」
 相手から視線を外したその一瞬。
 私の横を何かが通り抜けました。
「ひゃ!」
 壁の向こうで雫ちゃんが尻餅をつきました。
 その手前の壁には、漆黒のナイフが突き刺さっていました。さっき私の横を通り抜けたのはこれだったんでしょう。
「時間稼ぎは止めてください。死にたくはないでしょう?」
「…………」
 決闘をしないのなら実力行使をする。
 こういうことは、組織『ダーク』が活動していた頃とあまり変わっていないんですね……。
「いいですよ。栞里さん。決闘しましょう」
「真奈美!!」
「雫ちゃん、ごめんなさい」
 バッグからデュエルディスクを出して、腕に装着します。
 デッキを差し込み、自動シャッフルが完了しました。
「準備も覚悟もいいみたいですね」
「はい」
 負けたら消えてしまう決闘。
 私が負けたら、きっと後ろにいる雫ちゃんも……。
 それなら、絶対に勝たないといけません。
「では、はじめましょう」



「「決闘!!」」



 真奈美:4800LP   栞里:46000LP



「え!?」
「っ!?」
 ライフポイントが……46000ポイントって……!?
「どうしましたか? 私のライフが、何か問題でも?」
「………いいえ」
 どうして相手のライフポイントがあんなに多いのかは分かりません。
 そういえば闇の結晶を持っている人は、ライフポイントを継続できるって言っていました。
 あれが継続した状態なら、相手のデッキは回復カードが多く入ったデッキなのでしょうか?

「この瞬間、デッキよりフィールド魔法を発動します」

 栞里さんのデッキから闇が溢れ出して、周囲に広がっていきました。
「これが私の持つ力。"終焉を導く闇の世界"です」


 終焉を導く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各ターンのエンドフェイズに、このカードに終焉カウンターを1つ置く。
 このカードに終焉カウンターが20個乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。



「っ…!」
 そのカードを見た瞬間、背筋が凍りつくような感覚が襲ってきました。
 "終焉のカウントダウン"のフィールド魔法版。20ターン後に、自身へ勝利をもたらす凶悪な力。
 除去しようにも闇の世界の力で、場から絶対に離れることがありません。
 つまり、私は20ターン以内に46000ものライフを削りきらないといけなくなってしまったんです。
「私の先攻です。ドロー」(手札5→6枚)
 栞里さんの先攻からです。
 私が後攻になれたのは幸いと言えるでしょう。先攻では最初のターンに攻撃できないから。
「このままターンエンドです」
「え?」
 場に1枚もカードを出すことも無く、栞里さんはターンを終えました。
 同時に周りを覆う闇の一か所に、火の玉が1つ浮かび上がりました。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×0→1


「わ、私のターンです。ドロー!」(手札5→6枚)
「チャンスだよ真奈美! 相手は手札事故を起こしているんだから、一気に攻めよう!」
 後ろで雫ちゃんが応援してくれています。
 本当に手札事故なのでしょうか? なにか、嫌な予感がします。
「手札から"召喚士のスキル"を発動して、デッキから"ブラック・マジシャン"を手札に加えます。さらに"古のルール"を発動して、手札から"ブラック・マジシャン"を特殊召喚します!!」


 召喚師のスキル
 【通常魔法】
 自分のデッキからレベル5以上の通常モンスターカード1枚を選択して手札に加える。


 古のルール
 【通常魔法】
 自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。


「よろしくねブラック・マジシャン」
 雫ちゃんの言うとおり、相手の場にカードがないならここは一気に攻めるべきです。
 膨大なライフを削りきるなら、なおさら躊躇していられません!
「バトルです! "ブラック・マジシャン"で攻撃します!」
「その攻撃宣言時、手札から"速攻のかかし"を捨ててバトルフェイズを終了します」


 速攻のかかし 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「残念でしたね。どうしますか?」
「……カードを1枚伏せて、ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×1→2

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 栞里:46000LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×2)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 栞里さんは引いたカードを手札に加え、すぐさまモンスターを召喚しました。


 ゼロ・ガードナー 地属性/星4/攻0/守0
 【戦士族・効果】
 このカードをリリースして発動する。
 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されず、
 相手モンスターとの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「私はこれで、ターンエンドです」
「……!!」
 栞里さんのエンド宣言と共に、フィールドに浮かぶ火の玉が3つになりました。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×2→3


「私のターンです……ドロー」(手札3→4枚)
「真奈美! 頑張って!! 20ターンも守りきれるわけがないんだから、どんどん攻撃しよう!!」
「………」
 応援してくれている雫ちゃんには申し訳ないですけど、これはかなり厳しいです。
 間違いなく栞里さんの戦術は、20ターンを守りきるためのものです。
 1ターンに1枚のカードでダメージを防ぎつつ、カウントダウンによる勝利を目指す。
 単純だけど非常に強力な戦術です。戦闘ダメージは、ほとんど通らないと言っても過言ではないと思います。
 でも……効果ダメージなら……。
「いきます! バトルです! モンスターに攻撃します!!」
「その攻撃時に、"ゼロ・ガードナー"の効果を使います。このカードをリリースして、戦闘ダメージをすべて0にします」
「だったらこっちは伏せカードを使います! "マジシャンズ・サークル"を発動です!!」


 マジシャンズ・サークル
 【通常罠】
 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキから
 攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。


「私はこの効果で、デッキから"連弾の魔術師"を特殊召喚します!」
「……私は召喚しません」
 地面に描かれた魔法陣から、新たな魔術師が参上する。
 黒衣の魔術師の隣に立ち、凛々しい目つきで相手を睨み付けます


 連弾の魔術師 闇属性/星4/攻1600/守1200
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分が通常魔法を発動する度に、
 相手ライフに400ポイントダメージを与える。


「通常魔法カードを発動するたびに相手にダメージを与えるカード……」
「はい。これなら、あなたにダメージを与えることが出来るはずです」
「そうですか。ですが、これでは駄目なことも分かっているはずですよね?」
「………」
 通常魔法を発動するたびに400ポイントのダメージを与えることができるカードは場に出せましたけど、相手のライフは46000もあります。どんなに頑張っても、これでは削りきることが出来ません。
 なんとか別の手段を考えないと………。
「私はこれでターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×3→4

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)

 手札4枚
-------------------------------------------------
 栞里:46000LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×4)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンです、ドロー」(手札5→6枚)
 栞里さんはとても静かにターンを進めます。
 それはこの決闘に対する余裕なのでしょうか、それとも……?
「カードを1枚伏せてターンエンド」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×4→5


 栞里さんのターンがすぐに終わって、私のターンになりました。
 カードを引いて、私はすぐさま行動に移ります。(手札4→5枚)
「手札から"魔法族の結界"を発動します!」


 魔法族の結界
 【永続魔法】
 フィールド上に存在する魔法使い族モンスターが破壊される度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大4つまで)。
 自分フィールド上に表側表示で存在する魔法使い族モンスター1体と
 このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
 魔力カウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。


「ドロー強化のカードですか」
「はい! さらに手札から"魔力掌握"を発動します! これは通常魔法なので、"連弾の魔術師"の効果でダメージを与えます!」


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。

 魔法族の結界:魔力カウンター×0→1
 栞里:46000→45600LP

「痛くもかゆくもないです」
「っ、バトルです!!」
「その攻撃宣言時に、"和睦の使者"を発動しましょう」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


「……!」
 魔術師たちの攻撃が、栞里さんの前に現れた光の壁に阻まれてしまいました。
 やっぱり普通の攻撃では、相手にダメージを与えることは難しいみたいです。
 早く”あのカード”を引かないといけません。
「私はこれで、ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×5→6

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)
   魔法族の結界(永続魔法:魔力カウンター×1)

 手札3枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
 栞里:45600LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×6)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンです。ドロー」(手札5→6枚)
 淡々とした様子で栞里さんはターンを進めます。
 こんなに静かなプレイングなのに、相手にここまでプレッシャーを与えてくるなんて……。
「手札から"サイバー・ヴァリー"を召喚します」


 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 以下の効果から1つを選択して発動できる。
 ●このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
 このカードをゲームから除外する事でデッキからカードを1枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
 選択してゲームから除外し、その後デッキからカードを2枚ドローする。
 ●このカードと手札1枚をゲームから除外し、
 その後自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。


「また攻撃を抑制するモンスター……!」
「ええ。ではターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×6→7



「私のターンです! ドロー!」(手札3→4枚)
 引いたカードを確認します。
 ……違う。これじゃない……けど……!
「手札から"千本ナイフ"を発動します!」
「っ」


 千本ナイフ
 【通常魔法】
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が
 表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。


「この効果で"サイバー・ヴァリー"を破壊します! さらに"千本ナイフ"は通常魔法なので、"連弾の魔術師"の効果で栞里さんに400ポイントのダメージを与えます!」
 黒き魔術師の周囲に無数のナイフが出現します。
 それらは栞里さんの場にいる機械龍へ向けて一斉に放たれて、機械龍をバラバラに切り裂きました。

 サイバー・ヴァリー→破壊
 栞里:45600→45200LP

「ヴァリーを破壊しましたか」
「まだです! 手札から"魔力掌握"を発動! "魔法族の結界"に魔力カウンターを乗せて、デッキから"魔力掌握"を手札に加えます。さらに通常魔法なので、400ポイントのダメージです!」
「くっ」


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。

 魔法族の結界:魔力カウンター×1→2
 栞里:45200→44800LP

「あなたの場に攻撃を防ぐモンスターはいません! バトルです!」
「通すわけにはいきません。手札から"バトルフェーダー"の効果発動」
 杖を構える魔術師たちの前に、振り子時計のような姿をしたモンスターが現れます。
 その手に持った鐘を鳴らし、その不思議な音波で魔術師の行動を不能にしてしまいました。


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「手札から……ですか」
「残念でしたね。どうしますか?」
「ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×7→8

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:ブラック・マジシャン(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)
   魔法族の結界(永続魔法:魔力カウンター×2)

 手札3枚(そのうち1枚は"魔力掌握")
-------------------------------------------------
 栞里:44800LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×8)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「どうして戦うのですか? ここまで来たらあなただってなんとなく分かっているはずでしょう?」
「…………っ」
 後ろにいる雫ちゃんを少し見ます。
 胸の前に手を組んで、私の勝利を祈っているようです。
「なるほど、その友人が見ている以上、諦めるわけにはいかないのですね」
「……」
 何も答えられませんでした。
 残り12ターンで、相手のライフポイントが44800ポイント。
 どう考えても、削りきれそうな数値ではありません。だけど、負けたくないんです。負けたら……消えてしまう……。
「私のターンです。ドロー」(手札4→5枚)
 少しだけ考えるそぶりを見せたあと、栞里さんは手札の1枚を場に伏せました。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×8→9


「真奈美! 頑張って!」
「はい。分かってます! 私のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 恐る恐る、引いたカードを確認します。
「っ! やった……!」
 待ち望んでいたカードが来てくれました。
 これなら、この状況を変えられるかもしれません。
「いきます! 場にいる"ブラック・マジシャン"をリリースして"黒魔導の執行官"を特殊召喚します!!」
 漆黒の魔導師が、自らの魔力を高めて新たな領域へ進化する。
 あふれ出る魔力をその身に宿して、黒衣の執行官が姿を現しました。


 黒魔導の執行官 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に存在する「ブラック・マジシャン」1体を
 リリースした場合のみ特殊召喚する事ができる。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分または相手が通常魔法カードを発動する度に、
 相手ライフに1000ポイントダメージを与える。


「そんなカードまで入れているなんて、予想外ですね」
「手札から"魔力掌握"を発動します! "魔法族の結界"にカウンターを乗せて、執行官と連弾の魔術師の効果で栞里さんにダメージを与えます!!」


 魔力掌握
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
 乗せる事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
 その後、自分のデッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。
 「魔力掌握」は1ターンに1枚しか発動できない。

 魔法族の結界:魔力カウンター×2→3
 栞里:44800→44400→43400LP

「くっ……」
「バトルフェイズです!!」
「待ってください。バトルフェイズに入る前に、伏せカードを発動します」


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


 栞里さんの場に開かれたカードから巨大な咆哮が響き、魔術師たちの行動を封じてしまいました。
 やっぱり、私のデッキじゃ栞里さんに攻撃を通すことはできないみたいです……。
「もう、諦めてください。これ以上続けても無駄です」
「…………」
 胸のあたりをギュッと握り、震えそうになる体を必死で抑えます。
 これでターンエンドすれば、終焉カウンターは10個になってしまいます。
 残り10ターンで、残された攻撃のチャンスは5回。仮にそのチャンスすべてで攻撃が通ったとしても、削りきれません。
 効果ダメージを与えようにも、40000以上のダメージを与えるギミックを私はデッキに組み込んでいません。
「っ!」
 敗北の恐怖に、思わずその場にしゃがみ込んでしまいました。
 怖いです。本当に怖いです。闇に飲み込まれて消えてしまう感覚は、今でも体に残っています。言葉では表現しきれない感覚と恐怖。もう2度と経験したくないです。
 でも……もう私には……何も………できません………。
「心配しないでください。終焉を導く闇の世界で負けた者はみんな、痛みを感じずに消えていきました。だから安心していただいて構わないです」
「………」
「勝手なこと言わないでよ! 真奈美はこれからびっくりする方法であなたに勝つんだから!!」
 雫ちゃん……ごめんなさい。
 私には、もう勝つ手段が無いんです。
「無駄ですよ。もうこのライフを削りきれるはずないんですから」
「っ、だいたいなんでそんなにライフ多いの!? 反則だよ!」
「このサバイバルのルールと闇の結晶の力に従っているだけですよ。このサバイバルでは、決闘に勝利した者に敗者の残りライフが加算される仕組みになっているんです。デッキ破壊や特殊勝利をした人にしか反映されないルールですけどね」
「そう……なんですか……」
 頭の片隅で引っかかっていた疑問が解消されました。
 遊戯王にはライフを0にする以外に勝利する方法があります。デッキ破壊や、エクゾディアなどの特殊勝利。そうして勝利したときは敗者のライフが勝者に加えられる。栞里さんのライフがこんなに多いのも5、6人くらいの相手に勝利して積み重ねてきた結果なのでしょう。
 絶望の底に叩き付けられたような気分です。
 このまま私は何もせずに負けてしまう。せっかく与えたダメージも、私の残りライフを吸収してチャラになってしまうんです。
「さぁ、まだあなたのターンですよ。どうするんですか?」
「……ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×9→10

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 真奈美:4800LP

 場:黒衣の執行官(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)
   魔法族の結界(永続魔法:魔力カウンター×3)

 手札2枚
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 栞里:43400LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×10)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「諦めてくれたようで何よりです。私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 少しだけ悲しそうな表情を見せた後、栞里さんは手札の1枚に手をかけました。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×10→11

「私のターン、ドロー……」(手札2→3枚)
 もう駄目です。これ以上、戦っても無駄なんです。
 ただでさえ栞里さんは強いのに、このライフ差は致命的にもほどがあります。
 薫さんだったら、光の世界で闇の世界を無効にして難なく勝利することが出来るんだと思います。
 でも、ここまで用意周到な栞里さんです。薫さんをただ放っておくだなんて考えられません。きっと何らかの妨害策を講じているんだと思います。
 万が一、薫さんが戦えなくなってしまったら……もう誰にも………………。
「……ぁ……」
 誰にも……勝てない………? 本当に、そうなのでしょうか?
 1人だけ……いるじゃないですか。栞里さんに真正面から挑んで、勝てる可能性がある人が……。
 そして、もう1つ………。
「真奈美?」
「……」
 後ろにいる雫ちゃんに、精一杯の笑みを向けました。
 そうですよ。私にはまだ、出来ることがあるじゃないですか。
 たとえ勝てなくても、絶望しかなくても、私には、大切な友達がいるじゃないですか……!!


「雫ちゃん。私のお願いを、聞いてもらってもいいですか?」


 栞里さんに背を向けて、壁を隔てた向こうにいる雫ちゃんにゆっくり歩み寄りました。
「え、真奈美……?」
「ここから、逃げてください」
「な、何言ってんの真奈美? 真奈美はどうするの!?」
「………」
「なんで黙るの? 勝ってくれるんでしょ? そりゃあ、すごいライフ差だけど、一気に攻撃すれば……!」
 必死に言葉を続ける雫ちゃんに、私は首を横に振りました。
「私は、ここまでです。雫ちゃんを守ってあげられません。だから、逃げてください」
「そんな……! 嫌だよ! 友達を置いて、逃げられるわけないじゃん!!!」
「その気持ちだけで嬉しいです」
「嫌だ! 真奈美が残るなら、あたしだって残るよ!!」
「雫ちゃんは、牙炎の事件の時、私に香奈ちゃんを探してってお願いしてくれましたよね。私、友達に頼ってもらえて本当に嬉しかったんです。だから、今度は私が雫ちゃんにお願いします。ただ逃げてなんて言いません。雫ちゃんは、雫ちゃんが最も信用している友達に、この決闘のことを伝えてください」
「あたしの……一番信用している友達って……」
「その人なら、きっと私の仇をとってくれます。きっと雫ちゃんも守ってくれるはずです」
「真奈美……真奈美ぃ……!」
「大丈夫です。きっと、きっと大丈夫ですから…………あと一つだけ」
「え?」
「………………」
 相手に聞こえないように、私は雫ちゃんに囁きました。
「それって……」
「お願い、できますか? 雫ちゃん”たち”が、私の仇をとってください」
 潤んだ瞳で、雫ちゃんは頷きました。
 私も必死に泣くのを堪えて、笑顔を作ります。
「……行ってください」
「っ! うん!!」
 雫ちゃんは目元をぬぐって、この場を離れていきました。
 私は震える体を必死に抑えつけて、栞里さんに向き直りました。
「さぁ、決闘を続けましょう」
「どうして笑っているんです? あなたが勝てることなどありえないのに……」
「私は、ちゃんと託しましたから」
「託した?」
「こっちの話です。それに、まだ決闘は終わってません」
「……勝てるとでも思ってますか?」
「いいえ。でも、負けてあげません」
 相手のライフは43400ポイント。残りのターンで、削りきれるとは思えません。
 だから、私に出来ることは一つしかありません。
 それは――――
「スタンバイフェイズに、伏せカードを発動します」
 栞里さんの伏せカードが開かれていました。


 覇者の一括
 【通常罠】
 相手スタンバイフェイズで発動する事ができる。
 発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。


「これでバトルフェイズはできません」
「はい。だったら手札から"死者蘇生"を使います!! この効果で墓地の"ブラック・マジシャン"を特殊召喚します!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。

 栞里:43400→43000→42000LP

「"魔法族の結界"を"ブラック・マジシャン"と一緒に墓地に送って、デッキから結界に載っている魔力カウンターの数だけドローします! 結界に載っている魔力カウンターは3つなので、デッキから3枚ドローします!」
 私の場に敷かれていた魔法陣が光輝いて、黒衣の魔術師を光に変化させます。
 その光は私のデッキに降り注ぎ、新たな3枚のカードを手札に加えてくれました。

 ブラック・マジシャン→墓地
 魔法族の結界→墓地
 真奈美:手札2→5枚

「手札補充ですか。それで戦況を変えるつもりですか?」
「はい。そのつもりです。カードを1枚伏せてターン終了です!!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×11→12

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:黒衣の執行官(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 栞里:42000LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×12)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札4→5枚)
 栞里さんはデッキからカードを引いて、すぐに場にモンスターを召喚しました。


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「このカードをリリースして、デッキから2枚ドローします」(手札4→6枚)
 新たに手札を増やして、エンドフェイズに移ります。
 雲井君も使っていたカードですけど、やっぱり強力なカードだと思いました。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×12→13


「私のターンです! ドロー!」(手札4→5枚)
 もう時間がありません。とにかく今は、攻めるしかないです。
「手札から"サイレント・マジシャン LV4"を召喚します!」
 場に新たな魔法使いが現れます。
 白い装束を身にまとい、小さな杖を構えた幼い魔法使いが栞里さんを懸命に睨み付けます。


 サイレント・マジシャン LV4 光属性/星4/攻1000/守1000
 【魔法使い族・効果】
 相手がカードをドローする度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大5つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードに乗っている魔力カウンターが5つになった次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送る事で、自分の手札またはデッキから
 「サイレント・マジシャン LV8」1体を特殊召喚する。


「バトルです!!」
「させません。手札から"バトルフェーダー"の効果を使用します」


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「っ…!」
「攻撃は通しません。わずかでも敗北の可能性がある以上、私は手を抜くつもりは無いですよ?」
「……そうですか」
 まるで諭すかのように栞里さんは言います。
 本当なら、すぐにでもサレンダーしたいです。いつ体の震えが抑えられなくなるか分かりません。
 だけど……私は……!!
「メインフェイズ2に魔法カード"精神操作"を発動します!」
「なっ」


 精神操作
 【通常魔法】
 このターンのエンドフェイズ時まで、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールを得る。
 このモンスターは攻撃宣言をする事ができず、リリースする事もできない。


 栞里:42000→41600→40600LP

「エンドフェイズには私の場に戻ってしまうのに……そこまでしてダメージを与えたいんですか」
「そうです! 私はまだ、勝負は捨てません!! ターン終了です!!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×13→14

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:黒衣の執行官(攻撃:2500)
   連弾の魔術師(攻撃:1600)
   サイレント・マジシャン LV4(攻撃:1000)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------
 栞里:40600LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×14)
   バトルフェーダー(守備:0)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンです。ドロー」(手札5→6枚)
「この瞬間、サイレント・マジシャンの効果発動です!」
 栞4枚里さんがドローしたことで幼い魔法使いの杖に魔力が貯まります。
 込められた魔力を受け取って、魔法使いの力がわずかに上昇しました。

 サイレント・マジシャン LV4:攻撃力1000→1500

「……カードを1枚伏せて、ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×14→15



「私のターンです。ドロー!!」(手札3→4枚)
 残りは5ターンです。あと少しで、私は……。
「っ!」
 首を横に振って、必死に考えないようにします。
 ここまできて怖気づいてどうするんですか。覚悟は出来ているはずです。
 怖いけど、最後までやりきらなくちゃ……!
「手札の"ブラック・マジシャン・ガール"と"THE トリッキー"をコストに、"魔法石の採掘"を発動します!!」


 魔法石の採掘
 【通常魔法】
 手札を2枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。

 栞里:40600→40200→39200LP

「くっ!」
「この効果で墓地から"死者蘇生"を手札に回収します!!」
 私の手札に、強力な魔法カードが舞い戻ります。
 魔法石の採掘はこの前の禁止・制限リストで制限カードに指定されてしまいましたけど、この効果が強力であることに変わりはありません。
「また通常魔法を回収ですか……!」
「そして"死者蘇生"を発動! 墓地にいる"ブラック・マジシャン"を特殊召喚します!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/攻2500/守2100
 【魔法使い族】
 魔法使いとしては、攻撃力・守備力ともに最高クラス。

 栞里:39200→38800→37800LP

「くっ!」
 連続の効果ダメージで、さすがの栞里さんも苦痛の表情を浮かべていました。
 これだけダメージを与えても、相手のライフはまだ30000以上もあります。
 もっと、もっと、少しでも多くダメージを与えないと……!!
「バトルです!!」
「甘いですね。伏せカードを発動です!!」
 栞里さんの場に開かれたカード。
 攻撃した魔法使いたちの攻撃が、聖なる光の壁に弾かれてしまいました。


 聖なるバリア−ミラーフォース−
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。


「あっ…!」
「この頃合いなら、私のダメージを与えるために焦った攻撃をしてくれると思っていました」
 弾かれた攻撃が軌道を曲げ、そのまま私の場にいるモンスターたちに降り注ぎました。

 黒衣の執行官→破壊
 連弾の魔術師→破壊
 サイレント・マジシャン LV4→破壊
 ブラック・マジシャン→破壊

「そ、そんな……!」
 迂闊でした。てっきりまたダメージを防ぐカードだと思っていたのに、全体破壊系のカードだったなんて……。
 相手の心情まで利用するなんて、やっぱり栞里さんは強いです……!
「さぁどうしますか?」
「……ターン終了です」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×15→16

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:37800LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×16)
   バトルフェーダー(守備:0)

 手札5枚
-------------------------------------------------

「私のターンです。ドロー」(手札5→6枚)
 安堵の息を吐きながら、栞里さんはターンを進めます。
 私の場に攻撃モンスターがいなくなったことで、心の余裕がさらに出来たからかもしれません。
「魔法カード"一時休戦"を発動します」


 一時休戦
 【通常魔法】
 お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
 次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


「お互いに次のあなたのターン終了時までまでダメージを受けません。さらにデッキから1枚ドローです」(手札5→6枚)
「じゃあ私も、カードをドローします」(手札1→2枚)
「ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×16→17


「私のターンです! ドロー!」(手札2→3枚)
 "一時休戦"の効果で、このターン中はどうやってもダメージを与えることが出来ません。
 ですから、次のターンのための布石を打つしかありません。
「手札から"ダブル・コストン"を召喚します!」


 ダブルコストン 闇属性/星4/攻1700/守1650
 【アンデット族・効果】
 闇属性モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


「今さらそんなモンスターを出したところで、どうしようもありませんよ?」
「やってみなくちゃ分かりません! ターン終了です!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×17→18


「もう終わらせます。私のターン、ドロー」(手札6→7枚)
 デッキからカードを引いてすぐに、栞里さんは1枚のカードを場に伏せました。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×18→19

-------------------------------------------------
 真奈美:4800LP

 場:ダブル・コストン(攻撃:1700)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 栞里:37800LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×19)
   バトルフェーダー(守備:0)
   伏せカード1枚

 手札6枚
-------------------------------------------------

「私のターン……ドロー!!」(手札2→3枚)
 終焉カウンターは19個になりました。
 残されたターンは、この1ターンだけです。
「あなたのスタンバイフェイズに、伏せカードを発動します」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


「これで戦闘ダメージは受けません」
「…………」
 こうなることは、なんとなく分かっていました。
 鉄壁ともいえる戦術をとる栞里さんなら、なんとしても自分のダメージを減らす手段を取るはずです。
 だけどそれはあくまで自分だけです。だから”私自身へのダメージ”を無効にするカードは、"一時休戦"以外に持っていないと思いました。
「私は、デッキワンサーチシステムを使います!」
 デュエルディスクの青いボタンを押して、私はカードを引きました。(手札3→4枚)
 ルールによって栞里さんもデッキからカードを引きます。(手札6→7枚)
「この期に及んでデッキワンカード……?」
「いきます! "ダブル・コストン"をリリースして、手札から"エターナル・マジシャン"をアドバンス召喚します!!」
 白いローブに身を包み、白銀の長髪をなびかせて、最高位の魔法使いが姿を現しました。
 手に持った杖を構え、光のバリアに身を包んだ栞里さんの前に立ち塞がります。


 エターナル・マジシャン 闇属性/星10/攻3000/守2500
 【魔法使い族・効果・デッキワン】
 魔法使い族モンスターが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 自分は魔法カードを発動するためのコストが必要なくなる。
 1ターンに1度、手札を1枚捨てることで
 デッキまたは墓地に存在する魔法カード1枚を手札に加えることが出来る。


「たしかに強力なモンスターですけど、私にダメージは通りませんよ?」
「そうですね。ですけど、私自身にならダメージは通ります!」
「……どういう意味ですか?」
「こういうことです! 伏せカード、"バベル・タワー"を発動します!!」


 バベル・タワー
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く。
 このカードに4つ目の魔力カウンターが乗った時にこのカードを破壊し、
 その時に魔法カードを発動したプレイヤーは3000ポイントダメージを受ける。


「バベル……タワー……!?」
「手札から速攻魔法"師弟の奇跡"を発動します! この効果で墓地にいる"連弾の魔術師"を特殊召喚します! さらに"バベル・タワー"にも魔力カウンターが1つ載ります!」


 師弟の奇跡(マジシャンズ・ミラクル)
 【速攻魔法】
 このカードは無効にされない。
 墓地に「ブラック・マジシャン」と「ブラック・マジシャンガール」がいる時、発動できる。
 デッキ、手札または墓地から魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。
 エンドフェイズ時に、自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける。


 連弾の魔術師 闇属性/星4/攻1600/守1200
 【魔法使い族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 自分が通常魔法を発動する度に、
 相手ライフに400ポイントダメージを与える。

 バベル・タワー:魔力カウンター×0→1

「そして"エターナル・マジシャン"の効果で、手札1枚をコストに墓地にある"魔法石の採掘"を手札に加えます!」(手札2→1→2枚)
「いったい、何をしようと言うんですか」
 尋ねる栞里さんを無視して、私は続けます。
 嫌がらせで無視しているんじゃありません。ここで説明するために止まってしまえば、これからやろうとしていることが出来なくなってしまいそうで嫌だったからです。
「"魔法石の採掘"を発動です! "エターナル・マジシャン"の効果でコストは必要ありません! 墓地にある"師弟の奇跡"を回収して、"連弾の魔術師"の効果で400ポイントのダメージを与えます!」


 魔法石の採掘
 【通常魔法】
 手札を2枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。

 栞里:37800→37400LP
 バベル・タワー:魔力カウンター×1→2

「さらに回収した"師弟の奇跡"を発動して、墓地にいる"ブラック・マジシャン"を特殊召喚です!」
 場に溢れ出る光と共に、黒衣の魔術師が最高位の魔法使いの隣に立ちます。
 気のせいか、その表情はどこか悲しげです。

 バベル・タワー:魔力カウンター×2→3

「そして魔法カード"魔力倹約術"を発動します!」
「なっ、自ら4枚目の魔法カードを……!?」


 魔力倹約術 
 【永続魔法】
 魔法カードを発動するために払うライフポイントが必要なくなる。

 バベル・タワー:魔力カウンター×3→4

「っ、魔力カウンターが4つ貯まった"バベル・タワー"を破壊して、私は3000ポイントのダメージを受けます!!」
「ま、まさか、自分で自分のライフを!?」
 場にそびえたつ魔法の塔が、私の方へ倒れ込んできました。
 すぐそばで倒れた塔の破片がぶつかってきて、その痛みで膝をついてしまいました。

 真奈美:4800→1800LP

「私のライフが削れないと分かったから、せめて私を回復させないために……自分のライフを……!」
「うぅ……っ! そ、そうです。これが、私に出来る精一杯の事です」
 ライフが残っている状態で負けた場合、その数値は勝った側に加算されます。
 そうさせないためには、どちらかのライフを先に0にするしかありません。相手のライフが削りきれないなら、自分のライフを0にすればいいんです。
 "師弟の奇跡"は、エンドフェイズにその効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力分のダメージを私に与えます。このままターンを終了すれば、カウントダウンが20を刻むと同時に私のライフは0になります。
 そうすれば私は負けて………消えてしまうんです。
「わざわざ痛みを伴って、そうまでして戦うんですか? 怖くないんですか?」
「怖い……ですよ……怖くて、今にも倒れそうですよ……!」
 抑えてきた震えが、一気に襲ってきます。
 まともに立ちあがることが出来なくなって、その場に座り込んでしまいました。
「理解に苦しみます。どうして、そこまで?」
「…………」
 答えるわけにはいきませんでした。
 私の仇をとってくれるであろう人に、少しでも貢献したいと思ったから……というのが一番の理由です。
 でも、その人が友達じゃなかったなら、私はここまで戦い抜くことは出来なかったと思います。臆病な自分の、なけなしの勇気を振り絞って、立ち向かうことなんて出来なかったはずです。
「栞里さん……このサバイバルは、終わらせられないんですか……?」
「……終わらせるつもりはありません。私には、やらなければいけないことがあるんです」
「そう……ですか……」
「……本城真奈美さん。私は、あなたの勇気を尊敬します」
「え?」
「事件の首謀者である私が言う台詞ではありません。ですけど、これだけは言わせてください。本当に見事でした」
「栞里さん……」
 もしかしたら、この人も何か理由があって戦っているのかもしれません。
 それが何なのか、今となっては分かりません。でも、やれるだけのことは出来た気がします。
 あとは……お願いします。雫ちゃん、香奈ちゃん。

「ターン……終了です」

 周囲に灯った火の玉が20個になると同時に、魔力の奔流が私の体を襲いました。


 真奈美:1800→0LP



 消えゆく意識の隅で、私のライフカウンターが0になるのが見えました。





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 決闘が終了し、辺りを覆っていた闇が晴れていく。
 栞里はデッキをケースにしまいながら、数メートル前に倒れている真奈美を見つめた。
「……恐怖と痛みで、気を失いましたか……」
 気を失っている真奈美の体は、足元から消えていっている。
 心にチクリと痛むものを感じたが、栞里はその感覚を無視して彼女に背を向けた。
「……だいぶ、削られてしまいましたね」
 自分のライフカウンターを確認して呟く。
 予定なら、真奈美との決闘を終えた段階でライフが40000を超えているはずだったのだが……。
「仕方ありませんね」
 決闘して回復してくるには、時間もないし相手もいない。
 ならば、この場から逃げた女子生徒を追うのが先決だろうと栞里は考えた。
「兄さん……」
 屋上にいる兄の事を考えた後、栞里はすぐに走り出した。




episode19――約束――




「はぁ、はぁ……!」
 息を切らしながら、雨宮雫は学校内を走っていた。
 体育館を目指し、何度も防火シャッターに阻まれながら、必死に走る。
「っ、真奈美…!」
 脳裏に浮かぶ友達の姿。
 無理に笑う真奈美のことを考えると、胸が痛んだ。
 あんなに臆病な彼女が、どんな気持ちで自分を逃がしてくれたのかと思うと、ここで泣き言を言うわけにはいかない。
 なんとかして体育館に行かないと――――


「きゃ!」


 廊下を曲がった瞬間、誰かにぶつかってしまった。
 床に倒れそうになったところを、腕を掴まれて支えられる。
「おやおや、大丈夫ですか?」
「っ!」
 雫の目の前には、さわやかな笑みを浮かべる青年がいた。
 黒と茶の混じった髪が目にかかるか、かからない程度に伸びていて目は細い。
「嫌ぁ! 離してぇ!!」
 必死に掴まれた腕を振りほどこうとする。
 今の雫にとって、見ず知らずの人間全員が敵だった。
 普段なら素性を知るために様々な質問をぶつけていただろう。だが、サバイバルが始まってから体験してきた恐怖や緊張が彼女から冷静さを奪っていた。
「大丈夫です。僕の名前は伊月。あなたの味方――――」
「嫌ぁ! 助けてぇ!!」
 言葉をまったく聞かない雫に対して、伊月は小さく溜息をつく。
 力尽くで連れて行ってもいいのだが、そんなことしたら薫に何を言われるかわからない。
「頼むから落ち着いてください」
「助けて! 香奈ぁ!! 真奈美ぃ!!」
「……おや、朝山香奈さんをご存じなのですか?」
「はぁ、はぁ……え?」
 友達の名前を述べられたことに、雫は反応した。
 伊月は出来るだけゆっくりと、静かに言葉を続ける。
「僕はスターという組織に属しています。香奈さんとも知り合いです。大助君や、雲井君、あとは本城真奈美さんとも知り合いですよ」
「…………」
「そんな警戒した目で見ないでいただけるとありがたいですね。ついてきてください。体育館で多くの生徒が集まっています」
「体育館……!」
 目的地が一致したため、雫は少しだけ警戒心を解く。
 前にいる人が味方にしろ敵にしろ、目的地まで安全につれて行ってくれるならそれに越したことは無いと思った。
「……いいよ。連れて行って」
「おやおや、冷静な判断ありがとうございます」




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 体育館では、激戦を終えた香奈たちが薫の応急処置にあたっていた。
 コロンが白夜の力によって傷を癒しつつ、香奈に指示を出して薫の体に包帯を巻かせている。
「こんな感じでいい?」
『うん。左足も同じように固定して』
「分かったわ。でも、本当に大丈夫なの?」
『大丈夫じゃないよ。正直な話、すぐにでも病院に運ばないと危険な状態だと思う』
「そんな……白夜の力でも治せないの?」
『ダメージ量が多すぎるんだ。回復が得意な伊月君がいても、今と大差はないと思うよ』
 息も絶え絶えになりながら、なんとか意識を保っている薫さん。
 全身の痙攣は止まったけれど、敵から受けたダメージやリミッター解除による副作用などがいまだに体を蝕んでいるみたい。
「コロン、伊月との連絡は取れないのか?」
『もう佐助! 今はそれどころじゃないでしょ!』
「……すまない」
 そう言いながら辺りを警戒する佐助さん。
 体育館に乗り込んできた敵は全員倒したものの、まだ敵がいるかもしれないため警戒している。 
『まったく、人間と言うのは本当にヤワな存在だな』
『うるさい! ”元”地の神は黙ってて!!』
 コロンに一喝され、そっぽを向くライガー。
 雲井がいなくなってから、ずっと子犬モードでこの場に居座っている。
 あまり仲が良くなかったように見えたけど、やっぱり雲井がいないのは寂しいのかもしれないわね。
『早く、伊月君が帰ってこないと……』
「そうだな。あいつが戻り次第、ここにいる生徒全員を連れて脱出するぞ。さっきの化け物との戦いで、校庭を徘徊していたモンスターたちが激減した。今のうちなら安全に一般生徒を連れだすことが出来るだろう」
『分かった』
 薫さんの治療を続けながら、コロンは頷いた。
 まだ大助たちは姿を見せない。もしかしたらどこかで敵と戦っているのかもしれない。
 三人がどうなっているのかを考えると不安が押し寄せてきて、いてもたってもいられなくなりそうだ。

 ガラガラッ

 体育館のドアが開いた。
 全員が視線をそっちの方へ向ける。
「おやおや、佐助さんも来ていましたか」
『伊月君!』
「……! 雫!!」
「か、香奈!!」
 伊月のすぐ隣にいた雫が、涙を浮かべながら一目散に駆け寄ってくる。
 倒れ込むように抱きしめられて、そのまま床に押し倒されてしまった。
「香奈……香奈ぁ……!」
「どうしたのよ? 何かあったの? 大助や真奈美ちゃんは?」
「う、うぅ…それが……それが……!」
 涙ながらに雫は、ここに来るまでに体験した出来事を話してくれた。
「玉木茜って人と中岸が戦って、中岸が勝ったんだけど、先に行ってくれって言うから先に行って、真奈美と一緒に体育館へ行こうとしたら、神原栞里って人と対決して、真奈美が戦って、でも、勝てそうになくて……私を逃がしてくれて……この伊月って人と遭遇して、一緒に体育館まで……」
 まだ頭の整理が出来ていないのだろう。
 途切れ途切れの言葉だったけれど、全容はなんとなく理解できた。
「それじゃあ……真奈美ちゃんも………」
「きっと、もう……」
「…………」
 雲井だけじゃなく、真奈美ちゃんまで……。
 大助の安否も分からないし、薫さんはこの状態。今の状況で戦えるのは、私と伊月くらいだ。
「香奈、私、真奈美を……見捨てて……」
「そんなことないわよ。真奈美ちゃんがそうするべきだって思ったんだから、雫は悪くないわ」
「……香奈、真奈美がこれを……」
「え?」
 雫がバッグの中を探り、デッキケースを取り出した。
 そしてその中から1枚のカードを取り出して、私に差し出してきた。
「これは……」
「真奈美が、私のこのカードを渡してって……」
「これってどういう――――」
「話し込んでいるところすまないが、少しいいか?」
 佐助さんが横から割り込んできた。
 私達はいったん会話を止めて、彼を見上げる。
「なによ?」
「伊月が来たからには、俺達スターは行動を始める。ここにいる約600人近い生徒を外に運び出す。ここまでの人数を移動させるにはかなりの時間がかかる。その間、ここの見張りは頼めるか?」
「なんで!? 香奈も私も、一緒に脱出すればいいじゃん!」
「駄目だ。香奈は白夜の力を持っている。俺達が生徒たちの誘導で戦えない以上、敵が現れたときに戦うのは香奈が適任だ」
「そんなの――――!」
「分かったわ」
「え!?」
 たいして考えずに即答する。
 佐助さんはただ「分かった」と言って、伊月に指示を出した。
 眠っている教師たちを全員起こし、スターとして現在の状況を説明する。それから生徒たちを数十人単位で起こしていき、教師たちに誘導してもらう。佐助と伊月、コロンが先導して学校と外を行き来して脱出するという算段らしい。
 混乱を起こさないようにするためには確実な手段だけど、確かに時間はかかっちゃうわね。
「香奈、どうして引き受けちゃったの?」
「仕方ないじゃない。他に戦う人がいないんじゃ、私が戦うしかないでしょ」
「それは……そうかもしれないけど……」
「私の事より、雫は早く脱出して。ここにいると危ないわよ」
「やだ! あたしは香奈と一緒に脱出するの! もう友達を置いて逃げるなんて嫌!」
 私の袖を掴み、雫は首を横に振った。
 こういうときくらい私の言うことを聞いてくれてもいいのにって思うけど、これじゃあ断固として動きそうにないわね。
「分かったわ。じゃあ私達は最後に脱出しましょう」
「うん!」



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「……そういう手筈で行くぞ」
「ええ、それがベストでしょうね」
『ごめんね伊月君。すごく負担になるだろうけど……』
「いえいえ、たまには運動しないと体に毒ですから、ちょうどいいくらいですよ。何の風の吹き回しかは知りませんが、”元”地の神も協力してくれるらしいですからね」
『ふん、馬鹿な主に頼まれたからな。少しばかり協力してやるだけだ』
 体育館の入り口で話し合う2人+2匹。
 これから脱出するための作戦を、佐助の口から詳しい作戦の説明が為されたところだ。

 内容は簡単である。
 ここから外へ向かう最短のルートをコロンが白夜の力で道しるべを作り、佐助が先導して外まで移動する。
 周りの景色が見えないように、道しるべのついでに光のトンネルを形成して生徒たちの混乱を防ぐ。
 だがその光のトンネルは強度が低いため、外部からモンスターによる攻撃を喰らえば崩壊してしまう。そのため伊月とライガーは、生徒の全員が避難するまで襲い掛かってくるモンスターたちを退ける役割を担う。
 約600人もいる生徒が避難するまでの時間。
 どれくらいの時間がかかるかは分からないが、少ない戦力でトンネルを守りきるのは至難の業であろう。

「すまんな伊月。来た時よりモンスターの数は減ったが、まだ結構いる。油断するなよ」
「いえいえ、佐助さんのユニゾンは1日1回ですから、仕方ありませんよ」
『ごめんね伊月君。ユニゾンすると私の持っている白夜の力が激減しちゃうから、1日に何回も使えないんだ』
「とんでもない。道しるべと光のトンネルを作ってくれるだけありがたいですよ」
『うん。でもそれを作ったら私、カード状態に戻っちゃうから、同じものは作れないよ。だから頑張って凌いでね』
「まかせてください」
 爽やかな笑みを浮かべ、伊月はそう言った。
 


 コロンが光のトンネルを形成して眠りについた後、佐助は予定通り教師たちと共に生徒たちの誘導を始めた。
 負傷者である薫は保健教師に付き添わせていち早く専門の病院に運んでもらう手筈である。
「さてさて……」
 1枚のカードを掲げて、伊月は集中する。
 そのカードが2丁の拳銃に変化して、彼の両手に握られた。
『ほう、珍しい武器だな』
「おや? あなたは銃を見るのが初めてなのですか?」
『現物を見るのは初めてだ。ずいぶんと殺傷能力が高い武器を使うんだな』
「あいにく、僕は佐助さんのように腕力は強くないですし、薫さんのように万能に武器を扱えるわけではありません。僕にとってはこれが一番の武器なんですよ。もっとも、この銃もモンスターが使っている物を拝借したものですがね」
 引き金の部分を人差し指でクルクルと回しながら伊月は言う。
 構造は普通のリボルバー式の拳銃と変わらないが、実弾は入っておらず白夜の力を弾として打ち出す。
 体力の持つ限り弾は半永久的に装填される。弾の威力も、白夜の力を強く込めることで強力なものにすることができるようにしてある。伊月にとってまともに使える唯一の武器だ。
「僕の心配より、自分の心配をした方がいいのでは? とてもとは言いませんが、戦えるような体ではないと思いますよ?」
『人間に心配されるほどヤワじゃない。それより、来るぞ……!』
 ライガーと伊月の視線の先に、無数のモンスターが現れる。
 獣人型や獣型。大きな武器を携えたモンスターや、液体のようなドロドロの肉体を持つモンスターもいる。
「なかなか手強そうですね」
『そうだな』
 小さな感想を述べる伊月の頭上から、怪鳥のモンスターが襲い掛かる。
 すでに気配を察知していた伊月の腕が動き、引き金が引かれた。

 ズガガガ!!

 放たれた弾は怪鳥の両翼と頭をそれぞれ的確に撃ち抜き、消滅させる。
 その腕前を見ながら、ライガーは小さく笑みを浮かべた
『やるではないか』
「褒められても何も出ませんよ」
 伊月は左右から襲い掛かってくるモンスターを、何食わぬ顔で撃ちぬいていく。
 ライガーもその鋭い牙で、襲い掛かってくるモンスターの首を掻き切っていく。
 生徒たちが避難するまでの時間を稼がなければいけないのだ。両者とも、出し惜しみしている暇などない。

 グルルル……!
 キシャァァ……!
 カァァ!
 ウゥ……!

 様々な威嚇音が響き、辺りにいるモンスターが一斉に襲いかかってくる。
 前後左右から攻撃される伊月は脚力を強化して上に跳ぶ。
 必然的に一か所へ集まったモンスター達めがけて、伊月は両手の銃を向けて一斉掃射する。
 たちまちモンスターたちは撃ち抜かれて消滅するが、空中に慣性で浮かぶ伊月に翼を持ったモンスターたちが襲いかかる。
「おやおや、これは面倒ですね」

 ズガガガガガガガガ!

 上半身を反転させながら、視界に入るすべてのモンスターへ向けて伊月は凄まじい速さで引き金を引く。
 瞬く間にモンスターたちが倒されて、消えていく。
 さすがのモンスターたちも、伊月の戦闘力に畏怖を覚えるように少し退いた。
「おや? 来ないのですか? もっとも、来ないのならこちらから仕掛けていくだけですがね」
 辺りにいるモンスターたちへ向けて、伊月は不敵な笑みを浮かべた。

 

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 佐助さんたちが生徒たちの誘導を開始してから30分くらいが経った。
 指示がいいのか講師たちの手際が良いためか、すでに300人くらいが避難に成功していた。
 残りの人も、この分ならすぐに脱出できそうね。
「……ねぇ香奈。中岸の事、心配?」
「あたりまえじゃない。まったく、どこで油売ってるのかしらね」
「あんまりこういうことは言いたくないんだけど……ここまで来ないってことは……」
「……………」
 雫の言いたいことは分かる。大助が雫たちと別れてからここに来ないってことは、誰かに負けてしまった可能性が高いっていうことだ。
 自然と胸の星のペンダントに触ってしまう。
 これをプレゼントされてから、不安なことがあるとこれに触れる癖がついてしまったような気がする。
「………」
「ごめん。不謹慎だよね、あたし」
「大丈夫よ。たしかに心配だけど、大助がそう簡単に負けるはずないわよ」
「そっか……ホント、香奈ってば中岸にベタ惚れなわけなんだねぇ」
「なっ、い、今そんな話をしないでよ!!」
「ごめんごめん。でも、こうでもしてないと、あたしも気が紛れないからさ……」
 神妙な面持ちで雫は言う。
 私が思っている以上に、雫は精神的に限界が来ているのかもしれない。
「無茶してるなら早めに言いなさいよ雫」
「香奈……うん、分かった。本当に無理だって思ったらそうするよ」
 そう言って雫は笑った。
 明らかに無理してるのは分かったけれど、言わないでおいた。

 それからもう20分くらい経って、体育館にいる生徒全員の避難が完了した。
 教師たちも学校を脱出したみたいで、この場に残っているのは私と雫だけになった。
「みんな、無事に脱出できたみたいね」
「そうだね。じゃあ次にスターの人達が来たら、あたしたちも――――」


 ジリリリリリリリリリリリリリリ……!!


 突然、学校の警報が鳴った。
 ブツッという回線が繋がる音が聞こえて、あの機械みたいな音声が流れ始める。
『残リ人数ガ、5人ニナリマシタ。学校ヲ完全閉鎖シマス』
「え!?」
 校庭へつながるドアが凄い勢いで閉じる。
 力を加えるけど、開くような様子は無い。
「そんな!」
 これじゃあ外に出られないじゃない。外に行った佐助さん達も、もしかして中に戻ってこれない?
 だとしたら、私達はどうやってここから出ればいいの? 最後まで勝ち残るしかないってこと?
『残リ5名ノ名前ト、ライフヲ公表シマス』
 体育館のスクリーンが下りてきて、機材が置いていないはずなのに光った。
 そこには、今の放送で流れたように名前と残りライフが表示されていた。

 1.神原栞里 37400LP
 2.神原聡史 8000LP
 3.雨宮雫  2000LP
 4.朝山香奈 600LP
 5.中岸大助 50LP


「なっ!?」
 残りライフが37400ポイントって……いったい何をすればこんな膨大なライフになるのよ。
 しかも雫のライフは2000ポイントしかないし、大助に至っては50ポイントって……!
「あの栞里って人が、真奈美を……!」
「………」
 残り5名の中に、真奈美ちゃんの名前は無い。
 つまり、決闘に負けちゃったってことよね……。
「香奈……あたしたち、これからどうなっちゃうのかな?」
「分からないわ。でも大丈夫よ。雫を戦わせたりなんかさせないわ。その栞里って人だって、私が簡単に倒してあげるわよ!」
「でも……」
「何よ。親友である私がそんなに信じられないわけ?」
「そ、そんなわけないじゃん! ただやっぱり、心配だなって思っただけ」
「私は大丈夫よ。それより、どうして雫のライフは2000なの?」
「あぁそれはね、中岸と真奈美に3000ずつライフをあげちゃったから……かな?」
「なんで笑ってるのよ。代わりに雫のライフが減っているってことじゃない」
「あたしはいいの。決闘も強くないし、これくらいしか香奈たちをサポートできることってないからさ」
 怒りを込めて睨む私に、雫は視線を逸らしながら笑う。
 何を考えているのかは分からないけれど、雫は私達の力になれない事を妙に気にしているような感じがする。
 別に何かをしてくれなくても、こうやって傍にいてくれるだけでいいのに……。
「あ、そ、そういえばさ、中岸は無事だったね!」
「そうね」
 無理やり話題を変えようとする雫。
 大助ほどじゃないけど、何か無理をしそうで心配ね。
「ねぇねぇ香奈。中岸を探しに行こうよ。ここにいても何も変わらないじゃん」
「……たしかにそうね」
 佐助さんたちが戻ってくる様子は無い。幸い、外に繋がるドア以外は開いているから学校内を行動することが出来る。
 だけど敵だって、私達を探しているかもしれない。下手に行動して、見つかりでもしたら……。
 あぁもう。あまり深く考えると頭が痛くなりそうね。
「大丈夫だって! 香奈と一緒なら怖いものなしだよ!」
「それは――――」

 ガララッ!

 一番遠くに位置する体育館のドアが開いた。
 そこから入ってきた人物を見て、雫の表情が変わった。
「やはり無事に体育館に着いていましたか」
 カールのかかった茶髪。縁の細い眼鏡をかけて、細い顎に丸い瞳。
 雫の言っていた神原栞里という人の外見と一致した。
「思った以上に、道に迷ってしまいました。無闇に防火シャッターを下ろすものではないですね」
「あんたが、このサバイバルを計画した張本人なの?」
 雫を背中に隠しつつ、私は尋ねる。
 神原栞里はゆっくりと歩み寄りながら、口を開く。
「そうですよ朝山香奈さん。私が、すべての元凶です」
「じゃああんたを倒せば、このサバイバルは終わるの?」
「そうですね。もっとも、私だけじゃなく兄さんも倒さないといけませんけど」
「あんたの兄さんも、勝ち残っているってわけね」
「そうです。兄さんは強い。仮に私に勝てたところで、兄さんには勝てません」
 相手の言う”兄さん”とは、さっきスクリーンに表示された神原聡史という人の事よね。
 目の前にいる敵だけじゃなく、他にもう1人倒さなくちゃいけないなんて、面倒なことをしてくれるじゃない。
「真奈美は……どうなったの……?」
 後ろで雫が小さく尋ねる。
 栞里さんは少し考えて、答えた。
「消えましたよ。私に負けて」
「っ…! なんで、なんでこんなことするの!?」
「すべては兄さんのためです。私は、兄さんのためならどんな障害でも排除する。たとえ他人から認められなくても、兄さんが信じる道に私は付いていくだけです」
「分かんないよ! そのお兄さんの望みが、サバイバルをすることだったの!? 真奈美やクラスのみんな……無関係の人を巻き込んでまですることだったの!?」
 声を荒げて突っかかろうとする雫を引きとめる。
 対する栞里は、目を細めて私達を睨み付けた。
「……理解しなくてもいいです。兄さんのためなら、私はどんなことでも――――」

馬鹿じゃないの

「な……に……?」
 私の言葉に、栞里さんは拍子抜けしたように眉を細めた。
「兄さんのため、兄さんのためって……他人のためならどんなことしても許されるわけないじゃない」
「っ……!」
「理解しなくてもいい? 理解なんか出来るわけないじゃない。この学校サバイバルで、何人が犠牲になったと思っているのよ。よっぽどの理由があるのかと思えば、たかが”兄さんのため”ってだけ? 冗談じゃないわよ。間違ったことに協力してどうするのよ! どんなことでもするつもりがあるなら、こんな馬鹿な戦いを望んだ兄さんを止めなさいよ!!」
 自然と怒鳴ってしまった。
 大切な人のために何かをしたいって思う気持ちは分かるわ。
 でも、それが間違っていることなら止めてあげるのも大切なことだと私は思うから。
「黙りなさい……!」
「黙らないわよ。今すぐ、こんなサバイバルを止めて、消えちゃった人を元に戻しなさい!! そして、みんなに謝りなさいよ!!」
「っ、私は……謝らない。兄さんのために、戦うんですよ!!」
「あんただって分かってるんでしょ!? こんな戦い間違っているって!!」
「うるさい!! 黙れ!!!」
 大声を張り上げて、栞里は1枚のカードをかざした。
 そこから漆黒の剣が1本、私に向かって放たれる。
 避けようと体を動かそうとした瞬間、急に横から強く押される。
 バランスを崩して横に倒れる。倒れながら、私の目は放たれた剣を捉えていた。
 鋭い切っ先が一直線に、私のいた場所に向かっていく。そして、その先には――――
「雫!!」

 ドシュッ!

 漆黒の剣が、雫の脇腹を切り裂いた。
「雫!!」
 そこからはまるでスローモーションのようだった。
 脇腹を切り裂いた剣は空中で消えて、傷を受けた雫はその場に倒れ、脇腹を抑えてうずくまった。
「っ!」
 すぐに駆け寄り、雫を抱きかかえる。
 左の脇腹を抑える手が赤くなっている。制服にも少しだけ血が滲み始めていた。
「そんな、どうして……!」
「えへへ……少しは、あたしも、香奈の役に……立てた、かな……?」
「駄目! じっとしてて! しゃべらないで!!」
 パニックになりそうになったのをギリギリで堪えて、持っていたハンカチで傷口を抑える。
 だけど焼け石に水だった。これぐらいの布じゃ、止血するには小さすぎる。
「……違う。今のは……違うの……!」
 少し離れたところで、栞里がたじろいでいた。
「ただ、威嚇しようとして、それで、それ…で……!!」
 数歩だけ後ろに下がったあと、栞里はこの場から逃げるように走って行ってしまった。
 追いかけようかとも思ったけど、今はそれどころじゃない。
 とにかく、傷を塞がないと……!
「やだなぁ。かすり傷だって……大袈裟だよ……」
「そんなに顔色悪くして何言ってんのよ!」
 雫の額に脂汗が流れていて、呼吸も少し乱れていた。
 手当ての出来る保健室に運びたかったけど、下手に動かしたら傷が悪化しそうで怖かった。
「……香奈が、事件で攫われたとき、あたし、本当に悔しかった。友達なのに……何もできなくて……」
「そんなことないわよ!! 雫がいてくれたから、親友でいてくれたから……!」
「ふふ……嬉しいなぁ。香奈に……そう言ってもらえて……」
 雫の目が、だんだんと閉じていく。
 傷口を抑える手にも力が無くなってきた。
「雫!! だめ! 目を開けて!!」
 制服を脱いで、着ていたカーディガンを脱いでそれを傷口に当てる。
 袖のところを雫の腰回りに巻いて結び、少しでも傷を塞ごうとしてみる。
「大丈夫だって……少し……眠る、だけ……だよ」
「だから、寝ちゃダメ!! ちゃんと目を開きなさいよ!!」
「香奈、手……握って……?」
「っ!」
 急いで握る。雫は笑って、腕に着けていたデュエルディスクを私に触れさせた。

「2000ポイント」

 その腕から赤い光が私に流れ込んでくる。
 ライフカウンターに表示されている数値が、600から2600になった。
「ちょっと……何やってんのよ!?」
 私のライフが2600になると同時に、雫のライフが0になる。
 彼女の足元が、少しずつ黒く染まっていく。
「香奈……香奈に、全部託すよ。香奈なら……きっと、みんなを守れる……よね……?」
「……!!」
 今にも意識を失いそうな状態で、雫は精一杯の笑みを私に向けた。
「ね? あたしのお願い……聞いてくれるかな……?」
 その言葉に、私も気持ちを抑えて必死に笑顔を作る。
 握られた手を強く握り返し、力強く答える。
「……っ! 約束……する。だから、安心して、待ってなさいよ。全部終わって、死んでたりなんかしたら、本当に承知しないんだから!!」
「へへ、お願いね……香……奈………」
 雫の手から力が抜ける。
 それと同時に、彼女の体が消えてしまった。

「そん……な……」

 涙が溢れてきた。
 あんなに元気だった雫が、目の前で消えてしまった。
 守ろうって思ってたのに……巻き込まないようにしようって思ってたのに……。
「うっ、うぅ……!」
 堪えようと思っても、涙は止まらなかった。
 あんな怪我をして、消えちゃって……もし雫が死んじゃったりしたら……。


『――大丈夫だよ――』


「え?」
 頭に直接語りかけてくるような声が聞こえた。
 幼い女の子のような声だったけど、琴葉ちゃんやコロンの声じゃない。
『――みんなは大丈夫――だから香奈ちゃんは――大助君のところに行ってあげて――』
「だ、誰よ!?」
 辺りを見回すけど誰もいない。
 ま、まさか幽霊……?
『――彼は保健室にいるから――あなたたちが――この学校を救って――』
 声は、聞こえなくなった。
 いったい誰だったのかしら。
 でも、どこかで聞いたことがあるような気も……?



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 夢を見た。
 それも、わりと昔に起きた出来事の夢だ。
 たしか俺が小学生の時、上級生と喧嘩したんだ。どうして喧嘩したのかは忘れてしまったのだが、たしか手も足も出なかったことは覚えている。

『父さん、俺、強くなりたい』
『急にどうしたんだ?』

 ああ、そうか。
 俺は親父に相談したんだった。今にして思えば、ここからちょくちょく親父に鍛えられるようになった気がする。

『上級生とケンカしちゃって……負けちゃったんだ。俺の友達も、泣かされちゃって……』
『それで?』
『だから、強くなれば、誰にも負けないなら、友達も泣かずに済むかなって……』

 そういえばそんなことを言ったような記憶がある。
 たしかに、強ければ上級生にも負けることなく、友達も泣かないで済んだのかもしれない。
 だけど……。

『そうか。なぁ大助、どうして父さんと母さんが、お前に『大助』って名前を付けたか分かるか?』
『ううん』

 ここから先は、なんとなくだが覚えている。
 俺の名前の由来。名前に込められた想いだけは、なぜか記憶にしっかり残っている。
 
『いつかお前が大きくなったとき、大切な人を助けられるような優しい人になって欲しいって思って付けたんだ』
『大切な人……?』
『友達とか、父さんとか母さんとか、大助が大事だって思う人の事だ』
『……よく分からないけど、じゃあ、なおさら強くならないといけないのかな?』

 子供の俺は、首を傾げて尋ねる。
 親父は子供の俺の髪をくしゃくしゃにして、笑みを浮かべた。

『はっはっは! 父さんはお前に強い人間になって欲しいとは思わないぞ。代わりに、諦めない人間になって欲しいな』
『え、でも……』
『ははっ、無理に強くなる必要なんてないんだよ。お前は、お前らしく頑張ればいいんだ』


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「う……」
 体が痛みを発して、目が覚める。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、香奈の顔だった。
 10センチほどの距離しかないところで、心配する視線を送ってくる。
「やっと起きたの?」
「香奈……近い……」
「え、あ、あぁそうね。ごめん」
 体を起こして、周りを見渡す。
 どうやらここは保健室らしい。たしか俺は、神原聡史と戦って風の神の攻撃を受けて、屋上から落ちた……はずだ。
 だがあの高さから落ちたにしては、軽傷すぎる。少なくとも骨の2本くらいは折れると思うのだが……。
「ここまで運んでくれたのか?」
「は? 何言ってんのよ。私が来たときにはここにいたんじゃない」
「え、じゃあ誰が?」
「自分で勝手に来たんじゃないの?」
「そんなはずは………」
 気を失う前に誰かの声が聞こえた気がしたのだが……もしかしてそいつが俺をここまで運んでくれたのか?
 駄目だ。まったく思い当たる節が無い。だいたい屋上から落ちて無事っていうのがおかしいのだが……。
「それじゃあ、説明してもらおうじゃない」
 香奈がベッドの上に座りながら言った。
 若干だが、怒っているように見える。
「説明って?」
「とぼけんじゃないわよ。どうしてそんなにボロボロなのかって聞いてるのよ。どうせまた無茶したんでしょ?」
「うっ……」
 すでに見抜かれてしまっているらしい。
 下手に言い訳すると、余計に気を損ねてしまいそうだ。
「さっさと答えて」
「……分かったよ」
 観念して、分断された後の出来事を説明した。

 玉木茜と戦って、それから神原聡史と戦ったこと。風の神の攻撃を受けて意識が飛びそうになり、屋上から落下して気が付いたらここにいたこと。ありのまますべてを香奈に話した。

「……ていう感じだ」
「…………じゃあ、私の方も説明しておくわ」
 少し暗い表情で香奈は口を開いた。

 体育館で生徒会長と戦ったこと。雲井が消えてしまい、薫さんも戦いで負傷を負ってしまったこと。佐助さんたちが来てくれて、無事な生徒たちを避難させたこと。そして本城さんや雨宮が消えてしまったこと。
 10分くらいの説明だったが、事態の深刻さがうかがえた。

「…………」
 説明をし終えた香奈の表情は暗い。
 大切な友達を目の前で失ってしまったんだ。無理もないだろう。
「香奈――――」
「残ったのは、私達だけね……」
 俺の言葉を遮るように、香奈は言った。
 香奈が説明してくれた通りなら、この学校に残っているのは俺と香奈、聡史と栞里の計4人。
 このサバイバルを終わらせるためには、聡史と栞里の2人を倒すしかない。
 サバイバルを終わらせて、みんなが元に戻る保障なんかどこにもない。だけどこのまま放っておくことなんて出来るはずがない。
「っ!」
 痛みが残る体を動かして、ベッドから下りようとする。
 だが隣から香奈が飛び掛かってきて、そのまま押し倒されてしまった。
「お、おい」
「……どこに行くつもりなのよ」
 真っ直ぐな瞳で、訴えてくる香奈。
 その視線に真正面から答えることが出来ずに、つい視線を逸らしてしまう。
「どうせ、聡史って奴を倒しに行くつもりなんでしょ」
「………」
「ふざけないで。あんた、もう50しかライフポイントが無いのよ!? 大助のライフを50にしたのは、その聡史って奴なんでしょ! 勝てる見込みなんかあるわけないじゃない!!」
「………」
 言い返せなかった。残りのライフポイントは50ポイント。少しでもダメージを受ければ負けてしまう。
 たしかに、勝てる見込みはかなり薄い。
「馬鹿……!」
「え?」
「馬鹿……馬鹿……大助の馬鹿……!」
 切実さを含んだ声で、何度も怒られる。
 香奈の瞳は潤んでいて、今にも泣きだしそうだった。
「どうして大助は、いつもそうやって無茶するのよ。少しは私に……周りにどれだけ心配かけてるか考えなさいよ! ダークの時も、牙炎のときも……ううん、昔から大助は、自分のことを考えないで行動してるじゃない」
「そんなつもりは―――」
「自覚は無くてもそうなの。いつもいつも、大怪我して、ボロボロになって……」
 詰まりながら、香奈は言葉を続ける。
 俺は反論することが出来ず、ただ黙って聞くことしかできない。
「いつもボロボロで……なのに私や、他の人のことばかり心配して……少しは自分の事も考えなさいよ。私や……周りにいる人がどんな気持ちでいるか考えなさいよ!!」
「……………ごめん」
 それしか言うことが出来なかった。
 分かっていたはずのに……また俺は心配させるような行動をしてしまっていた。
 香奈やみんながどんな気持ちでいたのか考えずに……。
「……本当に、ごめん」
「…………」
「もしかしたら、心のどこかで”なんとかなる”って思ってたのかもしれない」
「え?」
「ダークとの戦いも、牙炎との戦いも、ギリギリだけど勝つことが出来た。だから今回も……って思っていたのかもしれない。それに、闇の結晶を破壊できるのは白夜の力を持っている人だけだから、俺がやらなくちゃいけないって思ってたんだ」
「………」
「けど、そんなの自惚れだった。今までのどの戦いも、余裕で勝てたことなんて無かったのに……諦めないで戦って、たまたま勝てただけだったのに……少しは強くなったんじゃないかって勘違いして……」
「大助……」
 本当に恥ずかしい話だと思う。柄にもなく自惚れて、大切な人に心配をかけて……。
 香奈の言うとおり、俺は本当に馬鹿だ。いったい何度同じ過ちをすれば気が済むのだろう。
「心配かけて、ごめん」
「分かってるなら……それでいいわよ」
 袖で目元をぬぐって、香奈は離れた。
 ベッドから下りて、俺に背を向けながら言葉を発する。
「大助、これからどうするつもり?」
「…………」
 すぐには答えられなかった。次の行動が決まっていない訳じゃない。
 ただその行動は、また香奈を心配させてしまうことだから言い出しづらかった。
「……なによ。言いたいことがあれば、はっきり言えばいいじゃない。どうせ、リベンジしに行くんでしょ?」
「………ごめん」
「いいわよ別に。言ったって聞かないことくらい分かってたわよ。私だって、大助の立場だったらきっと同じことをしていたわ」
 背を向けられているため、香奈の表情が見えない。
 どんな気持ちで今の言葉を言ったのか、分からなかった。
「もしかして、怒ってるのか?」
「怒ってない訳ないじゃない。だけど、不思議だけど半分くらいは安心してるわね」
「は?」
「意味は分からなくてもいいわよ」
 そう言って香奈は深い溜息をついて、振り向いた。
 その表情は、なぜかとても柔らかい。
「いつもいつも、無茶ばかりして心配かけて……あんたが戦いに巻き込まれるたびに心配してるわよ」
「…………ごめん」
「でも、そういうところも、やっぱり大助なのよね」
「どういうことだ?」
「分からなくていいわよ。ていうかこれだけは、私だけが分かっていればいいことなの!」
「なんだよそれ……」
 理解しがたい発言に、珍しく困惑してしまう。
 だけど香奈はそんな俺を見ながら、どこか呆れたように笑っていた。
「本当にごめんな。また、心配かけることになるけど……」
「ホントよ。あとでパフェ奢りなさい」
「あ、あぁ………」
 つい曖昧な返事をしてしまった。
 残り50ライフポイントしかない俺が、風の神を使う神原聡史に勝てる可能性はかなり低い。
 適当な返事をして、また香奈を悲しませてしまったらと思うと……返事に困ってしまった。
「なんで微妙な返事なのよ。こういう時は、勝つって言いなさいよ」
「……言いたいのは山々なんだけどな……」
 認めたくは無いが、聡史は強い。
 ダークや牙炎に比べれば大したことは無いのかもしれないが、神のカードをどう攻略すればいいか分からない。
 なにより残りのライフが少なすぎる。少しでもダメージを受ければ負けてしまうプレッシャーの中で、戦い抜くことができるのか?
「大助、もしかして、勝てないかもとか思ってる?」
「……そうかもしれない………。香奈の言うとおり、俺のライフを50にしたのは神原聡史だ。それに今までの決闘で受けた肉体へのダメージも残っているし……不安な要素がありすぎるんだ」
 なんとかしたい気持ちもある。相手を放っておくわけにはいかないとも思っている。そのための行動をする意志もある。だけど、目的を達成できるかどうかは別問題だ。
 弱気な考えだということは分かっている。今までの戦いでもこんなことは滅多になかったのにな。
 よりによってこんな時に、迷いが生まれてしまうなんて……。

「大丈夫よ」

 ただ一言。
 自信満々の表情で、胸にかけられた星のペンダントを愛おしそうに見つめながら香奈は言った。
「牙炎の事件のときに言ったでしょ? 私は、大助を信じてるって。実際、大助は牙炎を倒してくれたじゃない」
「でもあれは、香奈と武田のカードがあったからだろ?」
「そんなの関係ないわよ。大助が助けてくれたから、私は学校に戻ってこれたんじゃない。それとも大助は、勝てる見込みがあったから私を助けに屋敷に乗り込んできたわけ?」
「……!」
「ほらね」
 見透かしたかのように、香奈はそう言った。

「何度だって言ってあげるわよ。私は大助を信じてる。どんなときだって、ずっと信じてるわ」 

 自分の真っ直ぐな気持ちを、こうやって真っ直ぐな言葉で素直に言えるところも香奈の良いところだと思う。
 こういうところに俺はいつも支えられて、勇気づけられて、助けられているのだろう。
 心に渦巻いていた不安が、俺自身の力へと変わっていくような感覚があった。
「香奈」
「なに?」
「……ありがとう」
「なっ、べ、別に、これから戦いに行くって言うのに辛気臭い顔されたら嫌だからそう言っただけよ!」
 照れくささを隠すためにこういうことを言うのも、香奈らしいな。
 けど俺はそういうところを含めて、香奈に支えられているのかもしれない。
「香奈、お前も行くんだろ?」
「気づいてたの?」
「なんとなくな。神原栞里って人と、戦うのか?」
「もちろん戦うわよ。雫と真奈美ちゃんの仇だし、個人的に気に入らないしね」
「勝てるのか?」
「知らないわよ。あんたこそ、勝てるの?」
「分からない。やるだけやるさ」
「私もあんたも、どっちかが負けたら、終わりなのよ?」
「そうだな。でも、大丈夫だって言うんだろ?」
「ええ。私と大助だもん」
 さらっと強気な発言をする香奈。
 いつも思うが、その自信を少しだけ湧けてほしいものだ。
「大助、はい」
「ん?」
 香奈は小指を突き出して、何かを促してきた。
「なんだ?」
「本当に鈍いわね。約束よ約束。絶対に勝つって約束するのよ」
「やれやれ……じゃあ約束な」
 俺達は互いの小指を絡ませて、視線を合わせる。
「絶対に勝って、このサバイバルを終わらせるぞ」
「ええ。それでまた、こうやって話しましょう」
 互いに笑みを交わす。
 なぜか少しだけ、本当に少しだけど、今までより香奈の心に近づけたような気がした。
「なに笑ってるのよ」
「別に何でもない」
「そう? まっ、どうせ大したことじゃないんでしょ?」
「かもな」
 そう言って俺達は再び笑いあう。
 果たせるかどうか分からない約束だと思う。必ず勝てる保証なんかどこにもないし、勝ってもサバイバルが終わらないかもしれない。
 だけど、今の俺達にはこれで十分だった。
 たとえ小さな約束でも、それだけで俺達は互いのことを信じられるような気がした。
「それじゃあお互い、勝つわよ!」
「ああ!」
 勢いよく保健室のドアを開け放つ。
 そして俺達は、互いの相手がいるところに向かって走り出した。




episode20――信じる気持ち――





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 神原栞里は、ごく普通の家庭に生まれた少女だった。
 両親に誕生を祝福されながら生まれ、1歳上の優しい兄にも甘えていた。
 近所からも、礼儀正しく可愛らしい子だと褒められて親しくされていた。

 両親の仕事も公務員で、わりと安定した生活を送ることができていた。
 一軒家を持つには至らないが、広いアパートで家族4人で幸せに生活していた。

 ただ1つ気がかりなことがあった。
 それは、兄の聡史の体の事だった。

 聡史は生まれながら病弱だったため、あまり激しい運動を得意としていなかった。
 修学旅行に行っても、体調を崩すことがまれにあったり、インフルエンザが流行る時期なんかは家族の中で真っ先に罹ってしまう。本人は「気にしていない」「大丈夫」というから今まで過ごしてきたが、それでも家族としてはそれなりに心配していたのだ。

「パパ、ママ、今度の冬休み、一緒に旅行に行こうよ!!」

 雪が降り積もる冬の日、中学1年生の栞里は両親にそう言った。
「ねぇパパ、いいでしょ?」
「そうだな。夏休みはあんまり遊べなかったし、行こうか? 聡史は大丈夫か?」
「うん。僕も行きたいな。どうせだったら、遠くに行こうよ。体も調子がいいし」
 あまり無い腕の筋肉を見せつつ、聡史は笑った。
 栞里は苦笑しつつ、兄の腕に掴まり同意する。
「ねぇ〜ママもいいでしょ?」
「ふふっ、そうねぇ。じゃあ一緒に行きましょう。どこに行きたい?」
「お兄ちゃんが決めていいよ!」
「え、でも僕は……栞里が決めていいよ」
「いつも私が決めてばっかりだから、たまにはお兄ちゃんが決めて!」
「じゃあ……沖縄とか言ってみたいな。暖かいし、水族館とか行きたい」
「よしきた! じゃあ今年の冬休みは家族みんなで旅行だ!!」
「「「おー!!」」」


 そして冬休み。
 栞里たち家族4人は、沖縄に旅行に来た。
 日本の南に位置する県だけあって、冬にも関わらず暖かい気候だった。海に入るのはさすがに出来なかったが、聡史の要望通り水族館に行ったり、県の名産に舌鼓を打つなど、家族での時間を共有していた。
「ぷはぁ〜〜! いやぁ、今日は楽しかったなぁ!!」
「あなた、そんなに飲みすぎると二日酔いになりますよ?」
「へへっ、硬いこと言うなよ。そうだ、聡史、栞里、パパからありがた〜い言葉を授けよう!」
「なにそれ?」
「お小遣いじゃなくて、言葉?」

「ああ。二人とも、絶対に弱い人間になるな。2人で支えあって、強い人間になれよ」

「弱い……?」
「どういう意味なのパパ?」
「ふふっ、パパは、2人にいつまでも仲良くして欲しいって言ってるのよ」
「おい母さん。俺のカッコイイ言葉を邪魔しないでくれよぉ」
「2人にそんな難しい話をするあなたがいけないんですよ」
 そう言って母は笑っていた。
 父も酔いながら、2人の子供の頭を撫でながら笑っていた。



 その夜。酔いつぶれた父を母が介抱しているなか、栞里と聡史は寝室で話をしていた。
「ねぇ栞里。さっきパパが言っていたことって、どういうことかな?」
「え? 弱い人間になるなってこと?」
「うん。僕はさ、あんまり体が丈夫じゃないし、強いとかよく分からないんだよね」
「私も、パパが言っていたことはよく分からないの。でも、お兄ちゃんならきっと、強くなれるよ」
「そうだね。ありがとう栞里」
 聡史はそう言って笑い、栞里の頭を撫でた。
 小さいながらも暖かい手に、栞里は思わず笑みを浮かべた。
 どんなときだって優しくて、こうやって暖かい手で頭を撫でてくれる兄の事が、栞里はとても好きだった。


 それからしばらく経って、栞里と聡史は高校生になった。
 兄妹そろって同じ星花高校に通い、普通に友達も出来た。
 兄の体も、以前より丈夫になったらしく、病気で欠席することは少なくなった……とはいっても、まだ病弱であることに変わりはない。
「兄さん、具合はどう?」
「うん。大丈夫だよ。貧血で倒れただけだからさ」
「倒れる時点で大丈夫じゃないと思うけど?」
「ははは、それはそうだね。栞里も体に気を付けないと駄目だよ?」
「心配してくれてありがとう兄さん。でも、今は自分の心配をしてくださいね」
「うん。そうするよ」
 栞里は大切な兄のために、何が出来るだろうかと考えた。
 そんなとき、以前に父親からかけられた言葉が頭に浮かんだ。
 『2人で支えあって、強い人間になれよ』
 兄と自分、2人で仲良く、強くなるためには、もっと兄の事を支えなければいけないと思った。
 だからまずは勉強を頑張った。体を壊して兄さんが学校を休んでも、自分が教えてあげられるように。
 そしてスポーツにも、積極的に取り組むことにした。運動神経には全然自信が無かったが、兄さんが何かのスポーツにはまった時に一緒に練習できる程度に。
 栞里は、優しい兄が大好きだった。



 それからしばらくして、兄は変わってしまった。
 まともに話しかけてくれることが少なくなり、ガラの悪い生徒に喧嘩を吹っかけたり、アンティルールの決闘を自ら申し込んだりと、自分で自分を追い詰めるようなことばかりをするようになった。
 心配して手を差し伸べても、兄は問答無用でその手を払いのけた。
「もう僕に構わないでくれ」
「そんな、どうしちゃったの兄さん!?」
「うるさい! もう僕は、弱いままでいるわけにはいかないんだよ!!」
 今まで見せたことのないような怒りを含んだ言葉だった。
 弱いままでいるわけにはいかない……。どうしてそんなことを言うのか、栞里には分からなかった。



 そしてある日、兄はアダムに出会った。
 初めて会ったときは、心の底からアダムの事を不気味に思った。
 得体が知れない、なんて言葉で言い表せられるような感覚ではない。
 生物としての本能が、危険だと訴えかけるような感覚だった。
『やぁやぁ、君が栞里さんか』
 話す言葉も、本心を言っているのか虚言を言っているのか判断できない。
 ただ理解できたのは、アダムに付いていけば迎えるのは破滅だということだった。
『そんなに怖がらないでよ。別にボクは、君たちに悪いことをしようって言うんじゃない。君のお兄さんが強くなりたいって言うから、ただそれに協力しようとしているだけなんだよ?』
「……信じられません……」
『アハハ! 兄さんと違って君は賢いみたいだね。素質もお兄さんより高いみたいだ』
「兄さんの事を、馬鹿にしない下さい」
『ごめんね。でもさ、こんなボクにだけ任せていたら、栞里さんも心配でしょ?』
「え?」
『ボクは優しいから、君にも闇の結晶をあげる。君ならきっと、大好きなお兄さんの手助けを出来るはずだよ。もちろん、怖いなら止めてもいいよ? ボクはお薦めはするけど、強制はしない主義なんだ』
 不気味な黒い光を宿す結晶を差し出しながら、アダムは笑った。
 一瞬だけ手を伸ばし、引っ込める。
 これを身につければ兄さんの役に立つことは出来るのかもしれない。
 だけど………。
『兄さんの役に立ちたいんでしょ? だったら、まずは兄さんと同じ力を得ないと話にならないと思うけどなぁ』
「……兄さんと……同じ力………」
 あれほど優しかった兄が、それほどまでに欲した力。
 この闇の結晶を受け入れれば、兄の気持ちが少しは理解できるのだろうか。
『さぁ、どうぞ栞里さん』
「………はい」
 恐る恐る、その闇の結晶を受け取った。
 体に入り込んでくる残酷な感情。内側から力が溢れ出るような感覚。
 心地いいとは言えなかった。望んでまで手に入れたいと思うような力には思えなかった。
 だけど、これが兄の望んでいた力なら、自分はそれを受けて入れたうえで支えてあげなければいけないと思った。

『頑張ろうね栞里さん。兄さんのために頑張ろう』

「……はい」
 闇に染まった瞳で、栞里は静かに頷いた。


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「…………」
 自分の過去を振り返りながら、栞里は体を震わせていた。
「私は……私は……」
 あの子はどうなっただろう。無事なのだろうか。
 決闘で誰かを消したときは、罪悪感はあまり感じなかったのに……。
 いや、そもそもそんな考え自体がどうかしているのだ。決闘で消すのも肉体へ大怪我を負わせることも、誰かを傷つけていることに変わりは無い。
 思い返せば思い返すほど、自分のやってきたことを恐ろしく感じてしまった。
 迷いなんて振り切れているはずだった。兄さんのためなら、なんだって出来るって思っていた。
 でも、違った。
 いつだって迷っていた。兄さんのためだと、言い訳をしていた。
 自分が支えたかったのは、強さを求める兄さんでは無かったのに……どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 何を、どこで間違ったのだろう。
「っ、兄さん……!」
 話したい。あのころの兄と。
 何の変哲もない些細な会話でもいい。
 ただ、今の壊れそうな心を支えてほしかった。

 だけど今の兄さんは、他人に見向きもしない。
 自分の強さだけを求めて、突き進んでいるだけ。

 兄さんの役に立ちたいと思っていたけれど、兄さんにとってはそれすら邪魔だったのかもしれない。
 結局……自分がやってきたことは……ただの自己満足だったのかもしれない。
「……とんだ笑いもの……ですね」
 力ない笑みが浮かんでしまった。
 これからどうすればいいのか。
 朝山香奈を、中岸大助を排除する……それしかないのかもしれない。
 排除したら……自分はリタイアする。
 そうすれば兄さんはサバイバルで勝ち残り、アダムからより強力な力を授かることが出来る。
「………はぁ………」
 後悔は尽きない。
 だけどもう、後戻りはできないのだ。
「私は駄目ですね……」
 他人を傷つけてきただけで、こんなに心が揺れてしまうなんて……。
 兄さんを支えたいという決意が揺らいでしまうなんて……。
 本当に、自分はどうしようもないやつだと思った。


 ……ピンポーンパンポーン……


 全校放送のチャイムが鳴った。
 もうアダムの設定した音声は流れないはずだ。ではいったい誰が?
『えっと、これでいいのかしら?』
 聞こえたのは、体育館で聞いたあの強気な声。
『まぁいいわ。神原栞里! どうせ学校のどっかにいるんでしょ!? 私は朝山香奈! あんたに勝負を挑むわ!! 体育館で待っているから、さっさと来なさいよ!!』
 乱暴に放送のスイッチが切られる音がした。
 まさか、全校放送で宣戦布告がされるなんて思ってもみなかった。
「本当に……やれやれですね」
 栞里は静かに立ち上がり、体育館へ向かうことにした。
 その口元に微かな笑みが浮かんでいることに、本人はまったく気づかなかった。





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 体育館の中央で、私は彼女を待っていた。
 こんな事件を引き起こした張本人。雫と真奈美ちゃんを傷つけて……消した敵。
 そして、なにより………。

 ガララッ

 静かに体育館のドアが開いた。
 そこから神原栞里が入ってくる。
 気のせいかしら。少しだけ、顔色が悪いく見えるわね。
「まさか全校放送で宣戦布告をされるとは思っていませんでしたよ」
「あっそ。そっちだって散々こっちを振り回してきたんだから、文句は言えないはずよ」
「ええ。その通りですね」
 互いに数メートルの距離を置き、向かい合う。
 誰もいない体育館の中心で、私と栞里さんの声だけが反響する。
「……もう1人は……私が傷つけた彼女は……どうなりましたか?」
 途切れ途切れに、申し訳なさそうに口を開いた相手。
 拳を握りしめて怒りを我慢し、私は答える。
「雫は消えちゃったわ。私にライフを全部渡して……あんな大怪我してたのに……」
「そう……ですか……」
「だから私は、とっととこんなくだらないゲームを終わらせて、雫や真奈美ちゃん……ううん。みんなを元に戻さなくちゃいけないのよ」
「生憎、それは無理です。私と兄さんを倒さない限り、このサバイバルは終わらない。あなたは私に負けて、中岸君は兄さんに負ける。それで終わりです。中岸君のライフは残り50ポイント。兄さんなら簡単に倒せるでしょう。あとは一番厄介なあなたを私が倒して終わらせるだけです」
 鋭い視線で、相手はこっちを睨み付けてきた。
 だけどその瞳の中には、若干の迷いがあるように見える。
「ホント、分かってないわね」
「どういう意味ですか?」
「私が一番厄介? そんなわけないでしょ。どう考えたって、大助が一番厄介に決まってるじゃない」
「………?」
「分からないならそれでいいわよ。でも1つだけ教えてあげるわ。大助は、どんな状況でも諦めないのよ。諦めないで、無理して、そうやって今までずっと、勝利を掴みとってきたのよ。あんたの兄さんなんかに負けるはずないじゃない」
「たいした信頼ですね。どっちにしろ、あなたの言葉はすべて戯言になるだけです。私に負けて、それで終わりです」
 栞里さんはデュエルディスクを構えた。
 私もデュエルディスクを構えて、デッキをセットする。
 自動シャッフルが完了して、互いに決闘の準備が整った。
「はぁ……ふぅ……」
 大きく深呼吸して、心を落ち着かせる。
 きっと今、大助も戦っている。雫と真奈美ちゃんの想いも、私の中にちゃんとある。
 だから負けない。絶対に負けない。
 勝ってこのサバイバルを、終わらせてみせる!



「「決闘!!!」」



 そして、私達の決闘が始まった。




 香奈:2600LP   栞里:37400LP



「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動します」
 決闘が始まると同時に、栞里さんのデュエルディスクから深い闇が溢れ出して体育館全体を包み込んだ。


 終焉を導く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各ターンのエンドフェイズに、このカードに終焉カウンターを1つ置く。
 このカードに終焉カウンターが20個乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。


「っ! この闇の世界って……!」
「そうです。あなたの友達を消した、私の闇の世界です」
「…………」
 各ターン終了時にカウントを刻み、それが20を刻んだ時に勝利を持たらす力。
 だとすればきっと栞里さんの戦術は、相手からのダメージを回避するものよね。
 そっか……だから雫と真奈美ちゃんは私に……。
「私のターンです。ドロー!」(手札5→6枚)
 相手の先攻。
 栞里さんはカードを引いて、すぐに1枚のカードをデュエルディスクに置いた。
「"ゼロ・ガードナー"を召喚します」


 ゼロ・ガードナー 地属性/星4/攻0/守0
 【戦士族・効果】
 このカードをリリースして発動する。
 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されず、
 相手モンスターとの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「やっぱり、そういう戦術なのね」
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×0→1


「私のターン! ドロー!!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を見ながら、状況を整理する。
 栞里さんの戦術は、おそらくダメージを出来る限り防ぐためのカードを多く採用している。下手に攻撃してもダメージを与えることはできないわよね。
 でも私のカウンター罠なら、それらの障害を乗り越えて攻撃を通すことが出来る。
 余計なことは考えない。私は、私らしく戦うだけよ。
「手札から"天空の使者 ゼラディアス"を捨てて、効果発動よ! デッキから"天空の聖域"を手札に加えるわ!」


 天空の使者 ゼラディアス 光属性/星4/攻2100/守800
 【天使族・効果】
 このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
 自分のデッキから「天空の聖域」1枚を手札に加える。
 フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在しない場合
 このカードを破壊する。


「サーチカード……デッキ圧縮が目的ですね」
「さぁね」
 デュエルディスクから自動的にカードが選び出されて、私はそれを手札に加えた。(手札6→5→6枚)
 でもサーチしたのはフィールド魔法"天空の聖域"。前の戦いで、発動しても意味がないことは分かっている。
 手札コストとして使うことは出来るけど……出来る事なら発動したいわね。
 真奈美ちゃんを倒したんだもの……きっと栞里さんは一筋縄じゃいかない。全力で戦わなきゃ勝てない気がする。

(……守りたい?)

 突然、頭の中に響いた声。
 それは体育館で聞いた声と、まったく同じものだった。
「だ、誰?」
(私は――だよ)
「え?」
(そっか……まだ聞こえないんだね……。それより、栞里さんからみんなを守りたい?)
「……そんなの、当たり前じゃない」
(それなら、ワタシが少しだけ力を貸すよ)
「え…?」
(薫さんは、対等な条件で相手に想いを伝えたいと願った。だからこそ"光の世界"は、闇の世界を無効にする効果を持った。だから香奈ちゃんは、自分の大切な友達を守りたいという想いと願いを、そのカードに伝えて)
「想いをカードに……?」
 天空の聖域を見つめた後、ゆっくり目を閉じる。
 真奈美ちゃんに託された想い……雫や大助と約束したこと……それらすべてを、頭に思い浮かべた。
 一瞬だけ、手に持った1枚のカードが白く光ったような気がした。
(使って朝山香奈ちゃん。あなたの想いは力になって、きっとあなたを助けてくれる。でも、私が手助けできるのはその1枚だけだからね)

 声が聞こえなくなった。
 いったい、今の声って……?

「どうしましたか?」
 栞里さんが不思議そうな顔をしながら、尋ねてきた。
 今の、私にしか聞こえていなかったのかしら……?
「私は……」
 手札の1枚に手をかける。
 言っている意味は分からなかったけど、なぜか確信があった。
 このカードは、使っても大丈夫だって。
「手札からフィールド魔法"天空の聖域"を発動するわ!!」


 天空の聖域
 【フィールド魔法】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターの
 コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


「闇の世界があるのに、フィールド魔法を発動?」
 真っ黒な世界の中、フィールドの地面が純白の神殿に変わっていく。
 周りの風景は黒のままだけど、天空の神殿は崩れることなく存在してくれた。
「なっ……どうして……破壊されないんですか……?」
 不可解な現象に、栞里さんは戸惑っているみたいだった。
 私自身、今の状況に驚いているから当然と言えば当然だけど……破壊されないのは、あの声の主のおかげってことでいいのかしら。
 とにかく、ルール効果で破壊されないなら問題は無いわね。
 これならこのデッキの全力が出せるわ!
「いくわよ。手札から"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!」


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 マントを羽織った天使が降臨し、相手を睨み付ける。
「バトルよ! アルテミスで攻撃!」
「っ! "ゼロ・ガードナー"をリリースして効果発動です!」
 不測の事態に動揺しながらも、栞里さんはカードを墓地に送った。
 場にいるモンスターが光の壁に変化して、天使の放った攻撃をすべて弾き飛ばしてしまった。
「さすがに通すわけないわよね」
「……少し驚きましたけど、たかがフィールド魔法です。私の戦術に変わりはありません」
「そうね。でも”たかが”なんて言わない方がいいわよ。カードを3枚伏せて、ターンエンドよ!!」
 ターンが終了すると同時に、闇の中に灯る炎の玉が2つになった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×1→2

-------------------------------------------------
 香奈:2600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード3枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:37400LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×2)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------

「私のターンです、ドロー!」(手札4→5枚)
 栞里さんは少し考えた後、手札のカードをデュエルディスクに置いた。
「"サイバー・ヴァリー"を召喚します」
 相手の場に、小さな機械龍が咆哮と共に現れた。


 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 以下の効果から1つを選択して発動できる。
 ●このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
 このカードをゲームから除外する事でデッキからカードを1枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
 選択してゲームから除外し、その後デッキからカードを2枚ドローする。
 ●このカードと手札1枚をゲームから除外し、
 その後自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。


「厄介なモンスターね。伏せカード発動よ!!」
 私はすぐに伏せておいたカードを開く。
 次の瞬間、上から光が照射されて機械龍の姿をかき消してしまった。
「な……」
「私は"神の警告"を発動したわ!!」


 神の警告
 【カウンター罠】
 2000ライフポイントを払って発動する。
 モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
 モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。


 香奈:2600→600LP
 香奈:手札1→2枚(アルテミスの効果)

「もともと少ないライフを、自分から削ってまでカウンター罠を……!」
「ええ。相手に好き勝手させないのが私のパーミッションよ。むしろ驚かないでほしいわよ」
 雫からもらった2000ポイント。こんな形で使わされるとは思わなかったし、なんだか雫に悪いような気がするけどそうも言っていられない。相手のライフが膨大にある以上、少しでも防御を手薄にしておかないといけないしね。
「さぁ、どうするの?」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×2→3



「いくわよ、私のターン! ドロー!」(手札2→3枚)
 相手の場にモンスターはいない。
 攻めるにはもってこいのチャンスね。
「バトル――――」
「その前に伏せカードを発動です!」


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「……!」
 やっぱり攻撃を抑制するためのカードを伏せていたのね。
 でも、それくらいじゃ私には通用しないわ!!
「カウンター罠"神罰"を発動するわ!!」


 神罰
 【カウンター罠】
 フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。


 威嚇する咆哮→無効
 香奈:手札3→4枚(アルテミスの効果)

「っ!」
「これで守るカードは無いでしょ! バトル! アルテミスで攻撃!」
「まだです。そのモンスターの攻撃宣言時、手札から"バトル・フェーダー"の効果を発動します!」


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「……!」
 手札から発動する防御カード。
 とことん攻撃を通したくないって訳ね。でも……。
「それを待っていたわ!! 手札1枚をコストに"天罰"を発動するわ!!」(手札4→3枚)


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 バトル・フェーダー→無効→破壊
 香奈:手札3→4枚(アルテミスの効果)

「また無効に…!?」
「それだけじゃ済まないわよ。相手のカード効果をカウンター罠で無効にしたことで、手札から"冥王竜ヴァンダルギオン"を特殊召喚するわ!!」
 辺りを覆っている闇の中から、冥府の王である竜が姿を現す。
 その鋭い瞳で敵を睨み、低い咆哮をあげた。
「そしてヴァンダルギオンの効果よ! 相手モンスターの効果を無効にして特殊召喚したことで、墓地にいる"アテナ"を特殊召喚するわ!!」


 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。


 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。


「い、いつの間に"アテナ"を墓地に送ったんですか?」
「さっきの"天罰"のコストで墓地に送ったのよ。そしてアルテミスの攻撃は続行よ!」
「っ!」
 マントを羽織った天使から光球が放たれて、栞里さんの体へ襲い掛かった。
「くっ…!」

 栞里:37400→35800LP

「そしてヴァンダルギオンとアテナで攻撃よ!!」
 続けて冥王竜の炎、女神の放った無数の光の矢が相手に降り注いだ。
「うああああっ……!!」

 栞里:35800→33000→30400LP

「さすがに効いたでしょ。メインフェイズ2に入るわ。"アテナ"の効果発動。アルテミスを墓地に送って、墓地からアルテミスを特殊召喚。天使族が場に出されたから、あんたに600ポイントのダメージを与えるわ!!」
「くっ!」

 豊穣のアルテミス→墓地→特殊召喚(攻撃)
 栞里:30400→29800LP

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×3→4

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 栞里:29800LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×4)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「わ、私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 少しふらつきながら、栞里さんはカードを引いた。
 一気にダメージを受けたのが体に響いているみたいね。
「まさか、たった1ターンで8000近くもライフが削られてしまうなんて……」
「降参するなら今のうちよ?」
「冗談を、言わないでください。"一時休戦"を発動です!」


 一時休戦
 【通常魔法】
 お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
 次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


 往復1ターンの間、互いのすべてのダメージを0にするカード。
 これを通したら次のターンに攻めることができない。ここは無効にしておくべきよね。
「させないわ。カウンター罠を発動するわよ!」


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 一時休戦→無効
 栞里:手札2→3枚("魔宮の賄賂"の効果)
 香奈:手札2→3枚(アルテミスの効果)

「やはり無効にしてきましたか。それなら手札から"ソウルテイカー"を発動!!」


 ソウルテイカー
 【通常魔法】
 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。
 この効果によって破壊した後、相手は1000ライフポイント回復する。


「これでアルテミスを破壊させてもらいます!」
「うっ……」
 今の私に、それを防ぐことが出来るカードは無い。
 栞里さんのカードから放たれた光が、マントを羽織った天使を飲み込んで消してしまった。

 豊穣のアルテミス→破壊
 香奈:600→1600LP("ソウルテイカー"の効果)

「アルテミスが……!」
「やっと厄介なモンスターが消えましたね。カードを1枚伏せて、このモンスターを召喚します」


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「このカードをリリースして、デッキから2枚ドローしてエンドフェイズになります」
「手札補充のカードまで入っているのね」

 カードカー・D→墓地
 栞里:手札0→2枚

「私は、勝たなければならないんです」
「あっそ。それは私だって同じよ。雫や真奈美ちゃん、大助と約束したのよ。あんたたちに勝って、こんなくだらない戦いを終わらせるってね」
「どうして……笑っていられるんですか。今ごろ、中岸大助は兄さんにやられているかもしれないのに」
「別に理由なんてないわよ。それに、大助は負けないわよ」
「根拠は?」
「大助を信じているからよ」
 他に理由なんてない。そんなもの必要ない。
 どれだけ不利な状況だって、大助は諦めずに戦うに決まってる。
 そんな大助に助けられて、心配させられて……でも、だからこそ私は、大助の事を好きになったんだと思う。
「なぜ、そこまで信じられるのですか?」
「あいつと約束したからに決まってるじゃない。お互い、絶対に負けないって」
「そ、そんなことで……!?」
「あんたにとってはそんなことでも、私にとってはそれで十分なのよ。ずっと一緒にいる大助と約束した。それだけで、私はあいつを信じぬけるのよ!!」
 真っ直ぐな言葉にして、栞里にぶつけた。
 相手は少したじろぎながらも、言葉を続ける。
「そんな、簡単な理由で、気安く信じるなど言わないでください」
「あんたがどう思おうと勝手よ」
「そうですね。では、私はこれでターンエンドです!!」
 栞里さんがターンを終了すると同時に、辺りに浮かぶ火の玉が5つになった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×4→5




episode21――ラストカウント――

 



 まだ決闘は始まったばかり。
 辺りに浮かんでいる火の玉は5個になっていて、相手のライフは約30000もある。
 それに対してこっちのライフは1600ポイント。残りターン数を考えれば、もっと積極的に攻めないといけないわね。

-------------------------------------------------
 香奈:1600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)

 手札3枚
-------------------------------------------------
 栞里:29800LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×5)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

 天空の聖域
 【フィールド魔法】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 天使族モンスターの戦闘によって発生する天使族モンスターの
 コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

 冥王竜ヴァンダルギオン 闇属性/星8/攻2800/守2500
 【ドラゴン族・効果】
 相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
 このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
 ●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
 ●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
 ●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。

 アテナ 光属性/星7/攻撃力2600/守備力800
 【天使族・効果】
 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
 自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
 特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
 相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 終焉を導く闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 各ターンのエンドフェイズに、このカードに終焉カウンターを1つ置く。
 このカードに終焉カウンターが20個乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。


「私のターン、ドロー!!」(手札3→4枚)
 さっきのターンで伏せてあったカウンター罠は使い切ってしまった。
 手札にいくつかカウンター罠はあるけど、罠カードは1度伏せてからじゃないと使えない。
 きっと相手は攻撃を通すつもりは無いだろうけど、ここは攻めるわ!
「バトル―――」
「その前に伏せカードを発動します」
「……!」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


「何度も攻撃を通すと思ったら、大間違いですよ」
「そんなの分かってるわよ。だったらこっちだって、別の方法でダメージを与えるだけよ! 手札から"純白の天使"を召喚するわ!」
 私の場に、小さな白き天使が舞い降りる。
 健気に祈る姿はとても愛おしく、そして美しく見えた。


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。


「そして"アテナ"の効果発動よ!! 天使族モンスターが場に出たことで、あんたに600ポイントのダメージを与えるわ!!」
 女神の周囲に小さな光の矢が6本浮かび上がり、一斉に栞里さんへ向けて放たれた。
「くっ!」

 栞里:29800→29200LP

「さらに"アテナ"の効果で"純白の天使"を墓地に送って、もう1度特殊召喚! さらに600ポイントのダメージを与えるわ!」

 栞里:29200→28600LP

「戦闘ダメージを受けないからって、油断してると後悔するわよ!」
「っ、ですけど、その程度のダメージならなんともありません」
「………」
 たしかに相手の言うとおりね。3万近くもあるライフを削りきるには戦闘ダメージも与えないと追いつけない。
「いくわよ! レベル7の"アテナ"にレベル3の"純白の天使"をチューニング!!」
 小さな天使が祈りをささげて、光の輪となり女神を包む。
 純白の鎧を装備し、大きな翼を広げた天空の守護者がフィールドに舞い降りる。
「シンクロ召喚! "天空の守護者シリウス"!!」


 天空の守護者シリウス 光属性/星10/攻撃力2000/守備力3000
 【シンクロ・天使族/効果】
 「純白の天使」+レベル7の光属性・天使族モンスター
 このカードが表側表示で存在する限り、相手は自分の他のモンスターへ攻撃できず、
 相手に直接攻撃をすることもできない。
 このカードが特殊召喚されたとき、以下の効果からどちらか一つを選びこのカードの効果にする。
 ●1ターンに1度、デッキまたは墓地からカウンター罠1枚を選択して手札に加える事ができる。
 ●バトルフェイズの間、このカードの攻撃力は自分の墓地にあるカウンター罠1種類につき
  500ポイントアップする。


「私は第1の効果を選択するわ! デッキからカウンター罠をサーチ!」(手札3→4枚)
「カウンター罠をサーチする効果ですか……」
「さらに手札から"死者蘇生"を発動するわ! この効果で墓地から"アテナ"を特殊召喚!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。

 アテナ→特殊召喚(攻撃)

「またそのモンスターですか!?」
「ええ。そして復活した"アテナ"の効果でシリウスを墓地に送ってもう1度特殊召喚! あんたに600のダメージを与えるわ。そしてシリウスの第1の効果を選択してカウンター罠を手札に加える!」

 天空の守護者シリウス→墓地→特殊召喚(攻撃)
 栞里:28600→28000LP
 香奈:手札3→4枚

「……これで香奈さんは、毎ターン私にダメージを与えつつ、カウンター罠を2枚サーチできるようになったということですか……」
「ええ。さすがに厳しいでしょ?」
「っ……! 関係ありません。残り14ターンを守りきれば、それで私の勝ちです!」
「やれるものならやってみなさいよ! カードを2枚伏せて、ターンエンドよ!!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×5→6

-------------------------------------------------
 香奈:1600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 栞里:28000LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×6)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 カードを引いた瞬間、その口に小さく笑みが浮かんだ。
 何か良いカードでも引いたのかしら?
「まずは手札から"光の護封剣"を発動します」
「っ!?」


 光の護封剣
 【通常魔法】
 相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
 このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。


 3ターンもの間、相手の攻撃を封じる強力なカード。
 この発動を許したら、一気に不利になってしまう。
「させるわけないでしょ! 手札の"攻撃の無力化"をコストに、カウンター罠を発動するわ!」


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 光の護封剣→無効→破壊
 香奈:手札2→1枚("マジック・ジャマー"のコスト)

「やはりこれは無効にされてしまいますか」
「当たり前でしょ!」
「では、カードを2枚伏せてターンエンドです」
 どこか不敵な笑みを浮かべながら、栞里さんはターンを終えた。
 同時に周りに浮かぶ火の玉が7つになった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×6→7


「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 相手の伏せカードは3枚もある。だけど臆してなんかいられない。
 残り12ターンで、相手のライフを削りきらないといけないんだから!
「スタンバイフェイズに、伏せカードを発動します」
「っ!」


 覇者の一括
 【通常罠】
 相手スタンバイフェイズで発動する事ができる。
 発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。

「させない! カウンター罠を発動するわ!!」


 盗賊の七つ道具
 【カウンター罠】
 1000ライフポイント払う。
 罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

 覇者の一括→無効→破壊
 香奈:1600→600LP

「くっ……!」
「残念だったわね! 手札から"ジェルエンデュオ"を召喚するわ!」
 フィールドに現れる新たな天使。
 ハートの形をした可愛らしい天使が、私の場に舞い降りた。


 ジェルエンデュオ 光属性/星4/攻撃力1700/守備力0
 【天使族・効果】
 このカードは戦闘によって破壊されない。このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
 光属性・天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、このモンスター1体で2体分のリリースとする
 事ができる。


「そして"アテナ"の効果でダメージを――――」
それにチェーンして、伏せカードを発動します
「!?」
 このタイミングで伏せカード……?
 それに、栞里さん……笑ってる……?

 伏せられていたカードが表になる。
 その瞬間、私の場にいるすべてのモンスターの体から光が溢れ出した。
 ……違う。溢れてきているんじゃない。吸い取られている……?


 閃光を吸い込むマジック・ミラー
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上・墓地で発動する光属性モンスターの効果は無効化される。


「なっ……」
 よりによって、そのカード……!?
 光属性の効果のほとんどを封殺するカードを、デッキに入れていたってこと!?
「どうしました? 顔色が悪いですよ?」
「くっ、バトルよ!!」
 効果は無効にされても、攻撃まで封じられるわけじゃない。
 少しでも多くダメージを与えなきゃ!
「いいですよ。その攻撃、すべて通します」
 どこか勝ち誇った笑みを浮かべながら、栞里さんは天使たちの攻撃を受け止めた。

 栞里:28000→26300→24300→21700→18900LP

「うっ…か……っ……!」
 苦しそうに体を抑えながら、栞里さんは鋭いまなざしでこっちを睨み付けてきた。
「これで…私が受けるダメージは最後です。アテナとシリウスの効果さえ封じてしまえば、あなたはカウンター罠を自在にサーチすることはできない」
「だ、だからなによ。そっちだって攻撃を防げなくちゃ意味無いわよ?」
「防げるに決まっています。なぜなら私のデッキは、そのためのデッキなんですから」
「……!」
 ハッタリじゃない。手札が0枚なのに、私からの攻撃を防ぎきる自信があるんだ。
 でもそれを言うなら、私だって負けない。相手のカードを無効化させることが、私のデッキの本領なんだから!
「私はこれで、ターンエンドよ!!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×7→8

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   ジェルエンデュオ(攻撃:1700)

 手札2枚
-------------------------------------------------
 栞里:18900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×8)
   閃光を吸い込むマジック・ミラー(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー。ターンエンド」(手札0→1枚)
 カードを引いてすぐに、栞里さんはターンを終えた。
 同時にフィールドに灯っている火の玉が9つになる。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×8→9

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 残りのターン数を考えると、焦らずにはいられなかった。
 効果は無効になってるとはいえ、私の場には強力なモンスターたちがいる。
 ここは一気に攻めるべきよね!
「バトル! まずは"ジェルエンデュオ"で攻撃よ!」
「無駄です。その攻撃宣言時、手札から"バトルフェーダー"の効果を発動します」


 バトルフェーダー 闇属性/星1/攻0/守0
 【悪魔族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


「うっ……」
「さぁ、どうしますか?」
「…………」
 相手の残りライフは18900ポイント。
 私の場にいるモンスターの総攻撃力は9100。2回の攻撃を通せれば、あとはアテナの効果ダメージで決着がつけられるわね。相手の手札も少ないし、ここは畳み掛けるしかないわよね。
「メインフェイズ2に、デッキワンサーチシステムを使うわ!! デッキから"ファイナルカウンター"を手札に加える!!」
 デュエルディスクの青いボタンを押す。
 自動的にデッキから1枚のカードが選び出されて、私はそれを勢いよく引き抜いた。(手札3→4枚)
「では私も、ルールによって引かせてもらいますね」(手札0→1枚)
 栞里さんはなぜか笑みを浮かべながら、デッキからカードを引いた。
 そして――――

「伏せカードを発動します」

「え?」
 ルールによってデッキからカードを引いたすぐあとに、栞里さんの場に開かれたカード。
 それは決闘開始時からずっと伏せられていたカードだった。


 マインドクラッシュ
 【通常罠】
 カード名を1つ宣言して発動する。
 宣言したカードが相手の手札にある場合、相手はそのカードを全て墓地へ捨てる。
 宣言したカードが相手の手札に無い場合、自分は手札をランダムに1枚捨てる。


「宣言するのはもちろん"ファイナルカウンター"です」
「……!!」
「デッキワンサーチは確かに強力なシステムです。ですけど代償として相手にカードを1枚ドローさせる。それなら手札が0の状態でも、このカードでデッキワンカードを狙い撃つことが可能です」
「ぅ……」
 やられた。
 デッキワンサーチシステムの穴を狙われたってわけね。
 デッキワンサーチにはいくつか特殊なステップがある。まずはデッキワンサーチを宣言して、デッキワンカードを手札に加えること。それと同時に相手にカードを1枚引かせること。
 その時、プレイヤーはカードの発動が許されている。
 その発動タイミングが処理された後で、デッキワンカードを使うことが出来るようになっている。
 まとめると、こういう感じかしら。

《1:デッキワンサーチ+相手の1ドロー》
《2:カード発動タイミング(サーチしたデッキワンカードは使用不可&チェーンブロックは1つのみ)》
《3:発動タイミング終了》

 とにかく、栞里さんはそのルールを利用して私のデッキワンカードを狙ってきたってことになる。
 最初から私のデッキワンカードの対策は出来ていたって訳ね。
「さぁ、あなたの手札を見せてください」
「………」
 見せたくなかったけど、効果から逃れることはできない。
 私はしぶしぶ、手札を公開した。

【香奈の手札】
・魔宮の賄賂
・光神機−桜火−
・大天使クリスティア
・ファイナルカウンター

「ふふ、ではファイナルカウンターを捨ててもらいましょうか」
「っ………」
 私のとっておきの切り札が、簡単に処理されてしまった。
 回収しようにも、閃光を吸い込むマジック・ミラーのせいで回収効果を持っているモンスターが意味をなさない。
 本当に、まずいわね……。
「さぁ、どうしますか?」
「…………カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×9→10

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   ジェルエンデュオ(攻撃:1700)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 栞里:18900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×10)
   バトルフェーダー(守備:0)
   閃光を吸い込むマジック・ミラー(永続罠)

 手札1枚
-------------------------------------------------

 カウントはついに二桁になった。
 残り10ターンでなんとかしないと、私は負けてしまう。
「だんだん追い詰められてきましたね」
「……ずいぶんと余裕じゃない」
「そうですか? 私のターン、ドロー」(手札1→2枚)
 栞里さんは引いたカードを確認したあと、すぐさまデュエルディスクにそれを置いた。


 一時休戦
 【通常魔法】
 お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
 次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


「また面倒くさいカードを引いたわね……!」
「褒め言葉として受け取りますよ。どうしますか?」
「……カウンター罠を発動するわ!!」


 魔宮の賄賂
 【カウンター罠】
 相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
 相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 一時休戦→無効→破壊
 栞里:手札1→2枚

「やはり無効にしますよね。ですけど、おかげでいいカードが引けましたよ」
「え?」
「魔法カード"悪夢の鉄檻"を発動します」
「……!」


 悪夢の鉄檻
 【通常魔法】
 全てのモンスターは(相手ターンで数えて)2ターンの間攻撃できない。
 2ターン後このカードを破壊する。


「そんな……」
「これで4ターンも稼げますね」
「くっ……」
 こんなに連続でいいカードを引くなんて、相手もなかなか強運の持ち主じゃない。
 って、感心してる場合じゃないわよ。ただでさえ残りのライフが膨大にあるのに、4ターンも無駄に消費させられるなんて冗談じゃないわ。
「私はこれで、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×10→11



「私のターン、ドロー!!」(手札2→3枚)
 攻めたいのに、今は攻撃できない。
 だったら少しでも、場にいるモンスターの攻撃力をあげておかないと……!
「"ジェルエンデュオ"をリリースして、"大天使クリスティア"をアドバンス召喚するわ!」
「っ!」
 ハート形の天使が光に包まれて、聖なる大天使が現れる。
 輝かしい光をその身に纏いながら、闇の世界の中に舞い降りた。


 大天使クリスティア 光属性/星8/攻2800/守2300
 【天使族・効果】
 自分の墓地に存在する天使族モンスターが4体のみの場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 この効果で特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する天使族モンスター1体を手札に加える。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにモンスターを特殊召喚する事はできない。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られる場合、墓地へ行かず持ち主のデッキの一番上に戻る。


「特殊召喚封じですか。アテナの効果を自ら使えなくするとは、諦めましたか?」
「そんなわけないでしょ。あんただって"バトルフェーダー"が使えなくなったんだから、関係なくないわよ」
 閃光を吸い込むマジックミラーがある以上、どっちみちアテナの効果は使えない。
 だったら少しでも相手の行動を制限できるクリスティアを場に出しておくのは、悪くないはずよね。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×11→12

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   大天使クリスティア(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:18900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×12)
   バトルフェーダー(守備:0)
   閃光を吸い込むマジック・ミラー(永続罠)
   悪夢の鉄檻(通常魔法:残り1ターン)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー」(手札1→2枚)
「この瞬間、伏せカードを発動よ!!」
 栞里さんのドローフェイズに、私は伏せておいたカードを開いた。
 見えない力によって、相手の引いたカードが叩き落されて墓地へ送られる。


 強烈なはたき落とし
 【カウンター罠】
 相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
 相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。


 速攻のかかし 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「よし!」
 手札から捨てることでバトルフェイズを終了させるカード。
 ここで処理できて良かったわ。
「いい気にならないでください。手札から"サイバー・ヴァリー"を召喚」


 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 以下の効果から1つを選択して発動できる。
 ●このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
 このカードをゲームから除外する事でデッキからカードを1枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
 選択してゲームから除外し、その後デッキからカードを2枚ドローする。
 ●このカードと手札1枚をゲームから除外し、
 その後自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。


「ヴァリーの効果発動。バトルフェーダーと共にゲームから除外することで、デッキから2枚ドローします」(手札0→2枚)
「また手札補充ってわけね」
 いくらカウンターしても、こうやって手札を補充されたんじゃいつまでたっても攻撃できないじゃない。
 ホント、分かってはいたけど厄介な戦術ね。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×12→13



「私のターン!」
 残りは6ターン。このターンで鉄檻の効果は切れるけど、こっちの手札にカウンター罠は無い。
 ここで何か強力なカードを引いて、一気に相手のライフを削らないと……。
「ドロー!!」(手札1→2枚)
 恐る恐る、引いたカードを確認する。
 引いたカードは―――


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。


「……!」
 ライフを半分にすることで、ほとんどのカードを無力化できる最強のカウンター罠。
 ここでこのカードを引けるってことは、まだまだ私も運に見放されているわけじゃないってことよね。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ!!」
 私のターン終了宣言と同時に鉄檻が消えて、辺りに灯る火の玉が14個になった。

 悪夢の鉄檻→破壊
 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×13→14

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   大天使クリスティア(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:18900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×14)
   閃光を吸い込むマジック・ミラー(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------

「私のターンです。ドロー」(手札1→2枚)
 引いたカードを見た後、栞里さんは何か考え込むように私の場を見つめた。
「な、なによ?」
「念には念を入れておきましょう。手札から"D.D.クロウ"の効果発動」
「え!?」


 D.D.クロウ 闇属性/星1/攻100/守100
 【鳥獣族・効果】
 このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
 相手の墓地に存在するカード1枚を選択し、ゲームから除外する。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 ファイナルカウンター→除外

「これであなたのデッキワンカードは完全に使えなくなりました」
「くっ……あんた、いい性格してるじゃない」
「なんとでも言ってください。まもなく敗北するあなたに、かける情けなんかありません。手札から"カードカー・D"を召喚します」


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「そのモンスター……!」
「このカードをリリースして、2枚ドローしてエンドフェイズに移行します」

 カードカー・D→墓地
 栞里:手札0→2枚
 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×14→15


「私のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 残りは5ターン。焦っちゃ駄目なのは分かっているけど、どうしても焦っちゃうわね。
 とにかく、今の私に出来ることは、とにかく攻撃あるのみよ!
「バトル!!」
「バトルフェイズに入る前に、伏せカードを発動します」


 威嚇する咆哮
 【通常罠】
 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。


「……!」
 攻撃宣言を封じるカード。
 どうする? ここで"神の宣告"を使えば、攻撃が通るかもしれない。
 でも相手の持っている2枚の手札に、攻撃を防ぐカードがあったら……?
 それに、なんだろう……なんとなく……直感だけど、発動しない方がいいような気がする。
「それは……通すわ……」
 栞里さんの場に開かれたカードから咆哮が上がり、天使たちの動きを止めてしまった。
「意外ですね。カウンターしてくると思っていましたけど?」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×15→16


「私のターン、ドロー。ターンエンドです」(手札2→3枚)
 余裕の笑みを浮かべたまま、栞里さんは静かにターンを終えた。
 辺りに灯る火の玉の数は、17個になった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×16→17

-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   大天使クリスティア(攻撃:2800)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:18900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×17)
   閃光を吸い込むマジック・ミラー(永続罠)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 引いたカードを確認した瞬間、思わず笑みが浮かんでしまった。
「ようやく来たわ! 手札から"サイクロン"を発動よ!!」


 サイクロン
 【速攻魔法】
 フィールド場の魔法または罠カード1枚を破壊する。


「これであんたの場にある"閃光を吸い込むマジック・ミラー"を破壊するわ!」
「っ、ですけど、もう手遅れです」
 フィールドに吹き荒れた突風。
 それが栞里さんの場にある魔法の鏡を吹き飛ばした。

 閃光を吸い込むマジック・ミラー→破壊

「いまさら破壊したところで、あなたに勝機なんかありません」
「そんなわけないでしょ。これから大逆転してあんたを倒してあげるわよ!」
 魔法の鏡が無くなったことで、私の場にいるモンスターたちの体に光が戻った。
 今まで封じられていた効果が使えるなら、まだ勝機はあるわ!
「シリウスの効果発動!! デッキからカウンター罠を手札に加えるわ!!」(手札1→2枚)
「今さらですね。もうカウンター罠なんて怖くありません」
「だったら防いでみなさいよ! バトル! シリウスで直接攻撃!!」
 天空の守護者が翼を広げて、相手へ向けて光を照射する。
 だがその目の前に、攻撃を防ごうとする小さなかかしが出現した。


 速攻のかかし 地属性/星1/攻0/守0
 【機械族・効果】
 相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。


「これでバトルフェイズは終了させてもらいますよ」
「させない! 伏せカード"天罰"を発動するわ! コストは手札の"強烈なはたき落とし"よ!」
 立ちはだかったかかしを、天からの雷が焼き尽くす。
 遮るものが無くなった天使の攻撃は、そのまま栞里さんに直撃した。


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 速攻のかかし→無効→破壊
 香奈:手札2→1枚
 栞里:18900→16900LP
 
「くっ……!」
「まだまだいくわよ! つづけて"アテナ"で攻撃!!」
「甘いですね。手札から"速攻のかかし"の効果発動!」
「2枚目!?」
「あなたに叩き落とされた枚数を含めれば3枚目ですけどね」
 女神の攻撃は、出現したかかしによってかき消されてしまった。
 同時にバトルフェイズも終了し、天使たちは攻撃態勢を解いてしまう。
「万事休すですね」
「……まだよ。まだ、終わってないわ! ターンエンド!!」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×17→18


「もう終わりですよ。私のターン、ドロー。ターンエンド」(手札1→2枚)
 デッキからカードを引いてすぐに、栞里さんはターンを終えた。
 同時に、終焉を告げる火の玉の数は19個になった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×18→19


-------------------------------------------------
 香奈:600LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   大天使クリスティア(攻撃:2800)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:16900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×19)

 手札2枚
-------------------------------------------------

「私の……ターン……!」
 カウントは19になってしまった。
 このターン内に相手のライフポイントを削りきらないと、私の負けが決まってしまう。
 相手の残りは16900ポイント。私の場にいるモンスターの総攻撃力は10200ポイント。今のままだったら間違いなく削りきれない。でも、シリウスの第2効果を使えば……!
「ドロー!!」(手札1→2枚)
 このターンで決めるには、シリウスの第2効果を使わなきゃいけない。
 まず、そのために―――!
「クリスティアをリリースして、"光神機−桜火"をアドバンス召喚するわ!!」


 光神機−桜火 光属性/星6/攻2400/守1400
 【天使族・効果】
 このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。


 大天使がフィールドから姿を消して、代わりに獣のような姿をした天使が現れる。
 その背にある機械のような翼を羽ばたかせて、桜火は大きく咆哮を上げた。
「まずは"アテナ"の効果で――――」
「手札からこのカードを発動します」

「!?」
 逆転しようと意気込む私に割り込む形で、発せられた声。
 そして発動されたカード。それは――――


 クリフォトン 光属性/星1/攻300/守200
 【悪魔族・効果】
 このカードを手札から墓地へ送り、2000ライフポイントを払って発動できる。
 このターン、自分が受ける全てのダメージは0になる。
 この効果は相手ターンでも発動できる。
 また、このカードが墓地に存在する場合、「クリフォトン」以外の「フォトン」と名のついた
 モンスター1体を手札から墓地へ送って発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。
 「クリフォトン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 栞里:16900→14900LP

「自分のライフを削って……すべてのダメージを無効にするカード……!?」
「残念でしたね。これで私はこのターン、ダメージを受けなくなりました。そしてこのターンが終われば、カウントは20になって私の勝ちです」
「っ……!」
 このターン、私はどうやっても栞里さんにダメージを与えることが出来ない。
「そ、そんな…………」
 自然に拳に力が入ってしまった。
 ここまで来たのに……あと少しなのに……ダメージが通らない。
 約束したのに……勝ってみんなを元に戻すって約束したのに……!
「っ!」
 駄目よ。諦めるなんて絶対にしない。
 真奈美ちゃんと雫に、想いを託されたのよ。大助と約束したのよ。
 なのに私自身が諦めちゃったら、意味がないじゃない!
 まだ……まだ何か……!

「……ぁ」

 2枚になった手札が目に入った。
 もともとあった1枚は、この状況では使えないカード。
 そしてもう1枚は……たった今引いたカードだった。攻めることに夢中で、ドローカードも確認できていなかったみたい。
「……………はぁ………」
 その1枚を確認した瞬間、深い溜息が出てしまった。
 肩から力が抜けて、真っ黒な闇のドームの天井を見上げる。





「………ホント……”あんた”には、参ったわよ……」






 溜息交じりに、そんな言葉が出てきてしまった。
「ついに降参ですか。ずいぶんと粘ったけど、残念でしたね」
 栞里さんが肩から力を抜いて、そう言ってきた。
「本当に強かったです。一歩間違えれば、私が負けていたかもしれない。ですが結局、あなたの力と想いは、私に届かなかったみたいですね」
「………」
「落胆しなくてもいいです。あなたは、私が戦ってきた中で最も強い決闘者でした。まともに戦っていたら、私は勝つことが出来ませんでした」
「………さっきから、何言ってるの?」
「え?」
 栞里さんが首を傾げた。
 首を傾げたいのはこっちよ。どうして、勝利宣言しちゃってるわけ?
「降参したのでは、ないのですか?」
「……ああなるほど、そういうことね」
 どうやら、何か勘違いさせてしまったみたいね。
 確かにあの状況で私がそんな言葉を言えば、そういう風にとらえられてしまうのかもしれない。
「さっき言った”あんた”は、栞里さんに言ったことじゃないわよ。あれは雫に向けて言ったのよ」
「……どういうことですか?」
 首を傾げる栞里さん。
 不思議に思うのも仕方ないかもしれない。


「サバイバルが始まる数日前にね、雫が言ったのよ。私や真奈美ちゃんが使えないカードだって言ったのに、『いーや! そんなことない! 絶対にこれは役に立つんだって!!』ってね。まさか……こんな場面で役に立つなんて思わなかったわ」


 そう。雫が託してくれたのは、想いやライフだけじゃなかった。
 彼女のデッキに入っていた1枚のカードも、私に託されていたんだった。
「何を……言っているんですか?」
「こういうことよ!」
 手札の1枚を、勢いよくデュエルディスクに叩き付ける。
 闇に覆われたフィールドの中心に、不気味な顔のような形をした緑色の壺が出現した。













 カウンタークリーナー
 【通常魔法】
 500ライフポイントを払う。
 フィールド上に存在する全てのカウンターを取り除く。

 香奈:600→100LP

「なっ!?」
「真奈美ちゃんが、雫を逃がしたのは、あんたから逃がすためだけじゃない。雫の持っているこのカードを、私に託すためでもあったのよ。こんな超マイナーカード。デッキに入れてるのなんて雫くらいだもの」
「……!」
「残念だけどあんたの負けよ。私には、真奈美ちゃんと雫っていう味方がいてくれた。私だけじゃ、きっと勝てなかったわ」
 フィールドの中心に置かれた壺がその口を大きく開く。
 闇の世界で点灯する火の玉のすべてが、その壺の中に吸い込まれて消えていく。
 すべてを吸い込み終わった壺は役目を終えたかのように、砕けて消えていった。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×19→


「…………………………………」
 ただ茫然と、栞里さんは今の状況を見つめていた。
 あと1つのカウントで勝利するはずだったのに、たった1枚のカードに覆されてしまったのだから当然かもしれない。
「私はこれで、ターンエンドよ」
 エンドフェイズを宣言する。
 20ターンが経過して、同時に火の玉が1つだけ灯った。

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×0→1

-------------------------------------------------
 香奈:100LP

 場:天空の聖域(フィールド魔法)
   冥王竜ヴァンダルギオン(攻撃:2800)
   アテナ(攻撃:2600)
   天空の守護者シリウス(攻撃:2000)
   光神機−桜火−(攻撃:2400)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 栞里:14900LP

 場:終焉を導く闇の世界(フィールド魔法:終焉カウンター×1)

 手札1枚
-------------------------------------------------

「……………」(手札1→2枚)
 ターンの開始宣言をしないまま、栞里さんはカードを引いた。
 引いたカードを確認しようともせず、もともとあった手札の1枚をデュエルディスクにセットする。
「カードを1枚……伏せます……」
 その表情は暗く、完全に諦めているようだった。
 サレンダーしないのは、彼女なりの抵抗なのかもしれない。

「……何が……間違っていたんでしょうか………」

 ポツリと、彼女が言った。
 私は相手に聞こえるくらい大きな溜息をついて、それに答える。

「そんなの、最初から全部に決まってるじゃない」

「……………私は――――」
「あんたにどんな事情があるとか知らないし、知る気もないし、知ったところで私は考えを変えるつもりは無いわよ」
「っ」
「大切な人のために、何かしたいって思うことは悪いことじゃないと思うわ。でも、それが間違っていることなら、協力なんかしちゃダメだったのよ。自分一人で解決できない事なら、誰かに相談でもなんでもすれば良かったのよ。それが出来なくて、協力しなくちゃいけない状況だったのかもしれないけど、だったら『兄さんのために』なんて言っちゃ駄目よ。そう言ってしまったら、この事件の責任が全部その兄さんに向けられることになる」
「……!!」
「本当に大切なら、その人のそばに”ちゃんと”いるべきなのよ。気持ちを伝えて、向き合わないといけないのよ」
 栞里さんに言っているはずなのに、どこか自分に言っているような気分になった。
 大助のそばにいたいって気持ち。迷惑かけているんじゃないかって不安。そんな色んな物が混じって、どうしたらいいか分からなくなってしまった以前の私に……いや、今も心の隅にいる私に向けても、言っているのかもしれない。
「もし……」
「え?」
「もし、中岸大助君が、兄さんと同じようなことをしようとしたら、あなたは……どうするつもりなんですか?」
「決まってるでしょ。ぶん殴ってでも止めさせる」
「じゃあ、逆にあなたが兄さんと同じようなことをしようとしたら、中岸君は……?」
「そんなの私が知るわけないでしょ。でも、大助なら止めてくれる気がするわ」
「…………それが聞けただけでも、十分です。ターンエンドです」

 終焉を導く闇の世界:終焉カウンター×1→2


「私のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 この決闘に決着をつけるべく、私は勢いよくカードを引いた。
「"アテナ"の効果発動! シリウスを墓地に送って、シリウスを特殊召喚! 効果で600ダメージよ!」
「くっ」

 天空の守護者シリウス→墓地→特殊召喚(攻撃)
 栞里:14900→14300LP

「そして特殊召喚時、私はシリウスの第2効果を選択するわ。バトルフェイズ中、墓地にあるカウンター罠の数×500ポイントの攻撃力をアップできる! バトルよ!! まずは桜火で攻撃!!」
「その攻撃宣言時、伏せカードを発動します!!」


 ホーリーライフバリアー
 【通常罠】
 手札を1枚捨てる。
 このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする

 栞里:手札1→0枚(コスト)

 手札1枚のコストで、すべてのダメージを無効化するカード。
 でも、私の場には―――!
「カウンター罠発動よ!」


 神の宣告
 【カウンター罠】
 ライフポイントを半分払う。
 魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
 どれか1つを無効にし、それを破壊する。

 香奈:100→50LP

 栞里さんの周りにあった強力なバリアが、瞬く間に消え去った。
 防ぐものが無くなったため、天使の攻撃はそのまま栞里さんに直撃する。
「くっ!」

 栞里:14300→11900LP

「続けてアテナ、ヴァンダルギオンで攻撃よ!!」
 女神の光の矢が栞里さんを貫き、冥王のエネルギー砲が相手の体を飲み込む。
「うっ……あぁ…!!」

 栞里:11900→9300→6500LP

「そして、シリウスの攻撃! 墓地にあるカウンター罠の種類は9種類!! よって―――!」

 天空の守護者シリウス:攻撃力2000→6500

「ジャスト……ですね」
「これで、トドメよ!!」
 シリウスがその翼を大きく広げる。
 私の墓地から赤い光が集まり、エネルギーとなって天空の守護者へ取り込まれる。
 輝きを増すその翼から、光の奔流が放たれた。
「朝山香奈さん」
 光の奔流が相手を飲み込むと同時に、聞こえたのは栞里さんの声だった。
 


 ――ありがとう。そして、ごめんなさい――








 栞里:6500→0LP







 栞里さんのライフが0になって、胸にかけられていた闇の結晶が砕け散った。





 そして決闘は、終了した。





「っ……ぁ……」
 辺りを覆う闇が晴れていく。
 大ダメージを受けて倒れた栞里さんは、仰向けになったまま動かなかった。
 その体が、足元から消えていく。
「私の……負けですね……」
「そうね」
「……ごめんなさい。あなたの友達に……私は……酷いことを……」
「全部元に戻ったら、謝罪に来なさいよ」
「………はい」
 そう言いながら、栞里さんは小さく笑みを浮かべた。
 決闘に負けて体が消えていっているのに、どこか穏やかな笑みだった。
「私は、あなたたちの関係が羨ましいです」
「……私と大助のこと?」
「ええ。互いに信頼し合って、支えあう……そんな関係になりたかった。いえ、なるべきだったんですよね……」
「……私達だって、最初から信じあえていたわけじゃないわよ。いろんなことがあって、ぶつかって、助け合ってきたから今の関係が築けているんだと思うわ。だから、あんたも遅くないわよ。これから兄さんと、ちゃんと向き合ってみればいいじゃない」
「……香奈さん。本当に……ごめんなさい」
「…………………」
「兄さんを……どうか……止めて……くだ…………さ……い」
 その言葉を最後に、栞里さんはこの場から消滅してしまった。
 同時に体育館のモニターに表示されていた栞里さんの名前が消える。
 残るのは私と……大助と聡史って人ね。

「……あんたに言われなくても、大助がきっと止めてくれるわよ」

 1人、呟くようにして答えた。
 今ごろ、大助が戦っているに違いない。
 まだ続いているなら、その戦いを見届けないといけない気がする。
「たしか、屋上って言ってたわよね」
 胸にかけた星のペンダントを握りしめて、祈りを込める。
 どうか……どうか大助が、勝ってくれますように……。
「よし!」
 願い事を済ませた私は、大助の戦いの場である屋上へ向かって走り出した。




episode22――強さと弱さ――






 屋上へ向かう階段を上りつつ、俺は頭の中で何度も思い返していた。
 曽原と戦ったこと……茜と戦ったこと……そして、聡史と戦った時のことを……。
「はぁ……」
 ここに香奈がいれば、済んだことをくよくよしても仕方ないと言われてしまうだろう。
 負けたときのことを考えないあいつの自信が、本当に羨ましくなる時がある。
 だが、負けてしまった時のことを考えるのだって無駄じゃないはずだ。
 そうならないようにどんな戦術をすればいいか、どんなプレイングをすればいいかを想定して、考えるきっかけくらいにはなる。強敵と、特に1度負けてしまった相手には、こうやって何度もイメージトレーニングをしてきたんだ。デッキもサイドデッキ用に持ってきてあったカードの中から選別して、出来るだけ聡史に対する対策はした。あとは、やれるだけやるだけだ。

 そうしているうちに、俺は屋上のドアの前に立っていた。
 この先には、今も聡史が1人で立っているのだろう。
 負けるわけにはいかない。香奈との約束もあるが、なにより俺自身があいつにだけは負けたくないと思っている。
 独りよがりの自分勝手で、みんなを巻き込んで、それに対して何も感じない相手にだけは、負けたくない。
「よし……」
 意を決して、俺はドアを開け放った。



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 神原聡史は、ごく普通の家庭に生まれた少年だった。
 両親に誕生を祝福されながら生まれ、1歳下の可愛い妹にも好かれていた。
 体は弱かったものの、近所からも礼儀正しい子だと褒められて親しくされていた。

 両親の仕事も公務員で、わりと安定した生活を送ることができていた。
 一軒家を持つには至らないが、広いアパートで家族4人で幸せに生活していた。

「ねぇお兄ちゃん。今日も病院に行くの?」
「うん。ごめんね栞里。一緒に遊べなくて」
「ううん。どうせすぐに検診が終わるんでしょ? それから一緒に遊ぼうよ!」
「そうだね。じゃあ、終わったらすぐに帰ってくるからね」
「うん!!」
 可愛らしい笑みで頷く栞里。
 その頭を撫でながら、聡史も笑った。


 人懐っこい妹は、どこか危なっかしい部分があった。
 知らない人に飴を貰えば、どこへなりとついていきそうになるほど、他人を疑うことをしなかった。
 特に自分の言うことは、二つ返事で頷き、信じてくれる。
 もしこのまま大人になってしまったら大変だなと思いつつ、自分に懐いてくれる妹を守れるようになりたいと思った。
 大した理由なんか無い。ただ、妹だから……大切な家族だから、そう思っただけだった。


 そして冬休み。
 聡史たち家族4人は、沖縄に旅行に来た。
 日本の南に位置する県だけあって、冬にも関わらず暖かい気候だった。海に入れなかったのは残念だったのだが、聡史の要望通り水族館に行ったり、県の名産に舌鼓を打つなど、家族での時間を共有していた。
「ぷはぁ〜〜! いやぁ、今日は楽しかったなぁ!!」
「あなた、そんなに飲みすぎると二日酔いになりますよ?」
「へへっ、硬いこと言うなよ。そうだ、聡史、栞里、パパからありがた〜い言葉を授けよう!」
「なにそれ?」
「お小遣いじゃなくて、言葉?」
 現金な妹に苦笑しつつ、聡史は父の言葉を待った。

「ああ。二人とも、絶対に弱い人間になるな。2人で支えあって、強い人間になれよ」

「弱い……?」
「どういう意味なのパパ?」
「ふふっ、パパは、2人にいつまでも仲良くして欲しいって言ってるのよ」
「おい母さん。俺のカッコイイ言葉を邪魔しないでくれよぉ」
「2人にそんな難しい話をするあなたがいけないんですよ」
 そう言って母は笑っていた。
 父も酔いながら、自分たちの頭を撫でながら笑っていた。



 その夜。酔いつぶれた父を母が介抱しているなか、栞里と聡史は寝室で話をしていた。
 聡史は仰向けになりながら、父の言っていた言葉を考えていた。
 『弱い人間にはなるな』……いったい、”弱い”とはどういうことなのだろうか。
「ねぇ栞里。さっきパパが言っていたことって、どういうことかな?」
 隣で眠りかけていた妹に尋ねてみる。
「え? 弱い人間になるなってこと?」
「うん。僕はさ、あんまり体が丈夫じゃないし、強いとかよく分からないんだよね」
 正直な感想だった。
 体が弱いことを言っているなら、父がわざわざ自分の前でそんな言葉を言うはずがない。
 じゃあいったい、何が弱いと駄目なのだろう。
 それが、まったく見当もつかなかった。
「私も、パパが言っていたことはよく分からないの。でもね、お兄ちゃんならきっと、強くなれるよ」
「そうだね。ありがとう栞里」
 聡史はそう言って笑い、栞里の頭を撫でた。
 えへへと言いながら栞里は笑みを浮かべていた。
 どこまでも自分のことを信じてくれている妹。その笑顔を守れるなら、どんなことをしても後悔は無い。
 そんな気持ちが、心のどこかに芽生えていた。


 それから聡史と栞里は、高校生になった。
 病弱だった体も少しずつ良くなってきていて、調子のいい日は普通に激しい運動をすることができるようになっていた。
 ただ今まで休みがちだったためか、勉強もスポーツも人付き合いも、人並みに出来るほどには至らなかった。
「ずっと休みがちだったんだから、仕方ないよ」
「焦らずにゆっくりやっていけばいいのよ」
「聡史のペースでやれば何の問題もないぞ」
 家族は優しい言葉をかけて、聡史を励ました。
 本人もその言葉に励まされながら、彼なりのペースと努力で頑張った。

 だが、その努力が実を結ぶことは無かった。
 決して努力を怠ったり、体がまた弱くなってしまったなどの理由ではない。
 もっと単純で、残酷な理由だった。

 聡史は他の人に比べて、運動神経も頭脳も無かったのだ。
 頭が悪いわけでは無い。スポーツも出来ないわけでは無い。ただすべてが平均値より少し低い程度なのだ。
 気にしない人はまったく気にしないようなことである。だが聡史にとっては、それが納得いかなかった。
 どうして自分は出来ないだろう? それなりに努力はしたのになぜ? センスの問題? 身体的な問題? それよりも根本的な………??
 自己嫌悪という負の連鎖は、聡史自身を蝕んでいった。
 上手くいかないことがあればすぐにイラつくようになったり、無茶をするようになっていった。
 そうなってしまったのは、脳裏にあった父親の言葉が原因でもあるだろう。
 だがそれよりも、聡史の意識は妹の栞里へと向いていた。

 栞里は聡史よりも運動神経があり、頭も良かった。
 飛びぬけて何かが出来るわけでは無い。平均値より若干高い程度のステータスだった。
 そんな人間は彼の周りにたくさんいたが、家族であり、何より妹である栞里が、自分よりすべて優れていることが気に食わなかった。
 半ば八つ当たりだということも理解できた。
 だが頭では分かっていても、妹を羨ましく、疎ましく思う気持ちがどんどん強くなってしまっていた。

「どうしたの兄さん? 大丈夫?」
 心配してくれる妹が手を差し伸べてきた。
 だが今の聡史にとっては、それは余計なお世話でしかなかった。
「邪魔だよ」
 そう言って、差し伸べてくれた手を払いのける。
 予想していなかったのだろう。少し困惑する妹を見て、少し気分が晴れた気がした。
「もう、僕に構わないでくれ」
「に、兄さん? ど、どうしたの急に? 何かあったなら相談に――――」
「うるさい! 放っておいてくれ!!」
 気に食わない。気に入らない。
 きっと昔からそうだったんだ。
 妹は、自分より劣る自分を見ながら笑っていたんだ。
 ああやって相談に乗ると言ったり、手助けをするふりをして駄目な自分を見下していたに違いない。
「僕は……弱くない……弱くない……!」
 自分に言い聞かせるように、聡史は何度も呟いた。
 どれだけ無茶をしたって、強くなってやる。妹に馬鹿にされないように、誰にも馬鹿にされないように……!

 それから、聡史は色々なことをした。
 自分から不良に喧嘩をふっかけたり、無茶なトレーニングを繰り返したり……彼が思いつくかぎりの方法で、強くなろうとした。もちろんすべてが上手くいかなかった。その度に誰かが心配してくれたが、聡史はその言葉をすべてはねのけ、差し伸べられた手をすべて払いのけた。
 みんな、自分のことを見下しているんだ。自分が弱いから……それを笑っているんだ。
 そんな思考で、聡史は数か月を過ごしていた。

 そしてある日、彼はアダムと出会った。
 強くなりたい。強くなって他の人を見返してやりたい。
 そんな自分の欲望を、アダムは叶えてくれると言った。そのための力も、授けてくれた。
「あはは……」
 不思議な確信があった。
 この力があれば、自分がきっと誰よりも強くなれると。
『気に入ってもらえて良かったよ』
「うん。本当に凄いよ」
『感謝してくれてありがとう。でもね、まだ安心は出来ないよ。君は鍛えればもっともっと強くなれる。そうだね、君の学校にいる生徒たちと戦えばもっと強くなるよ』
「………じゃあ戦う。どうせ学校にいる生徒はみんな、僕の事を見下しているんだ。そんなやつら、僕がこの力でやっつけてやる」
『良い心がけだね。ボクは君の味方だよ。そんな君には、ボクから神のカードをあげるよ』
「神のカード!?」
『そうさ。何者をも退けて、吹き飛ばしてしまう風の神。すべてを捨てて強くなろうとする君にはぴったりの神だろう?』
「これがあれば……僕はもっと強くなれる……!」
 心が躍るようだった。
 強力な闇の力だけじゃなく、神のカードまで手に入れることが出来た。
 今なら誰にも負けないと思った。自分を見下してきた人たちを全員見返してやれると思った。
『そうだね。じゃあまずは味方を増やそうか。いや、この場合、君の手下ってことでいいのかな?』
「手下?」
『うん。まずは君の妹さんを引き入れよう。大丈夫、面倒なことはボクが全部やってあげるからさ。聡史君は、ただ強くなることだけを考えてくれればいいからね』



 それからのことは、聡史は詳しく知らない。
 学校を巻き込む計画は、栞里とアダムが考案し、実行した。
 聡史はただアダムに言われた相手と戦い、闇の世界の使い方や、神の使い方を学んだ。
 強くなる実感が、聡史の自信にもつながっていた。

 その裏で栞里がどんなことを思っていたとか、練習相手となった人がどんな被害を受けたとか……アダムが自分を見て不気味に笑っていたことなど、まったく気にも留めなかった。

 そして歪んだ感情と自信を持ち、聡史はサバイバルに参加することになった。




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「あれ? 君が来たのかい?」
 俺の視線の先に、神原聡史が立っていた。
 相変わらず人を見下す視線で、不敵な笑みと共にこっちを見ている。
「誰かと待ち合わせでもしていたのか?」
「まさか。ただ、ここに来るとしたら栞里か朝山香奈のどっちかだと思っていからさ。少なくとも、1度負かした君がまたここに来るとは思わなかったよ」
「そうかよ。残念だったな。その栞里さんは、香奈と戦っているぞ」
「ふーん。たしかにさっき全校放送で宣戦布告していたね」
 屋上に向かう途中で響いた放送は、当然ながら屋上まで聞こえていたのだろう。
 いくら対戦相手を探すのが面倒だからって……本当に香奈らしいな。
「それで、君は何しに来たの?」
「お前を倒しに来た」
 俺がそう言った瞬間、聡史は小馬鹿にした笑みを浮かべた。
 クククという含み笑いをして、俺を睨み付けてくる。
「君が、僕を倒す? 屋上から落ちて頭でも打っちゃったのかな? 冗談なら程々にしてよね」
「大真面目だよ。こんなくだらない戦いを引き起こしたお前を、止めに来たんだ」
 その言葉で、聡史は笑うのをやめた。
 小さなため息とともに、敵意と殺意に満ちた瞳がこっちに向く。
「あぁそっか。君は僕のやることが理解できないんだったね。強いやつだけが生き残るサバイバルなんて、とても心が躍るじゃないか。まぁ君は弱いから、僕の考えが理解できなくて当然だよね」
 そう言って聡史は再び笑う。
 拳を強く握りしめて、怒りを抑える。
 反省しようとする意思がない。自分のやっていることがすべて正しいと思っている。
 こんなやつのせいで、みんなは………。
「もう1度だけ聞くぞ。サバイバルを終わらせるつもりは無いのか?」
「あるわけないでしょ。雑魚が僕に口答えするなよ」
「………」
 本当にいちいちカンに障るやつだ。
 こんなやつに1度負けてしまったと考えると、本当にやるせなくなる。
「返事くらいしなよ中岸大助。分からないようなら教えてあげる。この世界はさ、強い人間は何をしても許されるんだ。だから僕は何をしても許されるんだ。分かったかな?」
「………そんなわけないだろ」
「は?」
 そろそろ俺も、黙っているのも限界だった。
 散々馬鹿にされたんだ。少しくらい、言い返しても罰は当たらないだろう。
「神原聡史。お前は強くなんかない」
「っ、なんだと?」
「聞こえなかったのか? お前は、強くなんかないんだよ」
「……ふっ、馬鹿なの? なんのためのサバイバルだと思っているんだ? このサバイバルは強い人が勝ち残る。最後まで勝ち残ってきた人が僕の前に現れる。それに勝てば、僕は誰よりも強いという証明になるだろう? そして僕は1度、君を倒している。仮に僕が強くないんだとしても、君自身だって、自分より弱い人間を倒してここまで来たんじゃないか。君と僕の、何が違うって言うんだい?」
 少し動揺した後、聡史はそう言った。
 たしかにその通りなのかもしれない。なんだかんだ言って、俺はここまで勝ち残ってしまった。曽原や茜を倒して、ここまでたどり着いた。他人を犠牲にしてきたという意味では、俺は聡史と同じなのかもしれない。
 だが……絶対的に違うところだってある。
「そんなの………いなかったよ」
「はい?」

「このサバイバルで戦ってきた人の中に、弱い人間なんかいなかったよ。みんな、お前なんかよりずっと強かった」

「……ははっ、何言っているんだよ? じゃあ君がここにいるはずがないだろ? 生き残るのは常に強い人間なんだからさ」
「そうかもしれない。だけど、負けたから弱いって言う理屈は間違っている」
「はぁ? ついに気が触れちゃったの? 言っている意味が分からないよ」
「そりゃそうだろうな。お前なんかに、分かるわけがないんだ。”強い”と”弱い”でしか相手を区別できないお前なんかに、”強さ”のことを言ったって無駄だろうな」
「……意味わかんない」
「じゃあはっきり言ってやるよ。お前は、俺が今まで戦ってきた誰よりも”弱い”ってことだよ!!」
 最初に戦った時から変だと思っていた。
 こいつと対峙した時、今まで戦ってきた敵と違って、強いとは思っても”強さ”は感じなかった。
 ダークや牙炎と対峙した時のような、相手の何かに畏怖するような感覚が無かったんだ。
 そして今までの会話で分かった。聡史には、その何かが無いのだろう。それが信念とかプライドとか、何か別の物かは分からないが、それが無い以上、俺が聡史を恐れる理由なんかどこにもない。 
「別に、強くなろうとすることを否定するわけじゃない。けど、お前は間違ってる!」
「ははは、僕が間違ってる? 僕は強いんだ! 強ければ、どんなことだって許される! 今まで馬鹿にしてきた奴らも、僕の前ではひれ伏すことになるんだ!!」
 高らかに笑いながら、聡史は闇に染まった瞳で睨み付けてくる。
 どうしてだろうか。少しだけ哀れに感じてしまった。
「じゃあ強くなって、お前はどうするんだよ?」
「そんなの決まってるじゃないか。僕は強くなる。強くなって、誰も僕に逆らえないようにしてやるんだ!!」
 質問の答えがそれか……。
 やっぱり、聡史は何もわかっていない。
「……無理だよ。今のお前なんかじゃ、誰よりも強くなることなんて絶対に出来ない」
「ははっ、その僕にライフを50にされた弱者は誰だったかな?」
「そうだな。お前の言う通り、俺は弱いのかもしれない。いつも誰かに守られて、支えられて……助けられてばかりだ」
「ぷはは、昔の僕みたいじゃないか。弱者が強者に逆らうなんて、愚の骨頂だよ!!」
 心底、俺のことを馬鹿にした表情で聡史は言う。
 小さく息を吐き、まっすぐに相手を見つめたあと、香奈と約束した小指を見る。
 きっとまた、心配をかけてしまうだろう。
 だけど香奈は、俺を信じて待っていてくれるはずだ。
「愚かなのはお前の方だ」
「なに?」
「俺は弱いって言ったけど、お前に勝てないなんて言っていないだろ」
「……勝てるとでも?」
「勝つさ。たとえライフが50でも、お前が風の神を使うとしてもだ」
「っ……! だったらやってみろよ!!」
「ああ。そうさせてもらうさ!」
 俺達はデュエルディスクを構えて、数メートルの距離を置く。
 デッキが自動シャッフルされて、準備が完了した。




「「決闘!!」」



 大助:50LP   聡史:8000LP



 そして、最後の戦いが始まった。



「この瞬間、デッキからフィールド魔法を発動だよ!」
 聡史のデュエルディスクから闇が溢れ出して、辺りを包み込んだ。
 気のせいか、前に戦った時よりも闇が深くなっている気がする。


 虚空へ飲み込む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 フィールド上から手札に戻る相手のカードは手札に戻らずゲームから除外される。


「ははは! 前に戦ったときは、この効果に手も足も出なかったよねぇ」
「……そうだな」
 バウンスを除外へと変化させる効果。
 たしかに前に戦ったときは、対策法も思いつかずに翻弄されていたな。
 だがもう大丈夫だろう。要するに、相手が除外をメインにしたデッキを使うと思えば大差はない。
「僕のターン、ドロー」(手札5→6枚)
 聡史は余裕の笑みを浮かべたまま、カードを引いた。
 よほど前回の戦いが頭に残っているのだろう。とりあえず油断してくれているようだし、先手は取れそうだな。
「手札から"魂吸収"を発動だ!」


 魂吸収
 【永続魔法】
 このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、
 1枚につき500ライフポイント回復する。


「どう? 新しく取り入れてみたんだ。僕の闇の世界には最適な回復カードだと思わないかい?」
「別に普通の発想だよ。むしろ、どうして取り入れてなかったんだ?」
「っ、どうにも君とはウマが合わないようだね」
 それは同感だな。
 このサバイバルが終わっても、こいつとは仲良く出来そうにない気がする。
「モンスターをセットして、ターン終了だ」
 裏側表示のモンスターが1体のみ。伏せカードが無いということは、おそらくリバース効果でバウンスできるモンスターというところだろう。
 それなら……まずは先手を打って挑発してみるか。


「俺のターン、ドロー!」(手札5→6枚)
 6枚になった手札を見つめ、戦略を組み立てる。
 残りライフは50しかない。小さなミスが敗北につながってしまう。
 それでも臆するわけにはいかない。臆したら、勝てない気がする。
「手札から"六武衆の結束"を発動する! そして手札から"六武衆−ザンジ"を召喚だ!」
 俺の背後に現れる結束の陣。
 同時に橙色の召喚陣が描かれて、薙刀を持った武士が姿を現した。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。

 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1

「わぁ、攻撃力1800かぁ。どうするの? 攻撃する?」
「………カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

-------------------------------------------------
 大助:50LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃:1800)
   六武衆の結束(永続魔法:武士道カウンター×1)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-------------------------------------------------
 聡史:8000LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体
   魂吸収(永続魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「ぷっ、あはははは! 僕のターン! ドロー!」(手札4→5枚)
 笑い出した聡史はカードを引き、手札に加える。
 どうせまた、相手を馬鹿にするような発言をするつもりなのだろう。
「そうだよねぇ。残りライフが50しかないんじゃ迂闊に攻撃できないよねぇ」
「…………」
「でも残念! このターンで決着みたいだよ! 僕はモンスターを反転召喚!」


 ハネハネ 地属性/星2/攻450/守500
 【獣族・効果】
 リバース:フィールド上に存在するモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。


 反転召喚されたのは、リバース時に相手のモンスターをバウンスできる下級モンスター。
 なんだか、予想通り過ぎて気が抜けてしまいそうだ。
「これでザンジをバウンスして除外する! 残念だったね! 普通に攻撃していればよかったのに! まぁ仕方ないよね。これが君と僕との実力差な――――」
 聡史の言葉を遮って、フィールドに巨大な雷が落ちた。
 それは反転召喚されたハネハネに直撃し、跡形もなく消滅させる。

 ハネハネ→効果無効→破壊

「……はぁ……」
 思わずため息が出てしまった。
「な、何をしたの?」
「"ハネハネ"の効果にチェーンして、伏せカード"天罰"を発動したんだ」


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


「カウンター罠だって……!?」
「幼馴染から余ったカードを借りて、デッキに組み込んでおいたんだ。まさかこんな序盤で使うことになるとは思わなかったけど、まさか俺が効果を無効にしてくるなんて思わなかったんだろう?」
「っ……!」
「攻撃しなかったのは、それがリバース効果を持ったモンスターだって思ったからだ。予想が当たって良かったよ」
「僕の戦術を……読んだのか?」
「そのデッキの性質上、戦術はかなり限られるから予想くらいはできるさ」
「……!」
 さっきまで笑っていた聡史の表情は一気に険しくなった。
 油断が無くなってしまったのは厳しいが、先手は取れたということにしておこう。
 残りライフはわずか50。わずかなミスも許されない。
 だがそれでも、勝利を手繰り寄せるしかない。
 少しずつ……勝利への道を切り開くしかないんだ。

「焦るなよ。まだ決闘は、始まったばかりだ!」




episode23――瀕死のリベンジマッチ――






「……ふん。少し油断したみたいだね。してやられたよ」
「そうかよ」
「調子に乗るなよ中岸大助。もう僕は油断なんかしないぞ。モンスターをセットして、カードを伏せてターンエンドだ」
 険しい表情でこっちを睨み付ける聡史。
 場に新たな裏側のカードが2枚表示され、相手のターンが終了した。

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 大助:50LP

 場:六武衆−ザンジ(攻撃:1800)
   六武衆の結束(永続魔法:武士道カウンター×1)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 聡史:8000LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   裏守備モンスター1体
   魂吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-------------------------------------------------


 六武衆−ザンジ 光属性/星4/攻1800/守1300
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


 虚空へ飲み込む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 フィールド上から手札に戻る相手のカードは手札に戻らずゲームから除外される。


 魂吸収
 【永続魔法】
 このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、
 1枚につき500ライフポイント回復する。


 決闘はまだ始まったばかりだ。
 なんとか先手を打つことは出来たみたいだが、場の状況と残りライフを考慮すれば圧倒的不利な状況に変わりない。
「俺のターン、ドロー!!」(手札1→2枚)
 冷静になれ。相手の伏せたカードを読め。
 後手に回ってしまったら、取り返しのつかない事態になってしまいかねない。
 相手にはまだ風の神という切り札まであるんだ。出来れば召喚される前に決着をつけたい。
「手札から"六武衆の御霊白"を召喚する!!」


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)

 六武衆の結束:武士道カウンター×1→2

「ユニオンモンスターか……ホント、六武衆は効果が多彩だね」
「褒めてくれてありがとな。カウンターの載った結束を墓地に送って、デッキから2枚ドロー!」(手札1→3枚)
 新たに加わる2枚のカード。
 幸い、引きが良い。この手札なら……。
「御霊白をザンジにユニオンする!」
「っ!」
 場に浮遊する鎧が分解され、薙刀を構える武士の体に装着される。
 それによって武士の力が、わずかだが上昇した。

 六武衆−ザンジ:攻撃力1800→2300 守備力1300→1800

「バトルだ!!」
 俺の攻撃宣言で、ザンジが聡史の場にいるモンスターへ突撃する。
 手にした薙刀を大きく振りかぶり、勢いよく相手のモンスターを切り裂いた。

 幻影の壁→破壊

 幻影の壁 闇属性/星4/攻1000/守1850
 【悪魔族・効果】
 このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る。
 ダメージ計算は適用する。


「残念だったね! こいつに攻撃したモンスターはバウンスされる! 闇の世界でバウンスは除外に変わって、僕は"魂吸収"の効果で500ライフを回復だ!」
「っ、だけど、ユニオンした御霊白の効果でデッキからカードを1枚ドローだ!」
 切り裂いた幻影のモンスターが体を大きく広げて、武士を覆い隠す。
 不気味な奇声が聞こえた後、武士はその場から姿を消してしまった。

 六武衆−ザンジ→除外
 六武衆の御霊白→破壊
 大助:手札3→4枚
 聡史:8000→8500LP

「ははっ! 場からモンスターがいなくなっちゃったね。さぁどうするの?」
「……ターンエンドだ」

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 大助:50LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
-------------------------------------------------
 聡史:8500LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   魂吸収(永続魔法)
   伏せカード1枚

 手札3枚
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「僕のターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 引いたカードを確認し、聡史は手札の1枚に手をかける。
「これで終わりだよ。"ドラゴンフライ"を召喚だ!」
 巨大な羽を生やした昆虫がフィールドに現れる。
 羽の擦れる音が不気味に響き、その複眼は真っ直ぐに俺を見つめている。


 ドラゴンフライ 風属性/星4/攻1400/守900
 【昆虫続・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


「この攻撃でトドメだ! バトル!!」
「っ!」
 聡史の命令で昆虫のモンスターが襲い掛かってきた。
「伏せカード発動だ!!」


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 大助:手札4→5枚

「ちぇ、防がれたか」
「そんな簡単に攻撃を通すわけないだろ」
「あっそ。その粘りがいつまで保つか見ものだね。ターンエンドだ」


 聡史のターンが終わり、俺のターンになった。
 ここまで気が抜けない決闘は、ダークと戦ったとき以来かもしれない。
 ほんの僅かなミスが敗北に直結する状況が最初から続くなんて………本当に辛いとしか言いようがない。
 だが、諦めるわけにはいかないんだ。
「手札から"六武衆−ヤイチ"を召喚! さらに"六武衆の師範"を特殊召喚だ!!」
 描かれた2つの召喚陣。
 そこから弓矢を携えた武士と隻眼の武士が現れた。


 六武衆−ヤイチ 水属性/星3/攻1300/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ヤイチ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 1ターンに1度だけセットされた魔法または罠カードを一枚破壊することが出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。このカードが破壊される
 場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。


 六武衆の師範 地属性/星5/攻2100/守800
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカード効果によって破壊された時、
 自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。


「ヤイチの効果発動だ! その伏せカードを破壊する!!」
「させないよ! チェーンして永続罠"門前払い"を発動する!!」
 撃ち抜こうと放たれた武士の矢が消える。
 聡史は笑みを浮かべたまま、カードを表にした。


 門前払い
 【永続罠】
 フィールド上のモンスターがプレイヤーに戦闘ダメージを与えた場合、
 そのモンスターを持ち主の手札に戻す。


「やっぱりそれか……」
 予想はしていたが、発動されてしまうとやっぱり厳しい。
 ダメージを与えたモンスターを強制的に手札に戻すことができる効果。俺だけじゃなく相手にまで効果が及ぶが、一撃で倒されてしまう俺とライフが満タン以上にある聡史では勝手が違う。
 実質的に影響を受けるのは俺だけだと言っていいだろう。
 まったく……自分で思いついたのか、アダムの入れ知恵かは分からないが厄介な戦術だな。
「さぁどうするの?」
「……バトルだ! 師範でドラゴンフライに攻撃!!」
 隻眼の武士が居合一閃。
 昆虫型のモンスターを真っ二つにしてしまった。

 ドラゴンフライ→破壊
 聡史:8500→7800LP

「くっ…でも"ドラゴンフライ"はリクルーターだ! デッキから"ドラゴンフライ"を特殊召喚! さらに"門前払い"の効果で師範には退場してもらうよ! そして"魂吸収"の効果で回復だ!」
「……!」

 六武衆の師範→除外
 ドラゴンフライ→特殊召喚(攻撃)
 聡史:7800→8300LP

「同名モンスターを特殊召喚したのか……」
 てっきり別のモンスターを出してくるかと思ったが、考えすぎか?
 いや……きっとまだ相手の攻撃準備が出来ていないのだろう。
 それなら……。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

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 大助:50LP

 場:六武衆−ヤイチ(攻撃:1300)
   伏せカード1枚

 手札3枚
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 聡史:8300LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   ドラゴンフライ(攻撃:1400)
   魂吸収(永続魔法)
   門前払い(永続罠)

 手札3枚
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「僕のターン! ドロー!」(手札3→4枚)
 カードを引き、聡史はすぐさま場にいる自分のモンスターへ向けて攻撃を命令した。
 その攻撃宣言と共に、昆虫が羽ばたきながら襲ってくる。
「今度こそ、これで終わりだ!!」
「させるかよ! 伏せカード発動だ!!」


 六武派二刀流
 【通常罠】
 自分フィールド上に存在するモンスターが、表側攻撃表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体のみの場合に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在するカード2枚を選択して持ち主の手札に戻す。


「この効果で、お前の場にある"ドラゴンフライ"と"魂吸収"を手札に戻す!!」
 開かれたカードから放たれる一筋の光。
 その光は襲い掛かるモンスターと聡史のカードを1枚、吹き飛ばしてしまった。

 ドラゴンフライ→手札
 魂吸収→手札
 聡史:手札4→6枚

「くっ……!」
「残念だったな。さぁ、どうする?」
「本当に……しぶといなぁ……! メインフェイズ2に"ドラゴンフライ"と"魂吸収"を場に出してターンエンドだ!」


 ドラゴンフライ 風属性/星4/攻1400/守900
 【昆虫続・効果】
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を
 自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。


 魂吸収
 【永続魔法】
 このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、
 1枚につき500ライフポイント回復する。


「俺のターン! ドロー!」(手札3→4枚)
 状況が不利なことに変わりはないが、流れはこっちに傾いているはずだ。
 今のうちに少しでも有利な状況を作り出しておかないと。
「手札から"六武の門"を発動だ!!」


 六武の門
 【永続魔法】
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。
 自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
 ●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた
 効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
 ●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 ●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。


 俺の背後に現れる巨大な門。
 その門の中心に描かれている陣が、緑色の光で輝いていた。
「そんなカードを出して、何になるって言うんだい?」
「見てれば分かるさ。手札から"真六武衆−ミズホ"を召喚する!!」
 描かれる召喚陣。三日月形の巨大な刃を携えた女武士が、颯爽と場に現れた。


 真六武衆−ミズホ 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−シナイ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 六武の門:武士道カウンター×0→2

「ミズホの効果発動だ! ヤイチをリリースすることで、お前の場にある"門前払い"を破壊する!!」
「っ!」
 弓矢を携えた武士が光の塊となって聡史の場で表になっているカードへ向かい、跡形もなく焼き尽くしてしまった。
 守りの要となるカードを破壊されたことで、聡史の表情にわずかな焦りが伺えた。

 六武衆−ヤイチ→墓地
 門前払い→破壊

「これで戦闘ダメージを与えても、バウンス効果が発生することは無いだろ!!」
「ちっ……!」
「バトルだ!!」
 女武士が華麗な脚運びで距離を詰め、昆虫型のモンスターを切り裂く。
 破壊された衝撃を受け、聡史は顔をわずかに歪めた。
「く……」

 ドラゴンフライ→破壊
 聡史:8300→8100LP

「まだだよ。ドラゴン・フライの効果で、デッキから"暴風小僧"を特殊召喚する!!」
「っ! そのモンスターか……」


 暴風小僧 風属性/星4/攻1500/守1600
 【天使族・効果】
 風属性モンスターをアドバンス召喚する場合、
 このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。


 リクルーターの効果でダブルリリースモンスターを呼び出したってことは……手札に上級モンスターが存在しているということだろう。それなら次にくるモンスターはおそらく……。
「……」
 手札を見つめて、戦略を組みなおす。
 十中八九、次のターンに聡史は上級モンスターを場に出してくる。
 だったら俺に出来る最善の策は……。
「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!!」

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 大助:50LP

 場:真六武衆−ミズホ(攻撃:1600)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×2)
   伏せカード2枚

 手札1枚
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 聡史:8100LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   暴風小僧(攻撃:1500)
   魂吸収(永続魔法)

 手札4枚
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「そろそろ決着をつけてあげるよ! 僕のターン! ドロー!」(手札4→5枚)
 勢いよくカードを引き、手札の1枚に聡史は手をかけた。
「"暴風小僧"をリリースして、"始祖神鳥シムルグ"をアドバンス召喚だ!!」
 風を操る精霊が光に包まれて、辺りを強力な風が吹き荒れる。
 煌びやかな翼を大きく広げ、始祖たる神鳥が姿を現した。


 始祖神鳥シムルグ 風属性/星8/攻2900/守2000
 【鳥獣族・効果】
 このカードが手札にある場合通常モンスターとして扱う。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 風属性モンスターのアドバンス召喚に必要なリリースは1体少なくなる。
 風属性モンスターのみをリリースしてこのカードのアドバンス召喚に成功した場合、
 相手フィールド上のカードを2枚まで持ち主の手札に戻す。


「シムルグの効果発動! 君の場にある伏せカード2枚をバウンスだ!」
「っ!」
 神鳥が翼を羽ばたかせると、突風が吹き荒れた。
 このままだと伏せカードが処理されて負けてしまう。
 だけど、それは予想済みだ!
「まだだ! チェーンして伏せカード"奈落の落とし穴"と"六武衆の理"を発動させる!!」
「伏せカードを2枚ともチェーンだって!?」


 奈落の落とし穴
 【通常罠】
 相手が攻撃力1500以上のモンスターを
 召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動する事ができる。
 そのモンスターを破壊しゲームから除外する。


 六武衆の理
 【速攻魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を墓地へ送って発動する。
 墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。


「"奈落の落とし穴"でお前の"始祖神鳥シムルグ"を除外する! さらに"六武衆の理"の効果でミズホをリリースして、すぐに守備表示で特殊召喚だ!!」
「っ!」
 神鳥の足元に突然、底の見えない落とし穴が発生する。
 意表をつかれた神鳥は自身の翼を使うことも忘れ、真っ逆さまに穴の底へと消えて行った。

 始祖神鳥シムルグ→除外
 聡史:8100→8600LP("魂吸収"の効果)
 真六武衆−ミズホ→墓地
 真六武衆−ミズホ→特殊召喚(守備)
 六武の門:武士道カウンター×2→4

「シムルグを……こうも簡単に処理するなんて……」
「残念だったな」
「………」
 相手は通常召喚権も使って伏せカードもない。こっちにも伏せカードは無いが、守備表示のモンスターがいる。
 このまま聡史が何もせずにターンを終えてくれたらいいのだが……。
「ふふふふ……」
「何がおかしい?」
 聡史は笑っていた。
 まるで、シムルグが除去されるのは分かっていたとでも言わんばかりに。
「いやいや、やっぱり君なら伏せカードを使ってシムルグを除去してくると思ってたからさ……予想通りで嬉しいよ」
「なんだと?」
「残念だったね中岸大助! 本命はこっちだよ! 墓地にいる"ドラゴンフライ"と"幻影の壁"を除外して、"ダーク・シムルグ"を特殊召喚だ!!」
「なっ!?」
 聡史の場に、再び神鳥が現れる。
 だがその姿が真っ黒に染まり、不気味な色の瞳に変わっていた。
 禍々しいオーラを発し、そのモンスターは俺を睨み付けてきた。


 ダーク・シムルグ 闇属性/星7/攻2700/守1000
 【鳥獣族・効果】
 このカードの属性は「風」としても扱う。
 自分の墓地の闇属性モンスター1体と風属性モンスター1体を
 ゲームから除外する事で、このカードを手札から特殊召喚する。
 手札の闇属性モンスター1体と風属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 このカードを自分の墓地から特殊召喚する。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手はフィールド上にカードをセットする事ができない。


 ドラゴンフライ→除外
 幻影の壁→除外
 聡史:8600→9100→9600LP("魂吸収"の効果)

「こいつがいるかぎり、君はカードをセットすることができない!」
「……!」
 セットを封じる効果だと!?
 つまり裏守備でモンスターを出すことも、伏せカードを置くことも出来なくなったってことか。
 こんな強力なモンスターを隠し持っていたなんて予想外だ。しかも相手にはまだバトルフェイズが残っている。
「バトルだ! その女武士を消し飛ばせ!!」
 聡史の命令で、黒く染まった神鳥が黒いブレスを吐いた。
 すべてを飲み込んでしまうかのような禍々しい攻撃に、守備態勢を取る武士は身構える。
「消えちゃえ!!」
「させるか!! 手札から"紫炎の寄子"の効果発動! このカードを手札から捨てることで、六武衆の戦闘破壊を無効にする!!」
 真っ黒なブレスを、小さな体をした兵士が身を挺して受け止める。
 自身の体を犠牲にすることで女武士を守った兵士は、まんざらでもない笑みを浮かべて消えていった。


 紫炎の寄子 地属性/星1/攻300/守700
 【戦士族・チューナー】
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスターが戦闘を行う場合、
 そのダメージ計算時にこのカードを手札から墓地へ送って発動する。
 そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない。


「へぇ、そうやって防いだんだ。でも君の手札は0枚になった。圧倒的に僕の有利に変わりは無いよ」
「………」
「そうやって必死に抗っていればいいさ。どうせ全部、無駄に終わるんだから。ターンエンドだ!」

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 大助:50LP

 場:真六武衆−ミズホ(守備:1000)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×4)

 手札0枚
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 聡史:9600LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   ダーク・シムルグ(攻撃:2700)
   魂吸収(永続魔法)

 手札3枚
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「俺のターン、ドロー!!」(手札0→1枚)
 さっきまで優勢だったのに、1ターンで覆されてしまった。
 くそ。さすがにやられっぱなしになるほど聡史も馬鹿じゃないってことか。
 とにかく、あの黒い神鳥をなんとかしないと態勢が整えられない。だったら……!
「"六武の門"の効果で、カウンターを4つ取り除いてデッキから"真六武衆−シナイ"を手札に加える! そしてミズホが場にいるとき、シナイは手札から特殊召喚できる!! シナイを攻撃表示で特殊召喚だ!!」
 女武士の隣に参上した新たな武士。
 両手の巨大な棍棒を力強く構え、鋭い眼差しを敵へ向けた。


 真六武衆−シナイ 水属性/星3/攻1500/守1500
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「真六武衆−ミズホ」が表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、
 自分の墓地に存在する「真六武衆−シナイ」以外の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

 六武の門:武士道カウンター×4→0→2
 大助:手札1→2→1枚

「そしてミズホの効果発動! シナイをリリースして、"魂吸収"を破壊する!!」
「なんだって!?」
 女武士が武器を掲げると、隣にいた武士が光の塊となって発射される。
 その光は聡史の場にあるカードを撃ち抜き、消滅させてしまった。

 真六武衆−シナイ→墓地
 魂吸収→破壊

「モンスターじゃなく、永続魔法の方を破壊した……?」
「まだ終わってないぞ。リリースされたシナイの効果発動! 墓地にいる"六武衆の御霊白"を手札に加えて、そのまま通常召喚する!!」


 六武衆の御霊代 地属性/星3/攻500/守500
 【戦士族・ユニオン】
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と
 名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイント
 アップする。装備モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊した場合、自分はカードを1枚ドロー
 する。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで、装備モンスターが破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)


 六武の門:武士道カウンター×2→4

「そしてミズホを攻撃表示にして、御霊白をユニオンする! さらに門の効果でカウンターを2つずつ取り除いて、攻撃力を1000ポイントアップさせる!!」
「なっ」
 肉体を持たない鎧が分離して、女武士の体に装着される。
 同時に背後に立つ巨大な門から力が放たれて、女武士の力をさらに上昇させた。

 六武の門:武士道カウンター×4→2→0
 真六武衆−ミズホ:攻撃力1600→2100→2600→3100 守備力1000→1500

「ダーク・シムルグの攻撃力を超えただって……!?」
「バトルだ! ミズホで攻撃!!」
 大きく力を高めた女武士が、勢いよく飛び出して一気に間合いを詰める。
 体全体を使った力強い回転斬りが、黒い神鳥の体を真っ二つに切り裂いた。

 ダーク・シムルグ→破壊
 聡史:9600→9200LP

「くっ!」
「さらにユニオンした御霊白の効果発動! ユニオンしたモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊したとき、デッキから1枚ドロー出来る!」(手札1→2枚)
「……いい加減にしろよ。そうやって凌いだところで、どうせ僕には勝てないんだからさぁ!」
「勝手に決めつけるな。それに言ったはずだろ。俺はお前に勝つためにここに来たんだ。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!!」

-------------------------------------------------
 大助:50LP

 場:真六武衆−ミズホ(攻撃:2100)
   六武衆の御霊白(ユニオン状態)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   伏せカード2枚

 手札0枚
-------------------------------------------------
 聡史:9200LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)

 手札3枚
-------------------------------------------------

「僕のターンだ!」(手札3→4枚)
 憎しみにも似た眼差しを聡史が向けてくる。
 だけど、今のこいつがどんな視線を向けてきたって怖がる必要なんかない。
「手札から"N・グラン・モール"を召喚するよ!」


 N・グラン・モール 地属性/星3/攻900/守300
 【岩石続・効果】
 このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、
 ダメージ計算を行わずその相手モンスターとこのカードを
 持ち主の手札に戻す事ができる。


「まずはその邪魔な女武士をバウンスしてやる! バトルだ!」
 モグラ型のモンスターが頭部をドリルに変えて突進してくる。
 戦闘時に互いをバウンスする強力な効果を持っていても、こうして単調な攻撃をしてくれるなら脅威じゃないな。
「伏せカード発動だ!!」
 突進するモグラの前に、月の光を帯びた書物が姿を現した。


 月の書
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。


「この効果で、お前のモンスターを裏守備にする!!」
「っ!」
 あからさまな舌打ちが聞こえた。
 書物の中から放たれた不思議な光に包まれて、モグラ型のモンスターはその本の中に閉じ込められてしまった。

 N・グラン・モール→裏守備

「くそっ……くそっ……!」
「…………」
 自分の思い通りにいかないのが、よほど気に入らないのだろう。
 ましてや相手である俺の残りライフは50しかない。瀕死の相手にここまで粘られたことが、聡史の焦りと動揺を誘っているのが目に見えて分かるようだった。
「くそっ、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


 ターンが移行して、俺のターンになる。
 今のうちに、出来るだけライフを削っておきたいな。
「ドロー!!」(手札0→1枚)
 引いてきたカードは、相手に大ダメージを与えるのにうってつけのカードだった。
 これなら、一気に攻めて大丈夫だろう。
「手札から"六武衆−ニサシ"を召喚する!!」
 緑色の召喚陣が描かれて、そこから二刀流の武士が颯爽と現れた。


 六武衆−ニサシ 風属性/星4/攻1400/守700
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いたモンスターを破壊することが出来る。

 六武の門:武士道カウンター×0→2

「そして"六武の門"の効果で、カウンターを2個外してニサシの攻撃力を500ポイントアップさせる! さらにニサシは他の六武衆がいるとき、2回攻撃することが出来る!」
「……!」

 六武の門:武士道カウンター×2→0
 六武衆−ニサシ:攻撃力1400→1900

「バトルだ! ミズホで裏守備モンスターに攻撃!」
 女武士が本の中に閉じ込められたモグラを一閃する。
 たとえ強力な効果を持っていても、裏側表示ならその効果は発揮されない。牙炎との戦いでは失敗した戦術だが、その経験が活きたな。

 N−グラン・モール→破壊
 大助:手札0→1枚("六武衆の御霊白"のユニオン時の効果)

「そしてニサシで攻撃だ!」
「させないよ。伏せカード"ガード・ブロック"を発動!」
 二刀流の武士の刃が、聡史の体を覆った薄い光の幕が弾いた。


 ガード・ブロック
 【通常罠】
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 聡史:手札2→3枚

「っ、まだだ! 2回目の攻撃!」
 いったん体勢を立て直した二刀流の武士が左の刃を振るう。
 それは相手の体を包んでいた薄い光ごと切り裂き、聡史へダメージを与える。
「くはっ!」

 聡史:9200→7300LP

「くぅ…!」
 斬られた箇所を抑えて、聡史は膝をつく。
 ようやくまともなダメージを与えることが出来た。この調子で一気に押し切るしかない。
 このままターンエンドしてもいいが、あまり攻撃力が高くないニサシが場にいる状況で何もしないのは危険だろう。
「メインフェイズ2に手札から"一時休戦"を発動する」


 一時休戦
 【通常魔法】
 お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
 次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。

 大助:手札0→1枚
 聡史:手札3→4枚

 これで次の相手ターン終了時まで、互いにダメージは入らなくなった。
 次の聡史のターンは安心して凌げるだろう。
「俺はこれでターンエンドだ!」

-------------------------------------------------
 大助:50LP

 場:真六武衆−ミズホ(攻撃:2100)
   六武衆の御霊白(ユニオン状態)
   六武衆−ニサシ(攻撃:1400)
   六武の門(永続魔法:武士道カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札1枚
-------------------------------------------------
 聡史:7300LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)

 手札4枚
-------------------------------------------------

「僕のターン……ドロー……」(手札4→5枚)
 下を向いたまま、聡史はカードを引いた。
 ゆっくりとそのカードを確認して、静かに手札に加える。

「……ふふっ……」

「!?」
 不気味な笑いだった。同時に背中にゾクリとするものを感じた。
 なんだこの感覚は? 嫌な予感がする……。
「もう、どうでもいいや……」
「……それは、降参って意味か?」
「馬鹿なこと言うなよ。僕が弱者の君に降参するはずがないだろ」
「…………」
「けどさ、正直言って君の粘りには感動したよ。いくら無駄な行為だったとしてもこれからの参考になったよ」
「……まるで決闘が終わりみたいな言い方だな」
終わるよ。終わらせてやる。僕の力で……神のカードで!!
「っ!」
「墓地にいる"暴風小僧"を除外して"シルフィード"を特殊召喚だ!」


 シルフィード 風属性/星4/攻1700/守700
 【天使族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 相手はランダムに手札を1枚捨てる。


 特殊召喚モンスターを出すってことは……やっぱり来るのか。
「さらに"創造の代行者 ヴィーナス"を召喚! そして1500ライフポイントを払うことでデッキから"神聖なる球体"を3体特殊召喚だ!」


 創造の代行者 ヴィーナス 光属性/星3/攻1600/守0
 【天使族・効果】
 500ライフポイントを払って発動する。
 自分の手札またはデッキから「神聖なる球体」1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する。


 神聖なる球体 光属性/星2/攻500/守500
 【天使族】
 聖なる輝きに包まれた天使の魂。
 その美しい姿を見た者は、願い事がかなうと言われている。

 聡史:7300→6800→6300→5800LP

 次々と展開された5体のモンスター。
 間違いなく、聡史の目的は……!
「伏せカードを1枚置いて、ヴィーナスと球体3体、伏せカードの計5枚をデッキに戻す!」
「……!」
「出てこい! "GT−神風の指揮者"!!」
 フィールドの中心に小さな竜巻が起こる。
 緑色のマントを羽織った小人型のモンスターが現れ、手に持った指揮棒を軽やかに振る。


 GT−神風の指揮者 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 自分の場に存在するカードを5枚デッキの一番下に戻したときのみ特殊召喚することが出来る。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。 
 1ターンに1度、自分の場にいるモンスター1体のレベルを10にすることができる。


「そして手札から"チェンジ・カラー"を発動して"シルフィード"を効果モンスターからシンクロモンスターに変更する! そして"GT−神風の指揮者"の効果で、レベルを10にする!!」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。

 シルフィード:レベル4→10 効果モンスター→シンクロモンスター

「くっ……!」
「見せてやる! レベル10の"シルフィード"にレベル2の"GT−神風の指揮者"をチューニング!!」
 風の精霊の頭に乗り、手に持った指揮棒を振るう。
 2体のモンスターを無数の光の輪が包み込み、爆発的な光が辺りを覆った。
「ゴッドシンクロ!! すべてを吹き飛ばせ! "風の神−シルフィ・ウインド"!!」
 凄まじい風と共に、幻想的な妖精の姿をしたモンスターが現れる。
 真っ白な仮面と絹のローブ。背中から生える羽からは緑色の光の粒が散り、闇の世界にささやかな彩りをもたらした。


 風の神−シルフィ・ウインド 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−神風の指揮者」+レベル10のシンクロモンスター
 各ターンのエンドフェイズに、フィールド上に存在するこのカード以外の
 すべてのカードをそれぞれの持ち主の手札に戻す。
 このカード以外のモンスターが攻撃宣言をしたとき、そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
 このカードは相手フィールド上のカード効果を受けない。


「はははは!! 神のカードをもう1度拝めるなんて、本当に運がいいね! 今度こそ、本当に終わらせてあげるよ!」
 高らかに笑う聡史を一瞥して、その後ろに浮かぶ風の神を見据える。
「……やっぱり、そう上手くはいかないってことか……」
 溜息をついて覚悟を決める。
 できれば召喚される前に決着を付けたかったのだが、こうなったらやるしかない。
「残念だったね! せっかく粘ったのに、結局は僕の前にひれ伏すことになるんだからさ!!」
「まだ分からないだろ。それに"一時休戦"の効果でこのターン、俺はダメージを受けない!!」
「関係ないよ。僕の絶対的に有利な状況が出来上がるだけさ!! ターンエンドだ!!」
 ターン終了宣言と共に、風の神がその羽を広げる。
 巻き起こる暴風に、フィールドに存在するすべてのカードが吹き飛ばされていく。
「その効果にチェーンして、伏せカードは発動だ!」


 埋蔵金の地図
 【通常罠】
 セットされたこのカードを手札に戻す効果が発動した時に発動する事ができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる。

 六武衆−ニサシ→除外
 真六武衆−ミズホ→除外
 六武衆の御霊白→除外
 六武の門→除外

「この効果で俺はデッキから2枚ドローして、そのあと1枚手札を捨てる!」(手札1→3→2枚)
 バウンス効果を受ける際に発動できる、限定的な効果を持ったカード。
 聡史への対策カードとして投入しておいた1枚が、役に立って良かった。
「捨てたカードはなんだい?」
「……"ネクロ・ガードナー"だ」
「あっそ。好きにしなよ。どうせ君は、風の神には勝てないんだからさ! あはははははは!!」
「…………」
 何もない俺の場を見て、高らかに笑う聡史。
 その絶対的な自信を象徴するかのように、君臨する風の神が俺を見下ろしていた。




episode24――サバイバルの結末――




 決闘は終盤に差し掛かり、ついに聡史の場に風の神が召喚されてしまった。
 その効果のせいで俺の場にカードは無い。
 残った2枚の手札も、この状況を覆すカードは無い。

-------------------------------------------------
 大助:50LP

 場:なし

 手札2枚
-------------------------------------------------
 聡史:5800LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   風の神−シルフィ・ウインド(攻撃:5000)

 手札0枚
-------------------------------------------------


 虚空へ飲み込む闇の世界
 【フィールド魔法】
 このカードはデュエル開始時に、デッキまたは手札から発動する。
 このカードはフィールドから離れない。
 このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、
 フィールド上から手札に戻る相手のカードは手札に戻らずゲームから除外される。

 風の神−シルフィ・ウインド 神属性/星12/攻5000/守5000
 【神族・ゴッドシンクロ/効果】
 「GT−神風の指揮者」+レベル10のシンクロモンスター
 各ターンのエンドフェイズに、フィールド上に存在するこのカード以外の
 すべてのカードをそれぞれの持ち主の手札に戻す。
 このカード以外のモンスターが攻撃宣言をしたとき、そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
 このカードは相手フィールド上のカード効果を受けない。


 正直言って、状況は絶望的だ。
 聡史のライフはまだ半分以上あるし、俺のライフは依然として50のままになっている。
 闇の世界と風の神のコンボによって、俺はどんなカードを出してもエンドフェイズにすべて除外されてしまう。
 つまり、罠カードやリバースモンスターは完全に封じられたことになる。
 そのうえ風の神は場のカード効果を受け付けないし、攻撃しようとしてもその瞬間にバウンスされてしまう。
 制圧力という点なら、今まで戦った神の中でトップクラスの効果を持っているのは間違いないだろう。
「ははははははは!! いよいよ決着だね! 本当に、楽しい決闘だったよ中岸大助!!」
「……!」
 勝利を確信して、聡史は高らかに笑っている。
 たしかに状況は絶望的だ。だけど、打つ手が無くなった訳じゃない。
 いくら強力な効果を持っているとしても、風の神には致命的な弱点がある!
 それが残っている限り、俺は諦めない!!
「俺のターン! ドロー!」(手札2→3枚)
 引いたカードを確認して、すぐさまデュエルディスクに置いた。


 六武衆の結束
 【永続魔法】
 「六武衆」と名の付いたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、
 このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ
 自分のデッキからカードをドローする。


「いまさらドロー加速かい? 意味のない粘りが大好きみたいだね」
「勝手に言ってろよ! 手札から"真六武衆−カゲキ"を召喚! その効果で手札から"六武衆−イロウ"を特殊召喚する!!」
 連続して描かれた召喚陣。
 その中から4刀流の武士と、黒い長刀を構える武士が現れた。


 真六武衆−カゲキ 風属性/星3/攻200/守2000
 【戦士族・効果】
 このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の
 「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に「真六武衆−カゲキ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが
 表側表示で存在する限り、このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。


 六武衆−イロウ 闇属性/星4/攻1700/守1200
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆−イロウ」以外の「六武衆」と名の付いたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスター
 を破壊する。このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名の付いた
 モンスターを破壊することが出来る。

 六武衆の結束:武士道カウンター×0→1→2
 真六武衆−カゲキ:攻撃力200→1700

「カウンターの乗った結束を墓地に送って、デッキから2枚ドローだ!!」(手札0→2枚)
 勢いよくカードを引き、恐る恐る確認する。
 引いたカードは――――


 六武衆の露払い 炎属性/星3/攻1600/守1000
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上にこのカード以外の「六武衆」と
 名のついたモンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。

 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。


「……!」
 欲しいカードが手に入った
 露払いの効果を、自身をリリースして発動すれば風の神を倒すことが出来る。
 風の神の耐性はあくまでフィールド上のみだ。墓地で発動する効果……たとえば"ならず者傭兵部隊"のようなカードなら簡単に除去することが出来る。俺のデッキにそのカードは入っていないが、代わりに露払いが入っている。
 次のターンにもう1体六武衆を並べられれば、あの厄介な風の神を除去できるはずだ。
「ターンエンドだ」
「ははは! この瞬間、風の神の効果が発動する!!」
 風の神が羽を大きく広げ、突風を巻き起こす。
 攻撃態勢をとっている武士たちはあえなく吹き飛ばされ、虚空の中に消えてしまった。

 真六武衆−カゲキ→除外
 六武衆−イロウ→除外


「僕のターンだ! ドロー!」(手札0→1枚)
 引いたカードを確認し、静かに笑みを浮かべた。
 まさか、何か良いカードでも引いたのか?
「僕は手札から"風神のローブ"を風の神に装備する!」


 風神のローブ
 【装備魔法】
 「風の神」と名のついたカードにのみ装備できる。
 装備モンスターはカード効果で破壊されない。
 また、このカードは装備モンスターの効果を受けない。


 風の神の周囲に、漆黒のローブが浮かびあがる。
 不気味な光を放ちながら、装備されたモンスターを守るように風になびいていた。
「なっ……風の神専用の装備魔法!?」
「そうだよ。アダムが僕に渡してくれたんだ。こんな装備カードが無くても風の神は無敵だっていうのにさ。まぁ、念には念を押しておくってことなのかな?」
 聡史はそう言って高らかに笑った。
 本人はこのカードの重要性がまったく分かっていないようだが、厄介なことになってしまった。
 風の神を除去する手段は、墓地で発動する破壊効果しかない。その破壊ができなくなってしまったということは、狙いであった”露払いの効果を使って風の神を除去する”という手段は使えなくなってしまったということだ。
 破壊が出来なくなってしまった以上、俺のデッキに風の神を除去する方法は残っていない。
「バトルだ! どうせ墓地のカードで防ぐんでしょ?」
「くっ……墓地にいる"ネクロ・ガードナー"を除外して、効果を発動する!!」


 ネクロ・ガードナー 闇属性/星3/攻600/守1300
 【戦士族・効果】
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 ネクロ・ガードナー→除外

 風の神が放った攻撃を、薄い光の壁が弾く。
 羽を広げたまま、風の神はひたすら俺の事を見下ろしている。
 神のカードが持っている独特の威圧感が感じられて、額に嫌な汗が流れた。
「僕はこれでターンエンドだ!!」
 エンドフェイズと同時に、風の神が風を巻き起こす。
 だがその周囲に浮かぶローブは、その風をものともせずに浮かび上がっていた。

-------------------------------------------------
 大助:50LP

 場:なし

 手札2枚
-------------------------------------------------
 聡史:5800LP

 場:虚空へ飲み込む闇の世界(フィールド魔法)
   風の神−シルフィ・ウインド(攻撃:5000)
   風神のローブ(装備魔法)

 手札0枚
-------------------------------------------------

「俺の……ターン……」
 デッキの上を静かに見つめたあと、大きく息を吐き出す。
 今の手札と状況を考える限り、これが最後のチャンスになるだろう。
 防御カードはデッキにまだあるが、風の神はエンドフェイズにすべてのカードをバウンスしてしまう。
 何かカードを伏せても、そのターン内に除去されてしまうため意味がない。"クリボー"のような手札から発動できる防御カードなら風の神の攻撃でも防ぐことが出来るが、一時凌ぎにしかならない。
 つまり、このターンで風の神を倒すか、どうにかして決着をつけるしかない。
「………」
 よく考えろ。状況を整理しろ。
 相手の場には風の神と、破壊耐性を付加させる装備魔法。そして闇の世界の計3枚。
 闇の世界は除去が不可能だから諦めるしかない。
 単純に考えれば、"風神のローブ"を破壊した後に手札の露払いの効果を使って風の神を破壊すればいい。
 だがそれを実行するには手札が足りない。六武衆の効果は単体じゃ発動できないという弱点がある。露払いの効果を使うには最低でも2枚の手札が必要だ。もう1枚の手札は"大将軍 紫炎"だから、露払いの効果を使うために召喚することはできない。
 次のドローで特殊召喚できる効果を持った六武衆を引ければ露払いの効果を使えるが、そうすると装備カードを破壊することが出来ない。逆に魔法・罠カードを破壊できるカードを引いてしまえば、露払いの効果は使えなくなってしまう。
 ドロー加速を出来るカードなら何とかできるかもしれないが、俺のデッキに入っているカードじゃそれはできない。
 だとすると………残る手段は……!
「いい加減、諦めなよ。どんなに頑張っても、無駄なものは無駄なんだからさぁ!」
「…………」
 勝ち誇った表情で、聡史は言った。
 本当に何度目だろう。負けを認めろと悟らせるような発言をぶつけられるのは……。
「……頑張ったことが無駄になるかどうかなんて、そんなのお前が決めることじゃないだろ」
「別に決めつけてるわけじゃないよ。これは僕の経験から言ってあげているんだ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。どんなに頑張っても弱い奴は強いやつには勝てない。いくら努力しても報われず、心配するふりをされて見下される。僕はそんな生活に飽き飽きしていたんだよ。だから、僕は強くなるって決めたんだ。強くなれば、今までと違う景色が見れると思ってね」
「……それで、違う景色ってやつは見えたのか?」
「もちろん。今まで僕を見下してきた奴らが消えていくのは、とても気分が良かったよ。あの栞里だって、僕の命令に黙って従ってくれたからね。本当に、強くなるって素晴らしいことだよ。他人を屈服させるのって、いい気分だよね!」
 大口を開けて笑う顔を殴ってやりたくなった。
 聡史の過去に何があったのかは分からないが、とても共感なんて出来ないと思った。
 たしかに、試験で友達より成績が良かったりスポーツで仲間より上手くプレイできたりするのは嬉しいし、他人より上の立場にいるのは気分がいいという気持ちは分からないでもない。
 だがどんな理由があるにしろ、他人を屈服させて……その様子を見て気分が良いと思うのは絶対に間違っている。
「つくづく嫌な奴だな……」
「ははっ! また怒るの? 本当にさぁ、君はワンパターンな反応しかできないわけ?」
「……つまんない景色だろうな」
「なんだって?」
「他人を消して、見下して、屈服させて……それでお前は、何を得ることが出来たんだよ?」
「今さら何を言ってるの? 僕は”強さ”を手に入れたって言ったじゃないか!」
「ふざけるな。そんなの”強さ”じゃなくて、ただの”暴力”だろ」
「なんだと……!」
「頑張っても無駄とか、見下されるとか……自分の価値観を他人に押し付けるな」
 聡史が言った言葉のすべてが間違っているとは思わない。どんなに頑張っても無駄なことだってあるし、いくら努力しても報われないことだってあるだろう。
 だけどそうじゃないときだってある。
 今までの戦いで散々絶望的な状況に立たされてきた。
 意識を失ったり、存在を消されてしまったり、殺されかけたりした。決闘でもピンチな場面が何度もあった。
 だけど……どんなときだって、諦めなかったから最後まで戦い抜くことが出来たんだ。
「……ふっ」
 さっき見た夢の内容を思い出し、少し笑ってしまった。
 親父め。何が”強い人間にはなって欲しくない”だ。
 諦めないってことはそれなりの強さが必要だってことを、きっと分かって言っていたのだろう。
 本当に強い人から見れば、そんな強さは本当に微かなものかもしれない。だけど俺は、親父の言ったとおりになれて良かったと思っている。特別な力が無くても、俺はこの”強さ”があればそれでいい。みんなに支えられて、心配させて、心配させられて……いろいろなつながりの中で育んでいける力があったから、今まで戦ってこれたんだ。
 応援してくれる人がいる。想いを託してくれた仲間がいる。
 いつでも自分を信じてくれている人がいる。
 どれか一つでもあれば、諦めない理由としては十分だ!!
「決闘前に言ったよな。今まで戦ってきた人で、弱い人間なんていなかったって」
「それがどうしたって言うのさ?」
「友達と対等になりたいからと戦うやつもいた。仲間のために戦う人だっていた。たとえ決闘で力になれなくても、最後まで大切な友達のために動いた奴だっていた。家族を奪われて世界に復讐しようとした奴や、金のために他人の命を犠牲にしようとする奴だっていた。みんな、強いとか弱いとか関係なしに戦っていたんだ!」
「……! そんなの君がそう思いたいだけなんじゃないの? 弱者はそうやって都合のいい解釈しかしないもんねぇ!!」
「もうお前に理解してもらおうなんて思わないさ。だけど俺から言わせれば、お前の理屈だって何もかもうまくいかない自分を守るための都合のいい解釈にしか聞こえないんだよ」
「っ! なんだと!」
 一気に怒りを露わにする聡史。
 どうやらカンに障ってしまったらしい。
「いいさ! そうやっていつまでも吠えていればいいよ! どうせこのターンが終われば、僕のターンにトドメを刺して終わりだ!!」
 辺りを覆う闇の色が濃くなった。
 フィールドに君臨する風の神が威嚇するように強力な風を辺りに吹き荒らした。
「さぁ早くカードを引きなよ! どうせ何もできないだろうけどさぁ!!」

「……勝手に決めつけるな

 強風に煽られそうになりながら、俺は言った。
 残りのデッキにあるカード。今の状況とこれまでの戦い。
 それらすべてを考えて、辿り着いた結論。
 このターンで決着をつける方法は……ある。
 今までみたいに劇的な逆転方法じゃないかもしれない。単純な逆転方法だ。
 露払いの効果で倒す方法とは別に考えておいたもう1つの方法がある。そのための布石も打ってある。
 あとは、自分を信じてデッキからカードを引くだけだ。
「はぁ…ふぅ…」
 勝負の瀬戸際は、本当に緊張する。
 怖くないと言えば嘘になるが、やるしかない。



 ――私は大助を信じてる。どんなときだって、ずっと信じてるわ――



 大切な人の言葉を胸に、デッキの上に手をかけた。
「ドロー!!」(手札2→3枚)
 恐る恐る確認する。
「……!」
 よし、まずは第一段階クリアだ。
「いくぞ! "手札抹殺"を発動する!!」


 手札抹殺
 【通常魔法】
 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
 捨てた枚数分のカードをドローする。


 今ある手札を交換するカード。
 逆転にはさっきの手札では無理だった。だからこのカードで手札交換をする必要があったんだ。
「ははは! 使えない手札を捨てて、新しい2枚のドローに賭けるってことかい? 無茶な戦法だって思わないの?」
「……っ!」
 聡史の言うとおりだ。
 無茶な戦法だって分かってる。
 それでも、これしか方法がないんだったら賭けるしかないだろう。
「"手札抹殺"の効果で、俺は手札2枚を捨てて、同じ数デッキからドローする!!」(手札2→0→2枚)
 逆転への意思を乗せて、勢いよくカードを引いた。
 そのうちの1枚が、白い光を放つ。
「………」
 少しの静寂があっただろうか。
 引いたカードを確認すると、思わず笑みが浮かんでしまった。
「神原聡史……」
「なに?」
この勝負、俺の勝ちだ!!
「はぁ? たった2枚の手札で逆転なんか出来るわけないじゃないか!」
「出来るさ。そのための布石だったんだ!!」
「は?」

 フィールドの何も無い空間から、無数の光の輪が飛び出した。
 その輪は風の神の体に取り付けられ、まばゆい光を放つ。
 白い仮面にヒビが入り、途端に辺りに吹く強風が止んだ。

「な、どうしたんだよ風の神!?」
 理解できない状況に、聡史は戸惑っているみたいだった。
 主の言葉に応えることも出来ず、風の神は地に足をつける。周囲を覆っていた風のバリアも、いつの間にか消滅している。
「な、なにをした中岸大助!?」
「俺は……墓地から"ブレイクスルー・スキル"の効果を発動したんだ!!


 ブレイクスルー・スキル
 【通常罠】
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。
 選択した相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。
 また、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、
 相手フィールド上の効果モンスター1体を選択し、その効果をターン終了時まで無効にする。
 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。



「そんな馬鹿な!? いつの間にそんなカードを墓地に送った!? 墓地に送るタイミングなんか無かったはずだ!!」
「そう言うと思ったよ。だけど、たった1つだけ、そのタイミングがあったんだ」
「なんだって?」
「決闘が始まって3ターン目、俺が何のカードを発動したか覚えているか?」
「3ターン目……たしか僕の"ハネハネ"を……ぁぁっ!」
 聡史の表情が青ざめた。
 ようやく気づいたらしいな。
「まさか……あの"天罰"のコストで……!」
「ああ。その時のコストが"ブレイクスルー・スキル"だったんだ!!」
 場のカードをすべて吹き飛ばし、攻撃を宣言したモンスターを強制的にバウンスし、カード効果への耐性もあるという凶悪な効果を持っている風の神にだって弱点はある。。
 それはカード効果の耐性が、フィールド上のみに限られているということだ。
 墓地から発動するカードの効果に対しては何の耐性ももっていない。だから露払いの効果で墓地からの破壊を狙ったのだが、"風神のローブ"でそれは出来なくなってしまった。
 効果破壊が出来なくなってしまった以上、残るは戦闘破壊しかない。
 そのためには攻撃モンスターをバウンスする効果が厄介だった。だから俺は墓地から発動できる"ブレイクスルー・スキル"をデッキに投入しておいた。これなら墓地から発動できるし、厄介なバウンス効果も無力化できるしな。
「最初から……これを狙っていたのか……!」
「そんなわけないだろ。ただ、序盤のお前は完全に油断してたみたいだからな。きっとコストのカードなんて気にすることはないだろうって思ったんだ。いくら墓地から発動できるカードでも、それがあると分かっているだけで対策されてしまう可能性があった。だから、あのタイミングで墓地に送って、このカードの存在を隠したんだよ。もちろん風の神以外にも使えるカードだったけど、使わなくても対処できたから発動しなかったんだ」
「ぐっ、くっ…! でも、風の神の効果を無効にしたくらいで調子に乗るなよ! "風神のローブ"でカード効果で破壊されないことに変わりはないんだ! それに風の神の攻撃力は5000もある! たとえ効果が無効になったって、風の神が……僕が負けるはずがないんだよ!!」
 悔し紛れのつもりで怒鳴りつけてくる聡史をまっすぐに見つめ、手札の1枚に手をかける。
 風の神は完全に無力化した。あとはその高い攻撃力をどうにかすればいいだけだ。
「手札から"収縮"を発動する!!」
「なっ!?」


 収縮
 【速攻魔法】
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 風の神−シルフィ・ウインド:攻撃力5000→2500

「攻撃力を……半分に……!?」
「たしかに装備魔法の効果で、カード効果で破壊されないけど、破壊効果を持っていないカードなら通用することに変わりはないだろ!!」
「で、でも……! 半分になっても攻撃力は2500も――――!」
 明らかに動揺する聡史の瞳が大きく開く。
 その視線は、俺の持っている最後の1枚に向けられている。
「風の神は、半減しても攻撃力は2500もある。たった1枚の手札でそれを超えるモンスターを召喚できるはずがない……だけど俺には、白夜のカードがある!!」

 俺の場にはカードが無く、手札はこの1枚だけ。

 この絶望的な状況の中、その1枚は強い光を放っていた。

 周囲が闇に包まれた世界を照らすように、白い光が強く輝く。

 俺は最後の手札を、勢いよくデュエルディスクに叩き付けた。
手札からチューナーモンスター、"先祖達の魂"を召喚する!!


 先祖達の魂 光属性/星3/攻0/守0
 【天使族・チューナー】
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分フィールド上と手札に他のカードが無い
 場合、自分の墓地から「大将軍紫炎」1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 ただし、この効果で特殊召喚したカードの効果は無効となり、攻撃力・守備力は0になる。


 フィールドに現れる無数の淡く青白い光。
 それらは円を描くように、俺の周りをゆっくり回転した。
「このカードが召喚されたとき、俺の場と手札に他のカードが無ければ、墓地から"大将軍 紫炎"を特殊召喚できる!!」
 青白い光がフィールドの中心に移動し、回転する。
 その中から傷つき、ボロボロになった大将軍が現れた。


 大将軍 紫炎 炎属性/星7/攻撃力2500/守備力2400
 【戦士族・効果】
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上表側表示で存在する場合、
 このカードは手札から特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。このカードが破壊される場合、
 代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 大将軍 紫炎:攻撃力2500→0 守備力2400→0 効果→無効

「これは……そんな……!」
「前に戦ったから分かってるよな。いくぞ! レベル7の"大将軍 紫炎"にレベル3の"先祖達の魂"をチューニング!!」
 傷ついた大将軍の周囲に浮かんだ青白い光が輝きを増し、その体の中に入っていく。
 途端に燃え盛る炎が大将軍の体を包み込む。
 色あせた甲冑が真紅の甲冑へ変化し、折れた刀は鋭さを増して再生される。
「シンクロ召喚! 出てこい! "大将軍 天龍"!!」
 やがて炎の中から、先祖達から受け継いだ力をその身に宿す最強の将軍が姿を現した。


 大将軍 天龍 炎属性/星10/攻3000/守3000
 【戦士族・シンクロ/効果】
 「先祖達の魂」+「大将軍 紫炎」
 1ターンに1度だけ、デッキ、手札または墓地から「六武衆」と名のついたモンスターカード1種類
 すべてをゲームから除外することができる。この効果で除外したモンスターの属性、攻撃力、守備力、
 効果を、相手ターンのエンドフェイズ時までこのカードに加える。
 この効果で得た効果は、他に「六武衆」と名のついたモンスターが存在しなくても発動できる。


「天龍の効果発動だ! デッキから"六武衆−ニサシ"をすべて除外して、その効果を付加させる!!」
 デッキから緑色の光が溢れて、天龍の持つ巨大な刀に纏わりつく。
 仲間の武士の力を得て、巨大な刀は2本の鋭い長刀へと形状を変えた。

 大将軍 天龍:攻撃力3000→4400 守備力3000→3700 炎→炎+風属性

「ニサシの力を宿した天龍は、2回攻撃が出来る!!」
「あ、あぁ……!」
 敗北を察し、たじろぐ聡史。
 天龍は2本の刃を構え、無力化された風の神を睨み付けている。
「どうして……なんでこんなことに……僕は強くなったのに……! 前は簡単に勝てたのに……どうして君は急に強くなれたんだ……!」
「……前に決闘した時から、俺は何も変わっていないさ」
「嘘つけ! 変わってないなら……こんなことになるはずないじゃないか!」
「じゃあきっとそれは、俺を支えてくれた人のおかげだろうな」
 脳裏に香奈の笑顔を浮かぶ。あいつが俺を信じてくれたから、一緒に戦ってくれたから、いつも以上に頑張れたのだろう。
 もちろん香奈だけじゃない。曽原や茜、雲井や他の人が託してくれたものがあったから諦めずに戦い抜くことが出来たんだと思う。
「どうして……僕を支えてくれる人間なんかいなかったのに……! どうして僕ばかり……!!」
「本当にそうなのか?」
「ど、どういう意味だ!?」

「支えてくれる人がいなかったんじゃなくて、誰かが差し伸べた手を、お前が勝手に払いのけただけじゃないのか?」

「っ……!!」
「お前がすべてを払いのけて得た強さは、たしかに厄介だったよ。だけど俺には、その強さに立ち向かえる力をくれる仲間がいてくれたんだ!」
「そんな、い、いやだ! 僕は、僕はもう! 弱くなんかなりたくないんだ!」
「バトルだ!!」
 疾風のごとき斬撃が2つ。
 目にも止まらぬ攻撃が、風の神と聡史の体を一閃した。
「うわあああああああああああああああああああああ!!!」

 風の神−シルフィ・ウインド→破壊
 聡史:5800→3900→0LP




 聡史のライフが0になり、闇の結晶が砕け散る。




 そして決闘は、終了した。








 辺りを覆っていた深い闇が晴れていき、元の屋上の風景に戻る。
 決闘に敗れた聡史は仰向けに倒れており、その体が足元から消えていく。
「そんな……僕が……僕は……また……」
「お前にどんなことがあったのかは知らないし、知ったところでどうすることも出来ないけど……」
「ぁ……ぅ……」
「もう1回、最初からやり直してこい」
「……くそ……! くそぉ……っ!」
 目に涙を浮かべて聡史は嗚咽を漏らす。
 やがてその体は、黒い霧となって消えてしまった。




「……はぁ……」
 神経をすり減らすような戦いをしたせいだろうか、一気に脱力感が襲ってきた。
 思わずその場に座り込んでしまう。体はそこまでダメージを受けていないはずのに、上手く体が動かないな。
「これで……終わったんだ……」
 香奈の情報では、聡史と栞里さんの二人を倒せばサバイバルは終わるらしい。
 聡史は倒せた。あとは香奈が……栞里さんを倒せていれば……。

「大助!」

 後ろから呼びかけられた声。
 振り返らなくても、声の主が誰なのか分かってしまった。
「香奈……」
「なに座り込んでんのよ。神原聡史ってやつは?」
「倒したよ。ギリギリだったけどな」
 そう言うと香奈は俺を見下ろしながら、優しい笑みを浮かべる。
 その表情を見せてくれたおかげか、少しだけ体が軽くなった気がした。
「これで、みんな元に戻るのよね」
「そうだといいな」
 もしこれでも元に戻らなかったら、打つ手はない。
 頼む。頼むから、全部元に戻ってくれ……!



『へぇ、やっぱりすごいね二人とも♪』



「「っ!?」」
 上から聞こえた声。
 俺も香奈も、その異様な感覚に戦慄してしまった。
 それはまるでダークと対峙した時のような……いや、それ以上に恐ろしい感覚だった。
『聡史君と栞里さんはなかなか良い逸材だったんだけどなぁ……やっぱり君たちの方が上だったみたいだね』
 俺達の視線の先、5メートルほど前に降り立ったもの。
 右手が震えていることに、ようやく気付いた。
「な、なによ……あんた……」
 ようやく口を開いた香奈の言葉が、微かに震えている。

『あぁ、そういえば初めましてだね。僕の名前はアダムだよ♪』

「あ、アダム……!」
 雲井と本城さんが言っていた奴が、こいつか……!
 なんなんだこの感覚は? まるで出会ってはならないものに遭遇してしまったような感覚。
 やばい。何かわからないがとにかくヤバい。本能がそう告げているような気がした。
『あはは♪ そんなに怖がらないでよ。ボクはここから動かないし君たちに何もしない。サバイバルだって終わらせる。ボクがここに現れたのは、圧倒的に不利な状況で勝利を掴んだ君たちを称えるためさ』
「……!」
『その顔は信用していないねぇ。ちょっとだけ心外だなぁ。ボクは人間に対して嘘は言った覚えがないんだけど?』
「……聡史は……お前にそそのかされたってことか……?」
『それは誤解だよ。ボクは聡史君に誰よりも強くなる力をあげるって言ったんだ。でもさ、考えてみてよ。遊戯王に最強のカードやデッキなんて存在しないんだよ? だから考えたんだ。人間が、遊戯王で誰よりも強くなるってどういうことかをね。そしてたどり着いた結論は”初見殺し”だったんだよ』
「ど、どういうこと?」
『どんなデッキだって一度見れば対策を取れる。研究される。逆に言えば最初の一回だけ最強のデッキなら作れるってことでしょ? そして負かした人間がいなくなれば、その情報が他に流れることも無い。だからこそ、ボクはこのサバイバルを企画して実行に移してあげたんだ。事実、聡史君のデッキも栞里さんのデッキも、初見殺しのデッキだったでしょ?』
「……!」
『まぁ今となってはどうでもいいことなんだけどね♪ 上を見てごらん?』
「え?」
 俺と香奈は同時に上空を見る。
 アダムが指差す先には、黒い霧がひとかたまりになって浮かんでいた。
『あれは、今まで決闘で負けて消えていった人の魂の塊みたいなものかな? 今は黒い霧になっているけど、白夜の力があれば元に戻せるよ』
「みんなを元に戻せるの?」
『うん。でも――――』
 アダムが手の平から黒い閃光を撃ちだした。
 その閃光は校舎の壁を貫き、当たった部分を消し去っていた。
 まるでコルク栓を抜き取った跡のように、校舎の壁の一部が綺麗に消滅している。
『この光をあれにぶつけたら、どうなるかなぁ? きっと消滅しちゃうんだろうなぁ♪』
「なっ!? ふ、ふざけんじゃないわよ! サバイバルを終わらせるって言ったじゃない!!」
『うん言ったよ? でも、負けた人たちを元に戻すとは言っていないよね♪』
 そう言いながら、アダムは両手を上に掲げる。
 冗談じゃない。あれがみんなに当たったら、どうなると思っているんだ。
「や、やめろ!」
『どうして? 面白そうじゃない?』
「や、やめてぇ!!」
『そんなこと言われたら、やりたくなっちゃうじゃないか♪』
 アダムの両手から、漆黒の閃光が撃ちだされた。
 咄嗟の声も出なかった。ただその閃光がみんなに向かっていく様を、見つめることしかできなかった。

 ――キィィィィィン!!――

「っ!?」
「ぇ!?」
『あっ』
 俺達の持っている白夜のカードが、今まで見たことも無いような輝きを放った。
 白い光が黒い閃光を追い越して、黒い霧の塊へとぶつかる。
 するとさっきまで霧だったものが光の粒へと変わり、学校全体へ散らばるように弾け飛んだ。

『もう大丈夫だよ』

 綺麗な声だった。
 どこまでも透き通るような、そして心の底から安らぐような優しい声。
『相変わらずだね、アダム』
 俺達とアダムの間に、少女の姿をしたものがいた。
 腰を超えるほどの純白の長髪に、雪のような白い肌。小学校低学年くらいの背の高さで、真っ白なドレスを着ている。
『みんな元に戻したから、心配しないで、中岸大助君に朝山香奈ちゃん』
 振り返った時に見えたエメラルドグリーンの瞳が、とても綺麗だった。
 さっきまでアダムと対峙していたときの感覚が嘘のように、なぜか安心している。
「だ、大助……」
 香奈がその場に座り込み、寄り添ってきた。
 理解が追いつかない事態に、どうしたらいいのか分からなくなっているのだろう。
『そのままじっとしててね。すぐに話を終わらせるから』
 そういって少女の姿をしたものは、アダムと向き直った。
 アダムは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべ、対峙する白きものを見つめる。
『久しぶりだね、イブ』
『そうだね。出来れば、会いたくなかったけどね』
 イブと呼ばれたものは、そう言った。
『ずいぶんと、世界を見てきたみたいね』
『そういう君だって、色んな世界を見てきたんだろう? ボク達は、まったく同じで、まったく正反対な存在なんだからさ』
『御託はいらないよアダム。目的は……世界を消すこと?』
『さすがイブだね。そうだよ。ボクは世界を消すさ』
『消したら、貴方もワタシも消えるよ?』
『そのときはそのときさ。きっとイブなら新しい世界を作ってくれるよね? イブだって消えたくはないでしょ?』
『……本当に、狡賢さは変わってないんだね』
『君だって、その誠実さは変わっていないんだね。安心したよ』
『そう』
『じゃあそろそろ本題だ。単刀直入に言うよ。ボクはもうすぐ準備が整うから、イブも準備をしてね?』
『……まだ貴方には"水の神−セルシウス・ドラグーン"があるはずだよ?』
『……そうだね。けどイブの方だって、"永久の鍵"が目覚めていないんでしょ?』
 アダムとイブの会話に、ついていけなかった。
 いったい何が話されているのか分からない。まるで異次元の会話を聞いているような気がした。
『まぁ今回はイブに会えたし、これで退散するよ。今度会うときは、きっと最後の戦いになるだろうね』
『そうだねアダム。この綺麗な世界を、ワタシは守ってみせるよ』
『残念だよイブ。こんな醜い世界は、ボクが跡形もなく消滅させてあげる』
 そう言い残して、アダムは姿を消してしまった。
 途端に学校全体を覆っていた漆黒の霧が晴れて、太陽の光が差し込んでくる。
 いつの間にか、外は夕方になっていたらしい。
『さてと、これからどうしようかな』
 イブは俺達を見下ろして、そう言った。
 色々と言いたいことがありすぎて、なかなか口が開けない。
「あ、あの―――」
 隣にいる香奈が口を開こうとすると、イブは人差し指を香奈の口に当てた。
『今はゆっくりお休み。2人ともお疲れ様。話はまた、スターのみんなと一緒にしようね♪』
「え……」
「あ……」
 急に強烈な眠気が襲ってきた。
 隣にいる香奈が倒れて、目を閉じるのが見えた。
 瞼が重くなり、心地いい眠りの世界へと誘われていく。


 そして俺達の意識は、深い眠りの世界に入って行った。




――エピローグ――



 学校全体を巻き込んだサバイバルから3日が経った。
 あれだけの事件が起きたにも関わらず、教師と生徒全員の無事が確認されたことで普通に学校は再開していた。
 不思議なことに一部の人間以外のほとんどはサバイバルの時の記憶が曖昧らしく、何か悪い悪夢を見ていたと認識しているようだ。学校が普通に再開されたことは、そのような理由があったからだろう。


 アダムとイブという存在に遭遇した後、俺達はスターのメンバーに病院まで運ばれた。
 検査の結果、2人とも異常なしと診断されたため普通に生活が出来ている。
 今日は土曜日。学校は休みだ。
「ん……」
 メールの着信があり、内容を確認する。
 香奈からだ。また病院に行く、ということらしい。
 きっと雨宮のお見舞いだろう。雲井も入院しているみたいだし、俺も行ってみるか。

 荷物をまとめて家を出る。
 肌寒い外の空気に、吐いた息が白く染まった。



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 午前11時。私は星花病院に来ていた。
 果物を入れたビニール袋を片手に、病院の受付に行く。
「あの、雨宮雫のお見舞いなんですけど……」
「はい。では、ここに署名をお願いしますか?」
 受付の人に指示された箇所に、自分の名前を書く。
 さすがに3回目にもなると慣れてきちゃったわね。
「はい。では2階の2502号室へどうぞ」
「はい」
 エレベーターで2階に上がり、看護士さんに言われた病室に入る。
 部屋の一番奥の左のベッド。そこには雫が目を閉じながらスヤスヤと眠っていた。
「……ホント、呑気なものよね……」
 溜息交じりに呟いてみる。
 脇腹を鋭い刃物で切り裂かれて重傷を負った雫が受けた診断結果は、『異常なし』という信じ難いものだった。
 あれだけの傷がすぐに治ってしまうとは思えないし、何かしらの不思議な力が働いたのは間違いない。
 でも原因は分からないし、分かったところで何もできないだろうから考えないことにした。
「ん……ぅん? あれ、寝ちゃってたあたし?」
「ええ。本当に呑気な寝顔だったわよ。せっかく親友がお見舞いに来てあげたって言うのに、寝るなんてどんな神経してるのよ」
「そんなに怒らないでよ香奈ぁ。ほら、あたしは大怪我したから入院しているんだよ?」
「大丈夫だって診断受けたでしょ。ここに入院しているのだって、念のためじゃない」
「まぁまぁ、それよりほら、あたし、林檎が食べたいなぁ」
 雫は瞳を子供のようにキラキラさせながら、私の手にある袋の中身を見つめていた。
「………はいはい。また切ってあげればいいんでしょ?」
「ありがと香奈! できればアーンとかしてほしいな♪」
「調子に乗るんじゃないわよ。切ってあげるから自分で食べなさい」
「えぇ〜、真奈美なら絶対にアーンしてくれるって思うんだけどなぁ」
「あっそ。じゃあ真奈美ちゃんを呼んであげるから、私は帰るわね」
「あぁもう嘘に決まってるじゃん! あたしの冗談くらい軽く流してよぉ」
 そう言って頬を膨らませる雫。
 事件があって後遺症みたいなものがあるかどうか心配だったけど、前と同じで安心したわ。
「ねぇ香奈……」
「なによ?」
 林檎をカットしている私を横目に、雫が呟いた。
「今回の事件さぁ……みんな内容をほとんど覚えていないんだよねぇ?」
「そうね。私や大助みたいに白夜の力を持っている人や、闇の力を持っていた人は覚えているみたいだけど……」
「でもあたしは覚えてるよ? 雲井や真奈美も覚えているんでしょ?」
「まぁ雫や真奈美ちゃんは闇の霧の影響を受けなかったし、雲井はライガーがいるから大丈夫なんじゃない?」
 適当に答えてしまった。
 でも考えたところで何も分かりそうにないから、適当に答える結果は変わらなかったわよね。
「はい林檎どうぞ」
「お、ありがと香奈♪ う〜ん♪ やっぱり香奈が剥いてくれた林檎は美味しいなぁ♪」
「スーパーで安売りしてたやつだから、そこまで美味しくないと思うわよ?」
「でもほら、どんな食べ物にだって愛情が籠もっていれば美味しくなるって言うじゃん?」
「そう。もうすぐ退院できるの?」
「うん。今日中に退院だって」
「はぁ!? なによそれ。今日が退院なんて聞いてないわよ!?」
「あたしだって聞いてなかったもん。院長から突然言われたんだよ。なんか、怪我もしていないのに入院されていると困るんだってさ」
「はぁ……じゃあさっさと準備しなさいよ。今日中に退院すればいいなら、早く家に帰ってゆっくり休んだ方がいいじゃない」
「いやぁ、でもさ、ほら、まだ看護士さんのナース服を堪能してないし……」
「それくらいコスプレで何とでもなるでしょ?」
「じゃあ香奈が着てくれる?」
「絶対に嫌よ」
「ケチ〜」
 他愛のない会話を繰り返しているうちに、私も雫も自然と笑顔になっていた。
 あんな事件の後だっていうのに、なんだか不思議な気持ちね。
「ねぇ雫」
「ん? どしたの香奈?」
「その……ありがとね」
「……え? 急にデレをぶつけられてもあたしには何の事だかさっぱりなんですけど?」
「まったく、こんなときぐらい真面目に受け取りなさいよ……」
 溜息をつく私に、雫は首を傾げる。
 どうやら本当に何のことかわかっていないみたいだ。
 まぁ、本人にはあんまり自覚がないのかもしれないからしょうがないんだろうけど。
「雫が渡してくれたカードが無かったら、私は負けていたわ」
「い、いやぁ……気づいたのは真奈美だし、あたし自身はただ渡しただけっていうか……」
「それだけじゃないわよ。雫が私にすべてを託してくれたから、私は最後まで戦えたのよ?」
「うーん、あたしとしては何か納得できない部分があるんだけど……まぁ香奈が感謝してくれるなら、それでいいな♪」
 珍しく照れ笑いを浮かべる雫。
 あんな大怪我だったのに、元気そうで本当に良かった。
「うーん、じゃあさっさと支度して退院しようかなぁ。さすがにベッドでだらだら過ごすのにも飽きてきたし……」
「あんたね、他の患者さんがいるんだからそういうことも考えて発言しなさいよね」
「はーい」


 コンコン


 ドアがノックされた。
 数秒経って、入り口のドアが開かれる。
「し、失礼します……」
 申し訳なさそうに入ってきたのは、神原栞里だった。
 その手には綺麗な花束が握られている。
「あっ……」
 彼女に気づいた雫は、少し苦笑を浮かべながら毛布を胸の位置まで引き上げた。
「あの……私が言うのも、アレなんですが……怪我の具合は……いかがですか?」
「え、いや……それが、その……」
 答え辛そうに雫は視線を逸らす。
 あんな大怪我させられて、サバイバルが終わったら綺麗に治っていたなんて確かに言いづらいわよね。
「す、すいません。たった数日で、治るはずがないですよね。これ、お見舞いの花束なんですけど……その……許してもらえるとは思えませんけど、本当にすみませんでした」
 深々と、栞里さんは頭を下げた。
「本当はすぐにでも謝罪に来るべきだったんですけど、その……私も心の整理が必要で……だから……本当にすみません」
「あ、あぁうん……謝りに来てくれたのは、その、嬉しいんだけど、あたしの怪我は―――」
「本当にすみません! 全治一か月くらいですか? 入院費を払うことはできませんけど、私に出来る事なら何でもするつもりで……」
「いや、それが……治ってるんだけど……」
「へ? う、嘘です! そんな、あなたがあたしを気遣う理由なんてありません!」
 どこか拍子抜けした表情で栞里さんは大声を上げた。
 自分が傷つけたからか、相手の傷の具合がより正確に分かっているから信じられないのかもしれない。
「本当よ。私も信じられなかったけどね。この通り、雫はピンピンしているわ」
「そんな……でも……」
「あはは、まぁ香奈の言うとおりだからさ。謝ってくれたし、もう……………」
「?」
 雫の口が止まった。
 笑顔だった表情が一変して、何かを企むような悪い表情になる。
 なぜかしら。なんか、嫌な予感がする。
「ねぇ栞里さん」
「は、はい?」

「さっき、何でもするって言ったよね?」

「え、は、はい……」
「あたしが栞里さんを気遣う理由なんて無いんだよね?」
「は、はい。その通りです」
「じゃあさ、写真撮影をお願いしていいかな?」
「はい?」
「あたしの親友が今まで散々着てくれなかった秘蔵の衣装を栞里さんに来てもらってそれを撮影して鑑賞させてもらっていいかな? あ、もちろん親友の様々な写真を記録したあたしの秘蔵アルバムに追加されるだけだから他の誰かにばら撒くことなんてしないから安心していいよ!」
 目をキラキラと輝かせて、雫は栞里さんに詰め寄る。
 あまりの豹変ぶりに栞里さんもたじろいでいる。
「い、衣装って?」
「それはもう色々だよ! とりあえずミニアルバム1冊分くらいは撮りたいな♪」
「ちょっと待って雫。そのアルバム、私の写真は入ってないわよね?」
「ふぇ? …………………うん。ぜんぜんまったくかんぺきに1まいもないよ?」
「その反応って絶対にあるわよね!? しかも結構あるわよね!?」
「ま、まぁまぁ! とりあえずそういうことだから栞里さん! 日程は後日に連絡するから! 一人が嫌なら友達を誘ってくれても構わないからさ!!」
「はぁ……わ、分かりました……」
 来た時より明らかに落胆した表情で、栞里さんは病室を出て行った。
 無闇に何でもするなんて言わないように私も気をつけないといけないと思った。
「ほら、さっさと退院するわよ! ついでにあんたの家に行ってアルバムを回収するから!!」
「え!? なんで!? いくら親友の香奈だからって、あたしの秘蔵のコレクションを奪うなんて許されないよ!」
「あんたにとって秘蔵のコレクションでも、私にとっては抹消したい写真なのよ!!」
「やーだー! だったらあたしもっと入院してる!!」
「いいからさっさと支度しなさい!」



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 星花病院の3階。特別療養室。
 完全個室の部屋に置かれたベッドの上に、スターのリーダーである薫は横たわっていた。
 呼吸器と点滴を取り付けられて、絶対安静とのことで入院している。
「邪魔するぞ」
「失礼します」
『お邪魔しまーす』
 そう言って病室に入ってきた佐助と伊月とコロンに、薫は軽く目配せをした。
「ん……っ」
「無理に体を起こそうとするな。まだダメージが残っているんだ。とりあえず1か月は絶対安静だ。リハビリを考えればもっとかかるんだろう?」
 医者に言われた診断をそのまま述べる。
 連続した白夜の力の使用による著しい体力低下。敵から受けた左腕と肋骨と内臓へのダメージ。そしてなによりリミッター解除による全身への負担。
 常人ならば再起不能になってもおかしくないほどの怪我を薫は負ってしまった。
 当然ながら、スターの活動はしばらく休止ということになってしまうだろう。
「ごめんね……また……心配かけちゃって……」
 大きな声を出せないながら、出来る限り届く音量で話す薫。
 佐助と伊月は近くに置いてあった椅子に座りながら、彼女の様子を見守る。
 コロンは薫の枕元に座り、心配そうな目つきで見つめている。
『ごめんね。すぐにでも治してあげたいんだけど、あんまり白夜の力で治癒させちゃうと、本来持っている回復機能に異常をきたしちゃうかもしれないからってドクターストップがかかっちゃったんだ』
「体を回復させる行為を禁じられるというのも、おかしな話ですがね」
「仕方ないだろう。医者には相応の知識があるんだ。素人の俺達が口を出せるわけじゃない」
「えへへ…気持ちだけ受け取っておくよ」
 呼吸器越しに笑みを見せる薫。
 命に別状が無かったのが幸いだったが、それでも危険な状態だったことに変わりはない。
 佐助も伊月もコロンも、自身の力が及ばなかったことを少しだけ後悔していた。
「今日はどうしたの? 3人がお見舞いに来てくれるなんて……」
「ああ。そうだったな。実は、俺達に話があるっていうやつが来てな」
「話? 誰が?」
「僕達にも分かりません。僕達は全員、コロンに言われてここに来たんですから」
「コロンに?」
 3人の視線が一斉にコロンに向けられる。
 コロンは枕元から飛び上がり、病室の中央に浮遊した。
『この前の戦いが終わってから、私の心に話しかけてくれる存在がいるんだ。その存在が、スターのメンバーに話があるんだって。だから私がみんなを呼んだんだ』
「それって、誰なの?」
『詳しくは、直接本人から聞いたらいいと思うよ』
 コロンがそう言った次の瞬間、部屋全体を眩い光が覆った。
 あまりの眩しさに全員が目を閉じる。
 その光が止む頃、部屋の中心に純白の少女が立っていた。

『初めましてだね。薫さん。伊月さん。佐助さん。コロン』

「え?」
「誰だ、お前は?」
『自己紹介がまだだったね。ワタシの名前はイブ』
「イブ……? これはまた、珍しい名前ですね」
 正体不明の少女に、佐助と伊月は身構える。
 イブは穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと薫の横たわるベッドに歩み寄る。
『警戒しないでほしいな。ワタシはあなたたちの味方だよ。アダムを止めることができる、白夜の力を持った持ったあなたたちのね』
「では、僕達に何の用があってきたのでしょうか?」
『はい。1つ……お願いがあってきました』
「なんでしょうか?」

『"永久の鍵"の持ち主を……”彼女”をどうか、守ってあげてください』

 どこか神妙な面持ちで、イブは薫たちにそう告げた。




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 星花病院に到着するや否や、俺を待ち構えていたのは厄介な存在だった。
「だからぁ、あたいは神原聡史ってやつのお見舞いで来たんだって!!」
「あの、木刀を持参で”お見舞い”って……そう言う意味ですよね?」
「違うんだって! これはあたいのポリシーってやつでさ! なんだったら預かってもらえればそれでいいからさ!!」
「それにその番長服もちょっと……他の患者さんもいるので……」
「分かった! あたいの服が気に入らないってならここですべて脱いでも――――」
「お願いですから病院の秩序を乱すっことは止めてくださいぃ……」
 赤毛に真っ白な番長服。腰に木刀を携えて受付にいたのは、玉木茜だった。
 彼女の圧倒的な押しに、受付の人はたじたじになっている。
 本来なら放っておきたかったのだが、お見舞いにするには受付に名前を書かなければならない。
 茜に引き下がる気は無さそうだし………。
「はぁ……」
 溜息をついてしまった。
 てっきり闇の結晶のせいで性格がああなっていたと思ったのに、どうやら元からこういう性格らしいな。
「あの、そろそろ順番を譲ってほしいんだけど……」
「もう少しだけ待ってくれよ! あと一押しなんだ……って、おぉ! 中岸大助じゃないかい! ちょうど良かった! この受付の人があたいを通してくれないんだよ。なんとかしてくれない?」
「とりあえず普通の格好に着替えて、木刀を預ければ通してくれるんじゃないのか?」
「着替えるって言ってもなぁ。これ、あたいの私服なんだぜ?」
 まずはその服のセンスをなんとかしろと言いたかったが、木刀で殴られそうな気がしたので止めた。
「番長服だけを着ているわけじゃないんだろ。それだけ脱げば普通の格好になるんじゃないのか?」
「あぁなるほど! こうすれば良かったのか」
 そう言って茜は番長服を素早く脱ぎ去った。
 番長服の下は星花高校の冬用制服で、割と普通な恰好だった。
「じゃあ番長服と木刀は預けるからさ。これなら通ってもいいだろう?」
「もう、好きにしてください……」
 がっくりとうなだれながら、受付の人はそう言った。


 受付を済ませた後、俺と茜は一緒のエレベーターに乗って3階に来ていた。
 どうやら俺と茜が用のある部屋は、隣同士らしかった。
「いや〜助かったよ。あのままだったら絶対に追い出されていただろうなぁ」
「病院なんだから格好ぐらい考えたらどうなんだ?」
「たっはっは! あんたの言うとおりだねぇ。これからはもう少し格好を考えて………お、栞里じゃん!!」
 突然、茜が大きく手を振る。
 その視線の先にはカールのかかった茶髪の女子がいた。香奈が言ってた神原栞里って人だろうか。
「あ、あか………玉木さん……」
「いやぁ、3日ぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
「あなたは相変わらず元気そうですね……」
「たっはっは! あたいはいつでも元気なのが取り柄だからねぇ。栞里も元気そうじゃないかい!」
 そう言って茜は栞里さんの肩に腕を回した。
 ずれた眼鏡を直しつつ、栞里さんはどこか申し訳なさそうに俯いている。
「あの…玉木さん、私は……あなたにひどいことを……」
「ひどいこと? あぁ学校の事かい? たっはっは! そんなこと気にするほどあたいの器は小さくないさ」
「そんなことって……玉木さんは――――むぐっ!」
 言いかけた言葉を遮るように、茜は右手でその口を塞いだ。
「だーかーらー、あたいのことは茜って呼んでくれよぉ。あんたが申し訳なく思う気持ちも分かるけどさ、終わったことを悔やんでいても人生楽しくないぜ?」
「………いつもいつも、茜は本当に前向きですね」
「おっ! やっと名前で呼んでくれたねぇ。よっしゃ、これであたい達は友達だからな!」
 満面の笑みを浮かべて、茜はそう言った。
 肩を組まれている栞里さんの表情も、どこか嬉しそうだ。
「じゃあさっそく、聡史ってやつのお見舞いに行くか!」
「あ、その前に少しだけいいですか?」
 そう言って栞里さんは茜の手を外して、俺の方へ歩み寄ってきた。
「あの、中岸大助君ですよね?」
「はい。そうですけど……」
 初対面のはずだが、なぜか栞里さんは俺の事を知っているようだった。
 おそらく、白夜のカードを持っているから要注意人物として調べていたのだろう。
「あの、兄さんを……神原聡史を止めてくれて、ありがとうございました」
「いや……その、感謝されるつもりで戦ったわけじゃないから……」
 つい素っ気ない返事をしてしまった。
 誰かから感謝されることに慣れていないせいだろう。
「たしかに、その通りですね……」
「聡史は……入院しているのか?」
「はい。元々、体は弱かったので……今回の事件でいろいろと負担がかかってしまったんだと思います。自業自得といえばそれまでですけど……」
「そうか」
「私と兄さんがしたことは、多くの人を傷つけてしまいました。ほとんどの人は事件の事は覚えていませんけど、そんなの関係ありません。お見舞いが終わったら、私は薫先生に相談しようと思います。彼女もここで入院しているので……謝らないといけませんし……」
「大変そうだな」
「いいえ。こんなことで償えると思っていませんし、謝らないと私の気が済まないだけなので……それに、ちゃんと兄さんと向き合うためには、まずは私自身の気持ちをはっきりさせないといけないと思ったんです」
「……?」
「朝山香奈さんに言われたんです。大切な人とちゃんと向き合わなきゃいけないって……兄さんはきっと私を見向きもしないでしょうけど、メゲずに頑張ろうと思います」
「……俺がどうこう言えるわけじゃないけど、気持ちが伝わると良いな」
「はい。それでは、失礼します」
 丁寧なお辞儀の後、栞里さんは茜と一緒に病室に入って行った。
 聡史と栞里さんがどうなるかは分からないけど、気持ちが通じ合えるようになって欲しいと思った。



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「中岸大助と何を話していたんだい?」
「お礼を言っていただけです。それより、番長服と木刀はどうしたんですか?」
「受付の人に預けてきた。あとで取りにいかないといけないね」
 大助と別れた後、栞里と茜は病室に入って小声で会話していた。
 カーテンのかけられた部屋の角では聡史がベッドで横になっている。
「………行かないのかい?」
「………………」
 これから兄と向き合うと思うと、少しだけ怖かった。また跳ね除けられるのが嫌だった。
「怖がってたら意味ないぜ?」
 その気持ちを察したかのように茜が栞里の頭を優しく叩く。
 いつもの彼女からは考えられないように、優しい力加減だった。
「あたいは友達だろ? 怖かったら支えてあげっから、一緒に行こうぜ」
「茜……」
 少しだけ湧いてきた勇気を胸に、栞里は聡史のベッドの近くに座った。
 聡史は目を覚ましていた。だが栞里に背を向けるように横たわっており、その表情を見せないようにしていた。
「兄さん、具合はいかがですか?」
「……………」
 妹の言葉に、聡史は答えない。
「私達は、間違っていたんです。だから、やり直しましょう?」
「……………」
「今すぐには無理かもしれない。でも、私は兄さんの事が大切だから……大切な家族だから……一緒にいたいです」
「………っ……」
「2人で支えあって、強くなっていきましょう?」
「………………」
「兄さん、また昔みたいに……優しい笑顔を見せてください……」
「………っ………」
 背中越しにうかがえる微かな反応。
 栞里は小さく笑みを浮かべながら、学校で起きた出来事を話し始めた。
 怖さを抑えて最後まで戦い抜いた生徒のこと。何の力もないのに、友達をかばった生徒のこと。ほんの小さな約束でパートナーを信じられる生徒の事。ようやく勝てたと思ったら、予想外のカードが出てきて負けてしまったこと。少し外見が派手だけど、大切な友達ができたこと。
 そして、自分が兄の事をとても大切に思っていたこと。
 ゆっくりでも、少しずつでも、栞里は聡史に想いを伝えていく。
 伝わるかどうかは分からない。跳ね除けられるかもしれない。ただの自己満足で終わるかもしれない。
 それでも、背中で見守ってくれる友人がいる。だから、諦めずに伝え続ける。
 きっとそれが、自分達にとって一番の道だと信じて。



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 茜と栞里さんと別れた後、俺は雲井のいる病室に入った。
 カチャカチャと携帯ゲームを動かす音が聞こえる。その音がする方へ足を運ぶと……。
「けっ! お見舞いに来たのがてめぇかよ」
「悪かったな」
 案の定、雲井だった。
 たいして怪我をした訳ではないのだが、ライガーの持ち主であることの影響が出ていないかどうかの検査のために強制的に入院させられたらしい。診断の結果は問題なしということで、今日が退院予定のはずだ。
「具合はどうなんだ?」
「いつでも決闘できるくらい元気だぜ。なんなら今から勝負してやるぜ?」
「悪いな。今日はデッキを持ってきていないんだ」
「ちぇっ、つまんねぇな」
 思っている以上に元気らしい。
 少しでも心配してお見舞いに来てしまったことを後悔しそうだ。
『ふん。ずいぶんとお気楽だな』
 ライガーがカードから姿を現した。
 赤く鋭い瞳がこっちを見つめる。
 気のせいだろうか。少しだけ体が大きくなったような……?
『事件が終わって一段落というところか?』
「そうだな。学校も再開しているし、事件の事もほとんどの人が覚えていない。覚えている人も、スターの部下の人がアフターケアに努めているって聞いた」
『貴様たちは大丈夫だろうが、世間にはどう言い訳したんだ?』
「なんか、大規模なソリッドビジョンシステムの試験プレイで手違いが起こったってことになったらしい。あの霧のせいで外部から中の様子が一切見えなかったから、そういうことにしたらしいぞ」
『なるほど。そういう誤魔化しに関してはお手の物ということか』
「けっ! なんだよ。事件が公にならなくて残念そうじゃねぇか」
 ゲームを閉まって、雲井がベッドから飛び降りる。
 患者服を着ている姿が、どこか新鮮だった。
『まったく、本当に呑気だな小僧。アダムの脅威は、いまだに消えていないぞ』
「……どういうことだ?」
『簡単なことだ。貴様たちが出会ってきた神のカードをすべて覚えているか?』
「ああ。光、闇、炎、地、そして風………って、まさか?」
『相変わらず察しがいいな中岸大助。そうだ。"水の神−セルシウス・ドラグーン"。そいつを回収しない限り、アダムの脅威は無くなっていないのと同じだ』
「水の神……どういう効果を持っているんだ?」
『あいにくそこまでは分からん。ただ神のカードである以上、いずれ貴様たちの前に立ち塞がるだろうな』
「だからなんだってんだ? どんな敵が現れたって、俺が一気にぶっ飛ばしてやるぜ!」
 楽観視する雲井に、ライガーは苦笑いを浮かべていた。
 今まで戦ってきた5体の神。残り1体の神のカードの存在……。
 アダムは一体、何を狙っているんだ?




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 休日は何事もなく終わり、月曜日になった。
 なんというか、あんな事件があった後なのにみんなが普通に学校に通っているのは不思議な感覚だ。
 覚えているのは俺達だけなんて、幸運なのか不幸なのかよく分からない。
 それに学校は無事だったが、アダムの脅威が去った訳じゃない。油断は出来ないことに変わりはない。
「なーに考え事してんのよ!」
 背中をバシッと強く叩かれた。
 香奈が相変わらずの表情で隣に立つ。
「別に、たいしたことは考えてないさ」
「そう?」
 自然と歩幅を合わせて歩く俺と香奈。
 冬独特の白い雲が辺りを覆っていて、凍てつく寒さが体を襲ってくる。
 降ってくる白い雪が、辺りに積もり始めていた。
「なんか一気に寒くなってきたわね。毎朝ベッドから出るのが大変よ」
「確かにそうだな。マフラーと手袋が無かったらこうやって登校することもできないだろうな」
「そうね。あ、もうすぐ冬休みねぇ……何したらいいのかしら?」
「毎年過ごしているんだから、今さら考えることなんてないんじゃないのか?」
「ば、馬鹿! だ、大助と付き合ってからの冬休みは……その、初めてだから……」
 頬を赤らめて視線を逸らす香奈。
 言われてみれば確かにそうだ…………って、俺まで照れてどうするんだ。
「まぁその、どこかに遊びに行く計画を立てておくよ」
「ふ、ふん! 期待しないで待っておくわよ」
 そうこうしているうちに、俺達は学校に着いた。
 玄関に着くや否や、本城さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「香奈ちゃん! 中岸君! た、大変です!」
「どうしたのよ?」
「えと、その、クラスのみんなが……クラスのみんなが……!」
「っ!?」
 真っ先に香奈が走り出し、続いて俺も走り出す。
 まさか、また闇の力に関わる事件が起こったのか!?


 階段を駆け上がり、教室のドアを開け放つ。
「みんな!? どうしたの!?」
 香奈の大声が教室中に響き渡った。
 続けて教室に入った俺に、男子全員の視線が降り注いだ。
「あれ? ちょっと? みんな?」
 香奈は女子全員に両腕を掴まれて教室の端へ連行されていく。
 なんだ? なにがどうなっているんだ?
「よぉ中岸ぃ……」
「そ、曽原? いったいどうしたんだ?」
「あぁうん。とりあえず自分の胸に聞いてみ?」
「……すまない。全く分からない」
「よし分かった。とりあえず男子全員を代表して言ってやるよ。お前……香奈ちゃんと付き合ってんのをどうして隠してた!?
「なっ!?」
 思わぬ発言に動揺する。
 どうして曽原が……いや、クラス全員がそのことを知っているんだ?
「海山生徒会長が言いふらしてたぜ! いや、あれは愚痴を撒き散らしていたって方が正確か……。”あたくしの香奈さんが、中岸大助なんかに取られてしまうなんて……本当に、最悪ですわ……”ってな」
 どんな愚痴だよ……というかあの生徒会長、まだ香奈の事を諦めていなかったのか……。
 なるほど、その愚痴を学校中で言っていたから俺と香奈が付き合っていることを知られてしまったということか。
「そんで? いつから付き合っていたんだ?」
「……夏休みの後半くらいからだ……」
「なんで俺達に黙ってた?」
「……こうなるのが嫌だったからだ」
 俺の言葉に、集まった男子のほとんどが苦笑を浮かべた。
 きっと全員がその言葉に納得してしまったのだろう。
「隠していたのは悪かった。本当にごめん」
「……いやさぁ、俺達も別に責めようってわけじゃなかったんだぜ? どうせ香奈ちゃんは大助を選ぶだろうって俺達の間では確定事項だったからさ。ただ女子があんな感じだからその雰囲気につられてな……」
 うんうんと、男子全員が頷いた。
 曽原の視線の先には香奈を取り囲む女子グループがはしゃいでいる。
 なるほど、本城さんが言っていた大変なこととは、この騒ぎのことを言っていたのか。
「いやぁそれにしても大助。てめぇもスミにおけないなぁ」
「……なんか嬉しそうだな曽原」
「俺だけじゃないぜ。このクラスの男子全員、ニヤニヤが止まらないな」
「どうしてだよ?」
「当たり前だろ。これから大助の事をイジるネタが出来たってことだからな!」
 そう言って男子全員が大笑いをした。
 心の中で大きなため息をつく。少なくとも1ヶ月くらいは、からかわれることになりそうだな……。



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「やっぱり付き合ってたんじゃん香奈!」
「なんでもっと早く言わないかなぁ」
 みんなが寄って集って大助との関係について聞いてくる。
 なんか、すごく恥ずかしい。出来る事なら早くこの場から逃げ出したいくらいね……。
「んで? やっぱり夏休みから付き合ってたわけ?」
「な、なんで知ってるのよ?」
「だって香奈ったら、その時期から中岸の事をもっと気にかけるようになってたじゃん? そりゃあもう……そういうことしか考えられないでしょ?」
 な、なによそれ。じゃあみんな、薄々勘付いていたってこと?
 必死でばれない様にしてきたのに、何の効果も無かったってわけ?
「まぁまぁそんな顔をしなさんな。私達は2人の事はちゃんと応援しようと思ってたからさ」
「ぜ、絶対にからかう気でしょ!?」
「まさかぁ〜。友達の私達がそんなことするわけないよね〜?」
 そう言ってみんなはクスクスと笑った。
 駄目だ……絶対にからかわれる……。
「それで? 中岸とはどのくらいまで進んだの〜?」
「べ、別に言わなくていいでしょ!」


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 それから10分間、俺は男子にからかわれ、香奈は女子からの質問攻めにあっていた。
 ホームルームが始まる時間になって担任の山際が教室に入ってきて、ようやく騒ぎがおさまったくらいだ。
「はぁぁぁぁぁ……」
 後ろの席で、香奈が机に突っ伏しながら深い溜息をついた。
 こんな姿を見るのは、英語の期末テストが終わって以来だな。
「あの生徒会長……絶対にあとで文句言ってやるんだから……」
 香奈に文句を言われたところで、海山さんなら喜ぶだけだと思うんだが……言わないでおこう。
「それじゃあホームルームを始めるぞ」
「「「「はーい」」」」
 いつも通りのやり取りが行われる。
 本当に、あのサバイバルが嘘のようだ。
「ん? どうした朝山? 具合が悪いのか?」
「何でもないです。放っておいてください」
 香奈が顔を赤くしながらそう言った。
 周りにいる全員が、ニヤニヤしながら視線を浴びせてくる。
 山際はさっきまでのやり取りを知らないせいか、首を傾げていた。
「そうか? まぁいいか。まずは連絡事項だ……これからの学校行事だが…………」

 それからホームルームが終わって、午前中の授業を終えた俺は学校の購買に来ていた。
 普段は母さんが弁当を作ってくれるのだが、今日は仕事が早いらしく作る時間が無かったらしい。
「あ、大助も昼食買いに来たの?」
 後ろから香奈が声をかけてきた。
「香奈、お前もか?」
「ええ。まぁ、みんなから逃げてきたっていうのもあるけど……」
「大変そうだな。まぁ俺達の関係がバレたら、こうなることは予想できたけどな」
「うぅ……」

 購買で昼食を買って、教室に向かうために二人並んで廊下を歩く。
 なぜか周りからの視線を感じる気がするのだが、気のせいだろうか?
「しばらくは、からわれることになりそうだな」
「なによそれ……」
 不満そうな声を出す香奈。
 よほど、付き合っていることをからかわれるのが嫌いらしいな。
「でも……まぁ、良かったわよ」
「何がだ?」
「あんな事件があったのに、みんながいつも通りで……最後まで戦い抜いた甲斐があったわ」
「……そうだな」
 アダムの脅威が去っていないことは、今はまだ秘密にしておこう。
 とにかく今は、この学校が平和を取り戻したことを喜ぶしかないのだから。
「大助、どうかした?」
「なんでもない。それより、教室にこのまま帰っていいのか?」
「いいわよ。どこにいたって誰かから見られてるだろうし……」
 辺りの視線を伺いながら香奈はそう言った。
 教室に入ると案の定、女子グループからの黄色い声援が飛んできた。
 香奈は顔を真っ赤にしながら、雨宮や本城さんのいるところに歩いていく。
 やれやれ、帰りに色々と奢らされることになりそうだな。
「おっ、大助。香奈ちゃんと一緒に購買かよ? 仲良いなぁ〜」
「曽原……お前、なんか性格変わったか?」
「そんなことねぇよ。さっさと飯食って、デュエルしようぜ!」
「ああ」
「よっしゃ! 今日こそ勝ってやるぜ!」
 そう意気込む曽原は、楽しそうに弁当をかきこんでいく。
 サバイバルが終わって以来、こいつは積極的に俺に挑んでくるようになった。どんな心境の変化があったのかは分からないが、曽原がそうしたいのならそれでいいと思う。
「ちょっと待てよ曽原! 中岸と戦うのは俺だぜ!」
「またかよ雲井。お前はこの前戦ったんだから俺が先だ!」
「けっ! 順番なんて関係ねぇよ。早いもん勝ちってやつだぜ!」
 もちろん、俺をライバルとして意識している雲井との対立も増えてしまった……。
 まぁ本人同士は仲が悪いわけじゃないし、放っておいても平気だろう。

「俺が戦う!」
「いーや! 俺が先だね!!」
「もう香奈ってば、そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃん♪」
「香奈ちゃん、か、顔が赤いですけど、どこか具合でも……」

 クラスのみんなが、今までどおりの様子でクラスにいる。
 まだ危機が去っていないことは分かっている。もっと危険な戦いがこの先に待っているのかもしれない。
 だがそれは今すぐにというわけじゃないだろう。
 せめて今くらいは、みんながいるこの空間を取り戻せたことを誇るべきだ。

「大助! 準備出来たぜ!」
「ああ……って、なんで雲井も曽原もデュエルディスク構えているんだ?」
「最近はてめぇばっかり勝ってるから、こっちは2人がかりでいかせてもらうぜ! 2対1だからって卑怯なんて思うなよ?」
 いったいどんな協定が2人の間に結ばれたのかは知らないが、何が何でも俺に勝ちたいらしいな。
 やれやれ、ここまで挑戦的な台詞を言われたら、受けて立つしかないじゃないか。
「えっ、なになに!? 中岸と2対1で決闘すんの?」
「え〜中岸が可哀想だよ〜。そうだ! ここは彼女である香奈が中岸のタッグパートナーになってあげればいいんじゃない?」
「あんた天才だわ! さぁさぁ香奈。さっさと中岸とペアを組んで♪」
 騒ぎを聞きつけた女子グループが香奈を引っ張り出して、俺の隣に置く。
 香奈はどこか複雑な表情をしながら、デュエルディスクを構えた。
「あぁ、その……なんか巻き込んで悪いな」
「べ、別にいいわよ。大助とのタッグデュエルは……久しぶりだし……」
「「「ヒューヒュー!!!」」」
「う、うるさい!!」
 顔を赤くしながら怒鳴る香奈を見て、クラスのほとんどが笑っていた。

「おいおい雲井……なんか俺達の前でイチャついてるやつらがいるんだけど?」
「けっ! 俺達を前にずいぶんな余裕じゃねぇか。そんなことしてると痛い目見るぜ!」

 挑発してくる曽原と雲井。
 そんな安い言葉に、香奈の頬がわずかに膨れたのが見えた。
「じょ、上等じゃない! そこまで言ったからには覚悟しなさいよ!! 大助! こんな2人コテンパンにするわよ!!」
「はいはい……」
 溜息をつきつつ、俺達はデュエルディスクを構えた。
「じゃあ行くぜ!」


「「決闘!!」」


 デュエル開始の宣言と共に、クラスのみんなから歓声が沸いた。
 先攻は俺からだ。
「大助! 手加減なんかするんじゃないわよ!」
「分かってるよ。俺のターン!」
 目の前にいる相手、応援してくれるクラスメイト、隣にいるパートナー。
 全員の視線が俺達の決闘に集中する中で――――


 ―――みんながいたから気づけた強さと―――


 ―――仲間と楽しい決闘が出来る喜びを胸に―――


 ―――俺はデッキからカードを引いた。


















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