光は鼓動する

製作者:村瀬薫さん






第4章 胸に抱く願いの光


 も く じ 

 プロローグ 焼き切れた物語
 第26話 守るべき戦友
 第27話 信ずるべき一光
 第28話 倒すべき非道
 第29話 幻想避行1-異世界と仔竜-
 第30話 幻想避行2-枯れ森と竜魔人-
 第31話 幻想避行3-長い夜とあたし-
 第32話 幻想避行4-穿光竜と試練の塔-
 第33話 幻想避行5-少女と繋がる空-





プロローグ 焼き切れた物語



 (・・・)にとって、戦禍は身近でありながら、縁遠いものに感じられた。
 父は寡黙に軍務に就いていた。
 いつも遠地で軍務に励んでいるらしい。
 半年に一度くらいしか帰ってこない。
 そのときも気難しそうに戦況の話ばかりしている。
 そんな父を母は尊敬していたらしい。
 尊敬する理由は分からなかったが、母も筋道だって説明しなかった。
 国のために命を賭して粛々と軍務に励むのは、勤勉なことなのだろう。
 家族は黙ってその愛国者を尊敬すれば良いのだろう。
 しかし、父のようになるのは、果たして素晴らしいことなのだろうか。
 あれではまるで兵器ではないか。
 あれがあるべき人間像なのだろうか。
 その父の背中は身近でありながら、縁遠いものに感じられた。

 素朴な疑問は解決されないまま、彼は人並みに育っていった。
 父や他の誰かを尊敬しきれず、しかし憎みきれず反発しきれず、
 そして飢えや慟哭を覚えることなく、人並みの動機で日々を過ごした。
 人並みに勉強をして、人並みにスポーツをして、人並みに交友を結んだ。
 人並みに怠け、人並みに反抗し、人並みに誰かを好きになった。
 人以上に成功しようとしても、人並みの誘惑に負けてままならず。
 人以上に放蕩に耽ろうとしても、人並みの勤勉さがそれを阻んでやまず。
 必然的に彼は人並みの人間でしかなく、その枠を突破する理由もなかった。

 そして、父は死んだ。
 ここで彼は人並みに悲しむことができなかった。
 ただ、彼の中で一つの疑問が渦巻いていた。
 ――父の生とは何だったのだろうか。
 やっと彼の中に非凡なる飢えが芽生えた。
 ――尊い在り方とは何だろうか。
 ――どうすれば無駄でない生き方ができるのだろう。
 
 しかし、その疑問を反証する時間は与えられない。
 軍人である父の死とは即ち、戦禍が激しくなったということである。
 やむなく彼もまた人並みに軍に徴収され、戦禍に巻き込まれていく。
 彼の国にとって、状況はほとんど最悪になっていた。
 単に退けないだけであって、負け戦でしかなかった。
 間も無く彼の国は降伏することとなり、相手国の軍人に働かされることとなった。
 溌剌とした相手国の仕事ぶりに戸惑いを覚えながら。
 彼は淡々と仕事をこなしていった。
 相手国の人間はことごとく有能で真面目に思えた。
 さらにその中で一際目を引く人物がいた。
 その者を、ここではUと呼ぶことにしよう。
 Uは軍では研究者でありながら、司書を担当していた。
 本のことを尋ねると、Uは淡々と丁寧に教えてくれた。
 また、Uは様々な言語に通じ、人の祖国により言語を使い分けていた。
 どんな者の要望にも応じ、粛々と適切な本のアドバイスをした。
 必然的に多くの者から慕われるが、特定の誰かと懇意に付き合うこともなく、
 Uは研究に打ち込み、本からの知識吸収に没頭していた。
 なぜそのように熱心に励んでいるのか。
 問い詰めてみても、Uははぐらかすばかりだ。
 元より相手国の文化に興味があったこともあり、彼は足繁く書庫に通った。
 その度にUに声をかけ、その本音を探ろうとした。
 Uは相手が興味を示さないように、いつも素っ気ない素振りをする。
 しかし、ときおりUの内奥が垣間見えるような会話もあった。
 ここでUが彼に断片的に漏らした言葉を、対話風にまとめておこう。

「本を読んでいるとな、安心するんだ」

「安心? あなたは不安の解決のために、本を読んでいるのですか?」

「そうかもしれん。知識は私の力に着実になっていくはずだ。
 その鍛錬をせずには、私の飢えが収まらないのかもな」

「知識欲が旺盛なのですね」

「そうなのだろうが、それが全てではない。
 砂漠を渡るために、身体を鍛えて水を蓄えなくてはいけないようなものだ」

「砂漠?」

「私には日々の生活がそのようなものに感じられるんだよ。
 そこで闘い抜くために、書物を糧として剣の振るい方を学び、
 絶えず渇きひび割れようとする心を、知識の泉で潤している」

「あなたにとって、その修行じみた日々は習慣のようなものなのですか。
 常に自分に厳しく在り続け、自分を高みに導いているのでしょうか」

「『習慣』……、違うな、これは『呪い』のようなものだ。
 そのようにあろうと望まなくても、私の内奥がそう命じかけるのだ。
 あらゆる疑念を感じさせ、あらゆる痛みを教え、あらゆる場面に備えさせるのだ」

「誰かからそのように厳しく教育されたのですか」

「そうかもしれん。
 様々な痛みを、幼い頃に学んだ。
 そのとき根付いた殺伐とした感性が、今も私を私たらしめているのかもしれん」

「その『呪い』から自由になることはできないのですか」

「できるのだろうか。今の私には分からない。
 だが、自由になれなくてもいいとも思っている」

「どうして楽になることを望まないのですか」

「その方が確からしく、永く続くものを探求できるからだ。
 快楽や高揚感などという、一瞬だけのものに私は価値を感じない」

「真面目なのですね」

「そう誉められたものではない。
 ただ、楽しみ方や期待の仕方を知らないだけだ」

「では、一緒に遊興に耽って、快楽への浸り方を学びましょう」

「『呪い』が私を責め立てるさ。
 そのような悠長なことは、私には耐え切れぬ」

「では、その知識で富や財や栄誉を求めましょう。
 あなたならば成功できるはずです」

「そのようなことにもさして興味がない。
 金を得ても、そもそも費やしたいものが書物しかない。
 今の収入でさえ持て余しているほどだ。
 私が心をくすぐられるのは、確からしい知識と力だけだ。
 だから、ここでそれらを探求しているわけだが……」

「浮かない顔ですね。どうかしましたか」

「それにしても、そろそろここの本も読み尽くしてしまった。
 戦場での論理もほとんどが分かってきた。
 ここで学ぶことは少なくなってしまったのかもしれん。
 新しい何かを探すべきときなのかもしれん」

 Uが『飽き』を呟きだしてから数週間経ち、Uは失踪した。
 Uに信を寄せている者は多く、その困惑は大きかった。
 彼もその一員で、Uに憧れて人並み以上の力と知識を身につけられた。
 彼は心にぽっかり空いた穴を埋めるべく、Uの真似事で司書をしたこともあった。
 しかし、その大変さが身にしみて分かったくらいで、
 上手く案内やアドバイスをすることはできなかった。
 Uは抱える何かも、本人の努力量も、その素質も、全てが非凡だったのである。
 それでも彼は安定した軍の下働きの研究員生活を淡々と続けていた。

 その生活が数年続いたある日のこと、突然Uが来訪してきた。
 もちろん軍から無断逃亡した罪は許されるものではない。
 また、そのセキュリティは並大抵のものではない。
 だが、Uは平然と書庫に姿を現して、司書を再開していた。
 (監視員が駆けつけても、完璧に姿を隠して、見つかることはなかった。)
 知識の豊富さや手際の良さは相変わらずであったが、Uの態度が違っていた。
 以前と比べて、とても親身なのである。
 前は敢えて人を遠ざけるかのように、無愛想に振舞っていた。
 それが人に取り入るかのように、Uは多弁になり気遣いを心得ていた。
 彼にとって喜ばしい変化であったが、Uについて他の人よりも知っていたため、
 何か目的があるのではないか、と疑念を持たずにはいられなかった。
 しかし、裏も表もなく、Uは協力者を求めている、と打ち明けた。
 成すべき研究のために人員が必要らしい。
 太平洋の只中の孤島にて、研究を積み重ねるらしい。
 衣食住は保証されるとのことだが、性急な話ではある。
 とはいえ、Uがいざ何かをするとなれば、それは大きなことに違いない。
 彼は真っ先に賛同し、Uの研究への協力を名乗り出た。
 他にも数人が手を挙げ、10数人となったところで、Uと目的の島へ向かった。

 その島での暮らしは、少人数でユートピア(楽園)を作ったような暮らしだった。
 外に出てはいけない、この基地内だけで暮らせ、と命じられた。
 各人はそれぞれ単純作業を命じられ、それを日課としてこなした。
 日課の中には、自給自足のための植物の栽培や動物の飼育もあった。
 外部から物品を仕入れる用度係を担当した者もいた。
 それ以外はデータの採集が主なもので、Uの研究を数値化するのが主な仕事であった。
 遊興としては、デュエルモンスターズというカードゲームが与えられた。
 それぞれ特定のモンスターカードを必ずデッキに入れることを指示され、
 食事の後にはこのカードゲームで遊ぶことを義務付けられた。
 Uは膨大な数のカードを貯蔵しており、研究もそれに関するものであった。
 不自由であるように見えるが、ノルマも少なく、望めば物も手に入り、
 気の合う仲間同士で自給自足とカードゲームに勤しむ楽園生活であった。

 しかし、一定期間が過ぎると、Uはカードの精霊との融合を頼むようになる。
 デッキに入れろと義務付けられていたモンスターカード。
 それには精霊という、不思議な力を持った生物が宿っているという。
 それとの融合をすれば、一種の超人的な力を手に入れられるという。
 ただし、それにはリスクが伴い、人格の改変や記憶の喪失の恐れがあるらしい。
 Uを信奉して集まったとはいえ、この危険な賭けに乗り出すのは皆がためらった。
 しかし、Uの熱意に根負けし、何人かが融合を果たしていく。
 (本当にそれだけで融合したのか。Uならば意思を問わず強制的な融合もできたはず。
 融合に失敗すれば記憶は曖昧になり、どんな経緯で融合したかは分からない)
 結果はことごとく失敗であり、元の人間のまま能力を得られなかった。
 人ならざる超生物になった者もいれば、小さな能力しか得られなかった者もいた。
 または反発作用で人語の理解すら危うくなってしまった者もいた。
 それでも、一人、また一人……と融合を続け、そして残る人間は彼とUだけになった。

 そして、彼もまた……………。

 彼は彼でなくなった。
 この焼き切れた記憶は、もうどこにも残っていない。





第26話 守るべき戦友(とも)



 翼が目を開くと、目前に屍鬼アンデットが迫っていた。
 飛び出した目玉、焼け爛れた灰色の皮膚、枯れ枝のような手、垂れる紫色の体液。
 ソレが今爪を突き立てて、翼を刺し殺そうとしている。
 とっさに、もはや脊髄反射の無意識で、翼は手を突き出した。
 そして翼の『力』で、作られた生命を霧散させ、砕け散らせた。

「これは……一体……」

 とっさに『力』を発動してしまったことに驚きつつ、周りを確認する。
 ここは牢屋らしい。
 ウロボロスに捕らえられて、運び込まれたのだろう。
 そして、足元には既に同じような死骸が何体も砕け散っていた。
 体も全体的に熱くなっている。
 翼の目も青く光り続け、熱を持っている。
 どうやら何度も『力』を発動してしまっていたらしい。

「おやおや、起きましたか。
 それにしても手を突き出すとは驚きですね。
 そんな必要なんてないのに。
 自分でその『力』を統御できると考えているんですかね。
 いえ、統御はできるにはできるのでしょう。
 つまり、その『力』の性質は……」

 鉄格子の向こうで、囚人服の男が翼の様子を伺っていた。
 翼の『力』を巡らせると、どうやらこの者もまた精霊と融合した人間らしい。

「お前は……!
 それにこのアンデットは一体……!?」

「あなた方が気絶していたために、名乗り遅れてしまいました。
 改めて自己紹介させてください。
 ワタクシはチルヒルと申します。
 あなた方の監視役をウロボロス様から命ぜられています。
 とはいえ、ただ見ているだけというのも退屈でして、
 このようにあなたの生体を調べてしまいました。
 大変興味深いものでしたよ。
 これはウロボロス様も気にいることでしょう。
 もっとも、今は侵入者への対処でお忙しいようですがね」

「このアンデットで、俺に実験を!?」

 改めて足元に散らばった肉片や体液を見て、翼は寒気を覚えた。

「そうですとも。
 あなたが目覚めたおかげで、その『力』の性質も改めて分かった気がします」

 チルヒルは愉しそうにニマリとした。

「どういうことだよ!」

 捕らえられている状況と、チルヒルの緩慢な話し方に、翼は苛立ちを覚えた。
 それを知ってか知らずか、チルヒルは変わらず恍惚気味に再び語りだす。

「おやおや、やはり自分の生体には興味があるのですね。
 ええ、では今までで調べた成果を、あなたにお伝えしましょう。
 まず、最初に指摘した点から。
 あなたは別に触れなくても、精霊を破壊できるのですよ。
 意識のないときは、そのようにしていました」

「意識が無くても、俺はこの『力』を発動していた?」

「そうですとも。
 危険が及ぶと分かると、無意識下でもこちらの攻撃や接触を無力化していました
 ただ、能力範囲は手を伸ばしたくらいで合っているでしょうね。
 破壊するほどの作用を及ぼす場合には、
 あなたは手を伸ばした範囲内までしか能力を行使できないようです」

 翼は本能で感じ取った部分でしか、能力の一端を知らない。
 そもそもどこまでできるかというのを試したことがない。
 この『力』は危険だから、やむを得ないときにしか使わないと決めている。
 だから、無意識に発動していたことには驚かざるを得なかった。

「最初は内蔵の動きのように完全無意識下の生体活動と思いましたが、違うようです。
 あなたのその『力』というのは呼吸のようなものなのです。
 眠っている時に、あなたは呼吸を意識せずにしているでしょう。
 ですが、いざ目覚めたときには、一応自分の意識下で呼吸運動を行う。
 生物的には、その『力』は半自律的な運動なのですね。
 身体機能があなたという生体を維持するために働いているのです。
 あなたの身体はとても興味深い。
 お目覚めですが、実験を継続させてもらってもよろしいでしょうか?」

「いいわけないだろ!
 それにここから出せ!」

「出せと言われて、出してあげる門番はいませんよ。
 まぁ仕組みは大体分かりましたし、ワタクシのお人形が傷むばかりです。
 ここはお互いに大人しくするとしましょうか。
 それともワタクシとの対談に花を開かせますか?」

「そんな暇はないよ!
 出さないって言うなら、こっちから――」

「おっとワタクシに危害を及ぼそうとしても、あなたの射程内にはいませんよ。
 どうしようというのです?」

「お前が撒き散らした精霊の空気がここにある。
 これを使って、俺の精霊で――」

 翼はデッキホルダーに手を回した。
 しかし、そこは空になっていた。

「当たり前の対処でしょう。
 持たせたままでは、何をされるか分かりませんからね。
 あなたのデッキは丁重に別室に保管してありますよ」

「クッ……!」

「だから、ワタクシと遊興に耽る他は、あなたに選択肢はないのですよ。
 あなたのその能力の開発でもしませんか?
 ワタクシも実に興味深いのです。
 その一助になれるのなら、死体の一山や二山くらい喜んで差し出しますよ」

「誰がそんなことするもんか!」

「フフ、嫌がられるほどワタクシは燃えるのですよ。
 さて、ワタクシの持ち駒でどのようにあなたをいたぶりましょうか。
 精霊の力が絡むとすぐにバラバラにしてしまうから、とても難しい。
 人の奴隷くらい飼っておくべきでした。ワタクシとしたことが不甲斐ない。
 ……というわけで、こちらの子を連れてきました」

 チルヒルは悠長に語った後、壁をノックした。
 すると、その隙間から巨大な蛇が這い出してきた。
 体長は悠に大人二人分、4mはあるだろうか。
 舌をシュルシュルと出し、地面をゆっくりと這ってくる。
 そして、チルヒルの足元でとぐろを巻いた。

「あなたの能力を見ながら、ずっと考えていたんです」

 大蛇に頬ずりをしながら、チルヒルは愉しそうに語りかける。

「きっとその能力は精霊以外にも通じるものであると。
 精霊の空気とは、行使者によってあらゆる力に変化する万能エナジーです。
 それを使って、炎を吐くモンスターもいれば、混沌を操るモンスターもいます。
 大元が精霊の力と即座に判別できるならば、あなたは無力化できるようです。
 精霊の力があらゆる現象の源になるならば、逆にあらゆる現象を精霊の力に見立てられませんか?
 生命の危機に瀕したあなたならば、この次元の現象も瞬間分解できると考えます。
 これがあなたの生体と能力に関する仮説です」

 仮説を説き終わり、チルヒルと大蛇の瞳が翼をまっすぐに見据えた。

「く、来るな……」

 さすがの翼も身体が震えるのを隠せない。

「では、検証といきましょうか。
 たっぷり躾をしてあるこの子は、相手をいたぶる術をよく心得ています。
 生かさず殺さず、生と死の狭間にて、あなたはきっと快楽と力に目覚めます。
 楽しみで仕方がありません。さあ、飛びかかりなさい!!」

 大蛇が翼へと飛びかかる。
 弓なりにしならせた身体。矢のごとき速度。
 牙で噛み砕くか。舌で舐め尽くすか。胴で締め上げるか。
 捕食者は衝動のままに、最適なほふり方を本能で感じるだろう。
 翼は今はただの獲物。羽をもがれた捧げ物。
 どうすることもできず。
 ――できるとすれば。

「チルヒル! あなたの思い通りにはさせません!」

 それは救いを待つのみであった。

 矢は魔弾に弾かれ、そのまま地に這いつくばる。
 突如の参戦者は衝撃弾を放ち、蛇を空中で撃ち落とした。

「シルキルさん!!」

「翼さん、お久しぶりです。
 あなたを助けに来ました」

 黒の獣人が翼に目配せをし、そして障害となるチルヒルと対峙する。

「ほう……、これはこれは」

 驚きよりも、トラブルへの好奇心が先立つチルヒル。
 余裕の薄ら笑いを浮かべながら、新たなる来訪者を迎えた。

「シルキル、ワタクシの任務を邪魔するとはどういうことです?
 あなたはウロボロス様を裏切るとでもいうのですか?」

「……そういうわけではありません。
 ただ、翼を捕らえたままにするのが許せないというだけです」

「それは逆らうことと同義だと思いますがね。
 あなたは二度目の融合を果たし、記憶も行動原理もほとんど失った。
 その上でウロボロス様に忠誠を尽くす理由を見極めるために戻ってきた。
 それを見いだせなかったから、裏切るのですか」

「忠誠を尽くす理由なら、既に分かっています。
 そして、その理由に納得もいっています。
 その上で、翼を解放しようとしているのです」

「ますます意味不明な行動ですね。
 あなたは一体どちらの味方になろうというのですか」

「……分かりません。
 ですが、それを見極めるために、私はこうして行動しています。
 翼を解放します。そこをどいて下さい」

「こんな楽しいおもちゃを渡すわけにはいきませんねぇ。
 それに門番は任務でもあります。
 お断りしますが、するとあなたはどうするのです?」

「武力行使する、とすればどうしますか?」

「実に避けたいですね。
 負けるというわけではありませんよ。
 この小さな肉体は、あなたもご存知の通り腐肉を凝縮して形成されています。
 今は通常の人間並みでも、それを開放してあなたと殴り合いをすれば、
 決して分の悪い勝負にはならないことでしょう。
 ですが、お互いに甚大な消耗が避けられません。
 勝負としてスマートなやり方ではありませんね」

「ならばやり方は一つ。そうですね?」

 シルキルは腕をかざし、デュエルディスクへと変化させた。

「いいでしょう。
 では、デュエルといきましょう」

 チルヒルもまた腕をかざし、骨でできたデュエルディスクを体内から浮きだたせる。
 そして、同時にエナジーベルトを投げつける。
 負けた方はエナジーを吸い取られる。
 デスマッチの盟約である。

「久方ぶりの決闘、身体がうずきますねぇ。
 では、『翼くん』というおもちゃの取り合いの決闘といきましょうか!」

 恐るべき冷血漢チリング・ヒール――チルヒル――は決闘に際して、その嗜虐心を昂らせる。
 翼が固唾を呑んで見守る中、亜人間ルーツ・ルインド同士の闘いが始まる。

「 「 デュエル!! 」 」


チルヒル VS シルキル


「ワタクシのターン、ドロー」

 チルヒルがカードを引いて、手札を確認する。
 目を通したあと、高揚を隠しきれないかのように目に含み笑いを込める。

「モンスターをセット、リバースを1枚セットでターンエンド」

 静かに布石をしかけて、ターンを終了する。

「私のターンです、ドロー!」

 シルキルはチルヒルの場をにらみつけながら、手札を確認する。
 恐らく罠が仕掛けられているであろうことは明白。
 だが、そうであっても仕掛けるより他はない。
 それに小細工を弄するような相手であれば、シルキルには逆に好都合である。
 なぜなら――。

「手札より《融合賢者》を発動します! 《融合》のカードを手札に!」

《融合賢者》
【魔法カード】
自分のデッキから「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 シルキルの切り札は回避に優れた幻影を操る魔獣。
 相手が勝手に消耗してくれるほど、シルキルにとっては都合が良い。

「手札の《幻獣王ガゼル》、《幻獣クロスウィング》、《幻獣ロックリザード》を融合!
 そして、召喚するのは――」

《融合》
【魔法カード】
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 神秘と魔性を束ねた、夢想の具現。
 シルキルが思い描く最も強き存在。
 その魂の呼びかけに応じて、デュエル開始直後から場に導かれる。

「いきます! 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》!!」

 黒色の獅子幻獣が二本足で空から降りてくる。
 腕組みをしながら、白い翼をはためかせ場を見降ろす。
 隆々とした筋肉と、体毛を逆立てさせるほどに帯びた魔力。
 シルキルと同様に場の相手の出方を警戒している。
 墓地に送られたクロスウィングの効果を受け、わずかに攻撃力を上昇させる。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→2800

《幻獣クロスウィング》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが墓地に存在する限り、
フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK/1300 DEF/1300

 手札の消耗は激しいが、最初から耐性付きの高攻撃力モンスターを召喚できた。
 ここで攻撃をためらう理由はない。

「さらに《激昂のミノタウルス》を召喚です。
 このモンスターが場にいるとき、自軍の獣戦士モンスターは貫通効果を得ます!」

《激昂のミノタウルス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が
越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/1000

 鼻息荒く牛魔人が斧を振るうと、その興奮はグリーヴァにも伝播したようだ。
 獅子幻獣もまた赤く闘気を発光させ、その魔力を研ぎ澄ませる。
 守備の相手にも容赦をしない、貫通によるダメージ重視の攻め。

「グリーヴァで伏せモンスターに攻撃です!
 『ヴァイオレント・ショックウェーブ・パルサー』!!」

 エネルギーの練込められた気弾が放たれる。
 先ほど大蛇を退けた衝撃弾と同じパワーの炸裂。
 守勢をとっていたモンスターはあっけなく粉砕され、
 勢い余る衝撃弾はチルヒルのライフも削り取る。

チルヒルのLP:4000→2600

 しかし――。

「やられたのは、《ピラミッド・タートル》です。
 戦闘破壊された時に、後続を呼ぶ効果があるのです。
 防御力2000以下のアンデットならどのモンスターも呼べます。
 ワタクシのデッキから呼び出すのは――」

《ピラミッド・タートル》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/1200 DEF/1400

 モンスターはピラミッドなる魔窟を遺して場から消えた。
 その異様なる三角錐から新たなる亡者が現れる。

「さて、布陣を固めなくてはいけませんね。
 《ゴブリンゾンビ》を守備表示で特殊召喚です!」

 剣を携えた子鬼が屈みこんで、攻撃に備えている。

《ゴブリンゾンビ》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
ATK/1100 DEF/1050

「また後続に繋げる効果を持ったモンスターですか……。
 リバースを1枚伏せて、ターンを終了します」

チルヒル
LP2600
モンスターゾーン
《ゴブリンゾンビ》DEF1050
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
33枚
シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2800、《激昂のミノタウルス》ATK1700
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
33枚

「アンデットデッキ……、あれもサーチが得意なデッキ。
 でも、アンデットなら蘇生手段も豊富なはず。
 シルキルさんの効果で攻め切れるのかな……」

 不気味なチルヒルのモンスターに気圧されつつ、翼もまた戦況を注視する。

「フフフ、ワタクシのターンです、ドロー!」

 含み笑いを絶やさずに、チルヒルは不敵に手札を繰る。

「さて、それでは仕掛けていきますよ。
 手札より装備魔法《魔界の足枷》を発動です!
 グリーヴァの自由を奪うこととしましょう!
 この枷の呪縛に囚われたものは、攻守が100になります!」

《魔界の足枷》
【魔法カード・装備】
装備モンスターは攻撃する事ができず、攻撃力・守備力は100になる。
また、自分のスタンバイフェイズ毎に、
装備モンスターのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

 チルヒルが凶相の浮かんだ鉄球付きの枷を投げつける。
 自立した意思を持って噛み付くように、グリーヴァのすねを目掛けて飛びかかる。

「させるものですか! グリーヴァの効果発動!
 『ファントム・ヴァリー』です!
 一時的にゲームから除外して、その装着を回避します!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。

――。
ATK/2500 DEF/2400

 グリーヴァの強さを象徴づける絶対回避効果。
 グリーヴァは姿を消して、魔界の拷問器具は空を切った。

「フフフ、そりゃあ避けますよねぇ。
 もちろんそれを分かっていて、発動したんですよ!!」

「!!」

 最善の行動を取ったはずのシルキルも動揺せざるを得ない。
 チルヒルは嘲るように嗤いながら、カードの発動を宣言した。

「リバースカードオープン、《サモンチェーン》!
 チェーン3以降に発動可能な速攻魔法です!
 あなたの攻撃回避にチェーンして、このカードが発動可能となります。
 これでワタクシはこのターン3度の通常召喚を行うことができます!」

《サモンチェーン》
【魔法カード・速攻】
チェーン3以降に発動できる。
このターン、自分は通常召喚を3回まで行う事ができる。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動している場合、
このカードは発動できない。

「ここで仕掛けてくるのですか!!」

「さて、貫通で痛い思いをさせられた分はきっちり返させてもらいますよ。
 ここからがアンデットの本領発揮!
 大量展開の虐殺ショウの開演です!!」

 そして、意気揚々とカードをディスクへと叩きつけた。

「まずは《ゴブリンゾンビ》を生け贄に捧げて、
 私自身、《地獄の門番イル・ブラッド》を生け贄召喚です!」

 現れたのは、シルキルの精霊母体となったモンスター。
 同じく囚人服と手鎖と足かせを纏ったアンデットモンスター。
 だが、モンスターとして腐肉の魔性を解放させている。
 その腹ははちきれそうに膨れ上がり、そこから魔物の形相が覗いている。

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
――。
ATK/2100 DEF/ 800

「現れましたか、不気味な奴め……」

「そして、墓地に送られた《ゴブリンゾンビ》の効果です。
 デッキから守備力1200以下のモンスターを手札に加えますよ。
 サーチするのは《闇竜の黒騎士ブラックナイト・オブ・ダークドラゴン》です」

《ゴブリンゾンビ》 []
★★★★
【アンデット族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
ATK/1100 DEF/1050

「2つ目の召喚権を行使して、イル・ブラッドを再度召喚しますよ!
 これによりイル・ブラッドは効果を得ます。
 1ターンに1度、手札か墓地からアンデットを特殊召喚可能になります!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

 イル・ブラッドは大地を力強く踏みしめ、紫色の妖気が身体から放つ。
 チルヒルの手札にその魔力は及び、1枚の手札が怪しく輝く。

「さっそく効果発動です!
 《龍骨鬼》を手札から特殊召喚します!」

 無数の人骨で身を固めた魔物が姿を現した。
 巨漢のイル・ブラッドと並び、フィールドを席巻する。

《龍骨鬼》 []
★★★★★★
【アンデット族】
このカードと戦闘を行ったモンスターが戦士族・魔法使い族の場合、 ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する。
ATK/2400 DEF/2000

「そして、3つ目の召喚権に最後に行使して、
 先ほど手札に加えた《闇竜の黒騎士》を召喚です」

 骨身の魔竜にまたがり、闇にその身を堕とした騎士が現れた。

《闇竜の黒騎士》 []
★★★★
【アンデット族】
1ターンに1度、相手の墓地から戦闘によって破壊された
レベル4以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/1900 DEF/1200

「あなたの場はミノタウルス1体のみ。
 ワタクシの3体のアンデットで総攻撃です。
 まずは《龍骨鬼》でミノタウルスを攻撃します!」

 巨大な骨の魔物が殴りかかり、ミノタウルスは抗しきれず破壊される。

シルキルのLP:4000→3300

「クッ……、これほどの展開をしてくるとは……」

「さあ、まだいきますよ!
 イル・ブラッドでダイレクトアタックです!
 『フィアーズ・ブレス』!!」

 その腹から覗いた顔が、猛毒の息を吐き出す。
 シルキルを飲み込もうとするが――。

「この攻撃は通しません。
 《ガード・ブロック》を発動です。
 ダメージを1度防いで、カードを1枚ドロー!」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「一撃は防いだ、というわけですか。
 ですが、もうあなたを防ぐカードはありません。
 《闇竜の黒騎士》でダイレクトアタックです!」

 身が朽ちても竜騎士の技は健在である。
 鋭い急降下からのランスの一閃で、シルキルを斬りつける。

シルキルのLP:3300→1400

「クッ、早くもこれほどのダメージを……」

「融合するときの手札消耗の荒さ。
 グリーヴァは自身を守ることには長けていますが、
 主人を守るには役不足なところもありますからね。
 ちゃんと隙をつかせてもらいましたよ。
 さて、ワタクシはこのままターンエンドです」

「ですがエンドの瞬間、グリーヴァが戻ってきます!
 そして、復帰と同時にあなたのデッキを削ります!
 『メモリー・イーター』!!」

 グリーヴァが再び実体化し、さらに幻影の赤い獅子が放たれる。
 放たれた2体の獣はそれぞれのデッキに襲いかかり、山札を喰らう。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

 ディスクの自動処理により、5枚のカードが山札から墓地に送られる。
 シルキルのデッキはグリーヴァを主眼としたコンボを組んだデッキ。
 さらにもう一体のクロスウィングが墓地にいき、戦闘を下支えする。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→2800→3100

 そして、チルヒルのデッキも墓地が肥えるほど展開力を増すデッキ。
 その墓地からは黒い闇が噴き出していた。
 今にも何かが出てきそうなほどに、闇は深く呼吸をするように動く。

「墓地よりモンスター効果発動……」

 ――いや、その闇はまだ濃さを増して、巨大な影を形作っていく。
 あれはただの影ではない、質量と悪意を持った暗い淀み。
 影は悪魔を象り、両腕を大きく広げ、場に這い出でた。
 その巨大でおぞましい影は2体――。

「相手モンスターの効果で墓地に送られたとき、
 このモンスターを特殊召喚することができるのですよ!
 しかも2体も送られるとは、実に愉快じゃありませんか!
 さあ来なさい! 《闇より出でし絶望》!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 突如最上級モンスターが2体現れ、チルヒルの場は埋め尽くされた。

チルヒル
LP2600
モンスターゾーン
《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100、《龍骨鬼》ATK2400、《闇竜の黒騎士》ATK1900
《闇より出でし絶望》ATK2800、《闇より出でし絶望》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
27枚
シルキル
LP1400
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
27枚

「そうですか。このようなモンスターも仕込んでいましたか。
 なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようです……」

 シルキルは苦虫を潰したような顔で、5体揃ったアンデットを見据える。
 蘇生に長けたアンデットに苦戦させられるとは予測していた。
 だが、想像を超えた縦横無尽な展開に、シルキルは戸惑いを隠せない。

「シルキルさん! でも、攻撃力はこっちが上だ!
 確実に攻撃して、減らしていけば何とかなる!」

「そうですね。やれるだけのことを、今やるしかありません。
 ですから、次は私のターンです、ドロー!」

 翼の声援に気を取り直して、シルキルはカードを引いた。
 引いたカードと場を交互に見て頷き、モンスターを繰り出した。

「《幻獣ワイルドホーン》を召喚です!
 このモンスターもクロスウィングの効果でパワーアップします!」

 自慢の角を天に掲げ、鹿幻獣が大きく嘶いた。

《幻獣ワイルドホーン》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/ 0

《幻獣ワイルドホーン》ATK1700→2300

「《闇より出でし絶望》は守備表示……。
 今は少しでもダメージを与えておきましょう!
 グリーヴァでイル・ブラッドに攻撃です!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 勢い良く衝撃弾が放たれ、イル・ブラッドの腹を貫通する。
 同時にその妖力が制御を失って、《龍骨鬼》もその身を崩した。

チルヒルのLP:2600→1600

「クッ……、真っ向からの殴り合いはさすがに厳しいですね……」

 アンデットは展開力に優れるが、攻撃力増強はあまり得意ではない。
 序盤の貫通ダメージから、さらにダメージを重視して攻め抜く。
 シルキルの場には高攻撃力で場持ちのいいグリーヴァが存在している。
 ライフがなければ、下級モンスターを不用意に並べられなくなり、
 確かにチルヒルの大量展開を邪魔することができるだろう。
 シルキルの攻め方もまたチルヒルの弱点をうまく突いている。

「もう一撃です! ワイルドホーンで《闇竜の黒騎士》に攻撃!」

 お互いに自慢の剣技と角をぶつけて、激しい組み合いをする。
 だが、ワイルドホーンは墓地のクロスウィングの加護を得ている。
 再度力を込めて突進し、竜騎士を圧倒した。

チルヒルのLP:1600→1200

「そして、カードを1枚セットして、ターンエンドです」

 既にチルヒルのライフは1200。
 グリーヴァの攻撃力は、墓地の2体のクロスウィングにより3100。
 大半の下級モンスターは攻撃力が2000に満たない。
 つまり、既に防御や増強なしでの下級モンスターの展開は封じられたことになる。
 チルヒルの場には2体の最上級モンスターがいるが、グリーヴァには及ばない。
 やはり何らかの手段で、グリーヴァを退けなくてはならない。

「ワタクシのターンです、ドロー……」

 引いたカードを見ても、チルヒルは表情を変えずに冷静である。
 ライフ、フィールドの状況ともに互いの形勢は拮抗している。
 勝負を愉しむ者として、チルヒルは心地よい緊張感を味わっていた。
 一方的にいたぶるのも一興だが、相手をようやく屈服させるのもまた趣深い。
 実力が拮抗した勝負を制してこそ、知略を誇れることになろう。

「ワタクシは《一族の結束》を発動します!
 ワタクシの墓地はアンデット族のみ!
 よって、自軍のモンスターの攻撃力はすべて800ポイントアップします」

《一族の結束》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、
自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

「ここでそのカードですか!」

 アンデットモンスターの大幅な攻撃力の増強。
 展開力に優れたアンデットにとって、その援護は大きい。
 しかし、その心強さに酔いしれずに、チルヒルは場の状況を分析していた。

(グリーヴァの効果を発動しない……そうきますか……)

 何も行動を起こさなければ、戦闘破壊をみすみす許すことになる。
 となれば、伏せカードはハッタリなどではなく、何らかの対策である可能性が高い。
 だが、アンデットの攻撃布陣として、これ以上ない戦闘体制であるのも事実。
 ここで攻めなければ、いつ攻めるというのか。
 万全の体制でないとしても、勝ち筋を見出すためにここは攻め抜く。

「ワタクシは2体の《闇より出でし絶望》を攻撃表示に変更します!」

《闇より出でし絶望》ATK2800→3600
《闇より出でし絶望》ATK2800→3600

「まずはワイルドホーンに攻撃です!
 『ディスペアーズ・ブロー』!!」

 暗き闇の巨大な影が素早く地をうねり、一瞬にして間を詰める。
 片腕で幻獣を鷲掴みにして、もう片腕で猛烈に殴り抜いた。

シルキルのLP:1400→100

「クッ、もうライフの後がなくなってしまったか……」

 シルキルのライフは風前の灯火まで追い詰められた。
 残るもう一体の攻撃が通れば、チルヒルは勝てる。

「これで終わりといきましょうか!
 もう1体の《闇より出でし絶望》でグリーヴァに攻撃です!」

 影は一瞬にして這いよるが、グリーヴァもまた速い。
 捕らわれぬように距離を取りながら、2体はぶつかり合う。
 だが、いつまでも様子見の小競り合いをしているわけにはいかない。
 互いに一定の間合いを取って、対峙。
 グリーヴァは翼をはためかせ、鋭い爪の拳を構えつつ突撃。
 《闇より出でし絶望》は、暗闇を凝集した拳を構えつつ猛進。
 最上級モンスター同士の激しいぶつかり合い。
 それを制したのは――。

「リバースカードオープン、《幻獣の角》!!
 グリーヴァの攻撃力は800ポイントアップします!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→3900

 いつもの衝撃弾ではなく、突撃攻撃を選択したグリーヴァ。
 燃え盛るごとき神秘のオレンジの両角を得て、
 その激突を制し、襲いかかる闇を撃破した。

《幻獣の角》
【罠カード】
発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する獣族・獣戦士族モンスター1体に装備する。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し
墓地へ送った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

チルヒルのLP:1200→900

「《幻獣の角》を装備してモンスターを撃破したことで、カードを1枚ドロー!」

 グリーヴァはその勢いのまま空に舞い上がり、勇壮にシルキルの場へと凱旋する。
 闇に屈しない気高さを纏いつつ、腕組みをしてチルヒルの場をにらみつける。

「回避効果を発動すれば、あなたが有利になるというなら、私は逃げません!
 私の勇猛なる魂、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》とともに闘い抜きます!」

「フフフハハハ、勇者にでもなったつもりですか、あなたは!
 そのような勇気の真似事など、ワタクシの死霊軍団が蹂躙して差し上げますよ!
 ライフ100のあなたなど、いくらでも致死に追い込む機会があるでしょう!
 ワタクシはカードを1枚伏せて、ターンエンドとします!」

チルヒル
LP900
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、伏せカード×1
手札
1枚
デッキ
26枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3900
魔法・罠ゾーン
《幻獣の角》(グリーヴァに装備)
手札
1枚
デッキ
25枚

 失った何かを埋めるように、ルーツ・ルインドはデュエルに何かを見出す。
 ある者はその勇猛さの証明を。ある者はその嗜虐心の満足を。
 そして、誰もが喪失感を抱きながら、盤面のモンスターに願いを託して闘わせ合う。
 『闘争の果ての闘争』で求めて、そして得るもの。
 シルキルは焼き切れるような脳と身体の興奮の中で、正しい在り方を感じていた。





第27話 信ずるべき一光ひとひかり



『―――――。
 あなたは二度目の融合を果たし、記憶も行動原理もほとんど失った。
 その上でウロボロス様に忠誠を尽くす理由を見極めるために戻ってきた。
 それを見いだせなかったから、裏切るのですか』

『忠誠を尽くす理由なら、既に分かっています。
 そして、その理由に納得もいっています。
 その上で、翼を解放しようとしているのです』

『ますます意味不明な行動ですね。
 あなたは一体どちらの味方になろうというのですか』

 決闘前に、チルヒルと交わしたやり取りを思い返す。
 シルキル自身にも、どう考えても自分はバカげた行動をしているとしか思えなかった。

 ウロボロスを支持しない理由もなかった。
 記憶を失って、改めてウロボロスについて知ったとき。
 シルキルは再び忠誠を誓うだけの何かを見出した。
 それは動物的な直感ですらあった。
 群れの中でボスを見出したのならば、それに従わなくてはならない。
 ウロボロスは間違いなくその器の持ち主。
 力の探求者として、ウロボロスは圧倒的に優れていた。
 人道ごときが何であろうか。人の身など既に捨てている。
 だからこそ、確かに弱肉強食は自然の法則である。
 生物的に優れたウロボロスを支持すべきと本能が訴える。

 ウロボロス側に付いていたなら、寝食は保証される。
 敗れる可能性だって、それこそ奇跡でも起こされない限り低いだろう。
 翼たちの味方をしたことが判明すれば、確実に懲罰が待っている。
 ウロボロスの元に戻れば、まず間違いなく殺されるだろう。
 敵の味方とは紛れもなく敵であり、抹殺対象に違いない。
 まして、精霊の力も持っている脅威となれば、真っ先に排除されるだろう。
 であるならば、翼たちに協力してこの基地を脱出して新しく暮らすか。
 それもできないだろう。シルキルはほとんど人間を保っている佐藤浩二 元教諭とは違う。
 もう既に魔力的な擬態なしには人間を模すことができない半精霊である。
 2度目の融合の際に精霊としての残存魔力をほとんど使って、今はストックがない。
 精霊の空気の薄い基地の外でそんな無茶をしては、それこそ身体が持たない。
 この基地を出て生活するなど、ままならない身体なのだ。

 そうして命を投げ出すような造反をしてまで、どうして翼を助けたのか。
 理由は全く上手く説明できないが、シルキルは肌身で感じていた。
 ――翼を助けるために闘うのは、とても気持ちがいい。
 カードをかざす度に、沸き立つように胸が高鳴る。
 声を出す度に、喉の奥が開くように心が跳ねる。
 湧き上がるこの快さは何よりも素晴らしい。
 私は今正しいことをしている。
 魂の願いに適うことをしている。
 身体の奥底――心――からそう感じられる。
 理屈ではない。利害でもない。贖罪でもない。
 信ずるべき一光ひとひかりを翼に感じたのだ。
 その光が活力を与えてくれる。
 そこに理由も未来もいらない。
 ただこの快さが澄んで響き渡っていれば、それだけでいい。


「私のターンです、ドロー!」

 追撃を仕損じた《闇より出でし絶望》はチルヒルの場にまだ残ったまま。
 伏せカードもチルヒルの苦しそうな表情を見る限り、さして驚異には思えない。
 引き続き、この攻撃を続くのが最善に違いない。
 冴え渡り熱を帯びたこの脳が、明晰に選ぶべき一手を導く。

「グリーヴァで攻撃です!
 『バーバラス・メテオバレット』!!」

 飛翔して超速で滑空しながら――。
 鋭い黄金の角と、鋭い爪の双拳の突撃。
 暗き絶望はグリーヴァの型に腹に風穴を空けられ、消滅した。

チルヒルのLP:900→600

「クッ……、おのれぇ……」

 対抗策のないチルヒルは、グリーヴァの雄姿を憎々しげににらむ。

「《幻獣の角》での撃破に成功したことで、さらに1枚ドローです!
 そしてカードを1枚セットして、ターンを終了します」

「ワタクシのターンです、ドロー」

 最上級のアンデットモンスターを瞬く間に失ったチルヒル。
 場の流れは確実にシルキルにあると言える。
 だが、チルヒルの戦意はまったく削がれていない。
 むしろ追い詰められるほど、チルヒルの表情からは遊びが消えていた。
 活きのいい生体に興味を示す、科学者の真剣な相貌へと変化していた。

「フフフ、痺れるような強さと気高さですね。
 いいです……、いいですよ、あなたァ!」

「!!?」

 チルヒルは真顔のままで、艶っぽく恍惚とシルキルに呼びかける。

「ますますあなたの身体が欲しくなりました。
 あなたという素体は、やはり本当に興味深いです。
 ウロボロス様はあなたをただの手駒としかみなしていません。
 魂の変質を経た実験の失敗例には、さして興味がないのでしょう。
 ですが、ワタクシは違うのですよ。
 あなたは変質に変質を重ねた、ワタクシ達の進化の可能性なのです。
 ワタクシ自身もね、アンデットの身体を再生するという特性を応用して、
 生物に霊魂を込めることによる疑似融合を行うことができるのですよ。
 ですが、自分自身の身体を実験台にするのは、いささか心もとない。
 そこで、あなたというサンプルを是非とも研究しておきたい。
 そうすれば、ワタクシがさらなる究極生物になるためのデータが得られるでしょう!」

 翼をめぐって始まった争い。
 しかし、アンデット使いの貪欲なる矛先は、シルキルにも向けられている。
 シルキルはその貪欲さに鳥肌を覚え、目を見張りたじろいだ。

「さあ、これがあなた達を手に入れるための、ワタクシのバトルフィールドです!
 手札より発動! 死者の腐敗に満ちた楽園! 《アンデットワールド》!!」

 チルヒルの足元から黒紫の領域が広がり、対峙するシルキルにまで及ぶ。
 朽ちた草木、腐乱した死体、漂う霊魂、腐臭に惹かれた蟲の群れ。
 およそこの世のものとは思えないおぞましい空間が投影される。
 腐敗した世界に取り囲まれ、グリーヴァが苦しさを訴える。
 息をすればするほど、身体に取り込まれるのは汚染された瘴気。
 ソレは体内を侵食し、グリーヴァの体組成を改変していく。

「この領域において、場のモンスターはすべてアンデット族に変化します。
 その影響は墓地にも同様に及びます。
 単にワタクシの同類を増やす効果しか持たないフィールドです。
 恐るるに足りないような、可愛らしい効果のフィールドでしょう?」

《アンデットワールド》
【魔法カード・フィールド】
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
アンデット族以外のモンスターのアドバンス召喚をする事はできない。

「ですが――」

 グリーヴァの黄金の角にヒビが入り、間もなく砕け散った。
 アンデットと化して獣の気高さを失った今、聖なる角は効力を失ってしまった。
 《幻獣の角》は装備対象を不適合とみなし、自壊した。

《幻獣の角》
【罠カード】
発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する獣族・獣戦士族モンスター1体に装備する。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し
墓地へ送った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「ワタクシ達に仲間入りしたんですから、そんな尖った角は捨てて、
 暗闇や死体や腐葉土のように、柔らかなる感触を愛そうじゃありませんか、ねえ!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3900→3100

「そうですか、このためにそのフィールド魔法を……」

 シルキルの圧倒的な戦闘優位を、チルヒルが崩した。

「そして、リバースカード《リビングデットの呼び声》を発動!
 墓地のモンスターを復活させます!
 舞い戻りなさい! 《地獄の門番イル・ブラッド》!!」

《リビングデットの呼び声》
【罠カード・永続】
自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 再び巨大なる異形の囚人がフィールドに姿を現す。

「さらに再度召喚することで、その蘇生効果を得ます。
 そして、《闇より出でし絶望》を墓地から復活させます!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 絶望の巨大なる影が、死者の領域に出現する。
 この場には《一族の結束》が存在している。
 アンデットの魔力が束ねられ、絶望を肥大化させる。

《一族の結束》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、
自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100→2900
《闇より出でし絶望》ATK2800→3600

「攻撃力を逆転されましたか……」

 今度はシルキルが苦い表情をすることになる。

「さあ、攻めと守りの立場逆転です!
 《闇より出でし絶望》で攻撃!
 『フィアーズ・ブロー』!!」

 影は何処からでも何度でもよみがえり、陽の元の住人を喰らおうとする。
 巨大な悪魔を象った絶望の影が、グリーヴァを殴打しようとする。

「リバースカード発動!
 《攻撃の無敵化》発動です!
 第二効果の私への戦闘ダメージ無効化を選択します。
 そして、グリーヴァの効果を同時に発動です!」

《攻撃の無敵化》
【罠カード】
バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、
戦闘及びカードの効果では破壊されない。
●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 影の拳はグリーヴァを直撃したはずが、――すり抜けた。
 既にグリーヴァは幻影と化している。現象として捉えることは不可能となった。
 その攻撃の勢いのまま、シルキルに攻撃が及ぶが、先の罠の効果に阻まれた。

「グリーヴァ自身の効果『ファントム・ヴァリー』により、
 グリーヴァをエンドフェイズまで除外ゾーンに退避させます。
 よって、このターンの戦闘であなたにできることはありません」

「2体用意しても仕留めることはできませんでしたか。
 ですが、今度はあなたが耐え忍ぶ番ですよ。
 さあ、ターンエンドと同時にグリーヴァの効果をどうぞ」

 チルヒルは相手を挑発する余裕を見せつける。
 対してシルキルは渋い表情で除外ゾーンに手をのばした。

「グリーヴァの帰還、そして同時に『メモリー・イーター』の効果が発動。
 お互いのデッキを5枚墓地に送ります……」

 流れはチルヒルに傾きつつある。
 自分にも相手にも墓地を肥やすメリットを与えるこの効果。
 今その恩恵を得る流れに乗っている者は――。

「そして、墓地に3体目の《闇より出でし絶望》が落ちました。
 相手の効果で墓地に送られたため、場に特殊召喚です!
 フフフ、運にも見放されてしまったようですね!」

チルヒル
LP600
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2900
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》
手札
1枚
デッキ
21枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
18枚

 超攻撃力のアンデットが3体も並んでしまった。
 並みのデュエリストならば、到底実現しえない驚異的な布陣。
 だが、シルキルも完全に不利というわけではない。

《幻獣クロスウィング》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが墓地に存在する限り、
フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK/1300 DEF/1300

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→3400

 墓地には今3体目のクロスウィングが落ちた。
 グリーヴァの攻撃力は3400。
 《地獄の門番イル・ブラッド》程度ならば打ち崩せる。

「私のターン、ドロー」

 シルキルに攻撃力を増強する手段は舞い込まない。
 もっとも、グリーヴァは現在アンデットに種族を変えられている。
 《野性解放》などの魔獣のサポートカードも無力化されている。
 待つのも分が悪い賭けだが、まずは今ある手段で耐え忍ぶしかない。

「少しでもモンスターを減らしておきます!
 グリーヴァで《地獄の門番イル・ブラッド》に攻撃です!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 衝撃を込めた白きエナジーボールが、イル・ブラッドを射抜く。
 同時にイル・ブラッドの力で蘇った《闇より出でし絶望》1体も消滅した。

チルヒルのLP:600→100

 これで相手の場に残る《闇より出でし絶望》は1体のみ。
 攻撃力を追い越すことはできないが、翻弄するくらいはできるだろう。

「私はリバースを2枚セットして、ターン終了です」

「さて、ワタクシのターンですね、ドロー!
 フフフ、やはり攻める側というのは心が躍りますね。
 ワタクシのモンスターで、あなたをいかに震え上がらせるか!
 それを想像するだけで、ゾクゾクと興奮が突き上げるのです!」

 チルヒルは引いたカードを得意げに指で弄びながら、高揚感にひたる。

「さあ、不死身なるアンデットの脅威を思い知りなさい!
 ワタクシは《生者の書−禁断の呪術−》を発動します。
 あなたの墓地のカードを除外しつつ、アンデットを蘇生できます!」

《生者の書−禁断の呪術−》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、
相手の墓地に存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する。

「さて、あなたの墓地から《幻獣サンダーペガス》を除外します。
 そして、墓地から蘇生させるのは当然《闇より出でし絶望》!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「クッ、サンダーペガスが……」

《幻獣サンダーペガス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスター1体が受ける戦闘ダメージを0にする。
この時そのモンスターは戦闘によって破壊されない。
ATK/ 700 DEF/2000

「ワタクシの蹂躙方法は主に戦闘破壊。
 守りにでも入られたら面倒ですからね。
 少しでも壁は薄くさせてもらいますよ。
 そして、アンデットの展開はまだ続きます!
 墓地から《馬頭鬼》を除外して、効果を発動!
 同じくアンデットを蘇生することができます!
 さらにもう1体、《闇より出でし絶望》を蘇生させます!!」

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 ここに3体の絶望の巨大なる影が揃った。
 グリーヴァの視界を覆い尽くす悪魔の影の群れ。
 さながら地獄の審判に科されたように、絶望的な状況である。

「さあ、《闇より出でし絶望》の連続攻撃です!
 もっとも、防ぐ手段がなければ、ライフ100のあなたなど一撃です!
 まずは一撃目! 『フィアーズ・ブロー』!!」

 一体の絶望の影が這いより、グリーヴァに攻撃をしかける。

「リバースオープン、《月の書》!!
 モンスターを裏守備表示にします!」

《月の書》
【魔法カード】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

「こちらの1体を裏守備にしても、まだ2体の攻撃が残っています。
 そんな足掻きをしても、無駄なことですよ!
 最初からその程度の防御カードしか発動できないなら、勝負は見えましたかね!」

「裏守備にするのは、あなたのモンスターではありません!
 私のグリーヴァです! 守備表示になったことで私にダメージは与えられません!」

 グリーヴァが月の魔力により、瞬間的に守備態勢を取った。
 だが、《闇より出でし絶望》の攻撃は止まらずに迫る――。

「ほう……。なるほど、そう来ましたか。
 それでも戦闘破壊は有効ですが、あなたの墓地には――」

「――墓地から《幻獣サンダーペガス》の効果が発動しています!
 これにより幻獣モンスターの戦闘破壊を1度無効にします!」

《幻獣サンダーペガス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスター1体が受ける戦闘ダメージを0にする。
この時そのモンスターは戦闘によって破壊されない。
ATK/ 700 DEF/2000

 電磁結界が張られ、グリーヴァに攻撃は及ばない。

「ですが、ワタクシの絶望のしもべはまだ2体。
 対してあなたのサンダーペガスは生者の書で除外したから、
 残り1体のはずです! 攻撃をさらに続行しますよ!
 2体目の『フィアーズ・ブロー』!!」

「……この戦闘破壊も無効です!
 サンダーペガスの効果発動!!」

 再び暗闇の拳と幻獣の電磁結界が火花を散らした。
 闇を退けるサンダーペガスの閃光。
 しかし、これでサンダーペガスは3体とも除外されてしまった。
 次の攻撃を同じ手で防ぐことはできない。

「続いて、3体目の攻撃です!
 さあ、このまま通しますか!?」

 すかさずシルキルが腕をかざす。

「リバースの速攻魔法発動です。
 《エネミーコントローラー》!!
 コマンド操作によりあなたのモンスターを守備表示にします!」

《エネミーコントローラー》
【魔法カード】
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を選択し、表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動する。
 相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までコントロールを得る。

「やっと守り抜いたというところですね。
 では、こちらはターンエンドして差し上げましょう」

「私のターンです、ドロー……」

 劣勢に追い込まれ、シルキルは神妙な目つきで手札を見つめる。

「私は《一時休戦》を発動します。
 お互いにあなたのターン終了時までダメージを与えられなくなります。
 そして、お互いにデッキからカードを1枚ドローします」

《一時休戦》
【魔法カード】
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。

「同時にグリーヴァの退避効果『ファントム・ヴァリー』を発動です。
 そのままエンドに突入して、グリーヴァが戻ってきます。
 さらに『メモリー・イーター』の効果が発動して、
 お互いのデッキを5枚削った上で、ターン終了です」

チルヒル
LP100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》
手札
1枚
デッキ
15枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》DEF2400
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
10枚

「敢えてデッキを削る効果を発動……?
 なるほど別の勝ち筋も見据えるということですか。
 あなたの方がデッキは少ないのですが、何か策があるということでしょう」

「……あなたのターンを進めてください」

「急かさないでくださいよ。
 劣勢で生殺しに悶えるあなたの表情を楽しませてください。
 おっと怒ってくれてもいいですよ、それもそれで一興ですから。
 とはいえ、そこの坊やを早く手に入れたいところでもありますね。
 ひとまずはドローといきましょう」

 饒舌にシルキルを煽りながら、チルヒルは余裕げにカードを引いた。

「休戦を結ばれては、こちらもできることが限られてしまいますね。
 フィールドには余裕があります。
 《アドバンスドロー》を発動しておきましょう。
 《闇より出でし絶望》1体を生け贄に捧げて、カードを2枚ドローです」

《アドバンスドロー》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。
デッキからカードを2枚ドローする。

 蘇生に秀でたアンデットだからこそ使いこなせる手札補充カード。
 カードを2枚手にしようとしたところで、シルキルが介入する。

「ここでチェーン発動、グリーヴァの効果『ファントム・ヴァリー』です。
 除外ゾーンに退避させてもらいます」

「おっとなるほど、休戦を結んだのはあなたとワタクシの間だけです。
 つまり、モンスター同士の戦闘では戦闘破壊処理も行われますものね。
 ならば、グリーヴァを逃がしておいたほうがいい。とても賢明な判断でしょう。
 ですが――」

 シルキルは残る1枚の手札をかざす。
 するとグリーヴァに聖水が振りかけられ、魔力が失われた。

「効果が発動しない!?」

「《禁じられた聖杯》を発動して、モンスター効果を封じました。
 今度こそ逃しはしませんよ。
 グリーヴァを守るリバースがないのですから、これを逃す手はありません」

《禁じられた聖杯》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。

「クッ……、このままではグリーヴァが……」

「さて、改めて《アドバンスドロー》の効果処理でカードを2枚ドローです。
 そして、差し出された生け贄グリーヴァは、美味しくいただくとしましょう。
 しかし、ただ食い散らかすだけでは、ちょっと味気ないですね」

 3枚もある潤沢な手札にサディスティックな嗤いを隠しながら。
 しかし、その企み嗤いを声音には露骨に響かせながら。
 チルヒルは2枚のカードを意気揚々と盤上に叩きつけた。

「まずは2枚目の《魔界の足枷》を発動です!
 これによりグリーヴァの自由を奪います。
 そして、《ヴァンパイア・ベビー》を召喚です!!
 この状況がどういうことか分かりますかね、フフフ!!」

《魔界の足枷》
【魔法カード・装備】
装備モンスターは攻撃する事ができず、攻撃力・守備力は100になる。
また、自分のスタンバイフェイズ毎に、
装備モンスターのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》DEF2400→DEF100 ATK3100→100

《ヴァンパイア・ベビー》 []
★★★
【アンデット族・効果】
このカードが戦闘によってモンスターを破壊したバトルフェイズ終了時、
墓地に存在するそのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/ 700 DEF/1000

「つまり、あなたの魂のモンスターをワタクシのものにできるということです!
 さあ、《ヴァンパイア・ベビー》でグリーヴァを攻撃です!
 『アルト・ネーゲル』!!」

 マントをたなびかせながら、幼き吸血鬼が爪を振るう。
 そして、傷口から血が移植され、グリーヴァは昏倒する。
 ベビーは瞳を金色に光らせ、何やら盟約の呪文を唱えている。

「戦闘破壊時の効果発動、『アルト・シューレ』!
 これであなたのグリーヴァはワタクシのものです!!
 それでも健気に《幻獣クロスウィング》は力を送り続けるんですよね。
 その効果対象はあくまでフィールド上の幻獣モンスターですからね!
 高い攻撃力で耐性付きで墓地肥やしもできる!
 惚れ惚れするくらい素晴らしい! 素晴らしい力です!!」

 グリーヴァのコントロールがチルヒルに奪われた。
 《一時休戦》により追撃はないが、その効果はあくまでも『一時的』。
 次のターンをやり過ごす術を見出さなければ、不利になる一方である。

「シルキルさん……」

 あまりにも絶望的な戦況に、翼も思わず声をかけてしまう。
 デュエルとは対峙するデュエリスト同士の孤独な闘い。
 自分の身が賭けられているとしても、力を貸すことはできない。

「翼さん、私は大丈夫ですよ」

 しかし、シルキルは気丈に翼に声を返した。
 シルキルは自分の手札の2枚を掲げ、そこに策があるとほのめかす。

「私の切り札はグリーヴァだけではありません。
 あなたを二重にも三重にも追い詰めた、あの終盤の攻防を忘れてしまいましたか?」

 シルキルは翼に力強く問い返した。
 決して勝負を諦めていないシルキルの意欲的な身構え。
 闘った友の頼もしい姿がそこにある。
 あのときに全力で交わした熱い勝負が胸にこみ上げる。
 そうだ。切り札の1枚を奪われても、シルキルは負けない。
 それは苦戦させられた自分が一番よく知っている――。

「そうだね! まだやれることは残ってる!
 《ヴァンパイア・ベビー》だって攻撃表示のままだ!
 次のターンこそ、チャンスだよ!」

「ええ、必ずや勝利を収め、あなたを救い出します」

「ハハハ、美しい友情ですね。
 実に踏みにじりたい!! 悪役として最高に腕が鳴る状況ですよ!
 あなた方の健気な足掻きを見せていただきましょうか!
 さあ、ワタクシはリバースを1枚セットして、ターンエンドです!」

 待ちに待った反撃のチャンスが、ここに到来する。

チルヒル
LP100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK2800、《闇より出でし絶望》ATK2800、
《ヴァンパイア・ベビー》ATK700、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
12枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
10枚

「私のターンです、ドロー!!」

 シルキルは力強くカードの発動を宣言する。

「魔法カード発動! 《ナイト・ショット》!!
 相手の伏せカードを、チェーンの有無を言わさずに破壊します!」

《ナイト・ショット》
【魔法カード】
相手フィールド上にセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
このカードの発動に対して相手は選択されたカードを発動できない。

 闇を引き裂いて、一条の光が伏せカードを射抜いた。
 破壊したカードは《収縮》。
 今用いようとしていた第二の切り札の天敵。
 残るリバースはなく、攻撃を妨げるものはない。
 後はそのカードをこの手に呼び寄せるのみ。

「手札の《野生解放》を捨てて、《死者転生》を発動です!
 墓地のモンスターカード1枚を選択して、手札に戻します!
 サルベージするカードは――」

《死者転生》
【魔法カード】
手札を1枚捨て、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを手札に加える。

 モンスターカードであることを示すために。
 そして、反撃の狼煙を上げるために。
 決闘に挑む騎士のように、カードの名を高らかに名乗る。

「《カオス・ネクロマンサー》を手札に!
 そして、そのまま召喚です。
 このカードの攻撃力は墓地のモンスターカードによって決定します。
 グリーヴァの効果によって、墓地の準備が整った今、その攻撃力は――」

《カオス・ネクロマンサー》 []

【悪魔族・効果】
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する モンスターカードの数×300ポイントの数値になる。
ATK/ 0 DEF/ 0

《カオス・ネクロマンサー》ATK 0→4200(14体分)

「サンダーペガスの除外が響いていますが、十分な攻撃力です。
 あなたの3000の並ぶ布陣でも圧倒することは――」

 しかし、いざ攻撃に際してチルヒルの場を確認して気づく。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
《闇より出でし絶望》ATK2800
《闇より出でし絶望》ATK2800
《ヴァンパイア・ベビー》ATK 700

「《一族の結束》の効果が消えている……ですと……!?」

 攻撃力3000を上回っているのは、グリーヴァのみ。
 《闇より出でし絶望》2体の攻撃力は上昇していない。
 《一族の結束》を投入するデッキで、他種族を入れるのはセオリーではない。
 あり得るとすれば、それ以上のメリットが見込めるときか。
 あるいは墓地に存在する異種族をすぐに処理できるときのみか。

「今さら気づいたのですか。
 ですが、ワタクシたちの現在のプロフェッショナル・ルールでは、
 墓地に送られるカードの確認は送るタイミングの数秒間のみです。
 今確認することはできませんが、さてどうしますか?」

 不確定な状況にためらいは生まれるが、墓地から発動するカードであるとしても、
 攻撃に反応して、《カオス・ネクロマンサー》を破壊するほどのカードはないはず。
 攻めるのが妥当な選択であることに変わりはない。

「《カオス・ネクロマンサー》で《ヴァンパイア・ベビー》に攻撃です!
 『ネクロ・パペットショー』!!」

 墓地に眠れる獣たちを見えない糸で操る。
 勇壮なる百獣の群れが《ヴァンパイア・ベビー》に襲い掛かる。

「――お望み通り、墓地よりモンスター効果発動です!」

 しかし、進軍は見えない壁に阻まれてしまう。
 何が攻撃を妨害しているのか。
 よく見れば、そこには戦士の幻影が一人立ちはだかっている。

「《ネクロ・ガードナー》の効果を発動させました。
 墓地から除外することで、相手の攻撃を1度だけ無効にします。
 友情ごっこにかまけて、こちらの布石を見逃すとはお笑いものですねぇ!」

《ネクロ・ガードナー》 []
★★★
【戦士族・効果】
相手ターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
ATK/ 600 DEF/1300

 シルキルの渾身の反撃は凌がれてしまった。
 勝機を逸した。しかし、これは致命的なミスというわけではない。

「どちらにしろ、この攻撃が最善のプレイングでした。
 私の場に攻撃力4000以上のモンスターがいることに変わりはありません。
 このままターンエンドです」

 シルキルは努めて冷静に相手にターンを返した。

「フフ、ならばワタクシのターンです、ドロー……」

 シルキルが冷静なのも強がりではない。
 攻撃力が上回ったモンスターを召喚したのはシルキルである。
 デッキの残りが少ないにしても、シルキルのデッキはデッキ切れ対策も想定している。
 対策を考えて守勢に回らざるを得ないのは、今はチルヒルの方である。
 だが――。

「フフフ、これはワタクシの勝ちが決まったかもしれません。
 いいカードを引きましたよ!」

 1枚のカードで流れが変わるのがデュエルモンスターズの常。
 チルヒルは意気揚々と引いたカードをディスクに叩きつけた。

「《不死式冥界砲》を発動です!
 以後アンデットが特殊召喚された場合、相手に800ダメージを与えます」

《不死式冥界砲》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にアンデット族モンスターが特殊召喚された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「ですが、さらにカードを使って特殊召喚しなければ、ダメージは……」

「ここでワタクシ・・・・・・のグリーヴァの効果を発動させましょう!
 技名は『ファントム・ヴァリー』! でしたっけ?」

「なに!!」

「このモンスターは今現在アンデット化しています。
 エンド時に私のフィールドに戻ってきたときに、
 あなたにダメージを与えられる、違いますかね?」

「……その帰還効果は『特殊召喚』としては扱われません。
 《奈落の落とし穴》などの特殊召喚に呼応する効果は発動されません」

「あら、それは興を削がれてしまいますね。
 あなたから奪ったカードであなたにトドメを刺せるのなら、皮肉めいて面白いのですが。
 ならば、仕方ありません。
 墓地から新たなモンスターの効果発動です!」

「確かにまだあなたの《一族の結束》の効果は発揮されていません。
 いったい何のカードを……」

「《闇より出でし絶望》のレベルを1下げることにより、
 墓地の《レベル・スティーラー》をワタクシの場に特殊召喚します」

 チルヒルの墓地が効果の発動のエフェクトで光を放つ。
 そして、天道虫のようなモンスターが素早く飛び出て、
 絶望の影からレベルをかすめ取り、そのまま場に降り立った。
 本来の昆虫種族はアンデットに上書きされ、死屍にたかる蠅のようにおぞましい。

《レベル・スティーラー》 []
★★★
【昆虫族・効果】
このカードが墓地に存在する場合、
自分フィールド上のレベル5以上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚以外のためには生け贄に捧げることはできない。
ATK/ 600 DEF/ 0

「《アンデットワールド》の効果でこのモンスターもアンデット化しています。
 すなわち《不死式冥界砲》の効果が発動して、あなたにダメージ!!
 これでワタクシの勝ちです!」

 アンデットの召喚に呼応して、生きた砲台が歓喜の声を上げる。
 そして、怨念の弾丸が放たれ、シルキルをそのまま貫いた。

シルキルのLP:100→0

「がああああああああああ!!!!」

「シルキルさん!!」

 自分の魂のモンスターを奪われ、ライフ100まで追い詰めながら負けた。
 実力伯仲ながらも、その勝利を分けたのはデッキの相性だったのか。
 それとも勝つことへの渇望の差だったのか。
 敗者の罰としてエナジーが奪われ、シルキルの意識は朦朧としていく。
 ――いや、まだ意識を失うには早い。あと一つだけ成すべきことがある。
 それだけは何としてでも果たさなくてはなるまい。

「つ……ばさ……、これを……!」

 最後の力を振り絞り、シルキルは何かを翼に投げつけた。
 握り拳くらいの、手に持つのにちょうどいい大きさ。
 それは翼のデッキケースであった。
 吸い込まれるように、翼の胸元へと舞い込んだ。
 翼はデッキを手にして、決然とチルヒルをにらみ返す。
 一瞬目を離したうちに、チルヒルはシルキルの背後にまわり、
 後ろから頭蓋を鷲掴みにしていた。

 ――あのとき森の奥で、斗賀乃先生がイルニルを消滅させたときのように――。

「何をしてるんだ!!」

「何って、生体実験ですよ。
 ワタクシの目の前で身を崩すとはつまり、ワタクシの下僕しもべになるということです。
 生気を極度に失った者にワタクシの魔力を注入することで、
 ワタクシはそのコントロールを得ることができるのです。
 つまり、この瞬間、あなたのお友達のシルキルくんはねぇ!!」

 饒舌に語りながら、チルヒルは激しく魔力を注入していく。
 シルキルの身体がけいれんして、弓なりに何度も跳ねる。

「やめろ!! ポイニクスの力だ!
 この牢の鍵を破壊する!!」

 精霊の力を借りて、翼のデッキから火炎弾が放たれる。
 鍵は溶けて、門の留め金は意味を成さなくなった。
 すかさず扉を開けて、シルキルのもとに駆けつけるが――。

「もう、手遅れなんですよ」

 翼を迎えたのは、目を真っ赤に染め、口から紫の溶液をたらした、
 もはやアンデットに成り果てたシルキルの姿であった。

「あ……ああ……」

 変わり果てた凄惨な姿に、翼がうめいた。

「うーん、あなたが駆けつけるのが速かったから、微調整する時間がなかったですね。
 でも、ワタクシはこの道のプロフェッショナルですから。
 きっと骨の髄まで洗脳できているはずですよ」

「シルキルさんを元に戻せ!!」

「嫌ですよ。せっかくワタクシの下僕が増えたのですから」

「なら、俺の力でお前を――」

「おっと、いいのですか?
 ワタクシはシルキルさんの身体を握っているも同然なのですよ。
 あなたが刃向うというのであれば、人質としてこの子を使いますよ」

 チルヒルが中指でくいとシルキルを手招く。
 するとシルキルは魅入られたように、チルヒルの元にかしづいた。
 顔を向けて、顎を撫でられ、飼い犬のように息を荒くさせた。

「クッ……、人の意思を奪って――許せない!!」

 怒りに力がこもり、翼の目は青く発光している。
 そのままチルヒルを打ち砕きたいほどなのに、手出しができない。

「フフフ、いい表情です!!
 とはいえ、デッキを手にされた今、ワタクシもあなたに手を出せませんね。
 シルキルくんを盾に、ここから逃げた方が良いのでしょうか。
 ああでも、門番としての任務が台無しになっちゃいますねぇ」

 このままではチルヒルに手が出せない。
 だが、引き下がるわけにはいかない。
 追い込まれた翼は――。

「なら、デュエルだ。
 俺にエナジー・ベルトをつけろ!
 俺で人体実験することが目的だったんなら、
 俺に勝ってから好きにしろ!
 でも、俺が勝ったなら、シルキルさんは解放してもらう!!」

 ――チルヒルに決闘を申し込んだ。

「フフ、面白い賭けですね!
 友のために自らの身体を差し出すと!
 ああ、身悶えするほど美しい友情ではありませんか!
 ですが、あなたはシルキルに勝ったんですよね。
 そうならば、互角程度のワタクシでは分が悪いかもしれませんね。
 ですから、こちらの条件としては――」

 シルキルに頬ずりをしながら、チルヒルは翼に提案する。

「シルキル、ワタクシ、あなたの3人でバトルロイヤルをしませんか?
 みんなベルトを着けて、3人で仲良くデュエルしましょうよ」

「……分かった、なら、デュエルだ!」

 チルヒルの指す条件の意味を理解しながら、翼はデュエルを引き受けた。
 シルキルは今はチルヒルの手駒となっている。
 つまりは実質的に2対1の闘いとなる。
 その不利で勝利しなければ、翼はチルヒルに蹂躙される。
 だが、相手が勝負に乗ってきたのなら、どんな条件であれ勝てばいい。
 怒りの力で瞳を青く光らせたまま、翼はデュエルディスクを掲げた。
 ベルトが投げつけられ、ドレイン出力は最大にセット。
 3人の臨戦態勢が整う。

「俺は絶対に負けない! デュエルだ!!」

シルキル(アンデット) VS チルヒル VS 翼

※バトルロイヤルデュエル:バトルロイヤルルールを適用
 通常のLP4000制ルールに、次のルールを追加する。

○カードに『相手の』『お互いに』という記述がある場合は、相手を選んで効果適用する。
 例を挙げれば、《昼夜の大火事》では相手を選択して1人にのみダメージを与える。
  《手札抹殺》では自分と選んだ相手の2人のみが手札を捨てて、その枚数をドローする。
  《大嵐》などフィールド全体に適用される効果は、そのまま全体に効果が及ぶ。

○直接攻撃の場合に限り、攻撃を受けるプレイヤーに隣り合ったプレイヤーが
 指定したモンスターでかばうことが可能(戦闘ダメージはかばうプレイヤーがうける)。
 この場合、相手フィールド上に新たなモンスターが出現した扱いとして、
 攻撃の巻き戻しが行われ、攻撃するプレイヤーは攻撃続行するかどうかを選択する。

○バトルフェイズは1巡目の最後のプレイヤーのターンから移行できるようになる。
 3人いる場合、3番目にプレイするプレイヤーが最初にバトルフェイズ移行ができる。



「私ノたーんデス、ドロー……」

 チルヒルに意思を奪われたシルキルが、調子の外れた言葉遣いでターンを開始する。

「手札カラ《デビルズ・サンクチュアリ》ヲ発動シマス。
 場ニとーくんヲ一体特殊召喚シマス」

《デビルズ・サンクチュアリ》
【魔法カード】
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、
かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。
払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「サラニ手札カラもんすたーヲせっとシマス。
 ソシテ、《太陽の書》デ即座ニりばーすもんすたーヲおーぷんデス」

《太陽の書》
【魔法カード】
フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする。

「りばーすもんすたーハ《幻想召喚師》デス。
 とーくんヲ生ケ贄ニ、りばーす効果ガ発動サレマス。
 融合でっきカラ、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ヲ特殊召喚シマス」

《幻想召喚師》 []
★★★
【魔法使い族・効果】
リバース:このカード以外のモンスター1体をリリースし、
融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズ時に破壊される。
ATK/ 800 DEF/ 900

 召喚師によって悪魔像のトークンが生け贄に捧げられ、融合体の幻像が投影される。
 アンデットに身を侵されても、グリーヴァの魂との絆は途切れない。
 幻影ながらも、黒き誇り高き幻獣は1ターン目から召喚された。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

「魔法かーど《闇の誘惑》ヲ発動シマス。
 コノ発動ニちぇーんシテ、『グリーヴァ』ノ効果ヲ発動デス。
 えんどふぇいずマデ除外退避サセマス。
 コレデ『グリーヴァ』ハ《幻想召喚師》ノ破壊でめりっと効果ニ縛ラレマセン。
 ソシテ改メテ《闇の誘惑》ノ効果処理デス。
 かーどヲ2枚引イテ、手札の闇属性ノ《幻獣ロックリザード》ヲ除外シマス」

《闇の誘惑》
【魔法カード】
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後手札の闇属性モンスター1体を選択してゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

「かーどヲ1枚せっと。たーんえんどデス。
 コノたいみんぐデ『グリーヴァ』ガ場ニ戻リ、同時ニ効果ヲ発動デス。
 『チルヒル』サンヲ指定シテ、オ互イニでっきカラかーどヲ5枚墓地ニ送リマス」

 バトルロイヤルルールにより、相手を指定した上で効果が発動される。
 チルヒルのアンデットデッキにとって、適度な墓地送りはかえって都合がいい。
 そして、チルヒルの墓地から先ほどのデュエルと同じように怪しく暗闇が湧き出す。

「そして、ワタクシの墓地からモンスター効果が発動します。
 《闇より出でし絶望》が相手カードの効果で墓地に送られ、場に特殊召喚されます!
 フフフ、最高のチームワークプレイってやつですねえ!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「何がチームワークだ! ただ操ってるだけじゃないか!!」

「それでも協力してくれていることには変わりありませんよ。
 さて、ワタクシのターンですね、ドロー」

 いきり立つ翼をあしらいながら、悠々とチルヒルはターンを開始する。

「さて幸先のいい手札が揃っています。
 手札から永続魔法《不死式冥界砲》を発動します!
 これでアンデットが特殊召喚されるたびに、あなたにダメージを与えます」

《不死式冥界砲》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にアンデット族モンスターが特殊召喚された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「あれは、シルキルさんとのデュエルで決め手になったカード……ッ!」

「そして、既に特殊召喚の準備は整っていますよ!
 ワタクシたちの見事な連携プレイのおかげでねえ!!
 墓地の《馬頭鬼》を除外して、自身の効果を発動させます!
 アンデットを墓地より特殊召喚します!」

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

「さあ、ワタクシの分身、《地獄の門番イル・ブラッド》を特殊召喚です!
 そして、早速お待ちかねの《不死式冥界砲》の効果が発動しますよ!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

 墓地から巨大なる異形の囚人が現れ、さらに冥界砲が御霊を充填して打ち出した。
 まだ何も抵抗のできない翼を貫いて、一方的にダメージを与えた。

翼のLP:4000→3200

「クッ……、さっそくモンスターが並んでいく……」

「そうですよ! イル・ブラッドを再度召喚して自身の効果を覚醒!
 これにより墓地から《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚です!!」

 ヴァンパイアの貴公子が魔力を受けて、場に降り立つ。

《ヴァンパイア・ロード》 []
★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
カードの種類(モンスター・魔法・罠)を宣言する。
相手は宣言された種類のカード1枚をデッキから墓地へ送る。
また、このカードが相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを墓地から特殊召喚する。
ATK/2000 DEF/1500

「コノトキ『グリーヴァ』ノ効果ヲ発動、場カラ除外退避サセマス」

「さらにワタクシはカードを1枚セットして、ターンエンドです」

「『グリーヴァ』ガ復帰シテ、私ト相手ノでっきヲ削リマス。
 選択スル相手ハ、『翼』サンデス」

 グリーヴァから放たれた幻影の赤い獅子が、翼のデッキをかすめ取った。

「今度は俺のデッキを削るのか……」

「ワタクシと共同で勝利するならば、相手のデッキを優先で削って、
 アンデットの展開力による人海戦術で肉壁を形勢するのも手ですね。
 あはは、バーン・戦闘・デッキ破壊、全方面から攻められて、大ピンチですねえ!」

「そうだね、確かにきつい攻められ方だけれども。
 ……でも怖くはない」

「ん、何?」

「力を発動しすぎたからかな、怒りすぎたからかな。
 さっきから身体が熱くて仕方がないんだ。
 今は静かに力が湧き上がってくる感じがする。
 それにこの力を、きっと誰も止められないと思う」

 目を青く光らせたまま、翼は確かめるように握りこぶしを作る。

「だから、俺は今すぐにでもお前を倒してみせる」

「!!」

 いつものチルヒルにとってなら、そんな虚勢は嗤い飛ばす類のものだ。
 だが、今は気圧された。
 翼の脅威が胸に迫って感じられたからだ。
 いや、最初から翼は圧倒的に強いのだ。
 拷問時には翼は素手であったが、今はデッキという武器を手にしている。
 まともに闘えば、チルヒルとシルキルの二人がかりでも消される。
 この不平等な条件の決闘に持ち込めたのは、シルキルを人質にしたからだ。
 しかし、この勝負を甘んじて受けたとなれば、翼は勝機を見出しているということ。
 あれほどの激戦を繰り広げた二人を前にして、まだ勝てると信じているということ。
 青く光って揺らがない瞳。
 その一光ひとひかりが眩しすぎる。

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2800、《幻想召喚師》ATK600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
24枚
チルヒル
LP4000
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK2800、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100、《ヴァンパイア・ロード》ATK2000
魔法・罠ゾーン
《不死式冥界砲》、伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
29枚
LP3200
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
5枚
デッキ
30枚

「俺のターン、ドロー」

 翼は静かにカードを引き、少しだけ目を伏せた。

(決着は……さすがに無理か)

 翼が小声でつぶやいた独り言が、恐れを抱くチルヒルには鮮明に聞こえた。

「俺は儀式魔法《高等儀式術》を発動するよ!
 デッキからレベル7になるように通常モンスターである
 《ミラージュ》と《音速ダック》を墓地に送って――」

《高等儀式術》
【魔法カード・儀式】
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「――いくよ! 旋風の《輝鳥シャイニングバード-アエル・アクイラ》!!
 そして、儀式召喚時の効果『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 フィールド上の魔法・罠をすべて破壊するよ!!」

《輝鳥-アエル・アクイラ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
ATK/2500 DEF/1900

 大嵐が吹きすさび、シルキルとチルヒルの場のカードをさらっていく。
 シルキルの場に伏せられていた《ガード・ブロック》がそのまま破壊される。
 そして、チルヒルの禍々しい《不死式冥界砲》も破壊され、残りのリバースは――。

「チェーンです! 伏せていたのは、《リビングデッドの呼び声》!!
 これで破壊前に墓地の《ゴブリンゾンビ》を蘇生しておきます。
 さらに墓地に送られて、《ゴブリンゾンビ》も道連れとなることで自身の効果発動!
 デッキからアンデットモンスター、《疫病狼》を手札に加えます」

《リビングデットの呼び声》
【罠カード・永続】
自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

《ゴブリンゾンビ》 []
★★★★
【アンデット族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
ATK/1100 DEF/1050

 とっさにリバースを発動して、チルヒルはモンスターを引き寄せた。
 しかし、これでモンスターを守るリバースは一網打尽にされてしまった。
 あの青い瞳の気迫が、これだけで終わるはずが――。

「俺は《英鳥ノクトゥア》を召喚するよ!
 その効果でデッキから『輝鳥』と名の付くカードを手札に加える!
 俺が手札に加えるのは――」

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

「儀式魔法《輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)》!!
 そして、そのまま発動だ! 場のノクトゥアとデッキの《霊鳥アイビス》を墓地に送って――」

《輝鳥現界》
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「1ターンで二度目の儀式ですと!?」

「――いくよ、流水の《輝鳥-アクア・キグナス》!!
 そして、その効果発動だ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!
 場のモンスターを2体選んで、1体を手札に、もう1体をデッキに戻す!」

《輝鳥-アクア・キグナス》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。
ATK/2500 DEF/1900

「俺は手札に戻すモンスターとして《闇より出でし絶望》を選択して、
 デッキに戻すモンスターは《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》を選択する!」

 水砲が2方向に放たれ、それぞれのモンスターに襲いかかる。
 《闇より出でし絶望》はそのまま水流により手札に押し戻された。
 しかし一方で、もちろん幻獣グリーヴァを捉えることはできない。

「『グリーヴァ』自身ノもんすたー効果デ、場カラ一旦退避シマス」

「一気にここまで場をこじ開けられるとは……」

「さらに儀式で墓地に送った《霊鳥アイビス》の効果で1枚ドロー!」

《霊鳥アイビス》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/1700 DEF/ 900

 2度儀式を発動しても、翼の手札はまだ3枚も残っている。
 あまりにも無駄のない連続儀式によるフィールドの一掃。
 そして、まだ攻撃が残っている。

「バトル!! 俺はキグナスでイル・ブラッドを攻撃する!
 『シャイニング・スプリットウィング』!!」

 白鳥が清水を帯びた聖なる翼で、イル・ブラッドを斬りつけた。
 切り裂かれた腹から魔力が噴き出すように漏れていく。
 それを頼りに存在していた《ヴァンパイア・ロード》も膝を屈して消滅した。

チルヒルのLP:4000→3600

「ワ、ワタクシのフィールドはがら空き……。
 バトルロイヤル・ルールでは他プレイヤーのモンスターでかばうことができるが、
 シルキルの場も攻撃表示の《幻想召喚師》のみ、ここは……」

「そして、ダイレクトアタックだ!
 アクイラの攻撃! 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 中空から全身で回転しながら、アクイラはチルヒルにクチバシの一撃。
 その突撃をそのまま受けて、チルヒルは衝撃で2歩3歩後ずさりする。

チルヒルのLP:3600→1100

「俺はリバースを3枚セットして、ターンエンドする」

「ですが、ここでシルキルのグリーヴァが場に戻ってきます!
 そして効果が発動して、あなたのデッキを5枚削ります!!」

 赤い獅子幻獣がデッキに食らいつくのを、翼は動揺せずにただ見ていた。

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
19枚
チルヒル
LP1100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《不死式冥界砲》、伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
29枚
LP3200
モンスターゾーン
《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500、《輝鳥-アクア・キグナス》ATK2500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
0枚
デッキ
19枚

「既にあなたのデッキの残り枚数は半分を切っています!
 シルキルとワタクシのターンで効果を発動していけば、
 その消耗の激しいデッキなら、すぐに尽きるはずです!
 激しく攻めるほど、あなたのデッキは尽きていくのですよ!
 せいぜい2回しかないあなたのターンで、ワタクシたちを倒せるのですか?」

「倒せる。お前は絶対に倒す」

 確信の込もった翼の声が、低く響いた。

「こんな手で俺を追い詰めて、シルキルさんを利用して勝とうとする。
 そんな奴を俺は許せない。だから、俺は絶対に負けられない。
 そして、今は――」

 瞳を青く光らせたままで、握り拳をチルヒルに向けた。

「力が湧いてくる。俺は絶対にお前に勝つ!」

 翼の繰り出す怒涛の攻めは研ぎ澄まされていた。
 それが斗賀乃に類する翼の力のもたらすデッキの流れなのか。
 それとも翼の激しい感情に導かれたデュエルの勢いなのか。
 どちらにせよ、翼はルーツ・ルインドの2人を前に、まったく引け目を取っていない。
 圧倒的なハンディキャップにも関わらず、翼の星のごとき一光ひとひかりは揺らがない。





第28話 倒すべき非道あく



「優しくては生き残れぬ。
 そんな当たり前のことを、この実験は確認させてくれるのだな」

 壮年の科学者――ウロボロス――は、最初の人体融合実験を検証しながら、そう呟いた。

 被験者はまるで変わり果てた姿、――そしてまったく違う気質に変容していた。
 融合実験の結果、人間であったときの気質は消えたと言っていい。
 せいぜい生体分野の科学者であった故の、探求精神が残っていたくらいか。
 しかし、それは習慣とも言える、より肉体的な所作に属する側面である。
 つまり言えば、被験者は『魂の変質』の影響を完全に受けたということである。
 いや、もはや『変質』ではなく、『喪失』と言った方が適切であろう。
 非道で貪欲なる精霊と融合させた結果、温厚で謙虚な人間であった被験者は駆逐された。
 もはや半精霊でしかないアンデットの生体が出来上がった。
 幸いにして、この精霊はアンデットの素体を提供する限りは協力的なようだ。
 これからは実験の失敗例として、いくらでも人間・動物の素体を持て余すことになる。
 その死体処理と廃棄作業には、このルーツ・ルインドは確かに適任であろう。
 
 思えば、その者は優しすぎた。
 軍に所属していたときから面識があるが、重い病を持つ母親をいつも心配していた。
 その者はいつも緩和医療ホスピス・ケア終末期看護ターミナル・ケアに関する書物を求めに来ていたと記憶している。
 改めて召集のために書庫に来たとき、その母親は死んでしまっていた。
 そして、できることならば、新たな犠牲を食い止めるための研究をしたいと言う。
 その者は紛れもなく本心から言っていた。何と博愛じみた志を持った青年だろうか。
 もちろんウロボロスは、そんなことには同情しない。
 むしろ付け入る心の隙間として利用し、実験の協力者として確保した。
 研究にも大変協力的で、この人体実験に最初に応じてくれたのもその者であった。
 それが今ではこのような冷酷で残虐な死体愛好家に変貌してしまった。

「あのようにならないためにも、より研究を進め、実験例を重ねなくてはなるまい」

 ウロボロスはより気を引き締めて、次なる実験の準備を始めていった。
 ――これは誰かが『焼き切れた物語』の話――。



「私ノたーんデス、どろー」

 シルキルから始まる二巡目。
 バトルフェイズへの移行が可能になっている。
 翼は相手ターンを連続で耐え抜かなくてはならない。
 ここからが正念場になると言える。

「《幻想召喚師》ヲ生ケ贄ニ捧ゲ、《鳳王獣ガイルーダ》ヲ召喚!」

 チルヒルへの攻めを重視したために残っていた生け贄要員。
 すかさず利用され、新たな脅威が出現する。
 燃え盛る炎をまとって、鎧を身にまとった巨鳥が現れた。

《鳳王獣ガイルーダ》 []
★★★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、 ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
ATK/2500 DEF/1200

「攻撃力の高い上級モンスター、輝鳥がやられる……」

 翼はカード知識に乏しいが、鳥獣族の使い手としてその効果を知っていた。
 輝鳥は除去が得意だが、返しに攻められると弱い。
 攻撃力の高いモンスターを展開され続ければ、場を維持することができない。
 この戦況はカードの出し惜しみを許さない。

「『グリーヴァ』ニ《野性解放》ヲ発動シマス。
 1たーんダケ、攻撃力ニ守備力ヲ加エテぱわーあっぷデス」

《野性解放》
【魔法カード】
フィールド上に表側表示で存在する獣族・獣戦士族モンスター1体の攻撃力は、
そのモンスターの守備力の数値分だけアップする。
エンドフェイズ時そのモンスターを破壊する。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→5500

 グリーヴァの筋肉が肥大化し、そして力を白い衝撃弾に練りこんでいく。

「『グリーヴァ』デ『キグナス』ニ攻撃!!」

 魔力弾の剛速球が放たれ、地面を削りながらキグナスに迫る。
 その力強い弾道が、翼の記憶を呼び起こしていた。

「最初にシルキルさんと闘ったときも、キグナスに野生解放の一撃が飛んできた。
 あのときは《ガード・ブロック》でダメージを防ぐのが精一杯だった。
 けれど、今ならば――」

 攻撃が及ぶ直前に、翼は咄嗟にリバースを開いて発動した。

「速攻魔法オープン、《蒼炎の洗礼》!!
 俺は墓地にいる《輝鳥-ルシス・ポイニクス》を除外して効果発動!
 ポイニクスの攻撃力3000を、キグナスに加えるよ!!」

《蒼炎の洗礼》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する儀式モンスター1体と
そのカードに記されている儀式魔法1枚をゲームから除外して発動する。
エンドフェイズ時まで自分フィールド上に表側表示で存在する
儀式モンスター1体の攻撃力はこのカードの発動時に
ゲームから除外した儀式モンスターの攻撃力分アップする。

 キグナスは瞬速でグリーヴァの魔砲弾をかわした。
 さらにすかさず反撃に移る。
 キグナスの水飛沫の翼に、ポイニクスの爆裂の粒子が宿る。

《輝鳥-アクア・キグナス》ATK2500→5500

「迎撃だ! 『シャイニング・スプリットメテオウィング』!!」

 水鳥の翼と魔獣の拳が交差する。
 凄まじい蒸気圧の発生する一撃に、グリーヴァは膝を屈した。
 同時に水鳥も衝撃をかわしきれず、羽から着陸して身を崩した。

「あ、相打ちでグリーヴァを早くも撃破……ですと……」

 ダメージ計算時の発動であれば、グリーヴァの退避効果は間に合わない。
 しかもグリーヴァのデッキ破壊効果で墓地に送られたポイニクスを利用しての迎撃。
 シルキルの闘い方を見てきたからこそ狙えた反撃であった。

「《鳳王獣ガイルーダ》デ『アクイラ』を攻撃。
 攻撃時ニ『ガイルーダ』ノ効果発動。
 攻撃力ガ300ぽいんとあっぷシマス」

《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500→2800

 まだシルキルのモンスターは残っている。
 翼はリバースに目をやりながら、口を固く結んでいた。
 鎧の鳳王の巻き起こす火炎と、アクイラの巻き起こす旋風がぶつかり合う。
 しかし、炎を散らしきることができず、アクイラはそのまま焼かれた。

翼のLP:3200→2900

「キグナスもアクイラも守りきれなかった……」

 最上級モンスター2体が返しのターンでやられてしまった。
 グリーヴァを倒せたのは大きい。
 だが、このペースで消耗していてはカードが追いつかない。

「私ハコレデたーんえんど」

「フフ、よく掃除してくれたじゃないですか。
 では、ワタクシのターンです、ドロー!」

 そして、さらに本当の敵であるチルヒルのターンが続く。

「まずは《トレード・イン》を発動です!
 あなたに戻された《闇より出でし絶望》を墓地に送って、
 カードを2枚ドロー!」

《トレード・イン》
【魔法カード】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。。

「フフフ、これは大変面白い手札ですね」

 チルヒルは含み嗤いを漏らしている。

「まずは、《アンデットワールド》発動!
 フィールドと墓地の種族をアンデットに塗り替えるワタクシの領域!」

《アンデットワールド》
【魔法カード・フィールド】
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
アンデット族以外のモンスターのアドバンス召喚をする事はできない。

 フィールドに魔境が広がり、墓地にまで紫色の霧が立ち込めていく。
 死霊で構成された瘴気は、さながら意志を持った思念体。
 その場と墓地にいるものすべてを同胞にしようと呼びかける。

「俺の鳥獣族がアンデットに……」

 翼は儀式主体の鳥獣族デッキを操るデュエリスト。
 《輝鳥現界》は対象を鳥獣族に限定する代わりに、デッキからの生け贄を可能とする。
 また、《ゴッドバードアタック》や《守護の烈風》などのサポートもある。
 このフィールド魔法の影響に置かれるのは、決して望ましいことではない。

「さらに《ミイラの呼び声》を発動します!
 場にモンスターが存在しないとき、アンデットモンスターを
 手札から特殊召喚することができるようになる永続魔法です!」

《ミイラの呼び声》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「そして、《死者転生》により手札の《ゾンビ・マスター》を捨てながら、
 墓地から《地獄の門番イル・ブラッド》を回収。
 《ミイラの呼び声》の効果を使用させてもらいますよ!
 手札に戻した《地獄の門番イル・ブラッド》を特殊召喚です!
 さらに召喚権を行使して、その効果を覚醒させましょう!」

《死者転生》
【魔法カード】
手札を1枚捨て、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを手札に加える。

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

「この蘇生効果の対象は、ワタクシの墓地に限りません。
 つまり、あなた方の素晴らしいモンスターも利用できるということです」

「何!? まさか俺の輝鳥を!!?」

「いえいえ、そんな儀式召喚のときに力を使い果たす小鳥ちゃんに興味はありません。
 ワタクシが欲しい身体は――」

 そして、チルヒルが指差したのは、シルキルの墓地――。

「イル・ブラッドの効果発動! ワタクシの場に舞い降りなさい!
 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》!!」

 アンデットの妖気に侵され、禍々しき力をみなぎらせながら。
 翼がやっとで相打ちに持ち込んだグリーヴァが再び現れた。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

「あなたが無抵抗だとすれば、この2体で十分なのですが、
 念のためにもう一体ほど召喚しておくのが、ワタクシの老婆心なのですよ。
 《異次元からの埋葬》を発動!
 除外されている《馬頭鬼》を墓地に戻して、もう一度除外して効果使用!
 墓地の《闇より出でし絶望》を場に特殊召喚します!!」

《異次元からの埋葬》
【魔法カード・速攻】
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》、《闇より出でし絶望》、《地獄の門番イル・ブラッド》。
 3体の強大なモンスターが揃い踏みして、モンスターのいない翼の場に狙いを定める。

「さて、その伏せカードで耐え切れますかね!
 3体のモンスターで総攻撃です!!」

 グリーヴァの魔砲弾が、絶望の影の拳が、イル・ブラッドのタックルが迫る。
 翼は静かに腕を振りかざし、効果の発動を宣言した。

「墓地のモンスター効果を発動!
 《恵鳥ピクス》を墓地から除外して、このターンの俺への戦闘ダメージをゼロに!」

《恵鳥ピクス》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
ATK/ 100 DEF/ 50

 柔らかなる光が翼を包み込み、魔獣たちの攻撃からその身を守った。

「ふふ、ならばここでグリーヴァの効果を発動です!
 『ファントム・ヴァリー』で除外ゾーンに退避!
 そして、リバースを1枚セットして、エンド時にグリーヴァ帰還!
 ワタクシとあなたのデッキを削りつつ、ターンを終了としましょう。
 このターンはたまたま墓地に落ちたモンスターに救われたようですが、
 次の攻撃のときには、そうはいきませんよ!!」

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
18枚
チルヒル
LP1100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100、《闇より出でし絶望》ATK2800、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100
魔法・罠ゾーン
《ミイラの呼び声》、伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
20枚
LP2900
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
13枚

 事実、翼は想定していたよりも追い込まれていた。
 翼が伏せていたリバースのうち1枚は《希望の羽根》。

《希望の羽根》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 意表を突きやすいピクスの効果は温存しておきたかった。
 墓地の《ミラージュ》を除外して、このカードで回避とドローを兼ねるはずだった。
 だが、チルヒルは見越したかのように《アンデットワールド》で間接的に妨害してきた。
 やはり2対1での戦闘は守るだけでも精一杯である。
 ――なら、一刻も早くせめて一人でも倒すのが先決。

「俺のターン、ドロー!!」

 0枚の手札から、力を込めて引き抜いたカード。
 そのカードに望みを託して、すかさず発動する。

「《貪欲な壺》を発動するよ!
 墓地のアイビス、ルスキニア、ストルティオ、コロンバ、音速ダックをデッキに戻し、
 デッキからカードを2枚ドローする!」

《貪欲な壺》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 手札が少なすぎるが、ここからならきっと連続で儀式ができる。
 理屈ではなく感覚で今の翼には分かる。
 考えすぎて、感じた流れを歪めてはいけない。
 身体の奥底から湧き上がる『力』に従えばいい。
 その『力』は確かだ。
 その直感は真理だ。
 今シルキルを早く解放するためにも、すぐにでもチルヒルを倒さねばなるまい。
 その意志を汲んで、この『力』はデッキを勝利へと導いてくれる。

「《サイクロン》を発動するよ。
 《アンデットワールド》を破壊する」

《サイクロン》
【魔法カード・速攻】
フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 淡々と竜巻がカードをさらい、場は元の牢屋の空間に戻る。

「安直に除去をして、仕掛けてきますか……」

「俺は手札の《儀式の準備》を発動するよ!
 墓地から儀式魔法を回収して、デッキからレベル7以下の儀式モンスターをサーチする!
 墓地の《輝鳥現界》と、さらにデッキの《輝鳥-テラ・ストルティオ》を手札に!」

《儀式の準備》
【魔法カード】
自分のデッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。
その後、自分の墓地から儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「さらにリバース発動、《リミット・リバース》!
 墓地の《英鳥ノクトゥア》を召喚、その特殊召喚時の効果が発動!
 デッキの《輝鳥現界》を手札に加えるよ!」

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

「そして、儀式魔法《輝鳥現界》を発動だ!
 場のノクトゥアとデッキのアイビスを生け贄に捧げ――」

《輝鳥現界》
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

 フィールドにオレンジ色の光が集まり、勇壮なダチョウの形を成していく。
 翼の無我夢中の勢いのまま、聖なる儀式が繋がっていく。

「来い! 大地の《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!
 さらにその召喚時の効果だ! 『ルーラー・オブ・ジ・アース』!!
 墓地のクレインを復活させて、その特殊召喚時の効果で1枚ドロー!
 さらにアイビスを儀式の生け贄に捧げたから、1枚ドローする!」

《輝鳥-テラ・ストルティオ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2500 DEF/1900

《聖鳥クレイン》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。
ATK/1600 DEF/ 400

《霊鳥アイビス》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/1700 DEF/ 900

 儀式をすればするほど、今の翼のデッキは繋がって、手札は途切れることがない。
 召喚された鳥獣たちは澄んだ緊張感を持って、相手モンスターに対峙している。

「そして、《祝宴》の効果を発動するよ!!
 儀式モンスターがいるから、カードを2枚ドローする!」

《祝宴》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「いくよ! ライフを800ポイント払って、《救援光》を発動だ!
 除外された光属性モンスターを選んで、手札に加えるよ!
 俺が呼び寄せるのは――」

翼のLP:2900→2100

《救援光》
【魔法カード】
800ライフポイントを払い、
ゲームから除外されている自分の光属性モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを手札に加える。

「《蒼炎の洗礼》で除外した《輝鳥-ルシス・ポイニクス》だ!!」

「なんというデッキ回転……。そして、またもや輝鳥と儀式魔法が揃った。
 このターンも続けて連続儀式を繰り出すというのですか……ッ!」

「その通りだ!! 手札より儀式魔法《輝鳥現界》を発動!
 場のストルティオとデッキの《音速ダック》を生け贄に捧げて、
 超最上級の儀式モンスター、《輝鳥-ルシス・ポイニクス》を降臨させる!」

 フィールドに色とりどりの光が満ちて、瞬時に集まり不死鳥の形を成す。
 光にあふれたまばゆく神々しい尾長鳥。
 目を眩ませる光を放って、瞬間、チルヒルの場に飛び込んだ。

「ポイニクス召喚時の効果だ!
 『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!
 対象にチルヒル、お前を選択する!
 その場のモンスターをすべて全滅させるよ!!」

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》 []
★★★★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
ATK/3000 DEF/2500

「なに!!」

 ポイニクスによって、地中のマグマへ『突き上げる』衝動が与えられる。
 大地のマグマは火の鳥と一体になって、アンデットの場へと降り注ぐ。

「……グリーヴァは当然その退避効果を使います!
 『ファントム・ヴァリー』で姿を消して、除外ゾーンに退避!
 さらにリバースカード、《デストラクト・ポーション》を発動です!
 《闇より出でし絶望》を自ら破壊して、ワタクシのライフを回復です!!」

《デストラクト・ポーション》
【罠カード】
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 チルヒルは一方的な攻めを許すほど、生易しい相手ではない。
 すかさず効果を巧みに操り、その損失を幾分か軽減しようとする。

チルヒルのLP:1100→3900

 しかし、それも焼け石に水の抵抗か。
 フィールドに残されたイル・ブラッドはまっさらな灰に火葬された。
 チルヒルのフィールドにもうモンスターは存在しない。
 翼のポイニクスとクレインの攻撃が通れば、チルヒルは倒される。

「バトルだ! ポイニクスでチルヒルにダイレクトアタック!!
 『シャイニング・メテオラッシュ』!!」

 隕石のように燃えながら、白き尾長鳥はチルヒルに敢然と突撃する。

「その攻撃は受けませんよ!
 墓地からモンスター効果を発動!」

 ビジョンの激しさと光のエフェクトによろめきながら。
 何者かがポイニクスの攻撃をかばい、チルヒルに衝撃が及ばない。

「《ネクロ・ガードナー》の効果です。
 墓地から除外して、攻撃を一度だけ無効にします」

《ネクロ・ガードナー》 []
★★★
【戦士族・効果】
相手ターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
ATK/ 600 DEF/1300

 しかし、クレインが飛翔して、その攻撃に続く。

「でも、クレインでダイレクトアタック!!
 これは防げないはずだ!」

 聖鳥の放った羽根がチルヒルへと襲い掛かる。
 羽根の切っ先がチルヒルを斬りつけようと迫る。
 翼が拳を握り締め、攻撃の成功を確信したそのとき。
 ――炎が巻き起こった。
 チルヒルを守るように、羽根を焼き切る。
 駆けつけた爆炎の影に見える勇姿は――。

「ばとるろいやる るーるノ特殊るーるヲ適用。
 《鳳王獣ガイルーダ》デだいれくとあたっくニ介入(インタラプト)シマス。
 攻撃ヲ続行シマスカ?」

「クッ……」

 翼が力強く繰り出した効果と攻撃のラッシュ。
 しかし、そのフィニッシュは操られた友により阻まれた。
 翼は悔しさに歯を食いしばる。
 仕留め切れなかったのならば、今度は次の防戦を考えなくてはならない。
 だが、今から相手の攻撃をしのぎ切るにはカードが足りない。
 ここは――。

「リバースオープン、《希望の羽根》。
 墓地の《ミラージュ》を除外して、効果を発動する。
 カードを1枚引いた上で、このバトルを終了させる」

《希望の羽根》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

《ミラージュ》 []
★★★★
【鳥獣族】
手にする鏡から仲間を呼び出すことのできる鳥のけもの。
ATK/1100 DEF/1400

 このまま対策なしにターンを引き渡したら負けてしまう。
 そのために消費した貴重な防御カードだった。
 一見勢いづいて有利に見える翼。
 しかしその背後には、敗北の影が色濃く迫っている――。

「俺はリバースを3体伏せて、ターンエンドだ!」

「そして、グリーヴァの帰還効果!
 お楽しみの『メモリー・イーター』の時間です!!
 ワタクシとあなたのデッキを5枚ずつ削ります!
 あがけばあがくほど、あなたが燃え尽きるのが早くなります!
 さて、思ったより早く決着が着きそうですねぇ!!」

「……………ッ!」

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
18枚
チルヒル
LP3900
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
《ミイラの呼び声》
手札
2枚
デッキ
15枚
LP2100
モンスターゾーン
《輝鳥-ルシス・ポイニクス》ATK3000、《聖鳥クレイン》ATK1600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
0枚
デッキ
3枚

 精霊の『力』を引き出し、デッキを最大限に回転させた。
 その結果として、超速でコンボと攻撃のラッシュを繰り出せた。
 だが代償として、デッキのストックは限りなくゼロに近づいていた。
 グリーヴァの回避効果を1度でも発動されれば、翼のデッキはゼロになる。
 《希望の羽根》を焦って発動したのもこのため。
 何としてでもデッキ切れを防がなければ、翼は負けてしまう。
 そしてそれだけでなく、相手2人の攻撃も防がなくてはならない。
 翼にとって二重に苦しい状況が続いていく。

「私ノたーん、どろー」

 戦況が移っても、操られたシルキルは変わらずに淡々とカードをプレイする。

「《幻獣ワイルドホーン》ヲ召喚シマス。
 墓地ノ《幻獣クロスウィング》2体ノ効果ヲ受ケテぱわーあっぷ!
 サラニ《デーモンの斧》ヲ装備シテ、モットぱわーあっぷ!」

《幻獣ワイルドホーン》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/ 0

《デーモンの斧》
【魔法カード・装備】
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分フィールド上に存在するモンスター1体を
リリースする事でこのカードをデッキの一番上に戻す。

《幻獣ワイルドホーン》ATK1700→2300→3300

 鹿幻獣が禍々しい斧を手にする。
 さらに墓地から効果を受け、軽々と斧を振りかざして構えた。
 至極単純な召喚と強化だが、その数値はポイニクスを上回っている。
 さきほどチルヒルをかばったガイルーダもその隣に控えている。

「《幻獣ワイルドホーン》デ『ポイニクス』ニ攻撃!!」

 斧を携えて、ワイルドホーンがポイニクスへと駆け出す。
 鹿の俊足は健在であり、ポイニクスですら攻撃はかわしきれない。
 しかし、その攻撃をそのまま通すような翼ではない。

「リバースカードオープン、《ゴッドバードアタック》!!
 クレインを生け贄に捧げて、フィールドのモンスター2体を破壊する!」

《ゴッドバードアタック》
【罠カード】
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げて、
フィールド上に存在するカード2枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊する。

「俺が破壊するのは、ワイルドホーンと、そしてグリーヴァだ!!」

 クレインが光の弾丸となって、ワイルドホーンを瞬時に貫いた。
 胸を打ち抜かれて、ワイルドホーンは一瞬にして絶命する。
 その勢いのまま、グリーヴァに向かうが――。

「案の定、ここでグリーヴァの効果発動ですよ!
 いえね、あなたが何かしらのカードを防御に使うとは思ってましたから!
 いずれにせよ、発動はしていたのですがねえ!
 さて、『ファントム・ヴァリー』の効果で除外ゾーンに退避です。
 これで戻ってきたときには、あなたのデッキを削り取り、
 残りデッキ枚数は見事にゼロとなるわけです!!」

「その通りだ。もう俺のデッキ枚数は後がない。
 けど、効果で戻ってこなければ、デッキ破壊効果は発動できないよね!」

「ほう、何を考えているのです?」

「グリーヴァが戻ってくる前に、俺が何とかするんだ!
 2枚目のリバースカード発動! 《光霊術−「聖」》!!
 ポイニクスを生け贄に捧げて、このトラップカードを発動するよ!
 除外されているカードを選択して、俺の場に特殊召喚する!
 俺が選択するのは当然グリーヴァだ!!
 罠を手札から見せれば無効になるけど、シルキルさんに手札はない!」

《光霊術−「聖」》
【罠カード】
自分フィールド上の光属性モンスター1体をリリースし、
ゲームから除外されているモンスター1体を選択して発動できる。
相手は手札から罠カード1枚を見せてこのカードの効果を無効にできる。
見せなかった場合、選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

「なに……! このために回避効果を持つグリーヴァを狙い撃ちしたというのですか!」

「効果判定は成功だ!
 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》を、今度は俺がコントロールを得る!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→3100

 除外ゾーンからカードが弾かれ、翼がグリーヴァのカードを手にする。
 グリーヴァのカードは、シルキルの魂のカード。
 手に取り眺めると、そのカードはまるで消耗したように(すす)けていた。
 これほどの激戦の中で何度も戦闘を繰り返し、蘇ってきていたのだ。
 損耗するのも無理がないように思えた。
 翼はグリーヴァを労うように、そのカードを優しく両手で包み込んだ。
 チルヒルの悪意に傷つけられた魂を癒すように願いを込めながら。
 ――心なしか、カードの黒がかった汚れが取れた感じがした。
 その気晴らしを慰めに、翼はフィールドにグリーヴァのカードを力強く場に置いた。
 グリーヴァは腕組みをした勇姿で空中から降り、翼を目線をかわした。
 ここまで苦戦させられた相手が、今は最も頼れる仲間へとなった。

 切り札の奪われる様子を、シルキルは呆然と眺めていた。
 ガイルーダの攻撃が残っていても、グリーヴァには敵わない。
 そして、手札も存在しない。
 できることがないことにようやく気づいて、シルキルは口を開いた。

「たーん、エンド……」

「クッ、ワタクシのターンです、ドロー!」

 対して、チルヒルは苛立ちを抑え切れなかった。
 翼をデッキ切れに追い込む算段がまるっきり崩されてしまった。
 おまけに強大なモンスターであるグリーヴァが居座っている。
 チルヒルが持つ単体のカードで、あの攻撃力を超えられるカードはない。
 歯噛みをしながら、グリーヴァを何とかできるカードを待つしかない。
 だが――。

「フフハハハハ、あなたの運も大概ですが、ワタクシとて負けてない!
 この局面でこのカード! そして、あらかじめサーチしておいたカード!
 これなら勝てますね! フフ、あなたの命運もここまでです!」

 チルヒルが感情を昂ぶらせて、宣戦布告する。
 翼は全身にかけめぐる嫌な予感に、体を震わせて身構えた。

「まずは《ミイラの呼び声》の効果を発動します!
 ワタクシの場には、あなたの孤軍奮闘のおかげでモンスターがいません。
 よって、手札から2体目の《闇より出でし絶望》を特殊召喚します!」

《ミイラの呼び声》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「そして、《疫病狼》を攻撃表示で召喚です!」

《疫病狼》 []
★★★
【アンデット族・効果】
1ターンに1度だけこのカードの元々の攻撃力を倍にする事ができる。
この効果を使用した場合、エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
ATK/1000 DEF/1000

 さすがのアンデットの恐るるべき展開力。
 当たり前のように最上級モンスターが現れ、さらに下級モンスターが召喚された。
 目の前を覆う絶望の巨大な影と、瘴気を纏う黒狼。
 だが、この2体ではグリーヴァを倒せない。
 つまり、残るあと1枚の手札こそが、逆転の切り札――。

「手札より通常魔法発動! 《強制転移》!!
 お互いに自分のカードを指定しあって、コントロールを入れ替えます!
 ワタクシは《疫病狼》を差し上げましょう!
 さて、相手には翼くん、キミをご指名しましょう!
 ワタクシにコントロールを渡すモンスターを、さあ選んでください!」

《強制転移》
【魔法カード】
お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。

 発動されたのは、不平等交換を強いるカード。
 チルヒルは『選んでください』とおどけるが、実際には選択の余地などない。
 翼のフィールドに存在するのは、グリーヴァ1体のみ。
 しかし、引き渡しては圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまう。
 ならば――。

「俺はグリーヴァの効果を発動する!
 『ファントム・ヴァリー』!!
 グリーヴァを除外退避させて、《強制転移》の対象を回避する!
 交換する相手がいなくなったから、その発動は無効だ……」

「フフハハハ、そうですね!
 ですが、そんな足掻きなど無意味ですよ!
 どちらにせよ、あなたを守るモンスターはいなくなりました。
 そして、グリーヴァが戻ってくれば、あなたのデッキはゼロになります!
 友のカードでトドメを刺されるなら本望というロマンチシズムですかねえ!
 美しくも無意味な感傷です! 実に感動的ですが無駄な抵抗にも程があります!
 その前に、空っぽの場でワタクシの攻撃に耐え切れますかねえ……?」

 チルヒルの煽り罵る言葉を、翼は苦い表情で受け止めていた。
 翼のフィールドにリバースは1枚残っている。
 ――だが、防ぎきれない。
 デッキ切れを最も警戒してカードを伏せていた。
 だから、相手の攻撃を回避するリバースを今用意できていない。

「バトル、これで終わりです!!
 《闇より出でし絶望》があなたを覆い尽くす!
 ダイレクトアタックです! 『フィアーズ・ブロー』!!」

 漆黒の巨大な影が、瞬く間に翼の目の前に立ちはだかる。
 
 ――守りきれなかった、ごめん――。

 友を踏みにじる目の前のチルヒルが許せなくて。
 『力』が湧きあがる今なら、誰かを守れる気がして。
 虚勢かもしれなかったけど、翼は決闘を引き受けた。
 だが、結果はこれで終わり。
 勝敗を分けるのは、正しさでも気持ちの強さでもなくて。
 いかに相手を追い詰めるかの技術の差であって。
 『誰かの気持ちを踏みにじる奴を許せない』。
 翼の祈りは、どこにも届かない――。
 そして、翼は目を閉じた。
 すぐに生暖かい温度が翼を通り抜けていった。
 今通り過ぎたのは、《闇より出でし絶望》の立体映像だろう。
 投影光が通り抜けて、翼に熱を感じさせたのだ。
 それを確認するために、かすかに目を開ければ。
 ――そこには烈火と鎧を身に纏った鳳王獣が駆けつけていた。

「特殊ルール適用、インタらぷと……」

 暗黒の影に引き裂かれたのはガイルーダであった。
 バトルロイヤルルールでは隣り合うプレイヤーへの直接攻撃に介入できる。
 翼をダイレクトアタックからかばって、シルキルのモンスターはその身を崩した。
 攻撃をかばった場合、かばったプレイヤーが超過ダメージを受ける。
 シルキルのライフ表示が、静かに変動音を刻む。

シルキルのLP:4000→3700

「シルキルさん! もしかして正気に!!」

 だが、シルキルは答えなかった。
 いや、答えることができないようだった。
 介入を宣言した声も、やっと抵抗して絞り出したように聴こえた。
 害意を強いるアンデットの汚染と、ずっとシルキルは闘っていたのだ。
 翼がグリーヴァのカードを手にしたときの祈りが届いたのかどうか――。
 それを今一瞬だけでも打ち破り、シルキルは精一杯の抵抗で翼をかばった。

「ハハ、ハハハハ、ワタクシの掌握精度も衰えたのですかねえ……」

 チルヒルも信じられないといった面持ちで、目の前で起こったことを眺めていた。

「あり得ない、このようなことなどあり得ない……。
 シルキルの魂の意志がそれほど強かった?
 いえ、むしろ常人よりも弱まっているはずなのですよ。
 『魂の変質』を2度も経て、限りなく磨耗しているはずなのですから。
 イレギュラーがあるとすれば、あなたがグリーヴァのカードを手にしたこと?
 そこで魂のカードを通じて、精霊の力を無力化する『力』が流れ込み統制を弱めたとでも――?
 フフフ、これじゃあ余計に、翼くんを捕らえなくてはいけないじゃないですか――。
 あなたの身体が、余計に、狂おしいほどに、欲しくなってきましたよお!!」

 チルヒルは動揺を露わにしながら、フィールドに意識を戻した。

「茶番に邪魔されましたが、まだワタクシのバトルフェイズは続いています!
 《疫病狼》であなたにダイレクトアタック!
 自身の効果で攻撃力を倍加させて攻撃です!
 今度こそ、邪魔者はどこにもいませんよ!」

《疫病狼》 []
★★★
【アンデット族・効果】
1ターンに1度だけこのカードの元々の攻撃力を倍にする事ができる。
この効果を使用した場合、エンドフェイズ時にこのカードを破壊する。
ATK/1000 DEF/1000

《疫病狼》ATK1000→2000

 不吉を振りまく狼が、翼に激しく襲いかかった。

翼のLP:2100→100

「それにあなたの負けは動かないのですよ!!
 グリーヴァの帰還もデッキ破壊も強制効果です!
 ワタクシは今エンドを宣言します!
 それで、あなたのデッキはゼロとなり、あなたはカードを引けなくて終了!
 どちらにしろワタクシの勝利は揺ぎ無い!」

 チルヒルのエンド宣言により、自動的にグリーヴァの効果が発動する。
 グリーヴァが翼の場に戻り、そして赤い獅子幻獣をデッキへと放つ。
 チルヒルのデッキを削ると同時に、翼のデッキを削り取る。
 そして、翼のデッキはゼロを指した。

「――いいや、俺の勝ちだ!
 シルキルさんが必死で繋いでくれたから、俺の勝ちだ!!
 伏せカードは攻撃を防げない、だからその役目は――」

 翼は右手を振りかざし、発動を力強く宣言した。

「リバース発動! 《転生の予言》!!
 墓地にあるカードを2枚まで選択して、それぞれのデッキに戻す!
 俺は自分の墓地から《星の供物(ステラ・ホスティア)》をデッキに戻す!
 そして、お前の墓地から《ダメージ・ダイエット》をデッキに戻す!」

《転生の予言》
【罠カード】
墓地に存在するカード2枚を選択して発動する。
選択したカードを持ち主のデッキに戻す。

《ダメージ・ダイエット》
【罠カード】
このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

「な、に……、《転生の予言》を伏せていた……?
 しかも、今デッキに戻したカードは――」

「俺のターン、ドロー!」

 チルヒルの動揺を尻目に、翼はただ1枚のデッキを引き抜いた。
 自ら予言した勝利の結末へと、ターンを進行させた。
 高らかにカードを掲げ、この勝負の終幕に向けてカードを展開する。

「手札より儀式魔法《星の供物ステラ・ホスティア》を発動する!!
 このカードにより墓地の同じ種族のモンスター4体を除外することで、
 それと同じ種族の儀式モンスターを、墓地から儀式召喚する!!」

《星の供物》
【魔法カード・儀式】
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)

 この勝利まで辿り着けたのは、自分の精霊に通じる『力』に、
 デッキに宿るカードの精霊たちが答えてくれたから。
 カードエフェクトで光を放つ墓地に優しく手を添えながら。
 翼は誇らしき仲間のカード達を1体ずつ宣言していく。

「《輝鳥-テラ・ストルティオ》、《輝鳥-アクア・キグナス》、そして、
 《輝鳥-イグニス・アクシピター》、《輝鳥-アエル・アクイラ》を墓地から除外し――」

 輝鳥の魂が墓地から生け贄に捧げられ、フィールドに光として集まってくる。
 それぞれの色は触れ合って減法混色され、虹色を帯びた至高の白を生み出していく。

「再臨せよ!! 光輝の《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!
 そしてその効果発動だ!! 『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!」

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》 []
★★★★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
ATK/3000 DEF/2500

 今度のチルヒルに抵抗する手段はない。
 絶望の影は、光とマグマに焼き尽くされて死の灰となる。
 誰もいなくなったチルヒルの場を、ポイニクスとグリーヴァが並んで見下ろす。

「俺たちの怒りの一撃を受けてみろ!!
 ポイニクスでダイレクトアタック!
 これは俺の分だ! 『シャイニング・メテオラッシュ』!!」

 ポイニクスは翼の怒りを受けて、体躯を燃焼させ尽くし、
 猛烈にチルヒルへと隕石のごとく突撃した。

「ぐぬううううううう」

チルヒルのLP:3900→900

 手札にもフィールドにも何のカードもないチルヒル。
 致命傷のダメージを受けるが、まだライフは残っている。
 すかさず黒き人型の獅子幻獣――グリーヴァ――が前に躍り出た。

「もう一撃は、シルキルさんの分だ!
 いくよ、グリーヴァ! ダイレクトアタックだ!!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 グリーヴァは白い衝撃弾を練りだし、チルヒルへと放った。
 その攻撃にマスターを踏みにじられた怒りも込められているのか。
 力強い弾道のビジョンは、チルヒルを抉るように炸裂し、ライフを削りきった。

チルヒルのLP:900→0

 ライフがゼロを指し、チルヒルは脱落した。
 同時にエナジーが抜き取られ、チルヒルは前に倒れ込んだ
 やっとこの不毛な闘いが終わった。
 一応、デュエルはまだ続いている。
 だが、チルヒルが今力を抜き取られたのなら、シルキルも意思を取り戻すはず。
 翼は期待を込めて、シルキルを見やると、――シルキルは倒れ込んでいた。
 デュエルシステムはバトル続行不可能と判断し、自動的に翼を勝者と認定して終了した。


「シルキルさん!!」

 慌てて翼は駆け寄って、シルキルの様態を確かめる。
 その『力』を用いて、シルキルの状態を探った。
 その結果は――。

「焼き切れている――……」

 ウロボロスは『魂の変質』について話していた。
 精霊と人間を融合させれば、意識が反作用を起こして互いに食いつぶすと。
 シルキルは自分の融合と、そしてイルニルとの融合で二度『魂の変質』を経験した。
 さらに今チルヒルによって、アンデットの邪悪な意思と擬似融合させられた。
 幾度の融合で意識が摩耗してしまうのは、考えれば当然のことだった。
 これまで動けていたのも、チルヒルが人形を動かすための力を送っていたからに過ぎない。
 シルキルは既に瀕死であった。
 何をどうしようとも、摩耗した魂は元に戻らない。

「シルキルさん、起きてよ!
 もうチルヒルを倒したんだ!
 シルキルさんのお陰で倒せたんだ!
 だから、ここから出て、俺たちと一緒に――」

 『力』が『シルキルはもう死ぬ』と訴えてきても、翼の声は止まらなかった。
 しかし、最後には涙声になってかすれて、力なく途切れた。

(私は……これで満足なのですよ……)

 翼に、シルキルは精霊の声で語りかけた。
 
(元から破綻したやり方だったのです。
 私はこの場所を離れて生き続けることはできません。
 あなた方の元で過ごすことなんて夢の話なのです)

「シルキルさん、もう喋らないで……」

 薄れゆく意識の中で、シルキルは何かを伝えようとしていた。

(でも、私はあなたを助け出せただけで満足なのです。
 ウロボロスについて改めて知ったとき、この人になら再び従ってもいいと思いました。
 しかし、あなたが捕らえられたと聞いたとき、あなたを応援したいと思ったのです。
 あなた方の確からしいことを見出そうと闘い続ける姿。
 その探求が続いていくというだけで、私は嬉しい。
 あなた方の眩しさを微笑んで見送れるのです)

「見送らないでくれ! 俺たちと一緒に!!」

(私はずっと憧れてたんです、まっすぐに何かを求められる強さを持つ人に。
 さよなら翼。私の感じたあなたの『熱』を、そのまま皆に伝え続けて……)

 シルキルは事切れた。
 翼に祈りを託して。
 『力』が伝えてくる厳然とした『死』の事実に震えながら。
 翼の中にシルキルの言葉が駆け巡っていた。

「ハハハ、結局救えなかったですね。
 これはちょっとワタクシにも想定外でした。
 シルキルの魂はあそこまで弱っていたんですね」

 チルヒルはやっとで起き上がり、翼に語りかけた。

「ワタクシは腐肉に妖気を蓄えているから、吸収されても何とか行動はできます。
 しかし、これでは完全に任務失敗ですね。こりゃあ逃げるしかありません。
 あなたを逃すのは口惜しいですが、命の方が大事ですからね。
 ではでは、あなたが再び捕らえられたときに、また玩具にさせてくださいな。
 さよーな」

「――《光の護封剣》」

 翼は瞳を青く光らせて、カードの名を『詠唱』した。
 チルヒルが翼に亜精霊を何体もけし掛けて潰させた名残によって、
 この一帯は精霊の空気に満ちている。
 つまり、精霊に通じる翼は、今その力を使いこなすことができる。
 《光の護封剣》の持つ性質は、拘束の力。
 チルヒルの衣服と肌を串刺しにし、壁にくくりつけた。

「お前を許さない。
 誰かを踏みにじる奴を許せない。
 二度とこんなことをできなくしてやる」

 翼は右手を開いてかざし、チルヒルに歩み寄る。

「な、なにをする気です!!」

「その精霊の能力を全部消す。
 俺の『力』ならきっとできる。
 もう誰もお前にアンデット化されないようにするんだ」

「あ、ああああ……」

 翼が一歩一歩近づくたびに、シルキルは怯えたような声を挙げた。

「や、やめてくれ!!
 キ、キミが何をしようとしてるか分かってるのか!!」

 チルヒルの糾弾の声に、翼の歩みが止まった。
 取り乱したチルヒルは、いつもの慇懃無礼な口調を捨て、ひたすらまくし立てた。

「ワタクシにとって、この能力がどんなものだか分かるか!
 ワタクシたちは、その能力を活かすために作られた存在なのだ!
 そういう風に作られた存在だから、そう生きるしかできないんだ!
 それができなくなったら、生きていく意味なんてなくなるんだよ!
 キミらにとって言えば、そうだな、『去勢』されるようなものだ!!
 死体を操れないアンデットマイスターなんて、死んだも同然だ!
 そんな残酷な仕打ちを、キミはワタクシに強いるというのか!!
 それをやると言うのなら、ワタクシとキミは同類の存在だ!
 誰かの意思を踏みにじる傲岸な存在として、変わらないじゃないか!!」

 翼の動きが完全に止まった。
 当然、チルヒルを許すことはできない。
 放っておけば、間違いなく同じ過ちを繰り返す。
 だが、翼は誰も踏みにじりたくはない。
 できるなら、誰もの更生を信じていたい。
 しかし、元からの望みが悪なら、その者はどうやって救われればいい。
 夢や願いをかなえる善が、誰かを踏みにじる悪に直結してしまう。
 その望みを断てば、その者の幸福への道を断つことになるとしたら。
 翼はそれでもその者を裁くことができるのか。
 しかし、裁かなければ、またシルキルさんのような悲劇が繰り返され――。

(迷うことない、彼は倒すべき非道あく
 でも、あなたは背負わなくていい。
 そんな命題を背負うには、まだ早い。
 だから、わたしが代わりに裁く)

 翼の脳裏に女性の精霊の声が響いた。
 それを認識した直後、目の前のチルヒルは――引き裂かれていた。
 そこには刃物もなければ、カマイタチもなかった。
 見えない斬撃により、チルヒルはXに引き裂かれ、致命傷を負った。
 振り返れば、そこには金色の長髪の、人形のように綺麗な女性が佇んでいた。

「あなたは、エル……。
 あなたも裏切るのですか――」

(裏切りじゃない。
 わたしは本当のウルの味方。
 そこにあなたは邪魔)

「はは、組織の行動指針に逆らっておいて、何が味方ですか!」

(……そう、語弊があったかもしれない。
 なら、『パートナー』と言い換える。
 その人の取る行動が常に正しいとは限らない。
 わたしは盲目的に従う『味方』じゃない。
 諌めることもある『パートナー』)

「これだけの仕打ちに遭って、まだ慕い続けると!
 それこそ盲目的な愛ですよ!
 あの方はもうあなたのことを愛してなど――」

 エルと呼ばれた女性はトドメの一撃を加えた。
 チルヒルの糾弾は、エルにより物理的に打ち切られた。

「これで良かったのか……」

(自分が助かるための命乞いに、屁理屈を混ぜただけ。
 利己心だけ、反省も見られない。
 だから、わたしは裁いた。
 あなたがどう裁くか、それはこれから考えていくべきこと)

「エル……さんは、俺たちの敵なの? それとも味方なの?」

(それはあと少し経てば分かること。
 約束の時間は、きっと、もうすぐだから)

「約束……?」

(わたしはあなたたちが来るべき場所で待ってる)

 エルはチルヒルの懐から鍵束を取り出し、一つの鍵を翼へと投げ渡した。

(それが牢屋の鍵。そこの髪の長い女の子を解放してあげて。
 すぐまたわたしとは会うことになる。
 そのときに本当のことがみんな分かる)

 エルはそう言い残して去っていった。
 めまぐるしい闘いの疲れを感じながら、翼はレイの牢へと向かった。
 考えなくてはならないことは、たくさんある。
 しかし、迷う余地もなく絶対にやらなければならないことがある。

「こんなことは全部終わらせる。
 俺がウロボロスを止める」

 焼き切れていった意志へと胸を馳せながら。
 翼の闘志は静かに、だが熱く燃え滾っていた。


 そして、謎の女性エルがほのめかした通りに、約束の時間は近づいていた。
 翼の知らないところで、約束へと続くもう一つの物語が既にきざしていた――。





第29話 幻想避行1-異世界と仔竜-



―――― ――― ―― ―

 今はあたしは道具になればいい。
 明葉を救うまでは、あたしはそのためだけの鋭利な刃物。
 どんな道徳も切り裂いて進まなくちゃいけない。
 目的のためならば、どんなこともやり遂げなくちゃいけない。

 あのとき翼とのデュエルを避ける方法もあったはず。
 来そうな場所にいなければよかった。
 そもそもあの晩の迎撃に参加しなければよかった。
 でも、あたしはそうしなかった。
 それはあたしのどこかでまだ躊躇や戸惑いがあったから。
 会えば、何か新しい答えが生まれる気がしたから。
 でも、その可能性はあたしの手で焼き払った。
 だから、もう迷うことなく前に進むしかないはずなのに。
 それなのに。

 ――立ち止まると、あのときを思い出すと、胸が焦げたように痛む。

 考えてはいけない。
 手を止めてはいけない。
 振り返ってはいけない。
 闘って何も考えないようにしなくちゃいけない。
 だけど、今は命令のない待機の時間。
 ならば、今のようにデュエルのシミュレートで闘い続ければいい。


 あたしはウロボロスさんにこの施設に泊まりたいとお願いした。
 ウロボロスさんは、その申し出が来るのを分かっていたように、受け入れた。

「そうだネェ、慣れないことに身を投じるときには、環境を変えることも欠かせん。
 ここの施設には必要最小限のものしかない。贅沢はできんが、構わんか?」

「うん、構わないよ。あたしはここで協力できるだけで十分だから」

「そうか。なかなか、最近の小娘にしては、節制というものをわきまえているようだネェ。
 ここで暮らすならば、部屋を作らせねばならんな。
 エルに用意させておこう。
 この施設には複数人が暮らしている。
 一人増えたところで、造作もないことだ」

 ウロボロスさんがコールを鳴らすとエルさんが現れて、あたしを部屋に案内してくれた。
 エルさんはこの基地でお手伝いをしている人みたいだった。
 さらさらの長い金髪が透き通って、細身のお人形さんみたいに綺麗な人だ。
 エルさんは顔を合わせれば微笑んでお辞儀をしてくれるけど、言葉は話さない。
 多分、本当に話せないんだと思う。
 ここの人は複雑な事情がある人も多いみたいだから、あたしは調べたりはしなかった。


 翼を倒して来た夜。
 疲れ切っているはずなのに、眠れる気がしない。
 だから、デュエルのシミュレートで闘い続けている。
 デュエルディスクが仮想の対戦相手を作り出し、それと延々と闘い続ける。
 そのうちに疲れて、眠れますように。
 長い距離のマラソンをしているようなものだった。
 体が慣れてきて、疲れが平気になってくる。
 その先まで行ったのならば、眠れると思った。
 20戦くらいしたところで、やっとそういう感覚に近くなった。
 目の前のソリッドビジョンをやけに嘘っぽく感じる。
 かと思えば、唐突にリアルに感じる。
 夢と現実の狭間にいるような感覚に近づいていく。

 そのデュエルのうちに、違和感のある音に気付いた。
 コツリ、コツリと、ビー玉を床に落とすような音が続いている。
 最初は遠くに感じて、部屋の外の誰かの足音だと思った。
 でも、デュエルを続ければ続けるほど、その音は大きくなっていった。
 まるであたしに訴えかけるように、響いている。
 その音を振り切るようにデュエルを続けても、音は大きくなるばかり。
 心なしか音の感覚も不規則にさらに加速していくみたいだ。
 壊れたメトロノームが調子を狂わせて、音を鳴らし続けるように。

 違和感に耐えきれなくなって、デュエルの手を止めた。
 音の在り処に耳をすませる。
 近い、この部屋の中だ。
 でも、どこだろう。
 何も見えない。
 方向も強弱も安定しない。
 跳ね回っているんだろうか。
 見えないベッドの下かな。
 床に膝をつきかがんで、目を凝らす。
 だけど、ベッドの下には何もない。
 違う。ベッドとは別の方向の何もないところから聞こえている。
 だけど、何もないはずだった。
 振り向いて、もう一度見つめ直した。
 そこには、なかったはずのものが浮いていた。
 2つのビー玉、青と赤。それが跳ね回っている。
 あたしが気付いて、じっと見つめる。
 すると、そのビー玉はあたしの目線に気付いたように、さらに素早く飛び跳ねた。
 何か意志がある生き物なのか。何なんだろう。
 そうすると、今度はドアに向かって跳ねていく。
 ドアのもとで止まり、開けてほしそうに規則的にノックしていた。
 部屋から出たいときの犬の仕草みたいだ。
 ドアノブをひねって開けると、開けきらないうちに部屋の外へ飛び出した。
 あたしは慌てて追いかける。
 何をやってるんだろう。夢なのかな、何かな。
 だけど、ついて来てほしそうに動くから、あたしはついつられてしまう。
 やがて、ビー玉の動きは止まった。

 そこは知らない個室だった。
 扉は少しだけ開いていて、明かりもついていない。
 この時間にしては不用心だ。
 誰も使っていない空き部屋なんだろう。
 とはいえ、入っていいんだろうか。
 迷うあたしを、2つのビー玉はおとなしく見ている。
 だけど、あたしはこのビー玉たちが何をしたいか知りたかった。
 扉に手を掛けて、そっと明かりを灯した。

 予想はハズれていた。
 誰かの部屋みたいだ。
 ベッドのシーツは明らかに誰かが普段使っている跡がある。
 でも、それにしてはものが無さ過ぎた。
 それ以外に生活感があるものといえば、机くらいだ。
 あとは一切ものというものがない。
 立ち止まるあたしを差し置いて、ビー玉は机の上へと向かっていった。
 改めて机を見ると、そこには1冊の古びた本が置いてあった。
 ビー玉はまた飛び跳ねてノックして、あたしをそこに手招きしていた。

「これが目当てだったの?」

 ビー玉の目的地はここなんだろう。
 あたしは人差し指で本の表紙をたどった。

「……『The Bravery Girl and Amusing Dragons』……?」

 女の子とドラゴンのお話? あとの単語は分からない。
 その前に外国語の本なんて、手にすること自体初めてだ。
 ファンタジーのお話なんだろうか。

「作者さんは何て読むんだろう、ローマ字は『Elvira』……。
 イー、エル、ブイ……。エルビラ、かな?」

 作者さんの名前の読み方もしっくりこない。

「読めないし、意味も分からないし……。
 これを見せられても、どうしようもないよ」

 あたしが外国の本に困っている間、2つのビー玉は本の周りを跳ね回っていた。
 まるで何かを探すか、待ち切れないかのように。

「よく分からないけど、開ければいいのかな?」

 呼びかけると、さらに勢いよく飛び跳ねた。
 こちらの身振りが見えるだけでなく、言葉もなぜか通じているみたいだ。
 本を手に取った。
 そうすると、その本は急に光を放った。

「な、何? 何?」

 まぶしい光の中でページは勝手にめくれていく。
 目の前を照らすまぶしさに目を閉じた。
 本の落ちた音を聞いたとき、意識は途絶えた。




 握った砂の感触。驚いて目を覚ました。
 あたしは砂漠に倒れていた。
 起きて、服と肌に付いた砂をはらう。
 夕焼けが眩しい。
 砂漠でも暑くはなかった。
 砂は少しひんやりしていた。

「何……ここ……?」

「やっとお目覚めか? この鈍い野郎め」

 あたしのつぶやきに反応して、声がかけられた。
 振り返ると、そこには2匹の仔竜が宙に浮いていた。
 腕組みをした青い魔法使いの衣装を着た仔竜。
 心配そうにこっちを見つめる赤い僧侶の衣装を着た仔竜。
 どっちもやけにお洒落な竜だ。

「え、え、え? だ、誰?」

「誰とは何だ! あっちでも会ったろー。
 まさか見えてなかったのか? 言葉も通じなかったし……」

 魔法のステッキをぶんぶん振り回し、こちらを問い詰める。
 竜がしゃべってる……。
 怒ってるみたいだけど、仕草がいちいちかわいい。

「え、あっちって?」

「それも分からないのかー! この偉大なる宝珠も見覚えがないのか!」

 そう叫んで、しっぽを前に出した。
 青く透き通った宝石が先っぽについている。
 あれ……、ってことは!

「あのときのビー玉!?」

「だーれが、ビー玉だー!
 この偉大なる《ドラゴ・マギー》さまに向かって、ビー玉とは何だー!!
 ま、まさかそれしか見えてなかったのか!?」

「う、うん。二つの玉が浮いたり、跳ねたりしてるなぁって……」

 素直にそう応えると、魔法使い竜はうなだれた。

「しっぽを動かすと反応が良かったから、そうしただけなのに。
 こ、こんな鈍いやつがどうして……」

 それをピンクの僧侶の竜がポンポンと肩をたたいて、なぐさめる。

「マギー、落ち込まないの。多分、力を秘めてるだけだよ。
 その証拠にデュエルの腕は凄かったじゃないの」

「え、え? え? そのときからずっといたの?」

 あの一心不乱に目の前のCPUを撃破し続けていたときも!?
 は、恥ずかしい……。
 わき目も振らずに暴れ続けたようなものだし……。

「あ、ああ。そうだ。あのときのこいつの様子を思い出すんだ。
 まるで鬼神のごとく目の前の相手を、竜を使ってなぎ倒し続けた。
 相手が何かをしようもんなら、にらみ付けカウンターして反撃。
 何もできない相手を竜の強烈な一撃で吹き飛ばす。
 融合でモンスターを束ねて、絶対の力を作り出す。
 あの姿は世界を支配する『狭間の次元の覇王』のような勢いだった……。
 うん、今は気が抜けてるけど、同一人物だ。
 そうに違いない。そうでないと、俺らがしめられる〜」

「そ、それはともかく」

 思い出されると恥ずかしい。
 無理やりに話題をそらした。

「2人があたしをここに連れてきたの?」

「うん、そうなの。私が《ドラゴ・ミレイ》。
 こっちのうるさい方が《ドラゴ・マギー》。
 ミレイにマギーでいいからね。
 あなたは陽向居明菜さんだよね。
 明菜でいい?」

「う、うん。けど、どうしてあたしの名前を?」

「それはね〜、少し調べたから。
 実はこの次元の竜の王子が明菜に興味を示したの。
 それで道案内して来いって、私とマギーが遣わされたわけ。
 まさか私たちの姿さえ見えないとは思ってもなかったけどね……」

「そ、そうなんだ……」

「そうゆうこと。あの王子に選ばれたんだ、光栄に思えよ!」

「光栄にって……」

「ま、待ってよ。あたしの意思はどうなるの?
 それにあたしだって、勝手に連れまわされていいほど、暇じゃないよ。
 今はあたしはあの場所に戻らなくちゃいけないのに。
 こんな所で、よく分からない竜の王子様の興味に付き合わされても困るよ。
 あたしはこんなことしてる場合じゃないよ!」

 少しだけ状況が分かったら、こうしてる場合じゃないんだ。
 興味がないと言えば、嘘になる。
 自分に竜の王子様が興味があるなんて言われたら、少しは胸が弾む。
 けれども、あたしはそんなことをしている場合じゃない。
 明葉を救うために、一番大事な時期なのに。
 こんなところで寄り道している場合じゃないんだ。
 みんなを傷つけた以上、立ち止まってなんていられないんだ。

「明菜は何をそんなに焦ってるんだい?」

 マギーは神妙な顔つきであたしを見た。

「何をって……。あたしには時間がないの。
 だから、この場所で付き合うことなんて!」

「この場所なら、焦ることはないと思うよ。
 だから、俺たちは少し強引にでも連れてきたんだ。
 ここを見渡してみてよ。
 見渡す限りの砂漠、のんきに空を舞う鳥とドラゴン。
 ここはあらゆる次元で一番時間の流れが豊かな場所。
 明菜の世界で1日が終わるころには、この世界では1年は経過してるんじゃないかな。
 だから、ここは伝説が息づく次元でもあるし、生まれ変わり続ける次元なんだ。
 少し前は荒野ばかりで、封印されたエクゾードの神が解き放たれたかな。
 それと同時に俺たち竜も封印を解かれて、誰が一番強いかを競い合ってるんだ。
 もうそれがここ200年くらい続いている、そんな世界さ」

「だからね、明菜は焦ることなんてないよ。
 この場所なら、時間なんて気にしなくてもいい。
 せき立てるように自分を追い詰めることなんてしなくていいんだよ。
 だって、そうじゃなきゃ私たちの次元に無理に連れて来れないよ」

「じゃあ、帰ることもできるんだよね」

「うん、元の場所に戻る事だって自由だよ。
 だから、明菜は安心していいんだよ」

「そっか……、そうなんだね」

「そうだよ。あの部屋で見たときから明菜は張り詰めすぎだと思ったんだよ。
 もっと肩の力を抜いてさ、俺たちのお誘いに付き合ってくれよ」

 あたしは、体の力が抜けたような気がした。
 今まで張り詰めさせていたものが、解けたように。
 どうしてだろう。今までずっと追い詰められていた気がしていた。
 正しくなくちゃいけない。強く真っ直ぐ進まなくちゃいけない。
 だけど、ここは誰も見ていない世界だ。
 あたしのいた場所とは何にも関係がない、自由な世界だ。
 それなら、あたしはあたしのままでいいんだ。
 ここなら、誰のためでもなく、気まぐれに過ごしていいんだ。

 そう思ったら、急に疲れが押し寄せてきた。

「お、おい。大丈夫か?」

 いつの間にか、腰が抜けたように砂に膝をついてしまっていた。

「う、うん。大丈夫。どうしてかな……。
 きっと疲れてるんだけかな」

 翼とあんなデュエルをして、それから立て続けにデュエルし続けて。
 体はもうとっくに疲れ果ててるに決まっている。

「励ましてくれてありがとう。カッとなって、ごめんね。
 ねえ、それなら、安全で眠れる場所って知ってる?
 ちょっとだけ、休みたいんだ」

「怒るのも無理ないよ。よりも、信じてくれてありがとう。
 それなら、オアシスまでいこっか。
 それでこの世界のルールは分かる?」

「ルール?」

「感づいてるかもしれないけど、ここはデュエルモンスターズの精霊の世界。
 だから、明菜の好きなカードを使って、いろんなことができるの。
 オアシスまで歩くのはきついよね。
 だから、飛べる大きな竜を召喚してみてよ?」

「うーん、そうなの? ディスクで呼び出せばいいのかな。
 じゃあ……」

 あたしは半信半疑でデュエルディスクを構えた。
 時間がずっと長くて、竜が当たり前のように暮らす。
 そんな場所なんてあるのかな。
 夢かもしれない。
 もしかしたら本の中の世界かもしれない。
 でも、今は目の前のかわいい仔竜たちを信じてみよう。

「あたしは《融合》を発動する。
 召喚するのは――」

 《クロスライトニング・ワイバーン》!……と思ったけど、あの子はビリビリしそう。
 ふかふかで飛ぶのが得意そうなのといえば。

「《サンセット・ドラゴン》と《サンライズ・ドラゴン》を融合!
 来て! 《太陽竜リヴェイラ》!!」

 6枚の翼と、ふかふかの白い羽毛。
 少し眠いから、今はまぶしいくらいが丁度いい。

「『はじめまして』かな、それとも『改めてよろしくね』かな」

 あたしが挨拶するように手を差し出すと、リヴェイラは首をこちらにおろした。
 軽く撫でると、気持ちよさそうに鳴いた。

「明菜になついてるね」

「いや、違うぞ、ミレイ。従わざるを得ないのさ。恐ろしいなー。
 裏では『逆らうと、《昇天の角笛》のコストにするよ』って脅してんだよ」

「マギー、下手にからかうと、押しつぶされかねないよ。
 攻撃力400のマギーなんて、かなう相手の方が珍しいんだから……」

「ふふ、大丈夫だよ。道案内さんを押しつぶしたりなんてさせないから。
 じゃあ、まずオアシスまで案内してね」

 リヴェイラにそっとまたがる。
 マギーとミレイはあたしの両肩に乗る。二匹ともすごく軽い。

「あんまり速く飛ぶなよ〜。じゃあ、この風の方向に向かって、GOGO!」

 風がそっと砂をすくって、向かう方角に吹き抜ける。
 アカデミアの身軽な制服は風を全身で感じてしまう。
 リヴェイラがはばたき始めた。
 あたしは抱きしめるように、強く掴まる。
 6枚の翼を器用に使って、前へ前へ少しずつ昇っていく。
 高度を少しずつ上げて、木々の手の届かないところまで。
 そして十分な高さまで昇ったなら、風に身を任せながら、前へ進んでいく。
 たくさんの景色を追い越して、突き抜ける風に撫でられて。
 広い砂漠をめぐっていく。

「この世界ってすごく広いんだね」

「そりゃそうさ。伝説の竜種を育てるなら、これくらいの度量がなくちゃダメだよ。
 気長にやってくには、時間も領地もたくさんないとダメなのさ。
 でも、この速さなら、もう少しでオアシスが見えてくるかな。
 ほら、見えてきた。あそこが安全地帯のオアシスだ。
 あそこでの闘いは禁止されている。そこなら安心して休めるだろ。
 おーい、もう少し高度を落として、スピードを緩めてくれ」

 オアシスがだんだんと見えてくる。そこは楽園のようだった。
 どこかで見たことのある、デュエルモンスターズのドラゴンたちがたくさんいる。
 草をついばんだり、水を飲んだり、寝ていたり。
 思い思いにくつろいでいるみたいだ。
 その場所に近づこうとしたときに、違和感のある光景が目に留まった。

「あれ? あのオアシスのはずれの集まりは何?」

 マギーは背を伸ばして見つめて、うわーと嫌そうな声を出した。

「ありゃあ、最近のさばっている竜人――ドラゴニュート――の連中だ。
 武器を持って、徒党を組んで、勢力を伸ばしてきてるんだ。
 係わり合いになる前にとっとと――」

「待って! その真ん中に女の子がいない? それも2人も!」

「あちゃー、運のない奴だなー。
 うん? 待てよ? 女の子?
 おお、珍しい。片方は本当に人間の女の子だ。
 どこから紛れ込んだかは知らんが、運の尽き……と思いきや、片方は精霊じゃないか。
 あの連中は手こずってるな。精霊の守りの力にかなわないみたいだな」

 ハープの音を奏でる精霊に、女の子は守られていた。
 藤原さんのカードで見たことがある。あれは《ハープの精》だ。

《ハープの精》 []
★★★★
【天使族】
天界でハープをかなでる精霊。
その音色はまわりの心をなごます。
ATK/ 800 DEF/2000

「そうだね。慌てる必要ないよ。
 あの守護の音色が強力な聖なる空間を作り出してるんだわ。
 あれなら、上級モンスターでもない限り、手を出すことはできないよ。

 ってねえ、マギー。あの次元のゆがみって、まさか……!?」

「おいおい……、あいつらここまで悪知恵つけて来たのかよ。
 《アームズ・ホール》だ。戦乱の異世界から武具を呼び出す魔法だ。
 これじゃあ、あのハープの姉ちゃんでも……」

《アームズ・ホール》
【魔法カード】
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。
自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを
通常召喚する事はできない。

「レイちゃんが使っていた魔法だ!
 マギー! ミレイ! 助けに向かうよ!! いいね!」

「いいけど、おい。
 大丈夫かよ! 勝算は……」

「ある! 大丈夫!!
 なくても、なんとかする!
 いくよ! リヴェイラ!!
 まずは急降下であのドラゴニュートたちをおどかして!」

 リヴェイラは翼を風を受けるように広げて、切り裂くような速さで向かう。
 強い風を巻き込んで、ドラゴニュートたちの頭上に切り込んだ。

「な、なんだよ! おいおい、こんな上級竜見たこと無いぜ……。
 お、おい俺たちに刃向かう気か!!」

 ドラゴニュート達は《デーモンの斧》を掲げて、こちらを威嚇してきた。
 うん、思い通りだ。

「格好良かったよ、リヴェイラ。
 これであいつらはこっちに釘付け。
 今度はリヴェイラの本領発揮だね!
 マギー、ミレイ! 目を閉じて!!
 効果発動! 『サンセット・ヴェール』!!」

 オレンジ色の不思議な光が放たれる。
 まともに受けて魅入られたドラゴニュートたちは力が抜けてしまう。

「うう……、体に力が入らねえ……」

「どんな武器を持っていても、こうなっちゃえば役に立たないね」

 さて、手加減してね、リヴェイラ。

「こらしめてあげる! 『サンシャイン・ブレス』!!」

 リヴェイラの吐く熱光線に、ドラゴニュートは「あっちー!」と叫び、悲鳴をあげる。

「おまえら! 分が悪い!!
 逃げるぞ! 逃げるぞー!!」

 ここで逃がしちゃ反省しないよね。

「――魔法発動!」

 天から光の剣が降り注ぎ、ドラゴニュートたちの動きを封じる。

「《光の護封剣》を発動したよ。たっぷり話を聞かせてもらうからね……」

「ひいいいっ!! 命だけは、命だけはお助けを〜」

 ドラゴニュートたちは土下座をして、大げさに謝り始める。
 そこまでされると、ちょっと可哀想になってくる。
 なかなか冗談じゃない演技になってるのかな……。
 着陸して、カードをチラつかせながらつぶやいた。

「《ブリザード・ドラゴン》で氷付けにされるのと、
 《クロスライトニング・ワイバーン》の電撃とどっちがいい?」

「お、おい……。明菜、まさか本気で……」

 マギーは震えている。

「じゃあ、あたしが決めるね。なら、このカードだね!!
 いくよ!! 『ライトニング・クリスクロス』!!」

「ひいいいいいっ!!」

 電撃が降り注いで、辺りは一瞬何も見えなくなる。
 そして、《光の護封剣》は破壊された。

「……冗談だよ。発動したのは《サンダー・ブレイク》。
 《光の護封剣》を破壊したの。
 これでもう懲りたかな?
 もうそんな武器を持ちだして脅かしたりしないでね」

《サンダー・ブレイク》
【罠カード】
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

「ひえええ!! もうしません、お許しを〜〜」

 ドラゴニュートたちは一目散に逃げていった。

「さて、これでもう大丈夫かな。
 ほら、ドラゴニュートたちはいなくなったよ。
 大丈夫だった?」

 女の子の方に振り返る。
 そこにいたのは――、えっ……?

「……エル……さん?!」

 思わず声に出してしまう。
 よく見れば、そんなはずはなかった。
 エルさんとは年も背丈も違う。
 この子はまだほんの小さな女の子だ。
 薄黄色の少しお洒落なネグリジェが、幼さを引き立たせている。
 でも、あのさらさらの長い金髪、顔つきはそのままで……。

「お姉ちゃん、どうして……わたしの名前を……?」

「え?」

 人違いじゃない?
 外見が似ているだけじゃなくて、本当に!?

「わたしはエルヴィーラ。みんなからはエルって呼ばれる。
 お姉ちゃん、わたしの名前をどうして知ってるの?」

「……………」

 どういうことだろう。エルヴィーラって……。
 エルさんのフルネームは知らない。
 でも、どこかで聞いたようなことがある響き。
 そうだ。あの本を書いた人の名前。
 あの『Elvira』は、きっと『エルヴィーラ』って読むんだ。
 ってことは、あの本を書いた子?
 竜と女の子の話って、それじゃあここは本の中の世界?
 でも、こんな小さな子にまだあの本は書けない。
 だけど、ここだと時間がめちゃくちゃだから、それもありえるのかな。
 そもそもエルさんとは似てるけど、ただの他人の空似だよね……。

「ううん、なんでもない。
 ちょっと知ってる人と似てて、びっくりしただけ。
 気のせいだったね。
 よりも、取り囲まれてたけど、ケガとかなかった?」

 ごまかして、話をそらした。

「うん。助けてくれて、ありがとう。
 お姉ちゃん、すごく強い。
 わたしはまだ強いカードとか持ってなくて……」

「おい、その前にちょっと質問したいんだが……」

 マギーがあたしとエルちゃんの間に割って入る。
 『おい』とか言っても、全然びっくりしない可愛さだ。
 でも、これまでのマギーと違って、眉間にしわを寄せている。

「そこのエルとやら、どうやってこの世界に来たんだ?」

「部屋の中で、『うずまき』に飲み込まれたの。
 それで気づいたら、いつの間にかオアシスのそばで倒れてた」

 ゆっくりだけれども、はっきりとした高い声でエルちゃんは話す。
 それを用心深くマギーは聞いていた。

「『うずまき』ねえ……。『光』に吸い込まれるんじゃなくて、『うずまき』にだな?」

 エルちゃんは頷いた。マギーはどうしてそこにこだわるんだろう?

「なるほどな……。じゃあ、何でそのカードの使い方を知ってるんだ?」

「これは、ドラゴニュートの人たちが教えてくれたの。
 『カードをかざして、名前をとなえれば、召喚できる』。

 召喚したら、ドラゴニュートの人たちはすごく喜んでくれた。
 でも、そうしたら、『俺たちの言う通りについて来い!』って言ってきて。
 怖いから『嫌』って言ったら、取り囲まれたの。
 そこをみんなが追い払ってくれたんだよ」

「そうか……、大体のことのあらましは分かったな」

 マギーはみんなを見回して、説明する。

「このエルも明菜と同じように、この世界に導かれたみたいだ。
 明菜とは少し違った形でな。だけど、呼んだ奴はここにはいないみたいだ。
 場所の転送に失敗したんだろーな。
 それでその隙にドラゴニュートたちが狙ってきたわけだ。
 いま、うちのドラゴンの王子は竜の使い手を求めている。
 だから、どういう形にしろ、優秀な使い手を連れてくれば、名誉が与えられるんだ。
 ドラゴニュートたちもそれを狙って、エルを狙ってたんだろーな」

「そうなんだ……。でも、どうして竜の使い手なんて探してるの?」

「そのことだけどなぁ……」

 マギーは腕組みをして、ミレイに目配せをして、提案した。

「話すよりも見せたほうが早いかなー。
 この精霊界に危機が迫っている。その場所を見せてやろう。
 ついでに、エルを呼んだ奴にも心当たりがあるんだよ。
 そいつにも会っておいて、損はないと思う。
 ただ、まぁ、それは一晩休んでからにしよーか。
 明菜だって、そろそろ体の疲れが限界だろう?」

「うん、いろんなことが気になるには気になるけど、それもそうだね。
 休ませてもらってもいいかな?」

「そうしとけ。次の旅は長くなるし、これから会う奴も相当なひねくれものだ。
 エルにミレイもそれでいいか?」

「うん。でも、わたしは起きてる。
 もっといろんな話を聞きたい!」

 エルちゃんは少し興奮したように、そう言った。
 あたしも付き合いたいけど、もうへとへとだ。
 明日、エルちゃんとたくさん話すことにしよう。

「私も賛成。明菜がダウンしたら、私たちは何にもできなくなっちゃうし。
 その前に、……明菜。ずっっっと気になってたんだけど、寝る前に一つだけいい?」 

「え、何かな?」

「うん。ずっと気になってたんだけど……。
 その『服』って、どうなのかなぁって……」

 ミレイがそのことを話すと、マギーはあちゃーという顔をした。
 やな予感がするけれども……。

「『服』って、このオシリス・レッドのアカデミアの制服のこと?
 これがどうかしたかな?」

 ミレイはあたしの言葉を聞くと、ギョッとしたような顔をした。
 顔をしかめて、制服をじろじろ見る。

「い、今、制服って言った?
 それじゃあ、この服をいつも着ろっていう決まりなの?」

「う、うん。そうだけど……」

「すごい学園ね。キャンペーンガールっていうか何というか。
 こんなラインを強調したデザインの服を強制的に着させるなんて。
 明菜、恥ずかしくない!?」

「え? 最初はちょっとスースーするなぁと思ったけど、それくらいかな。
 確かに周りの子は少し恥ずかしいって話はしてた気もするけど……」

「スースーするくらいって、明菜ねえ……。
 明菜ってそういうファッションとかに実は疎い?」

「え? うん……、そうかも。
 可愛いのは好きだけど、そんなに気にしないかな」

 ミレイは大げさにため息をついた。

「だめよ! 明菜ちゃん、もとはかなりいいんだから、もっと気を使うべきよ!
 見たところ、エルちゃんはなかなかにセンス良さそうね。
 エルちゃんもそう思わない?」

「うーん、ちょっと大胆すぎかも。
 容姿かスタイルに自信があるならいいけど、それ以外の人は困りそう。
 あと、これから旅に出かけるの?
 わたしたち、こんな格好で大丈夫なわけない……?」

「その通り! エルちゃんは今はパジャマだからいいとして。
 明菜に至っては、パジャマも旅装も用意しないといけないの。
 これから私がお洒落について、叩き込んであげる!
 ……と思ったけど、明菜を付き合わせるのも悪いよね……。
 だから、今だけは特別に選んであげる!」

 そう言って、ミレイがロッドをかざすと、異次元の穴が浮かび上がる。

「……あれって、《アームズ・ホール》?」

「解説しよう。あの異界の門はそんな堅実で、有用なものじゃねえ……。
 《女王の財宝(ゲート・オブ・パピヨン)》と呼ばれる最悪なまでに娯楽的なものだ。
 魅惑の女王(アリュール・クイーン)の十二次元最大最強の品揃えを誇るクローゼットから、
 ありとあらゆる衣装を直輸入する。
 そのクローゼットへのアクセスを許されるのは、余程のVIPじゃなきゃありえねえ。
 かく言う俺も本当は《黒魔族のカーテン》でも纏いたいとこだが、
 こんな洒落た魔法使いローブを纏わされることになっちまった。
 ミレイのお洒落への執着は半端じゃねえ……。
 明菜、諦めてミレイのお洒落に付き合ってやるんだな」

「お疲れの明菜にお似合いのパジャマはこれ!
 ピケルローブ!! ヒーリング効果もある優れものよ!
 睡眠導入効果のある子羊フードもセットでどうぞ!」

 ミレイの笑顔と勢いに逆らえそうにない。

「あ、ありがとう……」

「いいってことよぅ!
 さあ、この《黒魔術のカーテン》の中でバシッと着替えちゃって!」


 草葉のベッドで、あたしはようやく目を閉じた。
 いつの間にか、こんなことに巻き込まれてしまった。
 何が起こるか、確かに不安だけれども、それ以上に何だか興奮していた。
 あたし達がいた世界では、たった一晩もかからない旅。
 それでも、この世界中を飛び回れるくらいの時間を過ごせる。
 こんな途方もない自由を感じたのは、初めてだった気がする。
 もちろん、あたしが自由でいていいはずがないんだ。
 これは終わることが分かっている旅。
 この世界での用事が終わったら、すぐにでも帰って、計画に協力しないと。
 ……でも、何となくここにいる間は、そのことも忘れたかった。
 明葉のことを忘れたり諦めたりするわけじゃない。
 あの、なぜか息の詰まる場所を少しだけ離れたかった。
 だから今は、思うままに感じていようと思う。

 かわいい2匹の仔竜と、エルさんに似た子と一緒に。
 この空を駆け巡る旅が始まる。





第30話 幻想避行2-枯れ森と竜魔人-



「ちょっと地味じゃない?」

「動きやすくて旅には合ってそう。
 そもそも女性モンスターの服って、軽装だらけで」

「まぁあの薄着大好きの魅惑の女王のクローゼットだからね。
 確かに防御を魔力でカバーするものばかりで、人間向きじゃないかも。
 これから行く場所も結構ハードだし、明菜とエルにはこれくらいが似合うわね」

 ミレイとエルちゃんの議論の末、選ばれたのは『エルディーン・ローブ』だった。
 厚めの生地だけど、魔力で編まれているらしく、見た目よりも軽い。
 ローブだけど、歩きやすくできていて、全身をちゃんと覆うことができた。
 灰色だから、汚れも気にしなくて良さそうだ。

「ほら、行くぞ。
 そんなの選んでも、ケガするときはケガする。
 ドラゴン相手に着飾って、どうすんだか」

「マギー! そこになおりなさい!!
 いいこと、お洒落は他人のためだけにするものではないわ。
 レディーは自分の意識を高く持つためにもね……」

 ミレイにお洒落を語り出させると、きりがない。

「はいはい、ストップストップ。
 喧嘩してても進まないから、ひとまずその会うべき人のところに行こうよ。
 昨日と同じようにリヴェイラでひとっ飛びでいいよね?」

「おいおい、明菜。俺はいいんだぜ。
 ミレイとやり合うのなら、慣れてる」

「マギーが乗り気でも、あたしたちがダメなの。
 危機が迫っているんなら、早くその状況を確認しなきゃ」

「そんな急がなくてもいいんだぜ。
 このくらいの危機なら慣れっこなんだ。
 たまたま人間の次元からの干渉だから、俺たちで解決できないだけだやい。
 ……とか言ってると、またしかられるか。
 へいへい、俺が案内しよう。
 リヴェイラで飛んでも、ここからちょいとだけかかるが、見ればすぐ分かるさ」


 マギーの『ちょいと』だけの感覚はそんなに当てになるものじゃなかった。
 ドラゴンと人間だと時間の感覚が違いすぎる。
 この腕時計が合ってるなら、3時間は経っているはず。
 こんな風に時間を持て余すだなんて、何だか久しぶりの気がした。
 オアシスから持ってきた果実をほおばりながら、リヴェイラにまたがっていた。
 エルちゃんは飽きて、すやすや寝ている。
 ミレイもおんなじだ。二人とも夜に騒ぎ過ぎたんだろう。

「人って本当に蓄え悪いんだな。持ってきておいて、良かったよ」

「うん。これ甘くて厚くって、すごくおいしい。
 全部は全然食べ切れそうにないや」

「そりゃあドラゴンが食べてもいいような果実だからな。
 人っ子一人で食べきれるようなものでもないさ」

 この機会だから、いろんな疑問をぶつけてみることにした。

「この世界の時間の流れが違うって、どういう意味なの?」

「そのまんまの意味さ。時間がたくさんあるってのが一番いい表現。
 体感時間とかが変わるわけじゃない。
 向こうと同じだけの時間を過ごせば、同じように腹はすく。
 1年でも過ごせば、背だって伸びる。
 寿命を前借りして、ここで過ごしてるようなもんかな」

「そっか、その説明なら分かる。
 ここなら、浦島太郎になっちゃうこともできるんだね。
 なんだか異次元はたくさんあるような話をしてたけど、みんなそうなの?」

「いや、全部基本的にはバラバラだな。
 隣り合った次元はそれに近い時間を持ってることも多いが、その例外もある。
 今はここだけのルールを覚えればいいさ」

「ルールと言えば、この世界での召喚とかカードの発動ってどういうこと?
 あたしはゲームでデュエルモンスターズしてるのしか知らなくて」

「うーん、こっちは説明難しいか……。
 魔法にも2種類あると言えばいいのか、いやそもそも魔法とか分からないよな。
 まぁこのカードっていうのは、エネルギーを集め出すのに近い感じだな。
 カードの発動でエネルギーがそこに集まって、命令を実行するんだ。
 もしくはモンスターカードに書いてある奴を、再現してみるとかな。
 だから、使った奴の自分のエネルギーは使わない。
 周りからエネルギーを急激に集める装置と思えばいいさ」

「このカードだけで、ここだとすごいことができるんだね。
 ってことは、使いすぎるとまずいのかな。
 あたしドラゴニュートのときとか、ガンガン使っちゃったけど」

「おいおい、この世界が何匹のドラゴンを養ってると思ってるんだ。
 たかだか、少しくらいエネルギーを消耗したとこで何ともないさ。
 だが、みんながデュエルモンスターズをこき使う戦乱の異次元なら、話は別だ。
 そのせいで、荒野と砂漠ばかりの荒れ果てた世界だってある。
 まぁその世界はその世界で、それを繰り返してきたから、今更どうにもできないな」

「そうなんだ。いろんなことが違って、まだよく分かんないけど、何となく分かったよ。
 ……でも、マギーもミレイも異次元とかいろんなこと知ってるよね?
 どうやってこんなにたくさんのことを覚えたの?」

「それは知恵あるドラゴンとしての教養って奴さ。
 ドラゴンは支配者の種族。力にも知恵にも優れていて当然。
 次元を統括しなくてはいけないことだってある。
 俺もミレイも天性のエリートだからな。
 まぁ厳しい教育もあったわけなんだがな」

「ふぅん、そっかあ。マギーって実はすごい?」

「まぁ知恵に関しては、そこら辺の奴には負けない。
 だからこそ、俺とミレイが遣わされたんだ。
 見逃せない危機には間違いないからな」

「うん。そのためにあたし達が呼ばれたなら、あたしは頑張るよ」

「そうか。ありがたい。
 明菜は、なんつーか真面目だな。
 ここまで積極的に協力してくれるとは思ってもみなかった」

「え? そうかな?」

「いや、真面目だよ。真面目。
 昨日なんてミレイとエルは遊んでばっかだったぞ。
 この服がいいとか、酔っ払いドラゴンとだらだら話したり。
 こんな実践的な会話なんてちっともしなかった。
 お前みたいな奴が相手で、はかどって助かるな。
 最初気付かれないときは、どうなるかと思ったが、ここに来てからは万能だ。
 カードの使い方も抜群だし、今だって上空でも気を抜かない。
 この世界に来て、良からぬことを企む人間もよくいるからな。
 お前みたいな奴で、本当に良かったよ」

 マギーは軽口も多いけど、率直なことを言ってくれる。
 だから、本当に安心できる。

「うん、ありがとう。
 あたしも一緒にいるのが、マギーとミレイで本当に良かった」



 そして、地平線の彼方に、ようやく見えてきた。
 この砂漠と岩石とオアシスの集落でできた世界の、一つだけの違和感のある場所。

「黒い……森?」

 エルちゃんがつぶやく。
 この世界の他の場所にはなかった色。
 枯れ木に覆われて、大地が黒く変色していた。

「あれが今回の目的地だよ」

「あそこって森だったんだよね。
 どうしてこんなことに……」

「人間界からの侵略者。そいつがこの森を荒らしたんだ。
 ただ、荒らされただけなら、どうにでもなる。
 だけど、こうも呪いを巻き散らかされたんじゃどうにもならない。
 侵略はようやく収まったが、今も草木は茂らないままさ」

「そんな……酷い……」

「俺たちドラゴンと、ここの植物の園は、互いに共存共栄してたんだ。
 俺たちが豊かな風を運び、俺たちのついばむ果実が植物の園で育つ。
 植物の女王様は気が強くて、愉快だったんだがなぁ。
 よくオアシスに王様が泣きついて来たっけ?
 今はもう何も育たない場所になっちまった。
 呪いをまき散らした奴をこらしめないと、ずっとこのままだろう」

「これがこの世界に迫る危機なんだね。
 これを何とかするために、あたしたちを?」

「そうだよ。俺たち精霊の力は、人間界にはそう簡単には及ばない。
 だから、精霊を使いこなせる奴を探してたんだ。
 そして、俺たちの倒すべき奴を倒すためにな……」

「その倒すべき奴って……」

 あたしがそう聞くと、マギーは少し下を向いて黙る。
 ミレイもなぜかマギーを不安げに見つめる。
 そして、思いついたように話した。

「いや、それを今明菜に伝えても、仕方がないな。
 別に明菜が倒すとまだ決まったわけでもないし、王子のところには別の候補もいる。
 王子が認めてから伝えたって、いいだろう」

 何か……あるんだろうか。
 でも、今は知らせたくないのかもしれない。

「それも、そっか……。
 ここなら時間はたくさんあるし、対策もできるよね」

「そだな。まだ知らなくてもいいことだ
 その前に、俺の気がかりはこのエルなんだよな……」

 急に話題を振られて、エルちゃんが首をかしげる。

「わたし?」

「そう、お前なんだよ。お前は今要するに迷子なんだよ」

「え? え?  そうなの?」

「そうだよ。明菜は俺たちが呼び出したし、世界間の時間は並行だから楽なんだが。
 エルはなぁ……。俺の推測が正しいなら、とんでもないイレギュラーなんだよ。
 本当に元の世界に帰れるんだか……」

「えっと、あたしには話が見えないんだけど……」

「例があった方が分かりやすいか。
 明菜にエル、ちょっとデッキは持ってきてるよな。
 それを見せ合ってみろよ」

「え……? いいけど、じゃあエルちゃん、はい」

 ディスクからデッキをはずし、エルちゃんに手渡す。

「うん、ならわたしも」

 エルちゃんのデッキを見てみる。
 《月の女神 エルザェム》、《月の使者》、《月明かりの乙女》、《天使の生き血》、……。
 ……懐かしいカードだらけだった。
 あたしがデュエルモンスターズを始めた頃に見たようなカードばかり。
 これまで見たこともないし、使うにも使いにくいカードもちらほらあった。

「すごい、この《冥王竜ヴァンダルギオン》って、見たことないくらい効果長い。
 あとこの《手札断殺》とか《幻惑》って速攻魔法があるけど、魔法とどう違うの?
 他も知らないカードばっかり……。
 あ、この《ライトニング・ワイバーン》って、《サンダー・ドラゴン》に似てる!」

 逆にエルちゃんは、全部が目新しすぎて、全然分からないみたいだ。

「ねえ、マギー。これって、つまり……」

「そうだな。二人とも国も生まれも違うが、デュエルモンスターズは共通だろ。
 つまり、明菜とエルは違う時代の人間なんだよ。
 エルが過去の人間なんだろうな。
 それがどれくらい差があるのかは、俺には掴めないけどな」

「この感じだと、少なくとも10年はあるかな……。
 でも昨日の話なら、マギーは呼んだ人に心当たりあるんだよね?」

「ああ、次元だけでなく時空も超えられるとなれば、術者は限られる。
 変わり者でな。あの枯れ森の中に、住んでるんだ。
 さて、見えてきたな。そろそろ着陸して、そこに向かうか」
 マギーが指さしたのは、ポツンと立っている小屋だった。



 腐った木々を踏みしめながら、その場所に向かう。

「こんな世界にあんな小屋があるなんて……」

「あの人は私たち以上に、他の次元を渡り歩いて見てきているからね。
 人間界の観察が大好きだとか、他にもいろんな研究をしてるの」

「マギーもミレイも知ってるってことは、有名人なの?」

「このドラゴンの世界なら、知らないドラゴンはいないくらい有名だよ。
 なんでも知ってるから、誰もが放っておかないの。
 まぁ本人も頼られて知識を披露するのは好きみたいだけどね」
 マギーは扉の前に立って、威勢良くノックして声を挙げる。

「さあて、おい、リューゲルの爺さん!
 マギーとミレイだ。あんたの落とし物を届けに来たぞ!」

 少しの間があって、ゆっくりとした調子の老人の声が返ってくる。

「おぅおぅ、マギーかえ?
 すまんのぅ、我ながら不甲斐ない。
 お前さんが拾ってくれたとは有り難い。早く上がっておくれ」

「じゃあ、邪魔するよ」

「……すごい、落とし物だけってだけで話が通じるの?」

「リューゲルさんはとんでもなく頭も勘もいいからね。
 だから、逆にあの人の会話は論理が飛んでるから、注意してね?」

「どういうこと?」

「前提や説明をすっ飛ばして、いきなり本質と結論ばかり話すってことなの。
 聞いてれば、分かると思う。
 でも、理解しなくても、私たちが説明できる分は説明するから、心配しないで」


 中はしっかりとした作りの、人が暮らすような部屋になっていた。
 テーブルに椅子があって、暖炉まである。
 木の作りを強調した、温かい雰囲気を感じる部屋だ。
 そのソファにそのドラゴン――いや、人なのかな――は腰をかけていた。
 半竜半人。上半身は魔法使いのような格好で、下は尻尾になっていた。
 その姿には見覚えがあった。

「《竜魔人 キングドラグーン》……?」

「ほぅ……、そなたが導かれたデュエリストか。
 なかなか竜使いに長けておると見える。
 そうじゃ分類的にはその種族になるな。
 ふむ……、居合わせただけの割には、良き使い手のようじゃな」

 まだ顔を合わせただけなのに、なぜか誉められてる?

「え……えと、ど、どうも。こんにちは、お邪魔します」

「明菜、このじーさんに挨拶なんかいい。
 すぐ話が逸れるから、要件だけで話すんだ。
 で、早速だが、じーさんが迷子にした奴を連れてきたぞ」

 マギーがエルちゃんを見やる。

「おお、すまんな。実践は初めてでのぅ。
 まぁ思い通りの時代の人物を、この次元に呼べただけで僥倖じゃろう」

「『僥倖じゃろう』じゃないだろー。
 こいつが元の次元に戻れなくなったら、それこそ重罪じゃねーか。
 いくらあんたでも『ヴァンダルギオン族の法廷』じゃ手も足も出ねーだろ!」

「ほっほっほっ。
 なーに力で訴えんでも、口があればどうとでも言いくるめられる。
 あいつらの黒い石頭くらい、かち割ってやろうかのぅ。
 昔からあいつらのやり方は堅苦しくて、嫌いだったんじゃ」

「あんたなぁ……。で、まぁそれは無事だったからいいか。
 じゃあ、なんでこんな危険冒して、このエルを呼んだんだ?
 俺たちはこんな計画聞いてねーぞ」

「ほほ、お主も青いのう。
 いやはや、その魔術師の服のようにのぅ。ふほほほ。
 これは知らなくてはならないことだからのぅ。
 裁くのじゃろう。ならば、知らなくてはならん」

「……………。なあ、ミレイ、どういうことだ?」

 汲み取り役のマギーが助け船を求めた。
 ミレイも困り顔で返す。

「エルとやら……」

 リューゲルさんはまじまじとエルちゃんを見つめる。
 エルちゃんはそれに首をかしげた。

「うん?」

「お主はこの翼舞う世界が好きか?」

「うん! 好き。
 たくさん見たことがないものがあって、どこまでも行けて。
 夢みたいなこの世界が好き!」

「そうか。それは呼んで良かった。
 そして、嘆かわしきことでもあるかな。
 それがお主の過ぎ去っていく方向性でもあるからだ。
 そうじゃ、お主の言うとおり、これは『夢』じゃ。
 いつか醒めることが決まっている『夢』じゃ。
 儂とて、お主を連れ去りたい。かなわぬ永遠を与えたい。
 じゃが、それはかなわぬのじゃよ。
 摂理は拒む。流れは変えられぬ。
 ほんの少しの時間を奪ったとしても、たどり着く場所は変わらん。
 風は止められぬ。世界の終わりに向かって、ただ吹くだけじゃ」

 リューゲルさんは、エルちゃんを見つめながらすらすらと語りかけた。
 あたしとエルちゃんはもちろん、マギーもミレイもその意味は分からないみたいだ。

「じーさん、じゃあエルから何を知ればいい?」

 マギーが話を引き戻そうと、質問を変える。

「すべてじゃよ。しかし、それは結果につながらない。
 だが、意味には繋がろう。すべてはそこから始まったのだから」

「……………」

 マギーは考え込む。この質問だと、探りようがないと思ったのかもしれない。
 そして、質問し直した。

「俺の知るエルは3人いる。全部同じか?」

「2人は同じじゃ。1人は違う。それが悲劇じゃ」

「……俺には3人とも同じに思えるんだが」

「誰かがそう判断しても、彼にとってはそうではない。
 彼は神ではない。神を目指しているだけ、その途上。
 彼がそう判断している以上、3人目は同じ者にならない。
 すべて信ずるに耐えうる神の被造物には成り得ない」

「そこは分からないなー、……だけど……」

 マギーはまた腕組みをして考え込む。
 そして、あたし達に向き直って、説明を始めた。

「要するに、今解読したところによるとなー。
 あの本を書いた著者のエルと、ここにいるエルは同じ人間らしい。
 時間をぶっ飛ばして、こいつが呼んだみたいだな。
 ただ、基地にいるエルについては、同じようでいてよく分からんな。
 あれは素性が分からない。
 んでもって、このエルを呼んだこいつの理由とか目的はさっぱりだ。
 ただ、なんか意味があるらしいから、頑張って汲み取れということらしい」

「うーん……、分かるような分からないような内容だけど……。
 でも、本とこの異世界って関係があるの?」

「はっきり言えば、関係ないんだよな。
 ここが本の世界ってこともないはずだ。だって、俺たちの世界だし。
 単にあの本のところに、俺たちの次元へのゲートが発生しただけだ。
 まぁ次元のゲートが発生する場所には、何かの理由があるかもしれないが。
 でも、本の内容もちょっと俺たちには読み取れないんだよー。
 俺らは精霊界の空気のないところだと、言葉を汲み取れないんだよなー」

「言葉を汲み取る?」

「ああ。この精霊界の空気というか、魔法の源というかは、意思を繋がらせる力がある。
 エルと明菜が生まれや言葉が違っても意思が通じるのは、その力があるからなんだよ。
 だから、人間界にただ行っただけだと、俺たちは言葉が分からずさっぱりなんだよなー。
 ……で、話は逸れたが……」

 マギーはエルちゃんを見てから、もう一度話を続ける。

「じーさん、こいつは帰してくれるよな?」

「時期が来ればな」

「今度はちゃんとした場所に送り返せるんだろうな?」

「帰りは安定するはずじゃ(試したことないがのぅ)」

「ここから先は王子が何を仕掛けてくるか分からないぞ。
 危ないから、こいつを置いていってもいいか?」

「ダメじゃ」
「わたしも嫌。ついていきたい!」

 エルちゃんまで反発する。

「なんでだよー。そもそもすべてを知る必要があるとか、全然訳分からんー!」

「なるべく一緒にいるのじゃ。それだけの力があるようじゃから」

「あーもう、お前が呼んだのに、無責任だなー。
 分かったよー。連れてく、意味も考えとく、それでいいか?」

「うむ。よろしい」

 リューゲルさんは、エルちゃんについて自分なりの説明を果たしたつもりらしい。
 少し満足げにうなづいた。

「それでじゃのぅ、今度は儂の気がかりを申していいかのぅ?」

「気がかり? なんだよ?」

「そこの陽向居明菜のことじゃよ。最近来たばかりなんじゃろう?
 儂の調査対象からは、はずれておってのぅ。
 ちょっとばかし、情報と感触が不足しておるのじゃ。
 せっかくじゃから、ここで試させてもらおうかのぅ」

「『試す』って、え?え?」

 あたしが戸惑いを返すと、ミレイは頷いた。

「そうだね。いい機会だから、リューゲルさんには試してもらおうよ?
 腕試しのいい機会だよ。それにリューゲルさんのやり方もヒントになるはず」

 マギーもうんうん唸る。

「明菜、ドラゴンは年を取るほど、若者に試練を課したがる。
 長年生きすぎたせいで偏屈になるんだか、退屈して遊びたくなるんだか……。
 それでもまぁ損はないだろうな。明菜、やってみるか?」

「がんばれー、明菜お姉ちゃん!」

 なぜかエルちゃんまで乗り気だ。

「えと、でも『試練』って……」

「『試練』とは見極めること。その者の可能性を試すことじゃ。
 その覚悟、その心、その意思……。
 それを見るためには、その者が最も極めてきたもので試す必要があろう」

 リューゲルさんは戸棚から《ドラゴンを呼ぶ笛》を取り出した。
 その笛の逆鱗の部分を強く押すと、ガチャガチャと音を立てて変形していく。
 牙や角をイメージした鋭利な突起を帯びながら、見知った形になっていく。
 その形は、まさしくデュエルディスクだった。

「さあ、明菜。デュエルじゃ」

「う、うん。デュエルするんだ。いいけど……。
 あれ? さっきあたしカードの発動とかディスクを使ってたよね。
 あれみたいに攻撃したら、リューゲルさんがドカーンってなったりしない?」

「そういうことはないさ。精霊界の空気は意思を汲み取る。
 お互いにデュエルだと認識してれば、そういうことはないさ。
 ……ただ、中には強力な魔性の力が存在する次元もあってな。
 そこだとデュエルの勝敗が相手の生死に関わることもある。
 ま、ここだと、そーいうことはないから、安心してデュエルしなよ。
 負けてゲームオーバーというわけでもないからなー」

「ほほ。そういうことじゃ。
 まぁ負けたら、みっちりと特訓してやるがな……。
 それに、マギーにミレイ。お前達も力を貸してやりなさい。
 本当の決戦のときには、お主達も力を貸すんじゃろう?
 今から使い方に慣れておいても、悪くはあるまい」

 そう言われると、マギーとミレイは次元の穴を開いて、デッキを呼び出した。

「そーだね。てなわけで、はい、俺のカード。上手く使えよ」

「私も! 明菜のデッキなら、いつ引いても使えると思うよ」

「このカード……どこから……? こっちの世界で売ってるわけないし……」

「デッキを持つのは、兵力を持ち、統率を学ぶこと!
 教養あるドラゴンとしては、当然のことさ!」

「この世界だとカードが、ときどき発掘されるのよ。それを集めてデッキを作ってるの。
 この世界に漂っている精霊界の力が結晶化して、カードになってるみたい。
 その場所の性質に影響されたカードができるから、私たちに合ったデッキも作れるの」

「そっか……、ここでカードの発掘とかもできるんだ。
 不思議な場所だね……。うん、なら使ってみるよ」

「だが、俺もミレイもレアだぜ。大事に使えよな!」

 2枚のカードをデッキに加えて、シャッフルする。
 ドラゴンにはサーチカードはほとんどない。
 使い方はミレイの言うことを信じて、そのときに考えてみようかな。

「じゃあ、リューゲルさん、いくよ!」


「「デュエル!!」」


陽向居 明菜 VS リューゲル


 先行を示す赤いランプはリューゲルさんの方だ。
 あのドラゴンの顔の瞳が赤く光るのがそれらしい。
 あのディスク格好良くてほしいけど、でも、どうやって作ったんだろう。

「ほほ、やり慣れてない相手との闘いは楽しみじゃのう。
 儂のターン、ドロー。ふむ……」

 リューゲルさんは少し考えてから、2枚のカードを選び出した。

「リバースを1枚セットし、さらに《ベビー・ドラゴン》を召喚じゃ。
 これでターンエンドするぞい」

《ベビー・ドラゴン》 []
★★★
【ドラゴン族】
こどもドラゴンとあなどってはいけない。うちに秘める力は計り知れない。
ATK/1200 DEF/ 700

 攻撃モンスターと、1枚のリバース。
 出だしとしては、典型的な布陣。
 でも、ちょっと引っかかるのは、あの《ベビー・ドラゴン》。
 攻撃力が低いモンスターをそのまま出すのは、何かありそうだ。

「あたしのターン、ドロー!」

 少し警戒した方がいいのかな。

「あたしは《ブリザード・ドラゴン》を召喚するよ!
 そして、効果発動! 『ブリザード・ウェーブ』!」

《ブリザード・ドラゴン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。 この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/1800 DEF/1000

 氷の竜巻で、《ベビー・ドラゴン》は自由に動けなくなる。
 これでもし迎撃されても、相手の反撃は食い止められるはず。

「ほほぅ……」

「攻撃だよ! 『ブリザード・ブラスト!!』」

 吹雪のブレスが吐き出そうと、《ブリザード・ドラゴン》が息を吸い込む。
 そのとき、《ブリザード・ドラゴン》の体はいきなり小さくなった。

「リバースは速攻魔法《収縮》じゃ。
 これでその吹雪も、涼しいだけのブレスになったのぅ」

《収縮》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

ATK1800→ 900

「迎撃じゃ! 『ベビー・フレイム』!!」

 寒さを振り切り、精一杯炎の息が吐き出されて、小さな吹雪は破られてしまった。

「うーん、なるほど……」

明菜のLP:4000→3700

 警戒した通り、ちゃんと罠が仕掛けられていた。
 攻撃の誘い方とか、リバースのタイミングのバランスが取れている。
 次も攻撃を封じただけじゃ、ちょっと止められなさそうかな。

「カードを1枚セットして、ターンを終了するよ」

「ふむ、儂のターン、ドロー」

 リューゲルさんは今引いたカードを手に取り、すかさずかざした。

「《ベビー・ドラゴン》は攻撃を封じられておる。
 子どものドラゴンとはいえ、手を抜かず攻撃を封じたのは、なかなかじゃ。
 じゃが、それでも生け贄に捧げることはできるぞい。
 《バイス・ドラゴン》を生け贄召喚じゃ!」

《バイス・ドラゴン》 []
★★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
この効果で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。
ATK/2000 DEF/2400

 悪魔のような体をした強そうなドラゴンが現れる。

「上級ドラゴン!」

「攻撃じゃ! 『バイス・ストーム』!!」

 大きな翼で竜巻が巻き起こされる。
 こんな序盤でライフを半分削られるわけにはいかない!

「カウンタートラップ発動! 《攻撃の無力化》!!
 その攻撃は通させないよ!」

《攻撃の無力化》
【罠カード・カウンター】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

 竜巻は大きな渦に吸い込まれて、あたしのダメージにはならなかった。

「ふぅむ。儂はカードを1枚セットして、ターンを終了じゃ」

リューゲル
LP4000
モンスターゾーン《バイス・ドラゴン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
明菜
LP3700
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
4枚

「すごい……」

 エルちゃんがため息とともに、感動したように声をもらした。

「打ち合わせして、カードを出してるんじゃない。
 今この場で引いたカードを出してる。
 でも、相手の攻撃を予想して、こんな風に一歩も譲らないデュエルができるなんて……。
 明菜お姉ちゃんって、大会で見たプロの人みたい!」

「そりゃあ、明菜はそのデュエリスト養成のための専門学校の生徒だからな。
 これくらいのことはお手の物らしいぞ」

「へえ……、そんなのがあるんだ。未来ってすごいなー」

「10年後くらいだったか? エルが高校に入る頃には出来ているかもしれない。
 エルも入ってみたらどうだ?」

「うーん……、でもわたしはいい。デュエルは楽しいし、大好き。
 でも、もっと好きで、やりたいことがあるから」

 弾んだ声で、エルちゃんは歌うようにつぶやいた。

「ふーん……。何だよ、そのやりたいことって?」

「うん、わたし小説家になりたいの!
 こんな夢みたいな世界のお話を書いてみたいなって。
 だから、今ここでみんなと旅できてることが嬉しい!」

 きらきらしたエルちゃんの声を聞きながら、マギーは少し低い声でささやいた。
 自分に確かめるように。

「……一つだけ、繋がったか。これが風の辿る方向というわけか。
 そして、その流れは止められないか……。
 そうだな。気持ちと好き嫌いはそう押し留まるものじゃない。
 1人目と2人目は完全に繋がったな」

 そのマギーのささやきを聞いたのか聞いてないのか。
 ミレイは特に気にしないような素振りで続けた。

「でも、エル。二人のデュエルはこれからだよ。
 どちらもまだまだ最初の様子の探り合いをしてるだけ。
 明菜もリューゲルも本当に面白くなるのはこれからだよ」


「あたしのターン、ドロー!」

 リバースはあるけど、この攻めどきにいいカードを引けた。

「あたしはこの《ライトニング・ワイバーン》を手札から墓地に送るよ。
 そして、残り2体の《ライトニング・ワイバーン》をデッキから手札に加える」

《ライトニング・ワイバーン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。
ATK/1500 DEF/1400

「そして、《融合》を発動! この2体を融合させるよ。
 いくよ! 交差する天雷の翼竜! 《クロスライトニング・ワイバーン》!!」

 大きな翼を、待ちくたびれたように大きく広げた。
 序盤からこの子を召喚できるだけで、なんとなく上手くいく気がする。

《融合》
【魔法カード】
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

《クロスライトニング・ワイバーン》 []
★★★★★★★
【ドラゴン族・融合/効果】
「ライトニング・ワイバーン」+「ライトニング・ワイバーン」
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキまたは墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
ATK/2600 DEF/1900

「まだ通常召喚をしてないから、《スピリット・ドラゴン》を召喚」

《スピリット・ドラゴン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードが自分のターンに戦闘を行う場合、
そのバトルステップ時に発動する事ができる。
手札のドラゴン族モンスター1枚を墓地に捨てる度に、
エンドステップまでこのカードの攻撃力と守備力は1000ポイントアップする。
ATK/1000 DEF/1000

「バトルだよ! 《クロスライトニング・ワイバーン》!
 『ライトニング・クリスクロス』!!」

 《バイス・ドラゴン》が構えるより早く、翼から呼び寄せられた雷が降り注ぎ交差する。

リューゲルのLP:4000→3400

「よし! 戦闘破壊したから効果、『ライトニング・コンダクト』!
 デッキから《融合》のカードを手札に加えるよ。
 さらに《スピリット・ドラゴン》でダイレクトアタック。
 『スピリット・ブリーズ』!」

 小さな体を震わせて、白く透き通った神秘のブレスが吐き出される。

「ふむ……。さすがにダイレクトは通せんのぅ。
 リバースは《ガード・ブロック》じゃ。
 このダメージを防いで、カードを1枚ドローするぞい」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「効果で攻め急がなくて、正解だったかな。
 じゃあ、あたしはカードを1枚伏せて、ターンを終了するよ」

 これでフィールド上では、あたしが有利になった。
 けれども、リューゲルさんはまったく動揺を見せない。
 反応の薄い相手だと、あたしのデッキはやりづらいかな。


「では、儂のターンといこう。ドロー」

 カードを手札に加えて、リューゲルさんは静かに語りかける。

「《クロスライトニング・ワイバーン》……。
 なるほどな、よく懐いておる。信頼し合っているようじゃ。
 良い関係じゃな、大事にすることじゃ。
 主人を乗せて大空を飛べないからって、すねてはならんぞ」

「ははっ。あたしも乗ってみたかったんだけどね。
 ゴムマットとゴム手袋でも持ってくれば、なんとかなったのかなぁ」

「そうじゃのぅ。そのままではちぃと人間にはきつそうじゃ。
 さて、じゃが儂もこのまま不甲斐ない姿を見せてはおれん。
 儂の必殺の精霊をお見せするとしようか。
 ゆくぞ! 来い! 《時の魔術師》!!」

 お腹が時計の形をした、おもちゃ人形みたいな魔法使いが現れる。
 攻撃力は低いけど、このモンスターの効果って、何だっけ。
 ドラゴンに何か関係があるカードだったような気もするけど。

「あれがエルの時渡りを可能にした、爺さんの切り札だ。
 明菜の場には伏せカードがあるが、大丈夫か……」

「え? マギー、そんなにすごいカードなの?」

「凄いも何もなぁ。時間を吹っ飛ばせるってことは、とんでもないぞ。
 そして、このデュエル中での効果はな。
 コイントスを当てれば、相手モンスターを全滅させるだよ。
 《天罰》の備えはできてるか?」

「ええー! でも、当たらなければ……」

「甘いぞ、明菜。あの爺さんは予言に長けている。
 あの効果をはずしたことは、俺が見た限りでは一度もない」

「そ、そんな! 出たら、即全滅のカードなんて……」

「本当ならあり得ない。だけど、あり得るんだよ。
 このとんでもない安定性があるから、エルを狙い澄まして、時空移動できたんだからな」

「そうゆうことらしいのぅ。さて、今日の風向きは何かのぅ。
 コインはそうじゃのぅ……。裏を見てみたい気分じゃから、裏じゃ」

《時の魔術師》 []
★★
【魔法使い族・効果】
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。
コイントスを1回行い、裏表を当てる。
当たった場合、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
ハズレの場合、自分フィールド上に存在するモンスターを全て破壊し、
自分は破壊したモンスターの攻撃力を合計した数値の半分のダメージを受ける。
ATK/ 500 DEF/ 400

 右手でコインをはじく。コインはなんと10円玉だ。
 そして、難なく裏――10円のラベル――が出た。

「時空が歪み、裏返る。雷雲は過ぎ去り、霊魂は巡り消える。
 そなたのフィールドのモンスターはすべて消滅じゃ」

「……うそ……、本当に全滅しちゃった……」

「明菜を守るモンスターがいなくなっちゃった。
 でも、500の攻撃力くらいなら……」

「違うぞ、ミレイ。時空魔法はまだ続いておる。
 このカードがそれを可能にするのじゃ」

 リューゲルさんが1枚のカードを発動する。
 そのカードは、ドラゴン族の力を束ねるキーカード。

《龍の鏡》
【魔法カード】
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「《龍の鏡》を発動じゃ。
 《ベビー・ドラゴン》に《時の魔術師》の力を加える。
 そして、偉大なる進化を遂げさせよう」

 もう一度時空がねじ曲がり、《ベビー・ドラゴン》は急速に成長していく。
 威厳溢れる力強いドラゴンに進化した。

「ゆくぞ、《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》ッ!」

《千年竜》 []
★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「時の魔術師」+「ベビードラゴン」
ATK/2400 DEF/2000

「先刻に《攻撃の無力化》は使ってしまったからのぅ。
 今度は通るかえ? さあ、ダイレクトアタックじゃ。
 『サウザンド・ノーズ・ブレス』!!」

「させない、リバースオープン!!」

 できればもう少し温存しておきたかったけど、この攻撃は通せない。

「手札の《融合》を捨てて、発動!
 《サンダー・ブレイク》!! 《千年竜》を破壊するよ!」

 雷が呼び出されて、ようやくのところで相手の攻撃は止まった。

《サンダー・ブレイク》
【罠カード】
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

「ほほぅ。そこまで準備していたとはなかなかじゃ。
 じゃが、儂とこやつの絆は、それだけでは断ち切れんぞい。
 装備魔法カードを発動じゃ! 《再融合》!!
 墓地にいった融合モンスターを再び場に戻らせる!
 蘇れ! 《千年竜》!!」

《再融合》
【魔法カード・装備】
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から融合モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

リューゲルのLP:3400→2600

「さて、儂はこれでターンエンドじゃ」

「あたしのターン……」

リューゲル
LP2600
モンスターゾーン《千年竜》(《再融合》で復活)
魔法・罠ゾーン
《再融合》
手札
2枚
明菜
LP3700
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚

 2体のモンスターと、《サンダー・ブレイク》を仕掛けていた場は一気に何もなくなった。
 手札にあるのは、上級モンスターの《カイザー・グライダー》のみ。
 ここで突破口を開かなければ、後が続かなくなってしまう。

「ドロー!」

 まだこのカードならば、相手の攻撃を防げる!

「魔法カード発動! 《光の護封剣》!!
 3ターンの間、リューゲルさんのモンスターは攻撃ができない!」

「ほほぅ」

《光の護封剣》
【魔法カード】
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

 リューゲルさんは感心したように頷きながら、護封剣が突き刺さるのを眺めていた。

「この局面でそのカードを引き当てるとは、なかなかじゃ。
 じゃが、明菜よ。ドラゴン族にとって、その壁を突破するカードは少なくない。
 竜の使い手であるそなたなら分かっておろう?」

「うん……。《スタンピング・クラッシュ》、《巨竜の羽ばたき》。
 それに魔法効果自体を受け付けない《ホルスの黒炎竜》のLV6だっけか。
 この布陣でも全然安心できないのは分かってる」

「よろしい。完璧な回答じゃ。
 手札のカードは見たところ、今は使えないカードじゃろう。ターンエンドかえ?」

「……ターンエンドするよ」

 手札も見抜かれて、相手を食い止めるカードはたったの1枚。
 追いつめられて、試されている。

「儂のターンじゃ。ドロー!」

 リューゲルさんがドローしたカードを見つめる。
 そして、かざした。……気が抜けたように。

「《神竜ラグナロク》じゃ。
 そのまま召喚しておこうかのぅ……」

《神竜 ラグナロク》 []
★★★★
【ドラゴン族】
神の使いと言い伝えられている伝説の竜。
その怒りに触れた時、世界は海に沈むと言われている。
ATK/1500 DEF/1000

「良かったー」

「まぁまだそっちのフィールドはガラ空きじゃがのぅ。
 しかし、少し違和感を覚えるのぅ」

 あたしに目を向けながら、リューゲルさんはつぶやいた。

「違和感?」

「ふむ。そなたの気配というか、在り方と言うべきか。
 齢の頃はまだまだ若造じゃろう。
 それなのに、やけに大人びているようにも見えてな。
 デュエルを始めてから、その気配がさらに強まったような気もするのじゃ」

「あたしが大人びている?」

「うーむ、違うのぅ。もっと違う感覚じゃ。
 デュエルでも、ギリギリのしのぎ合いをすれば、戸惑いや恐れが出るはずじゃ。
 それがそなたには妙に少ないんじゃよ。言ってみれば、闘い慣れた感じがする」

「『闘い慣れた』って……?」

「そうじゃな。デュエルする前は、そなたの在り方はもっと曖昧なものだと感じていた。
 しかし、今はどうじゃ。そなたの在り方は研ぎ澄まされたものに感じる。
 何かに常に試されているような、強く在ろうという意志が見える。
 心当たりはないかね?」

「……………」

 自分が本当にそう見えるかどうかは分からなかった。
 その理由になりえるとすれば、――明葉のことだけだ。
 でも、ここで今会ったばかりの人にそれを話すのも……。

「よく分からない……かな。デュエル、続けるよ」

「いいぞぃ。もっとそなたのデュエルを見せておくれ。
 じゃが、別に隠す必要も、恐れる必要もないんじゃぞい。
 儂らはそなたをからかいもしないし、馬鹿にもせん。
 ただ、裁き手に相応しいかを、見極めたいだけじゃ」

「それはそうかもね。ドロー!」

 確かにその通りなんだろう。
 話してもいいと思う。遠慮する必要もない。
 だけど、話す必要だってなかった。
 あの森を荒らした相手を倒すには、ただ強ければそれでいいはずだ。
 リューゲルさんはいろいろこだわりがあるみたいだけど、実際はそれだけでいい。
 そのためなら、あたしがどんな動機であっても、協力してくれるなら構わないだろう。
 時間の制約もない。あたしも自分にそれができるなら、協力したいと思う。
 それにこのあたしの理由は、話したから何かが前に進む話ではなかった。
 あたしの在り方と、今の目的の道筋は矛盾している。
 明葉を救うためには、あたしは道を踏み外す必要があった。
 この矛盾は明らかなことだけど、どうしようもないことだった。
 ここにその別の方法があるなら別かもしれない。でも、その手段はないだろう。
 マギーたちが人間界には精霊の力は簡単には及ばないと言っている通りだ。
 今、あたしがカードで起こしている奇跡や魔法は、現実には持ち帰れない。
 だからきっと、今ここで助けを求めたとしても、マギーたちを困らせるだけになる。
 理解や同情だなんて、あたしには今更いらなかった。
 欲しいのは、明葉に確実に届かせられるものだけだった。
 それを得る道のりがどんなにつらくて醜いものでも、あたしは従わなくてはいけない。
 だから、ここで何を話す必要もなかった。

「カードを1枚セットして、ターンを終了するよ」

「儂のターンじゃ。
 『在り方』の話をしたら、目つきが変わったのぅ。
 できれば、そのそなたが強く在るための理由を聞きたいものじゃが、無理強いはせんよ。
 ドロー。ふむ、カードを1枚セットして終了じゃ」

「そっか……。あたしのターン、ドロー」

 それなら、その言葉に甘えようかな。
 今はまだ目的の途中。ここはただの寄り道。
 例えてみれば、神様がくれた気分転換の夢の時間。
 だから、現実のことを持ち込む必要もないかもしれない。
 なら、デュエルをただ単純に楽しんでいいとも思う。
 デッキはあたしに今はデュエルを楽しめ、と言ってるみたいだった。
 今引いたのは、ミレイのカードだ。
 確かに面白い効果だ。でも、今は使えない。
 かといって、今召喚して焦ることもないかな。

「あたしはこのままターンエンドするよ」

「儂のターンじゃ、ドロー。
 ふふ、表情が緩んだな。いいカードを引いたかえ?
 ようやく《光の護封剣》の効果が消えるのぅ。
 儂はモンスターをセット。そして、ターンエンドじゃ」


「あたしのターン、ドロー!」

 《光の護封剣》の効果は消える。ここで切り返さなくちゃいけない。

リューゲル
LP2600
モンスターゾーン《千年竜》(《再融合》で復活)、《神竜 ラグナロク》、セットモンスター×1
魔法・罠ゾーン
《再融合》
手札
3枚
明菜
LP3700
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
セットカード×1
手札
3枚(《ドラゴ・ミレイ》、《カイザー・グライダー》、???)

 今引いたカードなら、相手の布陣を間違いなく切り崩せる。
 ミレイの効果も今なら使えるけど、まだかな。
 相手の手札もまだあるし、迎撃のために取っておこう。

「あたしは、《ピクシー・ドラゴン》を効果で特殊召喚!
 相手の場にモンスターが存在するとき、このカードは特殊召喚できる!!」

《ピクシー・ドラゴン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
ATK/1000 DEF/1100

「そして、さらに生け贄に捧げて、《カイザー・グライダー》を召喚するよ!」

 全身が黄金に輝く、コンドルにも似た飛竜だ。
 このカードは攻めにも防御にも、心強い効果を持ってる。

《カイザー・グライダー》 []
★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。
ATK/2400 DEF/2200

「《カイザー・グライダー》は同じ攻撃力の相手と戦闘しても破壊されない!
 《千年竜》に突撃! 『カイゼル・グライド』!!」

 相手が身構える隙を与えないほどの速さで、引き裂きに向かう。

「ふむ、時間稼ぎしただけあって、なかなかの切り返しじゃ。
 じゃが、儂のフィールドもなかなか準備が整っていてのぅ。
 リバースオープンじゃ! 《和睦の使者》!
 このカードで儂のモンスターは、このターン戦闘破壊されん」

《和睦の使者》
【罠カード】
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

「うーん、攻めきれなかったけど、これから反撃するよ!
 ターンエンド」


「ふむ。威勢の良いことじゃな、ドロー」

 相手のモンスターは減らせなかった。
 でも、《カイザー・グライダー》は場から離れたときに、相手モンスターを戻す効果がある。
 もし相手が一気に仕掛けてきても、かわすことはできるはずだ。

「……………。
 なるほどな、少し面白みが減ったのぅ」

「え?」

「割り切りがついたのじゃな。デュエルに専念しよう、とな。
 張りつめたそなたの先ほどまでの気配が消えた。
 これでは面白くないのぅ。その在り方こそ最も美しかったのに」

 変な批判をされる。

「そんなこと言われてもなぁ。あまり人の雰囲気とかで楽しまれても困るよ」

「ほほ。儂の一番の趣味じゃからのぅ。
 儂の《古代の遠眼鏡》はすべてを見抜き、儂の《魔天老》はすべてを記録する。
 その中でも飛びきり深く、興味深いと感じたんじゃ。
 そなたはなかなか素直に気配が伝わってくるからのぅ。
 じゃが、今はその理由を探るまでは、至れなそうじゃな」

「そうかな。話しても仕方ないことだから、今はいいよ」

「なら、儂が勝ったら、そなたの話を聞かせてもらうのはどうかのう?
 儂は恐らくこのターンで、勝てると思うんじゃが」

「別にわざわざそんな交換条件出さなくても話せるけど。
 って、え? このターンで決まるって……」

 まだ、あたしのライフは3700ポイントもある。
 それに場には《カイザー・グライダー》もいる。これを覆すだなんて。

「そうじゃ、今度は儂が攻める番じゃな。 覚悟はいいかえ?」

 そして、リューゲルさんが待ちかねたように素早くカードを繰り出す。

「セットモンスターを反転召喚じゃ。《融合呪印生物−闇》!」

 黒く怪しい光を放つ、何かがメチャクチャに合わさった塊が浮かび上がる。
 このモンスター、それにフィールドには《神竜 ラグナロク》。
 そして、リューゲルさんの姿。
 導かれるモンスターは、一体だけだ。

「《融合呪印生物−闇》の効果、『呪印融合―闇式―』!
 今も手札には《融合》があるんじゃがな。
 この効果により、《融合》なしに融合体を召喚できる!
 いくぞい、儂自身――《竜魔人 キングドラグーン》――を特殊召喚じゃ!」

 リューゲルさんと同じ姿の、でも少し若く見えるモンスターが現れる。

《融合呪印生物−闇》 []
★★★★
【岩石族・効果】
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、
闇属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/1000 DEF/1600

《竜魔人 キングドラグーン》 []
★★★★★★★
【ドラゴン族・融合/効果】
「ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−」+「神竜 ラグナロク」
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はドラゴン族モンスターを魔法・罠・モンスターの効果の対象にする事はできない。
1ターンに1度だけ、手札からドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/2400 DEF/1100

 まだ手札は残されている。さらにモンスターが来るに違いない。

「さらに儂自身の効果発動! 『ドラゴンロード・コール』!
 手札よりドラゴン族モンスターを特殊召喚できる。
 いくぞい! 《マテリアルドラゴン》!!」

《マテリアルドラゴン》 []
★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
ライフポイントにダメージを与える効果は、ライフポイントを回復する効果になる。
また、「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
手札を1枚墓地へ送る事でその発動を無効にし破壊する。
ATK/2400 DEF/2000

「《マテリアルドラゴン》!」

 破壊効果もダメージ効果も無力化できるドラゴンだ。
 アクシピターに《火霊術−「紅」》、《ゴッドバードアタック》とかポイニクスに対抗できる。
 翼対策に欲しかったカード……。
 上級モンスターを並べられたこの局面で出されると、突破はさらに困難になる。

「そして、儂はまだ通常召喚を行っていない。
 もう1体じゃ! 《千年竜》を生け贄に捧げ――」

「上級モンスターを生け贄に!?」

「そうじゃ。さらに強い風を呼ぶには、強い贄が必要なのじゃよ」
 風のエフェクトが激しくなり、この場を支配する。

「ゆくぞい! 《ストロング・ウィンド・ドラゴン》ッ!!」

 強い風を纏う巨大な緑竜。
 見たことがないけど、凄いカードなのは感じる。
 攻撃力は2400。なら、まだ突破はされないけど。
 ――ううん、違う。攻撃力が上昇していく。
 このモンスターの効果は……?

「『フォローウィンド・リィンフォース』。
 このモンスターの攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の半分上昇する。
 攻撃力の高い上級モンスターを生け贄にしたのは、そのためじゃな」

《ストロング・ウィンド・ドラゴン》 []
★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
ドラゴン族モンスターを生け贄に捧げて、
このカードの生け贄召喚に成功した時、
このカードの攻撃力は生け贄に捧げた
ドラゴン族モンスター1体の攻撃力の半分の数値分アップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値分だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
ATK/2400 DEF/1000

ATK2400→3600

「攻撃力3600ッ!」

「さて、3体の上級モンスターの総攻撃じゃ! いくぞい!
 《ストロング・ウィンド・ドラゴン》! 『ストロング・ハリケーン』!!」
 余りにも強い嵐に、《カイザー・グライダー》は抵抗することもできず倒れる。

明菜のLP:3700→2500

 でも、そこに黄金に輝く魔力の込められた翼が残される。
 そして、きらきらと輝く風が巻き起こる。……けれど。

「《カイザー・グライダー》の効果、『ゴールデン・ヘリテージ』。
 でも、これは対象を取る効果だから、今は使えない……」

「その通りじゃ。儂自身の効果、『ドラゴンロード・バリア』。
 ドラゴン族に対象を取る効果は効かぬ。
 さあ、あと2体の攻撃が残っているが、どうかのぅ?
 《マテリアルドラゴン》の攻撃、『プライム・エッジ』!」

 数え切れないくらいの黄金の刃が放たれる。

「くっ……!」

明菜のLP:2500→100

「最後の一撃じゃ! 儂自身の攻撃、『ドラゴンロード・ブレイズ』!!」

 両手を構えて突き出し、炎の波動が繰り出される。

「……ミレイ、ごめんね!
 リバースカード、オープン! カウンター罠、《エンジェル・ロンド》!
 手札を1枚捨てて、発動! 相手の直接攻撃を一度だけ無効化するよ!」

 天使が舞い相手を戸惑わせて、あたしへの攻撃は逸れた。

「さらにこのカードの効果で2枚ドロー!」

《エンジェル・ロンド》
【罠カード・カウンター】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に、手札を1枚捨てて発動する。
相手モンスターの直接攻撃を1度だけ無効にする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「ほほぅ。直接攻撃の無効化で防いだか。
 なるほど、儂に手はもうないな。ターンエンドじゃ。
 じゃが、この布陣はそう簡単には突破できるものではなかろう?」

リューゲル
LP2600
モンスターゾーン《ストロング・ウィンド・ドラゴン》、《竜魔人 キングドラグーン》、《マテリアルドラゴン》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚(《融合》)
明菜
LP100
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚

「……そうだね。ちょっと思いつかないかな」

 ――嘘だ。手札に勝つための手は揃っている。
 絶対的な力がこの手の中にある。
 目的のために、自分を捨てて得た力が。

明菜の手札
《幻惑》、《龍の鏡》

 《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン))を召喚すればいい。
 あの暴力的で圧倒的な力を使えば勝てる。

 でも、この場所でそうやって気負う必要なんてないんだ。
 あんな押しつぶすような災厄の塊のようなカードは、――本当は大嫌いだ。
 これで勝つくらいなら、サレンダーをしたっていい。
 こんな場所であの禍々しい力を使うことはない。
 ここで力を押し通す必要なんてないんだ。

 でも、サレンダーするのは、最後の1枚だけ見てからでもいいよね。

「じゃあ、いくよ。あたしのターン、ドロー!」

 引いたカードは――。
 そうだね。この世界なら、あたしはあたしのままでいられる。
 息が詰まるような現実に向かわなくてもいい。
 あたしのままでも前に進める。
 みんなが傍にいて、胸を張って弾んだ気分で歩み続けられる。
 ここはその理想が今でもかなえられる場所。
 その今しかできないけど、心の躍るようなコンボを見せてあげる!

「あたしは《ドラゴ・マギー》を召喚する!」

 青いマジシャンローブと、ブルーの宝珠のしっぽ。
 顔をよく見ないと、ドラゴンと分からない。
 マギーのカードの力で勝負を決めるからね。

「うおおお! この絶体絶命の場面で俺のカードキター!!
 見てるか! こっそり手札コストにされたミレイのカードとは大違いだぜ!」

「見てるわよ。でも、私は墓地にいてこそ、効果を発揮するんだから。
 明菜ならきっとうまく使いこなしてくれるよ」

「ここから大逆転? 全然想像つかないけど、楽しみ!」

 みんなも期待を寄せて、デュエルを見ている。

「うん、みんなの効果を使わせてもらうよ! そして、《龍の鏡》を発動!!
 さらにマギーの第一効果! 『マジカル・メタモルフォーゼ』!!
 マギーは変身して、融合素材の代わりになれる!
 今は《フェアリー・ドラゴン》になってね」

《ドラゴ・マギー》 []
★★
【ドラゴン族・効果】
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
???
ATK/ 400 DEF/ 800

「《フェアリー・ドラゴン》、《スピリット・ドラゴン》、《ピクシー・ドラゴン》。
 3体の精霊竜の力が重なるとき、新しいドラゴンが誕生する!
 来て!! 《スプリーム・スプライト・ドラゴン》!!」

 目もくらむような眩しい光の中から、虹色の竜が現れる。
 体は小さくても、太陽のように強く輝く。
 光のスピードで空を舞って、攻撃のタイミングを見てる。

「ほほぅ……。じゃが、その攻撃力は2000か。
 儂のどのモンスターにも及ばん。……じゃが、墓地にはまだモンスターがおったのぅ」

「うん! 今度はミレイの第二効果を発動するよ!
 『ミラクル・リィンフォース』!!
 ミレイを墓地から除外することで、このターンあたしの場のすべてのドラゴン族の
 攻撃力は800ポイント上昇する!!」

《ドラゴ・ミレイ》 []
★★
【ドラゴン族・効果】
???
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターの
攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。
ATK/ 800 DEF/ 400

「バトル!! 《竜魔人 キングドラグーン》に攻撃!
 『ライトニング・チャージ』!!」
 目で追うことができない速さで、《スプリーム・スプライト・ドラゴン》が突撃する。

リューゲルのLP:2600→2200

「よくぞ、儂を倒したのぅ。
 じゃが、まだまだ儂のモンスターはいるぞい?
 どうするつもりじゃ?」

「ううん、このターンであたしが勝てるんだよ!
 リューゲルさんが場からいなくなったから、この速攻魔法が発動できる!
 《幻惑》!! このカードで《ストロング・ウィンド・ドラゴン》の攻守を入れ替える!」

《幻惑》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力・守備力をエンドフェイズ時まで入れ替える。

「このタイミングで……じゃと?
 まさかその融合モンスターの効果は?!」

「3体の聖なる力が合わさり、そのスピードを神速まで引き上げる!
 このモンスターは1度のバトルフェイズに3回攻撃できる!」

「なんと!?」

《スプリーム・スプライト・ドラゴン》 []
★★★★★★★
【ドラゴン族・融合/効果】
「フェアリー・ドラゴン」+「スピリット・ドラゴン」+「ピクシー・ドラゴン」
このカードは1度のバトルフェイズ中に3回攻撃する事ができる。
ATK/2000 DEF/2200

「いくよ!! 『セカンド・ライトニング・チャージ』!!
 『トリプル・ライトニング・チャージ』!!!」

リューゲルのLP:2200→400→0

 瞬く間にリューゲルさんの場のモンスターを倒して、勝敗は決まった。


 リューゲルさんは満足そうな顔をして、ディスクを元の笛の形に戻した。

「ふぅむ、いい腕前じゃ。これなら王子も認めるじゃろう」

「当たり前だ! 明菜は俺たちが選んだ奴だからな!」

「ならもう善は急げ。じゃな。
 さっさと倒してもらおうではないか」

「んん?」

 マギーが首をかしげる。
 何か話がおかしい方向に向かっているような。

「いや、別に王子の許可とか試練とかいらんじゃろ。
 儂の時空魔法を教え込んで、それで奴を倒せばよかろう。
 要は奴を倒せば、一件落着だろうに。
 ほれ、儂の《時の魔術師》なら連れていかせるぞい」

「いやいやいや、危ないって。
 あんたでもまだ不安定なときがあるのに、明菜で使いこなせねーよ」

「大丈夫じゃよ。明菜の勘の良さなら、どうにかなる。
 では、さっそく元の世界に戻ってウロボロスを倒してもらおうではないか」

 ……あれ? どうしてウロボロスさんの名前がここで? 倒す?

「おいおい、さっきまでエルの理解とか何とか言ってたのにいいのかよ」

「おお、そうじゃった。明菜の勢いの良さに忘れておったのぅ。
 明菜には裁き手としての慈悲も強さもあろう。
 だが、まだ知識がない。では、話さねばなるまい。
 じゃが、儂が話すだけでは満足な裁きにはつながらぬか。
 ここなら時間はあるし、もう少し旅をした方が良さそうじゃのぅ」

「ちょっと待って! 今、誰を倒すって言ったの?」

「誰って。ウロボロスじゃよ。
 森を枯らした悪霊の名は《アタナシア・ウロボロス》。
 そして、それを駆る者もまたウロボロスと名乗っておる。
 儂らが倒そうとしているのは、ウロボロスという人物じゃよ」

「そん……な………」


 目の前の夢の世界は、一気に鮮やかさを失う。
 荒れ果てた現実の、ざらついた感覚が戻ってくる。

「なら、あたしにはできないよ。ウロボロスさんは倒せない」

 自分で自分の声かと疑うくらい冷たい声で、あたしは話し始めていた。


 ――言葉が、続いていく。
 あたしの始まりと終わりについて。





第31話 幻想避行3-長い夜とあたし-



 あたしが話終わると、気付けば夜になっていた。

 『水の災厄』であたしと明葉がふたりぼっちになったこと。
 戻らない明葉の意識。それからの孤児院ルミナスの日々。
 そして、ようやく訪れたウロボロスさんからの提案。
 この強大な精霊の宿るカード――《希望に導かれし聖夜竜》――を覚醒させる。
 その力を使えば、明葉を目覚めさせる奇跡も起こせる。

 枯れ切った森の中に、1件だけ立つ小屋。
 音といえば、暖炉の木が燃え崩れる音。
 風が吹きつけて家が揺れる音。
 ただ静かに、静かに。
 あたしは裏切る理由と、裏切れない理由を話していた。
 みんなはじっと聞いていた。
 ミレイは話の先を促すように、熱心に同情的に。
 マギーは熱心だけど、どこか納得いかない様子で。
 エルちゃんは怒られて縮こまる子どものように。
 リューゲルさんは腕を組んで、確かめるように頷きながら。

 あたしの話が終わって、最初に口を開いたのはマギーだった。

「話は分かったけどよ……。それでいーのかよ」

 反論が来るのは、分かっていた。

「明菜が助けたいのは、分かるさ。
 その方法がずっと見つからなくても悩んだのもな。
 だけど、あんな奴に頼っていいのかよ」

「……………」

「あいつはな、魂を踏みにじっても、何とも思わないような奴だぞ!
 傍にいるお前は、当然知ってるよな?」

「……うん。
 詳しくは知らないけど、そういうことをしてるのは……分かる。
 何かの大きな目的があっても、犠牲が許されるわけじゃない」

「明菜はこれまで強く正しく在ろうとしたんだろ!
 そんな奴に手を貸すなんて、できるのかよ!」

「……………」

「それにだ。ウロボロスはそういうやつだ。
 別にお前の願いを無視することだって、するかもしれない。
 それでも身を投げ出して、力を貸すっていうのかよ!」


 マギーの言葉は、――ありふれていた。
 あたしに無数に差し向けられる疑念の刃。
 その鋭さと数。あたしは既に知っていた。
 もう怯えることはあっても、ためらいはなかった。
 道はその刃の先にしかなかったから。
 だから、答えはもう準備できていた。

「――それでも、あたしにはこれしかないから」

「ずっとこれまで『正しく振る舞おう』としてきたんだ。
 何もしてあげられないあたしは、待つことしかできなかったから。
 だから、たくさんのいいことを知ろうとしてきた。
 だけどね、それじゃあもうダメなんだよ。
 正しくても、間違っていても、明葉に届かなきゃ意味がない!
 例えあたしが正しく強く在って、綺麗なことをたくさん知っても!
 何も伝えてあげられなかったら、どうしようもないよ!
 明葉がそこにいなかったら、何にもならないよ!
 それなら間違っていても、届かせてあげたいと思ったんだ。
 赦されなくても、それが間違ったものでも。
 何も感じられなくて、全部失うよりは、絶対にいいはずだから」

「ねえ、明菜。
 ウロボロスはもうたくさんのものを犠牲にしている。
 あの森を丸ごと滅ぼして、たくさんの精霊の命を奪っている。
 私達にはそれを見逃せない。絶対に許せない。
 でも、明菜は明菜で、裏切れないんだよね……」

「見逃せないよ。裁きたい。
 こんな悪いこと、許せないに決まってる。
 でも、あたしの願いがかなうまでは、その気持ちは閉じこめておく」

「そっか……。そうだよね。
 明菜がそれなら、試練云々の前の問題だね。
 それなら――」

「ここでお別れ。明菜を元の世界に帰す。
 そういうことになるなー」

 交渉決裂、そういうことになってしまう。

「……うん。ごめんね……」

「いーんだよ。断られたって、別の奴を探せばいい。
 まー、明菜以外の候補は見当たらないんだけどな。
 じゃあ、ミレイ。転送のゲートの準備でもするか。
 あと作戦の練り直しだな」

 マギーとミレイは寂しそうに、準備に取りかかろうとした。
 どうしようもない結末だった。
 二つのやりたいことは矛盾していて、仕方がないことだった。

「ねえ、マギー」

 しっぽだけが動いて、反応した。

「空から森を見たときは、他の候補者がいるって言ったよね。
 それにウロボロスさんの名前を隠したよね。
 それはどうして?」

 マギーは振り向かずに、つぶやいた。

「――明菜と少しでも長く一緒にいたかったんだ」

「もしかしたら、話したらこうなるかもしれないって思ってた。
 あの場所にいるんだから、脅されてるか協力してるかのどっちかだからなー。
 明菜は……、いい奴だからな。
 こうなるのを先送りしたかったんだよ。
 もっと明菜がドラゴンを勢い良く駆る姿を見たかったんだ」

 胸が締め付けられる。

「ごめんね……」

「いーんだよ。もう最初から仕方ない食い違いがあったんだから」

 この場所は幻想の世界だけど、現実だった。
 離れて楽しめると思ったけど、そうじゃなかった。
 ここは現実の続きで、あたしはあたしで。

「どうしてかな……。
 どうして、こうやってうまくかみ合わないのかな。
 みんなで笑っていられたらいいのに。
 できるって精一杯努力すれば、そのままかなえばいいのに。
 そうでなくても、近づいていけるならいいのに。
 どうして、うまくいかないようにできてるのかな」

 泣きそうになる。
 全部をかなえたいけど、全部がかなわない気がした。
 このまま押しつぶされそうな気持ちで、また現実に戻るんだ。
 胸が痛むことを、願いをかなえるためにするんだ。

 パンパンと両手をたたく音がした。
 気まずい沈黙に、リューゲルさんが割って入った。

「今日は一晩休んでいくとよい。
 帰す準備にも時間はかかる」

 リューゲルさんが勧める。あたしは頷いた。
 エルちゃんは不安げにみんなを見回す。

「そなたは……。そうじゃのう。
 明菜と連れてくつもりだったんじゃが、それができなくなったのぅ。
 別にここにしばらくいてもいいぞい。
 新しい候補との旅が始まるまで待ってもいいじゃろう。
 そなたなら、まだ遊んでいたいじゃろ?
 ここの本も全部読んでもよいぞ」

 エルちゃんは少し下を見て考え込んだ。
 そして、頷いた。

「わたしはもう少しここにいる。
 みんないなくなるのは寂しいけど、新しい誰かを待ってる。
 本とペンがあれば、大丈夫」

「そうか。それなら決まりじゃな。
 そなたに次元の理を教え込んでやろう。
 もっともそなたは裁き手とは成り得んがな……。
 さて、そうと決まれば、儂も支度を手伝ってやろうかのぅ。
 明菜とエルは散歩でも読書でも、適当に時間を潰すといい」



 あたしは外に出ていた。
 気まずい空気に耐えられなかったから。
 また、うまく眠れそうにない夜だ。
 黒い大地を踏みしめて、枯れた草木の上を歩いていく。
 秋の枯れ草は、踏めばいい音がする。
 でも、この黒く腐った草は、柔らかくつぶれるだけだった。
 これがウロボロスさんの踏み荒らしてきた道なんだろう。
 できるなら、精一杯懲らしめた方がいいんだ。
 マギーもミレイも、もうこんなことを繰り返さないために頑張っている。
 リューゲルさんだってきっと同じだ。
 何のためであっても許されないよ、こんなこと。
 それでも、あたしに与えられたのはこの方法だけ。
 だから、そのままあたしは闘う。
 そして、これからも闘い続けるしかない。
 それしかないんだよね……。

「明菜お姉ちゃん……」

 いつのまにか、あたしの足は止まっていた。
 エルちゃんが追いかけてきていた。

「帰っちゃうの?」

「うん。あたしは戻るよ」

「もう一緒にいれない?」

「うん……」

「まだ、一緒にいよう!
 この世界の果てまで行ってみよう。
 わたし、計算したんだ。
 わたしたちの世界で1日が経つうちにここで1年が経つのなら、
 ここで1日を過ごしても、わたしたちの世界では4分しか経たない。
 だから、まだこの世界で、いろんな魔法を見よう!」

「……そういえば、そうなんだね。
 まだ、5分くらいしかあっちでは経ってないんだ」

 そんな細かい計算なんて、全然してなかった。
 長い間ここで過ごすなんて、全然思ってなかったから。
 最初から、少しの間だけの夢だと思ってたんだ。

「うん。だから、そんなに焦って、思い詰めなくても……」

「でもね、この世界の果てまで行っても、あたしのほしいものには届かない。
 楽しくても興奮しても、今のあたしには意味がないから」

「そんなことない!
 意味がないことなんてない!」

 エルちゃんは急に大きな声をあげた。
 あたしはびっくりしてしまった。

「じゃあ、この世界のことは意味がない?
 マギー、ミレイ、わたしと会ったことも意味がない?
 明菜お姉ちゃんにとって、何の意味もない?
 そんなこと絶対ない! 意味がない物語なんてない!
 だから……、だから……。
 ……そんな冷たいこと、言わないで」

 エルちゃんは泣きそうになりながら、訴えかけた。
 泣かせたくなかった。苦しかった。慰めたかった。
 でも、あたしの心が決まっているのに、どんな慰めをかけられるんだろう。
 結局否定して、突き放すだけなのに、何をあたしが言えるんだろう。
 どうして全部を大事にできればいいのに、何かを切り離さなくちゃいけないんだろう。
 取り囲んでいる世界は本当にどうしようもなくて……。
 
「意味がない、なんてことはないよ。
 ここに来れたことも、みんなに会えたことも。
 だって…………」

「こんなに苦しいし、つらいんだよ!
 このあたしの気持ちに何の意味もないはずなんてないよ!
 胸の痛みは嘘をつかない!
 でも、あたしは反対側の道を行くしかない!
 全部をかなえられない!
 どうして……どうしてかな……」


 どうしようもないものに取り囲まれていた。
 引き返さない、迷わないと決めたはずだった。
 クロノス先生もレイちゃんも、そして翼も傷つけた。
 もう後には引き返せない。そして、明葉のことはゆずれない。
 だから、もう振り返らずに恐れずに進まなくちゃいけないはずだった。
 でも、ウロボロスさんはたくさんのものを犠牲にしていく。
 今までも、そしてこれからも。
 見過ごしていいはずがなかった。
 明葉の命を任せるのも、軽率なはずだった。
 でも、それ以外の可能性は見つからなくて、どんな奇跡も手元にはなかった。
 逆らえない糸に吊されたように、あたしは身動きができなかった。

 
「――ならば、すべて壊してしまえ」

「――え?」

 突然響いた低い声は、体を震わせる重さを伴って響いた。
 誰が今話したんだろう。
 見回す。すると、頭上に大きな光が迫ってきていた。
 閃光? 違う……、これは攻撃の光。
 触れれば焼け死ぬドラゴンの破壊光線。

「エルちゃん、伏せて!!」

 とっさに前に出る。
 無我夢中にカードをかざして、叫んだ。

「《攻撃の無力化》ッ!!」

 次元の渦が広がり、攻撃を吸い込む。
 とんでもないエネルギーの量。
 光がまぶしくて前も見えない。
 電気が弾けるような耳をつんざく音。
 カードをかざしてるだけなのに、手が痺れるほどの衝撃が走る。
 ようやくそれが収まったとき、空を覆う巨大なドラゴンがそこにいた。
 広げられた白銀の翼。3本の黒い角と鋭い眼光。
 その白銀の体は、オレンジ色のオーラを帯びている。
 翼は動かさず、魔力で浮いている。
 あの翼をアンテナにして、膨大な魔力を集めて増幅している。

「我は、《シューティングレイ・ドラゴン》。
 マギーとミレイを遣わした者だ」

 口元を動かさず、音波を起こして語りかけてくる。
 音の振動がこの森を揺らして、ひりひりと伝わる。

「それじゃあ、あなたがマギーたちの話してる『王子』?」

「そうとも呼ばれている。そして、ウロボロスを倒す者を探している。
 マギーたち使者の見聞きしたことは、我にも伝わっている」

 そして、目を閉じて、一呼吸を置いた。

「小さき者の、小さき世界だな」

「――え?」

「小さき者よ、お前の目的はそれでいいのか?
 他人頼りの一番大切な目的だと? 随分と願いを軽く扱っている」

「そんな……こと……」

「お前は逃げているのではないか?
 自分でできるのはここまでだ、自分はここまですれば大丈夫だと。
 いちいち線引きをして、十分やっていると言い聞かせてな。
 違うか?」

「……………」

 言い返せなかった。その通りだった。
 あたしはいつの間にか、そうして自分を守り続けていた。
 無力感で形作る檻の中で、自分を守っていた。
 気持ちが終わりなく責め続けていたら、あたしは何もできなくなるから。
 そうして、小さな箱庭を形作っていた。
 それが仕方ないことか、弱さの象徴なのかは分からない。
 それしかなかったのか、それ以上のことができたのか、分からない。

 ――でも、こんな偉そうに、全部分かったように言うこのドラゴンも、許せない。

「お前はそれでいいのか?
 大事なものを護れない世界で、うずくまっているだけで。
 示されただけの道に転がり込むだけでいいのか?」

 苛立ちともどかしさがごちゃ混ぜになって、あたしは空に叫んでいた。

「良くなんてない! 全部叶えたい!
 あたしの気持ちも、あたしの願いも全部!
 あたしらしく、あたしのやり方で、あたしの願いをやり遂げたい!
 それを――。それができたら、どんなに――」

 涙が出てきた。どうしてだろう。
 うまく言葉をつなげられない。
 何かが湧き出てきて、押さえきれなくて。
 これまでやり場の無かった願いと気持ち。
 取り出したものは熱すぎて、あたしの何かが溶けていく。

「ならば、お前の意思も、お前の目的も、すべてを目指せ。
 小さな悲壮感に酔いしれ、檻に閉じこもり、お前の可能性を狭めるな」

「すべての力を手にし、すべてに立ち向かう気はあるか?
 お前が力を通す意思があるならば、試練の塔を登ってこい。
 その頂上に辿り着き、我が試練を乗り越えたとき、お前の力を認めよう。
 運命を破壊する我が絶対たる力を授けよう」

「……力を……くれる?」

「そうだ。3度きりの強大な光の砲撃弾を放つ力を与えよう。
 それでウロボロスに組みするお前の運命を打ち破り、その奇跡の力を奪えばいい」

「奪う?」

「そうだ。今となって奪われた命を元に戻すことはできない。
 ウロボロスの果てなき欲望を満たすくらいなら、お前が奪い撒き散らせばいい。
 我が与えるのは、そのための強行突破の力だ」

「……………」

「その代わり、我はお前を殺すつもりで、試練を与えよう」

「……そんな! 殺すだなんて……」

 エルちゃんが思わず声をあげる。

「平和にかまけて、闘争中であることを忘れたか?
 お前が敵の味方に留まることを示した以上、お前は我の敵だ。
 仇敵に荷担する者は少ない方が良い。
 我がお前を抹殺しても、幽閉しても、無理はなかろう?
 みだりに異世界のものを殺して、干渉することはできない。
 異世界戦争の危機は、最大限未然に防がなければならない。
 だが、試練の塔に勝手に挑んで、犬死にしたのであれば、何も罪にならない。
 お前を理想的に処理することができるというわけだ」

 突きつけられるざらついた現実。
 でも、心は不思議と落ち着いていた。
 この世界は誰もが命がけなんだ。
 あたしのこれまでの全部が明葉だったなら、あたしの今に全部をかけなくちゃ。

「願いを叶え続けるとは、そういうことだ。
 死ぬ気でかかってこい。我から力をもぎ取れ。
 一番大事な目的ならば、自分の命くらい賭してみよ。
 死を覚悟し、お前自身を総動員し、その勇気を示してみろ」


 空気は静まった。シューティングレイ・ドラゴンはあたしの返答を待っていた。
 あたしの答えは決まっていた。もう閉じこもってなんていられない。
 全部を手にできる道があるなら、どんな困難も踏み越えなくちゃいけない。
 全部を賭けられるチャンスがあるなら、今の全部で挑んでみせる。

「あたしは、試練の塔に行くよ。
 あなたの力を手にするために。すべてをかなえるために」

 答えを聞くと、ドラゴンは満足そうに咆吼した。
 新しい闘いへの狼煙のろしを、この世界に打ち鳴らした。

「良かろう、小さき挑戦者よ。
 お前と力を交えるのを、心待ちにしていよう」

 翼を一度大きく動かすと、空の彼方へと消えていった。

「王子、行っちゃったなー。
 何仕掛けてくるか分からないと言った傍から、これかー」

「マギー! ミレイにリューゲルさんも。
 来てたんだ!」

 気がつけば、マギーたちも外に出てきていた。

「やれやれ。人騒がせなところはますます悪化してるのう。
 あれだけ声を響かせれば、寝ていても出てくるわい。
 全面戦争でも布告するつもりかい?
 まぁあやつにとっては、全面戦争の心づもりなんじゃろうがな」

 リューゲルさんが口元に笑いをたたえながら語る。
 リューゲルさんの方が長生きなんだろうな。

「あやつも相変わらず素直でないのぅ。
 試練を受けて欲しいなら、素直にそう言うくらいできんのか。
 ああやって執拗に挑発せんでも良かろうに。
 本当はお主の強さに大いに期待を寄せているに、違いあるまい。
 でなくては、じりじりと闘争心や克己心をかき立てたりすまい」

 答えるのに夢中で、そんなこと考えてもみなかった。

「そう……なの……?」

「そうじゃよ。第一に本気のあやつの攻撃なら、《攻撃の無力化》なんぞ通用せん。
 それを封じながら閃光の速さで、そなたを焼き尽くせるのがあやつじゃよ」

「じゃあ、明日出発にしよう、明菜!
 王子は運命さえも閃光で穿(うが)つドラゴン。
 でも、明菜ならその運命の力も手にできるはず」

 ミレイの語りかけにあたしは頷いた。

「うん! 試練の塔に明日挑もう!」

 本当は恐ろしいことに挑むはずなのに。
 あたしの胸は高鳴っていた。
 これまでのつらかった気持ちは、はねのけてられていた。
 一番やりたい方法で、一番やりたいことを目指せる。
 どんな怖いことがあっても、立ち向かえる。そんな気がした。



「明菜お姉ちゃん、すごい。
 あのすごいドラゴンに立ち向かうなんて。
 わたし、憧れる」

 隣に並んで眠る夜の中で、エルちゃんがささやいた。

「すごくなんてないよ。
 あたしはただ後悔したくないだけ。
 あんなこと言われて戻ったら、絶対に後悔して何もできなくなるから。
 だから、絶対に引き下がれないって思っちゃったんだ。
 命賭けるみたいだけど、そんな実感なんてなくって。
 ただ、引けないから、全力で進むだけなんだ」

「それだけでもすごい。
 後悔しないように進むって、すごく難しいことだよ。
 いつだって、もう少しって引き延ばして、結局できなくて。
 もっとやれると思ったら、全然自分ではできなかったりして。
 そればっかりだと思う。だから、わたしすごく憧れる」

「……あたしだって、そうだよ。
 たまたまチャンスに興奮任せに、全部を賭けて飛び込むだけなんだ。
 本当はどうなるか、何が待ってるかなんて。
 想像もできないし、どんな準備していいかさえ分からないよ」

「でも、今飛び込めるのは、明菜お姉ちゃんがこれまで頑張ってきたから。
 いつも後悔して、後悔に慣れきっていたら、チャンスがあっても飛び込めない。
 わたしにはできない、また諦めようって、一歩引いちゃう。
 だから、明菜お姉ちゃんは、すごい」

「そう……なのかな」

「そう! あのドラゴンは散々もっと勇気を!って言ってたけど。
 十分明菜お姉ちゃんはあたしにとって、勇気のあるお姉ちゃんだよ!
 だから、自信を持って、試練を勝ち取って!
 ドラゴンのみんなのためにも」

「うん! あたしは絶対にやり遂げてみせる!
 だから、エルちゃんも……」

「……わたし……?」

「うん! エルちゃんだって、きっとこんなときが来る!
 ううん、もしかしたら、帰ったらすぐにすごいことが待ってるかもしれない。
 あたしばかり応援しておいて、自分はやれないなんて言わせないよ。
 エルちゃんも何か頑張るって、言ってみてよ!」

「わたしの頑張ること……、じゃあ……」

 エルちゃんは息を飲み込んで、つぶやいた。

「わたし、この世界のことを全部覚えてる。
 ここにいて、ドキドキしたことを絶対に忘れない。
 だから、この旅のことを小説に書くよ!
 わたしたちの感じた全部が伝わる物語を、書いてみせる!
 明菜お姉ちゃんは、わたしよりずっと未来に帰るんだよね。
 そのいつかには、わたしの物語を手元に届けられるように頑張る!」

 その夢の成果を、あたしはきっと知っていた。
 あの机の上にあった本は、絶対にエルちゃんの書いた本なんだ。
 どうしてあの場所にあるのかは分からないけど、そうだと確信できる。
 このきらきらした言葉が、嘘になるはずなんてないから。
 でも、あたしは話さないでおこう。
 リューゲルさんが未来をいちいちぼかすのも、きっとそういうことなんだ。
 全部分かっていたら、全然頑張れなくなっちゃうから。
 だから、エルちゃんが全部で頑張れるために、夢の先を話さない。

「うん! 絶対に約束だよ!
 あたし、楽しみにしてるから。
 だからね、あたしも頑張ってみせる。
 エルちゃんの物語をもっとすごくできるように、あたしも頑張るよ!」

 あたしとエルちゃんは約束した。
 夢がかなうように。かなえるために頑張れるように。
 いつだって、強く向かっていられるように。
 迎えに行くよ、明葉。だからもう少しだけ待っていて。
 あたしは必ず辿り着いてみせるから。





第32話 幻想避行4-穿光竜と試練の塔-



「これが……試練の塔……」

 灰色の天高くそびえ立つ塔がそこにはあった。
 塔といっても細くなくて、体育館を積み上げていったみたいに大きい。
 そのてっぺんは、雲の上で見えない。

「この塔って何で出来てるんだろう? 石でもレンガでもない……。
 あとでリューゲルさんに聞いてみよう」

 エルちゃんが塔を触って確かめる。
 確かに頑丈そうだけど、何で出来てるんだろう。すごく不思議な塔だ。
 この塔のまわりだけが浅い雲がかかって、薄紫の色に染まっていた。

「この塔は俺たちドラゴンが、この世界に住み始める前からあったんだ。
 いつから建っているかは、全然分からない。
 だけど、いつも支配者の住む場所にはなっているんだろうな。
 この建物自体が生きているように、神秘的な力を集めているんだ。
 ここにいるドラゴンは、最大限の力を発揮できるからなー」

「このてっぺんに、王子様がいるんだよね?
 そこまで行けば、あたしを認めてくれるって」

「うん。大変な道のりだけど、頑張ろうね」

 ミレイはそう言うけど……、大変なのかな。

「ねえ、これってさ、飛んでいったらダメなの?」

「へ?」

 マギーが目を丸くして、あたしの顔を見返す。

「だって、あたしのドラゴンを使えば、雲の上までひとっ飛びだよね。
 それで登ったら、手っ取り早いんじゃないかな?」

「うーん…………」

 マギーは腕組みをして考え込んだ。
 そして、渋い顔をして答えた。

「やめた方がいいなー」

「どうして?」

「そりゃあ、飛んではダメと言われてないが、そういう甘い道は確実に罠が……」

「うーん……、じゃあ試してみよっか」

 ディスクを展開させて、2枚のカードを選び出した。
 《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》に《明鏡止水の心》を装備する。
 これなら滅多な攻撃が来ても、大丈夫なはず。

《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》 []
★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは対象を指定しない魔法・罠カードの効果では破壊されない。
また、攻撃力1900以下のモンスターとの戦闘では破壊されない。
ATK/1200 DEF/1500

《明鏡止水の心》
【魔法カード・装備】
装備モンスターが攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。
このカードを装備したモンスターは、
戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

「ひとまずは偵察してみよっか。お願い、いってみて!」

 トワイライトゾーンドラゴンは少し怯えながら、頷いた。
 なんだかあたしも不安になってきたけど、いざとなればカードで助けてあげれば……。
 トワイライトゾーンドラゴンが一回転して、恐る恐る空に向かっていく。

「あれ……?」

 すると、雲が急に濃くなり、黒い暗雲になっていく。
 風が急に強くなって、渦を巻き始める。

「お、おい。やっぱりまずいよな……」

 そして、トワイライトゾーンドラゴンめがけて、黒い雷が打ち出される。
 すかさず、手に握っていたカードをディスクに差し込んだ。

「きょ、《強制脱出装置》ッ!!」

 トワイライトゾーンドラゴンがいなくなると、雷は立ち消えて、空も元の色に戻った。

「ごめんね! ごめんね、トワイライトゾーンドラゴン!
 今のって、多分ヴァンダルギオンの雷!?」

「おー、よく分かるなー。その通りだな」

「うん、あたしもヴァンダルギオンは使うから。
 にしても、今のって……」

「ルール違反扱いってことで、容赦なく攻撃されるみたいだな。
 確かにここの近くにあいつらの法廷もあるしな。
 こりゃあ、正攻法で真正面から塔を登るしかなさそうだなー」

 あたしは、塔の扉に手をかけた。
 ひやりと冷たくて、ずしりと重い。
 どんな試練が待ってるかは知らないけど、みんなとなら何とかなるはず。
 それにあたしにはモンスターたちもついている。
 唇を結んで、力を込めて、扉を開いた。


 そこに踏み入れると、私たちをにらみつけるような視線を感じた。
 早速何かがいる。それに私たちを狙ってきている。
 薄暗い闇の中で、翼の生えた悪魔が見えた。
 影が飛びかかってくる。

「防いで! 《ゴーレム・ドラゴン》!!」

《ゴーレム・ドラゴン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他のドラゴン族モンスターを
攻撃対象に選択する事はできない。
ATK/ 200 DEF/2000

 岩盤の両腕でがっしりとガードして、その攻撃を受け止めた。
 火花が散るような鉄がぶつかった甲高い音がした。

「これって……、倒さなくちゃいけないのかな」

「《闇をかき消す光》!」

 エルちゃんがカードを発動して、辺りが照らされる。
 見えたのは、《ガーゴイル》だ。
 その数は見えただけでも、10匹はいる。

《闇をかき消す光》
【魔法カード】
相手フィールド上に裏側表示で存在するモンスターを全て表側表示にする。

《ガーゴイル》 []
★★★
【悪魔族】
石像と思わせ、闇の中から攻撃をする。逃げ足も素早い。
ATK/1000 DEF/ 500

「あいつらは影がないな……。それにここいらで見かける顔でもない。
 何かの力で作られた生命体だ。明菜、容赦なく倒していいぞ。
 ここなら少し休めば、すぐデュエルモンスターズの体力は回復する。
 温存とか考えずに、全力で薙ぎ払えー!」

「うん、分かった。ゴーレム・ドラゴン、少しの間だけ耐えてね」

 ありったけのメンバーを、あたしは選び出す。
 とはいっても、ディスクだとモンスターは5枚までしか出せないから……。

「いくよ、《スプリーム・スプライト・ドラゴン》!
 《太陽竜リヴェイラ》! 《クロスライトニング・ワイバーン》!
 そして、《神竜―エクセリオン》!」

 相手の攻撃力は高くない。
 もし大型モンスターが出てきても、リヴェイラでひるませる。
 速攻で決着させる!

「みんな! いっけぇーッ!!」

 攻撃を当てると、あっという間にガーゴイルたちは砕け散った。
 体力が減ると、消えてなくなってしまうみたいだ。
 ガーゴイルたちを倒すと、辺りがパッと明るくなった。
 一番奥に階段が見える。これを登っていけばいいんだろう。

「ふぅ……。こうやって、各階の仕掛けを突破していけばいいのかな」

「それなら明菜お姉ちゃんがいれば、何とかなりそう。
 どんどん進んでみよう!」


 その後の階も大体の構造は一緒だった。
 仕掛けのモンスター達を倒せば、明るくなって次の階に行ける。
 中にはそれだけじゃ開かないところもあった。
 そういうときは、怪しいところを調べれば、ボタンとかがあった。
 あたしは全然そういうのを見つけられなかったけど、エルちゃんはすぐ見つけた。
 エルちゃんが言うには、ありがちな仕掛けばかりらしい。
 エルちゃんはほんの少しの違和感も、すぐに気づける。
 やっぱり作家が夢だから、そういう感性がすごいのかな。


 中には、少し変わった階もあった。
 宝石やパーツを探し出して、台座にセットする階だ。

「この玉って、マギーとミレイの尻尾の玉に似てるよね」

 エルちゃんも頷いて、ミレイにくっつけた。

「同じにしか見えない!」

「私でも自分のと同じ宝珠に見えるよ。
 魔力とかは込められていないみたいだけど」

 台座に2つの宝珠をはめると、突然辺りが暗くなった。
 そして、映画館のように、映像が浮き上がった。
 この2つの宝珠を、たくさんのドラゴンたちが囲んでいる。
 どのドラゴンもすごく強そうで、大事な儀式が始まるように見える。
 マギーとミレイが、何かに気付いたように顔を見合わせた。

「ねえ……、これってもしかして私たちの!?」

「この世界の記憶、ってやつか。って、何でこんなの記録してんだよー!
 こんなの歴史に残す必要があんのかよー。
 ハッ! まさか俺たちはやっぱり歴史に残るドラゴンになるってことか!
 いやいや、にしたって、こんなところで見せるなあああ」

 マギーたちの恐れたとおりに、その宝珠からはマギーとミレイが生まれた。
 今よりもさらに小さくて2匹とも仔猫みたいだった。

「みんなに祝福されて、生まれてきたんだね」

「かわいい〜〜」

 マギーとミレイは恥ずかしそうに、でも少しはにかみながらその映像を見ていた。
 それが途切れると、次の階にいく階段への門が開いた。

 同じような階がもう少し先に行くとあった。
 今度は集めるものがちょっと趣味が悪かったけど……。

「こ、こ、これ集めるの……?」

 エルちゃんが怯えているから、慌てて覗き込む。

「腕……?」

 黄金色の腕だった。しかも、触ると少し柔らかくて温かい。

「ミイラか、何かかな。
 これを真ん中の石版みたいなのに、はめるんだよね。
 穴は5つあったから、あと4つ見つけないと。
 エルちゃん、他にどこか変わったところあった?」

「多分、五芒星の形で、塔の対称に怪しいところがあるはず。
 怖いから、動きそうだから。は、早く、早く終わらせて!」

 急いで集めてはめると、また映像が照らし出された。
 今度映ったのは、酷く強い風の吹き荒れる荒野と砂漠だった。

「今度は何の映像なんだろう。これもここの過去?」

「そうだなー、聞いたことはある。
 俺たち竜種が住むようになる前の世界だ。
 確かこの魔神エクゾディアだったか。
 こいつの力で沈黙の世界として、どの次元からも干渉を受けなかった。
 この次元は、長い間何もない岩石と砂だけの荒野だったんだ」

 画面が切り替わって、今度は洞窟の内部が映し出される。
 そこには、なんと人がいた。
 異国風のマントと、逆立ててきっちり整えられた髪。
 線の細いスマートな眼鏡が、知性を感じさせる。
 それでも腕は軍人のように引き締まっている。
 そして、片方の腕は人間ではなくて悪魔のような腕だった。
 その人が歯を食いしばりながら、目の前を見上げていた。
 その先には、黄金の魔神が眠っていた。

「なぜだ! なぜ、ボクの呼びかけに答えない!!
 ボクは王となるんだ! 争いもなく憎しみのない世界を作り上げるんだ!
 そのためには、お前の力が必要なんだ!
 お前と契約するためには、何が必要だというんだ!」

 枯れ枯れの声で、男の人は必死に叫んでいた。
 もう何度目の呼びかけなんだろう。
 息が切れて、男の人は膝をついて、目を閉じた。
 すると、悪魔の腕が怪しく光った。
 同時に黄金の魔神も、鈍く紫色の光を放って、共鳴した。
 その光が収まると、男の人は青ざめた顔をして、魔神を見上げた。
 怯えたような表情だった。だけど、瞳には確固たる意思が感じられた。
 歯を食いしばり、魔神をにらみつけて、訴えた。

「それがお前の求める覚悟だと言うのか。
 王たる者に必要な試練だとでも言うのか!
 そうだな。王は大いなる目的のために犠牲を惜しんではならない。
 ボクにそれができないとでも思ったか!
 ――受けてやろう。ボクの一番大事な者の命を、お前にくれてやろう!
 エコーなら、必ず分かってくれる! ボクの望みを理解してくれる!
 待っていろ! この強欲な魔神め! ボクは必ずお前の力を掌中に収める!
 例えボクらのどんな――」

 少しだけためらって、震える腕に力と決意を込め直した。

「――どんな犠牲を払ってでもだ!!」

 その懸命な叫びが、洞窟に響いて、映像は途切れた。


 次の階への扉が開かれても、あたし達は立ちつくしていた。
 あまりの痛々しい叫びと、必死な様子が瞳に残って、動けなかった。

「エクゾディアの封印は解かれて、もうこの世界にはいない。
 そして、この世界の止まっていた時間が動き始めたんだ。
 あの男が、結果的には封印を解き放ったんだな。
 行こう、明菜。この記憶は過去だ。悩んでもどうしようもない」

「う、うん……」

 胸に違和感が残った。
 どうして何かを犠牲にしなくちゃいけないんだろう。
 いつでも、どこでだって。
 それが本当に必要なことかもしれないけど、納得はいかなかった。
 ウロボロスさんも、やりたいことのためには犠牲はやむを得ないと言っていた。
 でも、ウロボロスさんのやっていることの、本当の目的は何だろう。
 争いをなくすため、と言っていた。
 でも、この精霊実験から、どうやって争いの根絶につながるんだろう。
 あの研究所のエルさんの謎、そしてウロボロスさんの本当の考え。
 帰ったら、あたしは解き明かさなくてはならない。
 決してあたしの裏切りを悟られないようにしながら。


 そして、ずっと登っていった先に、また一つ。
 7つの宝石を集める試練だった。
 もう塔の外からは雲が見える。多分、頂上も近いんだろう。

「ルビー、アメジスト、トパーズ、サファイア、うーん……。
 名前は聞いたことはあるけど、どれがどの色か分からないよ」

「明菜! レディーの身だしなみの基本として、宝石は覚えなさい!
 ロマンとおしゃれを兼ね備えた、美の結晶体なんだから!
 今は緊急時だからいいけど、全部終わってからの宿題ね」

 ミレイに怒られてしまう。でも、あれ覚えるのは難しそう。
 7匹の動物の石像に、それぞれ宝石をはめたとき、また新しい画面が映し出された。


 紫色の空、ずっと向こうに見える虹。
 この塔の周りと同じように、神秘的な風景だった。
 それは雲と雲の間にあるような、透明で澄んだ世界。
 そこに光のボールがあった。
 でも、その光は安心して見ていられる温かいものじゃない。
 攻撃を繰り出して、何もかもを消し去るような激しい光だ。
 光のボールは激しく脈打って、中にいる誰かを攻撃しているようだった。
 そのボールが消えると、傷ついた二人が現れた。
 双頭の竜の魔人が、守るように必死に少年を抱きかかえていた。
 でも、その努力は届かなかったみたいだ。
 少年はもう死んでいた。冷たくなって動かない。
 魔人は涙を流して、嘆いていた。
 怒りに打ち震え、その身をわなわなと震わせる。

「ボクは守れなかったね、ごめん……、ごめんよ。
 虹の都にキミが辿り着くことが、大人になるための洗礼の儀式だったのに。
 でもね、せめてあの『破滅の光』の思い通りにはさせない。
 ボクにはまだ力がある。決して使ってはならない力が」

 魔人の体が変化していく。体にも顔が浮き出て、金色の角が体中に突き出る。
 周りの景色が歪んでしまうほどに、力が、この魔人に集結している。

「トルガノとクルシェロが造ったこの体。
 だから、この体には世界の元素を取り込み、力として撃ち出す能力がある。
 クルシェロが大気から元素を集めて、輝ける鳥を生み出すように。
 でも、あいつに届かせるには、少し集めるだけじゃ足りないかな。
 ううん、トルガノは分かっていたんだろうね。
 だから、この力は一度行使したら制御できないもの。
 本当の、最後の手段だったんだ。王子も巻き込む可能性があるからね」

 集められすぎたエネルギーが真っ赤な炎になって、魔人を取り囲む。

「あいつに届かせるには、この世界のバランスが崩れるほどの力がいる。
 でも、もうこの世界なんて必要ないんだ。
 キミを守れない、いや、キミが大人になることさえできない世界なんていらない!
 みんな、みんな消えちゃええええぇッ!!!!」

 集められた力が一気に爆発する。
 その爆発で何もかもが見えなくなって、真っ暗になった。
 この映像が、途切れたんだ。


「今の映像は、……分かる?」

 でも、クルシェロにトルガノって聞いたことある名前のような……、まさかね。

「いや、分からない。俺も歴史は習ってきたけど、想像がつかない。
 本当にずっとずっと昔の世界の話なんだろうな。
 でも、聞いたことのある言葉はあるな。『破滅の光』だ」

「『破滅の光』……?」

「世界が出来上がった伝説、創世神話とでも言えばいいのかな、その一説だな。
 この世界は、『優しき闇』と『破滅の光』の絶え間ない争いで造られてきた。
 闇と光のイメージとは少し反するかも知れないが、闇は安らぎと保護を意味する。
 逆に光は動乱とか攻撃を意味するんだ。
 宇宙の本質は、闇だ。誰だって、最終的には安定した安全な状態を目指すだろう。
 だけど、それだと世界は停滞してしまう。居心地はいいはずだけどな。
 そこに揺さぶりをかけるのが、破滅の光だ。
 結局、どんな歴史を紐解いてみても、文明が革命的に発達するのは、戦乱期なんだ。
 本当の必要に迫られて、競い合って絞り出すから、より優れたものが生まれる。
 もちろん行き過ぎた争いは、不毛で何も生み出せなくなるけどな。
 『優しき闇』と『破滅の光』は永遠に争い続けるけど、それは終わらない。
 『破滅の光』をどんなに食い止めようとしても、完全に消滅はさせられない。
 逆に『優しき闇』の平和や安寧を祈る意思も消えることはない。
 そうして世界を発達させ続ける為の意思が働いてるって、話だよ。
 もちろん、おとぎ話とか教訓の話かもしれないし、本当かは分からないけどな」

「……………」

 とてつもない規模の話だと思う。争いを起こす意思がある。
 そんなのがあるなんて、悲しいことを増やすばかりなのに。
 無理な争いを仕掛けられなくても、あたしたちは頑張るのに。
 ずっと続いているなら、その力は誰にも突き止められてないのかもしれない。
 だけど、今あたしにできることは、目の前に精一杯進むことだけだ。

「でも、例えば世界に意思があって、犠牲とか争いを生み出すのだとしても、
 あたしは、あたしの手の届く範囲はせめて守りたい」

「そうだな。それがいい。守ろうとする意志も、世界を進化させる。
 誰が何を操ろうとしても、俺たちは俺たちの守るべきもののために闘うだけだ。
 そんなどこかの高尚ぶった神様の意思なんて糞食らえだ。
 そんなのがなくても、俺らドラゴンは誇りと正義のために競って強くなるさ!」

 そして、この階が最後の階だった。


 久しぶりの空の薄明かりがまぶしい。
 紫色の塔の屋上、強く吹き荒れる風。
 髪が真横にそよぐ。
 そこにあの白銀のドラゴンはいた。
 あたしたちの姿を見下ろして、確認する。

「難なく越えてきたようだな」

「うん。あたしにはみんなも、モンスターたちもついてるから」

「そうだな。その協力者を引き寄せるのも、お前の運命の力だ。
 だが、我はお前の運命の力強さを、この目で確かめなければ気が済まない」

 目の前にデッキが浮かび上がる。

「お前が一つ一つの運命を、その手でドローするごとに切り開け。
 我が繰り出す試練を、すべて打ち砕いてみせよ。
 お前もデッキを構えろ」

 ディスクを構える。強くにらみつけられていて、目が離せない。
 心臓のドキドキが高鳴って、体が熱い。
 あたしの心も、この時間を待っていたように、意識が引きしまる。

「明菜、勝てよ。この世界を救う架け橋になってくれ」
「明菜、頑張って。絶対に明菜の願いをかなえなきゃ」
「明菜お姉ちゃん、負けないで。この物語を絶対にハッピーエンドにしよう」

 あたしは一度振り向いて、頷いた。
 あたしは絶対に未来を勝ち取ってみせる。

「「デュエル!!」」

明菜 VS シューティングレイ・ドラゴン

 カードを5枚引く。ドラゴンの目の前にも、カードが5枚浮かび上がる。
 先攻のランプはあたしだ。

「あたしのターン、ドロー!」

 相手はどんな恐ろしい攻撃を仕掛けてくるか分からない。
 ここは相手の攻め方を見ながら、考えないと。

「あたしはモンスターをセット。リバースを1枚セットして、ターンエンド」

「……それだけか?」

 値踏みするように、王子は様子をうかがっている。
 あたしはにらみ返して、視線で答えた。

「フン、なら我のターンだ。ドロー!」

 ドローと唱えると、デッキからカードが浮かび上がり、目の前に加えられる。
 ディスクと違って、目の前にカードが並べられる。
 今にも裏返り攻撃が繰り出されそうで、威圧感がある。

「我は2枚のカードを発動する。
 《死皇帝の陵墓》! 《カードトレーダー》!」

《死皇帝の陵墓》
【魔法カード・フィールド】
お互いのプレイヤーは、生け贄召喚に必要なモンスターの数×1000ライフポイント
を払う事で、生け贄モンスター無しでそのモンスターを通常召喚する事ができる。

《カードトレーダー》
【魔法カード・永続】
自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻す事で、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 2枚のカードが裏返り、発動する。
 その足元に、古墳の祭壇が浮かび上がる。

「《死皇帝の陵墓》の効果を使用する。
 ライフを2000ポイント支払うことで――」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:4000→2000

「えっ!! この序盤から、半分のライフを使って!?」

「《フェルグラントドラゴン》を召喚!!」

 金色のきらびやかで、鋭利に尖った鱗を持つドラゴンが現れる。
 竜のボスとも言えるくらい威厳のあるモンスター。
 最初のターンから、いきなりこんなモンスターを召喚してくるなんて。

《フェルグラントドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードはフィールド上から墓地に送られた場合のみ特殊召喚する事が可能になる。
???
ATK/2800 DEF/2800

「ゆくぞ、『ヘヴンズ・バースト』ッ!!」

 まぶしく大きな光線が、あたしの伏せモンスターを一瞬でなぎ払う。

「伏せモンスターは、《仮面竜》。破壊されても、ドラゴンを呼べる!
 あたしはデッキから2体目の《仮面竜》を守備表示で召喚するよ!」

《仮面竜》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
ATK/1400 DEF/1100

 様子見でこのカードを伏せていてよかった。
 攻撃表示で出していたら、大ダメージを食らっていたはずだ。

「ならば、我はカードを2枚セット。ターンエンドだ」

「あたしのターンだね、ドロー!」

 伏せカードが2枚。手を出すには怖いけど、このままだと押し切られる。
 ここでひるんだら、相手のペースに飲み込まれる。
 今の手札で立ち向かうなら、この手だ。

「あたしは、《ライトニング・ワイバーン》を召喚!」

《ライトニング・ワイバーン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。
ATK/1500 DEF/1400

「ほう、低級モンスターを召喚だと?」

「ううん、ただ召喚しただけじゃないよ!
 リバースオープン! 《連鎖破壊》!!
 同じ名前のモンスターをデッキから墓地に送る!」

《連鎖破壊》
【罠カード】
攻撃力2000以下のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚されたら発動する事ができる。
そのモンスターのコントローラーの手札とデッキから同名カードを全て破壊する。
その後デッキをシャッフルする。

「さらに《守護神の矛》を装備! これで攻撃力は――」

《守護神の矛》
【魔法カード・装備】
装備モンスターの攻撃力は、墓地に存在する装備モンスターと
同名カードの数×900ポイントアップする。

《ライトニング・ワイバーン》ATK1500→3300

「《フェルグラントドラゴン》を超えたよ!!
 《仮面竜》も攻撃表示にして、バトルフェイズ!
 『ライトニング・ビーライン』ッ!」

 一直線に雷が走り、《フェルグラントドラゴン》を貫いた。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:2000→1500

 攻撃は通った。もう一つ通せれば、ライフでは勝利は目前になる。

「《仮面竜》で攻撃するよ!  『アヴェンジャー・ヒートブレス』!」

 でも、さすがに吐き出した火の玉は届かなかった。

「リバースだ。《ガード・ブロック》。
 その攻撃ダメージを無効にし、1枚ドローする」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:1500→2000

「え……? 回復!?」

「このカードを発動していた。《神の恵み》。
 ドローするたびに、我のライフは500ポイント回復する」

《神の恵み》
【罠カード・永続】
自分はカードをドローする度に500ポイントのライフポイントを回復する。

「そっか、なるほど。じゃあ、あたしはターンエンドするよ」

 これでライフを補っていく作戦なのかな。
 でも、補給できるライフにも限界がある。
 あたしのモンスターたちは崩せないはずだ。

「ドロー。《神の恵み》により回復する。
 さらにここで《カードトレーダー》の効果。
 1枚のカードをデッキに戻し、もう一度ドローだ。
 これによりもう一度《神の恵み》の効果が発動、さらに回復する」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:2000→2500→3000

「あ! それもコンボのためのカード!」

「驚いて呆けている場合ではないな。
 まだ、ドローの手はある。《トレード・イン》を発動!
 手札の《光神機−轟龍》を捨てて、2枚ドロー!
 さらにこのドローにより、ライフを回復する!」

《トレード・イン》
【魔法カード】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:3000→3500

 あっという間にライフが回復していく。
 これなら連続で、大型モンスターを繰り出せる。

「さらに我はライフを2000ポイント支払い、《創世神》を召喚する」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:3500→1500

《創世神》 []
★★★★★★★★
【雷族・効果】
自分の墓地からモンスターを1体選択する。
手札を1枚墓地に送り、選択したモンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
ATK/2300 DEF/3000

 夜明けの真っ赤な太陽を思わせる天の巨人。
 現れれてすぐに、両手を向かい合わせ、光のオーブを作り出して、大地へ放った。

「その効果、手札1枚を捨てることで、モンスターを復活させる!
 《スキル・サクセサー》を捨てて、効果発動!
 『エターニティー・クリエイション』!
 再び現れよ! 《フェルグラントドラゴン》!!
 そして、その真の力を解放する!」

 《フェルグラントドラゴン》がまぶしく輝きに満ちる。
 光の魔力が、そのドラゴンをさらに強化する。

「『グロリアス・フェル』、墓地のモンスターのレベルに応じ、攻撃力上昇。
 《光神機−轟龍》と共鳴させる! その攻撃力は4400!」

《フェルグラントドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードはフィールド上から墓地に送られた場合のみ特殊召喚する事が可能になる。
このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するモンスター1体を選択する。
このカードの攻撃力は、選択したモンスターのレベル×200ポイントアップする。
ATK/2800 DEF/2800

《フェルグラントドラゴン》ATK2800→4400(レベル8×200)

「ッ!!」

「容赦はせん! その布陣を叩きのめすッ!
 《フェルグラントドラゴン》! 『エイトスヘヴンズ・バースト』!
 《創世神》! 『デストラクション・ヘイロー』!」

明菜のLP:4000→2900→2000

 一瞬にして、あたしのモンスターは光線に押しつぶされ、光輪に裂かれる。

「《仮面竜》の効果……、《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》を守備表示で召喚するよ」

「フン、守勢にまわるようなら、一気に潰してくれよう。
 我はカードを1枚伏せる。ターンエンドだ」

「あたしのターン、ドロー!」

明菜
LP2000
モンスターゾーン
《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》DEF1500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
4枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP1500
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
《創世神》ATK2300、《フェルグラントドラゴン》ATK4400
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》、伏せカード×1
手札
0枚

 完全に押されている。王子の布陣も完璧だ。
 最上級モンスターを中心にしたデッキがうまく回っている。
 速攻召喚のための、《死皇帝の陵墓》。
 さらにそのライフを補給する《神の恵み》。
 極めつけは《カードトレーダー》だ。
 あのデッキは、本当はそううまくは手札がかみ合わないはず。
 最上級モンスターが多くて、手札事故を防ぎきれないはずだ。
 そこを手札交換を増やしてカバーして、《神の恵み》の効果をさらに受けられる。
 こんな強固な陣地を一瞬で作り上げる。
 これが竜の王子と呼ばれるドラゴンのデュエル……!
 でも、立ち向かわなくちゃいけない。
 ここからあたしが闘うためのフィールドを作り出す。
 そして、これ以上相手の場が充実するのは絶対に防ぐ。
 ならば、今伏せなくちゃいけないカードは――!

「リバースを2枚セット! これでターンエンドするよ!」

「王子、飛ばしてるなぁ。
 あそこまで絶好調に回られると、手のつけようがないぞ。
 さすがの運命力とも言うべきか」

「でも、マギー。明菜お姉ちゃんは全然諦めてない!
 絶対に逆転する! 瞳の強さなら、お姉ちゃんのほうが上!」

「我のターンだ、ドロー。さらに《カードトレーダー》で手札を交換」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:1500→2500

 今引きなおしたカードは追加のモンスターか、それとも……。
 あたしのトラップをうかがいながら、王子はにらみつける。

「言ったはずだな。守勢に回れば、蹂躪すると。
 臆病な手は、我が怒りに触れることとなる!
 リバースをオープン! 《竜の逆鱗》!
 これで我がフィールドのモンスターは貫通効果を得る!!」

《竜の逆鱗》
【罠カード・永続】
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 《フェルグラントドラゴン》が雄たけびを上げ、勇みかかる。
 その手をやっぱり狙ってたんだ!

「読んでたよ! カウンター罠オープン! 《盗賊の七つ道具》!!
 ライフを1000ポイント支払い、その発動を無効化するよ!
 あたしもドラゴンデッキの使い手! きっとそのカードが来ると思ってた!」

《盗賊の七つ道具》
【罠カード・カウンター】
1000ライフポイントを払う。
罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

明菜のLP:2000→1000

「ほう……。だが、我の攻撃は止まらない!
 《竜の逆鱗》を防いだところで――、ッ!!?」

 ドラゴンの表情に初めて動揺が走る。
 それはあたしの手札の1枚のカードが、黒く輝いているから。
 そう、仕掛けた罠はフィールドだけじゃない。
 これが切り札の逆転のカウンターカード!!

「今、相手の効果の発動をカウンター罠の効果で無効にした!
 このときに召喚できる竜の王者のカードがある!
 来て!! 《冥王竜ヴァンダルギオン》!」

 頼もしい漆黒の王竜が、暗雲とともに現れる。
 ここから一気にあたしのフィールドにしてみせる!

「さらに罠を無効化したから、追加効果発動!
 『ブラック・エクスキューション』!
 相手のカード1枚を破壊できる! あたしは《創世神》を選ぶよ!」

《冥王竜ヴァンダルギオン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/2500

 魔力の込められた黒い雲が包み込み、《創世神》は倒れこむ。

「だが、《フェルグラントドラゴン》が残っている!
 しかし、敢えて攻撃力の勝るこのモンスターを残したとなると……」

「そうだよ!! そのモンスターもやっつける!
 もう1枚のリバースオープン! 《バーストブレス》!!
 《冥王竜ヴァンダルギオン》を生け贄に捧げて、そのドラゴンも破壊する!」

《バーストブレス》
【罠カード】
自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力以下の守備力を持つ
表側表示モンスターを全て破壊する。

 ヴァンダルギオンが力を振り絞り、攻撃力の勝る《フェルグラントドラゴン》を倒す。

「フフ、なかなか果断に富んだ手を見せてくれる。
 だが、お前を守るカードもいなくなって、振り出しだな。
 我はカードを1枚セットし、ターンエンド」

明菜
LP1000
モンスターゾーン
《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》DEF1500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP2500
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》、伏せカード×1
手札
0枚

 1枚のリバースが加えられただけ。
 これなら、今押し切れるかもしれない。

「あたしのターン、ドロー!」

 振り出しには戻っていない。
 ヴァンダルギオンを生け贄にしたのも、決して無駄じゃない。
 このカードがあったから、ううん、ミレイがいてくれるから思い切れたんだ!

「あたしは《ドラゴ・ミレイ》を召喚するよ!
 そして、その第一効果を発動する!
 『ミラクル・リヴァイヴ』!!
 ミレイとトワイライトゾーンドラゴンを生け贄に捧げることで、
 モンスターを蘇生できる!」

《ドラゴ・ミレイ》 []
★★
【ドラゴン族・効果】
このカードと自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択して生け贄に捧げる。
墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターの
攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。
ATK/ 800 DEF/ 400

 ピンク色の光が溢れて、新しい奇跡を呼び起こす。

「《冥王竜ヴァンダルギオン》を蘇生召喚するよ!!」

 これで先に最上級モンスターを召喚できた。

「王子のライフは2500よ!
 私のカードがつなげたこの攻撃が通れば、もしかするかも!」

「いくよ! ダイレクトアタック!!
 『冥王葬送』ッ!」

 黒い強大な衝撃波が放たれる。
 でも、ドラゴンは戸惑わずに、リバースに手をかける。
 そして、緑色の柔らかな光が包み込む。

「《ドレインシールド》!
 攻撃を無効化し、その分のライフを回復する。
 惜しかったが、我はまだ終わらせん!!」

《ドレインシールド》
【罠カード】
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:2500→5300

「やっぱりこれだけじゃ終わらないよね。
 あたしはこのままターンエンド」

 でも、大幅にライフを回復させてしまった。
 ピンチに追い込んだはずなのに、こっちの攻撃まで利用する戦術。
 一瞬たりとも油断できない相手だ。
 あの気迫もまったく緩んでいない。
 ううん、むしろその闘争心はどんどん高まっている。
 こっちまで胸が高鳴るような、ドラゴンの興奮が伝わってくる。

「我のターン、ドロー!
 そして、《カードトレーダー》の効果を……」

 セオリー通り、カードを引きなおそうとして、ドラゴンの動きが止まる。

「――いや、ここは手札を交換しない。
 このままの手札で、メインフェイズに移行する!」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:5300→5800(《神の恵み》の効果)

 手札を交換しない!? じゃあ、まさかここで逆転の手を引いた?!

「ライフを2000ポイント支払うことで、最上級モンスターを召喚する!
 召喚するのは――」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:5800→3800

 手札の、今導かれたカードを裏返す。
 銀色の巨体、空を覆う翼、黒い三本の角のイラスト。
 それはまさしく――。

「我自身、《シューティングレイ・ドラゴン》を召喚するッ!!」

《シューティングレイ・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
???
ATK/2300 DEF/2200

 目の前に竜の王子が並び立つ。
 攻撃力の数値は、ヴァンダルギオンが今は勝っている。
 でも、あの強いプレッシャーに、あの自信。
 確実に今ヴァンダルギオンを打ち倒せる力を秘めている!

「《冥王竜ヴァンダルギオン》か。
 相手にとって、不足は無い! ゆくぞッ!!
 デッキより墓地に送ったカードの種類に応じ、我は効果を得る。
 モンスターを選択して墓地に送ることで、その第一効果を発動する!
 我が墓地に送るのは、《アームド・ドラゴン LV10》!!
 よって、そのレベルに応じて、1000ポイント攻撃力を増強させる!
 『シューティングレイ・インパクト』!」

 真ん中の角が光って、翼はオレンジの光を帯びる。
 あの夜、あたしたちに攻撃したときの翼の色!

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3300

「攻撃力増強の効果ッ!?」

「さらに墓地の《スキル・サクセサー》の効果を発動!!
 攻撃力を800ポイントアップさせる!」

《スキル・サクセサー》
【罠カード】
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
自分のターンのみ発動する事ができる。

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK3300→4100

「攻撃力4100!!」

「ゆくぞ、我自身の攻撃! 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」

 翼全体が光り輝き、魔力を集める。
 そして、一気に解き放って、無数の光線の流星嵐が撃ち出される。
 この攻撃をそのまま通したら、一気に押し切られてしまう!

「墓地からミレイの第二効果を発動するよ!
 『ミラクル・リィンフォース』!!
 ヴァンダルギオンの攻撃力を800ポイントアップさせる!!
 迎え撃って!!」

《冥王竜ヴァンダルギオン》ATK2800→3600

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK4100 VS 《冥王竜ヴァンダルギオン》ATK3600

 対抗はしきれない。ヴァンダルギオンは光の流星嵐に飲み込まれる。
 これが竜の王子自身の力……。

明菜のLP:1000→500

「すんでのところで生き延びたか。だが、これからが本当の試練だ。
 我が攻撃を乗り越えて見せよ!! ターンエンド!」

 まだ、相手は効果を秘めている。
 絶対に押し切られない。勝ってみせる!
 たとえ未知の運命が立ちはだかっていても、乗り越えてみせる!

《シューティングレイ・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
???
ATK/2300 DEF/2200

「あたしのターン、ドロー!」

 その威圧感をはねのけるべく、あたしは力強くドローした。





第33話 幻想避行5-少女と繋がる空-



「《貪欲な壺》を発動!
 《ライトニング・ワイバーン》3体と《仮面竜》2体をデッキに戻して、
 カードを2枚ドローするよ!」

《貪欲な壺》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

明菜
LP500
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP3800
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK3300
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》
手札
0枚

 状況は決して良くない。
 王子のドラゴンはまだどんな効果を秘めてるか分からない。
 あたしのライフだって、一度ダメージを通したら、それだけで削りきられてしまう。
 相手の手札は今はないけれど、まだ《死皇帝の陵墓》がある。
 いつ違う大型ドラゴンが召喚されてもおかしくない。
 反撃の手が揃うまで、なんとかしのげるようにしないと。

「あたしはモンスターをセットして、リバースをセット。
 これでターンを終了するよ」

「我のターン、ドロー!
 そして、《カードトレーダー》の効果で手札を交換する」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:3800→4300→4800

 王子が手札を引き直す度に、追いつめられている感覚がする。
 引いたカードは、今は使わないみたいだけど。

「魔法カード《テラ・フォーミング》を墓地に送ることで、我自身の第二効果を発動する!
 『シューティングレイ・エナジー』!!」

 今度はデッキから魔法カードを墓地に送って、緑色の柔らかな光を帯びる。
 カードを墓地に送る度に、違う効果を得るの……?

「これにより、我はモンスターを戦闘破壊したときに、
 その攻撃力分のダメージを相手に与え、
 その守備力分の我のライフを回復する効果を得る!」

《シューティングレイ・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。

???。
ATK/2300 DEF/2200

「ッ! 守備表示でも、ダメージを与えてくる効果!」

「明菜お姉ちゃんのデッキはドラゴン族!
 ライフポイントは500!
 ほとんどのドラゴンがこの攻撃力を越えてる!」

「明菜のデッキでそれを下回る攻撃力といえば、《ゴーレム・ドラゴン》と……」

「ミレイ、そんな目で俺を見るなー。
 お互いに《ヤマタノ竜絵巻》より攻撃力が低いだろー!」

「バトルだ! 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」

 数え切れない光線が、裏側表示のカードを打ち抜く。
 そして、砕いたカードの破片は、緑色の光の粒になり弾け飛ぶ。
 火山弾のように、あたしに降り注ぐ。

明菜のLP:500→100

シューティングレイ・ドラゴンのLP:4800→5600

「なるほどな。伏せていたのは、マギーか。
 その《プチリュウ》以下の貧弱な攻撃力が幸いしたな」

「王子ぃー……」

「仕留め損ねたが、次はその手は通用しない。
 このままターンエンドだ」

「あたしのターンだね、ドロー!」

 これでその場しのぎで、モンスターを伏せることもできなくなった。
 なら、あとは罠でうまく切り抜けるしか方法は……。

「あたしは《ライトニング・ワイバーン》の効果を発動するよ!
 手札からこのカードを捨てて、残りの2枚を手札に加える」

《ライトニング・ワイバーン》 []
★★★★
【ドラゴン族・効果】
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。
ATK/1500 DEF/1400

「さらにマギーの第二効果も使っておくね。
 手札のドラゴンと墓地のマギーを除外することで、2枚ドローする!
 『マジカル・リロード』!」

《ドラゴ・マギー》 []
★★
【ドラゴン族・効果】
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
手札のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ドラゴ・マギー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/ 400 DEF/ 800

 本当は生贄を準備したいところだけど、うっかりモンスターを出せない。

「カードを1枚伏せて、ターンを終了するよ」
 この2枚のリバースがあるなら、王子の攻撃もやり過ごせるはず。

「我のターン、ドロー。
 さらに、《カードトレーダー》の効果で手札を交換する」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:5600→6100→6600

「さらに《トレード・イン》を発動。
 手札より《トライホーン・ドラゴン》を捨てて、カードを2枚ドロー。
 そして、ドローしたことにより、さらにライフを回復する」

《トレード・イン》
【魔法カード】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:6600→7100

 ライフの差はどんどん開いていく。
 でも、今は相手の効果に用心しながら、守るだけで精一杯だ。

「我の第三の効果を発動する!!
 罠カード《ドラゴンの宝珠》を墓地に送り、効果発動!
 『シューティングレイ・プレッシャー』ッ!!」

「今度はトラップカードを墓地に!」

 紫色の光が集まって、大きな翼が怪しく揺らめいている。

「この効果により、1枚のカード効果を封印する!
 我が封印するのは、今伏せたそのカード!」

 紫色の光に、リバースが打ち抜かれる。
 これって、つまり――。

《シューティングレイ・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。
●罠:フィールド上のカード1枚を選択し、その効果を無効にする。
この効果の発動にチェーンすることはできない。

ATK/2300 DEF/2200

「指定したカードを、我の次のターンまで紙くずにする。
 それは伏せカードでも、チェーンさえ許さず問答無用でだ。
 カウンター罠主体のお前にはなかなか効く効果だろう。
 得意な《光の護封剣》の時間稼ぎも我には通用しない!」

「モンスター、魔法、罠。それぞれを墓地に送ることで、違う効果を得る!
 これが王子の効果! 状況を読んで、効果を選んでくるんだ!」

「そうだ、明菜。これが王子の特殊能力。
 相手の場に応じ効果を変えて、致命傷を狙ってくる。
 やっと明菜が王子の効果をすべて発動させた。
 だけど、これじゃあ明菜が毎回追い詰められている!
 スレスレでかわしてたんじゃ、ライフが持たないぞ!」

「その通りだ。さあ、頼みの綱はもう1枚の伏せカードか。
 ゆくぞ! 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」

「明菜お姉ちゃん! かわして!!」

 エルちゃんから言われなくても大丈夫。
 当然、通せるはずなんてない!

「もう1枚のリバースは、《エンジェル・ロンド》!!
 そのダイレクトアタックを無効化するよ!
 さらに手札から《サンセット・ドラゴン》を捨てて、カードを2枚ドロー!」

《エンジェル・ロンド》
【罠カード・カウンター】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に、手札を1枚捨てて発動する。
相手モンスターの直接攻撃を1度だけ無効にする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「やはり、手札補充しただけあって、備えはあったか。
 だが、いつまで続くか。我は《超再生能力》を発動。
 このターン、ドラゴンを1体墓地に送っている。
 カードを1枚ドローし、ライフを回復してターンエンドだ」

《超再生能力》
【魔法カード・速攻】
エンドフェイズ時、自分がこのターン中に
手札から捨てた、または生け贄に捧げた
ドラゴン族モンスター1体につき、デッキからカードを1枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:7100→7600

 さっきの王子の攻撃は、やっとのことでかわせた。
 でも、それがいつまでもできるわけじゃない。
 現に今封じられているカードだって、《攻撃の無力化》だ。
 リューゲルさんが忠告していた通りだった。
 その気になれば、フィールドのカードの効果さえ封印できるんだ。

 本当ならモンスターを出して、無力化して、生け贄召喚につなげるところなのに。
 完全に相手のペースに押されて、あたしの戦術を乱されてしまっている。
 でも、やっと効果が掴めた。流れを引き戻す方法なら、今編み出さなくちゃ。

「あたしのターン、ドロー!」

 ッ! このカードと、この手札ならもしかしたらいけるかもしれない。
 仕掛けていくなら、ここのタイミングしかない。

「あたしはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

明菜
LP100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2(うち1枚は《攻撃の無力化》)
手札
3枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP7600
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》
手札
2枚

「我のターン、ドロー!
 《カードトレーダー》で、手札交換を行う……」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:7600→8100→8600

「その決して揺らがぬ、臆せぬ闘志。なかなかのものだ。
 だが、肝心の戦況は引き寄せられていないようだがな」

「ううん、まだ勝負は分からないよ!
 あたしのカウンター罠はまだ全然封じきれてないよ!」

「ほう。ならば、また封じられてみるか?」

 2枚の伏せカードを、王子がにらみつける。

「我の第三効果を再び発動する……。
 デッキより罠カード《破壊神の系譜》を墓地に送ることで、
 前のターンから伏せられていたそのカードを封印する!
 『シューティングレイ・プレッシャー』!!」

 伏せていた《攻撃の無力化》はもう一度封じられる。

「バトル! 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」

 もう一度、無数の光線が襲ってくる。
 あたしは迷わずにカードを発動する。

「リバースカード、オープン!!
 その攻撃に対して発動! 《攻撃の無力化》!!」

《攻撃の無力化》
【罠カード・カウンター】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

「えっ! あのカードの効果は封じられてるはず?!」

「エル、あの明菜が無駄なアクションをすると思うか?
 効果の無いカードを敢えて発動したとなれば、
 その先に狙いと、そして逆転の一手が絶対にある!」

「その通りだよ、マギー。そして、エルちゃんはもっと勉強しないとね。
 やっぱり発動はできた! なら、このカードも発動できるはず!
 2枚目のリバースをオープン! 《カウンター・カウンター》!!
 《攻撃の無力化》の発動を無効化するよ!」

《カウンター・カウンター》
【罠カード・カウンター】
カウンター罠の発動を無効にし、それを破壊する。

 そして、逆転の純白の光が、手札で輝く。

「カウンター罠の発動を、カウンター罠の効果で無効にした!
 このときに召喚できる竜の皇帝のカードがある!!
 いくよ!! 《天帝竜アルジャザーイル》!!!」

 天雷が空を引き裂いて、新たな竜帝が現れる。

《天帝竜アルジャザーイル》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは通常召喚できない。
カウンター罠の発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
自分のデッキからカウンター罠カード1枚を手札に加える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/2800 DEF/2500

「ッ!! なるほど。この局面でその召喚に成功するとは。
 その観察眼と、駆け引きに出る心意気! 賛嘆に値する。
 さすがに策無しでは、その皇帝には敵わぬな。
 だが……」

 王子の手札のカードから、霧が立ちこめる。
 そして、雲のように大きい、揺らめくドラゴンが現れる。

「相手が特殊召喚したことにより、《ファントム・ドラゴン》を特殊召喚する。
 その大きさ故に、自分の召喚ゾーンを封じてしまうが、問題ない」

《ファントム・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、
手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のモンスターカードゾーンは2ヵ所が使用不可能になる。
ATK/2300 DEF/2200

「まさか、アルジャザーイルの召喚を予測していた?!」

「予測……いや、違うな。
 これは風向きというものだ。我は風を感じただけ。
 お前の闘志が新たな風を呼び寄せる必然を読んだ。
 だが、その風の流れを読めただけだ。
 風を摘み取ることはここではできぬ」

 王子は読めたと言っていた。
 でも、少なからず、この手には動揺しているみたいだ。
 少しだけ沈んだ口調で、浮かぶカードに次の一手を指示する。

「我は攻撃を中断する。そして、《アドバンスドロー》を発動。
 《ファントム・ドラゴン》を生け贄に捧げ、2枚ドロー。
 そして、さらにライフを回復する」

《アドバンスドロー》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体を生贄に捧げて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:8600→9100

 引いたカードを見て、王子は少しだけ考え込む仕草を見せた。
 王子のこんなためらうような表情は、このデュエルで初めてだった。

「明菜よ。お前は運命を意識しているか?」

「運命?」

「言い換えれば、我が先ほど『感じた』と言った風の流れのことだ。
 お前はその流れを身に感じて、決闘に臨んでいるのか?
 追い風に激励を受けて、好機を意識しその身を賭すように。
 鋭い風に切り刻まれ、逆境を意識しその身を奮い立たせるように」

「……………」

 王子の言葉と一緒に、身を固めさせるように風が吹き込む。
 ローブをすり抜けて、あたしの肌身を風の指がなぞる。
 冷や汗も肌の緊張も感じ取るように、王子もこの世界もあたしを試していた。

「あたしには、運命とか流れとかそんなのは分からない。
 でも、あたしにはやりたいことがある。
 そして、このままにしておけないことだってある。
 だから、自分のできるだけをする。それだけだよ」

「……そうか。それがお前の闘う理由か。
 なるほどな。自らを奮起させるには、十分な理由だ。
 だが、決闘に身を置くならば、もっとその意義を見出すことだ。
 己がそこに在ること、ある風に立ち向かうということ。
 それは個人だけの問題ではない」

「自分が巻き起こす風と、相手の巻き起こす風が対峙すること。
 言うなれば、自分の運命と相手の運命のぶつかり合い。
 それは、互いの信念が相手を圧倒しようとする決闘だ。
 自ら風を放ち、相手の風を乱すこと。
 相手の風に立ち向かい、その自らの風で切り開くこと。
 このデュエルとて、同じことだ。
 ただのカードの力や、タイミングだけではない。
 そこに風の流れがある。自分を励まし、相手を阻むものが。
 気勢が、強き瞳が、その手に込める力が、それを物語る。
 相手の風を乱し、さらに高い場所へと導こうとする流れがある。
 ドローはその最たるものだ。
 勝利に値しない者に、決して利することはない。
 心が動揺し、放つ風が弱まればそのドローは乱れる。
 相手の意思に圧倒され、風が影響を受ければその運命の導き(ドロー)は乱れる。
 一手一手において、一つ一つのぶつかり合いにおいて、
 未来が姿を変えようとする瞬間がある。
 お前はその流れを意識しなくてはならない。
 もっとも……、お前は意識せずとも、感じ取っているかもしれんがな」

 相手の風と、自分の手に込められた運命。
 あたしはそれを意識したことはなかった。
 それでも、あたしはその風を知っている気がした。
 あたしを後押しする何かや、進まなければならない瞬間の予感を。
 そして今だって、あたしは感じ取ることができる。
 王子のプレッシャーに立ち向かおうとする何かを。
 あたしと一緒に闘って後押ししてくれる何かを。

「ねえ、マギー。あの王子が珍しく相手を認めるような発言してるけど……」

「素直には絶対認めないだろうが、間違いないだろうな。
 王子はあれだけ手札交換をしておきながら、決定打を繰り出せない。
 それは明菜に勝負の流れが傾きかけているってことだ。
 だけど、王子はあの通りまったく食い下がるつもりもない。
 このデュエル、ここからが本当の勝負だな」

「我はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「あたしのターン、ドロー!」

 何度も手札交換をしながら、確実に選び抜かれた伏せカード。
 流れがあたしにあるとしても、次の手もなしに飛び込むのは危険すぎる。
 アルジャザーイルを失ったら、反撃ができなくなってしまう。
 ここは……。

「あたしはアルジャザーイルの効果を発動する!
 『ヴァニティー・プロフェシー』!!
 デッキからカウンター罠を1枚サーチするよ。
 手札に加えるのは……」

 1枚のカードを選び出して、王子にかざす。

「《天罰》か。モンスター効果へのカウンター、なるほどな。
 これで我は第三効果以外封じられたということか。
 我の喉元に刃を突きつけるとは、いい度胸だ」

「さらに《打ち出の小槌》を発動するよ!
 これであたしは1枚を残して、3枚のカードを引きなおす!」

《打ち出の小槌》
【魔法カード】
自分の手札を任意の枚数デッキに加えてシャッフルする。
その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。

 この手なら、例えアルジャザーイルを失っても、まだ次につなげる。
 ここは攻めないといけない。少しでも相手を消耗させる。
 王子のドラゴンを打ち破らなくちゃいけない。

「いくよ! バトルフェイズ!
 アルジャザーイルで攻撃! 『天帝浄化』!!」

 白く透き通った雷を、王子のドラゴンに放った。
 この攻撃を通せれば、アルジャザーイルの効果で押し切れる。
 だけど、柔らかい緑色の壁が立ちふさがって、攻撃は吸収された。
 あのデッキの戦術なら、確かにこのカードが複数枚あるのも分かる。

「2枚目の《ドレインシールド》。
 その攻撃を無効化して、我のライフに加算する」

《ドレインシールド》
【罠カード】
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:9100→11900

 やっぱり防がれた。でも、防がれただけだ。
 ライフポイントは1万をオーバーしている。
 それでも大事なのはライフじゃない。このフィールドだ。
 まだ、あたしが攻めに打って出られるチャンスなのは変わりない。
 この天帝竜がいるフィールドを死守しなくちゃいけない。

「あたしはカードを3枚伏せる!
 ターンエンド!」

「我のターン! ドロー!
 さらに《カードトレーダー》の効果で手札を交換する!」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:11900→12400→12900

明菜
LP100
モンスターゾーン
《天帝竜アルジャザーイル》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
1枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP11900
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》
手札
3枚

「3枚のリバースか。
 立ちふさがるというならば、すべて壊せばいい!
 我は《巨竜の羽ばたき》を発動する!
 我自身を手札に戻すことで、すべての魔法・罠を破壊する!!」

《巨竜の羽ばたき》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のドラゴン族モンスター1体を手札に戻し、
お互いのフィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

 ついに来た。王子の巻き起こす大きな風が。
 あたしに向かって、吹き荒れる強い風。
 それでも、その風の予感を、あたしのドローは感じ取っていた。
 あたしは今ここで、押し返す風を起こせる!

「リバースカード、オープン!!
 《アヌビスの裁き》!
 手札の《サンライズ・ドラゴン》を墓地に送って、
 《巨竜の羽ばたき》の発動と効果を無効にする!」

《アヌビスの裁き》
【罠カード・カウンター】
手札を1枚捨てる。
相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ
魔法カードの発動と効果を無効にし破壊する。
その後、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える事ができる。

「伏せてたのは、《天罰》じゃなかった?!」

「ああ。もうコストのための手札もないしな。
 明菜はここまで闘ってきて、知ってたんだ。
 目に見える対抗策じゃ王子に打ち破られることも。
 それであの手札交換で、敢えて入れ替えてたんだ。
 《スタンピング・クラッシュ》もまだだったしな」

「それにこのカウンターは、魔法・罠を守るだけじゃない。
 その後の追加効果が起こるわ! これで王子を!!?」

 黒い渦はその風を飲み込んで、さらにその勢いは収まらない。

「そして、相手の場にいるモンスターを破壊して、ダメージを与える!
 破壊するのは、《シューティングレイ・ドラゴン》!!」

 白銀の巨体に、黒い疾風が襲いかかる。
 王子は目を見張り、たじろがずその激しさを受け止める。

「オオオオオオッ!!」

 相手の攻撃を一身に受け止める。
 その風を受ければ、自分が破壊されることもためらわずに。
 ……これが王子の闘う世界なのかもしれない。
 負けることが決まったならば、目を見張り相手の実力を受け止める。
 それが決闘をリスペクトするということ。闘争の美学と誇り。
 そして、風が終わったとき、デュエリストとしての王子は目を閉じていた。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:12900→10600

「しかと受け止めよう。お前の強さも、道を切り開く意思も。
 我の手を何度も食い止め、さらに今は打ち破ってみせた。
 その闘志と絶対に退かない心。称賛に値せよう」

 王子は威厳を持った声で話した。
 でも、あたしは素直に言葉を返せなかった。
 その裏から響いてくる声がある。
 称賛の裏に秘められた、負けを決して認めない闘志。
 肌をしびれさせるほどに、声が重みを持って響く。

「だが、我とてこの世界から力を託された竜の王子。
 やすやすと力を譲り渡すにはいかぬ!」

 その怒号に合わせて、手札の1枚のカードが開く。

「魔法カード発動! 《遙かなる飛翔》!!
 ドラゴン族モンスターを墓地から除外する!
 そして、そのモンスターを同じ属性とレベルを持つドラゴンを蘇生召喚する!!」

《遥かなる飛翔》
【魔法カード】
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族または
レベル7以上の鳥獣族のモンスター1体を選択して発動する。
自分の墓地からそのモンスターと同じレベル・属性・種族を持つ
モンスター1体をゲームから除外することで、
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードの効果で特殊召喚したモンスターの
攻撃力は800ポイントアップする。

「蘇生の魔法!? それに同じレベルと種族の条件なら!」

 王子のデッキは高レベル統一のドラゴン族中心のデッキ。
 さらに自分の効果で好きなモンスターを墓地に送れる。
 このカードの効果も逃すことなく発揮できる。

「我はレベル8・光属性のドラゴン《ファントム・ドラゴン》を墓地から除外。
 そして、このモンスターの除外により、現在特殊召喚できるモンスターは2体。
 我が復活させるのは、我自身《シューティングレイ・ドラゴン》!!
 さらにこのカードで復活したモンスターは、攻撃力が800アップする!」

 白銀に光る翼がはじけるように散らばる。
 そして、もう一度空を覆うような白銀の翼竜が君臨する。
 その栄光と闘志を知らせるように、光のかけらを撒き散らしながら。

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3100

「この塔には、この世界に偏在する力が集まってくる。
 精霊のエネルギーの地脈の中心にあるのが、この塔だ。
 我はこの世界から力を託され、種々のドラゴン達から期待を受け、この塔に在る。
 ドラゴンの繁栄を保ち、世界の大義なき闘いを根絶する理想のために。
 この光の一粒一粒が、我に理想を託すドラゴン達の願いの結晶だ」

 王子は胸を張って、周りの光へと手をかざした。
 その信頼に応えるように、一粒一粒が輝きを増した。
 願いを託されて、それに応えようとする強い意志。
 そんな強い想いを背負ったら押しつぶされてもおかしくないのに。
 王子は真正面から受け止めて、むしろ誇らしげに進み続ける。
 ――あたしはそのキラキラを受け取るに相応しいんだろうか?

「リバースは3枚か。闇雲に罠を射抜くよりも、ここは攻め抜く!
 我は我自身の効果により、デッキより魔法カードを墓地に送る。
 そして、得る力は『シューティングレイ・フォース』!!
 効果ダメージと回復の効果を得る!!」

《シューティングレイ・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。

●罠:フィールド上のカード1枚を選択し、その効果を無効にする。
この効果の発動にチェーンすることはできない。
ATK/2300 DEF/2200

「これが我を後押しする力だ!
 その身に受けるがいい! その願いの力と重みを!!
 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」

「それでもあたしは退けない!
 迎え撃って!! アルジャザーイル!
 『天帝浄化』!」

 白銀の光の流星嵐が放たれる。
 純白の光の轟雷弾が迎え撃つ。
 ぶつかり合う膨大なエネルギー。
 あたしは3枚のリバースで支援したかった。
 でも、それはできない。
 あたしのデッキはカウンターと除去がメイン。
 戦闘を想定したカードは少ない。
 じりじりとアルジャザーイルが押されていく。
 やがて、流星嵐がアルジャザーイルを飲み込み、破壊した。
 そして、吸収しきれない衝撃波があたしを襲ってくる。

「リバース、オープン!!
 《デイメンション・ウォール》!
 あたしへのダメージを王子に移し替える!!」

《ディメンション・ウォール》
【罠カード】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
かわりに相手が受ける。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:10600→10300

 罠で相手を牽制するときに欠かせないのは、その多様性。
 どんな種類の罠が伏せられてるか分からない恐怖。
 そこに相手を追いつめられれば、そのまま押し切れる。
 でも、王子は決して怯まない。
 これだけ罠を強調しても、まだまだ攻め手を強化して、必殺を狙ってくる。
 今のタイミングで罠を封じることもできたはずなのに、追撃を狙ってきた。
 ――でも、そのあくまで攻めを重視するところに隙があるはず。

「だが、まだ我の効果が残っている!!
 モンスターの戦闘破壊により、ダメージと回復の効果が発動する!
 『シューティングレイ・エナジー』!」

 緑色の光の粒が弾けて、大爆発を起こす。
 さっきのマギーとは桁違いの衝撃。
 何も見えない神秘的な爆発の中で、あたしは1枚のカードを開いた。

「《ダメージ・ポラリライザー》を発動!
 ダメージを含む効果の発動を無効にして、お互いにカードを1枚ドロー!
 同時発動の回復効果も無効にする!」

《ダメージ・ポラリライザー》
【罠カード・カウンター】
ダメージを与える効果が発動した時に発動する事ができる。
その発動と効果を無効にし、お互いのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

シューティングレイ・ドラゴンのLP:10300→10800(神の恵み)

 これでこのターンのバトルは終わり。
 1枚のカードを引かせてしまったけど、やっとしのげた。
 でも、王子のターンはまだ終わっていない。
 すかさず王子は、そのカードを発動してきた。

「《強者の苦痛》を発動する!
 お前のモンスターはそのレベルだけ攻撃力が下がる!
 さらにカードを1枚セットする。
 我はこれでターンエンド!!」

《強者の苦痛》
【魔法カード・永続】
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力は、
レベル×100ポイントダウンする。

明菜
LP100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚
シューティングレイ・ドラゴン
LP10800
フィールド魔法
《死皇帝の陵墓》
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK3100
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《カードトレーダー》、《遥かなる飛翔》、伏せカード×1
手札
0枚

 フィールドのプレッシャーが強くなる。
 目の前に立つ王子のドラゴンの威圧感。
 覆しようが無いくらい大きいライフ差。
 勝てたときの、これから背負うものの重さ。
 どれも本当なら、乗り越えるのも難しいはずだった。

 でも、今は違った。
 澄んだ風が通り抜けるように、超えていける気がした。
 あたしの気持ちが王子より強いとかそんなのじゃない。
 絶対になんとかなるとか、そんな保障もない。
 ただそれでも前に進んでいける、その確信があった。
 その風はどこから吹いてくるんだろう。
 そして、どこに向かって、この風は吹いていくんだろう。
 何があたしをこんなにも勇気付けて、前に進めてくれるんだろう。

「あたしのターン、ドロー!」

 この世界に来る前に、あたしは自暴自棄になっていた。
 取り返しのつかないことをしてしまったから。
 でも、そんなことはなかった。
 後戻りとか、やり直しはできない。
 けれども、この世界に来ても、あたしはいつもあたしであったように。
 どんなときも、あたしのやるべきことはあたしを見逃さなかったように。

「あたしは《龍の鏡》を発動する!!
 墓地の《サンライズ・ドラゴン》と《サンセット・ドラゴン》を融合!
 来て! 《太陽竜リヴェイラ》!!
 その『夕焼け』の効果を発動! 『サンセット・ヴェール』!!
 王子のドラゴンを守備表示にするよ!」

《龍の鏡》
【魔法カード】
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《太陽竜リヴェイラ》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合/効果】
「サンライズ・ドラゴン」+「サンセット・ドラゴン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
1ターンに1度、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
次の効果は相手のバトルフェイズ開始時にも1度だけ発動する事ができる。
●表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。
●裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする。
ATK/2400 DEF/2400

「させぬ!! リバース発動《スキルドレイン》!
 1000ライフを支払い、その効果を無効にする!」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:10800→9800

《スキルドレイン》
【罠カード・永続】
1000ライフポイント払って発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上に表側表示で存在する効果モンスターの効果は無効化される。

「ここで逆転するはずが、そのカードかよー!」

「でも、見て! 明菜は全然動揺してないわ」

「ううん、それだけじゃない。
 明菜お姉ちゃんは何だか気持ちよさそう。
 まるで心地いい追い風を受けてるみたい」

 世界は繋がっている。意味を持って繋がっている。
 あたしは連続している。いつだって、前に向かっている。
 あたしがやらなくちゃいけないことを果たすために。
 ――だから、帰ろう。あたしたちの世界へ。

「リバースカードオープン! 《異次元からの帰還》!!
 ライフポイントを半分支払って発動!
 除外されているモンスターをすべて特殊召喚するよ!
 いくよ、《サンセット・ドラゴン》、《サンライズ・ドラゴン》!
 そして、マギーにミレイも!!」

明菜のLP:100→50

《異次元からの帰還》
【罠カード】
ライフポイントを半分払う。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果によって特殊召喚されたモンスターを
全てゲームから除外する。

「さらにミレイの特殊効果『ミラクル・リヴァイヴ』を発動!
 このカードの効果は《スキルドレイン》が発動してても、
 コストで墓地に送られてから発動になる効果だから、発動ができる!
 マギーとミレイを墓地に送って、アルジャザーイルを特殊召喚!
 そして、ミレイの墓地効果『ミラクル・リィンフォース』を発動!
 あたしのフィールドのモンスターすべての攻撃力を800アップ!」

《ドラゴ・ミレイ》 []
★★
【ドラゴン族・効果】
このカードと自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択して生け贄に捧げる。
墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターの
攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。
ATK/ 800 DEF/ 400

 みんな最初から応援してくれてたね。ありがとう。
 マギーもミレイもエルちゃんも、あたしを励ましてくれた。
 その力なら、あたしはこれからも乗り越えていける気がする。

「装備魔法発動! 《団結の力》!
 アルジャザーイルに装備して、攻撃力をアップする!
 フィールドのモンスターは4体! 3200ポイントアップ!」

《団結の力》
【魔法カード・装備】
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

《天帝竜アルジャザーイル》ATK2800→2000→2800→6000
《太陽竜リヴェイラ》ATK2400→1600→2400
《サンライズ・ドラゴン》ATK2400→1800→2600
《サンセット・ドラゴン》ATK2400→1800→2600

「すべてのモンスターで攻撃!!
 『天帝浄化』! 『サンシャイン・バースト』!
 『サンライズ・バースト』! 『サンセット・バースト』!」

シューティングレイ・ドラゴンのLP:9800→6900→4500→1900→0

 すべての攻撃が通って、デュエルは一瞬で決着した。
 やっと、勝てたんだ!
 モンスターの映像が消えて、王子だけが残る。
 王子はすべてを受け入れたみたいに、穏やかな声で語った。

「お前の風は、研ぎ澄まされた風だ。
 透き通り、それでいて鋭く凛としている。
 その風に魅せられて、お前を後押しする風がある。
 そして、従わぬ風さえも、巻き込んでいく力強さがある。
 我が起こす風さえも、巻き込んでいけ。
 吹き抜ける旋風の核となれ」

 王子のデッキから、カードが何枚か抜き出される。
 その中でも真ん中で目立って輝くカードが1枚。

「約束通りだ。我のカードを授けよう。
 そして、このカードにエネルギーを込めてある。
 光の砲撃弾を3度撃つことができるはずだ」

「でも、このカードって王子のだよね。
 あたしが持っててもいいの?」

「今はお前に必要なのだ。持って行くがいい。
 この世界の風が味方し、運命を託そうと動いたのだ。
 それを我が反故にするわけにはいかぬ。
 この世界で必要となれば、もしくは使命を果たし終えれば、
 自然と我の元に還ってくるだろう。案ずることはない」

「それは俺たちのカードも一緒だなー。
 というか、俺たちなんだけど……」

 マギーとミレイが顔を見合わせる。
 そして、合図が通じたみたいに、ミレイがうなずいた。

「私たちもついていっていい?
 別に監視するとかそんなんじゃなくて、アドバイザーとかでもなくて。
 旅の仲間として、明菜についていきたい!」

 王子も二人を見て、うなづく。

「せっかくの別次元を駆けるいい機会だ。行くといい。
 時間間隔の違いなど気にするな。
 ドラゴンにとって、それは些細なことだ」

「それはあたしも嬉しいよ!
 でも、あたし本当は精霊とか見えないし、大丈夫かな」

「ここで見た後なら、きっと大丈夫だろー。
 まー、後は信じるしかないか。
 明菜ならきっと、精霊と心を通じ合わせることを体でもう覚えてるさ。
 少なくとも前でも宝珠くらいなら見えたんだしな」

「そだね。そうだといいな。
 あれれ、でも、なんでいきなり見送りムードなのかな……?」

「だって、そりゃあなあ……」

 マギーはステッキで、上を指さした。
 空には大きな穴があった。穴の向こうはシャボン玉のような虹色。
 いかにも異次元に繋がっていそう。

「さっき《異次元からの帰還》を発動しただろ。
 あのときのカードの力に、気持ちも合わさったみたいだなー。
 精霊界の空気って、そういうのも汲み取るから。
 さらにあの怒濤の4連続攻撃でエネルギーも爆発して、押し広げられて。
 それであんな大きな穴ができたわけだ。
 異次元の穴は、俺たちも作るから分かるけど、あれなら明菜の世界に通じてる。
 あそこに飛び込めば、そのまま帰れるよ」

「明菜、待ちきれないでしょ。
 やっと力も手に入れて、やることも決まったんだから。
 あとは調べて作戦を練って、動き出さなくちゃ。
 となれば、ここだと時間はほとんど経たないとしても、
 気持ちはいてもたってもいられないんだよね?」

「それは……うん、そうだね。
 なら、ここから踏み出さないといけないよね」

 少しためらっても、あたしはまた歩きだす。
 だから、敢えて考えない。
 悩まなくても、結論は分かるから。
 ここでさよなら。挨拶をしなくちゃいけない。

 あたしはうつむくエルちゃんに向き直った。
 エルちゃんは、ここから先は一緒に行けない。
 かがんで、話しかける。

「エルちゃん、約束したよね。
 二人とも夢を果たすって。
 あたしは明葉を救う。エルちゃんは小説を書く。
 そして、二人で夢を確かめ合うって」

「……………」

 エルちゃんはうつむいていた顔を上げた。

「うん。もうお別れなんて、寂しい。
 また元に戻ったら、頼りない毎日が続く。
 それで何もなかったように過ごしちゃうかもしれない」

 瞳の端の涙をぬぐって、エルちゃんは続けた。

「だから、わたしは忘れない。
 意味がない物語なんてない。
 この世界の光のきらめきを覚えてられるなら、わたし頑張れるから。
 今の約束がこの先を照らしてくれるなら、わたし頑張れるから。
 また会おう、明菜お姉ちゃん!」

「うん、約束!」

 あたしは小指を立てて、エルちゃんに差し出した。

「これって……?」

「あ、そっか。エルちゃんは分かんないかな。
 日本の約束の合図! 指きりげんまん!
 小指と小指をからませて、約束をするの」

 エルちゃんは不安げに小指を差し出して、からませてきた。

「こう?」

「うん。これで約束。
 エルちゃんの世界の10年後くらいかな。
 日本っていう国の南に、デュエル専門の学校があるの。
 そこにあたしがきっといるから。
 エルちゃんはその頃にはもうあたしをとっくに追い越して大人かな。
 遊びに来てね! そしたら、デュエルでもしようよ!」

「うん、約束! きっと探し出してみせるから。
 今はデュエルで勝てる自信全然ないけど……。
 それまでに腕も磨いとく!」

「うん。そのときでも負けるつもりはないけどね!
 そうだ! あたしからカードをあげようかな」

 とっさにあたしはデッキを取り出した。
 お守りになりそうなカード、あったかな。
 少しだけ考えて、すぐにそのカードが浮かんだ。

「このカードをあげる。使わなくてもいいけど、お守りにしてね」

 差し出したのは、黄金の槍のカード。
 《守護神の矛》だ。

《守護神の矛》
【魔法カード・装備】
装備モンスターの攻撃力は、墓地に存在する装備モンスターと
同名カードの数×900ポイントアップする。

「これ、いいの? さっきのデュエルで使ってた。
 攻撃力をすごくアップさせてたのに」

「うん。でも、いいんだ。だから、エルちゃんにあげる。
 見守ってるって意味とか、夢を貫くって意味なら、このカードが一番面白そうかなって」

 エルちゃんはカードをまじまじと見つめて、微笑んだ。

「ありがとう! わたしこのカード使いこなしてみせる!
 それでお姉ちゃんをデュエルでびっくりさせるよ!」

「ふふ、それは楽しみ。だから、絶対に約束だよ!
 胸を張って、会おうね!」

「うん!」

 つないだ小指に力をこめて、祈りを切った。

 きっとエルちゃんの夢は必ずかなっていくんだろう。
 あたしが元の世界に戻っても、あの本がまだあるのなら絶対にそうだ。
 もしかしたら、今傍にいる『エルさん』は気付いていて、黙っているのかもしれない。
 あたしが過去の『エルさん』と出会うのを待ってるのかもしれない。
 リューゲルさんが別とか何とか言ってたけど、きっとそうだと思う。
 でも、そうだとしたら、どうしてウロボロスさんと一緒にいるんだろう。
 それは分からない。でも、きっとこれから分かるんだろう。
 この約束はきっと叶って、エルちゃんとあたしはまた会えるから。
 そう考えたら、戻るのがもっと楽しみになった。
 だって、ここでお別れじゃない。すべての空は繋がっているんだ。

「またね!」

 この言葉が空の果てまで響いて、きっとまた会えるから。
 精一杯手を振ってから、空の狭間に飛び込んだ。


―――― ――― ―― ―




第5章 希望に導かれしもの に続く…

第5章(34話以降)はこちらから




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