光は鼓動する

製作者:村瀬薫さん






第3章 魂の変質


 も く じ 

 プロローグ 神器のいたずら
 第17話 遠いまなざし、見つめる彼方
 第18話 闘いの決意
 第19話 過酷なる試練
 第20話 世界を塗りかえる想い<前編>
 第21話 世界を塗りかえる想い<後編>
 第22話 闇の果てのそれでも続く道<前編>
 第23話 闇の果てのそれでも続く道<後編>
 第24話 せめてこの悲劇に終焉を<前編>
 第25話 せめてこの悲劇に終焉を<後編>





プロローグ 神器のいたずら



 少年期のペガサスには何もなかった。
 いや、何もないというのは正確ではない。
 邸宅、裕福な食卓、世話人など、この世の贅沢と羨望される大概のものはあった。
 しかし、ペガサスが大事にしたいと思えるささやかな幸福がなかったのだ。

 カジノ経営で巨万の富を築いた父を持つペガサスは、将来を約束されていた。
 しかしペガサスにとって、その約束はただの束縛にすぎなかった。
 ペガサスは金儲けそのものには何ら興味がなかった。
 現実の物質的な豊かさに魅力を感じなかった。
 むしろペガサスが魅力を感じていたのは、心を愉快にさせてくれるものだった。
 いわばエンターテイメント。娯楽と精神的な価値。
 中でもペガサスを惹きつけたのは、絵画であった。
 ペガサスは画材道具を揃え、キャンパスなども一式揃えた。
 しかし、白いキャンパスに向かい、はたと気付いた。
 自分には書きたい題材がないと。
 何か人に見せてあげたいような希望が見あたらないのだ。
 それも、そのはずだ。
 この夢には先がない。
 自分に待ち受けているのは、現実に埋め尽くされる虚しい未来だけ。
 それは自分が一番、嫌というほど分かっている。
 既に描く前から、心の何処かが冷めている。
 だから、自分の芸術には深みが現れない。
 虚しさを埋めるために、模写などの練習はやり尽くした。
 しかし、そこにできあがるのは、芸術家の傑作からきれいに魂だけを抜いた贋作だった。
 躍動感や情念に乏しい無機的な作品だけであった。
 やがてペガサスは筆を折った。
 何も人の心に残せない作品などに意味はない。
 自分自身さえ豊かにできないのに、まして他人など……。
 ペガサスは創ることを諦めた。
 人の創るアートを見て、羨ましいと思いながら見過ごすだけとなった。
 特に生きているように映像が動くアニメーションの分野は素晴らしいな、と思った。
 もっとも自分は全くこれから関われないことだが。


 しかし、そこに光がもたらされる。
 シンディアという女性との出会いだった。
 当時何事にも無関心であったペガサスは、シンディアにも最初は無関心だった。
 ただそこにいたから、適当に相手をしただけだった。
 強いて言えば、そのときペガサスは自虐的な気持ちになっていた。
 そこで軽いアルコールに酔った振りをして、あることとないことを混ぜて話した。
 しかし、それをシンディアは本当に熱心に聞いてくれたのだ。
 ペガサスの心のわだかまりを、まるで自分のことのようにつらく思って。
 ペガサスはそれを見て驚くと共に、憂鬱になってきた。
 自分の「どうせお前も同じだろう、試してやろう」という不誠実な態度。
 それがシンディアの誠実な眼による、限りなく透き通った鏡に映し出されるようで。
 自嘲的に自分を語るのも嫌になり、話題を変えてシンディアの話を聞いた。
 どうせシンディアは自分とは別種の、恵まれた理解ある家を持つ人間なのだ。
 だから、こんなにも純粋に健気に生きていられるのだろうと。
 しかし、その実はまったく別であった。
 理解も許容もない、シンディアもまた閉ざされた運命の人間であった。
 なぜ自分と同じ境遇ながら、希望を保っていられるのか。
 なんだ、自分自身が不自由に耐えきれない、小さな人間だったのか。
 それともお前は人をあざ笑おうと嘘をついているのか。
 ペガサスはやり場のない怒りを押し隠しながら、シンディアに聞いた。

「なぜ君は不自由なのに、希望に満ちているのか?」

 シンディアは微笑みながら答えた。

「いえ、私は不自由ではありません。
 確かに境遇や家元などは不自由なものかもしれません。
 ですが、私の心は自由なのです。
 誰の束縛も誰の言葉も、私が希望を抱くことを奪うことはできません。
 私が心の中で鳥となり羽ばたくことを妨げることはできません。
 その確実な自由だけで、私は希望に満ちて生きてゆけるのです」

 そのシンディアの言葉と、シンディアの真っ直ぐで気高い瞳。
 本当に、美しいと思った。


 ペガサスは恋に落ちた。
 生まれて初めて、情熱を知った。
 シンディアと手をつないだなら、空気は澄んでいく。
 シンディアの姿を見れば、自然に微笑むことができる。
 シンディアの言葉を聞けば、何かを大事にしたいと思える。
 そうして、やっとペガサスは表現したいものを見つけたのだ。
 人は自分が感動したものを留め、際だたせるために表現する。
 ペガサスは真っ先にシンディアの美しさを表現しようとした。
 その絵が完成したとき、初めて自分の絵に愛着が持てた。
 こんな不器用なものが絵画だったのか。
 なんだ、全く伝わらないではないか。
 しかし、自分が何かを残そうと努力した跡が刻まれている。
 たくさんのことを思い浮かべ、筆に込めて描いた感触が手に残っている。
 これは、自分が大事にしたいものだ。
 シンディアを通して世界を覗いたなら、自分の世界も鮮やかに色づく。
 ペガサスは確信した。そして、芸術への夢は再開された。
 シンディアと夢を語らう時間は、ペガサスの一番大切な時間となった。

 しかし、幸せは永く続かない。
 シンディアは不治の病にかかり、この世を去った。
 ペガサスの世界は、再び色を失った。
 自分の眼は、鮮やかな景色も無感動に見送るだけだ。
 キャンバスを前にしても何も描けない。
 ペガサスはやがて旅に出た。
 心の隙間を新たな刺激で紛らわすために。
 エジプトは死者に近い国だと聞く。
 シンディアと離れた耐え難い虚無感。
 これを整理するヒントも見つかるかも知れない。
 ペガサスは宛てもなく、エジプトに向かった。

 砂漠の風景はペガサスに安らぎを与えた。
 ここには何もない。自分と一緒だ。だから、安心できる。
 華奢なペガサスにとって、旅路は険しいものであった。
 だが、その方がかえって疲れで気が紛れた。
 体が疲れていた方が、心が疲れない。
 思索が空転して、摩耗せずに済む。
 ペガサスは次第に危険な場所へと足を踏み入れていった。
 王家の呪いの曰く付きの場所へ……。
 こういう危険な場所での深入りは命取りとなりやすい。
 だが、怖いもの見たさの好奇心でペガサスは先へと進んだ。
 いや、単なる好奇心だけではなかったかもしれない。
 自分の閉ざされた未来をすべて壊してほしい。
 この世界に絶望した自分を徹底的に否定してほしい。
 かなうべき可能性をねじ曲げてほしい。
 破滅的な願いを胸に秘めて、ペガサスは危険から危険へと足を向けていた。


 その果てでペガサスは盗掘のいさかいを眼にする。
 物品を盗み出した者が捕らえられ、連行されてようとしていた。
 だが、ただの盗みにしては様子がおかしかった。
 盗人は黒いローブを羽織った男達に羽交い絞めにされていた。
 しかし、その捕えていた男達の様子が異様であった。
 盲目的に何かを守らねばと、荒ぶりながらも淡々と冷静に動いている。
 魅力的な『秘密』の匂いがした。
 それは危険と隣り合わせの誘惑だ。
 だが、この男の命が危ない。
 放っておいては、寝覚めが悪い。
 前に歩み出て、ペガサスは訴えかけていた。

「待て……。その男を許してやってください……!
 その遺宝を盗み出したのなら、その代金はボクが払うから……。
 ほら……、金なら……今これだけある……!」

 値踏みするように黒いローブの男達が振り返る。
 どうなるか……?
 自分の身を案じ始めたそのとき、奥から一人の少年が現れた。
 ――冷たい視線の少年だった。
 首からは輪つき十字架をぶら下げていた。

「命が惜しくば、むやみに金など見せぬことだ……。
 この地ではな……」

 常識だが、『この地では』という表現が気にかかった。

「あの男は聖なる場所から遺宝を盗み出した……。
 我々は男が盗み出した行為を少したしなめただけだ……。
 遺宝の金銭的価値に言及するつもりはない」

 儀礼的な警鐘を鳴らした後で、少年はペガサスを観察した。

「旅の者か……。
 なら、この場所がどんな危険な場所かも知るまい」

「このクル・エルナ村は墓の盗掘者どもが創った村でね……
 あの男のような盗人はめずらしくはない……」

 盗賊の村などあるのか……、ペガサスは戸惑う。

「ここはお前のような者の訪れるところではない。
 すぐに立ち去れ!」

 少年はペガサスに背を向けて、拒絶を示す。

「ここにお前の求める景色はない。
 愛する者を失った悲しみが癒される場所などな……」

「……ッ!!」

 自分の心が見抜かれている?! なぜ……。
 驚愕に言葉を失っている間に、男達は遠くに消えていった。
 ペガサスはふらふらと後をつけた。
 心を解き明かしてくれるかもしれないと、期待を秘めて。
 そして、運命の地下神殿へと足を踏み入れる。

 ペガサスは少年のその冷たい視線が忘れられなかった。
 最初は自分に似ていると思った。
 何もかも見通していて、何も求めない態度を。
 しかし、実際はまるで正反対だと悟った。
 この少年は確固たる目的、凝固して揺らがぬ情熱を持っている。
 目的に徹頭徹尾忠実であるとき、その行動は冷徹かつ無表情となる。
 何ら手段を選ばない兵器として、過酷になる。
 今、侵入者を試みるために、魔術道具で盗人を灼いたように。

 そして、その秘術の儀式は口外してはならぬもの。
 ペガサス自らも捕えられ、試されることになる。
 千年眼(ミレニアム・アイ)。三千年の時を経た神器に。

「お前は今からこの千年眼によって試される……。
 所持者としてふさわしいかどうかを……。
 もしお前が認められたら、千年アイテムは所持者となるお前の願いをひとつだけ聞き入れる……」

 願い……ッ!!
 それは――ひとつだけある。

「そう……冥界の扉を開け、お前の恋人と会わせよう」

 ペガサスは試練を受け入れざるを得ない。
 輝きを映さない片目が奪われる。
 痛み、恐怖、痛み、恐怖、痛み、恐怖、痛み、恐怖、淡い期待。

 ――そして、奇跡は起きた。

 激痛はおさまり、やがて光に包まれた。
 まばゆい光の中から、扉が見える。
 まさか……本当に冥界の門……?
 そして、その先から現れたのは――シンディアだった。
 そこにはペガサスの求めていた景色があった。
 温もりを感じる。感触が手に伝わる。
 ほんの一瞬の奇跡に、ペガサスは満たされた。

「千年アイテムはお前を所有者として認めた。
 お前に人智を超えた力が宿り、その運命を変えていくだろう。
 千年アイテムの所有者は引かれ合う。
 三千年の宿命の戦いを清算するために。
 お前がその力で何を望もうと自由だ。
 だが、その宿命を忘れるな」

 
 ペガサスは地下神殿から解放された。
 自分に起こったことの意味も知らないまま。
 しかし、すぐに分かることになる。
 人の考えを探ることができるのだ。
 『マインド・スキャン』(精神走査)の能力。
 正確に言えば、その能力は人の心に検索をかけるようなものだ。
 他人の心の中のデータベースを、あるキーワードで検索する。
 そうすれば、そのことについての意見・考えを潜在意識下からでも(すく)いだせる。
 必要なことのみ全てを見通す、まさに人智を越えた力。
 これならば、自分の閉ざされた運命も壊せるかもしれない。
 あの家系を打ち破ることも。
 そして、解放されたその先に――。
 そうだ、この力さえあれば――。


 ペガサスは確固たる目的を得て、純然たる兵器と化した。
 父の築き上げたギャンブル産業。
 それを打ち砕くために、千年眼の力を利用した。
 何人もの幹部をその能力によるバーベット・ゲーム(不正な勝負)で破滅に追い込んだ。
 運以外の要素の駆け引きを含むゲームならば、ペガサスは無敗であった。
 (例を挙げれば、インディアン・ポーカーでペガサスは自分の持ち札も分かるのだ)
 そして、父の所有する財を全て奪い取り、ペガサスの運命は克服された。


 並行してペガサスは一つの世界を創ることに熱中した。
 それは古代エジプトの聖戦を再現した居心地の良い世界。
 石版でつづられる夢に満ちた世界。
 それをカードゲームの形で、この今に再現しようとしたのだ。
 真っ先に再現されたのは、『死者蘇生』のルールである。
 エジプトでは霊魂は不滅であり、巡るものである。
 墓地と場の境界を曖昧に設定すれば、斬新なゲームができるであろう。
 そして、それは願いでもある。
 蘇らせたい人物がいる。再び会いたい人がいる。
 いつかシンディアがきっとまた目の前に現れるように。
 願いと祈りを込めて、ペガサスは新しい世界の秩序を創っていく。
 狂気の情熱により、ペガサスの絵画の夢は再開される。
 最初にデザインされたのは、カードの裏側だった。
 生命の輪廻、異次元への扉、巡る鼓動。
 取り憑かれるように、ペガサスはうずまきと螺旋を刻み込んでいく。

 ――そして、宿ったものがある。

 ペガサスは知らない。
 何をモチーフにその紋様を描いたのかを。
 そこに込められた魔術を何も知らない。
 だが、確かな知識を持って、精緻に刻まれたように。
 カード全てに共通したイラスト、裏側。
 そこに魔法陣が刻み込まれた。
 神秘を実現する媒介となった。
 それは神器のいたずらか気まぐれか。
 千年眼はどこからその知識を授けたのか。
 どこまでその願いを聞き入れたのか。
 かくして、デュエルモンスターズは生まれた。

 ペガサスのゲームデザインと流通・販売の腕が天才的だったのか。
 ――それとも、そこに内在する魔術的な力によるものか?
 デュエルモンスターズは爆発的な人気を博し、広まった。
 
 そして、当然ながらペガサスは気付く。
 デュエルモンスターズに不思議な力が宿っていることに。
 ある領域の高みに達し、道を極めた者は霊感を得ることがある。
 最初は、それに類似した現象と思って見過ごしていた。
 しかし、それにしては報告件数が多すぎる。
 もしや……、本当にデュエルモンスターズは願いをかなえる道具となったのか?
 ならば、その願いを実現させるために、一番近い位置にいるのは自分である。
 このゲームの創造主であり、王である自分だ。
 そうだとしたら、あらゆる神話と夢と術式をこのゲームに込めよう。
 そこから神秘的な作用を通じて、奇跡が生まれるかもしれない。
 あらゆる人智を越えた技術も取り込もう。
 取り入れたものが多いほど、奇跡により近づくであろう。
 次なる標的は海馬コーポレーションのソリッドビジョンシステムだ。
 決戦は、我が王国――デュエリスト・キングダムにて。

 ペガサスはゲームの中で、王として君臨していた。
 完全無敗を誇る天衣無縫の王。
 右手の王の栄光は金。左手の王の栄光は敗者の魂。
 自らの王国を徹底的に掌握し、支配するために。
 ペガサスは絶対の王として力を振るった。
 この企画でも、ペガサスはその力で圧倒的な勝利を得るはずだった。
 デュエルモンスターズの王たる威光を知らしめるはずであった。
 しかし、力で支配する王は孤独と隣り合わせである。
 孤独な王にとって、未知の団結の力。
 仲間と仲間が信じ合い、支え合う力。
 この眼をもってしても立ち入れない、聖なる領域。
 それにペガサスは初めて負けることとなった。


 そうして、ペガサスの王としての物語は終わった。
 盗賊の魂を継ぐ者に、力の根源たる千年眼も奪われて。
 死力を尽くした戦いの果てで、ペガサスは清々しい気持ちだった。
 もう強く在る必要はなくなったのだ。
 ようやく気付かされた。
 デュエルモンスターズはもはや自分だけのものではない。
 様々な者達がこのカードに信念を込め、想いを交差させているのだ。
 ペガサスに勝った者達が、デュエルを通じて大切なものを育んだように。
 いつの間にかこのデュエルモンスターズの世界は広がっていた、。
 もうこのゲームを支配することはできない。
 夢や奇跡を独り占めしようとすることもできない。
 だから、闇雲にシンディアだけを追いかける日々は終わったのだ。
 シンディアは十分に与えてくれた。
 誰かを大切に想う情熱を、そして誰かを失った後の執念を。
 どちらも死人同然だった自分を突き動かしてくれた。
 そして、自分はこんなにも多くの人に愛されるゲームの創造主になれた。
 それだけでも自分は幸せ者なのだ。
 これからもデュエルモンスターズを開発していく。
 ただし、それは自分の夢をかなえるためではない。
 このカードに夢を託す人々のために、この筆を執るのだ。
 ありがとう、シンディア。
 さようなら、シンディア。
 だけど、いつかきっとまた逢えたら――。
 
 
 支配者から解き放たれたデュエルモンスターズは拡大していった。
 様々な神話と研究の渦で混沌としていった。
 果たしていくつの願いが込められ、かなえられたか。
 その中で、ペガサスは今でも信じている。
 デュエルモンスターズに携わる者の一人として、信じている。
 そのカードゲームに宿る奇跡を――。





第17話 遠いまなざし、見つめる彼方



―――― ――― ―― ―

 あの子は眠り続けている。
 あたしの手の届かないところで眠り続けている。
 どんなに手を伸ばしても、届かないところで。
 夢を見続けている。
 どんな夢だろう。
 あの子はまだ言葉を知らない。
 そんな世界で、何を思ってただよっているんだろうか。
 そこから連れ出してあげるには、どうすればいいだろう。


 家族を飲み込んだ水の災厄。
 あたしと明葉(あきは)は、世界でふたりきりになった。
 そして明葉は意識が戻らなくなった。

 あたしと4歳離れた妹。
 今も生きている。生かされている。
 生命維持装置でその命は留められている。
 オーナー先生がその費用を負担してくれている。

 あたしはその命を握っている。
 あたしが、明葉の家族の意志として息を引き取らせることもできる。

『いま、目覚めさせても難しいことがたくさん待っています。
 それに回復する見込みは少ないです。
 死なせてやってください。
 あの子もそれを望んでいるはずです』

 この言葉で、あの子を殺せる。

 ――そんな風に、あたしに裁けるはずがない。
 何がその子のためなのだろう。
 あの子は言葉も善悪も知らない。
 『きもちよい』と『きもちよくない』しか知らない。
 それで『これから生きたいか?』なんて問いに答えられるはずもない。
 考えるまでもなく、あの子は何かを考えられるほどに成長していないのだ。

 だから、できるだけの可能性をせめてそばに用意してあげるために。
 そのためなら、死ぬより生きていた方がいいに決まっている。
 だから、周りに許される限りは生きていられるようにしてあげたい。
 幸いオーナー先生はそれをできるだけの財産がある。
 (そうでなければ、あたし達を引き取れない)
 そのことに甘えているんだ。

 いつも心のどこかにあの子のことがあったんだ。
 それはあたしを固定するピンのようなものだ。
 みんなが何かに夢中になっていても、あたしは没頭しきれない。
 心の中でちょっと立ちすくんでしまう。
 はっきりしない後ろめたさがつきまとう。
 何かをしていても、あの子のことが思い浮かぶ。
 だから、あたしは何かをしようとした。
 時間の空白を作らないために。
 困っている人がいたら、手を差し伸べた。
 好奇心の塊の翼に、手を引かれるまま遊んだ。
 気分が晴れないときは、思い切りデュエルした。
 それでも歩みを止めるときがある。
 思い出してしまう。立ちすくむ。
 だけど、それでいいと思う。
 あたしにとって、この心配は大切なものだ。
 あの子の写真を見る度に、その手を握る度に誓う。
 あたしはいつも想っているから。
 だから、いつでも帰ってきて、と。

 そして、あの子が目覚めたとき、あたしは笑顔で迎えられるように。
 できるだけ強く、精一杯に、楽しく生きておくんだ。
 真っ先に駆けつけるんだ。
 世界は愉快なことに満ちているよって、教えてあげるんだ。
 それから、あたしがいつも明葉のことを想っていたよって、写真を見せてあげるんだ。
 毎年クリスマス――あたしとあの子の誕生日――に撮っていた、姉妹で写った10年分の写真を。

 ……そうして、あたしは何年も答えを先送りにしてきた。
 あたしは無力で、罪を背負うこともできなくて。
 幸い明葉の呼吸と鼓動は、それに答えてくれていた。

 ――これまでは。



 眠ったままで生きているには、限界がある。
 ついに明葉の生命反応が弱ってきた。
 だけど、あたしに何ができるわけではなかった。
 ただ焦って、心配するくらいしかできない。
 せめて10年前の災厄の理由が分かれば……とアカデミアで聞いてもみた。
 けれど、みんな一般的なことしか知らなかった。
 あたしが何をしても、あの子に何も届けてあげられない。

 先生達には聞き尽くして、もう何もすることはない。
 何をするでもなく、机の上の2人の写真を見ることが多くなった。
 あたしが何をしていても、時は流れてしまう。
 あの子の命の灯火は弱まっていく。
 ただ、日常がさらさらと流れていって。
 あたしにこの気がかりが馴染んでいって。
 その先に、一つの終わりが静かに待ち受けているんだろう。

 だから、アカデミアの生活にも没頭できてなかった。
 フリークス・バスターズの活動に何となく付き合って。
 藤原さんの推薦のまま、卒業生とのタッグデュエルも引き受けて。
 そこでみんなの熱を感じながら、でも何もできない自分がもどかしかった。
 翼は一生懸命にいつも何かにぶつかって、前に進んでいるように見えた。
 斗賀乃先生に負けても、何か得るものがあったみたいだ。
 すごく悔しい気持ちになったと思うけど、前に向かって精一杯悩めるのは羨ましかった。
 レイちゃんと料理をしながら、そんな後ろ暗い気持ちになった次の日のことだった。

「手紙?」

 PDAのメール機能で連絡は十分できるはず。
 それなのにどうして部屋にわざわざ? と思いながら、開封する。

   あなたの願いを果たす可能性を提示します。
   来週の金曜日の放課後、一人で森のSAL研究所前に来てください。

   追記:誰かにこのことを話した場合、あなたはその可能性を失います。

                                     斗賀乃 涯

 突飛な内容にも程があった。
 本来ならば信じられるはずのない内容だった。
 でも、あたしにはこの内容が嘘とは思えなかった。
 斗賀乃先生は翼のことを調べ上げている。
 あたしの境遇を知っていてもおかしくはない。
 そう考えても、何か裏の思惑があるようにしか思えない。
 みんなに相談するのが普通の判断だと思った。
 一人で行くのは、そもそも危険すぎる。
 あの研究所の近くとなれば、変質者と斗賀乃先生が関係してる可能性だってある。
 理性はそうやって止めようとしながら、胸のドキドキは止まらなかった。
 危ない可能性でも信じてみたいくらいに、あたしはいつの間にか焦っていた。
 ――結局、あたしは誰にも話さずに行くことを決めていた。

 疲れて授業中に眠ってしまっている翼。
 これから斗賀乃先生の場所に行くあたしの動揺も知らないまま。
 翼は翼で、できるだけ強くなろうと精一杯みたいだった。
 あたしは気をつけてよ、と声を掛けながら、自分のことばかりを考えていた。

「でも、あの人たちはデュエルエナジーを集めているらしいけど、何をするつもりなんだろう」

 ふと翼との会話の中で漏らした変質者たちへの疑問。
 翼は寝起きのはずなのに、やけにはっきりと教えてくれた。

「分からない。
 精霊の力を使えば、いろんなことができるんだけれど。
 やるとすれば、逆に何をするか想像がつかないなぁ」

「例えば、どんなことができるの?」

「簡単に言えば、デュエルモンスターの能力が使えるんだ。
 俺のカードで言えば、アクイラで風を起こすことができる。
 アクシピターで炎を放つこともできるよ。
 ソリッドビジョンの攻撃や特殊能力を現実に使えると思えばいいのかな」

「……それってすごいことじゃない?」

 薄々はそういうことなのかな、と想像していたけれども、改めて聞いてびっくりしてしまった。
 デュエルモンスターズの効果を再現できるのなら、できないことなんてないくらいだと思う。
 でも、あたしの内心の興奮とは裏腹に、翼はすごく冷静に答えを返してきた。

「自由に使えればそうなんだけどね。
 実際はそうそう使えるわけじゃないんだ。
 力を使うには、まず『カードの精霊』がいなくちゃいけない。
 そして、さらに『精霊の空気』が必要になるんだよ」

「『精霊の空気』って?」

「『カードの精霊』のエネルギー源みたいなものだよ。
 これを使って、精霊が存在しているんだよ。
 精霊にどこかから少しずつ送られているみたいだけど、
 何か現象を起こせるほどの『精霊の空気』を持っている精霊はまずいない。
 無理に現象を起こさせれば、精霊はいなくなっちゃうんだ」

「だから、翼は力を使ったりしないんだね」

「うん。俺は精霊を傷つけたくない。
 藤原さんの《オネスト》みたいに特別な力の精霊もいないし」

 やっぱり、そう都合良く力が使えるわけじゃない。
 できるのなら、翼はあちこちから引っ張りだこになってしまう。
 とはいえ、エネルギー源を確保できれば、どんなこともできるのだろうか。

「可能……だと思う。
 デュエル中に精霊たちが喜んでいるのを感じるけど、
 あれは一緒にデュエルできてるから嬉しいだけじゃない。
 同じようにエネルギー源にもなるデュエルエナジーを感じているからなんだ。
 だから、俺もデュエルが加熱したなら、少しは現象を起こせるかもね」

「じゃあそれを溜めていけば、何か奇跡を起こすことだって……」

「できるかもしれない。
 けど、エナジーを蓄える方法とかは分からない。
 それに人から奪ったエナジーで精霊の力を利用するのは良くないよ。
 だから、俺は早くあいつらを止めたいんだ」

「うん……、そうだよね……」

 方法的には可能と言えるらしい。
 でも、多分たくさんの犠牲を払わないといけないんだろう。
 レイちゃんの言っていた同じようにエナジーを集めていた『デス・デュエル事件』。
 そんな惨劇をまた引き起こさせてはいけない。
 例えそれが誰かを救うためであっても。
 こんな手段を考えてしまうことは、あたしはやめなくちゃいけない。

 みんなに会いに廃寮に向かう翼と別れて、あたしは一人で研究所に向かった。
 中には入れないと聞いているけど、斗賀乃先生はここでどうするつもりなんだろう。
 ドーム上の研究所の前で、斗賀乃先生は相変わらずの涼しげな顔をして待っていた。

「言いつけ通りに、一人で来てくれたようですね」

「はい。それで、あたしの願いとか、可能性というのは、どういうことなんでしょう」

 単刀直入に話題を切り出した。
 斗賀乃先生は、その質問をあらかじめ想定していたみたいに動じずに答えた。

「ええ、あなたの妹の明葉さんを救う可能性を提案するということです」

「ッ!」

 いくらかは予想もしていたし、願ってもいた。
 でも、実際にそう言われると、期待よりもなぜか恐ろしさがこみ上げた。

「さて、方法を説明するのは、私の役目ではありません。
 この中に案内しますよ。着いてきて下さい」

 斗賀乃先生に導かれるままに、いつの間にか空いていたドアにあたしは歩みだした。
 中が薄暗くてよく見えないまま、先生の背中を追ってエレベーターで下っていく。

 その先の部屋は、いかにもな実験室だった。
 薄暗くて、中心には実験に使うカプセルみたいな縦長の容器がある。
 宇宙戦艦の中のようにコンピューターが備え付けられていた。
 いかにもここが施設の最も重要な場所なのだと主張している。
 そして、1人の男性がこちらを見ていた。
 目が合った瞬間、なぜか後退りをしたくなった。
 よれた白衣のポケットに手を突っ込んだ外国人の男性。
 伸びっぱなしのヒゲといい、だらしなく見える格好のはずなのに。
 この人の眼光は鋭くて、立ち振る舞いも隙がないように見えた。
 研究者よりも、訓練された兵士のような印象を受けた。

「お客さんを連れてきましたよ、ウロボロスさん。
 ここの主として歓迎してあげたらどうです?」

「フフハハハハハ!
 そうか、来てくれたのか!
 来たからには、歓迎しないわけにはいくまい!」

 斗賀乃先生のゆったりとした話し方。
 対して興奮で昂っている男性の口調。

 率直に言って、得体の知れない大人二人に囲まれて怖い。
 あたしは一体これからどうなるんだろう。
 不安がかけめぐる中で、斗賀乃先生が口を開く。

「さて、明葉さんを救い出す方法について、専門家さんから話してもらいましょうか。
 では、技術顧問(スキル・エキスパート)・ウロボロス。あなたの研究内容の紹介をお願いします」

 斗賀乃先生が手前に下がって、白衣の怪しい人――ウロボロスさん――が前に出る。

「では、紹介にあずかり、説明にあたろう。
 まず、ワタシの研究内容は『デュエルエナジーの科学的利用』である。
 つまり、エネルギーの一種としてデュエルエナジーを利用できないかという研究だ。
 しかし、これまでそれが完全な形で実現したことはなかった。
 デュエルエナジーを集めても、現実の作用を引き起こすことができなかったのだよ。
 し・か・し・だ……。それを可能とする媒介をついに発見した!
 それが『カードの精霊』と呼ばれる存在なのだ!!
 デュエルエナジーをこいつ達に注入することにより、一種の奇跡を実現できる!
 その仕組みをワタシはここまで整えあげたのだよ!!」

 ここまでは翼の話していたことと同じだ。
 それをこの人は実際に利用可能にしようとしている。
 ここの設備があれば、それは決して無理なことではないらしい。
 でも、集める手段はきっと誰かや精霊を傷つけることになるんだろう。

「ここにはエナジーの供給源も設備も揃っている。
 だが、不足しているものがいくつかある。
 まずは、人材かね。
 だが、これはまだどうとでもなろう。
 最も肝心なものが不足しているんだ。
 それは強大な力を持つ精霊なのだよ。
 こればかりはどうしようもなくてね。
 今、ちょっと研究が行き詰まっているのだよ……」

「そこでですね、陽向居さん。
 あなたの力が必要だそうです」

「あたしの力?」

「正確には、あなたの持つカードの力ですね。
 強大な精霊の宿るカードを所持していますよね。
 《希望に導かれし聖夜竜》のカードを……」

「……ッ!!
 どうして、そのカードのことを!
 まさかこのカードを知っているの?
 じゃあ10年前の災厄のことも!?」

「ん? 私は何も存じ上げませんが。
 ただ、私は精霊を察する感覚に優れていましてね。
 それで感じ取っただけですよ。
 類を見ないほど、強大な力ですからね。
 しっかりと伝わってきますよ」

「このカードにはやっぱり精霊が……」

「そこでだ。そいつを貸してくれないかね?
 ワタシの偉大な研究には欠かせないのでね、フフフフフ」

 2人の視線があたしの返答を求める。
 奇跡を起こせるかもしれない。
 もしかしたら、明葉を救ってあげられるかもしれない。
 それは本当に、心から望むこと。
 でも、それはレイちゃんが言ったとおり、みんなを傷つけること。
 それにこんな怪しい人を信じるのも……。

「で、でも、そんなことは……。
 できないよ。みんなのエナジーをもらうのだっていけないし。
 それに今急に話されたことを信じるなんてことも……」

「ですね。あなたならば、――いえ普通ならばそう答えるでしょうね」
 斗賀乃先生は予想通りの反応が得られたと言うように、あたしの答えに頷いた。

 そして、あたしを試すように語りかけてきた。

「では、陽向居さん。道徳のレクチャーをしましょうか」

 斗賀乃先生は調子を変えて、あたしに問いかける。
 何が言いたいんだろうか? 全く読み取れない。
 こういうのは相手のペースに乗ってはダメだけど……。

「道徳?」

 この会話をどうはねのけていいのか、あたしには分からなかった。

「ええ、身近で日常的ながら、人類の永遠のテーマでもある道徳です。
 そうですね、『老人と命の水』のお話をしましょうか」

「昔話?」

「まぁ例え話の類です。
 老人には愛しい孫がいました。
 ですが、孫は不治の病にかかりました。
 老人は命の水を孫に与えました。
 すると、なんと治りました。
 めでたし、めでたし。
 それだけの話です。
 老人はいいことをしたと思いますか?」

「治したなら、いいことだよね?」

「そうですね……。では、ここからが本番です。
 これの条件を少しずつ変えてみましょう。
 命の薬の出所についての条件です。
 まずは、最初の段階。
 命の水は代々病弱な家系にある皇族のみしか飲めない希少な水でした。
 老人はこれを懇願してなんとか同意を得て入手して、孫に与えました。
 これはいいことですか?」

「いいことじゃないかな。
 許可は得ているんだし、それしか手段がないなら……」

「それで国民から親しまれる皇族の寿命に危害を与えるかもしれないとしても?」

「……それでもそれでちゃんと回復するなら、仕方ないよ。
 縮めるかもしれない可能性よりも、今失われようとしている命が大切だと思う」

 馴染みのない突飛な質問なのに、あたしはすらすらと答えることができた。
 だけど、息苦しさを感じる。この質問が向かう方向はきっと……。

「それでは次の条件です。
 命の水は代々病弱な家系にある皇族のみしか飲めない希少な水でした。
 さらに皇族にも現在病に伏せる者がおり、水が必要でした。
 そのため、老人が懇願しても許可を得ることができませんでした。
 そこで老人は孫のために命の水を盗みました。
 そして孫が治ったら、老人は処刑も覚悟して自首しました。
 これはいいことですか?」

「……………」

 単純にいいこととは言えない。
 自首しているけど、悪いことをしている。
 だけど……。

「救うためなら……、自分が犠牲になっても……。
 隠し通すならば盗人かもしれないけど、悪いことは自覚しているし。
 そうしても仕方がないことだと思う」

「そうですか……。
 市井の子が死ぬよりは、皇族の子が弱る方が大きい悲しみを皆に与えるでしょう。
 国の利益としてはよくないと思います。
 その家系も苦しい思いをすることになるでしょう。
 そこについてはどう考えますか?」

「……それでも見殺しになんてできないよ。
 今助けなくちゃ絶対に後悔するから、やらなくちゃ!
 他の人のこととか先のことを考えてる余裕なんてないよ!!」

 いつの間にかあたしは声を荒げて、反論していた。
 息が切れる。
 胸にわだかまったものを、つっかえながら無理矢理取り出したような。

「そうですか。それがあなたの答えですか。
 そうですね。今の危機が大事ですものね……。
 では、あなたの今に戻りましょうか。
 今、あなたには不治の病の愛しい妹がいます。
 それを治す可能性がここで協力すれば得られるかもしれません。
 いえ、ほぼ一直線に治せるでしょうね。
 あとは精霊を確保し、エナジーを集めて注入するだけですから。
 そこであなたは『協力できない』と回答しましたね。
 それに変わりはありませんか?」

 斗賀乃先生はあたしがどんな返答をしても、調子を変えなかった。
 あらかじめ予測していたように、答えをすらすらと唱えた。

「……でもその話が本当なのかさえ……」

「信用できないから、踏み込まないのですね?
 なるほど確かにお伽話の場合は、すべての条件が前提として揺らがないから成立しています。
 ここでは方法や条件が嘘かもしれないから、それ以前に問題があると。
 ええ、確かに賢明な選択でしょう。
 ならば、交渉決裂ということです。
 ここから帰してあげることにしましょう」

「帰っていいの?」

「ええ。ですが、最後にあなたをこう呼ばせていただきましょう」

 斗賀乃先生は失望したように目を閉じ、それからあたしにささやいた。


「『偽善者』さん、さようなら」


 意味がよく飲み込めなかった。

「『偽善者』?」

 思わず聞き返してしまう。

「そうです。あなたはそう呼ばれるに相応しいと私は思いました。
 だから、その呼び名を送ったのです」

「……どういう……意味?」

「ふふふ、そうですね。
 少しばかり説明しましょうか?
 まだ道徳のレクチャーを続けましょう。
 あなたはちゃんとした善が見えていないと、私は言いたいのです。
 あなたは本当に心から妹さんを救いたいのですよね。
 ならば、わずかな可能性でもかけてみるのはどうですか?
 あなたの立場が危険にさらされるとしても、妹さんは脅かされません。
 今協力すれば助かるかもしれませんが、協力しなければその可能性も失われます。
 わずかな可能性にもかけてみること。
 それが本当に誠意のある善者だと思いませんか?
 可能性が目の前に当たっても、理由を挙げて掴み取ることを恐れる。
 それは子どもの屁理屈です。偽善者の尻込みですね。
 あなたはそれでいいのですか?
 自己保身よりもわずかな可能性を優先する必要がありませんか?」

「私は……そんなことは……」

「意識していないと。それなら、罪には問われないか?
 知らないか知っているか。善意か悪意か。
 裁判ならば、これで確かに罪の程度は変わります。
 しかし、同じ見殺しにしたという罪には変わりないでしょう。
 あなたが躊躇して、結局何もしなかったことに変わりはないですから」

「……見殺しになんてしたくない!
 あたしはできるだけのことをしたい!
 だけど、この話が突飛すぎて分からない。
 だから躊躇したって……。
 それに、先生はあたしにどうしてほしいの?」

「不確かな未来に飛び込むあなたの不安も分かるつもりです。
 ですが、私はあなたに後悔のない選択をしてほしいだけですよ。
 私にとって、あなたの妹の救済も彼の研究の成功もどちらでもよいことです」

「本当に、救えるなら……あたしは……」

 エナジーを奪い、みんなを傷つけてもいいか。
 それであたしがとがめられても構わないか。
 これまであたしだけ生き残ったことに胸を張って生きられるように、
 できるだけ一生懸命に正しく振る舞おうとした。
 その自分を裏切れるか。
 罪を背負ってでも、この可能性にかけられるか。
 その罪であたしの将来が摘まれても後悔しないか?

 ――違う。さっき並べたのは全部単なる言い訳だ。
 今問わなくちゃいけないのは、そんな周りのことじゃない。
 あたしがどれだけ明葉を救いたいか?
 それだけが大事なんだ。
 それなら答えは……。

「――あたしは救いたい。
 そのためなら、罪も……」

「そうですか。
 ……だそうですよ。
 ウロボロスさん」

「それはそれは、なんと素晴らしい!
 さぁ、なら《希望に導かれし聖夜竜》のカードを早く……。
 その力を引き出して、少しだけ発揮させるだけだ。
 何も心配はいらない……。
 さぁ! さぁッ!!」

 異様な喜び方。
 やっぱり信用しにくい。
 けど、わずかでも可能性があるなら……。
 あたしはデッキから《希望に導かれし聖夜竜》を引き抜き渡した。

「フフフフフ、これで精霊は確保した。
 あとはエナジーを奪い取る人員の不足が問題なのだが。
 キミはできるだけのことをしたいんだろう?
 そこでキミもエナジー狩りに加わってくれないかね?」

 一度手を貸したなら、これ以上踏み入れても同じだ。

「加わるよ」

「それでお友達と闘うことになっても大丈夫かね?」

「できるなら避けたいけれど……」

 覚悟がゆがまないように、唾を飲む。

「構わない」

「アハハハハ。素晴らしい!
 なんと勇ましいことか!
 安心したまえ。
 ワタシの設計した新しいデス・ベルトは人体への配慮も加えてある。
 回復に支障のない範囲の最大限で、エナジーを吸い取るように改良されている。
 回復したら何度でも同じ者から吸い取れるようにナァ!
 だから、深刻なダメージは与えないよ。
 安心して、打ち負かしてくれたまえ!」

 傷つけることには変わりない。
 だから、安心なんてできないけれど……。

「では、ワタシと連絡を取りながら、計画を進めよう。
 次に会うときには、キミのための道具も一揃え用意しておこう。
 だけどだね。キミに力がないというのなら、話は別になる。
 だから、キミもベルトをつけながら、闘ってもらおう。
 それで倒れたら、キミが力不足ということだ。
 負けたらダメ。自然淘汰の原理で選別する。
 ワタシは皆にそれをさせていてね。
 どいつも弱っていて、かといって『取っておき』をし向けるには時期尚早。
 どうしていいか、参っていたところだったのだよ。
 いやぁ心強い。フフハハハハハ!!!」

「フフフ。円満に交渉が成立して、何よりです。
 さて、大事な決断をして疲れたでしょう。
 早くお帰りなさい。
 ここからならエレベーターで地上近くまで行けます」

「そうだナァ。
 また、夜にでも隠密に来てくれ。
 そうそう。ここにはたくさんのカードもある。
 キミのデッキを容赦なく強化して、存分に役割を果たしてもらわないとねぇ!
 アハハハハハハ!」

「うん……。
 あたしもできる限り、やってみる。
 けど、その前にひとつだけ聞かせて」

 ずっと相手のペースだったけれども、ひとつだけ。
 もう戻れないかも知れないけど、ひとつだけ。

「何のために、こんな研究をしているの?」

 ウロボロスさんはその質問を聞くと、急に真面目な顔つきになった。

「この世界には失われていくものが多すぎる。
 それを食い止めるために、少しでも多くを救うためにこの研究をしている」

 斗賀乃先生は澄まし顔で、それを聞いている。
 急に神妙になった雰囲気にあたしは驚いた。

「ワタシはね、戦友プロフェッサー・コブラと様々な戦場をかけめぐってきた。
 その中でたくさんの惨劇を目にしてきた。
 しかしね、それを食い止める術はないのだよ。
 ゆずれないものがあって、幾多の理由が絡んで争いが起こる。
 ひとつの原因をつぶすために何かをしても、また新たな火種になりかねない。
 その因子をすべて駆逐するなんて、ほぼ不可能だろう。
 争い自体を無くすことは不可能だ。
 しかしだ。そこで失われる命を救うことはできるかもしれない。
 それでこの未知なる力の研究を続けているんだ。
 ……もうワタシが失ったものは返ってこないがな。
 せめてこれから失われるものを少なくするためにな。
 隠密に行動し荒っぽい手段を取るのは、目をつけられないためだ。
 手を広げて賛同を求めると、ペガサスのI2社や海馬コーポレーションに介入される。
 まだ世間に発表するにも、分からないことが多すぎる。
 純粋に研究に専念するには、このくらいの規模がちょうどいい。
 それがワタシの理由だ。ただ、希望をつなぎたいだけだ」

 予想外にこの人も理由を抱えていた。

「疑ってごめんなさい。
 あたしもできるだけ頑張る。
 あたしには自分のための理由しかないけれど」

「疑うのも無理はない。
 ワタシは研究になれば我を忘れる。
 研究のためなら人も傷つけて道具扱いする。
 キミが自分の大切にしたいもののために頑張れるのは立派なことだ。
 さて、そろそろ素に戻るよ。
 こんな研究は狂気に身を委ねていなければ、理性が持たなくてな」

 すると真面目だった調子が、再び元に戻る。

「フフフフフ、まぁそういうことだ。
 もうこの理由は口にしないがナァ、ワタシ達の研究に協力してくれたまえ!」

 あたしはその場所を後にして、変質した日常へと向かっていった。
 後戻りはきっとできない。
 それでもあの子のためにやらなくちゃいけない。
 例えそれがいちかばちかの賭けだったとしても。
 あたしの心がいくら痛むとしても。

―――― ――― ―― ―

「フフフフフフフフ、アーハッハッハッハ!!」

 ウロボロスの甲高い笑い声が研究室に響き渡る。
 狂気にうちふるえた、歓喜に満ちた声。
 斗賀乃もその嬉しそうな様子につられ、クスリと頬を歪める。

「傑作! 傑作ッ!! 傑作ゥッ!!!
 こんなに簡単にうまくいくとはな!
 これもキミのおかげだ。斗賀乃よ」

「いえいえ、礼には及びませんよ。
 私は私でこれで目的を果たしているのですから。
 それにしても、ウロボロスさん。
 あなたも名演技でしたね」

「フハハハハ。当たり前だ!
 私は皮肉を心より愛するもの。
 喜劇を演出するためには、道化師(ジョーカー)は必須!
 味わい深い皮肉をもり立てるためなら、これくらいの演技は造作もない!」

「いえいえ、私が立てた筋書以上に盛り上げてくれました。
 正直、驚かされましたよ。
 あそこまで物語を練っていたとは」

「フフフ。皮肉を語るものは、多面的に物事を見れないといけない。
 もっともコブラを戦友などとは微塵も思っていないがな。
 軍で技術部門を担当していたワタシがコブラと協力していたことまでは事実。
 だが、それからヤツは強大な精霊を手にした。
 そして、ワタシに技術協力を持ち込み、ワタシはその話に乗った。
 ウエスト校を拠点にワタシ達は精霊の力を実現する研究に励んだ。
 しかし、その結果があの裏切りだ!
 ヤツはワタシをウエスト校の研究室に監禁し、自分だけアカデミアで奇跡を実現しようとしたのだ!
 ワタシの研究成果をすべて流用してな!
 このエネルギー供給装置もデスベルトも、すべてはワタシの開発物だ!
 だが、……ヤツにも天罰が下った。
 精霊に逆に利用され、無様な姿に変わり果てた!
 まったく皮肉なものだな!!」

「よりも驚いたのは、あなたの目的です。
 あれではまるきり逆ではありませんか。
 救うだなんて、あなたが一番嫌うことではありませんか?」

「フフフ、そうだな。
 そもそも研究内容もまるきり別だ。
 ワタシの研究内容は『精霊との融合』!
 コブラのように精霊に力を与えて、逆に利用されるようなヘマはしない。
 確かにある程度のエナジーは必要ではあるが、それも少量だ。
 よりも大事なのは、『副作用』に関するデータだからな。
 そしてワタシは永遠に傷つかず生き続ける体を手に入れるのだ。
 『永遠の傍観者』として、この世ありとあらゆる皮肉を愉しみたくてな!
 戦場はいい! 皮肉と悲劇に充ち満ちている!
 だが、いかんせん戦場は危険すぎる。
 ワタシはコブラのように頑丈ではないのでな。
 そこでこの精霊の力を得て、安全を保証されたまま再び戦場を嗤いたいのだよ。
 あの体の打ち震えるような感動を味わいたくてな!」

「そうでしたね。
 この世の皮肉な物語を味わい尽くしたい。
 後ろ暗く高尚な趣味だと思いますよ。
 その永遠の観察者となるための研究ですか。
 いやはや、これはこれは実にいい歪んだ目的です。
 そのためなら、この精霊は打って付けでしょうね」

 斗賀乃はウロボロスの持つカードに目をやる。

「その精霊はデュエルモンスターズの中でも最上級の精霊のカードです。
 ペガサスはデュエルモンスターズ最初期に2枚のカードを創造しました。
 その2枚は希望と絶望の名を冠しています。
 『希望に導かれし聖夜竜(セイヤリュウ)』と『絶望に(いざな)われし宇内妃(ウダイヒ)』の2枚です。
 そのうちの1枚がここにあるというわけです。
 表側にも貫かれたように裏側の紋様が刻まれていて、『閃裏(センリ)の2枚』と称されます。
 あらゆる力を実現する可能性のあるカードです。
 もっとも意志は起動しないのですがね」

「だが、その方が都合がいい。
 『魂の変質』の副作用が防げるだろうからな。
 そうでなくては困るからな」

「『魂の変質』ですか。
 あの者ども、成れの果て達のことですね。
 『ルル』と言いましたか」

「ああ……イルニル、シルキル達のことか。
 正確には『ルーツ・ルインド』。
 その理性が失われた失敗作だ!
 たとえ強靱な生命力が得られても、あのようになっては意味がない。
 精霊と人間の意志が反発し合って、理性・人格を改変する副作用。
 これを憎き『魂の変質』と呼んでいる!
 融合する方法までは分かったのだが、これを防がなければ意味がない。
 ワタシがワタシでなくなってしまっては、意味がないのだよ!
 意志のないホムンクルスに融合すれば、人格はコントロールできる。
 だが、それではワタシの融合には応用できない。
 精霊との意志の同調や合意が絡むと見られるが、不明な点もある。
 その研究途上というところだな。
 今は精霊の波長の解析から、人間の波長に合わせる研究の最終段階だが……」

「その点で、聖夜竜は最適なわけですね」

「ああ! こいつには波長自体が存在しない!!
 ならば、ワタシ自身への融合を妨げることはないだろう!
 あとはまず結合のためのエナジーを収集する。
 そして、こいつをさらにチェックしたあとに、我が血肉とするとしよう」

「フフフ、あなたの目的が達成されるといいですね。
 ですが、別の選択肢もあることも試してみてください。
 久白翼の力を狙う方法もあるということも」

「キミが最初に言っていた方法のことかァ。
 不思議な力を持つ少年。精霊の力を抽出できる。
 ソイツを捕らえて、その原理を解明すればより近いのではないかと。
 ワタシにはそんな突破口があるとは信じがたくてね。
 今はワタシの研究行程を進めることを優先したい。
 この話に乗って、あの小娘を罠にかけ誘導したのも、単に精霊を入手するためだけだ。
 ついでにソイツを生け捕りにするならするで構わないが」

「関心がなくはない、ということですね」

「信じがたいがなァ。
 この精霊をワタシに導いてくれたキミが言うならば、デマではないかもしれん。
 機会があれば、逃さんよ」

「まぁそれならばいいでしょう。
 陽向居明菜を踊らせておけば、久白翼も遅かれ早かれ出てくるでしょう。
 そのときはよろしく頼みますよ」

「あぁ。そいつがもし計画の邪魔だてをするというなら、容赦は一切しない。
 ところでキミこそ、ワタシに手を貸す気はないかね?
 キミのような有能な人材が教師に甘んじている理由が分からない。
 ワタシとともに『新しい世界』を手に入れる気はないかね?
 永遠の傍観者として、この世全ての皮肉を嘲嗤う神にならないかね?」

 ウロボロスが誘いかける。
 斗賀乃はそれを鼻で軽く嗤った。

「『新しい世界』……ねぇ……」

 くつくつ、と軽蔑するかのように嗤う。
 幼稚でおかしくてたまらない、と静かに。
 ウロボロスはそのただならぬ様子に寒気を覚えた。

「不老不死、すべてを救う奇跡、大いなる名誉、天井知らずの高揚感……。
 あなた達が望むのは、大抵はそんなことでしょう?
 私はもうそんな戯れ言には興味はありません。
 私はそんな次元のことはもうとっくにくぐり抜けて来ましたから。
 あなたと私では次元が違う。
 あなたは私の目的に差し障る存在ではない。
 また、久白翼に驚異を与える可能性がある。
 これを確かめるために、ここに来ただけです」

「何だと!? 不老不死に興味がないというのか!
 これらの奇跡をくぐり抜けて来ただと?
 まさか……あり得ない……」

「あり得ないことではないですよ。
 私には久白翼と同じ能力があります。
 それを昇華して、地脈からも吸い取ることができます。
 生きながらえることや、天変地異を起こすことなど造作もありません。
 たとえば、マグマの温度が100度下がっても誰も私のせいだとは思わないように。
 そうして補給していれば、不老不死など容易いことです。
 だから、私は力を使いこなす前の久白翼を狙えと言っているのですよ。
 あの力をあなたの手中におさめれば、あなたも永遠を生きられることでしょう」

「何だと!? ならば、キミの力を早速……」

 ウロボロスは手元からボタンを取り出して押す。
 すると斗賀乃に向かって、電撃が発射される。

「――そう来ると思ってましたよ。
 ここはあなたの根城。罠ならばいくらでもあるのでしょう?」

 斗賀乃は目にもとまらぬ速さで、電撃に向かい片手を構える。
 すると、電撃は斗賀乃に到達する前にはじかれた。
 何者かが斗賀乃に到達するのを防いでいるかのように。
 いや、それは比喩などではない。
 ウロボロスは感じた。見えはしないが、分かる。
 確実に斗賀乃には何かがまとわりついている。
 それは人の形をしたもので、力と悪意の塊だ。
 斗賀乃自身の力ではなく、その者の力が行使され電撃をはじいた。
 おぞましい気配が伝わってくる。

「な、なんだ……この力は?」

「フフフ、次元が違うとはこういうことです。
 あなたには認識することもできないでしょうが。
 しかし、その脅威は伝わってくるでしょう?
 これが私の精霊、『2極の魔迅(パワード)』のうちの1人目の力ですよ。
 いえね、他にもこいつに感化されて、多数の精霊が覚醒しているのですがね。
 こいつを恐れ怯えて、私の前に誰も出てこようとはしませんね。
 さて、ただちにあなたの次元の目的に戻りなさい。
 私は私の次元で目的を果たす準備をするだけですから。
 さあ、あなたが久白翼にし向ける過酷を楽しみにしてますよ」



 研究室から斗賀乃は去って行った。
 その研究室の主として一人残ったウロボロス。
 ウロボロスは震えていた。
 それは恐怖によってではない。
 過度の興奮によるものだ。
 実際に人を凌駕した『モノ』に出会えた。
 目の前で人智を超えた力を見せ付けられた。
 それはつまりあの『モノ』に至れる可能性があるということだ。
 実際に存在しているものがあれば、同時にそこに至る道筋があることになるのだ。
 今はウロボロスにその原理は全く分からない。
 しかし、程なくその道に至ることになるだろう。
 さらに、まもなく無限の時間が手に入る。
 そうすれば、この世に実現していることすべては、
 永遠の時間を介した場合に、何もかも可能になるのだ。
 そのための強大な精霊、強大な力。
 しかし、そのためには入念に調査する必要がある。
 エナジーなどは二の次だ。
 あれは研究データ解析ついでの二次的な回収にすぎない。
 いつでも集める気になれば、集められる。
 それこそアカデミア全体を回収装置にしても構わない。

 問題はこの精霊が真であるか偽であるか、だ。
 斗賀乃という人物は決して信用できない。
 (もっともウロボロスは人間全体を信用していない)
 これまで道化のような態度を演じてきたのも、斗賀乃を油断させるためが大きい。
 斗賀乃の力は得体が知れず、底も知れない。
 それを敵に回した場合、大きな脅威になる。
 その可能性を排除するために、ウロボロスは敢えて矮小じみた研究者を演じていた。
 その研究の目的も動機も、至極陳腐なものに仕立て上げて、勘違いをさせた。
 こちらに脅威を感じず、利用価値だけを見出せば、斗賀乃は手出しをしてこないだろう。
 そして当面の課題は、自身の研究でこの精霊の真贋を見極めることである。
 仮にこの精霊に意志が発現する場合には、この計画は台無しに成る。
 再び波長データが自分と合う精霊を探し出す途方もない作業に戻る。
 最初から調整されて作られた人間(ホムンクルス等)でない限り、
 精霊と波長を照合させるのはほぼ不可能に近い。
 ならば、こちらの波長に合った精霊を作るか?
 それも不可能である。精霊の創造には分からない点が多すぎる。
 仮にそれに至るとしても、膨大な研究費や犠牲が必要となる。
 それこそかつて行われた三幻魔の創造のときのようにだ。
 それを隠匿して行えるかどうかは、極めて難しいと判断せざるを得ない。

 まずはこの精霊を調べ上げ、あらゆる条件化で意志が起動しないか調べる必要がある。
 温度、投入エナジー、あらゆる外部的刺激などによる科学的分析。
 さらにはこのカードの由来、依拠した伝承、創造者などによる超神秘科学体系からも。

 翼という手がかりも間違いなく生け捕りにする。
 あの斗賀乃という異形に至る鍵となるならば、調べ上げて損はあるまい。
 もっとも、その研究は不老不死に至ってからでも構わないのだが。

 しかし、あらゆる可能性を考慮した場合、その研究は終わらなくなる。
 ひとつの期限を設定しよう。
 その間までに意志を裏付けるものがない場合に、融合を果たすとしよう。
 その期限は……そうだな。
 12/25、クリスマスがいい。
 その日は新たな聖誕祭として上書きされることになるだろう。
 ――いっそ皮肉に興じて、華々しく形容するならば――
 そう、ワタシ、ウロボロスという神が生まれる日となるのだ!!



 斗賀乃は研究施設を後にした。
 それにしても懐かしいカードに会えたものだ。
 《希望に導かれし聖夜竜》。
 かつては自分が所有していたカード。
 目的の達成のため、狂おしいまでに欲したカード。
 すべての衝撃を受け付けない孤高の力の2枚。
 それなくして、自分はここまで生存できなかった。
 もっとも精霊としての扱いづらさも最上級。
 それ故、力を消耗しきった後は捨て置いたのだが……。

 ウロボロスが万一融合に成功するか。
 明菜がその力に気付くことができるか。
 どちらでもよいことだ。

 今のこの地では、『覇王』の行方は分からない。
 それならば望むことはただひとつ。
 ――願わくは、翼に更なる過酷の課せられんことを。


―――― ――― ―― ―


 デッキに1枚のカードを加えて、あたしは確かに強くなった。
 あたしは願いを果たす手段と力を手にした。
 この恐ろしい力を振るうたびに、あたしは戻れないことを思い起こす。
 心に嘘をついて、嫌いなカードで、勝利をもぎ取っていく。
 その痛みが、戻れないという覚悟を、あたしに刻み付ける。

 シルキルさんとデュエルする雄姿を見て、クロノス先生には勝てないと思っていた。
 でも、心に覚悟を刻みつけているうちに、いかに切り崩すかを考えていた。
 そして、倒せてしまった。
 正義感と闘争心をぶつけられても、心を凍りつかせて力をぶつけて。
 逆転の手をことごとくカウンターで潰していって。
 無我夢中のデュエルのうちに、あたしは勝利をもぎ取っていた。

 それでも学園生活は変わりないように過ごしていく。
 嘘と罪が、あたしの心と身体を切り離していく。
 でも、それがあたしの選んだ、明葉を救うための道筋。
 痛みこそ願いに近づいている証ならば、あたしはそれを喜ばなくてはいけない。
 後ろめたいとか、心が痛むと嘆いて立ち止まるのは、ただの甘えなんだ。
 
 フリークス・バスターズの活動を発展させるというのなら、あたしは最前線で止めなくてはいけない。
 あたしはみんなの手の内を知っているのだから、一番勝ちに近づける。
 その中でも倒しやすい相手は、――レイちゃんだ。
 そして、藤原さんに警戒を植え付ければ、迂闊に行動できなくなるはず。
 でも、その先で翼との対決は避けられないんだろう。
 翼はきっと、他の人みんなを倒したとしても、一人でも向かってくる。
 この道を進むのなら、翼とも対決しなくちゃいけない。

 きっと翼にはごまかしきれないと思った。
 あたしの周り全部を犠牲にせずには終わらない。
 急所と向き合わずには、越えていけない。
 その先にたどり着けない。

 翼は事情も知っている。
 だからこそ、巻き込みたくない。
 悩んでしまうだろうから。
 どうしていいか分からなくなるだろうから。
 悩むのもつらい気持ちになるのも、あたしだけでいい。
 翼には何も知らないまま、いてほしい。
 翼は翼のまま、笑ってデュエルをしていてほしい。
 その高みへ進んでいってほしい。
 あたしにはやり残したことがあるから。
 置き去りにして、忘れたままじゃいけないものがあるから。
 今は一緒に並んで歩けそうにないんだ。
 だから、それまであたしは闘い続ける。
 たとえ、翼を傷つけることになっても。
 この胸の痛みとも、みんなとも闘い続ける。

 誰かに解き明かしてほしい甘えを放り捨てて。
 一人で、どこまでも。


―――― ――― ―― ―





第18話 闘いの決意



 そして、翼は目を覚ました。
 長い夢が終わった。
 だから、今に向き合わなくてはならない。

 明菜はどこにいるんだろう。
 もうきっと傍にはいないだろう。
 自分はその機会を逃してしまった。
 自分の弱さのせいで。

 あのデュエルの最後に翼は気付いた。
 明菜が何のために一人で闘っていたのかを。

 ときどき明菜は遠くを見るような目つきをしていた。
 ――いや、もしかしたらいつもそうだったのかもしれない。
 そんなときにきっと思っていたのは、目を覚まさない妹のことだったろう。
 妹、陽向居明葉。
 明菜はいつも気にかけていた。
 明菜は孤児院で年少の子の世話をしたがった。
 そしてそのとき、いつも優しい目をしていた。
 妹のことを重ねていたんだろう。

 エナジーを集めて、奇跡を起こす。
 妹を救う。
 明菜がその話にすがるのも自然な話だ。
 人を傷つけることを嫌う明菜。
 だけど、そのためならその嫌悪感さえ振り切り、自分に抗いきるのかもしれない。
 だから、翼がそれを止めてもいいのだろうか?
 人を傷つけてはいけないから、やめてくれ。
 そんな優しい次元ではない。
 分かり切ったことを言われても、誰も立ち止まらない。

 俺は遠くを見つめる明菜に、何ができるんだろう?

 答えは、翼の中にはなかった。


 目を開けば、そこは自分の部屋だった。
 隣では藤原が静かに本を読んでいた。

「藤原……さん?」

「ん、起きたか? 体は大丈夫か?」

「うん……。だるいけど、なんとか。
 今はどうなったの?
 あれから、俺たちは?
 明菜は?!」

「体が弱っているのに、そんなにいきりたつな……。
 とは言っても、焦るのも無理もないか。
 順を追って説明する。
 まず、今は昼近くだな。
 君はあの夜から半日近く眠ったままだったんだ。
 だが、しっかり眠った分だけ、体調は一番いいようだな」

 藤原は安心したように微笑んだ。

「体調は『一番』いい?
 ってことは、他のみんなはどうなったの!?」

 それを聞くと、藤原は顔を曇らせた。

「状況はほとんど最悪だ。
 僕以外、みんなやられたようだ……。
 早乙女は君より早く目覚めたが、今は寝ている。
 一番酷いのは剣山だ。
 かなり衰弱していて、保険の鮎川先生がついて看病している。
 そして、陽向居は行方不明だ。PDAも繋がらない。
 捕えられている危険性すらある」

「そっか……。
 やっぱり明菜は……。
 剣山先輩までやられちゃったなんて……。
 藤原さんが俺たちを運んでくれたの?」

「いや、僕だけじゃ3人も運ぶことはできない。
 思わぬ協力者が2人現れてな。
 彼らが手伝ってくれたんだ。
 紹介しなくちゃいけないな。
 オブライエン! 久白が起きたぞ!」

 藤原が窓を開けて、声をかけた。
 すると、窓の上から逆さ吊りで男が覗き込んだ。
 浅黒い肌と、力強い瞳と、精悍な顔つき。
 油断ならない鍛え抜かれた野生を感じさせる。

「ようやく目覚めたか。
 そろそろ置いていこうかと思っていたところだ」

「オブライエン、それはないだろう。
 僕たちだって、あいつ達を倒したいんだ」

「フン……。今回は助けたが、足手まといになるようなら、俺単独でやる。
 有能な助手もいることだしな」

「助手か……。その兼平は今は授業中か?」

「いや、すぐそこにいる。
 俺と同じ訓練で腐った根性を叩き直している所だ。
 ほら、気絶してないで起きろ!」

「ひぃぃぃいぃいい!!
 もうやらないから、ボクを降ろしてぇえええ!
 また何でも作るからああああああ」

「手荒いが、まぁ普段のことを考えると、当然の報いか……。
 久白に話をしなくちゃいけない。
 そんな格好で話すのも難だろう?
 2人とも降りてここに来てくれ」

「分かった。今後のミッションについて話そう。
 おい、お前! この器具の使い方は教えただろう!
 自分一人で降りてくるんだ!」

「怖いよおおおお!
 無理だよおおおおお!」

 叫ぶ兼平を尻目に、オブライエンはワイヤーロープを緩め、するすると軽やかに着地した。
 もがくだけで何もできずぶらさがる兼平に向かい、ため息をつく。

「ひとまず、こいつは足手まといの単なる道具担当に決定だな」



 オブライエンを交えて、翼と藤原は現在の状況を確認する。

「俺はオースチン・オブライエン。
 ウエスト校の卒業生で、この学園に留学していたこともある。
 だが、やり残したことがあって、ここに来たんだ」

「それは他でもない。あの基地のことだ。
 あそこは元々は動物実験の研究施設だった。
 それをウエスト校教師であった今は行方不明のプロフェッサー・コブラが徐々に改築し、
 デュエルエナジーの研究施設としての機能を備えていった。
 いや、コブラ単独ではない。
 バックで専門技術の設計などを詳しく担当した奴がいる。
 スキルエキスパート・ウロボロスだ。
 彼らは協力して、秘密裏に研究を進めていた。
 ウエスト校からアカデミアにも、その2人の教師が招かれるはずだった。
 しかし、俺たちがウエスト校を発つときには、ウロボロスは行方不明になっていた。
 俺は不審に思って行方を調べたが結局分からず、コブラと共にアカデミアに向かった。
 そして、デス・デュエル事件が起こった。
 学園生徒のエナジーを吸収して利用しようとした事件だ。
 その後、ウエスト校に戻った俺はコブラがどんな研究をしていたかを調べた。
 それでようやく、以前から入念に調査をしてエナジー実験を企んでいたことが分かった。
 同時にウロボロスがコブラにより監禁されていたというのも分かった。
 用心深いコブラのことだ。
 研究狂のウロボロスを信用できず、最後に捨ててきたんだろう。
 そして、それからのウロボロスの足跡を追って、俺はここに辿り着いた。
 あの施設で今研究をしているのは、ウロボロスだ。
 あいつは他人の犠牲など惜しまない。
 再びこの学園を危機に陥れることも、ためらわないだろう」

 明かされた対決すべき敵。
 学園を危機に陥れる可能性さえある危険人物。
 空気が張りつめる。

「俺の目的は、この基地の無力化だ。
 傭兵稼業に就く前に、やり残したことを果たす。
 俺の技術の師であるコブラ。
 その師の残した危険施設を、弟子の俺は撤去する責務がある。
 ウロボロスは下手に刺激すると、何をするか分からない。
 教師達には生徒を刺激しないように、あの一帯は解体工事中と伝えて、近づかないようにさせている。
 お前達もただの病欠扱いだ。
 闘いを避けることもできる。
 どうする?」

 オブライエンが答えを求める。
 それに対して、藤原は迷わずに返答する。

「僕は闘おう。
 学園を脅かす奴を許してはおけない。
 それに僕にはカードの精霊オネストもついている。
 多少のことでは足手まといにはならないつもりだ。
 久白もそうだな?」

「俺は……」

 翼は返答をためらう。
 もちろん悪い奴は許せない。
 だが、それは同時に明菜の願いの可能性に対立することにもなる。
 その願いをねじ伏せるようなことを、選んでいいのだろうか。
 だけど、ウロボロスがそんな人物なら願いをかなえてくれるかも……。

「ひとつ聞かせて。
 ウロボロスはどんな研究をしているの?」

「どんな研究をしていようと、アカデミアを危機にさらすことに変わりないが……。
 今の研究内容は『精霊との融合』だ。
 いずれにせよ、不老不死の肉体を手にするのが目的らしい」

「融合? 不老不死?
 他の目的は?」

「何を聞きたいかよく分からないが、ウロボロスは自分のためにのみ研究をする。
 ウロボロスを遊ばせておいて、こちらが得をすることはない。
 ウロボロスが他人のために力を貸すことはまずない。
 例え誰かから力を借りたとしても、利用し終わったら切り捨てるだろう。
 コブラもウロボロスも手段のために、徹底した方法を取ることだけは似ていた。
 自己中心的な二人の同盟が奇跡的に保たれていたのは、
 互いにそれぞれの力を必要としていて、なおかつ力が均衡していたからだ。
 そして、たまたま最後の駆け引きでコブラが勝利し、ウロボロスの監禁に成功しただけだ」

「それじゃあ、明菜は!?」

「そうだな……。陽向居が危険だ。
 そんな危険人物に捕らわれているならば、一刻の猶予もない」

「いや……」

 捕らわれているのではない。荷担しているのだ。

 しかし、藤原達は明菜がウロボロス達に手を貸していることを知らない。
 まして、明菜が抱えている理由も。
 だから、俺が伝えにいかなくちゃ。
 明菜を今度こそ連れ戻す。
 例え、それが希望を絶つことであっても。
 かなわない望みに身を投げさせるわけにはいかない。

「なら、俺はいくよ!
 願いを踏みにじるような奴を、俺は絶対に許さない!
 絶対にウロボロスを止める!」

 二人の闘う決意にオブライエンは静かに頷く。

「そうか……。
 お前達も闘う理由があるようだな。
 なら、試させてもらおうか。
 藤原優介。お前の実力と頭脳が一流であることは分かっている。
 剣山にレイも力不足にはならないだろう。
 だが翼。お前の素性も覚悟も、俺は知らない。
 それを試すために、俺とデュエルをしろ。
 お前の信念と俺の炎。
 どちらが熱いか、勝負だ」

 勇気に富んだ鋭い目つきが、翼を試みる。
 翼はまっすぐに見つめ返し、覚悟を決める。

「いいよ。
 だけど、俺は絶対にやらなくちゃいけないことがある。
 明菜を救わなくちゃいけない。
 だから、絶対に引き下がらないし、ここでも負けない!」

「いい心意気だ。
 それをデュエルで示してみろ!
 いくぞ!!」

「おいおい、オブライエン。
 久白のデュエルの腕なら僕が保証する。
 試すよりも先にやることが……」

 ヒートアップする二人に対して、藤原は冷ややかだ。

「その優先順位の付け方は間違っているな、藤原。
 行動を共にする友の力量を見極めるのは、何よりも優先すべきときがある。
 そいつの観察力・判断力・積極性を見極めずに、作戦は立てられない。
 その全てを試すことができるのがデュエルだ。
 俺はこの目でその力量を見なければ、背中を預ける気にはなれない」

「そうか……。まあいい。
 なら、存分に確かめるといい」

「お前の許可がなくとも確かめるさ! いくぞ!」


「「デュエル!!」」

オブライエン VS 翼

「俺の先攻だ。ドロー」

 鍛え抜かれた腕が、新たなカードを手にする。
 一つ一つの動作に込められた果断と観察力。
 それが翼を容赦なく試みる。

「俺は《ヴォルカニック・ロケット》を召喚。
 その効果で《ブレイズ・キャノン》を手札に加える」

《ヴォルカニック・ロケット》 []
★★★★
【炎族・効果】
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキまたは自分の墓地から「ブレイズ・キャノン」と名のついたカード1枚を
手札に加える事ができる。
ATK/1900 DEF/1400

「さらに《手札断殺》を発動!
 手札の《ヴォルカニック・バレット》と《ヴォルカニック・リボルバー》を墓地に送り、
 2枚のカードをドローする!」

《手札断殺》
【魔法カード・速攻】
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

「なら、俺も2枚のカード!
 《隼の騎士》と《兵鳥アンセル》を墓地に送って、ドローするよ!」

「そうだな……。お前も墓地を肥やすことができる。
 そして、墓地の《ヴォルカニック・バレット》の効果。
 500ライフを支払い、デッキから新たに《ヴォルカニック・バレット》を手札に加える」

オブライエンのLP:4000→3500

《ヴォルカニック・バレット》 []

【炎族・効果】
このカードが墓地に存在する場合、500ライフポイントを払う事で
デッキから「ヴォルカニック・バレット」1体を手札に加える事ができる。
この効果は1ターンに1度だけ自分メインフェイズに使用する事ができる。
ATK/ 100 DEF/ 0

 迷いなく手札を操作し、万全の態勢を整えていく。
 そこから繰り出す強烈な攻撃に備えて。

「さらに手札より《ファイヤー・ソウル》を発動!
 俺のデッキから《ヴォルカニック・デビル》を除外。
 その攻撃力の半分、1500のダメージを受けてもらおう!」

《ファイヤー・ソウル》
【魔法カード】
相手プレイヤーはカードを1枚ドローする。
自分のデッキから炎族モンスター1体を選択してゲームから除外する。
除外したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
このカードを発動する場合、このターン自分は攻撃宣言をする事ができない。

 目まぐるしい1ターン目に、藤原もじっと見守る。

「最初から強烈な直接火力カードだと!?
 久白……耐えきれるか……」

翼のLP:4000→2500

「ぐぅ……。
 でも、まだまだ……」

「そうだ。まだ始まったばかりだ。
 強力な効果を持つこのカードにはリスクがある。
 お前は1枚カードをドローできる。
 俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」


「よし! 俺のターンだ! ドロー!!」

 手札を確認し、翼も負けまいと意気込む。

「俺も《手札断殺》で手札を交換した!
 だから、一気に仕掛けられるよ!
 手札から《大地讃頌》を発動!
 《恵鳥ピクス》と《聖鳥クレイン》を生け贄に捧げて――。
 いくよ! 《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!」

《大地讃頌》
【魔法カード・儀式】
地属性の儀式モンスターの降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚する地属性モンスターと同じレベルになるように
生け贄を捧げなければならない。

「ストルティオは光属性だけど、地属性も持っている!
 だから、この儀式カードも使えるんだ!
 儀式召喚したストルティオの効果!
 『ルーラー・オブ・ジ・アース』!!
 墓地からクレインを復活させる。
 そして、クレインの効果で1枚ドロー!」

《輝鳥-テラ・ストルティオ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2500 DEF/1900

《聖鳥クレイン》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。
ATK/1600 DEF/ 400

「俺はまだモンスターを通常召喚していない!
 《帝鳥ファシアヌス》も召喚だ!」

《帝鳥ファシアヌス》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/1800 DEF/1200

 息つく間もなく、3体のモンスターを並べる。
 その迫力はオブライエンに決して引けを取らない。
 絶対に前に進む。
 その決意にモンスター達が導かれる。

 藤原は安心する。
 翼の調子はかなりいい。
 これならオブライエンの厳しい攻め手にも引けをとらないだろう。

「オブライエン。これでレッドの新入生だ。
 なかなか恐ろしい展開力だろう?」

「最初からここまで仕掛けてくるとはな。
 なるほど展開力は申し分ないようだな」

 しかし、その威勢の良さをオブライエンは動じずに観察する。

(あの揺らがない自信……。
 伏せカードは恐らく、オブライエンの信頼するカードだな)

 藤原は冷静に場を分析する。

「バトルだ!
 いけ! ストルティオ!!
 『シャイニング・クエイクレッグ』!!」

 大地の輝鳥が猛スピードで蹴り上げに向かう。

「リバースカードオープン!」

「しまった! 迎撃型トラップ?!」

「……そうだな。リバースカードがあるのに、むやみに飛び込むのは危険だ。
 だが、今回は正解とも言える。
 しかし、その行動は想定の範囲内だ!!
 トラップカード発動! 《バーニング・エイド》!
 《ヴォルカニック・ロケット》を生け贄に捧げ、
 俺のライフを800回復し、カードをドローする」

《バーニング・エイド》
【罠カード】
自分フィールド上の炎属性モンスター1体を
生け贄に捧げる事で発動する。
自分は800ライフポイント回復し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

オブライエンのLP:3500→4300

「迎撃じゃない?!
 なら、そのままダイレクトアタックをするよ!
 いけっ!!」

 狙いを定め直し、ストルティオは突撃する。

「そうだな。
 直接攻撃させるのが、俺の狙いだからな……。
 第2のリバースカードオープン!
 《ファイヤー・ウォール》!!」

 そのカードを開いた瞬間、ストルティオの目の前に大きな火柱が噴き出た。
 その攻撃は中断される。

「クッ! なら、ファシアヌス! 攻撃だ!」

「再び《ファイヤー・ウォール》の効果!」

「クレイン!」

「《ファイヤー・ウォール》!!」

 翼の攻撃はことごとく防がれる。
 炎の壁が容赦なく立ちふさがる。

 さすがの翼もたじろぐ。

「3体の攻撃が全部防がれるなんて……」

「墓地から炎族モンスターを除外することで、俺への直接攻撃は無効となる。
 《ファイヤー・ウォール》、これが俺の絶対防御だ。
 お前にこの炎の壁を越えられるか?」

《ファイヤー・ウォール》
【罠カード・永続】
相手が直接攻撃を宣言した時、自分の墓地に存在する
炎族モンスター1体をゲームから除外する事で、
そのモンスターの攻撃を無効にする。
自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。
払わなければ、このカードを破壊する。

 問いかけるオブライエン。
 しかし、決して翼はひるもうとはしない。

「……ッ! 越えてみせる!
 俺はこんなところで立ち止まってなんていられないッ!!
 カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー。
 なかなかの勇ましさだ。悪くない。
 だが、いつまでその意気込みを保っていられるかな?」

「《ファイヤー・ウォール》のコスト。
 500ライフポイントを支払う。
 そして、再び《手札断殺》を発動!
 《ヴォルカニック・バレット》と《ヴォルカニック・ハンマー》を墓地に送り、
 カードを2枚ドローする!」

「なら、俺は《寧鳥コロンバ》と《冠を載く蒼き翼》を墓地に送って、ドロー!」

「バレットが墓地にあるため、500ライフを支払い、
 デッキから3枚目の《ヴォルカニック・バレット》をサーチする」

オブライエンのLP:4300→3800→3300

 一見すれば、ただの手札交換。
 しかし、弾丸は墓地にも手札にも着々と補充されている。
 流れるような動きで、手札も場も洗練されていく。

「俺は永続魔法《ブレイズ・キャノン》を発動!
 炎族モンスターを弾丸とすることで、モンスターを破壊できる!」

《ブレイズ・キャノン》
【魔法カード・永続】
手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

「モンスター破壊カードッ!
 でも、1体ずつの破壊なら……」

「そうだな。本来なら1枚につき1枚のカードの破壊だ。
 だが、この弾丸は特別製だ!
 俺は《ブレイズ・キャノン》の弾丸として
 この《ヴォルカニック・バックショット》を墓地に送る!」

 キャノン砲から勢いよく3つの頭を持つモンスターが射出される。
 それと同時に、デッキからも2体のモンスターが射出された。
 巻き上がる大きな爆炎。
 翼の場のモンスターは跡形もなく消滅していた。

「これが《ブレイズ・キャノン》の能力を最大限に高めるバックショットの効果だ。
 デッキからさらに2体のバックショットを墓地に送って、
 全体破壊そしてさらにダメージを与える!!」

《ヴォルカニック・バックショット》 []
★★
【炎族・効果】
このカードが墓地に送られた時、相手ライフに500ポイントダメージを与える。
このカードが「ブレイズ・キャノン」と名のついたカードの効果で墓地に送られた場合、
手札またはデッキから「ヴォルカニック・バックショット」2体を墓地に送る事で、
相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
ATK/ 500 DEF/ 0

翼のLP:2500→1500

 攻撃が防がれたものの、場は翼が優勢に思われた。
 しかし、その一射で場は覆される。
 さらにライフの差が開いていく。
 そして、墓地に炎族が送られ、炎の壁はさらに厚さを増す。

 藤原もその周到な戦術に感心を示す。

「これが【ヴォルカニック・バーン】のデュエル。
 《ファイヤー・ウォール》で攻撃を防ぎながら、
 《ブレイズ・キャノン》で相手モンスターを場に残さない……。
 攻め手をいなしながら、直接火力でじりじりと追いつめていく。
 この戦略の突破口を、果たして久白は見つけられるか?」

「さらに《炎帝近衛兵》を召喚。
 バックショット3体とバレットをデッキに戻し、2枚ドロー!
 カードを3枚伏せて、ターンエンドだ」

《炎帝近衛兵》 []
★★★★
【炎族・効果】
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を選択して発動する。
選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
ATK/1700 DEF/1200

オブライエン
LP3300
モンスターゾーン《炎帝近衛兵》
魔法・罠ゾーン
《ファイヤー・ウォール》、伏せカード×3
手札
1枚(《ヴォルカニック・バレット》)
LP1500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚

「俺のターン、ドロー!
 俺は《命鳥ルスキニア》を召喚!
 生け贄に捧げて、《英鳥ノクトゥア》デッキから召喚!
 さらにノクトゥアの特殊召喚されたときの効果!
 俺はデッキから、《輝鳥-アエル・アクイラ》を手札に加える!!」

《命鳥ルスキニア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/ 500 DEF/ 500

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

《輝鳥-アエル・アクイラ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
ATK/2500 DEF/1900

「そうか! そのカードならば!!」

 藤原は優勢な状態を、そのカードに一気に覆された経験がある。
 《ファイヤー・ウォール》は確かに強力な防御罠。
 ならば、その罠を破壊してしまえばいい。当然の発想である。

(だが、3枚ものカードをためらいなく伏せている。
 あれだけ何度も攻撃を無効化されれば、相手は破壊を焦ってくる。
 その破壊を警戒した罠が張ってあっても……。
 久白のまっすぐすぎる戦術が果たして通るのか?)

「いくよ! 儀式魔法《輝鳥現界》!!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを生け贄に捧げ――」

輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「すべてを吹き飛ばせ!!
 来い! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!
 そしてその力だ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 フィールドの魔法・罠をすべて破壊だ!!」

 炎の支配する場に大嵐が起こる。
 伏せカードをすべて暴き、破壊しようと吹き上げる。

「当然、予測の範疇だ。リバースカードだ!
 《禁じられた聖杯》!!」

 アクイラに聖水があびせかけられ、嵐は一瞬にして静まる。

「お前がその儀式効果モンスターを切り札とした戦術を取るのは、最初のターンで把握した。
 破壊も展開もその効果に依存したものになるはずだと。どうやらその通りだったようだな。
 ならば、さらにこのカードだ! チェーンして、手札のバレットを墓地に送り発動!
 《マジック・キャプチャー》!!
 《禁じられた聖杯》をもう一度手札に加える!」

《禁じられた聖杯》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。

《マジック・キャプチャー》
【罠カード】
自分が魔法カードを発動した時、手札を1枚捨ててチェーン発動する。
チェーン発動した魔法カードが墓地へ送られた時、そのカードを手札に戻す。

「最初の対戦ながら、あれだけ急所を把握した戦術を取るとは……。
 ウエスト校チャンプの称号に恥じない。
 戦場で培ったその観察力と対応力。流石と言うべきか……」

 一見翼が仕掛けているのを、オブライエンが防いでいるように見える。
 しかし、その実は翼の行動はことごとくオブライエンの想定内ということに他ならない。
 それだけの圧倒的な対応力を見せつけられて、果たして久白はさらに仕掛ける手があるのか?
 藤原はデュエルの先行きに不安を覚える。

 だが、翼の表情を見て、藤原はその不安は的はずれであると気付く。
 あの瞳は決して揺らがずに、その先の目的を見つめている。
 どんな壁も越えてみせると、眼前を見据えている。
 あの強さがこのまま終わるとは思えない。
 そして、デュエルを楽しむような普段の翼のスタイルとは異なるものも感じる。
 張りつめて研ぎ澄まされたような緊張感。
 それだけ翼はこの闘いに真剣なのだろう。

「それでも俺にまだ手はある!
 2度の《手札断殺》で墓地は整っているよ!
 手札より儀式魔法《星の供物》を発動!!
 4体の鳥獣族を墓地から除外して、
 墓地より再び儀式降臨! 《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!
 そしてもう一度『ルーラー・オブ・ジ・アース』!!
 墓地からクレインを復活させて、1枚ドロー!!」

星の供物(ステラ・ホスティア)
【魔法カード・儀式】
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)

《輝鳥-テラ・ストルティオ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2500 DEF/1900

《聖鳥クレイン》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。
ATK/1600 DEF/ 400

「バトルだ! いけっ! アクイラ!
 『シャイニング・トルネード・ビーク』!!」

 すさまじい勢いで、大鷲は旋回し攻撃を繰り出す。
 だが、オブライエンはその脅威に少しも動揺しない。

「また3体のモンスターを瞬時に召喚したか……。
 だが、同じ戦術は今度も通用しない!
 リバーストラップ! 2枚目の《バーニング・エイド》!
 《炎帝近衛兵》を生け贄に、ライフを回復し1枚ドローする!!」

《バーニング・エイド》
【罠カード】
自分フィールド上の炎属性モンスター1体を
生け贄に捧げる事で発動する。
自分は800ライフポイント回復し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

オブライエンのLP:3300→4100

「くっ、また直接攻撃しかできない……!」

「そうだな……。そして、俺の墓地には3体の炎族。
 すべて防いでお前の攻撃は終わりだ!」

「……アクイラ! ストルティオ! クレイン!!」

「《ファイヤー・ウォール》の効果を3度発動!!
 すべての攻撃は通らない!!」

 3つの火柱が立ちふさがり、鳥たちははばたきをやめる。
 この戦場は炎の壁に支配されている。
 どんなに足掻いても、その壁は突破できない。

 ――しかし、炎の向こう側から、新たな影が見えた。
 剣を携えた目にもとまらぬ動き。
 火柱の硝煙をくぐり抜けて、オブライエンを斬りつける!

オブライエンのLP:4100→3100

「なん……だと……。
 既にすべてのモンスターは攻撃を終えたはず……。
 まさか新しいモンスターを召喚したのか?」

「そうさ! アクイラの効果が無効になった。
 だから、1ターン目から伏せていたこのカードを発動できたんだ!
 リバーストラップは《地霊術−「鉄」》!!
 ストルティオを生け贄に捧げて、新たに召喚したのは《隼の騎士》!!
 こいつは1ターンに2度攻撃できる!
 もう1撃だ! 『ファルコンスラッシュ・ツヴァイ』!!」

《地霊術−「鉄」》
【罠カード】
自分フィールド上に存在する地属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
自分の墓地から、生け贄に捧げたモンスター以外で
レベル4以下の地属性モンスター1体を特殊召喚する。

《隼の騎士》 []
★★★
【戦士族・効果】
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
ATK/1000 DEF/ 700

オブライエンのLP:3100→2100

「クッ……! だが、そうでなくては仲間として物足りない。
 俺の炎の壁を力ずくで越えてくるとは、なかなかの闘志だ」

「俺には絶対にこの闘いでやらなくちゃいけないことがあるんだ!
 だから、この試練も必ず越えてみせる!
 俺は絶対に前に進むよ! ターンエンドだ!」

「俺のターンだ! ドロー!!」

オブライエンのLP:2100→1600(《ファイヤー・ウォール》のコスト)

 しかし、オブライエンも決して手を抜かない。
 むしろその突破はオブライエンの闘志に火を付けてしまった。
 オブライエンの闘志とは、火山のようなものだ。
 普段は侵入者を拒み、エネルギーを蓄えるのみ。
 だが刺激を加えられたとき――。

「そろそろ俺が仕掛ける番だな。
 俺はモンスターをセット。
 そして、さらに《ブラスティング・ゲイン》を発動。
 このモンスターを破壊し、カードを1枚ドロー!」

《ブラスティング・ゲイン》
【魔法カード】
自分フィールド上にセットされているカードを全て破壊し、
自分のデッキから破壊したカードの枚数分ドローする。

「そして、破壊されたのは《次元合成師》!
 このカードが破壊されたときに、除外されているモンスターカードを1枚手札に加える。
 俺が選ぶのは、《ヴォルカニック・デビル》!!」

《次元合成師》 []
★★★★
【天使族・効果】
1ターンに1度だけ、自分のデッキの一番上のカードをゲームから除外し、
さらにこのカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップする事ができる。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
ゲームから除外されている自分のモンスターカード1枚を選択し、
手札に加える事ができる。
ATK/1300 DEF/ 200

「《ブレイズ・キャノン》をトライデントに進化させる。
 さらにトライデントを墓地に送ることで……。
 ミッションは最終段階に移行する!!
 お前の出番だ!! 《ヴォルカニック・デビル》」

 ――その闘志は噴火し、すべてを飲み込み焼き尽くす。

 トライデントが場から消え、振動が巻き起こる。
 それは目覚めし王者の雄叫び。
 燃えさかる屈強な溶岩獣。
 マグマを凝縮した怒りの化身。
 今、その場に舞い降りる。

《ブレイズ・キャノン−トライデント》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上に表側表示で存在する
「ブレイズ・キャノン」1枚を墓地へ送って発動する。
手札から炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊し
相手ライフに500ポイントダメージを与える。
この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

《ヴォルカニック・デビル》 []
★★★★★★★★
【炎族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する「ブレイズ・キャノン−トライデント」を
墓地に送った場合に特殊召喚する事ができる。
相手ターンのバトルフェイズ中に相手フィールド上に
攻撃表示モンスターが存在する場合、
相手プレイヤーはこのカードに攻撃をしなければならない。
このカードがモンスターを破壊し墓地へ送った時、
相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、
相手ライフに1体につき500ポイントダメージを与える。
ATK/3000 DEF/1800

「今は伏せカードはない!
 一気に決める!!
 ゆけっ!! 『ヴォルカニック・キャノン』!!!」

 まるで隕石のように。
 その口から全てを焼き焦がす火炎弾が放たれる!

「攻撃対象は《隼の騎士》……。
 ダメージは与えさせないよ!!
 墓地から《恵鳥ピクス》を除外!
 このターン、俺は戦闘ダメージを受けない!!」

《恵鳥ピクス》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
ATK/ 100 DEF/ 50

「なるほど……。このターンは凌いだか。
 だが、まだこいつの攻撃は終わってない!
 モンスターを破壊し墓地に送ったときに追加効果が発動する!!
 『ヴォルカニック・チェーン』!!
 お前の場のモンスターを全滅させ、破壊したモンスターにつき500ダメージ!」

 大地に亀裂が走り、マグマが吹き上げる。
 鳥獣達が舞う空までも赤く覆い尽くし、やがてすべてを飲み込んだ。

翼のLP:1500→500

「1枚のカードを伏せる。ターンエンドだ」

オブライエン
LP1600
モンスターゾーン《ヴォルカニック・デビル》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1、《ファイヤー・ウォール》
手札
0枚
LP500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚

 たった1体のモンスターに戦況は覆された。
 場に残っているのは、その覇者たるデビルと鉄壁の《ファイヤー・ウォール》。
 藤原はその勢いに圧倒される。

「これが【ヴォルカニック・バーン】のデュエル……。
 相手の牽制と除去を行いながら、手札を固める。
 そして、相手が息切れした瞬間に一気に仕掛ける。
 直接火力と破壊と戦闘と、すべてを使い分ける臨機応変の戦術。
 まさしく戦場を生き抜くに相応しい柔軟性と対応力」

(俺が場に伏せたのは、回収した《禁じられた聖杯》。
 これで翼の主力モンスターは封じられる。
 もしデビルが破壊されたとしても、まだウォールがある。
 1ターン生き残るのは容易い。
 あと500ダメージを与えるだけならば、このデッキはいくらでも手段がある。
 このデュエル……、俺が制する!!)

 だが、同時にオブライエンには不安がよぎる。
 先のターンに見せつけられた、あの執拗なまでのまっすぐさ。
 ひたむきな攻めの姿勢。迷いないカード捌き。
 再び一気呵成にモンスターを展開するのか。
 そのときに自分は耐え切れるのか。

 オースチン・オブライエンが『鍛え抜かれた野生』であるならば、
 久白翼は『選び抜かれた天性』である。
 導かれるようにカードを操り、旋風のようにその戦術は途切れることはない。
 あらゆる状況を打破するプレイング。それはその勝負強い引きにより成立する。

「俺のターンだ!! ドロー!
 俺は《貪欲な壺》を発動!
 クレイン、ストルティオ、蒼き翼、ルスキニア、アクイラをデッキに戻し、
 2枚のカードをドロー!!」

《貪欲な壺》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 久白翼は運命の申し子。
 覚悟をして運命に対峙する決意をしたとき。
 そのひらめきときらめきは、比類のなきものとなる。

「俺は手札より《高等儀式術》を発動!!
 デッキから《音速ダック》と《冠を戴く蒼き翼》を墓地に送り――」

「来い! 水の輝鳥! 《輝鳥-アクア・キグナス》!!
 そして、効果発動だ! 押し戻す怒濤の激流!!
 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!」

《高等儀式術》
【魔法カード・儀式】
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

《輝鳥-アクア・キグナス》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。
ATK/2500 DEF/1900

「仕掛けられた罠を分かっているはずだ!
 速攻魔法発動! 《禁じられた聖杯》!!
 その効果は発動させない!!」

「そのカードがあるのは分かってる!!
 そして、俺のキグナスの攻撃力が上昇する!
 だから、墓地のアンセルを除外して力を加えるよ!!
 これでキグナスの攻撃力は3300!!
 《ヴォルカニック・デビル》の攻撃力を突破した!」

《兵鳥アンセル》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
鳥獣族モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。
ATK/1500 DEF/1400

《輝鳥-アクア・キグナス》ATK2500→2900→3300

「何だと! 仕掛けた罠を逆に利用したか!」

「そして、魔法カード《思い出のブランコ》を発動!
 墓地より《冠を戴く蒼き翼》を蘇生する」

《思い出のブランコ》
【魔法カード】
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

「2体のモンスターを並べたか。
 だが、《ファイヤー・ウォール》がある。
 その2体だけでは……」

「そう! 蒼き翼じゃあ、その壁は突破できない!
 だから、もう一度呼ばせてもらうよ!
 装備魔法《戦線復活の代償》!!
 蒼き翼を墓地に送ることで、あらゆるモンスターを蘇生できる!!

《戦線復活の代償》
【魔法カード・装備】
自分フィールド上の通常モンスター1体を墓地へ送って発動する。
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して自分フィールド上に
特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、装備モンスターを破壊する。

「再びフィールドを駆れ!! 《隼の騎士》!
 そして、バトルだ!!」

「アクア・キグナスの攻撃!
 『シャイニング・スプリットウイング』!!」

 羽の動きに導かれ、魔力の込められた水流がわき出る。
 《ヴォルカニック・デビル》を水で覆いこみ、翼でなぎ払う。

オブライエンのLP:1600→1300

「だが、俺のライフは1300!!
 《隼の騎士》の攻撃では、お前は勝利に届かない!」

「いや、届かせてみせる!!
 俺は絶対に立ち止まらない!
 明菜に届かせてみせるんだ!
 速攻魔法発動! 《加速》!!
 《隼の騎士》は攻撃力が300アップして、貫通効果を得る!」

《加速》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで300ポイントアップする。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

《隼の騎士》ATK1000→1300

 炎の柱がわき上がる。
 だが、それを体を反転させてかわし、軽やかにもう一撃を繰り出した。

オブライエンのLP:1300→0


「俺の勝ちだよ!!
 これで俺も作戦に参加していいよね!」

 オブライエンは静かにうなずく。

「ああ、いいだろう。
 これだけいい判断ができるのならば、味方として申し分ない。
 いいデュエルの腕をしているな……」

「それはそうだ。久白は僕にも勝ったんだ。
 そのセンスは本物だよ」

「なるほどな。俺たちも頼もしい後輩に負けてられないな。
 ならば、ミッションの説明を続行しよう。
 まずは……」

「ちょ、ちょっと待って。
 ボ、ボクも話に参加させて!!」

 そこに兼平が飛び込んできた。
 息を切らせて、たんこぶをさすりながら。

 オブライエンはちらりと見て、ため息をつく。

「着地に失敗したようだな。人員も増えた。
 お前は鈍いから、ここで待機だ」

「それはともかく、それよりも!
 久白翼くんだよね! 君は既に調査済みだよ!
 あの陽向居さんといつも一緒にいるにっくき幼馴染み!
 それは羨ましすぎるけど、今は置いておいて……。
 陽向居さんがどうしたの!?
 ボクは何も聞いてないよ!」

「明菜は……」

 本当の事情は言えない。

「俺たちが作戦失敗したあの夜からいなくなったんだ。
 だから、もしかしたら奴らに……。
 探しに行かなくちゃいけないんだ」

「そ、そんな……。
 ボクが神聖なる偵察活動を妨害されている間にそんなことが……」

「なにが、神聖なる偵察活動だ。
 女子寮のあたりをウロチョロして、盗撮・盗聴をしようとしていただけだろ」

「うう……、ボクはこの鬼畜軍人に捕えられた可哀想な一市民なんだ!
 ボクはただみんなが健やかに暮らせるように情報収集体制を……」

「犯罪者に重い兵役を課すのは当然のことだ。
 そして、お前の存在そのものが不健全だ」

「うう……。でも、あいつらが陽向居さんに危害を加えるなら話は別だ。
 嫌々じゃなくて、ボクもできるだけ協力するよ!」

「ああ……、引き続きこき使ってやろう。
 さて、紹介が遅れたが、こいつは兼平子規。
 こんな輩だが、機械技術に関してはかなり長けている。
 鍛えれば、俺と並ぶほどの諜報技術を身につけるだろう。
 ウロボロスに対抗するための、装備開発及び調査に協力してもらっている」

「さて、具体的な作戦といきたいところだが、まだ調査中なんだ。
 今は音波検査で施設の構造を探っているところだ。
 基本は速攻の電撃作戦。狙いは研究施設の動力とウロボロス自身。
 それが分かり次第、突入作戦に移行する。
 レイの回復を待てば、ちょうどその解析も終わるはずだ」

「というわけだ、久白。今は休むといい。
 じっとしていられないなら、剣山と早乙女の様子を見にいくか?
 それに空腹だろう? 学食にでも行こうか」

「そうだな……。体力回復にはたくさん食べるのが一番だ」

「うん! 俺お腹すいたよ!
 みんなの様子も見たいし、早く行こう!!」



「……というわけです。
 職員の皆さんには見回りを強化してもらうことになります。
 生徒達があの施設の付近に近づかないように、注意してください」

 職員会議では、その事件についての対処が話し合われた。
 無論、斗賀乃も教員として参加している。
 そして、その状況は通信で報告される。

「さて、ウロボロスさん。少々派手に行動しすぎたようですね。
 アカデミアの職員が警戒してますよ。
 ゆっくりと研究するわけにはいかなくなったのではないですか?」

「いや、教員だけならば、恐れるに足らん。
 あいつらの生ぬるさと無能ぶりはウエスト校にいた頃から知っている。
 だが、オブライエン!! ヤツはダメだ!
 ヤツならば、この鉄壁の要塞に侵入できる!
 ヤツを無力化する方法を考えねばなるまい」

「そうですね。あなたの安全は侵入されないから保障される。
 その可能性が生じた今となっては、何らかの方法を取りたいところです。
 それで手は用意しているのですか?」

「フン、だが侵入して来るなら来るで、手段はいくらでもある。
 実力でヤツを叩きのめすのは、少々リスクを伴うが、
 この基地の装備ならば、さして問題はないだろう
 だが、もう一つくらい安全策が欲しいところだな……」

「フフフ。ならば、『デュエル』を持ちかけるのはどうでしょう?」

「『デュエル』……だと?」

「相手は子供です。子供を挑発するのは容易いことです。
 そして、どの子も本当に真面目です。
 だから、かえってフェアな取引には弱いのです。
 よって、『デュエル』に持ち込めばいいのですよ。
 その勝敗で決める。そうすれば、彼らは応じてくれるでしょう」

「……なるほどな。その発想はなかった。
 奴らの手に合わせてやるというわけか!
 なるほど、ヤツらも強行突破には不安が残るはずだ。
 正々堂々と決闘を申し込み、こちらが譲歩したかに見せかければ応じる!
 そこで油断させたところを叩けばいいわけだな?」

「ええ……。ですが、強引な手段に訴えるまでもありませんね。
 デュエルで勝ちさえすれば、エナジーをもぎ取れるのですから。
 そして、勝つことはあなたにとっては容易いことですね?
 それは教員としての実力と、そして……」

「フフハハハハ! そうだナァ!!
 ワタシはヤツらの手の内をすべて知っている!
 対戦するに最も相応しい相手を用意してやればいいな!
 ヤツらはデュエルには自信があるんだろう?
 最も自信のあることで、徹底的に打ちのめされる!
 さぞかし皮肉な物語が出来上がるだろうナァ!!」

「仮にデュエルで負けたとしても、あなたは公正に引き下がる必要はありません。
 そのときこそ、あなたの基地の装備で一網打尽にしてあげればいいのです。
 デュエルと実力行使。どちらかで勝てばいい。
 あなたの勝負の機会が増えるのです。申し分ないでしょう?」

「フフフ、斗賀乃。お前は頭が冴える。
 いいだろう! 最高の相手を用意してやろうッ!!」

「健闘を祈りますよ、では」


 ウロボロスは静かに語りかける。

「どうやら楽しい座興が始まりそうだ……。
 愛しきエルよ。君に物語を捧げよう。
 ワタシが神になる過程に相応しい物語をッ!
 さあ、始めようではないかッ!!」

 ウロボロスは培養液の中の美女に語りかける。
 懐かしみ、慈しむように。

「これからワタシは不死になる。
 それでは確かに、スリルに欠けてしまうね。
 ワタシが主人公の物語は面白くなくなってしまう。
 死なずに勝利するのだからね。
 だから、これがキミに最後に観せるスリルというわけだ。
 ヤツら敵役の可能性を潰す、絶対の強さを誇る主役ワタシ。
 エル……。ワタシに偏在するエルよ……。
 その華々しき軌跡を、どうか観ていてくれよ」


 斗賀乃は嗤う。
 ただの実力行使で潰し合われては面白くない。
 翼個人の試練として相応しくない。
 主役が機械技術とオブライエンでは台無しである。
 彼を揺さぶるには、デュエルが最も相応しい。

「さて、そのためには私自身もお膳立てに協力しましょうか。
 決闘の果たし状。私がメッセンジャーになりましょう。
 久白翼。その力と覚悟。それも試しながらね……」





第19話 過酷なる試練



 剣山は静かに眠っていた。
 ひどく衰弱していて、深い眠りに落ちている。

「ソリッドビジョンを遠くから見つけて、急いだんだ。
 けれど、僕が駆けつけたときには、剣山は倒れていた」

「何か相手の手がかりはなかったの?
 そのソリッドビジョンはどうだった?」

 レイは心配そうに、状況を知る藤原を問いつめる。

「遠くからでよく見えなかった。
 気も動転していたし、何の手がかりにもならないが……」

 藤原は記憶の糸をたぐりよせる。

「綺麗な、月のように輝く女神のモンスターだった」

「……そうか。とにかくあいつらの一味には違いないだろう。
 なまじ強靱なだけに、何戦かさせられたのか、
 違う仕様で闘わせられたのかは分からないが……。
 だが、剣山の回復を待っている余裕はない。
 また新たな犠牲者が出る前に急ごう」

「……うん、そうだね
 じゃあ、剣山先輩。行ってくるね」

 レイが最後につぶやき、6人は保健室を後にした。
 作戦決行の出発である。

 作戦は、2つの動力拠点と中枢の制御室を無力化すること。
 このために6人は3ペアに別れる。
 レイと翼。
 藤原とクロノス教諭。
 オブライエンと兼平。
 同時に電撃的にたたくことで、相手は対応しきれない。
 そして、あの要塞を攻略する作戦である。

「翼くん! 絶対に明菜ちゃんを助け出そうね!」
「うん! 絶対にこの作戦を成功させて、明菜を救う!」

「ワタシが教師代表として参戦するノーネ!」
「目的地に着いてこの爆弾を使えばいいだけなら、僕でもできそうだな」

「兼平、本当に行くんだな?」
「うん! ボクだって陽向居さんを救いたいんだ!
 少しでもやれるなら、無理だってしてみせる!
 そうすれば、陽向居さんもボクに……うふふふふふ……」

 兼平はニヤニヤした。オブライエンは身震いを覚えた。

「……そうか。だが、貴重な戦力と戦意だ。
 こいつが妙な行動をとらないように、俺が監視するから心配するな」


 6人は意気揚々と森の研究施設に向かった。

 ――しかし、そこに一人の人物が立ちふさがる。

 長く流れる髪、人間離れした美貌。
 森にたたずむ姿はまるでファンタジー世界のエルフ。
 斗賀乃 涯である。
 決して6人を振り向くことはなく、だがその進路に威圧的に立ち塞がる。
 翼が問いかける。

「先生! 俺たちはその先に行かなくちゃいけないんだ!
 そこを通してよ!」

「いえね、あなた方が作戦を決行すると聞きまして。
 私のするべきことをしに来たのです」

「するべきこととは何なノーネ。
 作戦を決行することは、校長の了解も得ているノーネ」

「何も個人的なお節介ですよ、クロノス教諭。
 だって、無力な子どもが火に飛び込むのを止めることも大人の務めでしょう?
 あんな惨めな敗北をした生徒を、闘いに向かわせるわけにはいきませんから。
 ねえ、久白くん?」

 翼ははやる気持ちを抑えきれずに、問いかける。

「どうすれば、通してくれる?」

 その声には焦りと共に、怒りが込められている。

「デュエルで君の戦意を測るとしましょうか?」

「いいよ、俺は今は絶対に負ける気がしない」

「待て! 久白。挑発に乗る必要はない!
 放っておいて、基地に向かった方が……」

 藤原が諭すが、翼は断る。

「いや、俺は倒してみせるよ!
 逃げた先には、正しい結末は待っていない」

 翼は言うことを聞かないと、藤原は諦めた。
 しかし、それと同時に藤原はもう一つの可能性に気付いた。

「オブライエン、もしかして斗賀乃先生はあいつらと……」

「ここで攻略作戦を止めに入ろうとするのは不自然だな。
 もしかしたら、奴らと斗賀乃には何らかのつながりがあるのかもしれない。
 それを確かめるためにも、俺たちはこのデュエルを見届けるとしよう」

「じゃあ、いくよ!」


「 「 デ ュ エ ル ! ! 」 」

翼 VS 斗賀乃

「俺のターンからだ! ドロー」

 翼は手札を注視する。
 手札は答えてくれている。
 けれど、まだキーパーツが足りない。
 だが、中途半端な布陣では突破されてしまう。
 ここは――。

「モンスターをセット。
 さらにカードを2枚セットしてエンド」

「ふむ。私のターン、ドロー……」

 フィールドの状況を見て、斗賀乃は語りかける。

「モンスター1体に魔法・罠を2枚セット。
 なるほどずいぶんと警戒しているようですね。
 その布陣で私をしのぎきれると思っていますか?」

「やってみなきゃ分からないよ。
 俺はこのターンで倒されるつもりはない」

「フフ……。なるほど。
 ならば、その自信に私も全力で立ち向かって差し上げましょう。
 私は手札より《高等儀式術》を発動します」

《高等儀式術》
【魔法カード・儀式】
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「《高等儀式術》! 翼も使う儀式カードか!?
 あいつも儀式モンスターの使い手か?」

「いや、オブライエン。
 お前は見てないだろうが、僕達が見た以前の闘いではそうではなかった。
 先生の切り札は超大型モンスターだった。
 それも圧倒的な攻撃力による1ターンキル……。
 だが、今回はどんな手を使ってくるか?」

「デッキより3体のモンスター。
 《デーモン・ビーバー》、《邪炎の翼》、
 《サファイア・ドラゴン》を生け贄に捧げます。
 そして、降臨せしは《クラブ・タートル》!」

《デーモン・ビーバー》 []
★★
【獣族】
悪魔のツノと翼を持つビーバー。どんぐりを投げつけて攻撃する。
ATK/ 400 DEF/ 600

《邪炎の翼》 []
★★
【炎族】
赤黒く燃える翼。全身から炎を吹き出し攻撃する。
ATK/ 700 DEF/ 600

《サファイアドラゴン》 []
★★★★
【ドラゴン族】
全身がサファイアに覆われた、非常に美しい姿をしたドラゴン。
争いは好まないが、とても高い攻撃力を備えている。
ATK/1900 DEF/1600

《クラブ・タートル》 []
★★★★★★★★
【水族・儀式】
「亀の誓い」により降臨。
ATK/2500 DEF/2500

 現れたのは、甲殻類の王者。
 亀の頑強な甲羅を持ち、蟹の屈強な(はさ)みを持つ。
 しかし、……。

「単なる儀式ノーマルモンスターだよね?
 ステータスは高いけれど、それ以外には……」

 レイは拍子抜けしたようにデュエルを見る。
 しかし、翼は決してその表情を緩めない。

「いや、あの儀式は儀式モンスターの降臨が目的じゃない。
 墓地に送られたモンスターとそしてフィールドにいるモンスターは、
 属性が全て違っている。だから、その狙いは……」

 翼も《高等儀式術》を用いた戦術を使う。
 《高等儀式術》のもう一つの目的。それは墓地を肥やすこと。
 通常モンスターを生かした展開補助を翼も用いている。
 だから、目の前のモンスターだけが全てではない。
 この場では翼が一番よく知っている。

「フフフ……。その通り。さすがは儀式の使い手。
 さて、本題の前に手札補充といきましょうか。
 手札より3枚の《祝宴》を発動!
 カードを6枚ドローします」

《祝宴》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 唐突な手札強化に皆が驚く。

「相変わらずとんでもない手を使う。
 あの手札の数からどんな展開をするつもりだ?」

「さて、これで私の思惑が見えるかもしれませんね。
 手札より魔法カード《アドバンスドロー》を発動。
 《クラブ・タートル》を生贄に捧げて、2枚をドローします」

《アドバンスドロー》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体を生贄に捧げて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 斗賀乃の手札は既に8枚までに膨らんでいる。
 そして、斗賀乃は4枚のカードに手をかけた。

「墓地の4属性のモンスターを生贄として除外し、4属性の精霊を召喚します」

《岩の精霊 タイタン》 []
★★★★
【岩石族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の地属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このモンスターは相手のバトルフェイズ中のみ、攻撃力が300ポイントアップする。
ATK/1700 DEF/1000

《水の精霊 アクエリア》 []
★★★★
【水族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の水属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
相手スタンバイフェイズ毎に相手の表側表示モンスター1体の表示形式を変更できる。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。
ATK/1600 DEF/1200

《炎の精霊 イフリート》 []
★★★★
【炎族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の炎属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このモンスターは自分のバトルフェイズ中のみ、攻撃力が300ポイントアップする。
ATK/1700 DEF/1000

《風の精霊 ガルーダ》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
相手ターン終了時に相手フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体の表示形式を変更する事ができる。
ATK/1600 DEF/1200

 藤原は思わず後ずさりする。

「この4精霊の展開……、まさかッ!
 そんな!! 後攻1ターン目から仕掛けてくるだと!?」

 あのデュエルを見ていた者なら、誰の眼にもその光景は焼きついている。

「さて、久白くん。
 宿題の提出時間です。
 クリアする鍛錬はしてきましたか?
 そして試練の覚悟はできていますか?
 さて、いきますよ。
 フィールドから地水火風・4種類のモンスターを生贄に捧げ――

 来たれ!! ――――《ブライト・ウイング・ペガサス》!!!」

《ブライト・ウイング・ペガサス》 []
★★★★★★★★★★
【獣族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する4種類のモンスターを
生贄に捧げた場合に特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。
ATK/4500 DEF/3600

 最強の天馬がその場に現れる。
 まばゆいばかりの威厳。
 翼を広げ、神々しいまでの光を放つ。

「このデッキはこのモンスターの召喚に特化しています。
 さて、その布陣でこの課題をクリアできますか?
 いきますよ! ダイレクトアタック!!
 『シャイニング・オーバードライヴ』!!」

 あの時と同じように天馬が神速で空を翔ける。

「リバースカードオープン!
 《ゴッドバードアタック》!!
 場の伏せていた鳥獣モンスターを生贄に捧げ、
 俺の場の伏せカード1枚と一緒に、  《ブライト・ウイング・ペガサス》を破壊するよ!!」

《ゴッドバードアタック》
【罠カード】
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げて、
フィールド上に存在するカード2枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊する。

 天馬に火の鳥が向かっていく。
 強いエネルギーのぶつかり合い。
 それが届くか否か。

「悪くない手ですが、予測済みです!
 手札より《紫光の宣告者》の効果発動!!
 このカードと天使族の《シルフィード》を墓地に送り、
 ゴッドバードは通用しません」

《紫光の宣告者》 []
★★
【天使族・効果】
自分の手札からこのカードと天使族モンスター1体を墓地に送って発動する。
相手の罠カードの発動を無効にし、そのカードを破壊する。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
ATK/ 300 DEF/ 500

 火の鳥が灰色の煙となり立ち消える。
 その煙を突き破り再び天馬が迫る。
 そして、翼に激突する。


翼のLP:4000→4000

「フフフ……なるほど。
 少しは過酷な手を使うようになったようですね。
 この攻撃を受け止めるとは」

 翼は光のヴェールに包まれ、ダメージを無効化した。

「《ゴッドバードアタック》の効果で生贄に捧げたのは《恵鳥ピクス》。
 墓地から除外して、その効果で俺はこのターン戦闘ダメージを受けない」

《恵鳥ピクス》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
ATK/ 100 DEF/ 50

「フフフ。どうやら今回はもう少し楽しませてくれそうですね。
 カードを1枚セットして、ターンエンドしましょう」


 オブライエンと藤原がどよめく。

「攻撃と罠の無効化カード。罠の発動に加えてモンスター効果。
 攻めも守りも、2人とも二重に戦略を仕込んでいる。
 最初の攻防から、なんて熱戦なんだ」

「2人とも熱の入り方がいつも以上だ。
 久白が力むのは惜敗したし挑発されているから分かるが、
 しかし、先生はどうして久白に固執するんだろう?」


「俺のターンだ、ドロー!
 そして、伏せていたのは《八汰烏の骸》!
 発動して、カードを1枚ドローするよ」

《八汰烏の骸》
【罠カード】
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●相手フィールド上にスピリットモンスターが
 表側表示で存在する時に発動することができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 カードを手にすると、翼はすぐにプレイを開始する。
 答えの道を見出したかのように。

「俺は《命鳥ルスキニア》を召喚する!
 そして、そのまま生贄に捧げ、《英鳥ノクトゥア》を特殊召喚!
 さらにその効果で《輝鳥現界》をサーチする!!」

 翼のデッキの一番のキーカードが呼び込まれる。

《命鳥ルスキニア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/ 500 DEF/ 500

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

《輝鳥現界》
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「そして、発動!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを生贄に捧げ、
 俺が呼び出すのは、《輝鳥-イグニス・アクシピター》!!」

《輝鳥-イグニス・アクシピター》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
ATK/2500 DEF/1900

 光が集まり炎の鷹となる。そして、その力が解放される。

「効果を発動!! 燃え上がれ!
 『ルーラー・オブ・ザ・ファイア』!」
 相手に向けて、炎が放たれて火柱が巻き上がる。

斗賀乃のLP:4000→3000

 斗賀乃は目を閉じ、その衝撃を何ら動じずに受け止める。

「フフ。ペガサスを倒せないから、少しでもダメージを稼ごうというのですか?
 殊勝な心がけですが、そんな消極的な考えでは勝てませんよ」

 斗賀乃の挑発に、翼は何も答えない。

「カードを4枚伏せて、ターンを終了する」

 翼はフィールドを見つめたまま、ターンを終了した。


LP4000
モンスターゾーン《輝鳥-イグニス・アクシピター》ATK2500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×4
手札
0枚
斗賀乃
LP3000
モンスターゾーン《ブライト・ウイング・ペガサス》ATK4500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚

「伏せカードを4枚も仕掛けて、このペガサスがそんなに怖いですか?
 私のターン、ドロー!
 おや?」

 翼は顔を上げ、リバースに手をかける。

「そのモンスターを倒せなくても、勝つ手段はある!!
 これで終わらせる!! 2枚のトラップを発動だ!
 いくよ!光属性の数だけダメージを与える《ソーラーレイ》!
 そして、炎属性モンスターを生け贄にダメージを与える《火霊術−「紅」》!!」

《ソーラーレイ》
【罠カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターの数
×600ポイントダメージを相手に与える。

《火霊術−「紅」》
【罠カード】
自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 バーンも戦術として用いるレイとオブライエンは、すぐにその狙いを察する。

「《ソーラーレイ》のダメージは光属性は1体だから600。
 そして、炎属性も持つアクシピターの攻撃力は2500だよね。
 ってことは……」

「相手のライフは3000ポイント。射程圏内だ!
 翼は直接火力で1ターンキルを狙うのか!」

「これで終わらせるよ!
 いっけええええ!!」

 紅く燃えさかり、アクシピターは炎そのものとなる。
 飛びかかる爆炎に包まれ、斗賀乃は見えなくなる。

「ダメージに対抗できるカードは少ないはず。倒せ……た?」
 翼は目を凝らし、斗賀乃の様子とライフを確かめる。


 しかし、そこにいたのは、かえって愉快そうに笑う斗賀乃であった。

斗賀乃のLP:3000→900

「速攻魔法《非常食》を手札から発動させました。
 そして、墓地に送ったのは《ゴブリンのやりくり上手》。
 このコンボで私は1000ライフを回復し、
 2枚のカードをドローして、1枚をデッキに戻したのです」

《非常食》
【魔法カード・速攻】
このカード以外の自分フィールド上に存在する
魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

《ゴブリンのやりくり上手》
【罠カード】
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

「くっ……。倒せなかった……」

「ふふふ、驚かされましたよ
 なるほど。思った以上に成長に向かっているようですね。
 これならウロボロス程度の試練は、なんなくこなせるかもしれません」

「試練? なんのことだよ?
 俺はただ明菜に伝えにいかなくちゃいけないだけだ!」

「そう。感情の高ぶりは君の力をさらに研ぎ澄まさせる。
 そして、精霊たちもその気持ちを汲み、さらなる力を引き出す。
 君に必要なのは、その経験と覚醒なのです。
 そのために必要な過酷。そして、覚悟」

「何を言ってるの?」

「先生、いえ先輩としてのレクチャーですよ。
 さて、バーン狙いは削りきれなければ、手札の消耗が激しいだけですよ。
 次の一撃は受け止められますか?
 さあ、ペガサスよ! ダイレクトアタック!!」

 再び天馬が翼に激突する。
 その衝撃をすんでのところで、受け止める。

「リバースだ! ダメージ計算時に発動!
 《ガード・ブロック》!
 ダメージを無効化して、さらにカードを1枚ドロー!」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「うまく防ぎましたね。
 では、カードを1枚伏せてエンドしましょう」


「俺のターン、ドロー!」

「リバースを発動! 《リミット・リバース》!
 墓地のルスキニアを蘇生してさらに生贄に!
 そして、墓地からノクトゥアを召喚するよ!
 さらにノクトゥアの効果で、2枚目の《輝鳥現界》をサーチ!

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《命鳥ルスキニア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/ 500 DEF/ 500

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

「今のルスキニアは破壊ではなく、生贄に捧げた。
 だから、《リミット・リバース》は場に残ったまま。
 《マジック・プランター》で処理して、カードを2枚ドローするよ!」

《マジック・プランター》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「そして、《死者転生》!

《死者転生》
【魔法カード】
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。

 《冠を載く蒼き翼》を捨てることで、墓地から回収するのは、
 《輝鳥-イグニス・アクシピター》!!
 もう一度儀式だよ! 《輝鳥現界》を発動!
 場からノクトゥアを、デッキからアンセルを生贄に捧げる!
 再び降臨せよ! 炎のアクシピター!!」

《輝鳥-イグニス・アクシピター》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
ATK/2500 DEF/1900

「そして、今度こそ決めるよ!
 儀式召喚時のダメージ効果発動だ!
  『ルーラー・オブ・ザ・ファイア』!!」

 瞬く間にもう一度輝鳥が召喚される。
 燃えさかる翼を広げて、ペガサスに対抗する。

「なるほど……。仕留め損ねても、もう一度効果を決めれば勝てる。
 確かに真っ当な一手です。合格点の行動ではありますが……」

 リバースを開き、アクシピターを見据える。

「至極真っ当な手では通じないことを学びなさい。
 《閃光を吸い込むマジック・ミラー》を発動します」

《閃光を吸い込むマジック・ミラー》
【罠カード・永続】
このカードがフィールド上に存在する限り、
墓地またはフィールド上で発動した光属性モンスターの効果を無効にする。

 炎が吸い込まれ、輝きは奪われてしまう。

「また防がれるなんて……。
 カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

LP4000
モンスターゾーン《輝鳥-イグニス・アクシピター》ATK2500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
斗賀乃
LP900
モンスターゾーン《ブライト・ウイング・ペガサス》ATK4500
魔法・罠ゾーン
永続罠《閃光を吸い込むマジック・ミラー》
手札
0枚

「あんなカードを使うなんて!
 光属性にとって、最悪のカードだよ!!」

「だが、あのカードは光属性の効果を封じてしまうんだろう?
 なら、あいつのペガサスもダイレクトアタックできなくなるんじゃないのか?」

「いや、それは違うな、オブライエン。
 僕たちみたいに光属性を愛用しなければ分からないと思うが、
 あのカードの効果封じには抜け道がある。
 あのカードは場と墓地で発動する効果だけ無効化する。
 だから、そもそも発動を必要としない効果はそのままなんだ。
 フィールドにいるだけで発揮される、モンスターの性質のような効果は無効化されない。
 つまり、久白の輝鳥は効果発動を封じられるが、ペガサスは引き続き直接攻撃ができる。
 最悪のフィールドの状況だな……。これをどう耐え切る……」

「さて、私のターンですね。ドロー。
 いいカードを引きました。
 ですが、このカードを使うまでもないでしょう。
 ペガサスでダイレクトアタック!」

「まだだ! 《イタクァの暴風》!!
 風に絡み取られて、ペガサスは守備表示になる!」

《イタクァの暴風》
【罠カード】
相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。

「いつまでそんな一時しのぎを続けるつもりです?
 君がそういう手を取るならば、これを発動せざるを得ませんね。
 装備魔法を発動! 《強者の威光》をペガサスに装備させます」

 ペガサスの放つ光が大きくなり、空気さえ振動させる衝撃波となり、翼を切り裂く。

翼のLP:4000→3000

「くっ……。この衝撃は!」

「このカードは私のエンド時に、装備モンスターのレベル倍数のダメージを君に与えます。
 《ブライト・ウイング・ペガサス》のレベルは最上級の10!
 エンド時ごとに1000ダメージを受けてもらいますよ」

《強者の威光》
【魔法カード・装備】
自分のターンのエンドフェイズ時、
相手ライフに装備モンスターの
レベル×100ポイントのダメージを与える。

「俺のターン、ドロー!」

 絶望的な状況の中、翼がドローをする。
 そして、救いにすがるように引いたカードを発動する。

「《光の護封剣》を発動!!
 これでペガサスでも攻撃はできない!
 俺はこれでエンド……」

《光の護封剣》
【魔法カード】
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

「なかなかいいカードを引きましたが、それを想定した上での《強者の威光》です。
 ペガサスの圧倒的な強さに相手は守勢に回らざるを得ない。
 それを追い詰めるためのカードです。
 このまま耐えていても、君のライフが削られるだけですよ。
 私のターンです、ドロー。
 しかし、何度も耐えてきた君のプレイのご褒美に、このカードを発動してあげましょう。
 手札より発動するのは《壺の中の魔術書》。
 このカードは教師のディスクにしか反応しない特別な教材用カードです。
 生徒の展開をサポートし、さらにこちらの対応する手を増やすためのね。
 さあ、互いにカードを3枚ドローしましょう」

《壺の中の魔術書》
【魔法カード】(教材用カード)
お互いのプレイヤーはデッキからカードを3枚ドローする。

 斗賀乃は引いたカードを確かめる。

「ふむ、いい引きですが、残念ながら護封剣は破壊できませんね。
 カードを3枚セットし、エンド。
 そして、《強者の威光》で1000ダメージを受けてもらいましょう」

翼のLP:3000→2000

「俺のターン、ドロー!
 だけど、そのカードのおかげで新たな手は揃ったよ!
 手札より3枚目の《輝鳥現界》を発動!
 場からアクシピターを、デッキからコロンバを生贄に捧げることで――」

 場に大きな霊圧の渦が巻き起こり、新たな支配者の降臨を告げる。

「降臨せよ! 最上級の儀式モンスター!
 《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!!」

 世界の色が凝縮され、新たな太陽のごとき輝鳥が誕生する。

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》 []
★★★★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
ATK/3000 DEF/2500

「しかし、場には《閃光を吸い込むマジック・ミラー》があります。
 肝心の破壊効果は発動しませんよ」

「それでも意味はある!
 俺はカードを2枚セットして、ターンエンドする」

「ふふ、そうですか。
 ならば、私のターン、ドロー」

 斗賀乃がターンを開始した瞬間、翼もまたカードを繰り出す。

「よし、今ならいける!!
 俺はリバースをオープン!
 《風林火山》!! その『侵略の炎』の効果!
 輝鳥の効果は2つある。
 召喚したときに発動する効果と、属性を併せ持つ効果!
 属性効果は《閃光を吸い込むマジック・ミラー》では無効化されない!
 これでペガサスを破壊するよ!!」

《風林火山》
【罠カード】
風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に
表側表示で存在する時に発動する事ができる。
次の効果から1つを選択して適用する。
●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
●カードを2枚ドローする。

 ポイニクスの金色の光が赤に変わり、場を覆いつくす炎となる。
 火柱がペガサスを囲み、跡形もなく燃やし尽くす。

「すごいな……。久白がミラーの穴を上手く突いてあのモンスターを倒すとは。
 あんな大型モンスターを何度も召喚できるものじゃない。
 これで久白が押していけば、勝利も見えるぞ」

「フフ、そこまで精霊の力を活かしきるとは見事と誉めざるを得ません。
 私はカードを1枚伏せて、ターンを終了しましょう」

 しかし、斗賀乃は不敵な笑みを崩さず、その余裕は揺らがない。

LP4000
モンスターゾーン《輝鳥-ルシス・ポイニクス》ATK3000
魔法・罠ゾーン
《光の護封剣》、伏せカード×1
手札
0枚
斗賀乃
LP900
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
永続罠《閃光を吸い込むマジック・ミラー》、伏せカード×4
手札
0枚

「俺のターン、ドロー!」

 斗賀乃の場には4枚のリバース。
 しかし、モンスターのいないチャンス。

「ここは攻めるよ!
 ポイニクスでダイレクトアタック!
 『シャイニング・メテオラッシュ』!!」

 斗賀乃に向かっていき、光の粒子となり大地に溶け込む。
 そして大地の震動、激しい竜巻、吠えたける溶岩流を巻き起こし、
 斗賀乃を天変地異で飲み込もうとする。

「ならば、リバースカードをオープンしていきましょう!!
 1枚目は《風林火山》!」

《風林火山》
【罠カード】
風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に
表側表示で存在する時に発動する事ができる。
次の効果から1つを選択して適用する。
●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
●カードを2枚ドローする。

「そのカードは!?」

「そうですね、このカードは相手フィールドのモンスターの属性も利用できます。
 ですから、君の《輝鳥-ルシス・ポイニクス》のエレメントを利用します」

「しまった! それじゃあ、ポイニクスは!!」

「違いますね。私が発動するのは『略奪の疾風』!
 狙いは、君の魔法・罠ゾーンのカードの全滅です」

「何だって!」

「私にとってモンスターは恐るるに足りません。
 私の《ブライト・ウイング・ペガサス》にとって、有象無象に過ぎません。
 ……それに今回はさらに魔法・罠を選んで正解だったようですね」

 風に巻き上げられたのは、《光の護封剣》とそして伏せていた《正統なる血統》。

《正統なる血統》
【罠カード・永続】
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

 ポイニクスを破壊されたとしても備えられていた追撃の布石。
 それさえも超人的な勘により打ち破られた。

「それでもポイニクスの攻撃が通じれば!!」

「ええ、通してあげましょう。
 ですが、この3枚のカードを発動してからです。
 《ゴブリンのやりくり上手》を2枚発動し、さらに《非常食》を発動!
 2度目のやりくりコンボです。
 《ゴブリンのやりくり上手》2枚と《風林火山》を墓地に送ることでまずは3000ライフの回復です。
 そして、2枚の《ゴブリンのやりくり上手》は最大限の効果を発揮し、
 私は4枚ドローして1枚のカードを戻すプレイを2度行います」

斗賀乃のLP:900→3900→900

 ポイニクスの攻撃を受けたものの、ライフはターン開始時から変わらない。
 そして、斗賀乃の手札は6枚にまで膨らんでいる。
 翼は不甲斐なさに顔をゆがめる。
 どうして、どうして決められない!

「……俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「さて、私のターンです。ドロー。
 まずは少し整理しましょうか。
 《マジック・プランター》により、《閃光を吸い込むマジック・ミラー》を墓地に送ります。
 そして、2枚のカードをドローしましょう」

《マジック・プランター》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 斗賀乃は加えた手札を合わせて並べなおし、そのターンの行動を見定める。

「久白くん。君の戦術は確かに優れています。
 感情が高ぶった今ならば、精霊の力もほぼ最大限に引き出せているでしょう。
 私とここまで拮抗できるのも当然のことです。
 君と私は同じ素質・そして能力を持っています。
 エレメントを司る力が。
 しかし、君は私には勝てない。
 ここには決定的な差があるんですよ。
 それは経験です。
 今、それを埋めることはできません」

 斗賀乃は悠然と語りかける。

「君と私の戦術の違いを見せてあげましょう。
 私のメインフェイズ。
 2枚のカードを特殊召喚します。
 君の墓地の《寧鳥コロンバ》を除外し、《地霊イビル・ビーバー》を、
 君の墓地の《霊鳥アイビス》を除外し、《水霊ガガギゴースト》を召喚します」

《地霊イビル・ビーバー》 []
★★★★
【獣族・効果】
このカードは相手の墓地に存在する地属性モンスター1体を
ゲームから除外し、手札から特殊召喚することができる。
自分フィールド上の地属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
ATK/1850 DEF/1200

《水霊ガガギゴースト》 []
★★★★
【爬虫類族・効果】
このカードは相手の墓地に存在する水属性モンスター1体を
ゲームから除外し、手札から特殊召喚することができる。
自分フィールド上の水属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
ATK/1850 DEF/1000

「そして、……あらあら属性がまだ足りませんね。
 どうしましょうか。
 こうしましょう。
 私は1枚のモンスターをセットします。
 そして、さらに《太陽の書》を発動させることで、
 セットモンスターのリバース効果を発動します」

《太陽の書》
【魔法カード】
裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を表側攻撃表示にする。

「伏せられたカードは……、狙いはまさか……」

「秘められたその力を解放なさい。
 セットモンスターは《風霊使いウィン》!
 その効果を発動! 『ウィンディ・チャーム』!
 ポイニクスはあらゆる属性を持ちます。
 それは強みであると同時に、相手に利用される可能性も与えます。
 どの4霊使いでも君のポイニクスのコントロールを奪えるように」

《風霊使いウィン》 []
★★★
【魔法使い族・効果】
リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手フィールド上の風属性モンスター1体のコントロールを得る。
ATK/ 500 DEF/1500

「そんな、俺のモンスターまで使いこなすなんて!」

「そして、私のエースを呼び込むとしましょう。
 《死者転生》を発動。
 手札の《ネクロ・ガードナー》を墓地に送り、ペガサスを再び手札に。
 場の4種類のモンスターを生贄に捧げましょう。
 再び舞い戻りなさい! 《ブライト・ウイング・ペガサス》!!」

《ブライト・ウイング・ペガサス》 []
★★★★★★★★★★
【獣族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する4種類のモンスターを
生贄に捧げた場合に特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。
ATK/4500 DEF/3600

 まさかの2度目の君臨。
 誰もが唖然とし、その雄姿に目を奪われる。

「経験とは、状況を瞬時に把握し利用しきる力。
 本当にエレメントに卓越するならば、相手の場も利用できなくてはなりません。
 先の《風林火山》とこのターンの結果。
 これが私と君の、覆せない圧倒的な差ですよ。
 終わらせなさい!
 『シャイニング・オーバードライヴ』!!」

 そして、天馬が翔ける。
 だが、翼は迷わずにカードをかざす。

「経験が足りないと言われても、
 勝てないと言われても、俺の気持ちは変わらないよ!
 できるだけのことをするために、今をつないでみせる!
 リバースカードは《異次元からの埋葬》!
 3体の除外されたモンスターを墓地に!
 これで、再び墓地に送られたピクスの効果を使うよ!
 俺はまだ負けない!!」

《異次元からの埋葬》
【魔法カード・速攻】
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

《恵鳥ピクス》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
ATK/ 100 DEF/ 50

 斗賀乃はその揺らがぬ戦意を、興味深そうに見つめる。

「なんとまだ耐え切るとは……。
 《閃光を吸い込むマジック・ミラー》をなくしたのが仇となりましたか。
 いいでしょう。
 私は2枚目の《強者の威光》を発動!
 さらに1枚のリバースをセットし、ターンエンド」

《強者の威光》
【魔法カード・装備】
自分のターンのエンドフェイズ時、
相手ライフに装備モンスターの レベル×100ポイントのダメージを与える。

翼のLP:2000→1000

 光の衝撃波が放たれ、翼のライフは削られる。
 だが、それにも屈せず翼の瞳は揺らがない。
 例え、どんなに覆せない状況であっても。

LP1000
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚
斗賀乃
LP900
モンスターゾーン《ブライト・ウイング・ペガサス》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚


「君には手札もモンスターもリバースもない。
 私の場には威光を放つ天馬の王者と1枚のリバース。
 次に私がエンドを告げることで、君は敗北します。
 そして墓地には《ネクロ・ガードナー》。
 果たして、そのドローで――たった1枚のカードで――私を倒せますか?」

 力を込めて、デッキに手をかざしながら、翼は答える。

「俺はいつだって手を抜いたりなんかしない。
 例えできなくても、自分のできるだけのことをする。
 今は大切なものを守らなくちゃいけないんだ。
 俺には先生みたいに経験はないかもしれない。
 けど、今できるだけの力は出し切る。
 自分にできる最大限のことはしてみせる。
 そして、希望に辿り着いてみせる!」

「だから、いくよ!
 俺の最後のドロー!!!」

 そして、手にしたのは――。
 翼はそのカードが来ることが分かっていたかのように、すぐさま発動する。


「――――儀式魔法発動!! 《星の供物(ステラ・ホスティア)》!!!」


《星の供物》
【魔法カード・儀式】
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)

「墓地から4体の鳥獣モンスターを除外し、降臨せよ!
 《輝鳥-イグニス・アクシピター》!!」

 陽の光が収縮し、新たに煌く炎の鳥となる。

《輝鳥-イグニス・アクシピター》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
ATK/2500 DEF/1900

「そして、今度こそ届け!
 今ならば《閃光を吸い込むマジック・ミラー》もなくなった。
 効果も発動できる! 『ルーラー・オブ・ザ・ファイア』!!」

 炎が斗賀乃を包み込もうと渦を巻く。

「……なるほど、素晴らしい。
 君ができる最大限の一手、しかと見せていただきました。

 ――ならば、こちらは大人らしく卑怯な一手で終わらせましょうか」

 そして、斗賀乃も手の内を明かす。

「リバーストラップ発動! 《停戦協定》!」

《停戦協定》
【罠カード】
フィールド上の全ての裏側守備表示モンスターを表側表示にする。
この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。
フィールド上の効果モンスター1体につき500ポイントダメージを相手に与える。

「相手モンスターの破壊を必要としないこのデッキならば、
 このカード効果を最大限に発揮できます。
 アクシピターの効果よりも、発動スピードはこちらが早い。
 決して爽やかに勝たせてはあげませんよ。
 私と君はまだまだ巡り合い闘う宿命がありますから。
 ここは年配らしく、不平等条約の締結で締めくくりましょう。
 君の敗北によってね」

翼のLP:1000→0


 そして、ようやくデュエルは終わる。
 今回も翼は勝てなかった。
 だが、その表情は晴れやかだった。


「俺はこのデュエルを始めたとき、先生が憎くて仕方なかった。
 なんで邪魔するんだ!って。
 わずらわしいと思ってた。
 でも、今は違う。
 不思議と、この負けを受け止められる気がするんだ。
 先生、どうして俺に関わろうとするの?
 先生は何をしようとしているの?」

「そうですね。
 私と同じ能力に苦悩する者を気にかけて、その成長を心配する。
 教師として、人生の先輩として。
 何ら不自然なところはないように思えますが、不十分でしょうか?」

「足りないよ!
 どうして斗賀乃先生にも俺と同じ力があるの?
 それはどこから来たの?」

「ふふ、それに答える必要は今はないでしょう。
 今は他にやるべきことがあるのでしょう?」

 斗賀乃は一行の進路から退いて、研究所の方向を見やる。

「今の君の力ならば、大丈夫でしょう。
 行きなさい。幸いなことに善悪ははっきりしています。
 スキルエキスパート・ウロボロスを倒しに行きなさい。
 それが今のあなた方にとって、一番大切なことなのでしょう?」

「……………」

 翼は沈黙する。これ以上は何も聞けそうにない。
 だから、足を進めた。

「全部、後で必ず聞かせてもらうよ。
 みんな、行こう」

 6人は駆け出した。
 本来の果たすべき目的へ。
 闘いが待ち受ける場所へ。

「健闘を祈りますよ、では」

 斗賀乃は背を向けて、アカデミアに進んでいった。
 その逞しい姿に満足したように。

 斗賀乃は今は傍観する。
 翼の行く道を。
 その見据える先が何であるのか。
 今は誰にも分からない。





第20話 世界を塗りかえる想い<前編>



 施設が近づき、6人は1列になって歩いた。
 先頭はオブライエンと兼平。2人とも真剣な表情で歩みを進めていく。
 2人は音波検査で、不自然な空洞をあらかじめ調べて把握している。
 落とし穴などの罠にかからないために、2人が先陣を切っていた。


「扉の位置はここだな。
 今回は歓迎してくれないらしいから、開かない。
 予定通り強行突破だ」

 施設内もおおよそ構造は変わっていないのは調査済みである。
 ノックして改めて壁の薄い部分を確認する。

「よし、この位置だ。
 表面はモルタルとコンクリートの土素材、奥のみが鉄素材。
 摩耗・発熱を考えても、こいつだけでいける。
 兼平、ダイヤモンドカッターを」

 オブライエンに指示され、兼平はひきずってきた台車から機材を取り出す。
 チェンソーのように取っ手があり、その先に刃がつけられている。
 だが刃は楕円形ではなく、綺麗な正円の形である。
 正円の周囲はギザギザしており、そこにダイヤモンドが埋め込まれている。
 兼平は手慣れたように、持ち構えてスイッチを入れる。
 すると耳をつんざくような音をたてて、円が激しく回転した。
 どんなものでも裂けそうな勢い。

 見慣れないレイはおびえる。

「なにその、ぶっそうな機械……。
 そんなものどこから持ってきたの?」
 オブライエンはしれっと答える。

「傭兵機密だ」

「えぇ〜! やっぱりまずいルートから仕入れてるの?」

 レイは余計に怖がり、きょろきょろと戸惑う。
 その様子を見て、兼平がフォローを入れる。

「いやいや、説明が面倒だから、そう答えてるんだろうけど、一般人でも手に入るものだよ。
 でも、こんなにダイヤモンドの含有率が高くて回転の速いものは、ボクも初めて見たよ!
 さすがオブライエンさん! お目が高い!」

「余計なことを教えるな。
 とにかく今はこいつで突破するぞ」

 手袋をはめて、オブライエンが構え、壁に刃を入れていく。
 すると、みるみる回転する刃が壁にめりこんでいく。

「すごい! すごい!!
 ねえ、これさえあれば、あいつらの拠点まで、壁も越えて一直線じゃん!!」

 翼が興奮して、藤原たちに同意を求める。
 藤原はそれに対して、ため息で答える。

「珍しいものや格好いいものには目がないんだな、久白は。
 ダイヤモンドカッターは決して万能じゃないんだ。
 鉄を削っているときに火花が散っているのを見たことがあるだろう?
 ああいう風に摩擦熱が発生するものには、ダイヤが変質して刃が立たない。
 だから、こうして壁を突破できるのはせいぜい外側くらいだろう。
 そうだろう、兼平?」

「その通りです! 藤原さん、こういう機械にも詳しいんですか?」

「いや、あくまで一般的な知識で答えただけさ。
 ダイヤモンドはいくら固くてもC(カーボン)だ。熱には弱いだろう」

「ええー、使えないんだ。つまんなーい」

 周りが騒いでいるのを気にも留めず、オブライエンは黙々とドアの形に壁を削っていく。
 そうして、円筒状に穴が開けられ、オブライエンは両腕を広げくりぬいた壁をはずした。
 その先にあったのは真っ暗な空洞だった。

「想定はしていたが、明かりさえ消してあるとはな。
 ウロボロスはとことん篭城を決め込む気か?
 兼平、3人分のライトだ」

「えぇ〜! こ、この中を進むの?」

「何だ? 今更怖気づいたか、レイ。
 しかし、これでは確かに足が鈍るのは仕方ないな。
 この先はお前達に伝えた設計地図のことしか分からない。
 あとは何があるか分からない。
 助け合いながら、慎重に進むんだ!」


「――そうだネェ。一気にたたみこむ電撃作戦だなんて興がない。
 オブライエン、生真面目なキミらしい賢くてつまらない発想だ。
 ゆっくり進んで来てくれなくては、せっかくのワタシのショーが台無しだ」


 暗闇から声が響く。ノイズの混じった拡声器からの音。

「お前は、ウロボロス!!」

 明かりがともり、そこに白衣姿の青白い肌の壮年の研究者が現れる。
 ソリッド・ヴィジョン。
 6人をあざ笑うためだけに、施設の通信・投影技術はフル稼働する。

「わざわざコブラの後始末に駆けつけるとは、キミもまったくいい弟子だ。
 しかし、ワタシの研究の邪魔はさせない。
 キミたちを存分にたたきのめすアトラクションを用意してある。
 是非とも楽しんでくれたまえ。
 キミたちの大好きなデュエルでかわいがってあげよう」

「ウロボロス、お前の手にはかからない!
 すぐにこの拠点を無力化してみせる!!」

「フフ、何か勘違いをしているようだ、オブライエン。
 ワタシたちはキミの指導をした人物だぞ。
 キミの狙いは手に取るように分かるつもりだ。
 その狙いを出し抜くことで、キミはワタシのところには辿り着けない。
 キミたちのもがく様が楽しみだナァ、フフフフ」

「クッ、無駄話はここまでだ!
 みんな、いくぞ!」

 オブライエンは狙いを悟られないように、先を急ごうとする。

 それを翼が止めて、ヴィジョンに向かって前に歩み出る。

「その前に聞かせて!
 明菜をどこにやったんだ!!」

「明菜ァ?
 ああ、……なるほどそれでこんな大勢で来たわけか。
 フフフ、ちゃんと無事だ。それも奥に来れば、分かることだ。
 なあに、人質を取るなんて手段は、追い詰められたときにする下策だ。
 今のワタシには余裕がある! キミたちなど遊び相手に過ぎない!
 できるものなら、早くワタシを追い詰めてくれヨォ?」

 ウロボロスの挑発的な口調に、翼は歯を食いしばらせ、声を荒立てる。

「……ッ!! 絶対にそこまで行く!!
 お前の思い通りになんてさせないよ!」

「フフハハハ、期待しないで待っているよ!
 それでは歓迎してやろう! さあ、進んでくるがいい!」

 ヴィジョンが消えて、再び真っ暗になる。
 それでも声は恐らく相手に聴かれている。

 6人は互いに顔を見合わせて、うなずく。
 相手の手の内だとしても、この作戦をまずは決行する。
 2人ずつ、暗闇の先へ歩き出した。



 翼とレイは真ん中の道。中央を目指していた。
 翼はあたりを確認しながら、ライトを構え前を見据えて歩いていく。
 しかし、レイはきょろきょろと怖がりながら、ようやく足を進めていた。

「ねえ、もうちょっと慎重にいかない?
 こんな暗いと、どこに罠があるかも分からないし……」

 レイの言葉に、翼は歩みを緩める。

「これでも俺はゆっくり歩いているつもりだけど……。
 暗くて怖いのかな?
 じゃあさ、明るくすればすぐ進めるよね?」

「べ、別に怖くなんか……。
 え、でも、明るくする?
 このライトしかないのに?」

 レイの疑問をよそに、翼はデッキを取り出した。
 そして、語りかけるように両手で包み込む。

「今なら大丈夫だと思う。少しだけ『力』を使うよ。
 光の鳥達よ、この場所を照らし出して!」

 すると、デッキから温かな光が広がっていく。
 二人の足元までくっきりと照らし出される。

「え、え? なにこれ?
 これって? 翼くんの?」

「うん、これが俺の特別な『力』。
 カードの精霊の力を借りて使うことができる」

「カードの精霊の? それって斗賀乃先生の授業とかでやってる、あの!?
 じゃあ、ひょっとして万国びっくりショーみたいなこともできたりするの?」

「ううん、これは精霊の限られた力を使うことだから、あんまり使えないよ。
 でも、ここだと違うみたい」

 翼はデッキに目をやりながら、続けた。

「この施設に入ってから、精霊のみんながすごく元気なんだ。
 『ここだと精霊界の空気を感じる。
 不思議とここにいるだけで、力が湧いてくる』って。
 だから、むしろ力が余ってるくらいみたい。
 でも、そんな場所があるなんて、どういうことだろう?」

「それってあり得ない話じゃないよ。
 つまり、ここが精霊界に近いかもしれないってことだよね?」

「うん、そうかもしれない。
 レイちゃんはそういう話に覚えがあるの?」

「覚えがあるどころか、実際に体験したというか……。
 あのね、このアカデミアは、1度学園ごと異世界に飛ばされてるの!
 そこはまさにデュエルモンスターズの世界。
 精霊達が自分たちの力を自由に使える場所。
 いろんなモンスターがいて、ソリッド・ヴィジョンで攻撃するときみたいに、
 そのままの攻撃を繰り出してきたり、実際に生活していたりしたんだよ!
 アカデミアにはそういう風に異世界につながる場所がいくつかあるんだって。
 もしかしたら、ここはそこにつながっているのかもしれない」

「ええ! そんな世界が本当にあるの! 俺、行ってみたい!!
 だから、みんなこんなに今は元気なんだね!」

「でも……、だとしたら、ここに研究施設が建てられたのも、それが目的なのかな?
 精霊の実験をするために、あらかじめ精霊に近い場所を……」

「そうかもしれない。なら、精霊のみんなのためにもあいつらを追い払わなくちゃね」

「そうだね、そのためにも。
 そして、明菜ちゃんのためにもだね」

「うん。明菜はきっと何も知らずに奥にいる。
 連れ戻してあげないといけないんだ」

「うん! ねえ、翼くんは明菜ちゃんのことどう想ってるの?」

 レイのキラキラした瞳。
 なんとなくその質問の指すところが分かってしまう。

「どうって……?」

 それでも反射的に問い返してしまう。

「今だってこんなに明菜ちゃんを救おうと必死だよね。
 昔からずっと一緒にいて、好きかもしれない、って感じたこととかないの?」

 『好きかもしれない、と感じたことがないと言えば嘘になる』。
 そんな匂わせるようなことを言ってしまったら、それこそレイの思う壺である。
 確実に問いつめられて、たじたじにされてしまう。
 今はそんなことをしている場合ではない。
 それでも翼は嘘がつけない。
 そしてレイを襲ったのが、明菜であることも話せない。

「俺は明菜と昔から一緒にいたから、心配で気がかりなんだ」

 嘘のない返答で翼ははぐらかそうとする。

「質問の答えになってないよ、好きと思ったことがあるかどうかの」

 レイははぐらかされない。
 黙っていると不利になってしまう。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。
 注意してないと、罠にかかっちゃうよ」

 翼は歩みを早めようとする。
 しかし、その翼の手をレイは掴んで振り向かせた。
 目が合う。
 その真剣な瞳に、翼は戸惑う。
 強い訴えかけを感じる。

「これは大事なことだよ、翼くん」

「友達だから、幼馴染みだから。
 それだけでも十分心配する理由になるよ。
 どうして好きとかにこだわるの?」

「だけど、全然見え方は違ってくるんだよ。
 好きだと確信したならば」

「どんな風に?」

「その先が見えてくるんだよ。
 その人の傍にいたい。
 その人の望みをかなえてあげたい。
 その人にもっと笑っていてほしい。
 世界が深くて色鮮やかなものになるんだよ」

「……………」

 翼にはその感覚は分からない。
 思い浮かぶままに質問していた言葉も続かなくなった。

 その翼の困っている様子を見て取って、レイは目線をはずして優しく話を切った。

「ふふ、答えたくないなら、それでいいよ。
 だけど、心のどこかで覚えておいて。
 もしかしたら、新しい視界が開けるかもしれないってことを」

「覚えておくだけなら……、うん」

 翼は曖昧にうなずいて、またその先へ歩き出した。


「さて、ここが最初の一番気をつけなくちゃいけない場所かな」

 灰色の鉄製の門。二人が目指す中枢までの中間地点。

「オブライエンさんから教えてもらった地図だと、必ずここを通らなくちゃいけないんだよね。
 実験室らしいけど、どうしてここを必ず通らなくちゃいけないんだろう?」

 そして、取っ手をつかみ、ドアをスライドさせる。
 部屋の中は相変わらず明かりが点けられていなかった。
 だが、薄暗く青く部屋中が照らし出されている。
 その光の源を探ろうと、翼がライトで辺りを照らし出す。

 光の源。それはガラスケースであった。
 水槽のようなものが、部屋の右と左にぎっしりと敷き詰められている。
 水槽、その中には何かが飼われている。
 その不気味な様子に、レイは息を飲む。

「これって……」

 翼は様子の意味を、――見て取るだけではなく――感じ取った。

「《ブリザード・ドラゴン》、《でんきトカゲ》、《薄幸の乙女》……」

「え?」

「ここに捕らえられているのは、みんなデュエルモンスターズの精霊達……。
 だから、つまりここで実験しているのは、やっぱり精霊の」

 翼が推測を語っているとき、照明がいきなり点いた。
 暗闇に慣れた目に明かりがとびこみ、思わず二人は腕で明かりをさえぎった。
 そして、少しずつ慣れてきた目がとらえたのは、2つの人影であった。

「ようこそ、ワタシの実験室へ。
 ワタシの拠点へ至るエレベータに普通に向かうには、必ずここを通らなくてはならない。
 コブラは嫌がっていくつかのショートカットを作ってしまったようだが。
 ワタシはいつもこのルートを通っている。
 自分がこれまでしてきた研究成果をしっかり噛みしめる。
 それから新たな一歩を歩み出す。これはとても大事なことなのだ。
 こいつらを捕らえて、研究するにはいちいち苦労させられてネェ」

「ウロボロス!!」

「おっと、そう血気盛んにならないでくれ。
 今のワタシもまたソリッド・ヴィジョン。捕らえることなどできないのだよ。
 キミ達には相手を用意している。
 ワタシの最強にして最悪の失敗作の秘蔵っ子だ。
 さあ、来なさい。ミルリル」

 そろりと前に歩み出たのは、一人の女性であった。
 背が高く豊満でくびれた母性的なカラダ。
 しかし、その母性を裏切るかのように、肌は薄白く人間離れしている。
 そして、さらに機械的に見えるように瞳は薄く開かれているだけ。
 無表情。何かに疲れきったかのように憔悴の色が見て取れる。
 だが胸を張り、礼儀正しく前に歩み出た。
 そして、ディスクを構え、デュエルの意思表示をした。

「こいつとデュエルをしてもらおう。
 勝ったら、この部屋から先に進ませてやろう。
 だが、負けたなら……フフフフフ」

 ウロボロスの取引の申し出。
 血気盛んな翼ならば、普段はすぐにでも受けてたつところ。
 だが、翼は今は手をわなわなと震えさせ、その女性を見つめていた。

「その人は――いや人じゃない――精霊……だよね。
 今は人を装っているけど、俺には分かる。
 それにその意志も少しだけど伝わってくる。
 とても悲しくて胸をしめつけられる想い。
 顔を見ただけでも、それはすぐに分かるよ!
 いったいその精霊に何をしたんだ!!
 どうやって精霊からこんな風に気力を奪ったんだ!!」

 翼は怒りをあらわにして、ウロボロスをにらみつける。

「ほほう、精霊であることを感じ取るとは。
 その通り。この者は精霊だ、それも最上級といって差し支えない。
 キミたちに説明してもまるで分からないだろうが、
 この者は理性崩壊(ルーツ・ルインド)の極致といっても過言ではない。
 本来はこいつは精霊と人間を融合したものだったのだよ。
 しかし、当然ながら意識の反作用で『魂の変質』が起こる。
 すると、互いの意志を食いつぶす形で理性が崩壊する。
 それがキミたちが今まで見てきたイルニルやシルキルのパターンだ。
 理性が崩壊した単なる失敗作。彼らはそうとしか言えない。
 キミがこいつを精霊と断定したように、もはやこいつは精霊そのものだ。
 もはや人間であった者の意志は少しも残っていない。
 精霊が強力すぎて、人間の意志を食いつぶした最悪の失敗作。
 それがこのミルリル――悲劇の麗人(ミゼラブル・アリュール)――の出自だよ」

 その過酷な出自に、レイは言葉を漏らす。

「ひどい……、人の命をそんな研究のために惜しまずに利用するだなんて……」

「それだけじゃないだろ! その精霊がここまで弱るまでにしたこと!
 その先があるはずだ!!」

「その先か……、そうだネェ。
 クックックッ……。そんなに知りたいかい、坊や。
 じゃあ、身を持って体感してもらおうか」

 ウロボロスが微笑み、指を弾いた。
 すると翼の体に電撃が走った、
 さらに体の芯から冷えてくる感覚が襲う。
 思わず膝を屈するような体を弱らせる感覚。

「こ、これは――」

「翼くん!!」

 レイが翼を支えようと駆け寄る。

「危ない! 近寄るな!」

 翼はそのレイを手で制する。
 レイはすんでのところで足を止める。

「フフフ、この通りだ。
 この部屋に安置されている精霊たちの共通点にお気づきかな?
 それは行動封じに特化していることだ。
 一瞬見ただけでそれも感じ取れないとは、デュエリストとして落第だナァ!
 こいつらの力を合わせて、拷問に拷問を重ねてきたわけだ!」

「くっ、これくらい……、でも今なら――」

 翼は右手にわずかな光をたたえ、力を解放しようとする。
 しかし、その様子を見て取ったウロボロスは警戒を促す。

「おおっと、いいのかネェ。そんな力を発揮して。
 いいかい? ワタシはねぇ、こいつらを打ち砕いても何ら損失はないんだ。
 そうだネェ、ドライヤーが壊れてしまったくらいの悲しさはあるかもナァ。
 つまり、ワタシの実験道具達は力を最大限に使って、キミを再起不能にできる。
 だが、キミは果たして自分の精霊にそこまで過酷になれるほど大人だったかナァ?
 もしキミが無駄に動いて抵抗するなら、さらに締め付けを強くしよう。
 だが、大人しくしているというのであれば、ワタシもこれ以上の束縛はしない。
 エナジーをいたずらに消耗させるのはワタシとて本意ではないからネェ」

 その言葉を聞き、翼は歯がゆそうに視線を下げた。
 いくら精霊の空気を感じて力が出るとはいえ、力を使うことに変わりはない。
 そして、その力を使って、またアクイラのように苦しめることになれば――。
 翼は体の力を抜き、ウロボロスから引き下がった。

 それを満足そうにみて、ウロボロスは話を進める。

「血気盛んな坊やとデュエルするのは好みじゃないネェ。
 そこの小娘! キミを今回のデュエル相手としてご指名しよう。
 もちろん、引き受けてくれるかね?」

 レイが指差され、戸惑いつつもディスクを構えた。

「いいよ、精霊のみんなを助けるためにも、
 そしてこの先に進むためにも、僕がこのデュエルを受けて立つ!!」

 デュエルディスクの展開音が響く。

「受けてくれて、ありがたいよ。
 それではキミたちの運命の委ねられる決闘の始まりだナァ。
 さあて……」


「 「 「 デュエル!!! 」 」 」


レイ VS ミルリル


 ランダムで先攻・後攻を決めるランプがレイに点灯する。

「よし、僕の先攻だ、ドロー!」

 レイはカードを手札に加え、手札を確かめる。
 主にサポートが充実した手札。
 それを確かめて、堅実な守りをまずは固めることを目指す。

 レイのデッキは大まかに分けて、2つの戦術を含んでいる。
 ひとつは守備に徹して、相手を切り崩す手段を確実に整えるロック。
 もうひとつは攻撃を展開し、相手の場とライフを削っていくアタック。
 つまりは、【フィフティ(守って)()フィフティ(攻める)】。
 状況と手札に応じて、柔軟に戦略を変えていく。
 それを巧みに使い分けられるからこそ、レイは他の生徒が簡単には追いつけない成績を修めている。
 年齢のハンデもあってか、経験や知識は不足している。
 だが、そのプレイングセンスとカードへの情熱は、人一倍と高く評価されている。

「僕は《魔法吸収》を発動!
 さらに《ライフストリーム・ファンタジー》を発動!!」

 フィールドに2つの魔法の磁場が発生する。
 ひとつは地面全体に広がって、魔法の発動に反応するサークル状の結界。
 もうひとつは場の中心から天に昇りたつ、生命の鼓動に反応する水流。
 互いに折り重なるように場に現れ、そしてその効果も絡み合う。
 魔法を発動するたびに回復する《魔法吸収》。
 回復するたびにミスティックの力を蓄える《ライフストリーム・ファンタジー》。
 この2つの永続魔法は抜群の相性である。

《魔法吸収》
【魔法カード・永続】
魔法カードが発動する度に、このカードのコントローラーは
500ライフポイント回復する。

《ライフストリーム・ファンタジー》
【魔法カード・永続】
自分がライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大5個まで)。
このカードのミスティックカウンターを
他の「ミスティックカウンターを乗せる事ができるカード」に移す事ができる。
ミスティックカウンターが5個乗っている状態のこのカードを墓地に送ることで、
自分は4000ライフポイント回復する。
「ライフストリーム・ファンタジー」は、
自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

《ライフストリーム・ファンタジー》発動による《魔法吸収》
レイのLP:4000→4500
《ライフストリーム・ファンタジー》 ☆0→☆1
(☆=ミスティックカウンター)

「そして、モンスターをセットして、ターンエンドだよ」

 レイは得意げな表情でターンを終えた。
 翼もその意気揚々とした姿を見て、安心する。
 きっとあれなら手札が上手く噛み合っているに違いない。
 セットされたモンスターも、この流れをさらに加速させるものだろう。
 レイのモンスターのほとんどが、状況を選び表側表示で召喚される効果モンスター。
 だから、最初のターンから裏側でセットされるモンスターはそこにつなげるための布石。
 つまりはサーチもしくはリクルートのモンスター。
 それを妨害する手段は少ない。
 序盤はきっとレイの思うペースになるだろう。
 レイも、それを見守る翼も、デュエルを楽観視していた。

「私のターン、ドロー」

 抑揚がないが、それでいてはっきりと響き渡る深みのある声が発せられる。
 そして、未知の相手のターンが始まる。
 相手の出方によって、レイはデリケートに戦略を変化させる必要がある。
 その決め手となる最初の行動を注視した。
 長い指先がカードをたどり、1枚のカードが繰り出される。

「私はモンスターを召喚」

 表側表示で繰り出されたモンスター。
 恐らくはアタッカー。それは望むところだ。
 多くのサーチモンスターは破壊されて効果を発揮する。
 ならば、攻撃は逆に罠にかかることに他ならない。
 そして、今伏せているのは無敵のサーチャー。
 どんな破壊にも対応できるのだ。
 さあ、その罠にかかるモンスターは――。

「《王虎ワンフー》で攻撃
 『蹂躙のキバ』」

「――えっ??!」

 召喚されたのは、風格ただよう灰茶色の虎モンスター。
 固い鉄の鎧を腰にまとい、鋭い眼光が金色に光ってその場を威圧する。
 勢いよくレイの場にひとっ飛びで跳躍し、そのままカードにかぶりついた。
 カードのソリッド・ヴィジョンが割れて、一瞬だけモンスターが明らかになる。
 それは卵の形であった。

「《ミスティック・エッグ》を撃破。
 そして、バトルフェイズは終了。
 エッグの再生効果が発動します」

《ミスティック・エッグ》 []

【天使族・効果】
このカードを生贄に捧げることはできない。
このカードが戦闘によって破壊され、墓地に送られた場合、
バトルフェイズ終了時に、墓地に存在するこのカードを守備表示で特殊召喚する。
相手ターンのエンドフェイズ時に、このカードを墓地に送り、
「ミスティック・ベビー」と名のついたモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、
そのモンスターを特殊召喚する。
他のめくったカードはデッキに戻してシャッフルする。
ATK/ 0 DEF/ 0

 ひびわれて破片となってしまった卵がキラキラと輝きだし、元の形に戻る。
 だが、そこは王者の君臨するフィールド。
 弱者の存在すら許されない、まさに弱肉強食のフィールド。
 卵は王者の存在を殻越しに感じるだけで再び割れてしまう。
 もう再生することなく墓地に置かれた。

 興味のないように視線を落としながら、淡々と効果処理を述べる。

「《王虎ワンフー》のモンスター効果。
 それは場に攻撃力1400以下のモンスターが召喚されたときに、
 即座に破壊してしまう効果。
 エッグの再生効果はバトルフェイズ終了時に1度のみ発動される。
 ですが、このモンスターは弱者の存在を許すことはありません」

《王虎ワンフー》 []
★★★★
【獣族・効果】
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、
召喚・特殊召喚した攻撃力1400以下のモンスターを破壊する。
ATK/1700 DEF/1000

「そん―な――、それじゃあ……」

 レイはかすれた声をあげる。
 デュエル中に動揺を察せられるのは禁物。
 だが、このモンスターの出現に動揺を隠し切れない。
 このモンスターは自分のデッキにとって最悪の天敵……。

「待った!!」

 思考の回転が止まってしまったレイの意識を、翼の声が呼び戻す。

「どうして、《ミスティック・エッグ》の効果を知ってるんだ?
 そして、その弱点を狙ったモンスターを迷わずに召喚したよね!
 このデュエル、まさか最初から――」

 矢継ぎ早に翼が話すと、ウロボロスはニヤリと頬を歪める。

「ほほう、野生児のように勘がいいネェ、キミは。
 そのまさかだよ、フフハハハハハ。
 小娘はワタシ達の竜の使い手と闘っただろう。
 データはきっちり残してある。
 副次機能としてベルトにはデュエル記録の機能もあるからネェ。
 そこから一番相手にしたくない相性の悪い手駒を用意して、
 キミたちの嫌がる戦略をちゃんと教え込んだというわけだ。
 ワタシは元々は教師。これくらい容易いことだよ」

「でも、どうして、俺たちがここに向かってくるって……」

「フフハハハ、それも説明されなければ分からないかね?
 誰がどこに来るかなど分かる必要のないことなのだよ。
 なにせ目指す拠点さえ絞りきれれば、到達する順番などすぐに分かる。
 となれば、最初に来る箇所に使い手を集結させておけばいい!
 そこに来た者に応じて、弱点をつける人物を置く。
 そして、他の者は次に到達するであろう要所に向かう。
 こうすれば、誰が来たとしても対応できるだろう?
 複数の者が同時に来たならば、ワタシが挑発して誘導して闘わせるだけだ。
 どうだ? キミたちはワタシの手のひらで踊らされているというわけだ。
 クフハハハハハハハハハハ! 実に滑稽! 滑稽!!
 さあこの絶望的な状況で、せいぜい惨めにのたうち回ってくれヨォ!」

 翼もレイも、ともに悔しそうな表情をする。
 ここまでは、まるでウロボロスの思い描いた通り。
 無力な自分達が歯がゆく憎く感じるくらいに。

「リバースを1枚セットして、ターンエンド」

 ミルリルは淡々とゲームを進行させる。
 あらかじめ決められた行動に従うかのように。

 そして、レイのターン。

「レイちゃん、まだいけるよ!
 対策されたとしても、それだけで勝負が決まったわけじゃない!」

 翼が励ましの声を掛ける。

「うん、分かってる。
 あのカードを打ち破るカードを引ければまだ……。
 僕のターン、ドロー!」

 引いたのは、確かに次につなげるカード。
 希望を込めて、ディスクに置く。

「僕はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」 

「私のターン、ドロー」

 レイの感情の起伏をまるで感知していないのか。
 ミルリルは無表情で戦術を進めるだけだ。

「《ギガント・セファロタス》を召喚」
 大きな口で何もかもを丸呑みしてしまう食虫植物モンスターが召喚される。

《ギガント・セファロタス》 []
★★★★
【植物族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
フィールド上に存在する植物族モンスターが墓地へ送られる度に、
このカードの攻撃力は200ポイントアップする。
ATK/1850 DEF/ 700

「2体で攻撃。
 『ギガント・バイト』。 『蹂躙のキバ』」

 レイに向かって、2体のモンスターが大口を開けて迫る。
 モンスターが存在しないため、ダイレクトアタック。
 だが、それを通すほど、レイは甘いデュエリストではない。

「リバースカード発動! 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》!
 レベル4以上のモンスターは攻撃することができない!
 攻撃力1400を超えるモンスターはそのほとんどがレベル4以上。
 《王虎ワンフー》の効果もあって、これで攻め込めないよ!」

《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》
【罠カード】
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。

 これでしばらくは食い止められるはずだ。
 アタッカーが場にいながら、攻撃ができないこと。
 これは当然デュエリストの戦略を狂わせるはずだ。
 しかし、ミルリルは特にその罠の発動にも動じない。
 まるであらかじめ分かっていたかのように、フェイズを移行した。

「では、ターンを終了します」

「ロックは成功……なんだよね。
 じゃあ、僕のターン、ドロー!」

 相手の戦略がつかめない。
 ロックされて支障がないはずがない。
 どうしてこんなにも動揺しないのか。
 まさか違った戦略を持っているのか?
 だが、レイからも仕掛けることはできない。
 本来はロックしたならば、さらに相手を追いつめる手を展開する。
 《白魔導士ピケル》でさらに回復し、《ビッグバンガール》を召喚する直接火力コンボ。
 または《ミスティック・マジシャン》でドロー強化をすることも。
 しかし、どちらも低攻撃力モンスターを起点に繰り出すコンボ。
 ここはあの《王虎ワンフー》を打ち破るカウンターを引くまで待つしかないのだ。

「僕はこのままターンエンド」
 何もせずにレイは手札を温存した。

「私のターン、ドロー。
 私は《ボタニティ・ガール》を召喚します」

 頭部がつぼみの形をした女性型モンスターが現れる。
 しかし、その華奢で可憐な姿から分かるように、攻撃力は……。

《ボタニティ・ガール》 []
★★★
【植物族・効果】
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1000以下の植物族モンスター1体を
手札に加える事ができる。
ATK/1300 DEF/1100

「《王虎ワンフー》の効果。
 『蹂躙のプレッシャー』
 《ボタニティ・ガール》は破壊されます」

 ボタンの少女は、すぐに土に還ることになる。

「そして、《ボタニティ・ガール》の効果が墓地で発動。
 守備力1200以下のモンスターをデッキから手札に加えます」

 ロックを打ち破るためのカードか、もしくは攻撃に備えたアタッカーをサーチするのか。
 そして、手札に加えたカードが確認のために公開される。

「《ダンディライオン》を手札に加えます。
 ターンエンド」

「……《ダンディライオン》?」

 憧れている十代の使ったことのあるカード。
 当然レイは効果を知っている。

《ダンディライオン》 []
★★★
【植物族・効果】
このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に「綿毛トークン」
(植物族・風・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。
このトークンは特殊召喚されたターン、生け贄召喚のための生け贄にはできない。
ATK/ 300 DEF/ 300

 トークンを生み出すことが得意なモンスターだ。
 だが、どうしてこの場面でそのカードを選ぶのか。

レイ
LP4500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》、《魔法吸収》、
《ライフストリーム・ファンタジー》☆1、
伏せカードなし
手札
4枚
ミルリル
LP4000
モンスターゾーン《王虎ワンフー》ATK1700、
《ギガント・セファロタス》ATK1850→2050
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
5枚

 《ギガント・セファロタス》の攻撃力をもっと上昇させるため?
 いや、トークンは墓地に送られないから、上昇は1度だけ。
 それならば他のモンスターを召喚しても変わりがない。
 そもそもトークンを生み出しても、《王虎ワンフー》に破壊されてしまう。
 それに何か意味があるのだろうか?
 あの変化しない表情からは何も読み取れない。

「僕のターン、ドロー……」

 なら、妨害可能性のあるカードを伏せるだけ。

「僕はカードを2枚セットして、ターンエンド」

「私のターン、ドロー」

 そして、手札に加えたカードに目をやらずに、3枚のカードを手札から引き出す。

「《世界樹》を発動。植物族モンスターが破壊されるたびに、栄養を蓄える」

 フィールド全体を覆うほどに巨大な樹がそびえ立つ。
 根を全体に張り、その根は養分を吸収しようと血管のように波打っている。

《世界樹》
【魔法カード・永続】
フィールド上に存在する植物族モンスターが破壊される度に、
このカードにフラワーカウンターを1つ置く。
このカードに乗っているフラワーカウンターを任意の個数取り除く事で、
以下の効果を適用する。
●1つ:このターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に表側表示で存在する
植物族モンスター1体の攻撃力・守備力は400ポイントアップする。
●2つ:フィールド上のカード1枚を破壊する。
●3つ:自分の墓地に存在する植物族モンスター1体を選択し特殊召喚する。

「フィールド魔法《ブラック・ガーデン》を発動。
 モンスターが召喚されるたびに、攻撃力を半分吸収し、相手の場にローズトークンを召喚する」
 その《世界樹》に黒いバラのツタが絡み、生物反応を待ち受けている。

《ブラック・ガーデン》
【魔法カード・フィールド】
「ブラック・ガーデン」の効果以外の方法で
モンスターが召喚・特殊召喚に成功した時、そのモンスターの攻撃力を半分にし、
そのモンスターのコントローラーから見て相手のフィールド上に「ローズ・トークン」
(植物族・闇・星2・攻/守800)1体を攻撃表示で特殊召喚する。
自分はこのカードとフィールド上に表側表示で存在する
全ての植物族モンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力の合計と
同じ攻撃力のモンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する事ができる。

魔法カード2度の発動による《魔法吸収》
レイのLP:4500→5500
《ライフストリーム・ファンタジー》 ☆1→☆3

 これまで動きのなかった相手の場が急に整えられ始める。
 レイは必死でその効果を分析する。
 どことなくレイの戦略に似ている戦術。
 急速なスピードでカウンターを溜める狙いだろうか。
 そして、満を持して、モンスターが繰り出される。

「《ダンディライオン》を召喚」

 たんぽぽの顔をした、少し格好をつけたキザなモンスター。
 やられても、ただではやられない。
 そのクールなモンスターを虎の王者がにらみつける。
 ひるむ《ダンディライオン》の両腕に、今度は《ブラック・ガーデン》のツタが巻きつく。

「まずは《王虎ワンフー》の効果。
 そのプレッシャーで《ダンディライオン》を破壊しようとする。
 さらに《ブラック・ガーデン》の効果が発動。
 《ダンディライオン》の力を吸収し、トークンを生成する」

 赤黒いバラが咲きすぐに枯れ、《ダンディライオン》が散る。
 そして、綿毛が2つ舞い降りようとするが、《王虎ワンフー》に睨まれ、ただ土に還るだけ。
 その一連の過程の中で、《世界樹》は生きているかのように地中から根をうねらせる。
 《世界樹》は植物を中心に、自然界の生命サイクルを再現する。
 植物が枯れても、土壌を肥えさせて、新しい植物を育てるように。
 成長と育成、吸収と枯渇、萌芽と再生。
 すべてを含む《世界樹》の循環システム。

 《ダンディライオン》、ローズトークン、綿毛トークン2体。
 この4体の養分をくまなく吸い尽くす、貪欲なる《世界樹》。
 そして、この《世界樹》には3体の養分で1体を再生する効果がある。
 これで《ダンディライオン》の再生を繰り返せば……。

 ――あの《世界樹》を放っておいたら、危険だ。
 僕の《ライフストリーム・ファンタジー》のように流れの中心になるカードだ。
 あのカードを破壊しなくてはいけない。

「リバースオープン! 《砂塵の大竜巻》!」

《砂塵の大竜巻》
【罠カード】
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。

「僕が破壊するのは、《世界樹》!」

 作られた自然を撒き散らそうと、竜巻が放たれる。

 ――だが、そのキーカードの破壊をやすやすと許すものか。
 竜巻に向かって金色のカードが勢いよく放たれた。

「カウンタートラップ発動。 《魔宮の賄賂》。
 あなたにドローを与えるかわりに、その罠を無効にさせてもらう」

《魔宮の賄賂》
【罠カード・カウンター】
相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 ミルリルは1ターン目に伏せたカードを、ここぞばかりに使ってくる。
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》さえ見過ごして、狙っていたのはこのコンボ。
 ロックされてもただ自分のカードと場を整えるだけ。
 相手の手など妨害してくる要素さえ排除すれば気にする必要はない。
 そう、2枚も対抗できるカードを伏せるはずがないという判断のもとに。

「それはさせないよ!
 カウンタートラップ! 《ライフストリーム・バニッシャー》!!
 ライフを3000ポイント払うことで、あらゆる効果を無効にする!」

《ライフストリーム・バニッシャー》
【罠カード・カウンター】
3000ライフポイント払う。
魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、そのカードを破壊する。

レイのLP:5500→2500

 魔力で怪しく輝く札を、白く力強い生命力の波動が打ち砕く。
 そして、根を掘り裂いてできた道筋を、《砂塵の大竜巻》が進んでいく。
 《世界樹》を包み込み、葉を残らず巻き上げて、枯れさせた。

「《ブラック・ガーデン》と《王虎ワンフー》がいるときに、
 《ダンディライオン》を召喚すれば、《ダンディライオン》自身と
 綿毛トークン2体とローズトークン1体の合計4体のモンスターが
 破壊されて、《世界樹》にフラワーカウンターが4つ乗る。
 カウンターを3つ消費することで《世界樹》の再生効果を使い、
 再び《ダンディライオン》を召喚してカウンターを4つ乗せる。
 この繰り返しで《世界樹》は循環と成長を無限に繰り返し、
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》を破壊し、
 肥大化した《ギガント・セファロタス》の攻撃でデュエルに勝利するはずで――」

「淡々と説明しないで!!」

 ミルリルの効果整理を、レイが大きな声でさえぎった。

「どうして、そんな風に心を動かさずにデュエルをするの?
 明菜ちゃんのためのデュエルだから、こんなことを感じるのは場違いかもしれないけど……。
 最初の狙いが何も分からないときは、僕は怖くてドキドキしてたし、
 このコンボをみたときもすごくゾッとした。
 でも、ミルリルさんは何も感じていないみたいに見えるよ。
 デュエルで少しずつ場を整えて、自分の理想のコンボを繰り出す瞬間。
 それをどうして楽しいとも、面白いとも感じないの?
 どうしてこんなに淡々とデュエルをするの?」

「……………」

 ミルリルはその言葉に答えない。
 代わりにウロボロスからあざけるような笑い声が返ってきた。

「ハハハハハ、そんなに知りたいなら教えてやろうか?
 そうだネェ、こちらはワタシの素晴らしき研究成果のひとつなのだよ。
 さきほど、『魂の変質』の話はしたよネェ。
 単に融合するだけでは、人間と精霊の意志が反発してしまうと。
 ならば、それを起こさない方法とは何か?
 ワタシはいくつか仮説をたてて、検証しているんだよ……。
 そのうちのひとつとしてね、意志がなければいいと判断したんだ。
 ただし、生きてるのだから意志のない精霊なんてそうは見つからない。
 そこでだ、ならば意志を完全に削りとればいいと考えたんだよ。
 そのためにね、この部屋をひとつの拷問部屋に調整したんだ。
 この精霊が消耗しているように見えるのはね、ワタシにとって喜ばしいことなんだ。
 今のデュエルだって、まるでCPUと対戦しているようで理想的だろう?
 デュエルをするのは、感情がなくてもできるからネェ。
 ここまで感情をすり減らすには、とても苦労したよ。
 たくさん反抗してくれたが、その度に痛めつけてやった。
 ようやくここまで完成に近い形になってくれたんだ。
 どうだい、お気に召してくれたかい?」

「気に入るはずなんてないよ!!
 最悪! 最低!! 精霊をそんな風にいたぶるなんて許せない!!」

「フハハハハ、許してもらおうとも思わないね!
 最悪も最低も、道を極めたワタシには誉め言葉だナァ!
 キミがいくら足掻いても、ミルリルには届かない」

 ミルリルはウロボロスが話し終わったのを確認すると、フィールドを見下ろし改めて状況を確認する。
 そうして、手札に目を移して、何もなかったように表情を変えずに口を開いた。

「ですが、他にも勝利の手はあります。
 《王虎ワンフー》も《ブラック・ガーデン》も健在です。
 このままターンエンドしましょう」

 何も変化がないその様子に、レイは歯がゆさを覚える。
 また、何も通じずに、何も届かないままで終わるのか?
 そんなのは嫌だ。
 せめて勝てないとしても、あのウロボロスの思い通りになんてさせない。
 あの余裕を少しでも崩してやりたい。
 そのためには……。

「ねえ、じゃあさ。
 意志をまた呼び起こしたのなら、計画は丸つぶれってことだよね?」

「んん? そうだナァ。
 だが、キミごとき下等なデュエリストに、それができるとは思えないネェ」

「それはやってみないと分からないよ!
 この【ミスティック・ファンタジー】のデッキはいつも僕の想いに答えてくれた。
 僕が精一杯想いをぶつければ、きっとミルリルさんも何かを思い出すはず!
 だから、いくよ!
 僕のターン、ドロー!!」

 引いたカードを確認し、レイは表情を引き締める。

「いくよ! ここからは僕の番だ!
 このカードが逆転のキーカードになる!」

レイ
LP2500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》、《魔法吸収》、
《ライフストリーム・ファンタジー》☆3、
伏せカードなし
手札
4枚
ミルリル
LP4000
フィールド魔法
《ブラック・ガーデン》
モンスターゾーン《王虎ワンフー》ATK1700、
《ギガント・セファロタス》ATK2050→2250
魔法・罠ゾーン
伏せカードなし
手札
3枚

「まず僕は《マジック・プランター》を発動!
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》を墓地に送って、
 2枚のカードをドローするよ!」

《マジック・プランター》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「《サイクロン》を発動!
 その《ブラック・ガーデン》を破壊する!」

《サイクロン》
【魔法カード・速攻】
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

魔法カード2度の発動による《魔法吸収》
レイのLP:2500→3500
《ライフストリーム・ファンタジー》 ☆3→☆5(MAX)

「そして、僕は《ミスティック・ベビー・ナイト》を召喚だ!」

 赤い鎧を着た少年戦士が、剣を振りかざしてワンフーを牽制する。

《ミスティック・ベビー・ナイト》 []
★★★★
【戦士族・効果】
自分がライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大3個まで)。
このカードに乗っているミスティックカウンター1個につき、
このカードの攻撃力は600ポイントアップする。
ミスティックカウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキから「ミスティック・ナイト」を1体特殊召喚する。
ATK/1000 DEF/1200

 ミルリルは当たり前に効果の発動を宣言する。

「《王虎ワンフー》の効果。『蹂躙のプレッシャー』。
 そのモンスターは破壊されます」

 立ち向かう少年に、ワンフーはうなり声をあげて脅す。
 すかさずその2体の間に、レイは1枚のカードを差し込む。

「そうはさせないよ!!
 ベビー・ナイトは僕が守ってみせる!
 速攻魔法発動! 《我が身を盾に》!!
 1500ポイントのライフを支払って、ワンフーの破壊効果を無効に!
 そして、ワンフー自身を破壊するよ!」

《我が身を盾に》
【魔法カード・速攻】
相手が「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。

《我が身を盾に》の発動ライフコスト、魔法カード1度の発動による《魔法吸収》
レイのLP:3500→2000→2500
《ライフストリーム・ファンタジー》 ☆5→☆5(MAX)

 レイからエネルギーの塊が飛び出る。
 そして、少年兵をかばうように、温かく包みこんだ。
 ワンフーがとまどいを見せたときに、そのエネルギーの塊は矢となる。
 ワンフーに向かって、鋭く放たれて打ち倒した。

「これでようやく僕のモンスターの格好いいところを見せられるね!
 《ライフストリーム・ファンタジー》からベビー・ナイトに3つカウンターを移す!
 みなぎる生命の鼓動で、勇気の炎が湧き上がる!
 ミスティック進化! 来て、《ミスティック・ナイト》!!」

 ベビー・ナイトが剣を天にかざすと、生命の滝からエナジーが導かれる。
 少年の剣に触れると、白い波動は真っ赤な炎に変わる。
 炎の渦に包みこまれた少年は、まばゆい光を放つ。
 そしてそこに立っていたのは、真紅の鎧に身を包んだ逞しい青年騎士の姿だった。
 これまで守ってくれたレイに頷き返し、剣を構える。

《ミスティック・ナイト》 []
★★★★
【戦士族・効果】
このカードは、「ミスティック・ベビー・ナイト」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを3個取り除くことで、
フィールド上のカード1枚を破壊する。
ATK/2800 DEF/2500

「いくよ! 僕のナイト様!!
 《ギガント・セファロタス》にアタック!!
 『ミスティック・スラッシュ』!!」

 食虫植物を力強い一閃で、真っ二つに切り裂く。

ミルリルのLP:4000→3450

「…………ッ!」

「よし! カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

 罠を駆使して、時には自分のライフを犠牲にしてでも、モンスターをかばうレイ。
 そして、主人のライフが回復すると、気力が湧いてくるミスティック・モンスター。
 その固い結束が、いまここで形となった。

 そして、ミルリルの表情に初めて変化が現れる。
 それは『驚き』。
 自分の布陣が破られてしまった動揺だけではない。
 力押しの想いの奔流(ライフストリーム)に支えられた2人の信頼関係。
 そこに何か温かい気持ち、懐かしさを覚えたのか。

 レイもその手応えを感じる。
 ミルリルさんの目は死んでいない。
 まだ僕の想いで何かを思い出してくれるはずだ。
 そうすれば、あのウロボロスにも一泡吹かせられる。
 そのためにも、僕はこのデュエルを成し遂げてみせる。
 けれども、まだミルリルさんは本気じゃない。
 あのコンボだけが手であるとは到底思えない。
 切り札を出していないはずだ。
 それはきっとミルリルさん自身――精霊のカード――のはずだ。

 そのカードが繰り出されるこれから、
 そして、僕の想いを伝えてミルリルさんを呼び覚ますこれから。
 このデュエルは、ここからが本当の闘いになる。





第21話 世界を塗りかえる想い<後編>



 姫は妖精の園で、愛する者と幸せに暮らしていました。
 姫はとても我がままで、何事も自分の思い通りにならないと気が済みませんでした。
 勝ち気でお転婆で、決して自分を曲げません。
 けれど、姫が不満と不安にうなされることはありませんでした。
 なにせ、そこは何もかもが満たされた夢のような世界。
 誰もが余裕と幸福に満たされた世界。
 分け与えあい、慈しみあう、愛の循環する世界。
 頬がとろけるように甘い果実。
 心が透き通るように澄んだ泉。
 優しく木々を撫でて音楽を奏でる風。
 冒険と楽しみに溢れている深い森。
 そして、何より自分を慕ってくれる者達。
 姫は幸せ一杯に、歌を唄っていました。
 深く響き渡る優しくて大らかな声で。
 妖精の誰もが耳を澄ます、至上の歌声で。
 
 しかし、その幸せを崩す者が現れました。
 森を荒らし、大地を這う、恐ろしい魔物です。
 穏やかな森は暗闇に包まれてしまいました。
 姫は戦う決意をしました。
 大好きなこの場所とみんなを守るために。
 姫の持つ自然からパワーを引き出す守りの力。
 そして、応援してくれるみんなからもらう力。
 それがあれば、どんな魔物からもこの世界を守れるはずでした。
 ですが、その魔物は姫の守りの力をものともしません。
 仲間たちと森を食い散らかしていきます。
 やがてひとりぼっちに追いつめられたお姫様。
 精一杯力を振るおうとしますが、姫は一人では力が湧きません。
 大きな蛇にくわえられて、連れ去られてしまいました。
 そして、姫の、とてもつらいつらい日々が始まったのでした。


レイ
LP2500
モンスターゾーン《ミスティック・ナイト》ATK2800
魔法・罠ゾーン
《魔法吸収》、《ライフストリーム・ファンタジー》☆3、
伏せカード×1
手札
1枚
ミルリル
LP3450
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚

「私のターン、ドロー」

 ミルリルはドローしたカードを見て、すかさず繰り出した。
 相変わらず感情の起伏は見られない。
 しかし、わずかに速くなったその動きは、そのカードに自信があることを示していた。

「《ローンファイア・ブロッサム》を召喚。
 そのまま自身を生け贄に捧げることで――」

《ローンファイア・ブロッサム》 []
★★★
【植物族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在する
植物族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
自分のデッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/ 500 DEF/1400

 茎とツタは導火線のように黄色く、綱のように絡まり伸び、
 球体爆弾の形をした白いつぼみが打ち震えている。
 ドン、とかんしゃく玉のように音を立てて、花が開く。
 ――それは植物を眠りから覚ます合図。
 大地が裂けて、深緑の葉を広げ、生い茂る。
 赤い花びらに黄色い花弁の華やかな椿が咲き乱れる。
 その綺麗な絨毯の中に、一際大きな花。
 花びらは大きく成長し、ヴィーナスが生まれる貝殻のように大きくなる。
 そして、自然を司る女王が――精霊王の姫――が姿を現す。

「デッキより《椿姫ティタニアル》を召喚」

 桃色のドレスに身を包み、深緑と椿の花冠の高貴な装い。
 淡く青々とした肌に、長いまつげの上品な顔立ち。
 そう、それはミルリルと瓜二つの――少しも違わないそのままの――美貌。
 だが、見開いたその目に光は宿っていない。
 ミルリルと同じように、意志が感じられずたたずむ。

 一瞬にして場を森に塗りかえ、身を引き締まらせる高貴なる気品を放つ。
 威圧感とは別種の、フィールドの中心に立つ優雅なる存在感。

「これがミルリルさんの、精霊のカード……」

 レイは思わず見惚れる。
 確かな世界観に裏づけされた、まさに女王たる存在。
 その美に目を奪われるのは、必然のこと。

《椿姫ティタニアル》 []
★★★★★★★★
【植物族・効果】
自分フィールド上に表側表示で存在する
植物族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
フィールド上に存在するカードを対象にする
魔法・罠・効果モンスターの発動を無効にし破壊する。
ATK/2800 DEF/2600

「攻撃。 『ディープグリーン・ストーム』」

 ツタが絡まってできた両腕をナイトに向かってかざす。
 すると凄まじい風が起こり、葉や枝を巻き込んで襲いかかる。

「そんな! 攻撃力は同じはずなのに、迷わずに攻撃を?!」

 ナイトと並んだ攻撃力では相打ちになってしまう。
 あの暴風に傷つきながらも、ティタニアルを倒せるはずだ。
 しかし、ティタニアルとナイトでは根本的に『軽さ』が違う。
 ミスティックの上級モンスターは強力な効果を持っている。
 それと引き換えに特殊召喚が制限されている。
 許される特殊召喚はベビーからのミスティック進化と、
 魔法カード《ミスティック・エボリューション》による急成長のみ。
 つまり、墓地から特殊召喚する手段は皆無と言っていい。
 しかし、ティタニアルは違う。植物族の特性を代表している。
 それはあらゆる状況で逞しく再生すること。
 その豊富な召喚サポートがあるティタニアルにとって、
 墓地にいくことは、場所を変えて眠っているだけのことにすぎない。
 同じ攻撃力の2体の最上級モンスターのぶつかり合い。
 しかしその実、失われるものはレイが大きい。
 このバトルをそのまま見過ごすわけにはいかない。

「くっ、リバースカードオープン!!
 《ドレインシールド》!
 その攻撃を無効化して、その分僕のライフを回復させる!!」

 ナイトが銀色の盾をかざすと、風は吸い込まれる。
 盾は柔らかなバリアを張りながら輝き、攻撃は吸収された。

《ドレインシールド》
【罠カード】
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

レイのLP:2500→5300
《ミスティック・ナイト》☆0→☆1
《ライフストリーム・ファンタジー》☆3→4

 大きく広がったライフ差を気に留める様子もなく、ミルリルは2枚のカードを差し込む。

「リバースを2枚セット、ターン終了です」

 対するレイの表情は硬い。
 ナイトにとって、ティタニアルは天敵とも言える存在。
 以前に藤原から耳がタコになるほど言い聞かされたことがある。
 君はデュエルのセンスはいい、だがあまりにも知らないことが多すぎる。
 特にデュエリストならまずは、自分のデッキの弱点を知らなくてはいけないと。
 例えば、回復そのものを封じる《シモッチによる副作用》など。
 そして、攻撃力の低いモンスターを封じる《王虎ワンフー》。
 さらに核となる《ライフストリーム・ファンタジー》を封じてくるカード。
 それらへの対応策もデッキの可能性に想定しておくべきであると。

 ティタニアルはその《ライフストリーム・ファンタジー》を封じてくるカードにあたる。
 対象を取る効果をすべて無効化できる守りの力。
 即ちナイトの効果はもちろん、ミスティック・モンスターを対象に選んで
 カウンターを乗せる《ミスティック・ファンタジー》の効果も無効化されてしまう。
 モンスターサポートの要となる装備カードも根こそぎ封じられてしまう。
 多くのカードを使って召喚したが、ナイトの効果はさっそく封じられてしまった。
 何らかの方法でティタニアルを場から離さなくては、レイの優位に運ぶことは難しい。

「僕のターン、ドロー!」

「まずは《ライフストリーム・ファンタジー》からナイトにカウンターを4つ移すよ!」

「カウンターを移す効果は対象を取ります。ですが、無効化はしません」

 万能破壊の効果を発動したら、ナイトを破壊されてしまう。
 ここは戦闘で、あのティタニアルを圧倒しなくてはならない。

「さらに僕は装備魔法を発動! 《ミスト・ボディ》!
 これでナイト様は戦闘では破壊されない!」

《ミスト・ボディ》
【魔法カード・装備】
このカードを装備している限り、
装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

「装備魔法も対象を取りますが、無効化はしません」

《ミスティック・ナイト》☆2→☆6
《ライフストリーム・ファンタジー》☆4→0

魔法カードの発動による《魔法吸収》
レイのLP:5300→5800 《ミスティック・ナイト》☆6→☆7
《ライフストリーム・ファンタジー》☆0→1

 単なる永続魔法や装備魔法を最上級モンスター自身を生け贄にして封じるのは割に合わない。
 だから、《ミスト・ボディ》の発動は成功する。
 ここまでは狙い通り。
 だが、それでも静観しているということは、リバースに対策カードがあるのだろうか。
 しかし、今がティタニアルを倒す絶好のチャンス。
 これ以上場を整えられてしまう前に仕掛けなくてはならない。
 ナイトがマスターの緊張感を感じ取りながら、慎重に剣を構える。

「ナイトで攻撃! 『ミスティック・スラッシュ』!!」

 ナイトが駆け出し、ティタニアルに切りかかる。
 そのナイトに、ティタニアルが澄まし顔で右腕をかざす。

「迎え撃ちます、『ディープグリーン・ストーム』」

 ナイトの勢いを殺そうと、突風が巻き起こり、葉と枝の斬撃が降り注ぐ。
 だが、ナイトの体は霧状に代わり、飛んでくる障害物をものともしない。
 そのまま風をはねのけて、ティタニアルに斬りかかる。

 ――はずなのに、風の勢いはぐんぐん強まる。
 ナイトは足を地に張りこらえるだけで、精一杯となる。
 そして、ティタニアルが両腕を交差させ、さらに風を呼び込む。
 すると、ナイトはバランスを崩し、吹き飛ばされてしまう。
 ティタニアルに触れることさえできなかった。

「くっ……どうして……」

レイのLP:5800→5300

「リバースカード、《植物連鎖》を発動しました。
 これによりティタニアルは新たに自然から力を引き出すことができます」

《植物連鎖》
【罠カード】
発動後このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する植物族モンスター1体に装備する。
装備カードとなったこのカードが他のカードの効果で破壊された場合、
自分の墓地に存在する植物族モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。

《椿姫ティタニアル》ATK2800→3300

 ティタニアルに新しく根が接続され、そこから力が送り込まれていた。
 これでナイトだけで戦闘破壊することはできなくなった。
 ならば、今ナイトの効果を使って、ティタニアルを巻き込むか――。
 その選択肢を考える間も与えず、もう一枚のリバースが開かれる。

「攻撃終了時にリバース発動、《リミット・リバース》。
 《ダンディライオン》を攻撃表示で特殊召喚」

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 バトルが終わった瞬間の特殊召喚。
 攻撃力が低いモンスターを狙われないためのタイミング。
 そして、召喚されたのは《ダンディライオン》。
 どんな形で墓地に送られても、2体のトークンを作るモンスター。
 それは即ち、ティタニアルの無効化を3度使えるということ。
 着実に植物族の完全なるガーデンが造られていく。

「僕はこのままターンエンドするよ……」

 ナイトの効果も使えず、戦闘で撃破することもできず。
 ただ、次の機会を辛抱強く待つしかない。

「私のターン、ドロー」

 その希望の芽をつぶすべく、汚れた花園はさらに進化する。

「《ダンディライオン》を生け贄に捧げ、《ギガプラント》を召喚。
 同時に《ダンディライオン》が場から離れたことにより、綿毛トークンが2体発生する」

 椿姫の背後から森そのものがせり上がってくる。
 そして、天井を突き抜けてなおも拡大を続ける。
 ソリッドビジョンはあまりにも大きすぎて、根を張る足元しか見えない。
 だが、顔をおろして、姫に頭を下げて、礼をする。
 赤黒い食虫植物の顔、消化液に満ちた紫色の口腔、何百もある歯。
 巨大な森の要塞のモンスターが立ちそびえる。

「《ダンディライオン》は破壊されたのではなく、生贄に捧げられたのみ。
 よって、自壊タイミングを逃した《リミット・リバース》は場に残っています。
 《マジック・プランター》により《リミット・リバース》を墓地に送り、2枚ドロー。

《マジック・プランター》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「手札より《憎悪の(とげ)》をティタニアルに装備」

《憎悪の棘》
【魔法カード・装備】
植物族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は600ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
装備モンスターがモンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算後に攻撃対象モンスターの
攻撃力・守備力は600ポイントダウンする。
装備モンスターと戦闘を行った相手モンスターは、その戦闘では破壊されない。

 ティタニアルを太いトゲのたくさんあるツルがおおいこむ。
 ツルのトバリにおおわれた姫。
 そのトバリが開け放たれると、姫はトゲに覆われていた。
 丸みと厚みで覆われていた葉っぱの衣装は、竜のウロコのような鋭利な鎧となっていた。
 紫の魔力に包まれて、先ほどまではなかった殺気が感じられる。
 悪意を持ったオーラが、ナイトに向けられる。

《椿姫ティタニアル》ATK3300→3900

「《二重召喚》を発動、このカードによりもう一度通常召喚ができます。
 これにより《ギガプラント》を再度召喚します」

 さらに太く深く根を張り、大地からあらゆる養分を吸い取る。
 そして、その吸い上げたパワーを、仲間のモンスターに分けるのだ。

《ギガプラント》 []
★★★★★★
【植物族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に
表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを
通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●自分の手札または墓地に存在する昆虫族
または植物族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/2400 DEF/1200

《二重召喚》
【魔法カード】
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

「《ギガプラント》の効果により、1ターンに1度植物族を墓地より特殊召喚できます。
 《ローンファイア・ブロッサム》を墓地より守備表示で特殊召喚。
 そして、その効果により綿毛トークンを生け贄に捧げることで、
 デッキより《妖精王オベロン》を守備表示で特殊召喚します。」

 《ローンファイア・ブロッサム》が再び大きく祝砲を打ち鳴らす。
 そして、新たな植物族モンスターが姿を現す。
 厳かな式服を身に纏い、実りを祈る聖なる杓杖(しゃくじょう)をたずさえる。
 植物族を温かな力で包み込む精霊王。
 心配げに隣のティタニアルを見つめる。
 だが、その視線に姫は視線も返答も返すことはない。
 ただ、誰も届かない遠くを見つめ続けている。

《妖精王オベロン》 []
★★★★★★
【植物族・効果】
このカードがフィールド上に表側守備表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスターの
攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
ATK/2200 DEF/1500

《椿姫ティタニアル》ATK3900→4400
《ギガプラント》ATK2400→2900
《妖精王オベロン》DEF1500→2000
《ローンファイア・ブロッサム》DEF1400→1900 《綿毛トークン》DEF 0→500

魔法カードの3度の発動による《魔法吸収》
レイのLP:5300→6800 《ミスティック・ナイト》☆6→9
《ライフストリーム・ファンタジー》☆1→4

「ティタニアルで攻撃。
 『マリシャス・ダークグリーン・ストーム』」

ティタニアルが右腕をかざす。
さらに勢いを増して、渦を巻いて、嵐が巻き起こされる。
そして、腕からイバラのツルが伸び、ナイトを切りつける。
ナイトがその攻撃を苦しそうに受ける。

「ナイト様!!」
 その悲痛な様子にレイが思わず声をあげる。

レイのLP:6800→5200

《ミスティック・ナイト》ATK2800→2200

「さらに《ギガプラント》で攻撃。
 『バイオレット・アシッド』」

 そして、巨大な森のモンスターが、上空から紫色の熱い消化液をぶちまける。
 物が溶ける、寒気の走る音がする。
 ナイトはただジッと耐えている。

レイのLP:5200→4500

「手札もなく、バトルも終了しました。
 私はこれでターンエンドします」

レイ
LP4500
モンスターゾーン《ミスティック・ナイト》ATK2200 ☆9・装備《ミスト・ボディ》
魔法・罠ゾーン
《魔法吸収》、《ライフストリーム・ファンタジー》☆4
手札
1枚
ミルリル
LP3450
モンスターゾーン《椿姫ティタニアル》ATK4400、《ギガプラント》ATK2400→2900
《妖精王オベロン》DEF1500→2000、《ローンファイア・ブロッサム》DEF1400→1900
《綿毛トークン》DEF 0→500
魔法・罠ゾーン
《植物連鎖》、《憎悪の棘》(どちらもティタニアルに装備)
手札
0枚

 絶望的なまでに鉄壁の布陣。
 圧倒的な攻撃力と貫通能力を持つティタニアル。
 全体強化を行うオベロン。
 ようやく1体を撃破したとしてもすぐに再生させるギガプラント。
 どうやって、突破口を見いだすか。
 憎しみのトゲに侵されたミルリルに届かせるには……。

「もはやチェックメイトだネェ。
 キミたちはワタシのしもべにすら敵わないのだよ!
 まだいたずらにナイトが弱っていくのを見ているかい?」

 ウロボロスがあざけり笑う。
 それを翼がにらみつける。

「まだだ! まだ勝負は決まっていないよ!
 ライフとドローが残されている限り、逆転の可能性はある!」

「可能性ネェ……。ワタシも好きな言葉だよ。
 可能性さえ存在すれば、研究次第でその道に達せられる。
 ワタシはネェ、デュエルは科学と共通点があるから好きなんだよ。
 試行錯誤を通じて、自分の勝利可能性を高め、相手の勝利可能性をつぶす。
 その過程がね、とても心地よいんだ。
 キミたちがワタシが高めてきた可能性を砕けるというのならやってみるがいい!
 さあ、小娘よ、キミのターンだ。
 早く可能性を失う絶望の未来にターンを進めてくれヨォ」

「そんなことはない!
 僕はまだ諦めないよ!
 僕のターンだ、ドロー!」

 そして、引いたカードを見て、レイは驚く。
 このカードならば、この状態を食い止められるかもしれない。
 きっとミルリルさんを動揺させられるはずだ。

「1枚のカードをセットして、エンドだよ」

「私のターン、ドロー」

 場を見渡し、少し静止する。
 ナイトは攻撃表示のまま。
 あの場に違和感を覚えるが、攻撃しない手はないだろう。

「ティタニアルで攻撃。
 『マリシャス・ダークグリーン・ストーム』」
 切り裂きの風が吹き荒れる。
 レイはその瞬間を待っていた。

「リバースカードオープン!」

 そして、ミルリルの前に現れたのは、ティタニアル自身。
 いや、そうではない。
 これは鏡の壁。
 映っているのは――。

「ねえ、鏡に映ったミルリルさんは綺麗かな?
 心を殺して、憎悪に染まって……。
 僕は……、嫌だな……」

《銀幕の鏡壁》
【罠カード・永続】
相手の攻撃モンスター全ての攻撃力を半分にする。
自分のスタンバイフェイズ毎に2000のライフポイントを払う。
払わなければ、このカードを破壊する。

――冷めた表情と攻撃性のカラダ。
  そして、その背後には悲しそうに見守る精霊王オベロン。

「―――――ッ!!」

 ミルリルの表情に明らかに動揺が走る。
 鏡から顔を背ける。
 それは反射的な生理的嫌悪。
 見たくない、今の自分を見たくない。
 自分を捨て、心を捨て、愛することを捨てて。
 虐待の日々に耐えるためには、あらゆる感性を閉ざすしかなかった。
 プライドも楽しみもつらさも、すべてかなぐり捨てれば楽になる。
 何を投げかけても影響のない無味乾燥な砂漠のように。
 心を色の存在しない廃墟にすれば、何が投げかけられても何ともない。
 そうやって、何も感じなくなってきたはずなのに。

《椿姫ティタニアル》ATK4400→2200

 鏡に阻まれて、風が弱る。
 その隙をついて、ナイトは反撃に出る。

「…………ァァアッ、手札より発動ッ! 速攻魔法《収縮》!
 ナイトの元々の攻撃力を半減させる!」

 おびえながら悲鳴のように、ミルリルはカードを反射的に発動した。

「そんなッ!!」

 ナイトの体が小さくなり、風に吹き飛ばされてしまう。
 完全に決まったと思った戦略が覆されてしまう。

《ミスティック・ナイト》ATK2200→800

レイのLP:4500→5000(《収縮》による《魔法吸収》)→3600

 ミルリルは息を切らして、ナイトをにらみつける。
 《収縮》と《憎悪の棘》の効果で、ナイトは無力も同然。
 だが、ギガプラントでさらに攻撃を仕掛けたとしよう。
 半減した攻撃力では次のターンに返り討ちが目に見えている。
 《銀幕の鏡壁》には膨大な維持コストが必要。
 ここは無理に攻める必要はない。

「攻撃はすべて終了。
 《ローンファイア・ブロッサム》の効果を発動。
 綿毛トークンを墓地に送り、《ボタニカル・ライオ》を召喚してターンエンド」


 このターン、暴走したティタニアルを撃破まではできなかった。
 確実にミルリルの心を揺り動かすことができた。
 レイは確かな手応えを見て取った。

「やっぱり今のままは嫌なんだよね?
 元のいた場所に帰りたいんだよね?
 なら、僕たちがあいつを倒して帰してあげる!
 こんな狭くて苦しい場所からさよならさせてあげる!」

 意気込むレイにウロボロスは顔をしかめる。

「ふぅ、余計なことをしてくれる。
 いいか、小娘。キミはまだミルリルを動かせていない。
 ミルリルが示したのは、単なる不快感だけだ。
 快・不快なら赤子にも観測される。
 それは感情ではない、ただの反応だよ。
 キミは張り切っているようだが、まったく無駄なことだ。
 もっともこの反応もワタシにとっては好ましくないな。
 キミたちが帰ったら、しっかり拷問しておかなくちゃナァ」

「ううん、それは違うよ。絶対に無駄じゃない!
 だって絶対にミルリルさんは鏡を見たときに動揺したんだ!
 僕は今度こそ、その心に届かせてみせる!
 僕のターン、ドロー!」

 ――違う、このカードじゃない。
 もう一押しが肝心なのに、このままじゃ……。

「僕は《銀幕の鏡壁》を維持するために、2000ライフを支払う。
 《ライフストリーム・ファンタジー》を解き放ち、4000回復。
 ナイト様を守備表示に変更して、ターンエンド……」

レイのLP:3600→1600→5600

「フハハハハ、できるのはそれだけか!
 強がりと虚勢を張るだけが能か、小娘!
 一気に片付けてしまえ、ミルリル!!」

 だが、ウロボロスの声はミルリルに届いていないようだ。
 ミルリルは体を少し振るわせ、怯えているようだった。
 行動ターンを示すランプに気付き、ミルリルはやっと自分のターンを開始した。

「私のターン、ドロー」

 そして、ミルリルの手に導かれたのは――。
 おびえを振り切るように、今の迷いから逃げるように。
 ミルリルはカードをたたきつけた。

「手札より2枚目の《憎悪の棘》を発動!! ティタニアルに装備!」

《ミスティック・ナイト》ATK2200→2800

レイのLP:5600→6100
《ミスティック・ナイト》☆11→☆12

「ティタニアルで攻撃!!
 『マリシャス・ダークグリーン・ストーム』!」

 ナイトを再び憎しみの嵐が傷つけていく。
 霧状の体はかろうじて致命傷を避けているが、ナイトの衰弱はもはや明白だ。

《ミスティック・ナイト》DEF1300→700(ATK1600→1000)

レイのLP:6100→4600

「ターン、エンド……」

 やはり息も絶え絶えに、何かに耐えるようにミルリルはターンを終えた。

 そのミルリルの様子に気付き、ウロボロスは顔をしかめた。

「フゥ、なるほどな。確かに好ましくない反応だ」

「えっ!?」

「なぁに、キミの望むような感情はまだ芽生えてない。
 先の不快感から一歩前進しただけだ。
 不快感を不自然な動作でごまかそうとすること。
 つまりは心を安定化させるための逃避、防衛機制。
 だが、いまだに動物的・即物的な本能の段階だ。
 意志には至ってはいないが、よく躾けておかないといけないネェ」

「それなら効果はあったんだね!
 やっぱり苦しんでるよね。
 自分と闘ってるんだよね。
 なら、僕が――」

「まだ言うのかね?
 しかし、まったくをもって、不思議だ。
 キミはなぜミルリルの心の動きを信じようとする。
 いったいキミのどこにミルリルの心を動かすものがあるというのだね?
 なぜミルリルを変えられると、信じられる?」

「どうして――、なぜ――。
 信じることに理由なんていらないよ。
 そこに気持ちさえあればいい。
 僕は気持ちを伝えるために、デュエルをするんだ!
 世界は何度でも塗りかわる。
 僕はそれを信じてるから――」

 そして、レイの心に浮かんだのは、――デュエルを始めたときの記憶だった。

―――― ――― ―― ―

 小学3年生のときの夏休みを僕は忘れない。
 亮サマと出逢って好きになった夏を。
 あの頃の僕はすぐ離れ離れになってしまうことも知らずに、
 ただただ一緒にいることだけに夢中だった。

 僕はデュエルを教えてもらうために、亮サマのところに通い詰めていた。
 (そんなことは取って付けた理由で、本当は近くにいたかっただけなんだけど……。
  あと亮サマはデュエルをしているときがとびきり格好いい、ってのもあるけど)

「ねえ、亮サマ。
 デッキってどうやって作ればいいの?
 ただ40枚揃えればいいだけじゃないんだよね」

 そう言うと、亮サマは少し難しい顔をしながら答えた。

「そうだな。
 ただ楽しくデュエルしたいだけなら、
 モンスターと魔法・罠をバランス良く組み込めばいい。
 モンスターの展開を止めることなく、そのサポートを十分にするためにな。
 大体はモンスター半分、それ以外が半分というところだ。
 この構成ならそれなりに上手くデッキが回って楽しいだろう。
 だが、それだけで終わるようにはなってほしくないな……」

「それだけ?
 それ以外のこともあるの?」

「そうだ。
 本当に強いデュエリストはみんな
 それだけじゃない何かを目指してデッキを作っている。
 自分の信じるもの、示したいものを突き通しているんだ。
 スポーツ選手達が、ただ上手く競技を行うだけではなくて、
 競技を通じて自分を鍛えて、さらに何かを伝えるようにな……」

「じゃあ、亮サマは何を目指してデュエルしてるの?」

「俺が目指すのは、相手をリスペクトするデュエルだ。
 相手の戦意を高め、お互いの力を最大限に引き出して、
 闘い合えるデッキを目指している。
 そのために、俺のデッキは多くの牽制手段も備えている。
 レイはどんなデュエルを目指したい?」

「僕は……」

 まだカードも揃っていないし、デュエルなんてろくに知らない。
 だけど、僕は思いついた。

「気持ちを伝えるデュエル……かな?」

「気持ち……か」

「うん、相手に僕のこととか想いが伝わるデュエル!」

 僕がデュエルを始めたのは、亮サマに近づくため。
 だから、それが一番大切なこと。

「そうか……、面白いな。
 デッキは40枚の組み合わせだが、無限の組み合わせを持っている。
 さらにどう操るかは、一手一手がお前次第だ。
 いつかそういう風に気持ちの伝わるデュエルができるといいな」

「うん!」

 それが僕のデュエルモンスターズの始まり。
 最初は亮サマと一緒にいて、その気持ちを伝えるためだけに始めたこと。
 亮サマに一番強烈に伝えるには、デュエルが一番だって思ったから。
 だって、一番好きなことで印象的に伝えられたら、きっと効果てきめんだから。

 僕はそう思って、デュエルモンスターズを改めて手に取った。
 これまで何も興味のなかったデュエルモンスターズ。
 周りで流行っているものとしか思ってなかったデュエルモンスターズ。
 でも、亮サマの一番好きなものだと思っただけで、それは変わった。
 1枚1枚のカードの効果、つながり、印象。
 どうすれば一番亮サマの心に残るデュエルに近づけられるかな。
 どうすれば一番亮サマに気持ちの伝わるデュエルができるかな。
 そう考えれば、僕はものすごくワクワクしたし、ドキドキした。
 1枚1枚のカードが特別で、意味のあるものに思えてきた。
 ううん、それはカードだけに限ったことじゃなくて。
 服装とか景色とか食べ物とか、全部がリアルに見えてきた。
 きれいと思ったものは、みんな亮サマに見せてあげたいと思った。
 珍しいものも、亮サマはどんな風に思うだろうって考えてワクワクした。
 そうやって、ひとつひとつのものが色づいた。
 そんな風に世界は想いひとつで塗りかえられることを、僕は初めて知った。

 結局、その想いは受け入れてもらえなかったけど……。

 いつも僕はそうだった。
 遠くて高い場所を見ている人を好きになっていた。
 亮サマも十代サマも、そこは同じだ。
 だから、振り向いてもらえないのかも知れないけど、
 好きになることは止められない。

 地平線が見えるように、ずっと広がる草原と澄んだ空。
 僕が恋した瞬間に、思い浮かんだこと。
 それはきっと好きな人の心の中の風景だと思う。
 僕がそんな風景を今まで知らなかったのに。
 恋しただけでたくさんのことを考えて知って、世界が広がった。
 想いひとつだけで、世界は塗りかえられる。
 僕たちはいつだって何度でも生まれ変われる。
 僕はそのことを確信したんだ。


―――― ――― ―― ―

「感情と恋は、理論でも理屈でもないよ。
 そう感じたから 。その高鳴りが気持ちよかったから。
 それを僕が信じたいから、信じる!
 それだけ! ――でもそれが絶対なんだ!」

「ふふ、子供らしい支離滅裂な筋道だ。
 理由も根拠もなく信じるなど、馬鹿げている!
 その力押しで何かできるというなら、やってみるがいい。
 しかし、この状況から何ができるというのだね!
 あの色を奪いきった心は、何ものにも答えんよ」

 もう耐えているだけではいけない。
 残るライフは4600。
 《銀幕の鏡壁》を破棄したら、攻撃力5000のティタニアルが襲ってくる。
 《銀幕の鏡壁》を維持しても、攻撃力2800あればライフは削りきれてしまう。
 どうやってもナイトだけでは守りきれない。
 このターンで何らかの手段を講じなければ、確実に負ける。

 その希望へと繋げるために、レイはデッキに手をかけた。

「僕のターン、ドロー!」

 ――そして、世界は塗りかわる。

「僕はこの《銀幕の鏡壁》を維持する!」

 鏡の壁はミルリルの前にそびえ立ち続ける。
 レイの覚悟に支えられて。

レイのLP:4600→2600

「魔法カード《スター・ブラスト》を発動!
 ライフを500ポイントずつ払うことで、モンスターのレベルを下げる!
 この効果を発動するのは――」

《スター・ブラスト》
【魔法カード】
500の倍数のライフポイントを払って発動する。
自分の手札・フィールド上のモンスター1体のレベルを
このターンのエンドフェイズ時まで、500ライフポイントにつき1つ下げる。

 レイは満を持して、たった今引いたカードを裏返す。

「《ミスティック・ドラゴン》!!
 対象はフィールドのカードじゃなくて、手札のカードだから、
 ティタニアルの効果じゃ無効化できないよ!
 このレベルを4つ破壊する!」

レイのLP:2600→600→1100(《魔法吸収》)
《ミスティック・ナイト》☆12→☆13

「いくよ! お願い!《ミスティック・ドラゴン》!!」

 大いなる風が巻き起こる。
 温かくすべてを包み込む、やわらかい風が。
 この樹海と化した大地を揺るがす巨大な体。
 いま自信満々に相手フィールドをにらみつける。
 ――その背中で傷ついたナイトをいたわり、かばいながら。

《ミスティック・ドラゴン》 []
★★★★★★★★
【ドラゴン族・効果】
このカードは、「ミスティック・ベビー・ドラゴン」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを1個取り除くことで、
このカードの攻撃力はターン終了時まで400ポイントアップする。
ATK/3600 DEF/2100

「さらに魔法カードを発動!
 《盗人ゴブリン》!
 500ダメージを与えて、500ライフを回復する!」

 回復にも火力にもどっちつかずの魔法。
 しかし、この【ミスティック・ファンタジー】のデッキにおいて、
 重要なのは回復した数値ではなく、回復したという事実。
 《魔法吸収》の発動下において、回復魔法を発動した場合、2度の回復が得られる。
 即ち、ミスティックカウンターの総計は……。

《盗人ゴブリン》
【魔法カード】
相手ライフに500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。

ミルリルのLP:3450→2950

レイのLP:1100→1600(《盗人ゴブリン》)→2100(《魔法吸収》)
《ミスティック・ナイト》☆13→15
《ミスティック・ドラゴン》☆0→2

「《ミスティック・ドラゴン》の効果、『インフィニティ・ウインド』!
 カウンターを2個使って、自分を800ポイントアップするよ!」
 《ミスティック・ドラゴン》の周りに風が渦巻き、その巨体を後押しする。

《ミスティック・ドラゴン》ATK3600→4400

「バトル! ティタニアルに攻撃!!
 『ミスティック・ブレス』!」
 はき出される炎。
 ティタニアルは風を巻き起こし逸らそうとするが、その勢いはおさまらない。
 それを悟ると、ティタニアルは抵抗をやめて、体から力を抜いた。
 炎に身をゆだねて、ソリッドビジョンは消滅する。

ミルリルのLP:2950→1350

「そして、ティタニアルがいなくなったから、ようやく出番だよ、ナイト様!
 ナイト様に乗っているカウンターを使って、効果を発動!
 いくよ! 『インフィニティ・フレイム』!!」

 傷ついたナイトから赤い光が立ち上る。
 剣を支えに立ち上がり、最後の力を込めて剣を水平に振るう。
 赤い光の粒が無数に放たれ、地面に触れると発火した。
 瞬く間に一面は炎の海となり、あらゆるものを飲み込む。

レイ
LP2100
モンスターゾーン《ミスティック・ドラゴン》ATK3600
《ミスティック・ナイト》DEF700 ☆6・装備《ミスト・ボディ》
魔法・罠ゾーン
《魔法吸収》
手札
0枚
ミルリル
LP1350
モンスターゾーン《妖精王オベロン》DEF2000
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚

 しかし、ミルリルの場にはたった1体のモンスターが残っていた。

 うつろな瞳で、ミルリルは場を確認する。
 明らかに不自然なフィールド。
 すべてのモンスターを破壊できるはずなのに。
 敢えて《妖精王オベロン》が残されている。
 理解できない。
 相手の意図がつかめない。
 通常の戦略のセオリーからはずれている。
 コントロールを奪うなどして利用するために残すのか。
 いや、そのためならもっと他のモンスターを残すはず。
 疑問の渦が、ミルリルを動揺させる。
 思わず、ミルリルから言葉がもれる。

「どうして……どうして、オベロンを破壊しないのですか?」

 レイは微笑んで答える。

「逆に……どうして、不自然だって思うかな?
 僕がオベロンさんを残したとしても、カウンターを温存しただけかもしれないよ。
 それなのに、どうしてそんなにびっくりしているの?」

「そ……それは――」

 ミルリルは答えあぐねる。
 どうしてか、すらすらと反論できない。
 その様子を見て、レイは理解した。

「――やっぱりそうなんだね。
 これで僕は確信したよ。
 ミルリルさんにとって、その《妖精王オベロン》はただのカードじゃない。
 オベロンさんに思い入れがあるんでしょ。
 ううん、そうじゃなくて、もっとロマンチックかな。
 ミルリルさんは精霊だったんだから、きっと恋人同士だったとか……」

「……………」

 ミルリルは答えない。
 本当に理解ができなくて言葉を返せないのか、それとも動揺しながら敢えて……。
 ミルリルにとって、動揺していることを悟られるのは好ましくない。
 心が揺れ動いたのを気付かれれば、またウロボロスの拷問が待っている。
 動揺したとしてもミルリルは反応を隠すだろう。
 となれば、沈黙するのが一番簡単にやり過ごす方法だろう。

「ふふっ、ここでだんまりしちゃうんだ。
 じゃあさ、デッキに聞いてみようか?」

「何の……話です?」

「ミルリルさんが心を押し隠したとしても、デッキはごまかせないよ。
 だから、ドローカードで占い!
 デッキが想いを汲み取ってくれるかどうかで、カードを見るの!
 『デュエルじゃ誰も嘘をつけない』んだよ!
 だから、僕はそのためにオベロンさんを残してターンエンドするよ!」

 レイのエンド宣言により、ターンを示すランプはミルリルに移った。
 ミルリルは今までと違い、ドローの前に少しだけ動きを止めた。
 心を落ち着けようとしているのだろう。
 目を閉じて、呼吸を整えて、乱れたペースを元のままに。
 自分はただの歯車、与えられた信号に反応を返す機械。
 だから、何を言われようとも、望まれる結果を返せば問題はない。
 相手が何を考えていようとも、それが到達目標に支障とならなければ、
 胸に留めて意味を分析しようとする必要は全くない。
 ――そう、自分の魂は変質せしめられた。
 かつてこの身に宿っていた精神を駆逐するほど勢いのあった意志はもはや消えた。
 いまはただ体を維持し、命令を遂行するだけの道具。
 何にも惑わされる必要はない。
 だから、今を受け入れて、前に進める。
 そして、デッキの上の未来に手を掛ける。
 相手の与えた油断に付け入るべく。


 ――そして、デッキの答えは――。
 それは植物族デッキにとって、何の変哲もないサポートカード。
 これなら今すべきことは……。
 その機械的思考をレイは阻んだ。

「相性占いだよ。
 二人がまた一緒になれるかどうかの――
 離れても、何もかもが変わってしまっても、
 想う気持ちが変わっていないかの――
 その答えを見せてみてよ」

「私は……」

 やることは決まっているはずだ。
 このターンをしのぐべく、やることは。
 だけど、やれるのはそれだけじゃない。
 胸のどこかから、そうしたくない気持ちが膨らむ。
 今、自分がしてみたいと思いついてしまったこと。
 それは――。
 そして、その意味は――。
 ただ1枚の答えを、ミルリルは明かす。

「永続魔法《増草剤》を発動します」

《増草剤》
【魔法カード】
1ターンに1度、自分の墓地に存在する植物族モンスター1体を
選択して特殊召喚する事ができる。
この効果でモンスターを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。
この効果で特殊召喚したモンスターがフィールド上から離れた時、
このカードを破壊する。

「その効果により蘇らせるのは――」

 ミルリルになぜか湧き起こる胸の鼓動。
 それに手を当てながら、その名を告げる。

「――《椿姫ティタニアル》」

 再び姫を迎えようとフィールドに大輪の玉座が広がる。
 目の前には鏡の障壁がある。
 そこに照らし出された今の自分。
 《憎しみの棘》から解き放たれた真っさらな自分。
 そして、その隣に温かく微笑みかける存在があった。
 《妖精王オベロン》。
 鏡越しに見るだけでなく、《椿姫ティタニアル》――ミルリル――は振り返った。
 愛おしい者の姿が今も傍にあることを、その目で直接確認するために。
 どうしてだろう。涙がこぼれ落ちる。
 いま自分がやっていることは、ただカードを蘇生させただけなのに。

「――最高の答えだね。
 つらくもがく日々が終わって、
 生まれ変わったら、またその人と結ばれる。
 ううん、一度この生が終わらなくたっていい。
 いつだって、見える世界は想いひとつで塗り変わる。
 だから、このつらい場所から脱出すれば、きっと――」

 ミルリルはその言葉を理解したのか、していないのか。
 少しだけ微笑んで、目を閉じた。
 もうこのターンで何もすることはない。
 エンドをささやいて、レイにターンは移る。

レイ
LP2600(《増草剤》による《魔法吸収》)
モンスターゾーン《ミスティック・ドラゴン》ATK3500
《ミスティック・ナイト》DEF700 ☆6・装備《ミスト・ボディ》
魔法・罠ゾーン
《魔法吸収》
手札
0枚
ミルリル
LP1350
モンスターゾーン《椿姫ティタニアル》DEF3100、《妖精王オベロン》DEF2000
魔法・罠ゾーン
《増草剤》
手札
0枚

 そのやり取りとプレイを見ながら、ウロボロスは苦々しい顔をして呟いた。

「――プレイングミスだな」

「えっ――」

 かすかに聞こえたその呟きに翼は反応する。
 しかし、ミスだろうか。
 最上級モンスターを蘇生させたのだから、筋道は合っているのでは……。

「あの場で蘇生すべきカードは《ダンディライオン》だ。
 戦闘で破壊されるのは分かっているのだから、
 それなら後に続くカードを選ばなくてはいけないな。
 それを選ばなかったということは、ミルリルは――」

「僕のターンだね、ドロー!
 じゃあ、僕のデッキでもミルリルさんの未来を占ってみるよ。
 僕が占いに使うのは2枚のカード!
 維持した《銀幕の鏡壁》を墓地に送って、《マジック・プランター》発動!
 カードを2枚ドローして、占うよ!」

レイのLP:2600→600→1100

《マジック・プランター》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 レイは引いたカードを見て、ミルリルに微笑みかけた。

「この2枚のカードなら、2人が並んだまま、この決闘も終わらせられる。
 いくよ、まず僕が発動するのは《至高の木の実》!
 いまは僕のライフが下だから、2000ポイントを回復!
 さらに《魔法吸収》の効果で500ポイントを得るよ!」

《至高の木の実》
【魔法カード】
このカードの発動時に、自分のライフポイントが
相手より下の場合、自分は2000ライフポイント回復する。
自分のライフポイントが相手より上の場合、
自分は1000ポイントダメージを受ける。

レイのLP:1100→3100→3600

「そして、最後に発動するのは――。
 《ライフストリーム・ファイヤー》!!
 僕がライフ3000を支払って、ミルリルさんに1500のダメージ!」

《ライフストリーム・ファイヤー》
【魔法カード・速攻】
3000ライフポイント払う。
相手ライフに1500ポイントダメージを与える。

 大きく柔らかく力強い炎が、レイから撃たれて、ミルリルにぶつかる。
 ミルリルはそれを目を閉じて受け止める。
 忌まわしい呪縛から解き放たれたように、その表情は穏やかだった。
 ミルリルは敗北を受け止める。

ミルリルのLP:1350→0

「堅実に防戦に徹したとしても無理だったか――。
 いや、違うな。
 ミルリルが心を乱された時点で、形勢はぶれ始めていた。
 それでゲームの流れを相手に渡してしまったと言うべきか……。
 どちらにせよ、言葉巧みにペースを握ったキミたちの勝利ということか」

 負けたに関わらず、ウロボロスは冷静に語る。

「そうだ!!
 レイちゃんの勝ちだよ!
 勝ったからにはこの先に通してもらう」

 翼がはやる気持ちとともに、威勢よく話しかける。
 ウロボロスはその言葉に目を閉じて答えた。

「そうだネェ。
 約束どおり、進ませてあげるとしよう」

 ウロボロスはスイッチを構えた。
 翼とレイはウロボロスのヴィジョンから向き直り、扉を見つめる。

 ――だから、見逃した。
   ウロボロスの口の端が釣りあがったことに――

「うわあああああああああ」
「きゃああああああ」
「ああああああ」

 ウロボロスがスイッチを押すと、翼とレイとミルリルにすさまじい痛みが走った。
 この痛み、翼には覚えがある。
 いや、ついさっき体感したばかりだ。
 あのデュエル前に脅されたときと同じ――。
 そして、ミルリルにとっては悪夢の日々の再開……。

「フハハハハハ! ワタシは確かに約束したナァ!
 『勝ったら、この部屋から先に進ませてやろう』と。
 だが、『無事なままで』先に進ませてやるとは約束していない!!
 進ませてあげよう! キミたちが意識を失った後に、豪腕のチルヒルに担がせてな!
 真正直に取引を信じるとは実に愚かしい!!」

「そん……な……」

「それにしてもワタシは実にツイている!!
 この拷問部屋に坊や、キミが来なければ、キミを捕えることはできなかった!
 キミたちがこの部屋を選んでくれるようには誘導していなかったからネェ!
 運さえもワタシを味方するとは、これはキミたちに勝ち目はないんじゃないかネェ!
 さぁ、たっぷり坊やを実験して、生体を調べ上げるとしようか。
 フハハハハハ、ハハハハハハ!!」

 痛みのあまり、二人の意識が閉じていく。


 翼は不甲斐なさに歯をくいしばった。
 ――悔しい。
 ただ進むことしかできなくて、でも進むための力さえない自分が。
 無力感で胸がひりつく。
 だが、その痛みは未来につながらない。
 苦しみ、願うだけで、何にも届かない。


 そして決闘が行われているのは、ここだけではない。
 ウロボロスが策略をめぐらしているのは、ここだけではない。
 それぞれはぶつかり合う。
 それぞれの逃れられぬ因縁のもとに……。





第22話 闇の果てのそれでも続く道<前編>



―――― ――― ―― ―

 私は貴方を救いたい。
 しかし、どうすれば貴方を救えるのか。

 貴方はもはやこの世界に失望している。
 デュエル界で活躍しきれず、体調を崩し。
 生徒にも慕われず、教える情熱も失い。
 探求をするにも、もはや疲れ果てている。

 その貴方を救うために、私はどうすればいいだろう。
 貴方を救えるとすれば、私は剣にも盾にも炎にさえもなろう。
 だが、貴方がどうすれば救われるかが分からない。

 その命をつなぎ留めたとして、貴方はきっと喜ばない。
 貴方には帰る場所も、向かう夢も、背負う期待もない。
 その闇の果てにそれでも道が続いているとしたら、それはただ残酷なだけだ。

 しかし、私は貴方を見殺しにできない。
 ともに闘って傷ついてきた貴方の生をこのまま終わらせたくなかった。
 少しでも望みがつながるとしたら、私はそれを与えたかった。
 例え貴方がそれを喜ばない、私の勝手な願いだとしても。

 貴方の命をつなぐために、私は貴方とひとつとなった。
 あの者の野望に乗る形で、融合を果たした。
 それが正しいことなのかどうなのかは、今はまだ分からない。
 私にはただ付き従うことしかできない。
 貴方がただ絶望を深めていくだけだとしても。

―――― ――― ―― ―


「なぜ……先生がここに……!?」
「どうして、あなたがここにいるノーネ!?」

 藤原とクロノス。
 目的地へと進む途中で、2人は驚愕に対面する。
 いるはずのない人物。
 それが目の前に立っているからだ。
 あり得るはずのない再会。
 2人は思わずその名を口にする。

「佐藤……先生……」

 呼ばれた者は、うなだれた様子から顔を上げる。
 漆黒の長い前髪がゆれる。
 様子は勤務していた頃と何ら変わりはない。
 むしろ以前より体つきが引き締まり、幾分健康的になったように見える。
 しかし、その放つ雰囲気には――なにか違和感のある威圧感が含まれていた。
 懐かしい2人を確かめるために、佐藤はメガネを人差し指でくくりあげた。

「よりによって、君たちか……。ああ、懐かしいね。
 アカデミアからの客人が来るからもてなしてほしい、と言われたが。
 まさか君たちとは思わなかった……」

「佐藤先生……あなたはコブラの事件の最中、行方不明になったと聞いてました。
 それがどうしてこんな場所に? そしてここで何を?
 いや、その前にその姿はもしや……」

 藤原は問いかける。疑問が浮かんでは、何も分からない。

「フフフ、その説明にはワタシから答えるとしようか?
 佐藤よ、キミもその方が楽だろう?」

「ああ、そうだね。
 私から説明するのは……、面倒だ。
 お願いしよう」

「フン、ぞんざいな返事だ。
 キミならそう答えるだろうと思ってたよ」

 闇からの声。その主はもちろん、その首謀者。
 ソリッドビジョンが佐藤のそばに浮かび上がる。

「ウロボロス!!」

「フフフ、やはり知り合いだったのだネェ。
 古くからアカデミアにいるなら、面識はあるやもしれんと思ってたが。
 まぁそんなことはワタシにとっては取るに足らない話だ。
 よりも今のソレがどうしてここにいるかを、それを説明して差し上げよう」

「ワタシにとってのソレの位置付けは『成功例』だ。
 これがなくして、ワタシは今回の作戦を決行しなかった。
 ソレはその貴重なサンプルにあたるというわけだ」

「どういう意味だ……、何のことを言っている?」

「何のこととは、キミは聡いからとっくに察しはついているだろうに。
 ワタシの唯一にして最大の関心事と、生死不明のソレが今ここに生きている理由。
 そこから察すれば、何の成功例かどうかは察しがついているだろう?」

「それは……だがしかし……」

 藤原はとっくに気付いている。
 今目の前にいる佐藤という存在の違和感に。
 そして、その違和感の正体と由縁に。
 その根拠は、ウロボロスが呼びかける道理の筋道だけではない。
 藤原の感覚もまたその事実を否応が無く伝えてくるのだ。
 だが、それを認めていいものか。
 それはつまり、佐藤の命はウロボロスに弄ばれていることを意味する。

「佐藤先生は……既に人間ではない……」

 その尋常ではない発言に、クロノスは驚く。
 およそ慎重な藤原らしからぬ突拍子もない発言。

「それは、どういうことナノーネ?!」

「つまり、今目の前にいる佐藤先生は精霊と融合している。
 そして恐らくはそれにより命を留めている。
 ウロボロス、そうだろう?」

「素場らしい! 模範解答だよ、キミ。
 その通り、ソレはワタシの偉大な研究による成功の産物だ。
 ソレこそが『魂の変質』を起こさずに融合できた被研体だ。
 この成功の理由については、ほとんどの分析は済んでいる。
 その結果に応じて、ワタシは今必要なものを集めているわけだ。
 すなわち『魂の変質』を起こさないために調整をしているのだよ」

「佐藤先生と精霊のカード。
 つまり、スカーナイトと融合させたんだな?」

「その通り。最高の相性だったよ。
 何の悪影響もなかったはずだ。
 ソレは健全な肉体を手に入れ、たくましく生まれ変わったのだ。
 傷ついても倒れないカラダ、闇のナイト特有の威圧感を手に入れたのだ。
 実験としてはかぎりなく成功だった。私の自慢の成果だ。
 私がここに駆けつけて、ソレを見つけたときには既に死んでいたのだがな。
 その死骸と、デュエルモンスターズの中に込められた意志の残滓と言うべきか。
 この者はデュエルにまさに心血を注いできたようだからネェ。
 その作用により、れっきとした連続性を保ってここに蘇ったというわけだ」

「そうか……、佐藤先生が生きているのは喜ばしいことだ。
 忌むべき研究の成果で、恩師は助かった。
 だが、お前にとって救うことはまったく目的ではない。
 単なる実験のサンプルとして、その命を利用しただけ。
 人の命と精霊の意志を弄ぶとは何て傲慢な……」

「弄ぶダァ? 傲慢だトォ?
 フハハハハ、誰に向かってそんなことを言ってるのかネェ?
 生き永らえる神になるワタシに言ってるのかい?
 神に傲慢も何もないだろう?
 その地平ではどんな無秩序もゆるされる!
 道義などそんな幻想はとっくの昔に捨てたことだよ」

 藤原はその挑発的な言動に乗らず、呆れた素振りで応じる。
 ウロボロスはやはり理屈が通じるような者ではない。

「何を言っても無駄なようだな。だが、先には進ませてもらおう。
 ソリッドビジョンのその体では、僕たちの行く手は阻めないだろう?」

「そうだネェ、そこで行く手を阻む刺客をここに用意してある。
 目の前にいるだろう?
 佐藤浩二。最高の研究成果にして、最強の尖兵だ」

 呼びかけに応じて、佐藤は前に歩み出る。

 藤原とクロノスは立ちすくむ。

「戦う、……というのか?
 佐藤先生、僕たちが争う理由はありません!」
 こんな奴に従う必要もないはずです!!」

「……………。
 そうだね……」

 佐藤は無気力に藤原の問いかけに答える。
 その声には生気が感じられなかった。
 ただ、物として目の前のことに反応するだけのような無機質な態度。

「戦う理由はない。しかし、戦わない理由もない。
 今の私は何をする気も、どこかを目指すつもりもない。
 これまでの虚しい教員生活、そして1年間の空白。
 もはや私を頼る者はいなくなってしまった。
 ただ、今の私に特別な意味があるとしたら、融合実験の成功例としてだけだ。
 だから、そのマスターの命令ならば、食い止めることにも従おう」

「佐藤……先生……?」

「藤原くん、君は本当に優秀な生徒で、私の授業もすべて出てくれていたね。
 行方不明になったと聞いていたが、無事でいたとは良かった。
 しかし、もう先生などと呼ばなくてもいいんだよ。
 私はもう教壇に立つこともないだろう。
 私の授業はクロノス先生と違って、生徒達に受け入れてもらえない。
 今更私がここから出たところで、戻る場所なんてないんだ」

 その無気力な様子に、思わず藤原が声をかける。

「そんなことはない。先生の授業は基本的な部分を理解していて、実践的だった。
 確かに派手さや痛快さには欠けるかもしれないが、
 ああいった着実なコンボを重ねるような戦術を教える授業もかなり重要だったはずだ。
 今はエース大型モンスターに頼り切りの風潮だが、
 そこに繋げるために、それを生かすためには、佐藤先生の戦術は十分効果的だったはずだ」

「慰めをありがとう、藤原くん。
 しかし、必死にフォローしなくてもいいんだ。
 私が古い人間だというのは分かっている。
 今の自由な世代には、私の固い考え方は合わないんだ。
 それだけじゃない。
 私はコブラと共謀し、教え子・十代くんをこの手に掛けようとした。
 それは決してゆるされることではない。
 だから、教壇に戻る資格もない」

「しかし、だからといってここに留まっていても!」

「そうだね、先がない。
 だけど、ここから出ても先がないんだ……。
 私は既に終わってしまった人間だ……」

 佐藤の目は伏せられたまま、周りを拒絶していた。

 その無気力に話す様子に、ウロボロスは嫌悪感をはき出す。

「フン、せっかく蘇ったというのにつまらない人間だ。
 実験体としては成功だが、人間としては失敗作だナァ!
 むさぼりつくすべき野望無くして、生きているとは言えまい!
 だが、ここで世話してやってる以上、その働きはしてもらうぞ」

「ええ、マスター。
 侵入者は払いのけよう」

「佐藤先生、やはり戦うというのですか……」

 藤原が問いかけると、佐藤は瞳を閉じて念じかけた。

(藤原くん、精霊と通じる君ならこの声も通じるはずだ。
 私は君たちのためにも払いのけるんだ。
 ウロボロスは危険な人間だ。何をするか分からない。
 深入りしない方が身のためだ。
 負けて引き下がった方がいい。
 下手に刺激しない方がいい。
 そうでなければ、本当に取り返しのつかないことになるかもしれない)

(ッ!! だが、それでも僕はこの先に……)

(そうか……。柔和そうに見えて、実は頑固な君のことだ。
 私が諭しても聞くまい。ならば私が全力で払いのけるまで……)

 見えないやり取りの結果は、決裂に終わる。

 ウロボロスがその様子をいぶかしみながら、話を進める。

「さて、行く手を阻むわけだが、生身の人間では今の佐藤には敵わない。
 それでは勝負にならずに、見てるワタシもまったくつまらない。
 そこで、デュエルをしてもらおうと思うのだが、どうだろうか?」

 藤原は答える。

「いいだろう。佐藤先生とデュエルするんだな」

 それを聞き、クロノスは戸惑う。

「待つノーネ! セニョール藤原とミスター佐藤のデッキの相性は……」

 その警告を、藤原は阻む。

「分かっている! だからこそ、僕は佐藤先生とデュエルをする!」

 その意志と覚悟の込められた声に、佐藤の目がわずかに見開く。

「佐藤先生、僕とのデュエルを通じて少しでも思い出してほしい!
 あなたが心血を注いできたデュエルの感覚を!
 あなたは義務や仕事としてデュエルをこなしてきました。
 ですが、その中に情熱を見いだしていたはずなんです!
 それを僕が呼び起こさせてみせます!!」

 佐藤は藤原の訴えかけに、静かに答えた。

「そうだね……。デュエルを楽しいと思ったことはない。
 だけど、甘いデュエルを見ていて、憤りを感じることはよくあった。
 プライドや愛着くらいならあったかもしれない。
 できるものなら、やってみるがいい」

 佐藤はデュエルディスクをゆらりと構える。

「ええ、いきます!」

「「デュエル!!」」


藤原 優介 VS 佐藤 浩二


「まずは僕のターン、ドロー!」

 藤原はカードを引き、手札を注意深く見つめる。
 佐藤も先ほどまでは気が抜けた様子だったが、
 デュエルとなると相手の一挙一動を見逃さないように目を光らせる。

 クロノスはそのデュエルの緊張感に身震いを覚える。

(このデュエルはドレッドノート・クラスの壮絶なデュエルになるノーネ!
 セニョール藤原はデュエルの天才として、誰もがうらやむ腕前。
 そして、ミスター佐藤は百戦錬磨の場数と経験なら誰にも負けないデュエリスト。
 一手一手に隙の無い戦術が展開されるに違いないノーネ)

「僕はモンスターをセット! それだけでターンエンドだ」

「私のターン、ドロー……。
 私もモンスターをセット、リバースを2枚セットしターンエンド……」

藤原
LP4000
モンスターゾーン裏守備モンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカードなし
手札
5枚
佐藤
LP4000
モンスターゾーン裏守備モンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚

 どちらも慎重な出だし。
 互いに様子をうかがっているのか、牽制しあっているのか。
 見えない火花が散るように、二人の目は真剣そのものだ。

「僕のターン、ドロー!
 僕はセットモンスターを反転召喚する!
 伏せていたモンスターは……」

 現れたのは、翼と光輪だけの体のない天使。

「《スケルエンジェル》!
 そのリバース効果により、カードを1枚ドローする!」

《スケルエンジェル》 []
★★
【天使族・効果】
リバース:自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/ 900 DEF/ 400

「さらにこのモンスターを生け贄に捧げ……。
 来い! 《天空騎士パーシアス》!!」

 藤原の得意のアタッカーが召喚される。

《天空騎士パーシアス》 []
★★★★★
【天使族・効果】
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
自分はカードを1枚ドローする。
ATK/1900 DEF/1400

「さすがはセニョール藤原ナノーネ!!
 警戒させて、リバース効果を安全に発動!
 さらに上級モンスターの召喚をするとはエクセレントな流れナノーネ!」

 佐藤のデッキは「スカーナイト」を中心としたコントロールデッキ。
 コントロールデッキとは、相手の動きを抑えつけてくるデッキのこと。
 しかし、そのためには準備に時間がかかる。
 だから、初手から仕掛けてくることはないと判断し、
 リバースモンスターの効果発動に成功した。
 そして、相手に攻め入る隙があるうちに、
 速攻でライフを削っておかなくてはならない。
 そのために召喚した貫通効果モンスター。
 いまのうちにアドバンテージを稼ぐ。

「バトル! パーシアスでリバースを攻撃!!
 『裁きのアーク・ペネトレイト!』」

 パーシアスが聖なる槍を構え、伏せモンスターに突撃する。

「なるほど……。私の体勢が整う前に、速攻でダメージを与えておこうと。
 いい戦略だ、だが……」

 佐藤は1枚のリバースに手をかける。

「模範的すぎるが故に、その行動は読めている!
 仕掛けられた罠は、《ディメンション・ウォール》!
 私に通るダメージは、君に受けてもらう!!」

《ディメンション・ウォール》
【罠カード】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
この戦闘によって自分が受ける戦闘ダメージは、
かわりに相手が受ける。

 佐藤のモンスターの一部に次元のひずみができ、パーシアスの槍が吸い込まれる。
 さらにもう一つの穴が藤原の背後から。
 従者の槍は主人に直撃してしまう。

「くっ……。ダメージを軽減・回避するどころか、こちらに返されるとは……」

藤原のLP:4000→2400 (1900-300=1600)

「君が犯した間違いはそれだけじゃない。
 攻撃を受けたモンスターは《不幸を告げる黒猫》。
 リバース効果により私はデッキトップにトラップカードを置く。
 そのカードは、これだ」

《不幸を告げる黒猫》 []
★★
【獣族・効果】
リバース:デッキから罠カードを1枚選択し、デッキの一番上に置く。
「王家の眠る谷−ネクロバレー」がフィールド上に存在する場合、
選択した罠カードを手札に加える事ができる。
ATK/ 500 DEF/ 300

 濁ったまとわりつくような呪いの込められた低い鳴き声。
 それが不幸を招くように黒い煙を導いて、デッキから罠を引き出す。
 その罠は【スカーナイト】デッキにとって最高のキーカード。

《スピリットバリア》
【罠カード】
自分フィールド上にモンスターが存在する限り、
このカードのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「《スピリットバリア》……」

 あまりにも早すぎる陣地構築。
 用意周到に張り巡らされた戦略。
 藤原もクロノスも息を飲む。

「攻撃はさせない。
 僕は《光の護封剣》を発動!
 これでターンを終了する」

《光の護封剣》
【魔法カード】
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

 光の剣が突き刺さり、藤原の場を守る。
 しかし……。

「残念ながら、それも想定済みだ。
 エンド時にもう1枚のリバースを発動。
 《砂塵の大竜巻》。その魔法を除去させてもらう」

《砂塵の大竜巻》
【罠カード】
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。

 光の陣が竜巻に振り払われる。

「もっとも基本的な魔法・罠除去のトラップ。
 エンドフェイズに使うのが、妨害される可能性がなく、最も有効で意表をつける。
 これもまた重要な基本だ」

 藤原が仕掛けたが、ゲームのペースはすべて佐藤に握られている。

「私のターン、ドロー。
 さて、私はまだ仕掛けることはできない。
 モンスターをセット、さらにリバースをセットしエンド」

「僕のターン……」

 相手はまだ攻めてこない。
 しかし、あの罠は間違いなく《スピリットバリア》。
 攻めてもダメージが通らないのは明白だ。

「僕はカードを1枚セットし、エンドする」

藤原
LP2400
モンスターゾーン《天空騎士パーシアス》ATK1900
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
5枚
佐藤
LP4000
モンスターゾーン裏守備モンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚

「私のターン、ドロー!
 君が攻めきる前に、私の場が先に整ってしまうようだね。
 セットモンスターをオープン。 《キラー・トマト》。
 バトル! 伏せていた《スピリットバリア》を発動し、パーシアスに突撃!」

 不気味な笑みを浮かべた人面トマトが、パーシアスに飛びかかる。
 パーシアスは思わず槍を突き出し、破壊してしまう。
 しかし、それは新たな闇を呼び寄せることになる。

《キラー・トマト》 []
★★★★
【植物族・効果】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
ATK/1400 DEF/1100

「そして、戦闘破壊された《キラー・トマト》の効果。
 その効果により、導くのは当然――」

 デッキから1枚のカードを視認せずに選び出す。
 その手とその体に最も馴染む感触が伝わる。
 だから、見るまでもない。
 佐藤はそのカードと文字通り一心同体であるから。
 ――どくり、と佐藤の心臓が鼓動を高める。
 自分と生命が繋がった精霊のカードが召喚されるのだ。
 命が昂ぶるのは当然のこと。

「――《スカブ・スカーナイト》!」

 執念の闇の騎士が現れる。
 幾千の闘いに消耗しながら、なお主人を守り続ける騎士。
 その想いの強さは、傷から出来た『かさぶた』さえ鎧に変えた。
 そして、今もなお、スカーナイトは闘い続ける。

「まだバトルフェイズは続いている!
 スカーナイトで攻撃!
 『スカブ・フィスト』!!」

 《スカブ・スカーナイト》の攻撃力はゼロ。
 それにも関わらず、騎士は天空騎士へと向かっていく。
 そして、なぐりつける。
 パーシアスは微動だにせずに攻撃を受け止める。
 その攻撃では衝撃もダメージも生じるはずがないからだ。
 だが、パーシアスはふさぎこんだ。
 殴りつけられた部分がじりじりと痛みを訴える。
 スカーナイトが与えたのは、衝撃ではなく怨念。
 積年のデュエルで集められた戦士たちの無念。
 そして、その傷口はスカブ――かさぶた――でフタをされる。
 怨念は体中をめぐり、パーシアスを毒し、そして心変わりさせる。

「バトルフェイズ終了時に、スカーナイトの効果発動。
 『スカブ・カース』!
 スカーナイトと戦闘を行ったモンスターは心変わりし、私の味方となる!
 私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ。
 さあ、藤原くん。 この場をどう切り崩す?」

「スカーナイトが早くも現れてしまったノーネ……」

 クロノスと藤原は顔をしかめる。
 藤原はこのカードの出現を恐れ、攻めを早めた。

《スカブ・スカーナイト》 []
★★★★
【戦士族・効果】
このカードは戦闘によって破壊されない。
このカードが表側守備表示でフィールド上に存在する場合、このカードを破壊する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
ライフポイントを回復する効果は無効となる。
相手ターンのバトルフェイズ中に相手フィールド上に
攻撃表示モンスターが存在する場合、
相手プレイヤーはそのモンスターで
このカードに攻撃をしなければならない。
バトルフェイズ終了時にこのカードと戦闘を行った
相手モンスターのコントロールを得る事ができる。
ATK/ 0 DEF/ 0

 《スカブ・スカーナイト》の効果は主に3つ。
 1つ目は相手の攻撃を自分に集中させ、かつ戦闘破壊されない無敵の盾となる効果。
 2つ目はバトルで触れたモンスターを呪いで侵し、コントロールを奪う効果。
 3つ目は場のライフ回復をすべて無効化してしまう生命を枯れさせる効果。

 藤原のデッキ戦略の流れはこうである。パーシアスで手札を稼ぎつつ、
 オネストらで相手の攻め手をいなす。
 そして相手の隙を突いて、稼いだ手札アドバンテージを使い一気にライフを増幅する。
 同時にライフ増強に呼応するモンスターを呼び出しフィニッシュ。
 除去に頼らず、あくまで戦闘ダメージを重視した勝ち筋。

 《スカブ・スカーナイト》はその戦闘を抑制し、さらにはライフ回復さえできなくする。
 藤原の勝ち筋はたった1枚のカードで封じ込められる。
 故に佐藤は藤原の師にして、最強の対戦相手。
 その不利を恐れて、クロノスはこの対戦に警鐘を鳴らした。
 その不利を利用し、ウロボロスはこの対戦に誘い込んだ。
 そして、その不利を承知しながら、藤原はこの決闘に立ち向かった。
 戦闘破壊されない《スカブ・スカーナイト》。
 そして、モンスターがいる限りライフが減らない《スピリットバリア》の相性は最強にして最恐。
 既にそのフィールドは完成してしまった。
 この場を切り崩す手段を見つけなければ、藤原の敗北は必至。

「僕のターン、ドロー!」

 しかし、打開策は藤原のデッキにはほとんど組み込まれていない。

「僕はカードを1枚セットして、エンド……」

 たった1枚のカードを伏せただけで、相手にターンを渡そうとする。

「なるほど……。
 確かにモンスターをむやみに召喚しても、奪われるだけ。
 何も召喚しないことは、決して下策ではない。
 だが、その狙いは甘い!
 リバースオープン! 《トゥルース・リインフォース》!
 このカードでレベル2以下の戦士をデッキから特殊召喚!
 来なさい! 《悪シノビ》!!」

《トゥルース・リインフォース》
【罠カード】
自分のデッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。
このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。

《悪シノビ》 []
★★
【戦士族・効果】
表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/ 400 DEF/ 800

「ここで、低級モンスターの召喚?
 いや、狙いがそれだけのはずがない。
 このエンドの瞬間を狙ってきたということは……」

「フフ……、ご察しの通り。
 私のターン、ドロー。
 そして、リインフォースの発動ターンを消化したため、このターンは私は攻撃できる!
 《悪シノビ》を生け贄に捧げて、
 ――来るがいい! 《ダーク・ジェネラル フリード》!!」

 闇の力に堕ちた将軍。
 神の祝福を受けたはずの鎧も呪われ、黒に染まり果てている。

《ダーク・ジェネラル フリード》 []
★★★★★
【戦士族・効果】
このカードは特殊召喚できない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上の闇属性モンスターを対象にする魔法カードの効果を無効にし破壊する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のドローフェイズ時に通常のドローを行う代わりに、
レベル4の闇属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。
ATK/2300 DEF/1700

 本来は《スカブ・スカーナイト》のサーチ・サポートに使うカード。
 しかし、アタッカーとしてもその能力と耐性は申し分ない。

「この2体の上級モンスターの攻撃が通れば、終わりだ!
 ダイレクトアタック!!」

 2体の闇の力に魅入られし騎士たちが、藤原に迫る。

「クッ、手札を1枚捨てて、トラップカード発動!
 《レインボー・ライフ》!!
 《スカブ・スカーナイト》が存在するため、回復はできない。
 だが、ダメージを無効化するだけならばできる!」

 虹色のかすかな光の壁が、攻撃を和らげる。

《レインボー・ライフ》
【罠カード】
手札を1枚捨てる。
このターンのエンドフェイズ時まで、
自分が受けるダメージは無効になり、
その数値分ライフポイントを回復する。

「君がまさかここで終わるとは思っていないよ。
 だが、ずいぶん苦しい防ぎ方だ。
 いつまでそれが持つかな? ターンを終了する」

「僕のターン……、ドロー」

 佐藤の指摘するとおり、押されていてはカードを消耗するだけ。
 あの攻め手を絶やすためには、もっと根本的な手を打たなくてはならない。
 そのためには、ただ受け流しているだけではいけない。

「僕は《ウィクトーリア》を召喚する!」

 龍を従える力を持つ戦乙女が召喚される。

《ウィクトーリア》 []
★★★★
【天使族・効果】
1ターンに1度、相手の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他の天使族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
ATK/1800 DEF/1500

「さらに墓地より2体のモンスターを除外し、《神聖なる魂》を召喚!」
 半透明の美しき霊が現れ、柔らかく包み込むような微笑を浮かべる。

《神聖なる魂》 []
★★★★★★
【天使族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手のバトルフェイズ中のみ
全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。
ATK/2000 DEF/1800

 しかし、攻め入ることはできない。
 《スカブ・スカーナイト》にモンスターが奪われてしまう。

「カードを1枚セット。
 僕のターンはこれで終了だ」

藤原
LP2400
モンスターゾーン《ウィクトーリア》ATK1800、《神聖なる魂》ATK2000
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
佐藤
LP4000
モンスターゾーン《スカブ・スカーナイト》ATK 0、《ダーク・ジェネラル フリード》ATK2300、
《天空騎士パーシアス》ATK1900(心変わり)
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》
手札
2枚

「ドロー、ふむ……。
 《神聖なる魂》の加護の効果で攻めにくくはなった。
 だが、それでもしのげるのはこのターンのみ。
 《ダーク・ジェネラル フリード》!
 まずは《ウィクトーリア》を攻撃!!」

 闇に染まりし凶刃が戦乙女に迫る。

「リバースカード、オープン!
 《奇跡の降臨》!!
 僕は新たなモンスターを除外ゾーンから召喚する!」

《奇跡の降臨》
【罠カード・永続】
除外されている自分の天使族モンスター1体を選択し特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「何を召喚しても、奪うだけだ」

「それはどうでしょう?
 僕が召喚するのは、2体目の《ウィクトーリア》!」

 現れたのはもう1体の戦乙女。
 すると2体は互いに淡い光の壁を張り、敵の動きを封じ込める。

《ウィクトーリア》 []
★★★★
【天使族・効果】
1ターンに1度、相手の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他の天使族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。

ATK/1800 DEF/1500

「そうか、《ウィクトーリア》の身代わり効果……。
 《切り込み隊長》、《マジシャンズ・ヴァルキリア》と同様のロックコンボというわけか。
 まさかその方法で防いでくるとは、想像してなかった」

「仲間が苦戦させられたドラゴン使いとの対戦のために、こいつを組み込んでいた。
 だが、まさかここでこっちの効果に助けられるとはな……」

「いい機転だ。素晴らしい。
 いいだろう。私はカードを1枚伏せ、ターンエンド」

 その戦術にウロボロスも感心を示す。

「なかなか見事な墓地操作技術だネェ。
 《レインボー・ライフ》の手札コストで捨てた《ウィクトーリア》。
 それを《神聖なる魂》で除外して、《奇跡の降臨》につなげた。
 計画的に練らなければ、このコンボはできまい。
 ワタシほどではないが、上手く使いこなしている。
 どちらも生温いアカデミア本校には勿体ない腕前だ」

「当然なノーネ! 二人ともそれぞれ先生と生徒のトップクラス!
 プロリーグでも十分通用する腕前は当たり前ナノーネ!!」

 クロノスは二人の力量を息巻いて主張する。
 ウロボロスはその主張を鼻で笑う。

「ハン、それくらいでなくてはデュエリスト養成期間として失格だ。
 しかし、ここまで拮抗した実力となると、勝負を決めるのはデッキの相性。
 そして、その経験だ。どれだけそのデッキと戦略が肌に馴染んでいるか。
 どちらが勝っているかは言うまでもあるまい……」


「藤原くん、精霊と融合してから、私のデュエルの感覚が変わった。
 今の私にはね、デッキの流れが伝わってくるんだよ。
 はっきりとどのカードを引くかは分からないが、
 漠然としたデッキの流れだけは分かってしまう。
 これは精霊との結びつきによるものかな。
 君たち――天才――にはこの感覚は当たり前なのか?」

 藤原はその問いかけに首を振る。

「いや、少なくとも僕にはそういうのはないな。
 丸藤や天上院には、感じられたかもしれないが……。
 それに僕は天才というわけではない。
 ただ、人より多く勉強してしまった。それだけのことだ」

 藤原は遠い目をしながら、語り出す。

「両親が死に、僕はいつのまにか一人ぼっちになっていた。
 見捨てられたという気持ち、寂しさ、つらさ。
 その心にすきま風が吹き抜けるような虚しさと頼りなさ。
 僕は一人になることが何より怖いことだと知り、恐れるようになった。
 だから、僕は一人にならないために、優秀であろうとした。
 自分に力があれば、誰かが認めて注目してくれて、傍にいてくれる。
 そう信じて、勉学に専念した。
 けれど、学校の成績が優秀になっても、認めてくれるのは大人だけ。
 同級生たちは僕を親しんでくれることはない。
 僕の孤独は埋まるどころか、深まるばかりだった。
 だから、僕はデュエルモンスターズで高みを目指した。
 世界的に流行っているこのゲームで強ければ、僕はみんなと一緒になれる。
 その努力は成功し、僕の周りに人が増えていった。
 だけど、気付かないうちに、僕の中で『力』について強迫観念が育っていた。
 強くなくては、僕は忘れられてしまう。
 僕は人よりずっと強くならなくてはいけない。
 デュエル・アカデミアの競争環境に入り、僕の強迫観念はさらに悪化した。
 忘れ去られないために、僕はまだ強くならなければならない。
 やがて自分を追い詰め、疲れ果てた僕はすべてを放棄することを選んだ。
 絆や想い、友人や家族。それらにすがり、頼ろうとするからつらくなる。
 何もかも自分から諦めて、捨ててしまえばいい。
 そして、僕はそれを悩まず考えないように、闇にうずもれてしまおう。
 だから、虚無の力の果て――ダークネス――に手を出した。
 その短絡的に求めた力は、当然ながら間違った力だった。
 ダークネスの実験を行い、僕は力に溺れ、自分と友を見失った。
 そこからようやく脱出して、今の僕が在るんだ。
 だから、僕は最初から天才だったわけじゃないんだ。
 僕は天才にならねばと自分を追いつめて勉強してしまった、それだけのことだ」

 藤原の話に、クロノスはハンカチをかじり、涙を流している。
 佐藤はその話をじっくりと聞き入れていた。

「そうか……。
 君もまた心の闇と戦ってきたんだね。
 そして、今の環境に辿りついたんだ。
 闇の果てでもその先に辿り着けたなら、良かった……。
 しかし、なら君のするべきことは決まってるはずだ」

 佐藤は藤原に諭すように語りかける。

「こんな危ないことに手を出さずに、愛すべき日常に帰るんだ。
 もう道を踏み外してはいけない」

「お断りします、先生。
 先生がここで失意にうちひしがれている以上、そのままにはできません。
 そして、今も僕の仲間達が戦っているんだ!
 その仲間達のためにも、僕は振り向かずに戦う!!」

「フフ、そうか。君の心は変わらないんだな。
 なら、私が強制送還させてあげよう。
 今の私にはデッキの流れが分かると言ったね。
 だから、私には分かるよ。
 そのウィクトーリア・ロックは長続きしない。
 私はすぐに対抗策を導く。
 そして、その布陣が壊滅し、君は致命傷を負うことになる。
 君が貫くというなら、私のその流れを止めてみるがいい……」

藤原
LP2400
モンスターゾーン《ウィクトーリア》ATK1800×《ウィクトーリア》ATK1800(天使族への攻撃封印)、
《神聖なる魂》ATK2000
魔法・罠ゾーン
《奇跡の降臨》
手札
3枚
佐藤
LP4000
モンスターゾーン《スカブ・スカーナイト》ATK 0、《ダーク・ジェネラル フリード》ATK2300、
《天空騎士パーシアス》ATK1900(心変わり)
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》、伏せカード×1
手札
2枚

 決して虚勢には感じられない、威圧感のある言葉。

「クッ……! 僕のターンだ……」

 手札に加えたカードを苦々しく見つめる。
 なんとか食い止めはしたものの、突破する手段はまだない。

「リバースを1枚セット、ターンエンド」

「私のターン、ドロー!」

 そして、佐藤にターンが移る。

「フフ、私の感覚は間違っていなかったようだ……。
 藤原くん、私は魔法カード《増援》を発動する!
 この意味が君にはもう分かるね……」

《増援》
【魔法カード】
自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。

「《増援》……、呼びこむカードはまさかッ!!」

「そう、そのロックを打ち破れるのもまたこのカード。
 私がデッキから手札に加えるのは、《クライング・スカーナイト》!」

 手札へと導かれたのはスカーナイトのもう一つの姿。
 《スカブ・スカーナイト》が守備の形態(ディフェンス・フォルム)であるならば、
 《クライング・スカーナイト》は攻撃の形態(アタック・フォルム)

「私は《スカブ・スカーナイト》を守備表示に変更する!
 これにより自身の効果で、《スカブ・スカーナイト》は自壊!」

 セオリーから逸脱しているはずの行動。
 無敵のはずのスカーナイトの唯一の弱点を自分からさらけ出す。
 しかし、それは再生のための破壊。
 スカーナイトは新たな力を得て、生まれ変わる。

「《スカブ・スカーナイト》が破壊されたとき、手札のこのカードは召喚条件を満たす……。
 出でよ! 《クライング・スカーナイト》!!」

 かさぶたの呪縛がはがれ、現れたのは歴戦の勇者。
 使い込んだ鉄仮面、鎧、盾、グリーブ。
 大切な者を守るために、闘ってそして傷つき続けた英雄の姿。
 静かに構えるその姿。だが、誰かを守るという覚悟と戦意が滲み出ている。

《クライング・スカーナイト》 []

【戦士族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する「スカブ・スカーナイト」が破壊された時のみ、
手札からこのカードを特殊召喚することができる。
このカードは戦闘によって破壊されない。
ダメージ計算時、このカードの元々の攻撃力は
相手モンスターの攻撃力の数値となる。
自分のターンのメインフェイズに
このカードを生け贄に捧げて発動する。
フィールド上のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊したモンスター1体につき、
お互いのライフに500ポイントダメージを与える。
ATK/ 0 DEF/ 0

「スカーナイトの最終効果。
 自分自身を生け贄に捧げることで、場のモンスターをすべて破壊し、
 そして、その数に応じて、ダメージを与える効果。
 場に存在するモンスターは、スカーナイトを除いて合計5体。
 君のライフを削りきるには、十分なダメージだ」

 佐藤は《クライング・スカーナイト》のカードを掲げ、その効果を宣言する。

「『ソウルバースト・クライング』!!」

 主の命令に応じて、スカーナイトは飛び上がる。
 そして、ためらいもなく自らの生命を解き放つ。
 魂の輝きはすべてを吹き飛ばす爆発を起こす。
 粉塵が巻き起こり、辺りは何も見えなくなる。

「このダメージ効果は双方のプレイヤーに及ぶ。
 だが、私が傷つくことはない。
 リバーストラップを発動。君も使った《レインボー・ライフ》。
 手札よりコストとして《深淵の結界像》を捨て、私へのダメージは回復に変換される。
 私はライフを傷つけることなく、勝利だ……」

佐藤のLP:4000→6500

「フフ、大方ワタシの計画通りというわけか。
 それにしてもここまで圧倒的とは可哀想を通り越して愉快だネェ!」

「まだまだなノーネ。
 セニョール藤原は、ここで終わるはずがないノーネ!!」

「……これでいい。
 君は帰って、やっと掴んだささやかな幸福を積み重ねていくんだ」

 煙が引いて、視界がはっきりしてくる。



 そして、そこに藤原はまだ立っていた。

「……そうですね。でも、僕たちだけでは帰りません。
 佐藤先生も一緒に帰りましょう」

「何? まだ生き延びているというのか!?」

藤原のLP:2900

藤原
LP2900
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《女神の加護》
手札
3枚
佐藤
LP6500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》
手札
1枚

「スカーナイトがいなくなったことにより、このカードが発動できた。
 僕のリバースは《女神の加護》。
 このカードが場にある限り、僕は3000ライフを得る」

《女神の加護》
【罠カード・永続】
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、
自分は3000ポイントダメージを受ける。

「かりそめのライフで生き延びたか。
 藤原くん、君には感心させられる。
 私はカードを1枚セットし、ターンエンド……」

「僕のターン、ドロー!
 ようやく僕が攻撃を仕掛けられる!
 僕は《オネスト》を召喚する」

 藤原の精霊のモンスターが厳かに降り立つ。

《オネスト》 []
★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
ATK/1100 DEF/1900

「攻撃表示か……。
 いいのか? 《炸裂装甲》や《リミット・リバース》で迎撃されたらどうする?」

「それはないでしょう?
 ダイレクトアタック!
 『オネスティ・クライング』!」

 飛翔し、魔力を帯びた羽根を佐藤に向けて放つ。

佐藤のLP:6500→5400

「読み通り、やはり通ったか。
 佐藤先生は僕がここまで踏みとどまることを予測していなかった。
 そのリバースはブラフ!」

「フフ……、そうかもしれない」

「《オネスト》自身の効果により、《オネスト》を手札に戻す。
 僕はリバースを2枚セットし、ターンエンド」

 これならモンスターを残さず、コントロールを奪われることもない。
 少しずつだが、追いつけるはず。

「私のターン、ドロー」

 佐藤は引いたカードを残念そうに見つめる。

「君の読み通り、このリバースは攻撃に対処できるものではない。
 私が伏せていたのは、《リロード》のカード。
 良い引きはそう続かないものでね。
 もう一度ドローさせてもらおう」

 佐藤は手札の《軍神ガープ》をデッキに戻し、新たに1枚のカードを引く。
 押されている苦しい局面のはずだが、佐藤はまったく動揺を見せない。

《リロード》
【魔法カード・速攻】
自分の手札を全てデッキに加えてシャッフルする。
その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。

 引き当てたカードを確認し、佐藤は即座に掲げる。
 佐藤を中心に地面に魔法陣が出現する。
 黒い力が魔法陣を駆けめぐり増幅され、佐藤に集中していく。

「フフ、どうやら引きなおしたかいがあったらしい。
 私が引いたカードは《終わりの始まり》!
 墓地にはちょうど7種類の闇属性モンスター、発動条件は既に満たしている。
 スカーナイト以外の5種類のモンスターを除外し、3枚のカードをドロー!」

《終わりの始まり》
【魔法カード】
自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。
自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、
自分のデッキからカードを3枚ドローする。

「フフ……、今すぐ攻められないのは残念だが、悪くない引きだ。
 カードを1枚セットし、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー」

 佐藤は3枚のカードから、1枚を選びセットした。
 ただ1枚だけをひとまず伏せただけではない。
 あのときの攻撃は通ったが、今度を通すのはできるか?
 迎撃の可能性も高い。
 相手の手の内が読めない以上、無闇に危険を冒すことはない。
 それにまだライフにも余裕がある。
 ここは……。

「僕はこのままターンを終了しよう」

 そのエンドを宣言したとき、佐藤の手がリバースへと伸びる。

「フフ、慎重派の君ならば、ここは踏み入ってこないと思ったよ。
 その慎重さが今度は命取りとなる!
 リバースは《終焉の焔》!
 私の場に黒焔トークンが2体召喚される……」

《終焉の焔》
【魔法カード・速攻】
このカードを発動する場合、
自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分のフィールド上に「黒焔トークン」
(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する。
(このトークンは闇属性モンスター以外の生け贄召喚のための生け贄にはできない)

「クッ、迎撃ではなかったか……。
 いや、このタイミングでのトークン生成!
 狙いは、まさかまた!」

「ご明察の通り、《トゥルース・リィンフォース》のときと同じだよ!
 私のターン、ドロー。
 そして、2体の黒焔トークンを生け贄に捧げることで、
 ――来い! 《闇の侯爵ベリアル》!!」

 黒き焔が捧げられ現れたのは、黒い大剣と漆黒の翼を持つ美しき闇の領主。
 闇の者ながら彼は暴君ではなく名君。
 その高貴なる義務を認識し、味方を守り抜く。

《闇の侯爵ベリアル》 []
★★★★★★★★
【悪魔族・効果】
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、
相手は自分フィールド上に存在する「闇の侯爵ベリアル」を除く
他のモンスターを攻撃対象に選択できず、魔法・罠カードの効果対象にもできない。
ATK/2800 DEF/2400

「スカーナイトの効果を受けないために、モンスターを出さないのもひとつの戦術だ。
 だが、それ相応のリスクは覚悟しているな?
 ゆけっ! ダイレクトアタック!
 『イグゾーティド・スラッシュ』!」

 限りなく洗練された剣術が闇の力で強化され、すべてを薙ぎ払う奥義に昇華される。

藤原のLP:2900→100

「ぐああ……ッ!
 これほどの一撃を入れられるとは……」

「そして、まだ終わっていない。
 私は手札より《悪夢再び》を発動!
 墓地に眠るモンスターカードは2枚。
 そして、どちらも攻守ともにゼロ。
 そう、サーチするカードは、スカーナイトの2枚のカード」

《悪夢再び》
【魔法カード】
自分の墓地に存在する守備力0の闇属性モンスター2体を選択し手札に加える。

 藤原を苦しめたカードが再び舞い戻る。
 闇は終わらない。その淀みで深まり、再び襲い来る。

「さあ、チェックメイトだよ、藤原くん。
 手札より魔法カード《二重召喚》を発動!
 もう一度の通常召喚で《スカブ・スカーナイト》を召喚!」

《二重召喚》
【魔法カード】
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 以前よりも強固な布陣が、ここに完成する。

藤原
LP100
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《女神の加護》、伏せカード×2
手札
3枚
佐藤
LP5400
モンスターゾーン《闇の侯爵ベリアル》ATK2800、《スカブ・スカーナイト》ATK 0
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》
手札
1枚(《クライング・スカーナイト》)

「どうやら、ここまでだな。
 藤原くん、君が何も召喚しなければベリアルが攻め入る。
 そして、守備モンスターで凌ごうとしても、スカーナイトは形態変化し、
 その最終効果のバーンダメージで終わりだ。
 さあ、君のラストターンのあがきを見せてみなさい!」


「――ハハッ……」

 藤原から自嘲的な声がかすかに漏れる。
 本当に自分はやり遂げられるのだろうか?
 確かなのは、このデッキには逆転のカードはあるということ。
 だが、デッキの上の1枚が答えてくれる保障はない。
 それに、勝ったからといって、佐藤に伝わるのだろうか。
 自分の先に行ったあいつ達ならば、きっと自信を持って言うだろう。
 『このドローを信じる。先生を必ず勇気付けてみせる』と。
 遊城十代や久白翼みたいな、頼もしい後輩達もそう言うだろう。
 だけど、自分は彼らのように信じられるんだろうか?
 たとえ拠り所がなくても、希望を信じ抜けるんだろうか?

 自問自答は心の迷宮。答えは返ってこない。
 しかし、デッキは裁くだろう。
 藤原が希望の燈火を掲げるに相応しいか、否かを。
 その過去とその覚悟が、――今問われる。





第23話 闇の果てのそれでも続く道<後編>



―――― ――― ―― ―

 灯台のふもと。
 僕ら3人はここによく集まっていた。
 誰からともなく、3人がここに集まっていた。
 まったくバラバラの目的で。

 吹雪は追っかけの女子から逃げるために。
 丸藤はもの思いにふけるために。
 僕は孤独を紛らわすために。

 あのときも、吹雪はそこにいた。
 卒業パーティの余韻だけ残った、真夜中の静けさの中で。

 僕はそっと話しかける。
 何から切り出していいか分からないまま。
 ただ、言葉をつなげるためだけに。

「君はここにいると思ったよ」

 吹雪は僕が近づいてきたのに、驚いた様子だった。
 僕の顔を確認してから、話しかけた。

「キミが来てくれるなんてね。
 ボクはひとりで過ごすことになるかと思ってた。
 でも、ここに来たのがキミでよかった」

 そう言うと、吹雪は手元からビンを取り出した。

「卒業祈念のワインだ。
 1人で飲もうかと思ってたけど、キミなら飲めるよね。
 アカデミアでただ2人だけの20歳の生徒同士だ。乾杯しないか?
 この灯台のもとに、いくつかグラスは置いてあったんだ。
 こんな風に想い出を振り返るためにね。
 だけど、キミが来てくれるなら、大歓迎だ。
 どうだい?」

「ああ、喜んで付き合おう」

 グラスに赤いワインが注がれていく。
 飲むのなんて初めてだけど、僕も成年だ。
 飲んですぐにどうにかなることはないだろう。
 それよりも自意識の強い僕だから、逆に酔えるかが心配だ……。

「じゃあ、乾杯といこうか?
 何を祝して乾杯しよう?」

「そうだな……」

 吹雪の何気ない質問に、僕は心のままに答えた。
 いつかのアカデミアの他愛のない日々を思い出しながら。
 そして、この海のように続いていくこれからに胸をはせながら。

「僕らのアカデミアと、僕らのこれからに!」

「「乾杯!」」

 グラスの奏でる軽快な音が、僕らの時間を祝福する。

「『これから』なんて言ってしまったけど、吹雪は卒業してどうするんだ?」

「僕かぁ……、うーん、それはね〜」

 吹雪は気軽に、明日の天気を話すように答える。
 そして、ポケットからあるカードを取り出した。
 それはIDカードだった。

「これは……」

 僕は半ばその意味に感づきながら聞く。

「プロリーグのIDカード。
 とはいっても、それはただのプロリーグじゃない。
 何年か前から盛り上がってきたんだけどね。
 『エンタプロリーグ』って、キミも耳にしたことがあるだろう?
 強さを競うのではなく、デュエルを魅せることに特化したリーグ。
 あくまでもエンターテイメントを追求するためのプロ。
 ボクはその花形スターを目指す舞台に、これから飛び込んでいくんだ」

「そうか……、すごく吹雪らしい。
 しかし、吹雪の強さなら普通のプロも目指せるだろう?
 どうしてエンタの方に?」

 歴史と人気からいっても、やはりプロリーグの方が名高い。
 競争は激しいが、報酬も待遇もいい。
 エンタはまだまだ新興の一分野にしか過ぎない。

「うーん、真面目なデュエルはどうにも疲れてね。
 辛気臭いのはもう懲り懲りかな〜。
 もちろん必要とされれば、ボクは引き受けるけど。
 よりも、ボクは率直に誰かを勇気付けたい、楽しませたいと思ったんだ」

 軽い口調だけれども、吹雪の顔は少しずつ真剣なものになっていった。
 とても大事なことを、僕らは話しているんだ。
 どうして、これからその道を歩んでいくかを。

「ボクはダークネスの世界に堕ちた。
 そして、キミと同じように十代クンたちの前に立ちはだかったんだ。
 レッドアイズのカードさえもダークネスの力に染めてね。
 そして、十代クンたちの精一杯の働きかけで、ボクはダークネスから解き放たれた。
 ダークネスの世界から解き放たれたボクは、たくさん考えることがあった。
 三幻魔のこと、ダークネスの本当の意味や、結局辿り着けなかったキミのこと。
 だけど、ボクはそんなことを思いつめている場合じゃないって思ったんだ」

「そう思わせてくれたのは、明日香のつらそうな表情だった。
 ボクがつらい目に合って、落ち込んでいるんじゃないかって心配して。
 その表情を見てたら、僕はこうしてる場合じゃないって思った。
 前みたいに明るく騒いで、僕は大丈夫だよって笑顔を振りまいた。
 そうしていたらそのうちにね、暗い気持ちは飛んでいったんだ。
 明日香も大丈夫なんだな相変わらずだなって、安心してため息をついてくれた。
 ボクはそのときが一番嬉しかったんだ。
 それで、ボクは気付いたんだよ。
 自分のために悩むよりも、誰かのために頑張った方が気持ちいいって。
 だから、ボクは誰かを笑顔にさせるためにデュエルをできたらって思った。
 そのために、ボクは『エンタプロリーグ』に行くんだ」

「ボクがダークネスから本当に抜け出せたのは、みんなとの絆のおかげだ。
 みんなの気持ちと絆のためにデュエルをしていきたい、これがボクの答えなんだ。
 そしてね、夢は明日香と一緒に『エンタプロリーグ』を盛り上げること。
 今は明日香は教師なんてお堅いことやってるけど、それだけじゃ終わらせない。
 いつかボクが花形スターになって、明日香の華々しいデビューを飾ってやるのさ」

 僕はそう語る吹雪の瞳を美しいと思った。
 自分を励ますために、誰かを励ましていく。
 とても前向きで、友との絆を大事にする吹雪らしい答えだ。

「僕がアカデミアで改めて過ごして見つけたのは、そんなところだよ。
 それで、君はこれからどうするんだい?」

「僕は……」

 僕はワインに口をつけ、のどを潤す。
 一緒に迷いも飲み込んで、言葉を続けた。

「ここに残って、やり直そうと思う」

「そうか……」

 吹雪は僕のその答えを半ば分かっていたようだ。

「いいのかい?
 キミの腕なら、そのまま留学もプロ入りもできる。
 ここに残るのは、角が立つこともあるかもしれない」

「そうだな……、だけど……。
 僕はもう決めたんだ、ここに残ることを」

「僕はこの学園を好きになってから、大人になりたい。
 今日の卒業パーティを見て、そう思ったんだ。
 君たちと同じように、ここを誇らしい笑顔で巣立って行ったみんなのように。
 このまま留学やプロ入りを選ぶこともできるだろう。
 だけど、それじゃあこの場所は友を傷つけてしまった思い出が残るだけだ。
 僕はアカデミアをそれだけで終わらせたくない。
 ここでの生活を誇りに思っている君たちと同じスタートラインに立つために、
 僕はこのアカデミアであと1年過ごしてみようと思う」

 すらすらと言葉が出てくる。
 お酒のせいだろうか?
 いや、違う。
 緊張して、そんなに酔いが回ってないのが分かる。
 よりも多分、吹雪の存在が大きいんだろう。
 吹雪といると、誰もが自然と素直になれる気がする。
 吹雪は気負わずに自然でお茶目で、だけど全部が全部本音なんだ。
 だから、誰だって――他の人には心を開き損ねる僕だって――心を開いてしまうんだ。
 
「そっか……。キミにとっては険しい選択かもしれない。
 だけど、ボクたちにとっては嬉しい選択かな。
 キミにもアカデミアの楽しさをたくさん知ってほしい。
 ボクが傍にいられないのはすごく残念だけど。
 そんなわけで、ボクから精一杯アドバイスをしておこうかな……」

「アドバイス?」

「キミがこれからを過ごすための道しるべだよ。
 キミは当然ダークネスのときの記憶はあるよね?」

「ああ……。今でもこの目に、この胸に焼きついている……。
 吹雪……、僕は本当に君に酷いことしてしまった……」

「うん……。だけど、ボクはダークネスのキミと会えて感謝している」

「感謝……? どうして?」

「ボクにはダークネスのキミに教えられたことがあるんだ。
 キミはボクの訴えかける絆を何度も否定しようとした。
 そして、本当にボクの訴えるものは届かなかった。
 だけど、それには届かない理由があったんだ。
 ボクはあのとき失念していたんだ。
 ただキミを取り戻すことに気を取られていて、本当に知らなくちゃいけないことを。
 本当の絆はただ一緒にいるだけや、闇雲に励ますだけじゃない。
 決して押し付けるものじゃないんだ。
 相手のつらさを理解して、初めて伝わるものなんだ。
 それがダークネスのキミから教えられたことだ。
 だから、ボクは本当に相手に伝わる絆を求めていかなくちゃいけない。
 そして、キミにもつらいだろうが、ダークネスを忘れないでいてほしい。
 あの世界は誇張と脅迫に満ちていた。
 だけど、決して嘘やでたらめじゃないんだ。
 あの恐怖や不安がかなう可能性は確かにあるんだ。
 あの暗闇にも真実はあった。
 ダークネスを通じなければ見えない確からしいこともある。
 君は一番深くダークネスに触れた。
 だから、それを覚えておいてほしい」

「そうだね……。
 僕らはこれまでをやり直すんじゃない。
 またここから積み重ねていくんだ。
 僕もダークネスの世界を通して、いろんなことが見えるようになった気がする。
 これまで気付かなかった小さな後ろめたさも、そしてそれと上手く付き合う方法も。
 忌まわしい体験でもそれを受け止めれば、また違った見えるものが得られる。
 そんな風に前向きに考えられることが、ときにあるんだ。
 僕はそんなふっと現れる新鮮な感覚を、少しずつでも信じることから始めたい。
 そうして、いつか君みたいに本当に自分を賭けてみたいことを見つけようと思う。
 このデュエルアカデミアで……」

「心から応援しているよ」

 吹雪は静かに熱っぽく心を込めて、僕を激励した。
 僕はそれに応えるためにも、力強く歩みだそうと思う。


 闇の果てにそれでも道は続いていた。
 現実はドラマや映画じゃない。
 ひとつのことが終わったとしても、それでも生活は続いていく。
 一瞬の高揚感や綺麗事でまとめこんで、さよならはできない。
 ダークネスにいるとき、僕はすべてが終わってしまうと思っていたのに。
 あの自暴自棄と諦念と嘲笑に満ちた世界で、僕はすべてを知った気がしたのに。
 この世界のままですべてが終わってしまうと思っていたのに。
 僕はいきなり青空を突きつけられて、ただ綺麗だと思ってしまった。
 この青い空や青い海のように、僕の日々は続いていくと知らされた。
 いきなり難題を投げかけられたようで、僕は打ちのめされた。
 審判の太陽が僕を直々に告訴しているようで。
 あんなにたくさんのことをいい加減に扱ってきたのに、僕はどう償えばいいんだろう。
 だけど、僕は僕にできることから始めなくちゃいけない。
 例え赦されなくても、正しく在るために。
 だから、僕はこれからは諦めたり棄てたりしないようにしたい。
 日々はずっと続いていくから、後悔も一緒に連れていかないように。
 少しずつ何かを信じることから始めてみるんだ。
 ときには誰かに影響されたり、巻き込まれたりしながら。
 僕が大切にしたい確からしいものを見出していきたい。

―――― ――― ―― ―

 デッキが遠く感じる。
 手を伸ばせば届くはずなのに。
 だけど、ここで立ち止まってはいけない。
 少しずつだが、近づいている。
 佐藤先生は藤原とのデュエルに夢中になってきているはずだ。
 ここで藤原は伝えなければならないのだ。
 今までこのデッキとともに組み上げてきた自分の道筋を。
 闇を切り裂くほど、最も鮮烈な方法で――。

「僕のターン……、ドロー!」

 引いたカードは、藤原の新たな挑戦の象徴であった。
 藤原は少しだけ目を閉じ、そのカードに感謝する。
 そして、そのカードという発想をくれた出会いたちにも。

「僕はリバースカードをオープンする!
 第一の伏せカードは《重力解除》!!」

《重力解除》
【罠カード】
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。

 場の重力が乱され、モンスター達は体勢を崩す。

「なっ! 《闇の侯爵ベリアル》の直接攻撃のときも《重力解除》は伏せていたはず。
 だが、そのカードをここまで温存していただと……」

「このカードは本来は戦闘補助のための不意打ちのトラップ。
 だが、このカードはスカーナイトへの僕の数少ない対抗手段でもある。
 僕は温存できるだけさせてもらったんだ。
 そのためにライフは手痛いことになってしまったけれども」

「しかし、私には次の手があることを忘れてはいまい!
 《スカブ・スカーナイト》が破壊されたことにより、
 《クライング・スカーナイト》を手札より特殊召喚する!」

 佐藤の手札が輝き、スカーナイトが再び舞い降りようとする。

「それももちろん織り込み済みです!!
 第二の伏せカードはカウンター罠! 《天罰》!
 手札からカードを1枚捨て、その召喚効果を無効化する!
 天使はカウンター罠にも長けている。
 僕のデッキに入れるのは決して不自然にはならない!」

《天罰》
【罠カード・カウンター】
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

「なにッ!!」

 佐藤は動揺を隠しきれない。
 絶対の勝利の布陣が崩れていく。
 スカーナイトは墓地に封じ込められる。
 佐藤の手を知り尽くした藤原だからこそ、ここまで準備できた逆転劇。
 藤原はついにスカーナイトの完全除去を達成した。

藤原
LP100
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《女神の加護》
手札
3枚
佐藤
LP5400
モンスターゾーン《闇の侯爵ベリアル》DEF2400
魔法・罠ゾーン
《スピリットバリア》
手札
なし

「僕は改めて驚かされたんです。
 まだまだデュエルの世界には学ぶことがたくさんあって、
 僕がいまだに試していない知らないカードもたくさんあった。
 そして、僕のデッキの成長や変化の可能性も最初からあったことも。
 僕のデッキはまだまだ進化の可能性を秘めていたことを」

 藤原はその1歩目のカードを、ディスクに力強く置いた。

「《マンジュ・ゴッド》を召喚!」
 数え切れない数の手を持つ、荒々しき儀式の神が現れる。
 現れるやいなや、目にもとまらぬ早さで呪文の印を手で組み合わせる。
 儀式を行うために荘厳なる霊気の濃度を高めていく。

《マンジュ・ゴッド》 []
★★★★
【天使族・効果】
このカードが召喚・反転召喚された時、自分のデッキから
儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
ATK/1400 DEF/1000

「このカードもまた光属性。僕の《オネスト》の支援を受けられる。
 僕はそれを知っていたはずなのに、今までデッキに組み込むことをしなかった。
 気づいていても、実際にやってないことはたくさんあったんです。
 新しいことに踏み出すためには、背中を押してもらわなければなりません。
 今僕を動かす風を与えてくれたのは、頼もしい後輩でした」

 藤原はいつも屈託なく笑い、しかし何事にも真剣な後輩のことを思い浮かべる。
 今だってこうして闘っているのは、その助けになってあげたいから――。

「そして、僕はデッキから《破滅の女神ルイン》を手札に加える。
 このカードもまた光属性。もちろん《オネスト》の効果を受けられる」

《破滅の女神ルイン》 []
★★★★★★★★
【天使族・儀式/効果】
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドか手札から、レベルの合計が8になるよう
カードを生け贄に捧げなければならない。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
ATK/2300 DEF/2000

「儀式……。多くのカードを使うが、強力なモンスターを呼び出す召喚……。
 しかし、まだよく馴染んでいないようだね。
 今の手札は2枚。《オネスト》と儀式カードがあるのかな。
 ここで降臨の儀式をしたとしても、生け贄は《マンジュ・ゴッド》と《オネスト》。
 守備力2400のベリアルは倒せない。
 ここはひとまず《マンジュ・ゴッド》に《オネスト》の力を加えて、ベリアルを倒すか?」

「いえ……、生け贄は墓地にもいます!
 僕は手札より儀式魔法発動! 《エンド・オブ・ザ・ワールド》!
 場より《マンジュ・ゴッド》を、墓地より《儀式魔人プレサイダー》を生け贄に捧げ
 降臨せよ!! 《破滅の女神ルイン》!!」

《エンド・オブ・ザ・ワールド》
【魔法カード・儀式】
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に使用する事ができる。
フィールドか手札から、儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように
生け贄を捧げなければならない。

《儀式魔人プレサイダー》 []
★★★★
【悪魔族・効果】
儀式モンスターの儀式召喚を行う場合、
その儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事ができる。
このカードを儀式召喚に使用した儀式モンスターが
戦闘によってモンスターを破壊した場合、
その儀式モンスターのコントローラーはデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/1800 DEF/1400

「何!!? 墓地から儀式の生け贄だと!」

「《天罰》の手札コストとして、墓地に送った。
 僕のデッキには《レインボー・ライフ》も採用されている。
 墓地に送るにもデッキは決して無理な動きにはならない……」

 目の前の視界は静止し、(あお)く染まっていく。
 最後をもたらすのは、破滅の女神ルイン。
 終わる世界に最後の風が吹き、ルインの長い銀の髪がなびく。
 黒と赤の魔導着は、終わりなき罪と流れゆく血の色。
 深紅のハルバードを片手に、冷たい凍るような目線でベリアルを見据える。

「バトルフェイズ!
 《オネスト》の力を受けよ! 《破滅の女神ルイン》!!

 藤原の最も信頼する精霊が、フィールドに向かい羽ばたく。
 藤原のデッキに不足しがちな攻撃力をたった1枚で補う最高のパートナー。
 藤原がどんなにデッキを変化させたとしても、彼無しにデッキを考えることはない。
 今もまた《オネスト》の効果は最大限に発揮される。
 《オネスト》の効果の持続はエンドフェイズ時まで。
 連続攻撃を行えるルインとは最高の相性である。

《オネスト》 []
★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
ATK/1100 DEF/1900

《破滅の女神ルイン》ATK2300→5100
(《闇の侯爵ベリアル》のATK2800をプラス)

 佐藤先生、いきます!
 『オネスティー・エンドブリンガー』!!」

 両手でハルバードを構え直す。
 しゃらりと金の腕輪が鳴る。
 真っ白な光の翼が生え、何者もかなわぬ素早さを得る。
 跳躍し羽ばたき、目にもとまらぬ一閃。
 ベリアルは真っ二つに切断され絶命した。

「《儀式魔人プレサイダー》の効果。
 僕は戦闘破壊に成功したことにより、カードを1枚ドローする……。

 そして、まだルインの攻撃は終わっていない!
 モンスターを戦闘破壊したとき、もう一度攻撃できる!
 『オネスティー・エンドブリンガー・アゲイン』ッ!!!」

 そして、ルインの影が揺れる。
 犯した断罪の黒が、その影を深め、実体化させる。
 黒き影の黒き刃が佐藤に迫り、そしてその一撃は――。

「――どうやら、僕の引きまでみんなに影響されたらしい。
 追加ドローで引いたカードは《加速》!!
 ルインの攻撃力は300ポイントアップする!」

《加速》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで300ポイントアップする。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

《破滅の女神ルイン》ATK5100→5400

 ――さらに加速し、完全なる終わりをもたらした。

佐藤のLP:5400→0


 無我夢中でデュエルに勝利した。
 藤原は不安げに佐藤を見上げた。
 その藤原に佐藤は――柔らかく微笑み返した。

「良い表情をするようになったね……。
 私の敗因は明らかだ。
 君の成長をまったく計算にいれてなかったこと。
 そして、……私のデッキも私自身も成長を止めたままだったからだね。
 君に飛び越えられてしまうわけだ。完敗だよ。
 君は勝ったのだから、君の信じる方向に行くといい」

「佐藤先生……」

 藤原は少しためらい、それでも言葉を続けた。

「先生、一緒にここを出ましょう。
 ここから出て、新しく始めてみませんか?」

 佐藤はその言葉を受けて、目線を下に降ろした。

「私には行く宛てもなければ、誰かの目の前に立つ資格もない。
 それでもここから出て、陽の当たる場所で励めと言うんだね?」

「ええ……。僕はこのデュエルでひしひしと感じました。
 佐藤先生にはまだまだ何かを成し遂げる力があると……。
 それに……、誰かの前に立つ資格がないのは僕も同じです。
 僕もダークネスに染まり、たくさんのものを傷つけてしまいました。
 それでも僕はじっとしているだけでなく、何かをしていかなくてはと思ったんです。
 僕を救おうと必死になって闘ってくれた友達に応えるためにも……」

「そうか……。君はいい出会いをしたね……。
 私はね、死の淵で長い夢を見たんだよ。
 みんなが走馬灯と呼ぶものなのかな。
 私の人生劇が上映されていたんだ。
 私がこの闇の果てにたどりつき終わるように、綺麗にまとめられてね。
 それで私は自分が終わってしまうことに妙に納得してしまったよ。
 だからね、私がここから始めていくということが上手く思い描けないんだ。
 しかし、今はその先にいて、まさか成長した君と再び会えるとはね……」

「僕もダークネスの中ですべてが終わったと思っていました。
 何もかもが僕を見放してしまったと思っていました。
 だけど、一番傍で支えてくれた者がいたことに気付けた。
 オネスト……。僕のかけがえのない大切な精霊。
 先生の傍にも、ずっと見守ってきた大切な精霊がいるでしょう?
 そして、今の佐藤先生の命は……、その精霊からもらった命のはずです」

 オネストが藤原の傍にそっと現れ、寄り添う。

 佐藤は自分の胸に慈しむように手を当てる。

「スカーナイト……。
 私は最初から分かっていたんだよ。
 お前が嘆き悲しんでいることには。
 お前からもらった命を持て余すとは、私は酷いことをしていると……。
 だが、新しく踏み出すことができなかった。
 自分の未来など少しも信じる気にならなかった……。
 だが……」

 佐藤は藤原を見つめ返した。

「藤原くん、君が私に新しい風を運んでくれた。
 新しいことをするために、背中を押してくれたんだ。
 私はここから出ようと思う。
 教え子の君にそっくり感化されてね」

「佐藤…先生……」

 藤原は安心に胸を撫で下ろした。
 不安で仕方がなかった。
 自分が希望を掲げるなど、そんなことが通じるはずがないと。
 しかし、佐藤は晴れやかな表情をして、藤原の言葉を受け入れてくれた。

「それにね、少し悔しかったんだ。
 君にこうも見事に逆転されるとはね。
 反省して、デッキの練り直しでもしてみるとしよう。
 ついでに、自分のためのデュエルを始めてみよう。
 旅をしながら、食い扶持を稼ぐためにね。
 スカーナイト、付き合ってくれるか?」

 藤原には他人の精霊は見えない。
 しかし、気持ちだけは伝わってくる。
 スカーナイトの主人の新しい旅立ちを心から祝福する嬉しい気持ちが。

 そして、佐藤はウロボロスの映像に向き直る。

「さて、その前に君はウロボロスを倒さなくてはいけないんだったね。
 私も協力するとしようか。簡単には逃してくれそうにないからね」

「はい! ありがとうございます!!」

「心強い先生と生徒の絆のタッグが完成したノーネ!!
 これなら向かうところ敵あらずなノーネ!」

 クロノスはハンカチをくわえて泣きながら、藤原達を見守る。

「フハハハハ、佐藤よ。
 ワタシのやり方は分かっているナ?
 負けたものには懲罰を与えないと気が済まないのだよ!
 そして、最初から勝っただけでそこを通すわけもないと知っているよナァ?」

「分かってる。
 だが、逆らうとしたらどうする?」

 佐藤は不敵にウロボロスを挑発する。
 ウロボロスはそれに怒りを示し、指を鳴らし合図した。

「二度と逆らえないように打ちのめすだけだ!!!」

 藤原と佐藤の地面がなくなる。
 穴があき、底なしの奈落になる。
 3人は落下していく。
 佐藤は微笑んだ。予想通りの範疇でしかない。
 知っていて、けしかけさせたのだ。
 だから、こんなことが通用しないということも佐藤は織り込み済みだ。

「オネストよ! 3人をかつぎ、飛翔するんだ!
 私も力を貸そう!! 今の私にはエナジーが有り余っている。
 長い休養をこの施設でとらせてもらったからね」

 その声を受け、オネストは自らの力で実体化した。
 独立した実体化さえできるオネストの存在を、佐藤は不思議に思う。
 明らかに普通の精霊とは格が違う力を持っている。
 しかし、こうも思うのだ。
 オネストの藤原を救いたい気持ちが、きっと奇跡の力さえ呼び寄せたのだと。
 どんな力であれ、今は何よりも心強いものであることには変わりがない。
 オネストは3人を軽々と抱きかかえ羽ばたき、もとの地面まで昇った。

「な、なにがおこったノーネ……、このアンビリーバブルなオネストは何者なノーネ」

 クロノスは何が何だか分からない。

「説明は後にします! 佐藤先生、ありがとうございます。
 先を急いで、この基地を無力化しましょう!」

「動力源を狙っているんだね。
 分かった。一緒に行くとしよう。
 ウロボロスを倒さなければ、私も無事に出れないからね」


 ウロボロスは彼らを監視し、歯噛みする。

「フフ……、初めて好ましくない事態が生じたネェ。
 精霊の能力を持つ者が2人一緒に。なかなか手強い。
 しかし、行き先も狙いも素直すぎる。
 動力をひとつやられたところで、どうということもないネェ……。
 挽回はいくらでも可能だ。
 フフフ、しかるべき対策を講じておくとしよう。
 さて、そろそろ最後のお客様が着くころかネェ……。
 あそこのエリアは実に入り組んでいる。
 ヤツでも最速でこの時間だろう。
 ワタシも立ち会わねばなるまい!
 感動の再会にネェ、フハハハハハ!」


 藤原と佐藤たちは状況を教えあいながら、目的地へと向かっていた。

「ウロボロスはおびただしい数の精霊をとらえて、実験を行っている。
 ここの奥には精霊界とつながる次元の穴が存在するんだ。
 そこからウロボロスが調達しているんだ」

「馬鹿な……、直接精霊の世界に行き、調達している!?
 ウロボロスはそこまで精霊の力に精通しているだと?」

「いや、そういうわけでもない。
 ウロボロス自身は精霊界に特に感心はない。
 ただの調達先としてしか思っていないだろう。
 だが、ウロボロスには精霊がついている。
 そいつが貪欲なまでに精霊をとらえ、ウロボロスに引き渡しているんだ」

「ウロボロスに精霊……?」

「ああ……、ウロボロスには精霊がついている。
 藤原くん、精霊と人間との結びつきは信頼だけじゃないんだ……。
 自分と最も似ていて、自分の目的に利用できるものを選ぶこともある。
 人間の中でも最も貪欲なるウロボロス。
 精霊の中でも最も貪欲なるもの。その2者が手を組んだんだ。
 いや、しかしあれは精霊と呼ぶべき代物ではないのかもしれない。
 あのおぞましい気配はもはや『悪霊』……。
 そいつと共謀して、精霊実験を繰り返しているんだ」

「それじゃあウロボロスをとらえようとしても……」

「そうだ、ウロボロスの武器は機械兵器だけじゃない。
 間違いなくその悪霊も邪魔してくるだろう。
 そいつを抑える術がなければ、ウロボロスを捕えることはできない。
 君たちはその備えはあるか?」

「いや……、そこまでの情報はなかった……。
 しかし、精霊の力に干渉できる久白ならばもしかすれば……。
 だが、不確定だ。確かにそれは厄介だな……」

 藤原は顔をしかめる。
 しかし、佐藤は余裕のまま話を続ける。

「だけど、意外と心配する必要はないと私は思っている」

「!? それは、どうして……?」

「君も感じないかい?
 精霊たちのざわめきを……。
 私にはね、しっかり伝わってくるよ。
 仲間たちをたくさんさらわれてね、彼らはすごく怒ってる。
 そう遠くないうちに彼らの方も動いてくるかもしれないね。
 そのときには、本当にウロボロスを追い詰められるかもしれない。
 手痛いしっぺ返しの日は近いかもね……」

 死を超えた佐藤は微笑んだ。
 裁きと運命を見透かすように。



 新しく踏み出すと決めた佐藤の心の中は晴れやかだった。
 これからウロボロスを倒す難局に踏み出すというのに、
 まったくうまくいきそうな気がするくらいに。
 あれだけ激しいデュエルをしたというのに、今でもまったく疲労はない。
 こうして駆けていても、ほとんど疲れがなく、息切れしない。
 連戦に次ぐ連戦のデュエルで体調を崩していたあの頃。
 それとは違い、まさに生まれ変わったようだ。

 闇の果てにそれでも道が続いていく。
 何も状況は変わっていない。
 自分には帰る場所も、向かう夢も、背負う期待もない。
 しかし、希望ならできた。
 ほんのわずかな灯火でしかないが。
 今、照れくさそうに新しい日々を送る愛弟子の微笑み。
 闇から抜け出して、精霊と共に過ごす日常。
 そして、新しい発見と出会い。
 自分もいつかあんな風に微笑むことができるかもしれない。
 そう思うだけで、十分な心の支えになるのだ。





第24話 せめてこの悲劇に終焉を<前編>



 ついにこの扉まで辿り着いた。

 ここは最難関のルートであった。
 他の2つのルートと違い、侵入者を陥れるための罠が張り巡らされている。
 オブライエンが先陣を切って、罠を見抜いて確かめる。
 その後を兼平が無力化することで、ようやく進んできた。
 今は、兼平はまだ追いついて来ていない。
 いちいち待てば時間がかかりすぎてしまうから、置いてきた。
 だが、速攻を仕掛けるにはこのくらいのペースでなければならない。
 他の2ペアはとっくに着いている頃だろう。
 同時襲撃のタイミングがずれてしまうほど、突破は困難になる。
 オブライエンは計画の遅れに焦りを感じながら、重い扉に手を掛けた。

 ――開いた刹那、オブライエンに突進してくる影があった。
 オブライエンはほぼ反射の直感で肩から前転し、その猪突をかわした。

「今のは……一体――」

 鉄球などの罠ではない。明らかに生物による突撃。
 ウロボロスによる生態兵器か?
 身構えつつ、間合いを取り、その生物を観察する。
 その姿は、オブライエンの忘れるはずのない者の姿だった。

「まさか――なぜッ!!」

「ウガアアアアアアアアア――!!!」

 声に反応し、野獣の雄叫びを挙げてソレは迫ってくる。
 オブライエンはいとも簡単にかわす。
 スピードは尋常ではない。
 だが、道筋が余りにも愚鈍で単純だからかわせる。
 ソレは壁に激突し、壁はその衝撃で抉れた。
 なぜ壁が抉れるのか。
 ソレが壁よりも硬質の存在であるからに他ならない。
 つまり、ソレは野獣どころか化け物であり、装甲のような体を持つということ。
 在り得ない。オブライエンはそう判断したかった。
 しかし、在り得る。限りなく在り得る。
 奴ならば確実にこの選択をするだろう。
 奴にとって、その人間だったモノは仇敵である。
 最大の屈辱を味わわせるには、これを最適な選択と判断するだろう。
 死は訪れていたはずだ。
 だが、延命せしめられた。終焉は引き延ばされた。
 そして、代わりに与えられる結末は、死より残酷なもの。
 己のプライドと闘争を突き通す者にとっては、最大の屈辱。

 ――魂の変質(ルーツ・ルインド)

「フハハハハハ、感動の再会に声も出ないかね、オブライエンよ」

 現れたビジョンは当惑する者を嘲笑う。

「ウロボロス!! お前は、お前はコブラをッ!!」

 オブライエンは怒りを込めて、ウロボロスに訴えかける。
 そう、あの野獣はかつてはプロフェッサー・コブラだった。

「おお、立派な愛弟子ではないか!
 あのように成れ果てても、まだ名前で呼んでくれるとはナァ!
 もはやまともな言葉さえ発することができないというのに」

「コブラで融合実験をしたんだなッ!」

「いかにも、いかにも!
 フフッ、我ながらつまらない実験をしたものだよ。
 ワタシはあの段階では既にほとんどの融合パターンを知っていたからネェ。
 新しいデータの得られない実験とは、かくもつまらないものか。
 こんなに典型的なルーツ・ルインドも逆に珍しいものかもしれんがね。
 見たまえ、あの闘争の理論と技術を磨き上げた者の、変質した哀れな姿を」

 コブラだったものは砕け散った壁の破片をオブライエンに闇雲に投げつける。
 しかし、当たらない。すべてかわされる。
 狙うだけで相手の動きの先の先を読めていないからだ。
 その攻撃をかわしながら、オブライエンはウロボロスを糾弾する。

「何が新しいデータだ! 何がつまらないだ!
 人の命を魂を弄び、放つ言葉がそれか!!」

「フフ、熱くなるなヨォ、オブライエン。
 傭兵なら冷静に平等に命と成果をカウントしなくてはならない。
 ワタシが数多の命を弄んでいることなど、今に知ったことではあるまい。
 それでも動揺するということは、こやつの変質がそんなに堪えたか?
 なら、無理にでも生かしておいて良かったナァ、フフフフフ」

「クッ……」

 感情を冷やせ。冷静に対処しろ。
 今はこの基地の攻略が最重要ミッションだ。
 コブラの変質は今は対処できるものではない。
 今は心を殺し、最善の行動を取らなければならない。
 だが、次の目的地へのドアは恐らくは鍵がかかっている。
 コブラの攻撃をかわしながら、確かめる。
 鍵がかけられたままだ。
 破る手段は持ち合わせている。
 だが、あの攻撃をかわしながらの解錠作業は不可能。
 体当たりをくらって、即死だ。
 ならば、コブラの沈黙が最優先事項。
 生体が分からない以上、麻酔銃は投薬量が不明で使えない。
 銃撃止む無し。
 動きを鈍らせる。狙うべきは足だ。

 オブライエンは極めて冷静に銃を取り出し、狙い通り銃撃した。

 その腕ならば、足という狙いにくい箇所でも正確に打ちぬける。
 しかし……。

「ガアアアアアアアアア――ッ!!」

 標的の勢いは変わらない。
 むしろ興奮を増しただけだ。

「馬鹿な! 銃弾が効かないだと!!」

「フフ、師を銃撃とはさすがは傭兵よ。
 なかなか冷徹ではないか。だが、無駄なことだナァ!
 壁を抉ったのを見たろう? コブラの体は進化し、皮膚はワニよりも硬い。
 せいぜい少し食い込んだくらいだろう。
 肉弾戦での沈黙は不可能!
 その闘争本能でキミをその手で捕えるまで、暴れ続けるだろうナァ」

 しかし、猛獣と化したコブラに持久戦ではまず敵わないだろう。
 このまま逃げ続けても、こちらが疲弊して捕えられるだけ。
 相手の攻撃を鈍らせる手は何か。
 オブライエンは自分の手持ちの武器に思考を巡らす。
 浮かぶ手段はどれも確実性を欠いていた。
 しかし、救いの手は悪魔から差し伸べられた。

「だが、ひとつだけその闘争本能を満足させ、鎮める方法があるかもしれんナァ?
 コブラはデュエルモンスターズの精霊と融合している。
 そして、コブラはデュエルモンスターズの教授として生きてきた。
 もうひとつの闘争なら、引き受けてくれると思うが、やってみるかね?」

 ウロボロスがスイッチを押すと、天井からディスクが投げ込まれる。
 コブラはそれを確認すると、身につけて構えた。

「なんだ? 敵であるはずのお前が俺にチャンスをくれるのか?」

「ワタシは別にキミが死んでも構わないのだよ。
 ただ、一方的な闘いは観賞するにもつまらなくてネェ。
 さあ、足掻いてくれヨォ!」

 こう言うからには、ウロボロスの言葉は信頼できるだろう。
 オブライエンは銃型のディスクを構え、展開させる。
 ウロボロスの思惑に乗ることに、警戒を高めながらも。


オブライエン VS コブラ(ルーツ・ルインド)

「俺の先攻だ、ドロー!」

 できるだけ速攻で片付けたいところだが、手札に直接火力のカードはない。
 肉弾戦向けの、さながら斥候要素の高いカードばかりだ。

「俺は《バーニングソルジャー》を召喚する。
 さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

《バーニングソルジャー》 []
★★★★
【炎族】
熱く燃える特殊部隊工作員。火薬のエキスパート。
ATK/1700 DEF/1150

 オブライエンの場に召喚されたのは、火薬を自在に使いこなす戦士だった。

「アァッ!!」 [カードをドローします]

 音声ガイドとともに、コブラはターンを開始した。
 言語は発声できなくとも、デュエルはできる。
 コブラは体で覚えるほどに、デュエルに打ち込んできた。
 その経験が未だにデュエルへと突き動かさせるのか。
 それとも精霊の導きで、デュエルを行っているのか。
 どちらかは分からないにしても、コブラはデュエルをできる。
 決闘の高揚感に打ち震えている。
 歓喜のままに手札を激しく盤上に叩きつけた。

[モンスターをセットします。魔法・罠を2枚セットします。
 ターンを終了します]

 その動作とは対照的に、静かな相手ターンだった。
 オブライエンはその状況を分析する。
 コブラの操る【ヴェノム】デッキで守備力の高いカードは限られている。
 伏せられたカードは絞られる。《ナーガ》か《ヴェノム・コブラ》だろう。
 そこから《ヴェノム・ボア》の生け贄召喚を狙ってくるのが定石か。
 いや、そもそもコブラのデッキが前と同じとは全く限らない。
 できるだけ、不安要素は《ブレイズ・キャノン》で焼き払いたいところだが……。

「俺のターン、ドロー!」

 手札に弾丸は揃っているが、肝心の砲台を引き寄せられない。
 ここは温存すべきだ。相手の戦術を確かめるためにも、攻撃あるのみ。

「《バーニングソルジャー》で、セットモンスターを攻撃する!!」

 炎を放つ剣を構え、相手に向かい突進する。

「ラァッ!!」 [トラップを発動します。《和睦の使者》]

《和睦の使者》
【罠カード】
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 攻撃により伏せられていたモンスターが明らかになる。
 《ワーム・リンクス》。二つの顔の繋がった赤く歪な化け物だった。
 淡く青色の光を放ち、コブラに力を与えているようにも見える。

「……なるほどな、俺はこのままターンエンドだ」

 攻撃は通らなかったが、カードを1枚消耗させた。
 そして、伏せモンスターの正体も分かった。
 悪くない成果を得て、オブライエンは相手にターンを移すはずだった。

[ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

「何ッ!」

 そのためにコブラはこのモンスターを守ったのか。
 【ワーム】という未知なる生物。
 オブライエンはそのカード特性をまだ知らない。
 オブライエンは警戒を強めた。

「オォッ!!」 [カードをドローします]

「ヌン!」 [手札より魔法を発動します。《手札抹殺》]

《手札抹殺》
【魔法カード】
お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから
捨てた枚数分のカードをドローする。

 互いに全ての手札を捨てて、同じ枚数引き直すカード。
 墓地を肥やし、手札を循環させるためのカード。
 オブライエンもコブラも墓地に重きを置く戦術。
 ただの手札交換に見せかけ、その裏では駆け引きが繰り広げられる。
 同時に捨てるカードを公開する。

[捨てるカードは、《ギガガガギゴ》、《ワーム・カルタロス》、
 《『守備』封じ》、《強制転移》の4枚です]

「俺が捨てるカードは、《業火の結界像》と《逆巻く炎の精霊》、《火之迦具土》、
 《炎の精霊 イフリート》、《クレイジー・ファイヤー》の5枚だ」

 同時にカードを引き、オブライエンはコブラを観察する。
 用いてきたのは、【ヴェノム】ではなかった。
 新たな戦術を把握するべく、オブライエンの眼光は鋭くなる。

「ハァッ!」 [手札よりモンスターを通常召喚します。《ワーム・テンタクルス》]
[墓地から《ワーム・カルタロス》を除外することで、《ワーム・テンタクルス》のモンスター効果を発動します]

 《ワーム・テンタクルス》は黄色いイカのような触手を持つ生命体。
 その触手で墓地から《ワーム・カルタロス》を引きずり出すと、その無数の歯がある口で噛み砕いた。
 同胞であるにも関わらず、容赦なく貪り喰らう。そして力を蓄えたのか、新たに青い光を帯びる。
 触手を地面に叩きつけて、みなぎってくる力を誇示した。

《ワーム・テンタクルス》 []
★★★★
【爬虫類族・効果】
自分の墓地に存在する「ワーム」と名のついた
爬虫類族モンスター1体をゲームから除外して発動する。
このターンこのカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
ATK/1700 DEF/ 700

「ヌァッ!」 [《ワーム・テンタクルス》で《バーニングソルジャー》にアタックします]

 コブラは勢い良くオブライエンの場を指差し、攻撃を指示する。
 攻撃力は同等のはずだが……。

「フンヌッ!」 [伏せていたトラップカードを発動します。《ライジング・エナジー》
 発動コストとして、手札を1枚捨てます。《ワーム・アポカリプス》を捨てます]

《ライジング・エナジー》
【罠カード】
手札を1枚捨てる。発動ターンのエンドフェイズ時まで、
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
1500ポイントアップする。

 触手のムチが強化される。炎の戦士はいとも簡単に薙ぎ払われる。

オブライエンのLP:4000→2500

「ヌアァッ!!」 [《ワーム・テンタクルス》でダイレクトアタックします]

 そして、そのムチはさらにオブライエンを捕えようと迫り来る。

「クッ、リバースカード、《ガード・ブロック》! ダメージを無効にし、1枚ドローだ」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 その一撃を直接受けることはかろうじて防いだ。

「ヌン!」 [装備魔法を《ワーム・リンクス》に発動します。《明鏡止水の心》]

《明鏡止水の心》
【魔法カード・装備】
装備モンスターが攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。
このカードを装備したモンスターは、
戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

 これにより《ワーム・リンクス》は、かなり強力な耐性を身につけてしまった。

[魔法・罠を1枚伏せます。ターンを終了します。
 ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

《ワーム・リンクス》 []
★★
【爬虫類族・効果】
リバース:このカードがエンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/ 300 DEF/1000

オブライエン
LP2500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
6枚
コブラ
LP4000
モンスターゾーン《ワーム・テンタクルス》、《ワーム・リンクス》・装備《明鏡止水の心》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚

 いよいよ戦術が明らかになってきた。
 序盤に多くのカードを消費してきた理由も分かった。
 リンクスの効果で、その損失を補填できるからだ。
 攻撃妨害カードや、強化カードを使ってでも、守る価値はある。
 このドローブーストを機軸に、攻撃能力の長けたワームモンスターを展開する。
 これが今のコブラの戦略なのだろう。

「このデッキはお前が仕込んだのか?」

「フフ、違うネェ。コブラが自分で組んだものだよ。
 この変化をどう思うかね?」

「以前は《ヴェノム・スワンプ》により相手を弱らせ、展開を鈍らせる。
 そのうちに墓地を充実させ、切り札を召喚する戦略だった。
 ずいぶんと荒々しく、分かりやすい狙いのデッキになったな」

「フハハハハ、そうだな、その通りだ!
 ワタシはネェ、こうも推測してるんだよ。
 コブラは自分の理性が衰え、【ヴェノム】を操作しきれなくなるのを分かっていた。
 それで、このデッキを組んだのかもしれないとな!」

「……………」

「蛇というのは、貪欲な生物だ。
 自分より遥かに大きい象さえ、頬張り顎をじりじり広げ、丸のみしようとするからネェ。
 コブラ自身も貪欲だったナァ。おかげで理性崩壊の進行も激しかったよ。
 互いに一歩も譲らず喰い合うものだから、残ったなけなしの理性はあれっぽっちだよ。
 どちらも強情すぎて、まだ理性は破綻までいかないが、時間の問題だろうネェ」

「興味のない実験のはずなのに、随分とよく観察しているな」

「フハハハハ、皮肉を言うほどの余裕があったか、オブライエン!
 そうだナァ、科学者としてはこれほどつまらない実験体もないネェ!
 しかしだ! 私怨としてはこれほど面白い相手はいないのだよ!!
 ワタシをかつては罠にはめた者が、ワタシの手にかかり理性を失っていく。
 果てには魂の投影であるデッキさえ変えざるを得なくなる。
 その知性の欠片もなくなる無様な姿をじっくりと堪能できる。
 これほど充実した復讐はないと思わんかね、フハハハハ!!!」

「くだらないな」

 オブライエンは耐えがたき怒りをにじませ、訴えかける。

「ああ! くだらない!
 人を踏みにじり、自分だけ愉悦を感じて、その先に何があるというんだ!!
 お前は何を成し遂げられる! そこに何が残る!?」

 オブライエンはウロボロスをまっすぐ見つめ問い詰めた。
 その熱意が届いたのか、果たして届いてないのか。
 それとも単にウロボロスの癇に障る発言だったのか。
 その問いかけに、ウロボロスは歪んだ笑みをやめた。
 表情を沈ませ、低い声で重くつぶやいた。

「……何も残らんよ。何にもならんな」

「ならばなぜ!?」

 オブライエンがさらに問い返すと、ウロボロスはオブライエンをにらみつけ答えた。
 黒く淀んだ怒りを、その言葉ににじませながら。

「逆に問わせてもらおうか?
 他人を犠牲にせず、他人の気持ちに敬意を払って……。
 そうして誠実に何かをしようとしたなら、何かが残せるというのかね?」

「あぁ、残せる!」

「違うな! そうとは限らないだろう!!
 誠実な者が救われると、誰がいつ決めたのかね?
 結果とはただ突きつけられるものであるだけだ。
 もし過程の心持ちで救われていると思えるのならば、それは自己満足であるにすぎない。
 自分は正しいことをしている尊大な存在であるという感覚に陶酔しているだけだ!
 キミもそんな吐き気のするナルチシズムに浸って恍惚としているのだろう?
 その陶酔感で思考を麻痺させ、犠牲に目を向けずにごまかしているだけだろう。
 実に空虚な在り方だナァ!
 それよりはワタシのように率直に快楽を求める方が、正しい在り方ではないかね!?」

「……………」

 オブライエンはその言葉に口をつぐんだ。
 その沈黙は圧倒されたからではなく、相容れないと再確認したからだ。
 冷静に淡々と言葉を返した。

「今更お前を諭そうとはしない。
 そう思うなら、好きにそう思えばいい。
 俺は俺の信じる道を行くだけだ」

「フン、軍人はこれだから気に食わないネェ。
 さあ、そこの野獣を放っておいてると、襲われるぞ。
 デュエルに戻るんだな」


「俺のターン、ドロー!」

 リンクスの破壊はできない。
 まずは攻撃能力の高いテンタクルスを破壊しなければならない。

「俺は《ヴォルカニック・エッジ》を召喚する!」

《ヴォルカニック・エッジ》 []
★★★★
【炎族・効果】
相手ライフに500ポイントダメージを与える事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
ATK/1800 DEF/1200

「《ヴォルカニック・エッジ》で《ワーム・テンタクルス》を攻撃!」

 火炎獣はとびかかり、鋭い爪で相手を引き裂いた。

コブラのLP:4000→3900

 呆気なく倒せた。
 いや、そうはいかない。
 コブラは手を振りかざし、リバースをオープンする。

「ヌァッ!」 [トラップを発動します。《時の機械−タイム・マシーン》]

《時の機械−タイム・マシーン》
【罠カード】
フィールド上に存在するモンスター1体が
戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
そのモンスターを同じ表示形式でフィールド上に特殊召喚する。

 凄まじい蒸気を噴出しながら、機械仕掛けの棺桶が現れる。
 そこから、まったく無傷の《ワーム・テンタクルス》が現れる。
 相手の布陣を崩せない。

「クッ……。ならば、俺はリバースを1枚セットし、ターンエンドだ」

[ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

 相手のドロー補助は続いている。早くその連鎖を断ち切らなければならない。

「オォッ!!」 [カードをドローします]

 場には《ヴォルカニック・エッジ》がいる。
 新手が来なければ、防ぎきれるはず。
 だが、相手のドローブーストはそんな悠長な間を与えてくれやしない。

「ハァッ!」 [モンスター1体を生け贄に捧げます]
「ヌン!!」 [《ワーム・キング》を召喚します]

 現れたのは、黄金の王たる風格を持つ巨大宇宙生物。
 腹部には消化液のあふれるグロテスクなもう一つの口がある。
 侵略と獰猛さの権化。コブラとともに吼え猛る。

《ワーム・キング》 []
★★★★★★★★
【爬虫類族・効果】
このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を
生け贄に捧げて表側攻撃表示で生け贄召喚する事ができる。
自分フィールド上に存在する「ワーム」と名のついた
爬虫類族モンスター1体を生け贄に捧げる事で、
相手フィールド上のカード1枚を破壊する。
ATK/2700 DEF/1100

「攻撃力2700だと……」

「ガァッ!」 [《ワーム・キング》で《ヴォルカニック・エッジ》にアタックします]

 その巨体に似合わない超スピードで、重戦車のごとく《ワーム・キング》が迫り来る。

「クッ! だが、想定の範囲内だ! リバースオープン!
 《拷問車輪》! その動きを封じ、俺のターン毎に500ダメージを与える!」

《拷問車輪》
【罠カード・永続】
このカードがフィールド上に存在する限り、
指定した相手モンスター1体は攻撃できず、表示形式も変更できない。
自分のスタンバイフェイズ時、このカードは相手ライフに
500ポイントのダメージを与える。
指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 だが、コブラはまるで動揺していないようだ。
 主力モンスターを封じたというのに。
 となれば、何らかの対策があるのか――。

[魔法・罠を2枚セットします。ターンを終了します。
 ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

 次の自分の行動が待ちきれないかのように、矢継ぎ早にカードを伏せて終えた。

「俺のターン、ドロー!
 スタンバイフェイズに《拷問車――」

「ヌゥン!!」 [永続罠を発動します。《正当なる血統》]
[特殊召喚するモンスターは《ギガ・ガガギゴ》]

《正統なる血統》
【罠カード・永続】
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

《ギガ・ガガギゴ》 []
★★★★★
【爬虫類族】
強大な悪に立ち向かうため、様々な肉体改造をほどこした結果
恐るべきパワーを手に入れたが、その代償として正義の心を失ってしまった。
ATK/2450 DEF/1500

 このタイミングでの新たなモンスターの召喚。
 しかし、オブライエンは違和感を覚えなかった。
 オブライエンは師であるコブラの爬虫類の特性を知っている。
 ここまでオブライエンが手札を温存してきたのも、この展開を警戒していたから。
 次に来るカードは、予想通りに最悪のカードに違いない。

[通常罠を発動します。《毒蛇の供物》。
 《ギガ・ガガギゴ》を破壊すると同時に、
 《拷問車輪》と《ヴォルカニック・エッジ》を破壊します]

《毒蛇の供物》
【罠カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する爬虫類族モンスター1体を破壊し、
相手フィールド上に存在するカード2枚を破壊する。

 ここから直接火力戦法に移行することもできた布陣は、一網打尽にされる。
 車輪のダメージ効果が生じる前の絶妙なタイミングの発動。
 コブラの行動は察しやすくはなったものの、その鍛えられた勘の鋭さは健在だ。

 オブライエンは場を維持することで、相手をコントロールするタイプの戦術。
 カード破壊に重点を置かれた戦術では、後手にまわらざるを得ない。

「クッ……! ならば、俺はモンスターカードを1枚セットする。
 そして、3枚のリバースを伏せて、ターンエンドだ」

[ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

「アァッ!」 [カードをドローします]

 3枚のリバースがあるにも関わらず、コブラの動きには全くの迷いがない。

「ガァッ!」 [《ワーム・ディミクレス》を召喚します]

「グオオッ!」 [《ワーム・キング》の効果を発動します]
[《ワーム・ディミクレス》を生け贄に捧げることで、セットモンスターを破壊します]

 《ワーム・キング》は同胞を生け捕りにし、腹の口で喰らい尽くした。
 そして、養分をくまなく吸収し、紫色の液を激しく射出した。
 オブライエンの姿を隠したモンスター目掛けて。

「クッ、やはりそっちを狙ってくるか!」

「やはりも何も当然の発想だろうに。
 チェーンで空ぶる可能性のある罠を普通は狙わん。
 それに、お前もリバースの戦術を知っているはずだろう。
 相手の警戒を最大限に高めさせるのは、2枚のみの伏せカードだ。
 攻撃反応型トラップがどちらにあるかを見定めさせるために。
 あるいはその狙いをはずさせて、フリーチェーンで脅すためにネェ。
 3枚は中途半端だ。苦し紛れに伏せられるだけ伏せたようにしか見えんヨォ!」

「そう……だな。だが、無駄ではない!
 このタイミングで3枚のリバースカードをオープン!
 《強欲な瓶》、《バーニング・エイド》、そしてさらに《積み上げる幸福》!
 《バーニング・エイド》はセットしていた《きつね火》を生け贄にし発動する!」

《強欲な瓶》
【罠カード】
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

《バーニング・エイド》
【罠カード】
自分フィールド上の炎属性モンスター1体を
生け贄に捧げる事で発動する。
自分は800ライフポイント回復し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

《積み上げる幸福》
【罠カード】
チェーン4以降に発動する事ができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、
このカードは発動できない。

オブライエンのLP:2500→3300

 オブライエンはこのコンボで4枚のカードをドローした。
 オブライエンのデッキには多くの罠が仕込まれている。
 多くのトラップコンボをつなげる必要がある《積み上げる幸福》も組み込める。

「フフッ、なるほどな。
 相手が必ず何らかのアクションを起こしてくると算段してのチェーン戦術か。
 悪くない戦術……だが、これは有利なときに仕掛けるべき戦術だナァ!
 モンスターもリバースもゼロ。
 肝心の懐ががら空きになっていることは百も承知だろう?」

 相手の攻撃をかろうじて防いできたオブライエン。
 対応策は既に使い尽くしていた。
 今使える手はない。

「ルアアアアアァッ!!!」  [《ワーム・キング》でダイレクトアタックします]

 迫り来る生々しく禍々しい黄金の拳。
 オブライエンに容赦なく叩きつけられる。

「ぐおおお!」

オブライエンのLP:3300→600

 このデュエル初の決定的なダメージ。
 それはコブラによるものだった。
 圧倒的破壊力による、シンプルながら着実な攻め。
 その力押しの展開を可能とするリンクスのドロー加速効果。
 この流れを止めることができない。
 オブライエンは確実に追い詰められていた。

「フゥン!」 [魔法・罠を1枚伏せます。ターンを終了します。
 ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

オブライエン
LP600
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
6枚
コブラ
LP3900
モンスターゾーン《ワーム・キング》、《ワーム・リンクス》・装備《明鏡止水の心》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚

「フハハハハハ! どうした、オブライエンよ!!
 ルーツ・ルインドに成り果てたソレにさえ勝てないというのか!?
 見ないうちに随分と腕が衰えたようだナァ!
 負ければ、ソレはキミを蹂躙するだろう!
 強き者が弱き者を征服するのは、自然の摂理だからナァ!
 理性を失った師によって、無能な弟子が打ち滅ぼされる。
 何とも皮肉な結末ではないか!
 早くその悲劇を見せてくれヨォ!!」

 オブライエンは反論できなかった。
 相手の行動を読みきれるはずなのに、それに対応しきれない。
 単純に――明白なまでに――競り負けている。
 多くのカードを呼び込んだが、手札は切り札を欠いていた。
 このまま変わり果てた師に成す術もなく負けるのか。
 そうはいかない、だが――。
 オブライエンは恐れていた。何もできない未来を。
 デッキを遠く感じる。
 恐れで立ちすくむ孤独な傭兵。
 オブライエンは不甲斐なさに歯を食いしばった。


「――師匠が悲しむよッ!!」

 忘れかけていた声が響いた。
 追いついた兼平だった。
 ようやく肩で息をしながら、オブライエンに呼びかけた。

「やっと追いついたよ……。
 オブライエンさん、置いていくなんて酷いや……」

 いくら厳しく教えても、体力だけはこの短期間では身につかない。
 息が乱れ、汗がとめどなく流れる。
 それでも兼平は言葉を続けた。
 オブライエンの孤独に押しつぶされそうな背中を後押しするために。

「まだ出会って間もないけど、ボクはオブライエンさんを尊敬してる!
 教えてくれた技術と、洗練された戦術の組み上げ方。
 この学園で神聖な偵察活動を一人でしてたボクには、すごく斬新だった。
 ボクはオブライエンさんを師匠だと思ってる!
 いま目の前にいるコブラさんはオブライエンさんの師匠なんだよね。
 だったら、ここでオブライエンさんが負けたら、コブラさんは悲しむよ。
 理性を失った自分にさえ負けるようなら、教えた甲斐がないって!
 だから、オブライエンさん、諦めないで!!」

 その言葉に、オブライエンの胸は熱くなった。
 何を自分は怯えていたのかと、前向きになれた。
 冷静になれと呼びかけながら、自分は自分の感情を曲げていた。
 そうだ。自分は怒りたい。ウロボロスを許せない。
 それがこんな場所で立ち止まっていられるものか。

「まさかお前に励まされるとはな。
 悲しむ……か……」

 あの中にコブラの意識がまだ残っているとしたならば。
 いや、もしかしたらコブラは閉じこめられているのかもしれない。
 あのときの覇王の心に囚われた遊城十代のように。
 この不甲斐ない教え子の姿を見て、怒りを感じているのかもしれない。
 ならば、届かせなくてはならない。
 あの魔物を打ち破り、残る理性に最後の熱さを伝えよう。
 この弄ばれる悲劇をせめて終わらせるのだ。
 ――本当は食い潰されているのだろう。
 だがそれでも、その可能性を信じたい。
 それが勇気につながるのだから。

「それともう一つだけ。
 オブライエンさんは、一人で行動してるんじゃない。
 ボクたちだって手伝えることを忘れないで。
 グレファーの兄貴たちみたいに、もっと上手く連携できるんだ!
 オブライエンさんは孤独な傭兵で終わるような器じゃない。
 だから、もっと仲間を上手く活かすことも覚えないとね」

 兼平が照れくさそうに掛けた言葉に、オブライエンは軽く微笑み返した。
 ――余計なお世話だ。お前に心配されるまでもない。だが、ありがとう。
 オブライエンは今度はまっすぐに未来(デッキ)と向き合うことができた。
 もう恐れない。立ち止まらない。
 コブラから教わった技術が、自分の中に確かに息づいているのならば。
 兼平から伝えられた熱さで、この胸が高ぶるのならば。
 次のカードは、この場を切り開くものに違いない。

「そうだな。
 俺はこの作戦の司令塔だ。
 そいつがここでくたばっては、顔向けができないな。
 それが既に戦術を知る顔馴染みの相手ならましてな」

「ゆくぞ!! 俺のターン、ドロー!!!」

 引いたカードを目にし、オブライエンは決意を高らかに宣言する。

「俺はこのミッションを成功させる!
 俺たちの因縁を決着させるためにも!!
 この悲劇を終わらせるためにも!!!」

「俺は手札より《真炎の爆発》を発動する。
 墓地より守備力200の炎族モンスターを可能な限り召喚する!
 来い! 《きつね火》! 《逆巻く炎の精霊》!」

《真炎の爆発》
【魔法カード】
自分の墓地に存在する守備力200の
炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
このターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。

《きつね火》 []
★★
【炎族・効果】
表側表示で存在するこのカードが戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズ時、
このカードを墓地から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚のための生け贄にはできない。
ATK/ 300 DEF/ 200

《逆巻く炎の精霊》 []
★★★
【炎族・効果】
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
直接攻撃に成功する度にこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
ATK/ 100 DEF/ 200

「そして、《禁じられた聖杯》を《きつね火》に発動!
 こいつの生け贄召喚に使えない効果を無効にし――」

《禁じられた聖杯》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。

「この2体を生け贄に捧げ、《ヘルフレイムエンペラー》を召喚する!」

 紅蓮の業火が燃え上がり、灼熱のエネルギーが獣人をかたどる。
 その顔は獅子。燃えるたてがみが、炎の勢いをそのままに表す。
 全てを燃やし尽くす烈火の如き暴君。
 何もかもを喰らい潰す異星の侵略者をにらみつける。

「その召喚時効果を発動する!
 墓地の炎属性モンスターをゲームより除外し、魔法・罠を破壊する!
 俺は今生け贄召喚に使った2体をゲームより除外する。
 《明鏡止水の心》とその伏せカード1枚を破壊する!
 『バーンアウト・オブ・ヘルフレイム』!!」

《ヘルフレイムエンペラー》 []
★★★★★★★★★
【炎族・効果】
このカードは特殊召喚できない。
このカードが生け贄召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する炎属性モンスターを5体までゲームから除外する事ができる。
この効果で除外したモンスターの数だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊する。
ATK/2700 DEF/1600

 炎の命を源に生み出した火球を投げつける。
 《明鏡止水の心》はあっけなく破壊される。
 しかし、残る伏せられた1枚はチェーン発動された。

「フンッ!」 [トラップを発動します。《針虫の巣窟》]

《針虫の巣窟》
【罠カード】
自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。

 デッキより5枚のカードが送られる。
 《毒蛇王ヴェノミノン》、《ワーム・イーロキン》、《ワーム・クイーン》、《万能地雷グレイモヤ》、《鎖付き爆弾》。
 やはりまだ【ヴェノム】の王は、デッキに投入されたままだった。
 モンスターを積極的に消耗する同じ爬虫類族の【ワーム】とも相性は悪くない。
 ならば、このデッキでできる最大限の力を示す。
 炎族が最大火力を発揮できるフィールドを。

「俺は永続魔法《一族の結束》を発動する!
 俺の墓地に存在するのは炎族モンスターのみ。
 《ヘルフレイムエンペラー》の攻撃力は800ポイントアップする!」

《一族の結束》
【魔法カード・永続】
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

《ヘルフレイムエンペラー》ATK2700→3500

「バトル! 《ヘルフレイムエンペラー》よ、炎を纏え!!
 《ワーム・キング》に攻撃! 『インパクト・オブ・ヘルフレイム』!!」

 咆哮し、幾千度まで体温を上昇させ、《ヘルフレイムエンペラー》は突撃する。
 獣王の果敢なる猛突進。爆炎を巻き込み、空気を振動させながら。
 まるで隕石のように《ワーム・キング》に衝突する。
 耐え切れずに粉砕され、同時に燃やし尽くされた。

「グオオオオ……」

コブラのLP:3900→3100

 これで目の前の脅威は取り除けた。
 だが……。

「俺はカードを1枚伏せて、ターンを終了する」
[ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

オブライエン
LP1300
モンスターゾーン《ヘルフレイムエンペラー》
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、伏せカード×1
手札
2枚
コブラ
LP3100
モンスターゾーン《ワーム・リンクス》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚
墓地
爬虫類族は計8体

 オブライエンは決して警戒をゆるめなかった。
 兼平もまたオブライエンの警戒するものに気付いていたようだった。
 闘いが行われているのは、フィールドだけではない。
 駆け引きは序盤から見えないところでも繰り広げられていた。

「ムンッ!」 [カードをドローします]

 場には《ヘルフレイムエンペラー》が君臨している。
 それにも関わらず、コブラは怯む様子が全くない。
 むしろ、今にも倒してやろう、と息巻いているようだ。

「フゥ……ッ!」  [魔法・罠を3枚伏せます。ターンを終了します。
 ターン終了時に《ワーム・リンクス》のリバース効果が発動します。
 カードを1枚ドローします]

「俺のターンだな、ドロー……。
 俺は《炎帝近衛兵》を召喚する。その効果が発動する。
 墓地の炎族モンスター4体をデッキに戻し、カードを2枚ドローする」

 《バーニングソルジャー》、《火之迦具土》、《炎の精霊 イフリート》、
 《ヴォルカニック・エッジ》が選択されてデッキに戻される。
 そして、オブライエンは相手をにらみつけながら、カードを2枚ドローした。

《炎帝近衛兵》 []
★★★★
【炎族・効果】
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を選択して発動する。
選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
ATK/1700 DEF/1200

「《ブレイズ・キャノン》を発動し、さらに墓地に送る。
 《ブレイズ・キャノン−トライデント》を発動。さらに墓地に送ることで――」

《ブレイズ・キャノン》
【魔法カード・永続】
手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

《ブレイズ・キャノン−トライデント》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上に表側表示で存在する
「ブレイズ・キャノン」1枚を墓地へ送って発動する。
手札から炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊し
相手ライフに500ポイントダメージを与える。
この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

 オブライエンは万全の状態を整え、コブラに挑みかかる。

「お前の出番だ! 《ヴォルカニック・デビル》!!」

《ヴォルカニック・デビル》 []
★★★★★★★★
【炎族・効果】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に表側表示で存在する「ブレイズ・キャノン−トライデント」を
墓地に送った場合に特殊召喚する事ができる。
相手ターンのバトルフェイズ中に相手フィールド上に
攻撃表示モンスターが存在する場合、
相手プレイヤーはこのカードに攻撃をしなければならない。
このカードがモンスターを破壊し墓地へ送った時、
相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、
相手ライフに1体につき500ポイントダメージを与える。
ATK/3000 DEF/1800

《ヴォルカニック・デビル》ATK3000→3800

 火山をその身に取り込んだ灼熱の悪魔が降り立つ。
 最強のヴォルカニック・モンスターの速攻召喚。
 手札消耗は尋常ではない。だが、その駆逐力は圧倒的。
 この攻撃が通れば、相手の場のモンスターは全滅するのだ。
 直接攻撃を叩き込めれば、勝負は決するだろう。

「ゆくぞ!! まずは《炎帝近衛兵》で《ワーム・リンクス》に攻撃!」

 飛びかかり鋭い爪により引き裂いて、リンクスを倒す。
 これでダイレクトアタックが通れば、一気に決められるが……。

 《ヴォルカニック・デビル》がコブラに照準を合わせた瞬間、リバースが発動される。

「ヌアァッ!!」 [トラップを発動します。《リミット・リバース》]

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 やはり来た。蛇の王を呼び込む一手が。

[墓地より《毒蛇王ヴェノミノン》を特殊召喚します]

 漆黒のローブを身にまとい、幾多の蛇の融合した王が現れる。
 その王を中心に辺りは黒紫に染まり、毒の沼地のように侵食されゆく。
 力の源は墓地。爬虫類の持つ毒を吸い上げ、自らの攻撃力に変えてゆく。

《毒蛇王ヴェノミノン》 []
★★★★★★★★
【爬虫類族・効果】
このカード以外の効果モンスターの効果によって、
このカードは特殊召喚できない。
このカードは「ヴェノム・スワンプ」の効果を受けない。
このカードの攻撃力は、自分の墓地の爬虫類族モンスター1枚につき
500ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の墓地のこのカード以外の爬虫類族モンスター1体を
ゲームから除外する事でこのカードを特殊召喚する。
ATK/ 0 DEF/ 0

《毒蛇王ヴェノミノン》ATK 0→4000

「攻撃力4000! リンクスの破壊を見計らって、このタイミングで!
 これで《ヴォルカニック・デビル》の攻撃力を突破した!!
 炎属性の強化カードは限られている。これ以上の強化は……」

 兼平はその戦闘を案じる。炎族は純粋な戦闘能力自体は高くない。
 だが、オブライエンは静かに場のリバースに手をかけた。

「読んでいた。ヴェノミノンが墓地に行った瞬間から、警戒していた。
 3枚のリバースのうち、いずれかが蘇生カードに違いないと確信していた。
 そして、その攻撃力4000も計算済みだ。
 だから、俺は《ヴォルカニック・デビル》を召喚した!!」

「その攻撃力を突破する! 俺はお前を踏み越える!!
 この瞬間、俺もリバースカードを発動する!
 《終焉の地》!! デッキより《バーニングブラッド》を発動する!」

《終焉の地》
【魔法カード・速攻】
相手がモンスターの特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
自分のデッキからフィールド魔法カードを1枚選択して発動する。

《バーニングブラッド》
【魔法カード・フィールド】
全ての炎属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、
守備力は400ポイントダウンする。

 地面から火柱が噴き出し、フィールドはさながら火山となる。
 《ヴォルカニック・デビル》が足踏みをすると、それに応えるように大地も揺れた。
 真紅の炎が場を包み、モンスター達は血を煮えたぎらせる。
 毒蛇王を、むしばみの毒を燃やし尽くそうと、場とモンスターが一体となる。

《ヴォルカニック・デビル》ATK3000→3800→4300
《ヘルフレイムエンペラー》ATK2700→3500→4000
《ヴォルカニック・ロケット》ATK1900→2700→3200

「これが俺のデッキの最大火力だ!
 新たなモンスターが召喚されたことにより、戦闘対象を選びなおす。
 俺は《ヴォルカニック・デビル》で《毒蛇王ヴェノミノン》を攻撃する!!
 いけっ!! 『ヴォルカニック・キャノン』!!」

 《ヴォルカニック・デビル》は体を震わせ、溶岩弾を吐き出した。
 大地を焦がし揺るがし、オブライエンの渾身の一撃が今放たれた。





第25話 せめてこの悲劇に終焉を<後編>



「ヌァアアアッ!!」 [速攻魔法を発動します、《ツイスター》。
《リミット・リバース》を破壊します]

《ツイスター》
【魔法カード・速攻】
500ライフポイントを払って発動する。
フィールド上に表側表示で存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。

「何ッ!」

 そのリバースは予想外であった。
 オブライエンの警戒していた《援護射撃》や《進入禁止!No Entry!!》ではなかった。
 攻撃を防いだとしても、オブライエンの優勢には変わりがない。
 だが、この局面で自分のカードの破壊を狙う。
 だとすれば、あの場には既にあのカードも準備されている。
 3枚のリバースは逃げの布陣ではない。あくまでも攻めの布陣だ。

 つむじ風が巻き起こり、カードをさらっていく。

コブラのLP:3100→2600

 視界をもふさぐ暴風の中で、《毒蛇王ヴェノミノン》は姿を消す。
 しかし、それは悪夢の始まり。
 蛇は執念深い。傷ついた皮を引き剥がし、生まれ変わる。
 最強の段階まで、その存在を昇華して。

「ハアアアァッ!!!」 [トラップを発動します、《蛇神降臨》
 デッキより《毒蛇神ヴェノミナーガ》を召喚します]

《蛇神降臨》
【罠カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する「毒蛇王ヴェノミノン」が破壊された時に
発動する事ができる。
自分の手札またはデッキから「毒蛇神ヴェノミナーガ」1体を特殊召喚する。

《毒蛇神ヴェノミナーガ》 []
★★★★★★★★★★
【爬虫類族・効果】
このカードは通常召喚できない。
このカードは「蛇神降臨」の効果及びこのカードの効果でのみ特殊召喚する事ができる。
このカードの攻撃力は、自分の墓地の爬虫類族モンスター1枚につき
500ポイントアップする。
このカードはフィールド上で表側表示で存在する限り、このカード以外の
モンスター・魔法・罠の効果の対象にする事はできず効果を受けない。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地のこのカード以外の
爬虫類族モンスター1体をゲームから除外する事でこのカードを特殊召喚する。
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度に、このカードに
ハイパーヴェノムカウンターを1つ置く。
このカードにハイパーヴェノムカウンターが3つ乗った時、
このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。
ATK/ 0 DEF/ 0

《毒蛇神ヴェノミナーガ》ATK 0→4500

 どんな衝撃をも受け付けない絶対防御の鱗と、すべて吸い上げる最強の魔性。
 あらゆる肉体の部分が蛇で構成された爬虫類族の頂点。
 最悪の状況だった。
 攻撃力4500。魔法も罠もモンスター効果も効かない。
 期が熟したこの万全な体勢において、《毒蛇神ヴェノミナーガ》の召喚を許してしまった。
 仮に自分が他のリバースを見破っていたとしても、召喚は防げなかった。
 《毒蛇王ヴェノミノン》は《リミット・リバース》で維持されていた生命。
 守備表示にするだけで、簡単に《蛇神降臨》の発動条件を満たせる。

 対処手段の用意は急務。オブライエンは苦渋の決断のカードを発動する。

「俺は《ヘルフレイムエンペラー》を生け贄に捧げ、《アドバンスドロー》を発動する!
 これにより、カードを新たに2枚ドロー!
 リバースを1枚セットして、ターンエンドだ……」

《アドバンスドロー》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体を生贄に捧げて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「フハハハハ、熱くなるのも勝手だが、悲劇の引き金を引いてしまったみたいだネェ。
 自ら地雷に飛び込んで、犬死にするのも勝手だが、児戯じみたことだ。
 コブラに勝つ一番のコツはそのモンスターを召喚させないことだと知っておろう?
 既に召喚されてしまったら、対処する手段は無きに等しい。
 せいぜいあがいてくれヨォ?」

 オブライエンは思考を必死で巡らす。
 これから相手はその攻撃力増強も狙ってくるに違いない。
 追いつけるか。それどころか食らいついていられるか。
 オブライエンはコブラのターンを注視した。

「ヌハァアアッ!!」 [カードをドローします]

 あの毒蛇神が召喚されてから、コブラは息を荒げ、狂喜していた。

「ウロボロス、あれがコブラと融合された精霊なのか」

「そうだナァ。わずかに精霊の鼓動をかぎつけたから、融合させたんだ。
 オリジナルが強固なモンスターだから、皮膚の硬化といい身体的変化は著しかったナァ。
 しかし、精霊としては――ワタシの思惑通りに――不安定で未熟だったネェ。
 もともとこういった獰猛な精霊はそもそも融合に向いていないのだよ。
 言語を発することさえできないほど、この理性は秩序を保持できなかった。
 今は精霊のカードが召喚され、そちら側が昂ぶっている。
 この状態を放っておけば、コブラの魂は食い潰されるだろう。
 しかし、それはいかんな。死は安らぎでもある。
 コブラにはもっと苦しんでもらわなくてはナァ!
 だから、早くくたばっておくれヨォ、オブライエン!」

「そうだな。コブラの魂を苦しめるわけにはいかない。
 だが、終わりは俺の負けではない!」

「ほう……、この期に及んでまだ強がるか。
 なら、この攻撃を防いでみるがいいッ!」

 そして、猛威は進化していく。

「カアアアァッ!」 [《トレード・イン》を発動します。
 手札の《ゴギガ・ガガギゴ》を墓地に送り、カードを2枚ドローします。]

《トレード・イン》
【魔法カード】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「キシェエエエッ!!」  [魔法カードを発動します。《スネーク・レイン》。
 発動コストとして、手札を1枚捨てます。《ワーム・プリンス》を捨てます]

《スネーク・レイン》
【魔法カード】
手札を1枚捨てる。
自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択し墓地に送る。

《毒蛇神ヴェノミナーガ》ATK4500→5000→7500

 極限まで濃度の高められた毒。吸い込まれるような暗黒の色。

「攻撃力7500……ッ!」

 誰もが息を飲まずにはいられない究極のモンスター。

「シャアアアァァッ!!」
[《毒蛇神ヴェノミナーガ》で《炎帝近衛兵》にアタックします]

 ヴェノミナーガは尾の蛇と、両腕の蛇を同時に行使し、炎帝近衛兵に襲い掛かる。

「リバースカード、オープン! 《強制終了》!!
 《炎帝近衛兵》を墓地に送ることで、このターンのバトルを終了させる」

《強制終了》
【罠カード・永続】
自分フィールド上に存在する
このカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
このターンのバトルフェイズを終了する。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「そうか! 《強制終了》はモンスターではなく、プレイヤーの行動を封じる永続罠。
 そのカードならば、戦闘自体を封じられる!
 まだまだオブライエンさんの場にはカードがある。
 このカードで耐えていたなら、対処手段を引ける可能性も……」

「なるほどネェ。しかし、果たしてこれだけで通じるかネェ。
 攻撃力7500、そして完全耐性。
 奴がその闘争と希求で打ち立てた『不滅』とも言うべき力の象徴だ。
 その力をうまく固める手ならば、今とていくらでも用意しているだろうに」

 コブラは歯をむき出しにし、恨めしそうに《強制終了》のカードをにらみつける。

「アアアァッ……」 [魔法・罠を1枚伏せます。ターンを終了します]

「俺のターンだ、ドロー」

「ルアアアァ!!」 [永続トラップを発動します。《生贄封じの仮面》]

《生贄封じの仮面》
【罠カード・永続】
このカードがフィールド上に存在する限り、
いかなる場合もカードを生け贄に捧げることはできない。

「何ッ!!」

 この場での《生贄封じの仮面》の意味。
 それは炎属性特有の有力な除去手段の封印であった。
 《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》と《ヴォルカニック・クイーン》による強制的な生け贄召喚。
 《毒蛇神ヴェノミナーガ》の耐性がさらに完全なものに引き上げられたことを意味していた。

 《強制終了》がある限り、オブライエンのライフは削られない。
 しかし、それがなければ、すぐにでもその毒牙にかかってしまう。
 あのヴェノミナーガに通用するカードはあまりにも限られている。

「俺はリバースを2枚伏せる。
 さらに、《ヴォルカニック・デビル》を守備表示にし、ターンエンドだ」

《ヴォルカニック・デビル》を守備表示にすることはできた。
 だが、これから相手はダメージと《強制終了》の破壊を狙ってくる。

「オオオオッ!! 」 [カードをドローします]

「ラアアアアァッ!!」
[《毒蛇神ヴェノミナーガ》で《ヴォルカニック・デビル》にアタックします]

「リバースカード、オープン!!
 《転生の予言》! 墓地の爬虫類族2体をデッキに戻す!
 さらにこの発動済みの《転生の予言》を墓地に送り、《強制終了》の効果!!
 このターンのバトルフェイズを終了させる!」

《転生の予言》
【罠カード】
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

《毒蛇神ヴェノミナーガ》ATK7500→6500

 オブライエンはフリーチェーンとのコンボで、このターンのバトルを防いだ。

「フヌウゥゥゥッ!!」
[永続魔法を発動します。《魔力の枷》]

《魔力の枷》
【魔法カード・永続】
自分と相手プレイヤーが手札からカードを召喚・特殊召喚・セット・発動するためには、
1枚につき500ライフポイントを払わなければならない。

オブライエン
LP600
フィールド魔法
《バーニングブラッド》
モンスターゾーン《ヴォルカニック・デビル》
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、《強制終了》、伏せカード×1
手札
0枚
コブラ
LP2600
モンスターゾーン《毒蛇神ヴェノミナーガ》
魔法・罠ゾーン
《生贄封じの仮面》、《魔力の枷》
手札
0枚
墓地
爬虫類族は計13体


「そんなッ! この局面であのカードはッ!」

 兼平はそのカードの意味に気付き恐れた。

「フハハハハ、ルーツ・ルインドの分際でいい手だ!
 これはチェックメイトとでも言うべきかネェ!
 《強制終了》はカードを場に増やせなければ効果は使えん。
 キミのライフはたったの600!
 1枚のカードを場に出すのがせいぜい!
 この手を用意していたとは、なかなかではないか」

 もはや勝負は決まったと言わんばかりに、ウロボロスは高笑いをした。
 だが、オブライエンはその発動にも表情を変えなかった。

「……変わったな……、コブラ。
 俺は数え切れないくらいコブラと闘ってきた。
 拘束と牽制、場のアドバンテージとそこに目を逸らした上での直接火力、そして切り札。
 《ヴェノム・スワンプ》と《ファイヤー・ウォール》。
 《ヴェノム・スプラッシュ》と俺のバーンカード。
 そして、《毒蛇神ヴェノミナーガ》と《ヴォルカニック・デビル》。
 俺の戦術もコブラから学び取ったものも多い」

「いまさら死に臨んで、過去を懐かしむというのかね?」

「違う。あのときのコブラの気迫を思い出していたんだ。
 もし同じ局面だったとしたら、コブラはナーガだけには頼らない。
 《蛇神の勅命》や意表をついた《ヴェノム・スプラッシュ》でも狙ってくるだろう。
 この局面ならば、リバースで相手を脅し、そのプレイングのブレを誘うのが一番効く。
 そして、コブラ自身の持つ鬼気迫るプレッシャー。それだけで相手を射殺せる。
 今は違う。2枚の永続カードで目に見える形で俺を押さえつけるだけだ。
 このプレッシャーもただ乱暴なだけで、俺は恐怖を感じない」

「だから、この場面でも逆転できるというのかね?
 《サイクロン》でも用いない限り、たった1枚しか使えないというのに!」

「ああ、俺は打ち倒してみせる!
 それぐらいできなければ、あのコブラは怒るに違いない。
 目に見える今に向き合えないほど弱い弟子を育てた覚えもないだろう。
 そして、俺も師に教えられた技術を生かすために、己を鍛えてきた。
 だから、俺はここで乗り越えてみせる!!」

 オブライエンはデッキに手を伸ばす。
 オブライエンの場には、炎族のフィールドを支えるカードと孤高の《ヴォルカニック・デビル》のみ。
 だが、オブライエンはもう臆することはなかった。
 どんなに相手が強大であっても、デッキの可能性を寡黙に信じ続けていた。

「俺のターンだ、ドロー!!」

 その引き抜いた1枚。
 すべてが込められていた。

「俺はこの魂を弄ばれる悲劇を終わらせる。
 ライフポイントを500ポイント支払い、手札より1枚のカードをプレイする!」

 ――それはオブライエンの願い。
 弟子から師への今できる最後の贈り物。

「《魂の解放》!!
 コブラの墓地の爬虫類族を5体除外する。
 これにより《毒蛇神ヴェノミナーガ》の攻撃力は……」

《魂の解放》
【魔法カード】
お互いの墓地から合計5枚までカードを選択し、
そのカードをゲームから除外する。

《毒蛇神ヴェノミナーガ》ATK6500→4000

「馬鹿なッ! あの攻撃力に喰らいつくだとッ!!」

「バトル! 《ヴォルカニック・デビル》で攻撃!
 『ヴォルカニック・キャノン』!!」

 身を震わせ、凄まじい勢いで溶岩弾が吐き出される。
 師の切り札と、弟子の切り札との対峙。
 そして、あの無敵の鱗を貫いて、焼き尽くした。

コブラのLP:2600→2300

 しかし、ヴェノミナーガは墓地から魂を吸い上げ、死の淵から蘇ろうとする。

「かろうじて戦闘破壊したところで無駄だ!
 戦闘破壊されたときに墓地の爬虫類族1体を除外すれば、そいつは復活する!
 《異次元からの埋葬》でも引かれれば、1枚も手札からカードを使えないお前は終わる!
 そして《毒蛇神ヴェノミナーガ》は蘇り続け、奴を苦しめ続ける!」

「違うな。俺はこの戦いと、魂の苦悶を終わらせると言ったんだ!
 最後のリバースカードをオープン! 俺が発動するのは――」

 ――駆け引きは序盤から見えないところでも繰り広げられていた。

「《リミット・リバース》! 復活させるのは、《業火の結界像》!!」

 1度倒せればそれでいい。これでこの事実は覆らない。
 後戻りも再生も無く、最後に在るのは今と、それから突き進む未来だけ。

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《業火の結界像》 []
★★★★
【炎族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
炎属性モンスター以外の特殊召喚はできない。
ATK/1000 DEF/1000

《業火の結界像》ATK1000→1800→2300

 遂に禍々しき魂は沈黙した。

「プレイヤーの特殊召喚自体を封じた。これでヴェノミナーガは終わりだ。
 バトル! 《業火の結界像》でダイレクトアタック!!」

コブラのLP:2300→0

 そして、荒ぶっていたコブラはひざを折り屈した。
 さらに歯向かおうとすることはない。
 コブラは今や本能に従って生きる者であった。
 本能の世界とは、弱肉強食。
 相手の力を認めれば、引き下がり逆らわない。
 つまり、野生と化したコブラはオブライエンの実力を――認めたのだ。

「兼平、開錠作業に入るぞ」

「コブラさんはどうするの?」

「今は対処できない。保護はこの基地を沈黙させてからだ」

 しかし、それをウロボロスが見逃すはずはなかった。

「フフフフ、ルーツ・ルインドの中でもデュエルの強さは最上位。
 だから闘わせたが、破られるとはな……。
 だが、この状況を想定していないワタシではないことはご承知だね?」

 ウロボロスはスイッチを押した。
 すると、オブライエンたちのいる部屋に轟音が響き渡る。
 凄まじい揺れで立つことさえままならなくなる。

「これは……」

「オブライエンさん、壁を見て!
 揺れているんじゃない! 動いてる!
 ううん、迫って来ている!!」

「なんだとッ!!」

 両壁が迫り、その部屋のすべてを押しつぶそうとしていた。
 完全に閉じ込められた部屋。この揺れでは、開錠作業も強行突破もままならない。

「クッ、こんな大掛かりな仕掛けをッ!!
 兼平!! まだだ、扉に向かうぞ!」

「でも、これじゃあ作業が!!」

「『でも』じゃない! それでもできる限りをしなくてはならないんだ!」

「それにコブラさんも……」

 兼平は振り返る。オブライエンはそれを制した。

「……いくぞ。行かなくてはならない」

 オブライエンと兼平はようやく這って、扉まで近づく。
 壁が摩擦し、砕け散る音がする。
 絶望を掻き立てる耳鳴りのように、胸に響く。
 壁はもう手を伸ばせば届くそこまで来て、揺れはさらに酷くなっていく。
 扉に手をかけても、その扉にしがみつくのが精一杯で、開錠など――。

「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 そこに怒声が響いた。
 揺れなどかき消すように大きな声で。
 いや、本当に揺れが弱められた。
 まるでさらに強い力で押さえつけられたように。
 オブライエンは驚き、周囲を見渡した。
 仁王立ちをし、コブラが壁を食い止めていた。

 ――そうだ。
 ルーツ・ルインドの体は、壁さえ抉るほど硬い。

「コブラッ!!」

 驚きのあまり呼びかけるオブライエン。
 そのオブライエンにコブラは呼びかけた。
 コブラは少しだけ笑って語りかけた。

「お前は……行けッ!!」

 その声はまさしく在りし日のものだった。

「コブラ、まさか理性が!!」

「お前の煮えたぎる血に、俺の心が揺れた。
 あの精霊を打ち倒したから、今俺が少しでも出てこれる。
 だが、これが俺の最期の理性となる。
 もう、俺もこの取りついた精霊も長くは無い。
 どちらかが意識を主張すれば、食い合い、最後は事切れるだけだ」

「そんな、それじゃあもう助かる可能性は……」

 オブライエンは頼りなげに言葉を漏らした。
 そのオブライエンにせめて少しでも残せるように、コブラは語りかける。

「オブライエン。
 何も守れない生に意味はない。
 最低限、自分を守り抜け。その誇りと大志を見失うな。
 そして、お前が戦士ならば手を尽くして、守るべきものを守り抜け」

「だから、お前はここを出るんだ!!
 仲間がその先に待っているだろう!」

 オブライエンは道の先、扉を見返した。
 兼平が開錠を終えて、扉を開け放っていた。

 もうコブラは助からない。
 それでもこれ以上悲劇を増やさぬために。
 オブライエンはこの道の先に行かなければならない。
 オブライエンは出口へと歩みだした。
 胸が押しつぶされそうな気持ちで。

「プロフェッサー・コブラッ!!
 俺は必ずウロボロスを止める!!
 この悲劇を終わらせる!」

「そうだ、オブライエン。
 俺やウロボロスのように、道を踏み外すな。
 己が道を、お前が一番信じたい方法で貫……け……」

 オブライエンが部屋を出るとすぐに、壁はわずかな隙間だけを開けて、塞がった。
 もう仁王立ちできないほどに、理性の決壊はそこまで来ていたのだ。
 ひとつの異物を潰し切れないまま、押し寄せる壁は止まった。
 
 閉じられた退路。取り残された師。
 オブライエンは自然と――敬礼をしていた。
 最後まで獰猛な蛇の執念と戦い続け、打ち克った師の理性に。
 最期には身を呈して自分を護ってくれた師の強さに。

 オブライエンの瞳から、一筋の涙がつたう。
 それは限りなく熱い涙だった。
 たくさんのものが込められた涙だった。
 今まで多くの生き残る術を教えてくれた恩師への感謝の念。
 あの姿に成り果てても戦い続けた武人への敬愛の念。
 最後も戦場で散って逝った尊き命への哀悼の念。

 そして、――その誇り高き魂をないがしろにした者への抑え切れぬ憤怒の念。


 許されざる者、その名は――。

「ウロォボロォォスゥゥウゥ――――ッ!!!!!!

 見ているんだろうッ!!!
 聞いているんだろうッ!!!
 俺は魂を踏みにじるお前を許さない!!
 これ以上の犠牲など出させてたまるものか!
 絶対にお前を止める! 全てを終わらせる!!」

 答えは返ってこない。
 オブライエンと兼平は駆け出した。
 動力の無力化。その最終段階へと向かうべく。




「そんな大きな声でなくとも、聞こえておる……」

 ウロボロスはスピーカーのボリュームをつまみながら、ささやいた。

「コブラか……。奴には力はあった。
 だが、徹底していなかった。
 だから、最後まで成し遂げられなかった」

 ウロボロスはここでコブラの仕掛けたことを調べ上げていた。
 たくさんの生徒を巻き込んで、エネルギーを吸収したこと。
 途中で腹心であったオブライエンを突き放したこと。
 最後には精霊に操られるように、転落し行方不明となったこと。

 どれも実に慈悲深い行為だと、ウロボロスは憤りを感じた。

 エネルギーは一人から全て搾り取る方が効率が良くリスクも低い。
 人は弱っていても、多くの力を秘めているものだ。
 数人が行方不明になることと、数百人が弱ること。
 どちらが露見し、怪しまれて大事になりやすいかは明白だ。
 たくさんの生徒を巻き込む必要があるとすれば、
 被吸収者の負担を分散し軽減させる必要があるときのみだ。
 オブライエンを途中で切ったことも良くない。
 権力で最後まで従わせることも、ことを隠し通すこともできた。
 さらに言えば、野放しにせずに抹殺しておくべきだったのだ。
 それをしなかったのは、首謀者を自分だけとして、
 弟子にあくまで罪を着せないために他ならない。

 悪であろうとしながら、その実は情が見え隠れする。
 コブラらしい甘いやり方だと、ウロボロスは断罪した。
 まるで過去の――。

 ウロボロスは何かを拭い去るように、急な動作で席を立った。
 虚飾の表皮を脱ぎ捨てよ。剥き出しの本性を露わにせよ。
 ワタシはコブラとは違う。
 罪を恐れず、虚飾をせず、目的を達成する。
 その為にはどんな犠牲もためらわない。

 人質は3名・・・
 圧倒的に優位なことに変わりはない。
 逃げることはおろか、撃退することさえ容易い。
 ウロボロスは次なる撃対策を発動すべく、奥の部屋へ向かった。

 ――黒く禍々しき影を背後に纏わりつかせながら――。





第4章 胸に抱く願いの光 に続く…

第4章(26話以降)はこちらから




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