FORCE OF THE BREAKER -受け継がれる意志-
第17話〜

製作者:真紅眼のクロ竜さん





「……世界とは、日々刻々と移り変わるものだ」

「例えそれがどんな時であろうと、な。昨日の常識が今日には通用しない。そんな事は当たり前だ」

「だが、平和な位置にいる人間はそれを知らない。日々変わる事の無い安寧が、安泰が、ずっと続くと信じている」

「それがおかしいように見える。だが、それは決しておかしな事ではない。それが彼らに取っての常識だからだ」

「我々がやるべき事は、そんな彼らの安寧を守り続ける事だ」

「世界に大いなる変革がいるとすれば、それは神が審判を下したときだ」


 神が狂った世界に、本当の神がいるのかどうかは解らない。
 だが、俺達にとって必要なものがあるとすればそれは新世界への標。

 顔も知らぬ誰かの平和の為に、俺達はただ、与えられた任務をこなすのみ。
 それがTask Force 616。
 モットーは「我らの棺こそ人の歩く道」。



『……616部隊の諸君、聞こえるかね?』
 狭苦しい輸送艇にこれでもかと詰め込まれた仲間達がごった返す中、通信機越しに老人の声が響いた。
 アレクサンデル・カイテル。
 私たち616部隊のボスとして日夜やかましい指示やら訓練命令やらを飛ばして来る人である。
「ええ、よく聞こえてますよカイテル将軍」
 輸送艇の隅にある無線機の前で耳をほじくりながらドイツ訛りの酷い英語でそう返したのが、616部隊のリーダー、"ダークネス"だ。
 勿論、本名ではない。
『もう一度、今日の事を確認しよう。いいかね?』
 カイテル将軍はそこで息を吸うと、ゆっくりと語りだした。
『今、君達が向かっているのは―――――』


《第17話:Task Force 616》

 デュエリスト。
 カードゲーム「デュエルモンスターズ」の競技者の事を指しているのだが、この「デュエルモンスターズ」。
 非常に謎が多いゲームであり、古代エジプトの時代からデュエルモンスターズの原形はあったとか、
 1000年前から今の時代のカードがあるとか、とにかく色々な逸話が残っている。

 その中で最も数多く聞かれるのが、カードの効果の実体化である。

 これは決しておかしな話ではない。それが切っ掛けで多くの事件などが起こった事もある。
 戦争が起こった事もある。
 そして、カードを自らの意志で実体化させる事の出来るデュエリストもいる。
 サイコ・デュエリストと呼ばれる彼らは時として恐れられ、時として崇められていた。

 だが、冷静になって考えてもみて欲しい。
 カードの効果は様々、現実から見れば魔法のようなそのものを思いのままに操る事の出来る。そんな彼らを放置しておけば危険ではない筈は無いのだ。
 そして彼らはどんな時代にもいる。どんな世界にも。

 放置しておくには勿体ない、飼いならすには難しいそんな彼らばかりを集めた部隊がある。
 それがTask Force 616。
 サイコ・デュエリスト達だけを集めた最強にして最高の特殊部隊。恐らく世界で一番だと、私も信じている。
 そしてその特徴の一つとして――――全員の本名は常に秘匿されている。
 同じ部隊員でも、その素性と本名を知らない。共通の仮面を被り、コードネームで呼び合う。
 そして日々、様々な任務に投入されていく私たちは。

 世界の安寧の為に戦っていると信じている―――――。





 地球上最北の地は、雲一つ無い程の青空だった。
 輸送艇から降りた私たちは徒歩であらかじめ設営してあったポイントに向かい、そこからヘリで目的の場所まで移動する。
 雲一つ無い、風も特に無い青空はヘリを飛ばすにはもってこいで――――突入や侵入には不向きな天気だが、まぁそれは仕方ないだろう。
 私を含めた616部隊の仲間達はヘリで移動する前の最後の休息に興じている。
 共通の銃型デュエルディスクのデッキをチェックするもの。
 まだ任務開始前だというのにウィスキーのポケット瓶を煽っているものもいる。
 そして何より、私たちの部隊長に至っては――――。

 携帯ラジオを大音量で聞きながら煙草をふかしていた。
 イヤホンを付けてはいるのだが、イヤホンから平気で音漏れしているので音声がこちらまで届いている。
『今の俺に出来るのは、己の限界に挑む事…開眼せよ、クリアマインド! アクセルシンクロ! シューティング・スター・ドラゴン!』
「遊星の奴、今さらシューティング・スターを召喚しやがって!」
 "ダークネス"はだだ漏れするラジオに対してツッコミを入れつつ、既に半分まで灰になった煙草を投げ捨てる。
 そんな"ダークネス"を見かねたのか、副隊長を務めている女性(少なくともシルエットを見る限り)―――"シュヴァリエ"がそっと声をかけた。
「"ダークネス"」
「しかし眠れる巨人ズシンなんてよくもまぁ物好きなカードで戦って来るよな、大した奴らだ、チーム太陽も」
「"ダークネス"」
『確かに俺のシューティング・スターではそうだろう…だが、俺達のシューティング・スターでは話が違う!』 「だが、ここでチーム5D'sに勝ってもらわねば賭け金が回収出来ないのも事実だからな。シューティング・スターで果たして…」
「"ダークネス"!」
「なんだ"シュヴァリエ"! 今、いい所なんだぞ」
「出発の時間です。全員準備は終わっています」
「あーマジか。しょうがねぇな、じゃあ行くか…」
「その前に先ほど投げ捨てた吸い殻を拾って下さい」
「お前マジ細かいんだっつーの…」
 "シュヴァリエ"の言葉にぶつくさ言いつつも"ダークネス"は携帯灰皿に吸い殻を押し込み、近くのヘリへと移動する。
 二人がやってくるより先にヘリへと乗り込むと、"ダークネス"は私に気付いたのか、即座に口を開いた。
 仮面のせいで表情は見えないが恐らく笑っているのだろう。
「よう"スノーマン"。今日の任務を忘れちゃいないだろうな?」
「生憎とそうそうすぐに忘れるほど愚かではありません。復唱しましょうか?」
「頼むわ、俺は忘れたから」
 すこん、と"ダークネス"の隣りに座る"シュヴァリエ"の平手が彼に飛んだ。
 まったく、私たちに任務を伝えたのは彼だというのに。
「北極圏に、先日壊滅したデュエリスト組織アルカディアムーブメントの残党が残存しており、第一の任務は彼らの殲滅。
 第二の任務としてアルカディアムーブメントで主任研究員として動いていたミュラー博士を救出する事。この二点ですね」
「おお、流石"スノーマン"。天才だな、とても最年少とは思えん」
「からかわないでください」
 私のコードネームは"スノーマン"。
 そして、この616部隊で一番の最年少、と推測されている。実際は解らない。
「まー、わざわざブラックホークまで駆り出すって事は、カイテル将軍もこの作戦には相当必死って訳だ」
 "ダークネス"の呟きに、部隊員達も顔を見合わせる。
 確かに、UH-60 ブラックホークで相手の基地まで移動とは、相手がそれなりの重要な人物であるからだろうか。
 いや、もしくはアルカディアムーブメント側の抵抗を予測しての事か。
 ブラックホークには元々武装は無いがオプション装備で付ける事は可能となっている。
 ヘルファイア対地攻撃用ミサイルとM134 7.62mmガトリング砲と対地攻撃する気満々な武装までぶら下げて来ているのだ。
 このまま第三次世界大戦でも始められそうな気もするが、生憎とそうも行かない。

 しばらくヘリの揺られること20分。じきに通信回線が開いた。
『ホーク1より、ホーク各機へ。前方の基地が見えるか?』
 パイロットの通信が始まり、私たちが搭乗している以外のブラックホーク各機も前方に基地が見えた事が確認できたようだ。
『ホーク2確認』『ホーク3確認』『ホーク4確認』『ホーク5確認』『ホーク6確認』『ホーク7確認完了!』『ホーク8確認終えましたぁ!』
 ブラックホーク全機分の確認が終わった所で、"ダークネス"が無線機を握って指示を飛ばす。
「よし、ヘルファイアで遠慮なく一撃をかましてやれ! 俺達が降下するポイントを確保しなきゃな!」
『了解、ホーク2、ミサイル発射』『ホーク3、ミサイル点火』
 特に武装も無さそうな耐雪ドームが中心の建物に向けてヘルファイアミサイルが四発分吸い込まれ、爆発が起こる。
「無抵抗ですね」
「幾ら何でもヘルファイアはやり過ぎだったか? わざわざブラックホークを8機も用意する必要なんて無かったんじゃねぇのかよカイテル将軍…」
 "ダークネス"がそう呟いた時だった。
 黙っていたドーム群の影から次々と人影が飛び出し、そして―――――。
「カース・オブ・ドラゴンだ!」
 誰かの声が響き、私たちのヘリの前にカース・オブ・ドラゴンが六体、編隊を組んで出現していた。

 カース・オブ・ドラゴン 闇属性/☆5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力1500

「各機、散開! カース・オブ・ドラゴンに落とされたら、氷の上をひたすら歩いて帰る羽目になるぞ!」
 "ダークネス"の指示が飛び、一斉に各機が各々攻撃を受けない様に距離を取る。
『ヘルファイアミサイルじゃカース・オブ・ドラゴンは落とせませんよ?』
「んなこた百も承知だ! "スノーマン"。あのカース・オブ・ドラゴンを全部黙らせろ!」
「了解」
 私は頷くと、ヘリの扉を開き、デュエルディスクを起動する。
 相手は六体。なんとかなる数ではあるだろう。
「ホーク各機、ホーク1がカース・オブ・ドラゴンを引きつけている間に降下ポイントに降下し、外に出ている連中を殲滅しろ。俺達が来るまで突入はするな。いいな!」
『了解!』
 さて、カース・オブ・ドラゴンをどうやって始末するか。
 サイコ・デュエリスト同士の戦いはモンスターの攻撃力の大小で実力が決まる訳では無い。
 如何に攻撃力2000だろうと、私の相棒の方が、ずっと頼れる。
 そうでしょう?

「―――――ニサシ!」
 銃型デュエルディスクに込めて打ち出したカードは、六武衆−ニサシ。

 六武衆−ニサシ 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力700
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 空中に姿を現した二刀流の武士はそれぞれの手に刀を抜くと、その場で全身を右に捻って一閃。
 その一閃は見事にカース・オブ・ドラゴンを両断し、1体目が下へと落ちて行く。
 そして全身を捻った反動を返すかのように今度は左に捻って再び一閃。これで2体目。
 私がヘリの梯子を蹴りだすと、ニサシはひらりと軽やかな動きで梯子に片手で捕まる。
 だが、カース・オブ・ドラゴン達も負けてはいない。4体まで減っても、それぞれ火炎弾を放ってヘリを落とそうとしてくる。
「火炎弾だ! 右へ回避しろ!」
 私が反応するより先に"ダークネス"の指示が飛んでヘリが右へとスライドし、四発の火炎弾を回避する。
「よし、ニサシ、飛べっ!」
 私の指示と同時に、ニサシは梯子から手を離して跳躍。
 左の刀は収めたが右の刀は抜いたままカース・オブ・ドラゴンの背中へ着地し、そのまま下突きで頭を貫いた。
 3体目。
 そして落ち行くカース・オブ・ドラゴンから再び跳躍し、4体目の背中へと着地。
 だが敵もさるものでニサシを振り落とすべく速度をあげて暴れだす、がニサシはそんなカース・オブ・ドラゴンの背中に左手で掴まったまま、5体目、6体目をすれ違った瞬間に一閃で斬り落とした。
 そして、掴まっていた4体目にトドメをさした。
「始末完了……降下しましょう」
「OK。こちらホーク1。空中のカース・オブ・ドラゴンは黙らせた。降下するぞ、突入準備」
 ヘリが駐機場にゆっくりと降下すると、先に地上に降りていた部隊は外に出て来た連中を殲滅した後だった。
「突入準備はできていますよ、"ダークネス"」
 私より先にヘリから降りた"ダークネス"と"シュヴァリエ"に近づいた仲間が口を開く。
 彼のコードネームは"ゴースト"。歳は"ダークネス"と同じぐらいで二人はなかなか仲良しらしいが、本人曰くあの決闘者王国の時代からデュエルをしているそうだ。
 本当なのだろうか?
「ありがとよ"ゴースト"。誰も出してないだろうな?」
「ネコの子一匹漏らさない包囲ですよ。ま、80人もいればそんなモンでしょう」
 "ゴースト"は仮面の奥で笑ったような声をあげると、私に視線を向けて口を開いた。
「ああ、でも子猫が一匹ウチにいましたか」
「ウチの子猫は頼りになるからな。あまりからかうなよ、"ゴースト"」
 なんだろう、この二人を殴りたい衝動が物凄く激しい。
「よし、じゃあ、位置につけ。"スノーマン"。"ブレイズ"と"オルカ"と一緒に、西側から突入してくれ。"シュヴァリエ"。お前は"ゴースト"と"ファルコン"と一緒に東側からだ。俺は北から行く」
「合図は?」
「俺が指示を出す」
 "ブレイズ"と"オルカ"は既に東側の入り口を固めており、いつでも突入出来る状態にあった。
 私もデュエルディスクの具合をチェック。問題無いようだ。
 突入時のドア破壊用のセムテックスをセットし、右に"ブレイズ"、左に"オルカ"、そして正面に私。
『スタンバイ…』
 突入準備。中でどれだけの抵抗が待っているか解らない。緊張する一瞬だ。
『スタンバイ…ああ、大事な事を言い忘れていた。カイテル将軍からの勅令だ。ミュラー博士には手を出すな。後は殲滅して構わない。だが、ミュラー博士に手を出したものは射殺する』
『…今さら言わないで下さいよ、了解』
『黙れ"ゴースト"。まだ、スタンバイ…よし、行くぞ』
 合図が出た。
 セムテックスが爆発し、破れた扉から中へと踏み込む。

 中へと踏み込むと同時に、一人の少年がデュエルディスクにカードを置き、E・HERO エッジマンを呼び出した。

 E・HERO エッジマン 地属性/星7/戦士族/攻撃力2600/守備力1800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、
 相手に戦闘ダメージを与える。

「!」
 いきなりエッジマンなんかに襲われちゃたまらない。
 こういう時は、操っている人間を先に倒してしまうのが定石。それを考慮したら…。
「ヤリザ」

 六武衆−ヤリザ 地属性/☆3/戦士族/攻撃力1000/守備力500
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 ヤリザは槍を構えると、エッジマンを無視して少年の元へと踏み込み――――一撃で貫いた。
「があっ!」
「じょ、ジョンソン! 貴様ぁぁぁぁっ!」
 ロッカーの影から青年が飛び出し、彼が突き付けて来たのは三体のガジェット達。

 レッド・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1300/守備力1500
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

 イエロー・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1200/守備力1300
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

 グリーン・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1400/守備力600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

 三体のガジェットがそれぞれ腕を振上げて同時に襲いかかってくる。
 流石にヤリザだけでは心もとない、私はニサシを再び呼び出す。

 六武衆−ニサシ 風属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力700
 自分フィールド上に「六武衆−ニサシ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 ヤリザとニサシはそれぞれ得物を構えると、ヤリザはグリーン・ガジェットの拳を弾きつつ、槍の柄で二回ほど打撃を加える。
 グリーン・ガジェットが怯んだ所をその疾風のような槍捌きで貫く。
 ニサシはイエロー・ガジェットの腕を斬り落とし、レッド・ガジェットの一撃を刀で受け止める。
 そこへグリーン・ガジェットを倒したヤリザが槍を振りかぶり、槍の柄で打撃を加える。
 そしてニサシの一閃。
 レッド・ガジェットは倒され、直後にイエロー・ガジェットも同じ運命をたどった。
「ヒッ…!」
 ガジェット達を呼び出した青年が逃げようとした直後、アビス・ソルジャーがその青年の背中に槍を突き立てた。

 アビス・ソルジャー 水属性/☆4/水族/攻撃力1800/守備力1300
 水属性モンスター1体を手札から墓地に捨てる。
 フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。
 この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

「お休み」
 "オルカ"はそう呟くなり、部屋には自分たち以外残っていない事を確認。
「……クリア。次に向かう」
『了解。"オルカ"、次は機械室に向かってくれ。空調の電源を切れば向こうから飛び出して来る』
「了解。機械室に向かう」
『"ダイス"と"スティンガー"を応援に向かわせる。合流してから機械室へ』
 外で包囲を続けていた仲間達から二人が姿を現し、五人になったチームでまずは扉を開けて廊下へと出る。
「廊下の曲がり角に注意しろ。まだ潜んでいる可能性があるぞ。"スノーマン"、"ダイス"と先行してくれ」
「了解」
 私は先頭に立ち、廊下を慎重に進む。
 廊下の曲がり角だけではない、時には天井や…以前あった事だが、いきなり壁をセムテックスで爆破して突っ込んで来る事もある。
 だが、さして長くない廊下でそんな抵抗は…いいや、どうやらあるようだ。
 微かにだが、足音が聞こえた。
「来ます! 全員、物陰に!」
 私が叫んだ直後、アルカディアムーブメントのデュエリスト達は廊下の奥にある扉や両脇から次々と飛び出し、一斉に僕を繰り出してきた。
「うおおおおおおおっ!!!!!」
 戦士ダイ・グレファーが二人、雄叫びをあげながら剣を構えて振りかぶって来る。

 戦士ダイ・グレファー 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1600

 しかもそれだけではない、その奥にブラッド・ヴォルス。魔導戦士ブレイカー、死霊騎士デスカリバー・ナイトと五体が大挙して押し寄せて来た。

 ブラッド・ヴォルス 闇属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1900/守備力1200

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

 死霊騎士デスカリバー・ナイト 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1800
 このカードは特殊召喚出来ない。
 効果モンスターの効果が発動した時、フィールド上のこのカードを生け贄に捧げなければならない。
 効果モンスターの効果とその発動を無効にし、そのカードを破壊する。

「五体も揃えるとはいい度胸!」
 流石に五体同時に相手をするのに、ニサシとヤリザだけでは心もとないだろう。
 "オルカ"のアビス・ソルジャーがいるとはいえ、三対五の地上戦では分が悪過ぎる。
「"ブレイズ"! "スティンガー"! 援護しろ! ここは俺達で食い止める! "スノーマン"! "ダイス"と二人で横の部屋から回り込んでデュエリストを始末しろ!」
「了解。横に回ります」
 何も正面突破だけが出口ではない。
 近くにあった横の扉に入り、横周りで相手を始末し…。

 いいや、部屋の中にもまだ敵は潜んでいた!
 モンスターを召喚する事も無く、純粋にナイフを片手に私の首元を掴み押し倒したそいつは――――――。

 だが、そんな彼の身体に爆音と共に無数の穴が開き、そのまま倒れた。
「大丈夫か"スノーマン"?」
「……助かりました"ダイス"」
「俺のガトリングバギーの後ろに隠れてな。盾ぐらいにはなるぜ」

 ガトリングバギー 地属性/☆4/機械族/攻撃力1600/守備力1500

 ガトリングバギーとはまだ古風で地味なモンスターを持っていると思う。
 が、確かにガトリング砲装備の装甲車という点では非常に頼りになるのだろう。
 直後、ドーム全体が一瞬大きく揺れた。
『どうした今のは!? 何が起こった!?』
 "ダークネス"の叫びに、上空のヘリとの通信が入る。
『こちらホーク1! 上空から見た所によると、燃料貯蔵庫に火を付けた野郎がいます! 後、研究施設も爆破準備している模様!』
『燃料貯蔵庫は仕方ないとして、研究施設を吹っ飛ばされちゃ困る! ホーク各機、爆破準備している奴らをミニガンで始末しろ!』
『今交戦している奴らはもとより、爆破準備している奴らは白衣を着てます! 研究員です!』
『カイテル将軍がハーグ陸戦条約なんざ気にするタマか? テメェが腹にぶら下げているものはなんだ! 始末しろと言っている! 聞こえなかったのか!? 繰り返す、爆破準備している連中をミニガンで始末しろ!』
『無茶言わないで下さい! ガンナーも含めて皆降りてるのにどうやって撃てってんですか!?』
『なんとかしろ!』
『了解、なんとかします!』
 "ダークネス"は相も変わらず無茶苦茶な事を言っている気がするが、直後に再びドーム全体が激しく揺れ、それは先ほどよりも長く続いた。
『ホーク各機、ヘルファイア対地ミサイルを全弾撃ち尽くしました』
『全機同時に発射するバカが何処にいる! 今のは危なかったぞ!』
『なんとかしろと言ったのは隊長です!』
『"ダークネス"、たまには自分の発言に責任を持ちなさい』
 "シュヴァリエ"のあまりにも当たり前すぎる言葉に"ダークネス"は言葉を失う。
 時々この部隊は本当に大丈夫なのか不安になる。
『研究施設付近の敵兵、クリアです』
『まぁ、助かったから良しとするか。よし、俺の隊は研究施設へ向か…おおう!?』
『どうしました"ダークネス"?』
『連中、連絡通路にバリケードを山ほど気付きやがった! おまけにそこら中にグレイモヤがバラまかれている! おおっと、グレイモヤだけじゃなくてBFとHEROの編隊が俺達をお出迎えだ! 集中砲火を受けてるから出来れば援軍に来てほしいものだな、アウト!』
 "ダークネス"の通信越しに爆音が山ほど聞こえる事から、どうやら集中砲火を受けているらしい。
 流石にそれはキツそうなので増援に行きたいけれど、その前に横から攻撃を仕掛けなくては。
『"スノーマン"! 連中の横にはまだ辿り着かないのか!?』
「今、出ます!」
 "ブレイズ"の通信にそう返すと、グレファーを初めとする五体を操るデュエリスト達が廊下にいるのが見えた。
 今なら横から行ける。
 そして今、私の元にはニサシとヤリザの2体が存在する――――アレを喚ぶのは容易だ。
「…大将軍紫炎!」
 そう、六武衆を統べる、いずれ天下へと昇る――――大将軍紫炎を。

 大将軍紫炎 炎属性/☆7/戦士族/攻撃力2500/守備力2400
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが2体以上存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手プレイヤーは1ターンに1度しか魔法・罠カードの発動ができない。
 このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」という名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 大将軍紫炎はニサシとヤリザの二人を従え、ガトリングバギーの装甲を足場にデュエリスト達へと斬り掛かる。
 突如として現れた大将軍と二体の六武衆に驚いたのか、デュエリスト達は悲鳴をあげて下がろうとして――――ガトンリグバギーの掃射の餌食となっていく。
 骸が重なって行く。
 そこへ"オルカ"、"ブレイズ"、"スティンガー"の三人が駆けつけ、更に追撃。
「東側通路、クリア」
 "ブレイズ"の言葉に"オルカ"は頷き、奥の研究施設へ至る連絡通路を目指す様に指示を出す。
「よし、俺達は東側通路から研究施設までの連絡通路を突破して本隊に合流するぞ」
 東側通路の奥の分岐点から更に奥に進めば"ダークネス"達が足止めされている研究施設への連絡通路へと出る。
 恐らく向こうも私たちが東側から攻めて来る可能性を考えているだろう。
 だとすると、罠を警戒するべきだろうが…。

 その直後だった。
 私たちが制圧した筈の、背後から、轟音と共に壁を突き破り、蒼い影が突進してきた。
「回避ーッ!」
「ぐああああっ!!!!!!!!」
 "オルカ"の指示が飛んだ直後、誰かの断末魔。
 そして、私が従えていたヤリザも先ほどの突進に巻き込まれて薙ぎ倒されて行く。
「"ダイス"がやられた! 繰り返す、"ダイス"がやられた!」
「迷宮の魔戦車だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 "スティンガー"の悲鳴と同時に、蒼い影は扉を壁ごと突き破った後に反転し、再びこちら目掛けて突進してくる。
 大型のドリルを何個も備えた迷宮の魔戦車は私たちを完全にロックオンしている!

 迷宮の魔戦車 闇属性/☆7/機械族/攻撃力2400/守備力2400/融合モンスター
 「ギガテック・ウルフ」+「キャノン・ソルジャー」

「冗談じゃない、押しつぶされてたまるか! 横の部屋に逃げ込め!」
 "オルカ"の叫びの直後、蒼い影は一瞬で距離を詰め、そして――――――。
「"スノーマン"!」
 私の身体を盛大に吹っ飛ばした。
 衝撃が襲い、そのまま壁に叩き付けられ、壁ごと吹っ飛ばされる。
 身体を引き裂く音は無く、肉も引き裂かれた、訳でも無い。

「うっ……」
 幸いにして、生きている。
 周囲を見渡すと、崩れた壁に埋もれていたのか、やたらと瓦礫と埃だらけだ。
 遠くの方に蒼い影がまだ走っている所を見ると、相手は健在らしい。
『畜生、あの迷宮の魔戦車をなんとかしなきゃ進めないってのに! "スケアクロウ"、なんとか増援に来てくれないか!?』
『今、"アイギス"と二人でそっちに向かっているんだ! だが、HEROの編隊に足止めされているんだよ"オルカ"!』
『なんで二人だけなんだ!』
『"シードル"がグレイモヤで吹き飛ばされて"ドミノ"はBFの集中砲火を受けて負傷したんだ!』
『"ブラッド"と"エッジ"はどうした?』
『"ダークネス"の救援に向かっている』
「………"オルカ"、応答願います。"スノーマン"です」
 無線機を探り出し、そう言い放つと向こうが一瞬だけ静まり返った。
『生きていたか"スノーマン"! ちょうどいい、俺達は今、迷宮の魔戦車に足止めされている。それを操るデュエリストを探してくれ!』
「了解。迷宮の魔戦車に二回も敷かれるのはご免です。移動します」
 私は通信を切り、とにかくここを離れるべく移動を開始する。
 迷宮の魔戦車を操るデュエリストは恐らく私が死んだと思っているだろうから、奥の方でのんびりと足を広げている事だろう。
 まったく。
 私は少し舌を出し、息を殺して慎重に崩れた通路の間を抜けて行く。

 いた。
 デュエリストが三人。まとめて始末してしまおう。
 三人は迷宮の魔戦車を操作しつつ、通路の奥で応戦しているであろう"オルカ"達の声を聞いてどうにか始末しようとしているようだ。
 そしてそっちに夢中になっていて、脇に置いてあるショットガンの事など忘れているらしい。
 足を忍ばせて近づく。
 ショットガンはセミオート式のもので、一発ごとにポンプアクションが必要な奴ではない。複数を相手にするには充分過ぎるほどだ。
 一旦足を止めて呼吸を整える。
 3カウントだ。
「アヂン…」
 一歩、歩を進める。向こうは気付いてない。
「ドゥヴァ…」
 更に一歩。
「トゥリー」
 物陰から出ると、ショットガンを掴む。
 足音に気付いた三人がこちらを振り向くより先に、構えて引き金を引く。
 一発、二発、三発。
 至近距離からショットガンを腹に受けた三人は沈黙し、コントロールを失った迷宮の魔戦車が壁に突っ込んで泊まり、姿を消して行く。
「仇は取りましたよ、"ダイス"」
 先ほど私を助けたくれた分は、これでお返しします。
『よくやった"スノーマン"。先行して奥へ進んでくれ。俺達は"スケアクロウ"達とすぐに合流する』
「了解」
 ショットガン…は流石に置いて、今は"ダークネス"達が孤立しているだろう研究施設への連絡通路へ急ぐ。
 さして大きくもないドーム群の筈なのに、潜んでいた敵の数は予想外に多い。
『"ダークネス"! 状況はどう?』
『ありがとよ、"シュヴァリエ"! おかげさまでどうにかなりそうだ』
『あ、俺ら救援行かなくていいスか?』
『…集合はしろ、"オルカ"。"スケアクロウ"も余計な油売ってないで――――どうした今のは!? 何が起こった!?』
『一人やられたぞ! まだグレイモヤが残っていた!』
『あー…"ゴースト"! グレイモヤ不発弾はまだ残ってるか?』
 どうやら本隊は相当苦労しているようだ。
 そこら中にBFやHEROの残骸が転がる中、とにかく奥へ、奥へと進む。

 そして、次々と扉を開けて行くと―――――その先に、一人の科学者がいた。
「随分と遅かったな。予想外に時間がかかったのではないか?」
「……ミュラー博士ですね?」
 白衣のその初老の男は私の声を聞くなり一回だけ頷く。
「随分と若い声だな。……だが、その歳にしては落ち着いている。なるほど、大した子だ」
「………お迎えに参りました」
 問いには答えず、私はただ返事を返す。
 ミュラー博士が立ち上がった時、ちょうど反対側の扉が開いて本隊が到着した。
 そして私が入って来た扉からは"オルカ"達がやってくる。
「うぉっ!? なんだ、"スノーマン"か。お前の方が早かったとは驚いたな…」
「本当に頼れる子猫ですね」
「"ダークネス"、"ゴースト"、あなた達は少しいい加減になさい」
 二人の言葉に"シュヴァリエ"はそう答えた後、"ダークネス"は真面目な口調になってミュラー博士に口を開く。
「お待たせしました…ああ、カイテル将軍。ミュラー博士を保護しました」
『了解した。博士に繋いでくれ』
「了解。博士、カイテル将軍です」
「ああ……将軍、ミュラーです。ええ、例の物はきちんと回収しました。ところで将軍、実は良く無いニュースがありまして…」
「長い話になりそうだな、少し外で待っているか」
 "ダークネス"の言葉に、私たちは一旦研究施設から出てミュラー博士を待つ。
「……ええ。それは解っています。アレがきちんとコントロール出来るかが何よりも………問題ありません。AIも落ち着いて来てはいるのでしょうから」

「は? いや、それは……とんでもない。了解しました、必ず…しかし、良いのですか…わかりました。貴方が言うのでしたら」

 ミュラー博士が研究施設にこもって三十分は経つがまだ出てこない。
「……まさかカイテル将軍はミュラー博士のお耳の恋人か?」
 "スケアクロウ"がそう呟いた時、ようやくミュラー博士が姿を現した。
「ああ、待たせたな。君達に…いや、最初に私の元に入って来た君に頼もう」
 ミュラー博士は私に視線を向けると、小さなディスクを渡す。
「カイテル将軍と私からの指令だと考えてもらいたい。このディスクをとある人物に届けてほしいのだ」
「ある人物、とは?」
 私がそう返事をすると、ミュラー博士は言葉を続ける。
「行けば解る。場所はロシア東部のサハ共和国にあるエコー5578地点だ。なるべく急いでくれたまえ。合い言葉は『ウィルセイグッバイ - ロストヘイブン』だ」
「了解しました。エコー5578地点ですね」
 私がディスクをポケットに押し込むと、既に外にいた仲間達がヘリを用意しているのか、両手を振る。
「移動しますよ、ミュラー博士! ……どうした"スノーマン"?」
「彼女に任務を一つ頼んだ。問題ない、カイテル将軍には話をしてある」
「……了解」
 "ダークネス"は頷くと、ヘリへと乗り込み、私にも手で乗り込むように指示する。
 ミュラー博士が別のヘリに乗り、ヘリが動き出した。
「…"スノーマン"。ミュラー博士から何を言われたんだ?」
「ロシア東部のサハ共和国にあるエコー5578地点に向かえと。それ以外は特に何も」
「そうかい、ならいいんだけどな」
 "ダークネス"はそう答えると、いつもなら軽口の一つでも叩く筈なのに、黙っていた。
「どうしました"ダークネス"?」
「ん? ああ、少しな……時々妙に思うのさ、自分たちの事について、な」
 それはどういう意味なのか、と問いかけようとすると"ダークネス"は勝手に言葉を続ける。
「カイテル将軍の奴はこう言う。『世界は常に変革を続けようとするもの。安寧など本当は何処にも無い。だが、多くの人間が世界は安寧だと思っている―――――』」
 カイテル将軍の口調をそのまま真似て喋りだす"ダークネス"に何人かが噴き出しかけている。
「『安寧だと思うのは間違いではない。何故ならそれが彼らに取っての常識だからだ。そして我々は彼らの安寧の為に戦わねばならない』……ってな。だが、それにしちゃ範囲が広すぎないか? 俺達が行く先も、戦っている場所も」
 確かにそうかも知れない。
 Task Force 616はサイコ・デュエリストを集められて作られた。
 様々な作戦に対応出来る。だが、その分、戦う先も、場所も、任務も、とにかく幅広い。否、広過ぎる。
 時代を超えるだけではない、時に同じ時代でも違う世界と勘違いしてしまう事だってある。
 名前は違えど、まったく同じ人物を二回暗殺する事だってあった。

 国境も何も無い、それが私たちの戦いなのだ。

 だけど……。
「そうやって延々と戦い続けた先に、俺達は何処に行くんだろうな?」
 "ダークネス"は呟く。
 戦い続けた先に、その先にどうなるのか、私たちは少なくとも見えてこないのだ。
 そう、少なくともこの先の未来ですらも。











 一機のヘリが北極圏を越えた後、アラスカにて戦闘機に乗り換え、戦闘機で南西へと進む。
 漆黒に塗られた、国籍すら解らない一機の戦闘機。
 各国の領空に侵入しても各国は何も言わず、その戦闘機を黙って通す。
 "彼らに触れてはならない"。そんな空気がそこにある。
 そして戦闘機は南西へと進み続け、とある国のとあるポイントへと着陸した。
「……待っていたよ、ミュラー博士」
 戦闘機のすぐ目の前、風が直撃しそうなその場所で、一人の人影が立っていた。
 戦闘機から降りたミュラー博士は人影が誰か気付くと、足早にタラップを降りる。
「お待たせして申し訳ない。メッセージディスクの製作に手間取ってね」
「それは仕方ない。メッセージディスクは持って来たか?」
「いいや、もう現地に送る事にしたよ。タスクフォース616の人材を一人借り受けた」
 ミュラーの言葉に先ほどまでの通信でカイテル将軍と呼ばれていた人影は不満そうな顔をしたが、即座に言葉を切り替える。
「…まぁ、いい。ところでミュラー博士。アルカディアムーブメントでの研究に成果はあったのか?」
「ああ…あの組織はただ単に軍事利用しか考えていなかったらしい。だが、成果はあったよ」
「それは?」
「"シンクロ"だよ、南條博士」
「"シンクロ"? だがシンクロ召喚の概念自体ならもう既に…」
「いいや、違うんだよ南條博士。それはシンクロ召喚ではない。モンスターとの"シンクロ"だ」
「…なんだって? 詳しく、話を聞かせてもらおう」
 南條博士の問いに、ミュラー博士は奥へと進み、一つのPCに飛びつく。
 ポケットからディスクを取り出し、挿入。
「これを見てくれ。ちょうどあの施設で実験が行なわれていたものだ」
 PCの画像が切り替わり、一つの映像が映し出された。

 その画面に映っていたのは竜破壊の剣士、バスター・ブレイダー。

 バスター・ブレイダー 地属性/星7/戦士族/攻撃力2600/守備力2300
 このカードの攻撃力は相手フィールド及び墓地に存在するドラゴン族一体に付き500ポイント上昇する。

 そしてその奥に、一人の青年。
 バスター・ブレイダーは目の前にあった木人形に、その剣を使って斬り掛かる。
 だがその時、奥にいた青年も、バスター・ブレイダーと全く同じように剣を振りかぶり、斬っていた。
 木人形が粉砕される。
「……これは? バスター・ブレイダーの動きに合わせて青年が同じ動きをしているように見えるが」
「逆だ。実際は青年の動きにバスター・ブレイダーの方が反応しているのだ。もっとも、青年が動かなければバスター・ブレイダーも動かないとい点ではまだ改良の予知はある」
 ミュラー博士は南條博士の問いにそう答えると、首を大きく左右に振る。
「現時点でサイコ・デュエリスト達は実体化させたカードを自らの意志で操っている。一見、このシンクロ現象も意味の無いものに思えるかも知れない。だが、このシンクロ現象が目指すものはモンスターとデュエリストの一体化。デュエリストそのものがモンスターとして戦う事、それを目指している」
「………なるほど。確かに、一体化してしまえば命令を伝える時間のロスも無く、また小回りの利く命令を出す事も出来る、という訳か」
「その通りだ」
 南條博士の言葉にミュラー博士は頷き、そしてPCを再び弄る。
「J.Sから見ればまだ研究が遅れているらしいがね……アルカディアムーブメントの施設ではやはり無理がありすぎた。実験体には事欠かなかったのだが」
「ミュラー博士。このシンクロ現象、どの当たりまで進んでいるのかね?」
 南條博士が冷たく呟く。
 ミュラー博士は直視せず、視線をそらしながら答えた。
「……あまり良く無いのだよ。五人に一人の割合で制御が仕切れず、モンスターの方に流されてしまう者もいる」
「残り四人は成功しているのかい? 80%ならば、大した成果だよ」
「J.Sから見れば、まだ低過ぎるという回答だ」
 J.S。
 PATRIOTシステムのAI。
 彼から見れば、まだ不完全のシステムは、まだまだ改良の予知があるという事か。
「…なるほど。では、新たな施設を探そう。生憎と時間も少なくなりつつある事だし、ね…」
 南條博士はそう呟くと、無線機を手に取った。
 彼は交信を始める。
 全ては、機械仕掛けの神が決める事。彼らは黙ってそれに従うだけなのだ。






 ロシア東部サハ共和国。
 ロシアの東に位置するこの国は極点にもほど近く、面積の四割は北極圏に含まれ、土壌は全て永久凍土。
 だがロシアにしては雪が少なく、夏場は高緯度の為、猛暑という意外な地域でもある。

 そんなサハ共和国の更に東の方に、エコー5578地点は存在する。

《第18話:エコー5578》



 エコー5578地点は、小さな村だった。
 民家が多く所在してこそいるが、人の気配はまったくない。
「………」
 私はバイクから降りると、まずは慎重に様子を伺う。
 どうやら誰も出て来る様子も無い…周囲を警戒しつつも、私は民家のうちの一つへ近づく。
「…ウィルセイグッドバイ」
 合い言葉を言う。返答は無い。
「ウィルセイグッドバイ」
 二回目。どうやらこの家には誰もいないようだ。
 家の中を抜けて、裏口から次の家へと向かう。

 不気味なほど、静かだ。
「……何かおかしい。どうしのかしら…」
 酷いノイズの後、胸に付けた通信機から"ダークネス"の声が漏れた。
『"スノーマン"? 聞こえるか?』
「聞こえています。……様子が妙です。人の気配がありません」
『妙だな…ミュラー博士もカイテル将軍も、その場所で間違いない筈なんだが…。もう少し探索を続けてくれ。"ゴースト"と"アイギス"を向かわせた。アウト』
「了解」
 二軒目の民家へと入ろうとした時だった。

 そこに誰かがいる。
「動くな」
 いいや、後ろをとられた―――――!?
 頭部を掴まれ、そのまま壁に力一杯ぶつけられる。だが、視界の隅に入って来たのは――――子供?
 私より年下の、少年?
「…まだ、意識があるのか? 随分と大した人だな…どれどれ」
 その声の主は手を伸ばすと、私の顔を覆う仮面をはぎ取った。
 私の視界に、声の主の顔も飛び込んで来る。

 銀髪の若い少年。
 私よりもまだ年下であろう彼は笑いながら私に視線を向ける。
「……オレの名前ぐらい、わかるよな?」
「………吹雪、冬夜」
 吹雪冬夜。
 デュアル・ポイズンの総帥。地底世界の住人として、神を目指す少年。
 全身から溢れる悪意。
 人間だけ殺す事ばかり考えている、テロリストよりもタチが悪い。
 次元レベルのテロリスト。

 彼の手が跳ね、私の頭が再び壁に叩き付けられた。
「………やはりその程度じゃ、苦痛にすら歪まないか」
 吹雪冬夜はニヤリと笑うと、私の顎をそっと手に取る。
「…その顔が苦痛に歪むサマを見てみたい…けれど、それにはまだ早いか」
「………吹雪冬夜……」
 そう呟いた私は、咄嗟に持っていたナイフを引き抜き、そして吹雪冬夜へと襲いかか―――――。
 直後、盛大な蹴りを喰らい、私は再び壁に叩き付けられた!
「がっ!?」
「生憎と、そんな単純な手段だけじゃ仕留められないさ」
 そう言って吹雪冬夜は、じっと私に視線を向けた。
「…デュエルディスク…そうだね、デュエルをしようか。立ちなよ。いい場所を知っている」
 吹雪冬夜に言われるがママに手を引かれる。
 無理矢理立たされる、すると、彼のその力強さは尋常じゃない、とても子供とは思えない力強さだった。
 そのまま、手を引かれて、外に出る。
 冷たい風が吹く、ただそれだけの、誰もいない廃墟の集落。

「……始めようか。君の名は?」
「……"スノーマン"。行きますよ、吹雪冬夜」
「ハハっ、いいね。喰らわれても、文句は言わせない」

「「デュエル!」」

 "スノーマン":LP4000   吹雪冬夜:LP4000

「君の先攻でどうぞ。レディファーストだ」
「私のターン。ドロー」
 さて、まずドローしたカードは…。
「六武衆−ザンジを攻撃表示!」

 六武衆−ザンジ 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1300
 自分フィールド上に「六武衆−ザンジ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。  このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 フィールドに人斬りを謡われる六武衆の一人が姿を現し、刀を構える。
 だが、彼だけでは恐らく心もとない。
「続けて、手札から六武衆の師範を自身の効果で特殊召喚!」

 六武衆の師範 地属性/☆5/戦士族/攻撃力2100/守備力800
 自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが相手のカードの効果によって破壊された時、自分の墓地に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
 「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 2体の六武衆を並べ、私はターンエンドを宣言する。
「オレのターン…フィールド魔法、永久氷河を発動!」

 永久氷河 フィールド魔法
 全フィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドロー出来る。

 フィールドが、一瞬にして冷たい氷河地帯へと切り替わる。
 そしてフィールド魔法を出しただけでは恐らく終わらないだろう。吹雪冬夜が次に打つ手は…。
「永久氷河の効果により、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドローできる…オレは片翼の白熊を墓地に送り、カードを二枚ドローする」

 片翼の白熊 水属性/☆6/獣族/攻撃力2300/守備力1500
 墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事でデッキに存在する「片翼の白狼」を特殊召喚する事が出来る。

「そして、墓地の片翼の白熊をゲームから除外する事で、片翼の白狼1体を特殊召喚!」

 片翼の白狼 水属性/☆4/獣族/攻撃力1700/守備力1800
 このモンスターは戦闘で破壊された時、1ターンに一度だけその破壊を無効にする事が出来る。
 このモンスターがフィールド上に存在する限り、このモンスターよりも攻撃力が低いモンスターが召喚された時、
 そのモンスターのレベル×100のライフポイントを支払う事でその召喚を無効に出来る。

 片翼の白狼 攻撃力1700→2000

 フィールドに片翼の白い狼が舞い降り、六武衆達を威嚇する。
 そう、ここは冷たい永久氷河。氷の世界の住人―――吹雪冬夜の領域だ。
「そして、まだまだオレのメインフェイズは終了していない! 氷女ツララを守備表示で召喚!」
 氷女ツララ 水属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1100/守備力1900
 このカードの召喚に成功した時、デッキから「氷女」と名のつくモンスター1体を手札に銜える事が出来る。
 墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、通常召喚の生贄1体分として扱う事が出来る。

 氷女ツララ 守備力1900→2200

 吹雪冬夜は確実に陣形を整えて行く。このままでは良く無い、が今のままではどうする事も出来ない。
 彼がバトルフェイズで何を狙う?
「さぁ、行くぞバトルだ! 片翼の白狼で、六武衆−ザンジを攻撃! 絶対零度の爪!」
 白狼がザンジへと爪を振りかぶり、遠慮なく引き裂いた。
 六武衆の師範がいるので身代わり効果を使う事も出来るが、六武衆の師範は破壊された時に墓地の六武衆を特殊召喚出来る。
 墓地に六武衆が現時点ではいない以上、その効果は使えない。不発に終わる。
 だから、ザンジが破壊されるのを黙って見ているしかない。
「くっ…!」

 "スノーマン":LP4000→3800

「カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」
「1ターンでここまでの陣形を整えるとは、流石…でも、負けない! 私のターン! ドロー!」
 まずは手札を確認、どうすればいい?
「…六武衆の結束を発動!」

 六武衆の結束 永続魔法
 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを1個乗せる(最大2個まで)。
 このカードを墓地に送る事で、このカードに乗っている武士道カウンターの数だけ自分のデッキからカードをドローする。

 まずはドローの布陣を整え、そして反撃の手口と言えば…今、ドローした彼に頼るしかないだろう。
 せめて六武衆の結束が使えるようになれば…。
「ヤリザ!」

 六武衆−ヤリザ 地属性/☆3/戦士族/攻撃力1000/守備力500
 自分フィールド上に「六武衆−ヤリザ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。
 このカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の「六武衆」と名のついたモンスターを破壊する事ができる。

 六武衆の結束・武士道カウンター 0→1

 槍を構えた六武衆が姿を現すと、吹雪冬夜は「へぇ」と笑う。
「なるほど、ただのお姉さんじゃなさそうだ。ますます面白くなって来たな、この時点でダイレクトアタッカーを引くなんてね」
「ヤリザ。プレイヤーへ、ダイレクトアタック!」
 そして何より―――――私を含むタスクフォース616の人材はモンスターを実体化させるサイコ・デュエリスト!
 わざわざデュエルになんか誘い出したのが運の尽き、このヤリザの一撃で全てを終わらせられる―――――!

「愚か者め」

 吹雪冬夜は呟くなり、1枚のリバースカードを開く。
「魔法の筒を発動!」

 魔法の筒 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「魔法の、筒…!」
 そんなリバースカードを伏せているだなんて!
 直後、ヤリザの一突きは、私の腹部へと突き刺さる。
「ぐあっ…!」

 "スノーマン":LP3800→2800

 更にライフが削られていく…このままではマズいかも知れない。
「……ぐっ、はぁっ……」
 だが、どうする?
「カードを1枚セットし、ターンエンド」
 今はターンエンドするしかない。続けて、吹雪冬夜のターン。
「オレのターンだ…ドロー! さて…」

「永久氷河を墓地に送り、氷の王宮を発動する!」

 氷の王宮 フィールド魔法
 このカードはフィールド魔法「永久氷河」が発動している時のみ発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドロー出来る。
 水属性モンスターが戦闘で相手モンスター1体を破壊する度にこのカードに結晶カウンターを一つ置く。
 自分スタンバイフェイズにこのカードに乗った結晶カウンターを一つ取り除く毎に、相手ライフポイントに500ダメージを与える。
 このカードがフィールド上に存在する限り、水属性モンスターを召喚する際の生贄を一つ減らすことが出来る。

 フィールドに氷の城が姿を現し、周囲全てを凍てつくさんとする。
 おまけに多彩な効果も持つ…彼はどれだけの隠し球を持っているのか。

 片翼の白狼 攻撃力2000→1700
 氷女ツララ 守備力2200→1900

 攻撃力・守備力は低下しようとも、それでもその能力値は高い。
 多彩なモンスターを控えたそれを、どうやって攻略するべきか、それが問題だ。
「そしてオレは氷女フブキを召喚!」

 氷女フブキ 水属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1300/守備力1600
 このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 相手プレイヤーは手札を1枚、ランダムに選んでゲームから除外しなければならない。

「氷女フブキは召喚に成功した時、相手の手札を1枚ランダムに除外する…」
「!」
 つまり、私の手札は無条件で1枚除外される事になる!
 突如、フィールドに巨大な手が横切った、かのように見えた。
 その手がすれ違う時、私の手札が1枚無くなる――――まるで、自らの意志を持つかのように。
「そしてこの瞬間、オレは魔法カード二重召喚を発動! このターン、もう一度召喚を行なう事が可能だ!」

 二重召喚
 このターン、通常召喚を二回行う事が出来る。

「そして、フィールド魔法、氷の王宮の効果により、オレは水属性モンスターの生贄を1体減らす事が出来る! 即ち、オレが呼ぶモンスターは…!」
 2体生贄を必要とする最上級モンスター。
 そして、何より生贄とされるのはきっと、既に用済みとなった氷女フブキだろう。
「その通り。氷女フブキを生贄に捧げ、オレは氷王アゼザルを召喚!」

 氷王アゼザル 水属性/星7/戦士族/攻撃力2500/守備力1500
 このカードは自身が直接攻撃を受けた時、手札から特殊召喚する事が出来る。
 このカードは相手フィールド上の全てのモンスターに攻撃する事が出来る。
 バトルフェイズ時、ライフポイントを半分支払う事で相手モンスターの攻撃力が増加した分だけ、攻撃力を上げる事が出来る。

「アゼザルはフィールド上の全てのモンスターに攻撃をする事が可能だ。即ち、ヤリザと六武衆の師範にも、な」
「!!!」
 それに対して、こちらは無防備。
 何も出来ず、氷の王は全てを支配する。例え相手が、なんであろうとも。
「……アゼザル、そして片翼の白狼で攻撃! ハハハハハ! 悪かったな、生憎と今日のオレは早く本気が出たらしい!」

 "スノーマン":LP2800→1300→900→0

 強い…!
「これが、吹雪冬夜の力……」
 これほどの強さとは、予想以上だ。
 ターン数はたったの4ターン。自分だけをカウントするなら2ターン。
「デュエルは終わりだ…けど、ここまで温いんじゃ面白くも無いな……。ま、一応これは頂いたけどな?」
 直後、私の身体から何かが抜き取られた、かに見えた。
 吹雪冬夜が手に持っているのは、ミュラー博士のディスク。
 流石にそれを奪われてはマズい。私が立ち上がりかけた時、吹雪冬夜は私の腹に拳を叩き込む。
「がっ!?」
 だが、それを奪われる訳には――――吹雪冬夜は既に背を向けて、飛竜に乗ろうとしている。
 そうだ、バイクがあった。私はバイクで来ていたのだ。
 吹雪冬夜が逃げる、逃げる前に…バイクまで…どうにか立つんだ!

『"スノーマン"! おい、前方に吹雪冬夜が飛竜に乗っているのが見えるぞ! 何が起こった!』
「こちら"スノーマン"! 吹雪冬夜と接触…ディスクを奪われました。今から追跡します!」
『了解! "アイギス"! お前はそちらから追え! 俺も追いかける! "ダークネス"! 緊急事態だ、至急増援を頼む!』
『OK! まったく、吹雪冬夜のクソガキも、俺達を黙らせてはくれないようだな!』
 どうにかバイクまで這って行き、エンジンを動かす。
 後方から同じくバイクが二台近づいて来る――――恐らく"ゴースト"と"アイギス"だ。
「これを使え! それと、エンジン全開だ!」
 投げ渡されたのはフルオート式の自動拳銃。なるほど、これなら片手でも扱いやすいし、手数も多い。
 エンジンをかけ、スロットル全開で飛竜を追う!
「行け行け行け!」
 "ゴースト"の声が飛び、とにかくひたすらアクセル全開。
 飛竜とバイクの速度を比較すれば、バイクの方がまだ早い。飛竜は悠々と飛び去ろうとしているが、そこまで速度を出していない。
「しかし、なんで吹雪冬夜がいたんだ!?」
「わかりません!」
 そう、私も予想だにしていなかった。本来、接触するべき相手は何処に消えたのか。
 その答えは、意外とすぐに解った。隣りを走る"ゴースト"の通信機が鳴り響く。
『"アーチャー"より"ゴースト"。聞こえているか?』
「こちら"ゴースト"! どうした?」
『ただいまエコー5578地点に到着して民家の地下室にパニックルームがあった』
「中は確認したか!?」
『ああ。死体を四名確認…そのうちの一人なんだが…マティマティカ博士だ。繰り返す、マティマティカ博士の死亡を確認した。ミュラー博士にも問い合わせたが、VIPはマティマティカ博士のようだ。オーバー』
「なんだって!?」
 マティマティカ博士と言えば、かつてプロリーグに所属したようなデュエリストだった筈。
 それなのに何故…。
 いいや、今はそれはどうでもいい。とにかく、追跡を続けるしかない。
「"アーチャー"! ヘリを飛ばして、追跡出来るか!? 今、俺達は吹雪冬夜を追っている! 奴を逃がす訳には行かない! ディスクを奪われた、ここで確保しなければマズいぞ!」
 "ゴースト"の叫びに"アーチャー"が即座に返事を返す。
『そんな事は解っている! 今、ヘリに乗って追跡する!』
 だが、それを遮ったのは"ダークネス"の声だった。
『待て、"アーチャー"! ヘリを出すのはマズい! 罠だ…デュアル・ポイズンの連中、お前達に追手を飛ばしている! "ゴースト"! 後ろを見てみろ!』
 後ろを振り向く。
 バイクだけではない、MINIMIマシンガンを備えたテクニカルの他、軍用トラックに乗った連中など…遠慮ない追手が後ろから来ていた。
「クソっ…しくじったか! 撒けるか?」
「撒いている暇はありません。このまま行くしかないでしょう!」
 "ゴースト"の言葉に私はそう返し、更にアクセル全開。
 直後、銃撃が始まった。
「そうはさせないっ!」
 バイクに乗っていると、少なくとも片手ではハンドルを動かさなければならないし、吹雪冬夜を追跡しながらデュアル・ポイズンの追手に追われているという複雑な関係上、双方をどうにかして対処しないといけない。
 だが、例えこの手にグロック18を持っていても、そのフルオート射撃を後方に向けて撃っても当たる確率は低いだろう。
 ならば答えは簡単だ。
「"アイギス"、ちょっと無茶しますよ! 囮をお願いします!」
「なにをするの"スノーマン"!? "スノーマン"!」
 ハンドルを大きく右に曲げ、道を逸れて砂利道を走りながらもとにかく反転してのカーブ。
 そう、反転して後ろに回り込む、この事に意味があるのだ。
 追跡される側から、こちらが追跡する側になる。後はそれで充分。
「一人、後ろに回ったぞ!」
 MINIMIを備えたテクニカルが銃身をこちらに向ける。
 それより先にグロックを発射。17発の弾丸がフルオートでテクニカルのガンナーへと襲いかかる。
 拳銃のフルオート射撃は集弾率が悪いというが、数mの距離こそが拳銃の領域と言われるだけあってか、反動がキツくとも一撃必殺で頭部を狙うより、相手に当てるつもりで胴体を狙えば17発も撃てば何発かは当たる。
 案の定、ガンナーは沈黙。だが、敵はそれだけではない。
 軍用トラックは前方の"ゴースト"と"アイギス"に注意を払っている。だが、追跡しているバイクはこちらに視線を向けている。
 一旦ハンドルから手を離してリロード。
 直後、バイクの一人がこちらに何かを向ける。短めの銃身、切り詰められたストック―――――ソードオフモデルのショットガン!
 近距離でのソードオフショットガンの威力は桁外れというレベルではない。
 だが、アレさえ奪えれば…。
 ライダーが一発発射。幸いにして散弾が掠る事も無かったが、それでもその轟音と耳を裂くような痛みが耳へと突き刺さる。
「ええい、こんちくしょー!」
 いつまでも撃たれる訳には行かない、しかし相手の前へと出ても危険なだけだ、ならば横へと回れ。
 私は一旦大きくハンドルを左へ曲げると、道から逸れる直前に右へ戻す!
 そして、アクセルを更に踏み込めばライダーの横っ腹へと体当たり出来る!

 ライダーを一人吹っ飛ばし、彼が落としたショットガンを掴む。
「……まったく、ソードオフショットガンなんて危険なものを…ってこれ、よく見たら装弾数まで改造されてるじゃない」
 随分と危険なものを持っている、が有り難く使わせてもらおう。
『随分と恐ろしいものを手に入れたな"スノーマン"。とにかく、後ろにくっついてる連中を排除できるか?』
「了解」
 ならば精密射撃を行ないたい所だ…弾倉から一旦散弾を抜いて、ハンドルから手を離してマグポーチを探る。
 流石に両手が塞がっていてはハンドルは取れないから、それは足でカバーするしかない。
 マグポーチを探り、散弾ではなくスラッグ弾を装填。
 スラッグ弾は本来狩猟で大型の獣を狩る為に使う、散弾銃用のライフル弾のようなもので拡散せず、一撃の威力が高い、ワンショット・ワンキルの為の弾丸だ。
 ソードオフモデルでは射程が低下してしまうので、スラッグ弾の射撃には向いていないが十数mの距離しかないこの距離ならば問題無い。

 両手で構え、射撃。
 軍用トラックの運転手が沈黙し、ハンドルが動いて道を外れ、岩へと突っ込む。これで何人か始末。
『いいぞ、グッドキル』
 続けて二人目は隣りのライダーだ。だが、ライダーもトラックの末路に気付いたのか、敵もさるもので敢えて速度を落とし、こちらと隣り合うような格好へと。
 そして手にした散弾銃をハンマーのように振上げ、何度か横へと薙ぎ払う。
 少し距離を取って回避しようにも、相手は横へとハンドルを傾けてこちらに一撃でも当てようと仕掛けて来るだろう。
 だが、まだまだ甘い!
「おやすみなさい!」
 ハンドルを握っていた左手でグロックの方を突き出し、発射。
 密接に近い距離で外れる筈もなく、ライダーは沈黙。
 そして最後は大人しく、再びスラッグ弾を使った射撃でテクニカルの運転手を狙撃…沈黙。
「よくやった"スノーマン"! よし、全力で吹雪冬夜を追う!」
 "ゴースト"が嬉しそうに叫び、再びアクセル全開。
 しかし既に飛竜は遠くへと飛び去りつつある、これを撃ち落とすには距離が遠過ぎるか。
「誰かスナイパーライフルはありませんか!?」
「わかった、狙ってみる」
 "アイギス"が私の言葉に頷き、背中に背負っていたライフルを構える。
『バイクでスナイパーライフル使って当たるか阿呆! 大人しく降りてから狙え!』
「阿呆は言い過ぎですよ"ダークネス"! 失礼ですね!」
『やかまし』
「"ダークネス"。そちらから飛竜は見えるか?」
『悪いが見えない。"アーチャー"! そっちは『見えません!』だ、そうだ』
「…逃がしましたか」
 三台のバイクが、止まる。
 "ゴースト"、"アイギス"、そして私だ。
 ディスクを奪われ、VIPは殺された。見事な任務失敗。だが…。
「……クソ、運が無いとしか言いようが無いな、今回は」
「ええ……ですが」
 吹雪冬夜。
 あの男に敗れさえしなければ、流石にここまでの失態は無かっただろうに。
 私の表情に気付いたのか、"ゴースト"は言葉を続ける。
「仕方ないさ。今回ばかりは、な…チャンスはまだある筈だ。奴が生きているうちには」
 吹雪冬夜が生きている間なら、まだチャンスはある。
 そう、きっと。

 遠くの方に、帰還用のヘリが迫って来ている。
 そう…確実に、いつかあの男を抹殺しなければならない。確実に、だ。






 Task Force 616。
 その名の通り、獣の数字を持つ部隊。アレクサンデル・カイテル指揮下に置かれた部隊。
 サイコ・デュエリストの集団…そして。
 今、ここで真実を明かそう。彼らはDeus ex machinaによって集められた部隊だ。
 全ては、神の掌の上にある…そうそして神を壊すものすらも、時として。

 抹殺されなければならない。










 残酷な夢を見る。
 倒しても倒しても終わらない。視界の全て、地平線、いいや、空すらも埋め尽くすかも知れない。
 どこを見渡しても、敵、敵、敵。
 一人で戦い続けている。
 傷の数も数知れず、痛みも徐々に忘れて来るようになった。

 いつ倒れてもおかしくない。いいや、今すぐにでも倒れたくなってしまう。
 でも、まだ立ち続けている。戦わなくてはいけない。
 それは誰かの命令か?
 それとも俺の意志なのか?
 返事なんて見えて来る筈は無い、だが無数の敵達と戦い続けている。
 いつまで経っても終わらない。死屍累々と転がる敵の亡骸を踏み越えて敵は更に向かって来る。
 折れそうになる心も、膝も、動かなくなりそうな腕も。

 でも、そんな状態だからこそ、燃え盛る様に渦巻く感情だけは止められない。

 次々に突き刺さる攻撃、飛び散る血と、苦痛。

「――――――ッ」
 どうにか踏みとどまり、前を見る。
 まだ動ける。視界は充分に開けている、戦える。ならば、進め!
「負けるかよ……まだまだ、こんなモンじゃねぇぞ……! 次はどいつだ…さっさと前出ろ! 前だッ!」
 飛び出して来た敵を一薙ぎで叩き潰す。そう、相手に圧倒的な量があろうと、こちらにはまだまだ圧倒的な力は残ってる。
 こんな所じゃ終われない…終われるか。俺には、まだ…。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 さぁ、戦え。死んでも、戦い抜け。戦い抜け。
 それがお前がお前自身に課した枷なのだ。
 お前は戦わなければならない。それが義務だからだ。



「――――――ッ!?」
 慌てて目を開くと、視界にはいつもの風景が飛び込んで来た。
 いつも通う学校の屋上。いつものように授業を絶賛サボり中でお昼寝の最中。
 そして、また、同じ夢。
「夢、か」
 ゆっくりと身体を起こす。

 第2回バトル・シティから一ヶ月の時が過ぎた。
 表向き、日常はまったく変わりない。変わった事と言えば、俺と貴明の通う童実野高校に晋佑も転校して来たぐらい。
 いつものトリオが学校も一緒になった、という事ぐらいか。
 後は大して変わりない日常。
 ……の筈。

 俺が、ダークネスと融合した事を除いては。
 世界の始まりと共に裏側として産まれ、人間の心の闇とともに育ち、そして一度は世界すら支配しようとした超越存在。
 人間を越える力を手に入れ、人では無くなった…でも、俺はダークネスである以前に、黒川雄二という一人の人間でもある筈。
 こうして俺が俺として活動している以上、それは無くならない筈だ。
 でも時々怖くなる。俺は本当に黒川雄二のままなのだろうかと。

 でも、冷静になって考えてみると……。
 俺の今の肉体は、元々ダークネスのものだった。では、俺の元々あった筈の肉体はどこに消えた?
 それが未だに、理解できていない。そして何故、ダークネスは俺と同じ肉体だったのか?
「なぁ、ダークネス。……って聞いても、答えを知ってる訳、ないよな…」
 もう一度だけ寝転んで、空を眺めてみる。
 同じ、青空。
 例え俺がどんな存在になろうと、きっとこの空だけは変わらず青いままなんだろうな。
 嘘だ。
 世界が滅びた時は、こんな奇麗な青空なんて見えねぇよ。

 俺がそんな事を考えていると、屋上へと続く扉が開き、一人の女子生徒が顔を出した。
「……あー、やっぱここにいたのか、雄二。サボりすぎだろ、もうホームルームだぞ」
「あー……水島か。なんかすんげぇ久しぶりに顔見る気がするな」
「毎日顔を会わせてるだろ、何言ってんだ」
 中学の時から何故かずっと同じクラスの水島は呆れた顔でそう言い放つと、俺の手を取って強引に立たせる。
「大体な雄二。成績優秀なのに授業サボりの常連なんて才能の無駄遣いってレベルじゃないだろ……少なくともあたしより授業に出ないくせに平均点が上って時点で納得いかねぇー!」
「ほっとけ…で、ホームルームだっけか?」
「ああ。東十条先生怒ってるぞ?」
 そりゃそうだろうな、と俺の担任でもある東十条の顔を思い浮かべて呟く。
 なにかと生徒に対して説教したり怒鳴ったりしていて生徒受けは良く無いし、俺もしょっちゅうあの先生には怒られている。
 まぁ、理不尽な事で怒ったりはしないのでそれはそれで良い先生かも知れないが。
「はぁ〜、それにしてもさ、雄二。お前も大した奴だよな」
「何がだ?」
 俺がそんな事を考えていると、水島は急にため息をつきつつ口を開いた。
「元々、成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、それに加えて実家は金持ち、家事は一通り出来る、去年の文化祭に至っては交通事故で入院した演劇部の部長の代わりに何故か主役に抜擢、しかも大成功を収める、そしてバトル・シティで準優勝。どこまで完璧超人なんだ」
「元からそうだった訳じゃねぇって」
 確かにそこまで出来る人間なんてそうそういないかも知れないが、何も天賦の才能でそこまでなれた訳ではない。
 追い越したい壁があったから、それを踏み越える為にひたすらがむしゅらに、努力を続けた。
 でも、越せなかった。俺がその壁を越す頃には新たな壁が出来ている。
「けど、なんつーかな……お前の背中がどんどん遠くなる風に見えるよ」
「そっか」
 水島のその何気ない一言に、少しだけ凹みかけた。
 そう思ってるのは俺も同じだ。どんどん、皆から離れてくみたいで、何か嫌なんだ。
「なぁ、水島……自分が自分じゃなくなるかも知れない感覚って、なんなんだろうな?」
「は? お前、いきなり何を言ってんだ」
「……だよなぁ」
 うん、そりゃあ解らないよな。それが自然の反応。
 うん、これでOK。
 俺は軽く目を閉じると、頭を掻きつつとりあえず東十条先生が待っているであろう、職員室へと向かう。
「さぁてと、東十条先生のありがたい説教をいただいてきますかなっと」
 出来れば受けたく無いが受けない事には仕方ないので。
 俺が手を軽く振りつつ行こうとした時、水島はふと思い出した様に口を開いた。
「あっと、そうだ。もう一つ伝言あるんだ。高取が呼んでたぞ」
「晋佑が? ……わかった、後で行くぜ」
 晋佑の事だからどうせまたろくな話じゃないに違いない。
「……なぁ、雄二」
「ん?」
 突如、水島から声をかけられた。
「……何か、悩みでもあるなら、いつだってあたしは相談に乗るぞ。付き合い、長いし。ガラじゃないけどね」
「…………できればそうならないように頑張るわ」
 とりあえず手をひらひらと振って階段を降りる事にした。
 でも。
 そんな小さな言葉だというのに、嬉しかった。



「……ということだ! 解ったな、黒川! 授業サボりは言語道断だぞ!」
 今時珍しく、カツラじゃないかと疑うぐらいの髪を振り乱しかけている東十条先生は、いつも生徒に怒鳴ってばかりいる。
 ちなみに担当教科は古典で、採点が厳しい上に学年主任、喧しい事で有名な教師である。
 ついでに俺もよく怒鳴られている。
「へい、わかりやした」
「まったく……。幾ら色々優れているからと言って、普段怠けていてはどうしようもないんだぞ。継続は力なりと言うだろう、日々の積み重ねが今後の人生における大きな力となるのだ! ……まぁ、この話はここまでにしておこう」
 東十条先生はそこまで言うと、隣りの椅子を軽く引いた。
「まぁ、座れ。茶でも飲んで行きなさい」
「ありがとうございます」
 まぁ、喧しい事で有名な先生ではあるし、嫌われてはいるが恨まれてはいないのは、生徒に対して本当に親身になれる先生、だからかも知れない。
 先輩方曰く、進路相談するなら東十条に聞けと言われるぐらい、相談事にかけては神業らしいのだが。
「黒川は宍戸と仲が良いんだったな」
「中学ん時からの付き合いですし」
 お茶だけでなく、お茶請けの饅頭付きである。しかもこの饅頭、よく見たら。
 七ツ枝市名産の蜜柑饅頭じゃないか……俺の地元の名産にこんな所で会うとは。
 蜜柑饅頭をお茶請けにお茶を啜っていると、東十条先生は言葉を続ける。
「まぁ、二人目の決闘王になったのは、武藤遊戯に続く快挙と言っても過言ではないがな……。だがなぁ……宍戸がああいう立場になってるのは、もしかしたら不安かも知れんがな」
「貴明が、ですか?」
 少なくとも、俺が見る限り貴明は決闘王としての立場をボヤいてはいるが、だいたいは楽しんでいるように見える。
「今まで単なる一人だった。だが、ある日を境に、決闘王という、人にとっての憧れ、大き過ぎる重圧を背負ってしまったのだ。人間、適度のストレスは良いものだというが、重過ぎるから壊れてしまうのだ」
 東十条先生の言葉に、思わずギクリとする。
 大き過ぎる重圧。まさに、俺そのものじゃねぇか?
「…………そうっすね。声、かけてみるようにしますよ」
「そうか……まぁ、宍戸も黒川も良い友人を持ったものだ。真の友情は、苦しい時にこそ発揮されるもの。黒川もその精神を持って人に当たるんだぞ」
 東十条先生は「ところで」と話題を変える。
「ところで、黒川。先日、お前の祖父から電話があってな。最近の様子などを聞いて来たのだが…」
「うげ、ジジイがですか」
 自衛隊で准将の職務につく俺のジジイは流石に黒川家の家系というだけあってか、ヘタに刺激したら感電する羽目になる。
 少なくとも100万Vゲンコツはもうご免だ。
「たまには連絡でもして、親御さんを安心させてやりなさい」
「……ま、気が向いたらそうしますって」
 とりあえず両手を軽く振って、それだけ言う事にした。


「失礼しました」
 そう言って職員室を出る。もう下校時刻が近い。さっさと家に帰るべきだ。
 そう思いつつ、職員室を出て階段に足を踏み入れた時――――。
「おろ」
「なんだ、予想外に早かったな。東十条先生の事だから下校時刻まで説教するかと思った」
「珍しいな、水島。こんな時間までいるなんて」
 先ほど、俺を捜しに来た水島が、階段にいた。
 俺が階段を下りると、水島も降りる。もしかして…待っててくれていたのだろうか?
「なぁ、雄二」
「なんだ?」
「最近、元気無いっつーか、バトル・シティで準優勝したってのに、全然嬉しそうじゃねぇからさ。何かあったのかなーって、ずっと、気になってたんだ」
 その言葉に、思わずぎょっとする。
 まぁ、悩みを抱えているのは事実だ。相も変わらず、勘が鋭いというかなんというか。
「…なんでもないさ」
 けど、俺は首を左右に振ってそう答える。
 だって今の悩みは、俺にしか解らない。きっと、理解してもらえもしない。
「ならいいんだけどよ。お前って昔から嘘つくの下手だしな」
「そんなお前が時々恐ろしくなるぜ」
 やたらと鋭い水島さんには敵いません。
 俺は両肩を竦める。
「そういや雄二、家に帰ったか?」
「家に帰ったかって、今帰ってる途中だろうがよ」
「いや、実家の方」
 その言葉を聞いて、何となくため息をつく。
 東十条先生に続いて、水島もかよ。
「…戻ってねぇ。ずっと、さ」
「流石に、許してくれるんじゃねぇか? バトル・シティで準優勝なんて、そうそうあるもんじゃないし」
「まぁ、確かにそうそうあるもんじゃねぇな。でも、あの家は異常なんだ」
 実家の事を、思い出しながら呟く。
 5年前、必死になってどうにか逃げ出した、あの家の事を。あの家に置き去りにしてきた、全てを思い出す。
「それに、今さらどんなツラ下げて戻れってんだよ……」
「でも、戻らなきゃいけないんだろ、いつかは?」
「ああ…」
 水島の問いに、曖昧に頷く。いつかは戻らなければならない。それは解り切った事だ。
 でも…。
 本当はもう、手遅れなのかも知れない。俺はあそこには、戻れないのかも知れない。

 かつて実家にいた時の事――――――時々、夢に出て来る時がある。



 一つ年上の、姉貴。
 男勝りで、明るくて、喧嘩も強くて頭もいい、いつだって俺達を振り回して、先導してた。でも、俺達がついていける、カリスマを持っていた。
 同じ血を分けた、双子の兄貴。
 頭が良くて落ち着いていて、姉貴に振り回される俺達の後をついてきては俺達が上手く行くように、どうにか修正してた。
 一つ年下の幼馴染、長井由里香。  頭はちょっと悪いけど、明るくてドジを踏む事も多いがめげない、妹のような存在。
 運動神経抜群で、俺達に行けないような所も平気で歩いてて、いつも笑ってた。
 同い年の親友、河野浩之。
 俺と一緒に、姉貴に散々振り回されながらも、それでも俺達と一緒にいれた日々が楽しかった。
 家を出る直前に、喧嘩をしたまま別れて来た…未だに、謝れないのが、辛い。
 浩之の妹、美希。
 俺達とは歳が離れてる。浩之がいつも大事にしている、小さな女の子。
 俺達にとっても大事で、美希は俺達の事をずっと慕ってた。今でもまだ小学校ぐらいだろう…今は、どうしてるんだろう。
 そして……。

 もう1人だけ、思い出す人がいる。
 俺がいつかは家に帰らなければいけないと思っている。いつまでも、俺の事を待ち続けているだろうから。
 でも……彼女に会って、彼女は俺を許してくれるのだろうか。
 彼女だけを置いて、行ってしまった俺を。

 記憶の中の彼女は俺と同じく幼かった。

 名家である黒川家の血を継ぐ者として…濃い血統を作る為に、分家から本家である俺の家に、幼くして養子にさせられた。
 辛かったに違いない。
 幼くして、自分の意思とは無関係に家族と引き離された…でも、彼女は俺の側にいた。
 俺の妻となる事を、義務づけられても尚、俺の事を慕い続けた。

 そんな彼女を見捨てた俺は…どんな顔をしているのだろうか。
 それは、鏡を見ても、映ってなどいない。

 なぁ、葉月…。
 お前は今の俺を、どう思ってる?



 どんな風に成長しているかも解らない、想像の中の、婚約者に…俺は、そう問いかけても。答えなんて、帰って来る筈が無いのに。




《第19話:Missing》

 放課後に下駄箱を開けると、この1年あまりで見慣れた封筒に入った手紙。
 中を開いて見ると案の定、放課後にどこそこに来て欲しい、待ってますという内容。それが屋上だったり体育館裏だったり、色々あるけれど。
 今日は、校庭の隅にある桜の木の下。もう葉桜になっているけれど、多くの先輩達がこの桜の下で恋を育んた由緒ある場所。
 俺の知ってる人なら、本田さんが同級生に告白して玉砕した経緯を決闘王から聞いた事が…玉砕した話だな、これ。

 答えはいつも決まっている。相手を傷つけないように、穏便に断る。いつも。
 なんて言えばいいのかを考えながら約束の場所に行く…本当は行きたく無い。だって、断るのだって本当は嫌だ。
 恋をするって事は、成立するまではとても苦しい事でもあるから。
 恥ずかしいし、怖い、でもそれでもありったけの勇気を集めて、それでやっと想いを相手に告げる事が出来る。その感情が痛いほど伝わって来る。
 だから、告白を断る事って、凄く辛い。
 だけど俺には…そうやって恋をする権利なんざない。そもそも本当に真剣に恋をした事なんて、俺には無いのだから。



 桜の木の幹に寄り掛かってぼんやりと考えていた事は、恋の事だった。
 俺が真剣に好きになった人、いない訳じゃないけれど…でも、俺は…。

 黒川葉月なら、どう思うだろうか。
 俺が本当に好きになるべきだった子。俺の婚約者。親達が決めた婚約者。
 俺を愛してくれた人。

 そんな事を考えていた時、遠くの方から長い髪の、眼鏡をかけた少女が近づいて来た。
 学校指定のセーラー服。
 眼鏡の先にある瞳は、少し震えているようにも見える。でも…。
 彼女は勇気を出してここに来たのだ。

 そして俺に気付き、ゆっくりと口を開いた。
「あ、あの」
「やぁ。君か? 俺を呼んだの」
 俺の問いに、彼女は頷く。
 その眼鏡の奥にある瞳は、哀しいぐらいに銀色に揺れていた。
「は、はい! 私…い、1年F組の、伴野優希です。と、突然のお手紙で、すごく、し、失礼なんですけど…」
 昔、こんな風に緊張でかみかみな女の子に「落ち着いていいよ」と返したらそのまま逃げられた事がある。
 後日、その話を水島にしたら盛大な罵声とともに殴られたが。
 お前は女心を解ってない、と。
 そんな訳で水島にどうすれば相手を傷つけないように断るかを聞いたり、色々と大変だった。
 女の子というのは不思議ないきものである。

「わ、わたし、せ、せ…先輩の事を、お誘いして出掛けたいんですっ!」
 見事な断言だった。
「…それは、デートの誘い、なのかな?」
 俺の問いに、彼女は、伴野優希はゆっくりと…首を左右に振った。
 意外だ。
「あ、あの、つ、付き合って欲しいって訳じゃなくて、その! これには、理由があるんです! 今から説明します!」
 優希は深呼吸を繰り返して、呼吸を整える。
「よ、四津ヶ浦アクアフロント…って、知ってます、か?」
 四津ヶ浦アクアフロント、と言えば再来週にオープンする大型施設だ。
 関東最大規模のショッピングモールで、1000近いショップが入り、病院やオフィスも併設されるという一大モニュメント。
「……私、それのオープンイベントの入場券を、ペアで手に入れたんです。…これは、ペアじゃないと使えないんです、男女の」
 伴野優希がポケットから財布を取り出し、震える手でそのチケットを差し出す。
 確かに、二枚一組でないと使えず、男女で無いと無効になるとまで書かれている、大したロマンス溢れるチケットだ。
 まったく、こんなものを何処で入手するやら、と俺は思うがこの際しょうがない。
「…なるほど。それで俺を誘いに来たって訳か」
 さて、どうしたものかな。
 四津ヶ浦アクアフロントの名前は俺も知っている。ついでに大規模で、周囲の期待を大いに背負っている事も。
 でも、四津ヶ浦市は、七ツ枝市の隣り。
 故郷の、すぐ近く。
 出来る事なら、戻りたく無い。いや、本当は、戻りたいのかも知れないし、戻らなきゃと思っている。
 でも怖いんだ。
 母さんを亡くした夜に全てを捨てて逃げ出した俺が、なぁなぁなんて顔が出来るかよ。

 俺が無言でチケットを見つめていると、徐々に彼女は悲しそうな顔になる。
 だから俺は答える。
「わかった。君と、一緒に行こう」
「…え?」
「言った通りの意味さ。君と一緒に、アクアフロントのオープンイベントに行こう」
 伴野優希の顔は、一瞬で輝いた。
 その子は何度もお礼を言った後、チケットの片割れを渡して去って行った。
 まぁ、時は再来週だ。まだまだ、先ではある。

 でも…どうして、引き受ける気になってしまったんだろうか。
 この前水島に言われたように、いつかは顔を出さないといけない、逃げ続けちゃいけないと思っているのか。
 それとも、ただ単に俺の気まぐれか。
 それは解らないけれど…。










「そりゃ、そのデートを切っ掛けに、恋愛まで発展させようって魂胆だな」

 俺の問いかけに、貴明はため息をつきつつ答えた。
 その次の日の昼休み。学食へと向かう道を急ぎつつ、付き合いの長い親友に昨日の事を話したらあっさりとそう言われた。
 まぁ、そりゃ薄々と考えてはいたが、やはりそうかなと俺も思う。
「でも、珍しいな。お前がそのテの話にOKだすなんて。どういう風の吹き回しだ?」
「さぁな。単なる気まぐれかも知れねぇ」
「わーお、ヒデぇ男」
 俺の返事に貴明はそう答えた後、食券を買う列の長さを確認。
「おわっ!? なんつー長さだよ…いつもの二倍ぐらいいるんじゃねぇか?」
「うぇ、本当だ。参ったな。ラーメン売り切れないといいんだけどよ」
 童実野高校の学食はまぁ、普通と言えば普通だ。
 ラーメンだって市販のソフト麺を茹でた奴だし、焼そばも同様。
 しかし時折食べたくなるのが、学食の魔力って奴だ。
「おろ、晋佑だ」
 数メートル先の行列に、もう一人の親友の晋佑が並んでいた。
 転校してきてはや一ヶ月程だが、既に慣れた様子で並んでいた。
「晋佑! おーい」
 貴明が軽く声を出しつつ手を振ったのに気付いたのか、晋佑は意外にすぐにやってきた。
「お前ら、遅いぞ……購買にパン下ろしてる業者の車が事故ったせいで購買が開かないんだと。おかげさまでご覧の通り。下手したら昼飯喰い損ねるぞ」
「マジでか! じゃあ、晋佑。席を取っといてくれ」
「この状況でよくそんな事言えるなお前…」
 俺の言葉に晋佑はぶつくさ言いつつも席を取りに学食へと向かう。
 晋佑の分までとりあえずメシを確保しなくてはいけない。

 混雑する学食の中で、どうにか三人分の座席を確保したのは晋佑の功績である。
 とりあえず褒美としてラーメンのメンマ一切れを授与する。
 チャーシュー寄越せとか言ったら殺す。
「…って、言ってる側から俺のチャーシュー取るなよ」
「なんであの苦労がメンマ一つなのかが理解できねぇよ!」」
「お前ら、黙って喰えよ…」
 いつもの三人、いつもの俺達、いつもの日常。
 で、だ。

 こんな日常が、いつまでも続けばいいのに。

「そうだ、晋佑。雄二の奴、昨日1年の女子から四津ヶ浦アクアフロントのオープンイベントでデートしようと誘われたらしい」
「ほう。なるほど、やはりアレで有名人になったからか?」
「雄二はそれより前からモテてるけどな。決闘王になっても俺はモテないが」
「まぁ、貴明だからな。それはしょうがない」
 晋佑がうどんを啜りつつ貴明にそう答え、貴明が声を荒げるのを眺めつつ、ラーメンを啜る。
「…なぁ、晋佑。あのさ」
「ん?」
「吹雪冬夜がこのまま引き下がる筈なんて、無いよな」
「だろうな。それは解り切ってる事だ」
 デュアル・ポイズン。
 あれは、神を追いかけ続けた。でも、神に辿り着く事は出来るのか?
 いや、でもそれより先に…奴が目指すのは…。

 お前にその覚悟はあるか?

「どした? ラーメン、伸びるぞ?」
「え? ああ、なんでもない」
 貴明に言われ、俺は慌ててラーメン啜りを再開する。
 最近、考える事が増えた。

 自分の中にいるダークネスに問いかける。
 オレの身体はお前のものだった。お前の力が欲しくて、お前を受け入れたけれど。
 その時から俺は俺のままなのだろうか?
 それともお前を得てから変わってしまったのだろうか。
 答えは無い。
「そうそう、そうだ雄二。来週の日曜なんだけどさ、暇か?」
 俺がそんな事を考えていると、唐突に貴明が口を開いた。
「え? ああ、空いてるが?」
「俺とバイトしようぜ。……まぁ、理由があってだな」
 貴明は少し声を潜めると、言葉を続ける。
「俺のバイトしているゼオン童実野店で今度の日曜日に、イベントがあるんだが。ま、決闘王である俺はバイトしてるっつー縁もあってそのイベントの司会進行役担当だ。平たく言えば、雄二と晋佑。お前達を呼んで、デュエル大会しようって話だ」
「へぇ」
 晋佑が珍しく乗り気な声を出した。
 大型ショッピングセンターが開くようなイベントだから、デュエル大会と言ってもせいぜい、子供を集めてデュエル大会をするぐらいだろう。
 まぁ、いい暇つぶしにはなるだろうし、ついでにバイトというぐらいだから。
 バイト代も出るって事か。
 俺は収入に困っている訳では無い。むしろ、同年代と比較すれば収入は山ほどある。
 だが、社会勉強としてのバイトはいいものだ。
「たまにはそういうのんびりしたのもいいな」
「まぁ、確かに晋佑はそうだよなぁ」
 晋佑の言葉に貴明はそう返すが、そもそも晋佑が非日常の世界に身を投じてたのは晋佑自身の意思じゃなかったのか?
 だって、俺らと違って家族も両親も健在だというのに。
「どうした雄二? 変な顔して?」
「いや……晋佑って、まともなのかそうじゃないのか…」
「おい。俺がまともじゃないって?」
「バトル・シティでの銃撃事件は忘れてねーぞ晋佑」
「だからあれは悪かったよ、貴明…」
 まぁ、少なくとも世間一般のまともには入らないな、確実に。

 そしてまともじゃないのは、俺も一緒か。






 長い微睡みの中で、ふわふわと浮かぶような感覚の中で。
 走馬灯のように駆け巡る、過去の記憶。

 ああ、俺は夢を見ているなと思う。
 母親に抱かれていた頃、姉に言われて親友と駆け巡った野山、そして、全てを捨てて逃げ出したあの日。
 一度も忘れた事は無い記憶。
 楽しい思い出もある、でも哀しい思い出もある。
 2度と戻れないかも知れない日々。

 長い記憶が、微睡みの中で揺れている。
 その中で俺が思い出しているもの。過去の記憶。捨てて来たもの、置いて来たもの。

 そして…。



 ドンゴラドドンドゴラドン!

 盛大なパーカッションの音に合わせて、窓の外で鳴り響く雷。
 窓の外で降り続く雨が少しずつ俺の気持ちを陰鬱にさせる。

 ドンゴラドドンドゴラドン!

 響く雷とパーカッション。
 大きめの座椅子で、床へと伏せたままだった視線を正面へと戻した。
 数メートル先の、同じ座椅子に座る、黒衣の人影。
 頭には王冠を被り、そして口元以外はなまはげのような鬼の面を被った人影。座椅子の脇に置いた、黄金と宝石で彩られた長剣が彼の身分を感じさせる。
「やぁ、お目覚めかなダークネス?」
 そりゃこれだけ盛大な音が鳴り響けば目を覚ますというものさ。

 ドンゴラドドンドゴラドン!

「まぁ、確かにそれもそうか、兄弟」
 お前なんぞに兄弟呼ばわりされる覚えは無いが…いや、まぁ声が似ているのは解るが。
 俺がそう返すと、彼は仮面の下でくつくつと笑う。
「俺の事を忘れてしまったのか兄弟? まぁ、いいさ。ぼちぼち、思い出す事になるだろう。だが、その前に」
 彼はすっと手を突き出すと、空中でボードを描くように長方形へと指を動かす。

 すると、その描いた空中が線へと浮かび上がり、そしてそのまま――――――。

 床の一部が競り上がって来たテーブルの上に収まり、小さなゲームボードが出来ていた。
「マスタ―マインドのルールは知っているな?」
「ああ。……出題者が並べたピンの色と順番をヒントを頼りに当てるって奴だろ?」
 古典的なボードゲームの一つだが、何でそんな話をするのか、と思いきや。
 そこにマスタ―マインドのセットが出来ていた。
「……なるほどね。俺が、回答者側かよ」
「つまりそういう事だ」
 俺と非常によく似た、体格も声も何もかも似ているそいつは仮面の下でくつくつと笑う。
 このゲームは規定回数までに正解を当てないといけない。出題者も、回答者の回答に対して、正直にヒントを与えなくてはゲームとして成り立たない。
 出題者と回答者の、駆け引き。
 ピンを色で並べつつ、俺は何となく聞いてみる。ここはどこだ、お前は誰だ、と。
「それはどうでもよろしい。ここはどこでもあるし、どこでもない。そして、俺はお前が一番よく知っている人間だよ、兄弟」
 兄貴か?
「NO」
 彼は首を振る。なら、俺にここまで似ている人物なんて、いない筈だろ。
「いいや、一人だけいるぜ兄弟」
 誰だ?
「まぁ、それはどうでもよろしい。まずはゲームを始めよう」
 彼がマスタ―マインドのピンを軽く弾いたときだった。
 そのピンが俺へと、スローで接近する。
 そのピンの中に映る、記憶。ガラスで作られた色つきのピンが映すもの。

「ゆうじさん」
 隣りから響く、懐かしい声。
 場所は、町の中心部を流れる大きな川の土手。春から初夏へと変わりつつある、暖かな緑と風の中の風景。
 これは、確か8年前だっただろうか。
 俺がまだ9歳になったばかりの頃だ。
「ゆうじさんは、大きくなったら、その…どうするつもりですか?」
 優しく、でも不安も混じる声で問いかけたのは、その数日前に俺の婚約者になると紹介されたばかりで…そして、そのまま俺の暮らす家に放り込まれた、はとこで、数日前に初めて会ったばかりの女の子。
 黒川葉月。
「ゆうじさんだなんて、言わなくていい。ちょっと、てれる」
 俺の返事に、彼女は恥ずかしそうに「よびすてなんてできないです」と笑う。
「いいよ。俺と…その、葉月は、さ。ほら、その……お、俺は、お嫁さんから敬語を使われると、はずかしいんだって!」
「わ、わかりました…」
「だから、それもだめ」
 俺がそう言って葉月を指差すと、彼女は悪戯っぽく笑った。
「うん、わかった」
「……それでさ。大きくなったら…俺は…」
 その時に、なんて答えたんだっけ?
 大事な記憶の筈なのに、そこだけぽっかりと抜け落ちたように、忘れている。
「わたしは、そんなゆうじさんを応援したいです」
「…けど、いいの? 葉月はさ、おじさんおばさんとも離れて、ここでずっと暮らしてくの、いいの?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「ゆうじさんが、いるから。わたしが、ゆうじさんを――――――」

 ピンが、床へと落ちた。
「………」
 懐かしい、記憶。本当に出会ったばかりの、でもその時から既に惹かれていた。
「まだまだあるぞ?」
 彼は再びピンを弾く。今度は、別のカラー。
 そのピンが俺へと近づく。
「このピンで、俺になにをしたいんだ?」 「覚えていないと、困るんだよ」
 彼がそう言った直後、再びピンが広がって、視界が変わった。

 これは、いつだったっけ?
 視界がぶれていて、はっきりしない。そうだ…11歳の時だっけ?
 七ツ枝市を流れる川は、奇麗で学校の水泳の授業で使われるぐらい、当たり前のように遊泳は出来るし、橋から飛び込む猛者もいる。
 …そんな中で、俺は確かその時…足がつって溺れたんだ。
 その日は確か、朝から姉貴が山に行くと言い出して、俺は嫌がって喧嘩して、朝から親父にぶん殴られた。
 頭に来て、兄弟達を放り出して一人で川にやってきた。それで…足をつった。
 どうして溺れたんだっけ?
 準備運動をしなかった?
 どっかクラゲでも刺された?
 でも、夏休みの昼頃、近所の子供は家に戻って昼飯としゃれこむ。親もその準備に手一杯。近所の人も昼ご飯。
 通りがかる人はいる?
 口の中へと入り込む水。喉へ入り、視界と息が少しずつ、苦しくなる。
 この時、どうなったんだっけ? 死ぬと思った事は確かだけど。
「雄二、雄二!」
 誰かの声。そうだ、この声は…兄貴の。
「掴まれ! 早く!」
 夢中で絡み付く腕。しっかりと掴まれた腕が、俺と同じ手の大きさの筈なのに、普段はとても頼り無さげなのに。
 どうしてこんなに、暖かいんだろう。
 掴まれた腕から引っ張り上げられ、暑い夏の太陽で暖められた河原へと引き上げられる。
「雄二、大丈夫か!?」
 俺と同じ声をした、同じ顔をした、同じ血を分けた兄貴。
 そうだ、兄貴だ…。
「ごめん…」
 小さく呟いた所で兄貴は安心したように口を開く。
「ふぅ……まぁ、昼になっても戻らないからさ。探しに来たら、か……無事で良かったよ、とにかく」
「姉貴、怒ってる?」
「めちゃくちゃね」
 兄貴は苦笑した後、そっと手を伸ばす。いつだって、その手に憧れてた。
 いいや、いつだって、兄貴のように、落ち着いていて、優しくて、それで。努力を怠らないような奴に、なりたかった。
 そうなれば、葉月だって、絶対嬉しい筈だって思ってた。
 それなのに。

 ピンが床へと落ちる。
 頭が、少し痛んで来る。クソ、何でだ?
「どうしたんだ? 辛いと感じてたのか?」
「そうじゃねぇよ………」
 辛いのは、嘘じゃない。
 俺がそう思って首を左右に振ると、彼は指を小さく鳴らした。

 目の前のテーブルに、すとんと水の入ったグラスが落ちる。
 あまり借りを作りたいとも思わないが、水を一息で飲み干すが、水ではない何かの酸っぱい味がした。
「……やれやれ。そんなに怖いのかい、お前は?」
 彼は呟く。怖い?
「そう。過去と向き合うのが、本当は怖いんじゃないのかダークネス?」
 ………。
「子供の頃の事を、必死に忘れるように、ただ前へ前へと進んでいく。後ろを振り向く事をしない。それは前向きなように見える。だが違う」
 彼は言葉を続ける。残酷な本当を知っている。

 ドンゴラドドンドゴラドン!

 響く雷鳴と、轟音。
「本当は、過去に縛られ続けているからだ。過去の事を忘れたいと願っても、忘れられない。だから目を向けない事にした。罪も、痛みも、何もかも忘れていられるから。だが、何も解決してなどいない」

 ドンゴラドドンドゴラドン!

「そして解決していないそれすらも葬る為に前へと進む。だがその結末は、結局の所問題を片付けないと始まらないのだよ。何故ならこうして気にしている時点で、ね」
 ああ、その通りだこん畜生。
 だけど、どうしても辛くなるんだ…だって。

 三つ目の、迫るピン。

 いつだったっけ?
 親父に殴られた。些細な理由で叱られて、そのまま殴られて、俺は泣いてた。
 そんな時に、母さんがいつも、俺の側にきていてくれた。

 俺に、優しかった母さん。俺に限らず、いろんな人に優しかった。
 元々は大家族でさして裕福とは言えない家庭の出身だった母さんがとある名家でメイドとして働き始めた時に、親父と半ば強引な結婚をする羽目になった。
 全ては親父の気まぐれ。慣れない上流階級の生活にも、それでも母さんはこなしていた。
 十代で生んだ、子供三人への愛を注いで。

「どうしたの、雄二? 泣いてるの?」
「おかあさん…」
 記憶の中の母さんは、泣いてる俺を優しく撫でた。
「お父さんに、怒られたの? 大丈夫、泣かなくていいよ」
「うん…ごめんね、おかあさん」
「大丈夫。雄二は悪く無いわよ」
 母さんはそう言うと、「痛く無い痛く無い」といつものように。
 こうやって、母さんの腕の中にいるのが好きだった。
 その優しい温もりが、俺を認めない親父とは違う、その優しさが、大好きだった。
 だから耐えられたんだ。
 優しい兄貴と、乱暴だけど人への気配りが出来る姉貴。でも、2人とも、俺とは違う。
 2人が俺よりも、頑張ってる事ぐらい、俺だって解る。
 でも俺だって、そんな2人に追いつけるように頑張ったのに、頑張ったのに、追いつく事も出来やしない。誰も褒めてくれない。
 いや、母さんと葉月だけは、俺を優しく見てた。
 でも母さんが…。

 亡くなった時に、俺は壊れたんだろう、きっと。
 大事なものを、大切にしたい何かを、初めて失ったと気付いた時から。
 それから大切なものを無くすのが怖くなったのかも知れない。
 それは誰だって同じ事だろうに、俺は捨てる事を選んだんだ。

 何でだろう。
 今更になって後悔しても戻れないし、今さら葉月の元に戻っても、彼女は俺を赦してくれるのかすらも解らない。
 彼女を裏切ったのは俺だ。

 他でもない、俺なんだ。
 他の誰でもない、俺なんだ。

 ああ。
 気付いてしまった。
 俺は怖くなったんだ。

 母さんを亡くして、壊れてしまいそうになった自分が、怖くなったんだ。
 だから逃げ出したんだ。
 全てを置いて、全てから距離を置く事で、向き合うべき事実から目を逸らして。
 ただ、明るい、あるだけの未来だけに目を向けて。
 過去を振り向かないのは、過ぎ去った事を気にしない前向きの姿勢…なんかじゃない。そんなのは嘘だ。
 過去を振り向かないのは、向き合うべきモノから逃げてるだけの臆病な選択に過ぎないのだ。


 全てを犠牲にしてでも、過去を取り戻したい男がいた。
 でも、俺にはそんな事は出来ない。
 そこまでして過去と向き合う覚悟も無いし、全てを犠牲にした後の責任を背負う技量も、俺には無い。

「だから気付くんだ。自分の強さが如何に脆いものだという事を」

 彼はそう言った後、ゆっくりと指を鳴らした。

 ドンゴラドドンドゴラドン!

「だからお前は捨てた。全てを捨てて逃げ出した……そう、その時にお前は一度死んだんだよ、黒川雄二」
「何?」
「全てを捨てた後のお前と、この記憶の中のお前は違う、本当のお前は、ずっとあの時、お前が捨てたまま、ずっと12歳のまま置き去りにされているんだ!」
「そんなバカな話があるかよ」
「じゃあお前の本当の気持ちは何なんだ! ダークネスになったお前は、世界を守ると言っときながらお前は何をしているんだ! ただ過去に怯えて向き合わない、大いなる力を、ただ燻らせているだけだ! お前そのものなど、とっくの昔に消えている! お前はダークネスでしかない! お前は黒川雄二ではない!」
「………」
「言い返せないか? 言い返せないのか? ふざけんな、立て! ここで何も言えないのならお前はお前じゃなくなっている事を認める事になるんだぞ! そんな訳あるか、お前の名前はなんだ? お前が描いて来たものは? 果たして来たもの、作り上げて来たもの、これから作るものはなんだ? 答えろ、黒川雄二! 貴様の頭は何の為にある、お前の両手は、お前の両足は、お前の全身全霊は何の為、今日この日まで貴様は何の為に生きてきた、何を成してきたんだ、諦めるな、足掻け、みっともなかろうが足掻け、泣いたっていい、後悔したっていい、傷つこうが引き蘢ろうが構わない、だが何の為に生きるのだ! その理由を答えるんだ! 答えろ! さぁ、早く! 早く! 早く! 立てぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」




 沈黙しか、なかった。





 静かな時間が流れている。
 愛を知らない時の揺りかご。
 いつか消え行く、狭間の中で彼は揺れていた。

 長い夢から醒めたのか、と俺は思った。でも違う。
 まだ、周囲は暗い劇場のど真ん中。

 ドンゴラドドンドゴラドン!
 そして再び響く雷鳴、彼は相変わらず座っていた。
「………」
 答えを返せない俺は、何をしたらいい。

「もしもなにも出来ないのなら、今ここで全てを終わらせるか?」

 悪魔のささやき。でも、そこで全てを終わらせるなら嘘になる。
 今迄悩んで来たものも、何もかも嘘になる。
「嫌だ」
「理由も立てられないのに、嫌だと言っても」
「わからないんだよ…だからこそ、嫌なんだ」
 俺は首を左右に振る。
 そう、解らないんだ。どこから、どう進むのかすら、解ってなくても。
 でもその答えを探す為に生きてる。
 全然スマートじゃないし、クールでもないが。

 そういう答えだって、有り得る筈さ。
 人が自分の中で決めるものの中で一番大切なモノは、自分自身の道筋。

 それが遥か神話の時代から続く、たった1つのルール。

 そうだろ?
 俺という存在を、観測し、記憶し、そして…紡いでいくものは、俺自身なのだから。



「忘れたく、なかったんじゃないか?」
 遠い底から、いや、俺の奥底から、声がした。
 この声の主は解ってる…あの日置いて来た、12歳から変わらないままの俺。
「辛い事も、楽しい事も、哀しい事、怒った事も、笑った事も、何もかも。その想いも、記憶も皆、忘れたく無くても、気がついたら忘れてたんじゃないのか?」
 そう、見向きもしなかったから、少しずつ風化していく部分もあったのだろう。
 でも、本当は残しておきたい、いつかは帰りたい場所だって、本当は思ってたんじゃないのか。
「だってあの頃、あんなに幸せだったじゃないか。色んな人に囲まれて、色んな人に支えられて」
 自然に笑う事が出来たのもあの頃なら。
 例え名前に縛られていたとしても、俺が生きていたその場所は、幸せな場所だったんだ。
 大切な家族と、幼馴染達に囲まれて。
 世界で一番大事にしたいと思った人がいて。

 それを裏切ってしまった、捨てて来てしまった俺がそんな事を語る権利なんてないのかも知れないけれど。

 じゃあ、今の俺は幸せなのかな?
 心を許せる親友がいて、いつも騒ぐ付き合いの長い同級生がいて。

 幸せだったら。こんな風にいつまでも燻ってたりはしないだろ。

「戻りたくても、戻れないと思い続けても、いつかは戻る事になるよ。……その先にどんな結末が待っていようと」
 昔の俺が言葉を続ける。
「勇気がないなんてのは、ただのいい訳だ」
「……」
「だからお前は思い出すべきだよ、全てを」
 昔の俺と、俺が、近づく。
 距離を縮めて、重なる瞬間に――――――昔の事を、昔抱いていた想いを、全て、帰って来たのだろうか。
 俺は…。



「で」
 仮面を被る彼は、三たび口を開いた。
「結論は決まったのか兄弟」
「だからお前に兄弟呼ばわりされる筋合いは無いと」
 何度言ったら解るんだバカ野郎。
「……結論なんて出ねぇよ。けど、1つだけ思った事がある」
「なんだ?」
 もしもこれが淡い幻想なら、壊れないまま醒めてしまえばいいのに。
 もしもこれが残酷な現実なら、嘘でもいいから壊れてしまえばいいのに。

「お前が俺のよく知っている奴なら、お前は俺がしたい事だって解る筈だろ」

「それは今、か? これから、か?」
「両方さ」
 俺のその返事に、彼はゆっくりと頷く。

 そして、テーブルの上にのったマスタ―マインドのボードがひっくり返る。
 同じ長方形をしているが、このフィールドは違う。
 何度となく見慣れた、俺がよく知っているゲームのフィールドへと変わる。


 そして奴はこの時になって初めて、仮面を取った。

 ワインレッドの髪色。
 俺と同じクリムゾンカラーの瞳は、誰もが一度は驚くほどの美しさ。

 年相応の少年らしさを僅かに残しながらも、青年へと変わりつつある精悍な顔立ち。
 そこにいるのは、俺。

「さぁ。始めようか、黒川雄二」
 奴は笑う。もう一人の俺は、俺と同じように、いつもと同じように笑った。
 唯一違う所は、銀の糸で彩られた漆黒のマントを、俺はいつもの黒のコートを纏っている所か。


 黒川雄二:LP4000         もう一人の黒川雄二:LP4000

「では、始めよう」
「行くぜ!」
 最初は俺のターン。
「ドロー!」

「六邪心魔・憎悪−レイドを召喚!」

 六邪心魔・憎悪−レイド 地属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードを戦闘で破壊したモンスターはそのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 ダークネスの力より生まれた、六体の邪な心を持つ悪魔達。
 激しい憎悪を司る悪魔が彼を睨む。だが、彼は変わらぬ顔のままだった。
「カードを1枚セットし、ターンエンド」
「では、俺のターンだ。ドロー!」
 彼はまずカードをドローすると、まずは大人しくすっとカードを出す。
「ベビードラゴンを召喚!」

 ベビードラゴン 風属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1200/守備力700

 ベビードラゴンだ、種も仕掛けもない。
 奴が何でこのカードを出して来たのかは不明だが、それでも何か意味があるに違いない。
「そしてカードを1枚セットし、ターンエンド」
「俺のターンだ」
 続いて、俺のターンが回って来る。
「手札から、黒竜の雛を召喚!」

 黒竜の雛 闇属性/☆1/ドラゴン族/攻撃力800/守備力500
 フィールド上で表側表示のこのカードを墓地に送る事で手札から「真紅眼の黒竜」1体を特殊召喚する。

 そして、続けて手札から黒竜へと繋げられれば…。
 いいや、相手だってそれに気付かない筈はない。
 だが、踏み込んだ方が良いだろう。
「続けて…黒竜の雛を墓地へ送り、手札から真紅眼の黒竜を特殊召喚!」

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 俺のフィールドへ、真紅眼の竜が降り立つ。
 長い間相棒として、そしてこれからも頼りにしていくであろうその竜が咆哮をあげた時、彼はそれが解っていたかのようにカードを開いた。

「この瞬間、リバース罠、リバーシブル・ミラージュを発動!」

 リバーシブル・ミラージュ 通常罠
 相手フィールド上にレベル5以上のドラゴン族モンスターが存在する時に発動可能。
 自分フィールド上に、そのモンスターと同じレベル・属性・種族・攻撃力・守備力のトークンを攻撃表示で特殊召喚する。
 このトークンは攻撃宣言を行なえない。

 真紅眼の黒竜トークン 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 まったく同一のステータスを持つトークンが彼のフィールドにも召喚される。
 これでヘタに攻撃宣言をしようにも相打ちになるだけ。
「くそ…!」
 流石は俺と同じ顔を…いや、俺そのものなのか、こいつも。
 だとすると、真紅眼を愛用するのは変わらない。
「ターンエンド!」
「俺のターン!」
 ベビードラゴンと、黒竜トークンの2体を並べて、彼が狙うのは…。
「そして、黒竜トークンを生贄に捧げ、ストロング・ウィンド・ドラゴンを召喚!」

 ストロング・ウィンド・ドラゴン 風属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
 ドラゴン族モンスターをリリースしてこのカードのアドバンス召喚に成功した時、
 このカードの攻撃力はリリースしたドラゴン族モンスター1体の攻撃力の半分の数値分アップする。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値分だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「ストロング・ウィンド・ドラゴンはドラゴン族モンスターを生贄にした時そのモンスターの攻撃力の半分の数値分、攻撃力がアップする」

 ストロング・ウィンド・ドラゴン 攻撃力2400→3600

 ヤバい。早くも攻撃力の高いモンスターを揃えて、攻勢に出て来た。
 真紅眼トークンを、躊躇う事なく生贄に捧げて攻撃力を確保したのは、俺への当てつけかそれとも。
 いいや、今はそれを考えるべきじゃない。

 何故なら、ベビードラゴンは…巨大な竜へと進化するのだから。

「ベビードラゴンを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚!」

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスター1体を
 ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から
 「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン」以外のドラゴン族モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 一気に、最上級モンスターと、それに匹敵する攻撃力のモンスターが2体並ぶ。
 レイドの効果があるから1体は巻き添えに出来ようが、大ダメージをもぎ取られる事に代わりは無い。
 リバースカードは無い。防御カードなんてない。
「さぁ、やらせてもうらうぞ! 謝肉祭だ!」

 彼は笑う。
 いつものように、笑みを浮かべて。




《第20話:ハートブレイク》

 黒川雄二:LP4000         もう一人の黒川雄二:LP4000


 六邪心魔・憎悪−レイド 地属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードを戦闘で破壊したモンスターはそのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000
 ストロング・ウィンド・ドラゴン 風属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
 ドラゴン族モンスターをリリースしてこのカードのアドバンス召喚に成功した時、
 このカードの攻撃力はリリースしたドラゴン族モンスター1体の攻撃力の半分の数値分アップする。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値分だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 ストロング・ウィンド・ドラゴン 攻撃力2400→3600

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスター1体を
 ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から
 「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン」以外のドラゴン族モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

「ストロング・ウィンド・ドラゴンでレイドを攻撃させてもらう!」
 彼のくりだす、3600という高い攻撃力のストロング・ウィンド・ドラゴンの攻撃が迫る。
 例え憎悪の悪魔であろうと、その攻撃を凌げない。

 強烈な一撃が、俺のライフを削る。

 黒川雄二:LP4000→2300

 そして続けて、ダークネスメタルの攻撃が、真紅眼へと直撃。更にライフを。

 黒川雄二:2300→1900

「チッ、いきなりハデに攻勢に出て来たじゃねぇか!」
「そして、これで終わりじゃないぞ…ストロング・ウィンド・ドラゴンはレイドの効果で、エンドフェイズに破壊される事が確定している。ならば、それは勿体ないだろう?」
 彼は笑いながら手札をそっと差し出す。
 小さく指を鳴らして、魔法カードを発動。

 振り出し 通常魔法
 手札を1枚捨てる。
 フィールド上のモンスター1体を持ち主のデッキの一番上に戻す。

「この効果により、俺は手札を1枚捨てて、ストロング・ウィンド・ドラゴンをデッキの一番上へと戻す」
 戦闘破壊したターンのエンドフェイズに、レイドを破壊したモンスターが墓地に送られる。
 ならば、それより前に回収してしまえばいい。攻撃力3600は無くなるが、ダメージを与えられただけでも充分という事か。
「そして速攻魔法、リロードを発動!」

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻し、シャッフルする。
 その後、デッキに戻した枚数分だけデッキからカードを引く。

 そう、振り出しを使えばデッキの一番上が戻したカードに固定される。
 ならば、そのカードをまたデッキの中に戻すにはシャッフルするしかない。そこでのリロードだろう。
「ターンエンド」
「俺のターンだ…行くぜ! ドロー!」
 ライフを削られ、モンスター2体を失った。だが、まだ終わった訳じゃない。
 なにせ、手札も可能性もまだまだ残されている。
「六邪心魔・悲哀−ユーリを守備表示で召喚するぜ!」

 六邪神魔・悲哀−ユーリ 水属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1800
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分スタンバイフェイズ毎に
 自分フィールドの魔法・罠ゾーンのカードの数300ポイントずつ、ライフポイントを回復する。

「続けて俺は、速攻魔法、奇跡のダイス・ドローを発動するぜ!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 このターンのエンドフェイズ時、出た目以下の数になるよう、手札を捨てなければならない。

 いつものパターンではない。
 このカードに幾度となく頼り、その度に切り開いて来た道がある。もしもあの時、この数が出なかったら―――きっと今ここにいない。
 だから、これが、開ける道だと信じている。

 そして、奇跡のサイコロが振られる。

「その数は、4! 俺はカードを4枚ドロー!」
 ドローする四枚のカードから、何が出来るか。
「カードを三枚セットして、ターンエンドだ」
「……俺のターン。ドロー!」

 彼のフィールドには、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンがいる。
 下手をするとノーコストでドラゴン族を呼び、更に手札のモンスターで追い打ちをかける算段か。
 いいや、奴がそんな単純な手法を狙う筈が無い。
 相手は俺だ…俺なら、どう考える。
「手札から、黒竜の巫女を召喚!」

 黒竜の巫女 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1900
 自分フィールド上にこのカードが存在する限り、
 「真紅眼」の名のつくカードは攻撃力・守備力が500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 墓地より「真紅眼」の名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
 そのモンスターはフィールド上に存在する限り、攻撃力が1000アップする。
 そのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 フィールドに、黒衣の杖を携えた少女が姿を現す。
 レッドアイズ達を鼓舞し、或いは導きを守る、巫女。
「黒竜の巫女は、フィールドに存在する限り、レッドアイズと名のつくモンスターの攻撃力・守備力を500ポイントずつ上昇させる」

 彼女が杖を掲げ、そこから生まれた力がレッドアイズ・ダークネスメタルへと力を与える。

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン 攻撃力2800→3300

 やばい、攻撃力3000を越えている。
 そして、このままではない筈だ。奴はまだ、隠し球を持っている…!
「そして、ダークネスメタルの効果発動! 手札または墓地から、ドラゴン族モンスター1体を特殊召喚出来る! 俺がさっき、振り出しで捨てたカード、なんだと思う?」
「げ。まさか…!」
 奴は、俺の声に対し、容赦なく笑みを浮かべた。

「俺は、ダークブレイズドラゴンを召喚!」

 ダークブレイズドラゴン 炎属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力1200/守備力1000
 このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、このカードの元々の攻撃力・守備力は倍になる。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 ダークブレイズドラゴン 攻撃力1200→2400

 ダークブレイズドラゴン。
 最上級モンスターにしては能力は貧相、だが墓地から拾えばその戦闘能力はレッドアイズとほぼ同格。
 そして、戦闘で破壊したモンスター分のダメージを与える、バーン効果もある。
「チッ、嫌な火力を並べやがって!」
 俺の呟きに対し、彼はダークネスメタル、ダークブレイズドラゴン、黒竜の巫女の三体を攻撃態勢へと変化させる。
 来るなら来い、叩くまでだ!
「攻撃の無力化を発動!」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効とし、バトルフェイズを終了させる。

 三体の攻撃が次元の渦へと吸い込まれ、バトルフェイズは強制終了となる。
「……カードをよく並べるんだな、お前も。ま、それもそうか。仕方ない…」
 彼はそう言った後、カードを1枚伏せてターンエンドを宣言。
 さて。
「俺のターンだ! ドロー! そしてこの瞬間、ユーリの効果で、俺は自分フィールド上の魔法・罠カードの枚数×300ポイント、ライフを回復する」

 黒川雄二:LP1900→2500

 そしてライフを回復する限りは……まだまだ、新たな術は残されている。
「そして俺は、リバース罠、輪廻独断を発動!」

 輪廻独断 永続罠
 発動時に1種類の種族を選ぶ。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 お互いの墓地に存在するモンスターを選択した種族として扱う。

「!」
「何も考え無しに、六邪心魔とレッドアイズを併用するような真似はしないさ。こうやって強引にシナジーを作り出しでもしない限りはな…ドラゴン族を選択するぜ!」
 俺の宣言に、彼は軽く首を傾げて「なるほど」と呟く。
「なかなか、考えるな。だが、俺のデッキもドラゴン族がメインだぜ?」
 そう、たった数ターンの戦闘でも、それだけは解る。
 俺と同じ。いや、限りなく俺に近い。ドラゴン族で押して来る、純粋な力の、レッドアイズのデッキを、奴は持ってる。
 だが、こうして俺の墓地のモンスターも全てドラゴン族となる。つまり。
 もしここで、上手いカードを喚ぶ事が出来れば、勝機へと繋がる。
「……魔法カード、Evil-6×Red-Eyesを発動する!」

 Evil-6×Red-Eyes 通常魔法
 自分のデッキから「六邪心魔」と名のつくモンスターを2種類、墓地に送って発動する。
 自分の墓地に存在する「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスター1体を自分フィールド上に、
 特殊召喚する事が出来る。

「なるほど、レッドアイズと六邪心魔にはこのカードがあれば繋がりがある、そこから見えて来るのは、闇竜だな、ダークネス?」
「Perfect! 流石だな、よく見ているぜ!」
「闇竜を喚んだ所で、なんとかなる状況なのかな?」
「わからねぇぞ…俺は、六邪心魔・嫉妬−スウェン、六邪心魔・嫌疑−ロイを墓地に送り、墓地の真紅眼の黒竜を特殊召喚!」

 六邪心魔・嫉妬−スウェン 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1500
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードは1ターンのバトルフェイズに2回攻撃が出来る。

 六邪心魔・嫌疑−ロイ 光属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 1ターンに1度、相手の魔法・罠ゾーンに伏せられているカードを
 ランダムに選択して見る事が出来る。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 これで、手段は揃う。後は、やるだけだ。
「そして、黒竜を墓地に送り、闇竜を召喚! 来い、ダークネス!」

 真紅眼の闇竜 闇属性/☆9/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000
 このカードは通常召喚出来ない。フィールド上に存在する「真紅眼の黒竜」を墓地に送る事で特殊召喚出来る。
 このカードは自分の墓地のドラゴン族モンスター1体に付き攻撃力が300ポイントアップする。

 真紅眼の闇竜 攻撃力2400→3300

 攻撃力3300で、奴のフィールドのダークネスメタルと攻撃力が並ぶ。
 ここから、押し切る。
「バトルだ、行くぜ! 闇竜で、黒竜の巫女を攻撃! ダークネス・ギガ・フレイム!」
 例えここで黒竜の巫女を破壊しようとも、奴の墓地にはレッドアイズは存在しない。
 最初の黒竜はトークンだから、墓地に送られる筈は無い。
 手札コストなどで捨てた様子も無い。だから、破壊しても黒竜の巫女が効果を使える筈も無い!
「だから、そこが甘いと言っている。お前は、昔から」
 奴が、囁いた。
「リバース罠、聖なるバリア−ミラーフォース」

 聖なるバリア−ミラーフォース 通常罠
 相手の攻撃宣言時に発動可能。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

「ミラフォ…!」
「リバースカードに注意しておくのは、基本だろう?」
 だが、その宣言が終わるより先にミラーフォースによって闇竜は攻撃を阻まれ、そのまま返されてしまった。
 まだユーリが残っているとはいえ、これは痛い。
 ライフを削れない。ダメージを奪えない。
 早期のうちにミラーフォースのような逆転カードを使わせるのは有利だというが、それは長期戦化した場合の話だ。
 逆転カードから一気に戦場を崩されてしまえば後々へと続く戦術など何の役にも立ちはしない。
「クソっ」
 なかなか嫌な戦術を仕向けて来る…。
 だが、ターンエンドを宣言しようとした俺に対し、彼はそっと呟く。

「……あまりツキが無いのは昔からだと、よく言うがな…俺にだって、ツキは無いさ」
「…どういう意味だ?」
 俺がそう問いかけたとき、奴は小さく手を振った。

 そこから飛び出したのは、先ほどのマスタ―マインドのピン。
 四本目の、だがそれだけはカラーが真っ黒のピン。



 そこに、今と変わらぬ姿の俺がいた。
 俺自身を第三者の視点で見ている、というのも妙な話だ。
 今とあまり変わらぬ姿ではあるが、俺が着る筈の無い別の、ブレザーの制服を着ていた。そう言えばこの服は…。
 確か、七ツ枝にあるどっかの私立校の制服だったか。

 その俺は、どこかを走っていた。
 霧がゆっくりと晴れて行くと、そこが瓦礫だらけの廃墟である事が解った。
 いや、それは廃墟ではない。真新しい筈の建物が、無惨に破壊されたのだ。

 その中でバラバラになっているものに、全部見た記憶がある。

 それは死体。
 既に死んだ後、血肉の塊、魂の抜け殻、ただのモノ。
 でも、かつては大切だったもの。
 全てを失ったのだ、その少し前に―――――。

 ここで何があったのか――――その理由はすぐに解った。
 壁に突き刺さる、巨大な飛行機の前部。壁を建物の半分近くを粉砕し、漏れだした燃料が酷い匂いと炎を立てる。
 もう、何も残っていない。
 俺には何も残ってなどいない。この瞬間に全てを奪われた。全てを失った。

 今までずっと、母の死にも、父の暴虐にも、でも家の為、家族の為に、ただ忠を尽くした。
 たった1人の愛する人の為に、愛を捧げた。
 自分という存在がそこにあるのかも解らぬまま、1人でもがいていたのだ。

 だが、それは終わった。
 全てを失った時に、それは無意味なものだったと気付いてしまった。
 では、自分はどこにある?
 自分は何の為にある?

 そう、ここにいるのは俺だ。俺は何の為に生きて来たのか。
 解らないが、自分は黒川雄二であるという事。
 古くからある名家で、強大な権力と資産を古の時代から動かして来た、黒川の血筋。
 唯一の、その血を持つもの。

 世界の全ての王たる存在。

 そうだ、全てはそのためにあるのだ。
 我は黒川の名を残すもの、守るもの、故に全てを支配しなければならない。
 力が欲しい。
 そう、我は王なのだ。
 万物の王として、全ての支配者であり続けなくてはいけない。


 近い未来か、それともそう遠く無い過去か。
 ダークネスである事を望まなかった俺は、王となる事を選んだ。全てを無くしたから。
 これは目の前にいる彼の記憶なのだ。
 でもそれもまた、「黒川雄二」の軌跡。彼もまた「黒川雄二」なのだから。

「そして絶対的な力を手に入れた」

 彼は呟く。
「お前では手に出来ないほどの。膨大な力を、俺は持っている。お前が望むことも、お前が願った事も、その気になればなんだって出来るだろう。世界を救う事も壊す事も」

「でも、それはお前の望みだ。俺が願っている訳じゃないし、お前にはそこまでの力も無い」

「何故なら、お前はそれを捨てたからだ」

「王として君臨するべき筈だった、世界を捨てた。だからお前はそこにいる。……今は堕落しても、さ」

「笑えるよな? 世界の闇を手にしたとしても、お前自身なんざ本当はちっぽけな存在なんだから。お陰でご覧の通り、お前は…いや、俺は大切なモノ1つ守れない存在に成り下がってたんだろうね、気がついたら?」

「ああ、思ったよ。本当に今迄何をしてきたんだろうとね。力を蓄えてた筈が、絶大な力には何の役にも立ちはしない。運命1つ変えられない」

「違う」

 俺は、それを遮る。
 確かに、本当は小さな存在なのだろう。世界どころか、大切なもの1つ救う事すら、出来ないのかも知れない。
 本当に今迄何をしていたのかって?
 そう考えた事ぐらい何度だってある。考えすぎて眠れない事もあるし、自殺しようと思った事まである。

 でも、それらを含めて、俺がここにいる。

 だから…。

「運命1つ変えられないって? ふざけんじゃねぇ……変えてやるさ。いや、変えなきゃいけねーんだよ」
 お前から見れば小さな存在なのかも知れない。
 万物の王である事を望んだお前から見れば。
 そうではない俺にとっては、デカすぎる力なんだよ。だから、過ちを犯さないようにしないといけない。
 そして、他の誰かの過ちを、止めなければいけない。
 だから、変えるんだよ。
 俺の手で、出来る限りで…!
「俺がそう決めたんだ」
 バトル・シティを終えた日に、俺はそう決めたんだ。
 他の誰でも無い、俺自身が。

「だから、変えてやる…必ず!」
「威勢だけはいいんだな……だが、お前如きが万物の王たる俺に勝てると思うなよ?」
「やってみなきゃ、わかんねぇ!」



 カードを1枚伏せて、ターンエンドを宣言。

 黒川雄二:LP2500      もう1人の黒川雄二:LP4000

 六邪神魔・悲哀−ユーリ 水属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1800
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分スタンバイフェイズ毎に
 自分フィールドの魔法・罠ゾーンのカードの数300ポイントずつ、ライフポイントを回復する。

 輪廻独断 永続罠
 発動時に1種類の種族を選ぶ。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 お互いの墓地に存在するモンスターを選択した種族として扱う。

 ダークブレイズドラゴン 炎属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力1200/守備力1000
 このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、このカードの元々の攻撃力・守備力は倍になる。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 ダークブレイズドラゴン 攻撃力1200→2400

 黒竜の巫女 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1900
 自分フィールド上にこのカードが存在する限り、
 「真紅眼」の名のつくカードは攻撃力・守備力が500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 墓地より「真紅眼」の名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
 そのモンスターはフィールド上に存在する限り、攻撃力が1000アップする。
 そのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスター1体を
 ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から
 「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン」以外のドラゴン族モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 続けて、彼のターンだ。状況は圧倒的に不利な状態、だが…。
 こちらだって、まだ勝機を失った訳じゃない。落ち着け。
「俺のターン。ドロー」
 彼のターン。次に奴が繰り出して来る手段は…。
「俺は速攻魔法、奇跡のダイス・ドローを発動!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 このターンのエンドフェイズ時、出た目以下の数になるよう、手札を捨てなければならない。

 奇跡を開くサイコロ。あいつも持っているのか。
「なんだ、お前もそんなカードを使うんだな」
「変か? 王へ上り詰めるのもまた、運に愛された資格の1つだよ」
 彼はそう答えるとサイコロを転がす。
 出た目は3。三枚のドロー。

「魔法カード、融合を発動」

 そしてその三枚のドローから始まるコンボは…何を狙う?
 俺だったら何を考える。融合する?
 純粋に手札に何を潜ませているんだ?
 真紅眼が三体揃えば、究極竜を狙い、黒竜の巫女で強化も出来るが…。

 いいや、奴はそんな回りくどい事しない。
 もっと単純に狙う。

 そしてそれは当たっていた。

「手札にある、真紅眼の黒竜、ならびに…フィールドのダークブレイズドラゴンを融合!」

 信じられない事に、有り得ない2体を融合した。
 確かに、その名を冠したモンスターを俺は持っている。でも…。
「知っているか? 真の姿を見せてやるよ…俺は、レッドアイズ・ダークブレイズドラゴンを融合召喚!」

 そこにあるのは、確かな力だった。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2800/融合モンスター
 「真紅眼の黒竜」+「ダークブレイズドラゴン」
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、ダメージを与える。
 このカードは自分の墓地のドラゴン族モンスター1体に付き攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 闇の炎に包まれた、真紅の瞳の竜は翼を広げて周囲へと咆哮をあげる。
 自らの再生を祝うかのように、全てを破壊しつくさんが如く咆哮を。

 そう、それは絶望への戦火。

「嘘だろ!?」
 真紅眼の闇焔竜と同じ名前を持つ竜。
 だが、そこに立つ姿はまるで違う。真紅眼で、黒い翼を持ち、闇の焔を操る以外に共通点は無い。
 暴虐。
 破壊。
 そんなイメージだけがそこに存在する。
「レッドアイズ・ダークブレイズドラゴンの効果発動。墓地に存在するドラゴン族モンスターの数×300ポイント分、攻撃力を上昇させる」

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 攻撃力3500→4100

 攻撃力4000の大台に達したダークブレイズだが、それで終わる筈はあるまい。
 そんな俺の予感を予期していたように、奴はニヤリと笑う。
「これで終わったと思うか? ノンノン、まだまだ終わりじゃねぇぜ」

 奴はニヤリと笑うと、新たなカードを並べる。
「手札の魔法カード、トリック・オン・フラッシュバンを発動しよう」

 トリック・オン・フラッシュバン 通常魔法
 デッキの一番上にあるカードを墓地に送って発動。
 自分のデッキから罠カードを1枚選択し、それが発動条件を満たしているならその罠を発動出来る。
 このカードは1ターンに1枚しか使用できない。

 トリック・オン・フラッシュバンと言えば、聴いた事がある。
 デッキの中にある罠カードを発動出来るという、その凶悪さ加減が容赦ない!
「おい待てよ!? このカード、確か…」
「悪いが、お前はいちいち宿敵に対してカード1つを違法だとか卑怯だとか非難するのか? そんな事する暇があったら戦術を考えた方がいいぞ…さて、俺が発動するのは運命の分かれ道だ!」

 運命の分かれ道 通常罠
 お互いのプレイヤーはそれぞれコイントスを1回行い、
 表が出た場合は2000ライフポイント回復し、
 裏が出た場合は2000ポイントダメージを受ける。

 何故、このタイミングで運命の分かれ道なのか。
 それは理解する事が出来ないが…でも、何か意味がある事は確かだ。意味が無いなど有り得ない。
「では、まずはお前からだ」
 奴に言われ、俺は諦めてコイントスをする。
 残りライフは2500。せめて表が…表だった。

 黒川雄二:LP2500→4500

「ははは、いいねぇ! そうでなくっちゃ!」
 ところが、奴は俺のライフを回復させたのに笑っていた。
 つまりこれは、このカードを発動させてライフを回復させる事に意味があったって訳だ。
「で、俺は……裏だな。2000ポイントを失う」

 もう1人の黒川雄二:LP4000→2000

 ライフ差を自らつけたというのに笑っている。
 だとすると、そこで考えられる手段が1つだけあった。吹雪冬夜と戦った時に、そのライフ差を利用したカードがある事を…!

「よく気付いたな」
「あんただって、俺自身なら、俺が見て来たものだって気付ける可能性もある!」
 お陰で最悪なイメージまで出て来ちまったがな。

 失楽園の旋律 永続魔法
 自分のライフポイントが相手を下回っている場合、下回っているライフポイント÷100枚分のカードをデッキから墓地に送って発動する。
 墓地に送ったカードの枚数のターンの間、墓地に送ったモンスターカードの攻撃力分だけ、攻撃力・守備力を増加させる。
 墓地に送ったカードの枚数分のターンが経過した時、ライフポイントに墓地に送ったモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける。

 それは罪を犯したが故に追い出された、失楽園。
 そこから奏でられる旋律は最早ヒトが立ち入る事が出来ないもの。
 だが、彼はそれを知っている。
 とうの昔に失われたものだとしても。

「冗談キツいぜ!」
 たとえ俺がそうぼやいてもどうにかなるものではない。
「俺とお前のライフ差は2500、すなわちデッキを25枚墓地に送り、その中のモンスターカードの攻撃力・守備力分だけ、レッドアイズ・ダークブレイズの攻撃力は増加する!」
 このカードの凶悪さはそこにある。
 下手をすればデッキの全てを失いかねない、だがそれに見合う、否、見合いすぎる能力を誇る。
 その攻撃力が情け容赦ないものであれば尚更だ。

「さて…おお、25枚の中で、モンスターカードは16枚か…ストロング・ウィンド・ドラゴン、ダークネスメタル、ブリザード・ドラゴンが2体、サファイアドラゴンが3体、仮面竜が2体、黒竜と闇竜が1体ずつ、ヘルカイザー・ドラゴン、フェルグラントドラゴン、そしてダーク・アームド・ドラゴン…」

 ストロング・ウィンド・ドラゴン 風属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
 ドラゴン族モンスターをリリースしてこのカードのアドバンス召喚に成功した時、
 このカードの攻撃力はリリースしたドラゴン族モンスター1体の攻撃力の半分の数値分アップする。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値分だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスター1体を
 ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から
 「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン」以外のドラゴン族モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 ブリザード・ドラゴン 水属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力1000
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
 選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
 表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 サファイアドラゴン 風属性/☆4/ドラゴン族/攻撃力1900/守備力1600

 仮面竜 炎属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1400/守備力1100
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 真紅眼の闇竜 闇属性/☆9/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000
 このカードは通常召喚出来ない。フィールド上に存在する「真紅眼の黒竜」を墓地に送る事で特殊召喚出来る。
 このカードは自分の墓地のドラゴン族モンスター1体に付き攻撃力が300ポイントアップする。

 ヘルカイザー・ドラゴン 炎属性/☆6/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力1500/デュアル
 このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
 通常モンスターとして扱う。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
 このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
 ●このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 フェルグラントドラゴン 光属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力2800
 このカードはフィールド上から墓地に送られた場合のみ特殊召喚する事が可能になる。
 このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地に存在するモンスター1体を選択する。
 このカードの攻撃力は、選択したモンスターのレベル200ポイントアップする。

 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力1000
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
 このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体を
 ゲームから除外する事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン
 攻撃力4100→6500→9300→11100→12900→14800→16700→18600→21000→23400→24800→26200→28600→30400→32200→35000→37800→42600→43100
 守備力2800→3800→6200→7200→8200→9800→11400→13000→15000→17000→18000→19000→20500→22100→23700→26500→27500→28000

 信じられない事に、レッドアイズ・ダークブレイズドラゴンは闇竜と同じく、墓地のドラゴン族の数だけ攻撃力を上昇させる。
 そして黒竜の巫女の対象範囲でもあるが為に、16体分の攻撃力に更に500ポイントを追加。
 43100。有り得ん。

 だが、そこで畏れている暇はない。
 ユーリはまだ辛うじて守備表示。そして何より…俺にはまだ切り札がある。

「これで終わりだと思うなよ?」
 そうだ、あいつがこれで終わりにする筈が無い。
 切り札を出すにはまだ早い、という事か。
「へぇ…何を潜ませてるんだい、お前の手札に」
 俺の問いかけに、奴はただカードを表にしただけ。

 最初は巨大化。
 2500というライフの差は、ダークブレイズの攻撃力を膨大な数値へと増大させる。

 巨大化 装備魔法
 自分のライフポイントが相手より下回っている場合、装備モンスターの攻撃力は2倍となる。
 自分のライフポイントが相手より上回っている場合、装備モンスターの攻撃力は半分になる。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 攻撃力43100→86200

 そして2枚目。
「お前もよく知ってるだろ? 俺も使うんだよ、使わない筈が無い、と言っておこうかな…」

 究極にして至高。
 最高のモンスター強化と言わしめた、危険物がそこにある。

 ブラッド・ヒート 速攻魔法
 このカードはバトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 自分フィールドの表側攻撃表示のモンスター1体を選択し、そのモンスターはそのターンのエンドフェイズまで、
 攻撃力はそのカードの攻撃力に守備力の2倍を加算した値になる。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターを破壊する。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 攻撃力86200→142200

「……お前、どこまで上を目指す気だ?」
 流れる空気が最早違う。
 俺が今迄見て来た何よりも、そこは恐怖が支配していた。
 絶対的な力の支配者たる王が支配する領域。
 放たれる威圧が全てを示す、これはヤバいと。
「万物の王に、求める力に、限りなど無い。お前もそれを知っているだろう、最強にして最高という存在など、有り得ないという事を! 最も強くなりたければ、誰も勝てなくなる程強くなればいい。最高と最強は違う。だから相容れない。そう、知っている筈だろうに」

 そして奴は、三枚目のカードを開いた。

 バーニング・ブラッディロアー 速攻魔法
 このカード発動時に、自分フィールド上に存在する全ての「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスターの攻撃力を2倍にする。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターは破壊される。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 攻撃力142200→284400

 284400。
「あ、ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 そんなわけあるか。そんなわけあるか。
 大事な事なので2回言いました。じゃない。

 確かにね……ああ、今迄無茶苦茶に挑戦してきたことなんざ、星の数ほどあるさ。
 俺にとって、挑む事というのは一種人生の一部みたいなもの。
 どこにいようと、ついてまわって離れない。

 でもだからこそ、いつだって知ってるのさ。

 危険な事も山ほどあった。荒波にのまれた事など数知れず。
 でもそれでも、乗り越えたかったのだ。何よりも、自分自身の為に。

 だから俺は信じている。

 たった1つで、全てをひっくり返す事を!

「リバース罠……怪盗の奇術を発動!」

 怪盗の奇術 通常罠
 相手の墓地から罠カードを1枚選択し、自分の手札に加える。
 このターン、その罠カードが発動条件を満たしている場合、手札から発動する事が出来る。
 このカードの発動ターンに罠カードを手札から発動した場合、
 このカードのプレイヤーはエンドフェイズ時に2000ライフポイントを失う。

「チイッ! まさか、お前…!」
「残念、そのまさかだ。俺にはまだ、こんなやり方が残ってたって事さ! リバーシブル・ミラージュを頂くぜ!」

 リバーシブル・ミラージュ 通常罠
 相手フィールド上にレベル5以上のドラゴン族モンスターが存在する時に発動可能。
 自分フィールド上に、そのモンスターと同じレベル・属性・種族・攻撃力・守備力のトークンを攻撃表示で特殊召喚する。
 このトークンは攻撃宣言を行なえない。

 そしてリバーシブル・ミラージュは発動条件を満たしている。

 つまり、俺のフィールドにも攻撃力284400のトークンが出現する、というわけだ。
 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴントークン 攻撃力284400

 これで、どうなっても相打ちに持ち込める。これで何も…!

「き、貴様っ……オレを……騙しやがったな!」
「ハッ? 聞こえねぇな」
 奴の顔が初めて歪んだ。
 無理も無い。ブラッド・ヒートの効果で、レッドアイズ・ダークブレイズドラゴンは破壊される事が目に見えているのだから。
 そして例え戦闘破壊しようにも、トークンがいる限り、相打ちになってしまう。
 攻撃力が同じなのだから。
 そして、失楽園の旋律で、いずれ奴は大ダメージを受ける。

 これで、ゲームセット。俺の勝ちだ。

「だから、まだまだ甘いんだ。黒川雄二」

 歪んでいた怒りが、消えた。

「ダークブレイズ、お前の姿をしたトークンに攻撃しろ! ダーク・ブレイズ・キャノン!」
「え? バカいえ、相打ちになるだけ…」
 だがしかし、奴はここでニヤリと笑った。

「俺はここで三枚目のカードを発動する……それは、決闘融合ーバトル・フュージョン!」

 決闘融合−バトル・フュージョン 速攻魔法
 自分フィールド上に存在する融合モンスターが戦闘を行う場合、
 そのダメージステップ時に発動することができる。
 その自分のモンスターの攻撃力は、ダメージステップ終了時まで
 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 …。
 ……。
 ………。

 レッドアイズ・ダークブレイズドラゴン 攻撃力284400→568800

 そこにある攻撃に、俺の意志など関係ないのかも知れない。
 何故ならその暴虐なる嵐は、情け容赦など無い。
 俺に反撃などできやしない。もう、何もかも。終わってしまった。

 絶望の先に、何も無い事ぐらい、俺にだって解ってるのさ。

 遠くの方で、世界が裂ける音が聞こえた、気がした。




《第21話:ファースト・ストライク》


 水の中に浮いていると、夢を見る。
 水中に浸かる耳に届く音は少なく、ただ冷たい水に抱かれて揺れている。
 青空。
 視界を支配する青空は、例え一万年前からも、きっと一万年後も変わらず誰かを見下ろしているのだろう。

 その中で見る夢は、私に名前があった頃の夢。
 今はもう失われてしまった夢。


「"スノーマン"! "スノーマン"!」

 遠くの方から私を呼ぶ声がゆっくりと届き、私は身体の向きを変えてプールサイドへと向かった。
 唐突に呼ばれたという事は何か動きがあったのだろう。
「ここにいます! "ダークネス"、何があったのですか?」
 プールサイドにしがみつきつつ、顔を上げてプールサイドに立つ"ダークネス"にそう返事をすると、私の隊長は膝を折って視線を出来る限り私に近づけてから口を開く。
「新しい水着を買ったのか? 似合ってるぞ」
「少しサイズが変わりましたからね。で?」
「ああ。次の仕事にお前を連れて行く。ブリーフィングは1時間後だ」
「…了解」
 次の仕事。
 タスクフォース616の任務は多岐にわたる。要人の救出・危険分子の暗殺・敵への急襲。
 デュエルモンスターズのカードを利用する事であらゆる任務にマルチに対応する事が出来、18時間以内に世界各地へ展開する事が出来る。
 非常に優れた部隊だと言えるだろう。
 だが、最近思うコトがある。

 最近、破壊や暗殺、急襲などの任務が増えている。それそのものはおかしくない。吹雪冬夜のようなテロリストに対応するのも仕事だ。
 だが、その中で少なからず民間人への被害も出る。無関係な人達に、だ。
 本来それは避けるべき事、であるにも関わらず…最近はそれがまるで無視されている。
 まるで他人などどうでもよいかのように。
 それが、少し不安を覚える。私たちは影で世界を支える、否、影で世界を管理し、統制する為の部隊では無かったのだろうか…世界をよりよい方向へ進める為の部隊では。

 いいや、それを考えるのはまだ早いか。






 嵐の中でヘリコプターを飛ばすのは、自殺行為である。
 場所はハリケーンが接近しつつあるメキシコ湾、時刻は午後九時を回っていて、視界も天候も悪いことこの上ない。
 だが、そんな中でも突入せねばならない。それもまた任務の1つなのだ。
『ホーク2よりホーク1。目標上空に到着。降下準備に入る』
『ホーク1了解。こちらも間もなく到着する』
 パイロット同士の交信の後、我らが隊長"ダークネス"は暗視ゴーグルを装着しつつ口を開いた。
「よし、降下準備だ。行くぞ」
 いつものジョークも軽口も無いのは、ただ単に環境が悪いせいだろう。
「どうした、"スノーマン"? いつも以上に無口だぞ?」
「なんでもありません」
 "ゴースト"の方はいつも通りだから問題無い、だろう多分。
「あー……まぁ、確かに今回の任務は気が引けるよな。俺もそうだ」
 "ゴースト"は降下用ロープをバックルに装着しつつも呟き、そして窓を開ける。
 ヘリの中にも吹き込む、風と雨。そしてその視界の下にぼんやりと浮かぶ、客船。

 メキシコ湾クルーズ、とまぁ中堅クラスの富豪が好んで行なうイベント用の客船。
 名称はドラゴンベリー号。収容人数は3500人。船員がその3分の1ほどなので、合計4700人程度。
 そんな中から、1人を捜すなんてのは随分な苦労だ。

 だが、なんとしてでも探さねばならない。

 あの、吹雪冬夜という少年の姿をした悪魔(のようなもの)を。

「…まったく。1人をぶっ殺す為だけに、最大4700人を犠牲にするというのも嫌な話だがな」
 ここで初めて"ダークネス"が口を開く。
「だが、俺はこうも思う。その1人を殺した事で、その4700人以上の人間が死ななくて済めば、それでいい。…少なくとも、そいつらは無駄死にはならない。俺はそう思う」
「ですが、罪の無い人間を殺すのもどうかと思いますけどね」
「"スノーマン"。『お前は今まで喰ったパンの枚数を覚えているのか?』」
「…いいえ?」
 どこかで聴いた覚えのある台詞を放った"ダークネス"にそう返すと、"ダークネス"は言葉を続ける。
「このパンが鳥でも、肉でも、魚でもいい。俺たち人間は食物連鎖ピラミッドの最上位に位置する以上、他の生命を喰って生きている。いいや、それは他の生物だって一緒だ。他の生命を生きる為に殺して生きている。…生きるため、とはいえ喰われた側はそれで生命を失う。逆に言えば生きる為に殺している。これは罪じゃないと思うか?」
「………」
「生きている上で、罪を重ねない人間なんざいねぇよ。人生、何が起こるか解らん。いつだって死ぬ可能性もあるし、殺される可能性もある。……今の奴らはそれに当たってしまった。そう思うようにしている。そいつらを殺す俺達も、同じ事が言える。
 そして行くぞとばかりに、ロープに手をかけ、私も後に続いて嵐の夜へと飛び出した。
 隣りではホーク2から、同じように戦闘員が降り立つ。

 ロープを伝って甲板に降りる。
 当たり前のように、嵐の甲板に出ている人間などいない。
「ついてこい」
 この任務は出来る限り早く済ませるに限る。
 この船の全てが赤く染まらないように。



 外は大嵐でも、船内ではさほど揺れは気になる程では無かった。
 スポーツジムや映画館まで完備された船内で、ひときわ目立つエリアがあった。
 外が嵐で甲板に出る事が出来ないならせめて船内で楽しもう、とマジシャンやミュージシャン達に総動員をかけた臨時のディナーショーが開かれていた。
 シェフが腕を振るった料理に舌鼓を打ちつつ、演目を楽しむ。

 とは、言ったものの。幼い子供にとっては何が楽しいのか解らないものも少なく無い。

 子供達は親から離れて、自らの客室もしくは他の楽しそうな場所へ向かう方が多かったのである。
 ナターシャ・シェフチェンコもその1人で、自分の部屋に戻ろうとしていた、が。

 大型の船内では似たような風景が続き、特に窓も無いので外を確認して場所を判断する事も出来ない。
 つまり、道に迷っていた。
「困ったなぁ…」
 ナターシャは呟く。やはりパパとママの側にいるべきだっただろうか。でも、幾ら高級な料理が出ても、正直味が上品すぎて食べた感じがしないし。
 しかし、ここからじゃ部屋も解らない…。途方に暮れた時だった。
「……正気か?」
 少し離れた所から話し声が聞こえる。その声は、自分と歳が近い、少年の声だった。
 もしかしたら、道を知っているかも知れない。ナターシャはそう思って、その少年の声の主を探す。

 彼はすぐに見つかった。
 衛星通信を利用した電話ボックスが並ぶ場所に、ナターシャとそう変わらない年の、銀髪の少年が電話をかけていた。
「……あまりオススメは出来ないな。正直な話、それをした所でオレ達にメリットでもあるのか?」
 彼は真剣な口調で、電話越しに誰かと話していた。
 最近ではこんな年少者でも企業の経営者や役員、というのもありうる。彼もそうなのだろうか、とナターシャは思いつつ、近くの電話ボックスへ行って受話器を取り、番号を回す振りをする。
「…そこまで言うのなら止めやしない。……だが、次に行動を起こす時には最前線に立ってもらうぞ。それと、それまでの過程でも、な。じゃあな、ヴィクター・ロズロフ」
 少年は電話を切って大きく伸びをした後、電話ボックスを出る。
 ナターシャもそれを横目で見てからゆっくりと電話を切った。
「はぁ…」
 盛大にため息をつきつつ、だ。
「おや? どうしたんだい?」
 少年は紳士的に、即座に食いついて来た。淑女たるもの、男子は有効利用すべきである。
「え? あ、ああ…その……好きな人と、ちょっとね」
「なるほど……それは災難でしたね」
「部屋、戻らないと…」
 ナターシャはわざとらしく言った後、すぐに首を左右に振る。何せ道が解らないのは本当なのだから。
「おや、部屋までご案内しましょうかマドモアゼル?」
「…お願いするね」
 ナターシャがそう答えると、少年は小さくお辞儀をして答える。
 まるで執事を演じるが如く。
「お任せ下さいマドモアゼル。……よろしければ、お名前を?」
「私はナターシャ。ナターシャ・シェフチェンコ」
「いい名前だね、ナターシャ。オレは…そう、ブリザード。ブリザード・ウィンターナイト。普段は、いわゆるホテルを経営しているような奴ですよ」
 銀髪の少年はそう言って手を出し、ナターシャの手を引いて歩き出す。
「部屋はどちらに?」
「えーと、確かスイートのBD135だったかな……」
「そこなら少し離れているね。少し歩くけれど、構わない?」
「大丈夫」
「無理なら言って欲しい。いつでも、運ぶ事ぐらいは出来る」
 ブリザード少年は見掛けより年上なのか、ナターシャにそう言って笑いかけた。
 その笑顔が、とても落ち着きを与えてくれた。何故だろう。



「いいか。船員に見られないようにして探せ。船員に見つかると面倒だぞ」
「了解」
「"シュヴァリエ"は右舷上部を探せ。"ゴースト"は左舷上部、"ブレイズ"は左舷下部で、俺のチームが右舷下部だ。なにかあったら連絡しろ。行け」
 "ダークネス"は矢継ぎ早に指示を飛ばした後、それぞれ散っていく。
 今夜は私は"ゴースト"のチーム。
 他のメンバーは"スティンガー"、"ドミノ"、"ローレライ"の3人、とまぁなかなか頼りになる面々ではあるので問題無いだろう。
「行くぞ」
 "ゴースト"の指示に従い、足音をなるべく立てずに進んでいく。
「待て、前方に船員が一人いる。…清掃員かな」
 目を凝らして見ると、確かに清掃をしているのか、船員がちりとりと箒を片手に廊下を掃除している。
「…どっちに向かいそうだ?」
 その通路を曲がってくれれば、こちらに来ない。曲がれ……いや、曲がらない。振り向いた!
「な」
 その船員が誰だと叫ぶ前に、額に赤い穴が開いた。
 "ドミノ"がホルスターから消音器をつけた拳銃を抜いていた。消音器つきなら、多少は音も低減される。
 "ドミノ"は倒れた船員に近づき、見つからないように近くの部屋まで引きずっていく。
 そして扉を開け放ち、中へと放り込もうとして―――――もう1度発砲。
「中にも、まだいた」
「やれやれ、隠しておけよ」
「………」
 "ドミノ"と"ゴースト"のやり取りをぼんやり眺めていると、ふと"ゴースト"が視線をこちらに向けた。
「どうした"スノーマン"?」
「いえ…少し、考えていただけです」
「この任務の事か?」
「………」
「わからないまでもないさ。俺も気分悪い」
 "ゴースト"はそう答えつつ、もう1度銃型デュエルディスクにデッキをセットしなおす。
「だが、やらねばならない。多くの人の未来の為にも、な」
「"ゴースト"の言う通り。私たちは、今やるべき事をなすだけ」
 "ローレライ"が加わり、その通りかなとも思った。
 そうだ、余計な事を考えるな、集中しろ。
「これだけの犠牲を払うんだ、今度こそ仕留められればいいのさ。吹雪冬夜をな」
 そう、今夜こそ吹雪冬夜を仕留めなければならない。
 これだけの命を、犠牲にするかも知れないのだから。
『全員、武器と弾薬をチェックしろ』
 突如、"ダークネス"から通信が入った。
「どうしました?」
『あまり良く無い状況だ。……ただいま、乗客リストを手に入れて照合中に船員が来てな。ただ今、船長と交渉しているんだが、なかなか良い返事が得られない』
『"ダークネス"、何をやっているの』
『黙れ"シュヴァリエ"。被害が少ないに越した事は無い…だが、良い返事が得られそうに無い。"ブレイズ"。プランBだ。やれ』
『"ブレイズ"、了解』
 通信の向こうで『プランBとはなんだ! どういう事だ!』という怒号が聞こえる。
 あっちはもう"ダークネス"に任せよう。
「"ダークネス"、我々もプランBへ移る」
『了解』
「さて……よし。通信室へ向かうぞ」
 "ゴースト"の先導で向かおうとした時、敵もさるもので恐らくはサメ除けに使うであろうライフルを携えた船員達が道を塞ごうとしていた。
「停まれ! 停まらないと」
 1人の船員の言葉が終わるより先に、私たちの発砲の方が早かった。
 ぽふり、と乾いた銃声とともに消音器付きアサルトライフルが火を吹く。
 レミントンACRアサルトライフルなんぞわざわざ持ち出す必要も無い、と思っていたが結局要る事になってしまった。
 いちいち死体を隠している暇はない、とばかりに"ゴースト"は先を急ぐ。
「"スノーマン"、先頭だ」
「了解……通信室は、もう2フロア下でしたよね?」
 来る前に船内の見取り図を一度だけ見たのだが、記憶が正しければそうであるはず。
「ああ。急ぐぞ」
 廊下を抜けて階段を降り、もう一階分降りる。
 先ほどの船員以外では誰とも遭遇していない。どうやら運はいいようだ。

 だがしかし、昔はこういう豪華客船でクルージング、なんてものに一度は憧れたものだ。
 今でこそ、それは…叶わぬ夢だろう。人目につかぬよう、ただひたすら戦い続けるような今の稼業では。
 …この船に乗っている人たちは、この出来事に気付いているのだろうか?
 もし気付いているとしたら、それはどうしよもうない悲劇なのではないか?
 そう、私がかつて体験したような悪夢のように…。

 何を考えている、落ち着け。
 任務中に無駄な事を考えられるほど、この世界は甘く無いのだ。

 フロアを二つ降りて廊下を抜ける。
 遠くの方に乗客であろう人が通信室の手前にある喫煙所内で煙草を吸っていた。
 全部で2人。
「おやすみなさい」
 慎重に狙いをつけて、立て続けに発砲。
 喫煙所のガラスが紅に染まり、人影二つは床へと落ちた。
「行きましょう、もうすぐです」
「ああ」
 通信室の前にチーム五人で辿り着く。が、鍵がかかっているようだ。
「仕方ない、突入する」
 "スティンガー"がセムテックスを扉に張り付け、五人で扉を囲むように待機。
 突入準備は出来ている、一気に攻めかかる。

 轟音と共に扉は破れ、一気に中へ。

 通信員達が一斉に顔を上げ、そして私たちを見て一斉に床へと伏せようとした。
 が、それを"ドミノ"も"スティンガー"も許しはしなかった。
 文字通り、根こそぎ掃討するが如くライフルをひたすら乱射し、あちこちで撥ねる度に悲鳴が上がる。
 元来、特殊部隊というものは精密射撃が求められる。映画のようにいつもフルオートで乱射しているわけではない。
 人質という誤射を防ぐ為だ。
 だが、その被害を気にしなければ好きなだけ撃つ事も出来る。

 とどのつまりそういうこと。

 周囲への被害を気にせず破壊し続ける事は、その分だけ被害が大きくなるという事。
 だが、時としてそれを求められる事もあるのだ。
「生き残りがいないか、チェックだ」
「…いません」
 "ゴースト"の言葉に、周囲を見ながらそう答える。
 そうだ、生き残りはいない。十数人の通信員達はすべて紅に染まっている。
 その中に散らばる、通信であろう文字や手紙。本来、誰かに届くべきはずだった手紙は、紅に染まっている。
 あまり、気持ちよいとは思えない光景。
「こちら"ゴースト"。"ダークネス"、通信室を制圧した」
『"ブレイズ"より"ダークネス"、機関室を制圧』
『"シュヴァリエ"より"ダークネス"、貨物室を制圧…。セムテックスは規定量仕掛けました』
『こちら"スケアクロウ"、右舷救命ボートへの作業は終わりました』
『"オルカ"より"ダークネス"、左舷救命ボートへの作業も完了』
 いつの間にか待機していた"スケアクロウ"のチームと"オルカ"のチームも来たのだろう、通信に入って来た。
 これでプランBの意味が分かった。
 これごと沈めてしまうとは、随分と情け容赦ない。そりゃあ被害も出る筈だ。
「…あまりスマートじゃない」
 私は思わず呟く。
「どういう事、"スノーマン"?」
「この仕事が、らしくない。そう思っただけよ、"ローレライ"」
 私の返答に"ローレライ"は少し笑いかける。
「…そうね。私もそう思う。けど、何もやらないと、もっとらしくない」
 タスクフォース616に身を置いたのなら。
 それが如何なる汚れ仕事だろうと、仕事を果たす他は無い。何故なら、そうしなければ生きる事すら出来ない。
 そうだ、さっき"ダークネス"も言っていた。
 この犠牲の先に、それ以上に救える人間がいるなら、そう思い込まなければ、やっていけない世界なのだ。
 どうしようもなく、哀しい事に、それが現実なのだから。



「ありがとう、部屋まで送ってくれて」
「気にしないでくれ、紳士として当然の事をしたまで」
 ナターシャの言葉に、ブリザード少年は笑顔でそう返した。
 その屈託ない笑顔がナターシャに、ますますブリザード少年を気に入らせた。
「ねぇ、出来れば一緒にしばらくいない?」
「…いいのかな?」
「まぁ、パパもママもしばらく戻ってこないだろうしね」
 それに戻って来た所で、同年代の少年ぐらいで目くじらを立てる事も無いだろう。
 ナターシャはそう思いつつカードキーを開け、ブリザード少年を客室へと招き入れた。
「いい部屋だね」
 豪華客船のスイートルーム、大した部屋である。
「無駄にお金だけは有り余ってるのよ、うちの家族。何か飲む?」
 スイートルームの一番窓に近い部屋、それがナターシャの寝室だった。
 その途中のミニバーにはアルコールの他にもジュースやサイダーなどもセットされている。
「サイダーを貰おうかな」
 ブリザード少年の返事に、ナターシャはグラスを二つ取り出し、ベッド脇のサイドテーブルに置いてサイダーを注いでいく。
 あくまでも大人のような、振りをしているだけ。
 サイダーの入ったグラスを、2人で手にとってかちんと鳴らす。大人の真似をしているだけだというのに、それが妙に神聖なものに感じた。
「こういう豪華な船に乗る経験はあまり無いけど、今日は凄い体験をしたよ」
 ブリザード少年は嬉しそうに微笑んだ。
「なにか、ゲームでもする?」
「そうだね。それもいいね」
 ブリザード少年がそう言って取り出したのは、カードの束。
 見覚えがある。デッキだ。



 気まぐれで、ここまで出来るものなのかな、とも考える。
 この少女はあまりにも純粋で、無垢だ。
 オレの言葉1つ1つにも載せられる。それ故に儚くてすぐに壊れそうな程だ。

 ますます、面白い。
 オレは少しだけ笑みを浮かべると、デッキをシャッフルする。
 デュエルをするという提案は、簡単にOKが出た。
 デュエルというのは最早、人類全体の共通項なのかも知れない。それもまた、一興というものでもある。
「さて、と……ところで、君のデッキは?」
 ナターシャにデッキの中身をさり気なく聴く。
 そう、相手とデュエルする前に情報アドバンテージの1つでも得ておくのは、意外と重要だ。
「もちろん。一生懸命考えた、デッキあるよ」
「それは楽しみだね」
 オレはそう答えつつデッキをテーブルの脇に置く。
 たまには、ディスクを使わないのもいい。

 そう考えたとき、遠くの方でぽふぽふ、という微かな音が聞こえた。
 消音器つきの銃を撃ったような音、だ。人間には殆ど聞こえないが、オレには辛うじて解る。
「どうしたの?」
「……ああ、なんでもないよ。じゃあ、始めようか」
 あまり良い予感はしないが、イザとなればその時に隠れればいい。
 オレはそう思って、デュエルを始める。

 吹雪冬夜:LP4000     ナターシャ・シェフチェンコ:LP4000

「まずは僕のターンだね。ドロー」

 さて、ドローしたカードは…。

「フィールド魔法、永久氷河を発動。そして、手札から片翼の白狼を召喚!」

 永久氷河 フィールド魔法
 全フィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドロー出来る。

 片翼の白狼 水属性/星4/獣族/攻撃力1700/守備力1800
 このモンスターは戦闘で破壊された時、1ターンに一度だけその破壊を無効にする事が出来る。
 このモンスターがフィールド上に存在する限り、このモンスターよりも攻撃力が低いモンスターが召喚された時、
 そのモンスターのレベル×100のライフポイントを支払う事でその召喚を無効に出来る。

 片翼の白狼 攻撃力1700→2000

「カードを1枚伏せて、ターンエンドさ」
 さぁて、相手は何を出して来るかな?
 相手の年齢と思考パターンからして、大したモノを出して来るとは…。
「じゃ、私のターンね。手札からマシンナーズ・スナイパーと、マシンナーズ・ディフェンダ−を墓地に捨てる」

 マシンナーズ・スナイパー 地属性/☆4/機械族/攻撃力1800/守備力800
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 「マシンナーズ・スナイパー」以外の「マシンナーズ」と名のついた
 モンスターを攻撃する事ができない。

 マシンナーズ・ディフェンダー 地属性/☆4/機械族/攻撃力1200/守備力1800
 リバース:自分のデッキから「督戦官コヴィントン」1体を自分の手札に加える。

 いきなり手札からカードを二枚捨てる、という事から連想するのはなんらかの特殊召喚だろう。
 だが、何が飛び出して来るか、解らない。
「そして、手札からマシンナーズ・フォートレスを特殊召喚!」

 マシンナーズ・フォートレス 地属性/☆7/機械族/攻撃力2500/守備力1600
 このカードは手札の機械族モンスターをレベルの合計が8以上になるように捨てて、
 手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手の効果モンスターの効果の対象になった時、
 相手の手札を確認して1枚捨てる。

「マシンナーズ・フォートレス…!」
 おっと、危ない危ない。一瞬だけ、素のオレが出そうになったよ。
 だが、1ターン目から最上級モンスターを喚んで来るとは、ナターシャ、なかなか面白い相手だよ、まったく。
「マシンナーズ・フォートレスの攻撃! 追撃・列車砲!」
 マシンナーズ・フォートレスの攻撃が白狼へと迫る。
 だが、片翼の白狼は、戦闘による破壊を一度だけ無効にする事が出来る。

 吹雪冬夜:LP4000→3500

 だが、いきなりこんなものを忍ばせて来るとは、やるじゃない。
「あれ? 破壊できないの?」
「片翼の白狼は、1ターンに1度だけ、戦闘による破壊を無効にする事が出来る。ダメージは受けるけどね……ふっ、何も考えずにモンスターを入れている訳でもないさ、僕もね」
「残念。じゃ、ターンエンド」
 ナターシャがターンエンドを宣言したので、続いてオレのターンに戻る。
 さぁて、次はどんな魔法を使ってやろうかな。
「ドロー」
 なにせ、色々と手数はあるのだからね。
「魔法カード、天使の施しを発動」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札からカードを二枚選択して墓地に送る。

 ドローと墓地肥やしを同時に行なえるのは便利なカードだ。
 さぁて、そろそろ始めようか。彼女を驚かせてみせよう。

「そして、天使の施しで墓地に送った、氷女ツララの効果を発動」

 氷女ツララ 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1100/守備力1900
 このカードの召喚に成功した時、デッキから「氷女」と名のつくモンスター1体を手札に銜える事が出来る。
 墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、通常召喚の生贄1体分として扱う事が出来る。

「墓地のこのカードを除外する事で、生贄1体分として使う事が可能だ…。そして召喚するのは…」

 …。
「!?」
 途切れた。そう、途切れた。
 スイートルームでは殆ど聞こえないとはいえ、客船である以上、航行中は常にエンジンの音が聞こえる。
 だが、その音が途切れた。
「悪い」
 慌てて、窓を開いて確認する。

 見える。
 嵐の雨と雷に誤摩化されて、上空に数機のヘリが飛んでいる。
「チッ、いつもの奴らか…」
 だとすると、連中は既にオレがこの船に乗っている事を知っている。
 くそ、戯れで乗って来たとはいえ、ここまで追って来るとは勘の鋭い奴らだ。
「ナターシャ。もしかしたら、危ない人達が来たかも知れない」
 オレはそれだけを告げると、デッキを咄嗟に片付ける。
 エンジンの音が停まったせいか、波での揺れが酷くなった気がする。
 乗客もそろそろ気付きだす筈だ。
「……しばらくは部屋に隠れているのが懸命かもな」
 オレは立ち上がるなり、ナターシャの手を取る。
「…どのぐらい、隠れてればいいかな?」
「生憎と解らないな。しばらく様子を見る他は無い」
 そう答えた後、まずは近くのクローゼットの奥に入る。
 色々とドレスやら何やらがあるがこの際黙っていよう。ナターシャもオレも、そこまで大きな体格ではない。
 じきに廊下を歩く足音が聞こえて来た。
「いいか、1人一部屋ずつ、丹念にクリアリングしていけ」
 そろそろ、来るな…。
 オレが息を飲む中、遠くの方で扉の開く音が聞こえ、既に戻っていた乗客の驚愕も聞こえた。
「こっちにはいないか。協力、感謝する」
 1つ1つ、部屋をわざわざ見守るのはご苦労だ。
「動くな! …誰もいないか」
 入って来た。
「静かにしときなよ」
「……サイダー?」
 オレの呟きと同時に、侵入者がサイドテーブルのサイダーに気付いたようだ。
「まだ…うん、炭酸が抜け切ってないな」
 やるのはまだ早い…そうだ。スタンバイ、スタンバイ。
 クローゼットの扉越しに、侵入者の動きをイメージしてみる。

 ここにいる!

 オレはクローゼットを開け放って飛び出し、侵入者が驚きの表情をこちらに見せた。

 だが、それより先にこっちの拳の方が早い!
 相手を捉え、相手が少し呻いた。その隙に距離を詰め、奴の腕をしっかりと掴む。
 そしてそのまま盛大に一本背負い!
 床へと叩き付けられた侵入者のホルスターから拳銃を頂く。
 やはり消音器つきか。
「ナターシャ、行くぞ」
 あまりここに長居しては、新手が戻って来る。
 そうならないうちに、さっさと離脱するに限るさ。

 だが、それは甘い判断だったというべきか。

 廊下では物音を聞きつけた連中が集まり、早くもこちらに銃口を向けていた。

「よう、ようやく会えたな、吹雪冬夜」

 暗視ゴーグルをあげながら、1人の青年がゆっくりと口を開いた。
「出来れば会いたく無かったけどね。君達も相当しつこかったよ」
 オレの返事に、奴は笑う。
「さぁて、と。大人しく…死んでくれるか?」
「断る」
 少なくとも、まだまだ死ねないさ。
「そいつは残念だ。ならば、この船ごと沈めた方が早かったようだ」
「スマートじゃないねぇ。そりゃあ。この船に何人乗っていると思ってるんだい?」
 君達人間は、人命尊重をする筈だろうからね。
 この船そのものを沈めて迄、オレを殺そうとは思わない。だからこの船の人間は、一種の人質。
「約4700人だが、そのうち既に船員の50人ほどは死んでいる」
 奴はあっさりとそう答える。
 待て、すでに死んでいる、だと?

 だということは、それはつまり、いやしかし。

「お前が思っている以上に、今の俺らは本気だ」
 そんなバカな。
 …と言いたいがそうも言っていられない。

「OK。大人しく降参…すると思ったかたわけめ!」

 そこはもう、お決まりのパターンのようなお約束で。
 オレは懐に手を入れると、小さく指を鳴らす。

 指先から放たれた閃光弾が、彼らの視界を奪う。
 今のうちに、甲板を目指し、階段を駆け上がる。

「走るぞ!」
 ナターシャにそう声をかけつつ、とにかく走る。
 例え外が嵐だろうと、救命ボートに辿り着くことさえ出来れば問題無い。

 だが、それは浅はかな考えである事に気付くのは、ほんの数分もかからなかったのだった。

 右手でナターシャの手を握りつつ、嵐の甲板へとどうにか飛び出すと、生き残りの船員達が救命ボート周辺で悪戦苦闘していた。
「そいつを早く下ろしてくれ!」
「すまない、そうしたいのは山々だが……!」
「エンジンが壊されていたり、底に大穴を開けられていたり、使えるような状態じゃない」
 2人の船員がオレとナターシャに向けてそう言った直後、その船員達も赤い花が咲いて倒れた。
 くそ、またやられたのか…!
 背後を振り向くと、そこに2人の兵士がそれぞれライフルを構えていた。
「無差別に撃つたぁ、本当に容赦ない奴らだな……だが、そうはさせるか!」
 これ以上、好き放題されたら流石に困るんでね!
 オレの身体はそうそう簡単に死ぬ訳じゃないけど…でも、ナターシャは撃たれたら終わる。
 あれ?
「妙だな」
 口の中だけで呟いてみる。
 なんでここまでナターシャに肩入れしているんだよ、オレは。相手は人間だぞ?
「でも、まぁそれもよし」
 たまには、そんな戯れもいい。そう、戯れだよ。

 距離を詰めると、相手は即座に発砲してくる。
 だが、銃口の先を読めば、回避する事は容易い。そしてフルオートモードになんぞしてしまえば、反動のせいで照準はブレる!
「そこだっ!」
 そして、1メートルも離れていない距離まで詰めたら、後は直線的な攻撃でも攻める事は容易。
 全身を捻ったローキックが相手を捉え、1人を薙ぎ倒す。
「"シードル"!」
 そしてもう1人に隙が出来るので、薙ぎ倒した奴が落としたライフルを掴んで銃床で打撃を加える。
「ぐっ!」
 まだ熱を持っている銃身に持ち替え、更に振り下ろした打撃。
 だが、その時には最初の1人目が体勢を立て直し、サイドアームの拳銃に持ち替えようとしている。そうはさせない。
「もういっちょう!」
 銃身を水平に掴み、右足を軸に力強く一回転!
 隙こそ大きいが、全範囲に打撃を加える事が出来る効率的な攻撃。
「がぁっ!」
 これにて2人始末完了。後は…。

「そうはさせるかぁ!」
「ちっ、さっきの!」
 先ほど廊下で対峙した青年が突っ込んで来る。
 その手には逆手で握られたナイフ。くそ、確実に首元に打ち込んで来るな、これは。

 ならばこっちもナイフを使うしかない。ナイフ?
 すぐ足下に落ちている。

 倒れた1人を蹴り上げ、鞘に納められたナイフを同じように片手で握りしめる。

 こちらが斬撃を放つより先に、相手の方がまだ早かった。
 斬撃同士がぶつかり合い、ナイフが飛ばされかけるがまだどうにか掴んでいる。しかも、それだけじゃ終わらない。
 一度失敗しても、そのまま上からの振り下しで2撃目を放って来る。
 再び右足を軸に軽く一回転して振り下ろしを弾き返す。
 だが相手もさるもの、ナイフがダメなら全身を使えとばかりに膝蹴りを叩き込んできた!
「がっ!」
 バランスを崩す、だが、オレの左手にはまだ隠し球がある。
「おおっと!」
 左手だけで、デッキのカードを抜き取っていた。氷女達はその名の通り、氷を使った戦闘に長けている、小さなツララで相手に打撃を与えるなど、お茶の子さいさい!
 咄嗟に左手を突き出し、掌にある氷柱を突き出す。
「ちっ!」
 その、必殺である筈の攻撃は回避され、代わりにカウンターとばかりに拳の一撃が飛んで来た。
 その拳がオレの腹を捉え、盛大に一撃が飛んで来る。
「いってぇ……!」
 だが、まだここで倒れる訳には行かない。
 こいつは確かに強敵だ、だが。それでも、オレにはまだ…やらねばならぬ事が、ある!

 力強く甲板を蹴ってその反動を活かして立ち上がると、ナイフを軽く一回転させる。
「やるねぇ。名前はなんていうんだ? オレだけ名乗ってるだけじゃ、戦うにしては不都合だろう?」
「……"ダークネス"。タスクフォース616隊長。吹雪冬夜、悪いが今夜こそお前を仕留める。世界の為に」
「世界の為に? 解ってないなぁ、オレを殺した所で、世界が変わる訳でもないさ。オレが生きていれば、世界は変わるかも知れないがね」
「戯言を」
「戯言なんかじゃないさ。『例え辺境の小国で一万人の市民が死んだとしても、世界は変わらない。だが、超大国の大統領が一人暗殺されたとしたら、世界は大きく変わる』不思議なものだよねぇ。人間って生き物はさ。等しく平等を求めながらも、命の価値は人によって違うんだから」
 そう。人間って奴は不思議な生き物だ。
 同じ1人の命なのに、その人間が立場、能力、その他の違いを持ってして、価値はまるで異なる。
 そう、だからこそ。
「人類にとっての敵、そう、お前たち人間にとっての敵であるオレがここで殺された所で……世界は何も変わりはしない。お前達にとって、オレはその程度の価値でしかない。だが、オレが生きれば世界は変わる。Deus ex machinaを、オレが手に入れれば、世界は変わる」
「お前如きが、神になれると思うか?」
「なれると思うかじゃない、なるんだ……! そうすれば、オレの夢は終わる。長い、夢はね……」
 深い闇の奥底で、光を求め続けていた記憶。
 オレが覚えているだけでも、長い時間。でも他の仲間達は、家族は、それ以上に長い間耐え続けて来た。
 そうやって、光を求め続けていた旅路は、ようやく終わる。
「光は、いい。暖かくて、全てを包んでくれる優しさがある。お前達人間にとって、それは等しく与えられたごく当たり前のもの。だが、オレ達にとっては違う」
 求めても、求めても、求めても、得られないもの。
「長かったよ……本当に、光を取り戻す為に、多くの人間と接触し、時には争い、利用し合い、そうやって人間が不思議なものである事を知った。もうすぐ終わるんだ。この地上を、オレ達の元に、取り戻す日は近いんだ。オレが神になれば…世界の全ては、変わる」
「テロリスト達はみんなそう言う。自身が革命家である、とな」
「テロリストと革命家の違いを知っているかい、"ダークネス"? どちらも、本質は同じだよ。ただ、アングルを変えただけの事。ある奴にとっては革命を志す勇敢な戦士に見える。だが、それに相対するものから見ればそいつはただのテロリストにしか見えない」
 それは、どちらが正しいとは、一概には言えない。
 そもそも白と黒を決めよう、なんて話自体がバカげている。

 何故なら、お互いに自分が正義で相手が悪だと一方的に決めつけている。
 そしてそのぶつかり合いに勝利し、より多くの支持を得られたものが勝利する。そしてそれが正義だと歴史書に描かれる。
 歴史書に書かれている真実なんて、勝利した側の正義についてしか書かれていないのだから。

 そう、だからこそ人間は太古の昔から同じ事の繰り返し。

「今迄ずっと人間達が記し続けて来たんだ。次はオレ達が勝っても構いやしないだろ」
「そう言った奴を、1人だけ知っている」
 オレの返答の後に、突如として別の声がした。

 ゆっくりと振り向く。そこにいたのは、1人の少女。
 見覚えがある、そうだ、この前ロシアで出会った少女。確か―――――"スノーマン"と言ったか。



 吹雪冬夜は、相変わらずだった。
 この前と変わらぬ笑顔で、私を見ている。アサルトライフルを引き金を引けば、彼を射殺出来る。
 だがしかし、銃口を向けられても尚、彼は笑っている。

 そして、彼がべらべらと並べててていた出来事は、聞き覚えがあった。

 あの忌まわしい、最後の記憶についてだ。

「そう言って、地上を取り戻す事を望んでいた奴を、1人だけ、知っている」
「へぇ、オレ以外にもそんな奴がいたとは驚きだな……誰だろうな。まぁいいや」
 吹雪冬夜はそう言って笑うと、私に視線を向けた。
「長い間、ずっと人間に追いやられ、地底の奥底で震えていたオレ達に光をもたらす。オレが神になって世界を変えたいと願うのは、本当はたったそれだけの理由だ。……理想の世界さえ作れれば、誰も震える事も無くなる」
「本当に、それが出来るの?」
「やるのさ」
「その為に、どれだけの犠牲を払っている」
 私の問いに、吹雪冬夜は不思議そうな顔をした。
 まるで、それがバカげたような事を言っている、かとでも言いたげなように。
「どれだけの犠牲? なんだい、お前は望みを一つ叶えるのに、代償を払わずに済むとでも思うのかい? どんな出来事にも、代価は必要だよ。それが安い事など、有り得ない。高過ぎる事はあっても、だ。そう、何かを得るのは取引だよ……そして、オレが払う犠牲なんて、既に山ほどある。それだけ大きな事だということ、オレの願いはね…」
 吹雪冬夜は歩き出す。
 雨の中を、まるで自らの夢を語る舞台であるかのように。
「お前たちには解らないさ。……太古の昔、オレ達は人間たちと同じように地上で暮らしていた。でも、後から生まれた人間たちに追い出されて、地底へと追い込まれた……オレが生まれた場所は、そんな暗い地底の底だった」
「………」
「お前に解る筈が無いんだ……オレ達の哀しみ、苦しみ、怒りが……オレ達の平和を取り戻す為に、オレは神にならなきゃならないんだ……それが仲間達の為だからだ! お前達にとってそれが悪であること、ああ、そりゃあ悪だろうさ。だが、それはオレの夢なんだ! オレは諦めない、地上を取り戻すまで、神になるまでな!」
 吹雪冬夜の叫びは、終わった。
 では、そろそろ始末してしまおうか。

 いいや、それにはまだ彼の正義を試していない。

「……あなたの正義を聞くより後に、こちらの正義をまだ掲げていない」
「確かに、そうしないとフェアじゃないね」
 私の言葉に、吹雪冬夜は構えを解きながらそう答える。
「……吹雪冬夜、あなたが世界に出した影響は大き過ぎるわ、数多の世界をも越えて、ね」
「そりゃどーも。褒められてるのかな」
「褒めてない」
 私が一歩距離を詰めると、吹雪冬夜は一歩横にずれた。
 ライフルの銃口を避けようとしている。いちおう、銃は怖いという事か。
「それにしても、なかなかぶっそうではあるけどね……それに君達は疑問に思わないのかな? オレを仕留めるのに、無関係の民間人を何人も犠牲にしよう、なんてね。酷い話だよ。君達のようにそうせざるを得ない事情を知る人間が何人犠牲になろうと、構いはしない。だが、事情を知らされていない、何も知らないまま、そこにいただけで巻き込まれて死んでいく。そんな彼らの命の価値は、君達にとってどれだけ薄いものなのかな?」
「……さぁね。生憎と、そこまで考えられるほど悠長でもないわ」
「声は震えているのにかい?」
「!」
 なかなか嫌な点をついてくる。だが、これが奴の技法なのだと信じろ。
 そうだ、ブリーフィングでも何度もあっただろう。
 だが、ライフルが震えている。否、震えているように見えるだけ。
 照準はあっている。
 ACOGスコープの先にある吹雪冬夜の頭は捉えている。戯言を言えば、ぶち抜け。

「だから、まだまだ甘い」

 奴は、さっき"シードル"のライフルを奪っていた。
 そしてその時、"シードル"は一度サイドアームに持ち替えた。
 吹雪冬夜がナイフに持ち替えた時にライフルは甲板に落とした、でもサイドアームの拳銃は?

 まだ手元に残っていた、という事か。
「"スノーマン"!」
「いいから追え! 後でなんとかしろ!」
 撃たれた、と気付いた時にはもう遅く、視界が徐々に暗くなっていく。
 また、してやられた…。




《第22話:Snow, white snow》




 雪のように降り積もる。白い、雪のように。
 けど、降っているのは灰。真っ白い灰が、雪のように静かに降っている。

 静かな世界。

 白い雪の冷たさに抱かれて、消えていく世界は変わる。
 それは俺が望む方向か、それとも望まぬ方向なのか。
 それはわからない。けれども…俺の生きている世界に、こんな場所はないとわかる。
 それは雪のような灰で閉ざされた、荒廃した都市の世界。

 その都市はかつて見慣れた場所だった。
 俺の故郷。楽しいことも悲しいことも、全てそこに置いてきた。

 俺がいた街の、ありえない光景。
 姉がいて、同じ血を分けた兄貴がいて、親友とその妹がいて、幼なじみがいて……。

 いいや、そこにいたんだ。
 俺がかつて大切にしてきたもの、俺がかつて守りたいと思ったもの、今は捨ててきてしまったもの。

 白い灰に埋め尽くされたかつての故郷を歩く。
 そこに待っているのは静寂と、死。

 その中にいるのは……。






 遠くの方から、話し声が聞こえる。
 まどろみの中から呼び起こされた俺が寝返りを打つと、視界の隅にすっかり雪景色になった庭が飛び込んできた。
 窓ガラス越しに見る、街頭に照らされて雪に彩られた庭は普段と違って見えた。

 これは…いつだったけっか、七ツ枝市では珍しい、大雪が降った日だ。
 散々雪だるまを作り、嫌というほど雪合戦をした日の夜……俺は当たり前のように風邪をひいた。
 一緒にいた姉貴も兄貴も幼なじみ達も友人どももみんなピンピンしているのに、である。
 苦しいな、という思いと同時に少しだけ憂鬱になる。また雄二は軟弱な、と父親に怒鳴られるだろうから。
 物心ついた時から、父親は何かと俺のことを責めていた。
 理由はいくらでもある。成績が悪い、態度が悪い、言う事を聞かない、体調を崩した、覇気が無い、色々だ。
 今思えば、なにもそんな理由で殴ったり怒らなくても、と思う理由がたくさんあるけど、それは父親なりの教育方針だったのかも知れない。理解しようとは思わないけど。
 さっきから聞こえる話し声はなんだろうと思って耳を済ませると、やはり相変わらず片方は父親だった。
 どうやら不機嫌らしく、荒々しいが怒鳴らずに何かしゃべっていた。
 古くからある名家で、今は日本を代表する大企業グループの一つである黒川グループの総裁の地位にいるだけあってか、いつもその風格を保とうとしている。
 ただ、外見だけなら経営者というより格闘家にしか見えないが。

 それにしても……。
 その声を除けば、広い家は誰もいないかのように静かで、物音一つしない。
 他の家族や使用人達はもう眠ってしまったのだろうか、だとすると相当遅い時間になる。

 俺はゆっくりと身体を起こした。
 ぼうっと浮かび上がる、庭から視線を部屋へと向けた時だった。
 襖がゆっくりと開き、俺より少しだけ小さい人影が音もなく部屋へと入ろうとして、俺が起きている事に気づいた。
 誰だろう、と目を凝らす。熱でぼぅっとする視界の中に浮かび上がるのは。

「ぐあい、へいきですか?」

 闇の中で、ワインレッド色が揺れる。
 黒川葉月。俺の、婚約者。俺の、親戚の一人。
「……まだ、あんまり。……見に来て、くれたのかよ」
 俺の返事に葉月は恐る恐る頷く。
 彼女も今日、俺と一緒に雪の中で駆け回ったのに、疲れてないのだろうか。
「しんぱい、だったから」
「こんな遅くまで起きてると、明日が大変だからもう寝とけよ」
 俺がそう言放っても葉月は首を振る。強情な奴め。
「風邪うつったら、困るだろ」
「雄二さんから私に来るなら……」
「俺が困る」
 どうにも、良くない。
 黒川葉月は、凄く不思議なやつだと俺は思う。

 葉月は俺が属する本家の家系ではない。もっとも、黒川家自体が凄く複雑な家庭環境にあるのだが。
 先代当主……俺の爺さんの弟さんの孫の一人が葉月で、俺とはだいたいはとこぐらいの関係になる。
 黒川家は長男が家督を継ぐとは限らず、家督を継いだものが本家という扱いになる。
 俺の父親は次男だが伯父さんから押し付けられたのでてんやわんやだったらしいが。
 それはどうでもいい。
 そして当主及びその家系、つまり本家が一番頂点に立ち、その下に本家に近い血脈が続くという完全ピラミッド型の構造ができており、葉月が俺の家から一段下の家系に当たるのは仕方ないことだ。
 でも、子供である俺にとっては正直それはどうでもいいことで、葉月が何かと俺のことを敬うように、葉月が俺の顔色をうかがうように行動しているのは気に食わない。
 葉月の事そのものは決して嫌いじゃないけど。

 俺が再び布団の中に潜り込むと、葉月は困ったような顔で一旦部屋を出ていく。
 しばらくした後、急須と湯呑を持ってきた。中に入ってるのはお茶か水かはわからないが。
「お水、飲む?」
「もらう」
 とりあえず手だけを伸ばすと、水音と共に手の上に載せられた湯のみが重くなる。
 受け取って、一口飲む。
 起き上がってもう一口。
 隣では葉月が心配そうな顔をしていた。どう反応していいのか困って、俺は視線を窓の外に向けた。
「それにしても、よく降るよな」
「う、うん。そうだね」
 雪を眺めながら、何気なく聞いてみる。
「葉月はさ……この家に来て、寂しくないか?」
「え?」
「俺が葉月だったら、凄く寂しく思う」
 俺の言葉に、葉月は戸惑うように言葉を詰まらせる。
 葉月が家に来たのは三年前。俺が八歳の時で、突然親戚一同が集まって会議が開かれた。
 そしてしばらくして、大人たちの待つ広間に俺が呼ばれ、そこで待っていたのが葉月。

 冷静になって考えて欲しい。
 まだ小学生の子供なのに、突然顔も知らぬ女の子が来て、葉月だったら知らない顔の男の子のもとに連れてこられて配偶者だなんて言われたら。
 そして二人で同じ家で暮らすなんてことは、結構大変なことだ。
 大人たちは同じ一族だから、婚約者だからなんて括りで言うけど、いざ実際にその場に立つ側としてはたまったもんじゃないから。
 俺より年下で親元を離れて見知らぬ地で生活する事が、どれだけ寂しいか。
 親がいても寂しい子供はいる。親がいなかったら……。

 でも葉月はそんな俺の問にも笑って答える。

「雄二さんが、いるから」
 どうしてここまで、俺のことだけを紡げるんだろうと思う。
 本当に、俺なんかよりもずっとましな奴はいるのに。
「ったくよぉ……」
 俺はため息をつく。
 そんなに慕われちゃうんじゃ、こっちだって放っておけなくなるじゃねぇか。






 ふと、顔を上げると雪の中に座り込んでいた。
 夢、にしては生々しい、過去の記憶そのものといったところか。
「思い出すと、苦しい」
 そう、楽しいのか、懐かしいのかわからなくて、苦しい事になっている。
 俺が持っているものなんて、そんなものだっけかと思うけど。

「違うのさ」
 俺の後ろで、奴は笑う。もう一人の俺は笑う。
「お前はそこに戻りたいけど、向きあえないから苦しくなる」
 奴の言葉が、突き刺さる。向き合えない。そう、向き合えない。
 嫌な事だから?
 いいや、そんな事ばかりじゃなかった筈だ。あの時、俺は思っていたはずなんだ。

 例えどうしてでも、葉月だけは…俺は…。
 それは守れない誓い。
 たった一夜で投げ捨てられてしまう程、簡単で単純な誓い。それは、意味の無いもの?
 何を望んでいたのかも、何を願っていたのかさえも、わからなくなってしまっているんだ。

 それは知らないまま引き摺りこまれた蟻地獄の巣?
 それとも遠い深海へと沈む深淵の中?

 灰のような白い雪が降り積もる。
 全てを覆い隠すように、まるで全てを忘れ去るように。俺のように。


 俺に出来る事なんて、ただこの灰のような雪の中で佇むだけなのだろうか。

 いいえ。

 遠くから響く姿なき声。
 優しいようで懐かしいような、そんな感覚。

 あなたがすべきことは、こんな雪の中で佇むことではない。

『自分の力が、世界だって動かせると信じてる』

『そうだな……。お前は確かに我だったものだ。だが、今は違う。今は、今は貴様でしか無い』

 数多の声。俺が受けてきた、聞いてきた全てが、そこにある。
 そうだ、俺は今まで積み重ねてこようとしていたんだ。
 俺だけに出来ることと、俺に出来る事がイコールで結ばれるように、探していたんだ。
 さまよっていたんだ。
 世界を救う事も、滅ぼすことも出来る。けど、俺は大切にしたいはずなんだ、この世界を。

 あなたが守りたいと願ったものはたくさんある。
 その全てを守るには、まだ力が足りないかも知れない。でも、あなた自身が言っている。

『……今なら言えるさ。俺はこの世界に、今生きている』

『誰にも邪魔はさせないさ。この世界は壊せない』

『俺が守ってやるさ。この世界を』

 そう、それは俺自身が決めた、俺自身が出した一つの答え。
 他の誰かの為じゃなくて、俺自身のためでもあるんだ。そうだ、忘れていた。

 だから立ち上がれ、黒川雄二。
 あなたに出来ることはまだまだある、あなたがやらなきゃいけない事もまだまだある。
 この世界を終わらせないためにも、悲劇を続かせないためにも。

 あなたは決めた筈だ、未来の人たちが歩く世界を、あなた自身が紡がなきゃいけないんだから。
 きっと誰もがそれを待っている。
 あなたが切り開く、運命を。世界の誰かが待っている。未来の誰かが。

 あなたが動くことを、待っている人がいる。



 扉がゆっくりと開いた。  開かれた扉の向こうに何があるか。霧の先にある、ぼんやりとした何かのような、それは不思議な感覚だった。
 でもわかるものがあるとすれば、それは人が知るべき世界ではない扉の一つであり、また同時に人が開く事が出来る扉の中で最も高次元なものである。
 知恵の実を口にし、エデンを追放されて永遠の命を失った人間が手にしたのは、大いなる知性と大いなる勇気、そして諦めない心。
 その全てが一つになる時、人はその扉へと至る事が出来る。
 誰もが至ることの出来る扉。だが、それは生半可な覚悟で開くものではない。故に人が知るべき世界ではないのだ。

 だから、その扉を開くのなら――――――自分の全てを賭けるぐらいの、覚悟を示せ。













 多くの笑い声と、にぎやかな音楽が響く。
 思考を現実へと引き戻すと、眩しい照明と共に、広めのステージの上に立つ貴明のMCが響いた。
『皆様、大変長らくおまたせ致しました。只今より、ゼオン童実野店イベントステージを開催致します! 第一部は選ばれたちびっ子達によるちびっ子デュエル大会をお楽しみ下さい! あ、ジャッジ並びに司会進行を努めさせて頂きますのは……もちろん! ゼオン童実野店バイト歴1年と2ヶ月ぐらい! デュエリストレベルは驚愕の6.2! 先月の第二回バトル・シティで見事栄冠を勝ち取ったデュエルキング、この私、宍戸貴明が努めさせて頂きます! みんなー! 準備はできてるかー!』
「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」」」」」」」」
 あの不思議なデュエルから一週間が過ぎた。
 あれ以来、不思議な体験も声も聞こえないが、ただ一つ変わったことはダークネスの声とご無沙汰になってしまった事だ。
 いや、俺の中にいることはいるのだが、話しかけてもなかなか返事をしてくれない。まるで上の空になっているかのように。
 でも、それ以外に特に生活に支障はないから問題ない…と思いたいけれど。
 ただ、最後に話しかけてきた、あの天使のような声は誰だったのだろう。

 俺がそんな事を考えている間、貴明はステージ上で勝手にMCを続けていた。
 今日は貴明のバイト先であるゼオン童実野店のイベントステージで行われるイベントに、手伝いとして俺と晋佑は呼ばれたのだ。
 別に特段ノリ気なわけではないが、晋佑は意外な事に結構ノリノリである。
「出番はまだかよ貴明さっさとしろ…」
「落ち着け」
 とりあえず晋佑にそう声をかけると、貴明はマイクをくるりと手の上で一回転させて宣言する。
『ルールはエキスパートルールにより、一本勝負。待ったナシの真剣勝負。それでは一回戦第一試合から始めましょう! 解説は…決勝トーナメントで優勝を争ったこの方、黒川雄二さんです!』
「って、お前かよ! 恥じかくなよ」
 晋佑に背中を押されつつ、俺はステージに上がるとマイクを受け取る。
『どうもこんにちは。ご紹介にあずかりました黒川雄二です。……さて、ちびっ子達、用意はいいかな?』
 ステージに上がってきてすでにデッキの用意をしている子供達に視線を送ると、彼らはオーケーとばかりに腕を振る。よし、ならば上出来。
『OK。それじゃあ貴明、開始の合図を』
『了解。それじゃ、デュエル開始ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!』

 デュエル開始である。
『…で、解説ってなによ? 実況もまぜりゃいいの?』
『そりゃそうだろ』
「真性のアホだこいつら」
 俺と貴明のつぶやきに晋佑がつっこみを入れていた。
 そうは言われても困るとしか言い様が無いのだが。
『えーと、先攻の子がライトロード、後攻の子はインフェルニティのようだねぇ』
『どっちもカード消費は大きいけど強力なデッキだしな』
『手札使いの粗さで言えばお前も否定できないだろ貴明』
『悪いが雄二にも言われたくねぇ』
『お前はトランクスにパワーに頼りすぎた変身をした事を突っ込んだセルか』
『なんで?』
『言うくせに同じ過ちを犯したからさ』
 俺と貴明がなんだかんだ言う間にもデュエルは進む。
 客席からは応援と、俺らのおしゃべりに対する笑い声も聞こえる。案外、いい感じなのかな?
『ところで貴明、今日のステージ、全部で7試合だっけ、か?』
『予定ではな。だけど実は8試合目があるぜ?』
『8試合め?』
『何のためにお前と晋佑を呼んだと思ってる。優勝者は俺達と決闘だぜ!』
『『…は? 俺、デッキ持ってきてないけど』』
『ちょ、おまえら、ちょ…んなアホな事があるかぁぁぁぁぁ! ちゃんとデッキもってこい言うただろぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
『おい貴明落ち着け! デュエルキングは取り乱さない! マイクで殴るな、マイクで殴るな!』
『冗談抜に痛いからやめろ! いやマジに!』
『問答無用ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!』
 とりあえず暴走した貴明を止めるべくシャイニングウィザードをかましたのは言うまでもない。


『えー…大変お見苦しいところをお見せしました。優勝したこの子に盛大な拍手をお願いします。さて、君はこの優勝のうれしさを、最初に誰に伝えたいですか?』
「はい! お父さんとお母さんにです!」
『そうですか! お父さん、お母さん。聞きましたか?』
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!! パパは嬉しいぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「あ、いえ。本当のお父さんとお母さんの方に」
「…すいません。この子、実は養子でして…」
 優勝した女の子にはふくざつなじじょうがあるようです。
 やれやれ。
「…第二部まではまだ間があるよな」
「ああ」
 今日のイベントステージは二部構成。第一部はデュエル大会で、第二部は有名アーティストのライブだ。
 まぁ、それまでまだまだ間があるので、少しのんびりするのも良いだろう。
「しっかしまぁ、ずいぶんとひでぇステージだったな、お前ら」
 晋佑が珍しく笑いながら俺にそう声をかける。まぁ、確かにそうだが晋佑も当事者だろうにと突っ込みたくもなる。
「それにしても、ゼオンは結構あちこちにできてるよな。俺の地元にもできてる」
「ああ、確かにな。今や大都市のあちこちにあるんじゃないか? 四津ヶ浦には無いけどな」
「その代わりアクアフロントができただろ。でかいショッピングモールは、今や都市のステータスなのかねぇ」
 晋佑は感慨深げに呟くと、ステージを見に来たであろう多くの家族連れを眺めて一息ついている。
「…平和って、いいよな。あんな風に、幸せそうにしてるのって、いいな」
「そりゃそうだろ。人間、平和が一番だよ」
 俺がそう返した時、晋佑は半分震える声で呟いた。
「ヴィクター・ロズロフ」
「……ヴィクター・ロズロフって言うと、アレか。四年前の、ハドソンリバーの毒ガス汚染事件の」
「ああ。00年代に頭角を表した狂人だ。…知ってるか? 実は最近、吹雪冬夜と接近したらしい」
 ヴィクター・ロズロフ。
 00年代の世界情勢に興味を持った奴なら一度は聞いた事のある名前になる。
 スペツナズを得て、危険思想故に脱走。その後、国際的テログループ「HELLO YOU」指導者ラモン・ビットの右腕と呼ばれ、思想に関わらず金と悪意のためならば国際紛争を起こす事すら躊躇わない、最恐最悪の男と言われている。
 ラモン・ビットがSEALsとU.S.SOCOMの合同作戦によって殺害されてから「HELLO YOU」実働部隊のリーダーになる。
 四年前、ハドソン川で毒ガステロを行い、100人以上の死者を出した後、南米へと逃亡した。
「…おい。吹雪冬夜が、あんなのをマトモに扱えるのか?」
「雄二。吹雪冬夜はあの十代ですら扱うやつだぞ? 十代に比べれば、物理的には危険だが精神的には犬みたいなモノだ」
「…あんな奴が日本に来るのか」
「俺の予感だと恐らく。近いうちに、何か起こる」
 晋佑の呟きが震えていた。
「昔からそうだよな、晋佑。お前の予感は、良くない方向によく当たる」
 俺が晋佑と知り合うようになったのは、ほんの数年でしか無いんだけど。
 それでも、それぐらいは解るようにはなってしまう。
「ああ…俺も嫌になるぐらい、そうなんだよ。だけど……雄二、最悪の想像ってのは、いつだってしておいた方がいい。運命ってのはどんな方向に転ぶかわかんねぇ。例え、自分自身が人間を超越しようと、だ」
「…なぁ、晋佑。そう考えるとさ、俺がダークネスになっても、そういうところじゃ人間と変わらないのかな」」
「当たり前だろ。何を言ってんだお前。お前がダークネスだろうと、例え神になったとしても、お前はお前でしか無いんだ。それ以外の何者でも無い。俺が高取晋佑であるように、お前は黒川雄二だ」
「そうか」
 少し、楽になった気がする。
 俺は、俺でしか無いのか…どこまで行っても。

「うん」

 あれ?
「晋佑。今、女の子の声がしなかった?」
 俺がそう聞き返した時、晋佑は黙って俺の横を指さす。
 そこにいたのは、少し驚く相手だった。一週間前、最後に話しかけてきた声と同じ声で。

「久しぶり。雄二おにいちゃん」
 やや金がかった、茶色の髪と、幼い容姿。
 空を思わせる鮮やかなブルーの左目と、それと対照的に金色に輝く右目。
 小学校五年生ぐらいの、少女がそこにいた。そして俺は、成長すればこれぐらいの歳になる子を一人だけ知っている。
「美希?」
 俺の幼なじみの一人で、かつて友達だった事もある、河野浩之の、妹。
 河野美希が、そこにいた。

 俺の故郷の七ツ枝市は童実野市と電車で二時間程度は離れている為、小学生の少女がそうそう一人で来れるような距離ではない。
 だけど美希の周囲に河野のおじさんもおばさんもいないし、浩之の姿も見当たらない。
「一人ですよ?」
 そんな俺に、美希はあっさりとそう口を開いた。まるで俺の意図を理解しているかのように。
「…けど、美希。お前、どうしてここに?」
「雄二。重要そうな話ならしばらく離れていようか?」
「いえ。そっちのおにいちゃんにも聞いて欲しいのでいいです」
「…そうか。雄二の知り合いにしては、凄く礼儀正しいな」
「どういう意味だそりゃ」
 晋佑の言葉にそう言いつつも、俺は少し声のトーンを落として美希に視線を向ける。
「ところで、俺に話があるのか?」
「うん。近いうちに起こる、その悪い何かで、ね」
 思わずぎょっとする。まさか、話を聞いていたのだろうか。
「雄二おにいちゃんにとって、それは凄く大きな転機になると思う。でも忘れないで。おにいちゃんはおにいちゃんでしかない。そっちのおにいちゃんが言ったようにね」
 美希は晋佑に一瞬だけ視線を送り、更に言葉を続ける。
「それは凄く辛いと思う。でも、回避できない。もう、決まっちゃった悲劇だから。おにいちゃんが頑張っても、これだけは覆せない」
「……美希? なぁ、お前、何を言って」
「信じられないよね。うん、それが普通だよ。だけど……おにいちゃんと同じようにね、私も    じゃな   から…」
 美希の声がまるで途中にノイズが入ったように断続的にしか聞こえない。
「なぁ、その子…」
 晋佑が震える声で呟く。いや、俺にも解る。
「美希、お前…どうしたんだ!? いったい…」
 俺にも解る。
 美希の背中に明らかに奇妙なモノがいる。
 漆黒のどろどろのようなそれは美希が紡ぐ言葉を途切れ途切れにさせている。
「こ  ね、大した    ないから安心   私が    のはこの後……ええいっ!」
 直後、美希は何かを振り払うように全身を振ると、ようやく落ち着いたように言葉を続ける。
「ごめんね。どうやら、機械仕掛けの神は私と雄二おにいちゃんが話すのが嫌みたい」
「機械仕掛けの神……Deus ex machina!? 美希、なんでお前がそれを知ってるんだ?」
「人であることから離れてしまった人はなにもおにいちゃんと遊城十代だけじゃないんだよ? ……私も、気が付いたらね」
「なぁ、美希。お前は、その辛い事に対してどうする気だ?」
 俺は少し落ち着きを取り戻すと、美希にそう問いかける。これを聞くのは大事な事だ。
「私に出来ることはない。でも…おにいちゃんなら出来る事はある。雄二おにいちゃんは、もう逃げないで。例えどうなっても、おにいちゃん自身が約束した事は、ちゃんと覚えてるでしょ?」
 俺自身が約束した事。
 その言葉を聞いて思い出した事がある、それは、この前の、最後に話した声。

「…先週の声、まさか…美希、だったのか?」

 俺の問に美希は大きく頷いた。
「確かにおにいちゃん一人で出来ることは限られてるし、まだまだ力不足な所はあると思う。私もそう思うもん。だけど、それでもおにいちゃんが今後の世界を背負ってる事だけは、忘れないで」

「約束、したはずでしょ? 未来の人が歩む道を作るのは、俺達だって」

 そうだよな…そうなんだよな。
 多くの人間は当たり前のように信じている。昨日が過ぎて、今日が来て、そして明日も必ず来る。
 それを信じて将来の夢とか、希望とか、そういうものを色々考えて、描いてる。

 それが壊れてしまう時に、人はどうなるのだろう。

 そうならないようにひたすら足掻き続けるか。それとも絶望して動けなくなるか。

 自分が描く未来―――――自分がそうでありたい未来、それが来る、もしくはそれに近づける為に頑張る、多くの人は、未来に希望を持って生きている。
 そしてその為に今日を精一杯生きる。
 人は、明日の為に今日を全力で生きる。
 それが自然なんだ。多くの人が望む、多くの人が大切にしているもの。

 そして今…それが壊れようとしている。
 神様によって、一度壊れてしまった世界を、今度こそ本当に終わらせる為に。
 そしてそれは未来を、ここから先に続いていく多くの世界を全て終わらせてしまうも同然。
 その世界が背負う多くの希望もまた、一緒に消えてしまう。

 それを俺は知ってしまった。その世界すら救える力と共に。

 大いなる力を手に入れた時、それには大きな意味がある。
 俺に与えられた意味はなんだったんだろうと散々探してきた。自分自身の生きる道と一緒に、ずっと。

 だけど答えは単純。たった一つのもの。

 俺が、俺が生まれたこの世界が、大好きなだけだったんだよ。

 親友がいる。愛する人とも離れているけれども、いつかは戻りたいと思っている。
 仲違いしたままの親友がいる。いつか共に笑える日々が来るんじゃないかなって信じてる。
 愛情を注いでくれた母親――――今はもう亡き母親。だけど、今でも愛してる。

 楽しい事もある、辛い事もある。だけどそれも含めて世界だ。

 俺は、俺が生きるこの世界を―――――守りたいだけだったのさ。自分の出来る限りの力で。

「ハハッ」
 俺は笑う。
「当たり前じゃねぇか……本当に、なんで今更気づいんたんだが」
 そうだ。それだけは、忘れちゃいけないんだ、本当に。
 俺一人の力なんて、まだまだタカが知れている。ダークネスの力を手に入れても、俺は黒川雄二。まだまだ世間知らずなガキだ。
 でも世界の運命を知ってしまった。そしてそれと、戦えるだけの力を持っている。
「…吹っ切れたね、おにいちゃん」
 美希は笑いながらそう言うと、俺の横へとひょいと座る。
 こうしてみると、昔の小さい頃とあんまり変わらないようにも思える。
「ああ。そうだな……俺は俺だ。うん、そうだ」
「よかった。これで、安心できるよ」
 なんとなく、その言葉が気になった。まるで、美希が消えてしまうような言葉だったから。
「………」
「雄二おにいちゃんだけじゃ世界は救えないかも知れない。きっと、遊城十代が遊城三四を救えたとしても、それでも遊城三四にも出来ないかも知れない。でも、世界の為に戦ってくれる人はもう一人いるよ」
 美希はそう淡々と続けると、視線を俺に合わせる。
 吸い込まれそうなブルーと、生命の輝きを感じるゴールド。
「私と同じ眼を持った人。雄二おにいちゃんは、その人を知っている。だから、気付いて…おにいちゃんは見たはず、一周目の世界の終わりを。私がもういない、世界の続きを」
「あの時の終わりは…遊城十代による世界の破滅と再生…」
「もう一つ、世界の終焉を迎えた人がいるの。それに、気付いて。おにいちゃん」
 それは、いったい誰だったのだろう。
 俺の記憶には無いけれど…その言葉を聞いた時に、凄く悲しく感じたんだ。




『それでは皆様、お待たせ致しました。只今よりイベントステージ第二部を開催させて頂きます。ゼオン童実野店限定ライブ! これを楽しみに待っていたファンは多い、かくいう俺も同様だー! プログラムはこちら、トップバッターは先日発売したNEW ALBUM『最強の融合』が初日5万枚を売り上げた、アイドルユニット、Try HeartS! 二番手はそのメロディにしびれない人はいない、ガールズロックバンド、ブルーレイ・サタデーズ! そして最後は…最後は! 俺達のヒロイン、mi-naの登場だー! デュエルキングの誇りにかけて、全身全霊でmi-na愛してるー! 取り乱したぜ、それでは参りましょう。一曲目、Try HeartSの皆さんで、「なにが起きたって、へのかっぱ」です! どうぞ!』
 美希としばらく話している間のうちに第二部が始まった。
 ステージの上に出てきたのは、この前ニューアルバムを出したばかりのジュニアアイドルグループだ。
 Try HeartSにブルーレイ・サタデーズにmi-naと人気アーティストばかりよく呼べたものさ。
「雄二、Try HeartSだな。サイン欲しいと思わないか?」
「晋佑、お前ああいうの好みなのか?」
「悪いかよ。カワイイじゃないか」
「まぁとやかく言わねぇけどよ」
 俺の言葉を聞いているのかいないのか、晋佑はステージで歌い始めたアイドル達に文字通り気合の入った声援を送っている。
 やれやれ。
 しかしブルーレイ・サタデーズの出番はまだなのだろうか。二番手というぐらいだけど、恐らくそれぞれ数曲はやるだろうから。
 まだかなぁ。

 力強い少年漫画のアニソンも真っ青な曲を歌いきった彼女達が息を吐く。
 続いて流れだしたのは、バラード調ながらもドラムの力強さを感じる、BGMが始まる。
「おお、『キミがラストホープ』だ…これ、好きなんだよなぁ。Yeahaaaaaaaaaaaaa!!!」
 晋佑を始めとするファン層が雄叫びをあげ、更にステージはヒートアップする。
 ちなみに貴明はお目当てがラストなので、少し引き気味である。
「貴明ー。1アーティストあたり、持ち時間何分だ?」
「45分、って聞いたけど…」
「…MC含めても8曲は余裕だな」
 とりあえず、待つことにする。
「けど、あの子達すげぇな、しょっぱなからパワーある曲歌っても、二曲目を平然だぜ」
「アイドルなんてそんなもんさ。音楽って体力いるからな。演奏者もアイドルも」
「うへぇ」
 そいつは驚きだよ。
 俺と貴明が話している間に、二曲目が終わる。
「けど、こういう平和もいいよな」
「ああ…そのためにも頑張らないとな」
「おいおい雄二。まるで自分がHEROになったみたいな言い方だな」
「半分ぐらい、そうかもな」
 俺の言葉に、貴明は「冗談に聞こえないな」と呟く。

 そう、この世界に俺達は生きている。

 守らなければならない、世界がそこにある。

 白い雪のように舞い降りる、冷たいながらも優しい記憶。
 そうやって愛した場所がある。そうやって、好きになったものがある。それらを、守りたいから。

 たとえ自分が、消え去ったとしても。









 四津ヶ浦アクアフロントのオープンが一週間後に迫る頃、そこから少し離れた四津ヶ浦国際空港に、一機の飛行機が降り立つ。
 中から吐き出されていく人々は、多様な人種、多様な国籍の世界の人々。
 だから誰も気にもとめない。なぜなら、誰だってそこにいる一人だから。
「どちらから?」
『ソマリアから』
 入国管理官に答えたその男のパスポートを確認し、彼は先を通り過ぎる。
 しかし入国管理官は気づいていない。そのパスポートが実在しない人物のものである事に。
「ロズロフ。無事、通り抜けたのか?」
「ああ」
 その男の名前は、ヴィクター・ロズロフ。
 世界最大の狂人とまで称される彼が日本に来た理由。それは、たった一つの与えられた使命を果たす為に。
 彼はターミナルの片隅で幾つも並ぶ電話ボックスへ向かうと、一つの受話器を取り上げ、100円玉を投入。
「もしもし? 俺だ。今、着いた。ああ、わかっている…例のものを回収に行くのはアレクセイ達のチームに任せている」
 しばらく話し込んだ後、電話を切る。
「ロズロフ。吹雪冬夜はなんと?」
「失敗するな。やるからには徹底的にやれ、だそうだ。やれやれ…あんな小僧の要望なんて大したものじゃないさ」
 ロズロフはそう肩をすくめた直後、ロズロフの近くにいたもう一人の男が口を開いた。
「だが、本気か…。こんなガキ一人殺すのにわざわざ30人も集める必要があるのか? 日本人は危機管理というものが皆無だ。学校からの行き帰りを襲えば簡単だろう」
「馬鹿か。このガキが普通ならなそうしてる。だが普通じゃないから俺達が殺さなきゃいけないし、それができないんだ」
 ロズロフはそう答えると、一枚の写真を思い切り引き裂いた。

 そこに写っていたのは……。




*注意!:今回はショッキングなシーンが含まれています。
     残虐なシーンが苦手な方、心臓が弱い方、妊婦の方などは飛ばす事をお勧めします。

《第23話:only Life is Never Again》

 四津ヶ浦アクアフロント、オープン初日。
 数百億円もの費用をかけた一大ショッピングモール。病院・オフィス・研究所までくっついているというまさに水の上に浮かぶ都市。アクアフロントとはよく言ったものだ。
 天気は快晴。まさに、いいおでかけ日和。

 オープンを前に、駐車場に並ぶ人、人、人。
 そんな中で、俺は一人の少女と共に来ていた。2週間前に約束した下級生とだ。
 伴野優希という名前のその子は俺と一緒にここに立っているのがまだ信じられないのか少し緊張しているようだ。俺をここに誘ってきたのは彼女なのだが。
 そこで少し彼女の気を紛らわせる為に、他愛も無い事を話す事にした。
「しっかしすげぇ人の数だなぁ。五万人はいるんじゃないか?」
「そ、そうですね…早く、入れるといいんですが」
「まぁな。たぶん、なんとかなるだろ。えーと…」
 昨夜、ネットのホームページから印刷しておいたアクアフロント内の見取り図を広げてみる。
 どこに行くべきか、は特に決めていないが大体の店舗の詳細は頭に入っている。
 それこそ、映画館の場所からフードコートの店内、いざとなったら優希ちゃんのメガネを新調する為のメガネ専門店や、コンタクトレンズを希望ならば眼科まで連れていける。
「どっか行きたいとこ、ある? オススメも結構あるみたいだしな」
「そ、そうですね…ええと……あ。先輩の、服とか見てみたいです。その…そろそろ、夏だからシャツとか…」
 いきなり手堅い選択が来たのは面白い。
 まぁ確かにちょうど新しいシャツが欲しいと思っていた所だ。
「それもいいな。……キミの新しい服も見てみたいけど、ダメか?」
「え…い、いいんですか!」
「せっかくオープン初日なんだしよ。俺だけ買い物をするってのもな」
 もちろん、買ってあげるさ。この子に似合うやつを。
 おんなのこといういきものはよくわからないいきものだけどな。

「……準備はいいか?」
「ああ」
「合図をちゃんと待つんだぞ」

 午前10時。オープンと同時に列が動き出し、前方から楽しそうな音楽と店員の「いらっしゃいませ」の唱和が聞こえてくる。
「開いたなぁ…子供の頃ってさ、こういう大きなショッピングモールとかに行くの、すごい楽しみだったな」
「あー。わかりますわかります。子供の頃、賑やかで広い場所イコール楽しいみたいな感じでしたね!」
「そーそー。俺の地元にゼオンがあったんだけどさ。それで子供の頃は行くのが楽しみだった。まぁ、地元のゼオンはそんなにたくさんは行けなかったんだけどよ」
「そうなんですか? 先週、ゼオンでアルバイトしてたって聞きましたけど…」
「ああ……地元っつーか、故郷な? 俺は七ツ枝で生まれた後、童実野市に来たの」
 ま、もう故郷からは五年近く離れているけど。
「え? そ、そうだったんですか…ずっと童実野市の人かと思ってました。その……あの伝説のデュエリストのお弟子さんでしたし」
「……いい事を教えてやろう」
 俺は優希ちゃんに悪戯っぽく笑いつつ、こう言葉を続ける。
「実は俺や貴明、晋佑を含めた師匠のお弟子の中で、童実野市出身のやつは一人もいない。みーんな別の町です」
 本当です。
 貴明と坂崎は那珂伊沢市、実は俺と晋佑は同郷だったりします。学校は違ったけど。
「い、意外です…先輩、行動範囲広すぎですよぅ…」
「はははははは! いつか、バイクに乗せてやろうか?」
 ここで、いつもの決め台詞。もっとも、バイクの二人乗りは危険だが。


 スタイルはいい、とよく言われる。実際、顔立ちも悪くない、らしい。
 貴明いわく黙っていれば容姿端麗。ルックスだけならイケメン。

 しかしそんな俺だが、ファッションセンスというものに関しては実は自信が持てない。
 無難なものしか着られない、というよりそれぐらいしか服を持ってない。冒険しているような服を着る事があまり無かったせいか、着こなせる自信がない。
 ところがぎっちょん。この優希ちゃん、結構奇抜なセンスの持ち主だったらしい。
「………」
 普通、ド派手な赤と白のストライプを気になる先輩なんぞに着せるか?
「こ、これは…なんか、違くない、か?」
「そ、そうですね…じゃあ、こっちは?」
 そう言って差し出されたシャツの柄には。

 なぜか千年アイテムのミレニアム・アイがデカデカと描かれていました。

「……」
 さすがにこっちもどうかと思うが、とりあえず着てみる。
 しかし千年アイテム。決闘王や師匠が学生だった頃に実在したマジックアイテムらしいが……グッズが作られているなんて初めて聞いた。
 あのペガサス会長が許可を出したのかどうかが気になる!
「マインドスキャーン……無いな、うん」
 試着室の鏡に向かってマインドスキャンしても、当たり前のように何も出来ない。そりゃそうだ。
「どうですか先輩? おお! すごい、かっこいいですね! さすが先輩です!」
「いや、さすがにこれは無いだろ…ミレニアム・アイは……」
 ところが、俺の言葉に優希ちゃんは指を左右に振る。
「そーゆーのは、コーディネートで勝負です。コーディネートはこーでぃねいと!」
 そう言って彼女が持ってきたのは、シャツの上に羽織る上着。そして夏場なのになぜかマフラー。
 瞳と同じクリムゾンカラーのマフラーを巻き、シャツの上に羽織る上着として背中にでかでかと昇龍が描かれた漆黒の上着。
 もはや何がなんだかわからん。


「ど、どうでしょう?」
「Bravo、with Bravo!」
 続いて俺のターン。試着室から出てきた優希ちゃんは見違えるほどカワイイ女の子からセクシーな女の子にクラスチェンジしていた。
 膝丈スカートがミニスカートへ、ブラウスがキャミソールに変わるだけでも大分違う。
 胸の大きさもそこそこあるので、虹色のキャミソールという選択は悪くない。
 だが、首筋から肩のラインにかけてがなかなかセクシーで…おおっと、いけない。
「上着を着てみるといいかもな」
「そ、そうですね。なにか良さそうなのありますか?」
「このLimegreenの上着はどうだい? 虹色のキャミソールに対して、淡めの色合いをかけてみるのもいいかも知れない」
 ライムグリーンの上着を着せてみたが、着せた後でどこかズレた気がするな、と思った。
 ならば、キャミソールの方を変えてしまえばいい。
「キャミをこっちの水色にしてみてくれるか?」
 なんだか淡い色彩ばかりなので、ミニスカートを強めのピンクへ変えてみるのもいいかもしれん。
 結局パーツが総取り替えになってしまったが、優希ちゃんは気にしてないどころか喜んでいた。まぁ、実際そっちの方が似合っていた。
 淡い色彩の髪とちょこんと乗ったメガネの奥にある瞳が嬉しそうに揺れている。

 こういう女の子も悪くない。
「着替えました!」
 そこにいたのは、海岸デートに来た夏のカワイイ女の子!
 渚のSexy cool Girl.
「Excellent!」
 ハートを打ち抜かれちまいそうだ!
 ヤバい、最高に幸せかも知れない。

「…まだか?」
「まだだ。まだ、完全に人が入りきっていない」
「ロズロフ。俺は待ちくたびれたぞ!」
「なら、適当に見て回っていろ。なんでもあるぞ。スポーツジムに、映画館もな」
「日本の映画はわからん」
「最新の映画ならあるだろ。日本語字幕で見れば、言葉はそのままだぞ」

 女の子とは、一生に三度だけ魔法を使えるという。
 最初の魔法は生まれた時、そして最後の魔法は結婚をした時…そして二回目の魔法が、誰かの前で、本人も気づかないうちに一度だけ使える。
 それはきっと、魔法のようなものだろう。だって、とても綺麗だ。
 平たく言えば俺の隣にいる優希ちゃんの事である。だが、落ち着け。俺には葉月がいる、葉月がいるのだ。
 断じて恋に不器用という訳ではない。俺には既に心に…じゃなくて、決めた人間がいるのだ!
 先程俺が改造した渚のSexy cool Girl仕様の優希ちゃんである。そう、服は結局お買い上げである。
 もちろん俺が出した。気にするな。
「…海、だな」
「? 何か言いました?」
「いや、このまま海に行けば、キミの魅力に渚の野郎どもが全滅するだろうなと思っただけさ」
「えぇー!?」
「ま、生憎と俺が持っていくが」
 俺がそう続けると、優希ちゃんは文字通り嬉しそうに笑う。
「先輩らしいですね、それ」
 おいおい、俺はそこまで独占欲が強いわけじゃないんだぜ?
 そりゃあ男子たるもの、可愛い女の子の好意を独占したいと思う奴はいるが、男が目指すのは、それに加えてこちらからも可愛い女の子を、可能な限り愛したいという事であってだな。
 男の夢にハーレムがあるのはそれが由来だ。
 自分の力で、どれだけ多くの誰かを幸せにするか。それがハーレムという欲望の根底である。決して邪じゃない。邪じゃないんだぞ。
 そりゃあ俺もハーレム目指せるものなら目指したいがそんなジゴロみたいな真似はできないのであった。紳士とは悲しいかな、不器用な生き物さ。

「ロズロフ、どのぐらいの人間がいると思う?」
「そうだな…少なくとも六万はくだらないだろう。大したものだ。日本は狭い国土に人間が多いと聞くが、ここまで集まるとはな」
「それはまた…やりがいがありそうだな」
「そうだろうな」

「……んー?」
 どこかで不穏な気配がした気がするが、気のせいだろうか。
 こんな楽しい場所でそんな不穏な事を考える奴なんざ許せないが。
「どうしたんですか?」
「なんでもない。お腹空いただろ? 飯食いに行かないか? 俺個人としては…そうだな、このイタリアンの店なんてどうだ? パスタだけじゃなくて、ピザも旨い事で有名な店が支店を出したらしいな。このラーメン店も悪くないかもな。何度か本店の方に食いに行った事がある」
 我ながらなかなか悪くないデートコースかも知れないな、と思う。
「そういえば先輩って趣味とかあります?」
「まぁ、デュエル以外にも色々な。ツーリングしたり、ゲームやったり……実は言うと食べ歩きも好きだな。時々貴明から言われるんだよ」
「宍戸先輩から?」
「ああ。お前の胃袋はゴム人間並なのかってな」
「先輩、結構食べるんですね…」
「失礼しちゃうぜ。貴明の方が大食いなんだぞー? 俺がゴム人間ならアイツはサイヤ人並だよ」
 そんな会話をしつつ、レストラン街の方へと移動する。
 その時だった。

「ん…?」
 遠くの方に、どこかで見覚えのある人影が通り過ぎた。
 背の低い、銀髪の少年。
「……吹雪、冬夜?」
 でもすぐに人違いかな、と思った。
 何よりも吹雪冬夜ならばもうちょっと、纏っているオーラが、違う気がする。
「……先輩?」
「ん? ああ、悪い。なんでもないさ。行こうぜ」
 俺はそう告げると、優希ちゃんの手を引いて歩き出す。でも。

 感じた嫌な予感は、よく当たる。
 晋佑の言葉通り、俺はこの言葉をしっかりと受け止めておくべきだった。あの時美希が警告した時のように。



 結局入った店はよくあるパスタのチェーン店だった。
 理由はただ単に下手に気取った店に行くよりかはチェーン店の方が落ち着くからさ。むぅ、女の子って不思議だ。
 ちなみに俺はペペロンチーノ。彼女はカルボナーラである。
 本当はナポリタンの方が好きなんだけど、女の子の前で顔をトマトソースでベタベタにするなんて恥ずかしい以外の何者でもない。
 アラビアータとボロネーゼも同様の理由で却下。かと言ってパスタ専門店でたらこスパを頼むほど俺の神経は図太くない。
 まぁ、たらこスパも旨いっちゃあ旨いんだけどね。
「…先輩パスタの食べ方上手ですね。わたし、あんまり上手くなくて…」
「パスタを綺麗に巻くのは難しいよな、意外と。俺も昔不器用だったけど、姉貴が教えてくれたからな」
 最低限のテーブルマナーだけは教わった。
「あの、一口、もらえますか?」
「ん? ああ」
 つい自然に、一口分をフォークに巻きつけた直後、ふと想い出す。
 ここまでやると本当の恋人みたいな感覚がするが…いや、普通初デートでそこまではやらないよな?
 実際、最初誘われた時はデートじゃないと言われていたわけだし。
「…先輩?」
「……ああ、悪い。なんでもないさ。ほれ」
 ひょいと一口分を差し出す。
「あ、おいしい……へへへ」
 優希ちゃんは嬉しそうに笑うと、不器用な手つきで一口分を巻くと、差し出してくる。
 と、いうことは俺も食べろと…ま、もちろんいただく。
「ん、旨いな」
「か、間接キスです……」
「!?」
 一瞬だけ、飲み込みかけたカルボナーラが本当に喉に詰まるかと思った。
 まさか、この女…デートじゃないとか言っときながら。
「Hey、優希ちゃん一つ聞いていいかい?」
「は、はい!」
「俺の事、好きか?」
 この際ストレートに聞いてみる。
 ぼんっ、とまさしく頭から煙が出そうなほど、優希ちゃんの顔は激しく上気する。真っ赤。
 これはもう恥ずかしさ爆発一歩手前。
「そそそそそそそ、それは、もう……わ、私は、確かに…童実野高校には今年入学したばかりですけど! 先輩の事は、入学する前から…知ってたんです。せ、先輩は覚えてないかも知れないですけど、わ、私、中学二年生の時に、先輩に助けてもらった事があります!」
「?」
「せ、先輩が…宍戸先輩と一緒に、路上でデュエルしてたので、私も見てたんです……そしたらなんかタチの悪い高校生達が来て、見ている私たちに絡んできて…それで先輩たちがかっこよくなぎ倒してったのがあって…」
 彼女の説明はしどろもどろだが、だいたい思い出してきた気がする。
 そう言えば貴明と路上でデュエルしてたらしょっちゅうデュエルギャング気取りの高校生に絡まれる事があった。
 そんな奴らに負けた覚えは無いけど、そういえば戦った中で女の子に絡んでた奴に「やめろよ」と言った記憶はある。
「…そ、それで先輩の事知って、デュエルディスク持ってるぐらいだからすごい人なのかなぁって思ったら、近所のデュエル大会とかにも出てる人で…それで、その…私がよく行くお店の常連さんってのもあって…あ、あのその前にもう一つだけ聞きたいんですけど! 水島先輩と付き合ってるわけじゃないんですよね!?」
「まぁな。ずっと同級生ではあるけど、その彼女とかそういう関係じゃねぇなぁ。水島の知り合いなのか?」
「あ、あの…その……アルバイト、してます」
 水島の実家は、いわゆる街の中華食堂という奴である。
 ラーメンが美味いので俺も時たま食べにいったりするが、そういうことか。
「そっか」
 むぅ、まるで気づかなかった。
「……先輩は、私の事、ちょっと、強引な子だって、思ってないですか?」
「いや、そんなことないぜ?」
 まあ、でも好きな人の前でそこまで積極的になれるってのも珍しいが。
「そうですか…あの。私は…先輩の事…好きです!」
 その一言だけが、最後の一言だけが力強く響いた。
「……」
 ん?
 待て。落ち着け。何かおかしい。おかしい。
 彼女の事か?
 NO。
 今日のデートプラン?
 NO。
 では何がおかしい?

 視点を巻き戻す―――――パスタの店に入る前、更に巻き戻す――――――銀髪の少年を見た時。
 一時停止。拡大、拡大、拡大。
『ああ。00年代に頭角を表した狂人だ。…知ってるか? 実は最近、吹雪冬夜と接近したらしい』
『ああ…俺も嫌になるぐらい、そうなんだよ。だけど……雄二、最悪の想像ってのは、いつだってしておいた方がいい。運命ってのはどんな方向に転ぶかわかんねぇ。例え、自分自身が人間を超越しようと、だ』
「…先輩?」
「いや…なんでもない」
 だが優希ちゃんは首を左右に振った。
「失礼ですけど…とてもそうは、見えないです…顔色が…真っ青ですよ?」
「……」
 俺がフォークを皿の上に置いたその瞬間――――――時刻は12時ジャスト。

 それは始まった。



 非常階段の影、或いはフードコートの近く、或いは映画館の前、或いは――――――。
 その男達はそれぞれスーツを纏い、大きめのスーツケースを所持して思い思いに談笑している、ように見えた。
 だがいつでもスーツケースを開ける事が出来る位置にいる。
「…合図だ」
 彼の掛け声で、五カ所に別れて潜んでいた彼らは一斉に、スーツケースを開けた。
 中にあるそれぞれの武器を手に、多くの人でごった返すモール内へと歩き出した。
「殺せ」
 まるで喪服であるかのように、漆黒のスーツを着込んだ男、ヴィクター・ロズロフは首元につけたインカムに小さくささやくと、人がごった返す衣料品売り場に――――その場に最も似つかわしくないものである――――100連装のドラムマガジンを付けたH&K MG36軽機関銃の銃口を向け、そして彼が引き連れる五人の男達もそれぞれの銃を向けて。

 銃撃が始まった。

 最初に撃たれた人たちは次々と襲いかかるライフル弾に為す術も無く重要な臓器や頭を撃ち抜かれて倒れていった。
 最初に倒れた人たちに気付いた周囲の人達は一斉に逃げ出そうとしてパニックを起こし、子供や老人は転倒し、後続の人はそれに足を取られて更に転倒するか或いは転倒した人を踏み越えて逃げ出した。
 だが、ロズロフ達は世界で一番銃規制の厳しい日本であるから銃器による反撃がまずない事、そしてモール内が広い事を知っているからこそ、アサルトライフルや軽機関銃のような射程の長い銃器を選んだ。
 商品が陳列されているとはいえ、弾丸の盾になりそうなものはせいぜい家具や家電ぐらいなもので、衣料品売り場やフードコートでは隠れる場所すら無かった。
 跳ねる銃口。
 延々と続く銃撃音と、悲鳴。

「だずげぇ、だずげでぇ…」
 逃げ遅れた子供が両足を撃ちぬかれ、必死に這って逃げ延びようとしていた。
 彼の数メートル先には、彼の母親が弟を庇いながら何度も転びそうになりながらも、足を止めようとしない。
 母親が行ってしまう。自分は見捨てられる、彼は尚更力強く叫び、その叫びに母親が振り向いたその瞬間だった。
「おき」
 それが母親の最後の言葉だった。
 母親は、12ゲージの散弾が直撃し、鼻っ面からその綺麗な顔がはじけ飛び、歯やら鼻やら身体のパーツをまき散らしながら後ろへと倒れた。
 そしてそんな母親にかばわれていた弟も散弾のうちの幾つかが顔に当たり、そのまま床に座り込んでしまった。
「……ぁぁ……」
 彼が呟いた直後、彼の背中にブスブスとライフル弾が突き刺さり、そしてそのまま弟の身体をも貫き、二人の命を奪った。

「こっち、早く!」
 友人達と一緒に、買い物に来ていた筈なのに何が起こったのか、とその少女は思った。
 友人と一緒に女子トイレに駆け込み、鍵を閉める。これで一安心した。
「なんなの、いったい…」
「わかんない…ねぇ、警察に電話しないと」
「なんていうの?」
 友人の言葉に少女は思わず聞き返す。こんな事、警察に話しても信じてもらえるはずがない。
「けど、なにもしないより…」
 友人がそう言いかけた時、小さな爆発音と共に女子トイレの扉も壁も、一気に爆炎に包まれた。
 グレネードランチャーが女子トイレに打ち込まれたと、彼女たちは知るよしも無かった。
 扉に近い少女は爆発をマトモに受けて絶命し、もう一人の少女はかろうじて生き残りこそしたもの、火傷と切り傷で見るも無残な姿になっていた。
「ぁぁ…ぇえ! えぇ!」
 両足がもげ、内蔵を露出させ、上半身は右肩辺りから血肉や臓器をまき散らした、既に原型を留めない友人を必死に揺さぶり、声にならない声で、必死に問いかける。
 だが、片手は既にろくに動かない。なぜかと思ってみたら、指が三本なくなっていた。
 もう一度友人を揺り起こそうとした時、彼女はわずかに残った髪の毛を捕まれ、後ろへと引倒された。
 歪む視界の中で、細長いものが腹へとつきつけられ、それが跳ねると同時に喉から文字通り血が溢れでた。
 腹部を散弾銃で撃ちぬかれた事が致命傷になって、彼女は死んだ。


 このテロ事件は、五ヶ所から同時にテロ攻撃を仕掛けるという方式をとった事から、一つのグループから逃げ延びても別のグループに遭遇してしまうという可能性があり、また無理に犠牲者の救護に当たろうとした人が撃たれて新たな犠牲者になるという光景が幾つも見られた。
 そして日本では警察機構が重火器を殆ど所持せず、またボディアーマーを始めとする防弾装備も一般の警察官には殆ど浸透していないこと。
 更には相手が重火器を乱射するという日本ではまずあり得ない事件である事から、事件に対する対応は遅れに遅れた。
 犠牲者の数が多い上に相手の人数もわからず、逃げ延びたものがいても恐怖から錯乱して要領を得ない。
 この空白の時間が、被害を更に拡大させたと言っても過言ではないのは言うまでもない。

 無数の犠牲者が倒れた中、一人の少女が歩いていた。
 死体を見つける度に唇を噛み締め、顔を怒りに歪ませながらも、彼女は歩き続ける。

「ん? 誰か来るぞ! 撃て!」
「やめておけ」
 テロリストの一人が少女に気づき、ライフルを向けたが、ロズロフはそれを止める。
「………君が河野美希か?」
 ロズロフの問に、少女は、河野美希はこくりと頷いた。
 そう、そこにいたのは。

 一週間前、黒川雄二に予言を突きつけて。
 一周目の世界の同じ日に、この四津ヶ浦アクアフロントに突っ込んだ飛行機のせいで死んだ。
 そして一周目の世界で、最後まであがき続けた、河野浩之の妹。
 河野美希。

 そしてもう一つ、彼女について語るべきものがある。

「吹雪冬夜も知らない、もう一つの…いや、本当の神に愛された存在はお前さんって事か。そうでもなければ…機械仕掛けの神はお前を殺そうとは思わないからな」
「…そう。Deus ex machinaは、自分自身が全てを管理する事しか、考えられないんだね…もう、全ての世界を滅ぼし終えて自分自身すらも、終わるまで…」
「…かもな。だが、俺が命じられてるのはお前を殺す事だけだ。吹雪冬夜の奴には俺がテロを起こす事で世界の眼を俺に引き付ける、としか話していないが…実際はお前を殺すことの方が本当だ」
 淡々と、だが冷酷に彼は語る。
 12歳にも満たない少女を、目の前にいる幼い少女を、殺す為だけに。

 あり得ない話だ。
 たった一人の殺人の為に、全世界を敵に廻す事を覚悟で、何百人もの命を奪う。
 タスクフォース616のように、彼を倒せば世界が救われるなんてことはない。
 多くの人間が彼女をただの少女としてしか見ていない。そういう認識になっている。

 だがそこにいるのは、人間の手で作られ、そして全世界の頂点に経ってしまったDeus ex machinaではなく、世界そのものを作り出し、そして放棄した神が憂いて力を与えてしまった、偶然選ばれただけの少女に過ぎないのだ。
 でも……それでも、Deus ex machinaにとっては彼女が邪魔である事に変わりはない。

 だから彼は、今ここで少女に銃を向けている。

「悪く思うな。恨むのなら、選ばれてしまった自分を、恨むしかない。俺を恨むのは―――――筋違いだ」
「それは、貴方も同じ―――――――」
 ロズロフの手から100連装ドラムマガジンのMG36が滑り落ち、代わりに腰につけていたミニウージー短機関銃を構え、一気に弾倉の中身を吐き出す。
 だがしかしロズロフの視界から美希は大きく床を後ろへと蹴って消え、ポケットからカードを一枚取り出した。
「千本ナイフ!」
 デュエルモンスターズの世界で、ブラック・マジシャンが操る千本ナイフ。
 本来そこにある筈のない、千本のナイフが空中へと出現し、テロリスト達を包囲する。
「ヒッ! ロズロフ! こりゃなんだ!?」
「黙って撃ち落せ! お前たちなら出来る!」
 ロズロフは叫ぶなりMG36を拾い上げ、ドラムマガジンを交換。再び100発の弾丸を手に入れた軽機関銃が文字通り縦横無尽に動き、次々と迫るナイフを撃ち落としていく。
「ロズロフ! いったいなにが…うぉっ、なんだこりゃ!?」
 騒ぎを聞きつけたのか、別のグループの六人が姿を現した。
 美希が当然それを見逃すはずも無く、再び手を捻ってカードを取り出し、その場に二体のモンスターを召喚する。
 甲冑を纏い、剣を構えたブレイドナイトと、D.D.アサイラントが姿を現し、銃撃を続けるテロリスト達の前に立ちはだかる。
「下がれ! 下がれ!」
 唐突な攻撃に対応できないと感じたのだろう、ロズロフの叫びに11人のテロリスト達は一斉に後退した。
「待て、逃げるな!」
「逃げるわけじゃないぞ、河野美希」
 ロズロフはそう叫ぶと、スーツのポケットからフラググレネードを取り出し、アンダースローで投擲。
 フラググレネードは数回壁と床にあたって跳ね返ると、盛大に爆発した。
「甘い!」
 だが河野美希をフラググレネード如きで仕留められるはずがない。
 もちろん、ロズロフだってそれはわかっている。だから、グレネードは、単なる目くらまし。

 本命は、爆炎に身を隠してこちらの隙を狙う――――――――美希がかかるのを待つだけだ!

 ロズロフが再びウージーを構えた瞬間だった。

 ロズロフ目掛けて、仲間の一人が文字通り飛んできた。
 慌てて距離を取って回避する。
「なにをする!」
 仲間に向けてそう問いただすと、彼は無言で前方を指さした。



「………ヴィクター・ロズロフ。まさか本当に、日本にいたのか」
「誰だお前?」
「ああ。そりゃあ俺の名前なんざ、アンタは知らねぇか。でも、俺はアンタを知ってる。アンタの事は有名だからな。兇人として」
 彼は視線を、まっすぐにロズロフを捉えながら、呟く。
「黒川雄二。またの名を、ダークネス」
「……お前が、ダークネス」
 ロズロフはしばらく雄二を見てから、ゆっくりと銃口を向ける。
「悪ぃけど、美希に手出しはさせねぇ」
「どうかな」
「雄二おにいちゃん、下がってて」
「下がってられるかよ」
 美希の言葉を雄二はやんわり拒否し、一歩前へと出る。
「ごめん、下がってて」
「ぐぎっ!?」
 ボディへの一撃。
 その攻撃が美希の手によるものだと気づくのにきっかり一秒かかり、その間に雄二は床へと倒れこむ。
「どんな…パンチしてんだよ……」
 タフな方だと自負する雄二を一発で沈黙させるぐらいには。
 ガキの頃から実業家と言うより格闘家の父親の象をも殺すゲンコツを何発も食らい続けているのに、今のボディの一撃の方が恐ろしい。
 そして美希は、小さく「ごめんね」とつぶやき、ロズロフへの距離を縮めていく。
「…てよ…」
 一歩。力強く、痛む身体を動かす。
「待てよ…」
 遠ざかっていく、距離を縮める小さな背中に、必死の声を向ける。
「待てよ美希…行くなよ……行くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ロズロフが銃口を向けるより先に美希の掌底の方が早く、ロズロフの胸元を捉えていた。
 だが流石のロズロフも伊達に死線をくぐってきたわけではないのか、少しよろめきながらも即座に体勢を整え、そのまま返しとばかりに蹴りを放つ。
 その一撃は美希の身体を捕ら、再びバランスを崩した。

 その時に、雄二は見た。
 ロズロフの背後から別の男が、美希に散弾銃の銃口を向けていた。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 美希の前へと飛び出した雄二の身体に、熊をも殺す12番ゲージのスラッグ弾(一粒弾。散弾のように弾が拡散するものではなく、通常の弾丸に近い)が直撃した。
 背中から身体を貫くその一撃は、雄二の視界を歪ませ、彼を床に伏させるには十分すぎるほどの威力があった。
「雄二おにいちゃん!」
「たくねぇよ……痛くなんか…ねぇなぁ!」
 再び手をついて、立ち上がる。
「ダメ、下がって! 無茶しないで!」
「逃げろ、美希」
 尚も前へ出てかばおうとする美希の前へと踏み出す。
 そうだ、いつも守ってるのは…こっちの方さ。

 俺が知らないうちに、美希がどんな力を手に入れたのか知らない。
 だけど、例えそうだとしても、俺よりもずっと小さい少女に、背負わせるわけには行かない。
「重すぎるんだよ。こういうものはさ…」
 例え大人だって背負えないだろう。イカレタ世界そのものなんて。
 人間をやめたって背負いきれるものではないかも知れないし、俺にだって無理なのかも知れない。
 けどそれを背負う悲劇は…俺よりも小さい子にとって、もっと触れさせちゃダメだろ、神様よ。

 再び散弾銃の銃口が跳ね、次は腹部を貫いた。
「がぁっ……!」
 どうにかとどまる。
 ここで倒れるわけには行かない。行かないんだ。
 だが、後ろから凄まじい力で掴まれた。
「ダメ…」
 美希の力が、強い。
 信じられない力で、彼女は俺を守ろうとしている。だけど俺には…。
「そっちこそ駄目だ、美希…お前には…」
 お前を何よりも大切にしている、浩之がいるだろ。
「ううん、それは雄二おにいちゃんも同じ……」
 ぐぃ、と美希は力強く俺を後ろへと引っ張る。

 少しのあいだだけ、空中を移動する。

 凄まじい銃撃が、放たれた。
 まさに無防備になったその瞬間を狙い、美希の小さな身体を引き裂く弾丸。

 毎分750発という凄まじい速度で放たれる、100発のドラムマガジンが六丁分、それだけでも600発だというのに。
 そしてその弾丸1つ1つが、美希の身体を少しずつ削りゆく。
 少しずつ、少しずつ。
 皮膚が飛び散り、血管が引き裂かれ、血しぶき舞って骨が削られる。
 肌色から赤、そして白。

 そして全てが変わっていく。否、終わっていく。

 瞬きするより先にもう―――――終わっていた。

「美希……」
 霞むような声で、呟く。返事は無い。
「美希…!」
 再び。でも、もう戻らない。
「くっそ……くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 どうにか強引に立ち上がり、銃を撃った本人であるロズロフ達へと視線を向ける。
「死ぬ覚悟、できてるか…?」
 搾り出すように紡いだ言葉が届いているか解らないが、俺が一歩足を踏み出した時、ロズロフ達は一斉に一歩下がった。
「…やれ」
「後悔しても知らねぇぞ!」
 踏み込み、踏み込み、そしてストレートへ――――――。
 速度をつけた筈の拳を、ロズロフは容易く避けつつ、その伸ばした腕を掴む。

 ぐるりと一回転。力を受け流すように、その場で投げ飛ばされ、俺は床に生えるオブジェ…になりたくはない。
 腕をついてどうにか姿勢を立て直し、距離を取る。
「……んだよ」
 ロズロフは強い。力任せの戦闘なんかじゃ倒せない。けど…けど…。
 黙ってられない。美希を、こんな風にされて。友達の妹を殺されて黙っていられるほど冷たくないんだよ!
 それを、なんだよロズロフ……俺を下等生物を見るかのような目で見るんじゃねぇ!
「んな目で見んじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 再び床を蹴り、距離を詰める。
 その瞬間、奴は手にしていたMG36をこっちに向けていた。アレで撃たれたらこっちとてヤバイ。
「チッ!」
「残念、弾切れだ」
 ひょい、とばかりに、そのMG36が投げられた。
 え?
「いっ!?」
 それを回避するべく、横へとステップを踏んだ瞬間―――銀色が光ったと思えば、激痛が走った。  視界が一瞬で、赤く染まる。
 右目の視界が完全に暗転してる。
「……今、右目を…!」
 あの野郎…あの一瞬でナイフを抜いて、それで右目を斬りやがった。
 何という信じられない戦闘能力。まるで追いつきそうに無い。
「くそっ、くそっ、くそおっ!」
 だけど、まだまだ対応できない範囲じゃねぇ!
 少しだけ姿勢を低くした直後、一斉の多くの銃口が動く音が響いた。そうだ、テロリストはロズロフ以外にもまだ山ほどいる。
「やめておけ。これは俺とこいつの戦いだ」
「そんな気を使う必要はねぇよロズロフ…!」
 そうだ、そんな真似されたらたまらない。
 姿勢を低くし、耳で再び相手の銃口が上がったことだけを聞く。そうだ、情報なんて、たったそれだけでいい。
 後は、極限まで澄み切ったこの世界を駆け抜ける、それだけで終わる。

 ジャブ、ジャブ、ローキック、ストレート、ハイキック、体当たり。
 素手の喧嘩の時なら当てていた筈のコンビネーションは逆に拳で弾くか受け流され、更にはボディフックのおまけつき。
 再び床に伏す羽目になり、更に膝蹴りを食らう。

「んだよっ……!」
 床を転がりながら立ち上がり、再びロズロフへと。

 ある時は両方の拳で。
「ぶべらっ!?」

 次は両足での攻撃を。
「べくっ!」

 尽く防がれ、尽く返され、当ても無い。
 通用しない。
 まるで、自分自身の無力さを見せつけられるかのように。
「ハァッ……ハァッ……」
 打撃を食らい、床に叩きつけられ、片目を抉られ―――――それ以前にも、数回の銃撃の傷がある。
 それだけの傷を負って尚、常人ならばとっくに痛みと傷で倒れている。だが、まだ立っている。
 痛みはあるが、それでも脳内麻薬のお陰か、その痛みに耐えて立っている。だが右目を喪ったせいで狭くなった視界と、ロズロフのあり得ない技量のせいで、近距離戦で勝ち目が無い事はわかっていた。

 ならば、雄二に許されているもう一つの攻撃手段、遠距離での戦いに持ち込むしかない。
 向こうには機関銃やら散弾銃やら、そのまま完全軍装一個小隊並の戦力だろうが、その程度なら簡単に潰せる能力をこっちは持っている。
 ただ一つ問題があるとすれば――――雄二自身が持っているそれを、まだ雄二自身が完全にコントロールできるかという事だ。
 制御が効かずに破壊を続ければ、彼らのみならず他の全ても破壊してしまう。一度は世界の全てを破壊し尽くしたダークネスだ。その力を全て破壊に回せば、文字通り世界は神が終わらせるより先に終わってしまう。
 だがしかし。

 ここで使わずとして、何時使えばいい。
 奪えない。自分よりも儚い、あっさりと死んでしまう命ぁ一つが奪えない。ならば奪え。
 何を使ってでも…何をしてでも!

 白い世界の上に、黒のインクを一滴落とすと、黒の染みが広がる。
 一滴、更に一滴、もう一滴。

 彼を中心に、白い世界から黒のインクが広がっていく。
 それが世界の闇の全てを内包した禍々しいもの、否、世界の闇そのものである事に気づく事が出来るものなどいないだろう。
 そしてそれに呑み込まれたらどうなるかわかっているものも。

「無限の闇に呑まれて消えろッッッッ!!!」

 彼の身体を中心に円を描くように放たれた闇の手が全てを飲み込むべく手を伸ばす。
「チッ!」
 ロズロフは咄嗟に気付いた。その闇が何なのかはわからないが、触れてはいけないものだと。
 新たな弾倉を装填し、手を迎撃するべく銃撃する。だが、そんなモノが通用する筈は無い。
「う、うわっ!?」
 テロリストの一人が足を捕まれ、そのまま力任せに持ち上げられながら闇の中へと引きずり込まれていく。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「そいつを離せ!」
「よせっ!」
「ぐああっ!」
 助け起こそうとした一人が手に身体を貫かれ、そして彼もまた引きずられていく。
「くそ……なんて奴だ」
「逃げるぞ!」
 ロズロフの号令で、彼らは一斉に銃撃を止めて逃げ出した。さすがに命までは失いたくない。あんな訳の解らない化物に。
「逃げんなよ……待てよ……!」
 彼は一歩、また一歩と彼らを歩いて追う。
 歩いて追跡するならば普通に置いて行かれる、だが彼には攻撃手段がある。
「逃げんなって……言っただろ……?」
 床に手を置き、そしてゆっくりとその手を上へと持ち上げる。

 彼の手の元へと浮遊し始めたのは―――――闇の護封剣だった。

 闇の護封剣 永続魔法
 このカードの発動時に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを裏側守備表示にする。
 また、このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
 2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

 三本の闇の剣が彼の前で浮遊し、そしてテロリスト達へと照準を合わせた。
「逃げるぐらいなら、死んできやがれぇッ!!」

 一本の剣は背後から一人の頭部を貫いて潰した。
 頭蓋が潰れたトマトのように赤く飛び散り、そのまま床へと崩れ落ちる。
 二本目の剣はわずかに照準がそれて天井に当たり、彼らの頭上へ少しばかりの瓦礫をふりかける。
 三本目の剣は――――まっすぐロズロフの背中を狙ったが、ロズロフはそれに気付いた。
 手にしていたミニウージーを投げて闇の剣を受け止めるというあり得ない技法で。
「まるで超人だ」
 ロズロフの呟きが聞こえているかどうかはわからないが、彼は闇の護封剣を使い切ったと見るや続いて新たな手を出してきた。
「剣で貫けねぇなら……押し潰せばいい」

 メテオ・ストライク 装備魔法
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 隕石そのものを片手で転がすように浮遊させつつ、彼は呟く。
 そのまま円盤投げのように―――――身体を回転させて勢いをつけ、盛大に直径2メートル以上の隕石を投げつける。
 そして彼は隕石を投げた直後、その隕石を追うかのように地面を蹴る。
 その両手に闇色の爪を煌めかせて。
 そう、一度が無理なら二段攻撃を当てればいい。どちらか当てれば致命傷になるような連撃を加えてしまえばいい。
 ヴィシャス・クローを振りかぶり、メテオ・ストライクと連続でぶち当ててしまえば――――――。

 ヴィシャス・クロー 装備魔法
 装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
 装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを手札に戻す。
 さらに戦闘を行った相手モンスター以外のモンスター1体を破壊し、相手ライフに600ポイントダメージを与える。
 その後、相手フィールド上に「イービル・トークン」(悪魔族・闇・星7・攻/守2500)を1体特殊召喚する。
 このカードが手札に戻ったターンは「ヴィシャス・クロー」を手札から使用できない。

 まだまだ足りないのならもう一度メテオ・ストライクを使って隕石を装填し、ついでに闇の護封剣を再セットして更に連撃準備。
 止めを刺すにはデス・メテオが最適だ。
「いたぞ!」
「恨む相手が悪かったな」
 ついでに城壁壊しの大槍で串刺しにでもしてやる、セット!
「せ、せんぱ――――――」
 更にはファイヤーボールだ。最後は消えてなくなっちまえ!
「骨の一つも残らねぇまま砕けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
 ヴィシャス・クローを何度も振り回し、メテオ・ストライクの隕石が降り注ぎ、ファイヤーボールで焼き尽くして闇の護封剣で引き裂いてデス・メテオで吹っ飛べばイイ――――こうすればロズロフなんざボロクズのように……。

「――――ぱ―! ―た――――!」

 ん?
 ロズロフはそこにいる。
 奴はまだ数十メートル離れた場所で平然としている。じゃあ、目の前にいるのは…目の前で、見るも無残な……いや、覚えてる。
 覚えてる。
 わずかに肩に残った、赤黒く汚れても水色の色彩がわずかに残って…。
「…優希、ちゃん…?」
 少女の口が、わずかに先輩、と動いて。
 そしてそのまま、床へと崩れ落ちた。
「…………ウソだろ……」
 いつだ? いつからそこにいた?
 そうだ、思い出せ。ロズロフは俺がデス・メテオをセットした時に何か言っていた。そうだ、あの時から既に見境がつかなくなっていたんだ。
 だとすると…だとすると…だとすると……。
「嘘だ……嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ」
 違う、ウソなんかじゃない…殺したのは俺だ。
 俺の事を好きになろうとしていた、いや、きっと本当に好きだった女の子を、何の罪も無い善良な少女を、俺は見境なくなっていた。殺した。
「どうして! どうして! なんでなんでなんだよぉぉぉぉぉぉぉっ! なんでだよ!? おかしいだろ!?」
 叫んでも、泣いても、どうしようもない事なんて頭の中でわかってるのに。
 でもこの手に残った感覚は消えない…。
 俺が殺した。小さな命を。
「嘘だ……嘘だよなぁ……夢だって…悪い夢なんだよなぁ…」
 崩れ落ちた小さな身体に触れてみる。徐々に冷たくなるその身体はもう二度と、鼓動を伝える事も、俺を魅了しようとしていた可愛い瞳や唇を見せてくれる事も無い。
「起きてくれよ…頼むからさぁ……そんな冗談は抜きにしてくれよ……なぁ、おい……」
 揺する。揺さぶっても、動かない。
 ぽたり、ぽたりと、残された左目から透明な雫が落ちて行く。視界はもう、まっすぐ見えなかった。

 いくら泣いたって、何も変わりはしないのに。
 起こってしまった悲劇は、どうしようもないのに。

 思わずして、自らが創り上げた惨劇の中心で、俺は…。

「うぅぅ……うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!」






「終わったな……」
 ロズロフはそう呟く携帯電話を取り出し、そのままプッシュする。
「吹雪冬夜か? 仕事は終わった。世界は明日にでもひっくり返っているだろう。では」
 そう言って携帯電話を切ってアクアフロントから駐車場へと向かう。
 四津ヶ浦アクアフロントの駐車場に、一台のトレーラーが止まっていた。
 海に面した駐車場に、そのトレーラーが停まっている事に違和感は無い。もう乗る者の大半が絶命した無数の車が並ぶ中、彼らは悠々とトレーラーへと戻った。
 そしてトレーラーの前で煙草を吹かす、一人の男。
「…ドクター。仕事は果たした」
「ご苦労。例のものはトレーラーの中にあるよ」
「……ありがとな。お陰で当分退屈せずに済む」
 ロズロフが言葉を交わす相手を、ロズロフの仲間たちは怪訝そうに見ていた。
 それもその筈。
 だがロズロフは黙って男からトレーラーのキーを受け取ると、くるくる回転させながらトレーラーへと仲間たちと共に乗り込む。
「では、また機会があればな」
「そうだな。私もそう思うよ。……機会があればね」
 そしてトレーラーは発信し、駐車場から湾岸道路を通り、海の上に係る橋へ差し掛かった時――――――――。

 トレーラーは橋ごと大爆発を起こし、大きくバランスを崩した。
 中に載ったテロリストたちの何人かが盛大に宙を舞い、燃料に引火した二度目の爆発で焼かれ、或いは衝撃で海へと叩きつけられていく。

 男はそれを見終わった後、小さな通信端末を取り出した。
「…私だ。アレクサンデル・カイテルだ。タスクフォース616の諸君、聞こえているかね? 緊急事態が発生した。直ちに日本の――――――」
 そしてその通信の言葉は、誰にも聞かれぬまま風の中へと消えていった。
 無数に鳴り響くサイレンにのって。




《第24話:イド》

『史上最大のテロ事件発生 死傷者6000人
 昨日、J県四津ヶ浦市で昨日オープンしたばかりのショッピングモール、四津ヶ浦アクアフロントで世界最悪のテロ事件が発生した。
 ヴィクター・ロズロフを中心とするテロリスト達が敷地内に乱入、銃を乱射して多くの人達が殺害された。
 死者は確認が取れただけでも2000人以上、負傷者も4000人を超えており、死傷者合わせて6000人を超えている事がわかっている。
 また、この中にはオープン記念イベントに来ていたアイドルグループ、Try HeartSのメンバーや経済産業大臣なども含まれています』

「貴明、テレビ消してくれ。見てて胸糞悪くなってくる」
「ああ。少なくとも学食で見るニュースじゃねぇな」
 晋祐の言葉に貴明は学食に置いてあるテレビの近くに行き、リモコンをいじろうとすると何人かの生徒から「見てるんだ、変えるな」とブーイングが飛んだ。
「ウチの生徒も被害にあってんだぞ…」
 貴明はぶつくさ言いつつ結局席に戻り、半分ほど残る素うどんを前にしたが、やはり食欲は出なかった。
「雄二から、連絡無いのか?」
「ああ。取れないままだ」
 貴明の問いに、晋祐はラーメンをすすりながら頷く。
「お前、あんなニュース見ながらよく食えるよな」
「食わなきゃ始まらん。けどな」

「あのニュースが最悪な話であることに変わりはねぇよ」

 晋佑がそう呟いた時、カレーの乗ったトレイを持ってきた女子生徒が隣に座った。
「またあのニュースか……ああ、ここ空きだよな?」
「ん? ああ、水島か」
 二人が視線を向けると、彼女は軽く肩を竦めつつ席に座る。
「この事件、あながち無関係ってほどじゃないな…お前らもそうだけど…なぁ。雄二から」
「連絡は無い。メールも電話も」
 貴明の返答に水島は「お前らもか」と返す。どうやら彼女も何度も送ったらしい。
「…雄二の奴、確かこの前、下級生の女の子に誘われたからオープンイベント行くって言ってたよな? その子も心配だよな…」
「その下級生の子の事なんだけど」
 貴明が口を開くと、水島はスプーンを一旦置いて口を開く。
 まだ口をつけてもいない、一口分だけ掬われたカレー。
「いちお、あたしの知り合いなんだよな…それで、連絡取れない」
「マジかよ、それって……」
 水島の言葉に、貴明はそうつぶやくと、とりあえずあまり想像したくない想像をした。
 平たく言えば二人共死んでるってことをだ。
「いや、でも雄二のことだから…アイツ、確か実家に帰らねぇから身寄り無いも同然だしなぁ」
「縁起でもない事を言うな、貴明」
 貴明に晋佑がそう口を挟む。
 だが、現状を確認できない以上、ある意味どうしようもないのだが。





 どうやって戻ってきたのかも覚えておらず、アレからどれだけの時間が経ったのかも覚えていない。
 人の形をかろうじて留めていたあの体が冷たくなっていくのを肌で感じるころには、既に涙も枯れ果てて。
 テレビに映るニュースは繰り返し、繰り返し、日付も覚えてないが、事件の事だけが表示されている。その度にあそこで起こった事が、蘇る。

 友人の妹がボロ雑巾のようになるのを見た。
 親を殺され、自身も息絶えようとしていた泣いている子供を見た。
 オープン初日。そこは楽しい場所だった筈だ。
 だがそんな事は無かった。あそこは惨劇の地になった。

 ……。
 …………。
 ………………。

 じゃあ、どうして?
 あの子は死ななきゃならなかったんだろう。
 俺があの時、逆上していなければ、こんなことにはならなかったんだろうか…でも、でも俺は……。
 許せなかった、ロズロフが。
 目の前で美希を奪われたからだ。俺よりも小さい、まだその背中に夢を描いているような子なのに。
 たとえデート中だったとはいえ、出会ったばかりの優希ちゃんの事より美希を優先したのは仕方なかったのかもしれない、でも優希ちゃんもまた、俺の事が好きだった。
 俺との時間を、大切にしたかった。
 でもそれでもそれは…許されなかったのだろうか。
 俺みたいな奴がいたから、ロズロフをあそこに呼び寄せたのか?
 だけどそれ以上に疑問なのは、どうして美希は自ら死を選ぶように前線へと出たのか。それがわかっているかのような。
 わからない。
 俺には解らない…。
 どうすればよかった?
 何が正しい選択かなんて、俺には選べなかったんじゃないのか?
 だって俺は知らないから。

 嘘だ。
 全部嘘だ。
 俺が抱えてきたものがすべて夢なのだとしたら、こんな苦しみを抱えることも無かったのに。
 全てが雪のように白い灰の世界なのだとしたら、それなら全部夢だろう?
 悪い夢はいつか覚める。いつか。

 そっちが嘘だ。
 震えるこの手が覚えてる。奪ったその手がオボエテル。

 カラカラと時計は回る。
 悪魔の過ぎた時間を載せてカラカラ回り続ける。
 永遠に消えない罪。傷跡。悪魔は笑う。

「お前がその手で守れたものがあるか?」

「お前がその手で救えたものがあるか?」

「お前のその手が血塗れである事は気づいているか?」

「罪は知らず知らずに重ねているのだよ」



 無限の奈落のように落ちていく中で。
 ただ悪魔の嘲笑だけが響く。俺が本当に願ったのはもっと違うはずだったのに。
 ヒーローはいつも、かっこ良く見えるけど、カッコよくなんか無い。
 だってヒーローが敵対する相手は、いつだって同じヒーローなのだ。
 悪役に見えるだけの、同じヒーロー。掲げる正義の御旗が違うだけ。
 同じ血が流れる相手を、相手の正義をたたきつぶして掲げる御旗はいつだって血塗れ。
 だから誰も救ってなんかイない。
 誰も救える筈なんてない。

 暖かな陽だまりに、優しい世界に、もう戻れない事を覚悟していなかったのは、俺なんじゃないか。

 ……。
 …………。
 ………………。

 激しい憎悪なのか、それとも身を苦しめるほどの悲しみなのか、わからなくなってきた。
 嫌なのかも知れない。
 俺には足りなかったんだろ? 力って奴がさ。

 甘えんな。

 どうなったとしても、俺は俺。そうだよ、美希だって言ってただろ。

 確かにお前は黒川雄二だろ。だが、もうダークネスになっている。

 そうなる事を望んだのは、彼の力を望んだのは俺自身。
 でもこんなことになるなんて…もっと強いもんだって思ってたよ。

 お前に覚悟が無いからだよ。

 それって、悪い事?

 覚悟なくして生きる事なんて、できやしないさ。
 それが無いまま力振りかざしたって、何の意味も無いんだよ。
 奪う事を前提に力を掲げてるなら、奪われてもおかしくないって事を覚えてなきゃダメさ。
 だからダメだったんだろう?

 今、たった1つの瞳から零してる冷たいそれが、それを証明してる。

 冷たい涙を流しても。
 何かが変わる訳なんて無いし、夢の続きは、もう無いんだって知ってる。
 だって夢はもう終わってしまったから。
 それが現実。それが運命。それが決定事項。

 どうして…こんなことになったんだろう。
 こんな事、誰も望んでない筈なのに。



 何度インターホンを押しても、返事の気配は無い。だが。
「電気のメーターが動いてる…。ガス探知機は反応なし。……うっすらだが、明かりもついてる。いるな」
 晋祐の言葉に貴明は頷くと、少し強めにドアをノックする。
 反応はやはりない。
「…雄二」
「水島、貴明。少し下がってろ。ちょいと手荒な真似をする」
「プラスチック爆弾じゃないだろうな」
 晋祐の言葉に貴明がそう口を挟むと、晋祐は首を左右に振る。
「そんな事するか。横から回りこんで窓を叩き壊すだけだ」
 鞄のどこに仕込んでいたのか学生鞄の中から極太スパナを取り出し、制服のベルトに挿し込む。
 落ちない事を確認すると、晋祐は廊下から文字通り――――マンションの外壁へと飛びついた。
「ちょっ!?」
 水島が驚いた声をあげるが、晋祐はなんでもないかのように壁に飛びつき、そのままカニ歩きで回っていく。雄二の部屋が角部屋である事が幸いだ。
「……なぁ貴明。あいつって、ああいう奴なのか?」
「ああ。ああいう奴なんだよ」
 晋祐といい、雄二といい、貴明の親友はなにかと特殊なヤツばかりだ。
 数分後、盛大にガラスが割れる音が聞こえ、しばしの足跡の後、がちゃりと扉が開いた。
「開けたぞ」
「お前らしい開け方だな。雄二は?」
「…奥だ」
 晋祐が指差し、貴明は電気をつけながら中へと入る。
 暗いままでは気づかなかったが、廊下には血の手形がべったりと付いていた。
「…雄二。おい、雄二!」
 水島は慌てて声を張り上げたが、やはり返事はない。
 更に奥に進むと、つけっぱなしのテレビは同じニュースをひたすらリピートしていた。アクアフロントについてだ。

 そしてその前のソファに、雄二はいた。

 体のあちらこちらが血と汗に塗れ、特に右目は真紅だけに彩られて光を映していない。
 事件の後、そのままキタカのように。
 三人が入ってきたことに気づかないように、雄二はただニュースの画面を見ていた。残された左目は、死んだ魚のように濁っていた。

「お前……とりあえず、消毒するぞ。救急箱どこだ」
 一瞬でも吐きそうになった自分が恨めしい、と思った水島は救急箱を探す。
「そこの戸棚だ」
 貴明の言葉通り、救急箱はすぐに見つかる。
「ほら、こっち向け。…こっち向けってば」
 反応の無い雄二の顔を向け、まずは目の周りを消毒。
 横から差し込まれたような傷は、完全に右目を抉っていた。
「……なにが起こったんだ。これ、銃じゃない、よな…」
 ニュースだと銃を乱射していた、と言っていたが…確かに銃のような傷もあるが、右目だけは違う。
「おい、雄二……おい、雄二?」
 あまりにも反応の無さに、貴明が文字通り肩を掴んで揺さぶると、その時になって。
 初めて左目が動いた。
「……貴明?」
「俺だけじゃねぇよ。どうしたよ」
 雄二が視線を横にスライドさせ、晋祐と、水島に視線を向けた。
「水島……悪い」
「……どうした」
「優希ちゃんのこと……」
 伴野の安否についても知らなかったな、と思いつつ水島は次の言葉を待った。
「なんて言えば良いのか解んねぇ……でも……」
「目元。まだ塞がってないから、あんま泣くなよ」
「死んだ。俺の手の中で」
「そっか」
「……俺のせいで死んだ」
「でも、お前だけのせいじゃない。普通、あんな事が起こるなんて誰も…」
「俺みたいなのがいたからだ」
「……」
 晋祐と貴明は顔を見合わせた。
 バトルシティの後、雄二は人間ではなくなってしまった自分に違和感を抱いているようだった。
 バトルシティの時はその場のテンションやら、そうせざるを得なかった事情も無いわけではないので、そこまで気にしていなかったが、終わった後からだ。
 もう人ではない自分、ダークネスである自分、故に自分は黒川雄二なのか?という1つの点に置いて考えていた。
 そして破綻すらしかけていた。
 だけど……一度は持ち直したと思ったのだが。
「あそこで何があった、雄二。全部話せ」
「けど」
「話せと言っている。そうでなければ、その子だって、きっと救われない……お前が今すべき事は、ただ泣き叫んでるだけじゃねぇはずだ」


「ロズロフと相対したのか!? 小学生の子供が!?」
「晋祐、少し黙れ。雄二、続きを頼めるか?」

「……………お前、まさか……」
「………」
「貴明、やめろ! ……どうなった」


 すべて話し終えるのに、一時間もかかっただろうか。
 何度も何度も言葉が途切れ、その度に頭が真っ白になった。
 でもそれでもなんとか言葉を紡いで、紡いで、紡いで…そうして終えた言葉。

 俺を好きだと言っていた、その思いを抱いていた一人の少女を、俺が事実上殺したようなもので。
 そしてそれ以前に、大きな力を持っていたのに、誰も守る事ができなかったという事。
 その場にいた誰もが沈黙していた。
 信じられない、という顔をして。俺も信じたくないが、現実だ。
「……………なぁ、雄二」
 沈黙を破ったのは、水島だった。
「あたしはどうにも信じられない。お前が人間じゃないとか、お前が伴野を殺したこととか、あたしはどうにも信じる事ができない。お前はそんなやつじゃない…って言いたいけど……」
「………」
「本当なんだろうな……」
 水島の言葉に、返す言葉が見つからない。
 でも、本当なんだ。
「……どうすればいいんだろうな、俺」
「どうすればいいって、なんであたしに聞くんだよ」
 水島は困ったように答えると、視線を逸した。
「けどさ。1つだけ言わせてもらうぞ」

「伴野がバイトに入ってきた後、やたらとあたしに聞いてくるんだ。お前の事。だから好きなのかって聞いたら、そうだってな」
 そりゃあ、そうだろうな。
 プラチナクラスのチケットを握りしめてわざわざ一緒に出かける約束を取り付けた。
 そして好きだとも言っていたんだ。
「悔しいけど、悪い子じゃないからな。それに、お前はいつだってそうだろ。どんないい子でも、断っちまう。こっちが心配するぐらいに。事情があるのはわかるよ…けど、不器用なんだもんな、お前」
 ああ。上手く断ることすら、できやしない。
 そして今回みたいに、気まぐれを起こしちまう事がある。
「そんなお前がめったにオーケーしないようなことだからな、あたしはびっくりした」

「でもそれがこんな結末になるなんて……誰も思っちゃいないよな」

 ………俺だって知りたいよ。

「なぁ……優希の事、どう思ってた?」
「………正直に言うと」
 言葉を紡ごうとして、困った。だって、それを言ってしまうと。どこか壊れてしまうから。彼女とのすべてが。
 だけど。
 言わなければ、続くはずも無いんだ。
「好きだったかというと…それは、LoveじゃなくてLikeの方だったと思う」
「じゃあ、異性としては、見れなかった?」
「……いや、でも、何度かドキッとするような事は…あったよ」
 そうでもなければ、あの綺麗な笑顔を。
 嬉しそうにしていた、あの瞬間を、本当だと思えなくなってしまうから。
 夢の方がましだと思ってしまう現実だったとしても。彼女がそこにいたことだけは事実なんだから。
「俺と、優希ちゃんの、服買ってさ、あの子、なんかセンスめちゃくちゃで、でも俺に似合ってるって言ってて、俺が優希ちゃん服買ってあげたときはさ、正直に言うと…俺がコーディネートしたのに可愛いってだけじゃなくて、男ならほっとけないよって思うぐらいでさ…」
「ああ、そういやあいつ私服のセンスはデタラメだったな」
 俺の言葉に、水島は笑いながらそう答えた。
「…………でも悪いやつじゃなくて、可愛いやつだっただろ?」
「ああ……」
「一緒にいて、楽しかったか?」
「もちろんだ……」
 そうだ。
 あの時間が始まるまでは、俺もまだ、人間として、一人の黒川雄二として、いられたんだ。
 けど、そんなものは。
「甘かったんだ」

「俺が甘かったんだ……本当は」

「お前に覚悟が無かったから、か? お前が無力だったから、その子は死んだのか?」
 俺のつぶやきに、晋祐がそう口を挟んだ。

 直後、強烈に胸を掴まれる感覚と共に―――――。

「ふざけんなっ!」

 怒声と打撃音と、衝撃。
「…………無力だ何だって言っても…結局のところ、テメェはただ選択肢を間違えただけだろ……俺があの時無力だったから、坂崎を助けられなかったのかよ……それだけが理由じゃねぇんだよ! その時にすべき事を間違えただけだろ! そして何よりお前は!」
 そして再び打撃と、痛み。
「がっ!?」
「その時やるべき事は、優希ちゃんを守りきる事じゃなかったのかよ!? それなのに、どうしてわからなかったんだよ!?」

「お前みたいに……力があっても、間違える事ぐらいあるのはわかるよ……でも、救われなさすぎだろ! お前がそうやって、涙流してるだけだったら! 違うだろ! そんな事して、何になるんだよ…お前が泣いたら優希ちゃん戻ってくるのかよ!? 俺が後悔したら坂崎戻ってくるのかよ!? ……戻ってこねぇよ。何も…」

「何も変わらねぇんだよ……」
 後悔しても、何も変わらない。
 そう、何も変わらない。だからこそ、立ち止まってはいけない。
 そうだった。
「………ごめん、晋祐」
「バカ言え。お前が戻ってくれりゃ、それでいいんだよ」
 坂崎の名前を、ずいぶん久しぶりに聞いた気がする。
 確か、坂崎も…。
「ところでお前ら、涙ぐらい拭け。ひでぇ顔してるぞ」
「…だな。それと雄二、傷の手当まだ終わってない」

 右目が包帯でぐるぐる巻きになった後、とりあえず顔を洗った。
 少なくとも泣きはらした後よりかはましになっている。
「……なぁ雄二。1つだけ聞いていいか」
 俺がベッドにもう一度座った時、水島がそう口を開いた。
「なんだ?」
「……無茶すんなって言いたいけど。もう無理みたいだから……今は何も聞かない。けどさ。全部終わったら、色々、聞いてみたい。お前のこと、もっと」
「おいおい、お前とは中学の頃から一緒だろ?」
「バッカ野郎、それ以外も含めた全部をだよ」
 なんともいたずらっぽい答えである。
 全部終わったらだなんて、まだまだ当分先なんだっつーの。
「オーケィ。約束したぜ」
「ならばよし」
 何がよしかはわからないが。
「そういや雄二。ロズロフのやつの事だが」
 晋祐がふと思い出したようにテレビのチャンネルを変える。よく見ると、既にもう長い時間が過ぎていたのか、夕方のニュースへと変わっていた。
「ああ」
『今朝になって海から引き揚げられたトレーラーの車内には、数十名のテロリストの遺体が発見されていますが、原型を留めていないものが多く、テロリスト全員が死亡したかどうかは…』
「奴ら、殺戮を終えた後にトレーラーでトンズラしようとして…橋の上でドカン!だと」
「爆発物じゃ遺体もろくに残らねぇよな」
『車内には機関銃や手榴弾といった火器のほか、焼け焦げた現金数千万ユーロなどが残されており、このテロ事件はロズロフ一味単独で計画されたものではないものと見て、内閣は世界各国の警察機関にも情報提供を呼びかけています。また、新設されたばかりの対テロ特殊コマンドに関して今回の出動が間に合わなかった理由に速やかな現状把握が出来なかった事だとコメントを出しています』
 ヴィクター・ロズロフとその部下たちは単独で大型テロを起こす実力が無い訳ではない。
 ハドソン川での毒ガス事件はまだ記憶に新しいぐらいだ。でも、今回はそれが誰かの陰謀によるものだったとしたら。
 それはいったい誰なのか、と言われて思い当たるのがたった一人、すぐに見つかってしまうのである。

『ああ。00年代に頭角を表した狂人だ。…知ってるか? 実は最近、吹雪冬夜と接近したらしい』

『…あんな奴が日本に来るのか』
『俺の予感だと恐らく。近いうちに、何か起こる』

 吹雪冬夜だ。
 そうだ、あの時見たのはあいつで間違いなかったのだ。
 あの時追いかけていれば、防げたのかも知れない―――――いいや、今となっては既に後の祭りか。

「吹雪冬夜のやつか、あれを煽ったの」
「確かにあいつらしいと言えばらしい。使うだけ使って、用済みとあらばそれごと消し飛ばすからな」
「なら、次はなにをしでかすと思う?」
 吹雪冬夜が大規模なテロを煽って、それを成功させたのなら、次はもっと大きなことを仕掛けてくるのではないだろうか。
「いや、しばらくはないかも知れない」
 だが晋佑は首を左右に振る。
「どうしてそう言えんだよ晋祐」
「あんだけでかい事をやらかすのに、それだけの力を向けている。だからすぐには行動できんさ。こっちもこっちで、あれで動けなくなるが、それは相手も一緒さ」
「………なるほどねぇ」
 楽観的にしか見えないと思うがな。
「まぁでも、こっちにもそれなりの戦力が欲しい。誰かいい当てはあるか?」
「いいアテねぇ。ゼノンか…三四ぐらいかな」
「三四ちゃん、体力的に無理あるんじゃねぇか?」
 晋佑、俺、貴明で三人で顔を合わせつつ思い浮かぶデュエリストを考えてみる。
「理恵っちは? 貴明仲良くしてただろ」
「連絡先聞くの忘れた」
「死ねやボケ」
「どうしてそこまで言われなきゃならん。雄二、あのロリぃ子はどうした?」
「ああ。一回戦の時の? ……そうだな、声かけてみるか」
「『ロリコンさんの頼みなんて聞きたくないのです』の一言で終わりだな」
「晋佑、頼むからそーゆーのせめてオブラートに包んでくれない?」
 まぁ、色々なデュエリストに出会ったものである。
 それ以外に出てきたものとして、俺と貴明の同級生の平井(サンダー・エンド・ドラゴンが弱すぎるので却下)、隣のクラスの里見(実力が安定してないので却下)、エトセトラ、エトセトラ。
 しかしやっぱり。
「いい相手がでてこないな」
「だよなぁ」

「「「うーん」」」

「………お前ら、もうそろそろ遅くなるけど、飯どうするんだ?」
 そういえば水島もいた事を思い出した。水島の目の前で物騒な話をしていたというのもなんだが。
「あー、確かにそうか」
 腹も減る。飯の買い置きはあったっけな?
 冷蔵庫や戸棚を見てみるが材料が足りない。中途半端にしか残ってないというのはどういうことだ。
「ウチで食ってくか? そんな遠く無いしな」
「……そうさせてもらうと助かる」
「ただし金は払え」
「だよな」
 水島の家はいわゆる街のラーメン屋という奴である。
 味もそこそこ美味い。一人暮らしの人間にとっては大いに味方である。
 主に俺と貴明だが。
「そういや俺は食いに行った事ないな」
「あー。晋佑は初めてだったか…気を付けろよ」
「ああ」
「水島の家の前は…危険だ」
「ああ。確かに危険だな」
「待て。何が危険なんだ? いったい何がDANGEROUSなのかDANGERなのかせめて教えてくれ! おい雄二も貴明も何故生暖かい視線で見てくる!? いったいなんなんだー!?」
 その答えは行けばわかるとしか言い様がない。



「おお……」
「耳をふさげ。目を瞑れ。足だけ動かせ。味覚以外の感覚をすべて閉じろ」
 道中。俺の家から水島の自宅であるラーメン屋まで、裏通りを通っていけば近道になる。
 しかし、その近道に問題がある。
 ……初体験である晋佑がその場に完全に釘付けにされているように。

 にゃ〜     にゃ〜                にゃ〜
       にゃ〜           にゃ〜           にゃ〜     にゃ〜
                  にゃ〜         にゃ〜           にゃ〜
    にゃ〜       にゃ〜                  にゃ〜        

 四方六方八方、猫まみれ。
 この裏通りは野良猫の巣窟と化しており、また近所の住人が餌付けしてしまっているため、文字通り人間に慣れた猫、猫、猫である。
 夜だろうと昼間だろうと、いつ覗いても猫だらけのその世界を…。
 人間が…気にしないはずもないのだ。何せ慣れている分、モフり放題なのだから!
「にゃー?」
 それどころか、猫の方から近寄って足に頬をこすりつつけてきたり尻尾をくねらせたり。
 猫好きにとってはたまらない場所すぎる。
「お前ら…確かにこれはDANGERだな」
「だから目を瞑れ、耳をふさげ、触覚すらも遮断しろ」
「無理だ……俺はこの猫の中に飛び込みたいッ! つーか飛び込む! 援護しろ!」
「何を援護するんだよ!? とりあえず落ち着こうな」
 今にも暴走しそうな晋佑を抑えつつ、俺たちは進む。
 狭い道だが、二人ぐらいなら余裕で通れるぐらいの広さはある。
「もしも今襲われたら逃げられないぞ」
 貴明が冗談めかして言うが、既に猫の包囲攻撃を食らっている気がする。
「物騒な事言うなよなー。怖いだろ」
「へぇ、水島でも怖い事あるんだ?」
「あるに決まってんだろ! あたしを何だと思ってたんだ! …ったく、本当になんでこんなのに…」
「何か言ったか?」
「なんでもねぇよ」
 水島が不機嫌そうに鼻を鳴らした時だった。
「ん?」
「どうした?」
 視線が前へと向き、俺たちもつられて前へと向く。

 狭い路地を塞ぐように立つ、二人の人影。
 こちらが来るのを待っているかのように。

 黒いフード付きのコートを纏い、顔はホッケーマスクに似たデザインの、目の部分だけが空いている仮面。
 敢えて言うなら、仮面には、一人は紫、もう一人は水色のラインが二本、縦に走っていた。
「……後ろにもいるな」
 晋佑のつぶやき後、確かに後ろにも同じ服装の連中がやはり二人いた。
 こちらはマスクのラインがオレンジと赤になっていた。
「……俺達に何か用か?」
「相手にだったらなってやる。後悔しても知らないがな」
「喧嘩を売るには、ちと相手が悪いぜ? 俺達は、凶悪だからな」
 とりあえず三人で水島を背にし、すぐには相手が近寄れないようにする。
「別に大した事ではないわ」
 俺達が臨戦態勢を整えた直後、紫の仮面が口を開いた。
「あなた達の実力が見たいだけよ」
 そう言って突き出された手には、デュエルディスクがあった。
「……そこそこできそうだなぁ、そう思わねぇか?」
「ああ。どうやって相手する?」
「誰が二人やる」
「……俺がやる。貴明、晋佑。後ろの奴らを頼む。前の二人は俺がやる」
「チッ、早い者勝ちか」
 晋佑がそう舌打ちするも、すぐに向き直りデュエルディスクを構えた。
「行くぞ、貴明」
「ああ。決闘王に挑むなんざ、相手が悪すぎるぜ?」
 晋佑と貴明が二人へと向かっていくのを見送りつつ、俺は視線を紫の仮面と水色の仮面に向けた。
「相手にとって不足はねぇ! 二人まとめて相手してやる!」

「「「デュエル!」」」

 黒川雄二:LP8000          紫の仮面:LP4000 水色の仮面:LP4000

「先攻はやるよ」
「そう……では、私のターン。ドロー」
 先にドローをしたのは紫の仮面。
「では、魔導戦士ブレイカーを攻撃表示で召喚」

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

「魔導戦士ブレイカーは自身の効果で攻撃力が300ポイントアップしますわ」

 魔導戦士ブレイカー 攻撃力1600→1900

 フィールドには魔法使いの剣士が降り立ち、剣を構える。
 そして紫の仮面は更にカードを一枚伏せてターンを終了する。
 続けて俺のターン。
「…大丈夫か? 二人も相手して」
「心配ご無用…」
 後ろで小さくささやいた水島にガッツポーズで返しつつ、ドロー。
 今やるべきことなど、決まっているさ!
 この手札なら、まずは防御を固めるべきか。
「六邪心魔−ロイを召喚!」

 六邪心魔・嫌疑−ロイ 光属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 1ターンに1度、相手の魔法・罠ゾーンに伏せられているカードを
 ランダムに選択して見る事が出来る。

「そして、ロイの効果を発動! 1ターンに一度、相手の魔法・罠ゾーンに伏せられているカードをランダムに選択して見る事が可能だ! さて、その一枚のリバースカードを公開させてもらうぜ!」
「くっ! ランダムとはいえ、リバースカードを見られるのは嫌ですわね…」

 マジシャンズ・サークル 通常罠
 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキから
 攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。

 マジシャンズ・サークルとはずいぶんなモノを伏せている。
 すると、あの仮面のデッキは魔法使い族がメインという事か。なにせこっちに魔法使い族はほとんどいないから特殊召喚を使われるというのはあまり嬉しくない。
「カードを二枚セットし、ターンエンド」
「オレのターン」
 続いて水色の仮面の方だ。
「氷結界の御庭番を守備表示で召喚する」

 氷結界の御庭番 水属性/☆2/水族/攻撃力100/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手は自分フィールド上に表側表示で存在する「氷結界」と名のついたモンスターを
 効果モンスターの効果の対象にする事はできない。

「続けて、魔法カード、氷結界の紋章を発動」

 氷結界の紋章 通常魔法
 自分のデッキから「氷結界」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

「この効果で、オレは氷結界の氷結界の守護陣を手札に加える」

 氷結界の守護陣 水属性/☆3/水族/攻撃力200/守備力1600/チューナー
 自分フィールド上にこのカード以外の
 「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
 このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
 相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「そして手札の、氷結界の三方陣を発動!」

 氷結界の三方陣 通常魔法
 手札の「氷結界」と名のついたモンスター3種類を相手に見せ、
 相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
 選択した相手のカードを破壊し、
 自分の手札から「氷結界」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

 後攻1ターン目から除去カードを引くとは…いや、紋章を使って守護陣を手札に加えたのは、三方陣を使うためか。
「この効果でオレは手札の氷結界の守護陣、氷結界の決起隊、氷結界の武士の三体を公開。……そしてオレが選択するカードは、お前のフィールドの六邪心魔・嫌疑−ロイを破壊させてもらう! 更に、手札の氷結界の守護陣を特殊召喚!」

 氷結界の守護陣 水属性/☆3/水族/攻撃力200/守備力1600/チューナー
 自分フィールド上にこのカード以外の
 「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
 このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
 相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 氷結界の決起隊 水属性/☆3/魔法使い族/攻撃力1500/守備力800
 このカードをリリースして発動する。
 フィールド上に表側表示で存在する水属性モンスター1体を破壊し、
 自分のデッキから「氷結界」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 氷結界の武士 水属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1500
 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが表側守備表示になった時、
 このカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 ロイが破壊され、フィールドには守護陣が出現する。
「これでお前のフィールドにモンスターはいない…更に、氷結界の守護陣の効果により、攻撃力1600以上のモンスターは攻撃宣言を行う事は出来ない」
「やるじゃないかよ…1ターンでそこまで組み立てるなんてさ」
 少なくとも、俺とは違う即効性がある。
「しかし、生憎と氷結界の御庭番も、守護陣も攻撃力が高くないんでな。守備表示のままにさせてもらうぜ。ターンエンドだ」
「さぁて、俺のターンか……」
 さて、困ったことになった。
 どうにかして氷結界の守護陣をどかさない限り、攻撃力1600以上の俺のモンスターは攻撃宣言を行えない。
 おまけに俺のモンスターのほとんどがその条件を満たしてしまう。
 だから、ドローしても、次の逆転の一手が形成できるのかとも。
「……バカ言え」
 まるで臆病になってるみたいだな、と思う。
「どうしたの? あなたのターンですわよ?」
 紫の仮面が動かない俺を見て煽るように口を開く。
「おい、雄二? 本当に大丈夫なのか?」
「あ、ああ。大丈夫だって……ちょい、ビビっただけ」
「お前がビビってる時点で異常だ」
「お前の中で俺はどういう人間なんだよ……ええい、ままよ…ドロォォォォッ!」
 引いたカードは、なんだ?
「魔法カード、手札抹殺を発動!」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いの手札をすべて墓地に送る。
 その後、お互いに手札を墓地に送った枚数分だけデッキからドローする。

 手札を全て墓地に放り込み、その枚数分だけドローする。
 どうやらツキという奴は…俺を見捨ててなどいなかった!
「カードを一枚セットし、六邪心魔・憎悪−レイドを召喚!」

 六邪心魔・憎悪−レイド 地属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードを戦闘で破壊したモンスターは
 そのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 フィールドに憎悪の感情を掲げた悪魔が姿を現す。
 攻撃力1900というアタッカーだが、今はその攻撃力を活かさなくてもいい。
「攻撃力1900のレイドじゃ今は攻撃宣言できないぞ?」
「ああ。だから攻撃力1900じゃなくせばいいのさ」

「速攻魔法、収縮を発動!」

 収縮 速攻魔法
 モンスター1体を選択して発動する。
 このカードを発動したターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻守は半分になる。

 六邪心魔・憎悪−レイド 攻撃力1900→950

 攻撃力が950まで落ちてしまったレイドなら、氷の國でも牙を剥ける。
「レイド、氷結界の守護陣へ攻撃!」
 当たり前のようにその攻撃は、氷の渦の中に返り討ち。

 黒川雄二:LP8000→7350

「そして、ライフポイントを500を支払い、レイドを自身の効果で墓地から特殊召喚!」

 六邪心魔・憎悪−レイド 地属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1600
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードを戦闘で破壊したモンスターは
 そのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる。

 黒川雄二:LP7350→6850

「残念だったな」
 水色の仮面が唐突に笑い出した。
「憎悪のレイドは、レイドを戦闘で破壊したモンスターを墓地に送る…。だが氷結界の御庭番の効果により、その氷結界のモンスターはモンスター効果の対象とならない!」

 氷結界の御庭番 水属性/☆2/水族/攻撃力100/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手は自分フィールド上に表側表示で存在する「氷結界」と名のついたモンスターを
 効果モンスターの効果の対象にする事はできない。

「俺はターンエンドするぜ」
「余計にカードを二枚使っただけ…んなっ!?」
 俺がターンエンドを宣言した時、氷結界の守護陣が文字通り、墓地へと消えた。
「馬鹿な…! どうして…」
「お前は1つ勘違いをしていた。氷結界の御庭番の効果は、効果モンスターの効果の対象にする事は出来ないという効果だ。だが…レイドの道連れは対象を選ぶ効果ではない。レイドを戦闘で破壊したモンスターを道連れにするだけだ」
「クソッ…意外な突破方法だ」
「あなたらしくもないですわね。そんなミスをするなんて…さて、私のターンですわ」
 続いて、紫の仮面のターンとなる。
「おろかにも、手札抹殺をしてしまった事を呪うべきかも知れませんわね……速攻魔法、ディメンション・マジックを発動!」

 ディメンション・マジック 速攻魔法
 自分フィールド上に魔法使い族モンスターが表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースし、
 手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。
 その後、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する事ができる。

 ディメンション・マジック。かの決闘王が得意としていた魔術師のギミック。
 水色の仮面は氷結界、紫の仮面は魔法使い族中心ということか。
 マジシャンズ・サークルに加えてディメンション・マジック。さて、面白い事になってきましたよ。

「この効果で、魔導戦士ブレイカーを生贄に捧げ、混沌の黒魔術師を特殊召喚!」

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

 混沌の黒魔術師 闇属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
 このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。
 このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 フィールドに、一瞬だけ黒い覇気が走った、気がした。
 時としてデュエルする中で出会いたくない相手というのはもちろん存在する。
 デッキ破壊デッキやら、ロックバーン使いやら、ウィジャ盤や終焉のカウントダウン等じわじわ削ってくるデッキやら。
 でも、その中で出会いたくないものとして。
 強大なモンスターを有するデッキもあるのだ。戦いたい相手でもあるが、出会いたくもない。戦うだけで畏怖を覚えることすらあるのだから。

 そう、混沌の黒魔術師とは、まさにそういう相手。

「混沌の黒魔術師の効果により、私は先程手札抹殺で墓地に捨てられた魔法カードを手札に戻しますわね…死者蘇生を手札に戻しましょう」

 死者蘇生 通常魔法
 墓地に存在するモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

「そして、混沌の黒魔術師でレイドを攻撃! 滅びの呪文よ、悪魔を飲み込みなさい!」

 混沌の黒魔術師の一撃が、レイドを飲み込んだ。

 黒川雄二:LP6850→5950

「そしてこの瞬間! リバースカード、マジシャンズ・サークルを発動!」

 マジシャンズ・サークル 通常罠
 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキから
 攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。

「この効果で、私は光雷術師ラピスを特殊召喚!」

 光雷術師ラピス 光属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1800/守備力1900/チューナー

 マジシャンズ・サークルの魔方陣がフィールドを包み、紫の仮面のフィールドには光と雷を操る魔術師の少女が姿を現した。
 だが…。

 生憎と、こちらもそうそう簡単に倒れるほどヤワな作りはしてねぇんだよ?




《第25話:アリスは穴に落ちた》

「……あんたもついてないねぇ」
 俺の前にいるオレンジのラインが入ったホッケーマスクにそう問いかけると、奴は首をかしげた。
「何故だ? 僕のどこがついてないとでも?」
「よりによって…俺は二代目決闘王。生半可な腕で俺を倒すのは無理だと思うぜ? 俺はいつだって…幸運の女神様がついてるからな!」
 決まった。実に決まった。
 だが、向こうは沈黙していた。なに、この奇妙な痛いCOOL感。
「僕にとっては君がナンであろうと、特に構いはしないのだけれどね」
「ほーう? お前、俺の実力を舐めているとはモグリだな? 二代目決闘王だぜ?」
「相手が決闘王だろうと、僕が勝つことに変わりはないよ。君こそ諦めたらどうなんだい?」
「諦めるってなにをさ?」
「勝利を」
 ほーう。この野郎、俺に意地でも逆らう気か。
「ところで、やるべき事はわかってるんだよな?」
「確かに。……この夜闇をバックグラウンドに、輪舞も、悪くない。相手が男というのが残念だけどね。君のような俗物を相手するというのは楽じゃないんだけどなぁ。白い炎が揺れてるよ…君の命脈も炎と共に尽きるのも見えているよ。さぁ、始めようか?」
「いちいち芝居がかる台詞言うのってさぁ……」
 死亡フラグの典型例なんだよね。

「「デュエル!」」

 宍戸貴明:LP4000     オレンジの仮面:LP4000

「俺の先攻! ドロー!」
 まずは俺の先攻。さて、手札を確認。
「鉄の騎士ギア・フリードを召喚!」

 鉄の騎士ギア・フリード 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1600
 このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。

「カードを一枚セットして、ターンエンド」
「なるほど、まずは様子見と言ったところかな? ま、僕には関係ないみたいだけどね。ドロー」
 オレンジの仮面はいちいちうるさいようである。
「さて。二代目決闘王。君は知っているかい?」
「なにをだよ」
「今夜は月が綺麗だ」
「へ?」
 まぁ、確かに月は出ているし、それなりに綺麗ではある。
 で、それが何の関係があるというのかね?
「月は時として魔性を放ち…そして月は時として…秘められたる力を生み出す……永続魔法、月を発動!」

 月 永続魔法
 このカードがカードの効果によって破壊される時、このカードを自分の手札に戻す事が出来る。

 まんまるなおつきさまが、フィールドに鎮座しました。
 そう、どう見ても月である。どこから見ても月である。

 だが、効果を見るかぎりこのカード単体では単なる破壊耐性しかない。
 あくまでも単体では、の話だ。
「そして…僕はこのモンスターを召喚しよう。月の剣闘士フィロラオスを召喚する!」

 月の剣闘士フィロラオス 光属性/☆4/天使族/攻撃力2300/守備力0
 このカードは自分フィールド上に「月」が存在しない時、以下の効果を得る。
 ●このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
  次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。  月の影から跳ね上がってきたのは、宇宙服を纏った剣闘士だった。
 巨大な体躯から繰り出される一撃は恐らく重いだろう。いかにギア・フリードが鎧を纏っていても。
「フィロラオスの攻撃! ムーン・ブレイク!」
 そして直後、フォロラオスの攻撃が早くもギア・フリードを襲った。
「やっべ!」
 為す術も無く、ギア・フリードは粉砕。

 宍戸貴明:LP4000→3500

「ターンエンド」
「……攻撃力2300で、デメリット無しなんてセコいぞ」
 そんな下級モンスターがいてたまるか。
「ちくしょう、ドロー!」
 とにかく、何があっても打開しなければいけないのに!
 こんな時に限って、強運の女神って奴は!

「微笑んでくれないって、現実は嫌だぜ」

 手札、悪。
 リバースカードオンリー。
 モンスター、上級。

「…ターンエンド」
「おや、ターンエンドだって? まさか、手札事故とかいうんじゃあ、無いだろうね」
「うるさい、黙れ、バカ。お前のターンだ」
「……いいだろう、このターンが君のラストターンだよ。ドロー」

「……悲しいよ。このターンで終わらせてしまうのは。二代目決闘王なんて称号は返上するべきじゃないのかい? 月の狂戦士ピアリーを召喚」

 月の狂戦士ピアリー 光属性/☆4/天使族/攻撃力1500/守備力1800
 このカードは自分フィールド上に「月」が存在する時、以下の効果を得る。
 ●このカードの攻撃力は墓地に存在するモンスターの数×300ポイント分、
  攻撃力がアップする。

 続いてフィールドに降臨したのは同じく宇宙服を纏った、そして身の丈ほどもある斧を手にした狂戦士。,br>  なるほど、月の狂戦士とはよくいったものだ。
 単純に、攻撃することしか能がないと見える。
「さぁ、ラストターンだ! フィロラオスの攻撃! プレイヤーにダイレクトアタック…」
「この瞬間! リバース罠、黄昏のプリズムを発動するぜ!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。
 モンスター1体の攻撃を、別の対象に移し替える。

「んなっ!?」
「俺は500ライフを支払って、フィロラオスの攻撃をピアリーに向けさせてもらうぜ!」

 宍戸貴明:LP3500→3000

 フィロラオスは攻撃力2300に対してピアリーは1500。
 そして、先にフィロラオスは攻撃宣言をしてしまった事で、フィロラオスの攻撃でピアリーが破壊される。
「くっ…!」

 オレンジの仮面:LP4000→3200

 同士討ちによってモンスターは減り、更に追撃も不可能。
「黄昏のプリズムは、相手プレイヤーにはそのまま返す事が出来ない……僕が二体目を召喚するのを待っていたのか」
「そゆこと」
「カードを一枚セットし、ターンエンドだ……いい気になるなよ…」
「さて」
 反撃開始と、行きますか。

「速攻魔法、リロードを発動!」

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻してシャッフルする。
 その後、デッキに戻した枚数分だけドローする。

 手札を戻してシャッフルし、そして再びドロー。
 よし、いいのが揃ってきた。
「お前には月がついている。けど…俺にはいつだって、女神様がついてるんだぜ?」

「サイバー・ドラゴンを自身の効果で特殊召喚するぜ!」

 サイバー・ドラゴン 光属性/☆5/機械族/攻撃力2100/守備力1600
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
 手札からこのカードを特殊召喚する事が出来る。

 革命を告げる機竜は目覚める。
 たとえ世界から太陽が消え失せても、世界を新たに始める狼煙はこの機竜から始まる。何故なら―――――革命の始まりは、ここからだ。

「サイバー・ドラゴンは攻撃力2100! その程度で…」
「これで終わると、俺が何時言った? D.D.アサイラントを、攻撃表示で召喚するぜ!」

 D.D.アサイラント 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1600
 このカードが相手モンスターとの戦闘で破壊された時、
 そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。

 フィールドに暗殺者が舞い降り、剣を振り上げる。
「アサイラントによる自爆特攻で、フィロラオスの除外を狙うつもりか…!」
「へぇ、さすがにそこまでは見通せるか。大したモンだぜ。けど、分かった所で防げるかな?」
「知っている以上、防げる筈が無いさ!」
「行くぜ、バトルだ!」
「リバース罠、月の凶気を発動!」

 月の凶気 通常罠
 自分フィールド上に「月」が存在する時に発動可能。
 このターンのバトルフェイズ中、相手プレイヤーのコントロールする効果モンスターの効果は、全て無効となる。

「ははははははは、残念だったな! 僕の月の凶気によって、アサイラントは除外効果を使えない! 君のモンスターの攻撃力では…」
「太刀打ち、できるよ? 見てみ?」
「なに!?」
「サイバー・ドラゴン! フィロラオスに攻撃! エボリューション・バースト!」
「攻撃力が200足りないですよ、バカ…め?」

 月の剣闘士フィロラオス 攻撃力2300→1150

「収縮を使わせてもらったのさ。お前が月の凶気を発動したその瞬間にな!」

 収縮 速攻魔法
 モンスター1体を選択して発動する。
 このカードを発動したターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻守は半分になる。

 オレンジの仮面:3200→2250

「フィロラオスが…!」
「追撃するぜ、アサイラント! ダイレクトアタック!」
「ぐあああああああっ!!!!!」

 オレンジの仮面:LP2250→550

「一気に形勢逆転、だな?」
 俺の言葉に、オレンジの仮面は信じられないといった口調で首を振っていた。
「……たった1ターンで……なんという強運。なんという速攻。これが決闘王なのか…」
 まるでそれに畏怖を感じるように、まるでそれが脅威であるかのように。
「ま、確かに遊戯さんには敵わないだろうけどよ。それでも、俺は強いぜ?」
 俺の言葉に、オレンジの仮面も小さく頷く。
「確かに…少し見くびりすぎたようですね……だが、こちらもまだまだ切り札を残している!」
「へっへっへ、楽しみにしてるぜ? ターンエンド」
 さて、オレンジの仮面のターンだ。
「ドロー」

「魔法カード、月の保護を発動します」

 月の保護 通常魔法
 自分フィールド上に「月」が存在する時のみ発動可能。
 デッキからカードを4枚ドローし、その後手札から2枚選択して墓地に送る。

「そして、月の保護の効果により…僕は手札から二枚を選択して墓地に送る。月の翼竜アリスタルコスと、月の守り人セルシウスを墓地に送らせてもらおう」

 月の翼竜アリスタルコス 光属性/☆5/天使族/攻撃力2700/守備力0
 このカードは自分フィールド上に「月」が存在しない時、以下の効果を得る。
 ●このカードは、自分フィールド上に存在するモンスター1体を
  リリースしなければ攻撃宣言する事ができない。
  このカードが戦闘を行ったターンのエンドフェイズ、このカードは守備表示になる。
  次の自分ターンのエンドフェイズまで表示形式を変更できない。

 月の守り人セルシウス 光属性/☆2/天使族/攻撃力300/守備力400/チューナー
 このカードは自分フィールド上に「月」が存在する時、以下の効果を得る。
 ●フィールド上にこのカードが存在する限り、
  このカードのプレイヤーが戦闘で受けるダメージは0になる。

「そして、月の導き手コペルニクスを召喚し、カードを一枚伏せて、ターンエンド」

: 月の導き手コペルニクス 光属性/☆1/天使族/攻撃力0/守備力0
 このカードは自分フィールド上に「月」が存在する時、以下の効果を得る。
 ●このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、攻撃力・守備力が戦闘を行う相手モンスターと、
  同じ数値分、アップする。
  このカードは相手プレイヤーがコントロールする魔法・罠・効果モンスターの効果によって破壊されない。

 なかなか厄介なモンスターを出してきたが、ターンエンドしたのが幸いだった。
 なにせ、除去カードを使って除去できない。すると、アサイラントの自爆特攻を使って除外するほかは無い。
「ドロー!」
 だが、まだまだ俺の手札、そうそう捨てたものじゃない気がする。
「儀式魔法カード、深き冥界との契約を発動!」

 深き冥界との契約 儀式魔法
 「冥界の魔剣士」の降臨に必要。レベル7以上になるよう、生け贄を捧げなくてはならない。

「この効果によって、俺はフィールドのアサイラント及び手札のブレイドナイトを生贄に捧げる!」

 D.D.アサイラント 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1600
 このカードが相手モンスターとの戦闘で破壊された時、
 そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。

 ブレイドナイト 光属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力1000
 自分の手札が1枚以下の時、フィールド上のこのカードの攻撃力は400ポイントアップする。
 また自分フィールド上のモンスターがこのカードしか存在しない時、
 戦闘で破壊したリバース効果モンスターの効果を無効にする。

「行くぜ、冥界の魔剣士イグナイトを召喚!」

 冥界の魔剣士イグナイト 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2700/守備力2100/儀式モンスター
 儀式魔法「深き冥界との契約」より降臨。
 手札またはフィールドよりレベル7以上になるよう生け贄を捧げなければならない。
 相手守備モンスターを攻撃する際、攻撃力が守備力を上回っている分だけ余剰ダメージを与える。
 このカードの召喚に成功した際、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て手札に戻す。
 手札を1枚捨てる事で相手フィールドにあるこのカードの守備力より低い守備力のモンスター1体を破壊する。

「そして、イグナイトは召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て手札に戻す! そのリバースカードを…」
「この瞬間、リバースカード……月の胎動を発動!」

 月の胎動 通常罠
 相手フィールド上にモンスターが召喚・特殊召喚・反転召喚された時に発動可能。
 フィールド・手札・墓地に存在する「月」と名のつくモンスター七種以上をゲームから除外する。
 手札・デッキ・墓地から「エンジェル・ムーンウォーカー」を特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。

 ドクン、という凄まじい音と共に。
 月が激しく胎動し、コペルニクスをはじめとする宇宙服を纏った月の使徒達を飲み込んでいく。
 それは怪物のような畏怖を与え、或いは天使のような美しさを魅せた。

 いいや、きっとそれは天使そのものだったのだろうか――――月の加護を受けた、天使だっただろう。

 エンジェル・ムーンウォーカー 光属性/☆7/天使族/攻撃力2500/守備力2500
 このカードは「月の胎動」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは1ターンのバトルフェイズに三回攻撃宣言を行う事が出来る。
 このカードが相手プレイヤーに与える戦闘ダメージは半分となる。
 フィールド上に「月」が存在する時、以下の効果を得る。
 ●1ターンに一度、相手モンスター1体の攻撃を無効に出来る。

「…………おいおい、マジかよ」
 これが切り札ってやつかよ。
「月の胎動が発動したことにより、バトルフェイズは行われない。君はターンエンドするしかない」
「ちぇっ、カードを一枚セットしてターンエンド」
 まぁ確かにそのとおりでしか無いんだが。
 でも、攻撃力2500ではイグナイトには及ばないはずだ…恐らく何を狙ってくるか。
「では僕のターン。装備魔法、セブンソードを発動する」

 セブンソード 装備魔法
 このカードは「月」「ムーン」と名のつくモンスターにのみ装備可能。
 装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする。
 装備モンスターが戦闘で破壊された時、このカードをデッキに戻してシャッフルする。

「月を歩く天使は、7つの剣を手にし、莫大な力を得る……貴様も命運もここまでだ!」

 エンジェル・ムーンウォーカー 攻撃力2500→3200

「行くぞ! イグナイトに攻撃! セブンソード・ムーンアタック!」
 エンジェル・ムーンウォーカーの7つの剣がイグナイトに迫り、その攻撃を支えきれずにイグナイトは切り下ろされる。
「まだまだだ! 二回目の攻撃! サイバー・ドラゴンをすりおろしてやる!」
 続けてサイバー・ドラゴンも為す術も無く、そして…。
 まだ、三回目の攻撃が残っていた。

 宍戸貴明:LP3000→2750→2200→600

 ライフ差残り50。
 だが、それ以上の追撃は無かった。
「……まだ600残ったか…!」
「戦闘ダメージが半分にならなきゃやられてたぜ…」
 こればっかりは相手モンスターの効果に救われたというべきか。
 そして不幸にも奴は、ターンエンドを宣言した。

 つまりこれは。

「……俺のターン! ドロー!」

 やっぱり、女神様の笑顔は眩しい。
 俺の勝利はいただきだ!
「速攻魔法! 奇跡のダイス・ドローを発動!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 そのターンのエンドフェイズ時、出た目の数以下になるように手札を墓地に捨てなければならない。

「サイコロを一度振って…よし、4だ! 4枚ドロー!」
 文字通り、奇跡を呼び込むのは手札から始まる。その全てが、タイミングよく。
 そう、俺の武器はこの強運。
 あるべき時に、あるべき手札を引ければいい。初代決闘王ならば、強運に頼らなくてもその時必要になるカードを引けたのだ。
 全てがデスティニードローのように。
 俺はそこまでまだ至らなくても、決闘王を名乗るからには、それぐらいの強さは、なきゃダメだろ?
「魔法カード、死者蘇生を発動し、冥界の魔剣士イグナイトを蘇生!」

 死者蘇生 通常魔法
 墓地に存在するモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 冥界の魔剣士イグナイト 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2700/守備力2100/儀式モンスター
 儀式魔法「深き冥界との契約」より降臨。
 手札またはフィールドよりレベル7以上になるよう生け贄を捧げなければならない。
 相手守備モンスターを攻撃する際、攻撃力が守備力を上回っている分だけ余剰ダメージを与える。
 このカードの召喚に成功した際、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て手札に戻す。
 手札を1枚捨てる事で相手フィールドにあるこのカードの守備力より低い守備力のモンスター1体を破壊する。

 再びフィールドに帰還した魔剣士に、全てを決める。
「悪いが、これで全てを決めさせてもらうぜ! 速攻魔法、ブラッド・ヒートを発動!」

 ブラッド・ヒート 速攻魔法
 このカードはバトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 自分フィールドの表側攻撃表示のモンスター1体を選択し、
 そのモンスターはそのターンのエンドフェイズまで、
 攻撃力はそのカードの攻撃力に守備力の2倍を加算した値になる。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターを破壊する。

 宍戸貴明:LP600→300

 冥界の魔剣士イグナイト 攻撃力2700→6900

 文字通り、血が加熱するかのようにその凶暴性を顕在化させたイグナイトが、エンジェル・ムーンウォーカーへと迫る。
「くっ…だがエンジェル・ムーンウォーカーは1ターンに一度だけ、相手モンスターの攻撃を…」
「無効にはできないぜ」
「なにっ!?」
「最初にイグナイトを召喚した時、お前は月の胎動を発動した。だが、月の方はその時に除去されたんだ」
「んなっ……!?」
 オレンジの仮面が気付いた時には遅かった。
 すでに月の効力を失った世界で、月の使徒達ではその戦闘力を発揮できない。
「あああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

 オレンジの仮面:LP550→0

「言っただろ? 俺にはとびっきりの女神様がついてるんだぜ?」
 そう宣言した時、オレンジの仮面は―――――すでに仮面を外して、そして有り得ないといった表情で、ただ俺を見ていた。




「さて」
 俺がため息をつくと、赤のラインが入った仮面は小さく首をかしげた。
「なに?」
「俺達もそろそろ始めたいわけだが、構わないか?」
「ええ、もちろん」
 仮面の奥の表情は見えないが、声からして恐らく少女であろう彼女は、デュエルディスクを構えた。
「レディファーストだ。先攻はお前にやるよ」
「……なるほど」
 赤の仮面は小さく笑い声をあげる。
「そういう心理的な駆け引きもできるのね高取晋佑。私の出方を見て、情報アドバンテージを稼ごうって狙いかしら?」
「バレているなら仕方ないか」
 一筋縄ではいかない相手のようだ。
「ま、構わないけど」

「「デュエル!」」

 高取晋佑:LP4000       赤の仮面:LP4000

「私の先攻ドロー」
 結局先攻をとっている辺り、したたかなやつだ。
「センジュ・ゴッドを守備表示で召喚」

 センジュ・ゴッド 光属性/☆4/天使族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
 自分のデッキから儀式モンスター1体を手札に加える事ができる。

「センジュ・ゴッドは召喚に成功した時、自分のデッキから儀式モンスター1体を手札に加える事が出来る…。私が選択する儀式モンスターは…デビルズ・ミラー」

 デビルズ・ミラー 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2100/守備力1800/儀式モンスター
 「悪魔鏡の儀式」により降臨。
 場か手札から、星の数が合計6個以上になるよう
 カードを生け贄に捧げなければならない。

「デビルズ・ミラーだと!? ふざけているのか?」
 有り得ない。効果もなければ、特に攻撃力が高いわけでもない、しかも余計に生贄ばかりを要求する儀式モンスターを使うだと?
 この俺をバカにしているのか、それとも別に意図があるのか。
「ふざけてなどいないわ。あなたこそ、このカードを使う意味を、あなたに見透かせるのかしら?」
「……何かあるな」
 落ち着け。ここで1つ冷静になれ。
 そうだ、俺はいつだってそうやってきた。何かと熱くなりがちな、何かと突っ走りながちなそれを抑える為に、一番熱くなった瞬間に、その熱い自分を見る氷の冷たさを持つもう一人の自分をイメージしろ。
 そうだ。
 対戦相手の戦術は見えない。今まで戦ってきたような、何らかのパターンに当てはめられる敵ではない。
 つまり未知の敵。一手一手を慎重に。
 そして相手は、俺の出方をある程度知っている。…いいね。燃えてくるじゃないか。
 そんな奴の、不意をつく事を考えろ。
「1ターン目は攻撃できない。私はターンエンド」
「では、俺のターン! ドロー!」
 雄二や貴明と違い、俺は偶然とか奇跡とか、そういうものには頼らない。
 いいや、頼れないんだ。アイツらみたいに、眩しい奴らじゃない。本当は信じたいが、信じられないことを知ってしまったから。
 だから、あるべきものは、必然だと思っている。
 そしてそれの積み重ねで、勝利は見えてくる。
「魔鏡導士リフレクト・バウンダーを攻撃表示で召喚!」

 魔鏡導士リグレクト・バウンダー 光属性/☆4/機械族/攻撃力1700/守備力1000
 攻撃表示のこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、
 相手攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
 ダメージ計算後にこのカードを破壊する。

 たとえ隠し玉があったとしても、相手の攻撃力を跳ね返すコイツならば相手もタダでは済まない。
 そしてそれだけが、罠ではない。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「攻勢を仕掛けてこないのは……こちらの出方を見ているから? けど慎重さは時として命取りになる」
「戯言で俺を混乱させるつもりか? だとすると、無駄だぞ」
 俺の言葉に、赤の仮面は笑ったようにも見えた。
「そんなつもりはないわ。ただ、あなたのその戦術がいつも成功するとは限らないという事よ。ドロー」
 赤の仮面のターンになる。
「では、儀式魔法カード。高等儀式術を発動」

 高等儀式術 儀式魔法
 手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
 同じになるように自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
 選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「手札のデビルズ・ミラーを選択して……デッキのタルワール・デーモンを墓地に送る。降臨せよ、デビルズ・ミラー!」

 タルワール・デーモン 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2400/守備力2150

 デビルズ・ミラー 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2100/守備力1800/儀式モンスター
 「悪魔鏡の儀式」により降臨。
 場か手札から、星の数が合計6個以上になるよう
 カードを生け贄に捧げなければならない。

 タルワール・デーモンを墓地に送りつつ、デビルズ・ミラーを本当に呼び出した。
 文字通り、悪魔の姿をしたその鏡に、ぼんやりと俺の姿が映る。

 いや、悪魔の鏡の……俺の後ろに、タルワール・デーモンが写っていた。
「なにっ!?」
「魔法カード、思い出のブランコ」

 思い出のブランコ 通常魔法
 自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 思い出のブランコの効果により、タルワール・デーモンが蘇生された事で攻撃力2000以上が2体並ぶことになる。
「魔鏡導士リフレクト・バウンダーは攻撃を受けた時、攻撃した相手モンスターの攻撃力と同じダメージを相手に与えて、破壊される……そしてそれは、攻撃を受けた時に発動する。つまり……攻撃力が足りないセンジュ・ゴッドの自爆特攻でも効果は適用されるということ!」
「!」
 そう、リフレクト・バウンダーは一見優良なモンスターに見える。
 だが、実は相手がバーンダメージを気にせず、除去だけを目的とするのならその攻撃には弱いのだ。
 壁モンスターであって、壁モンスターでない。
 そして、センジュ・ゴッドは文字通りリフレクト・バウンダーへと自ら突っ込み、爆散した。

 赤の仮面:LP4000→3700→2000

 更にリフレクト・バウンダーの効果によってダメージを受けるも、リフレクト・バウンダー自体は除去されている。
「更に、タルワール・デーモンとデビルズ・ミラーでそれぞれ攻撃! これで終わりよ!」
「だが――――――ここで終わるわけには行かない! ドレインシールドを発動!」

 ドレインシールド 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

「チッ、嫌なカードを伏せていましたね」
「この効果でタルワール・デーモンの攻撃を無効にし、俺はライフを2400ポイント得る。デビルズ・ミラーの攻撃は通すしかないがな」

 高取晋佑:LP4000→6400→4300

「……そして思い出のブランコの効果により、タルワール・デーモンはエンドフェイズに自壊し、私はターンエンド」
「では、俺のターンだ」
 相手のライフを削ったとはいえ、リバースカードとモンスターの双方を失った俺には難しい。
 そう、このドローで少しでも…。
「白銀の鋼騎士ホワイトナイトを守備表示で召喚!」

 白銀の鋼騎士ホワイトナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力1500/守備力2000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「紅蓮の鋼騎士フレイムナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 このカードは1ターンのバトルフェイズ時、2回攻撃をする事が出来る。

「ホワイトナイトは召喚に成功した時、フレイムナイトを手札に加える事が可能だ。俺はデッキからフレイムナイトを手札に加える!」

 紅蓮の鋼騎士フレイムナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力2100/守備力1000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「蒼刃の鋼騎士セイバーナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 戦闘でモンスターを破壊した後、そのターンのエンドフェイズ時に守備表示になる。
 次の自分ターンのスタンバイフェイズまで表示型式を変更出来ない。

 鋼騎士達は強烈なサーチ能力を持つが、それ単体ではやはり機能しないし、せいぜい壁モンスターになるぐらいだ。
 だが、今はリバースカードを伏せるぐらいしかない。それほどまでに、まだまだパーツが足りないのだ。
 くそ、ついてないぞ。
 手札にアラート・ハザードがあっても、今ここで使うべきではない。
「ターンエンドだ」
「私のターン……デビルズ・ミラーだけでは到底相手もできないし、何より手札にフレイムナイトがあるというのは痛いな……いつでもそれを呼び寄せられるという事であるのだし……」
 赤の仮面はドローした手札を確認すると、そのまま攻撃表示で出してきた。
「マンジュ・ゴッドを召喚!」

 マンジュ・ゴッド 光属性/☆4/天使族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
 自分のデッキから儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「……召喚に成功した時、儀式モンスターか儀式魔法を手札に加える。高等儀式術を選択」

 高等儀式術 儀式魔法
 手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
 同じになるように自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
 選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「マンジュ・ゴッドだけではまだ戦力が足りない……故に、私はこのカードを使う。魔法カード、ダグラの剣を発動!」

 ダグラの剣 装備魔法
 天使族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
 装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、
 その数値分、自分のライフポイントを回復する。

 マンジュ・ゴッド 攻撃力1400→1900

 マンジュ・ゴッドをわざわざ攻撃表示で出し、更に強化した。
 ダグラの剣で強化したという事は、先程削られた分のライフを回復しに行きたいというところか。
 そして、ホワイトナイトではデビルズ・ミラーには太刀打ち出来ず、ホワイトナイトがいなくなれば、攻撃力1900のダイレクトアタックが通る計算だ。
 この相手、なかなかやるようだ。
「そして、デビルズ・ミラーでホワイトナイトを攻撃!」
「……かかったな。罠カード、道連れ!」

 道連れ 通常罠
 フィールド上に存在するモンスターが自分の墓地へ送られた時に発動する事ができる。
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。

「ホワイトナイトはデビルズ・ミラーに破壊される……だが」
 ここでデビルズ・ミラーを道連れに破壊するのは愚の骨頂。
「マンジュ・ゴッドを引きずり込む」
 そう、まだ攻撃宣言をしていないマンジュ・ゴッドを引きずり込めば攻撃ができなくなり、更にライフゲインも潰せる。
「残念、リバース罠! シフトチェンジ!」

 シフトチェンジ 通常罠
 自分フィールド上に存在するモンスター1体が
 相手の魔法・罠カードの効果の対象になった時、
 または相手モンスターの攻撃対象になった時に発動する事ができる。
 その対象を自分フィールド上に存在する正しい対象となる他のモンスター1体に移し替える。

「あなたの企み、潰させてもらうわ。道連れの対象を、マンジュ・ゴッドからデビルズ・ミラーに変更!」
「くそっ……嫌なカードを伏せている!」
 狙いが外れた、とあらば仕方ない。
 カウンターできない以上おとなしくやられるしかないが……これで向こうがリバースカードを伏せない限り、リバースを気にする心配は無い。
 まぁ、残り二枚の相手の手札の片方が高等儀式術とわかっている以上、怖いわけは無いのだが。
「マンジュ・ゴッドでダイレクトアタック!」
「くそっ…!」

 高取晋佑:LP4300→2400

「そしてダグラの剣の効果により、私は1900ライフを回復する」

 赤の仮面:LP2000→3900

「そして……カードを一枚セットし、ターンエンド」
 そのカードは、高等儀式術でない事は目に見えてわかっている。
 儀式魔法をわざわざセットして使うやつなどいない。
 いいや、それが本当に正しいのか?
 それはあくまでもプレイヤーとしての経験値からであって、それが絶対的法則であるかは解らない。
 そうだ、落ち着け。
 今一度一歩引いて考えろ。
 向こうがその手に自信がある事は、最初の会話でわかっていた。だからこそ、相手の立場で…考えろ。

「俺のターン! ドロー!」
 冷たい氷の刃を持って。
 その炎のように燃え盛る心を振り上げよ。

 我が一手に、一片の失策も許されない。

「手札の、紅蓮の鋼騎士フレイムナイトを召喚!」

 紅蓮の鋼騎士フレイムナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力2100/守備力1000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「蒼刃の鋼騎士セイバーナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 戦闘でモンスターを破壊した後、そのターンのエンドフェイズ時に守備表示になる。
 次の自分ターンのスタンバイフェイズまで表示型式を変更出来ない。

「そしてフレイムナイトの効果により、俺はセイバーナイトを手札に加える」

 蒼刃の鋼騎士セイバーナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力1800/守備力1500
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「白銀の鋼騎士ホワイトナイト」を手札に加える事が出来る。
 相手守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が相手の守備力を上回っている分、
 戦闘ダメージを与える。

 フレイムナイトならばマンジュ・ゴッドを破壊できるが、その分守備表示にしなければならない。
 しかしマンジュ・ゴッドを放置し続ければ、高等儀式術でなんらかの儀式モンスターの再召喚を狙うだろう。
 だが…。

 こちらはその分、あまりにも脆弱すぎる。
「……ターンエンド」
「攻撃しないの?」
 嫌な挑発だ。まだこちらの出方を見ているようだが、相手の出方がわからぬ以上、下手に動く訳にはいかない。
 否、動けないのだ。
 まるで完全に膠着しているかのように。いや、膠着しているのか?
 俺が蛇に睨まれたカエルのようになっているのではないか?
 こうやって慎重になることこそが相手の思うつぼではないか?
 いや、その思考こそがすでに相手の罠に落ちているのか…?
「とにかく、ターンエンドだ」
 落ち着け、耳を傾けるな、惑わされるな、ブレるな。
 自分が持つべき法則はそれだと理解していればいいのだ。
「………さて。私のターン。……魔法カード、忌まれし天魔の右手を発動」

 忌まれし天魔の右手 通常魔法
 ライフを800ポイント支払う。
 デッキからカードを三枚ドローし、
 その後手札から闇属性モンスター1体を墓地に送る。
 手札に闇属性モンスターが存在しない時、手札を全て墓地に送る。

 赤の仮面:LP3900→3100

「ライフを800支払い、デッキからカードを三枚ドロー! そして……」
 赤の仮面は手札のカードを一枚だけ、抜き出す。
「このカードは、あなたは高等儀式術だと思っていた。そう、儀式魔法は、伏せて使うものではないわ。……でも、残念。外れよ。このカードは、デーモン・ソルジャー」

 デーモン・ソルジャー 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1900/守備力1500

「なにっ!?」
 馬鹿な、本当に高等儀式術を伏せていたというのか!?
 そしたら、たった今に手札補充したなら、儀式モンスターを容易に召喚できる!
「やられた……」
 くそ、ついてない。
 俺が視線をもう一度赤の仮面に向ける。

 その仮面の奥を見透かす事が出来ない。だが、必ず…。




《第26話:カラクリ》

 黒川雄二:LP5950       紫の仮面:LP4000 水色の仮面:LP4000

 氷結界の御庭番 水属性/☆2/水族/攻撃力100/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手は自分フィールド上に表側表示で存在する「氷結界」と名のついたモンスターを
 効果モンスターの効果の対象にする事はできない。

 混沌の黒魔術師 闇属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
 このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。
 このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 光雷術師ラピス 光属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1800/守備力1900/チューナー

 マジシャンズ・サークルの効果で光雷術師ラピスが現れ、攻撃準備を整えている。
 これ以上、攻撃を通すのはマズい。
「ラピスの攻撃! プレイヤーに、ダイレクト…」
「通すと思っていたか?」
「……なるほど、攻撃力2800未満のモンスターが潜んでいるのね」
「そしてこのターンを凌げば、次は奴のターンだ」
 紫の仮面の言葉に水色の仮面が続く。まさしく、ストライクだ。
「リバースカード、真紅眼の誇りを発動!」

 真紅眼の誇り 永続罠
 500ライフポイントを支払い、デッキ・墓地に存在する
 「真紅眼」と名のつくモンスター1体を特殊召喚出来る。
 このカードで特殊召喚されたモンスターは、
 表示型式を1ターン中に何回でも任意に変更する事が出来る。

 黒川雄二:LP5950→5450

「来いよ…真紅眼の黒竜!」

 その名は大いなる誇りを持って。
 その紅の瞳と、黒き翼を掲げて。

 全ての敵を、葬り去る。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「さぁて、レッドアイズ。ラピスに、反撃をかましてやれ! ダーク・メガ・フレア!」
 黒竜はそれが俺の仕事だとばかりに大きな咆哮をあげる。
 翼を広げて飛び上がりつつ、強烈な黒炎弾を放った。
「くっ…!」

 紫の仮面:LP4000→3400

 ラピスが姿を消したものの、まだまだ状況は不利。
「ターンエンドですわ…」
 だがしかし、紫の仮面のターンが終わり、俺のターンへと戻って来る。
 さぁて、これから始めるとしますか。
「俺のターン! ドロー!」
 守備表示の氷結界の御庭番を潰せばなんとかなるが…手札が悪い。変えるしか無い、か。
「天使の施しを発動」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、手札に銜える。
 その後、手札からカードを二枚選択して墓地に送る。

 来た。

「六邪心魔・嫉妬−スウェンを召喚!」

 六邪心魔・嫉妬−スウェン 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1500
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードは1ターンのバトルフェイズに2回攻撃が出来る。

「2回攻撃で攻撃力1700…なるほど、オレを優先的に潰す気か」
「お前を削るのもある。だが、それだけじゃない」
「なに?」
「天使の施しで手に入れたカードは、コイツだけじゃないぜ! 真紅眼の黒竜を墓地に送り…真紅眼の闇焔竜を特殊召喚するぜ…来い!」
 我が忠実なる下僕にして。
 黒き闇の焔を宿す至高の竜よ。
 我が誓約に応じて…その姿を現せ。

 真紅眼の闇焔竜 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2800
 このカードはフィールド上に存在する「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスター1体を墓地に送る事で特殊召喚出来る。
 戦闘で破壊され墓地に送られた時、召喚する際に墓地に送った「真紅眼」と名のつくモンスター1体を特殊召喚出来る。
 ライフポイントの半分を支払う事で墓地に存在する「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスターの効果を得る。

「!?」
「これが、噂の…!」
 仮面の2人が驚くより先に、既にそれは始まっていた。
「悪いが全力で潰させてもらうぜ! スウェンで、氷結界の御庭番を攻撃!」
「ちっ!」
 氷結界の御庭番を薙ぎ払い、水色の仮面のフィールドが空になる。
 更に続いて2撃目。

 水色の仮面:LP4000→2300

「ぐおっ……やりやがって…!」
「闇焔竜で、混沌の黒魔術師を攻撃! ダーク・ブレイズ・キャノン!」
「くぅっ…」
 闇焔竜の一撃が黒魔術師を葬り去る。

 紫の仮面:LP3900→3200

 混沌の黒魔術師は、一度戦闘破壊されてしまえば、除外されてしまう。フィールドに復帰させるのは難しい。
「よし……これでデカいのは一つ潰したぜ」
 だが、ライフの差を見るに、あまり優位に立ったとは思えないし、何よりも相手はまだまだ隠し球を持っている。
 いや、明らかにそうだと確信出来る。
「カードを2枚セットし、ターンエンドだ」
「……流石だな、バトル・シティで準優勝になるだけの腕前はあるって事か……だけど、ここはクールになるぜ…オレのターン! ドロー!」
 自己暗示をかけるかのように呟いた水色の仮面。
 やはり、ここから反撃に出て来るという事か。
「魔法カード、サルベージ」

 サルベージ 通常魔法
 自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の水属性モンスター2体を手札に加える。

「この効果で、氷結界の守護陣、氷結界の御庭番を墓地から回収する」

 氷結界の守護陣 水属性/☆3/水族/攻撃力200/守備力1600/チューナー
 自分フィールド上にこのカード以外の
 「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
 このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
 相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 氷結界の御庭番 水属性/☆2/水族/攻撃力100/守備力1600
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手は自分フィールド上に表側表示で存在する「氷結界」と名のついたモンスターを
 効果モンスターの効果の対象にする事はできない。

「そして魔法カード、氷結界の血印を発動」

 氷結界の血印 通常魔法
 1000ライフポイントを支払う。
 自分の手札に存在する「氷結界」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。

「そして血印の効果により、氷結界の虎将ガンダーラを特殊召喚!」

 氷結界の虎将ガンダーラ 水属性/☆7/戦士族/攻撃力2700/守備力2000
 自分のエンドフェイズ時、自分の墓地に存在する
 「氷結界の虎将 ガンターラ」以外の「氷結界」と名のついた
 モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 水色の仮面:LP2300→1300

 自ら血の紋章を刻み、命を削ってまでも上級モンスターを召喚したのは…戦線を整える為か?
 いや、それならばわざわざサルベージを使う必要は無い。
 そしてガンダーラを特殊召喚したという事は…そこから続く後続は…チューナーである守護陣、そしてシンクロ召喚へか?
「気付いたか? そのまさかだ」
 水色の仮面は先ほどサルベージした手札を突き出す。
「氷結界の守護陣を召喚…そして!」

 氷結界の守護陣 水属性/☆3/水族/攻撃力200/守備力1600/チューナー
 自分フィールド上にこのカード以外の
 「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
 このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
 相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「守護陣にガンダーラをチューニング! 凍てつき大地に刻まれた血よ、美しき力を纏いて汝の姿を現せ! シンクロ召喚…氷結界の竜王カンヘル!」

 氷結界の竜王カンヘル 水属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力3300/守備力2900/シンクロモンスター
 チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上
 自分の手札の任意の枚数を墓地に捨て、以下の効果を選択して発動する。
 この効果は1ターンに一度しか発動する事が出来ない。
 ●このカードの攻撃力はエンドフェイズまで、手札を捨てた枚数×500ポイントアップする。
 ●手札を捨てた枚数分、相手のフィールド・手札・デッキから選んで墓地に送る。

 氷の結界を突き破り。
 全身のありとあらゆる氷を打ち砕いて、その竜は目覚める。
 数多の竜をも統べる王であり。
 その場を支配する王でもある。

 その名はカンヘル。
 竜王であり、守護者である。

 氷結界の龍は東洋龍の姿をしている事が多いが、こちらは西洋竜の姿をしていた。
 そう、竜王の姿はアレを思い出す。吹雪冬夜が操っていた、レベル6でありながら強烈な重量感を持つアレだ。
 時の神の名を持つ魔の竜。
 あの竜も大概だったが、こちらも放たれる冷気が凄まじい。
「デカいな…」
 そして、ソリッドビジョンとはいえ、見上げる程巨大だ。
「おいおい……こんなにデカいモンスターなんて、ありなのかよ…」
 後ろで水島が驚きの声をあげる。まぁ、でも。
「この程度で驚いてちゃ、社長のデュエルなんざ見れないぜ?」
 なにせあの人と来たら意地でも究極竜を出したがるんだから。
「カンヘルの第二の効果を使わせてもらうぜ……悪いな、セコいとは思うが…勝てば官軍だ。手札を二枚捨てて、お前のフィールドの2体のモンスターを、潰させてもらうぜ」
「スウェンと闇焔竜を破壊して、ダイレクトアタックを通すつもりか!」
 確かにセコいやり方だが、戦術としては常套手段だ。
「ちっ!」
 カンヘルの効果は絶大だ。こちらに術は無い。
「闇焔竜とスウェンは消えた。これでお前のフィールドはカラだ!」
「闇焔竜の効果は、戦闘破壊された時、だが効果の場合は対処しようがない…」

 真紅眼の闇焔竜 闇属性/☆10/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2800
 このカードはフィールド上に存在する「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスター1体を墓地に送る事で特殊召喚出来る。
 戦闘で破壊され墓地に送られた時、召喚する際に墓地に送った「真紅眼」と名のつくモンスター1体を特殊召喚出来る。
 ライフポイントの半分を支払う事で墓地に存在する「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスターの効果を得る。

 そう、真紅眼の闇焔竜は戦闘破壊された時に、召喚時に墓地に送ったレッドアイズを蘇生する。
 だが、これは効果破壊では意味が無い。
 奴はそれも解っているのか、それとも……いいや、落ち着け。今は…。
「カンヘルで、プレイヤーにダイレクトアタック! これで大幅に…」
「残念。その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
「何?」
「何の為にカードを二枚セットしたと思う? リバースカード、オープン!」

 1枚目のリバースカード。

 リビングデッドの呼び声 永続罠
 自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「この効果で真紅眼を蘇生するぜ!」

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「攻撃の盾にするつもりか? 盾にした所で、カンヘルの攻撃力は…」
「いいや、しないぜ? 二枚目のリバースカードは、こいつだ!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。
 モンスター1体の攻撃を別の対象に向ける。

 黒川雄二:LP5450→4950

「まさか!?」
「そのまさかだ! プリズムによって逸らされたカンヘルの攻撃は、そっちの紫の方に直進だ!」
 この2人は、パートナーとして機能しているようで、機能していない。
 お互いに自分の戦いのみに集中し、援護し合っていない。それがまさに隙なのだ。
「へっ、お前の敗因は…お互いに相手の援護を考えてなかったって事だな。味方ががら空きなのに攻勢を整えててもな?」
 俺が言い終わるより先に、カンヘルの攻撃が…紫の仮面へと直撃する。
「くうっ…!」

 紫の仮面:LP3200→0

「マジかよ……」
 水色の仮面は呆然とした口調で呟く。信じられないとばかりに。
「お前達一人一人は確かに手練のようだけど、パートナーとしてはまるで機能してなかったんでな。遠慮なく、利用させてもらった」
「……なんてことかしら…流石は黒川雄二。頭も切れますのね」
「バカにしてもらっちゃ困るっつーの。さぁて、どうする? このままターンエンドするか?」
 俺が水色の仮面にそう問いかけると、彼は首を振った。
「うんにゃ、降参だ。勝てそうにねぇわ」
「あらら、連れねぇなぁ」
 まぁでも、紫の仮面がカウンターしてきたらやられたのはこっちだったんだがな。






 高取晋佑:LP2400      赤の仮面:LP3900

 紅蓮の鋼騎士フレイムナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力2100/守備力1000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「蒼刃の鋼騎士セイバーナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 戦闘でモンスターを破壊した後、そのターンのエンドフェイズ時に守備表示になる。
 次の自分ターンのスタンバイフェイズまで表示型式を変更出来ない。

 マンジュ・ゴッド 光属性/☆4/天使族/攻撃力1400/守備力1000
 このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
 自分のデッキから儀式モンスターまたは儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

 ダグラの剣 装備魔法
 天使族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
 装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、
 その数値分、自分のライフポイントを回復する。

 マンジュ・ゴッド 攻撃力1400→1900

 ヤバい。ヤバい。ヤバい。
 手札を補充し、更に攻勢に出て来る事は間違いない。そこまでは解っているのに。
 こちらに対処する方法が無い。
「そして、儀式魔法、高等儀式術を発動するわ」

 高等儀式術 儀式魔法
 手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
 同じになるように自分のデッキから通常モンスターを墓地へ送る。
 選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「儀式召喚か…!」
「私が選択する手札のカードは、デビルズ・ミラー! よって、デッキからレベルが6になるように、通常モンスターを送るわ」

 デビルズ・ミラー 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2100/守備力1800/儀式モンスター
 「悪魔鏡の儀式」により降臨。
 場か手札から、星の数が合計6個以上になるようカードを生け贄に捧げなければならない。

「レッド・サイクロプスとD・ナポレオンを墓地に」

 レッド・サイクロプス 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力1700

 D・ナポレオン 闇属性/☆2/悪魔族/攻撃力900/守備力400

「デビルズ・ミラーを召喚!」
 赤の仮面のフィールドに、悪魔の鏡が姿を現した。
 だが攻撃力2100。フレイムナイトと同じでは、さして強いと思えるカードではない。

 いいや、待てよ。
 今迄から考えるに、ここで停まるとは到底思えない。

 更に追加の召喚?
 いや、そこから派生したモンスターに出るのか?
 それとも、わざわざコイツを出した事そのものが目を逸らす為のフェイクだとしたら?

 考えられる事なんて、考えれば幾らでも出て来る。

 考えろ…考えるんだ……俺ならば対抗出来る筈だ、落ち着け。

「デビルズ・ミラーで、フレイムナイトに攻撃!」
「相打ち覚悟か!?」
 それなら後続のマンジュ・ゴッドで更にライフを削ろうとしてくる!
「いいえ、それだけではないわ」
 赤の仮面が呟くと同時に、デビルズ・ミラーの鏡に、フレイムナイトの姿が映し出された。
 ぐにゃりと歪み、そして姿を変えて行く。
 闇の濁流。そう、それは闇の濁流という相応しいだろう。それほどまでに、劣悪にして極悪な何かが溢れ出し、フレイムナイトを飲み込んで行く。
 フレイムナイトが反撃とばかりに放った焔の中に消えながらも、闇を垂れ流す事を止めない。

「デビルズ・ミラー……悪魔の鏡……悪魔の鏡が映すモノ……それは…新たな悪魔! デビルズ・ミラーが戦闘破壊された時、私はデッキからこのモンスターを召喚する! 出よ、デモンズ・ミラー・ヘルペンタクル!」

 デモンズ・ミラー・ヘルペンタクル 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力2100/守備力1800
 このモンスターは自分フィールド上に表側表示で存在する「デビルズ・ミラー」が、
 戦闘で破壊された時にデッキから特殊召喚できる。
 1ターンに1度、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
 装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。
 このカードの攻撃力・守備力は、このカードの効果で装備したモンスター数値分アップする。
 このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードの効果で装備したモンスターを破壊する。

 闇に包まれた鏡から産まれたのは、より禍々しさを増した鏡だった。
 その頂点に逆の五芒星を掲げ、悪魔の星とばかりにそれを堂々と掲げている。
「なん……だ…こりゃ…」
 俺が思わずそう呟いた時、赤の仮面はくつくつと笑い声をあげた。
「見透かせなかったでしょうね、高取晋佑。そう、全ては予想外だったでしょうね。悪魔の奸計は文字通り悪魔のように、じわじわと進む。裏切りの裏切り。裏の裏をかいて、表も裏もない、メビウスのように…輪廻は廻る……さぁ、その手を……振りほどけるものなら振りほどいてみろ! これで、終わりよっ!」
「くそっ……だがしかし、その悪魔の鏡に映るものが全て壊れるというのなら…その鏡を真正面から貫けばいい! リバースカード、崖っぷちの増援を発動!」

 崖っぷちの増援 通常罠
 相手バトルフェイズ時、手札を1枚捨てる事でモンスター1体を召喚する事が出来る。
 (融合・特殊召喚も可)

 そう、それはまさしく最後の希望。
 崖っぷちに立たされた俺の、最後の最後。例え如何なる計略を有していようとも、一筋の希望があれば光がある。
 奸計にかけて俺より上を行く奴がいるならば。
 ならば俺のもう一つのフィールドに、天運に全てを委ねた、崖っぷちの戦いを見せてやろう。

「往生際の悪い! だけど、そのカードでは大したモンスターを喚べる筈も…」
「いいや、喚べるさ。ヘルペンタクルの効果は、相手フィールド上にモンスターがいない今は発動出来ない! 後続で特殊召喚されたモンスターには、今のターンは使えない! 攻撃力2100を上回れば倒せる」
「そのモンスターは今、あなたの手札には無いわ!」
「ああ。だから、喚ぶんだよ」
 そう、俺のデッキは、それが出来るのだ。

「さっき、手札にはセイバーナイトが来た……だから、その時点で揃ってたんだよ! 三体な! セイバーナイト、フレイムナイト、ホワイトナイトの三体を墓地に送り、機動鋼鉄騎士ギアナイトを特殊召喚!」

 紅蓮の鋼騎士フレイムナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力2100/守備力1000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「蒼刃の鋼騎士セイバーナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 戦闘でモンスターを破壊した後、そのターンのエンドフェイズ時に守備表示になる。
 次の自分ターンのスタンバイフェイズまで表示型式を変更出来ない。

 蒼刃の鋼騎士セイバーナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力1800/守備力1500
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキから「白銀の鋼騎士ホワイトナイト」を手札に加える事が出来る。
 相手守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が相手の守備力を上回っている分、
 戦闘ダメージを与える。

 白銀の鋼騎士ホワイトナイト 光属性/☆4/機械族/攻撃力1500/守備力2000
 このカードの召喚・特殊召喚に成功した際、
 「紅蓮の鋼騎士フレイムナイト」をデッキから手札に加える事が出来る。
 このカードは1ターンのバトルフェイズ時、2回攻撃をする事が出来る。

 機動鋼鉄騎士ギアナイト 光属性/☆10/機械族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードは通常召喚出来ない。
 自分のフィールドまたは手札の「鋼騎士」と名のつくモンスター3体を墓地に送って手札から召喚する。
 このカードは攻撃力を1000ポイント下げる事で、相手の魔法・罠カードの効果を無効化する事が出来る。
 相手モンスターを戦闘破壊する度に、このカードの攻撃力は300ポイントずつアップする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーはモンスターを召喚出来ない。

 文字通り最後の、たった一つの切り札。
 攻撃力4000の重量、それだけに賭けるしかない。だが、今はそれだけで充分。
 何故なら奴はもう、これ以上攻撃宣言を行なえないし何よりも。
 高等儀式術、手札コストと既に手札を使い切った!
「くっ……! ターンエンド…」
「俺のターン! ギアナイトで、ヘルペンタクルを攻撃! アルティメット・ギアクラッシュ!」

 ギアナイトの一撃がヘルペンタクルの鏡を貫いた。
 これで、奴の切り札を一つ潰したも同然。少し余裕が産まれれば、いつもの冷静さを取り戻せる。

 赤の仮面:LP3900→2000

「ライフ、残り半分か…そして、ギアナイトの攻撃力は4300に上昇する」

 機動鋼鉄騎士ギアナイト 攻撃力4000→4300

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「なんてこと……本当に崖っぷちだわ…手札に三枚揃ってなければ、できなかった…」
「ああ。確かにな、こんなの策でもなんでもない。ただの、天運だ。俺だけの、な」
「流石…」
 赤の仮面は軽く笑うと、ドローする。
「次は、私が追いつめられる番ね」
「挽回出来ると、思うなよ?」
 俺の言葉に、赤の仮面は気分を害したように手札を見る。だが、その1枚だけだ。
「くっ……マンジュ・ゴッドを守備表示に変更。ターンエンド」
「俺のターンだ」
 だが、手札がないのは俺も同じ…なのはたった今迄だ!
「ドロー……速攻魔法! 奇跡のダイス・ドローを発動!」
「んなっ!?」
「今日の俺は、天を味方につけた!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 そのターンのエンドフェイズ時、出た目の数以下になるように手札を墓地に捨てなければならない。

「出した目は……3か」
 3枚ドロー。
 モンスターの追加召喚は出来ない。だが、もう…。
「終わったな……今、俺の手札に。ビッグバン・シュートがある」

 ビッグバン・シュート 装備魔法
 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。

「……」
「マンジュ・ゴッドが守備表示でも。お前のフィールドは、リバースカードはない。手札はドローしたばかり。対処できない」
「……この私が、サレンダーを要求されるなんて…」
「ああ。だが、事実だ。お前が如何に自信があっても、俺を作戦で追いつめるなんて、そうそうできやしないと思う。誇っていい。だが、そのタイムはお終いだ。どうしようもない」
「……くそっ!」
 赤の仮面は、デッキに手を置いた。
 サレンダーの選択。そう、それは正しい選択だ。
「俺の勝ちだ」
 一つだけ言うとすれば。
 俺の手札に、本当はビッグバン・シュートなんて無いんだけどね。そもそも入ってないし。

「ゲームセットだな…お、他の連中、もう終わってたのか」
 雄二も、貴明もどうやら勝負を決めたらしい。ま、こんな連中に負けてちゃ、仮にもバトル・シティを戦い抜いたとは言えないもんな。


「そっちはどーよ?」
 俺がそう問いかけると、貴明は「終わったぜー」と呟き、晋佑は無言で親指を上げる。どうやら無事に勝ったらしい。
「ま、骨のある相手ではあったが」
「晋佑がそう言うって事は余程だろうなぁ。まぁ、そう思うけどよ」
 実際、なかなかの強さだった、とは思う。
 俺達がそんな事を話している間に、4人の仮面達は一ヶ所に集まっていた。
「見てるこっちはヒヤヒヤだったんだけど」
 水島が俺達の後ろでそう呟く。
「そうか? 俺はばりばり余裕だったけど」
「嘘つけっ!」
 まぁ、確かにそうだったんだけどね。
「……まぁ、確かに。荒削りではありましたわね。勢いで押し切ったというべきかしら」
 水島のツッコミの直後、何故か紫の仮面がそう口を開いた。
「だろうなぁ」
「確かに、美しく無い敗北は嫌いだけど、美しく無い勝利はもっと嫌いだ」
「…勝利と敗北に、美しさなんてあるの?」
「あるんだよ」
 他の三人もそれぞれ口を開いた後、紫の仮面がゆっくりと仮面に手をかける。
「さて。試してごめんなさいね…それと、久しぶりですわね、黒川雄二」
 紫の仮面が地面に落ち、フードを外すと、流れるような金髪が現れた。

 金髪碧眼の美しい少女。はて、どこかで見覚えがある。

「誰だっけ?」
「……私を忘れましたのこの人!? 笹倉紗論ですわよ! 覚えてませんかしら? 何の為にあなたの所の株を買っていると思ってますのよ! 黒川家を出奔してるあなたが頼る財閥なんて笹倉ぐらいしかない癖に!」
 笹倉紗論。
 その名前を聞いてまず連想するのは、俺の実家である黒川家なみの金持ちであるという事。
 平たく言えば一大グループを形成しちゃうぐらいには。しかし黒川家との仲は悪くは無いが良くも無い、そんな感じ。
 個人的には何度かパーティとかで会ったぐらいか…はて、それだけじゃなくて。
「笹倉紗論ってーと……確か、2ヶ月前の、クイーンズカップで優勝したっていう」
 俺が考え込んでいる間に晋佑が口を開いた。
「クイーンズカップってぇと、あの女子だけの大会の?」
「ああ。しかも圧倒的な強さでな」
「まぁ、彼女達が私を止めるのに及ばなかったというだけですわ」
 紗論は髪を軽く書き上げつつそう答えた後、軽く手をあげて他の三人に何事か指示した。
「試すような真似をしてごめんなさいね。でも、彼らはそうでないと納得出来なかったのよ」
「今のデュエルだけで充分だ」
 水色の仮面の主は、ややつり目がちな、銀髪の少年だった。
「まぁ、先に名乗っておこう。ブレンダン・スティールスター。デュエル・アカデミアブルーマイル校三年。よろしく頼む」
「晋佑!」
「なんでもかんでも俺に解説を求めるな! ブルーマイル校ってーと、北の方だな。一年の半分近くが冬になるブルーマイル諸島の学校だ。アカデミア10校の中じゃ小規模ではあるが、実力に関しては低くは無い」
「結局解説してんじゃねーか」
 なにはともあれ、解説どうもだ、晋佑。
「そういや、アカデミア本校は今、留学生がいるんだよな……でも、アレは確か全部の学校じゃなかったし」
「ああ。オレらは本校にお呼ばれしなかったんでね。ま、その分自由に動けるってのもあるが」
 ブレンダンは頭を掻きつつそう答えると、他の2人を指差す。
「つまり、残りの2人も」
「同じ理由で、こっちに回されたという訳さ。…実力に関して劣っている訳じゃない。デュエル・アカデミアムーンゲイト校出身、パーシー・ランド。……まぐれで勝ったからって、変な命令は聞かないよ?」
「別にそんな事するかってーの。別にどっちが上って訳でも無いんだしよ」
 パーシーには貴明がそう答え、最後の赤の仮面が仮面を外した。
「サイコローズ校。ジニー・ライト。よろしくね」
「わお、結構美人」
「雄二。その女はくせ者だから気をつけろよー」
「晋佑がそんな事を言うなんて珍し過ぎる…」
 とりあえずそう返しつつ、考えてみれば凄い面子だなと思う。
 なにせ、わざわざクイーンズカップの優勝者と一緒にやってきた、ついでに実力の方もさっきのデュエルであると証明されている。
 それだけの面子が、わざわざ集まって来たという事は。
「で、本題はなんなんだ?」
「遊城十代の事だ」
 俺の問いに、ブレンダンがそう答えた。
「あいつはまだ、吹雪冬夜と手を切ってない。近いうちになんらかのアクションをしてくるだろう…なのに、奴の行方が解らない」
「……アカデミアにいないのか?」
「いないのさ。ゼノン・アンデルセン曰く、バトル・シティ以来全く見掛けていないらしい。授業に出てないのはいつもの事だが、寮にもいないそうだ」
 ブレンダンはそう言って首を左右に振ると、俺に視線を戻した。
「アンタならその行方を知っているかも知れない、と思ったがその様子じゃ知らなそうだな」
「ああ。少なくとも心当たりもねぇ」
「………なんてこと。これじゃあ、すっかり無駄足ですのね…」
 紗論が呆れたように呟いたが、そうは言われても知らないものは知らないのだからしょうがない。
 さて。
「あー、ところでだ、水島。悪いが飯はまた今度にしてくれるか?」
 目の前で交わされるやりとりにそろそろついていけないどころか部外者ってレベルじゃない水島にそう声をかけると、水島は「やっぱりな」とばかりにため息をついた。
「ああ。ただし来る時ゃ死ぬ程喰えよ。吐く迄喰えよ」
「「「吐いたらもったいない」」」
「お前ら仲良いな…」
 俺、貴明、晋佑の三人が同時にそう突っ込んでしまった。
「いや、普通そうだろ」
「まぁ、そうだな…じゃあ、またな。…死ぬなよ」
 水島は最後に小声でそう付け足すと、軽く手を降り振り路地を出て行く。
 その背中を見送った後、晋佑はふと口を開く。
「……なぁ、雄二。水島って、本当はさ」
「ん?」
「お前の事、好きなんじゃねーの?」
「…かもな」
 はっきりかどうかは解らないけれど、俺の事を異性として見てる所は、あると思う。
 付き合いが長い分だけ、余計にそう思っているからかも知れない。例えタイプじゃなくたって、側にいる事が当たり前になっちゃう奴だっているだろうし。
「答えないのか?」
「答えられないさ。恋だけは、決着を付けないまま新しいもの始めちゃダメだろ」
 人は誰だって恋をする。
 恋をするからこそ、恋は、純粋で、ストレートなものでなければダメ。
 決められないまま、燻っているだなんてダメじゃない。

 優希ちゃんの、顔がよぎった。
 あの子の純粋な想いを、壊してしまったのは、俺だけど。
 もう、2度と、あの子のような悲劇を。繰り返したく無い。

 だからもう、逃げちゃダメだ。

「…ぉぃ……おい、雄二!」
 貴明の言葉で思考を現実へと引き戻す。
「ん? ああ、どうした?」
「……お前、今の話聞いてなかっただろ」
「とりあえず、手分けして十代の行方を探すって事になったんだが」
「そっか……あ、そうだ!」
 手分けしてやるには、人手がいる。さっきも貴明や晋佑と人手について話していたが、それで思い出した事がある。
「新しい戦力に、心当たりありだぜ」
「…そいつは使えるのか?」
「勿論だ」
 俺の返答に対し、紗論が怪訝そうな顔で口を開く。
「随分自信たっぷりですわね…誰ですの?」

「……元ダークネスだった…いや、これからダークネスになる奴だ」

 恐らく。




《第27話:魂ごと食らい付け》

 晋佑達と一度別れ、俺は紗論と一緒にヘリでアカデミアへと向かっていた。

 勘の鋭い奴なら解るかも知れない。新戦力、とは言っても何のことはない、藤原優介の事だ。
 彼の実力そのものは本物だ。味方は1人でも多い方がいい。

 しかし問題があるとすれば、相手が素直に納得してくれるかという事だが。これは期待するしかない。

 窓の外を見ながらそんなことを考えていると、紗論が遠慮がちに口を開いた。
「ねぇ」
「ん?」
「正直な話、どう思ってますの?」
「何をさ」
「だってあなた、もう人間じゃないんでしょう?」
 確かにな。でも、なんでそれを、と言い掛けると紗論は言葉を続ける。
「…さっき話した時に、あの二人から聞きましたわ」
「あいつら…」
 余計な事を。
 だけどもう知られてしまったからにはしょうがない。
「正直な話、いつか俺もダークネスに飲まれてなくなるんじゃないかって思うと、怖ぇよ。最初に遭遇した時点ですでに、その可能性があったんだ」
 デュエルをして、それで強引に屈服させて延長した。
 しかしそれがいつまで持つかは、分からない。
「まぁ、でも、それでも俺は俺だ。俺が俺でいる限り、俺の行きたい道を行くよ」
「そう」
 それがいくら遠回りでも、崖崩れで通りづらくても。
「…ところで、さっきからこのヘリ、同じ場所を飛んでないか?」
「…あら。月が右から左になってますわね」
 俺と紗論が顔を見合わせた時、操縦士と通信士がいっせいにこちらを向いた。
 手に拳銃。

 だが、遅すぎる。

 右の拳を操縦士に叩き込み、奴がひるんだ隙に拳銃を左手で奪う。
 そして拳銃を左手で逆手に持ち、そのまま通信士へ。
 金属の塊で殴られたに等しい通信士がノックダウンし、返す一撃で操縦士も。

 合計二人を倒すと、まずは二人を引きずって席からどかす。
「とと、やばい!」
 操縦桿を掴んで姿勢を引きなおす。ヘリの操縦ほど難しいものはないというが、俺はどこぞの名探偵が父親にハワイで習ったのと同じように俺も父親にやらされた事がある。
 何だろう、初めて父親から得た知識が役立ったような。
「笹倉。その二人縛っといて」
「わかったわ」
 この二人がどこから来たかはどうでもいい。
 とにかく、アカデミアへ!


 文字通り滑り込みセーフといったところだろうか。
 アカデミアに到着する頃には午前三時を回り、アカデミアの住民達はほぼ眠っている時間に違いない。
 そんな時間に押しかけてくる俺達も俺達だが。

 ヘリをヘリポートに到着させると、僅かな明かりの中に、一人の人影が座って軽く手を振る。
「…よう。久しぶり」
「ああ。久しぶりだな」
 約二ヶ月ぶりぐらいだろうか。ゼノン・アンデルセンは俺が来るのを分かっていたかのようにそこにいた。
 ヘリから降りて、ついでに侵入者二人を海に投げ込んだ頃になってゼノンは俺の右目に気づいたようだった。
「怪我、したのか」
「昨日…いや、一昨日な」
「そうか…変わったな、少し」
「ああ」
 変わった。確かに、そんな気がする。
 優希ちゃんのような、悲劇をこれ以上繰り返さないためにも。
 覚悟を決めなければならない。
 それ故の、決意。
「守りたいものがある。俺一人じゃ、まだ足りない」
「……」
「お前の力も借りたい。そしてもう一人、引き連れに来た」
「もう一人ね。そいつは、強いのか?」
「たぶんな」
「そっか。で、訪ねてきた訳か」
「ああ」
 俺とゼノンが並んで歩き出すと同時に、紗論も後ろからついてくる。
 まぁ、こっちも三人いる。なにかあっても負ける心配はあるまい。
「で、どこ行くんだ?」
「そうだな…まず、神竜がある場所かな」
「こっちだ」
 ゼノンは即座に思い出したように道を急ぐ。
 第2回バトル・シティまでの間、神竜はアカデミアに封印されていた。そして、バトル・シティ後も回収されて再度封印されたという。
 だが、ここでひとつの疑問がある。
 なぜ、アカデミアに封印されたのか?
 ダークネスと、吹雪冬夜は当初は三神竜とはダークネスの断片である、と言っていた。
 それがダークネスの肉体である俺の体の元にやってくるのはおかしな話じゃない。だが、それ以前に。
 ここにダークネスである藤原優介がいる。その事実が、この問題に疑問を呈する。
 距離的にも近く、ダークネスに染まって闇の世界へ姿を消した藤原優介のほうに、ダークネスの断片が吸収される方が不自然じゃない。
 そのリスクがあるにも関わらず、アカデミアに置かれた理由はなんなのか。
「……おい、何考えてるんだ?」
「神竜がアカデミアに置かれた理由についてさ。不自然な点だらけでな」
 俺の返事に、紗論が「そうですわね」と口を開いた。
「封印する場所ならば他にいくらでも場所はありますわ。手元においておくなら、KC本社に置けばいい。けど、そうじゃない」
「まさにそれだ。そしてここには、ダークネスがいる。俺よりもずっとダークネスに近づこうとしていた奴がいる。そんなリスクがあるにも関わらず、ここに置く理由が知りたい」
「……ダークネスに近い奴ね。まさか、そいつか? お前が引き込みたい奴って」
「ああ」
 俺の返事にゼノンは軽くため息をつく。
「物好きだな」
「そういうものさ」
 アカデミアの港から、森の研究所の近くへ向かい、さらにそこから曲がって岩山へ。

 岩山の近くに、それはある。

「…なるほどね。これじゃ、盗まれる訳だ」

 一見、薄汚れた祠に見える。
 だが、その祠についた扉の向こうに小さなカードケース。
「で、これに収められてるって訳か」
「これじゃ猿でも盗めるな」
 俺の問いにゼノンがうんうんと答える。
 が、紗論は別のほうを見ていた。分かりやすくいえば、祠の背中にある岩山だ。
「ねぇ、この岩山、なにか変よ?」
「んー?」
 注目してみる。うーむ、なにが変…。

 確かに変だ。
 具体的に言うと、岩山の一番下あたりに、取っ手のように出っ張る岩がある。
「ああ。取っ手みたいなのがついてるな、下に」
 俺はそうつぶやくと、なんとなく触る。確かに、ちょうど手で持てるサイズだ。
「……持ち上げてみるか?」
「持ち上がるのかよ」
 ゼノンはそうぼやきつつも手をかける。俺達は一度顔を見合わせると。

「「せーのっ!」」

 持ち上げる。
 確かに、そこにちょうど人一人が通れそうな通路が出来ていた。
「…隠し扉だったな」
「ああ」
「……行動してみるものですわね。中に入りますの?」
「「当然」」
「でしょうね」
 ため息をついた紗論が真っ先に中へ、続いて俺とゼノンが続く。
 やれやれ、ため息をついておきながら真っ先に入るとはたいしたお嬢さんだ。
 まぁ、先頭を行ってもらえるのは有難いのだが。

 入り口付近を弄り回していると、スイッチがあり、そしてそれはやはり明かりだったようで暗くは無かった。
 そして、それと同時にここが人工的に作られた場所であることに気づく。
 まぁ隠し扉の時点で薄々その可能性はあったのだが。

 下へと続く階段。階段に続く階段。
「なんつーか、地下にもぐるのって好きじゃないんだよなぁ」
「あら、そうなんですの? ゼノンさんにしては珍しい」
「暗いところが嫌なんだよ。それぐらいあるだろ」
「まぁ、確かにそれもそうですけど…」
 紗論が話している間に、先頭を変わる。話してばかりいては進まない。
「あんまりピッチ上げすぎんなよ、追いつけない」
「わかってる」
 そう答えつつもガンガン進む。
 なにせこの先に待っている奴がいるのだ。否、招かれてるのだ。

 階段を下まで降りきると、中は広い空間だった。

 島の地下であるせいか、かすかに潮の匂いがするのはどこか海に繋がっているのだろう。
 広間の一番奥にはオリエンタルな装飾が施された円形の高台がある。
 階段から高台へと続く道には御影石が敷き詰められ、そして――――。
「石像だな」
 石像が七体。全て、ドラゴンを象っている。
 ドラゴンの石像が七体なんて中途半端な、と思った時だった。
「ん?」
「お?」
「あ?」
 俺が気づいた。ゼノンも気づいた。紗論も気づいた。

 その七体のうちの二体は俺達がよく知っていた。
 いいや、身近すぎる。

「…真紅眼の闇焔竜…」
「深淵の蒼氷竜フォルセティア…」

 俺達の、相棒。

 どうしてここに、という言葉も。信じられない、という言葉も。
 だけどそれ以上に。

 こいつらがなぜ俺達を選んだのか、と思った。

 七体の竜を、もう一度だけ観察してみる。
 入り口の祠には三つの神竜。それの直線状に配置された。相対するように。

 考えられる事はなんだ?
 ダークネスの断片であり、なおかつそれそのものが強大な力を持つ神竜。
 それに相対するようにわざわざ作られた七つの像…そしてその像の足元に。
 カードを収められるようなケースが、そこにあった。
「……」
 元々、このカードはここに入っていた、のか?
「……三神竜を、抑止するためではないかしら?」
 俺の考えを見透かしたように、紗論が口を開いた。
「神竜はひとつひとつが強大。それが三体揃えば、それだけでも大きな力になるわ」
「だけど神竜をカードにしたのは夜行さんだ。三邪神と同じ時代に、十二年前に…けど、神竜がここに封印されたのは三年前だぞ?」
「雄二。俺がフォルセティアを手に入れたのは一年前だ。…月行から聞いた事だが、このカードが形になったのもその頃だ」
「俺が闇焔竜を引き当てたのもその頃さ」
 そう、つじつまがまるで合わない。
 この七体はおそらく、一年かそこらでカードになった。だが、この施設そのものは明らかにそれ以前から建てられている。
 もしも、可能性があるとすれば。
「…三神竜がダークネスの断片になったのは、生み出された直後。でも、そのダークネスはあくまでも一巡目の世界のダークネス…それと同じように、もしかすると…一巡目の世界の誰かが、このことを想定して作ったのか?」
 それはかなりありえない考え方だ。
 だが、そう考えれば簡単に謎は解けてしまう。
「…けど、世界が周回することを想定していた奴、いるのか?」
「……わからん。十代も、吹雪冬夜も、わざわざ神竜への対抗手段を作るような奴には見えん」
「だよな」
 なにせあんな男だしな。
「けど、その抑止力って考えは悪くないな。そいつらを集めれば、ある程度の戦力にはなる」
「確かにな」
 そう、俺達以外にも、五体もあるのだ。つまり、五人いる。
 それを利用しない手はない。

 そしてもうひとつある。

「この五人を探す為にも…奴の力が必要だよ。ダークネスは、力が強ければ強いほど、吸い寄せられるように同化したがるからな…そうだろ、藤原優介?」

 返事は…無かった。
「あれ?」
 ひょっとして、俺の勘違い?
 俺がいたと思ってただけで実はいないとか?

 俺がそう思いかけた時になって、奴は姿を現した。

「…そうだね。確かにその通り…だけど奇妙だね。君は僕を利用しようとしている。僕が君に利用されるような奴に見えるのかい?」
「たとえそうじゃなくても、そうなってもらうだけさ」
 俺の言葉に、藤原は少しだけ笑った。
「なるほど。そして君は…何者だい? 少なくとも、僕とは仲良くなれそうにないね」
「ダークネス。お前すら飲み込む、闇の化身だ」

「お前の力が欲しい。お前の力を借りたい。たったそれだけだ」
「…理由はあるのかい?」
「世界の裏でこそこそ動いてる奴を、日光の下に引きずり出す為さ」
「僕がそれを望むとで…」
「望むか望まないかじゃねぇ。お前に出来ることだからやってもらうのさ…拒否権はねぇよ?」
 あってたまるか。
 これは一種の命令だ。対価も何も払わない、単なる命令。本来、出すべき筈のものでもなく、出せる立場に俺がいるわけでもない。
 だが。
 やらなければいけないのだ。今後の為に、未来の為に。

「黒川雄二。古くからの名家のひとつ、黒川グループの黒川家の次男として生まれる」

 沈黙の中、藤原が語りだした。こいつ、そんなことまで解るのか。
「…すごい人生だな。普通では経験できないよ。父親からの英才教育。母親からの愛情。姉と兄への葛藤」
「嫌なことまで見透かすな」
「許婚が出来て、それから数年の間に母親が死去…僕はまだ家族を失ったことはないから解らないが…辛かったね」
「お前に同情されてもなぁ」
 あんまりありがたいとも思えない気がする。

 過去の事。

「自分が何をなすのか。自分が何をすればいいのか。その事だけを考えていた」

「誰だって考える事だよ…そして君は、逃げることを選んだ」
「ああ」
 そう、逃げることを選んだ。
 今から逃げ出して、違う場所で、自分に出来ることを探そうとして。
 そうやって五年間、散々走り回っても。
「…見つからなかった。見つからないまま…ダークネスと同化した。だけどそれでも満たせなかった」
 自分がどう変わったのかも解らないまま、何も俺は理解してないままだったんだ。
 だから…。
「ダークネスになってから、初めて気づいた。自分は力を得た事に」
 そう、そして力を持っていても、覚悟がなければ何も出来ないのだということを。
「俺は変わってなかった。力を得ても、そんな自分を信じられずに、ただただ目を逸らしていただけだった…だから」

「その悲劇か」

 藤原は、あの悲劇に気づいたようだった。
「……そして、君はどうするんだい?」
「覚悟を決めるさ。逃げない為に、そして力を、手に取る為に…お前の力も借りたい」
 藤原は俺に視線を向けた。
 これから闇に落ちようとしていた男は、闇から来た俺をなんと思うのだろうか。
「ふっ、はははははははははははは! いいとも、見せてもらおうか、君の望む世界を」
「協力、してくれんのか」
「興味が沸いたんだよ」
 藤原は笑顔を崩さないまま、言葉を続ける。
「闇に触れながらも、君は自分を保ち続けよう、君であることをやめようとしない。闇に解ければ皆同じ、感情も何も、全て同じ1になるのに。君はそうでありながら、そうでない。そんな君が面白いと感じるだけさ」
「……見てて後悔すんなよ、ワカメ」
「は?」

「いやいやいやいや」

「なぜワカメ!?」





 藤原と一度別れて地上に戻る頃、遠くのほうで太陽が顔を出していた。
 もうすぐ日も昇る頃か。
「じゃ、後は頼むわ。藤原も含めて…それと、十代の捜索。戻ってきたら」
「探りだろ。捜索のほうはお前らもやっといてくれよな」
「ええ、そうね」
 ゼノンの言葉に紗論も頷いた。
 今までろくに知りもしなかった三人だったが、なんだか意外といいトリオなのかも知れない。
「で、雄二。お前これからどうするんだ?」
「ああ。俺に出来ることからはじめる前に…一度、決着だけはつけないとな」
 そう、もう逃げてばかりもいられない。
 俺が決めた事。俺自身が進むべき道を俺が切り開かなくてはいけない。
「そうか、頑張れ」
「ああ」
 そう言って、ヘリポートに戻ろうとして。

 一艘のボートが、停泊しているのが見えた。
 小さなモーターボートだ。だけど、そこにいるのは。

「……遊城十代?」

 そこに、奴はいた。
「お前…!」
「黒川雄二か」
「今までどこに」
「お前には関係ないだろう」
 十代はあっさりそう言い放つと、視線をゼノンと紗論にも向ける。
「ずいぶんと揃ってるな」
「お前も含めて、色々とうるさい奴らが世界には多すぎるんでね」
「確かにな」
 十代は自嘲するように笑った直後、くるりと背を向ける。
「どこに行く」
「レッド寮。帰って寝る」
「まだ話は…」
「聞きたければ聞き出せばいいだろう」
 左腕につけられた真紅のデュエルディスクが起動し、そして左手を突きつける。

 ああ、そうか。お前はデュエリストだ。

「そうだな。なんとしてでも、聞かせてもらおうか」


「「デュエル!」」

 黒川雄二:LP4000    遊城十代:LP4000

「先攻はやるよ」
「ほう、珍しいな…では俺がもらおう。ドロー!」
 そして、十代が最初のドローをした時に。

「地獄の業火を教えてやる」

 当たり前のように、それは始まった。
 二度目になる。この業火とあいまみえるのは。
 だけど、負けてはならない。負けられない戦いがある。本当は、聞き出す情報なんて、どうでもいい。
 この男と戦う事だけに集中したい。
 なぜなら、奴を飲み込めば、奴を越えれば――――俺はそれでも、満足だ。

「来いよ、十代!」

「手札より、魔人インフェルノスを墓地に捨て、効果を発動!」

 魔人インフェルノス 炎属性/☆4/悪魔族/攻撃力2000/守備力800
 手札からこのカードを捨てる事で「灼熱の大地ムスペルヘイム」をデッキから手札に銜える。
 このカードはフィールド上に「灼熱の大地ムスペルへイム」が存在しない時、墓地に送られる。

 魔人インフェルノス。灼熱の大地を呼び込む、灼熱の大地にしか生きられぬ魔人。
「この効果で、灼熱の大地ムスペルへイムを手札に加える!」

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 そしてお決まりの灼熱の大地に降臨するのは…。
「そして、フィールド魔法、灼熱の大地ムスペルへイムを発動! そして…俺は、ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で
 手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4 攻撃力1800→2100

 フィールドは灼熱の大地に包まれ、地獄を思わせる。
 そこに現れたのは炎の竜。とぐろを巻き、全てを焼き尽くさんばかりに咆哮をあげる。
 攻撃力2100。なかなかの攻撃力だ。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターンだ。行くぜ!」
 さぁ、あの炎の竜をどうやって飲み込んでやろうか。
「始まるぜ、竜の喰らい合いが」
「……激しくなりそうですわね」
 ゼノンと紗論の言葉を背に、俺もドローする。
「くそ、速攻魔法、リロードを発動!」

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻してシャッフルする。
 その後、デッキに戻した枚数分だけドローする。

「手札事故か?」
「運が悪かったんだよ!」
 とりあえずデッキにカードを戻してシャッフルし、そしてカードを引く。
 よし、こいつを待っていた!
「黒竜の雛を召喚!」

 黒竜の雛 闇属性/☆1/ドラゴン族/攻撃力800/守備力500
 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送って発動できる。
 手札から「真紅眼の黒竜」1体を特殊召喚する。

「そして、黒竜の雛の効果を使い、雛は…黒竜へと成長する! 来いよ、レッドアイズ!」

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「レッドアイズ! 一撃をかましてやれ! ダーク・メガ・フレア!」
 俺の攻撃宣言に、十代は動じない。
 ムスペルへイムの効果を使うか、と思えば使っていないようだ。

 遊城十代:LP4000→3700

「おいおい、呆気ないな…ん?」
 煙が晴れる。そこにはいないはずの、モンスターがいる?
「リバース罠、煉獄の結束を発動した」

 煉獄の結束 通常罠
 墓地に炎属性モンスターが存在する時、発動可能。
 墓地に存在する炎属性モンスター1体を除外する事で
 手札より炎属性モンスター1体を特殊召喚する。

「墓地の魔人インフェルノスを除外し、手札のプロミネンス・ドラゴンを召喚させてもらった」

 魔人インフェルノス 炎属性/☆4/悪魔族/攻撃力2000/守備力800
 手札からこのカードを捨てる事で「灼熱の大地ムスペルヘイム」をデッキから手札に銜える。
 このカードはフィールド上に「灼熱の大地ムスペルへイム」が存在しない時、墓地に送られる。

 プロミネンス・ドラゴン 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1500/守備力1000
 自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、
 このカードを攻撃する事はできない。
 自分のターンのエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 プロミネンス・ドラゴン 攻撃力1500→1800

「モンスターを残す気かよ…カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターンだ」
 おまけに残っているのはプロミネンス・ドラゴン。放っておけばダメージが来る。
 除去しようにも、十代の事だ。他のモンスターを用意してくるだろう。
 さぁ、どうする。
「プロミネンス・ドラゴン1体じゃ心もとないからな。さて…魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、手札から二枚選択して墓地に送る。

「この二枚を墓地に送る…さて、雄二。俺は何を墓地に捨てたと思う?」
「へ? …んん!?」
 元々はE・HERO使いの十代。墓地の使い方なんてお手の物。
 まさか、墓地融合を…?
「魔法カード、閻魔の気まぐれを発動!」

 閻魔の気まぐれ 通常魔法
 デッキから炎属性モンスター1体を選び、墓地に送って発動する。
 自分のフィールド上または墓地から、
 融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 炎属性の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 くそっ、墓地融合なんて、想定外だ!
 俺の焦りを感づいたかのように、十代は笑う。
「安心しろ。これで除外した素材のおかげで、手札が壊されずに済むだろ? …墓地の憑依装着−ヒータと、地獄詩人へルポエマーを除外し、地獄の吟遊詩人ヒータを召喚!」

 地獄詩人へルポエマー 闇属性/☆5/悪魔族/攻撃力2000/守備力1400
 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた場合効果が発動する。
 このカードが墓地に存在する限り、相手バトルフェイズ終了時に
 相手は手札からカードを1枚ランダムに捨てる。
 このカードは墓地からの特殊召喚はできない。

 憑依装着−ヒータ 炎属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 自分フィールド上の「火霊使いヒータ」1体と他の炎属性モンスター1体を墓地に送る事で、
 手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 地獄の吟遊詩人ヒータ 炎属性/☆7/悪魔族/攻撃力2700/守備力1500
 「地獄詩人へルポエマー」+「ヒータ」と名のつく炎属性モンスター
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、デッキからカードを1枚ドローする。
 1ターンに一度、以下の効果を1つだけ選択して発動することが出来る。
 ●相手の手札のカードを一枚ランダムに選んで墓地に送る事が出来る。
 ●自分フィールド上に存在する炎属性モンスターの数×300ポイントダメージを相手に与える。

 地獄の吟遊詩人ヒータ 攻撃力2700→3000

 ヒータとヘルポエマー。まるで正反対、混ぜるな危険とはよくいったものだ。
 フィールドに現れたのは、十字架に括られたヘルポエマーと半ば同化し、見るも無惨な悪魔の姿になったヒータ。
 使い魔のきつね火が周囲をぐるぐる回るが、彼にはどうしようもない。
 一歩も動けず、ただただヘルポエマーに浸蝕されて苦痛の声をあげる。
 おまけに攻撃力3000.
「うえぇぇ…趣味悪…」
 遊星に霊使いグラビア集ヒータ編をプレゼントした事もある俺にとっては、ヒータの無惨な姿とは最悪なものだ。
「吟遊詩人の歌は苦痛…第二の効果を使わせて貰うぜ」
「具おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」
 耳から脳へと貫く悪魔の歌。

 黒川雄二:LP4000→3400

 思わず膝を折りかけたが、どうにか立っている。
 なんつー歌を聞かせてくれたんだ…その苦痛の歌が、まるで。
「くそ、しっかりしろ」
 あの子のことを、思い出した。
「ヒータ。黒竜に攻撃! 攻撃力3000を受けてみろ!」
「どわっ!?」
 黒竜を、ヒータの攻撃が襲う。

 黒川雄二:LP3400→2800

 そして呆気なく崩れる。
「続けて、プロミネンス・ドラゴンでダイレクト…」
「そうはさせるかよ! リバース罠、真紅眼の誇りを発動!」

 真紅眼の誇り 永続罠
 500ライフポイントを支払い、デッキ・墓地に存在する
 「真紅眼」と名のつくモンスター1体を特殊召喚出来る。
 このカードで特殊召喚されたモンスターは、
 表示型式を1ターン中に何回でも任意に変更する事が出来る。

 黒川雄二:LP2800→2300

「チッ、嫌なカードを伏せている!」
「この効果でさっき破壊された黒竜を蘇生するぜ!」

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 プロミネンス・ドラゴンの攻撃宣言は出た後。
「ダイレクトアタックから、攻撃力2400への…くそっ!」
 十代が悪態をつくより先にプロミネンス・ドラゴンは自爆特攻してしまう。

 遊城十代:LP3700→3100

 だが、まだかろうじて十代の方が優勢である。
「くそ…余計な犠牲を…手札のヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を召喚して、ターンエンドだ」

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で
 手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4 攻撃力1800→2100

 そうか、通常召喚を行使していなかったのか。
 これで十代のフィールドには2体の上級クラスのモンスターが鎮座している。
「俺のターン! 行くぜ!」
 けど、それぐらいの相手じゃないとやっぱり楽しめないよなぁ?
 …よし、いける!
「六邪心魔・憤怒−レダを召喚!」

 六邪心魔・憤怒−レダ 炎属性/☆4/悪魔族/攻撃力2000/守備力1200
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードは1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体を生け贄に捧げる事で
 そのモンスターの攻撃力分の数値、攻撃力を上げる事が出来る。
 この効果を使用した後、エンドフェイズにこのカードは守備表示になる。
 次の自分エンドフェイズまで表示形式を変更出来ない。

 六邪心魔・憤怒−レダ 攻撃力2000→2300

「そして、レダは炎属性! お前のフィールドの、ムスペルへイムの影響も受ける!」
 灼熱の大地というバックボーンを受けた炎の悪魔は巨大な斧を振りかざし、攻撃力を挙げる。
「さらに、ムスペルへイムのもう1つの効果を使える!」
「んなっ!」

 六邪心魔・憤怒−レダ 攻撃力2300→3300

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 そう、炎属性であるがゆえに。
 属性特化のフィールド魔法は、相手にも利用される可能性があるという欠点があるのだ。
「レダで、ヒータを攻撃! 喰らえっ!」

 遊城十代:LP3100→2800

 地獄の吟遊詩人ヒータは悪魔の手で葬られた。
 これで大きな脅威は去った。さて、ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4に取り掛かるとしますか。
「黒竜の攻撃! ダーク・メガ・フレア!」
「…」

 遊城十代:LP2800→2500

 ここまで攻撃して、何かおかしいことに気づいた。何がおかしい?
 カウンターしてこない。リバースカードがないから、という理由だけで何もしないなんて事はないはずだ。
 そんなの十代には有り得ない。ならば、いったい―――。
「カードをセットして、ターンエンドだ!」
 様子を見よう。そうでなければ、何も解らない。
「俺のターンだ。ドロー! …俺が天使の施しを使った時、片方はへルポエマーだった。では、もう片方は?」
「何を言ってるんだ、ヒータじゃないのか?」
 そうでなければ計算が合わない。
「いいや、ヒータは閻魔の気まぐれで墓地に送り、そして閻魔の気まぐれで除外した」
「なに…いや、待て。だとするとその一枚って…!」
 そうだ。その一枚分のカードは。枠には何が入っているんだ?
 俺が思わず息を呑んだとき、十代が取り出したカードは。
「魔法カード、死者蘇生」
「げえっ!」

 死者蘇生 通常魔法
 墓地のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 死者蘇生。この状況での死者蘇生。
 やるとすれば、第二回バトル・シティの夜明け前の死闘。
 命も何もかも、お互いの全てをかけて喰らいついた、あの時の戦いがフラッシュバックする。
「面白ぇ…何を出すんだよ、十代!」
「あの時と同じだ、黒川雄二! …ヘルフレイムエンペラードラゴンLV11だっ!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV11 炎属性/☆11/炎族/攻撃力4500/守備力3500
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 ライフポイントを1000支払う事で相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手はこのカード以外のモンスターを攻撃対象に選択出来ない。
 このカードは墓地の炎属性モンスター1体を除外する毎に攻撃力・守備力が300ポイントアップする。
 このカードが戦闘で破壊された時、デッキより
 「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚出来る。

 炎の竜は、一瞬で進化していた。
 そう、全ては撒き散らされる炎と共に。

「おいおい、マジかよ…!」
 少しだけ笑みを浮かべる。この炎の暴風を、飲み込めるのか?
「LV11の効果発動! 墓地の炎属性モンスターを1体除外するごとに、攻撃力・守備力を300ポイントアップさせる…LV4を2体、そしてプロミネンス・ドラゴン、地獄の吟遊詩人ヒータを除外!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV11 攻撃力4500→6000 守備力3500→5000

 攻撃力5700…。
 あの時に比べればずっと小さい。だが、それでも今の俺のフィールドをたやすく薙ぎ払える。
「さぁ、行くぜ」

「速攻魔法、ブラッド・ヒートを発動!」

 ブラッド・ヒート 速攻魔法
 このカードはバトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 自分フィールドの表側攻撃表示のモンスター1体を選択し、
 そのモンスターはそのターンのエンドフェイズまで、
 攻撃力はそのカードの攻撃力に守備力の2倍を加算した値になる。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターを破壊する。

 遊城十代:LP2500→1250

 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV11 攻撃力6000→16000

「黒竜を焼き尽くせ、ヘルフレイム! インフィニット・イグニッション・バースト!」

 これで終わ…りな訳なーい!
「…リバース罠、ホーリージャベリン!」

 ホーリージャベリン 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 黒川雄二:LP2300→18300→4700

 黒竜は破壊されたが、ライフを削らずには済んだ。
 それに、向こうはブラッド・ヒートの効果でフィールドががら空きになる!
「ようし、ラッキー」
「ああ、そういえばお前はそんなカードを載せていたな…くそ、まずいな」
「初めて俺の前で不利な顔するじゃねぇか」
 俺の問いかけに十代は顔を歪める。状況はこっちに傾いた。
 おまけにLV4を2体も除外している。ヘルフレイムエンペラードラゴンを再び進化でつなげる事は難しいはずだ。
「魔法カード、異次元からの埋葬を発動!」

 異次元からの埋葬 速攻魔法
 ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
 そのカードを墓地に戻す。

「この効果で、LV4を2体と、憑依装着−ヒータを墓地に戻す!」
 前言撤回。そういう手段ぐらいすでに用意していたか。
「そして、炎帝近衛兵を召喚! その効果を使う」

 炎帝近衛兵 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1700/守備力1200
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を選択して発動する。
 選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 炎帝近衛兵 攻撃力1700→2000

「この効果で、LV4を2体、LV11、憑依装着−ヒータをデッキに戻して、シャッフル。そしてカードを二枚ドロー! カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「おいおい、1ターンであそこまで立て直せるのかよ…ドロー!」
「流石すぎるな、遊城十代。炎の牙城だ」
 ゼノンがそう呟くのが聞こえる。事実、この炎の牙城が崩せる気配がない。
「…こっちにはまだレダがいる。どうにかなるさ…」
 しかし、手札のほうはどうなっているかというと。
「六邪心魔・苦痛−ソフィアを守備表示で召喚!」

 六邪心魔・苦痛−ソフィア 風属性/☆4/悪魔族/攻撃力1200/守備力2100
 このカードは戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 500ライフポイントを支払う事でフィールドに特殊召喚する事が出来る。
 このカードがフィールド上に存在する限り、
 相手スタンバイフェイズ毎に相手の手札×200ポイントのダメージを相手に与える。

 ソフィアのバーン効果で追い詰め、レダの攻撃力を使えば…。
「激流葬」
 十代は俺が予想している斜め上を行った。

 激流葬 通常罠
 モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
 フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 強烈な水流が六邪心魔たちを押し流す。しかも戦闘破壊ではないから、復活も不可能!
「まさか炎帝近衛兵は囮だったのか!? 最初から、こっちを仕込んで…」
「お前には駆け引きが足りないぜ? もう少しココを使え」
 俺の言葉に十代は挑発するように頭を指差す。か、完全にコケにされている。
 だがしかし、今回ばかりは罠にはまったのは俺だ。
「くそ、ターンエンド」
 まだライフの余裕はある。それに、激流葬でモンスターを流したのは十代も同じ。
「俺のターン。ドロー!」

「手札の、魔人インフェルノスを召喚!」

 魔人インフェルノス 炎属性/☆4/悪魔族/攻撃力2000/守備力800
 手札からこのカードを捨てる事で「灼熱の大地ムスペルヘイム」をデッキから手札に銜える。
 このカードはフィールド上に「灼熱の大地ムスペルへイム」が存在しない時、墓地に送られる。

 魔人インフェルノス 攻撃力2000→2300

「そして、手札の早すぎた埋葬を発動」

 早すぎた埋葬 装備魔法
 800ライフポイントを払い、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。
 このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

 遊城十代:LP1250→450

「この効果で蘇生するのは炎帝近衛兵!」

 炎帝近衛兵 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1700/守備力1200
 このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する炎族モンスター4体を選択して発動する。
 選択したモンスターをデッキに戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 炎帝近衛兵 攻撃力1700→2000

「2体揃えた…って事は!」
 灼熱の大地ムスペルへイムの第二の効果をどちらか使えば…。
「その通り。炎帝近衛兵の攻撃力は、このターンだけ、3000になる!」

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 炎帝近衛兵 攻撃力2000→3000

「そして、魔人インフェルノスと、炎帝近衛兵で、プレイヤーにダイレクトアタック! 全て、燃え尽きろぉぉぉぉぉっ!!」
「くっ……そおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 強大なる炎の前に。後一手及ばず、だったか…。

 黒川雄二:LP4700→2400→0

 再び、膝を折った。
 こいつの強さが、ようやく見えてきた気がした。強いだけじゃない、どうしようもなく強いんだ。
「その炎、まるで何もかも焼き尽くすみたいだな」
「ああ。それが俺の強さだ。俺の覚悟だ」
「それだけの覚悟がうらやましく見えるよ。何もかも焼いてまで、救いたいものがあるなんて」
「……俺にある力が、それだけだから。俺が救いたいもの以上を、救う事なんざできない」
「それはおかしいだろ」
 十代の言葉に、俺は思わず口を挟んだ。
「力があるなら、それを使うのは当たり前だ。救いたいと願うものがあるのも…でも、それはそんな狭いものだけじゃないだろ!」
 俺の言葉に、十代は答えない。
「両手とかだけじゃねぇ、もっと大きなものを、もっとたくさんのものを!」
「ヒーロー気取ってるつもりか?」
 十代は冷たく言い放った。
「甘えるな。俺たちだって、どれだけ力を手に入れても…所詮一人。限界はある。だから俺は…一人救えるだけでいい。他は置いてく」
「それでいいのかよ…お前はそれでいいのかよ!」
 その直後、十代の声が耳を貫いた。
「いい加減にしろ!」

「何もかも守ろうとしても、あれもこれも手を伸ばしていけば結局誰も救う事など出来ない! 現実を見ろ、そして自分が本当に救いたいものを見ろ!」
 そう言い放った十代は背を向け、今度こそ本当に寮に向かって歩いていった。
「そしてそれが何なのか見つけたら、また挑んで来い。いつだって、飲み込めるものなら飲み込んでみろ。ダークネス」
 現実を見ろ。そして、自分が本当に救いたいものを見ろ。
 でも、俺が救いたいものなんて、本当は。

 俺が生きている、この世界そのものなんて事じゃなぁ。




《第28話:今日から始まるSTORY》

 十代と戦った後、その日一日学校をサボって家に戻って眠る。

 そして目覚めた次の朝。
 その日も学校は行かないで、俺は別のところに出かけた。

 童見野市から電車を乗り継ぎ、山を越えて約2時間。
 数日前に行ったばかりのアクアフロントとほぼ同じ道のりを、今度は、一人で。

 時間と共に、遠くのほうに懐かしい町が見えてきた。
 川にかかる、三日月形という独特の形をしたクレセントムーンブリッジ。
 風にのってただよう、特産品の蜜柑の香り。
 見慣れた山も、駆け回った場所…そして巨大な黒川グループのビル。
 5年ぶりに戻る故郷が、すごく懐かしく見えた。

「まもなく、七ツ枝ー。七ツ枝ー。お降りのお客様は、お忘れ物ないよーお願いしまーす」
 車掌の放送が響き渡り、俺は座っていた席からゆっくりと立ち上がる。
 七ツ枝市はこの地方にしては比較的大きな市ではあるので、特急電車も止まるというのがありがたい。
 そして、電車を降りる。
 幼い頃と変わらず、駅の売店では七ツ枝土産の蜜柑饅頭が売られているし、駅のホームの下に半分ペンキの剥げたキツネが描かれているのも相変わらずだ。
 ホームから階段を下りて改札階へと行くと、こちらは俺のいない5年の間で様変わりしていて、かなり綺麗になっていた。
 意外だ。
「さて、と」
 俺は大きく伸びをすると、構内にも開いている売店へ向かう。
「蜜柑饅頭。25個入りの奴を」
 地元に住んでいる人に地元の土産。あまり褒められたものではないが、蜜柑饅頭が好きなので良しとする。
 店員さんは変な顔一つせずに25個入り蜜柑饅頭を包んでくれた。
 さて。
「タクシー!」
 改札を出て即座にタクシーを止める。
「七ツ枝南宿木1丁目1番地まで」
 タクシーに乗るなりそう言うと、運転手は一瞬怪訝な顔をしてから俺に気づき、「わかりました」とすぐに動き出す。
 その住所は俺の実家である、黒川家の現在の本邸だ。
 黒川家の親族の大半は七ツ枝市全体に散らばり、当主のいる家が本家となる。つまり、その住所までと告げるものは黒川家の関係者となるのだ。
 俺は目を閉じて、タクシーが目的地に着くまでの間、思い出すべきことを思い出していた。


 5年前に家を出た時に、家族になんて言ったのだろう。
 父親には「馬鹿野郎」と言ったけれど、姉と兄には、なんて言ったのかもう覚えてない。
 葉月に対してはもう、なんて言ったのかも。どんな顔をしているのかすら。

 だけど、これ以上逃げてもいられない。俺が俺として、たった一つの願いを、たった一つの意味を立てるために。もう逃げてはいけない。
 敷地の前で止まるタクシー。さて、もう、逃げられはしない。

 料金を払ってタクシーを降りる。武家屋敷かと思うほどバカでかい門の脇にあるインターホンを押す。
『どちら様でしょうか?』
 すぐに返事が返ってきた。使用人の教育が厳しいのも変わらずか。
「黒川雄二だ。親父はいるか?」
 そう声をかけた時、一度だけ声が途切れた。
『ゆ、雄二様、ですか? あの…』
「ああ。親父は当主だ。黒川勇次郎だ。もう一度聞く、親父はいるか?」
『た、ただいま旦那様に確認して参りますっ!』
 お手伝いさんも大変そうである。ばたばたと足音が聞こえた直後、がちゃり、と門のロックの外れる音。
 自分で入って来いということか。
 中に入ると、黒川家の名物とも言うべく日本庭園から続く石段の道。母屋まで数百メートルもあるという無駄なスペース。
 まぁ、景観を楽しめて春は花見、夏は納涼、秋は月見で冬は雪見に使えることから無駄ではないかも知れない。

 そして黒川家にとって招かれざる訪問者には、この数百メートルが死出の旅路になる。

「わお。お出迎えも派手だねぇ」
 まだ百メートルも歩かないうちに、黒いスーツにサングラスの警備員が十名現れた。
「親父に頼まれて、お出迎えにでも来たのか?」
 俺がそう声をかけると、先頭に立つ一人が首を振った。
「いいえ。勇次郎様からの伝言は一つです。『なにをしに来た』です」
「子供が家に帰っちゃいけないのか? そう伝えとけ。それと」

「俺は親父と…家族に用がある。邪魔すんな。どけ」

「その命令は、聞くことはできません」
 責任者であろう警備員がそう答えた時、俺は「そうか」と返事をしてから。
「じゃあ、痛い目にあってもらうか」
 仮面を、そっと付けた。

 闇に堕ちた其の力は強大であり、ゆえに制御するのは困難である。
 藤原優介が使いこなしていたのだから、俺にもできないはずはない。
 そして何よりも、これを使えなければきっと俺は。
 この先生き残れない。

 右腕を闇のイメージへと挿げ替えると、文字通り影のように腕は伸びていく。最初の一人をうまく掴んだ。
「わわっ!」
「悪いが、ちょいとどいてもらうぜ!」
 掴んだまま、全身を大きくひねって相手を思い切り地面へと叩き付ける。
「す、すごい」
「お次はこっちだ!」
 叩き付けた奴を離して力強く踏み込みながらの正拳突き。
 勢いを載せたのもあってか、二人目はこの一撃で防御が崩れ、体をひねった回し蹴りで追撃。これで二人。
「いくらなんても強すぎだよなぁ…」
「素手じゃ勝ち目は無いが、下手に手出しをするわけにもいかない」
「ああ。なにかやろうものなら俺達の首が飛ぶ」
 警備員達は二人倒した俺を見て困惑したように話す。そんなことをしている暇があるなら道を譲れ。
 俺がそんなことを考えていると、遠くのほうから気配がした。

 そう、なにかぞわりとする気配。忍び寄る気配。警備員とは違う、明確な殺気。

 親父の奴、私兵でも潜ませているのか。
 個人が警備員と称して戦力を持つことぐらい、今の日本ではおかしなことではない。
「てーことは…」
 数歩分、後ろへ飛んだ直後、ひゅっという音と共に俺がいた場所に一閃が振り下ろされた。
「ひゅー」
「避けましたね」
 くるくる、と相手は小太刀を振り回しつつ呟く。

 そう、2本の小太刀を持つ忍者が三人。いや、女の子だから、くのいちというべきか?
 15歳ぐらいの少女が三人、それぞれ小太刀を持って俺を包囲していた。
「女の子に手荒なまねはしたくないな」
「手を抜かれても困ります。旦那様は倒せと申されたので」
「そうか。じゃあ、しょうがねぇな」
 俺もどうにかして、彼女達を撃退しなけりゃな。

 手のイメージを、影を、具現化せよ。

 闇の護封剣 永続魔法
 このカードの発動時に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを裏側守備表示にする。
 また、このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
 2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

 現実になった闇の剣を二本、それぞれ両手に携える。
「かかってきな」
 ついでに指での挑発のおまけつき。腹が立つならばかかってくる。

 俺が判断するより先に三人は動いた。
 似た格好をした三人、そして動きを完全に合わせている。同時に動かれれば、錯覚を起こす可能性もある。
「くそ、見えづらい…三人同時に動かれちゃ、どうにもわかりにくい! おっと!」
 一人目の小太刀を防ぎつつ、まずは少しずつ距離をとり、相手の攻撃を仕掛ける方向の角度を狭めていく。
 360度全方位から攻撃されてはたまらない。前面からだけに集中しろ。

 少しばかり攻撃を避けていたら、相手の出方が見えてきた。
 三人は交互に攻撃を仕掛けてくる。順番自体はランダムだが、三人で三連撃になるように仕向けているようだ。
 ならば。
 3のリズムである。
 最初の攻撃を避けれれば、2回目の攻撃も避けやすい。だが、最初を食らえば続けて食らってしまう。
 避けるか、食らうかのどちらかだ。
 そのリズムを崩してやる。

 一撃目を、横や後ろに避けていた今までとは違い、横をすり抜けるように動く!
「!?」
 一人が驚くより先に二人目はすでに攻撃に入ろうとしていた。
「胴!」
 闇の護封剣を片手で一回転させて逆手に持ち、そのまま柄の底で腹を殴る。
「あんまし手荒な真似はしたくいないんでね」
「ふ、ふざけるなーっ!」
 俺がそういい終わるより先に、3人目は自らリズムを崩し、何度も回り込みながらも確実に距離を縮めてくる。
 だけど自らフォーメーションを崩してしまっては、ただの的だ。
「よっと!」
 二本の剣から手を離し、その二つの剣を避けやすいようにわざとぬるいスピードで投げる。
 彼女達なら避けられるだろうし、避ける為に一度動きを止めざるを得なくなる。
 つまりそれが隙。
「そして、リーチはこっちのほうが長い!」
 そして腕と共に闇を纏わせ、腹まで一気に伸ばす!
 三人目沈黙。後は最初の一人目。
「さぁて、最後の一人は…真正面から、食らいつく!」
 剣を再びキャッチして、一本を正眼に構える。
 彼女も覚悟を決めたのか、小太刀を構え、一気に距離をつめてかかるか、それとも―――――。

「待て」

 石畳の道を歩いて、一人の大男がやってきた。
 短い刈り込んだ短髪に、雷のような剃り込みを入れている。これだけでもおっかないが身長は2メートル近くはあるだろうし、肩幅も広い。
 そして、両手にはこれまたデカい手甲が嵌められていた。

 そして俺は、この男を知っている。

「よう。5年ぶりだな。昇進したのか? 吉川」
「ええ。お久しぶりでございます、雄二様」
 おっかない外見からは信じられない、優しい笑顔で彼は答える。
 5年前は警備員の一人だったが今じゃご覧の通りである。体育会系ってすごいね。
「お前達は下がれ。相手にならぬだろう」
 吉川は手で警備員とさっきの忍者姉妹を追い払うと、手甲同士を盛大にぶつけてからゆっくりと距離をとる。
「旦那様の命により、止めに参りました」
「だと思ったよ。ま、けど…俺も、止められる訳には行かない理由がある」
「でしょうな。私もそう考えておりました。故に、全力で参ります。お覚悟を
「オーケィ」
 俺は剣から手を離すと、全身を捻って拳を繰り出した吉川の真正面へと駆けた。
 パワーに物を言わせた攻撃は攻撃力はあってもスピードは無い。それが欠点。
 だから避けやすい攻撃ではあるが、そういうパワーファイターはえてして連続攻撃が得意なのである。そう、当たらない攻撃でも繰り出し続ければこちらはその分回避に専念せざるを得ない。
 そしてダメージを与えられないまま、こちらのスタミナが切れるのを待つ。
 本当にスタミナとパワーが有り余るパワーファイターにしか出来ない戦術だが、それは実に単純かつ効果的。

 真正面から、拳同士がぶつかり合う。

「うおっ…流石だよな、吉川…なんつーパワーだ…」
 真正面からぶつかり、拳をぶつけあっただけだと言うのに、どんだけ踏ん張っても今すぐ押し返されちまいそうだ。
「雄二様こそ、その細い身体のどこにこれだけの力があるのか、驚きです…!」
「そうかい…じゃあ、現状維持は危険だな!」
「?」
 ダークネスとしての自分を、動かせ。
「でぇい!」
 力強く伸ばした闇の腕で吉川の胸元を掴み、そのまま軽く跳躍しながら地面に叩き付ける!
「Nice down! 一本頂き!」
「な、なんというパワー…しかし、足元がお留守ですぞ!」
 直後、文字通り全金属製の手甲の一撃が腹へと襲ってきた。
 腹から背中、背中から頭まで、その衝撃が一瞬で突き刺さる。
「ところが、ぎっちょん…」
 バランスを崩した。そう、バランスを崩しても、空中で姿勢を動かして――――。 「エルボードロップ!」
 肘落としを食らわし、反動を使って上手く立ち上がる。
 だが、吉川も伊達にパワー溢れてないのか、まだ立ち上がってきた。
「仕切りなおし、ですな」
「あらら〜…まるでだめ? OK.…Are you Ready? It's a Show Time!」
 ならば、こっちも仕掛けるしかない!
 相手がどんなにパワーを持っていて、連続攻撃が上手でも、相手に攻撃モーションを取らせなければそもそも問題ない!
 地面を蹴る、一度目、そして次いで二度目からの跳躍、空中で捻る!
 前へと回し蹴り。そのまま吉川の身体を足場に、空中での攻撃に移る!
「ごふっ」
「地上戦で、真正面からじゃ難しいからな! ならばこっちは、空を行くぜ!」
 兜割の要領で正拳を下ろし、そして再び闇の腕を伸ばし、空中で掴んだまま一回転。そのまま落とせ!
 これで終わりか?
 否、こいつが…それで終わる筈は無い!
 俺がそう思った直後、次は俺が宙を舞う番だった。
「べくっ!?」
 地面に叩きつけられる、一度目。そのまま返す腕で二度目。
 そして三度目はジャイアントスイングの要領だ!
「って、容赦ねぇぇぇぇぇ!!!!」
 近くの塀へと思い切り叩きつけられ、意識が飛びかける。
「…おいおい、マジかよ」
 そこまで来るなら、こっちも本気で殺す覚悟がなきゃやばいのか?

「美しく、儚く散りな」

 距離を詰めながら、腕を掴み、そしてそのまま1撃目は一本背負い。
 2撃目は、そこから腕を掴んで振り回しての投げ、そしてこっからが本番!
「追撃は必須だぜ!」
 空中に飛び上がっての、上から振り下ろす拳。
 地面へと叩きつけてからもまだまだ続く。
「Bodyをやるぜ!」
 フックを浴びせ、更に膝蹴り、続いて頭突き!
「石頭って言葉は、頭突きの為にあるんだよな?」
 更に続け。
 掴んだまま、ストレート。次いで再びストレート。
「see you ageinはNo thank youだぜ。Have a Nice Die.」
 最後の一撃を浴びせて手を離すと、吉川はとうとうノックダウンしていた。
「あ、死んでないよな? 流石にHave a Nice Dieなんて言っちゃマズいか?」
 まぁ、思いつかなかったからいいか。
「さぁて、と」
 親父の下に会いに行き…。

 親父よ。どんだけ俺が嫌いなんだ。
 吉川を倒すのにも相当疲弊してんのに。

 黒川家の家系図は非常に複雑で、当主の家である親父が、その代の兄弟の中で一番結婚が遅かったせいか、二人いる親父の妹、どちらも叔母さんだがその子供達は俺よりも年上の従兄弟だったりする。

 そして、下の叔母さんはかつてオリンピック候補だったという柔道の人と結婚した為か、従兄弟さんは皆脳筋な兄弟になりました。
「おお、本当に雄二だな。大きくなったなぁ」
「北斗兄。手加減しときなよ。下手すっと雄二怪我するから」
「それを一番する必要があるのは聖夜兄だ」
「「カンフー極めたお前が言うな、光博」
 上から北斗兄さん。古武術を嗜んでる。この前なんかの大会で優勝してた。
 次いで聖也兄さん。学生プロレスを制覇してしまったパワー溢れる人。
 最後に光博兄さん。カンフー極めました。
 ちなみに全員大学生なので俺とは年が近い。つまりその分、一番体力が現役にあるということである。
「兄さん達、もしかして親父に言われて俺を止めに?」
「いや、試して来いってさ」
「ということだ、正々堂々やらせてもらうぞ。雄二、かかってこい」
「光博何言ってるんだ、ここは兄である俺が最初だろ」
「何でだよ俺が先鋒だろ。兄さんはどっしり構えてればいいんだよ」
「俺がいれば充分」
「………」
 黒川家ってどうしてこんなに変人揃いなんだ。って俺もか!
 今のうちにこっそり突破してしまうに限るか。
「いやだから俺が」
「兄さんはどっしり構えてて」
「光博、北斗兄。雄二が横を素通りしてるぞ」
「「聖夜(兄)とめろよ!」」
「お前らが争ってるのが悪い」
「仕方ない、雄二少し待ってくれ。お前と戦う順番を決める。光博、弟が兄に勝てるとでも思っているのか?」
「望む所だ。俺の本当の実力を見せてやる! 来い!」

 二人は俺そっちのけで試合を始めていた。
 俺、先行っていいかな…。 「陰の法・飛石!」「百連脚!」
 二人が戦っている間に、聖夜兄さんが俺の横に来て話しかけて来た。
「親父に話したい事あってさ」
「そうか。葉月には無いのか?」
「あるよ。でも…葉月に合わせる顔がねぇんだ」
「どうしてだ?」
「俺がこの家出てった事でさ、葉月の事…」
「葉月なら許すだろうさ」
 俺の言葉に、聖夜兄さんはそれが当たり前であるかのように答えた。
「雷の法・迅雷!」「飛燕・掌低!」
「………それだけじゃなくて、葉月にふさわしい男にならなきゃなって、思って」
「ふぅん。この前の活躍を聞いたぞ? 立派じゃないか、準優勝なんてそうそうできん」
「知ってたのか?」
「ニュースでやってた」
 ああ、そういう事か。
「でも最後で上手くやれなかったよ」
「お前らしさでもあるな。お前の親父さんは自分には甘いくせに家族には厳しいのがおかしいんだよなぁ…やっぱ叔母さんとの権力争いだな」
「まぁな」
 もう一人の叔母さんは時折黒い噂も聞くほど権力に執心しているからな。
「…まぁ、なにはともあれ。お帰り、とだけ言っとく。広間にいるぞ」
 聖夜兄さんが指だけを指し示して俺にそういう。後は自力でなんとかするのみだ。
 俺は覚悟を決めることにした。




 入り口を開くと、使用人が一斉に「お帰りなさいませ」と頭を下げた。
 例え家を出ても俺が黒川家の一員であることに変わりはないということだろうか。まぁありがたくはあるが。
「親父は?」
「旦那様は…広間です」
 聖夜兄さんと同じ答えを返され、わかったと返事をして、広間へ向かう。
 わざわざ使用人のおまけなどいらん。とりあえず、自力で進みに行く。
 長い廊下を歩き続ける。入り口から広間までは母屋を抜けて渡り廊下を通らなければならない。こんな不便なつくりなのは敵の攻撃を予想してのことらしい。
 いつの時代だよ、まったく。

 広間の前まで来た。
 今の俺にはわかる。北斗兄さん達が出てきたということは、親父達は表の騒ぎを、俺が来ることを知っている。
 故に、放たれるのは…部屋の外からでもわかるほどの殺気。そりゃそうだ、あの親父だ。

 昔、使用人の一人から聞いた話だが親父は伯父が拒否したという理由で黒川家を継いだ頃、格闘家を目指していたという。それも半端じゃない強さの。
 具体的にいうと北海道で冬眠中のヒグマに踵落としで叩きこし、不機嫌なヒグマを正拳突き一撃で葬ったとか。
 警備員として新しく入ってきた特殊部隊上がりの身体も知能もスペシャリストな人、スカウトされたその日に退職。
 理由はテストとして護衛対象の親父と戦ったら3秒で倒された。
 そしてもう一つ。
 聖夜兄さんがさっき最後に教えてくれた一言。
「うちの3兄弟。この前5分持たなかった」
 あの3人を同時に相手しても5分もかからずに降参まで追い込む。まさに最強にして最凶。

 ここまで来て下がれない―――――。

 俺は目の前にある襖に―――――全力のハイキックをかました。

 襖が床へと倒れこむ。
 中にいた親族達が一斉にこちらを見て、その中に…やはり親父がいた。
「ただいま」
 俺がそう告げた直後、親父の姿が、視界から、消えた。
「ばきゅらっ!?」
 見事な右ストレートだった。
 広間から廊下へ、頭から一回転して放り出されたが、壁に直撃して止まる。
 一回転したせいで頭がフラフラする。
 だが、俺は両足を使って、すぐに立ち上がるなりそのまま俺も右ストレートを返した。
 今度は親父が怯む番だった。
「…前よりかは、身体もデカくなったからな」
「子供が…親に手を上げるな!」
「おっと!」
 再び返された拳を片手で受け止め…って受け止められない!?
 そのまま再び廊下まで押し戻される。
「やらせるかぁっ!」
 だが、押されっぱなしじゃ、こっちの旗も立てられない!
 渾身の回し蹴りをぶつけ、更にそのままストレートを1発、2発!
「どっせい!」
 そして続けて、1歩の踏み込みと、全体重を乗せた飛び蹴り。
「ふん、タフにはなったな」
「あれでもダウン奪えないのかよ…まぁ、だから親父なんだろうな」
 親父は、あれだけ食らっても数歩下がっただけだった。
「どうして何のために戻ってきた?」
 ボクシングとも違う、独特のファイトスタイルを維持しつつ、ストレートを放ちながらも親父は問いかける。
「俺が家を出たのは、俺がどうすればいいのかわからなかったからだ!」
「答えになってない!」
「あんまり話し慣れてないからだよ!」
 拳の応酬。速度もパワーも、向こうが圧倒的に上!
 だけどそれでも、親父と向き合うにはこれぐらいが一番だ!
「だけど親父は、俺に何かを果たせって事を、教えようとしてた事だけは、わかったんだよ! 5年かけて!」
 ストレート、膝蹴り、そしてアッパー。
「それで! なにを知ったのだ! 戻ってきて、何をしたいのだ!」
「俺が! 俺がやりたい事は、やるべき事は! この世界を守る事だ!」
 踏み込みと、ストレート。親父の右頬へと吸い込まれ、手ごたえがあった。
 直後、猛烈な左拳が返ってきた。
「続けろ!」
 それを言う為のストレートかよ!
「俺はまだまだ…力は手に入っても、それでもまだまだ守りきるには足りない! だけど、必ず遣り通すと決めた! それを…それを葉月に伝えるためにここに来た!」
「そうか!」
「ごふっ!?」
 腹を殴られ、意識が飛びかける。だが、まだかろうじて残っている。
「この程度の攻撃で目を回すようでは、何かを果たす事もできんぞ!」
「ごはっ!?」
 更に膝蹴り、そしてアッパーが俺の脳を襲う。
「こんなんで…こんなんで折れたら…俺のせいで死んだ娘に、会わせる顔がねぇんだよっ!」
 決意をこめた左拳は、親父の胸へと吸い込まれた。
「…いいだろう」
 その拳を止めた親父は、静かな口調でそういうと。
「その意気や、よし! 貴様が果たすべき事を果たしたのならまた来い!」
 空中で一回転した俺は、そのまま盛大に床へと叩きつけられ、そして…そこで、意識が途切れた。





 目を覚ますと、そこは昔見ていた天井だった。

 熱を持った顔に、冷たいものが触れている、と感じたのは散々親父に殴られたから、誰かが冷やしているのだろう。
 この昔見ていた天井は、俺が昔使っていた部屋だ。
 喧嘩した後とか、親父に殴られた後、こうやって母さんに冷やしてもらってたっけ…。
「……」
 俺が目を覚ましたのに気づいたのか、誰かがすっと湯飲みを出してきた。
「大丈夫?」
「…葉月」

 5年前よりずっと背も伸びて、美しくなった、俺の婚約者がそこにいた。

「ああ。大丈夫。…昔から、何度か気絶するまで殴られたことあるし」
 そう答えてから身体を起こす。ついでに差し出された湯飲みも受けとる。
「ありがと」
 冷たい。中は水か…と思いきや淡い琥珀色と、微かな梅の匂い。
 一口飲んでみると、やはり梅ジュースだった。俺の好物の一つを、覚えていてくれたらしい。
 もう一口含んだ時だった。
「お義父さんは格闘家みたいな人ですからね…でも」
「っ!?」
 とりあえず落ち着こう。とりあえず落ち着こうな俺。お義父さんって…まぁ、そうか。確かに婚約者なんだから葉月から見れば親父はそうか。
「…昔から殴られまくってたからな…」
 とりあえずそう答えた後、梅ジュースを飲み干す。
 さて。
「…ああ、そうだ。久しぶり。それと…今まで、ごめん」
 頭を、下げた。
 俺のその行動に、葉月はどうするだろうか。
 なんていう返事を返してくるだろうか。少しだけ、怖かった。

「5年…すごく、長かったけど…でも、必ず帰ってくるって、信じてた! だから、待てた…何年でも」
「…そっか」
「だから! だからね! そんな風に、謝らなくてもいいの! 色々、知りたいの…話したい事も、いっぱいあって…」
 少しだけ、安心した。
 それと同時に、やっぱり俺は…この子に惚れてるんだなぁって心底思った。
 ああ、くそ。
「俺もあるよ、色々とさ…」

 俺がいない間に、この家と友人達は成長するにつれて相変わらずでたらめを続けていたらしい。
 まぁ俺の家だからしょうがない。

 それから、色々な話をした。
 そして俺のことも、全部話した。ダークネスのことも、世界のことも、何もかも。

「…世界のことって、もしかして、この世界が、無くなるかも知れないって、こと」
「だと思うさ。けど、そんなことはさせない」
 それには、まだまだ遠いだろうけれど。それでも、やらなきゃならない。
「ずっと探してたんだ。俺がやるべきこと。やっと見つかった…いや、俺にしか出来ないことだ」
「すごく危ないことだって思えるけど」
「否定しねぇ。けど…それでもさ、やらなきゃいけないことなんだ。葉月の、葉月と俺が、生きる未来の為にも」
「………」
「あー…ちと気ぃ早すぎたか?」
 慌ててそう返事をすると、葉月は首を左右に振った。
「いや、今までそんな話、聞いた事なかったから…」
「まぁ、俺らしくない、のかな? …けど」
 それでも、これだけは胸を張っていえるんだ。
「好きなんだよ。お前のこと。いまさら言うのもなんだけど、好きなんだよ。お前だけなんだ」

「全身全霊で! 心底愛してるのは、黒川葉月だけなんだ!」

「ずっとさ、気になってたんだよ」
 俺は言葉をつむぐ。
「家から出た時に、俺、この子を捨てちまったのかもって思うと、すんげぇ胸が苦しいんだよ」

「今日になって…ようやく謝って…でも、それ決めるまでがすげぇ大変で、馬鹿みたいに高い授業料払って」
,
 ここまで言うのにも、色々と涙を流してばっかりだった。
 でも、それでも。言わなきゃいけないことを、全部いえたから。
「……お前を、守りたい。だから、また行ってくる。逃げちゃ、だめだから」
 もう逃げられないし、逃げるつもりもない。
 それを決めるために戻ってきたんだ。
 それを告げるために戻ってきたんだ。

 再会の嬉しさと、再度の別離の寂しさで、彼女は泣いた。
 嗚咽を漏らす彼女を、俺は優しく抱きとめるしか出来なかった。でも、それだけでも十分だったのだろうか。

 俺にはわからなかった。彼女以外に人を愛することなんて、わからなかったから。






 葉月が泣き止む夜まで待ってから、俺は実家を出て再び童実野町の家まで戻ってきた。
 時刻はすでに夜の11時近くになっていた。
 この前アクアフロントから戻ってきた時のまま。やばいなぁ、明日あたり掃除でもしないと。

 でも…と思う。
 葉月が俺を許してくれた事。そして、改めて葉月も含めて、もうこれ以上大切なものを喪わない為にも。
 より一層の―――――はて。

 俺は部屋の中の違和感に気づいた。

 部屋が散らかっている為だろうか、いいやそうではない。
 散らかっていても、それでも決して異質ではない。部屋の中でそれが起こることは、決して不自然ではない。
 この時間に家に戻ってきたことか、いいやそれもない。
 マンションで暮らす人間、帰る時間帯に不自然もクソもない。では、何なのか?

「――――――」
 俺が振り向いた時、普段は俺しか座らない筈の、四人がけテーブルの一辺に。その人は、いた。

「茶ぐらい出さぬか、阿呆が」

 お、お、お、親父ぃぃぃぃぃ〜!!!???
 いつの間に入ってきたのかとか、いつ追いついてきたのかとか、この際そんなことはどうでもいい。
 そんなくだらない事を聞こうものなら「俺がここにいるのに理由がいるのか?」とでも返してきそうだ。それが黒川勇次郎という男である。
「あ、うん…すぐ、淹れる」

 お湯を沸かし、淹れるのはジャスミン茶。お茶請けは蜜柑饅頭である。俺が今朝買った奴だ。
「ジャスミン茶か」
「良い香りがするからさ。よく飲んでる」
「お前は何年経ってもバカ息子だな」
「…自分から茶ぐらい出さぬかって言っていきなり何を言ってるんだお前はべくぅ!?」
「口を慎め」
 家族団らんというか親子水入らずすら一ミリもする気は無い親父の拳が飛んできた。
「ジャスミン茶は爽やかな香りを楽しむ茶だ。よって味もベースが緑茶とはいえ、やや酸味が入る」
 知ってるよ!
「そして蜜柑饅頭は餡の中に蜜柑が混じる。酸味と甘味の強い餡が特徴的だ。その酸味と甘味がたまらない。だが、真の蜜柑饅頭好きにはジャスミン茶との組み合わせなど、酸味が被り、舌が狂うッ!!!」
「!」
 驚いた。
 いや、事実、冷静になって考えてみれば、その通りだった…!
 好物を二つ組み合わせても、それがベストの組み合わせかなんて限らない…。  カツカレーは、トンカツとカレーライスという組み合わせの、相性が良かったから現在でも残るのだ。
 だが、同じこってり系とはいえ、カレーライスはスパイシーな味だし、トンカツは基本的には肉の味のみ、素朴な味である。故に組み合わせが上手くいった。
「ごめん。別のお茶菓子を出すよ」
 流石に今度ばかりは俺の失敗だった。

 代わりに出したのは八つ橋だ。
「ふむ。貴様は昔、俺が京都に……間違えた。これはお前が生まれる前の話か」
 親父は八つ橋を一枚つまみあげるなりそう口を開いた。
「俺が生まれる前の? 京都に行ったの?」
「貴様の母親との新婚旅行だ」
「新婚りょこ……親父と母さん、そんなことしてたんだ」
「世間一般の習慣だ。俺も真似てみただけだ。それに、貴様の母親はそれまで旅行など行くような人間では無かったからな」
 俺の母親…黒川咲夜は色々と特殊な事情があった。
 昔、子供の頃に親父の部下の一人に聞いた話だが。
 格闘家にならんばかりに武者修行していた親父が黒川家を継ぐ事になった、が、しばらくの間は仕事をする以外は好き勝手していたそうだ。
 そこで出てきたのが叔母さんである。黒川家内の権力掌握と、親父の次の代の当主は自分の子に、とばかりに親父相手に喧嘩(政治的に)を売ったのだった。
 親父はとりあえず家族を作ろう、と考えたはいいがなにせ親父なので如何に名家の人間だろうと婚約者として薦められた相手の方が夜逃げしたりする始末だった。信じられないが実話だ。
 しかし結婚しない訳にはいかない親父は知人の古くからある華族の屋敷で歓談していたときに、たまたま部屋の掃除にやってきた使用人として雇われたばかりの当時16歳の母さんを見つけた。
「親父が結婚しろとうるさい。その娘をもらっていいか?」
「じゃ、やる」
 この一言で決めてしまうその相手も相手だが、かくして母さんは俺の親父の嫁になってしまった。
 元々大家族で家計が苦しかったので母さんが幼くして働いていた訳であり、親父と結婚したおかげで母方の親族はだいぶ生活が楽になったとか。
 そんな状態でも、親父とも交流を持っていた母さんはすごかったのだろう。
「俺も黒川家の仕事以外で京都に行ったことはなかったからな。なかなか良い体験だった」
「俺も修学旅行ぐらいかな…その八つ橋は通販で買った奴」
「便利な世だ。パソコンの画面一つで世界とつながり、世界の果てにある物でも確実に届くようになる」
「ああ、そうだな」
「しかし買い物というものは自身の目で見て、手にとって善し悪しを判断するのが買い物の醍醐味となる」
 じゃあ何のために通販を褒めたんだよ、今。
 でも突っ込みを入れようものなら遠慮ない拳骨が飛んでくるに違いない。
「……あ、そうだ」
 このまま時間だけが過ぎていくのもなんだろうし。
「時間、遅いけど…晩飯でも、食う?」
「…かまわんが、この時間帯で開く店は24時間営業のファミリーレストラン、ファーストフードか、或いは居酒屋ぐらいだろう」
「俺が作るよ」
「ほう…無駄に5年を過ごしている訳ではない様だ」
「たいしたものじゃないけど」

 炊き立てのご飯。
 野菜炒め(豚肉、ニンジン、キャベツ、タマネギ、モヤシ、ピーマン)。
 味噌汁(ワカメ、豆腐、長ネギ)。
 ホウレン草のおひたし。
 白菜とキュウリの浅漬け。

 手早く作り終えたメニューを並べても、親父は顔をあまり動かさなかった。
「いただきます」
「いただきます」
 箸を俺が手に取るより先に、親父は箸を伸ばしていた。
「…よく漬かっているな」
「飯進むからな、漬物」
「確かにな。むっ」
 味噌汁をすすりこんだ親父がふと顔色を変えた。 「我が家と、同じ出汁を使っているのか…味が同じだ」
「それしか思いつかなかったんだよ。ずっとそれで慣れてたからな」
 子供の頃の思い出ってある意味すごいものさ。
「俺がお前に厳しかった訳ではない。…お前が見ていない所では、珠樹や雄一にも手を上げたことがある」
「そうなのか」
 って、殴ってるのかよ。
「ああ。だから特別お前に厳しくしていた訳ではない。…お前を殴った回数が一番多いのは事実だが」
「でも、そのたびに母さんが色々と、フォローしてくれたからな…それに、親父の言ってたことって、結構、無駄じゃないよ」
「当たり前だ。全てを糧にしろ」
 とりあえず親父がなんで殴るのか理由がわかった気がする。超が20個つくスパルタ教育だ。
「親父の教育は厳しいんだってーの…」
「父親というものはそういうものだ。現に、貴様は母親に感謝しているだろう?」
「ああ」
 当たり前だ。
「ふむ、この味付けも悪くはないな…」
 野菜炒めをおかずにご飯を食べ、そして親父は言葉を続ける。
「親として貴様の行き先が心配ではない、訳ではない」
「てっきり親父の事だからお前のやりたいようにごふぅっ!?」
 その場から動かずにパンチはひどくないか。
「話は最後まで黙って聞くものだ」
「…はい」
 親父は「よろしい」と答えると、再び口を開く。
「お前は俺と咲夜の子だ」
「知ってるよ!」
 そりゃそうだ。そうでなければ俺が自然発生でもしたというのかよ。
「珠樹は人を引っ張る力がある。それは俺に似た。そして人の様子を知り背中を押す力もある。それは咲夜に似た。雄一は人をまとめる力がある。…それは俺と咲夜、両方がいるから出来たことだ」
 姉貴といい兄貴といい、俺よりもずっと上を行くようだったけど。確かに言われてみればそうだ。
「お前にあるのは、あるモノ全てを背負おうとする器だ。そしてそれは、咲夜に似た」
「…ああ、確かにな。母さん、黒川の血を引いてないのに、親戚の揉め事は仲裁するわ部下が困っていれば相談に乗るわ海外事業でコケた後、現地従業員の再雇用の世話までするわ…それでいて俺らを育てて家のことまでやって」
「その通り。…幼い頃から咲夜は苦労し通しだった。だが、その大半は…誰かの為に自ら首を突っ込んで得た苦労だった
「……」
「咲夜の死因は過労からの、肺炎をこじらせてだ」
 そういえば、母さんの死因を今まで知らなかった。でも、苦労していたという事だけはわかっていた。
「そしてお前は、咲夜に似た。だからこそだ、お前も咲夜のように抱えすぎて支えきれなくなるのではないかとな。自らの器で受け止めきれぬものを背負えば、器は割れる!」

「だが、今さら止めようにも貴様はやめぬだろうっ! 故に…果たせ! 果たすまで帰るな! 泣き言一つ言わず、ただ自らが立てる御旗の為、威風堂々とせよッ! それが貴様だッ! 貴様はそうなるのだ!」

 親父が、親父なりにだろうけど、親らしいことを言ってくれてる気がする。
 なんだろうな、今考えてみれば。昔から結構親らしいことしてもらってたのかも。
「親父」
「…なんだ?」
 喋り終えた親父に、タオルを差し出す。
「ほっぺたに、ご飯粒」

「葉月にふさわしい男になれ」

「当たり前だよ。嫁を幸せにしない男なんざ最低だ」
「あの言葉を嘘にするな」
「あの言葉?」
「貴様の夕方の話だ。全部聞こえていたぞ」
「……」
 そんなに大声だったっけ?

 意外な一面。光と影。
 俺が知らないものなんて、この世界にはいくらでもある。それはきっと…。

 なんだって、同じ。




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二次創作小説
【FORCE OF THE BREAKER -受け継がれる意志-:第2章・不器用な愛の詩】

原作「遊☆戯☆王」「遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX」

演出・脚本 真紅眼のクロ竜


CAST

『タスクフォース616』
”スノーマン” ”ダークネス” ”シュヴァリエ” ”ゴースト”
”ブレイズ” ”オルカ” ”ダイス” ”スティンガー”
”スケアクロウ” ”アイギス” ”ブラッド” ”エッジ”
”シードル” ”ファルコン” ”ドミノ” ”ローレライ”

黒川雄二 笹倉紗論 宍戸貴明 高取晋佑
ゼノン・アンデルセン ブレンダン・スティールスター
パーシー・ランド ジニー・ライト

河野美希 伴野優希 水島千加子 東十条銀次郎

ナターシャ・シェフチェンコ

黒川葉月 黒川勇次郎 吉川紅人
忍者三姉妹(桜、梅子、菊乃)

遊城十代 吹雪冬夜

参考資料
たくさん。

スペシャルサンクス

KONAMI 海馬コーポレーション インダストリアルイリュージョン社
デュエル・アカデミア 遊戯王カードwiki 遊戯王カード原作HP

読者の皆さん。
原作HP作家陣の皆さん。
全世界のデュエリストの皆さん。
デュエル構成やカードリプレイ、ネタ提供などで手伝ってくれる友人達。

製作協力
遊戯王カード原作HP
遊戯王カードWiki
遊戯王カード原作HP オリカwiki

監督
真紅眼のクロ竜



























続く...





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