FORCE OF THE BREAKER -受け継がれる意志-

製作者:真紅眼のクロ竜さん






《プロローグ:堕ちた世界》


「信念を持つ事はある時点まではよい。しかし負けてしまえば信念は何の役にも立たない」
ディック・チェイニー

「我々が感謝の意を表す時、最も優れた感謝は言葉を発する事ではなく、共に生きる事だという事を忘れてはならない」
ジョン・F・ケネディ

「英雄は、普通の人間にまして勇敢なわけではないが、5分だけ長く勇敢でいられる」
ロナルド・レーガン

 これは、ある偉人達の言葉である。
 戦う、という事について綴られた、偉人達の言葉である。
 僕たち人間は有史以来、幾度とない戦いを経験してきた。それが人間同士の戦いであっても。
 傷つき、立ち上がり、そして学んで行く。でも、そうやって進化してきた僕らは、これから何処に行こうというのだろう?

 戦う、という行為について、やめようという人はいるし、それを嫌がる人もいる。
 誰だって傷つきたく無いのは一緒なんだと解っている。
 だけど、この世界で生きていく上で、一度は何かに立ち向かわないといけないんだ。それがどれだけ嫌な事であったとしても。
 人生というものは、自分自身と自分以外の誰かが流した血で染められた道なのだ。
 生まれてから死ぬまで、ずっと戦う事を運命づけられているようなもの。
 でも、僕たちは英雄じゃない。
 ヒーローでも何でもない、ただの人間。世界に一人だけの、簡単に死ぬようなちっぽけな人間。
 何かに挑もうものなら、大抵返り討ちに遭うのがオチ。人は簡単に死んで行く。

 それでも僕らは、戦う事を止めない。

 戦う事は生きる事。逃げない事が、生きる事で、戦う事なんだ。

 そう、生きている限り、人間は戦いから逃れる事なんて出来ない。
 それが世界の終末であったとしても。僕らは生きている限り戦わなくてはいけない。
 自分が生きる道を自分自身の手で切り開け。その道は常に血で染められている事を忘れるな。

 戦え。それが生きる事だ。
 目を逸らすな、耳を塞ぐな、手足を休めるな、もがけ、みっともなかろうが生きろ!
 それが嫌なら。

 死んでしまえ。
 それも嫌なら、殺してやる。





 意識を取り戻すと、そこは太陽が落ちた空だった。
 大地は灰色に覆われてその色彩を失い、建物も道路も、その殆どが破壊されている。
 身体を動かそうとすると、あちこちが痛んで、生暖かい何かがこぼれ落ちる。
 血だ。
 ゆっくりと、だがどうにか立ち上がると、喉の奥から熱い何かがせりあがってきて、僕は思わず口元を下へ向ける。
 胃液と血が混じった液体を吐き出し、数回咳き込む。
 せりあがってくるものが無くなって少し落ち着いた僕は、一歩を踏みしめた。
 何もかも破壊された世界。
 所々についた炎だけが彩る、灰と瓦礫と――――いいや、もう一つだけある。

 死体だ。
 潰れたトマトのように瓦礫に押しつぶされたものに始まる。
 炎がパチパチと燃えている、火だるまのようになったものもある。
 全身無惨に火傷に覆われたもの、腕だけが転がっているもの、壁を背に力尽きたもの。
 何かから逃れようと辛うじて物陰や噴水に逃げ込んだはいいが、それごと破壊されて潰れたもの。
 内蔵、血、肉。
 灰と瓦礫と炎の世界を彩る、血。

 数歩踏みしめながら歩くと、かつて図書館だった建物の影で小さな人影が倒れていた。
 小学校2か3年生ぐらいの小さな少女。その姿は、僕の知っている少女の姿を彷彿させる。
 顔を見て、違うと解った。だが、灰と泥に汚れているとはいえ、眠っている様にも見える彼女に近寄り、首元に、手を置く。
 鼓動は聞こえない。死んでる、もう死んでいる。
 僕が手をどかすと、その首元に血がへばりついていた。見ると、僕の手も既に血塗れだった。

 屋根が吹き飛ばされ、あちこちに炎を纏っているとはいえ辛うじて原形をとどめている図書館の中に入る。
 記憶が正しければ、昔からある建物で、頑丈なうえにこの地域には不釣り合いなほど大型の建物で、台風か何かの時に避難所代わりに使われていた筈。
 図書館の中も酷い有様だった。
 ただ、図書館内にいるのはどうやら、世界が終わった時に死んだ人だけではなく、それより前に死んでいた人の方が多かった。
 首を失ったもの、殆ど原形をとどめてないもの、必死に逃れようとしたのか、本棚の上に昇ろうとして下半身だけ無くし、内蔵をまき散らしているものまである。
 ここも、生きている人影は無い。
 階段が瓦礫で押しつぶされていたが、その押しつぶされた瓦礫が坂上になっていて、上へと目指す事が出来るようだ。

 この頃になって、僕の足が震え始めていた。
 傷を負っている身で歩き続けたせいだろうか。僕は必死にその足を庇いながらも、上を目指す。
 図書館だけでなく、色々な施設の入った市民文化センターに近い上層部を瓦礫を掻き分けながら歩き、かつて屋上だった場所へと、辿り着いた。

 そこから見える世界は、何もかも破壊された。
 絶望と、悲しみだけが支配する。もう何もなくなってしまった世界。

 僕は叫んだ。
 家族の名、友の名、愛する人の名。
 その全てが、返事が返ってこない。何も守る事が出来なかった僕だけが、生き残った。

 いいや、違う。
 僕もこれから死ぬからだ。



 どうしてこんな事になったのか、誰だって理解してないだろうし、これかも理解できないだろうと思いながらも。






「質問をしよう」

 深い霧の中から、声が聞こえた。
 暖かなまどろみの中にいた僕を、深い闇に沈めようとするような冷たい声で。

「君の世界がもしも、存在しえないものだったらどうするかね?」

 おかしな質問をするな、と僕は思った。
 僕がいる世界が存在しないのなら僕は存在しないのと一緒だ。
 だから、存在しうるものにすればいいだけの話だ。

「なるほど、確かにその通りだ。では、質問を続けよう。一人を救う為に世界を犠牲にした男と、世界を救う為に一人を犠牲にした男、さて、どちらが罪深いかね?」

 おかしな質問だ。そんなの、一人を救う為に世界を…いや、待て。
 世界を救う為に犠牲になってしまった一人の事を思えば、どちらも一概には言いがたい。
 でも、一つだけ正しい事が言えるとすると。
 それはどちらも間違っている。僕だったら……僕にもしも力があるのなら……そのどちらにもならない道を選ぶ。
 世界も、誰かも、犠牲にならない道を、選ぶ。

「強欲だな、君は」

 声は笑う。

「君にそんな事をするような力が無い事ぐらい、解りきっている事だというのに。愚かだ」

 ………力が、無い。
 それは否定しない。僕には力が無い。
 世界を救う事なんかよりも、誰か一人を救う力すらないのかも知れない。
 だから僕には、いる場所なんて無い。誰かに必要とされたいと願っても、それは叶わぬ願いなのだろうか。
 でも、僕は……認めてほしい。誰かに、ここに、側にいて欲しいと、一度でいいから、刹那に願ってほしい。
 だからそれだけでありたいような……力が欲しい。

「力が欲しいか?」

 声は再び続ける。
 冷たい声のまま、だがそれでも嘘はつかないと断定出来るほどの、力強い声で。
 欲しい。
 世界を…いや、この両手で数えられるような数だけでもいい、誰でもいい、誰かでもいい、何かでもいい、それだけを守れるような、力が欲しい。
 もう二度と、大切だと願ったものを失わないぐらいの力が欲しい。

「ならば、進むと良い。貴様が信じた道を。力は、その先にある」

「さぁ、目覚めよ。お前のその名を喚べ―――――」










 目が覚めた。長い夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。
 頭を左右に軽く振ると、視界に飛び込んで来たのは眩しい西に傾いた太陽と、次々と流れて行く風景。
 目を擦りつつ、電車内の電光表示へと視線を向ける。

 どうやら次が目的の駅のようだ。目が覚めてよかった。

『次は、那珂伊沢。那珂伊沢です。お降りになるお客様はお忘れ物ないよう、ご注意願います』
 車内放送の声とともに、網棚に載せていたボストンバッグを降ろして肩にかける。
「進むのか?」
 急に声がかかった。慌てて周囲を振り向く。だが、誰もいない。
 気のせいか、と思いつつボストンバッグを肩にかけ直す。
 だがもう一度声は響いた。
「今ならまだ戻れる。もっとも止めたりはしない。だが……進んだ先にあるのが、良い結末とは限らない事を覚えておくといい」
「…………」

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が意志、汝が勇気、汝が意識…

その全てを讃え、汝に「愚者」の力を授けん…

 意識の中で、小さな光が散ったように見えた。

 今のは、誰の声なのだろう。
 僕がそんな事を考えている間に、電車は那珂伊沢駅へと滑り込んで行った。



 電車を降り、駅の改札を出ると、まず目の前に広がったのは人通りの少ない大通りだった。
 商店は三分の一ほどがシャッターが閉まっており、買い物をする人も少ない。
 過疎化が進みつつある田舎町。第一印象はまさにそれだ。
「浩之君!」
 僕がそんな事を考えていると、少し離れた所から女性の声が響いた。
「えーと……河野浩之君、でしょ? お迎え、遅れてごめんね」
「あ、いえ」
 お迎えが来る、とは聞いていたが僕自身は初めて会う人なので頭を下げる。
「は、初めまして」
「初めまして。浩之君のお母さんの妹の、永瀬圭子ね。圭子お姉さんでいいわよ」
 いや、お姉さんはちょっと……と言うような勇気は流石に無いので「よろしくお願いします圭子さん」と頭を下げる。
「旦那と娘は車で待ってるのよ……暑いからだって。荷物、持とうか?」
「いえ、大丈夫です」
 血縁上は叔母、なんだよな。叔母さんにそう断り、とりあえず後に続く。
 車、と言っても本当にすぐ近くに停まっており、運転席には無精髭の男性が、そして後部座席には。
「あ……こんにちは」
 小学校の四年ぐらいの、少女がいた。
 とりあえず「こんにちは」と返して、後部座席へと滑り込む。
「おう、よく来たな。永瀬良二だ。まぁ、何も無い所だが、のんびりしてけ」
「お世話になります」
「あー。お前の横に座ってるのは、娘の和葉だ。仲良くしてやってくれ」
「ほーい、じゃあ家に…行く前に買い物してこう良ちゃん。晩ご飯のおかずが無かったり」
「浩之君を迎えに行く前に済ませろよそれぐらい………へいへい」
 叔父さんは叔母さんの言葉に呆れつつそう返すと、車を発進させる。
 背広を着てこそいるが無精髭を生やしている辺り、サラリーマンには見えない気がする。
 車は、田舎街をゆっくりと進んで行った。

「…………えーと」
 参ったな、会話が続かない。
 正直な話、聞きたい事というのも実は特に思い浮かぶ訳でもないし。
 困っていると、ちょうど和葉ちゃんが口を開いた。
「えーと、お兄ちゃん……は、その、前は何処に住んでいたの?」
「ん? ああ、七ツ枝市ってとこ」
「とおい?」
「すごく。電車で、何時間もかかる」
「いいところ?」
「都市部にしては、川が奇麗、だね。泳げるぐらい」
 これは本当に珍しいことだ。都市部を流れる川にしては珍しく、水が奇麗で夏場は普通に泳げるぐらい。僕が生まれた場所。
 ただ、今となっては帰りたいとも思わないけれど。
 和葉ちゃんが会話の切っ掛けを作ってくれたので、僕はしばらく和葉ちゃんと話す事にした。
「那珂伊沢に、何か気になるものとか、ある?」
「……えーとね………ゼオンがある!」
 ゼオン、というと確かショッピングセンターだった筈だ。
 七ツ枝市にもあったが、都市部では決して珍しいものでは……と思いかけてここが結構な地方である事を思い出す。
 ああいう大型ショッピングセンターは休日とかは買い物に来る家族はイベントで賑わう。あるだけでも充分な活気が生まれるという事だろう。
「それは凄いね……ゼオンがあるのか」
「お兄ちゃんも、ゼオン知ってる?」
「魔王たる我が輩も買い物はゼオンに限るわフハハハハハハハ! ゼオン♪」
 ゼオンのCMに出て来るキャラクターの物まねをしてみた。
 直後、和葉ちゃんが驚いた顔をした。
「………わ、わたしより上手い……」
「和葉はゼオンが好きだなぁ、本当に」
 叔父さんが笑いながら口を開き、そして前方を指差す。
「右手に見えますのは五年前に開店し、順調に顧客を伸ばしつつあるゼオン那珂伊沢店でございます」
 バスガイドさんばりの見事な解説である。
「毎日が、ハイ&ロープライス!」
「魔王たる我が輩も買い物はゼオンに限るわフハハハハハハ! ゼオン♪」
 そしてそれに続けて叔母さん、最後に和葉ちゃんと見事なゼオンのCMを再現していた。
 皆ノリが良すぎだ……。道理で僕を引き取ろうなんて言い出す訳だ。
 有り難い事では在るけど。



 ゼオン那珂伊沢店、1階。生鮮食品売り場。
 夕方故か、多くの主婦達が総菜やら野菜やら肉やらをひたすら探していた。
「今日は、お寿司だべー!」
「すしだべー!」
 叔母さんは鮮魚売り場で叔父さんにそう言い放ち、和葉ちゃんも同じく合わせる。
 流石の僕もポカーンである。
「……俺のカミさんはな。医者なんだ。ああ見えて」
 叔父さんが僕に視線を向けつつぽつりと呟く。
「当時駆け出しの刑事だった俺はつまらんひったくりを追いかけてたらそいつらの車に跳ね飛ばされてカミさんがいた病院にな……目が覚めたらギブスに『頑張れ☆ルーキー』とか書かれてたからマジびっくりしたぞ。しかも問題はその時、カミさんはまだ研修医だったんだ」
 叔父さんは叔母さんとのなれそめについて話し始めたが、しかしその話が本当に笑いを堪えたくてもとても堪えられない話だった。
 普通に、人の馴れ初め話ほどつまらないものはないと誰かは言っていた気がするけど……叔母さんは昔から相当破天荒だったようだ。
「まったく、頭が上がらないことこの上ないぜ……まぁ、カミさんに姉さんがいるっつー話は知ってたが、お前さんみたいな子供がいるとは驚いたよ。そういやお前の母さんってカミさんに似てるのか? あ、悪ぃ」
「時々破天荒な事してるのは血でしょうかね」
 実際、僕の母親も暴走する時は暴走するから。
 例えば弁当作りの最中にコンロが爆発したりとか。
「……マジそうかもな。俺、一度義父さんに一本背負いされた事あるしな」
 それは確かに血だ。
 僕がそんな事を考えていると、ふと叔父さんが視線を向けた。
「おや、マリーちゃんじゃないか」
「Oh! 永瀬さん、コンニチハ!」
 そんな声とともに叔父さんの近くにやってきたのは、長い金髪をツインテールにした少女だった。
 ついでに碧眼……どう見ても外人である。言い方は失礼だがこういう場所には似合わない気がするような。
「買い物デスカ?」
「ああ。カミさんと和葉と…それと、今日からウチで預かる事になった、河野浩之君だ。多分、高校一緒だろうしな」
 彼女は高校生なのか。僕がそう考えているとマリーと呼ばれた彼女は僕に視線を向けた。
「Nice to meat you! マリアンヌ・カーターとイイマス!」
「よろしく」
「浩之君は、一年だっけか?」
「いえ、二年です」
「Oh! では先輩デスね!」
 彼女は一年生なので年下のようだ。
 マリアンヌ、で愛称がマリーなのか……しかし、初日から変わった人と知り合いになったものだ。
「お隣りさんの、お孫さんなんだよ。両親ともども移って来たらしい」
 叔父さんがそっと耳打ちしてくれる。
「これからヨロシクお願いしマスネ!」

『えー、ただ今からタイムサービス! お一人様、三点限り、もやし1袋四円! お一人様一点限りで大根1本、十一円です! 青果売場にて、もやし1袋三点限りで四円で大根1本一点限りで十一円! 今日だけ、今だけのタイムサービスです! お買い得、お買い得! いらっしゃいませー、いらっしゃいませー! 今だけのタイムサービス、是非青果売場にてお待ちしておりまー……ってあああああああーっ!!!!!?』

 マイクの声が最後は殺到する人の声にかき消されて行った。
 そりゃあ道理で客が集まる訳だ。デフレとかそういうレベルの値段ではない。もやし一袋四円って……。
「ナンですと!? これは行かなきゃソンでス!」
 マリーはそう叫ぶや否や、凄い勢いで青果売場へと向かって行った。
 どうやら大変そうだな、と考えていると、少し離れた所で、不安げに周囲を見渡すまだ幼い女の子がいた。
 どうやら親とはぐれてしまったのか。
「……あれ?」
「ん? おや、迷子みたいだな……しょうがねぇ。サービスカウンターに預けるか」
 僕と叔父さんは二人で女の子に近づき、とりあえず話しかけてみる。
「どうした? お母さんとはぐれたのか?」
 叔父さんがそう声をかけると、女の子は不安げに叔父さんを見た後、小さく頷く。
「そうか……とりあえず、まずは店員さん探すか」
 叔父さんはそう言うと、僕に視線を向けた。
「ここにいてこの子を見ててくれ。とりあえず、探して来る」
 叔父さんはそう言うと、店員を捜しに行った。
 女の子を落ち着かせるべく、とりあえず叔父さんが店員さんを捜しに行った事などについて話していると、遠くの方から僕と同世代ぐらいのエプロンを身につけた少年がやってきた。
 気のせいか、少しくたびれているようだった。
「ふぃー、疲れたなっと……おろ?」
 彼はこちらに気付くと即座に近づいて来る。
「いらっしゃいませー。どうなさいました?」
「すいません、この子迷子になったみたいで……」
「あー、そうスか。じゃあ、サービスカウンターまで連れてきますよ」
 彼は笑いながら女の子を落ち着かせる様に「大丈夫」と声をかけつつ、歩き出す。
 僕も何となく彼に歩調を合わせた。
「ここで、バイトしているんですか?」
「ええ、まぁ。結構長いですよ」
 同年代ぐらいであろう彼は一応客である僕の手前、敬語を使っていた。
「時給、いいですか? 今日、引っ越して来たばかりで……」
「上のテナントは解らないけど、生鮮食品売場は悪く無いかな。800円ぐらいですかねぇ」
 そんな事を話していると、ちょうどサービスカウンターの方では叔父さんがいた。
「おう、なんだ……連れて来てくれたのか。とと、店員捕まえたのか」
 叔父さんは苦笑すると、バイトの彼とサービスカウンターの人達に迷子である女の子を説明し、引き渡した。
 なにはともあれ、これで一安心。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 僕の言葉に、彼はそう言うと照れくさそうに握手をして、去って行った。
 同年代だから、もしかして同じ学校かも知れない。何となく、そう考えていた。
「いいものゲットだぜー!」
「だぜー!」
 遠くの方で叔母さんの声が聞こえ、僕は意識を叔母さん達の方へと戻す。
 どうやら今夜のご飯はパック寿司のようだ。






 永瀬家は那珂伊沢市の外れにある一軒家で、二階建てだ。
 一度荷物を部屋に於いてから居間へと降りると、叔父さん、叔母さん、和葉ちゃんと皆既に揃っていた。
 パック寿司とジュース、それと缶ビールが並びささやかながら歓迎の宴が始まろうとしている。
「まー、とにかく座って座って。今日から、家族なんだしね」
 叔母さんの言葉に甘え、和葉ちゃんの対面に座る。
 和葉ちゃんは少し恥ずかしそうだけど、僕と目を合わせると少し笑んだ。

 ふっと、彼女の事を思い出した。その笑顔に、重なった。
 だって、和葉ちゃんも彼女も、同じぐらいの歳で……。

 僕は慌てて首を振って思考を中断した。
 そんな事を考えている場合ではないし、そんな事を思い出していたら叔父さん達に失礼だ。
「じゃ、かんぱーい」
 叔母さんと叔父さんがまだ開けてない缶ビールを掲げ、僕と和葉ちゃんも同じく缶に入ったジュースを掲げて、1回だけ鳴らす。
 その直後だった。

 映画アルマゲドンのメインテーマと、スター・ウォーズのメインテーマが同時に鳴り響いた。
「あら」「お?」
 叔母さんと叔父さんは同時にテーブルの上に於いてあったそれぞれの携帯電話を取り、叔父さんは縁側の方へ、叔母さんは台所の方へと向かう。
「なに? うん、うん……そう、わかった。容態はどんな感じ?」
「ああ……ああ。おう、そうか。わかった。現場には人を近づけるなよ」
 叔母さんと叔父さんはしばらく電話した後、同時に電話を切る。
「悪ぃ……ちょっと出て来る。急な仕事だ」
「ごめんね、急患入っちゃった。行って来るね? 戸締まり、きちんとするのよ?」
 叔父さんと叔母さんはあっという間に支度をしていく。
 僕が呆気にとられていると、和葉ちゃんは立ち上がってまだ開いてない缶ビールとパック寿司を冷蔵庫へと閉まって行く。慣れた手つきで。
「……行ってらっしゃい」
 そう言って見送った後、和葉ちゃんは席に戻った。
 あっという間に、二人だけの時間。

 何となく、気まずい気がする。
 どうしようかな、と考えていると和葉ちゃんはテレビを点ける。
「お?」
 テレビで、ちょうどデュエル中継をしていた。珍しい事である。
『そうだ! 俺はおジャ万丈目なんかじゃない!』
 おジャマ・イエローの着ぐるみを着たデュエリストが着ぐるみを投げ捨て、相手に対して指を突き付ける。
 その相手は、エド・フェニックス。
「……エドさんだ!」
 和葉は目を輝かせる。そう言えばエド・フェニックスはつい最近引退したんじゃなかったのだろうか。
 復帰したのかな、と思いつつもデュエルは続く。
 デュエルに見入る和葉を見ながら、寿司を食べる。
「……デュエル、好き?」
「うん!」
「そっか」
「……お兄ちゃんは、デュエル、するの?」
「少し、ね」
 本当に少しだけど、と付け加えながら。
 デュエルはエドの敗北に終わったが、エドは何故かご機嫌なようだった。

 そうして、僕の那珂伊沢での最初の夜は過ぎて行った…。




『……臨時ニュースをお伝え致します。今夜午後八時過ぎ、那珂伊沢市鹿目町で「人が死んでいる」と110番通報がありました。亡くなったのは、市内に住む高校生、里見智晴さんで、家族によると一昨日の夜から行方が解らなくなっており、捜索願いが出ていたとの事です。警察は、先日より続く那珂伊沢市での連続誘拐殺人事件と同一犯との可能性を見て調べを勧めています…』





 【登場人物紹介】

 河野浩之 17歳
 「FORCE OF THE BREAKER」の主人公。
 七ツ枝市で生活していたがある事件を切っ掛けに叔父叔母従妹の住む那珂伊沢市に引っ越す。
 どこか抜けているが芯はしっかりしている、ようである。デュエルの腕前は本人曰く上手ではない。
 彼は決して、舞台の上での主演ではない。主演ではないものの、重要な役割を担っている。

 永瀬家の人々
 ・永瀬良二
  永瀬家の大黒柱で浩之の叔父。職業は刑事で家に帰る頻度は少ない。
 ・永瀬圭子
  永瀬家の母親で浩之の叔母。母親代わりになるがどこか破天荒。職業は医者。
 ・永瀬和葉
  永瀬家の娘。小学校四年生。人見知りする所もあるが優しくて明るい子供。

 マリアンヌ・カーター 16歳
 この物語のヒロイン、だと思う。
 日本に住む祖母を頼って家族で移住してきており、永瀬家の隣りに住んでいる。
 アバウトかつオーバーな性格で何かと浩之を振り回している。

 宍戸貴明 17歳
 ゼオン那珂伊沢店でアルバイトをしている少年。浩之とは同級生になる。
 腕前はそこそこ、顔はややイケメンなデュエリスト。
 前作の世界ではデュエルキングで童実野高校の生徒だったが今回は違う?




《第1話:那珂伊沢》


 夜が明けて、朝が来た。
 叔父さん叔母さんは戻っていないのか、窓の外には車が無かった。
 まぁ、仕方ないだろう。僕は一旦下へと降りる。

「…おはよう」
 台所で目玉焼きを作っていた和葉ちゃんにそう声をかけると、恥ずかしそうながらも「おはよう」と返事をしてくる。
 同時に、トースターからきつね色に焼かれたトーストが跳ね上がる。昔ながらのトースターを使っているとは古風だなと思っていると、和葉ちゃんは空のお皿を出して来る。
「トーストで、良かった?」
「うん、いいよ」
「なにか、飲む?」
「コーヒーお願い」
「おとななんだね」
「いやぁ、そういう訳じゃ……牛乳とってくれると嬉しいかな」
 インスタントコーヒーをマグカップに少し入れて、ポットのお湯と牛乳を少々。無糖のカフェオレの出来上がり。
 コーヒーを持って昨日も座ったテーブルの席に座ると、和葉ちゃんは慣れた様子でカリカリベーコンと目玉焼きとミックスベジダブルが乗った皿を持って来た。
 それにトーストとイチゴジャムが付いたら立派な朝ご飯である。
「上手だね」
「朝、お母さんとお父さん、いない時多いから……もう、慣れたもの」
 テレビを点けて、いただきますの声で食べ始める。
 目玉焼きは半熟、ミックスベジダブルは充分暖まっていて、トーストはサクサクでイチゴジャムの適度な甘さがとても美味しい。
 贅沢を言うとすればベーコンはカリカリになるまでではなく、少し柔らかめな方が嬉しいという事か。
 まぁ、それは好みの問題だから置いておくとして……。
「………」
 いつもは、和葉ちゃんは一人で朝ご飯を食べているのか、と思う。
「……どうしたの? おいしくない?」
「いや、美味しいよ。その……」
「なぁに?」
「和葉ちゃん、いつも、一人で、食べてるの?」
 なんとなく聞くのが躊躇われたけど、僕は言葉を続ける。
「うん……でも、寂しく無いよ。いつもだから」
「そ、そっか」
 何となく、食事は進むけど黙り込んでしまう。
 そう考えていた時だった。

 ぴんぽーん、と気の抜けた電子音。チャイムである。
「あ、来た!」
 和葉ちゃんはぴょこんと立ち上がると、玄関へと向かう。
「ハァーイ! Good morning!」
「おはよう、マリー!」
 昨日もスーパーで出会ったマリーが和葉ちゃんと共に玄関から現れた。
 制服を着て、鞄も持っている。そうか、今日から彼女と同じ高校に通うんだったと思い出す。
「ヒロもオハヨウさんネ! 和葉のBreakfastは最高よ!」
「あ、うん。おはよう……」
 朝からテンションが高いなマリーは……まぁ、外国人はいつもハイテンションだという話を聞いた事はあるけど。
 僕がそう考えていると、マリーはそそくさと席に座り、和葉ちゃんがもう一人分の朝ご飯を持って来る。
 寂しく無い、と言った理由が今解った。
 両親がいない時はマリーが来てくれるのか。近所だからという親切心からだろう、大したものだ。
「ソウ言えば、今日からヒロと同じ学校だったネ! 案内するよ!」
「ありがとう。そう言えば、学校ってどれぐらいなの?」
「そんなに遠く無いヨ! 徒歩で三十分ぐらい!」
 徒歩三十分ぐらい……徒歩が時速5キロだと計算して約2.5キロ。遠い訳じゃないけど、そんなに遠く無いという範囲じゃない気がする……。
 とりあえず視線を時計に向けてコーヒーを啜る。
「……そろそろ行かなきゃダメなんじゃない?」
 和葉ちゃんがそう口を開き、マリーも驚いた様子で「そうだ!」と慌てて鞄をとる。
 確かにそろそろ行かないと。けど、その前に朝ご飯の後片付けを…と思ったら和葉ちゃんは笑顔で口を開いた。
「やっておくよ。大丈夫、小学校近いから洗った後でも間に合うから」
 お言葉に甘えてマリーと高校に向かう事に決めた。ごめん、和葉ちゃん。




 那珂伊沢市はまだ自然が多く残り、歩く道も舗装されているとはいえ、ある程度は草が伸び放題だったりしている。
「それにしても、昨日のTVは最高だったネ! アノ芸能人の暴露話!」
 マリーは色々な話題を次々と変えてくるので一つ一つに相づちを打つのが大変だった。
 飽きないと言えば飽きないけど…、とそう思っていた時、一台のマウンテンバイクが僕とマリーの前を通り過ぎた後、反転して戻って来た。
「あれ?」
 そう思った直後、マウンテンバイクに乗った同じ制服の少年は「よう!」と声をかけてきた。
 よく見ると、昨日ゼオンで会ったアルバイトの人だ。
「おはよう」
「おう、お前も今日から学校……って、うおっ!? 学校で1、2を争うアイドルと一緒に仲良く登校ってお前、足早いなオイ……」
 彼はマリーに視線を送って驚きつつも言葉を続ける。
「Oh! ワタシがそんなに人気だなんて、驚きました!」
「こんな田舎町で外人の、美少女がいたらそりゃ目立つしアイドルにもなるぜ……羨ましいな、おい。おっと、そういや自己紹介まだだったよな?」
 彼はそう言って、すっと僕に手を差し出す。
「宍戸貴明。那珂伊沢西高校二年二組だ! 今日から、よろしくな!」
「河野浩之。今日から……君と同じクラスだね。よろしく、貴明」
 言った後で思わず突然呼び捨てはまずいか、と思ったが貴明は対して気にもせず「おう、浩之!」と返事をしてきた。
 気さくな奴で助かった。
「それにしてもよー、昨日は家の近くでパトカーが騒いでて寝れなくてさ……ウチの母さんもよく眠れなかったって」
「あー……そう言えば何かあったみたいだね。何だったんだろう?」
 昨日叔父さんと叔母さんが両方出掛けた事を思い出しながら呟くと、貴明は「おうよ」と頷く。
「殺人さ。……浩之は昨日越して来たんだっけ? なら、知らないだろうけど……ここ二ヶ月の間で、何度か殺人が起きてるんだよ。この、那珂伊沢でな」
「………被害者の共通点がスゴく変わってるノ」
 貴明だけでなく、マリーもその話に加わる。
「確かもう、八人だっけか? 昨日で」
「ウン……正直、少しフィアーね……」
「少し、詳しく聞かせてもらえる?」
 僕の問いに、二人は少し驚いた様子だったが、マリーが口を開こうとした直後、貴明は急に口を開いた。
「あー。待て、そういうのに詳しそうな奴を一人知ってる。放課後まで待ってくれるか?」
「……わかった」
 貴明のその言葉の後、事件の話は打ち切りにする事にした。
 それ以外は何かあるとすると……。
「おー、そうだ。思い出したわ。明後日から林間学校なんだよな」
「明後日からって……随分凄い時期にやるんだね」
 僕が驚いた顔で言うと、貴明は「まぁな。全学年毎年恒例なんだ」と呟く。
「ま、それに一泊二日で行く場所だって、七ツ枝市郊外のキャンプ場だぜ? おまけに集合は学校、解散は現地という手抜きっぷり」
「デモ、飯ごう炊爨とか楽しそうネ!」
「同じ班の連中がマトモならな……とてつもなく大暴走しやがってヒデぇ目にあったよ、去年」
「あー……」
 女の子の料理というものは、大きく大別して二つに分けられる。
 美味いか、どうしようもないものかのどちらかだ!
「こ、今年は大丈夫だと良いね……え?」
 待て、今会場…なんといった?
「どうした? 浩之?」
「場所……七ツ枝?」
「ああ。そうだぜ。都会っちゃあ都会だな。電車で二時間以上かかるから、遊んでから帰るってのができねぇのが辛ぇトコだな」
「引っ越したばかりなのに林間学校の行き先が元々いた場所ってのもねぇ…」
「お前七ツ枝から来たんかい…そりゃ悲惨だな」
 貴明が慰めるように肩を叩いてくれた。嬉しいのか嬉しく無いやら。
 そんな事を話しながらも、学校は近づいて行く。






 那珂伊沢西高校。
 一学年3クラスが3学年の小さな学校で、校舎と体育館、特別教室・部室棟の三つの建物から構成されており、進学率は4割程度。近隣の学校よりも意外と進学率は高いが就職組の就職率の高さは9割以上を保っており、この不況の中でも異彩を放っている。
 そんな那珂伊沢西高、二年二組の担任は教員四年目の英語教師・碓真織姫先生だった。貴明曰く、生徒からは織姫ちゃん、姫ちゃん先生、ベガ先生、シャドルー先生、サイコクラッシャー先生など色々なあだ名があって親しまれているとか。
 当たり前だけどサイコパワーなんて持ってない。たぶん。
「今日から、このクラスに加わる河野浩之君です。色々と教えてあげてくださいね」
 そしてもう一つ。ちっさい。
 決して男子高校生の中でも身長が高いとは言えない僕より更にミニマムで、150cmも無いのではと思えるぐらい小さい。
 ついでに優しそうだけど押しにも弱そうである。
「よろしくお願いします」
「席は……えーと、どうしようかな」
 織姫先生が考え始めた時、後ろの方に座っていた貴明が手をあげた。
「ベガ先生。俺の隣りでいいんじゃないですか?」
「宍戸君の隣りは今日は休みだけど大原さんがいるでしょう……誰がベガ先生ですか!」
「シャドルー先生、最後尾に席空いてるから大原をそこに移せばいいじゃないですか。大原は大抵授業中寝てますし」
「だから誰がシャドルー先生ですか! 宍戸君、席はちゃんと学期のはじめに席替えで決めたじゃないの……河野君、悪いけど最後尾に空いてる席があるから……」
「サイコクラッシャー先生! 大原の後ろの長崎なんですけど、大原の体格がふくよかなので黒板が見にくいと思う時があるそうです」
「巧く言い換えてもダメですよ! と言いたいですが仕方ないですね。じゃあ、大原さんは席を最後尾に移して、河野君は宍戸君の隣りで……誰がサイコクラッシャー先生ですか!」
 なんだかんだ言いつつ席は決まったらしいので貴明の隣りに鞄を持って向かう。
「よう。まぁ、あんな感じでいい先生だから心配するな」
 どうやら貴明は気を使ってくれたようだ。少し感謝しないと。
「はーい、じゃあそろそろ授業を始めますね」
「ヨガフレイム先生ー。私も席を替えてほしいんですけど……」
「誰がヨガフレイム先生ですか! そもそも最初からどんどんおかしくなってるでしょ!」
「すいません、ルガール先生」
「だから違います! もはや関係ないレベルでしょ!」
「ナイトオンザブラッドライアー先生! すいません、宿題を忘れました!」
「だから誰が……後ろで立ってなさーい!」
 とりあえずこのクラスには格闘ゲームファンが多いという事だけは解った気がする。
 織姫先生…ベガ先生は顔を真っ赤にして何度か怒鳴っていたが、じきに授業を始める事にしたのか教科書を手に取る。
「……とにかく授業を始めますね。テキストの34ページを…」
「なぁ、浩之。さっきの続きだけど、いいか?」
 貴明が教科書を立てると小声で話しかけて来る。
「うん、いいよ」
 勿論、授業を真面目に聞く時は聞いても聞かないときは聞かないのが僕である。
「……お前、デュエルモンスターズって言えば解るか?」
「うん。妹がやってて、僕も少し……どうかしたの?」
「ああ」
 貴明は声の調子を少し落とす。
「那珂伊沢って娯楽が少ねぇからデュエルってのもまた楽しみの一つで、結構プレイヤーがいる。それに、こんな田舎だ。強い奴はあっという間に有名になる」
「噂が速いって言うからね」
 那珂伊沢駅周辺を見れば、確かに店は少ない。
 娯楽が少ないから、その数少ない娯楽に熱中して神業的な腕を持つものだっていると聞く。
「そんな奴らが決まって狙われてんだよ。おかしな話だろ? 那珂伊沢に限らず、隣町とかにも被害者はいるけど死体があがったのは……」
 貴明が言葉を続けようとした時、僕と貴明の額に何かがクリーンヒットした。
「「あ痛っ!」」
「こら二人とも! 何を盛り上がってるの! 授業中ですよ!」
 今、飛んで来たのはまさか…。
「チョークだな……浩之、お前……額触ってみろ」
「へ? あ……」
 額を触ってみる。チョークの粉、しかもピンク色の。
 額にピンク色の粉。なんか、めっさ恥ずかしい気がする。
「チョーク投げられたくなかったら、授業聞いてね」
「「はーい」」





 その日の授業が終わり、放課後がやってくる。
「おー、それじゃ行くか、浩之」
 貴明がそう声をかけてくる。そう、貴明の言う事件について詳しい人間に話を聞きに行くのだ。
「それにしても、強いデュエリストがすぐ有名になるって、幾らみんな耳が速くてもデュエルが好きでもなければそう広まらないだろ」
 貴明にそう言うと、貴明は「確かにな」と言葉を続ける。
「なんつーか、皆新しい刺激っての? そういうのに餓えてるのかもな。さっきの林間学校だってさ。普通に考えてわざわざ都会に近い所のキャンプ場まで行くか? 皆この町を出たいって思ってる、けど離れられない理由があるから、ここにいる…そういう事さ」
 貴明が悲しそうに呟いて階段を降り始めた時、ちょうど下から見覚えのある人物がやってきた。
「Hi! ヒロ、今から帰り? 一緒に帰らナイ?」
「ごめん、用事があって……」「ちょいと俺の友達に会いに行くんだが、マリアンヌも来るか?」
 僕が言葉を続けるより先に貴明がそう口を開き、マリーは少し驚いた後「OK! Let's Go!」と、嬉しそうに頷いた。
 まぁ、一人で行くよりは確かににぎやかな方がいいけどさ……。
 貴明の後に続き、校舎を出て特別教室・部室棟へと向かう。
「それにしても、特別教室と部室が同じ建物って珍しいね」
「だろ? 山ん中だから、土地の関係上そうせざるを得ないらしいぜ。こーんな山ん中に校舎作るからそうなるんだよ……おかげでこの学校、プールも無いしよ」
「ああ、そう言えば無いね」
「プールが無いってのはさ、学校としてすげぇディスアドバンテージだと思うんだよなぁ」
「どうして?」
 貴明にそう問いかけると、貴明は「わかってねぇなぁ」とばかりに指を小さく振る。
「浩之、お前、前の学校でプールは?」
「無いよ。水泳の授業自体はあったけどね。近くの川が奇麗で泳げるから」
 川で授業をするというのも妙な話だが、安全がほぼ確保され、泳げなくても授業を凌ぐ事は容易なプールと違い、川は流れや深さの差があるから泳げない事には授業を凌ぐ事すら出来ない。
 故に、授業を受け続ければ自然と泳げるようにはなっているというメリットがあるので文句は言えないが。
「かー! つーことは、女子のスクール水着とか着衣泳の授業で濡れた服を女子がプールサイドで脱ぎ捨てるとか色々なものを鑑賞出来るじゃねぇか!」
「プールじゃなくて川だったけどね。あと、ついでに言うが川で着衣泳の授業なんてやったらマジで死人出るよ」
 着衣状態の水泳という危険さを舐めてはいけないのである。
 と、いうより貴明、案外そんな所に注目してたのか。
「つまりさ、いいか浩之。お前、もしマリアンヌがスクール水着でさ、プールで『Swiming!』とか太陽のような笑顔で言ってたらどうよ?」
「まぁ……なんていうか、その……すごく……可愛いです」
「だろ? そう思うだろ? そんなイベントが無いんだぞ? 学生生活で思いっきり損してるじゃねーか!」
「確かに……解らないまでも無い気がする」
 目の前でパッキン女子がスクール水着で嬉しそうに誘って来る。確かにそんなイベントは捨てがたい…!
「アノー、二人とも? 学年違うカラ同じ授業ってノはとても難しいネ……」
「「あ」」
 マリーのその言葉で僕と貴明は現実へと思考を引き戻す。
「ま、まぁともかくはだ。この学校ってか、この町は娯楽が少ないから必然的にデュエルに注目が行くんだよ。でも、そんなデュエリスト達の強豪ばかりが殺される。恐怖だけじゃなくて、この町の人を勇気づけるデュエルって文化そのものがヤバくなるかも知れないって事さ」
 貴明の言葉に頷く。貴明自身はこの町の事が好きだから、そう言っているのだと思う。
 ついでに、貴明も恐らくデュエリストと呼ばれる人間だ。きっと、デュエルが好きなのだろう。
 だからこそ、守りたいものを守りたいというのか。
 その気持ちは、例え小さな力でもいいから行動に示そうとしている。
 僕とは、それが違う所か。
「そういや浩之、妹いるって言ってたよな? 妹はどこの学校なんだ?」
「あれ? ヒロはsisterがいたの?」
「え? ああ……妹、か。もう、いないんだ。事故、で」
 そう。あれは、不幸な事故だったのだ。

 この手で守れなかった、本当に守りたいと思ったものだった筈なのに。

「ああー……悪い事聞いちまったな」
「気にしなくていいよ」
 貴明にそう答えた後、貴明は部室棟へと入り、階段を上がる。
「えーと……あった、ここだ」
 貴明が示した部屋は『WNtimes部室 入部希望歓迎』と書かれた張り紙が張ってある。
 WNは西那珂伊沢、の略らしく下に書いてあるから恐らく、新聞部、なのだろうか?
「うぃーす。いるかー」
 貴明がそう声をかけて扉を開く。

 直後、貴明の顔面に極太のマジックがクリーンヒットした。

「かっ!?」
「貴明、大丈夫?」
「Oh my God!」
 僕とマリーが慌てて助け起こすと、貴明は再び扉に手をかける。
「いきなり何をしやがるんだこのばかおんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 貴明の罵声の直後、部室の奥から一人の女子生徒がゆっくりと顔を出した。
「あ、ごめんごめーん。ちょっと一人でダーツ投げの練習してたからさー。それと宍戸。挨拶はもうちょい礼儀正しくね?」
「へいへい、解ったよ。坂崎先輩……ああー、浩之。マリアンヌ。紹介するよ、この人は」
「坂崎加奈。三年一組、そしてこの新聞部の部長だよ。よろしくね、お二人さん……宍戸、入部希望者でも連れて来たの?」
「うんにゃちげーよ。今度の事件についてさ。あんた、詳しいだろ?」
 貴明の言葉に坂崎先輩は少し顔をしかめるが息を吐いて近くの椅子を引き寄せる。
「まー、その辺に座って。色々と話すと長くなるかも知れないから」
 言われるがままに席に座る。
 なんとなく周囲を見てみる。部室、と言っても広さは教室の半分ぐらい。だが、その狭い部室には机はたったの3つしかなく、そのうちの一つである坂崎先輩が前に座る机には数年前に出たモデルのデスクトップ型パソコンが鎮座していた。
 サイズが大きくて容易に動かせないが、多機能である事が有名なパソコンである。
 そして、そのパソコンのある机の脇にはミニ冷蔵庫。あとはせいぜいエアコンがついてるぐらいか。
 無駄に設備は良い気がする。
「さて、と。えーと、浩之君、でいいんだっけ? まずは那珂伊沢にようこそ。この町の事ならだいたいの事は知ってるよ」
「よろしくお願いします……あの、じゃあまず一つ質問を」
「うん? なんだねー?」
「今迄、強いデュエリストが狙われてたって聞きましたけど……どんな人が?」
「現時点ではデュエリストレベル5以上……平たく言えばデュエルディスクを持っているような人って事かな。凄く貴重品なんだよねー」
 坂崎先輩は言葉を続ける。デュエルディスクが、貴重なもの。
 デュエルディスクが出た当初はデュエリストレベル5以上の人に無料配布していたとか。今は海馬コーポレーションが一般への普及を目指して子供でも買える値段にはなっている。
 もっともそれでも、世界中にいるデュエリスト全員に足りているかというとそうではなく、デュエリストが多く集まる地域やアカデミア周辺、プロリーグなどには新型モデルが優先的に配布されるが別の場所では初期型モデル、決闘王がバトル・シティの時に使っていたモデルが現役というのもある。
 まぁ、12年前のモデルを未だに使っているというのもおかしな話では在るけど。
 それだけ初期型が名機だったという事か。
「そうなんですか……と、いうことはデュエルが流行ってるとはいえ、皆テーブルとかでやってるんですか?」
「まぁ、そうだね。デュエルディスクなんて持ってるだけでもステータスだよ。ウチの学校に来る人でも片手で数えるぐらい」
「でも、なんで……」
「犯人の目星がつかない以上、何が理由かは正直解ってないんだよ。でもね」
 僕の言葉に、坂崎先輩は半分だけ目を閉じ、そして開いた後、瞳の色が文字通り変わったように喋りだす。
「この那珂伊沢は高度経済成長期が終わって以降、過疎化が進んで緩やかに寂れつつ運命にあったんだけどね、約十三年前……あたしがまだ五歳の時だった。その頃はまだごく普通の一家で童実野市の海馬ランドに遊び行ったんだよね。正式オープンを前に近隣の子供を招待するって形であたしの家も出掛けて行った」
 海馬ランドは、海馬コーポレーション社長が文字通り人生を賭けている計画だと聞く。
 世界中の恵まれない子供達の為に遊べるテーマパーク、幼い子供にとっての憧れのワンダーランド。
「かくしてそんな中、海馬ドームの中で海馬社長と…後の決闘王のデュエルがメインイベントとして行なわれて…あたしは最前列で観戦してたんだけどね。そしたらさ…フィールドにカードが落ちてたんだよね」
 坂崎先輩はそう言って生徒手帳から1枚のカードを取り出した。
 保存しやすいようにわざわざスリーブに入れているそのカード…だが、何か違う。そう、上半分しかない。
「そしてこれを拾ったんだよ。まー、驚いたよ。なんでこんなのが破られてるんだろうってね」
「それって……青眼の白龍……?」
 間違いない。坂崎先輩が手にしているカードは上半分しかないとはいえ、独特の鋭いフォルムと蒼と白に輝く絵柄。
 間違いなく、世界に四枚しか無かったと言われる青眼の白龍のカードである。
「Oh! も、モット見せて下サイ!」
 マリーが騒ぎだした気がするが坂崎先輩は「また今度」と言ってカードをしまう。
「でも、このカードを拾った時にあたしは思ったの。これは……私が、人生を賭けて故郷の那珂伊沢を発展させるチャンスをくれたのでは……!」
「なんか微妙に凄いですね当時五歳の坂崎先輩。……貴明、坂崎先輩って」
「ああ。夢見がちで電波だから書いてる新聞も大抵めちゃくちゃだ…事件の内容除いてな」
「顧問の先生止めなかったの?」
「顧問の先生、サイコクラッシャー先生だから止められないんだよ」
「ああ、確かにあのベガ先生なら無理そうだ」
 僕と貴明がそんな事を小声で話してる間にも、坂崎先輩の話は続く。
「かくして、家に戻って来たあたしはお父さんにこのカードを拾った、と話した所、お父さんはこう答えたのさ。『加奈……これはもしかしたら天の啓示かも知れない。那珂伊沢市長に…俺は、なる!』とね」
「どこの海賊団長!? てか、なんつー話だ……」
「かくしてお父さんはその翌年、那珂伊沢市長選挙に立候補し、見事当選。在任中、地域の活性化としてデュエルモンスターズを推進し始めたんだよ……カードテキストを読んだり戦略考えたりするのがボケ防止にいいからって高齢者にも好評で、以来十二年に渡り、那珂伊沢市は市をあげてデュエルの発展に取り組んだ……ところが、ぎっちょん」
 坂崎先輩は手を下へと降ろす。
「地域が地域なだけに、カードがそこまでたくさん手に入らない。インターネット通販でも使わない限り最新のパックが手に入らないんだよ。だから、皆持ってるカードはだいたい昔のシリーズだね。浩之君はもしかしたら驚くかも知れないけど……新発売と銘打ったパックでも本当は一年以上前のパックだったりするし、おまけに誰にでも人気だからすぐに売り切れる。まー、強いデュエリストが育つ訳でもないから、海馬コーポレーションからは……特に支援なんて無い」
 シビアな話である。
 カードがたくさん手に入らないうえに、その新しく手に入れられるカードも古いカードである。
「ま、でもデュエルがこの町の盛り上げに一役買ってるのは事実なんだよ。だからさ……そんなデュエルがこの事件で怖いものとかになったら、本当にこの町は終わっちゃうかも知れない。そんなの、嫌だからさ」
 坂崎先輩は最後にそう言って笑う。
 貴明に視線を送ると、貴明もその通りとばかりに頷いていた。

 二人とも、この街が好きなんだなと解る。
「坂崎先輩も貴明も、この街が好きなんですね」
「まぁなー。他だと生きられないんだ。離れられない理由があるからな」
「まぁね。お父さんがあれだけ頑張ってるからさ、あたしも頑張りたいって思うんだ」
「……犯人、見つかるといいですね」
「違うよ! 見つけるのさ! 例え少しでもいいから、自分に出来る事は小さい事かも知れないけど、それでも何もしないよりはずっとマシなんだから」

 心臓が一瞬停まりかけたかと思った。
 自分に出来る事は小さいかも知れないけど、それでも何もしないよりは――――。
 その言葉だ。

 この言葉を聞いた時、思いっきり胸が痛んだんだ。
 どうしてかって……僕は、その痛みを、とても知っているから。

 記憶が蘇る。
 ほんの半年前、僕がまだただの高校生だった頃。

 僕に力が無いから救えなかったのだろうか?
 僕が間に合わなかったから、救えなかったのだろうか?
 僕が犠牲にならなかったから、救えなかったのだろうか?

 いいや違う。そのどれでもない。
 その理由は単純にして明快。僕は……最初から諦めていたのだ。

 まだ助かるかも知れないという想いと、もう無理だ諦めめろという想い。
 二つの想いがあの時出て来ていた。
 僕は助かるかも知れないという想いに支配されていた、と思い込んでいた。だけど違う。
 本当はもう無理だ諦めろという想いに支配されていたんだ。
 だって、そうでなければ……。


「……助けて、おにいちゃん……」

 そうでなければ。
 僕は、助けを求める……美希の前で、何もしない筈は無かったんだ。

 足は潰れ腹は抉られ迫り来る焔の熱さと煙。
 そんな絶望的な苦しみを受けて、それでも尚生きていて。

 たった数メートル先で足が折れただけの僕に、目の前にいた頼れる兄である僕に、必死に助けを求めていた。
 最後まで、生きれると信じていた。
 僕が助けてくれると信じていた。
 痛みにも苦しみにも熱さにも耐えて耐えて耐えて―――――。
 僕が足を引きずりながら悔しそうに去るのも別の誰かに助けを呼びに行くのだと信じて。
 そして、死んだ。

 何も出来なかったんだ。
 違う、何もしなかったんだ。僕は最低だった。

 そう、僕自身が犯した罪なのに、僕自身が勝手に傷ついた。本当は傷ついちゃいけない筈なのに。
 でも僕は逃げ出した。
 妹の友達が僕が見殺しにしたとも知らず、僕と妹の為に涙を流してるのも。
 親や他の大人達が妹を失ってしまった僕に同情して泣くのも。
 そういうのが嫌だったんだ。本当は誰かを騙しているようで、嫌だった。

 だから結局逃げ出したんだ。僕は。

 そんな僕に比べて……。
 貴明も、坂崎先輩も、いや、マリーも叔父さん叔母さん、和葉ちゃんだってそうだ。
 とても立派に見えて、偉大に見えてしまうんだ。

 でも、そうだからこそ。


「……大丈夫か? 浩之、顔色悪いぞ?」
「……え? ああ」
 思考を現実に引き戻すと、坂崎先輩へと向き直る。
「先輩」
「ん? 大丈夫? ああ、水飲む? これ」
 水のボトルを受け取り、一口飲んでから、僕は口を開いた。
「先輩は……これから犯人探しを続けるつもりですか?」
「うん。まぁ、地道だけどそれぐらいしかないからね」
「僕も……手伝ってもいいですか?」
 そう、ほんの小さな事でも、僕に出来るコトならやってみよう。
 それが生き延びた僕に出来る、最低限の事だから。
 僕の言葉に、貴明と坂崎先輩は一瞬呆気にとられたようだったが、すぐに笑顔に戻った。
「いいとも! 君が来るなら百人力!」
「Shit! Shit! Shit! ソウイウ事なら、このワタシがひと肌ヌギマショウ! ワタシもヒロにアシストするネ!」
 坂崎先輩に続いて、マリーもそう声を張り上げる。
「おーし! 後一人、後一人くれば部員数には……」
「誰があと一人か。俺は部員じゃねーぞぐはぁっ!」
 そそくさと逃げようとした貴明にシャイニングウィザードを叩き込んだ坂崎先輩は拳を堅く握り、空へと向ける。
「那珂伊沢西高新聞部は、今ここに新たな仲間を得た! 勇者さかざきはレベルが4に上がった! やる気が10000上がった! だらけが100上がった! ぐうたらになった」
「なんか上がっちゃいけないステータスまで上がってますよ!?」
「まー、冗談だって冗談」
 坂崎先輩はそう言うと近くの机を漁り、紙を二枚突き出して来る。
「じゃあこれ、入部届けね。必要事項を書いて、担任の先生に出してくればいいから」
 入部届けを受け取った後、坂崎先輩は僕とマリーの背中に手を置いた。
「これで、二人はあたしの仲間、これからよろしくね! 困った事があったら何でも言いな。出来る限り、助けてあげるから」
「Yes! じゃ、加奈が困ったら、ワタシとヒロとタカがアシストするね!」
「Oh、Yes!」
 マリーに対して英語で坂崎先輩は親指を立てつつ言葉を続ける。
 どうやらこの二人と付き合っていると、飽きる事は無さそうである。
「浩之、どうした? さっきは暗い顔してたけど今はめっさ嬉しそうだな」
「え? ああ、まぁね」
 そりゃ嬉しくもなるさ。
 これからが楽しくなりそうだって確信した時の嬉しさといったら言葉で表現できないよ!

 頭の中で、小さな光が散ったような気がした。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が背負う贖罪の苦悩を意識し
汝が願う平和を讃え、汝に「刑死者」の力を授けん…





 バイトに行くという貴明と別れて、マリーと坂崎先輩の二人と一緒に近くのデュエルスペースに向かう事になった。
 坂崎先輩曰く「地道な情報集めは大事」だと言う。その言葉は間違ってないが何故町中にデュエルスペースがあるのかというとそこは那珂伊沢市だから、だそうである。

 学校から歩いて十分程の場所にあるゲームショップの二階がデュエルスペースになっており、子供から大人まで多くの人がデュエルをしたり、あるいはそれを観戦していた。
「やっほー! こんにちはー」
 坂崎先輩が挨拶をした後、スペースにいた全員が「こんにちは」と返して来た。
 流石は坂崎先輩、デュエル推進事業を打ち出した市長の娘さんである。
「あ、マリー!」
 デュエルを観戦していた子供達の中から聞き覚えのある声が響き、マリーが驚いたように口を開いた。
「和葉! 和葉もDuelを楽しんでいるの?」
「うん! 見る方が専門だけど…あ」
 和葉は僕に気付き、少し驚いた顔をした後、近くにいた子供に向き直る。
「昨日から私の家に引っ越して来た親戚のお兄ちゃん」
「よろしくね」
 僕がそう答えて頭を下げると、小学生らしい子供達はよろしくとばかりに声をあげた。
「なーなー兄ちゃんもデュエルするの?」
「和葉ちゃんの親戚のお兄ちゃんなら、きっと凄いんだよね!」
「永瀬の兄ちゃんか………果たして一体何を秘めているのか」
 何か変な期待もされている?
 僕がそんな事を考えていると、間にマリーが割って入る。
「コラコラ、ヒロが困ってるからあんまり質問地獄にしちゃNo Goodね!」
「マリー……質問地獄って?」
「アレ? こういうの、ニホンゴで質問地獄って言うんじゃナイ?」
「それを言うなら質問責めだよ」
「Oh my pork!」
「どこでそんな言葉覚えたんだよ! マリー、頼むから日本を誤解しないで……」
 僕がため息をついていると、子供達がデュエルスペースの入り口に視線を向けた、騒いでた声が一瞬で静まり返った。
 あれだけ騒いでいたのに、と思いつつ入り口に視線を向ける。すると。

「あら、坂崎さん。ごきげんよう」
「あー………笹倉さん。どーもこんにちは」
 着ている制服は僕らと少し違う。ワインレッドを基調に、シック&エレガントさを追求したブレザーに銜えて、金糸のようなその長い髪の両端を黒いリボンでまとめている。
 エレガント、いや、エクセレント?
 言葉で表現するならそんな感じの少女だ。
 ちなみに坂崎先輩は非常に嫌そうに、マリーは相手が何なのか解っていなさそうなので、この際この人の詳細は和葉ちゃんに聞く事にした。
「ねぇ、和葉ちゃん。あの人……」
「とてつもなく、デュエルが強い人。皆が持ってないカードをいっぱいもってる」
「そうなの?」
「それで、市長さんの所のお姉ちゃんと、いつもケンカしてるの。ふたりとも、いい人なんだけど……」
 ……いい人?
 僕が何となく考えていると、彼女は次は僕に視線を向けた。
「……見かけない方。どなた様?」
「河野浩之です。昨日、引っ越して来て……」
「笹倉。ウチの部員に変な事吹き込まないでよ」
 笹倉さんは坂崎先輩に視線をちらりと向けると「あらあら」と笑い出す。
「あら、私がどなたと喋ろうと貴方とは関係ないではありませんの。この街の事をよく知らない方に丁寧な指導をしようとしただけですわ」
「あんたがあたしの部員に声をかけてるってのがムカつくんだってーの。てか、ついでに言うけど浩之はあんたよりも年上だ」
 後輩だったのか、とてもそうは見えない。
 まぁ、学校が違うのだから後輩というのも変だけど。
「で、ついでに貴方は相変わらず変に事件の事を追いかけてるんですのね」
「うるさい黙れ。この事件を追いかけ無きゃ那珂伊沢市民の名が廃るんだっつーの」
「あの程度の事で揺らぐような事業を展開するからですわぁ〜。をーっほっほっほっほ!」
「よーし、笹倉。お前ちょっとそこ座れ。今日という今日は決着つけようじゃないか、んー?」
 坂崎先輩が文字通りデュエルスペースの隅にあるひときわ大きめのテーブルに座り、端を数回叩く。
 取り巻きの子供達は「また始まった…」という顔をしながらも距離を置いてスペースを作る。
 笹倉さんも挑戦に答えるのか、そのテーブルの反対側へと座った。
「ルールはマスタールール…、つまり、裏側守備表示ありで、ライフは8000。それでOK?」
「ええ、構いませんわよ」
 坂崎先輩の言葉に笹倉さんが同意した直後、そのひときわ大きめのテーブル全体が光ったように見えた。
 いや、それはテーブルではない。
 かつて、デュエルディスクが普及する前、海馬コーポレーションが作り上げたソリッドビジョンシステムを取り込んだデュエル専用のテーブルだ。
 一昔前のおもちゃ屋やカードショップなどには置いてあったものだが、今は殆ど見掛けなくなってしまった。流石である。
「凄いな……デュエルテーブルなんて、初めて見た」
「おにいちゃんがいた所はもう皆デュエルディスクなの?」
「大体はね」
 僕の返答に和葉は少し残念そうな顔をしたが、すぐに視線をデュエルを始めようとする二人に戻した。
「もう何回もやってるけどお互いにいつまで経っても納得しないの…仲良く出来ないのかな」
「プライドって奴なんじゃない?」
 まぁ、そりゃあ男である僕らがなんだかんだと言い合うものだが、女の子にだってプライドはあるだろう、多分。
 気の強い女の子ってのも今時たくさんいるけど。
「あ、アレは……Duel Table! Coolですね、ワクワクします!」
「確かに、ただテーブルの上でやるよりソリッドビジョンがあると迫力あるもんね」
「二人はインネンなのでしょうか……数葉、勝敗数ハ?」
「坂崎のお姉ちゃんが勝ち越してる。35勝29敗3引き分け」
 和葉が淡々と答えた時、笹倉さんは和葉に視線を向けた。
「その数字、すぐにひっくり返してみせますわ。私、笹倉紗論の新デッキの前にひれ伏すがいいですわぁ〜、をーっほっほっほっほっほ!」
「フン、返り討ちにしてあげるよ……準備はOK?」

「「デュエル!」」

 坂崎加奈:LP8000 笹倉紗論:LP8000

「悪いけど、あたしの先攻で行くよ! ドロー!」
 まずは坂崎先輩のターン。
 ドローした後、文字通り眼を光らせてカードを出す。

「手札から、フィールド魔法、灼熱の大地ムスペルヘイムを発動!」

 灼熱の大地ムスペルヘイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 フィールドが炎に包まれ、ソリッドビジョンで映し出された映像なのに熱さを感じるような錯覚を覚える。
 灼熱の大地ムスペルヘイムは結構なレアカードだった筈だ。炎属性のビートダウンだけでなく、炎属性中心のロックバーンをロックビートに変換出来るほど活用されている。
 しかし、坂崎先輩のターンはまだまだ続く。
「ふふふ……ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を攻撃表示で召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

「ヘルフレイム……エンペラードラゴン?」
「出たぁ! 加奈ねえちゃんのヘルフレイムエンペラードラゴン!」
「これが出て負けたデュエルは……結構あるけどめちゃくちゃ強いカードだぜ!」
 少なくとも僕は初めて見るカードだった。
 フィールドへと舞い降りた炎が龍の姿へと変わる。プロミネンスドラゴンのような東洋龍ではなく、翼を広げた西洋龍だ。
 だがしかし、その姿はまだ小さく、頼りない様に見える。

「LV4は灼熱の大地ムスペルヘイムの効果で、攻撃力が上がる!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→2100

 炎が勢いを増した。
「先攻1ターン目は攻撃出来ないから、カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「フッ……その戦術。もう何度も目にしてきましたわ。私のターン! ドロー!」
 さて、笹倉さんのデッキとは如何なるものなのか、見せてほしいものだ。
「モンスターを1体セットし、カードを1枚伏せます。ターンエンドですわ」
「へぇ、珍しいね笹倉さん? あんたが攻撃をしないなんて? 槍でも降るのかな?」
 坂崎先輩が挑発したように声をかけるが、笹倉さんは不敵な笑みを浮かべた。

「ふふ……かかってくるなら、かかってくるがよいですわ」




《第2話:デュエリストキラー》

 坂崎加奈:LP8000 笹倉紗論:LP8000

 灼熱の大地ムスペルヘイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→2100

 坂崎先輩のフィールドには完全に攻勢に出ているLV4が鎮座しているのに対し、笹倉さんのフィールドにはリバースカードと裏側守備表示モンスターが1体ずつ。
「フッ……あたしのターン! ドロー! そして……LV4の効果発動! スタンバイフェイズにこのカードを生贄に捧げる事で、LV6を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/星6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8」を特殊召喚する。

 フィールドにいたドラゴンが一回り大きくなり、威嚇するような咆哮をあげる。
 そして、それだけではなく通常召喚の権利をまだ残しているのだ。
「更に続けて、もう一体、LV4を攻撃表示で召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→2100
 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 攻撃力2400→2700

 二体の炎の龍はそれぞれ火勢を強めた。
 その展開力、攻撃力、そして打撃力。
 まさに、炎の龍は地獄の炎帝の名を冠するに相応しい能力だ。
「行くよ! LV4で、相手守備表示モンスターを攻撃!」
「をーっほっほっほ! かかりましたわね、リバース罠! グラビティ・バインドを発動しますわ!」

 グラビティ・バインド−超重力の網− 永続罠
 フィールド上に存在するすべてのレベル4以上のモンスターは攻撃する事が出来ない。

 グラビティ・バインド、レベル4以上のモンスター攻撃を封ずるロックカード。
 その効果故に制限カード指定とされているが相手の行動をロックするロックデッキの中では重大な攻撃抑制カードの一つと言えるだろう。
 グラビティ・バインドに引っかかり、二体の炎の龍は攻撃を封じられる。
「ちっ……命拾いしたね、ターンエンド」
「ふふふ……私の、本当の恐ろしさはここからですわ。私のターン! ドロー!」
 笹倉さんが華麗にドローを決めた後、手札を確認する。

「ふふふ……この裏側守備表示モンスターを反転召喚! ステルスバード!」

 ステルスバード 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力700/守備力1700
 このカードは1ターンに一度だけ裏側守備表示にすることが出来る。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ダメージを与える。

「げっ! ストレスバード!」
 坂崎先輩が悲鳴をあげた時、笹倉さんは声をあげて笑った。
「を〜ほっほっほっほ! これが私の新デッキ、笹倉ロック・スペシャルですわ! さぁ、私の新たな戦術にひれ伏し、私の歴史に新たな1ページを刻む文字になるが良いですわ!」
「ストレスバードなんて使うなんて、卑怯な奴…!」
 とは言っても、坂崎先輩はダメージを受けるしかないので1000ライフが削られる。

 坂崎加奈:LP8000→7000

「ステルスバードは自身の効果で1ターンに一度だけ、守備表示に変更する事が出来ますわ」

 ステルスバード 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力700/守備力1700
 このカードは1ターンに一度だけ裏側守備表示にすることが出来る。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ダメージを与える。

「通常召喚がまだですわね、ボーガニアンを召喚しますわ」

 ボーガニアン 闇属性/星3/機械族/攻撃力1300/守備力1000
 自分のスタンバイフェイズ毎に相手ライフに600ポイントダメージを与える。

「更にカードを1枚伏せて……そうですわね。永続魔法、波動キャノンを発動しますわ」

 波動キャノン 永続魔法
 自分のメインフェイズ時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、このカードの発動後に経過した自分のスタンバイフェイズの数×1000ポイントダメージを相手に与える。

「ターンエンド! 降参するなら今のうちですわ!」
 笹倉さんは、ロックバーンの基盤を整えていた。
 伏せられたリバースカードは恐らくバーンカード。仕込みマシンガン、地獄の扉越し銃、拷問車輪などが考えられる。
 魔法カードだとすると悪夢の拷問部屋や黒蛇病あたりか。
「降参するなら今のうちとは随分、楽しい事を言ってくれるもんだね、本当に……魔法カード、強欲な壷を発動」

 強欲な壷 通常魔法
 デッキからカードを二枚ドローする。

「あら、今更手札を増やした所でこのロックから抜け出すのは難しいですわよ? リバース罠、拷問車輪を発動しますわ!」
 坂崎先輩がカードをドローするのに合わせたかのように笹倉さんがリバース罠を発動する。

 拷問車輪 永続罠
 このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は攻撃できず、表示形式の変更も出来ない。
 自分のスタンバイフェイズ時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える。
 指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

「拷問車輪にかける相手は勿論LV6! 攻撃を封じるばかりかダメージ迄与えられるのは悲惨ですわねぇ〜」
「むぅー……なかなかやるね、笹倉。だけどあたしのターンはまだ終わっていないよ!」
 坂崎先輩は手札をみた後、にやりと笑ってカードを突き付ける。
「手札から、憑依装着ーヒータを召喚!」

 憑依装着−ヒータ 炎属性/星4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 自分フィールド上の「火霊使いヒータ」と他の炎属性モンスター1体を墓地に送る事で手札またはデッキから特殊召喚出来る。
 この方法で特殊召喚した時、以下の効果を得る。
 相手守備モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が相手守備力を上回っていればその分戦闘ダメージを与える。

 憑依装着−ヒータ 攻撃力1850→2150

「カードを1枚伏せて、ターンエンドってね。まー、嫌なカードあるねー、グラビティバインドなんて」
「ふふふ……ドロー! まずは、ボーガニアンの効果を発動、ですわね」

 ボーガニアン 闇属性/星3/機械族/攻撃力1300/守備力1000
 自分のスタンバイフェイズ毎に相手ライフに600ポイントダメージを与える。

「ボーガニアンの効果で、あなたに600ポイントのダメージを与えます」

 坂崎加奈:LP7000→6400

「更に続けて、拷問車輪の効果で500ポイントのダメージですわ!」

 拷問車輪 永続罠
 このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は攻撃できず、表示形式の変更も出来ない。
 自分のスタンバイフェイズ時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える。
 指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 坂崎加奈:LP6400→5900

「続けて、ステルスバードを反転召喚! その効果で1000ライフダメージを受けてもらいますわ!」

 ステルスバード 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力700/守備力1700
 このカードは1ターンに一度だけ裏側守備表示にすることが出来る。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ダメージを与える。

 坂崎加奈:LP5900→4900

 着々と坂崎先輩のライフは削られて行く。だが、先輩は動じた様子はない。
「続いて、手札から連弾の魔術師を召喚! このモンスターもまた危険ですわよ」

 連弾の魔術師 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1200
 このカードがフィールド上に表側表示で存在するかぎり、自分が通常魔法を発動する度に相手ライフに400ポイントダメージを与える。

「更に魔法カード、デス・メテオを発動!」

 デス・メテオ 通常魔法
 相手に1000ライフポイントダメージを与える。
 相手ライフが3000ポイント以下の時、このカードは発動できない。

 坂崎加奈:LP4900→3900→3500

 デス・メテオの効果だけでなく連弾の魔術師の効果も続けて発動し、一気に1400ものライフを削る。
「これで私が与えたダメージは4500……エキスパートルールでなくて良かったですわねぇ、エキスパートルールでしたらあなた、攻撃も出来ずに敗北でしたわよ。を〜ほっほっほっほ!」
 笹倉さんはそう笑ってターンエンドを宣言。そう、ターンエンドを宣言した。
 つまり坂崎先輩のターンである。
 ステルスバードを裏側守備表示に戻さなかったのはミスなのかそれとも自らの自信から来るものなのか。
「そうだねぇ、本当にエキスパートルールじゃなくて良かったよ……だってさ」
 坂崎先輩は笑ってドローした後、ターンを続ける。
「LV6の効果発動! スタンバイフェイズにフィールド上のこのカードを墓地に送る事で、手札またはデッキからLV8を召喚できる! いってこーい!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/星6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 炎属性/星8/炎族/攻撃力3000/守備力2000
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 ライフポイントを1000支払う事で相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で、手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV10」を特殊召喚する。

 フィールド上のLV6が火勢を強めてLV8へと進化する、と思いきや隣りにいたLV4もまたLV6へと進化を遂げていた。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 攻撃力3000→3300
 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 攻撃力2400→2700

「LV6がフィールドを離れた事により、拷問車輪は破壊される!」
「くっ……」

 拷問車輪 永続罠
 このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は攻撃できず、表示形式の変更も出来ない。
 自分のスタンバイフェイズ時、相手ライフに500ポイントのダメージを与える。
 指定モンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 対象をなくした拷問車輪のロックが外れるが、それでもグラビティ・バインドがある以上攻撃は抑制されている。

「で、ですがまだグラビティ・バインドのお陰で攻撃は……」
「はいはいサイクロン、サイクロン」
「んなぁっ!?」

 サイクロン 速攻魔法
 フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

 サイクロンによってグラビティ・バインドが破壊され、遂に攻撃へのロックが解かれる。
 ステルスバードも、ボーガニアンも、連弾の魔術師も全て攻撃表示だ。
 壁になるとはいえ、大ダメージは免れない。

 ステルスバード 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力700/守備力1700
 このカードは1ターンに一度だけ裏側守備表示にすることが出来る。
 このカードが反転召喚に成功した時、相手ライフに1000ダメージを与える。

 ボーガニアン 闇属性/星3/機械族/攻撃力1300/守備力1000
 自分のスタンバイフェイズ毎に相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 連弾の魔術師 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1200
 このカードがフィールド上に表側表示で存在するかぎり、自分が通常魔法を発動する度に相手ライフに400ポイントダメージを与える。

「う、嘘……私のモンスター達が攻撃に晒される……大ダメージは免れないわ…!」
「残念。笹倉さん、その計算は一つだけ間違ってるよ」
「へ?」
 坂崎先輩は、悪戯っぽい笑みを浮かべて笑った。
「何故なら、このターンで終わるから。LV8の効果発動! 1000ライフポイントを支払う事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る! インフェルノス・フレア!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
 LV8の業火の前に、ボーガニアンもステルスバードも連弾の魔術師も焼き尽くされ、笹倉さんのフィールドにはカウンターを溜めつつある波動キャノンが残される。
 だが、波動キャノンでは攻撃は防げない。
「よーくも、ロックバーンなんてヒキョーであたしの美学に反するデッキを使ってくれたもんだねぇ……たーっぷりお礼しないとね……まずは憑依装着―ヒータで、プレイヤーにダイレクトアタック!」
「きゃあああああ!!!!」

 笹倉紗論 LP8000→6850

「続いて、LV6で、プレイヤーにダイレクトアタック! フォース・イグニッション・バースト!」
「ああああああああ!!!!」

 笹倉紗論 LP6850→4150

 ライフがあっという間に削られて行く。だが、この後LV8の攻撃が来てもダメージは3300だから1ターンキルにはならない筈……。
「だと思うでしょ? だけど、ここにはムスペルへイムの第二の効果発動! 1ターンに一度だけ、炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる! もちろんここはLV8!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 攻撃力3300→4300

「さぁ、行くよ? イグニッション・カラミティ・バーストォォォッ!!!」
「ひぎゃあああああああああ!!!!!!!」

 あっという間に笹倉さんのライフカウンターがゼロになる。
 なんという、強引な1ターンキル。8000ものライフを1ターンで本当に削りきるとは大したものだ。ロックバーンの中でも手札を集めていたのだろうか。
「くっ……悔しい………こ、今回は譲ってあげますわよ! 明日を覚えてらっしゃ〜い!!!」
「すぐ忘れちゃうよーだ!」
 笹倉さんは逃げ去って行った。デッキを残して…。
「デッキ、忘れてったね……」
「負けたらデッキを放り出して行くんだよ、笹倉は………残したデッキのカードは皆のものにしていいって言うぐらい、太っ腹な奴でもあるというか……」
 坂崎先輩はそう言ってため息をつくが、その口調は先ほどよりは和らいでいる。
 ロックバーンデッキのカードはその場にいた子供達に次々と分けられ、あっという間に無くなっていた。
 カードが足りないからこういう風にタダで貰えるものに飛びつくのも無理は無いかも知れない。
「あ、いけね。情報収集するの忘れた」
「ダメじゃ無いですか」
 本末転倒もいいところである。





「でも、強いデュエリストばかりが狙われるって、妙な話ですよね」
 僕の問いに、坂崎先輩は「まぁねー」と答える。
「まぁ、殺人って言っても、死因の方がおかしいっていう話は聞いたんだけどね。ニュース報道見てると、おかしいと思うんだよね」
「何がですか?」
「殺人だとは言ってる。でも、凶器とか、死因とか、言ってないよね?」
 あ…そう言えばそうだ。
 今朝ちらりと見た新聞でも、貴明や坂崎先輩から聞いた話でもそういう事は言ってない。
「……それって、警察が公開してないだけ、とか」
「殺人、だけど奇妙な殺人。第一発見者とかにね、話を聞いた事はあるよ。でも、皆言うのさ。あんなおぞましい死体は見た事が無いってね」
「………」
 それほど無惨な死体だったのか、僕は妹の死体を一瞬だけ思い出してしまった。
 ふと、黙って聞いていたマリーが視線を周囲に向けていた。
「どうしたの、マリー?」
「Oh…ハンニンがいないか気になっているデス」
「心配、してくれてるの?」
「私にはヒロがいるけどカナは帰り一人ネ」
「ああ、そういう事…まー、心配してくれるのは嬉しいけどさ」
 そう言って笑った、そんな時だった。

 何となくついさっきから気になっていた事だ。
 先ほどのデュエルスペースにいた時から、後ろを歩いている人影。
 ならば子供か、と思ったがこちらを話しかけて来る訳でも無く、近寄って来る訳でもない。
 ついでに言うと。
 子供にしては歩き方がおかしいのだ。

 足音を立てない様に歩く、という方法がある。
 やり方は決して難しく無い。やり方を知っていれば子供でも出来る。だが、それは自然に身につけて歩けるような歩き方というとそうではない。
 子供が使うとすれば缶蹴りやかくれんぼの時に周りの人間に気付かれないように逃げたり進んだりする時ぐらいだ。
 でも。
 そうでもない方法で使う理由があるのか?
 しかも、既に結構長い距離を歩いている。なのに、子供は平気でついてくる。足音を立てずに。
 単なる子供…いや、違う。
 では何か?

 僕は足を止めると、ゆっくりと背後を振り向いた。

「何か、用?」
 僕がそう声をかけた時、ずっと歩き続けていた彼は口元をそっと歪めて笑った。
「……」
「あ!」
 坂崎先輩が驚いた声をあげる。
「君って……確か………嘘、でも……!」
「坂崎先輩?」
「河野君。彼は確か殺された筈だよ、この前」
「え!?」
 まだ小学生ほどであろうその少年は黙ったまま、だが口だけがこの世の者とは思えない笑みを浮かべていた。
 そして坂崎先輩は続ける。
「最初の犠牲者である矢吹壮真、10歳。塾の帰りに死体で発見……ニュースで見た顔だし、あのデュエルスペースでも何度も見掛けたから間違いないよ。でも…」
 坂崎先輩はそこで声のトーンを落とす。
「あの子があんな笑顔を浮かべる筈が無いよ……あんなおぞましい顔は」
 マリーが小さく声をあげて後退し、坂崎先輩がマリーと僕の前に立って矢吹少年から庇おうとする、が僕はそんな先輩よりも一歩前に立つ。
「河野君」
「下がってて下さい、先輩。何が飛び出して来るか解りませんし」
「でも……」
「一応、男の子ですから、大丈夫です」
 本当は別に大丈夫ではない。
 死んでいる筈の彼と、そのおぞましい笑顔で既に背筋は恐ろしいほど冷たい。
 いや、少しでも気を抜いたら膝が折れて動けなくなってしまうかも知れない。
 ついてきている、と気付いた時点で既に嫌な予感はしていたけど、いざ直接相対すると怖いとしか思えない。
 だが…。

「……………」
 少年はそっと腕を突き出した。
 そしてその腕が小さく動き出し、肉が盛り上がって一つの形を為して行く。デュエルディスクの形に。
「……デュエル、しろってか?」
「…………」
「一つ聞く」
 僕の問いに、少年は首を傾げる。
「この街で、デュエリストを殺したのは、お前か?」
「……」
 頷きだけで肯定。だが、これで犯人がはっきり……しないね、うん。
「河野君、気をつけて。腕のいいデュエリストが殺されるって事は、それぐらいの腕前は持っているって可能性があるんだよ」
「解ってます。大丈夫です、心配しないでください」
 僕は坂崎先輩にそう笑い返した後、視線を向ける。
「デュエルディスク、貸してくれますか?」
「……はい」
「ヒロ、ガンバって!」
 ポケットの中を探り、デッキを取り出す。
 元々僕のものではない。美希が集めて、作り上げた、美希の魂と想いが込められたデッキ。
 元々僕はデュエルをやっていなかったから、デッキと言えばこれしか思いつかない。
 でも、デッキをどうして持ち歩いているかというと、その理由は簡単だ。
 美希の形見であるこれを持っていれば美希の事を忘れないから、という理由と。もう一つ。たった今気付いた理由。

 デュエリストとは、挑み続ける存在でなければならない。
 あの時、逃げ出した僕がもう二度と逃げ出さないように、デュエリストのような姿勢で生きるんだという理由を。

 美希が、僕に遺してくれた気がする。

「信じさせてくれ、美希」
 僕は小さく呟くと、デッキをシャッフルした。
「行くぞ!」

「「デュエル!」」

 河野浩之:LP4000 矢吹少年?:LP4000

「僕の先攻ドロー!」
 まずは僕のターン。さて、どうやって戦うべきだろうか。
 手札を確認する……モンスターに偏りがある。しまった、手札事故か。
「デュアル・ランサーを攻撃表示で召喚!」

 デュアル・ランサー 水属性/星4/海竜族/攻撃力1800/守備力1400/デュアル
 このカードは墓地またはフィールド上に存在する限り通常モンスターとして扱う。
 フィールド上に存在するこのモンスターを通常召喚扱いとして再度召喚する事でこのカードは効果モンスター扱いとなり、以下の効果を得る。
 ●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、ダメージを与える。

 フィールドに二本の槍を構えた海竜が降り立ち、周囲を威嚇する。
 リバースできる魔法・罠カードが無い上に、今は先攻1ターン目だから攻撃できない。
 このままターンエンドである。

「……ドロー」
 さて、相手のターンである。どのような戦法で攻めて来るか……。
「…ビッグ・ピース・ゴーレム…召喚」

 ビッグ・ピース・ゴーレム 地属性/星5/岩石族/攻撃力2100/守備力0
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは生贄無しで召喚する事が出来る。

「カード一枚…セット…ターンエンド」
 攻撃力2100のビッグ・ピース・ゴーレムならデュアル・ランサーを戦闘破壊できるのにしなかったのは何故だろうか。
 何となく気になるが、助かったのは事実だ。
 僕のターン。
「ドロー!」
「リバースカード…オープン」
「!」
「血の代償…発動」

 血の代償 永続罠
 500ライフポイントを支払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時または相手のバトルフェイズ時のみ発動する事が出来る。

 血の代償と地属性モンスター…まさか、モンスターの大量展開を狙っているのだろうか?
 だが、それならドローソースか何かを持っている筈だが…。
 どこか不安になる。手札を確認しつつ、相手の戦略を冷静に考えるのだ。
「ペンギン・ソルジャーを守備表示で召喚!」

 ペンギン・ソルジャー 水属性/星2/水族/攻撃力750/守備力500
 リバース:フィールド上に存在するモンスターを2体まで持ち主の手札に戻す事が出来る。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「ドロー…」
 お互いに、ライフは削らず、戦闘も無いままターンが過ぎる。
 だがしかし、このまま黙っている訳では勝てない。どうにかしてこの状況を動かさなくてはいけない。
 それは相手が動かすのか、僕が動かすのか…。
「グリーン・ガジェット…召喚…」

 グリーン・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1400/守備力600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

「レッド・ガジェット…手札に」

 レッド・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1300/守備力1500
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

「血の代償の効果…発動…レッド・ガジェット…召喚」

 血の代償 永続罠
 500ライフポイントを支払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時または相手のバトルフェイズ時のみ発動する事が出来る。

 レッド・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1300/守備力1500
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

 矢吹少年?:LP4000→3500

「イエロー・ガジェット…手札に」

 イエロー・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1200/守備力1300
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

 フィールドに、三体のモンスターが並ぶ。
 ペンギン・ソルジャーの効果で2体を手札に戻されても、まだ1体残るという寸法か。
「バトル…ビッグ・ピース・ゴーレム…デュアル・ランサーを攻撃」

 ビッグ・ピース・ゴーレムの拳がデュアル・ランサーを打ち砕き、四散させた。
「くっ…!」

 河野浩之:LP4000→3700

「グリーン・ガジェットの攻撃…ペンギン・ソルジャーを破壊」
「ペンギン・ソルジャーの効果発動! フィールド上に存在するモンスターを2体まで手札に戻す! 僕はビッグ・ピース・ゴーレムと…レッド・ガジェットを選択!」

 ペンギン・ソルジャー 水属性/星2/水族/攻撃力750/守備力500
 リバース:フィールド上に存在するモンスターを2体まで持ち主の手札に戻す事が出来る。

 ペンギン・ソルジャーの効果でビッグ・ピース・ゴーレムとレッド・ガジェットが手札へと戻る。
 ビッグ・ピース・ゴーレムはその効果の関係上、しばらくは出てこないだろう。それにまだ攻撃宣言していないレッド・ガジェットを戻してしまえば追撃を受ける心配も無い。
 まぁ、こちらのフィールドはカラになってしまったが…。
「……メインフェイズ2に移行…血の代償の効果…発動」

 血の代償 永続罠
 500ライフポイントを支払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時または相手のバトルフェイズ時のみ発動する事が出来る。
「イエロー・ガジェット…召喚」

 イエロー・ガジェット 地属性/星4/機械族/攻撃力1200/守備力1300
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから「グリーン・ガジェット」1体を手札にくわえる事が出来る。

「グリーン・ガジェット…手札に」

 これでフィールドと手札にグリーン・ガジェットが三枚、レッドとイエローが一枚ずつと手札にかなりのモンスターが集中している。
 高速のデッキ圧縮と手札補充とはよくいったものだ。
「ターン…エンド」
「河野君、相手のデッキをよく見極めて。ガジェットと血の代償を利用したデッキ圧縮&大量展開は確かに強力だけど、知名度が高いのも事実。知名度が高いって事は手の内を知られてるって事だよね?」
 突如、坂崎先輩の声が飛んで来た。
 確かにそうだ。知名度が高ければ、その分だけメタも張りやすい。
「だからこその注意だよ。メタを張られやすいって事は、逆にそのメタ対策もありうる…もしくは、デュエリストのデッキのバリエーションは無限大、独自の工夫を凝らしている場合もあるんだよ」
「……それって」
「相手をただの代償ガジェットとして見るなって事」
「……はい!」
 気を引き締める。相手のコンボを潰すにはどうすればいいか…。よし。
「魔法カード、手札抹殺を発動!」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いに手札を全て墓地に捨てる。墓地に捨てた枚数分、デッキからカードをドローする。

「なるほど、手札に集まったガジェットも手札からそのまま墓地に送られてしまえば意味が無い、か……河野君、なかなかやるね」
「Oh…Card Destructionにはそんなイミもあるのデスネ!」
 少年の手札にある四枚ものガジェットが全て墓地に送られる。
 ついでに、僕の手札もそれなりに揃って来たという事だ。
「手札の憑依装着−エリアを召喚!」

 憑依装着−エリア 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 このカードは自分フィールド上の水属性モンスター1体と「水霊使いエリア」を墓地に送る事でデッキから特殊召喚出来る。
 この効果で特殊召喚した場合、相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分、ダメージを与える。

「エリアで、グリーン・ガジェットを攻撃!」

 憑依装着−エリアの攻撃力はグリーン・ガジェットよりも上だ。
 グリーン・ガジェットはあっという間に姿を消す。

 矢吹少年?:LP3500→3150

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。流石にあれだけガジェットを破壊されたら、もう対抗できない?」
 僕の言葉に、少年は答えない。
「ドロー…手札抹殺の効果で墓地に送った…神機王ウル…賢者ケイローン…除外」

 神機王ウル 地属性/星4/機械族/攻撃力1600/守備力1500
 このカードは相手フィールド上に存在するモンスター全てに攻撃する事が出来る。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

 賢者ケイローン 地属性/星4/獣戦士族/攻撃力1800/守備力1000
 手札の魔法カードを一枚捨てる。
 相手フィールド上の魔法・罠カードを一枚破壊する事が出来る。
 この効果は1ターンに一度だけ使用することが出来る。

「二体を除外……何か、出て来る?」
「! 機械族と…獣戦士族? だとすると、まさか!」
「カナ、知ってるのですか?!」
「嘘でしょ…アレを潜ませてるの」
 坂崎先輩の言葉通り、周囲に重々しい空気が漂い始めた。
「獣神機王バルバロスUr…召喚」

 獣神機王バルバロスUr 地属性/星8/獣戦士族/攻撃力3800/守備力1200
 このカードは自分の手札・墓地・フィールドから機械族モンスターと獣戦士族モンスターを1体ずつ除外し、手札から特殊召喚できる。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

「攻撃力3800!?」
 有り得ない。レベル8にしては信じられないぐらいの攻撃力。
 しかもその威圧感だけで、こちらを吹き飛ばしてしまいそうな闘気を放っている。
「獣神機王バルバロスUrは…そのままでは戦闘ダメージを与えられない…装備魔法…愚鈍の斧…発動」

 愚鈍の斧 装備魔法
 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップし、効果は無効化される。
 また、自分のスタンバイフェイズ毎に500ポイントのダメージを受ける。

 獣神機王バルバロスUr 攻撃力3800→4800

 愚鈍の斧で効果が無効化される、即ち戦闘ダメージが0になるという効果が無効。
 効果モンスターの効果が無効になるのは普通はデメリット、だがデメリット効果持ちなら効果を消される事がメリットになる!
「バルバロスUrの攻撃…憑依装着−エリアを攻撃…」
「!」
 攻撃力4800という狂った数値が僕を襲った。

 河野浩之:LP3700→750

「ぐぅっ……!」
 一気にライフが削られた。全身が重い気がする。先ほどまでは感じなかったものだ。
 だが、負ける訳には行かない。
 歯を食いしばると、僕は力強く大地に立つ。
「…ターンエンド」
「僕のターンだ…! ドロー!」
 バルバロスUrを破るにはどうしたらいいか。
 どうすればいい……考えろ、考えるんだ。
「魔法カード、クロス・ソウルを発動!」

 クロス・ソウル 通常魔法
 相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動する。
 このターン、自分のモンスターを生贄にする時に自分のモンスター1体の代わりに相手モンスターを生贄にしなければならない。
 このカードを発動したターン、バトルフェイズを行なう事が出来ない。

「…」
「クロス・ソウルの効果で、僕は獣神機王バルバロスUrを生贄に捧げさせてもらう! 召喚するカードは氷帝メビウス!」

 氷帝メビウス 水属性/星6/水族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードが生贄召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを二枚まで破壊する事が出来る。

「メビウスの効果で、血の代償とそのリバースカードを破壊させてもらうよ!」

 血の代償とリバースカードが破壊され、少年のフィールドはがら空きになった。
 バトルフェイズが行なえないのでターンを終了するが、何も無い相手はどうするのだろうか。

 ふと、顔を見ると――――笑っていた。先ほどと同じ、ぞっとするような歪んだ笑みで。
「…………フフ……ハハハハ……ゥァァッ―ハッハハハハハハハハハハハハハ!!!」
 思わず、背筋が寒くなった。
 その笑いですら、歪んでいる様に思えて。でも、相手は本気でもあるのだ。
「アハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハ! ……なかなかやるね」
 突如、声が切り替わった。
 子供の声とは思えない、低くて太めの声。どこか人に静かな畏怖を与えるような印象の。
「強力なエナジーを集めているとはいえ……君のような存在は初めてだ。デュエルエナジーを多く宿しているにも関わらず、まったくそれを使おうとはしていない………だが、次に会うときが楽しみだ」
「あ、あんたが……」
「お前がデュエリストを殺した犯人だな! 隠れてないで出て来い!」
 僕が何かを言うより先に坂崎先輩が口を挟んでいた。恐るべし。
「強いて言うなら実態など私には無い。隠れるも何も、私は分身を身体に纏わせているのみ、もとよりこの器のように使っているだけに過ぎない。今は彼に対抗する術が少なかっただけ。次はこうはいかない。覚えておけ。では、さらば」
「あ…!」
 坂崎先輩が言葉を続けるより先にバチン、という音と共に小さく火花が散った。
 すると、つい先ほどまで見掛けはまったく普通の子供を保っていた少年の身体がどろどろと溶け始め、地面の上でただの液体と化して行った。
 あくまでも殺した相手の姿を模していただけなのだろう、だが。
 人が溶けて行く姿というのも、気持ち悪い者だとは思う。
「……なんだったんだ、今の」
 今のが、犯人だったのだろうか?
 僕は正直、理解できない。まるで人ではない。否、実際に人ではない。

 だけど、人じゃない存在なんて本当にいるのか?
 そりゃ幽霊とかお化けとかそういうのを信じないタチではないけど…それでも、どこか引っかかる。
 死体の状況が発表されていないという話を思い出す。

 後で、おじさんに聞いてみよう。

「先輩…今の」
「うん………でも、今ので解ったよ。この街に何か恐ろしいものがいるって事だけはね」
 坂崎先輩の言葉に、マリーはじっと僕を見ていた。
「さっきのヒロ、カッコ良かったですよ」





 坂崎先輩とマリーをそれぞれ送った後、家に戻る。
 叔父さんは帰っていなかったが、叔母さんは帰って来ていた。流石に二晩連続で仕事というのは無いようだ。
「おかえり、浩之君」
「おかえりなさい」
 叔母さんと和葉ちゃんに「ただいま」と挨拶すると、叔母さんはすぐに夕食の支度を始める。
 そう言えば叔母さんは医者だった筈だ。もしかすると、検死や司法解剖とかもするのかも知れない。
「そう言えば叔母さん、最近、この近くで事件が起こってるっていう噂を聞いたんですけど」
「え? 浩之君、どこでその話…」
「いや、まぁ学校でなんですけど……そう言えば死体に変な所があるっていう話を」
「君はともかく食事中にしかも子供の前でする話じゃないでしょう」
 ばっさりである。
 まぁ、確かにそうだ。普通に聞いてれば食欲を無くすような話では在るし。

 ちょっと反省。




《第3話:Q.タカくんとヒロくんは林間学校でカレーを作る事になりました。材料はにんじん、じゃがいも、たまねぎ、カレー粉、お肉、ごはん、各種スパイスがあります。タカくんとヒロくんはカレーを実に美味しく作り上げました。二人が楽しくおしゃべりしている間にカレーは凄い物体へと変化していました。さて、問題です。二人がカレーを美味しく食べるにはどうすればいいですか。先ほどあげた材料を使って答えなさい》


「へぇ、そんな事があったのか……不思議な話だな」
「まぁね。とにかく大変だったよ」
 犯人と一度デュエルしてから二日後。
 那珂伊沢西高は一泊二日の林間学校で、七ツ枝親水公園に来ていた。
 七ツ枝市内とはいえ、都市部とは違って自然が多いこの場所は確かに林間学校にはもってこいと言えるだろう…ただ、僕自身は幼い頃に何度も訪れた事がある場所なのでどうにもキャンプに来ているという感じがしないのもまた事実だ。
「で、叔父さんはなんか言ってたのか? その…死因について」
「教えてくれなかったよ。そんな事を聞くもんじゃないだろってさ……」
 僕の返事に、貴明は小さくため息をつく。
「でも、いったいどんな奴が潜んでるんだろうな……那珂伊沢に」
「僕には解らない」
「だろうな。俺もだ」
 僕と貴明はそこで顔を見合わせて笑った後、両手をはたく。
 これから僕らは夕食の支度である。飯ごう炊爨なだけに、わざわざかまどに薪をくべて作れという徹底ぶり。
「去年のメシは悲惨だったからな……だが今年は違う。俺らが作る」
「薪拾いも含めてね」
 貴明曰く、毎年恒例のこの行事だが、毎年晩飯を喰えない男子が少なからずいるという。
 その理由は班全員、料理ができない人間しかいないとか、料理が出来なくはないが不必要なアレンジを銜えまくるとかそういう理由である。
 メニューはカレーと決まっている。と、いうよりカレーを食えという学校からのお達しだ。
 まぁ、飯ごう炊爨でキャンプと言えばカレーは定番みたいなものだからそれは崩せない。
 実際、作り方だってたいてい誰でも解る。にんじん、たまねぎ、じゃがいも、おにくとカレー粉と米さえあればどうにか出来る。
 だが、それぞれの家庭によってカレーというのは色々な拘りがある。隠し味を入れたりタマネギは先に炒めるとか、色々だ。
 だからカレーは作り方は単純、だが美味しく作るのは難しいという目玉焼きのような料理だと言っても良いだろう。
 そう、だからこそ。
 料理が下手過ぎる人間にはカレー、いや、料理をさせてはならないという事だ。
 全世界の食材と食事も出来ない人に謝罪しろレベルの大惨事になるである。

 そんな事を思いつつ、薪を集めて竃へと戻る。他の班も夕食の支度に取りかかっているが、大半は女子がやっている。男子が動いている所はやはり少ないようだ。
「さぁーて。とにかくメシ作りますか、浩之!」
「うん。まぁ、お米の方は任せてよ。飯ごう炊爨した事は何度もあるから」
「よしきた! 俺はカレー作るわ」
 まぁ、飯ごうで米を炊くのも決して難しくは無い。
 炊飯器で炊くのと同じように水で米をといで、後は適量の水を入れて火にかけるだけ。
 炊飯器と違って火加減その他に注意しなければならないけど決して難しいとは言えない。
「よいしょっと……貴明、そっちはどう?」
「おう、だいたい終わったぜ。後は煮込むだけさ」
 僕と貴明はカレーの鍋と飯ごうを前に何となく竃の火を眺めてみる。
「そう言えばさ、林間学校って一応全学年なんだよね……坂崎先輩とかマリーはどうしたんだろう?」
「ああ。一応、このキャンプ場それなりに広いから別のとこでやってんだろ。つーか、出来れば班編制は全学年混合の方がどれだけ良い事か…」
「なんでさ?」
「坂崎の料理、うめーんだよ」
「なるほど。よくわかった」
 女の子の旨い(ここ重要!)手料理を食べるという事がどれだけ幸せな事ぐらい、僕には解る。
「そういや貴明。僕の従妹の和葉ちゃんの事、知ってる?」
「ん? ああ、そういや時々うちんトコにも買い物に来るな。お母さんと一緒に。そういやあの子の料理って」
「叔父さん叔母さんが朝いない日は和葉ちゃんが作るんだけどね」
「ふむふむ」
「旨いんだよ。本当に。目玉焼きは黄身は半熟、白身はしっかり。ベーコンもちゃんと焼けてる」
「……え? マジで?」
 貴明が驚いた声を出す。貴明も和葉ちゃんの年齢だけは解っているのか、驚いているようだ。
「いやいやホントホント。マリーが食べに来るから基本洋食なんだけどね、それでもあれだけ作れるのは大したものだよ」
「って、事はマリーが料理を教えたって事もあるよな。典型的なブレックファーストだし。だとすると、マリーも料理巧いって事か?」
「有り得るかも知れない。まだ食べた事無いけど」
「くぁーっ! それっていい事じゃねぇかコンチクショウ!」
 貴明は羨ましそうに僕の肩を叩いた後、言葉を続ける。
「ま、それでも俺の母さんには敵わないかもな」
「おっと? 僕の母さんも叔母さんも料理美味いよ?」
「ははははは! お袋の味には敵わないってか!」
 僕と貴明がそう言って笑った後、ふと鍋の様子が気になった。
 そして二人で鍋の方へと視線を向けたときだった。
「「……あれ?」」
「おお、二人とも。どうしたのさ? 意外そうな顔して」
「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
 僕と貴明の二人と同じ班になった女子―――大島さんと結城さん(なんでも貴明曰く去年も同じ班だったがその際、大惨事を経験したとのこと)が鍋にあれこれしていた。
 いや、正確にはあれこれし終えたというか……。
「二人が鍋見てないからちょっと味見したらすんごい薄味だったからちょっとね?」
 大島さんの言葉に、結城さんも続ける。
「大丈夫、すごく美味しくなってるよ」
「そうそう。それにさ、男に料理させて黙って怠けてるってのも女子の沽券に関わるっていうか……ねぇ? 大丈夫、去年は失敗したけど今年は大丈夫だって」
「もう出来たみたいだから……他の皆も呼びに行こう」
 結城さんと大島さんは鍋を携えて言ってしまい、僕と貴明だけが遺された。
「…………なぁ、浩之。俺は迂闊っていう言葉の意味が初めて理解できたぜ」
「同感」
 周囲に散らばっているものを、何となく見てみる。
 しいたけの袋、ガラムマサラ、一味唐辛子、柿の種の袋、板チョコ七枚、インスタント焼そば、冷凍餃子にラー油…。
 いいや、それだけじゃない。アボガドの種がある事からアボガド、リンゴの芯だけ、オレンジの皮、インスタントコーヒーの空き瓶にニンニクとショウガの空き袋。
 ……流石に数えるのも大変だがこれだけ数えてもまだ半分でもない。しかし、時間が来ている。
 とりあえず、二人の後を追い、他の班のメンバーの元迄辿り着く。
 ちなみに班は男女3人ずつの6人で同じクラスの中で組まれる。テントは男3人、女3人で勿論別であるが。
 さて、そんな僕らの班の最後のメンバーは男の方は碓真幹夫。即ち、担任のシャドルー先生の弟である。
 女子の方は長崎さんといって無口で大人しい眼鏡の子である。こっちは…まぁどうでもいいか。
「ああ、夕食かい? 待ってたよ、僕も長崎さんも、お腹ぺこぺこなんだ」
「碓真君ってなんであんな口調なんだろうね」
「知らん」
 僕と貴明がそう話していると、碓真は隣りへ来いとばかりに手招きする。
「おや、食べないのかい? 君らが作った筈だが……」
「いやー。この二人の作ったカレー、すっごい薄味だったからあたしと結城でアレンジしてみたのよ!」
 碓真の顔つきが文字通り、一瞬で凍った。
 どうやら碓真も去年の惨事を体験したらしく、貴明の方を鋭く睨む。
「……君達も喰え。君達も男だろ」
「……すまん碓真。俺達が眼を離したばっかりに」
 貴明が席に座り、僕も諦めて席へ。長崎さんがあまりに神妙な僕たちを見て何事かとばかりに顔を見合わせる。
「大丈夫だって、3人とも。去年は散々とか言われたけど、今年はちゃんと美味しいよ!」
「去年は美味しいけど皆の口には合わないって言うから…少し趣向を変えたの」
 大島さんと結城さんは無邪気な顔で言って来る。腹をくくるしかない。目の前に置かれたカレーの皿を見て、僕らは顔を見合わせる。
 なんていうか、つい先ほどまで普通のカレーだったのに既に匂いと色がカレーの色じゃない。
 そりゃそうだ。青紫色のカレーなんて初めて見たよ。
「ど、どうするよ?」
「先にどうぞ。河野君は転校生だしね」
「いやいや碓真君、君から先に」
「そうだぞ碓真。お前も男だろ」
「こうなったらじゃんけんで決めよう。じゃんけん……負けた。仕方ない」
 碓真は大きく息を吸い、スプーンで一口を咀嚼した。
「ごはぁっ!?」
 とても人とは思えない叫びをあげ、碓真はテーブルに突っ伏した。
 ちなみに長崎さんは怯えきった様子でスプーンを既に取り落としている。
「う、碓真ぁぁぁぁぁっっ!!!! すまん! 俺らが眼を離したばっかりにこんな大惨事になるとは思わなかったんだ!」
「あれ? 碓真、大丈夫?」
 大島さんが近寄った時、碓真は椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
「なんじゃこりゃあああああああ!!!! これは料理として許されるレベル、否、料理として認められるレベルじゃないだろ! 口に含んだ直後になんていうかゴムのようなぶにゅっとした食感と、口の中に広がる酸味と苦みとエトセトラ! いいか、隠し味ってのは本来料理の味に隠れて料理の辛みとか甘みとかそういうのを引き立てる為に入れるのであって食材として使うもんじゃないだろ! あと、ハーブも香辛料も香り付けやアクセントならまだしも自己主張するレベルまで投入するもんじゃないんだぞ! なんていうか…その、まさに食材に対して失礼とかそういうレベルじゃない! 全世界でメシを喰えない人達に全身全霊で土下座しろ! これはなんていうかメシ喰うってレベルじゃねぇぞ! つーか、宍戸も河野も一度喰え! お前ら眼を離したせいでこんな大惨事になった責任取れ!」
「「むぐぅっ!?」」
 そんな碓真の叫びとともに口の中に押し込まれたそれはまさになんていうか形容できない味だった。
「ぶふぉっ!?」
 そんな叫びとともに貴明が口から泡を噴き出し、その時、既に僕は近くの茂みに駆け込んで思いっきり吐いていた。
「ひどーい! そこまで言う事ないでしょ? ほら、こんなに美味しいのに……長崎さんも食べなよ…」
 僕らの惨状を見ていた長崎さんはまだ食べていないが、大島さんの言葉に遂に根負けしたのかおそるおそる一口を運び…そして。
「ぶっ!?」
 ……倒れた。
 被害者、約4名。






 夕食時間が終わった後は各自テントに分かれて就寝、となったが。
「……腹、減った」
「貴明、口に出さないで…余計腹に響く」
「君達はともかく僕と長崎さんは巻き添え食らったんだぞ…なんで目を離してたんだよ」
 貴明と僕の言葉に、碓真がそう割り込んで来る。
 まぁ、確かにそう言われると反論するべき言葉も無いが…。
「つーか、あいつら有り得ないよな…。責任とって全部食えって言ったら『こんなに美味しいのに…』とか言って平気な顔で鍋全部食べるしよ。俺は一瞬自分の舌がおかしいのかと疑ったけどそれはないよな」
「ああ。試食に来た姉さんも倒れたからな」
 そう、あの大惨事のカレーは生み出した本人である大島さんと結城さんが全部平らげていた。
 あのとてつもないカレーを平気な顔で、というより「おいしい」を連呼しながら笑顔で平らげるあの二人の舌は確実に狂っている。
 ちなみにあのカレーを食べて倒れたのは僕たち以外にもいる。
 平たく言えば試食に来たベガ先生を含む先生方だ。
「なー。菓子とか何か持ってねぇ?」
「ない…おろ?」
 貴明の言葉に僕が首を振った時、テントの入り口がそっと開いた。
「……あの」
「あ、長崎さん…ごめん、僕と貴明が目を離したばっかりに晩ご飯抜きになっちゃって」
「おお、長崎か。悪ぃな、マジで…」
 僕と貴明がそう謝った時、長崎さんはテントの中にするりと潜り込むと口を開く。
「何か…持ってない? お腹…空いちゃって」
「悪いが何も無いんだ」
 碓真の言葉に長崎さんは悲しそうな顔をする。確かに仕方ない。僕らはともかく、完全に巻き添えを食らった長崎さんが空腹でお腹を抱えているのも少し気の毒である。
「……なぁ、浩之。お前、七ツ枝から来たんだろ? この辺りでなんか食えるとことか知らねーの? まだ十一時過ぎたばっかだしよ…」
「幾ら都会とはいえ流石に十一時過ぎても開いているメシ屋なんて…あ」
 そう言えば、と思い出す。
 子供の頃からこのキャンプ場に何度か来た事があるが、一応このキャンプ場もいわゆる初心者向きなので足りないものを売っているコンビニがあった筈。
 携帯電話を探り出し、いくらか検索。
 少し離れている…、というより5キロも先だが、コンビニがあるようだ。
「5キロ先だけど、コンビニがあるね……行く?」
「「行く」」
 僕の言葉に貴明と碓真は即座に答える。
「長崎さんも行こうよ。お腹空いたでしょ?」
「で、でも……財布……」
「心配するな、宍戸君と河野君がなんとかしてくれる」
「おい碓真……って言いたいけど、まぁ俺らの責任もあるから長崎の分は奢ってやるか」
「確かに……碓真君は自分で出せよ」
 一応未成年だと悟られないよう、ジャージから私服に着替える。
 長崎さんはジャージ姿のままテントから出て来たので、僕らの予備の上着を幾らか貸す。
「んじゃ、行くか」
 貴明の言葉に、僕らはこっそりとテントから出て、5キロ先のコンビニへと向かう事にした。
「はぁー……まー、コンビニがあるだけマシか。那珂伊沢じゃヘタに深夜に腹減ってもコンビニとかそういうのねーからな」
「そうなの?」
「ああ、マジだ……ま、俺はバイトの後、売れ残りの総菜とかも貰えるから母さんも俺も腹一杯食える分だけマシっつーか」
「宍戸君は大したものだよ。母子家庭で、お母さんの身体が弱いからって率先してアルバイトを続けてるんだからな」
「よせやい、母さんに優しくするぐらい誰だってやってるだろうがよ」
 碓真の言葉に貴明がそう返すと、碓真は「いやいや」と言葉を続ける。
「それが上手く出来ないのが子供ってもんさ。僕のような、ね」
「そうそう、碓真の言う通り」
 聞き慣れた声が響く、僕らが後ろを振り向くと、ジャージ姿の坂崎先輩とマリーが立っていた。
「おわっ!? なんだ、坂崎かよ……驚かすな」
「失礼だなー……まー、あんたらのテントに行こうとしたら見掛けたんだけどね」
「ドコカオデカケですか?」
 坂崎先輩もマリーもテントを抜け出して来たのだろうか。まぁ、それは置いておくとして、僕らがコンビニに行く事を告げると案の定、ついていく事を提案した。
「いやー、この近くにコンビニあるなんて知らなかったよ! ちぇー、河野君が後一年早く来てくれたらなー」
「僕だってそんなに頻繁に行く訳じゃ……はぁ、それにしてもお腹減った」
 僕が呟くと同時にお腹が鳴り、マリーが少し笑った。
「ヒロ、可愛い音ネ。お腹空いたの?」
「うん……諸事情で僕ら四人、晩ご飯抜きになりまして……」
「甘かった…俺らはうちの班の女子を甘く見ていたぜ…」
「Oh my god…ワタシ達が側にいてfollowすれば……」
 マリーはそう呟いた後、「それにしても」と言葉を続ける。
「夜のヤマってトッテモsirentネ…」
「まぁ那珂伊沢は田舎って言っても時々車とか通るし、まぁ古いけどゾクもいるしな。完全に静かな夜ってーと冬ぐらいしかねぇし」
「でもほら、耳を澄ませば虫の声とか聞こえるじゃない」
「……それもそうか」
 僕たちはそう呟いた時、ちょうど「きゅう」と誰かのお腹が鳴る。
「長崎さん、大丈夫?」
「う、うん……コンビニまで、あとどれぐらい」
「まだまだ先だと思う…大丈夫、コンビニついたらいっぱい食べさせてあげるから」
「おう。チキンもアイスもおにぎりもパンも食わしてやるぜ」
「ねぇねぇ河野君。そのコンビニ、あらびきステーキ串売ってる?」
「Oh! ニッポンのコンビニにはStakeもあるのですカ!?」
「場所によってはね」
「チキン、アイス、おにぎり、パン…」
「長崎さん、相当お腹空いてるみたいだな。僕はカップ麺が食べたいかな」
「いいねぇ、カップ麺。そうそう、カップラーメンの残り汁にご飯入れると美味しいじゃん? あれの応用でコンビニのおにぎり入れるんだよ」
「へ? おにぎり? それって上手いのか?」
「おにぎりって言ってもしょうゆ味の焼きおにぎりがあるじゃん。あれを入れるんだよ。上手いよ? 香ばしくって」
 碓真の呟きに坂崎先輩が口を挟み、貴明が驚いた声をあげる。
「なぁ、浩之。それって旨いと思うか?」
「え? 醤油とか豚骨系だったらそれやると結構いけるよ? おにぎりはほぐれにくいのが難点だけど…」
「お前試した事あるんかい」
 カップ麺の残り汁におにぎり投入は一度は通る道だろ、フン。
 しばらくの間、何気ない会話をしながら歩き続ける。
「あ、そうだ。そういや坂崎よー。一昨日、例の犯人っぽいのに遭遇したって」
 貴明が思い出したように坂崎先輩に視線を向ける。
「え? ああ、まぁね。なんていうか不気味な出来事ではあったよ……死んだ筈の矢吹君が歩いてるんだもん、あんなおぞましい顔でさ」
 坂崎先輩はあっさりと言い放ったが、その口調は真剣だ。
「おぞましい顔、ねぇ」
「……実際、なんていうか、この世のものとは思えないって言うか……デュエリスト達が変死したのも、解らないまでもなかったような…」
「……」
 坂崎先輩とマリーがその恐怖について続けた時、碓真がふっと口を挟んだ。
「死んだ人間云々と言えば……河野君が転校してくる前日、殺された奴を覚えているか? 里見智晴の事だ」
「え? ああ、そう言えば……」
「家が近所でね。学校が違うとはいえ、よく会ってたんだが……まさかあんなに唐突に殺されるとは思ってなかったよ」
 碓真はそう吐き捨てるように言った後、更に言葉を続ける。
「だけど、昨日の夜、見たんだ」
「え?」
「里見をさ。部屋の窓を開けた時にさ、街灯の下を歩いていた……慌てて外に出た時にはもういなかったが、あの後ろ姿は間違えないさ」
「殺された筈の人間が…歩いてた?」
「ああ。間違いなく、な」
 碓真の言葉は、にわかに信じ難いものだ。だけど…。
「……そう言えば里見って、笹倉と同じ学校だったよね」
「笹倉か? ああ、確かにな。僕の方から今度聞いてみるさ………そうだ、もう一つ思い出した事があるんだ。里見の死体が発見された時なんだが」
「何か?」
 あの日の事。
 そう言えばあの日、僕がこの街にやってきた日は。
 そうだ、叔父さんと叔母さんが仕事で…。そうか、殺された彼の事で出て行ってたんだ。
「見に来た刑事がこう言ってたらしいんだよ。『気の毒だな。こんなひでぇ目に遭うなんざ。これで8人目だってのに、皆一緒だ』って……つまり、前の被害者も同じように殺された事になる」
「だけど、死因とかは公開されていない……不明のまま」
 碓真の言葉に、貴明が続ける。
 六人で、うーんと考え込む。
「そろそろ、コンビニ着くよ」
 遠くの方に明かりが見えて来た。僕らは少しだけ早足になるが、それでも少しだけ気にしていた。
 一昨日の事件と、もし今後もこの事件が起こり続けるとしたら那珂伊沢という街はどうなるのだろうか、という事。




 昼ご飯以来のメシって旨いものである。てか、コンビニの食べ物ってこんなに旨かったっけ?
 まぁ、僕らの腹を満たす事には成功したので、とりあえずさっさと戻る事にする。
「それにしても、不思議だよなぁ」
「何が?」
「浩之が、ここまですんなりとけ込んでるって事」
 貴明の言葉に坂崎先輩も「確かに」と言った後で、言葉を続ける。
「まー、でも河野君が来てくれた事、あたしは嬉しいな。積極的に喋ってくれるときは喋るし、それなりに冷静になってモノ考える時もあるみたいだし。ついでに言うと一番嬉しかったのは…犯人追いかける事を手伝ってくれるって言ってくれた事かな。一昨日みたいな危険な事にもなりかねないのに、ね」
「それを言うなら、先輩だって同じ確率ですよ。買いかぶり過ぎです」
 坂崎先輩は「いやいや」と首を左右に振る。
「無謀と勇気は違うもの。だけど、根底にあるのは同じ。どっちも、大きな思いを込めて立ち向かう時に使うものだからね」
「………」
「人はそれを普通は無謀と呼ぶ。だけど、その無謀の中に願いが込められた時、無謀な挑戦は勇気ある挑戦へと変わる」
 無謀な挑戦に願いが込められた時、大きな思いを込めて立ち向かう時、勇気ある挑戦へと変わる。
 勝てないと解っている戦いでも。それに願いが込められているなら、もしかしたら、という思いから。
 勝てる、という思いに変わるのかも知れない。あくまでも想いだけ、あくまでも思いだけの筈なんだけど。
「だからね、あたしは河野君の事すごいって思えるよ」
「そんな……」
「ワタシもヒロの事、凄いと思いますよ?」
 マリーがそう声を出し、何故かおしゃぶり昆布をひたすら齧りつつ言葉を続ける。
「だって、ワタシもカナも怖いって思ってたのに、ヒロは一昨日、フツウにタチムカッテいったネ!」
「いや、それは……」
 あれは僕自身が身の危険を感じたからであって、助けるとか戦うとかそういう意志が明確にあった訳では無い。
「だから、ヒロはユーキがすっごくあると思うネ! ヒロはHeroよ!」
「………」
 なんかそう言われると恥ずかしい気がする。
「そう、かな」
「Yes! きっとソウよ!」
「………」
 勇気があるの、だろうか。いいや、そんな筈はないのかも知れない。
「……先輩、さっき、無謀と勇気の根底にあるのは、大きな思いを込めて立ち向かうって言いましたっけ?」
「へ? うん、まぁね」
「でも、思いだけで何か守れますか?」
 僕の言葉に、全員が一瞬で言葉を止めた。
「助けたいとか、救いたいとか……そういう事、頭で解ってても、身体の方が動けない事だってある。なんていうんだろう……自分一人じゃできないとか、自分には無理だとか、力が無いからとか……助けたいって頭で解ってても、どこかでそういう気持ちが残ってて、それで自分に力が無いから出来ないって、そう思う事だってある」
「ヒロ…?」
「美希はきっと、僕の助けを待ってた筈なのに……助けを呼びに行くって口では言いつつも、実際は逃げ出しただけなんですから……それなのに、皆は僕の事を誰も責めないんですよ。なんていうか、おかしいですよね…僕がした事は、本当は酷い事なのに。僕は今、こうやって生きてるんですから」
「……ねぇ、ヒロ」
 僕の言葉を、マリーの言葉が中断した。
「ヒロは……那珂伊沢に来たのは、Escapeしたかったから? そんな自分から」
「……」
 嘘だ、とは言えない。だって、それが本当だったから。
 いつまでも、七ツ枝で、親の所にいるのが、怖かったから。
「ねぇ、ヒロ。Change!」
 マリーは盛大に僕の背中を叩いた。思わず痛みが走る。
「ヒロはそう言って自分のコト嫌いかも知れないけど、ワタシもカナもタカもヒロのいい所、いっぱい知ってるネ! それに、そうやって自分で別のTownに来て、それで新しいLifeをStartしたのなら、それはRestart! それがキッカケで、そんな嫌いな自分をChangeして自分を好きになったらGoodネ! だからヒロ、Changeしよう! 大丈夫、オオバコにRideしたつもりでワタシ達に任せるね!」
「マリーの言う通り。あたしも貴明も、応援するから。大丈夫、変われるよ!」
「そうそう。それとマリー。それを言うなら大船に乗ったつもりな。オオバコは雑草だろうがよ」
「アレ? Oh my pork!」
「そしてどこでそんな言葉を覚えた」
 そんなやり取りを見て、何となく笑みがこぼれた事に気付いた。
 そう言えば、と思い出す。
 那珂伊沢で皆に出会ってから、よく笑っていた気がする。
 馬鹿な話したり、マリーの言葉の間違いを訂正したり、色々と。
 でも、それだけじゃない……。坂崎先輩が追いかけるこの事件の犯人の追跡を、手伝う事を約束した。
 普通だったら絶対に手出しとか、助けるとかしない筈だ。僕だってそうだ。
 那珂伊沢に来た事は、逃げ出してやってきた。僕はずっとそう思っていた。でも、本当は変わりたかったのかな?
 そんなんだから貴明やマリーと、坂崎先輩とも和葉ちゃんとも、色々と話して。
 それで、那珂伊沢で起こる事件の事を知って、なんとかしようとしている。
 そうやって、変わりたかったんだ。僕は。

 だって、大嫌いな自分が一番嫌なのは、僕自身の筈じゃないか。



 七ツ枝市から川を下流に下り、海へと注ぐ四津ヶ浦市。
 近隣のゴミを処分する埋め立て地のゴミ処分場が幾つも作られているが、今現在埋め立てている場所ならともかく、既に埋め立て終わった場所はどうすればいいか。
 そこで何百億円というお金を使って始まったのが、埋め立て地の上に巨大な施設を建造すること。
 ショッピングモール、病院、企業のオフィスに研究所。
 文字通り、色んな施設が建造され、四津ヶ浦アクアフロントなる名称が付けられ、計画から僅か3年でオープンという快挙を成し遂げた。
 しかしこの施設。埋め立て地という場所のため、耐震性に弱かった事。ついでに、揺れだけではなく衝撃にも弱かった。
 急ピッチで行なわれた工事のせいで建物自体に無理が生じていたのだ。
 もちろん、それは殆どの人間が知る事はなく、オープン当日、僕も美希を連れて遊びに出掛けた。
 その日は美希の誕生日。両親はともに仕事の日だったので寂しがっていた美希にプレゼントを買ってあげようと思った僕(この提案に両親はとても喜んでいた)はオープン当日のアクアフロントに出掛けた。
 ちょっと背伸びしたい年頃だから化粧品やら服やらを何度も眺めていた。
 それが凄く微笑ましくて、ついでにお金の持ち合わせもそこまである訳ではないけど普段買ってやれないようなお菓子もこっそり買ってあげたり。
 そう、そんな思いで、僕も美希も、ついでにいうと他のお客さん達も思っていなかった筈なんだ。

 アイアンメイデン航空ロンドン発東京行き0666便はその日、悲劇に襲われた。
 日本近海を飛行中、エンジンが停まった。正確には、4つあるうちのエンジンの二つが停止した。
 その理由は鳥が巻き込まれたか何かだというが、とにかく大型のジェット機がエンジントラブルを起こし、四津ヶ浦の海目指し、不時着を開始した。
 しかし、そこでもう一つの悲劇が起こった。
 エンジンの停止だけでなく、操縦桿も上手く聞かない。
 フライトレコーダーには、操縦士達の悲痛な叫びが記録されていた。

 そして、12時31分。ただでさえ衝撃などに弱い四津ヶ浦アクアフロントへ、アイアンメイデン航空0666便は突っ込んだ。
 その象徴であった高さ6mの女神像は容易く薙ぎ倒され、休日でオープン当日の多くの人が集まるショッピングモールへと突っ込んだ。
 意外な事に航空機の方は大きな衝撃こそきたものの、機体の破損などは少なかった。
 しかし、問題はショッピングモールの方で、この時点で突っ込んで来た飛行機に薙ぎ倒されたり吹っ飛ばされたり、或いは崩落してきたコンクリートや瓦礫の下敷きになって犠牲者が出ていた。
 そして、漏れだした燃料に、フードコートのガスが引火し、火災も発生した。
 僕と美希はその時…瓦礫の下敷きになっていた。

 最初、大きな衝撃と悲鳴があがった時に、何が起こったのか解らなかった。
 地震なのかと思って、フードコートのテーブルの下に美希と二人で隠れる事にした。だけど、実際は違い、幾つものガラスとかを割って飛行機が顔を出した時、思わず驚いた。
 なんでこんな所に飛行機が、と。
 直後、吹き飛んで来た瓦礫にテーブルごと吹っ飛ばされ、数回回転してどうにか床に叩き付けられた。
 結構な距離を吹っ飛ばされたせいで、片方の足が折れた。
 焼けるような痛み、どうにか痛みをこらえて手で這おうとすると、割れたガラスが腕に突き刺さった。
 美希はどこにいったのか。探さなくちゃ。

 腕と足の痛みを堪えて進んで行くと、僕より奥の場所に美希はいた。
 胸より上だけを出して、か細い声で僕の助けを待っていた。
 そう、瓦礫とガラスが美希の身体を半分以上押しつぶし、流れ出た血で溢れていた。
「おにいちゃん……」
 今日は美希の誕生日。それで、お兄ちゃんらしくカッコいい所を見せようとここまで来たのに。
 それなのに、どうして。
 いいや、それより今は助けなきゃ、そうだ。放っておいたら美希が死んじゃう。
「美希……!」
「おにいちゃん…」
「待ってて……助けを、読んで来るから」
「待って、助けて、いかない、で」
 か細い声で、喉の奥から溢れ出る血でひゅーひゅーと音を立てながら、美希は絞り出すように言葉を続ける。
 だけど、折れた足、傷だらけの腕であの瓦礫をどけられる訳がない。
 助けを呼ぶしかないと解っている。でも。
 いつの間にか起こった火が迫って来ていた。

 間に合うか、と思ったけど行くしかない。
「美希…助けを、呼んで来る、から…」
 頑張れ、と言いかけて足に激痛が走った。
 無理に体重を支えていた折れた足が限界を迎えたのか。それでも、いかなくちゃいけない。
 腕を使って、這う様に出口を目指す。
 美希が待ってる、美希が待ってると言い聞かせて。

 でも僕は…次に美希と出会ったのは、病院の暗くて冷たい部屋の上。

 無惨な姿だった。
 ねじ曲がったパイプが刺さり、足はコンクリートで潰されて。
 死因は出血性のショック死。
 でも、その最後の瞬間迄ずっと僕の事を待っていた。助けを呼びに行くといった僕の事を、待っていた。

 だけど一番悪いのは僕だった。
 あの日、僕があの場所に連れて行かなければこんな悲劇は起こらなかった筈なのに。

 だから僕は泣いた。泣いて泣いて、それでも自分の罪が誤摩化せるものではなかったからだ。
 そして、七ツ枝で、あの悲劇を知っている人がいる限り。
 僕は自分の事を許せなくなって、逃げ出した…それが正しい事がどうか解らない。でも。

 もしもあのまま残り続けていたら、僕は…僕は…。

 僕の事を、自分で自分を全て否定しつづけていたのかもしれない。








「はーい、それじゃ林間学校は、家に帰るまでが林間学校です。それじゃ、解散!」
 学校集合で現地解散。ついでに現地は那珂伊沢から電車で二時間以上。
 見事な手抜きぶりの林間学校が終わった。
「どうにか終わったね」
「ああ。終わったな…」
 僕の言葉に貴明は頷くと、顔を見合わせる。
「あー、とりあえず坂崎とマリー呼んで帰るか?」
「そうだね…そうしようか」
 僕と貴明が動き出した時、そこへマリーが現れた。
「Hi! 二人とも、ようやく見つけたネ!」
「いきなりテンション高いねマリーは……どうしたの?」
「いやー、折角だからさ。遊ぼうかなって」
 ついでに現れたのは坂崎先輩である。
「遊ぼうかなって……何でだよ?」
「決まってんじゃん。貴明は前から言ってたでしょ? ウチの学校は水泳の授業が無いから学園生活として損してるって」
「まぁ、言ってたけどよ…え? まさか?」
 僕と貴明が目を凝らした瞬間、坂崎先輩とマリーはジャージを脱ぎ捨てた!
「じゃーん! なんと、あたしとマリーは水着を持って来たのです!」
「こうして水着着るのも少し恥ずかしいデスネ」
「「お…おおおおおおおおおっ!!!!!!!」」
 ヤバいヤバいヤバい。
 何がヤバいかって言うと、元からプロポーション抜群のマリーもそうだが坂崎先輩も決して悪く体型をしており、それがビキニを着ているという時点でまさに色んな意味でテンション上がって来たとかそういうレベルである。
 男として女子の水着姿は欲情対象としてみる事が出来るのは至極自然な事であって僕自身だってそれは否定しない!
 つまり、平たくいえば。
 憧れの可愛い先輩+学園のアイドルの後輩でパッキン美少女が目の前でビキニ着て泳ごうとしている。→桃源郷降臨。
「貴明……僕は生きててよかったよ」
「……だな。俺もだ」
「って、てーかアンタら何鼻血出してるの!? 拭きなよ少し! びっくりしたな、もう!」
「いや、目の前でジャージ脱いだらビキニってのも凄いですよ、坂崎先輩」
「ああ。普通そんなのありえない」
 ついでにいうと。
「ジャージの下が即ビキニってどうなのかねぇ」
「それはそれでアリだと思う」
「アリなのか?」
「アリだろ」
 貴明の言葉に僕がそう返すと、「そうか、アリなのか」と貴明も返す。
「あれ? マリーと坂崎先輩は?」
「既に泳いでたぁぁぁぁっ!!!」
「な、なんだってー!」
 そう、僕らがそんな会話をしている間に二人は既に川を人魚のごとく泳いでいた。流石である。
「ど、どうする? 僕らも泳ぐ?」
「水着持ってねーぞ」
「僕も無い」
「いっそ全裸で」
「逮捕されるよっ!」
 結局僕らは人魚のように泳ぎ回る二人を一時間以上、黙って見ているしかなかった。
 しかし、第二の問題はこの時に発生した。
「……どうしよ」
「どうしたんですか、カナ?」
「…ない」
「へ? 無いって何が?」
 茂みの中で着替える二人からそんな声が聞こえて来たので聞き返すと、坂崎先輩が口を開いた。
「パンツ履いたまま泳いでた」
「「ぶっ!?」」
 その後、僕と貴明が家に帰る頃にはある程度の鼻血を流してたのは言う迄も無い。
 なんていうか…女の子って、時々無意識にエロくね?




《第4話:世界の計算》

 那珂伊沢西高校は林間学校を終えて二週間後に一学期の期末試験に入る。
 微妙な時期に転入してきたとはいえ……まぁ、それなりにマシな成績だったと言えるだろう。少なくとも僕はそうだ。
 意外な事に貴明も案外成績はいいらしい…なんでも成績がそれなりにないとアルバイトの許可が下りないとか。

 とにかく。一学期が終わった。

 ちなみに事件の方はというと、僕が那珂伊沢にやってきた日以来、現在の所被害者は出ていない。
 喜ぶべき事なのかは解らないが、僕が犯人と一度会っている以上、警戒しているという可能性はある。
 ただ…一つだけ言える事は相手はあの程度では引き下がらないという事だ。それは僕自身が確認、否、確信している事だ。
 まぁでも現時点では何もしてきてない以上、平和…なのかな?






 夏休み初日。
 僕は夏休みの宿題は七月中に終わらせる方である。
 その理由は七月で全部済ませてしまえば八月の間、勉強というものを一切抜きで過ごせる。ちなみに必要コストは途轍も無い労力と、休み明けテストの成績だ。
 まぁ、夏休み明けテストの結果なんてのは成績表に完全に直結する訳でも無いのでどうでもいい人間にとっては心底どうでも良いが。

 なので、僕は早速夏休みの宿題に取りかかったのである。

 問:ローマ五賢帝の名前を答えなさい。

 ネルウァ帝、トラヤヌス帝、ハドリアヌス帝、アントニヌス・ピウス帝、マルクス・アウレリウス帝、だな。決して難しい問題ではない。

 問:平将門の乱と同時期に瀬戸内海で起こった反乱の名前を答えなさい。

 これは藤原純友の乱だ。おや、問題に続きが在るぞ…。

 問:では、平将門の乱と上の問題の反乱の総称は?

 なんだっけ…保元・平治の乱じゃなくて…承平天慶の乱、だっけか?

 問:元素記号Agは何?

 銀か金のどちらかだったはず…思い出せないのでパスする。

 問題集と向き合っていると、ぴんぽーんという音が響き、和葉がインターホンに向かったのか、階下でぱたぱたと音がした。
 その後、階段を上がる音が響き、小さくノックされる。
「お兄ちゃん。おともだち…」
「わかった。行くよ」
 とりあえず階下へと降り、玄関に向かう。
「おいーっす。夏休みエンジョイしてるかー」
「やぁ、貴明。どうしたのさ?」
「いやー、実はな?」
 貴明は実にいい笑顔で口を開いた。
「冷房が壊れた」
「ほうほう」
「暑くて死にそうだ」
「まぁ、夏だからね」
「宿題はさっさと片付けたい」
「ちょうど僕もやっていたよ」
「一緒に宿題やろうぜ」
「だが断る」
「おいっ!?」
 貴明が文字通り驚いた声をあげた。おお、見事なリアクション。
「冗談だよ。中入りな」
 貴明を家に上げ、まずは居間へと向かうとちょうど和葉も宿題をしていたのか、居間のテーブルに勉強道具を広げていた。
「おお、和葉ちゃんも宿題してたのか」
「……一緒にここでやるか。待って、僕も取って来るから」
 部屋に戻り、部屋から宿題一式を持って来る。
「なぁ、浩之。お前、得意科目とかある?」
「現代文かな」
「あー、俺は地歴だわ……なぁ、数学は?」
「得意じゃないね」
「俺もだ…むしろ苦手だ」
「「だよねー」」
 男という生き物は、えてして数学というものは苦手な奴が少なからずいる。
「つーかさ、数学ってなんていうか……こう言っちゃなんだけど解いてもそこまで楽しいって感じがしないっつーか」
「解らない気がしないでもないけど面白いって思う人はいるみたいよ。数学者とか」
「あー……まぁ、そういう奴らは俺らが知らない楽しみ方を知ってるんだろ」
「読書家は読書家でも小説が大好きな人と研究書が大好きな人とは全く違うってのと一緒か」
「…確かにそうだな。そう考えれば自然か。俺は数学嫌いなのは解き方は結構あるけど答えが一つしかないってトコかな」
「どうして?」
「行き着く先が一つしかない事ほど、つまらん事はないだろ」
「…まぁ、それもそうか」
 とりあえずペンを動かしつつ、そんな会話をしてみる。

 問:以下の二次方程式を答えよ。

「あー…難しいな、本当に」
「ああ……ぜんぜん解らん」
 僕と貴明がそう声をあげた時、和葉は不思議そうな顔で僕らを見ていた。
「お兄ちゃんでも、解らない事あるの?」
「そりゃそうさ。神様じゃないからな」
「……神様は解らない事ないのかな」
「だろうな」
「貴明…神様っていると思うのか?」
 貴明の言葉に僕がそう訊ねると、貴明は言葉を続ける。
「わかんねーぞ。だって、誰もその存在を確認した事が無いからな。幽霊と同じさ。いると思う奴はいると言うし、いないと思う奴はいないって言う。けど、その存在を証明するものは何処にも無く、それが存在しないと証明するものも何処にも無い。そういうこった」
「いるともいないとも言い切れない、そういうものか……」
 そういう考えをすると、何故か知らないけど頭がこんがらがってくる気がする。
「………うーん…よく、わかんない」
「無理ないさ。俺達だけじゃなくて、大人だって解らない問題だと思うぜ?」
 貴明はそう答えた後、ペンを置いた。
「あー……なんかもうめんどくなったわ。遊ばん?」
「開始わずか三十分で諦めた、と……ま、やるけどさ」
 こうして夏休みの宿題は開始三十分で諦めた。

「ああ、そうだ。お前の周辺、何も変わりないか?」
「今の所は無いね…事件の事なら、特には」
「そうか。ならいいんだけどよ。ただな」
「ただ?」
 貴明はここで言葉を潜める。
「なんつーか、これとは別件な気がするんだが…お前、期末試験の時と、終業式の時。クラスがなんかおかしく見えなかった?」
「え?」
 クラス…なんとなく考えてみる。
 一学年3クラスなのは、まぁ地方の高校にはありがちだが…その中で更に人数が。
 確かに、少なくなった。ような気がする。
「…気のせいじゃない?」
「そうか?」
 貴明は何か腑に落ちないような表情だったが、すぐに気を取り直した。
「あー…しかし暇になったな」
「そうだね」
「そろそろ昼か…そうだ。坂崎ん家行かねぇ? マリーも誘ってさ」
「え? ああ、そう言えば…」
 坂崎先輩は料理がうまいと言っていた気が。
 同時に林間学校での悪夢を思い出す。もう、なんていうかあの物理的論理的その他もろもろを無視した口撃は二度と無いに違いない。
「そうだね…じゃあ、行くか…」
「だろー? 和葉ちゃーん。ご飯食べに行かない?」
「…いいの?」
「おう。旨いもの喰わせてやるから!」
「じゃ、じゃあ、マリーお姉ちゃんも呼んで来ていい?」
「もちろん! むしろ歓迎!」
「やったぁ!」
 和葉がばたばたと去って行き、その後マリーもくわわって僕らは坂崎先輩の家に向かう事になった。




 外は暑い。
 まぁ、そりゃそうだと言える。夏である。しかもちょうど太陽が南の中心に立つ頃、暑いに決まっている。
「この暑さは…キツい」
「ああ。ウェルダンに焼かれている気分だな」
「No! タカはStakeじゃないヨ! それはBeafに失礼ネ!」
「ツッコむ所そこかよ!?」
「あはははは…お姉ちゃん、面白い」
 そんな会話をしつつ暑い道を進む。そういえば坂崎先輩は今頃何をしているのか。
「そういや坂崎先輩、受験するのかな? それとも…」
「受験するらしいから今勉強中だと。まぁ、こんな田舎じゃ予備校もねぇから無理はねぇか」
「いいのかよ、そんな時に訪ねて」
「構わないだろ、ああいう奴だから」
 貴明はそう答えてから一軒の家の前に立つ。古風な和式の一軒家で、なかなか大きい。
「さぁーてと。ぽちっとな」
 貴明がインターホンを躊躇う事なく押すと、しばらく後に扉ががちゃがちゃ動き、一人の顔がにゅっと出て来た。
「…ぅぁい?」
 そう、顔を出したが正確である。
 坂崎先輩に似ている、だが眼鏡をかけて眉をしかめ、ついでにポニーテールじゃなくて髪はぼさぼさ。
 とりあえず坂崎先輩そっくりで声も似ている女の子は一瞬貴明を見て固まった後、速攻で扉を閉めようとした。
「って、いきなり閉めるな!」
「んなんじゃなくて! つーか、なんであんた来てるのよ! めっちゃ恥ずかしいって! 連絡してくれりゃ身支度ぐらい整えてるのにコンタクト入れる準備とか必要でしょ!」
「連絡したぞ。つーか、俺だけじゃなくて皆いるから早く開けろ」
「無茶言うな! って、皆いるって……うわー! 恥ずかしすぎる! こんなあたしを見ないで! 恥ずかしいから全力で忘れて! お願い!」
「無茶苦茶言うな。いいからさっさと開けろって」
「いいから忘れろー! 記憶を失えー!」
 数分のやり取りの後、どうにか入れてもらうと、意外過ぎる坂崎先輩はバツが悪そうに頭を掻いていた。
「なんつーか、ごめん。取り乱してた」
「いえ……意外ですね、先輩って眼鏡かけるんですね」
「え? なに、河野君、眼鏡属性でもあるの? いやぁ、本当は視力悪いんだけど学校だと恥ずかしくてね…」
「あー……そうなんですか」
「だから学校にいる間はコンタクトなんだよねー」
 一応コンタクトはしてるのか……まぁ、眼鏡とコンタクトは一長一短なのでどちらとも言えないが。
 僕がそんな事を考えていると、貴明は「メシ食わしてくれ」と要求していた。
 坂崎先輩はいつもの事だとばかりに台所へと向かって行った。
「カナのCook…なかなかGreatね」
「そういやマリーも浩之も、てか和葉ちゃんもそうか……旨いぜ、マジで」
「そうなのか…」
 それは楽しみである。
 そんな事を考えていると、貴明はテレビを点ける。
「お、ニュースだ」
『臨時ニュースをお伝え致します。たった今入って来た情報によりますと、今日午前十一時過ぎ、那珂伊沢市伊沢本郷三丁目で「人が死んでいる」と110番通報がありました。亡くなったのは那珂伊沢市に住む大学生、足立美津雄さんです。第一発見者であり、被害者の友人である久保透さんに話を伺おうとしたのですが、警察の発表を待てとされました。えー…またしても連続殺人の被害者が出た訳ですが、状況その他を警察がまったく公表していない。これはどういう事なのでしょう?』
『そうですねー、警察が全く事件の全容を発表していないというのはやはり警察が何かしているのかもしくは捜査機関自体の怠慢なのでしょうね』
「なーんか色々言ってるなー…って、本郷っつーとウチの近くだなオイ」
「おとうさん、また帰ってこないのかな…」
 貴明の呟きに、和葉がぽつりと呟いた。
 そう言えば叔父さんは刑事である。
「大丈夫」
 マリーが和葉を見て、声をかける。
「叔父さんは和葉の為にもFightしてるカラ、大丈夫」
「わたしのためにって……」
「叔父さんは悪いことをしている人を捕まえて皆を守るのが仕事だ」
 貴明が唐突に口を挟んだ。
「だから叔父さんが頑張ってるから、皆が安心して生活できる。そういうことさ」
「……」
 和葉はよく解っていないようだ。
「なに? ニュース?」
「ええ。また被害者、出たみたいです」
「ふーん……詳しく調べる必要があるね」
 坂崎先輩は小さく呟くと、また台所へと向かって行く。
 ……受験勉強しながら、事件を追いかけるって凄く大変なんじゃないだろうか。
「……」
 和葉はなんとなく、坂崎先輩を見ているようだ。
「…あの」
「んー?」
「おねえちゃんは、事件を追いかけてどうするの?」
「悪い人をつかまえて、こんなことするなーって怒って、お巡りさんに引き渡して、悪い事したぶんだけバツを受けてもらうね」
「悪い人はおとなでも死んじゃうぐらいなのに…こわくない?」
 和葉の問いに、坂崎先輩は少し考えた後、口を開いた。
「まぁ、怖い怖く無いで考えたら怖いかな。でもね」
「?」
「和葉ちゃんのお兄ちゃんがいるから大丈夫」
「確かに。浩之は頼りになる」
「ヒロはとてもCoolね!」
 坂崎先輩の言葉に貴明、マリーと続いて和葉は思わず僕を見る。
 本当に意外そうな表情だ…。まぁ、無理無いかも知れないが。
「河野君、この町の事で、すごく心痛めてあたし達を手伝ってくれるって言ったからね。それに、凄く頑張ってる…それに、それも含めてだけど、和葉ちゃんの事を心配してくれてる所があるからかも知れないね」
「……あの、何となくそう言われるの恥ずかしいんですけど」
 僕の言葉に、坂崎先輩は首を振る。
「だってそう思ってるでしょ? 和葉ちゃんの事、君は大切に思ってると思うよ」
「…そうですね、確かに」
 それは否定しない。
 だって、今度こそ…いや、和葉は美希じゃないし、美希は和葉じゃない事は解ってるけど。
 この手で守りたいと思ったから。
 今度はもう逃げないと決めたから…Changeするって、決めたから。

「お兄ちゃん……和葉の事、守ってくれる?」
「ああ」
 勿論だ。僕は大きく頷く。
 例え今は、何の力も無くて、ただの高校生だとしても。
 それでもこの両手で守れるだけ、世界を救えるだけとかそれぐらいの力迄は欲しいとは思わない。
 だけど、せめてこの両手で守れるだけの力は欲しいんだ。

 もしそれすらもないなら、僕は今度こそ本当に僕を罰しなければいけなくなるから。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が自身に定めた宿命…
汝の行き先と汝への祈りとして「運命」の力を授けん…






「あれ?」
 坂崎先輩の料理は絶品で貴明が信じられない量を(どう見ても4、5人前は喰っていたような…実は大食いなのだろうか?)平らげた後、皆で夏休みの宿題(坂崎先輩は受験勉強)を初めて2時間ほど経った頃、ふと窓を見上げると、先ほどまで晴れていた空は雲に覆われていた。
「夕立か? にしちゃ雲が多いよな」
「今日の天気予報は…どう見ても晴れだよね」
 新聞の天気予報も晴れだし、マリーが何気なくつけたテレビの天気予報でも晴れ、と書いてある。
「んー……不思議だね」
 坂崎先輩がそう呟いた時、遠くの方でピカっと何かが光った。
 直後、轟音と共に近くに何か落ちたようである。
「「「ひぎゃあああああああ!!!!」」」
「……雷、落ちたね」
「どうやらそのようだ」
 僕と貴明の言葉に対して、坂崎先輩もマリーも和葉も頭を抑えて伏せている。
 どうやら雷が苦手なようだ。それもそうか。
「おお、雨まで降って来たぞ浩之」
「そりゃ大変だ。帰りどうすりゃいいんだよ」
「うーむ、誰か車持ってる人がいればいいんだが」
「車なら安全だからねー。でも、今、免許ある人誰もいないじゃん」
 僕の言葉に、貴明は指を指す。
「一人、そこにいるぜ」
 直後、再び雷が落ちて三人はびくんと身を縮こませる。
「……なるほど」
 坂崎先輩、なかなかマルチプレイヤーなようだ。
 僕がそんな事を考えていると、坂崎先輩が顔を出す。
「て、ていうか、二人とも、よく平気な顔できるね」
「いやぁ、雷ぐらいは」
「そこまで怖い事でもないですよ。飛行機が突っ込んで来るよりはマシです」
「普通それはねーよ」
 まぁ、そりゃあそうだろうけど。

 その直後、再び轟音が響く。
「雷の間隔短くなってないか?」
「そうだね。まるでこっちに近づいて来てるみたい」
「うーむ、まさに帰りが大変だな」
 貴明がそう呟いた時、再び轟音が響き、部屋の電気が一斉に消えた。
「うおっ!?」
「停電?」
「らしいな……おい、坂崎。マリーも和葉もそんなに心配しなくていいって」
 貴明がそう声をかけた後、耳をつんざくような悲鳴だけは止んだ。
「うーむ、こう暗くちゃ何がなんだか解らねぇな。お?」
 貴明がそこまで呟いた時、急に黙り込む。
「なんか、人の気配が…」
「え? そんな馬鹿な…あ」
 何となく窓から庭へと視線を向ける。
 門をくぐり、誰かが庭から玄関へと向かって来る人影がいる。あれは誰だ。
「……様子を見に行こうぜ。浩之、一緒に」
「ああ」
 何となく嫌な予感がした。別にあの人影が坂崎先輩の家族や知人なら問題ないが、なんとなく嫌な予感がするのだ。
 それは貴明も一緒なのか、僕らは玄関へと向かう。

 僕らが玄関まで辿り着くと、人影は既に玄関に到達したのか、ドアノブをがちゃがちゃといじっていた。
 もしこれが家族だとしたら鍵を出して入るなり、チャイムを押すなりする。
 ついでに普通の訪問者ならチャイムを押す。それすらしないとなれば、考えられるのは敵という事だ。
「浩之。これ使え」
 貴明がすっと何かを突き出して来た。
 目を凝らしつつ受け取ると、八種ほどのツールブレードがついたアーミーナイフだった。
 武器としての実用性は低いが何も無いよりはマシという事か。
 ちなみにとうの貴明は玄関脇の工具箱からぶっといスパナを取り出しており、もし玄関が開いて襲いかかって来たとしても戦闘態勢に入れる。

 そして、僕がナイフのブレードを出した時、玄関の鍵がこじ開けられ、ぬっと玄関に人影が現れた。

 急な雨でずぶぬれ。首がすこし横にねじれて口は開きっぱなし。例えるならば映画に出てきそうなゾンビだと思う。
 しかし、身につけている着衣はブランドもののジャケットで、容姿はきっと若そうにも見える。
「こいつは…!」
 貴明がスパナを構えつつ呟く。
 するとそいつは、ぬぅっと腕を突き出した。

 銀色に輝く、ハデなデュエルディスク。
 デュエルしろよ、という事なのだろうか。
「……死してなお、戦う事を望むたぁ、デュエリストのかがみって奴なのかね」
 貴明はため息をつく。
「浩之。デッキあるか?」
「ああ」
「じゃ、こいつをちゃっちゃか片付けようぜ。お前さんが来た夜に殺された奴をちゃんと地獄に送り返してやらないとな」
「……だとすると、こいつが」
 そう、こいつが。
 碓真の言っていた里見智晴、か。

「行くぜ、デュエル!」

 河野浩之:LP4000 宍戸貴明:LP4000  里見智晴:LP8000

「僕が先攻だ! ドロー!」
 僕と貴明がタッグで、相手は里見一人。
 貴明の腕前がどれぐらいかは解らないが、少なくとも負ける気はしない。
「水面のアレサを攻撃表示で召喚!」

 水面のアレサ 水属性/星4/水族/攻撃力1500/守備力500/デュアル
 このカードは墓地またはフィールド上に存在する時は通常モンスターとして扱う。
 フィールド上に存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり、以下の効果を得る。
 ●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、相手の手札をランダムに一枚捨てる。

 フィールドに、水の巫女が降り立つ。相手の可能性を奪う、その容姿から考えられない効果を持つ巫女が。
「ターンエンド」
「……ドロー」
 ドローする動きの仕方などは前に戦った矢吹少年もどきと似ている。その不気味な手つきも同じだ。
 だが、今度は違うと思ったのは。

 雷とともに、唐突に、目を見開いたからだ。

「……お前は見た事があるか? 王というものを。知らないか? ならば見せてやる! まずは、手札より自身の効果でバイス・ドラゴンを特殊召喚!」

 バイス・ドラゴン 闇属性/星5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力2400
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚する事が出来る。
 この効果で特殊召喚された場合、このカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 フィールドに闇のドラゴンが降り立ち、翼を広げる。
 1ターン目から自身の効果で上級モンスターとは、と思ったが。

「バイス・ドラゴンは自身の効果で攻撃力は半減する」

 バイス・ドラゴン 攻撃力2000→1000

「通常召喚がまだだ。僕はダーク・リゾネーターを召喚」

 ダーク・リゾネーター 闇属性/星3/悪魔族/攻撃力1300/守備力300/チューナー
 このカードは1ターンに一度だけ、戦闘で破壊されない。

「浩之。恐ろしいのが来るぜ。注意しろよ!」
「ああ。同感だね」
 嫌な予感がする。ただモンスターを2体並べるだけではない。そして、その予感は的中した。
「今、フィールドにチューナーとモンスターが1体ずつ……我が忠実なる紅蓮の僕よ、我が敵を焼き払い、その名を永遠に大地へ刻み込め! シンクロ召喚! レッド・デーモンズ・ドラゴン!

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性/星8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2000 /シンクロモンスター
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが相手フィールド上の守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算時相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを全て破壊する。
 このカードが自分のエンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、このターンに攻撃宣言をしていない自分フィールド上のこのカード以外のモンスターを破壊する。

 大地が震えた。
 ダーク・リゾネーターとバイス・ドラゴンを光の輪が包み、それが消え去った後、一つの影が空から現れる。
 遠くに響く雷鳴と共に、文字通り玄関を突き破るが如く、赤と黒の龍がフィールドへと降り立つ。
 王、と呼ぶに確かに相応しい容姿だと、僕は思った。
 まるで冥府から現れた悪魔龍のようだ、とも思うほどの印象を与える。シンクロモンスターは海馬コーポレーションが試験的に導入している新しい召喚システムだと言うが…これほど怖いものだったのか、とも思う。
「これがシンクロモンスター……噂には聞いてたけど、初めて見るぜ………浩之、オレ、ちょいとマジ背筋が凍る思いだ」
 そう呟いた貴明の声も震えている。
「1ターン目は攻撃できない。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「攻撃力3000たぁ、驚きだぜ……俺のターンだ! 見せてやるよ! 俺のサイバー流デッキをな!」
 貴明がそう叫んだ後、力強くドローする。
「チッ、事故っちまった! サイバー・ヴァリーを攻撃表示で召喚して、カードを1枚セット! ターンエンドだ」

 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/機械族/攻撃力0/守備力0
 次の効果から一つを選択して発動する事ができる。
 ●このカードが相手の攻撃対象に選択された時、このカードをゲームから除外する事で自分はデッキからカードを一枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。
  自分のデッキからカードを二枚ドローする。
 ●このカードと自分の手札一枚をゲームから除外する。
  自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。

 サイバー流。
 サイバーと名のつく機械族モンスターを使い、その高い攻撃力と制圧力でデュエル界の一世を風靡したデッキの一つである。
 ただ、免許皆伝になるにも苦労すると言われる事から、その使い手は殆ど見掛ける事が無い。
 かのプロデュエリスト丸藤亮も使い手ではあったが、デュエル・アカデミア首席卒業であるにも関わらずプロリーグで連戦連敗というダメっぷりである。
 平たく言えば扱いの難しいデュエルだと言える。

 だが、そんな貴明がサイバー流だったとは意外だった。
「シンクロ召喚で驚いてちゃ、マスター鮫島や亮先輩に怒られちまうからな! かかってきやがれ!」
「フッ……そんな貧弱なモンスターで僕に勝とうとはいい度胸だ! 僕のターン!」

「サイバー・ヴァリーは……攻撃対象にならなければ効果を発揮しない! レッド・デーモンズ・ドラゴンで、水面のアレサを攻撃! アブソリュュュュゥゥゥト・パワァァァァァァフォォォォォォォスッッッッ!!!
 水面のアレサ目掛けて、ドラゴンの拳の一撃が叩き込まれた。
 身を守るカードも無く、水面のアレサはなす術も無く粉砕される。
「ぐっ…あっ……!」

 河野浩之:LP4000→2500

 1500ダメージとは、なかなかキツい…。
「浩之、大丈夫か?」
「ああ……これぐらいなら、まだ平気だ」
「無茶はするなよ」
「……ターンエンドだ。さぁ、次にお前達は何をする?」
 里見は笑う。歪んだ笑みで、笑う。
 その歪んだ笑みに、恐怖を覚える。
「……僕のターンだ。ドロー!」
 でも、それに恐怖を覚えるのは僕だけじゃない。
 皆が恐怖を覚える。だから僕は戦う。僕に出来るコトを、しなけりゃいけない。
「手札より、天使の施しを発動」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後、手札からカードを二枚選択して墓地に送る。

 天使の施しを使い、手札を調整。
 よし、これである程度手札は揃った…。後は。
「手札の憑依装着−エリアと、ブリザード・ドラゴンを融合!」

 憑依装着−エリア 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 このカードは自分フィールド上の水属性モンスター1体と「水霊使いエリア」を墓地に送る事でデッキから特殊召喚出来る。
 この効果で特殊召喚した場合、相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分、ダメージを与える。

 ブリザード・ドラゴン 水属性/星4/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力1000
 相手モンスター1体を選択する。選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズまで攻撃宣言と表示型式の変更が行えない。
 この効果は1ターンに1度しか使用出来ない。

 融合 通常魔法
 2体以上のモンスターを融合する。

 霊使いのエリアと、ブリザード・ドラゴンを融合する事で生まれるモンスター。
 水属性は元々モンスターが豊富だとよく言われる。それは否定しないが、最上級モンスターを召喚するのに、例えば海竜ーダイダロスのようにやや扱いを持て余すものが多いと言われる。
 そう、最上級モンスターに対抗するには、最上級モンスターに限る。

「流氷の竜騎士エリアを召喚!」

 流氷の竜騎士エリア 水属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2700/守備力2400/融合モンスター
 「エリア」と名のつく水属性モンスター+水属性のドラゴン族モンスター
 このカードの融合召喚に成功した時、自分フィールド上のモンスターがこのカードのみの場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地に存在する魔法カード1枚をデッキに戻すことが出来る。
 このカードは相手が発動する罠カードの影響を受けない。

 ブリザード・ドラゴンに股がったエリアが頭上で槍を振り回し、レッド・デーモンズ・ドラゴンを睨む。
 これはなかなかだ、と僕は思う。
「流氷の竜騎士エリアは自身の効果で攻撃力が500ポイントアップする!」

 流氷の竜騎士エリア 攻撃力2700→3200

 これでレッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃を200ポイント上回る。
「行くぞ、流氷の竜騎士エリアの攻撃! フリージング・ドラゴン・バスター!」
 流氷の竜騎士エリアでレッド・デーモンズ・ドラゴンへ攻撃が迫る。
 しかし里見はものとものせず、言葉を続ける。
「フッ……甘いな! レッド・デーモンズ・ドラゴンの真なる力……見せてあげるよ! リバース罠、バスター・モードを発動!」

 バスター・モード 通常罠
 自分フィールド上に存在するシンクロモンスター1体をリリースして発動する。
 リリースしたシンクロモンスターの名が含まれる「/バスター」と名のついたシンクロモンスター1体を自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

 直後、レッド・デーモンズ・ドラゴンの姿が赤い炎に包まれてその姿を消す。
「さぁ……目覚めよ! 真なる紅き龍よ! レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターを特殊召喚!」

 レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター 闇属性/星10/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 「バスター・モード」の効果でのみ特殊召喚する事が出来る。
 このカードが攻撃した場合、ダメージ計算後にこのカード以外の全てのモンスターを破壊する。
 また、フィールド上のこのカードが破壊された時、自分の墓地から「レッド・デーモンズ・ドラゴン」1体を全ての召喚条件を無視して特殊召喚することが出来る。

 レッド・デーモンズ・ドラゴンの姿が更に大きくなって姿を現した。
 信じられない。あれだけでも大層だったというのに、更に凶暴化する事が出来るだなんて。
「レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターの攻撃力は3500…悪いが霊使いの竜騎士には消えてもらうよ! 迎撃せよ、レッド・デーモンズ! エクストリーム・クリムゾン…」
「おおっと、悪いがここでリバース罠、黄昏のプリズムを発動するぜ!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。
 モンスター1体の攻撃を、別の対象に移し替える。

 宍戸貴明:LP4000→3500

 貴明が咄嗟に罠カードを発動させ、エリアの前に一つのプリズムが出現した。
 エリアの前?
「流氷の竜騎士エリアの攻撃を、サイバー・ヴァリーへ向けさせてもらうぜ!」

 サイバー・ヴァリー 光属性/星1/機械族/攻撃力0/守備力0
 次の効果から一つを選択して発動する事ができる。
 ●このカードが相手の攻撃対象に選択された時、このカードをゲームから除外する事で自分はデッキからカードを一枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。
  自分のデッキからカードを二枚ドローする。
 ●このカードと自分の手札一枚をゲームから除外する。
  自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。

「そして、サイバー・ヴァリーの効果発動! このカードをゲームから除外し、俺はデッキからカードを1枚ドロー! そしてバトルフェイズを終了させるぜ!」
 エリアの攻撃を受けそうになったサイバー・ヴァリーが姿を消し、バトルフェイズが強制終了。
 もしあのまま攻撃を続けていたらレッド・デーモンズの効果でエリアもサイバー・ヴァリーも破壊されていただろう。
 危ない所だった。
「ごめん、貴明助かった」
「いいって事よ!」
「……僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
 次は里見のターンである。
 貴明は先ほど、サイバー・ヴァリーとリバースカードを使ってしまったのでフィールドはカラ、そして里見のフィールドには攻撃力3500のレッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターが鎮座している。
 そう、相当危険な状態に見える。
「僕のターンだ。ドロー!」
 里見のターンが始まる。
「……では、見せてやろう。レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターで、対象はお前だ! プレイヤーにダイレクトアタック! エクストリーム・クリムゾン・フォォォォォォォォォス!!!!」
「悪いがリバース罠発動! 攻撃の無力化!」

 攻撃の無力化 カウンター罠
 相手モンスターの攻撃を無効化し、バトルフェイズを終了させる。

「悪いな、浩之。助かったぜ」
「気にするなよ。あのまま通ってたらそのまま終わってただろうしね」
 まぁ、残りライフと攻撃力が一緒ならそりゃ怖いわな。
「チッ……ターンエンドだ」
「俺のターンだな。ドロー!」
 里見がターンエンドを宣言。そして再び貴明のターンが回る。
「……里見。俺はアンタの事をよく知らないけど、死して尚デュエルってのは、輝くものなのかね?」
「……言っている意味が解らないな。貴様は理解しているというのか?」
「輝けるデュエルってのは、無理に強制されてやるデュエルじゃねぇ。無理に押し入って来たりとか、そういうのは特にな。けどよ」
 貴明はここで笑みを浮かべた。
「俺達の側から見れば、心にでっけぇ旗立ててその為に戦うってんなら、マジで輝いてるぜ。平たく言えばそこにいる浩之の事だ」
「………」
「そんな奴を友達に持っちまったんなら、そいつを全力で助けんのも友達だ。行くぜ! サイバー流奥義! サイバー・ドラゴン2体を、パワー・ボンドで手札融合!」

 サイバー・ドラゴン 光属性/星5/機械族/攻撃力2100/守備力1600
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札からこのカードを特殊召喚する事が出来る。

 パワー・ボンド 通常魔法
 手札またはフィールドから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードによって特殊召喚されたモンスターは元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
 発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「パワー・ボンドだと!?」
「あれが……パワー・ボンド」
 サイバー流伝統の融合カードであり、攻撃力を倍に増やせるがその分だけ、ダメージを受ける諸刃の剣。
 だが、フィニッシュにはぴったりのカードの一つだ。
「サイバー・ツイン・ドラゴンを融合召喚!」

 サイバー・ツイン・ドラゴン 光属性/星8/機械族/攻撃力2800/守備力2100/融合モンスター
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行なえない。
 このモンスターは一度のバトルフェイズで二回攻撃を行なう事が出来る。

 サイバー・ツイン・ドラゴン 攻撃力2800→5600

「サイバー・ツイン・ドラゴンはパワー・ボンドの効果で攻撃力は二倍! そして、自身の効果で二回攻撃が可能! 行くっぜぇ、バトルだ!」
 貴明はそう叫んだ後、文字通り、そのサイバー・ツイン・ドラゴンの巨体でレッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターを睨んだ。
「エボリューション・ツイン・バースト! 第一打ァっ!」
「うわああああああっ!!!」

 里見智晴:LP8000→5900

 レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターはあっという間にその一撃を受けて霧散した。
 だが、自身の効果でレッド・デーモンズ・ドラゴンが墓地から戻って来る…。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター 闇属性/星10/ドラゴン族/攻撃力3500/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 「バスター・モード」の効果でのみ特殊召喚する事が出来る。
 このカードが攻撃した場合、ダメージ計算後にこのカード以外の全てのモンスターを破壊する。
 また、フィールド上のこのカードが破壊された時、自分の墓地から「レッド・デーモンズ・ドラゴン」1体を全ての召喚条件を無視して特殊召喚することが出来る。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性/星8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2000 /シンクロモンスター
 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードが相手フィールド上の守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算時相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを全て破壊する。
 このカードが自分のエンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、このターンに攻撃宣言をしていない自分フィールド上のこのカード以外のモンスターを破壊する。

「続けて、エボリューション・ツイン・バースト! 第二打ぁっ!」

 里見智晴:LP5900→3300

 そして対に、里見のフィールドがカラになる。
 あれほどの威容を誇ったレッド・デーモンズ・ドラゴンが粉砕されていた。
「ぐっ……クソ……」
「これが俺達の力だぜ!」
 貴明がそう言って胸を張ったが、里見はまだ不敵な笑みを浮かべていた。




《第5話:忍び寄るタナトス》

 河野浩之:LP2500 宍戸貴明:LP3500  里見智晴:LP3300

 サイバー・ツイン・ドラゴン 光属性/星8/機械族/攻撃力2800/守備力2100/融合モンスター
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行なえない。
 このモンスターは一度のバトルフェイズで二回攻撃を行なう事が出来る。

 サイバー・ツイン・ドラゴン 攻撃力2800→5600

 流氷の竜騎士エリア 水属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2700/守備力2400/融合モンスター
 「エリア」と名のつく水属性モンスター+水属性のドラゴン族モンスター
 このカードの融合召喚に成功した時、自分フィールド上のモンスターがこのカードのみの場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地に存在する魔法カード1枚をデッキに戻すことが出来る。
 このカードは相手が発動する罠カードの影響を受けない。

 流氷の竜騎士エリア 攻撃力2700→3200

「カードを1枚伏せて、ターンエンド…。この時、パワー・ボンドの効果で俺は2800ダメージを受けるぜ」

 パワー・ボンド 通常魔法
 手札またはフィールドから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードによって特殊召喚されたモンスターは元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
 発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 宍戸貴明:LP3500→700

「……僕のターンだ。あのレッド・デーモンズを薙ぎ倒すとは、やってくれる…」
 貴明の戦術勝ちと言うべきだろう。実際大したものだと思う。
 レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターだけでなく、レッド・デーモンズ・ドラゴンまで倒してしまうというのは見事な大金星だ。
 だが、問題はここからだ。
 今はフィールドがカラとは言え、何を投入してくるか解らないのだから…。
「召喚僧サモンプリーストを召喚!」

 召喚僧サモンプリースト 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力800/守備力1600
 このカードは生け贄に捧げる事が出来ない。このカードは召喚・反転召喚した際に守備表示となる。
 自分の手札から魔法カードを1枚捨てる事でデッキよりレベル4以下のモンスター1体を召喚する。

「サモンプリーストは手札の魔法カードを1枚捨てる事で、デッキからレベル4以下のモンスターを召喚できる。僕は黙する死者を捨てて、デッキよりキラー・トマトを召喚する!」

 黙する死者 通常魔法
 自分の墓地より通常モンスターを1体、表側守備表示で特殊召喚する。
 そのモンスターはフィールド上に存在する限り攻撃出来ない。

 キラー・トマト 闇属性/星4/植物族/攻撃力1400/守備力1100
 このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時に、
 デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分フィールド上に表側表示で特殊召喚する事が出来る。

 サモンプリーストとキラー・トマト。
 どちらもモンスターを呼び寄せるリクルーターだ。
 新たなレッド・デーモンズの召喚をする為の素材を集めているのか、それとも…。
「まぁ、今はいい……ターンエンド」
 ターンエンド。確かにそう聞いた。
 僕のターンが回って来ると同時に、雷が再び響いた。
 だが、この後どうするべきか。
 いや……今は、攻撃するしかない。
 幸いにして、キラー・トマトは攻撃表示。攻撃を仕掛けられれば、ダメージそのものは与えられる。
「僕のターン……エリアで、キラー・トマトを攻撃! フリージング・ドラゴン・バスター!」
「くっ……これは……」

 里見智晴:LP3300→1500

「キラー・トマトの効果で、攻撃力1500以下のモンスターを召喚できる……キラー・トマトだ」

 キラー・トマト 闇属性/星4/植物族/攻撃力1400/守備力1100
 このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時に、
 デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を自分フィールド上に表側表示で特殊召喚する事が出来る。

「……ターンエンド」
 僕がターンエンドを宣言し、里見のターンになった。
「僕のターンだ。手札の悪夢再びを捨てて、サモンプリーストの効果を使う」

 悪夢再び 通常魔法
 自分の墓地に存在する守備力0の闇属性モンスター2枚を手札に銜える。

 召喚僧サモンプリースト 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力800/守備力1600
 このカードは生け贄に捧げる事が出来ない。このカードは召喚・反転召喚した際に守備表示となる。
 自分の手札から魔法カードを1枚捨てる事でデッキよりレベル4以下のモンスター1体を召喚する。

「サモンプリーストの効果で召喚するモンスターはダブルコストンだ」

 ダブルコストン 闇属性/星4/アンデット族/攻撃力1700/1600
 闇属性モンスターを生贄召喚する際、このモンスター1体で2体分の生贄とする事が出来る。

「知っているか?」
 里見が口を開く。歪んだ笑み、歪んだ口調のまま。
「古の時代……世界を歩いていたのは我らだった。ヒトによって追われ、遥か地下へと追いやられた後、何年も何年も我らは耐え凌いだ……母上は嘆いていた。どうして地上に帰れないのかと」,
「……なんだ? おい、浩之。なんかおかしな事喋りだしたぞ」
 貴明の言う通り、里見の口調が明らかにおかしい。
 だがしかし、妙な事だと思う。
 世界を歩いていたのは我らだった、まるでその時代に生きて来た事を示すかのように。
 そして、母上、という言葉から更に上位の存在がいるものと…。
「母上は耐え忍び、我らに未来を託した。そう、全ては我らが地上へと戻るため! この世界に生きるニンゲン共に教えてやる、この世界の住人は我らだったのだと!」

「フィールド魔法、Dark Under Worldを発動!」

 Dark Under World フィールド魔法
 このカードは自分の墓地に5体以上の闇属性モンスターがいる時に発動可能。
 このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 自分フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターはバトルフェイズ中、一度だけ攻撃を受けても破壊されない。
 このカードが発動している限り、フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 (ダメージ計算は適用する)
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いに墓地からカードを特殊召喚することが出来ない。


 フィールドが、一瞬で静寂に包まれた。
 そう、あれほど響いていた雷鳴が消え去り、否、それだけではない。
 何も無い静寂。何も無い闇。視覚聴覚嗅覚…触覚すらもそうだ。
 全ての感覚が消え去ったが如く、消えている。

 静かだ。
 その暗闇の中で視覚も聴覚も封じられ、モンスターが何処にいるのかというのがぼんやりと、というよりここかも、という想定でしか解らない。
「ここは遥か古の時代に我らが追いやられた地下世界……貴様がここで生き残れるか楽しみだ! ダブルコストンとキラー・トマトを生贄に捧げ、堕天種:ヘルフレイムエンペラーを召喚!」

 堕天種:ヘルフレイムエンペラー 闇属性/星9/炎族/攻撃力2700/守備力1600
 このカードを通常召喚する時、三体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このモンスターは相手モンスターと戦闘を行う時、戦闘を行う相手モンスターが元々の攻撃力より高くなっている場合、
 高くなった後の攻撃力分だけ、このカードの攻撃力を上昇させる。
 このカードは1ターンに一度だけ、自分の墓地に存在する闇属性モンスターを3体まで除外する事で除外したカードの枚数分だけ、
 フィールド上に存在するカードを破壊する事が出来る。


 フィールドが歪められ、暗い闇の底から黒い焔の塊が浮上してきた。
 姿はヘルフレイムエンペラーに似ていると解るが、それでもこの存在は怖い、と純粋に思えてしまう。
 なにせ。
 フィールドに立っているだけなのに、これだけの威圧感はいったい何なのだ。
「貴明!」
「ああ。これはヤバいぜ…!」
「堕天種:ヘルフレイムエンペラーで、サイバー・ツイン・ドラゴンを攻撃!」

 そして、堕天種:ヘルフレイムエンペラーは自身の効果で、相手モンスターの攻撃力が変化している時、その変化した後の数値分だけ攻撃力が上がる。
 そう、平たく言えばパワー・ボンドで強化された分だけ、攻撃力が上がる!

 堕天種:ヘルフレイムエンペラー 攻撃力2700→8300

「攻撃力…8300だってぇ!?」
「貴明、逃げろ!」
「バカいえ、どうしろと!」
 攻撃力8300の攻撃が迫る中、突如として別の声が上がった。
「リバース罠、攻撃の無力化!」
「「!?」」
 堕天種:ヘルフレイムエンペラーの攻撃が突如、誰かの攻撃の無力化で妨害された。
「チッ……新手か!」
 里見が悪態をつくと同時に、僕や貴明と同世代の見知らぬ少年が姿を現した。
「さっきのはアンタか? 悪ぃ、助かった!」
「話は後だ。今はこのターンを乗り切るぞ!」

 僕と貴明のタッグに謎の少年が加わり、里見は更にライフポイントが追加される。

 謎の少年:LP4000  里見智晴:LP1500→5500

「チッ、ターンエンドだ」
「俺のターンだ。行くぞ!」
 謎の少年はドローしたカードを確認。
「手札より、WF-薄氷のドラケンを召喚!」

 WF-薄氷のドラケン 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1200/守備力600
 フィールド上のこのカードを生贄に捧げる。
 相手フィールド上に存在するモンスター1体の表示形式を変更する事ができる。

 フィールドに、白い翼の龍のような小鳥が現れ、堕天種を前に「グググ…」と声を上げている。
 しかも、それだけでは無かった。
「更に続けて、WF-友誼のファルコンを自身の効果で特殊召喚!」

 WF-友誼のファルコン 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1800/守備力800
 自分フィールド上に「WF-友誼のファルコン」以外の「WF」と名のついたモンスターが存在する時、このカードは手札から特殊召喚することができる。
 このカードの特殊召喚に成功したターン、このカード以外の「WF」と名のつくモンスターは戦闘では破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

「カードを2枚伏せて、ターンエンド」
「チッ、やたらと数を増やしやがって…!」

 河野浩之:LP2500 宍戸貴明:LP700 謎の少年:LP4000   里見智晴:LP5500

「僕のターンだ……。サモンプリーストの効果発動! 手札より、デス・メテオを捨ててレベル4以下のモンスターを召喚する!」

 召喚僧サモンプリースト 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力800/守備力1600
 このカードは生け贄に捧げる事が出来ない。このカードは召喚・反転召喚した際に守備表示となる。
 自分の手札から魔法カードを1枚捨てる事でデッキよりレベル4以下のモンスター1体を召喚する。

 デス・メテオ 通常魔法
 相手に1000ライフポイントダメージを与える。
 このカードが相手のライフポイントが3000ライフポイント以下の場合、発動できない。

「召喚するモンスターは、ダブルコストンだ……」

 ダブルコストン 闇属性/星4/アンデット族/攻撃力1700/1600
 闇属性モンスターを生贄召喚する際、このモンスター1体で2体分の生贄とする事が出来る。

 里見の声が、先ほどに比べて苦しそうにしているのは気のせいだろうか?
 まぁ、確かに無理も無い。重量モンスターを召喚したとはいえ、こちらは三人いるのだ。押されていると感じても仕方が無いだろう。
「……決戦を挑ませてもらう。覚悟しろ! サモンプリーストと、ダブルコストンを生贄に捧げる!」
「ここでサモンプリーストを生贄に使うか。勝負に出て来るな、あいつ!」
「ああ!」
 僕と貴明の会話の後、里見は手をかざした。
地底に葬られし我が運命、我の憎悪、悲哀、その全てを! 刮目して見るがいい、愚かなるニンゲンどもよ……! 堕天種:地縛神Ccapac Apuを召喚!

 堕天種:地縛神Ccapac Apu 闇属性/星10/悪魔族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードを通常召喚する時、三体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードのプレイヤーは手札を五枚になるように、ドローフェイズ以外でもドローする事が可能になる。
 このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。


 フィールドに巨人が現れ、文字通りその姿で大きく揺らした。
 攻撃力3000の巨人はその体格を流氷の竜騎士エリアへと向かう。
「……堕天種:ヘルフレイムエンペラーはともかく、地縛神Ccapac Apuはとてもじゃないがそのままは勝てない……故に、やらせてもらおう。魔法カード! 堕天種の雷を発動!」

 堕天種の雷 速攻魔法
 このカードはバトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 自分フィールド上に存在する「堕天種」と名のつくモンスターの元々の攻撃力は2倍になる。
 このターンのエンドフェイズ時、自分フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。

 堕天種の雷により、二体のモンスターの攻撃力が上昇する。

 里見智晴:LP5500→2750

 堕天種:ヘルフレイムエンペラー 攻撃力2700→5400
 堕天種:地縛神Ccapac Apu 攻撃力3000→6000

「堕天種:ヘルフレイムエンペラーは自身の効果により、戦闘するモンスターの攻撃力が変化している時、その数値分だけ上昇する! もちろん、サイバー・ツイン・ドラゴンだ!」

 堕天種:ヘルフレイムエンペラー 闇属性/星9/炎族/攻撃力2700/守備力1600
 このカードを通常召喚する時、三体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このモンスターは相手モンスターと戦闘を行う時、戦闘を行う相手モンスターが元々の攻撃力より高くなっている場合、
 高くなった後の攻撃力分だけ、このカードの攻撃力を上昇させる。
 このカードは1ターンに一度だけ、自分の墓地に存在する闇属性モンスターを3体まで除外する事で除外したカードの枚数分だけ、
 フィールド上に存在するカードを破壊する事が出来る。


 堕天種:ヘルフレイムエンペラー 攻撃力5400→11000

「攻撃力…11000!? 有り得ねぇ、なんつー数字だ!」
「さぁ、今度こそ終わりだ!」
「残念だったな! リバース罠、発動!」

 フェザー・ステルス・アタック 通常罠
 自分フィールド上に「WF」と名のつくモンスターが2体以上存在する時に、発動可能。
 自分フィールド上の「WF」と名のつくモンスター1体を墓地に送り、手札の「WF」と名のつくモンスター1体を特殊召喚できる。
 (レベル5以上のモンスターを召喚する時、墓地に送ったモンスターとは別にフィールド上のモンスターを召喚に必要な分、生贄に捧げて召喚しなければならない)

「自分フィールド上にWFが2体以上存在する時に発動可能! WF-薄氷のドラケンを墓地に送り、そしてWF-友誼のファルコンを生贄に捧げて俺はこいつを召喚する! 現れろ! WF-戦慄のイーグル!」

 WF-戦慄のイーグル 風属性/星6/鳥獣族/攻撃力2500/守備力1500
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時に発動可能。
 フィールド上に存在するカード二枚をそれぞれのデッキに戻す事が出来る。

 戦慄のイーグル。
 そう、文字通り戦慄だった。風を切って唐突に手札から現れたその翼は、フィールドの上で羽ばたきながら突風を巻き起こす。
「戦慄のイーグルの効果発動! 召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時! フィールド上に存在するカードを二枚まで、それぞれのデッキに戻す事が可能だ!」
「馬鹿め! Dark Under Worldがある限り、魔法、罠、効果モンスターの効果による破壊は全て無効だ!」
「破壊だろ? このカードは、バウンスだ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「もちろん、戻す対象はDark Under Worldと、そのリバース罠だ。それさえ戻してしまえば、堕天種は勝手に死滅する。闇の地下世界でしか生きられないからな。堕天してしまったが故に」

 イーグルの突風がDark Under Worldと里見のリバース罠を吹き飛ばし、堕天種達はその存在場所を失って自壊する。
「ば、馬鹿な………!」
 モンスター、魔法・罠ゾーン、全てカラ。
 そして、続けて僕のターンがやってくる。
「浩之、お前のターンだぜ!」
「ああ! 誰だか解らないけどありがとう、お礼を言うよ! 流氷の竜騎士エリアの攻撃! フリージング・ドラゴン・バスター!」

 里見智晴:LP2750→0

ぐおおおおおおおおおおっ!!!!!! バカなッ……バカなッ! なんというコトだ! この僕が…俺が…私が敗北する、だと!? 有り得ない! 有り得ない! 有り得ない! なんという事だ! 闇は真なる力では無いのか!? 何なのだ、何が足りないのだ!? そんな話は聞いていない! 計算が狂ってしまった…誰のせいだ? お前か? 俺か? それとも…答えろタナトス! これは如何なる問題だぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!
「「タナトス?」」
 僕と貴明は同時に顔を見合わせる。
 タナトスというと、ギリシャだったかの神話で死の神の象徴だったはず。
 死。万物の死。
「タナトスは、夜の女神であるニュクスの子供だ」
 突如、謎の少年が口を開いた。
「そして死を司る神。死者を思いのままに操る事も、死者を蘇らせる事も可能だ。タナトスの支配下の元でな」
「あ…」
 だとすると、先日の矢吹少年も、今の里見も。
 既に死んでいる筈の人間が動いているのは、タナトスが原因なのか。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は高取晋佑。それともう一人相方がいて…とにかく奥に行こう。もうすぐ電気も点くだろうしな」
 晋佑の言葉通り、停電していた電気がふっと点いた。
 里見が入って来た玄関はえらく汚れているが後で掃除しないといけない。
 居間に戻ると、坂崎先輩とマリーと和葉、そしてもう一人見知らぬ少女がいた。
「律乃。こっちは終わった…あー、とにかくまずは話を整理した方がいいな。……とりあえず座るか」
「お前、人ん家だぞ……まぁいいけどよ」
 貴明と僕も座り、合計で七人。
「まぁ、まずは自己紹介を済ませちまおう。俺は高取晋佑。童実野高校でオカルト研究会に所属している。こっちは後輩の松井律乃だ」
「松井律乃です。同じく童実野高校で決闘部に所属しています」
「宍戸貴明。那珂伊沢西高二年」
「同じく那珂伊沢西高二年の、河野浩之です」
「あたしは那珂伊沢西高三年の坂崎加奈」
「マリアンヌ・カーターいいます! 那珂伊沢西高の一年です」
「えと……永瀬和葉です」
「よろしく」
 晋佑が不器用ながらも和葉に挨拶した後、ゆっくりと口を開く。
「なんていうかな。最近、那珂伊沢市で起こっている事件について調べているんだ。まぁ、なんだかんだ言いつつ学生だから現地に行くのもそうそうできないから、夏休みになったので調べに来た、という訳なんだ」
「この事件についてどこまで知ってるんだ? それを聞きたいんだが」
「ああ。実はな、あまり公にはなっていない事なんだが……ニュクスの子供が起こした事件ってのは他にもあるんだ。その時は…」
「タナトスの兄、ヒュプノスによって事件は起こされました。でも、その時は沈静化したのですが…多くの犠牲が出ました」
 松井さんの言葉に、僕たちは思わず黙り込む。
「今は正直、あの時以上に犠牲が出ている。けど、その事件をなんとかして沈静化しようとしているという人がいると聞いて、それで訪ねて来たんだが……まさか既にデュエル中だったとは思わなかったが」
「ああ、本当に助かったよ。正直、あれ以上あいつと相対してると、キツかった」
 貴明の言葉に、晋佑は「それはなにより」と頷いて坂崎先輩に視線を向ける。
「えーと、坂崎加奈、でいいのか?」
「うん。なるほど、つまり君達はあたしを訪ねて来たんだね」
「ああ。実はいうと……タナトスが事件を起こしていると解っていても、正直な所、人手が足りないというのが現状だ。この町の強いデュエリストばかりが狙われ続けちゃ、こっちが不利になるのは明白だ。それに、童実野町じゃもっと厄介な事態が起こってるらしいんだ」
「へ? どういう事?」
「何故かは知らんが……人が減って来ているんだ。海馬コーポレーションの社員の中でも失踪者が多く出て、ここまで手が回らないらしい。社長命令で俺達はここに来たんだがな」
「それって……」
 そう言えば、と思い出してみる。
 貴明がクラスの人が減ったとかそういうのを話していたような気が…。
「そっちも気になるね。とにかく、急いでこの事件を片付けないと……タナトスの拠点とかが解れば叩きようがあるんだけど」
 坂崎先輩の問いに、晋佑は首を左右に振る。
「いや、生憎とそれはまだだ」
「あちゃー……」
 坂崎先輩が首を左右に振った後、僕はふと気になった事を問う。
「タナトスは、母上が耐え忍んだとか地上を支配してたのは我らとか言ってたけど…あれは何を意味しているんだろう?」
「はい。それは…」
 松井さんは少しだけ呼吸を整えると、ゆっくりと喋りだした。
「これはヒュプノスの話した事の又聞きなので完全に正確だとは言い切れないのですが……かつて、ニュクス達はこの地上で生活していたのに、ある時人間に追われて地底へと追いやられてしまったそうです」
「………」
 にわかに信じ難い話だが、ドコカで聞いた事のあるような覚えがある。
 この地球には人間より先に文明を気付いた知的生命がいたのではないか、という話とか。
 太古の時代に海底に沈んだ古代文明の話とかだ。アトランティスやムー大陸の話などがいい例だ。
「その後、ニュクスは地上への帰還を求めて、ヒュプノスやタナトスといった子供達に地上奪還を命じ、子供達はそれに応えて強大なエネルギーを持つ場所を前線基地として利用し、人間を次々と先住民達の依り代として、部下へと変えて行く事でした。……さっきの人も、そうなってしまったんでしょう」
「………この那珂伊沢市が強大なエネルギーを持つ場所だって言うの?」
 坂崎先輩の問いに、松井さんは小さく頷く。
「正直な話、強大なエネルギーを持つ場所ってのは本当に場所によって様々なんだ。ただ、一つ言える事は強大なエネルギーを持つ場所はそれぞれ点と線で結ばれる」
 晋佑は近くにあったノート、てか僕のノートのページを勝手に破ると同じく貴明のペンを勝手に使って書き始めた。
「実は、ニュクスそのものが現れた場所はデュエル・アカデミア島だ。だからまずはここが一つ」
 近隣の地図と広大な海を書き、その広大な海の真ん中にぽつんとあるデュエル・アカデミア島。
 そこから斜めにラインを引っ張り、ついた場所は…七ツ枝市。
「ヒュプノスが事件を起こした場所は、この七ツ枝。そしてそこから直線を伸ばして…」
 七ツ枝市から引っ張った直線は、ここ那珂伊沢市。そして、那珂伊沢市、七ツ枝市、デュエル・アカデミア島。
 これを正三角形で結ぶと、その三ヶ所全てから等しいポイントが存在する。そこが。
「童実野町」
 晋佑が小さく呟く。
「童実野町を頂点として、七ツ枝市、那珂伊沢市、デュエル・アカデミアを拠点としてそれぞれ童実野町へ侵攻ルートを目指す。すると…童実野町自体が一種の特異点とし、この三角形の範囲そのものが文字通り、ニュクスのいる地底世界とそっくりそのまま入れ替わるって寸法だ。三角形の中は地底世界に陥没する訳だからあっという間にやられるだろうし、これだけの広範囲が沈めば、そこから侵攻していくのも難しくは無い」
「……随分とスケールのデカい話だなオイ。けど、ヒュプノスが既に倒されたんだろ? だったら、そこまで心配しなくても…」
「いいや、これはあくまでも俺の推論だ。それに、ヒュプノスを倒したとしても、今ここにはタナトスがいるし、デュエル・アカデミアから童実野町へ侵攻ルートが開通したらその時点でこの三角形による世界反転が行なわれる可能性だってある。基本的に、如何なる問題も100%は無い。だが、0%という言葉も無いという事だ」
「って、推論かよ!?」
 貴明のツッコミにも晋佑は冷静に言葉を続ける。
「俺という観測者は、その可能性全てを封じる為にここに来た。その為には尽力する」
「………むーん、どうやら随分と恐ろしい問題を抱えてしまったようだね、あたしたち」
「ああ。だが、頼むよ。やるっきゃ、無いんだ」
 晋佑の言葉に、坂崎先輩は頷く。
「勇者さかざきはレベルが6に上がった! やる気が1000上がった! 攻撃力が1000上がった! だらけが1000上がった! ぐうたらは治らない」
「治らねーのかよ!?」
「ああ、上がっちゃいけないステータスまで上がってる!」
 貴明と僕の叫びに晋佑と松井さんは驚いた顔をしたが、マリーが口を開いた。
「オヤクソク、というヤツね」
「あ、ああ…そうなの…驚いたわ」
 松井さんの言葉に、僕らは少しだけ噴き出した。
 まぁ、何せいつもの事だからだ。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が真実を手にした時… 真なる扉は開かれるであろう…
今はその時に非ずとも扉へと向かう旅は続く
汝に「星」の力を授けん…





 那珂伊沢に、夜の帳が降りた。
 碓真幹夫は気になって仕方がなかった。平たく言えば、里見智晴の事だ。
 そう、二週間以上も前に死んだ筈。それなのに。
「……」
 碓真の家から僅か三十mも離れていない所に、里見家はある。
 そしてそこの街灯の下に、今日もいた。
 どう見ても、その姿に間違いは無い。ここ数日、何度も見掛ける。
 河野浩之や宍戸貴明の会話を断片的に聞く限り、動いている死体は危険、死んだ筈の人間に近寄るのは危険なので逃げる事、という事だけは解っていた。
 だが。
 と碓真幹夫は思う。

 里見智晴は、ずっと前からの親友だったから。

 その死のときですら信じられなかったのだ。
 もしかすると本当は生きていて、ずっと里見家で生活して僕が訪ねて来るのを待っているのかも知れない、とまで思う。
 だってそうでなければ、街灯の下であんなに誰かを待つように立ち尽くしてはしていない筈だろうから。
「僕は……」
 昼から急に天気が変わって降り続く雨と雷。
 雨が当たる窓の向こうで、人影は今日もいる。居続ける。誰かを待つように。


 気がついたら、傘もささずに外に出ていた。
 人影に一歩、また一歩と近づいて行く。自分が愛用しているのと同じ、銀色の輝くデュエルディスク。
 この那珂伊沢でデュエルが流行りだした時に、自分たちの友情の証として作ってもらったものだ。
「智晴…」
 人影のすぐ近くで、そう声をかけた時、人影はゆっくりと振り向いた。
「幹夫…」
「やっぱりさ」
 死んだなんて嘘で冗談だよな、と笑いかけた時。

 幹夫は、僕は、気付いてしまった。

 いつもの余裕を持った笑みが張り付いている筈の智晴の顔に浮かんでいたのは真っ黒い顔に歪んだ口元。
 そう、例えるならばまるで黒いたらこのような物体に歪んだ口と眼。
 そして口を大きく開けてにぃっ笑ったそいつは。

 僕に襲いかかって来た。

「わっ…!」
 声を出すより早かった。
 その黒いたらこのような物体は智晴だけではなく、いくつもいくつも現れてあっという間に取り囲む。
 そして、一番始めに噛まれたのは右の肩。
「あがあっ!!」
 サメの様に鋭く、噛む力もヒトの数倍はありそうなその顎の一撃は鎖骨にあっという間に食い込み、右腕に焼けるような痛みが走った。
 みしみし、と骨が音を立てて次の瞬間にはぴしりと言う音と共に折れていた。
 痛みにバランスを崩した。
 雨に濡れた地面に、右の肩から溢れた赤い波紋が広がる。
 街灯の明かりの真下にいる僕。
 右の肩に食らいついたヤツは腕を噛み千切らんばかりに牙を立てつつ続いてもう一匹。
 今度は左の脇腹。そしてもう一匹が足の筋へと食らいついた。
「がぁっ……や、……!」
 どういう事だ。脇腹、足の筋、肩、次々と噛み付かれる中でその痛みは消えない。
 これはタチの悪い夢だ。そう信じさせてほしい。いいや、そうなのだろう。
 でもそうだとすると。
 あれ?
 そう言えば里見はどこにいる? ああ、いた。良かった。
 相変わらず笑っている。そうだ、それでいい。お前は笑顔が似合う。笑っているのが似合う。
 デュエルしよう。
 いつものように、二人の友情の証の特注の銀色のディスクで。
 あれ、よく見たらこのデュエルディスク割れている。
 直さなくちゃ。おかしい、腕が動かない。
 と、言うよりこんなに身体中熱いのは何故?

 ごひゅ、と口から赤い液体が漏れだした。
 あれ、なにかおかしいな。そうだ忘れていた。

 僕、怪我してるんじゃん。
 そう、肩とか腕とか足の裏とか身体とかあちこち噛まれてさ。
 あーなんか骨にヒビでもあるのか、凄く痛いや。
 息が苦しい。

 どうしたものかな。
 そうだ、どうしたらいい里見?
 親友なら応えぐらいは知っている筈だろう?
 痛い。
 痛い痛い。
 痛い痛い痛い。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――。
 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――――。
 あ!
 あーあーあーあーああああ あ あ あ あ あ

 よく見たら…
 視界、暗いじゃん…。

 死んだ、の?

 ごめん。
 ばきり、と音が響いて。

 デッドエンド。
 一巻の終わり。僕の物語はお終い。

 ジーザス。

 Oh my god…




《第6話:夢の中》





「最近、天気がすぐBadになるネ…」
 マリーのそんな言葉に、僕は「そうだね」と返す。
 タナトスの存在。それを知ってからはや三日。
 それ以来、天気はずっとおかしな状態が続いている。天気予報では低気圧がまったく動いていない事を盛んに報道している。
 那珂伊沢市だけ異常気象になったかのように。ただ、最近、天気予報の気象予報士もニュース番組のキャスターもやたら代替わりが激しいような…?
 そしてもう一つ、事件が起こった。
 碓真幹夫が殺された。
 発見者は姉であるベガ先生。そしてこの時僕らは初めて、死体がどんな状態になっているのか知る事になる。

 食い散らされていた。

 それはとても、無惨な姿だった。
 顔も身体も、手も足も何もかも。ただ、僅かに残った顔が泣いているように見えて、それが余計に辛かった。
 しばらくして叔父さん達に現場を追い出された。
 そして一言だけ。

「ああいうのは見るもんじゃない。可哀想過ぎるからな」

 そう言った叔父さんの顔も、悲しそうだった。


 そして、家に戻って来てから、ずっと考えていた。
 タナトスの侵攻。それからこの町を守ると言っても、タナトスがどこに拠点を構えたとかそういうのは晋佑と松井さんが探すと言って聞かない。
 坂崎先輩だって受験勉強がある。いつも探してはいられない。
 貴明はアルバイトをして、病弱なお母さんを支えてあげなきゃいけない。
 そう、考えてみると。

 守ってみせたいだなんて言っても、誰かの力なくてはタナトスの侵攻を指をくわえて見ているだけなのだろうか、僕は。
 だって。
 碓真が死んだと聞いた時ですらまた、自分の無力さに気付いたというのに。

「……」
 雨は、降り続いている。
 この前の晋佑の言葉を思い出す。
『基本的に、如何なる問題も100%は無い。だが、0%という言葉も無いという事だ』
 これは可能性の問題。
 そう、可能性の問題だ。だから…もしかするとたとえタナトスを倒しても終わらない可能性だってある。
 だがしかし、と思いながら、ポケットの中のデッキを握りしめる。

 美希は…美希が残したデッキは、僕が無力である事を望まないだろう。
 僕が見捨てたせいで逝ってしまった美希の想い、そんな美希が生きたいと願ったこの世界を。僕は、例え自分自身に力が無くても。
 否、今ここにある力で、守るしか無い。
 だって僕は、今、ここに…いいや。

 一度戦った、軌跡があるから。

「マリー」
「なに、ヒロ?」
「……あのさ」
 僕が呟いた時、マリーは急に僕の頭の上に手を置いた。
 …なんか少し恥ずかしい。
「えと、あの」
「ドウしたノ?」
「……えーと」
 なんて言えばいいんだろう。
「何か考えてる?」
「まぁね……なんて言えばいいのか」
 そう考えていた時だった。

 ふと、声が聞こえたように思えた。

「……誰?」
 それはとても小さな声。だけど、懐かしい声。
「ヒロ?」
 マリーが不思議そうな声をあげる。マリーには聞こえなかったのだろうか?
 だけど、この声は微かに聞こえる。
 いや、懐かしく無い筈が無い。

『おにいちゃん』

 聞き間違える筈は無い。だって、この声は。

「美希……?」
 雨の中に、その姿がいるのか?
「ヒロ? ねぇ…」
 マリーが止めるより先に、僕は外へと飛び出していた。
 雷の音が響く。どこかでまた雷が落ちたのか、音も聞こえる。
 だが、その雨の中から微かに、確かに聞こえる。
 美希の声が聞こえる。
「美希…」
 そこにいるのだろうか?
 雨の中を走ると同時に、僕の脳裏に浮かんだのは昔の事だった。



「へ? デュエルモンスターズ?」
「うん! おにいちゃんなら詳しいかと思って!」
 美希の言葉に、僕は少しだけ戸惑う。
 デュエルモンスターズというカードゲームそのものは世界的に人気を博し、各地で大会が開かれてそのプレイ人口は全世界の二割はいるとまで言われている。
 日本はそのデュエルモンスターズが盛んな国で、アーミュズメント産業にかけてはトップクラスの海馬コーポレーション主導のもと、デュエリスト育成に力を注いでいる。
 だが、日本の子供達が皆デュエルモンスターズに興味があるかとは限らない。
 僕はその数少ない例外であったのだ。
「うーん、困ったな」
 僕は頭を掻く。妹がこうやって始めたい、と言っても僕はゲームに関しては無知である。
「……生憎と僕もやってないからよく解らないし……」
「そうなんだ…」
 美希は悲しそうな顔をする。そんな顔をされると、放っておけなくなる。
「けど、なんとかしてみよう」
「ほんとう!?」
「うん。僕は美希のおにいちゃんだからね」
 そう言って美希の頭を撫でる。
 それで眼を細める美希の笑顔が、好きだった。

 お兄ちゃんだから。
 そうやって君を必死になって支えて、守ろうとした。

 そりゃ時には嫌になることだってあるよ。
 我がままを言うし、突然泣き出したりするし、嫌な事を言って来るときもある。
 でも、家族として向き合って来たから。
 大切な存在だって解ってる。

 そして君も、僕を大切な存在だって思ってる事だって、解っている。

 だからだ。
 だから今でも信じられないし、信じたくも無い。だけどそれが現実。
 あんな事故で、僕の前から消えるなんて。
 そうだよ、あれは事故だよ。

 偶然、工事に手抜きがあったから?
 偶然、飛行機のエンジンが壊れたから?
 偶然、あの場所に飛行機が突っ込んで来たから?

 全ては偶然の重なり。
 そう、不幸にも偶然が折り重なってしまった。だからそうなった。
 美希。
 その名を呟く。
 僕の大切ないもうと。
 不幸にもいなくなってしまった存在。
 美希。
 手の中に残る紙束が示してくれる、君が遺したもの。
 一生懸命集めて、一生懸命カードを選んでた。

 でもそれなのに、そうやって必死に作ったデッキですらも…僕が今、持ってこなければ今頃ただの遺品でしかなくなっていた。
 でも、と思う。
 このデッキは僕が自分自身の力で組んだものじゃない。
 だってそうだ、僕自身は元々やろうとも思っていなかった。
 美希がやろうとしたからそれを精一杯応援しようと必死に調べたりしただけなんだ。
 なのに実際は。
 気がついたら僕は。

 まだ、生きていた。
 逃げ出して。君を見捨てた挙げ句生き延びて。

 だからずっと思っていた。
 こんな自分が嫌だと。
 一度でいいから謝りたいと。
 全てが夢だったらいいのにと。

 そう思い続けていた。

 だから…。



 降り続く雨。
 響く雷の音に合わせて、視界の先にいる美希は傘をさしたまま小さく震え上がる。
 雷が苦手なのは昔から変わらない。得意な人もいないだろうけど。
「美希」
 ここに、いた。
 一歩ずつ、その距離を詰める為に、足を踏みしめる。

 美希はすぐそこにいる。
 君の事を、ずっと探していた。
 やっぱり、と思って僕は少しだけ笑う。やはり全ては夢だったんだろう、と。

 手を伸ばして、今すぐ力強く抱きしめて、それで全てを謝ろう。悪いお兄ちゃんでごめんと。
 それで全てが終わる、終わる筈。
 そう、長い悪夢もこれで終わり。
 僕の中で、雨は止む。


「ヒロッ!!」


 誰かの声が、背後から響くと同時に、水の音と共に走る音。
 誰の声だ、僕を呼ぶ声。
 でも今僕は、美希の事を――――。
「ヒロ、Stay! ソレはヒロのSisterじゃない! No! ヒロ!」
 この声は…マリー?
 バカな事を言うな、と僕は思う。
 何処からどう見たって美希じゃないか。お前の方がおかしいんじゃないか。
 だから距離を詰めようとして。

 背後から、ぐっと腕を掴む手。

「ハァッ……ハァっ…ヒロ!」
「マリー?」
「ヒロ、マッテ……ソノ子は違う、ソノ子は違うの」
「何を言ってるんだよ…」
 だって、目の前にいるのは美希じゃないか。
 僕の妹だ。大切な、見間違える筈は無い。
「違う、ソノ子は違うノ」
「嘘だッ!」
 思わず、叫んだ。
「だってここに…! 美希はいるじゃないか! ちゃんと!」
 そうだ。
 ちゃんといる。ここにいる。
 僕の大切な妹は、ここにいる。
 僕の事をずっと待っていた。僕の事を探しに来てくれていた。

 だから僕は、ちゃんと謝らなきゃいけない。美希に。

「違うよヒロ! ソノ子はMikiチガウ! だって、ソノ子はヒロがsay to Die!」
 だったらどうしてここにいる、と言いかけて僕は口を塞ぐ。
 待て。
 冷静になって、落ち着くんだ。
 そう、落ち着いて…。

 僕はもう一度深呼吸をして、美希の方を振り向いた。

 違う、あれは。

「……!」
 美希の姿は、何と形容すればいいのだろうか。黒い明太子のような物体へと姿を変えていた。
 その黒い明太子は口のみを歪めて開き、目も鼻も耳も無い。
 だが、それが途轍も無く歪んだ物体である事だけは解った。
「何だ、あれ…」
 僕が呟くと同時に、それは二つに増えた。
「ヒロ…」
 マリーが震える声で呟く。すると、その黒い明太子は更に増えた。
 電柱の上から降って来るもの。
 マンホールから顔を出して這い出て来るもの。
 塀の上を這い回り、地面に落ちて来るもの。
 ただ、ぞっとするような黒い明太子たちは歯を嬉しそうにかちかちと鳴らしながら僕とマリーを取り囲む。
「……」
 囲まれた、と気付いた時にはもう遅い。
 奴らはもうすぐそこまで来ている。歯を剥き出し、僕とマリーを襲おうと、距離を詰めようとしている。
 一歩後退する。
 嘘だろ、と思う。美希の声を聞いて来ただけなのに、なんでこんな事に。
 ペタリ、と壁が塀に当たる。しかしその塀の上にも黒い明太子はいる。
「うっ…」
 ヤバい。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
「ヒロ…、ど、どうしよう…」
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤ―――――――――――。

 僕が動くより先に、彼らは一斉に動いた。

 その時に気付く。
 ああ、そうか。美希は死んだんだ。こうやって、死の恐怖に怯えながら。

 そして僕もまた、この場で死んで行く。


「インフェルノス・フレアァァァァァァッ!」

 突如、叫び声が響いた。
 同時に、強烈な炎の渦が巻き起こり、黒い明太子達が一斉に吹き飛んだ。
「二人とも、早くこっち!」
 坂崎先輩の声。
「うん!」
 慌ててマリーの腕が僕を掴み、声の響く方へ。
 黒明太子の生き残りが僕らを追おうとして、咄嗟に踏み出して来た人影に遮られた。
「どけ! この黒芋虫ども!」
 晋佑は腰から何かを引き抜くなり、黒明太子達へと向けて引き金を引く。
 撃鉄の響く音と火薬の匂い。
 それが拳銃だと気付くのに一秒かかり、その二秒後には晋佑は弾倉を外していた。
「クソっ、弾がまるで足りねぇな…!」
 新たな弾倉を押し込みながら晋佑は呟く。
 黒明太子達は坂崎先輩と晋佑のお陰で大分倒れたが、それでもまだ数匹が残っている。
 そしてその数を再び増やそうとしていた。
「後から後から…大行列だね」
「ああ。こりゃあ、ハデに暴れないとマズいな」
 晋佑が呟いた時、そこへ別の二人の影が突っ込んで来る。
「うおっ!? なんだこの黒明太子!」
「凄い数ですね!? とにかく、片付けない事には」
 貴明と松井さんも加わり、こっちは既に臨戦態勢が出来たらしい。
 だけど。

 腰が抜けて、いや、それよりも。

 僕が招いた事態という間抜けさとか、他にも美希はもういないとか。
 色々とこんがらがって解らなくなって来ていた。
 それで…なんと言えばいいのか、解らない。
 だってそうだ。
 美希はもう戻ってこない。いないんだ。
 頭の中では解っていた筈なのに。
 それなのに、美希の声を聞いて飛び出して来て。迂闊だった。
 こんな事態を招いて、それで僕だけでなくマリーまで。

「浩之? おい、浩之!?」
 どうすればいいのか解らない。
「マリー! 浩之の奴いったい!?」
「I don't understand! 急に飛び出して…!」
 遠くの方で、声が聞こえる。
 美希…。






 頭がぼんやりとしていた。
 霧がかかったような世界。

 その中で僕は歩き続けていた。
 霧に覆われた世界で道が続く先に、一人の人影が立っていた。
 僕だ。
「やぁ、僕」
 僕の目の前に立つ僕はそう口を開いた。
「ここは…」
「ここは僕で君の世界だ」
 もう一人の僕はそう言って笑う。
「随分と無様だねぇ、僕? 逃げ出しておいて、今更謝った所でどうしようもないだろうし。そもそも美希はとっくに死んでるんだぜ? 何考えてるのさ」
「…………」
 その問いに、応えない。否、答えられない。
「そんな僕が嫌いだ」
 僕はそう口を開く。
「そう、僕は僕自身が大嫌いだ。逃げ出した僕、謝れない僕、周りも傷つけてしまう僕」
「その全てが嫌いだ」
 僕はそう言って口を歪める。
「認めちまえよ。お前は誰かを守る事なんて出来ない。ましてや救う事なんてもっと無理。そして、そんな自分を変える事すら、ね」
 僕はそう言うと、ゆっくりと口を開いた。
「だからダメなんだよ。お前は」
 認めてしまえ。
 お前は…。


 砂漠の大地に雨が降る時、砂漠の人は嬉しさを持って迎えるだろう。
 だけどこの雨は、悲しい雨だ。
 僕は思う。僕の心の砂漠に、ずっとやまない雨が降る。

 だけど雨の水は砂にしみ込んでたまらない。砂はすぐに渇いてしまう。

 ああ、僕はこの砂漠と同じだ。
 何かを受け止めることすらもできやしない。

 そしてそんな無様な僕は…。
 いつも、何も出来ずにいたんだ。
 誰かを助ける事も、誰かを守る事も出来ない。そして僕は、そうやって…。

 いつも変わらない。変わらずにいる。
 来ない助けを待つ事すら諦めて、手の届かない空だけを見上げている。
 そうして思い知らされるんだ。
 僕はどうしようもないほど、力が無いんだって。

 僕は…僕は…僕は……





 遠くの方で、話し声が聞こえる。
 徐々に暗い海の底から光へと意識が戻って来た時、僕を心配そうに見るマリーの顔があった。
「ヒロっ……!」
 その悲愴すぎる声に、僕は一瞬だけ視線をそらしたくなった。
「大丈夫か?」
 顔を横に向けると、貴明と坂崎先輩、そしてその後ろに和葉が心配そうに僕を見ていた。
 反対側に顔を向けると、こちらには晋佑と松井さんがいた。どうやら僕を運んで来てくれたのだろうか。
「……ひでぇツラしてるぞ」
「うん」
 貴明の言葉に、素直に頷く。それにしても、本当に。
 酷いイメージだった。でも、それ以上に。
「それにしても、許せないのは」
 松井さんが小さく呟く。僕はそれを聞いて、耳を塞ごうかと思ったけど、そんな気力すら起きなかった。
「タナトスがどうやって人を呼び寄せているかって事。既に死んだ人を使って、その人をダシに無理矢理呼び寄せるだなんて…!」
「全くだぜ」
 松井さんの言葉に、貴明が呟きつつ、隣りの部屋へと襖を開けた。
 そこに、シーツに包まれた人型の誰かが眠っていた。
 僕には、それが誰だかすぐに解った。
「……見る、か?」
 晋佑の曖昧な問いに、僕は小さく頷いた。
 シーツが少しだけはだけられ、その下に見覚えのある顔がある。僕にはすぐに解った。
 美希に、間違いない。
「…美希」
「………」
 シーツがとじられた後、貴明がそっと口を開いた。
「なぁ、もしかすると……碓真も、こうやって死体使った誰かに呼び出されたのかな」
「有り得ない話じゃないだろうな」
 貴明の問いに晋佑が答える。
「死体があんな状況なのはあの黒明太子どもが食い散らしているからだ。そしてそうやって殺した奴らを模した姿で、その人を模した声で、デュエリストを呼び出す。その人を失って悲しみに暮れた奴につけ込む隙なんて腐るほどある」
 晋佑はそこまで言ってから僕に視線を向けた。
「だから河野浩之。お前がどう思っているか知らないが、お前が気に病む事じゃない」
「気休めは、やめてくれよ」
「別に、そんなつもりじゃ」
「だって、そうだろっ!?」
 僕は、思わず度を失って叫んでた。
「……死んだ人の姿を模して、それが心に付け入るって言っても……けど、本当の所は呼ばれた人は、死んだ人をはっきり死んだって認識しきれてないからそうなるんだよ…! それに…それにそれだけじゃない…僕が飛び出して行って、マリーにまで危険な目に遭わせた」
「ヒロ」
「どう考えたって僕のせいじゃないかよ! だって、僕があの声を聞かなかったら僕が飛び出したりはしなかった! マリーが追いかける事なんて無かった!」
 そして、もしもあの時、皆が助けに来てくれなかったら。
「僕だけじゃなくて、マリーも死んでいたかも知れないのに…僕が悪いに決まってるじゃないか、人の命がかかってたんだ、幾ら責められたって足りゃしないだろ!」
「ヒロ!」
 次の瞬間―――――。

 強烈な平手打ちが襲った。

「ちょ、マリー!?」
 その直後、バタンという音と共に襖が開かれて足音が響き、坂崎先輩が「マリー!」と叫んで慌てて後を追う。
 そして、残った三人は僕と出て行った二人を見比べて、小さくため息をつく。
「浩之、お前なぁ…流石にマリーだって怒るぜ?」
 貴明の言葉に晋佑も続ける。
「流石にアレは無いだろう……まぁ、俺はまだ付き合い短いから確実と言う訳ではないが」
 と、前置きして晋佑は口を開く。
「マリーがお前の事を心配して追いかけて来たのだって、犯人が人をどうやって呼び寄せててるかってのが解らない状態である以上、いきなりお前が飛び出して行けばそりゃ心配にもなるってもんさ。そしてお前に何が見えていたか知らないが、マリーは言ってたぞ」

「マリーには最初からあの黒明太子しか見えてなかったし、お前が聞いたとその時言っていたらしい声なんて聞こえてなかった。マリーには最初からあの黒明太子が蠢いていて、お前がそれに向かって走って行こうとしてたんだってな」

 驚くより先に、だからマリーは僕の事を必死に止めたのか、と思っていた。
「まぁ、確かに俺らが来なけりゃ浩之もマリーも死んでたかも知れないけどよ、浩之。マリーはそんな事よりもお前の事を気にするような奴だぞ」
 貴明が更に言葉を続ける。
「そして何よりも大事なのは……。お前がどう思ってるか知らねーけど、マリーはその事自体は特に気にしちゃいねぇさ。お前が気にしすぎるのが問題だ」
「………」
 僕が気にしすぎるのが、か。
 でも、そうは言われても僕は…。

 美希の死の事を受け入れきれない自分がいるという事実と。
 そして、もしかして殺されるかも知れなかった状況に、マリーまで巻き込んだ事。

 それが、凄く。
 嫌なんだ。

「なぁ、浩之」
 貴明がゆっくりと口を開いた。
「……お前、その、美希ちゃんの事、好きか?」
「え?」
 突然の質問で、呆気にとられていたがそれでも貴明は問いかけを続ける。
「なぁ、答えてくれ」
「そりゃあ、好きだったよ。家族としてもそうだけど…」
 僕の答えに、貴明は頷く。
「だよなぁ。そりゃそうだ。大切な家族だもんな。昨日まで当たり前のようにいたのに、急にいなくなった」
「………」
 そう、本当に切っ掛けは単純だ。だけどあの時、色々な偶然が重ならなければこんな事には。
 いや、あれが起こっていたから、僕は今ここにいるのだけれど。
「俺の親父さぁ、なんでも俺が生まれたその日に帰りのタクシーが事故って死んだらしいんだよね」
 貴明はあっさりと言い放つと、「でも」と言葉を続ける。
「で、俺の両親、それぞれの両親の反対押し切って結婚したから、残ったの俺と母さんだけ。で、母さんは母さんで親父が死んだと聞いて本当に大変だったらしくてさ。生まれてしばらくまでの俺は放っておかれたんだと。よく生きてたなって思うけどよ」
「………」
 そう言えば、貴明は母と二人暮らしだと聞くけれど。
 そうやって放っておかれた貴明でも、今こうして生きてるのは。
「でもガキの頃の俺はそんな事知らないからさ。必死に母さんの事を親だからな、ずっと待ってるんだよ。そして気がついたら、母さんは今、俺が待っている事に気付いたんだと。今は、一人じゃないからってね」
 そして貴明は言葉を続ける。
「浩之。お前はここに何しにきた。逃げてきたんだったら、別に構いやしねぇ。ここで俺達がいたからな。だけどな…死に場所を探しに来たんだったらここ以外でやってくれ。お前が悲しみをまき散らすのだけは我慢ならねぇ。死ぬなら人の見てないとこで死にやがれ」

「なんつーのは冗談だ。さて、マジ話で言うぞこの野郎」

 貴明はニヤリと笑った後、盛大に背中をぶっ叩いた。

「今、てめぇには和葉ちゃんがいるし、俺がいるし、坂崎もいるしマリーもいる。だからよ……生きてみろよ。皆の為に。美希ちゃんの為にも! お前が美希ちゃんの事ずっと気にしすぎて死んだらあの世でまた美希ちゃん泣かす羽目になるぞ!」
「貴明の言う通りだ、河野」
 続いて晋佑が口を開いた。
「ついでに俺と松井の事も忘れちゃ困る。自分の弱さに気付いたとしても、それを知る度に人は少しだけ強くなる。お前が元気になったら、美希ちゃんの為に生きると決めたなら、そうなるのがいいんだ。……さっきマリーから聞いたぜ? Changeするって、決めたんだろ?」
「例え河野君がどんな状況になろうと、どんな時も、私たちは味方でいるよ」
「ぐあー、松井さんに俺の言いたい事言われた!」
 晋佑と松井さんの言葉に貴明がそうツッコミ、三人は笑う。
 もしも、僕が死んだなら。
 そうだ、そんな事も忘れていた。その事を、美希が望む筈は無いんだ。
 僕が謝りたいと思う事は、謝らなきゃいけないだろうけど。
 それでも、もしも願いが叶うなら、美希ともう一度会えるなら。きっと美希はこう言うだろう。

 お兄ちゃんは、頑張って生きて。

 長い夢から、醒めたような気分だった。
 僕が見た長い夢は、長い悪夢。自分自身で着けた鎖を引きずって、自分自身で首を絞めている事に気付かずに苦しみ続けた。
 だけど、今、もしもここにあるのが現実ならば。
 神よ、一つだけ感謝する事があるとするならば。この仲間達と出会えた事を感謝させてください。
 神よ、一つだけ恨む事があるとするならば。どうして僕にこんな運命を課したのですか。
 答えてください、答えてください…。

 まるで一万年前から全ての思いを置き去りにしてきたのに、それを全部拾って来たようなぐらい、重かった。
 でもその重さは苦痛じゃなくて、嬉しかったんだ。

「っ……!」
 涙が、こぼれた。
 僕はこうにも、他の皆から思われているのに。僕は、どうして。
 僕は本当に自分の事が嫌い?
 だから、そうやって自分の事を誤摩化して他人と触れるのが怖いから、そんな嘘をつく?
 ううん、違う。本当はそんな事なんて一ミリたりとも思ってないんだ。
 誰かの笑顔と一緒に出来るのがいい。
 いつも、楽しく出来るのがいい。辛くても、慰め合うぐらいがいい。
 痛みも、悲しみも、胸にたくさんあるけれど。
 笑い声も、楽しさも、胸の片隅に置かないで、一緒に連れて行くぐらいがいい。

 何か一つを、置き去りになんか出来ないから。

「お、おい…やべ、言いすぎたか?」
「お前が言いすぎたんだろ」
「晋佑も言ってたんだと思うぜ、俺。ヤバい、どうする?」
「…大丈夫」
 慌てる貴明を前に、僕は涙を袖で拭う。
「ちょっと目からオイルが漏れただけ」
「お前はいつからロボットになった!?」
 貴明の盛大なツッコミ。よし、これでいつものトーンに元通り。
「……お前らっていつもそんなやり取りしてるのか?」
 晋佑、それは偏見というものだ。
 さて。次にやるべき事と言えば…。

 うん、まず行くべき所は一つだな。

 布団から起き上がり、襖を開けて階段を下りる。
 ドアの音は聞こえなかったから、多分いるとすれば居間だ。

 さて、ここで問題です。
 居間の前まで来ました。階段の音で誰か来ると居間の中に坂崎先輩もマリーも僕の存在を解っている筈です。
 ここでなんて言って入ればいいんでしょう?

 プランAですんなり入れる確率。1%。
 プランAで再びビンタを食らう確率。343%…?
 既に100%を越えている、WARING。
 プランBですんなり入れる確率0.043143…いつまで経っても数字が止まらない、測定不能。
 プランBで坂崎先輩に殴られる確率。98%。残り1%ちょっとはどこいった。WARING。
 プランC。既に測定不能。WARING。
 プランD…既に計算すら出来ない。WARING…プランE……

「で? 君はいつまでそこでタイミングを失って悶々としているのかね?」
「坂崎先輩、それは言わない約束って奴です…」
 廊下の壁に頭を押し付けて頭を抱えていた僕に対して居間から坂崎先輩が声をかけた時、既に僕が上から降りて来て何分経ったか解らなかった。
「まーまーとにかく入りなさいなっと」
 坂崎先輩に促されて居間に入る。
 …マリーは怒っている。これ以上無い程に怒っている、ように見える。
 うん、なんていうか、オーラが違う。
「………」
 こりゃあ、どうしようもないほど怒ってるなぁ。
 だがしかし、ここで言わねば変わる事も変わらないし、始まる事も始まらない。
 だから僕はマリーの前に座ると、ゆっくり口を開いた。
「あの」
「……」
「僕の話、聞いてくれる、かな」
 沈黙。肯定か否定かも解らないが言葉を続ける。
「君にChangeしようと言われた時。僕はそれで本当に変われるかどうかなんて解ってなかった。でも、そのマリーの言葉が間違ってないとは思ってた…そう、思ってた。だけど、僕の中ではまだ、変われない僕、僕が大嫌いな僕が残ってた。喧嘩してた」
「………」
「そのままじゃ駄目だとは解ってたけど、僕はここに来たときからずっと、僕の中に僕の大嫌いな僕がいた。でも」
 少しだけ、首を左右に振る。
「その僕じゃない、僕が好きになれるかも知れない僕を、マリーは見てた。貴明も見てた。坂崎先輩も見てた。僕が気付かない…いや、僕が忘れてしまったそんな僕を、見てた」
 そしてそんな僕を見ていたマリーだから、僕の事を見てくれた。
「だから僕の事、心配してくれたんだね。ごめん…あんな事言っちゃって」
「Um…」
「だから、もう逃げない、Changeするって、約束する」
 僕の中にいる、僕自身を信じて僕は呟く。
 他の誰が何と言おうと、もうそれだけは覆させない。変わる。変わってみせる。
 だから立ち向かおう。逃げてる時間は、もうとっくの昔に終わってた。
「……それは、Promise(約束)でイイの? Swear(誓う)じゃなくテ?」
「Swwarするよ」
 僕の返事に、マリーはしばらくじっと僕を見つめていた。
 だが、やがてゆっくりと頷いた。
「OK。私はヒロのそのSwear、忘れないからネ!」
 どうやら許してもらえたようだ。僕が内心ほっとため息をつくと、ちょうど階段を下りる音が聞こえて来た。
「よう、大丈夫か?」
「大丈夫」
 貴明にそう返事をすると、貴明は「ならいいや」と笑い、続いて降りて来た晋佑と松井さんも笑った。
 その時、遠くの方からまた声が聞こえた。

 美希の声だ。
 だけど、この声は違うものだと今は確信できる。

 カーテンを開くと、窓の外に美希が立っていた。けど、それが美希じゃないと、僕にはすぐに解った。
 その姿の中に、黒明太子の怪物の姿がぼんやりと見えるから。
「もう騙されないぞ!」
 僕はそう叫ぶ。黒明太子が少し驚いたように後退した。
 例えどんな姿を模していても、これ以上はやらせない。

 僕がその後を追おうとした時、晋佑がそれを止めた。
「待て」
「なんだい?」
「……あの黒明太子を上手くなんとか出来れば奴らの拠点が解るかも知れない」
 晋佑はニヤリと笑うと、ポケットから何かを取り出す。
 黒い小さな物体でアンテナがついている。
「海馬コーポレーション謹製小型発信器、と。ちなみにこいつは大した優れものでだな。象が踏もうが深海に沈めようがはてや高熱にも耐えうる優れもの。なんと、王水をかけても溶けない最強の発信器だ」
 なんでそんなものをどうやって開発したのかというツッコミはやめておこう。
 海馬コーポレーションの科学力は時々世界を超越しすぎているところがあるから。
「坂崎ー。王水ってなんだ?」
「濃硫酸と濃塩酸を混ぜた劇薬で溶かせないものは無いと言われるぐらいの液体で…貴明。君、あたしより一個下なんだよね?」
「理系じゃねぇから使わないもん」
 とりあえず王水がトンでもない物体である事はよく解った。
「つまり、こいつをあの黒明太子に喰わせちまえば追跡出来る」
「なるほど。で、どうやって喰わせるの?」
 晋佑の言葉にそう問いかけると、晋佑は笑顔で僕に渡した。
「……え?」
「投げて喰わせてやれ」
 なんていう直球。
 まぁ、そりゃ確かにモノを投げて食べさせるのは動物相手の基本だろうけどさ…そうだろうけど。何か違うんだよな。
 僕がそう思いつつも、黒明太子はまだこっちを見ている。
 やるっきゃない。
「よし、いっちょうやりますか」
「一番。ピッチャー、河野。背番号13」
「そして坂崎先輩はそんな合いの手を入れないで! ついでに背番号不吉です!」
 まぁ、なにはともあれ第一球。
 黒明太子目掛けて、小型発信器を直球で投げる!

 黒明太子が発信器に噛み付こうと口を開けた瞬間、発信器は大きく左へとカーブし、黒明太子の側頭部にストライク!

「カーブしたな…」
 黒明太子が晋佑の言葉とともに庭へと崩れ落ちた。
「……気絶させちゃったけど、どうしよう」
 僕がそう呟いた直後、マリーが心配いらないとばかりに庭を指差す。
 二匹目の黒明太子が現れ、小型発信器を見つけるなりそのまま一飲みにしてしまった。
 流石は何でも食べる黒明太子、大したものであるなぁとは思う。


我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が願いを新たにした時
汝の新たな世界は始まる
前を見てどこまでも進んでいく
汝に「死神」の力を授けん…


 そしてその日の夜。再び集まった僕らの前に、晋佑が持って来たタナトスと黒明太子の拠点情報は。
 また、僕たちを驚かせる事になるだなんて。

 思いもして、いなかっただなんて。




《第7話:滅びの予言は誰のもの?》

 那珂伊沢市は東と西で大きく二つに分けられる。
 高度経済成長期の頃から続く古めの町並みが多く、山や森林に近い西部エリアと、バブル期に避暑・別荘地として売り出し始めてバブル崩壊と共に傾き、中途半端に新規開発が進んでいた東部エリア。
 今迄の事件の被害者は、市内全域で発生してこそいるものの、東部エリアの被害者は大抵西部エリアとの境界付近に住んでいた。
 事実、碓真は西部に住んでいたが碓真の親友である里見智晴は東部の住人で、両者は文字通りの境界線に住んでいた。
 そして那珂伊沢市以外の被害者もまた、那珂伊沢の西部エリアに隣接する町で一つ道を越えれば那珂伊沢に入る、という距離の住人達。
「で、今日の黒明太子の移動経路を書くぞ」
 晋佑がそう口を開き、発信器つきの黒明太子の移動経路を地図に書いて行く。
 まずは僕の住む永瀬家から始まり、角を一つ曲がってひたすら直進、東部エリアに近い伊沢本郷で一旦しばらく停止。
 伊沢本郷と言えばこの前誰か殺されていた筈…そして停止していた黒明太子が再び動き出す。
 続いてやってきたのは、碓真家の前、次はそこから数十mの里見家前で…。
「あれ? ウチに来てる…?」
 坂崎家にも途中で寄っていて、その後再び急激にUターンして市内のあちこち。
 殺された被害者や襲われた人の家を次々と巡って最後に行き着いた先が。
「…ここだ。ここから後は動いていない」
「ここって……」
 晋佑が指差した場所を見て、坂崎先輩と貴明が顔を見合わせる。
「そこは、どこ?」
「河野君も会ったでしょ? 笹倉の家だよ」
 ああ、あのロックバーンと無駄なプライド張りの笹倉さんの家か。
「笹倉っていい奴なんだが悪い奴なんだがよく解らんがとりあえず危険って事は確かだな」
 貴明の呟きに坂崎先輩も「そうだねー」と返し、携帯電話を取り出す。
 少し息を吸いつつ坂崎先輩は番号をプッシュ、そして。
『はい? どちらさまですの?』
「Hello! ワタシノナマエハどどんぱよんじゅうはち。アナタトガッタイシタイ…」
『で、何か用ですの坂崎さん?』
「一瞬でバレたー!? まぁいいや。なにはともあれ、あんたに挑戦状だ!」
『あらあら、坂崎さんが私に挑戦状とは珍しい話ですのね』
「ふふふ、今日のあたしがそんな気分だからだ! と、いう事で今すぐいつもの場所までカモーンすること!」
『あら、急いでますのね? いいですわよ、私の実力、とくとご覧にいれて差し上げますわぁ〜をーっほっほっほ!』
 電話は切れた。切れたけど…。
「坂崎先輩、あの…伝えるべき内容は」
「会ってから言う!」
 これである。坂崎先輩は本当に。
「ぶっ飛び過ぎだぜ、まったく」
 貴明の言葉に「うん」と頷いた直後、強烈なゲンコツが落ちて来た。





 いつもの場所、というのはこの前坂崎先輩に連れて行ってもらったゲームショップの事だった。
 もっとも、夜になった今では人はおらず、静まり返っている。

 そして僕らが到着した時、彼女は既に待っていた。
「あらあら、ずいぶん大勢でごきげんよう」
 笹倉さんは相変わらず長い金髪をかきあげ、坂崎先輩を見る。
「ふふふ、今日という今日は決着をつけさせてもらうよ? つまりあたしは…このデュエルに、今までの36勝分の名誉をかける! だから、笹倉! あんたもこのデュエルに、あんたの29勝分の名誉をかけろ!」
「………」
 笹倉さんはその言葉に呆気にとられたようだが、じきに頷く。
「いいでしょう。かけて差し上げますわ。でも、どうして突然そんな事を?」
「それは俺から説明させてもらおう」
 笹倉さんの問いに、晋佑が一歩前へと進み出て、これまでの事、そして黒明太子の事を次々と話した。
 最初は呆気にとられていたような顔をしていたが、徐々に真剣な顔つきになっていく笹倉さんを見ると、やはり彼女がただ者ではない事が解る。
「随分と緊急事態ですのね。……そう考えれば、確かに思い当たる事がありますわ」
 笹倉さんはゆっくりと息を吸うと口を開いた。
「私の家は広いけど、正直に言いますと、使っていない部屋の方が圧倒的ですもの…おまけに地下も広い。隠れる場所には事欠きませんわね」
「だとすると…」
 笹倉さんをはじめとする家人に気付かれずに家へ侵入する事だって容易なのか?
 僕の疑問に答えるように、笹倉さんは更に言葉を続ける。
「それに、そうやって死んだ人の姿を借りて呼び出したというのならますます納得ですわね。…この前の、碓真君もそうなのですね」
「「「え?」」」
 その意外な名前に、思わず驚く。
「ええ、案外仲良しでしたもの。でも、この前殺されてしまったでしょう? でも、昨日の夜…家の前に立っていましたわ。幽霊かと思ったから私は直接会っては無いですけど」
「……それって」
 恐らく、恐らくだが碓真が以前見たと言っていた、里見と同じように。
 黒明太子が擬態した化け物なのだろうか。
「…松井さんは、どう思う?」
「…西部中心だけど東部でも見掛けられたって事は、それが町のあちこちに出没しているって事ですよね? だとすると、公表されてないだけで被害者はもっと多いかも知れません」
「公表されてないって…そりゃあ、殺されたら解るんじゃない?」
 僕の返答に、松井さんは首を左右に振る。
「殺されたって解るのは、死体が見つかった時です。でも、もし見つからなかったら、それは行方不明扱いのままで死亡扱いにはなりません」
 確かにそうだけど、あの黒明太子どもに死体を隠す知能なんて、と言いかけた僕は思い出す。
 碓真の死体。食い散らされていた。
 無惨な姿で食い散らされいたし、血も肉も骨も…。
「……もしかするとあの黒明太子が仮に死体を食べ尽くしちゃったら、それは行方不明扱いって事」
「可能性としてはあります」
「如何なる可能性もゼロじゃない。だから…」
 晋佑が息を飲み、坂崎先輩が言葉を続ける。
「最近、行方不明者だって少なく無い…この周辺も含めて、ね」
 僕たちは周囲を見渡す。本当に、いつ何が飛び出して来てもおかしくない。
 あの黒明太子も、死体も飛び出して来たっておかしくない。

 ぞわっと、背中が震える感覚がした。

「―――――近くにいるぞ!」
「マジかよ! バラけるか?」
「いいや、一人一人じゃ対処できそうにない! 皆、背中合わせになるんだ!」
 僕の言葉に、貴明が続き、晋佑が指示を飛ばす。
 次の瞬間には、僕、貴明、坂崎先輩、笹倉さん、晋佑、松井さんがデュエリストではないマリーを囲んで背中合わせになっていた。
 それぞれの死角をカバーする防御陣形。攻撃には向かないので突破力は皆無だが、背後や横から攻撃を受ける心配が無くなる。
 だが、一角でも崩れると瓦解するという弱点があるが…。
 恐らく全員がその欠点を理解しているだろう。だが、同時にこうも思っている筈だ。
 崩れなきゃいい、と。
 だって、自分たちだけではなく、後ろには戦えないマリーがいるのだ。
「うーむ」
「なんだ、貴明?」
 いつ黒明太子か死体が空、地中、塀の上、屋根の上、電柱の影その他から飛び出して来るか解らない状況の中で貴明が呟く。
「女の子とおしくらまんじゅうをするというのは夢のような出来事だが。こんな状況だと嬉しく無い」
「何考えてるんだお前」
 少なくとも、そりゃそうだ。
 とりあえず、そんなシアワセを噛み締めている暇なんて無い事ぐらい解ってるさ。


 来た。


 黒い明太子のような、目も鼻も無い、口だけがついた怪物達は。
 塀の上、マンホールの中、電柱の影、電線の上。
 ありとあらゆる場所からあっという間に集結してきた。歯を剥き出してがちゃがちゃ音を立てて笑う彼らは、僕らを取り囲む。
「包囲されたけど、抜けられるよな?」
「うわー、でるわでるわの入れ喰い状態だねぇ。これが可愛い女の子なら嬉しいのにな」
 貴明の言葉に、坂崎先輩がそう口を開く。
「抜けられるかって? 全部片付ければな」
「高取先輩、抜けられる確率は?」
 晋佑の返事に松井さんが問いかけると、晋佑は答える。
「答えなんざ計算する前から決まっている。100%だ」
「……そう、信じさせてくれますの?」
「勿論だ、お嬢さん」
 笹倉さんの言葉に晋佑が返す。
「…なるほど。盛大に、ひと暴れできそうですね」
「ああ。律乃。昔、友達から聞いた事があるんだが、こういう時の合い言葉を知っているか?」
「あるんですか?」
「河野は知っているだろう?」
「……ああ、なるほど」
 いや、本当はそんな合い言葉なんて聞いた事無いんだけど。
 言う事があるとすれば、たった一つ。

 そう、戦うと決めたこの瞬間は。
 人類が持つ闘争心。そして、それがもたらすのは、無上の歓喜。

 大きく口を開けて襲いかかる黒明太子の喉元(?)を掴むと、必死に身体を動かすが腕も足も無い彼らに抵抗する術は少ない。
 そのまま上を掴むと、力一杯上下に引っ張る!
 ぶちゅり、と肉の裂ける音と共に生暖かい液体が僕の顔についた。
 首と胴体を分離した黒明太子を放り投げ、二匹目へと向かう。
 鉄拳。
 足が無いので決してバランスを崩して転倒という事の無い黒明太子だが、怯みはする。だから、更に殴る。
 殴る。殴る。殴る。
 拳が放たれる度に、僕の拳は悲鳴をあげる。だが、それ以上に黒明太子も苦悶のような声をあげちていた。
「化け物め。お前も痛いと思うのか?」
 僕がそう問いかけようと、返事は無い。
 だがしかし、更に苦痛を与えるべく、僕はもう一度拳を放った。
「化け物め……化け物め!」
 そして、ポケットに入れたままの細長い物体を掴む。
 いつか、貴明が渡してくれたアーミーナイフ。
 片手でブレードを出し、殴られて苦痛に喘ぐ黒明太子の喉に突き刺し、ゆっくりと引き裂いた!
 …二匹目を始末完了。
 周囲に視線を向けると、やはり皆盛大に暴れていた。

 貴明はいつの間にか手にしていたネイルハンマーを振り回していた。
 一回振上げるごとに地面に黒明太子が叩き付けられ、そこら中に血痕が飛び散った。
 晋佑は相変わらず拳銃だった。
 情け容赦ない射撃でどこに弾倉を持っているのか知らないが、次々と空弾倉が地面へと落ちる。
 坂崎先輩はどこぞのカンフー映画スターよろしく「アチョー!」とか「オリャー!」と叫びつつ、時折ブルース・リーやらジャッキー・チェンのような台詞を吐いていた。
 松井さんはペーパーナイフを振り回し、笹倉さんはなんと坂崎先輩と同じく蹴り技中心で暴れていた。
 案外、武器無しでもなんとかなるもので、既に十匹以上は蹴散らしている。
「なかなか減らねーな! 何匹いやがるんだ!」
「そうだね! けど、貴明!」
「なんだ、浩之?」
「喋るより先に減らせー!」
「よしきた!」
 僕と貴明がそんなやり取りをしていると、僅かに黒明太子の動きが止まった。
 突破できるか、と思ったときだった。
「!」
 坂崎先輩が急に足を止め、マリーがその後ろに隠れた。
 黒明太子達が一斉に退き、僕らを取り囲むような状態のまま、数m後退した。
 だが、その一角だけ道が出来ていた。
「……何か来るね」
 坂崎先輩の呟きの直後、文字通り、風を切る音と共に幾人もの人影が塀の影から回転をかけながら飛び出して来た。
 まるで時代劇の忍者を思わせる素早い動きの人影の数、六人。
 ちょうど、僕ら全員と同じ量、か。
「戦力が拮抗しているか否か、それが問題だ」
 晋佑が呟く。戦いは人数とは限らない。
 量より質が上回る事もあれば、質が量を容易く突破する事もある。
 ではまったくの同数ならば?
 質が高い方が勝つ、と答えそうだがそうとも限らない。質が低くとも連携次第でどうにかなる。量産機でもエースをたたき落とせるのである。

 そして、僕の目の前に降りて来た人物は。
「碓真…?」
 間違いない。あの夜話した、あの時、もしかすると…と言っていた。
 そして食い散らされて殺された。
 でも、その結末は―――――。

 こうして、無惨な化け物と成り果てた。



 高取晋佑がニュクスの子供達に関わる事になった一件。
 それはただ単に可愛い後輩が悩みを抱えていてそれが自分の専門分野に近い事に気付いた、という理由だけであって特に他意は無かった。
 だがしかし、こうやって人類の敵たる化け物を目の前にしているとふつふつと湧いて来るものがある。
 それは自分がまるでヒーローかなにかになったような感情。それが単なる錯覚であり、自分が物語の中のヒーローでも何でも無い事ぐらい、解り切っている事だ。
 が、しかし。
 抱いた感情を止められない、悪い癖だってあるからには。
「……盛大に暴れてやらないと、いけないよなぁ」
 晋佑の問いかけに、真正面に立つ相手は特に反応もしない。
 まだ小学生だったであろうその幼い少年も化け物達の犠牲になってしまったとはいえ、今、ここにいるのはもうその死体だ。
 死んでしまえば、それは単なる死体。既に存在しない、存在。
 だから。
 いくらやっても、構いやしねえよな?
「やろうぜ、デュエルを」
 全ては相手を薙ぎ倒すため。コミュニケーションなど、それだけでも充分伝わる!
 殴り合え、喰らい合え、噛み付き合ってそして死ねぇ!
 晋佑のそんな感情に対して、その少年は、否、化け物と成り果てた少年は冷めた目で見ていた。
「………冷静な奴かと思っていた。随分と感情を剥き出すんだな」
「なんだ、喋れるぐらいの知能は残ってるのか」
「あんた俺らの事バカにしているだろう」
「失礼な。バカにしてなどいない」
 晋佑は少年に対して平気で言葉を続ける。そう、至極当たり前のように。
「見下しているだけだ」
「大差ねぇ」
「人間バカにされる権利というのだって有り得るという事だ。…問題はお前達が人間じゃないという事だ」
「なんて奴だ…! 恐ろしいジャイアニズムじゃないか…!」
「つまりそういう訳だ」

「ここで死体を曝すかそれとも消えるかだ!」

 そして高取晋佑は笑う。獲物を前にした凄惨な笑みを。
 化け物と人。その立場が、この場所だけは逆転しているかの如く。
「高取晋佑。童実野高校二年、オカルト研究会会長。将来の夢は、ネッシー発見、エリア51侵入、ナスカの地上絵への落書き、ピラミッドパワー理論の論文発表、そのうちのどれかだ! 冥土の土産に憶えておけ。ぶっ殺す奴に名乗るのは、オレなりのルールなんでな」
「なるほど……」
 少年はニヤリと笑うと「ならば」と答える。
 少年の身体が、二つに割れた。依り代とした身体を脱ぎ捨て、地下世界の住人である冥府の存在としての正体を現したのだ。

 小さな少年の殻を被っていたとは思えない程、大きめの体格のその人影は、全身を黒いタイツのような服で覆っていた。
 否、その黒さそのものが体色だったのだ。黒明太子達と同じように、自身は漆黒の身体なのだ。
 ただ、黒明太子達と違う点は額の所に真紅の大きな瞳が存在し、両肩から腕にかけて白と黒で彩られた鎧のようなパーツを身につけていた。
「……我の名を名乗ろう。我の名は、オイジュス! 母上ニュクスより生まれし兄弟でタナトスの弟よ!」
 オイジュスは盛大にげらげらと笑うと、続いて視線を周囲へと向ける。
 そう、晋佑と対峙しているオイジュス以外にも、人の殻を被った地底の住人達はいるのだ。
「姿を現せ、仲間達よ! 手加減無用! この場でこいつらをひともみに潰そう!」
 その言葉が切っ掛けだった。

 僕らの前にいた、残りの地底の住人達もその正体を現した。
 笹倉さんの前にいた里見智晴の殻を被った奴はモロス。
 僕の前にいた碓真幹夫の殻を被った奴はケール。
 貴明の前にいたのはアパテー。
 松井さんの前にいたのはヘスペリス。
 坂崎先輩の前にいたのはネメシス。
 そう、ギリシャ神話のニュクスが産んだ子供達が。
 次兄タナトスの元へと集結していたのだ。全ては兄の為に、と。

「だが、相手にとって不足無し!」
「そう思うのは君だけだよ!」
 そりゃあ、高取晋佑という人間だけは一筋縄じゃ行かない奴だって事ぐらい、解り切っちゃいるだろ?

「「デュエル!」」

 高取晋佑:LP4000  オイジュス:LP4000

「まずは我のターンだ! ドロー!」
 先攻はオイジュス。ドローして即座にカードを確認し、そしてさっとメインフェイズまで移行する。
「魔導戦士ブレイカーを攻撃表示で召喚!」

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く。(最大1つまで)
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事でフィールド上に存在する魔法・罠カードを一枚破壊する。

 魔導戦士ブレイカー 攻撃力1600→1900

「ブレイカーは自身の効果で攻撃力が300アップする…カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「なるほど…では、俺のターンだ」
 カードをドローし、そして呟く。
「手札から、WF-夜魔のナイトホークを墓地に送り、そして自身の効果でWF-急襲のフォックスハウンドを召喚!」

 WF-夜魔のナイトホーク 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1200/守備力1400
 自分の墓地に存在するこのカードを除外する事で自分のデッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体をフィールドに特殊召喚する事が出来る。

 WF-急襲のフォックスハウンド 風属性/星5/鳥獣族/攻撃力2000/守備力1200
 自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札を1枚捨てる事でフィールド上にこのカードを特殊召喚する。

 白い翼の夜鷹を墓地に送る事で現れたのは狐狩りの猟犬の名を持つ白の翼。
 攻撃力2000の上級モンスターは早くも相手を威嚇する。
 が、それで終わりではない。
「まだ通常召喚は終わっていない! WF-豪放のアードバークを召喚!」

 WF-豪放のアードバーク 風属性/星2/鳥獣族/攻撃力500/守備力500/チューナー
 このカードは相手プレイヤーを直接攻撃することが出来る。
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。

「チッ、一気に2体も…!」
「バトルだ! フォックスハウンドで、魔導戦士ブレイカーを攻撃!」
 強烈な体当たりが魔導戦士ブレイカーへと突き刺さり、ブレイカーは四散する。
「ぐうっ…!」

 オイジュス:LP4000→3900

「更に、アードバークでダイレクトアタック!」

 オイジュス;LP3900→3400

「ぐおっ……おのれ…!」
「アードバークは相手に戦闘ダメージを与えた時、カードを1枚ドローさせる。カードを1枚ドローし、俺はターンエンド」
「我のターンだ! ドロー!」
 初回からいきなり2体も並べられるとは思わなかったのだろう。オイジュスは少し脂汗をかいていた。
 晋佑はこの時点で勝利を確信する。恐らく使用デッキは魔法使い族当たりだろう。
 だとすると、次に出て来るカードは…。
「黒魔術のカーテンを発動!」「まさにビンゴだな」
 オイジュスに聞こえないように小さく呟く。オイジュスのフィールドに黒魔術のカーテンが現れた。

 黒魔術のカーテン 通常魔法
 このカードを発動する場合、そのターン他のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
 ライフポイントを半分支払い、デッキから「ブラック・マジシャン」を1体特殊召喚する。

 オイジュス:LP3400→1700

「我はライフポイントの半分を支払い、最上級魔術師を召喚する! 例えキサマが如何に天空の騎兵を従えていようと、この我がキサマごときに負ける筈が無いのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 出よ、ブラック・マジシャァァァァンッッッ!」

 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/魔法使い族/攻撃力2500/守備力2100

 フィールドのカーテンを破り捨て、かの決闘王が愛用した漆黒の魔術師が姿を現した。
「更に装備魔法! 魔術の呪文書を発動!」

 魔術の呪文書 装備魔法
 「ブラック・マジシャン」「ブラック・マジシャン・ガール」のみ装備可能。
 装備モンスターは攻撃力が700ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。

 ブラック・マジシャン 攻撃力2500→3200

「攻撃する対象は決まっている! 勿論、その豪放のアードバーク! 喰らえい、ブラック・マジック!」
「残念。お前は1手先しか読んでないようだな。手札の、WF-凍空のファルクラムの効果、発動!」

 WF-凍空のファルクラム 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1500/守備力300
 自分フィールド上に存在する「WF」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象になった時、発動可能。
 対象となったモンスターを手札に戻し、このカードをフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事で攻撃対象をこのカードに変更する事が出来る。

 魔術の魔法が直撃する直前、アードバークの姿が消え、入れ替えに現れたのはファルクラム!
 そしてファルクラムの効果によって魔法はファルクラムへと向かう。

 高取晋佑:LP4000→2300

 ファルクラムを失いこそしたものの、ライフへの被害は抑える事が出来たようだ。
「い、1手先しか読んでない、だと……!」
「ああ、そうだとも。お前達は1手先しか読んでいない」
 晋佑は冷たく言い放つ。
「何故1手先しか読んでないか? それはそもそもお前達の地上奪還計画の時点で既に露呈しはじめていた事だ。ああ、理由を教えてやろう。例えば」
 晋佑は近寄って来ていた黒明太子の首元(?)を掴んで地面に叩き付けるなりこう叫ぶ。
「まずは何でも喰らうこの口。だが、口しか器官が無い故に、目も見えず、耳も聞こえない。単純なフェイントにも引っ掛かる上に尚かつ、こいつらは…ヒカリにも弱い!」
 そう、僅かな街灯の明かりですら、彼らはなかなか寄り付こうとしない。
 長い地底での生活から身体の性質が劣化したからなのだろうか。
「こんな程度で地上奪還とは、聞いて呆れる。幾ら現れようと姿を擬態しようと無駄な事。人間なめんなよこの黒明太子がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! さぁ、次にお前がなんと言うか当ててやろうか? 次にお前は『人間ごときが舐めるな』と言う」
「人間ごときが舐めるな、だと……きっさまぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! 言うなれば、相打ち覚悟で戦ってみせるわ! 我の真なる力を見せつけてくれようぞ!」
 オイジュスが絶叫した直後、脇に控えていたアパテーがオイジュスの横へと並んだ。
「オイジュス、加勢するわ」
「助太刀無用だ! 我のプライドに賭けて奴を倒す!」
「落ち着いて。これは罠よ」
 アパテーの言葉に、オイジュスは怪訝な顔を向けた。
「罠だと? 違う、これは…」
「そうやって意固地になる事が、相手の思うつぼ。皆、集まって」
「「「「おう」」」」
 地底の住人達が包囲を解いて一ヶ所に集まる。
「……今の隙に下がるか?」
「少しずつ下がる事は検討するべきだな…だが、向こうはすぐには離してくれなさそうだがな」
 貴明の呟きに、晋佑がそう返した時、六人の地底の住人達は再びこちらを睨んだ。
「我の真の恐ろしさを教えてくれる! アパテー、手を貸せ」
「言われなくても、ね」
 オイジュスの脇にアパテーが加わる。2対1の状況は不利になるか、と思いきや晋佑自身は澄ました顔だった。
 が、松井さんがデュエルエィスクを起動し、晋佑の横に立つ。
「律乃」
「加勢します。2対1は厄介でしょう」
「別に構いやしないんだがな…」
 晋佑がそう答えつつも、それでも2対2のデュエルとなる。

 高取晋佑:LP2300 松井律乃:LP4000  オイジュス:LP1700 アパテー:LP4000

 WF-急襲のフォックスハウンド 風属性/星5/鳥獣族/攻撃力2000/守備力1200
 自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札を1枚捨てる事でフィールド上にこのカードを特殊召喚する。

 ブラック・マジシャン 闇属性/星7/魔法使い族/攻撃力2500/守備力2100

 魔術の呪文書 装備魔法
 「ブラック・マジシャン」「ブラック・マジシャン・ガール」のみ装備可能。
 装備モンスターは攻撃力が700ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。

 ブラック・マジシャン 攻撃力2500→3200

 オイジュスのフィールドには攻撃力3200のブラック・マジシャンがいるが、それでも晋佑のフィールドにはまだフォックスハウンドが健在だし、精神的に余裕も見える。
 晋佑のターンが終了したので、続いては新しく来たアパテーのターンである。
「私のターン……天空聖者メルティウスを守備表示で召喚!」

 天空聖者メルティウス 光属性/星4/天使族/攻撃力1600/守備力1200
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、カウンター罠が発動される度に自分は1000ライフポイント回復する。
 さらにフィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。

 カウンター罠を発動する度に回復効果を持つ天使が召喚され、守備体勢を取る。
「カードを二枚伏せて、ターンエンド」
「エンジェル・パーミッションか」
 晋佑が呟く。流石は高取晋佑、自身で三手先まで読むというのは伊達じゃないという事か。
「では、私のターンですね。ドロー!」
 松井さんはドローしたカードを確認すると、即座に動いた。
「X-セイバー ガラハドを召喚!」

 X-セイバー ガラハド 地属性/星4/戦士族/攻撃力1800/守備力800
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードは相手モンスターに攻撃された場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。
 このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に存在するこのカード以外の、
 「セイバー」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、その攻撃を無効にする。

 世界で最も偉大な騎士とアーサー王に評された円卓の騎士がフィールドへと降り立つ。
 その狙いは勿論、たった一つだろう。
「ガラハドの攻げ…」
「リバース罠、キックバックを発動!」
 アパテーが、即座に動いた。

 キックバック カウンター罠
 モンスターの召喚・反転召喚を無効にし、持ち主の手札に戻す。

 ガラハドが松井さんの手札へと戻り、この時、天空聖者メルティウスの効果が発動し、アパテーは1000ライフを得る事になる。

 アパテー:LP4000→5000

「なるほど、嫌なものを持ってますね……けど」
 松井さんはそっと口元を歪めて、笑った。
「まだまだ甘い。魔法カード、ライトニング・ボルテックスを発動!」

 ライトニング・ボルテックス 通常魔法
 手札を1枚捨てて発動する。
 相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て破壊する。

 強力な雷がフィールドに落ち、攻撃表示のブラック・マジシャンを躊躇う事なく粉砕した。

 魔術の呪文書 装備魔法
 「ブラック・マジシャン」「ブラック・マジシャン・ガール」のみ装備可能。
 装備モンスターは攻撃力が700ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。

「魔術の呪文書の効果発動により、我は1000ライフ回復する…!」

 オイジュス:LP1700→2700

 ライフを回復したが、オイジュスのフィールドはカラになっている。
 攻撃力3200のブラック・マジシャンも相手の魔法攻撃には弱いという事か。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「我のターンだ…ドロー!」
 続いてオイジュスのターン。
「召喚僧サモンプリーストを召喚…!」

 召喚僧サモンプリースト 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力800/守備力1600
 このカードは生け贄に捧げる事が出来ない。このカードは召喚・反転召喚した際に守備表示となる。
 自分の手札から魔法カードを1枚捨てる事でデッキよりレベル4以下のモンスター1体を召喚する。

「サモンプリーストは手札の魔法カードを捨てる事でデッキよりレベル4までのモンスターを召喚可能とする…! 我は、手札の突進を捨て、熟練の黒魔術師を召喚!」

 突進 速攻魔法
 選択したモンスター1体の攻撃力をバトルフェイズのみ700ポイントアップする。

 熟練の黒魔術師 闇属性/星4/魔法使い族/攻撃力1900/守備力1700
 自分または相手が魔法カードを発動する度にこのカードに魔力カウンターを1つ載せる。(最大3個まで)
 魔力カウンターを3つ乗せたこのカードを生け贄に捧げる事で手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を特殊召喚する。

「黒魔術師の攻撃…! プレイヤーへの、ダイレクトアタックを敢行する!」
 オイジュスのフィールドに現れた黒魔術師が松井さんへと迫る。
 松井さんに防ぐ術は…。
「攻撃の無力化を発動! 黒魔術師の攻撃を無効化します!」
「くっ…おのれ」

 攻撃の無力化 カウンター罠
 相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

「メルティウスの効果で、私は1000ライフ回復します」
 しかし、カウンター罠が発動される度、アパテーのライフは増して行く。

 天空聖者メルティウス 光属性/星4/天使族/攻撃力1600/守備力1200
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、カウンター罠が発動される度に自分は1000ライフポイント回復する。
 さらにフィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。

 アパテー:LP5000→6000

「ターンエンドだ」
「俺のターン! 行くぞ……まずは、墓地に存在するWF-夜魔のナイトホークの効果、発動!」

 WF-夜魔のナイトホーク 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1200/守備力1400
 自分の墓地に存在するこのカードを除外する事で自分のデッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体をフィールドに特殊召喚する事が出来る。

「WF-爪撃のトムキャット、召喚!」

 WF-爪撃のトムキャット 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1400/守備力1300/チューナー
 このカードは相手守備表示モンスターと戦闘を行う際、ダメージ計算を行なわずにそのまま破壊する。
 このカードは戦闘したターンのエンドフェイズに裏側守備表示となり、次の自分ターンまで表示形式を変更できない。

「だが、それで終わりだと思うな……WF-友誼のファルコンを自身の効果で特殊召喚!」

 WF-友誼のファルコン 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1800/守備力800
 自分フィールド上に「WF-友誼のファルコン」以外の「WF」と名のついたモンスターが存在する時、このカードは手札から特殊召喚することができる。
 このカードの特殊召喚に成功したターン、このカード以外の「WF」と名のつくモンスターは戦闘では破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

 晋佑のフィールドにはあっという間にWF達が展開されていくが、恐らくそれでは終わらない。
 何故なら、高取晋佑という人間は…。
「トムキャットをゲームから除外し、手札の魔法カード、ファイア・アンド・フォーゲットを発動!」

 ファイア・アンド・フォーゲット 通常魔法
 フィールド上に存在するレベル4以下の「WF」と名のつくモンスター1体をゲームから除外する。
 以下の効果のうち2つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に存在するカードを1枚、選択して破壊する。
 ●相手の手札を1枚、選択して墓地に送る。
 ●相手のデッキから上のカード二枚をゲームから除外する。
 ●相手ライフにゲームから除外したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。

「んなっ!?」
「このカードは4つの効果のうち、2つを選択して発動する。その効果はそれぞれ相手フィールド上のカードを1枚選択して破壊する、相手の手札を1枚選択して破壊する、相手のデッキを2枚墓地に送る、相手ライフにモンスターの攻撃力分のダメージを与えるのどれかだ!」
 この4つの効果は、どれも危険度は高い効果だといえる。
 フィールド除去、手札破壊、デッキ破壊、バーンのどれを選んでも場合によっては被害が大きくなる。
「俺は優しいからな。お前にどれを使うか選ばせてやろう」
 晋佑は意地悪く、オイジュスに対してそう問いかける。
 本来、このカードは恐らく発動プレイヤーに選択権があるのだろう。だが、敢えて相手に選択をさせる。
 しかもその被害は全て相手が受ける。まさに、意地の悪さなら超一流である。
「さぁ、何を選ぶ? 選ぶといいぞ、何を選ぶ? んー?」
「くっ……我がここまでコケにされたのは初めてだ」
 オイジュスは苦しそうになりつつも、頭を抱えている。
 元は黒明太子であろう地底の住人達を、晋佑は精神的に追いつめていた。
「さぁ、どうする? 時間が無いぞ?」
「デッキと、手札破壊を選ぶ!」
 晋佑が催促した直後、アパテーがそう叫んだ。
 オイジュスのデッキの上から二枚が墓地へと送られ、同じくオイジュスの手札が1枚、墓地に送られる。
 デッキ破壊も手札破壊も、受けるダメージとしては実は相当なものだ。
 墓地肥やしと言うぐらい、墓地にカードを送る事は今は有意義な事とされているが、それでも一度手札に来たカードやデッキのカードを確認もできずに墓地に送られるのは精神的なダメージが大きい。
「……さて、ゲームからWF-夜魔のナイトホークと、爪撃のトムキャットが除外された訳だが。知っているか? WFはその展開力こそ高いが、サポートカードや効果の使用コストは、除外コストがとにかく多い。墓地送りならともかく、除外されるのは困るからな。そこで、だ」

「魔法カード、ファルコン・スピリッツを発動!」

 ファルコン・スピリッツ 通常魔法
 フィールド上に「WF-友誼のファルコン」または「WF-蒼海のバイパー」が存在する時に発動可能。
 ゲームから除外されている「WF」と名のつくモンスターを2体まで手札に戻すことが出来る。

「この効果で俺は除外されているナイトホークとトムキャットを手札に戻し、通常召喚の権利を使ってトムキャットを召喚!」

 WF-夜魔のナイトホーク 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1200/守備力1400
 自分の墓地に存在するこのカードを除外する事で自分のデッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体をフィールドに特殊召喚する事が出来る。

 WF-爪撃のトムキャット 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1400/守備力1300/チューナー
 このカードは相手守備表示モンスターと戦闘を行う際、ダメージ計算を行なわずにそのまま破壊する。
 このカードは戦闘したターンのエンドフェイズに裏側守備表示となり、次の自分ターンまで表示形式を変更できない。

 しかし晋佑はこのターンでほぼ全ての手札を使い切っている。
 残り手札は3枚…このままでは、と僕が思った時だった。
「手札が足りないな…しかし、こういうサポートカードもある。速攻魔法! ヒカリを求めた翼、発動!」

 ヒカリを求めた翼 速攻魔法
 手札とデッキから「WF」と名のつくカードを1枚ずつ、ゲームから除外する。
 デッキからカードを3枚ドローし、墓地のカードを1枚、手札に加える事が出来る。

「手札のアードバーク、デッキのファントムを除外し、デッキからカードを三枚ドロー! そして墓地にあるファイア・アンド・フォーゲットを手札に戻す!」

 WF-豪放のアードバーク 風属性/星2/鳥獣族/攻撃力500/守備力500/チューナー
 このカードは相手プレイヤーを直接攻撃することが出来る。
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。

 WF-剛性のファントム 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1000/守備力2100
 このカードは戦闘で破壊された時、ライフポイントを500支払う事でそのターンのエンドフェイズ時に、墓地のこのカードをフィールドに特殊召喚できる。

 ファイア・アンド・フォーゲット 通常魔法
 フィールド上に存在するレベル4以下の「WF」と名のつくモンスター1体をゲームから除外する。
 以下の効果のうち2つを選択して発動する。
 ●相手フィールド上に存在するカードを1枚、選択して破壊する。
 ●相手の手札を1枚、選択して墓地に送る。
 ●相手のデッキから上のカード二枚をゲームから除外する。
 ●相手ライフにゲームから除外したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。

 あっという間に手札を5枚まで増やしてしまった。しかも、そのうち1枚はファイア・アンド・フォーゲット。
 手札のうちが割れているというのは本来ならばディスアドバンテージになる。
 だが、WFのその展開力と高取晋佑の戦略から、逆にそれが相手に畏怖を与えるというアドバンテージを持つ事となる。
 晋佑は今や、デュエルの支配者として君臨していた。
 彼の動き、彼の行動、オイジュスもアパテーも止められない。
「……さて、覚悟は出来たか?」
 晋佑はニヤリと笑う。その笑みの先にあるのは、畏怖だ。
「フォックスハウンドで、熟練の黒魔術師を攻撃!」
 フォックスハウンドの体当たりが熟練の黒魔術師を貫…かなかった。
「リバース罠、黄昏のプリズムを発動!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。モンスター1体の攻撃を別の対象に差し替える。

 アパテー:LP6000→5500

 アパテーのフィールドにプリズムが出現し、フォックスハウンドの体当たりを松井さんの方へとねじ曲げる。
「くうっ…!」
 壁モンスターもリバースカードも無い松井さんは直接ダメージを受ける。

 松井律乃:LP4000→2000

「チッ、嫌なものを伏せていたな」
 初めて、晋佑が状況に対して舌打ちをした。
「……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
「では、私のターンですね」
 アパテーのターンが戻って来た。
「豊穣のアルテミスを召喚」

 豊穣のアルテミス 光属性/星4/天使族/攻撃力1600/守備力1700
 このカードがフィールド上で表側表示で存在する限り、カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 メルティウスと並んで、2体目の天使族がフィールドに並ぶ。
 エンジェル・パーミッションの典型とも言うべきその2体のモンスター。しかし、今まで彼女はだいぶ手札を使っている筈だ。
「速攻魔法、奇跡のダイス・ドローを発動します」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 このターンのエンドフェイズ時、出た目以下の数になるよう、手札を捨てなければならない。

 奇跡のダイス・ドローはその名の通り、奇跡のようなドローソースだと人は言う。
 最低でも1:1交換にはなるし、最大で6枚ものカードをドローする事が出来る。
 エンドフェイズに出た目以下にしなければいけないのも、手札をそのターンで使ってしまえば問題無い。
 攻勢をかける為の必須カードの一つと言っても過言ではないだろう。
「サイコロを振り、出た目は5! 私はカードを5枚ドローします!」
 アパテーの手札が5枚増加され、そのまま4枚ものカードをセットした。
「さて、まだバトルフェイズは始まっていませんね…メルティウスとアルテミスで、プレイヤーにダイレクトアタック!」
 勿論、攻撃対象はリバースカードも壁モンスターも無い松井さんだ。
 が、そこは高取晋佑、抜かり無し。
「リバース罠、攻撃の無力化を発動!」

 攻撃の無力化 カウンター罠
 相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

「無力化…! ですが、私はメルティウスの効果で1000ライフ回復し、アルテミスの効果でカードを1枚ドローします」
 アパテーが戦線を支えている、と僕が気付いたのはこの時だ。
 晋佑が戦場を支配しようと企んでいるなら、アパテーは戦場で立ち続ける事を企んでいる。
 そりゃそうだ。勝者なんて、所詮生き残ったものこそが勝者。例え仲間が倒れようと最後に立ち続けているのが自分なら、自分が勝者だ。

 アパテー:LP5500→6500

「ターンエンドです」
 続いて、松井さんのターンへと移る。
「私のターン、ドロー! X-セイバー ウルズを攻撃表示で召喚!」

 X-セイバー ウルズ 地属性/星4/獣戦士族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、
 このカードをリリースする事で、破壊したカードを持ち主のデッキの一番上に戻す。

 フィールドに舞い降りたウルズは膝を折ると、歯を剥き出して相手を待つ。
「さて……色々とお礼参りをしてあげなくちゃ駄目ですね。カードを1枚、セットし…魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、手札から二枚を選択して墓地に送る。

 天使の施しでX-セイバーを更に墓地に送る事で墓地を肥やし、そして…。
「魔法カード、ガトムズの督戦を発動します」

 ガトムズの督戦 通常魔法
 フィールド上に「X-セイバー」と名のつくモンスターが1体以上存在する時、発動可能。
 フィールド上に存在する「X-セイバー」と名のつくモンスター1体を選択し、
 同じレベルの「X-セイバー」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で召喚したモンスターは次の自分ターンまで攻撃宣言を行なえない。

 X-セイバー達を束ねる司令官の督戦に基づき、ウルズと同じレベルのモンスターが召喚される。
 勿論、その正体は一人だけだ。

 X-セイバー ガラハド 地属性/星4/戦士族/攻撃力1800/守備力800
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードは相手モンスターに攻撃された場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。
 このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に存在するこのカード以外の、
 「セイバー」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、その攻撃を無効にする。

 先ほどキックバックで戻されたガラハドが再び召喚され、剣を振上げた。
「そしてこの瞬間! フィールドには2体のX-セイバーが存在する事により、私は手札からもう一つのX-セイバーを召喚する! XX-セイバー フォルトロールを特殊召喚!」

 XX-セイバー フォルトロール 地属性/星6/戦士族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「X−セイバー」と名のついたモンスターが表側表示で2体以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の「X-セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「そして、フォルトロールは1ターンに一度、墓地に存在するレベル4以下のX-セイバーを蘇生させる事ができる…天使の施しで、私は先ほど2体のX-セイバーを送っている! X-セイバー アナペレラを特殊召喚!」

 X-セイバー アナペレラ 地属性/星4/戦士族/攻撃力1800/守備力1100

 全部で四体ものX-セイバーをフィールドに並べた松井さんは更にだめ押しとばかりに魔法カードを発動する。

 セイバー・スラッシュ 通常魔法
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する「X-セイバー」と名のついたモンスターの数だけ、フィールド上に表側表示で存在するカードを破壊する。

「げっ……よ、四枚破壊、だと…」
 オイジュスが呟いた直後、松井さんが開いた言葉はこうだった。
「表側表示のカード…それは、オイジュスとアパテー、あなたのフィールドにいるモンスターと同数。それを全て、破壊」
「!」
 アパテーが反応するより先に、既に遅かった。
 召喚僧サモンプリースト。
 熟練の黒魔術師。
 天空聖者メルティウス。
 豊穣のアルテミス。
 その全てが剣の一撃の前で粉砕され、砕け散った。
 リバースカードはあっても、守るモンスターがいない。
「し、信じられない…」
 アパテーが震える声で呟く。そう、まさしく彼女にとっては有り得なかったのだろう。
 だがしかし。
「お前達は人間に対してああだこうだというが。人間、舐めるな」
「……世界を渡せと言われて。はいそうですかわかりましたと渡す人はいません。それに」
 松井さんはその時、言葉を少しだけ区切る。
「あなた達のように……大切な人を奪っておいて、その人の殻を被って更に別の人を奪おうとするなんてやり方を、許したく無い。下衆め」
「……っ」
 オイジュスは首を左右に振ると、口を開いた。
「キサマらなどの何が解る! 卑怯だなんだと思おうと、我らが長い間受けた苦しみをキサマらは知らぬ! 我らはずっと昔に…我らは普通に暮らしていたのに地上から追い出されたのだ! それなのに、キサマらはその後に平然と生活しているではないか! 何も知らず、何も起こさぬまま」
「それがなんだって言うの」
 松井さんの冷たい声が、響いた。
「プレイヤーにダイレクトアタック」
 ウルズ、フォルトロール、ガラハドの攻撃が、アパテーを襲った。

 アパテー:LP6500→4100→2300→700

「ぐうっ…!」
 アパテーのあれだけ多数を誇ったライフが削られ、1000を割った。
 膝をつきかけたアパテーを支えようとオイジュスが手を伸ばした時、松井さんは言葉を続ける。
「……あなた達は自分たちが被害者のように振る舞うけど、先に私たちに攻撃を仕掛けて来たのはあなた達じゃない……!」
「だが」「だがなんだって言うの!? ふざけないで…あなた達が、正当化するなんて権利は何処にもないわ」
「…おい、律乃」
「憎たらしい……本当に、随分と傲慢な化け物だと、認識してやるわ」
 そう叫んだ松井さんが新たに手を動かそうとするのを、晋佑が止めた。
「その辺で止めておけ。お前のターンは終わりだ」
「……そうでしたね、ターンエンド」
「さぁ、次はお前のターンだ。オイジュス」
 晋佑がそっと指を突き付けて宣言するが、オイジュスに残された行為は殆ど無い。
「ドロー……くっ」
 そう叫んで、彼はターンエンドする他は無い。
「俺のターンだ。フィールドのファルコンとトムキャットを生贄に捧げ、俺はWF-覇王のラプターを召喚する!」

 WF-覇王のラプター 風属性/星8/鳥獣族/攻撃力3300/守備力2600
 このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。
 1ターンに一度、1000ライフポイントを支払う事で墓地に存在する「WF」を特殊召喚する事が出来る。
 このカードは相手プレイヤーがコントロールする効果モンスターの効果の対象にならない。

 ファルコンとトムキャットを生贄に現れたのは空の王。
 例え如何なるリバースカードがあろうとも、その全てを破壊する空の王。
 モンスターも、リバースカードも無いその攻撃の前に誰にも止める事は出来ない。
 何故なら彼の全ては掌の上。

 高取晋佑は歪んだ笑みを浮かべながらも宣言する。

「ラプターとフォックスハウンドで、プレイヤーにダイレクトアタック!」




《第8話:ピリオドを打とうと叫んだ者へ、戦う君よ》


 この惑星が産まれてしばらくの間。
 人類が産まれて間もない、まだ地上に神々が住んでいた時代。

 しかし、人間が増えて行くに連れて、神々は徐々に神界や冥界へとそれぞれ帰って行きました。いいえ、2人だけ残っていました。
 エレボスと、ニュクスの夫妻です。
 エレボスは冥界の神。ニュクスは夜の女王。
 二人は地上で生活する事が幸せでした。二人は冥界や夜の神々。
 そこで生活していた二人は、地上の暖かさ、太陽の輝き、多くの草木も海も知らなかったのです。
 しかし、彼らは何故神々が地上から去って行ったのか理解できませんでした。
 だから二人は暮らし続けました。

 そこへ、人間達がやってきました。
 彼らは当初は彼らを神として敬い、夜や冥界を恐れたのです。
 そりゃあそうでしょう。人間ごときが神をどうこう出来る筈はありません。ニュクスもエレボスもそう思っていました。


 ですが……人は神すら凌ぐものを持っていました。
 知恵を絞って技術を生み出し、道具を作って勇気を以て神へと対抗しはじめたのです。
 ニュクスとエレボスは静かに暮らしていましたが、その存在そのものが恐れられていたのです。

 エレボスは命を落としました。
 妻のニュクスは嘆き悲しみながら地底へと逃げて行きました。
 エレボスとの子供を背負いながら地底へと逃げ込んだニュクスは数多の子供を産みながらも激しく泣き叫びました。
 どれだけ泣き叫んでもエレボスは戻ってこなかったのです。
 そして何より、ニュクスはただ自分達は暖かな地上で幸せに生活していただけなのに何故と思いました。
 産まれた子供達が育つにつれて、ニュクスは彼らに教え込みます。地上の素晴らしさ、そしてそれを奪った人間達について。
 ニュクスの子供達は成長していきました。
 子供が孫を産み、孫がひ孫を産んでその数を増やして行きました。
 ニュクスだけではありません。同じように地上を追われた、神とはほど遠い化け物達が地底に逃げ込んでいました。
 泣き叫びながら、絶望しながらとはいえ、ニュクスは夜の女王。
 ニュクスは悲しみながらも、自らと同じように地上を追われた者達を哀れみを感じたのです。自分たちと同じように、地上を追い出された彼らを。
 地上に帰りたい。
 エレボスに会いたい。愛しの人に会いたい。
 暖かな光の下、太陽の下で余生を送りたい、無理矢理我々を追い出した人間が許せない、憎い、あいつらは悪いやつ。

 彼らは復讐を誓いました。
 暗い地底で、ずっとその時を待っていました。

 地上を追われた化け物達を統率したのはニュクスの子供の中の三人の息子達。
 一人はヒュプノス。三兄弟の長兄で、眠りの名前を持つ彼は、力を蓄えるや否や即座に侵攻を開始しました。
 しかし、時期尚早すぎて鎮圧されてしまいましたが、この時また新たな火種が産まれたのは別の話。
 一人はオネイロス。三兄弟の末弟で、夢の名前を持つ彼は兄の失敗をしないとばかりに時間をかけました。
 しかし、今度は時期が遅すぎました。
 彼もまたあっさりと踏みつぶされました。では、残ったのは誰?
 次兄、死の名前を持つタナトスです。
 タナトスは兄や弟と違い、他の兄弟達を誘いました。共に戦おうと。
 ヒュプノスのように目立つ場所を避けてひっそりとした場所を探します。ヒュプノスもオネイロスもそれを見て笑いました。
 果たしてやる気があるのか、と。
 ですがタナトスには自信がありました。勝利とは、法を持ってして得るもの。
 二人とは違い、法を持って戦い、そして自らが信じる力を持てば地上は奪還できると、そう判断していたのです。
 オイジュス、アパテー、ヘスペリス、モロス、ネメシス、ケール。
 六人もの兄弟に声をかけ、彼らに地上を追われた者達を統率させ、まずは時期を待っていました。

 そしてヒュプノスが滅びた今、人目につかぬ場所から動き出したのです。

 だからこそ、タナトスは。否、タナトス達は。

 地上へと至る道として、その場所が欲しかった。
 だから、彼らは殺した。殺されたエレボスの分も、地上を追われたもの達の分も、全ては光を取り戻す為に。

 人類を生み出したのが同じ神だという事も知らぬまま、彼らは戦うのです。







 降り注ぐ雨、夜闇の中をひた走る。
 彼らは逃げ惑っていた。オイジュスとアパテーは人間達によってあっさり倒され、残りの四人はその力に畏怖した。
 だって、地上に侵攻を始めてから人間を始末するのはさして難しい事ではなかったからだ。
 地底の住人達で囲み、喰いちぎって取り込むだけでなく。
 彼らの残した殻を引きはがし、それを身につける。ただ、それだけでいい。彼らが強ければ強いほど、良い殻が得られる。

 だからこそ、彼らを狙った。
 いけると踏んだ。何人もまとまっているならまとめて一網打尽にし、今後の障害を取り除くという面でも良かったのに…。
 だが、敗れた。
 そう、あっさりと。容赦なく。

「………い、今のは、いったいどういう事だったんだ?」
 荒い息をつきながら、ネメシスが口を開いたのは散々逃げ回ってから数十分が経過した後だった。
 今の出来事が信じられない、とばかりに目を見開いて。
「…解らないわ。でも、今、ここにオイジュスとアパテーがいない」
 ネメシスの言葉に応えるようにヘスペリスが答える。
 オイジュスとアパテー。兄弟達。だが、あっさりと粉砕された。
「我らが負けたのは、事実という事か。これが現実か」
 ネメシスはそう、肩を落として呟く。
 先ほどの光景を思い出していた。


 オイジュスとアパテーのライフカウンターが0を示した。
 デュエルに敗北する、という事自体は何度もあった。彼らだって敗北という認識そのものは何度も受けて来た。
 だがしかし…。
 オイジュスの攻撃力、アパテーの戦線維持のタッグ戦術は敗れた事は無く、また、人間が二人のコンビを打ち破った事は無かった。
 この町に侵攻し初めて一度も、だ。
「ヒッ……!」
 オイジュスが叫び声をあげた時、高取晋佑が一歩前へと進み出る。
「さて? 覚悟は出来ているんだろうな……ああ、心配するな。すぐに終わるさ」
 晋佑がそう言った直後、腰に身につけた拳銃を取り出し、そして。

 乾いた銃声。

「……くだらん」
 オイジュスを殺害した彼はそう言って視線をアパテーへと向ける。
 直後、アパテーの前へと松井律乃が前へと進み出た。
「先輩。気が早いですよ。こういうのは…もっと、苦しめなきゃ」
 歪んだ笑みを浮かべて。人とは思えない、否。
 人だからこそ持ちうる狂気を浮かべて。


「あれは……あれは何だったんだ」
 ネメシスはあの時の恐怖を思い出しながら呟く。そう、彼らの狂気が怖かった。
 ただの人間が相手だったというのに。あれは一体、なんだったというのか。
「いや、今はそれを気にしているべきではないだろう、ネメシス」
 怯えかかっていたネメシスに対してやや落ち着きを取り戻したのか、モロスが口を開いた。
「そ、それはどういう意味だ?」
「…オイジュスとアパテーがやられた。兄上にしてみれば計画の遅延は避けられないだろう」
「ああ。それはわかりきっている」
「予想以上にあいつらが強かったのもな…だが、倒せない相手では無い筈だ」
 モロスの言葉に、ネメシスは視線を向ける。
「それはどういう意味だ?」
 ようやく落ち着きを取り戻したネメシスが言葉を続けると、モロスは首を左右に振る。
「言った通りの意味だ。二人の敗因は、オイジュスが奴の挑発に乗った事だ」
「………」
 ネメシスはそれは無い、と言いかけたがまさにその通りである事を思い直す。
 殻を捨てて正体を現し、正面対決を挑んだのはオイジュスだ。
 アパテーはオイジュスの救援に入ったが、それでも勝つ事は出来なかった。
「完全に奴の思惑通りに乗ったという事か…」
 ネメシスが吐き捨てた時、モロスは更に言葉を続ける。
「だが、勝つ方法はあるぞネメシス。我が言うのだから間違いない」
「ほう」
 モロスの言葉に、ネメシスだけではなく、ヘスペリスとケールも反応する。
「我らには数の優位がある。あいつらが幾ら動いているとはいえ、既に準備は進んでいる事を忘れてないか?」
「……確かにな。母上の為に地上を取り戻そうと動いているのは我らだけではない」
 そう呟いたネメシスの横に、うねうねと姿を現す。
 人間達は黒明太子という通称を付けているが彼らもまたかつて地上を闊歩していたものの地底へと追われ、その結果劣化して光に弱くなったが。
 生き物である。
 その名前を#>?gb*といい、人間の言葉に言語化は出来ないが、きちんと名前はある。
 そして彼らはニュクスの子供達と違い、生物である以上餌さえあれば幾らでも数を増やせる。
 この町の人間を喰らい尽くす程の数を動員さえすれば、彼らが如何に強くとも負ける心配は無い。
「問題は」
 ネメシスが続ける。
「それだけの数を、今の我らの傘下には無いという事だ…何処かで兵力を借りられれば、な」
 ネメシスの隣りでうねうねする"兵力"を眺めつつ、ネメシスは呟く。
 幾らでも増やせるとはいえ、短期間で増強出来るようなものではない。
「…それは、兄上に相談する他は無いだろう」
 モロスはそう答えた後、踵を返そうとして、足を止めた。

 その視線の先に、その兄上であるタナトスがいたからだ。
「……オイジュスと、アパテーはいないようだな」
「兄上……。二人が、やられた」
 タナトスの問いにネメシスがそう返すと、タナトスは何故か笑った。
「そうか…そうかそうか。オイジュスはともかく、アパテー迄やられたとは驚いたな」
「オイジュスが突っ走ったせいだ」
「それは解る。それより、先ほど何処かで兵力を借りると話していなかったか?」
 どうやら弟達の話をしっかり聞いていたらしい。
 モロスは肩を下ろすと、ゆっくりと口を開いた。
「奴らを仕留める方法についてですよ、兄上」
「なるほど。兵力ならば問題無い。ヒュプノスが集めていた連中がようやくこっちに来たんだ」
 戦いを制するに天地人の利を得よという。
 しかし中でも人の利というものは恐ろしいもので、数を揃えて突き進むだけで勝つ事というのは…空想上ではあっさり蹴散らされる。
 しかし現実問題。それは場合によっては非常に有効な戦術なのである。
 例えいくら殺されようと次から次へと兵力を投入し、それが途切れなければ負ける事はまず無い。
 大量に押し寄せれば引き返すよりも少しずつでも前進出来る。それが数の利である。
 そう、だからこそ。
「この街一つを覆うのは容易だ。だが、問題は奴らなんだろう?」
 タナトスは言葉を続ける。
「彼らは確かに強くとも少数…多くの兵力と、作戦を以てして勝てばいいさ」
「兄上。向こうには切れ者がいる。それだけで勝てるか?」
 タナトスの言葉にネメシスがそう返した時、タナトスはネメシスを睨んだ。
 ネメシスが思わず口をつぐむ。
 兄であるタナトスと、ネメシスでは雲泥の差があるのだから。
「この俺に、不可能があるとでも?」
「…いいや。兄上なら、出来ると思う」
「ならば、黙っていろ」
 タナトスはそう言って言葉を区切ると、ヘスペリス、モロス、ネメシス、ケールと見渡す。
 その瞳は、先ほどまでの笑みから暴虐な怒りへと変わっていた。
「母上の為に地上を取り戻すと決めた時から、俺達のうち誰かが死ぬ事ぐらい、有り得る話だろう。現に兄はそうしてやられている」
 ヒュプノスの事を思い出したのか、タナトスは息を吐く。
 母上が限りなく望んだ地上。そこは、人間達が闊歩する世界。
「……ここは、本当に楽園なのか、時々疑いたくなる」
「何故だ、兄上」
 タナトスの言葉に、ネメシスが口を挟んだ。
「この前の彼……お前達も遭遇しただろう、あいつだ」
 タナトスが一ヶ月程前に殻を被った状態で遭遇した少年。
 ネメシス達が遭遇した六人の中の一人。デュエリストとしての強さを持ちながらも。
 同時に、有り得ない程の弱さを持っている。

「この世界を変えるのにデュエリストとしての力が必要だと気付いた母上によって俺らは教育された。だから、負け知らずで、強くあれた。だが、あいつはそんな俺をねじ伏せた」

 ほんの少し戦っただけだというのに、タナトスは背筋が凍る思いだった。
 ああやって笑ったはいいが、本当は怖かったのだ。
 何が怖いかって?
 口と、心そのものは恐怖で怯えているというのに。本能だけは戦う事を前提に動いていやがる。
「人間って生き物は狂ってる。意志と、言葉と、身体が、時として全然違う行動をとる」
 タナトスは吐き捨てる。
 まさか地上にはああいう存在がごまんといるようであれば、地上侵攻は難しい、否、不可能とも言えるかも知れない。
 いいや、待て。
 俺達は何か勘違いをしているのではないか?
「……ネメシス」
「兄上?」
「俺達はまずはここを制圧する事から始まる。だが、それだけで地上奪還がなる訳ではない」

 母・ニュクスが立てた地上奪還計画のプロセスは難しい事ではない。
 地上と地底の特異点がちょうど交わる場所を中心とする正三角形。その頂点に当たるポイントの特異点を反転させる事で、正三角形分、地上と地底が真逆になる。
 地底に待機している戦力と合わせて、その三角形から侵攻を開始すればいずれは地上を奪還できる。
 正三角形の頂点と、中心である特異点。
 それはかつて高取晋佑が推測したポイントと全くの同一である事は、誰も知らない。だが、高取晋佑の推測は、正しい事が証明されたのだ。
 だが、問題は。

 タナトスはこの時点でもう、自分たち以外の2ヶ所のポイントが制圧出来ない事を知らなかった。
 何故か。

 この時、どの人類も知らなかったであろう。いいや、とある人物だけが知っていた。
 特異点の一つである、デュエル・アカデミアから。正三角形の中心である、童実野町を中心に。ダークネスの侵攻が迫っていたのだ。
 争いも、勝者も敗者も、個性も無い。
 個々を無くし、全て一つになった世界へと。人類達は次々と導かれて行く。終わりの無い、永遠の闇の中へ。


「大いなる闇が世界を覆い」
 人知れず、その姿は呟く。
 これから起こる世界の運命を既に知っている彼は、これから起こる悲劇も知ってしまうのだろう。
「世界は終わりへと進んで行く…一つの世界が終わる、その先に新たな世界があろうとも、結局今と同じ地獄だな」
 彼はそう呟くと、闇へと覆われつつ空を見ない様に視線を下げた。

「如何なる悲しみがあろうと、俺達は生きて、戦わなきゃならない」

 友が死んで行く姿を何度見たか。
 自身が殺される時を何度見たか。
 だがそれでも、どうしようもなく失われ行くのは、その一つの世界の中にある、たった一つの命。

 だからこそ、悲劇は悲劇なのだ。
 世界を繋げるのは、誰かの役目なのだから。










 オイジュスとアパテー以外の四人は取り逃がし、その二人は結局晋佑が処刑してしまった。
 けど、別におかしな事でもないのかも知れない、と僕は思っていた。
 奪うか、奪われるか。
 それだけの物差しで物事を図りたいとは思わないし、それは出来れば避けたい事だ。
 でも……。
 タナトスとの戦いは、人間達である僕らと地上を追われた地上世界の住人である彼らの、奪い合いではないだろうか?
 そう、奪うか奪われるか。それが地上と、自分達の命という違いで。

 だけど、僕は。
 あの日、美希を守れなかったときから、変わると決めた。
 だとすると、守る為に戦わなくてはいけないのだろうか?
 でも守る為に戦って、そうやって相手を倒すのが正義なのか?
 正義も、悪も、無い。
 戦いに正義など無いし、悪も無い。自分自身が選んだ道が正義という言葉に混同されているだけで、本当は正しくなんか無いのかも知れない。
 人間はいつだって誤る生き物。
 僕らが正しかった事なんて一度も無い。でも、もう逃げずに、変わると決めた僕は。
 力なんて無い僕は…誤った力を手にしたまま、生きて行くしか出来ないのだろうか。

 雨に打たれながら家に戻ったというのに、まだ明かりはついていた。
「ただいま」
「エト、お邪魔シマス」
 ん…?
 僕の背後から響いた声に、慌てて振り向く。
 マリーが立っていた。
「マリー…どうしたの?」
「そ、ソノ……今夜、私のFamily皆、出掛けてイナイネ」
 と、いう事はつまり彼女一人、という事か。
 でも、僕より一個下ぐらいなら別に一人でも問題無い筈…。
 と、僕が思った所でマリーが意味深に僕の手を取る。
「………」
「………」
 マリーの蒼い瞳が、僕を真っ直ぐ捉える。
 その瞳の中にあるのは、離れたく無いという意志。
「……ああ、わかったよ。とりあえず叔父さん叔母さんに相談するから」
 僕はそう答えつつ、家の中へと入る。

 なんと、叔父さん叔母さんは相変わらず仕事だった。
 この時間帯迄和葉ちゃんを一人にした事を少し怒られたがマリーが泊まる事は「普段様子見てもらってるのに何を遠慮する必要がある?」という答えにより、あっさり許可。
 とりあえず冷蔵庫にある材料で適当にありあわせた夕飯を(マリーと和葉ちゃんに)食べさせて風呂に入ってさっさと寝る事にしよう、と思っていた。

 いざ、自分の部屋の布団まで戻った時、思い出す。
 今日の出来事だ。
 ……マリーにぶたれた事を思い出した。そう、考えてみれば、確かに…変わりたいと願っていても、僕は結局変われなかったのかも知れない。
 さっきも考えていたように、美希を守れなかった事が、僕にとって辛かった。
 でもどうなろうと美希は戻ってこない。
 僕は生きている。だから、変わる。強くなる、と決めても…その強さとは果たして何が元なのだろう?
 正義も悪も無い、単なる強さって何?
 死にたく無ければ生きて戦え、と誰かが言っていた。
 そう、死にたく無いのなら…僕が僕を嫌いにならなくなった時、生きたいという願いが生まれた時に。
 戦わなくてはいけない。人が生きる為に。大切なものを、大切な人を、守る為に。
 僕らに許されているのは、戦って生きる事なのだから。

 布団へと潜り込みながら、少し目を閉じた。
 脳裏に浮かぶのは、那珂伊沢に来てからの日々。来たときの僕は、本当に死に場所でも探していたようだったけれど。
 いいや、貴明にこの街で事件があると聞いて、坂崎先輩に詳しく話を聞いた時、僕は自分から協力する事を選んだ。
 他の誰かに頼まれた訳でも、強制された訳でも無い。では、何故?

 ああ、そうか。僕がこの街に来たときから。
 僕は本当は変わりたかったんじゃないか。……昼間の僕を殴りたくなったよ。自分だけ死ねばいいなんて事言っちゃって。
 美希が僕の死を望まない事ぐらい、解っている筈だろ?
 あんなに慕ってくれていたのに。あんなに優しくしてくれたのに。

 僕はどうやら…僕の中にある本当の声に気付いてなかったみたいだ。
 生きたいと願うならどうしてあんな事を言ったんだろう?
 本当に、僕…いや、人間って生き物はよくわからないや。

 そこまで考えた時、襖の開く音がした。
 誰か入って来たのか、それとも…いや、微かな足音。誰か入って来ている。
「誰?」
 僕がそう問いかけると、その人影は僕のすぐ横まで来て、膝をついた。
「マリー?」
「…起こしチャッタ? ゴメンね」
 マリーはそう言うと、そっと僕の布団をめくると隣りへと潜り込んで来た。
 小さな布団に、僕と同じぐらいの体格ではあるマリーの身体が滑り込むと、微かな温もりと、シャンプーの匂いが鼻へと届く。
「………ううん、まだ、寝付いてないから。それより…その…」
 実はついさっき昼間の事を考えていた、と言いかけて僕は身体の向きを変える。
 マリーとちょうど真正面から向き合うカタチになる。
「あのさ」
「ウン」
「昼間の事、ご免ね」
 僕の言葉に、マリーは少し驚いたような顔をした。
 それと、僕はこの時、髪をほどいたマリーの顔を真正面から見ていた。
 多分、僕の顔も真っ赤なんだろうけど、マリーの顔も真っ赤になっていた。びっくりするぐらいに。
「大丈夫ダヨ」
 マリーは答える。
「ヒロが、私を信じてくれなかったのが、ショックだったけど…」
「うん…」
「でも、こうやってヒロはちゃんと謝ってくれた」
 マリーは優しく微笑んだ後、ゆっくりと言葉を続ける。
 僕の瞳を、マリーの蒼く澄んだ瞳が、捉える。
「ねぇ、ヒロ。……ヒロの事、もっと、教えてくれル?」
「え……」
「ヒロが子供の時とか、色々。ヒロの事、もっと聞きたい」
「…うん」
 布団から、身体を起こした。
 横になったままじゃ、上手く喋れない事もある気がして。
 窓から微かに差し込む外の街灯の明かり。その中にマリーの顔が浮かび上がる。
「子供のときの事……僕、昔からあまり自分に自信が無い子供だったなぁ」
 思えば。
 僕はどちらかというと、受け身の人間だった。

 例えば外で遊ぶ時とか。
 僕は自分から外に出て行くタイプじゃなくて、友達とか、幼馴染とかに引っ張られるタイプだった気がする。
 そう、思い出した…七ツ枝にいた頃の僕を。

「近所に、昔からある名家で今はどっかのグループか何かを経営している家があって、そこの子供が僕の幼馴染だった。他にも、友達がいたな」
 落ち着いていて頭が良かった雄一と、突っ走りがちで不器用だけど優しい雄二と。
 あと、そんな二人の姉の珠姉さん。
 そして、僕にとってもう一人の妹のようなもので、家が隣り同士の、由里香と…僕の妹の、美希と。
 皆、仲良しだった。
 珠姉さんには散々振り回されたけど、頭が良くて喧嘩も強くて、それでカッコ良くて。
 同い年の雄一と雄二は双子なのに正反対で、それでも僕とともに足りない部分をフォローし合ってた。少なくとも成績の悪い僕にとってはね。
 由里香は運動神経はいいけど、何かと放っておけなくて、手がかかる。けど、憎めないし可愛い。
 珠姉さんの言葉で雄二と僕が先に行って、由里香が楽しそうに、雄一が慌てて後を追って最後に珠姉さんと美希が一緒についてくる。
 悪戯だったり遊びだったり、色々あるけれど…僕にとって、そんな日々は楽しかった。
 そう、楽しかったんだ。

 けど、4年前。僕が13歳の時、雄二が死んだ。

 いや、死んだというのは不適当だ。
 誰かに殺された。誰が殺したか、なんてのはどうでもいい。でもその時一緒に雄二と当時仲良しだった年上の女子高生も少し離れた場所で死体が発見された。
 この彼女に、僕は一度だけ会った事がある。
 人の名前が憶えられなくて、ずっと間違った名前で呼ばれ続けたけど。

 でも、彼女と雄二の死が、少なからず僕の人生というものに影響を与えたのかも知れない。
 いいや、思えばあの時に、僕の中に小さなヒビが入り始めたのかも知れない。

 何故かというと、その時になって僕は人生って奴を考える様になったから。
 子供の時から今迄に、一度は人生について考えるって言う。けど、僕が考えた人生ってのは、人生は長い旅路だなんていうありきたりな言葉で当てはまるような事。
 でも、もし人生が長い旅路だとすると…若くして死んでしまった人、例えば雄二のような人は、道半ばで倒れたのか、それとも彼らなりの終着点についたのか?
 だけど僕が彼らを見ている限り、終着点に着いているようには見えないんだ。
 時々考えてみる。
 こうして僕が喋ってる間にも、考えている間にも、世界のどこかで人は死んでいるし、生まれて行く。
 僕が今こうして色々と考えながら生きている裏で誰かが死んでいる?

 でも、そうやって考えてみると―――――。
 世界に幸福って奴と不幸って奴はそれぞれ半分ずつ。それを全世界の人間で分け合って、誰かが幸福を全部持っていて残りで不幸を分け合っているの?
 それって、凄く不公平な事?

「解るよ」
 マリーが、ゆっくりと口を開いた。
「ワタシもね、ステーツにいた頃、そう思った事、アッタよ。友達が…凄く泣いてるのに、他の皆はそれをバカにして笑ってル。それがおかしい筈なのに、皆おかしいとも思ってナイ。その子は貧乏なのに…」
 幸福と不幸のバランス。
 幸福と不幸は同じ数だけあるのに、幸福だけ山ほど持って行きたがるから不幸しか残らない。

 そして僕は、美希を失った。
 大切ないもうと。僕の側にいた、僕の大切な、たった一人の妹。
 兄として守ってやらなきゃいけなかった筈なのに。僕は救う事は出来なかった。

 そしてそのときに、僕は僕の無力さに気付いた。
 僕が弱いから、不幸しかつかみ取る事が出来なかった。僕の分の幸福は他の誰かが持ってってしまった。
 そして、美希の未来さえも。持って行かれたんだ。

 そう、思っていた。思っていたんだけど…。

「でも、そのうちになって気がついたんだ。世界は、流石にそんなものじゃないって事を」

 そう、気付かせてくれたのは。那珂伊沢で出会った仲間達だった。

 初めて出会った時は、唐突なのに話しかけて来て、驚いた。
 僕が事件について聞いた時でも、普通だったらそんな暗い話は出来る限りしたくないと思う筈なのに、躊躇う事なく話すだけじゃなくて、詳しい人を紹介してまで話した。
 貴明も、坂崎先輩も、本当にいい人だと思える。
 いいや、僕が出会った人生の中で大切な親友に入るだろう。

 でも、それ以上に僕は君が教えてくれた言葉が残っているんだ、マリー。

 Changeしようってね。

 君のその言葉が、僕の中に残っている。
 僕の中の本当の思いに、僕が口にも頭にも出せなくて、心の奥底から願っていた本当の願いを、君が気付かせてくれた。
 美希を守れなくて、美希を見捨ててしまって、僕の心への耳を塞いでいた僕を。
 臆病で恐がりで、引き蘢ってしまった僕を。

 今は暗い空だとしても、その雲の上に輝く太陽をもう一度引き連れてくれたのは、君の言葉だったんだ。
 マリー。
 僕は君に感謝をしてもしきれないと思う。
 生まれ変われると思っている。タナトスとの日々が終われば、きっと君と一緒に変われると信じている。
 生きて行く上で、幸福も不幸も無いと、君が教えてくれた。
 それは人の受け取り方次第。生きて行く旅路に、上下なんて無い。
 その人がどう思うかという事。僕はここに逃げ出して来て、死に場所を探しに来たんだと自分で思ってたのかも知れない。
 でも変わりたい自分を秘めて、ここにやってきた。それを教えてくれたのは僕じゃなかった。君だったのさ。
 ありがとうと何度言っても足りないぐらいに、君に感謝している。

「ありがと、ヒロ」
 マリーはそう言って微笑む。その時、マリーは少しだけ目を大きく開いた。

「ヒロ…実はね、ワタシもここに来た時は、逃げて来たつもりだった」
 マリーはそう言って力なく笑う。
 そうして、始まる、昔のマリーの事。

 明るくて優しいマリーは、さっきの話にも出て来た彼を放っておけなかった。
 でも、結局その彼は、助ける事は出来なかった。
 父親の銃で自ら頭を撃ち抜いて死んだ。でも、そうやって撃ち抜く直前に彼はマリーに電話をかけた。
 かばってくれてありがとう、という感謝の意味を。
 マリーは彼が笑ったその電話を聞いて、大丈夫、また明日と言って電話を切ろうとして、銃声を聞いた。
 人が死ぬ瞬間を。断末魔の音を聞いた。
 その翌日の葬儀に、マリー以外の同級生も、先生も来なかった。
 彼の親族とマリーだけが参列した葬儀の光景。人は誰かの死にここまで無関心になれるのかと気付いたマリーは、それが切っ掛けで人を信じる事が出来にくくなった。
 だから、日本に来た。
 祖母が昔言っていた、日本人が持つアタタカサというのを、知ってみたくなった。
 初めは信じられなかった。人間はどこにいようと、本質的には同じもの。だから好きな人もいれば嫌いな人もいる。
 日本でもそれは一緒。
 でも日本ではまず、疑う事から始まるんじゃなくて、受け入れる事から始まる。お互いに、受け入れ合おうとする姿勢がいる事から始まる。
 むろん、日本人にだって拒否する人や、人を遠ざける人はいる。
 そりゃそうだ。人間は様々だ。でも、マリーは日本での生活を通じて、徐々に受け入れて行ったのだ。他人を、色んな人を。
 そして、信じたくなった。
 少し触れ合っただけの誰も、信じられるぐらいにまで。

 そしてそのときに、僕と出会った。

「……少し、悲しそうなEyesをしていたから、すぐにワカッタよ。この人、ワタシに似てるって」
 少し恥ずかしそうに、マリーは答える。
「でも、そうやって挨拶した後ヒロは、ワタシを受け入れてくれたネ。怖がってる筈ナノに。そんなヒロの中にあるカナシミを、ワタシと同じように消したかったんだ」
 マリーがこの国に来て得たもの。
 それは優しさと、人を信じる為の方法と、誰かに助けられる嬉しさ。
 一度落とし穴に堕ちると、どこまでも堕ちて行くように思える。二度と這い上がれないように思える。
 必死になって這い上がった所に人がいた時、人はその人がまた自分を穴へと蹴落とすんじゃないかと警戒する。
 でもその時に手を差し伸べられたら。
 その手を取った時に、助けられたという思いが生まれる。恩義が、お礼がしたいという思いが。
 そうやって出来た思いが、人から人へと繋がる。
 誰かに助けられたから、また誰かを助けようという思いが。

 そうやって人は、生きて行く上で助け合いながらも進化してきた。
 そしてまた、傷つけ合いながらも進化してきた。
 でも、傷つけ合うだけじゃ進化だけじゃなくて痛みも残る。
 その痛みを消すのが、助け合う事なんじゃないだろうか。

「…だからネ。ヒロ、ワタシ、ヒロの事を助けたかったんだと思うんダ…余計なおせっかいだよね」
「違う」
 僕は断言する。
 そんな事は断じてない。君がどんな思いであれ、君のお陰で僕は助かったんだ。
 そう、変わる事を、信じられた。
「マリーが僕を助けたいと思ったんじゃない。助けられたマリーが誰か助けたくて、その途中に僕がいたんだ」
「………じゃあ、ヒロは」
「僕も君に助けられたように、僕もまた他の誰かを助けたい」
 そしてそれは今。
 タナトスの侵攻からこの街を守ろうという思いにも、繋がると思う。

 だってこの街に来なければ、タナトスの侵攻を知る事も無かった。
 ずっと燻っている筈だった僕を、再び動かしたのはこの街に来て、君に出会ったからだ。

「……その助けたい中に、君もいる。和葉もいる。皆いる」
 僕の言葉に、マリーは小さく息を吐いて、そしてその直後。

 マリーの柔らかい身体が、僕の身体に飛んで来た。
 いや、飛んで来たというのは正しく無い。押し付けられた、否、抱きつかれたのだ。
 マリーの匂いと、マリーの暖かな重さ。
 不思議と、恥ずかしくなんてなかった。まるでこの事が解っていたかの様に。
「ヒロ…!」
「マリー」
「一つだけ…約束して」
 耳元で聞こえるマリーの声。
「Do not have unreasonable. The people want to protect the others only protect a person can have in hand Up.(無理はしなくていい。他の人みんなを守れると思わないで。手に持てるだけの人を守って)」
 もう、片言の日本語じゃなくて、英語の、マリーの素の自分からの思いだった。
「And if people choose to protect a person really pick me up. More than anyone else in the world, No, I'm sure the world has changed. I just want you to love me. Not die, my love.(そして、本当に守りたい人を一人選ぶなら、私を選んで。全世界で誰よりも、いいえ、きっと世界が変わっても。私の事だけを愛してほしい。死なないで、私の愛する人)」
「……聞こえたよ」
 その思いは、届いた。
 僕の元に届いた。
「マリー」

「君が好きだ」

 そっと囁く様に告げた思い。
「……本当に?」
「ああ」
「Really? Really? ... the world has moved on but really, will you love me?(本当に?本当に?…本当に世界が変わってしまっても、私の事を愛してくれますか?)」
「勿論だよ。君だけなんだ。僕の世界を、変えてくれたのは。君しか、いないんだ」
 僕の世界をもう一度動かしてくれた君を。
 そんな君が望むのなら、例え何度生まれ変わろうと君を愛したい。君を守りたい。
 君が望むなら、世界が全て壊れても君だけは守り続けたいから。

 僕とマリーの、本当の思い。
 それぞれの願いが叶うとき、僕たちは本当に解り合えるときが来る。

 僕とマリーが望んだ全ての為に。

 僕は、否、僕たちは。タナトスに挑まなくちゃいけない。
 この世界と、大切な人を守るために。



我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が秘めたる思い
神をも穿つ真なる愛と見定めたり
汝に「恋人」の力を授けん…
汝が望む世界
汝が願いを込めてこの旅路を見届けん
汝に「正義」の力を授けん…



《第9話:残る言葉》

 降り続く雨。
 宍戸貴明は、雨という天気は嫌いだった。
 理由は陰鬱な気分になるから、という事ともう一つ、嫌な事を思い起こさせるからだ。

 貴明は幼い頃から、母親と二人暮らしだった。
 父親は貴明が生まれたその日に交通事故で亡くなった。その後、残された母親は貴明の事をどう育てるかはおろか、彼の事を半分気付いていなかったようだ。
 いつでも雨。生まれた時から、ずっと雨。
 だから彼は戸籍上の誕生日は四ヶ月も遅れていて、産まれから四ヶ月の間、名前すら無かったのだ。
 彼が生まれた翌日は雨だった。
 最初に貴明が見た世界が、泣いた母親と冷たい雨。それからだろうか、貴明は雨が嫌いになった。
 そう、貴明の事をしばらくは放っておいた、否、貴明の事すら考える事が出来なかった母親の事を、貴明は幼い頃は軽蔑していた。
 だが、時が経つに連れて母親は何度か幼い貴明に言い聞かせる様に教えてくれた事。
「悪いお母さんでご免ね。でも、今は貴明の事を愛している。だから、貴明も誰か愛せるようになりなさい」
 その誰かが誰なのか解らないけれど、その時に貴明は自らの母親も苦しかった事に気付いた。自分だけじゃない、と。

 幼い貴明は同年代の子供と遊ぶ事は少なかった。
 働きに出ている母親の為に積極的に家事をしていて、母親と二人で助け合いながら暮らしていた。
 決して遊んでいる他の子供が羨ましく無い訳じゃなかった。
 遊びたかったけど、我慢していただけ。でも、そんなある日の事…。

 那珂伊沢市で新しい市長になった坂崎氏が街の発展の為にデュエル事業を推進し始めた。
 貴明の家にも市役所の職員がカードを置いてったが、貴明自身はその当時特に興味がある訳でも無かったし、周りが熱中するのをぼんやりと眺めていた。

 そんなある日の事。
 二人の人物に出会った。

 一人は、坂崎市長の娘、坂崎加奈。
 元々同じ学校だったので顔と名前だけは知っていた。
 そしてもう一人。
 坂崎市長がデュエル事業の一つとして、青少年に有名なデュエリストを呼ぼうというイベントが行われ、その時に彼がその街にやってきた。
 現在プロデュエリスト。当時はデュエリスト流派サイバー流の門下生、丸藤亮である。

 何気なくイベントを見に来た貴明がぼんやりと眺めている時に、坂崎加奈から声をかけられた事が、全ての切っ掛けだった。
 そう、あの時坂崎加奈に話しかけれたときから。

 そしてそんな彼女から丸藤亮を紹介された時に。
 貴明はサイバー流へと足を踏み入れた。家が遠い事については丸藤亮が師範に頼み込んで普段は通信教育で、時折師範や丸藤亮が来て指導するカタチになった。
 そうやって時折来る師範や丸藤亮も貴明だけでなく、多くの人にデュエルを教え込もうとし、那珂伊沢市のデュエル事業発展へと繋がったのは言う迄もない。
 ただ、もっとも。
 貴明から考えれば、特に好きでもない事であったのに、気がついたらデュエルに勝つ為の戦略を立てる事、カードを引く確率を計算する事、いつしかデュエルすることそのものが楽しくなっていた。
 考えてみれば、那珂伊沢市は元々何も無い。
 娯楽も、産業も無く、そして貴明自身も楽しい事が無かった…でも、デュエルは違う。それを教えてくれた。
 デュエルは世界で生きて行く中で必要か、と聞かれると必ずしもそうではない。それは解る。
 だが、デュエルがもたらすのは娯楽だけじゃない。人と人との繋がりも、感じさせてくれる。自分がここにいて、誰かが目の前にいるという事を教えてくれる。
 誰かと一緒にいる。
 それが楽しくて、正しい事である事に気付いたのは、そんな遠い事でもなかった。

 宍戸貴明がなんだかんだ言いつつも坂崎加奈を浩之やマリーに紹介したのも。
 今の自分ができる切っ掛けが彼女にある事を、教えたかったからだ。

 だから今日。
 浩之が自分だけ死んでもいいような事を言うのが、許せなかった。
 人が生まれるのは非常に困難だ。生きて行くのはもっと困難だ。でも死は、息をするぐらいに簡単だ。
 入り口と出口のバランスが釣り合わない、そういう物事。
 だから貴明は、人が死ぬのは嫌いだ。そして最近雨になる度に人が死んで行く。
 それが嫌だ。どうしようもないぐらいに。


 電話の呼び出し音が鳴る。
 坂崎加奈はベッドの上に置かれた携帯電話を取り、着信相手を確認。相手は誰だかだいたい解ってはいたが、それでも確認する。
「…貴明? どうしたのー?」
『よう。調子はどう?』
「調子はあってアンタねぇ…」
 笑いながらそう返したとき、貴明は言葉を続ける。
『不安なんだろ?』
 やっぱり、と坂崎加奈は思う。付き合いが長い分、こいつは聞いてほしい事を聞いてくるけど聞かれたく無い事迄聞いて来る。
 不安なのは事実だけど。
「まぁね…相手が人間じゃない以上、下手すると殺される可能性もあるよ。生きて帰れる保証なんて無い」
『だろうな。さっき、そこを晋佑にも言われた。アイツらの宿、意外と近くてな』
 言葉では軽いが、恐らく電話の向こうでは真剣な顔でもしているんだろう。
 宍戸貴明という人間は、見掛け以上に軽い人間ではない事を、坂崎加奈は知っている。
 さて、これからどうしようかってのが問題だ。
 でも。
「ま、ともかく明日になったら…夜が明けたら、また集まろう。それと」
 言うまでもない事だけど、もうこれ以上タナトスの侵攻を許せないと思うのなら。
 直接対決がある事になる。あの数、あの敵を相手に。
『…怖いのか?』
「…ははっ、そんなわけな『今の間はなんだ?』…」
 痛い所を突かれた。やはり貴明は貴明という事か。
『怖いのか』
「うん、まぁね…」
 そう、怖い。
 でも勇気を振り絞って立ち向かえ。この街で生まれて、この街で大きくなった。
 何も無かったこの街を、私の言葉が切っ掛けで、父さんが変えた。
 そう、変えた。
 変えた、という言葉を思い出して、この前この街に来たばかりの後輩の事を思い出す。

 自分が守りたいと思ったこの街で、彼は変わると約束していたのだ。
 そんな思いを、今日新たにしていた。

 そう、生きて行くのなら、変わらなきゃいけない。
 そんな事は誰だって解る筈だというのに。
 坂崎加奈は少しだけ目を閉じる。
 この街で起こった出来事一つ一つを思い返す。その全てがあって、今日がある。
「貴明。怖いよ、確かに」
『……でも、逃げたりはしそうにねぇよな』
「もちろん。この街を守るって決めたからね」
 そう、この街を守ると決めたからには何が何でも守りたい。
 もしも望むのなら、ここで約束しよう。例え世界が敵でも、この街を守る為に戦おうと。
 相手がどんなに強大でもきっと乗り越えて行ける。坂崎加奈は一人じゃない。貴明がいて、浩之がいて…色んな仲間がいる。そんな彼らの為には負けられない。
 そしてこの街で父親を信じて街を盛り上げようとした、多くの人達がいる。
 その全てを無駄にしたくはない。

「あたしはこの街を守る。だからここに、皆と一緒にいる」

 ポケットの中の、半分しかないカードを取り出す。
 全てはこのカードを拾った事から始まった。上半分だけの、伝説のレアカード、青眼の白龍のカードを。
 このカードを拾わなければ、この街でデュエルが盛んになる事も盛り上がる事も無かった。全てはこれが切っ掛け。
 そして同時に今回の事件がデュエルによって起こっているのなら、切っ掛けを作った坂崎の人間が収拾をつけるのが道理というものだ。
 例え、命がけだとしても。

「……頑張ろ、あした」
 坂崎加奈は、宍戸貴明にそう問いかけた。
 返事は、まるで解り切っていたかのような「おう」といういつもの返事だった。



 朝が来る。
 灰色の雲に覆われて、今日も太陽は顔を出さない。
 だけど松井律乃は、だいたい夜明けに眼を覚ますと決まっている。規則正しい生活習慣が彼女にそんな習慣をつけている。
「朝…」
 オイジュスとアパテーを倒して一夜。今日、どんな風に動いたのかは解らないが、タナトスを討伐するなら早い方がいい。
 4年前の、何も出来ない自分とは違う。
 4年前にヒュプノスがこの世界に現れた時、律乃は二人の友人とともにすぐ側にいた。
 ヒュプノスが言っていた言葉の意味も、目的も、何も解らなかった。ただ、地底世界の住人が恐ろしく思えた。
 怯えきり、逃げ惑い、友人達とはぐれた結果――――ヒュプノスは討伐された。その二人の友人の命と引き換えに。
 当時、五つ上だった近所のお姉さんと、違う学校の一つ上の、不器用だけど優しい少年。
 律乃にとって二人は付き合いは長い訳では無かったが、自分の知らない世界を知る貴重な人として共に人生という旅路の途中で出会った仲間だった。
 けど、二人は無惨に殺された。
 その時からだ、律乃の中に激しい憎悪が生まれたのは。

 ああは言ったものの、地底の世界の住人達の言う事も一理ある、と律乃は本当は思っている。
 でも許せないのはそういう過去があるから。例え理解はしても、同情も共感も出来ない。彼らが憎すぎるのだ。親友を奪われてしまったから。
 二人を失って既に4年。成長した律乃には、志を共にした仲間がいる。この街を、世界を救うという大義名分もある。
 この復讐は正当なもの、と結論付けている。恐れる必要も無い。今の自分は戦えるのだから。

 律乃が布団から身体を起こした時、宿の襖がゆっくりと開き、先輩であり頼れる知人である高取晋佑が顔を出した。
「…起きてたのか」
「今起きたんです。先輩は、帰りですか?」
 元々ミステリアスな所があるが、この那珂伊沢に来てからも高取晋佑は時折宿に帰らなかった事があった。
 何をしているのは解らないし、律乃も聞く気は起こらない。それが二人の間のルールだからだ。
「ああ。ちょっと寝たいな」
 晋佑は眠そうに呟いた後、ふと視線を律乃に向ける。
「なぁ律乃……ヒュプノスといいタナトスといい、お前さんも結構波瀾万丈な人生送ってるんだな…ちと驚いたぞ」
「ま、まぁ、そうでしょうね…でも先輩だってそうでしょう?」
 確かにな、と高取晋佑は返す。
 ある意味二人は似たもの同士。そしてもう一つあるとするなら。
「ついでに。強烈なヒーロー願望もあるって事か」
「………ですよね。人間なんて本当は小さいものだって、昨日の河野君見ててそう思いましたよ」
 そう、人間は、人間。とても脆くて壊れやすいもの。
 失った友人と、昨日の河野君を見てそれは痛いほど理解している、理解している筈なんだけれども。それでも。
 実は、人として生きる以上。
 誰かを、何かを、世界って奴をこの手玉にとってみたい。一世を風靡してみたい。英雄になりたい、と誰だって思ってしまう事はある。
 高取晋佑は地底世界の住人の思想を理解しない。
 理解しない、聞こうともしない。晋佑本人の絶対的な自信から来る『三手先まで読む戦略』は本当に相手そのものを三手先までしか読んでないだけであって、それ以外の問題は何ら気にしない。
 戦略レベルの人間ではなく、戦術レベルの人間ですらなく、ただ戦闘を制するレベルの人間なのだ。
 そして戦略レベルの英雄というものは一つの国に100年に一度出るか出ないかの天文学的確率であり。
 戦術レベルの英雄というものはいる時はそれこそ履いて捨てるほど溜まっているがいない時は存在すら有り得ないという変動的な確率であり。
 戦闘レベルの英雄というのは困難でもなく、誰にでも手の届く範囲の英雄なのだ。
 誰かがそれを英雄と呼べば、戦闘レベルの英雄になんて誰にでもなれる。だが彼は英雄と呼ばれた事など一度も無い。ただ、呼ばれたいだけだ。
 手の届く戦闘レベルの英雄でも、構わないというだけだから。

 本当はそれよりも上を生きたいと願うのだけれども。

「…だな。まったく、俺達は大したものを相手に回したみたいだな」
 先ほど戻って来た時に手にしていたアタッシュケースを置きつつ、晋佑はそう呟く。
 高取晋佑にとって何よりの愉悦は相手をねじ伏せたときなのだから。

「だが、負けるつもりはないさ。俺にも、お前にも、そして皆にも、負けない理由がある。心配しなくていい」
 他の仲間達が不安を抱く中でも、二人が落ち着いていたのは自らの実力から来る自信か。
 それともただの過信だったのか、真相は解らないままだった。










 システム起動中...........
 O.C.Gシステムオンライン. システムオンライン.
 デバック中...メモリー消去確認...完了.
 ver.2.08に更新中...システム更新完了.
 ..........システムのプロテクトを解除。
 ログインユーザー:■■■■■
 パスコード入力:*********
 …認証完了.
 アクセス権限レベルの確認...Level5までを確認.Level6,Level7のアクセス許可を申請しますか?
 アクセス許可申請確認...メインサーバーに接続中.
 システムオンライン,各セクションによる確認中...
 F.R.より返答。Level7までのアクセスを許可。
 W.Cより返答。Level7までのアクセスを許可。
 A.Hより返答。Level7までのアクセスを不許可。Level6までのアクセスを許可。
 J.Sより返答。Level7,Level6共にアクセスを不許可。
 C.Gより返答。Level7までのアクセスを許可。
 各AIより返答を確認......予備AIにアクセス許可を申請しますか?
 アクセス許可申請確認....バックアップサーバーに接続中....
 B.Mより返答。Level7までのアクセスを許可。
 H.Tより返答。Level7までのアクセスを許可。
 NEMOより返答。Level7までのアクセスを許可。
 予備AI全部の許可、並びにF.R,W.C,C.G,の許可によりLevel7までのアクセスを許可
 バックアップサーバーとの接続解除...
 O.C.Gシステムの起動確認
 ウィルス排除システム、正常作動中
 DGPSとの接続率100%...各ポイント正常に稼動中
 O.C.GシステムならびにDGPシステム、PATRIOTシステム、A.Divシステム、オールグリーン。
 全システム、オンライン。各AI、正常通り稼動中…「Deus ex machina」は正常稼動を確認。

 Deus ex machinaは大きく分けて四つのシステムで構成されている。  まずはこのシステムの大本であり、完全なるブラックボックスに等しい存在であるO.C.Gシステム。
 これは存在について示唆されるのみであり、何がどのようにしてなにを司る部位なのかまったく解っていないが、これなくしてDeus ex machinaは有り得ないとされている。
 続けて、DGPシステム。
 正式名称は「Dimension Global Positioning System」。勘の鋭い人なら解るだろう、いわゆるGPSと呼ばれるものを全次元単位で行なっているのだ。
 いつ、だれが、どこで、どのように、なにを、どうしてたのか、をまさに全ての世界での一挙手一投足に至る迄監視する、地球、否、宇宙最大の監視システムに等しい。
 全世界、全次元単位で観測するためその情報量は膨大なものだがDeus ex machinaはそれをAIと共に演算、処理する事で人間達の行動に対する対処法を決定し、命令する。
 この各AIの事をPATRIOT(愛国者)システムと呼んでいる。  メインサーバーに存在する五つのAIと、バックアップサーバーに存在する三つの予備AIで構成されており、普段は全ての行動をメインサーバーの五つのAIによって判断する。
 各AIについては次の通りである。
 F.R(フランクリン・ルーズベルト)。人間の権力を担当しており、強大すぎる権力の抑制、または低過ぎる権力の増強などを命令している。
 W.C(ウィンストン・スペンサー=チャーチル)。人間の休息などを担当し、働きすぎるもの、もしくは危険だと判断したものに休息を取る様に強制力を伴って命令している。
 A.H(アドルフ・ヒトラー)。主に情報制御を司っており、人間にとって不必要な情報を削除、またはロックし、アカシックレコードから外れないように歴史の修正などを後述のJ.Sと共同で行なっている。
 J.S(ヨシフ・スターリン)。主に強制力を伴う命令の実行などを担当する、強権の持ち主。アカシックレコードから外れないように歴史の修正や改変などを実行している。
 C.G(シャルル・ド・ゴール)。人間の未来を担当しており、人間に数多の可能性を示唆または教導する事により人類が緩やかに滅亡の道を歩ませる事を担当としている。
 上記の五つに加えて、三つの予備AIも存在しており、バックアップサーバーで普段は待機し、必要時に稼動して五つの援護を行なう。
 B.M(ベニート・ムッソリーニ)。主にA.HとW.Cのバックアップを担当。
 H.T(ハリー・トルーマン)。主にF.RとJ.SとC.Gのバックアップを担当。
 NEMOはそれ一台で全ての任務を賄う事が可能なほど、メインサーバーのどのAIよりも巨大かつ演算速度の早さは一番である。
 元々の元祖とも言うべき存在だが、今は他の七台に処理を任せて普段は前述のようなシステム許可ぐらいにしか出てこない。
 PATRIOTシステムのAIに付けられた名前には共通点がある。皆、1939年〜1945年の間、即ち第二次世界大戦の間に国家の指導者となった者達だ。
 何故彼らの名前がつけられたのか?
 それは彼らが一度世界を終わらせた男達だからだ。人類史上最も多くの犠牲を出した人災である第二次世界大戦を通した結果、世界は大きく変わった。
 決して平和とは言えない道のりだったとはいえ、彼らがいた事によって世界は大きく変わった。
 それが人類の進化に繋がったかどうかは別として、だ。世界を終わらせた男達を模したAIが導きだす答えは多岐にわたるのだから。
 そして最後の一つが、A.Divシステム。
 アンチ・ディヴァインシステム。「神意に相対するもの」という意味を持つそのシステムは各AIから下された命令を実行に移す為のシステムである。
 DGPSで発見された問題を、PATRIOTシステムで命令を下し、A.Divシステムで実行を下す。その全てをO.C.Gシステムで掌握し、稼動させる。
 Deus ex machinaが稼動してからずっとそのシステムで動き続けて来た。神の意志を操作し、世界を確実に方向性へと導く為に。
 そして、一巡目の世界崩壊後の2週目で、今度こそ人類を滅ぼす為に。

 そう、一巡目の世界での世界崩壊こそ、Deus ex machinaにとって最初にイレギュラーだった。

 まずはその出来事を認めず、そして破壊された世界の情報を見て初めて気付いた。
 壊れた世界に生き残った僅かな人類を世界ごとまとめて破壊した後、芯をベースに再び2週目の道をたどらせた。
 しかし、Deus ex machinaは世界を一度終わらせた男達を知っていたし、そしてそうやって人類自身の手で生み出された新たな世界をも壊した人類を既に見放しつつあった。
 だからこそだ。
 人類をもう一度終わらせようと、Deus ex machinaが狂った。

 この四つのシステムから構成されるDeus ex machinaを倒し、掌握さえすれば全ての世界が思うままになる。
 例えば地底世界産まれの少年が抱いた地上支配の夢も実現し、Deus ex machinaが生まれる前、まだ神が機械じゃなかった頃に追放されたニュクスも地上へと戻れる。
 Deus ex machinaは、この世界に、否、宇宙にとって、歴史にとって最早なくてはならないものへと変わりつつあったのだ。
 その存在を狙うものは多い。誰だって、世界の全てを手に入れられるとするなら、手に入れたいと願うだろう。
 無数の認証システム。
 無数の警備システムと防衛機構。
 その他諸々のありとあらゆる警戒システムをくぐり抜け、Deus ex machinaが差し向ける数多の刺客を撃退し…。
 ログイン許可をなされていない、制御許可すらされていない者が辿り着く迄には恐らく数多の困難が待ち受けるだろう。
 そう、Deus ex machinaを作ったもの達以外に、彼らを止める事は出来ない。

 それが、神へと至る道の標なのだとしたらそれはなんという皮肉だろうか。


 Deus ex machinaはその所在は秘匿されている。
 容易に辿り着けない様に、どこにあるのか、管理ユーザーの存在すらも解らない。
 それを追う者が一人だけいる。
 吹雪冬夜。地底世界で生まれた少年。
 神である事を望み、Deus ex machina掌握と神を倒す事を目的とする。神の撃破は、彼の最終目的としてある。
 だがしかし、彼がDeus ex machinaの元に辿り着き、システムを掌握する事は全AIとシステムユーザー全員が一致している。
 それが成功する確率は0.00000000000000000…%有り得ないと。例え0が64個以上並んでも0以外の数字が出てこない。
 故に彼が神になる事は有り得ない。
 そう、例えば吹雪冬夜がDeus ex machinaに挑む為の準備として、自らの歴史改変を挑もうとしても。
 それは、不可能。
 J.Sが下した指令に基づいたA.Divシステムによる刺客が遠慮なくさし向かれる。

 ところで、ご存知だろうか?
 A.DivシステムがPATRIOTシステムにより下された命令を如何にして実行するか、ここまで読んできて疑問に思っただろう?
 その答えは単純である。その為のDGPシステムが存在する。
 DGPSで人の所在を把握し、歴史を修正するに足る人物あるいは実力を持った人間が自然的にそう思うように、A.Divシステムによる統制を行なっている。
 いいや、違う。A.Divシステムはあくまでも命令を実行する為の手段の一つである。
 そこにブラックボックスのO.C.Gシステムが絡んで来る。どうも、このシステムがその次元、その世界にいる人間を統制し、操作しているとも言われている。
 真偽は不明だ。
 少なくともこの報告書に記されているレベルでは、把握出来ない。

 ここに、一つの興味深い資料がある。
 Deus ex machinaにログインする際に、アクセスレベルの確認を行なっていた。
 通常時はLevel5までしか許可されていないが、許可申請を出す事でLevel6またはLevel7へのアクセスが許可される。
 Level7への許可は殆ど行なわれない。それ故、資料が流出する事も稀だ。だが、Levelが低い部位の資料なら、このように暗号文書のカタチとして存在する事がある。
 Level1の内容の一部を暗号化された文書の引用である。
 この文書はオリジナルは失われ、コピー&ペーストを重ねた結果、断片的にしか現存していないという事を明記しておく。

『各自AIが持つ担当分野』
 前述に紹介された通りで、予備AIによるバックアップの可能性なども明記されている。
 AIがどのような部分を司るかという事を知るだけでも、Deus ex machinaの断片を窺う事ができる。
『PATRIOTシステムによる調整の目的』  その理由は、第二次世界大戦を契機に世界は大きく変貌したからだ。
 では、世界に新たな変革を…もしくは新たな終末をもたらすのは彼らと似たシステムを構築し、そして人間が同じように強大な人為的災害を起こさせる事で世界は変革する。

 前述の文章と、PATRIOTシステムの目的を読んで勘の鋭い人は気付いたかも知れない。
 強大な人為的災害を起こさせる事で世界を変革する、これを一巡目の世界で実行した人物がいる事を。
 そう、そして彼はDeus ex machinaがイレギュラーであり、エラーだと判断した人物の正体である。
 A.Divシステムに基づき、彼がDeus ex machinaの命令によってその思考や意識を操作されていたか、という件に関して調査が行われた事がある。
 だが、少なくとも其れは有り得ないという結論には至る。
 何故なら一週目の世界当時、各自AIには今のような人類破滅を望むような思考は生まれていなかった。むしろ、C.Gを中心とし、未来への示唆を行なっていたのだ。
 しかし、今は変わってしまった。
 彼が犯したたった一つのイレギュラーが、文字通り世界を司る神すらも変えてしまったとは何とも皮肉な話である。
 彼はただ、運命を変えたかっただけだというのに。

 愛ゆえに人は時として狂気に冒され、愛ゆえに人は時として悪魔をも泣かせる。

 だが、各自AIにはそれを理解する事は出来なかった。
 彼らは血が流れていない、血の流れる人間達を上から見るだけのAIに過ぎないからだ。
 それが、世界を終わらせた男達と、PATRIOTシステムの違いだった。
 そしてPATRIOTシステムが壊れかけた序曲が、三年前に起こった神竜を巡る事件と言えるだろう。
 ダークネスの存在とDeus ex machinaと至る進路を混同した吹雪冬夜の命令によって実行されたデュアル・ポイズンの行動だが、Deus ex machinaが下した判断はただの狂気的な反乱であり、彼の起こした行動は何の役にも立ってすらいなかったのだ。
 本当に、愚かな事に、である。
 しかし彼自身は信じていた。それが神を倒す為に必要な行為である、と。
 だがそれは実際は壊れ始めたAIによる無意識レベルの命令であった事は、永遠の秘密となるであろう。

 さて。
 資料にはまだまだ続きがある。全てを明記する事は不可能だが、一部を紹介する事は出来る。
『無限ループに突入した場合の記憶の保持率』
 壊れた世界の後に2週目の世界を始めてから気付いた事として、DGPSが採取したデータと比較してみると、前の世界の記憶や他の世界の記憶を憶えている人間が少なからず存在するという事だ。
 本当に世界を終わらせた彼もまたその一人だが、彼に近い人間もまた別の世界の記憶を憶えている。
 いいや、きっと。
 全世界、全次元の人間が同時並行的に違う運命を辿りながら存在する事の証明として、多くの住人達が存在するのだから。
 そう、きっと―――――――。


 Emergency...Emergency...Emergency...
 システムに重要な問題発生。ログインユーザーによるプロテクトLevel1の情報流出を確認。
 PATRIOTシステムA.Hにより該当情報の削除を要請...削除拒否の返答、情報ロックを行ないます。
 ロック不能?
 WARING。何者かによる攻撃を受けている可能性があります。
 緊急にプロテクト、及びO.C.Gシステムオフライン手続きをNEMOに申請します。受諾確認。システムオフライン。
 異分子を強制排除します。
 A.Divシステムによる調整を検討…調整が必要と判断。各AIの満場一致。
 アクセスレベル許可を全て剥奪し、アクセスを不可能とします。新しいパスコード申請を行なって下さい。
 ver.2.08を強制終了します…。











 パチパチ、という耳元で響く音と微かな熱。
 どこかで火が燃えている、と気付いたのは意識が少しずつ戻り始めた時から。
 苦しい息を吐き出すと、少しずつ視界が見えて来た。
 まだズキズキと痛む頭、ぼんやりする視界の中に、太陽の堕ちた空が見えた。

 何があったのだろう。
 他の皆はどうしたんだろう?
 身体を起こそうにも、手足に力が入らない。どうにか寝返りを打つのがやっとで、視界が太陽の堕ちた空から、破壊された瓦礫へと移った。
 パチパチ、とすぐ近くで燃える炎。
 そこまで火勢が強く無いのとすぐ近くと言っても数十センチほどの距離があるので燃え移る心配は無いだろう。
 だが、この熱さと呼吸の苦しさはなんとかならないか、と思う。
 痺れる腕にむち打つように、どうにかして力を込めた。動いた。
「っ……」
 両手を使って無理矢理支える様にして、身体を起こす。
 所々から散る砂埃が鼻から入り込み、少しだけ咽せ込んだ。

 どうにか立ち上がったとき、見渡す限り破壊された世界が、視界に飛び込んで来た。
 かつて見ていた街は瓦礫と灰と炎に彩られて埋まっていた。
 生きている人はいるのだろうか、と思いつつ前へと進み出ると。その希望があまりに絶望的なものであるかがよく解った。
 そこら中に、死体が転がっていた。
 腕を潰され、足を潰され、内蔵が飛び散り、下半身を捻り潰され、そこら中に無惨な死体が転がっている。
 人間死んでしまえば血肉骨の塊、単なる肉塊にしかならないというが、人のカタチをとどめていなければ肉塊と形容するのには充分だった。
 吐き出したくなるぐらいに気持ち悪い。
「なんだよ……これ……」
 喉の奥から絞り出した声は、そんな驚いた声。
 でも、佇んでいる時間はない。せめて誰か探さなくては、という発想が思い立ち、僕は慌てて走ろうとして、転んだ。
 気がつくと、足が奇妙な方向にねじ曲がっていた。今の今まで気付かなかった。
 その理由は先ほどまで僕が倒れていた場所に倒れかかっていた鉄骨だろう。痛む足を庇いながら再び立つ。
 どうにか立ち上がり、歩く事は出来そうだ。
 必死に歩く中、見渡す世界。壊れてしまった世界を、歩き続ける。

 そしてその先にあるのは…なにがある?

 僕には解らなかった。




 意識を現実に引き戻すと、そこはここ数ヶ月で見慣れるようになった天井。
 …夢だったのだろうか。だが、夢にしては生々しい夢だった。まるで現実を、否、現実に近い夢を見ているような、そんな感じ。
「……なんだったんだ、今の」
 全てが破壊された世界の事を思い出しつつ、そう呟く。
 本当に、酷い、夢。
 そう、それが本当に夢ならば。夢の様には見えなかった。
「…ヒロ?」
 隣りから、小さな声が響く。視線を横に向けると、そこにはマリー。
 ああ、そうか。夜にマリーと話していたんだっけ。
「どうしたの?」
「……大丈夫。変な夢、見ただけ」
 そう、それは悪い夢の筈。幻想として消え行くものの筈。
 もしもあれが現実になるのだとするのなら、それはどういう悲劇になるんだろう。
 いいや、それは単なる幻想だ。幻想の筈なんだ。
「……ねぇ、マリー」
「ナァに?」
「……世界が変わっても愛してるって約束するなら、例え世界が終わって生まれ変わっても、また僕と一緒にいたい?」
 昨日の夜の事。
 世界が変わっても、僕とマリーが繋がっているのなら、もしも世界が終わって新しい世界になったら。
 例えそんな時でも、僕と一緒にいたい?
 そんな問いに対しても、マリーは答える。返事は「はい」か「イエス」のどちらか。
 そう、そのどちらかが来るとしか、はっきりと言い切れる。
「…モチロン。…ヒロなら、どんな所でも私を追いかけて来てくれるモン」
「…追いかけるのは僕なんだ…ま、そのつもりだけどね」
 そう言って、少しだけ笑う。
 もうすぐ朝が来る。長い夜が明けて、朝が来る。

 ………あれ?
 今まで、というよりここ数日ずっと、空は荒れ模様だったのに。
 今日は、朝日が顔を出している。太陽が、姿を現している。
「太陽…」
 数日ぶりに見る太陽はいつもよりも輝いているようにも見える。
「奇麗だね」
「うん」
 あの太陽をもう一度見たいと願う。
 その為に僕は生きて、マリーの元に戻る。ただ、それだけだ。
 例え相手がなんであろうと、負けるという思いなんて要らない。強さだけを持って行けばいい。
 強く、強く生きる。
 美希の為にも、僕は生きなくちゃいけない。

 そこへ、携帯電話が小さく震えた。
 相手は貴明。こんな朝早くからかかって来るなんて、貴明も眠れなかったのだろうかと思うと少しだけ笑みを浮かべたくなる。
 だが、今はそれを置いておこう。
 恐怖や、不安に駆られるのも解るかも知れない。何せ相手は人間じゃない。人間とは異なり、そして彼らの理由があって戦っている。
 僕たちと同じ、戦う理由があって戦うのだ。
 傷つけ合う理由があって傷つけ合う。何の理由も無いまま戦うのとは訳が違う。


 そう、人は生きる上で一度は戦わなければならない。
 それはどんな理由でもいい。
 自らの身を守る為に、仕方なしに手を汚すのもある。大切な何かの為に敢えて鬼となるのもある。ただ己が欲望の為に荒らすのもある。
 理由なんて様々。
 人がその手を汚すのに、その人の数だけ答えがある。だからこそ、忘れてはいけないのだろうか。
 全ての道のどこかに血痕があるのは不自然じゃないという事。
 もし、仮に自分の人生が全部映画のようにまとめられていると想定するなら、必ず何処かに血が飛び散っているシーンがある筈だから。
 例えあなた自身が思っていなくても、必ずあるんだよ。必ず。


「やぁ、貴明」
『おっす。なんだ、早いな。まだ寝てると思ったんだが』
 貴明はそう言って笑うと、『さて』と言葉を続ける。
『晋佑の奴が準備はできたらしい。それに……幸いにして天気もいいからな』
 ここまで聞いて貴明が言いたい事を理解する。なるほど、殴り込みにゴーしようという事か。
 まぁ、確かに今日を除いて有り得ない、と言えなくも無い。
 相手は光に弱く、ついでに昨日の今日で相手に打撃を与えたという事実と、僕らの士気も高い。
『…つーことだ。心は大丈夫か?』
「平気だよ」
『それもあるが、和葉ちゃんとマリーの事さ』
 貴明は言葉を続ける。
 そうか、もし奴らが地上に溢れ出して来たら街に押し寄せて人を喰らい尽くすぐらい平気でやってのけるだろう。
 どこか安全な所があれば良いのだけれど。
『晋佑が坂崎に街にバリケード作れないかって頼んだけど却下されたらしい。まぁ、いきなりそんなのが町中に出て来たら怖いよなぁ』
 そりゃそうだ、いきなりバリケードで道を封鎖されたら何かと思うさ。
 それに、彼らはバリケードじゃ防げないだろう。何せ壁や電線すら平気で昇って行くのだから。
『なにかいい案無いか?』
「奴らを出さない様に、拠点を封鎖するぐらいしかないだろうね」
 昨日の夜、明らかになったのは笹倉さんの屋敷の地下に連中の拠点があるという事。
 ならばそこから出さない様にすればいいのだが…。
『OK、解った。手伝いにきてくれるか? 名案があるぜ』
「何をするの?」
『原始的な方法だが釘とガムテープとベニヤ板。場合によっちゃ鉄板も使うな』
「…窓とドアを片っ端から塞ぐ訳か」
 まぁ、確かに原始的な方法ではあるけど効果的ではある。
 相手を閉じ込めてから一気に殲滅するのは戦術としては充分だ。
「貴明って案外頭いいね」
『それ、褒めてんのか?』
 一応褒めてるつもりなんだけどね。
 とりあえずバリケードの材料をホームセンターで調達する為にお金と、後、デッキとこの前坂崎先輩にもらったデュエルディスクなど、必要なものを集める。
 マリーはそんな僕を見てしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……いってらっしゃい」
 その僅かな言葉に、恐らく色んな意味が込められているのだろう。
 でも僕から言えるのもただ一言。
「行って来るよ」
 一言だけ。
 でも、その言葉だけでも充分だった。僕たちは繋がっている。

 君といる未来の為に、行くのだから。




《第10話:紅い瞳の中に》

 ホームセンターで貴明と合流し、ベニヤ板、釘、ガムテープといった封鎖用資材を買い集め、それを坂崎先輩が頼んだというトラックに乗せて運んでもらった後、僕たちは徒歩で笹倉さんの家へと向かう。
 電話から約一時間。夏の太陽が東から昇り、暑くなる時間帯である。
「やれやれ、昨日まで雨降ってたせいか、いつも以上に蒸すなぁ」
「そうだね…蒸し焼きになるのはご免だ」
「蒸し焼きにしていいのは目玉焼きだけだ」
 そりゃそうだ。
 僕と貴明はそんな他愛も無い会話をしつつ、暑い中をひた歩く。しかし暑い。
「しかしあっついなぁ、もう」
「そうだね…貴明、何か涼しくなる事言って」
「水霊使いエリア…のパンツを頭から被る」
「全然涼しくならねぇ。むしろ暑くなる」
 一瞬だけ想像してしまった自分自身が恨めしい。
 僕の言葉に貴明は「じゃあお前はどうなんだ」と言って来る。
 ふん、モチロン僕だって用意しているさ。見てろよ。
「エイを捕まえたいので糸につけた餌を『エイっ』と放り投げてみる」
「…………」
「タイに行ってみタイ」
「…………」
「その場所まで、ハングライダーで2時間半ぐらいだー」
「…………」
「10匹のアリにお菓子をあげたらお礼を言われて『ありがとう』と…あれ? 貴明?」
 横にいた筈の貴明は遥か後方で何故か硬直していた。
 まさかとは思うが僕の寒いギャグ集でフリーズするまで涼しくなったというんじゃないだろうね。
「…そのまさかだ…お前、どんだけ寒いギャグを使ってるんだ…」
 うーん、まぁそうは言われても僕自身は決してギャグそのものは嫌いじゃないんだけどな。
 そうは思いつつもようやく現地へと到着。
 僕と貴明以外は皆揃っていた。晋佑、坂崎先輩、笹倉さんに松井さん。先ほど購入した封鎖用資材は既に到着して山積みされていた。
「お前ら、遅いぞ」
 晋佑がそう口を開き、坂崎先輩も「遅い」と口を尖らせた後、手を招く。
「とりあえずまずは窓と侵入する場所以外の入り口を塞がないとね」
 坂崎先輩の先導で買って来た板やらガムテープで窓や扉を塞いで行く。
 笹倉家はなかなか大きな家で、窓を全部塞ぐだけでも一苦労だ。

 もっとも…全部塞いだ後はちゃんと侵入しなければならない。
「準備は?」
 最後の窓を張り終わった時、晋佑に問いかけると「ああ」という返事。どうやら突入準備完了、という事か。
 一つだけ塞がれてない扉は、地下へと続く階段の真ん前にある裏口。
 地下へと続く階段は静まり返っている筈だが、それでも禍々しい空気がひしひしと伝わって来る。
「……随分、深そうだね」
 声が返って来るが、その奥に何の気配も無い。あくまでも、現時点では。
 息を飲む。
「…行くか」
 僕は第一歩を踏み出そうとして、晋佑がそれを遮り、ポケットから何かを取り出す。
「いったんこれ投げ入れよう。ああ、直視するなよ。目がやられる」
「なにそれ?」
「フラッシュバン」
 晋佑はそう呟くと階段の下へと盛大に投げ込み、後ろを向いて耳を塞ぐ。
 僕らが耳を塞いで眼を瞑った直後、耳が痛いほどの音が鳴り響いた。
「……よし、行くか」
 手で耳を塞いだというのに随分と大きな音がした、と思う。
 まぁ、確かに音と光の両方で攻撃を受ければあの黒明太子達も結構な打撃を与えられそうだが。
「随分大きな音しますのね」
 笹倉さんが首を振りつつそう呟き、階段を降り始める。
 僕、貴明、坂崎先輩、松井さん、晋佑とその後に続く。階段を降りている途中で貴明が懐中電灯を付ける。

 階段を降りた先の地下室には先ほどのフラッシュバンをまともに喰らった黒明太子達が何体も目を回していた。
「やれやれ、投げといてよかったぜ」
 晋佑はそう呟いた後、ライトで部屋を見渡す。
 扉が2つある。どちらがどちらに通じているのかは解らないが…一塊になるのは危険かも知れない。
「二手に分かれる?」
 僕の言葉に、坂崎先輩が大きく頷く。
「そうだね。じゃあ、あたしと笹倉と…河野君はこっちの扉で。いいかな?」
「…了解」
 晋佑がそう頷くと同時に、担いでいたアタッシュケースの開いて中から何かを探り出した。
「浩之、これ持って行け。あれば役に立つだろうから」
 手に押し付けられたのは幾つかの握り拳ぐらいの円筒ともう一つ、黒光りするずっしりとした物体。
 円筒の方は先ほどのフラッシュバンだと解るが、この物体は…。
「使い方は解るよな? イザというときは遠慮なく使え」
「わからないって」
 日本の高校生が拳銃の使い方なんて知っている訳無いだろ。弾倉を差し込んで引き金引けば弾が出るのは映画だけだ。
「ファイブセブンの初期型モデルだ。安全装置は付いてないしダブルアクションだからとりあえず引き金引けば弾は出る。それと、通常の拳銃弾じゃなくてライフル弾に近い。貫通力と殺傷力はかなり高いんだ。あの黒明太子共にだって役立つだろうな。あ、装弾数は20発だから弾切れの心配はあまり無いかも知れんが向こうも数多いからな…とりあえず予備弾倉を2つぐらい付けとく。フラッシュバンは四個もあれば充分だろ」
 晋佑はため息をつくなりそれこそマシンガンの如く拳銃について解説すると「まぁ」と言葉を続ける。
「とりあえず黒明太子に向けて引き金引けば撃てると認識すればいい」
「わかった」
 とりあえずどこからこんなものを調達したのかは知らないが、お守り代わりだと思えばいいかも知れない。
 それにしても…拳銃というのは案外重いものである。
 男子である以上、一度ぐらいはエアガンとかにも触れるものだが、それとは比べ物にならないぐらいに重い。
「まぁ、無闇に撃たなきゃ大丈夫さ。それじゃあ、な」
「気をつけて下さいね」
 晋佑と松井さんに続き、貴明が慌てて気付いたような顔で。
「……とりあえず、お互いに無事でな」
「うん」
「お土産よろしくー」
「ねーよ」
 坂崎先輩の言葉に貴明がそう返す。なんとものんびりしたものである、まったく。
 三人がドアをくぐって行き、僕たちは反対側を向く。
 さて。
「…行きますか」
「うん」
「ええ」
 僕が先ほどの拳銃を構えつつ、ゆっくりとドアを開ける。
 懐中電灯の光はそこまで奥まで届かないが、どうやら横に二人並んでやっと通れるぐらいの狭い通路が延びているようだ。
「……随分と改造してくれましたわね、私の家を」
 笹倉さんがぽつりと呟く。やはり、彼らが地下を改造したのか。
 通路へ一歩足を踏み入れた時、笑い声が響いた。
「…!」
 もちろん、僕たち以外には誰もいない。ライトをゆっくりと天井へと向けてみる。

 いた。
 口元を歪めて笑う黒明太子達は天井から一斉に僕ら目掛けて落ちて来る。
 だが、生憎と今日の僕らは相手が悪かった。
「笹倉さん、坂崎先輩! 目閉じて!」
 そう叫びながら、ポケットに入れていたフラッシュバンを投げる。
 ここは狭い通路で逃げ場も無い。そして強烈な光を使えば恐らく奥までよく届く。
 黒明太子の目を潰すには充分過ぎるほどで、フラッシュバンの一撃で黒明太子達が一掃されたらしい。
「……案外、生温い?」
 僕がそう呟いた時、坂崎先輩は首を左右に振る。
「わかんないよ、河野君。まだ先は長いかも知れないしね…それに。懐中電灯無しじゃ、あたし達暗くて見えないしね」
「…はい。やっぱ、ライトもう一つ持って来るべきでした?」
 明かりが懐中電灯一つというのも難しい気がするし。
 でも、今更取りに戻る訳にも行かないだろう。晋佑達も動いているだろうし。道を先に進むべきだろうか。
 長い通路を抜けた後、小部屋へと辿り着く。そこには何もおらず、次のドアもくぐるがやはり次の小部屋も何もいない。
 向きを変え、ドアを開けてを繰り返すこと30分。一向に進んだような感じはせず、同じような風景ばかりが続く。
 …ちゃんと進んでいるのだろうか。
 イマイチ不安になっていると、坂崎先輩が声を出す。
「…少し、休もうか」
「え? でも、まだ戦ってすら」
「先がまだ長いかも知れないし。それに…ちょっと見直す事とかあるかも知れないしね」
 そう言った先輩の顔がいつもより少し疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
 僕が笹倉さんに視線を送ると、笹倉さんも坂崎先輩と同じく、休もうとばかりに手を下へと向ける。
 その場に腰掛ける。懐中電灯の小さな明かりに、僕たち三人の顔が映る。
「……河野君、昨日よりいい顔になってる」
「え…」
「うん。昨日の、あの時…君が癇癪を起こした時とは違うよ。あのさ」
 坂崎先輩は少し微笑むと、僕に顔を少し近づける。
「昨日の河野君見て、少しびっくりしたよ。あたしと出会った時、あたしに手を貸しますって言ってくれた河野君とは別人みたいで。でもね…考えてみたんだ。誰だって、強い訳じゃないから河野君にだってそういう一面があるのも……いや、その、美希ちゃんの事が凄く辛くて、ずっと忘れられずにいたっていうの、解るよ。きっとあたしが君の立場でもそうかも知れない」
「………そう、ですね。昨日ので完全に吹っ切れたかって聞かれるとそうじゃないかも知れないですけど、でも」
 でも、昨日。それ以上に、守りたいと願うものが出来たから。
「僕はもしかしたら、誰かと一緒じゃないと生きられないぐらい、弱い奴なのかもしれませんね」
「誰だってそうだよ。一人でも強くあれるならどれだけいいか。でも人間は、そんなに強く無い。脆くて弱々しい生き物なんだよ、例えどれだけ進化してもね」
 坂崎先輩はそう言って顔を伏せる。
「あたしは一人で事件の犯人を追っている間、本当は凄く怖かったんだよ。一人だったら、例え犯人を見つけても口封じされちゃったら、終わりだものね。……あたしと一緒に、戦ってくれる仲間がいる。それだけでも、充分に心強いんだ。誰かが側にいてくれるという事は、当たり前のように見えるけど、本当は凄く大切な事」
「先輩…」
 明るくて陽気な先輩が、その笑顔の裏で考えていた本当の事。
 当たり前の様に見える事でも、それが実は大切なコトだなんて。皆、目の前にありすぎて気付かない。
「…河野君。これ」
 坂崎先輩が取り出したのは、スリーブに包まれた上半分だけのカード。
 あの日、僕に見せてくれた、世界で四枚しか無かった、今は四枚目が半分だけになってしまった。
 青眼の白龍のカード。
「君が持っていて」
「え…?」
「皆がいるから大丈夫って信じられる様になったの。君のお陰だから」
「……僕も。マリーがあの時Changeしようって言ってくれなきゃ、ここにいませんよ」
「そう…じゃあ、皆が皆、助け合っているんだね。一緒にいるから、強くなれる」
 坂崎先輩は笑う。
 今迄の日々分の優しさと、これから立ち向かう敵への勇気を込めて。








 河野浩之、坂崎加奈、笹倉紗論の三人と分かれて歩き続ける事数分。
 下へと伸びる緩やかな下り坂に辿り着いた三人は、時折方向転換して曲がる事を繰り返しつつも、下へ、下へと降りて行く。
「…随分と深くまで来たんじゃねぇか?」
 貴明の呟きに、晋佑と律乃は顔を見合わせる。
 確かに、だいぶ下り続けているが、一向に先が見えない。
「ここまで降りて部屋一つないというのも、妙だがな…ああ、貴明。前を照らしてくれるか?」
「おう」
 貴明が懐中電灯を前へと向けた時、突如、開けた場所が現れ、その中心に何かが落ちていた。
「ん…? 布?」
 そう、布に包まれた何かが落ちている。
 晋佑が拳銃を構えつつ近寄った時、その布の塊が僅かに動いた。
「「「!」」」
 三人は同時に一瞬だけ飛び退いた後、顔を見合わせる。
 そして次の瞬間、晋佑は拳銃を構える。
「……誰だ! その布から出て来い! ゆっくりだ…ゆっくりだぞ…」
 晋佑がそう叫んだ時、布の塊がゆっくりとはだけられ、中にいた存在が姿を現した。
 懐中電灯の明かりに浮かび上がったのは、ゴシック・アンド・ロリータ風の漆黒のドレスを着た少女で、そのままゆっくりと立ち上がる。
 晋佑が拳銃を下ろそうとした時、三人は気付いた。
 何故なら、その少女はドレスから見える手首にも、顔にも、無数の穴が空いており、また、顔色も青白く、まるで腐る前の死体のような姿をしていたからだ。
 そして何よりも、彼女が生者ではないその証拠に。
 左の胸に風穴があけられていた。
「……うわああああああっ!!!!!!」
 そう叫んだのは貴明で、悲鳴をあげながら部屋の右へと逃げて行く。
 その叫びにつられ、怯えた声を出した律乃は左へと向かう。だが、右に行った貴明も、左へ行った律乃も、晋佑が拳銃の引き金を引いた瞬間にはその気配が部屋から消えた。
「!?」
 簡単な話である。部屋の両端には落とし穴があり、二人はそこから下へと落ちたのだ。
 そして晋佑自身は、生きる屍と化した少女と対峙している。
 一発の弾丸が彼女の額へと吸い込まれたが、彼女は少しのけぞった後…何事も無いかのように笑う。
 そう、笑っていた。
「……ファイブセブンの5.7mm弾を脳天に喰らっても笑うとは、大した奴だな」
「そんなモノ、無駄だもの」
 晋佑の呟きに、少女は笑いながらそう返した。
「そうかい。なら、どうすれば殺せ…いや、壊せる?」
「ワタシはもう…この身体の持ち主は死んでいるもの。斬ろうが焼こうがさぁどうぞ? でも、その前に…」
 少女は腰からゆっくりとデュエルディスクを取り出す。ドレスに合わせた漆黒のデュエルディスク。
 やはりそうでなくちゃ、と晋佑は思う。
 予定していた集団行動とは違い、分断されたとはいえ、相手を見つけ次第殲滅しなければいけないのには変わりは無い。
 さぁて、ハデに暴れるとしますか。
「かかっこいよ。名前はなんて言うんだお嬢さん? 生前はさぞかし奇麗だったんだろうな。来世で会ったらデートしようぜ」
「そうね、その時はレストランの予約と指輪を用意しておいてね。…都。赤代都。それがワタシだった頃の名前」
「高取晋佑。童実野高校二年、オカルト研究会会長。将来の夢は、ネッシー発見、エリア51侵入、ナスカの地上絵への落書き、ピラミッドパワー理論の論文発表、そのうちのどれかだ。はじめようか、お嬢さん」
 そして二人は対峙する。片方は今はもう半分死体となり、地底世界の住人達に動かされている少女。
 そしてもう片方は、英雄になりたいがために動く彼。
 その行き先はどうなるものか。
「「デュエル!」」

 高取晋佑:LP4000   赤代都:LP4000

「ワタシの先攻ドロー!」
 先攻は赤代。どのような戦術で攻めて来るか解らないが、デュエルを行う前に相手と話すだけで、相手のデッキの傾向などを見る事も不可能ではないという。
 まずは攻撃的な性格。平たく言えば前進一辺倒。高確率でビートダウン。高攻撃力を並べて押して押して押しまくる。
 続けて、側にいる誰かを守りたいという献身的な性格の人。そこで防御に守りを置いたロックデッキや特殊勝利、パーミッションなどが高確率。女性に多い。
 相手をいたぶるの最高です。ロックバーンやフルバーン。相手のライフをとにかく削る。男女問わず、自分の頭脳を鼻にかける奴とかナルシストに多い戦術。
 そこが穴だという事を解っていない、実に美しく無い戦術だが…あくまでも上記の例は確率だ。必ずしもそうだとは限らない。
「儀式魔法カード、奈落との契約」

 奈落との契約 儀式魔法
 闇属性の儀式モンスターの降臨に使用することが出来る。
 フィールドか手札から儀式召喚する闇属性モンスターと同じレベルになるように、
 生贄を捧げなければならない。

「手札のダークネス・デストロイヤーを生贄に捧げる事で、ワタシはこのモンスターを召喚する…人が重ねるのは罪。罪を重ね、血を流し、その先にある闇で待つのは悪意…目覚めよ、真なる罪の化身よ! チャクラ召喚!」

 ダークネス・デストロイヤー 闇属性/☆7/悪魔族/攻撃力2300/守備力1800
 このカードは特殊召喚できない。
 相手守備モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その分だけダメージを与える。
 このカードは1ターンのバトルフェイズで2回攻撃をする事が出来る。

 チャクラ 闇属性/☆7/悪魔族/攻撃力2450/守備力2000/儀式モンスター
 「チャクラの復活」より降臨。
 フィールドか手札から☆の数が合計7以上になるよう、生贄を捧げなければならない。

 先攻1ターン目から儀式モンスターとはいえ、最上級モンスターを出して来るとはなかなかやる、と晋佑は思う。
 だが、恐らくその程度で終わる筈は無いだろう。
「手札より、強欲な壷を発動し、カードを二枚ドロー! そしてカードを1枚セットしてターンエンド」

 強欲な壷 通常魔法
 デッキからカードを二枚ドローする。

「俺のターンだな…なるほど、悪魔族か」
 闇属性、悪魔族とくれば色々考えられるが、儀式ギミックを搭載している以上、終焉の王デミスなどが飛び出して来る。
 ならばその前に殲滅してしまえば問題無い。
「WF-猛毒のホーネットを守備表示で召喚!」

 WF-猛毒のホーネット 風属性/☆4/鳥獣族/攻撃力1600/守備力1900
 このカードが戦闘で破壊された時、相手ライフポイントに800のダメージを与える。
 更に自分のデッキから「WF-猛毒のホーネット」を一体、フィールド上に特殊召喚できる。

 フィールドに毒針を抱えた翼が降り立ち、チャクラの前で膝を折る。
 しかしそれだけで終わりではない、これからまだまだ続く。
「魔法カード、二重召喚を発動。この効果で俺はもう一度通常召喚を行なえる」

 二重召喚 通常魔法
 このカードを発動したターン、もう一度通常召喚を行なえる。

「そして俺はホーネットを生贄に捧げ…WF-業火のタイフーンを召喚!」

 WF-業火のタイフーン 風属性/☆6/鳥獣族/攻撃力2800/守備力1100
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度続けて攻撃する事が出来る。
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃を行なう事は出来ない。

 数多の武装をぶら下げ、地獄の業火の如く敵を殲滅する。
 タイフーンの名の通りそれはまさに台風。強烈な一撃を何度となく浴びせる、天位の騎兵。
「タイフーンの攻撃! チャクラを破壊させてもらう」
「くっ…」
 タイフーンの強烈な攻撃が巨大な目玉を持つチャクラの眼球を貫き、そのまま大地へとふさせた。

 赤代都:LP4000→3650

「くく…ハーははははははははははっ!」
「何がおかしい?」
 赤代都が突如として笑い声をあげ、晋佑が問いかける。
「…チャクラが戦闘破壊された……この瞬間、チャクラは真なる姿を現す!」
「なに?」
「この瞬間…手札から亡者の幻想―チャクラを特殊召喚!」

 亡者の幻想―チャクラ 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力2950/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「チャクラ」が戦闘破壊された時、手札またはデッキから特殊召喚する。
 このカードの召喚に成功した時、自分の手札が七枚になるようにドローする。
 自分ターンのスタンバイフェイズになる度、自分の手札が七枚になるように調整する。
 相手ターンのエンドフェイズ毎に、このカードのプレイヤーはライフポイントを2000支払う。支払わなければこのカードを破壊する。
 このカードは自分ターンのメインフェイズに、規定の枚数のカードを墓地に送る事で以下の効果を得る。
 ●1枚:デッキから攻撃力1500以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。
 ●2枚:相手フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。
 ●3枚:自分の墓地に存在する儀式モンスターカードを全ての召喚条件を無視して特殊召喚する。
 ●4枚:このターン、自分フィールド上に存在する全ての悪魔族モンスターは攻撃力が1000上昇する。
 ●5枚:お互いにデッキの上から五枚のカードをゲームから除外する。
 ●6枚:相手の墓地に存在するモンスター1体を選択し、ゲームから除外する。そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
 ●7枚:次の相手ターンをスキップする。

「この効果で、手札が七枚になるようにドローするわ」
「……なん…じゃそりゃああああああああああ!!!!!」
 有り得ない。突っ込まずにはいられない。その理由は簡単だ。
 ここまで無茶苦茶に効果を搭載したカードがそうそうあるかっての。
 幸いにしてまだ晋佑のターン、効果を使う事こそ出来ないがそれでも脅威である事に変わりは無い。
「……落ち着け、冷静になれ」
「初めて取り乱したのね? そういう姿、ワタシは嫌いじゃないよ?」
 うるさい、黙ってろ、と言いかけるが、まずはこいつの攻略法をどうにかして考えなければいけない。
 どうする?
 バトルフェイズを続ける事は難しい、だがメインフェイズ2に移行したとしても…。





「ジーザス。まさにジーザス」
 宍戸貴明が呟く。貴明はホラーというものは決して好きではない。
 まぁ、リビングデッドを得意という人間も…少ない気はするが真っ先に悲鳴をあげて逃げ出したのはそう言う理由があるからだ。
 だが…。
「部屋の隅に落とし穴があるなんて聞いてねぇ」
 そう呟きつつ、立ち上がる。先ほどよりは広い部屋のようである。そして、何か動く気配もする。
「むぅ、何かいるな」
 もしかして黒明太子が集団で大挙して押し寄せてくるとかそういう事はないだろうな。
 あったらあったで最悪な気もするのだが…と思いつつ足下に落ちていた懐中電灯を拾う。
 一旦明かりを消して、やるべき事と言えばただ一つ!
「バーっ!」
 懐中電灯の明かりで顔だけを下から照らして変顔。
 まさに完璧。
「ギャーっ!」
 直後、ほんの2m先で少女の悲鳴があがった。そう、悲鳴である。人?
「誰だ?」
 懐中電灯の明かりを照らす。照らす。照らす。
 いた。

 とうげんきょう が あらわれた !

 まずは詳しく解説しよう。
 女の子というものは不思議な生き物で、ゴージャス系、小悪魔系、キュート系、クール系、ツンツンしているお嬢様系、おっとりお嬢様系…エトセトラ、エトセトラ。
 いちいち数え始めたらキリが無いぐらい多岐に渡っているが、何故か一つの属性を持つともう一つの属性を隠してしまうのである。
 女の子ってシャイだぜ。けど、この女の子は違う。
 長いブロンドの髪とその奥に見えるクリムゾンの瞳は少し怯えている様にも見える。けど、その衣装は赤と白のチェック模様のキャミソール、黒のミニスカート、そして上着代わりとばかりに薄いピンク色のベスト。
 うーん、服装は活動的に見えてクール系っぽくなくて実にキュートだぜ。
 そして何より一番のアイテムは、首にかけた大型のヘッドホン!
 こいつぁ、クールなのかキュートなのか解らないがとりあえず桃源郷である事に変わりは無い。

 とりあえず落ち着こうな、オレ。
 貴明は息を吐くと一歩ずつ少女へ近寄る。が、その直後、少女の強烈なキックが貴明に炸裂した。
「ぐはぁっ!?」
「び、びっくりさせんな心臓に悪いって! ほ、本当にびっくりして尻餅ついちゃったじゃんか! あーもうマジびっくりした。大体、アンタらの事を待ってたのにそっちの方から不意打ちするなんて卑怯じゃない」
「おーいてて……なに、俺の事待ってた?」
 貴明の問いに、彼女は答える。
「ああ、そうだとも! ……本当にあの時死んだと思ったのにさ、不本意ながらタナトスの命令でジャマする奴をデュエルで倒して来いってね。酷い話だよねぇ、本当に。あの時死ななかったら今頃…」
「しゃがむな。パンツ見えるぞ。ま、さっき見たけどな。お前のオレン」
 2発目のハイキックが飛んで来た。
「なんつー所に注目してるんだアンタ!」
「いいだろ、別に減るもんじゃないしよ。オレンジ色のパンツなんて可愛いじゃねぇか。口調とは正反対で服装だけ可愛いんだからなぁ、もう。ほらほら泣かない泣かない」
「だー! アンタ何しに来たんだぁぁぁぁぁ!!!」
「タナトスを倒しに来たのさ」
「ならばアタシを倒していきなさい!」
「出来れば戦いたく無いんだよなぁ」
 貴明は呟く。
「どうしてさ?」
「……じゃあ聞くけどよ、既に死んでいるなら、お前さん、タナトスに無理矢理動かされてるって事だろ?」
「まぁ、そうなるね。でもね」
 少女は首を大きく左右に振ると、そっと胸元を空けながら言葉を続ける。
「ご覧の通り。身体は朽ち果てつつある。でも、突然現れた連中に突然殺されて、その死について納得できる? マトモな神経持ってたら出来ないよ」
 まぁ、確かにそれは言えている。
 地縛霊が何故その場に留まるかという理由の一つに自分の死を理解出来ていないというものがある。
 突如と攻撃を仕掛けて来たタナトス軍団に殺されてその死に納得できるかと聞かれると、恐らく貴明がその立場でも無理だ。
「……やり残した事。未練。色々ある。その為の時間をやるから言う事を聞けってね…本当に反吐が出る。あいつらの勝手でアタシを殺したってのにさ、何でそんな奴らの言う事を聞かなきゃいけないのって感じ。でもさ…やりたい事とか、まだ色々残ってた。そんなの天秤をかけるまでも無い事だけど、死んじゃったら、何もかも終わり。だからね」
「……それがお前さんの答えなら、間違ってないと思うぜ」
「…そうね、ありがと」
 少女はそう言って笑うと、貴明に視線を送る。
「でも…あんたを倒さなきゃいけない。倒さなきゃあたしの身体が朽ち果てる」
「だろうな…けど。俺が負けたら殺されるんだろ?」
 少なくともそれはごめんこうむりたい。少女もまた、それは解っているのだろう。
 お互いに視線を向けて、笑った。
「……でもやらなきゃいけねぇだろ。俺がここを通るのにはお前を倒さなくちゃいけない」
「その通り。そしてアタシがリビングデッドである為に、アンタを殺さなくちゃいけない」
 お互いに賭けているものがある。
 この街、否、全世界分の未来と。たった一人の夢を叶える時間。
「名前、なんて言うんだ? ついでにそのやりたい夢ってのを教えてほしい」
「真壁美奈子。mi-naの名前で、バンドやってた。インディーズだけど、CDも出してたよ。目指すはメジャーデビュー…だったけどね」
「ひゅー。そりゃあ、是非とも聞いてみたいものだぜ、お前の歌。俺は宍戸貴明。夢は…サイバー流の強さを、世界に示してやる事さ! 決闘王に…俺は、なる!」
 そして二人はお互いに笑う。決戦前の、いや、ダンスをする前に相手を挨拶するが如く。
「じゃあ、美奈子。よろしく頼む」
「mi-naって呼んでくれると嬉しいね」
「じゃあmi-na。俺の事はタカと呼んでくれ」
「Taka!」
「欧米か! あと、それは違ぇ」

「「デュエル!」」

 宍戸貴明:LP4000   mi-na:LP4000
「さぁて。サイバー流の実力、教えてやるよ! 俺のターン!」
 まずは貴明のターン。最初の手札の五枚に加えて、カードをドローする。
「サイバー・ジャックフロストを召喚!」

 サイバー・ジャックフロスト 光属性/☆4/機械族/攻撃力1400/守備力1300
 このカードの召喚に成功した時、相手の手札を1枚選択して墓地に送る。
 このカードが戦闘の攻撃対象に選択された時、このカードの攻撃力は400ポイントアップする。

「このカードの召喚に成功した時、相手の手札を1枚選択して墓地に送る…悪いが、そのカードを墓地に送ってもらうぜ!」
「先攻1ターン目からハンデス使うなんて趣味悪」
「だまらっしゃい! これも戦術だぜ! そして、手札の通常魔法、戦慄のジャックナイフを発動!」

 戦慄のジャックナイフ 通常魔法
 フィールド上に「サイバー・ジャックフロスト」「サイバー・ジャックランタン」のどちらかが存在する時に発動可能。
 フィールド上に存在する「サイバー・ジャックフロスト」か「サイバー・ジャックランタン」を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える。
 その後、「サイバー・ジャックフロスト」「サイバー・ジャックランタン」のどちらか破壊してない方をデッキから特殊召喚する。
 このカードを発動したターン、バトルフェイズを行なう事は出来ない。

「フィールドのサイバー・ジャックフロストを破壊し、お前さんに1400ダメージを受けてもらう! そして、サイバー・ジャックランタンをデッキから特殊召喚する」
「い、いきなり1400ダメージ…あっちゃー」

 mi-na:LP4000→2600

 サイバー・ジャックランタン 光属性/☆4/機械族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードの召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊する事が出来る。
 フィールド上に「サイバー」と名のつくモンスターが攻撃対象に選択された時、攻撃対象をこのカードに変更する事が出来る。

「ターンエンドだ」
「アタシのターン。ドロー!」
 そして彼女は手札を確認した後、小さく呟く。
「音楽のメロディはハート。リズムはビート。歌はソウル。同じように、ハートとビートとソウルで構成されてるのってなーんだ?」
「ハートとビートとソウルで出来ているもの? 生憎と頭悪い俺には解らないぜ」
 貴明が笑いながら答えた時、mi-naは呟く。
「デッキも、一緒さ。心と鼓動と、魂で構成されてる。手札から召喚師のスキルを発動!」

 召喚師のスキル 通常魔法
 自分のデッキからレベル5以上の通常モンスターカード1枚を選択して手札に加える。

 召喚師のスキル、という事は最上級レベルの通常モンスターを使うという事だろうか。
 そしてこれが来たという事は、サーチするモンスターを即座に利用する方法もあるという事。
「この効果で、アタシはデッキから真紅眼の黒竜を選択して手札に増やすよ!」

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

 突如、強烈なドラムロールが鳴り響いた事から、音楽が始まる。
 メロディはハート、リズムはビート、そして歌はソウル。
 デッキと共に込められたのは、mi-naの全部。真紅眼の黒竜が姿を現した時から、そいつは姿を現していた。
 強烈な8ビートから16ビートへと変化したドラムに続き、かき鳴らされるギター。
 ベースとキーボードが色をつけ、そして始まる、激しくも切ないメロディに込められた、クリアな歌声。
「そして、手札から古のルールを発動。真紅眼の黒竜を召喚!」

 古のルール 通常魔法
 手札に存在するレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「そして、黒竜の攻撃! ジャックランタンには消えてもらうよ! ダーク・メガ・フレア!」
「うぉっ!?」
 サイバー・ジャックランタンに強烈な炎が突き刺さり、姿を消した。

 宍戸貴明:LP4000→3200

 まだライフは貴明が上回っているとはいえ、予断は許さない状況だ。
「カードを二枚セットして、ターンエンド!」
「俺のターンだな。ドロー」
 さて、貴明のターン。
「なるほど…黒竜の打撃は随分と痛いぜ」
「えへへ、褒めてくれると嬉しいね」
 まぁ、確かに褒めてるといえば褒めている。
「けど、生憎と手札が良く無いな。サイバー・ヴァリーを守備表示で召喚して、ターンエンドだ」

 サイバー・ヴァリー 光属性/☆1/機械族/攻撃力0/守備力0
 次の効果から一つを選択して発動する事ができる。
 ●このカードが相手の攻撃対象に選択された時、このカードをゲームから除外する事で自分はデッキからカードを一枚ドローし、バトルフェイズを終了する。
 ●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外する。
  自分のデッキからカードを二枚ドローする。
 ●このカードと自分の手札一枚をゲームから除外する。
  自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。

 フィールドに機械の小さな竜が出現して身体を丸めた。
 サイバー流は機竜を操るデッキだが、多くのサイバー流モンスターを駆使して身を守りつつ相手を攻撃するデッキなのだ。
 かのプロデュエリスト丸藤亮は攻撃一辺倒というイメージがあるが、彼は防御にも優れている。
「デュエルで重要なのは攻撃! 例え100の攻撃を守り抜こうと、それだけじゃ勝てない。100の攻撃を受けたなら200の攻撃を返してやれ! サイバー流四十八手の二十二だぜ」
「随分と、サイバー流の事、誇りに思ってるんだね。今は200の攻撃の為に守る?」
「ああ、そうさ。何も無いこの街で、俺にデュエルって道を教えてくれたのがサイバー流だからよ」
 何も無いまま、何かをする訳でも無い宍戸貴明を。
 今、この場に立てるようにしたのはサイバー流なのだから。もしここで折れようものなら、丸藤亮やマスター鮫島に笑われる。
「負ける訳には行かねぇさ。さぁ、お前のターンだぜ」
「ふっ…アタシのターン! 真紅の瞳の黒き竜……誇り高い竜は、無限の可能性を示す標。アタシが初めて出会ってから、幾つもの道を示してくれた」
 mi-naは小さく微笑んだ後、手札から1枚のカードを切る。
「魔法カード、黒炎弾!」

 黒炎弾 通常魔法
 自分フィールド上に表側表示で存在する「真紅眼の黒竜」1体を選択して発動する。
 選択した「真紅眼の黒竜」の元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードを発動するターン「真紅眼の黒竜」は攻撃する事ができない。

「黒炎弾!」
「黒炎弾はフィールドに黒竜がいる時に、攻撃宣言と引き換えに2400ダメージを与える!」
「うげぇ!」
 随分と嫌なカードを使ってきやがる。幾らフィールドでの防御を固めようと、バーンカードを使われたら意味が無い!
 そして2400というのはライフの半分以上と言う大火力!
「ぐおっ……!」

 宍戸貴明:LP3200→800

 ライフが残り800にまで減った。残り、五分の一。
 その差、1800ポイント。
「……このカードを使った時、真紅眼の黒竜は攻撃できない。黒竜はね」
「mi-na、どうやらまだまだ何か伏せてるみたいだな」
「当然。アタシは手札から、真紅眼の英霊を召喚!」

 真紅眼の英霊 闇属性/☆2/ドラゴン族/攻撃力600/守備力500/チューナー

 通常モンスターでこそあるものの、かつて黒き竜だった、今は朽ち果て霊のみとなった姿がフィールドへと舞い降りた。
 その姿は長い年月と共に、その竜が駆け抜けた様々な世界を彷彿させる。
「英霊と黒竜が揃う時…それは新たな可能性を生む。無限に広がる可能性よ、私と共に生きた証をこの世界に残して、勝利へと繋ぐ標となれ…この竜を見たからには、必ず、勝って! 真紅眼の黒嵐竜をシンクロ召喚!

 真紅眼の黒嵐竜 闇属性/☆9/ドラゴン族/攻撃力3400/守備力2400/シンクロモンスター
 闇属性チューナー+「真紅眼の黒竜」
 このカードはカードの効果では破壊されない。
 1ターンに一度、自分のデッキに存在する「真紅眼の黒竜」を除外する事で、
 フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力を、2400ポイント上昇させる事が出来る。
 このカードは相手フィールド上に存在する全てのモンスターに攻撃を行なう事が出来る。

 真紅眼の黒嵐竜(レッドアイズ・ブラックストームドラゴン)。
 その名の通り、漆黒の鋭いフォルムは更に攻撃的に、だが美しく鋭くなり、大きく羽ばたく翼だけで嵐のような風が巻き起こるだろう。
 だが、それだけではない筈だ。
 その真紅の瞳が捉えるのは、それが描く無限の可能性。ここから進むべき、全ての旅路が、その真紅の瞳で捉えている。
「これが、アタシの全て」
 mi-naが呟くと同時に、かき鳴らされるギターのリズムが更に激しさを増した。
 そのハート、そのビート、そのソウル、全てがこのカード1枚にねじ込まれた。彼女が辿り着いた、精一杯の答えがそこにある。
「ブラックストームの攻撃! サイバー・ヴァリーを攻撃するよ!」
「そしてサイバー・ヴァリーの効果発動! 攻撃対象に選択された時、このカードを除外する事でバトルフェイズを終了! そして俺はカードを1枚ドローするぜ!」
 解り切っていたかの様に、サイバー・ヴァリーが姿を消す。
 お互いに、予想通りの反応。
「……へへ、カードを1枚伏せて、ターンエンド。さぁ、見せてよタカ。アンタの全部、アンタの全身全霊を。このアタシの全てのハートに応えるものを見せてよ!」
「OK。お前のロックしてるそのHeart、俺にびんびん伝わって来るじゃねぇか! もう、テンション、つーか、ボルテージMaaaaaaaaaaaaaaaaaaaXって感じだぜ! 行くぜ、俺のターン!」
 見せてやるよ、サイバー流の全てを!
「お前の可能性に答えるのなら、サイバー流の全てって奴で答えるっきゃねぇさ! まずは速攻魔法、奇跡のダイス・ドローを発動!」

 奇跡のダイス・ドロー 速攻魔法
 サイコロを振り、出た目の数だけドローする。
 そのターンのエンドフェイズ時、出た目の数以下になるよう、手札を墓地に捨てなければならない。

 サイコロを振り、出た目の数をドローする。出た目は…4!
 カードを四枚ドローする。モチロン、お目当てのカードは揃っている!
 いいや、それはまるで必然事項のように揃っていた。後はそれを使うだけだ!
「サイバー流四十八手の四十! サイバー流奥義! サイバー・ドラゴン三体を、パワー・ボンドで手札融合!」

 サイバー・ドラゴン 光属性/☆5/機械族/攻撃力2100/守備力1600
 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札からこのカードを特殊召喚する事が出来る。

 パワー・ボンド 通常魔法
 手札またはフィールドから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードによって特殊召喚されたモンスターは元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
 発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「力の限り…その姿を求め続けていた。革命を巻き起こすのは、何時だって超新星から始まるのさ! 終焉を告げる機竜よ、今こそその姿を現せ! サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚!」

 サイバー・エンド・ドラゴン 光属性/☆10/機械族/攻撃力4000/守備力2800/融合モンスター
 「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
 このカードの融合召喚は上記のカードでしか行なえない。
 このカードは相手守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が相手の守備力を越えていれば、
 その分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 サイバー・エンド・ドラゴン 攻撃力4000→8000

 攻撃力8000にもなった終焉を告げる機竜が三つの頭を黒嵐竜に向ける。
 だが、黒嵐竜も負けてはいない。何せ、リバースカードが一つと、彼の効果が残っているのだ。
「さぁ、行くぜ!」
「おおっと、その前に真紅眼の黒嵐竜の効果発動! 1ターンに一度、デッキに存在する真紅眼の黒竜をゲームから除外する事で攻撃力を2400上昇させる! もちろん、選択するカードは黒嵐竜!」
「だが、攻撃力が2400上がった所でこっちには勝てないぜ!」

 真紅眼の黒嵐竜 攻撃力3400→5800

「勿論。だからこそ、更にこのリバースカードを使うよ! 速攻魔法、バーニング・ブラッディロアーを発動!」

 バーニング・ブラッディロアー 速攻魔法
 このカード発動時に、自分フィールド上に存在する全ての「真紅眼(レッドアイズ)」と名のつくモンスターの攻撃力を2倍にする。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターは破壊される。

 バーニング・ブラッディロアーの効果により、真紅眼の黒嵐竜の攻撃力は更に倍加される。
 即ち、一万の大台に達した、攻撃力11600という数値に!
 サイバー・エンドが如何に攻撃力8000だろうと勝てる筈が無い!
「迎撃して、ブラックストーム!」
「やば…なーんてな。速攻魔法、リミッター解除発動!」

 リミッター解除 速攻魔法
 このカード発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 攻撃力10000超え?
 それを迎撃するにはどうすればいいか。こっちも10000越えればいいや。

 サイバー・エンド・ドラゴン 攻撃力8000→16000

 攻撃力16000に達したサイバー・エンド・ドラゴンは真紅眼の黒嵐竜をロックオンするなり、三つの口を開いた。
 そして…。
「エターナル・エボリューション・バースト!」

 強烈な一撃が襲い来る。
 サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃が黒嵐竜を粉砕し、そしてmi-naのライフポイントを削り切った。
 短いながらも、壮絶な激戦は貴明の勝利に、終わる。
「……俺の勝ちだ」
「……うん。本当に、そうだね」
 mi-naが膝を折り、小さく咳き込む。カードが散らばる中、胸だけだった腐食が腕にまで及ぼうとしていた。
 既に死んでいる身。死体へと戻りつつある彼女。
「本当は…生きてる間に君と出会いたかったな」
「俺もだ。あんたみたいな奇麗な女の子、そうそうお目にかかれないぜ。必ず、俺は生きて戻る。それでアンタのCD、ショップで買い占めてやる」
「あはは、ありがと」
 mi-naは笑う。例え敗れたとしても、彼女が生きた証を、こうして認識しようとしている人がいる。
 だから嬉しい。死は、永遠の沈黙。これから沈み行く冷たい世界で、少しでも照らしてくれる光があるなら。
 だからそれが、とても嬉しいんだ。
「……もし、さ。次の世界が会ったら、その時はCDにサインしてあげる。恋人に、なってくれてもいいから」
「俺はそこまでいい男じゃないぜ? 貧乏でいつだってバイトばっかしてる。けど、アンタの歌を、日々の励みにしたいと思ってるからよ。俺に、エールをくれ。全身全霊の」
 朽ち果てつつある身体。
 暗い地下で、太陽の光も差し込まない場所で、mi-naは貴明に視線を向けると、最後の力を振り絞って指を向けた。
「i」

「Love…Heart…beat…soul…」
「…yeah―uh―――――!」
 合い言葉、とばかりに貴明は、その拳を指にぶつけた。
 小さなロックの少女が教えてくれたのは、残す証。

 貴明は、彼女のデュエルディスクを拾うと、先へと進む事にした。
「ありがとよ。約束、必ず守るぜ。…だから、いつだって、見守ってくれよな?」






 高取晋佑:LP4000   赤代都:LP3650

 WF-業火のタイフーン 風属性/☆6/鳥獣族/攻撃力2800/守備力1100
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度続けて攻撃する事が出来る。
 このカードは相手プレイヤーに直接攻撃を行なう事は出来ない。

 亡者の幻想―チャクラ 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力2950/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「チャクラ」が戦闘破壊された時、手札またはデッキから特殊召喚する。
 このカードの召喚に成功した時、自分の手札が七枚になるようにドローする。
 自分ターンのスタンバイフェイズになる度、自分の手札が七枚になるように調整する。
 相手ターンのエンドフェイズ毎に、このカードのプレイヤーはライフポイントを2000支払う。支払わなければこのカードを破壊する。
 このカードは自分ターンのメインフェイズに、規定の枚数のカードを墓地に送る事で以下の効果を得る。
 ●1枚:デッキから攻撃力1500以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。
 ●2枚:相手フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。
 ●3枚:自分の墓地に存在する儀式モンスターカードを全ての召喚条件を無視して特殊召喚する。
 ●4枚:このターン、自分フィールド上に存在する全ての悪魔族モンスターは攻撃力が1000上昇する。
 ●5枚:お互いにデッキの上から五枚のカードをゲームから除外する。
 ●6枚:相手の墓地に存在するモンスター1体を選択し、ゲームから除外する。そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
 ●7枚:次の相手ターンをスキップする。

 超ヘビー級モンスターと化したチャクラである。
 チャクラと言えば儀式モンスターの中で効果を持たない、ただのレベル7攻撃力2450、という認識だったというのに。
 くそ、落ち着け。
「……カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 赤代都:LP3650→1650

 今は守りを固めるしかない。
「ワタシのターン……この瞬間、ワタシの手札は七枚になるように調整される」
 デッキからカードが何枚か浮き上がり、都の手に収まる。
 デッキが七枚になるように調整された後、次に出て来るものは何か?

「……ククク…では、亡者の幻想―チャクラの効果発動。手札を二枚墓地に送る事で、相手フィールド上に存在するカードを1枚破壊する……即ち、業火のタイフーンを破壊する!」
「チッ!」
 如何に高い攻撃力を誇っていようと、破壊耐性が無ければただの的。
「さぁて……これでアナタを守る壁モンスターはいない…チャクラの攻撃! プレイヤーにダイレクト…」
「この瞬間、手札のWF-激昂のフィッシュベッドの効果、発動!」

 WF-激昂のフィッシュベッド 風属性/☆1/鳥獣族/攻撃力200/守備力200
 バトルフェイズ時、手札のこのカードを墓地に送る事でこのターンの戦闘ダメージを0にする。
 また、フィールド上に存在する「WF」と名のつくモンスターが攻撃対象に選択された時、このカードを生贄に捧げる事でバトルフェイズを終了する。

 フィッシュベッドは手札のこのカードを墓地に送る事で戦闘ダメージを0にする。
 よって、亡者の幻想―チャクラの攻撃は盛大な空振りに終わった。
「糞っ……嫌なカードを置いている」
 赤代はそう呟いて、ターンエンドを宣言する。
 さて、晋佑のターンである。ターンであるが…。

「問題はこの後、どうするかだよな」
 ヘタに守りを固めた所で、次のターンで手札を七枚送られる効果を使われたらターンをスキップされてしまう。
 そうなれば敗北は確実。
「くそっ…どうする…」
 高取晋佑は悩む。そう、悩み続ける。
 大いなる罠へと落ちた自分自身を悔やみながらも、だ。







 懐中電灯の頼りない明かりの下で、僕と坂崎先輩と笹倉さんは色々な話をした。
 昔の事。僕が幼い頃や、マリーの事、笹倉さんと坂崎先輩と名勝負の数々、貴明の事、碓真の事、里見の事。
 色々、話した。
 人が生きる中で、繋がって行く中で、色々な出来事がある。他の人のそれを聞くのは、面白い。それだけじゃない。
 その人が生きて来た、軌跡が、証があるから、凄いと思える。

 しばらく話し続けた後、ふと気がつけば時間が経っていた。
 そろそろ動かないとマズいだろう。僕が立ち上がると、坂崎先輩と笹倉さんも立ち上がる。
 狭い通路を抜けた先の小部屋は、二手に分かれている。
 右と左。
 どちらを選ぶか、と判断しようとした時、坂崎先輩と笹倉さんがそれぞれ左右に分かれていた。
「……また、分かれるんですか?」
「ま、それなりに時間を使ったみたいだしね。それに」
 坂崎先輩はそう言うと、笹倉さんに視線を向ける。
「笹倉とは、競争しあってるからお互いに頑張れるっていうかね」
「孫悟空とベジータのような関係ですわね。『勘違いするなよカカロット、お前を倒すのはオレだ』と」
「…どっちが悟空でどっちがベジータなんでしょうねぇ」
 少なくともどっちもどっちとは言い難い気が…もしくはどっちもベジータになりうるというか…。
 その時だった。

 ぐらり、と世界が歪む。否、地面が、隆起する。
「わ、わわ!」
「キャッ…!」
 僕たち全員が尻餅をつくと同時に、右と左に分かれた扉の前に、床から壁が隆起してきた。
「先輩…笹倉さん!」
 そう叫ぶも、壁はあっという間に壁へと変化する。
 そして、両サイドの扉の前に壁が出来ただけではなく、僕の真正面に、一つの通路が現れていた。
 さして広く無い通路。だがそこに、誰かが立っている。

「…待っていたぞ。河野浩之」
「お前は…」
 昨日の夜に見た、オイジュスとアパテーの兄弟、タナトスの配下達。
「我はネメシス」
 タナトスをはじめとする、ギリシャ神話のニュクスの子供達と同じ名前を持つ地底の住人達。
 そして、この街に侵攻しようとしている、宿敵達。

「お前の道、ここで閉じさせてもらう。悪く思うな」
「…君がここにいるという事は、この先にタナトスがいるという事か?」
 僕の問いに、ネメシスははっきりとは答えない。
 だが。
「我以外にも、お前の仲間達の元へ配下が向かっている筈だ。

「……なーるほど。分断して各個撃破、とは古典的だけど効果的だからねぇ。でもね、ヘスペリス。相手が悪かったよ」
「それはどういう意味かしら?」
「…お前ら如きが、私を下そうなど、100年早い」
 坂崎加奈はデュエルディスクを手に取る。
 楽天的にして直情的。そんな彼女が内に秘めた真なる感情。
 戦う意志。純粋な、敵意の剥き出し。

「…あらあら。お二人でいらっしゃるとは、私を高く評価してくれているのかしら?」
 笹倉紗論が呟いた時、彼女と対峙するモロスとケールは首を左右に振る。
「たまたまだ」
「そう、単なる偶然。キサマをさっさと仕留めたいだけの事だ」
「それは恐れられていると考えるのが良いのかしら? ま、私の家をこんな姿にした責任、とってもらわないと困りますので」

 死闘はまだ、続いている。




《第11話:戦慄のクリアー・ワールド》

「お前は随分と不思議な存在だ」
 ネメシスは、呟く。
「自身に秘めたる……いや、知っているか、河野浩之。人は誰もが力を持っている。それは全ての人間に共通している事だ。ただ、それが何なのか気付かないまま終える者が多くいるだけの事なのだ。勿論、お前にもその力はある」
「…人は誰もが力を? でも、持っていたとしても、僕らは最初はそれに気付いていないし、もしかしたら例え知ってもそれを使う事なく終わるかも知れない」
「その通り」
 ネメシスは僕の問いに答える。
 だがしかし、と更に言葉を続ける。
「…だが、お前は既に力を持っている。何者かに認められた、お前自身が持ちうる力だ」
 バカな、と思いかけた時僕は気付く。
 那珂伊沢に来てから、僕の中に現れた小さな灯火と姿なき声。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が真なる標に気付く時
汝の秘めたる力の一部は目覚める
汝に「皇帝」の力を授けん…

 この声だ。この声は、僕の真なる力なのだろうか?
 僕自身にその実感は…いいや、あるさ。この街に来て、僕は変わりつつある事。マリーのため、美希のため。
 色々な力と、出会いが積み重なって来たから、ここにいる。

「僕はここに来た時に力が無いと思っていた。でも、それは違ったんだな。いいや、力があっても力不足かも知れない。でも…無謀な挑戦に大いなる願いが込められた時、それは勇気へと変わる!」

「行くぞ、ネメシス。お前の先にあるタナトスを、もう一度地底に放り込んでやるよ!」
「いいだろう。お前の屍でこの大地を赤く染めてやろう!」

「「デュエル!」」

 河野浩之:LP4000   ネメシス:LP4000

「我の先攻だ! ドロー!」
 まずはネメシスのターン。何を返して来るか解らないが、事前に貴明と話していた事を思い出す。
『まずは相手の出方を見るべきだな。何もしなかったらしなかったで怖いが、速攻で仕掛けられても怖いぜ』
 当たり障りの無い事かも知れないが、1ターン目というのは相手を判断するのに重要なファクターと言えるだろう。

「フィールド魔法、クリアー・ワールド2を発動!」

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●ドラゴン族:1回のバトルフェイズに付き、1体のモンスターしか攻撃宣言を行う事は出来ない。
 ●魔法使い族:自分は手札から魔法カードを発動する事が出来ない。
 ●アンデット族:墓地からモンスターを特殊召喚する際、1000ライフポイントを支払わなければ特殊召喚出来ない。
 ●戦士族:バトルフェイズ時、自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げない限り攻撃宣言を行えない。
 ●獣戦士族:バトルフェイズ時、プレイヤーのコントロールする全てのモンスターの攻撃力は1000ポイントダウンする。
 ●獣族:プレイヤーのコントロールする魔法・罠・モンスター効果による攻撃力上昇効果は同じ数値分攻撃力減少効果となる。
 ●鳥獣族:プレイヤーは効果モンスターの効果を発動出来ない。
 ●悪魔族:自分フィールド上に出せるモンスターカード、魔法・罠カードは2枚ずつとなる。
 ●天使族:プレイヤーのコントロールする全てのモンスターは攻撃表示となり、毎ターンエンドフェイズ時に700ポイントダメージを受ける。
 ●昆虫族:プレイヤーは攻撃力1500以上のモンスターを召喚・特殊召喚する事が出来ない。
 ●恐竜族:召喚・特殊召喚されたモンスターはそのモンスターのレベル×ターン数の間しか存在出来ず、そのターンを過ぎたモンスターは墓地に送られる。
 ●爬虫類族:毎ターンスタンバイフェイズ時、墓地または除外ゾーンに存在するモンスター1体をデッキの一番下に戻さなくてはならない。
 ●魚族:自分は毎ターンのスタンバイフェイズ毎に手札を一枚墓地に送らなければならない。
 ●海竜族:特殊召喚されたモンスターをそのターンのエンドフェイズ時、手札に戻さなくてはならない。
 ●機械族:自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃力・守備力は全て半分となる。
 ●雷族:プレイヤーは罠カードの発動を行えない。
 ●水族:墓地に存在するカードを手札またはデッキに戻すごとにプレイヤーは800ポイントダメージを受ける。
 ●炎族:戦闘以外で相手にダメージを与える効果の魔法・罠・モンスター効果を発動した時、自分も同じ数値分ダメージを受ける。
 ●岩石族:自分ターンのバトルフェイズ時、戦闘を行うモンスターのレベル×200ポイントライフを支払わなければ攻撃宣言を行う事が出来ない。
 ●植物族:プレイヤーはモンスターまたはモンスタートークンを召喚する度に500ポイントのダメージを受ける。
 ●サイキック族:プレイヤーは特殊召喚を行えない。
 ●幻神獣族:プレイヤーはスタンバイフェイズ時にコイントスを行い、表ならばバトルフェイズ中攻撃宣言を行えず、裏ならばそのターンのエンドフェイズへと移行する。

「…長ぇよ! どんだけカードテキスト長いんだよ! てか、文字小さすぎてなんて書いてあるのが読めねぇよ! とりあえず虫眼鏡使えば読めそうだけどさ、テキスト欄びっしりってレベルじゃねーぞ! おまけに属性じゃなくて種族ごとかよ!」
 とりあえずツッコむべき所はツッコんだ。
 恐らくここまでカードテキストが長いカードなんて無いんじゃないだろうか?
「このカードはクリアー・ワールドとしても扱う。即ち、クリアー・ワールドのサポートカードがそのまま使用可能という事だ…だが」
 ネメシスはそこで一旦言葉を区切る。「そのままではデメリットも受けてしまう」と。
「ならば、サポートは必須……永続魔法、クリアー・ハートを発動!」

 クリアー・ハート 永続魔法
 このカードを発動する時、フィールド上に「クリアー」と名のつくカードが存在しない限りこのカードの以下の効果は適用されない。
 ●このカード以外の「クリアー」と名のつくカードがフィ−ルド上に存在する限り、このカードのコントローラーはエンドフェイズ毎に500ポイントずつライフポイントを回復する。
  このカードが魔法・罠カードの効果で破壊される時、手札を一枚墓地に送る事で破壊を無効に出来る。

 クリアー・ワールド2はエンドフェイズ毎に500ライフをコストとして要求される。
 だが、毎ターンのエンドフェイズに500ライフずつ回復すれば、そのコストは0に等しくなる。
「我はクリアー・ファントムを守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてこの瞬間、クリアー・ワールド2の効果で、我のフィールドのモンスターカードゾーン、魔法・罠カードゾーンは二枚までしか使用出来なくなる!」

 クリアー・ファントム 闇属性/☆3/悪魔族/攻撃力1200/守備力800
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 このカードを破壊したモンスターを破壊し、相手のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。

 フィールドに透明な物体に包まれた悪魔が姿を現すと同時にネメシスのフィールドに六つの光が突き刺さる。
 フィールドが使用不可能になったという事か。
 そして同時に、周囲の状況が変化する。ソリッドビジョンの筈なのに。
 空も、大地も、透き通るような透明感のある蒼。その一色で染められていた。
 敢えていうなら空中に、22本の水晶が柱のように浮遊しているという事か。
 クリアー・ワールドではこの水晶のような柱は6つだったというのに。

 そして、クリアー・ワールド2の維持コストとクリアー・ハートの効果でライフに変動は無い。

 ネメシス:LP4000→3500→4000

「……地下の世界は、ここと同じように静かだった。だが、静かではある。静かではあるが、ただそこに存在するだけで痛みを憶える」
「……」
「まるでこのカードのように、地底にいる事で襲い来る痛みは何者も逃れる事は出来ない」
「何者も逃れる事の出来ない痛み…か」
 僕はカードをドローする。
 襲い来る痛みは、僕のカードにも及ぶだろう。
「僕のターンだ……やるっきゃない、か」
 クリアー・ワールド2という強烈なフィールド魔法をどうにかして除去しなくてはならない。
 その為に、やるべき事といえば…これだ!
「魔法カード、クロス・ソウル!」

 クロス・ソウル 通常魔法
 相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動する。
 このターン、自分のモンスターを生贄にする時に自分のモンスター1体の代わりに相手モンスターを生贄にしなければならない。
 このカードを発動したターン、バトルフェイズを行なう事が出来ない。

 クロス・ソウルは相手フィールド上のモンスターを生贄に使う事が出来るカード。
 バトルフェイズを失う代償が付きまとうが、それでも何もしないよりかはずっとマシだ。そして何より、生贄召喚する事で効果を発揮するカードもある。
「クロス・ソウルでクリアー・ファントムを生贄に捧げ、氷帝メビウスを…」
「やはりメビウス召喚を狙ったか。クリアー・ワールド2を除去出来るからな。だが、まだ甘い! リバース罠、天罰!」

 氷帝メビウス 水属性/☆6/水族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードが生贄召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを二枚まで破壊する事が出来る。

 天罰 カウンター罠
 手札を1枚捨てる。効果モンスターの効果とその発動を無効にし、破壊する。

 メビウスが破壊され、姿を消す。クリアー・ワールド2もクリアー・ハートも健在だ。
「糞っ…!」
 おまけに今ので通常召喚権を使ってしまった。カードをセットするぐらいしか出来ない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「我のターンだ。ドロー……さて」
 ネメシスは笑う。クリアー・ファントムが破壊された為、フィールドに置けるカードが再び五枚ずつに戻る。
「では、まずはクリアー・エイジ・ウルフを召喚!」

 クリアー・エイジ・ウルフ 闇属性/☆4/獣族/攻撃力1400/守備力1800
 このカードがフィールド上で表側表示で存在する限り、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、このカードのプレイヤーは墓地の魔法・罠カードを1枚選択して手札に戻す事が出来る。

 透明な物体に包まれたオオカミがフィールドに姿を現した。
 オオカミは小さく咆哮をあげた後、リバースカードはあるものの壁モンスターはいない僕のフィールドを睨む。
「クリアー・ワールド2の獣族に対するネガティブエフェクトは攻撃力上昇効果の魔法・罠・モンスター効果を攻撃力減少にするものだ…獣族はその性質上、野性を剥き出して相手を襲う。その分だけ上がる攻撃力に対する罰なのだ…だが、このカードにはあまり関係無いな」
 ネメシスはニヤリと笑うと、即座に命令する。
「クリアー・エイジ・ウルフで、プレイヤーにダイレクトアタック! クリーン・ヴァイス・ファング!」
「っ……糞っ」

 河野浩之:LP4000→2600

 ライフに余裕はまだ残ってはいるが、このままでは追い込まれる事は確実だ。
「ターンエンドだ…さて、どうするかね?」
 ネメシスは笑う。こちらを追い込むかの如く。だが、こちらに残された反撃手段は。どうする。
「僕のターンだ…ドロー!」
 手札を確認する。どうする、何が出来る…考えろ。考えるんだ。
 美希…お前なら、僕に何を示す?
「待てよ…」
 今、引いた手札は…リロード。

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻してシャッフルし、デッキに戻した枚数分だけ、カードをドローする。

 このデッキは美希が残したデッキ。美希が組んで、どれだけ戦って、どれだけ勝利したかは解らない。
 そう、このデッキの全てを僕は理解していない。だけど、美希が残してくれたこのデッキで戦う事で、美希が僕を応援してくれている気がするんだ。
 だから。
「信じさせてくれるか、美希…速攻魔法、リロードを発動!」
 全ては、このターンにかかっていると信じているから!

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻してシャッフルし、デッキに戻した枚数分だけ、カードをドローする。

 手札を全て戻してシャッフルし、そして戻した枚数分だけドローする。
 そして手札に…あった。この状況を打開出来るカードが。
「手札の、アビス・ソルジャーを召喚!」

 アビス・ソルジャー 水属性/☆4/水族/攻撃力1800/守備力1300
 水属性モンスター1体を手札から墓地に捨てる。
 フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。
 この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

「アビス・ソルジャーの効果発動! 水属性モンスター1体を手札から墓地に捨てる事で、フィールド上のカードを1枚、持ち主の手札に戻す! 僕が捨てるカードは、これだ! E-HERO ブリザード・エッジ!」

 E-HERO ブリザード・エッジ 水属性/星4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚する事が出来る。
 このカードが墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事が出来る。

 そしてブリザード・エッジには強力な二つの効果を持っている。
 そのうちの一つが、墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事だ!
「アビス・ソルジャーの効果で戻すカードはクリアー・エイジ・ウルフ! そして、ブリザード・エッジが破壊するカードはクリアー・ワールド2だ!」
「んなぁっ!?」
 そう、クリアー・ワールド2はどんなモンスターに対してもネガティブエフェクトを与える。
 しかし、破壊耐性そのものは所持していない。クリアー・ハートにはついている耐性がクリアー・ワールド2にはない。
 アビス・ソルジャーの効果で戻してしまうのも手だが、バウンスしてしまうと再発動されてしまう可能性がある。
 だが、破壊してしまえばサルベージしない限り再発動は難しい。
「……これで、アンタのフィールドはがら空きだ」
 クリアー・ワールド2は破壊された。
 クリアー・ハートだけでは何も出来ない。そしてクリアー・エイジ・ウルフは手札に戻っている!
「アビス・ソルジャーで、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 アビス・ソルジャーの一撃がネメシスを貫いた。強烈な一撃。
「ごがぁっ…!」
 ダメージにして1800ポイント。だが、彼を動揺させるには充分な効力はあったようだ。

 ネメシス:LP4000→2200

 これで…いや。待て。
 クリアー・ワールド2は破壊されたのに、何故フィールドが変化していない?

「残念だったな……! リバースカード、ラストアーク・メビウスを発動させてもらった!」

 ラストアーク・メビウス カウンター罠
 フィールド上に存在するフィールド魔法カードが破壊された時に発動可能。
 破壊されたフィールド魔法カードと同名のフィールド魔法カードを手札またはデッキから発動する事が出来る。

「嘘だろ!?」
 手札をほぼ全部使い切ったにも関わらず、二枚目のクリアー・ワールド2が出現しているだなんて…!
「…という訳だ。河野浩之。このカードを攻略したつもりが、まだ第二陣が控えていたとは思わなかっただろうな」
 迂闊だった。リバースカードはもう1枚あったのに。

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●ドラゴン族:1回のバトルフェイズに付き、1体のモンスターしか攻撃宣言を行う事は出来ない。
 ●魔法使い族:自分は手札から魔法カードを発動する事が出来ない。
 ●アンデット族:墓地からモンスターを特殊召喚する際、1000ライフポイントを支払わなければ特殊召喚出来ない。
 ●戦士族:バトルフェイズ時、自分フィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げない限り攻撃宣言を行えない。
 ●獣戦士族:バトルフェイズ時、プレイヤーのコントロールする全てのモンスターの攻撃力は1000ポイントダウンする。
 ●獣族:プレイヤーのコントロールする魔法・罠・モンスター効果による攻撃力上昇効果は同じ数値分攻撃力減少効果となる。
 ●鳥獣族:プレイヤーは効果モンスターの効果を発動出来ない。
 ●悪魔族:自分フィールド上に出せるモンスターカード、魔法・罠カードは2枚ずつとなる。
 ●天使族:プレイヤーのコントロールする全てのモンスターは攻撃表示となり、毎ターンエンドフェイズ時に700ポイントダメージを受ける。
 ●昆虫族:プレイヤーは攻撃力1500以上のモンスターを召喚・特殊召喚する事が出来ない。
 ●恐竜族:召喚・特殊召喚されたモンスターはそのモンスターのレベル×ターン数の間しか存在出来ず、そのターンを過ぎたモンスターは墓地に送られる。
 ●爬虫類族:毎ターンスタンバイフェイズ時、墓地または除外ゾーンに存在するモンスター1体をデッキの一番下に戻さなくてはならない。
 ●魚族:自分は毎ターンのスタンバイフェイズ毎に手札を一枚墓地に送らなければならない。
 ●海竜族:特殊召喚されたモンスターをそのターンのエンドフェイズ時、手札に戻さなくてはならない。
 ●機械族:自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃力・守備力は全て半分となる。
 ●雷族:プレイヤーは罠カードの発動を行えない。
 ●水族:墓地に存在するカードを手札またはデッキに戻すごとにプレイヤーは800ポイントダメージを受ける。
 ●炎族:戦闘以外で相手にダメージを与える効果の魔法・罠・モンスター効果を発動した時、自分も同じ数値分ダメージを受ける。
 ●岩石族:自分ターンのバトルフェイズ時、戦闘を行うモンスターのレベル×200ポイントライフを支払わなければ攻撃宣言を行う事が出来ない。
 ●植物族:プレイヤーはモンスターまたはモンスタートークンを召喚する度に500ポイントのダメージを受ける。
 ●サイキック族:プレイヤーは特殊召喚を行えない。
 ●幻神獣族:プレイヤーはスタンバイフェイズ時にコイントスを行い、表ならばバトルフェイズ中攻撃宣言を行えず、裏ならばそのターンのエンドフェイズへと移行する。

 そりゃ、クリアー・ワールド2が、ネメシスのデッキに、1枚しか入ってないなんて、まるっきり考えていない訳ではなかったけど。
 それでも、必死の思いでどうにか攻略したと思ったのに。
 同じ戦術は二度と出来ない、通用しない。どうする。
 考えろ、冷静になれ。死力を尽くせ。最後まで諦めるな、みっともなくてももがくんだ!
「魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 自分はデッキからカードを三枚ドローし、その後手札から二枚を選択して墓地に送る。

「…そして、カードを二枚セットして、ターンエンド」
「我のターンだ……ククク、追いつめられて来たようだな」
 ネメシスは笑いながらデッキからカードをドローする。
 ネメシスのフィールドにモンスターはいない。だが、問題はこの後だ。
「手札より、魔法カード、クリアー・サクリファイスを発動!」

 クリアー・サクリファイス 通常魔法
 「クリアー」と名のつくモンスターの生贄召喚に必要な数だけ、
 墓地に存在する「クリアー」と名のつくモンスターをゲームから除外する。
 生贄モンスターなしでそのモンスターを通常召喚する事が出来る。

「この効果で、我はクリアー・ファントムを除外!」

 クリアー・ファントム 闇属性/☆3/悪魔族/攻撃力1200/守備力800
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 表側攻撃表示で存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
 このカードを破壊したモンスターを破壊し、相手のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。

 墓地のクリアー・ファントムが除外され、そして召喚される次のクリアー・モンスターは…?

「クリアー・アーク・デビルを召喚!」

 クリアー・アーク・デビル 闇属性/☆5/悪魔族/攻撃力2200/守備力1100
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 戦闘ダメージ計算時、このカードの攻撃力が相手モンスターより低い場合、1000ライフポイントを支払う事で、
 ダメージ計算時のみ、このカードの攻撃力は相手モンスターとの攻撃力の差+300ポイントアップする。

 効果を見る限り、クリアー・アーク・デビルは1000ライフポイントを支払う事で罠カードのプライドの咆哮と同じ効果を得る。
 戦闘で勝利するには、ネメシスのライフを1000以下にすればいいのだが、そのようなバーンカードは果たして僕のデッキにあるのだろうか?
 いいや、今はこのターンを乗り切る事を考えろ。まだまだ、行ける。
「クリアー・アーク・デビルの召喚により、悪魔族に対するネガティブエフェクトでモンスターと魔法・罠ゾーンは二枚までとなる」
 再びネメシスのフィールドに光の柱が立つ。
 だが、モンスターカードゾーン、魔法・罠カードゾーン、共に1枚ずつの空きが残っている。
「クリアー・アーク・デビルで、アビス・ソルジャーに攻撃!」
 悪魔の攻撃が、アビス・ソルジャーへと直撃する。

 河野浩之:LP2600→2200

 アビス・ソルジャーが姿を消した。
「ターンエンド」
 そしてそのまま、ターンエンド。
 このままでは、状況を打開する事は出来ない。できないだろうが…どうすればいい。
 僕は、手札を握りしめて、次のドローを行なうべく、デッキに手をかけた。







 高取晋佑:LP4000   赤代都:LP1650

 亡者の幻想―チャクラ 闇属性/☆9/悪魔族/攻撃力2950/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「チャクラ」が戦闘破壊された時、手札またはデッキから特殊召喚する。
 このカードの召喚に成功した時、自分の手札が七枚になるようにドローする。
 自分ターンのスタンバイフェイズになる度、自分の手札が七枚になるように調整する。
 相手ターンのエンドフェイズ毎に、このカードのプレイヤーはライフポイントを2000支払う。支払わなければこのカードを破壊する。
 このカードは自分ターンのメインフェイズに、規定の枚数のカードを墓地に送る事で以下の効果を得る。
 ●1枚:デッキから攻撃力1500以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。
 ●2枚:相手フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。
 ●3枚:自分の墓地に存在する儀式モンスターカードを全ての召喚条件を無視して特殊召喚する。
 ●4枚:このターン、自分フィールド上に存在する全ての悪魔族モンスターは攻撃力が1000上昇する。
 ●5枚:お互いにデッキの上から五枚のカードをゲームから除外する。
 ●6枚:相手の墓地に存在するモンスター1体を選択し、ゲームから除外する。そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。
 ●7枚:次の相手ターンをスキップする。

「さて…どうする」
 手札を確認するも、有効な手だてはあるのか。いいや、探さなくてはいけない。
「…破壊するもの、か」

「WF-剛性のファントムを守備表示!」

 WF-剛性のファントム 風属性/☆3/鳥獣族/攻撃力1000/守備力2100
 このカードは戦闘で破壊された時、ライフポイントを500支払う事でそのターンのエンドフェイズ時に、墓地のこのカードをフィールドに特殊召喚できる。

「そして、手札のWF-友誼のファルコンを特殊召喚!」

 WF-友誼のファルコン 風属性/☆4/鳥獣族/攻撃力1800/守備力800
 自分フィールド上に「WF-友誼のファルコン」以外の「WF」と名のついたモンスターが存在する時、このカードは手札から特殊召喚することができる。
 このカードの特殊召喚に成功したターン、このカード以外の「WF」と名のつくモンスターは戦闘では破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

「ファントムとファルコン、この2体が存在する事で、俺はこのカードを発動する事が可能になる…リバースカードの一つだ」

「フェザー・ステルス・アタックを発動!」

 フェザー・ステルス・アタック 通常罠
 自分フィールド上に「WF」と名のつくモンスターが2体以上存在する時に、発動可能。
 自分フィールド上の「WF」と名のつくモンスター1体を墓地に送り、手札の「WF」と名のつくモンスター1体を特殊召喚できる。
 (レベル5以上のモンスターを召喚する時、墓地に送ったモンスターとは別にフィールド上のモンスターを生贄に捧げて召喚しなければならない)

「フェザー・ステルス・アタックですって!?」
 赤代都は目を剥く。そう、その意外な手札の使い方、にだ。
「フェザー・ステルス・アタックはフィールドにWFが2体以上存在する時に使える…数少ない、切り札だ。俺は、ファントムを墓地に送り、手札のフランカーを召喚する!」

 WF-冷徹のフランカー 風属性/☆4/鳥獣族/攻撃力1900/守備力1000
 このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズに発動可能。
 手札・デッキ・フィールドから「WF」と名のつくモンスター1体を墓地に送る事で手札またはデッキからこのカードを1枚、フィールドに特殊召喚できる。

 フィールドに、ファルコンとフランカー、というWFの下級モンスターが誇るアタッカーが並ぶ。
 それでもチャクラに攻撃力は及ばない。
 だが、並んでいるだけでそれだけの脅威となりうる。
「フッ、残念ですねぇ…! その2体を使ってもう1枚のリバースカードは恐らくゴッドバードアタック! しかし、ワタシのフィールドには盗賊の七つ道具が伏せられている! 盗賊の七つ道具を発動する事で、フェザー・ステルス・アタックの発動を無効にするわ!」

 盗賊の七つ道具 カウンター罠
 1000ライフポイントを支払う。
 罠カードの発動を無効にし、破壊する。

 赤代都:LP1650→650

 赤代都は笑う。
 高取晋佑が如何に相手の戦略を三手先まで読もうと、ここまでの重量感は予想しておらず、手を焼いたのであろうと。
「あはははははははははは! これでアンタの負け、ワタシの勝ち、これでジ・エンドぉぉぉぉぉぉぉぉおぉっ! 三手先まで読めてもカードの効果迄は読む事は出来なかった。アナタの敗因はこのワタシと戦ってしまったこと、アナタはこれで終わる。喰われる。喰われて散らされ壊されてデッドエンドでエンディング! そこから先は無いしそれより前もなーんもない! あははははは、おっかしい。そうやって悲しい顔してるのが似合うわよー!」
 既に死体と化した赤代都は気付かない。
 そう、僅かな感情の変化。高取晋佑は敗北を悟って――――などいない。

「―――三手先まで読むのは戦略の一つ。いや、オレの生き様だ。残念だったのは、お前の方だ」

「はっ…何を根拠に」
「フェザー・ステルスアタックが無効化されたことにより。フランカーが墓地に送られる」

 WF-冷徹のフランカー 風属性/☆4/鳥獣族/攻撃力1900/守備力1000
 このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズに発動可能。
 手札・デッキ・フィールドから「WF」と名のつくモンスター1体を墓地に送る事で手札またはデッキからこのカードを1枚、フィールドに特殊召喚できる。

 攻撃力1900を誇る冷徹のフランカーが墓地に送られた。
 そう、WFが墓地に送られたことにより、発動されるカードがある。
「……お前はこのリバースカードをゴッドバードアタックと思っていたな? そうだ。鳥獣族を操る上で、ゴッドバードアタックは基本だ。だが」
 晋佑はここで笑った。

「俺が伏せていたのは、リターン・オブ・フェザーだ!」

 リターン・オブ・フェザー 速攻魔法
 自分フィールドから「WF」と名のつくモンスターが墓地に送られた時に発動可能。
 墓地に存在する「WF」2体を除外し、手札から「WF」と名のつくモンスターを特殊召喚出来る。

「んなっ!?」
「リターン・オブ・フェザーはWFが墓地に送られた時に発動可能! 墓地のファントムと、タイフーンを除外することで、俺は手札のWFを召喚する! この残されたたった1枚の手札がお前の敗因だ! 馬鹿め!」

「WF-彗星のターミネーターを召喚!」

 WF-彗星のターミネーター 風属性/☆8/鳥獣族/攻撃力3000/守備力2800
 このカードの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを1枚選択して破壊する事が出来る。
 このカードが相手プレイヤーの直接攻撃に成功した時、相手プレイヤーのデッキの上から五枚のカードを墓地に送る。

 フィールドに、1体の翼が現れた。
 彗星の如く空を駆けるその翼は、一度も空を飛ぶことを許されなかった。「ターミネーター」という最強の男に称された名前を持ちながら。
 一度として故郷を守る為に、一度として空を駆ける為に、空を飛ぶことを許されぬまま封印された。
 天空の覇者にも迫るその実力がありながら、空を飛べないその翼はこの場で蘇る!

「彗星のターミネーターは、召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを1枚、問答無用で破壊する! 即ち、お前の幻想もここで終わるという訳だ!」
「っ……!」
 亡者の幻想―チャクラは確かに強力なカードだ。
 だが、赤代都はその弱点を完全に見切れてはいなかった。重過ぎるライフコスト、そして何より破壊耐性など所持していない!
 ターミネーターの一撃がチャクラを粉砕し、姿を消した。
 壁モンスター、リバースカードを失った赤代都を守るものは手札のみ。
 だが、その手札にすら攻撃を守るカードは無い!
「……覚悟は出来たか? ターミネーター。情け容赦なく叩き込んでやれ!」
「ヒッ……や」
 赤代都は既に死んでいる身。タナトスの力で朽ち果てつつある肉体に魂を繋ぎ止めて動かしているだけの身体。
 その身体を繋ぎ止めているのは、ライフカウンターだ。
 0になってしまえば、もう彼女はいられない。
 死とは、永遠の闇に沈む事。標も、光も無いただの闇に落ちて行く。終わる事無き、底無き闇へと。
「落ちたく無い…底も見えない穴なんかに落ちたくない…死にたくない死にたくないもう一度死ぬのは嫌なのワタシは嘘だその攻撃をやめろおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!」
 赤代都が逃げるより先にその攻撃が突き刺さるのが早かった。
 漆黒のドレスにターミネーターが食らい付き、その下にある朽ち果てた肉ごと骨から引きはがす。
 絶叫とともに赤代が大地に付した時、彼女は視た。
 白い翼が怒りに燃えていた。
 ファルコン、ファントム、フランカー、タイフーン、ナイトホーク…様々な姿があるが翼達全てが怒りに燃え、彼女へと押し寄せていた。
 あえて喉元へ食らい付こうとせず、既に絶命している彼女に更に苦しみを与えるが如く、鋭い嘴で叩き、引きちぎり、引き裂こうとしている。
 その苦痛たるや既に死して尚痛い。
 痛みを越えた痛み。既に死んでいるとはいえ、その感覚は生きたものと一緒。
 死という永遠の闇への道連れに伴ったのが苦痛とは。

 記憶に残したく無い痛みを伴う死、なのだろうか。

「……死して尚、無理矢理活かされても待っているのは地獄のみ」
 無惨に引きちぎられ、朽ち果てて行く赤代都を見ながら、晋佑は呟く。
 死して尚無理に生かされても、残るものなど無いというのに。どうして彼女は。
「いいや、お前に罪は無いんだろうな。ただ、タナトスに手を貸してしまった、否、タナトスと出会ってしまったばっかりに」
 彼女自身に罪があるとすれば、出会ったしまった不幸そのものなのだろうか。
「恨むというのなら、タナトスを恨め。恨んでいい相手は、その直接の原因になった者だけだからな」







 河野浩之:LP2200   ネメシス:LP2200

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●悪魔族:自分フィールド上に出せるモンスターカード、魔法・罠カードは2枚ずつとなる。
 (このターンに発動しているネガティブエフェクト以外は省略させて頂いてます。理由はお察し下さい)

 クリアー・ハート 永続魔法
 このカードを発動する時、フィールド上に「クリアー」と名のつくカードが存在しない限りこのカードの以下の効果は適用されない。
 ●このカード以外の「クリアー」と名のつくカードがフィ−ルド上に存在する限り、このカードのコントローラーはエンドフェイズ毎に500ポイントずつライフポイントを回復する。
  このカードが魔法・罠カードの効果で破壊される時、手札を一枚墓地に送る事で破壊を無効に出来る。

 クリアー・アーク・デビル 闇属性/☆5/悪魔族/攻撃力2200/守備力1100
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 戦闘ダメージ計算時、このカードの攻撃力が相手モンスターより低い場合、1000ライフポイントを支払う事で、
 ダメージ計算時のみ、このカードの攻撃力は相手モンスターとの攻撃力の差+300ポイントアップする。

 今は僕のターンだが、フィール祖は全てカラ。壁モンスターも、リバースカードも無い。
 手札もあらかた使い切ってしまった。
「……ペンギン・ソルジャーを、守備表示で召喚!」

 ペンギン・ソルジャー 水属性/星2/水族/攻撃力750/守備力500
 リバース:フィールド上に存在するモンスターを2体まで持ち主の手札に戻す事が出来る。

「この瞬間、クリアー・ワールド2の水族に対するネガティブエフェクトが発動する。まぁもっとも、そこまで気にする程でもないかも知れないがな」

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●悪魔族:自分フィールド上に出せるモンスターカード、魔法・罠カードは2枚ずつとなる。
 ●水族:墓地に存在するカードを手札またはデッキに戻すごとにプレイヤーは800ポイントダメージを受ける。
 (このターンに発動しているネガティブエフェクト以外は省略しています)

「墓地のカードを手札またはデッキに戻すごとに800ライフのダメージを受ける…水属性のカードが有するサルベージ手段に対する罰、か」
 クリアー・ワールドとクリアー・ワールド2。
 その二つに共通するのは相手が操るモンスターに与える罰、だ。
「……存在し、行動する事による罪」
 ネメシスが、ゆっくりと口を開いた。
「このカードは生きとし生けるもの全てに語りかける。お前達の存在に、罪は伴い、罰を受ける事があると。そう、生きて行く上で…いかなる生物も罪と罰から逃れる事は出来ない。何故ならお前は今迄の人生で食べて来た生物の数を憶えているか? 憶えていないだろう、生きる上で罪無くして生きる事は出来ない。そして罰なくして、死ぬ事も出来ない」
「確かにね。僕たちは生きる上で、多くの犠牲の上で成り立ってる」
 当たり前のように肉を食べて魚を食べて野菜を食べる。
 食物連鎖ピラミッドの最上位に位置する人間を捕食する生物は虎や白熊などを除いて殆どいない。そしてそれらの生物も、当たり前の様に人間を捕食している訳ではない。
 そう、食物連鎖ピラミッドの最上位。他の誰かに捕食される心配は無いという事。
 それは、つまり。
 自らが喰われる事が無いから、自らが喰う相手をそれが当たり前であるかの様に振る舞う事。
「……地上で生活するお前達もまた、同じ。今いる立ち位置が当たり前で、いつでもそこにあるように見える。だが、それは大いなる間違い!」

「お前達はそこに留まるだけで進歩も進化もしていない! ただ破壊し、浪費していくだけだ! 我々は何故追い出された、お前達がこの地上に立つ為にだ! 我々は平和な生活を送りたいだけだったというのに!」
「追い出したのは人間だ」
 僕はネメシスに答える。
「だが、お前の言う事は一つ、間違っている。僕たち人間は確かに、生きて行く上で罪を伴っている。罰だって受ける奴もいる。けど…僕たちはそうやって受けた罰の後に、前に進むんだよ。生きてる限り、罪を背負うなら背負ったりの、罰を受けたなら受けたなりの覚悟と誇りを持って、進化して今まで生きて来たんだ!」
 生きて行く上で。
 罪を背負わない事など、無い。僕だって、そうだ。美希をあの時、見捨てたも同然だ。僕が殺したも、同じだ。
 でも。
 そんな僕を、Changeすると、もう決めた。
 僕の嫌いな僕を、変えて行くと決めたんだ。人間はそれが出来る生き物だ。自分自身の嫌いな自分を、罪を背負った自分自身に罰を自分自身で下せる生き物だ。
 その罰を乗り越えた時に、人間は変わる事が出来る。
 罰を背負う前より、ちょっとだけ前に進める様に。
「進化して、だと…馬鹿な! ならば何故この惑星は滅びつつあるのが止められないのだ!」
「人は気付く場所が色々だ。だから、まだ多くの人が気付いていない。でも、気付いている人は気付いている! その人達が増えて手を取り合う事、それこそが大事だ!」
「…面白い! ならば見せてもらいたいものだな、キサマが気付いた進化というものを!」
「カードを1枚伏せて…ターンエンドだ」
 さぁ、お前のターンだネメシス!
 もしも僕らを滅ぼそうというのなら、お前の力でやってみせろ!
「我のターンだ。ペンギン・ソルジャーの効果はモンスターのバウンス…だが、それに対する手はある」
 悪魔族のネガティブエフェクトでモンスターカードゾーン、魔法・罠カードゾーンの使用制限が二枚になろうと、常に1枚ずつ残していれば問題無い。
 そう、ネメシスの戦略は。その1枚のカードを有効活用する事から始まるのだ。
「魔法カード、クロス・ソウル!」

 クロス・ソウル 通常魔法
 相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動する。
 このターン、自分のモンスターを生贄にする時に自分のモンスター1体の代わりに相手モンスターを生贄にしなければならない。
 このカードを発動したターン、バトルフェイズを行なう事が出来ない。

 先ほど僕が氷帝メビウスを召喚しようとしていた、クロス・ソウルによる生贄。
 戦闘破壊ではないからペンギン・ソルジャーの効果も発動出来ない。相手をよく見た戦略、と言っても過言ではないかも知れない。
「この効果で、我はお前のペンギン・ソルジャーと、フィールドのクリアー・アーク・デビルを生贄に捧げる!」
 二体のモンスターを生贄に捧げる事で、召喚されるのは最上級モンスター。

「クリアー・デスペアー・ドラゴンを召喚!」

 クリアー・デスペアー・ドラゴン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000
 このカードの属性は「闇」として扱わない。
 このカードは相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない時、相手プレイヤーを直接攻撃する事が出来る。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、相手に与える戦闘ダメージは0になる。
 このカードが相手モンスターに攻撃を行なう時、バトルフェイズ中、このカードの攻撃力は2倍になる。
 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚できる。

 クロス・ソウルを経てクリアー・ワールド2に、新たなモンスターが降臨する。
 絶望の名を持つ竜が、フィールドに姿を現した。
「…クリアー・デスペアー・ドラゴン」
 ネメシスは呟く。
 クリアー・バイス・ドラゴンと同じように透明な物体に封じられているが、違うのはその姿だ。
 漆黒の異形。そう、竜でありながら翼は無く、身体は半分朽ち果てた異形の姿。
 一般的にドラゴン族モンスターは美しい、とよく言われる。だが…これは違う。畏怖と、忌避を与えている。
 半分朽ち果てたその黒き竜は、透明な物体から顔を出して小さく鳴いた。
「クロス・ソウルの効果により。このターン、バトルフェイズを行なう事は出来ない。カードを1枚セットし、ターンエンドだ」
「……僕のターン」
 このターンが、ある意味の分岐点と言えるだろう。
 手札は今や0。
 唯一の壁モンスターだったペンギン・ソルジャーは効果を発揮する事無く生贄にされ、リバースカードも1枚のみ。
 だが、その1枚のリバースカードは…。

 葵の継承 通常罠
 フィールド上に存在する水属性モンスター1体をゲームから除外する事で手札より水属性モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードの発動に成功したターン、特殊召喚したカードは守備表示となる。

 僕はデッキを見る。
 このたった1枚のドローで、全てを変える事は出来るのだろうか。
 僕に許されているのは、このドローだけなのに。
「美希」
 目を閉じる。
 このデッキは美希が作り上げたもの。このデッキを信じるのは、美希を信じる事だ。
 時折カードのパックを欲しがって、僕がこっそり買ってあげたりとか、友達からもらったりとか、そういう事もあった。
 そうやって作り上げた美希の全てが、ここにあるんだ。
「美希…頼む、僕を守ってくれ! ドロー!」

 ドローしたカードは。

「魔法カード、天よりの宝札を発動!」

 天よりの宝札 通常魔法
 お互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにデッキからカードをドローする。

 このタイミングで、こんなカードが…美希は、もしかしてかなり必死にカードを集めたんじゃないだろうか。
 天よりの宝札はかなりのレアカードだというのに。
 そして、手札が六枚になるようにデッキからカードをドローする。そして、手札をもう一度確認した。
 僕は…このカードを、使う。

「手札より、ウォーター・エレメントを召喚!」

 ウォーター・エレメント 水属性/☆3/水族/攻撃力900/守備力700

 ウォーター・エレメント。
 このカードは通常モンスターで、特に効果はない。でも、美希が最初に持って来た、というより最初にデッキに入れていたのはこのカード。
 僕はそれを見た。
 そして何より、僕は知っている。このカードが、少しだけ美希に似ているって事を。
 世間一般では、お守り代わりにデッキに入れるカードというのが少なからずあるという。
 なら、このカードなら。美希が僕を守ってくれているのだろうか。
 そう、だって…。

「リバースカード、葵の継承を発動!」

 葵の継承 通常罠
 フィールド上に存在する水属性モンスター1体をゲームから除外する事で手札より水属性モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードの発動に成功したターン、特殊召喚したカードは守備表示となる。

 フィールド上に存在する水属性モンスターを除外する事で手札の水属性モンスターを除外出来る。
 つまり、このターンに召喚したウォーター・エレメントをコストとして除外する事で手札の水属性を召喚する。

 受け継がれる、葵。
 お守りとしてのウォーター・エレメントを除外する時、姿を消して行くウォーター・エレメントが。
 少し、笑ったように見えた。

「ブリザード・プリンセスを特殊召喚!」

 ブリザード・プリンセス 水属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2100
 このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。
 このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 僕が美希のデッキを使う限り。
 美希は守ってくれる。僕の行く道を、僕の標を、僕が背負った罪すらも、全て照らして。

 君の為に僕は、もう一度生きる事を決めたのだ。
 だから負ける訳には行かない。例え相手が、何であろうとも!




《第12話:彼女達の戦い》

 笹倉紗論と坂崎加奈の因縁というのは本当は大した理由ではない。
 笹倉家は代々那珂伊沢市が村であった頃から行政の長を務めて来た由緒ある家系で、那珂伊沢が市に移行した後でも何期も延々と市長を続けていた。
 12年前までは。そう、坂崎加奈の父親が市長選に立候補し、当選したのである。
 …その時の選挙戦の結果、子供同士はライバル意識を持った。何故なら接戦だったからだ。
 ちなみに先代市長である笹倉紗論の父親は今は那珂伊沢市の助役として坂崎市長を補佐している。親同士はそれを切っ掛けに親交を深めていたりする。
 あくまでも口ではお互いに嫌い合っている。
 だが、坂崎氏が推進しているデュエル事業が廃れ行く街に新たな風を送り込み、街の人々がそれに感謝しているのも事実である。
 坂崎加奈が率先してそれを引っ張っているのもまた、である。
 笹倉紗論は歳が近い事もあって、彼女にライバル意識を持った。

 でもお互いに、その強さを認め合ってはいる。
 戦いはいつも接戦。一進一退ばかり。口では争う名誉。

 だが二人はいつも同じ事を考えている。
 那珂伊沢という小さな街の事をだ。


 だからだろうか。
 昨日化け物を見たばかりだというのに、誇りを失わないでいられるのは。
 仲間達と分断され、相手は二人。いつもなら誇りも全て捨てて恐怖に怯えて逃げ惑っているだろう、と笹倉紗論は思っている。
 自分は思っているほど、強い人間ではない事を思っている。
 それなのに、今の自分は、平然と立っている。モロスとケール。二人を前にして、だ。
 その理由は何だろうか?
 ――――簡単だ。この町を汚す相手を、許せないからだ。坂崎加奈と同じように。
 彼女もまた、この町を愛しているから―――――。

「あなた達の名前はなんですの?」
「モロス」
「ケール」
「なるほど……ニュクスとエレボスの子供達、ですのね」
 笹倉紗論はここでにこやかに笑う。
「地上奪還を目指す為に、母親の為に、例え自らを血で汚したとしても立ち向かうその姿、姿勢。目的は何であれ、地上奪還はあなた達にとっての正義。そう、全ては一つの正義の為に戦うという事のなんと純粋で素敵な事かしらね。でも……あなた達が自らの正義で戦うように、私達も自らの正義を以てして戦うんですのよ」
「……だろうな。真なる正義なんて無い。あるのは、勝ち残る正義と、負けて朽ち果てる正義だ」
「そう。正義と悪なんてのは大いなる間違いですわ。あるのは、勝つ正義と負ける正義。…だから私が貫くのは――――勝つ正義ですわ」

 彼女は胸を張る。
 彼女が貫くべき正義の為に、前を向いて戦うだけ。そしてそれと同じように、モロスとケールもまた、胸を張って戦うのだ!

「「「デュエル!」」」

 笹倉紗論:LP8000    モロス:LP4000 ケール:LP4000

「まずは私のターンですわね。ドロー!」

 デュエルをする度にデッキを変える。正確には、デュエルに敗北する度に新たなデッキを構築する笹倉紗論にとって、デッキとは自分が信じる力を詰め込んだ存在であると認識している。
 そう、毎回毎回とる戦術は変化する。戦いも、エースも、その時信頼するカードですらも。
 だが、多くのデッキを組んでいる彼女は、その分だけ多くの戦術を知り尽くしている事になる。そう、多くのデッキを。
 数多のデッキの中で多くのカードは配ってしまった。
 レアカードはおろか必須カードですら満足に行き渡らない子供達の為に。
 でもその中で一つだけ。
 配らずに手元に置き続けた。否、坂崎加奈との何十回にも及ぶデュエルで使わなかったデッキがある。
 それが…。
「魔導戦士ブレイカーを召喚!」

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

 魔導戦士ブレイカー 攻撃力1600→1900

 フィールドに、魔法使い族の騎士が現れる。
 しかしターンはそれで終わりではない。彼女のターンは、まだまだ続く。
「……勝ち残る正義を貫くのに必要なもの、あなた達はなんだかご存知ですの? 私は知っていますわ。そう、例え口汚く罵られようと、時として悪意にすら身を委ねなくてはいけない時もある…一時の勝利を得る為に、誇りを捨ててまで手に染めなくてはいけないものも」
 このデッキを使わなかった理由。
 それは、このデッキはまさに勝利を追求するためだけに存在するデッキだからだ。
 ただ、勝つだけ。暴悪なる力を持ってして、敵を制す。
 それは…この町のデュエルへの姿勢に合っていない。だから使わなかった。でも、今は違う。
 最強の力が必要とされている。
「そう…全てを打ち破る、強大だ力が…魔法カード、苦渋の選択を発動」

 苦渋の選択 通常魔法
 デッキからカードを5枚選択して相手に見せる。
 相手はその中から1枚を選択する。
 そのカードを自分の手札に加え、残りは墓地に捨てる。

「んなぁっ!?」
 モロスは思わず驚愕の声をあげた。
「苦渋の選択だと…!? そ、それは禁止カードだ! このデュエルで禁止カードを使うなど、貴様…我々に対して」
「勝ち残るが正義。あなた達も、私達人間を葬るのに手段を選ばないのでしょう? 私もまた、あなた達を破る為に手段を選ばないのですわよ」
「くっ……では、五枚を選べ!」
 モロスの言葉に、笹倉紗論はデッキからカードを五枚、選びとる。

「この効果で私が選択しますのは…ものマネ幻想師、闇の仮面、トーチ・ゴーレム、オネスト、収縮の五枚を選択いたしますわ」

 ものマネ幻想師 光属性/☆1/魔法使い族/攻撃力0/守備力0
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このカードの攻撃力・守備力は、選択したモンスターの元々の攻撃力・守備力と同じ数値になる。

 闇の仮面 闇属性/☆2/悪魔族/攻撃力900/守備力400
 リバース:自分の墓地から罠カードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加える。

 トーチ・ゴーレム 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3000/守備力300
 このカードは通常召喚できない。
 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、
 相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。
 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。

 オネスト 光属性/☆4/天使族/攻撃力1100/守備力1900
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
 エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 収縮 速攻魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

「……なぁ、ケール」
「なんだ、モロス」
「このあまりにもあまりな内容はなんだ? 我々は夢でも見ているのか?」
 モロスは、目の前にある五枚のカードのうち1枚を選べと言われても信じられなかった。
 どれを選んでも、ある程度は危険に思えるからだ。
「リスクの低さを考慮するなら闇の仮面だろうな」
「そう考えるのが妥当だ…少なくとも、オネストやトーチ・ゴーレムを加えさせるのは危険すぎる」
 オネストの効果の恐ろしさは彼らとてよく知っている。
 何せ、二人とも闇属性のカードを多く扱うのだ。相手の攻撃力を間接的に0にするオネストの恐ろしさは対応しきれない。
「だが…モンスター四枚というのもまた何か意図が見えて来る…仕方ない。ここは収縮を選択させてもらう!」
「そう。では、収縮以外の四枚は墓地に送られますわ」
 笹倉紗論は優雅な手つきでカードを四枚、墓地へと送る。
 やはり何か意図があるようにしか見えない。相手の出方がますます解らなくなる。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「…我のターンだ! ドロー!」

「終末の騎士を召喚する!」

 終末の騎士 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1200
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

「終末の騎士の効果により、我はデッキから闇属性モンスターを1体、墓地に送る。この効果で我はネクロ・ガードナーを墓地に送る!」

 ネクロ・ガードナー 闇属性/☆3/戦士族/攻撃力600/守備力1300
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 モロスはネクロ・ガードナーを墓地に送った後、更におろかな埋葬を発動する。

 おろかな埋葬 通常魔法
 自分のデッキからカードを1枚選択して墓地に送る。

 終末の騎士とおろかな埋葬。この効果はどちらも墓地肥やしだ。
 闇属性を基本とする墓地肥やし。ならば、それが狙うべきカードと言えば…。
「おろかな埋葬の効果でハウンド・ドラゴンを墓地に送る」

 ハウンド・ドラゴン 闇属性/☆3/ドラゴン族/攻撃力1700/守備力100

「1ターンで、多くの墓地肥やし…だとすると、狙ってくるのは」
「貴様の予想通りだ。我が召喚を狙うのはダーク・アームド・ドラゴンよ! 手札の迅雷の魔王ースカル・デーモンを墓地に送り、手札のダーク・グレファーを特殊召喚!」

 迅雷の魔王ースカル・デーモン 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2500/守備力1200
 このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。
 このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。
 1・3・6が出た場合、その効果を無効にし破壊する。

 ダーク・グレファー 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1700/守備力1600
 このカードは手札からレベル5以上の闇属性モンスター1体を捨てて、手札から特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、手札から闇属性モンスター1体を捨てる事で自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地へ送る。

 そしてこのターン、墓地に闇属性モンスターが三枚存在している。
 まさに予想通り、と笹倉紗論が呟いた時、モロスは既にそのモンスターを召喚していた。
「この瞬間、墓地に闇属性モンスターが三体存在する事により、我はダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚する!」

 ダーク・アームド・ドラゴン 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2800/守備力1000
 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、このカードを特殊召喚する事ができる。
 自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 モロスのフィールドに並ぶ、三体のモンスター。
 ダーク・アームド・ドラゴン、ダーク・グレファー、そして終末の騎士。
「……さぁ、行くぞ! ダーク・アームド・ドラゴンで魔導戦士ブレイカーをこうげ…」
「リバース罠、発動! 聖なるバリア―ミラーフォース!」

 聖なるバリアーミラーフォース 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

「いっ!?」
「残念ですけど…ダーク・アームド・ドラゴンの効果を使わなかった事が命取り、でしたわね」
 モロスの目の前で三体のモンスターは消し飛び、再び彼のフィールドはカラになる。
「あ、有り得ねぇ……だが、まだ手はある」
「モロス。震えているぞ。大丈夫か?」
「心配ない。ケール。お前のターンに負担をかける事になるな。すまん」
「気にするな。それより…」
 ケールはモロスの方を見つつ、言葉を続ける。
「ああ。大丈夫だ。解っているさ…今、我の墓地には六体の闇属性モンスターが存在する。知っているか、モンスターは闇へと堕ちた時、また真なる姿を見せる事を! フィールド魔法、Dark Under Worldを発動!」

 Dark Under World フィールド魔法
 このカードは自分の墓地に5体以上の闇属性モンスターがいる時に発動可能。
 このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 自分フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターはバトルフェイズ中、一度だけ攻撃を受けても破壊されない。
 このカードが発動している限り、フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いに墓地からカードを特殊召喚することが出来ない。


 フィールドが、闇に包まれる。
 静寂が支配する地下の世界。何も無い、ただあるだけの世界。
「……Dark Under World…」
 笹倉紗論がその名を呟いた時、静かな震えが、闇の中から起こった。

 その闇の中に、何かが潜んでいる。
 だが、そうやって潜むものが予知出来ない。理解できない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「私のターンですのね。ドローします」
 フィールドに鎮座するそのフィールド魔法を見ながら、デッキからカードをドローする。
 フィールド上に存在するのは魔導戦士ブレイカー1体のみ。
「カードを1枚セットし…王立魔法図書館を守備表示で召喚しますわ」

 王立魔法図書館 光属性/☆4/魔法使い族/攻撃力0/守備力2000
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、
 このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大3つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「続けて、魔法カード。トレード・インを発動します」

 トレード・イン 通常魔法
 手札からレベル8のモンスターカードを1枚墓地に捨てる。
 自分はデッキからカードを二枚ドローする。

「この効果で私が墓地に捨てるモンスターは…混沌帝龍−終焉の使者−ですわ」

 混沌帝龍−終焉の使者− 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500
 自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
 1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。
 この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。

 そして、デッキからカードを二枚ドロー。
 そうやって揃えた手札と墓地のカード…それを活かすカードは何か。
「……では、私はこのカードを召喚しますわ。ご存知ですの? 最強を謡われた、かの伝説の決闘王が使っていたあのカードを進化させたカードを…墓地の闇の仮面、ものマネ幻想師を除外する事で、光と闇、二つのモンスターを生贄に捧げ…最強剣士は降臨する! カオス・ソルジャー−開闢の使者−を召喚!」

 カオス・ソルジャー−開闢の使者− 光属性/☆8/戦士族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚出来ない。墓地の光属性モンスターと闇属性モンスターを1体ずつ除外して特殊召喚する。
 自分のターンに1度だけ、以下の効果を選択して発動出来る。
 ●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動した場合、このカードは戦闘を行えない。
 ●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行える。

「げぇっ!?」
「う、嘘だろ!? あんなカードを使う、だと…」
 モロスとケールが恐怖で凍り付くより先に、カオス・ソルジャーはゆっくりとフィールドへと降り立つ。
 カオスモンスター。
 カオス・ソルジャー−開闢の使者−、混沌帝龍−終焉の使者−、カオス・ソーサラーの三体に付けられた総称。
 最強のゲームエンドメーカーとして禁止カード指定され、使おうものならプライドが無いとまで言われる程だ。
 墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつ除外するだけという召喚条件と凶悪な効果を持つ。
 デュエリストとしての誇りあるものなら禁止カードの中でも特に危険なカオス・モンスターには手を出さない事が暗黙の了解だ。
 事実、笹倉紗論もこのデッキを組んで実践投入したのは初めてだ。
 だが今日ばかりは、そのように奇麗事ばかりも言ってられないし何より、これらのカードも埃を被っているよりも、戦う方が良いだろう。
 だからこそ、このカードを選んだ。
「…では、覚悟は出来てますわね?」
 彼女の言葉に、モロスとケールは絶句する。何故なら、二人のフィールドにあるものはリバースカードのみ。
 攻撃を守る壁モンスターは全て破壊されている!
「カオス・ソルジャーでモロスにダイレクトアタックさせて頂きますわ! 開闢双破斬!」
 攻撃力3000の一撃が、モロスを襲った。

 モロス:LP4000→1000

「ぐっ…だがしかし、攻撃を受けたこの瞬間! リバースカード、墮天種の鐘を発動!」

 墮天種の鐘 永続罠
 プレイヤーが直接攻撃によって戦闘ダメージを受けた時に発動可能。
 その時に発生した戦闘ダメージ以下の攻撃力の「墮天種:」と名のつくモンスター1体をデッキから特殊召喚できる。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーはエンドフェイズ毎に手札を1枚、墓地に送らなければならない。

 フィールドに、漆黒の鐘が現れた。
 鐘は鳴る。闇に打ち捨てられた世界で悲しく鳴り響く。
 闇の中に響き、闇に生きるものを呼び寄せるかのように悲しく。

「そして我は召喚する…攻撃力3000以下の墮天種を、だ…我が呼ぶモンスターは此奴だ! 墮天種:サイバー・ダイナソーを特殊召喚!」

 堕天種:サイバー・ダイナソー 闇属性/星7/機械族/攻撃力2500/守備力1900
 このカードを通常召喚する時、三体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このカードは相手モンスターの効果によって墓地に送られた時、そのターンのエンドフェイズにデッキから同名カードを特殊召喚することが出来る。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に破壊されたモンスターはゲームから除外され、このカードの攻撃力を500ポイントアップさせる。


 フィールドに、闇に飲まれ朽ちかけた機械の恐獣が降臨し、大きく咆哮をあげる。
「なるほど…ただ単に何も持たずにいるだけでは無いようですね。ですが、まだ魔導戦士ブレイカーの攻撃が残ってますわ!」

 ケール目掛けて、魔導戦士ブレイカーの一撃が直撃する。

 ケール:LP4000→2400

「ククク…貴様は罠に落ちた! モロスがこのカードを発動した事により、我もこのカードの効果を使う事が可能! 攻撃力1600以下の堕天種モンスターを召喚する事が可能となる!」
「!」
「…如何にカオス・ソルジャーの能力が優れていようと、我らの戦術の前に敵う筈はあるまい!」
 ケールは笑いながらカードを出す。
 その余裕は何を意味するのか。ただの負け惜しみか、それとも。
 いいや、それは本当に破滅の起点となるべきカードなのか。

 堕天種:レジェンド・デビル 闇属性/星6/悪魔族/攻撃力1500/守備力1800
 このカードを通常召喚する時、二体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 自分ターンのスタンバイフェイズ毎にこのカードの攻撃力は700ポイントずつアップする。
 このカードは戦闘では破壊されない。
 このカードが戦闘を行う事で相手に与えるダメージ、プレイヤーが受けるダメージは全て2倍になる。


「さて、次のターンは我だ。よって、レジェンド・デビルの攻撃力は700ポイントずつアップする」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドですわ」
「そうだ。お前がターンエンドした事により、我のターンに移る。そしてこの時、墮天種:レジェンド・デビルの攻撃力は2200となる」

 墮天種:レジェンド・デビル 攻撃力1500→2200

 だがしかし、これで終わりなのではない。ただ終わらせるだけなら次のターンでカオス・ソルジャーの手で瞬殺されるのがオチというもの。
 何よりケールはこのターンが初回ターン。手札は完全に温存されている。

「つまり、そういう事なのだよ笹倉紗論!」

 ケールは笑う。
 苦渋の選択、魔導戦士ブレイカーと王立魔法図書館の召喚、カオス・ソルジャー、ミラーフォースと多くのカードを消耗している。
 2対1で1側が不利なのは双方のカードに警戒をし、手札を浪費し続けてしまうという事だ。
 それは咄嗟のときの守りすら失わせる。
 如何にカオス・ソルジャーが単体では強烈なパワーカードだろうと、除去耐性などには弱いという事。
 そしてその攻撃力故に、戦闘では破壊され辛いと考えてしまう事を!

「まだ通常召喚の権利が残っているな…夜間戦闘仕様ギア・ゴーレムを召喚!」

 夜間戦闘仕様ギア・ゴーレム 闇属性/☆4/機械族/攻撃力2200/守備力800
 フィールド上に存在するこのカード以外の攻撃力2200以下のモンスター1体を生贄に捧げる。
 相手ライフにそのカードの攻撃力分のダメージを与える。
 この効果を使用したターン、このカードは攻撃宣言を行えない。

 機動砦のギア・ゴーレムというカードがある。
 だがしかし、このモンスターはそれに似せた姿を持つ、だがその効果は似て非なる。
 明らかなパワーカード。
 デメリット無しの下級モンスターであるにも関わらず攻撃力2200。
 ジェネティック・ワーウルフだけでなくサイバー・ドラゴンすらも蹴散らせる。そう考えればこのカードの恐ろしさが解るだろう。

「嘘…」
 その効果を見た時、笹倉紗論は戦慄した。
 こんなパワーカードを隠し持っていたなんて、と思うと同時に。
 同じなのだ。
 勝利の為に手段を選ばないのは。例え誇りを捨てようとも、勝たねばならぬ時もあるのだ。
 そう、勝利を捨ててでも誇りを失わない事もあるように。
 その逆もあり得る。勝たなければ、何の意味も無い時があるのだ。
「まだまだ我のターンだ。速攻魔法、収縮を発動!」

 収縮 速攻魔法
 モンスター1体を選択して発動する。
 このカードを発動したターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻守は半分になる。

「勿論、選択するモンスターはカオス・ソルジャー…解るな? 貴様が如何に鉄壁の布陣を敷こうとも我らを破るコトは出来ない」
 ケールが宣言しつつも、カオス・ソルジャーの攻撃力は3000から1500まで減少する。

 カオス・ソルジャー−開闢の使者− 攻撃力3000→1500

「墮天種:レジェンド・デビルの攻撃! カオス・ソルジャーを粉砕!」

 ケールの無情な声とともに、レジェンド・デビルの攻撃がカオス・ソルジャーを貫いた。
「ぐっ……え?」

 笹倉紗論:LP8000→6600

 ライフが1400減っている。
 ダメージは700の筈なのに…いいや、違う。そうじゃない!

「墮天種:レジェンド・デビルはダメージを2倍にする。受けるダメージも、与えるダメージもな」

 堕天種:レジェンド・デビル 闇属性/星6/機械族/攻撃力1500/守備力1800
 このカードを通常召喚する時、二体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 自分ターンのスタンバイフェイズ毎にこのカードの攻撃力は700ポイントずつアップする。
 このカードは戦闘では破壊されない。
 このカードが戦闘を行う事で相手に与えるダメージ、プレイヤーが受けるダメージは全て2倍になる。


「そして、まだまだ終わりではないぞ! 墮天種:サイバー・ダイナソーで、魔導戦士ブレイカーを攻撃する!」

 更に続けての攻撃。魔導戦士ブレイカーもまた破壊。
 そして更に新たなダメージと…サイバー・ダイナソーに付けられた新たな効果、だ。

 笹倉紗論:LP6600→6000

 堕天種:サイバー・ダイナソー 闇属性/星7/機械族/攻撃力2500/守備力1900
 このカードを通常召喚する時、三体の生贄を捧げなくてはならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このカードは相手モンスターの効果によって墓地に送られた時、そのターンのエンドフェイズにデッキから同名カードを特殊召喚することが出来る。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に破壊されたモンスターはゲームから除外され、このカードの攻撃力を500ポイントアップさせる。


 墮天種:サイバー・ダイナソー 攻撃力2500→3000

 魔導戦士ブレイカーが除外された事により、新たなカオス・モンスターの召喚の為のコストにも出来ない。
 そして最後に、夜間戦闘仕様ギア・ゴーレムが守備表示の王立魔法図書館を破壊した。
 壁モンスターは0になる。

 ライフは残り6000。まだ余裕がある。まだ余裕がある。けれども。
 彼女が今、気にしているのはそのような事ではない。揺らいでいるのだ。
 自身が今、使うデッキと、相手が使うデッキについて、だ。
 醜い。
 29勝36敗。坂崎加奈との対戦スコアだ。
 敗北を重ねる度に新たなデッキを繰り出す笹倉紗論と、愛用するカードを信じる坂崎加奈。
 幾度とない対戦。同じデッキが相手なのに勝てない、故に新しいデッキを組む笹倉紗論。
 彼女には誇りがある。そう、自分自身に対してだ。
 反則的過ぎるカードは使うな。
 それは或いは現世と冥界の逆転のような極端なデッキ破壊であったり、ヴィクトリー・ドラゴンのような問答無用の勝利であったり。
 手にする勝利にも差がある。
 誇りを捨てて美しく無い戦いで得た勝利など、誇りを失わずに戦い抜いた敗北の何十倍にも劣る。
 彼女なりの流儀だ。
 そう、彼女なりの流儀。戦いにそんなルールなど、本当は無いにも関わらず。
 勝利とは勝利。敗北とは敗北。
 そう、あっさり決めつけられるのが普通。だが彼女は迷っていた。否、恐ろしくなったのだ。
 このデッキを組んだ時、このデッキで戦う事は出来ないと気付いたのはそのデッキの恐ろしさに自分で気付いたからだ。
 故に一度も戦わずに、埃を被ったまま封じられていた。
 誇りもなにも勝たなければならない今、開いてみたら。相手も同じなのだ。
 相手もまた、誇りも何も無い。

「おかしいじゃない」

 誰かの声が、彼女の中で響く。

「あなたが守って来た誇りなんて、相手の前では大したモノでもないのにね。あなたは必死になってそれを守ろうとしている。くだらない。そのデッキを作った時点で、あなたにもう誇りなんて無いのに」

 誰?

「わたしは、あなた。あなたは、わたし」

 声はあざ笑うように言葉を続ける。

「そもそも、あなたの誇りなんてなに? 自分の実力だけで勝つ事? いいえ、違う。デッキはあなたの力だけでは勝てない。デッキとは、共に戦う戦友のようなもの」

 デッキとは、共に戦う戦友のようなもの。
 長い間。いいや、同じデッキを使う事など殆ど無い。毎度毎度デッキを変えて来た笹倉紗論にそんな認識は無い。
 そもそも自分で決めた誇りとは何か?
 徐々に頭が痛くなる。

「このままだと負ける」

 そうだ。押し切られる。相手は二人。
 こっちが最強の力なら、相手は最高の罠を仕掛けている。
 最強。最も強い。勝てる相手がいなくなればそれは最強。そう、一つの頂点。
 最高は遥かな高み。そう、ずっと伸び続ける、遥かな高み。

「勝ちたいんでしょう? 笹倉紗論?」

 声はもう一度笑う。

 そうだ…私は勝ちたい。勝つ為にここに来たんだ。
 29勝分の名誉と、誇りも今は忘れろ!
 坂崎加奈がそうであるように、私自身もこの町を…愛しているのだから!

「…ターンエンドだ。モロス」
「ああ」
 モロスとケールは彼女が沈黙した事に気付いた。
 まだモロスとケールが有利な状況かと聞かれると、必ずしもそうであるとは限らない。
 何故なら例え幾らモンスターを並べようと布陣を敷こうと。容易く突破する人種がいるという事を知っている。
 いいや、人間とはそういう生き物だと言う事を、我々は痛いほど理解している筈なのだ!

 モロスとケールが気付いた時、笹倉紗論は。
 目を、見開いていた。

「負けたく無い…お前達に、負けたく…無い……例え誇りを捨てようと、町の人を守る為ならば……」

「それがどんなに誇りを失おうものでも、恥知らずだとしても」

「敗北の痛みよりは遥かにマシだと思え。例え誇りを失わずとも敗れた事に…」

「敗北…することが…!」

 笹倉紗論は両足で大地を踏みしめる様に、心の奥底から声を振り絞る。
 その声にあるのは悲痛な叫び?
 否、違う。そこにあるのは…感情だ。ただ、勝利を心の奥底から求めている。

「嫌なんだッ!!! 例え全てを捨てようと、地に堕ちようとお前達に負けてはならないのだと!」

 そして、デッキの山からカードをドローする。
「魔法カード、天使の施しを発動…」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札から二枚を選択して墓地に送る。

 三枚のカードをドローし、手札から二枚を選択して墓地へ。
 ドローと墓地肥やし。だがしかし、モロスはその時に気付いた。
「ん…?」
「どうした、モロス?」
「ケール……彼女の目」
「ん?」
 笹倉紗論の瞳が、暗く染まっていた。
 そう、誇りを見失っていないときの彼女の瞳は輝いていたのに、今は闇へと沈んでいる。

 モロスとケールは、自分たちが地上奪還を企てている間に気付いていなかった事だが。
 この時、地上にはダークネスの侵攻が進んでいた。
 自らが抱える心の闇へと飲まれる事で全てを無にする真の世界へと。
 そう、ダークネスの侵攻は心の闇がある限り生まれる。

 そしてそれは、この那珂伊沢にも、彼女にも届いていたのだ。

「…そして魔法カード、龍の鏡を発動」

 龍の鏡 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から、
 融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
 ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 自らがダークネスへと堕ちた事に気付かない彼女は淡々と、デュエルを続ける。
 だが、頭を埋め尽くすのはこのデュエルに勝利すること。そう、例えそれが如何に卑怯と非難される戦いであったとしても。
 勝つと決めたら勝つのだ。

「この効果で墓地の混沌帝龍−終焉の使者−、カオス・ソルジャー−開闢の使者−、混沌の黒魔術師をゲームから除外する…」

 混沌帝龍−終焉の使者− 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500
 自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
 1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。
 この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。

 カオス・ソルジャー−開闢の使者− 光属性/☆8/戦士族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚出来ない。墓地の光属性モンスターと闇属性モンスターを1体ずつ除外して特殊召喚する。
 自分のターンに1度だけ、以下の効果を選択して発動出来る。
 ●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動した場合、このカードは戦闘を行えない。
 ●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行える。

 混沌の黒魔術師 闇属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2600
 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
 このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かずゲームから除外される。
 このカードがフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 混沌帝龍−終焉の使者−。
 カオス・ソルジャー−開闢の使者−。
 混沌の黒魔術師。

 どの三体も、禁止カード指定されている強烈なカード。
 もしも使おうものなら卑怯だと非難されるだろう。だがしかし、このような守護神を使ってでも敗北したのだとしたら。
 それは最早、全てが地に堕ちているのではないだろうか。
 勝利することが栄光だとは限らない。
 ただ、純粋に勝利が欲しい。

 ダークネスの暗き炎に染まった彼女が選んだ答えは、破壊だった。

「…降臨」

 究極混沌竜騎士 光属性/☆12/ドラゴン族/攻撃力5000/守備力5000/融合モンスター
 「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」+「混沌の黒魔術師」
 このモンスターは上記の融合素材でしか融合召喚できない。
 このカードの特殊召喚に成功した時、墓地に存在する魔法カードを二枚、選択して手札に加える事が出来る。
 このカードは自分の墓地に存在する光属性モンスターと闇属性モンスターの数×500ポイント、攻撃力がアップする。
 1ターンに一度、以下の効果のうち一つを選択して発動する。
 ●2000ライフポイントを支払う事で、このカードを除くお互いのフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。
  墓地に送ったカードの枚数×400ポイントのダメージを相手に与える。
  この効果を発動するターン、このカードは攻撃宣言を行なえない。
 ●墓地に存在する光属性または闇属性モンスター1体を除外する事で、フィールド上に存在するモンスター1体を除外する事が出来る。
 ●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度だけ続けて攻撃を行なう事が出来る。

 アルティメット・カオス・ドラゴンナイト。
 最強にして、究極の、光と闇の力を得た竜騎士。

 その名を知るもの、その姿を見たものは少なくとも、その存在がその名を讃えるべき存在である事だけはよく解る。

 そして何よりも、そのモンスター効果は、融合素材の三つの力、その全てを受け継いでいるという事!
 フィールド全てを破壊する事も、相手モンスターを一度斬り捨てればもう一度攻撃できる事も相手を問答無用で除外する事も!
 その全てが、可能なのだ。

「さて……覚悟は出来ている? モロスとケール?」
「いっ……っ!」
 モロスもケールも、恐らく気付いていなかったデあろう。
 彼女を追い込んだのは彼ら自身。だが。
 その結果自らの墓穴をも掘る結果になるという事を……!

「エターニティ・ギャラクシー・ブレイカァァァァァァァッ!」








 河野浩之:LP2200    ネメシス:LP2200

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●ドラゴン族:1回のバトルフェイズに付き、1体のモンスターしか攻撃宣言を行う事は出来ない。
 ●魔法使い族:自分は手札から魔法カードを発動する事が出来ない。
 (このターンに発動しているネガティブエフェクト以外は省略しています)

 クリアー・ハート 永続魔法
 このカードを発動する時、フィールド上に「クリアー」と名のつくカードが存在しない限りこのカードの以下の効果は適用されない。
 ●このカード以外の「クリアー」と名のつくカードがフィ−ルド上に存在する限り、このカードのコントローラーはエンドフェイズ毎に500ポイントずつライフポイントを回復する。
  このカードが魔法・罠カードの効果で破壊される時、手札を一枚墓地に送る事で破壊を無効に出来る。

 クリアー・デスペアー・ドラゴン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000
 このカードの属性は「闇」として扱わない。
 このカードは相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない時、相手プレイヤーを直接攻撃する事が出来る。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、相手に与える戦闘ダメージは0になる。
 このカードが相手モンスターに攻撃を行なう時、バトルフェイズ中、このカードの攻撃力は2倍になる。
 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚できる。

 ブリザード・プリンセス 水属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2100
 このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。
 このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 フィールドに、ブリザード・プリンセスが鎮座した。
 手札のカードを使えば、クリアー・デスペアー・ドラゴンとも戦えるが、クリアー・ワールド2のネガティブエフェクトにより、手札から魔法カードを発動できない。
 ならば、伏せるしかない。だが、リバースカードは警戒されるだろう。
 そりゃそうだ。
 モンスターにただ単純に攻撃を通すにしてもリバースカードを警戒しなければ終わらない。

 しかし、リバースカード無くして逆転は有り得ない。
 クリアー・デスペアー・ドラゴンの攻撃力は事実上の5000。ブリザード・プリンセスでは及ばない。
 だが、魔法カードを封じられている以上…罠カードも無い。
 ならば伏せるしかない。だが…伏せたら伏せたで…サイクロンが飛んで来る可能性が高いだろう。
 大嵐?
 それも有り得るかも知れない。ハーピィの羽根箒は禁止カードだ。だが、ネメシスがそれを気にするようなタイプか?
 どうなんだ、考えろ、考えるんだ。

 じっと考える僕を見て、ネメシスが呟く。
「何を迷っているんだ河野浩之?」
「……」
「カードを伏せるなら、ターンエンドすればいい」
「……除去カードはなんだ?」
「へ?」
 僕の問いにネメシスは一旦驚いた顔をした。
「答えろ。除去カードは何を使っている?」
「……魔法・罠カードの除去に使うのはサイクロンだ」
「それを信頼していいのか?」
「お前の判断に任せる」
「………」
 問題はそれの信頼性だ。
 とりあえずハーピィの羽根箒は入ってないと解釈するべきなのだろうか。
 いいや、でも大嵐が入っていないとは、考えられない。
 でも伏せなければ…逆転の手は無い。何故ならこのターンが終わればネメシスのターンなのだ。

 焦るな。
 そうだ、焦るな。

 落ち着くんだ…1ターンだけなんだ。1ターンで全てが…決まる。
 それに対して必要以上に怯えるな。

「1ターンでなんとかできるって、ワクワクしない?」

 美希は…そう言っていたんだ。そうだ。
 1ターンの逆転ですら、それすら、味方につける事が出来れば。

 きっと出来る。行ける。行ける。

「カードを三枚セットして、ターンエンド!」

 だから、残りの手札を、全て使い切ってしまえ、このために。




《第13話:エピタフ》

 河野浩之:LP2200    ネメシス:LP2200

 クリアー・ワールド2 フィールド魔法
 このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に500ライフポイントを支払う。または500ライフポイントを支払わずにこのカードを破壊する。
 このカードのカード名は「クリアー・ワールド」としても扱う。
 お互いのプレイヤーはコントロールしている種族によって、以下の効果を適用する。
 ●ドラゴン族:1回のバトルフェイズに付き、1体のモンスターしか攻撃宣言を行う事は出来ない。
 ●魔法使い族:自分は手札から魔法カードを発動する事が出来ない。
 (このターンに発動しているネガティブエフェクト以外は省略しています)

 クリアー・ハート 永続魔法
 このカードを発動する時、フィールド上に「クリアー」と名のつくカードが存在しない限りこのカードの以下の効果は適用されない。
 ●このカード以外の「クリアー」と名のつくカードがフィ−ルド上に存在する限り、このカードのコントローラーはエンドフェイズ毎に500ポイントずつライフポイントを回復する。
  このカードが魔法・罠カードの効果で破壊される時、手札を一枚墓地に送る事で破壊を無効に出来る。

 クリアー・デスペアー・ドラゴン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000
 このカードの属性は「闇」として扱わない。
 このカードは相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない時、相手プレイヤーを直接攻撃する事が出来る。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、相手に与える戦闘ダメージは0になる。
 このカードが相手モンスターに攻撃を行なう時、バトルフェイズ中、このカードの攻撃力は2倍になる。
 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚できる。

 ブリザード・プリンセス 水属性/☆8/魔法使い族/攻撃力2800/守備力2100
 このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。
 このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 三枚のリバースカード。
 クリアー・ワールド2のネガティブエフェクトで手札からの魔法カード発動が出来ない。
 だから伏せるしかない。除去される事も覚悟で、だ。

「ターンエンドだ」
「では、我のターンだな……」
 ネメシスは僕のリバースカードと、僕を見る。そしてブリザード・プリンセスもだ。
「罠を張ったんだな。いや、デュエルを行なう以上、罠を張るのは当然か」
「ああ」
 それは否定しない。
 先ほどの除去カードについての問答もまた然り、だ。
「だが、ブリザード・プリンセス自体に特に効果は無い。召喚サポートと、召喚したターンに魔法・罠を発動できぬぐらい。その程度は大した問題ではないと言える」
 そう、ブリザード・プリンセス自体に大した効果は無いのだ。
 召喚したターンが過ぎれば、効果無しの通常モンスターにも等しい存在になるうえ、効果モンスター故に通常モンスターのサポートも受けられない。
 このカードは、召喚したターンに何をするかが勝負なのだ。
「そこで貴様が如何なる罠を敷こうと大丈夫なように鉄壁の布陣があるのだよ、河野浩之。永続魔法、クリアー・エンドキャノンを発動!」

 クリアー・エンドキャノン 永続魔法
 このカードはフィールド上にこのカード以外の「クリアー」と名のつくカードが存在する時、
 次の二つのうち一つを選択して発動する。
 ●手札に存在する「クリアー」と名のつくモンスター1体を墓地に送る。
  相手フィールド上に存在する魔法・罠カードゾーンに存在するカードを2枚選択して破壊する。
  この効果は1ターンに一度しか発動できない。
 ●フィールド上に存在するレベル7以上の「クリアー」と名のつくモンスター1体を生贄に捧げる。
  その攻撃力の半分の数値分、相手ライフポイントにダメージを与える。
  その後、相手に与えたダメージ以下の攻撃力を持つ相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 静かなクリアー・ワールドに、近未来的な姿をした砲台が現れた。
 効果は二つ。だが、選択するとするならば…。
「当然。第一の効果だ」
 ネメシスは僕が問いかけるより先に答えを言い放つ。
 そう、手札のクリアー・モンスターを墓地に送る事で、リバースカードを除去する事を。
「……つまりだ。お前が罠を張ろうと、無駄なのだよ。その残された手札1枚はモンスターカードだから、場に出してはいないのだろうな」
 そう、残った1枚の手札はモンスターカード。
 これを使い切る訳には行かない。最後の詰めに必要なのだ。だが、その大前提すら今崩れてしまう。
 あのカードを…破壊されてはいけない。
「…随分と困り果てているようだな」
 ネメシスは笑う。
「そうだね」
「希望を絶たれるかも知れないその瞬間、それはやはり怖いか? 河野浩之?」
「解らない」
 僕は答える。三枚のリバースカードのうち、本当に必要なのは1枚だけ。
 残り2枚は逆転の布石にはなるが、完全に覆せる訳では無い。
 僕が欲しいのは、僕が狙うのは一つだけ。あのコンボだけだ。
 でも…。

 それすら、絶たれるのか?
 今、この瞬間?

 でも…なぁ、美希。
 お前だったら、どうするんだ?
 確率は三分の一……いいや、違う。それよりももっと低いんだ。
 あのネメシスがそれより先を用意していない筈が無い。手札にサイクロンを隠し持っているかも知れない。
 地砕きを持っているかも知れない。可能性は幾らでもある。
 ネメシスが僕を飲み込む事なんて容易い。そう、容易過ぎる事だ。確率的に見ても、勝率など…。

 バカ言え。
 お前はどんな思いでこのデッキとともにいる。
 何の為にここに立っている。
 お前はその程度なのか? そんなもので終わるのか? ここで終わってしまうのか?
 嫌だろう?
 そうだ、嫌なんだ。こんな所で終わりになるのはご免だ。
 戦うと決めたんだ。勝ちに来たんだ。こんな奴より遥か先に、タナトスが待ち構えている!
 タナトスに一刺しもしないまま終わるかよ。
 美希の身体だけじゃない、多くの人に絶望と恐怖を植え付けた。お前は死の神だというが、ここまで死者を冒涜する奴なんてそうそういるかよ!
 喰らわせてやる。
 ここで終わる訳には行かない。そうだ、まだ先があるんだ。

 お前はここで終わるべきじゃないんだよ、河野浩之。
 守ってくれている筈なんだ、自分でつかみ取れる筈なんだ!

「手札より…クリアー・ヴィシャス・ナイトを墓地に送り、我が破壊するリバースカードは…その両端だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 クリアー・ヴィシャス・ナイト 闇属性/☆7/戦士族/攻撃力2300/守備力1100
 このカードがフィールド上で表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。
 相手フィールド上にモンスターが存在する場合、このカードはリリース1体で召喚する事が出来る。
 自分の手札・フィールドに他のカードが存在しない場合、
 このカードの攻撃力は相手フィールド上に表側表示で存在する元々の攻撃力が一番高いモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 クリアー・ヴィシャス・ナイトが砲弾と化して二つの砲塔へと装填される。
 ロックオンした先は両端のリバースカード。そして…。
「撃てぇぇぇぇっ!」

 両端のリバースカードに迫る、砲弾。
 当たる。頼む…当たる。

「1枚目っ! ミラーフォースか!」

 聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能。
 相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 1枚目の破壊対象はミラーフォース。ならば二枚目は?
「収縮か!」

 収縮 速攻魔法
 モンスター1体を選択して発動する。
 このカードを発動したターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻守は半分になる。

 三枚のうち、二枚が破壊された。
「……フッ」
 ネメシスが、笑った。
「勝った……勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 ミラーフォース。
 収縮。
 どちらも、逆転に繋ぐ一手。最後の希望と言うものは、容易く絶たれる。
 そう、可能性という者は容易にちぎれるもの。それが例えなんであろうとも。
 僕は…。
「…クリアー・デスペアー・ドラゴンの攻撃!」

「僕の勝ちだ」

 1枚だけ残されたリバースカードと共に。

「へ?」
「僕の勝ちだ、と言っている。ミラーフォースと収縮。そう、共にどちらも有用なカードではあるさ。でも、それが逆転の手数だと、僕は一度たりとも言っていない」
「なぁっ…!」
「僕が本当に残していた答えは、この真ん中の1枚だ! リバース速攻魔法、名も無き誓いの剣を発動!」

 名も無き誓いの剣 速攻魔法
 自分フィールド上に存在する「ブリザード・プリンセス」1体をゲームから除外して発動する。
 自分の手札・デッキから「ブリザード・プリンセス・ナイト」を1体特殊召喚する。

 吹雪の魔法使いの姫君。
 彼女の短所は召喚時以外は通常モンスターも同然。だが、そのようなカードを…活かさない訳には行かなかった。
 美希はそれに気付いたから。
 例え名前がなくとも、誓いを込めた剣は如何なる宿敵をも打ち破ると信じている。
 そう、信じている。だからこそ、このカードを選んだ。このデッキを選んだ。

 それはずっと前から解っていたような気がする。
 まだまだ人生20年も生きていない、大人になりきれない子供のようだってのに、伝えたい事とか、残したい事とか、色々とあるような気もする。
 人が生きて行く上で残したいもの、残して行くもの。
 人は時として、残したいものを自らの墓へと残して行く。そうやって出来た無数の墓碑銘の中から僕たちが得て行くもの。
 そして更に僕たちが残して行くもの。
 色々、あるだろう。
 でも一つだけ残したいのなら、自分自身だけには、諦めるな。
 僕の墓にならそんな墓碑銘を刻んでやる。

 だから、ここで負けても後悔しない。
 ネメシスを倒し、その先にあるタナトスに一撃を加えてやらなきゃいけないと決めたんだ!

「ブリザード・プリンセス・ナイトを召喚!」

 ブリザード・プリンセス・ナイト 水属性/☆8/戦士族/攻撃力2800/守備力2100
 このカードは通常召喚できない。「名も無き誓いの剣」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードは相手プレイヤーがコントロールする魔法・罠カードの効果を受けない。
 自分の手札に存在する水属性モンスター1体を墓地に送る事で、バトルフェイズ中、
 相手モンスターの攻撃力分、攻撃力と守備力をアップさせる。

 姫君は誓いを込めた剣をとって騎士へと変わる。
 その剣を振るうのは何の為か。誇り、誓い、勝利、いいや、違う。
 守りたいものを守る為の力が必要だと、彼女自身が気付いたからだ。

 そうやって振るわれる剣にあるのは、純粋なる思いしかないのだから。

「……ハッ! だが、クリアー・デスペアー・ドラゴンは攻撃宣言を行なう時、攻撃力は倍加する!」

 クリアー・デスペアー・ドラゴン 闇属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力2500/守備力2000
 このカードの属性は「闇」として扱わない。
 このカードは相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない時、相手プレイヤーを直接攻撃する事が出来る。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行う時、相手に与える戦闘ダメージは0になる。
 このカードが相手モンスターに攻撃を行なう時、バトルフェイズ中、このカードの攻撃力は2倍になる。
 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚できる。

 戦闘ダメージこそ与えられないが事実上の攻撃力5000。
 絶望の名を持つ竜がブリザード・プリンセス・ナイトへと牙を剥き、翼を広げて襲いかかる。
 例えダメージを与えられなくても、その牙は―――だが、真なる牙はこちらにある。
「ブリザード・プリンセス・ナイトは…手札の水属性モンスター1体を墓地に送る事で! バトルフェイズ中、相手モンスターの攻撃力分だけ、攻守を増加させる! 即ち!」

 クリアー・デスペアー・ドラゴン 攻撃力2500→5000
 ブリザード・プリンセス・ナイト 攻撃力2800→7800

 最後の手札を、ゆっくりと見せる。
 水属性モンスターの、憑依装着−エリア。

 憑依装着−エリア 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 このカードは自分フィールド上の水属性モンスター1体と「水霊使いエリア」を墓地に送る事でデッキから特殊召喚出来る。
 この効果で特殊召喚した場合、相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分、ダメージを与える。

 そっと墓地へと送る。
 僕はこのバトルに勝ったのだ。三分の一より下の、全てが終わってしまうような確率に。
「や、やめっ…」
「くたばれ、ネメシス」
 ブリザード・プリンセス・ナイトが剣を向ける。
 そして、一気に振り下ろした。情け容赦なく、遠慮なく。これでもかとばかりに。
「ぐああああああああああああっ!!!!!!!」

 ネメシス:LP2200→0

 クリアー・ワールド2。クリアー・ハート。クリアー・エンドキャノン。
 全てを封じるクリアー・ワールド。何も無い世界。だがその全てを、打ち破った。
「くそ…何故だ…」
「タナトスはこの先にいるのか?」
 僕の問いにネメシスは震える手で示した。
「ああ、この先にいる…だが河野浩之。一つだけ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「………お前は何故、そこまでして戦う? 自身が幾ら傷付こうと、我らの全てが踏みにじられようとも、何故そこまでして戦うのだ?」
「………僕が戦う理由、か」
 傷つく事は誰だって嫌な事だ。そりゃそうだ。
 でも生きて行く上で誰かを傷つける事はある、傷つかなきゃいけない時はある。
 そう、相手の全てを踏みにじる事もある。

 人生の道とは、常に誰かの血で赤く染まっている。

「僕が守れなかった妹が…美希がいた。美希は本当はずっと生きたかったんだろう。世界はとても奇麗だ。生きてるって事は、凄い事だ。お前達もきっとそうだって事は、解らないまでも無いかも知れない。でも…僕はお前達を許せない」
「だろうな…だが、お前達にはお前達の正義がある。我らにも我らの正義があるのだ…」
「守りたいと願った人がいる。僕が救えなかった美希の分も、僕は彼女と生きなきゃいけない。お前達の正義は、それを奪うものだと気付いたんだ…だからだ。僕は、お前達をこの手で汚さなくちゃいけない」
「それは我らの正義に反するものだ」
「そうだな」
 そう、正義と悪なんてものは無い。
 勝つ正義と、負ける正義の二つで占められている。

 僕は勝利を得て、彼は敗北したのだ。

 美希が生きたかったこの世界を。
 マリーが再び動かしてくれたこの世界を。
 タナトスの思い通りにはさせない。僕が出来る、マリーから受け継がれた誰かを助ける為に差し伸べる手。
 その手は決して優しさでも慈愛でもない。
 やってる事は戦いだ。
 でも、それだけでも。僕に出来る事で、美希のためになる事で、他の無数の誰かを救える事なのだから。

 だから僕は今、ここにいる。

 僕の正義を、貫く為にだ。変わると決めた僕が出来る、数少ない出来事だからだ。

「くそっ…くそっ…!」
 ネメシスは泣いていた。
 きっと僕が同じ立場であったとしても、恐らく悔しさに泣いたのではないだろうか。
 彼には彼なりの正義がある。守りたいもの、得たいもの、色々あったに違いない。
 だが。

 僕は一歩だけ近寄る。
 腰に付けた重いもの。晋佑に渡された拳銃をゆっくりと持ち上げ、銃口をネメシスの頭へと向けた。

 一歩近づく。更に一歩。何歩も歩く。

「ネメシス。撃つタイミングは、お前が決めろ」
「………その距離でいい」
 銃口とネメシスの隙間は僅か1センチほど。撃てばすぐに頭に突き刺さる。
 そしてネメシスは脳髄をまき散らして命を絶たれる。罪悪感が無いかと聞かれるとそうではないかも知れない。
 けれどもこのまま生かしておくのも、彼が許さないだろう。
「……兄上、先に行く。我らにまた光を灯してくれ、必ず……撃てっ!」

 ネメシスの額から小さく血が散った。
 初めて撃った時の反動は意外と大きかった。だが、弾丸はその1センチの距離を駆け抜けてネメシスの額に吸い込まれる。
 ばたり、と倒れた。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝が見定めた茨の道
越えるべき運命に気付いた時
その行く手を照らさん事を願う

汝に「魔術師」の力を授けん…

 ネメシスを見下ろして、僕は銃を下げる。
 一発だけ使った拳銃。今日、握るのが初めてで、人のカタチをしているものを撃ったのも初めて。
 震える手。この手で、命を一つ終わらせたんだと、解る。
 人は生きている上で。
 多くの命の犠牲の上で生きているのに、何で今日ばかりは。やたらと手が震えるんだろう。

 違う。直接、殺したのが初めてなんだ。
 僕と同じように意識を持って、願いを込めて、そして必死に戦った。必死に生きた。
 そして、僕に敗れて、命を絶たれた。

 お互いに死力を尽くした戦いだったのだ。僕自身はまだ先があるとしても、彼には先など無い。

「さよなら、ネメシス」
 僕はそう呟くと、ネメシスの身体を跨いで奥へと進んだ。
 懐中電灯の薄暗い明かりで、先へと伸びる通路と、その横に一つの通路が見えているのが解る。

「…ん?」
 その脇の通路から一人の人影が歩いて来る。
 誰だろうか、と思うより先に懐中電灯の薄暗い明かりに顔が映る。
「松井さん」
「河野君? あれ、どうしてここに…」
「松井さんこそ。ネメシスを今倒した…それで、先に進もうとしていた所だ」
 僕の言葉に、松井さんは「そうなんだ」と呟くと、僕が今まさに進もうとしている先を見る。
「私は誰も会ってない…宍戸君や先輩とも別れちゃったし」
「そうか…でも、この先にタナトスがいる、とネメシスは言っていた」
「ふぅん」
 松井さんは先を見据えながら呟くと、息を吐いた。
 松井さんが視線を先に見据えるのと同じように、僕も視線を奥に向ける。

 静かな、だが確かな気配が伝わって来る。

 この先に、タナトスはいると。










「……実はね。こうやって、真っ向からお前達と戦う事を、あたしは待っていたんだと思う」
「待っていた?」
 坂崎加奈の呟きに、ヘスペリスは首を傾げる。
「そう。待っていた……この町を汚す奴を許さないと思うのは、私も、笹倉も、誰だって同じ。でもね」
 坂崎加奈はそう言葉を続けると、デュエルディスクを突き出した。
「さぁ、決闘おう。他の誰よりも何よりも、どんな戦いよりも、ずっと奇麗で尚かつ…お前にとっての地獄を、お前の血で彩ろう。私が引導を渡すから、ね」
 坂崎加奈の言葉に、ヘスペリスは彼女の瞳を見て驚いた。
 坂崎加奈という人物を知るものならば全員驚くだろう。だが…彼女は二つの顔を持っている。
 一つは去る者を追わず、来る者を拒まない、両手を広げて誰よりも多くの人を見る優しさの顔と。
 そしてそんな人達を傷つける者を許さない。否、彼女にとって大切であろう人達を許せない、地獄の焔を宿した瞳。
 全ての宿敵を焼き尽くす為の瞳だ。
「……いいでしょう、戦いましょう。お前のその瞳を、絶望で染め上げる為に」
 そしてヘスペリスもまた思うのだ。相手を焼き尽くす炎は、時として自らも燃やし尽くすと。
 お互いにそれを思っている。
 そう、勝ち残るのはどちらか。相手を焼き尽くすのはどちらか片方。双方ではないのだ。

「「デュエル!」」

 坂崎加奈:LP4000   ヘスペリス:LP4000

「先攻は私がもらう! ドロー!」
 まずはヘスペリスのターン。デッキからカードをドローし、様子を見る。
「ヴォルカニック・ロケットを攻撃表示で召喚!」

 ヴォルカニック・ロケット 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1900/守備力1400
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 デッキまたは自分の墓地から「ブレイズ・キャノン」と名のついたカード1枚を手札に加える事ができる。

 フィールドに炎の小さなフライングフィッシュが現れ、相手を威嚇するかの如く小さく唸った。
「ヴォルカニック・ロケットは召喚に成功した時、デッキからブレイズ・キャノンを手札に加える事ができる! ブレイズ・キャノンを手札に加える!」

 ブレイズ・キャノン 永続魔法
 手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
 この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

「そして永続魔法、ブレイズ・キャノンを発動!」

 フィールドにブレイズ・キャノンが鎮座した。
 そう、ヘスペリスのデッキは…ヴォルカニック・バーン。
 坂崎加奈の操る地獄の焔が勝つか、それともヘスペリスの火山の勇者達が勝つか。
 その運命は、今後にかかっているのだ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「あたしのターン! ドロー!」
 続いて坂崎加奈のターンである。
 手札を確認するが…ヴォルカニック・ロケットの厄介な所は攻撃力1900とかなり高い所にある。
 ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4はすぐに出せるが攻撃力1800。
 灼熱の大地ムスペルへイムを使っても攻撃力2100、そしてフィールド魔法故にヴォルカニック・ロケットも強化される。
 どうすればいいのか。それが問題となるが…それを解決する問題はある。何故なら。
「手札より、フィールド魔法、灼熱の大地ムスペルへイムを発動!」

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 フィールドが、地獄の業火に包まれた。
 そこは炎に支配された世界。炎属性に分類される全てのモンスターがありのままの力を出せる場所。
「そして、あたしは手札から魔人インフェルノスを召喚!」

 魔人インフェルノス 炎属性/☆4/悪魔族/攻撃力2000/守備力800
 手札からこのカードを捨てる事で「灼熱の大地ムスペルヘイム」をデッキから手札に銜える。
 このカードはフィールド上に「灼熱の大地ムスペルへイム」が存在しない時、墓地に送られる。

 魔人インフェルノス 攻撃力2000→2300

 ヴォルカニック・ロケット 攻撃力1900→2200

「炎属性である以上、お互いに攻撃力は300ずつ増加する…でも、魔人インフェルノスは、事実上攻撃力2300! 悪いけど、ロケットには退場して貰うよ!」
 坂崎加奈は言葉を続けつつ、攻撃宣言を行なう。
「リバース罠、くず鉄のかかしを発動!」

 くず鉄のかかし 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。

「!」
 魔人インフェルノスの攻撃はかかしに防がれ、バトルフェイズは終了となる。
 だがしかし、坂崎加奈のターンはまだ終わっていない。
「嫌なカードを伏せてるね……くず鉄のかかしを除去しない限り、何度も攻撃を防がれる」
 相手の攻撃を止めるのに、除去しなければ何度も使える。
 魔法・罠カードゾーンを一つ丸々使い潰すのが難点だが、それを差し引いても優秀なカードと言える。
「ならば、潰してしまえばいいか」
 坂崎加奈はそう呟きつつ、カードを二枚セットする。
「ターンエンド」
「…私のターン。ドロー!」

「手札のヴォルカニック・バレットを墓地に送り、ブレイズ・キャノンの効果を発動!」

 ヴォルカニック・バレット 炎属性/☆1/炎族/攻撃力100/守備力0
 このカードが墓地に存在する場合、500ライフポイントを払う事でデッキから「ヴォルカニック・バレット」1体を手札に加える事ができる。
 この効果は1ターンに1度だけ自分メインフェイズに使用する事ができる。

 ブレイズ・キャノン 永続魔法
 手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
 この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

 ヴォルカニック・バレットが文字通り弾丸として装填され、坂崎加奈のフィールドに砲口を向ける。
「破壊対象は…魔人インフェルノス!」
「甘い。全然甘いね。リバース罠、砂塵の大竜巻を発動!」

 砂塵の大竜巻 通常罠
 相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを1枚選択して破壊する。
 その後、自分の手札から魔法または罠カードを1枚セットする事ができる。

「だけど、砂塵の大竜巻が発動されたとて、ブレイズ・キャノンの効果で魔人インフェルノスは破壊される!」
 ヘスペリスは笑いながら砲弾に撃ち抜かれた魔人インフェルノスを見送る。
 ブレイズ・キャノンを失ったとはいえまだ…あれ?
 まだ、自分のフィールドにブレイズ・キャノンは残っている。
「あたしが潰したのはくず鉄のかかし」
 坂崎加奈はニヤリと笑う。カウンター、と見せかけた本命はそっちが狙いだったのか。
「ヘタにくず鉄のかかしを意識して破壊しようとするなら、カウンターを狙って来るだろうからね。だから敢えて逆を行ったんだよ」
「くっ…なかなかやりますね、坂崎加奈」
 ヘスペリスは唇を噛む。
 魔人インフェルノスを破壊したとはいえ、ブレイズ・キャノンの効果でこのターンは攻撃を行なえない。
 ターンエンドする他は無い。
 くず鉄のかかしという守りを失うも、まだ取り返せる範囲だ、とヘスペリスは考えていた。

 だが、本当の地獄はここからだ。

「あたしのターン…手札からヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 フィールドに、小さな炎の龍が現れた。
 地獄の業火は攻撃力を2100に上げた後、相手を威嚇するかのように睨む。
「さてと…覚悟は、出来てる?」
「だが攻撃力2100! それでは倒せな…」
「甘いね。全然甘い。この程度で終わる筈は無いよ…まずは魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札から二枚を選択して墓地に捨てる。

 デッキからカードを三枚ドローし、その後二枚を選択して墓地に送った後…手札は更に増えている。

「フィールドにはLV4…この小さな龍を育てる方法が一つあるよ。それはね…魔法カード、レベルアップ!を発動ーッ!」

 レベルアップ! 通常魔法
 フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つモンスター1体を墓地へ送り発動する。
 そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。

「レベルアップ!の効果で、あたしはLV4を墓地に送ってLV6を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/☆6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 攻撃力2400→2700

「LV6の攻撃…フォース・イグニッション・バースト!」
「ぐっ…!」
 ヴォルカニック・ロケットがその一撃で粉砕され、炎の暴風がヘスペリスへと襲いかかる。

 ヘスペリス:LP4000→3500

 流石は、地獄の焔。
「ターンエンド」
「私のターン」
 最初のダメージとはいえ、やられっぱなしで済ませるヘスペリスではない。
 何故ならお互いに焔を纏うものである以上、解っているのだ。

 生物は本質的に火を避ける。その恐怖を知っているからだ。
 だが人間は違う。
 火を道具として使う事から進化を始めた。
 人間は焔によって進化してきた。そして、焔によって破滅の道を進みつつあった。
 全てを創るのが焔ならば、全てを壊すのも焔なのだ。

「私は魔法カード、魔法石の採掘を発動!」

 魔法石の採掘 通常魔法
 手札を二枚捨てて発動する。
 自分の墓地に存在する魔法カードを1枚、手札に加える。

「魔法石の採掘の効果で手札に加えるのは勿論…ブレイズ・キャノン! そしてブレイズ・キャノンをもう一度発動!」

 ブレイズ・キャノン 永続魔法
 手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
 この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

「手札を三枚使ってまでブレイズ・キャノンを使うの? 随分と大した意地だけど…そうやって削った手札はどうするのかな?」
「……時として、準備手段というものはありますから」
 坂崎加奈の問いに、ヘスペリスは答える。
 それはやせ我慢などではない。ただ、布石を整える為には何ターンか時を稼がなくてはいけない。

「そして、私はヴォルカニック・トマホークを召喚!」

 ヴォルカニック・トマホーク 炎属性/☆4/炎族/攻撃力0/守備力?
 このカードの召喚に成功した時、このカードは守備表示になる。
 このカードの守備力は墓地に存在する「ヴォルカニック」と名のつくモンスターの数×400ポイントとする。
 このカードが戦闘で破壊されて墓地に送られた時、
 墓地に存在する「ヴォルカニック」と名のついたモンスターの数×100ポイントのダメージを相手ライフに与える。

「私の墓地には今、ヴォルカニックは4体……よって、トマホークの守備力は1600…いえ、ムスペルへイムの影響を受けて1900ですね」

 ヴォルカニック・トマホーク 守備力0→1600→1900

「…カードを1枚伏せて、ターンエンドです」
「なるほど、流石はヴォルカニック・バーン。例えその身を削られようと意地でも相手を焼こうとするその姿勢、流石だよね」
 坂崎加奈は感心するが、それでも手を抜くような彼女ではない。
「あたしのターン! LV6を生贄に捧げて、LV8を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/☆6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 炎属性/☆8/炎族/攻撃力3000/守備力2000
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 ライフポイントを1000支払う事で相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で、
 手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV10」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 攻撃力3000→3300

 最上級モンスターへと進化した地獄の焔は全てを飲み込むが如く大きく口を開ける。
 ヘルフレイムエンペラードラゴンの進化とは。
 まるで、人の成長に似ている。小さな幼き龍が大きくなるように、強さを身につけて行く人間に似ている。
「LV8…」
 ここまで進化したからには…もう、後戻りする事は出来ないだろうから。
 そう、一度でも強さを手に入れてしまったからには。弱かった自分に戻りたいとも思わないように。
 一度踏み込んだ領域から、もう外れる事など出来ないのだ。
「……あたしはこの町で生まれた。那珂伊沢で生まれて那珂伊沢で育った。外の世界に憧れない訳じゃないし、出たく無い訳じゃない。でも、それでもあたしはこの町で生きたい。その理由、わかる?」
 坂崎加奈の問いにヘスペリスは答えない。
「わからなくていい。そう、これはきっとあたしだけにしか解らない。何も無かった筈だったこの町が、あたしが切っ掛けで変わった。変わってしまった。その全てを見届ける責任があたしにはあると思う。でも…その変わった事が良い事だって信じてて、皆が、良い事だって言ってくれてる……そんな人達の為にも、あたしはこの町で出来る限りの事をしないといけない」

「だからあたしは思うんだ。この町を、例え命を賭けてでも、あたしは守る! 他の誰にも、決して汚させはしない!」

 坂崎加奈の叫び。
 願い、思い、19年もの間に生きて来た願いが全てそこにあった。
 そうやって出した答えはまだ早過ぎるものなのだろうか?
 だが、そんな早すぎた答えでも構いはしない。それが間違っていない事だと信じているなら、その理想に殉じるのもまた信じる強さ。

「……ああ、そうか」
 ヘスペリスは呟く。
「……太陽も無い、冷たい世界で、私たちは生まれた。父親の顔も知らない。母上は、いつも私たちの事を嘆いていた。素晴らしかった地上について、色々と…人間達が来るまで、ただ平和を謳歌していただけだというのに……私たちは、奪いに来たんじゃない」

「返してもらいに来たのよ!」

 二人が対峙する。二つの焔を纏い、それぞれ相手を焼き尽くそうとばかりに。
「LV8の攻撃! イグニッション・カラミティ・バースト!」
 遂に、戦闘が始まった。
 LV8から放たれた火焔の一撃がヴォルカニック・トマホークへと迫る。
 攻撃力3300と守備力1900。結果は言わずもがな、ヴォルカニック・トマホークは情け容赦なく消し飛んだ。
 だが、それで終わった訳では無い。
「リバース罠、バックファイアを発動!」

 バックファイア 永続罠
 自分フィールド上の炎属性モンスターが墓地に送られた時、
 相手ライフに500ポイントのダメージを与える。

「バックファイア…!」
「トマホークが破壊された事により、あなたに500ダメージ…更に、トマホークの効果で、400ポイントのダメージを追加します!」

 坂崎加奈:LP4000→3100

 嫌なカードだ、と坂崎加奈は思う。
 しかし、これをねじ伏せなければ終わらない。例え相手が…なんであろうと!

 だが、現時点で出来る手だては少ない…ターンエンドをする他は無い。
「…カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「私のターンです」
 そして、再びヘスペリスのターン。
 モンスター無し。魔法・罠カードはバックファイアのみ。そして手札も1枚のみと完全に八方ふさがり。
 どう見てもヘスペリスの方が劣勢なのに、とてもそうとは思えない何かがそこにあるような気がする。
「ドロー! 取り戻す為にここに来た。その為ならば、私は奇跡すら信じよう! 全ては、私たちの未来の為なのだから! 天よりの宝札を発動!」

 天よりの宝札 通常魔法
 お互いに手札が六枚になるようにデッキからカードをドローする。

 天よりの宝札で手札を補充し、その先に出て来るものがあるとすれば…それは。
「速攻魔法、クレイジー・ファイヤーを発動!」

 クレイジー・ファイヤー 速攻魔法
 500ライフポイントを払う。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「ブレイズ・キャノン」と名のついたカードを破壊し、  フィールド上のモンスターを全て破壊する。
 その後、自分フィールド上に「クレイジー・ファイヤー・トークン」(炎族・炎・星3・攻/守1000)を1体攻撃表示で特殊召喚する。
 このターン自分のモンスターは攻撃する事ができない。

 クレイジー・ファイヤーはブレイズキャノンと500ライフコストを犠牲にし、フィールド除去を行なう。
 それ単体として見れば、決して有用と言えるカードではない。

 ヘスペリス:LP3500→3000

 だが、他のカードと組み合わせる事でそれは時として恐ろしい存在と化していく。
 例えば攻撃を行なえないデメリットも、別のカードの効果で攻撃が出来ないものまでまとめて使ってしまえばいい。
「ブレイズ・キャノンを破壊し……あなたのフィールドの、ヘルフレイムエンペラードラゴンLV8を破壊!」
「なっ……!」
 LV8が破壊され、姿を消した直後、ヘスペリスのフィールドにはクレイジー・ファイヤー・トークンが姿を現す。

 クレイジー・ファイヤー・トークン 攻撃力1000→1300

「更に続けてヴォルカニック・デビルを除外し、ファイヤー・ソウルを発動!」

 ファイヤー・ソウル 通常魔法
 相手プレイヤーはカードを1枚ドローする。
 自分のデッキから炎族モンスター1体を選択してゲームから除外する。
 除外したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
 このカードを発動する場合、このターン自分は攻撃宣言をする事ができない。

 ヴォルカニック・デビル 炎属性/☆8/炎族/攻撃力3000/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「ブレイズ・キャノン−トライデント」を
 墓地に送った場合に特殊召喚する事ができる。
 相手ターンのバトルフェイズ中に相手フィールド上に攻撃表示モンスターが存在する場合、
 相手プレイヤーはこのカードに攻撃をしなければならない。
 このカードがモンスターを破壊し墓地へ送った時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、
 相手ライフに1体につき500ポイントダメージを与える。

 ファイヤー・ソウルの効果で除外されたヴォルカニック・デビルの怨嗟が炎となって襲いかかる。
「ぐっ……あああああああっ!」

 坂崎加奈:LP3100→1600

「はぁっ……はぁっ…!」
 そのダメージが実体化したかの如く、坂崎加奈は痛みを感じた。
 そう、有り得ない程の痛み。焼き尽くすほどの苦痛。だが、それで終わりではなかった。
「…そしてここに。もう1枚、ファイヤー・ソウルがある。そして、もう一度、ヴォルカニック・デビルを除外する!」
 ヘスペリスも容赦はしない。
 何故なら彼女もまた後が無い。ここで敗れたのなら、全てが終わってしまうから。
「が……ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 苦痛。

 坂崎加奈: LP1600→100

 地獄の業火。命そのものを燃やしているかのような、苦痛。
 その痛みが彼女を襲う。

 焼き付くような痛みの中、坂崎加奈はそれでも考えていた。
 熱さ、痛み、少しでも気を抜くと精神まで焼かれる。でも…それでも、自分は倒れてはいけない。
 自分と一緒に来た仲間達だって同じ様に、苦痛に耐えている。
「ぐっ……くっそおおおおおおおっ!」
 これぐらいがなんだ。まだいける、まだいけるぞ。
 ライフがちゃんと…残っている!
「…ライフが100だけ残ってる。本当に、運がいい。ターンエンド」
 ヘスペリスは、その時、坂崎加奈の顔が、歪んだのを見た。

 勝てる、とばかりに舌なめずりをしているようにも、見えた。

「……あたしの、ターン」
 苦しそうにしながらもまだ闘志を失っていない彼女は、デッキからカードを1枚ドローした。

「………ヘルフレイムエンペラードラゴンはその名の通り、地獄の焔の王」

「地獄の業火で全てを焼き付くし、勝利をもたらす。そこに…誇りも何も無い。ただ、守りたいものの為に、あたしは全てを捧げてもいい。それがあたしの覚悟だ。この町はあたしんだ! 他の誰のものでもないんだ! だから……今だけ、この町の全てを、あたしが王になってもいいよね? リバース罠! 不死鳥昇華を発動!」

 不死鳥昇華 通常罠
 墓地に「ヘルフレイムエンペラードラゴン」と名のつくモンスターが存在する時に発動する。
 墓地に存在する「ヘルフレイムエンペラードラゴン」と名のつくモンスターを全て除外し、
 手札・デッキ・墓地から「KAISER PHOENIX」1体を特殊召喚する。

 地獄の焔の龍は長い時を生き続ける事で。
 または大いなる力を追い求める事で、その姿を不死鳥へと変化させる。
 かつての太陽神の如く、全てを焼き尽くす不死鳥が、そこに姿を現す。

「墓地に存在するヘルフレイムエンペラードラゴンはLV8と、LV4とLV6が2体ずつ…合計、5体! さっきの天使の施しで、墓地に送った奴も含めてね!」
「まさか!? 最初から、これの召喚も視野に入れて……」
「多少の準備は必要だったよ、ヘスペリス! KAISER PHOENIXを特殊召喚!」

 KAISER PHOENIX −ヘルフレイムエンペラードラゴン− 炎属性/☆10/炎族/攻撃力?/守備力?
 このカードは通常召喚できない。このカードは「不死鳥昇華」の効果でのみ、特殊召喚できる。
 このカードの攻撃力・守備力は召喚時に除外した「ヘルフレイムエンペラードラゴン」と名のつくモンスターの数×1000ポイントとする。
 このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、コントロールを変更できない。
 相手ターンのバトルフェイズ中に相手フィールド上に攻撃表示モンスターが存在する場合、
 相手プレイヤーはこのカードに攻撃をしなければならない。
 このカードがモンスターを破壊し墓地へ送った時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、
 相手ライフに1体につき500ポイントダメージを与える。
 手札・墓地に存在する「ヘルフレイムエンペラードラゴン」と名のつくカードを1枚ゲームから除外する毎に、
 このカードの攻撃力は1000ポイント上昇する。

 KAISER PHOENIX −ヘルフレイムエンペラードラゴン− 攻撃力0→5000

 フィールドに、不死鳥が舞い降りた。
 不死鳥は火の粉をまき散らしながら、ヘスペリスの前を飛び回る。
「ああ」
 その飛び方は優雅で、幻想的。そう、暗い世界しか見ていなかった彼女が初めて見た、美しい光景。

 でもその光景が明るくとも、どうしてここまで炎なのだろう。

「……カイザーフェニックスの攻撃! イグニッション・カイザー・フェニックス!」

 そして攻撃宣言が下された。
 ヘスペリスを守るカードなどなにもない。ただ、彼女は破壊されるだけなのだ。
「うわあああああああああっ!!!!!!!」
「これが……これが、あたしだけじゃなくて、多くの人達が受けた痛みだ! これは里見の分っ! これは碓真の分っ! 矢吹君の分っ! あれもこれもそれもどれもなにもかも全部おまえたちが皆にぶちかました分を倍返しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 坂崎加奈の感情に合わさるように燃え上がる炎。
 ヘスペリスの細胞一つ一つが、地獄のように、全身の水分が沸騰してはじけて行きそうなぐらい!
「カラミティ……エンドォォォォォォォォォッ!!!」

 そして、トドメの一撃。
 盛大な爆発とともに、ヘスペリスは自らの意識すらも、地獄に焼かれたのだと気付いた。
 そう、何故なら相手は地獄の業火。
 火山の力ですら…及ばないとは、恐るべき、人間。

「助けて、母様……」

 それが、ヘスペリスの最期の言葉。


 坂崎加奈は、大きく肩を下ろした。
「………ふぅ」
 きっとみんな、どうしているだろうか。同じように勝ち残っているのだろうか。
 それは少し気になるが、それでも前へと進まざるを得ない。

「…河野君、大丈夫かなぁ?」

 だがしかし、坂崎加奈はこの時、彼よりも自分の心配をしなければいけない事に、気付いていなかったのだ。
 そう、自身とは反対側の道に入った、反対方向にいる彼女の事を。




《第14話:レクイエム》

 長い長い廊下を抜けた先に、黒い海が広がっているのが解った。
 それが何故海と解ったのか。ただ、光も届かない漆黒の水をたたえた地がどこまでも広がっている。そう見えたのだ。
「海…?」
 僕の呟きに、松井さんがふと何かに気付いた。
「河野君、あれ」
 前方、海の真ん中に小さな島があった。
 その島まで、飛び石のように足場が点々と続いている。そして島には、一人の人影がいる。
「…なるほど」
 あんな所で待ち構えているだなんて、随分洒落ている。
 僕はそう呟くと、デッキをセットしなおす。つい先ほどになって解った、僕のデッキの全て。
 そしてその全てに。もう1枚だけ、付け加える。

 上半分だけの青眼の白龍を加え、松井さんもデッキを調整したようだ。
 そして僕らは、飛び石の上を歩き出した。


 長い飛び石を伝い続けて、遂にその場所にたどり着く。
 僕と同じぐらいの体格。いや、少しだけ細身。

 漆黒の闇の中で、彼の漆黒の髪と、赤い瞳だけがやたらと浮かんで見える。
 だが、その両腕は悪魔のような異形の腕。そしてその左腕には斧のように刃を付けられた幅広のデュエルディスク。
「……来たんだね、河野浩之」
「……ああ。来たよ」
 直接会うのは初めてなのに、まるで何年も前から知っていた様に。何年も前から、対峙し続けたように、僕は呟いた。
「…直接会うのは初めてだな。一度だけ、俺とお前は戦ったというのに。あの少年を操ったときだ。憶えてるか?」
「ああ。もう二十日近くも前になるのに。今でも昨日みたいに憶えてる」
 タナトスの問いに、僕はそう答える。

 あの時の僕から、僕は大分変わった。

「俺のキョウダイ達を皆打ち破ってるとは、大したモノだよ。賞賛に値する」
 オイジュス、アパテー、ネメシス、ヘスペリス、モロス、ケール。
 六人のタナトスの弟・妹たち。
 つい、昨日と今日だけの戦いだったというのに、確かに彼らは強かった。
「僕が倒したのはネメシスだけだけどね」
「ネメシスか。アイツは、厄介だっただろう? まぁ、いいさ……さて、よく来たな、二人とも」
 タナトスは小さな島を一周するように歩いた後、拳を上へと上げ、そして振り下ろした。

 盛大な轟音と共に、先ほど僕らが渡って来た足場が海の中へと堕ちて行く。
「……お前さん達はしばらくここに留まる事になるな」
「……まぁ、確かにそうはなるけど…どうしてわざわざ?」
「決まってるだろ?」
 タナトスは笑う。
「お前達がここに来るのを解っていた。だから待ち伏せがあった。違うか?」
「…まぁ、そりゃ、そうだけど」
 そうじゃなければ僕たち全員を分断して各個撃破を狙おうとはしないだろう。
「つまりだ。それはお前達がこちらに攻め込んで来たように、こちらもそっちに攻め込んでいるという事だ!」
 そう言えば、昨日も黒明太子がいた。
 いや、昨日だけじゃない。何匹も何匹も町に溢れ出しつつあった。僕らが幾ら数を減らそうと、僕らが通って来た道で待ち構えていた連中が全てじゃない。
「まさか…!」
「ああ。悪いが、お前達をここに足止めしている間にありったけの戦力を町に向けた! そしてお前達は……ここで死んでもらう」
「外道め……!」
 松井さんが吐き捨てるのと同時に、タナトスは笑う。
「お前と同じだよ、松井律乃。お前がヒュプノス兄貴に友を殺されたように……俺も兄弟達を、仲間を、同志を殺されたのだから…そうなった者達の為にも俺達は負けられない! 如何なる手段を使おうともな! ここに来たからには、生きて戻らせはしねぇ!」
「ならばタナトス、一つ聞こう」
 僕の問いに、タナトスは視線を向ける。
「ああ、なんだ?」
「……美希の声を使った理由は、僕を潰したかったからか?」
「ああ」
 タナトスはあっさりと答えた。
「俺はお前が怖い」
「…どういう理由で、だ?」
「知っているか河野浩之。天才的な画家、もしくは小説家でも作曲家でも何でもいい。そんな連中がそれぞれの分野で大成しない方法ってのがある。それは何だと思う?」
「…?」
 僕が首を傾げていると、タナトスは言葉を続ける。
「簡単だよ。一つはその天才的な分野に対して興味を持たない事だ。元々やりようが無いから始まらないし大成しようがない。そしてもう一つ」
 タナトスはもう一本指を出しながら呟く。
「本人がそれに気付いていないって所だ。つまり、お前だ」
 タナトスはそう呟いた後、前へと一歩進み出る。
「だから俺はお前を倒したかった。最優先で潰したかった…だがお前は結局生き残った! そうだとも…お前にとって妹がどういう存在であるかは、俺だって理解しているさ。当然だ。兄弟ってのは、助け合うもんだろ? …俺も同じだったんだよ。ヒュプノス兄貴についてって、人間に殺された、エリスがいたさ……ああ、エリスってのは、人間達の間じゃ争いの女神だなんて言われてる。人間のもっとも苦悩するものだと…そういうものなのか、争いってのは?」
「さぁね。生憎と僕は20年も生きてない大人にもなれない子供だよ」
「俺もそうさ。親父の顔も知らない、地上を追われて壊れた母さんの元で育った、子供だ」
 タナトスはそう言って視線を僕に合わせる。
「……でも、生きて行く上で、争いを経験せずにはいられない。争って、勝たなければ、先へと進めない。生き残れない」
「ああ、そうだな。そしてこの争いは」

「人間と俺達の全面戦争って訳か。地上の命運を賭けた。俺が負ければ、俺達の夢は潰える。オネイロスなんかには任せられない。アイツは、弱いからな」
 そう言った後、少しだけ距離をとる。
「俺はお前と戦ってみたい。だが、怖いんだ。お前と戦うのが。でもお前を倒さなきゃ、俺達の夢は続かない」
「僕もだ。僕も、怖いよ」

 お互いに、ニヤリと笑う。
 松井さんがそんな僕らを見て、驚いたようだったが、それでも。

 戦わない事には、始まらない。

「松井さん―――勝とう!」
「―――――うん!」

「「「デュエル!」」」

 河野浩之:LP4000 松井律乃:LP4000    タナトス:LP8000

「俺の先攻ドロー!」
 最初はタナトスのターンだ。
「メルキド四面獣を召喚!」

 メルキド四面獣 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1200

「更に、カードを1枚セットし、ターンエンド」
「僕のターンだ」
 まずは小手調べといった所か、大したステータスがある訳でも無いモンスターを出して来るとは…。
 僕はとにかくカードをドローする。
「デュアル・ランサーを攻撃表示で召喚!」

 デュアル・ランサー 水属性/☆4/海竜族/攻撃力1800/守備力1400/デュアル
 このカードは墓地またはフィールド上に存在する限り通常モンスターとして扱う。
 フィールド上に存在するこのモンスターを通常召喚扱いとして再度召喚する事でこのカードは効果モンスター扱いとなり、以下の効果を得る。
 ●このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけ、ダメージを与える。

 フィールドに二本の槍を構えた海竜が出現し、メルキド四面獣へと照準をセットする。
「バトルだ! デュアル・ランサーで、メルキド四面獣を攻撃!」
「リバース罠、メルキド・壱の仮面を発動!」

 メルキド・壱の仮面 永続罠
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に存在する全てのモンスターはレベルの数×100ポイント、攻撃力がダウンする。

 デュアル・ランサーにメルキド四面獣のうち、一つの仮面が分離してデュアル・ランサーへと装着される。

 デュアル・ランサー 攻撃力1800→1400

 攻撃力が400ポイント減少する事で、デュアル・ランサーの攻撃力は1400。
 メルキド四面獣を下回り、返り討ちに遭う羽目になる。
「くそっ…!」

 河野浩之:LP4000→3900

 100だけとはいえ、ライフが削られたのは痛い。
 だが、仕方あるまい。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターンだ……ドロー。そして、カードを1枚セットし、ターンを終了する」
 カードを1枚セットしただけで、ターン終了?
 僕の疑問に、松井さんも気付いたのか首を傾げている。
「私のターンです。ドロー!」

「XX-セイバー エマーズブレイドを召喚!」

 XX-セイバー エマーズブレイド 地属性/☆3/昆虫族/攻撃力1300/守備力800
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキからレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 XX-セイバー エマーズブレイド 攻撃力1300→1000

「エマーズブレイドの攻撃力ではメルキド四面獣には及ばない……リバースカードも、メルキドの仮面、かも知れない…ならば」
 松井さんは手札を見ると、そのうちの1枚を取り出す。
「魔法カード、セイバー・スラッシュを発動!」

 セイバー・スラッシュ 通常魔法
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する「X-セイバー」と名のついたモンスターの数だけ、
フィールド上に表側表示で存在するカードを破壊する。

 セイバー・スラッシュ。
 X-セイバー達に許された除去カードで、その剣の一撃で表側表示のカードを破壊し尽くす!
「私が破壊するのはメルキド・壱の仮面!」
 メルキド四面獣ではなく、敢えて仮面の方を選んだのは彼女のやり方なのだろうか。
 メルキド・壱の仮面が破壊され、エマーズブレイドの攻撃力が1300に戻った。
 が、次の瞬間だった。
「リバース罠! 呪われた月の仮面を発動!」

 呪われた月の仮面 通常罠
 相手のカードの効果によって自分フィールド上のカードが破壊された時に発動可能。
 相手フィールド上のカードを1枚破壊する。
 このカードは発動後、墓地に送られずそのままセットする。

 僕らを取り囲む島の闇の海に、月の影が浮かんだ。
 真ん丸のお月様。だが、そこに優しさは無い。月は激しい憎悪を浮かべていた。
 そして、月の怒りがフィールドへと降り注ぎ、エマーズブレイドが倒れた。
「今のは!?」
「呪いに冒された月の怒りが、お前達の可能性を奪う。そして月は再び大地に消える…」
 まるでくず鉄のかかしのように、墓地に送られずにそのままセットされる。
 厄介なカードだ。どうにかして除去しなければならないだろうが。
「……ターンエンド」
 だが、今はなにも出来ないのか、松井さんはターンエンドを宣言した。
「俺のターンだ! 行くぞ!」
 メルキド四面獣は健在、呪われた月の仮面という守りのカードもある。
 だが、続けて出るものは…。
「スペル・オブ・マスクを発動」

 スペル・オブ・マスク 通常魔法
 手札から「仮面」と名のつくカードを捨てる事でデッキからカードを二枚ドローする。

「この効果で俺は弱体化の仮面を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドローする」

 弱体化の仮面 通常罠
 エンドフェイズ時まで、攻撃モンスター1体の攻撃力は700ポイントダウンする。

「随分と仮面と名のつくカードを使うな。好きなのかい?」
 僕がそう呟くと、タナトスは「ああ」と頷く。
「人は誰もが仮面を被っている。その仮面に覆われた本当の自分を知るものは少ない。自分だけかも知れないし、自分だけが仮面のせいで見えないのかも知れない。だが、それでも一つ言えるのは……仮面があるから、人は生きて行ける。きっと俺もお前も、そうなんだよ」

 タナトスは悲しげに言った後、僕に手をそっと向けた。
「……仮面を被って、本当の自分の声に耳を塞いでいたお前には、解るだろう?」
「そうだね……仮面、か」
 そう、仮面。本当の自分を覆い隠す、時として盾にも、時としておろかなものにもなる。
 悪意か、善意か。
 それすらも見えなくなる、仮面。
「…仮面を被っているから、見えなくなってしまう。時として、大切なものすらも」
 タナトスはそう呟いて、デュエルディスクの中から、ふわりと出現した仮面を被った。

 おぞましい仮面。
 血の涙を流しているような、口も鼻も無い、眼から赤い液体だけが溢れる仮面。

「…手札より儀式魔法、仮面魔獣の儀式を発動!」

 仮面魔獣の儀式 儀式魔法
 「仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー」の降臨に必要。
 フィールドか手札から、レベルが8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。

 仮面魔獣の儀式により、タナトスの手札から二枚のカードが生贄として墓地に送られる。
「俺は仮面の悪霊ブギーマンと、仮面の悪魔フラウロスを生贄として墓地に送り…仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーを召喚!」

 仮面の悪霊ブギーマン 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1000/守備力1000
 墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事でデッキから同名カードを特殊召喚できる。
 このカードが「仮面の悪霊ブギーマン」の効果で特殊召喚された時、自分は1000ライフポイントを回復する。

 仮面の悪魔フラウロス 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力600
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールをエンドフェイズまで得る。
 この効果を使用したターン、このカードは攻撃宣言を行なえない。

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3200/守備力1800/儀式モンスター
 「仮面魔獣の儀式」により降臨。
 フィールドか手札からレベル8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。

 フィールドに現れたのは、巨大な姿を持つ仮面の悪魔。
 世にも恐ろしい呪文を身につけた仮面の悪魔は、身を守るカードも何も無い松井さんに照準をセットする。
 そして、タナトスのフィールドには、メルキド四面獣もまだ健在!

 メルキド四面獣 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1200

「!」
「マスクド・ヘルレイザー及び、メルキド四面獣でプレイヤーにダイレクトアタック!」
 タナトスの攻撃が、松井さんへと迫る。
 そうはさせない、攻撃を通すものか!
「リバース罠、黄昏のプリズムを発動!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。
 モンスター1体の攻撃を別の対象に向ける。

 河野浩之:LP3900→3400

「僕が選択するのはマスクド・ヘルレイザーの攻撃…!」
「河野君!?」
 松井さんがそう叫んだ直後、3200分のダメージが襲って来た。
「がっ……あああああああああああっ!」
 そして松井さんにも、メルキド四面獣のダイレクトアタックが襲う。
「くうっ……!」

 河野浩之:LP3400→200

 松井律乃:LP4000→2500

 ぎちり、という音と共に、痛みが走った。ような気がした。
「え…?」
 肩から、何かがこぼれ落ちる。生暖かい何かが。そっと、手を触れると。
 べっとりと張り付く、生温くて赤いもの。
 血だ。
「……血…嘘だろ…」
 肩に、何かが噛み付いた?
 でも、ここには何もいない…いいや、ここが闇に支配された時から。
「その通り。闇には魔物が潜む」
 タナトスが呟く。仮面の奥にある表情は見えないが、静かな声で呟くのが見える。
「……闇のゲームさ。そう、ライフが尽きる時は…命が尽きる時さ」
「闇の、ゲーム」
 松井さんが恐ろしそうに呟いた。
 僕はその意味が分からないが、彼女は何か知っているのだろうか。
「松井さん、闇のゲームって…」
「私も話で聞いた事があるぐらい。でも、その昔……闇の力を持つデュエリストが行なったという、命がけのゲーム。敗者には全てを奪う罰ゲームが下されるっていう、ね」
 松井さんはそう答えると、ぐっとタナトスを睨む。
「河野君、ライフが殆ど無い以上、無茶はやめて。私が出来る限りサポートするから」
「けど」
 いちいちその程度を気にしていられるか、と思いかけてふと思い直す。
 ライフが尽きるときは、命が尽きる時。
 そうして殺されたのなら、僕は…マリーとの、美希との、約束を果たせない。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 タナトスがターン終了を宣言する。
 ライフが残り僅かな僕に出来る事は決して多くは無い。今は守りに徹する他は無いのだろうか…。
 生きて戻らなければ、マリーとの約束は果たせない。そして…。
 バリケードで出入り口を塞いだとはいえ、それでもタナトスがこう言っている以上、いつまで持つかは解らない。
 急いで、タナトスを倒す必要がある、という事か。
 しかし、マスクド・ヘルレイザーを倒せるぐらいのカードが僕にあるかどうか…。
「僕のターン。ドロー!」
 せめて、このドローで何か手があれば…来た、のだろうか。
「……ペンギン・ソルジャーを、守備表示で召喚!」

 ペンギン・ソルジャー 水属性/星2/水族/攻撃力750/守備力500
 リバース:フィールド上に存在するモンスターを2体まで持ち主の手札に戻す事が出来る。

 フィールドへと現れたペンギンは剣を守るように構えて防御態勢に移行する。
 ペンギン・ソルジャーだけではない、とにかく色々な守りを考えないといけないだろう。
「カードを1枚セットして…天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、手札から二枚を選択して墓地に送る。

 手札をなんとか調整しつつ、今は守りを固めるしかない。
「…そしてこの瞬間。天使の施しで墓地に送ったE-HERO ブリザード・エッジの効果発動!」

 E-HERO ブリザード・エッジ 水属性/星4/悪魔族/攻撃力1700/守備力1400
 このカードは特殊召喚扱いで召喚する事が出来る。
 このカードが墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事が出来る。

「ブリザード・エッジだと!?」
 タナトスもこのカードの強力さが解るのか、眼を見開いた。
「ブリザード・エッジは墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠カードを1枚だけ、破壊できる。僕はこの効果で呪われた月の仮面を破壊させてもらう!」
「糞っ、そういう事か!」
 タナトスが悪態をつく。
 そう、呪われた月の仮面の効果は破壊効果に対応して発動する。
 だが一度発動してその存在が明らかになった以上、こっちの方から破壊してしまう事だって出来る。

 呪われた月の仮面 通常罠
 相手のカードの効果によって自分フィールド上のカードが破壊された時に発動可能。
 相手フィールド上のカードを1枚破壊する。
 このカードは発動後、墓地に送られずそのままセットする。

 マスクド・ヘルレイザーをどうやって倒すかがポイントとなるだろうが…今は守るしかない。
「ターンエンドだ」
「俺のターンだ。この瞬間、永続魔法、メルキド・弐の仮面を発動!」

 メルキド・弐の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法・罠カードを発動する度に、
 手札を1枚墓地に捨てなければならない。

 フィールドに、メルキド四面獣の仮面のうちの一つが現れる。
 その仮面が放つ魔力はデュエリストにとっての可能性の一つである手札を刻々と奪って行く。
「ペンギン・ソルジャーの効果で下手に攻撃をすれば手札へと戻される……どうにかして除去しないと危うい…しかしペンギン・ソルジャーの効果には一つ抜け穴がある。それは」
 タナトスはそこでニヤリと呟いた。
「生贄に捧げた場合は発動しない。そして俺は…そのカードを生贄にする方法を知っている。仮面の悪魔フラウロスを召喚!」

 仮面の悪魔フラウロス 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力600
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールをエンドフェイズまで得る。
 この効果を使用したターン、このカードは攻撃宣言を行なえない。

 豹を模した仮面の悪魔がフィールドに現れ、そして僕らのフィールドにいるペンギン・ソルジャーへとロックオンする。
「フラウロスはモンスター1体のコントロールを得る事が可能! よって、ペンギン・ソルジャーのコントロールは俺に移る!」
「ペンギン・ソルジャーが!」

 ペンギン・ソルジャーがタナトスのフィールドに移った直後、タナトスは二枚目の手札を使う。
「そして……メルキド四面獣および、ペンギン・ソルジャーを生贄に使い、仮面魔獣デス・ガーディウスを特殊召喚! 来い…全てを終わらせろ、仮面の魔王よ!」

 仮面魔獣デス・ガーディウス 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3300/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 「仮面呪術師カースド・ギュラ」「メルキド四面獣」どちらかを含む生贄2体を捧げなければ特殊召喚できない。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから「遺言の仮面」1枚を選択し、
 フィールド上に存在するモンスター1体に装備する。

 フィールドに、2体の仮面魔獣が並んだ。
 マスクド・ヘルレイザー、デス・ガーディウスと共に攻撃力3000オーバー。
 そして今、僕らを守るリバースカードは僕が伏せた1枚のみ。
 でも僕が伏せていたのはドレインシールド。

 ドレインシールド 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 そんなカードじゃ松井さんは守れない…。
 僕のライフは回復できても…。
「大丈夫だよ、河野君。覚悟は出来てる」
 直後、背後から声がかかった。
「けど」
「よく聞いて、河野君。河野君は……いいえ、あなたは生きて戻らなきゃいけない。タナトスを倒して、マリーさんや和葉ちゃんの元に戻らなくちゃいけない。そこで待っている人がいるから。化け物に襲われて、助けを求めている人達がいる。その人達の為にも、戻らなきゃ」
「でも、松井さんだって!」
 待っている人は、いるだろと僕が言いかけた時、松井さんは少し微笑んだ。
「私を待っている人は、4年前にもう死んじゃってるから」
 悲しげに、でも更に言葉を続ける。
「4年前、何も出来ずにいた私とは違う。あの時と違って、私を待っている人はもういない。でも、河野君にはいる。だから河野君は勝たなくちゃいけない。……私が4年間生きて来たのは、あいつらに復讐するためだったと自分では思ってた。でも、本当は違かった。4年分の勇気を、今、この瞬間に出すため。やれるだけの事はやった。後は、あなたが引き継ぐ番。例え死んで朽ち果てても、きっと、いつだって、あなたの強さを、私はきっと応援し続けてるから……負けないで。お願い!」
 唇を、ぐっと噛む。
 嫌だよ、そんな事言うなよ。
 タナトスの事を、君達がいなければ僕たちだけじゃ何も出来なかったというのに。
 そうだよ、大切に思った仲間なんだよ。それなのに、僕はそれすらも救えないってのかよ。
「大丈夫。河野君なら出来るよ。だから、ね?」
 松井さんはそう言って、少しだけ笑った。
 僕より年下の筈なのに、冷静で、頼れた。短い間だけでも、彼女は教えてくれた。
 きっと僕らは、仲間なんだと信じ合えた。
 そんな時間だったというのに…。

「仮面魔獣の攻撃!」
 タナトスの叫びとともに、マスクド・ヘルレイザーとデス・ガーディウスが迫る。
「…勝って、お願い…!」
「……ああ!」
 デス・ガーディウスの攻撃が僕に届いた瞬間、僕はドレインシールドを発動した。

 ドレインシールド 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 河野浩之:LP200→3500

 そしてマスクド・ヘルレイザーの攻撃は、松井さんを貫いた。
 人が死ぬ瞬間というのを、間近で見た事は無い。美希の時だって、僕がいない間に力つきていた。
 でも、僕が見た彼女の死の瞬間はきっと、おぞましいものだったと思う。


 マスクド・ヘルレイザーの持った杖が、腹へと突き刺さった。
 胃と肝臓をちょうど貫き、そして背中側へと貫通した。
「がぁっ……!」
 腹からも血が溢れているというのに、胃から喉へ口へと競り上がって来た熱いもの。
「ぉぅっ……!」
 胃液と血が混じった液体が口から迸るように溢れ出し、地面を赤黒く染めた。
 でも、それで終わりではない。
 マスクド・ヘルレイザーは杖に刺さったままの私をまるで獲物を捕らえた時のように、高く掲げた。
 死というものは今迄一度も経験した事が無いだろう。少なくとも、生きていればそうだ。
 4年前に…あの二人はきっとこんな経験をしたのだろうか。痛くて、熱い。
 苦しい。
 4年前の私とは違う。一矢を報えたかどうかも危うい…そして何よりも、河野君のように、まだ待っている人には生き延びてほしいと解っているのに。
 私自身の方は結局、デッドエンド。
 ……死ぬ時は苦しみたく無いって、誰だって思うときはある。
 でも、私はそうは思わなかった。だって私はあの時、二人を置き去りにしてしまった。
 河野君が、妹さんを助けられなかった事を罪として悔いているように。
 それが私の罪なのだ。
 だからこうして私も苦しみながら殺される事で、私の贖罪は終わる。
 地底の住人達に一矢を報いる為の布石は全て用意した。そして私が一矢を報いる…これだけは果たせなかった。
 でもきっと彼ならやってくれると信じている。
 だから私はここでどんな苦痛も屈辱も受け入れよう。
 これが私の二重の罪。最期の最期で…全てを祈りと共に誰かに託してしまう事が。
 私自身の手で幕を引けない事が私の二つ目の罪。
 盛大に身体が振られ、マスクド・ヘルレイザーの杖から私の身体が離れて、周囲の暗い海へと堕ちた。

 何かがやってきた。そう、何かが。
 その何かは私の身体にあっという間に群がる。餌を求めた獣のように、いや、そこには本当に獣が潜んでいたのだろう。
 がぶり、という最初の一噛み。
 痛みを憶えるより先に赤いイメージが脳裏をよぎり、その直後に2匹目、三匹目と何匹も何匹も襲い来る。
 腕、足、腹、胸、首、頭、眼、耳、鼻、口…いいや、それだけじゃない!
 髪の毛の一本一本すらもやつらは全てもぎ取って行く?
 食い散らされるのは誰?
 死ぬのは怖い? 痛いのは嫌?
 私にとって生きる事は否死ぬ事はいったいなんだと
 だけどいまの私には
 どうしようもなく後悔の念すらも浮かばない
 ただ私は殺される
 食い散らされてばらして壊して潰されてただの肉塊
 だって私は…

 骨の折れる音。
 肉の潰れる音、裂ける音。
 身体が熱い。
 痛い。

 辛うじて残った視界にも彼らは詰め寄って来る、まるで全てを打ち砕くかの如く。
 そうして私は死んで行く。
 何もかも、全て失って。

 ぶちゅり、という音と共に首に痛みが走って…視界が暗転する。
 ああ、そうか。私…死んだんだ。
 こうして死ぬとあっけないものだけど…死後の世界って、どんな場所なんだろう…

 でも、遠くの方に、二人が待っててくれたらいいな。
 今、会いに行くから。


「………松井さん…」
 彼女の身体が海の中へと消えた。
 無惨に殺された…僕の目の前で。
「くそっ……くそっ! くそっ!」
 短い間だったというのに、彼女が死んだ事という事だけが、僕の瞳から涙がこぼれ落ちる理由には、充分だった。
 だけど、彼女は確かに「負けないで」と言ったんだ。
 なんとしてでも、勝たなくちゃ。いつまでも、カナシミに引き蘢ってなんかいられない。
 そんな自分はもう、変えなきゃダメなんだ。そう、決めただろう。マリーと、約束したから。
「……ドレインシールドを発動した事により、メルキド・弐の仮面の効果で僕は手札を1枚、墓地に捨てなければいけない」

 メルキド・弐の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法・罠カードを発動する度に、
 手札を1枚墓地に捨てなければならない。

 僕は手札を1枚墓地に捨てると、タナトスはそれを確認したのか、カードを1枚セットしてターンエンドを宣言する。
 状況を整理してみよう。

 河野浩之:LP3500    タナトス:LP8000

 メルキド・弐の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法・罠カードを発動する度に、
 手札を1枚墓地に捨てなければならない。

 仮面魔獣デス・ガーディウス 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3300/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 「仮面呪術師カースド・ギュラ」「メルキド四面獣」どちらかを含む生贄2体を捧げなければ特殊召喚できない。
 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから「遺言の仮面」1枚を選択し、
 フィールド上に存在するモンスター1体に装備する。

 仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3200/守備力1800/儀式モンスター
 「仮面魔獣の儀式」により降臨。
 フィールドか手札からレベル8以上になるよう、生贄を捧げなければならない。

 仮面の悪魔フラウロス 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1800/守備力600
 相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールをエンドフェイズまで得る。
 この効果を使用したターン、このカードは攻撃宣言を行なえない。

 三体ものモンスターを前にして、リバースカード、壁モンスターともにゼロ。
 ドレインシールドも、ペンギン・ソルジャーも失った今、僕に出来る事には何があるのだろう。
 いいや。勝たなきゃ、いけないんだ。

 いつだって信じているんだ、このデッキを組んだ美希の事を!
 だから僕は…このデッキを信じて…勝つんだ!
「信じさせてくれ、美希! 行くぞ、僕のターン! ドロー!」

「…カードを2枚セット! そして…」

「魔法カード、天よりの宝札を発動!」

 天よりの宝札 通常魔法
 お互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにデッキからカードをドローする。

 天よりの宝札を使って手札を更にドローし、そのうちの1枚をメルキド・弐の仮面の効果で墓地へと捨てなければならないが…それでも、手札は揃った。

「手札の憑依装着−エリアと、ブリザード・ドラゴンを融合!」

 憑依装着−エリア 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1850/守備力1500
 このカードは自分フィールド上の水属性モンスター1体と「水霊使いエリア」を墓地に送る事でデッキから特殊召喚出来る。
 この効果で特殊召喚した場合、相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分、ダメージを与える。

 ブリザード・ドラゴン 水属性/星4/ドラゴン族/攻撃力1800/守備力1000
 相手モンスター1体を選択する。選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズまで攻撃宣言と表示型式の変更が行えない。
 この効果は1ターンに1度しか使用出来ない。

 融合 通常魔法
 2体以上のモンスターを融合する。

 流氷の竜騎士エリア 水属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2700/守備力2400/融合モンスター
 「エリア」と名のつく水属性モンスター+水属性のドラゴン族モンスター
 このカードの融合召喚に成功した時、自分フィールド上のモンスターがこのカードのみの場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地に存在する魔法カード1枚をデッキに戻すことが出来る。
 このカードは相手が発動する罠カードの影響を受けない。

 流氷の竜騎士エリア 攻撃力2700→3200

 エリアは頭上で大きく槍を回すと、視線をフラウロスにロックオンする。
 攻撃力3200とはいえ、マスクド・ヘルレイザーとは相打ち、デス・ガーディウスは倒せない。
 ならば倒せるのはフラウロスのみだ。
「エリアで、フラウロスを攻撃! フリージング・ドラゴン・バスター!」

 槍の一撃がフラウロスを貫き、タナトスのライフを削る。

「ぐっ…!」

 タナトス:LP8000→6600

 初めてタナトスのライフを削った。
 その道のりはかなり長かったが、それでも…行けるかも知れないと踏んだ。
「流氷の竜騎士エリアは、戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地の魔法カード1枚をデッキに戻す事が出来る…だから僕はこのカードを戻す」
 デッキにカードを1枚戻してシャッフル。
 先ほど墓地に落としたものだが、こういう風に積極的に効果を使って行けるのは嬉しい。
「ターンエンド」
「……フラウロスを倒すとは、大したものだ。俺のターン!」
 再びタナトスのターンである。
「手札より、メルキド四面獣を召喚!」
 2体目のメルキド四面獣が姿を現した。

 メルキド四面獣 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1200

 だが、メルキド四面獣ではエリアは倒せないが、まだマスクド・ヘルレイザーとデス・ガーディウスが残っている。
 恐らくメルキド四面獣は新たなメルキドの仮面を使う為に召喚したのだろう。
「俺はメルキド・弐の仮面を墓地に送り、手札からメルキドの化身を特殊召喚!」

 メルキド・弐の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法・罠カードを発動する度に、
 手札を1枚墓地に捨てなければならない。

 メルキドの化身 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2000/守備力1700  このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「メルキド」と書いた魔法・罠カードを1枚墓地に送って特殊召喚する。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行った時、相手ライフポイントに1000ダメージを与える。
 このカードはフィールド上に1体までしか存在できない。
 このカードは戦闘では破壊されない。

 まさかモンスターが四体に増えるだなんて思っちゃいない。思っちゃいないけど。
「デス・ガーディウスで、流氷の竜騎士エリアを攻撃し…」
「リバース速攻魔法! 収縮を発動!」

 収縮 速攻魔法
 モンスター1体を選択して発動する。
 このカードを発動したターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻守は半分になる。

 そう、二枚のリバースカードを伏せたのは片方はデス・ガーディウス。もう片方はマスクド・ヘルレイザーを効果的に除去するため。

 仮面魔獣デス・ガーディウス 攻撃力3300→1650

 二分の一サイズになったデス・ガーディウスがエリアに返り討ちにされ、タナトスのライフは更に削られる。

 タナトス:LP6600→5050

「糞っ……ならばそのもう1枚のリバースカードが怖いな…ならばメルキドの化身で攻撃を…」
「このカードは、強制脱出装置!」

 強制脱出装置 通常罠
 フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

「戻す対象は…マスクド・ヘルレイザー! 儀式モンスターのマスクド・ヘルレイザーは墓地に落ちれば蘇生できるけど、バウンスされたら再び儀式召喚が必要になる! 儀式モンスターの致命的な弱点はそれだよ…二体の仮面魔獣、これで攻略さ!」

 二枚のリバースカードを使って、それを狙っていた。
 そう、二体の仮面魔獣という重量モンスターをどうにかして除去すれば、後はある程度戦って行ける。
「だが、メルキドの化身の効果で、お前は1000ライフダメージを受けてもらう!」

 河野浩之:LP3500→2500
 タナトス:LP5050→3850

 だけど、これでようやく半分を削った。
 僕のライフも削られているけど、お互いにこれでほぼ対等の状態になってはいる。

 だって、これは。負けられない、戦いなんだから。






「…むぅ」
 ヘスペリスを倒した後、長く歩き続けているのに一向に先が見えない。
「やっぱりこの道は間違えたのかなぁ」
 とは言ったものの、今更それは後の祭り。
 坂崎加奈にとって前に進む道は目の前にある道だけだ。一度分断されてどれが正しい道か解らない以上、前に進む他は無いのだから。

 暗い廊下、明かりも無く、静かに足音だけが響く。

 遠くの方にうっすらと明かりが見えて来た。
 人間本能的に明るい方面へと近づきたいもので、この時の彼女も例外ではない。
 運が良かった。
 そう思って、ひたすら明かりを目指して前進して行く。

 そして明かりに辿り着いた時、坂崎加奈の前に、一人の人影が立っていた。

 そしてそれは、彼女にとってあまりに意外な人物だった。
 だってつい先ほど、無理矢理分かれて来て同じ方向にはいない筈の。

「笹倉…?」




《第15話:喪失感覚》

「笹倉…?」
 坂崎加奈にとって、意外だった。
「そう、私」
 いつもとは違う声で、笹倉紗論は答える。
 直感で分かる。彼女がいつもとは違う事を。少なくとも、こんな喋り方をしないと、坂崎加奈は知っている。
「…どうしたの? 随分と酷い顔してるけど」
 つい先ほど別れたときとは大分違う、まるで何かに取り憑かれたような。
 いつもの誇り高さと気高さを失っている笹倉紗論は、どこかおかしい。
「酷い顔…? それはどうでもいいですのよ…今の私は…あなたを倒したい」
「……いつもと同じような事を言ってるのに、嫌な予感がするのはなんでかな」
 坂崎加奈はじりっと後退しつつそう呟く。
 それに合わせて笹倉紗論は一歩前へと出る。坂崎加奈がまた一歩。それに合わせてまた一歩。
 距離は決して変わらない。そして、逃げる所が無くなった。
「………笹倉。おかしいよ、今の笹倉は…どうしたのさ」
「別にどうもしてませんわ…でも。負けるのは、もう、嫌」
「…! そう」
 そしてお互いにデュエルディスクを構える。
 坂崎加奈の瞳に映る彼女はいつもの彼女ではない。でも、そこにいるのは確かに笹倉紗論なのだ。

 ただ、勝利という渇望に取り憑かれた彼女というだけで。

「「デュエル!」」

 坂崎加奈:LP4000   笹倉紗論:LP4000

「私の先攻ドロー!」
 最初は笹倉のターン。まず、最初に飛び出して来るカードは…。
「(笹倉は毎回毎回デッキが変わる。今回は何を使って来るか…)」
「魔法カード、苦渋の選択を発動しますわ!」

 苦渋の選択 通常魔法
 デッキからカードを5枚選択して相手に見せる。
 相手はその中から1枚を選択する。
 そのカードを自分の手札に加え、残りは墓地に捨てる。

「苦渋の選択!?」
 いきなりそんなモノをぶつけてくるとは思わなかった。
 禁止カード指定もされているそんなカードをいきなり使うなんて…。
「この効果で私は聖なる魔術師、オネスト、トーチ・ゴーレム、ものマネ幻想師、魔導戦士ブレイカーの五枚を選択しますわ」

 聖なる魔術師 光属性/☆1/魔法使い族/攻撃力300/守備力400
 リバース:自分の墓地から魔法カードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加える。

 オネスト 光属性/☆4/天使族/攻撃力1100/守備力1900
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
 エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 トーチ・ゴーレム 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3000/守備力300
 このカードは通常召喚できない。
 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、
 相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。
 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。

 ものマネ幻想師 光属性/☆1/魔法使い族/攻撃力0/守備力0
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このカードの攻撃力・守備力は、選択したモンスターの元々の攻撃力・守備力と同じ数値になる。

 魔導戦士ブレイカー 闇属性/☆4/魔法使い族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。

 選択された五枚のモンスターカードはそれぞれ強力な効果を持つモンスターだ。
 例えどれを選んでも、何が飛び出して来るか解らない。
「らしくない…らしくないよ」
 坂崎加奈は呟く。そう、らしくない。
 笹倉紗論は色々なデッキを使って来るけれど、正直で真っ当な戦いを挑んで来た。
 少なくとも禁止クラスのレアカードを使って相手を叩き潰すようなマネはしない。
 それは彼女のプライドが止めてしまう。
「けど、どれを選んでもロクな事にはなりそうにない……糞っ、あたしはものマネ幻想師を選択!」

 ものマネ幻想師 光属性/☆1/魔法使い族/攻撃力0/守備力0
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このカードの攻撃力・守備力は、選択したモンスターの元々の攻撃力・守備力と同じ数値になる。

「では、私はものマネ幻想師を手札に加えて、残りは墓地に送りますわ」
 四体のモンスターが墓地に送られ、フィールドから姿を消す。
 四体のモンスター。光属性と闇属性が2体ずつ。
「そして永続魔法、魔力倹約術を発動」

 魔力倹約術 永続魔法
 魔法カードを発動するために払うライフポイントが必要なくなる。

「魔力倹約術? いきなり場違いな…」
「続けて私はこの二枚のカードを発動しますわ。押収と、いたずら好きな双子悪魔を!」

 押収 通常魔法
 1000ライフポイントを支払う。
 相手の手札を確認し、その中からカードを1枚選択して墓地に捨てる。

 いたずら好きな双子悪魔 通常魔法
 1000ライフポイントを支払う。
 相手は手札からカードをランダムに1枚捨て、更ににもう1枚選択して墓地に捨てる。

「いいっ!? 嘘でしょ、そんなの…」
「さぁ、手札を見せてくださいな坂崎さん? ふむふむ…」
 坂崎加奈の手札はふわりと浮き上がり、公開されるように笹倉の方へと向いた。
「なるほど…では、私はこのヘルフレイムエンペラードラゴン LV8を捨てさせてもらいますわね」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 炎属性/☆8/炎族/攻撃力3000/守備力2000
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 ライフポイントを1000支払う事で相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で、
 手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV10」を特殊召喚する。

 押収の効果でLV8が墓地に落ちたが、それだけでは終わらない。
 何せ次はランダムに1枚、そしてもう1枚を自身が選択して捨てなければならない。
 ランダムに捨てるものは……!
「くっ……なんでよりによってこれかなぁ」

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 重要なフィールド魔法がランダムで当たってしまうというのは実に運がない。
 そして選択して捨てるにしても…既に手札が相手に解っている以上、何を捨てても変わりはしないだろう。
「魂の綱を捨てるよ…」

 魂の綱 通常罠
 自分フィールド上のモンスターが破壊され、墓地に送られた時に発動する事が出来る。
 1000ライフポイントを支払う事で自分のデッキからレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚出来る。

 このターンだけで三枚もの手札破壊を喰らっている。
 だが、まだ坂崎加奈のターンではない。
「さて……では、カードを1枚伏せて、私はターンエンドしますわ」
「ターンエンド!?」
 何かモンスターを出して来るかと思ったが、そういう訳でも無いようだ。
 だが、こちらの手札がほぼ相手に解っている状態。これをなんとかしない事には…。
「あたしのターン! ドロー!」
 問題はこれに対して、どういう切り返しが出来るかということ。
 手札は三枚、そしてそのうちの二枚は既に割れている。
「…あたしは、魔人インフェルノスを墓地に捨てるよ」

 魔人インフェルノス 炎属性/星4/悪魔族/攻撃力2000/守備力800
 手札からこのカードを捨てる事で「灼熱の大地ムスペルヘイム」をデッキから手札に銜える。
 このカードはフィールド上に「灼熱の大地ムスペルへイム」が存在しない時、墓地に送られる。

 魔人インフェルノスを墓地に捨てる事で、手札に「灼熱の大地ムスペルへイム」が加わる。
 二枚目のフィールド魔法だ。手札が破壊されている以上、少しでもアドバンテージを稼いでおきたい。

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

「そして、手札から灼熱の大地ムスペルへイムを発動! ……そして、あたしはヘルフレイムエンペラードラゴン LV4を召喚して、カードを1枚セット!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/☆4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→2100

「ムスペルへイムの効果でLV4の攻撃力は2100に上がる! プレイヤーにダイレクトアタック! イグニッション・バースト!」

 LV4の炎の暴風が、笹倉紗論を襲う。

 笹倉紗論:LP4000→1900

「ライフを削られたのに反応無しだなんて…いったい、なにが…」
 いつもなら、大騒ぎしたり何かとプライドを持っている言葉を言うのに。
 それすらもない。ただ、勝利をもぎ取ろうとばかりに、戦う意志だけが見える彼女は。
 やはり、おかしい。
「ターンエンド」
「では、私のターンですわね…ドロー」

 そして、彼女の顔がニヤリと笑った。

「…今、墓地には光属性と闇属性、それぞれ弐体ずつのモンスターが所在しますわ……そう、絶対的な力とは! 光でも闇でもなく混沌に魅入られた存在そのものを指していますのよ! 刮目してみなさい、これが私が本当に求めた……勝利への、布石っ! 墓地の聖なる魔術師と、トーチ・ゴーレムを除外!」

 聖なる魔術師 光属性/☆1/魔法使い族/攻撃力300/守備力400
 リバース:自分の墓地から魔法カードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加える。

 トーチ・ゴーレム 闇属性/☆8/悪魔族/攻撃力3000/守備力300
 このカードは通常召喚できない。
 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、
 相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。
 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。

「光属性と…闇属性を、除外?」
 坂崎加奈はそれで思い当たるモンスターを知っている。
 いいや、それはデュエルに関わるものなら誰もが知っている。その恐ろしくも最強の存在を。
「ま、待ってよ! 笹倉! あんたはそんな事をするようなタイプじゃない! おかしいよ! どうしたってのよ…」
「私は…」
 坂崎加奈の言葉に、笹倉紗論は少しだけ頭を抱えて呟く。
「私はただ…怖くなった。勝ちたかった。あなたに負ける事だけじゃない……ずっと今迄、あなたに勝ち越せなかった……でも、負けたらデッキを変えて、また戦えば良かった…そうすれば勝てる事があった……でも、今は違う」
「!」
 この戦いには、後が無い。
 今迄、二人が戦い続けても負けたらまたリターンマッチ。その応酬。
 だから二人には口では嫌い合いながら、奇妙な友情が芽生えていた。
 あいつに負けた。だから、次は勝ちに行こう。
 今は勝った。でも、きっとまた挑みに来るだろう。
 二人はそう、考えていた。気付いていたんだ。勝ち負けだけじゃなくて、戦う事、戦い続ける事そのものが楽しかった事に。

 でも、だからこそ。
 後が無い。負けてしまったら終わってしまう。全てが終わる。
 次のチャンスは来ない。自分の命すらも、ジ・エンド。

 だから怖いんだ。後が無い戦いというものが。
 負けてしまうのが、これほど迄に怖い事は無かったんだ、今迄。

「そう、なんだ…だから」
 坂崎加奈は呟く。
 こんな状況に巻き込んだのは、あたし自身。

 誇りも何もかも捨ててしまった、笹倉にしてしまったのはあたし。
 だからこれはきっと…あたしの罪?
「そう、罪なんだよね…」
 坂崎加奈がそう呟いた時、フィールドに一体のモンスターが現れた。

 光と闇、二体のモンスターを生贄に捧げ…。
 運命すら切り開く開闢の使者は姿を表す。全てを終わらせるために。

 カオス・ソルジャー−開闢の使者− 光属性/☆8/戦士族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚出来ない。墓地の光属性モンスターと闇属性モンスターを1体ずつ除外して特殊召喚する。
 自分のターンに1度だけ、以下の効果を選択して発動出来る。
 ●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。この効果を発動した場合、このカードは戦闘を行えない。
 ●このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行える。

「カオス・ソルジャー―開闢の使者―……」
 伝説のモンスターを、この目で見るのは初めてだ。
 坂崎加奈にとって、カタログでしか見た事の無いこのカードの実物を見るのも、戦うのも初めてだ。
「あああ……!」
 笹倉紗論はそのモンスターの姿を見ても、ただ頭を抱えるばかり。
 自身の罪に気付いてしまった、坂崎にもその罪を負わせようとしてしまった。その罪悪感からなのか。
「………怖い。怖いの」
「……それは、きっとあたしも一緒。負けるのは、怖いよ」
 敗北が命に関わる事なんて。
 二人とも今迄考えもしなかった。
 でも今更になって、その恐怖に気付いてしまったのだ。

 そして何より、二人は奇妙な友情で繋がっているから。

 今迄ケリをつけたとしても、この戦いだけには決着を望まない。

 ならば、どうすればいいか。
 でも、笹倉紗論はその方法を、一つだけ知っていた。

 カオス・ソルジャーの剣がLV4へと向けられ、躊躇う事無く剣が振り下ろされた。
「ぐうっ!?」

 坂崎加奈:LP4000→3100

 そして、その攻撃をもう一度。カオス・ソルジャー−開闢の使者―はモンスターを戦闘破壊したのなら、もう一度攻撃が出来る。
 坂崎加奈のライフはそれでも0にはなってない。
 100だけ、残されたままだ。

 坂崎加奈:LP3100→100

「……ねぇ坂崎さん」
「なぁに、笹倉?」
「………あなたと過ごした日の事、私は忘れませんわ」
「そうだね。あたしもだよ」
 長い長い戦いの日々。
 でも、辛くなんてなくて、悔しくはあったけど、それでも。

 この二人だったからこそ、続けられた日々だったから。

「リバース、罠」

 1枚だけ伏せられたリバースカードが、ゆっくりと公開される。
 ピリオドを打たない決着の方法は、たった一つだけ。

 禁止カードに手を染めても、これだけはやっても許されるだろう。二人が永遠に、決着をつけないままでいられるなら。

「破壊輪で…カオス・ソルジャーを破壊」

 破壊輪 通常罠
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、
 お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。

 攻撃力3000分のダメージ。
 決着をつけずに、デュエルを終わらせる方法はこれしかない。

 笹倉紗論がこの事件に巻き込まれたのは坂崎加奈の誘いがあったから。だからこれは彼女にとっての罰。
 坂崎加奈にとって、笹倉紗論との決着をつける為に…いいや、決着をつけるのは本当はいつだって良かったのかも知れない。
 ただ、今は方法が良く無かっただけの事なんだ。
 だってここにあるのはスマートなやり方でもなんでもない。

 だから今はここで終わらせて、また改めて戦おう。

「ね?」
 彼女の問いかけに、もう一人の少女は微笑みながら頷いた。
 破壊輪の炎が二人を焼いて行くのに、それ以上の言葉は無かった。


 もしかしたら、幸せだったのかも知れない。
 タナトスに一矢を報いる事は出来ずとも、生きたまま無惨に殺されるよりも、絶望を見たまま死んでいくよりも。
 永遠のライバルと再戦を約束しながら燃えて行くのは、遥かに幸せだったのかも知れない。

 他の誰かがどんな答えであれ、きっと彼女達はずっと一緒にいるのだろう。
 例えその全てが燃え尽きてしまったとしても。









 河野浩之:LP2500   タナトス:LP3850

 流氷の竜騎士エリア 水属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2700/守備力2400/融合モンスター
 「エリア」と名のつく水属性モンスター+水属性のドラゴン族モンスター
 このカードの融合召喚に成功した時、自分フィールド上のモンスターがこのカードのみの場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地に存在する魔法カード1枚をデッキに戻すことが出来る。
 このカードは相手が発動する罠カードの影響を受けない。

 流氷の竜騎士エリア 攻撃力2700→3200

 メルキドの化身 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2000/守備力1700  このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「メルキド」と書いた魔法・罠カードを1枚墓地に送って特殊召喚する。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行った時、相手ライフポイントに1000ダメージを与える。
 このカードはフィールド上に1体までしか存在できない。
 このカードは戦闘では破壊されない。

 メルキド四面獣 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1500/守備力1200

 僕のフィールドには攻撃力3200の流氷の竜騎士エリア、タナトスのフィールドにはメルキドの化身とメルキド四面獣。
 僕はリバースカードを使い切ったが、タナトスはまだ1枚だけカードを残している。
 しかし次は僕のターン。ライフはまだタナトスの方が優勢だが、上手い感じに戦って行けば勝てない戦いではない。
「僕のターンだ。ドロー!」
 さて、どうする?
 メルキドの化身は戦闘を行う度にこちらが1000ダメージを受けてしまう。
 タナトスは1枚リバースカードを伏せているが、ミラーフォースや魔法の筒のような強力な罠を搭載している可能性もある。
 つまり、ヘタに攻撃を仕掛けると踏んだり蹴ったりというレベルではなくなる。
 では、どうすればいい…?
 いいや、メルキドの化身を破壊する方法自体はあるんだ。そう、戦闘では破壊されないのなら、戦闘以外で破壊すればいい。

 でも、問題は融合をもう使ってしまっているという事。
 融合を回収すればメルキドの化身を突破出来る方法が出来るのに……でも、魔法カードをどうやって回収する?
「どうする……落ち着くんだ、僕…あ」
 ふと、気付いた。方法は一つじゃないって事ぐらい。
「速攻魔法! リロードを発動!」

 リロード 速攻魔法
 手札を全てデッキに戻してシャッフルする。
 その後、デッキに戻した枚数分だけデッキからカードをドローする。

 何も融合を使わなくても、あのカードを引き当ててしまえばなんとか突破出来るんだ。
 そうだろ、美希。
 お前はいつだって色んな可能性を考えた。お前の戦術の深さは予想以上だ。
 そんなお前が組んだデッキで、僕が負ける筈は無い。そうだろ?

 そして、デッキから再びカードを引く。
 その時、小さな手が、デッキの上に重なっていた。

「あ…」
『………』
 その手の主は、僕を見て何も言わずに、ただカードを引いて、とだけしか口だけで伝えた。
 そして、僕が引いたカードは。
「スノーマンイーターを守備表示で召喚!」

 スノーマンイーター 水属性/☆3/水族/攻撃力0/守備力1900
 このカードがリバースした時、
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。

「この瞬間、俺は永続罠、メルキド・参の仮面を発動する!」

 メルキド・参の仮面 永続罠
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーはドローフェイズ時に、
 ドローしたカードを相手に見せる事でもう1枚だけドローする事が出来る。

 意外だった。
 予想通り、リバースカードはメルキドの仮面だったが、その効果は単なるドロー加速。
 さほど恐れる必要は無かったかも知れない。
「スノーマンイーターの召喚により、流氷の竜騎士エリアの攻撃力は2700に戻る」

 流氷の竜騎士エリア 水属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2700/守備力2400/融合モンスター
 「エリア」と名のつく水属性モンスター+水属性のドラゴン族モンスター
 このカードの融合召喚に成功した時、自分フィールド上のモンスターがこのカードのみの場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊する度に墓地に存在する魔法カード1枚をデッキに戻すことが出来る。
 このカードは相手が発動する罠カードの影響を受けない。

 流氷の竜騎士エリア 攻撃力3200→2700

 だが、それでもメルキド四面獣を破壊できるだけの攻撃力はある。
 メルキド四面獣さえいなくなれば、もうこれ以上メルキドの仮面を使われる事も薙いだろうし。
 スノーマンイーターがあれば、いざという時の守りもある。
 激流葬を使われたら終わりだが、それならばさっきの時点で使っていた筈。
 よし、やろう。
「竜騎士エリアで、メルキド四面獣を攻撃! フリージング・ドラゴン・バスター!」

 タナトスのフィールドのメルキド四面獣がエリアの槍に貫かれ、姿を消した。

 タナトス:LP3850→2650

 メルキド四面獣がなくなり、次にメルキドの仮面が発動される心配は恐らく無いだろう。
「ターンエンド」
「俺のターンだ…ドロー…したカードはスペル・オブ・マスクだ」

 スペル・オブ・マスク 通常魔法
 手札から「仮面」と名のつくカードを捨てる事でデッキからカードを二枚ドローする。

「俺はドローしたカードを公開した事により、メルキド・参の仮面の効果でもう一度ドローする」
 メルキド・参の仮面 永続罠
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーはドローフェイズ時に、
 ドローしたカードを相手に見せる事でもう1枚だけドローする事が出来る。

 タナトスが再びデッキからカードをドローし、更にスペル・オブ・マスクを使う。

 スペル・オブ・マスク 通常魔法
 手札から「仮面」と名のつくカードを捨てる事でデッキからカードを二枚ドローする。

「俺はこの効果でメルキド・四の仮面を墓地に捨ててデッキからカードを二枚ドローする!」

 メルキド・四の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 1ターンに一度、自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択する。
 そのモンスターの攻撃力を半分にし、相手プレイヤーに直接攻撃を行なう事が出来る。

 更に手札補充を行ない、そして……。
 いや、それだけじゃない。何故なら、メルキドの仮面四枚が、フィールドと墓地に揃った!
「………メルキド・壱の仮面、メルキド・弐の仮面、メルキド・参の仮面、メルキド・四の仮面ならびにメルキドの化身をゲームから除外する!」

 メルキド・壱の仮面 永続罠
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に存在する全てのモンスターはレベルの数×100ポイント、攻撃力がダウンする。

 メルキド・弐の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法・罠カードを発動する度に、
 手札を1枚墓地に捨てなければならない。

 メルキド・参の仮面 永続罠
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーはドローフェイズ時に、
 ドローしたカードを相手に見せる事でもう1枚だけドローする事が出来る。

 メルキド・四の仮面 永続魔法
 自分フィールド上に「メルキド四面獣」と名のつくモンスターが存在する時に発動可能。
 1ターンに一度、自分フィールド上に存在するモンスターを1体選択する。
 そのモンスターの攻撃力を半分にし、相手プレイヤーに直接攻撃を行なう事が出来る。

 メルキドの化身 闇属性/☆6/悪魔族/攻撃力2000/守備力1700  このカードは通常召喚できない。
 フィールド上に存在する「メルキド」と書いた魔法・罠カードを1枚墓地に送って特殊召喚する。
 このカードは相手モンスターと戦闘を行った時、相手ライフポイントに1000ダメージを与える。
 このカードはフィールド上に1体までしか存在できない。
 このカードは戦闘では破壊されない。

 フィールドと墓地から四枚のメルキドの仮面とメルキドの化身がゲームから除外される。
 仮面の悪魔達の最強の存在は、そこから姿を現す。

 この全てに終幕を引くため、だ。

「メルキドの魔神を特殊召喚!」

 メルキドの魔神 闇属性/☆10/悪魔族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードはフィールドまたは墓地に存在する「メルキド」と名のつく魔法・罠カード4枚と、
 「メルキドの化身」をゲームから除外した時のみ、特殊召喚できる。
 このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
 このカードが戦闘を行う時、このカード以外の自分モンスターは攻撃宣言を行なえない。
 1ターンに一度、墓地に存在する「仮面」と名のつくカード1枚を手札に戻す事ができる。
 このカードは手札に存在する「仮面」と名のつくカードを相手に見せる事で、見せた枚数×500ポイント分、エンドフェイズまで攻撃力がアップする。
 このカードが相手によって破壊され、墓地に送られた時、そのターンのエンドフェイズにこのカードを装備カード扱いとして、
 相手フィールド上のモンスターに装備し、そのモンスターのコントロールを得る。

 メルキド四面獣の四つの仮面と、そしてもう一つ。
 合計、五つの仮面を身につけたメルキドの魔神はゆっくりとフィールドに降り立った。

 五枚の仮面が顔のように時折歪み、笑みを浮かべつつ両腕を広げた。
 鋭い爪は毒々しい色で彩られ、頭から背中にかけて何本もの角が生え、まさに悪魔としての風格を漂わせる。
 しかしそんな禍々しい上半身とは対称的に、下半身の方は驚くほど細身。
 小さな腰と細い足でどうやって支えているのか解らないぐらいだ。

「攻撃力4000…」
 僕は思わず呟く。
 しかもそれだけではない。数多の効果を宿し、その力強さは健在だ。
「……このカードは、1ターンに一度、墓地の仮面カードを1枚、手札に戻す事ができる」
 タナトスはそう言うと、墓地のカードを1枚選択して、手札に加える。
「俺が手札に戻すのは、呪われた月の仮面だ」

 呪われた月の仮面 通常罠
 相手のカードの効果によって自分フィールド上のカードが破壊された時に発動可能。
 相手フィールド上のカードを1枚破壊する。
 このカードは発動後、墓地に送られずそのままセットする。

「では、バトルだ! ……スノーマンイーターは守備表示、更にリバースしてしまえば破壊を伴う…エリアを攻撃するのが上策。メルキドの魔神の攻撃!」
 竜騎士エリアへと、メルキドの魔神の一撃が迫る。
 リバースカードは無い、回避する術も無い。
「っ―――――ッ!」

 一撃が、襲った。

 河野浩之:2500→1200

 苦痛。
「……くうっ…」
 息を吐くと、汗が滴の様に床へと落ちた。
 痛みと恐怖が僕の足から、否、もう脊髄の当たり迄来ている。脳まで這い上がり、痛みと恐怖で全ての思考をシャットダウンしろとばかりに悪魔のささやきが聞こえている。
 落ち着け、と考えてもそれより先に恐怖と苦痛の奔流がそれを押し流す。
「タナトス……」
 もう一度だけ首を振る。
 タナトスは、強い。他の誰よりも。僕が今迄戦って来た、どんな相手よりも。

 だって、そうだ。
 タナトスだって、僕と同じで後が無い。言っていただろう?
 タナトスの敗北は、彼らの夢の終わり。でも、僕らの敗北は、全ての終わり。

 僕はヒーローなんかじゃないから、この戦いに僕らの未来がかかっているだなんて大層な事を言っても、本当はそうじゃないかも知れないけれど。
 でも僕は助けると決めたんだ。
 目を閉じてみると、思い出すんだ。僕が愛するマリーを、僕を愛してくれるマリーを、思い出すんだ。

 こんな風に僕が愛した女の子を、こんな風に僕を愛してくれた女の子を、僕は一人だけ知っている。
 今はもういない…いいや、今もいる。僕の腕の中のデッキに、美希が生きた証は残っている。
 それは美希が教えてくれた事。
 例え死んでしまったとしても、生きている証がある限り、側にいる。
 そしてマリーが教えてくれた事。
 例え世界が滅びても、本当に愛しているのなら、どこだって繋がっている事を。

 僕は美希を救えなかった。
 だからマリーだけは救いたい。いいや、救わなくちゃいけない。

 その為にも負けられないんだ。例えどれだけ苦しくとも。
 生きて戻る。必ずキミの元へ、戻ると決めたんだ。
 今、僕がここに辿り着くまでに失われた全ての人の為に…僕は、負ける訳には行かないのだから!

力が欲しいか…?

 ああ、欲しいとも!
 この手で、守ると決めた。それだけを守れる為の力を!
 もしもここにあるというのなら、僕にその全てをくれ!

「ターンエンド」
 タナトスがターンエンドを宣言する。
 ならば次は僕のターンだ。

汝のその願い、真なる意志と見定めた

 声は響く。僕に新たな力を託す為の、声は続く。

我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝に一つだけ力を授けよう
千夜一夜物語の終わりに汝の誓いを肴にせん

汝に「悪魔」の力を授けん…

その力が行く手を照らさんことを!
真なる力の破壊者よ、幸運を祈る!

 来た。

「僕のターン! ドロー!」

 それは、例えるならばデスティニー・ドロー。
 運命すらも切り開く力は、無限の可能性を生み出す標として、星がその力を認めている!
 そう、僕がたった今引き当てたカードならば。

 無限の可能性の、標なのだ。

「永続魔法! Limitless Possibillityを発動!」

 Limitless Possibillity 永続魔法
 このカードの発動及びこのカードの効果は如何なる魔法・罠・効果モンスターの効果によって無効化されない。
 この効果は自分・相手ターンを問わず1ターンに一度、自分の好きなタイミングに発動する事が出来る。
 手札またはフィールドのカードを1枚選択し、カード名を一つ宣言する。
 選択したカードはそのターンのエンドフェイズまで、宣言したカードとなる。
 (モンスター・魔法・罠の区別なく、宣言したカードそのものとして扱う)
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手スタンバイフェイズ毎に3000ライフポイントを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊し、手札を全て墓地に送る。

「Limitless Possibillityだと!?」
 タナトスが、思わず叫んだ。
 直訳すると、無限の可能性。
 そう、如何なるカードへも変化させるこのカードはまさしく無限の可能性としての標。
 真なる力を求めた者のみが扱える、新世界への片道切符。
「……この効果を、僕はまだ使わない……魔法カード、手札抹殺を発動する」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いに手札を全て墓地に捨てる。
 その後、墓地に捨てた手札の枚数分、デッキからカードをドローする。

 手札抹殺を使い、僕とタナトスがお互いに手札を墓地に捨てる。
 そしてドローしたカードに、その全ては揃う。
 手札抹殺で墓地に送ったカードに一つだけ、あるんだ。

 そう…坂崎先輩から託された、この町の全ての始まりと言っても過言じゃないカードが。

「魔法カード、死者蘇生を発動し…墓地から、このカードを召喚する!」

 最強にして全ての始まり。
 オリジン・オブ・オリジン。
 全ての罪と全ての強さの系譜がそのカードから始まるのなら、全てを終わらせるのもそのカードだ。
 何故ならば――――――

「青眼の白龍を召喚!」

 ――――――世界を一度終わらせたのは、その力なのだから。


 青眼の白龍 光属性/☆8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500


 かつて、世界最強と呼ばれた白き龍。
 世界でかつて四枚しか存在しなかったカードは1枚破り捨てられるも、その魂は残り続けていた。
 そう、今、この場で蘇る最強の美しき白き龍。
 真なる意志は力の破壊者と共にある。そして覚醒する、新世界への標として。

「嘘だろ…どうして、そのカードが…」
「……色々な人達が教えてくれた。僕に、本当に大切なコトを」
 那珂伊沢で。
 僕は色々なものを得た。それを返さなくてはいけない。
 両手で抱えきれないだけの大切なモノをくれたのなら、それ以上に色々な人に返してあげよう。
 僕にできる精一杯の事。

 そして僕は、青眼の白龍だからこそ、このカードの事を思い出す。

 Limitless Possibillity 永続魔法
 このカードの発動は如何なる魔法・罠・効果モンスターの効果によって無効化されない。
 この効果は自分・相手ターンを問わず1ターンに一度、自分の好きなタイミングに発動する事が出来る。
 手札のカードを1枚選択し、カード名を一つ宣言する。
 選択したカードはそのターンのエンドフェイズまで、宣言したカードとなる。
 (モンスター・魔法・罠の区別なく、宣言したカードそのものとして扱う)
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手スタンバイフェイズ毎に3000ライフポイントを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊し、手札を全て墓地に送る。

「…僕は、この効果を、このタイミングで…使うっ!」
 Limitless Possibillityの効力は1ターンに一度だけ、好きなタイミングで扱う事が出来る。
 そして、宣言するカード名は別にデッキに入っていなくてもいい。ありとあらゆる可能性をもたらすのだ。

「……ウォーター・エレメントを選択し、このカードを効果の対象にする」

 ウォーター・エレメント 水属性/☆3/水族/攻撃力900/守備力700

「僕はウォーター・エレメントをこのカードに変化させる……オネストだ!」

 オネスト 光属性/☆4/天使族/攻撃力1100/守備力1900
 自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
 また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
 エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

「この効果で…オネストになったウォーター・エレメントを墓地に送る!」
 攻撃力4000のメルキドの魔神に、攻撃力3000の青眼が対抗するのなら、それぐらいしか方法は無い。
 だがしかし、タナトスも攻撃力増強ぐらいの対策はしてあるだろう。
「糞っ……だが、攻撃力が7000だろうと、リバースカードを発動する!」

 青眼の白龍 攻撃力3000→7000

「俺はリバースカード……ブラッド・ヒートを発動!」

 ブラッド・ヒート 速攻魔法
 このカードはバトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 自分フィールドの表側攻撃表示のモンスター1体を選択し、そのモンスターはそのターンのエンドフェイズまで、攻撃力はそのカードの元々の攻撃力に守備力の2倍を加算した値になる。
 このターンのエンドフェイズ時、対象となったモンスターを破壊する。

 タナトス:LP2650→1325

 メルキドの魔神 攻撃力4000→12000

 メルキドの魔神の両腕が更に肥大化し、赤く輝いて文字通り、血が沸騰するが如く、その攻撃力を上げて行く。
 例え相手が伝説の龍だろうと、その力は何であろうと負けはしない!

「残念だったね…でも、遅いんだよ」

 僕は呟く。
 そう、オネストの力は、守護天使は如何なる力が相手だろうと、その分だけの力を分けてしまう。

 青眼の白龍 攻撃力7000→15000

 攻撃力15000。
 普通では考えられないその数字が前でも、メルキドの魔神とタナトスは尚も走る事を辞めない。
 倒れた瞬間、膝を折った瞬間、敗北がそこにあると解っているから。

 それは、僕とて一緒だ。
 走り続け、戦い続ける限り――――生きている限り、戦い続ける事を運命づけられた生き物なのだから。

「滅びの…バーストエクストリーム!!!」

 そして最期の一撃が、メルキドの魔神へと吸い込まれて行く。




《第16話:ダウンフォール》

「うああああああああっ!!!!!!!!!!!!」
 青眼の白龍の攻撃が、メルキドの魔神を粉砕し、タナトスのライフカウンターを0へと導いた。
 これで、終わり。そう、僕の…勝ちなんだ。
「……糞っ、糞っ、糞ぉぉぉぉぉぉっ」
 メルキドの魔神が破壊されて暗い海へと落ちて行く。
 タナトスはその前で膝を折ったまま、泣いていた…そうだ。泣いていた。
「畜生…まだだっ! まだ終わっちゃいねぇぇぇぇぇっ!」
 タナトスはそう叫んだ直後、立ち上がるや否や、僕の右頬へと、強烈なパンチを繰り出した。
「がっ!?」
 その一撃をまともに喰らい、視界の隅に星が散るようにフラフラと後ろへと後退する。
「畜生っ!」
 タナトスの二撃目が腹へと突き刺さる。
「っ…このっ!」
 僕も、タナトスの腹へとフックで返し、少し動きが止まった事を確認しつつ、次は掌低を浴びせる。
 だが、タナトスも負けてはいない。
 掌低を放ったその腕を掴み、その腕一本を使って見事な背負い投げを仕掛けて来た!
「っ!」
 地面に背中から叩き付けられ、視界と脳髄が激しく揺さぶられる。
 更にタナトスは僕の腹へと踵を振り下ろした。
 衝撃が走り、腹から空気という空気が絞り出される音がした。

 すると、ポケットから地面に何かが落ちるような、小さな金属音が響いた。
 手を伸ばして掴むと、それは小さなアーミーナイフ。
 片手で掴み、一振りして小さなブレードが出て来る。
 尚も腹を蹴り続けるタナトス目掛けて盛大に振りかぶり、胸を抉る。
「っぅっ!?」
 タナトスが少し怯んだ所で僕は立ち上がる。
 タナトスの首元を掴み、腹へとナイフを突き立てた。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」
 赤い、どろりとした液体が飛び散った直後、タナトスは再び僕を突き飛ばし、地面へと叩き付けた。
 そして自らの腹からナイフを引き抜くなり、続いて僕の腹へと突き立てる。

 皮膚を強引に突き破り、肉を引き裂くナイフの痛み。
 焼けるような痛みが腹から背中を通って全身へと!
 這うようにしてその痛みから逃れようにも、ナイフは腹に深く突き刺さっていてそうそう抜けない。
 痛い。痛い。痛い。
 視界の隅に赤い何かが映る。地面をのたうち回っている間にどこかぶつけたのか、否、違う。
 タナトスの必死の蹴りが頭に当たったのだ。
 更にタナトスは僕が這い回るだけになったのを見ると、そのままマウントをとった状態で、拳の一撃が襲った。
 一回、二回、三回。
 打撃を受ける度に脳が揺さぶられる中、腹へと突き刺さったナイフに手を伸ばそうとして――――。
 やはり抜けない。
 何回目になるか解らない打撃で、意識が朦朧としてくる。
 視界が歪む。赤と黒と、もうなんだかよく解らない色が視界を覆い始めている。

 なにやってるんだよ。
 松井さんはなんて言っていた、という声が響く。

 そうだ…帰るんだ…マリーの元へ、助けを待ってるマリーが…。
 こんな所でいつまでもタナトスとやり合っている場合じゃない。急ぐんだ。急いで地上へ、とにかく地上へ。

 拳を握り、タナトスが拳を振りかぶった瞬間に、カウンターとして一撃をぶつけた。
 無我夢中だ。
 タナトスだって負けてはいないんだろうけど、僕はタナトスを上から蹴落とし、後はひたすら殴った。
 手の骨が悲鳴を上げ、時折反撃を喰らって顎から頭蓋が揺さぶられる。
 でも、負けはしない。殴った、とにかく殴った。
「俺だって…俺だって!」
 タナトスの叫びと共に、再び打撃が加わる。
 僕も負けじとばかりに蹴り返すと、タナトスは泣きそうになりながらも再び拳を振り上げようとした時だった。

 タナトスを横から蹴り飛ばした一人の影。
「うおりゃあああああああああ!」
 そのままタナトスを殴りつけ、更に馬乗りになって殴る。
「貴明!?」
 貴明だった。
「まだまだだ……この程度じゃ俺の怒りはおさまらねぇよ!」
 拳を再び振上げて叩き付けながら貴明は叫ぶ。

 更に続けて、渇いた銃声。

「……貴明、浩之! 大丈夫か?」
 晋佑が続いて駆け寄り、僕に手を差し出す。
「…大丈夫、そうじゃないな。立てるか?」
「ど、どうに…かっ!」
 直後、タナトスが起き上がりざまに貴明を文字通り一本背負いで僕に向けて投げて来る。
「野郎!」
 晋佑が再び発砲したが今度は当たらず、タナトスの拳が晋佑の顎を殴る。
 貴明が立ち上がって反撃に向かおうとするが、タナトスの裏拳が突き刺さり、バランスを崩した。

 手元に、晋佑の拳銃が転がって来た。
 否、晋佑が、僕に向けて、蹴って来たのだ。

 タナトスもそれに気付いた。
 僕も、タナトスも、同時に手を伸ばした。
 後少し。
 お互いにそう思いながら手を伸ばす。
 掴め―――払いのけろ―――掴むんだ!
 掴んだ!

 ひときわハデに、その反動が手に伝わった。

 タナトスの額に、5.7mm弾が吸い込まれ、小さく血が飛び散る。
 バランスを崩したタナトスはごろりと転がり、暗い海へと落ちて行く。

「浩之!」
 貴明の声が響いた。
 晋佑の足音も聞こえる。

 マリーの声は、どこに?
 マリーは…。

「おい、晋佑! 見てみろ!」
「どうし…なんだあの黒明太子の数!? まるで津波じゃねぇか!」
 ブラックアウトする視界。
 その中で響く、二人の声。
「浩之!? おい、浩之? しっかりしろ! 頑張れ! 頑張るんだ!」
 貴明の声、そして晋佑が拳銃を拾いながら呟く。
「…貴明。ここは任せろ。河野を連れて行け! 河野だけでも、地上に戻すんだ!」
「……坂崎や笹倉も、あと松井は…」
「三人とも死んだよ貴明。律乃の死を看取れなかったのは残念だ。二人はさっき死体を見た。ぐずぐずしている時間はない。行け」
「……そうか。俺達、だけなのか」
「ああ。それに……俺達全員が生き残れるかなんて、正直無理だ。少なくとも俺はここでやるだけやってみる」
「…わかった。悪ぃな、頼むぜ」
「…こっちこそ。悪いな」

 貴明が浩之を背負って行き、高取晋佑は息を吐く。
 拳銃に弾倉を込める。
「……やれやれ、黒明太子達よ。腹でも減ってるのか?」
 彼は呟きつつも、前方を埋め尽くす黒明太子達に拳銃を向ける。
 生きて、二度と大地を踏む事は無い事は解っている。だけど、後輩である松井律乃が死んだのと同じように、ここで彼も死ぬのだろう。
「なぁ律乃。お前はこんな結末、解ってたか? 例えタナトスを殺した所で終わらないって事を」
 返事が返ってくる筈も無いが、彼は呟く。
 後輩の名を。少しでも仲間だと思っていて、彼がこの戦いに足を踏み入れた発端となった少女の名を。
 今は亡き少女の名を。
「律乃……お前が、誰を追いかけて行ったか知らないけれど、俺はお前の事を嫌いじゃない。むしろ、好きだ。大好きだ。ずっと付き合いも長い」
 引き金を引く。
 何度も引かれる引き金、その度に微かな振動と、黒明太子が一体、また一体と倒れて行く。
「愛してる」
 だが、拳銃一丁では防ぎきれない。それぐらい、晋佑にだって解り切っている。
 だと言うのに、いつだって…どうして泣かせてくれるんだろうか、本当に。
 黒明太子達は怯みつつも、一体、また一体と晋佑への距離を詰めて行く。すぐ近く、もう追い払えないほどのすぐ近く。
 死への恐怖がどれだけあるか解らないけれど。

 せめて、彼女がいる所には、行けるのだろうか?

 生きたまま、喰われる瞬間。
 全てが喰われて行く、痛みの中で、ただ一つ思い浮かんだ事は、後輩の事だった。



 出会ってからまだ一ヶ月ばかりしか経っていないけれど、彼の事は親友だ。
 タナトスとの死闘の果てに、彼は全てを終わらせた。だけど、その犠牲は大きかった。
「……頑張れよ浩之…死ぬなよな…」
 刺された腹をとりあえず止血し、力なく垂れ下がった身体は肩を貸して強引に立たせるしかない。
 まだ眼を覚まさない親友は、貴明が必死に引っ張る事で一歩、また一歩と歩んで行く。

 もう、俺たちだけなんだよ、浩之。
 貴明は声に出さずに、親友にそう問いかける。
 いつも前へと突っ込んでばかりだけど、俺達に優しかった先輩も、くだらない意地張ってばかりのお嬢様も、
 口うるさくてエラそうだけど本当は仲間思いのアイツも、俺達の事を心配しつつも戦う事を辞めない後輩も。
 皆、死んだ。
 俺たちしか、残ってない。地上に戻れるのは、俺達だけなんだ。
 勝利…いや、それは勝利なのか?
 犠牲が大きすぎて、俺達は大切なものを失いすぎた。浩之、お前が今までどれだけのモノを失って来たのか、お前自身は言っていたけれど。
 きっと今日の犠牲はもっと重い。
 でもお前はきっと生きて行ける。お前は、あの日マリーと約束したんだろ?
 俺はどうなのか正直解らないんだ。
 父親の顔も知らず、凄く幼い頃は母親に見向きもされず、天涯孤独で何もする事の無かった俺を動かした人は。
 いいや、俺が初めてついていきたいと―――――ひょっとしたらそれは恋だったのかも知れないけれど、そんな人はもういない。
 泣きたかったのさ。どうしようもなく、みっともなく。
 お前がかつてそうしたように、最愛の人を失ったらそりゃあ泣くよな。けどさ、泣いてねぇぜ。
 泣く暇もないんだ、今はお前と、地上に―――――。

「がああああああああああああっ!!!!!!!!」

 腕に、激痛が走り、肉の千切れる音、熱さが脳まで直接届く!
 なんだよ、畜生!
 右腕に、一匹の黒明太子が食らい付いていた。そのまま力一杯骨ごと引き千切る。

 肉と骨が千切れる瞬間、なんとも言いようの無い痛みが、俺の身体を駆け抜けた。
「っ……!」
 膝が折れかける、だが今ここで倒れたら、誰が浩之を地上まで運ぶ!
 浩之の腰に差してある拳銃を、左手で咄嗟に引き抜き、黒明太子に向けて二回引き金を引く。
 黒明太子が倒れる。
「ハァッ…ハァッ…」
 息を吐く。流石に、キツい。いいや、違う。
「……冗談、キツいぜ…」
 浩之を背負い直し、ひたすら上へと歩く。だが、俺が下まで来るのに大分長い距離を歩き続けていた。
 冗談キツいぜ。
 とても浩之を背負って、昇ってなんかいられない…。
 痛みの激しい右肩の感覚が、徐々に暗い冷たさだけになってくる。血を失って来たのか、視界も少し暗くなって来たようだ。
 でも、まだ浩之は目覚めない…。
「浩之…!」
 親友はまだ生きている。
 俺は、こいつを、地上に戻さないといけないんだ。必ず。
「もう少しだ…頑張れ、浩之! 俺が、ついてる…頑張れ!」







 顔のあちこちがズキズキ痛む。
 まだはっきりしない頭に飛び込んで来たのは、荒い息と誰かが僕に肩を貸して運んでいるという事。
 意識がだいぶ戻って来た。
 目を開けると、暗い道が飛び込んで来た。先ほど、僕らが降りて来た道。
「お、目を覚ましたか?」
「……貴明?」
 僕に肩を貸したのは貴明か、と思いつつ横を見る。すると。
「貴明!? お前、右腕…」
「ああ。さっき喰われた」
 貴明の右の肩から下は何も無く、ただ赤い液体だけが落ちている。
 だが、貴明はそんな状態でもいつものようにニヤリと笑った。
「…何のんきな事を言ってるんだよ、止血しないと…」
「お前もそんな身体で何言ってやがる……ハンカチ皆お前のハラに使っちまったしよ」
 そう言えば、タナトスに一度腹を刺された事を思い出す。
 でも、貴明の方が僕より重傷なのに…。
「……せめてお前だけは戻らねぇと、マリーが泣いちまうからよ」
「けど……それはお前も一緒だろ、貴明」
 僕が手を回して貴明に肩を貸そうとした時、貴明はそれを左腕だけで振り払う。
「バカ、お前は何が何でも生き延びろ。俺達がこんな目に遭ったって事を、残さなきゃならねぇ義務があるんだ。黒明太子共が街に溢れ出てるんだ、お前はマリーを連れて逃げろ…隣町まで逃げて、事実を伝えれば後はなんとかなる筈だ…」
 貴明の呼吸も荒い。恐らく、僕を運ぶのに相当体力を使った筈。
「皆を置いて…」
「松井は殺された。笹倉も坂崎も、死んでた…さっき、死体見たんだ。黒こげになっても死体だけは見間違えようがねぇ。晋佑は俺達を逃がす為に、さっきな…俺の右手も一緒に持ってかれたけどよ」
 貴明は淡々と呟く。
 そうか、皆――――松井さんだけじゃなくて、皆、殺されたのか。

 短い間だったのに、皆は、僕の大切な、人達だったというのに。
 皆、こうも簡単に、死んで行くだなんて。
 そして最後の一人もこうして、目の前で―――――。

「だからテメェだけは生きろ。マリーを連れて逃げるんだ。お前は生きなきゃダメだっつっただろ………坂崎の家に、車が一台ある。鍵はここだ。マリーを連れて、それで逃げろ……ゥェボッ!? ゥェッボッ……ハァ…ハァ……いいから行け。俺の事は構うなよ」
 貴明は僕に鍵を握らせながら、そう言い放った。
 僕はきっと今回も、助ける事は出来なかったのだろうか―――――いいや、違う。一つだけ解り切っている事がある。
 皆は、僕の事を、決して恨んだりはしていないだろう。
 僕が僕の事を許せないなんて事も無い。
 きっと…。
「走れ、浩之」
 貴明は視線を僕に向けながら呟く。
「お前だけは、生きるんだよ…親友。行け。皆を助けてくれ……俺らの分も、生きるんだ! 走れ…走れーッ!」
 最後の力を振り絞るような叫びに、僕の足がゆっくりと立ち上がった。
 そうだ。あれほどの怪我でも、走れる。走れる。
「………じゃあな、貴明! またいつか!」
 僕はそう叫んで、上へと続く通路を走り出す。
 貴明も勿論、恐らく笑ってこう返して来た。
「ああ、親友! またいつか、な!」
 直後、盛大に咳き込む声が聞こえ…そして。
 僕の目の前に、黒明太子達が次々と現れる。
「…じゃまだ!」
 腰から拳銃を引き抜き、何発か撃って黒明太子を蹴散らす。
 数匹を蹴散らして走り抜け、とにかく急ぐ。

 坂のような道を駆け上がり、とにかく地上へ。
 だが、その途中で何匹もの黒明太子がある者は歯を剥き出し、あるものは身体を捻らせて僕の前へと立ち塞がる!
 ええい、ジャマをするな!
 再び引き金を引く、だが弾が出ない。弾切れだ。
 リロードしないと、いいや、そんな暇はない黒明太子はもう目の前にいる。
 武器は、武器は?
 いいや、武器ならあるだろ。今、自分の腹に突き刺さってるそれはなんだ。
 深く突き刺さったそれを、ありったけの力で引き抜いた。

 引き抜いた瞬間、激痛と血で視界の全てが赤くぼやける。
 だけどもうそんな事を気にしてなどいられない。引き抜いたナイフを横薙ぎに払い、黒明太子が悲鳴をあげる。
 続けて襲って来た二匹目は首元を、三匹目には頭を突き刺して引き抜く。

 ナイフを手の中で一度だけくるりと回転させ、逆手で持つ。薙ぎ払いだけではない、突き刺すという点に於いても容易な状態へ。
 だが、ナイフを引き抜いたせいか、腹から痛みと熱い液体が漏れている。
 時間が無い。堪えろ、走れ。

 そうだ、走るんだ。もっと、早く、もっと早く。
 先ほど僕たちが分断された壁の崩れたポイントへ。道が今、塞がっている。でも、壁1枚先に道があるのに!
「うおりゃあああああああああああああああっ!!!!!!!」
 助走を付けて体当たり。脳髄が揺さぶられ、視界が一瞬だけ赤くなるだけではなく、もう視界の半分が赤くなっている。
 赤くて黒くて、最早何がなんだか解らない色迄出ている。
 まだ崩れない。もう一度だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」
 助走を、もっと早く。ダメか?
 それでもダメなら道具を使え。何か無いか。固いものなら何でもいいんだ。

 拳銃とナイフを腰に戻し、近くに落ちていたものを探してみる。
 そうだ、固くて重いものと言えば、そこら辺に転がっている。
 崩れてきた石の塊だ。

 力一杯、石を持ち上げ、盛大に振りかぶる。そしてそのまま突進。
 一回目。微かな手応え、確かに崩れた音が聞こえる。まだ穴はあいてない。
 二回目。崩れた場所にヒビが見える。もう少しで穴が空く、もう一度だ。
「っ!」
 ダメだ、重たい石と体当たりのせいで、肩がちぎれそうなほど痛い。
 堪えろ、まだまだ先は長い。
「三回目ぇっ!」
 ―――――崩れた!
 石を投げ捨て、崩れた壁の隙間を走り出す。
 ここぞとばかりに黒明太子達が牙を剥いた。

 だが、隠し球はまだまだあった!
「これは…晋佑の分っ!」
 フラッシュバンを投げつけ、強烈な光と爆音が黒明太子達の目を潰した。
 光に弱いこいつらは強烈な光を浴びれば動けなくなる。そこをナイフで薙ぎ払って行けば容易い。
 ナイフで薙ぎ払った後は走りながら拳銃の弾倉を変える。
 今日一日で何発撃ったか、何を奪って来たか。
 そんな事ですらもう覚えていない。つい先ほどの出来事だったのに、今はただ走るしかない。地上へ戻れ、マリーの元へと全身が、脳髄が、何もかもが命令している。

 次の瞬間―――――。
「ギシャアアアアアアアアアアッ!」
 天井から黒明太子が僕の肩まで飛び降り、そのまま食らい付いて来た。
 ぶちゅり、という音と共に肩が一瞬で赤く染まり、千切れそうだった右肩の砕ける音が響いた。
「っ………これは……坂崎先輩のためにッ!」
 手の上で軽く撥ねたナイフが右肩を黒明太子ごと貫く。
 黒明太子を振り払い、動かなくなった右肩を庇う暇もなく、左手と両足を使って進んで行く。
 もうすぐ、後少し、外の光が遠くの方にうっすらと見える。
 まだまだ、来るのか?
 黒明太子共がまだまだ襲って来る、糞っ、数が多い!
 ええい、こんな所まで来て死ねるかよ!
 まだまだ進むんだ、腕が足が、身体が動く限り走るんだ。生きろ。生きて戦え。それがお前の使命だろ。お前自身が自らに課した使命だろ!
 そうだ、河野浩之。走るんだ。
 こいつらを無視しろ、時間が無いぞ。マリーが今どうなってるか解らないんだろう?
 そうだ、いいぞ河野浩之。
 ジャマをするものならその手にある奴で薙ぎ払え、撃ち抜け、喰らい尽くせ、燃やせ!

 赤く染まる視界の中、必死になって足だけを動かし続ける。
 足はとっくに悲鳴をあげている、もう走れないだろ、足が棒になるってレベルじゃない、もう鉄の塊にも思えるぞ。
 バカ野郎。
 ここで足を止めるな、まだまだ先は続いているんだ。

「ハァ……ハァ…ハァ………ハァ…マリー……マリィィィィィィィィッ!!!

 僕がそう叫びながら、太陽が満ちている筈の外へと飛び出した、その時だった。

 僕はその光景を一生、いや、一生というより、きっと今でも覚えているだろう。
 太陽が二つ。
 そしてそのうちの一つが、全ての終わりをもたらした。

 それは全ての滅亡。
 一九九九年に恐怖の大王アンゴルモアが人類を滅ぼすという予言が昔あって、結局外れたけれど。
 もしもそれが実際にあったとしたのなら、それはこういう光景だったんじゃないのだろうか。
 二つ目の太陽がもたらしたのは、滅亡(ダウンフォール)だった。








 -その15分前:デュエル・アカデミア島-

「……どういう、事だ」
 ダークネスの侵攻は阻止した。そうだ、この手で阻止した。なのに。
 手に握りしめた携帯電話の向こうで、医者の沈痛な声が聞こえていた。
「…ダークネス、どういう事だ……三四は…俺の妹は、どこに消えた!」
 呆気にとられる藤原優介やヨハンを振り切り、消えつつあるダークネスの腕を掴んだ。
「……我が世界へと飲まれたもの達はもう戻って来た…戻ってこないものがあるとすれば、それは」
「それはなんだ? なんなんだ? 言ってみろ!」
「飲まれている間に、死んだか、だ」
 気がつけば、ダークネスに強烈な拳をぶつけた。
 それでどうにかなる訳では無い事は解っている。解り切っていた事だ。
 だけど…だけど…。
 それでも三四だけは…妹だけは、たった一人の妹だけは…失いたく、ないんだ。
「……なんでだよ……なんで三四だけなんだよ……」
 震える拳で、もう一度殴ろうとした時、その手を止める奴がいた。
「十代、そんな事をしてもどうにも」
「んな事は解ってんだよ! けど…どうにもしようがないんだよ! 三四は…三四はどうなるんだよ…」
「十代…」
 どうにもしようがないんだ。
 三四。俺の妹。
 たった一人の、どんな時でも俺の味方でいてくれた、どんな時でも俺が助けていた。
 身体が弱いけれど、大切な、大切な、妹。
 決して無くしたく無いもの。どう足掻いても守りたいもの。

 "…どう足掻いても、守りたいもの?"

 ああ。例え何をしようと、どうなろうと、妹だけは守りたかった。
 三四だけは、失いたく無いんだ。俺にとって、本当に守りたかったのは――――。

 "ならば、やり直す方法がある"

 "火山の火口まで来いよ、オレはそこで待っている"

 言葉が終わらぬうちに、俺は火山まで走り出していた。
 火山と言えばアカデミア島にある火山の事だろう。休火山とされているが、実際はまだマグマが動いていたりする危険な所だ。

 火山まで辿り着くと、そこに一人の少年が待っていた。
 俺よりも年下に見えるその銀髪の少年はニヤリと笑うと、俺に対して口を開く。
「やぁ。待ってたよ、十代」
「………やり直す方法、お前が知ってるのか…?」
「ああ。ああ、自己紹介しよう。オレの名前は吹雪冬夜…デュアル・ポイズンの総帥をやっている。聞いた事はあるだろう、お前も」
「……確かカード研究機関、だったか」
 カード研究機関、デュアル・ポイズン。
 カードが持つ可能性を研究しているとされているが時折黒い噂が出て来る、あまり表立って活動している話は聞いた事が無い連中だ。
「イエス。………オレは、お前の力を借りたい。だから、ここに来た」
 吹雪冬夜は俺に一歩近づきながら、そう呟く。
「俺の力、だと」
「ああ。お前が持っているその力を、借りたい。だが、今この場じゃ使えないだろう? お前も使う気も無いだろう? 使える状況に戻ればいいんだ。お前の力を、借りたい」
「…どうする気だ」
「それはお前の妹を救う事にも繋がる」
 吹雪冬夜はゆっくりと、口を開いた。

「世界をやり直すんだ、十代」

 言っている意味が、一瞬だけ解らなかった。
「世界をやり直す…だと? どうやって」
「さして難しい事じゃないさ、十代」
 吹雪冬夜は両手を叩きながらゆっくりと歩き出す。
「お前がダークネスから取り戻したこの世界を、否定するんだ。人は誰もが力を持っている。そう、人が誰もが持ちうるその全てを、世界を否定する事だけに、使うんだ」

「そうやって否定された世界の後、そこに何が出来る? 新たな世界が出来るんだよ。神によって、な」

「そうやって出来た二週目の世界で、お前の妹が死ぬべき運命を回避するようにすればいい。大丈夫だ、オレも協力しよう」

「だから一度終わらせよう―――――この、腐った世界を、もう一度だけやり直してやろうじゃないか」

 世界のやり直し。
 一度自らの手で救った世界を、もう一度終わらせる事。

 世界の滅びでどれだけの人が死ぬのか解らない。
 だが、俺は大罪人になるだろう。だが、俺はそれでも可能性を示したい。

 妹が…三四が立つべき未来の為に、俺は悪魔にでも何にでもなろう。

 俺が戦うのは、三四の為だ。
 他の誰の為でもない、世界でたった一人の為だけに、俺は戦うんだ。









 WARNING…WARNING…WARNING…
 危険、危険、危険。
 システム、緊急作動中。AIに予測不可能な事態発生。
 システムに膨大な負荷。緊急にPATRIOTシステム全部AIを作動し、返答を求める必要あり。
 予測不能の回答。
 有り得ない、有り得なさ過ぎる出来事との回答。
 システムに損傷の可能性。
 DGPS接続確認…画像転送。



 世界が一度滅びたこの日。
 これは世界にとって、否、Deus ex machinaにとって一つの大きな転換点になったと言えるだろう。
 この日を切っ掛けに、Deus ex machinaは狂った。
 そう、全てが、壊れたのだ。
 世界の終幕へと向けて動き出す。そう、全ては、この時壊れてしまったから。

 何故壊れたのか?
 世界が終わるときは、Deus ex machinaの意志によるものだったから。
 でも、今回はそうじゃない。
 なんでもない時に壊れた世界が、全てを壊した。

 Deus ex machinaはその名の通り、機械仕掛けの神だ。
 多くの世界を統括し、全ての世界の中で調整を続ける神が狂った事。
 二週目の世界は生まれた直後から、一周目が終わった時間での終幕へと進み始めたのだ。

 止められるものはいない。
 もしも止める事が出来るとすれば、それはきっと神すら破壊するもの。
 全ての運命を壊せるものであろう。
 もしもそれが人間に出来るのならの話だが…。













 それは夢の中のような、暖かな微睡みの中。
 昔、誰かの腕の中で抱かれていたときのように暖かさが僕を包み込んでいた。
 僕は暖かさに抱かれて、揺れていた。
 愛に満ちた見えない揺りかご。暖かくて、優しくて。

「ヒロ」

 優しい声が、響いた。
 この声の主を、僕は知っている。

「マリー……?」
「ヒロ、ようやく起きたね」
 僕が眼を開いた時、目の前にいたマリーはいつものように元気に微笑んだ。
「……ここは」
「ねぇ、ヒロ。知ってる?」
 マリーはゆっくりと微笑みながら、僕に視線を向けた。

「ヒロの強さは、どれだけ打たれても立ち上がる強さ」

「……ヒロが自分の事を…ううん、これを聞くのはもう変だよネ。ヒロはきっと自分の強さの事を、まだ全部解ってないと思う」

「でもこれだけは覚えておいて、ヒロ……ワタシはそんなヒロの事が一番好きだよ。例えヒロと、どんなに離ればなれになっても」

「ヒロ」

 マリーの手が、僕に微かな温もりを握らせた。
 マリーが手を離した時、そこに1枚のカードがあるように思えた。それがどんなカードかは解らない。
 今の僕には見えなかったから。
「ワタシと、ヒロの"Link"」
 マリーは囁く。
「もしもヒロが、どうなっても、ワタシはヒロの事をずっと信じてる…待ってるから」
 そんな言葉とともに、マリーの姿が僕からゆっくりと離れて行く事に気付いた。
 行かないでくれ、マリー。
 僕が走り出すより先に、マリーの姿は離れて行く。徐々に、徐々に。
「マリー!」
 君が僕の事を信じてるのも、待ってるのも解ってる。
 だから行かないでくれ。

 愛を知らずに揺れる揺りかご。
 長い微睡みから冷たい闇へと落ちて行く僕の中で、僕は叫んだ。

「マリー! 必ず……君の元へ行く! 必ず!」

 深い闇の中へと落ちて行く僕は、視界の隅でマリーと一緒に散った花びらの姿を、忘れはしないだろう。
 それが、僕が見た最後の彼女の姿だとすると。
 それはなんという絶望なのだろうか。
 全てを失うには、僕にはまだ早過ぎる筈なのに。



 砂漠の大地。いつか夢見た、僕の中の僕。
 雨が降る、カナシミの雨。
 僕だけが知っている、その雨の意味を。

 僕はまたも、救えなかったのだろうか。
 この次なんてない。いつだって、チャンスは一度きりの筈なのに。

 僕はどうしてこうも。
 無惨な姿をさらしているんだろう。僕はいつだって願ってるんだ。

 僕が本当に欲しかったのは――――――。





 祭り囃子の音が、聞こえる。
 昔、美希の手をつないで地元のお祭りに出掛けた時、美希だけじゃなく僕も思い切りはしゃいでた事を思い出す。
 なんていうのだろう、お祭りってのは、人を楽しませたり、嬉しくさせたりそういうのが込められてるんじゃないかと、勝手に思ってる。
 那珂伊沢での―――お祭り。
 今日、僕が手を繋いでいるのは美希じゃなくて、和葉と――――手を繋いでいるというより、僕が持つ和葉の手の、反対側の手にいるのは。
「ねぇ、ヒロ! エト、あのお好み焼き買ってくれル?」
 マリーだ。マリアンヌ・カーター。
 僕を那珂伊沢で初めて迎え入れてくれた少女。僕の好きなマリー。僕のマリー。
「マリー、粉もの好きだね…まぁ、僕も好きだけど」
 僕はそう返事をすると、お好み焼きの屋台へと視線を向ける。
「やあ、河野君。折角だからお好み焼きを買って行ってくれるか?」
「今なら三日間煮込んで作り上げた特製ソースだけじゃなくて最高級黒豚が入っている」
「……碓真君、何やってんのさ」
 お好み焼きの屋台でお好み焼きを焼きつつ僕に声をかけてきたのは、あの林間学校の時、同じ班だった碓真だった。
「なになに、僕と里見はそれなりに料理は好きだからね。ご覧の通り、屋台を出している訳だ」
「な、なるほど」
 と、いう事は隣りにいる碓真君に似た金持ちのお坊ちゃん風な奴は…。
「紹介するよ、河野君。僕の幼馴染の里見智晴だ」
「よろしく、河野君。…こうして会ったのも何かの縁。今回は奢ってあげよう」
 里見の発言に、マリーが顔をあっという間に輝かせる。マリーはすぐ表情が変わる所が面白い。
「Oh! フトッパラですネ!」
「え、本当!? じゃ、二つお願い」
 なんと、タダでお好み焼き二つゲット。
 早速ほおばっている和葉とマリーを見ながら二人にお礼を言いつつ、少し売り上げに貢献してあげる為に自分の分は別に買った。
 タダで二つ貰っている分、一つぐらいは、ねぇ?
「まぁ、また今度よろしく頼む」
 二人と別れ、屋台の中を更に進む。
「おす、浩之…マリー。と和葉ちゃん」
「待て、貴明。和葉がオマケみたいになってるぞ」
「何故、お前が怒る」
 イカ焼きの屋台の影から出て来た貴明とそう言葉を交わした後、貴明は口を開く。
「おー、しかし浴衣っていいよな。浩之も和葉ちゃんもマリーも凄く似合ってるじゃねぇか」
「叔母さんが選んだんだってさ」
「少し照れますネ」
「……」
 そう、僕たち3人は、浴衣なのだ。
 僕はまぁ、薄い水色の無地とごく普通の、特に飾り気も無いがシンプルイズザベストな浴衣だが…。
 和葉は決して子供向けとは思えない程の、ハデではないが地味すぎる訳でも無い、黒地に花火をモチーフにした絵柄。
 そしてマリーは…こんな事を言うのもなんだが、向日葵が柄になっている浴衣なんて僕は初めて見た気がする。
 でも、向日葵の花のようなマリーには、凄くぴったりな感じだ。
 そう、いつだってマリーは向日葵の花のように咲いてる。僕に道を教えてくれた、僕の、本当の声を、マリーだけは知っていた。
 そう、知っていたんだ。マリーは。
「ああ、そうだ。和葉ちゃん、マリー。大阪焼き食べるか?」
「待て、貴明。僕の分はどうした」
「俺だってそこまで金ある訳ねーんだぞ。男に奢るような趣味は無い」
「お前はのび太だけのけ者にするスネ夫か!」
「わかったわかったってーの! 浩之って時々恐ろしくなるぜ…」
 貴明が呆れつつも大阪焼きの屋台から三つ、買って来ていた。
 ちなみにこの大阪焼き。聞く所によると実際は大阪には無くて、東日本の縁日ぐらいでしか売られてないローカルなものらしいが…どうなのだろうか。
「お前ら、相変わらずだな」
「あ、晋佑」
 僕たちの元へ近寄って来たのは晋佑だった。
「マリーと和葉ちゃんもいるか。こんばんは」
「こんばんハ! そう言エバ松井サンはどちらに?」
「律乃なら…あそこでご覧の通りだ」
 晋佑が指差した先には松井さんが…焼きそば、お好み焼きに始まり、フランクフルトに焼きトウモロコシ、かき氷にイカ焼き…etc、etc。
 とにかく縁日グルメというグルメを完全制覇しようとしていた。
「ヘタに奢ってやろうとか言うんじゃなかった、アイツがあんなに大食いだったとは…」
 晋佑の悲鳴に似たつぶやきに貴明はあっさり返す。
「うわぁおご愁傷サマ」
「お前ら少し金貸してくれ」
「「だが断る」」
「お前らなぁっ!」
 僕らだってそこまで金に溢れている訳では無いのだよ。
 そう言えば坂崎先輩と笹倉さんはどうしたのだろう?
「おろ、いた」
 坂崎先輩と笹倉さんは、二人で型抜き勝負を続けていたようだ。
 巧みな裁きで素早く抜いていく坂崎先輩と、ダイナミック尚かつエレガントな手つきで抜いて行く笹倉さん。
 まぁ、型抜きってのはアレだ。
 型の絵柄に沿って針で抜いて行くって奴で、普通は船とかそういう簡単なの、なのに…。
「おっちゃん、次何か無い!?」
「おじさま、新しいのくださりますの!?」
 本気の勝負モードに入った二人の前では、如何なる難問もただの紙くずレベルにまで低下してしまう。
 恐るべし、乙女のプライドの強さ。
「ふふふふ、おじさん本気出しちゃうぜぇ〜。二人の為に用意しておいたとっておきの型がある。見よ、これだ!」
「「こ、これは……!」」
 そのシルエットは遠くからでも見える。
 伝わる所によると、デュエル・アカデミアで長く勤続した教師のみが扱えるビンテージモンスターにして、最強カード!
「古代の機械究極巨人だ! この型を用意するのにとりあえず貯金は飛んだ!」
「「よし、やってやる(やるわ)」」
 坂崎先輩と笹倉さんが即座に型へと向かい、古代の機械究極巨人の型抜きを始める。
 普通、あんなの出来るのか…?
「皆、楽しそうネ」
 マリーが嬉しそうに呟く。
「祭りってのは、そういうものだよ。僕たち皆が、楽しめるものさ」
「ソウだね。ワタシも、嬉しい」
「……そうか」
 君が楽しんでくれて良かった、と言いかけて言えなかった。
 僕のマリー。
 僕の大切なマリー。

 手から離れないで、マリー。僕の大切なマリー。
 僕が必ず…君の元へ戻ると決めた。僕は君の元へ戻らないと。
 皆が…皆がそう告げてた、皆が守ってくれたんだ。

 愛に抱かれた揺りかごの奥で花びらが散る。
 茜色の空も、全てが終わってしまった青空のように、奇麗に見えて。
 僕は君の元へ戻れない?
 例え今は戻れなくても、必ず戻る。君の元へ…僕を愛する君を、君を愛する僕が!





 意識を取り戻すと、そこは太陽が落ちた空だった。
 大地は灰色に覆われてその色彩を失い、建物も道路も、その殆どが破壊されている。
 身体を動かそうとすると、あちこちが痛んで、生暖かい何かがこぼれ落ちる。
 血だ。
 ゆっくりと、だがどうにか立ち上がると、喉の奥から熱い何かがせりあがってきて、僕は思わず口元を下へ向ける。
 胃液と血が混じった液体を吐き出し、数回咳き込む。
 せりあがってくるものが無くなって少し落ち着いた僕は、一歩を踏みしめた。
 何もかも破壊された世界。
 所々についた炎だけが彩る、灰と瓦礫と――――いいや、もう一つだけある。

 死体だ。
 潰れたトマトのように瓦礫に押しつぶされたものに始まる。
 炎がパチパチと燃えている、火だるまのようになったものもある。
 全身無惨に火傷に覆われたもの、腕だけが転がっているもの、壁を背に力尽きたもの。
 何かから逃れようと辛うじて物陰や噴水に逃げ込んだはいいが、それごと破壊されて潰れたもの。
 内蔵、血、肉。
 灰と瓦礫と炎の世界を彩る、血。

 数歩踏みしめながら歩くと、かつて図書館だった建物の影で小さな人影が倒れていた。
 小学校2か3年生ぐらいの小さな少女。その姿は、僕の知っている少女の姿を彷彿させる。
 顔を見て、違うと解った。だが、灰と泥に汚れているとはいえ、眠っている様にも見える彼女に近寄り、首元に、手を置く。
 鼓動は聞こえない。死んでる、もう死んでいる。
 僕が手をどかすと、その首元に血がへばりついていた。見ると、僕の手も既に血塗れだった。

 屋根が吹き飛ばされ、あちこちに炎を纏っているとはいえ辛うじて原形をとどめている図書館の中に入る。
 記憶が正しければ、昔からある建物で、頑丈なうえにこの地域には不釣り合いなほど大型の建物で、台風か何かの時に避難所代わりに使われていた筈。
 図書館の中も酷い有様だった。
 ただ、図書館内にいるのはどうやら、世界が終わった時に死んだ人だけではなく、それより前に死んでいた人の方が多かった。
 首を失ったもの、殆ど原形をとどめてないもの、必死に逃れようとしたのか、本棚の上に昇ろうとして下半身だけ無くし、内蔵をまき散らしているものまである。
 ここも、生きている人影は無い。
 階段が瓦礫で押しつぶされていたが、その押しつぶされた瓦礫が坂になっていて、上へと目指す事が出来るようだ。

 この頃になって、僕の足が震え始めていた。
 傷を負っている身で歩き続けたせいだろうか。僕は必死にその足を庇いながらも、上を目指す。
 図書館だけでなく、色々な施設の入った市民文化センターに近い上層部を瓦礫を掻き分けながら歩き、かつて屋上だった場所へと、辿り着いた。

 そこから見える世界は、何もかも破壊された。
 絶望と、悲しみだけが支配する。もう何もなくなってしまった世界。

「……なんだよ、これ…」
 僕は震える声で呟く。
 何があったんだ、地上で。
 黒明太子達が町中に溢れ帰っただけで、こんな風になる訳が無いんだ。
「そうだ……マリー……」
 僕がこうなってまでここに来ているのも、マリーを探さないと。
 そうだ、貴明が、晋佑が、道を開いてくれたんだ。
「マリー……マリー!」
 走ろうとして、転んだ。そうだ、足を怪我していた。

 転んだ僕が立ち上がろうとした時、ふと、視界に空が入った。
 二つ目の太陽が、落ちて来る。
 轟音と共に瓦礫が舞い上がり、僕の身体の上にも落ちて来る。

「っぅっ……!」
 息を吐きながら、必死に這い回る。それでも前へ進まなきゃ。
 生きてる人はいないのか、誰でもいいんだ、助けてくれ。

 答えは無い。
 誰もいない。
 このまま死んで行くのかも知れない、きっと。

「…んでだよ……なんでなんだよ、畜生…」
 必死に這いながら、僕は言葉を紡ぐ。
 きっとこれが最後になる。死神が鎌を持って、すぐ真後ろ迄来ているんだろう?
 でもこれだけは残したいんだ、僕の願いとして。
「みんな……必死だったのに…死んだらもう二度と…戻ってこれないんだぞ…なのに、なんで…そうやってつかみ取ったものを…こうも壊せるんだよ、簡単に……」
 喋っていると、砂埃が口の中に舞い込むと同時に、僕の喉の奥から何かが競り上がって来た。
 思い切り咳き込んで、吐き出す。
 赤いものが、隠れずにこぼれて行く。
「認めない…こんなの認めねぇよ……絶対にだ………こんな…残酷な結末は…」
 でも生きている限り、前に進むんだ。
 世界で一番大切にしたいと決めた君の元に辿り着くまでは―――――。
「覚えとけよ……神サマよ……」

「次にお前に会いに行くときは…全身全霊でお前をぶん殴ってやる! こんな運命を認めたお前を、僕は…僕は許さない! 皆を冒涜しやがって…人間、舐めるなよ……人間の…可能性って力を!」

「絶対に…絶対にだ…お前に……!」

 腕だけで這い回る僕が辿り着いたのは、屋根も壁も破壊された家。
 でもその家だけは、見間違える筈が無い。ここにいる、君はここにいる。

「許さな―――――」

 最後の吐血と共に、河野浩之の中で、何かが途切れたその瞬間――――。
 汚れた大地に伏した、最後の瞬間。
 最後の最後まで必死に伸ばした手が触れた先に、一人の少女の姿があった。

 無惨にも生きたまま食い散らされた、少女の残滓があった。





 こうして、一つの世界は終わった。
 目を逸らしたくなるような絶望だったのかも知れないし、悲劇だったのかも知れないだろう。
 だが、こうして一週目の世界が終わり、二週目の世界が始まったという事実は。
 Deus ex machinaが二週目の世界で全てを終わりにしようと動き出したのと同時に、二週目の世界で新たな可能性を掴もうとしたモノ達がいる事を。

 そう、この物語は決してここで終わりではない。
 真なる力の破壊者の物語はまだまだ続いて行く。一週目の世界での物語を、ひとまずここでぴリオドを打たせてもらおう。
 そう、本当の悲劇と、本当に物語はここから始まる。
 これは終わりではない。
 新たな、始まりへと続く――――――。


スタッフロール

二次創作小説
【FORCE OF THE BREAKER -受け継がれる意志-:第1章・コワレタカケラ】

原作「遊☆戯☆王」「遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX」

演出・脚本 真紅眼のクロ竜


CAST

河野浩之 マリアンヌ・カーター 宍戸貴明 坂崎加奈
高取晋佑 松井律乃 笹倉紗論

河野美希 永瀬和葉 碓真幹夫 碓真織姫
里見智晴 永瀬良二 永瀬圭子 矢吹壮馬 
長崎涼子 大原千枝 結城奈々子

タナトス オイジュス アパテー
ネメシス ヘスペリス モロス ケール

遊城十代 吹雪冬夜

参考資料
たくさん。

スペシャルサンクス

KONAMI 海馬コーポレーション インダストリアルイリュージョン社
デュエル・アカデミア 遊戯王カードwiki 遊戯王カード原作HP

読者の皆さん。
原作HP作家陣の皆さん。
全世界のデュエリストの皆さん。
デュエル構成やカードリプレイ、ネタ提供などで手伝ってくれる友人達。

製作協力
遊戯王カード原作HP
遊戯王カードWiki
遊戯王カード原作HP オリカwiki

監督
真紅眼のクロ竜



 この手を離したく無いと、刹那に願ったんだ。
 君がいてくれたから、僕がもう一度動き出したんだから。
 青空に見える星の光のような優しさが、向日葵が似合う君の笑顔が、君と出会ってよかったと思ってる。
 君と二人でいる事が幸せだった。

 君がそうしてくれたように、君が泣いた時には僕が拭ってあげるから。
 君の温もりも何もかも知ってしまったから。

 僕たちのストーリーは、絶対に終わらせたりはしない。
 どんな絶望も、冷たい闇に落ちたとしても、君の事だけを追い続けよう。
 僕と君の二人で、この灰色の絶望を、暖かな色彩で埋め尽くすまでは。

 僕らが染める。
 僕らが進むんだ。今、君が何処にいるか解らないけれど。

 僕が必ず戻る、君の元へ。
 世界でたった一人の、君の元へ、鮮やかに色づいたこの衝撃のような出会いで、全てが繋がっていたんだ。

 君の元へ…君に、また会いに行くよ。
 そこにどんな困難が待ち受けていても構いやしない。
 例え僕が君を、君が僕の事を忘れてしまっていても、この魂に刻み込んだ出会いと願いは覚えてる。


真なる力の破壊者よ…
我、力を持つ者…
力を求める汝に告ぐ

汝の涙も、汝の思い、汝の願い、
汝はこれから待ち受ける長く、悲しい運命に立ち向かうと誓うか?
誓うというのなら進むがいい

汝が愛する者を救うなら
汝が願った世界を守るなら

汝こそが真なる力の破壊者
全ての運命を切り開く者!

行け、力の破壊者よ!
我は汝が側にいつもいるぞ!

汝がその力の全てに目覚めるまで
汝が新たな出会いと愛する者の為に戦う標を
いつか我が照らそう!





続く...




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