決闘学園! 3

製作者:豆戦士さん






<目次>

 プロローグ
 1章  変わらぬ日常
 2章  一斉放送
 3章  動きだす非日常
 間章(1)
 4章  特訓開始
 間章(2)
 5章  10ターンの攻防
 間章(3)
 6章  そして破滅の幕は開く
 間章(4)−1
 間章(4)−2
 7章  頂上決戦
 8章  覚醒の時
 9章  蘇るオレイカルコス
 10章  決闘の終わり 終わらない絶望
 11章  終焉をもたらす者
 12章  果てなき闇のそのまた先に
 13章  決闘学園
 エピローグ





プロローグ



 ふと気がつくと、目の前に見知らぬ少女が立っていた。


 肩にかかるくらいのショートカットに、綺麗に整った顔立ち。白いキャミソールに、水玉模様のミニスカート。身長は、自分よりも頭二つ分ほど小さい。
 小学生の子だろうか、と天神(あまがみ)美月(みつき)は思う。
 少女は、透明な瞳でこちらを見つめている。まるで天神の内面を見透かそうとするかのように、一言も発さず、ただ、じっと。
「………………」
 目の前の少女に見覚えはない。見たこともない顔だし、彼女の着ている洋服にも思い当たる節はなかった。
 けれども、不思議と目が離せない。そんな奇妙な存在感が、少女にはあった。
「………………」
 お互いに一言も発しないまま、穏やかな睨みあいは続く。
 あなたは誰? どこから来たの? そんな基本的な質問すら口から出てこない。それほどまでに、少女の存在は自然だった。彼女がここにいることは、当たり前。無条件にそう思わせるだけの何かが、少女にはあった。
 だから天神は、疑問を抱くのが遅れた。
 彼女は何のために、ここにいるのか。
 そして。

 どうして、自分の部屋に見知らぬ少女が立っているのだろうか。

 ついさっきまで、部屋には誰もいなかった。この部屋には、誰かが隠れられそうな場所もない。ドアが開いた音を聞いた覚えもない。
 そのことを正しく認識したとたん、強烈な危機感が天神を襲った。
 目の前の少女と、これ以上一緒にいてはいけない。理性よりも先に、本能でそう理解できた。
 すぐにこの部屋から離れようと、慌てて身をひるがえす。
 そんな天神の背に、少女の透明な声がかけられた。

「ねえ。わたしとデュエルしよ?」

 その瞬間、天神の動きがぴたりと止まった。
 自分の意思で逃げるのをやめたわけではない。走り出したくても、体が言うことを聞いてくれないのだ。
「ダメだよ、アマガミさん。デュエルから逃げるだなんて、そんなのダメ。わたしとデュエルしない限り、決してこの部屋から外に出ることはできないよ」
 振り返ると、少女はいつの間にか左腕にデュエルディスクをつけていた。
「安心して? アマガミさんが勝ったら、わたしは消える。もう二度とあなたの前には現れないから」
 彼女はいったい何者なのか。何が目的で、どうしてここにいるのか。
 突然現れた、日常の理から外れた異様な存在。何もかもが、自分の理解を超えている。
 けれど、そんな天神にも、1つだけ理解できたことがあった。
 だとしたら、やることは決まっている。

「準備はいい? 行くよ、アマガミさん」
 デュエルディスクを取り出し、自分のデッキをセット。左腕に装着し、ボタンを押して変形させる。
 手慣れた一連の動作を終えると、平常心が戻ってきた。
 少女の言葉が本当ならば、デュエルに勝てばいい。彼女に勝てば、この異様な状況も終わる。
 なかば自分に言い聞かせるようにして、目の前の闘いに意識を向ける。

 そして、2つの声が交差して響く。



「「デュエル!!」」



「私のターン、ドロー(手札:5→6)」
 先攻をとった天神は、6枚の手札を一瞥すると、即座に最善のプレイングを見きわめて実行に移す。それができるだけの実力が、天神にはあった。
「永続魔法『神の居城−ヴァルハラ』を発動(手札:6→5)。その効果で、手札から――――」
 ネオパーシアスを特殊召喚。そう言おうとした天神の手が、止まった。
 謎の少女の左手に視線を向ける。そこには、1枚のカードも握られていなかった。
「あなた……手札はどうしたの?」
 デュエルは、お互いデッキの上から5枚のカードを手札に加えたうえで始まる。
 なのに彼女の手には、そこに当然あるべき5枚の初期手札が存在しなかった。
 当たり前の疑問を呟く天神に、少女は囁くように答える。

「これがわたしの『力』だよ、アマガミさん」

 透きとおった声が響く。と同時に、彼女の身体から黒いもやのようなものが噴きだした。
 霧。そう表現するのが最も適当だろうか。あっという間に広がった黒い霧は、すぐさま天神の部屋を埋めつくした。
 明るかった部屋が、闇に包まれる。
 この霧は、デュエルディスクの演出の一環だろうか。天神はまずそう考えたが、すぐにその考えを否定する。
 黒い霧に包まれていると感じる、形容しがたい不安感。それは、ただのソリッドビジョンから喚起される感情としては、明らかに異質なものだった。
 そんな天神の疑問に答えるように、少女は言葉を紡ぐ。
「わたしは、この『霧』を操ることができる特別な力を持ってるんだ。……でも、その代償として、わたしは初期手札を持つことができないの。黒い霧の力を使うときには、最初から手札0枚でデュエルを始めないといけない。そして、この『霧』は、わたしがダメージを受けたときにその効果を発揮するんだよ」
 その言葉を聞いて、天神は1つの可能性に思い至る。
「まさか……デュエリスト能力?」
 しかし、少女は首を横に振った。
「ううん、違うよ。この霧は、デュエリスト能力とは別のモノ。レベル5能力を持っているアマガミさんなら、分かるハズだよね?」
 高レベルの能力者は、相手の発動したデュエリスト能力のレベルが分かる。それがデュエリスト能力のルールの1つだ。
 もちろん五ッ星能力者の天神も例外ではなく、今までに何度も相手の能力レベルを見抜いてきた経験がある。
 しかし、少女が霧を出す瞬間を目の当たりにしてもなお、天神には彼女のレベルが分からなかった。そもそも、デュエリスト能力が発動したという気配すら、微塵も感じられなかったのだ。
「わたしのデュエリスト能力は、これとは別にある。この黒い霧を操る力は、世界中でわたしだけが持っている、特別な能力なんだよ?」
 霧の力と、まだ見ぬデュエリスト能力。2つの力を持っていると語る少女が、無邪気に笑う。
「不安? 心配? 得体の知れない相手に、正体不明の能力が2つ。いくらアマガミさんでも、怖いって思うよね?」
 字面だけ見れば、ただの安い挑発にすぎない。しかし、彼女が口にする言葉には、不思議な重みがあった。
 自分の内心が何もかも見透かされているような錯覚すら覚える。それほどまでに、彼女のまとう雰囲気はどこか神秘的だった。
「でも、安心していいよ? このデュエルで、黒い霧の力が発動することはないから」
 突然、少女の声が優しい声音に変わる。
 手加減してくれるとでも言うのだろうか。そんな甘い考えが、一瞬天神の脳裏をよぎった。
 だが、すぐに違うと気づく。
 少女は言った。霧の力は、自分がダメージを受けたときに発動すると。
 ならば、彼女の言葉の真意は。

「だって、アマガミさんは、わたしに1ポイントのダメージも与えられずに負けるんだからね♪」

 当然のことだ、と言わんばかりの口調だった。
「さ、今はアマガミさんのターンだよ? 早く次のカードを出して?」
 パーフェクトゲームを予告した少女が、屈託のない笑顔を向けてくる。
「……私は、ヴァルハラの効果で、手札から『天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス』を攻撃表示で特殊召喚。さらに『豊穣のアルテミス』を召喚して、ターンを終了するわ(手札:5→3)」
 これから先、この少女が何をしてくるかはまったく予想できない。
 だが幸いにも、霧の力の代償とやらで少女の手札はゼロだ。態勢が整うまでには、まだ時間がかかるはず。
 そう判断した天神は、その前に決着をつけようと、早々に2体の天使を降臨させた。

 (2ターン目)
 ・少女 LP8000 手札0
     場:なし
     場:なし
 ・天神 LP8000 手札3
     場:天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、豊穣のアルテミス(攻1600)
     場:神の居城−ヴァルハラ(永魔)

「ふふ。行くよ。わたしのターン、ドロー(手札:0→1)」
 後攻1ターン目なのに、少女の手札はたった1枚。とれる行動の幅は限られている。
 客観的に見れば、圧倒的に不利な状況からのスタートだ。にも関わらず、少女の動きに焦りや戸惑いは見られない。
「わたしは、手札のモンスターを召喚するよ」
 少女が引いたのは、モンスターカードだった。それを知って、天神は安堵の息を吐く。
 『相手の場にモンスターが現れたとき、そのモンスターをそのまま持ち主の手札に戻す』。これが、天神美月の持つ、最高位のデュエリスト能力である。
 このレベル5能力は、召喚・特殊召喚時に発動するはずのモンスター効果すらも一切発動させない。つまり、この能力があれば、相手の引いたモンスターカードをほぼ無力化できるのだ。
 案の定、少女の召喚したモンスターは、ソリッドビジョンを展開させる暇もなく手札に戻された。
 ところが、少女は動揺したそぶりを一切見せなかった。
「すごいね、その力。相手のあらゆるモンスターを拒絶する、レベル5のデュエリスト能力。わたしの思ったとおり、アマガミさんにぴったりの能力だ」
 天神が何も告げずとも、少女は天神の能力の詳細を知っているようだった。
 この少女は、自分のことをいったいどこまで知っているのか。そんな疑問に、答えが出せるはずもない。
「わたしはこのターン、何もせずにターンエンドするね。さあ、次はアマガミさんの番だよ」

 (3ターン目)
 ・少女 LP8000 手札1
     場:なし
     場:なし
 ・天神 LP8000 手札3
     場:天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、豊穣のアルテミス(攻1600)
     場:神の居城−ヴァルハラ(永魔)

「私のターン、ドロー。手札から、『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚(手札:3→4→3)」
 デュエルは3ターン目。これでようやく、天神にもバトルフェイズを行う権利が与えられる。
「わたしのフィールドは空っぽ。ふふ。攻撃のチャンスだね?」
 もちろん、少女に言われるまでもない。
「『天空勇士ネオパーシアス』! 『豊穣のアルテミス』! 『デュナミス・ヴァルキリア』!」
 相手が何かをしてくる前に、できるだけ早く叩かなければ。
 そんな焦りからか、天神の語調はどこか荒い。
「3体のモンスターで、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 攻撃力の合計は5700。これが通れば、少女に致命傷を与えることができる。

 (攻2300)天空勇士ネオパーシアス −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻1600)豊穣のアルテミス −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻1800)デュナミス・ヴァルキリア −Direct→ 少女(LP8000)

 場の天使が、三位一体となって攻撃を仕掛ける。
 しかし、その攻撃が命中する直前、少女は薄い笑みを浮かべた。

「残念でした。わたしは、手札から『バトルフェーダー』の効果を発動するよ」

 少女の目の前に、振り子時計を模したような形の奇妙なモンスターが現れた。
 振り子の腕が揺れ、鐘の音が鳴り響く。とたんに、天使たちの連携が崩れる。
「バトルフェーダーは、相手モンスターが直接攻撃してきたとき、手札から特殊召喚してバトルフェイズを終了できるの。……どう? 面白いでしょ?」
 天神は、ただ黙って少女の言葉に耳を傾けている。
 だが内心では、彼女の戦術の巧みさに舌を巻いていた。
「アマガミさんの能力で、特殊召喚されたバトルフェーダーは手札に戻る。つまりわたしは、ノーコストで何度でもアマガミさんの攻撃を止めることができる」
 天神のデュエリスト能力は、召喚・特殊召喚時に発動する効果をすべて無効にする。
 しかし、バトルフェーダーの『自身を特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる』能力は、手札から発動する一連の効果として扱われる。天神の能力が『特殊召喚を無効にする』ものでない以上、バトルフェイズの終了を止めることはできないのだ。
 そして、一連の効果処理を終えたバトルフェーダーは、天神の能力によって少女の手札に戻る。だがそれは、バトルフェーダーにとってメリット以外の何物でもない。

 バトルフェーダー 効果モンスター ★ 闇・悪魔 攻0・守0

 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れる場合、代わりにゲームから除外される。

 デュエリスト能力とカード効果の処理が矛盾した場合、デュエリスト能力が優先される。その絶対的なルールのおかげで、除外されるはずのバトルフェーダーは、何事もなかったかのように少女の手札に戻された。
「………………」
 たった1枚のモンスターカードで、半永久的に天神の攻撃をシャットアウト。こんな芸当は、よほど天神の能力を知りつくしていなければ不可能だ。
 初めてデュエルするはずの少女が、なぜここまで自分の能力に詳しいのか。
 底が知れない相手を前にして、それでも天神は、攻撃が封じられたこの状況をなんとか打開しようと、考えを巡らせていた。
 永続魔法や永続罠と違って、フィールドに留まらないバトルフェーダーを破壊するのは難しい。
 だとしたら、やることは1つだ。
「私は、カードを1枚伏せてターンを終了するわ(手札:3→2)」

 (4ターン目)
 ・少女 LP8000 手札1
     場:なし
     場:なし
 ・天神 LP8000 手札2
     場:天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、豊穣のアルテミス(攻1600)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)
     場:神の居城−ヴァルハラ(永魔)、伏せ×1

「わたしのターン、ドロー(手札:1→2)」
 その宣言にかぶせるように、天神はついさっき伏せたばかりのカードを表にする。
「リバースマジック発動。『手札断殺』よ」

 手札断殺 速攻魔法

 お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

 天神 手札:2枚 → 0枚 → 2枚
 少女 手札:2枚 → 0枚 → 2枚

 お互いの手札が2枚になった瞬間を見極めての一撃。これで確実にバトルフェーダーは墓地へと落ちた。
「ふふ。まさか、たった1ターンでこの防御が破られるなんてね。さすがはアマガミさん。レベル5能力だけじゃなくて、デュエルの腕も一級品なんだね」
 少女は、素直に天神を褒めたたえる。その言葉に、皮肉や嫌味は一切感じられない。
 天神の攻撃から身を守る術を失ったはずの彼女は、しかし少しも動じることなく、次のカードに手をかけた。
「魔法カード発動『闇の誘惑』。デッキから2枚ドローして、そのあと手札の闇属性モンスター1体を除外するね」
 1枚だった少女の手札が、3枚になり、そして2枚になった。
 その直後、突如フィールドに強風が吹き荒れた。激しい風は、天神と少女、2人のデッキから5枚のカードをさらっていく。
「除外された『ネクロフェイス』の効果発動。お互いのデッキの上から、5枚のカードが除外されるよ」
 ネクロフェイス……。少女の狙いは、デッキ破壊だろうか?
 数々の相手と闘ってきた経験から、天神はまずそう当たりをつける。
 しかし、そんな予想はまったくの見当外れであったことを、天神はすぐに悟ることになった。
「それじゃあ、初期手札ゼロのディスアドバンテージを、ここで埋めさせてもらうね!」
 どこまでも純粋な笑顔で、少女は告げる。
 そして、天神に破滅をもたらす1枚の魔法カードが、発動された。


「『次・元・融・合』!!」


 ぐにゃり。ぐにゃり。
 2人のフィールドが、大きく歪む。
「次元融合は、お互いのプレイヤーが、自分フィールド上に、除外された自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する魔法カードだよ」
 少女のフィールドに、5体のモンスターが並んだ。そして、すぐに天神の能力で手札に戻される(手札:1→6)。
「続けて速攻魔法発動! 『リロード』!(手札:6→5)」
 5体のモンスターがデッキに戻り、新たに5枚のカードが手札に舞いこむ。
「カードを3枚伏せて、わたしはターンエンドだよ(手札:5→2)」

 天神は、ただただ呆然としていた。
 自分のデュエリスト能力が、また相手を有利にするために逆用されたこと。わずか4ターンで初期手札分のアドバンテージを取り戻されたこと。一瞬にして、伏せカード3枚という鉄壁の布陣を敷かれてしまったこと。
 そして、なによりも。
「まさか……あなたのデュエリスト能力も…………」
 少女のライフカウンターに視線を向けながら、かすれた声で呟く。

 少女 LP:8000

 次元融合を発動するためには、2000ポイントのライフコストを払わなければならない。
 なのに、少女のライフポイントには何の変化も表れていない。何かしらのデュエリスト能力が発動したのは明らかだった。
 もちろん天神は、デュエリスト能力の発動を肌で感じることができる。その感覚の大きさから、少女の能力レベルを推定することも簡単だ。
 だが、だからこそ、天神が受けた衝撃は大きかった。
「あなたも……レベル5の能力者なの……?」
 今まで味わったことがないほど強大な力。力を使われるだけで鳥肌が立った。
 これほどまでに大きな力は、どう見積もっても自分と同じレベル5級。そう判断するほかない。
 しかし少女は、愉快そうに微笑みながら、ゆっくりと首を横に振った。
「惜しいけどハズレ。わたしの力は、普通のデュエリスト能力とは、ちょっとだけ違うんだよ? ふふ。この力の正体は、今はヒ・ミ・ツ」
 天神をからかうように、そう答える。
「さ、次はアマガミさんの番だよ。ぼーっとしてないで、早くカードを引いて?」

 (5ターン目)
 ・少女 LP8000 手札2
     場:伏せ×3
     場:なし
 ・天神 LP8000 手札2
     場:天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、豊穣のアルテミス(攻1600)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)、アテナ(攻2600)、ライトロード・マジシャン ライラ(攻1700)
     場:神の居城−ヴァルハラ(永魔)

「……私のターン、ドロー(手札:2→3)」
 次から次へと、新たな謎が現れては深まっていく。
 少女の正体、目的、そして能力。何一つとしてその片鱗すらつかめていない。
 真っ暗な洞窟の中を、手探りで進んでいくような感覚。だがそれでも、前に進むしかない。
「『ライトロード・マジシャン ライラ』の効果発動。このカードを守備表示にすることで、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊するわ」
 次元融合の効果で、天神の場にも新たなモンスターが特殊召喚されている。
 バトルフェイズに入る前に、1枚でも多くの伏せカードを除去しておく。少しでも攻撃が通る確率を上げるために、天神はここでライラの効果を発動させた。
「ふふっ。そうはさせないよ。手札から『エフェクト・ヴェーラー』を捨てて、効果発動(手札:2→1)。このカードの効果で、アマガミさんのライラの効果は、このターンのエンドフェイズまで無効になるよ」
 ライラの効果は封じられた。少女の場には、依然として3枚の伏せカードが存在する。
 けれど、それでもなお、前に進むしかない。
「『天空勇士ネオパーシアス』! 『豊穣のアルテミス』! 『デュナミス・ヴァルキリア』! 『アテナ』! 『ライトロード・マジシャン ライラ』!」
 大量の伏せカードを警戒して、攻撃をためらっていて勝てるような相手じゃない。
 それを心底実感しているからこそ、天神は総攻撃を仕掛ける。
「5体のモンスターで、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 2300+1600+1800+2600+1700。総勢10000ポイントの攻撃力が、一斉に少女に襲いかかる。

 (攻2300)天空勇士ネオパーシアス −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻1600)豊穣のアルテミス −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻1800)デュナミス・ヴァルキリア −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻2600)アテナ −Direct→ 少女(LP8000)
 (攻1700)ライトロード・マジシャン ライラ −Direct→ 少女(LP8000)

 仮にミラーフォースが張られていたとしても、まだ十分に立て直せる。
 そう判断しての、一斉攻撃だった。

 だが、少女の戦術は、天神の想像のはるか上を行く。

「わたしは、3枚のトラップカードを、まとめて発動!」

 DNA改造手術 永続罠

 発動時に1種類の種族を宣言する。
 このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。

 サイバー・サモン・ブラスター 永続罠

 機械族モンスターの特殊召喚に成功する度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。

 血の代償 永続罠

 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 その3枚の罠を見たとたん、天神はすべてを理解した。

 モンスターを展開できない少女が、どうやって自分に勝つつもりだったのかを。
 前のターンの手札増強に、いったい何の意味があったのかを。
 少女の手札に残る、1枚のカードの正体を。

 そして、少女と自分の間に横たわる、覆しようのない実力差を。


「『霞の谷(ミスト・バレー)の雷鳥』、召喚♪」


 霞の谷の雷鳥 効果モンスター ★★★ 風・雷 攻1100・守700

 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが手札に戻った時、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚に成功したターン、このカードは攻撃を行う事ができない。



 ◆



 7700、7400、7100、6800…………。
 天神のライフポイントが、刻一刻と削られていく。
「………………」
 黒い霧の力に、謎のデュエリスト能力。
 そのどちらの正体も暴けないまま、完膚なきまでに敗北した。

 5900、5600、5300、5000…………。
 おそらくこの闘いで、彼女は実力の1割も見せていない。
 根拠はないが、不思議とそう確信できた。
「…………ねぇ」
「ん? なに、アマガミさん?」
 この闘いで負けた自分が、いったいどうなるのか。それは分からない。
 それでも、決して良い様にはならないだろうことは、なんとなく予想できた。

 4100、3800、3500、3200…………。
「ねぇ、教えて。あなたの、名前は……何……?」
「わたしの名前? そんなこと知って何になるの?」
「………………」

 2600、2300、2000、1700…………。
「ま、いっか。どうせ今のアマガミさんに言っても意味ないけど、デュエルした記念に教えてあげるね」
 すぅ、と息を吸いこみ、一息に告げる。
 満面の無邪気な笑みを――――どこまでも純粋な笑みを、その顔に浮かべながら。



「わたしの名前はリンネ。この宇宙を創った、神様だよ♪」



 1100、800、500、200、0。





1章  変わらぬ日常



 7月22日、日曜日。
 夏休みに入ったばかりの、私立翔武(しょうぶ)学園高等学校。
 校内に一般生徒は誰もいない、そのとある一角で。

 吉井(よしい)康助(こうすけ)は、息を殺して教室内に身を潜めていた。
 ドアに貼りつくようにして、少しだけ開いた隙間から外を眺める。相手の姿を確認。向こうに気づかれないよう、慌てて顔を引っこめる。
 ターゲットが教室の前を通りすぎ、背中を向けたときが勝負だ。その一瞬のタイミングを狙って、こちらから攻撃を仕掛ける。
 そう決意した康助は、改めて自分のフィールドの状況を確認する。

 ・吉井 LP4600 手札4
     場:ネオアクア・マドール(攻2000)
     場:団結の力(装魔)

 静かな校内に、コツコツと乾いた足音が響く。
 大丈夫。まだ向こうにこちらの正確な位置はバレていないはずだ。康助はそう判断する。
 攻撃のタイミングまで、あと5秒。
 4秒、3秒、2秒、1秒、ゼロ。
 康助は、勢いよく教室のドアを開け放つと、相手に向かってこう宣言した。

「手札から、速攻魔法『スケープ・ゴート』発動!(手札:4→3) そして僕の『ネオアクア・マドール』で、『E・HERO マッドボールマン』を攻撃します!」
 その叫び声を聞いて、相手は振り返るも、時すでに遅し。相手の場のマッドボールマンは、攻撃力が5200にまで膨れ上がった康助のモンスターの攻撃をまともに受けて消滅した。

 (攻5200)ネオアクア・マドール → E・HERO マッドボールマン(守3000):【破壊】

 相手の大型守備モンスターを潰すことに成功して、康助は小さくガッツポーズをとる。
 だが、それとは対照的に、相手――――佐野(さの)春彦(はるひこ)には、少しも動揺した様子はなかった。
「残念だが吉井、マッドボールマンの破壊は予測の内だ。リバース罠『ヒーロー・シグナル』発動」

 ヒーロー・シグナル 通常罠

 自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
 自分の手札またはデッキから「E・HERO」という名のついたレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

「俺はこの効果で、デッキから『E・HERO ワイルドマン』を特殊召喚する」
 今の状況下で、攻撃力わずか1500のワイルドマンをフィールドに呼ぶということ。この3ヶ月間の経験から、康助はすぐにその目的を悟る。
「場のワイルドマンと、手札のバーストレディを能力で融合。『E・HERO ガイア』を攻撃表示で特殊召喚!(手札:3→2)」
 佐野の場に、黒金の鎧を身にまとった融合E・HEROが降臨した。

 E・HERO ガイア 融合・効果モンスター ★★★★★★ 地・戦士 攻2200・守2600

 「E・HERO」と名のついたモンスター+地属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、このカードの攻撃力はその数値分アップする。

 佐野の言った、「能力で融合」という言葉。この「能力」とは、カードの効果のことではない。
 それは、言うなればデュエリスト本人に宿る特殊能力。
 デュエリスト能力とも呼ばれるその力は、十代初めの人間のごく一部にだけ発現する。
 発現の原因、法則などは一切不明。分かっているのは、この能力は、デュエル中に限り何らかの効力を発揮するということだけだ。
 20歳をすぎると自然に失われる、謎に包まれた異能の力。この力は、能力の強さに応じてレベル1からレベル5までの五段階に分類されており、高レベルの能力の使い手ほど希少な存在となる。
 佐野が使った「自分ターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる」力も、この異能力の1つ。該当レベルは3の、かなり強力なデュエリスト能力である。
「『E・HERO ガイア』の効果発動。『ネオアクア・マドール』の攻撃力を半分にして、その分だけガイアの攻撃力をアップする!」

 E・HERO ガイア 攻:2200 → 4800
 ネオアクア・マドール 攻:5200 → 2600

 『融合』を投入する必要がない佐野のE・HEROデッキには、ヒーローデッキならではの手札消費が激しいという欠点がない。だからこそ佐野は、状況状況に応じて、最適な融合E・HEROを、臨機応変に呼び出すことができる。
「『E・HERO ガイア』で、『ネオアクア・マドール』を攻撃だ! コンティネンタルハンマー!」

 (攻4800)E・HERO ガイア → ネオアクア・マドール(攻2600)

「僕は、墓地の『ネクロ・ガードナー』を除外! 相手モンスターの攻撃を、1度だけ無効にします!」
 康助の墓地から飛び出した落ち武者の魂が、ガイアのパンチを受け止める。
「くぅ……っ!」
 衝突の衝撃に少し後ずさるも、何とかネオアクア・マドールを守りきることができた。戦闘ダメージも受けていない。
 そのことを確認した康助の口から、安堵のため息が漏れた。
「うまく防いだな、吉井。とはいえ『E・HERO ガイア』は破壊されたわけじゃない。俺は手札から速攻魔法『融合解除』を発動だ(手札:2→1)」
 佐野がカードをデュエルディスクに差し込むと同時に、目の前の空間が大きく歪む。
「このタイミングで、『融合解除』……!!」
 ガイアの融合が解除され、素材となった2体のE・HEROが特殊召喚されれば、佐野の能力で即座に『E・HERO ガイア』の再融合が可能になる。
「攻撃したモンスターの融合を解除した後で、改めて融合。普通なら、その時点でメインフェイズ2となり、融合モンスターで再度攻撃はできない。……だが」
 そう。だがしかし、このデュエルは普通のデュエルではない。
「………………」
 康助の手札に、再融合されたガイアの攻撃を止める手段はない。
 だから康助は、融合解除の効果処理が終わる前に、素早く身をひるがえす。

 そして、佐野に背を向けたまま、脇目も振らずにこの場から一目散に逃げ出した。



 ◆



「はぁ……はぁ…………。ここまで来れば、もう大丈夫だよね……」
 全力疾走で上がった息を整えながら、追っ手がいないことを確認する。
 佐野を振り切ることに成功したのか、そもそも佐野に康助を追いかける気がなかったのか。どちらなのかは分からないが、危機を脱したことだけは確かだった。
「不利になったデュエリストは逃げることも可能……か。ホント、普通のデュエルとは何もかもが違うんだなぁ……」
 流れる汗をぬぐいつつ、感嘆の言葉を漏らす。
 そんな康助の耳に、突然、甲高いブザーの音が飛び込んできた。
「ドロータイムか……。よし、ここで何とかいいカードを…………ドロー!!」

 吉井 手札:3 → 4

 引いたカードは、『聖なるバリア−ミラーフォース−』。
 今の康助にとっては、最高のトラップカードだった。早速ディスクにセットする(手札:4→3)。
「えっと。確か、ドロータイムがターンとターンの境目だから、これでネオアクア・マドールの攻撃力は元に戻る、っと」

 ネオアクア・マドール 攻:2600 → 5200

 『E・HERO ガイア』の効果は、1ターンしか続かない。今ごろ、佐野のガイアの攻撃力も2200に戻っているだろう。
「よし、これでフィールドは万全だな。後は、闘う相手を探しに行かないと……」
 そう呟いた康助は、人気のない校内をゆっくりと歩き始めた。

 リアルタイムデュエル。
 現在、休日の校舎を貸し切って行われているこの闘いのルールは、普通のデュエルとは大きく異なっている。
 まず、リアルタイムの名が示す通り、この闘いは時々刻々と進行しており、対戦相手と出会えば、いつどこで闘いを始めても構わない。自分のライフポイントが0にならない限り、デュエルの途中で相手から逃げることだって認められているのだ。
 そしてその性質上、リアルタイムデュエルに「自分のターン」というものは存在しない。
 そのため、5分おきに訪れる「ドロータイム」をターンの境目として、全員が一斉に「エンドフェイズ → ドローフェイズ → スタンバイフェイズ」という流れを迎えることになっている。
 また、メインフェイズとバトルフェイズに関しては、「モンスターで攻撃を仕掛けている間は、自分と相手にとってのバトルフェイズ。それ以外はメインフェイズ」と区別されている。先ほど佐野が、再融合された『E・HERO ガイア』で2度目の攻撃を行おうとしたのも、これが理由だ。

 このリアルタイムデュエルに参加しているのは、翔武生徒会のメンバー全5人。
 つまり、この広い翔武学園の校内に、康助にとっての敵はたったの4人だけだ。
 とはいえ、どこに誰が隠れているかは予測がつかない。さっき自分がしたように、今度は他の誰かから不意打ちされるかもしれない。
 康助は、慎重に一歩一歩足を進めていく。
 そして、開けた場所に出たとたん、康助のデュエルディスクについているランプが、赤く輝きだした。
「この近くに、誰かいる……!」
 この赤いランプは、自分を中心とした半径10メートルの円の中に、誰か他のデュエリストがいることを表している。
 とはいえ、その正確な位置までは分からない。康助は、前にも増して慎重に、ゆっくりとあたりを見回す。
 左手側の壁には、3年1組の教室入口のドア。右手側の壁には、3年2組の教室入口のドア。他にあるものと言えば、連絡用の黒板と、各教室に備えつけの掃除用具入れくらいのものだ。
「だとすれば……どっちかの教室の中、かな…………」
 ついさっきの自分と同じく、教室の中に潜んで機会をうかがっているのではないか。そう考えた康助は、常に両方のドアが視界に入るように注意して動く。
 2つの教室は、康助を挟んで正反対の位置にある。片方の教室に入ろうとしてドアを開ければ、もう片方の教室に背を向けることになってしまう。
 一体どうすれば、奇襲を受けずに相手の居場所を特定することができるだろうか。そのことに頭を巡らせながら、もう一度周囲の状況を確認する。
 そして、気づいた。
 3年1組のドア近くに置かれた、掃除用具入れのロッカー。

 その扉から、見覚えのある洋服の端がはみ出していることに。

「………………」
 念のため、数十分ほど前の自分の記憶に検索をかけてみる。
 検索終了。見城(けんじょう)(かおる)の着ていた服と一致しました。
 それによく見ると、中に入っていたはずのホウキやらモップやらはすべて取り出されて、ロッカーの陰となる位置に立てかけられていた。
「…………はぁ」
 ため息をつくと同時に、張りつめていた緊張の糸が切れる。
 さすがに脱力せざるを得ない。これでバレないつもりなのだろうか。
「しかも、これって…………」
 このロッカーは、確かに人間が1人隠れられるくらいの大きさがある。
 だがしかし、所詮はギリギリ中に入れるだけだ。もし仮に、中の人間が伏せカードの1枚でもセットしようものなら、確実にソリッドビジョンがロッカーの外にはみ出してしまうだろう。
 ということはつまり、中にいるであろう見城のフィールドは、おそらくガラ空き。
 しかも、ロッカーの中に隠れている以上、バレたと分かっても逃げることすらできない。
「……袋のネズミ?」
 とりあえず、扉を開けると同時にネオアクア・マドールでダイレクトアタックかな。
 そう考えて、ロッカーの前に立つ。扉にかけた手に、力をこめる。
 少し迷った後、勢いよく扉を開け放った。
 そこで康助が見たものは。

「見城さん…………の服だけ!?」
 その瞬間、バン! という大音が背後で炸裂した。
「もらったあああああ!!」
 反射的に振り向く康助。そこにいたのは、反対側の3年2組のロッカーの中から飛び出してきた、体操着姿(・・・・)の見城薫。
 そして、見城のフィールドは、5体のモンスターカードで埋めつくされていた。

 ・見城 LP2600 手札2
     場:おジャマ・グリーン(攻0)、おジャマ・イエロー(攻0)、おジャマ・ブラック(攻0)、おジャマ・ブルー(攻0)、おジャマ・レッド(攻0)
     場:なし

 罠だった。それだけは何とか理解するも、咄嗟の状況に頭が追いついてこない。
「アタシは、手札から『おジャマ・デルタハリケーン!!』を発動するぜっ!!(手札:2→1)」

 おジャマ・デルタハリケーン!! 通常魔法

 自分フィールド上に「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」「おジャマ・ブラック」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。

 ネオアクア・マドール(攻5200):【破壊】
 団結の力:【破壊】
 伏せカード(聖なるバリア−ミラーフォース−):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】

「ぐぅ……あっ!!」
 カラフルな衝撃波が吹き荒れ、康助の場のカードが一瞬にして消し飛ばされる。
 それでもなお、見城は攻撃の手を休めない。
「速攻魔法発動! 『百獣大行進』!!(手札:1→0)」

 百獣大行進 速攻魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在する獣族モンスターの攻撃力は、エンドフェイズ時まで自分フィールド上の獣族モンスターの数×200ポイントアップする。

 おジャマ・グリーン 攻:0 → 1000
 おジャマ・イエロー 攻:0 → 1000
 おジャマ・ブラック 攻:0 → 1000
 おジャマ・ブルー 攻:0 → 1000
 おジャマ・レッド 攻:0 → 1000

 伏せカードを1枚でも出せば、狭いロッカーからはみ出して、位置がバレてしまう。
 だが、見城のデッキの主力モンスターであるおジャマのソリッドビジョンは、伏せカードよりもはるかに小さい。
 それこそ、5体の姿をロッカーの中に余裕で隠せるくらいには。
「全軍突撃! 5体のおジャマで、吉井にダイレクトアタックだあっ!!」

 (攻1000)おジャマ・レッド −Direct→ 吉井 康助(LP4600)
 (攻1000)おジャマ・ブルー −Direct→ 吉井 康助(LP4600)

 吉井 LP:4600 → 3600 → 2600

「うぅっ……!」
 魔法・罠カードは1枚も出さず、おジャマだけを並べて待機。
 囮のロッカーを作り、相手がそちらに気をとられている隙を見計らっての奇襲。
 わずか2枚の魔法カード消費による、一気呵成の大打撃。
 康助は、よく練られた見城の策に完全にハメられてしまっていた。

 (攻1000)おジャマ・グリーン −Direct→ 吉井 康助(LP2600)
 (攻1000)おジャマ・ブラック −Direct→ 吉井 康助(LP2600)

 吉井 LP:2600 → 1600 → 600

「これでトドメだっ! 『おジャマ・イエロー』の攻撃! おジャマパンチ!!」

 (攻1000)おジャマ・イエロー −Direct→ 吉井 康助(LP600)

 最後の一撃が、康助の眼前に迫る。
 だが、その刹那。


 5体のおジャマが、すべて見城の手札に戻った。


「……っ! この能力は……!!」
「『アテナ』で、見城さんにダイレクトアタックよ」

 (攻2600)アテナ −Direct→ 見城 薫(LP2600)

 見城 LP:2600 → 0

「く……あああっ!!」
 背後からアテナの攻撃を受けて、倒れこむ見城。
 その後ろから、1人の女子生徒が姿を現した。
「危なかったわね、吉井君」
 すらりとした長身に、優雅になびく長い黒髪。
 天神(あまがみ)美月(みつき)。康助や見城と同じ、翔武生徒会の1年生である。

 ・天神 LP8000 手札2
     場:アテナ(攻2600)
     場:神の居城−ヴァルハラ(永魔)

「天神さん……。助かりました。ありがとうございます」
 彼女の持っている力は、世界中で10人程度しか確認されていないという、最高位のレベル5。「相手の場にモンスターが現われたとき、一切の効果を発動させずに、そのモンスターをそのまま持ち主の手札に戻す」という、なかば反則気味のデュエリスト能力だ。
 リアルタイムデュエルでは、この能力は、天神とデュエル状態にある相手にしか働かない。とはいえ、天神にモンスターで攻撃しようとすれば、それはルール上天神とデュエル状態にあるとみなされてしまう。
 相手モンスターに対する絶対優位の力は、この程度の特殊ルールでは揺るがなかった。
「ふふ。吉井君と見城さんはデュエル中だったから、私が近づいても気がつかなかったでしょう?」
「あ……なるほど。そういうことですか」
 デュエルディスクに付属している赤いランプは、リアルタイムデュエル中、半径10メートル以内に他のデュエリストが存在すると自動的に反応するようになっている。そのため、普通なら相手に気づかれずに接近することは不可能だと言っていい。
 だが、相手がすでに別の誰かと一緒にいるならば話は別だ。
「もともとランプが光っているところに、新しく3人目のデュエリストが入ってきても、ランプは光ったまま。これって、こっそり相手に近づくには最高の状況だと思わない?」
「さすが天神さん。よくそんなこと思いつきましたね」
「うちの生徒会って、こういう特殊なデュエルとか大好きでしょ? そういうのを何度も繰り返すうちに、いろいろと考えるクセがついたみたい」
「ですね。ルールの穴を探せ、って朝比奈先輩もよく言ってますしね」
 笑う康助。そして、これからどうするか天神と話し合おうとしたその矢先――――


「とはいえ、その穴を突けるのが自分だけだと思いこんでるあたり、まだまだ甘いわね」


 唐突に、天神の身体を衝撃が襲った。

 天神 LP:8000 → 2000

「天神さんっ!?」
 慌てて、声のした方向へと振り返る。
 そこで目にしたのは、ついさっき話題に上がったばかりの先輩の姿だった。

 ・朝比奈 LP5700 手札0
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)

 不敵な笑みを浮かべ、腕を組んで立っている小柄な少女。
 栗色のショートカットが特徴的な、彼女の名前は朝比奈(あさひな)翔子(しょうこ)。翔武生徒会メンバーの1人で、学年は佐野と同じ3年生である。
「あたし自身に向けて、能力を10発撃たせてもらったわ。これならモンスターが出せなくても問題ないでしょ」
 朝比奈のデュエリスト能力は「1ターンに10回まで、自分ターンのメインフェイズに、自分または相手プレイヤーに、100ポイントのダメージを与えることができる」というものだ。
 1000ポイント×1回ではなく、100ポイント×10回。この一見すると些細な違いは、特定カードとのコンボで最大限に活きる。

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 朝比奈が、自分に向けて1度能力を発動するたびに、この2枚のカードの効果が発動して、相手プレイヤーは600ポイントのダメージを受ける。これを10回繰り返せば、相手に与えられるダメージは累計6000ポイントにも及ぶ。
 毎ターン爆発的な火力を叩きだすことのできる、朝比奈のこのデュエリスト能力のレベルは4。レベル5ほどではないものの、それだけで圧倒的優位に立てる、希少な高位能力の使い手だ。
「……っ! でも、朝比奈先輩は今、1ターンに10回までの能力をすべて使い切りました! 手札も0枚ですし、もうこれ以上できることは何もないはず――」
「ふふん。吉井、あたしがどうして、このタイミングで攻撃を仕掛けたと思う?」

 そう朝比奈が訊ねると同時、甲高いブザーの音が校内に鳴り響いた。

 朝比奈 手札:0 → 1
 吉井 手札:3 → 4
 天神 手札:2 → 3

「これは……ドロータイム!」
「そう。手札を1枚補充する時間であり、なおかつ新しいターンが始まるタイミング。つまり……あたしの能力はリロードされて、再び10発発射可能になるわ」
 5分に1度のドロータイムを挟んでの、20回連続能力使用。
 朝比奈の狙いは、そこにあった。
「天神のライフは残り2000。あと4発もあれば十分に削りきれる数値よね」
 朝比奈は、勝ちを確信したような口調でそう告げる。
 そして、自身の能力を使うために、声を張り上げた。
「デュエリスト能力、発――」
「させません!」
 朝比奈と天神を結ぶ一直線のライン。その間に、康助が割って入る。
「『ビッグ・シールド・ガードナー』召喚! さらに『思い出のブランコ』を発動して、墓地の『ネオアクア・マドール』を攻撃表示で復活させます!(手札:4→3→2)」
 天神をかばうように立つ康助。そのフィールド上に、2体のモンスターが並んだ。
「天神のデュエリスト能力があるのに、モンスターを召喚できる……?」
 目の前で起こった意外な展開に、朝比奈は思わず首を傾げてしまう。
 だが、すぐにその理由に思い至った。
「……なるほど。あんたたち、一時的に協定を結ぶことにしたってわけね」
 天神の能力は、デュエルしている相手のモンスターを問答無用ですべて手札に戻す。この力は強制効果で、自分の意思で能力をオフにすることはできない。
 だがそれは、あくまで「デュエル中の相手」に対しての話だ。
 リアルタイムデュエルでは、常に全員とデュエルを行っているわけではない。天神が康助を「デュエル相手だ」と認識したり、逆に康助の方から天神に攻撃を仕掛けたりしない限り、天神と康助はデュエル中だとはみなされないのだ。
「ええ。天神さんのおかげで、僕はモンスターで攻撃できますが、朝比奈先輩は壁モンスターを場に出すことすらできません。……勝負あり、ですね。先輩」
 言いながら康助は、1枚の魔法カードを発動させる(手札:2→1)。

 右手に盾を左手に剣を 通常魔法

 エンドフェイズ終了時まで、このカードの発動時に存在していたフィールド上の全ての表側表示モンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を入れ替える。

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100・守2600) → (攻2600・守100)
 ネオアクア・マドール(攻1200・守3000) → (攻3000・守1200)

 守備重視の康助デッキの切り札とも言える攻守逆転カードが、場の状況を一変させた。
「行きますよ……朝比奈先輩! 『ネオアクア・マドール』で、先輩にダイレクトアタックです!」

 (攻3000)ネオアクア・マドール −Direct→ 朝比奈 翔子(LP5700)

 しかし朝比奈は、迫るモンスターを前にしても余裕の笑みを崩さない。
「あんた、天神を守ってやろうとしてるみたいだけど、肝心なことを忘れてない?」
 康助のライフカウンターを指差して、告げる。
「あんたのライフは残り600。天神以上にギリギリの、能力1発で吹き飛ぶ数値しか残ってないのよ! あたしは、自分自身に向けて能力を1回発動!」

 朝比奈 LP:5700 → 5600

 これで『痛み移し』と『悪夢の拷問部屋』の効果が発動して、康助のライフは0だ。『ネオアクア・マドール』の攻撃が当たる前に、康助はリタイアとなる。
 そう計算して放った朝比奈の一撃は、しかし意外な方法で防がれることになる。

「僕は、手札から『ハネワタ』を捨てて、このターンに受ける効果ダメージを0にします!(手札:1→0)」

 ハネワタ チューナー・効果モンスター ★ 光・天使 攻200・守300

 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受ける効果ダメージを0にする。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 吉井 LP:600

「な……!」
 デュエリスト能力によって直接発生するダメージは、いかなるカード効果を使っても防ぐことはできない。それがデュエリスト能力の絶対的なルールだ。
 しかし、康助が受けるはずだったダメージは『痛み移し』と『悪夢の拷問部屋』の効果によるもの。あくまで「デュエリスト能力をトリガーとして発動する、カードの効果によるダメージ」なのだ。
 そして、カード効果によって発生するダメージなら、同じくカード効果で防ぐこともできる。

 (攻3000)ネオアクア・マドール −Direct→ 朝比奈 翔子(LP5600)

 朝比奈 LP:5600 → 2600

「くぅ……! 吉井、なんであんたが『ハネワタ』なんてカードを持って……!」
 『ハネワタ』は、天神のデッキに入っているカードのはず。
 そう言おうとした瞬間、朝比奈は康助たちの狙いに気づいた。
「なるほど、ね……。あんたたち、今よりずっと前から…………」
「はい。このリアルタイムデュエルの最初から、僕と天神さんは協定を結んでいました」
「ええ。私の『エクスチェンジ』を使って、あらかじめ吉井君に『ハネワタ』を渡しておいたの」
 このリアルタイムデュエルは、あくまで個人戦である。しかし、そのルール上、他のデュエリストと協力しあって闘えば有利になれるのは明らかだ。
 康助と天神が交わしていたのは、そんな協定。「残り3人のデュエリストを全滅させるまで、お互いに最大限協力して生き残りましょう」という口約束だった。
「僕のライフは残り600。朝比奈先輩の能力を僕に向けて6回直接ぶつけられれば負けです。……でも、そんな暇はもう与えません!」
 先ほど朝比奈が自分に向けて能力を使ったおかげで、朝比奈の残りライフは2600。
 次の攻撃が当たれば、ちょうど削りきれる数字だ。
「『ビッグ・シールド・ガードナー』で、先輩にダイレクトアタックです!!」
 予想外の『ハネワタ』発動に動揺する朝比奈の隙をついて、トドメの一撃を仕掛ける。

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー −Direct→ 朝比奈 翔子(LP2600)

 だが、その攻撃もまた、意外な方法で防がれる。
「罠カード発動! 『アース・グラビティ』!」

 アース・グラビティ 通常罠

 このカードは相手ターンのバトルフェイズにしか発動できない。
 攻撃可能なレベル4以下のモンスターは、自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO ジ・アース」を攻撃しなければならない。

 『ビッグ・シールド・ガードナー』の攻撃の軌道が、突然の重力によって大きくねじ曲がった。
 その先にいるモンスターは『E・HERO ジ・アース』。

 E・HERO ジ・アース 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 地・戦士 攻2500・守2000

 「E・HERO オーシャン」+「E・HERO フォレストマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、このカードの攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで、リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー → E・HERO ジ・アース(攻2500):【破壊】

 佐野 LP:5500 → 5400

「佐野先輩……どうしてここに…………」
 確実に決まるはずの一撃を、思わぬ乱入者によって止められた。
 そのことに唖然としながらも、康助はかすれた声で問いかける。
「さっき翔子が言ったはずだぞ? ルールの穴を突けるのが自分たちだけだと思うなよ、ってな」
「そういうこと。チーム組んで闘うのは、何もあんたらだけの特権じゃないってわけ」
 翔武学園生徒会。その最上級生たる2人が、康助と天神の前に並び立つ。

 ・佐野 LP5400 手札2
     場:E・HERO ガイア(攻2200)
     場:伏せ×1

 ・朝比奈 LP2600 手札1
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)

 佐野春彦と、朝比奈翔子。
 2人しかいない3年生が、チームを組んで残り3人の1年生を潰すような大人げない真似を、本気でしてくるものだろうか。

 ……いや、何の躊躇いもなくしてくるだろうな。朝比奈先輩、そういうの全然気にしそうにないし。

 康助が呆然とそんな思考を垂れ流す中、最初に動いたのは天神だった。
「佐野先輩に向けて能力発動! そして『アテナ』で、朝比奈先輩にダイレクトアタックします!」

 (佐野)E・HERO ガイア:【エクストラデッキへ】

 (攻2600)アテナ −Direct→ 朝比奈 翔子(LP2600)

 これが当たれば、まだ勝負の行方は分からない。
 天神の決死の一撃は、しかし佐野の一言に打ち砕かれた。
「罠カード発動! 『英雄変化(チェンジ・オブ・ヒーロー)−リフレクター・レイ』!!」

 英雄変化−リフレクター・レイ 通常罠

 自分フィールド上に存在する「E・HERO」と名のついた融合モンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。
 破壊された融合モンスターのレベル×300ポイントダメージを相手ライフに与える。

「……!!」
「戦闘で破壊された『E・HERO ジ・アース』のレベルは8。よって、俺は天神に、2400ポイントのダメージを与える!」

 天神 LP:2000 → 0

 天神のライフは尽き、彼女の分のソリッドビジョンが薄れていく。
 アテナの攻撃は、朝比奈に命中することなく消滅した。
「天神さん!!」
「おっと吉井、人のことを心配している暇はないぞ。天神がいなくなったことで、俺は再び場にモンスターを召喚できるようになった。手札から『ミラクル・フュージョン』を発動!(手札:2→1) 墓地の『E・HERO ワイルドマン』と『E・HERO フェザーマン』を除外して融合! 来い! 『E・HERO ワイルド・ウィングマン』!」

 E・HERO ワイルド・ウィングマン 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 地・戦士 攻1900・守2300

 「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO フェザーマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 手札を1枚捨てる事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。

 ・佐野 LP5400 手札1
     場:E・HERO ワイルド・ウィングマン(攻1900)
     場:なし

 ・吉井 LP600 手札0
     場:ビッグ・シールド・ガードナー(攻2600)、ネオアクア・マドール(攻3000)
     場:なし

「……っ!」
 このターンが終われば、『右手に盾を左手に剣を』の効果が切れて、場のモンスターの攻守は元に戻る。そうなれば、ワイルド・ウィングマンの攻撃を受けて康助のライフは0だ。
 もうすでに、『ビッグ・シールド・ガードナー』も『ネオアクア・マドール』も1ターンに1度の攻撃権を使ってしまっている。手札にも、魔法&罠ゾーンにも、起死回生のカードは1枚も残されていない。
「だったらここは、逃げるしか……!」
「おっと、そうはさせないわよ」
 逃げようとした康助の前に、両腕を広げた朝比奈が立ちふさがる。
「……! そうだ、朝比奈先輩のデュエリスト能力もまだ……!」
 さっき1発無駄撃ちしたものの、まだこのターン中に9回の発動権が残っている。
 いくら『ハネワタ』の効果があるとはいえ、直接康助に向かって能力を撃たれれば、残り600のライフではとても耐えきれない。
「これで終わりよ。……能力、発動」
 朝比奈の死刑宣告に、康助は思わず目をつむる。
 しかし、いつまで経っても、身体を襲うはずの衝撃はやってこなかった。
「…………?」
 不思議に思って目を開ける。
 そこで康助が目にしたのは、1つの勝負に決着がついた瞬間だった。

 朝比奈 LP:2600 → 1700

 佐野 LP:5400 → 0

「しょ……翔子……。お前、いきなり何を……!」
 突然の衝撃に、腹をかかえてうずくまっている佐野。
「あたし自身に向かって、残る9回のデュエリスト能力をすべて発動させたわ。『痛み移し』と『悪夢の拷問部屋』の効果で、春彦に与えたダメージは、合計5400ポイントよ」
 そして、立ったまま不敵に笑う朝比奈。
「翔子……他の3人を全滅させるまでは協力する、っていうあの約束は……」
「いや〜、なんやかんやで春彦って結構強いし、まともに闘うとかなり厄介そうじゃない?」
 手をひらひらと振りながら、告げる。
「だからまあ、味方だと思って油断しているうちに、背後からぶすり、と」
「刺したのか!? さっき俺が助けてやった恩はどこ行った!?」
「おあつらえ向きにライフが5400だったのを見たら、つい、ね。……てへ♪」
「てへ♪ じゃねぇ!? ついドジっちゃったみたいに言っても騙されねぇぞ!?」
「春彦……。あんたの尊い犠牲は決して忘れないわ…………」
「俺の犠牲で得したのお前だけだよねぇ!?」
「死人に口なし! 正義が勝つんじゃない、勝った者こそが正義なのよ!!」
「それはもはや完全に悪役の台詞だよなぁ!!」
 がっくりとうな垂れる佐野。
 朝比奈は、それを見て満足したのか、振り返ると、康助の方を見すえて口を開く。

「……というわけで、吉井。残るはあんた1人だけよ」
「く……っ!」
 ライフ600の康助と、ライフ1700の朝比奈が向かい合う。
「……でも! 朝比奈先輩は、今のでこのターンの能力をすべて使い切りました! まだまだ勝負はこれからで――――」
「んじゃ、『ミスティック・ゴーレム』召喚、っと(手札:1→0)」

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

「あ……あぁ…………」
 手のひらサイズの小さな石像が、与えたダメージ回数に応じてみるみる巨大化していく。
 ソリッドビジョンは校舎の壁をはみ出して、その全容を目にすることすら叶わない。

 ミスティック・ゴーレム 攻:? → 9000

「『ミスティック・ゴーレム』で、『ネオアクア・マドール』を攻撃! ギガント・インパクトぉ!!」
 振り下ろされた巨像の鉄槌は、一片の容赦もなく小さな魔導士を押し潰した。

 (攻9000)ミスティック・ゴーレム → ネオアクア・マドール(攻3000):【破壊】

 吉井 LP:600 → 0


 こうして、リアルタイムデュエルは、朝比奈翔子の勝ちで幕を閉じた。



 ◆



「いや〜、久しぶりにいい汗かいた! 楽しいデュエルだったわね!」
 涼やかなよく通る声で、朝比奈が気持ちよさそうに叫ぶ。
「まあ、な。…………最後のアレは、さすがにどうかと思うが」
「なによ春彦。まだ気にしてんの? あれは戦場で味方に背を向けたあんたのミスよ」
「味方にもダメ!? どんだけ理不尽な戦場なんだ!?」
「人を撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけよ!」
「それは覚悟さえあれば味方を撃っていいという意味じゃないと思うぞ!?」
 いつも通りの先輩2人のにぎやかなやり取りを眺めつつ、1年生3人も会話に花を咲かせる。
「それにしても、今日の特殊デュエルはそうとう変則的だったよなー。リアルタイムでデュエルするなんてアイデア、先輩たちが考えたのか?」
 訊ねる見城に、康助が答える。
「ええと確か、今回のルールは、ずっと前に童実野町で行われた大会のルールをもとにして作った、とか佐野先輩が言ってたような気がします」
 そして天神も、先輩から聞いた話を口にする。
「そのときは、町全部を舞台にして8人のデュエリストがデュエルした、って聞いてるわ。ドロータイムも1時間おきで、なんでも大会が終わるまで2日間ずっと闘い通しだったとか」
「そんなすごい大会があったのか……。アタシも参加したかったぜ……!」
 わりと本気で悔しがっている見城に、康助が「そういえば」と話を振る。
「いくら夏休みとはいえ、よく校舎全体を丸々借りられましたよね。他の部活の都合とか、色々あったと思うんですけど」
「ああ、そのことね。それなら問題ないわよ。ちゃんと許可は取ってあるから」
 康助の疑問に答えたのは、朝比奈だった。
 その手には、『施設使用願』と書かれた1枚の紙が握られている。
「日時、7月22日。場所、翔武学園校舎全域。使用者、生徒会役員5名。……って、こんな用紙1枚でいいんですか?」
「そうよ。基本的に、あたしら生徒会の要求は最優先で通ることになってるからね。常識の範囲内で、望めば大抵のことはやってもらえるわよ」
「この間の大会の賞金……ですか……」
「ふふ。今年も、あたしたちの優勝が決まったとたん、教師たちの目の色が露骨に変わってたわよ。ま、ぶっちゃけた話、彼らの給料アップに直結でもするんでしょうね」

 翔武学園の生徒会。その学校内での位置づけは、平たく言うと「デュエルの最強集団」だ。
 活動の目的は、役員のデュエル能力の向上。普段の活動内容は、一言で言えばデュエルの特訓である。
 そんな団体が、なぜ「部活」ではなく「生徒会」という形をとっているのか。その理由は、1年に1度開かれる、学校単位で競い合う大規模な地区デュエル大会にある。
 この大会で優勝した学校には、賞金が寄付金という形で支払われるのだが、その額というのが、常軌を逸して高額なのである。
「まぁ確かに、学生の大会であの値段は、もはや反則だよな……」
 康助や見城も、実際に支払われた賞金の値段が、「高額賞金」と聞いて思い浮かべていた額よりもゼロが2つ多かったのを見て驚いた経験がある。
 それほどの大金が、優勝校には与えられるのだ。生徒会の活動を、学校側が全面的に支援するのは当然といったところだろう。
 そして、翔武生徒会は、そのサポートに恥じないだけの成果をあげ続けている。
 つい半月ほど前に行われた今年の大会でも、翔武生徒会は見事優勝を果たした。それによって翔武学園は、大会が始まって以来初の、10年連続優勝という快挙を成し遂げたことになる。
「あたしらが優勝を逃すとうちの学園の財政が傾く、ってな噂もよく聞くわね」
「さすがにそれは学校として色々マズいですよね!?」
 そんな冗談が平気でまかり通るほど、学園側がこの生徒会によせている期待は大きい。
 そして、そんな状況に慢心することなく、プレッシャーに潰されることもなく、皆が望む結果を残し続けている集団。それが、翔武学園の生徒会なのである。

「おーい翔子。次のリアルタイムデュエルはいつ始める?」
「そうね。さっきはわりと早く決着ついたから、そんなに休憩は必要ないでしょ。今から30分後でどう?」
「了解。それじゃ皆、いったん解散だ。今までと同じように、最初のドロータイムには校舎内のどこにいてもいい。各自、入念に作戦を立てたうえで、全力を尽くして闘うように!」
 佐野の号令を合図に、5人のデュエリストたちは、再び広い校内へと散っていった。



 ◆



「見城さん。次は、僕とチームを組んで闘いませんか?」
 次のデュエルに向けての準備時間が始まってから、10分ほどが過ぎたころ。
 康助は、校内を歩きまわっていた見城(元の服に着替えた)を見つけて、とある提案を持ちかけていた。
「チームっつーと、さっきのデュエルで吉井と天神、それに先輩たちが組んでたヤツのことか?」
「はい。今度は、僕と見城さんで協力しあって、朝比奈先輩と佐野先輩に一泡ふかせてやりましょう!」
 少し上ずった声で、熱く語る康助。
「一泡ふかせる……って言っても、相手はあの先輩たちだぜ? 仮に2対1に持ちこめたとしても、そう簡単には倒せねぇんじゃないか?」
「僕にいい考えがあります。僕の守備デッキと、見城さんのおジャマデッキ。この2つをうまく組み合わせてですね…………」
 リアルタイムデュエルだからこそ生まれる、思わぬシナジーがある。
 康助は、自分の考えた作戦を、筋道立てて見城に説明していった。
「……なるほど! それって、うまくハマれば最強じゃねぇか!」
「ええ。成功すれば、先輩たちを2人まとめて倒すことだって夢じゃありません。どうですか、見城さん。僕と一緒に闘いませんか?」
「もちろんだぜっ! お互いレベル0同士、同盟結成ってわけだな!!」
 康助の差し出した手を、見城が固く握った。

「レベル0……」
「ん? どうした、吉井?」
「見城さんの能力って、結局……」
「ああ、そのことか。こないだ検査を受けてきたんだが、どうやら完全に身体の中から能力が消失しちまってるみたいでさ。また力が復活するようなことは多分ないだろう、って話だった」
 見城薫は、生徒会に入った当初、レベル2のデュエリスト能力、『自分ターンのメインフェイズに、自分の手札を任意の枚数捨てることで、自分もしくは相手プレイヤーに、捨てた枚数×500ポイントのダメージを与える』という力の持ち主だった。
 ところが、3週間前、大会の決勝戦に出場した際、彼女は何者かに襲われ、眠らされてしまう。
 そして目覚めたとき、見城のデュエリスト能力は、綺麗さっぱり失われてしまっていたのである。
「宿ったデュエリスト能力を消し去る力なんて、そんなもの、当然今まで誰も見たことも聞いたこともないらしくてさ。アタシの能力が消えた原因は、まったくもって不明。結局、要観察ってことで片がついた」
 見城が能力を喪失したとき、会場である東仙(とうせん)高校の周囲は大会スタッフによって監視されており、誰も会場から外に出ることはできない状態だった。
 にも関わらず、見城を襲った犯人は見つからなかった。
 見城が発見された後、東仙高校の内部をくまなく探したのにも関わらず、誰1人として怪しい人物を発見することができなかったのである。

「……ま、最初こそアタシも落ち込んだけどさ。でも、よくよく考えたら、デュエリスト能力のあるなしなんて、実は大した問題じゃないんだ、ってことに気づいた」
「見城さん……?」
「確かに、デュエリスト能力ってのは、強くてすげぇ便利な力だよ。あるとないとじゃ大違いだ。失くしてみて初めて、アタシにもそのありがたみがよく分かった。正直、今のアタシじゃ昔の自分に勝てる気がしない」
 どこか自嘲めいた口調で、見城は語る。
「デュエルでは、強い能力持ってるヤツが圧倒的に有利。それは否定しようのない、確たる事実だ。高レベルの能力者に無能力者が闘いを挑むなんて、無謀もいいところだ。でも、だからって……」
「100%勝てないわけじゃない、ですよね?」
「……ああ」
 ゆっくりと、しかし力強く頷く。
「どんなに強い力でも、無敵の能力なんてものは存在しない。どこかに付け入る隙は必ずある。……っと、これは佐野先輩の言葉だったかな」
「能力デュエルで一番大事なのは、考えることだ。最後まで、考え続けることを止めるな。……でしたっけ。たしか朝比奈先輩も、似たようなこと言ってましたよね」
 生徒会の活動内容に特殊なデュエルが多いのも、考える力を鍛えるためだ。
 今回のリアルタイムデュエルも、おそらくその一環なのだろう。
「とはいえ、現実はなかなかそう上手くはいかねぇ。そう都合よく相手の弱点を突けるとは限らないし、大抵の場合は、能力の差がそのまま勝敗に直結しちまう。考えれば必ず活路は開けるなんて、しょせんは物語の中だけの理想論だ。……今だから白状するけど、生徒会に入ったばかりの頃のアタシは、心のどっかでそんな風に考えていたんだ。だから、先輩たちの言葉を聞いても、ああ綺麗事だなぁと思うだけで、まったく実感が湧かなかった。……ま、口では威勢のいいことばっかり言ってたんだけどな」
 そこでいったん言葉を止め、康助の顔を正面から見すえる。
「……で、そんなアタシの勘違いを、根本からぶち壊してくれたのが、吉井、アンタだ」
「僕……ですか?」
「この間の大会での、アンタと遠山のデュエル。実はアタシさ、相手のレベル4能力の正体が分かったとき、こりゃ吉井にまず勝ち目はねぇな、って思いながら観戦してたんだよ。というか、吉井の負けを確信してた。相性最悪にも程があるだろ、ってな」
「はは……。あのときは僕自身もそう思ってましたからね……」
「ところが、アタシのそんなぬるい予想は粉々にぶっ壊された。まさか、最後にあんな逆転劇が待ちかまえてるなんて、これっぽっちも想像してなかった。……正直、身体が震えたわ。なんかこう、内臓わし掴みにされたみたいな、物凄いショックを受けた」
 まあ、最終的には負けちまったけどな、と見城は笑いながら続ける。
「んで、そんときアタシは気づいたんだ。確かに、相手に都合よく弱点があるかどうかは分からねぇ。けど、今までのアタシは、それを言い訳にするだけで何も考えようとしてこなかったんだ、ってな。現実は甘くないってのもただの思いこみで、もしかしたら、奇跡みたいな抜け道ってのは見えにくいだけで、意外とそこら中に転がってるのかもしれねぇな」
 康助は、黙ってその話に耳を傾けている。
「……ま、そんな感じで、アタシは1度アンタに価値観変えられてるんだわ。能力失くしたアタシが今まで通りやっていけてるのも、多分吉井のおかげだ。なんせ吉井は、最強の天神(レベル5)に正面からデュエルを挑んで勝った、唯一の最弱(レベル0)だからな。レベル0でレベル5撃破! いつかアタシも達成してみせるぜ!」
 ぐっと握った拳を、天井に向かって突きあげる。
 それから、康助に向かって意地悪な笑みを浮かべた。
「とはいえ、その2戦を除けば、吉井のデュエルって、守備重視だからか、どうにもパッとしない展開が多いんだけどな」
「うぐっ……」
「結局、大会で1勝もできなかったのは吉井1人だけだったしな」
「うぅ……過去の傷を抉らないで下さいよ……」
「てか、吉井ってアタシと闘って勝ったことあったっけ?」
「失礼ですね! 今まで生徒会で何十回デュエルしてきたと思ってるんですか!」
「で、1対1のデュエルで1度でもアタシに勝ったことは?」
「…………ない、ですけど」
「そもそも吉井、その弱さでよく生徒会に入れたよな!」
「さらりと僕が一番気にしてることをっ!!」
「アンタは、アタシに大切なことを教えてくれたぜ。……下には下がいるってことを!」
「ひどいっ! 反論できないだけに余計ひどいっ!」
「能力失くしたアタシが今まで通りやっていけてるのも、多分吉井のおかげだ」
「明らかにさっきとニュアンスが違いますよねぇ!? それ確実に『コイツよりはまだマシだ』みたいな意味ですよねぇ!?」
 康助の叫び声を聞き流しつつ、見城は、急に真顔に戻って言う。
「……ま、そんなわけだから、生徒会に入ったとはいえ、アタシも吉井もまだまだ未熟なんだよな」
「……そう、ですね」
 今はまだ、他の皆に遠くおよばない。だからこそ、これから強くなろう。
 そんな想いを込めて、今度は見城の方から、康助に向かって拳を差し出した。
「つーわけで、手始めは、このリアルタイムデュエルからだ。先輩たちに……勝とうぜ」
「……はい!」
 その拳に、自分の拳をぶつけて応える。
「っしゃ! それじゃ気合い入れて行くぜ! デュエルが始まるまであと10分! まずは打ち合わせ通りに、別行動開始だ!」
「ええ! また後で落ちあいましょう!」
 そう告げて、お互いに背を向ける。
 透明な声が響いたのは、その直後だった。


「ちょっと待って。ヨシイくん、ケンジョウさん」


 振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
 小柄な背丈に、綺麗に切り揃えられたショートカットがよく似合っている。
「……? 小学生……か? なんでこんな所に?」
 文化祭でもない限り、高校の中でこんな小さな子を見かけることは珍しい。
 怪訝に思いながらも、見城は少女に歩み寄っていく。
「お嬢ちゃん、お名前は? どこから来たのかな?」
 しゃがんで目線の高さを合わせ、ゆっくりとした口調で訊ねる。
 少女はふっと微笑むと、形のいい唇を動かして言葉を紡ぐ。
「わたしの名前はリンネ。どこから来たって訊かれても、ちょっと答えられないかな」
「リンネちゃん、か。うちの学校に、何か用か?」
「ううん。用があるのは学校じゃなくて、ヨシイくんとケンジョウさんの2人だよ」
 ふるふると、首を横に振って否定する。
 少女のその言葉に、ようやく見城はある疑問を覚えた。
「……あれ? そういやこの子、なんでアタシたちの名前を知ってるんだ?」
「多分、さっきの僕たちの会話を聞いてたんだと思いますけど……」
 妥当そうな理由を口にする康助に、しかし少女は再び首を横に振った。
「ぶっぶー、ハズレ。そんなことしなくても、わたしはヨシイくんたちのことならよーく知ってるよ?」
 子どもっぽい口調ながらも安定した声質で、少女は告げる。
「レベル0のヨシイくんとケンジョウさん、レベル3のサノさん、レベル4のアサヒナさん、レベル5のアマガミさん。この5人が、生徒会のメンバーなんだよね?」
「僕たちの……能力レベル!? どうしてそのことを……!」
 自分たちや天神はともかく、佐野や朝比奈のレベルはさっきの会話の中には出てきていない。
 驚く康助に向かって、少女は、満面の笑みで楽しそうに呟く。

「ふふ。何だって知ってるよ? だってわたしは、神様だからね♪」

「神……様……?」
 口を開けたまま呆然とする康助。
 見城は、そんな康助を呆れたような目で見つめる。
「おーい吉井。こんな子どもの言葉を真に受けるなって」
 そして、少女の両脇をしっかり掴むと、そのままひょいと彼女を持ちあげた。
「ははっ。リンネちゃん、なかなか面白い冗談だったぜ? でも、どうせやるんなら、もうちょっと現実味のある嘘をつかないとな。そんな突拍子もない話に騙されちまう高校生なんて、吉井くらいのもんだぞ?」
 軽く失礼な発言をした見城は、少女を抱き上げたまま康助の方に向き直った。
「この子がずっと校舎に隠れてたんなら、どんな話を聞いてたって不思議じゃないだろ? というかこの子、もしかしたら、生徒会の誰かの肉親だったりしねぇか?」
 そう考えれば、すべてのつじつまが合うな。そう言って、見城は笑う。
「そうだな……この整った顔立ちとか、目元の感じからすると……。アンタ、もしかして天神の妹さんか?」
 わりと真剣に訊ねる見城に、少女はくすりと笑って告げる。
「惜しいね、ケンジョウさん。半分アタリで、半分ハズレ、ってとこかな?」
「半分? どういうことだ? …………まさか、天神の方が、妹?」
「それは絶対に違うと思いますよ!?」
 全力でツッコむ康助をよそに、少女はしごく真面目な口調で答えを返す。
「うーん。妹よりは姉の方が近いかな? 実際、アマガミさんよりわたしの方が年上だしね」
「ほら見ろ吉井! アタシの勘は正しかった!」
「ええ!? そっちはすぐ信じるの!?」
 見城さんの騙される基準がよく分からない……。とぼやく康助。
 ため息をつきながらも、脱線した話を元に戻そうと口を開いた。
「そういえば結局、この子ってなんで学園の中にいたんでしょうか?」
「あ。そういやそうだな。どうしてだ、リンネちゃん? ここは高校だぜ?」
 見城は、持ちあげたままの少女の澄んだ瞳を見つめながら、改めて訊ねた。
 上機嫌な様子の少女は、軽やかな口どりで言葉を紡ぐ。
「それはね、ヨシイくんとケンジョウさんに、プレゼントをあげるためだよ」
「プレゼント……? 僕たちに、ですか……?」
「そう。レベル0の2人に、わたしからの特別サービス。これから始まるデュエル大会に、参加する権利をプレゼントしてあげるね」
「デュエル大会? 一体何のことだ?」
「世界中のデュエリスト能力者が優勝目指して闘う、名づけて能力者No.1決定戦! 本当ならレベル0のヨシイくんとケンジョウさんは参加できないんだけど、わたしが特別に2人の出場を認めてあげるね」
「……? リンネちゃん。悪いんだが、何を言ってるのかさっぱり分からな――――」
「ふふ。大丈夫だよ。すぐに分かるから」
 そして少女は、唐突に別れの言葉を口にした。
「じゃあね♪ ヨシイくん、ケンジョウさん」

 その瞬間、少女の姿が、ふっと煙のようにかき消えた。

「「……!!」」
 康助と見城の表情が、一瞬にして驚愕に染まる。
「え……? 見城さん、今何が…………!」
「あ……アタシは何も……! この子が、いきなり手の中からすうっと消えて……!」
 ついさっきまで見城に抱き上げられていたはずの少女が、今は影も形もない。
 トリックや錯覚の介在する余地のない、純然たる人体消失だった。
「はは……リンネちゃん。どうせどっかに隠れてるんだろ? わ……悪い冗談はよせって。アタシたちは十分驚いたから、早く出てこいよ!」
「見城さん! 落ち着いて下さい! これはイタズラなんかじゃありません! それよりも、もっと得体の知れない何か――――」
 言い終わらないうちに、さらなる異常が、畳みかけるように2人を襲った。


《全世界のデュエリスト能力者のみなさん。こんにちは、お元気ですか?》


「この声は……さっきの子!!」
「リンネちゃんか!? なんだこの声!? 一体どこから聞こえてるんだ!?」
 とっさに辺りを見回すも、声の出所はつかめない。
 少し経って、2人はようやくある事実に気づく。
「校内放送か……? ……いや違う! この声は!」
「僕たちの……身体の中から聞こえてくる……!?」

《さて、いきなり声が聞こえてきてみんな驚いていると思うけど、今から全国のデュエリスト能力者を対象にした一斉放送を行うよ。1度しか言わないから、わたしの話をよく聞いてね?》

「何だよこれ!? 耳をふさいでも聞こえてくるぞ!?」
「一斉放送って……この声、まさか僕たち以外の人にも……!?」

《この放送は、みんなの心の中に直接語りかけているから、周りがうるさくても大丈夫。聞き逃す心配はないよ。それと、寝ていたりして意識がなかった人には、強制的に覚醒状態になってもらったからね。正真正銘、今この瞬間、世界中すべてのデュエリスト能力者が、同時にわたしの声を聞いているはずだよ》

「一斉に……全国の能力者の心に語りかける、だって……!? そんなこと、一体どうやって……!」
「まさか……あの子の言っていたことは……!!」



《ああ、自己紹介がまだだったね。わたしの名前はリンネ。この宇宙を創った、神様だよ♪》





2章  一斉放送



 どう? みんな、ビックリした?

 そうだよね。なんせ、神様からの一斉脳内放送だからね。いきなりだったし、驚くのも無理ないよ。
 あ、そうだ。誤解のないように予め言っておくけど、神様とは言っても、いわゆる宗教なんかに出てくるような神とは全然別モノだよ? わたしはそんな概念上の存在じゃなくて、ただ事実として、この宇宙をイチから創ったのがわたしなの。つまりは創造主だね。たったそれだけの、言葉通りの意味だよ。分かりやすいでしょ?

 今の話を信じられなかった人も多いとは思うけど、そういう人のことはいったん置いといて話を進めちゃうからね。とりあえず、わたしが人間とは違う、超越的な力を持った存在だってことだけ理解してくれればいいよ。こんな放送ができる時点で、そのことは嫌でも伝わってるはずだよね。

 さて、いよいよ本題に入るよ。
 わたしがこうやって一斉放送をしようと思ったのは、実は、みんなに折り入ってお願いしたいことがあるからなんだ。
 ふふっ。安心して? なにも、無茶な頼みを聞いてもらうつもりはないから。わたしがお願いしたいのは、ごく当たり前のこと。みんなが普段からやっていることを、改めてわたしに見せてくれればいいだけだから。
 それじゃ、言うね。わたしからのお願いは、たった1つだよ。

 『今から1週間後に、全世界のデュエリスト能力者を対象にした、わたし主催のデュエル大会を開催します。能力者のみなさんは、全員この大会に参加してください』。

 これだけだよ。理解できた?

 この放送は、全国のデュエリスト能力者だけに聞こえるようになっているから、つまり、今わたしの声を聞いている人たち全員が、この大会の参加者ってわけだね。
 ちなみに、面倒な参加手続きは一切不要。わたしの力があれば、世界規模の大会を1人で運営するくらい、朝飯前だからね。みんなの手を煩わせるようなことはないから、どーんと任せてもらっていいよ。

 ……ふふっ。いきなりこんなことを言われて、戸惑っている人も多いみたいだね。みんなの不安な気持ちが、わたしに伝わってきたよ。
 でもね、大丈夫だよ。決してみんなの悪いようにはしないから。むしろこれは、みんなにとってもいい話なんだよ?

 まあ、色々と気になることはあるだろうけど、まずは、先に大会のルールを説明しちゃうね。こっちの方が知りたいって人も、結構いるみたいだしね。

 まず、全国の能力者のみんなには、大会の『予選』に参加してもらうよ。『予選』を勝ち抜いたデュエリストだけが、優勝者を決めるための『本選』に出場できるってわけ。ここまでは、よくある普通のデュエル大会と何も変わらないよね。

 そして肝心の予選の内容だけど、これはもうすっごくシンプル。
 『予選の開催期間は、ちょうど3日間です。そのあいだ、好きな時に、好きな場所で、好きな相手とデュエルして下さい』。これが予選の、おおまかなルールだよ。ね? 簡単すぎるくらいでしょ?

 それじゃ、もうちょっと詳しく説明するね。
 さっきわたしが「好きな場所で」と言った通り、この予選に、特定のデュエル会場は存在しないの。しいて言うなら、みんなが暮らしているこの世界全部が、そのまま大会の会場だよ。
 能力者と能力者が出会ったら、その場所が闘いの舞台になる。だから、自分以外の大会参加者を見つけたら、いつでもどこでもデュエルを挑んでいいんだよ。

 ところで、今、わたしの話を聞いて「そう簡単にデュエルする相手を見つけられるの?」って思った人、いるよね? だって、世界中が大会の舞台なんだからね。ただやみくもに歩き回って、他のデュエリスト能力者を探し出すのはなかなか難しいよね。

 でも、大丈夫。その点に関しては、ちゃーんと抜かりなく考えてあるから。
 予選が開催されているあいだ、対戦相手を探したいなー、と思ったら、そのことを強く心に願ってみて? そうしたら、その人の近くにいる大会参加者の位置、その場所が自然と頭に浮かんでくるようにしてあるから。厳密に言うと、「自分以外の、自分との距離が最も近い大会参加者の正確な位置」が頭に浮かぶようにしてあるからね。
 もちろん、この力の使用回数に制限はないよ。どんどん使って対戦相手を見つけよう!

 ふふっ。今、「そんなこと本当にできるの?」って思った人、多いみたいだね。
 心配しないで? 何度も言ってるけど、わたしは神様だから、この程度のシステムを構築することくらい、簡単にできちゃうんだよ。
 いつどこで、誰と誰がデュエルして、どっちが勝ったのか。そういう大会の運営に必要な情報はすべて、自動的にわたしに伝わってくるような仕組みになっているから、みんなは、そういう些細なことに気を使わなくても大丈夫だよ。なんてったって、せっかく大会を開くんだもん。みんなには、全力でデュエルすることだけに集中してほしいからね。

 さて、次はいよいよ肝心の、「どうすれば本選に進めるのか」を説明するね。
 予選を通過するための条件は、ズバリ、「予選が終了した時点で、自分の勝利ポイントが10ポイント以上貯まっていること」だよ。

 この「勝利ポイント」っていうのは、能力者とのデュエルに勝てば勝つだけ貯まっていくポイントのことなんだ。具体的には、レベル1の能力者とデュエルして勝てば1点、レベル2に勝てば2点、レベル3なら3点、レベル4なら4点、レベル5なら5点のポイントを手に入れることができる。つまり、デュエリスト能力者とデュエルして勝てば、倒した相手の能力レベルと同じだけの勝利ポイントを獲得できるってわけだね。分かった?

 予選終了のタイミングは、予選開始からちょうど72時間後。その間に何度もデュエルして、予選終了時に自分の獲得ポイントが10ポイント以上になっていたら、本選出場の権利が得られるよ。
 本選の内容は? 場所は? ルールは? そういう疑問に対する答えはすべて、予選が終了したときに、予選通過者にのみ教えてあげるからね。今はヒミツだよ。

 ……ふう。だいぶ話が長くなっちゃったね。でも、ルール説明はもうすぐ終わりだから安心してね。
 最後のルールは、「予選の敗北条件」だよ。いったい何をしたら負けになっちゃうのか、具体的に説明するね。

 1つ! 「大会参加者とのデュエルに敗北した場合」!
 2つ! 「3日経っても、勝利ポイントを10ポイント貯められなかった場合」!
 3つ! 「他の参加者から挑まれたデュエルを受けなかった場合、もしくは、受けたデュエルを途中で放棄した場合」!

 これら3つの条件のいずれかを満たしてしまった大会参加者は、即! 予選敗退だよ。
 予選敗退になったデュエリストは、その瞬間から非参加者と同じ扱い。たとえ、まだ生き残っている参加者とデュエルしたところで、お互いに何の意味もないからね。もちろん、予選敗退者を何度も倒して、勝利ポイントを稼ぐなんてことはできないよ。
 デュエルに1度でも負けたらそれっきり。厳しいルールかもしれないけど、優勝目指して頑張ろう!

 ……え? 何の目的があって、こんなデュエル大会を開催するのかって?

 うん、そうだよね。いきなり大会を開くなんて言われたら、やっぱり理由が気になるよね。大丈夫。それも今からきちんと説明するから。

 わたしがこんな大会を開こうと思った理由。
 それはね、みんなに、今よりもっともっと成長してほしいと願っているからなんだ。

 この宇宙を創った神様として、みんなには遥かな高みを目指してほしい。人間のみんなには、デュエリストとして、さらなる進化を遂げてもらいたい。
 そして、それを可能にするだけのポテンシャルを、みんなは持っている。
 これだけの数の能力者が本気でぶつかりあえば、きっとみんなはデュエリストとして、今よりもずっと強くなれる。
 そう信じているからこそ、わたしは、この大会を開催することを決めたんだよ。

 相手に勝つために、知恵を絞って、自分の持てる力すべてを出し切って闘う。それって、素晴らしいことだと思わない?
 世界中の能力者のみんなが、自分の力をフルに使って闘ったら、いったいどれだけ物凄いデュエルが見られるんだろう。そう思うと、わくわくしてこない?

 ふふっ。こんなこと、改めて言わなくても、デュエリストのみんなならとっくに分かっていることだよね。
 わたしは、みんなの本気のデュエルが見られるのを、すっごく楽しみにしているよ。みんなの本当の強さを、わたしに見せてくれたら嬉しいな。

 さて、これで伝えたいことは全部伝えたから、今日はこのあたりでお別れかな。
 それじゃ最後に、予選に関する話をまとめるね。

 大会の予選は、この一斉放送が終わった瞬間から、ちょうど1週間後に始める予定だよ。参加者は、今この放送が聞こえている人たち全員。そのときになったらまた、わたしからみんなに、今と同じような放送で呼びかけるから、それまでに、しっかり準備を整えておこうね。
 予選が行われる期間は3日間。大会スタートからちょうど72時間経ったら、たとえデュエル中だろうと即予選終了だから、早めにデュエルしてポイントを稼ごうね。目指すは大会優勝だよ!

 ……あ、そうだ。優勝といえば、優勝賞品についての説明がまだだったね。

 やっぱり、賞品があった方が、みんなもやる気がでるよね。それで絶対に勝ちたいって強く想ってくれれば、わたしとしても万々歳だよ。
 突然みんなを巻き込んじゃったお詫びの意味もこめて、この大会で見事優勝したデュエリストには、わたしから、とっておきのご褒美をあげちゃいます!

 ふふっ。なんせわたしは神様だからね。人間には絶対不可能なことだって、簡単に実現できちゃうんだよ。
 だから、この大会の優勝賞品は、単純明快。
 古今東西、あらゆる人間に望まれてきた、最高の権利。



 この大会で優勝した人の願いを、わたしがなんでも1つ叶えてあげるね♪





3章  動きだす非日常



 7月29日、日曜日。
 リンネによる、初めての全国能力者一斉放送が行われてから、ちょうど1週間後。
 あのときの予告通り、2回目の一斉放送は確かに行われた。

 今この瞬間から、大会の予選がスタートすること。
 予選は、今からちょうど72時間後に終了すること。
 まだ予選敗退していない参加者同士がデュエルを行えば、それは常に予選における闘いだとみなされること。
 そんなことを一通り確認した後、簡単な大会開催宣言があって、2度目の放送は終了した。

 何の前触れもなく、世界全体を舞台に否応なしに始められたデュエル大会。このリンネ主催の大会に参加しているのは、世界中のデュエリスト能力者たちだ。
 レベル1からレベル5まで、能力を持っている人間はもれなく参戦。辞退はできない。
 そんな能力者バトルロイヤルに、何の因果か巻き込まれてしまった無能力者が、2人いた。

 そのうちの1人、吉井康助は、現在デュエルの真っ最中だった。


「オレのターン! 『激昂のムカムカ』(攻9200)で、吉井にダイレクトアタックだ!!」
「速攻魔法『皆既日蝕の書』発動! 激昂のムカムカは裏側守備表示になって、僕に攻撃は通りません!」
「ならば次はオレのターン! 『暴れ牛鬼』を反転召喚して、効果発動! コイントス! ……よっし、表だ! 吉井に1000ポイントのダメージ! さらに手札から『ファイヤー・ボール』と『雷鳴』を発動して、ターンエンドだ!」

 吉井 LP:6100 → 5100 → 4600 → 4300

 ・渡辺 LP6700 手札21
     場:激昂のムカムカ(守9000)
     場:無限の手札(永魔)、凡骨の意地(永魔)

 ・山本 LP3600 手札0
     場:暴れ牛鬼(攻1200)
     場:なし

 ・吉井 LP4300 手札2
     場:裏守備×2
     場:なし

 ――ただし、対戦相手は2人ともレベル0の、大会とは何の関係もないデュエルではあるが。

「僕のターン、ドロー!(手札:2→3) 場の『ビッグ・シールド・ガードナー』と『機動砦のギア・ゴーレム』を反転召喚! そして手札から、『右手に盾を左手に剣を』を発動します!(手札:3→2)」

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100・守2600) → (攻2600・守100)
 機動砦のギア・ゴーレム(攻800・守2200) → (攻2200・守800)

 激昂のムカムカ(攻9600・守9000) → (攻9000・守9600)

 暴れ牛鬼(攻1200・守1200) → (攻1200・守1200)

「僕の2体のモンスターで、山本に総攻撃!!」

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー → 暴れ牛鬼(攻1200):【破壊】

 山本 LP:3600 → 2200

 (攻2200)機動砦のギア・ゴーレム −Direct→ 山本(LP2200)

 山本 LP:2200 → 0

「最後に、『手札抹殺』を発動!(手札:2→1) 渡辺のデッキは残り13枚だから、デッキアウトで僕の勝ちです!!」

 吉井 手札:1枚 → 0枚 → 1枚
 渡辺 手札:21枚 → 0枚 → 13枚(デッキ切れ)


 2対1の変則デュエルに決着がついた。ソリッドビジョンが薄れて消える。
 あまり人気のない静かな公園に、2人のデュエリストの悲痛な叫び声が響く。
「だぁーっ! また負けたぁっ!」
「2人がかりなのに1回も勝てねぇぇっ!」
 彼らの名前は、山本と渡辺。2人とも、翔武学園に通う、康助のクラスメイトである。
「……で、どうする? デュエル……まだ続ける?」
 ぐったりと地面に倒れ伏している2人に向かって、康助がおそるおそる問いかける。
「……ぁー、もう遠慮しとくわ。勝てる気がしねぇ」
 【ギャンブルバーン】――と言えば聞こえはいいが、下級火力と純粋な運に頼るだけのデッキを使う山本が、うめき声をあげる。
「吉井、お前いつの間にそんなに強くなっちまったんだよ……」
 【凡骨ビート】――とは名ばかりの、手札を増やして『激昂のムカムカ』で殴るだけの単純なデッキを使う渡辺も、諦めたように息を吐く。
 康助との連戦を経て、2人はくたくたに疲れている様子だった。
 しかし、すぐにがばりと起き上がると、康助に向かって声を荒げる。
「くそおおっ! もっかい修行のやり直しだあっ!!」
「待ってろよ吉井! 次こそはお前に勝って、オレたちも生徒会に入ってやるからなっ!」
 捨てゼリフのようなものを残して、走り去っていく山本と渡辺。
 康助は、ただ呆然とそんな2人の後ろ姿を眺めていた。



 ◆



「ふぅ……。やっと終わった、か…………」
 2人の姿が見えなくなると、康助はこっそりと1人ため息をついた。

 ――吉井康助! オレたちはお前に挑戦を申し込む!
 ――これまでの血の滲むような修行の日々、その成果を今こそ見せてやるぜっ!

 そう詰め寄られ、なかば強制的に始まったデュエル。はっきり言って、あまり気の進まない闘いであった。
 最初は1対1の普通のデュエルだったが、あまりにも圧勝続きなのを見かねた康助が「なんなら、2対1の変則デュエルでもいいよ……」と発言。だが、2人がそれを受け入れてもなお、康助の勝ちはぴくりとも動かず、今に至るというわけだ。
 かれこれ10回ほど続けてデュエルをしたような気がするが、康助とて一応は翔武生徒会のメンバーだ。日頃の練習の成果もあって、その程度の連戦であれば大した苦にはならない。
「というか、いつの間にか、僕を倒せば生徒会に入れると勘違いされてるような……」
 2人の若干空回り気味のテンションに辟易しつつも、あの2人となら何度闘っても負ける気はしないので、別にいいか、と気軽に考える。
 そもそも、今はそんなことよりも、もっと重大なことがあるのだ。
 康助は、改めて自分が置かれている状況に思いを馳せる。

「もう、リンネの言っていた大会は始まっているんだよね……」
 世界中を巻き込んだ、デュエリスト能力者によるバトルロイヤル。
 リンネの放送によれば、その闘いは今この瞬間にも行われているはずなのだ。
「ちょっと信じられないけど、でも、たぶんあれは本当の話だ」
 この宇宙を一から創った存在がいる、世界規模の能力者デュエル大会の開催、優勝者は何でも望みを叶えてもらうことができる、等々。
 現実的な思考の持ち主ならば、どれをとってみても、にわかに信じられる話ではなかった。
 とはいえ、実際に全国一斉放送があったことは確かな事実なのだ。世界中の人間の頭の中に直接声が届くなどという現象が、常識で説明できるわけがない。
 そんな超常を目の当たりにした以上、人々は、リンネの言った荒唐無稽な話の数々を信じざるを得なかった。というより、とりあえず信じておく以外に選択肢はなかったと言うべきか。
 1度目の一斉放送から、大会開催まで、ちょうど1週間の間があった。それだけあれば、誰もが心の整理をするのには十分だ。リンネも、それをわかっていて、放送を2回に分けて行ったのだろう。
 最初は、突然の出来事の連続に困惑しっぱなしだった康助も、今では、自分が大会の参加者であるという自覚だけはしっかりと持つことができていた。

「それにしても、なんで僕なんかが参加者に……?」
 つい1週間前のことだ。今でもありありと思い出せる。
 リンネは、「参加者は、この放送が聞こえている人たち全員」だと言った。そして、無能力者であるはずの康助と見城にも、あのとき確かにリンネの放送が聞こえていた。
 もちろん、実はあらゆる人間があの放送を聞いていた、なんてことはない。もしそうだとしたら、今ごろ社会的に大騒ぎになっているはずである。康助が、それとなく知り合いの無能力者に確認した限りでは、放送があったことすら誰も知らない様子だった。
 康助と見城が放送を聞くことができたのは、あくまでリンネの意思によるイレギュラーだと思っていいだろう。なにせ、2人は放送直前に、リンネ本人から直接その旨を告げられているのだ。
「……ま、考えても分かることじゃない、か」
 世界中のデュエリストが集う大会で、まさか自分が優勝できるとは思わない。何でも1つ願いを叶えられる権利とやらについても、正直なところ、まったく実感が湧いてこない。
 とはいえ、リンネの言っていたように、大会で闘うことで学べるものもあるはずだ。だから、できる限り、自分から積極的にデュエルを挑んでいくことにしよう。康助はそう決めていた。
「それじゃ、そろそろ僕も初めての対戦相手を探してみようかな」
 リンネに言われた通り、近くにいる対戦相手の位置が知りたいと、強く心に願ってみる。
 するとすぐに、ある「場所」が、自然と頭に浮かんできた。
「……ん、あれ? これって……」
 そう疑問に思ったのも束の間。
 背後から、凛とした声が響いた。


「あら。対戦相手なら、わざわざ探しに行くまでもありませんわよ?」


 さらりとなびく金髪のロングヘア。切れ長の碧眼。バランスのいい可憐なスタイル。
 康助の頭に浮かんできた場所、「この公園の入口」に、思わず目を引くような美少女が、高貴そうな微笑みを浮かべて立っていた。
「わたくしの名前は、リーファ・アイディール。貴方にデュエルを申し込みますわ」
 どこかの王国の姫君――そう言われれば信じてしまいそうな気品をまとった彼女が、康助に向かって優雅に告げる。
「……はっ、はい! デュエルですね。分かりました、よろしくお願いします!」
 突然の宣戦布告に、康助は慌てて返事をする。
 どうやら、自分の最も近くにいる対戦者とは、このリーファと名乗る少女のことらしい。だとすると彼女は、何らかのデュエリスト能力を有しているということになる。
 油断は禁物。康助は、改めてデュエルに意識を集中させる。
「じゃあ、行きますよ! デュエ――――」
 焦ってデュエルを始めようとした康助は、しかしリーファがどこか苛立ったような表情をしていることに気づいた。
「どうかしましたか、リーファさん?」
 訊ねる康助に、彼女は不機嫌そうに言葉を返す。
「……わたくしが名乗ったのですから、貴方も自分の名を告げるのが礼儀ではなくて?」
「あ、あっ、すみません! 僕の名前は、吉井、康助です……」
「よろしい。では吉井さん。今度こそデュエルを始めますわよ」
 恥ずかしそうに名乗る康助を見て、リーファは満足した様子でデュエルディスクを変形させた。
 康助も、それに合わせて戦闘態勢をとる。
「それでは、いざ――――」




「「デュエル!!」」




「わたくしのターン、ドロー(手札:5→6)」
 先攻をとったリーファは、しなやかな手つきでカードを引いた。
 その様子を横目で見ながら、康助は、自分の初期手札を確認する。

 吉井 手札:『岩石の巨兵』『マシュマロン』『団結の力』『スケープ・ゴート』『ガード・ブロック』

(……よしっ! 守りにも攻めにも役立つ、かなりいい手札だ!)
 これなら相手がどんな闘い方をしてきても、柔軟に対応できるはずだ。
 心の中でガッツポーズをしつつも、相手の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。
「吉井さん。貴方、何やら良い手札を引き当てたようですのね。顔に出ていますわよ」
「……!!」
 顔に出したつもりはなかったのに、見抜かれた。その事実に、康助は軽く戦慄を覚える。
 そんな内心を知ってか知らずか、リーファは平然とした口調で話を続ける。
「わたくしに、些細な隠し事など通用しませんわ。まあ、とはいえ……」
 ふぅ、と息を吐いて、優雅に微笑む。

「わたくしのレベル4能力の前では、どんな初期手札も等しく無意味なのですけどね」

 轟! と強風が吹き荒れた。
「……っ!!」
 思わず目をつむる康助の耳に、リーファの声が聞こえてくる。
「『自分の手札を1枚捨てることで、相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る』。わたくしのデュエリスト能力は、自分ターンのメインフェイズに、何回でも発動できますのよ」
 今の彼女の言葉と、「どんな初期手札も無意味」という発言。
 これらから導き出される、リーファの戦術とは。

「手札を5枚捨てて、貴方の初期手札をすべて墓地に送らせていただきますわ」

 リーファ 手札:6枚 → 1枚
 吉井 手札:5枚 → 0枚

「リーファさん、一体何を……っ!」
 初期手札がなければ、ドローフェイズに引いたカードだけで闘うしかなくなる。
 リーファさんは、このデュエルを純粋な運だけの勝負にしてしまう気なんだろうか。
 そんな康助の甘い予想は、リーファの次の一手で粉々に打ち砕かれることになる。
「行きますわよ。わたくしは手札から『インフェルニティ・ミラージュ』を召喚(手札:1→0)」

 インフェルニティ・ミラージュ 効果モンスター ★ 闇・悪魔 攻0・守0

 このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
 自分の手札が0枚の場合、このカードをリリースし、自分の墓地に存在する「インフェルニティ」と名のついたモンスター2体を選択して発動する事ができる。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

「それは……インフェルニティシリーズ……!!」
「あら。よくご存じですわね。だとしたら、わたくしの狙いも分かりますでしょう?」
 リーファは、墓地から5枚のカードを取り出すと、康助に向かって示して見せた。

 リーファ 墓地:『インフェルニティ・デストロイヤー』『インフェルニティ・デストロイヤー』『インフェルニティ・ネクロマンサー』『インフェルニティ・デーモン』『インフェルニティ・ビースト』

 インフェルニティシリーズは、手札が0枚であるときにこそ真の力を発揮する。
「わたくしの無限地獄を、じっくりとご堪能下さいませ?」
 たった1枚のカードが、5枚にも10枚にもなる。それが、インフェルニティシリーズの真骨頂。
 今の康助に、1度回り出したインフェルニティの無限連鎖を止める手段は、ない。

「『インフェルニティ・ミラージュ』をリリース。墓地の『インフェルニティ・デストロイヤー』と『インフェルニティ・デーモン』を特殊召喚ですわ。ここで『インフェルニティ・デーモン』の効果発動。デッキから『インフェルニティガン』を手札に加えますわ。『インフェルニティガン』発動。このカードを墓地に送ることで、墓地の『インフェルニティ・デストロイヤー』と『インフェルニティ・ネクロマンサー』を特殊召喚します。さらに『インフェルニティ・ネクロマンサー』の効果で、『インフェルニティ・ビースト』を特殊召喚ですわ」

 あれよあれよという間に、リーファの場に5体のモンスターが立ち並ぶ。
「……さて、ちょうどいい具合に場が埋まりましたわね。それではここで、わたくしの1ターン目は終了とさせていただきますわ」

 (2ターン目)
 ・リーファ LP8000 手札0
     場:なし
     場:インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デーモン(攻1800)、インフェルニティ・ビースト(攻1600)、インフェルニティ・ネクロマンサー(守2000)
 ・吉井 LP8000 手札0
     場:なし
     場:なし

 インフェルニティ・デストロイヤー 効果モンスター ★★★★★★ 闇・悪魔 攻2300・守1000

 自分の手札が0枚の場合、このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、相手ライフに1600ポイントダメージを与える。

 インフェルニティ・デーモン 効果モンスター ★★★★ 闇・悪魔 攻1800・守1200

 自分の手札が0枚の場合にこのカードをドローした時、このカードを相手に見せる事で自分フィールド上に特殊召喚する。
 また、このカードが特殊召喚に成功した時、自分の手札が0枚の場合、自分のデッキから「インフェルニティ」と名のついたカード1枚を手札に加える事ができる。

 インフェルニティガン 永続魔法

 1ターンに1度、手札から「インフェルニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。
 また、自分の手札が0枚の場合、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、自分の墓地に存在する「インフェルニティ」と名のついたモンスターを2体まで選択して自分フィールド上に特殊召喚する。

 インフェルニティ・ネクロマンサー 効果モンスター ★★★ 闇・悪魔 攻0・守2000

 このカードは召喚に成功した時、守備表示になる。
 自分の手札が0枚の場合、以下の効果を得る。
 1ターンに1度、自分の墓地から「インフェルニティ・ネクロマンサー」以外の「インフェルニティ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 インフェルニティ・ビースト 効果モンスター ★★★ 闇・獣 攻1600・守1200

 自分の手札が0枚の場合、以下の効果を得る。
 このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動する事ができない。

「くっ……僕のターン、ドロー!(手札:0→1)」
 追い詰められたこの状況下で、康助が引いたカードは『ネクロ・ガードナー』だった。

 ネクロ・ガードナー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻600・守1300

 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 2度の攻撃を防げるこのカードなら、まだギリギリ耐えられるはずだ。あわよくば、相手が伏せモンスターを警戒して攻撃をためらってくれるかもしれない。
 そう素早く計算した康助は、ネクロ・ガードナーを壁として場に出し、ターンを終える。
「モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンドです!(手札:1→0)」

 (3ターン目)
 ・リーファ LP8000 手札0
     場:なし
     場:インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デーモン(攻1800)、インフェルニティ・ビースト(攻1600)、インフェルニティ・ネクロマンサー(守2000)
 ・吉井 LP8000 手札0
     場:裏守備×1
     場:なし

 しかし、正体不明の裏守備モンスターを出されても、リーファはまったく動じなかった。
 毅然とした態度を崩さず、カードを引く。
「わたくしのターン、ドロー(手札:0→1)」
 そして、引いたカードをちらりと確認すると、一瞬たりとも迷わず、そのままデュエルディスクにセットした。
「『抹殺の使徒』、発動ですわ(手札:1→0)」

 抹殺の使徒 通常魔法

 フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を破壊しゲームから除外する。
 それがリバース効果モンスターだった場合、お互いのデッキを確認し、同名カードを全てゲームから除外する。

 裏守備(ネクロ・ガードナー):【除外】

「しま……っ!!」
「何でも1つ、願いを叶えられる権利。それは、わたくしにこそ相応しい。4体のインフェルニティで、相手プレイヤーにダイレクトアタックですわ」

 (攻2300)インフェルニティ・デストロイヤー −Direct→ 吉井 康助(LP8000)
 (攻2300)インフェルニティ・デストロイヤー −Direct→ 吉井 康助(LP8000)
 (攻1800)インフェルニティ・ビースト −Direct→ 吉井 康助(LP8000)
 (攻1600)インフェルニティ・デーモン −Direct→ 吉井 康助(LP8000)

「ぐぅ……あぁっ!!」

 吉井 LP:8000 → 5700 → 3400 → 1600 → 0

 残りライフポイント、8000 対 0。
 わずか3ターン目にして、リーファのパーフェクトゲームが成立。
 予選敗退。吉井康助の、完全なる敗北だった。



 ◆



「ふぅ。存外あっさりと決まってしまいましたわね」
 薄れゆくソリッドビジョンを眺めながら、リーファが嘆息する。
 そして、ダイレクトアタックの衝撃で倒れている康助のもとへ近づくと、優雅にすっと手を差し出してみせた。
「とはいえ、なかなか楽しいデュエルでしたわよ。ナイスファイトですわ、吉井さん」
「あ……ありがとうございます」
 リーファの手を取り、立ちあがる康助。
 そんな康助に向かって、リーファは首をかしげて疑問を呟く。
「ところで、貴方の能力レベルは一体いくつでしたのかしら? 結局貴方、1度もデュエリスト能力を使われませんでしたよね?」
「あ……えっと、それはですね…………」
 イレギュラーな自分の存在のことを、どうやって説明するべきか。
 少し悩んだものの、康助は、ありのままを話すことにした。
「実は僕、レベル0なんです」

 その瞬間、リーファの表情が凍りついた。
「は…………?」
「ですから僕は、何のデュエリスト能力も持っていない、無能力者なんです」
「……で、でも、例の『近くの参加者の位置が分かる』力は、確かに貴方を指し示していましたわ! ですから、貴方が何かしらのデュエリスト能力を有していることは間違いないはず……!」
「あ、いえ。実は僕、無能力者なんですけど、この大会の参加者でもあるんです。だから、その力が僕に反応したんだと思いますよ。ほら、あれって、『参加者』の位置を特定できるシステムだ、って言っていたでしょう?」
「え……? あ、あの、わたくしには貴方の言っていることがさっぱり……」
「あのですね。実は僕、1回目の一斉放送のちょっと前に、主催者のリンネって人に直接会っているんです。そのときに、レベル0の僕でも、特別に大会に参加できる権利をもらったんです」
「主催者に……会った……? よ……よく分かりませんが、つまり貴方は、大会参加者でありながら、何のデュエリスト能力も持ち合わせていない……と……?」
 リーファが動揺しながらそう告げた直後、どこからともなく声が聞こえてきた。

 《大会予選 吉井康助 vs リーファ・アイディール 勝者、リーファ・アイディール》
 《吉井康助の能力レベルは0。よって、勝者には0ポイントが加算されます》
 《リーファ・アイディール 勝利ポイント:4 → 4》

 予選の進行を告げる、機械的な音声によるアナウンス。
 ただしそれは、リンネの一斉放送と同じく、2人の頭の中だけに直接響いていた。

「……今の放送。貴方が正真正銘のレベル0であることは、どうやら間違いないようですわね……」
「はい。まあ、僕自身も、どうして僕なんかが選ばれたのか全然分かってないんですけどね」
「……………………」
「どうしたんですか、リーファさん? 急に黙りこんで」
「…………つまり、わたくしは、負けたら予選敗退のリスクをわざわざ負ってまで、勝っても獲得ポイントがゼロの、何の益体もない貴方とのデュエルに身を投じていた、と……?」
「えっ……? ま、まあ、そういうことになりますけど……」
「……………………」
「あ、あの……? リーファさん…………?」
「…………ふんぬっ!!」
「がふぅ!?」
 リーファの鮮やかな上段回し蹴りが、康助に炸裂した。
 胸板にキックの直撃を受けた康助は、1メートルほど吹き飛ばされる。
「げ……げほっ! ごほっ! リ、リーファさん、いきなり何を……!」
「黙りやがれ、ですわ♪」
 うつ伏せに倒れている康助の背中に向かって、リーファは勢いよく足を振り下ろす。
「ぶほぅっ!!」
「貴方はっ! のうのうとっ! わたくしにっ! 一方的にっ! リスクをっ! 背負わせてっ! ふざけるんじゃっ! ありませんっ! ですわっ!!」
 康助を地面に縫いつけんとする勢いで、何度も足が振り下ろされる。
 高貴なオーラはどこへやら、リーファはただ激情のままに康助を踏みつける。
「死にやがれですわこのド下衆がァッ!!」
 最後に、トドメとばかりに、ありったけの力をこめて康助を蹴り飛ばした。
 放物線を描いてぶっ飛ばされた康助の身体は、幸いにも、公園の植えこみがクッションになって受け止められた。
「う……うぅ…………」
 心身ともにボロボロになった康助に、リーファは腐った生ゴミでも見るような視線を向ける。
「日本のデュエリストは雑魚ばかりと聞いたから、わざわざわたくしが足を運んでやりましたのに。まさか、本当に何の力もない無能なレベル0までもが大会に参加しているなんて、思いもしませんでしたわ。ふんっ! 時間の無駄でしたわっ!」
 吐き捨てるように告げると、すたすたと歩き去っていった。



 ◆



「うぅ……。酷い目にあった…………痛ッ!」
 痛む身体を何とか動かして、康助は植えこみの中から立ちあがる。
「まさか、リーファさんがあんな人だったなんて…………」
 確かに、一切メリットのない闘いをさせられたリーファが怒る気持ちは分かる。
 でも、あれだけ圧勝だったんだから、何もあそこまでしなくても……。
 そんなことを思いながら、康助は、深い深いため息をついた。
「はぁぁぁ……っ。情けないよなぁ、僕…………」
 リーファのなすがままに蹴られたこと、に対してではない。
 気合いを入れて大会に臨んだのにも関わらず、最初の1戦でいきなりパーフェクト負けを喫してしまった自分の体たらく。そんな自分が、考えれば考えるほど無様に思えてくる。
 せめてもう1度リーファさんと闘えたら、今度はもっとやりようがあるのにな……。
 ただの現実逃避だと分かっていても、ついついそんな思いが頭をよぎってしまう。
「どうしたら、僕は、もっと強くなれるのかな…………」
 自分は時々、デュエル中に何やらすごい力を発揮するらしい。それは、他の生徒会メンバーに言われて何となく分かってはいる。そもそも、康助が翔武生徒会に入ることができた直接のきっかけは、レベル5の天神を1対1のデュエルで破ったことなのだ。
 とはいえ、その力を常に発揮できるようにならなければ何の意味もない。たとえ何らかの力を秘めていたとしても、その力の性質を正しく理解し、自分の意思で制御できるようにならなくては、とうてい強くなったとは言えまい。
 康助が理解しているのは「たまに自分は実力以上の成果を上げる」ということだけだ。
 下手をするとこれは、ただの偶然なんじゃないかとすら思えてくる。今思い返すと、天神に勝ったときの自分は、自分ではなかったような気さえしてくる。
「あれ以来……天神さんどころか、先輩たちや見城さんにも勝ったことがないし……」
 先輩たちのことは信頼している。だから、自分を生徒会に入れてくれたことにも、きっと何かしらの理由があるのだとは思う。もう、自分は生徒会にいていいのだろうかと悩むようなことはない。
 とはいえ、自分1人だけが翔武生徒会の中で飛びぬけて弱いのは、誰の目にも明らかだった。
 もっと強くならなければいけない。だが、具体的な「強い自分」のビジョンが一向に見えてこない。何をどう努力すればいいのか分からない。
 早く何とかしなくてはという焦り。ただそれだけが募っていく。


「お悩みのようだね、ヨシイくん♪」


 聞き覚えのある、澄んだ声が響いた。
「リンネ……さん!? どうしてこんなところに……?」
「『さん』はいらないよ。わたしのことは、気軽にリンネって呼んで?」
 自称神様のリンネは、まったく神らしくない気さくな口調で康助に話しかける。
「ヨシイくんの調子が全然ふるわないのが心配でね。つい様子を見にきちゃった」
 面白そうに語るリンネの姿は、どこから見ても、せいぜい小学生にしか思えない。
 しかし、リンネが見た目通りのただの少女ではないことは、今やデュエリスト能力者全員にとって周知の事実だ。とくに康助は、見城に抱かれていたリンネの身体が、煙のように消え去るところを直に目撃している。
「……あなた、一体何者なんですか」
「何者って、ヒドいなぁヨシイくん。言ったでしょ? わたしは、この世界を創った神様だって。それとも、宇宙の創造主、って言った方が理解しやすいかな?」
 リンネは、到底信じられないような現実離れした話を平気で口にする。
 だが、こんな世界大会を運営できるような、超常めいた力をリンネが持ち合わせていることは事実なのだ。この宇宙を創ったという話にも、嘘だと言いきれる根拠はない。
 とはいえ、それが本当にしろ嘘にしろ、この少女が、簡単に気を許せるような相手ではないことは明らかだった。
「リンネが本当に神様だっていう、証拠はあるんですか」
 心なし尖った口調で、意地悪な質問をぶつけてみる。
 しかしリンネは、あくまでフレンドリーな態度を崩さなかった。
「やだなぁ、そんなに警戒しないでよぉ。神様って言っても、こうしてここにいる分には、ヨシイくんのような人間と何も変わらないでしょ? ただ、みんなとはちょっと違った力を持っている、ってだけだよ。それに、証拠っていうんなら、この前ヨシイくんとケンジョウさんに見せてあげたじゃない」
「………………」
 そう言われると、確かに返す言葉もない。
 質問の内容を間違えたか。そう思って、今度は別の質問を口にする。
「だったら、どうしてリンネは、僕みたいな無能力者を、特別扱いしてくれるんですか」
 責めるような口調はそのままで、康助は訊ねる。
 しかし、それに対するリンネの答えは、まったくもって予想だにしなかったものだった。
「当然だよ。だってわたしは、正直に言って、世界中の誰よりもまず、ヨシイくんに強くなってほしいと思っているんだからね。そのためなら、できる限りのサポートは惜しまないよ」
「え……?」
 その言葉に、康助は自分の耳を疑った。
 自分のような普通の人間に、神様を名乗る存在に贔屓される理由なんてあるはずもない。ごく当たり前に、そう考える。
「ふふっ。ヨシイくんは、まだ自分の真価に気づいていないだけ。ヨシイくんの中には、誰にも負けない、ものすごい才能が眠っているんだよ。それこそ、もしその力を100%発揮できていたら、こんな大会なんて、かる〜く制覇できちゃうほどのね」
 屈託のない笑みを浮かべて、どこまでも純粋にリンネは告げる。
 リンネの内心など読み取れるはずもないが、それでも康助には、彼女が嘘や冗談でそんなことを言っているとは思えなかった。
 とはいえ、その内容に心が動かされるかといえば、それはまた別の話だ。
「……もし、リンネの言うことが本当だったとしても」
 目を伏せたまま、ぼそぼそと呟く。
「ある時期を境に、急に才能が花開くなんて、ありえませんよ……」
 適切な方向に努力を重ねて、一歩ずつゆっくりと成長していく。強くなるとは、そういう地味な成果の繰り返しだ。いきなり眠っていた才能が100%覚醒するなんてことは、現実にはまず起こらない。
 そんな常識的な康助の考えを、しかしリンネはバッサリと否定した。
「ダメだよ、ヨシイくん。そんな簡単に諦めちゃ。人間には、無限の可能性があるんだよ。まずは信じなきゃ! 常識なんてぶっ飛ばしちゃえ!」
 ただの理想論。リンネの言葉を聞けば、誰だってそう考えるだろう。
 だがリンネは、絵空事を夢のままでは終わらせない。
「信じられない? だったら証拠を見せてあげるね」
 康助に向かって手を差し出して、まっすぐに告げる。

「3日間。予選が終わるまでの間に、わたしが、ヨシイくんを世界中の誰よりも強いデュエリストにしてあげる」

「え……?」
 再び唖然とする康助。
 ――今、リンネは何て言った?
「3日あれば、ヨシイくんは世界最強のデュエリストになれる。もしヨシイくんが望むなら、わたしが直接、ヨシイくんに稽古をつけてあげる」
 まったく現実味のない言葉を、さも当たり前のように口にする。
 そんなリンネに、どう反応を返していいのか分からない。
「わたしは神様だよ? ヨシイくんのことは、この世界中の誰よりも分かってるつもり。そんなわたしの言うことに、間違いはないよ。それとも、まだ信じられない?」
「………………」
 このあどけない少女が、宇宙を創った神様であるらしいこと。
 その神様が、自分なんかに目をかけてくれているらしいこと。
 自分の中に、途方もない才能が眠っているらしいこと。
 そしてそれを、たった3日で100%覚醒させる方法があるらしいこと。
 そのどれもが、信じろという方が無茶な話だった。

 しかし、康助にとっては。
「…………僕は、強くなれるんでしょうか」
 どれだけ荒唐無稽な話だろうと、そこに可能性があるのなら。
「もっちろん! 必要なのは、強くなりたいっていうひたむきな気持ちだけ! あとは、ど〜んとわたしに全部任せてくれれば、万事OKだよ!」
 目の前に垂らされた希望の糸に、飛びつかない理由はどこにもなかった。
「強く、なりたいです!!」
 最初の警戒心はどこへやら。それは、康助の心の底からの叫びだった。
「ふふっ。了解。ヨシイくんの熱い想いは受け取ったよ。だったら次はわたしの番。神様として、ヨシイくんのその願いを、全力で叶えてあげる。さあ、特訓開始だよ!」
「……! ありがとうございます!」
 リンネの差し出した手を、康助が固く握る。


 康助とリンネ。2人の奇妙な約束が、ここに結ばれた。





間章(1)



 7月29日、日曜日。
 吉井康助が予選敗退となった、そのほぼ同時刻。

 アメリカ合衆国最大の都市、ニューヨークシティの裏路地で。
 1人の少年が、何かから逃げるように全力疾走していた。

「はぁっ……! はぁっ……!」
 息も絶え絶えになりながら、それでも走る速度は緩めない。
 時折後ろを振り返っては、誰も追ってきていないことを確認して安堵する。そしてまた、すぐに全力で走り出す。
 さっきからずっと、その繰り返しだ。
 複雑に入り組んだ裏路地を、人の気配がしそうな方へと、力の限り走り続ける。
 このまま大通りに出ることができれば、きっと助かる。
 そう信じて、少年は目の前のT字路を右へと曲がった。

「よう。会いたかったぜ、少年」

 だが、そんな少年の希望は、脆くも崩れ去った。
 T字路を曲がった先には、少年よりも二回りは背が高い大人の男が、彼の進路を阻むように立ち塞がっていた。
「あ……あぁ…………」
「商品ナンバー0786、ティム・カーソン。12歳、能力レベルは1。……で、間違いねぇな?」
 怯える少年に向かって、男は下卑た笑みを浮かべながら告げる。
 必死で首を横に振る少年。しかし、男の態度が変わることはない。
「嘘はいけねぇなぁ。そういう悪い子には、キツめのオシオキをしないとなぁ?」
 そう言うと、男は自分のデュエルディスクを展開する。
 すると、ディスクの中から鎖のようなものが飛び出し、少年のディスクに絡みついた。
「ひぃっ……!」
「知ってるとは思うが、オレたちのデュエルディスクは特別製。デュエルで負けたプレイヤーに、痛みで気絶するほどのショックを与える仕様になってるぜ。……さっさと構えな、少年」
 少年と男のデュエルディスクは、奇妙な鎖でがっちりと繋がれてしまっている。
 デュエルディスクを捨てて逃げようにも、これも鎖の機能なのか、どれだけ力をこめても自分のディスクを腕から外すことができない。
「ひ……嫌……やめて……っ!」
「テメェに闘る気がねぇんなら、オレから行くぜ! ドロー! 『フレムベル・ヘルドッグ』を召喚!!」
 地獄の猛犬の雄叫びが轟き、男の猛攻が始まった。



 ◆



「う……あああああああああっ!!」

 少年 LP:700 → 0

 少年のライフカウンターが0を示した。
 と同時に、少年の身体を、強烈な衝撃が駆け巡る。

「ぁ……!! ……ぁ!!!!」
 そのあまりの激しさに、痛みで叫び声すらあげられない。
 ソリッドビジョンが消えると、少年の身体は、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「はっ。オレたちを相手に、脱走なんてナメた真似した罰だ」
 吐き捨てるように言うと、男は、倒れている少年の身体を、肩の上に担ぎあげる。
 少年はぐったりとして動かない。どうやら完全に気を失っているようだ。
「テメェみたいな低位能力者は、ただオレらの言うことに従ってりゃいいんだよ。まったく、余計な手間かけさせやがって」
 そう愚痴って、そのまま歩き去ろうとする男の背中に、唐突に声がかけられた。

「そこの君。その少年を、どこに連れて行く気だい?」

「……んあ? 何だテメェは?」
 男が不機嫌そうに振り向く。
 そこに立っていたのは、精悍な顔立ちをした1人の青年だった。
「デュエルディスクに対する違法改造。それを用いた暴行。そして誘拐。どれも立派な犯罪だよ。知っているかい?」
 体型は、細身で長身。やや乱れた黒髪に、なぜか茶色のマントを羽織っている。
 そんな、どこか奇妙にも見える風貌の青年は、飄々とした口調で言葉を続けた。
「僕の目の前で、そんな犯罪行為が行われるのを、黙って見過ごすわけにはいかないな」
「……テメェは何者だ、って訊いてんだよ」
 真っ当すぎる正論を口にする青年を、男は鋭い目つきで睨みつける。
 だが青年は、そんな威嚇に少しも動じることなく、平然と答えた。
「僕は、人呼んで『タイヨウの騎士』。通りすがりの正義の味方さ」
「はぁ?」
「今ならまだ間に合う。その少年を解放して、素直に自分の罪を認めるんだ。そうすれば僕も、君に危害は加えないと約束しよう」
「……ふざけてんのか、テメェ」
 男は、担いでいた少年を地面に投げ捨てると、再びデュエルディスクを展開する。
 ディスクの中から飛び出した鎖は、正確に青年のデュエルディスクを捉え、2人のディスクを固くがっちりと結びつけた。
「さっきのガキとは違って、テメェは商品でも何でもない。容赦してやる理由なんざ欠片もねぇ。今、コイツの衝撃レベルをMAXに設定した。負ければ即、お陀仏だぜ」
 違法改造が施されたデュエルディスクを指さしながら、下卑た声で告げる。
「正義の味方だか何だか知らねぇが、もうテメェはオレから逃げられねぇ。地獄の業火で焼かれて悔いな」
 タイヨウの騎士と名乗った青年は、男の言葉を聞きながら静かに呟いた。
「……仕方ないな。こういう闘いは好きじゃないんだけどね」
 青年も、自分のデュエルディスクを、男に合わせて展開させる。



「「デュエル!!」」



 ◆



 闘いは、5分と経たずに決着した。



 (6ターン目)
 ・男 LP3000 手札0
     場:なし
     場:フレムベル・アーチャー(攻1000)
 ・青年 LP8000 手札1
     場:ソルロード・ドラゴン(攻2400)、戦士ラーズ(攻1600)
     場:伏せ×2

 (攻1600)戦士ラーズ → フレムベル・アーチャー(攻1000):【破壊】

 男 LP:3000 → 2400

「『ソルロード・ドラゴン』で、相手プレイヤーにダイレクトアタックだ! シャイニング・フォース!!」

 (攻2400)ソルロード・ドラゴン −Direct→ 男(LP2400)

 男 LP:2400 → 0

「が…………あああああっ!!」
 デュエルに負けた男を、先ほど少年が受けた以上の衝撃が襲う。
 本来ならば、大の大人をも軽く昏倒させるほどの威力を持った衝撃。それでも男は、何とかショックに耐え、その場に踏みとどまろうとする。
「…………ぐっ!」
 しかし、それも数秒と保たなかった。足に力が入らず、膝から崩れ落ちてしまう。
 男は、うつ伏せの姿勢のまま、最後の意地とばかりに顔を上げて青年を睨みつける。
 だが無傷の青年は、そんなことは意にも介さず、悠々と口を開いた。
「分かっただろう? 君は僕には勝てない。これで、少しは僕の話を聞いてくれる気になったかな?」
 そして青年は、核心を突いた質問を男にぶつける。

「“組織”の特別行動班。相手に居場所を悟られずに能力者を狩るために、レベル0だけで構成された部隊《猟犬(ビースト)》。君の所属は、そこで間違いないね?」

「……! テメェ、何故そのことを!」
「これまでに、君以外にも何人か、“組織”のメンバーに会ったことがあってね。その時に、色々と話を聞かせてもらったのさ」
「くそっ! まさか、テメェが……!」
 自分たち“組織”の構成員を潰して回っている人間がいる。そんな噂を、男も話には聞いたことがあった。
 だが、まさか、目の前の青年がそうだとでも言うのか。
「この近くに、君たちが攫った能力者を閉じ込めておくためのアジトがあるという情報は掴んでいるよ。……さあ、その場所を教えてもらおうか」
 軽い口調ながらも、青年は、有無を言わさぬ態度で倒れている男に詰め寄った。



 ◆



「……さて。これでよし、と」
 男から必要な情報を聞き出した青年は、満足気に呟いた。
 あそこまでの衝撃を受ければ、数日は満足に身体を動かすこともできないだろう。
 もう、放っておいても問題はないはずだ。青年はそう判断する。

「……ぁ。……ぁぅ」
 掠れた声が、青年の耳に届いた。
 声の出所は、すぐに知れた。青年は、倒れている少年のもとへと急いで駆け寄る。
「気がついたようだね。良かった。君、大丈夫だったかい?」
 少年の身体を起こして、壁にそっと寄りかからせる。
 そして青年は、背負っていたバッグから水入りのペットボトルを取り出した。蓋を開けて、少年の口元へと運ぶ。
「さあ、まずはこれを飲むんだ。ゆっくりと、落ち着いて」
 少年は、おぼつかない手つきで、差し出されたペットボトルを掴んだ。
 少しずつボトルを傾け、自分の喉に水を流し込んでいく。
「…………ぷはぁっ!」
 息を吹き返したような声があがる。
 どうやら、命に別状はなさそうだった。
「怖かっただろう。でも、もう大丈夫だ。あの男は、自分の改造デュエルディスクの衝撃をまともに受けて動けない。もう、君を追ってくるデュエリストはいなくなったんだ」
 立てるかい? と言いながら、青年は少年に向かって手を差し出す。
 少年は、その手をつかむと、ゆっくりと立ち上がった。
「……あ、ありがとうございます! あっ、ええと……」
「僕の名前かい? それなら、タイヨウって呼んでくれるかな」
「あ……はいっ! タイヨウさん。ボクのこと、助けてくれてありがとうございます!」
 少年は、青年に向かって勢いよく頭を下げた。
 それから、慌てたように一気にまくし立てる。
「ボク、何日か前に、道を歩いてたら突然、知らない人にデュエルを挑まれて、気絶させられちゃって、それで目が覚めたら、どこかの建物の中に捕まってて、隙をみて何とか逃げ出したんだけど、すぐにバレて、さっきの奴が追いかけてきて、それで…………うっ! げほっ!」
「ほらほら。君はまだ安静にしてなきゃダメだ。心配しなくても、僕も大体の事情は分かっているつもりだよ。君はもう、安全だ。これからは、さっきのような男に襲われることはない」
「は、はい……。ありがとう、ございます……」
 いったん落ち着いたように見えた少年は、しかしすぐに何かを思い出して声を荒げた。
「……っ! そうだ! ボクだけじゃないんです!」
 切羽詰まった様子で、必死に言葉を紡ぐ。
「タイヨウさん! あの建物には、ボクの他にも、何人もの子が捕まってたんです! ボクは助かったけど、今ごろあの子たちは!!」
 そんな少年の訴えにも、青年は悠然とした態度を崩さずに告げる。
「それも大丈夫だ。さっきの男から、アジトの場所は聞き出してある。その子たちのことは、僕に任せてくれないか?」
 そう言いながら、青年はすっくと立ち上がった。
「……まさか! タイヨウさん!」
 青年の言葉。まとう雰囲気。
 そういったものから、青年がこれから何をやろうとしているのか、初対面のはずの少年にも、容易に理解できた。
「待ってください! あそこには、敵の能力者だって何人もいます! たった1人で乗り込むなんて、そんなの絶対に無茶ですっ!!」
 そのまま歩き去ろうとする青年の背に向かって、少年は声を張り上げる。
 しかし、青年は立ち止まらなかった。
 その代わり、爽やかな笑みを浮かべて、一瞬だけ少年の方を振り返る。
 そして、先ほど男に言ったのと同じような台詞を、告げた。


「僕は、人呼んで『タイヨウの騎士』。ただの、ちっぽけな正義の味方さ」





4章  特訓開始



 7月30日、月曜日。
 予選開始から数えて、2日目の正午。

 遠山(とおやま)力也(りきや)は、突然目の前に現れた少女を、呆然と見つめていた。

 背の丈は小学生の低学年ほど。小奇麗なショートカットに、ハッキリした目鼻立ち。水色のワンピースと、チェック柄のスカートが良く似合っている。
 やけに可愛い子だな。彼女を初めて見た遠山は、そんな、ごくありふれた感想を抱いた。
 だが、今はもうそんなことを気にしていられる状況ではない。

「わたしの名前はリンネ。ねえ、トオヤマさん。わたしとデュエルしない?」

 リンネ。それは、今や世界中のデュエリスト能力者に知られている名前だった。
 この大会の主催者である、自分を神様だと言い放った存在。その正体が、本当にこんな小さな少女だとでも言うのだろうか。
(……いや、本当にコイツが神なら、外見なんて問題じゃねぇな)
 この少女は、何やら途方もない力を秘めている。
 長年のデュエリストとしての経験、野生の勘のようなものが、遠山にそう告げていた。
(認めたくはねぇが、コイツはおそらく、オレよりも遥かに強い)
 それが分かってしまうからこそ、少女の挑戦を迷わず受けることは躊躇われる。

「あ。もちろん、分かってるとは思うけど、わたしとのデュエルは大会参加者とのデュエル扱い。負けたら予選敗退になるから、注意してね?」

 遠山の勝利ポイントは、現在9ポイント。予選の通過条件である10ポイントまで、あと1ポイントだ。あと1回デュエルに勝てば、誰と闘ったかによらず、それだけで予選通過が確定する。
 ゆえに、わざわざ大きすぎる敗北のリスクを背負ってまで、ここで遠山がリンネと直接デュエルしなければならない理由は、本来ならば皆無のはずだった。
 だが。

「ふふっ。どうする、トオヤマさん? わたしに勝てたら、無条件で大会優勝にしてあげてもいいんだよ?」

「………………」

 リンネが言うには、ここで主催者たる自分に勝つことができれば、それだけで遠山を大会の特別優勝者とみなし、優勝賞品である「何でも1つ願いを叶えられる権利」とやらを授けてくれるらしいのだ。
 本来ならば、全世界でたった1人のデュエリストにしか与えられないはずの、至高の権利。それを、リンネはこうもあっさりと景品にすると言う。

 大会主催者であるリンネが、なぜ自分なんかにデュエルを挑んできたのか。その理由は、正直想像もつかない。
 だが、遠山にも1つだけ分かったことがある。
 それは、リンネはこのデュエルに絶対負けない自信があるということだ。

(…………上等、じゃねぇか)

 遠山は、無言で自分のデュエルディスクを変形させる。
 それは、デュエリストとして、挑まれた闘いを受ける意思があることの、何よりの証だった。

「そうこなくっちゃ! さっすがトオヤマさん! 闘志は十分だね!」

 このまま本選に進んだところで、自分が最後の1人になれる確率は低い。だとしたら、この一発勝負に賭けた方が可能性は高い――――そんな計算が、まったく無かったといえば嘘になる。
 だが、それ以上に遠山は、賞品云々を抜きにしても、今ここで目の前の相手とデュエルがしてみたいと、強く思っていた。
 おそらくリンネは、自分が負けることなど露ほども考えていないに違いない。
 こうまで自信満々な、自称神様の少女の実力とは、一体どれほどのものなのか。
 漠然とだが感じる、リンネの圧倒的な力。それを、直にデュエルして肌で感じたい。そして、全力で打ち破って勝利したい。
 遠山の心を支配しているのは、そんなデュエリストの本能とも言える闘争心だった。

(こっちだって……負ける気は、毛頭ねぇ!!)

「準備はいい? それじゃ、始めるよ!」
 リンネのかけ声とともに、闘いの幕が開く。



「「デュエル!!」」



「オレのターン、ドロー! 来い、『ゴブリン突撃部隊』! さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!(手札:5→6→5→4)」

 遠山の召喚したモンスターは、攻撃力2300の『ゴブリン突撃部隊』。
 そして、伏せたリバースカードは、永続罠『最終突撃命令』だった。

 ゴブリン突撃部隊 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻2300・守0

 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、次の自分のターンのエンドフェイズ時まで表示形式を変更する事ができない。

 最終突撃命令 永続罠

 このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となり、表示形式は変更できない。

 『ゴブリン突撃部隊』は、低レベルでなおかつ高い攻撃力を持つが、攻撃後に守備表示になってしまうデメリットもあわせ持っている。だがその欠点は『最終突撃命令』でカバーされ、さらにその効果によって、相手モンスターにも攻撃表示を強要する。
 徹頭徹尾「攻撃」にこだわり、殴り勝つために作られた遠山のデッキ。
 かつて吉井康助を圧倒したその戦術が、1ターン目からリンネに向かって牙をむく。

 (2ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札5
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)
     場:伏せ×1
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:なし

「ふふっ。わたしのターンだね。ドロー!(手札:0→1)」
 無邪気に笑いながら、リンネは自分のデッキからカードを引き抜く。
 その様子を見ていた遠山は、ようやくある違和感に気づいた。

「……? お前、初期手札はどうした?」
 お互いのプレイヤーは、デュエル開始時に5枚の初期手札を持つ。
 これは権利ではなく義務だ。にも関わらず、リンネの手には、今引いたばかりの1枚のカードしか握られていなかった。
「ああ。これはね、わたしの『力』の発動条件だよ」
 詰問するような口調で問いかける遠山に、リンネはまるで動じずに答える。
 と同時に、リンネの身体から、突然あふれんばかりの黒い霧が噴きだした。
「な……! これは一体……!?」
「どう? これが神様のフィールドだよ?」
 両手を目一杯伸ばして、リンネは告げる。
「わたしは、初期手札ゼロでデュエルを始める代わりに、わたしの中に蓄えられていた黒い霧を、フィールドに展開することができるんだ。この霧が出ているときに、ある条件が満たされると、わたしに有利なちょっとした効果が発生するんだよ」
「この霧……デュエリスト能力じゃない……のか?」
「その通り。遠山さんはレベル4だから分かるよね? この力はデュエリスト能力とは別モノ。これは、世界でたった1人、神様であるわたしだけが使える、特別な能力なんだよ」
 周囲の風景が漆黒に染まっていく中で、リンネだけが変わらず微笑み続けていた。

(……となると、コイツは『霧の力』とデュエリスト能力、力を2つも持ってる可能性があるってわけだ)
 黒い霧に包まれ、得体の知れない不安に襲われながらも、遠山は冷静に思考を巡らせる。
 能力者デュエル大会の主催者であるリンネ本人が、デュエリスト能力を使えるのかどうかは定かではない。だが、ここは当然、最悪のケースを想定してかかるべきだろう。
(どちらの力も、正体は不明。だが逆に、オレのデュエリスト能力は相手にバレていると思ってまず間違いない)
 遠山は、このデュエルが始まってから、まだ1度も自分のデュエリスト能力を発動させていない。なのに、先ほどリンネは遠山の能力レベルを4だと言い当てた。
 世界中の能力者に、声を届けることができるほどの力の持ち主。だとすれば、遠山の能力の詳細を微細余さず知ることくらい、簡単にできると考えるのが妥当だろう。
(情報戦では、オレが圧倒的に不利だ。……だが、1つだけ確かなことがある)
 現在、リンネの手札は、ドローフェイズに引いた1枚だけしかない。少なくともこれは、見れば明らかな、隠しようのない確たる事実だった。
 そして、たとえ『霧の力』がどれほど強力な能力だろうと、初期手札ゼロのリスクは無視できるようなものではない。
(つまりは、相手の態勢が整う前に勝負を仕掛けるのが、今のオレにできる最善の策!)
 少ない手札では、どんな能力を持っていたところで、出来ることはそう多くないはず。
 だからこそ、リンネの手札が潤う前に、可能な限りの最高速度で相手のライフを0にする。リスクに見合ったリターンが表面化する前に、速攻で決着をつける。
 遠山は、現状得られる情報から、自身の勝利につながる、最良の判断を下した。


 はず、だった。


 だが、このときの遠山は、まだ理解していなかった。
 ちっぽけな1人の人間が、リンネに闘いを挑むということが、一体どういうことなのか。
「それじゃ、改めて行くよ? わたしは、手札からこのモンスターを召喚!(手札:1→0)」
 そして遠山は、すぐに嫌というほど悟ることになる。
 最良の手札。最善の判断。最高のプレイング。
 そんなものは、この相手の前では、塵ほどの意味も持たないのだということを。


「出でよっ! 『巨大ネズミ』!」


 巨大ネズミ 効果モンスター ★★★★ 地・獣 攻1400・守1450

 このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の地属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 その後デッキをシャッフルする。

「『巨大ネズミ』で、トオヤマさんの『ゴブリン突撃部隊』を攻撃だよ!」

 攻撃力で負けている相手に向かって、巨大ネズミは馬鹿正直に突っ込んでいく。
 当然の帰結として、その巨体はゴブリンたちの返り討ちにあって消滅した。

 【破壊】:(攻1400)巨大ネズミ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 だが、その戦闘によってリンネのライフが削られることはなかった。
 それどころか、攻撃力で上回ったはずの、遠山のライフポイントが800減少する。

 遠山 LP:8000 → 7200

「トオヤマさんのレベル4能力は、『相手モンスターの攻撃宣言時に、800ライフ払って、その戦闘によって発生するお互いのプレイヤーへの戦闘ダメージを0にする。その後、ダメージステップ終了時に、フィールド上に存在する攻撃モンスターを破壊する』だよね。もちろん、わたしもよーく知ってるよ」

 戦闘破壊された『巨大ネズミ』の効果が発動する。
 リンネの場に現れたのは、2体目の『巨大ネズミ』だった。

「もう1度、『巨大ネズミ』で『ゴブリン突撃部隊』を攻撃っ!」

 【破壊】:(攻1400)巨大ネズミ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:7200 → 6400

 『巨大ネズミ』の効果で、再び『巨大ネズミ』が特殊召喚される。

「3回目。『巨大ネズミ』で『ゴブリン突撃部隊』を攻撃! 次に特殊召喚するのは、『共鳴虫(ハウリング・インセクト)』!」

 【破壊】:(攻1400)巨大ネズミ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:6400 → 5600

 共鳴虫 効果モンスター ★★★ 地・昆虫 攻1200・守1300

 このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 その後デッキをシャッフルする。

「んな……バカな…………!」
 ここまでくれば、リンネの意図は誰の目にも明らかだ。
 リクルーターによる自爆特攻は、止まらない。

 【破壊】:(攻1200)共鳴虫 → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:5600 → 4800

 【破壊】:(攻1200)共鳴虫 → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:4800 → 4000

 【破壊】:(攻1200)共鳴虫 → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:4000 → 3200

「トオヤマさんのデュエリスト能力は、強制効果。自分の意思で能力の発動を止めることができない。だったら、こうすれば簡単に倒せるよね♪ 次は『ドラゴンフライ』を特殊召喚!」

 ドラゴンフライ 効果モンスター ★★★★ 風・昆虫 攻1400・守900

 このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 その後デッキをシャッフルする。

 800ライフと引き換えに、戦闘ダメージを無効にして攻撃モンスターを破壊する。
 攻防一体の、刃の鎧。そんな遠山の能力を、リンネはいとも簡単に突破する。

 【破壊】:(攻1400)ドラゴンフライ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:3200 → 2400

 【破壊】:(攻1400)ドラゴンフライ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:2400 → 1600

 【破壊】:(攻1400)ドラゴンフライ → ゴブリン突撃部隊(攻2300)

 遠山 LP:1600 → 800

 攻撃モンスターを破壊する追加効果が発動するのは、ダメージステップ終了時だ。すでに戦闘破壊されているリクルーターに対しては、何の効果もない。
 そして、自爆特攻でリンネが受けるはずのダメージは、「お互いの」プレイヤーへの戦闘ダメージを無効化する遠山の能力によって、0になる。

「これで最後だよ! 『一撃必殺侍』を、特殊召喚!!」

 一撃必殺侍 効果モンスター ★★★★ 風・戦士 攻1200・守1200

 このカードが戦闘を行う場合、ダメージ計算の前にコイントスで裏表を当てる。
 当たった場合、相手モンスターを効果によって破壊する。

 後攻1ターン目に、たった1枚の手札だけで、相手のライフを0にする。そんな、ありえない1ターンキルが、今この瞬間、現在進行形で展開されている。
「……っ! こんなの……人間業じゃねぇ……!」
 仮に遠山の能力をあらかじめ知っていたとしても、その弱点をこんな形で突くことのできるデュエリストなど、まず存在しないだろう。
「ふふっ。言ったでしょ? わたしは神様だからね。このくらいの芸当、朝飯前だよ」
 些細な情報アドバンテージなんて、まるで問題にならない。
 リンネと遠山の間にあるのは、ただ圧倒的で、絶対的で、決定的な、どうまかり間違っても覆しようのない、純然たる実力差だった。

「『一撃必殺侍』で、『ゴブリン突撃部隊』を攻撃っ! 一・撃・必・殺・剣!」

 遠山 LP:800 → 0


 予選2日目。遠山 vs リンネ、決着。

 遠山力也、予選敗退。



 ◆



「んー。さすがに、後攻1ターン目で倒しちゃうのは、ちょっとやり過ぎだったかな?」
 遠山との闘いが終わってから、数分後。
 リンネは、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
「……ま、いっか。目的は果たせたし、それに、たったの1ターンで倒されちゃう方が悪いんだもんね」
 さして悩んだ様子もなく、気軽に結論を下す。
 そして、一呼吸おいてから、近くの建物に向かって、大声で呼びかけた。

「トオヤマさんは帰っちゃったから、もう出てきていいよ、ヨシイくん!」

 リンネの声が聞こえたからだろう。今までずっと建物の陰に隠れていた人物が、ひょっこりと姿を現した。
「また、リンネの圧勝でしたね。早く決着がつきすぎて、なんて言ったらいいんだか……」
「わたしは当たり前のことを当たり前にやっているだけ。特別なことは何もしてないんだよ? ……そういえば、たしかヨシイくんも、以前トオヤマさんと闘ったことがあるんだよね?」
「はい。1ヶ月前の大会の決勝戦で、僕の対戦相手が遠山さんでした」
「あのデュエルの内容は、わたしも知ってるよ。『増殖』と『スケープ・ゴート』を使った一斉攻撃。目のつけどころは正しいし、なかなかいいセン行ってたと思うよ」
「ありがとうございます。……まあ、結局は負けちゃったんですけどね」
「結果はそうでも、あれは、ヨシイくんの長所がわかりやすい形で表れたデュエルだった。だから、今のヨシイくんに必要なのは、その才能を存分に発揮できるよう、弱点をカバーする方法を身につけること。そうすれば、すぐに世界中の誰よりも強い、最強のデュエリストになれるはずだよ」
「でも、その『長所』とか『弱点』の具体的な内容が、全然見えてこないんですよね……。漠然としたイメージだけじゃ、何をどう努力すればいいんだか……」
「そのことなら、もちろんわたしはよーく理解してるよ。だけど、ヨシイくんにはヒ・ミ・ツ♪ 今はまだ、教えてあーげない」
「………………」
「ふふっ。それじゃ、特訓続行だよ。次の相手を探しに行こっか」


 康助とリンネが、例の約束を交わしてから、丸1日が過ぎた。
 その間、朝から晩までずっと、康助は、リンネの言うところの「特訓」につきあい続けてきた。
 しかし、そうは言っても、康助が積極的に何かをしているわけではない。

 リンネが高レベルの能力者にデュエルを挑み、圧倒的に勝利する。
 康助は、その様子を、初めから終わりまで、物陰に隠れてじっと眺めている。
 ただずっと、ひたすらそれの繰り返しだった。

 特訓とは名ばかりの、努力どころか行動すら伴っていない行為。
 もちろん康助だって、最初は、本当にこれだけでいいのかとリンネに訴えた。
 だがリンネは、康助の問いかけを聞いても、不思議そうに首を傾げるだけだった。

「何もせずに強くなる。それのどこがいけないの? もしかして、ヨシイくんは、労せず成長することに罪悪感を覚えてるのかな? だとしたら、そんな余計な常識は捨てなきゃダメだよ。強くなるにはその分努力しなくちゃいけないなんて、そんな綺麗事はいらない。楽して大幅パワーアップ。誰だって、それが一番いいに決まってるよね」

 綺麗事だっていうなら、そっちの方がよっぽど綺麗事なんですけど……。
 物言いたげな康助の視線に、リンネは気づいているのかいないのか。
 自称神様の少女は、それ以上何を説明するでもなく、康助に向かって、ただ3日間ずっと、自分のデュエルを見ていればそれでいいと言うだけだった。

 技を盗めと言うでもなし。ハッキリした目的意識も持たず、ただ他人のデュエルを漫然と眺めるだけ。もちろん、康助が秘めているらしい才能の正体については一切の説明がない。
 これで劇的に成長できるとは、とうてい思えない。もしかして、自分はリンネに担がれているだけなのでは? 心の底では、ついそんなふうに考えてしまうこともあった。

 とはいえ、もともと康助は、努力の方向性が分からず行き詰まっていたのだ。
 もとより、リンネの言うことに賭けてみる以外の選択肢が、見当たるはずもないのだった。

 ――3日間でヨシイくんを、世界中の誰よりも強いデュエリストにしてあげる。

 自信たっぷりに言い切ったリンネ。彼女にはきっと、自分なんかには及びもつかないような深い考えがあるのだろう。
 康助は、とりあえずそう信じてみることに決めていた。


 ……の、だが。


「あ! ヨシイ君、新しい相手だよ! 早く隠れて!」
「はっ、はい!」

 急に言われて、康助は慌てて近くの茂みの中に身を隠す。
 リンネは、さっそく新たな能力者とデュエルの交渉に入ったようだ。

「………………」
 茂みに隠れて、人のデュエルをこそこそと盗み見るデュエリスト。
 傍からは今の自分がどう見えるのか、あまり考えたくはない。

 ――強く、なりたいです!!

 僕があれだけ叫んだのは何だったんだろう……。
 思い出すと、今でも少し恥ずかしくなってくる。
 もちろん康助だって、なにも自分から進んで血のにじむような特訓をしたいわけではない。
 だが、それでも、本当にまったく何の努力もしないとなると、さすがに罪悪感のような気持ちが芽生えてくる。

 神様らしい存在が、自分に修行をつけてくれる。そんな漫画のような出来事に、康助は、少なからず期待をしていたのは確かだった。
 思わぬ切り口からのアドバイス。斬新でありながら本質を突いた特訓法。
 根拠もなくそういったものを想像していた康助だったが、そんな妄想は、悪い意味で完全に打ち砕かれることになった。

 結局のところ、康助は、リンネに肩すかしをくらったようで。
 あのときの決意、あのときの熱意が、どこか空回りしている感は否めなかった。

 まあ、とはいえ。

 基本的に受け身なタチの康助は、たとえそう思っていても、それでリンネの指示に逆らうようなことはしないのではあるが。


「「デュエル!!」」


「おっ。リンネのデュエルが、始まったな……っと」
 先攻をとったのは、相手のデュエリストだ。どうやら今回の相手は、水属性デッキの使い手らしい。デュエリスト能力の正体は、まだ不明である。
 康助は、茂みの中に腰を落ち着けると、葉っぱの隙間から、再びじっくりとリンネのデュエルを観戦し始めた。


 ……とまあ、そんなわけで。

 吉井康助、現在修行中、である。



 ◆



「僕のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 男は、やたらと大仰な手つきで、デッキからカードを引きぬいた。
「うふ。デュエル開始早々、いきなりショータイムの幕開けだ。さあ行くよ! マジック発動! 『未来融合−フューチャー・フュージョン』! そして『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!(手札:6→4)」

 未来融合−フューチャー・フュージョン 永続魔法

 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 龍の鏡 通常魔法

 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

「地! 水! 炎! 風! 闇! 5色の輝きは溶けあい、今、ひとつになる! 華麗なる舞台に降誕せよ! 『F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)』! ステージ、オン!」
 空を指差し、派手にくるくる回転しながら大声で告げる。
 融合召喚された5つ首のドラゴンは、闇属性モンスターなのにも関わらず、なぜだかキラキラと輝いているように見えた。

 F・G・D 効果モンスター ★★★★★★★★★★★★ 闇・ドラゴン 攻5000・守5000

 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
 このカードは地・水・炎・風・闇属性モンスターとの戦闘によっては破壊されない。
 (ダメージ計算は適用する)

「さあ、まだ舞台は始まったばかりだ! ここで、僕のデュエリスト能力を発動! ブリリアント・スターズ・リキュペレーション! 星々よ! 輝ける僕のもとへと降り注げ!」

 男 LP:8000 → 11000

 何らかの能力によって、男のライフが大幅に回復する。
 しかし、男には自分のデュエリスト能力について、野暮な解説をする気はないようだった。
「さあ、次は君のアピールタイムだ! 君と僕、お互いに全力を出しあって、この光輝くステージを華麗に演出しようじゃないか!」
「………………」
 要するに、ターン終了ということらしい。

 (2ターン目)
 ・相手 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・男 LP11000 手札4
     場:F・G・D(攻5000)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)

「…………カード、ドロー(手札:5→6)」
 かたや、男の対戦相手は、ごく普通の動作でデッキからカードを引いた。
 案の定と言うべきか、すぐに男からの指摘が飛んでくる。
「ちっちっちっ。そんなんじゃ全然ダメダメ。今みたいな味も素っ気もないドローじゃ、お客様を満足させることはできないよ。もっとこう、派手に! 笑顔で! 美しく! これでもかってくらいにオーバーアクション! 一流のエンターテイナーなら、ドロー1つで観客を魅了するくらいでないとダメなのさ! そう、この僕のようにね!」
 男は、大げさに身ぶり手ぶりを交えながら熱弁をふるっている。
 あまりに熱が入りすぎているからか、彼が長々と語っている間に、相手が手札から2枚の永続魔法カードを発動させたのにも気づいていない様子だ。
「うふ。君には、デュエルエンターテイメントの何たるかを、僕が直々にイチから教えてあげることに決めたよ。僕のパフォーマンスを見て、魅せるデュエルの奥深さを、じっくりと堪能するがいいさ! このデュエルが終わるまでに、君をすっかり骨抜きにしてみせることを約束しよう! さあ! 今は君のアピールタイムだ! モンスター・魔法・罠。何でもいいから、君の思うがままに攻撃してみたまえ! 至高のデュエルエンターテイナーたるこの僕が、敵からの攻撃すらも華麗に演出する究極のテクニックを披露してみせようじゃないか!」
 いちいち随所にタメを入れながら、男は実にうっとおしい口調でしゃべり続けている。
 対戦相手は、うんざりしたような表情で、次にとる行動をぽつりと呟いた。
「……デュエリスト能力、発動」
「おおっ。さっそく君も能力発動か。……ふむふむ。僕のライフカウンターが減少していくところを見るに、君の能力は直接攻撃系だね? よしわかった。まずはデュエルエンターテイナーの鉄則その1! 相手からダメージを受けたときは、その大きさに応じた派手なリアクションが必須! 今の場合、君からのダメージはきっと1000ポイントくらいだろうから、軽く尻もちをつくくらいで丁度いいか――――」

 男 LP:11000 → 5000

「ごふぉぉおおおおお!?」
 男は、派手に吹っ飛んだ。
 どういう原理か、後方に2メートルくらい。
「……ちょ! いやいやいや! いくら何でもおかしい! 6000ポイントて! 2ターン目から、いきなり僕のライフを半分以上!? そんなの絶対ありえない! ……そうか! きっとこれはデュエルディスクの故障だ! そうに違いない!」
 男は、倒れた姿勢のままでわめき散らす。そこに、さっきまでの余裕は見る影もなかった。
 そんな見苦しい男に向かって、対戦相手――――朝比奈翔子は、淡々と告げる。
「『自分もしくは相手プレイヤーに、100ポイントのダメージを与える』。あたしのデュエリスト能力は、1ターンに10回まで発動できるわ」
 言って、自分の場にある2枚の永続魔法カードを指し示した。

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 朝比奈 LP:8000 → 7000

「いやいやいやいや待て待て待て待て! 1ターンに10回て! 1回ごとに600ダメージて! 何その反則コンボ!? ズルい、ズルすぎる! ぼ……僕は認めないぞ! 常識的に考えて、そんなバランスブレイカーの存在が許されていいハズがない! 断固抗議する!」
 何に対して抗議するつもりなのか、男はみっともなく叫び続けている。
「………………」
 そんな醜態を冷たい目で見ていた朝比奈は、早々にトドメを刺さんとばかりに、新たな手札のカードに手をかける。
「わーーーっ! 待った待った待った! れ、冷静に話し合おうじゃないか! ……そう、そうだ。ここはいったん落ち着いて。話せばわかる。……いいかい? なら、まずは僕の意見を言うよ? そもそも、バーンで相手に大ダメージを与えるなんて、魅せるデュエルとしてはナンセンス極まりない。僕に言わせてもらえば、効果ダメージなんて邪道中の邪道だよ。デュエルの花形は、大型モンスターのぶつかり合いさ。観客は、派手なバトルをこそ求めているんだから。……わかったね? なら、君もいつまでもバーンなんかに頼ってちゃダメだ。しっかりモンスターを召喚して、攻撃しなきゃ。今からでも遅くない。君は、自分のデッキのモンスターを信じて闘うべきなんだ。厳しいことを言うようだけど、君もパフォーマーの端くれなら、一流のデュエルエンターテイナーである僕の意見にはきちんと従っておいた方が――――」

「『ミスティック・ゴーレム』、召喚!(手札:4→3)」

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

 ミスティック・ゴーレム 攻:0 → 10000

「え…………。いや、その、ええと、ちょっと待」
「ギガント・インパクトぉ!」
「ほぎゃああああああああああ!!」

 (攻10000)ミスティック・ゴーレム → F・G・D(攻5000)

 男 LP:5000 → 0


 予選2日目。朝比奈 vs 男(鳳円寺(ほうえんじ)和人(かずと))、決着。

 鳳円寺和人、予選敗退。


 ちなみに、男のデュエリスト能力。

 『1ターンに1度、自分のメインフェイズに、場のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターのレベル×250ポイント、自分のライフを回復する。』

 レベル3能力、であった。



 ◆



「ふぅ……。まったく、『常識的に考えて』なんて、本物のパフォーマーなら、間違っても吐いていい台詞じゃないでしょうに。常識なんて、破るからこそ面白いんじゃない。エンターテイナーが常識に縛られててどうすんのよ」
 わずか2分で男を撃退した朝比奈は、倒れたままの対戦相手に目もくれず、すたすたとその場から歩き去っていった。
「そういや、アイツ、あれでも一応レベル3だったのよね。……ま、どうでもいいか」
 レベル3ほどの大能力者ともなれば、世間的にはかなり珍しい部類に入る。
 が、そもそも朝比奈自身がレベル4の能力者なのだ。それに、翔武学園の生徒会所属ともなれば、高レベルの能力者と闘う機会なんて有り余るほどにある。
 それが、朝比奈が男にさしたる興味を抱かなかった理由の1つだった。
 そして、もう1つ。

 《大会予選 朝比奈翔子 vs 鳳円寺和人 勝者、朝比奈翔子》
 《鳳円寺和人の能力レベルは3。よって、勝者には3ポイントが加算されます》
 《朝比奈翔子 勝利ポイント:31 → 34》

 機械的なアナウンスが、朝比奈の頭の中に響く。
「ったく、もう。ちょっとあたしが外に出れば、次から次へと襲ってくるんだから……。あんたらはRPGの雑魚敵かっての」
 大会が始まってから今まで、朝比奈が自分から対戦相手を探しに行ったことは1度もない。
 にも関わらず、朝比奈にデュエルを挑んでくる能力者は後を絶たなかった。
 もちろん朝比奈は、その全員を例外なく5ターン以内に返り討ちにしている。
「春彦も、挑まれたデュエルを受けてるだけなのに、あっちはまだ6ポイントしか貯まってないらしいし……。もしかして、あたしって他人から弱そうに見られてるのかしら。むぅ……地味にショックだわ」
 高校3年生にしてはかなり背が低い、柔らかな栗色ショートカットを揺らして元気に歩く小柄な少女。
 これで狙われない方がおかしいのだが、そういう点は、意外と本人には自覚がないものである。
 だからこそ、いいカモを見つけたと思って朝比奈に勝負を挑み、2分後に大いに後悔する羽目になったデュエリストの数は、今やゆうに20人を超えていた。
 その、悪意さえ感じるエンカウント率の高さに、朝比奈が辟易しているのも無理からぬことだろう。
「それにしても、自分の勝利ポイントが10ポイントに達したとしても、挑まれたデュエルは断れないっていうのは、意外と面倒なルールよね……」
 他の参加者から挑まれたデュエルを断った場合は、予選敗退。
 リンネの言葉に従うならば、このルールはすでに10ポイント貯めている参加者にも適応される。当然、そこで負けたら即予選敗退である。
 とっくに予選通過ラインの10ポイントを超えていても、予選終了までは決して油断できない。これは、そんなサバイバルゲームのような大会なのだ。
「きっと、あの神様とやらは、本選の参加者をできるだけ厳選したいんでしょうね。なんたって、世界中のデュエリストが対象なんだからね」
 ちなみに朝比奈は、リンネの放送を聞いた直後、神の存在や、現実離れした優勝賞品についてなどの話をあっさりと受け入れ、康助や佐野を驚かせている。

 ――だって、疑っても証拠なんて出てきようがないでしょ? 全国脳内放送なんて馬鹿げたことのできる奴がそう言ってんだから、とりあえず信じときゃいいのよ。別に、間違ってたからって、それで何か損するでもなし。

 とは、朝比奈の言である。
 考えても仕方がないことを、考えずに済ませることができる。無駄に悩みすぎることのない、さっぱりした性格もまた、彼女の才能の一種と言えるのかもしれない。

「さて……と。東仙高校は、確かこの先にあるはずよね」
 細道を抜けて、交通量の多い大通りに出る。そして横断歩道を渡った先に、目的の建物はあった。
 東仙(とうせん)高校。
 今からちょうど1ヵ月前、デュエル大会の決勝戦の舞台となり、翔武学園と激闘を繰り広げた高校の名である。
 その校門前に、東仙の制服を着た1人の女子生徒が立っていた。

「お待ちしておりました。朝比奈翔子さん」

 身体つきは、一言でいうなら華奢。背の高さは、朝比奈と同じくらいに小柄。
 顔のパーツは小ぢんまりとまとまっていて、さらさらした黒髪は雛人形のように綺麗に整えてある。
 霧原(きりはら)ネム。高校1年生にして、大会での東仙高校代表メンバーの1人である。
 もっとも、彼女と見城とが闘うはずだった第3試合は、例の誘拐事件のせいで見城の不戦敗。結局、霧原が翔武学園に自分の戦術を披露する機会はなかったのではあるが。
「待たせちゃって悪いわね。なんせ、次々に能力者が襲ってくるもんだから、そのたびに倒しながら進むの大変でねー。ここに来るまでだけでも、6回はデュエルしたわよ」
「いいえ、構いません。……でも、それにしては早かったですね。約束の時間から、まだ5分も経っていませんが」
「まあ、どいつもこいつも骨のない相手ばっかりだったからね。弱いくせに意気込みだけは一人前なんだから、ほんと辟易しちゃうわ」
「そんなに面倒なら、こちらも『近くの参加者の位置が分かる力』を使って、相手を避けながらここまで来れば良かったのではないでしょうか?」
「あー、それも考えたわ。けど、下手に逃げて遠回りするよりも、素直に正面からぶつかって闘った方が、結局のところは早いのよね。あいつらとのデュエルなんて、しょせん2分とかそこらで片がついちゃうしね」
「なるほど。納得です」
 まずは、軽く雑談を交わす2人。
 少しして、朝比奈の方から本題を切り出す。

「それで、見城が襲われたあの事件について、新しくわかったことってのは何なの?」

「……私に、ついて来てください。そこでお話しします」
 そう言うと霧原は、表情を引き締めて、校舎の中へと入っていった。
 当然、朝比奈もそれに続く。



 そもそも、事の発端は、霧原からの1本の電話だった。

「東仙高校の、霧原ネムです。朝比奈さんに、大事なお話があって電話しました」

 予選が始まってから2日目の朝。何の前触れもなく、朝比奈のもとへ電話がかかってきた。
 どうして霧原が自分の電話番号を知っているのかと疑問に思ったが、おそらくは、同じく東仙高校に通っている稲守(いなもり)(ほたる)から番号を聞いたのだろう。朝比奈は、そう納得することにした。
(そういえば、大会が始まってから、なぜか蛍と連絡取れないのよね)
 何かあったのかしら。……まあ、どうせ、すでに負けているだろうとは思うけど。
 幼馴染の少女に対して失礼なことを考えながら、相手の言葉に耳を傾ける。
 そんな朝比奈の軽い態度とは裏腹に、霧原は、重々しい口調で用件を切り出した。

「そちらの見城薫さんが襲われた、例の事件について、気づいたことがあるんです。今から直接会って、お話できないでしょうか?」

 さすがの朝比奈も、これは完全に予想外だった。思わず、受話器を握りしめてしまう。
 まさか、あの事件の話題が、今になって、それも東仙の側から出てこようとは。

「まだ、このことは他の誰にも話していません。とても電話越しにできるような話ではないので……朝比奈さんの方から、東仙高校に来ていただけると助かるのですが」

 数秒の沈黙。
 だがすぐに、朝比奈は肯定の答えを返した。

「……ありがとうございます。今から1時間後、東仙の正門前で待っています」

 朝比奈も、そして襲われた当人である見城も、今さら犯人を捕まえてどうこうしてやりたいなどとは思っていない。
 とはいえ、そのまま忘れ去ってしまうこともできない。あの事件には、あまりにも不可解な点が多すぎる。
 犯人の正体、見城を襲った方法、一体どうやってデュエリスト能力を喪失させたのか。その何一つとして、いまだに明らかになっていない。

 霧原の言う「気づいたこと」が、何を指しているのかは分からない。
 だが、たとえ何であろうとも、それが事件の真相につながる可能性が少しでもあるならば、朝比奈が、霧原の提案を拒む理由はなかった。



 ◆



「着きました。ここなら、他の人に話を聞かれる心配はありません」
「ここに来るのは1ヶ月ぶり……か。なんだか懐かしいわね」
 朝比奈が、霧原に連れられてやって来たのは、東仙高校のデュエル場だった。
 翔武vs東仙の決勝戦の舞台となった、大きなデュエルリング。2人は、その上に立って会話を交わしている。
 当然、今は審判や運営係の姿はない。正真正銘、この場にいるのは朝比奈と霧原の2人だけだった。
「この部屋にある、記録用カメラの電源は、すべて切ってあります。外に映像が漏れる心配はありません。入口のドアにも全部カギをかけましたから、途中で誰かが入ってくることもないでしょう。セキュリティは万全です」
「やけに慎重じゃない。そうまでして知られたくない話ってのは何なのか、がぜん興味が湧いてきたわ。さっそく聴かせてもらおうかしら」
「分かりました。……ただし、その前に1つ、条件があります」
「条件?」
 突然そんなことを言われて首を傾げる朝比奈に、霧原はあくまで淡々と告げる。

「朝比奈翔子さん。私と、ここでデュエルしてください」

 言いながら、デュエルリングに備えつけのデュエルディスクを左腕に装着する。
「デュエル? 何でこんなときに?」
 疑問を呟く朝比奈に、霧原は頭を下げて頼みこむ。
「お願いします。今は何も訊かずに、このデュエルを受けてくれませんか。あの事件の真実を、あなたに納得してもらうためには、どうしても、ここでデュエルをする必要があるんです」
「何か事情があるみたいね。……いいわ。そのデュエル、受けて立ってやろうじゃない」
 朝比奈は、霧原の提案に了解の意を示すと、自分のデュエルディスクを変形させる。
 霧原は今、「事件の真実」という言葉を口にした。それはつまり、霧原が知っているのは、事件に関する断片的な情報などではないということだ。
 朝比奈にとって、願ってもいない状況だった。たとえ目的が分からなかったとしても、霧原の頼みを無碍にする理由はない。
「ただし。今は能力者デュエル大会の真っ最中。参加者同士がデュエルした場合、いかなる理由があろうとも、それは予選の一環として扱われる。そういうルールがある以上、あたしは本気で勝ちに行かせてもらうけど、構わないわね?」
「ええ。勿論です。朝比奈さんは、何も考えず、いつも通り全力でデュエルしてくれれば、それで構いません。……ただし、それでも勝つのは私でしょうが」
 そう呟く霧原の瞳には、静かながらも確かな闘志が宿っていた。
 デュエルディスクを変形させて、戦闘態勢をとる。
「……言うじゃない。そういう態度、嫌いじゃないわよ」
 互いに数メートル離れて向きあう。
 張り詰めた空気を切り裂くように、デュエル開始の合図を告げる狼煙が上がる。



「「デュエル!!」」



「先攻は私がもらいます。ドロー(手札:5→6)」
 カードを引く霧原。
 しかし、すぐにはアクションを起こさず、6枚の手札をじっと見つめている。
「どうしたの? 1ターン目からいきなり長考かしら?」
 軽く挑発するような朝比奈の台詞を気にした様子もなく、霧原は訥々と口を開いた。
「最初の1手を打つ前に、朝比奈さんに1つ、訊いておきたいことがあります」
「ん、何? 見城の事件に関すること? だったら、あたしの知っていることは何でも話すわよ」
 そう予想した朝比奈に対し、しかし霧原は意外な質問を口にした。

「朝比奈さんは、『闇のカード』というものをご存じですか?」

 朝比奈の瞳をまっすぐ見つめて、丁寧な口調で問いかける。
「闇の……? ああ。あの、悪魔族・魔法使い族モンスターの攻守を200ポイント上げるフィールド魔法のことね。もちろん知ってるわよ」
 そんな朝比奈の答えを聞いて、霧原はゆっくりと首を横に振った。
「私が訊きたいのは、いわゆる『闇の力』を帯びたカード全般、という意味です。一見すると普通のカードでありながら、ひとたびデュエル中に使用すれば、そのソリッドビジョンは実体を持つ……。そんなカードの噂を、話に聞いたことはありませんか?」
「そりゃあ、噂くらいなら知ってるけど……。カードが実体化して人を襲うとか何とか。でも、あんなのよくある都市伝説じゃない。なんでわざわざ、今そんな話を?」
 怪訝そうな顔をする朝比奈に向かって、霧原はごく簡潔な言葉を紡ぐ。
「知っているなら話は早いです。わざわざ1から説明する手間が省けました」
 そう言って、手札から1枚の魔法カードをデュエルディスクにセットした。


「闇のカード、『五行封印−桔梗の陣』発動(手札:6→5)」


 そのカードが場に出た瞬間、フィールドの空気が一変した。
「ちょっと。何よ、これ…………」
 2人の足元に、デュエルフィールド全体を覆うサイズの五芒星が浮かび上がる。
 続けて、その星型を囲むような円が描かれた。その円が怪しく輝いたかと思うと、真上に向かって灰色の光が吹き上がり、光の壁を築き上げる。
「…………っ!」
 唐突に、朝比奈の身体を、形容のしたがい強烈な不快感が駆け抜けた。
 この感覚は、霧原の発動させた魔法カードが原因。反射的にそう悟った朝比奈は、急いで陣の外へ脱出しようと走り出す。
 不気味にそびえ立つ、円形の壁。灰色に光るソリッドビジョンを突っ切って、外の空気を吸おうとしたその瞬間。

 ソリッドビジョンの壁に、思い切り衝突して、朝比奈の身体が跳ね返された。

(ぐ……っ! なんで……!)
 たった今感じた衝撃は、まぎれもなく本物だった。
 まるで実体のある壁にぶつかったときのような、リアルな痛みが身体中を巡っていく。
(……っ! もしかして、あいつが発動したカードは、本当に……!)
 鈍く痛む身体に鞭打って、慌てて立ち上がる。
 もう1度改めて、今度はゆっくりと、灰色の壁に手をあててみた。
「堅い……。嘘でしょ……まさか、現実にそんなことが……!」
 信じられないような現象を目の当たりにして、それでも朝比奈がギリギリの所で冷静でいられたのは、ひとえに先ほど霧原と交わした会話のおかげだった。
 あんなことを言われた直後に、カードの壁が実体化した。この状況下で、その2つを結びつけて考えない人間はいない。

「納得できましたか、朝比奈さん。これが、正真正銘、本物の『闇のカード』の力です」

 その推測を裏づけるように、霧原の冷たい宣告が響く。
「このカードが場に出ている限り、お互いのプレイヤーは、決して結界の外に出ることはできません。もちろん、外部から内部への干渉も不可能。朝比奈さんがここから脱出するには、この隔絶された空間の中で、私とのデュエルを終わらせる以外にありません」
 言うと、必要最低限の説明は終えたとばかりに、再び淡々とデュエルを進める。
「私は、手札から『そよ風の精霊』を召喚。カードを2枚伏せて、ターンを終了します(手札:5→2)」

 (2ターン目)
 ・霧原 LP8000 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド)、伏せ×2
     場:そよ風の精霊(攻0)
 ・朝比奈 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし

「………………」
「どうしましたか、朝比奈さん。今はあなたのターンですよ。それとも、このターンは何もせずにパス、という意思表示だと見なしてよろしいですか?」
 何事もなかったかのように、抑揚の少ない声で、ちょっとした挑発を口にする霧原。
 だが、今の朝比奈には、そんな軽口に応じていられるほどの心の余裕はなかった。
「あんた、言ったわよね。このデュエルをすれば、見城が襲われた、例の事件の真相が分かる、って」
「十分性を主張したつもりはありませんが。……それで、何か分かったんですか?」
「……ええ。十分すぎるほどにね」
 例のカードが場に出た瞬間に生じた、強烈な不快感。あれはまるで、自分の身体の一部をごっそり持って行かれたかのようだった。
 そして、それ以来ずっと感じている、身体の中から何か大切なものがすっぽりと抜け落ちてしまったような喪失感。
 朝比奈にとっては、それだけで、今自分の身体に起こっていることを知るには十分だった。
 その推測を確信へと変えるため、ただぽつりと一言、呟く。

「あたしのデュエリスト能力、発動」

 しかし、霧原のライフカウンターは、8000を指したまま、ぴくりとも動かなかった。
 次いで、自分自身に向かって能力を発動させてみる。だがそれでも、朝比奈自身が100ダメージを受けることはなかった。
 デュエリスト能力によって生じるダメージは、デュエリスト能力以外では決して無効化できない。それが、いかなる能力にも適用される絶対的なルールだ。
 だが、逆に言えば、デュエリスト能力ならば、能力によるダメージを無効にすることもできる。だから、朝比奈の能力によってダメージが生じなかったのは、霧原の持つデュエリスト能力の効果によるものだ、と推測することは確かに可能だろう。

 だが朝比奈は、そうではないことをとっくに理解していた。
 今のは、ダメージを無効にされたのではない。そもそも、自分のデュエリスト能力は、発動すらしなかったのだと。
 それまで当たり前のように使えていた能力が、何の前触れもなく使えなくなる。20歳をすぎての自然消滅とは違う、突然の能力喪失。この現象に、心当たりはありすぎるほどにあった。
 この事態を招いた直接の原因であろう、フィールド魔法『五行封印−桔梗の陣』。
 その使い手である、東仙高校代表メンバーの1人、霧原ネム。
 そして、見城誘拐事件の真相を教えるという、例の約束。

 誰が見ても、導き出される結論は、1つだった。


「闘いの場からの逃走を許さず、互いのデュエリストに決着を強いるのは、いわば、あらゆる『闇の力』が兼ね備えている、普遍的な性質のようなもの。このフィールド魔法に宿っている『闇の力』に固有の効果は、それとは別にあります」

 まるで朝比奈の思考を補足するように、淡々とした呟きがデュエル場に響く。

「『五行封印−桔梗の陣』に秘められた闇は、あらゆるデュエリスト能力の発動を封じ込める。お互いに、この結界の中では、一切のデュエリスト能力を発動することができません」

 一切の感情を感じさせない声で、ただ冷たく、機械的に。

「そして、デュエルが終わると、敗者の能力は闇に喰われて、消滅する。もう2度と、デュエリスト能力を使えるようになることはない」

 決定的な一言を、告げた。


「見城薫にデュエルを挑み、彼女からデュエリスト能力を奪ったのは――――私です」





間章(2)



 7月30日、月曜日。

 アメリカ合衆国、ニューヨークシティ。
 その、都心部からは少し外れた場所に位置する、寂れた廃工場にて。

 今は使われていないはずの建物の中を、2人の男が歩いていた。
 薄暗い廊下に、無機質な足音だけが重なって響く。
「……ねぇ。本当に本当なんでしょうね」
「くどい。金はすでに受け取っている。おれは、あんたとの契約をただ果たすだけだ」
 前を歩くのは、小柄な背丈の少年だった。ラフな格好の上から、白衣に腕を通さず羽織っている。
 一見すると、どこにでもいる普通の小学生に見える風貌。しかし、その大人以上に引き締まった顔立ちは、否が応でも彼がただ者ではないことを思わせた。少年の鋭い眼光からは、裏の世界で生きてきた人間特有の色が伺える。
「とは言ってもねぇ。私だって、あなたに決して安くはない金額を支払っているんですよ?」
 少年の後ろをついて歩くのは、うってかわって平凡な相貌の男。彼のひょろっとした長身からは、威厳というものが欠片も感じられない。
「それに、予選2日目ともなれば、弱い能力者はあらかた倒され尽くしてしまっているわけでしょう? 私としても、そんな状況で雑魚能力者を10人も提供できますと言われて、はいそうですかと簡単に信じるわけにはいかないんですよ」
 突然不安になったのか、今さらになって文句をつけだした男に、少年は微塵も興味を抱いてはいなかった。
 数多いる契約者の1人、単なる金ヅル。そんな人間に対して感情を荒げるなど、無駄以外の何物でもない。
 少年は、路傍の石ころでも見るような目つきで後ろの男を一瞥すると、目的地に向けて歩調を速めた。
 騒ぐ馬鹿を黙らせるには、証拠を叩きつけてやるのが一番いい。
 コツコツと、無機質に響きわたる足音。その間隔が短くなる。
「……ちょっと! 何か言ってくださいよ! いいですか? 私は客なんですよ! あなたには、私に納得のいく説明をする義務ってものが――――」
 言い終わらないうちに、少年の足が、ピタリと止まる。
「心配なら、コイツを見て勝手に納得するんだな。お客様」
 古びた金属製のドアノブに手をかけ、一気に押し開ける。
 そこで、男の目に飛び込んできたものは。

 両手両足を縛られ、床に転がされている少年少女が、契約通りにきっちり10人。

「…………!!」
 絶句する男。
 だが、そんな男の反応にも構わず、少年はただ機械的に告げる。
「すでに、こいつらの持っていたデッキは、最弱ランクのデッキと取り替えてある。デュエリスト能力のレベルは全員1。その詳細も調査済み。デュエルして、あんたが負けることは、万が一にもない。……これで安心できたか?」
 目の前の光景に、眉一つ動かさず淡々と口を動かす少年。
 その姿を目にして、男はようやく本能的な恐怖を覚えた。
 おそらく、彼の手によって拉致・監禁されたのであろう、まだ幼い少年少女。
 どれだけの期間ここに閉じ込められていたのか、頬は痩せこけ、中には暴行を加えられたとおぼしき跡が見られる子もいる。
「こいつらには、挑まれたデュエルを決して拒否しないよう教え込んである。つまりあんたは、ノーリスクで予選通過条件の10ポイントを獲得できるって寸法だ。それが済めば、予選期間の3日間が過ぎるまで、おれの“組織”が絶対安全な隠れ場所を提供してやる。あんたは残り時間、ずっとそこに居るだけでいい」
 然るべき大金さえ支払えば、100%安全に予選を通過させてやる。
 男は、少年のそんな甘言に乗せられた。
 まともな提案でないことは、十分に承知していたつもりだった。だが、いざこんな光景を目の当たりにすると、身体の芯から震えが止まらない。
 そんな男の様子を見て、少年は、心なしか穏やかな口調になった。
「安心しな。顧客の身の安全は“組織”が保障してやるよ。あんたが、後になってくだらない警察の厄介になるようなことは、絶対にない」
 男の耳元で、囁くように告げる。
 その声音には、不思議と人を惹きつける力が備わっていた。
「あんたは、ただデュエルをするだけだ。あんたには、何の責任もない。すべての罪は“組織”が請け負う。こいつらにデュエルを挑むことに関して、あんたは何一つ気に病む必要はない」
 そこまで言い終えたところで、男の震えがぴたりと止まる。
「……30分経ったら戻ってくる。それまでに、事を済ませておくんだな」
 そう言うと、少年は、男を残したまま、部屋を出ていった。



 ◆



「……自分だけは、手を汚さずにいつまでも綺麗なままでいたい、ってか。くはは。笑えるほどに偽善だねぇ」
 少年は、乾いた笑いをあげながら、廃工場の廊下を歩いている。
 男の不安は取り除いてやった。おそらく今は、無抵抗な子ども相手にポイントを搾取している最中だろう。

 大会優勝者の願いを、何でも1つ叶えてあげる。
 リンネのその約束がもたらした効果は、絶大だった。
 常識で考えれば、これほど現実味のない約束もそうそうない。だが、その約束を口にしたのは、人間の常識など欠片も通じなさそうな、神様を名乗る存在なのである。あの放送を聞いた大多数の人間が、信じる側に寄ってしまうのも無理のないことだった。
 もしリンネの言葉が、何の偽りもなく本当ならば、優勝者は万能の力を手にすることができる。叶える願いは1つだけという制限など、事実上何の制約にもならない。
 得られる可能性のあるメリットは無限大。だからこそ、大半のデュエリストは、リンネの言葉に従って、「賞品」目当てに全力で優勝を目指していた。
「あの自称神様の思惑なんざ、おれの知ったこっちゃない。だが、存分に利用させてもらうぜ」
 どれほど金を積んでも、手に入れることのできない賞品。
 だからこそ、その賞品に少しでも近づけるのなら、いくらでも金を出す。
 そう考えるデュエリストが後を絶たないからこそ、少年は“組織”を作った。
 大会の準備期間である1週間に、低位の能力者を『商品』として仕入れ、予選期間の3日で売り捌く。合計わずか10日の間にだけ存在する、幻の非合法組織。
 実体はあれど、その正体を掴むのは容易ではない。警察の捜査が本格化するころには、“組織”は影も形もなくなっていることだろう。
「さてと。ここらでいったん、目障りな蝿退治としゃれこむか」
 そう呟いた少年は、開けた空間に出ると声を張り上げた。

「隠れても無駄だぜ! 出てこい! 『タイヨウの騎士』さんよ!」

 広間の片隅に置かれたコンテナに向かって叫ぶ。
 すると、その声に応じるように、コンテナの陰から、別の声が聞こえてきた。
「……監視カメラには映らないよう、注意したつもりだったんだけどね」
「くはは。目立つ位置にあるのは全部フェイク。本命はそいつらを避けた先に設置してあるんだよ。馬鹿が」
「なるほど。どうりで、妙に死角が多いと思ったよ」
 言いつつ姿を現したのは、薄汚れたマントを羽織った長身の青年だった。
 そんな青年に向かって、少年は不遜な態度で口を開く。
「あんたが、おれの“組織”を潰して回っていることは知っている。たった1人で、“組織”のアジトを5つも壊滅させたあんたに敬意を表して、“組織”の長たるこのおれが、直々に姿を見せてやることに決めたぜ。光栄に思いな」
 少年がパチンと指を鳴らす。すると、近くの壁が反転し、中からデュエルディスクが現れた。それを装着し、自分のデッキをセットする。
「ふふ。ようやくラスボスのお出まし、ってわけかい? それにしても、まさか“組織”のボスが、君みたいな年端もいかない少年だったなんてね。倒した構成員から話は聞いていたけど、実際に目にしてもまだ信じがたいね」
 一方の青年も、すでに左腕にデュエルディスクを装着している。いつでも闘いに入れる態勢だ。
「裏社会じゃ、実力こそがすべてなんだよ。くだらない年功序列なんざ、ここでは塵ほどの価値もない。力さえあれば、おれみたいなガキが“組織”の頂点に立つことなんて造作もねぇんだぜ。覚えときな」
 まるで何でもないことのように、軽く告げる少年。
 しかし、彼が数多の修羅場を潜りぬけた結果としてこの場に立っているだろうことは、今出会ったばかりの青年にもしっかりと伝わっていた。
「これほどの“組織”を、秘密裏に、しかも完璧に運営しきっている君の手腕は認めよう。こんなことのできる人間は、世界中探してもそう何人もいない。尊敬するよ。……でもね、だからって、君のした行為までもが許されるわけじゃないんだ。君のやっていることは、れっきとした犯罪だよ」
 そう訴える青年を、少年は嘲笑う。
「正義なき力に意味なんてない、ってか? くはははは! お決まりの台詞をありがとうよ!」
 大げさに両手をあげて、大仰に語る。
「ならば問おう。……これがあんたの言う、『ちっぽけな正義』とやらか?」
 再び指を鳴らす。
 と同時に、少年の近くにあったシャッターが音を立てて開き、中の様子が明らかになった。

「……! ミリィ!!」
 それまで、どこか飄々とした様子だった青年の表情が、一気に強張る。
「まさか、自分の正体が、まだおれにバレていないとでも思っていたのか? ……甘ぇよ、偽善者」
 少年は、口の端を釣り上げて話し始める。
「サン・レイティア。今から17年前、中堅貴族であるレイティア家に生を受け、両親の愛情に恵まれた少年時代を過ごす。だが彼が9歳になったばかりのある日、両親を乗せた馬車が、財産狙いの追い剥ぎに襲われ、両親ともに首を刎ねられ死亡。後に残されたのは、10歳にも満たない少年と、妹のミリィ・レイティア3歳だけ。当主を失ったレイティア家は、またたく間に没落。それまで良くしてくれていたはずの貴族仲間にも見限られ、幼い兄妹を守ってくれる人は誰もいない。レイティア家はあっという間に取り潰され、残っていたわずかばかりの財産も、悪意ある貴族たちによって根こそぎ没収。すべてを失った兄妹は、名前を捨て、あてもない放浪生活を送ることになるのだった。……くはは。実に安っぽい不幸だ。今日び、こんな話じゃB級映画にすらなりゃしねぇ」
「…………っ!」
 少年の語りが進むにつれて、青年の顔から余裕が失われていく。
 そして、その反応こそが、少年の話が事実であることを何よりも物語ってしまっていた。
「本気で“組織”を潰したいと思うなら、警察に協力を仰がない理由はねぇ。だがあんたは、一切の公的権力に頼らず、ずっと1人で行動し続けた。その理由は何か。警察に信じてもらえなかったから? ……違うな。あんたは、正義の味方を自称しつつも、その実、たった1人の人間を救うためだけに行動していた」
 正義の味方を名乗るのは、真の目的を隠すためのカモフラージュ。
 いくつものアジトを潰したのは、どこに「彼女」が囚われているのか分からなかったから。
 青年の目的は、“組織”に捕えられた唯一の肉親を救うこと。最初からずっと、それだけだった。
「親の庇護を失い、その身一つで外の世界に投げ出された幼い兄妹。何の力もないガキ2人が、誰にも頼らず生きていく。そのためには、犯罪に手を染めるのもやむなしだった、ってか?」
「………………」
「ミリィ・レイティア。ちょっと調べたら、次から次へと出てきたぜ? この女、可愛い顔して、窃盗事件の常習犯だそうじゃねぇか。かつて親交のあった貴族の屋敷から、宝石を盗みだしたことも1度や2度じゃない。……くはは。その度胸だけは認めてやってもいいぜ」
「……昔の話だ。今はもう関係ない」
「おいおい、それが正義の味方サマの言葉かよ! くはははは! さっきあんたの吐いたセリフを、そのまま返してやろうか!」
 少年は、感情をむき出しにして、実に愉しそうに、嗤う。
「そりゃあ、警察に協力を仰ぐわけにはいかねぇよなぁ? 妹が無事保護されたとしても、もし過去の経歴を調べられでもした日にゃ、即刻逮捕間違いなし。当分の間、陽の光を浴びることは叶わなくなる。それなら、まだここに捕まっていた方がいくらかマシってもんだ」
 言いながら、少年はデュエルディスクを展開した。
 違法改造が施されたそれを、小部屋の中に閉じこめられ、両手を鎖で壁に繋がれて気絶している少女――ミリィ・レイティアを射抜くように向ける。
「おっと、動くんじゃねぇぜ。あんたが妙な動きを見せたら、その瞬間、おれはこいつにデュエルを仕掛けさせてもらう」
 少年の改造ディスクの衝撃レベルは、MAXに設定されている。
 仮に、衰弱しきった様子の今のミリィに炸裂すれば、確実に彼女の息の根を止めるだろう。
「あんたは、ただ黙ってこいつらに殺されな。――来い、(ヒツギ)(ムクロ)
 その一言を合図に、周囲の暗がりから2つの声が響いた。

「――――――承知」
「――――――承知」

 次の瞬間、少年の両隣には2人の人間が存在していた。
 上から下まで黒一色。闇に溶けこむ漆黒の装束を身に纏った2人は、少年を挟んで対称な位置に立ち、自らの名を告げる。
「――――――棺」
「――――――骸」
 まったく同じタイミング、まったく同じ抑揚で、異なる2つの名が響く。
 どうやって現れたのか、今までどこに隠れていたのか。ずっと目を開いていたはずの青年にも、2人の動きを捉えることはできなかった。
「くはは。あんたが妹を守る騎士なら、棺と骸はおれ専属の暗殺者。それも、あんたと違って生粋の、な。ハリボテの正義なんざとは、比較にすらなりゃしねぇ」
 少年は、ミリィにデュエルディスクを向けたまま、一切の容赦なく2人に命令を下す。
「殺れ」
 言うやいなや、2人の姿がかき消えた。
「…………っ!」
 2人が消えた。青年がそう認識した瞬間にはもう、喉元に2本のナイフが突きつけられていた。
 向かって右側に1本。左側に1本。寸分の狂いもなく左右対称な姿勢で、棺と骸が青年に肉薄する。
「棺と闘って死ぬか。それとも骸と闘って死ぬか。……選ばせてやるよ、偽善者」
 いつの間にか、2人の腕にはデュエルディスクが装着されていた。
 音もなく、2つのディスクが同時に変形する。
「――――――決闘」
「――――――決闘」
 デュエルする相手を選択せよとばかりに、2つの殺意が青年に向けられる。

 妹を人質にとられ、青年の目の前には2人の暗殺者。
 逃げることは不可能。デュエルを挑んで負ければ死。加えて、デュエル中に棺か骸が不利になれば、少年はミリィを使った脅しをかけてくるに決まっている。
 まともな手段では、どう転んでも、待っているのは己の敗北のみ。


 ならば、選択肢は1つしかない。


「3人まとめて、相手になってもらうよ!」
 青年のデュエルディスクから、細い鎖が飛び出した。
 3本に枝分かれした鎖は、それぞれ棺、骸、そして少年のデュエルディスクを正確に捕える。
 違法改造ディスク。青年が“組織”のアジトを潰して回る過程で手に入れたデュエルディスクの機能が、総勢4人のディスクをがっちりと結びつけた。
「……おい。何の真似だ、これは」
 苛立ったように言う少年に、青年は真顔で告げる。
「見ての通りさ。これでデュエル中、誰もミリィに手出しはできない。君も“組織”のリーダーなら、正々堂々、僕と闘ってもらうよ」
 少年がミリィに突きつけていたデュエルディスクは、青年のディスクと繋がれてしまっている。2人の暗殺者もデュエルに巻きこまれ、もう他に仲間がいる様子もない。
 これで、このデュエル中に、ミリィを脅迫する手段は残っていない。
「衝撃レベルはMAXだ。君たちほどの人間なら、そのくらいで死ぬことはないだろう?」
 人質のいなくなった状況下で、思う存分デュエルして3人をまとめて倒す。
 それが、この窮地を脱する、唯一の方法だ。
「…………くはっ、くははは、くはははははははは!!」
 少年が、突然狂ったように笑いだす。
「自殺志願か、もしくはこの程度の状況判断もできない真性の馬鹿か。どちらにせよ、最っ高に面白ぇ。そのクソ度胸に免じて、おれが直々に葬ってやるよ」
 デッキからカードを5枚引くと、剥き出しの殺意を青年にぶつける。
「――――――笑止」
「――――――笑止」
 棺と骸も、寸分違わぬ動作で同時にカードを引き抜く。



「「「デュエル!!!」」」



「僕のターン、ドロー! 『切り込み隊長』を召喚! その効果で手札から『不意打ち又佐』を特殊召喚する!(手札:5→6→5→4)」

 切り込み隊長 効果モンスター ★★★ 地・戦士 攻1200・守400

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
 このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 不意打ち又佐 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻1300・守800

 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。

「カードを2枚伏せて、僕のターンは終了だ!(手札:4→2)」
 青年は、慣れた手つきでカードを操ると、いきなり4枚ものカードを場に出した。
 一度に多人数を相手にするならば、場のカードの層を厚くしておくのは基本。
 青年は、セオリー通りの1ターン目を終えようとする。
 だがそのエンド宣言に、2つの声が割り込んだ。

「――――――軋空間(プレッシャーフィールド)
「――――――歪空間(プレッシャーフィールド)

 切り込み隊長 攻:1200 → 200
 切り込み隊長 守:400 → 0

 不意打ち又佐 攻:1300 → 300
 不意打ち又佐 攻:800 → 0

 タイヨウ 手札:2 → 0

「……っ! これは一体……!」
「くはは。何を驚くことがある? ただ、棺と骸のデュエリスト能力が発動しただけだぜ」
 酷薄な笑みを浮かべながら、少年は告げる。
「レベル4能力『軋空間(プレッシャーフィールド)』。敵ターンのエンドフェイズに、相手の場の全モンスターの攻撃力・守備力を1000ポイント下げる。同じくレベル4能力『歪空間(プレッシャーフィールド)』。敵ターンのエンドフェイズに、相手の場のモンスター1体につき1枚、相手は手札をランダムに捨てる。手札が足りない場合、相手の場のモンスターをすべて破壊する」
 青年の場をズタズタにした2つの能力の正体が、明かされた。
「“組織”のトップを相手に、3対1でデュエルする。それがどれだけ無謀な選択だったか、すぐに悟らせてやるよ。おれのターン、ドロー(手札:5→6)」
 6枚の手札を一瞥すると、ノータイムで2枚のカードを選びだす。
「『パワー・インベーダー』を召喚。さらにカードを1枚セットだ(手札:6→4)」

 パワー・インベーダー 効果モンスター ★★★★★ 闇・悪魔 攻2200・守0

 相手フィールド上にモンスターが2体以上存在する場合、このカードはリリースなしで召喚する事ができる。

「拝ませてやるよ、絶対的な力の差ってやつをな。……蹂躙せよ、『唯我独尊(ゼロサム)』」

 切り込み隊長:【破壊】
 不意打ち又佐:【破壊】

 少年の場にカードが出現する。ただそれだけで、青年の2体のモンスターが消し飛んだ。
「『おれの場に、手札からカードが召喚・特殊召喚・セット・発動されるたびに、相手フィールド上のカードを1枚選択して破壊する』。圧倒的な暴力で相手を踏みにじる、実におれ好みのデュエリスト能力。『唯我独尊(ゼロサム)』。こいつがおれの、レベル5だ」
 世界中で10人程度しか存在しないと言われる、最高位のレベル5能力。
 そのうちの1つは、“組織”のボスたる少年に宿っていた。
「あんたに次のターンが回るまでに、あらゆる対抗手段を根こそぎ奪いつくす。……次はお前だ。行け、棺」
「――――――我のターン(手札:5→6)」
 一切の音を立てずに、デッキからカードが引き抜かれる。
「――――――モンスター、リバース、セット。ターンエンド(手札:6→4)」

 タイヨウ 伏せカード:【破壊】
 タイヨウ 伏せカード:【破壊】

 多人数デュエルでは、味方のフィールドはすべて、自分のフィールドとして扱われる。
 そのため、少年、棺、骸、3人のうち誰のフィールドにカードが置かれようとも、それは少年のレベル5能力発動のトリガーとして機能する。
「……っ! 墓地に送られた『ヒーロー・メダル』の効果発動だ。僕はデッキからカードを1枚ドローする!」

 ヒーロー・メダル 通常罠

 相手がコントロールするカードの効果によってセットされたこのカードが破壊され墓地に送られた時、このカードをデッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 タイヨウ 手札:0 → 1

「保険にそんなカードを伏せていやがったか。……骸! 次はお前だ!」
「――――――我のターン(手札:5→6)」
 棺とまったく同じ動きで、骸の場にも2枚のカードが出現する。
「――――――モンスター、リバース、セット。ターンエンド(手札:6→4)」
 少年のレベル5能力は、3人のうち誰かの場にカードが出れば強制的に発動する。
 しかし、青年の場に1枚もカードが存在しない今だけは、これ以上のカードが破壊されることはなかった。

 (5ターン目)
 ・少年 LP8000 手札4
     場:パワー・インベーダー(攻2200)
     場:伏せ×1
 ・棺 LP8000 手札4
     場:裏守備×1
     場:伏せ×1
 ・骸 LP8000 手札4
     場:裏守備×1
     場:伏せ×1
 ・タイヨウ LP8000 手札1
     場:なし
     場:なし

「僕のターン、ドロー!(手札:1→2)」
 1対3の変則デュエルは、2巡目に入った。このターンから、全プレイヤーにバトルフェイズを行う権利が与えられる。
 対多人数のデュエルで最も恐ろしいのは、数の暴力だ。ここで何らかの手を打てなければ、3巡目が回ってくることすらなく青年のライフは尽きるだろう。
 残されたカードは、手札2枚のみ。

 だが、そんな微かな希望すらも摘み取らんと、棺と骸の伏せカードが同時に開かれる。

「――――――『闇のデッキ破壊ウイルス』、発動」
「――――――『闇のデッキ破壊ウイルス』、発動」

 闇のデッキ破壊ウイルス 通常罠

 自分フィールド上の攻撃力2500以上の闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
 魔法カードまたは罠カードのどちらかの種類を宣言する。
 相手のフィールド上魔法・罠カードと手札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に相手がドローしたカードを全て確認し、宣言した種類のカードを破壊する。

 G・コザッキー 効果モンスター ★★★★ 闇・悪魔 攻2500・守2400

 フィールド上に「コザッキー」が表側表示で存在していない場合、このカードを破壊する。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊された場合、その時のコントローラーにこのカードの元々の攻撃力分のダメージを与える。

 2体の『G・コザッキー』が、2枚のウイルスカードの媒介となる。
「――――――魔法」
「――――――罠」
 緑色の霧と紫の霧が、青年の手札とデッキに纏わりつく。
「……ちっ。あんたの手札が減らないところを見ると、その2枚はモンスターか」
 舌打ちする少年。だが、青年が魔法・罠を使えなくなったことに変わりはない。

「僕は、手札から『太陽の神官』を特殊召喚する! さらに『ソード・マスター』を通常召喚だ!(手札:2→0)」

 太陽の神官 効果モンスター ★★★★★ 光・魔法使い 攻1000・守2000

 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから「赤蟻アスカトル」または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。

 ソード・マスター チューナー・効果モンスター ★★★ 地・戦士 攻1200・守0

 自分フィールド上に存在する戦士族モンスターの攻撃によって相手モンスターが破壊されなかったダメージステップ終了時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 青年の場に、再び2体のモンスターが並んだ。
 それを見て、少年は嘲るように口を開く。
「最後の頼みの綱も、大した効果のない雑魚2体。くはは。次のターン、おれの『唯我独尊』で消し飛ばして終わりだ。随分とあっけなかったな、タイヨウの騎士さんよ?」
 青年の手札は0。場や墓地にも、有用な効果を持ったモンスターはいない。
 しかし、青年はまだ諦めてはいなかった。
「手札は尽きた。……でも、勝利への可能性は、まだ尽きちゃいない」
 目を閉じると、静かに呪文のような文言を唱えはじめる。
「日輪を統べる光の王よ。黄金の輝きを纏いて今、姿を現せ」
 そして、この場にいる青年以外の誰にとっても、聞きなれない言葉を、口にした。


「レベル5『太陽の神官』に、レベル3『ソード・マスター』をチューニング! シンクロ召喚! 降臨せよ、『ソルロード・ドラゴン』!!」


「シンクロ召喚……だと……?」
 いつの間にか青年が手にしていたのは、不自然なまでに真っ白な枠の、1枚のモンスターカードだった。
 モンスターカードの枠の色は、肌色か橙、もしくは青か紫。そこに例外は無い、はずだ。白色のモンスターカードなど、裏社会にも精通しているはずの少年でさえ、噂にすら聞いたことがない。
 だが現に、青年の場には黄金に輝く巨大なドラゴンが召喚されている。デュエルディスクから何の警告もない以上、偽物のカードなどでは断じてありえない。
「自分フィールド上のモンスターのレベルの合計を、シンクロ召喚したいモンスターのレベルに合わせて墓地に送ることで、エクストラデッキから特殊召喚できるシンクロモンスター。それが、僕の切り札『ソルロード・ドラゴン』さ」
 チューニング、シンクロ召喚、そして、シンクロモンスター『ソルロード・ドラゴン』。
 どれも、まったく聞いたことのない単語だ。それまで余裕に満ちていた少年の顔が自然と強張る。
「『ソルロード・ドラゴン』の攻撃力は2400。君の『パワー・インベーダー』よりも上だ。行くよ! ソルロード・ドラゴンで、パワー・インベーダーを攻撃! シャイニング・フォース!」
 神秘的な輝きを放つ巨竜は、その大きな顎を開くと、光のブレスを打ち出した。

 (攻2400)ソルロード・ドラゴン → パワー・インベーダー(攻2200)

 だが、少年とて、伊達に“組織”のリーダーを務めているわけではない。
 未知のカードを目の前にしても、彼の判断力が揺らぐことはなかった。
「甘ぇよ、偽善者! 罠カード発動『血の代償』! 『パワー・インベーダー』をリリース! 来い、『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』!」

 血の代償 永続罠

 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 偉大魔獣 ガーゼット 効果モンスター ★★★★★★ 闇・悪魔 攻0・守0

 このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げたモンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。

 少年 LP:8000 → 7500

 偉大魔獣 ガーゼット 攻:0 → 4400

「おれの場にモンスターが召喚された瞬間、『唯我独尊(ゼロサム)』発動! 消えな、目障りな竜が!」
 シンクロモンスターとやらの正体は不明。だが、どんな効果を持っていようとも、それがモンスターカードである以上、デュエリスト能力による破壊から逃れられるはずがない。
 少年の判断は正しかった。黄金の巨竜は、一度も攻撃を通すことなく、レベル5能力を受けて墓地に送られる。

 ソルロード・ドラゴン:【破壊】

 (5ターン目)
 ・少年 LP7500 手札3
     場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4400)
     場:血の代償(永罠)
 ・棺 LP8000 手札4
     場:なし
     場:なし
 ・骸 LP8000 手札4
     場:なし
     場:なし
 ・タイヨウ LP8000 手札0(『闇のデッキ破壊ウイルス(魔法・罠)』あと3ターン)
     場:なし
     場:なし


 青年の場と手札には、今度こそ、1枚のカードも残されていない。





5章  10ターンの攻防



 実を言うと、見城を襲った犯人の目星はついていた。

 当然、確証があったわけではない。しかし、状況証拠なら揃いすぎるほどに揃っている。
 見城が襲われたとき、東仙高校の会場内にいたはずの人間は、大会スタッフおよび、翔武と東仙のメンバーが5人ずつだ。
 翔武メンバーは論外。大会スタッフの仕業だと考えるのも、さすがに無理がある。
 であれば、最も疑わしいのは、やはり敵チームである東仙メンバーに他ならない。

 東仙メンバー犯人説は、大会終了後に一度否定されている。だが、あれはあくまで、見城誘拐が「東仙メンバーの立てた作戦」ではないことが明らかになったにすぎない。チーム全体の思惑とは裏腹に、誰か1人が独断で凶行に及んだ可能性をも否定するものではないのだ。
 では、犯人は誰なのか。
 柊聖人、遠山力也、稲守蛍、波佐間京介。朝比奈には、この4人の誰かが犯人だとは、とうてい思えなかった。
 あの4人が望んでいたものは、あくまでも正々堂々とデュエルをした上での勝利。そのためにこちらを騙すような策を弄してくることはあっても、デュエルそのものを潰してしまうような真似は絶対にしない。
 それは、実際に彼らとデュエルし、彼らの全力を目の当たりにした翔武メンバーだからこそ抱ける、確信のようなものだった。

 となれば、消去法で残るのは、見城とデュエルするはずだった霧原ネムしかいない。
 あのときの決勝戦では、唯一、霧原とだけはまともな会話を交わしていない。
 彼女がどんな人物で、何を考え、どんな思いで決勝の舞台に立っていたのか。霧原の人物像を知る機会は、翔武学園にはなかった。たとえ彼女がどれほど危険な思想を秘めていたとしても、それを確かめる術はないのだ。

 もちろん、これは根拠のないただの勝手な推測でしかない。あくまでも主観に頼った消去法にすぎず、霧原が犯人であることを示唆する積極的な証拠は何一つとしてない。だからこそ、朝比奈も霧原をことさらに問い詰めるような真似はしてこなかった。
 とはいえ、現段階で最も怪しいのは霧原である、という事実が揺らぐわけではない。
 朝比奈は、霧原からの電話があった時点で「誘拐事件の犯人に呼び出されたかもしれない」という可能性を念頭においていた。十分な覚悟を決めたうえで、彼女と2人きりで対峙することを選択したはずだった。

 だから、霧原が自分が犯人だと名乗り出たところで、それほど動揺はしなかった。
 それよりも、朝比奈の思惑から大きく外れていたのは、闇のカードの存在だ。

 デュエリスト能力の喪失。そんな不可思議な現象が起きている以上、それを行った犯人は、自分たちの知らない、何かしらの未知の力を有している可能性がある。その程度であれば、当然朝比奈だって考えに入れていた。
 しかし、それ以上具体的に思考を進められるわけがない。
 都市伝説の一種だとばかり思っていた「闇のカード」とやらが実在し、こうして自身のデュエリスト能力を賭けたデュエルを行う羽目になる。いくら朝比奈といえど、そんなことを、ここに呼び出された時点で予想できるはずがない。

 だが、それで必要以上に取り乱して冷静さを欠くようなこともまた、なかった。
 朝比奈は、改めて霧原の場のフィールド魔法『五行封印−桔梗の陣』に視線を向ける。

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 あらゆるカード効果をもってしても除去不可能。
 両プレイヤーには毎ターン制約が課されていき、10ターン後にはライフポイントの少ないプレイヤーが強制的に敗北となる。
 こんな特殊な効果を持ったフィールド魔法は、今まで見たことも聞いたこともない。

 だが、所詮はそれだけの話だ。

 たしかに闇のカードは得体が知れない。だがそこには、自分のよく知る言語で、意味の通るカードテキストが書かれているのだ。
 そして、テキストが存在するならば、それはデュエルモンスターズのルール内で解釈することが可能。「デュエリスト能力封印」や「敗者の能力喪失」や「逃走の禁止」も、“そういうカード効果”なのだと思って納得してしまえばいい。

 これは、異常事態などでは決してない。
 ただ単に、圧倒的に相手が優位に立っているだけのデュエルにすぎない。

 それならば、翔武学園生徒会役員、朝比奈翔子にとっては――――ただの日常だ。

「あたしは、手札から『異次元の女戦士』を召喚して、『そよ風の精霊』を攻撃するわ! 次・元・斬!(手札:6→5)」

 (2ターン目)
 ・霧原 LP8000 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド)、伏せ×2
     場:そよ風の精霊(攻0)
 ・朝比奈 LP8000 手札5
     場:異次元の女戦士(攻1500)
     場:なし

 異次元の女戦士 効果モンスター ★★★★ 光・戦士 攻1500・守1600

 このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。

 そよ風の精霊 効果モンスター ★★★ 風・天使 攻0・守1800

 このカードが自分のフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、自分のスタンバイフェイズ毎に自分は1000ライフポイント回復する。

 (攻1500)異次元の女戦士 → そよ風の精霊(攻0)

 迫ってくる女戦士の姿を視界に入れながら、霧原は口を開いた。
「『闇のカード』の発動で、少しでも動揺してくれたら恩の字だったのですが。やはり、そう簡単には行かないようですね」
 さほど落胆した様子もなく、ぽつりと呟く。
「当たり前でしょ。ま、わざわざ攻撃力0のモンスターを攻撃表示で出したってことは、そのリバースはどうせ迎撃用の罠でしょうけどね。それでも、ここで攻撃をためらう理由はないわ」
「ええ。もちろん攻撃は通しません。トラップカード、発動」
 2枚の罠カードが、チェーンを組んで発動される。

 強欲な瓶 通常罠

 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 神の恵み 永続罠

 自分はカードをドローする度に500ポイントのライフポイントを回復する。

「攻撃に反応する罠じゃ……ない?」
 あまりに素朴な効果を持った2枚の罠カードに、朝比奈は一瞬虚をつかれる。
「逆順処理です。『神の恵み』の発動が確定。『強欲な瓶』の効果で1枚ドロー。そして、『神の恵み』の効果で私のライフポイントが500回復します」

 霧原 手札:2 → 3

 霧原 LP:8000 → 8500

「いきなりブラフ……? でも、それなら願ってもない展開だわ! 攻撃続行! 行くわよ、『異次元の女戦士』!」

 (攻1500)異次元の女戦士 → そよ風の精霊(攻0)

 女戦士の構えた、切断機能に特化した銀色の刃。その斬撃が、そよ風の精霊を捉える。

 ――――かに、思えた。

「空、振り……?」
 放たれた斬撃は、たしかに一瞬前までは『そよ風の精霊』を切り裂く軌道を描いていたはずだった。
 だが、その軌道は、何かに吸い寄せられるように突然曲がった。――否。曲げられた、と形容するのが正しいだろうか。
 その結果、女戦士の攻撃は、何もない空を切った。無論、『そよ風の精霊』は何のダメージも受けていない。
「『異次元の女戦士』が……攻撃を、外した?」
 霧原の場には、未知のカードは1枚も残っていない。手札から何らかのカードが発動された様子もない。
 とはいえ、モンスターが、何の原因もなく命じられた攻撃を失敗するなど、ルール上ありえない。
 露骨に動揺をあらわにする朝比奈に、霧原は淡々と告げる。
「いいえ。朝比奈さんの攻撃は、外れてなんかいませんよ。女戦士の攻撃は、たしかに私の場にいた守備表示の『トークン』を切り裂き、破壊しました」
「トークンですって? そんなものが一体どこにいたって――」
 言いかけた言葉が、止まる。
「そういえば、あんたのデュエリスト能力って……」
 1ヶ月前。東仙高校との決勝戦で、翔武メンバーは、霧原ネムの能力が「トークンを生み出す力」であると推測していた。
 能力によって創られたモンスタートークンに、対応するソリッドビジョンが用意されているはずがない。霧原の能力がそれだとするならば、目に見えないモンスターが存在していたとしてもおかしくはない。
 そんな朝比奈の思考を読んだかのように、霧原が口を開いた。

「ええ。これが私のレベル3能力です。『自分のライフが回復した時、「トークン」1体を自分フィールド上に特殊召喚する』。神の恵みの効果をトリガーとして、発動させてもらいました」

 相手の隠していたデュエリスト能力によって、バトルが予期せぬ結果に終わる。
 そんなことは、能力デュエルでは、当たり前のように起こることだ。
 だが、今この状況に限っては、そうは簡単に納得できない理由がある。
「あんた、お互いのデュエリスト能力は、闇のカードで封じられているはずじゃ……」
「はい。封じられていますよ。……ただし。朝比奈さん、あなたの能力だけがね」
 そう言うと霧原は、ポケットから何やら光る石のようなものを取り出した。
 淡い碧色に輝く、小さな宝石のような塊。表面には何やら紋様が刻まれている。
 その石には、細い糸が結びつけられていた。霧原は、それをネックレスのようにして自分の首にかける。
「この石もまた、闇の力が宿ったアイテムの一種です。特性は『他の闇の力を無効化する』。これを身につけていれば、ちょっとした闇の力程度なら、無力化できます」
 淡々と呟くその口調からは、相変わらず感情を読みとることができない。
「同じ『闇の力』でも、その強さには優劣があります。フィールド魔法『五行封印−桔梗の陣』よりも、この石の方が、中にはるかに深い闇を秘めている。この2つがぶつかりあえば、当然勝つのはこちらです」
 胸の宝石に手をやりながら、告げる。
「つまり、石の所有者である私だけは、五行封印の持つ『デュエリスト能力を封じる』力の影響を受けません。とはいえ、敗北の代償に関しては別で、たとえこの石でも『敗者のデュエリスト能力を永久に奪う』罰ゲームまでは無効にできません。これを無効にできてしまっては、勝者と敗者を分かつ闇のゲームの絶対性が損なわれてしまいますからね。……もっとも、勝つのは私なので、何の問題もありませんが」
 ここまで一息に言い終えると、霧原は、改めて朝比奈に視線を向けた。
 朝比奈は、ため息をつくと、吐き捨てるように言う。
「理解したわ。……どうやらあたしの認識が甘かったみたいね」
 たとえデュエリスト能力を封じられていたとしても、相手も同じ条件ならば、まだ対等に闘う余地がある。
 そう考えていたのだが、霧原はその程度の救いすら与えてくれないらしい。
「ああ。言い忘れていましたが、この石を奪おうとしたり、破壊しようとしたりしても無駄ですよ。たとえ石が物理的にあなたのもとへ移動したとしても、その所有権は変わらない。石の恩恵を受けられるのは、私だけです。それから、この石は人間の力では絶対に壊せませんので」
 1つ1つ、外堀が埋められていくような感覚。
 朝比奈は、この絶対的な不利からは逃れられないことを悟る。
「あんただって人間でしょうが。そもそも、そんな石や『闇のカード』なんて、一体どうやって手に入れたのよ」
「答える義務はありません」
 こちらから揺さぶりをかけて、有益な情報を訊きだすこともできそうにない。
 だとすれば、やるべきことは1つだけだ。
「カードを1枚伏せて、あたしのターンは終了よ(手札:5→4)」
 このデュエルで、霧原に勝つ。
 しごく当たり前の覚悟。だが結局のところ、それ以外に有効な道はなさそうだった。

 (3ターン目)
 ・霧原 LP8500 手札3
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド)、神の恵み(永罠)
     場:そよ風の精霊(攻0)
 ・朝比奈 LP8000 手札4
     場:異次元の女戦士(攻1500)
     場:伏せ×1

「さあ、次はあんたのターンよ。言っとくけど、能力封じた程度でどうにかなるほど、あたしのデュエルは甘くない。闇のカードだろうが何だろうが、あたしの前に立ち塞がる壁は、すべて返り討ちにしてやるわ」
 常に強気な態度は崩さない。だが裏では、自分の劣勢も含めて、すべてをあるがままに受け入れ、正確に現状を分析する。
 朝比奈翔子は、そうやってデュエルに勝ち続けてきた。

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 『五行封印−桔梗の陣』最後の効果と、前のターンの霧原のプレイング。
 それら2つを合わせて考えれば、相手の狙いは十中八九、ライフを回復して10ターン逃げ切ることだろう。
 ならば、このデュエルは、朝比奈の攻撃と霧原の回復、どちらが優れているかで勝負は決まる。

 だが、万全な状態でデュエルに臨んでいるであろう霧原に対して、実のところ朝比奈の状況は最悪だった。
 朝比奈のデッキは、強力なレベル4能力を軸とした、法外な火力と打撃力を誇るビートバーン。その大前提となるデュエリスト能力『1ターンに10度まで、自分または相手に100ダメージを与える』が使えないとなれば、彼女のデッキがまともに機能しなくなるのは明白だった。
 朝比奈は、相手に気づかれないよう、そっと自分の手札に目を落とす。

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 効率の良いデッキ構築が、裏目に出た形だった。
 4枚の手札のうち2枚は、すでに死に札と言っていい。

 この手札事故だけは、決して相手に悟られてはならない。

「私のターンです。ドロー(手札:3→4)」
 霧原は、決められたノルマをこなすように、あっさりとカードを引き抜く。
 続けて、抑揚の乏しい声で、カード効果の発動を宣言する。
「『神の恵み』の効果で、私のライフは500ポイント回復します。さらに『そよ風の精霊』の効果発動。このカードが、私のスタンバイフェイズに表側攻撃表示で自分の場に存在するとき、私のライフを1000ポイント回復します」

 霧原 LP:8500 → 9000 → 10000

「この瞬間、私のデュエリスト能力発動。私のライフが回復するたびに、トークンを1体特殊召喚します。2度回復したので、トークン2体を、守備表示で特殊召喚」
 霧原の場に、目に見えないトークンが2体、たしかに特殊召喚された。

「まだ説明していませんでしたね。私の能力によって生み出されるトークンは、攻撃力が0ポイント、守備力が1000ポイント、闇属性の戦士族、レベル2、名前は『ガードトークン』扱いです。持っている効果は『このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「ガードトークン」以外のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない』。ただし、「ガードトークン」は攻撃することができず、アドバンス召喚のためにはリリースできません」

 そう一本調子で言い切ると、朝比奈の反応を待ちもせずに、次の行動に移る。
「私は手札から、『ヒステリック天使』を召喚(手札:4→3)。その効果で『ガードトークン』2体をリリースし、ライフを1000ポイント回復します。もちろん、これは『アドバンス召喚のためのリリース』ではないので、ルール上の問題はありません」

 ヒステリック天使 効果モンスター ★★★★ 光・天使 攻1800・守500

 自分のフィールド上モンスター2体を生け贄に捧げる度に、自分は1000ライフポイント回復する。

 ガードトークン:2体 → 0体

 霧原 LP:10000 → 11000

 2体のトークンをリリースしたものの、霧原のライフが回復したことで、能力が発動。
 さらに1体の『ガードトークン』が守備表示で特殊召喚される。

 ガードトークン:0体 → 1体

「『異次元の女戦士』の、戦闘したモンスターを除外できる効果は厄介ですね。なので、この場で退場してもらうことにします。『ヒステリック天使』で、朝比奈さんの女戦士を攻撃です」

 (攻1800)ヒステリック天使 → 異次元の女戦士(攻1500)

「『異次元の女戦士』の効果発動! このカードと戦闘を行った相手モンスターと自分自身を、ダメージ計算後にゲームから除外するわ!」

 朝比奈 LP:8000 → 7700

 ヒステリック天使:【除外】
 異次元の女戦士:【除外】

 ぶつかり合った2体のモンスターは、どちらも次元の穴に飲み込まれて消滅した。

「カードを1枚伏せて、私のターンは終了です(手札:3→2)。そして、次の朝比奈さんのターンから、『五行封印−桔梗の陣』の2つ目の効果が適応されます」

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 デュエルが長引けば長引くほど、五行封印の効果で、プレイヤーには新たな制約が課せられていく。
 この影響は、今度こそ両プレイヤーに等しく及ぶ。
 とはいえ、当然、霧原はそのことを考慮に入れたデッキ構築を行っているはずだ。

 次のターンから適応される2つ目の制約は、魔法・罠カードの大量展開を封じる。
 早くも開いてしまった3000ポイント以上のライフ差を一刻も早く埋めなければならない朝比奈にとっては、決して望ましい条件とは言いがたい。

 (4ターン目)
 ・霧原 LP11000 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約2つ適用)、神の恵み(永罠)、伏せ×1
     場:そよ風の精霊(攻0)、ガードトークン(守1000)
 ・朝比奈 LP7700 手札4
     場:なし
     場:伏せ×1

「あたしのターン!」
 10ターンが経過すれば強制的に勝敗が決してしまうデュエルは、早くも4ターン目に突入した。
 朝比奈は、カードを引く前に霧原に問いかける。
「ねぇ霧原。あんた、どうしてうちの見城を襲ったりしたの? 理由は何?」
「それは教えられません」
「ふぅん。だったら、今さらあたしを呼び出して能力を奪おうとしたのは何故?」
「………………」
「今度は無言? つれないわね。……ま、だったら、力づくで訊きだすまでよ! カード、ドロー! 手札から『ツイン・ブレイカー』を召喚!(手札:4→5→4)」

 ツイン・ブレイカー 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻1600・守1000

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、もう1度だけ続けて攻撃する事ができる。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 実は、『ツイン・ブレイカー』は、このターンのドローフェイズに引いたばかりのモンスターカードだった。
 もしここでこのカードを引けていなければ、朝比奈の手札のモンスターは『ミスティック・ゴーレム』が1枚のみ。このターン、攻めに転じることすらできなかっただろう。

 しかし朝比奈の態度は、そんなことを微塵も感じさせない。
 デッキがまともに回るかどうか、限界スレスレの瀬戸際。今の自分がそんな闘いを繰り広げていると相手に悟られたら、一巻の終わりだ。
 それを誰よりも分かっているからこそ、朝比奈は攻めの姿勢を崩さない。
 たとえ能力を封じられていても、朝比奈のデッキは十分に機能している。ハッタリでもブラフでも、霧原にそう思わせておかなければ、勝機はない。

「ツイン・ブレイカーには、相手の守備力を攻撃力が上回った分だけ貫通ダメージを与える効果があるわ。さらに、守備モンスターを攻撃したとき、もう1度だけ続けて攻撃する事ができる!」
 ガードトークンが場にいる限り、他のモンスターを攻撃対象にすることはできない。
 2ターン目に『異次元の女戦士』の攻撃がそらされたのも、それが理由だ。
 だが、ガードトークンさえ除去してしまえば、あとは攻撃し放題。
 攻撃力0を晒して場に存在している『そよ風の精霊』は、格好の標的だ。

「『ツイン・ブレイカー』で、ガードトークンを攻撃! ダブル・アサルト!」

 (攻1600)ツイン・ブレイカー → ガードトークン(守1000):【破壊】

 ツイン・ブレイカーの剣は、一見すると何もない空間を切り裂いたようにしか見えない。
 しかし、この攻撃で霧原の場のガードトークンが破壊されたのは、まぎれもない事実だ。

「よしっ! さらに2度目の攻撃! 『そよ風の精霊』に、ダブル・アサル――」
「させません。罠カード発動、『ガード・ブロック』です」

 ガード・ブロック 通常罠

 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 霧原 手札:2 → 3

「私がカードをドローしたことで、『神の恵み』の効果が発動します。500ポイントのライフを回復。そして、能力でガードトークンを特殊召喚します」

 霧原 LP:11000 → 11500

 ガードトークン:0体 → 1体

「へぇ、やるじゃない。防御と回復、そして壁モンスターの召喚を、『ガード・ブロック』1枚だけでこなすなんてね。うちの吉井にも見習わせたいもんだわ」
 攻撃のチャンスを逃したことへの動揺を抑えながらも、軽口を叩く。
 とにかく、ここで自分に傾きかけた流れを失うわけにはいかない。
「ツイン・ブレイカーで2度目の攻撃! ダブル・アサルト!」

 (攻1600)ツイン・ブレイカー → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 LP:11500 → 10900

 今度は攻撃が通り、霧原のライフが減少する。
 朝比奈は内心で安堵したが、そのことはおくびにも出さずに、デュエルを続ける。
「あんたの回復より、あたしの攻撃の方が速い! 負けて能力失ってから泣いても遅いわよ! ターン終了!」

 朝比奈のデッキは、軸となるデュエリスト能力を失うと脆い。
 その弱点は、ずっと前から朝比奈自身も十分に承知している。
 しかし、それを改善しようと試みたことは、今までほとんどなかったと言っていい。

 なぜなら、デュエリスト能力とはそもそも「決して無効化されることがない」はずの力だからである。
 vs稲守戦では、朝比奈の能力が事実上封殺されたことはあったが、あれはあくまで例外中の例外。デュエリスト能力の効果は、カードの効果とは違って、デュエリスト能力以外では妨害されない。だから、強いデッキを目指すなら、むしろ積極的に、常に安定して使えることが保証されている自分のデュエリスト能力に頼ったデッキを組むべきなのだ。

 だが、今となってはその甘い判断を悔いるしかない。
 実力差があれだけあった稲守相手でも、能力を封じられて対策デッキを組まれたら負けかけたのだ。
 ましてや、今回の相手は霧原。彼女が、少なくとも他の東仙メンバー級の実力を持っていることは、ここまで闘った手ごたえからして確実だ。
 さらに、朝比奈と稲守の能力が相殺するような形だった決勝戦とは違い、霧原のデュエリスト能力は、何の制約も受けずに猛威をふるい続けている。
 考えうる限り、勝てる要素は1つもない。状況は、これ以上ないくらいに最悪だった。

(それでも……勝つ以外の選択肢なんてないのよね)

 逃げられない闘い、負けられないデュエルは、続く。

 (5ターン目)
 ・霧原 LP10900 手札3
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約2つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:そよ風の精霊(攻0)
 ・朝比奈 LP7700 手札4
     場:ツイン・ブレイカー(攻1600)
     場:伏せ×1

「私のターン、ドロー(手札:3→4)。『神の恵み』と『そよ風の精霊』の効果が発動します」

 霧原 LP:10900 → 11400 → 12400

 ガードトークン:0体 → 2体

「カードを2枚伏せて、ターン終了(手札:4→2)。この瞬間、『五行封印−桔梗の陣』3つ目の効果が適応されます」

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 (6ターン目)
 ・霧原 LP12400 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約3つ適用)、神の恵み(永罠)、伏せ×2
     場:そよ風の精霊(攻0)、ガードトークン(守1000)、ガードトークン(守1000)
 ・朝比奈 LP7700 手札4
     場:ツイン・ブレイカー(攻1600)
     場:伏せ×1

「あたしのターン、ドロー!(手札:4→5)」
 引いたカードを見て、朝比奈は内心でほくそ笑む。
 ドローしたのは、再びモンスターカード。相手に手札事故を悟られたくない朝比奈にとっては、願ってもいない引きだった。

 さらに、このモンスターなら、1ターンで4700ものライフ差を覆せる可能性をも秘めている。

「手札から、『重装武者−ベン・ケイ』を召喚! さらにリバースマジック発動『デーモンの斧』! 手札の『団結の力』とあわせて、ベン・ケイに装備するわ!(手札:5→3)」

 2ターン目に、4枚になった手札制限を回避するために伏せた『デーモンの斧』。
 手札にあったが、今まで有効な使い道を見出せずにいた『団結の力』。
 2枚の装備魔法が、ベン・ケイの攻撃力を大きく上げる。

 重装武者−ベン・ケイ 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻500・守800

 このカードは通常の攻撃に加えて、このカードに装備された装備カードの数だけ、1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。

 デーモンの斧 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事でデッキの一番上に戻す。

 団結の力 装備魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

 重装武者−ベン・ケイ 攻:500 → 1500 → 3100

 攻撃能力に特化した下級モンスターに、装備魔法を集中使用しての連続攻撃。
 『ミスティック・ゴーレム』の脇を固める、朝比奈デッキの強力な歯車が、ようやく噛み合った。

「まずは『ツイン・ブレイカー』で、2体のガードトークンを粉砕よ! ダブル・アサルト!」

 (攻1600)ツイン・ブレイカー → ガードトークン(守1000):【破壊】
 (攻1600)ツイン・ブレイカー → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 LP:12400 → 11800 → 11200

「ベン・ケイの攻撃回数は3回! こいつが通れば、あんたのライフは残り1900!」
 魔法・罠カードのセットと発動は、1ターンに合計2回まで。
 五行封印2つ目の制約のせいで、このターン、『重装武者−ベン・ケイ』にこれ以上の魔法カードを装備させることはできない。
 とはいえ、すでにベン・ケイの攻撃力は3100ポイントだ。この3連続攻撃が成功すれば、ライフ差は一気に逆転。10ターン目を迎える前に、霧原のライフを0にすることすら視野に入ってくる。
「『重装武者−ベン・ケイ』で、『そよ風の精霊』を攻撃! 続けて相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 攻撃力3100ならば、五行封印3つ目の制約「自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる」に阻まれることもない。
 なかば祈るような気持ちで下されたベン・ケイへの攻撃命令は――――

 しかし、霧原の短い一言によって阻まれた。

「トラップカード発動。『白衣の天使』に『非常食』です」

 白衣の天使 通常罠

 自分がダメージを受けた時に発動する事ができる。
 1000ライフポイント回復する。
 自分の墓地にこのカードと同名のカードが存在する場合、さらにその枚数分だけ500ライフポイント回復する。

 非常食 速攻魔法

 このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
 墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

「逆順処理です。『非常食』のコストで、『白衣の天使』が墓地に送られたので、私のライフを1000回復。そして『白衣の天使』の効果で1000回復。さらに、白衣の天使の効果解決時に『白衣の天使』が墓地にあることにより、追加効果で500回復です」

 霧原 LP:11200 → 12200 → 13200 → 13700

 ガードトークン:0体 → 3体

 全滅させたはずのガードトークンが、一気に3体出現する。
 もちろん、ガードトークンが1体でも存在している限り、攻撃力0の『そよ風の精霊』を攻撃対象にすることはできない。
「あなたが手数の多いモンスターで攻撃してくることは想定内。だったら私は、それを上回る数のモンスターを展開して防ぐだけです」
「……へぇ。なかなかやるじゃない」
 1ヶ月前の大会で朝比奈が行ったデュエルは、霧原を含む東仙メンバーにすべて知られている。
 『重装武者−ベン・ケイ』も、稲守戦で見せたカードの1枚だ。
 一方で朝比奈は、霧原の得意とする戦術について、何の事前情報も持ち合わせていない。
 その情報アドバンテージの差を、今さらながらに痛感する。
「でもね。そんな受け身な戦法で耐え続けていられるのも、このターンが最後よ! 『重装武者−ベン・ケイ』で、3体のガードトークンを攻撃!」
 だが、ここで弱気の姿勢を相手に見せるわけにはいかない。
 辛うじてデッキが回っている今のうちに、何としても霧原の防御網を突破しなければならないのだから。

 (攻3100)重装武者−ベン・ケイ → ガードトークン(守1000):【破壊】
 (攻3100)重装武者−ベン・ケイ → ガードトークン(守1000):【破壊】
 (攻3100)重装武者−ベン・ケイ → ガードトークン(守1000):【破壊】

「さあ。次のターンも同じように凌ぎ切れるかしら? ターン終了よ!」

 10ターン目になれば、ライフポイントの少ないプレイヤーは強制的に敗北する。
 そんな状況下で、このターンの攻撃を防がれたのは、正直なところ相当痛い。
 とはいえ、10ターン目を迎えるまでに、まだ朝比奈のターンは2回訪れる。
 1ターンに2枚しか魔法・罠を伏せられない制約のおかげで、霧原の防御にも限界があるはずだ。
 ならばここは、この勢いを保ったまま、最後まで押し切るしかない。

 (7ターン目)
 ・霧原 LP13700 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約3つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:そよ風の精霊(攻0)
 ・朝比奈 LP7700 手札3
     場:ツイン・ブレイカー(攻1600)、重装武者−ベン・ケイ(攻3100)
     場:デーモンの斧(装魔)、団結の力(装魔)

「私のターン、ドロー(手札2→3)。『神の恵み』と『そよ風の精霊』の効果発動です」

 霧原 LP:13700 → 14200 → 15200

 ガードトークン:0体 → 2体

 霧原のライフポイントが、ついに朝比奈の2倍近くまで膨れ上がった。
 それまで淡々とデュエルを進めてきた霧原は、しかし、ここにきて初めて手の動きを止めた。
 たった今引いたばかりのカードを見つめながら、何やら考えている様子だ。

 朝比奈は、これを好機とみて、霧原に軽い挑発を仕掛ける。
「あら。長考? さすがのあんたも、ついに次のターンの防御手段が尽きた、ってわけ?」
「………………」
「ふふ。言ったでしょ。あんたの防御力より、あたしの攻撃力の方が上。あたし相手に、10ターンも回復と防御だけで逃げ切ろうなんて、考えが甘いのよ」
 黙りこむ霧原に、ここぞとばかりに言葉を浴びせる。
 10ターン目のエンドフェイズまで、残り4ターン。
 わずかでもいい。数少ないチャンスをものにするために、ここで少しでも霧原の戦意を挫いておけたら。
 そう願って挑発を続ける朝比奈に、霧原の冷酷な台詞が重ねられた。

「朝比奈さん。見え透いたお芝居は、もうやめにしませんか」

 一瞬、冷たい手で心臓を握られたような錯覚を覚えた。
「芝居? 何それ? あんた、もしかしてあたしの言葉がハッタリだって言いたいの?」
「ええ。そう言ったつもりでしたが。伝わりませんでしたか」
「ふぅん。ま、勝手にそう思っていればいいわ。それであたしが損するわけでもないしね」
 気づかれた。いつからバレていたのか。いや違う。霧原のこの言葉そのものがブラフ。朝比奈の嘘を探るためのハッタリだ。霧原はまだ、朝比奈に疑いを持っているだけにすぎない。ここで動揺をあらわにしてしまえば、それこそ霧原の思う壺だ。
 即座にそこまで思考を働かせ、毅然とした対応を心がける。
 だが、そんな考えすらも見透かすように、霧原はさらに言葉を重ねてくる。
「いくら冷静に対応しても無駄ですよ。私は別に、朝比奈さんに探りを入れているわけではありませんから」
 抑揚の少ない、しかしはっきりと通る声で、告げる。
「私から見れば、あなたの虚勢は、最初からバレバレでした。……滑稽すぎて、笑えるほどに」
 そして霧原は、手札から1枚のカードをデュエルディスクにセットした。
「そもそも朝比奈さんは、どうして私の戦術が“回復逃げ切り”だと思ったんですか?」


「…………っ!」
 ポーカーフェイスには自信があった。
 普段からデュエル中に強気の態度を欠かさないのは、こういうときの演技を不自然に思わせないための伏線でもあった。
 だが、そんな小細工には、何の意味もなかったのだ。
 なぜなら朝比奈は、最初から1つの致命的なミスを犯していたのだから。


「『ガードトークン』2体をリリースして、手札から『アテナ』をアドバンス召喚します(手札:3→2)」


 ――――ただし、「ガードトークン」は、アドバンス召喚のためにはリリースできません。
 霧原のそんな言葉を、なぜ疑いもせず信じてしまったのだろうか。
 自らの能力を偽り、相手の思考を操作する嘘。それは、東仙高校の十八番だったはずなのに。

 ガードトークン モンスタートークン ★★ 闇・戦士 攻0・守1000

 このカードは攻撃する事ができない。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手は「ガードトークン」以外のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない。

 その答えは、考えるまでもなく理解できた。

「この程度の嘘、普段の朝比奈さんなら見抜けないはずがありませんよね。私たちが1ヶ月前の決勝戦で、散々使った手なんですから」
 アドバンス召喚のためにはリリースできない。
 自分の目で直接そのことを確かめたわけでもないのに、霧原の言葉を鵜呑みにしてしまった。
 少し考えれば分かりそうな可能性を、完全に思考の外に追い出してしまっていた。
「でも朝比奈さんは、こんな些細な嘘にすら騙された。……いいえ、縋りたかった」
 ただでさえ、朝比奈が圧倒的に不利なこのデュエル。
 さらに、そのうえ『ガードトークン』がアドバンス召喚のためにリリースできるとしたならば。
「人間は、無意識のうちに、最悪の可能性から目を逸らしてしまう。もともと大きなハンデを背負って闘っていた朝比奈さんは、私のデッキが、防御と回復でただ10ターン逃げ切るためのデッキであって欲しいと心の底で願っていた。そう信じこんで、楽になりたかった。……だって、もしそうでなければ、完全に自分の勝ち目がなくなってしまうから」
 『ガードトークン』が、ただの壁モンスターであったなら、まだ朝比奈にもわずかに勝機はあった。
 相手に防御と回復しかないのなら、こちらは思う存分攻撃を仕掛けられるのだから。
 だが、この瞬間、そんな幻想は音を立てて崩れ落ちていく。
「強気な発言で必死に隠そうとしていたようですが、朝比奈さん、あなたのデッキは、今、まともに機能していないはずです。その手札3枚の中にも、デュエリスト能力を封じられて役に立たなくなったカードを何枚も抱えている。違いますか」
 朝比奈の手札で燻っている『ミスティック・ゴーレム』と『悪夢の拷問部屋』。
 その2枚を見透かしたように、霧原は告げる。
「もう、私のライフは十分に貯まりました。ここからは、私があなたを狩る番です」
 もし、『ガードトークン』がアドバンス召喚のためにリリース可能であったとしたら。
 ただの壁だとばかり思っていたトークンが、簡単に上級モンスターを呼ぶための布石なのだとしたら。
「はっきり言いましょう。今のあなたの攻撃力より、私の“攻撃力”の方が、上です」
 霧原のデッキの制圧力は、朝比奈のそれをも上回る。

「『アテナ』で、『ツイン・ブレイカー』を攻撃します。セイクリッド・ウィズダム」

 アテナ 効果モンスター ★★★★★★★ 光・天使 攻2600・守800

 自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 (攻2600)アテナ → ツイン・ブレイカー(攻1600):【破壊】

 朝比奈 LP:7700 → 6700

 朝比奈はずっと、霧原のデッキに「攻撃」は存在しないと思いこんでいた。
 霧原を挑発するときも、常に自分の「攻撃」と相手の「防御」を比較するだけ。
 そんなズレた発言を繰り返していては、朝比奈の虚勢が見抜かれるのも当然だった。

 霧原は、圧倒的なライフ差をつけた程度で満足してくれるような、甘いデュエリストではなかった。

「私は『そよ風の精霊』を守備表示に変更。これで、私のターンを終了します」
 『アテナ』の起動効果は、霧原の墓地に天使族モンスターがいない今は発動できない。
 そして、7ターン目のエンドフェイズに、『五行封印−桔梗の陣』4つ目の制約が適応される。

 10ターン目まで、残り3ターン。

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 (8ターン目)
 ・霧原 LP15200 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約4つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:そよ風の精霊(守1800)、アテナ(攻2600)
 ・朝比奈 LP6700 手札3
     場:重装武者−ベン・ケイ(攻2300)
     場:デーモンの斧(装魔)、団結の力(装魔)

「………………」
 霧原のターンが終わり、朝比奈の8ターン目を迎えた。
 しかし、朝比奈は黙りこんだまま、何も行動を起こそうとしない。

 丸々1分はそうしていただろうか。
 そんな朝比奈を見かねたのかどうか、霧原が口を開いた。
「朝比奈さん。そのまま何も行動を起こさなければ、デュエルを放棄したと見なされますが」
「………………」
 それでも無言を貫く朝比奈に、霧原は素っ気なく告げる。
「戦意を喪失したのなら、それで一向に構いません。このまま、『五行封印−桔梗の陣』の闇の力で、デュエリスト能力を永久に失ってもらうだけです」

「………………嫌」
 朝比奈の口から、彼女らしからぬか細い声が漏れた。
「残念ですが、敗者に拒否権はありません。もともとデュエリスト能力は、20歳を過ぎれば自然と失われる力。それが2年ほど早まっただけのこと。闇のゲームの中には、プレイヤーの命を賭けて行われるものもあります。デュエルに負けて生きていられるだけでも、幸運と思ってもらわなければ」
 無情な宣告を受けて、朝比奈の顔色が蒼白になる。
「……デュエリスト能力を失うのは、嫌」
 そう呟く朝比奈の身体は、震えていた。
「あたしのデッキは、デュエリスト能力がないとまともに回らなくなる。……このデュエルを通して、それが痛いほどよく分かった」
 こんな理不尽、とうてい受け入れられないとばかりに首を大きく横に振る。
「あたしは、デュエリスト能力を失えば、また一からデッキを作り直す羽目になる! いったんすべてを失くしたら、今みたいなデュエルはもう絶対にできない! 一度失った強さは、二度と戻ってこない! そんなことになったら、あたしがあたしじゃなくなる!」
 今までの態度が嘘のようにわめき散らす朝比奈を見ても、霧原は眉一つ動かさなかった。
「これが、デュエリスト能力に頼りきった能力者の末路ですか。……実に、愚かです」
 醜態をさらす相手を蔑むように、淡々と呟く。
 かたや朝比奈は、はっと何かに気づいたように、突然顔を上げた。
「……そうよ。そうだわ。はは。何でこんな簡単なことに気付かなかったのかしら。まだ、あたしはデュエリスト能力を失うって決まったわけじゃない。まだ、あたしの負けは決まってないじゃない!」
 震える自分の身体を掴み、上擦った声で必死に叫ぶ。
「15200ポイントのライフが何よ! そのくらいのライフポイント、あたしがこのターンで削り切ってやるわ! ははっ! 簡単じゃない! あたしのターン! ドロー!(手札:3→4)」
 カードが破れるかと思うくらい乱暴な手つきで、デッキからカードを引き抜く。
「リバースカードを1枚セット! さらに手札の『流星の弓−シール』をベン・ケイに装備するわ!(手札:4→2)」

 流星の弓−シール 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントダウンする。
 装備モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃をする事ができる。

 重装武者−ベン・ケイ 攻:2300 → 1300

「行くわよ霧原ネム! ベン・ケイで、相手プレイヤーにダイレクトアタック! 攻撃回数は4回よ!」

 (攻1300)重装武者−ベン・ケイ −Direct→ 霧原 ネム(LP15200)
 (攻1300)重装武者−ベン・ケイ −Direct→ 霧原 ネム(LP15200)
 (攻1300)重装武者−ベン・ケイ −Direct→ 霧原 ネム(LP15200)
 (攻1300)重装武者−ベン・ケイ −Direct→ 霧原 ネム(LP15200)

 霧原 LP:15200 → 13900 → 12600 → 11300 → 10000

「ははっ。あたしの攻撃が、通った! 通った! 通った! 通った! このまま一気に押し切るわ! さらに手札から、このカードを発動!」

 朝比奈が、デュエルディスクに新たな手札を叩きつけようとした瞬間。
 フィールドに、警告音が鳴り響いた。
 デュエルディスクに目を向けると、“Your turn already ends.”の文字。

「えっ? なんで? どうして? まだあたしは、ターンを終了してなんかない!」
 取り乱す朝比奈に向かって、霧原が呆れたように口を開く。
「今はもう、私のターンですよ。朝比奈さん」
 『五行封印−桔梗の陣』のカードを指差して、告げる。

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 (9ターン目)
 ・霧原 LP10000 手札2
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約4つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:そよ風の精霊(守1800)、アテナ(攻2600)
 ・朝比奈 LP6700 手札2
     場:重装武者−ベン・ケイ(攻1300)
     場:デーモンの斧(装魔)、団結の力(装魔)、流星の弓−シール(装魔)、伏せ×1

「五行封印4つ目の制約です。1300ダメージが4回発生した瞬間、ダメージの総和が4000ポイント以上になりました。よって自動的に、あなたのターンは終了します」
「嘘、でしょ……。そんな……」
 呆然とする朝比奈を尻目に、霧原はただ黙って自分のターンを進める。

「私のターン、ドロー。『神の恵み』の効果でライフを500回復。さらに手札から『盗人ゴブリン』を発動します(手札:2→3→2)」

 盗人ゴブリン 通常魔法

 相手ライフに500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。

 霧原 LP:10000 → 10500 → 11000
 朝比奈 LP:6700 → 6200

 ガードトークン:0体 → 2体

「『流星の弓−シール』による直接攻撃は、たしかに有効でした。……でも、その程度のダメージでは、10000ポイント近くあった私とのライフ差を埋めるには至らない」
 朝比奈に向かって、静かに呟く。
「それくらいのことも判断できず、目先のダメージだけを追う。ただでさえ少ない残りターンを、勢いだけの攻撃で無為に消費する。挙句の果てに、『五行封印−桔梗の陣』4つ目の制約は頭から抜け落ちている。そんなあなたからは、もうまったく脅威を感じません」
「………………」
「朝比奈さん。おそらくあなたは、このターン、ベン・ケイが『アテナ』に戦闘破壊されて何もできなくなることすら考えていなかったのでしょうね。視野狭窄。当たり前の判断力すら失ってしまったあなたに、もはやデュエリストとして生きていく資格はありません。ここで敗北して、デュエリスト能力を失うのも当然です」
「嫌。やめて、お願い……!」
 そんな朝比奈の悲痛な叫びも届かず、無慈悲な宣告が下される。
「これで終わりです。『アテナ』で『重装武者−ベン・ケイ』を攻撃。セイクリッド・ウィズダム」
 アテナの戦槍が冷たく光る。
 三つ又の槍が、ベン・ケイに向かって振り下ろされ、その身体を貫く――――


「…………と、私が言うとでも期待していたんですか。朝比奈さん」


 寸前、霧原の意思によって攻撃は中断された。

「バトルフェイズに入る前に、私は『ガードトークン』『ガードトークン』『そよ風の精霊』の“3体”のモンスターをリリース」
 3体のモンスターが光に包まれ、最上級モンスターを呼ぶための生け贄となる。

「『モイスチャー星人』召喚(手札:2→1)」

 モイスチャー星人 効果モンスター ★★★★★★★★★ 光・天使 攻2800・守2900

 3体の生け贄を捧げてこのカードを生け贄召喚した場合、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

「しまっ……!」
 とっさに叫ぶも、時すでに遅し。
 放たれた光線が、朝比奈の場を焼き尽くす。

 デーモンの斧:【破壊】
 団結の力:【破壊】
 流星の弓−シール:【破壊】

 魔法の筒:【破壊】

「……やっぱり、そんな罠カードを伏せていましたか」
 霧原は、ため息をつきながら告げる。

 魔法の筒 通常罠

 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「『アテナ』の攻撃を『魔法の筒』ではね返して2600ダメージ。さらに次のターン、生き残ったベン・ケイで再び5200ポイントのダメージを与える。もしもそれを許していたら、私と朝比奈さんのライフは簡単に逆転していたでしょう」
 朝比奈のすべてを見透かすように、淡々と語り続ける。
「強気のハッタリが崩されたら、即座に正反対のブラフに移行。わざと醜態をさらし、冷静さを欠いて後先考えずに攻撃しているようなふりをして、その裏では『魔法の筒』によるカウンターを虎視眈々と狙う。私を呆れさせて、伏せカードへの警戒心を失くさせるのが目的だったのでしょうが……残念ながら、私には通用しません」
 霧原が言葉を紡ぐたびに、今度こそ本当に、朝比奈の表情から色が失われていく。
「どれだけ打ちのめされても、わずかでも勝利の可能性を高めようとする、あなたの獣のような執念。それは、賞賛に値します。でも、そのためにあなたがとれる策は、もう心理戦くらいしか残されていなかった」
 心理戦は、相手のミスを誘うための受け身な戦術にすぎない。
 何の前準備もしていないブラフなど、効果が出なくて当たり前。それは朝比奈も十分に承知していた。
 だが、それでも、そんなあやふやな策に頼るしか、道は残されていなかった。
「たとえあなたが、デュエルの進行と関係のないところで、いかなる言動をとったとしても、私のとる行動は変わりません。私は、ただ勝利に向かって、最善を尽くすだけ。油断も慢心も、あなたの能力を奪うことへの躊躇いもない」
 霧原は、迷うそぶりを一切見せずに次の行動を宣言する。
「天使族の『モイスチャー星人』が召喚に成功したことで、『アテナ』の誘発効果が発動し、朝比奈さんに600ダメージです。さらにアテナの起動効果を発動。モイスチャー星人を墓地に送り、同じくモイスチャー星人を特殊召喚。もう一度600ダメージを受けてください」

 朝比奈 LP:6200 → 5600 → 5000



 あ、負けたわ、これ。



 この瞬間、朝比奈は、生まれて初めて、デュエル中に自らの敗北を心の底から悟ってしまった。

「『アテナ』で『重装武者−ベン・ケイ』を攻撃。続けて『モイスチャー星人』で直接攻撃です」

 (攻2600)アテナ → 重装武者−ベン・ケイ(攻500):【破壊】

 朝比奈 LP:5000 → 2900

 (攻2800)モイスチャー星人 −Direct→ 朝比奈 翔子(LP2900)

 朝比奈 LP:2900 → 100

「このターンに発生したダメージの総和が4000ポイント以上になりました。『五行封印−桔梗の陣』第4の制約により、私のターンは終了します」

 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 (10ターン目)
 ・霧原 LP11000 手札1
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約5つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:アテナ(攻2600)、モイスチャー星人(攻2800)
 ・朝比奈 LP100 手札2
     場:なし
     場:なし

 『五行封印−桔梗の陣』5つ目の制約が適応され、朝比奈に最後のターンが訪れる。
 このターンのエンドフェイズに、2人のライフ差が逆転していなければ、自動的に朝比奈の敗北となる。

 だが。

「『五行封印−桔梗の陣』3つ目の制約により、一度に与えられるダメージの最大値は3999。そして4つ目の制約により、ダメージの合計値が4000ポイント以上になった時点で、このターンは終了する。すなわち、朝比奈さんがこのターン、私に与えられるダメージの上限は、3999+3999で7998ポイント。現在のライフ差10900を埋めることは、絶対にできない」

 これまで必死に、7998ポイントのライフ差がつかないよう保ち続けてきた。
 だが、そのラインは、前のターンに破られてしまった。

 朝比奈の手札に残されたのは、能力なしでは役に立たない『ミスティック・ゴーレム』『悪夢の拷問部屋』の2枚のみ。

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。



 朝比奈翔子は、今度こそ本当に、自分が霧原に勝つ未来を何一つとして思い浮かべることができなかった。





《読者への挑戦状》



 読者への挑戦状





間章(3)



 7月30日、月曜日。

 ニューヨークシティの、寂れた裏通り。
 そこに、少女を背負って歩く、1人の青年の姿があった。

 少女は衰弱している様子で、呼吸も弱々しい。
 すぐに命に関わるような状態ではないものの、できるだけ早く病院に運んでやる必要があるのは明らかだった。

 青年は、無言のまま一歩ずつ足を進める。
 一刻も早く、少女を安全な場所へ。
 それだけを考え、早足で、しかし少女の身体を揺らさないよう丁寧に歩く。

「お兄ちゃん、ごめんね…………」
 少女――ミリィ・レイティアは、自分を背負って歩く兄に向かって、かぼそい声を漏らした。
「いや、いいんだ。ミリィが謝ることじゃないよ」
 青年――サン・レイティアも、歩みを止めずに妹に言葉を返す。
「わたしが、あんなやつらに捕まっちゃったから、お兄ちゃんは……」
 自分を救うため、兄は“組織”の深部まで1人で乗り込んできた。
 それがどれだけ危険な行為だったかは、誰に言われずとも分かりすぎるほどに分かる。
 だが青年は、曇りのない爽やかな笑みでこう答えた。
「確かに、危ないことも多かった。一歩間違えば、僕もミリィも、命を落としていたかもしれない。……けど、今、僕らはこうして無事に話していられる。それだけで十分さ。これからはまた、二人で一緒に生きていこう」
「……うん、ありがと」
 少女は、静かに眼を閉じると、青年の肩に顔をうずめた。



 10年前。
 両親を殺され、すべてを失った兄妹は、頼れる人もなく、裏の世界で生きていくしかなかった。
 何のアテもない兄妹に、生きるために、手段を選んでいられるだけの余裕はなかった。
 かつて親交のあった貴族の屋敷に侵入し、宝石類を盗みだし、金に換えた。

 だが、そんな生活を長く続けられるわけがない。
 所詮は子供のやることだ。1年と経たずに足がつき、兄妹は追われる身となった。
 何とか逃げ延びてはいたが、収入を断たれたまま生きていくのは限界だった。

 そんな中で、兄妹に残された道は、デュエルモンスターズしかなかった。
 デュエルの大会に出て、優勝すれば、決して少なくない額の賞金が手に入る。
 もちろん、言うほど容易いことではない。だが、もうそれに懸けるしか方法はなかった。

 とはいえ、罪にまみれた兄妹が、表社会の大会に出られるはずはない。
 必然的に、行き着く先は地下デュエルしかなかった。
 最悪、負ければ命を落とすこともある、非合法の地下デュエル組織。
 兄は、タイヨウという偽名を名乗り、そこに身を置き続けた。

 娯楽のためのデュエルではない。正真正銘、生きていくためのデュエル。
 優しい兄は、たった1人の肉親を守るために、命懸けで勝ち続けるしかなかった。
 そのおかげで、兄は、誰にも負けない強さを身につけた。
 と同時に、妹を、危険な地下デュエル界から極力遠ざけるようになっていった。

 だが、その判断が裏目に出た。

 兄が地下で闘っているあいだ、妹を守れる人間は誰もいなくなる。
 そのわずかな隙に、妹は“組織”に攫われてしまった。
 妹が、レベル1のデュエリスト能力に目覚めていたこと。それも、最悪の形で働いた。

 こうして兄は、妹を救うため、たった1人で“組織”との闘いに身を投じることになったのだった。



「大丈夫さ。もう“組織”は潰れたも同然だ。ボスを失ってしまえば、何もできやしない」
 青年は、おぶった妹に向かって、ゆっくりと語りかける。
 ミリィは、1週間ぶりに再会した兄の背中に、完全に身を任せている。
「うん、見てた。お兄ちゃんのデュエル、すごくカッコよかった」
 そう言うと、兄の背中をぎゅっと強く握りしめた。

 “組織”のリーダーである少年と、その側近の棺と骸。
 彼らは、青年との3対1のデュエルに敗北し、違法改造ディスクの衝撃をまともに受けた。
 命に別状はないだろうが、当分のあいだはまともに動くことさえできないだろう。
 そのことは、青年がその目でしっかりと確認している。

 そして、青年は、ミリィを“組織”のアジトから連れ出すことに成功した後、匿名で警察に電話をかけ、今までに知った“組織”の情報を洗いざらい喋っていた。
 警察とて、最近頻発している少年少女の行方不明事件に頭を悩ませているに違いない。たとえ匿名の電話といえども、ここまで具体的な情報が得られたとなれば、すぐに動き出してくれるはずだ。
 そうなれば、“組織”が本当に壊滅するのも、時間の問題だろう。

「さあ。この通りを抜ければ病院だよ。あとちょっとだけ我慢できるかい?」
 青年の問いに、ミリィは無言でうなずく。
 そして、少しだけ歩みを速めようとした、その瞬間。
 背後から、聞き覚えのある声がかけられた。



「いやぁ、それにしても、あの3人を同時に相手にして、本当に勝っちゃうなんてね。さすがはタイヨウさん♪」



 咄嗟に振り向く。
 そこにいたのは、小柄なショートカットの少女だった。
 身長は、小学生の低学年ほど。無邪気な笑みを浮かべて、青年を見つめている。
 少女の顔に見覚えはない。しかし、その声を忘れられるはずもない。
「この調子で、予選も本選も頑張ってね。期待してるよ」
 少女――リンネがそう告げると、機械的なアナウンスが、青年の頭の中に響いた。

 《大会予選 サン・レイティア vs 3人 変則デュエル 勝者、サン・レイティア》
 《3人の能力レベルの総和は13。よって、勝者には13ポイントが加算されます》
 《サン・レイティア 勝利ポイント:173 → 186》

「ふふっ。圧倒的だね。これはもう、予選通過は確実かな?」
 “組織”を潰して回る過程で、青年は、何人もの能力者と闘ってきた。
 中には、高レベルの能力者も数多くいた。結果として、獲得したポイントは186。予選通過には十分すぎるほどの量だ。

 しかし、青年は首を横に振った。
「すまないけど、僕はもう、この大会に参加し続ける気はないんだ。ミリィを病院に運んだら、誰かにわざと負けて、予選を辞退させてもらうよ」
 もともと青年は、リンネの言う大会とやらには大して興味を持っていなかった。
 “近くの参加者の位置が分かる力”は、アジトを探すうえで大いに活用させてもらった。
 だが、ミリィを救いだした今、「大会参加者であること」は争いの種を生むだけだ。
 本選の内容も不明。下手をすると、またミリィと離れ離れになってしまう可能性もある。
 青年は、ミリィとともに、予選でわざと負けるつもりだった。
 これは、2人で話し合って決めたことだ。

 だがリンネは、青年の言葉を聞いて、不満そうに頬をふくらませた。
「むー。ダメだよタイヨウさん。せっかくのデュエリスト能力が泣いてるよ? それに、タイヨウさんは、優勝賞品、欲しくないの?」
 優勝者の願いを、何でも1つ叶えてあげる。リンネは確かに、全世界の能力者に向けてそう言った。
 もちろん、青年とて、叶えたい願いがないわけがない。
 これからミリィと共に生きていくためには、この“賞品”は願ってもない機会のはずだった。

 だが、それでも青年がここでリンネの誘いを断るのは、もっと単純な1つの理由からだ。

「はっきり言わせてもらうよ。リンネ。僕は君を、信用していない」

 神様を名乗る少女に向かって、きっぱりと告げる。
「僕の願いは、自分自身の力で叶えるつもりだ。君の力は借りない。だから、勝手にやらせてもらう。それだけだ」
 あえて厳しく言い切ると、リンネに背を向け歩きだそうとする。

 しかし、その瞬間、青年の動きがぴたりと止まった。

 自分の意思で足を止めたのではない。
 何か大きな力によって、その場に無理矢理押さえつけられているような感覚が青年を襲う。

「だーめ。逃がさないよ? どうしてもって言うんなら、わたしとデュエルしよ?」
 勝ったら好きにしていいよ。だけど、負けたらわたしの言うことを聞いてもらうから。
 少女は、屈託なく微笑みながら、そんなことを口にした。

「断れば、今度は脅迫、か。……まあ、ある程度は予想できていたけどね」
 青年が漠然とリンネに抱いていた不信感が、膨れ上がっていく。
 世界規模の大会を主催しているはずの自称神様が、なぜ自分の辞退をこうまでして引きとめる必要があるのか。
 リンネの意図は読めない。だが青年は、この大会には何か裏の目的が隠されていることを確信した。
 そもそも、そうでなければ、リンネがわざわざこの場に姿を現す理由がない。

 そして、何か目的があるのなら、それを知らないままリンネの言葉に従うのは危険極まりない。
「リンネ。こんな大会を開催した、君の本当の目的は何だい?」
「目的? 言ったじゃない。わたしは、神様として、みんなにもっと強くなって欲しいんだよ」
 直接的にリンネに訊ねてみるが、芳しい答えは得られなかった。
 やはりここは、闘うしかないのか。青年は、素早く決断を下す。

「ミリィ、すまない。もう少しだけ我慢してもらうことになりそうだ」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。たとえ相手が誰だろうと、僕は負けないよ。……さあ、デュエルを始めようか」
 ミリィを建物に寄りかからせるようにして座らせると、デュエルディスクを変形して戦闘態勢をとる。

「ふふっ。わたしもたまには本気で闘ってみようかな。たった1人で“組織”を潰したタイヨウさんの実力、しっかり見せてね」
「ああ。存分に教えてやるさ」

 青年の視線が、一気に厳しいものへと変わる。
 目の前の相手は、目的、実力ともに未知数。
 だが、こうしてデュエルをする以上、自分が勝ちさえすれば何の問題もない。

 そう信じて、闘いの狼煙を上げる。



「「デュエル!!」」



 ◆



 だが、青年は知らなかった。
 リンネは、デュエルが始まった瞬間から、決して人間と同じ土俵になど立ってはいないことを。
 地を這う人間がいくら手を伸ばしたとしても、遥か高みにいる神には決して届かないということを。

 闘いは、わずか10分で決着した。

「行くよっ! 『ソルロード・ドラゴン』を攻撃♪」
 リンネの場のモンスターが、青年の切り札を蹂躙する。

 タイヨウ LP:2600 → 0

 あらゆる攻撃は意味を持たず、あらゆる対抗策は無価値だった。
 まるで勝負にならない。そんな陳腐な言葉の意味を、青年は初めて理解した。
 リンネのデュエルは、なにもかも次元が違う。


 リンネ LP:38000


「ぐ……うっ!」
 愕然と、その場に崩れ落ちる青年。
 自分の何もかもが、目の前の相手には通用しなかった。
 たとえ何万回闘おうと、リンネを倒す方法など決して存在しないと、知ってしまった。

「ふふっ。わたしの勝ちだね。約束通り、わたしの言うことを聞いてもらうよ?」
 青年に向かって、リンネは容赦なく言葉を紡ぐ。
「やっぱり、わたしの思った通り、タイヨウさんは他の誰よりも強い。そんな強いデュエリストに、真面目に大会に参加してもらえないと、神様としては、ちょっと困るんだ」
 真意の読めない口調で、無邪気に話す。
「だからこれは、デュエルに負けた、敗者への罰ゲームだよ。これでタイヨウさんも本気を出してくれるはずだよね?」
 そして、リンネがそう告げた瞬間、青年の身体に異変が起きた。

「これ……は……ッ!」
 青年の胸のあたり、ちょうど心臓のある位置に、突如異形の物体が具現化した。
 大小の球体を無秩序に組み合わせたような、どす黒い色をした塊。
 不気味に脈動するそれは、どれだけ力を加えても、身体から引きはがすことは不可能だった。

「タイヨウさんの身体にとりつけたそれは、いわば、魂に仕掛けた、時限爆弾式の結界のようなもの。わたしの望んだタイミングで爆発して、タイヨウさんの肉体と魂を封印する。もちろん、そんなことになれば、人間はそのままでは生きてはいられない。簡単に言えば、死んじゃうってことだね」
 今までと変わらぬ口調で、今までと変わらぬ態度で。
「解除できるのは、神様であるわたしだけ。もしもタイヨウさんが、予選と本選を勝ち抜いて、見事大会で優勝できたなら、わたしがその“爆弾”を解除してあげる。逆に、もし優勝できなければ、大会が終了した時点で、“爆弾”を爆発させる」
 リンネは、致命的な言葉を口にする。
「文字通りの、命懸け。どう? これなら、タイヨウさんも本気で大会に挑んでくれるよね? ああ、ちなみに、今わたしとのデュエルで負けたことは、ノーカウントにしておいてあげる。タイヨウさんは、このまま大会に参加し続けていいからね」
 どこまでも無邪気な笑みで、青年に語りかける。

「……断る」
 だがそれでも、青年の口から出たのは、拒絶の言葉だった。
「僕を脅して何かをさせようとしても、無駄だ。僕は、いくら脅迫されようとも、君の命令に従うことはない」
「強情だなぁ。このままだと、タイヨウさんは、ホントに死んじゃうんだよ?」
「…………」
 リンネの言葉がハッタリなどではないことは、青年も承知している。
 仮にも神様を名乗る存在だ。自分一人の命を消すことくらい、難なくやってのけるだろう。それこそ、デュエルに負けた瞬間に殺されていてもおかしくなかったはずだ。
 しかし、今この瞬間、青年は生きている。リンネの意思によって、こうして生かされている。
 ならば、青年には、利用価値があるということに他ならない。
 それに、たとえ黙ってリンネの命令に従ったところで、素直に“爆弾”を解除してくれる保証はどこにもない。利用価値のなくなったとたんに、殺されてしまう可能性だって低くはないのだ。
 脅迫されているということは、まだ自分を殺すわけにはいかないということだ。
 ならばここは、強気に出ておくほかない。

 そして、何よりも。
 ここでリンネの言うことに従えば、自分の命などとは比べ物にならないほどの、何か取り返しのつかないことが起こってしまう。
 なかば本能的に、青年はそれを感じ取っていた。

「むぅ。これでも言うことを聞いてくれないなんて。タイヨウさんは本当に頑固だなぁ」
 リンネは、呆れたようにため息をつく。
「……でも、これならどうかな?」
 そう言った瞬間、青年の背後から短い悲鳴があがった。

「ミリィ!!」
 一瞬で、何が起きたかを理解する。
 ミリィの身体には、青年のものとまったく同じ、“爆弾”が取り付けられていた。
「お兄……ちゃん!」
 悲痛な叫び声をあげるミリィ。
「リンネ! お前は……!」
 青年から剥き出しの怒りをぶつけられても、リンネはまったく動じずに告げる。

「ふふっ。こんなこともあろうかと、あらかじめ、“組織”に捕まっているミリィちゃんに、デュエルを挑んでおいたんだよ。“爆弾”を仕掛けるついでに、わたしとデュエルしたときの記憶も消してあるから、覚えてはいないはずだけどね?」
 こうなることが予想通りだとでも言うように、リンネは笑う。
「解除の条件は同じだよ。タイヨウさんが、もしも大会で優勝できたら、2人に仕掛けた“爆弾”を取り除いてあげる。でももし、まだタイヨウさんが嫌がるなら、今すぐにミリィちゃんの“爆弾”を爆発させてもいいんだよ?」
 ミリィを人質にとったリンネは、改めて青年の方を向いて、問いかける。



「どう? 今度こそ、わたしの言うことを聞いてくれるかな? “正義の味方”、タイヨウの騎士さん?」





6章  そして破滅の幕は開く



「わたくしのデュエリスト能力を発動! 手札を5枚捨てます! さあ、貴方の初期手札をすべて墓地へと送りなさい!」

 リーファ 手札:6枚 → 1枚
 相手 手札:5枚 → 0枚

「ふふ。無限地獄の始まりですわ。手札から『インフェルニティガン』を発動します!(手札:1→0)」

 インフェルニティガン 永続魔法

 1ターンに1度、手札から「インフェルニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。
 また、自分の手札が0枚の場合、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、自分の墓地に存在する「インフェルニティ」と名のついたモンスターを2体まで選択して自分フィールド上に特殊召喚する。

 発動されたインフェルニティガンが、すぐに墓地に送られる。
 そして蘇ったインフェルニティが、さらに新たなインフェルニティを呼ぶ。
 手札が0枚のときだけ発動できる、インフェルニティの無限連鎖。
 あっという間に、リーファの場には5体のモンスターが立ち並んだ。

「わたくしの前では、いかなるカードを持っていようとも無意味です。すべての手札を失った貴方が、インフェルニティモンスターに対抗することは、まず不可能。降参なさってもよろしいのですわよ?」
 かつて吉井康助を大差で下したデュエリスト――リーファ・アイディールは、優雅な仕草で相手にサレンダーを勧める。
 華麗な手さばきで見事な布陣を作り上げたリーファを見て、しかし相手のデュエリストはまったく動じなかった。

「フフ……それはどうでしょうかね……」
 相手――波佐間(はざま)京介(きょうすけ)は、不敵な笑みを崩さないまま、短く告げる。

「墓地より舞い戻れ……我がしもべたちよ……。フフ…………」

 その言葉を合図に、波佐間の背後の空間が大きく歪んだ。
 明るかったはずのフィールドが、とたんに光を失う。
 その原因が、波佐間の場に巨大な漆黒のモンスターが現れたからだとリーファが気づいたときには、すでに3体のモンスターの特殊召喚は終わっていた。

 闇より出でし絶望 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・アンデット 攻2800・守3000

 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。

 闇より出でし絶望 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・アンデット 攻2800・守3000

 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。

 闇より出でし絶望 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・アンデット 攻2800・守3000

 このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。

「なっ……! なんですの、これは……!」
 目を見開いて驚くリーファに、波佐間は地を這うような声で淡々と告げる。
「アンデットモンスターの真骨頂は……何度でも蘇る再生力……。フフ……ボクの手札を墓地に送ってくれて……感謝しますよ……」
「……っ! ターン終了ですわっ!」

 (2ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札0
     場:なし
     場:闇より出でし絶望(攻2800)、闇より出でし絶望(攻2800)、闇より出でし絶望(攻2800)
 ・リーファ LP8000 手札0
     場:インフェルニティ・デーモン(攻1800)、インフェルニティ・ネクロマンサー(守2000)、インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)、インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300)
     場:なし

 インフェルニティは、他を寄せつけない圧倒的な展開力を誇るが、その代わりに主要モンスターの攻撃力は総じて低い。
 ゆえに、いくら大量のモンスターを召喚しようとも、いったん最高攻撃力で相手に上回られてしまえば、何もできなくなってしまうことも珍しくない。

「ボクのターン……ドロー……。フフ……墓地の『馬頭鬼』を除外して、『真紅眼の不死竜(レッドアイズ・アンデットドラゴン)』を特殊召喚……。さらに、手札から『邪神機(ダークネスギア)−獄炎』を召喚します……(手札:0→1→0)」
 リーファに続いて、波佐間もあっさりと場に5体のモンスターを並べてみせる。
 ただし、こちらはリーファとは違い、生粋のアンデット軍団。
 一撃一撃の重さは、インフェルニティの比ではなかった。

「フフ……バトルフェイズです……。ボクのモンスターで、相手のモンスターを、総攻撃……」

 (攻2800)闇より出でし絶望 → インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300):【破壊】
 (攻2800)闇より出でし絶望 → インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300):【破壊】
 (攻2800)闇より出でし絶望 → インフェルニティ・デストロイヤー(攻2300):【破壊】
 (攻2400)真紅眼の不死竜 → インフェルニティ・デーモン(攻1800):【破壊】
 (攻2400)邪神機−獄炎 → インフェルニティ・ネクロマンサー(守2000):【破壊】

 リーファ LP:8000 → 7500 → 7000 → 6500 → 5900

「そ……そんな……。わたくしのインフェルニティが……日本人ごときに……1ターンで全滅させられるなんて……!」

 アンデットモンスターのカードパワーは、インフェルニティのそれを軽く上回る。だが逆に、展開の速さはインフェルニティよりも遥かに劣る。
 しかし波佐間は、そんなアンデットを自分の手足のごとく操り、インフェルニティに匹敵する展開力を披露してみせた。
 しかも、最初のターンで初期手札を根絶やしにされたのにも関わらず、だ。

「フフ……降参しても……いいんですよ…………?」
 インフェルニティとレベル4デュエリスト能力を組み合わせた最高の戦術を駆使しても、波佐間には遠く及ばない。
 その事実をまざまざと見せつけられたリーファの表情が、みるみるうちに色を失っていく。

「わ……わたくしは…………」
 リーファのライフポイントは、まだ6000ポイント近く残っている。
 だが、圧倒的なデュエルスキルの差を目の当たりにして、もはやリーファの戦意が一かけらも残されていないのは、誰の目にも明らかだった。



 ◆



 波佐間とリーファのデュエルは、リーファのサレンダーにより、わずか3ターンで幕を閉じた。
 しばらくして、大会参加者同士の闘いの結果を示すアナウンスが、波佐間の脳内に響く。

 《大会予選 波佐間京介 vs リーファ・アイディール 勝者、波佐間京介》
 《リーファ・アイディールの能力レベルは4。よって、勝者には4ポイントが加算されます》
 《波佐間京介 勝利ポイント:69 → 73》

「相変わらず、能力も使っていないのに、一方的なデュエルだったな、波佐間」
「おや、見ていたんですか……フフ…………」
 波佐間は、ゆっくりと振り返る。
 そこに立っていたのは、かつては決勝戦で激闘を繰り広げた翔武学園のデュエリスト、佐野春彦だった。
「歩いていたら、偶然お前の姿を見かけてな。ちょうど誰かにデュエルを挑まれている様子だったので、悪いとは思ったが、勝手に見学させてもらった」
「フフ……構いませんよ……。そうですね……ここで会ったのも何かの縁……。いい機会ですし……ボクとデュエルでもしますか……?」
「いや、今は遠慮しておこう」
「そうですか……残念です…………」
 相も変わらず、人を食ったような笑みを浮かべながら話す波佐間。その外見からでは、彼の真意は計り知れない。
 佐野はふと、そんな波佐間に向かって、とある質問を投げかけてみる。
「ところで、波佐間。お前は、この大会について、どう思っている?」
 抽象的な質問。しかし、波佐間はすぐに佐野の意図を察したようで、あっさりと答えを返してきた。

「一言で言うなら、罠……ですかね」

「罠……だと?」
「はい……。あのリンネという存在は……この大会を開く裏で……何かを企んでいる…………。ボクは、そう思います……フフ……」
「………………」
 黙りこむ佐野。
 だがそれは、波佐間の答えが意外なものだったからではない。
 佐野自身も少なからず抱いていた疑念を、ズバリ言い当てられたからだった。
「……そう思う根拠は?」
「根拠、ですか……? そんなものありません……。だって、怪しすぎるじゃないですか……」
 佐野をおちょくってでもいるように、しれっと言う。
「常にはっきりした根拠を求めたがるのは、佐野さんの悪い癖です…………。疑わしいと思ったなら、疑えるだけ疑っておけばいいんです……フフ……損はしませんよ……?」
「その言葉。お前が言うと、説得力が違うな…………」
 呆れたように息を吐く。だが内心では、おおむね波佐間の意見に賛成だった。

 突然、神様を名乗る存在から“声”が世界中の能力者に届く。
 そんな超常のせいで霞んでしまいがちだが、冷静に考えてみると、リンネの言動には怪しい点がいくつもある。
 「何でも1つ願いを叶える」という、端的すぎる優勝賞品にしたってそうだ。
 もしも本当にリンネに万能の力が備わっているのなら、「みんなに強くなって欲しい」という目的を果たすために、わざわざこんな大会を開く必要などあるまい。
 ならば願いには何かしらの制約があるのだろうが、一斉放送では、そんなことを匂わせるそぶりは一切なかった。

 不都合な情報は隠し、都合のいい情報だけを伝える。
 佐野には、リンネがただ聞き手を煽るためだけに、嘘で塗り固められた放送をでっちあげているように感じられてならなかった。
 そう。まるで、大多数の能力者を、互いに争わせること。それ自体が目的であるかのような――――

「考えていても仕方がない、か。……今回ばかりは、翔子の言うとおりかもな」
 もちろん、これは推論とも言えない、ただの直感にすぎない。
 常識の通じない神様という存在に、無理やり人間の常識を当てはめようとしているだけ。そう言われても反論はできない。
 だが、反論できないからといって、それが間違いだと決まったわけではない。
 神様とは、人間の常識の通じない存在である。
 それすらも、人間が勝手に決めた常識にすぎないのだから。

「はい……。ですからボクは……この大会とやらで優勝して……リンネに直接訊いてみるつもりです…………。それが一番、手っ取り早いですからね……フフ…………」
 波佐間は、当たり前のことのように、“優勝”という言葉をさらりと口にする。
「佐野さんも……同じ考えでしょう……? フフ……だったら、またどこかで闘う機会も……あるかも知れませんね……」
「……ああ、そうだな」
 全世界規模。神様主催。そういった余計な装飾を取り払えば、今自分たちが参加しているのは、どこにでもあるようなデュエル大会にすぎない。
 だとすれば、一度参加することになった以上、無様な結果を残すわけにはいかない。
 1人のデュエリストとして、優勝を目指して最善を尽くす。
 そんな当たり前の結論を、ぶれずに貫く。
 真実を知りたいにしろ何にしろ、何はともあれ、まずはそこからだった。



 ◆



 場所は変わって、とある住宅街の一角。

 大会の主催者であるはずのリンネは、参加者の1人とデュエルを行っていた。

 (5ターン目)
 ・相手 LP6000 手札2
     場:生贄封じの仮面(永罠)
     場:大盤振舞侍(攻1000)、D−HERO ディフェンドガイ(守2700)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:伏せ×1

 そして、その様子を陰でこっそり観戦しているデュエリストが、1人。
(今は相手のターン。エンドフェイズになれば、相手のデュエリスト能力が発動する)
 吉井康助は、草場に隠れて、2人の闘いをじっと見つめながら、考えにふける。
(このままだと、デメリットモンスターを送りつけられて不利になる。リンネはさっきのターン、『ネクロフェイス』の効果で5枚のカードを除外した。だから次は……)
 もしも自分だったらどう闘うか。そんなことを想像しながら、リンネのデュエルに集中する。

 だから康助は、後ろから近づいてくる人物の影に、気づかなかった。

「…………なあ、何やってるんだ、吉井?」
「っっ!?」
 突然背後から声をかけられ、跳びあがらんばかりに驚く。

「と……遠山さん……? が、どうしてここに……!?」
「……あのな。それはこっちの台詞だっつの」
 草場の陰で何やらこそこそしていた康助。傍から見れば、不審人物以外の何物でもない。
「あ……えっとですね。僕は……その……」
 改めて考えてみると、今の自分のことをどう説明すればいいのか悩ましい。
 強くなるために、リンネの特訓を受けていて、それで隠れてデュエルを観戦している最中です。
 ……これで伝わったら、その人は超能力者か何かだと思う。

「お? 何だ? お前、あいつらのデュエルを見てたのか?」
 康助が何か言う前に、遠山は近くで行われているデュエルの存在に気づいたらしい。
「……って、リンネじゃねぇか! 何でアイツが、またこんなところに!」
 驚く遠山。それから、しばらく康助をじっと睨みつけて、ぽつりと呟く。
「……もしやお前、オレとリンネのデュエルも、こうやって隠れて観戦してたか?」
「!!」
 遠山の、野性的な勘の鋭さに、たじろぐ康助。
「やっぱ図星か。何? お前、リンネと知り合いなわけ?」
 有無を言わさず迫ってくる遠山に、康助は、仕方なく口を開く。
「えっと……。僕は今、リンネからデュエルの特訓を受けているところで……だから、リンネのデュエルをずっと観戦しているんです、けど…………」
「なるほどな。納得したぜ」
「これで伝わった!?」
 これは、勘が鋭いとか、そういう問題じゃないような……。
 そんなことを考えつつも、まあ納得してくれたのなら良いかと思うことにする。

「んで? デュエルの観戦が、なんでお前を強くすることに繋がるんだ?」
「それは僕にも分かりません……。リンネはちっとも教えてくれないし……」
「ふぅん。ならちょっと、オレも観戦してみっかな」
 そう言うと遠山は、その場にどっかりと座りこんで、現状の確認を始めた。

 (5ターン目)
 ・相手 LP6000 手札2
     場:生贄封じの仮面(永罠)
     場:大盤振舞侍(攻1000)、D−HERO ディフェンドガイ(守2700)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:伏せ×1

「何だ、あの相手? 召喚しているのは、相手にドローさせるデメリット効果持ちのモンスターばっかじゃねぇか。何考えてるんだ?」
 遠山の疑問に、今までデュエルを観戦していた康助が答える。
「それは、相手のデュエリスト能力のせいです」
「能力? もう正体分かってんのか?」
「はい。『自分のエンドフェイズに、お互いのフィールドの状況を入れ替える』。それが相手の能力です。たしか、本人はレベル4だって言っていました」
「なるほどな。それで、デメリットモンスターを相手に送りつけて得をしようって寸法か。『生贄封じの仮面』があるのにも納得だぜ」
 遠山は、現状把握を終えて、大きく頷く。
「今は相手のメインフェイズ2。もう能力の発動は止めようがねぇ。……くそっ。考えれば考えるほど、厄介な能力持ってやがるな。下手にモンスターを出せば、次のターンに奪われる。そんな状況下で、どうやって攻めこめばいい……?」
 顎に手をあてて、真剣に考えこむ。
 そんな遠山に向かって、康助はさらりと告げる。

「だから僕は、自分から『アメーバ』でも召喚して、相手に送りつけてしまえばいいと思っているんですけど」

 康助の言葉を聞いて、遠山は一瞬、固まった。
「吉井……。お前、今、なんて言った……?」
「え? いや、ですから、『アメーバ』を場に出せば、相手のデュエリスト能力が発動して、勝手に大ダメージを受けてくれますよね? だから、相手のエンドフェイズ直前に、何体かまとめて特殊召喚してやれば、簡単に勝てるはずです」
 さも当たり前のことを話すかのように、あっさりと言い切る。
「確かに、お前の言う通り、だが……。吉井、そんなアイデア、誰から教わったんだ……?」
「誰から、って、そんなの――」
 康助が答えようとした瞬間、リンネの場の伏せカードが開かれた。

「トラップカード発動! 『異次元からの帰還』! その効果で、除外されていた『アメーバ』3体を特殊召喚するよ!」

 異次元からの帰還 通常罠

 ライフポイントを半分払う。
 ゲームから除外されている自分のモンスターを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
 エンドフェイズ時、この効果によって特殊召喚されたモンスターを全てゲームから除外する。

 アメーバ 効果モンスター ★ 水・水族 攻300・守350

 フィールド上で表側表示になっているこのカードのコントロールが相手に移った時、相手に2000ポイントのダメージを与える。
 この効果は表側表示で存在する限り1度しか使えない。

 アメーバ 効果モンスター ★ 水・水族 攻300・守350

 フィールド上で表側表示になっているこのカードのコントロールが相手に移った時、相手に2000ポイントのダメージを与える。
 この効果は表側表示で存在する限り1度しか使えない。

 アメーバ 効果モンスター ★ 水・水族 攻300・守350

 フィールド上で表側表示になっているこのカードのコントロールが相手に移った時、相手に2000ポイントのダメージを与える。
 この効果は表側表示で存在する限り1度しか使えない。

「この瞬間、キミのデュエリスト能力が発動だね。フィールド上のカードはすべて入れ替わって、わたしの『アメーバ』3体のコントロールは、すべて相手プレイヤーに移るよ。ふふっ。2000ポイント×3で、合計6000ポイントのダメージ発生♪」

 相手 LP:6000 → 0

 6000もあった相手のライフが、一瞬にして0になった。
 それも、康助の言った通りの方法で。
「吉井、もしかして、この展開になることを、リンネから聞いてたのか?」
 訊ねられた康助は、しかし首を横に振った。
「いえ。リンネは闘う前から、相手の能力や闘い方を知っているらしいんですけど、それを僕に教えてくれたことは一度もなくて……。リンネが何を狙っているのかも、実際に目にするまでは、想像するしかありません」
「いや、だがお前、さっき『アメーバ』をまとめて特殊召喚するって言い当てたよな……? あれは一体……」
 恐る恐る訊ねる遠山に、やはり康助はごく自然に答えを返す。

「え? だって、あの能力の弱点が『アメーバ』だってことくらい、見ればすぐに分かりますよね?」

「は……? つーことは、何か? お前、今の逆転法を、全部自力で思いついたってわけ……なのか?」
「ええ。さっきからそう言ってるつもりですけど……」
「……ちょっと待て。ならお前、まさか、オレとリンネのデュエルを観てたときも、ああなるってことが……あらかじめ分かっていたり、したのか?」
「はい。だって僕、1ヶ月前の決勝戦で、遠山さんの能力の正体を見ているんですよ? そりゃあ、リクルーターで自爆特攻すればすぐに倒せるってことくらい、知ってて当然…………って、遠山さん? どうしたんですか?」
「……待て、いったん止まれ吉井。オレ、少し頭痛くなってきたわ」
 額に手を当てて、何から言おうか迷っている様子の遠山。
 康助は、そんな遠山を見て、首をかしげる。
「え? 僕、なにか変なこと言いましたか?」
「……まずは訊こうか。吉井、お前は、リンネがこうやって能力者たちを瞬殺していくのを見て、どう思ってる?」
「どう? っていうのは、どういう……」
「端的に言えば、凄いか、凄くないか。理由も込みで、だ」
「そりゃあ、リンネのことは凄いと思います。思います……けど……」
「けど?」
 康助は、多少言いづらそうにしながらも、言葉を紡ぐ。

「でもリンネは、闘う前から、対戦相手の能力やデッキを知っているんですよ? そのうえで、自分だけ好きにデッキを組んで、毎回別のデッキでデュエルするんだから、勝てて当たり前だ、っていうか…………」

 仮にも特訓してもらっている手前、リンネを否定するようなことを口にするのは、あまり気が進まない。
 けれども、遠山に問われて、康助は素直な気持ちを吐露する。

「……やっぱりか。そのうえ天然とは……タチ悪ぃぜ、まったく」
「遠山さん?」
 本気で何も分かっていない様子の康助を見て、遠山は大きくため息をつく。
「ああくそ! オレはこんなヤツと闘ってたのかよ! なんか無性に腹が立ってきた!」
「え……えーと、遠山さん……?」
 戸惑う康助の両肩を、遠山の腕ががっしりと掴む。
「いいか吉井。教えてやる! お前にとっちゃ当たり前かも知れないがな! “メタを張る”って行為は、普通、相手の能力が分かったからって、そう簡単に――――」


「はいは〜い。そこまでだよ、トオヤマさん。ヨシイくんから離れてね〜♪」


「……っ! リンネ……!」
 遠山の台詞を中断するように現れたリンネを見て、思わず康助から腕を放してしまう。

「さ、ヨシイくん。次の相手を探しに行くよ。またわたしについて来て?」
「でも、今、遠山さんが、僕に……」
「だーめ。わたしとの特訓の方が優先だよ。さ、早く早く!」
 リンネに腕を掴まれ、無理やり引っ張られていく康助。

「遠山さん! すみません! 話の続きは、また後で聞かせてもらいますから!」
 叫び声を残して、康助は、あっという間にリンネに連れられて消えていった。



 残された遠山は、しばし呆然としていたが、ふと、我に返って呟く。
「リンネの奴……。いったい、何を考えてやがるんだ……?」

 その疑問に答えを返してくれる人は、誰もいない。



 そして、リンネと康助の2日目の“特訓”は、この後、さらに5人の能力者を倒すまで続いた後、解散となった。



 ◆



 五行封印−桔梗の陣 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 このカードが発動してから、自分のエンドフェイズを以下の回数迎える度に、その次のターンから以下の効果が適用される。
 ●1回目:このデュエル中、お互いの手札制限枚数は4枚になる。
 ●2回目:このデュエル中、魔法・罠カードの発動とセットを、各プレイヤーは1ターンに合計2回までしか行えない。
 ●3回目:このデュエル中、自分または相手が受ける4000ポイント以上のダメージは0になる。
 ●4回目:このデュエル中、ある1ターン中に発生したダメージの総和が4000ポイント以上になったとき、以降そのターン中に発生するダメージは0になり、そのターンを終了する。
 ●5回目:このデュエル中、フィールド上以外に存在するカードの効果は無効になる。
 これら5つの効果が全て適用された後、次の相手ターン終了時にライフポイントが多い方のプレイヤーはデュエルに勝利する。(同じ場合は引き分け)

 (10ターン目)
 ・霧原 LP11000 手札1
     場:五行封印−桔梗の陣(フィールド、制約5つ適用)、神の恵み(永罠)
     場:アテナ(攻2600)、モイスチャー星人(攻2800)
 ・朝比奈 LP100 手札2
     場:なし
     場:なし

 朝比奈翔子 vs 霧原ネム。

 唐突に始まったこのデュエルも、いよいよラストターンを迎えようとしていた。

 『五行封印−桔梗の陣』の効果で、このターンのエンドフェイズまでに、朝比奈のライフが霧原のライフを上回らなければ敗北が確定する。
 しかし、第3の制約と第4の制約のせいで、どう頑張っても、1ターンの間に霧原に与えられるダメージは7998ポイント止まりだ。現在のライフ差10900を覆すには、決定的に足りない。
 なのに、朝比奈のデッキには、自分のライフを回復するカードは1枚たりとも入っていなかった。もともと攻撃で押し切るタイプのデッキに、そんなカードが投入されているはずもない。
 そして、その肝心な“攻撃”すらも、デュエリスト能力を封じられた今となっては、まともに機能していない。
 朝比奈の手札に残されたのは、能力無しでは役に立たない2枚のカードのみ。

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 どれだけ追いこまれようとも、僅かな勝機を見いだす努力を止めたことは無かった。
 どれだけ不利な状況下に置かれようとも、デュエルの途中で進むべき方向を見失ってしまうことだけは無かった。
 そんな朝比奈の小さな誇りは、霧原によって、初めて砕かれた。
 それも、完膚無きまでに、粉々に。

 何度考えても、この窮地を覆す方法が思いつかない。
 何を引いても、この状況から勝利することは不可能にしか思えない。

「その放心したような表情。今度こそ、演技というわけではなさそうですね」
 絶望の渦中にいるであろう朝比奈に向けて、霧原が淡々と話しかけてくる。
「説得……に応じてくれる気は、ないわよね」
「私は、あなたのデュエリスト能力を奪います。あなたに何と言われようとも、意志は揺らぎません」
 ここで気が変わるような相手ならば、朝比奈もここまで追い詰められることはなかっただろう。
 霧原は、闇のカードを使い、一方的に朝比奈の能力を封じてもなお、少しも油断せず、最善の行動を取り続けた。
 この状況を作り上げた霧原の実力と精神力は、紛れもなく本物だ。
「デュエリスト能力は、もともと20歳を過ぎれば失われるんです。それが、2年程度早まっただけ。受け入れてもらうしかありません」
 冷たい宣告を受けて、しかし朝比奈は首を横に振る。
「悪いわね。いつかは失う能力だとしても、こんなところで、あんたなんかに奪わせてやる気は、毛頭ないのよ」
 デッキと能力との絆を無理やり断たれることは、デュエリスト生命に大ダメージを受けることに等しい。
 たとえいつかは消える能力だとしても、今、こんな形で失うわけにはいかない。
 改めてそれを確認すると、朝比奈は、霧原の瞳を見据えて、まっすぐに告げた。

「あたしは、たとえ負けを確信したとしても、決して勝負だけは捨てない」

 霧原は、そんな朝比奈の言葉を聞いて、呆れたように息を吐いた。
「言っていることの意味が分かりません。支離滅裂な悪あがきにしか、聞こえませんが」
 出来の悪い子供を諭すような口調で、ゆっくりと告げる。
「あなたがこのターン何をしようとも、私の勝ちは動かない。この状況は、論理的に考えて“詰み”以外の何物でもありません。朝比奈さんは、それが分からないような人ではないと思っていましたが。それともまさか、現状を打開する術を見つけたとでも言いたいんですか」
「いいや。あたしもあんたと同意見よ。この絶対的な不利を覆す方法は、存在しない。このターンのドローフェイズに、何を引いたところで、あたしの負けは確定。……不本意だけど、それは、前のターンに『モイスチャー星人』の召喚を許したときに確信した。その考えは、今も変わらない」
「だったら、なぜ……」
 ついさっきまで、魂が抜けたように呆然としていた朝比奈。
 だが今は、彼女の瞳には、はっきりとした闘志が宿っていた。
「言ったでしょ。あたしは、あたし自身が敗北を確信してもまだ、絶対に諦めない」
 自分のデッキを指差して、告げる。
「今のあたしが勝利を信じられないのなら、あたしは、あたしのデッキを信じる」
 そして、力強くデッキからカードを引き抜いた。
「あたしのターン、ドロー!(手札:2→3)」

 引いたカードは、『手札抹殺』。
 言わずと知れた、手札入れ替えカードだった。

 手札抹殺 通常魔法

 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。

「デッキを信じる……? 何を言っているんですか。まさか、デッキに入っていないカードを引こうとでも言うんですか」
 突然デッキが光りだし、誰も見たことのない新しいカードをドローする。
 そんな御伽話に賭けている。霧原が思ってしまうのも無理はない。
 だが、朝比奈の信じているものは、そんな有り得ない奇跡とは、根本的に異なるものだ。
 奇跡は奇跡でも、起きる奇跡ではなく、起こす奇跡。
 これまで、デュエリストとしての自分が歩んできた軌跡。
 信じるのは、自らのデッキ――すなわち、このデッキを組み上げた、過去の自分自身だ。

「手札から、魔法カード発動! 『手札抹殺』よ!(手札:3→2)」

 いくら考えても、今の朝比奈には、この状況を覆す方法があるとは、到底思えない。
 だがそれは、決して、逆転方法がどこにも存在しないことの証明にはならない。
 自分が思いつかないだけで、存在しているかもしれない逆転劇への裏ルート。
 その道しるべとなるカードが、もしも自分のデッキに眠っているのなら。

「お互いに手札をすべて捨て、同じ数だけデッキからカードをドローする!」

 朝比奈は、これまで、自身のレベル4能力に頼りきったデッキを組んできた。
 だから、能力を封じられれば、何もできなくなる。まともな闘いは望むべくもない。
 今の今まで、そう思っていた。

 だが、違う。

 デュエリスト能力に頼り、デュエリスト能力を軸とした“最高の”デッキ。
 それはただ、デュエリスト能力を支え、最大限に活かすだけのデッキではないはずだ。
 デュエリスト能力にできないこと。それさえも知りつくし、能力の欠点をデッキが補う。
 デッキと能力が合わされば、あらゆる状況に対応できる、万能な布陣を生みだす。
 本当に優れたデッキならば、それができて然るべきではないのか。

「あたしは2枚、あんたは1枚のカードをドロー!」

 朝比奈のデュエリスト能力は、相手にバーンダメージを与える力だ。
 だが、たとえ今さら能力が復活したところで、ダメージを与えるだけでは、この窮地を打破することはできない。
 ならば、“能力では成せない勝利”を成す役目は、デッキこそが負うべきではないのか。
 デュエリスト能力に不可能なこと。その弱点を補う手段は、すべてデッキに眠っている。

 果たして自分は、そんな“最高の”デッキを組めていたのか否か。

 何度も何度も試行錯誤を繰り返して練り上げた、自分の分身とも言える40枚のカードの束。
 これまで朝比奈が、デュエリストとして培ってきたもの。
 そのすべてが、このドローで試される。

 朝比奈 手札:2枚 → 0枚 → 2枚
 霧原 手札:1枚 → 0枚 → 1枚

 能力を活かすためのカード『ミスティック・ゴーレム』『悪夢の拷問部屋』が墓地に送られ、新たに2枚のカードが舞い込む。
 目に飛び込んできたその2枚を見て、朝比奈は――。

「……っ!!」
 朝比奈の頬を、一筋の涙が伝ってこぼれ落ちた。

「は……はは……。なるほど、ね……。まさか……こんな手が……あったなんて……」
 張りつめていた緊張の糸が、一気に切れる。
 全身の筋肉が弛緩して、身体の震えが止まらない。
 頭のてっぺんからつま先まで、朝比奈のすべてを、安堵の空気が包みこむ。

「………………」
 一度大きく深呼吸。
 無意識のうちに溢れた涙をぬぐい、霧原を正面から見据える。

 今度こそ、自信を持って。
 自分の信じたもの。これまでの積み重ねの正しさを、誇るように。

「手札から、永続魔法カード、『ドローブースター』、発動!!(手札:2→1)」

 ドローブースター 永続魔法

 自分フィールド上のモンスターが相手ターンに戦闘で破壊される度に、自分はカードを1枚ドローする。
 相手フィールド上のモンスターが自分ターンに戦闘で破壊される度に、相手はカードを1枚ドローする。

 引いたカードを見て、やるべきことは一瞬で理解できた。
 逆転不可能な状況を覆す、最後のカードの名を叫ぶ。

「さらに、手札の『神機王ウル』を召喚! ガードトークンに攻撃するわ!(手札:1→0)」

 『手札抹殺』のドローによって、『神の恵み』の効果が発動。
 霧原のライフが500回復したことにより、デュエリスト能力が発動してガードトークンが特殊召喚。
 そうして出現したトークンに、『神機王ウル』の攻撃が直撃する。

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

「この瞬間、『ドローブースター』の効果発動! 相手モンスターが自分ターンに戦闘破壊されたとき、相手はカードを1枚ドローする!」

 霧原 手札:1枚 → 2枚

 かつて、稲守戦で、自分の手札を確保するために使われた、受け身な永続魔法『ドローブースター』。
 それが今は、朝比奈の攻撃の要となる。

「あんたはカードをドローした! よって、『神の恵み』の効果が発動! さらに、デュエリスト能力によって、ガードトークンが特殊召喚されるわ!」

 霧原 LP:11500 → 12000
 ガードトークン:0体 → 1体

「『神機王ウル』には、相手の全モンスターに1回ずつ攻撃できる特殊能力がある! バトルフェイズ中に新たに特殊召喚されたガードトークンに、もう一度攻撃!」

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 手札:2枚 → 3枚
 霧原 LP:12000 → 12500
 ガードトークン:0体 → 1体

 朝比奈の『ドローブースター』、霧原の『神の恵み』、そして霧原のレベル3デュエリスト能力。
 一直線に連なった3つの効果が連鎖して、新たな攻撃対象を、霧原の場に生み落とす。

「まだまだっ! 『神機王ウル』で、『ガードトークン』を攻撃よ!」

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 手札:3枚 → 4枚
 霧原 LP:12500 → 13000
 ガードトークン:0体 → 1体

 ループが1周するたびに、霧原のデッキは1枚ずつ減っていく。
 『ドローブースター』による強制ドロー。繰り返せば、いつか霧原のデッキは尽きる。
 そして、デッキからカードをドローできなくなったプレイヤーは、デュエルに敗北する。

 3つの効果は、どれも条件が満たされれば強制的に効果が発動する。
 一度始まった朝比奈の無限ループを、霧原の意思で止める手段は、無い。

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 手札:4枚 → 5枚
 霧原 LP:13000 → 13500
 ガードトークン:0体 → 1体

 絶対に埋められないライフ差なら、無理して埋める必要はない。
 【ビートバーン】は、攻撃で相手のライフを削るためのデッキ。
 そんな“常識”に縛られていた自分が、情けなく思えてくる。

 ライフを削ってどうにもならない状況ならば、攻撃で、相手のデッキを削り切る。
 決して、デュエリスト能力に依存しているだけではない。デュエリスト能力の届かない暗闇は、自らが組み上げたデッキで照らす。
 朝比奈デッキの新境地。ビートバーンのデッキ破壊。
 それが、この土壇場で、霧原ネムに炸裂する。

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 手札:5枚 → 6枚
 霧原 LP:13500 → 14000
 ガードトークン:0体 → 1体

 デッキを信じよ。さすれば、必ず応えてくれる。
 歴戦のデュエリストが残した、どこか空想めいたメッセージ。

 その本当の意味を、朝比奈は、デュエルを通して初めて実感できた。
 デッキを信じるということは、すなわち自分自身を信じること。
 日々の努力、経験の蓄積は、決して自分を裏切らない。

 たとえ折れそうになったとしても、過去の積み重ねが、今の自分を支えてくれる。

「悪いけど、もう、あんたなんかには微塵も負ける気がしない! 『神機王ウル』で、ガードトークンを攻撃!」

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 霧原 手札:6枚 → 7枚
 霧原 LP:14000 → 14500
 ガードトークン:0体 → 1体

「そんな……。信じられない……。ここに来て、デッキ破壊……?」
 朝比奈の猛攻に、ずっと口を閉ざしてきた霧原が、ようやくぽつりと呟く。
 しかし、その口調は、誰が聞いても分かるほど、動揺を露わにしていた。

「……! そうだ……。私は、ガードトークンを、“攻撃表示”で特殊召喚!」
 ガードトークンは、自分から攻撃を仕掛けることができない。だが、攻撃表示での特殊召喚までもが禁じられているわけではない。
 攻撃力0のガードトークンが神機王ウルの攻撃を受ければ、霧原に1600ポイントの戦闘ダメージが発生する。
 それが3回積み重なれば、受けたダメージの総和は4000を超える。
 『五行封印−桔梗の陣』第3の制約によって、朝比奈のターンは強制的に終了となり、霧原の勝利が確定する。
 咄嗟にそう考え、すがるような想いで特殊召喚したガードトークンは、しかし。

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(攻0):【破壊】

 霧原 手札:7枚 → 8枚
 霧原 LP:14500 → 15000
 ガードトークン:0体 → 1体

「無駄よ! あたしの組み上げたデッキに、無駄な効果なんて1つもない! 『神機王ウル』第2の効果! このカードの戦闘で、相手プレイヤーが受けるダメージは0になる!」

 神機王ウル 効果モンスター ★★★★ 地・機械 攻1600・守1500

 このカードは相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。
 このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

 デメリット効果なんてものは、この世に存在しない。
 そう言わんばかりに、神機王ウルの攻撃がガードトークンを焼き尽くす。

「『五行封印−桔梗の陣』第5の制約によって、あんたは手札や墓地からカード効果を発動することができない! 霧原ネム! 今度こそ、あんたの負けよ!」

 もはや、2人の立場は完全に逆転していた。
 朝比奈の宣告を受けて、霧原は膝から床に崩れ落ちる。

「私が……負けた……?」
 呆然とした表情のまま、口から消え入りそうな言葉がこぼれ落ちる。
「デュエリスト能力は封じた……。伏せカードも読み切った……。私が、常に優位に立っていたはずだった……なのに……なのに……」
「たしかに、あんたは全てを出し尽くして闘った。でも、あたしの全力が、最後の最後であんたを上回った。それだけよ」
 呆けたように力なく声を漏らす霧原に向かって、ぴしゃりと言い切る。
「あんたがどうして、闇のカードなんてものを持っているのか。見城を襲った理由。あたしの能力を奪おうとした訳。デュエルが終わったら、洗いざらい、全部まとめて話してもらうわよ」
 そう言って、8回目の攻撃宣言に移ろうとする。
 しかしその声は、霧原のすがるような声に遮られた。

「お願いします、朝比奈さん……。このデュエル……負けて、くれませんか……」
 先ほどまでの毅然とした態度は、微塵も感じられない。
 唇を噛みしめ、必死で声を絞りだすその姿に、朝比奈は怒声を飛ばす。
「は? ふざけんじゃないわよ! あたしの能力を奪おうとしておいて、今さらそんな身勝手な主張が通るとでも思ってんの!」
 敗北を悟った霧原の、最後の悪あがきか何かだろう。
 そう判断した朝比奈は、霧原の訴えを一蹴する。
「闇のカードによる罰ゲームが無効にできないのなら、あたしは躊躇わずにあんたを倒す! あんただって、さっきまであたしにそう言ってたでしょ!」
 朝比奈には、積極的に霧原のデュエリスト能力を奪いたいと思う理由はない。
 しかし、わざわざ自分のデュエリスト能力を敵に差し出してやる義理など、それ以上にあるわけがない。
「理由は言えません……! けれど、私は、このデュエルに負けられない理由が……あるんです……! 絶対に、負けちゃダメなんです……! お願いです……能力を、諦めてください……! 私がここで負けたら……負けたら……ッ!」
 鉄面皮の無表情はどこへやら。恥も外聞もかなぐり捨てて、腹の底から必死に叫ぶ。
 そんな霧原の豹変ぶりを見て、さすがの朝比奈も少し動揺する。
「……仮に、あんたのそれが演技じゃなかったとしても! 肝心の理由も分からないのに、自分から能力を捨てられるわけないでしょうが!」
 自分は当然の判断をしている、という確信はある。
 なのに、どうしても、心の奥底に何かが引っかかる感覚が消えない。
 とはいえ、その程度の曖昧な理由で、せっかく掴んだ勝利を手放すわけにはいかなかった。
「『神機王ウル』で、ガードトークンを攻撃!」

 (攻1600)神機王ウル → ガードトークン(守1000):【破壊】

 神機王ウルの攻撃が、ガードトークンを粉砕する。

 だが、次の瞬間。
 何の前触れもなく、デュエルフィールドに、誰にとっても聞き覚えのある、澄んだ声が響き渡った。



「ふふっ。あのキリハラさんが泣いて頼んでるんだよ? アサヒナさんも、少しは言うこと聞いてあげなくちゃ♪」



 いつの間にか、五行封印の外にたたずんでいた、ショートカットの少女。
 その姿が視界に入ると、朝比奈は思わず叫んでしまう。
「リンネ……! あんたがどうしてここに……!」
 朝比奈の声を無視して、リンネはつかつかとこちらに歩み寄ってくる。
 そして、五行封印の外壁に手をあてると、ゆっくりと呟き始めた。
「デュエルモンスターズは、この宇宙を支配する絶対の法則。いくらわたしが神様でも、デュエル展開を無理やりねじ曲げることは、決してできない。もちろん、一度闇のゲームを始めてしまったら、敗者に下される罰ゲームは、あるがままに受け入れるしかない」
 突然何を言い出すんだ。そうは思うものの、不思議とリンネの声色には人を惹きつける力が備わっていた。
 リンネは、少し間をあけると、今度は朝比奈をまっすぐ見つめて、次の言葉を紡ぐ。

「でもね。ちょっと頭を使えば、ここでアサヒナさんに負けてもらうことくらい、簡単なんだよ?」

 リンネがそう言った途端、何かが罅割れるような鋭い音が響いた。

「……っっ!!」
 朝比奈の全身を、凄絶な悪寒が走り抜ける。
 今のリンネの台詞。そして、何かが割れるような音。
 まさか。リンネの意図は、まさか。

 慌てて霧原の胸元に視線を向ける。
 そこには、元々あったはずのものが存在しなかった。

 霧原の胸にかけられていた、闇の力を封じるためのアイテム。
 碧色の石が、粉々に砕け散っていた。

「そ……んな…………」
 このタイミングで、石が壊れる。それが意味することを、朝比奈はすぐに悟った。
 そして、悟ってしまったからこそ、朝比奈の表情が、今度こそ絶望に覆われる。

「デュエルモンスターズのカードに干渉することは不可能。だけど、デュエルに直接関係のない闇のアイテムを破壊するくらいなら、朝飯前だよ。なんたってわたしは、神様だからね♪」

 霧原は言った。
 この石は、人間の力では絶対に壊せないと。

 だが、誰が想像できるだろうか。
 まさか、自分と霧原とのデュエルに、神様が介入してくるなんて。

「さあ。ガードトークンが破壊されたから『ドローブースター』の効果発動だね。続けて、『神の恵み』の効果も発動するよ」

 『五行封印−桔梗の陣』は、中にいるプレイヤーのデュエリスト能力を封じる。
 そして、霧原の石は、『五行封印−桔梗の陣』の能力封印効果を封じていた。

 つまり、リンネによって石が壊された今、霧原のデュエリスト能力は、発動しない。
 たとえライフが回復しても、ガードトークンは特殊召喚されない。

 霧原 手札:8枚 → 9枚
 霧原 LP:15000 → 15500

 霧原の手札が増え、ライフが回復する。
 しかし、霧原の場の状況は、動かない。

「キリハラさんの能力は発動しない。無限ループは失敗。つまりこのデュエルは、アサヒナさんの負けだね」

 ガードトークンが特殊召喚されなければ、『神機王ウル』の攻撃対象はいなくなる。
 朝比奈の手札は0枚。今度こそ完全に、打つ手は残されていない。

「リンネ……! あんたは、いったい何を企んで……!」
 朝比奈は、自分の負けを確信してもなお、リンネに向かって声を荒げる。
 だがリンネは、朝比奈の訴えを気にもとめない。

「ふふっ。アサヒナさんは、闇のゲームに負けた。罰ゲーム執行開始だよ♪」

 リンネがそう告げた瞬間、五行封印の外壁が、朝比奈を中心として狭まり始めた。

「……っ! これは……!」
 円の中にいたはずの霧原の身体だけが、外壁を通り抜けて、結界の外へと抜け出る。
 だが朝比奈は、縮んでいく円周から吹きだす灰色の光に阻まれ、外に出ることができない。

「…………ー! …………ー!!」
 朝比奈は、必死に外壁を叩いて何か叫んでいる。だが、結界の外にその声は届かない。
 10秒と経たずに結界の収縮は終わり、轟音とともに、朝比奈の身体は眩い光に包まれる。

 そして、結界から放たれる光が収まったとき。



 朝比奈翔子の姿は、デュエルフィールドのどこにも存在しなかった。



「え……?」
 霧原は、目の前で起こったことが信じられないとでも言うように、呆然と声を漏らす。
「朝比奈……さん? 一体、どこに…………」
 慌ててあたりを見回すが、そこにいるのは、ショートカットの少女のみ。
 リンネは、唖然としている霧原のもとに近づくと、囁くようにこう告げた。

「『五行封印−桔梗の陣』を使ったデュエルでは、敗者のデュエリスト能力が失われる、って教えてあげたよね? ふふっ。実はあれ、真っ赤な嘘なんだ♪」

「う、そ……?」
 リンネの言葉を正しく認識できていない様子の霧原に向かって、さらに続ける。
「ああ、厳密に言えば、嘘じゃないか。五行封印のフィールドで敗北したデュエリストは、結界に自分の肉体と魂を封印され、この世から消える。これが正確な効果だね」
 屈託のない笑みを浮かべながら、霧原に真実を突きつける。

「そ……そんな……。あなたは、デュエリスト能力を奪うだけだから、命の危険はないって……確かに私に……」
「うん。言ったよ。アサヒナさんは、消えはしたけど、まだ死んだわけじゃない。アサヒナさんの肉体と魂は、わたしがちゃーんと預かってるよ」
 自分の胸を叩いて、堂々と言う。
「預かってる、って……。まさか……! それじゃ、(ほたる)と同じ……!」
「キリハラさん、大正解〜! ご褒美に、ちょっとだけ、2人の姿を見せてあげるね♪」
 リンネが指を振ると、背後の空間がぐにゃりと歪んだ。
 何もなかったはずの空間に裂け目が生じ、そこから2人の人間の身体が吐きだされるように落下した。

「蛍! 朝比奈さん!」
 ぐったりとして動かない2人に、霧原が慌てて駆け寄る。
 1人は朝比奈翔子。つい今まで、霧原と闘っていた対戦相手。

 そしてもう一人は、稲守(いなもり)(ほたる)
 霧原と同じ、そして霧原の親友の、東仙高校1年生だった。

「は〜い。再会タイムはそこまで! これ以上はお預けだよ〜」
 もう一度リンネが指を振ると、2人の姿は煙のようにかき消えた。
「や、約束が違います……! 朝比奈さんのデュエリスト能力を消せば、蛍を返してくれるって……言ったはず……!」
 霧原は、リンネに怯えながらも、腹の底から声を絞りだす。
 だがリンネは、そんな主張など意に介した風もなく、さらりと告げる。
「わたしとキリハラさんの約束はこう。『もしキリハラさんが、五行封印のカードを使って、自分だけの力でアサヒナさんに勝つことができたら、イナモリさんは無事に返してあげる』。だったよね?」
 にっこりと笑って、無邪気に言い放つ。

「でも、キリハラさんは、“自分だけの力で”、アサヒナさんを倒せなかったよね? 最後の最後で、わたしの助けを借りたよね? それじゃあ、イナモリさんを助けてあげるわけにはいかないかなぁ。きゃははっ♪」

「…………っ!」
 その言葉を聞いたとたん、霧原は悟った。
 目の前の少女は、最初から、誰一人として解放する気なんてなかったことを。

「………………ごめんね、蛍」
 大会が始まった初日。
 霧原の目の前で、稲守はリンネから闇のゲームを強要され、そして敗北した。
 リンネは、稲守の魂を人質にとり、霧原に一つの指示を出した。
 「五行封印のカードを使い、朝比奈翔子のデュエリスト能力を奪え」という、非情な命令を。
 『五行封印−桔梗の陣』も、闇の力を封じる石も、そのときにリンネから譲りうけたものだった。

「………………本当に、ごめんなさい。朝比奈さん」
 霧原は、必死に冷徹な悪を演じようとした。
 「相手に事情を話してはならない」というリンネの条件を守り、見城を襲った犯人であると自分を偽って、朝比奈から能力を奪おうとした。
 稲守の命を救うため、無関係な朝比奈のデュエリスト能力を犠牲にしようとした。

 でも、それは間違いだったと、分かった。

「…………リンネ」
「ん? なぁに、キリハラさん」
 悪意なく笑う少女に向けて、デュエルディスクを突きつける。
「朝比奈さんと蛍の解放を賭けて……私と、デュエルしろ!」
 稲守を倒したリンネの実力を見て、この相手には勝てないと悟ってしまった。
 だからこそ、リンネの指示には従順になった。稲守を助けるためには、そうするしかないと思った。
 その結果、朝比奈のデュエリスト能力どころか、命さえもがリンネに握られてしまった。
「最初から、こうするべきだった。あなたから逃げて、朝比奈さんを巻き込もうとしたのは、私の弱さ。これ以上、私のせいで、誰かが犠牲になるのは嫌。……リンネ! 私はあなたに勝って、ここですべてを終わらせる!」
 どれだけ不利な状況に追い詰められても、絶対に諦めず、最後には勝敗すらも引っくり返してしまう。
 そんな奇跡なら、たった今、目にしたばかりだ。
「いいよ〜。その代わり、キリハラさんが負けたら、キリハラさんの魂をもらうからね♪」
 2人のデュエルディスクが変形する音が、ぴたりと重なる。



「「デュエル!!」」



 霧原ネムは、神を名乗る少女に、闘いを挑む。



 ◆



 その、ほぼ同時刻。

 (ひいらぎ)聖人(まさと)は、とあるデュエリストから闘いを挑まれていた。

「僕とデュエル……ですか? ええ、構いませんよ」
 挑戦してきたのは、長身を黒いマントとフードですっぽりと覆い隠した、謎のデュエリスト。
 顔も見えず、男性なのか女性なのか、それすらも定かではない。
 唯一はっきりとしているのは、この相手もまた、柊と同じ、大会の参加者であることだけだった。

「それでは、さっそく始めましょうか」
 柊は、爽やかにそう告げると、適切な距離をあけてデュエルディスクを展開させた。
 勝負を挑んできた相手も、無言で自分のディスクを変形する。


 そして、一切の余計な前置きなく、デュエルは始まった。


『私のターン』
 デュエルディスクの中には、プレイヤーの指示した通りに音声を合成してくれる機能を持ったものが存在する。
 この相手が持っているものは、まさにそれだった。
 声が出せない理由でもあるのか、冷たい合成音声がフィールドに響く。

 とはいえ、デュエルを進行するにあたっては、それでも特に問題はない。

「おっと。この瞬間、僕は手札から、『先取り天使』を墓地に送らせてもらいます(手札:5→4)」

 先取り天使 効果モンスター ★ 光・天使 攻0・守0

 後攻のプレイヤーは、デュエル開始時、手札にあるこのカードを墓地に送ることで、このデュエルを自分の先攻で始めることができる。

 カードをドローしようとした相手に割り込む形で、柊は『先取り天使』の効果を発動させる。
 『先取り天使』は、手札アドバンテージを1枚失う代わりに、確実に先攻を取ることができるモンスターカード。
 通常はあまり使われないカードだが、柊にとっては、デュエルで先攻を取ることは非常に重要な意味を持つ。

「改めて、このデュエルは僕の先攻でスタートします。僕のターン、ドロー。手札から魔法カード『漆黒の指名者』を発動です(手札:4→5→4)」

 漆黒の指名者 通常魔法

 カード名を1つ宣言する。
 宣言したカードが相手のデッキにある場合、そのカード1枚を相手の手札に加える。

「僕が宣言するカードは、『ネコマネキング』です。デッキに存在するならば、手札に加えてください」
 しかし、相手のデュエルディスクは何の反応も示さなかった。
 それはすなわち、宣言されたカードがデッキに存在しなかったことを意味する。

 1ヶ月前の決勝戦で、柊に敗北をもたらしたモンスターカード、『ネコマネキング』。
 柊にとって相性最悪なそのカードが相手のデッキに存在しないことは、これで確認できた。
 ならば、もう躊躇う理由はない。

「僕は手札から、『ラプラスの宣告』を発動します(手札:4→3)」

 ラプラスの宣告 永続魔法

 このカードの発動に成功したとき、自分の手札と自分フィールド上のカードを全て墓地に送る。
 カード名を1つ宣言する。
 相手のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合そのカードを墓地へ送る。違った場合はこのカードを破壊する。
 この効果は、自分のターンのメインフェイズに、1ターンに何回でも発動できる。

 柊のデュエリスト能力は、『自分と相手のデッキの一番上にあるカードを知覚できる』というものだ。
 このレベル2能力と、『ラプラスの宣告』を組み合わせれば、1ターンキルさえも可能となる。

 柊 手札:3 → 0

 『ラプラスの宣告』は、発動を無効化されることもなく、無事フィールドに出現した。
 柊は、この瞬間、自分の勝ちを確信する。

「『ラプラスの宣告』の効果発動。あなたのデッキトップのカードは『タイム・イーター』ですね? 当たっていたら、墓地に送ってください」

 相手は、無言でデッキの一番上のカードをめくって確認する。
 そのカードは、柊の宣言通りの、『タイム・イーター』。その場で墓地に送られる。

 タイム・イーター 効果モンスター ★★★★★★ 闇・機械 攻1900・守1700

 このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した場合、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 ラプラスの宣告は、発動時に場と手札の全カードを墓地に送る必要がある、ハイリスクな魔法カードだ。
 しかし、一度効果の発動が始まってしまえば、それを妨害する術はない。
 このまま、相手の残りデッキ34枚をすべて墓地に送って、自分の勝ちが決まる。

 柊は、そう信じて疑っていなかった。

「続けて、2枚目のカードは…………っ!?」

 だが、相手の2枚目のデッキトップを認識したとたん、そんな確信は一瞬で消え去った。
「何……ですか、このカードは……!」
 思わず絶句する。自分の目で見たものが信じられない。
「…………っ!」
 しかし、何度見直したところで結果は変わらない。
 相手のデッキトップに置かれていたカードを、『ラプラスの宣告』の効果で墓地に送ることはできない。
 そうなれば、すべてのカードを失った自分に勝ち目はない。
 柊は、それを悟ってしまった。

「……ターン終了、です」

 (2ターン目)
 ・相手 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・柊 LP8000 手札0
     場:なし
     場:ラプラスの宣告(永魔)

『私のターン、ドロー(手札:5→6)』
 黒衣に身を包んだ相手は、機械音声のアナウンスに従ってカードを引き抜く。
 デッキトップに置かれていたそのカードを、そのままデュエルディスクにセットした。

『手札から、フィールド魔法発動。―――――――の、――』



 そして、名前を宣言することのできないカードが、発動された。





間章(4)−1



 そこは、真っ白な空間だった。

 床も壁も天井も、見渡すかぎり白一色。不自然なまでに清潔で、まるで現実感のない部屋だった。
 ――否。部屋というには、必ずあるべきものが欠けている。
 およそ1キロメートル四方が白で囲まれたこの空間には、入口も出口もない。ただ、硬質で冷たい純白の壁が、内部を外界から隔離しているだけだった。

 そんな空間に、何の前触れもなく、数千人の人間が出現した。

 一切の音がなかった空間が、とたんに喧騒に包まれる。
 数千人の表情は、みんな一様に、不安と動揺に覆われている。どうやら彼ら自身も、どうして自分たちがこんな所にいるのか理解できていないようだった。
 やがて何人かが、偶然にも自分の近くにいた人間と、言葉を交わし始める。自らの置かれた状況を整理しようと、周りの人間と会話を始める。その行為は部屋中に伝染し、すぐに白い空間全体が雑然とした会話で満たされる。

 そして十数分が経った。そのころにはもう、ほとんどの人間が、自分たちが置かれた状況を、うすうす理解していた。
 普通に生活していたはずの人間が、ふと気づいたら見知らぬ白い空間にいる。そんな異常な現象が起こった原因も、彼らの間にある共通点を考えれば、明らかなことだった。

 この空間に集められた、数千人もの人間に、共通すること。
 1つ、彼らは全員、腕にデュエルディスクを装着している。
 2つ、彼らは全員、何らかのデュエリスト能力を有している。
 そして、3つ。

 彼らは全員、リンネの主催するデュエル大会に勝ち残り、予選終了段階で10ポイント以上を獲得している。

 数千人のデュエリストは、みんな一様に口をそろえてこう言った。
 予選が始まってから72時間が経ったと思ったら、次の瞬間にはこの白い空間に飛ばされていた、と。
 リンネの示した、予選終了までのタイムリミットは、72時間。
 それを過ぎた瞬間、予選の通過条件である10ポイントを得ていた大会参加者のみが、一斉にこの白い空間に集められた。
 だとすれば、この状況が意味することは、一つだった。

《ふふっ。大会参加者のみなさん。予選通過おめでとう。今から本選を始めるよ♪》

 世界中のデュエリスト能力者にとって、忘れたくとも忘れられない声が聞こえてきた。

《もう分かってると思うけど、今この部屋にいるのは、本選進出の権利を得たデュエリストたち。予選終了までに、見事10ポイントを獲得して勝ち残ったデュエリストは、全部で2187人だったんだ。参加者の99%以上は、予選で負けちゃったことになるね。でも、そのぶん、今ここにいるデュエリストのみんなは、自分の実力に誇りを持っていいよ。なにせ、世界中から選りすぐられた、エリート中のエリートだからね》

 予選開始のアナウンスと同じく、リンネの声だけが、ここにいる全員の心の中に直接響く。
 とっさに周りを見回す者もいるが、リンネの姿はどこにもない。

《さて。それじゃ予告通り、これから、優勝者を決めるための本選のルールを説明するね。……とは言っても、ルール自体は予選とほとんど同じなんだ。今この場にいる、好きな相手とデュエルして、1度でも負けたら即リタイア。そうして最後まで勝ち残った1人が優勝だよ。ふふ。簡単でしょ?》

 何のヒネリもない、ごくシンプルな本選ルールが、淡々と語られていく。
 参加者たちは、リンネの言葉に黙って耳を傾けている。

《ただしデュエルは1対1限定で、引き分けは両者負けとして扱うよ。誰にデュエルを挑んでもOKだけど、挑まれたデュエルを断ったり、途中で止めちゃうのはNG。その瞬間に本選敗退だからね。それと、デュエルを挑める相手がいるにも関わらず、3分間誰ともデュエルする意思を見せなかった場合も、強制的に負けにしちゃうから注意しようね。逃げてばっかりいちゃダメだよ》

 ここにきて、リンネの放送に戸惑いを見せているデュエリストは、1人としていない。
 この空間に集められた参加者たちは、リンネの言葉に耳を傾けながら、静かに闘志を研ぎ澄ませていた。

《前にも言ったけど、この大会に優勝すれば、わたしが何でも願いを叶えてあげる。ふふっ。絶対に叶えたい願いがある人は、頑張って優勝しなきゃね? それじゃ、さっそく本選を始めるよ? 準備はいいかな?》

 ある人は、自らの望みを叶えるために。ある人は、ただ単純に強さを求めるために。そしてまた、ある人は別の目的のために。
 様々な意図をもったデュエリストが、それぞれの意思で、本選に挑む。

《デュエル、スタンバイ! 本選、スタートだよ♪》

 リンネの合図を皮切りに、抑えられていた闘志が、一気に噴出する。
 そこかしこから、デュエルの開始を告げる掛け声があがる。
 真っ白な空間が、一瞬にして熱狂と興奮の渦に覆いつくされた。





 だが、5分と経たずに、熱狂の渦は絶叫の地獄へと変わる。





「『ヘルプロミネンス』で、相手プレイヤーにダイレクトアタック! ヘルフレイム・バイト!」

 それが初めて起こったのは、最初にデュエルに決着がついた瞬間だった。
 モンスターの攻撃が命中し、片方のプレイヤーのライフが0になる。
 ソリッドビジョンが消え、1人のデュエリストが本選で闘い続ける権利を失う。

 その瞬間、敗北したデュエリストの身体が、白い床に呑みこまれて消えた。

「は……?」
 勝ったはずのデュエリストは、目の前で起こった出来事を理解できずに、間の抜けた声を漏らす。
 しかし、彼の脳がそれを理解するよりも早く、第二、第三の悲劇が、彼らを襲った。

「何……だコレ……! 床が……がああっ!」
「うぐ……あ……息、が……できな……!」
「ひ、嫌……助け……きゃあああ!」

 次々と決着するデュエル。そして、そのたびに床に呑まれて消えていく敗者。
 数百組のデュエルが終わるころには、この異常な現象は、ここにいる全員に知れ渡っていた。

「おい……何がどうやってやがる……! いったい何なんだよコレは!」
 たった今まで闘っていたデュエリストが、床に呑まれて消えた。
 それを見て呆然としていた1人の男が、我に返って叫ぶ。
「おいリンネ! てめえ、これは一体どういうことだ! 答えろ!」
 おそらくこの場を監視しているであろうリンネに向かって、あらん限りの声を張りあげる。
 すると、誰かがそう叫ぶのを待っていたかのようなタイミングで、再びリンネの声が聞こえてきた。

《ああ。そういえば言い忘れてたね。実はね、予選とは違って、この本選は負けてもノーリスクじゃないんだ。この闘いに負けたデュエリストには、ちょっとした罰ゲームを用意してあるよ》

「罰……ゲーム、だと……?」
 誰かが、呆然と声をあげる。
 その掠れた声は、白い空間にやけによく響いた。

《この部屋は、わたしが神様の力で作りあげた空間なんだ。だから当然、わたしの力で操ることだって簡単なんだよ。たとえば、こんなふうにね》

 その言葉をきっかけに、床のいたる所から、一斉に白い糸のような触手が湧き出した。
「な……!」「うわ!」「きゃ!」「っ!」「く……!」「ぐぅっ!」
 うねうねと動くそれらは、今まさに本選を行っている最中の全参加者の身体に絡みつく。
 と同時に、白い床が溶けたように柔らかくなり、上に立つ人間たちを呑みこむ意思があるがごとく、うねり始めた。

《ふふっ。そんなに怖がらないで。今のはただのデモンストレーション。なにも、ここでみんなを取って食おうってわけじゃないから。第一、そんなことしたら、わざわざ大会を開く意味なんてないもんね》

 リンネの言葉通り、参加者の身体を束縛していた触手の力は、すぐに弱まった。
 出現の過程を逆回しするように、柔らかかった床は固くなり、無数の触手も床に消える。

《そう。これはあくまで敗者への罰ゲーム。この部屋に呑まれて消えるのは、本選に敗北したデュエリストだけ。前にも言ったよね? わたしは、みんなの本気のデュエルが見たいんだって。全力をつくして、力の限り闘ってもらいたい。だからこそ、わたしは、この罰ゲームを用意したんだ》

 絡みついていた触手から解放された。そのことに安堵する余裕はなかった。
 リンネの宣言。それが意味することは、たった1つ。

《大丈夫。安心していいよ。最後まで生き残った優勝者1人は、無事にここから帰してあげるから。ふふ。こう言えばみんな、全力で闘ってくれるはずだよね?》

 生き残れるのは、優勝者1人だけ。
 一度でも負けた2186人は、白い部屋に呑まれて消える。

《さあ、みんな。文字通り、死ぬ気のデュエルをわたしに見せて?》



 その言葉を合図に、本選会場は、阿鼻叫喚の地獄と化した。



 ◆



 飛び交う怒号。錯綜する悲鳴。
 白い空間で、何百人ものデュエリストが、必死の形相で闘っている。

 リンネの発言が与えた影響は、これ以上ないほどに絶大だった。
 唐突に放りこまれた、命懸けの闘い。そんな極限状況下でのデュエルで、参加者たちの闘争心は限界まで研ぎ澄まされていた。
 欲望と生存本能を剥き出しにして、ぶつかり合うデュエリストとデュエリスト。
 デュエルは長期化し、ギリギリの接戦も増える。

 だがそれでも、デュエルが終われば、必ずどちらか一方は負ける。

「ハ……ハハ……これで終わりだ! 死ね! 『宇宙獣(そらけもの)ガンギル』で、アンタのモンスターを攻撃!」
「罠カード『バーストブレス』発動。君の場のエーリアンは全滅だ。僕のターン。『ソルロード・ドラゴン』で、相手プレイヤーにダイレクトアタック」
 黄金に輝く両翼をはためかせ、巨大なドラゴンのブレスがプレイヤーを焼き尽くす。
 3900もあった男のライフポイントは、またたく間に0になる。

「ひ……! 身体が……沈む……! ア……アンタ……助け……くれ……! オレは、まだ……死にたく……な……!」
 悲痛な叫びが、勝者――――タイヨウの胸に突き刺さる。
 白い床に呑みこまれていく男の姿を見て、こみあげてくる感情を必死に抑える。
 自分がデュエルに勝つたびに、1人の人間が消える。
 その事実から目をそむけて、ただ立ちはだかる相手を倒し続ける。

「これで、6人目……」
 たった1人で“組織”を壊滅させ、妹を救いだすことに成功したあの日。
 これからいかなる障害が立ち塞がろうと、絶対に自らの手で道を切り開いていけると信じていた。
 だが、その信念は、リンネと出会った瞬間に瓦解した。
 決して越えることのできない壁の存在を、知ってしまった。

 タイヨウと、妹ミリィの身体には、リンネの手によって“爆弾”が埋めこまれている。
 今は見えなくなっている“爆弾”を解除するための条件は、タイヨウがこの大会で優勝すること。
 2186人の犠牲の上にしか、タイヨウにとっての救いはない。

「お……おい! そこのオマエ! 俺とデュエルしろ! 早く!」
 デュエルの意思がないまま3分が経過すれば、問答無用で敗北。
 リンネの作りだしたこのシステムの中では、わずかな休息すら許されない。
 タイヨウは、息つく間もなく次のデュエルに巻きこまれる。

「「デュエル!!」」
 鬼気迫る表情でカードを出す相手に、タイヨウは淡々と対処する。
 感情を廃した、機械的なデュエル。それでもタイヨウの実力が鈍ることはない。
 むしろ、一切の容赦がなくなった分だけ、より強さが増しているとも言えた。

「7人目……」
 他のすべてを犠牲にしても、たった1人の妹を守る。
 かつて、そう誓って地下デュエル界に身を置くと決めたころの自分に戻ったようだった。
 目の前の人間に、決して価値を見出さないように。決して心を動かされることのないように。
 ただ相手を倒すための機械となって、もっとも効果的な方法で、相手のライフを0にする。

「シンクロ召喚。ソルロード・ドラゴン。『魔轟神ヴァルキュルス』に連続攻撃。続けて、相手プレイヤーにダイレクトアタック。僕の勝ちだ」
 修羅と化したタイヨウのデュエルは、ただただ圧倒的だった。
 彼の前では、予選を突破したデュエリストであっても赤子同然。
 危なげなく8人抜きを果たしたタイヨウは、そのまま9人目のデュエリストに勝負を挑む。

「3体のモンスターで、相手プレイヤーにダイレクトアタック」
 わずか5ターン目にして、8000あったはずの相手ライフは残り1400になっていた。
 返しのターンの攻撃を難なくしのぎ、続く7ターン目で切り札を召喚する。
「ソルロード・ドラゴンで攻撃。シャイニング・フォース」
 タイヨウが勝利を思い描いたその瞬間、相手のデュエリストは、ゆっくりと口を開いた。


「フフ……デュエリスト能力発動……。任意のタイミングで、自分または相手のライフポイントを、8000ポイントにします……」

 相手 LP:1400 → 8000 → 5100 → 8000


 残り60人程度となった白い空間で、タイヨウの相手――レベル5能力の使い手、波佐間京介は、不敵に笑った。





間章(4)−2



 吉井康助が目覚めると、そこは真っ白な空間だった。

「ん……あれ……? ここは一体……?」
 眠っていた、のだろうか。どうも記憶があやふやで、今の状況がつかめない。
 身体を起こして、あたりを見回す。床も壁も天井も白一色。塵一つ落ちていない、不自然なほどに清潔な場所だった。
 ポケットから携帯電話を取り出して、今の時刻を確認する。8月1日の14時。
 誰かと連絡を取ろうとも考えたが、どうやらこの場所では携帯電話は繋がらないようだ。
 自分の置かれた状況を整理していくにつれて、おぼろげな記憶が、少しずつ蘇ってくる。

「たしか僕は、リンネと特訓をしていて……」



 ◆



 8月1日、火曜日。予選が始まった日から数えて4日目。

 例によってリンネは、次から次へとデュエリスト能力者を倒して回っていた。

「魔法カード発動『封魔一閃』! がら空きの相手フィールドに、2体のモンスターでダイレクトアタックだよ!」
 あれよあれよという間に、相手のライフポイントが0になる。
 そしてその様子を、隠れて見ている人間が、1人。

「さ、ヨシイくん。出てきていいよ」
 リンネに呼ばれ、物陰に隠れていた康助が姿をあらわす。
「今の相手で、全部で30人の能力者を倒して回ったことになるね。どう? そろそろ特訓の成果が出てきたんじゃない?」
「そう言われても……。僕の何かが変わったようには……」
「そっかそっか。まあ、ヨシイくんがそう思うなら、そうなのかもね♪」
「…………」
 大会参加者を探しては、リンネがデュエルを申しこむ。
 全参加者の能力やデッキをあらかじめ知っているらしいリンネは、相手の弱点となるようなデッキで参戦して、数ターン以内に圧勝する。
 そして、その様子を康助は陰からずっと観戦している。
 予選が始まってから今日まで、康助とリンネは、ずっとこんなことばかりを繰り返していた。

「あの……。たしかリンネは、僕が強くなるための方法を教えてくれるって言いましたよね……」
「うん。ヨシイくんを世界最強のデュエリストにしてあげる、って約束したよ」
「でも僕、3日前から全然強くなったような気がしないんですけど……」
 言っていて、他力本願だとは自分でも思う。
 だが、こうして康助がリンネに付き合っているのは、リンネが自分のことを強くしてくれると言ったからなのだ。
 それなのに、いつまで経ってもリンネのデュエルを観戦するだけ。それに何の意味があるのかも説明してもらえない。
 今は午前11時30分。あと30分で予選は終わり、約束の期限は過ぎてしまう。
 にも関わらず、康助は、自分が少しでも強くなったとはまったく思えなかった。

「そう思うなら、試してみよっか」
「え……?」
「この特訓の成果を試す、いわば卒業試験みたいなものかな。これからヨシイくんを、とあるデュエリストに会わせてあげる。その相手とデュエルしてみれば、今のヨシイくんの本当の実力が見えてくるはずだよ」
「はぁ……。それで、その相手っていうのは、誰なんですか?」
「ふふっ。それはヒ・ミ・ツ。会ってみてのお楽しみ。それじゃ、早速送るよ? 準備はいいかな?」
「へ? 送るって何を――」
「ヨシイくん1名、白の部屋にご案内〜♪」

 そこでいったん、康助の意識はぷっつりと途切れた。



 ◆



「送るって、僕の身体のことか……」
 ようやく自分がここにいる理由を思い出し、康助はため息をつく。
 2時間以上、意識を失っていたことになるが、とくに身体に目立った異常はないようだ。
「それにしても、もうこのくらいじゃ驚かなくなっている自分が怖い……」
 ずっとリンネと一緒にいたから、異常事態に関する感覚が麻痺してしまっているのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、“白の部屋”とやらを歩き回ってみる。

 10分ほど経ったころだろうか。
 突然、康助の目の前に、ぽっかりと空間が穴を開けた。
「これ、は……」
 穴。そうとしか表現のしようがない何かが、そこに浮かんでいた。
 人間が1人すっぽり収まるくらいの穴が、空中に浮かんでいる。
 穴の中には、これまたよくわからない何かが、渦を巻くようにうごめいていた。
「……この中に入れ、ってことだよね」
 リンネは、康助を、とある相手に会わせると言っていた。
 ならば、この穴に入れば、そのデュエリストとやらがいる場所へとワープできるのだろうか。

「………………」
 得体の知れない穴を前にして、思わず後ずさってしまう。
 すがるように周りを見回すが、白一色で、穴の他に目につくものは何もない。
「はぁ……。覚悟を決めるしかない……か」
 リンネのやることだ。きっと悪いようにはならないだろう。
 康助は、ぎゅっと目をつむると、思い切って穴の中へと飛びこんだ。





7章  頂上決戦



「『ソルロード・ドラゴン』でダイレクトアタック。シャイニング・フォース!」
 閃光のブレスが、相手のデュエリストを打ちぬく。
 ライフポイントが0になった相手は、悲鳴をあげて白い床に呑みこまれて、消えた。

 デュエルの勝者――タイヨウは、闘いの後にも関わらず、少しも息を乱していない。
 あたりを見回し、もう自分以外に残っている人間がいないことを確認すると、思いきり声を荒げて叫んだ。


「さあ、君の思惑通り、僕が優勝者になってやったぞ! 姿を現せ、リンネ!」


 その声に応じて、ショートカットの少女が、白い空間に姿を見せる。相変わらず、どこから現れたのかは分からない。
 リンネは、満面の笑みを浮かべて言う。
「ふふっ。タイヨウさんは、やっぱりわたしが見こんだ通りのデュエリストだったね。世界中のデュエリスト能力者の中から選りすぐられた2187人の、そのさらに頂点に立つ。これって、なかなかできることじゃないよ」
 合計13回にもおよんだ連続デュエル。その中には、何人か、かなりの実力者も含まれていた。とくに、9戦目で闘った、アンデット使いのデュエリストは強敵だった。
 しかし最終的に、タイヨウはそのすべてを勝ち抜いた。
 たとえ他のデュエリストを手にかけることになっても、彼自身の目的を達成するために。
「約束だ。僕とミリィに仕掛けた“爆弾”とやらを解除しろ」
 続けて、もう1つ。
「それと早速、この大会の優勝者に与えられる権利を使わせてもらう」
 大会優勝者に与えられる、なんでも願いを叶えてもらえる権利。
 それを今、行使する。
「この本選で、白い床に呑まれた参加者たち。それと、君の行動によって被害を受けた人間が他にもいるならば、その人たちも含めて全員。彼らを、元の状態に戻せ。そして、もう二度と人間の世界に干渉してくるな。これが僕の願いだ」
 そこまで一息に言い切って、リンネを睨みつける。

「あははっ。なるほどね。さすがは正義の味方さんだ。わたしのやったことが、そんなに許せない? わたしはただ、みんなに全力でデュエルをして欲しかっただけなんだけどな」
「黙れ。君の御託は聞き飽きた。今すぐに約束を果たして、ここから消えろ」
「もう。嫌だな。そんなに睨まないでよ。もちろん約束は守るよ。それに、そもそもわたしは、誰も殺してなんかいないんだよ? この白い部屋に呑みこまれた人たちは、死んでなんかいない。ただ、わたしが指示するまでの間、ちょっと眠ってもらっているだけなんだ」
「……僕やミリィと同じ、人質ってわけだ」
「はは。そうとも言えるかもね。それで、タイヨウさんは、その人たちの解放を望むってわけだ。それは一向に構わないし、タイヨウさんたちに仕掛けた“爆弾”だって、すぐに解除してあげてもいいよ。でも、もう二度と人間に手を出すな、ってお願い。それだけはちょっと困るんだ」
「なんでも願いを叶えると言ったのは君だ。その約束を破る……ってことかな」
 もちろん、その可能性は十分に理解していた。
 リンネは、人間を成長させるために大会を開いたと言いながら、その実、何か裏の目的のために動いている。
 神のごとき力を備えたリンネが、自分にとって都合の悪い願いを、馬鹿正直に叶えてやる義理などないのだ。
 しかしリンネは、ここで予想外の言葉を口にする。

「ああ。勘違いしないで。なにもわたしは、願いを叶えてあげないって言ってるわけじゃないんだよ」
「……どういうことだ」
「この大会で優勝した人の願いを、なんでも叶えてあげる。わたしの約束はこうだったよね。でもね。実はまだ、本選は続いているんだ。優勝者はまだ、タイヨウさんに決まったわけじゃない」
 その言葉に、タイヨウは初めてわずかに動揺を見せる。
「……もう、ここには僕以外のデュエリストは残っていないはずだ」
「そうだよ、今はね。でも実は、この部屋に集めた2187人の他に、1人だけ、わたしが特別に本選への参加を許可したデュエリストがいるんだ。タイヨウさんには、これからその1人とデュエルしてもらうよ」
 たしかにリンネは、この白い部屋に集まったデュエリストが、本選参加者のすべてだとは言っていなかった。
 屁理屈スレスレの理屈。だが、たとえ無茶な理屈だろうと、リンネの言うことに逆らえるはずもない。
「そのデュエリストとやらに勝てば、今度こそ本当に優勝なんだろうね」
「うん。約束は守るよ。彼に勝てたら、タイヨウさんは優勝決定。わたしの罰ゲームを受けた人たちは全員解放するし、もう二度と人間の世界に手を出さないと誓ってあげる」
「……分かった。その相手とやらを、ここに連れてこい」
 リンネが、今の約束を本当に守ってくれる保証はどこにもない。
 しかし、タイヨウには、リンネの言葉を信じる以外の選択肢は残されていなかった。
 余計な感情を排除して、自らを、ただデュエルに勝つための機械に変える。
「ふふっ。それじゃ、本選最後のデュエル、真の頂上決戦を始めるよ」
 そう言うやいなや、リンネの姿が煙のようにかき消えた。

 と同時に、どこからともなく1人の少年が姿を現す。
 少年は、身体をこわばらせ、固く目を閉じていた。
 しばらくして、おそるおそる目を開けると、ぽつりと呟く。

「あ……あれ……。またさっきと同じ、白い部屋……?」

 少年とタイヨウ、2人の戸惑いをよそに、リンネのアナウンスが部屋中に響きわたる。


《ヨシイコウスケ vs タイヨウさん。最終決闘、スタートだよ♪》



 ◆



「デュエル!」「でゅ……デュエル!」

 微妙に噛み合わない合図とともに、最後のデュエルが始まった。

「僕のターン、ドロー。『戦士ラーズ』を召喚。効果で『ソード・マスター』をデッキトップに置く。カードを2枚伏せて、ターン終了だ(手札:5→6→3)」

 戦士ラーズ 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻1600・守1200

 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキから「戦士ラーズ」以外のレベル4以下の戦士族モンスター1体を選択し、デッキの一番上に置く。

 (2ターン目)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・タイヨウ LP8000 手札3
     場:戦士ラーズ(攻1600)
     場:伏せ×2

「ぼ……僕のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 目の前の少年――ヨシイという名らしい――を観察して、タイヨウはすぐに違和感に気づく。
 カードをあつかう、たどたどしい手つき。強いデュエリストに特有の、闘気のようなものも一切見られない。
 そして何より、この少年からは、命懸けで闘っているという必死さが一切感じられない。
(まさか、この少年は、事情を一切知らずにデュエルしているのか……?)
 リンネは少年のことを、特別に本選への参加を許可したデュエリストだと言っていた。
 特別枠。ならば、リンネが本選のルールを、罰ゲームの内容を教えていないことも十分に考えられる。
 それに、もしかすると、このデュエルが大会の一環であることすら分かっていないのかもしれない。

 だとすれば、少年にそのことを伝えるべきだろうか。
 この闘いで負けたプレイヤーは、白い床に呑まれて消えることを。
 少年は、何らかの目的でリンネに利用されていることを。

 そこまで考えて、しかしタイヨウは首を横に振る。
(言ったところで、この状況は何も変わらない)
 伝えようと伝えまいと、最終的にタイヨウは少年に勝たなければならない。
 ここで勝って、約束どおり、この少年も含めた全員の命を救ってもらう。それしか道はないのだ。
 だとすれば、少年と不必要な会話をするのは避けるべきだ。
 下手に言葉を交わせば、ためらいが生まれてしまうかもしれないから。
 お互いに見ず知らずの関係のまま、このデュエルを終わらせるために。

「僕は、モンスターを裏側守備表示でセット! カードを1枚伏せて、ターンエンドです!(手札:6→4)」

 (3ターン目)
 ・吉井 LP8000 手札4
     場:伏せ×1
     場:裏守備×1
 ・タイヨウ LP8000 手札3
     場:戦士ラーズ(攻1600)
     場:伏せ×2

「僕のターン、ドロー。手札から『不意打ち又佐』を召喚する(手札:3→4→3)」

 不意打ち又佐 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻1300・守800

 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
 このカードは表側表示でフィールド上に存在する限り、コントロールを変更する事はできない。

 今まで同様、このデュエルを長引かせる気は毛頭ない。最初から全力で攻める。
「『戦士ラーズ』で、裏守備モンスターを攻撃。アクセル・ブレード!」
 攻撃を宣言した瞬間、少年がほっとしたような表情を浮かべたのを、タイヨウは見逃さない。
 おそらく、この攻撃によって少年のモンスターが破壊されることはないだろう。

 (攻1600)戦士ラーズ → 裏守備 → 岩石の巨兵(守2000)

 タイヨウ LP:8000 → 7600

 だがそれは、タイヨウの攻めを余計に加速させる結果になるだけだ。
「この瞬間、手札から『ソード・マスター』を特殊召喚する(手札:3→2)」

 ソード・マスター チューナー・効果モンスター ★★★ 地・戦士 攻1200・守0

 自分フィールド上に存在する戦士族モンスターの攻撃によって相手モンスターが破壊されなかったダメージステップ終了時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 タイヨウのフィールドに並んだ、3体のモンスターに2枚の伏せカード。
 わずか3ターン目にして、彼が切り札を呼ぶための、必勝の布陣は整った。

「リバーストラップ発動。『レベル・リチューナー』!」

 レベル・リチューナー 通常罠

 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体のレベルを2つまで下げる。

 ソード・マスター レベル:3 → 1

 レベル1のチューナーに、レベル3とレベル4のモンスター。
 それらを今、1つに束ねる。
 融合召喚とも儀式召喚とも違う、まったく新しい召喚方法で。

「『緊急同調』発動。レベル3『不意打ち又佐』と、レベル4『戦士ラーズ』に、レベル1『ソード・マスター』をチューニング!」

 緊急同調 通常罠

 このカードはバトルフェイズ中のみ発動する事ができる。シンクロモンスター1体をシンクロ召喚する。

「日輪を統べる光の王よ。黄金の輝きを纏いて今、姿を現せ! シンクロ召喚! 降臨せよ、『ソルロード・ドラゴン』!」

 光の柱が立ちのぼり、白い空間を真っ二つに割る。
 空の裂け目から姿をあらわしたのは、見る者を圧倒させるほどの威厳を誇る、金色に輝く巨竜だった。

 ソルロード・ドラゴン シンクロ・効果モンスター ★★★★★★★★ 光・ドラゴン 攻2400・守2100

 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、コントローラーへのカードの効果によるダメージを0にする。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「ソルロード・ドラゴンで、岩石の巨兵を攻撃。シャイニング・フォース!」

 重々しく開かれた大きな顎が、黄金の輝きをまとう。
 吐き出された光のブレスは、ちっぽけな巨兵をあとかたもなく吹き飛ばした。

 (攻2400)ソルロード・ドラゴン → 岩石の巨兵(守2000):【破壊】

 吉井 LP:8000 → 7600

 貫通ダメージが、少年の身体を襲う。思わず後ずさる少年の顔は、戸惑いに満ちていた。
 おそらく少年は、このターンに何が行われたのか、まったくと言っていいほど何も理解できていないだろう。
 それもそのはず。シンクロ召喚とは、デュエルモンスターズに新たな進化の可能性をもたらすために開発された、新しい召喚システムなのだから。
 将来的にどうなるかは不明だが、今の段階では、試作品として作られたシンクロモンスターは、世界中を探しても数えるほどしか存在しない。
 タイヨウとて、かつてレイティア家の貴族として生活していたころ、この貴重なカードを譲り受けることができたのは、まったくの偶然からだった。
 それに、タイヨウは『ソルロード・ドラゴン』を、長かった地下デュエル生活でほとんど使用したことがない。“組織”のボスがその存在を知らなかったのも、無理のないことだった。

「僕のターンは、これで終了だ」
 しかし、ここにきて実力の出し惜しみをする理由はない。
 自分の持てる力のすべてを、最も効果的にぶつけて、少年を倒す。
 ただそれだけを考えて、行動する。

 (4ターン目)
 ・吉井 LP7600 手札4
     場:伏せ×1
     場:なし
 ・タイヨウ LP7600 手札2
     場:ソルロード・ドラゴン(攻2400)
     場:なし

「ぼ……僕のターン、ドロー!(手札:4→5)」
 おっかなびっくりという様子で、少年がカードを引く。
 少しのあいだ、何か考えていたかと思うと、1体のモンスターを召喚した。

「僕は、手札から『ビッグ・シールド・ガードナー』を召喚します!(手札:5→4)」

 ビッグ・シールド・ガードナー 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻100・守2600

 裏側表示のこのモンスター1体を対象とする魔法カードの発動を無効にする。その時、このカードは表側守備表示になる。
 攻撃を受けた場合、ダメージステップ終了時に攻撃表示になる。

 防御に特化した能力を持つ、守備力2600の効果モンスター。
 それをわざわざ攻撃表示で出すという行動から、タイヨウはすぐに少年の意図を見抜く。

「魔法カード発動! 『右手に盾を左手に剣を』!(手札:4→3)」

 右手に盾を左手に剣を 通常魔法

 エンドフェイズ終了時まで、このカードの発動時に存在していたフィールド上の全ての表側表示モンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を入れ替える。

 ビッグ・シールド・ガードナー (攻100・守2600) → (攻2600・守100)
 ソルロード・ドラゴン (攻2400・守2100) → (攻2100・守2400)

「『ビッグ・シールド・ガードナー』で『ソルロード・ドラゴン』を攻撃します! シールド・アタック!」

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー → ソルロード・ドラゴン(攻2100):【破壊】

 タイヨウ LP:7600 → 7100

 魔法で弱体化したドラゴンの身体を、巨大な盾が押しつぶす。
 相手の切り札らしきモンスターを破壊して、少年はたまらずガッツポーズを決めた。

 だが、そんな行動すらもタイヨウの攻めを加速させるだけの結果に終わる。

 たしかに、少年の判断には何らおかしいところはなかった。
 相手のエースモンスターを破壊できれば、デュエルは大きく有利になる。
 『ソルロード・ドラゴン』をタイヨウの切り札だと見抜き、すぐにコンボを使って戦闘破壊を狙ったこと。それ自体は、誰に文句を言われるでもなく、妥当な選択だった。
 現に、もしタイヨウが『ソルロード・ドラゴン』を失えば、彼のデッキは攻撃の要を欠いて、その勢いを大きく削がれることになるはずだ。

 ただ、それでも、少年は間違っていた。
 少年は、知らなかったのだ。
 タイヨウが、一度召喚された『ソルロード・ドラゴン』を失うことは、決してありえないということを。

 『ソルロード・ドラゴン』がタイヨウの切り札たりえるのは、ソルロード・ドラゴン自身の効果のおかげではない。
 タイヨウが『ソルロード・ドラゴン』を召喚することそのものが、ソルロード・ドラゴンを彼の切り札たらしめているのだということを。

「……戻れ、ソルロード・ドラゴン」
 ぽつりと、タイヨウが呟いた瞬間だった。


 たった今破壊されたはずのソルロード・ドラゴンが、何事もなかったかのようにフィールド上に存在していた。


「え……?」
 今度こそ、唖然とする少年。
 何のカードエフェクトも発動した様子はなかった。
 なのに、確実に倒したはずのドラゴンが、まるで時間が巻き戻ったかのように、そのままフィールド上に居座っている。
 ――いや。そのままというのは間違いだ。
 黄金の竜の攻撃力と守備力は、倒される前よりも、さらに高くなっていた。

 ソルロード・ドラゴン (攻2400・守2100) → (攻2900・守2600)

「どういう、こと……ですか……?」
 少年は、すがるような目でこちらを見つめてくる。
 タイヨウは、最低限の返事だけを返した。


「これが僕のデュエリスト能力。『自分フィールド上のシンクロモンスターが自分の場を離れたとき、そのモンスターを、場を離れる前と同じ表示形式で自分の場に戻す。その際、元々の攻撃力・守備力は、場を離れる前の元々の攻撃力・守備力に500ポイントを加えた値になる』。……レベル5だよ」


「そ……そんな……」
 少年の顔が、絶望に染まる。
 そんな反応を返すデュエリストも、タイヨウはこの本選で何度も目にしてきた。
「まだ今は君のターンだ。ターンを終了するのかい」
 わざわざ少年を気づかう必要はない。今はただ淡々と、デュエルの進行をうながすだけだ。

「か……カードを1枚伏せて、ターンエンド、です……(手札:3→2)」

 ビッグ・シールド・ガードナー (攻2600・守100) → (攻100・守2600)

 (5ターン目)
 ・吉井 LP7600 手札2
     場:伏せ×2
     場:ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)
 ・タイヨウ LP7100 手札2
     場:ソルロード・ドラゴン(攻2900)
     場:なし

「僕のターン、ドロー(手札:2→3)」
 この4ターンの攻防で、少年の実力はおおよそ把握した。
 はっきり言って、弱い。
 デュエリスト能力の有無は不明だが、それ以前の問題として、闘い方が素人そのものなのだ。
 何かを隠すため、わざと弱いように演技しているという訳でもなさそうだ。
 もしこの少年が予選に参加したとしたら、最初のデュエルであっさり負けてしまったとしても何ら違和感はない。

(こんな相手とデュエルさせて……リンネはいったい何を企んでいる?)
 少年のデッキは守備重視。完全に切り崩すにはまだ数ターンを要するだろうが、苦戦する要素はまったく見当たらない。
 油断でも慢心でもない。どう贔屓目に見ても、このデュエルは、このまま自分が圧倒し続けて終わるだろう。
 強大な相手と闘わされることを覚悟していたタイヨウは、正直、肩すかしをくらった気分だった。

(とはいえ、悩んでいても仕方がない)
 リンネの目的は不明。この闘いにどんな意味があるのかも分からない。
 それでも、いや、そうだからこそ、この少年を倒す以外に道はないのだ。
 脇道にそれそうになる思考を頭から追い出し、目の前のデュエルに集中する。

「ソルロード・ドラゴンで、ビッグ・シールド・ガードナーを攻撃。シャイニング・フォース!」

 (攻2900)ソルロード・ドラゴン → ビッグ・シールド・ガードナー(攻100):【破壊】

 吉井 LP:7600 → 4800

 少年がわずかでも隙を見せれば、タイヨウは決してそれを逃さない。
 たった攻撃力100のモンスターを光のブレスが打ち抜き、あっさりと2人のライフポイントが逆転する。
 そして、タイヨウのバトルフェイズは、まだ終わらない。

「手札から速攻魔法『神秘の中華なべ』を発動する。僕がリリースするのは、ソルロード・ドラゴンだ!(手札:3→2)」

 神秘の中華なべ 速攻魔法

 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 タイヨウ LP:7100 → 10000

 タイヨウのレベル5能力は、シンクロモンスターが自分の場を離れたときに発動して、そのモンスターを自分の場に戻す。
 破壊されても、除外されても。
 墓地に送られても、手札に戻されても。
 エクストラデッキに戻されても、コントロールを奪われても。
 表側表示も裏側表示も関係なく、ソルロード・ドラゴンは、場を離れる前とまったく同じ表示形式で、必ずタイヨウの場に戻る。
 たとえ、自分のカードのコストにした場合でも、例外ではない。

 ソルロード・ドラゴン (攻2900・守2600) → (攻3400・守3100)

 そして、そのたびに、ソルロード・ドラゴンの元々の攻撃力と守備力は、500ポイントずつ上がる。
 何度倒されても復活し、500ポイントずつ攻撃力を上げていく。
 これが、タイヨウの能力の正体。この大会が始まる少し前に覚醒し、それ以来ずっとタイヨウの最強の座を確たるものにしてきた、レベル5のデュエリスト能力だ。

「バトルフェイズ中にフィールドに帰還したソルロード・ドラゴンには、再び攻撃が許される。相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 (攻3400)ソルロード・ドラゴン −Direct→ 吉井 康助(LP4800)

 黄金の光のブレスが、今度は直接、少年に向かって放たれる。
 
「トラップカード発動、『ガード・ブロック』! 僕が受ける戦闘ダメージを0にします!」

 ガード・ブロック 通常罠

 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 吉井 手札:2 → 3

「カードを2枚伏せて、ターン終了だ(手札:2→0)」
 ソルロード・ドラゴンの攻撃が止められることも想定内。
 次なる攻撃の布石を打って、ターンエンドを宣言する。

「タイヨウさんのエンドフェイズに、リバースカード発動です! 『スケープ・ゴート』!」

 スケープ・ゴート 速攻魔法

 このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。
 自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。
 このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。

 貫通能力持ちのソルロード・ドラゴンを前にして、守備力0の羊トークンを特殊召喚する。
 一見すると、自殺行為にも思える少年の行動。
 しかし、タイヨウはすぐにその意図を看破する。
 少年の狙いを阻むためのトラップカードは、すでに場に伏せてあった。

 (6ターン目)
 ・吉井 LP4800 手札3
     場:なし
     場:羊トークン(守0)×4
 ・タイヨウ LP10000 手札0
     場:ソルロード・ドラゴン(攻3400)
     場:伏せ×2

「僕のターン、ドロー!(手札:3→4)」
 少年のターンが始まる。
 そして召喚されたのは、タイヨウの予想と寸分違わぬモンスターだった。

「僕は、手札から、『機動砦のギア・ゴーレム』を召喚します!(手札:4→3)」

 機動砦のギア・ゴーレム 効果モンスター ★★★★ 地・機械 攻800・守2200

 メインフェイズ1でのみ発動することができる。
 800ライフポイントを払う。このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃をする事ができる。

「さらに、ギア・ゴーレムに、『団結の力』を装備します!(手札:3→2)」

 団結の力 装備魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

 少年のフィールドには、ギア・ゴーレムと羊トークンが4体。
 合計4000ポイント、ギア・ゴーレムの攻撃力と守備力が上昇する。

 機動砦のギア・ゴーレム (攻800・守2200) → (攻4800・守6200)

「ギア・ゴーレムの効果発動! 800ポイントのライフを支払うことで、このターン、相手プレイヤーへのダイレクトアタックが可能になります!」

 吉井 LP:4800 → 4000

「行きます! 機動砦のギア・ゴーレムで、タイヨウさんにダイレクトアタックです!」

 飛行能力を備えたゴーレムが、ソルロード・ドラゴンを飛び越えて直接タイヨウに迫る。

 (攻4800)機動砦のギア・ゴーレム −Direct→ タイヨウ(LP10000)

 タイヨウの場には、破壊しても復活する攻撃力3400のソルロード・ドラゴン。
 ソルロード・ドラゴンの効果で、タイヨウへの効果ダメージは無効化される。
 ならば、タイヨウへの直接攻撃を狙うしかない。
 少年は、そう考えて行動したのだろう。

 だが、それもまた間違いだった。
 タイヨウの敷いた布陣は、直接攻撃も含めた、あらゆる相手の攻撃を遮断する。

「永続トラップカード、発動」

 タイヨウが呟いた瞬間、ギア・ゴーレムの動きがぴたりと停止した。

「『強制終了』の効果発動だ。ソルロード・ドラゴンを墓地に送ることで、このターンのバトルフェイズを終了する」

 強制終了 永続罠

 自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。
 この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 少年のバトルフェイズが終了し、ギア・ゴーレムの攻撃は無効になる。
 そして、墓地に送られたソルロード・ドラゴンは、タイヨウのデュエリスト能力によって、すぐに場に戻る。

 ソルロード・ドラゴン (攻3400・守3100) → (攻3900・守3600)

「そんな……。強制終了、だなんて…………」
 少年の表情が、さらなる絶望に包まれる。
 無理もない。唯一残されていたはずの希望の道が、バッサリと断たれたのだから。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです……(手札:2→1)」

 (7ターン目)
 ・吉井 LP4000 手札1
     場:団結の力(装魔)、伏せ×1
     場:羊トークン(守0)×4、機動砦のギア・ゴーレム(攻4800)
 ・タイヨウ LP10000 手札0
     場:ソルロード・ドラゴン(攻3900)
     場:強制終了(永罠)、伏せ×1

「僕のターン、ドロー(手札:0→1)」
 タイヨウのデッキに組みこまれているギミックは、大きく分けて2つある。
 1つ目は、デュエリスト能力を発動させるための要である、『ソルロード・ドラゴン』を、できるだけ早くシンクロ召喚すること。
 この点については、3ターン目に達成されている。一度召喚してしまえば、絶対に場を離れないソルロード・ドラゴンの維持に気を使う必要はない。
 そして2つ目は、召喚されたソルロード・ドラゴンの攻撃回数を、できる限り増やすことだ。

「ソルロード・ドラゴンで、羊トークンに攻撃。シャイニング・フォース!」

 (攻3900)ソルロード・ドラゴン → 羊トークン(守0):【破壊】

 吉井 LP:4000 → 100

 貫通ダメージが、少年のライフの大半を削り取る。
 だが、タイヨウの攻撃は、まだまだ続く。

「トラップカード発動、『バーストブレス』。ソルロード・ドラゴンをリリースして、3体の羊トークンをすべて破壊する!」

 バーストブレス 通常罠

 自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げる。
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力以下の守備力を持つ表側表示モンスターを全て破壊する。

 羊トークン(守0):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】
 羊トークン(守0):【破壊】

 ソルロード・ドラゴン (攻3900・守3600) → (攻4400・守4100)

 数ある魔法・罠カードの中には、自分の場のモンスターを墓地に送って発動するものがある。
 そういったカードを使えば、強力な効果と引き換えに、代償として自分のモンスターを失うことになる。
 しかし、ソルロード・ドラゴンは、自分の場を離れるたびに攻撃力を上げて蘇る。
 加えて、自分のバトルフェイズ中に復活すれば、さらなる追加攻撃が可能になる。
 自分のモンスターを墓地に送るコストは、タイヨウにとってメリット以外の何物でもない。

「ソルロード・ドラゴンで、機動砦のギア・ゴーレムに攻撃。シャイニング・フォース!」

 (攻4400)ソルロード・ドラゴン → 機動砦のギア・ゴーレム(攻1600):【破壊】

「トラップカード発動、『ガード・ブロック』! 僕への戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローします!(手札:1→2)」

 ギア・ゴーレムは破壊されたものの、2枚目のガード・ブロックが、少年へのダメージを0にする。
 だが、2枚目のカード発動は、なにも少年だけに許された行為ではない。

「手札から速攻魔法『神秘の中華なべ』を発動。ソルロード・ドラゴンをリリースして、その攻撃力分、自分のライフを4400ポイント回復する!(手札:1→0)」

 ソルロード・ドラゴン (攻4400・守4100) → (攻4900・守4600)

 タイヨウ LP:10000 → 14400

「ソルロード・ドラゴンが墓地に送られてから場に戻ったことで、三度目の攻撃が可能になった。相手プレイヤーにダイレクトアタック。シャイニング・フォース!」

 (攻4900)ソルロード・ドラゴン −Direct→ 吉井 康助(LP100)

「て……手札から、『バトルフェーダー』の効果発動! このカードを特殊召喚することで、相手モンスターのダイレクトアタックを無効にして、バトルフェイズを終了します!(手札:2→1)」

 バトルフェーダー 効果モンスター ★ 闇・悪魔 攻0・守0

 相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
 このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「その効果にチェーンして、『強制終了』の効果発動。ソルロード・ドラゴンを墓地に送り、このターンのバトルフェイズを終了させる」

 ソルロード・ドラゴン (攻4900・守4600) → (攻5400・守5100)

 バトルフェイズの終了を『バトルフェーダー』の効果に任せず、あえて自分から『強制終了』の効果を使うことで、ソルロード・ドラゴンの攻撃力を500ポイント上げる。

「これで、僕のターンは終了だ」
 タイヨウは、このターンに決着をつけきれなかったことを内心で悔いつつも、そのまま自分のターンを終えた。

 (8ターン目)
 ・吉井 LP100 手札1
     場:なし
     場:バトルフェーダー(守0)
 ・タイヨウ LP14400 手札0
     場:ソルロード・ドラゴン(攻5400)
     場:強制終了(永罠)

「僕のターン、ドロー……(手札:1→2)」

 『バーストブレス』で相手モンスターを除去し、『神秘の中華なべ』で自分のライフを回復し、『強制終了』で相手の攻撃をすべて遮断する。
 そして、それらのカードを使うたびに、攻撃の要であるソルロード・ドラゴンの攻撃力は増していく。

 除去、回復、防御。そのすべてをバランス良く行いながら、高攻撃力のモンスターで連続攻撃を仕掛ける。
 たったそれだけの、シンプルな戦法。
 だが、シンプルであるがゆえに、タイヨウのデュエルはこれまでリンネ以外の誰にも破られなかった。
 誰にも負けないまま、全世界のデュエリスト能力者の頂点に立つことができた。

「カードを2枚伏せて、ターンエンドです……(手札:2→0)」

 『強制終了』がタイヨウの場に存在している限り、少年は、下手にバトルフェイズに入ることすらできない。
 手札をすべて場に伏せて、ターン終了を宣言した。

 (9ターン目)
 ・吉井 LP100 手札0
     場:伏せ×2
     場:バトルフェーダー(守0)
 ・タイヨウ LP14400 手札0
     場:ソルロード・ドラゴン(攻5400)
     場:強制終了(永罠)

「僕のターン、ドロー(手札:0→1)」
 実を言うと、タイヨウを相手にして9ターンも耐えることのできたデュエリストは少ない。
 だがそれは、少年がひたすらに守備だけを考えた闘い方をするからこそだ。
 少年の守備には、タイヨウと違って、その先の狙いが存在していない。
 守備のための守備。ただ少しでも長く生き延びるためだけの防御。
 守り抜いた先に、相手プレイヤーに勝利するヴィジョンがまったく存在していないのだ。
 少年の闘いは、典型的な初心者のデュエルスタイルの1つに過ぎない。
 そしてタイヨウも、それを分かっているからこそ、焦らず確実に少年を追い詰めていく。

「ソルロード・ドラゴンで、バトルフェーダーを攻撃。シャイニング・フォース!」

 (攻5400)ソルロード・ドラゴン → バトルフェーダー(守0):【破壊】

 黄金に輝く光のブレスが、バトルフェーダーを焼きつくす。
 自身の効果によって除外されたバトルフェーダーを貫いて、光弾はそのまま少年へと向かう。

「トラップカード発動! 『ガード・ブロック』です!(手札:0→1)」

 かろうじて、3枚目のガード・ブロックが、ソルロード・ドラゴンの貫通ダメージを0にする。
 しかし、タイヨウの攻撃はまだ終わらない。

「なら、僕も3枚目だ。手札から『神秘の中華なべ』を発動!(手札:1→0)」

 ソルロード・ドラゴン (攻5400・守5100) → (攻5900・守5600)

 タイヨウ LP:14400 → 19800

「もう一度、ソルロード・ドラゴンで攻撃する。シャイニング・フォース!」

 (攻5900)ソルロード・ドラゴン −Direct→ 吉井 康助(LP100)

 少年の使う防御トラップ『ガード・ブロック』は、3枚とも墓地に眠っている。
 攻撃力5900にまで膨れあがった巨竜のブレスが、少年目がけて一直線に放たれた。





《読者への挑戦状 2》



 読者への挑戦状 2





8章  覚醒の時



「え……永続トラップ『デプス・アミュレット』を発動します!(手札:1→0)」

 デプス・アミュレット 永続罠

 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 手札を1枚墓地へ捨て、相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 このカードは発動後3回目の相手のエンドフェイズ時に破壊される。

 康助の手札が1枚墓地に送られ、デプス・アミュレットの効果が発動する。
 ソルロード・ドラゴンのブレスは、康助の周囲を覆った結界に弾かれて、霧散した。

「墓地に送られた『ダンディライオン』の効果で、2体の綿毛トークンが守備表示で特殊召喚されます……」

 ダンディライオン 効果モンスター ★★★ 地・植物 攻300・守300

 このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。
 このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 せっかく特殊召喚された綿毛トークンも、守備力は0。
 貫通能力を持つソルロード・ドラゴンの前では、壁にすらならない。

「『強制終了』の効果で、『ソルロード・ドラゴン』を墓地に送ってバトルフェイズを終了させる。これで僕のターンは終了だ」

 ソルロード・ドラゴン (攻5900・守5600) → (攻6400・守6100)

 たとえ攻撃をしのいだとしても、レベル5能力と『強制終了』のコンボで、ソルロード・ドラゴンの元々の攻撃力・守備力は500ポイントずつ増していく。
 すでにソルロード・ドラゴンの攻撃力は6400。並大抵のモンスターでは、まるで歯が立たないほどの数値にまで膨れあがっていた。

 (10ターン目)
 ・タイヨウ LP19800 手札0
     場:強制終了(永罠)
     場:ソルロード・ドラゴン(攻6400)
 ・吉井 LP100 手札0
     場:綿毛トークン(守0)×2
     場:デプス・アミュレット(永罠)

「ぼ……僕のターン、ドロー!(手札:0→1)」

 かろうじて相手の猛攻をしのぎきった康助が、このターンに引いたドローカード。
 それは、通常魔法『マジック・プランター』だった。

 マジック・プランター 通常魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 このターンに康助が取りうる選択肢は2つある。

 1つは、引いた『マジック・プランター』を手札に残し、このままターンエンドを宣言することだ。
 こちらを選べば、マジック・プランターを捨てて『デプス・アミュレット』の効果を使うことで、ソルロード・ドラゴンの攻撃を1度だけ防ぐことができる。
 だが、これでは康助の状況は一切良くならない。次のターン、『ソルロード・ドラゴン』の攻撃回数を増やすカードを引かれでもしたら、一巻の終わりだ。

 ゆえに、必然的に康助の取る行動は1つに決まる。

「『デプス・アミュレット』を墓地に送って、『マジック・プランター』を発動します……(手札:1→0)」

 場に残された唯一の防御カードを捨て、まだ見ぬ2枚の手札に懸ける。
 それしか道は残されていなかった。

「………………」

 しかし、自分のデッキからカードを引こうとした康助の手が、止まる。

 ――ここで僅かばかりの延命をして、何になる?

 そんな邪念が、康助の脳裏をよぎる。

 たしかに、2枚の手札があれば、次のターンの攻撃をしのぎきれる可能性もあるだろう。
 だが、それだけだ。何の展望もなく、ずるずるとターンを浪費していくだけ。

 目の前のデュエリスト――タイヨウという名前らしい――の強さは、これまで闘ってみて良くわかっている。
 自分程度のデュエリストなど足元にもおよばないほど、はるかに格上。
 そんな相手が、おそらく本気で自分を潰しにきている。
 10ターンもの間、耐えることができたのは、ただ守り続けて延命するだけの戦術をとってきたからこそだ。

 相手の強さも、自分の弱さも、痛いほど身にしみて理解している。
 たとえこの2ドローで、デッキに入っているどのカードを引いたところで、タイヨウに勝つことは決して不可能。
 自分がどう足掻こうと、デュエルの結果は覆らない。
 これまで何度も味わってきた虚無感が、あらためて康助を襲う。

 ――サレンダー、するしかない、か。

 結局、自分は何一つ変わることができなかった。
 諦めて、サレンダーの意思を表明するため、自分のデッキに手を伸ばし――



《もう諦めちゃうの? ヨシイくん》



「リン……ネ……?」

 康助にとって、この3日間慣れ親しんだ存在の声が、脳裏に響いた。

「……? どうした。カードをドローしないのかい」
「あ、えっと、はい。引きます……」

 思わず声をあげてしまった康助に、タイヨウは淡々とデュエルの進行を促してくる。
 おそらく、今のリンネの声は、康助にのみ聞こえているのだろう。

 ――でも、何のために?

 状況がつかめず、慌ててカードを引こうとすると、ふたたびリンネの声が聞こえてくる。

《そのカードをドローする前に、わたしとヨシイくんの2人だけで、ちょっとお話しよ?》

「え……?」

 疑問の声をあげる間もなく、康助の視界が、突然眩いばかりの光に覆われた――――。



 ◆



「ここ……は……?」

 ふと気がつくと、康助は何もない空間に浮かんでいた。

 立っていた、ではなく、浮かんでいた。
 いや、その表現も正確ではないだろう。

 この空間にいる吉井康助という存在には、自分の肉体――身体そのものが、なかった。

 なのに、なぜかまったく違和感はない。
 康助は、自然と自分のおかれた状況を受け入れることができた。

《ふふっ。ようこそヨシイくん。魂の世界へ》

 リンネの声が聞こえるが、姿はどこにも見当たらない。
 そもそも、今の自分が「聞く」「見る」という行為を行っているのかすら、定かではない。

《今わたしは、ヨシイくんの意識――魂と、直に会話しているんだよ。正真正銘、2人っきりの世界でね。ここで話している間、元の世界の時間は止まっていると思っていいよ》

 冷静に考えれば、驚くべき状況なのだろう。
 しかし、不思議と自然に受け入れてしまう。これもリンネの力なのだろうか。

《まあ、詳しい原理はどうだっていいよ。そこらへんは、神様の力ってことで納得してね。重要なのは、ヨシイくんとタイヨウさんのデュエルについてだよ》

 流すべき箇所をさらりと流し、リンネが本題に入る。

《ヨシイくん。あんなところで諦めちゃダメじゃない。特訓の成果を発揮する、せっかくのチャンスなんだよ?》

「でも、あの状況じゃ、何を引いたって僕に勝ち目は……」

 不満そうなリンネに、康助が返す。
 声を発している、という感覚はないものの、不思議と会話は成立していた。

《本当にそうかな? 「どんなカードをドローしたって」逆転はできないって、ヨシイくんは本当にそう言い切れる?》

「はい。ソルロード・ドラゴンを破る方法がない以上、もう僕が何をしたって逆転なんて……」

 康助は、ただ弱気になって、サレンダーをしようとしたわけではない。
 自分のデッキのことは、自分が一番よく知っている。
 そこに入っているどのカードを引いたところで、タイヨウの布陣を攻略することはできない。
 かつての遠山戦のように、タイヨウが自分の能力を偽る嘘をついているとも考えにくい。
 客観的にそう結論づけたからこそ、目の前にある敗北を受け入れたのだ。

《ふふ。今こそ目覚めの時だよ、ヨシイくん》

「?」

 なにやら含みのある言い方をするリンネに、康助はどう答えていいかわからない。
 戸惑う康助に、リンネは、さも当たり前のことを言うように問いかける。



《だって、ヨシイくんは、タイヨウさんの能力の弱点なんて、とっくに分かってるんでしょ?》



 リンネのその質問に、康助は――――肯定で返した。

「はい」

《シンクロモンスターを無限に再生させる、レベル5能力。あれを見た瞬間、ヨシイくんは、攻略に必要な2枚のキーカードを頭に思い描いたはずだよね?》

 続く質問にも――――肯定。

「はい」

《ヨシイくんが絶望したような顔になったのは、タイヨウさんに勝つために必要な、その2枚のキーカードが、どちらも自分のデッキに入っていないと分かったからだよね》

 三度――――肯定。

「はい」

 三度の肯定の返事を聞いて、リンネは満足したような声音になる。
 そして、さも当たり前といった口調で告げる。

《じゃあ話は簡単だ。そのデッキに入っていない2枚のキーカードを、このターンに引いちゃえばいいんだよ♪》

「はい…………って、え?」

 康助が疑問の声をあげようとした瞬間。
 周囲の空間が歪んだように感じられ、気がつくと、まわりにはよく見慣れた光景が広がっていた。



「ここは……生徒会の……カード保管庫?」

 翔武学園の、生徒会室。
 そこには、古今東西、世界中のカードが可能な限り集められている。

「なんで突然……こんな場所に?」

 もちろん、ここは生徒会役員である康助にとっても馴染みの場所だ。
 しかし、今この状況で、リンネと自分がこんな場所にいることには違和感しか覚えない。

《ふふっ。ここになら、ヨシイくんが必要としているカードもあるはずだよね?》

 康助の戸惑いなど気にもかけずに、リンネの声は続く。

「えっ……。まあ、そうですけど……」

《さあ。今ヨシイくんが必要としているカードを、頭に思い浮かべて? そのカードを自分の元に引き寄せたいと、強く念じてみて?》

 何が何やらわからないが、康助はリンネの言葉に従ってみる。

 タイヨウの組み上げた布陣を破るために必要なカードは、2枚。
 モンスターカードと、魔法カードが1枚ずつ。

 それらを、強く心に思い描く。

「………………」

 康助の意識が、少しずつゆっくりと移動していく。
 身体はないはずなのに、そのことがはっきりと感じられる。

 望む場所へ。心に思い描いた場所へ。

 カード保管庫の、とある一角。
 そこには、かつて康助が初めてこの場所を訪れたとき、朝比奈に紹介されたカードが収められている。
 ガラスケースの中に厳重に保管されている、2つのデッキ。

 武藤遊戯のデッキのレプリカ。
 海馬瀬人のデッキのレプリカ。

 想像の中で、それらのデッキに手を伸ばす。
 2つのデッキの中から、それぞれ1枚ずつ。



 心の中で、2枚のカードを選び出す。



《そうだよヨシイくん! それこそがヨシイくんのデュエリスト能力、“掌――――》



 ◆



「――――――――ドロー!(手札:0→2)」

 気がついたときにはもう、デッキから2枚のカードをドローしていた。

 あたりは白一色の部屋。フィールドには綿毛トークン2体とソルロード・ドラゴン。
 指先には、カードの感触がたしかにある。康助は、自分の意識が身体に戻ってきたことを悟る。

 ドローした2枚のカードを見つめる。モンスターカードと、魔法カードが1枚ずつ。
 それは、本来ならば引けるわけがない、康助のデッキに入っていなかったはずのカードだった。

 こんな奇跡が起こった理由も、何もかも、今の康助にはすべて理解できていた。
 でも今は、自分の身に起こったことを振り返るよりも先に、やることがある。

「僕は、綿毛トークン2体をリリース!」

 タイヨウと康助。その絶望的な差を一撃で覆すほどの圧倒的な逆転劇。
 それを現実にするためのキーカードは、今、2枚とも康助の手の中にある。



「出でよ! 『破壊竜ガンドラ』!!(手札:2→1)」



 太陽の竜に破壊をもたらす、暗黒の竜が召喚された。

 破壊竜ガンドラ 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・ドラゴン 攻0・守0

 このカードは特殊召喚できない。
 自分のライフポイントを半分払う事で、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊しゲームから除外する。
 この効果で破壊したカード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
 このカードは召喚・反転召喚されたターンのエンドフェイズ時に墓地へ送られる。

 「ライフを半分払って、ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 ガンドラの全身が赤く輝き、高エネルギーの熱線が、全フィールドを焼きつくす。

 吉井 LP:100 → 50

 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 強制終了:【破壊】 → 【除外】

 破壊竜ガンドラ 攻:0 → 600

 ソルロード・ドラゴン (攻6400・守6100) → (攻6900・守6600)

 たとえフィールドを一掃しようと、タイヨウの能力によって、ソルロード・ドラゴンはさらに元々の攻撃力を増して戻ってくる。
 だが、それでも、破壊竜ガンドラこそが、康助に勝利をもたらす重要な1ピースなのだ。

「もう一度、ガンドラの効果を発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 カードを握る手の震えが止まらない。
 あれだけ願い、望み、待ち焦がれた、勝利への道がこの先にある。

 吉井 LP:50 → 25
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:600 → 900
 ソルロード・ドラゴン (攻6900・守6600) → (攻7400・守7100)

「まだまだです! ライフを半分払って、デストロイ・ギガ・レイズ!」

 ガンドラの効果は、1ターンに何度でも発動できる。
 たとえ何回ソルロード・ドラゴンが復活しようと、ライフを半分支払うたびに、破壊竜の熱線は何度でも黄金の竜を焼きつくす。

 吉井 LP:25 → 13
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:900 → 1200
 ソルロード・ドラゴン (攻7400・守7100) → (攻7900・守7600)

「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:13 → 7
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:1200 → 1500
 ソルロード・ドラゴン (攻7900・守7600) → (攻8400・守8100)

 何度も、何度も。
 何回でも、何回でも。
 自分のライフを限界まで削り、無限に蘇るソルロード・ドラゴンを、徹底的に破壊しつくす。

 康助のライフが、4になり、2になり、1になる。
 小数点以下は四捨五入して処理されるライフポイントは、何度半減しようとも、決して0にだけはならない。

「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:1 → 1
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:2400 → 2700
 ソルロード・ドラゴン (攻9900・守9600) → (攻10400・守10100)



 ◆



 タイヨウは、目の前で繰り広げられている光景に、唖然としていた。

「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:1 → 1
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:23400 → 23700
 ソルロード・ドラゴン (攻44900・守44600) → (攻45400・守45100)

 何度も何度も、まるで壊れたテープのように、同じ台詞を何度も繰り返す少年。
 そして、そのたびに破壊されては蘇る、自分の場のソルロード・ドラゴン。

「少年……。君はいったい、何を……」

 つい先ほどまで、少年の表情は、勝利を完全に諦めた者のそれだった。
 目的もなく、ただ1ターンでも長く延命しようとするだけ。
 今考えると、もしかすると彼は、サレンダーすら行おうとしていたのかもしれない。

 だが、『マジック・プランター』の効果でカードを引こうとした瞬間、少年の雰囲気が一変した。
 いや、一変したなどという生易しいものではない。

 少年のまとう空気が、変質した。目に見えない膨大な圧力のようなものが、一気にタイヨウに襲いかかってきた。
 ただカードをドローしているだけなのに、少年の姿を直視することさえできなかった。

 その感覚は、高位の能力者のみ感じとることができる、近くでデュエリスト能力が発動したときに感じる圧迫感のようなものにも似ていた。
 だが、決定的に違っていたのは、その強さだ。これまで、目の前でレベル5能力を使われたときにさえ、これほどまでに巨大な威圧感を感じたことはなかった。

「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:1 → 1
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:41700 → 42000
 ソルロード・ドラゴン (攻75400・守75100) → (攻75900・守75600)

 幸いと言うべきか、今の少年からは、あのときの圧迫感のようなものは一切感じられない。

 おそらく、あの瞬間にだけ、少年は何らかのデュエリスト能力を発動させたのだろう。
 なぜ今まで使わなかったのか、これまでの負けを覚悟した態度は演技だったのか、などの疑問は残るが、今の時点では情報が少なすぎて答えを出しようがない。
 どういう能力なのかは想像もつかないが、『破壊竜ガンドラ』などという、少年の守備型デッキには似合わないカードが突然現れたのも、少年のデュエリスト能力が関係しているのだろう。

 そこまではいい。そこまではまだ、理詰めで理解できる。

 だが、今の少年の態度は、いったい何だ?

「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:1 → 1
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:105900 → 106200
 ソルロード・ドラゴン (攻182400・守182100) → (攻182900・守182600)

 破壊竜ガンドラの効果が発動した回数は、すでに300回を超えている。
 この少年は、いったい何がしたいのだろうか。

 たしかにガンドラの効果を使えば、何度でも再生するソルロード・ドラゴンを無限に破壊し続けることができる。
 だが、そのたびにソルロード・ドラゴンの攻撃力・守備力が500上がるのに対して、ガンドラの攻撃力は300ポイントずつしか上がっていかない。
 繰り返せば繰り返すほど、攻撃力の差は開いていく一方なのだ。

 お互いのプレイヤーの意思によらず自動的に進行する無限ループならば、デュエルディスクの機能でループ処理を好きなだけ高速に行うことができる。
 だが、この『破壊竜ガンドラ』によるループは、少年が、ガンドラの効果発動を毎回宣言しなければ続かない。
 高速自動処理もできないループが、数百回にもわたって、延々と繰り返される。

 初めは、ただ少しでも長くこのデュエルを長引かせようと足掻いているだけかとも思った。
 しかし、少年の興奮しきった表情が、タイヨウの楽観的な予想を否定する。

 目の前の少年の、希望に満ちた態度。
 それはまるで、自身の勝利を確信しているかのような――――。

「そうか! まさか、少年の狙いは……!」

 タイヨウの脳裏に、天啓が走った。

 少年の行動は、単なる延命措置でも、ましてや自暴自棄などではありえない。

 完璧に整えたはずの自分の布陣には、ほんのわずかな弱点があった。
 少年は、その蟻の穴よりも小さな隙間を、的確に突こうとしているのだ。

「馬鹿な……! そんなことが……!」

 今まで闘ってきたどの相手にも見抜かれなかった、自分のデュエリスト能力の攻略法。
 タイヨウ自身ですら、今この瞬間にいたるまで、そんな弱点が存在することに気づきすらしなかった。

 それを、この目の前の少年は。
 たった1度のデュエルで、初めて闘ったはずの自分の弱点を的確に見抜き、あまつさえそれを実行に移している。

 ただの素人だなんて、とんでもない勘違いだった。
 ヨシイコウスケというらしい少年のこの力。それはひょっとすると、これまで世界中のどのデュエリストも持ちえなかった――――。



「破壊竜ガンドラの効果発動! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 吉井 LP:1 → 1
 ソルロード・ドラゴン:【破壊】 → 【除外】
 破壊竜ガンドラ 攻:136200 → 136500
 ソルロード・ドラゴン (攻232900・守232600) → (攻233400・守233100)

 その宣言をきっかけに、少年の声はぴたりと止んだ。

 このターン、破壊竜ガンドラの効果が発動した回数は、全部で454回。
 それは決して、無意味な延命措置などではない。
 454回のうち、1回でも足りなければ、少年が勝利することは絶対に不可能だった。

「バトルフェイズに入ります! 『破壊竜ガンドラ』で、『ソルロード・ドラゴン』を攻撃です!」

 攻撃力136500のガンドラが、攻撃力233400のソルロード・ドラゴンに攻撃を仕掛ける。

 およそ10万ポイントもの、攻撃力の差。
 だがそれは、少年のたった1枚の魔法カードによって、覆る。



「手札から、速攻魔法『収縮』を発動します!(手札:1→0)」



 収縮 速攻魔法

 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 ソルロード・ドラゴン 攻:233400 → 116700

 破壊竜ガンドラの効果が1度発動するたびに、ガンドラの攻撃力は300ポイントずつ、ソルロード・ドラゴンの攻撃力は500ポイントずつ上がっていく。
 一見すると、発動すればするほど差が開いていくように見える。だが、あとで『収縮』を使うことを見越していれば、話は違ってくる。

 タイヨウのデュエリスト能力によって上がるのは、ソルロード・ドラゴンの「元々の」攻撃力だ。
 『収縮』の効果を加味すれば、1度の復活で上昇する攻撃力は、500ポイントではなく250ポイントになる。

 ガンドラの上昇量が300ポイント、ソルロード・ドラゴンの上昇量が250ポイント。
 1回につき、わずか50ポイントずつ、しかし確実にガンドラは攻撃力の差を詰めていく。

 たとえ何百回かかろうと、19800ポイントもあったタイヨウのライフとて、いずれは一撃で削り取られる。



「破壊竜ガンドラの攻撃! デストロイ・ギガ・レイズ!」

 (攻136500)破壊竜ガンドラ → ソルロード・ドラゴン(攻116700):【破壊】



 攻撃力10万オーバーの2体の巨竜のブレスが、轟音とともにぶつかり合い、そして。



 タイヨウ LP:19800 → 0



 破壊の竜の一撃が、2人の頂上決戦に、終止符を打った。



 ◆



「完敗……かな…………」

 白一色の部屋で、仰向けに倒れ伏したまま、タイヨウが呟く。

 リンネによって“爆弾”を取りつけられた、ただ1人の妹ミリィ。
 本選で負けて、白い床に呑みこまれていったデュエリストたち。
 そして、タイヨウ自身の命。

 そのすべてを背負って闘ったデュエルで、完膚なきまでに敗北した。

「…………すまない。ミリィ、みんな」

 どれほどの覚悟を持って臨んだ闘いであろうと、そんなもの、言い訳にもなりはしない。

 誰一人として救うことのできなかった自分が、情けなくて泣けてくる。
 正義の味方たりえなかったことが、悔しくて仕方ない。

 どれだけ渇望しようと、届かなかった力。足りなかった実力。
 結局、何もかもが犠牲になった。
 タイヨウの歩んできた道の先にあったものは、すべてを失う絶望だった。

 だが、それでも。


 タイヨウは、闘いの果てに、希望を、見つけた。


「…………っ!」

 硬かったはずの白い床が、不気味にうねり始めた。
 おそらく、闘いに敗れた自分の身体は、この床に呑みこまれて消えるのだろう。

 そんなタイヨウの様子が見えたからだろう。
 さっきまでデュエルしていた少年が、慌てて駆け寄ってくるのが見える。

 自分はもう、次の瞬間には死んでいてもおかしくない存在だ。
 自分の歩んできた道は、ここで途絶える。
 それでも、最後にこの場所で見いだした希望に、望みを繋ぐことができれば。

 どれだけわずかでも構わない。
 ゼロだった可能性に、一筋の光を差しこませる。

「ヨシイ……コウスケくん、だったね……」
 身体が沈んでいくのを自覚しながら、必死に言葉を絞りだす。
 長くは保たない。だから、最低限の言葉だけを伝える。

「リンネは……悪だ。願いを叶えるだのなんだと、耳当たりのいい言葉を、信じてはいけない。あいつが人類にもたらそうとしているものは、救いなんかじゃない……。破滅だよ」
 リンネがこんな大会を開催した裏で、何を企んでいたのか。それは最後まで謎のままだった。
 だが、それでも、自らの直感が告げている。
 リンネをなすがままにさせておけば、その先に待っているものは、大いなる破滅だと。

「信じてほしい……あいつは今、僕を含めた本選参加者の命を、握っているんだ。リンネの意向しだいで、何千人もの命が、一瞬にして消し飛ぶ。あいつは、僕ら人間のことなんて、いくらでも替えのきく、使い勝手のいいコマくらいにしか考えていない! リンネをこのまま放置すれば、もっと大規模な、取り返しのつかないことが起こる……!」
 たしかにタイヨウは、多くの人たちの命を背負って闘った。
 だがそれは、より大きな、根本的な問題から目を背けていただけだ。

「僕もリンネと闘ったが……まるで歯が立たなかった。リンネの強さは、デュエルモンスターズにあってはならないものだ。あんな“力”を使われたら、誰だろうと、勝ち目なんてゼロだ。……そう、思っていた。でも」
 タイヨウは、一度リンネに挑み、そして完全に心を折られた。
 あれはいわば、存在自体が反則の塊のようなものだ。リンネを倒す方法があるなんて、何度考えても信じられない。
 だが、最後の最後で、タイヨウは、そんな不可能を可能に変えられるかもしれない存在を、目の当たりにした。

「ヨシイ、コウスケくん。君なら、リンネに勝てるかもしれない。……いや、リンネに勝てる可能性があるとしたら、それは君しかいないんだ」
 自分にできるのは、目の前の少年にすがることしかない。
 もしかしたら存在するかもしれない道を、探してほしい。
 自分には最後まで見つけだせなかった勝利への道を、探し当ててほしい、と。

「僕では……無理だった……! 頼む……! 君が、最後の希望なんだ……!」
 恥も外聞も、デュエリストとしての誇りをもかなぐり捨てて、必死に叫ぶ。
 未来を、希望を、たった1人の少年に託すために。
 可能性という名の光を、灯す。



「リンネを、倒してくれ……っ!」



 その言葉を最後に、タイヨウの身体は、完全に白い床に呑まれて消えた。



 ◆



 康助は、タイヨウの身体が白い床に呑まれて消えるまでの一部始終を、ただ呆然と眺めていることしかできなかった。

「え……? タイヨウ、さん……?」

 おそるおそる白い床に手を触れてみるが、押した分だけ力が返ってくる、ただの硬い床だった。
 この床は、たった今、人間を一人呑みこんだばかりだというのに。

「リンネが、悪……?」

 タイヨウは言った。リンネを倒さない限り、人類に待っているのは破滅だと。
 そして、絶対的な力を誇るリンネを倒すことができるのは、康助しかいないと。

 なにもかもが唐突すぎて、何を考えればいいのかすらわからない。
 タイヨウに訊ねようにも、彼は白い床に呑まれて消えてしまった。

「床に、呑まれて……。……っ! そうだ、リンネ! これはいったい、どういうことなんですか!?」

 自分はただ、リンネとの特訓の卒業試験だと言われて、タイヨウと言うらしい青年とデュエルをしただけだ。
 いったい、何がどうなっているのか。床に消えたタイヨウは、どこへ行ってしまったのか。
 すべてを知っているであろうリンネへと、大声で問いかける。



《おめでとう! ヨシイくんは、この瞬間から、名実ともに世界最強のデュエリストだよ♪》



 返ってきたのは、そんな無邪気な声だった。

《実はね、タイヨウさんは、わたしが主催した“大会”で、最後まで勝ち残ったデュエリストだったんだ。ヨシイくんは、そんなタイヨウさんと、真っ向からデュエルして勝った。世界最強の証として、これ以上ふさわしい事実はないよね》

「タイヨウさんが……大会で……?」

 たしかに、タイヨウは強敵だった。これまで闘ってきたデュエリストの中でも、一、二を争う相手だっただろう。
 だが、それがまさか、世界中の能力者の頂点に立つほどの存在だったなんて。
 それほどの相手に、自分が勝利してしまうなんてことが、本当にありうるのだろうか。

《その顔は、信じられないって顔だね。言ったでしょ? ヨシイくんほどの才能があれば、こんな大会なんて、かる〜く制覇できちゃうよ、って。特訓の成果が実ったんだよ! これが、わたしが目をつけた、世界中の誰にも負けないヨシイくんの力だよ》

 リンネは言った。3日間で、康助を世界中の誰にも負けない最強のデュエリストにしてみせると。
 そんな言葉、内心ではまったくと言っていいほど信じていなかった。実を言うと、リンネの勘違いではないかとすら疑っていた。
 だが康助は、現にこうして、世界最強の能力者であるらしいタイヨウを打ち破った。

 これが、自分の中に眠っていた才能だとでも言うのだろうか。

《ふふっ。これでようやく、わたしの計画も最終フェイズに進めるよ》

「リンネの……計画……?」

《うん。でもまずは、ヨシイくんに、自分の置かれた状況を正しく認識してもらうところからかな》

 少しだけ間をおいて、一息に告げる。



《タイヨウさんが、消えるまえに言っていた言葉。あれって全部、本当なんだよ♪》



 その言葉をきっかけに、白い部屋全体が、ゆるやかに振動を始めた。

「……っ!」

 地震、とは違う。
 床全体が、うねるように変形し、中から何人もの人間が、乱暴に吐き出されていく。

「これは……いったい……!」

 人、人、人。
 1分と経たずに、白い部屋は、デュエルディスクを装着した人間で埋めつくされた。
 誰もが倒れたまま、ぴくりとも動かない。

《ここにいる人たちはね、みーんな本選に参加して、途中で負けちゃったデュエリストたちだよ》

 異常事態の中で、リンネの声だけが、変わらず無邪気に響く。

《この人たちは、わたしの力で意識を失っている。このまま放っておけば、みんな1日と経たずに死んじゃうんだ》

「死……ぬ……?」
 まるで現実感のない光景と言葉に、康助の思考は空回る。

《でも、仕方ないよね。ここにいる人たちは、みんな一度はデュエルで負けたんだから》

 それでもリンネは、容赦なく、圧倒的な現実を突きつける。
 決して人間とは相容れることのない、リンネという存在が、剥き出しのままぶつけられる。



《勝負に負けた人間は、死んじゃったって文句を言う資格なんてないよね。ヨシイくんだってそう思うでしょ? あははっ♪》



 リンネの言葉が、うまく頭に入ってこない。
 何を言っているのか、理解したくない。

 康助は、呆然とあたりを見回す。
 すると、見知った一人の人物の姿が、目に入ってきた。

「波佐間……さん…………?」

 それは、まぎれもなく波佐間京介その人だった。
 かつて翔武学園と激闘を繰り広げたはずの彼が、力なく床に横たわっている。

《ハザマさんのことが気になるの? ハザマさんも本選に進出したんだけど、惜しくもタイヨウさんに負けちゃったんだよね。だから、罰ゲームとして、ハザマさんの命もわたしが預からせてもらっているよ》

「波佐間さんの、命を……? リンネ……嘘、ですよね……?」

 すがるような声を漏らす康助を、リンネは一顧だにしない。

《やっぱり、身近な人の命が懸かっている方が、ヨシイくんも実感しやすいみたいだね。だったら、こんなのはどう?》

 リンネがそう呟くと、康助の正面の空間が、大きく歪んだ。
 まるで窓のように仕切られた領域が出現し、その中に、とある光景が映し出される。

《実はね、今、ある人に、外でちょっとした余興のデュエルをやってもらっているんだ。ヨシイくんには、ここからその闘いを眺めていてもらうよ》

 窓の中に映し出されていたのは、見慣れた翔武学園の校庭。
 そこで闘っていたのは、康助もよく知っている人物だった。





 (10ターン目)
 ・相手 LP13500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1






9章  蘇るオレイカルコス



 少し時はさかのぼり、8月1日の14時。
 康助とタイヨウが白い部屋でデュエルを行っていた、ちょうどそのころ。

 佐野(さの)春彦(はるひこ)は、翔武学園の生徒会室にいた。

 部屋にいるのは、佐野1人。夏休みであることもあって、校内にいる生徒の数も少ない。
 静かな部屋で、椅子に座って思索にふけっている佐野。
 そんなとき、生徒会室の入口のドアが音をたてて開いた。

「おーっす。……って、あれ? 佐野先輩1人か?」

 見城(けんじょう)(かおる)は、不思議そうに部屋全体を見回した。
「ああ。他の3人とは、連絡がつかなくてな」
「連絡? というと?」
「生徒会メンバー全員に電話をかけてみたんだが、繋がったのはお前の携帯だけだった。自宅にも電話してみたが、家にもいないらしい」
「いったいどうなってんだ? ただの偶然か?」
 佐野は、静かに首を横に振る。
「いや、さすがにそれは考えづらい。予選が行われている3日間が過ぎたら、連絡を取りあう約束になっていたからな。この時間に、誰とも連絡がつかないのは、明らかに変だ」
 リンネによって開催された、全世界のデュエリスト能力者を対象にした大会。
 翔武生徒会は、このデュエル大会とのかかわり方を、完全に各メンバーの裁量に任せていた。
 最低限、予選が終了する8月1日の正午になったら、お互いの状況を報告しあう約束を交わして。
 だが、正午をすぎた今になっても、この生徒会室に集まっているのは、佐野と見城の2人だけだった。
「なあ、佐野先輩。予選の期間は、もうとっくに終わっているはずだよな?」
「今日の正午が期限だと、少なくともリンネはそう言っていたな」
「だったらさ……」
 見城は、少し言葉を濁してから、口を開いた。

「アタシも佐野先輩も、予選を通過したんだろ? だったら、リンネから何かしらのアプローチがあるはずじゃねえのか?」

 その言葉に、佐野も頷く。
「ああ。俺も、予選が終われば、また俺たちの頭の中に語りかけてくるものだと思っていた」
「だろ? 予選をやるだけやって、何の音沙汰もなし、ってのはおかしいよな?」
 佐野の獲得ポイントは、67ポイント。
 見城の獲得ポイントは、32ポイント。
 佐野はもとより、デュエリスト能力を失った見城でさえも、一度も負けずに予選通過ラインの10ポイントを大きく上回るポイントを貯めていた。
 にも関わらず、予選終了時刻である8月1日12時をすぎても、いっこうに何かが起こる気配がない。
 佐野が見城を生徒会室に電話で呼んだのは、このことを不審に思ったからでもあった。
「……つっても、いくら考えても、理由なんてアタシたちには分かりようがないんだよな」
「残念だが、その通りだ」
 見城の言う通り、リンネが何を考え、どういう意図で行動しているかなど、佐野や見城に推測できるはずもない。
 リンネの行動はすべて謎に包まれており、想像するにしても材料が足りなすぎる。
 もし、ただの人間にすぎない佐野たちが、リンネの思惑について知る機会があるとすれば、それは――――。



「分からない? それじゃ、わたしが教えてあげよっか」



 リンネ本人から直接聞いた場合しか、ありえない。

「実はね、予選を勝ち抜いた他のみんなは、全員とっくに本選の会場に行ってもらってるんだ。今ごろ、本選会場では、優勝者を決めるための最後のデュエルの真っ最中だよ」
 突然現れたショートカットの少女に、佐野と見城は思わず身構える。
 リンネは、そんな2人を意にも介さず続ける。
「サノさんとケンジョウさんには、わたしの判断で、特別にここに残ってもらったんだ。ちょっとした余興につきあってもらおうと思ってね」
 飄々と語るリンネ。そんな彼女の姿は、やはりどこにでもいる無邪気な小学生にしか見えない。
 しかし、彼女はまぎれもなく、人ならぬ力を持った、超常の存在なのだ。
「サノさんには、本選に参加する代わりに、わたしが特別に用意したデュエリストと闘ってもらうよ。そうすれば、きっと面白いデュエルが見られるはずだからね」
 言っていることは理解できる。だが、リンネの目的も思惑も、何もかもが見えてこない。
 佐野は、油断することなく、厳しい目つきでリンネを睨みつけている。
「やだなぁ。そんなに警戒しないで? サノさんは、ただデュエルすればいいだけなんだから。デュエリストなら、いつもやってることでしょ? それに――――」
 リンネが、パチンと小気味よく指を鳴らす。

「サノさんには、拒否権なんてないんだよ?」

 言った瞬間、生徒会室に悲鳴が響いた。
「……っ! おい、見城! どうした!?」
 佐野は、慌てて悲鳴の主――見城のほうを振り向く。
 そして、その姿を見て、絶句した。

 見城の身体、ちょうど心臓のある位置に、どす黒い色をした不気味な塊が蠢いていた。

「な……何なんだよ、これはっ!?」
 見城は、とっさに胸についた物体を引きはがそうとするが、どれだけ力をこめても外れない。
 歪な球体が無秩序に組み合わさったそれは、不規則に脈動しており、見る者に吐き気すら催させる。
 佐野と見城は知る由もないが、その黒い塊は、タイヨウに取り付けられた“爆弾”と、寸分違わず同じものだった。
 リンネは、見城の胸に取り付けられた“爆弾”を、満足そうに眺めている。
「ふふっ。たまたまヨシイくんと一緒にいたケンジョウさんにも大会の参加権をあげてみたけど、それももうおしまい。残念だけど、ケンジョウさんは、ここでゲームオーバーなんだ」
 そして、短く一言、告げた。


「じゃあね。バイバイ、ケンジョウさん♪」


 “爆弾”が、一瞬にして、見城の身体全体を覆うサイズに膨れ上がった。
 まるで生物のように、巨大な黒い球体が、かぱりと口を開ける。
 そして、声を上げる間もなく。


 見城の身体が、蠢く“爆弾”に呑まれて消えた。


「は…………?」
 佐野は、とっさに間抜けな声を漏らすことしかできなかった。
 たった今まで、目の前にいたはずの見城の姿が、影も形もない。
 いったい何が起こったのか、脳がそれを受け入れることを拒否していた。

 見城を呑みこんだ“爆弾”は、急速に収縮すると、元の小さな大きさに戻る。
 そして、リンネの手のひらに吸いこまれていって、消えた。

「きゃははははっ! ケンジョウさんの魂は、わたしが預かった! 返してほしくば、わたしの言うことを聞けー! なーんてね♪」

 屈託なく笑うリンネの声を聞いて、佐野は無理やり正常な思考を呼び戻す。
 今がどれだけ危機的な状況か。これがどれだけ破滅的な状況か。
 佐野の直感が、かつてないほどの警鐘を鳴らしていた。

「…………っ!」
 目の前に佇む、神を名乗る少女、リンネを、明確に敵と認識する。
 決して相容れない存在、排除しなければならない相手だと、なかば本能的に悟る。

 ――だが、どうやって?

 リンネは、たった今、自分の目の前で、見城を消してのけた。
 そんな力を持った存在を相手にして、ちっぽけな人間1人に何ができる?
 逆らうことはおろか、ここから逃げることだって許してもらえないだろう。

 怒りと恐怖、混乱がないまぜになって一斉に襲ってくる。
 しかしリンネは、そんな佐野の不安を和らげるような言葉を口にした。

「ああ、そんなに心配しなくてもいいよ。今ここで、サノさんの命までどうこうすることは、わたしにだって不可能だから」

 佐野の反応を観察しながら、リンネは告げる。
「神様であるわたしが、人間個々人の命に直接干渉するためには、闇の力がはたらいているデュエルに負けた相手への罰ゲームという形をとらないとダメなんだ。それは、この宇宙を支配する絶対的なルールなんだよ」
 その発言を、言葉通りに解釈するならば。
 デュエルで負けない限り、佐野の命は保証されているということになる。
 だが、そこには大きな矛盾点が1つある。
「なら、どうして見城を消すことができた……!」
 敵意を露わにする佐野に、リンネは平然と返す。
「ケンジョウさんは、以前に闇のデュエルで負けたことがあるんだよ。そのときの罰ゲームを、今になって受けてもらっただけ。むしろ、感謝してほしいくらいだよ? 本当だったら負けてすぐに死んじゃってもおかしくないところを、しばらくの間は、デュエリスト能力を失うだけにしてあげたんだから」
「……! まさか、あのとき見城を襲ったのは!」
「半分アタリ。あのショウブ学園とトウセン高校の闘いで、ケンジョウさんの能力を奪い、そのときの記憶を消したのは、たしかにわたしの闇の力によるもの。でも、実際に手を下したデュエリストは、わたしじゃないんだよ?」
 まるで、なぞなぞの種明かしをして楽しむ子どものように、無邪気に告げる。
「サノさんには、余興でわたしが用意したデュエリストと闘ってもらうって言ったよね? 実は、そのデュエリストこそが、ケンジョウさんを倒した“犯人”なんだ」
「……そいつも、お前の仲間なのか」
「仲間とはちょっと違うかな。わたしとは切っても切り離せない関係にある、とだけ言っておくよ。もちろん、わたしには遠く及ばないまでも、デュエルの実力は折り紙つき。ふふっ。サノさんは勝てるかな?」
 そう言って微笑むと、リンネはふたたび指をパチンと鳴らす。
「それじゃ、さっそく、サノさんをデュエル会場に案内するね♪」
 その言葉とともに、周囲の風景が一変した。



 ◆



「ここは…………」

 気がつくと、佐野は翔武学園の校庭に立っていた。
 よく見慣れた場所。だが、そこには佐野以外の人間が誰もいなかった。
 いくら夏休みとはいえ、あまりにも静かすぎる。どう考えても不自然だ。
 戸惑う佐野の頭の中に、聞き慣れた声が響いてくる。

《ここにいた人たちは、あらかじめ学園の外に出てもらったよ。途中で邪魔が入ることもないようにしてあるから、サノさんは、広い場所で、思う存分デュエルを楽しんでね》

 これもまた、リンネの力なのか。
 そんなことを考えていると、佐野の視界内で、また一つ大きな変化が起きた。

「こいつが、俺の対戦相手……!」

 佐野の正面、5メートルほど離れた先に、いつの間にか一人の人物が佇んでいた。
 黒いマントと黒いフードが、その人物の長身を完全に覆っている。
 顔も影になって隠れており、男性なのか女性なのかも分からない。
 そもそも、リンネと同じく、人間ですらない可能性もあった。

《これは、負けたデュエリストの魂が封印される闇のデュエルだよ。サノさんも、ケンジョウさんみたいになりたくなかったら、本気で闘おうね?》

「…………っ!」
 思わず怒鳴り散らしそうになる衝動を、抑える。
 怒るのはいい。だが、命懸けのこの状況で、激情に身を任せて冷静さを欠いてはならない。
 佐野は、怒鳴る代わりに、底冷えするような声で言った。
「見城は、元に戻せるんだろうな」
 リンネは、見城の魂は“預かった”と言っていた。
 だとすれば、見城はまだ死んではいない可能性が高い。

《あははっ。サノさんの言う通りだよ。それに、サノさんの頑張り次第では、ケンジョウさんの魂を返してあげてもいいかなぁ》

 その言葉を聞いて、佐野は内心で小さく安堵する。
 どうやらリンネは、神を名乗っているとはいえ、デュエルモンスターズのルールに縛られている存在らしい。
 デュエルに負ければ、命はない。だが逆に、デュエルでリンネを屈服させることさえできれば、見城を救えるかもしれない。

 ならば、まだ、最悪の状況に陥ったわけではない。
 ならば、まだ、最高の結末を迎えられる可能性は残っている。

 たとえ相手が神だろうと、デュエルという同じ土俵の上で闘うことさえできるのなら。
 ただの人間である自分でも、神を打ち破れる可能性だってある。

 佐野は、目の前で佇む謎の人物に向かって、デュエルディスクを変形させる。
 すると相手も、それに応じるように、自分のデュエルディスクを変形させた。

「まずは、お前を倒す。それから、次はリンネだ」
 要するに、どんな相手にも勝利し続ければいい。
 ごく単純な、たった1つの事実を、あらためて胸に刻み直す。

 そして、命懸けの闘いの開幕を、宣言する。



『「デュエル!!」』



『私のターン、ドロー(手札:5→6)』
 黒フードの相手が左腕に装着しているのは、音声合成機能のついたデュエルディスクだった。
 声を出したくないのか、もしくは声を出すことができないのか。
 その理由は想像するしかないが、何であってもデュエルを進める分には支障はない。

『手札から、フィールド魔法『―――――――の――』を発動(手札:6→5)』

 だが、相手が最初のカードを発動したとたん、唐突に音声合成機能がうまく働かなくなった。
 デュエルディスクの故障だろうか。そう思って、佐野は相手の出したカードを肉眼で確認しようとする。

 しかし、それは不可能だった。
 相手の発動したフィールド魔法カードの名前やテキスト欄が、まるで見たこともない文字で埋めつくされていたからだ。

 どの外国語とも違う。カードイラストにだって見覚えはない。
 音声合成機能が正常に働いていないことから、正規のカードではないのかとも疑ったが、どうやらソリッドビジョンはきちんと作動しているようだった。
 空中に現れた緑に輝く円が、回転しながらゆっくりと降下していき、2人の足元に固定される。
 ただちに緑のラインが、「N」を2つ重ねた形の六芒星を描く。
 完成した図形がひときわ明るく輝いたとき、佐野の全身を、名状しがたい悪寒が貫いた。

「何だ……この感覚は……!」
 身体の一部をごっそり失ったかのような、強烈な不快感が襲ってくる。
 佐野がその感覚の正体を悟る前に、頭の中にふたたび声が響いてきた。


《どう? これが闇のフィールド魔法『オレイカルコスの結界』の力だよ?》


「オレイカルコスの……結界……」
 まったく聞き覚えのない名前。それがこのフィールド魔法のカード名なのか。
 得体の知れないカードに戸惑う佐野をよそに、リンネの説明は続く。

《このカードは、結界の内部と外部とを隔絶し、敗者の魂を封じこめる力を持った闇のカードの1枚。そして、この結界の中では、あらゆるデュエリスト能力の発動と効果が封じられるんだよ》

「デュエリスト能力が……封じられる……!?」
 ようやく佐野は、この不快感の正体を悟る。
 それは、今まで当たり前のように使ってきたデュエリスト能力が失われた感覚そのものだった。

《安心して? 結界による能力の封印は一時的なもの。デュエルが終われば、また使えるようになるから。だから、サノさんは、このデュエルに勝ちさえすればいいんだよ。ふふっ。簡単だよね?》

「く……っ!」
 佐野のデッキにおいて、デュエリスト能力を封印したまま闘うということ。
 それが何を意味するのか、もちろんリンネは分かっていて言っているのだろう。

《あ、そうだ。サノさんは、オレイカルコスのカードの文字が読めないよね? このままじゃカード名を宣言することもできないだろうから、この文字が理解できるようにしてあげる。わたしからの特別サービスだよ》

 佐野は、ふたたび相手のフィールド魔法に目を向ける。
 すると、今度はそこに書かれている文字が理解できるようになっていた。これもまた、リンネの力なのだろう。
 それは、読んでいるのとは違う。文字の意味が、日本語として直接頭の中に流れこんでくるような感覚だった。
 そして佐野は、闇のフィールド魔法『オレイカルコスの結界』のカード効果を、知った。

 オレイカルコスの結界 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分フィールド上に存在する全ての表側表示モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 自分の魔法&罠カードゾーンはモンスターカードゾーンとしても扱う。
 自分のモンスターカードゾーンにモンスターが存在する場合、相手は自分の魔法&罠カードゾーンのモンスターを攻撃対象にする事はできない。

(厄介な……効果だな……)
 闇の力とは別に、このカードが持つ効果テキスト。
 それだけを見ても、このフィールド魔法が強力なものであることは明らかだった。
 だが相手は、『オレイカルコスの結界』に続けて、さらにカードを出してくる。

『『オレイカルコス・ギガース』を召喚。さらに、500ポイントのライフを払い、『オレイカルコス・キュトラー』を魔法・罠ゾーンに守備表示で特殊召喚(手札:5→3)』

 これら2枚のカードのテキスト欄も、『オレイカルコスの結界』と同じ未知の文字で埋めつくされていた。
 だが、先ほどとは違い、デュエルディスクの音声合成機能は正常に動作している。
 おそらくこれも、リンネの力の一環なのだろう。

 拘束具を身につけた巨人と、無数の棘で覆われた一つ目の球体。
 2体のモンスターが、それぞれ相手のフィールドの前列と後列に召喚された。

 佐野は、モンスター効果を確認しようと、2枚のカードに視線を向ける。

 オレイカルコス・ギガース 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻400・守1500

 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のドローフェイズはスキップされる。
 ???

 オレイカルコス・キュトラー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻500・守1500

 このカードは500ライフポイントを払って手札から特殊召喚する事ができる。
 ???

 相手 LP:8000 → 7500

 しかし今度は、効果の全容を知ることはかなわなかった。
 理解できるのは、カードテキストの最初の方だけ。残りの部分は、いくら目を凝らしても、文字の意味が頭の中に入ってこない。

(やはり……そう思い通りにはさせてくれないか……!)
 おそらく、まだ佐野に知られたくないカード効果は、リンネによって意図的に隠されているのだろう。
 ならば、どちらのモンスターも、何かしらの厄介な効果を秘めていることは想像に難くない。
 だが、もちろん、モンスターの外見と名前からだけでは、その効果を推測することなど不可能だ。

 オレイカルコス・ギガース 攻:400 → 900
 オレイカルコス・キュトラー 攻:500 → 1000

 召喚されたギガースとキュトラーの額に、オレイカルコスの結界のマークが浮かび上がる。
 『オレイカルコスの結界』の効果で、相手フィールド上のモンスターの攻撃力は、すべて500ポイントアップする。

『ターン終了』
 機械的な合成音声が響いて、相手の1ターン目は終了した。

 (2ターン目)
 ・相手 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:オレイカルコス・ギガース(攻900)
 ・佐野 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし

「俺のターン、ドロー!(手札:5→6)」
 佐野のターンが回ってくる。引いたカードは、『E・HERO スパークマン』。
 そのカードを見て、ほぼ反射的に佐野の脳裏に浮かんだのは、一つの行動だった。
 無駄だと分かっていつつも、念のために「それ」を口にする。

「デュエリスト能力発動! 手札のスパークマンとエッジマンを融合し、『E・HERO プラズマヴァイスマン』を特殊召喚する!」

 だが、その宣言がフィールドに響くだけで、プラズマヴァイスマンが融合召喚されることはなかった。
 デュエルディスクの認識ミスなどではない。そもそも、佐野のデュエリスト能力が発動しなかったのだ。
 佐野は、そのことを、能力者だけが持っている身体感覚で分かっている。

 『オレイカルコスの結界』は、内部にいる者のデュエリスト能力を封じる。
 リンネの言葉は、まぎれもなく本当なのだ。

《あははっ。言ったでしょ? サノさんは、デュエリスト能力なしで、この相手と闘わなくちゃいけないんだよ。でも、もともとデュエリスト能力を使えるのはサノさん1人だけだったから、これでようやく条件は対等になったのかな? ふふっ》

 リンネの言うことを信じるならば、この相手はデュエリスト能力を使うことができないらしい。
 ならば、佐野がデュエリスト能力を使わずデュエルすることは、一見すると対等な勝負をしているように見える。
 だが、もともと能力を使えない相手とは違い、佐野はデュエリスト能力の存在を前提としてデッキを組んでいるのだ。
 そんな佐野にとって、能力を封じられるということは、ただデュエリスト能力が使えなくなるという以上の意味を持つ。

 佐野のレベル3デュエリスト能力は、「自分ターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる」というものだ。
 そんな佐野の操るデッキは、E・HEROデッキ。
 このデッキは、融合召喚によって、状況に応じた多彩なE・HEROを呼び出すことを得意としているが、その代償として、魔法カード『融合』を多用するために手札消費が激しいという欠点がある。
 そんな欠点を、佐野は自身のデュエリスト能力によって完全にカバーしていた。
 だが、その代償として。


 佐野のE・HEROデッキには、『融合』の魔法カードが1枚たりとも入っていない。


 佐野にとって、デュエリスト能力が使えなくなるということは、融合E・HEROを呼び出す方法がほぼ失われてしまったことに等しい。
 融合を欠いたE・HEROデッキが、いかに脆いか。
 それは、E・HEROデッキを使う佐野自身が誰よりもよく分かっている。

「……俺は、『E・HERO スパークマン』を召喚する(手札:6→5)」

 E・HERO スパークマン 通常モンスター ★★★★ 光・戦士 攻1600・守1400

 様々な武器を使いこなす、光の戦士のE・HERO。
 聖なる輝きスパークフラッシュが悪の退路を断つ。

 だが、一度デュエルが始まってしまった以上、途中でデッキを組み直すことなどできるはずがない。
 『融合』の入っていないE・HEROデッキで、未知なるオレイカルコスのカードに立ち向かうしかないのだ。

「スパークマンで、オレイカルコス・ギガースを攻撃! スパークフラッシュ!」

 『オレイカルコスの結界』を発動したプレイヤーは、デュエルフィールドの前列にあたるモンスターカードゾーンに加えて、後列にあたる魔法・罠ゾーンにもモンスターを出すことができる。
 そして、前列に1体でもモンスターが存在している限り、後列のモンスターを攻撃対象に選択することはできない。
 だからこそ佐野は、まずは前列に召喚された『オレイカルコス・ギガース』に攻撃を仕掛けるしかなかった。

 (攻1600)E・HERO スパークマン → オレイカルコス・ギガース(攻900):【破壊】

 とはいえ、もちろん相手もそんなことは承知している。
 オレイカルコス・ギガースを前列に召喚したのは、佐野からの攻撃を受けても問題がないからに他ならない。

 ギガースを貫いたスパークフラッシュが、超過ダメージとして相手プレイヤーを襲う。
 だが、急にその雷撃の軌道がそれ、『オレイカルコス・キュトラー』の大きな瞳に吸いこまれていった。

『『オレイカルコス・キュトラー』の効果。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分への戦闘ダメージを全て無効にする』

 デュエルディスクによる合成音声が、淡々とモンスター効果を読み上げる。

『さらに、『オレイカルコス・ギガース』の効果発動。このカードが破壊され墓地に送られた時、このカードの元々の攻撃力を、破壊される前より500ポイント上げて、自分フィールド上に特殊召喚する』

 オレイカルコス・ギガース 攻:900 → 1400

(再生効果持ちか……!)
 自分から攻撃を仕掛けたにも関わらず、相手のライフはぴくりとも動かず、ただギガースの攻撃力が500ポイント上がっただけ。
 相手の使うカードの効果が分からないがゆえに、佐野のプレイングは空回らざるを得ない。

「俺は、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ(手札:5→4)」

 もう一度、相手のデュエルディスクにセットされたモンスターカードに視線を向ける。
 すると、前のターンには読めなかったはずの箇所が、理解できるようになっていた。
 おそらくは、佐野に効果を認識されたため、これ以上は隠していても意味がないとリンネが判断したのだろう。

 オレイカルコス・ギガース 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻400・守1500

 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のドローフェイズはスキップされる。
 このカードが破壊され墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。
 この効果によって特殊召喚に成功した時、このカードの元々の攻撃力は、破壊される前のフィールド上での元々の攻撃力に500を加えた値になる。

 オレイカルコス・キュトラー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻500・守1500

 このカードは500ライフポイントを払って手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分モンスターが戦闘を行うことによって発生する戦闘ダメージは全て無効になる。
 ???

 しかし、それでもまだ『オレイカルコス・キュトラー』の効果には、未知の部分が残っていた。
 だが、その隠れた効果を知らない佐野には、対策の立てようがない。

 (3ターン目)
 ・相手 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:オレイカルコス・ギガース(攻1400)
 ・佐野 LP8000 手札4
     場:E・HERO スパークマン(攻1600)
     場:伏せ×1

『私のターン』
 相手のドローフェイズは、『オレイカルコス・ギガース』の効果でスキップされる。

『オレイカルコス・ギガースで、スパークマンを攻撃』

 【破壊】:(攻1400)オレイカルコス・ギガース → E・HERO スパークマン(攻1600)

 オレイカルコス・ギガース 攻:1400 → 1900

 『オレイカルコス・キュトラー』の効果で、戦闘で受けるダメージは0になる。
 『オレイカルコス・ギガース』は、破壊されるたびに攻撃力を増して復活する。
 ギガースの自爆特攻で、ついにその攻撃力はスパークマンを上回った。

『ターン終了』

 (4ターン目)
 ・相手 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:オレイカルコス・ギガース(攻1900)
 ・佐野 LP8000 手札4
     場:E・HERO スパークマン(攻1600)
     場:伏せ×1

「俺のターン、ドロー(手札:4→5)」
 決して除去できず、永続的にデュエリスト能力を封印する『オレイカルコスの結界』。
 頼みの綱のデッキは、『融合』の入っていないE・HEROデッキ。
 相手のカード効果が、未知のまま闘わなければならないこと。
 このデュエルで、佐野が不利な点を数えあげればきりがない。
 だが、そんな状況下で、佐野の思考は、むしろ普段よりも冴えわたっていた。

「俺は手札から、魔法カード『アームズ・ホール』を発動する!(手札:5→4)」

 アームズ・ホール 通常魔法

 自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキ・墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
 このカードを発動するターン、自分は通常召喚する事はできない。

 単なる都市伝説だと思っていた命懸けのデュエルに巻きこまれてもなお、冷静でいられる自分に感謝する。
 もちろん、命を失うことはどうしようもなく怖い。だが佐野には、そのことを客観視できるだけの力があった。
 敗北が絶対に許されないからこそ、全身のあらゆる神経をデュエルに集中させ、最善の判断をする。
 恐怖や絶望。そんな不要な感情を切り捨て、言い訳をすることもなく、真摯な態度であらゆる劣勢を受け入れる。
 ただそれだけの、言葉にすれば当たり前のことを、どんな非常事態であっても変わらず行う。
 佐野春彦には、それができる。

「デッキトップの『E・HERO ネオス』を墓地に送り、デッキから『ライトイレイザー』を手札に加える!(手札:4→5)」

 融合E・HEROが使えないのなら、下級E・HEROだけで相手の布陣を突破する手段を探す。
 無限再生するギガースを破る術は、すでに佐野の手の中にあった。

「『ライトイレイザー』をスパークマンに装備して、『オレイカルコス・ギガース』を攻撃! ライトニング・ブレード!」

 ライトイレイザー 装備魔法

 光属性・戦士族モンスターにのみ装備可能。
 装備モンスターと戦闘を行ったモンスターを、そのダメージステップ終了時にゲームから除外する。

 スパークマンの剣と、ギガースの拳が交差する。
 お互いの攻撃がお互いの身体を貫き、両者ともにフィールド上から姿を消した。

 【破壊】:(攻1600)E・HERO スパークマン → オレイカルコス・ギガース(攻1900):【除外】

 佐野 LP:8000 → 7700

「ギガースの再生効果は、破壊されて墓地に送られた場合しか発動しない。ならば、墓地を経由させず、直接除外してしまえばいい」

 『E・HERO スパークマン』と『ライトイレイザー』。
 わずか2枚のカード消費で、相手の前列に居座っていたモンスターを場から排除した。
 これで次は、後列にいる『オレイカルコス・キュトラー』、ひいては相手プレイヤーに攻撃が届く。

「ターンエンドだ」

 (5ターン目)
 ・相手 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:なし
 ・佐野 LP7700 手札4
     場:なし
     場:伏せ×1

『『オレイカルコス・ギガース』が場を離れたため、ドローフェイズを行うことができる。私のターン、ドロー(手札:3→4)』
 ギガースをあっさりと除去されたのにも関わらず、相手に動揺した様子は見られない。
 黒フードで隠された相手の素顔をうかがい知ることは、できない。

『儀式魔法『オレイカルコス・ミラー』を発動。手札の『タイム・イーター』をコストに、『ミラーナイト・コーリング』を、デッキから魔法・罠カードゾーンに儀式召喚(手札:4→2)』

 オレイカルコス・ミラー 儀式魔法

 「ミラーナイト・コーリング」の降臨に必要。
 手札・自分フィールド上から、レベルの合計が6以上になるようにモンスターを生け贄に捧げる事で、自分のデッキから「オレイカルコス・ミラー」を特殊召喚する。

 オレイカルコスと名のついた儀式魔法によって呼び出されたのは、不気味に蒼く光る、無機質な水晶だった。

『『ミラーナイト・コーリング』の効果。このカードが特殊召喚に成功したとき、『ミラーナイトトークン』を4体、私の場に特殊召喚し、さらに鏡の盾カウンターを1つ乗せる』

 水晶が、ひときわ怪しく輝きを増す。
 と同時に、相手の場に、白銀色の鎧を身につけた騎士が、4体現れた。
 西洋式の兜は、ミラーナイトの顔全体を隠すように覆っており、その右手には細身の剣、左手には鏡の盾が握られている。

 ミラーナイトトークンが特殊召喚されたのは、4体ともに前列のモンスターカードゾーン。
 4体の姿形はほとんど同じだが、なぜか身長だけが少しずつ異なっていた。

 ミラーナイト・コーリング 儀式・効果モンスター ★★★★★★ 闇・機械 攻0・守0

 「オレイカルコス・ミラー」により降臨。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「ミラーナイトトークン」(戦士族・闇・星1・攻/守0)を4体特殊召喚する。
 さらに、このカードの効果で特殊召喚された「ミラーナイトトークン」に鏡の盾カウンターを1つ置く。
 ???

 ミラーナイト・コーリング 攻:0 → 500
 ミラーナイトトークン 攻:0 → 500
 ミラーナイトトークン 攻:0 → 500
 ミラーナイトトークン 攻:0 → 500
 ミラーナイトトークン 攻:0 → 500

 召喚されたモンスターすべてに、オレイカルコスの紋章が浮かび上がる。
 『オレイカルコスの結界』の効果で、相手の場のモンスターの攻撃力は、500ポイントアップする。

『『オレイカルコス・キュトラー』を攻撃表示に変更。そして、ミラーナイトトークンで、相手プレイヤーに直接攻撃』

 たとえ1体あたりの攻撃力は低くとも、ダメージが積もれば馬鹿にならない。
 佐野は、予期せぬ奇襲に備えて伏せておいた罠カードを、発動させる。

「トラップカード発動、『ヒーロー見参』!」

 ヒーロー見参 通常罠

 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 自分の手札から相手はカードをランダムに1枚選択する。
 選択したカードがモンスターカードだった場合、自分フィールド上に特殊召喚する。違う場合は墓地へ送る。

『向かって左から2番目のカードを選択する』

「選ばれたカードは『E・HERO エッジマン』だ。よって俺のフィールド上に特殊召喚される!(手札:4→3)」

 E・HERO エッジマン 効果モンスター ★★★★★★★ 地・戦士 攻2600・守1800

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 攻撃力2600の、最上級E・HERO。
 エッジマンがいれば、このターンの攻撃は通らない。
 そう考え、佐野は内心で安堵する。

『ミラーナイトトークンで、『E・HERO エッジマン』を攻撃』

「な……!」

 だが、相手の攻撃宣言は、止まらなかった。

『ミラーナイトトークンが相手モンスターと戦闘を行うとき、その攻撃力は戦闘する相手モンスターの攻撃力と同じ数値になる』

 (攻2600)ミラーナイトトークン → E・HERO エッジマン(攻2600):【破壊】

 2100ポイントもあった攻撃力の差が、一瞬にして詰められる。
 ミラーナイトの鮮やかな剣技が、エッジマンを紙屑のように切り裂いた。

『鏡の盾カウンターが乗ったミラーナイトトークンは、戦闘では破壊されない。そして、鏡の盾カウンターが乗ったミラーナイトトークンが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自身に乗っている鏡の盾カウンターを1つ取り除く』

 ミラーナイトトークン 鏡の盾カウンター:1個 → 0個

『『ミラーナイト・コーリング』の効果発動。ミラーナイトトークンに乗っている鏡の盾カウンターが取り除かれたとき、そのミラーナイトトークンに、鏡の盾カウンターを1つ置く』

 ミラーナイトトークン 鏡の盾カウンター:0個 → 1個

『残るモンスターで、相手プレイヤーに直接攻撃』

 (攻500)ミラーナイトトークン −Direct→ 佐野 春彦(LP7700)
 (攻500)ミラーナイトトークン −Direct→ 佐野 春彦(LP7700)
 (攻500)ミラーナイトトークン −Direct→ 佐野 春彦(LP7700)
 (攻500)ミラーナイト・コーリング −Direct→ 佐野 春彦(LP7700)
 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー −Direct→ 佐野 春彦(LP7700)

 佐野 LP:7700 → 7200 → 6700 → 6200 → 5700 → 4700

 ミラーナイトトークン×3 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

「ぐ……っ!」
 5体ものモンスターの攻撃をまともに受け、佐野のライフが大きく削られる。

 結果だけを見れば、ヒーロー見参とエッジマンは、完全な無駄打ち。
 いくらミラーナイトの効果を知ることができたとはいえ、その代わりに支払ったものは、大きな代償だった。

 ミラーナイト・コーリング 儀式・効果モンスター ★★★★★★ 闇・機械 攻0・守0

 「オレイカルコス・ミラー」により降臨。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「ミラーナイトトークン」(戦士族・闇・星1・攻/守0)を4体特殊召喚する。
 さらに、このカードの効果で特殊召喚された「ミラーナイトトークン」に鏡の盾カウンターを1つ置く。
 「ミラーナイトトークン」が戦闘する時、その「ミラーナイトトークン」の攻撃力は相手モンスターの攻撃力と同じ数値になる。
 鏡の盾カウンターが乗った「ミラーナイトトークン」は戦闘では破壊されない。
 鏡の盾カウンターが乗った「ミラーナイトトークン」が戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自身に乗っている鏡の盾カウンターを1つ取り除く。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、「ミラーナイトトークン」に乗っている鏡の盾カウンターが取り除かれた時、その「ミラーナイトトークン」に鏡の盾カウンターを1つ置く。

 ミラーナイトトークン モンスタートークン ★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードが相手モンスターと戦闘する時、このカードの攻撃力は戦闘する相手モンスターの攻撃力と同じ数値になる。
 鏡の盾カウンターが乗ったこのカードは、戦闘では破壊されない。
 鏡の盾カウンターが乗ったこのカードが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自身に乗っている鏡の盾カウンターを1つ取り除く。

『ターン終了』

 (6ターン目)
 ・相手 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:なし
     場:なし

「く……俺のターン、ドロー!(手札:3→4)」

 ミラーナイトトークンは、鏡の盾カウンターが乗っている限り戦闘では破壊されない。
 鏡の盾カウンターは、戦闘を行えば取り除かれるものの、『ミラーナイト・コーリング』がいる限り、その効果ですぐさま再補充されてしまう。
 しかし、ミラーナイト・コーリングを狙おうにも、後列に召喚されたミラーナイト・コーリングを攻撃対象にするためには、あらかじめ前列にいるミラーナイトを全滅させる必要がある。
 だが、ミラーナイトを破壊するためには、鏡の盾カウンターを乗せる効果を持ったミラーナイト・コーリングを先に倒しておかなければならない。

 お互いがお互いを守りあう、堂々巡りのループ。
 次に相手が召喚してきたのは、『オレイカルコス・ギガース』よりも、はるかに厄介なモンスターだった。

(オレイカルコス……。デッキテーマは、おそらく「不死」と言ったところか……)
 これまでの闘いから、佐野は相手のデッキコンセプトを見極める。
 だが、それが分かったところで、簡単には倒す手段が見つからないからこその不死なのだ。

「……モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンドだ(手札:4→3)」

 (7ターン目)
 ・相手 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:裏守備×1
     場:なし

『私のターン、ドロー(手札:2→3)』
 引いたカードを視界に入れると、ノータイムでそれをデュエルディスクにセットする。

『手札から、オレイカルコス第二の結界、『オレイカルコス・デウテロス』を発動(手札:3→2)』

 オレイカルコス・デウテロス 永続魔法

 自分フィールド上に「オレイカルコスの結界」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分フィールド上に存在するモンスター1体につき500ポイント、自分のライフを回復する。
 この効果は、1ターンに1度まで、自分ターンのメインフェイズに発動できる。
 また、相手プレイヤーが直接攻撃を宣言した時、自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、その攻撃モンスターを破壊する。

 『オレイカルコスの結界』に重なるように、新たな結界が具現化した。
 第二の結界の名が示す通り、オレイカルコスの結界の外周を覆っていた紋様が二重になる。

(今度の効果は、ライフ回復と、直接攻撃の阻止……!)
 ミラーナイトを破壊できないのなら、ダイレクトアタックで相手に直接ダメージを与えればいい。
 そんな佐野の思惑は、あっさりと崩された。
 不死デッキの弱点を埋めるかのような、オレイカルコス第二の結界。
 このカードが発動されたことで、相手の布陣はさらに鉄壁と化した。

『私の場にモンスターは6体。よって、『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、3000ポイントのライフを回復する』

 相手 LP:7500 → 10500

『ミラーナイトトークンで、裏守備モンスターに攻撃』

 大量展開したミラーナイトによって、潤沢なライフを得た相手は、躊躇なくこちらに攻撃を仕掛けてくる。

「その攻撃は通さない! 俺がセットしていたのは、『E・HERO フォレストマン』だ!」

 E・HERO フォレストマン 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻1000・守2000

 1ターンに1度、自分のスタンバイフェイズ時に発動する事ができる。
 自分のデッキまたは墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 (攻1000)ミラーナイトトークン → E・HERO フォレストマン(守2000)

 ミラーナイトトークン 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

 ミラーナイトは、戦闘する相手モンスターの攻撃力をコピーする。
 ならば、攻撃力より守備力のほうが高いフォレストマンを守備表示で出せば、戦闘で破壊されることはない。

 『オレイカルコス・キュトラー』のダメージ無効化効果によって、相手に反射ダメージを与えることはできない。
 しかし、このターンに大ダメージを受けることだけは、何とか阻止することができた。

『残るモンスターで、『E・HERO フォレストマン』を攻撃』

 (攻1000)ミラーナイトトークン → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイトトークン → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイトトークン → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻500)ミラーナイト・コーリング → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー → E・HERO フォレストマン(守2000)

 ミラーナイトトークン×3 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

 正体が明らかになったフォレストマンに、相手は次々と攻撃を仕掛けてくる。
 だが、守備力2000の壁は、相手モンスターの攻撃をことごとくはじき返した。

『ターン終了』

 (8ターン目)
 ・相手 LP10500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:なし

 前のターンは、あえて攻撃力の低いモンスターを出すという機転によって、何とかしのぐことができた。
 だが、このままでは、毎ターン相手にライフを回復されてジリ貧にしかならない。
 『融合』の入っていない佐野のデッキでは、フォレストマンの効果を使うことすらできない。

「俺のターン、ドロー!(手札:3→4)」
 しかし、ここで佐野が引いたカードは、ミラーナイトの布陣を崩すための鍵となる罠カードだった。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!(手札:4→3)」
 直接攻撃が封じられたのなら、新たな攻略法に望みを託す。
 佐野は、ドローしたカードをそのままセットして、ターンを終えた。

 (9ターン目)
 ・相手 LP10500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)、ミラーナイトトークン(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:2→3)』

 相手がカードを引き終えた瞬間を狙って、佐野は伏せていたカードを表にする。

「この瞬間、トラップカード発動! 『ヒ――――」

 だが、その宣言に割りこむように、リンネの声が聞こえてきた。

《ねぇ、サノさん。本当にそのカードを発動してもいいのかな?》

「……どういうことだ、リンネ」
 無邪気な、しかし含みを持たせた言い方に、佐野は警戒を露わにする。
 おそらくはブラフ。そうは思いつつも、慎重に、いったんは罠カードの発動を見送った。

《そのカードを発動すれば、きっとサノさんは後悔することになると思うなあ》

 リンネが言葉を紡ぐにつれて、デュエルフィールドに、乾いた音が響きわたる。
 その音の出どころを探ろうと、佐野はあたりを見回す。

《言ったでしょ? このデュエルは余興だって。ただ単にデュエルするだけじゃ、イマイチ面白くないもんね》

 乾いた音の発生源は、佐野の正面に立っている4体のモンスターだった。
 ミラーナイトの顔を覆っていた白銀の兜に、少しずつヒビが入っていく。

《ふふっ。さあ、サノさん、感動のご対面だよ!》

 小さなヒビは亀裂となって、ミラーナイトの兜が砕け散る。
 そして、兜の中から姿を現したのは。



 朝比奈翔子、柊聖人、霧原ネム、そして見城薫の、4人の顔だった。



「何だ……これは…………」
 張りつめていた緊張の糸が切れ、思わずよろめいてしまう。

《念のため言っておくけど、これはただの装飾なんかじゃないよ。今、フィールド上に存在しているミラーナイトトークンは、正真正銘、サノさんもよーく知ってる4人の肉体そのものなんだ》

「なん、だと…………」
 今度こそ、リンネの言葉が本気で理解できない。
 こいつは一体、何を言っている?

《あはっ。サノさんは混乱しているみたいだから、簡単にこのデュエルのルールだけ説明するね》

 リンネの声が、次々と、呆然としている佐野の頭の中を通り抜けていく。

《実は、サノさんの相手が使う『ミラーナイト・コーリング』には、ちょっとした細工がしてあるんだ》
《本来なら、『ミラーナイト・コーリング』の効果は、ただ単に4体のトークンを特殊召喚するだけだよね》
《でも、このデュエルでは、特殊召喚されるのは普通のトークンじゃない》
《代わりに、アサヒナさん、ケンジョウさん、ヒイラギさん、キリハラさんの、4人の肉体をフィールド上に呼び出すようになっているんだ》
《まあ、肉体とは言っても、もともとの身体と寸分違わぬコピーなんだけどね。それでも問題はないはずだよ》
《それで、ここからが肝心な話なんだけどね》
《人間を含めたあらゆる生き物は、肉体と魂から出来ている。いくら肉体だけがあっても、それだけじゃ人間は動かないんだ》
《アサヒナさんたち4人の魂は、わたしが預かっている》
《たった今、その4人の魂を、このフィールド上に解放したよ》
《魂と肉体は引かれあう。自由になった4人の魂は、当然、本人の肉体のもとへと向かうよね》
《だから今は、4つの肉体に4つの魂が入っている状態にあるんだ》
《この状態のままデュエルが終了したら、フィールドに存在する4人の肉体は、魂つきでそのまま返してあげる》
《でも》


《フィールド上にミラーナイトトークンが1体でも欠けていたら、その人の肉体は永遠に戻ってこないから、注意しようね♪》


《ミラーナイトトークンの破壊は、その人の肉体の破壊と同義だよ》
《そうなれば、魂はフィールド上をあてもなく彷徨うことになるけど》
《肉体のない魂なんて、放っておけば1日くらいで消滅しちゃうからね》
《サノさんたち人間にとっては、それは完全なる“死”そのものだよね》
《だから、そうならないよう注意しようね》
《アサヒナさんたちは、サノさんの仲間なんでしょ?》
《自分の手で、大切な仲間を手にかけるなんてこと、嫌だよね?》
《だったら、サノさんはどうするべきか分かるよね?》


 最後に、きゃははっ、と笑い声が響いて、リンネの声は止まった。
 だが、それでも、佐野はしばらく何の反応も返すことができなかった。


「…………っ! かはっ!」
 呼吸をするのさえ忘れていたことに気づき、慌てて息を吸いこむ。
 凍りついていた身体と思考が、ようやく戻ってきた。

「あれが……4人の肉体……だと…………!?」
 目の前の、よく見知った4つの顔。
 虚ろな瞳をしているが、それは紛れもなく朝比奈、見城、そして東仙高校の柊と霧原の顔だった。
 ミラーナイト4体の身長が異なっていた理由も、ようやく悟る。
 あのモンスタートークンは、4人の肉体そのものなのだ。

 リンネの言葉が本当だという証拠はない。だが、証拠がないと言って一蹴できるような問題ではない。
 リンネは、ことデュエルモンスターズに関しては、決して嘘はつかない。
 なぜかそう確信できてしまうからこそ、今自分が置かれている状況に絶望しか感じない。

 ミラーナイトの破壊は、すなわち肉体の破壊。
 肉体を失った魂は、そう時間が経たずに消滅する。


 それはすなわち、人間としての、死。


『全モンスターで、『E・HERO フォレストマン』を攻撃』

「……っ! やめ…………!」

 咄嗟に、静止の声をあげてしまう。
 リンネ側のデュエリストである相手が、そんなことで攻撃を躊躇ってくれるはずがないのに。

 (攻1000)ミラーナイト朝比奈翔子 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト見城薫 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト柊聖人 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト霧原ネム → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻500)ミラーナイト・コーリング → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー → E・HERO フォレストマン(守2000)

「やめろ……やめてくれ…………!」
 朝比奈、見城、柊、霧原の顔をした4人のミラーナイトが、次から次へと、佐野の場のフォレストマンに向けて切りかかってくる。
 見知った、親しかったはずの人物が、虚ろな目をして襲ってくる。
 それは、悪夢以外の何物でもない。

 ミラーナイトトークン×4 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

『『オレイカルコス・キュトラー』の効果で、私への戦闘ダメージは0になる。『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、私の場にいるモンスターの数×500ポイント、つまり3000ポイントのライフを回復して、ターン終了』

 相手 LP:10500 → 13500

 (10ターン目)
 ・相手 LP13500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札3
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

「ぁ……俺の、ターン…………(手札:3→4)」

 自分のターンが回ってきて、佐野は、辛うじて、本当にわずかに、正気を取り戻す。
 リンネの言葉を、思い出す。

《アサヒナさんたち4人の魂は、わたしが預かっている》
《たった今、その4人の魂を、このフィールド上に解放したよ》

 見城の魂が囚われていたのは知っている。
 だがまさか、朝比奈に、東仙高校のメンバーまでもがリンネの手にかかっていたなんて。

《ミラーナイトトークンの破壊は、その人の肉体の破壊と同義だよ》
《そうなれば、魂はフィールド上をあてもなく彷徨うことになるけど》
《肉体のない魂なんて、放っておけば1日くらいで消滅しちゃうからね》

 ミラーナイトがフィールドから消えれば、肉体は消滅し、いずれは魂も消える。
 佐野がミラーナイトを破壊すれば、それは自らの手で身近な人間を殺したも同然だ。

《自分の手で、大切な仲間を手にかけるなんてこと、嫌だよね?》
《だったら、サノさんはどうするべきか分かるよね?》

 直接攻撃が封じられた以上、ミラーナイトを残したまま、佐野が相手に勝つことは、まず不可能。
 だが、仮にミラーナイトごと相手を倒したとしても、待っているのは4人の死。
 だったら、残された道は一つだ。


 このまま、無抵抗に攻撃を受け続け、ミラーナイトを相手の場に残したままデュエルを終えるしかない。

 このデュエルで敗北することは、佐野自身の魂が封印されることを意味しているのにも関わらず。


「ターン……エンドだ…………」

 (11ターン目)
 ・相手 LP13500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札4
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:3→4)』
 精神的にも追い詰められた佐野のことなどお構いなしに、相手はただ淡々とデュエルを進行する。

『『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、私のライフを3000ポイント回復』

 相手 LP:13500 → 16500

『全モンスターで、『E・HERO フォレストマン』を攻撃』

 (攻1000)ミラーナイト朝比奈翔子 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト見城薫 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト柊聖人 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト霧原ネム → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻500)ミラーナイト・コーリング → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー → E・HERO フォレストマン(守2000)

 ミラーナイトトークン×4 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

「……っ! く……!」
 攻撃を受ける瞬間、目をつむり、顔をそむけてしまう。
 虚ろな瞳をして、ただ機械的に攻撃を仕掛けてくる人形のような彼女らを、ただ歯を食いしばってやり過ごす。

『ターン終了』

 (12ターン目)
 ・相手 LP16500 手札4
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札4
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

「俺の……ターン……(手札:4→5)」

 カードを引く。
 だが佐野は、このターンにも、何も行動を起こすことができなかった。

「ターン……エンド」

 (13ターン目)
 ・相手 LP16500 手札4
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札5
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:4→5)』
 間髪入れずに、相手のターンが始まる。

『『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、ライフを3000回復。全モンスターで、『E・HERO フォレストマン』を攻撃』

 相手 LP:16500 → 19500

 (攻1000)ミラーナイト朝比奈翔子 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト見城薫 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト柊聖人 → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)ミラーナイト霧原ネム → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻500)ミラーナイト・コーリング → E・HERO フォレストマン(守2000)
 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー → E・HERO フォレストマン(守2000)

 ミラーナイトトークン×4 鏡の盾カウンター:1個 → 0個 → 1個

「…………」
 もはや佐野は、ミラーナイトの攻撃を受けても、俯いたまま反応を返そうともしない。
 それでもデュエルは、ただ残酷に進行していく。

『ターン終了』

 (14ターン目)
 ・相手 LP19500 手札5
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札5
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

「俺の……ターン(手札:5→6)」

 俯いたまま、カードを引く。佐野の手札は、もう6枚になっていた。

「……ターン、エンド」

 だが、何もしない。何もできない。
 佐野は、1枚のカードも場に出さずに、ターンを終える。

 (15ターン目)
 ・相手 LP19500 手札5
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、ミラーナイト・コーリング(攻500)
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)
 ・佐野 LP4700 手札6
     場:E・HERO フォレストマン(守2000)
     場:伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:5→6)』
 ここで、今までノータイムで行動をしてきた相手の動きが、止まる。
 その代わりに聞こえてきたのは、リンネの声だった。

《あれれ? どうしちゃったのかな、サノさん。さっきからずっと、カードを引くだけで何もしてないよ?》

 いかにもといったわざとらしい口調で、下を向いたままの佐野に問いかける。

《ああ、そっか。サノさんは、このデュエルに勝つのを諦めちゃったんだね。ふふっ。仲間の命が懸かってるんだもんね。そりゃあ仕方ないか》

 この程度のことで心を折られてしまう佐野のことが、心底面白いとでもいうように、笑う。

《ははっ。ちょっと仲間を盾にされただけで、何もできなくなっちゃうなんて、サノさんは本当に優しいんだね》

 そして、このデュエルに終止符を打つための一言を、口にする。

《遊びはもうおしまい。いい余興だったよ。それじゃ、サノさんの望み通り、このデュエルを終わらせてあげるね♪》

 リンネの言葉に従って、相手は新たなモンスターカードを場に召喚する。

『『オレイカルコス・ディアボロス』を召喚。そして『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、ライフを3500回復します(手札:6→5)』

 オレイカルコス・ディアボロス 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻1500・守1500

 1ターンに1度、相手フィールド上の守備モンスター1体を選択して表側攻撃表示にする事ができる。

 相手 LP:19500 → 23000

 煮えたぎるマグマと岩石で作られた身体を持つ巨兵が、オレイカルコスの結界の力で強化される。

 オレイカルコス・ディアボロス 攻:1500 → 2000

《本当に仲間のことを想うなら、自分からフォレストマンを攻撃表示にすれば、すぐにでも負けられたはずなのに、サノさんはそれをしなかった。ふふ。気持ちは分かるよ。自分で自分の命を絶つんだもん。やっぱり怖かったんだよね。だから、あと一歩が踏み出せないサノさんの代わりに、わたしがやってあげるね》

『『オレイカルコス・ディアボロス』の効果発動。相手の場の『E・HERO フォレストマン』を、攻撃表示に変更』

 E・HERO フォレストマン:(守2000) → (攻1000)

 ずっと佐野を守り続けてきた壁モンスターが、攻撃表示になった。
 佐野の場に、相手の攻撃を防ぐためのカードは、何もない。

《きゃははっ。全軍突撃! すべてのモンスターで、サノさんを総攻撃だよ!》

 (攻2000)オレイカルコス・ディアボロス → E・HERO フォレストマン(攻1000):【破壊】

 佐野 LP:4700 → 3700

 (攻1000)オレイカルコス・キュトラー −Direct→ 佐野 春彦(LP3700)

 佐野 LP:3700 → 2700

 (攻500)ミラーナイト朝比奈翔子 −Direct→ 佐野 春彦(LP2700)
 (攻500)ミラーナイト見城薫 −Direct→ 佐野 春彦(LP2700)
 (攻500)ミラーナイト柊聖人 −Direct→ 佐野 春彦(LP2700)
 (攻500)ミラーナイト霧原ネム −Direct→ 佐野 春彦(LP2700)

 朝比奈、見城、柊、霧原。
 4人の肉体そのものであるミラーナイトが、一斉に佐野に襲いかかる。

 だが、その攻撃が命中する直前に、何の前触れもなく、後列にいたはずの『ミラーナイト・コーリング』が、爆発して消えた。

「…………トラップカード、発動だ」

 ヒーロー・ブラスト 通常罠

 自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し手札に加える。
 そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上表側表示モンスター1体を破壊する。

「墓地の『E・HERO スパークマン』を手札に加えて、『ミラーナイト・コーリング』を破壊。これでもう、鏡の盾カウンターが補充されることはない」

 ミラーナイト・コーリング:【破壊】

 佐野 LP:2700 → 2200 → 1700 → 1200 → 700

 ミラーナイト朝比奈翔子 鏡の盾カウンター:1個 → 0個
 ミラーナイト見城薫 鏡の盾カウンター:1個 → 0個
 ミラーナイト柊聖人 鏡の盾カウンター:1個 → 0個
 ミラーナイト霧原ネム 鏡の盾カウンター:1個 → 0個

 ミラーナイト4体の直接攻撃が佐野に命中し、鏡の盾カウンターが取り除かれる。
 しかし、ミラーナイト・コーリングが破壊された今、鏡の盾カウンターが補充されることはない。

『カードを1枚伏せて、ターン終了(手札:5→4)』

 (16ターン目)
 ・相手 LP23000 手札4
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・キュトラー(攻1000)、伏せ×1
     場:ミラーナイト朝比奈翔子(攻500)、ミラーナイト見城薫(攻500)、ミラーナイト柊聖人(攻500)、ミラーナイト霧原ネム(攻500)、オレイカルコス・ディアボロス(攻2000)
 ・佐野 LP700 手札7
     場:なし
     場:なし

「俺のターン、ドロー(手札:7→8)」
 カードを引いた佐野に向かって、リンネが面白そうに語りかけてくる。

《ふふっ。サノさん、そのトラップカードを発動しちゃって、本当によかったのかな?》

 鏡の盾カウンターが補充されなくなったミラーナイトトークンに、不死性は欠片も残っていない。
 もはや今のミラーナイトは、攻撃表示の相手モンスターと一度バトルしただけで破壊される、脆弱な騎士でしかないのだ。

《ミラーナイトトークンは、鏡の盾カウンターで戦闘破壊から守られていたんだよ? それを失えば、アサヒナさんたちの肉体は、ちょっとのミスで壊れちゃう。自分の手で仲間たちを危険にさらすなんて、サノさん、正気なの?》

 最後の最後で、恐怖に負けて、ついつい罠カードを発動してしまった。
 リンネの目には、佐野の行動はそう映っているのだろう。

「……ああ、正気だよ。十分すぎるほどにな」

 だが、そう返す佐野の口調には、一切の迷いがなかった。
 俯いていた顔を上げて、自嘲の笑みを漏らす。

「どんな非常事態に巻きこまれようと、自分を客観視して冷静でいられる自信だけはあったんだがな。それが、ちょっと知り合いを人質にとられただけで、動揺して何もできなくなってしまった。……その結果がこのザマだ。自分が情けなくて泣けてくる」

 空を仰ぎ、両目を覆うように顔に手を当てて、佐野は、小さく――――嗤った。

「リンネ。お前は勘違いしているようだが、俺は、自ら敗北を選ぶ決心がつかずに悩んでいたんじゃない」

 酷薄な笑みを浮かべて、姿の見えないリンネに向かって、言葉を紡ぐ。

「確かに人間の命は、かけがえのない大事なものだ。それが知り合いや仲間となれば、なおさらな。……だが、少し冷静になって考えてみれば、お前にだって分かるはずだ」

 ここまで底冷えするような声が出せたのかと、自分で自分に驚きさえ覚える。
 だがそれでも、佐野の言葉は止まらない。


「他人の命をいくつ積まれたところで、そんなもの、自分の命一つと釣り合いがとれるわけがないだろう?」


 リンネは、佐野の言葉を黙って聞いている。

「極限状態において、何よりも優先すべきはまず自分の命。俺は、そんな小学生でも分かる簡単なことを、見失い、そして躊躇った。……そんなことをしていれば、このデュエルに負ける可能性が高まっていくだけだって言うのにな」

 『オレイカルコス・デウテロス』の効果で、直接攻撃は封じられている。
 ならば、佐野がデュエルに勝つためには、相手の場のモンスターを除去するしか道はない。

「翔子、見城。そして柊、霧原。すまない。だが、俺はもう迷わない。このデュエルに勝つために、お前らの肉体を破壊させてもらう」

 そう言うと、自分のデュエルディスクに乱暴にカードを叩きつけた。

「『E・HERO ワイルドマン』を召喚。さらに手札から『ミラクル・フュージョン』を発動する!(手札:8→6)」

 E・HERO ワイルドマン 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻1500・守1600

 このカードは罠の効果を受けない。

 ミラクル・フュージョン 通常魔法

 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 それは、デュエリスト能力を封じられた佐野に残された、数少ない融合手段だった。

「場のワイルドマンと、墓地のエッジマンを融合! 来い、『E・HERO ワイルドジャギーマン』!」

 E・HERO ワイルドジャギーマン 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 地・戦士 攻2600・守2300

 「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO エッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。

「さらに永続魔法『騎士道精神』を発動する!(手札:6→5)」

 騎士道精神 永続魔法

 自分のフィールド上モンスターは、攻撃力の同じモンスターとの戦闘では破壊されない。

「ミラーナイトトークンには、バトルする相手モンスターの攻撃力をコピーする能力がある。だが、『騎士道精神』がある限り、そのバトルで破壊されるのはミラーナイトトークンだけだ!」

 そして、ワイルドジャギーマンには、すべての相手モンスターに1回ずつ攻撃できる特殊能力がある。

「つまり、このターンで、相手モンスターは全滅する! ワイルドジャギーマンで、全モンスターに攻撃! インフィニティ・エッジ・スライサー!」

 ワイルドジャギーマンが、大剣で前列のすべてのモンスターをなぎ倒すべく、一直線に相手の場へと突き進んでいく。

《あははははははは! そう来るとはね。やっぱり人間は面白いな♪ いいよ、サノさんがその気なら、こっちも全力で受けて立ってあげる! せめて仲間だけでも救っておけばよかったって、後悔させてあげるよ!》

『罠カード発動。『スキル・インバイブ』』

 スキル・インバイブ 通常罠

 手札を任意の枚数捨てて発動する。
 その枚数だけ自分フィールド上の表側表示モンスターを選択する。
 選択したモンスターの効果は無効化される。

『手札を4枚捨てて、ミラーナイトトークン4体の効果を無効にする(手札:4→0)』

 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → オレイカルコス・ディアボロス(攻2000):【破壊】
 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → ミラーナイト朝比奈翔子(攻500):【破壊】
 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → ミラーナイト見城薫(攻500):【破壊】
 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → ミラーナイト柊聖人(攻500):【破壊】
 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → ミラーナイト霧原ネム(攻500):【破壊】

「皆、許してくれ……。俺は、お前たちを破壊して、こいつを倒す」
 ワイルドジャギーマンの攻撃で、ミラーナイトトークン――4人の肉体は、あっさりと消し飛んだ。
 その様子は、普通のソリッドビジョンの消滅と、なんら変わりはない。

『『オレイカルコス・キュトラー』の効果で、私へのダメージは0になる』

「だが、次は無効化できないはずだ! ワイルドジャギーマンで、オレイカルコス・キュトラーを攻撃!」

 前列のモンスターを全滅させたことで、ついに佐野の攻撃が後列に届く。

 (攻2600)E・HERO ワイルドジャギーマン → オレイカルコス・キュトラー(攻1000):【破壊】

 相手 LP:23000 → 21400

《ふふっ、やるね。でも、サノさんは、さっき『スキル・インバイブ』を発動したことの意味を、ちゃんと理解しているのかな?》

 その瞬間、大きな地鳴りがフィールド上に響きわたった。
 地面を割り、古代の土偶のような外見をした巨大なモンスターが姿を現す。

『『オレイカルコス・キュトラー』の最終効果発動。このカードが破壊されたので、私のデッキから『オレイカルコス・シュノロス』を特殊召喚』

 オレイカルコス・キュトラー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻500・守1500

 このカードは500ライフポイントを払って手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分モンスターが戦闘を行うことによって発生する戦闘ダメージは全て無効になる。
 このカードが破壊された時、自分の手札・デッキから「オレイカルコス・シュノロス」1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚された「オレイカルコス・シュノロス」の攻撃力は、このカードが無効化した戦闘ダメージの合計分アップする。

 オレイカルコス・シュノロス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・キュトラー」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から「オレイカルコス・デクシア」1体を攻撃表示で、「オレイカルコス・アリステロス」1体を守備表示で特殊召喚する。
 ???

『『オレイカルコス・キュトラー』が無効にした戦闘ダメージの総和は、35900ポイント。よって『オレイカルコス・シュノロス』の攻撃力は、『オレイカルコスの結界』の効果も含めて、36400ポイントとなる』

 オレイカルコス・シュノロス 攻:0 → 35900 → 36400

 何度も何度も、『E・HERO フォレストマン』に無駄な攻撃を仕掛けていたことも。
 手札を捨ててまで、『スキル・インバイブ』でミラーナイトトークンの攻撃力コピー効果を無効にしたことも。
 すべては、『オレイカルコス・シュノロス』の攻撃力を上げるため。

『『オレイカルコス・シュノロス』が特殊召喚されたので、私のデッキから『オレイカルコス・デクシア』と『オレイカルコス・アリステロス』を特殊召喚』

 オレイカルコス・デクシア 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・シュノロス」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードは「オレイカルコスの結界」の効果で魔法&罠カードゾーンに特殊召喚することができない。
 このカードは守備表示にする事ができない。
 ???

 オレイカルコス・アリステロス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・シュノロス」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードは「オレイカルコスの結界」の効果で魔法&罠カードゾーンに特殊召喚することができない。
 このカードは攻撃表示にする事ができない。
 ???

 シュノロスの右腕と左腕が分離し、それぞれ1体の独立したモンスターとなる。

 オレイカルコス・デクシア 攻:0 → 500
 オレイカルコス・アリステロス 攻:0 → 500

《デクシアとアリステロスは、シュノロスを守護する無敵の剣と盾。サノさんは、次のターンの攻撃を防ぎきれるかな?》

「……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ(手札:5→3)」

 (17ターン目)
 ・相手 LP21400 手札0
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・シュノロス(攻36400)
     場:オレイカルコス・デクシア(攻500)、オレイカルコス・アリステロス(守0)
 ・佐野 LP700 手札3
     場:E・HERO ワイルドジャギーマン(攻2600)
     場:騎士道精神(永魔)、伏せ×2

『私のターン、ドロー(手札:0→1)』

《あははっ。オレイカルコス最後の結界、発動だよ!》

『永続魔法『オレイカルコス・トリトス』発動(手札:1→0)』

 オレイカルコス・トリトス 永続魔法

 自分フィールド上に「オレイカルコス・デウテロス」が表側表示で存在する場合に発動する事ができる。
 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターは、「オレイカルコス」と名のついたカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 オレイカルコスの外周を覆っていた紋様が、三重になる。
 『オレイカルコス・トリトス』が発動したことにより、相手のモンスターは、「オレイカルコス」と名のつかない魔法・罠の影響を一切受けつけない。

《オレイカルコス・シュノロスは、かつて、伝説と呼ばれたデュエリスト2人がかりですら、三竜の力を借りなければ倒せなかったほどのモンスター。そんなシュノロスを相手にして、サノさんはたった1人でどこまで足掻ききれるかな?》

 佐野にとって、所々に意味の分からない箇所はあるが、リンネの言いたいことは十分に伝わってくる。

《行くよ! 『オレイカルコス・シュノロス』で、ワイルドジャギーマンを攻撃! フォトン・リング!》

 (攻36400)オレイカルコス・シュノロス → E・HERO ワイルドジャギーマン(攻2600)

 30000ポイントを超えた攻撃力を誇る光の輪が、ワイルドジャギーマンに襲い掛かる。
 ワイルドジャギーマンの2600ポイントは、決して低くない攻撃力のはずなのだが、シュノロスを前にしては赤子も同然だ。

「2枚のリバースカードを発動! 『異次元からの埋葬』と『融合解除』だ!」

 異次元からの埋葬 速攻魔法

 ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、そのカードを墓地に戻す。

 融合解除 速攻魔法

 フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。
 さらに、エクストラデッキに戻したこのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、この一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 『異次元からの埋葬』の効果で、『ミラクル・フュージョン』によって除外されたエッジマンとワイルドマンが墓地へと戻る。
 そして『融合解除』によってワイルドジャギーマンの融合が解除され、佐野の場に、エッジマンとワイルドマンが守備表示で特殊召喚された。

 E・HERO エッジマン 効果モンスター ★★★★★★★ 地・戦士 攻2600・守1800

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 E・HERO ワイルドマン 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻1500・守1600

 このカードは罠の効果を受けない。

『改めて、『オレイカルコス・シュノロス』で、『E・HERO エッジマン』を攻撃』

《続けて、『オレイカルコス・デクシア』で、ワイルドマンを攻撃だよ!》

 リンネがそう言った瞬間、デクシアとアリステロスの秘めていた、すべての能力が明らかになる。

 オレイカルコス・デクシア 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・シュノロス」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードは「オレイカルコスの結界」の効果で魔法&罠カードゾーンに特殊召喚することができない。
 このカードは守備表示にする事ができない。
 このカードが戦闘する時、このカードの攻撃力は、相手モンスターが攻撃表示なら攻撃力、守備表示なら守備力の数値に300を加えた数値になる。

 オレイカルコス・アリステロス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・シュノロス」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードは「オレイカルコスの結界」の効果で魔法&罠カードゾーンに特殊召喚することができない。
 このカードは攻撃表示にする事ができない。
 このカードが戦闘する時、このカードの守備力は、相手モンスターの攻撃力に300を加えた数値になる。

 (攻36400)オレイカルコス・シュノロス → E・HERO エッジマン(守1800):【破壊】

 (攻1900)オレイカルコス・デクシア → E・HERO ワイルドマン(守1600):【破壊】

 攻撃力30000超えのシュノロスと、あらゆるモンスターを上回る絶対の剣が、佐野の場のモンスター2体を粉砕する。

『シュノロスとデクシアが戦闘を行ったことにより、『オレイカルコス・シュノロス』の攻撃力は、戦闘を行った相手モンスターの能力値分だけダウンする』

 オレイカルコス・シュノロス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・キュトラー」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から「オレイカルコス・デクシア」1体を攻撃表示で、「オレイカルコス・アリステロス」1体を守備表示で特殊召喚する。
 「オレイカルコス・シュノロス」「オレイカルコス・デクシア」「オレイカルコス・アリステロス」のいずれかのモンスターが相手モンスターと戦闘を行ったとき、ダメージステップ終了時に、相手モンスターが攻撃表示なら攻撃力、守備表示なら守備力の数値分だけ、このカードの攻撃力がダウンする。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードの攻撃力が0になったとき、このカードを破壊する。

 ???
 このカードがフィールド上から離れた時、自分フィールド上の「オレイカルコス・デクシア」「オレイカルコス・アリステロス」を破壊する。

 オレイカルコス・シュノロス 攻:36400 → 33000

 だが、減少した攻撃力は、わずかに3400ポイント。
 攻撃力が30000を上回るシュノロスにとっては、あまりにも微々たる数値だった。

『『オレイカルコス・デウテロス』の効果でライフを1500ポイント回復し、ターン終了』

 相手 LP:21400 → 22900

 (18ターン目)
 ・相手 LP22900 手札0
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス・シュノロス(攻33000)
     場:オレイカルコス・デクシア(攻500)、オレイカルコス・アリステロス(守0)
 ・佐野 LP700 手札3
     場:なし
     場:騎士道精神(永魔)

「俺のターン、ドロー!(手札:3→4)」

 『オレイカルコス・シュノロス』の攻撃力は、残り33000。
 いくら戦闘を行うたびにシュノロスの攻撃力が減っていき、0になれば破壊されるとはいえ、普通にやっていては到底間に合わない。

 ならば、このターンでシュノロスの攻撃力のほとんどを削り切る。

「魔法カード『O−オーバーソウル』発動! 俺は、アームズ・ホールの効果で墓地に送られた『E・HERO ネオス』を復活させる! さらに手札から『N・エア・ハミングバード』を召喚!(手札:4→2)」

 O−オーバーソウル 通常魔法

 自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。

 E・HERO ネオス 通常モンスター ★★★★★★★ 光・戦士 攻2500・守2000

 ネオスペースからやってきた新たなるE・HERO。
 ネオスペーシアンとコンタクト融合することで、未知なる力を発揮する!

 N・エア・ハミングバード 効果モンスター ★★★ 風・鳥獣 攻800・守600

 相手の手札1枚につき、自分は500ライフポイント回復する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「リンネ。お前は言ったな。オレイカルコス・シュノロスは、かつて、伝説と呼ばれたデュエリスト2人がかりでも倒せなかったカードだと」

 伝説と呼ばれたデュエリスト。それが誰のことを指しているのかは分からない。
 だがそれでも、これだけは言える。

「デュエルモンスターズの世界は、日々進化している。そいつが、いくらかつては強大無比な力を誇っていたモンスターだろうと関係ない。俺と共にあるのは、今のカードで構成された、今を生きるデッキなんだ」

 拳を突き上げ、叫びをあげる。
 デュエリスト能力を封じられた佐野に残された、もう1つの融合手段の名を叫ぶ。

「コンタクト融合! 来い、『E・HERO エアー・ネオス』!」

 E・HERO エアー・ネオス 融合・効果モンスター ★★★★★★★ 風・戦士 攻2500・守2000

 「E・HERO ネオス」+「N・エア・ハミングバード」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
 自分のライフポイントが相手のライフポイントよりも少ない場合、その数値だけこのカードの攻撃力がアップする。
 エンドフェイズ時にこのカードは融合デッキに戻る。

「俺のライフポイントは700。お前のライフポイントは22900。その差は22200ポイント!」

 E・HERO エアー・ネオス 攻:2500 → 24700

「エアー・ネオスで、オレイカルコス・アリステロスを攻撃だ! スカイリップ・ウィング!」

 (攻24700)E・HERO エアー・ネオス → オレイカルコス・アリステロス(守25000)

 佐野 LP:700 → 400

 E・HERO エアー・ネオス 攻:24700 → 25000

 無敵の盾たる『オレイカルコス・アリステロス』の守備力は、常に相手モンスターの攻撃力を300ポイント上回る。
 だがそれは、逆に言えば、300ポイントのダメージと引き換えに、安全に攻撃を仕掛けられるということに他ならない。

「この戦闘によって、オレイカルコス・シュノロスの攻撃力は、24700ポイントダウンする!」

 オレイカルコス・シュノロス 攻:33000 → 8300

 魔法も罠も受けつけないのなら、真っ向からの攻撃で粉砕する。
 E・HEROデッキには、元来、それを可能にするだけのポテンシャルが秘められている。

「エアー・ネオスに『インスタント・ネオスペース』を装備して、ターンエンドだ!(手札:2→1)」

 インスタント・ネオスペース 装備魔法

 「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターにのみ装備可能。
 このカードを装備した融合モンスターは、エンドフェイズ時にデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。
 装備モンスターがフィールド上から離れた場合、自分の手札・デッキ・墓地から「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する事ができる。

 (19ターン目)
 ・相手 LP22900 手札0
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス・シュノロス(攻8300)
     場:オレイカルコス・デクシア(攻500)、オレイカルコス・アリステロス(守0)
 ・佐野 LP400 手札1
     場:E・HERO エアー・ネオス(攻25000)
     場:騎士道精神(永魔)、インスタント・ネオスペース(装魔)

『私のターン、ドロー(手札:0→1)』
 いまや、フィールドを支配しているのは、佐野の場のエアー・ネオス。
 攻撃力が8300にまでダウンしたオレイカルコス・シュノロスでは、直接バトルしても勝ち目はない。

『『オレイカルコス・デクシア』で、『E・HERO エアー・ネオス』を攻撃』

 (攻25300)オレイカルコス・デクシア → E・HERO エアー・ネオス(攻25000):【破壊】

 佐野 LP:400 → 100

 攻撃したモンスターの能力を常に300ポイント上回る無敵の剣が、エアー・ネオスを粉砕する。
 だが、攻撃力25000ものモンスターに攻撃を仕掛けた代償は、大きい。

「この瞬間、オレイカルコス・シュノロスの攻撃力は、エアー・ネオスの攻撃力分ダウンする!」

 もうシュノロスには、25000ポイントもの攻撃力ダウンに耐えられるほどの攻撃力は残されていない。

 オレイカルコス・シュノロス 攻:8300 → 0

 攻撃力が0になったシュノロスは、自身の効果で、デクシアとアリステロスとともに自壊する。
 土偶の形状をしたシュノロスに、みるみるうちに大きな亀裂が走っていき、そして。

 オレイカルコス・シュノロス:【破壊】
 オレイカルコス・デクシア:【破壊】
 オレイカルコス・アリステロス:【破壊】

 分離した右腕と左腕を巻きこんで、轟音をあげて崩落した。

 だが。



『この瞬間、『オレイカルコス・シュノロス』の最終効果発動』



 佐野は、一瞬自分の目を疑った。

 デュエルフィールドの上空に、いつの間にか大きな穴が開いていた。
 中は真っ暗で、奥がどうなっているのかはまったく分からない。
 だが、一つだけ分かることがあるとすれば。

 深淵の闇の中から、邪悪なオーラを放つ巨大な蛇がこちらを睨みつけている。
 おそらくは、あの禍々しい姿をしたモンスターこそが、オレイカルコスデッキの最後の切り札だ。

『『オレイカルコス・シュノロス』の攻撃力が0になったとき、私のライフが10000ポイント以上だった場合、手札をすべて捨て、自分のライフポイントを0にすることで、デッキから『蛇神ゲー』を特殊召喚する』

 相手 手札:1枚 → 0枚

 相手 LP:22900 → 0

 オレイカルコス・シュノロス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・キュトラー」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分の手札・デッキ・墓地から「オレイカルコス・デクシア」1体を攻撃表示で、「オレイカルコス・アリステロス」1体を守備表示で特殊召喚する。
 「オレイカルコス・シュノロス」「オレイカルコス・デクシア」「オレイカルコス・アリステロス」のいずれかのモンスターが相手モンスターと戦闘を行ったとき、ダメージステップ終了時に、相手モンスターが攻撃表示なら攻撃力、守備表示なら守備力の数値分だけ、このカードの攻撃力がダウンする。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードの攻撃力が0になったとき、このカードを破壊する。
 この時、自分のライフポイントが10000以上だった場合、自分のライフポイントを0にして、自分の手札を全て捨てる事で、自分の手札・デッキ・墓地から「蛇神ゲー」1体を特殊召喚する。
 このカードがフィールド上から離れた時、自分フィールド上の「オレイカルコス・デクシア」「オレイカルコス・アリステロス」を破壊する。

「ライフポイントを……0にする、だと……!?」
 デュエル中、どちらかのライフが0になった場合、即座にデュエルは終了する。
 しかし、相手のライフが0になったのにも関わらず、一向にデュエルが終わる気配はない。
 ただ、上空に開いた穴から、異様な大きさの蛇が、佐野に禍々しい視線を向けているだけだ。

『『蛇神ゲー』の効果。このカードが私の場に存在する限り、私はライフポイントが0になってもデュエルに敗北しない』

「な……っ!」
 その、あまりに例外的で反則めいたモンスター効果に、佐野は驚きを隠せない。

《ははっ。驚いた? これがオレイカルコスデッキの最終兵器、『蛇神ゲー』の効果だよ》

 リンネの声が、ふたたびフィールド上に響きわたる。

《でも安心して? ライフポイントによる敗北が無効になる代わりに、『蛇神ゲー』がフィールドを離れた瞬間、サノさんの勝利が確定するから》

 『蛇神ゲー』をフィールドから離れさせるだけで、佐野の勝利が確定する。
 だがもちろん、そんな条件が設定されているからには、そう易々と除去させてもらえるはずがない。



《簡単なことだよ。なにせ、サノさんは、カード効果を受けない攻撃力(むげんだい)のモンスターを、破壊すればいいだけなんだからね♪》



 蛇神ゲー 効果モンスター ★★★★★★★★★★★★ 神・幻神獣 攻∞・守∞

 このカードは通常召喚できない。
 このカードは「オレイカルコス・シュノロス」の効果でのみ特殊召喚する事ができる。
 このカードは「オレイカルコス」と名のついたカード以外の魔法・罠・モンスターカードの効果を受けない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分はライフポイントが0になってもデュエルに敗北しない。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手はデュエルに勝利する。
 このカードは、自分のデッキの上からカードを10枚墓地に送らなければ、攻撃宣言を行う事ができない。

「攻撃力……∞!?」

《そう。∞の攻撃力を持つモンスターは、いかなる攻撃力・守備力を持つモンスターとバトルした場合でも、相手を戦闘で破壊する。『蛇神ゲー』は、数値の枠にすら収まらない、史上最高の攻撃力を誇るモンスターカードなんだよ》

 自らのおもちゃを自慢する子どものように、無邪気に告げる。
 そして、一切の容赦なく攻撃宣言を下した。

《デッキのカードを上から10枚墓地に送って、『蛇神ゲー』の攻撃だよ。インフィニティ・エンド!》

 相手 山札:21枚 → 11枚

「……っ! 『インスタント・ネオスペース』の効果発動! エアー・ネオスが俺の場を離れたことで、自分のデッキから『E・HERO ネオス』を守備表示で特殊召喚する!」

 インスタント・ネオスペース 装備魔法

 「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターにのみ装備可能。
 このカードを装備した融合モンスターは、エンドフェイズ時にデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。
 装備モンスターがフィールド上から離れた場合、自分の手札・デッキ・墓地から「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する事ができる。

 E・HERO ネオス 通常モンスター ★★★★★★★ 光・戦士 攻2500・守2000

 ネオスペースからやってきた新たなるE・HERO。
 ネオスペーシアンとコンタクト融合することで、未知なる力を発揮する!

 蛇神ゲーの口が開かれ、ネオスに向かって一直線に闇の波動が放たれる。

 (攻∞)蛇神ゲー → E・HERO ネオス(守2000):【破壊】

「ぐっ……!」
 直接攻撃されたわけでもないのに、暴力的な力の乱流を受けて、立っているだけでも精一杯だ。

 ネオスは守備表示で特殊召喚していたから、佐野が戦闘ダメージを受けることはない。
 だがもし、佐野のデッキに入っている有限の攻撃力しか持たないモンスターが、攻撃表示で『蛇神ゲー』の攻撃を受けたなら、一瞬で勝敗が決することになるだろう。

『ターン終了』

 (20ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札11
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札1 山札25
     場:なし
     場:騎士道精神(永魔)

「俺のターン、ドロー!(手札:1→2)」
 威勢よくカードを引くものの、攻撃力∞に対抗できるモンスターが引けるはずもない。

「モンスターを裏側守備表示でセット。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ(手札:2→0)」

 (21ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札11
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札24
     場:裏守備×1
     場:騎士道精神(永魔)、伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:0→1)』

《あははっ。そのモンスターは、『ヒーロー・ブラスト』の効果で手札に加えたスパークマンだよね。遠慮なく破壊させてもらうよ》

『デッキの上からカードを10枚墓地に送り、『蛇神ゲー』で裏守備モンスターを攻撃』

 相手 山札:10枚 → 0枚

 (攻∞)蛇神ゲー → 裏守備 → E・HERO スパークマン(守1400):【破壊】

「……っ! だが、これでお前の山札は0枚になった!」

 『蛇神ゲー』には、攻撃宣言時にデッキのカードを上から10枚墓地に送るというコストが存在している。
 相手のデッキはもともと40枚。ならば、数回の攻撃を耐えることさえできれば、蛇神ゲーを無力化したうえで、相手のデッキ切れで勝利することさえ可能となる。
 普通に考えれば、そうなるだろう。

 だが、この相手が、デッキ切れに何の対策もしていないなどありえない。

《サノさんの言う通り、このまま行けば、デッキ切れでサノさんの勝ちだね。でも、そんな面白みのない決着を、わたしが認めると思う?》

『手札から、魔法カード『リソース・リバース』発動(手札:1→0)』

 リソース・リバース 通常魔法

 自分の墓地のカードを上から20枚まで持ち主のデッキに戻す。

 相手 山札:0枚 → 20枚

「く……っ!」
 蛇神ゲーの攻撃コストで失われた山札のカードが、またたく間に復活する。

《これでまた、蛇神ゲーで攻撃できるね。次のターンをお楽しみに!》

『ターン終了』

 (22ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札20
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札24
     場:なし
     場:騎士道精神(永魔)、伏せ×1

「俺のターン、ドロー!(手札:0→1)」
 カードを引く。だがもちろん、攻撃力∞の蛇神ゲーを倒せるカードなど、佐野のデッキには存在しない。

「手札から、魔法カード『ホープ・オブ・フィフス』を発動!(手札:1→0)」

 ホープ・オブ・フィフス 通常魔法

 自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついたカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
 このカードの発動時に自分フィールド上及び手札に他のカードが存在しない場合はカードを3枚ドローする。

 佐野の墓地に、モンスターは6枚。
 その中から、フォレストマン、エッジマン、エアー・ネオス、ネオス、スパークマンの5体を選択し、デッキに戻す。

 佐野 手札:0枚 → 2枚

 引いたカードは、『E・HERO バブルマン』と『E・HERO クレイマン』。

 E・HERO バブルマン 効果モンスター ★★★★ 水・戦士 攻800・守1200

 手札がこのカード1枚だけの場合、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分のフィールド上と手札に他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローする事ができる。

 E・HERO クレイマン 通常モンスター ★★★★ 地・戦士 攻800・守2000

 粘土でできた頑丈な体を持つE・HERO。
 体をはって、仲間のE・HEROを守り抜く。

「モンスターを裏側守備表示でセット。さらに『E・HERO バブルマン』を守備表示で特殊召喚して、ターンエンドだ(手札:2→0)」

 (23ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札20
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札25
     場:裏守備×1、E・HERO バブルマン(守1200)
     場:騎士道精神(永魔)、伏せ×1

『私のターン、ドロー(手札:0→1)』

《ふふっ。いいカードを引いちゃった♪》

 リンネの声が、ひときわ上機嫌に響いた。
 その声に応じて、相手は、淡々と1枚のカードをデュエルディスクにセットする。

『永続魔法『オレイカルコス−蛇神の進化』を発動(手札:1→0)』

 オレイカルコス−蛇神の進化 永続魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分は「蛇神ゲー」の攻撃宣言のためにデッキからカードを墓地に送る必要がなくなる。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「蛇神ゲー」は、次の効果を得る。
 ●このカードは1度のバトルフェイズ中に3回攻撃する事ができる。

「攻撃コストの無効化に……3回攻撃だと!?」
 ほとんどあらゆるカード効果を無効にする『蛇神ゲー』も、「オレイカルコス」と名のついたカードの効果だけは受ける。
 ゆえに、『オレイカルコス−蛇神の進化』の効果を受けて、蛇神ゲー最大の弱点であった、デッキ10枚の攻撃コストは完全に消滅。
 さらにこのターンからは、一度でも受けたら敗北が確定する攻撃力∞の攻撃が、毎ターン3回も飛んでくる。

《行くよっ! 『蛇神ゲー』で攻撃! インフィニティ・エンド・3連打ぁ!》

 (攻∞)蛇神ゲー → E・HERO バブルマン(守1200):【破壊】

 (攻∞)蛇神ゲー → 裏守備 → E・HERO クレイマン(守2000):【破壊】

 2体のモンスターを一瞬にして消滅させた闇の波動が、今度は佐野本人を直接襲う。

 (攻∞)蛇神ゲー −Direct→ 佐野 春彦(LP100)

「く……! トラップカード発動、『ヒーロースピリッツ』!」

 ヒーロースピリッツ 通常罠

 自分フィールド上の「E・HERO」と名のついたモンスターが戦闘によって破壊された場合、そのターンのバトルフェイズ中に発動する事ができる。
 相手モンスター1体からの戦闘ダメージを0にする。

 不可視のバリアが佐野の周囲を覆い、蛇神ゲーの攻撃をはじき返す。
 蛇神ゲーにカード効果は効かずとも、自分への戦闘ダメージを0にする効果なら、辛うじて攻撃をしのぐことができる。

「防ぎ……きったぞ……っ!」
 息を荒げながらも、このターンを耐えきったことを見せつける。
 だが、そのために佐野が消費したカードの枚数は、3枚。
 1度の攻撃を止めるのに1枚のカードを使っていては、とうてい次のターンを耐えきることはできない。

《あははっ。その様子じゃ、次のターンで終わりかな?》

『ターン終了』

 (24ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札19
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス−蛇神の進化(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札25
     場:なし
     場:騎士道精神(永魔)

「俺の……ターン!」

 E・HEROデッキとオレイカルコスデッキの激突も、24ターン目に突入した。
 佐野のライフ、手札、フィールドの状況は、すでに限界に近い。

 おそらく次のターン、蛇神ゲーの3連続攻撃をしのぐことはできないだろう。

 佐野にとって、正真正銘、このターンが最後に残されたチャンス。



「ドロー!(手札:0→1)」





10章  決闘の終わり 終わらない絶望



 ラストターンにドローした、1枚のカード。
 そのカードを見て、佐野は、小さく――――笑った。

「手札から、魔法カード発動!(手札:1→0)」

 それは、デュエルをやっている者ならば、知らない者はいないであろうカード。
 大半のデッキに投入されていると言っても過言ではない、ごくありふれた1枚だった。

 (24ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札19
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス−蛇神の進化(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札24
     場:ミラーナイト・コーリング(攻0)、ミラーナイトトークン(攻0)×4
     場:騎士道精神(永魔)

《……へぇ。ここで『死者蘇生』とはね》

 感情の読めない声で、リンネが呟く。

 デュエルモンスターズを代表すると言っても過言ではない1枚、『死者蘇生』。
 佐野が死者蘇生の対象にしたのは、相手の墓地の、『ミラーナイト・コーリング』だった。

 死者蘇生 通常魔法

 自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 ミラーナイト・コーリング 儀式・効果モンスター ★★★★★★ 闇・機械 攻0・守0

 「オレイカルコス・ミラー」により降臨。
 このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「ミラーナイトトークン」(戦士族・闇・星1・攻/守0)を4体特殊召喚する。
 さらに、このカードの効果で特殊召喚された「ミラーナイトトークン」に鏡の盾カウンターを1つ置く。
 「ミラーナイトトークン」が戦闘する時、その「ミラーナイトトークン」の攻撃力は相手モンスターの攻撃力と同じ数値になる。
 鏡の盾カウンターが乗った「ミラーナイトトークン」は戦闘では破壊されない。
 鏡の盾カウンターが乗った「ミラーナイトトークン」が戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自身に乗っている鏡の盾カウンターを1つ取り除く。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、「ミラーナイトトークン」に乗っている鏡の盾カウンターが取り除かれた時、その「ミラーナイトトークン」に鏡の盾カウンターを1つ置く。

 ミラーナイトトークン モンスタートークン ★ 闇・戦士 攻0・守0

 このカードが相手モンスターと戦闘する時、このカードの攻撃力は戦闘する相手モンスターの攻撃力と同じ数値になる。
 鏡の盾カウンターが乗ったこのカードは、戦闘では破壊されない。
 鏡の盾カウンターが乗ったこのカードが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自身に乗っている鏡の盾カウンターを1つ取り除く。

 ミラーナイトトークン×4 鏡の盾カウンター:0個 → 1個

 特殊召喚されたミラーナイトの兜に、ヒビが入っていく。
 乾いた音を立てて、あっけなく、兜が割れて砕け散る。


 朝比奈翔子、見城薫、柊聖人、霧原ネム。


 白銀の兜に隠されていた、4人の顔があらわになる。

 (24ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札19
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス−蛇神の進化(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札24
     場:ミラーナイト・コーリング(攻0)、ミラーナイト朝比奈翔子(攻0)、ミラーナイト見城薫(攻0)、ミラーナイト柊聖人(攻0)、ミラーナイト霧原ネム(攻0)
     場:騎士道精神(永魔)

《なるほどね。サノさんは、最初からこれを狙ってたってわけだ。4人の命を軽んじるようなセリフも、わたしを騙すための演技だったのかな?》

「いいや。あれは紛れもなく、俺の本心だよ。あのとき、サレンダーでもしていれば、確実に翔子たち4人を助けることができていたんだからな」
 自嘲めいた笑みを浮かべながら、語る。
「だが俺は、そんなヒーローじみた立派な真似ができるほど、できた人間じゃあない」
 他人の命を救うためには、自分の身をかえりみない。
 自分は、そんな高潔な人間には決してなれないだろうと、佐野は思う。
「俺は、俺自身の望む結末を迎えるために、4人の命をチップにして、勝手に賭けを行った。……ああ。許されないことだってのは承知の上さ。この件にカタがついたら、後でいくらでもこの罪を償ってやる」
 それでも佐野は、自身の決断を、後悔していない。
「こう見えて、俺はワガママなんだよ。俺は、5人全員が助かる結末以外、絶対に認めない。次は、お前を倒して、この茶番を終わらせる」
 極限状態において、何よりも優先すべきはまず自分の命。
 まず自分が助からなければ、そこから先、仲間を助けることも決してできなくなるから。
 全ての元凶たるリンネとの直接対決を残して、自分が倒れてしまうわけにはいかないのだ。

《……ふぅん。それじゃサノさんは、攻撃をしのぎながら、ずっとこのクライマックスを思い描いていたってわけだ》

「ああ。蛇神ゲーの効果を知ったときには、お前が勝手にデッキ切れで負けてしまうんじゃないかと、少しヒヤヒヤしたがな」
 軽口をたたく余裕すらある。
 それほどまでに、状況は改善していた。
「俺たち人間の、肉体と魂の定義。そしてこのふざけた余興のルール。それはお前が、懇切丁寧に解説してくれた」

 ――ミラーナイトトークンの破壊は、その人の肉体の破壊と同義だよ。
 ――そうなれば、魂はフィールド上をあてもなく彷徨うことになるけど。
 ――肉体のない魂なんて、放っておけば1日くらいで消滅しちゃうからね。

「俺がミラーナイトを破壊してから、もう一度ミラーナイトを復活させるまでに要した時間は、ほんの数十分」

 ――本来なら、『ミラーナイト・コーリング』の効果は、ただ単に4体のトークンを特殊召喚するだけだよね。
 ――でも、このデュエルでは、特殊召喚されるのは普通のトークンじゃない。代わりに、4人の肉体をフィールド上に呼び出すようになっているんだ。
 ――まあ、肉体とは言っても、もともとの身体と寸分違わぬコピーなんだけどね。それでも問題はないはずだよ。

「魂は唯一でも、肉体は絶対ではない。もとより複製の身体ならば、破壊した後でふたたび呼び出すこともできる」

 ――アサヒナさんたち4人の魂は、わたしが預かっている。
 ――たった今、その4人の魂を、このフィールド上に解放したよ。
 ――魂と肉体は引かれあう。自由になった4人の魂は、当然、本人の肉体のもとへと向かうよね。

「そして、4人の魂さえ無事ならば」

 もう一度ミラーナイトを呼び出してやれば、すべては元通り、丸く収まる。
 それらは、すべてリンネが佐野に説明したことだ。

 ――フィールド上にミラーナイトトークンが1体でも欠けていたら、その人の肉体は永遠に戻ってこないから、注意しようね。
 ――人間にとっては、それは完全なる“死”そのものだよね。

「今、俺のフィールド上には、4人の魂が宿ったミラーナイトトークンが4体」
 たとえどのような過程を経ようとも、最終的に、誰1人として欠けてはいない。
「ミラーナイトの攻撃力は、戦闘する相手モンスターの攻撃力と同じになる」
 蛇神ゲーの攻撃力は∞。であれば、ミラーナイトの攻撃力も∞。
「∞の攻撃力を持つモンスターは、いかなる攻撃力・守備力を持つモンスターとバトルした場合でも、相手を戦闘で破壊する。……これもお前が言っていたことだ」
 お互いに相手を戦闘破壊するなら、このバトルは相討ちに終わる。
「だが、蛇神ゲーとは違って、ミラーナイトトークンには鏡の盾カウンターがある」
 鏡の盾カウンターが乗ったミラーナイトは、戦闘で破壊されることはない。
「つまり、このバトルの結末は」
 つまり、このデュエルの結末は。
「俺の、勝ちだ! ミラーナイトトークンで、蛇神ゲーを攻――――」

 だが、その攻撃宣言が、最後まで行われることはなかった。


「さすがはサノさんだね。……でも、言ったでしょ? このデュエルはあくまでも余興なんだよ」


 佐野と黒フードの相手が、デュエルを行っているフィールド。
 その脇に、ぽつんとショートカットの少女が佇んでいた。

 いつからそこにいたのか、どうやってここに来たのか。
 そんな問いかけに、意味はない。

「わたしが、この程度の抜け道に気づかないと思う? 全員が救われてハッピーエンドなんて、そんな結末じゃ、面白くもなんともないよね」

 佐野の全身を、得体の知れない悪寒が走り抜けた。
 望んだ人物の頭の中に声を届けられるはずの彼女が、わざわざこの場に姿を現したこと。
 そこに秘められた悪意を、本能的に悟る。

「サノさんは、さっき、5人全員が救われる結末以外は認めないって言ったよね。でも、いったい、どの5人(・・・・)を助ける気なのかな?」

 その言葉と同時に、佐野の対戦相手、黒フードのデュエリストが、動きを見せた。
 ゆっくりと、自らの姿を覆い隠していた黒いマントとフードを脱ぎ捨てる。

 謎に包まれていたデュエリストの正体が、明らかになる。
 それは、佐野もよく知る人物だった。

「ミラーナイトの前座はおしまい。最大の余興、サノさんの最後の決断を、特等席から眺めにきたよ♪」



 天神(あまがみ)美月(みつき)が、そこにいた。



「な…………!?」
 完全に、予想の範囲外。
 どうして、この場に彼女が立っているのか。

 いや、そんなことは考えるまでもない。
 こんな真似ができるのは、世界中を探しても1人しかいない。

「リンネ……! これは一体、どういうことだ!」

「あははっ。驚いた? 実は対戦相手はアマガミさんでしたー、ってね。これが、この余興デュエルの、最後のサプライズイベントだよ♪」

「……っ!」
 天神の瞳は虚ろで、光彩が失われている。
 彼女が、自分の意思で佐野に敵対しているのではないことは明白だった。

「なんとなく想像はついているとは思うけど、アマガミさんは今、わたしに操られている状態にある。自分の意思では動けないし、言葉を発することもできない。でも、サノさんとデュエルしているのは、まぎれもなくアマガミさん本人なんだ」

 天神は、ただリンネに行動を操られているだけ。
 この状況は、天神本人とデュエルを行っているのと何ら変わりはない。
 つまり。


 佐野が、このままこの闇のデュエルに勝利すれば、天神の魂は『オレイカルコスの結界』に封じこめられる。


「さあ。もう一度訊くよ? サノさんは、どの5人(・・・・)を助けるのかな?」


 朝比奈翔子、見城薫、柊聖人、霧原ネム。そして、佐野春彦に、天神美月。
 このデュエルに関わっている人間は、全部で6人。
 そして、リンネによって仕組まれたこの闇のデュエルは、敗者の魂を封印するまで、終わらない。

 佐野か天神。助かるのは、どちらか一方。
 それを選択する権利は、佐野にある。

「何だ……これは……!」
 一瞬前までは、完全な勝利を確信していたはずだった。
 リンネに巻きこまれた被害者全員を救う、最良の結末を迎えることができたと思って疑わなかった。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。
 すべてはリンネの計算通り。
 仲間同士で闘わされているとも気づかず、相手の裏をかいたと得意気になっていただけだった。
 自分は、最初からずっと、リンネの手のひらの上で遊ばれ続けていただけではないのか。

 後悔しても、何もかもが遅すぎる。
 佐野と天神、どちらかの魂が封印されるまで、闇のデュエルは終わらない。
 佐野が天神にトドメを刺すことができなければ、次のターン、リンネに操られた天神は、確実に佐野にトドメを刺すだろう。

「………………」
 自分自身と、天神美月。
 どちらか一方しか助けられないのならば、どちらを選ぶべきかは明らかだ。

 闇のデュエルで、自分から進んで負けを選ぶ。
 言葉にすれば簡単だが、その選択は重すぎる。
 自己犠牲などという言葉で片付けることは、決してできない。
 ただの高校生である佐野にとって、その決断がもたらす結果は、到底許容できるものではない。

 それに、仮にここで天神を救ったところで、彼女がリンネの支配下から解き放たれるわけではない。
 リンネの目的は分からない。だが、リンネを放っておけば、悲劇がさらに広がっていくことだけは間違いない。

 この後に控えるリンネとの闘いを放棄して、ここで自分が舞台から退場するわけにはいかない。


「ははっ。間抜けな決断はできないよ? なにせこのデュエルは、ヨシイくんも見ているんだからね。サノさんは、ショウブ生徒会の先輩として、後輩の前で無様な姿は見せられないよね?」

「何……?」
 吉井康助が、この闘いを、見ている?
 それはいったい、どういうことなのか。

「この大会の優勝者の名前、知ってる? それはね、ヨシイコウスケって言うんだよ」

「吉井が……優勝……!?」
 いくらなんでも、今の康助程度の実力では、世界の頂点になど立てるわけがない。
 同じ生徒会役員として、康助を間近で見てきた佐野だからこそ、断言できる。
 だが、しかし。

「ヨシイくんはね、この大会を通して、自分の才能を100%発揮できるようになったんだよ。それならサノさんも、この結果に納得できるでしょ?」

「吉井、が……」
 康助の持つ才能。その正体。
 佐野も朝比奈も、それを認識している。だからこそ、康助を生徒会に入れることを決めたのだ。
 康助の才能は、デュエルで発揮できる機会が非常に限られている類のものだ。
 だが、もしも、何かしらの理由で、いつでもその才能を十全に活かせるようになったのだとしたら。

「……答えろ、リンネ。吉井に、何があった」

「ふふっ。ヨシイくんはね、頂上決戦の最中に、とあるデュエリスト能力に目覚めたんだよ」


 そしてリンネは、康助が目覚めたという“力”の詳細を、口にした。


「………………」
 佐野の頭の中を、様々な可能性が駆け巡る。
 リンネの言葉が本当だとしたら、今の康助のデュエリストとしての実力は。
 この闘いを康助が見ているのだとしたら、今ここで自分が取るべき最善の行動は。

 しばしの黙考の後、佐野は、次の行動を決断する。

「俺は、ミラーナイト――――――で、蛇神ゲーを攻撃する」

 それは、つい先ほどまでの佐野であれば、決して選ばないはずの選択肢だった。
 だが、新たな可能性を提示された今となっては。
 その行動に、迷いはない。



「俺は、ミラーナイト・コーリングで、蛇神ゲーを攻撃する!!」



 (24ターン目)
 ・相手 LP0 手札0 山札19
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・デウテロス(永魔)、オレイカルコス・トリトス(永魔)、オレイカルコス−蛇神の進化(永魔)
     場:蛇神ゲー(攻∞)
 ・佐野 LP100 手札0 山札24
     場:ミラーナイト・コーリング(攻0)、ミラーナイト朝比奈翔子(攻0)、ミラーナイト見城薫(攻0)、ミラーナイト柊聖人(攻0)、ミラーナイト霧原ネム(攻0)
     場:騎士道精神(永魔)

 ミラーナイトは無敵の騎士だが、それを生みだすミラーナイト・コーリングには、何の耐性も備わっていない。
 攻撃力0。そんなモンスターが、蛇神ゲーに攻撃すればどうなるか。
 結果は、火を見るより明らかだった。

 【破壊】:(攻0)ミラーナイト・コーリング → 蛇神ゲー(攻∞)

 蛇神ゲーの口から放たれた闇の波動が、ミラーナイト・コーリングを粉砕して佐野を襲う。
 圧倒的な力が迸り、残りわずかなライフを吹き飛ばす。


 佐野 LP:100 → 0


 佐野の敗北が、確定した。
 フィールドを囲っていたオレイカルコスの結界が、佐野を中心として収縮を始める。

「あはっ。結局サノさんは、自分が助かる道を選べなかったんだね」

 最後の最後で、非情になりきれず、自滅の道を選択した。
 リンネの目には、佐野の行動はそう映っているのだろう。

「…………それは、違うな」
 だが佐野は、きっぱりと否定の言葉を口にする。

「言ったはずだ。俺は、自分の命よりも他人の命を優先できるほど、できた人間じゃないってな」
 佐野は、あくまでも冷静だった。
 冷静に、いっそ冷酷なまでに、最良の選択肢を、選び取る。

「この闇のデュエルに負けた者は、魂を封印される。……だがそれで、全てが終わるわけじゃない」
 このデュエルに負けた佐野の扱いが、見城らと同じなら。
 リンネの人質になるだけで、すぐに命を奪われるわけではない。

「リンネ。お前を倒さない限り、このふざけたゲームに幕を下ろすことはできない。だからこそ、託すんだ」
 自分は、この闇のデュエルで、全員を救う選択肢を見つけ出すことができなかった。悔しいが、それは確固たる事実だ。
 ここで天神を倒し、封じられた魂が、続くリンネとの闘いで再び人質にされでもしたら。
 佐野では、理想的な決着へと至れる可能性は低い。そのことは、自分でも痛いほど分かっている。

 だからこそ、託す。
 天神、そして、ここで敗れた佐野自身をも救いだし、最高の結末をもたらしてくれるであろう人物へと。
 自分自身よりも信じるに足る、神を名乗る少女を倒す可能性すら秘めた、たった1人の少年へと。

 残りわずかな時間の中で、最後の言葉を遺す。



「吉井康助! 俺たちの未来は、お前に託した!!」



 そして、佐野の身体は、オレイカルコスの緑の光に包まれて、消えた。



 ◆



「……だってさ。どう思う?」

 ソリッドビジョンが消滅し、静まりかえったデュエルフィールドで。
 リンネは、振り返って訊ねた。

「その様子だと、サノさんの遺言を聞いて、何か思うところはあったみたいだね」

 これもリンネの力なのだろう。いつの間にか、そこに立っていた少年に向けて、問いかける。

「……遺言なんかじゃ、ありません」

 少年は、穏やかな、しかし力強い口調で、告げる。

「佐野先輩は、負けてなんかいません。ただ、デュエルの続きを、僕に託してくれただけです」

 先ほどまで、佐野と天神のデュエルが行われていた場所。
 そこには、朝比奈、見城、柊、霧原の4人が、仰向けに眠るように倒れている。

「佐野先輩は、最後まで諦めずに、朝比奈先輩たち4人を救いだしました。だから今度は、僕が佐野先輩たちを助ける番です」

 左腕のデュエルディスクを変形させると、天神に向かって突きつける。

「次は、僕が天神さんと闇のデュエルをします。その代わり、約束してください」

 その言葉に応じるように、天神も、虚ろな瞳のままデュエルディスクを構える。

「佐野先輩、タイヨウさん、そして本選に参加した全ての人たち。このデュエルが終わったら、みんなを無事に解放してください。そして、天神さんの洗脳を解いて、もう二度と危害を加えないと誓ってください」

「うん、いいよ。その条件、呑んであげる」

 ほんの短いやりとりで、デュエルの舞台が整う。
 少年は、小さく頷くと、自分のデュエルディスクを天に掲げた。


「デュエリスト能力、発動!」


 少年のデッキが、金色の光に包まれ、眩いばかりの輝きを放つ。
 わずか数秒の閃光。しかし、その輝きは、少年のデッキにとある変化をもたらした。

「デュエル中でなくても発動する、レベルを超えたデュエリスト能力。……完璧だよ。さあ、その力を活かした最高のデュエルを、思う存分わたしに見せて?」

 リンネは、心の底から愉快そうに、少年に向かって告げる。

 少年――――吉井康助は、引き締まった、自信に満ち溢れた表情で、全てを救うための闘いの始まりを宣言する。



『「デュエル!!」』



 ◆



『私のターン、ドロー。フィールド魔法『オレイカルコスの結界』を発動(手札:5→6→5)』

 オレイカルコスの結界 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分フィールド上に存在する全ての表側表示モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 自分の魔法&罠カードゾーンはモンスターカードゾーンとしても扱う。
 自分のモンスターカードゾーンにモンスターが存在する場合、相手は自分の魔法&罠カードゾーンのモンスターを攻撃対象にする事はできない。

 空に現れた緑の結界が、回転しながら2人の足元へと降下してくる。
 怪しく輝く六芒星が、康助と天神を包みこむように描かれる。

『『オレイカルコス・ギガース』を召喚。さらに、500ポイントのライフを払い、『オレイカルコス・キュトラー』を魔法・罠ゾーンに守備表示で特殊召喚(手札:5→3)』

 オレイカルコス・ギガース 効果モンスター ★★★★ 闇・戦士 攻400・守1500

 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のドローフェイズはスキップされる。
 このカードが破壊され墓地に送られた時、このカードをフィールド上に特殊召喚する。
 この効果によって特殊召喚に成功した時、このカードの元々の攻撃力は、破壊される前のフィールド上での元々の攻撃力に500を加えた値になる。

 オレイカルコス・キュトラー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻500・守1500

 このカードは500ライフポイントを払って手札から特殊召喚する事ができる。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分モンスターが戦闘を行うことによって発生する戦闘ダメージは全て無効になる。
 このカードが破壊された時、自分の手札・デッキから「オレイカルコス・シュノロス」1体を特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚された「オレイカルコス・シュノロス」の攻撃力は、このカードが無効化した戦闘ダメージの合計分アップする。

 天神 LP:8000 → 7500

 オレイカルコス・ギガース 攻:400 → 900
 オレイカルコス・キュトラー 攻:500 → 1000

 佐野との闘いでの1ターン目を再現するかのように、3枚のカードが天神の場に並ぶ。
 さらに天神は、続けて1枚のカードを発動させる。

『手札から、魔法カード『不等なステイルメイト』を発動(手札:3→2)』

 不等なステイルメイト 通常魔法

 このデュエル中、お互いのライフポイントが同時に0になった場合、引き分けにはならず、自分はデュエルに勝利する。
 このデュエル中に、自分または相手が「不等なステイルメイト」を発動している場合、「不等なステイルメイト」の効果を使用することはできない。

「このデュエルが終わったら、みんなを解放して、アマガミさんの洗脳を解いて欲しい。それが、このデュエルを始めるにあたって、提示された条件だった。……ということは、ヨシイくんの狙いは1つ」
 自分が勝ったら、ではなく、このデュエルが終わったら。
 康助が、天神に危害を加えずに決着をつけることを望んでいるとするならば、おのずと狙いも見えてくる。

「このデュエルを引き分けで終わらせれば、ヨシイくんもアマガミさんも、サノさんたちも、全員が助かる。うまく考えたよね。……でも、わたしがそんな決着を、簡単に許すと思う?」
 『不等なステイルメイト』は、お互いのライフポイントが同時に0になったとき、デュエルを引き分けではなく天神の勝利扱いにする効果を持った魔法カードだ。
 通常魔法であるため、一度発動されてしまえば、打ち消すことは決してできない。

『ターン終了』

 冷たい機械音声が響いて、天神の1ターン目は終了した。

 (2ターン目)
 ・天神 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:オレイカルコス・ギガース(攻900)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし

「僕のターン!」
 康助は、タイヨウとの闘いの中で、デュエリスト能力に目覚めた。
 そして、デュエリスト能力に目覚めた者は、自身の能力の特性について、完全な理解を得る。
 それは、康助とて例外ではない。
 自身に宿ったデュエリスト能力。その特異性についても、十分に把握していた。

「デュエリスト能力、発動!」

 康助のデッキが、金色に輝く。
 能力を封じる『オレイカルコスの結界』の発動下にも関わらず、デュエリスト能力が発動する。
 それは、康助のデッキに、彼が望んだ通りの変化をもたらす。

「カード、ドロー!(手札:5→6)」

 6枚の手札を一瞥すると、その中から必要なカードを選び出す。

「手札から、『異次元の女戦士』を召喚! 『オレイカルコス・ギガース』を攻撃します!(手札:6→5)」

 異次元の女戦士 効果モンスター ★★★★ 光・戦士 攻1500・守1600

 このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。

 (攻1500)異次元の女戦士 → オレイカルコス・ギガース(攻900):【破壊】

 オレイカルコス・キュトラーの効果で、天神は戦闘ダメージを受けない。
 だが、異次元の女戦士の除外効果は、何度でも再生するはずのギガースを永遠に葬り去る。

 異次元の女戦士:【除外】
 オレイカルコス・ギガース:【除外】

「オレイカルコス・ギガースは、除外されればもう復活できない。サノさんも使った手だね」

 佐野は、スパークマンとライトイレイザーのコンボで、オレイカルコス・ギガースを葬った。
 異次元の女戦士による攻撃も、それと全く同じ狙いに見える。
 だが康助は、佐野よりもさらに先を見据えていた。

「手札から、速攻魔法『クリボーを呼ぶ笛』を発動! デッキから『クリボー』を特殊召喚します!(手札:5→4)」

 クリボーを呼ぶ笛 速攻魔法

 自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を選択し、手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 クリボー 効果モンスター ★ 闇・悪魔 攻300・守200

 相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「さらに、魔法カード『強制転移』を発動します!(手札:4→3)」

 強制転移 通常魔法

 お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。
 そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。

 お互いの場に、モンスターは1体ずつ。
 『クリボー』が天神の場に、『オレイカルコス・キュトラー』が康助の場に、選択の余地なく移動する。

「カードを1枚伏せて、魔法カード『エクスチェンジ』を発動します!(手札:3→1)」

 エクスチェンジ 通常魔法

 お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。
 (墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)

 天神の手札は2枚。康助は、『タイム・イーター』を選択して手札に加える。
 康助の手札は1枚。そのカードが、そのまま天神の手札に加わる。

「僕はこれで、ターンエンドです!」

 (3ターン目)
 ・天神 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)
     場:クリボー(守200)
 ・吉井 LP8000 手札1
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:伏せ×1

 前のターンに康助のとった行動は、一見すると、ちぐはぐで無意味なものに見える。
 だが、それらは全て、とある明確な未来を見据えての一貫した行動だ。
 何枚ものカードを消費して行った康助の「仕込み」は、このターンに実を結ぶ。

『私のターン、ドロー(手札:2→3)』

「この瞬間、伏せておいたトラップカードを発動! 『強制詠唱』です!」

 強制詠唱 通常罠

 対象となるプレイヤーを1人選択し、魔法カード名を1つ宣言して発動。
 選択したプレイヤーが、手札に宣言した魔法カードを持っていた場合、そのカード1枚を強制発動させる。
 発動タイミングが正しくない魔法カードだった場合、その効果を無効にしてそのカードを破壊する。
 (このカードの効果によって、相手ターンに魔法カードを発動することもできる)

 そして、全てのカードが、1本の線で結ばれる。

「指定するカードは、エクスチェンジで渡した、天神さんの手札にある『増殖』です!」

 増殖 速攻魔法

 表側表示の「クリボー」1体を生け贄に捧げる。
 自分の空いているモンスターカードゾーン全てに「クリボートークン」(悪魔族・闇・星1・攻300/守200)を守備表示で置く。
 (生け贄召喚のための生け贄にはできない)

 天神 手札:3枚 → 2枚

 『エクスチェンジ』で手札に加えさせられ、『強制詠唱』で指定された『増殖』の発動を、天神の意思で止めることはできない。
 『強制転移』で天神の場に移された『クリボー』がリリースされ、天神のモンスターカードゾーン全てにクリボートークンが特殊召喚される。
 そして、何よりも重要なのが。


 『オレイカルコスの結界』が存在する天神の場は、魔法・罠ゾーンもモンスターカードゾーンとして扱う。
 つまり、天神のフィールドは全て、問答無用でクリボートークンに埋めつくされる。


 オレイカルコスの結界 フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分フィールド上に存在する全ての表側表示モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
 自分の魔法&罠カードゾーンはモンスターカードゾーンとしても扱う。
 自分のモンスターカードゾーンにモンスターが存在する場合、相手は自分の魔法&罠カードゾーンのモンスターを攻撃対象にする事はできない。

 (3ターン目)
 ・天神 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、クリボートークン(守200)×5
     場:クリボートークン(守200)×5
 ・吉井 LP8000 手札1
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:なし

 クリボートークン 攻:300 → 800

 天神の場に、カードゾーンの空きは1つもない。
 モンスターカードを引いても、魔法カードを引いても、罠カードを引いても、使用することは不可能。
 天神の手札には、儀式魔法『オレイカルコス・ミラー』があるが、そもそも発動できないのでは意味がない。
 たとえ上級モンスターを引いたところで、クリボートークンはアドバンス召喚のためにリリースすることができない。

 大量のモンスターを展開できる『オレイカルコスの結界』の効果を逆手に取った、完全なロックコンボ。
 康助の狙いは、このコンボを成立させることだった。

 手札に何のカードを持っていたとしても。
 デッキにどんな戦術を用意していたとしても。
 今の天神美月にとれる行動は、何もない。

『ターン終了』

 (4ターン目)
 ・天神 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、クリボートークン(守200)×5
     場:クリボートークン(守200)×5
 ・吉井 LP8000 手札1
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)
     場:なし

 『オレイカルコス・ギガース』、『ミラーナイト・コーリング』、『オレイカルコス・シュノロス』、そして、『蛇神ゲー』。
 佐野は、これらのモンスターが召喚されるたびに、場当たり的に攻略法を考えていた。
 必然、デュエルは複雑化・長期化し、その結果、人質を取られて追い詰められもした。

「僕のターン、ドロー!(手札:1→2)」

 だが、康助は違う。
 天神のデッキ全体を支えるフィールド魔法『オレイカルコスの結界』そのものに注目し、わずか3ターンで、完全に天神の行動を封じこめた。
 たとえリンネが天神の行動を操れたとしても、カードを1枚も出せないのでは手の出しようがない。
 それは、非の打ちどころのない、完璧なオレイカルコスデッキの攻略法だった。

「モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンドです!(手札:2→1)」

 (5ターン目)
 ・天神 LP7500 手札2
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、クリボートークン(守200)×5
     場:クリボートークン(守200)×5
 ・吉井 LP8000 手札1
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)、裏守備×1
     場:なし

『私のターン、ドロー(手札:2→3)』

「ふふっ。すごいなヨシイくんは。たったの3ターンでアマガミさんを完封しちゃうなんてね。正直に言って、わたしの想像以上だよ」
 完全に行動を封じられたはずのリンネは、しかし動揺することもなく、康助に賞賛の言葉をかける。
 リンネの口調からは、一片の悪意も感じられない。
 ただただ純粋に、康助を褒め称える。

「かつて、何人ものデュエリストが、このオレイカルコスデッキと闘った。その中には、伝説と呼ばれたデュエリストだって何人もいた。それでも、今ヨシイくんが指摘したような『オレイカルコスの結界』そのものの弱点に気づいた人は、1人としていなかった。ちょっとした余興になればと思って、このデッキをアマガミさんに使わせてみたけど、まさか、こんな攻略法を見せてくれるとはね」
 かつては、世界的な危機をもたらしたこともある、オレイカルコスの力。
 リンネの言うとおり、その根幹たる結界を、こんな方法で打ち破ったデュエリストなど、康助以外にはいない。

「もう分かっていると思うけど、それこそがヨシイくんの秘めたる力。これまで世界中のどのデュエリストも持ちえなかった、稀代の才能なんだよ」
 それは、言うなれば、相手の弱点を見抜く才能とでもいうべき力。
 どんなデッキだろうと、どんな闘い方をするデュエリストだろうと、そこに弱点があるのなら。
 どれだけ僅かな死角だろうと、確実に見抜き、最適な攻略法を見いだす力。
 それが、吉井康助の秘めた“才能”だった。

「ええ。今なら、全て理解できます。僕が、なかなかデュエルに勝てなかった理由も」
 今なら康助にも、自分の適性が、はっきりと理解できる。

 康助の才能は、相手の弱点を見抜き、攻略法を見いだすところにある。
 だが、いくら攻略法が分かったところで、必要なカードが自分のデッキに入っていなければ意味はない。
 そして、普通のデュエルでは、相手の闘い方を見てから自分のデッキを変えるなどという真似はできない。
 相手の弱点が分かるはずの康助が、負け続けていた理由は、ここにあった。

「天神さんとの2度目の闘いでは、自分のデッキを組み替えてから挑む機会があったからこそ、勝つことができた。遠山さんとのデュエルでいい所まで行けたのは、遠山さんの弱点を突けるカードが、偶然僕のデッキに入っていたからだった」
 だが、そういった特殊なケースを除けば、康助の戦績は負け続きだった。
 息をするように相手の弱点を把握し、当たり前のように攻略法を思いつく。
 それは康助にとって、あまりにも自然に行っていたことであり、なおかつそれが勝利に結びつかなかったからこそ、他の人にはない特異な才能を持っていることに気付けなかった。
 だからこそ、自分のデュエルスタイルを確立することもできなかった。


 だが、今は。
 タイヨウとの闘いで、とあるデュエリスト能力に目覚めた今なら。
 いついかなる場合においても、この才能を、100パーセント活かしきることができる。


 そう。たとえデュエルの相手が、神を名乗る少女であったとしても。


『ターン終了』

 (6ターン目)
 ・天神 LP7500 手札3
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、クリボートークン(守200)×5
     場:クリボートークン(守200)×5
 ・吉井 LP8000 手札1
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)、裏守備×1
     場:なし

 それからのデュエル展開は、実にあっさりとしたものだった。

 天神は、ただカードを引き続けるだけで、何もできない。
 康助も、『無限の手札』と伏せカードを1枚場に出した後は、カードを引いてはターン終了を繰り返した。

 そして、44ターン目。

 無限の手札 永続魔法

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーは手札枚数制限が無くなる。

 (44ターン目)
 ・天神 LP7500 手札22
     場:オレイカルコスの結界(フィールド)、クリボートークン(守200)×5
     場:クリボートークン(守200)×5
 ・吉井 LP8000 手札18
     場:オレイカルコス・キュトラー(守1500)、裏守備×1
     場:無限の手札(永魔)、伏せ×1

「僕のターン、ドロー!(手札:18→19)」

 1ターン目に天神が発動した『不等なステイルメイト』の効果で、お互いのライフを同時に0にしたとしても、このデュエルを引き分けにすることはできない。
 だが、そんなことは些細な問題だった。
 康助にとって、『不等なステイルメイト』を発動された瞬間、すぐさま別の決着を思い描いて、そちらに移行することなど簡単なことなのだから。

「手札から、魔法カード『手札抹殺』を発動します!(手札:19→18)」

 手札抹殺 通常魔法

 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。

「さらに、その発動にチェーンして、『強制脱出装置』を発動! 僕の場の『岩石の巨兵』を手札に戻します!」

 強制脱出装置 通常罠

 フィールド上に存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

 天神の手札は22枚、山札は13枚。
 康助の手札は18枚、山札は18枚。

 『強制脱出装置』を使ったことで、康助の手札は19枚に増える。
 『無限の手札』で手札枚数制限がなくなった2人の莫大な手札が、それぞれ自分の山札の枚数を上回る。

 自分の手札枚数が山札枚数を上回っているときには発動できない『手札抹殺』も、効果解決時にまで誓約があるわけではない。
 お互いに山札のカードをすべて引ききり、結果は、2人ともにデッキ切れ。



 康助と天神。2人が同時に敗北条件を満たし、このデュエルは、引き分けとなった。



 ◆



 デュエルは引き分け。すなわち、この闘いに、敗者はいない。
 敗者の魂を封じる『オレイカルコスの結界』は、その役目を果たすことなく、薄れて消えた。

「約束だからね。今までにデュエルに負けて、わたしの力で罰ゲームを受けていた人たちは、全員解放したよ。アマガミさんの洗脳も、解いてあげる」

 リンネがそう言うと同時に、虚ろな瞳で立ち尽くしていた天神の身体が、糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。
 さらに、いつの間にか、佐野の身体も、朝比奈たち4人と一緒に並んで倒れていた。

 康助は、慌てて駆け寄って調べてみるが、きちんと呼吸もしているし、心臓も動いていた。
 どうやら、ただ気を失っているだけのようだった。ほっと胸をなでおろす。

「ヨシイくんの知っている人も知らない人も、みんな無事だよ。結局わたしは、誰一人として人間の命を奪ったりしていない。……どう? これで少しは安心できたかな?」

 そしてリンネは、簡潔に一言、告げる。



「さあ。それじゃ、最後のデュエルを始めようか、ヨシイくん」



 康助とリンネ、2人の身体を包むように、大きな球体状の膜のようなものが出現した。

 薄いシャボン玉のような、しかし触れても壊れないそれは、2人を中に入れたまま、徐々に浮上していく。
 康助は、空中にいるのにも関わらず、まるで足元に見えない床があるかのように立っていることができた。

 何百メートル上昇しただろうか。
 1つ1つの建物が区別できなくなるほどの高さまで上がったシャボン玉は、ゆっくりと速度を落として停止する。

「絶景だね。ふふっ。これでこそ、ラストデュエルの舞台に相応しいよ」

 そう言って、リンネは無邪気に笑う。

「神様であるわたしを倒す、唯一の方法。それは、わたしと直接デュエルをして、勝利することなんだ。だから、もしヨシイくんがわたしと闘って勝つことができれば、わたしという存在は、完全に消滅して、二度と蘇ることはない」

 康助の勝利の報酬。それは、今や明確に“敵”と認定した、リンネの消滅。
 タイヨウや佐野に託された想いを本当の意味で成就させるための、唯一無二の機会だ。

「もちろん、こっちが神様の命を懸ける以上、ヨシイくんにもそれ相応のものを懸けてもらうよ」

 無論、康助とて、負ければ自分の命がないことくらい覚悟している。
 だがリンネの提示した賭け金は、それを遥かに上回るものだった。

「言ったよね。わたしは、この宇宙を創った神様だって。だから、創造者たるわたしには、この宇宙を終わらせるだけの力もまた、あるんだよ」

 その言葉を聞いて、康助の脳裏によぎった最悪の想像。
 それが、そのまま現実になる。



「わたしが勝ったら、今の宇宙をリセットする。ヨシイくんには、この世界すべてを背負って闘ってもらうよ♪」



 康助が負ければ、世界が終わる。

 文字通り、全世界の命運を懸けたデュエルが、幕を開けた。





11章  終焉をもたらす者



 天神美月は、意識の海を彷徨っていた。

 五感は曖昧なのに、思考だけははっきりとしている。
 ふわふわと漂うような感覚の中、次から次へと忘れていた記憶が蘇ってくる。

 天神美月は、すべてを思いだした。

 かつて、天神とリンネはデュエルをしたことがある。
 今からおよそ1年前、まだ天神が吉井康助と出会っていない頃。
 突然部屋に現れたリンネにデュエルを挑まれ、その圧倒的な力に成すすべなく敗北した。
 そのときに、罰ゲームとして、リンネの意識の一部を植えつけられた。
 その意識の欠片は、リンネが望めば好きなタイミングで顕在化し、天神の意識を乗っ取ることができる。
 天神は、いつでもリンネの意思通りに行動させることができる、操り人形になった。

 初めて身体を操られたのは、東仙高校との決勝戦の最中だった。
 見城と霧原の3試合目が始まる前、見城と2人きりで校内を見て回っていたとき、唐突に、自分の身体を自分の意思で動かすことができなくなった。
 肉体の支配権は奪われ、魂は意識の奥底に封じこめられた。
 天神は、自分の身体がリンネの意のままに動かされるのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
 デュエリスト能力は魂の方に宿るものらしく、リンネの意識が顕在化している状態では、天神のレベル5能力が発動することはなかった。
 だが、リンネにとっては、能力なしで見城に勝つことなど、赤子の手をひねるよりも簡単なことだった。
 わずか数ターンで見城のライフが0になり、罰ゲームが執行された。
 いつでも起動する“爆弾”を埋めこまれ、見城の命はリンネに握られた。
 デュエリスト能力が奪われ、もう二度と能力を使うことはできなくなった。
 そして、それらの記憶はすべて消され、原因不明の能力喪失現象だけが残った。

 見城を襲い、闇のデュエルを挑んだときの記憶は、今の今まで、天神自身ですら思いだすことができないように細工されていた。
 だが、植えつけられていたリンネの意識が消滅した今、抑圧されていた記憶は解き放たれた。

 天神美月は、すべてを思いだすことができる。

 この大会で、自分がリンネに操られて何をしていたのかも。
 黒フードと黒マントで正体を隠して、柊にデュエルを挑んで勝利し、魂を奪った。
 ミラーナイトに4人の魂を封じこめ、佐野への人質として、揺さぶりをかけた。
 挙句の果てに、自分自身の魂をも盾にして、佐野が自分から敗北を選ぶように仕向けた。
 リンネの思うがままに仲間に牙をむけ、大切な人を苦しめ、傷つけた。
 天神は、その様子を、ただ黙って意識の奥底から眺めていることしかできなかった。

 だが、そんな自分の犯した罪の後始末をして、リンネの操り人形に過ぎなかった天神を救ってくれた人物がいた。

(吉井君…………)

 吉井康助。
 かつて周りを拒絶して閉じこもっていた天神を、救いあげてくれた少年の名だ。
 また彼に助けられた。彼は、また自分を救ってくれた。

 彼は今、すべてを懸けてリンネと闘っているのだろう。おそらくは、この宇宙の命運すら、彼のデュエルに懸かっている。
 勝てるだろうか。いや、勝たなければ何もかもが無に帰する。

 だが、もし仮に、たとえ康助がリンネに勝つことができたとしても。

 私は。

(……っ!)

 唐突に、今まで味わったことのない強烈な悲しみが胸を突いた。
 痛い。苦しい。心をかきむしってしまいたいほどに狂おしい。

(はぁっ……! はぁっ……!)

 うずく心を何とかなだめ、刺すような息苦しさに必死に耐える。
 悲痛な叫びをあげてしまいそうになるほどの辛さが薄らぐと、今度は、切なくてやるせない、言葉にしがたい想いが湧き上がってくる。

 天神美月は、すべてを思いだしていた。

 天神の中に植えつけられていたリンネの意識の欠片は、一片も残らず消え去った。
 だが実は、それで天神がリンネから完全に解放されたわけではなかったのだ。

 リンネの力は、決して文字通り“万能”ではない。
 リンネの力をもってしても実現できないことは、厳然と存在している。
 他人の行動を操ることも、その1つだ。
 他の人間に、リンネの意識の欠片を潜ませて支配する。それは、いくらデュエルに負けた罰ゲームとはいえ、何の制約もなく行えることではない。
 リンネはたまたま天神美月を操ったのではない。
 天神美月だからこそ、操ることができたのだ。

 自分がリンネに選ばれたことには、れっきとした意味があった。
 それどころか、自分とリンネの間には、どう足掻いても断ち切れないほど深い関係があった。

 知りたくなかった、と思う。
 こんなに苦しい気持ちになるのなら。
 こんなに汚い自分を自覚させられるのなら。
 思いだしたくなかった、とさえ考えてしまう。



 天神美月は今、吉井康助に勝ってほしくないと願ってしまっている。



 だって、私は――――。



 ◆



「天神! おい天神!」

 自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、天神の意識は現実に引き戻された。
 うっすらと目を開けると、視界いっぱいに見城薫の顔が広がった。
 どうやら、倒れている自分の身体を揺すって呼びかけてくれていたようだ。

「おっ、気づいたか! 先輩たち! 天神が目を覚ましたぜ!」
 そう言って立ちあがると、見城は後ろを振り返る。
 見城の視線の先に目をやると、朝比奈と佐野が一箇所に固まって何かを話し合っていた。
 天神は、そっと身体を起こすと、あたりを見回す。

 床も壁も天井も、白一色で覆われた部屋。
 そこは、塵一つ落ちていない、不自然なほどに真っ白な空間だった。

「ここは……?」
 この部屋にいるのは、自分と見城、朝比奈と佐野の4人だけのようだ。
 部屋の中央、朝比奈と佐野が立っている場所には、何やら巨大な球体のようなものが浮かんでいる。
 見城に手を借りて立ちあがる。ゆっくりと、部屋の真ん中に浮かぶ球体のもとへと歩いていく。
 どうやらその球体の中には、なにかの光景が映し出されているようだった。
 直径5メートルほどの、巨大な球体。その中に映っていたものは。

「吉井、くん……?」
 街の上空。ゆっくりと浮上していくシャボン玉らしき物体の中で、康助とリンネが離れて向き合っている。
 今まで見たこともないくらい真剣な表情で佇んでいる康助を見て、天神はすぐにこの光景が意味しているものを悟った。

 吉井康助が、リンネとの最後のデュエルに挑もうとしている。

 こうなることは分かっていたはずだった。
 だが、実際にその光景を目の当たりにすると、驚きが隠せない。
 そんな天神の様子を見てどう思ったのか、佐野が声をかけてくる。
「俺も翔子も見城も、目を覚ましたらこの白い空間にいた。これもリンネの仕業だろうな」
 おそらくは康助とリンネのデュエルを観戦させるために、翔武生徒会の4人だけが集められたのだろう。
 今のこの状況を、佐野は端的にそう評した。

「あ、あの……」
 そんな中、天神は、この場にいる全員に向かって、おずおずと口を開く。
「みんな、ごめんなさいっ!」
 唐突に頭を下げる。戸惑っているであろう3人に向けて、事情を説明する。
「覚えているかどうか分からないけど、私は、リンネに言われるがまま、みんなに闇のデュエルを挑んでしまったの。今はこうして全員無事でいられるけど、ひとつ間違えば、誰が死んでしまってもおかしくなかった。今さら謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、私……!」
 かつて自分は、リンネとのデュエルで負けて、意識の欠片を植えつけられた。
 1ヶ月前の決勝戦で、見城を襲って能力を奪ったのも自分であった。
 そのことを、ようやく思いだすことができた。
 大切な仲間に向かって、自分はなんてことをしてしまったのか。
 どれだけ償っても償いきれない。でも、できることならば、また――――

「なあ、おい天神ってば」

 見城の声で、はっと我に返る。
 どうやら、夢中で喋っていて、他の声が耳に入っていなかったらしい。
 おそるおそる頭を上げる。
 苦笑する佐野に、ニヤニヤと笑う朝比奈。そして見城は、きょとんとした表情を浮かべていた。

「言ってることは分かったけどさ。なんで天神が謝ってるんだ?」
「え? だから、私のせいで、みんなが……」
「いや、だって、それってリンネに操られてやったことだろ? 天神は何も悪くないじゃん」
「でも、最初に私がリンネにデュエルで負けたから……」
「んなこと言ったらアタシも同罪だって。覚えてねーけど、リンネに操られた天神にデュエルで勝っていれば、アタシの能力が奪われることもなかったんだろ?」
「それは、そうだけど……」
 自分を襲った犯人を目の前にして、そうも簡単に割り切れるものなのか。
 見城は、どうやら本気で、天神がなぜ謝っているのか理解できていないようだった。
 その反応に、天神は肩すかしをくらったような気分になる。

「あー、天神。お前の気持ちも分からないでもないが……。今回の件に関しては、見城の言うとおりだ。お前に非は1%たりともない。不安なら、俺が断言してやる。……だろ? 翔子」
「そうそう。あたしに至っては、自分から霧原にデュエル挑んで負けたわけだし? 自業自得としか言いようがないでしょ」
 それに、と前置きして、朝比奈が言う。
「あたしたちの魂がミラーナイトに封じられてたおかげで、久しぶりに春彦のカッコいい姿も見れたしねー」
「ちょ、翔子!? お前、あのときの記憶があるのか!?」
「勿論。身体を動かせなかっただけで、意識はバッチリと。でしょ? 見城」
「『俺は、5人全員が助かる結末以外、絶対に認めない。』だろ? くーっ! あの場面であんな熱い台詞を吐けるなんてな。尊敬するぜ、先輩!」
「よくもまあ、真顔であんなことを……。くふふ。いいもん見せてもらったわ」
「〜〜〜〜っ!!」
 顔を真っ赤にする佐野に、朝比奈はさらに追い打ちをかける。
 ついさっきまで命懸けのデュエルをしていたとは、とても思えないようなやり取り。
 彼らは本気で、一度は敵に回った天神のことを何とも思っていないようだった。

 また私を、受け入れてもらえますか。
 そんな質問をしようとしていた自分が、馬鹿らしく思えてくる。

「……みんな、ありがとう」
 誰にも聞こえないような小さな声で、ぽつりと呟く。
 できることならば、生徒会の皆と、こうしていつまでも一緒にいたい。
 こんな時なのに、そんな願いが、自然と心の底から湧きあがってきた。



 それが決して叶わない望みであることを、天神は、誰よりもよく知っているのにも関わらず。



「……あ、そういや、アタシらはともかく、なんでデュエルに負けたはずの佐野先輩まで、ここにいるんだ?」
 ふと、今気づいたといった具合に見城が訊ねる。
 話を聞くと、見城と朝比奈は、佐野のデュエルが終わってミラーナイトの拘束が解き放たれた瞬間に意識を失い、気がついたらこの白い部屋にいた、とのことだった。
 となると、佐野が何を思って自ら敗北を選んだのか、見城たちは聞いていないことになる。
 デュエルに負けて『オレイカルコスの結界』に魂を封じられたはずの佐野が、なぜこうして自由にしていられるのか。それを疑問に思うのも当然だろう。
「おそらく、俺と、操られていたはずの天神が、こうしてここにいるということは……」
 佐野とて、オレイカルコスデッキに敗れた後の光景を直接目にしたわけではない。
 事の顛末をすべて知っている天神が、佐野の言葉を継いで、見城の疑問に答える。

「吉井君が、私と佐野先輩を助けてくれたの」
 天神は、リンネに操られている最中に見聞きしたことを、微細余さず皆に伝えた。
 佐野が敗北した後、その試合を見ていたらしい康助が現れて、皆の解放を賭けて天神に闘いを挑んだこと。
 そして康助は、佐野があれだけ苦戦したオレイカルコスデッキをあっさりと攻略し、リンネによって囚われていた人間を、全員救いだしてくれたことを。

「吉井が!? どうしてアイツにそんな真似が……!?」
 ストレートな物言いだが、天神の話を聞いた見城が、そう思ってしまうのも無理はない。
 康助のデュエルの腕前は、翔武生徒会メンバーの中でも、1人だけ群を抜いて弱い。
 そんな康助が、あれだけ強かったオレイカルコスデッキを、それも軽々と攻略してみせただなんて、すぐには信じられることではなかった。

「見城。ミラーナイトだったときの記憶があるのなら、お前も聞いていたはずだ。吉井に、とあるデュエリスト能力が宿った、というリンネの言葉をな」
「あ……ああ。そういや、そんなことも言ってたな。確か、あれは…………」



 好きなタイミングで、デッキの「外」にある望んだカードを、自分のデッキに加えることができる力。



 リンネは、康助の能力を、そう説明した。
「ああ、そうだ。そして、リンネの言葉が本当ならば、その能力は、吉井の強さを最大限に引き出してくれる、あいつにとって最高のデュエリスト能力になる」
 ふと見ると、朝比奈も佐野の言葉を聞いて頷いている。
 おそらく2人とも、康助がたまに見せる強さの秘密にはとっくに気づいているのだろう。
 デュエリスト能力とはまた別の、康助だけが持っているデュエリストとしての“才能”。その正体を。

「そもそも、あたしたちが吉井を生徒会に入れることを決めた最大の理由も、そこにあるんだからね」
「朝比奈先輩? どういうことだ?」
「かつて、レベル0だった吉井は、レベル5能力者である天神に、1対1のデュエルで勝った。それは、あんたが思ってるより、はるかに物凄いことなのよ」
 以前、天神が、周囲の人間を拒絶して心を閉ざしてしまったとき、当時の生徒会メンバーは、何度となく説得を試みたのだ。
 その中には、もちろん朝比奈と佐野の姿もあった。
 説得のため、天神に対して本気でデュエルを挑んだことも何度もあった。
 だが、誰一人として、無敵のレベル5能力を備えた天神に勝つことはできなかった。

「あたしや春彦が何度も闘って一度も勝てなかった天神に、吉井は、たった2回デュエルしただけで勝利したのよ。それも、単なる偶然なんかじゃなく、勝つべくして勝った。これがどれだけ凄いことだか分かる?」
 1度目のデュエルで、わずか4ターンで天神に完敗した康助が。
 次の日には、一転して天神に勝利した。
「デッキ破壊デッキだと見せかけて、天神の能力を逆手に取ったエクゾディアでの勝利。あたしたちが1年かけても思いつけなかった、そんなウルトラCを、あいつはいきなり、天神とたった1戦交わしただけで、あっさりと発想してみせたのよ」
 それは到底、ビギナーズラック、などという言葉で片づけられるような勝利ではない。
 朝比奈と佐野が、康助の確たる才能を見いだしたのは、このときだった。
 康助の才能。それはいわば、相手の弱点を一目で見抜き、最適な対処法を見いだす力。

「いわゆる“強いデュエリスト”と言われる人間が持っている力のほとんどは、己のプレイスタイルを確立し、研ぎ澄ませていく中で得られる強さだ。大半のデュエルは、お互いの尖ったプレイスタイルをぶつけ合い、その優劣を競うものになる。それは、どれだけ強いプロデュエリストだって例外じゃない。……だが、吉井の秘めている強さは、そういったものとは根本的に異なる」
 自分のこだわりを持たず、相手に応じて、最も効率よく勝利するためのプレイスタイルを選択する。
 プレイスタイルを持たないデュエリスト。
 それが、吉井康助という人間の本質だと、佐野は言う。

「俗な言い方をすれば、相手のメタを張ることに特化したデュエリスト、ってとこね。あいつは、根っこのところではメタゲーマーなのよ。それも筋金入りのね。初めてあいつが天神に勝った話を聞いたときには、正直震えが来たわよ。こんなデュエリスト、今まで見たことも聞いたこともない。言うなれば、異端中の異端。にも拘わらず、ハマれば世界最強のデュエリストにだってあっさり勝ててしまう可能性を秘めている」
「で、でもよ! 吉井は、大会の成績だって全敗だったじゃねぇか! そんな才能があるんなら、あんな散々な結果には……!」
「言ったでしょ? 吉井はあくまで、相手の弱点を見抜く力に異常に長けているだけ。当然、相手の弱点を見抜くためには、一度は相手のデッキ・能力・戦術をその目で見なければならない。つまり、初めてデュエルする相手には、吉井の才能は無力なのよ」
 普通の大会では、闘い方の分かっている相手とデュエルする機会はまずない。
 見ず知らずの相手にはまったくもって無力の、ひどくアンバランスで、ちぐはぐな力。
 発揮できる場面が非常に限られた、異端の才能。

「東仙高校との闘いで、吉井が見事な逆転劇を披露してみせたことがあったでしょ?」
 決勝戦での、康助と遠山とのデュエル。
 最終的には負けてしまったものの、康助は、絶体絶命の状況から、あと一歩で勝利できる寸前まで勝負を引っくり返してみせた。
「遠山は、自分のデュエリスト能力の正体を偽っていたから、最初はただやられっぱなしだったけどね。だけど、その嘘を見抜いたら、吉井はまたたく間に相手の弱点を見つけだした」
 そのときは、逆転に必要な『クリボー』や『増殖』、『スケープ・ゴート』といったカードが、たまたま康助のデッキに入っていた。
 だからこそ、あの奇跡的な逆転劇は現実となった。

「それが、吉井が相手の弱点を見抜く力を持っていることの確たる証拠。とはいえ、逆転に必要なカードがたまたま自分のデッキに入っているなんて偶然、そうそう起こるはずがない。……でも」
 朝比奈の言葉を、佐野が引き継ぐ。
「吉井が目覚めたというデュエリスト能力は、その欠点を完璧にカバーしている」
 操られた天神のデュエルを見ていた康助は、佐野が思いもしなかった『オレイカルコスの結界』そのものの弱点を的確に見抜いた。
 そして、天神に闘いを挑んだときには、その弱点を突けるように、自らのデッキを組みかえたのだ。
「好きなタイミングで、望んだカードを自分のデッキに加えることのできる力。それは言わば、デュエル中でさえも自分のデッキを構築しなおすことができる力と言ってもいい」
「そう、春彦の言うとおり。そして、デュエルとデッキ構築を同時にできるってことは、吉井の真髄、メタゲーマーとしての才能を、いつでも100%完全に発揮できるってことに他ならないのよ」
 現に康助は、天神に『不等なステイルメイト』を使われると、互いのライフを同時に0にすることを諦めて、同時デッキ切れによる引き分けへと、即座に戦術を切り替えた。
 たとえ相手に未知の戦術を披露されても、すぐに自分のデッキを組み替えて対応できる。
 このデュエリスト能力を得た康助は、誇張でも何でもなく、世界で最も強いデュエリストと言えるのではないか。

 佐野は、そう思ったからこそ、自ら敗北を選んでまで康助に後を託した。
 リンネを倒すことができるかもしれない、唯一無二の可能性に懸けて。

「吉井……。アイツって、そんなに凄いヤツだったのか……」
 白い部屋の中央、向かい合う康助とリンネの姿が映し出されている球体を見ながら、見城がぽつりと呟く。
 2人を包みこむシャボン玉のような膜は、いまや街全体を俯瞰できるほどの高さにまで上昇していた。
「……というか、今さらの疑問なんだけどさ」
 皆を振り返って、訊ねる。
「リンネの奴は、いったい何がしたいんだ? 急に大会を開いたかと思えば、アタシたちの命を脅かすようなマネをしたり。悪いヤツだ、ってのは分かるんだけどさ。どうも目的が見えてこないっつーか、好き勝手に行動しているようにしか見えないというか……。そもそも、あいつがこの宇宙を創った神様だって話、あれって本当のことなのか?」



「本当よ」



 その疑問に答えたのは、天神だった。

「この宇宙は、たった1枚のカードから生まれた。……そう言われて、信じられる?」
 そして、この場にいる誰にとっても突拍子もない話を、口にする。
「信じても信じなくても、それが真実。はるか昔、あらゆる物が存在しないはずの“無”の暗闇に、何の前触れもなく1枚のカードが現れた。そのカードこそが、万物の起源であり、デュエルモンスターズの本当の始まり」
「ちょ……ちょっと天神、あんた一体、何を言って――――」
「始まりの1枚が、表と裏を規定し、この宇宙に秩序が生まれた。やがて星々が生み出され、長い年月の末に、私たちが暮らすこの地球が誕生した」
 始まりの1枚は、今の「カード」よりも概念的な存在だったけれど、その本質は変わらない。
 と、天神は言う。

「地球に生まれ、高度な知性を備えるようになった人間は、デュエルモンスターズという名のカードゲームを創り出した。いや、正確には、人間がデュエルモンスターズを生み出したのではなく、この宇宙が誕生した瞬間から存在するデュエルモンスターズという“概念”を、カードゲームという形を通して、ようやく人間が扱えるようになった」
「お、おい天神! さっきから何を言ってるんだかサッパリだ! もっと、アタシにも分かるように説明してくれよ!」
 うろたえる見城に、しかし天神は冷静に返す。
「デュエルモンスターズが生まれると、すぐにかつてない規模で爆発的に流行した。いまや、世界中の人間と切っても切り離せない関係にある。……おかしいと思わない? ただのカードゲームが、国家も文化も飛び越えて、人間の社会にここまで深く根付いて定着するなんて」
「そ、それは……。でもそんなの、当たり前のことっていうか……。そうなっちまってるんだから仕方がないっつーか……」
「そう。そんな風に、デュエルモンスターズは、まるで違和感がなく、人間の生活の一部として、ごく自然に受け入れられている。それこそが、デュエルモンスターズがこの宇宙の起源であるという証。すべての人間の遺伝子には、デュエルモンスターズという概念が刻みこまれている。1枚のカードから生まれた人類が、デュエルモンスターズに惹かれるのは、必然だったと言ってもいい」

 朝比奈も、佐野も、見城も、突然そんな話をされて戸惑うしかない。
 そんな中でも、一番早く、天神の話が向かう先を辛うじて理解したのは、佐野だった。
「お前のその話が本当だとすると、リンネの正体というのは、まさか……」
「ええ、そうよ」
 天神は、こくりと頷いて、告げる。



「この宇宙を生み出した、始まりの1枚。そのカードの名は、『リンネ−永劫回帰の支配者』」



 呆然とする3人。しかし、流暢に紡がれる天神の言葉は止まらない。
「リンネという存在は、この宇宙の起源である1枚のカードそのもの。そしてリンネは、自分で創りだした宇宙を、今、自分の手で滅ぼそうとしている」
 リンネの見せてきた、数々の不可解な行動。
 それらはすべて、この宇宙を滅ぼし、消滅させるための下準備だった。
 天神は、迷いなくそう言い切った。
「もうすぐ、吉井君とリンネがデュエルを始める。そのデュエルこそが、宇宙崩壊への最後のトリガー。もしそのデュエルでリンネが勝てば、この宇宙を滅ぼすための条件が揃う。そうなれば、リンネは、すぐにでもこの世界を無に還す」
 淡々と、澱みなく。
 当たり前のことを口にするように、話す。
「こうなってしまった以上、2人のデュエルを止めることは、誰にもできない。私たちにはもう、宇宙の命運を懸けた吉井君とリンネの闘いを、ただ見守っていることしか――――」

「……ちょ、ちょっと待った! 天神!」
 もう限界だとばかりに、天神の話に割って入ったのは、見城だった。
「リンネが始まりの1枚だとか! 宇宙の命運を懸けたデュエルだとか! そんな漫画みたいな話、いきなり言われたって信じられるわけないだろ!」
 言いながら、佐野たち2人の方を振り返る。
「なぁ、先輩たち! アンタらだってそう思うよな!?」
 そう言われた2人は、頷くでも否定するでもなく、口を開く。
「……その前に、一つだけ訊いておきたいことがあるわ。信じるも信じないも、その後よ」
「……ああ、翔子の言うとおりだ」
 朝比奈と佐野が、視線を交わして意思を伝え合う。
 そして朝比奈は、天神に向かって、ゆっくりと問うた。



「ねえ、天神。そんな、リンネしか知りえないようなことを、どうしてあんたが知ってるの?」



 ◆



「リンネが……この宇宙を生みだした1枚のカード……?」
「そうだよ。すべての生物・物体は、元をただせば、みんな“始まりの1枚”から生まれた。もちろん、ヨシイくんだって例外じゃないんだよ?」

 ゆっくりとした浮上が止まり、街のはるか上空を漂うシャボン玉の中で、康助とリンネが向かいあっている。
 康助は、たった今、リンネから宇宙の起源についての話を聞かされていたところだった。

「1枚のカードから生まれたこの世界は、デュエルモンスターズという名の法則に支配されている。ヨシイくんは、デュエルモンスターズの契約的性質って聞いたことあるかな?」

 デュエルモンスターズの、契約的性質。
 それは、端的に言うならば、デュエルを通して交わした約束は必ず守られなければならないというものだ。

 私がデュエルに勝ったら、○○してもらう。
 俺がデュエルに負けたら、××してやる。
 そんな、簡単な口約束でさえ、デュエルを通せば絶対的な拘束力を持つ。

 決して、違反した者を罰するシステムが存在しているわけではない。
 だが、全員が全員、デュエルを通して結ばれた約束を“そういうもの”として捉えてしまうのだ。

「でもそれって、当然のことなんだよね。デュエルの勝者こそが絶対の価値を持つ。それは、デュエルモンスターズの一番根本にある概念だもん。1枚のカードから生まれた世界が、そういう“ルール”に支配されているのは、当たり前だよね」

 万有引力の法則。エネルギー保存の法則。
 そんな物理法則と同じようなものだと考えてみれば、分かりやすいかもね、とリンネは言う。

「そして、デュエルモンスターズという概念の集合体、“始まりの1枚”そのものであるわたしとの闘いでは、デュエルの契約的性質は、より絶対のものとなる」

 デュエルの契約的性質を極限まで突き詰めた闘いは、「闇のゲーム」と呼ばれる。
 一度始まったデュエルは途中で止められず、勝者は敗者の命すら掌握できる。
 そんな「闇のゲーム」という概念の大本になったリンネが、語る。

「わたしはデュエルモンスターズそのもの。神様としての力を持ちながら、誰よりも強くデュエルモンスターズのルールに縛られている。だから、いついかなる状況でも、デュエルに負けた瞬間に、わたしという存在は消滅して、もう二度と蘇ることはできない」

 だから、こうやってヨシイくんと対峙しているのだって、命懸けなんだよ?
 そう言って、リンネは笑う。

「…………どうして」
「ん?」
「どうして、リンネは」
 康助は、微笑むリンネに向かって、大声をあげる。
「自分で創った宇宙を、リセットするなんて言うんですか! そのために命懸けのデュエルが必要だって言うんなら、なおさらです! 意味が分かりませんよ!」
 それは、康助の心からの叫びだった。
 なぜ、こんな闘いをしなくてはいけないのか。
 自分の肩に、宇宙の命運が懸かっているなんて、何の冗談なのか。
「んー、それはね。一言で言うなら……」
 だがリンネは、それでも満面の笑みで答える。



「飽きちゃったから、かな♪」



「へ……?」
「想像してみて? ただ広いだけで何もない部屋の中に、たった1つだけ、チェス盤が置いてあるの。だったら、そのチェス盤で遊ぶしかないと思わない?」
「は、はあ……」
「でも、遊び道具がチェス盤しかなければ、いずれは飽きちゃうよね? だからわたしは、チェス盤をバラバラにして、今度はその材料で将棋盤を作っちゃおうと思ったんだ」
「リンネ、一体何の話を……」
「ん? 分からない? ヨシイくんは察しが悪いなぁ」
 息をすう、と吸って、一息に告げる。

「だから、この世界を見ているのにも飽きちゃった、って言ってるんだよ。そんな退屈な世界は、一度リセットして新しい宇宙に創り直さないとね♪」

「……っ!」
 その瞬間に、康助は今度こそ、本当の意味で、リンネを“敵”だと認識した。
 多くの人たちを傷つけた敵、ではなく、この世界全体にとっての敵。
 タイヨウの懸念は、正しかった。リンネの存在は、許されてはならない。

「あははっ。怒った? でも、そのチェス盤はもともとわたしが作ったものなんだよ? いつ壊しちゃおうが、わたしの勝手だと思うけどなあ」

 宇宙を創った存在そのものが、宇宙を崩壊させる因子。
 自らの存在を脅かす、この世界にとっての天敵そのもの。

「チェス盤が壊されるのを止めるには、退屈した造物主に、まだまだチェスにも面白い所があるって証明しなくちゃならない。でも、その造物主は、誰よりも長い間、ずっとチェス盤で遊び続けてきた。当然、誰よりもチェスに精通している。……さあ、ヨシイくんは、そんなチェスプレイヤーを前にして、一体どうやって闘うのかな?」

 いつの間にか、リンネの左腕には、デュエルディスクが装着されていた。

「このデッキは、これまでヨシイくんの前で使ってきたものとは違う。正真正銘、わたしの全力をこめた、神様のデッキだよ」

 そう言って、デュエルディスクを変形させる。

 康助も、自分のデッキを取りだして、そこから天神とのデュエルで使った何枚かのカードを抜き取った。
 そうしてから、改めて自分のデュエリスト能力を発動させる。
 康助のデッキが金色に輝き、その中身が変化する。
 それから、改めてデュエルディスクを変形させた。

「ふふっ。それじゃ、本当の頂上決戦を始めようか」

 誰も知らない街の上空で、人間と神との闘いが、幕を開ける。
 デュエルモンスターズから生まれた世界の行く末は、デュエルモンスターズに託された。



「「デュエル!!」」



 デュエルが始まるやいなや、リンネの身体から黒い霧が吹きだした。
 黒い霧は、シャボン玉を突き抜け、またたく間に辺り一帯を覆いつくす。

「ヨシイくんは、わたしとの特訓中に何度も見ているよね。《霧の力》。神様だけが扱える、特別な能力だよ」

 辺り一面が薄暗いヴェールに覆われたようになり、康助は身を固くする。
 確かに康助は、特訓中に、デュエル開始時にフィールドが黒い霧で覆われる光景を何度も目撃している。
 だが今回のデュエルでは、今までに見てきた黒い霧と比べて、その量が桁違いだった。
 いったいどこまで広がっているのか。康助に、それを確認する術はない。

 デュエリスト能力とは異なる、リンネだけが扱える《霧の力》。
 しかし、その霧がデュエルにいったいどのような影響をもたらすのか、確認できたことは一度もない。

「この霧の効果は、わたしがダメージを受けたときに自動的に発動する。ふふっ。そのときが来るまで、詳しい効果はヒ・ミ・ツだよ?」

 康助の前で、リンネは今まで、一度としてダメージを受けたことがない。
 なみいる高位能力者とのデュエルを、すべて無傷で突破してきたのだ。
 ゆえに、霧の効果もいまだ謎に包まれたままだった。

「《霧の力》を使う代償として、わたしは初期手札ゼロでデュエルを始めなければならない。わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 手札5枚の康助に対して、リンネの手札はたった1枚。
 けれども、欠片も油断できないことを、康助はよく知っている。
 リンネは、そのたった1枚の手札だけで、何人ものデュエリストを葬ってきたのだ。

「あははっ! 最初のモンスターは、これだっ!(手札:1→0)」

 リンネのデュエルディスクに、1枚のカードが叩きつけられる。
 ソリッドビジョンが展開され、リンネのフィールドに1体目のモンスターが現れる。
 それは、デュエリストならば誰でも知っている、有名すぎるほどに有名な1枚だった。



 『究極完全態・グレート・モス』。



 決して1ターン目に召喚されるはずのないモンスターが、リンネの場に召喚された。

「わたしのターンは、これで終了だよ♪」

 (2ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし

「今の力が、リンネのデュエリスト能力ですか……!」

 高位の能力者は、相手が発動したデュエリスト能力の強さを感じとることができる。
 それは、デュエリスト能力に目覚めた康助も例外ではない。
 黒い霧のときには何も感じなかった康助も、リンネが『究極完全態・グレート・モス』を召喚した瞬間、大きな力の波を打ちつけられたかのような衝撃を受けた。
 ここまで巨大な力は、最低でもレベル5。いや、これはおそらく、それ以上――――。

「やっぱり、リンネの力も、僕と同じ……!」
「そうだよ。わたしの能力。それは、《回帰の力》。ヨシイくんと同じく、レベルの範囲に収まらない、特殊なデュエリスト能力なんだよ」

 普通、デュエリスト能力は、その強さに応じて、レベル1からレベル5の五段階に分類されている。
 だが、今の康助は、その分類に当てはまらない能力が存在することを知っていた。

 なぜなら、康助自身に宿ったデュエリスト能力こそが、レベル5を上回る力だったから。
 既存のデュエリスト能力では持ち得ない性質をいくつも備えた、異質な力だったからだ。

「デュエリスト能力は、弱いものから順に、レベル1、レベル2、レベル3、レベル4、レベル5の五種類。でも、その5つのどれにも該当しない、レベルを超えた究極のデュエリスト能力が、この世にたった2つだけ存在する」

 それが、わたしの《回帰の力》と、ヨシイくんの《掌握の力》。
 この2つの力だけは、あらゆる闇の力をもってしても封じることができない。

 リンネの言葉を聞いて、康助は少しだけ納得する。
 天神に、能力を封じる『オレイカルコスの結界』を使われたときも、自分のデュエリスト能力は問題なく発動していた。
 それも、康助のデュエリスト能力が持つ特異性の一端を表している。

「その2つのデュエリスト能力の、最大の特徴。それは、デュエルを飛び越えて、世界に直接影響を及ぼすことができるということ。これは、実際にレベルを超えた能力を使っているヨシイくんなら、よく理解しているよね?」

 康助は、頷いて返す。

 デュエリスト能力の大原則。それは、デュエル中にだけ発動して、デュエルの進行にのみ何らかの影響を与える力である、ということだ。
 相手にダメージを与える力も、場のモンスターを破壊する力も、あくまで「カード効果の範疇で説明できる現象」が、デュエリスト能力という形で現れているにすぎない。能力とまったく同じ効果を持ったカードが存在したとしても、ルール上なんらおかしなことはないのだ。

 だが、康助のデュエリスト能力は、そういった能力とは一線を画する。

 《掌握の力》。

 自分のデッキに、デッキの外にあるカードを加えることができる力。
 デュエル中以外でも発動でき、一度デッキに加えたカードは、デュエルが終わっても元に戻らない。
 もともとデッキの外にあったはずのカードは消え、そのカードは康助のデッキの中に移動する。
 それは明らかに、デュエルの範疇を超越して、この現実世界に物理的な影響を与えている。

「わたしの《回帰の力》も同じ。わたしのデュエリスト能力は、自分または相手のデッキ・手札・場・墓地・除外ゾーンに存在するカードに書かれた情報を、任意に選択して消滅させることができる」

 そう言うと、リンネは、自分のデュエルディスクに置かれた『究極完全態・グレート・モス』のカードを、康助の方に向けてきた。

 究極完全態・グレート・モス 効果モンスター ★★★★★★★★ 地・昆虫 攻3500・守3000

 「進化の繭」を装備して(自分のターンで数えて)6ターン後の「プチモス」を生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。

「これは……!」

 『究極完全態・グレート・モス』の召喚条件。
 『進化の繭』を装備して6ターン経過した『プチモス』をリリースしなければ特殊召喚できない。
 それを示す、本来あるべき一文が、リンネのカードには影も形もなかった。

 加えて、本来レベル8であるはずの『究極完全態・グレート・モス』のカードに記されていた星の数は、4つ。
 カードに書かれた情報をそのまま信じるならば、攻撃力3500の『究極完全態・グレート・モス』は、召喚条件のない、ただの四ッ星下級モンスターになっていた。

「これが、《回帰の力》。わたしのデッキに入っていた『究極完全態・グレート・モス』の召喚条件とレベル4つ分の星は、わたしのデュエリスト能力で、完全にこの世から消滅させた」

 カードテキストに書かれた情報を、永久に消し去ることのできる力。
 それが《回帰の力》の正体。
 この力もまた、康助と同じく、現実世界に直接影響を与えることのできる、レベルを超えたデュエリスト能力だった。

「……っ! デュエリスト能力、発動!」

 康助のデッキが輝き、外の世界から新たなカードを呼び寄せる。
 リンネのデュエリスト能力の正体が判明したことに合わせて、即座に自分のデッキを組み直したのだ。

 《掌握の力》は、デッキの外にあるカードを自分のデッキに加えることができる力だ。
 その際に、新たなカードが加わったデッキは一度シャッフルされる。
 つまり、康助の能力は、決して、望んだカードを即座にドローできるような便利な力ではない。

 だが、それでも、デッキを組み直すということの意義は大きい。
 こうして毎ターン自分のデッキを調整することで、刻一刻と変化する戦況に応じて、その時々で最適なデッキで闘うことができるのだから。
 それは、相手の弱点を見抜く才能を秘めている康助にとって、自分の実力を常に最大限発揮できるということに他ならない。

「僕のターン、ドロー!(手札:5→6)」

 6枚の初期手札を見渡す。
 その中には、このデュエルが始まる前に、リンネがどんな闘い方をしてきても対応できるようにと、用心してデッキに加えておいた防御用のカードがあった。

「僕は手札から、『暗黒の扉』を発動します!(手札:6→5)」

 暗黒の扉 永続魔法

 お互いのプレイヤーはバトルフェイズにモンスター1体でしか攻撃する事ができない。

「モンスターを裏側守備表示でセット! カードを1枚伏せて、ターンエンドです!(手札:5→3)」

 (3ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)
 ・吉井 LP8000 手札3
     場:裏守備×1
     場:暗黒の扉(永魔)、伏せ×1

「『暗黒の扉』。それは、アサヒナさんのデッキに入っていたカードかな?」
「……ええ。そうです」

 康助の《掌握の力》で自分のデッキに加えられるカードには、実はいくつかの制約がある。

 1つ目は、何かしらのデッキに入っているカードしか選択できないということ。
 2つ目は、デュエルに使われている最中のデッキに入っているカードは選択できないということ。
 3つ目は、康助が「そこに目的のカードが存在していること」を正しく認識している必要があること。
 4つ目は、デュエル開始時にデッキに入っていたカードと、《掌握の力》でデッキに加えたカードを合わせたときに、同名カードが4枚以上であったり、禁止・制限・準制限カードの制約が満たされていないようにすることはできない、ということだ。

 《掌握の力》が覚醒した瞬間、康助はこの4つの条件を正しく認識した。
 ゆえに、康助が自分のデッキに加えられるカードは、必然的に「知り合いのデッキに投入されているカード」に限られてくる。

 たとえば翔武生徒会のカード保管庫には、大量のカードが収められているが、1つ目の制約のせいで、それをそのまま使うことは不可能だ。
 遊戯デッキと海馬デッキのレプリカから欲しいカードを取り寄せて勝利したタイヨウ戦は、あくまでも例外。
 基本的に1枚1枚のカードが別々に保存されているあの保管庫に、《掌握の力》で利用できるカードはほとんど存在しない。

 そして、一番のネックになるのが、3つ目の制約だ。
 この世界に、デッキは無数に存在している。だが、康助が中身を知っているデッキとなると、その数はごくわずかだ。
 だからこそ康助は、限られたカードプールから、必要なカードを慎重に選択していくしかないのだ。

「アマガミさんとのデュエルでデッキに加えたカードも、ヨシイくんの友だちが使っていたカードばっかりだったよね。それは、《掌握の力》がまだ不完全な力である証拠なんだ」

 『異次元の女戦士』と『強制詠唱』は、朝比奈のデッキから。
 『強制転移』は、波佐間のデッキから。
 『エクスチェンジ』は、操られる前の天神本来のデッキから。
 『無限の手札』は、渡辺のデッキから。
 『強制脱出装置』は、遠山のデッキから。

 オレイカルコスデッキを攻略するのに使ったカードは、どれも、康助が知っている人物のデッキに入っているものに限られていた。

 リンネはその制約を、《掌握の力》がまだ完全ではないからだと言う。

「わたしの《回帰の力》もそう。今のわたしが消滅させることのできるカード情報は、モンスターカードのレベルに召喚条件、そして魔法・罠カードの発動条件や発動コストといった、『カードを手札からプレイするための条件』に限定されている。だから、何でもかんでも消し去ってしまえる、ってわけじゃないんだ」

 どうして、そんな不完全な能力がわたしとヨシイくんに備わっているのか知りたい?
 だったらまずは、デュエリスト能力とは一体何なのか、っていう話をしなくちゃいけないね。
 そもそも、デュエリスト能力って言うのはね――――。



「デュエリスト能力は、もともと、わたしの神様としての力の一部を、人間たちに貸し与えてあげたものなんだよ」



 リンネの説明は、続く。

「“始まりの1枚”であるわたしは、莫大な力を消費して、この宇宙を創りあげた。その後、失った神様の力を回復させるため、デュエルモンスターズという概念にアクセスできる高度な知的生命体がこの世界に現れるまで、長いあいだ眠りについた」

 そうして現れたのが、“人間”だった。
 一度生まれた人類の文化は、またたく間に発展し、すぐにデュエルモンスターズを扱えるまでに成長した。

「人間が十分な進化を遂げたことをきっかけに、わたしの長い眠りは終わった。目覚めたわたしは、この宇宙でもっとも高度な生物となった人間に、デュエルモンスターズという名の、この世界の起源となった概念、宇宙の法則に気づくきっかけを、そっと与えてあげた」

 そして人間は、デュエルモンスターズを自分たちの手で「発明」したと思いこんだ。
 デュエルモンスターズは、あっという間に世界中で大流行した。
 なにせ、カードから生まれた人類の遺伝子には、1人の例外もなく、デュエリストとしての本能が刻みこまれているのだから。

「わたしの宇宙創造の力をこれ以上回復させるには、デュエルを行う必要があった。そこでわたしは、神様としての力の一部を、デュエリスト能力という形で、人間たちに貸し与えてあげることにした」

 デュエリスト能力の持ち主が闘いを繰り返す中で、神様の力は磨かれ、徐々に研ぎ澄まされていく。
 そして、デュエルが高度な闘いであればあるほど、その傾向は加速する。

「わたしは、人間たちに成長して欲しいと願った。だから、優れた人間を選んで、デュエリスト能力を貸し与え、しばらくしたら回収することを繰り返した」

 今まで誰も解明できなかった、デュエリスト能力が発現する仕組み。
 そのシステムの根幹を成していたのは、リンネの意思そのものだった。

 10代の優れたデュエリストを選抜し、本人に適したデュエリスト能力を与える。
 能力を持ったデュエリストは、より高度なデュエルを行うようになり、さらに神様の力は磨かれる。
 そして、十分に成長した能力を、再び回収する。

 デュエルの腕に、年齢はあまり関係ない。
 優れたデュエリストの多くは、若いうちから非凡な才能を発揮していることがほとんどだ。
 だからこそ、リンネは、社会的な影響力が少ない10代の若者を対象にした。

 能力を与えられた彼らは、様々なしがらみに縛られることもなく、自由に能力デュエルを満喫した。
 短い期間で、神の力は洗練されていき、若者のデュエルの腕は見る間に向上していった。

「優れたデュエリストには、より優れた能力を貸し与える。それを繰り返す中で、ついに、レベルを超えた《掌握の力》を託すに足るデュエリストが現れた」

 それがヨシイくんだよ、とリンネは言う。

「ヨシイくんが他の人間にはない特異な才能を秘めていると知ったわたしは、ヨシイくんに《掌握の力》の“種”を植えつけた。同時に、ヨシイくんの周りで日常的に高度なデュエルが行われる環境を整えてあげることで、“種”の開花を促進した」

 翔武学園やその周辺には、異常なほどに高レベルの能力者が集まっている。
 世界に10人程度しかいないはずのレベル5が、近くに2人もいるのがその証拠だ。

 だがそれは、リンネがさりげなく手を回した結果によるものだった。

「神様の力を完全に取り戻すには、《掌握の力》と《回帰の力》が、デュエルを通して直接ぶつかり合うことが必要不可欠。だからわたしは、レベルを超えた2つのデュエリスト能力のうち、片方を人間の誰かに与えてあげる必要があった。でも、並みのデュエリストにこの能力を与えても、覚醒させられないから意味がない。だから、ヨシイくんという逸材が現れたとき、わたしは本当に嬉しかったんだよ」

 そしてリンネは、世界中の能力者を巻きこんだ、デュエル大会を開催した。
 「何でも願いを叶えてあげる」という、リンネが適当にまいた餌につられ、世界規模の闘いが勃発した。

 能力者全員が本気でデュエルすることで、神様の力は一気に磨きあげられる。
 同時にリンネは、康助の《掌握の力》を覚醒させるための、最後の仕上げを開始した。

「ヨシイくんとの特訓。あれは、ヨシイくんに『逆転に必要なカードを自然にドローするイメージ』を持ってもらうためのものだったんだ」

 リンネは、康助の見ている前で、様々な能力者の弱点を突いて圧勝することを繰り返した。

 康助の才能、「相手の弱点を見抜く力」。
 それを、ごく自然に勝利へと結びつけるイメージ。

 《掌握の力》が康助にもたらすものを、無意識下に焼きつける。
 あれは、そのために行われた特訓だったのだ。

「そしてヨシイくんは、大会で勝ち残ったタイヨウさんとのデュエルを通して、ついに《掌握の力》を覚醒させた。ふふっ。わたしはずっと待ち望んでいたんだよ。世界でもっとも強いデュエリストになったヨシイくんと1対1でデュエルできる、この瞬間を」

 リンネは、宇宙創造の力を回復させるために、ずっと行動してきた。
 だが、そのための最後の手段である康助とのデュエル自体もまた、リンネの目的であったのだ。

「面白いデュエルを観たい。そして、わたし自身が、最強のデュエリストと、想像もできないような最高のデュエルをしたい。それが、“始まりの1枚”であるわたしの、究極の願いなんだよ」

 デュエルを楽しみたい。それは、デュエルモンスターズそのものであるリンネにとって、ごく自然な欲求だった。

 そのために、康助の周囲に集めた優秀なデュエリストたちに、干渉を繰り返した。

 見城の能力を奪って不戦敗にし、翔武学園と東仙高校との決勝戦を盛り上げた。
 稲守を人質にとって霧原を脅し、朝比奈にデュエルを挑ませた。
 佐野を必要以上に追い詰め、ギリギリの熱戦を繰り広げさせた。
 と同時に、佐野のデュエルを康助に見学させることで、康助がこのデュエルに臨むモチベーションを高めたりもした。

 人間たちにデュエルをさせ、神様の力を磨きあげる。
 優れたデュエリストたちが繰り広げる、高度なデュエルを観て楽しむ。
 そして、周到に準備を重ねてきた、康助との最高のデュエルを満喫する。

 それらすべての手段と目的が一体となり、リンネはこれまで行動してきた。

 凄いデュエルを観たい。強い相手とデュエルを楽しみたい。
 それは、デュエリストなら誰でも持っている、自然な感情だ。

 だが、人間とリンネとの間には、決して埋められない、大きな価値観の溝がある。

「人間のみんなには、十分に楽しませてもらったよ。……けど、もうそろそろ、この世界にも飽きてきちゃった。だからわたしは、ヨシイくんとのデュエルを最後に、この世界を滅ぼして、新しい宇宙をイチから創りあげることに決めたんだ」

 宇宙創造の力を完全に取り戻した暁には、その力を使って、また宇宙を創り直す。
 そうして、新たに創られた世界で、まだ見ぬデュエルを楽しむ。

 すべては、 “始まりの1枚”である、リンネの原始的な欲求のままに。
 自らが創り上げた人間のことなど、何とも思っていないかのように。

「さあ、ヨシイくん。この宇宙最後のデュエルを、続けようか。ちょっと名残惜しいけど、限られたこの時間を、精一杯楽しもうよ。きゃははっ♪」

 抑えきれないほどの喜色満面の笑みを浮かべながら、リンネは告げる。

 “始まりの1枚”の、純粋すぎる悪意が、吉井康助に牙を剥く。



「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 リンネがカードを引くと同時に、凄まじい圧力が康助を襲う。
 《回帰の力》が、再び発動した証だった。

「次のモンスターはこれだよ! 行けっ! 『ダークネス・デストロイヤー』!(手札:1→0)」

 ダークネス・デストロイヤー 効果モンスター ★★★★★★★ 闇・悪魔 攻2300・守1800

 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 召喚や特殊召喚に関する制約をすべて外され、ただの下級モンスターとなった『ダークネス・デストロイヤー』が、いとも簡単にリンネの場に召喚される。

「ダークネス・デストロイヤーで、ヨシイくんの裏守備モンスターを攻撃!」

 (攻2300)ダークネス・デストロイヤー → 裏守備 → マシュマロン(守500)

 『マシュマロン』は戦闘では破壊されないが、ダークネス・デストロイヤーには貫通効果がある。
 だが康助とて、リンネの《回帰の力》を知った瞬間から、こうなることくらいは予測していた。

「トラップカード発動! 『ガード・ブロック』です!」

 ガード・ブロック 通常罠

 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 康助 手札:3 → 4

 そして、『マシュマロン』には、戦闘破壊耐性の他にも、もう1つ効果がある。

「『マシュマロン』のモンスター効果発動! 裏側表示のこのカードが攻撃を受けた場合、攻撃モンスターのコントローラーに、1000ポイントのダメージを与えます!」

 マシュマロン 効果モンスター ★★★ 光・天使 攻300・守500

 フィールド上に裏側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。
 このカードは戦闘では破壊されない。

 マシュマロンの口から、可愛い顔に似合わない鋭い牙が覗く。
 そこから放たれた閃光弾は、リンネに向かって一直線に飛んでいく。

 リンネの場にも手札にも、この効果ダメージを防ぐためのカードは1枚もない。

 リンネ LP:8000 → 7000

「リンネに、ダメージを通した……。……っ!」

 喜ぶのもつかの間、康助はすぐに身構える。

 あたり一帯を漂う、黒い霧。
 リンネは言っていた。この霧の効果は、リンネがダメージを受けたときに発動するのだと。

「あははっ。早速ダメージを与えてくる、か。でも、神様であるわたしに、そんな普通の攻撃が通用すると思う?」

 リンネが腕を突きあげる。すると、その腕を囲むように、黒い霧が集まってきた。
 同時に、康助の身体にも、黒い霧がまとわりついてくる。

「この黒い霧の正体、教えてあげようか? それはね、ヨシイくんたち人間の“心の闇”を吸い取って、わたしが具現化させたものなんだよ?」
「心の、闇……?」
「そう。わたしから生まれたこの宇宙では、人間が何かしらの感情のエネルギーを抱くと、それは、デュエルモンスターズを通して“始まりの1枚”であるわたしの中に流れこんでくるようになっているんだ。そういった感情のうち、負のエネルギーを持ったものが“心の闇”。この黒い霧は、それが結晶化したものなんだよ」

 リンネは告げる。
 神様である自分は、デュエル開始時に、初期手札をゼロにすることで、これまでに蓄えた黒い霧をデュエルで使用することができるのだと。

 人間がデュエルモンスターズと出会ってから、今に至るまで。
 世界中の人間が長い時間をかけて生みだし続けてきた莫大な量のマイナスの感情。そのすべてが黒い霧となって、リンネの味方をしてくれるのだと。

「さあ。黒い霧の、効果発動だよ」

 言った瞬間、リンネの身体、そして康助の身体に、いくばくかの量の黒い霧が吸いこまれた。
 霧の効果は、すぐに現れた。

 リンネ LP:7000 → 8000

 吉井 LP:8000 → 7000

「これ、は……?」

 リンネのライフが1000回復し、代わりに自分のライフが1000減っている。
 リンネは、満面の笑みを浮かべて、この現象を説明する。

「これが、神様であるわたしだけが扱える《霧の力》。わたしがダメージを受けたとき、その数値に比例した量の霧が、わたしとヨシイくんの身体に吸収される」

 そして、吸いこまれた黒い霧は、体内に入ると溶けて、消えてなくなる。
 すると。

 リンネに対しては、ライフ回復の効果が。
 康助に対しては、ダメージを与える効果がもたらされる。

 そう言って、リンネは大きく笑い声をあげた。

「わたしが1000ポイントのダメージを受ければ1000ポイント! 5000ポイントのダメージを受ければ5000ポイント! わたしが受けたダメージとまったく同じ数値分だけ、わたしのライフは回復し、ヨシイくんはダメージを受ける!」

 つまり、その効果の意味するところは。

 リンネにいくらダメージを与えようと、自動的に《霧の力》が発動して、受けたダメージと同じだけのライフを回復させる。
 と同時に、リンネが受けたのと同じだけのダメージを、康助が受ける。

「わたしが受けたダメージは、黒い霧によって、1ポイントも漏らさずヨシイくんにそのまま移し替えられる! これがわたしの《霧の力》! この力はデュエリスト能力じゃないけど、効果の扱いはデュエリスト能力とまったく同じ。《霧の力》によるダメージや回復を、他のカードの効果で無効にしたり対象を移し替えたりすることはできないよ! さあ、こんな能力を前にして、ヨシイくんに打つ手はあるのかな? きゃははっ♪」

「……!」

 《霧の力》。その全容を明らかにされて、康助の身体に戦慄が走った。

 いくらリンネにダメージを与えても、それらはすべて康助に移し替えられてしまう。
 それは、初期手札ゼロの代償を補って余りある、あまりに圧倒的なリンネの能力だった。

 それに、と康助は思う。

 《霧の力》が発動すれば、リンネが受けたダメージ分の黒い霧が、自分とリンネの身体に吸収されると言っていた。
 だが、1000ポイント分の霧が吸収されて消えたのにも関わらず、周囲を漂っている黒い霧は、少しも薄くなった様子はない。

 そんな康助の考えを感じとったのか、リンネが補足する。

「ちなみに、今のやりとりで使われた黒い霧は、人間「1人」が一生のうちに抱く“心の闇”から生まれる霧の量にさえ、遠くおよばない。ふふっ。ヨシイくんなら、わたしの言いたいことが分かるよね?」

 世界中の人間がマイナスの感情を抱くたびに、それは、デュエルモンスターズを通してリンネのもとに集められ、黒い霧へと変換されていく。
 長い年月をかけて、世界中の人間から集められ、蓄えられた黒い霧。
 このデュエルを支配している黒い霧は、一体どれほど膨大な量になるのか。
 ただの人間である康助には、想像もつかない。

 それは、言うなれば、世界中の人間が、康助の敵にまわったようなものだった。

「あはっ。ちなみに、マイナスの感情から生まれたといっても、この黒い霧をいくら吸いこんだところで、ヨシイくんの身体に害は一切ないから。そこは安心してくれていいよ?」

 莫大な量の黒い霧に対して、8000ポイントぽっちの康助のライフは、比較するのも馬鹿らしくなるほどに少ない。
 このままリンネにダメージを与え続ければ、すぐにでも康助のライフは吹き飛ぶだろう。

 だが逆に、リンネは、康助にダメージを与えるのを躊躇ってくれるはずもない。

「攻撃続行だよ! 『ダークネス・デストロイヤー』で、『マシュマロン』に2度目の攻撃!」

 (攻2300)ダークネス・デストロイヤー → マシュマロン(守500)

 吉井 LP:7000 → 5200

 『暗黒の扉』がある限り、リンネはバトルフェイズに1体のモンスターでしか攻撃することができない。
 だが、2回攻撃と貫通能力を同時に備えた『ダークネス・デストロイヤー』の前では、そんな防御はまるで意味をなさなかった。

「わたしはこれで、ターン終了だよ♪」

 (4ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダークネス・デストロイヤー(攻2300)
 ・吉井 LP5200 手札4
     場:マシュマロン(守500)
     場:暗黒の扉(永魔)

「……っ! 僕のターン!」

 カードを引く前に、《掌握の力》を発動させ、欲しいカードをデッキに加える。
 それから、勢いよく1枚のカードをドローした。

「ドロー!(手札:4→5)」

 《回帰の力》に《霧の力》。
 レベルを超えたデュエリスト能力に、この宇宙の創造神としての力。
 2つの圧倒的な力を前にしてもなお、康助は、自身が最適だと思える闘い方を貫き通す。

 タイヨウや佐野に託された想いを、無駄にしないためにも。
 このデュエルに勝利して、これまで通りの日常を取り戻すためにも。

「僕は、『ダーク・リゾネーター』を召喚! さらに手札から『デーモンの斧』を発動します!(手札:5→3)」

 ダーク・リゾネーター チューナー・効果モンスター ★★★ 闇・悪魔 攻1300・守300

 このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。

 デーモンの斧 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事でデッキの一番上に戻す。

 ダーク・リゾネーター 攻:1300 → 2300

 『デーモンの斧』は、朝比奈と稲守のデッキに入っていたカード。
 康助は、このカードを引く確率を高めるために、《掌握の力》を使って、その2枚ともをデッキに投入していた。

「ダーク・リゾネーターで、ダークネス・デストロイヤーを攻撃します!」

 攻撃力だけを見れば、ともに2300で相打ち。
 だが、ダーク・リゾネーターには、1ターンに1度の戦闘破壊耐性がある。

 (攻2300)ダーク・リゾネーター → ダークネス・デストロイヤー(攻2300):【破壊】

 リンネに超過ダメージを与えてしまえば、そのダメージは《霧の力》で康助に移し替えられてしまう。
 だからこそ康助は、まったく同じ攻撃力を持った、戦闘破壊耐性持ちのモンスターで攻撃した。

 『ダークネス・デストロイヤー』を破壊する、おそらくはこれが最善の一手だ。

「僕はこれで、ターン終了です!」

 (5ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)
 ・吉井 LP5200 手札3
     場:マシュマロン(守500)、ダーク・リゾネーター(攻2300)
     場:暗黒の扉(永魔)、デーモンの斧(装魔)

「ふふっ。うまいねヨシイくん。でも、そんな場当たり的な方法じゃ、後が続かないよ?」

 康助を値踏みするような口調で、リンネは告げる。

「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 《回帰の力》が吹き荒れる。
 そして、何の伏線も前触れもなく、三度最上級モンスターが降臨する。

「『ダーク・アームド・ドラゴン』を、召喚っ♪」

 ダーク・アームド・ドラゴン 効果モンスター ★★★★★★★ 闇・ドラゴン 攻2800・守1000

 このカードは通常召喚できない。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、このカードを特殊召喚する事ができる。

 自分のメインフェイズ時に自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

「墓地の『ダークネス・デストロイヤー』を除外して、『ダーク・アームド・ドラゴン』の効果発動! ヨシイくんの場の『暗黒の扉』を破壊するよ!」

 暗黒の扉:【破壊】

「くっ……!」
「これでヨシイくんを守る壁は消えたね。2体のモンスターで、ダーク・リゾネーターを攻撃!」

 (攻2800)ダーク・アームド・ドラゴン → ダーク・リゾネーター(攻2300)

 吉井 LP:5200 → 4700

 (攻3500)究極完全態・グレート・モス → ダーク・リゾネーター(攻2300):【破壊】

 吉井 LP:4700 → 3500

 度重なる攻撃に耐えられず、ダーク・リゾネーターが破壊される。
 そして、康助のライフも、早くも半分の4000ポイントを割っていた。

「ははっ。このデュエルでは、ダメージを受けてもデュエリストに痛みはないよ。邪魔者のいない空間で、思う存分、純粋に闇のゲームを楽しもうね、ヨシイくん♪」

 中には、そうじゃない闇のデュエルもあるんだけどね。
 わたしは、そういう余計なしがらみのあるデュエルは好きじゃないかなぁ。
 だって、ダメージを受けないことを警戒するあまり、本来のプレイングが損なわれちゃ意味ないもんね。
 お互いに全力でぶつかり合えるデュエルが、一番面白い。
 ヨシイくんもそう思うでしょ?

 そう言って、リンネは無邪気に笑う。

「……だったら」
「ん? なあに、ヨシイくん」
「このデュエルに、宇宙の命運を懸けるなんて真似、やめにしませんか! 神様とか人間とか、そんな立場も関係なく! 普通にデュエルを楽しめばいいじゃないですか! そうしたら、僕だって全力で協力しますよ! それに、僕だけじゃない! リンネみたいな強い相手とデュエルすることは、デュエリストなら誰だって――――」

「ふふっ。残念だけど、それはできない相談かなぁ」

 康助の言葉を、ぴしゃりと止める。

「わたしが求めているのは、強者との闘い、ただそれだけなんだ。だって、そこらへんの弱い人間とデュエルしたって、面白くもなんともないじゃない?」

 そこには、ワクワクも、ドキドキも、心躍る要素は何もない。
 わたしを心の底から楽しませてくれるのは、真の強者とのデュエルだけ。

 もっとも、と、リンネは続ける。

「創造神であるわたしを負かせる人間なんて、世界のどこを探したって、いるとは思えないけどね。きゃははっ!」

 だから、こんなつまらない宇宙は滅ぼして、新しい世界を創る。
 記念に、唯一自分とまともなデュエルができそうだと思った、康助と最後のデュエルをした後で。

「わたしを止めようと思ったら、わたしをデュエルで上回るしかないよ? さあ、ヨシイくん、もっと危機感を持って? 世界の危機だよ? ここで負けたら、大切な仲間たちもみんなみーんな死んじゃうんだよ?」

 リンネは、康助に向かって熱く語りかける。

「わたしは、ヨシイくんの勝利条件を最高のものにするために、今まで誰一人として人間の命を奪わなかったんだよ? ここで勝てば、ヨシイくんは何一つとして失わずに済むんだよ? それって、最高のハッピーエンドじゃない?」

 負ければ宇宙の消滅。だが、勝てば何もかもが元通り。
 そんな条件もすべて、康助に本気でデュエルさせたいがためのものだろう。

 相手は神。この宇宙が気に入らなければ、指先一つで消し飛ばせる、正真正銘の造物主だ。
 リンネは、デュエルの弱い人間に対して、小石ほどの価値も認めていない。
 そんな相手に、説得など無意味なのだと、康助は改めて悟る。

 ならば、康助に残された、ただ1つの道は。
 造物主の提示した条件に従って、その上で、勝利を掴み取るしかない。

「わたしはこれで、ターン終了だよ」

 世界の消滅を回避するためには、ただの人間である康助が、デュエルモンスターズの神を凌駕するしかない。

 (6ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダーク・アームド・ドラゴン(攻2800)
 ・吉井 LP3500 手札3
     場:マシュマロン(守500)
     場:なし

「僕のターン!」

 康助の意識は、いまだかつて例を見ない水準で、眼前のデュエルに集中しきっていた。
 自分の中の思考を総動員し、あらゆる可能性を吟味して、最適と思われるカードを選び出す。
 認めたくはないが、宇宙の命運を背負わせることで、康助を本気にさせようというリンネの目論見は、的を射ていたと言うほかない。

 《掌握の力》が発動して、康助のデッキが黄金に輝く。
 必要なカードをデッキに引き入れてから、力強くカードを引き抜く。

「ドロー!(手札:3→4)」

 そして、迷わず1枚のカードをデュエルディスクにセットした。

「手札から、『カードガンナー』を召喚します!(手札:4→3)」

 カードガンナー 効果モンスター ★★★ 地・機械 攻400・守400

 1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動する。
 このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、墓地へ送ったカードの枚数×500ポイントアップする。
 また、自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 それは、康助が柊とタッグデュエルを行ったとき、柊が使っていたカードだった。
 かつて協力し、そして敵対した柊の力を、リンネを倒すために貸してもらう。

「『カードガンナー』の効果発動! デッキの上からカードを3枚墓地に送ります!」

 カードガンナー 攻:400 → 1900

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!(手札:3→2)」

 (7ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダーク・アームド・ドラゴン(攻2800)
 ・吉井 LP3500 手札2
     場:マシュマロン(守500)、カードガンナー(攻400)
     場:伏せ×1

「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 ドローと同時に、《回帰の力》が発動する。

「わたしは、『エンシェント・リーフ』を発動!(手札:1→0)」

 エンシェント・リーフ 通常魔法

 自分のライフポイントが9000以上の場合、2000ライフポイントを払って発動する事ができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 リンネが《回帰の力》で消せるのは、モンスターカードの召喚条件とレベルだけではない。
 魔法・罠カードの「発動条件・発動コスト」ですらも、《回帰の力》の対象となる。

「あはっ。2枚ドローだよ♪(手札:0→2)」

 発動条件とコストが消滅した『エンシェント・リーフ』の効果は、『強欲な壺』と同じ。
 無条件で、リンネの手札に2枚のカードが舞いこむ。

「ヨシイくんの『マシュマロン』には、そろそろ退場してもらうよ! 『死者への手向け』発動!(手札:1→0)」

 死者への手向け 通常魔法

 手札を1枚捨て、フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを破壊する。

 マシュマロン:【破壊】

「また、《回帰の力》……!」

 発動条件や発動コストを無視できる魔法カードは、単純ながらも凄まじい威力を誇る。
 高攻撃力モンスターの攻撃を受け止める優秀な壁モンスターだった『マシュマロン』も、破壊効果を持った魔法カードの前では無力だった。

「まだまだ行くよっ! 『究極恐獣(アルティメットティラノ)』召喚!(手札:1→0)」

 毎ターン1体ずつ増えていく、圧倒的なパワーを持った最上級モンスター。
 このターンに召喚されたのは、全体攻撃能力を備えた恐竜族だった。

 究極恐獣 効果モンスター ★★★★★★★★ 地・恐竜 攻3000・守2200

 自分のバトルフェイズ開始時にこのカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードから攻撃を行い、相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ続けて攻撃しなければならない。

「『究極恐獣』で、ヨシイくんの『カードガンナー』を攻撃!」

 空気を震わせる咆哮とともに、究極恐獣が突進してくる。
 その攻撃がカードガンナーに命中する寸前、康助は1枚のトラップカードを発動させた。

「リバースカードオープン! 『マジカルシルクハット』を発動します!」

 マジカルシルクハット 通常罠

 デッキからモンスター以外のカード2枚とフィールド上の自分のモンスターを1体選択し、デッキをシャッフルする。
 選択したカードをシャッフルし、フィールド上に裏側守備表示でセットする。
 デッキから選択した2枚のカードはモンスター扱い(攻・守0)となりバトルフェイズ終了時に破壊される。
 この効果は相手バトルフェイズにしか使えない。

 カードガンナー → 裏守備
 ??? → 裏守備
 ??? → 裏守備

「あははっ。壁を増やしたって無駄だよ! 蹂躙せよ、『究極恐獣』!」

 (攻3000)究極恐獣 → 裏守備 → カードガンナー(守400):【破壊】
 (攻3000)究極恐獣 → 裏守備 → おジャマジック(守0):【破壊】
 (攻3000)究極恐獣 → 裏守備 → おジャマジック(守0):【破壊】

「カードガンナーが破壊されたことで、デッキからカードを1枚ドロー! さらに、墓地に送られた2枚の『おジャマジック』の効果が発動します!(手札:2→3)」

 おジャマジック 通常魔法

 このカードが手札またはフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」「おジャマ・ブラック」を1体ずつ手札に加える。

 『マジカルシルクハット』と『おジャマジック』。
 それは、見城の得意とする、手札増強コンボだ。

 おジャマジックの効果が発動する瞬間、改めて《掌握の力》を発動させる。
 《掌握の力》を使った結果として、たとえ康助のデッキが61枚以上になったとしても、デュエルは問題なく進行する。
 ゆえに、大量のカードをデッキに加えること自体には、何の問題もない。

 見城のデッキから、おジャマ6枚が、康助のデッキに加わった。

 おジャマ・グリーン 通常モンスター ★★ 光・獣 攻0・守1000

 あらゆる手段を使ってジャマをすると言われているおジャマトリオの一員。
 三人揃うと何かが起こると言われている。

 おジャマ・イエロー 通常モンスター ★★ 光・獣 攻0・守1000

 あらゆる手段を使ってジャマをすると言われているおジャマトリオの一員。
 三人揃うと何かが起こると言われている。

 おジャマ・ブラック 通常モンスター ★★ 光・獣 攻0・守1000

 あらゆる手段を使ってジャマをすると言われているおジャマトリオの一員。
 三人揃うと何かが起こると言われている。

 吉井 手札:3枚 → 9枚

 手札は増えた。だが、康助の場にカードは1枚も残っていない。

「『究極完全態・グレート・モス』で、ヨシイくんにダイレクトアタックだよ!」

 (攻3500)究極完全態・グレート・モス −Direct→ 吉井 康助(LP3500)

「カードガンナーの効果で墓地に送られた、『ネクロ・ガードナー』の効果発動! このカードをゲームから除外することで、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にします!」

 ネクロ・ガードナー 効果モンスター ★★★ 闇・戦士 攻600・守1300

 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 ネクロ・ガードナー:【除外】

「ふふっ。うまく防いだね。でも、わたしのモンスターはまだ残ってるよ! 『ダーク・アームド・ドラゴン』で、もう一度ダイレクトアターック!」

 (攻2800)ダーク・アームド・ドラゴン −Direct→ 吉井 康助(LP3500)

 吉井 LP:3500 → 700

 今度こそ、康助にダメージを防ぐ手段はなかった。
 2800ものライフポイントが、残り少ない康助のライフから削られる。

「さあ、このまま放っておくと、わたしのモンスターはどんどん増えていくよ? ターン終了♪」

 (8ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダーク・アームド・ドラゴン(攻2800)、究極恐獣(攻3000)
 ・吉井 LP700 手札9
     場:なし
     場:なし

「僕のターン!」

 《掌握の力》を発動させるため、仲間のデッキに入っているカードを思い浮かべる。
 康助のデッキが金色に輝き、カード数枚分だけ厚みを増した。

「ふふっ。そういえば、《掌握の力》と《回帰の力》が不完全である理由を、まだ話してなかったね」

 デュエリスト能力はリンネの力の一部であることが明かされて、結局うやむやになっていた話題。
 リンネはそれを、再び持ち出してくる。

「それはね、この2つのレベルを超えたデュエリスト能力が、本当の意味で覚醒していないからなんだ。言ったよね? わたしが宇宙創造の力を完全に取り戻すためには、《掌握の力》と《回帰の力》が、デュエルを通して直接ぶつかり合うことが必要不可欠だって」

 一度ヨシイくんが覚醒させた《掌握の力》は、強大な能力だからこそ、たとえ元々はわたしの力だったとしても、わたしが直接ヨシイくんとデュエルして勝利しない限り、取り返すことはできない。
 でも、このデュエルでわたしがヨシイくんに勝てば、《掌握の力》と《回帰の力》は、どちらも本当の意味で覚醒し、この宇宙を消滅させるための鍵が揃う。

 と、リンネは告げる。

「《掌握の力》が覚醒すると、一切の制約が消えてなくなる。世界中のどこにある、たとえデッキに入っていないカードであっても、わたしの望むがままに、自分のデッキに加えることができる」

 この宇宙に存在するすべてのカードを、自分の手元に集める。
 そして。

「覚醒した《回帰の力》は、あらゆるカード情報を消滅させることができる。つまり、《掌握の力》で集めた世界中のカードの全情報を、一気に消し去ることができる」

 1枚のカードから生まれた世界において、現存するすべてのカードの情報を消滅させるということ。
 それは、世界の崩壊に他ならないんだよ、とリンネは言う。

「他の人間たちに貸し与えている神様の力、レベル1からレベル5までのデュエリスト能力は、この大会を通して十分すぎるほどに磨かれた。こっちの力は、わたしが望めば、いつだって回収できる。2つ以上のデュエリスト能力を同時に使うことはできないから、それでわたしがデュエルに強くなるわけじゃない。けど、集まった神様の力をフル活用すれば、新しい宇宙をゼロから創り上げられる。……でもね、新しい宇宙を創るためには、今ある宇宙を一度消去しないといけないんだ。そのために、レベルを超えたデュエリスト能力が必要なんだよ」

 《掌握の力》で、この世のすべてを掌握し。
 《回帰の力》で、完全なる無へと回帰させる。

 このデュエルで、リンネが康助に勝利すれば、この宇宙を消滅させる条件が整ってしまう。

 デュエルの強さだけを絶対視し、弱い人間には価値を認めないリンネの価値観。
 それは、もしかすると、1枚のカードから生まれた世界にとっては、当然のルールなのかもしれない。

 だが、康助は、1人の人間として、そんな価値観を受け入れるわけにはいかない。
 宇宙の終焉。ここでリンネを止めなければ、誰にとっても未来はないのだ。

 康助は、何が何でも、このデュエルに勝利しなければならない。

「ドロー!(手札:9→10)」

 何もしなければ、リンネの大型モンスターに踏み潰されてこのまま敗北。
 かといって、下手に攻撃力や守備力が高いモンスターを召喚してしまえば、自爆特攻と《霧の力》のコンボでダメージを移されて、これまた敗北。

 八方塞がりにも見えるこの状況で、それでも康助は一筋の希望を見いだした。

「カードを3枚セット! さらに、手札から魔法カード『手札抹殺』を発動します!(手札:10→6)」

 手札抹殺 通常魔法

 お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。

 康助 手札:6枚 → 0枚 → 6枚
 リンネ 手札:0枚

 6枚のおジャマがすべて墓地に送られ、新たなカードが手札に加わる。
 《掌握の力》で、リンネに勝つために最適な構成となったデッキから、6枚ものカードが康助のもとへと舞いこんでくる。

「手札から、魔法カード発動! 『死者蘇生』に『黙する死者』です!(手札:6→4)」

 死者蘇生 通常魔法

 自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 黙する死者 通常魔法

 自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。

 『死者蘇生』の効果で『ネオアクア・マドール』が。
 『黙する死者』の効果で『千年の盾』が。

 『カードガンナー』の効果で墓地に送られていた3枚のうちの残り2枚。
 康助の愛用する守備型上級モンスターが、フィールドに並んで鉄壁を築く。

 ネオアクア・マドール 通常モンスター ★★★★★★ 水・魔法使い 攻1200・守3000

 水を支配する魔法使いの真の姿。
 絶対に破る事のできないと言われる巨大な氷の壁をつくり攻撃を防ぐ。

 千年の盾 通常モンスター ★★★★★ 地・戦士 攻0・守3000

 古代エジプト王家より伝わるといわれている伝説の盾。
 どんなに強い攻撃でも防げるという。

「さらに裏側守備表示でモンスターをセット! 最後にカードを2枚伏せて、ターンエンドです!(手札:4→1)」

 ドローフェイズ直後には10枚あった手札を、康助は、1枚を残してすべて使い切る。
 3体の守備モンスターと、5枚の伏せカードを場に出して、ターンを終えた。

 (9ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札0
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダーク・アームド・ドラゴン(攻2800)、究極恐獣(攻3000)
 ・吉井 LP700 手札1
     場:千年の盾(守3000)、ネオアクア・マドール(守3000)、裏守備×1
     場:伏せ×5

「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 前のターンに康助が行った、カードの一斉展開。
 それは、このターンで勝負に出るという意思表示に他ならない。
 当然、リンネもそれを理解している。
 そして。

「了解♪ わたしも、ヨシイくんの誘いに乗ってあげる! 魔法カード発動! 『終わりの始まり』!(手札:1→0)」

 終わりの始まり 通常魔法

 自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。
 自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、
自分のデッキからカードを3枚ドローする。

 リンネ 手札:0枚 → 3枚

 お互いに、デュエルの決着をつける気で、このターンに臨んでいる。
 リンネの、そして康助の信じる、最高の場と手札が、激突する。

「手札から魔法カード発動! 『メガトン魔導キャノン』だよ!(手札:3→2)」

 メガトン魔導キャノン 通常魔法

 自分フィールド上に存在する魔力カウンターを10個取り除いて発動する。
 相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。

「させません! トラップカード発動! 『神の宣告』です!」

 神の宣告 カウンター罠

 ライフポイントを半分払って発動する。
 魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。

 吉井 LP:700 → 350

 《回帰の力》の正体を知った瞬間から、全体破壊魔法が来ることは警戒していた。
 天神のデッキから借り受けたカード、『神の宣告』のおかげで、致命的な被害は阻止できた。

「ははっ。それじゃあ、次はどうかな? 『究極恐獣』で攻撃っ!」

 バトルフェイズの最初に、相手の場のモンスター全員に1回ずつ攻撃しなければならない制約を持つ、『究極恐獣』の攻撃力は、3000。
 康助の場には、『ネオアクア・マドール』守備力3000と、『千年の盾』守備力3000、そして裏側守備表示のモンスターが1体。

 ゆえに、『究極恐獣』が康助の裏守備モンスターを攻撃する局面は、必ず訪れる。

 (攻3000)究極恐獣 → 裏守備 → ビッグ・シールド・ガードナー(守2600):【破壊】

 ビッグ・シールド・ガードナー 効果モンスター ★★★★ 地・戦士 攻100・守2600

 裏側表示のこのモンスター1体を対象とする魔法カードの発動を無効にする。その時、このカードは表側守備表示になる。
 攻撃を受けた場合、ダメージステップ終了時に攻撃表示になる。

 すべては、康助の狙い通りに。

「トラップカード発動! 『ブロークン・ブロッカー』です!」

 ブロークン・ブロッカー 通常罠

 自分フィールド上に存在する攻撃力より守備力の高い守備表示モンスターが、戦闘によって破壊された場合に発動する事ができる。
 そのモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。

 康助の場に、破壊されたモンスターと同名の『ビッグ・シールド・ガードナー』が2体、守備表示で特殊召喚される。

 一見すると、全体攻撃能力を持つ『究極恐獣』の前では、プレイングミスにも見える行為。
 だがこれは、リンネの《霧の力》を攻略するために康助が仕掛けた、れっきとした“策”なのだ。

「……ふぅん。そういうことか。なるほどね」

 リンネは、康助の狙いに気づいたようだった。
 だが、時すでに遅し。
 すべてのモンスターに1回ずつ攻撃する義務が課された『究極恐獣』が、新たに特殊召喚された『ビッグ・シールド・ガードナー』に攻撃するのを、止めることはできない。

 (攻3000)究極恐獣 → ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)



「リバースカードオープン! 速攻魔法、『結束 UNITY』を発動します!」



 結束 UNITY 速攻魔法

 自分のフィールド上のモンスター1体を選択する。
 選択したモンスターの守備力はエンドフェイズまで自分のフィールド上に表側表示で存在するモンスター全ての元々の守備力を合計した数値になる。

 康助の場に、モンスターは4体。

 『ネオアクア・マドール』、守備力3000。
 『千年の盾』、守備力3000。
 『ビッグ・シールド・ガードナー』、守備力2600。
 『ビッグ・シールド・ガードナー』、守備力2600。
 合計、11200ポイント。

 『究極恐獣』の攻撃力3000を差し引いても、8200ポイント。
 リンネの残りライフ8000を、上回る。

「《霧の力》は、リンネがダメージを受けたときに発動して、その数値分だけリンネのライフを回復させ、僕にダメージを与えます」

 《霧の力》の効果は、いわばリンネが受けたダメージの反射だ。
 だがそれは決して、リンネが受けるダメージを無効にするものではない。

 リンネがダメージを受けた後、その分のライフを回復して、康助にダメージ。
 リンネがダメージを受けてから、《霧の力》が発動するまでの間には、一瞬のタイムラグがある。

 そして、そのタイムラグこそが、致命的な隙。
 康助が見いだした、《霧の力》の突破口。

「たった1度のダメージで、リンネのライフを0にする! そうすれば、《霧の力》が発動する前に、僕の勝利が確定します!」

 それは、かつて佐野が波佐間のレベル5能力を攻略するのに使った方法と、よく似ていた。
 違いがあるとすれば、高攻撃力のモンスターで攻撃するのではなく、康助の選んだ方法は、高守備力のモンスターでのカウンター。

 守備型デッキならではの、一撃必殺のカード、『結束 UNITY』。
 康助が、大会の途中で、強くなるために、自分で考えてデッキに投入していた“切り札”だった。

 『究極恐獣』の攻撃が、守備力を増した『ビッグ・シールド・ガードナー』に命中すれば、リンネは8200ポイントの反射ダメージを受ける。
 宇宙の命運を懸けたデュエルで、狙いすました康助の策が、リンネのライフを削り切る。



 ――――その、直前。



「あはっ。ヨシイくんは、本当に、この攻撃を通しちゃっていいのかな?」



 それは、敗北を悟った者の悪あがきとは、根本的に異なる“何か”だった。

 リンネの無邪気な台詞が含む、身体が凍りつくような冷たい響きに、康助は慄然とする。

 ――何だ。これは一体、何なんだ。

 リンネを倒してはいけない理由なんてない、はずだ。
 なのに、身体の奥底から、このデュエルに勝ってはいけないと、本能が警鐘を鳴らしてくるようだった。

「ふふっ。やっぱりヨシイくんは、心のどこかで理解しているのかな? 神様の力にもっとも近い《掌握の力》を宿しているから、本能的なところで、アマガミさんの危機に共鳴しているのかもしれないね」

 なぜ。どうしてここで、天神の名前が出てくる。
 天神の危機とは、一体どういうことなのか。

「あのね。わたしはアマガミさんを操ったけど、あれって実は、誰の身体でも操れるってわけじゃないんだよ。ただの人間に、神様であるわたしの意識を植えつけたりなんかしたら、拒絶反応であっという間に壊れちゃう。わたしの意識を自然に溶けこませられるアマガミさんだからこそ、操ることができたんだ」

 その言葉に、康助は、リンネの話が行きつく先を漠然と悟ってしまう。
 それが本当ならば、まさか。
 このデュエルに、勝ってはいけない理由とは。



「アマガミさんは、“始まりの1枚”の、もう1つの姿。わたしと同じく、そもそも人間じゃないんだよ?」



 そう言って、リンネは、ひときわ大きな満面の笑みを浮かべた。

「わたしが“始まりの1枚”の表面だとするならば、アマガミさんは裏面。わたしとアマガミさんは、表裏一体の存在でありながら、表と裏、正反対でもある関係にある」

 救いの未来などないのだと、康助に突きつけるように。
 予定された結末に向かって、言葉を紡いでいく。

「アマガミさんは、とある目的のために、わたしが創りだした、“もう1人のわたし自身”。言うなれば、アマガミさんとわたしは、2人で1人なんだ」

 2人で1人。リンネに勝ってはいけない理由。
 最悪を上回る、最低のシナリオが、現実になる。





「だから、このデュエルに負けてわたしが死ねば、アマガミさんも死んじゃうんだよ?」







12章  果てなき闇のそのまた先に



 1100、800、500、200、0。


 天神のライフポイントが、0になる。
 『DNA改造手術』、『サイバー・サモン・ブラスター』、そして『霞の谷(ミスト・バレー)の雷鳥』による、天神のデュエリスト能力を逆手に取った無限コンボ。

 わずか5ターンで、天神美月は、リンネと名乗る、正体不明の少女に成すすべなく敗北した。

「どうかな、アマガミさん。レベル5能力に覚醒して以来、初めてデュエルに負けた感想は」

 リンネは、無邪気な笑みで問いかけてくる。
 天神は、とっさに何と答えていいか分からない。
 それでも、なんとか会話を続けようと、言葉を絞りだす。

「あなたが、この宇宙を創った神様……? 本当なの……?」

 つい先ほど、リンネが口にした、突拍子もない言葉。
 普通なら、一笑に付して終わり。だがそんな言葉も、この少女が口にすると不思議な説得力があった。

「うん、本当だよ。……ふふっ。変なの。だって、アマガミさんだって神様みたいなものじゃない。神様が神様の存在に疑問を抱くなんて、おかしいよね? あははっ」

「私、が……?」

 この子は、いったい何を言っているのか。
 誰に訊くまでもなく、自分が神様なんかであるわけがない。
 正真正銘、自分はただの人間だ。

 ただの、人間だ。

 ただの、人間。


 ――本当に、人間?


 なぜだろう。目の前の少女と話していると、急に自分の存在があやふやになっていくように感じられる。

 そもそも、この少女と自分は、本当に初対面だっただろうか?
 見れば見るほど、この少女は、他人という気がしない。
 友人、家族、いや、もっと深い、切っても切れない関係があるように思えてならない。
 思い出せそうで、思い出せない。
 そんなもどかしい気持ちに悶々としながらも、リンネの言葉は続く。

「さあ、アマガミさん。デュエルに負けた罰ゲームだよ。これからいつでも操れるように、わたしの意識の欠片を、アマガミさんに植えつけさせてもらうね」

「え? それって、どういう……」

 疑問を返す暇もなく、リンネの指先が、天神の額に触れた。



 その瞬間、天神はすべてを思い出した。



「あ……ああ…………!」

「ふふっ。その様子だと、わたしの意識と共鳴して、アマガミさんの、眠っていた神様としての記憶が蘇ったようだね」

 この少女――リンネが、神様というのは本当だった。

 この宇宙の起源となった、1枚のデュエルモンスターズのカード。
 それが、『リンネ−永劫回帰の支配者』。
 目の前の少女、そのもの。



 そして自分――天神美月も、そんなリンネから生まれた、もう一人の神様だった。



「そう。かつて“始まりの1枚”そのものだったわたしは、とある目的のために、わたしの魂の半分に独立した人格を与えて、アマガミさんを創り出した」

 リンネがカードの表面なら、天神は裏面。
 同一ながら正反対。2人合わせて1つの存在。

 1つの魂を半分ずつに分けあって存在している、2つの人格。
 それが、リンネと天神の関係だった。

「わたしがアマガミさんを生みだした目的。それは、人間たちから無差別に流れこんでくる感情エネルギーのうち、プラスの感情だけをアマガミさんに引き受けてもらうためなんだ」

 リンネは告げる。

 カードから生まれたこの宇宙で、人間だけが、唯一デュエルモンスターズを扱えるほどの知性を得るに至った。
 そんな人間が、何かしらの強い感情を抱くと、そのエネルギーは、デュエルを通して“始まりの1枚”のもとへと、自動的に流れこんでくる。

 人間が抱く感情には、大きく分けて2種類ある。
 喜びや感動、幸せや希望といった、プラスの感情。
 悲しみや苦しみ、不幸や絶望といった、マイナスの感情。

 リンネは、そのうちのマイナスの感情、すなわち人間の“心の闇”を糧として、黒い霧を生みだす力を持っている。

 だが、黒い霧を作るために必要な“心の闇”は、純粋なマイナスの感情のみで構成された、高純度の負の感情エネルギーでなくてはならない。
 そこにわずかでもプラスの感情が混ざってしまえば、黒い霧を作りだすことはできない。

 だが、人間の抱く感情は、プラスもマイナスも渾然一体となって、無差別に“始まりの1枚”へと流れこんでくる。
 マイナスの感情だけを選択して人間から回収することは、たとえリンネといえども不可能だった。

 だからこそリンネは、プラスの感情の受け皿となる、天神美月を生みだした。

「わたしがマイナスで、アマガミさんがプラス。“始まりの1枚”に入ってきた感情を、2つの受け皿に分けて受けることで、わたしは純粋な“心の闇”を集めることができるようになった。ふふっ。感謝しているよ。アマガミさんのおかげで、わたしは《霧の力》を使えるんだから」

 世界中の人間が抱いた“心の闇”が、常時リンネの元に流れこんでくる。
 それが、どれだけ膨大な量の黒い霧を生み出すのか。

 記憶を取り戻した天神には、リンネがどれほど強大な力を得てしまったのかが、嫌というほど理解できる。

 リンネの最終的な目的。
 それは、この宇宙をリセットすることなのに。

「お願い……リンネ。私の生きてきた、この世界を……壊さないで……!」

「あはは。面白いね、アマガミさん。15年間ずっと人間として暮らしてきたから、人間に情が移っちゃったのかな? でも、そのお願いばっかりは聞けないなぁ♪」

 リンネは、人間の倫理観なんて欠片も持ち合わせていない。
 そんなことは分かっている。けれど、天神には懇願することしかできない。

 リンネを止める、ただ1つの方法。リンネとのデュエルで、勝利すること。
 それは、たった今、失敗に終わったばかりなのだから。

「さて、と。せっかく思い出してもらったところ悪いけど、しばらくの間は、神様としての記憶を失っていてもらうよ? アマガミさんには、まだ重要な役目が残っているからね」

 そう言うと、リンネは、再び自分の指先を、天神の額にそっと触れさせた。

「今からおよそ1年後に、とある少年がアマガミさんの元を訪れる。わたしの《掌握の力》を託すに足るその少年は、アマガミさんよりもずっと強い。その少年に、希望を託してみるのもいいかもしれないね。きゃははっ♪」

 その言葉を最後に、リンネの姿は、すっと煙のようにかき消えた。

 そして部屋には、記憶を失った天神だけが、残された。



 ◆



「天神さんが、もう1人の、神様…………」

「そう。人間の両親のもとで、人間として生を受け、人間として過ごしてきたけど、アマガミさんの本質は、わたしと同じ神様なんだ。プラスとマイナス、感情の受け皿としての性質は正反対だけど、根っこの魂は1つだから、わたしの死とアマガミさんの死はリンクしている。もし、このデュエルに負けてわたしが死ねば、アマガミさんの命はない」

 リンネは、康助に向けて、自分と天神との関係を淡々と語っていた。

 リンネが死ねば、天神も死ぬ。
 康助の意志を根本からへし折るような事実が、突きつけられる。

「……っ! でも! その話が本当だとしたら!」

 とにかく、リンネの言葉を否定しなければ。
 ただそれだけの一心で、必死に言葉を紡ぐ。

「逆に、天神さんが死ねば、魂を共有しているリンネの命も助からない、ってことですよね! そんな、自分からわざわざ“弱点”を増やすような真似を、リンネがするとは思えません!」

 天神のおかげで、リンネは“心の闇”だけを吸収し、《霧の力》を使うための黒い霧を生み出すことができるようになったらしい。
 だが、その代償に、天神が死ねばリンネも死ぬという、大きすぎる弱点を背負うことになったのではないか。

 神を名乗り、圧倒的な力で常に人間よりも上位の存在で居続けるリンネが、そんな見えすいた弱点を許容するだろうか。
 仮に天神が、自ら死を選ぼうなどと決断してしまえば、その瞬間にリンネの命も尽きるのだ。

 ならば、このリンネの話は、すべてがブラフとは考えられないか。
 『結束 UNITY』を使われて、負けそうになったリンネが、苦肉の策ででっち上げた、ただの嘘であるという可能性が高いのではないか。

 いや、嘘であってほしい。
 そうでなければ、自分がこのデュエルに勝つことで、天神は本当に――――。

「あははっ。ヨシイくんは、何を勘違いしているのかな?」

 だが、康助の淡い希望は、すぐに打ち砕かれる。



「わたしが死ねば、アマガミさんも死ぬ。それは本当。でもね、たとえアマガミさんが先に死んでも、わたしは死なないんだよ♪」



「へ……?」

 何だ、それは。
 そんな、理屈に合わない、不公平があってたまるか。

「うーん。例えるなら、小指の先、かな?」

 リンネは、出来の悪い子供を諭すような口調で、優しく告げる。

「ヨシイくんの左手の小指の先っぽが、切り落とされたと考えてみて? たしかにちょっとは痛いだろうけど、まさかそれが原因で死んじゃったりはしないよね?」

 でもね、とリンネは言う。

「でも、切り落とされた小指にとってはどうかな? もしも小指の先に意識があったとしたら、その小指にとっては、急に自分以外の全てを喪失したのと同じだよね? そしてそれは、小指にとっては、“死”に他ならない」

 わたしとアマガミさんの関係も、それと同じ。
 わたしとアマガミさんの魂を合わせたものを人間の身体とすると、アマガミさんの魂が占める割合は、小指の爪の先っぽほどもない。

 わたしが死ねば、小指の先だけになったアマガミさんが生きていくことはできない。
 でも、小指の爪の先っぽをちょっと失ったくらいじゃ、わたしは痛くもかゆくもないんだよ?

 リンネは、そう言って、小さく笑う。

「で、でも! 天神さんは、“始まりの1枚”の半分から生まれたんですよね! だったら、魂の大きさは全く同じはずじゃないんですか!」

 もともと“始まりの1枚”そのものだったリンネは、その魂の半分に独立した意識を与えて、天神美月という存在を生みだしたと言っていた。
 ならば、リンネと天神は、1つの魂を半分ずつに分けあった、対等な存在ではないのか。
 天神が、小指の爪の先ほどの価値しか持たないはずがないではないか。

「ふふっ。そんなに気になるんなら、本人に訊いてみたらいいんじゃない?」

 そう言うと、リンネは指をパチンと鳴らした。



「吉井!」「吉井っ!」「吉井!」



 聞き慣れた声が、いくつも耳に飛びこんできた。

「先輩たち……見城さんに、天神さん……!?」

 朝比奈、佐野、見城、そして天神。
 空にスクリーンが張られているかのように、そこには翔武生徒会の4人が映し出されていた。

「ショウブ生徒会のみんなはね、わたしとヨシイくんのデュエルを、ずっと観戦していたんだよ。もちろん、今までの会話だって、全部聞こえていたはずだよ」

「みんなが、僕のデュエルを……。……っ!」

 康助とリンネとの会話が、皆に聞こえていたのなら。
 天神の命が、この世界の命運と天秤にかけられている、この状況も――――。

「ああ、安心して。アマガミさんは、もう神様としての記憶を取り戻している。わたしがヨシイくんに説明したことなんて、とっくに全部理解しているはずだから」

 空に映し出されている映像の中で、康助に呼びかけることもなく、一人ぽつんと佇む天神。
 その儚げな表情を見た瞬間に、康助は悟ってしまう。

 リンネが死ねば、天神も死ぬ。だが、天神が死んでも、リンネは平然としていられる。
 そんな一方的で理不尽な関係は、嘘でも何でもないのだと。
 リンネの言葉は、すべて本当のことだったのだと。

 世界を犠牲にしなければ、生きることさえもできないと知ってしまった。
 全てを理解した上で、自分にできることは何もないと悟ってしまった。

 天神の虚ろな表情が、彼女の抱えた絶望を何よりも深く物語っていた。

「あははっ。それじゃ、そろそろアマガミさんにも、この舞台に上がって来てもらおうかな」

 再び、リンネが指を鳴らす。

 その瞬間、映像の中にいたはずの天神が、康助とリンネがいるシャボン玉の中に現れた。

「天神さん!」

 駆け寄る康助。
 無意識に、天神の手を強く握りしめる。

「……っ!」

 天神の手は、これほど小さく、冷たかっただろうか。
 細かく震えるその手を握っていると、彼女の不安が直に伝わってくるようだった。

「さあ、アマガミさん。ヨシイくんに、神様の力を見せてあげて?」

 リンネがそう言うと、突然、天神の身体が淡く発光しだした。
 まるで、身体の芯から光を放っているかのような、優しい輝き。
 目を凝らすと、どうやら細かい光の粒のようなものが、天神の身体から絶え間なく放出されているようだった。

 深くて黒い霧で覆われた空間の中で、淡くほのかに輝く光の粒子。
 しばらく経ってから、その放出は止まった。

 辺り一面を覆いつくす黒い霧に混じって、微かな量の光の粒子が、あたりをふわふわと漂っている。
 これは一体、何なのか。康助は、理解が追いつかない。

「この黒い霧と光の粒子の規模の差が、そのままわたしとアマガミさんの魂の大きさの差。こうして実際に見てみると、ヨシイくんも納得しやすいんじゃないかな?」

 周囲一面を黒色に染めあげている黒い霧に対して、光の粒子が放つ輝きはあまりに弱々しく、今にも闇に呑まれてしまいそうだ。
 何も知らない康助が見ても、黒い霧と光の粒子、どちらの方が優勢かは一目瞭然だった。

「これが、リンネと天神さんの、魂の大きさ……?」

「言ったよね? 人間が強い感情を抱くと、それはデュエルモンスターズを通じて“始まりの1枚”のもとへと流れこんでくる、って。そうして感情エネルギーを得るたびに、わたしとアマガミさんの、神様としての力は高まっていくんだ」

 リンネは告げる。

 “始まりの1枚”に入ってきた人間の感情は、まずは2つに分けられる。
 プラスの感情は、プラスの感情の受け皿である天神のもとへ。
 マイナスの感情は、マイナスの感情の受け皿であるリンネのもとへ。

 そして天神は、プラスの感情の塊から、光の粒子を生み出す。
 一方でリンネは、マイナスの感情、すなわち“心の闇”から、黒い霧を生み出す。

 そうして生みだされた光の粒子や黒い霧は、神様としての力、すなわち“魂”そのもの。
 つまり、人間の感情を吸えば吸った分だけ、リンネや天神の魂は大きくなっていく。

 リンネは、自分の受けたダメージを康助に移し替える《霧の力》を使えるが、それはあくまで黒い霧の副次的な用途なのだ。

「わたしの黒い霧は、本気を出せば地球の表面を覆いつくせるほどの量がある。でも、アマガミさんの光の粒子は、せいぜい街一つを覆えるかどうか。ふふっ。これがそのまま、わたしとアマガミさんの魂の大きさになるんだよ」

 リンネと天神の、元々の魂の大きさは全く同じ。
 しかし、いわば魂の追加分である光の粒子と黒い霧の量には、桁違いに差があった。

 人間の抱く、マイナスの感情。
 それに比べれば、プラスの感情の量なんて、微々たるものなんだよ? とリンネは言う。

「長い絶望を経験した後だからこそ、よりいっそう希望が輝く、なんて言うじゃない? でもそれって、要するに、希望よりも絶望を感じる機会の方が圧倒的に多いってことだよね?」

 辛いこと、苦しいこと。悲しいこと、悔しいこと。
 人間は、マイナスの感情を日々抱えながら生きている。

 たまに生まれるプラスの感情がすぐに埋もれて見えなくなってしまうほど、圧倒的なマイナス。
 人間が、そんなアンバランスな生き物だからこそ、リンネと天神の間には、ここまでの差が生じてしまった。

「こうしてわたし自身が直接デュエルしている間だけは、“始まりの1枚”への感情の供給は止まる。そして、今この瞬間には、わたしもアマガミさんも、光の粒子と黒い霧を、すべてヨシイくんの目に見える形で解放している」

 康助の眼前を埋めつくす、圧倒的な量の黒い霧。
 そして、所々に点在している、微量の今にも消えそうな光の粒子。

 つまり、これがそのまま、これまで全ての人間が抱いてきたマイナスの感情と、プラスの感情の総量。
 つまり、これがそのまま、リンネの魂と、天神の魂の大きさ。

 リンネが死ねば、天神も消える。
 だが、天神が死んでも、リンネには何の影響も及ぼさない。
 同一にして正反対な2人の神様の、一方的な関係はこうして作りだされた。

 すべては、リンネの狙い通りに。



「天神、さん…………」

 ずっと握っていた天神の手が、今にも壊れてしまいそうなくらい脆く感じられる。

 天神は、自分の背負わされた宿命を知りながら、康助とリンネのデュエルを、ただずっと観ているしかなかった。
 それが、どれだけ天神の心を苛んだか。どれだけ天神の心を苦しめたか。

 天神の辛い葛藤が想像できてしまうからこそ、康助は、かける言葉が見つからない。

「ねえ。アマガミさんも、心の底ではヨシイくんに負けてほしいと思っているよね? だったら、ヨシイくんにお願いしてみたら? 意外と、聞いてくれるかもしれないよ?」

 このリンネの揺さぶりだって、的を射た指摘なのだと思う。
 天神は、康助に勝ってほしくないと思っている。それは、誤魔化しようのない事実なのだろう。

 それはそうだ、と康助は思う。
 誰が好きこのんで、自分の命を捨てる決断など下せるものか。
 康助に負けてほしいと考えてしまう天神を、責めることなどできるわけがない。

 だが、天神は、そのことを決して口に出そうとはしなかった。
 誰にも頼らず、悩み、苦しみ、重すぎる運命を心の中に封じこめて蓋をした。

「あははっ。たとえこの宇宙が滅んでも、アマガミさんだけは次の宇宙で生まれ変われる。それに、アマガミさんが望むなら、この宇宙での記憶を保ったまま転生させてあげてもいいんだよ?」

 その誘いに、天神の瞳が大きく揺れる。
 そしてすぐに、動揺してしまった自分を恥じるように、目を伏せる。

「あの、天神さん……」
「吉井君、やめて!」

 ぴしゃりと、康助の言葉は天神に遮られた。

「……お願い。それ以上、何も言わないで」

 決心が、揺らぎそうになるから。
 言葉に出さずとも、天神の覚悟が伝わってくる。

「……っ!」

 だったら、どうしてそんなに痛々しい声を出すのか。
 そんなに哀しい顔を、しないでください。

 口から出そうになった言葉を、寸前で呑みこむ。
 今、そんなことを言っても、余計に天神を苦しめる結果にしかならない。

「…………」

 常識で考えれば、どちらを選ぶべきかは明白なのだ。
 たった1人を救うために、何十億人もの未来を犠牲にすることが、正しい選択のはずがない。
 だから、今康助に問われていることは、もっと単純なことだ。

 自分の選択の結果、目の前の少女が1人、この世から永遠に消える。
 その事実を、受け入れられるかどうか。
 受け入れ、覚悟を決めたうえで、決断を下せるかどうか。

 ただ、それだけだった。

「ふふっ。ヨシイくんも悩んでるみたいだけど、そろそろ時間切れ。デュエルを再開するよ♪」

 だが、いくら葛藤しようとも、決断の刻は迫ってくる。

 (9ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札2
     場:なし
     場:究極完全態・グレート・モス(攻3500)、ダーク・アームド・ドラゴン(攻2800)、究極恐獣(攻3000)
 ・吉井 LP350 手札1
     場:千年の盾(守3000)、ネオアクア・マドール(守3000)、ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)、ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)
     場:伏せ×2、結束 UNITY(速魔)

 『究極恐獣』の攻撃宣言時に、康助は『結束 UNITY』を発動した。
 このまま何もしなければ、『ビッグ・シールド・ガードナー』の守備力は11200ポイントにまで上昇し、反射ダメージでリンネのライフは0になる。

 そう。このままなら、たとえ康助が選択することを放棄したとしても、リンネのライフは0になるのだ。

 一歩、そしてまた一歩と、究極恐獣が重い足音を響かせてこちらに向かってくる。
 あと数十秒もすれば、全ては決してしまうだろう。

 正しい選択は、誰が見てもはっきりとしている。
 だが、自分は、その選択肢を選んで、本当に後悔しないと言えるのか?

 天神のいない世界で、自分の下した決断に、負い目を感じずに生きていくことが――――。



「吉井、康助!!」



 怒鳴るような、声。
 空気をびりびりと震わせるその大声に、康助ははっと我に返る。

「佐野、先輩……?」

 空に浮かぶ、映像の中。
 佐野が、こちらに向かって必死に呼びかけてくる。

「お前の選択の責任は、全部俺たちが負ってやる! だから、最良の結末を見誤るな!!」

 縋るような、信じるような目で。
 康助をまっすぐに見据えて、言う。

「な……! おい、佐野先輩、それってまさか……。……ふぐっ!」

 何かを訴えようとした見城の口を、朝比奈が塞いで止める。

「あたしたちは、いつだってあんたの味方よ。それを忘れないで」

 だから、迷わなくていいんだよ、と。
 自分を責める必要はないんだよ、と。

「朝比奈先輩、佐野先輩……」

 朝比奈が、佐野が、康助の苦痛を少しでも和らげようとしてくれている。
 彼らの言葉に、ふっと身体が軽くなるような感覚を覚えた。

「……ありがとう、ございます」

 天神を失いたくないという想いは、皆同じ。
 だが、それでも、望まない選択を避けることができないのならば。
 率先して、罪を被ろうとしてくれる。
 康助の苦しみを、一緒に背負おうとしてくれる。

 そんな先輩たちの優しさが、身にしみて理解できた。

「おかげで、僕も、覚悟が決まりました」

 握っていた天神の手を、そっとほどく。
 天神の、怯えたような、頼りない瞳と目が合って、ちくりと胸が痛んだ。

「ごめんなさい、天神さん。僕は、あなたの望みに応えられそうにありません」

 そうしてまた、リンネと対峙する。
 迫りくる究極恐獣。その前に立って、康助は。
 ただ一言、口にした。





「トラップカード発動! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』!!」





 七色に輝く障壁が、康助と天神を守るように展開される。
 『究極恐獣』の攻撃がはね返され、リンネの場のモンスター全てを、1体残らず破壊しつくした。

 究極完全態・グレート・モス:【破壊】
 ダーク・アームド・ドラゴン:【破壊】
 究極恐獣:【破壊】

 (9ターン目)
 ・リンネ LP8000 手札2
     場:なし
     場:なし
 ・吉井 LP350 手札1
     場:千年の盾(守3000)、ネオアクア・マドール(守3000)、ビッグ・シールド・ガードナー(守11200)、ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)
     場:伏せ×1

「吉井君!?」

 天神の表情に浮かんでいるのは、ただ純粋な驚愕だった。

 目の前で起こったことが、まるで理解できない。
 だって、康助が今、発動した罠カードは。

 聖なるバリア−ミラーフォース− 通常罠

 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 一度迎撃のチャンスを逃せば、もう二度と、リンネに同じ手が通用するはずはないのに。
 リンネのライフを0にできる、これが最初で最後のチャンスだったかもしれないのに。

「吉井君……! どうして……!?」

 世界を救う覚悟を決めたはずでは、なかったのか。
 さっき自分に向かって呟いたのは、別れの言葉ではなかったのか。

 混乱する天神に向かって、康助は、優しく、そして力強く、告げる。

「決めました。僕は、この世界を守ります。だけど、天神さんを見捨てたりはしません」

 一度思いついてしまえば、決断までは早かった。

 天神を犠牲にして世界を守るか、世界を滅ぼしてまで天神を救うか。
 そんな二択では、そもそも、どちらを選んでも後悔が残らないはずがなかった。

「天神さんのいない未来なんて、そんなのは、僕が守りたかった世界じゃないんです」

 康助が本当に望んだのは、皆が一人も欠けずに、笑っていられる未来。
 それを手に入れるためには、リンネに与えられた二つの選択肢だけでは、足りない。

「吉井君がこのデュエルに負ければ、宇宙は滅ぶのよ!? でも、リンネに勝てば、一緒に私も消える! 両方を選ぶなんて、そんなこと、不可能なのに……!」

 悲痛に叫ぶ天神に、しかし康助は静かに返す。

「僕を、信じてくれませんか。天神さん」

 天神の目を見つめて、まっすぐに告げる。
 絶対に、天神を見放したりはしない。そして世界も救ってみせると、訴える。

 そんな康助に向かって、朝比奈は言う。

「吉井。あんたには、世界と天神、その両方を救う道が見えているとでも言うの?」

 しかし康助は、首を横に振った。

「いいえ。一体どうすればいいのか。それはまだ分かりません」
「な……! だったら、なんで……」
「でも、決めたんです」

 そして、最後に残った伏せカードを、発動させる。

「リバースカード発動! 『神秘の中華なべ』!」

 『結束 UNITY』の効果で守備力が11200になった『ビッグ・シールド・ガードナー』がリリースされる。
 『神秘の中華なべ』の効果で、リリースしたモンスターの守備力分だけ、康助のライフポイントが回復する。

 神秘の中華なべ 速攻魔法

 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 吉井 LP:350 → 11550

 それは、タイヨウが『ソルロード・ドラゴン』とのコンボに使っていた速攻魔法。
 《掌握の力》で康助がデッキに加えていたカードのうちの、1枚だった。

「このライフポイントが尽きるまで、僕は、リンネとのデュエルを続けます。そして、デュエルの中で、天神さんを死なせずに世界を救う方法を、探し続けます。……いいえ。絶対に、見つけてみせます」

 今はまだ、両方を救う方法の見当もつかない。
 そもそも、そんな空想めいた方法が、本当に存在しているのかどうかも分からない。

 けれど、最後まで探し続ける。考え抜くことを、諦めない。
 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて。
 その先で、最高の結末を見つけだす。

 そう、決めた。

「いよっしゃああ!! よく言った! 吉井康助っ!」

 叫んだのは、見城だった。

「そういうことなら、全力で応援するぜ! アタシのデッキのカードでよければ、好きなだけ使ってくれよなっ!」

 そう言って、自分のデュエルディスクを掲げてみせる。

「見城さん……。ありがとうございます!」

 佐野と朝比奈が、天神を犠牲にする決断を後押ししてくれようとしたとき。
 見城だけは、先輩たちの判断に、異議を唱えようとしてくれていた。
 その想いは、決して無駄にはしない。

「分かった、吉井。それがお前の選択だと言うのなら、俺にも一緒に闘わせてくれ」

 佐野も、自分のデッキを指し示して、告げる。

「もしも、そんな奇跡を現実にできる人間が、本当にいるのだとしたら。それは、吉井康助。お前でしかありえない」

 世界中でただ1人、康助だけが持っている、稀代の才能。
 不可能を可能にできるとしたら、それしかないと。
 佐野も、全ての希望を、康助に託す。

「佐野先輩……。ありがとうございます!」

 先輩たちが、自分を信じてくれるから。
 康助は、最後まで自分自身の才能を信じ抜くことができる。

「吉井! あたしの代わりに、リンネの奴をぶっとばしてやんなさい!」

 その大事な役目は、あんたに任せた!
 朝比奈は、腹の底から思いっきり叫ぶ。

「ただし、デュエルが終わったら、必ず天神と一緒に帰ってくること! これは先輩命令だからね!」

 爽やかな笑顔で、自分のデッキを突きだした。

「朝比奈先輩……。ありがとうございます!」

 いつもと変わらぬ日常を、絶対に守り抜いてみせる。

 自分は犠牲になってもいいから、世界を救ってほしい。
 そんな天神の哀しい願いなんて、誰が叶えてやるものか。



「どうして……」

 天神の口から、嗚咽が漏れた。

「みんな、どうして、私なんかのために、そこまで……!」
「やめてください、天神さん。自分“なんか”なんて、言わないでください」
「だって!」

 泣きそうな声で、喚き散らすように。

「リンネは、何のために、私に人間としての生を与え、普通の人間と同じように成長させたんだと思う!? それは、リンネがデュエルで負けそうになったとき、こうやって私を盾にするためなのよ!? 吉井君たちが私を見捨てられないよう、たっぷりと感情移入させるため! 私が吉井君に出会ったのだって、最初からリンネに仕組まれていたことだった! このままじゃ、全部、リンネの思う壺じゃない……!!」
「だから、僕は!」

 康助は、天神の両肩を力強く掴んで、告げる。

「リンネの思惑を、引っくり返してやるんです! 天神さんか世界か、そのどちらかしか救えないなんて、そんなふざけたルールは突き返して!」
「そんなこと、できるわけないじゃない! 私が生きている限り、この世界は助からない! 今ここで死ぬことが、私が人間として生まれてきた意味なのよ!」
「それがどうしたんですか! たとえそうだったとしても! そこに天神さんの意思がある限り、生まれてきた意味なんてものを律儀に守る必要はないんです! 自分の好きなように生きればいいじゃないですか!」
「そんなの無理よ! だって、私は!」

 天神の本音が、ぽつりと零れる。

「みんなに、いなくなってほしくない……!」

 自分の命が失われることが、どれほど怖くても。
 それ以上に、皆に消えてほしくないから、その想いを押し殺した。
 何も言わずにデュエルを見守ることで、自分の命に終止符を打とうとした。

「僕を信じられないのなら、今はまだ、それでも構いません」

 そんな天神の、誰よりも重くて哀しい覚悟は。

「その代わり、僕のデュエルを、しっかりとその目で見ていてください」

 確かな想いとともに、引き継がれる。

「きっと、何よりも幸せな結末を、見つけだしてみせますから」

 そう言って、康助は、小さく笑った。



「さあ、リンネ。デュエルを続けましょう」

 康助は、改めて、リンネと正面から向きあう。

 天神か世界かなんて、そんなくだらない選択に悩まされるのは、もう終わりだ。
 いざ全てを救うと決めたら、嘘のように自分の身体が軽い。
 そうだ。自分に合っているのは、こういう闘いなんだ。
 思考も冴えわたっている。今なら、最高のデュエルができるという確信がある。

「あは」

 そんな康助を見て、リンネは。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 かつてないほどに、大きく嗤った。

「最っ高だよ、ヨシイコウスケくん! 世界も救って、アマガミさんも助ける? そんな決断を下したデュエリストは、これまでの世界にも誰一人としていなかった! それでこそ、最高のラストデュエルだよ! あははははっ!」

「これまでの世界……? ということは、もしかして……!」

「そうだよ。わたしが宇宙を創ったのは、何もこの世界が最初じゃない。わたしは、これまで何百、何千という宇宙を創って、その度に少しずつ異なるデュエルモンスターズのある世界で生きてきたんだよ」

 初期ライフが4000だった世界もあった。表側守備表示での召喚が許されている世界もあった。
 リンネが世界を創り替えるたびに、新しいデュエルモンスターズが生まれ、そして滅んで消えていった。

「だから、ヨシイくんたちが暮らすこの宇宙も、わたしにとっては数ある遊び場の1つ。そう思っていた。だけど、それは違った。ヨシイくんは、“最後の選択”で、全く新たな選択肢を作りだしてみせた! こんなに面白いことがある? ヨシイくんは、何百人、何千人といたはずの、どの世界最強のデュエリストとも違うオリジナルの道を選択したんだよ?」

「まさか、その度に、天神さんは……!」

「ああ、そうだよ。プラスの感情を引き受ける以外の、アマガミさんのもう1つの役割。それは、わたしと闘うデュエリストにとってかけがえのない存在になって、“最後の選択”がより盛り上がるようにする、引き立て役なんだよ♪」

「……っ!」

「ほとんどのデュエリストは、アマガミさんを見捨てて、世界を救うことを選択するかな。でも、中にはほんの少し、アマガミさんの方を選ぶデュエリストもいたんだよ。ふふっ。愛されてるよね、アマガミさんは。でも、おかしなことが1つあってね。どっちの場合でも、アマガミさんは、次の宇宙で転生するときに、毎回決まって自分の記憶を消すことを望むんだよ? あはっ。大切な人だったはずなのにね。自分から進んで忘れたがるなんて、アマガミさんは何を考えているのかなぁ?」

「リンネ……! あなたは、なんて酷いことを……!」

 大切な人に、見捨てられた哀しみ。
 自分の命と引き換えに、大切な人のいる世界が消えてしまった哀しみ。
 記憶を消さなければ耐えられないほどの、喪失の痛み。

 それを、天神は、何千回と味わってきたというのか。

「それに、世界を救うことを選んだデュエリストがいたのなら、どうしてリンネは……!」

 デュエルモンスターズの神様であるリンネは、デュエルに負けたら消えてしまうはずではなかったのか。
 まさか、その話が嘘だったとでもいうのか。

「あはっ。気づいた? それはね……?」

 リンネは、自分のデュエルディスクの墓地から、1枚のカードを取り出してみせる。

 デュエルの一番最初に、誰にも気づかれずに墓地に送られていた、そのカード。



 “始まりの1枚”である、『リンネ−永劫回帰の支配者』を。



 リンネ−永劫回帰の支配者 効果モンスター ★ 神・無 攻0・守0

 デュエル開始時に、デッキに存在するこのカードは自分の墓地に送られる。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の墓地を離れない。
 このカードが墓地に存在するとき、以下の効果が全て適用される。
 ●ルールまたはカード効果による既存のデュエル終了条件は、このカードの効果を除いて全て無効になる。
 ●相手のライフポイントが0になったとき、相手はデュエルに敗北する。
 ●自分は、1ターンに1度、エンドフェイズ時に「デュエル終了判定」を必ず行わなければならない。この判定時に自分のライフポイントが0であった場合、自分はデュエルに敗北する。



「分かるかな? わたしは、どんなことがあっても、絶対に“負けることがない”んだよ?」



 “始まりの1枚”。

 『リンネ−永劫回帰の支配者』が墓地にある限り、ライフポイントが0になる以外の、あらゆるデュエル終了条件は無効になる。

 デッキ切れも、他のカード効果による決着も。
 『封印されしエクゾディア』も、『ウィジャ盤』も、『終焉のカウントダウン』も、『ラストバトル!』も、『毒蛇神ヴェノミナーガ』も、『究極封印神エクゾディオス』も。
 『五行封印−桔梗の陣』も、『蛇神ゲー』も、『不等なステイルメイト』でさえも。

 そして唯一残った、ライフが0になることによる敗北判定も、リンネに限っては、1ターンに1度、エンドフェイズ時にしか行われることがなくなる。
 一見すると、敗北のタイミングを、次のエンドフェイズまで先延ばしにするに過ぎない効果。
 だがそれは、《霧の力》を持つリンネにとっては、絶対に敗北しないことが保証されたも同然の、究極の効果となる。

「もし、ダメージを受けてわたしのライフポイントが0になったとしても、すぐに《霧の力》で回復する。わたしの敗北判定は1ターンに1度しか行われないから、その時にライフが0になってさえいなければいい。だから、わたしがデュエルで負けることは、絶対にありえない。もちろん、引き分けだって起こりえない」

 1ターンに1度、エンドフェイズにリンネの望んだタイミングで行われる「デュエル終了判定」の瞬間にライフポイントが0になっていない限り、リンネに負けはない。
 仮に、康助がエンドフェイズにダメージを与えてリンネのライフを0にしたとしても、《霧の力》が発動して、すぐに受けたダメージ分のライフが回復する。
 そしてリンネは、ライフポイントが回復した後に、悠々と「デュエル終了判定」を行えばいいだけなのだ。

 《霧の力》による回復は、デュエリスト能力と同じく、カード効果で無効にしたり、対象を移し替えたり、ダメージに変換したりすることはできない。
 さらに、「デュエル終了判定」も《霧の力》も、チェーンに乗らずに発動する。
 何らかのカード効果を割りこませることさえも、不可能だ。

「タイヨウさんも、このカードを見せた瞬間に、絶望したような顔をしたんだよ。そりゃそうだよね。敗北条件が完全に消滅してしまった相手を倒す方法なんて、あるわけないもんね。あはははははっ!」

 『リンネ−永劫回帰の支配者』は、デュエル開始時にデッキから墓地に送られる。
 そしてリンネは、《霧の力》を使う代償として、初期手札ゼロでデュエルを始めている。
 初手で『リンネ−永劫回帰の支配者』を引いてしまう可能性がない以上、何度デュエルをしようとも、『リンネ−永劫回帰の支配者』が墓地に送られるのを止めることは、決してできない。
 たとえ相手の初期手札にエクゾディアパーツが5枚揃っていたとしても、それよりも早く『リンネ−永劫回帰の支配者』の効果が適用されて、カード効果による勝利条件を無効にする。

 これがリンネの、絶対勝利の方程式。
 人智を超えた、神のデュエルの正体だった。



「嘘……。私、そんなカードがあったなんて、知らない……!」

「そりゃそうだよ。これが墓地にあるって分かってたら、“最後の選択”がつまらなくなっちゃうもんね。だから、“始まりの1枚”の効果に関する記憶だけは、アマガミさんが何と言おうと、デュエルが終わったら必ず毎回消していたんだよ。自分を犠牲にすれば世界を救えるなんて、そんな虫のいい願いが叶えられると、アマガミさんは本気で思っていたのかな?」

 選ばれたデュエリストが、悩み、苦しみ抜いた末に絶望する様子を、存分に眺めて楽しむ。
 “最後の選択”とは、そのためにリンネが用意した舞台に過ぎなかった。

「世界もアマガミさんも、両方を救う? あははっ! そもそもヨシイくんに、何かを救うなんて選択肢は、最初っから用意されていなかったんだよ! ハザマさんと同じ攻略法がわたしに通用する? そんなわけないじゃない! わたしは神様なんだよ!」

 世界の命運か、1人の命か。
 たとえどちらを選ぼうとも、結局は宇宙の破滅を止めることはできない。

 それは、あらゆる世界で、リンネの手によってこれまで何千回と繰り返されてきた悲劇であり、喜劇だった。

「今までの世界で“始まりの1枚”の効果を知ったデュエリストは、1人の例外もなく絶望に負けて、全員が勝負を諦めた! でも、ヨシイくんは違うのかな? きゃははっ! 世界もアマガミさんも両方を救うなんて言いだすデュエリストは、絶対的な絶望を前にして、いったいどんなふうに足掻くんだろう? ヨシイくん、お願い! 最っ高に楽しい、わくわくするデュエルをわたしに見せて!」

 そう言うと、リンネは、笑いながら手札のカードをデュエルディスクに叩きつけた。



「フィールド魔法、『真宇宙−カオス・フィールド』発動!(手札:2→1)」



 真宇宙−カオス・フィールド フィールド魔法

 このカードの発動と効果は無効化されない。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 自分は、自分または相手ターンのエンドフェイズ時に、自分の墓地・除外ゾーンのカードを全てデッキに戻す事ができる。
 その後、戻したカードの中に含まれていたモンスターカード全ての攻撃力と守備力を合計した数値分だけ、自分のライフを回復する。



 そのカードが発動された瞬間、康助たちの周囲を覆っていたシャボン玉が、急激に上昇を始めた。

 雲を突き抜け、成層圏をも超えて、さらに上へ。
 宇宙に出て、地球の全景が見渡せるようになってもなお、止まらない。
 太陽系を抜け、銀河系を抜け、指数関数的に加速していく。

 つい先ほどまで空に浮かんでいた、佐野、朝比奈、見城の姿が映しだされていたスクリーンは、もうない。
 シャボン玉は、康助、リンネ、天神だけを乗せて、大量の黒い霧と微量の光の粒子をまといながら、突き進んでいく。

 どれだけ経っただろうか。
 どことも知れない宇宙の果て。
 リンネが新たなデュエルフィールドに選んだその場所で、シャボン玉は、ぴたりと停止した。

「あはははっ! 出でよ! 『原初神タルタロス』!(手札:1→0)」



 そこに“居た”のは、眼前を覆いつくすほどの“穴”そのものだった。



「タルタロスの効果、発動だよ!」

 一瞬の出来事だった。
 リンネがそう叫んだ瞬間、康助の『ネオアクア・マドール』が、とてつもない大きさの“穴”に吸いこまれて消えた。

 原初神タルタロス 儀式・効果モンスター ★★★★★★★★★★ 神・無 攻4000・守4000

 「宇宙創成の儀式」により降臨。
 1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を破壊し、破壊したモンスターの攻撃力と守備力の合計分のダメージを相手ライフに与える事ができる。

 吉井 LP:11550 → 7350

 『ネオアクア・マドール』の攻撃力は1200、守備力は3000。
 合計4200ポイントものダメージが、康助のライフポイントを直撃する。

「『神秘の中華なべ』で、10000ポイントぽっちのライフを回復したところで、そんなもの、わたしの前では塵ほどの意味もないんだよ! 『真宇宙−カオス・フィールド』の効果発動! エンドフェイズ時に、わたしの墓地・除外ゾーンのカードを、全てデッキに戻す!」

 デッキに戻したカードの中に、モンスターカードは4枚。

 『究極完全態・グレート・モス』。攻撃力3500、守備力3000。
 『ダークネス・デストロイヤー』。攻撃力2300、守備力1800。
 『ダーク・アームド・ドラゴン』。攻撃力2800、守備力1000。
 『究極恐獣』。攻撃力3000、守備力2200。

 それら全ての攻撃力と守備力を合計した数値、19600ポイントのライフが、リンネのライフポイントに加算される。

 リンネ LP:8000 → 27600

「わたしはこの瞬間、『リンネ−永劫回帰の支配者』の「デュエル終了判定」を行うよ! ふふっ。もちろんわたしのライフは0じゃない。デュエル続行! ターン終了だよ!」

 (10ターン目)
 ・リンネ LP27600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:原初神タルタロス(攻4000)
 ・吉井 LP7350 手札1
     場:千年の盾(守3000)、ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)
     場:なし

「僕のターン!」

 立ちはだかる、原初神なる未知のモンスター。
 カオス・フィールドの効果でリンネのライフは莫大な量まで膨れ上がり、もはや一撃でゼロにすることさえ困難だ。
 仮にそれを成し遂げたとしても、『リンネ−永劫回帰の支配者』と《霧の力》のコンボでダメージを移し替えられるだけで、リンネに負けはない。

 想像していた以上の力を、想像していた以上の量だけ見せつけられた。

 だが、それでも。

「ドロー!(手札:1→2)」

 天神を死なせず、世界も救う。
 そんな不可能を可能にする方法を、探してみせると決めたのだ。

 この程度の障害で、絶望なんてしてやるものか。

「『ビッグ・シールド・ガードナー』を、守備表示から攻撃表示に変更! 手札から『団結の力』を装備させ、さらに『右手に盾を左手に剣を』を発動します!(手札:2→0)」

 団結の力 装備魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100・守2600) → (攻1700・守4200)

 右手に盾を左手に剣を 通常魔法

 エンドフェイズ終了時まで、このカードの発動時に存在していたフィールド上の全ての表側表示モンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を入れ替える。

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻1700・守4200) → (攻4200・守1700)
 千年の盾(攻0・守3000) → (攻3000・守0)

「『ビッグ・シールド・ガードナー』で、『原初神タルタロス』を攻撃します!」

 2枚の魔法カードで強化されたビッグ・シールド・ガードナーが、あらん限りの力を振り絞って、巨大な“穴”に向かって突撃していく。

 (攻4200)ビッグ・シールド・ガードナー → 原初神タルタロス(攻4000):【破壊】

 リンネ LP:27600 → 27400

「あははっ。わたしがダメージを受けたこの瞬間、《霧の力》が発動するよ!」

 世界中の人々の“心の闇”によって生み出された、マイナスの感情の結晶。
 宇宙空間を漂う黒い霧が、康助とリンネの身体にわずかな量だけ吸いこまれる。

 リンネ LP:27400 → 27600

 吉井 LP:7350 → 7150

 たとえ200ポイントぽっちでも、リンネの負った傷はすぐに回復し、その分のダメージは、1ポイントも漏らさず康助に移し替えられる。

「僕はこれで、ターンエンドです!」

「なら、エンドフェイズに『真宇宙−カオス・フィールド』の効果発動だよ。わたしの墓地の『原初神タルタロス』をデッキに戻すことで、攻撃力4000、守備力4000の、合計8000ポイント、わたしのライフを回復するよ!」

 リンネ LP:27600 → 35600

 下手にリンネのモンスターを破壊すればするほど、リンネのライフは膨れ上がっていく。
 だが、それでも、抵抗を止めるわけにはいかない。

 進むべき道が見えない袋小路で、存在しえないはずの最高のルートを見つけ出すには。
 あらゆる方法を、あらゆる可能性を、考え抜くしかないのだから。

「そして「デュエル終了判定」! 当然、デュエルは続行だよ!」

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻4200・守1700) → (攻1700・守4200)
 千年の盾(攻3000・守0) → (攻0・守3000)

 (11ターン目)
 ・リンネ LP35600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:なし
 ・吉井 LP7150 手札0
     場:千年の盾(守3000)、ビッグ・シールド・ガードナー(攻1700)
     場:団結の力(装魔)

「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 引いたカードを、くるくると手の中で回しながら、リンネは言う。

「あはっ。どうしたのかな。わたしとヨシイくんのライフポイントの差は、開く一方だよ? ヨシイくんの決意は、その程度だったのかな? ねえ、もっと楽しいデュエルをわたしに見せてよ!」

「……っ!」

 リンネの求める、楽しいデュエル。
 それは、康助たち人間がその言葉を聞いて抱くイメージとは、根本的なところでズレている。

 リンネは、自分が敗北する可能性を、微塵も考えていない。

 圧倒的優位、などという次元の話ではない。
 “始まりの1枚”と《霧の力》によって作り出された、はるか高みの安全圏。
 そこに居座りながら、地上で人間が足掻く姿を見て笑う。

 最強のデュエリストを選び、このデュエルに勝てば何もかもが救われると希望を持たせておいて、“最後の選択”で絶望の海に叩き落とす。
 たとえそこから這い上がってきたとしても、“始まりの1枚”を見せて、完膚なきまでに心をへし折る。

 この世界は、リンネにとって、自らの創りあげた遊び場以外の何物でもなかった。
 そして、そこで暮らす人間も。
 リンネにとっては、いくらでも替えがきく玩具のようなものでしかない。

「わたしは手札から、『原初神エロース』を召喚するよ!(手札:1→0)」

 神と人間の、決して埋めることのできない価値観の違い。
 だが、デュエルモンスターズだけは、残酷なまでに両者に平等だ。

 原初神エロース 儀式・効果モンスター ★★★★★★★★★★ 神・無 攻4000・守4000

 「宇宙創成の儀式」により降臨。
 このカードが戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に、自分の手札・デッキから「原初神エロース」以外の「原初神」と名のついたモンスター1体を、召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 信念の正しさも、想いの強さも関係なく。
 ただ強い者が優位に立ち、圧倒的な力で弱者を蹂躙する。

「『原初神エロース』で、ビッグ・シールド・ガードナーを攻撃だよ!」

 ヒトの形をした、原初の混沌より生まれ出でし神が、目も眩むような光を放つ。
 その輝きが収まると、一瞬前まで確かにそこにいたはずの康助のモンスターは、跡形もなく消え去っていた。

 (攻4000)原初神エロース → ビッグ・シールド・ガードナー(攻1700):【破壊】

 吉井 LP:7150 → 4850

 そして、再び“穴”が開く。

 原初神タルタロス 儀式・効果モンスター ★★★★★★★★★★ 神・無 攻4000・守4000

 「宇宙創成の儀式」により降臨。
 1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を破壊し、破壊したモンスターの攻撃力と守備力の合計分のダメージを相手ライフに与える事ができる。

「『原初神エロース』の効果でデッキから特殊召喚された、『原初神タルタロス』の効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を破壊して、その攻撃力と守備力の合計分のダメージを、相手プレイヤーに与える!」

 千年の盾:【破壊】

 吉井 LP:4850 → 1850

「わたしはこれで、ターンエンドだよ!」

 「デュエル終了判定」が行われ、何事もなかったかのようにデュエルは続く。
 ターンが進むたびに、終末に近づいていく。

 (12ターン目)
 ・リンネ LP35600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:原初神エロース(攻4000)、原初神タルタロス(攻4000)
 ・吉井 LP1850 手札0
     場:なし
     場:なし

「僕のターン! ドロー!(手札:0→1)」

 次々に現れる攻撃力4000の原初神を、打ち倒す方法。
 カオス・フィールドの効果で35000を超えたリンネのライフを、0にする方法。
 リンネにわずかな傷をつけることすら許さない《霧の力》を、攻略する方法。
 墓地に眠り続ける“始まりの1枚”の絶対的な支配を、打開する方法。
 そして、定められた運命をねじ曲げ、死ぬはずだった天神を救いだす方法。

 何一つとして、分からない。
 いくら考えても、どれ一つとして突破口が見いだせない。
 数えきれないほどの発想が浮かんでは、棄却されて消えていく。

 手持ちのカードは、このターンに引いた1枚のみ。
 一時は10000を超えていた康助のライフも、とうとう2000を切った。

 底の知れない、救いが見えない暗闇の中で。
 だが、それでも、思考だけは止めない。

 デュエルモンスターズが、いかなる存在にも公平で。
 信念や想いで、デュエルの結末が動かないのならば。

 考えることこそが、神と人とに平等に与えられた、最後の武器なのだから。

 たとえここが、一筋の光も差さない奈落の底だったとしても。
 自らの手で、可能性という名の光を灯すために。

「カードを1枚伏せて、ターン終了です!(手札:1→0)」

 (13ターン目)
 ・リンネ LP35600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:原初神エロース(攻4000)、原初神タルタロス(攻4000)
 ・吉井 LP1850 手札0
     場:なし
     場:伏せ×1

 「デュエル終了判定」を経て、再びリンネのターンが回ってくる。

「わたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 そして、3体目の原初神が、姿を現した。

「『原初神ガイア』、召喚!(手札:1→0)」

 原初神ガイア 儀式・効果モンスター ★★★★★★★★★★ 神・無 攻4000・守4000

 「宇宙創成の儀式」により降臨。
 1ターンに1度、フィールド上に存在するカードの枚数×300ポイントのダメージを、相手ライフに与える事ができる。

 暗黒の宇宙に、果てしない“大地”が顕現する。

「『原初神ガイア』の効果発動! フィールド上にカードは5枚! よって、ヨシイくんに1500ポイントのダメージを与えるよ!」

 吉井 LP:1850 → 350

「『原初神タルタロス』! 『原初神エロース』! 『原初神ガイア』!」

 “大地”が震え、“穴”が歪み、ヒトは形を保てなくなる。

 全ては始まりの瞬間へと回帰し、そこには“混沌”だけが残る。



 The Universe 融合・効果モンスター ★★★★★★★★★★★★ 神・無 攻5000・守5000

 「原初神タルタロス」+「原初神エロース」+「原初神ガイア」
 自分フィールド上に存在する上記のカードを墓地に送った場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードは他のカードの効果を受けず、自分の場を離れない。
 次の効果を、それぞれ1ターンに1度まで発動する事ができる。
 ●相手の手札と、相手のフィールド上に存在するカードを全て破壊する。
 ●相手の墓地に存在する全てのモンスターカードの攻撃力と守備力を合計した数値分だけ、このカードの攻撃力と守備力はアップする。



「『The Universe』! 第一の効果発動!」

 闇が、溢れだす。
 全てを呑みこむ混沌が、康助のフィールドを覆いつくす。

「吉井君!!」

 天神の叫びも、混沌の中では虚しく響くだけ。
 リンネの声が、この場の全てを支配する。

「『The Universe』! 第二の効果発動!」

 そして、混沌の闇が晴れる。
 全ては消え去り、デュエルフィールドに秩序が戻ってくる。



 (13ターン目)
 ・リンネ LP35600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:The Universe(攻30000)
 ・吉井 LP350 手札0
     場:なし
     場:なし



 たった1つ、真の絶望だけを、その場に残して。





13章  決闘学園



「あ……あぁ…………」

 天神は、身体の震えを止めることができなかった。

 混沌の闇が晴れ、そこに現れたのは。

 攻撃力が30000ポイントにまで上昇した、『The Universe』と。
 全てのカードが破壊されつくしたフィールドに立ちつくす、吉井康助の姿だった。

「お願い、リンネ……。攻撃をやめて……」

 『ネクロ・ガードナー』は、もう使ってしまって康助の墓地には存在しない。
 場にも手札にもカードのないこの状況で、ライフ350の康助が、攻撃力30000の直接攻撃を受ければどうなるか。
 小学生にだって分かる、簡単な事実を受け入れられなくて、ただ救いを乞うことしかできない。

「あははっ。ずいぶん威勢のいいことを言ってたけど、結局はヨシイくんも、口だけだったね。まあ、それすらも無かった大勢のデュエリストに比べたら、十分に楽しませてもらったよ」

 リンネにとっては、この宇宙に特別な価値を見いだす理由は、何もない。
 少しは康助に興味を持っていたようだったが、飽きればすぐに捨てられる。
 ただ、自分の選んだデュエリストが、少しでも面白い足掻きを見せてくれるかどうか。
 突き詰めれば、リンネの興味はそこにしかないのだから。

 康助がデュエルに負ければ、リンネは何の躊躇いも感慨もなく、この世界を無に帰す。

 そして、また、何もかもが失われる。

「いや…………。嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「きゃははっ♪ 叫んだって無駄だよ! 混沌に還れ! 『The Universe』で、ヨシイくんにダイレクトアタック!!」


 (攻30000)The Universe −Direct→ 吉井 康助(LP350)


 周囲の空間から滲みでた混沌が、康助の身体を包みこむ。
 伏せカードのない康助は、何の抵抗も見せずに闇に呑まれた。

「吉井君! 吉井君っ!!」

 どれだけ叫ぼうとも、返事は返ってこない。

 絶望の暗闇が、天神の視界を覆っていく。
 目を開けているのに、目の前が真っ暗で何も見えない。

 大切な人が、世界が、消えていく音を聞いたような気がした。
 その場に立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。

「ぁ…………あああああああああっ!」

 信じて見ていてくれと、言ったのではなかったか。
 世界も自分も、救ってくれるという話はどこに行ったのか。
 何よりも幸せな結末を、見つけだしてくれるのではなかったのか。

「助けて…………。助けてよ…………吉井君…………」

 最後の最後で、零れた弱音。
 消え入りそうな声で、呟いたその言葉は。





「大丈夫ですよ、天神さん」





 天神の肩に、そっと手が添えられた。

「…………え?」

 顔を上げる。
 ぼやけた視界が、徐々に焦点を結ぶ。

 そこに立っていたのは、かつて天神を、深い闇の中から救いあげてくれた少年だった。
 その少年が、再び絶望の底にいる自分に、手を差し伸べてくれている。

「どういう……こと……?」

 少年――――吉井康助のライフカウンターは、変わらず350を示している。
 攻撃力30000のダイレクトアタックを受けたはずなのに、傷一つ負っていない。

「僕がこうして立っていられるのは、天神さんのおかげです」

 康助は、墓地の一番上に置かれていたカードを、取り出して見せる。

 ハネクリボー 効果モンスター ★ 光・天使 攻300・守200

 フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
 発動後、このターンこのカードのコントローラーが受ける戦闘ダメージは全て0になる。

「これは、私のカード……」

 見慣れたそのカードの姿に、天神は、自分のデッキを取り出して確認する。
 見ると、確かにデッキに入れたはずの、『ハネクリボー』のカードがなくなっていた。

「『The Universe』の闇に呑まれそうになったとき、僕は、とっさにこの伏せカードを発動させたんです」

 そう言って、墓地からもう1枚のカードを取り出す。

 クリボーを呼ぶ笛 速攻魔法

 自分のデッキから「クリボー」または「ハネクリボー」1体を選択し、手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 『The Universe』第一の効果発動にチェーンして、『クリボーを呼ぶ笛』を発動。
 《掌握の力》でデッキに加えたハネクリボーを、特殊召喚する。
 そして、『The Universe』によって破壊されたハネクリボーの効果が発動し、このターン、康助が受ける戦闘ダメージは0になった。

「心配させてしまって、ごめんなさい。天神さんの声に返事ができなかったのは、もう少しで考えがまとまりそうだったからなんです」
「考えが……? それって、まさか……」
「ええ、そうです」

 天神の目をまっすぐに見つめて、康助は、力強く頷いた。



「分かったんです。世界が救えて、天神さんも死なないで済む、その方法が」



「そんな、こと……」

 本当にできるの?
 口に出かけた言葉を、呑みこむ。

 康助は今まで、誰もが不可能だと信じていた局面を何度も覆してきた。
 その康助が、これだけ自信満々に、自分に向かって微笑みかけてくれている。

 天神は、自分の足で立ち上がると、康助に頷き返した。

「……うん。吉井君を、信じてる」

「ありがとうございます、天神さん」

 そう言うと、康助は、もう一度リンネに向き合う。

 今度こそ、全てを終わらせるために。
 最高の結末を、掴み取るために。

「さあ、リンネ。ターン終了を宣言してください。次のターンで、終わらせます」

 この世界の創造神に向かって、きっぱりと言い切る。

「あはっ。その自信は、一体どこから来るのかな? まだ分からない? わたしを倒す方法なんて、宇宙のどこを探したって存在しないんだよ! いくら考えたところで、アマガミさんを救うことなんて、絶対にできないんだよ!」

 言葉とは裏腹に、ここまで追い詰められてもなお絶望に染まっていない康助を、心底面白がっている口調でリンネが告げる。

「それでも、まだ諦めないって言うんなら。ヨシイくんの足掻きを、最後まで見届けてあげるよ! ターンエンド!」

 エンドフェイズになり、『真宇宙−カオス・フィールド』の効果が発動する。
 『The Universe』の特殊召喚時に墓地に送られた3体の原初神がデッキに戻り、リンネのライフが、24000ポイント回復する。

 リンネ LP:35600 → 59600

 最後に「デュエル終了判定」が行われて、康助のターンが訪れる。

 (14ターン目)
 ・リンネ LP59600 手札0
     場:真宇宙−カオス・フィールド(フィールド)
     場:The Universe(攻30000)
 ・吉井 LP350 手札0
     場:なし
     場:なし

「僕の、ターン!」

 康助のデッキが、ひときわ強く黄金に輝く。

「お願いします。僕に……みんなのカードを貸してください」

 《掌握の力》を使って、思い描いたカードを次々と自分のデッキに加えていく。

 天神の『ハネクリボー』が墓地に送られたことで、全ての準備は整った。
 必要なカードは、4枚。まずはそれを、引き寄せる。

「ドロー!(手札:0→1)」

 康助の墓地に、モンスターカードはちょうど15枚。
 ならば、打つ手は1つ。

「見城さん、力を借ります! 魔法カード『貪欲な壺』発動!(手札:1→0)」

 貪欲な壺 通常魔法

 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「デッキに戻すのは、『ダーク・リゾネーター』、『マシュマロン』、『カードガンナー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・イエロー』の5枚です!」

 吉井 手札:0枚 → 2枚

 引いたカードを、2枚ともデュエルディスクに叩きつける。

「2枚目の『貪欲な壺』発動! さらに3枚目の『貪欲な壺』発動です!(手札:2→0)」

 貪欲な壺 通常魔法

 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 貪欲な壺 通常魔法

 自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、デッキに加えてシャッフルする。
 その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 『おジャマ・ブラック』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・ブラック』、『ビッグ・シールド・ガードナー』。
 『ビッグ・シールド・ガードナー』、『ネオアクア・マドール』、『ビッグ・シールド・ガードナー』、『千年の盾』、そして『ハネクリボー』。

 墓地の全てのモンスターカードがデッキに戻り、康助の手に4枚のカードが舞いこむ。
 見城のデッキに3枚投入されていた『貪欲な壺』が、康助を希望へと導く駆け橋となる。

 吉井 手札:0枚 → 4枚

「佐野先輩、朝比奈先輩、力を借ります! 『連鎖回復』発動! 『痛み移し』発動!(手札:4→2)」

 連鎖回復 通常魔法

 このカードを発動したターン、相手のライフが回復した時、その数値分だけ自分のライフを回復する。

 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 リンネを倒し、天神を救う、たった1つの結末へと向かって。
 次の一手で、はるか高みの安全圏にいる神様を、人間の領域へと引きずり下ろす。

「さらに僕は、手札から――!」

 どんなカードにだって、そのカードにしかできないことがある。
 かつて、康助が天神に言われた言葉が、蘇る。

「山本! 馬鹿にしてごめんっ! 魔法カード『雷鳴』を発動!(手札:2→1)」

 雷鳴 通常魔法

 相手ライフに300ポイントダメージを与える。

 リンネ LP:59600 → 59300

 混沌に包まれた宇宙に、小さな雷鳴が轟く。
 わずかに削られたライフに反応して、リンネと康助の周りに黒い霧が集まってくる。

「この瞬間、リンネの《霧の力》が発動します! リンネのライフは300ポイント回復! 代わりに僕は、300ポイントのダメージを受けます!」

 リンネ LP:59300 → 59600
 吉井 LP:350 → 50

 微々たるダメージしか与えない『雷鳴』だからこそ、ライフポイントを50残すことができた。
 そして、最初の一発さえ耐えることができれば。

「この瞬間、佐野先輩の『連鎖回復』と朝比奈先輩の『痛み移し』の効果が発動します!」

 吉井 LP:50 → 350
 リンネ LP:59600 → 59300

 リンネのライフが回復したことで、『連鎖回復』の効果で康助のライフが同じだけ回復する。
 康助がダメージを受けたことで、『痛み移し』の効果でリンネは300ダメージを受ける。

 さらに、リンネがダメージを受けたことで、《霧の力》が自動的に発動する。

 リンネ LP:59300 → 59600
 吉井 LP:350 → 50

 リンネと康助の身体に、300ポイント分の黒い霧が吸いこまれて消える。
 そして、リンネの回復と康助のダメージが、『連鎖回復』と『痛み移し』の発動トリガーとなる。

 吉井 LP:50 → 350
 リンネ LP:59600 → 59300

「これは……無限ループ……?」

 天神の呟きに、康助は首を横に振った。

「いいえ、違います。この無限は、まやかしに過ぎません」

 康助の発動した『連鎖回復』と『痛み移し』は、条件さえ満たされれば、何度だって効果を発動し続けるだろう。
 だが、リンネの《霧の力》はどうか。

「リンネは言いました。この黒い霧は、僕たち人間のマイナスの感情から作られていると。だったら、その量は、どれだけ多くても“有限”のはずです」

 《霧の力》が発動するたびに、ライフの変動分に比例した量の黒い霧が消費される。
 そして、リンネが直接デュエルを行っている最中だけは、“始まりの1枚”への感情の供給は止まる。
 ならば、周囲を漂う黒い霧がどれほど莫大な量だったとしても、いつかは蓄えを使いはたして、ループは止まる。

 300ポイントの回復と、300ポイントのダメージ。
 康助とリンネのライフが変動するペースが、デュエルディスクの機能で、どんどん加速していく。

「この黒い霧をいくら吸いこんだところで、僕の身体に害はない。これもリンネが教えてくれたことです」

 リンネとの闇のデュエルが、ダメージを受けた分だけ痛みを感じるタイプのものでないことも幸いした。
 お互いのライフカウンターが、目にも止まらぬ速度で振動する中、膨大な量の黒い霧が、物凄い勢いで康助とリンネの身体に呑みこまれて、消えていく。

「人間の抱える“心の闇”。その総量がどれだけ多かったとしても、人間1人1人が秘めている可能性は、無限なんです」

 何十億人の人間の“心の闇”を、たとえ何百年間集めたとしても。
 所詮は有限に過ぎない以上、康助1人の可能性を凌駕することすらできない。


「そして、これこそが、天神さんと世界を同時に救う、たった1つの方法です」


 吉井 LP:50 → 350
 リンネ LP:59600 → 59300

 『連鎖回復』と『痛み移し』の効果が発動し、2人のライフが変動する。
 そして、その変化を最後に、フィールドからあらゆる動きが消滅した。
 あれだけ高速に回っていたはずのライフカウンターが、今はぴたりと停止して動かない。

「見てください、天神さん」
「これって……!」

 そこには、眩いばかりの光の粒子が渦を巻いていた。

 宇宙の果てで、煌々と輝きながら飛び交う粒子たち。
 天神の身体から放出された光の粒が、あたり一面を神々しい輝きで満たしていた。

「さっきまでは、黒い霧に抑えつけられていてよく見えませんでしたけど、これが、天神さんが本来持っている光の粒子です」

 リンネによれば、天神の光の粒子も、街一つを覆えるほどの量はあるという。
 黒い霧が完全に消滅した以上、たとえ宇宙の果てといえども、周りの風景がこうなるのは当然だった。

「リンネが死ねば、天神さんも消える。でも、天神さんが死んでも、リンネは無事。そんな不公平な関係には、ちゃんとした理由があったはずですよね」

 人間の身体と、小指の先の関係のように。
 小さな魂が消えても大きな魂には影響はないが、大きな魂が消えると小さな魂も生きてはいられない。
 それが、リンネの告げた“ルール”だったはずだ。

 だったら、やることは1つしかない。


 リンネと天神の魂の大きさを、デュエルの中で逆転させてしまえばいい。


「だから僕は、『連鎖回復』と『痛み移し』のループコンボで、リンネの黒い霧を全て使い果たさせたんです」

 黒い霧や光の粒子があればあるだけ、リンネと天神の魂は膨れ上がっていく。
 リンネの黒い霧の量が、天神の光の粒子の量を圧倒的に上回っていたからこそ、リンネが死ぬと天神も生きていられないという、不平等な関係が生まれた。

 だが、リンネの蓄えてきた黒い霧の量がゼロとなり、光の粒子だけが残った今ならば。
 逆に、小指の先ほどの大きさしかないのは、リンネの方になる。

 いくら、人間が抱くマイナスの感情の量がプラスの感情の量を大きく凌駕しているとはいっても。
 世界中の人間が一生をかけて抱いてきたプラスの感情の総量が、膨大でないはずはないのだから。

「後は、リンネのライフポイントを0にしさえすればいい」

 《霧の力》が使えなくなった今、リンネは、エンドフェイズに必ず行わなければいけない「デュエル終了判定」による敗北を回避することができない。
 そして、リンネが負けても、大量の光の粒子に守られた天神は、助かる。

 天神が死ねば、リンネも死ぬ。だが、リンネが消えても、天神には何の影響もない。
 2人の関係は、今や完全に逆転しているのだから。

「そうですよね? 天神さん?」
「う、うん。吉井君の言う通り、だけど……」

 リンネと同じく、神である天神には、康助の紡ぎあげた論理は一片の曇りもなく正しいことがよく分かる。
 しかし、それでも分からないことが、1つあった。

「でも、ここからリンネのライフを0にするなんて、どうやって……?」

 康助は、リンネに全ての黒い霧を使い果たさせるために、3枚の手札を消費した。
 残る手札は、たった1枚。

 リンネの場には、攻撃力30000の『The Universe』。
 残るライフは、59300。

 まだ絶望的な状況であることに変わりはないはずなのに。
 それでも、康助は、天神を見て優しく笑った。

「安心してください、天神さん。このデュエルは、僕の勝ちです」

 そして、息をするように、ごく自然な動作で。
 1枚の手札を、自分のデュエルディスクに、そっと置いた。



「『ミスティック・ゴーレム』、召喚です(手札:1→0)」



 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。



 朝比奈のデッキから借りた、最後の1枚。
 片手で抱えられるほどの大きさしかない小さな石像が、光で満ちた宇宙に召喚された。

 あたりを漂う光の粒子が、小さな石像の周囲を飛び交う。
 それに呼応するように、ミスティック・ゴーレムのサイズは、どんどん大きくなっていった。

 果たしてこのターン、リンネがダメージを受けた回数が何回なのか。
 康助にも天神にも、正確な数は分からない。

 ただ、1つだけ確実に言えるのは。
 世界中の人間が今までに抱いてきた“心の闇”の総量。
 それに比べれば、攻撃力30000もライフ59300も、塵のように微々たるものだということだ。

「『ミスティック・ゴーレム』で、『The Universe』を攻撃します」

 いったいどれほど巨大化したのか。
 障害物のない宇宙で、それでも全容を目にすることが叶わないほどのサイズにまで膨れ上がった石像。
 その巨腕が、振り上げられる。

「これで……終わりです!」

 攻撃力が兆や京の単位に達したであろう、巨像の鉄槌。
 圧倒的な破壊をもたらす一撃が、宇宙そのものと一体化したモンスターを貫いて、リンネの小さな身体に直撃する。



 リンネ LP:59300 → 0



 全てを打ち砕く轟音が、この世界の命運を懸けたデュエルの終幕を告げた。



 ◆



「終わった……の?」

 ソリッドビジョンが薄れていく。
 その光景を見つめながら、それでも信じられないと言うように、天神が呟く。

「ええ、終わりました。天神さんは、生きていてもいいんです」

 康助が、自分に向かって手を差し出してくる。
 天神は、おずおずとその手を掴む。

「……っ!」

 その瞬間、自分の意思とは関係なく、涙が堰を切ったようにあふれ出た。

「あ、あれ……? おかしいな、私……?」

 もう片方の手で、あふれ出す涙をぬぐう。
 それでも、こぼれる涙は止まらない。

「あ……ははっ。変なの。私、神様なのにね……?」

 嬉しいのに、笑いたいのに。
 とめどなくあふれる涙が、次から次へと湧いてくる。

「いいじゃないですか。神様でも、泣いたって」

 そう言って、康助は、交わした手を、ぎゅっと握りしめた。
 そこで、限界が来た。

「……ありがとう。ありがとうっ! 吉井君!」

 康助の胸に顔をうずめて、わんわんと泣きじゃくる。

「良かった……! 良かったよぉっ……!」

 康助が掴んでくれた、最高のハッピーエンドを、噛みしめるように。

 これからも、生きていられる喜びを。
 いつまでも、皆と一緒にいられる幸せを。

 心の底から、一滴残らず絞りだすように、天神美月は、声をあげて泣き続けた。



 ◆



「……あーあ。まさか、わたしがデュエルで負けちゃうなんてね」

 その声に、康助は反射的に振り返る。

「ああ、警戒しなくてもいいよ? 言い訳なんてしない。このデュエルは、わたしの完敗だから」

 リンネのやけにあっさりとした態度に、康助は肩すかしを食らったような気になった。

「自分で創った宇宙を終わらせるたびに、何千回と繰り返してきたラストデュエル。でも、その中の誰一人として、わたしに傷をつけることはできなかった。そもそも、わたしを倒す方法なんて絶対に存在しないって、わたし自身が確信していたしね」

 でも、ヨシイくんは、わたしに勝って、この宇宙を守った。
 あまつさえ、世界を救えば必ず死ぬ運命にあったアマガミさんをも助けてみせた。

 リンネは、素直に康助を褒め称えるような口調で、ゆっくりと告げる。

「ヨシイくんたち人間の、無限の可能性。この目でよーく見せてもらったよ」

 その言葉をきっかけに、リンネの輪郭がわずかにぼやけた。
 ショートカットの少女の姿が、少しずつ薄くなっていく。

「リンネ……?」

「あはっ。言ったでしょ? カードから生まれた世界の神様であるわたしは、誰よりも強くデュエルモンスターズの法則に縛られている。デュエルに負けたら、わたしという存在は、消えてなくなる。ヨシイくんも、わたしを消すために本気でデュエルしていたはずだよね?」

「…………」

「あれ? もしかして悲しんでくれてるのかな? きゃははっ。この世界を滅ぼそうとした存在に同情するなんて、ヨシイくんはおかしな人だなぁ」

 からからと笑いながら、言う。
 これから自身が消滅することなど、まるで気にもかけていないかのように。

「大丈夫だよ? 神様であるわたしが“消える”っていうのは、ヨシイくんたち人間にとっての“死”とは、ちょっと違うんだ。わたしという人格が、“始まりの1枚”に回帰して、溶けあって一つになるって言い方が正確かな?」

 でも、もうこうしてヨシイくんたちにちょっかいを出すことはできなくなるから、心配しなくてもいいよ?
 リンネは続ける。

「わたしを倒せるほどのデュエリストが初めて生まれたこの宇宙で、もう遊べなくなっちゃうのは残念だけどね。デュエルに負けたペナルティは、甘んじて受け入れるよ。わたしは、“始まりの1枚”として、この宇宙の行く末をずっと見守り続ける。ヨシイくんたち人間が、これからどういうふうに進化していくのか、デュエルを通して見ていてあげる」

 この宇宙なら、見ているだけでも相当楽しめそうだしね。
 そう告げるリンネの身体は、今にも消えてしまいそうなほどに薄くなっていた。

「実を言うとね。心の底からわたしを驚かせてくれたのは、ヨシイくんが初めてだったんだ。ふふっ。これ以上に嬉しいことなんて、どこを探しても見つかりそうにないよ」

 そしてリンネは、最後の最後に、今までで一番幸せそうな、満足気な笑みを浮かべた。



「じゃあね、ヨシイくん。バイバイ♪」



 こうして、デュエルモンスターズの神様は、誰よりも公正にデュエルの結果を受け入れて、その姿を消した。



「リンネ……」

 同情、というほどの気持ちがあったわけではなかった。
 リンネは、人間にとっての敵だ。これ以外の結末は、決してありえなかっただろうとは分かっている。

 それでも、一つだけ。

 たとえ世界中の人間の命が懸かっていようとも、それがデュエルという土俵の上で行われた闘いである以上。
 一人のデュエリストとして、どうしても湧きあがってくるのを止められない感情があった。

 だから、最後に、一言だけ呟く。



「僕も、あなたとのデュエルは、とても楽しかったです」



 ◆



 音のない、静かな宇宙の果てに、康助と天神だけが、残された。

 2人を乗せたシャボン玉は、ゆっくりと動きだし、そして加速を始めた。
 おそらくは、このまま地球のもといた場所へと送り届けてくれるのだろう。

 康助の頭の中に、生徒会メンバーの顔が浮かんでくる。
 皆の応援があったからこそ、最後まで闘い抜くことができた。
 皆のカードがあったからこそ、最高の未来を掴み取ることができた。

「天神さん。顔を上げてください」

 自分の胸に顔をうずめている天神に向かって、優しく声をかける。
 顔を上げた天神の、赤く腫れた目をしっかりと見つめて、言った。



「さあ、帰りましょう。僕たちの、翔武学園へ」







エピローグ



 「僕は、手札の魔法カード1枚をコストに『二重魔法』を発動! 朝比奈先輩の墓地にある『痛み移し』を発動させます!(手札:2→0)」

 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。
 「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。

 朝比奈の場には、永続魔法『悪夢の拷問部屋』がある。
 つまり、朝比奈のデュエリスト能力「1ターンに10度まで、自分または相手に100ポイントのダメージを与えることができる」が1回発動するたびに、康助は400ダメージを受ける。
 だが、自分の場に『痛み移し』を置いておけば、そのたびに朝比奈に600ダメージを与えることができる。
 これで、朝比奈はうかつにデュエリスト能力を連発できなくなったはずだ。

「僕はこれで、ターンエンドです!」

 (6ターン目)
 ・朝比奈 LP4800 手札0
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、伏せ×1
     場:なし
 ・吉井 LP4000 手札0
     場:ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)
     場:痛み移し(永魔)

「あたしのターン、ドロー!(手札:0→1)」

 ドローカードをちらりと見るやいなや、朝比奈はデュエリスト能力を発動させる。

 吉井 LP:4000 → 1200

 7回分の能力ダメージが、康助のライフを大きく削る。
 だが、康助の張った『痛み移し』は、朝比奈のライフをそれ以上に削り取った。

 朝比奈 LP:4800 → 600

「なるほどね。確かに、そういう手を打たれると、あたしのデュエリスト能力は思ったように発動できなくなる。これは盲点だったわ」

 朝比奈は、康助のとった戦法を素直に褒める。
 しかし、それでも不敵な表情を崩さない。

「……でも、甘い! 手札から『ミスティック・ゴーレム』召喚! さらにリバースカード『神秘の中華なべ』を発動するわ!(手札:1→0)」

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。

 ミスティック・ゴーレム 攻:0 → 7000

 神秘の中華なべ 速攻魔法

 自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
 生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 朝比奈 LP:600 → 7600

「……っ!」
「残り3回のデュエリスト能力を、あんたに向かって連続発動!」

 朝比奈 LP:7600 → 6100
 吉井 LP:1200 → 0



 デュエルは、朝比奈翔子の勝ちで決着した。



 ソリッドビジョンが薄れて消える。
 康助は、デュエルディスクから自分のデッキを取り外しながら、ため息をついた。

「はぁ……。やっぱりまだ、朝比奈先輩には勝てませんね……」
「当たり前よ。そう簡単にほいほい負けてるようじゃ、先輩として示しがつかないでしょ?」

 胸を張って、自慢気に告げる。
 そんな朝比奈も、後輩であるところの天神には負け続きだったりするのだが、康助はそれには触れないでおく。

「いいんじゃない? 普段はどこにでもいる気弱な少年。しかしてその実態は、この世界を守った救世主! 小説のネタくらいにはなりそうよね」
「やめてくださいってば、先輩」

 ネタもなにも、まるっきりそのまま本当だから、反応に困るというか何というか。
 とはいえ、こうして日常に戻ってきてみると、つい1ヶ月ほど前に、リンネと宇宙の命運を懸けたデュエルをしていたなんて、まるで夢のようだった。

 リンネという存在は、康助に負けたことで“始まりの1枚”へと回帰して消えた。
 本人の説明や、後で天神から聞いたところによると、もう二度とショートカットの少女が自分たちの前に姿を現すようなことはないらしい。
 今のリンネは、それこそ人間が思い描くような「神様」として、この世界の行く末を見守り続けるだけの存在になったとのことだ。

「夏休みの間に宇宙1つ救ったなんて経験をした高校生、あんたくらいなんだから、もっと自信を持ちなさいな」
「まあ、言ったところで誰も信じてくれないですけどね」

 詳しい事情を知っているのは、ラストデュエルを直接目にした翔武生徒会メンバーのみ。
 そもそも、大多数の人間は、リンネという神様が存在したことすら知らずに生きている。
 この宇宙が1枚のカードから生まれたなんて言われて、誰が信じられるものか。

 康助の活躍によって、この宇宙が不自然な滅びを回避したのは確たる事実だ。
 宇宙の運命に介入してくる神様が消えたことで、宇宙の輪廻はあるべき姿に戻った。
 康助たちが暮らすこの宇宙は、スケールすら分からないほど遥かな年数を経た末に、寿命を迎えて消え、そして新たな宇宙が生まれる。
 これから先は、ずっとそれが繰り返されていくそうだ。

 とはいえ、これもまた、到底実感の湧く話ではない。
 康助は、この話を天神から聞かされたのだが、正直まったくリアリティを感じなかったのを覚えている。

「せめて、僕にも《掌握の力》が残っていれば良かったんですけどね」
「無いものをねだっても仕方ないでしょ。今ある力で頑張りなさいってことよ」

 リンネの消滅後、新たなデュエリスト能力者が生まれることはなくなった。
 しかし、朝比奈や佐野など、もともとあったデュエリスト能力は、消えることもなく今も残っている。
 天神によると、20歳を過ぎたら自然と“始まりの1枚”にデュエリスト能力が回帰するシステムは生きているらしいので、いずれは能力を失うことになるのだろうが、それはまだ先の話だ。

 唯一の例外が、康助の持っていた、レベルを超えた《掌握の力》だった。
 現実世界に直接影響を及ぼせるこのデュエリスト能力だけは、リンネの存在と密接に繋がっているらしく、リンネが消えるとともに、能力も消えてしまった。

「よく考えてみたら、僕が生徒会に入れたのって、《掌握の力》がきっかけなんですよね」
「ん? ああ、そういえばそうだったわね」

 康助が、翔武学園に入学した直後に参加した、生徒会の新メンバーを選ぶための選考会。
 朝比奈が康助に目をつけたのは、その選考会で、非常に高いレベルのデュエリスト能力が発動した気配を感じとったのが始まりだった。

 今思うと、あれは《掌握の力》以外の何物でもない。
 追い詰められた康助は、自覚のないままに、不完全な《掌握の力》を発動させてしまい、そのとき偶然にもデュエルを終えた直後だった渡辺の『シールドクラッシュ』を自分のデッキに加えた。
 その後の能力測定では無能力者だと判定されてしまったが、「レベルを超えたデュエリスト能力」などというイレギュラーが相手では、誤診もやむなしといった所だろう。

 それがきっかけで、康助は天神に出会い、あれよあれよという間に翔武生徒会の一員になった。
 もしかすると、それらは全てリンネの計画通りだったのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。

「でも、その《掌握の力》とやらも無くなって、結局、何もかもが元通り。世界を救ったんだから、最低でも、一生遊んで暮らせるくらいの報酬があって然るべきだと思わない? 命懸けで闘って、得られたものが元の日常だけだなんて、まったく割に合わないボランティアよねー」
「ははっ。朝比奈先輩の言う通りですね。もう二度と、あんな経験はごめんです」

 あれだけの体験を経て覚醒した《掌握の力》も、綺麗さっぱり消えてなくなり、また康助は生徒会メンバーの中で最弱のポジションに逆戻りした。
 それは、リンネが現れる前と、何も変わらない光景だ。

 とはいえ、あの闘いを経験して、得るものが何もなかったわけではない。
 康助は、リンネとのデュエルの中で、大切なものをきっちりと掴み取った。

「僕の才能、相手の弱点を見抜く力。先輩たちは、それを知っていたから、僕を生徒会に入れてくれたんですよね?」
「そうよ。それが一番大きな理由だったわね。でも、そのことを下手に意識させるとよくない影響が出る可能性があったから、春彦と相談して、あんたが自分自身の力で気づくまで黙っていようって決めたのよ。意識していなかった自分の長所を他人の言葉で説明されると、どうしても先入観が混じって、自分で自分の適性を正しく見れなくなっちゃうからね」

 おそらくはリンネも、そう思ったからこそ、康助に何も言わなかったのだろう。

「まあ、世界の危機が迫っているって知ってたら、あたしも春彦も、多少のリスクは覚悟で教えてたでしょうけどね」
「それに気づけなかったせいで、随分と苦労しましたからね……」

 だが、康助は、最終的に、自分自身の力で、自分だけの才能を見いだした。

「でも、それに自分で気づけたおかげで、僕がこの先、どういうデュエリストを目指せばいいのかが、はっきりと見えました」

 《掌握の力》を縦横無尽に使いこなして闘った、リンネとのデュエル。
 あのときの康助は、紛れもなく世界最強のデュエリストだった。

「《掌握の力》を使わなくても、どんな相手の弱点も突けるようにする。どんなデッキ・能力を使ってくる相手にも対応できる、僕だけのデッキを作ること。それが、僕がこれから強くなるために最も必要な課題です」

 相手の闘い方を見て、その弱点を見抜き、《掌握の力》で必要なカードをデッキに加える。
 それが康助の才能を十全に活かした必勝パターンであり、そのデュエルスタイルは、デュエルモンスターズの神をも凌駕した。
 ならば、康助が目指すべき所はそこしかない。

 《掌握の力》がなくても、必要なカードが常にデッキに入っているようにすること。
 相手を見て、それに合わせてデッキを組み替えるのではなく、最初からいかなる相手にも対応できる“万能のデッキ”を作りあげること。

 それが、康助が強くなるために何よりも必要なことだった。

「そもそも、《掌握の力》は、他のデュエリスト能力とは違って、ただ自分のデッキを組み替えるだけの力です。だから、最初から万能のデッキを使ってさえいれば、《掌握の力》なんてものは不要なはずなんです」
「ま、理論的にはその通りだけどね。……でも、その道は、決して簡単じゃないわよ」
「はい。分かっています」

 40枚以上60枚以下のカードの束で、いかなる相手にも対応できるようなデッキを組み上げる。
 それがどれほど難しいことなのかは、想像することさえ困難だ。

 “万能のデッキ”がどんな姿をしているのか、それを知る者は誰もいない。
 仮に完成したとしても、そのデッキを使いこなせるのは、世界中を探しても康助ただ1人だろう。

 ヒントがどこにどれだけ転がっているのか、そもそもヒントなんてものは存在するのか。
 それすらも分からない状態で、膨大なカードプールの中から、康助の力を最大限に引き出す“万能のデッキ”を組み上げる。
 それは、広大な砂漠にたった1粒だけまぎれた宝石を探すよりも、困難な作業かもしれない。

「万能のデッキ。それがどういうデッキで、どんな種類のカードから構成されているのか、あたしには想像すらつかない。はっきり言って、あんたの目標は、あたしや春彦がアドバイスできる領域を軽く超越している。それでも、あんたはやるのね?」
「もちろんです。そうしていつかは、朝比奈先輩にだって、軽々と勝ってみせますよ」

 無論、康助の才能をもってすれば、朝比奈対策に特化したデッキを組めば、今すぐにでも勝つことができるだろう。
 だが、それでは意味がない。あくまでも、どんな相手に対しても使えるデッキで勝たなければ、強くなることには繋がらないのだ。
 自分の才能を自覚する前の康助も、それを自然と理解していたからこそ、生徒会に入ってからは自分のデッキを根本から組み直すような真似はせず、結果として負け続けていたのだろう。

「あたしに軽々と勝つ、ねぇ。ふぅん。あんたも言うようになったじゃない」

 康助を値踏みするような目で見つめながら、朝比奈は言う。

「まあ、あたしたちに見えないものが見えているあんたになら、ひょっとしたらできるのかもね。あんたの守備型デッキだって、無意識のうちに自分の才能を自覚していることのあらわれでしょうし」
「え……?」

 きょとんとした顔をする康助。
 朝比奈は、ニヤニヤ笑って続ける。

「守備を重視したデッキで、相手の攻撃を何ターンもしのぎ続ける。そうしてその間に、相手の戦術や使ってくるカードを見極めると同時に、それを攻略するのに必要なキーカードを手札に揃える。あんたの才能を活かすには、最適なデッキ構成だと思うけど? もしかして、そんな簡単なことにも気づいてなかったのかしら?」
「あっ……」
「やっぱり、今気づいたって顔してるわね。まったく。そんなんじゃ、先が思いやられるわ」

 やれやれ、と肩をすくめてみせる。

「うぅ…………」

 少しカッコよく、決意を表明してみせた矢先にこれだ。
 康助は、顔を赤くする。

「ま、メゲずに自分のペースで頑張りなさいな。今すぐ劇的に何かが変わる、ってものでもないんだしね」
「……ええ。そうですね」

 もう、昔の自分とは違って、目指すべきゴールは、はっきりと見えている。
 あとは、その終着点に辿りつくための道を、精一杯探していこう。

 リンネとデュエルしていたときの康助は、未来の自分の姿。
 いつか再び、あのときの強さを現実にするために。



 ◆



「吉井。カード保管庫の中に、少し面白い効果を持ったカードがあるんだが、そいつをちょっと見てみないか?」
「あ、佐野先輩。はい、今行きます」

 佐野の誘いを受けて、立ちあがる。

 翔武生徒会が誇る、カード保管庫。
 そこには、古今東西、様々な場所から集められた、100万枚を超えるカードが収められている。
 生徒会に入って半年も経たない康助は、その全貌を把握することすらできていない。

 そんな康助にとっての未開の領域から、それらしいカードを見つくろって教えてくれる。
 豊富な知識と経験を兼ね備えた先輩たちの助けは、まだまだ未熟な康助にはなくてはならないものだった。

「万能のデッキとやらの正体は皆目見当もつかないが、それでも、お前の守備型デッキを強化するのに、少しは役立つんじゃないかと思ってな」
「あ、ありがとうございます! 先輩」

 誰にも理解できないような目標を掲げているのにも関わらず、少しでも自分の助けになろうとしてくれる。
 そんな生徒会の仲間たちには、どれだけ感謝してもしきれない。

 佐野は、カード保管庫の扉を開けて、電灯のスイッチに手を伸ばした。
 ところが、何度スイッチを入れても、明かりがつかない。

「あれ……。電灯切れ、ですか?」
「いや。全部まとめてとなると、何らかのトラブルだろうな」

 佐野は、このことを報告してくると言い残して、生徒会室を出ていった。

 この保管庫には、直射日光が入らないように窓が設置されていない。
 明かりがつかないとなると、中は昼でも真っ暗だった。

「これは……しばらく時間がかかりそう、かな」

 ぽつりと呟いた康助に、後ろから声がかけられた。

「大丈夫よ、吉井君。私にまかせて?」

 振り向くと、そこには天神が立っていた。
 天神は、一人で薄暗い保管庫の中へと入っていく。

「あの……天神さん?」
「ふふ。見ててね?」

 そう言うと、両手でぎゅっと握り拳を作り、力を込めだした。

「ふっ……! んんん……!」

 天神の身体が、ほのかな淡い輝きを帯びる。
 それは、リンネとのデュエルで、康助が見たものと、まったく同じだった。

「どう、便利でしょ? 私、いつでも光の粒子を出せるようになったのよ?」

 天神の周りを、きらきらと輝く光の粒が飛び交っている。
 それは、ほんの少量だったが、保管庫の中を明るく照らすには十分だった。

 人間としてこの世に生を受けた以上、天神には、リンネのような神様としての力や制約は、ほとんど備わっていない。
 しかし、辛うじて、こうして光の粒子を出すことだけはできるようになったとのことだ。
 もちろん、だからと言って、これが光る以外に何かの役に立つことはないのだが。

「吉井君は、何のカードを探しているの?」
「えっと、確か……」

 康助は、佐野から聞いたカードの名前を口にする。

「それなら知ってるわ。さ、行きましょ?」

 そう言うと、天神は、康助の腕を掴んで歩きだした。



 ◆



 30分後。

「さて、と。こんなところかな」

 康助は、組み上げた新しいデッキを、デッキケースにしまう。

「……あの、天神さん?」
「ん? どうしたの、吉井君」

 嬉しそうに微笑む天神に向かって、言う。

「……僕の腕、いつまで掴んでるんですか?」
「ふふ」
「いや、ふふ、じゃなくてですね……」

 光の粒子は、部屋全体を照らしている。
 にも関わらず、デッキを調整している間、天神はずっと康助のすぐ傍を離れなかった。

「えーと……」

 思えば、夏休みが明けてから、天神の様子が、ほんの少し変わったような気がする。
 些細なことでもよく話しかけてきたり、妙に積極的になったというか。

「…………」

 まあ、今年の夏休みには、あれだけのことを経験したのだ。
 どんな心境の変化があったにせよ、こうして天神が幸せそうに笑ってくれるなら、それで十分だ。

 そんなことを、康助は思う。

「それじゃ、行きましょうか」
「うん」

 2人連れ立って、カード保管庫を後にする。



「吉井! デッキ構築が終わったなら、アタシと一勝負しようぜ!」
「あ、見城さん」

 保管庫を出るやいなや、すぐにデュエルを申し込まれた。

「分かりました。デュエルしましょう」
「神をも超えた人間に挑む孤高のデュエリスト、見城薫! くーっ! 燃えてきたぜ!」

 リンネとの闘い以来、見城は康助のことをどこか神格化している節があった。
 暇さえあれば、しょっちゅうデュエルを挑まれている。

「だが! 相手がどれほど強かろうと! アタシは決して怯まない!」
「僕、まだ一度も見城さんに勝ったことありませんけど……?」

 見城は、デュエリスト能力を失った理由がリンネの気まぐれのようなものだったと分かっても、とくに気にしている様子はない。
 能力抜きでの新たなデュエルスタイルを、日々模索している最中らしかった。

「おっ、吉井に見城。デュエルすんの? あたしも観戦させてもらおうかしら」
「なら、俺も観させてもらおうか」

 朝比奈と、報告を終えて生徒会室に戻ってきた佐野が、2人のデュエルの見学を始める。
 天神も、少しだけ名残惜しそうに、掴んでいた康助の腕を離した。

「吉井君! 頑張って!」

 その代わりとばかりに、声をあげて応援する。
 康助は、そんな天神の声援に、手を振って応えた。

「よーっし! それじゃ、行くぜ、吉井!」

「はい!」





「「デュエル!!」」





 翔武学園生徒会。

 彼らの日常は、これからもずっと、続いていく。










 決闘学園! 3  END




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