決闘学園! 2

製作者:豆戦士さん




<目次>

 プロローグ
 1章  決勝戦前日〜翔武学園
 2章  決勝戦前日〜東仙高校
 3章  予期せぬ共闘
 4章  1戦目 揺るぎない未来
 5章  2戦目 封じられた守備表示
 6章  3戦目 うごめく陰謀
 7章  4戦目 立ちはだかる絶対防御
 8章  5戦目 E・HERO VS 不死なる敵
 9章  絶望の最終決闘
 《読者への挑戦状》
 10章  不死、終わるとき
 エピローグ





プロローグ



「「デュエル!!」」


 私立翔武(しょうぶ)学園高等学校。その生徒会室に、闘いの始まりを告げる声が重なって響く。

「僕のターン、ドロー! まずは、手札の『グラナドラ』を召喚します!」

 吉井 LP:8000 → 9000

 攻撃力1900を誇る爬虫類族モンスターが、少年の場に召喚された。
 その効果によってライフを回復した彼の表情は、自信と希望に満ち溢れているように見える。

「さらに、カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 少年の名前は吉井(よしい)康助(こうすけ)。つい先日入学式を終えたばかりの新1年生でありながら、とある事情によって、今日から翔武学園の生徒会役員に名を連ねることになった。
 この闘いは、康助にとって、生徒会の一員としての初デュエル。憧れていた翔武生徒会のメンバーになることができた喜びで、康助の気分は高揚していた。
 基本的には守備重視のデッキを使うのにも関わらず、1ターン目から攻撃的な姿勢を見せているのは、その表れだろう。

 (2ターン目)
 ・相手 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・吉井 LP9000 手札4
     場:グラナドラ(攻1900)
     場:伏せ×1


「アタシのターン、ドロー! ……1ターン目からライフ回復か。面白ぇ! だったらこっちは、手札から、『氷結界の番人ブリズド』を召喚するぜ!」

 一方で、相手フィールド上に最初に姿を現したのは、青い鎧兜を身にまとった、白い鷹のようなモンスターだった。
 だが、その雄々しい姿とは対照的に、攻撃力はわずかに300。戦闘破壊されたときにカードを1枚ドローする効果を持つものの、それを攻撃表示で召喚することは、一見すると自殺行為にも思える。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 (3ターン目)
 ・相手 LP8000 手札4
     場:伏せ×1
     場:氷結界の番人ブリズド(攻300)
 ・吉井 LP9000 手札4
     場:グラナドラ(攻1900)
     場:伏せ×1


「僕のターン、ドロー!」
 勢いよくカードを引く康助。引いたカードを見て、思わず笑みが零れてしまう。
「手札から、速攻魔法『スケープ・ゴート』を発動! その効果によって、僕の場に、4体の羊トークンが守備表示で特殊召喚されます!」
 その言葉の通りに、柔らかい毛並みの小さな子羊が4匹、グラナドラの周囲にふわふわと漂いだした。
 スケープ・ゴートを発動したプレイヤーは、このターン、一切の召喚・反転召喚・特殊召喚を行えなくなるデメリットを負う。しかし、康助の場に並んでいるモンスターは5体。この状況下では、そんな制約などあってないようなものである。
「さらに、手札の装備魔法、『団結の力』をグラナドラに装備! これで、グラナドラの攻撃力は、4000ポイント上昇します!」

 グラナドラ 攻:1900 → 5900
       守:700 → 4700

 自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。そんな強大な力を秘めた魔法カードが、攻撃力1900のアタッカーに力を与える。
「グラナドラの攻撃力は5900、ブリズドの攻撃力は300! この攻撃が通れば、超過ダメージは5600ポイントです! グラナドラで、氷結界の番人ブリズドを攻撃します!」
 4色の羊たちから放たれた淡い光が、グラナドラを包み込む。グラナドラは、その光に小さく体を震わせると、一直線に白き鷹へと襲い掛かった。

 (攻5900)グラナドラ → 氷結界の番人ブリズド(攻300)

 鋭く光る爪が、ブリズドの頭を捕らえる。
 ――その刹那、
「させるかよっ! 罠カード発動、『マジカルシルクハット』!」
 煙とともにブリズドが消滅する。グラナドラの攻撃は空を切った。
 そして、そこに残されたのは3つの大きなシルクハット。
「3つのシルクハットのうち、1つにはブリズド、残りの2つにはアタシのデッキから選んだ魔法・罠カードを隠したぜ。さあ、当てられるもんなら当ててみなっ!」
 横一線に並んだ3つのシルクハットを前に、相手が挑発してくる。
「くっ……、だったら僕は、真ん中のシルクハットを攻撃します!」
 ダメージを与えることには失敗したものの、攻撃自体が防がれたわけではない。
 再び、尖った爪がシルクハットを襲う。

 (攻5900)グラナドラ → 裏守備 → 氷結界の番人ブリズド(守500):破壊

 その中に潜んでいたのは白い鷹。ブリズドは、シルクハットごと切り裂かれて消滅した。
 確率1/3の賭けに勝ったことで、康助は自分の手を軽く握り締める。

「ふふっ、ありがとな。アンタのおかげで、アタシのコンボは大成功に終わったぜっ!」
 しかし、喜んでいたのは相手も同じだった。
「ブリズドが戦闘で破壊されたことにより、カードを1枚ドロー! さらに、フィールド上から墓地に送られた2枚の『おジャマジック』の効果により、デッキから6枚のおジャマを手札に加える!」
 デュエルディスクからデッキをいったん外し、そこから6枚のカードを選び出す。これにより、相手の手札は、一気に11枚まで膨れ上がった。

 マジカルシルクハットの効果で呼び出された2枚の魔法・罠カードは、バトルフェイズ終了時に墓地に送られる。それは、言い換えれば、好きな魔法・罠カードを2枚まで墓地に送れるということに他ならない。
 そして、おジャマジックは、手札またはフィールド上から墓地に送られたとき、自分のデッキから『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・ブラック』を1枚ずつ手札に加える通常魔法である。
 このコンボによる手札増強、それが相手の本当の狙いらしかった。

 (4ターン目)
 ・相手 LP8000 手札11
     場:なし
     場:なし
 ・吉井 LP9000 手札3
     場:グラナドラ(攻5900)、羊トークン(守0)×4
     場:団結の力(装魔)、伏せ×1


「アタシのターン、ドロー!」

 8枚もの手札差がついているものの、現状、ボード・アドバンテージ面では圧倒的に康助に利がある。それに、相手の大量の手札のうち6枚は、攻撃力0、守備力1000の通常モンスター、おジャマで占められている。客観的に見ても、決して康助が不利だとは言えない状況だ。
 加えて、康助の場に伏せられているカードは、『聖なるバリア−ミラーフォース−』。相手の攻撃宣言時に発動して、相手の攻撃表示モンスターをすべて破壊する罠である。これが伏せられている限り、相手の攻撃はそうそう通らないと言っていい。

 ここ数日で、康助は自分より格上のデュエリストたちと何度も闘ってきた。その経験に裏打ちされた確かな自信が、身体の中に満ちているのが自分でも分かる。
 これは、自分の生徒会デビュー戦。先輩たちも見守ってくれている。このデュエルに勝って、自分を生徒会に入れてくれた先輩たちの恩に報いたい。

 僕は、勝てる。

 康助は、そう確信していた。
 現に、相手に視線を向けてみても、大量の手札を前にして何やら考え込んでいるようで、一向に何かをしてくる気配がない。それに、攻撃力5900のモンスターと、ミラーフォースの鉄壁を突破する手段なんて、そう簡単に見つかるわけが――

「決めたっ! 引けるかどうかは賭けだが、ここは攻めてみることにするぜ! もし成功したら、アタシの勝ちが決まるしな!」

 どうやら、そう簡単に見つかったようだ。

「手札の『魔法再生』をコストに、『鳳凰神の羽根』を発動だっ! 墓地のおジャマジックを、デッキの一番上に戻す!」
 デュエルディスクの墓地に手をかざすと、宣言されたカードが選び出される。それを力強く引き抜き、自分のデッキトップに置く。
「こっからが本番だぜ! アタシの特殊能力発動! 手札のおジャマ6枚を墓地に送ることで、相手に3000ポイントのダメージを叩き込むっ!」

 吉井 LP:9000 → 6000

(なっ……! この人も、能力者……っ!)
 驚いてのけぞる康助。冷静に考えれば当然考慮して然るべき可能性なのだが、つい浮かれてそのことを失念していた。
 そんな康助をビシッと指差し、相手は自信満々な様子でこう宣言する。

「これがアタシの二ッ星能力! 自分のメインフェイズに、自分の手札を任意の枚数捨てることで、自分もしくは相手プレイヤーに捨てた枚数×500ポイントのダメージを与える! 名づけて、『見城(けんじょう)スラッシャー』だぜっ!!」

 デュエリストの、特殊能力。

 それは、限られた人間にのみ宿る、デュエル中に何らかの異能を発生させる力である。
 十代初めの人間のごく一部に突然発現し、二十歳を過ぎると自然と失われてしまうこの力は、今から30年ほど前に初めて発見されたと言われている。
 ただ、分かっているのはそれだけで、発現の法則や原因、能力の仕組みなどはまったくと言っていいほど解明されていない。
 それでも便宜的に、この特殊能力は、その強さに応じて5段階に分類されている。最弱がレベル1、最強がレベル5。三ッ星能力などという呼び方は、モンスターカードのレベルになぞらえての呼称である。
 レベルは高ければ高いほど希少性が高く、レベル5の能力者に至っては、いまだに世界中で10人程度しか確認されていないという。
 この能力強度を測るためには、普通、翔部生徒会にも設置されている専門の機器が必要になる。だが、高位の能力者であれば、個人差はあるものの、何も使わずとも近くで発動した他人の能力レベルを知ることができる。

 なお、念のためつけ加えておくが、自分の能力に名前をつける必要は、別にない。

「まだまだ行くぜっ! 手札から、3枚目の『おジャマジック』を捨てて、能力発動! 見城スラッシャー!」

 吉井 LP:6000 → 5500

「その効果で手札に加えた3枚のおジャマをさらに捨てて、見城スラッシャー!」

 吉井 LP:5500 → 4000

 康助のライフが、一気に半分以上削り取られる。
(ぐうっ……! でも、これで向こうの手札は残り3枚。おジャマも9体使い切ったわけだし、これ以上のダメージを受けることは――)
「これで、アタシの墓地にモンスターは10体! よって、手札の『貪欲な壺』2枚を発動することが可能になるっ! 4枚ドロー!」
 墓地のモンスター5体をデッキに戻すことで、デッキから2枚のカードをドローする。そんな効果を持った貪欲な壺が、2枚連続で発動された。
「アタシの手札は残り5枚! これを全部叩き込む! 見城スラッシャー、全弾発射(フルバースト)!」

 吉井 LP:4000 → 1500

 相手の墓地に、5枚のカードが吸い込まれていく。
 『打ち出の小槌』、『ライフチェンジャー』、『貪欲な壺』、『財宝への隠し通路』、そして、さっきデッキに戻った、『おジャマジック』。

 デッキに戻った3枚のおジャマが、再び相手の手札に加えられた。

「これでトドメだ! もう一度、見城スラッシャー、全弾発射っ!!」

 デュエリスト能力は、公的に認められ世の中に認知されている力ではない。ゆえに、能力を発動させたところで、デュエルディスクが何らかのCGエフェクトを表示してくれることはない。
 しかし、芝居っ気たっぷりなこの相手の仕草を見ていると、まるで手札を1枚捨てるたびに、一太刀の斬撃が康助を切り裂いているかのように錯覚させられる。

 無論、この能力は妄想の産物ではない。本来のルールならばありえないダメージが発生しているのは確たる事実である。
 現に、今の能力発動によって、康助のライフは、ちょうど、

 吉井 LP:1500 → 0

 0に、なった。



「はいそこまで。勝負あり、ね」
「朝比奈、先輩……」
 ソリッドビジョンが完全に消滅したのを確認すると、今までデュエルを観戦していた栗色の髪の小柄な女子生徒が手を叩いて近づいてきた。
 彼女の名前は朝比奈(あさひな)翔子(しょうこ)。生徒会役員の3年生にして、かなり希少な四ッ星能力の使い手でもある。康助が生徒会に入れることになったのも、彼女の采配によるところが大きい。
「どうしたの? あんたにしてはやけに攻撃的なデュエルだったけど、何かあった?」
「えっ!? あ……えっと、攻めるチャンスだと思ったので、つい……」
 申し訳なさそうに、俯いたままボソボソと呟く康助。まさか、先輩たちにいい所を見せようと思ってはりきっていたなどとは言えない。しかも、それで負けてしまっているのだからなおさらだ。
「……ふ〜ん。ま、これからはこんな相手とガンガン闘っていくことになるんだからね。しっかり気合いを入れて頑張りなさいな」
 整った顔立ちをニヤリと歪ませ、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。
 もしかしたら、先輩には僕の安いプライドなんてお見通しだったのかもしれない。そう思うと、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 一人で赤くなっている康助の下に、今度は体格のいい男子生徒からのアドバイスが入る。
「相手が攻撃力の低いモンスターをわざわざ攻撃表示で出してきたら、そこには必ず何らかの狙いがあると考えたほうがいい。特に、そういう状況での伏せカードには、いくら警戒してもしすぎることはない」
 朝比奈とは違い、具体的な指摘が飛んでくる。
 野性味を感じさせる鋭い眼差しを持ちながら、どこか愛嬌のある顔立ちをしている彼の名前は佐野(さの)春彦(はるひこ)。同じく翔武生徒会の3年生で、彼の能力はレベル3である。
「どうやら相手が能力者である可能性を忘れていたようだが、それは致命的だったな。能力デュエルで重要になるのは、デッキと能力とのシナジーだ。どんな能力が来るか分からない、ではなく、どんな能力が来ても対応できるように、相手のプレイングから能力を見極めようとする癖をつけるといい」
 こちらも適切な注意。やはり、能力の存在が頭から抜け落ちていたことは、傍目からはバレバレだったらしい。ますます顔が赤くなる。

「でも、闘いのリズムはとてもよかったと思うわ。お互いに、攻めと守りのタイミングがはっきりしていて、私はこういうの、好きかな」
 ふんわりとした微笑みを浮かべながら、すらりとした体躯の少女が優しく声をかけてくれる。
「天神さん……」
 天神(あまがみ)美月(みつき)。艶やかな長い黒髪を背中に流した、どこか上品な雰囲気の漂う、「お嬢様」という言葉がよく似合う少女である。
 彼女のレベルは最高級の五ッ星。『相手の場にモンスターが現われたとき、一切の効果を発動させずに、そのモンスターをそのまま持ち主の手札に戻す』という、それだけで大抵のデッキを封殺できてしまう絶対的な能力の持ち主だ。
 彼女には、強大な能力を持つがゆえに他人から妬まれ、家に引きこもってデュエルをやめてしまったという過去がある。だが、生徒会メンバーからの訴えにより、自分の能力と向き合うことを決意。康助にデュエルで負けたことをきっかけに、翔武学園にも登校するようになった。
 そんな事情があって、一度留年している彼女の学年は現在1年。康助と同じクラスに所属していながら、年齢は康助よりも1つ上である。
「確かに吉井君は、予想外の出来事に対処するのがちょっと苦手みたいだけど、その発想力には光るものがあるわ。もっと自分に自信を持ってみてもいいんじゃない?」
 落ち着いた声で、くすりと笑ってそう告げる。
 その言葉は、過去の天神自身にも向けられるべきもの。昔の自分を茶化すかのようにそう告げる天神の姿に、もう自身の能力を嫌悪している様子は微塵も感じられない。

「あ……天神さん、朝比奈先輩も、佐野先輩も、ありがとうございましたっ!」
 思いっきり頭を下げる康助。三者三様の言葉をかけてくれるみんなを見て、この生徒会に入ってよかったと心から思う。
「うむ。感謝の気持ちを忘れないのはいいことよね。まあでも、これからは同じ生徒会の仲間なんだから、もっとフランクな感じでいいわよ。あんたも、天神も、それから見城もね」
 そう言った朝比奈は、さっきまで康助と闘っていた対戦相手に視線を向ける。
「さ、見城。顔合わせデュエルも終わったことだし、この2人に自己紹介してちょうだい」
「了解! アタシの名前は見城(けんじょう)(かおる)。マイフェイバリットカードはおジャマ。こないだ入学したばっかだけど、アツいデュエルが好きな気持ちは誰にも負けない自信がある! あと、さっきのデュエルでも言ったけど、アタシの能力レベルは2だ! これからはよろしくな!」
 どうやら1年生らしい、元気のよさそうな印象の少女は、快活な口調で爽やかにそう告げると、握手を求めて手を伸ばしてきた。

 まずは、康助が握手に応じる。
「よろしくお願いします。あ、そういえば、見城さんは、選考会を勝ち抜いて生徒会役員になったんですよね?」
「おう! 三次選考の相手はなかなか手強かったぜ! おジャマジックと能力のコンボが決まり手で、何とか勝てたけどな!」
「へぇ……。実は僕、二次選考と三次選考で何が行われていたのか知らないんですよね」
「そっか。確か吉井は、一次選考に落ちたけどレベル5の能力者に勝ったってんで、生徒会に入ったんだったな。先輩から聞いてるぜ。レベル0がレベル5を倒すなんて、まさにアタシの理想とするアツい展開そのものじゃねぇか! アンタすげぇぜ!」
「あ、ありがとうございます……」
 握ったままの手をぶんぶんと振り回される康助。自分が天神さんに勝ったことは確かなのだが、1ポイントのダメージも与えられずに負けた相手から褒められても、どうにも素直に誇ることができない。

 ふと目をそらすと、そんな様子をニヤニヤしながら眺めている朝比奈が視界に入ってきた。
 そもそも今日のデュエルは、正規の方法で生徒会に入った見城と、特例で入会を果たした康助をためしに闘わせてみようという朝比奈の発案で行われたものである。天神に勝った日の翌日の放課後、生徒会室を訪れた康助は、相手のことをよく知らないまま見城と闘うことになった。もちろん、見城もこちらのデッキについての知識は白紙のため、完全にフェアな条件下でのデュエルではある。
 それでも、冷静に考えてみれば、一次選考に落選している康助と、自力で選考会を勝ち抜いてきた見城との実力差は歴然。舞い上がっていた康助は気づかなかったようだが、おそらくはこのデュエル、康助が完膚なきまでに負けることは朝比奈にとって予想通りの出来事だったのだろう。

「アンタは天神、だったな。アタシもいつか、アンタを倒してやるから、覚悟してろよっ!」
「ええ。とっても、楽しみに待ってるわ」
 続けて、天神と見城が握手を交わす。すらりと伸びた腕と、女性ながらがっしりとした腕とが対照的だ。
「能力についても聞いてるぜ。モンスターを手札に戻すんだってな。だったら、アタシの見城スラッシャーで一気にライフを0にしてやるまでだぜ!」
 その言葉に、天神が何かを思い出したように口を開く。
「あ、見城さん。そのことで、私、1つ気になっていることがあるんだけど、いいかしら?」
「お? アタシの能力についてか? いいぜ。遠慮なく質問してくれよな」
「あなたの能力、その『見城スラッシャー』っていう名前のことなんだけど……」
「ああ、そのことか。前にも訊かれたぜ。アタシ、バトル漫画とか大好きだからさ、そういうカッコいい技名に憧れてるんだよ。こう、技名を叫んで技を出すのが昔からの夢だったんだよな。だから、アタシに能力が目覚めたときには震え上がるくらい感動したんだぜ? ……ま、こんなことしてるヤツが他にいないのは分かってるけどさ。そんだけの話だから、あんまり気にしないでくれよな!」
 少し恥ずかしそうに、こめかみを掻きながら答える見城。
「あ、いや、そういうことじゃなくてね」
 天神は、手を振って否定すると、先ほどから感じていた疑問をぽつりと呟いた。


「『見城スラッシャー』だと、英文法的に、切断(スラッシュ)されるのは見城さんの方になるわよ?」


「…………………………マジか?」
 たっぷり10秒ほど黙り込んだ後、見城が呟く。
「……確かに、なんとかスラッシャーは、なんとかを切り裂く者、みたいな意味、ですね……」と康助。
「……そんな文法、中学で習った覚えがないんだけど」
「意外と、直接的に教わることは少ないかもしれないわね」天神。
「……アタシ、三次選考で、技名叫びまくった気がするんだが」
「……いや、何か深い理由があるのかと思って、触れないようにしていたんだが……」目を逸らす佐野。
「……今日のデュエルが始まる前も、『ん。印象に残っていいじゃない、あんたの技名』って」
「ぷぷ……いや、あたしは、別に嘘は言ってないし……面白いから放っておこうかな、とは思ったけど……ぷっ」笑いをこらえる朝比奈。
「やっぱ確信犯かっ!」
「あ、ちなみにそれも誤用ね」天神。
「………………っ!!」みるみるうちに顔が赤くなる見城。
「えっと……その能力、自分にも打てるみたいですし、あながち間違いというわけでは……」苦しい言い訳。
「でも、相手に対して発動したときに使うのは、やっぱり違うんじゃないかしら」正論。
「……『魔導戦士 ブレイカー』のようなものだと考えれば……」それも苦しい。
「『プレートクラッシャー』……あの戦士の名前はプレート……ぷっ」トドメ。
「………………ぐはあっ!」倒れる見城。


 その後、彼女が正気に戻るまでに、1時間ほど要したと言われている。


 ◆


「さて、と。大会は2ヶ月後。今年はメンバーが参加人数ギリギリの5人だから、一人でも欠けたらアウト。気張って行くわよ!」
「……おー」
 いまだに立ち直れていない見城を尻目に、朝比奈が涼やかな声で元気よく宣言する。

 私立翔武学園高等学校生徒会。その活動内容は、普通の生徒会とは一味違う。
 毎年6月に開催される、この地区の大半の高校が参加するデュエル大会。その大会に出場できるのは各校からちょうど5人。そして、ここ翔武学園では、その5人のメンバーは生徒会役員の中から選ばれるのが通例となっている。
 そのため、ここの生徒会に所属するためには、生徒会主催の厳しい選考会に合格しなければならない。そしてその活動も、大半が役員のデュエル能力の向上を図るものである。そのための環境もこれ以上ないくらいに充実しており、何千冊ものデュエル関連書籍や数々のDVD、そして世界各地から集められたカードの山などを、生徒会役員は自由に使用することができる。
 この生徒会がそんな恵まれた環境にある理由は、大会優勝校に送られる多額の寄付金にある。
 寄付金の多くは、下位組織である委員会に回され、生徒たちの生活を潤すために使われる。だが残りは、次回も寄付金を勝ち取ってくるための先行投資として、生徒会に回されることになっている。そこに9年連続優勝という実績が合わされば、この現状にも納得がいくというものだ。

「ところで、見城さんの他に、合格者は出さなかったんですか? 役員が全部で5人だけって、結構危ないような気がするんですけど」
「ん〜。どうやら今年はハズレ年みたいで、他にめぼしいデュエリストが見あたらなかったのよね。能力者にしたって、見城以外にはレベル1が数人いたくらいだし」
「その前の数年が異常だっただけだろうな。全国的には、レベル3が1人いるだけで相当珍しいんだ」
「ま、あの大会には補欠制度がないから、5人だろうが6人だろうが大差ないのよ。それに、少数精鋭の方があたしの好みだしね」
「翔子の好みはともかく、人数だけ増やしても仕方がないのは確かだ。俺たちで話し合った結果、今年はこの5人だけで行くことに決めた。今さらだが、何か異論はあるか?」
 もちろん、異を唱える人物は誰もいない。
 生徒会メンバーが参加人数ギリギリしかいないということは、その全員が大会出場者であるということ。つまりは、天神も見城も、そして康助も、先輩たちから信頼されているということに他ならない。
「今年も、我ら翔武生徒会が目指すのは優勝! というか、それ以外認めないから、死ぬ気で勝ちに行きなさいよ!」
 拳を突き上げて叫ぶ朝比奈。
「誰が誰に勝ったか、そして負けたか。大会の結果は逐一全校生徒に公表される。それをいい意味でのプレッシャーに変えて、頑張ってほしい」
 静かだが、力強い口調で告げる佐野。
「いったい、どんな相手と闘えるのかしらね。今から楽しみだわ」
 微笑みを絶やさずに呟く天神。
「……大会までに……新しい技名、考えねーとな……」
 何やらブツブツと独り言を漏らす見城。

 そして、この日。
(たとえレベル0だって、レベル5に勝つこともできる。能力の差だけじゃ、勝負は決まらない。……そう言ったのは、僕だ。僕に期待してくれているみんなのためにも、僕は……この大会で、勝つんだ!)
「はい! 全力で、頑張ります!」

 決意を胸に、吉井康助は、新たな一歩を踏み出すのであった。





1章  決勝戦前日〜翔武学園



 ――というやり取りが行われていたのが、今から2ヶ月半ほど前のこと。

 6月29日、金曜日の放課後、翔武学園。
 そこには、手元のプリントを見つめて立ちつくす、康助の姿があった。
 康助が凝視しているのは、今年の大会における、翔武学園の今までの戦績。


 第1回戦   ○(4勝)私立翔武学園高等学校 VS 光蘭高等学校(1勝)×

 1戦目 ×(Lv.0)1年 吉井 康助 VS 白鳥 雅史 1年(Lv.0)○
 2戦目 ○(Lv.4)3年 朝比奈 翔子VS 藤林 誠二 2年(Lv.0)×
 3戦目 ○(Lv.2)1年 見城 薫  VS 長沼 千鶴 2年(Lv.2)×
 4戦目 ○(Lv.3)3年 佐野 春彦 VS 成瀬 貴久 1年(Lv.0)×
 5戦目 ○(Lv.5)1年 天神 美月 VS 水野 澄子 3年(Lv.1)×


 第2回戦   ○(4勝)私立翔武学園高等学校 VS 私立星条学院高等学校(1勝)×

 1戦目 ○(Lv.3)3年 佐野 春彦 VS 根岸 潤  3年(Lv.2)×
 2戦目 ○(Lv.5)1年 天神 美月 VS 鈴木 悟郎 3年(Lv.1)×
 3戦目 ×(Lv.0)1年 吉井 康助 VS 五十嵐 みなも 3年(Lv.1)○
 4戦目 ○(Lv.4)3年 朝比奈 翔子VS 小野寺 奈々子 2年(Lv.0)×
 5戦目 ○(Lv.2)1年 見城 薫  VS 宮野 克彦 3年(Lv.0)×


 第3回戦   ○(4勝)私立翔武学園高等学校 VS 鳥ノ宮第一高等学校(1勝)×

 1戦目 ×(Lv.0)1年 吉井 康助 VS 小林 速人 2年(Lv.0)○
 2戦目 ○(Lv.3)3年 佐野 春彦 VS 玉木 ゆい 3年(Lv.0)×
 3戦目 ○(Lv.5)1年 天神 美月 VS 滝 修治  1年(Lv.2)×
 4戦目 ○(Lv.2)1年 見城 薫  VS 播磨 靖広 3年(Lv.1)×
 5戦目 ○(Lv.4)3年 朝比奈 翔子VS 加賀美 玲一 3年(Lv.4)×

(※相手のレベルは、公的な申告制度がないため、デュエル中に発動した能力から朝比奈と天神が判断したものを表記)



 トーナメント形式で行われるこの大会において、一般の参加校が優勝までにこなすべき試合数は、全部で7試合。他方で、昨年度の優勝校である翔武学園にはシード権が与えられており、再び頂点に立つまでに勝ち抜くべき試合数は全部で4試合しかない。そして、うち3試合はすでに翔武の勝利で幕を閉じており、残るは決勝戦を明日に控えるのみである。
 その3試合において、翔武学園は能力レベル、デュエルスキルともに圧倒的だった。1ポイントのダメージも受けずに勝利したデュエルも珍しくない。例年にも増して高い水準で安定した実力に危なげな様子はまったく感じられず、他の高校を寄せつけないその強さは、まさに圧巻であると言えた。

 ――とあるデュエリストを除いては。

(どこからどう見ても、僕一人だけ場違いな戦績だよなぁ……)
 いまだに一度も勝ち星をあげられていないその人物は、持っていたプリントをしまうと、顔を上げて目の前の掲示板に視線を向けた。
 そこに貼られているのは、ついさっきまで康助が見ていたものとほとんど同じ体裁で書かれている戦績表。以前佐野が言っていた通り、生徒会メンバーの誰が勝って誰が負けたのか、その結果は逐一全校生徒の目に触れる場所に掲示されることになっていた。ちなみに、掲示されている方の紙に能力レベルの表記はない。
(次が最後の闘い……。せめて、次の相手にだけは勝たないと、な……)
 他の4人が3勝0敗の中、一人だけ0勝3敗。高レベルの相手に勝つどころの話ではない。
 入学当初よりは強くなっていると思うのだが、蓋を開けてみれば結果はこの通り。いつもいい所までは行くのだが、どうしてもあと一歩のところで負けてしまう。
(でも、そう思うだけで勝てたら誰も苦労しないよな……。はぁ…………)
 勝ちたくても勝てないもどかしさは募るものの、だからといって何をすればいいのか見当もつかない。いいアイデアは一向に浮かばず、口をついて出てくるのはため息ばかりであった。

「よう吉井。またなんか冴えない表情してるな。今度はどうした? ……って、訊くまでもなさそうだけどな」
「まあ、そんな所でボーっと突っ立ってりゃあな」
 ぼんやりと立ちつくしていた康助の背後から声がかけられる。
 振り向くと、そこには予想通り、康助のクラスメイトが2人。
「山本、渡辺……」
 今年の選考会に落選して以来、来年の栄光に向けて毎日欠かさずデュエルの修行に明け暮れている2人(本人談)は、康助の肩に手を置いて告げる。
「……オレは考えたんだよ、吉井。お前が勝てない原因、お前に足りないものは何か、ってな。……そうしたら、昨日、ようやくある結論に至った」
「僕に……足りないもの? それって一体……」
 低い声で重々しく語る山本の言葉に、ついつい引き込まれてしまう康助。
 自分に欠けているもの、それが分かれば、この状況から抜け出せるかもしれない。そんな期待を胸に抱いて、山本が言葉を紡ぐのを待つ。
「お前に一番不足しているもの、それは…………」
 ごくり。

「…………ズバリ、火力だ」
「…………へ?」
「守備偏重のお前のデッキに欠けているもの、それは、オレや渡辺のデッキにあるような、強大な攻撃力だ。デュエルは守っているばかりじゃ勝てない。相手のライフポイントを0にできなけりゃ、絶対に負けちまうんだよ」
「え、えーっと……」
「そこでだ。明日の決勝戦が終わるまでの間、お前にオレのカードを貸してやる。さすがに『ダイス・ポット』を貸すわけにはいかないが、それでもこいつらは、オレの危機を何度も救ってきた、魂のカードたちだ。発動できれば確実に相手にダメージを与えられる。その威力のほどは、オレが保証するぜ」
 そう言って山本が取り出したカードは、

 『昼夜の大火事』。相手ライフに800ポイントのダメージを与える。3枚。
 『火あぶりの刑』。相手ライフに600ポイントダメージを与える。3枚。
 『ファイヤー・ボール』。相手ライフに500ポイントダメージを与える。3枚。
 『雷鳴』。相手ライフに300ポイントダメージを与える。3枚。

 計、12枚。

「……………………」
「どうだ? 驚いて声も出ないか? ま、これでオレのデッキは28枚になっちまうけどよ。来週の月曜に返してくれればいいから、こいつで勝って来い、吉井!」
 康助の背中を強く叩くと、それらのカードを渡そうと手を伸ばして――
「あっ! いや、えーと……そのカードだったら、生徒会にも置いてあるから、わざわざ山本から借りなくても大丈夫! アドバイスありがとう!」
 とっさに上擦った声が口をついて出る。動揺しているのがバレバレの声色だったが、当の山本と渡辺はまるで気づいていないようだ。
「そうか? まあ、それならそれでいいか。決勝戦、今度こそ負けんなよ!」
「何なら、オレの『激昂のムカムカ』や『無限の手札』も貸してやってもいいんだぜ? オレのデッキのエースカードだが、お前に使ってもらえるなら悔いはねえ!」
「そ、それも生徒会にあったはずだから、気を使わないで! ……うん、何だか、僕、勝てるような気がしてきたよ!」
「おっ! その意気だ。キーワードは火力。オレたちの応援、忘れるんじゃねえぞ!」
「ま、あんまり気負い過ぎないように頑張れよなっ!」
 そんなやり取りの後、2人は手を振りながら去っていった。

 ………………。
 …………。
 ふぅ。

 2人の姿が見えなくなり、思わず嘆息してしまう康助。
(僕のデッキに対して火力って、デッキ変えろって言ってるようなもんだよなぁ……)
 康助のためを想っての行為であることに間違いはないのだが、相変わらずデュエルに対する感覚がどこかずれている2人であった。
「というか雷鳴って……あんなカードまで3枚入れてたのか……。いくら何でも、たったの300ダメージしか与えられない通常魔法カードに、何の使い道が……」
「あら。私はそうは思わないけど?」
「あ、天神さんっ!?」
 驚いて振り返る。いつの間にこんなに近づかれていたのか、まったく気がつかなかった。しかもどうやら、つい思っていたことを口に出してしまっていたらしい。
「どんなカードにだって、そのカードにしかできないことがあるわ。そして、その可能性を最大限に引き出してあげるのがデュエリストの役目。私は、そう思うんだけどな」
 言っていることは分かるのだが、具体的に雷鳴が役に立つ場面というのが想像できない。そんな康助をよそに、天神は柔らかな声音で続ける。
「そしてそれは、デュエリストにも言えること。どんなデュエリストにだって、その人にしかできないことが必ずあるわ。それぞれのデュエリストが自分の想いを込めて組み上げたデッキのカードを、馬鹿にしちゃだめよ?」
 山本たちとの会話を聞いていたらしい天神は、たしなめるような口調でそう言うと、いたずらっぽくウインクをしてみせた。知的な黒い瞳が優しく揺れる。

「あ……すみませんでした……」
 まるで道徳の教科書にでも載っていそうな内容だが、天神が言うと不思議と説得力が感じられる。彼女のどこか浮世離れした神秘的な雰囲気が、そう思わせているのかもしれない。
「別にいいのよ、気にしてないから。それより、何か悩んでいたみたいだけど、どうしたの? 私でよければ、相談に乗るわ」
 まるで子どもを諭すときのように、ゆっくりと言葉を紡いていく。その包み込むようなオーラに、自然と康助の口から負の感情が漏れ出してしまう。
「あの……僕、本当に生徒会に入ってよかったんでしょうか?」
「え?」
「そもそも、僕が生徒会に入れることになったのは、天神さんに勝ったからですよね。でも、それ以来、1対1のデュエルで生徒会の誰かに勝ったことは一度もありませんし……。大会でも、僕だけ1勝もできずに足を引っ張っていると思うと、何だか申し訳なくて……。1次選考も通れないようなデュエリストが、翔武生徒会に入ってしまって本当によかったんでしょうか? みんなも迷惑だと思ってるんじゃ……」
 一度口に出してしまうと、次から次へと不安が溢れてくる。こんなことを言っても天神を戸惑わせるだけだと分かっていながら、ついつい目の前の相手に苦しい胸の内を吐露してしまう。
「せめて明日の決勝戦くらいは勝たなきゃいけないと思うんですけど……でも、そのための策なんかも全然思いつかなくて……。このままじゃ、僕を役員にしてくれた先輩たちの信頼を裏切りっぱなしになると思うと、怖くて……。天神さん……僕、一体どうすれば……」
 ずっと俯いたままだった康助は、そこでいったん言葉を止めると、ゆっくりと顔を上げた。するとそこには――

 きょとん、とした表情で康助を見つめている、天神の姿。

「吉井、君? それ、本気で言ってる?」
「えっ? 本気のつもり……です、けど……」
 無邪気に首を傾げ、康助の言っていることがまったく理解できないとでも言うような口調で訊ねてくる天神。その不思議そうな様子に、悩みを打ち明けた康助の方が逆に戸惑ってしまう。
 そんな康助をしばらく見つめていた天神は、少し考え込むような素振りを見せた後、清らかな花のように笑って、こう提案した。
「そうね。じゃあ、先輩に直接訊いてみたらいいんじゃない?」
「へっ?」


 ◆


「勘違いもいいところね」
 そして、一蹴。
「確かに、あたしたちはあんたを信頼して生徒会に入れた。けどそれは、絶対にあんたが大会で勝ちをもぎ取ってくるはず、なんて類の信頼じゃない」
「え……?」
「そもそも、あんたの1次選考の戦績。7勝9敗だっけ? 普通のデュエリスト相手にその程度の勝率のあんたが、2ヶ月ちょっと生徒会で特訓した程度で、仮にも各校の選りすぐりが集まってくるデュエル大会で、そう簡単に白星を飾れると思う? あたしも春彦も、そんなことは最初っから分かってるのよ」
「う……。その通り、です……」
 天神とともに、生徒会室を訪れた康助を待っていたのは、朝比奈による容赦のない指摘であった。ちなみに、佐野と見城は、まだ来ていないらしい。
「加えて、高位の能力に恵まれているわけでもない。今のあんたじゃ、これまで生徒会に所属していたどの役員と闘っても、まず間違いなく負けるわね。それも、完膚なきまでに」
「はい…………」
 自分の実力のなさをはっきりと突きつけられて、返す言葉もない。肩を落とし、がっくりとうな垂れる康助。
 一方の朝比奈は、呆れたように肩をすくめている。そうして、一呼吸おくと、ふっと微笑んでこう呟いた。

「それでも、あたしも春彦も、あんたを役員にしてよかったと、心から思っている。それだけは確かよ」

「へっ……? それってどういう……」
「あたしたちがあんたに対して抱いているのは、勝負に負ければ崩れるような安い信頼なんかじゃない。大会なんて、5戦中3勝さえすれば勝ちなんだから、ちょろいもんよ。誰もあんたを迷惑になんて思ってない。誰かが負けても、他のみんながそれをカバーできる。あんたこそ、もっとあたしたちを信用しなさいよね」
 茶目っ気たっぷりに笑う朝比奈。隣に立っていた天神も、穏やかな笑みを浮かべている。
 どうやら自分は、一人で勝手に思い悩んでいただけだったらしい。そのことが分かり、康助はほっと胸をなでおろした。
 そして、安心すると同時に、1つの疑問が浮かびあがってくる。
「じ、じゃあ一体、僕が生徒会に入れた理由、っていうのは……?」
 この程度の強さのデュエリストなどごまんといるはずなのに、自分だけが何故。その当然の問いかけに、朝比奈は、康助の耳元に顔を近づけると、こう囁いた。
「それは、秘密」
「え……?」
「というより、そこは自力で気づいてほしいところね。自分の長所っていうのは、自分で見出してこそより輝くものだし。それに、今あたしたちがそれを教えたところで、あんたはまだ実感持てないだろうしね」
 康助のことなど何でもお見通しだと言わんばかりに、腕を組んで語る朝比奈。渋々納得したような表情になる康助を見て、満足そうにうなずいている。
「ま、どちらにしても、一朝一夕で強くなれるわけはないんだから、気長に頑張んなさいな。大会にしたって、最終的に優勝さえすれば、どこからも文句は出ない。今年も、残るは明日の決勝戦のみ。ちゃっちゃと勝って、10年連続優勝を成し遂げるわよ!」
「…………はい!」
 自分はちゃんと、みんなから認められている。それが分かってもなお、いや、それが分かったからこそ、今度こそは勝ちたいと、しみじみとそう思う康助であった。





2章  決勝戦前日〜東仙高校



「ところで、決勝戦の相手……東仙(とうせん)高校でしたっけ。名前くらいは聞いたことありますけど、一体どんな学校なんですか?」
「ん〜、そうね。あそことは、去年も2回戦で闘ったんだけど、そのときは5‐0でうちの圧勝だったわね。メンバーは、2年生が1人に3年生が4人。その2年生の実力だけがずば抜けてて、こっちもだいぶ苦戦したんだけど、他の3年生はいたって普通の強さ。誰一人として能力使ってくることもなかったし、特に印象に残るような相手でもないと思ってたんだけど……」

 デュエリスト能力の存在が初めて確認されてから、およそ30年。まだまだ未知の領域だらけのこの力に関する情報は、世間に対してある程度の報道規制が行われている。
 未成年を対象にしたデュエル大会の非公開化も、その1つ。能力者の数が増加するのに従って、最近では多くのデュエル大会が一般客の入場を完全に禁止するようになってきている。この大会もその例に漏れず、応援などの理由で参加者以外の人間が会場に入ることは認められていない。
 しかし、この大会が少々変わっているのは、大会参加者であれば、その年の大会中に行われたすべてのデュエルの内容を知ることが可能なことである。すべての試合内容は運営側によってDVD化され、各試合が終了した直後に、全参加校の当事者たちにリアルタイムで送付される。この制度によって、対戦相手のプレイングの傾向などを予め知ることができるようになっているのである。

 ただし、とある1つの高校にだけは、その制度が適応されていない。

「でも、決勝戦まで勝ちあがってくるような高校ですよね?」
「そうなのよ。あたしたちは試合の内容を確認できないから、そこは推測するしかないけど、おそらく優秀な1年生でも入学してきたんでしょうね。まあ、とは言っても、3勝2敗とか、ギリギリの戦績ばっかりなんだけどね」

 この制度の対象外となるのは、前年度の大会における優勝校。
 この大会で寄付金を勝ち取った高校は、翌年、大会中に他校の試合内容に関する情報を得ることができなくなる。DVDは大会終了後にまとめて送られてくるようになり、相手校の戦術はおろか、そもそも大会参加者が誰なのかということすら、実際に対峙するまでは明らかにされない。分かるのは、どの学校が、何勝何敗で勝ったかということだけである。
 もともと、この規則は同じ高校が連続して優勝することを防ぐ目的で提唱された。しかし、優勝校は過去9年間ずっと動いていない。そのため、このルールはもはや翔武学園という特定の強豪校にハンデを負わせるための規則と言っても差し支えない状況になっている。

「こういうとき、相手の試合内容を見られないのって、不便ですよね」
「確かにね。ま、でも、どんな相手が来ようと全力で叩きのめすだけだけどね。小手先の対策をしたくらいで、あたしたちを倒せると思ったら大間違いよ!」
 拳を握りしめて勇ましく叫んだ朝比奈は、そこで何かに気づいたように言葉を止めた。
 しばしの黙考の後、康助にある提案をする。
「……そうね。いい機会だから、去年あたしたちが東仙と闘ったときのDVDでも見ておく?」
「去年の……試合、ですか? ……あ、はい。ぜひお願いします」
 何が「いい機会」なのか、不敵な笑みを顔に張りつかせている朝比奈に若干の違和感を感じつつも、その申し出を断る理由はない。
 康助の返事を聞くやいなや、DVDが収められている棚へと向かう朝比奈。しばらく目的の品を探していたかと思うと、棚から1本のDVDを取り出して、プレーヤーにセットする。
「それじゃ、あんたがそれ見てる間、あたしはちょっと出かけてくるから。天神も一緒に来て、手伝ってくれる?」
「ええ。分かったわ」
 そう言うと、朝比奈と天神は連れ立って生徒会室を出て行った。
 生徒会室に一人残された康助は、早速DVDプレーヤーのリモコンに手を伸ばす。
 「私立翔武学園高等学校 対 東仙高等学校」という簡潔なタイトルのDVDを再生すると、試合開始の宣言などを挟むことなく、すぐに各校代表の1番手同士によるデュエルが始まった。画面下には、両者の学年と名前がテロップとして表示されている。


 「2年 朝比奈 翔子 VS 増尾 陽二 3年」


 ◆


「「デュエル!!」」


「俺のターン、ドロー。モンスターを裏守備で通常召喚し、カードを3枚セット。これで、ターンエンドだ」

 (2ターン目)
 ・増尾 LP8000 手札2
     場:伏せ×3
     場:裏守備×1
 ・朝比奈 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし


「あたしのターン、ドロー! 行くわよ、あたしの四ッ星能力発動! 『自分ターンのメインフェイズに、自分または相手プレイヤーに、100ポイントのダメージを与える』!」

 増尾 LP:8000 → 7900

「この能力は、1ターンに合計10回まで発動できる。当然、残りの9発も全部あんたにぶち込ませてもらうわ! 能力発動!」

 増尾 LP:7900 → 7000

「そしてあたしは、『ミスティック・ゴーレム』を召喚し、さらに『メテオ・ストライク』を装備! 裏守備モンスターに攻撃よ!」

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石・攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。


 貫通能力を得た攻撃力5000の巨大な石像が、容赦なく相手モンスターに鉄槌を下す。

 (攻5000)ミスティック・ゴーレム → 裏守備 → マッシブ・ウォリアー(守1200)

「マッシブ・ウォリアーは、1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。加えて、このカードの戦闘で発生した俺への戦闘ダメージを0にする効果も合わせ持つ。残念だが、無意味な攻撃だったな」
「……カードを1枚伏せて、ターン終了よ」

 (3ターン目)
 ・増尾 LP7000 手札2
     場:伏せ×3
     場:マッシブ・ウォリアー(守1200)
 ・朝比奈 LP8000 手札3
     場:ミスティック・ゴーレム(攻5000)
     場:メテオ・ストライク(装魔)、1伏せ


「俺のターン、ドロー。ライフポイントを1000払い、永続罠『スキルドレイン』を発動する」

 増尾 LP:7000 → 6000

「スキルドレインが場にある限り、フィールド上に表側表示で存在するモンスターの効果は、すべて無効化される。無論、俺のマッシブ・ウォリアーの効果も無効になるが、それでも――」
「あたしのミスティック・ゴーレムの攻撃力は0、ってわけね」
「……ご名答。それでは行かせてもらおう。マッシブ・ウォリアーを攻撃表示に変更し、ミスティック・ゴーレムを攻撃だ」

 (攻600)マッシブ・ウォリアー → ミスティック・ゴーレム(攻0):破壊

 朝比奈 LP:8000 → 7400

「お前の能力、デッキ、戦術は、すべて十分に研究、対策させてもらった。さらに俺は、2枚のリバーストラップを発動する。そびえ立て、『バベル・タワー』」
 増尾の場に、天を衝くような高い塔が2本出現する。
「そして、手札から速攻魔法、『ご隠居の猛毒薬』を発動。その効果により、相手ライフに800ポイントのダメージを与える」

 朝比奈 LP:7400 → 6600

「さらに俺は、続けて2枚目の『ご隠居の猛毒薬』を発動する。もう一度800ダメージだ」

 朝比奈 LP:6600 → 5800

「この瞬間、お前のライフポイントは6000を割った。……これがどういう意味か、理解できるかな?」
「……残り2枚、魔法カードが発動されたとき、このデュエルは決着する」
「正解だ。俺の発動したバベル・タワーには、どちらかのプレイヤーが魔法カードを発動するたびに、魔力カウンターが1つ乗る。そして、4個目の魔力カウンターが乗ったとき、バベル・タワーは破壊され、そのとき魔法カードを発動したプレイヤーは3000ポイントダメージを受ける。このダメージが2枚分まとめて直撃すれば、お前のライフはまたたく間に0だ」
「……でも、まだ2つしか乗ってないじゃない」
「そうだ。だが、次でチェックメイトだ。魔法カード発動、『精神統一』。その効果によって、デッキから別の精神統一を1枚、手札に加える。……これで、次にお前が魔法カードを発動した瞬間に、ゲームオーバーだ」
 3枚の魔法カードが発動されたことにより、2本のバベル・タワーが怪しく輝き出した。
「ミスティック・ゴーレムは攻撃力0の雑魚に成り下がり、お得意の『悪夢の拷問部屋』や『痛み移し』は発動さえできない。四ッ星能力によるダメージだけは、無能力者の俺にはどうやっても防ぎようがないが、コンボさえ封じてしまえば、それも所詮1ターンあたり1000ダメージ。もはやお前に、打つ手は残されていない。ターンエンドだ」

 (4ターン目)
 ・増尾 LP6000 手札1
     場:スキルドレイン(永罠)、バベル・タワー(永罠)、バベル・タワー(永罠)
     場:マッシブ・ウォリアー(攻600)
 ・朝比奈 LP5800 手札3
     場:なし
     場:1伏せ


「あたしのターン、ドロー。……確かに、あんたの言う通り、もうあたしに打つ手は残っていないみたいね」
 そう小さく呟いた朝比奈は、何を思ったのか自分の手札をすべて相手の方へと向ける。
 そこに見えたのは、『デーモンの斧』、『暗黒の扉』、『手札抹殺』、『悪夢の拷問部屋』の4枚。
「すべて魔法カード、か。……なるほど、これは傑作だな」
「そ。あたしの手札にプレイできるカードは1枚もない。文字通り、打つ手なし、ってわけ」
「だったら、諦めてサレンダーするんだな。これ以上の無駄なあがきは、見苦しいだけだぞ」
「ん〜。せっかくの晴れ舞台だし、あたしは、サレンダーなんかより、あんたの手でこのデュエルに終止符を打ってもらった方がスッキリすると思うのよね」
「……分かった。だったら、俺の手で引導を渡してやろう」
「交渉成立。それじゃあ、お願いしようかしらね」
 明るく告げた朝比奈の口元が、一瞬ニヤリと歪む。
 その直後、1枚の罠カードが、発動した。

 強制詠唱 通常罠

 対象となるプレイヤーを1人選択し、魔法カード名を1つ宣言して発動。選択したプレイヤーが、手札に宣言した魔法カードを持っていた場合、そのカード1枚を強制発動させる。発動タイミングが正しくない魔法カードだった場合、その効果を無効にしてそのカードを破壊する。(このカードの効果によって、相手ターンに魔法カードを発動することはできる)


「な…………っ!!」
「あ、言うまでもないと思うけど、対象はあんた。宣言するのは、さっきあんたが手札に加えた『精神統一』ね。……それじゃ、お元気で〜」
 満面の笑みで手を振る朝比奈。
 唖然としている増尾をよそに、みるみるうちに2本の塔は輝きを増してゆき、その内部から閃光がほとばしると同時、塔の表面に幾筋もの亀裂が走り、そして――

 彼めがけて、崩落した。

 増尾 LP:6000 → 0


 ◆


(……さすが、朝比奈先輩。この程度の相手なんて、瞬殺って感じだな。相変わらず、すごすぎて何を参考にしたらいいのか……)
 じっと画面を食い入るように見つめていた康助の口から、感嘆のため息が漏れる。
 小手先の対策は無駄。康助の目の前で繰り広げられたのは、そんな朝比奈の言葉通りの、相手の小細工をものともしない圧倒的な勝利だった。
 相手のデュエリストも、全国的に見れば決して弱い相手ではないのだろう。しかし、そんな相手が念入りにメタを張ってもなおこの結果。1年前ですらこの強さなのだから、現在の朝比奈がいかに破格のデュエリストであるかが分かろうというものだ。

(さて、次のデュエルは、と……)
 審判が朝比奈の勝利をコールした後、短い暗転を挟んで、2戦目が始まる。改めて画面の方に意識を向けた康助の目に飛び込んできたのは、「2年 佐野 春彦 VS 波佐間 京介 2年」という文字列だった。
(次は、佐野先輩の番、か……)
 この大会では、各試合において、5人のデュエリストが1人1回ずつ、1対1のシングルデュエルを計5戦行い、勝利数の多い学校がトーナメントを勝ち進んでいくことになっている。その際、デュエルする順番を運営側に提出するのは、試合当日の朝、会場に集まったときである。たとえ相手校の代表メンバーを知っていたとしても、自分の対戦相手が誰になるのかは、試合が行われるその日になるまで分からない仕組みになっている。そのため、先ほどの増尾というデュエリストも、おそらくはピンポイントに朝比奈だけを対策してきたわけではないのだろう。
(相手の名前は……波佐間(はざま)京介(きょうすけ)。佐野先輩と同じ2年生か……。そういえば、確かさっき、朝比奈先輩は、1人だけすごく強い2年生がいたって言ってたな。……って、ということは、佐野先輩が、この人に苦戦したってことか!?)
 朝比奈の圧勝を目の当たりにした直後ということもあり、その事実に驚いて目を見張る康助。
 佐野も朝比奈も、康助にとってみれば雲の上の存在。能力のレベルこそ朝比奈の方が上であるものの、2人の実力は伯仲しており、直接対決したときの戦績は五分五分である。そんな先輩たちの凄絶なデュエルを何度も見てきている康助が、佐野が苦戦する姿を想像できないのも無理はない。

「「デュエル!!」」

 そんな康助の胸中とはまるで無関係に、闘いの開始を示すかけ声があがる。
 先攻は佐野。5枚の初期手札にさっと目を走らせると、自分のデッキからカードを1枚引く。

「俺のターン、ドロー。まずは、手札の『E・HERO スパークマン』と『E・HERO ネクロダークマン』を融合。『E・HERO ダーク・ブライトマン』を、攻撃表示で特殊召喚する」
 黒い雷とともに、金属的な翼を生やした攻撃力2000のE・HEROが降臨する。
 その際に消費された佐野の手札は、2枚。
「カードを1枚伏せて、ターン終了だ」

 自分のターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる。これこそが、佐野の持つ三ッ星能力。
 この能力によって、少ない手札消費で縦横無尽にE・HEROを展開できる佐野のプレイングは、怒涛の攻めと堅固な守りを兼ね備えている。朝比奈ほどの強大無比な攻撃力は持たないものの、即座に磐石の布陣を作りあげる彼の戦術は、他の追随を許さない。

 (2ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・佐野 LP8000 手札3
     場:E・HERO ダーク・ブライトマン(攻2000)
     場:1伏せ


「フフ……。ボクの番ですね、ドロー。……ボクは、まず手札から、『ヴァンパイア・ベビー』を召喚することにします。とりあえずは様子見、ってことで。フフ……」
 一方、相手が最初に召喚したのは、緑色のマントに身を包み、両目を蒼く光らせている小さな子供の吸血鬼。その攻撃力はたったの700。ダーク・ブライトマンの攻撃力には遠く及ばない。

(何だ……? あんな人が、ずば抜けた実力の持ち主、なのか……?)
 しまりのない笑みを顔に張りつかせたまま、だらしなく笑う相手デュエリスト。見た目だけでその人の実力が測れるわけがないことは康助も重々承知しているが、それでも、長身痩躯で少し猫背気味のその姿からは、強いデュエリストが身に纏う気迫のようなものが一切感じられない。
「さて、これからボクは一体何をすればいいんでしょうかねぇ? フフ……」
 癖毛気味の髪を揺らして、へらへらと笑う。手札のカードを1枚1枚指でつまんで眺める彼の動作は、まるでデュエルを始めたばかりの素人のようにも映った。
(2年生が1人だけ、ってのは朝比奈先輩の勘違いなのかな……?)
 印象に残るような相手でもないと言っていたことだし、そのくらいなら間違えても無理はない。このデュエルも、数ターンで佐野先輩の大勝に終わるだろう。

 しかし、そんな康助の予想が180度覆されるのに、大して時間はかからなかった。

「……決めました。最初に発動する魔法カードは、これにします」
 たっぷり1分ほど考えていたであろう相手がデュエルディスクに差し込んだカードは、『強制転移』。お互いが選んだ自分フィールド上モンスター1体のコントロールを永続的に入れ替える効果の通常魔法である。
「これで、ダーク・ブライトマンは、ボクのコントロール下に移る。……それでは、ヴァンパイア・ベビーを葬ってください。ダーク・フラッシュ……でしたっけな、フフ……」

 (攻2000)ダーク・ブライトマン → ヴァンパイア・ベビー(攻700):破壊

 佐野 LP:8000 → 6700

(佐野先輩相手に、あんなにあっさりと、攻撃を通した……!)
 後攻1ターン目から、たった2枚のカードだけで、磐石に見えた佐野の布陣を崩し、主力モンスターを奪う。加えて、ライフポイントもきっちりと削り取る。これが、佐野と同程度、もしくはそれ以上にバランスのとれた優れたプレイングであることは、誰の目にも明らかだった。
 そして、この戦闘を引き金に、これから十数ターンにわたって康助の目の前で展開された光景は、2人のデュエリストによる、手に汗握る激戦、であった。


 ◆


「『E・HERO オーシャン』の効果により、スパークマンを手札に加えて召喚。オーシャンで相手モンスターを破壊して、スパークマンでダイレクトアタックだ」

 波佐間 LP:8000 → 6400

「フフ……。今度はボクの番ですよ。カース・オブ・ヴァンパイアと、ヴァンパイア・レディの2体で、スパークマンとオーシャンを攻撃です……」

 佐野 LP:6700 → 6250

「まずは、ヴァンパイア・レディを破壊させてもらう。フレイム・シュート」
「おっと、そうはいきませんよ……。罠カード『立ちはだかる強敵』……フフ……」

 波佐間 LP:6400 → 3800

「達人キョンシーで、相手を直接攻撃……」
「罠発動、『ヒーロースピリッツ』。この攻撃による俺へのダメージは0になる」

 佐野 LP:4300

「ワイルドマンとエッジマンを融合。ワイルドジャギーマンで、相手モンスターを一掃する。インフィニティ・エッジ・スライサー、三連斬」
「フフ……。吸血鬼は不死の存在。いくら破壊されても、ボクのライフを代償として、カース・オブ・ヴァンパイアは、何度でも蘇ります……」

 波佐間 LP:3800 → 1300

「2体のモンスターをリリースして、現われよ……闇より出でし絶望……。フフ……」

 佐野 LP:4300 → 4100

「俺は、モンスターを裏守備でセット。カードを1枚伏せて、ターン終了だ」

 闇より出でし絶望:破壊

「……なるほど、そう来ましたか。フフ……。しかし、『E・HERO ボルテック』は、葬らせてもらいましょうかね……」

「『E・HERO マッドボールマン』を融合召喚。守備表示だ」

「無駄ですよ……。『威圧する魔眼』発動。ヴァンパイア・ロードで、直接攻撃です……」

 佐野 LP:4100 → 2100

「くっ……。リバースカードを1枚セットして、ターン終了だ」

 E・HERO マッドボールマン:破壊

「もう一度、ヴァンパイア・ロードの直接攻撃です。暗黒の使徒。フフ……」

 佐野 LP:2100 → 100

「『異次元からの埋葬』の効果で、ゲームから除外されていたバーストレディを墓地に戻す。そして、魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動。4体のE・HEROを除外して、『E・HERO エリクシーラー』を特殊召喚だ。エリクシーラーで、ヴァンパイア・ロードを攻撃。フュージョニスト・マジスタリー」

 波佐間 LP:1300 → 400

「墓地の『馬頭鬼』を除外することで、ヴァンパイア・ロードは蘇ります……。生還の宝札の効果で1枚ドロー。……そして、フィールド上のヴァンパイア・ロードを除外することで、ボクの場に、ヴァンパイアジェネシスが降臨します。フフ……トドメですよ……。ヴァンパイアジェネシスで、エリクシーラーを攻撃。ヘルビシャス・ブラッド……」
「『ヒーローバリア』を発動。自分フィールド上に『E・HERO』と名のついたモンスターが表側表示で存在するとき、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする」
「おや、仕留め損ねてしまいました……。それでは、ボクのターンはこれで終了です……」


 ◆


 (17ターン目)
 ・波佐間 LP400 手札0
     場:ミイラの呼び声(永魔)、生還の宝札(永魔)
     場:ヴァンパイアジェネシス(攻3000)
 ・佐野 LP100 手札0
     場:E・HERO エリクシーラー(攻2900)
     場:なし


(すごい……! 2人とも、一歩も譲らない。なんて熾烈な闘いなんだっ……!)
 一瞬たりとも目が離せない、両校の2年生同士による好勝負。その激しい死闘にも、まもなく終止符が打たれようとしていた。
 ライフポイントは互いに風前の灯。あと一撃で勝負は決まる。そして、勝者と敗者を分かつ鍵となるのは、このターンの佐野のラストドロー。

「俺のターン…………ドロー」
 わずかな逡巡の後、決意を固めた佐野は、ゆっくりと自分のデッキからカードを引き抜いた。
「……波佐間。このデュエル、俺の、勝ちだ」
 そして、まっすぐに相手を見すえて、はっきりと言い放つ。
「魔法カード、『H−ヒートハート』発動。このカードは、このターン、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を500ポイントアップさせ、さらに貫通能力を付与する通常魔法だ。つまり、エリクシーラーの攻撃力は、3400ポイントになる」

 E・HERO エリクシーラー 攻:2900 → 3400

「これで……最後だ。エリクシーラーで、ヴァンパイアジェネシスを攻撃。フュージョニスト・マジスタリー!」

 (攻3400)E・HERO エリクシーラー → ヴァンパイアジェネシス(攻3000):破壊

 波佐間 LP:400 → 0

 この瞬間、長かった2人の壮絶なデュエルに、ピリオドが打たれた。



(ああ……。佐野先輩は、やっぱり強いなぁ……)
 自分でも気づかぬうちに立ち上がっており、息つく間もない怒涛の展開の連続に緊張しっぱなしだった康助は、ようやくここで全身の力を抜いて椅子に座りこんだ。佐野が勝つことは朝比奈から聞いて予め分かっていたはずなのだが、そんなことは忘れて見入ってしまうほどの魅力が、このデュエルにはあった。
 佐野のデュエルは普段から見慣れているとはいえ、そのほとんどは生徒会のメンバーを相手にした闘い。見知らぬ相手、それも実力が拮抗しているであろう相手との本気のデュエルを目にして、康助の胸の内には、選考会で初めて佐野とデュエルしたときのような新鮮な感動が湧き上がっていた。
(それに、相手の波佐間って人もすごい。どうやらレベル0みたいなのに、レベル3の佐野先輩相手に、まったく引けをとってない。あんな人がいるんだったら、僕だって、いつかは……!)
 無能力者の自分でも、いつかは佐野先輩と真っ向勝負で互角に闘える日が来るかもしれない。興奮冷めやらぬまま、康助はそんなことを想像して、自分の拳を握りしめた。

「フフ……。いや、それにしても、このときは惜しかったですね……。正直に告白すると、まさかボクが負けるとは、思っていませんでしたよ……フフ……」

 唐突に、背後から声がした。

「え…………?」
 自分以外誰もいないはずの空間に向かって、振り返る康助。すると、目に飛び込んできたのは、

 翔武学園のものとは違う、しかし見覚えのある制服。
 少し痩せている、ひょろりとした長身の身体。
 中途半端に伸びた、ボサボサの髪。
 ほっそりした白い肢体。
 しまりのない笑み。
 猫背気味の姿勢。
 つまりは。

 ついさっきまで凝視していた、佐野の対戦相手。

「えええええっ!? は……波佐間さん……? が、一体どうしてこの部屋にっ!?」
 虚をつかれたどころの話ではない。いるはずのない人物が目の前に立っているという衝撃の事態に、度肝を抜かれる。まさか、この人はTVの中から飛び出してきたのではないかと、錯乱してそんなことまで考えてしまう康助。
「フフ……さあて、なんででしょうかね……? おっと、そろそろ3試合目が始まるようですよ。2人で一緒に観戦といきましょうか……」
 画面には、「3年 栗原 由紀 VS 梅川 秀樹 3年」という白字のテロップが表示されている。そして、デュエル開始を示す2人のかけ声が重なると同時、すでに2敗している東仙高校にとっては負けることの許されない決戦の火蓋が、切って落とされ――
「って! 試合見てる場合じゃないですよっ!」
 慌てて机の上のリモコンを掴むと、画面に向けて停止ボタンを押しこむ。
「ここ、翔武学園ですよっ!? なんで波佐間さんがこんな所にいるんですか!?」
「……ボクが翔武学園に来た目的、ですか。フフ……そんなもの、訊くまでもないんじゃないですかねぇ……」
 動転してピッチの狂った声で叫ぶ康助と、人を喰ったような口調で薄く笑う波佐間。
「明日はいよいよ決勝戦。……ボクら東仙高校と、アナタたち翔武学園の、決戦の日。……そんな日を前にして、ボク自らがここに来た理由。そんなの、たった1つしか考えられませんよね……フフ……」
「……まさか! 僕たちの様子を探りに来たスパイ、ってことですか……?」
 大会規則に、他校への密偵活動を禁止する項目はない。だが、明文化されていないとはいえ、そんな行為が公にされれば、問題になるのは確実。
「フフ……。残念ですが、ハズレです。……ボクは、そんなリスクの高い方法は、好みません……。それよりも、もっと簡単で、確実に勝利に近づくことのできる方法が、あるでしょう……?」
「それって、どういう……?」
「そもそもボクは、一体なぜ、アナタの前に姿を現したのか……?」
 そう言って、波佐間はポケットに手を入れると、あるものを取り出し、康助に向けた。

「え……?」
 突きつけられる銃口。
「フフ……。この大会には、補欠制度がない……これが、どういう意味か、分かりますか……?」
 その銃身が、まっすぐ康助を捕らえる。
「一度、参加登録を済ませた選手は、代えがきかないんですよ……」
 治まりかけていた動悸が、再び早鐘のように鳴り響く。
「これで、ボクらの1勝は確定です。……それでは、さようなら」
 動かなければマズい。頭では分かっているのに、身体がまったく言うことを聞いてくれない。
「…………死ね」
 猶予は一瞬。


 冷たい宣告とともに、乾いた銃声が、響いた。




 身体中から、力が抜ける。
 何かの糸が切れたかのように、ぐったりと、膝からくずれ落ちていく。
 自分の身体が、自分のものでなくなっていくような感覚。
 それなのに、なぜだか痛みは、感じなかった。
 そういえば、撃たれた直後は、脳が苦痛を理解できないのだと、何かの本に書いてあったっけ。
 うつ伏せの状態のまま、ぼんやりとそんなことを考える。
 ああ、僕はこのまま、意識が薄れて死んでいくんだろうな。
 やけにはっきりとした思考が、心から漏れ出すように広がっていく。
 死ぬことに対する恐怖だとか、もっと生きたかったという願いだとか、そんな想いが湧き上がってくるよりも前に、

 康助は、眠るように、目を、閉じた。


 ………………。


 ………………。


 ………………。


 …………あれ?


 目を開ける。

 …………目が、開く?

 身体を回して、仰向けになる。

 …………身体が、動く?

 自分の意思が鮮明であることに、ようやく意識が向く。

 …………それに……痛く、ない?

 反動をつけて、上体を起こす。

 …………あれ、これって、もしかして……。


「フフ……。ようやくお目覚めですか……。まさか、本当に死んでしまうとは、予想外でした……」
 声が聞こえてきた方向に、首を向ける。すると、視界に入ってきたのは、
「いや〜。綺麗に成功しすぎて、逆にこっちが面食らうわね〜」
 ニヤニヤとした笑みを顔に張りつかせている朝比奈。
「まさか、気絶しちまったのかと思って、さすがに焦ったけどな」
「ふふ。怪我がないみたいで、よかったわ」
「アンタのその反応は、何かがズレていると思う!」
 柔らかに微笑む天神と、そんな天神にツッコミを入れる見城。
「波佐間……。ところでお前はなぜ、当たり前のようにモデルガンを持ち歩いているんだ……」
「今のように、いつどこで役に立つか分かりませんからねぇ……フフ……」
「…………」
 呆れたように嘆息する佐野と、相変わらず飄々とした態度を崩さない波佐間。

 これって、やっぱり…………。

「あの……もしかして、これは…………」
「フフ……。はい、アナタの想像通りですよ……」
 波佐間は、先ほどとは逆のポケットから、今度は折りたたまれた紙を取り出し、それを広げると、康助に見えるように掲げた。
 そこには、赤字で大きく、「ドッキリ」の文字。
「何日か前に、東仙高校の方から、うちに挨拶に来たいという申し出があってな。それで、決勝戦の前日に、東仙の代表として波佐間が来ることになっていたんだが……」
「3年生のお二人以外、ボクとは面識がありませんからね……。事前情報なしで会った方が新鮮かと思いまして……。ボクが翔武学園を訪れることは、当日まで伏せておいてほしいと、お願いしたわけです……フフ……」
「で、ちょうど俺が波佐間を迎えに行っていた頃、翔子がまた妙なことを思いついたらしくてな……」
 佐野が、朝比奈に続きを話すようにうながす。
「映像の中にいた人間が突然目の前に登場! っていう演出を唐突に思いついてね〜。どうせ驚かすならそっちの方がショックだろうと、あんたがDVDを見るように仕向けたわけよ」
 そういえば、あのときの会話の流れはどこか不自然だったような気がする。そんな違和感を今さら思い出す康助。
「天神は、闘う前に相手の戦術を知るのが好きじゃないから、一緒に仕掛け人になってもらうことにしたわ。で、一足先に波佐間と天神の対面を済ませて、生徒会室に向かっていたら、バッタリ見城と鉢合わせちゃってね」
「そこで、アタシも仕掛ける側に回った、ってわけだな」
「お二人とも、ボクがモデルガンを持っていると知ったときから、ノリノリでしたねぇ……フフ……」
「ま、多少悪ふざけが過ぎた、とは思ってるわよ。後悔はしてないけどね」
「後悔はもとより、反省もしてないけどなっ!」
「あのな、お前ら……」
「春彦だって、止めなかったんだから同罪よね。……それに、内心では結構、楽しんでたでしょ?」
「…………否定はしない」
 珍しく、バツの悪そうな表情を浮かべる佐野。

 そして、そんな会話を黙って聞いていた康助は、
「…………あ、ははは……」
 安堵するとともに、自然と乾いた笑いが込みあげてきて、
「はは……、あはは…………。………………はぁ」
 ため息を漏らすと、疲れがどっと山のように押し寄せてきて、

 そのまま、ぱたりと、再び床へと倒れこんだ。


 ◆


「ふむ。人間が気絶するのは、極限状態に追い込まれたときよりも、そこから解放されたときだって聞いたことあったけど、あれって本当だったのね〜」
「僕で実験しないでくださいよっ!」
 ようやく目を覚ました康助。気を失っていたというよりは、疲れて眠っていたのに近い状態ではあるものの、しばらくの間意識がなかったのは確かである。
「フフ……。騙されやすいというのも、一種の才能だと、ボクは思いますよ……」
「波佐間さん……。褒められている気がしないんですけど……」
「長所と短所は紙一重、です……」
「はぁ……。……ところで、その『ドッキリ』の紙、いつまで持っている気なんですか」
「ああ、これですか……。フフ……。アナタだけが驚かされるというのも不公平な話ですからね……。ここらで1つ、仕掛け人である朝比奈さんにも驚愕していただくことにしましょうか……」
「ん、あたし? わざわざ、今から驚かすって宣言するなんて、あんたも物好きね。それで、一体どうやってあたしを――」


「翔子ちゃん!!」


 唐突に、柔らかなソプラノ声が響きわたった。
 その場にいた全員が、声のした方、すなわち生徒会室入口の扉に視線を向ける。ドアはわずかに開いており、そこから見慣れない小さな顔がひょっこりと覗いていた。
 突然の見知らぬ人物の出現に、お互いに顔を見合わせる康助たち。しかし、今の生徒会室には全部で2人、その少女のことをよく知る人間がいた。
 一人は、しまりのない表情でへらへらと笑う、東仙高校の3年生、波佐間京介。
 そしてもう一人は。
「…………(ほたる)?」
 ぽかんと口を開けて、突然現われた少女を凝視している、翔武学園の3年生、朝比奈翔子。

「うわ〜! 本当に翔子ちゃんだ〜。波佐間さんの言ってた通りだね〜」
「蛍……? なんであんたがここに……?」
 無邪気に手を叩いて喜ぶ少女。その傍ら、朝比奈は、信じられないものを見るような目で、少女の全身をまじまじと観察している。
「フフ……。彼女には、ボクとは時間差で、この時刻になったら登場してくるよう、言い聞かせておきました……。驚かせることができたようで、なによりです……」
「あんたが蛍の知り合い……? ……そういえば、蛍の年齢はあたしよりも2コ下。ってことは、まさか……」
「フフ……。頭の回転が速いですね……。さすがは、翔武学園代表、といったところでしょうか……」
「蛍、あんた、東仙高校の生徒、なの? それに……今この状況でここに現われるってことは、もしかして、あんたも大会に……?」
 波佐間とは違い、私服で登場してきた少女に、おそるおそる訊ねる朝比奈。
 その問いに対して、少女は満面の笑みで答えを返す。
「うん、そうだよ〜。また昔みたいに、翔子ちゃんとデュエルできたら嬉しいな〜」
「あんたが大会に、ねぇ……。こんな偶然もあるもんなのね……」
 腕を組んで、何やら納得したように一人で頷いている。

「……あの、朝比奈先輩……?」
 おずおずと口を開く康助。
「ん、何? なんか用?」
「なんか用? じゃないだろ……。翔子、俺たちにも分かるように説明してくれ」
「あ〜、ゴメンゴメン。ちょっとビックリしたもんだから、つい、ね」
 言葉だけで軽く謝ると、少し改まった口調でその少女の紹介を始める。
「この子の名前は稲守(いなもり)(ほたる)。あたしの知り合い、というか幼馴染で、小さいころよく一緒に遊んだ仲なのよ。でも、あたしが小学6年生のとき、蛍が両親の都合で転校することになってね。最近は連絡が取れなくなっちゃって、どうしたのか心配してたんだけど……」
「あのね。わたし、高校からはこのあたりに戻ってこられることになったんだよ。翔子ちゃんをびっくりさせようと思って、今まで秘密にしてたんだけどね〜」
 まんまるい焦茶色の瞳をくりくりっと揺らして、晴れやかな笑顔で話す稲守。
「フフ……。本当は朝比奈さんと同じ学校に行く予定だったそうですが、入学試験に落ちてしまったので泣く泣く諦めたと、彼女は言っていました……。フフ……」
「わ〜! それはバラしちゃダメ〜〜!」
 わたわたと慌てて手を振りながら、朝比奈よりも一回り小さな身体を目一杯に使って必死に訴える。
「まあ、蛍は昔っから勉強も運動もてんでダメだったからね〜」
「む〜。わたしだって、頑張ったもん。ここの試験が難しすぎるんだよ〜」
「というかあんた、デュエルもそんなに得意な方じゃなかったはずよね。あたしのマネだけはするものの、他の人に勝てたことなんて数えるほどしかなかったでしょ? 決勝戦にまで勝ち上がれるような高校に入って、よく代表になれたわね」
「えへへ。いつまでも、昔のわたしじゃないんだよ〜。波佐間さんにだって、蛍は優勝のためには欠かせない人材だって、いっつも言われてるもんね」
「はい……。彼女が負けるたびに、そう言って励ましています……。かれこれ6連敗ですから、今までに、全部で6回言ったことになりますね……フフ……」
「それも言っちゃダメ〜〜!!」
 子犬のようにころころと表情を変える稲守と、ボサボサの髪を揺らして薄く笑う波佐間。傍目にはミスマッチにしか見えない2人組だが、そんな2人の様子をしばらく眺めていると、目には見えない信頼関係が伝わってくるようだ。
「……ま、楽しくやってるようでなによりね、蛍。あたしも安心したわ」
「うん! 翔子ちゃんともまた会えたしね。決勝戦が待ちきれないよ〜」
「言っとくけど、あたしと闘るってんなら、容赦しないわよ。覚悟しておきなさいよね」
「わたしだって、負けないんだから〜」
 どこか昔を懐かしむような表情で、言葉を交える幼馴染2人。
「フフ……。ボクも、去年のリベンジを果たさないといけませんからね……」
「俺は、逃げも隠れもしない。そして、今年も勝つのは俺たち翔武学園だ」
 お互い自信たっぷりな態度で、強気に握手を交わすライバル2人。

 そんなやり取りの中、刻一刻と、決戦の時は迫っていく。


 ◆


 それから、一時間後。

「それじゃあ、翔子ちゃん。明日の4戦目、楽しみにしてるからね〜!」
「フフ……。ぜひとも、盛り上がる最終戦にしたいですね……佐野さん……」
 そう言い残して、東仙からの使者2人が去った後の、生徒会室。


「さあ、3人とも、引いたモンスターカードを、あたしに見せてちょうだい」
「僕は『マシュマロン』です。守備力500ですね」
「私は『アテナ』。攻撃力は2600よ」
「アタシは『引きガエル』だぜ! 攻撃力、守備力は両方とも100だけどな……」
「よし、これで決まりね。1番手は天神、2番手が吉井、3番手が見城。さっきも言った通り、4番手はあたし、最後の5番手は春彦の担当だからね」
 今、康助たちが決めているのは、明日の決勝戦における闘いの順番である。
 自分のデッキから、モンスターカードが出るまでカードを引き、最初に出たモンスターの攻撃力か守備力、高いほうの数値を全員で比べる。そして、その数値が大きい方から順に試合に出場することになる、という簡単なルール。今年の翔武学園は、試合前日に毎回この単純なゲームを行って、デュエルする順番を決めていた。
 ただし、今回に限っては、先ほど、朝比奈は稲守と、佐野は波佐間と、それぞれ4戦目、5戦目で闘う約束を交わしていた。もちろん、この約束に拘束力はないのだが、朝比奈にとっては6年ぶりの幼馴染との再戦、佐野にとっては去年激戦を繰り広げた相手からの挑戦状ということで、これを反故にする理由はない。そのため、今のゲームに参加していたのは、この2人を除いた1年生3人だけである。

 順番が決まったところで、朝比奈が手を叩いて、全員に向かって威勢よく告げる。
「さ、泣いても笑っても、これが今年最後の闘いよ! 目指す優勝まであと一歩! みんな、明日は完膚なきまでに相手を叩きのめしてやんなさい!」
 デュエルの腕も能力レベルも、他校に比べて頭一つ抜けているという事実。加えて、過去9年連続優勝という驚異的な実績。そんな客観的なデータが、生徒会メンバーの間に「次も必ず勝てる」という空気を作り出す。
「東仙のリーダーは、まず間違いなく波佐間。そして、その波佐間は、俺が、必ず倒す」
 一歩間違えば、油断や慢心を生みかねない状況。しかし、朝比奈や佐野の表情に、そんな気の緩みはまったく見られない。ただ単に、自身の勝利を信じ、それに向かって全力を尽くすのみ。
「誰が相手だろうと、アタシが蹴散らしてやるぜっ!」
「次は、どんなデュエリストに会えるのかしらね。わくわくするわ」
 そして、そんな雰囲気は確実に1年生たちにも伝染していく。
 勝利が自信を生み、自信が勝利をもたらすという好循環。
「僕も、今度こそは、勝ちたい……いや、絶対に……勝ちますっ!」
 今度こそ、勝つ。そんな強い想いを言葉にして、康助も、まだ見ぬ相手とのデュエルに臨む。
「それじゃ、今日はこれで解散! 各自、明日に備えて、家でゆっくり休んでおくこと!」

 それぞれのデュエリストが、それぞれの想いを胸に秘め。
 自分の持てる力のすべてを出し切り、明日の闘いに挑む。
 5人の想いに共通するもの。それは、「優勝」の二文字。


 ◆


「……なあ、翔子」
「ん、どしたの春彦? 今になって、波佐間に勝てるのか不安になってきたとか?」
「いや。……東仙高校について、少し気になる噂を耳にしたもんでな」
「噂? 一体どんな?」
「信憑性は限りなく低いと思うがな。実は――――」

「…………100%デマね。もしくは、東仙の流したハッタリか」
「……バッサリ切ったな」
「当然でしょ。何よその話。こんな狭い地区の中に、2人もなんて、あるわけないでしょ」
「まあ、俺もそう思ってはいるんだが……」
「それに、万が一それが本当だったとしても、あたしたちのやることは何も変わらないでしょ。違う?」
「…………ああ。その通りだな」
「そんなことばっかり考えてると、本当に負けちゃうわよ? ただでさえ、あんたの相手は、一番の強敵なんだからね」
「お前こそ、勝てる相手だからって油断して、足を掬われるなよ?」
「ふふ……。悪いけど、あたしは一分たりとも、自分が負けるなんて思ってないのよね」
「奇遇だな。実は……俺もだ」
「……優勝、するわよ」
「……ああ」


 ◆


 ――そして、決戦の日は、訪れた。





3章  予期せぬ共闘



 6月30日、土曜日。

 およそ1ヶ月前から開催されていたこの大会も、あとは最後の1試合を残すのみ。
 最終的な勝者は、たったの1校。その栄冠を掴み取らんと、本日、総勢10名のデュエリストたちが、決戦の会場へと集う。

(えっと……あそこに病院が見えるから、現在地はたぶん……ここかな)
 そんなデュエリストの1人、吉井康助は、予め用意しておいた地図に目を走らせながら、目的地に向かって歩を進めていた。
 自宅から電車を乗り継いで約1時間の、見知らぬ土地。どちらかと言えば方向音痴な方だという自覚がある康助は、手元の地図をじっくりと眺めながら、ゆっくりと歩いていく。
(それで、東仙高校の位置があっちだから……とりあえず、ここは右に曲がればいいんだよな……)
 康助が目指しているのは、これからデュエルディスクを交える相手校の本拠地である、東仙高等学校。つまりは、決勝戦が行われる場所である。

 一般人には原則非公開であるこの大会は、特定のデュエル会場を借りて行われるわけではない。対戦する2つの学校のうち、どちらかの高校のデュエル施設を用いて行われるのが基本である。さらには、デュエル施設が不十分などの理由がない限りは、今までの戦績を考慮して、それが劣る方の学校を会場にするという原則がある。
 ゆえに、今回選ばれたのは、翔武学園ではなく、東仙高校。このルールに則って考えれば、ごく自然な結果であると言える。

(とりあえず、この道をまっすぐ行って……次は……)
 人気のない小さな通りを、道を間違わないよう慎重に進んでいく。このあたりは分かれ道が多いため、地図から目が離せない状態である。
 だが、それが災いして、前をよく見ていなかった康助は、前からすれ違ってきた人物に、軽く肩をぶつけてしまった。
「あっ……。すみません」
 今のは、明らかに自分に非があった。そう思い、軽く謝罪する。
 そして、そのまま通り過ぎようとして、
「へへっ。兄ちゃん、人に肩ぶつけといて、挨拶もなしってか?」
 がしっと、後ろから肩を掴まれた。
 振り向くと、目の前には、ガラの悪いシャツを着た、あからさまな不良風の男。
 加えて。
「あー痛ぇ。どうやら、今ので肩の骨折れちまったみてぇだ。この責任、キッチリとってもらうまで、逃がさねぇぜ?」
 今どき天然記念物みたいな方法で、絡まれた。


 ◆


(この状況、何というか…………非常に……マズい、よね……)
 薄暗い路地裏で、康助は冷や汗をかいていた。
「有り金全部差し出せば、人の骨折ったてめぇを許してやろうって言うんだぜ? このオレの好意を無下にする気か? ああん?」
 袋小路に追いつめられ、下卑た声で脅される。
 あれだけゆっくり歩いていて、骨折なんてするものか。……とは思うものの、そんなことを口に出したところで、事態が好転しないのは明らかである。かと言って逃げようにも、後ろは行き止まり、そして前には不良が――なぜか2人。
「言っとくが、余計な声をあげたりなんかしたら、容赦しねぇからな」
「俺たちに、手荒なマネさせるんじゃねぇぞ?」
 最初に不良に絡まれた直後、すぐに逃げようとした康助の前に立ちはだかったのが、このもう一人の男である。康助は、背の高いその男に身体を押さえつけられ、抵抗もむなしくこの裏道に追いつめられてしまった。
「さあ、分かったらさっさと金出しな。オレたちは気が短ぇんだよ」
 ……やむを得ない。五千円ちょっとでこの場を切り抜けられるなら安いものだ。そう考え、ズボンのポケットから財布を取り出そうとした康助。
 ところが、
「……ちょっと待ちな」
 背の高い不良が、しゃがれた声で制止してきた。
「……何ですか」
「てめぇ……デュエリストだな」
 思わぬ言葉が、不良の口から飛び出す。
 おそらくは、自分のベルトに取りつけられたデッキケースを見ての発言だろう、と康助は考える。
「だから……どうしたって言うんですか」
 見下されないよう、必死に、できる限り強気な口調で応対する。
 また何か理不尽な要求をされるのではないか、そう思って身構えていた康助になされたのは、しかし意外な注文だった。

「おい……てめぇ、俺と、デュエルしろ」
「え……?」
「簡単な話だ。俺とてめぇがデュエルして、てめぇが勝ったらお咎めなし。俺はてめぇに手を出さない。……どうだ? 破格の条件だと思わねぇか?」
 何だこれは。どうして、ついさっきまで自分から金を脅し取ろうとしていた不良がデュエルなんか申し込んでくるんだ。……でも、勝てば助かるって言うんなら、何はともあれこのデュエルを受けて――
「ただし、俺が勝ったら、てめぇのデッキのカード全部、頂くぜ」
「……っ!」
 なるほど。確かに、自分の所持金を全部搾り取るよりも、デッキを奪って売りさばいた方が儲かるだろう。それに、お互い同意の上でのアンティルールだったとでも言えば、たとえ捕まったとしても言い逃れがきく。悔しいが、なかなか上手い方法だ。
 仮に今デッキを丸ごと取り上げられるなんてことになったら、決勝戦に出場することすらできなくなる。そうなれば確実に不戦敗。破格の条件どころか、最悪の結果だ。
 ――けど。
「……分かりました。そのデュエル、受けます」
 そもそも、断ったところで目の前の男は許してくれまい。自分に拒否権はない。だったら、ここは……闘って勝つしかない。
 そう考えをまとめた康助は、自分の鞄からデュエルディスクを取り出した。
「おっ、やる気になったか。……後悔しても、遅いぜ?」
 相手の不良も、デュエルディスクに自分のデッキをセット。右腕に装着し、戦闘態勢をとる。
(……大丈夫。僕は……勝てるはずだ)
 自分の実力を、過信しているわけではない。相手を侮っているわけでもない。
 しかし、こんな所で負けているようでは、東仙のデュエリストにだって勝てるわけがない。
 決して気を抜かず、自分の持てる力すべてを出し切って、相手を、倒す。
 そう決意を固め、康助は、デュエルディスクを装着する。


「「デュエ――」」


「ちょっと待ちな!」
 出し抜けに、もう一人の不良が声をあげた。
 今まさに始まろうとしていた2人のデュエルは、その叫び声によって中断させられる。
「黙って聞いてりゃ、オレ抜きで話を進めやがって。そいつに骨を折られたのはオレだぜ? だったら、そいつとデュエルする権利は、オレにもあるんじゃねぇのか? あん?」
 いつの間にかデュエルディスクを装着していたもう一人の男は、そう言いながら2人の方へにじり寄ってきた。
 それに対し、長身の男は、下品な笑みを浮かべながらこう答える。
「そうだな。確かにオメーの言うことにも一理ある。……だったらこうしよう。俺とオメーがジャンケンして、勝った方が先にこいつと闘る。てめぇも、それでいいな?」
「あ、はい……」
 唐突な展開に、思わず普段通りの口調で返してしまう康助。
 どうやら、自分はこの2人のどちらにも勝たなければならなくなったらしい。とはいえ、冷静に考えてみれば、やることは何も変わっていない。負けられない闘いであることに、変わりはないのだ。
 康助がそう思考を整理すると同時、2人の不良が、ジャンケン勝負を始める。
「ならジャンケンだ。行くぜ……。せーの、ジャンケン……」

「「ポン!!」」
 2人の出した手は、グーとグー。

「おっと、あいこだな……。だったらもう1回だ。せーの、あいこで……」

「「ショッ!!」」
 今度は、チョキとチョキ。再び、あいこである。

「「あいこで……ショッ!!」」
 パーとパー。

「「あいこで……ショッ!!」」
 グーとグー。

「「ショッ!!」」
 パーとパー。

「「ショッ!!」」
 チョキとチョキ。

「「ショッ!!」」
 チョキとチョキ。

「「ショッ!!」」
 グーとグー。

「「ショッ!!」」
 パーとパー。


(……って、あれ……? これって、まさか……)

「悪いなぁ、兄ちゃん……。あいこが続いちまってよ……」

「「ショッ!!」」
 チョキとチョキ。

「順番がなかなか決まらないんだ……」

「「ショッ!!」」
 パーとパー。

「……っ! 早く、してくれませんかっ!」
 声を荒げる康助。
 相手は2人もいるのだ。一刻も早くこのデュエルを始めなければ、決勝戦に間に合わない、なんてことにもなりかねない。

「そう言われてもなぁ……」

「「ショッ!!」」
 グーとグー。

「こればっかりは、オレたちの意思でどうにかなるもんでもねぇしなぁ……」

「「ショッ!!」」
 パーとパー。

「まぁ、兄ちゃんがどうしても早くして欲しい、って言うなら、方法がねぇわけじゃないがな」

「「ショッ!!」」
 グーとグー。

「……何ですか、その方法って」
「なぁに、簡単な話だ。俺たちは、どっちが先にデュエルするかが決まらずに、困ってんだ。だったら――」
 長身の不良は、そこでいったん言葉を止めると、ニヤリと、下卑た笑みを浮かべた。


「てめぇが、俺たち両方と、同時にデュエルしてくれりゃあ、万事解決だろ?」


「……っ!! 卑怯……ですよっ!」
 不良が提案してきたのは、1対2で行う変則デュエル。
 この条件を呑めば、康助は、2人の相手から同時に集中攻撃を受けることになる。もちろん、相手を2人とも倒さなければ、康助の勝ちにはならない。この変則デュエルの厳しさは、1対1のデュエルの2倍どころではないのである。
「なぁに。それが嫌なら、俺たちのジャンケンが終わるまで待っててくれりゃあいいだけの話だ。……もっとも、それが原因で、大事な大事な大会に遅刻、なーんてことになっても、責任は取れねぇがな。翔武学園の代表さんよ」
「なっ……何で、そのことを……!」
 迂闊だった。目の前の不良たちが、大会の存在を知っていたなんて。
 だが、確かに、そう考えると、今までの2人の行動にも納得がいく。
 決勝戦当日、大会が始まる前のこの時間に、休みの日なのにも関わらず東仙高校へ向かっているデュエリスト。そんな人間が、大会参加者でない可能性は、限りなく低い。加えて康助は、地図を見ながら歩いていたのだ。だとすれば、部外者が見たとしても、まず間違いなく、東仙の対戦相手である翔武学園のデュエリストだと目星がつけられる。
「へへっ。コイツ果たして、どんなレアカード抱えてやがんのかなぁ?」
「おいおい、油断するなよ。相手はあの有名な翔武学園の代表さんなんだからな」
「りょーかい。せいぜい慎重に行かねーとな。……まあ、まずはこのジャンケンを終わらせることが第一だけどなっ!」
 再びジャンケンを始める2人の不良。

 彼らにとって、康助とぶつかってから、今までの行動、そのすべては計画通りだった。
 歩いてくるターゲットに肩をぶつけ、いちゃもんをつけて2人で袋小路に追い詰める。そうして相手が逃げられないようにして、1対1のデュエルを受けることを了解させた後、巧みな話術で1対2で闘わざるを得ない状況に追い込む。その綿密に計画された作戦に、康助は見事に引っかかったというわけである。
(くっ……! このままじゃ、僕は……!)
 このまま永遠に続くであろうジャンケンを眺めていれば大会に遅刻。かと言って、不良たちとの変則デュエルに挑んで負ければ、自分のデッキを失い、結果はやはり不戦敗。
 となれば、残された道は1つ。
(でも……、1対2のデュエルに勝つなんて……!)
 たとえ相手が素人だったとしても、2人のデュエリストと同時に闘って勝つのは至難の技である。よほどの実力差がなければ、できる芸当ではない。
 朝比奈や佐野、そして天神や見城なら、この2人を相手にしても圧勝できたかもしれない。しかし、康助の実力では、2人のうちの1人を倒す程度が関の山。残った1人にライフポイントを0にされて、終わりである。
 いくら相手の実力が未知とはいえ、それは、康助自身が一番よく分かっていた。
(けど……、何もしないで不戦敗なんて……そんなの、嫌だっ! だったら…………!)


「だったら、僕と彼がタッグを組んで、あなたたちと闘う、というのはどうですか?」


 響いた声は、康助のものではなかった。

「ああん? 誰だてめぇは?」
 自分たちの後ろから突然現われた人物に、汚い口調で食ってかかる不良。
 だがその人物は、動じた様子もなく、平然と先ほどの提案を繰り返す。
「僕と彼、対、あなたたち2人。2対2、タッグフォースルールでのデュエルです。人数は揃っていますし、問題はないと思いますが?」
 背格好は康助と同じくらいだろうか。その青年は、端整な顔立ちに、見る者に安心感を与える人の良い笑みを浮かべている。
 そして、そのまま不良たちの間を通り抜け、落ち着きはらった態度で康助の横に並んだ。
「あの……、あなたは……?」
 戸惑いながらそう訊ねる康助に、青年は涼やかに微笑んでこう答える。
「怪しいものじゃありません。しいて言うなら、あなたの、味方であり敵、ですかね」
 爽やかな口調で、謎めいた言葉を発する青年。その、まったくもってこの場にそぐわない態度に、康助はただただ呆然とするしかない。
「おいてめぇ! 勝手に出しゃばってきて、オレたちのジャマするって言うんなら、ただじゃおかねぇぞ!」
 不良の1人が、下品な言葉で威嚇してくる。しかし、そんな恫喝にも顔色一つ変えず、青年は涼しい顔で悠然と言い放つ。
「勝手に、ですか。この状況、どこからどう見ても、あなたたちが彼を脅迫していたようにしか見えませんでしたが。違ったのなら謝ります。……ですが、もしもそうなら、助けに入るのは人として当然の行動だと思いますが?」
「ぐっ……!」
 一点の曇りもない正論を突きつけられて、たじろぐ不良。
 だが、すぐに強気な姿勢を取り戻すと、悪趣味な笑みを顔に張りつかせてこう告げた。
「……てめぇ。さっき、俺たちとタッグデュエルする、と、確かにそう言ったよな」
 ニヤニヤと俗悪に笑いながら、言葉を続ける。
「てめぇが聞いてたかどうかは知らねぇが、このデュエルは元々、俺たちが勝ったらコイツのデッキのカードをすべて頂く、そういう約束の闘いだったんだ。それを受けたってことは、てめぇも、負けたら自分のデッキを吐き出す覚悟がある、と思っていいんだよな?」
 勝ち誇ったような表情で吠える不良。
 しかし、それでも青年は揺るがない。
「ええ、構いませんよ。どうせ彼を無理やり脅して結ばせた約束でしょうが、約束は約束です。もし僕が負けたら、潔く自分のデッキを差し出しますよ」
 そう言うと青年は、慣れた手つきで鞄からデュエルディスクを取り出し、右腕に装着した。
「さ、あなたも。……そういえば、まだ名前を訊いていませんでしたね。もしよければ、僕に教えてもらえないでしょうか?」
「あ……僕は、吉井康助、です」
「吉井君、ですか。いい名前ですね。僕の名前は、(ひいらぎ)聖人(まさと)です。よろしくお願いします」
 ぺこりと、礼儀正しくお辞儀をする。非の打ち所のない態度ではあるが、今は状況が状況。そのあまりに冷静な様子に、もしかしたらこの人は今の状況が分かっていないのではないかと、康助は少し不安になった。
 しかし。
(この人……僕を、助けに来てくれたんだよね)
 普通の人ならば、見て見ぬふりをするであろう光景。そんな場面を目撃しても、この人は逃げなかった。しかも、自らのデッキを賭けてまで、自分と一緒に闘ってくれると言う。この人は信頼に値する人だと康助が思うには、それだけで十分であった。
「さあ、行きますよ、吉井君」
「はい! 柊さん!」


「「「「デュエル!!!!」」」」


 四つの声が、人気のない路地裏に響きわたった。

「まずは、僕のターンからですね。デッキからカードを1枚引きます」
 最初は柊のターン。穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりとカードをドローする。
 ちなみにこのデュエルのルールは、タッグフォースルール。手札とデッキは2人別々だが、フィールド、墓地、除外ゾーン、ライフポイントはパートナーと共有する、タッグデュエルの標準的なルールである。
「そうですね……。僕は、手札の『カードガンナー』を召喚します」
 柊の場に出現したのは、おもちゃのロボットのような姿をした小さな機械族モンスター。攻撃力と守備力は、ともにわずか400ポイントである。
 そんなカードを召喚した柊を見て、不良の1人が突然腹をかかえて笑い出した。
「ははっ! やけに自信満々な態度だから、どんなモンかと思ってたが、しょっぱなからそんな雑魚モンスターか! こりゃあ先が思いやられるぜ!」
 柊を指差し、声をあげてあざ笑う。公式デュエルならば完全にマナー違反だが、これはストリートデュエル。無礼な行為を注意する審判はいない。
「続けて、『カードガンナー』の効果を発動です。デッキの上から3枚のカードを墓地に送ることで、カードガンナーの攻撃力を1500ポイントアップさせます」
 しかし、当の柊は、まったく気にしていない様子。淡々とデュエルを進行させる。

 カードガンナー 攻:400 → 1900

 カードガンナーの起動効果。それは、1ターンに1度、自分のデッキのカードを上から3枚まで墓地に送ることによって、次のエンドフェイズまでこのカードの攻撃力を1枚につき500ポイントアップする、というものである。
「さらに、魔法カード『成金ゴブリン』を発動です。その効果によって僕は、新たにデッキからカードを1枚引きます」
 柊の発動したカード、成金ゴブリンは、発動すると即座にカードを1枚ドローすることができる通常魔法。だが、その代償として、相手のライフポイントを1000回復させてしまうという、大きな欠点も合わせ持つ。

 不良A&不良B LP:8000 → 9000

 成金ゴブリンのカードを消費して、1枚のドロー。柊の手札の増減は、結局のところ差し引きゼロである。この行為によって柊が何らかのメリットを得たとするならば、それは、新しいカードを手札に引き入れることができたこと以外にない。
 しかし、柊は、その新たに引いたカードを使おうともせずに、
「これで、僕の最初のターンは終了にします」
 ターンエンドを、宣言した。

 カードガンナー 攻:1900 → 400

 (2ターン目)
 ・不良A&不良B LP9000 手札5&手札5
     場:なし
     場:なし
 ・柊&吉井 LP8000 手札5&手札5
     場:カードガンナー(攻400)
     場:なし


「おいおい! 今のターン、結局てめぇがしたことは、雑魚モンスターを召喚して、俺たちのライフを回復させただけじゃねぇか! ……こりゃあ、楽勝だな。俺のターン、ドロー!」
 次は、背の高い不良のターン。6枚の手札を並べ替えたりしながら、何やら考えている様子だ。
 そして、そんな不良に視線を向けながら、康助もあることを考えていた。
(あの人たちの態度には腹が立つけど……でも、言っていることは本当だ。1ターン目の柊さんのプレイングは、決して良いものだとは言えない)
 カードガンナーの攻撃力アップは、自分ターンの間しか持続しない。つまり今は、攻撃力がわずかに400ポイントのモンスターを、攻撃表示でさらしていることになる。加えて、柊の場に魔法、罠カードは1枚も伏せられていない。これでは、相手に攻撃してくれと言っているようなものである。
(それでも、1対2と2対2じゃ大違いなんだ。僕が今やるべきことは、パートナーである柊さんの闘い方をできる限り理解して、それをサポートすること……!)
 康助と柊のタッグは、即席で組まれたものである。その点だけを見ても、おそらく互いのデッキを知っているであろう不良2人と比べて、大きなディスアドバンテージを背負っていることになる。
 タッグデュエルにおいて最も重要なことは、パートナーとの連携。お互いがお互いの戦術を理解し、相方の力を最大限に引き出すこと。それが、勝利への鍵となる。
(このデュエルに負ければ、僕も柊さんも、自分のデッキを失うことになる。……元々、不良に絡まれていたのは僕だけ。僕が、大会出場者だったからなんだ。そんな事情に、柊さんを巻き込むわけには、いかないっ!)
 拳を握り締め、勢い込む康助。
 すると、そんな康助の様子を見て何を思ったのか、柊がこんなことを言ってきた。
「どうしました? 僕のプレイングが、不満でしたか?」
 康助の胸中を見透かそうとしているかのように、澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくる。
「あっ……! いや、そんなことは……」
「遠慮しなくてもいいですよ。客観的に見て、あれが褒められたカード運びでないことは、僕だって分かっていますから」
 そう告白する柊。
 そして、いまだに手札を弄っている不良にいったん目を向けると、声を潜めて、康助の耳元でそっとこう囁いた。

「でも、大丈夫です。このターンの相手の行動は、『死者への供物』を発動して、カードガンナーを破壊。そして、『ならず者傭兵部隊』を召喚してダイレクトアタック。たったそれだけです。ならず者の攻撃力は1000。大したダメージは受けませんよ」

「えっ……?」
 柊の言葉に、自分の耳を疑う康助。
 手札を見たわけでもないのに、このターンに相手が何をしてくるかなんて、分かるわけがないじゃないか。そんな当然の疑問が、康助に生じたのも束の間、
「ははっ。決まったぜ。まずは、『死者への供物』を発動して、カードガンナーを破壊! さらに、『ならず者傭兵部隊』を召喚! 相手プレイヤーにダイレクトアタックだ!」

 カードガンナー:破壊

 (攻1000)ならず者傭兵部隊 −Direct→ 柊 聖人(LP8000)

 柊&吉井 LP:8000 → 7000

 今度は、自分の目を疑った。
「死者への供物が発動されたとき、カードガンナーの効果を、発動させてもらいましたよ。自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られたとき、自分のデッキからカードを1枚ドローします」
「はっ、それがどうした? 使えねぇカードばっかり手札に抱えて何になる! ターンエンドだ!」

 (3ターン目)
 ・不良A&不良B LP9000 手札4&手札5
     場:なし
     場:ならず者傭兵部隊(攻1000)
 ・柊&吉井 LP7000 手札6&手札5
     場:なし
     場:なし


(本当に……柊さんの言った通りに、なった……?)
 たった今、康助の目の前で繰り広げられた光景。それは、柊の予言と寸分違わぬ展開だった。カードを伏せなかったことはもちろん、発動する魔法カードや、召喚するモンスターの種類に至るまで、先ほどの予告とぴたり一致している。
「ね。僕の言った通りだったでしょう?」
 そう言って、爽やかに笑いかけてくる柊。
「さあ、次はあなたのターンですよ」
「あ……はい……。僕のターン、ドロー!」
 訳が分からないながらも、そんな柊に促されるまま、康助はデュエルを進める。
「モンスターを裏側守備表示でセット。カードを2枚伏せて、ターンエンドです!」

 (4ターン目)
 ・不良A&不良B LP9000 手札4&手札5
     場:なし
     場:ならず者傭兵部隊(攻1000)
 ・柊&吉井 LP7000 手札6&手札3
     場:裏守備×1
     場:伏せ×2


 康助が裏守備でセットしたモンスターは、攻撃力800、守備力2000の通常モンスター、『ホーリー・エルフ』。一方、場に出したリバースカードは、表側表示モンスター1体を裏側守備表示に変える速攻魔法、『月の書』。そして、相手ターンに発生する自分への戦闘ダメージを0にして、カードを1枚ドローできる通常罠、『ガード・ブロック』。
 これは、互いの手の内が分からない序盤の布陣としては、まずまずの出来だと言えるだろう。当の康助自身も、好調な出だしだと思っていた。
 しかし、そんな康助の布陣を見て、柊がよく通る声で発した言葉は、
「ああ、そんなにガッチリと守りを固める必要はないですよ。何せ、このターン、相手は新たなモンスターを通常召喚してきませんからね」
 褒めるでも貶すでもなく、ただ単に、「予言」だった。
「あの……柊さん。相手がモンスターを出してこないなんて、どうしてそんなことが……」
「どうして、ですか? 理由は分かりませんが、モンスターの温存とも考えにくいですし……恐らくは、手札事故じゃないでしょうか?」
 どうしてそんなことが分かるのか。そういう意図で訊ねた康助だったが、返された答えは、どうしてそんなことが起こるのか、に対するものだった。
「あ、いや、そういうことじゃないんです。柊さんは、どうして相手の次の行動が――」
「てめぇら! ごちゃごちゃうるせぇぞ! オレがモンスターを出せねぇなんて、そんなことが分かるわけねぇだろ! オレのターン!」
 康助の発言を遮って、2人目の不良は自分のターンを始めようとする。
「おっと。死者への供物の効果を忘れていませんか? 速攻魔法、死者への供物は、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する代わりに、次の自分のドローフェイズをスキップするデメリットを持っていますよ?」
「な……っ! わ、忘れてるわけねーだろ!」
 柊に指摘されて、動揺した様子を露骨に見せる不良。
「……ぐっ! オレは、ならず者傭兵部隊の効果を発動! このカードをリリースすることで、フィールド上のモンスター1体を破壊する!」

 裏守備モンスター:破壊

「くそっ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
 苦々しい表情で、ターン終了を宣言する。

 (5ターン目)
 ・不良A&不良B LP9000 手札4&手札4
     場:伏せ×1
     場:なし
 ・柊&吉井 LP7000 手札6&手札3
     場:なし
     場:伏せ×2


(また……柊さんの言った通りだ。相手の初期手札にモンスターがないなんて、どうやったら、そんなことが分かるんだ……?)
 死者への供物の使い方1つとってみても、相手の不良2人は、デュエリストとして優秀な人物であるとは、お世辞にも言いがたい。そのため、手札事故を起こしやすい、バランスの悪いデッキを使っている可能性が高い、という推測は可能なのかもしれない。
 しかしもちろん、それだけでは、ここまで完璧な予言ができる理由にはなりえない。
「あの、柊さん……」
 その疑問を本人にぶつけるべく、おずおずと口を開く康助。
 しかし柊は、そんな康助の表情を見て、何を思ったのか、
「心配しなくても大丈夫ですよ。このデュエル、長引くとまずいんでしょう? それは僕も分かっています。だから――」

「安心してください。このデュエルは、このターンで終わらせます」

 とっておきの予言を、口にした。
「このターンの僕のドローカードは、『魔法石の採掘』です。それを使って、最初のターンに墓地へ送られた魔法カードを回収して、発動させます。それで、終わりです」
 その、常識外れの途方もない予言に、康助は、口をぽかんと開けて、呆然とするしかない。
「柊、さん……?」
 なぜ次にドローするカードが、魔法石の採掘だと分かるのか。一体どんな魔法カードを回収するつもりなのか。それに、魔法カード1枚を発動させただけで、まだまだ序盤のこのデュエルが決着するなんてことが、本当にあるのか。
 次々と湧き上がってくる疑問。しかし、そのどれもが言葉にならない。
「ああ。相手の伏せカード、あれが不安なんですか? それなら問題ないですよ。あれは、僕の攻撃宣言時に発動できる罠ですから。『マジック・ジャマー』なんかじゃありませんよ。……何なら、確かめてみますか?」
 そう言うと柊は、デッキからカードを1枚引き、手札から1枚の魔法カードを選び出した。
「速攻魔法『サイクロン』を発動。相手の伏せカードを破壊します」

 伏せカード:破壊

「……くそっ! てめぇ、どうしてオレのリバースカードが分かるんだよ!」
 破壊されたカードは、『炸裂装甲』だった。このカードは、相手モンスターの攻撃宣言時に発動でき、その攻撃モンスター1体を破壊する通常罠。これもまた、柊の予言通りである。
「さて。それでは、行きますよ。手札2枚をコストに、『魔法石の採掘』を発動。カードガンナーの効果で墓地に送られた魔法カードを、手札に加えます」
 柊は、このターンのドローカードである、魔法石の採掘を発動させる。
 自分の勝利宣言に絶対の自信があるのだろうか、揺るぎのない態度でデュエルを進めていく。
 そして。
「これで、チェックメイトです。永続魔法カード、『ラプラスの宣告』を発動」
 柊の3枚の手札、そして、康助が伏せた2枚のリバースカード。そのすべてが墓地に送られていく。

 ラプラスの宣告 永続魔法

 このカードの発動に成功したとき、自分の手札と自分フィールド上のカードを全て墓地に送る。
 カード名を1つ宣言する。
 相手のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合そのカードを墓地へ送る。違った場合はこのカードを破壊する。
 この効果は、自分のターンのメインフェイズに、1ターンに何回でも発動できる。


 柊が発動した、1枚の魔法カード。そのテキストを読んで、康助は驚愕する。
(え……? 何だ、あのカードの効果……?)
 当然のことながら、お互いのデッキは、デュエル開始時に、デュエルディスクによって自動的にシャッフルされている。相手のデッキの一番上にあるカードが何であるかなんて、不良本人にだって知りえない情報のはずだ。
 しかし、柊は、「このカードでデュエルを終わらせる」と言った。その言葉の意味することとは、つまり。
「まずは、1枚目です。ラプラスの宣告の効果発動。僕が宣言するのは、『ミスター・ボンバー』です。……どうですか? 当たっていますか?」
「くっ……! そんな適当に言ったところで、当たってるわけねぇだろ!」
 だが、デッキの一番上のカードをめくって確認した途端、不良の表情が凍りついた。
「……てめぇ、なんで……!」
 康助と柊に、めくったカードを見せてくる。
 そのカードは、まぎれもなく、柊の宣言通りのモンスターカード、『ミスター・ボンバー』だった。
「当たり、ですね。それでは、そのカードを墓地に送ってください」
 不良のカードが1枚、墓地に吸い込まれていく。
「次は、2枚目です。ラプラスの宣告の効果発動。宣言するカードは、『ドーピング』です」
 動転している様子の不良とは対照的に、柊は淡々とカード名を宣言していく。
「……くそっ! 当たりだ!」
 宣言通りのカードが、墓地へと送られていく。
「3枚目、ですね。宣言するのは、『攻撃の無力化』です」
「てめぇは……一体……!」
 また1枚、不良のデッキが削られる。
「4枚目。『疫病ウィルス ブラックダスト』」
 また1枚。
「5枚目。『ダーク・エルフ』」
 また1枚。
「6枚目。『地雷蜘蛛』」
 また1枚。

 1枚、そしてまた1枚。ゆっくりと、しかし確実に、不良のデッキが削られていく。
 不良2人も、そして康助も、目の前の光景を唖然として眺めている。
 仮に相手のデッキの中身をすべて知っていたとしても、ランダムにシャッフルされたカードの順番を当てるなんていう芸当は、普通の人間には絶対に不可能。だが、その不可能が、今この瞬間、眼の前で展開されているのである。
 相手の次の行動が予言できる。それだけのことならば、相手の手札を盗み見ていた、などの仮定を置けば、納得することはできるだろう。しかし、この現象に関してだけは、ちゃちなイカサマ行為などでは、断じて説明がつかない。


 ◆


 不良のデッキに存在するカードは、もう残り10枚を切っていた。このまま行けば、不良のデッキが0になるのも、時間の問題である。
 そんな中、不意に、柊が、誰に向かうでもなく、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

「僕にはね、未来を見ることのできる力があるんですよ」

 それは、一言目からあまりに衝撃的な、告白だった。
「未来予知、それができるのならば、自分の意思で未来を改変することだってできる。見えた未来に従って、僕がとる行動を変えていけばいいだけですからね」
 つまり、柊の言いたいことは、こうである。
「仮に、ラプラスの宣告の効果で、僕が『レッド・ポーション』を宣言するつもりだったとしましょう。けれど実際には、相手のデッキの一番上にあるカードは、『ブルー・ポーション』です。すると、どうなるでしょうか」
 大勢の聴衆に語りかけるような口調で、堂々と言い放つ。
「僕には、自分が『レッド・ポーション』を宣言し、相手のめくったカードが『ブルー・ポーション』だった、という未来が見えるわけなんです。だったら、その『見えた未来』に従って、自分が宣言するカードを『ブルー・ポーション』に変えればいい。そうすれば、未来は改変されて、これから訪れるのは、僕の予言が的中する未来、ということになります」
 柊の言っていることは、確かに筋が通っている。だが、その論理の前提となっているものは、あまりに異様な、1つの仮定。
「相手の行動を予言するのは、もっと簡単です。ただ単に、見えた未来を口にする、それだけでいい。もっとも、未来を相手に教えることによって、未来が変わってしまう場合もありますから、そこには注意が必要ですけど」
 そういえば、2ターン目の予言は、相手に聞こえないよう、自分だけに囁いてくれていたっけ。康助は、呆然としながらも、そんなことを考えていた。
 かたや不良は、無理やり声を絞り出すようにして、柊に食ってかかる。
「未来予知……だと……! そんな力が、現実に存在するわけ……!」
「信じられませんか? だとしたら、この現状をどう説明しますか?」
「…………ぐっ!」
 言葉に詰まる不良。
「もっとも、僕が未来を予知できるとは言っても、それはデュエル中に限った話なんですけどね。感知できる内容も、数ターン先までのデュエル進行に関わることに限定されていますし」
 その言葉に、停止していた康助の思考が、再び動き出す。
 デュエル中にのみ働く、既存の常識では計れない異能の力。そんな存在を、康助は、今まで嫌というほど目にしてきた。
「柊、さん……。その力って、まさか……デュエリスト能力……ですか?」
 おそるおそる訊ねる康助に対して、柊は、悠然とした態度でこう答えた。

「はい、その通りです。数ターン先までのデュエル展開を、予知、および改変できる力。それが数年前に僕に宿った、レベル5の、特殊能力です」

「レベル、5……。そんな、まさか……」
 能力レベル5。それは、いまだかつて世界中で10件程度しか確認されていないという、並外れて希少な力。そして、今、その五ッ星能力の使い手だと名乗る人物が、目の前にいる。しかも、自分のパートナーとして。
 そんなことを唐突に聞かされて、康助はただただ絶句するしかない。
「……さて。それでは、デュエルの方に戻りましょうか」
 そう言うと柊は、改めて対戦相手の方へと向き直った。
「32枚目。僕が宣言するのは、『万能地雷グレイモヤ』です。間違いありませんね?」
 もはや、宣言ではなく、ただの確認と化した作業。それも、残るはあと3回。
「33枚目。『凶悪犯−チョップマン』ですね? 墓地に送ってください」
 不良のデッキは、残り2枚。
「34枚目。『弱体化の仮面』です」
 あと1枚。
「これで、最後です。35枚目のカードは、『黒蠍盗掘団』。ターン終了です」
「…………」
 言葉を失った不良が、自分のデッキに残された最後のカードをめくる。
 そして、そのカードは、そのまま、成す術もなく、墓地へと送られた。

 (6ターン目)
 ・不良A&不良B LP9000 手札4(山札34)&手札4(山札0)
     場:なし
     場:なし
 ・柊&吉井 LP7000 手札0(山札28)&手札3(山札34)
     場:なし
     場:ラプラスの宣告(永魔)


「さあ、どうしますか? あなたのパートナーのデッキは0枚になりました。それでもまだ、このデュエルを続けますか?」
 デュエルにおける敗北条件は、デッキがなくなることではなく、デッキからカードが引けなくなることである。そのため、相方のデッキが0になったとしても、このターン、まだデッキが残っている背の高い方の不良が何らかのアクションを起こすことは可能である。
 しかし、もはや、2人の不良にデュエルを続行する意志は、微塵も残されていなかった。
「……くっ! 命拾いしたな! 今日のところは、引き分けにしておいてやる!」
「この、バケモノ超能力野郎! 覚えてやがれっ!」
 捨てゼリフを吐き、尻尾を巻いて逃げていく不良たち。
「やれやれ。散々相手を侮辱しておいて、自分たちが不利になった途端に逃げるとは。まったく、デュエリストの風上にも置けない人たちですね」
 柊は、もう見えなくなった2人組に対して、呆れたようにため息をついた。

「さあ、吉井君。早くしないとマズいんじゃないですか? 大事な大会があるんでしょう?」
 そう言って、呆然としている康助を促す。
「あっ……は、はい! 柊さん、僕を助けてくれて、どうもありがとうございました!」
 我に返って、深々と頭を下げる康助。
「その、柊さんの能力、本当にすごかったです! 僕、圧倒されっぱなしでした!」
 天神の五ッ星能力とはまったく異なる、柊の、あまりに圧倒的に思えるデュエリスト能力を目の当たりにした驚きと感動。今、康助の胸中は、そんな新鮮な感情で溢れていた。
「いえいえ。そんなに褒められるほどのものではないですよ。僕にこの能力が発現したのだって、ただの偶然に過ぎませんからね」
「いいえ! 宿る能力は自分の意思で決められなくても、実際に宿った能力を活かして闘っているのは、間違いなく柊さんの意志です!」
 謙遜する柊に、康助は、ついつい熱くなって訴えてしまう。
 未来の出来事を知り、改変できる力。そんな能力を相手にして、勝つ方法なんてあるのだろうか。もしも柊さんが、天神さんと闘ったら、一体どんなデュエルが見られるのだろうか。そんなとりとめもない想像が、康助の中を駆け巡っていく。
「ありがとうございます。まさか、初めて会った人にここまで絶賛してもらえるとは、思いもしませんでしたよ。吉井君。君は、本当に純粋な心の持ち主だ」
「えっ? いや、僕は別に、そんな大したことは、何も……」
 面と向かってそんなことを言われたのは初めてで、康助は、顔を赤くして戸惑ってしまう。
 だから、柊の次の言葉に反応が遅れたのは、無理もないことだろう。

「……でも、自分たちの敵を目の前にして、賞賛の言葉を浴びせるだけ、というのは、決して褒められた行為じゃありませんよ?」
「えっ……?」
「闘志に溢れたデュエリストならば、ここは、絶対に勝ってやるの一言くらい、欲しいところですね」
「柊、さん……?」
 自分たちの敵、とはどういうことだろう。柊さんは一緒にタッグデュエルを闘ってくれたパートナーだ。それに、自分「たち」とは一体、誰のことだ?
 そんな康助の疑問をよそに、いたずらっぽく微笑んだ柊は、謎めいた言葉を再び口にした。
「言ったでしょう? 僕は、あなたの、味方であり敵、だとね」
「あの……それって、一体どういう……?」
「ふふ。意地悪はこの辺にして、そろそろきちんと自己紹介をしましょうか」
 柊は、改めて康助の方へ向き直ると、よく通る明瞭な声で、こう言い放った。

「僕の名前は、柊聖人。東仙高等学校の、1年生です。……ここまで言えば、もう分かるでしょう? 翔武学園代表の、吉井康助君?」

「あ、そうなんですか。東仙の…………って、ええっ!? 柊さん、まさかっ!」
 一拍遅れて、ようやく柊の言わんとしていることに気づく。
 今日は、大会の決勝戦が行われる日。その会場となる東仙高校は、一般生徒立ち入り禁止となるため、登校してくる生徒はまずいない。
 それなのに、東仙の生徒である柊が今この場にいるという事実。そして、普通のデュエリストとは明らかに一線を画す存在感。これらから必然的に導かれる帰結とは。
「はい。僕も、あなたと同じく、今日の決勝戦に出場するデュエリストです。僕のポジションは先鋒、つまり1番手ですから、最も早くあなたたちと闘うことになりますね」
 東仙高校の1番手は、柊。一方、翔武学園の1番手は、天神。
 つまり、このまま行けば。
「柊さんと……天神さんが……闘う……?」
 ついさっき想像していたばかりの、柊 対 天神という構図。それが、早くも実現しようとしている。しかも、決勝の1戦目という、重要な局面で。

「僕の相手が、天神さん……? というとまさか、彼女も僕と同じく、翔武の1番手なんですか?」
「あっ、はい。……柊さん、天神さんのこと、知っているんですか?」
 そう言い終わってから、それがずれた質問であることに気づく康助。翔武学園以外の全参加校は、それまでに行われた闘いが記録されたDVDを見ることができるのだ。東仙高校の代表である柊が、それを見ていないはずがない。
「もちろん、彼女のデュエルはすべてDVDで拝見させていただきました。彼女の闘いは、実に美しい。他を寄せつけない圧倒的な五ッ星能力、そして、洗練されたデュエルタクティクス。彼女のデュエルを見ていて僕は、神々しいとさえ感じてしまいましたからね」
 何のためらいもなく、天神を絶賛する柊。その表情に、嫌みや妬みといった負の感情は、一片も感じられない。
 そして、一呼吸おくと、康助を直視して、覚悟を決めたように、はっきりとこう告げた。
「だからこそ僕は、この決勝という大舞台で、彼女とデュエルできるというこの幸運を、嬉しく思います。そして、本気で闘って、彼女に……勝ちたい。……僕のこの気持ち、分かってくれますね?」
 強い相手に出会えば、自分の持てる力すべてをぶつけて、そして勝ちたいと思う。それは、真のデュエリストならば誰しも感じる、本能的な欲求。
「天神さんに、僕のこと、よろしくお伝えください。僕は、レベル5同士の闘いを、望んでいます、と。……それでは、1戦目で、待っています」
 そう言うと柊は、康助に背を向けて、去っていった。これから闘う敵同士が一緒に歩いているのはマズい、という配慮なのだろう。

 そして、1人残された康助は。
(天神さんと柊さん……。レベル5とレベル5のぶつかり合いが、まさか、こんなところで見られるなんて……! 一体、どんなデュエルになるんだ……?)
 翔武と東仙の間に横たわる、圧倒的な実力差。ゆえに大した苦もなく、翔武学園の大勝。そして、10年連続優勝。
 誰が見ても、順当に思えるその結果。現に、昨日までの康助も、心の奥底ではその結末を当たり前のものだと感じていた。
 だが、それはとんでもない誤解だった。蓋を開けてみれば、1戦目から大荒れ。レベル5の天神でさえ、負けるかもしれない闘い。
 そして、東仙には、まだ見ぬデュエリストが、2人。当然、楽観視はできない。
 翔武と東仙、どちらが勝つか。そんなことは、誰にも予測不可能。


 ――波乱の決勝戦の、幕開けである。





4章  1戦目 揺るぎない未来



「……まさか、あの噂が本当だったなんてね」
「あの噂? それって、一体何ですか?」
「大会も佳境に入ったころ、今年の東仙代表メンバーの中に、五ッ星能力の使い手がいる、という噂を耳にしてな。俺も翔子も、根も葉もないデマだと判断して、放っておいたんだが……」
「でもよ。レベル5の能力者っていうのは、世界に10人くらいしかいないんじゃなかったのか? ウチには天神がいるし、そのうえもう1人なんていうのは……」
「確率的には、まずありえないわね。けど……」
「だからと言って、まったく起こりえない現象、とは言い切れない。そもそも、うちにここまで高レベルの能力者が集まっているのだって、傍から見れば異常事態なんだ。デュエリスト能力は、未知の力。何が起こったところで、不思議じゃない」

 東仙高等学校、翔武学園控え室。
 時間ギリギリで会場に駆け込んだ康助は、そこで待っていた生徒会メンバー4人に、先ほど遭遇した出来事のことをかいつまんで説明した。
 2人の不良に絡まれ、1対2のデュエルを強制されたこと。しかし、助けに入ってきてくれた人物のおかげで、その場を切り抜けられたこと。実は、その人物こそが、東仙代表の1人、柊聖人であったこと。
 そして、柊が、レベル5同士で闘いたいと、天神に宣戦布告してきたことを。

「それで? 天神、あんたはどうしたいの? 一応言っとくけど、今ならまだ、デュエルの順番は変更可能よ?」
「何なら、アタシが代わってやってもいいんだぜ! むしろ、アタシとしては、ぜひとも代わって欲しいところだな!」
「学園全体の勝利、ということを考えるのならば、ここは引くのも立派な選択だ。お前がどんな選択をしたとしても、俺はそれを尊重する」
 もし天神に柊と闘う意志がないのなら、柊の挑戦を受けないという選択肢も十分にありうる。そして、仮にそれをしたところで、誰も天神を責めたりはしないだろう。
 だがもちろん、4人とも、天神が返すであろう答えなど、最初から分かっていた。
「みんな……、心配してくれて、ありがとう。……でも」
 天神の澄んだ瞳に、迷いの色はない。
「私は、その柊さんって人と闘って、勝ちたいって、心からそう思うの。だから、この挑戦は、誰にも譲れない。それが、私の答えです」
 もう、デュエルに向き合うことから逃げていた過去の天神は、どこにもいない。
 今の天神が、心の底から望むのは、未知なる強者との闘い。そして、その先にある、勝利の喜び。相手が強ければ強いほど、その想いは膨らんでいく。それは、数多くのデュエリストたちが求めているものと、何ら違いはない。

「……うむ! よく言ったわね。さっきの質問は、あたしも春彦も、形だけしてみただけだから、別に気にしなくていいわよ」
「アタシは、半分本気で言ってたけどなっ! ……むぅ。レベル5、闘いたかったぜ」
「ふふ。見城さんには、ごめんなさいね。でも、強い相手と闘いたいっていう気持ちなら、私だって負けない自信があるわ」
 そう言うと天神は、長い黒髪をなびかせて、ふわりと微笑んだ。
「ま、元々1番手は天神だったんだから、無理を言ってるのはアタシの方なんだけどな」
 見城も、天神につられて快活に笑う。
 そして、ふと何かを思い出したように、康助にこう問いかけてきた。
「……そういえば、吉井。その柊ってヤツがレベル5だ、っていうのは聞いたけど、それって一体どんな能力だったんだ? アタシたちにも教えてくれよ」
 そう見城に訊かれて、タッグデュエルの中身についてはまだ何も話していなかったことにようやく気づく康助。
「あ、ええと、それは――」

「その先は、何も言わないでくれるかしら? 吉井君」

 未来を予知し、改変できる力。そう言おうとした康助の口元に、天神の人差し指が優しく添えられた。
「天神、さん……?」
 戸惑う康助に、天神はふっと微笑んで、
「私ね、闘う前から相手の手の内を知るようなことは、できる限りしたくないの」
 柔和な瞳を細めて、穏やかに告げる。
「確かに、予め相手の能力が分かっていれば、有利に闘いを進めることができるでしょうね。……けど、私はそんなの好きじゃない。未知の相手を前にしたときの胸の高鳴りを、忘れたくないの」
 その望みは、勝ちを目指すことと相反する考え方のようにも聞こえる。しかし、そう呟く天神の中には、確固たる芯が存在していることが伺えた。
「でもよ。相手はDVD見て、こっちの戦術を知ってんだぜ? それって不公平じゃないのか?」
「相手には相手の、私とはまた別の考え方があるわ。もちろん私はそれを尊重するし、いろんな人の考えに触れてみたいとは思う。けど、だからと言って、それで自分の考えを曲げなくてはならないわけじゃない。そうでしょ?」
「む……。確かに、そう言われればそうなんだけどな……」
 しぶしぶ納得したような顔をする見城。彼女は、どちらかと言えば「フェアな闘い」を望んでいる節があるため、向こうにこちらの戦術が知られているなら、こちらも向こうを知るべきだと思っているのだろう。
「だから、その話は、私がいなくなってからにしてくれるとありがたいんだけどな。吉井君?」
「あっ……はい。分かりました」
「ふふ。ありがとう。私のこんなワガママを、聞いてくれて」
 ぺこりと、丁寧に頭を下げる天神。
「ま、信念あってこそのデュエリスト、って気もするしね〜。勝つ気があるのであれば、あたしは何だって歓迎するわよ」
「ええ。もちろん、私に、負ける気はないわ」
「さて。それじゃあ、順番はこのまま提出でいいな? 1番手、天神。2番手、吉井。3番手、見城。4番手、翔子。そして5番手が、俺だ」
 全員を見回し、異論がないことを確認すると、順番が記入された用紙を提出しに行く佐野。
 そして、しばらくして戻ってくると、全員に向かって、力強い声で、こう告げる。
「俺たちの目指す優勝。それは、一人一人の勝利の先にある。だから、みんな、今日は、悔いの残らないよう、全力で闘って、勝ちを目指してくれ」
「ええ」「はい!」「おう!」「当然!」
 4人の声が混ざり合い、控え室中に響きわたった。


 ◆


 決勝戦   私立翔武学園高等学校 VS 東仙高等学校

 1戦目 1年 天神 美月 VS 柊 聖人  1年
 2戦目 1年 吉井 康助 VS 遠山 力也 1年
 3戦目 1年 見城 薫  VS 霧原 ネム 1年
 4戦目 3年 朝比奈 翔子VS 稲守 蛍  1年
 5戦目 3年 佐野 春彦 VS 波佐間 京介 3年



「おいおい……。未来が見える、って、それ、マジかよ?」
 電光掲示板に表示されている対戦カードを見上げながら、見城が呟く。
「はい。あのデュエル中、柊さんの予言は一度も外れませんでした」
「デュエリスト能力……そんな力までアリなのかよ……」
 決勝戦の準備が終わり、後はいよいよ1戦目が始まるのを待つのみとなった、翔武学園の控え室。今この部屋にいるのは、1戦目を闘うために、デュエルリングに向かった天神を除いた4人である。東仙の控え室の様子をここから伺い知ることはできないが、おそらく柊も同じように、闘いの舞台へと歩を進めている最中だろう。
「そんな反則まがいの能力者を相手にして、勝ち目なんてあるのか……? たとえこっちが何を仕掛けようと、向こうにはそれが全部見えているなんて……」
 康助から、タッグデュエルの詳細を聞かされた3人は、そのあまりに絶対的に思える柊の能力に、愕然としていた。
「僕も考えたんですけど……いくら柊さんが未来を改変できるとは言っても、それは自分の引いたカードを使っての範囲内でだけです。ドローカードをコントロールできるわけじゃありません。だから、どの手札をどう使っても勝てない、という状況まで柊さんを追い詰めることができれば、もしかしたら……」
「敗北の未来しか見えない状態、ね。確かに、勝つ可能性があるとしたら、それしかないでしょうね。あんたの話じゃ、数ターン先の未来までしか見えない、ってことだったから、ゆっくりと時間をかけて、少しずつアドバンテージを広げていくほかないとは思うけど……」
「問題は、相手が、それを許してくれるかどうか、だな。……目先の未来は筒抜けなんだ。そんな状況下で、露骨にアドバンテージを失うような行動を、相手がとってくれるとは思いがたい」
「だろうな……。天神の能力も確かに強力だけど、それは当然相手も承知の上だろうし……」
 いくら考えても、有効な作戦が思いつかない。
 どんな奇策であろうと、それが相手にバレてしまっては効果は半減。以前、レベル0の康助がレベル5の天神に勝つことができたのも、康助のとった戦略が、天神の予想外のものだったからに他ならないのだ。
「というか、そもそも天神はこの能力のこと知らないだろ? こんなヤツ、事前情報なしで相手にしたら、それこそ勝ち目なんてなくなるんじゃないのか?」
 見城のその疑問に、声をあげて答える人は誰もいない。
 十分に策を練ってもなお勝ち目が薄いと思われる相手に、まったくの無策で挑むということ。それが、一般にどれほど無謀と言われている行為であるかは、誰もが十二分に承知していた。

「それでは、これより翔武学園 対 東仙高校の、第1戦目を開始します! 両校の代表者は、前へ!」

 この場にいる誰もが天神に勝機を見出せないでいる中、闘いの始まりを告げる審判の声が、無情に響いた。
 目の前にある、大きなディスプレイに映し出されているデュエルリング。その上に、天神と柊、2人のデュエリストが、向かい合って立つ。
「僕は、この決勝という大舞台で、あなたとデュエルできることを光栄に思いますよ」
「ふふ。ありがとう。私も、あなたと闘えて嬉しいわ」
 2人の闘いの様子、その映像と音は、両校の控え室にリアルタイムで送信される仕組みになっている。つまり、控えのメンバーは、デュエルを見ることはできても、闘っているデュエリストにアドバイスすることはできない。観客もいない中、2人のデュエリストが信じられるのは、己の腕のみである。
「厳正な抽選の結果、1戦目の先攻、後攻の選択権は、翔武学園側にあることが決定しました。それでは、翔武代表の天神美月さん。どちらを選ぶか、宣言してください」
 黒服の審判が、天神に選択を迫る。
(天神さん……。ここは、先攻をとってください……!)
 短期決戦というのは、相手の不意をついてこそ成功する戦略である。ゆえに、未来が見えるデュエリストを相手にした場合、こちらがその選択肢を選ぶことはありえない。
 しかし逆に、予知能力を持つデュエリストというのは、こちらの不意をつけると分かったときにだけ、確実に不意をつくことができる。つまりは、短期決戦を狙ってくる公算が高い。
 そして、短期決戦において有利なのは、1枚でも多くのカードを相手より早く引くことのできる、先攻。
 ゆえに、康助たちの立場からすれば、柊を少しでも有利にしないためにも、ここで天神が選ぶべきなのは、まず間違いなく先攻の方である、という論理が組み立てられる。先攻をとって、慎重にデュエルを進め、できる限り長期戦に持ち込んで闘うべきである、と、4人が4人ともそう考えていた。
 だが。
「私は、後攻を選択します」
 康助たちの願いもむなしく、天神が選んだのは、後攻だった。
「分かりました。それでは、このデュエルは、柊聖人さんの先攻で行われます。……両者、構えてください」
 その指示に従って、2人のデュエリストは、デュエルディスクを変形させる。

「それでは! 決勝戦、第1戦目、天神美月選手 対 柊聖人選手。デュエル、開始ィィ!!」


「「デュエル!!」」


 運命の1戦目が、始まった。


 ◆


「僕のターン。デッキからカードを1枚引きます」
 柊は、6枚の手札を見て、何やら考えていたかと思うと、天神に向かってこう問いかけてきた。
「天神さん。……1つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「何かしら?」
「僕の能力については、吉井君から聞いているはずですよね。なのになぜ、あなたは、わざわざ後攻を選択したのですか? 僕は、この能力を明かしてしまった以上、あなたに先攻を選ばれてしまうのは、正直仕方のないことだと諦めていたのですが」
 心底不思議そうな表情で、訊ねる柊。
 そして、それに対する天神の回答は。
「あら。私、あなたの能力について、何も知らないわよ?」
「何も……って、どういうことですか!? 確かに僕は、吉井君に――」
「吉井君は教えてくれようとしたんだけど、私が断ったの」
「断った……?」
「だって、闘う前から相手のことを知ってしまったら、面白くないでしょう? 私は、この人は一体どんなデュエルを見せてくれるんだろう、って、想像しながら闘うのが好きなの。そのときに感じる、わくわくするような楽しさ。それって、とっても素敵だと思わない?」
 満開の桜のような笑みを浮かべて、無邪気な口調で告げる。
 それを聞いた柊は、しばし唖然としたように口を開いていたが、我に返ると、くつくつと笑いながら、こう呟いた。
「……ふふ。吉井君の純粋さに救われたと思っていたら、今度はあなたの純粋さに足を掬われることになるとは、ね。完全に予想外でした」
「? どういうこと?」
「すぐに分かりますよ。……まったく、あなたには敵う気がしませんね」
 天神の疑問に答えを返すことなく、柊は平然とした様子で続ける。
「あなたは、僕なんかとは、まるで次元の違う強さを持ったデュエリストだ。こうして対峙しているだけで、それがひしひしと伝わってきます」
 心から感服したように、敬意を込めてそう述べる。
 そして。
「……だからこそ、この幸運に、感謝しなくてはいけませんね。決勝という大舞台で、あなたと闘い、そして…………勝つことができたという、この僥倖に」
 1枚の魔法カードが、発動される。
「永続魔法カード発動、『ラプラスの宣告』」

 ラプラスの宣告 永続魔法

 このカードの発動に成功したとき、自分の手札と自分フィールド上のカードを全て墓地に送る。
 カード名を1つ宣言する。
 相手のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合そのカードを墓地へ送る。違った場合はこのカードを破壊する。
 この効果は、自分のターンのメインフェイズに、1ターンに何回でも発動できる。


 柊が持っていた5枚の手札すべてが、墓地へと吸い込まれていく。
「ラプラスの宣告の、効果を発動します。あなたのデッキの一番上にあるカードは、『神の宣告』ですね? それが正しければ、墓地に送ってください」

 天神が、デッキの一番上のカードをめくり、確認する。そのカードは、柊の宣言通りの、『神の宣告』。そのまま墓地へと送られる。

「柊さん……。今のあなたの力……」
「そうです。これが僕のレベル5、『数ターン先までのデュエル展開を、予知、および改変できる力』です。……どうですか? 天神さんなら、僕が何をしたかったのか、もう分かったでしょう?」
 口に手をあてて、しばらく黙考する天神。
 そうして、何かに気がついたらしく、はっとして呟く。
「……なるほど。そういうこと、だったのね」
「ラプラスの宣告の、効果発動。2枚目のカードは、『ヘカテリス』です」

 カードをめくる天神。そして、めくられた『ヘカテリス』は、そのまま墓地へと送られる。

「こんな闘い方があるなんて……。柊さん、あなた、すごいわ」
「あなたほどのデュエリストに褒めて頂けるとは、光栄です。……3枚目。『死者蘇生』ですね」

 『死者蘇生』が、墓地へ送られる。

「ふふ。ごめんなさい。だとしたら、私、吉井君から話を聞いておくべきだったかしらね」
 くすりと笑って、冗談を言うように呟く天神。
「少なくとも、後攻を選んでしまったのは、大きな失敗でしたね。もし先攻をとっていれば、神の宣告を伏せて、ラプラスの宣告の発動を無効化できていたかもしれない。4枚目、『レインボー・ライフ』」

 『レインボー・ライフ』が、墓地へ。

「私は、デュエルする相手のことを、もっとよく知りたいと思うの。後攻を選んだのも、それが理由。あなたがどんな戦略で挑んでくるのか、それを、まずは直に感じたかったから」
「なるほど。立派な志です。……でも、残念ながら結局、今回はその志が仇になりましたね。5枚目、『転生の予言』です」

 『転生の予言』が、墓地へ。

「数ターン先までの未来が見える僕には、このデュエルの結末が見えています。後は、約束された未来に向かって、ただただ流されていくだけですよ。天神さん、あなたにはもう、逆転の目はありません。6枚目、『豊穣のアルテミス』」
 柊は、芝居がかった口調で、大仰に告げる。

 『豊穣のアルテミス』が、墓地へ。

 一方の天神は、そう言われてもなお、優雅な笑みを絶やさない。
「ふふ。確かに、このデュエルの結末は、もう決まってしまったみたいね」
「真剣勝負において、負けを覚悟してもなお、笑顔でいられるとは。その余裕は、ぜひ僕も見習いたいものですね。7枚目、『非常食』」

 『非常食』が、墓地へ。

「あら。私は、負けを覚悟したなんて言ってないわよ?」
「おや? つい先ほど、このデュエルの結末は決まったと、そう仰ったと思いますが?」
「ええ。そうは言ったわ。けど、その結末は、あなたの予知した未来とは違うものでしょうね」
「まさか、勝つのは自分だと言いたいのですか? ……ふふ。さすがにそれは、ありえませんね。8枚目、『エクスチェンジ』」

 『エクスチェンジ』が、墓地へ。

「この能力がある限り、僕は、ラプラスの宣告の効果を、決して外しません。あなたがこのカードの発動を許してしまった時点で、僕の勝ちは確定です。僕の見た未来が揺らぐことは、絶対にありません。9枚目、『ライトロード・マジシャン ライラ』」
 自信に満ちた表情で、そう言い放つ柊。

 『ライトロード・マジシャン ライラ』が、墓地へ。

 しかし天神も、悠然とした態度でこう返す。
「だったら、私とあなた、どちらが正しい未来を予知できるのか、勝負しない?」
「勝負……? どういうことですか?」
「私もあなたのように、このデュエルの結末を予言してみるわ」
「予言? あなたが……ですか?」
「ええ、そうよ。……ふふ。いくわね。私の見た、このデュエルの結末は――」
 そうして、天神が口にした予言の内容は、

「あなたは、私のデッキがなくなる前に、ラプラスの宣告の効果を使うのを、自分の意思で止めて、ターン終了を宣言する。そして、次の私のターン、あなたのライフポイントは、ちょうど0になるわ」

 にわかには信じ難い、突拍子もないものだった。
「どうかしら? けっこう自信はあるつもりだけど?」
 その、あまりにも荒唐無稽に思える予言に、呆気にとられる柊。
 だが、すぐに我に返ると、静かな笑みを漏らしながらこう呟いた。
「……ふふ。面白いジョークですね。確かに、この状況からあなたが逆転できるとするならば、それは、僕が自分の意思でターンを終了し、あなたに勝ちを譲った場合しかありえない。10枚目、『DNA改造手術』」

 『DNA改造手術』が、墓地へ。

「天神さん。あなたの、どんな小さな可能性だろうと最後まで捨てずに縋ろうとするその姿勢。それは、無条件で尊敬に値する、大変素晴らしいものだと僕は思います。でもまさか、この期に及んで、僕が自分からラプラスの宣告の効果を使うのを止めるなんて、本気で思っているわけではないでしょう? 11枚目、『ダグラの剣』」

 『ダグラの剣』が、墓地へ。

「あら。私は、本気よ」
「……もしかして、僕を動揺させる作戦ですか? 確かにそれは、勝ちの目がないと分かったときの常套手段ではありますが……。この状況でそんなことを言うことに、何の目的が……」
「目的なんてないわ。私は、見えた未来を、そのまま口にしただけだから」
「目的がない? それは一体どういう……。12枚目、『光の召集』」
「ふふ。じきに分かるわ」

 『光の召集』が、墓地へ。

「……天神さんの能力は、相手の場に出現したモンスターを持ち主の手札に戻すもの。この状況においては、何の役にも立たないはずだ……。13枚目、『ハネワタ』」

 『ハネワタ』が、墓地へ。

 天神の言葉の意味を、真剣に考える柊。
 しかし、得られた結論は、今までとまったく同じものだった。
「……やはり、何度考えてみても、ここから僕の負けなどありえません。ましてや、自分からあなたに勝ちを譲るなんて、そんな未来が、現実になるわけがない。14枚目、『女神の加護』」

 『女神の加護』が、墓地へ。

「15枚目、『天空聖者メルティウス』。……これで、あなたのデッキは、残り半分です」
 戸惑いながらも、着実に相手のデッキを削っていく。

 『天空聖者メルティウス』が、墓地へ。

 天神のデッキに残るカードは、20枚。
 柊の勝利は、揺るぎない未来。仮にこのデュエルリングに観客がいたとしたら、その誰もがそう信じて疑わなかっただろう。

 だが、16枚目のカードを宣言する段になって、柊の動きが、止まった。

「な…………っ!」
 口を開けたまま、絶句して立ちつくす柊。
「そんな…………。そんなことが…………!」
 柊の驚愕。それが彼の演技などではないことは、その異様な動転ぶりを見れば明らかだった。
 一体、今、何が起こっているのか。それを正確に理解できているのは、おそらく、柊本人と、天神の2人のみ。
「…………くっ!」
 柊は、腹の底から悔しそうな声を漏らし、そして。

「………………ターン……終了」


 天神の予言。その1ターン目は、この瞬間、現実になった。


 (2ターン目)
 ・柊 LP8000 手札0
     場:ラプラスの宣告(永魔)
     場:なし
 ・天神 LP8000 手札5(山札20)
     場:なし
     場:なし


「私のターン、ドロー。……ね? 私の言った通りになったでしょう?」
 天神は、まるで子供のような無邪気さで、柊に笑いかける。
「手札から、速攻魔法『サイクロン』を発動。あなたの、ラプラスの宣告を、破壊するわ」

 ラプラスの宣告:破壊

 柊の戦略、その要となる役割を果たす魔法カードが、墓地へと送られていく。
「…………僕の、完敗、ですね。本当に……あなたには敵う気がしません。たとえ、僕がどんなに策を弄して、勝利への完璧な道筋を作り上げたとしても、あなたは、それをあっさりと飛び越えてしまう。……そんな気がしますよ」
 ラプラスの宣告は破壊されたものの、柊のライフはまだ無傷である。それだけを見れば、まだ柊にも逆転の目があるように映るかもしれない。
 しかし、天神の予言には、まだ続きがある。
「永続魔法カード、『神の居城−ヴァルハラ』を発動。このカードが私の場にある限り、1ターンに1度、自分フィールド上にモンスターが存在しないのならば、手札の天使族モンスター1体を特殊召喚できる。私はその効果で、手札の『アテナ』を攻撃表示で特殊召喚するわ」
 その言葉とともに、天神の場に、知恵の象徴たる戦いの女神が降臨する。
「続けて、手札の『ハネクリボー』を召喚。そして、この瞬間、アテナの効果が発動。フィールド上に天使族モンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚されるたびに、相手ライフに600ポイントダメージを与える」

 柊 LP:8000 → 7400

「さらに、アテナのもう一つの効果を発動させるわ。ハネクリボーを墓地に送って、墓地の『豊穣のアルテミス』を、攻撃表示で特殊召喚」
 1ターンに1度、自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送ることで、自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。そのアテナの効果によって、ラプラスの宣告で墓地に送られていた月の女神が、フィールドに姿を現す。

 柊 LP:7400 → 6800

「これで最後よ。私は、墓地の『ヘカテリス』と『ハネクリボー』を除外することで、手札の『神聖なる魂』を特殊召喚するわ」
 自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外するという、特殊な召喚条件を持ったモンスター。それが、攻撃表示で特殊召喚される。

 柊 LP:6800 → 6200

 天神の場に並んだ天使は、全部で3体。

 アテナの攻撃力は、2600。
 豊穣のアルテミスの攻撃力は、1600。
 神聖なる魂の攻撃力は、2000。

 そして、柊のライフポイントは、残り6200。

「3体のモンスターで、相手プレイヤーにダイレクトアタック」

 柊の場と手札に、カードは1枚も残されていない。
 天神の、流れるような攻撃を止める手段は、ない。

 (攻2600)アテナ −Direct→ 柊 聖人(LP6200)

 柊 LP:6200 → 3600

 (攻1600)豊穣のアルテミス −Direct→ 柊 聖人(LP3600)

 柊 LP:3600 → 2000

 (攻2000)神聖なる魂 −Direct→ 柊 聖人(LP2000)

 柊 LP:2000 → 0


「そこまでっ! 第1戦目の勝者は、翔武学園代表、天神美月選手!!」


 決着まで、わずか2ターン。
 その、あまりに短く、しかし濃い闘いを制し、勝利の未来を引き寄せたのは、天神だった。


 翔武学園、まずは1勝。





5章  2戦目 封じられた守備表示



「みんな、ただいま。楽しいデュエルだったわ」

 1戦目が終わり、上機嫌で控え室に戻ってきた天神を迎えたのは、
「天神さん!? 今のデュエル、一体、何が起こっていたんですかっ!?」
「天神。アンタまで未来予知ができるなんて……まさか、第二のデュエリスト能力ってやつか!? そうなのか!?」
「そんなわけないでしょ。……ま、あたしにも、何が何だかさっぱりだったけど」
「天神。……すまないが、解説を頼む。恥ずかしい話だが……俺も含めて、この場にいる誰一人として、あのデュエルを理解できていない」
 目の前で起きた現象をどう解釈していいか分からずに当惑している、4人の仲間たちであった。康助と見城に至っては、椅子から立ち上がって天神に詰め寄っている。
「ふふ。分かったわ。確かにあれは、見ているだけじゃ何も分からない闘いだったわね。全部説明するわ。だから、吉井君と見城さんも、まずは落ち着いて?」
 2人を席に座らせると、天神は、まずはみんなに向かってこう問いかけた。

「柊さんのライフが0になったとき、私の手札は1枚残っていたわよね? あの、1枚だけ余ったカード、あれは何だったと思う?」
 子供たちに授業をする教師のように、穏やかな口調で訊ねる。
「んなこと言われてもな……。……吉井、分かるか?」
 見城に相談された康助も、首を横に振るばかり。
「ヒントが少なすぎるわね。『そのカードを使わなくても柊を倒せた』ってだけじゃ、何の情報にもならな――」
 降参の意思を示そうとした朝比奈の言葉が、途中で止まる。
「――いや、待って。2ターン目の最初にあんたが持っていた手札は、『サイクロン』、『神の居城−ヴァルハラ』、『アテナ』、『ハネクリボー』、『神聖なる魂』、と、今問題になっているカードの計6枚よね。ということは……」
「柊がターン終了を宣言したとき、天神のデッキの一番上にあったカード。それは、その6枚のうちのどれか1枚、ということになるな」
 朝比奈の言葉を、佐野が引き継ぐ。
「だが、今分かっている5枚のカードのうち、どれがデッキトップにあったとしても、柊は迷わずそれを墓地に送っていただろうな。となると、6枚目のカードは、吉井の『ネクロ・ガードナー』のように、墓地にあることが天神のメリットになるカード、か……? いや、違うな……そうだとしても、柊が自分からターンを譲る理由には――」
「分かった!」
 朝比奈が、椅子から立ち上がって勢いよく叫ぶ。
「天神。あんたの手札に最後まで残っていた6枚目のカード。それは……、『ネコマネキング』でしょう!」
「ええ、その通り。正解よ」
 天神は、自分のデッキから1枚のカードを選び出すと、みんなに見えるように提示した。

 ネコマネキング 効果モンスター 星1・地・獣・攻0・守0

 相手ターン中にこのカードが相手の魔法・罠・モンスターの効果によって墓地に送られた時、相手ターンを終了する。


「そうか! あのとき、柊がラプラスの宣告の効果を使わなかったのは……!」
 そのテキストを見せられて、見城もようやく納得する。

 あの状況で、柊に残されていた選択肢は、全部で3つあった。
 1つ目は、ラプラスの宣告をわざと外すこと。もちろんこれは最悪の選択で、ラプラスの宣告そのものが破壊されてしまうため、柊がこれを選ぶことはありえない。
 2つ目は、ラプラスの宣告の効果を使って、ネコマネキングを墓地に送ること。この選択肢を選んだ場合、天神のデッキを1枚多く削ることができるものの、ネコマネキングの効果で、結局柊のターンは強制的に終了させられてしまう。
 そして3つ目が、自らターン終了を宣言すること。2つ目と大差ないように思えるこの選択だが、こちらには、天神の次のドローカードを、能力値の低いネコマネキングに固定できるという大きなメリットがある。
 これらの選択肢を天秤にかけた場合、誰がどう考えても、選ぶべきは3つ目の選択肢。そしてそれが、天神が柊の行動を予言できた理由でもあった。

「私のデッキには、デッキ破壊への対策として、ネコマネキングが全部で2枚入っているの。だから、最初の手札に1枚もネコマネキングがなかった以上、ラプラスの宣告の効果でデッキ切れを起こしてしまうことはない、って、そう確信できたわ」
 柊の場と手札に、ラプラスの宣告以外のカードは存在しない。
 ゆえに、ヘカテリスと豊穣のアルテミスが墓地に送られた瞬間、天神の勝利は確定した。天神は、ただその事実を予言としてもっともらしく口にしただけである。

「……でも、ちょっと待って。仮に、柊がネコマネキングというカードの存在を知らなかったとしても、それって、何か変よね?」
 一見、完璧に筋が通っているように見える天神の解説。しかし、それでは説明のつかない点が、1つだけある。
「……柊が、ラプラスの宣告を発動したこと。その、そもそもの理由が、不可解だな」
「? どういうことですか?」
「だって、柊は数ターン先までの未来が見えるのよ? だったら、ネコマネキングのせいで自分が負けるという未来も、予め分かっていたはずでしょ?」
「あ……、そう言われてみれば……」
 ラプラスの宣告は、一度発動させると、自分の場と手札にある他のカードをすべて墓地に送ってしまうカードである。柊は、そんな諸刃の剣を、1ターン目の最初からいきなり発動させた。未来が見えるのならば、その戦術がネコマネキングによって阻まれることは予め分かるはずなのに。
「他に方法がなかったんじゃねぇか? ほら、デュエルが始まる前にアタシたちが話していた、『敗北の未来しか見えない状況』ってやつ。1ターン目からいきなりそれだったとすれば、納得はできるぜ?」
「……でも、あの柊さんの驚きよう……。僕には、あれが演技だとはとても思えませんでしたけど……」
 康助のその言葉を聞いて、突然天神がくすくすと笑い出した。
「天神さん……?」
「ふふ、ごめんなさい。確かに、あの驚きは演技なんかじゃないと思うわ。……でも、吉井君は、もっと肝心なところで、柊さんの演技に騙されているわよ?」
「僕が……騙されている……?」
「そう。……そもそも、未来が見えるデュエリストなんて、この世に存在するのかしらね?」
「え……?」
 天神さんは、何を言っているのだろう。未来予知が、にわかには信じられない能力であることは確かだけど、現に柊さんは――

 と、そこまで考えたところで、唐突に、違和感を覚える康助。
(あれ……? そういえば、あのタッグデュエルの1ターン目……)
 不良相手のタッグデュエル、その1ターン目の柊の行動は、「カードガンナーの効果で3枚のカードを墓地に送り、成金ゴブリンを発動」である。そして、その3枚の中に含まれていたラプラスの宣告を、後から魔法石の採掘で回収した。
(未来が見えるんだったら、柊さんは、どうして……)
 どうして、カードガンナーの効果で墓地に送るカードの枚数を調節して、成金ゴブリンで、直接ラプラスの宣告を引かなかったんだろう。
 それが、康助の感じた疑問である。
 死者への供物の効果で、2人目の不良のドローフェイズはスキップされていた。つまり、1ターン目にラプラスの宣告を発動しても、まったく同じ結果になっていたはずなのである。できるだけ早く終わらせたかったはずのあの闘いにおいて、決着を先延ばしにしたのは、なぜなのか。
 その不自然さを頼りに、思考を巡らせていく。
(もしかしたら……柊さんの力は…………。いや、でも、何のために……? ……あ、そうか。そう考えれば、説得力はある、な……。……あっ、でも、不良の行動を予測できたことは、それじゃあ説明がつかないし……)
 ふと、あるアイデアが閃くものの、それではどうやっても説明できないことが出てきてしまう。
 諦めて、天神に訊ねることにする。
「天神さん……。それって、一体どういうことですか……?」
「デュエルが終わった後、柊さんから聴いたんだけど、実はね――」
 そして、天神の口から飛び出したのは。

「柊さんの能力は、レベル5なんかじゃないの。実際は、レベル2。『自分と相手のデッキの一番上にあるカードが見える』。それが、柊さんの本当の二ッ星能力よ」

「え…………?」
 言葉を失う康助。
 柊さんは、デッキトップのカードが見えているだけなんじゃないのか。そんな、ついさっき自分に降って湧いた発想が、まさか当たっていたとでも言うのか。
「アイツが、嘘をついていた、って言うのか? ……何のために?」
 疑問を呟く見城。
「……そうか。短期決戦は不利だと、俺たちに誤解させるため、か」
「ええ。柊さん本人もそう言っていたから、間違いないわ。柊さんのデッキは、いかに効率よくラプラスの宣告を引き当て、発動させるかに特化したデッキ。長期戦になればなるほど、有利になるの」
 デュエルが長引けば長引くほど、柊がラプラスの宣告を引き当てられる確率は上がっていく。さらに、たとえ発動を無効にされたとしても、長期戦であれば、墓地から回収したり、2枚目以降を引ける可能性も高い。
「現に、あたしたちは、できる限り長期戦に持ち込むべきだ、とか考えてたしね」
 未来が見えるデュエリストを相手に、不意打ちは通用しにくい。だから、短期決戦は分が悪い。避けるべきである。その程度の推論なら、誰にだって組み立てられる。
 そして、「誰にだって組み立てられる」からこそ、柊の策は、活きてくる。短期決戦は不利だと、「誤解」してしまう。
 それこそが、柊の狙いだった。

(……そう。嘘をついた理由に関しては、それで問題ないんだ。…………でも)
 でも、そうだとすると、どうしても説明のつかないことが出てきてしまう。
「柊さんの能力が、デッキトップのカードが見えるだけだとすると……僕とのタッグデュエルで、一体どうやって、相手の行動を予言することができたんでしょうか?」
「そういやそうだな。確か、発動する魔法カード、召喚するモンスター、手札事故を起こすこと、伏せカードの種類に至るまで、ぴたりと当ててみせた、って話だったよな。……デッキトップが見えるだけじゃ、そんな芸当はできないんじゃねえか?」
 康助と見城の疑問にも、天神は悠々と答えを返す。
「そのタッグデュエルの話も、柊さんから詳しく聴いたわ。……言ったでしょ? 吉井君は、柊さんに騙されているわよ、ってね」
「柊さんは実はレベル2だった、っていう話ですよね……? それならもう……」
「それだけじゃないわ。そもそもね――」

「吉井君を脅した2人のデュエリスト。あの人たちも、東仙高校の生徒なのよ。つまり、柊さんの仲間、ね」

「………………。…………って、ええええええっ!?」
 思わず、素っ頓狂な声で叫んでしまう。
「いや、だって僕、あの2人にデッキ奪われかけたんですよっ!? 柊さんの助けがなかったら、大会にだって間に合わなかったかもしれませんし……!」
「もちろん、本気でそんなことをするつもりはなかったはずよ。あれは全部、柊さんの能力を吉井君に信じ込ませるための作戦。吉井君以外の3人は、最初から通じ合っていたの。……そう考えてみると、さっきの疑問にもすべて説明がつけられるでしょう?」
「あ……。確かに…………」

 ――「このターンの相手の行動は、『死者への供物』を発動して、カードガンナーを破壊。そして、『ならず者傭兵部隊』を召喚してダイレクトアタック。たったそれだけです」
 2ターン目の、柊の予言。そういえばあのとき、相手の不良は妙に長い間、手札を並び替えるなどして弄っていた。もしあれが、柊に次の行動を教えるサインだったとしたら。

 ――「何せ、このターン、相手は新たなモンスターを通常召喚してきませんからね」
 4ターン目の、予言。あのとき柊は、康助だけでなく、相手の不良にも聞こえるようにしゃべっていた。もし、それを聞いた不良が、わざと手札にあるモンスターを召喚しなかっただけなのだとしたら。

 ――「ああ。相手の伏せカード、あれが不安なんですか? それなら問題ないですよ。あれは、僕の攻撃宣言時に発動できる罠ですから」
 5ターン目の、予言。このとき柊は、「攻撃宣言時に発動できる罠」とだけ言い、具体的なカード名を明言していなかった。もし、予め、不良との間に、伏せたカードはすべて攻撃宣言時に発動できる罠だという約束が交わされていたのだとしたら。

 すべて、納得できる。

「柊さんは、波佐間さんがうちに来たときの話を聞いて、ターゲットを吉井君に決めたと、そう言っていたわ。モデルガンで倒れてくれるような純粋な人なら、きっと引っかかってくれるだろうと思った、ってね」
 波佐間(と翔武メンバー4人)によって仕掛けられた、康助を対象にしたドッキリ。おそらく波佐間はあのときから、柊の作戦を知っていたのだろう。あのドッキリには、康助がターゲットに相応しい人物かどうか、試す意味もあったのかもしれない。
「柊さんの目的は、自分の能力が未来予知だと私に信じ込ませたうえで、私とデュエルすること。もしも私が1回戦に出場しなかった場合、自分の出場順を変えるか、もしくは私の出場順を変えてもらうよう吉井君に頼むつもりだった、とも言っていたわ」
 天神と闘いたい、ただそれだけの目的なら、本人に直接頼めば済む話だろう。だが、能力の偽装はそう簡単にはいかない。
 多くの高位能力者は、近くで発動した他人の能力のレベルが分かる。ゆえに、天神の目の前で力を使えば、本当はレベル2であることがすぐにバレてしまうのだ。
 だからこそ、DVDを見れば無能力者であることが分かる康助は、柊にとって願ったり叶ったりの人物だったのであろう。

「……ってことは、アタシたち、東仙のヤツらにすっかり騙されてたってことじゃねえか!」
 すべてのタネを聞かされて、ようやく何が起こっていたのか理解した見城は、腹を立てて声を荒げる。
「ふふ。そういうことになるわね。本当に、よく考えられた作戦だと思うわ」
「っていうか、アンタは悔しくないのかよ! それに吉井も! ここは怒るべきところだろ!?」
「…………あ、そうですね。こんな作戦を思いつくなんて、柊さんは何てすごい人なんだろう、って思っていて、忘れてました」
「怒るのを忘れてた、って、おい……。アンタは、脅迫までされた張本人だろうが……」
 感情を露にして憤慨していた見城は、康助のその様子に、肩透かしをくらう。
 そんな見城に追い討ちをかけるように、朝比奈がニヤリと唇を歪ませて笑う。
「騙されたときに腹を立てているようじゃまだまだね。相手の手腕には素直に感心して、そこから何かを学び取ってこそ、一流のデュエリストだわ」
 こちらも、怒っている様子は毛頭ない。
 一方、佐野は、
「相手は、対戦相手にわざわざ天神を指定してきた。それも、勝つための布石をきっちりと打った上で、だ。……今回のデュエルは、一つ間違えば負けていたかもしれない闘いだった。おそらく、これからの闘いでも、東仙は、俺たちに勝つための策を、確実に用意しているはずだ」
 他のメンバーに向かって、気を引き締めるように促す。
 東仙は、レベル2の柊で、レベル5の天神を倒そうとしていた。それは、厳然たる事実。
 そして、東仙の策が、これだけで終わりだとは到底思えない。

「次は、僕の番、ですね…………」
 刻々と迫る時間。次なる相手の名前は、遠山(とおやま)力也(りきや)。1戦目とは違い、まったく未知の人物だ。
「そろそろ時間、だな。……吉井。ここまで来たら、たとえどんな人物が相手だろうと、己と自分の組み上げたデッキを信じるのみだ。その先に、必ず勝機はある」
「デュエルは、意外なところに、思わぬ宝物が転がっているものよ。それを、見逃さないでね」
「ま、あんたは、逆境になればなるほど強いみたいなところがあるからね。頑張んなさいよ!」
「今度こそ、勝って帰ってこいよっ! 待ってるぜ!」

「……はい! 行ってきます!」

 4人の仲間に見送られて、吉井康助は、決戦の地へと、赴く。


 ◆


「それでは、これより翔武学園 対 東仙高校の、第2戦目を開始します! 両校の代表者は、前へ!」

 審判のその声を合図に、デュエルリングに上る康助。
 そして、目の前の相手と、対峙する。
「あなたが……遠山、力也さん……」
「おうよ。お前は、吉井、康助だったか。言っとくが、手加減してやる気は毛頭ないぜ。覚悟しときな」
 遠山は、針のように鋭い視線を康助に向けてくる。
 日焼けした肌に、鋭利な顔立ち。背が高く、適度に痩せたバランスのよい体つき。その、どこか野生児を思わせるような風貌は、とても康助と同年代だとは思えない。
「2戦目の先攻、後攻の選択権は、1戦目で負けた東仙高校側にあります。それでは、東仙代表の遠山力也さん。どちらを選ぶか、宣言してください」
「先攻だ。考えるまでもねぇ」
 ノータイムで答える遠山。
「分かりました。それでは、このデュエルは、遠山力也さんの先攻で行われます。……両者、構えてください」
 康助と遠山、2人のデュエリストが、睨み合う。

「それでは! 決勝戦、第2戦目、吉井康助選手 対 遠山力也選手。デュエル、開始ィィ!!」


「「デュエル!!」」


 闘いが、始まった。


「オレのターン、ドロー! ……へっ、行くぜ。まずはコイツだ。来い、『ゴブリン突撃部隊』!」
 遠山が場に出した、最初のカード。それは、レベル4ながら2300もの攻撃力を誇る、デュエルモンスターズでは非常にポピュラーなモンスターカードだった。
「リバースカードはなしだ! ターンエンド!」

 (2ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札5
     場:なし
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」
 力いっぱい、カードを引き抜く。気合は十分。
「モンスターを裏側守備表示でセット。カードを2枚伏せて、ターンエンドです!」
 たとえ相手が攻撃的な姿勢を見せようとも、まずは守りを固めて様子を見る。それが康助本来の闘い方であり、強固な守備を作り上げることこそが、康助なりの、本気だ。

 (3ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札5
     場:なし
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)
 ・吉井 LP8000 手札3
     場:裏守備×1
     場:伏せ×2


「オレのターン、ドロー!」
 ゴブリン突撃部隊は、その高い攻撃力と引き換えに、攻撃した場合バトルフェイズ終了時に守備表示になるデメリットを持っている。そしてその場合、次の自分ターン終了時まで表示形式を変更できなくなるのだ。
「オレの攻撃を誘って、ゴブリン突撃部隊を守備表示にしようっていうハラか。いいぜ、乗ってやる。……ただし、その代償は高くつくぜ! 『スピア・ドラゴン』召喚!」
 遠山のフィールドに現われたのは、蒼い翼を持ったドラゴン。その尖った鼻は、まさに槍そのものである。
「『スピア・ドラゴン』には貫通能力がある。まずはコイツで、裏守備モンスターを攻撃だ! ドラゴン・スクリュー!」
 体を高速回転させて、スピア・ドラゴンが裏守備モンスターを襲う。

 (攻1900)スピア・ドラゴン → 裏守備 → ダーク・リゾネーター(守300)

「ダーク・リゾネーターは、1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されません!」
「だが、戦闘ダメージは受けてもらうぜ! 貫け、スピア・ドラゴン!」
 回転する大槍が、康助の身体を通り抜ける。
「ぐっ……!」

 康助 LP:8000 → 6400

 スピア・ドラゴン:(攻1900) → (守0)

 スピア・ドラゴン。このモンスターにもまた、攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になるというデメリットがある。
「1ターンに1度の戦闘破壊耐性か……。だったら、2回殴るだけだ! ゴブリン突撃部隊で、ダーク・リゾネーターを攻撃!」
 凶器を手にしたゴブリンの一団が、小さな悪魔に襲い掛かる。
 ダーク・リゾネーターは、手に持った音叉で反撃しようとするが、その力の差は歴然。大勢のゴブリンに囲まれ、ボコボコに殴られる。
 そして、ゴブリンたちが引き上げ、その後に残ったものは。
「増えた……だと……?」

 守備表示の、ダーク・リゾネーターが、2体。

「前のターンに伏せた2枚の罠カードを、発動させました。ゴブリン突撃部隊が攻撃してきたタイミングで、『アルケミー・サイクル』。ダーク・リゾネーターが破壊されたタイミングで、『ブロークン・ブロッカー』です!」
 発動ターンのエンドフェイズまで、自分フィールド上の表側表示モンスターすべての元々の攻撃力を0にする。それが、アルケミー・サイクルの効果。
 自分フィールド上の、攻撃力よりも守備力の方が高い守備表示モンスターが戦闘で破壊されたときに発動でき、破壊されたモンスターと同名のモンスターを2体まで、自分のデッキから守備表示で特殊召喚する。それが、ブロークン・ブロッカーの効果。
「……なるほどな。アルケミー・サイクルの効果で、ブロークン・ブロッカーの発動条件を満たした、ってわけか」
「さらに、アルケミー・サイクルの効果で、カードを1枚ドローしました。これで、このターンの僕のカードアドバンテージは、差し引きゼロです!」
 アルケミー・サイクルの効果を受けたモンスターが戦闘破壊された場合、デッキからカードを1枚ドローする。
 貫通ダメージこそ受けたものの、カード枚数では、康助は一切損をしていない。

「……これで、オレのバトルフェイズは終了。ゴブリン突撃部隊は守備表示になる」

 ゴブリン突撃部隊:(攻2300) → (守0)

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 (4ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札4
     場:伏せ×1
     場:ゴブリン突撃部隊(守0)、スピア・ドラゴン(守0)
 ・吉井 LP6400 手札4
     場:ダーク・リゾネーター(守300)、ダーク・リゾネーター(守300)
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」
 ここまでのデュエルは、おおむね康助の予定通りに進んでいた。
 アルケミー・サイクルとブロークン・ブロッカーのコンボでダーク・リゾネーターを増やし、次のターンで守備表示になった遠山のモンスターを叩く。
 攻撃と守備とがよく調和した、攻防一体の優れた戦術である。
「まずは、2体のダーク・リゾネーターを、攻撃表示に変更します!」

 ダーク・リゾネーター:(守300) → (攻1300)
 ダーク・リゾネーター:(守300) → (攻1300)

 康助のプレイングは、生徒会に入った当初と比べると段違いに進歩していた。
 それもそのはず。康助は、朝比奈、佐野、天神、見城といった、計り知れない実力を持ったデュエリストたちの闘いを、この2ヶ月半、間近で見てきたのである。その影響力の凄まじさは、改めてここで説明するまでもないだろう。

 そして、康助が、ダーク・リゾネーターに攻撃宣言を行おうとした、その瞬間。
「おっと! この瞬間、永続罠カード発動だ! 『最終突撃命令』!」

 ゴブリン突撃部隊:(守0) → (攻2300)
 スピア・ドラゴン:(守0) → (攻1900)

 辛くも、遠山の罠発動に阻まれた。
「攻撃はさせないぜ。最終突撃命令は、フィールド上の表側表示モンスターをすべて攻撃表示に変更し、表示形式を変更できなくさせる永続罠。コイツが場に存在している限り、オレのモンスターが、守備表示になることはない!」
 攻撃すると守備表示になるデメリットアタッカーを軸に構成されている遠山のデッキと、最終突撃命令との相性は抜群。だが逆に、守備表示で守ることを軸に据えた康助のデッキとの相性は、最悪である。
「くっ……! モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンドです!」

 遠山とて、康助と同じく、東仙高校の中で選りすぐられた代表者。
 このデュエルも、一筋縄では行きそうにない。

 (5ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札4
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)、スピア・ドラゴン(攻1900)
 ・吉井 LP6400 手札4
     場:ダーク・リゾネーター(攻1300)、ダーク・リゾネーター(攻1300)、裏守備×1
     場:なし


「オレのターン、ドロー! 来い、『ジャイアント・オーク』!」
 ドローするやいなや、新たなモンスターを呼び出す遠山。
 今度のモンスターは、攻撃力2200、守備力0の、棍棒を持った巨体の悪魔族。ゴブリン突撃部隊とまったく同じ能力を持つ、デメリットアタッカーである。
「相手の場には、ダーク・リゾネーターが2体と、裏守備モンスターが1体。オレの場に最終突撃命令がある限り、裏守備モンスターに攻撃しても、ダメージ計算時には攻撃表示になる、が……。下手にリバース効果を発動されても面倒だ。だったら!」
 場の状況を見て、即座に決断を下す。
「ゴブリン突撃部隊! スピア・ドラゴン! ジャイアント・オーク! 3体で、ダーク・リゾネーターを攻撃しろ!」
 ゴブリン突撃部隊が殴る。スピア・ドラゴンが貫く。ジャイアント・オークが殴る。
 その3連続攻撃によって、康助のライフが削られていく。

 (攻2300)ゴブリン突撃部隊 → ダーク・リゾネーター(攻1300)

 康助 LP:6400 → 5400

 (攻1900)スピア・ドラゴン → ダーク・リゾネーター(攻1300):破壊

 康助 LP:5400 → 4800

 (攻2200)ジャイアント・オーク → ダーク・リゾネーター(攻1300)

 康助 LP:4800 → 3900

「最終突撃命令の効果で、オレのモンスターは攻撃表示のままだ! ターンエンド!」

 (6ターン目)
 ・遠山 LP8000 手札4
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)、スピア・ドラゴン(攻1900)、ジャイアント・オーク(攻2200)
 ・吉井 LP3900 手札4
     場:ダーク・リゾネーター(攻1300)、裏守備×1
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」
 早くも、康助と遠山のライフポイントには2倍以上の開きが生まれている。にも関わらず、康助の表情に焦りは見られない。
「前のターンでセットした、『機動砦のギア・ゴーレム』を反転召喚! さらに、手札から、新たに『ホーリー・エルフ』を召喚します!」
 遠山が、裏守備モンスターへの攻撃をためらうのも計算通り。その警戒心のおかげで、康助のフィールドに、遠山と同じく、3体のモンスターが並んだ。
「おいおい、そんなザコを並べて、一体どうするつもりだ? 攻撃力1300が1体に、攻撃力800が2体じゃ、オレのモンスターに傷一つつけられやしねえぜ?」
 攻撃的な口調で、康助を挑発してくる遠山。
 だが。
「傷一つじゃありません。あなたのモンスターは……このターンで全滅します!」
 そして康助は、1枚のカードを、勢いよくデュエルディスクに差し込んだ。
「魔法カード発動、『右手に盾を左手に剣を』!」
 康助の発動した魔法カード。その効果によって、フィールド上に存在するすべての表側表示モンスターの、元々の攻撃力と元々の守備力が入れ替わる。

 康助のモンスターは、高い攻撃力を誇るアタッカーに。

 機動砦のギア・ゴーレム(攻800・守2200) → (攻2200・守800)
 ホーリー・エルフ(攻800・守2000) → (攻2000・守800)
 ダーク・リゾネーター(攻1300・守300) → (攻300・守1300)

 そして、遠山のモンスターの攻撃力は、すべて0になる。

 ゴブリン突撃部隊(攻2300・守0) → (攻0・守2300)
 スピア・ドラゴン(攻1900・守0) → (攻0・守1900)
 ジャイアント・オーク(攻2200・守0) → (攻0・守2200)

「な……っ! バカな……!」
 守りに守った上で、隙を見て一気に爆発的な攻撃を仕掛け、勝ちをつかむ。これが、康助の理想とするプレイスタイル。
 『右手に盾を左手に剣を』は、攻撃の遠山、守備の康助、その構図を根底から覆す、大革命の1手。
 これこそが、康助の狙いだった。
「遠山さん。あなたのデッキの弱点、それは、モンスターの守備力が低いことです!」
 この総攻撃が決まれば、遠山のモンスターは全滅。かたや、康助の場にモンスターは3体。
 遠山のライフは4500ポイントも減少し、康助のライフポイントを下回る。
 そして、遠山の場に、伏せカードは存在しない。
「まずは、ギア・ゴーレムで、ゴブリン突撃部隊を攻撃します!」
「くっ! おい、ちょっと待て! やめろっ!」
 すっかり闘志を削がれた様子のゴブリンの一団に向かって、機械仕掛けのゴーレムが突進していく。
 その攻撃を止める手段は、ない。

「………………な〜んて、な」

 遠山 LP:8000 → 7200

「え……?」

 (攻2200)機動砦のギア・ゴーレム → ゴブリン突撃部隊(攻0):破壊

 ギア・ゴーレムは、確かにゴブリン突撃部隊を粉砕した。だが、遠山のライフは、たったの800ポイントしか減少していない。
 そして。

 機動砦のギア・ゴーレム:破壊

 何の前触れもなく、康助のギア・ゴーレムが、砕け散った。

「え……っ? 今、何が…………」
 動揺する康助。その様子に、先ほどまでの余裕は、見る影もない。
 それでも、何とか現状を把握し、何が起きているのか理解しようと努める。
「遠山さんの場に、伏せカードはない。……ということは、まさかっ!」
 そして、こんな不可解な状況に合理的な説明を与える方法は、ただ1つ。

「そう。『相手モンスターの攻撃宣言時に、800ライフポイント支払うことで、その戦闘によって発生するお互いのプレイヤーへの戦闘ダメージを0にして、ダメージステップ終了時に、フィールド上に存在する攻撃モンスターを破壊することができる』。これがオレの四ッ星能力。……どうよ? 完璧だろ?」

「そんな…………。まさか…………」
「オレの弱点が、モンスターの守備力が低いことだ? ……はっ、笑わせてくれるぜ。今会ったばかりのお前でも見抜けるような弱点に、オレが気づいていないとでも思ったか?」
 遠山は、康助を馬鹿にしたような口調で、勝ち誇ったように告げる。
「『団結の力』による攻撃力増強。『右手に盾を左手に剣を』を発動してからの一斉攻撃。この2つが、お前の主要な攻撃手段だってことくらい、研究済みなんだよ。……そして、そのどちらも、オレの能力の前では無力だ」
 どれだけ攻撃力の高いモンスターで攻撃しても、相手のライフを800ポイントしか削ることができない。それは、爆発的な攻撃を得意とする康助にとって、あまりに相性の悪いデュエリスト能力であった。
「さあ、どうする? このままターンエンドか?」
 遠山に攻撃を仕掛けることは、わずかなダメージと引き換えに、自分のモンスターを失ってしまうことを意味する。
 しかし、この状況で攻撃しなければ、次のターン、攻撃力が元に戻ったデメリットアタッカーの総攻撃を受けることになってしまう。
「……っ! ホーリー・エルフで、スピア・ドラゴンを攻撃、します……」
 康助は、攻撃宣言をするしかない。
「……ま、そうするしかねぇよな。もちろん、能力は発動させるぜ」

 遠山 LP:7200 → 6400

 (攻2000)ホーリー・エルフ → スピア・ドラゴン(攻0):破壊

 ホーリー・エルフ:破壊

 攻撃するたびに、自分のモンスターを失っていく。それが分かっていてもなお、攻撃宣言しなければいけないというこの状況。
 それは、康助の精神をも、容赦なく抉り取っていった。

「……ダーク・リゾネーターで、ジャイアント・オークを攻撃……」
「攻撃力300、か。……だが、能力は発動させる。500ポイントのライフと、戦闘破壊耐性持ちのモンスターの除去。比べるまでもねぇ」

 遠山 LP:6400 → 5600

 (攻300)ダーク・リゾネーター → ジャイアント・オーク(攻0):破壊

 ダーク・リゾネーター:破壊

 最初は相手の思い通りにさせておいて、敵が一気に勝負を決めにきたところでその勢いを断ち切る。
 それが遠山の闘い方であり、康助は、その研ぎ澄まされた刃物のごとき戦術に、見事に両断されてしまっていた。
 そして、軽い放心状態にあった康助は、この局面で、重大なプレイングミスを犯してしまう。

「……ターン……エンド」

 伏せるべきカードが手札にあるのにも関わらず、自分の場をがら空きにしてのターン終了。
 そしてそれは、遠山にとって、格好の餌食となる。

 (7ターン目)
 ・遠山 LP5600 手札4
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:なし
 ・吉井 LP3900 手札3
     場:なし
     場:なし


「オレのターン、ドロー! ……へっ。まさか、ここまで綺麗に引っかかってくれるとはな」
 相手を軽んじた態度で、傲慢な笑いを浮かべる遠山。
「今年の東仙代表メンバーの中に、レベル5がいるっていう噂。あれを意図的に流したのは、何を隠そう、オレたち東仙高校だぜ」
 鋭い視線を康助に向けながら、大仰に語る。
「あれの目的は、もちろん、柊の嘘に説得力を持たせること。……だが、他にも役割がある。柊の嘘を知った後、お前はこう思ったはずだぜ。『あの噂は嘘だったんだから、東仙の代表には、高レベルの能力者はいないはずだ』、ってな」
「……!」
「その顔を見るに、図星か。……まあ、当然だわな。事実、レベル5だと思っていた相手がレベル2だったんだ。続く相手が、本当に高レベルの能力者だなんて、まず思わない。知らず知らずのうちに、思考の外に追い出してしまう。……だろ?」
「…………」
 押し黙る康助。
「今年の東仙は、本気でお前らを潰しに行くぜ。そして、そのためには、どんな労力も惜しまない。……お前らに、そんな覚悟があるか? 9年連続優勝という実績に甘んじているだけの奴らに、オレたちは決して負けねぇぜ」
「……そんな……ことは…………」
 反論の言葉が出てこない。
 事実として、1戦目は翔武学園が勝っているのだが、遠山の雰囲気に圧倒されて、それさえも口に出すことができない。
「何も言えねぇ、か。……なら、所詮お前の覚悟は、その程度だったってことだ。このデュエルも、終わりが見えたな。魔法カード、『戦士の生還』を発動」
 遠山が、自分の墓地の戦士族モンスター1体を、手札に加える。
「オレが選ぶのは、前のターンで破壊された、『ゴブリン突撃部隊』。そして、そのまま召喚して、ダイレクトアタックだ。喰らいな!」

 (攻2300)ゴブリン突撃部隊 −Direct→ 吉井 康助(LP3900)

 吉井 LP:3900 → 1600

「ぐうっ……!」
 前のターンで、全力をぶつけて削った遠山のライフポイント。それが、ほぼそのまま返される。
「ターンエンド、だ。……諦めな。お前にもう勝ち目はねぇよ」

 (8ターン目)
 ・遠山 LP5600 手札4
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)
 ・吉井 LP1600 手札3
     場:なし
     場:なし


「僕のターン、ドロー……」
 心と身体を切り刻まれ、康助の顔から生気が抜けていく。
 勝ちの目が見えない中、それでも今できることと言えば、1ターンでも長く相手の攻撃をしのぐことしかない。
「『黙する死者』を発動。墓地のホーリー・エルフを、特殊召喚。カードを2枚伏せて、ターンエンドです……」
 黙する死者は、墓地の通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する通常魔法。
 しかし、最終突撃命令が場にある限り、守備モンスターの存在は許されない。

 ホーリー・エルフ:(守2000) → (攻800)

 遠山の場には、守備重視の康助のデッキと相性の悪い、『最終突撃命令』。
 レベル0 対 レベル4という、能力面での圧倒的な性能の差。
 そして、遠山の四ッ星能力によって、迂闊に攻撃を仕掛ければ、待っているのは、自分のモンスターの破壊。

 今の戦況は、康助にとって、最悪なものであると言えた。

 (9ターン目)
 ・遠山 LP5600 手札4
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)
 ・吉井 LP1600 手札1
     場:ホーリー・エルフ(攻800)
     場:伏せ×2


「オレのターン、ドロー! 今さら守りを固めてくるか。無駄なあがきは、見苦しいだけだぜ」
 康助を見下し、そう言い放つ。
「まずは、『二重召喚』を発動! これで、オレはこのターン、2回の通常召喚が可能となる。その効果により、手札の『ゴブリンエリート部隊』2体を召喚!」
 ゴブリンエリート部隊の攻撃力は、2200。
 弱った康助にトドメを刺すべく、遠山のカードが牙をむく。
「行け、ゴブリン突撃部隊! ホーリー・エルフを攻撃しろ!」

 (攻2300)ゴブリン突撃部隊 → ホーリー・エルフ(攻800):破壊

 吉井 LP:1600 → 100

「これで終わりだ! ゴブリンエリート部隊で、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 銀色の甲冑に身を包んだゴブリンの一団が、鋭く光る剣を手に、康助に襲い掛かる。
 だが、その歩みを阻むように、唐突に爆発が巻き起こる。
「『ガード・ブロック』の効果で、カードを1枚ドローします……」
「自分への戦闘ダメージを0にする罠、か。……だが、次は防げねえだろ! 2体目のゴブリンエリート部隊で、ダイレクトアタックだ!」
 ゴブリンの一団が撤退していくと同時、もう1体のゴブリンエリート部隊が康助を襲う。
 今回は、彼らの行く手を阻むものはない。一団のリーダーが剣を振り上げ、狙いを定めて振り下ろす。
 その斬撃が、一刀のもとに標的を両断する。

「……今度はクリボー、ね。さすがは仮にも翔武代表。しぶとさだけは一級品、ってわけか?」
 康助をかばって両断されたのは、毛むくじゃらで可愛らしい小さな悪魔だった。
「『クリボーを呼ぶ笛』を発動……。手札に加えた『クリボー』を捨てることで、戦闘ダメージを0にします……」
 クリボーを呼ぶ笛。それは、自分のデッキから『クリボー』または『ハネクリボー』1体を手札に加えるかフィールド上に特殊召喚する効果を持った速攻魔法。
 そして、その効果によって康助の手札に加わったクリボーは、相手ターンの戦闘ダメージ計算時、手札から捨てることで、その戦闘で発生するコントローラーへの戦闘ダメージを0にする効果を持っている。
「……だが、そんな付け焼き刃の守りが、いつまで保つかな? カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 (10ターン目)
 ・遠山 LP5600 手札0
     場:最終突撃命令(永罠)、伏せ×2
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)、ゴブリンエリート部隊(攻2200)、ゴブリンエリート部隊(攻2200)
 ・吉井 LP100 手札2
     場:なし
     場:なし


「僕のターン、ドロー……」
 康助のフィールドはがら空き。ライフポイントは残り100ポイント。
 一方、遠山のフィールド上には、攻撃力2000越えのモンスターが3体。
「……カードを2枚伏せて、ターンエンドです」
 そんなどうしようもない状況の中、康助は、今引いた罠カードに一縷の望みを託し、場にセットしてターンを終える。

 (11ターン目)
 ・遠山 LP5600 手札0
     場:最終突撃命令(永罠)、伏せ×2
     場:ゴブリン突撃部隊(攻2300)、ゴブリンエリート部隊(攻2200)、ゴブリンエリート部隊(攻2200)
 ・吉井 LP100 手札1
     場:なし
     場:伏せ×2


「オレのターン、ドロー! 『アックス・ドラゴニュート』を召喚!」
 弱りきった康助に追い討ちをかけるように、遠山は新たなモンスターを召喚する。
「お前の場に伏せカードは2枚。一方、オレの場にはモンスターが4体。今度こそは防ぎきれねぇだろ! 4体のモンスターで、総攻撃だ! 相手プレイヤーにダイレクトアタック!」
 攻撃力2300、攻撃力2200、攻撃力2200、攻撃力2000。
 総勢8700ポイントもの攻撃力が、わずか100ポイントの残り火を目掛けて、一斉に襲い掛かる。

 しかし。
「……罠カード発動、『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
「な……っ!」
 この土壇場で、康助が引き当てていた罠カード。それは、相手の攻撃宣言時に発動して、相手の攻撃表示モンスターをすべて破壊するという、一発逆転の可能性を秘めた通常罠であった。
「……くっ! まさか、この状況でそんなトラップ抱えてやがったとはな。油断したぜ。……だが、このオレが何もせずに喰らってやるだけだと思うなよ! 罠発動、『強制脱出装置』! さらにもう1枚、『生命力吸収魔術』!」
 遠山は、ミラーフォースの発動にチェーンする形で、伏せてあった2枚の罠カードを発動させる。
「逆順処理だ。まずは、生命力吸収魔術の効果発動! フィールド上の効果モンスター1体につき、オレのライフは400ポイント回復する!」
 遠山の場に、モンスターは4体。そして、そのすべては、デメリットアタッカー。

 遠山 LP:5600 → 7200

「さらに、強制脱出装置の効果で、フィールド上のモンスター1体を手札に戻す。オレが選択するのは、もちろん、『ゴブリン突撃部隊』!」
 強制脱出装置。その効果により、ゴブリン突撃部隊だけは、ミラーフォースによる破壊から逃れて、遠山の手札に戻っていった。

 ゴブリンエリート部隊:破壊
 ゴブリンエリート部隊:破壊
 アックス・ドラゴニュート:破壊

「ちっ、他は全滅か……」
 悔しそうに歯噛みする遠山。
 彼の手札は、『ゴブリン突撃部隊』1枚のみ。このターンはすでに通常召喚を行ってしまっているため、ここは何もせずにターンを終了するしかない。
 だが、それでも、遠山の表情から、余裕の笑みが消えることはなかった。
「……で? お前はこの後、どうするつもりなワケ?」
「…………」
 康助は、何も言い返せない。
「ははっ。ミラーフォースも、ただの延命措置、ってか。せっかくの強力トラップが泣いてるぜ!」
 遠山の傲慢な物言いが鋭い切れ味を誇るのは、その内容が的を射た適切なものであるからこそだ。

 康助の場に残された、たった1枚の伏せカード。
 それは、普通の局面で使えば、大量の壁モンスターを一挙に展開できる、強力な魔法カードである。
 だが、最終突撃命令が存在するこの状況下でそれを使えば、攻撃力0の格好の標的を相手にさらしてしまう結果になる。
 ミラーフォースの囮になってくれればいいという考えで、念のために伏せておいたこのカード。康助は、いくら考えても、この速攻魔法に使い道を見出せないでいた。

 そして、康助の手札に残された、たった1枚のカード。
 こちらは、デュエルモンスターズを代表するほどに有名な魔法カード、『死者蘇生』だった。
 デッキに1枚しか投入できない制限カードでありながら、自分の墓地か相手の墓地かを問わず、墓地のモンスター1体を特殊召喚できるその効果は、それ1枚で戦況を引っくり返す力を十分に秘めていると言える。
 ただし、この状況では、何を蘇生したところで、それだけでは逆転の火種にはなりえない。それは、康助だけでなく、康助の手札に死者蘇生が存在することを知らない遠山でさえも、十分に承知していた。
 今、墓地に存在するモンスターの中で最高の攻撃力を誇るのは、遠山の墓地の、ジャイアント・オークとゴブリンエリート部隊。どちらも攻撃力2200である。
 だが、遠山の手札には、強制脱出装置の効果で手札に戻った、攻撃力2300のゴブリン突撃部隊がある。
 康助のライフポイントは残り100。攻撃力2200のモンスターを壁にして次のターンを終えたところで、ゴブリン突撃部隊を召喚して攻撃されたら、一巻の終わりである。

 加えて、遠山には四ッ星能力がある。
 仮に次のターン、『団結の力』などのカードを引いて、高攻撃力のモンスターを展開できたとする。
 しかし、そのモンスターの攻撃によって削ることのできるライフポイントはたったの800。しかも、攻撃モンスターの破壊というおまけまでついてくる。下手な攻撃は、自らの壁モンスターを失う結果を招くだけである。
 遠山の残りライフ、7200ポイントという数値は、あまりにも巨大な壁であると言えた。

 以上の、厳然たる事実を前にして。

(この状況で、僕に残された勝機は…………)

 康助の実力は、この2ヶ月半で大きく進歩した。
 だが、進歩したからこそ、初めて見えるようになったものもある。

(最終突撃命令に、遠山さんのあの四ッ星能力……。次のターン、僕のデッキに入っているどのカードを引いたとしても、ここから逆転する方法は……もう…………)

 このデュエルが始まってから今までに、康助が得た情報。それらを仮定し、考察を積み重ねることによって得られた、論理的帰結。

 それは、自身の勝利の可能性。

(このデュエル、もう僕に勝ち目は…………ない…………)

 成長したからこそ、見たくもなかった結論が、見えてしまうこともある。

 今、康助の胸中に、希望の光は、一筋として射し込んではいなかった。





6章  3戦目 うごめく陰謀



「オレはこれでターンエンド、だ。残された最後の1ターンで、敗北の味を、じっくりと噛みしめるんだな」

 (12ターン目)
 ・遠山 LP7200 手札1
     場:最終突撃命令(永罠)
     場:なし
 ・吉井 LP100 手札1
     場:なし
     場:伏せ×1


 このカードに賭ける。次のドローで奇跡を起こす。
 そんなものは、「引けば逆転できるカード」が自分のデッキに眠っていると分かっているからこそ言える言葉である。
 なまじ自分のデッキのカードを知り尽くしてしまっている康助は、そんな淡い希望を抱くことすら、できない。

「僕のターン、ドロー……」
 この局面で、康助が引いたカードは、特定のモンスターをリリースして発動する、速攻魔法。
 仮に発動できたとしても、この状況を覆すことはおろか、次のターンの攻撃をしのぐことすらできない魔法カードだった。
 勝ちの目がない状況で、康助に残された道は、
「手札の魔法カード、『死者蘇生』を発動します……」
 次のターンに倒されると分かっていながら、墓地のモンスターを蘇生することのみであった。

「死者蘇生、ね。確かに、強力なカードだ。……蘇生するべきモンスターが墓地にいれば、の話だけどな」
「…………」
 遠山の手札には、攻撃力2300のゴブリン突撃部隊がある。
 そして、お互いの墓地に、それに匹敵する攻撃力を持つモンスターはいない。
 そんなことは、康助も遠山も、とっくに分かっている。

(結局、最後の最後まで、一勝もできなかった、か…………)
 いくら決意を固めたところで、結果は今までと同じ、敗北。
 そんな、理想と現実とのギャップに、今まで何度悩まされてきたことだろうか。
 けれども、どれだけ悩めども、現実は、ただ康助の上に重くのしかかってくるだけだった。

(僕も、みんなみたいに、能力が使えたらよかったのに、な…………)
 もしも、選考会で朝比奈から告げられた言葉が、本当だったとしたら。
 もしも、生徒会の能力測定器は故障していただけで、自分は本当は五ッ星能力者だったとしたら。
 そしてもしも、この土壇場で、自分にレベル5能力が覚醒したならば。

 ――この状況からでも、逆転できるかもしれない。


 だが、そんな妄想は、もちろん長くは続かない。

「おいおい、いつまで固まっている気だ? 自分の敗北に納得がいったら、早くターンエンドを宣言しやがれってんだ」
 遠山の荒々しい声で、現実に引き戻される。

 現実は、決して甘くも優しくもない。
 追い詰められて、新たな力に目覚めるなんてことが起こるのは、物語の中だけだ。
 自分と遠山、2人のデュエリストがぶつかって、遠山の策が上回った。これは、たったそれだけの話。どこにでも転がっている、ありふれた結末だ。
 今、自分がするべきことは、潔く負けを認め、反省し、次に活かそうとすること。
 現に自分は、このデュエル中、遠山の能力発動に動揺し、致命的なプレイングミスを犯してしまった。それは明らかに自分の落ち度であり、次からはこんなことの――

 と、ここで、康助の思考が、いったん止まる。

 ………………。

 ………………。

 …………プレイング、ミス?

 その言葉に、康助は、どこか引っかかるものを感じた。
 それは、今までは気に留めることのなかった、小さな違和感。

(あれ? そういえば……。遠山さんは、何であのとき…………)

 敗北を受け入れ、冷静にデュエルを振り返って初めて気づけた、わずかな綻び。
 それは、デュエルの序盤に起こった、ほんのささいな出来事だった。
 しかし、その違和感は、康助の中で、どんどん膨らんでいき、そして。


 天啓が、舞い降りた。


(まさか……! いや、でも、もし本当にそうだとしたら……!)
 鈍器で頭を殴られたような、強烈な衝撃が走り抜ける。
 目からウロコが落ちたかのごとく、急速に視界が広がっていく。

(確証はない……。けど!)
 けれど、もしこの推測が当たっていたとするならば。
 高ぶる気持ちを抑えきれないまま、康助は、直前の閃きを元に、新たな論理を組み立てていく。
 今、自分が使えるカードは、『死者蘇生』、そして、残る手札とリバースカードが1枚ずつ。
 これらを、すべて発動させることができれば。


(この状況を…………引っくり返せるっ!!)


「おい! 早くしろって言ってんだろ! 攻撃力2300に対抗できるモンスターは墓地にいない! そんな簡単なことが、まだ分からねぇのか!?」
 遠山が、これ以上は待ちきれないとばかりに怒鳴り声をあげる。
「……はい。すみませんでした。……今、蘇生させるモンスターが、決まりました」
 そう詫びる康助の表情は、それまでとは明らかに違っていた。
 小さな笑みを浮かべて、蘇生させるモンスターの名を、告げる。

 それは、ジャイアント・オークでも、ゴブリンエリート部隊でもない。

「クリボー……だと…………?」
 康助の場に現われたのは、わずか攻撃力300の、毛むくじゃらのモンスター。
 フィールド上では何の効果も発揮することのできない、茶色い小悪魔だった。
「……へっ。ようやく諦めたか。ま、何を蘇生させても結果は同じだからな」
 クリボーの特殊召喚を、康助が観念したことの表れととった遠山は、そう告げて唇を歪ませる。
 しかし、康助の瞳は、遠山をまっすぐに見すえていた。
「遠山さん、それは違いますよ。このカードは……僕の、切り札です!」
 そう叫んだ康助は、手札の魔法カードを発動させる。
「速攻魔法発動、『増殖』!」
 康助のフィールドが、小さな悪魔で埋め尽くされる。
 その数は、5体。

「増殖は、自分フィールド上の『クリボー』1体をリリースして発動する魔法カードです。そして、その効果によって、空いている自分のモンスターカードゾーンすべてに、クリボーとまったく同じ能力を持った、クリボートークンが守備表示で特殊召喚されます!」
 この瞬間、最終突撃命令の効果が発動。守備表示で特殊召喚されたトークンは、強制的に攻撃表示となる。
 だがそれも、康助の思惑通りだった。
「クリボートークンで、遠山さんにダイレクトアタックです!」
 本来、守備表示で特殊召喚されたモンスターは、そのターンに表示形式を変更することができない。
 しかし、カードの効果が働いた場合はその限りではない。そして、たとえトークンといえども、攻撃表示でフィールド上に存在しているのならば、攻撃宣言を行うことが可能である。

「ちっ……! 能力発動だ! 800ライフポイント払って、攻撃モンスターを破壊する!」

 遠山 LP:7200 → 6400

 (攻300)クリボートークン −Direct→ 遠山 力也(LP6400)

 クリボートークン:破壊

 遠山のデュエリスト能力が発動する。攻撃したクリボートークンは、プレイヤーに戦闘ダメージを与えることができずに破壊された。

 そして、この瞬間、康助の推測は確信へと変わる。

「遠山さん。……今、どうして、デュエリスト能力を発動したんですか?」
「な……、お前、何を言ってやがる……!」
「クリボートークンの攻撃力は、たったの300しかありません。……おかしいですよね? わざわざ800ポイントのライフを払ってまで、壁にもならないトークンを破壊するなんて」
「ぐっ……! そ、そんなもん……念のためだよ! モンスターを残して、万が一次のターンに何かされたら……!」
 急に言葉に詰まる遠山。返ってきたのは、答えになっていない答えだった。
 そんな遠山にトドメを刺すかのように、康助は、核心を突いた質問をぶつける。


「遠山さん。あなたの能力は、自分の意思で発動を止めることができないんですね?」


 その、たった1つの質問で、2人の立場は逆転した。
「お前、どうしてそれを……!」
 遠山の鋭い瞳が、焦点を失って大きく揺れる。
 対する康助は、狼狽する遠山とは対照的に、悠々と自身の推測を口にする。
「それに気づけた直接のきっかけは、4ターン目の、遠山さんの奇妙なプレイングでした」
 さながら、犯人を前に自分の推理を披露する探偵のように、順序立てて話を進めていく。
「あのとき遠山さんは、『最終突撃命令』を、バトルフェイズに入る前に発動させましたよね。……でも、冷静に考えてみると、あのカードは、もっといいタイミングで発動することができたと思うんです」
「くっ……!」
 康助の言葉が、遠山にぐさりと突き刺さる。
「あのまま罠カードが発動されなければ、僕は、確実にダーク・リゾネーターで攻撃していました。それは、遠山さんも分かっていたはずです。なのに遠山さんは、僕の攻撃宣言を待たずに、最終突撃命令を発動させました。……これは、明らかに損なんです。僕の攻撃宣言を待っていれば、遠山さんは、能力を発動して、ダーク・リゾネーターを破壊することができたんですから」
 康助の攻撃を誘い、ダーク・リゾネーターの攻撃宣言時に最終突撃命令を発動していれば、戦闘破壊耐性を持つ厄介なモンスターを1体、能力で葬ることができていた。その機会を、遠山は見逃した。
 プレイングミスと言うには、どこか似合わないその判断。完璧に練られた策には不釣合いな、その行動こそが、康助に閃きをもたらす鍵となった。
「プレイングミスじゃないとすると、遠山さんは、あの場面で自分の能力を使いたくなかったということになります。それはなぜなのか。……そこに気づけたら、答えは見えました」
 遠山は、俯いたまま、康助の話に黙って耳を傾けている。

「僕のデッキは、守備を固めて様子を見つつ、チャンスがあれば一気に攻撃を仕掛けられるように作ってあります。『団結の力』にしろ、『右手に盾を左手に剣を』にしろ、それを発動して攻めに転じた瞬間を狙われたら、僕は脆い。遠山さんは、その弱点を突こうとしたんですよね? あの奇襲は、僕に能力を知られてしまったら成立しませんから」
 それは、先輩たちから指摘されながらも、今に至るまで克服できていない、康助の弱点。
 現に康助は、遠山の策略通りに、弱点を突かれて窮地に追い込まれてしまった。もし仮に、ダーク・リゾネーターに対して能力が発動されていたら、その時点で康助は警戒して、不用意に一斉攻撃を仕掛けることはなかったであろう。
 だが、今は、その弱点を自覚していることそのものが、康助の道を開いてゆく。
「……でも、そう考えたとしても、おかしなことが残ります。能力を秘密にしておきたかったのなら、あの場で能力を発動させなければいいだけなんです。ただ単に、ダーク・リゾネーターの攻撃宣言時に最終突撃命令を発動して、スピア・ドラゴンかゴブリン突撃部隊で返り討ちにしてやるだけでいい。そうすれば、少なくとも僕に600ダメージは与えることができていました」
 康助にダメージを与えないことを遠山が望んでいた、とは考えにくい。
 だとすれば、残る可能性は、1つ。
「遠山さん。あなたは自分の能力を、任意効果であるかのように説明していましたが、それは嘘ですね? 本当は、相手の攻撃宣言時に、強制的に発動してしまう効果のはずです。違いますか?」
 もう一度、決定的な問いを、突きつける。

「………………」
 遠山は、ただただ黙り込んでいる。
 だが、否定の声をあげないことこそが、何よりも康助の推論が正しいことを物語ってしまっていた。
「僕に奇襲を仕掛けるために、遠山さんは自分の能力を知られたくなかった。でも、ダーク・リゾネーターに攻撃されてしまえば、強制的に能力が発動してしまう。だから、バトルフェイズに入る前に最終突撃命令を発動して、攻撃宣言そのものを封じるしかなかったんです。……そう考えれば、すべての筋が通ります」
 遠山の四ッ星能力が任意効果だというのは、真っ赤な嘘だった。
 そして、強制効果だと分かってしまえば、新たな活路が見えてくる。
 かつて、レベル0の康助が、レベル5の天神を倒したときのように。

 ――相手の能力を、逆手に取って利用する。

「2体目のクリボートークンで、遠山さんにダイレクトアタックです!」

 遠山 LP:6400 → 5600

 (攻300)クリボートークン −Direct→ 遠山 力也(LP5600)

 クリボートークン:破壊

 遠山の、四ッ星能力。それは、自分の意思で止めることができない。
 800ポイントのライフが支払われ、プレイヤーへの戦闘ダメージが無効になり、攻撃モンスターが破壊される。
 それはさながら、攻撃力300のトークンが、自らの身を犠牲にして、800ポイントの戦闘ダメージを与えているかのような光景だった。

「3体目のクリボートークンで、ダイレクトアタックです!」

 遠山 LP:5600 → 4800

 (攻300)クリボートークン −Direct→ 遠山 力也(LP4800)

 クリボートークン:破壊

 どれほど攻撃力の高いモンスターに攻撃されても、800ライフポイントしか失わないという、長所。
 どれほど攻撃力の低いモンスターに攻撃されても、確実に800ライフポイントを失ってしまうという、欠点。
 自身のレベル4能力が、この2つの側面を合わせ持っていることは、もちろん遠山も承知している。

 だからこそ、自身の能力が任意効果だと嘘をついて、その弱点を隠そうとした。
 能力を発動してからずっと、遠山が威圧的な物言いをしていたのも、康助を萎縮させて正常な判断力を奪おうとしたためだ。
 柊とはまた違った形での、能力の偽装。これもまた、立派な戦略である。

 だが、その戦略は、いまや、康助の手によって、完璧に崩された。

 最終突撃命令、そして、レベル4能力。
 康助を追い詰めてきたはずの罠カードと能力が、今度は逆に遠山を追い詰めていく。

「4体目のクリボートークンで、ダイレクトアタックです!」

 遠山 LP:4800 → 4000

 (攻300)クリボートークン −Direct→ 遠山 力也(LP4000)

 クリボートークン:破壊

 現実は、決して甘くも優しくもない。
 追い詰められて、新たな力に目覚めるなんてことが起こるのは、物語の中だけだ。

 だったら、今ある力で、厳しい現実を打ち破ればいい。

 待っていても、奇跡は起こらない。幸運とは、自分の手で掴み取るもの。
 これは、最後の1ターン、その猶予が与えられたからこそ気づけた、革命的な妙手。
 康助が、自力で見つけ出した、勝利への兆しである。

「5体目のクリボートークンで、ダイレクトアタックです!」

 遠山 LP:4000 → 3200

 (攻300)クリボートークン −Direct→ 遠山 力也(LP3200)

 クリボートークン:破壊

 5体のトークン、そのすべてが攻撃を終える。
 7200もあった遠山のライフポイントは、わずか2枚の魔法カードによって、4000ポイントも削られた。

「……ちっ! だが、これでお前のモンスターは全滅だ。オレの能力の弱点に気づけたことは褒めてやってもいいが、少しばかり遅かったな。次のターンで、オレの勝ちだ!」
 遠山は、明らかに動揺しながらも、まだ勝利を確信した表情を崩してはいなかった。
 だが。
「いいえ、違います。このデュエルは……僕の勝ちです!」
「……へっ。何を言うかと思えば。オレのライフはまだ3200ポイント残っている。つまり、お前が勝つためには、あと4体のモンスターで攻撃する必要がある。もうすべてのモンスターの攻撃を終えたお前に、何ができる!」
「まだ、僕のバトルフェイズは終了していません!」
「何っ!?」
 その、予想だにしていなかった一言に、遠山の顔が大きく歪む。
「遠山さんの残りライフは800の倍数。ということは、このまま能力が発動し続ければ、ライフコストを支払えなくなるのと、ライフが0になるのは同時です。つまり、あと4回攻撃を仕掛ければ、それがたとえ攻撃力0のモンスターであろうと、僕の勝利が確定します!」
 自信満々に告げた康助は、最後に1枚だけ残ったリバースカードを、発動させる。
 そのカードが、自身に勝利をもたらしてくれると、固く信じて。





「速攻魔法発動、『スケープ・ゴート』!!」





 ◆





「…………で、相手の弱点に気づいたはいいものの、その発見に舞い上がって、スケープ・ゴートの誓約効果がすっかり頭から抜け落ちていた、と」
「はい…………」

 翔武学園、控え室。

 2戦目が終わり、デュエルリングから戻ってきた康助は、朝比奈、佐野、天神、見城の4人に囲まれて、がっくりと肩を落としてうな垂れていた。
 そして、そんな康助の目の前で、朝比奈が1枚のカードを指でつまんで眺めている。

 それは、最後の最後に康助が発動しようとした、速攻魔法。
 この伏せカードを発動することさえできていれば、最終突撃命令の効果で攻撃表示になったトークン4体で攻撃を仕掛けて、遠山のライフは0になっていただろう。

 そう、発動することさえできていれば。

 スケープ・ゴート 速攻魔法

 このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。


「……まー、ついアツくなっちまって、コストとか誓約を忘れるなんて、よくあることだから、気にすんなよ? な?」
 みんなの前で顔を上げることができない康助に向かって、見城がぎこちなく励ましの言葉をかける。

 誓約効果を持ったカードは、その条件が破られている場合、発動することができない。つまり、すでにクリボーの特殊召喚を行ってしまった康助が、同じターンにスケープ・ゴートを発動することは不可能だったのである。
 ついそのことを忘れていた康助は、誓約を気にせずスケープ・ゴートを発動しようとして、そして。

 デュエルリングに、警告音を響きわたらせてしまったのである。

「ま、いいんじゃない? 大会の決勝戦、それも最後の大詰めで、デュエルディスクから警告音が鳴り響くなんて光景、なかなか見られるもんじゃないわよ?」
 朝比奈が、軽くけらけらと笑ってそう告げる。

 当然、スケープ・ゴートを発動できなかった康助に、残されたカードはない。
 あの後、康助はターンエンドを宣言し、次のターン、遠山の召喚したゴブリン突撃部隊のダイレクトアタックを受けた。そうしてあっさりと、2戦目は、康助の負けで決着した。
 あと1ターンでも早く遠山の弱点に気づいていれば、前のターンにスケープ・ゴートを発動しておくことができたのだが、今さらそれを悔やんでも後の祭りである。

「……その、何だ。見ていた俺たちは、誰一人として相手が嘘をついていることを見抜けなかった。その洞察力の鋭さは、お前の武器だ。誇っていい……と思う」
 普段は堂々としている佐野の言葉も、今はどこか歯切れが悪かった。いつもならば、康助をからかう朝比奈をたしなめるくらいのことはしたはずである。
「はい…………」
 そして肝心の康助は、さっきからずっとこの調子だ。もしも近くに穴が開いていたら、全速力で飛び込みに向かったことだろう。

 なにしろ、あれだけ自信たっぷりに遠山に大見得を切っておきながら、あんな単純なミスをやらかしてしまったのだ。特殊召喚を行ったターンにスケープ・ゴートが発動できないことくらい、今日び小学生だって知っている。
 しかも、この闘いは、DVD化されてすべての大会参加校に配布されることになっている。ただでさえ翔武学園のデュエルは注目されているのだ。康助のこの闘いは、多くの人の目に何度も触れることになるだろう。
 肩身が狭いだとか、いたたまれないだとか、そんな言葉が次々と康助の中を通り過ぎていく。

「でも、本当に惜しかったわ。あともう少し早く気づけていたら、吉井君の勝ちだったんだもの」
 みんなが何と言って励まそうか悩んでいる中、天神は、ためらうことなく言葉をかけてきた。
 その表情は、康助を気づかっているというよりも、むしろ、康助の敗北を心底悔しがっているように見える。
「天神さん……」
「あのデュエルは、素晴らしい闘いだったと思うわ。攻撃と守備、正反対の闘い方がぶつかり合って、どっちが勝ったとしてもおかしくないデュエルだった。私も見てて、すごくどきどきしちゃった」
 どこか子供っぽい口調で、自分の感情をまっすぐに表現する。
 康助と遠山のデュエルを、純粋な気持ちで、感情移入しながら見ていたのだろう。まるで自分が舞台に立っていたかのように、興奮している様子が伝わってくる。

 そして、そんな天神を見ていると、なぜだか康助は、心が洗われるような気分になるのであった。
 「デュエルは、意外なところに、思わぬ宝物が転がっているもの」。天神が、デュエル前にかけてくれた言葉を思い出す。
 遠山のささいな行動から、相手の弱点を見つけ出せたこと。隠された宝物を掘り当てたときの感動が、今さらながらに湧き上がってくる。

 そんな康助の心境の変化を察したのか、今度は朝比奈が声をかけてきた。
「ほら、いつまでもうじうじしない! 反省はいいけど、後悔は何も生まないわよ。あんたはいいデュエルを見せてくれたんだから、後はあたしたちに任せて堂々としてなさい!」
 肩をばんばんと叩き、快活な口調でそう告げる。

「…………はい、分かりました!」
 もちろん、これで恥ずかしさが消えてなくなるわけではない。
 ただ、自分のデュエルを認めてくれる人が近くにいるだけで、想像以上に心の支えになるのだなということを、噛み締めるように実感する康助であった。
 もう、今年の大会に自分の出番はないけれども、次のデュエルこそは勝ちを掴むんだ。
 そんな、今までに何度固めたか分からない決意を、改めて胸に刻み込みながら。


 ◆


「3戦目の相手は……霧原(きりはら)、ネム。なんだか、珍しい名前ですね」
 控え室の電光掲示板に表示されている対戦カードを見上げながら、康助が何気なく呟いた。
「そうね。でも、どっかで聞いたことあるような気がするのよね……」
「俺もだ。……そうなると、どこかの大会に出場経験があるとか、そんなところだとは思うが……」
 朝比奈と佐野が、真剣な顔で考え込む。

 今は、2戦目と3戦目の間に設けられている、1時間半ほどの昼休み。
 午後の3連戦に備えて、大会出場者が昼食を食べるための時間帯である。

 そんな休憩時間に、控え室で雑談をしているのは、すでに弁当を食べ終わった康助、朝比奈、佐野の3人。
 なお、見城は、「せっかく来たんだから、記念に東仙高校の様子でも見て回ってくるかな」と、食後の散策に出かけている。そして天神も、「じゃあ、私も一緒に行こうかしら」と、見城と連れ立って部屋を出て行ったため、今ここにはいない。

「あ、思い出した!」
 朝比奈が、指をピンと立てる。
「ほら、去年このあたりでやってた、中学生対象の小さなデュエル大会。あの大会の優勝者が、霧原ネムって名前だったはずよ」
「ああ。確かに、そうだったな」
 佐野も、納得して頷く。
「それに、どこかの雑誌に、参加デュエリストの簡単な紹介記事が組まれていたはずだ。霧原は……ライフ回復を主軸にした、奇妙な闘い方をするデュエリスト。そんな内容だった気がするが」
「そうそう。ま、小規模な大会だったから、優勝したとはいっても、どのくらいの実力者なのかは分からないけどね」
 康助の言葉をきっかけに、次々と新たな事実が明るみに出てくる。
 そして、そんな些細な事実まで記憶している先輩たちに、康助は内心で舌を巻いていた。

「あ、そういえば」
「ん? どうした翔子?」
「あたしの知り合いに、その大会に出場した子がいるのよ。その子によると、優勝したデュエリストは、デュエル中に不思議な力を使っていた、っていう話だったわ」
「……能力者、ですか?」
「たぶんね。確か、いつの間にか見えないモンスターが召喚されていた、とか言ってたわね」
「見えないモンスター、か。正規のモンスターカードにはすべてソリッドビジョンが存在するはずだから、おそらくは能力によって生み出されたモンスタートークンだろうな」
「トークンを生み出す能力……。そんな力もあるんですね……」
「あたしは見たことないけど、あったとしても不思議じゃないわ」
 今までに確認されたデュエリスト能力の種類は、ゆうに千を越えている。だが、その多さにも関わらず、レベル以外の基準で、能力を少数のカテゴリにうまく分類することに成功した例はいまだに報告されていないという。
 そうであれば、トークンを生み出す能力者がいたところで、とりたてて驚くほどのことではないのだろう。康助は、そう納得することにした。

 と、ここで、康助の頭にある疑問が浮かんできた。
「ところで、そういう場合って、トークンの特殊召喚を、『神の宣告』みたいなカードで無効化できたりするんでしょうか?」
 見たこともない能力なのだから、分からなくて当然。そう思って口に出した質問だったが、返ってきたのは、意外にも、はっきりした否定の言葉だった。
「無理でしょうね。能力による効果は、あらゆるカード効果に優先される。これは、デュエリスト能力の大原則よ」
 その原則のことは以前から聞いていたが、未知の力に対して、どうしてそこまできっぱりと断言できるのか。そう康助は不思議に思ったのだが、朝比奈と佐野にとっては、それはしごく当たり前のことのようであった。
「俺も、おそらく間違いないと思う。ただ、知らない能力のことをなぜ断定できるのかと訊かれても、困るんだがな。能力者になると、そういうことが感覚的に分かるようになる……としか答えられない」
「こればっかりは、人に説明できる感覚じゃないわね。能力に目覚めた瞬間、自分に宿った能力の種類と、デュエリスト能力全体に関するルールみたいなものが、なぜか瞬時に理解できちゃうのよね」
「その、『能力全体に関するルール』のうちの1つが、さっき翔子が言った大原則、というわけだ」
 そして2人は、その「能力全体に関するルール」について、改めて康助に詳しく説明してくれた。
 その話をまとめると、以下のようになる。


 デュエリスト能力は、ルール上「カードの効果」として処理される。つまり、デュエリスト能力で相手にダメージを与えた場合、それは「効果ダメージ」という扱いになり、たとえば『冥府の使者ゴーズ』を特殊召喚するためのトリガーにもなりうる(ただし、「モンスターカードの効果」でも「魔法カードの効果」でも「罠カードの効果」でもないため、『ドッペル・ゲイナー』の効果の発動トリガーにはならない)。

 だが、デュエリスト能力には、カード効果と決定的に異なる点が3つある。

 1つ目は、「デュエリスト能力の発動を、カードの効果で妨害することはできない」。
 『スキルドレイン』、『王宮の勅命』、『王宮のお触れ』、そして『サイバー・ブレイダー』といったカードでデュエリスト能力の発動を無効にできないのはもちろんのこと、もし仮に「一切のカード効果を無効にする」という効果を持ったカードが存在していたとしても、デュエリスト能力の発動を止めることはできない。

 2つ目は、「デュエリスト能力は、チェーンのルールとは無関係に発動する」。
 まず、あらゆるデュエリスト能力は、チェーンブロックを作らずに発動する。つまり、相手のデュエリスト能力の発動にチェーンして、それより先に自分のカード効果を発動させるような真似は不可能である。
 加えて、デュエリスト能力は、積まれたチェーンが逆順処理されている間であろうと、問題なく発動できる。チェーン3の効果処理が終わり、チェーン2の効果処理が始まるまでの間にデュエリスト能力を発動させることも可能なのである(ただし、「あるカードの効果が発動している最中」には不可能。たとえば、『天使の施し』を発動させて、「3枚ドロー → デュエリスト能力を発動 → 2枚捨てる」といったようなことはできない)。

 3つ目は、「デュエリスト能力によって発生する効果を、カードの効果で妨害することはできない」。そしてこれこそが、「能力はカード効果に優先する」と言われる最大の理由である。
 たとえば、朝比奈の四ッ星能力、『1ターンに10回まで、自分ターンのメインフェイズに、自分または相手プレイヤーに、100ポイントのダメージを与えることができる』を例にとってみよう。
 この「能力によって発生するダメージ」が、カード効果によって妨害されることは決してない。『デス・ウォンバット』がフィールド上に存在していようと、『ホーリーライフバリアー』が発動していようとも、この100ダメージを防ぐことはできない。さらに、『ダメージ・トランスレーション』の効果で、受けるダメージを半分にすることもできない。『マテリアルドラゴン』や『レインボー・ライフ』の効果で、ダメージを回復に変えることも許されていない。できるのは、ダメージを受けた後に改めて、何らかのカード効果でその分のライフポイントを回復させることだけである。

 そして、これらの事実は、なにも朝比奈の能力だけに限った話ではない。
 佐野の三ッ星能力、『自分ターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる』は、『融合禁止エリア』が場にあったとしても、問題なく発動するし、その融合召喚を『王宮の弾圧』で無効にすることもできない(ただし、その融合召喚をトリガーとして発動するカードの効果は有効である。たとえば『融合失敗』を使われれば、融合モンスターはエクストラデッキに戻るし、『奈落の落とし穴』による破壊も防ぐことはできない)。
 天神の五ッ星能力、『相手の場にモンスターが現われたとき、一切の効果を発動させずに、そのモンスターをそのまま持ち主の手札に戻す』は、『縮退回路』が場にあったとしても、手札に戻るべきモンスターが除外されることはない。

 ゆえに、たとえば「自分のライフを回復する能力」というものが存在するのであれば、その回復を『シモッチによる副作用』でダメージに変えることはできないし、今回の話のように、「トークンを特殊召喚する能力」というものが存在するのであれば、その特殊召喚を『神の宣告』や『昇天の角笛』で無効にすることは不可能だと分かる。


「――と、まあこんな感じだな。なぜこのような原則が存在しているのかは不明だが、今のところ、この原則に反する能力は確認されていないらしい」
「能力全体のルールが分かるんだったら、他人にどんな能力が宿っているのかも理解できるのが自然だと思うんだけどね。でも、それは当人から言葉で説明されないと分からないなんて、不思議よね〜」
「そうですね。まるで、誰かが作ったゲームのルールみたいですよね」
 自然現象とはどこか異質な、能力発現の仕組み。その不思議なメカニズムに、何者かの意図のようなものを感じて、そんなことを想像してみる康助であった。
「ゲームに例えるなら、説明書は読んだけど、攻略本はまだ読んでない、みたいな状態かしら。自分の能力をいかに使いこなすかだって、自力で見出さないといけないわけだし。ま、だからこそ楽しいんだけどね」
「そうだな」
 佐野は、いったん頷くと、口調を改めてこう告げる。
「その点、今年の東仙は、盤外戦まで含めて、能力の使い方が非常にうまい。現に、1戦目、2戦目の両方とも、俺たちは見事に相手の策にはまってしまったしな」
「それに、本当にレベル4能力使える新入生を抱えてたなんて、正直言って驚いたわ。3戦目の、その霧原って相手も、何を仕掛けてくるか分かったもんじゃないわね」
 佐野も朝比奈も、まだ見ぬ3戦目の相手に思いを馳せて、気を引き締める。

 だが、康助には、そのことに関して、少し思うところがあった。

「あの、僕、思ったんですけど……」
「どうした、吉井?」
「東仙のメンバーのうち、今までに闘った柊さん、遠山さんの2人は、盤外戦がなかったとしても、すごく強いデュエリストでしたよね」
「ああ。並のデュエリストでは、歯が立たないだろうな」
 相手を過大評価も過小評価もせず、佐野がきっぱりと言い切る。
「それに、去年のDVDを見た限りでは、波佐間さんも、相当な実力者でした。だから、その3人なら、普通の学校のデュエリストには、まず負けないと思うんです」
 自身の能力と、『ラプラスの宣告』とのシナジーが抜群な、柊。
 レベル4という高位の能力を持ち、強大な攻撃力を誇るデッキを使う、遠山。
 そして、去年の大会で、佐野と互角の闘いを繰り広げた、波佐間。
 この3人を上回る力を持ったデュエリストは、そうそういないはず。そのくらいのことは、康助にだって分かる。
 だとすれば。
「昨日、朝比奈先輩は、東仙はギリギリの戦績で決勝まで勝ち上がってきたって、そう言いましたよね」
「確か、3勝2敗が5回に、4勝1敗が1回だったはずよ」
「そうだとすると、東仙高校は、その6試合で11回負けていることになります。さっきの3人が全勝したとすると、残る稲守さんと霧原さんの戦績は、2人合わせて1勝11敗。つまり、霧原さんは、6戦中、高々1回しか勝てていない計算になるんです」
 つまり、霧原の戦績は、良くて1勝5敗。
 もちろん、この推論には多少の誤差があるかもしれない。それでも、この結果を見る限りでは、到底、霧原が見城を脅かすほどの力を持ったデュエリストだとは思えない。それが、康助の主張であった。

 しかし、佐野は、その主張を予測していたかのように、ノータイムでこう返してきた。
「そのことなんだがな……。……はっきり言おう。俺は、いや、俺たちは、今年の東仙は、意図的に勝てる試合を落として、わざとギリギリの戦績で勝ち上がってきたと思っている」
「霧原さんが、わざと負けてる……ってことですか?」
「別に、負けるのが霧原である必要はないわね。あたしたちは、試合の内容を知ることができない。分かるのは、東仙が何勝何敗で勝ち上がってきたかだけ。だから別に、誰が負けたとしても、その情報が翔武学園に伝わることはない」
「おそらくは、俺たちを油断させるための作戦だろうな。……いや。油断してくれれば御の字、といった程度かもしれない」
「4勝1敗の試合が1つだけあるのも、すべての試合が3勝2敗だと逆に怪しまれるから、でしょうね。……現にあたしたちは、柊と遠山の強さを目の当たりにするまで、何の不信感も抱いてなかったわけだしね」
 佐野も朝比奈も、ギリギリの戦績が東仙の策略の一環であったことを、確信している様子だった。

「でも、わざと負けるなんて、そんな危ないこと、本当にしてくるでしょうか?」
 3勝2敗で勝ち上がろうとして、もし何かの手違いで2勝3敗にでもなってしまったら本末転倒。そんな危険度の高い作戦を、優勝を狙っているはずの東仙が選択するものだろうか? というのが、康助の疑問である。
「それが、この行為にリスクはまったくないのよ。単に、自分たちの3勝が確定した時点で、残るすべての試合に負けるようにすればいいだけなんだからね。いかにもわざと負けてます、って言わんばかりの負け方だけど、あたしたちにそれを確認する術はない。……まったく、こんな作戦、よく考えたものよね」
「それだけ相手も本気だということだろうな。……だが、本気だからこそ、俺たちも、これが東仙の作戦だと確信できた」
「? それって、どういうことですか?」
「もしも東仙メンバーが本気で闘って3勝2敗、つまり、柊、遠山、波佐間の3人で勝ち星をあげるしかないチームだったと仮定する。そんな東仙が、俺たち翔武学園を相手に、できる限り確実に3勝をあげたいと思った。こんな時、吉井、お前ならどうする?」
 突然の、佐野からの問いかけ。
 康助は、少し悩んだ後、こう答える。
「……その3人を、できるだけ弱い相手と闘わせます」
「ああ。それが最善の策だ。……だが、向こうは、柊を天神にぶつけてきた。これが、東仙が、霧原の試合で勝ち星をあげるつもりでいることの証明になる」
 最高レベルの能力者である天神の相手として、柊を選んだこと。つまり、天神との対戦を『捨て試合』にしなかったこと。それがすなわち、東仙が2敗を覚悟しているわけではないことの証である。

 ――今年の東仙は、本気でお前らを潰しに行くぜ。そして、そのためには、どんな労力も惜しまない。
 そんな遠山の言葉が、思い出される。
 東仙高校の「本気」が、十分すぎるほどに伝わってくる。


 と、そんな最中、控え室のドアが開く音が低く響いた。
「お、やっと帰ってきたわね。遅かったじゃない。見城、あんたに言いたいことが――って、あれ? 天神一人?」
 見城に、注意を促そうとして振り向く朝比奈。しかし、ドアの向こうから姿を現したのは、天神だけであった。
 そして、そんな天神から発せられた第一声には、
「見城さん……帰ってないの……?」
 普段の彼女からは想像もできないような、不安気な響きが込められていた。

「帰ってないって……天神、あんた、見城と一緒だったんじゃないの?」
 朝比奈が、当然の疑問を呟く。
「途中までは一緒だったんだけど……。でも、見城さんがトイレに行くって言って別れたきり、はぐれちゃって……」
「はぐれた……って、校内で?」
「見城さんがなかなか戻ってこないから、私も探しに行ったんだけど、どこにもいなくて……。携帯電話にもかけてみたんだけど、繋がらないの。もしかしたら、先に帰ってるんじゃないかと思って、ここに戻ってきたんだけど……」
 そう告げる天神は、明らかに動揺している様子だった。
 そんな天神を落ち着かせるように、朝比奈が意見を述べる。
「……まあ、ただのすれ違いってことも考えられるからね。とりあえず、あと10分くらいは待ってみましょ。……春彦も、それでいい?」
「……ああ」
 佐野も、その提案に同意する。

 見城と天神の間に、ちょっとした行き違いがあったのだろう。そう考えるのは、自然なことである。表面上は、ごく普通のやりとりだった。
 しかし2人とも、内心では、「ある可能性」を危惧していた。


 ――そして、10分後。


 ◆


「見城さん、帰ってきませんね……。何かあったんでしょうか……」
 3試合目が始まるまで、残り10分弱。
 見城との連絡は、いまだ途絶えたままである。

「……春彦」
 朝比奈が佐野に、視線を送る。
「……分かった」
 その合図を受けて、立ち上がる佐野。
「あたしと春彦は、見城を探しに行ってくるわ。2人とも、見城が戻ってきたときのために、留守は任せたわよ」
「あっ、だったら僕も――」
「いや。お前は、ここに残っていてくれ。……今は、誰も1人にならない方がいい」
「佐野、先輩……? ……はい、分かりました」
 佐野の重い表情からは、何やらただならぬ雰囲気が伝わってくる。何を言っているのかは理解できなかったが、康助は、素直に従っておくことにした。
「天神。見城とはぐれた場所、教えてくれる?」
 朝比奈が、どこか焦った様子で、天神にその場所を訊ねる。

 そして2人は、そんな短いやりとりを終えると、急いで控え室を出て行った。

 残されたのは、康助と天神の2人だけ。
「見城さん、一体どこに行っちゃったんでしょうか……」
 そんな康助の、問いとも言えない呟きに対して、天神は、
「分からないわ。けど、なんだか、すごく嫌な感じがする……」
「天神さん……?」
「胸騒ぎ、って言うのかしら。見城さんとはぐれてから、胸の中に、もやもやしたものがずっと引っかかっているみたいなの……」
 消え入りそうな声で、弱々しくそう告げた。
 天神が、ここまで不安を露にするのは、珍しい。
 確かに、戻ってこない見城を心配する気持ちは分かるが、それでも、天神のこの様子はただごとではない。彼女の異常な動揺ぶりに、なにか根本的なところで違和感を覚える康助。それはまるで、天神の存在そのものが、儚げに揺れているかのようだった。
 だが、それでも今は、どうすることもできない。
「……大丈夫です。朝比奈先輩と、佐野先輩が、きっと見城さんを見つけてきてくれますよ。だから……信じましょう」
「……ええ。そうね」
 何の根拠もない言葉に希望を託して、ただずっと、待っているしかなかった。


 ◆


「それでは、これより翔武学園 対 東仙高校の、第3戦目を開始します! 両校の代表者は、前へ!」

 黒服の審判の声が、ディスプレイ越しにこだまする。
 その声に従い、東仙高校の代表デュエリスト、霧原ネムが、デュエルリングに上がる。
 小柄な身体に、雛人形のように整った黒髪。霧原は、準備万端といった様子で、自分の対戦相手である、翔武代表のデュエリストが現われるのを待っている。

 しかし。

「翔武学園代表、見城薫選手、前へ!」

 再度の呼びかけにも関わらず、見城がデュエルリングに現われる気配はない。
 そして、見城がこの場にいないことを確認した審判は、ちらりと時計を見ると、定められたマニュアル通りに大会を進行させた。

「これより3分以内に、見城薫選手が姿を現さない場合、翔武学園側の、不戦敗と見なします!」

 喜ぶでもなく、眉をひそめるでもなく、ただ淡々と、宣言する。


(見城さん……! お願いします。早く、戻ってきてください……!)
 刻一刻とタイムリミットが迫る中、康助にできることは、ただ祈り続けることだけだった。
 ここまで来れば、もはや何らかのアクシデントがあったのは確実。見城の身を案じる気持ちと、もしここで負ければ1勝2敗で後がないという状況が、焦りを生み出すばかりであった。
「見城さん……」
 どうやら、さっきよりは落ち着いてきた様子の天神も、当惑を隠せない。
 試合中に、メンバーが1人行方不明になるなどという事態は、もちろん前代未聞である。
 今、校内には、運営側の人間を除けば、翔武代表と東仙代表の計10人しかいないはずだ。常識的に考えれば、そんな状況下で、事件など起こるわけがないのだ。
 だがそれでも、自らの試合を前にして、見城は忽然と姿を消した。それは、確かな事実である。
(一体……今、何が起こっているって、言うんですか……!)

 康助の焦燥が最高潮に達したその瞬間、控え室のドアが開く音が、響いた。

「「!」」
 期待に顔を輝かせて、振り向く康助と天神。

 しかし、そこに立っていたのは、朝比奈と佐野、2人だけだった。
 その表情を見れば、抱いていた希望が崩れさったことは、一目瞭然。
 黙って首を横に振る2人に、康助と天神は、ただただ愕然とするしかなかった。


「この瞬間、第3戦目の入場宣言から、ちょうど3分が経過しました。従って、大会規定により、翔武学園代表、見城薫選手の不戦敗と見なします」


 情け容赦のない、審判の宣言。

 そして、最悪の未来が、現実になる。


「よって、第3戦目の勝者は、東仙高校代表、霧原ネム選手!!」


 無情な宣告が、控え室に、響きわたった。





7章  4戦目 立ちはだかる絶対防御



 決勝戦   私立翔武学園高等学校 VS 東仙高等学校

 1戦目 (○)1年 天神 美月 VS 柊 聖人  1年(×)
 2戦目 (×)1年 吉井 康助 VS 遠山 力也 1年(○)
 3戦目 (×)1年 見城 薫  VS 霧原 ネム 1年(○)
 4戦目 3年 朝比奈 翔子VS 稲守 蛍  1年
 5戦目 3年 佐野 春彦 VS 波佐間 京介 3年



 電光掲示板に表示されている対戦表。そこに、3戦目の結果が更新された。

 大会9連覇中の強豪校である翔武学園の、2連敗。
 その、まさかの2敗目は、翔武の誰もが予想だにしなかった不戦敗という形で、訪れた。

「……見城がいなくなったことは、俺が大会運営サイドに伝えておいた。何らかのアクシデントが起きたものとして、今、何人かの局員が、見城を探してくれているそうだ」
 佐野が、沈痛な面持ちで、淡々と現状の説明をする。
 東仙高校の校内で、見城が忽然と姿を消した。携帯電話も不通。
 彼女が、何らかの「事件」に巻き込まれたことは、確実であると思われた。
「アクシデント……。だったら、さっきの不戦敗も、取り消しになったりは……!」
 何かにすがるような目で、そう告げる康助。
「それは無理ね。この大会では、大会規則にあるように、一度下った判定が覆ることはない。……残りの2試合も、予定通りに行われるそうよ」
 朝比奈が、感情を抑え込んだような声で言葉を紡ぐ。
「…………。一体、見城さんに、何があったんでしょうか……」
 見城の身を案じる康助。一方、佐野と朝比奈は、何かを言おうか言うまいか、悩んでいる様子だった。
 そして、しばらくの逡巡の後、意を決して口火を切ったのは、佐野だった。
「…………吉井、天神。冷静になって聴いてくれ」
「佐野、先輩……?」
「予め断っておくが、これはまだ、俺と翔子の推測に過ぎない。…………だが、大会関係者以外には誰もいないはずの校内で、見城が失踪したという事実。このことから考えられる可能性は――」
 佐野は、覚悟を決めた表情で、何かを語ろうとする。
 だが、その言葉は、突然の訪問者によって、遮られることになった。


「フフ……。何やら、大会スタッフが慌てていたようですが……。一体、何があったんでしょうかねぇ……? フフ……」


 その特徴的な声に、控え室にいた全員が、一斉にドアの方へ振り向く。
 視線の先で、半開きのドアにもたれるようにして立っていたのは、東仙代表のトリを務めるはずのデュエリストだった。
「どうも……。波佐間、京介です……。翔武学園のみなさん、お久しぶり……いや、昨日会ったばかりでした、かね……フフ……」
 しまりのない笑みを浮かべながら、独特のスピードで話す波佐間。
「波佐間……さん……? ここは、翔武学園の控え室ですけど、どうして……?」
「おや……。相手の控え室に入ってはいけないというルールは、なかったはずですが……? ボクは、ここに来たかったから、来たまでですよ……フフ……」
 戸惑う康助に対しても、へらへらと笑って自分のペースを崩さない。
「ああ、安心してください……。フフ……、昨日のように、ドッキリなんてことはありませんから、ね……」
 そして、何の前触れもなしに、さらりと、致命的な言葉を口にした。

「今日のは、ドッキリではなく、『本気』ですから。……これが、アナタたちを潰すための、ボクの全力ですよ……」

 その一言で、控え室の空気が凍りついた。
 佐野と朝比奈、2人が抱いていた懸念は、波佐間の言葉で確信へと変わる。
 そして。
「波佐間ッ! ふざけんじゃないわよ……っ!」
 まず動いたのは、朝比奈だった。激昂して、波佐間に掴みかかる。
「あんた、何様のつもりよ! いくら作戦って言ったって、越えちゃいけない一線ってもんがあるでしょうが!」
 自分よりも長身の波佐間の胸倉を掴み、本気で怒鳴り散らす。
「おや……、突然怒り出して、どうしたんですか……? ……はて。ボクは、怒られるようなことは何もしていないはずなんですが……。……それとも、ボクが何かしたっていう、確かな証拠でもあるんですかねぇ……? フフ……」
 しかし波佐間は、まったく動じていない様子だった。いかにもわざとらしい口調で、大仰に語る。
「とぼけるのも……いい加減に……っ!」
「やめろ、翔子」
 朝比奈が振り上げた拳を、佐野が掴んで止める。
「春彦! 止めんじゃないわよっ! コイツのやったことは、許されることじゃない! こんな奴の思い通りになるのを、指をくわえて見てろって言うの!?」
「だからこそ、だ。ここでお前まで冷静さを欠けば、それこそこいつの思う壺だ。それに――」

「それでは、これより翔武学園 対 東仙高校の、第4戦目を開始します! 両校の代表者は、前へ!」

 計ったようなタイミングで、審判の声が響きわたった。
「俺たちの目標を思い出せ。……波佐間の挑発に乗るな。1勝2敗のこの状況で、俺たちが最低限とるべき行動は何か。それを……決して譲ってはいけない一線を、忘れるな」
 静かに、淡々と、しかし力強い口調で、訴える。
「………………言われなくても、分かってるわよ」
 朝比奈が、波佐間を掴んでいた手を離す。

「これより3分以内に、朝比奈翔子選手が姿を現さない場合、翔武学園側の、不戦敗と見なします!」

 そんな事務的な宣言を聞きながら、朝比奈は、デュエルディスクを手に取ると、自分のデッキをセットした。
「…………それじゃ、行ってくるわ」
 極端に平坦な声で、そう告げる。
「………………すまない、翔子」
 必死に感情を押し殺し、ドアの向こうに消えた朝比奈に向けて、佐野がぽつりと呟いた。

「フフ……惜しいですね。……あそこでボクを殴っていれば、出場停止もありえたんですが、ねぇ……。2連続で不戦敗……それも、面白かったかもしれませ――」
「黙れ、波佐間」
 人を馬鹿にしたように薄く笑う波佐間に対して、佐野が、短く拒絶の言葉を口にする。
「……おや。アナタだけは、この状況でも冷静さを保っていられると思っていたのですが……。ボクの、見込み違いでしたかね……フフ……」
「黙れと言っている。……波佐間。お前は、デュエリストとして、決してやってはいけないことをした。俺の想いも、翔子と同じだ。絶対にお前を許さない。何があろうと……お前を潰す。必ずだ」
「フフ……怖いですねぇ……。それならボクは、潰されないように、注意した方がいいですかね……フフ……」
 佐野をおちょくる態度を崩さない波佐間と、そんな波佐間に敵意を剥き出しにする佐野。

 一触即発の空気が漂う中、康助は。
(波佐間さんが、見城さんを…………? 本当に、そんなことが…………)
 いまだに、目の前で起きている出来事を、うまく飲み込めずにいた。
 大会スタッフと、決勝に参加するデュエリストしかいないはずの校内で、突然失踪した見城。その事実から、佐野と朝比奈が危惧していた可能性とは、「東仙高校の策略」。
 つまり、波佐間率いる東仙のデュエリストたちが、見城を誘拐・監禁したのではないかという、最悪の可能性であった。
 そして、そのことは、先ほどまでのやりとりを見ていれば、康助にだって理解できた。
 だが、理解できることと、納得できることは、別物である。
(自分たちが、優勝するために……? いくらなんでも、波佐間さんが、そんなことを……)
 そんなことを、するはずがない。まず康助の頭に浮かんだのは、そんな否定の言葉だった。
 しかし、冷静になって考えてみると、康助は、波佐間という人間を知らなすぎる。そんな判断が下せる根拠は、どこにもないのであった。
 救いを求めるように、天神に視線を向ける康助。しかし、彼女もまた、この状況を受け入れることができていない様子である。不安気な表情で、明らかに動揺していた。

 そんな2人の思惑を知ってか知らずか、波佐間の人を喰ったような態度が崩れることはない。
「……おっと、どうやら朝比奈さんは、間に合ったようですね……。4戦目は、ボクもここで観戦させてもらうことにしますよ……フフ……」
 デュエルリングに上がる朝比奈の姿が、ディスプレイに映し出される。
 審判は、時計に目を向けて、まだ3分が経過していないことを確認すると、何事もなかったかのように試合を進行させた。
「4戦目の先攻、後攻の選択権は、3戦目で負けた翔武学園側にあります。それでは、翔武代表の朝比奈翔子さん。どちらを選ぶか、宣言してください」
 その問いかけに、朝比奈は先攻を選択する。その瞳には、一切の迷いも逡巡もない。
「分かりました。それでは、このデュエルは、朝比奈翔子さんの先攻で行われます。……両者、構えてください」
 その指示を受けて、2人のデュエルディスクが変形する音が重なる。

「それでは! 決勝戦、第4戦目、朝比奈翔子選手 対 稲守蛍選手。デュエル、開始ィィ!!」


「「デュエル!!」」


 4つ目の闘いが、幕を開けた。


 ◆


「あたしのターン、ドロー」
 朝比奈の第1ターン。デッキから引き抜いたカードを、手札の中に加える。
 6枚のカードに目を通したものの、何かを躊躇っているように見える朝比奈。そんな朝比奈に向かって、興奮している様子の稲守が話しかけてきた。
「うわ〜。翔子ちゃんとデュエルするの、久々だから緊張しちゃうよ〜。6年ぶり、だったかな? わたしだって強くなったってところを、見せてあげるんだから〜」
 短めのボブカットを揺らして、舌足らずな声で無邪気に語る。
「それと、翔子ちゃん。遅刻はダメなんだよ? わたし、翔子ちゃんまで不戦敗になっちゃうんじゃないかと思って、心配したんだからね〜」
 その言葉に、朝比奈の表情がかすかに歪む。
 目の前の少女も、見城の誘拐に関与しているのではないか。そんな、最悪の仮定を否定するために、稲守に問いかける。

「……ねえ、蛍」
「ん? どうしたの、翔子ちゃん?」
「3戦目に、うちの見城がデュエルリングに現われなかったでしょ。あのことなんだけど、あんたたち東仙は……」
 直接的に問い詰めるわけにもいかず、そこで言葉に詰まってしまう。
 しかし、稲守から返ってきた言葉は、朝比奈を安心させるに足るものだった。
「ネムちゃんの相手のこと? それなら、みんな心配してたよ〜。波佐間さんは、なんだかがっかりしてたみたい。……何かあったの? 急に具合でも悪くなっちゃったの?」
 焦茶色の瞳で、朝比奈をまっすぐに見つめてくる。どうやら、見城がいなくなったことすら知らないらしい。
「……ありがと、蛍。少しは安心したわ」
「?」
 稲守が嘘をついている、という可能性も、もちろん残されている。だが朝比奈には、目の前の幼馴染が、悪事に手を染めて平然としていられる人間だとは、どうしても思えなかったのである。
 6年間のブランクがあったとはいえ、そういった芯の部分は、揺らいでいない。稲守の反応を見て、朝比奈はそのことを確信していた。

「あれ? でも、そういえばさっき、ネムちゃん以外の3人が、見城さんが心配だからって、そっちの控え室に向かったはずなんだけど……? 会ってない?」
 その稲守の言葉に、朝比奈は再び表情を強ばらせる。
「……蛍。それ、本当?」
「うん、本当だよ〜。会ってないんなら、たぶん、翔子ちゃんとはすれ違いになっちゃったんだね〜」
 そう言って納得する稲守。確かに、彼女の立場からすれば、そう解釈するのが最も自然だろう。
 しかし、朝比奈の立場からでは、その話から得られる情報はまったく異なってくる。
 稲守の話によると、翔武学園の控え室に向かったのは、柊、遠山、波佐間の3人。だが、実際に控え室に現われたのは、波佐間1人だけである。
 その状況から考えるに、3人は通じ合っていると考えるのが最も自然。そして、波佐間以外の2人が、稲守に嘘をついてまでどこに行かなければならなかったのかを考えると。

 監禁されている見城の監視。そんな言葉が、朝比奈の頭の中をよぎる。

「……ごめん、蛍。あんたとのデュエルを楽しみたいのはやまやまなんだけど……今は、このデュエル、速攻で決めさせてもらうわ」
 そう言うと朝比奈は、手札から2枚の魔法カードを選び出し、デュエルディスクにセットした。
「永続魔法カード発動。『悪夢の拷問部屋』、そして、『痛み移し』よ」

 悪夢の拷問部屋 永続魔法

 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。「悪夢の拷問部屋」の効果では、このカードの効果は適用されない。


 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。


 2つのカードが、ソリッドビジョンとなってフィールド上に具現化する。
 それは、朝比奈の能力とのコンボで最高の性能を発揮する、2枚の永続魔法だった。

「蛍。あんたも知ってると思うけど、あたしの四ッ星能力は、『自分ターンのメインフェイズに、自分または相手プレイヤーに、100ポイントのダメージを与える』。……この能力は、1ターンに10回まで発動できる。これを、すべてあたし自身に向けて発動させるわ」

 朝比奈が、自身の能力で100ダメージを受けるたびに、痛み移しの効果が発動。稲守は、300ポイントのダメージを受ける。
 そして、痛み移しの効果で稲守が300ダメージを受けるたびに、悪夢の拷問部屋の効果が発動して、追加で300ポイントダメージが発生する。
 これが、1ターンに10回。
 受けるダメージの合計は、朝比奈が1000ポイント、稲守が6000ポイント。稲守の初期ライフ8000ポイントのうち、実に75%が、このコンボだけで吹き飛ぶ計算になる。

「悪いわね、蛍……。……能力、発動!!」


 ◆


「おやおや……。1ターン目から、即死級のコンボですか……。……幼馴染が相手でも、容赦ないですねぇ……フフ……」
 ディスプレイ越しに朝比奈のデュエルを観戦していた波佐間が、感心したように呟く。
「幼馴染との対戦。そして、さっきの安い挑発。……その程度で、翔子の動揺を誘えるとでも思ったのか? 波佐間」
 そんな呟きに、強気な言葉を返す佐野。その口調には、静かな怒りが込められている。
「フフ……まさか……。この大会での蛍の戦績は、0勝6敗……。本気で闘って、1度も勝てない……それが彼女の実力です……。そんな蛍と、トップクラスの実力を持った朝比奈さん……。2人のデュエルスキルの差は、朝比奈さんが少し動揺した程度では埋まりはしませんよ……フフ……」
「……やはり、捨て試合、か?」
「……いいえ。そんな、もったいないことはしません……。……勝てる試合を、わざわざ捨てるなんていう真似は、ね……フフ……」
「……どういう意味だ、波佐間」
「フフ……。すぐに分かりますよ……」
 朝比奈の、圧倒的なコンボが発動するのを目にしてもなお、波佐間は余裕の表情を崩さない。
 そしてそれは、単なるハッタリなどではなかった。


 ◆


「ライフが……、300しか減ってない……?」
 朝比奈は、もう一度、稲守のライフカウンターを凝視する。しかし、そこに表示されている数値は、7700のまま動かない。それは決して、朝比奈の見間違いなどではなかった。

 朝比奈 LP:7900
 稲守 LP:7700

 朝比奈が、能力を自分に向けて1回発動させた時点で、朝比奈自身は100ポイントダメージを受けた。
 続いて、『痛み移し』と『悪夢の拷問部屋』の効果が発動し、稲守のライフは600ポイント削られる――はずであった。

 与えたダメージが半減したのか、それともどちらか一方のダメージが無効化されたのか。
 そしてそれは、カードの効果によるものなのか、それとも。

 この現象について何も分からないまま、自分に対して能力を使い続けるのは危険。そう判断した朝比奈は、能力の対象を、稲守に切り替える。

「……2発目の能力は、蛍。あんたに対して発動するわ。能力発動!」

 そして、その結果は。

 朝比奈 LP:7900
 稲守 LP:7700

「ライフが……減らない……?」
 朝比奈の能力は、確かに発動した。しかし、ライフカウンターは動かない。
 このことから導き出される結論は、1つ。

「……なるほど、ね。まさか、あんたもデュエリスト能力に目覚めてたなんてね。盲点だったわ」

 『痛み移し』や『悪夢の拷問部屋』によるダメージは、あくまでも、能力によるダメージをトリガーにして発動した、「カードの効果による効果ダメージ」である。これが無効化されたからといって、必ずしも能力が関与しているとは断定できない。カード効果による効果ダメージを無効にする防御用カードは、数多く存在するからである。
 しかし、今無効にされたダメージは、「能力によって直接発生する効果ダメージ」である。能力はカード効果の影響を受けないという大原則に従うと、能力による効果ダメージを無効にできるのは、同じくデュエリスト能力だけということになる。

「……ふふ。どう? 驚いたでしょ? わたしも、翔子ちゃんみたいな能力者になれたんだ〜! 3年くらい前に、友達とデュエルしてたら、いきなりわたしの能力が発動してね。あのときは、本当にびっくりしたんだよ〜」
 稲守は、小さな身体を目一杯に使って、全身で喜びを表現する。
「あたしが蛍と最後に会ったのは、あんたが小学4年生のとき。この6年の間に、能力が覚醒していたとしても、何の不思議もない……か。その可能性を、考えなかったあたしの負けね。……まさか、蛍に一杯食わされる日がくるなんて、思いもしなかったわ」
「へへ〜。翔子ちゃんをびっくりさせようと思って、ずっと黙ってたんだよ。わたしだって、いつまでも翔子ちゃんに負けてばっかりじゃないんだから〜。今日こそは、わたしが勝ってみせるんだからね〜」
 艶やかな笑顔で、元気に宣戦布告する。

「……だったら、まずはあんたの能力をハッキリさせないとね。能力、発動よ」
 朝比奈は、稲守に対して、さらに数発、能力を発動させる。

 朝比奈 LP:7900
 稲守 LP:7700

 だが、稲守のライフポイントにはまったく変化がない。
 ここで朝比奈は、今までのデュエル展開から導かれた、1つの推測を口にする。
「蛍。あんたの能力は、1ターンに1度しかダメージを受けないとか、そんなところでしょ?」
 この発言は、あくまで推測にすぎない。しかし朝比奈は、さも確信しているかのような口ぶりで、この予想を稲守に告げる。
 すると、はたして稲守は、朝比奈の思った通りの反応を返してきた。
「さすが翔子ちゃん。大正解だよ〜。わたしの能力は、『それぞれのターンでわたしが2回目以降に受けるダメージをすべて無効にする』。レベルは3なんだって。翔子ちゃんの1つ下だね〜」
 自分の能力について、包み隠さずに話す稲守。
 1戦目、2戦目ともに能力を誤認させる戦略をとってきた東仙だったが、この稲守の言葉に関しては、嘘偽りはないだろう。そもそも、目の前の幼馴染が、そんなに器用な嘘をつけるとはとても思えない。朝比奈は、そう確信していた。
 そして、この言葉が本当だとすると、朝比奈にこれ以上能力を発動させる意味はない。

「……言っとくけど、能力者になったからって、あたしに勝てると思ってるんだったら、甘いわよ、蛍」
 朝比奈は、表面上は強気の姿勢を崩さないでいる。しかし内心では、稲守の能力が大変厄介な相手であることを、痛感していた。
 自分の手札に、1枚だけ存在するモンスターカードに目を向ける。

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。


 ミスティック・ゴーレムは、朝比奈の能力を持ってすれば、5000や10000といった驚異的な攻撃力を簡単に実現することのできるモンスターである。しかし、稲守の能力の前では、このカードの攻撃力は最大でも500ポイントまでしか上がらない。

「モンスターを1体、裏守備表示でセット」
 攻撃力を上げることができないのなら、壁にするしかない。守備力0のミスティック・ゴーレムをセットする。
「さらに、2枚の永続魔法カードを発動するわ。『暗黒の扉』と、『ドローブースター』よ」

 暗黒の扉 永続魔法

 お互いのプレイヤーはバトルフェイズにモンスター1体でしか攻撃する事ができない。


 ドローブースター 永続魔法

 自分フィールド上のモンスターが相手ターンに戦闘で破壊される度に、自分はカードを1枚ドローする。
 相手フィールド上のモンスターが自分ターンに戦闘で破壊される度に、相手はカードを1枚ドローする。


「あたしのターンはこれで終了。……さあ、蛍。あんたのターンよ」

 (2ターン目)
 ・稲守 LP7700 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・朝比奈 LP7900 手札1
     場:裏守備×1
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)



 ◆


「……なるほどな。そういうことか、波佐間」
 苦々しい顔で、佐野が呟く。
「フフ……。蛍の能力は、それほど強いものではありません……。……しかし、こと朝比奈さんにとって、彼女の能力は天敵とも言っていい……」
 癖毛気味の髪をいじりながら、そう告げる波佐間。
「蛍は、デュエリストとしてはまだまだ未熟です……。でも、このデュエルで、朝比奈さんが蛍に勝つことは、まずありえません……フフ……」
 不敵に笑うその表情からは、不気味なほどの自信が感じられた。


 朝比奈の闘い方は、ビートダウン・バーン・ロックの3要素をすべて兼ね備えている。
 自身のレベル4能力による、カード効果では防ぐことのできないダメージを最大限に活かすように、圧倒的な攻撃力の『ミスティック・ゴーレム』によるビートダウン、『悪夢の拷問部屋』、『痛み移し』の大ダメージによるバーン、防御の薄さを補うための『暗黒の扉』によるロックが絡み合う。これが、朝比奈のデッキの最大の特徴である。

 しかし今や、稲守の能力によって、バーンの要素は完全に潰された。
 加えて、ビートダウンの要である、『ミスティック・ゴーレム』の事実上の封殺。
 これが、朝比奈にとって非常に厳しい闘いになるだろうことは、誰の目にも明らかだった。


 ◆


「わたしのターン! ドロー! まずは、『隼の騎士』を召喚だよ〜!」
 稲守のフィールドに、1体のモンスターが出現する。
 身軽そうな格好で刃を構えるその騎士の姿を見て、朝比奈の表情が歪む。

「行くよ〜。隼の騎士で、翔子ちゃんのモンスターを攻撃!」

 (攻1000)隼の騎士 → 裏守備 → ミスティック・ゴーレム(守0):破壊

 守備力0の小さなゴーレムは、騎士の刃に切り裂かれて消滅した。
「隼の騎士は、1ターンに2回まで攻撃することができる。2回目の攻撃! 翔子ちゃんに、ダイレクトアタック〜!」
 暗黒の扉は、1ターンに1体のモンスターでしか攻撃できなくさせる永続魔法。連続攻撃の特殊能力を持つ、隼の騎士の攻撃を止めることはできない。

 (攻1000)隼の騎士 −Direct→ 朝比奈 翔子(LP7900)

 朝比奈 LP:7900 → 6900

「ぐっ……! やるわね、蛍。……でも、あんたの能力は、各ターンの最初に受けるダメージを防ぐことはできない。『痛み移し』の効果を受けてもらうわよ。さらに、『ドローブースター』の効果で1枚ドロー」

 稲守 LP:7700 → 7400

 朝比奈 手札:1枚 → 2枚

 ミスティック・ゴーレムが破壊された分の手札を、ドローブースターの効果で補う。
 ドローブースターは、場合によっては相手にもカードをドローさせてしまう可能性のある永続魔法である。加えて、このドローは強制効果なので、デッキ0の状態でこの効果が発動すれば、問答無用で負けとなってしまう。
 このように、いくつかのデメリットと背中合わせのカードではあるものの、稲守に押されている現状では、それを覚悟で1枚でも多くのカードを引き、反撃の機会を待つしかない。

「わたしは、カードを2枚伏せて、ターンエンド。次は、翔子ちゃんのターンだよ〜」

 (3ターン目)
 ・稲守 LP7400 手札3
     場:伏せ×2
     場:隼の騎士(攻1000)
 ・朝比奈 LP6900 手札2
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)


「あたしのターン、ドロー。……行くわよ。あたしは、手札から『不意打ち又佐』を召喚!」
 朝比奈の場に現われたのは、隼の騎士と同じく、2回連続攻撃の能力を持ったモンスター。しかも、攻撃力は、隼の騎士を上回る1300ポイントである。
「不意打ち又佐で、隼の騎士を攻撃!」
 ここで隼の騎士を破壊することができれば、能力面で圧倒的に不利なこのデュエルにも、まだまだ逆転の可能性が残る。
 そう判断した朝比奈は、相手にドローさせるデメリットを承知で攻撃を仕掛ける。

 (攻1300)不意打ち又佐 → 隼の騎士(攻1000)

「罠カード発動〜! 『和睦の使者』! 隼の騎士を、破壊しちゃダメだよ〜」

 しかし、その攻撃は、稲守の罠に阻まれた。
 和睦の使者は、発動したターン、相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする効果を持った通常罠である。稲守の受けるはずだった戦闘ダメージが0になるのはもちろん、隼の騎士もダメージを受けなくなるため、戦闘では破壊されなくなる。

「隼の騎士に、和睦の使者……。蛍、あんたのデッキ、昔とちっとも変わってないみたいね」
「うん、そうだよ〜。わたし、このデッキが好きなんだ〜。波佐間さんにも、『蛍が気に入っているなら、デッキは変えない方がいい』って言われたんだよ〜」
 晴れやかな笑顔で、そう告げる。

「波佐間に……ね。……まったく。あたしを動揺させるだけのつまらない作戦かと思えば、デュエルであたしを潰す気、満々じゃないの」
「? なにか言った、翔子ちゃん?」
「いいや、独り言よ。……あたしは、デュエリスト能力を自分に向けて1回発動。『痛み移し』の効果で、あんたにもダメージよ。……カードを1枚伏せて、ターン終了」

 朝比奈 LP:6900 → 6800

 稲守 LP:7400 → 7100

 (4ターン目)
 ・稲守 LP7100 手札3
     場:伏せ×1
     場:隼の騎士(攻1000)
 ・朝比奈 LP6800 手札1
     場:不意打ち又佐(攻1300)
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)、伏せ×1


「わたしのターン! ドロー!」
 元気よく、自分のデッキからカードを引き抜く。
「手札から、『デーモンの斧』を隼の騎士に装備だよ〜。攻撃力、1000ポイントアップ!」

 隼の騎士 攻:1000 → 2000

 どんなモンスターにも装備できる、万能な装備魔法が、隼の騎士に力を与える。

「隼の騎士で、不意打ち又佐を攻撃! 行け〜、隼の騎士〜!」

 (攻2000)隼の騎士 → 不意打ち又佐(攻1300)

「……この時を待ってたわ、蛍」
 朝比奈の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
「あんたのデッキが昔のままなら、不意打ち又佐を倒すのに、必ず攻撃力を上げるための装備魔法を使ってくると思ってたわ。あんたの能力は、各ターンの2回目以降に受けるダメージを無効化する。……だったら、1回目に大ダメージを与えるしかない! 罠カード発動、『魔法の筒』!」
 相手モンスター1体の攻撃を無効にして、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える強力な通常罠が発動する。
 自分のターンにダメージを与えようとしても、稲守の罠に阻まれてしまう。
 ならば、相手のターンに、攻撃を誘ったうえで罠にかける。それが、朝比奈の狙いだった。

 片方の筒に吸い込まれた攻撃が、もう片方の筒から放出される。エネルギー弾と化したその攻撃は、稲守に向けてまっすぐにはね返っていく。
 しかし、稲守の眼前に、唐突に板状の物体が出現。エネルギー弾は、その物体に触れた瞬間、勢いを失って吸収された。

「……っ! まさか……!」
「へへ〜。『エネルギー吸収板』を発動したよ〜。その効果で、わたしのライフを2000ポイント回復させるね」

 稲守 LP:7100 → 9100

 エネルギー吸収板。相手がコントロールするカードの効果によって自分がダメージを受ける場合、そのダメージを無効にして、無効にした数値分だけ自分のライフを回復する効果を持った、通常罠である。
「うわ〜。本当に波佐間さんの言った通りになったよ〜」
「……波佐間、の?」
「うん。翔子ちゃんの攻撃をわたしが罠で防いだら、次は魔法の筒での反射ダメージを狙ってくるはずだ、って。だから、そのアドバイス通りに、効果ダメージを吸収するカードを伏せておいたんだけど、うまく決まってよかったよ〜」
「…………やってくれるじゃないの」
 稲守の裏をかいたつもりが、それすらも波佐間に読まれていた。その事実に、朝比奈は軽く戦慄を覚える。

「1回目の攻撃は無効にされたけど、隼の騎士にはまだ2回目の攻撃が残ってるよ〜。もう1度、隼の騎士で、不意打ち又佐を攻撃〜!」
 伏せカードのない朝比奈に、この攻撃を防ぐ手段はない。

 (攻2000)隼の騎士 → 不意打ち又佐(攻1300):破壊

 朝比奈 LP:6800 → 6100

 この戦闘によって、『痛み移し』と『ドローブースター』の効果が発動する。

 稲守 LP:9100 → 8800

 朝比奈 手札:1枚 → 2枚

 とはいえ、稲守に与えられたダメージはわずかに300。9000ポイント超のライフを削り切るには、焼け石に水だった。

「さらに、『プロミネンス・ドラゴン』を召喚するよ〜。このドラゴンは、わたしのエンドフェイズが来るたびに、翔子ちゃんに500ポイントのダメージを与えるんだ〜」
 少しずつ、しかし着実に、朝比奈のライフを削る態勢が整っていく。
「これで、ライフポイントの差は3000くらいだね。だったらわたしは、このカードを発動させるよ〜」
 そう言うと、稲守は、1枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

「ちょっと、蛍、そのカードは……!」
 朝比奈の瞳が、驚愕に見開かれる。
「これ? このカードは、波佐間さんからもらったんだ〜。翔子ちゃんと闘うなら、ぜひ入れておけって言われてね。翔子ちゃんの場に『痛み移し』があって、わたしのライフがたくさんあるときに使うといい、って教えてもらったの。すごいよね〜、このカード。わたしの能力と、相性バツグンだよ〜」
 稲守は、波佐間のアイデアに、素直に感心している様子だった。

 一方、朝比奈は。
「…………まさか、ここまで入念に対策されてるとはね。……春彦、ごめん。このデュエル、すぐには終わりそうもないわ」
 誰にも聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと弱音を漏らす。
 朝比奈がデュエル前に感じていたはずの余裕は、もはや一欠片も残されてはいなかった。


 稲守の発動させた永続魔法は、とりたてて強力なカードというわけではない。むしろ、普段は誰も気にかけない程度の、マイナーな1枚と言ってしまって差し支えない部類のカードである。
 その効果は互いのプレイヤーに平等におよぼされるため、使い手に直接的なアドバンテージをもたらしてくれるわけではない。かといって、専門デッキを組めば活躍するタイプのカードでもない。
 しかし、その魔法カードは、このデュエルの、この状況で発動させた場合に限り、相手の攻め手をすべて封殺する、朝比奈にとって致命的な影響をもたらすカードへと変貌するのである。

 それはまるで、パズルの最後の1ピースがぴったりとはまったかのごとく。
 一分の隙もない、稲守の絶対防御は、鮮やかに完成した。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ〜。プロミネンス・ドラゴンの効果で、翔子ちゃんに500ポイントのダメージを与えるね」

 朝比奈 LP:6100 → 5600

 『痛み移し』の効果が再び発動するも、このターン、稲守はすでにダメージを受けている。自身のレベル3能力によって、これ以上のダメージを受けることはない。

 (5ターン目)
 ・稲守 LP8800 手札0
     場:デーモンの斧(装魔)、???、伏せ×1
     場:隼の騎士(攻2000)、プロミネンス・ドラゴン(攻1500)
 ・朝比奈 LP5600 手札2
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)



 ◆


「あの魔法カードが稲守さんの場に存在している限り、朝比奈先輩は、相手にダメージを与えることができない……。あんな鉄壁の布陣を、どうやって突破すれば……」
 デュエルの成り行きを見守っていた康助は、その展開に思わず息を呑んだ。
 その康助の言葉が聞こえたのか、波佐間が誰に向かうともなく呟く。
「フフ……。……蛍の能力・デッキ・闘い方は、そのすべてが朝比奈さんにとって相性最悪。2人の実力差なんて、些細なことですよ……。そのことを知らずにデュエルに臨んだ朝比奈さんに、勝ち目はありません……フフ……」
「…………くそっ!」
 佐野が、彼にしては珍しく悪態をつく。

 昨日、稲守がこの大会で6連敗しているという話を聞いた。朝比奈に訊ねたところ、あのときの稲守の反応を見るに、それはおそらく本当のことだという。
 だとすれば、稲守は数合わせのデュエリストで、その役割は、せいぜい朝比奈の対戦カードを固定すること。口には出さないものの、4戦目は捨て試合なのだろうと、心の奥底では信じて疑わなかった。
 それがまさか、朝比奈を倒すことに特化したデュエリストだったとは。
 自分の認識の甘さに、愕然とする。今さら反省しても、もう遅い。

「翔子……勝ってくれ…………!」
 今の佐野にできることは、ただ、朝比奈の勝利を信じて待つことだけだった。


 ◆


「……あたしのターン、ドロー」
 自分のデッキから、カードを1枚引き抜く。
 しかし、この状況を打開するカードを引くことはできなかった。
「翔子ちゃんのスタンバイフェイズに、『燃えさかる大地』の効果が発動するよ〜。さらに、『痛み移し』の効果で、わたしも300ポイントダメージを受けるね」

 朝比奈 LP:5600 → 5100

 稲守 LP:8800 → 8500

 稲守が4ターン目に発動させた永続魔法カード、それは、『燃えさかる大地』である。
 このカードがフィールド上に存在する限り、スタンバイフェイズごとに、ターンプレイヤーに500ポイントダメージを与える。この効果こそが、稲守の絶対防御を完成させる、最後の1ピースだった。
 稲守のターンのスタンバイフェイズが訪れると、燃えさかる大地の効果で、稲守は500ポイントのダメージを受ける。そして、その瞬間から、自身の能力により、このターンは他に一切のダメージを受けなくなる。
 朝比奈のターンのスタンバイフェイズが訪れると、燃えさかる大地の効果で、朝比奈は500ポイントのダメージを受ける。そして、そのダメージをトリガーとして、痛み移しの効果が発動。稲守も300ポイントのダメージを受ける。こちらの場合も同様に、このターンは他に一切のダメージを受けなくなる。
 つまり、燃えさかる大地がフィールド上に存在している限り、朝比奈は、自分のターンにも相手のターンにも、稲守にダメージを与えることができない。

「……モンスターを1体、裏守備表示でセットして、ターン終了よ」

 稲守の能力を知らない朝比奈が、『痛み移し』を発動することを見越して構築された、鉄壁の布陣。その、突破不可能な領域を前にして、今の朝比奈にできることは、ただ、稲守の攻撃を防ぎ続けることだけだった。

 (6ターン目)
 ・稲守 LP8500 手札0
     場:デーモンの斧(装魔)、燃えさかる大地(永魔)、伏せ×1
     場:隼の騎士(攻2000)、プロミネンス・ドラゴン(攻1500)
 ・朝比奈 LP5100 手札2
     場:裏守備×1
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)


「わたしのターン! ドロー! 燃えさかる大地の効果で、500ポイントのダメージを受けるね」

 稲守 LP:8500 → 8000

 この瞬間、稲守の能力の発動条件が満たされる。
 無敵のバリアに包まれた稲守に、攻撃を躊躇する理由はない。

「プロミネンス・ドラゴンを守備表示に変更。隼の騎士で、裏守備モンスターを攻撃〜!」

 (攻2000)隼の騎士 → 裏守備 → 阿修羅(守1200):破壊

 朝比奈 手札:2枚 → 3枚

 全体攻撃能力を持った朝比奈のモンスターが、一刀のもとに切り捨てられる。
 ドローブースターの効果が発動するが、それでも隼の騎士の勢いは止まらない。

「隼の騎士で、もう1回攻撃! 翔子ちゃんにダイレクトアタック〜!」

 (攻2000)隼の騎士 −Direct→ 朝比奈 翔子(LP5100)

 朝比奈 LP:5100 → 3100

「うっ……!」
 稲守の攻撃を防ぎきれなかった朝比奈のライフポイントが、大きく削られる。
 朝比奈のロックの要である『暗黒の扉』も、連続攻撃の前では無力だった。

「さらに、わたしは、手札から『マジック・ガードナー』を発動するよ。『燃えさかる大地』に、カウンターを1つ乗せるね〜」

 マジック・ガードナーは、自分フィールド上に表側表示で存在する魔法カード1枚を選択し、カウンターを1個乗せる効果を持った通常魔法。選択されたカードが破壊される場合、代わりにカウンターを1つ取り除く。つまりこれで、『燃えさかる大地』は、『サイクロン』などの魔法・罠を破壊するカードに対して、耐性ができたことになる。

「わたしはこれで、ターンエンド! プロミネンス・ドラゴンの効果で、翔子ちゃんに500ダメージを与えるよ〜」

 朝比奈 LP:3100 → 2600

 (7ターン目)
 ・稲守 LP8000 手札0
     場:デーモンの斧(装魔)、燃えさかる大地(永魔・カウンター1個)、伏せ×1
     場:隼の騎士(攻2000)、プロミネンス・ドラゴン(守1000)
 ・朝比奈 LP2600 手札3
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)


「……あたしのターン、ドロー」
 いまだ8000ポイントのライフが丸々残っている稲守に対して、朝比奈のライフは残り1/3を下回っている。
 もはや、次のターンをしのげるかどうかも怪しい状況。それにも関わらず、朝比奈の手札には、絶対防御を突破するためのカードは舞い込んでこなかった。

 スタンバイフェイズ。燃えさかる大地と、痛み移しの効果が発動する。

 朝比奈 LP:2600 → 2100

 稲守 LP:8000 → 7700

 稲守は、わずか300ポイントのダメージと引き換えに、このターン、無敵のダメージ耐性を獲得する。

「モンスターを裏守備でセット。……カードを1枚伏せて、ターン終了よ」

 (8ターン目)
 ・稲守 LP7700 手札0
     場:デーモンの斧(装魔)、燃えさかる大地(永魔・カウンター1個)、伏せ×1
     場:隼の騎士(攻2000)、プロミネンス・ドラゴン(守1000)
 ・朝比奈 LP2100 手札2
     場:裏守備×1
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)、伏せ×1


「わたしのターン! ドロー! 燃えさかる大地の効果で、わたしに500ダメージ!」

 稲守 LP:7700 → 7200

 このターンの安全が、わずか500ライフで買えるならば安いものだ。今の稲守は、ダメージを受けることを喜んでいるようにすら見える。
「隼の騎士で、翔子ちゃんの裏守備モンスターを攻撃するよ〜!」

 (攻2000)隼の騎士 → 裏守備 → 重装武者−ベン・ケイ(守800):破壊

「……ドローブースターの、効果発動」

 朝比奈 手札:2枚 → 3枚

 朝比奈のデッキに投入されているモンスターは、『暗黒の扉』が発動していても存分に活躍できるように、複数回攻撃などの強力な効果を持ったカードで占められている。そういったモンスターに装備魔法カードを装備させ、一気に攻めるのが朝比奈本来の闘い方である。
 だがそれは、逆に言えば、守ることに長けた能力を持つモンスターがほとんど投入されていないということに他ならない。そんなデッキで防御に回ろうとすれば、徐々に追い詰められていくだけなのは明らかだった。

「2回目の攻撃〜! 隼の騎士で、翔子ちゃんにダイレクトアタック!」

 (攻2000)隼の騎士 −Direct→ 朝比奈 翔子(LP2100)

 この攻撃を、このまま通したら負ける。
「永続罠カード発動、『銀幕の鏡壁』!」

 隼の騎士 攻:2000 → 1000

 (攻1000)隼の騎士 −Direct→ 朝比奈 翔子(LP2100)

 朝比奈 LP:2100 → 1100

 相手の攻撃モンスターすべての攻撃力を半分にする。銀幕の鏡壁の効果で、朝比奈のライフは、ギリギリのところで踏みとどまった。

「む〜。これで勝てたかと思ったのに〜。翔子ちゃん、しぶといよ〜」
 稲守は、小動物を思わせる仕草で、頬をふくらませて抗議する。
「……悪いわね、蛍。あたしだって、このデュエル、そう簡単に負けるわけにはいかないのよ」
 一方の朝比奈は、内心の焦りが稲守に伝わらないよう、あくまでも強気な態度を貫く。

「でも、次のターンで終わりだよ〜! カードを1枚伏せて、ターンエンド! プロミネンス・ドラゴンの効果発動〜!」

 朝比奈 LP:1100 → 600

 (9ターン目)
 ・稲守 LP7200 手札0
     場:デーモンの斧(装魔)、燃えさかる大地(永魔・カウンター1個)、伏せ×2
     場:隼の騎士(攻1000)、プロミネンス・ドラゴン(守1000)
 ・朝比奈 LP600 手札3
     場:なし
     場:悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、ドローブースター(永魔)、銀幕の鏡壁(永罠)


 稲守とのライフ差は、実に10倍以上。このターンで何かしらの手を打てなければ、負けは確実。
 そして、このデュエルに負ければ、1勝3敗で、翔武学園の負けが確定する。
 そんな、後がない状況。それでも朝比奈は、自身の勝利を見つめて、ただゆっくりと、自分のデッキからカードを引き抜く。

「……あたしのターン、ドロー!」

 そして、引いた。
 朝比奈のデッキにたった1枚だけ投入されていた、この状況を覆す鍵となりうる、魔法カードを。

「燃えさかる大地と、痛み移しの効果が発動するよ〜。これで、翔子ちゃんのライフは残り100ポイント。それと、銀幕の鏡壁も、コストを払えずに破壊だね。わたしの隼の騎士の攻撃力は、元に戻るよ〜」

 朝比奈 LP:600 → 100

 稲守 LP:7200 → 6900

 銀幕の鏡壁:破壊

 隼の騎士 攻:1000 → 2000

 銀幕の鏡壁は、その強力な効果の代償として、自分のスタンバイフェイズごとに2000ポイントのライフコストを要求する。朝比奈のライフは100ポイントしかないため、必然的に、銀幕の鏡壁はコストを払えずに破壊される。
 だがそれは、今の朝比奈にとっては逆に好都合だった。

「……蛍。あんたの絶対防御、このターンで破らせてもらうわ」
 まっすぐに稲守を見すえて、そう宣言する。
「? だって、燃えさかる大地には、マジック・ガードナーの効果で、カウンターが乗ってるんだよ? それなのに、どうやって……」
 稲守は、不思議そうに首をかしげる。しかしすぐに、何かに気づいて、目を輝かせた。
「ああ、そっか〜! 痛み移しの方を破壊する気なんだね〜。確かに、それなら翔子ちゃんのターンには、わたしは無敵じゃなくなっちゃうね。自分のカードを破壊するなんて、よくそんなこと思いついたね〜」
 そのアイデアに感心したらしく、無邪気に手を叩く稲守。
 しかし、朝比奈の狙いは、そんな生易しいものではなかった。
「半分アタリ、ってとこかしらね。絶対防御を破るだけなら、それで十分なんだけど、今さらそんなことをしたところで、あんたの勝ちは動かない。……そのくらい、蛍だって分かってるんでしょ?」
 朝比奈のライフは、残り100。痛み移しを破壊したところで、燃えさかる大地とプロミネンス・ドラゴンによるバーンダメージを何とかしない限り、朝比奈に勝ち目はない。
 加えて、稲守の場に伏せられている2枚のリバースカード。
 稲守のデッキには、自分と自分のモンスターを守るための罠が数多く投入されている。そのことは、朝比奈だってよく承知している。仮にプロミネンス・ドラゴンを破壊しようとモンスターで攻撃を仕掛けたところで、罠に阻まれて通らないことは目に見えている。

 朝比奈の引いたカードは、それらの難関を一挙に突破できる可能性を秘めた魔法カード。
 自身に勝利をもたらしてくれる保証はどこにもないものの、起死回生の一手としては、十分すぎるほどに強力な一手だった。
「……ま、粗っぽい方法であることは、覚悟の上よ。それでもあたしは、このカードにすべてを賭けるわ。……魔法カード発動、『ハリケーン』! そして、『手札抹殺』!」
「!」
 自分の想像の斜め上を行く朝比奈の大バクチに、稲守は思わず息を呑んだ。目の前で起こっている出来事が信じられないとでも言うように、ぽかんと口を開いている。

「『ハリケーン』の効果発動! フィールド上の魔法・罠カードを、すべて持ち主の手札に戻す! これなら、マジック・ガードナーの効果も関係ないでしょ!」

 デュエルフィールドに、突風が吹き荒れた。
 朝比奈の場の、『悪夢の拷問部屋』、『痛み移し』、『暗黒の扉』、『ドローブースター』が、朝比奈の手札に戻る。
 稲守の場の、『デーモンの斧』、『燃えさかる大地』、そして2枚の伏せカードが、稲守の手札に戻る。

 朝比奈 手札:3枚 → 7枚

 稲守 手札:0枚 → 4枚

「さらに、『手札抹殺』を発動! お互いのプレイヤーは、手札をすべて捨てて、同じ数だけデッキからカードをドローする!」

 朝比奈の手札6枚、『悪夢の拷問部屋』、『痛み移し』、『暗黒の扉』、『ドローブースター』、さらに『流星の弓−シール』、『団結の力』が、墓地へと送られる。そして、6枚ドロー。
 稲守の手札4枚、『デーモンの斧』、『燃えさかる大地』、『ドレインシールド』、『攻撃の無力化』が、墓地へと送られる。そして、4枚ドロー。

「……よし、これなら行ける! あたしは、手札から『異次元の女戦士』を召喚!」

 異次元の女戦士 効果モンスター ★★★★ 光・戦士 攻1500・守1600

 このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する事ができる。


 空間の歪みを切り裂いて、朝比奈のフィールドに、1人の女戦士が降臨する。
「さらに、カードを2枚セット! ……そして、手札から、3枚の装備魔法を、異次元の女戦士に装備よ!」
 お互いのデュエリストに、等しく5つずつ与えられた魔法・罠ゾーン。朝比奈の、がら空きだったはずのその領域が、一瞬にして埋め尽くされた。


 デーモンの斧 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分フィールド上に存在するモンスター1体をリリースする事でデッキの一番上に戻す。


 女戦士の左手に握られていた剣が、悪魔の顔をかたどった斧へと変化する。

 異次元の女戦士 攻:1500 → 2500


 メテオ・ストライク 装備魔法

 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 隕石から発せられる波導の力により、女戦士は貫通能力を獲得する。


 魔導師の力 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき500ポイントアップする。


 朝比奈の場に存在する5枚の魔法・罠カード。その1枚1枚が、女戦士に力を与えていく。

 異次元の女戦士 攻:2500 → 5000


「行くわよ! 攻撃力5000の異次元の女戦士で、プロミネンス・ドラゴンを攻撃!」

 5倍の攻撃力が、稲守のドラゴンを襲う。

 (攻5000)異次元の女戦士 → プロミネンス・ドラゴン(守1000):破壊

 自身の三ッ星能力により、稲守が戦闘ダメージを受けることはない。
 しかし、燃えさかる大地を墓地に送り、プロミネンス・ドラゴンを戦闘破壊したことによって、稲守のバーンダメージ源は、完全に消え去った。

「あたしはこれで、ターン終了。……どう、蛍? これがあたしの全力よ」

 (10ターン目)
 ・稲守 LP6900 手札4
     場:なし
     場:隼の騎士(攻1000)
 ・朝比奈 LP100 手札0
     場:異次元の女戦士(攻5000)
     場:デーモンの斧(装魔)、メテオ・ストライク(装魔)、魔導師の力(装魔)、伏せ×2


「……わたしのターン、ドロー」

 状況は一転。絶対防御は崩壊し、稲守の場に、自分の身を守るためのカードは何もない。
 いくら能力があるとはいえ、このターンで何か策を講じることができなければ、次のターン、異次元の女戦士の攻撃によって大ダメージを受けるのは必至である。

「……さすが翔子ちゃん。あの状況を、ここまで引っくり返しちゃうなんてね。わたし、本当にびっくりしちゃったよ」
 俯いたまま、そう語る稲守。
 第三者がその様子を見れば、勝負を諦めたようにも映っただろう。

 しかし。

「……でも、惜しかったね、翔子ちゃん」
 稲守が、ゆっくりと、顔を上げる。
「このデュエルは…………わたしの勝ちだよ!」
 その顔に、こらえきれないほどの笑みを浮かべて。


 昔、朝比奈がまだ小学生だったころ、幼馴染であった稲守と朝比奈は、何度もデュエルを繰り返してきた。そして、必然的に、稲守は朝比奈のデュエルから多大な影響を受けた。朝比奈の闘い方に感化され、朝比奈と似たようなカードをデッキに投入していった。
 確かに、朝比奈が「攻め」で、稲守が「守り」という、根本的な方針の違いはある。だがそれでも、複数回攻撃できる能力を持ったモンスターや、バーンダメージを与えられるカードの投入、そして、多数の装備魔法カードの採用など、表面的には、2人のデッキは非常に似通った構成になっていた。
 稲守が、朝比奈の『暗黒の扉』によるロックの影響をほとんど受けなかったのも、それが理由である。朝比奈のデッキに、ロックをすり抜けるモンスターが採用されているなら、必然的に、稲守のデッキにもそのようなモンスターが入っていることになるからだ。
 朝比奈とは対極の思想に基づくデュエリストでありながら、朝比奈と似たようなデッキを使う稲守。波佐間が、稲守にデッキを変えないように言ったのも、このデッキが朝比奈に突き刺さるからこそである。あらゆる意味で、朝比奈を倒すことに特化されたデュエリスト。それが、稲守蛍であった。

 ゆえに、このデュエルの最後の大逆転劇は、2人のデッキが極端に似通っているからこそ起こりえた、奇跡的な出来事だったと言えるだろう。


「カードを2枚セット! そして、手札から、3枚の装備魔法を、隼の騎士に装備するよ!」
 それは、直前のターンの朝比奈の行動と、瓜二つのプレイングだった。
 たった一つ違うところがあるとすれば、それは、3枚の装備魔法カードの内訳のみ。


 レインボー・ヴェール 装備魔法

 装備モンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、バトルフェイズの間だけその相手モンスターの効果は無効化される。


 魔導師の力 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき500ポイントアップする。


 魔導師の力 装備魔法

 装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき500ポイントアップする。


 隼の騎士 攻:1000 → 6000


 最終ターンの攻防、装備魔法の打ち合いを、ほんのわずかな差で征したのは、稲守だった。


 朝比奈の伏せカードが、『威嚇する咆哮』などの、相手モンスターの攻撃を防ぐ罠カードであったなら、このデュエルの結果はまた違ったものになっていたであろう。
 しかし、「攻め」を極端に重視する朝比奈のデッキに、そのようなカードは1枚しか投入されていない。その唯一の例外、攻防一体の制限カードである『魔法の筒』は、すでに使われて墓地に眠っている。
 そして、そのことを分かっているからこそ、稲守は、躊躇わずに攻撃を宣言する。

「隼の騎士で、異次元の女戦士を攻撃!!」

 攻撃力6000の騎士が、攻撃力5000の女戦士に攻撃を仕掛ける。

「……罠カード発動、『砂漠の光』」

 朝比奈の場に伏せられていた通常罠が、発動する。その効果によって、朝比奈のフィールド上に存在するすべてのモンスターは、表側守備表示になる。

 異次元の女戦士:(攻4500) → (守3600)

 異次元の女戦士には、自身と戦闘したモンスターとこのカードをゲームから除外することのできる特殊能力がある。本来ならば、守備表示の女戦士を攻撃した隼の騎士は、朝比奈に戦闘ダメージを与えることができずに除外されるはずだった。

 しかし、隼の騎士には、レインボー・ヴェールが装備されている。
 虹の祝福を受けた隼の騎士は、戦闘する相手モンスターの効果を無効化する。

 加えて、隼の騎士には、2回連続攻撃の能力がある。
 効果を無効にした異次元の女戦士を戦闘で破壊した後、改めて朝比奈に直接攻撃すれば、稲守の勝ちは、動かない。


「…………罠カード、発動」

 朝比奈が、もう1枚の罠カードを、表にする。

 しかし、その罠もまた、隼の騎士の攻撃を止めることのできるカードではなかった。

 砂漠の光の効果で守備表示になった女戦士は、抵抗もできずに騎士の刃に両断される。



 ――そして、朝比奈と稲守のデュエルは、決着した。





8章  5戦目 E・HERO VS 不死なる敵



「そこまでっ! 第4戦目の勝者は、翔武学園代表、朝比奈翔子選手!!」

 審判の宣言が、デュエルリングに響いた。
 それを合図に、隼の騎士のソリッドビジョンがゆっくりと消滅していく。

「………………」
 ゆるやかに薄れてゆく立体映像を前に、呆然と立ちつくす稲守。
「……えっ? わたし、負けちゃったの……?」
 ようやく現状を把握したのか、慌てて自分のデュエルディスクのライフカウンターを確認する。
「うそ……。わたしのライフが、0になってる……どうして……?」
 ついさっきまで、6900も残っていたはずのライフポイント。それが、どうして今、0になっているのか。
 相手からの攻撃を受けて、ライフが0になったのならまだ理解できる。しかし今は、自分のターンだったはず。隼の騎士の攻撃は、確かに異次元の女戦士を切り裂いた。それは、自分の目でしっかりと確認している。攻撃がはね返されたわけでもない。
 そもそも、自分には、1ターンに1回しかダメージを受けない三ッ星能力がある。一体、何をどうすれば、あの状況で一度に6900ポイントもの大ダメージが発生するというのだろうか。

 おそるおそる朝比奈に視線を向ける。すると朝比奈は、いたずらっぽく微笑んだ。
「どう? あたしがあんたのライフを0にしたカラクリ、少しは理解できた?」
 そう告げる朝比奈のライフカウンターは、100を示したまま。その、わずかに100ポイントだけ残されたライフが、彼女がこのデュエルの勝者であることを明確に物語っていた。
「…………」
 朝比奈の謎かけに、稲守は真剣な顔になって考え込む。

 そういえば、今のデュエルの最後の最後に、朝比奈は自分の場に伏せられていた罠カードを発動していた。
 しかし、それが何だったのかは、隼の騎士の攻撃に目を奪われていたせいで気にも留めていなかった。攻撃は成功したのだから、ただの無意味な罠発動だったのだろう。そう思って、特に深くは考えずに2度目の攻撃宣言を行おうとした。
 だが、2回目の攻撃が行われることはなかった。1度目の攻撃が終わった時点で、デュエルが終了してしまったからだ。それも、自分の敗北という形で。

「翔子ちゃんが最後に発動した罠。あれって、一体……」
 まさか、たった1枚の罠発動によって、自分の残りライフがすべて削りきられたとでもいうのか。
 とても信じられない。だが、それしか可能性はない。そう考え、おずおずと訊ねる。
「ん? まだ分からない?」
 そう言うと朝比奈は、自分の墓地から1枚の罠カードを取り出して、稲守に見せた。

 力の集約 通常罠

 フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。フィールド上に存在する全ての装備カードを選択したモンスターに装備させる。対象が正しくない場合は、その装備カードを破壊する。


「……! そのカードは……!」
 丸い目を見開いて、驚く稲守。そしてようやく、あのとき何が起こったのかを理解する。
 朝比奈の示した1枚のカード。それは、稲守もよく知っている、ごく一般的な罠カードだった。もちろん、装備カードを多用する朝比奈のデッキに、このカードが投入されていることも知っていた。
 だが、まさか、このカードがあの状況を覆す大逆転の一手になろうとは。
「そう。あたしは、隼の騎士が異次元の女戦士を切り裂く直前に、『力の集約』を発動させた。その効果で、女戦士に装備されていた装備魔法の対象を、すべてあんたの隼の騎士に移し変えたのよ」

 あのとき、異次元の女戦士に装備されていた装備魔法は全部で3枚だった。
 装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせる、『デーモンの斧』。
 自分フィールド上の魔法・罠カード1枚につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を500ポイントアップさせる、『魔導師の力』。
 そして、装備モンスターに貫通能力を与える、『メテオ・ストライク』。

 『デーモンの斧』が隼の騎士に装備されたことによって、隼の騎士の攻撃力は、6000から7000へと上昇した。
 『魔導師の力』が隼の騎士に装備されたことによって、隼の騎士の攻撃力は、7000から8500へと上昇した。
 一方で、すべての装備魔法を失った異次元の女戦士の守備力は、元々の守備力である1600ポイントへと減少した。

 そして、『メテオ・ストライク』の効果で貫通能力を得た攻撃力8500の隼の騎士が、守備力1600の異次元の女戦士を戦闘で破壊した。その結果、生じた貫通ダメージは、差し引き6900ポイント。

 『メテオ・ストライク』の効果によって発生する貫通ダメージは、メテオ・ストライクのコントローラーから見ての、相手プレイヤーが受ける。
 たとえ、力の集約によって装備対象が変わったとしても、メテオ・ストライクの持ち主が朝比奈であることは、変わらない。

 つまり、この戦闘で6900の貫通ダメージを受けたのは、稲守。
 残り6900ポイントだった稲守のライフは、この戦闘ダメージによって、ぴったり0になった。

 これが、ラストターンの攻防のすべてである。
 このデュエルの最後の大逆転劇は、朝比奈と稲守、2人のデッキが極端に似通っているからこそ起こりえた、奇跡的な出来事だったと言えるだろう。

「蛍。あんたは昔っから、あたしのマネばっかりしてたでしょ? だから、あたしが大量の装備魔法を使って一気に攻めれば、あんたも必ず同じ戦法を使ってくるって思ってた」
 稲守のデッキが、朝比奈のデッキと酷似していること。それを承知しているのは、なにも波佐間だけではない。朝比奈もまた、それを知っているからこそ、最後の賭けに踏み切ることができた。
「あんたの敗因は、あたしの誘いに乗って決着を焦ったことよ。あんたの闘い方は『守り』重視なんだから、せめて、最後に引いた罠が発動できるようになるまで、1ターンは待つべきだったわね」
 その言葉に、はっとして自分のデュエルディスクを見つめる稲守。
 そこに伏せられている2枚のカードは、『和睦の使者』と『ホーリージャベリン』。どちらも、自分の身を守るための罠カードであった。だがもちろん、罠カードは伏せたターンには発動できない。
 もしも最後のターン、稲守がこれらの防御カードが使えない状況に危機感を抱いて、慎重に闘うことを選択していたら。
 そうしたら、このデュエルの結末も、また違ったものになっていたかもしれなかった。

「……さすが翔子ちゃん。わたしのことなんて、全部お見通しだったんだね。……む〜。今日こそは翔子ちゃんに勝てると思ったのに〜」
 悔しそうにむくれる稲守に、朝比奈が感心したようにこう告げる。
「……ま、あたしも正直、あんたがここまでやるとは思ってなかったわ。まさか、あんたにここまで追い詰められるなんてね。……ああは言ったけど、あたしだって結構ヤバかったんだから。一つ間違えれば、負けてたのはあたしだったかもしれない」
 稲守に近づくと、彼女の頭をわしゃわしゃとなでる。
「……あれから6年。昔のあんたとは大違いだわ。成長したわね、蛍」
「へへ〜。わたし、強くなったでしょ〜」
 朝比奈に認めてもらえたことが、本当に嬉しかったのだろう。稲守は、心底満足したように、満面の笑みを浮かべていた。

 そして、そんな稲守の頭をなでながら、朝比奈は、電光掲示板を見上げる。


 決勝戦   私立翔武学園高等学校 VS 東仙高等学校

 1戦目 (○)1年 天神 美月 VS 柊 聖人  1年(×)
 2戦目 (×)1年 吉井 康助 VS 遠山 力也 1年(○)
 3戦目 (×)1年 見城 薫  VS 霧原 ネム 1年(○)
 4戦目 (○)3年 朝比奈 翔子VS 稲守 蛍  1年(×)
 5戦目 3年 佐野 春彦 VS 波佐間 京介 3年



「春彦……。後は、任せたわよ…………」

 朝比奈の勝利によって、首の皮一枚で敗北をまぬがれた翔武学園。

 決勝戦の行方は、最後の大将戦に託された。


 ◆


 翔武学園、控え室。

「フフ……。まさか、蛍が負けてしまうとは……。……これはボクも、さすがに予想できませんでしたね……。まあ、たまにはこういうこともあるでしょう……フフ……」
 稲守が負けたのにも関わらず、波佐間に動揺している様子はない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
「さて、次はボクたちの番、ですか……。佐野さん……いいデュエルにしましょうね……フフ……」
 芝居がかった動きで、佐野に握手を求める。
「………………」
 だが佐野は、それには応じず、黙って立ち上がる。
 机の上に置かれていたデュエルディスクを手に取ると、そこに自分のデッキをセットした。
「おや……。挨拶もなしですか……つれないですねぇ……。フフ……」
 薄い笑いを顔に張りつけながら、波佐間も椅子から立ち上がる。
 そんな波佐間を睨みつけて、佐野は、短く一言、呟く。
「……見城は、無事なんだろうな?」
「フフ……見城さん……ですか? 彼女は、アナタたちの側の選手でしょう……? そんなことをボクに訊かれても、困りますね……フフ……」
 とぼけたように答える波佐間。最後まで、平然とした態度を崩す気はないらしい。
「……お前がそういう態度を貫くなら、俺も相応の態度で臨ませてもらうまでだ」
 ここで波佐間を問い詰めたところで、しらを切り通されるのは分かりきったこと。
 ならば今は、全力で波佐間を倒す――いや、潰すことを考えるしかない。
 静かな怒りを燻らせながらも、そう客観的な判断を下す。
 目の前の男に、完膚なきまでの敗北を突きつけること。それが、今の佐野にできる唯一のことであり、同時に、彼にとって絶対に譲ることのできない一線であった。

 佐野と波佐間、2人の姿が、ドアの向こうに消える。

 見城の失踪をきっかけとして、翔武学園と東仙高校の間に走った深い亀裂。佐野・朝比奈と波佐間の対立。そして、潰し合い。
 険悪な雰囲気が抜けきらない控え室に残されたのは、康助と天神の2人だけ。
 そんな中、淀んだ空気を打ち破るように最初に言葉を発したのは、康助だった。

「あの、天神さん…………」

 そして康助は、自分の思うところを、語り始めた。


 ◆


「それでは、これより翔武学園 対 東仙高校の、第5戦目を開始します! 両校の代表者は、前へ!」

 その声を合図に、2人のデュエリストが、ほぼ同時にリングへと上る。

「フフ……。佐野さん……お手柔らかにお願いしますよ……」
「………………」
 へらへらと媚びるように笑う波佐間を、佐野は鋭い相貌で見すえる。
 去年は勝った相手だとはいえ、あのデュエルでの互いの力は拮抗していた。さらに、この1年間で波佐間がどれだけ成長しているかも未知数である。
 客観的に見れば、どちらが勝ってもおかしくない闘いであることは承知の上。それでも、このデュエルは絶対に負けるわけにはいかない。

 目の前の相手を、許すわけにはいかない。

「5戦目の先攻、後攻の選択権は、4戦目で負けた東仙高校側にあります。それでは、東仙代表の波佐間京介さん。どちらを選ぶか、宣言してください」
「先攻で、お願いします……フフ……」
「分かりました。それでは、このデュエルは、波佐間京介さんの先攻で行われます」
 これにより、佐野は自動的に後攻に決定する。

「翔子は勝った。……次は、俺の番。……俺がお前を潰す番だ」
「おや……挑発ですか……? フフ……アナタにしては、珍しいですねぇ……」
「挑発じゃない。これは……ただの事実だ」
 波佐間を睨みつけながら、冷たく言い放つ。
 その言葉で、自分の雑念を振り払おうとするかのように。

「両者、構えてください」
 2つのデュエルディスクの変形音が、重なる。
 場の空気が、一気に張り詰める。

「それでは! 決勝戦、第5戦目、佐野春彦選手 対 波佐間京介選手。デュエル、開始ィィ!!」


「「デュエル!!」」


 決勝戦、5戦目。

 勝者と敗者を分かつ、最後の闘いが、始まった。


「フフ……。ボクのターンです……ドロー……」
 自分のデッキから、ゆっくりとカードを引き抜く。
 そして、6枚の手札をなめ回すように眺めた後、そこから1枚のカードを選び出した。
「まずは、様子見……です……。手札のモンスターを、裏側守備表示でセット……。最初のターンは、これで終わりにします……フフ……」
 波佐間の場に、正体不明のモンスターが1体、出現する。

 最終戦。その1ターン目は、静かな幕開けとなった。

 (2ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札5
     場:なし
     場:裏守備×1
 ・佐野 LP8000 手札5
     場:なし
     場:なし


「俺のターン、ドロー」
 かたや佐野は、6枚の手札を一瞥すると、即座に判断を下した。
 後攻1ターン目から、いきなり自らの切り札を降臨させるという、決断を。
「手札の『E・HERO オーシャン』と、『E・HERO フォレストマン』を融合。『E・HERO ジ・アース』を、攻撃表示で特殊召喚する!」

 佐野のデュエリスト能力、それは「自分のターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる」というものだ。この三ッ星能力によって、佐野のデッキは、通常のE・HEROデッキよりも少ない手札消費で強力な融合モンスターを召喚することが可能になっている。

「プラネットシリーズの1枚……『E・HERO ジ・アース』……。……これは中々、厄介なカードを出してきましたねぇ……フフ……」

 『E・HERO ジ・アース』は、もともと世界にたった1枚しか存在しない稀少なカード。もちろん佐野が使っているのはレプリカだが、その能力はオリジナルのカードとまったく同じである。

 E・HERO ジ・アース 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 地・戦士 攻2500・守2000

 「E・HERO オーシャン」+「E・HERO フォレストマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスター1体を生け贄に捧げる事で、このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの攻撃力分だけアップする。


「さらに、ジ・アースに対して、『H−ヒートハート』を発動」
 通常魔法、『H−ヒートハート』の効果で、ジ・アースは攻撃力が500ポイントアップし、さらに貫通能力を獲得する。

 E・HERO ジ・アース 攻:2500 → 3000

「『E・HERO ジ・アース』。こいつが、俺のデッキの切り札だ。ジ・アースで、裏守備モンスターを攻撃! アース・コンバスション!」

 開始早々、攻撃力3000のエースモンスターによる容赦のない攻撃が、波佐間の裏守備モンスターを襲う。

 (攻3000)E・HERO ジ・アース → 裏守備 → ブラッド・サッカー(守1500):破壊

 ジ・アースの胸から放たれたビームが、ブラッド・サッカーを貫通し、相手プレイヤーへと直撃した。

 波佐間 LP:8000 → 6500

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 上級モンスターの展開。裏守備モンスターの破壊。相手へのダメージ。そして、伏せカードのセット。
 佐野が、それらの完璧にバランスが取れた行為を成すのに要した時間は、わずかに1分だった。
 お前を潰す。その言葉を、現実にするために。
 波佐間に、完全なる負けを叩きつけるために。

 E・HERO ジ・アース 攻:3000 → 2500

 ヒートハートの効果は、発動ターンのエンドフェイズに失われる。よって、ジ・アースの攻撃力は、2500に戻った。

 (3ターン目)
 ・波佐間 LP6500 手札5
     場:なし
     場:なし
 ・佐野 LP8000 手札2
     場:E・HERO ジ・アース(攻2500)
     場:伏せ×1


「ボクのターン、ドロー……」
 佐野の流れるようなカード運びとは対照的に、波佐間の一挙手一投足は非常にゆっくりとしたものだ。
「……ボクの手札には、ジ・アースを倒せるカードはありません……。とりあえず、このモンスターを場に出しておくことにします……。フフ……『ピラミッド・タートル』召喚です……」
 波佐間のフィールドに現われたのは、甲羅がピラミッドの形をしている、鈍重そうな亀のモンスターだった。攻撃力はわずかに1200で、ジ・アースの2500には遠く及ばない。
「フフ……。ここからどうするべきでしょうかね……? ……自爆特攻か……だとすれば何を呼ぶか……」
 手札のカードを1枚ずつ指でつまみながら、じっくりと考える素振りを見せる。
 たどたどしい手つきでカードを扱う彼の様子からは、強いデュエリストが纏うオーラのようなものが一切感じられない。一目見ただけでは、10人中10人が、ただの素人だと判断するだろう。
 しかし、波佐間のデュエルスキルが群を抜いているのは、まぎれもない事実だった。

「……手札から、『強制転移』を、発動させます……フフ……」

 その1手で、フィールドの状況が、180度覆された。
 『強制転移』は、お互いが選んだ自分フィールド上モンスター1体のコントロールを永続的に入れ替える効果を持った通常魔法である。
 今、互いのフィールド上に、モンスターは1体ずつ。
 『ピラミッド・タートル』が、佐野の場に移され。
 『E・HERO ジ・アース』が、波佐間の場に移された。

「『E・HERO ジ・アース』で、『ピラミッド・タートル』を攻撃……。アース・インパクト、です……フフ……」

 佐野のエースモンスター、E・HERO ジ・アース。
 プラネットシリーズの1枚が、その持ち主に対して牙をむく。

 (攻2500)E・HERO ジ・アース → ピラミッド・タートル(攻1200):破壊

 佐野 LP:8000 → 6700

 『強制転移』によって、佐野の融合モンスターを奪取。代わりに送りつけた攻撃表示の弱小モンスターを殴り、ダメージを与える。
 一見すると、1年前のデュエルとまったく同じ展開に思える。
 だが、今年の波佐間の戦術には、まだ先があった。

「ピラミッド・タートルの、効果発動……。このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られたとき……ボクのデッキから、守備力2000以下のアンデット族モンスターを1体、特殊召喚することができます……。……出でよ、『カース・オブ・ヴァンパイア』」
 整った体つきに、吸血鬼の「主」たらんと不気味に輝く眼光。
 波佐間の場に、1体のヴァンパイアが静かに降臨する。

「フフ……。カース・オブ・ヴァンパイアで、相手プレイヤーに直接攻撃……。……ネイルファングブロー……」

 (攻2000)カース・オブ・ヴァンパイア −Direct→ 佐野 春彦(LP6700)

 佐野 LP:6700 → 4700

 鋭い爪に切り裂かれて、佐野のライフが大きく削り取られる。

「フフ……。ボクはこれで、ターン終了、です……」

 わずか2枚のカード消費で、フィールドを完全に掌握した波佐間。
 彼は、不敵に笑うと、何もカードを伏せずに自分のターンを終えた。

 (4ターン目)
 ・波佐間 LP6500 手札4
     場:なし
     場:E・HERO ジ・アース(攻2500)、カース・オブ・ヴァンパイア(攻2000)
 ・佐野 LP4700 手札2
     場:なし
     場:伏せ×1


「俺のターン、ドロー」

「フフ……どうしました……? 同じ手に二度もやられるとは……アナタらしくない……。……やっぱり、佐野さんほどのデュエリストでも、冷静さを欠いたりすることがあるんですねぇ……フフ……」
 人を小馬鹿にしたように、挑戦的な笑みを浮かべる。
 それに対して、佐野は自嘲気味に笑うと、波佐間に向かってこう呟いた。
「俺が、冷静さを欠いている、か……。確かに、そうなのかもな……。こんな乱暴なプレイング……普段の俺なら絶対にしない」
 そして佐野は、手札から、1枚の魔法カードを発動させた。
「速攻魔法発動、『融合解除』」

 ぐにゃり、と。
 ジ・アースのソリッドビジョンが、大きく歪んだ。

「融合解除は、フィールド上の融合モンスター1体をエクストラデッキに戻し、その融合素材となったモンスター1組を自分の墓地から特殊召喚できるカードだ。お前の場のジ・アースは、俺が融合召喚したモンスター。……たとえコントロールを奪われようとも、その融合素材は、俺の墓地にある」
 波佐間の場のジ・アースは消え、代わりに佐野の場に『E・HERO オーシャン』と『E・HERO フォレストマン』が特殊召喚される。
 そして。
「オーシャンとフォレストマンをリリース。手札から『E・HERO ネオス』をアドバンス召喚する」
 『E・HERO ジ・アース』が、同じく攻撃力2500の七ッ星E・HEROに化ける。

「『E・HERO ネオス』で、カース・オブ・ヴァンパイアを攻撃だ。ラス・オブ・ネオス!」

 (攻2500)E・HERO ネオス → カース・オブ・ヴァンパイア(攻2000):破壊

 波佐間 LP:6500 → 6000

「お前が、俺の切り札を奪ってくることは分かっていた。……俺が、強制転移の対策を練っていないとでも思ったか、波佐間」
 再び、フィールドの状況が180度逆転する。
 佐野の場には攻撃力2500の上級モンスター。一方で、波佐間の場にはモンスターはゼロ。

 だが、波佐間は余裕の態度を崩さなかった。
「フフ……。対策……ですか……。それにしては、カース・オブ・ヴァンパイアの効果を忘れているようですが……。大丈夫ですか……? フフ……効果発動、です……」
 そう呟くと同時、消滅したはずのヴァンパイアが再び具現化し、波佐間の首筋に噛みついた。
 このカードが戦闘破壊されて墓地に送られたとき、500ライフポイントを払えば次のスタンバイフェイズに攻撃力を500アップさせて墓地から特殊召喚できる。それが、不死者の主たるカース・オブ・ヴァンパイアのモンスター効果。

 波佐間 LP:6000 → 5500

「ヴァンパイアは不死の存在……。彼らは、たとえ倒されようとも、ボクの血を生け贄に……何度でもフィールドに舞い戻る……フフ……」

「…………ターンエンドだ」

 (5ターン目)
 ・波佐間 LP5500 手札4
     場:なし
     場:なし
 ・佐野 LP4700 手札1
     場:E・HERO ネオス(攻2500)
     場:伏せ×1


「ボクのターン……ドロー……。フフ……蘇れ、カース・オブ・ヴァンパイア……」
 その宣告とともに、地中深くに眠っていたヴァンパイアが復活する。
 波佐間のライフを吸ったことで、さらに強大な力を獲得して。

 カース・オブ・ヴァンパイア 攻:2000 → 2500

「ボクは、さらに手札から『ヴァンパイア・レディ』を召喚します……フフ……」
 続いて降臨したのは、紫色のマントに身を包み、体中から妖艶なオーラを漂わせている女吸血鬼だった。レベル4で攻撃力は1550だが、この状況では十分な脅威になりうる。

「フフ……カース・オブ・ヴァンパイアで、ネオスを攻撃です……シャープスネイルブレード……」

 破壊:(攻2500)カース・オブ・ヴァンパイア → E・HERO ネオス(攻2500):破壊

 ヴァンパイアの爪と、ネオスの拳がぶつかり合う。
 互いに攻撃力は2500。その結果、2体のモンスターは、ほぼ同時に破壊された。
 しかし、HEROと吸血鬼とでは、「破壊」の持つ意味合いは大きく異なる。

「カース・オブ・ヴァンパイアの効果発動……。500ライフを払って、次のスタンバイフェイズに復活させます……フフ……」
 再び、波佐間の首筋に噛みつくヴァンパイア。
 プレイヤーの血を十分に吸い、次のターンに蘇らんと、一時の眠りにつく。

 波佐間 LP:5500 → 5000

 何度でも再生を繰り返す、ヴァンパイアの脅威。
 不死者たちの宴が、徐々に佐野のライフを蝕んでいく。

「さて……これでアナタのフィールドは空……。フフ……ヴァンパイア・レディで、相手プレイヤーに直接攻撃です……」

 (攻1550)ヴァンパイア・レディ −Direct→ 佐野 春彦(LP4700)

 佐野 LP:4700 → 3150

「ヴァンパイア・レディの効果発動……。このカードが相手に戦闘ダメージを与えたとき、相手はデッキから、ボクが宣言した種類のカードを1枚選んで、墓地に送ります……。……そうですね……ボクは、魔法カードを宣言します……フフ……」
 相手のデッキを枯らす、ヴァンパイア特有の能力が発動する。
「……俺が選択するのは、『ライトイレイザー』だ」
 その効果によって、佐野のデッキが1枚削られる。

「このターンは、これで終了です……。フフ……。ボクを潰すんじゃ、なかったんですか……?」
 押し潰したような声を漏らしながら、粘つく視線を佐野に向ける。
 それは、乱暴な戦術に走った佐野を、嘲笑しているようにも見えた。

 (6ターン目)
 ・波佐間 LP5000 手札4
     場:なし
     場:ヴァンパイア・レディ(攻1550)
 ・佐野 LP3150 手札1
     場:なし
     場:伏せ×1


「俺のターン、ドロー」

「この瞬間、カース・オブ・ヴァンパイアが復活します……フフ……」
 その言葉の通りに、吸血鬼の主が再びフィールドに舞い戻る。
 男と女、2体のヴァンパイアが、佐野の前に立ちはだかる。

 カース・オブ・ヴァンパイア 攻:2000 → 2500

 普通なら、波佐間が絶対的に有利に見える、この状況。
 だが佐野は、このタイミングを待っていたとばかりに、1枚の罠カードを発動させた。

「『ヒーロー・ブラスト』発動だ」

 佐野の宣告とともに、墓地の『E・HERO ネオス』から強烈な閃光が放たれた。
 その光が、蘇ったばかりの吸血鬼を貫く。と同時に、集中的な爆発が巻き起こる。
 不死の能力を持つはずのヴァンパイアは、呻き声をあげる暇もなく、一瞬にして灰燼に帰した。

 カース・オブ・ヴァンパイア:破壊

「ヒーロー・ブラストは、自分の墓地の『E・HERO』と名のついた通常モンスター1体を手札に加え、そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上表側表示モンスター1体を破壊する通常罠。俺は、その効果で『E・HERO ネオス』を手札に加え、お前の『カース・オブ・ヴァンパイア』を破壊した。カース・オブ・ヴァンパイアの再生効果が発動するのは、戦闘で破壊されたときのみ。……これで、お前の不死デッキは、潰れた」

 波佐間のヴァンパイアループは、1枚の罠によって完全に断ち切られた。

「フフ……無駄だと分かっていながら、ネオスを召喚したのは、このためでしたか……。これは、一本とられましたね……フフ……」
 本心か皮肉か、佐野の見事な戦術を褒めたたえる波佐間。
 しかし佐野は、そんなことは意に介さずとばかりに、攻撃を続行する。

「さらに俺は、手札から『E・HERO エアーマン』を召喚。その効果で『E・HERO バブルマン』を手札に加える」
 召喚・特殊召喚に成功したとき、自分のデッキから『HERO』と名のついたモンスター1体を手札に加えることができるエアーマンの効果。その効果によって、佐野がサーチしたのは『E・HERO バブルマン』。ドロー増強効果を備えた、攻撃力800の四ッ星E・HEROである。
 だが、佐野がバブルマンを選択したのは、手札を増強するためでも、ましてや召喚して攻撃を仕掛けるためでもなかった。

「『E・HERO ネオス』と、『E・HERO バブルマン』を手札融合。……来い! 『E・HERO アブソルートZero』!」

 佐野のデュエリスト能力によって、手札にあった2体のE・HEROが融合する。
 そして降臨したのは、氷結の力をその身に宿した、白銀色に輝くE・HERO。

「エアーマンで、ヴァンパイア・レディを攻撃! さらに、アブソルートZeroで、波佐間にダイレクトアタックだ!」

 (攻1800)E・HERO エアーマン → ヴァンパイア・レディ(攻1550):破壊

 波佐間 LP:5000 → 4750

 (攻2500)E・HERO アブソルートZero −Direct→ 波佐間 京介(LP4750)

 波佐間 LP:4750 → 2250

 2体のHEROが、立て続けに攻撃を仕掛ける。
 その攻撃によって、2人のライフポイントは、ついに逆転した。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 (7ターン目)
 ・波佐間 LP2250 手札4
     場:なし
     場:なし
 ・佐野 LP3150 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO アブソルートZero(攻2500)
     場:伏せ×1


「フフ……ボクのターン、ドロー……」
 一転して追い詰められた波佐間。しかしそれでも、彼の自信に満ちた態度は崩れなかった。
「佐野さん……。このデュエルでの、アナタの闘い方……毎ターン、ボクの場のモンスターを全滅させる、攻撃重視の戦略……。実に見事でしたよ……。……でも、慣れないことはするものじゃありませんね……フフ……」
 ボサボサの頭を掻きながら、へらへらと笑う。
「何が言いたい、波佐間」
「フフ……。その闘い方……これ以上続けられるんですかねぇ……?」
「…………」
 黙り込む佐野。

 その言葉だけで、波佐間の言わんとしていることは理解できた。
 それは、この戦略で波佐間を潰すと決めたときから覚悟していたことだった。
「このターン……ボクがアナタのモンスターを全滅させる……。それで……終わり、ですよ……フフ……」
 佐野が波佐間のモンスターを全滅させれば、次のターン、波佐間が佐野のモンスターを全滅させる。
 その、お互いに譲らない駆け引きにも、まもなく限界が訪れようとしていた。
 それも、佐野の手札切れという形で。
「前のターンで、アナタの手札は0枚……。かたや、ボクの手札は5枚……。フフ……。いつの間に、ここまで差がついてしまったんでしょうかねぇ……」
 いくら佐野にデュエリスト能力があるとはいえ、E・HEROデッキは元々手札消費の激しいデッキ。展開力と再生力に秀でた波佐間のデッキを相手に、いつまでも無理攻めを続けられるわけがない。
 今の佐野に、これ以上新たなモンスターを展開する余裕は、残されていなかった。

 そして、それをみすみす見逃すほど、波佐間は甘いデュエリストではない。

「まずは、手札から『ミイラの呼び声』を発動します……フフ……」

 波佐間が最初に発動させたカードは、永続魔法『ミイラの呼び声』。
 1ターンに1度、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができるサポートカードだった。

 そして、その効果によって、アンデット族の最上級モンスターが降臨する。

「『闇より出でし絶望』……特殊召喚です……」

 そのカードがデュエルディスクにセットされた瞬間、波佐間の背後の空間が、裂けたように歪んだ。
 透明だった空間が、徐々に濁っていき、ついには暗黒色に染まる。
 召喚されたのは、佐野の眼前を覆うほどの巨体を持ったモンスター、だった。

「さらに、『ダブルコストン』召喚……。これで、ボクの場にも2体のモンスターが並びましたよ……フフ……」
 攻撃力2800の巨大なモンスターと、攻撃力1700の小さなモンスターが揃って攻撃態勢をとる。

「フフ……これで、終わりです……。……フィールド魔法『ダークゾーン』発動」

 デュエルリングを「闇」が包み込む。
 ダークゾーンの効果によって、フィールド上のすべての闇属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする。

 闇より出でし絶望 攻:2800 → 3300
 ダブルコストン 攻:1700 → 2200

「アナタの場には、攻撃力2500と攻撃力1800のモンスターが1体ずつ……。フフ……。このターンの、ボクの攻撃を受けきることはできません……。……行きますよ。ダブルコストンで……エアーマンを、攻撃」

 このターンの全体攻撃を許せば、手札の尽きた佐野に、逆転の目はなくなる。
 そんなギリギリの戦況で、一対のゴーストが、容赦なくエアーマンを襲う。

 (攻2200)ダブルコストン → E・HERO エアーマン(攻1800)





瞬 間 氷 結(Freezing at moment)





 その一言で、フィールドの状況が、一変した。


 瞬間、デュエルリングが白い輝きに包まれる。

 ダブルコストン、そして、闇より出でし絶望。
 澄み切った音を立て、2体のモンスターが、一瞬にして凍りつく。

 動きのない、絶対零度の世界。

 耳をすませば、その世界に、微かな音色が響きわたる。
 氷柱に罅が入る、小さな音。その旋律は、少しずつ共鳴、増幅されていき、そして。

 2体のモンスターは、青く輝く氷片となって、砕け散った。


「受けきれないのなら、破壊してしまえばいい。……これが、俺の答えだ」
 そうきっぱりと告げた佐野は、たった今発動させたばかりのリバースカードを、墓地へと送る。

 そのカードの名は、『融合解除』。
 2枚目の融合解除の対象になったモンスターは、『E・HERO アブソルートZero』。

 E・HERO アブソルートZero 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 水・戦士 攻2500・守2000

 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。


「…………ターン終了、です……」

 (8ターン目)
 ・波佐間 LP2250 手札1
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP3150 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)、E・HERO バブルマン(攻800)
     場:なし


「俺のターン、ドロー」

 相手の場と手札にちらりと目をやる。
 波佐間のフィールドに、壁モンスターはおらず、伏せカードもない。
 デュエリスト能力を持たない波佐間に、自分の攻撃を防ぐ方法は残されていない。
 手札は1枚。それが仮に『クリボー』などの戦闘ダメージを1度だけ無効にするカードだったとしても、波佐間のライフは2250だ。ネオス・エアーマン・バブルマンの3体で攻撃を仕掛ければ、どれか1つを無効にされたとしても、相手のライフは0になる。

 一瞬のうちにそう思考をまとめあげた佐野は、何の躊躇いも見せずに、攻撃宣言を行う。

「『E・HERO ネオス』で、波佐間にダイレクトアタック! ラス・オブ・ネオス!」

 毎ターン大量の手札を消費して、相手モンスターの全滅を狙うという粗い戦術。
 そんな闘い方をすれば、徐々に手札差が開いていってジリ貧に追い込まれるということは、最初から分かっていた。
 そして、波佐間ほどのデュエリストなら、その弱点を見逃さないであろうことも。

 だからこそ、その裏を突こうとした。

 自分のターンに攻撃を仕掛け、相手のターンは黙って攻撃を受け続ける。
 それを繰り返すことによって、波佐間に先入観を植えつけた。
 防御無視の乱暴な戦術。それが、怒りで冷静さを失った結果だと解釈されるのは、むしろ好都合だった。

 波佐間のターンに相手モンスターを全滅させる。その、どんでん返しを成功させるために。
 一進一退の長いデュエルの果てに、紙一重で勝利を掴むのではなく。
 目の前の男に、完膚なきまでの敗北を叩きつけるために。

 (攻2500)E・HERO ネオス −Direct→ 波佐間 京介(LP2250)

 そして、ネオスの攻撃は、不死デッキの使い手を、貫いた。







 波佐間 LP:8000 → 5500







 まず疑ったのは、目の錯覚だった。

「な…………!」

 理解できない、という次元の話ではない。
 自分の目で見たものを、受け入れられない。信じることができない。


 有り得ない。


 あまりにも強いその感情は、麻酔を打ち込まれたかのように佐野の全身を麻痺させる。

 それでも、かろうじて思考を紡ぐことができたのは、彼が今までに積み重ねてきた経験の賜物だった。

 目の錯覚、そうでなければ、デュエルディスクの故障。
 そんな、非現実的な可能性は、すぐに破棄する。

 代わりに、ついさっき自らの紡いだ論理を、もう一度さらい直す。


 波佐間のフィールドに、壁モンスターはおらず、伏せカードもない。
 デュエリスト能力を持たない波佐間に、自分の攻撃を防ぐ方法は残されていない。
 手札は1枚。それが仮に『クリボー』などの戦闘ダメージを1度だけ無効にするカードだったとしても、波佐間のライフは2250だ。ネオス・エアーマン・バブルマンの3体で攻撃を仕掛ければ、どれか1つを無効にされたとしても、相手のライフは0になる。


 そしてそこに、たった1つだけ「穴」を見つけた。

 無意識のうちに仮定してしまっていた、とある事実。
 当たり前のことだと思っていた「それ」が、もしも誤っていたとするならば。

 自分の信じていたものが、根底から覆っていくような、感覚。


「波佐、間…………。お前、は…………!」

 頭の中に、明確な「答え」はあるのに、それを言葉にできない。

 説明するのが難しいわけではない。
 それは、誰にだって理解できる、しごく簡単な「答え」。

 それでも佐野が、言葉に詰まった、その理由は。

 そんなことが現実であってほしくない。もしそれが本当だとしたら、自分は――。

 その「答え」を口にすれば、自分が壊れてしまうかもしれない。
 そんな、防衛本能だった。




「……『任意のタイミングで、プレイヤーのライフポイントを、8000ポイントになるように回復できる』。……これが、ボクのデュエリスト能力……。レベル5……最高位の、五ッ星能力……その、すべてですよ…………。能力発動、です……フフ…………」

 波佐間 LP:5500 → 8000




 ぱりん、と。
 乾いた音を立て、何かが壊れる音を、聞いたような気がした。





9章  絶望の最終決闘



「……………………」
 呆然とする佐野。もはや、ただただ絶句するしかない。

 世界に10人程度しか存在しないとされる、最高位の能力者。
 それが今、この重要な局面で、自分の目の前に立ちはだかっている。
 それも、最悪の能力とともに。

「フフ……。どうやら……作戦成功、のようですね……。1年前から……仕込みを続けた甲斐がありましたよ……フフ……」
「1年前……だと……? 波佐間……まさか、お前…………!」

 ワンテンポ遅れて、波佐間の言わんとしていることを理解する。
 それは。

「はい……。去年の大会……ボクは能力を使えなかったんじゃありません…………。ただ、使わなかっただけなんですよ……フフ……」

 去年の大会での、佐野と波佐間の闘い。そのデュエルは、激戦の末に、かろうじて佐野が勝利を収めた。
 その闘いで、波佐間は能力を発動する素振りを一切見せなかった。
 そこから考えられる可能性は、全部で2つ。

 1つは、この1年間で、波佐間が新しくレベル5能力に覚醒したという可能性。
 そしてもう1つは、自分の勝ちを捨ててまで、相手に能力を見せたくなかった、という可能性である。

「あの闘い……もしボクが、あそこで五ッ星能力を発動させていたら、間違いなくボクの勝ちでした……。……しかし、それだけでは1勝4敗……。去年の東仙は……弱かった。ボク以外に、翔武に勝てる可能性のあるデュエリストが、誰もいませんでしたからね……フフ……」

 波佐間の言っていることは、間違っていない。
 事実、波佐間以外の4人は、翔武学園のデュエリストに、大差で敗れている。
 3勝しなければ勝ちにならないこの大会において、0勝5敗と1勝4敗との差は、無いに等しかった。

「だからボクは……能力を隠しました……。誰にも知られないよう……隠して……隠して……隠し続けた…………。この1年間で、ボクは1度も能力を発動させたことはありません……。たとえ、そのせいで負けたとしても……。本当に大事な闘いで……今日のような、重要な局面で……確実に1勝を……優勝に繋がる……価値のある勝利を手に入れるためにね……。フフ……」

「…………っ!」

 波佐間の考え。それは、頭では十分に理解できる。
 だが、どうしても佐野は、それを受け入れ、納得することができなかった。

「波佐間……。お前は、何のために、そこまで…………!」

 五ッ星能力。そんな強大な力を持っているのならば、たとえそのことが相手にバレたとしても、絶対的な優位は揺るがない。
 にも関わらず、今に至るまで、波佐間はかたくなに能力を隠し続けた。
 使えば簡単に勝てるはずの能力を封印して、常に敗北のリスクと隣り合わせで、厳しい闘いの中にずっと身を置き続けた。

 それが、どれほどの覚悟をともなう行為であったのか。
 なまじ佐野自身も能力者であるために、その凄さが身に染みて理解できる。
 そして、理解できてしまうからこそ、佐野は、身体の震えを止めることができなかった。

「何のため……ですか……? フフ……。そんなもの……確実に勝つために決まっています……。デュエリストとして……それ以外の理由が、必要ですか……?」
 一方の波佐間は、さも当然といった口ぶりで、淡々と答えを告げる。
「フフ……いくら五ッ星能力といえども……絶対に負けないわけではありません……。ボクの能力は、あらゆるダメージを回復させる……。つまり、普通のデッキに対しては無敵です……。しかし、たとえば特殊勝利を目指すデッキを相手にした場合……わずかですが……ボクにも敗北の可能性が生まれるんですよ……フフ……」

 『終焉のカウントダウン』、『ウィジャ盤』、そして『封印されしエクゾディア』などのように、カードの中にはプレイヤーのライフポイントとは無関係に勝負を決めることができる特殊な効果を持っているものがある。
 自分のレベル5能力が相手に知られてしまえば、それらのカードを用いて対策デッキを組まれてしまう可能性がある。そうなれば、負ける可能性が生じてしまう。
 波佐間の言わんとしていることは、そういうことである。

「………………」

 再び、佐野は言葉を失った。
 目の前の相手に、戦慄を覚える。

 確かに、自分の能力への対策が施されているデッキと闘えば、負けやすくなるのは事実だろう。
 だがそれは、ほんの微々たる可能性だ。
 レベル1やレベル2といった低能力者ならともかく、最高位のレベル5能力が、対策を行われた程度で簡単に陥落するとはとても思えない。現に、五ッ星能力者である天神は、自身の能力を知られながらも、康助に敗北するまで、ただの1回も負けることはなかったのだから。

 だが、そんなわずかな可能性を潰すためだけに、波佐間は自分の能力を隠し続けた。
 コストパフォーマンスの観点から見れば、最悪と言っていいほどの行為。
 それでも波佐間は、何のためらいもなく、その行為を選択した。
 重要なデュエルにおける勝利の可能性を、1%でも引き上げるために。

 用意周到。そんな言葉では、到底表現できない底知れぬ執念。

 「勝利に向かって、全力を尽くす」。佐野は、そんな自分の覚悟が、いかに薄っぺらいものだったかを思い知らされていた。


 ――この男には、勝てない。


 そう、思ってしまうほどに、強く。

「…………エアーマンとバブルマンで、ダイレクトアタック」

 (攻1800)E・HERO エアーマン −Direct→ 波佐間 京介(LP8000)

 波佐間 LP:8000 → 6200
 波佐間 LP:6200 → 8000

 (攻800)E・HERO バブルマン −Direct→ 波佐間 京介(LP8000)

 波佐間 LP:8000 → 7200
 波佐間 LP:7200 → 8000

 何度攻撃しても、即座にライフを8000にされてしまう。
 佐野のデッキに、特殊勝利をもたらすカードは存在しない。
 そんな絶望的な状況の中で、今の佐野に、できることは何もなかった。

「…………ターンエンド、だ」

 (9ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札1
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP3150 手札1
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)、E・HERO バブルマン(攻800)
     場:なし


「ボクのターン……ドロー…………。このターンは、何もせずに終了しますよ……フフ……」
 引いたカードを一瞥すると、そのままターンエンドの意思を告げる。

 (10ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP3150 手札1
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)、E・HERO バブルマン(攻800)
     場:なし


「……俺のターン、ドロー」

 波佐間の場には、壁モンスターも伏せカードもない。
 普通ならば、攻める絶好のチャンスとなる状況だ。
 しかし、任意のタイミングでライフを8000にできる波佐間の能力がある限り、ここでいくら攻撃を仕掛けようとも無意味だった。

「……3体のモンスターを、すべて守備表示に変更。……そして、手札から『未来融合−フューチャー・フュージョン』を発動する」

 未来融合−フューチャー・フュージョン 永続魔法

 自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
 このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
 そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


 未来融合。その効果によって、『E・HERO フェザーマン』、『E・HERO ネクロダークマン』、『E・HERO アナザー・ネオス』、『N・フレア・スカラベ』、『N・グラン・モール』の5体のモンスターが、デッキから墓地へと送られる。

「……ターンエンドだ」

 (11ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP3150 手札1
     場:E・HERO エアーマン(守300)、E・HERO ネオス(守2000)、E・HERO バブルマン(守1200)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)


「ボクのターン……ドロー……。『疫病狼』召喚です……フフ……」
 波佐間の場に、ボサボサに乱れた毛並みの、今にも腐って崩れ落ちそうな姿をした黒い狼が出現する。
 疫病狼の属性は、見た目通りの闇。よって、ダークゾーンの効果を受けて、攻撃力が500ポイントアップする。

 疫病狼 攻:1000 → 1500

「フフ……モンスターを守備表示にして、しのぐ気でしょうが、そうはいきませんよ……」
 そう言うと波佐間は、1枚の魔法カードを発動させた。

「手札から、『威圧する魔眼』を発動……。このカードは、ボクの場の、攻撃力2000以下のアンデット族モンスター1体を選択して発動する通常魔法です……。そして、このターン、選択したモンスターは、相手プレイヤーに直接攻撃できます……フフ……」
「…………っ!」
「さらに、疫病狼の効果を発動させます……。このカードは、1ターンに1度、元々の攻撃力を倍にすることができる……。フフ……攻撃力、1000ポイントアップです……」

 疫病狼 攻:1500 → 2500

 威圧する魔眼を発動できるのは、攻撃力2000以下のモンスターに対してのみ。
 しかし、発動した後にモンスターの攻撃力が2000を超えたとしても、その効果が失われることはない。

「疫病狼で……佐野さんに…………直接攻撃」
 黒い狼が、焦点の定まらない瞳で狙いを定める。
 そして、不安定な体を揺らして大きく跳躍すると、佐野めがけて飛びかかってきた。

「ぐ……っ!」

 佐野 LP:3150 → 650

 鋭い牙が、佐野のライフを大きく削る。

「フフ……。残るライフは650……。はたして、いつまで保つでしょうかねぇ……。ターン終了、です……フフ……」
 自らの効果を使用した疫病狼は、そのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 疫病狼:破壊

 再び、波佐間の場からモンスターが消える。
 しかし、波佐間の表情から、余裕の笑みが消えることはなかった。

 (12ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札1
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP650 手札1
     場:E・HERO エアーマン(守300)、E・HERO ネオス(守2000)、E・HERO バブルマン(守1200)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)


「……俺のターン、ドロー」
 佐野がドローしたカードは、『騎士道精神』。

 騎士道精神 永続魔法

 自分のフィールド上モンスターは、攻撃力の同じモンスターとの戦闘では破壊されない。


 この状況では、何の役にも立たないカードだった。

「…………ターン、エンドだ」

 もう一度直接攻撃を受ければ、確実に負ける。
 何とかして、自分のライフを回復するカードを引かなければならない。
 波佐間の能力を破る術が見出せない中、今の佐野は、ただ延命のためだけに神経を集中させていた。

 (13ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札1
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP650 手札2
     場:E・HERO エアーマン(守300)、E・HERO ネオス(守2000)、E・HERO バブルマン(守1200)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)


「フフ……。ボクのターン、ドロー……」
 波佐間の手札が、2枚になる。
 いつ、もう一度ダイレクトアタックが飛んできてもおかしくない状況だ。

「…………何もせずに、ターン終了、です。フフ……。安心しましたか……? 佐野さん……」

 (14ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP650 手札2
     場:E・HERO エアーマン(守300)、E・HERO ネオス(守2000)、E・HERO バブルマン(守1200)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)


 デュエルは、早くも14ターン目。
 波佐間の能力が明かされる前とは一転して、非常にゆっくりとしたデュエル展開が続いていた。
 だが、そんな中、佐野が、このターンで動きを見せる。

「……俺のターン、ドロー」
 引いたカードは、『ミラクル・コンタクト』。

 ミラクル・コンタクト 通常魔法

 自分のフィールド上または墓地から、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターカードによって決められたモンスターをデッキに戻し、「E・HERO ネオス」を融合素材とする「E・HERO」という名のついた融合モンスター1体を融合デッキから召喚条件を無視して特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 そのカードを見て、顔をしかめる佐野。

 ミラクル・コンタクトは、少ないカード消費で、簡単にコンタクト融合を行うことができる、強力な魔法カードである。
 だが、融合召喚したモンスターでただ攻撃を仕掛けたところで、波佐間のライフポイントはすぐ8000に戻ってしまう。
 いくら強力なモンスターを場に並べたところで、直接攻撃を受ければ終わりなのだ。

 だから佐野は、強力なカードを捨ててまで、目指すカードを引くことに賭けた。

「速攻魔法発動、『リロード』。その効果で、自分の手札をすべてデッキに戻してシャッフルし、戻した数だけドローする」
 『騎士道精神』、『ミラクル・コンタクト』がデッキに戻り、代わりに新たな2枚のカードが佐野の手札に舞い込む。

 そうして引き当てたのは、目的のカードだった。

「このターンのスタンバイフェイズに、『未来融合−フューチャー・フュージョン』の効果が発動する。……来い、『E・HERO ゴッド・ネオス』」
 静かな宣言とともに、天空より、黄金の鎧をまとった、神の名を冠するE・HEROが降臨する。

 E・HERO ゴッド・ネオス 融合・効果モンスター ★★★★★★★★★★★★ 光・戦士 攻2500・守2500

 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 「ネオス」・「N」・「HERO」と名のついたモンスターをそれぞれ1体以上、合計5体のモンスターを融合素材として融合召喚する。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在する「ネオス」・「N」・「HERO」と名のついたモンスター1体をゲームから除外する事で、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。さらに、エンドフェイズ時までそのモンスターと同じ効果を得る。


「ゴッド・ネオスの効果発動。墓地の『E・HERO フェザーマン』を除外して、攻撃力を500ポイントアップさせる」
 ゴッド・ネオスの全身から、神々しい輝きが放たれる。

 E・HERO ゴッド・ネオス 攻:2500 → 3000

「さらに俺は、エアーマン、ネオス、バブルマンを、すべて攻撃表示に変更する」

 E・HERO エアーマン:(守300) → (攻1800)
 E・HERO ネオス:(守2000) → (攻2500)
 E・HERO バブルマン:(守1200) → (攻800)

「そして、手札から『連鎖回復』を発動だ」

 連鎖回復 通常魔法

 このカードを発動したターン、相手のライフが回復した時、その数値分だけ自分のライフを回復する。


 それは、リロードの効果で引き当てた、目的のカード。
「波佐間……お前の能力、利用させてもらうぞ。ゴッド・ネオスで、相手プレイヤーにダイレクトアタック! レジェンダリー・ストライク!」

 (攻3000)E・HERO ゴッド・ネオス −Direct→ 波佐間 京介(LP8000)

 波佐間 LP:8000 → 5000

「続けて、ネオスとエアーマンでダイレクトアタック!」

 (攻2500)E・HERO ネオス −Direct→ 波佐間 京介(LP5000)

 波佐間 LP:5000 → 2500

 (攻1800)E・HERO エアーマン −Direct→ 波佐間 京介(LP2500)

 波佐間 LP:2500 → 700

 一瞬にして、波佐間のライフが10分の1以下にまで削られる。
「これでお前は、能力を発動して自分のライフを回復させるしかない。……バブルマンでダイレクトアタックだ! バブル・シュート!」

 (攻800)E・HERO バブルマン −Direct→ 波佐間 京介(LP700)

「フフ……。ここで能力を使わなければ、ボクの負け……。しかし、能力を発動してライフを回復させれば、『連鎖回復』の効果で、アナタのライフも同じだけ回復する……。さすがは佐野さん……この絶望的な状況でも、まだこんな一手を打ってくるとは……。ボクが、能力を明かさざるを得なかった相手だけのことはあります……。フフ……アナタは、本当に優秀なデュエリストですよ…………」
 そう呟いた波佐間は、バブルマンの攻撃が命中する直前に、自身のデュエリスト能力を発動させた。

 波佐間 LP:700 → 8000

「……だからこそ、ボクの仕掛けた罠に、何度だってはまってくれる……。念のため、最後の一手を仕込んでおいた甲斐がありました……フフ……」


 佐野 LP:650


「な…………っ! なぜライフが……!」
「フフ……。分かりませんか、佐野さん……?」
 なぜライフが回復していないのか。そう驚愕を露にする佐野に、波佐間がしまりのない笑みを向けてくる。

 デュエリスト能力そのものは無効化できなくても、能力の発動をトリガーとするカード効果ならば問題なく発動する。
 つまり、波佐間のライフが回復したのならば、『連鎖回復』の効果で自分のライフも同じだけ回復するはずである。
 だが、波佐間のライフは確かに700から8000になったのに、自分のライフは650のまま。7300ポイントの回復は、一体どこへ消えたのか。

 そこまで思考を巡らせたところで、ようやく結論へと至る。

「…………っ! まさか、お前の能力は、ただ…………!」


「はい……その通りです……。ボクの五ッ星能力……それは、回復する力なんかじゃありません……。本当は……任意のタイミングで、プレイヤーのライフポイントを、『8000ポイントにできる』、です…………。綺麗に引っかかってくれて……感謝しますよ……フフ……」


 8000ポイントになるように「回復する」と、8000ポイントに「する」。
 ただ見ているだけでは決して気づけない、この2つの小さな違い。
 その些細な違いが、致命的な結果の差となって、佐野に突きつけられる。

「ボクの能力が回復だと嘘をつけば……アナタは、必ずそのことを利用してくると思っていました……。相手の能力を逆用して、自分の利益に変えるのは、確かに有効な手段です……。優秀なデュエリストであればあるほど、そのことを狙おうとする……。しかし、そうだからこそ、逆に読みやすいんですよ……フフ…………」

 柊の、自分を大きく見せるための嘘。
 遠山の、自分の弱点を隠すための嘘。

 そのどちらとも異なる、わざと偽りの弱点を見せて、そこを突かせるための波佐間の嘘。
 佐野は、高度に張り巡らされたその罠に、完全に絡めとられてしまった。

 波佐間 LP:8000 → 7200
 波佐間 LP:7200 → 8000

 バブルマンの攻撃が命中するも、波佐間の能力の前ではまったくの無力。
 そして、一度攻撃してしまったバブルマンは、このターン、表示形式の変更を行うことができない。

「…………カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 (15ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP650 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)、E・HERO バブルマン(攻800)、E・HERO ゴッド・ネオス(攻3000)
     場:未来融合−フューチャー・フュージョン(永魔)、伏せ×1


「フフ……ボクのターンです……ドロー……」
 ゆっくりとカードを引き抜く波佐間。
 そして迷わずに、ドローカードとは別の、すでに手札に存在していた1枚のカードをデュエルディスクに置く。

「『ミイラの呼び声』の効果で、手札から『邪神機−獄炎』を特殊召喚しますよ……フフ……」
 波佐間の場に現れたのは、蒼い炎に包まれた、機械と生体の間をとったような姿形のアンデット族モンスター。攻撃力は2400で、レベルは6である。

「これで、終わりです……。『邪神機−獄炎』で、バブルマンを攻撃します……フフ……」

 『邪神機−獄炎』は、このターンにドローされたカードではない。
 にも関わらず波佐間は、このターンまで獄炎を温存した。
 ライフ回復を狙った、佐野の一斉攻撃を誘うために。

 波佐間の嘘に騙され、ライフポイントの回復に失敗し、低攻撃力のモンスターを攻撃表示でさらすことになった佐野に、トドメを刺すために。

 (攻2400)邪神機−獄炎 → E・HERO バブルマン(攻800)

「……くっ! リバースカードオープン、『非常食』!」

 非常食 速攻魔法

 このカード以外の自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
 墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。


「…………『未来融合−フューチャー・フュージョン』を墓地に送って発動。俺は、1000ポイントのライフを回復する」

 佐野 LP:650 → 1650

 (攻2400)邪神機−獄炎 → E・HERO バブルマン(攻800):破壊

 佐野 LP:1650 → 50

 獄炎の攻撃を受けてなお、ギリギリのところで踏みとどまった佐野。
 だが、そのために支払った代償は、あまりに大きかった。

 E・HERO ゴッド・ネオス:破壊

 『未来融合−フューチャー・フュージョン』の効果で特殊召喚されたモンスターは、未来融合がフィールドから離れたとき、破壊される。
 獄炎の攻撃で、佐野は、2体のモンスターと2枚の魔法カードを失い、600ポイントのダメージを受けた。

 たった1回の、何の変哲もないモンスターの攻撃で、ここまでの被害。
 計算されつくされた波佐間の戦術に、佐野はただ踊らされ続けるしかなかった。

「フフ……トドメを刺し損ねてしまいました……。このターンは、これで終了にします……」

 (16ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:邪神機−獄炎(攻2400)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)
     場:なし


「…………俺のターン、ドロー」
 佐野のライフポイントは、残り50。
 正真正銘、あと1度でもダメージを受けたら即敗北という限界寸前の状況である。

「……俺は、『E・HERO ネオス』で、『邪神機−獄炎』を攻撃する」

 (攻2500)E・HERO ネオス → 邪神機−獄炎(攻2400):破壊

 波佐間 LP:8000 → 7900

「フフ……能力発動、です……」

 波佐間 LP:7900 → 8000

 何度ダメージを与えようとも、波佐間のライフポイントは瞬時に8000へと戻る。

 特殊勝利手段のない佐野のデッキで、自分を倒すことは不可能。
 佐野の目には、波佐間の笑みが、そう言っているように映った。

「…………カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 (17ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:なし
 ・佐野 LP50 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)
     場:伏せ×1


「ボクのターン……ドロー……。フフ……なかなかいいカードを引きました……」
 そう呟いた波佐間は、ドローカードをそのままデュエルディスクの上に置く。

「『ミイラの呼び声』の効果で、手札から、2枚目の『闇より出でし絶望』を特殊召喚します……フフ……」
 その宣言とともに、再び、佐野の眼前が暗黒で覆われる。
 あまりに近すぎて、巨大なモンスターの輪郭すら掴めない。

「ダークゾーンの効果で、闇より出でし絶望の攻撃力は、500ポイントアップします……フフ……」

 闇より出でし絶望 攻:2800 → 3300

「闇より出でし絶望で、エアーマンを攻撃……」
 飾り気のない簡潔な言葉で、攻撃宣言を行う。

 (攻3300)闇より出でし絶望 → E・HERO エアーマン(攻1800)

「……っ! 罠カード発動、『ヒーローバリア』!」

 ヒーローバリア 通常罠

 自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


 透明なバリアが、エアーマンを包み込む。

 間一髪のところで、敗北をもたらす一撃を止めた佐野。
 しかし、粘れば粘るほど、絶望はその濃さを増して、ねっとりと佐野にまとわりついてくる。

「フフ……しぶといですねぇ……。ターン終了です……」

 (18ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:闇より出でし絶望(攻3300)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:E・HERO エアーマン(攻1800)、E・HERO ネオス(攻2500)
     場:なし


「…………俺のターン、ドロー」
 押し潰されそうなプレッシャーの中、それでも佐野は、デュエルを続行するしかない。
 カードを引くその手は、心なしか震えているようにも見えた。

「ネオスとエアーマンを、守備表示に変更。…………カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 1度もダメージを受けないよう、攻撃をせず、ただただ守備表示で相手の攻撃を受け続けるだけのデュエル展開。
 デュエル序盤で、防御無視の戦略をとり、必要以上に自分のライフを犠牲にしたことのツケが、重くのしかかってくる。

 ライフ消費の激しい攻撃的なデュエル。それを選択したのは、自分の意志だと思っていた。
 波佐間に完膚なきまでの敗北を叩きつけるために選んだ、相手の予想の上を行く戦略だと思い込んでいた。

 だが実のところ、それは波佐間に「選ばされていた」にすぎなかった。
 波佐間は、ここまでの展開をすべて見越した上で、自分を挑発してきたのだろう。
 単純なプレイングミスを誘うためではなく、能力を明かす前にできるだけ自分のライフを減らしておくという目的のために。
 自分の攻め手を、完全に封殺するために。

 そんなことに今さら気づくも、時すでに遅し。
 波佐間の能力が判明してから、すべてが悪い方向へ悪い方向へと進んでいく。

 (19ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札2
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:闇より出でし絶望(攻3300)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:E・HERO エアーマン(守300)、E・HERO ネオス(守2000)
     場:伏せ×1


「ボクのターン……ドロー……。まずは、手札から『デビルズ・サンクチュアリ』を発動します……フフ……」
 防戦一方の佐野に対し、波佐間は攻撃の手を緩めない。

「デビルズ・サンクチュアリの効果で、メタルデビル・トークンを1体、ボクの場に特殊召喚します……。そして、メタルデビル・トークンをリリースして、『ヴァンパイア・ロード』をアドバンス召喚です……フフ……」
 人型のトークンを糧として、新たなる吸血鬼が姿を現す。
 そして。

「フフ……。最後に、フィールド上の『ヴァンパイア・ロード』を除外することで、手札から、このモンスターを特殊召喚します…………。降臨せよ……『ヴァンパイアジェネシス』……」

 雷鳴のごとき雄叫びがあがる。
 筋骨隆々な肉体に、圧倒的な「力」を兼ね備えた最強のヴァンパイアが、波佐間のしもべとして召喚された。

 ヴァンパイアジェネシス 効果モンスター ★★★★★★★★ 闇・アンデット 攻3000・守2100

 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に存在する「ヴァンパイア・ロード」1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、手札からアンデット族モンスター1体を墓地に捨てる事で、捨てたアンデット族モンスターよりレベルの低いアンデット族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。


 ヴァンパイアジェネシス 攻:3000 → 3500

「闇より出でし絶望と、ヴァンパイアジェネシスで、相手モンスターを攻撃です……。フフ……消えてください…………」

 (攻3300)闇より出でし絶望 → E・HERO エアーマン(守300):破壊

 (攻3500)ヴァンパイアジェネシス → E・HERO ネオス(守2000):破壊

 佐野を守るように立ちはだかった2体のHEROは、しかし、ダークゾーンの力を得たアンデットモンスターによって、成す術もなく破壊された。
 ダメージこそ受けなかったものの、これで、佐野を守護する壁モンスターは、1体もいなくなった。

「さて……。はたして、あと何ターン耐えられるでしょうか……? 楽しみにしていますよ……フフ……ターン終了、です…………」

 (20ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札0
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:闇より出でし絶望(攻3300)、ヴァンパイアジェネシス(攻3500)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:なし
     場:伏せ×1


「…………俺のターン、ドロー。…………手札から、『死者蘇生』を発動させる」

 この土壇場で、佐野が引き当てたカードは、『死者蘇生』。
 自分または相手の墓地からノーコストでモンスターを特殊召喚できる、非常に強力な通常魔法カードだった。
 現に、今ならば、波佐間の墓地にある『闇より出でし絶望』を蘇生させることで、簡単に八ッ星モンスターを自分の手駒にすることができる。

 だが。

「俺は、自分の墓地から『E・HERO エアーマン』を守備表示で特殊召喚。……エアーマンの効果発動。このカードが召喚・特殊召喚に成功したとき、デッキから『HERO』と名のついたモンスター1体を手札に加えることができる。……俺は、その効果で『E・HERO クレイマン』を手札に加える」

 『闇より出でし絶望』の攻撃力は2800、守備力は3000。ダークゾーンの存在下では、どちらの表示形式で復活させたところで、次のターンの攻撃を受けきることはできない。
 今の佐野にできることは、1体でも多くの守備モンスターを並べて、1ターンでも長く相手の攻撃をしのぐことだけだった。

「…………クレイマンを裏側守備表示でセットして、ターンエンドだ」

 (21ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札0
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:闇より出でし絶望(攻3300)、ヴァンパイアジェネシス(攻3500)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:E・HERO エアーマン(守300)、裏守備×1
     場:伏せ×1


「ボクのターン、ドロー……」
 波佐間の手札には、今引いたカードが1枚だけ。
 普通に考えれば、ミイラの呼び声の効果も使えないこの状況から、新たな上級モンスターを呼び出すことは不可能に近い。

 だが、波佐間のデュエルタクティクスは、それすらも可能にした。

「手札から、『おろかな埋葬』を発動……。ボクは、デッキから『馬頭鬼』を墓地に送ります……フフ……」

 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地に送る通常魔法、『おろかな埋葬』。
 その効果で墓地に送られた『馬頭鬼』は、墓地から除外することで、自分の墓地のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する効果を持つ。

「『馬頭鬼』を除外……。ボクが蘇らせるのは、もちろん『闇より出でし絶望』です……。アナタが蘇生させないのなら、ボクが蘇生させるまでですよ……フフ……」

 闇より出でし絶望 攻:2800 → 3300

 波佐間のフィールドに、攻撃力3000を超えるモンスターが3体並ぶ。
 闇を取り込んで肥大化したアンデットが、佐野の視界を埋め尽くす。
「2体の『闇より出でし絶望』で、攻撃です……。佐野さんのモンスターを、葬ってください……フフ……」

 (攻3300)闇より出でし絶望 → E・HERO エアーマン(守300):破壊

 (攻3300)闇より出でし絶望 → 裏守備 → E・HERO クレイマン(守2000):破壊

 2体のHEROは、紙屑のようにあっさりと、強大な絶望に飲み込まれて消滅する。
「今度こそ、トドメですよ……。ヴァンパイアジェネシスで、直接攻撃です……。フフ……ヘルビシャス・ブラッド……」

 (攻3500)ヴァンパイアジェネシス −Direct→ 佐野 春彦(LP50)

「……くっ! 罠カード発動、『ヒーロースピリッツ』!」

 ヒーロースピリッツ 通常罠

 自分フィールド上の「E・HERO」と名のついたモンスターが戦闘によって破壊された場合、そのターンのバトルフェイズ中に発動する事ができる。相手モンスター1体からの戦闘ダメージを0にする。


 豪腕から繰り出される爪の一撃は、佐野に命中するスレスレのところで停止する。

「まさか、このターンの攻撃が受けきられるとは……。さすがですよ……佐野さん……。フフ……。とはいえ、もうこれが限界のようですね……。アナタは、3回の攻撃を防ぐのに、3枚ものカードを消費した……。もう、次のターン、同じことはできませんよ……フフ……ターン終了です……」

 (22ターン目)
 ・波佐間 LP8000 手札0
     場:ミイラの呼び声(永魔)、ダークゾーン(フィールド)
     場:闇より出でし絶望(攻3300)、ヴァンパイアジェネシス(攻3500)、闇より出でし絶望(攻3300)
 ・佐野 LP50 手札0
     場:なし
     場:なし


 フィールドは空。手札は0。ライフポイントは残り50。
 かたや、相手のライフは8000、場にはダークゾーンで強化された最上級モンスターが3体。
 ボード・アドバンテージ、カード・アドバンテージ、ライフ・アドバンテージ。そのすべてにおいて、圧倒的に差をつけられたこの状況。

 加えて、そんな圧倒的な差ですら些細な問題に思えてくるほどの、デュエリスト能力の絶対的な差。通常の方法では決して倒すことができない、最高位のレベル5能力。
 「任意のタイミングで、プレイヤーのライフポイントを、8000ポイントにすることができる」。天神の能力に匹敵する、波佐間の絶対的な力が君臨する。

 佐野のデッキは、E・HEROを主軸とした、ごく一般的なビートダウン。特殊勝利効果を持ったカードはおろか、相手のデッキ枚数を能動的に減らすカードですら、まったく投入されていない。
 とはいえ、1ターンに1度のドローだけで波佐間のデッキを尽きさせるには、あと40ターン以上はかかる。『終焉のカウントダウン』の2倍以上。どう考えても、無理。耐えられるわけがない。

「……………………俺のターン、だ」

 蚊の鳴くような声で、22ターン目の始まりを宣言する佐野。

 波佐間の能力が明かされてから今まで、必死に見ないようにしてきた、敗北という名の絶望。それが、もはや目を背けられないほど近くまで迫っていた。

「フフ……。どうしました……? 早くカードを引いてください……」

 そんな佐野の胸中を見透かすかのように、薄い笑いでドローを急かす波佐間。
 その背後には、絶望の象徴たる巨大なモンスターが立ち並ぶ。

「………………」

 不死のモンスターを倒すだけなら、いくらでも手はある。
 だが、不死のデュエリストを倒す方法など、本当に存在するのか。

 何度考えても、一分の希望も見出せない。

 しかしそれでも、カードを引くしかない。



「……………………ドロー」





《読者への挑戦状》



 読者への挑戦状





10章  不死、終わるとき



 ドローカードを見て、佐野の顔から思わず笑みがこぼれる。
 だがそれは、自分の勝利を確信した笑いではなかった。
「この状況で…………最後に引いたカードが、これ、とはな…………」
 それは、絶望的な戦況には似合わない、あまりにも場違いなカードを引き当ててしまったことに対する、自嘲的な笑みであった。

 ホープ・オブ・フィフス 通常魔法

 自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついたカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
 このカードの発動時に自分フィールド上及び手札に他のカードが存在しない場合はカードを3枚ドローする。


「さしずめ、最後の希望……ってとこ、か。……まったく。誰の思惑だよ、これは」
 対戦相手にも聞こえないくらいの小さな声で、そっと呟く。
 それは、運命のいたずらか。はたまた、神様の気まぐれか。
 絶望のどん底、敗北という名の死の淵に立たされていた佐野。その手の中に舞い降りたのは、希望の名を冠した1枚の魔法カードだった。

 今、佐野の手札とフィールド上に、他のカードは1枚もない。この状況で『ホープ・オブ・フィフス』を発動させれば、3枚ものカードを引くことができる。
 そして、手札が3枚あれば、次のターン、波佐間の攻撃をしのげる可能性も出てくる。あわよくば、相手モンスターの攻撃力を上回るモンスターを召喚できるかもしれない。
 波佐間の能力を破る術が見つからない以上、それが根本的な解決になっていないのは分かっている。だが、ここはカードを引くしかない。今の自分にできることは、それしか残されていない。

「……俺は、手札から『ホープ・オブ・フィフス』を発動する」
 がら空きのフィールドに、1枚の魔法カードが具現化する。
「希望……ですか……。これは、最後に面白いカードを引きましたね、佐野さん……。フフ……」
 波佐間が、少し驚いたという顔をして、小さく笑う。
 その笑みは、最後の最後、ここまで追い詰められてもなお、一筋の希望を引き当てた佐野の実力に敬意を表しているようにも見えた。
 だがもちろん、波佐間の余裕の態度は、佐野の希望が勝利に結びつくことはないと確信しているからこそのものだ。どんな奇跡が起これば、わずか3枚のカードでこの状況から勝利することが可能になるというのか。そもそも、佐野のデッキに、波佐間の五ッ星能力を破る術など本当に存在しているのかどうか。
「それでは、最後の1ターン、存分にあがいてください……。ボクが、そのすべてをしっかりと見届けてあげますよ……フフ……」
 さながら死刑宣告のように、冷たい声音で告げる。

「…………」
 闇より出でし絶望、ヴァンパイアジェネシス、闇より出でし絶望。
 3体の巨大なアンデットモンスターを目の前にして、佐野は、ホープ・オブ・フィフスの効果でデッキに戻す5体のE・HEROを選択する。
 佐野の墓地にはモンスターが全部で11体。そのうちE・HEROは9体。デッキに戻すカードには事欠かない。
「俺が選ぶのは、『E・HERO ゴッド・ネオス』、『E・HERO アナザー・ネオス』」
 そのモンスターを蘇生させたとき、この状況を耐えしのぐために少しでも役に立つかどうか。佐野が今、モンスターを選ぶ基準にしていることは、これだった。
 3枚のドローで、墓地のモンスターを復活させられるカードを引く可能性がある以上、これは、まあ常識的な判断基準だと言えるだろう。
 そして、その基準のもとでまず選ばれたカードは、融合召喚でしか特殊召喚できないゴッド・ネオスと、墓地ではただの通常モンスターにすぎないアナザー・ネオスだった。
「さらに、『E・HERO クレイマン』」
 続いて、正真正銘通常モンスターであるクレイマン。すでに墓地にはネオスがいる以上、四ッ星モンスターであるクレイマンを残しておく必要はない。
 この段階で、残るHEROは『E・HERO エアーマン』、『E・HERO ネオス』、『E・HERO バブルマン』、『E・HERO ネクロダークマン』、『E・HERO オーシャン』、『E・HERO フォレストマン』の6体。この中から、あと2体のモンスターを選べばいい。
 エアーマンのサーチ効果とバブルマンのドロー効果は優秀だ。『O−オーバーソウル』を引いたときのために、ぜひともネオスは残しておきたい。墓地で効果を発揮するネクロダークマンも、デッキに戻すべきではない。
 簡単な消去法により、デッキに戻すべきカードが決まる。
「俺は、最後に『E・HERO オーシャン』と『E・HERO フォレストマン』をデッキに戻――」

 その瞬間、佐野の手が、ぴたりと止まる。

「……? 何だ……この感じは…………?」
 何とも言えない奇妙な違和感が、佐野の全身を駆け抜ける。
 自分が、何か取り返しのつかない過ちを犯そうとしているような感覚。しかし同時に、今の選択は最善の判断だったとも確信できている。
「………………」
 自分のデッキに、相手のライフを0にする以外の積極的な勝利手段は存在しない。それは間違えようのない事実である。
 だが、何度ダメージを与えても、波佐間のライフは瞬時に8000ポイントまで回復してしまう。これも事実。2戦目の遠山のように、能力の弱点を隠しているとも考えづらい。
 だとすれば、もはや打つ手は残されていない。今の自分にできることは、ただ1ターンでも長く相手の攻撃をしのぎ続けることだけ。どれほどありえない可能性だとしても、波佐間のデッキが自然に尽きるまで耐え続けるしか、勝機はない。
 これが最善の論理だと、頭では納得できている。

 だが、どうしても何かが引っかかる。
 今まで何百回、何千回とデュエルを繰り返す中で培われてきた自分の直感が、必死に警鐘を鳴らしている。それが意味するものは、何なのか。
 そもそも、一体なぜこのタイミングで違和感を覚えたのか。
 重要なのは、『ホープ・オブ・フィフス』の効果で何を引くか、引いたカードをどう使うかであって、今どのモンスターをデッキに戻そうと大差はないはずである。
 極限状態に追い込まれて、思考にノイズが混ざっただけではないのか。何度もそう思い込もうとするが、なぜかそれでは釈然としない。どうしても腑に落ちない。
 だが、このまま、いつまでも考え続けているわけにもいかない。
 しかし、この違和感を無視するべきではないと、自分の直感が訴えかけてくる。
 理性と本能の間を、彷徨い続ける。
 揺れる。
 揺れる。
 揺れる。
 揺れる。
 そして。

「あっ…………!」
 思わず、間の抜けた声を漏らしてしまった。
「引けるカードは3枚……。今、墓地にあるカードは…………だとすれば、もし………………を、引くことができれば…………」
 目の前に対戦相手がいるのにも関わらず、声に出して新たな論理を組み立てていく。
「フフ……どうしました……? 次のターンをしのぐ算段でも、ついたのですか……?」
 そんな波佐間の声も、耳に入ってこない。いや、入れている余裕などない。
 なぜならば。

 このターンこそが、佐野が波佐間に勝利するための最大のチャンスだったのだから。

「俺がデッキに戻すのは……『E・HERO ゴッド・ネオス』、『E・HERO アナザー・ネオス』、『E・HERO クレイマン』。そして…………『E・HERO エアーマン』、『E・HERO バブルマン』の5体だ!」
 新しく選びなおした5体のE・HEROが、佐野のデッキに吸い込まれていく。
 優秀な効果を持ったエアーマンとバブルマンをデッキに戻してまで、単体で役に立つとは言いがたいオーシャンとフォレストマンを墓地に残す。普通に考えれば、ありえない判断だった。
 だが、佐野の瞳に迷いの色はなかった。
「そして、デッキからカードを3枚ドローする!」
 もう後戻りはできない。このドローカードに、すべてがかかっている。
 そう決意を固めた佐野は、臆することなく、最後のドローカードを正面から見すえる。

 佐野の手札は、3枚。
 墓地に存在するモンスターカードは、『E・HERO ネオス』、『E・HERO ネクロダークマン』、『E・HERO オーシャン』、『E・HERO フォレストマン』、そして『N・フレア・スカラベ』、『N・グラン・モール』の6枚。
 合計9枚のカードが、一切の無駄なく組み合わさる。

「俺は、手札から『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のオーシャンとフォレストマンを融合して、『E・HERO ジ・アース』を、再び特殊召喚する!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法

 自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 佐野の墓地から、まばゆい光があふれ出す。
 『融合解除』の効果でエクストラデッキに戻っていたE・HERO、プラネットシリーズの1枚が、墓地融合によって再びフィールド上に降臨する。

 E・HERO ジ・アース 融合・効果モンスター ★★★★★★★★ 地・戦士 攻2500・守2000

 「E・HERO オーシャン」+「E・HERO フォレストマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 自分フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO」と名のついたモンスター1体を生け贄に捧げる事で、このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの攻撃力分だけアップする。


「『E・HERO ジ・アース』……。確かに強力なレアカードですが、この状況でわざわざ召喚するほどのモンスターとは思えませんね……。一体何を考えているんですか……佐野さん……? フフ……」
 挑発的な響きを込めて、そう告げる波佐間。
 だが佐野は、動じることなく言い返す。
「言ったはずだ。ジ・アースは、俺の…………切り札だとな」
 そのまま、ためらうことなく2体目のモンスターを召喚する。
「墓地の『E・HERO ネクロダークマン』の効果発動! このカードが墓地に存在するとき、1度だけ、『E・HERO』と名のついたモンスター1体をリリースなしで召喚することができる。その効果で俺は、手札の『E・HERO エッジマン』を召喚!」

 E・HERO ネクロダークマン 効果モンスター ★★★★★ 闇・戦士 攻1600・守1800

 このカードが墓地に存在する限り、自分は「E・HERO」と名のついたモンスター1体を生け贄なしで召喚する事ができる。
 この効果はこのカードが墓地に存在する限り1度しか使用できない。


 E・HERO エッジマン 効果モンスター ★★★★★★★ 地・戦士 攻2600・守1800

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


 そして最後に、3枚目の魔法カードを発動させる。
「『ミラクル・コンタクト』発動! 墓地の『E・HERO ネオス』、『N・フレア・スカラベ』、『N・グラン・モール』をデッキに戻して、『E・HERO マグマ・ネオス』を特殊召喚する!」

 ミラクル・コンタクト 通常魔法

 自分のフィールド上または墓地から、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターカードによって決められたモンスターをデッキに戻し、「E・HERO ネオス」を融合素材とする「E・HERO」という名のついた融合モンスター1体を融合デッキから召喚条件を無視して特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 E・HERO マグマ・ネオス 融合・効果モンスター ★★★★★★★★★ 炎・戦士 攻3000・守2500

 「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」+「N・グラン・モール」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードの攻撃力は、フィールド上のカードの枚数×400ポイントアップする。
 エンドフェイズ時にこのカードは融合デッキに戻る。この効果によって融合デッキに戻った時、フィールド上に存在する全てのカードは持ち主の手札に戻る。


 大地と炎の力をその身に宿したE・HEROが、奇跡の融合によって降臨する。
 佐野の場に、カードは3枚。波佐間の場に、カードは5枚。よって、マグマ・ネオスの攻撃力は、3200ポイントアップする。

 E・HERO マグマ・ネオス 攻:3000 → 6200

 『E・HERO ジ・アース』。レベル8。攻撃力2500。
 『E・HERO エッジマン』。レベル7。攻撃力2600。
 『E・HERO マグマ・ネオス』。レベル9。攻撃力6200。
 手札と墓地、佐野の持ちうるすべてのカードを駆使して召喚された3体の最上級モンスター。
 その力を、今、1つに束ねる。
「『E・HERO ジ・アース』の効果発動! マグマ・ネオスとエッジマンをリリースすることで、その攻撃力分、ジ・アースの攻撃力を上げる!」

 E・HERO ジ・アース 攻:2500 → 8700

 E・HERO ジ・アース 攻:8700 → 11300

 これで、すべての準備は整った。
 佐野は、波佐間を倒すため、はっきりと自らの論理を口にする。
「『E・HERO ジ・アース』の攻撃力は11300。そして、お前の『闇より出でし絶望』の攻撃力は3300。つまり、アースで絶望に攻撃を仕掛ければ、発生する超過ダメージは……差し引き8000ポイントだ」
 波佐間のデュエリスト能力は、任意のタイミングでプレイヤーのライフを8000ポイントにできる。この力は、いかなるカード効果をもってしても無効化することができない。
 ゆえに、無敵。ついさっきまでの佐野は、そう思い込んでいた。いや、そう思わされていたのかもしれない。
「任意のタイミングで、チェーンに乗らずに発動する五ッ星能力。……それを発動させない方法が、たった1つだけある」
 一度気がついてみれば、実に単純な方法だった。
 いくらデュエリスト能力といえども、この場を支配する絶対的な約束、デュエルのルールそのものを無効化することはできない。

 どちらかのライフポイントが0になった瞬間、そのデュエルは終了する。
 この、デュエルの根幹に関わる大事なルールは、無効化できる類のものではない。

「これで、本当に終わりだ。…………行くぞ、波佐間!」
 ジ・アースの身体が、マグマの色に染まっていく。
 その両手に、大地のエネルギーを具現化させた大剣を握り締めて。
「『E・HERO ジ・アース』で、『闇より出でし絶望』を攻撃! 地球灼熱斬(アース・マグナ・スラッシュ)!!」

 灼熱の刃が、黒き絶望を、切り裂く。

 (攻11300)E・HERO ジ・アース → 闇より出でし絶望(攻3300):破壊

 波佐間 LP:8000 → 0



「そこまでっ! 第5戦目の勝者は、翔武学園代表、佐野春彦選手!!」

 22ターンにも及ぶ、長大なデュエル。
 翔武学園と東仙高校の命運を分ける、最後の闘い。
 不死のデュエリストを下し、その最終決闘の勝者となったのは、佐野だった。





エピローグ



 決着はついた。
 佐野は、デュエルディスクを腕から外すと、波佐間の方へと歩を進める。
「…………一体、いつボクの能力の攻略法に気づいたんですか?」
 そんな佐野に向かって、波佐間がぽつりと呟く。
「……最終ターン、ホープ・オブ・フィフスの効果を処理する直前だ。……正直に言うと、本当にギリギリのタイミングだった。一歩間違えば、負けていたのは俺の方だ」
 このデュエル中、佐野はずっと波佐間の策略に踊らされ続けていた。能力面でも戦略面でも劣っていた佐野が、あの絶望的な状況から逆転することができたのは、奇跡と言ってもいいほどの出来事だった。
 だが、その奇跡を起こしたのは、まぎれもなく佐野自身の力だ。
 最後の最後に引いた、希望をもたらすドロー増強カード。ホープ・オブ・フィフスの効果でデッキに戻すカードを選択したのは、佐野の意思である。あの選択が正しかったからこそ、最後の希望は、奇跡の融合へとつながった。

 大ダメージを与えて一気にライフポイントを0にすれば、波佐間の五ッ星能力をもってしても、敗北から逃れることはできない。だがそれは、弱点と呼べるほどの攻略法ではない。たとえそれが分かったところで、実際に波佐間を相手にして一撃で8000以上のダメージを叩き出すのは、並大抵のことではないからだ。
 加えて、そんな小さな弱みを隠すことにすら、波佐間は労力を惜しまなかった。自分は無能力者だと信じ込ませたうえで、最高のタイミングでそれを破る。さらに何度も佐野に揺さぶりをかけることによって、相手の判断力を削っていった。特殊勝利以外で自分に勝つ方法は存在しないのだと、佐野に信じ込ませようとした。
 今年の東仙代表に、レベル5能力の使い手がいる。その噂をあえて流した最大の目的も、波佐間の能力を隠すためだった。「あの噂は、柊と遠山の能力を活かすための嘘だった」。納得のいく結論が一度得られてしまえば、それ以上考えを巡らせようとはしなくなる。まさか本当に五ッ星能力の使い手が存在するとは、夢にも思わなくなる。

「どれほどギリギリだったとしても、勝ちは勝ち、です……。フフ……。見事でしたよ、佐野さん……。あそこまで追い詰められてなお、冷静に逆転劇を組み立てられるデュエリストは、そうはいません……。このデュエルは、ボクの完敗、ですよ…………」
 自分のレベル5能力を過信することもなく、そこから目を背けることもなく、ただそれを活かすことだけを考え続けてきた。自分のプレイングに、ミスはなかった。最高の戦略と、最高の能力を、最高の形で相手にぶつけることに成功した。
 それでもなお、勝てなかった。
 波佐間が、完膚なきまでの敗北を痛感するのには、それだけで十分だった。そしてそれは、佐野にも十二分に伝わっていた。

 翔武と東仙の闘いに、決着はついた。残る問題は、ただ1つ。
「…………波佐間。お前は――」
 自らの試合を前にして、唐突に失踪した見城。そのことについて、佐野は、波佐間を問いただそうと、口を開く。
 そのときだった。


「佐野先輩! ちょっと待ってください!」


 デュエルリングの入口の扉が、大きな音をたてて開かれる。
 そこに立っていたのは、1人のデュエリストだった。
「吉井……?」
 突然現われた後輩の姿に、戸惑いを隠せない佐野。
 5戦目が終わった後、ここまで走って来たのだろう。康助は、息を切らしながらも一直線にこちらへと近づいてくる。
 そして、波佐間の前で立ち止まると、こう告げた。
「波佐間さん。僕から、1つだけ確認させてください」
 康助は、波佐間の目をまっすぐに見つめると、迷わず、自分の考えをぶつける。

「見城さんがいなくなったのは、東仙高校のせいじゃない。……そうですよね? 波佐間さん」

 予想外の言葉に、耳を疑う佐野。驚いたような表情を浮かべて、康助を凝視する。
 だが康助は、それには気づかない。その視線は、完全に波佐間に注がれている。
「…………なぜ、そう思うんです?」
 一方の波佐間は、康助の発言に動じた様子もない。
 康助は、そんな波佐間に向けて、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……もし、見城さんを誘拐したのが波佐間さんたちだとしたら、それは、僕たち翔武学園との決勝戦に勝つための行動だった、ということになりますよね?」
「フフ……。相手チームの代表をさらったんですから、そう考えるのが一番妥当でしょうね……。……それが、どうかしたんですか?」
「……でも、そうだとすると、明らかにおかしいんです」
 4戦目が始まる前から康助がずっと感じていた違和感。ようやく言葉にできたそれを、波佐間に向かって語る。
「波佐間さんたちが本当に、勝つためには手段を選ばない人たちだったとしたら、どうして、見城さんだけを誘拐したんですか? 優勝したかっただけなら、もっと他に、いくらでもやりようがあったと思うんです」
 見城が不戦敗になれば、東仙高校は優勝へと一歩近づく。だがそれは、東仙の勝利を保証するものではない。たとえ1勝が約束されていたとしても、他の試合で3敗してしまえば終わりなのだ。
「僕は、今日ここに来る前に、東仙の生徒2人にアンティルールでデュエルを挑まれました。……もし、東仙が本気で僕たちを潰そうとしているなら、あそこで本当に僕のデッキを奪ってしまえばよかったじゃないですか。そうすれば、決勝戦で僕に勝ち目はなくなります。……極端なことを言えば、その調子で、翔部のデュエリストを3人無力化してしまいさえすれば、東仙の優勝は確実なものになったんです」
 東仙が手段を選ばずに優勝を狙っているのならば、見城だけを誘拐するなどという中途半端な作戦を立てるはずがない。それが、康助の主張だった。

「フフ……。確かに、アナタの言い分は一見筋が通っています……。しかし、複数人を襲うとなれば、その分危険も大きくなります……。だったら、ボクたちが勝てる見込みのなかった見城さんだけを誘拐し、勝てる公算の大きい他の4人はデュエルで倒そうとした……。そういう可能性もあると思いますが……? フフ……」
 不敵な笑みを浮かべながら語る波佐間。だが康助は、その反論を予想していたかのように言葉を続ける。
「……はい。確かにそうも考えられます。……でも、危険があるというなら、見城さん1人を誘拐した場合だって同じですよね。見城さんを襲うときに顔を見られてしまう可能性だって、十分にあるんですから。もしも相手チームの代表を監禁したなんてことがバレたら、問題になるのは確実です。優勝だって、取り消しになるかもしれません」
 いくら一度下った判定が覆らないとはいっても、反則行為までもが公に認められているわけではない。そんな問題行為が明らかになれば、何らかの処罰が下されるのは明白だろう。
「波佐間さんは、昨日、僕に言いましたよね。『リスクの高い方法は、好みません』って。……実際、東仙の作戦は本当に見事でした。成功すれば効果が高く、失敗したとしてもデメリットはない。そんなすごい作戦の数々に、僕はずっと驚かされっぱなしでした。…………でも、そんなすごい作戦を立ててくるようなチームだからこそ、犯人が限定されやすい校内で見城さんを誘拐するなんて、そんな粗っぽい作戦を立てるはずがないんです」
 決勝戦が開催されている間、東仙高校には、大会関係者を除いて誰も入ることができない。そんな状況下で誘拐を行えば、自分たちが犯人であると教えているようなものだ。
「波佐間さん。見城さんがいなくなったことを知ったあなたは、そのことを使って、僕たちを挑発しようと考えたんですよね? 自分から誘拐犯の汚名をかぶってまで、朝比奈先輩や佐野先輩から冷静さを奪って、少しでも勝利の可能性を高めようとした。……違いますか?」
 そう告げる康助に、波佐間は感心したように頷くと、こう答えた。
「……フフ。なるほど、面白い考え方です……。しかし、アナタの言っていることは、ただの状況証拠にすぎませんよ……。ボクが無実だという証明には、ならないと思いますが……? フフ……」
 犯人だと思われる人物が、自分の無実を否定しようとしている。傍から見れば、なんともおかしな光景に思えただろう。
 だが波佐間の表情は、人を喰ったような笑みを浮かべながらも、心底この状況を面白がっているように見えた。

「はい。確かに、波佐間さんが無実であることの証明は、僕には不可能です。……でも」
 そこでいったん言葉を区切ると、改めて告げる。
「逆に、犯人であると証明することだって、僕にはできません。……だから僕は、自分の直感を信じて、ここに来ました」
 そして、自分の考え、自らの想いを、はっきりと口にする。
「波佐間さんと佐野先輩のデュエル……いや、東仙高校と翔武学園の闘いをずっと見ていて、感じました。この人たちが求めているものは、僕たちと同じ、あくまでも正々堂々とデュエルをした上で勝ち取った優勝なんだ、って。たとえデュエルに勝つためにどんな策略を巡らせたとしても、対戦相手を誘拐して、デュエルそのものを潰してしまうような真似は、絶対にしないと思ったんです」
「フフ……。だから、わざわざここまで来て、ボクの口から直接、真相を聞きにきた、というわけですか……?」
 その問いかけに、康助は、黙ってこくりと頷いた。


「……と、いう話らしいですが、どう思いますか、佐野さん……? フフ……」
 だが波佐間は、そんな康助の頼みを無視するような形で、佐野に話を振った。
 その言葉に、康助もはっとして佐野の方に視線を向ける。
 そこには、唖然とした表情で、康助を見つめる佐野の姿があった。
「………………」
 複雑な顔で、何やら考え込んでいた様子の佐野は、唐突に、
「…………まさか、吉井まで俺と同じことを考えていたとはな」
 そう、ぽつりと呟いた。
「……え?」
 どういう意味ですか? と訊ねようとする康助。
 それを察したのか、佐野はさらに言葉を続ける。
「言葉通りの意味だ。今の俺も、お前と同じく、波佐間が犯人だとは思っていない」
 予想外の佐野の発言に、驚く康助。
「理由も、ほぼお前が言った通りだ。何重にも張り巡らされた東仙の策略。その中で、見城の誘拐だけが明らかに浮いている。証拠はないが、ここまでデュエルでの勝利にこだわる奴らが、誘拐なんてするとは到底思えない。……大会に勝ちたいだけなら、俺たちのデッキをすり替えでもすればいい。その方が何倍も簡単だからな」
 はっきりした口調で、言い放つ。
「デュエルには、その人の人格がすべて表れる。そんな言葉を鵜呑みにする気はないが、少なくとも、俺が波佐間と闘い、波佐間は犯人ではないと思ったこと、それだけは確かだ。確たる証拠がないのなら、自分自身の感覚を信じるしかないだろう」
「佐野先輩……!」
「……まあ、俺の場合、波佐間の罠に何度もはまり、絶望のどん底に叩き落とされて初めて気づけたんだがな。……まったく、情けない限りだ」
 佐野は、自分を恥じるようにそう告げる。
「フフ……。拍子抜けですね……。殴られるくらいのことは覚悟していたんですが……。2人とも、そんなに簡単に、ボクなんかを信用していいんですか……?」
 そう言いながら、波佐間は2人を舐めるような視線で見つめる。
 だが、その質問に答えたのは、佐野でも康助でもなかった。


「ま、この状況じゃ、あんたを信用するしかないでしょうね」
 入口の方向から、新たな声が響く。
「…………翔子?」
 開かれたままの扉の向こうに姿を現したのは、朝比奈だった。
「とはいえ、見城をさらったのが別の誰かだったとしても、それをネタにあたしたちを挑発したのは、確実にあんたたちの意思。いくら何でも、不謹慎にも程があるわよ」
 腕を組んで仁王立ちしたまま、きっぱりと告げる。
「……でもまあ、東仙があたしたちに協力してくれたのは確かだから、それで相殺ってことにしてあげてもいいわ。結局、あんたたちの策略は実らず、優勝したのはあたしたち翔武学園。あんたたち東仙高校にとって、これ以上の罰はないはずよね」
 おそらく朝比奈も、5戦目が行われている最中、控え室で康助の話を聞いたのだろう。彼女もまた、この事件に別の犯人がいることを、確信している様子だった。
 そして、そんな朝比奈の言葉に、佐野は1つの疑問を口にする。
「東仙が、俺たちに協力? どういうことだ、翔子?」
 だが、その疑問に答えが返されるよりも早く、ある人物が朝比奈の後ろから進み出てきた。

「見城さんが見つかりました。場所は、第二体育館の倉庫の中です」
「柊……?」
 佐野の呟きに、朝比奈が改めて答えを返す。
「さっき、ここにくる途中で偶然柊と会ってね。そこですべて聞いたわ。柊と遠山は、3戦目が終わってからずっと、いなくなった見城を探してくれてたのよ。……これで全部、つじつまが合うでしょ?」
 その言葉を聞いて、ようやく納得する佐野。
 4戦目が始まる前に、柊、遠山、波佐間の3人が東仙の控え室から出ていった。稲守からこの話を聞いたときは、柊と遠山の2人は、監禁した見城の監視に向かったものと思い込んでいた。
 だが、東仙がこの事件に関与していないとすると、この事実から導かれる結論は、180度違ったものになる。
 すなわち、2人は、デュエルが行われている裏で、いなくなった見城の行方をずっと探してくれていた。そう考えるのが、もっとも自然なのである。

「見城さんは、どうやら眠らされているだけのようで、目立った怪我はありません。今は、遠山と天神さんが彼女のそばにいます。僕の方から、運営側にも知らせておきました」
「ご苦労さまです……柊さん……。……さて、それではみなさん、さっそく、見城さんのもとへ向かいましょうか……フフ……」
 そう言うと波佐間は、鋭く不敵に笑う。
「見城さんを襲った犯人が、ボクたち10人の中にいないとなると、残る可能性は1つ……。犯人は、決勝戦が始まる前から東仙高校の内部に隠れていた……。これしか考えられません……フフ……」
 決勝戦が行われている間はずっと、東仙高校の周りは大会スタッフによって監視されており、10人のデュエリストを除けば、誰一人として校内に入ることはできない。
 そしてそれは、逆に言えば、誰一人として校内から出ることもできないことを意味する。
「つまり今もまだ、犯人は校内に隠れている……。フフ……まさしく、袋のネズミです……。見城さんの意識が戻れば、彼女が襲われたときの状況も分かる……。犯人が捕まるのも、時間の問題でしょうね……フフ……」
「波佐間、お前…………」
「どうしました、佐野さん……? フフ……3戦目のデュエルをふいにされたのは、ボクたちだって同じですからね……」
 常に薄い笑いを浮かべている波佐間の表情から、その内心をうかがい知ることはできない。
 だが佐野には、その波佐間の言葉には、東仙と翔武の闘いを汚した誘拐犯に対する、強い怒りが込められているように思えてならなかった。
「さ、みんな行くわよ! 見城は無事! だったら後は、何としてでも、犯人を探し出してとっちめてやるのよ! そうでもしなけりゃ気が済まないわ!」
 朝比奈の叫び声が、デュエルリングに響く。

 そして、翔武と東仙、総勢5人のデュエリストたちは、見城のもとへと向かう。


 ◆


「みんな……。今、見城さんが、目を覚ましたの!」
 倉庫に入るやいなや、天神が、心底安心したような表情でそう叫んだ。
「見城さん! 大丈夫ですかっ!」
 床に倒れている見城のもとへと、駆けよる康助。
「あ……。吉井……か…………?」
 見城は、ゆっくりと上体を起こしながら呟く。
「…………ここは、一体……。アタシ、なんでこんなところに……?」
 頭を押さえながら訊ねる。
 そんな見城の問いかけに、答えたのは朝比奈だった。
「あんたは、昼休みに校内の様子を見に出かけたっきり、そのまま戻ってこなかったのよ。……どう? 何か覚えてない?」
「……確かアタシは、天神と別れて、その後…………」
 ぼんやりした頭で、記憶の糸をたぐり寄せる。
「トイレを出たところで、誰かに会って……。……そうだ。アタシはそこで、そいつにデュエルを申し込まれた……」
「デュエル?」
 見城の口から発せられた意外な単語に、首をかしげる朝比奈。
 犯人に襲われたとばかり思っていたのに、デュエルを挑まれたとはどういうことなのか。デュエル中に、不意をつかれて眠らされでもしたのだろうか。
「…………くそっ! ダメだ、これ以上は思い出せねぇ。相手の顔も、デュエルの内容も……。何だか、そこだけ記憶が抜け落ちている感じ、っていうか……」
 必死に思い出そうとするも、どうしても思い出せない。そんなもどかしさが、見ているこちらにも伝わってくる。
「……大丈夫。記憶は、後からゆっくり思い出せばいいわ。……とりあえず、大会スタッフが救急車を呼んでくれたから、それまでは無理しないでじっとしてなさい。いいわね?」
「…………ああ、分かった」
 朝比奈に諭され、黙り込む見城。

 だがその瞬間、奇妙な感覚が見城を襲った。
「…………?」
「どうしたんですか、見城さん?」
 見城の異変にいち早く気づいた康助が、声をかける。
「何だ、この変な感覚は……?」
 意識がはっきりしてきた今なら分かる。この場所で目覚めてから、自分の身体に、何か根本的な違和感がある。
 見城は、自分の手の平を見つめながら、その原因を探り出そうとする。
 そして、1つの仮説に、至る。
「…………なあ、吉井。……ちょっとアタシと、デュエルしてみてくれないか?」
「……え? 今から……ですか?」
 突然の提案に、戸惑う康助。
「デュエルをすれば、襲われたときのことを思い出せるかもしれない。……そういうことか? 見城」
 佐野が、最も自然な推測を口にする。
 しかし見城は、首を横に振る。
「いいや。……そうじゃなくて、その……何ていうか……アタシ……」
 言いたいことをうまく言葉にできずに、語尾を濁してしまう。
「……とにかく誰か、アタシとデュエルしてくれないか? 1ターンだけでいい。それで、ハッキリする……と、思うんだ…………」
 見城の言いたいことはさっぱり分からないが、深刻そうな様子だけはひしひしと伝わってくる。
「……分かりました、見城さん。相手は、僕でいいですか?」
「ああ。……サンキュ、吉井」
 康助の手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。どうやら身体に外傷はないようだ。
 見城の腕にはなぜか、倒れていたときからすでにデュエルディスクがしっかりと装着されていた。何者かにデュエルを挑まれたという話は、おそらく本当なのだろう。
 念のためデッキを確認するが、そこにセットされていたのはれっきとした見城のデッキ。1枚たりとも欠けているカードはない。これで、カードの強奪が目当ての犯行という線は消えた。
「……準備は、いいですか?」
「……ああ、頼む」


「「デュエル!!」」


「アタシのターン、ドロー!」
 カードを引いた見城は、自分の初期手札を確認することもなく、メインフェイズに移る。
 いまだに身体から離れない違和感。その正体を、確かめるために。
「手札をすべて捨てて、相手プレイヤーに対し、アタシのデュエリスト能力を発動するっ!」
 見城のデュエリスト能力。それは、自分のメインフェイズに、自分の手札を任意の枚数捨てることで、どちらかのプレイヤーに捨てた枚数×500ポイントのダメージを与える、というものである。
「捨てた手札は6枚! よって、与えるダメージは3000ポイントだ!」
 勢いよく、自分の手札を墓地に送り込む。
 だが。

 その瞬間、見城のデュエルディスクから、警告音が響きわたった。
 墓地から、6枚のカードが吐き出される。

「え……?」
 その光景に、康助は自分の目を疑った。
 見城の能力は、自分もよく知っている。この状況で、警告音が鳴るはずはない。
「…………っ! もう一度だっ! 捨てるカードは、『おジャマジック』!」
 今度は、手札を1枚だけ墓地へと送ってみる。
 だが、結果は同じ。
 その後も、墓地に送るカードの種類や枚数を何度も変えてみたが、デュエルディスクがそれを受け入れてくれることは1回もなかった。ただ、ルールに違反する行為が行われたことを示す、乾いた警告音が鳴り響くばかりだった。

「…………どうやら、本当に……そう……だったみたい、だな……」
 愕然とした表情で、立ちつくす見城。
「……見城さん? 一体、どういうこと、ですか……?」
 康助も、何が起きているのか分からず、ただ呆然とするしかない。
 そんな中、この状況をいち早く察したらしい朝比奈が、口を開く。
「見城、まさかあんた…………」
「……ああ。どうやら、そういうこと、らしい…………」
 原因は分からない。自然消滅も、15歳の見城にとってはまだまだ先の話だ。
 だが、見城の身に起こった出来事は、確たる事実。



「アタシ……デュエリスト能力が、使えなくなっちまったみたいだ…………」












【決闘学園! 2】  END


【決闘学園! 3】  へと続く……












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