決闘学園!

製作者:豆戦士さん




<目次>

 プロローグ
 1章  Lv.0 VS Lv.0
 2章  三ッ星能力
 3章  天神 美月
 4章  Lv.0 VS Lv.5
 5章  四ッ星能力
 6章  吉井 康助
 エピローグ 1
 エピローグ 2



プロローグ



 翔武(しょうぶ)学園生徒会役員募集のお知らせ

 ・日時:20XX年4月9日(月)、14:30〜
 ・場所:体育館
 ・対象:新1年生〜新3年生の全翔武生

 第12期、私立翔武学園高等学校生徒会役員への立候補を希望する生徒は、上記の時間、場所に集合すること。詳しい活動内容は、生徒手帳を参照。経歴は問わないが〜〜〜



(生徒会、か……。この学校では、1年生でも参加できるんだ。ふーん……)

 廊下の壁に貼られた平凡なデザインのポスターを横目で見ながら、吉井(よしい)康助(こうすけ)は何の気なしにそんなことを思った。
 そのまま通り過ぎようとして、ふと、そこに書かれている内容の奇妙な点に気づく。

(日付は4月9日……今日か。……って、今日!? 入学初日からいきなり!?)

 入学式が終わり、クラスメイトとの初顔合わせが済んで家に帰るところだった康助は、つい驚いて足を止めてしまう。

 ――が、すぐに
(でもまあ、僕には関係ないことだよな)
 と思いなおし、再び歩を進めようとした。


 そのとき、
「おっ、吉井じゃん。こんなところで何してんだ?」
「なになに……生徒会か。もしかして、お前も立候補しちゃったりするわけ?」
 後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには今日知り合ったばかりのクラスメイトが2人。
「山本に渡辺。……ああいや、このポスターが偶然目に留まっただけで、僕はこういうのに興味は……」
「確かに、お前、人の上に立って何かするようなヤツには見えないもんな。ほら、あれだよ、義務だからって仕方なく図書委員会とか保健委員会とかにずっと所属し続けるようなタイプ。お前もそのクチだろ?」
 さっき教室で二言三言会話を交わしただけなはずの山本は、案の定とでも言いたげな表情で勝手な憶測を口にする。
(……まあ、図星なんだけど)
 出席番号が隣だったという理由で知り合ったクラスメイトに、自分の性格を見事に言い当てられた康助が黙っていると、
「デュエルやってるようにも見えないし、な。ここの生徒会は本当に一握りの実力者しか所属できない超難関。この日のために猛特訓を重ねてきたオレたちほどのデュエリストでもなけりゃ、立候補したところで一次選考落ちが関の山、さ」
 どうやら山本と同じ中学校から進学してきたらしい、渡辺が続けてそう言った。


 ――って、今、話が大きく飛ばなかったか?
「デュエル? なんで生徒会の役員決めにデュエルが関係あるんです? それに一次選考ってどういう意味ですか? あと、僕、一応中学ではデュエル部だったけど……」
 思わず敬語で尋ねてしまう。しかし、2人が注目したのはその質問とは別の部分だった。
「……デュエル部?」
「……それは本当ですかな? 吉井康助君」
 突然、真剣な表情になって顔を近づけてくる2人。
「えっ? 本当だけど……それよりなんで生徒会とデュエル……」
 思わぬところに喰いつかれて戸惑う康助。しかし2人は構わず続ける。
「よし、決まりだ! 吉井君、ぜひ君も生徒会役員に立候補したまえ!」
「なあに大丈夫、参加するだけなら面倒な手続きは不要だ!」
 急に口調が変わった2人に、両腕をつかまれる。
「そうと決まったら善は急げ! 自分のデッキは持っているな? では早速、体育館へゴーだ!」
「そこには、輝かしい栄光の未来が、我々を待っている!」
「えっ、ちょっ、痛っ! な、何するんだよっ! 僕は別に、生徒会になんか興味――!」
 悲痛な叫びを廊下に空しく響き渡らせながら、体育館へと引っ張られていく康助であった。




 翔武学園生徒会役員募集のお知らせ

 ・日時:20XX年4月9日(月)、14:30〜
 ・場所:体育館
 ・対象:新1年生〜新3年生の全翔武生

 第12期、私立翔武学園高等学校生徒会役員への立候補を希望する生徒は、上記の時間、場所に集合すること。詳しい活動内容は、生徒手帳を参照。経歴は問わないが、優れたデュエルの腕前を持っていることが必須条件。立候補者の中から役員を選出するにあたっては、全校生徒による投票などは行わず、現生徒会役員による選考会の結果のみで選定する。

 選考会に参加する生徒は、40枚以上60枚以下のカードで構成された、公式制限を満たす自分のデッキ(およびエクストラデッキ)を1つ、持参すること。サイドデッキは不要。なお、デュエルディスクは会場にて貸し出す。

 私立翔武学園高等学校生徒会





1章  Lv.0 VS Lv.0



 康助が体育館へと連れられ――もとい連行されていく途中で、山本と渡辺から聞いたところによると、

 ・毎年6月に、この地区にあるほとんどの高校が参加する、トーナメント形式のデュエル大会がある。
 ・各校が5人の代表者を出して闘い合うその大会で優勝すれば、海馬コーポレーションという大会社から多額の寄付金を受けることができる。
 ・その大会で9年連続優勝という快挙を成し遂げているのが、この翔武学園である。
 ・そして、この翔武学園では、5人の代表者は生徒会役員の中から選ばれるのが通例である。
 ・ゆえに、この学園で生徒会役員になるためには、新年度の初めに行われる、現生徒会メンバーの手による厳しい選考会に合格しなければならない。

 とのことであるらしい。
「その海馬コーポレーションとかいう会社が太っ腹でさあ。『デュエルの普及と促進に努める』とか言って、優勝校には数千万もの大金をポンと出してくれちゃったりするらしいわけ。で、この翔武学園の場合、その寄付金の大半はオレたち生徒の学園生活を潤すために使われる。つまり、学食が豪華になるとか、備品が充実するとか、そういう変化が目に見えて分かる。そんなわけだから、それをもたらした生徒会のメンバーは、学園中の生徒から羨望の眼差しを向けられることになる、ってわけよ」
 とは、山本の言。
 一方の渡辺も、
「しかもな、先輩の話によると、どうやら今年の生徒会は、大量の3年生が抜けて人数不足気味らしい。すなわち、今年の選考会は合格率が高い! 加えて、合格すれば即レギュラーになれる可能性が非常に高い! これはもう、英雄になってくれと言われてるようなもんでしょ!」
 と、語気を荒げて熱弁をふるっている。
(要するに2人とも、有名になってみんなからチヤホヤされたい、ってことね……)
 そんな分かりやすい2人の野望に、康助はあきれてため息をついた。
 しかし、いざ体育館にたどり着くと、そのため息は、感嘆のため息へと変わることになった。


「うわぁ……こんなに……」
 百人、二百人、いや三百人はいるであろう人、人、人。2時間ほど前まで入学式が行われていたはずの体育館は、すべての装飾が取り払われ、その代わりに人であふれ返っていた。
「選考会に参加する生徒は、体育館中央に置かれた名簿にチェックを入れて、箱の中からデュエルディスクを1人1つずつ取ってください。繰り返します。選考会に参加する生徒は――」
 体育館前方の舞台上で、拡声器を持った男子生徒が叫んでいる。その隣には小柄な女子生徒が1人。あの人たちが生徒会役員なんだろうか、と康助が考えていると、
「さあ、オレたちも行こうぜ、吉井」
「この学園のデュエルディスクは特注品らしいからな。きっと付け心地も最高だぞ」
 山本と渡辺に、両肩を同時に叩かれた。
 意気揚々と進む2人の後ろ姿を眺めつつ、康助は今さらながらの疑問を呟く。
「……そういえば、僕、なんでここに連れてこられたんだ?」


 ◆


「なあ、今年の一次選考って、どんな内容なんだろうな」
「分からないな。確か去年は、『攻撃と防御の流れを自在にコントロールする力を見る』というテーマで、3ターンごとに互いのライフポイントが入れ替わる特殊なデュエルをやらされたな」
「その前の年は、デュエル前にお互い相手のデッキをすべて見たうえで、それぞれカード名を1つ指定する。相手はそのデュエル中指定されたカードをプレイできなくなる、っていうルールだったはずだが」
「『ビンゴ』ルールの年だな。俺が聞いた話では、常に自分の手札とフィールド上にセットされたカードが相手に筒抜けの状態でデュエルする、なんて年もあったらしいぜ」
「合格者は5人出ればいい方。合格者0なんて年もあったらしいな」
「うわ、俺、絶対無理だわ」
「何にせよ、どんな状況でも臨機応変に対応できる力が求められている、ってことだな」
「ああ。ただデュエルが強いだけじゃ、この選考会を勝ち抜くのは無理だろう」
「今年は1年も結構な数参加しているらしいが、いきなりそんな変則デュエルに対応しろ、っていうのは無茶な話だろうな」

 ――何だか、まわりの先輩たちがものすごく不吉な会話をしてるんですけどっ。
(まあ、元々僕なんかが合格できるようなレベルじゃないんだろうけどさ……)
 きっかけは無理やりでも、なんだか面白そうなので参加くらいはしてみようかな、と思うようになっていた康助は、本日三度目のため息をついた。
(それにしても、山本と渡辺は最初っから自信満々だったけど、もしかして、すごい人たちなんだろうか?)
 そう思って2人の方へ振り返ると、
「……くく、『どんな状況でも臨機応変に対応できる力』だとよ、渡辺……」
「……ぷぷ、変則デュエル、か……」
 なぜか必死に笑いをかみ殺している最中だった。
「……えっと、2人とも? 何がそんなに――」
 と、康助が尋ねようとした瞬間、

 キィィィィィィン!!

 耳をつんざくようなマイクのハウリング音。とっさに耳を押さえる。
「あ〜、ゴメンゴメン。どうも最近マイクの調子が悪くってねー」
 涼やかな声が、体育館の壁に反響して響きわたる。顔をしかめつつも前を向くと、先ほど舞台上にいた背の低い女子生徒が、マイクに向かって何やらしゃべり始めたところだった。栗色の髪が肩の上で綺麗に切りそろえられた、どこか気の強そうな少女である。
「あたしの名前は朝比奈(あさひな)翔子(しょうこ)。翔武生徒会役員の3年で、今年の選考会の一次選考を担当します。隣にいるのが、同じく3年の佐野(さの)春彦(はるひこ)。こいつは二次選考担当ね」
 そう言って彼女が指さしたのは、さっきデュエルディスクの装着を呼びかけていた長身の男子生徒。よく見ると、大柄でがっしりした身体つきながらも、意外と愛嬌のある顔立ちをしている。
「加えて、あたしたちが合同で行う最終審査。この3つすべてをパスした立候補者のみが、第12期翔武学園生徒会に入る権利を得られます。合格者数は決まってません。……と、基本的なことはこんなところね。分かった?」
 くだけた口調で、必要なことだけを簡潔に話す朝比奈。少し待って誰からも質問が出ないことを確認すると、続けて本題に入る。
「それじゃあ早速、一次選考のルールを発表するわね。今年は――」



「難しいことはなしよ。ここにいる全員で、お互いにつぶし合ってちょうだい」



 ――へ?

「ルールは簡単。立候補者全員に、ここにいる好きな相手と連続で1対1のデュエルをしてもらいます。選考通過のための条件は……そうね、立候補者は全部で319人らしいから……10連勝くらいがちょうどいいわね。10連勝したら一次選考通過です。途中で負けちゃったら最初からやり直し。何回負けてもいいけれど、制限時間はきっかり3時間。挑まれたデュエルを断ることはできません。あと、同じ相手と2回以上闘うのはナシね。もちろん、すでに10連勝を達成している相手と闘うのもだめ。戦歴は自動的にデュエルディスクに記録されるようになってるから、ズルしても分かるからね。以上よ。何か質問ある?」
 ここまで明瞭な発音で流れるようにまくし立てた朝比奈は、一息ついて体育館内を見回した。
 当然、会場は騒然とした雰囲気に包まれる。

「何だ何だ? ただ闘うだけ、って、そんなのアリか?」
「まさか、そんな単純なルールだなんて……」
「でも、10連勝だなんて、かなり厳しくないか?」
「挑まれたデュエルは断れない、そしてこの体育館には隠れられそうな場所もない、か」
「1回のデュエルを10分で終わらせたとしても、デュエルできるのはたったの18回かよ」
「途中で1回でも負けたら最初から、か……」
「こりゃ、一次選考だけで相当絞られることになりそうだな」

 その、あまりに単純明快すぎるルールに、会場にいるほとんどの人間は驚きを隠し切れない様子で戸惑っている。
 しかし、しばらくの後、
「質問はないみたいね。今は3時ぴったりだから、選考終了は、3時間後の午後6時ちょうど。それじゃあ始めるわよ。……一次選考、スタート!」
 その合図とともに、動揺していた立候補者たちの間に再び緊張感が戻っていき、

「「デュエル!!」」 「「デュエル!!」」 「「デュエル!!」」

 デュエル開始を表すかけ声が、そこかしこから上がる。

 一次選考が、幕を開けた。



「おい翔子。『名案がある』なんて言うから黙って聞いていれば、なんだよそのルールは。考えなしにも程があるだろ!」
「いいのよ春彦。どうせ強くなきゃ務まらないんだから。あたしに言わせりゃ、毎年毎年変にヒネったルールが多すぎんのよ。いっそのこと全員でトーナメントでもやって一気に決めちゃえばいいのに、ってずーっと思ってたのよね」
「だが、翔武生徒会の伝統ってもんが……」
「あたしたちはあたしたちのやり方でやってりゃいいの。それに、入学式当日から選考会始めるのも、一種のお祭りみたいなもんなんだし。どうせならこっちの方がパーッと盛り上がるでしょ!」
「あのな……」

 舞台上でも、なにやら一悶着起こっていたようだったが。


 ◆


(さて……と。僕も、対戦相手を探さないと――)
 そう思って、歩き出そうとした康助の前に、
「おっと、どこへ行く気だ? 吉井」
「まずは、オレたち2人と闘ってもらうぜ」
 不適、という形容がピッタリくる笑みを浮かべている山本と渡辺が、その歩みを止めるように立ち塞がった。
「ん、別にいいけど――」
 そこまで言いかけて、あることに気づく。
「――さっきの笑い、もしかして2人とも、一次選考の内容がこれだって、知ってた?」
 康助が尋ねると、2人は再び笑いをこらえるような表情になった。
「ふふ……その通りだぜ。あの朝比奈翔子っていう役員の友達が、渡辺の知り合いでな。そこから、今年の一次選考を担当するのがあの人だ、っていう情報をあらかじめ入手していたわけよ」
「もちろん、あの人の性格から考えれば、一次選考に複雑なルールを採用するはずがない、っていう予測まで込みでな」
「なるほど、そういうことだったのか。……って、ということは、2人が僕をここに連れてきた理由って、まさか!」
 2人の口から、康助が予想した通りの計画が明かされる。
「……よく分かったな。そう、そのまさかだ」
「悪く思うなよ。オレたちはまず、お前を倒す。本来なら弱そうなヤツを10人見つけなきゃいけないところだが、お前のおかげで9人で済む。感謝してるぜ、吉井」


(……………………セコい)

 僕一人倒したところでまだ9連勝も残ってるじゃないか、途中で強い人から勝負を挑まれたらどうする気だろう、というかそんなんで二次選考、三次選考は大丈夫なのか?
 ――と、ツッコむべきところが多すぎて、逆に言葉に詰まってしまう。
 とはいえ、
「さて、そんなに時間もないことだし、早く始めようぜ。まずはオレからだ。行くぞ、吉井!」
 これは別にルール違反でもなんでもない。挑まれたデュエルを断ることができない以上、必然的に康助の初戦の相手は山本に決定する。

 デュエルディスクを変形させ、戦闘態勢をとる山本。
 一方の康助も、自分のデッキをセットしたデュエルディスクを構える。
 お互いに5メートルほど離れて向き合い、

「「デュエル!!」」

 闘いが始まった。


「オレのターン、ドロー! ……ふふ、いいカードを引いたぜ。オレは、モンスターを裏側守備表示でセット。さらに、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 (2ターン目)
 ・山本 LP8000 手札4
     場:裏守備×1、伏せ×1
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」
 今引いたカードと初期手札5枚を合わせて、自分の手札を確認する。
 康助の手札は、岩石の巨兵、ガード・ブロック、クリボー、皆既日蝕の書、機動砦のギア・ゴーレム、スケープ・ゴートの6枚。
(なかなかいい手札だぞ。これなら僕は……)
「モンスターを裏側守備表示でセット。カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
 2200もの守備力を誇るギア・ゴーレムをセット。さらに、自分への戦闘ダメージを1度だけ0にできるガード・ブロックを伏せて、康助はターンを終える。

 (3ターン目)
 ・山本 LP8000 手札4
     場:裏守備×1、伏せ×1
 ・吉井 LP8000 手札4
     場:裏守備×1、伏せ×1


「オレのターン、ドロー! ……攻めてこないのか、吉井? だったらこっちから仕掛けさせてもらうぜ! リバースカードオープン、『運命の分かれ道』!」
 山本はそう叫ぶと、伏せてあった罠カードを発動させた。
 運命の分かれ道は、お互いにコインを1枚投げて、表が出れば2000ポイントのライフを回復、裏が出れば逆に2000ポイントダメージを受けることになるギャンブルカード。なお、デュエルディスクを用いたデュエルにおいては、実際にコインを投げる必要はなく、結果はソリッドビジョンとして自動的に処理されることになっている。

「行くぜ、コイントス!」
 山本の宣言と同時に、お互いのフィールド上空に向けて、巨大なコインが放たれる。
 そして、2つのコインは数秒の後に落下して動きを止める。その結果は――

 山本 裏:LP8000 → 6000
 吉井 表:LP8000 → 10000

 発動者である山本にとって、最悪の結果であった。
「くそっ……! だったらコイツでどうだ! ダイス・ポット、反転召喚!」
 山本の場に、壺の形をした奇妙なモンスターが姿を現す。
 と同時に、壺の中から2つのサイコロが発射され、山本と吉井、2人のフィールド上に1つずつ転がる。
「ダイス・ポットの効果発動! お互いのプレイヤーはサイコロを1つ振り、より小さい目を出した方のプレイヤーはダメージを受ける。受けるダメージは、相手の出した目の数×500ポイントだ!」
 2つのサイコロが、運動エネルギーを失って静止する。

 山本 出た目:5

「よっしゃあ! これでオレが負けることは、まずありえな――」

 吉井 出た目:6


 ダイス・ポット 効果モンスター ★★★ 光・岩石 攻200・守300

 リバース:お互いサイコロを一回ずつ振る。相手より小さい目が出たプレイヤーは、相手の出た目×500ポイントダメージを受ける。ただし、6の目に負けたプレイヤーは6000ポイントダメージを受ける。引き分けの場合はやり直す。



「……………………」
「……………………」



 山本 LP:6000 → 0



(……えっと、僕、何かした……っけ……)
 唖然とする康助。

「なかなかやるじゃねぇか、吉井。だがオレのデッキは、山本みたいに運頼みのデッキじゃない。今度はオレが相手だ! 行くぜ!」
 すると今度は、山本を下した康助に、たたみかけるように渡辺がデュエルを挑んでくる。


「「デュエル!!」」


「オレの先攻、ドロー! ……来たぜ、最高の手札が! オレは、ジェネティック・ワーウルフを召喚! さらに、永続魔法『凡骨の意地』を発動して、ターンエンドだ!」

 (2ターン目)
 ・渡辺 LP8000 手札4
     場:ジェネティック・ワーウルフ(攻2000)、凡骨の意地(永魔)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし


 ジェネティック・ワーウルフは、何の効果も持たないモンスターカードながらも、四ッ星通常モンスターとしては最高の攻撃力2000を誇る獣戦士。一方の凡骨の意地は、ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、それを相手に見せることでもう1枚追加してカードをドローすることができる永続魔法。
 これらから導き出される帰結として、
(通常モンスターを多めに採用しておいて、凡骨の意地でカードをたくさん引くデッキ、かな)
 と予想を立てた康助は、
「僕のターン、ドロー!」
 いつも通り、カードを1枚引いて、

 固まった。

 吉井手札:千年の盾、マジック・キャプチャー、ネオアクア・マドール、二重魔法、ネクロ・ガードナー、右手に盾を左手に剣を

(出せる、カードが……)
 序盤に役に立ちそうなカードがほとんどない。正真正銘の、手札事故だった。
「ぼっ……僕は、モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンド!」
 それでも、唯一フィールドに出せるモンスターカードをセットして、ターンを終える。

 (3ターン目)
 ・渡辺 LP8000 手札4
     場:ジェネティック・ワーウルフ(攻2000)、凡骨の意地(永魔)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:裏守備×1


「……さっきの表情からすると、どうやら手札事故みたいだな、吉井。だが残念なことに、オレの手札はこれ以上ない、ってくらいに万全だ! オレのターン、ドロー!」
 自信満々な態度でカードを引いた渡辺は、そのカードを見せることによって、凡骨の意地の効果を発動させる。

「サファイアドラゴン! ドロー! レインボー・フィッシュ! ドロー! 魂虎! ドロー! スパイラルドラゴン! ドロー! 暗黒の海竜兵! ドロー! エーリアン・ソルジャー! ドロー! デーモンの召喚! ドロー! メカ・ハンター! ドロー! 暗黒界の番兵 レンジ! ドロー! 大木炭18! ドロー! ランプの魔精・ラ・ジーン! ドロー! ガガギゴ! ドロー! コスモクイーン! ドロー! ネオバグ! ドロー! バトルフットボーラー! ドロー! 甲虫装甲騎士! ドロー! ギル・ガース! ドロー! レッド・サイクロプス! ドロー! 暗黒界の騎士 ズール! ドロー! シーザリオン! ドロー! ゴギガ・ガガギゴ! ドロー! 忍犬ワンダードッグ! ドロー! デーモン・ソルジャー! ドロー! フロストザウルス! ドロー! 闇魔界の戦士 ダークソード! ドロー! ブラッド・ヴォルス! ドロー! セイバーザウルス! ドロー! 火炎木人18! ドロー! 暗黒の狂犬! ドロー! X−ヘッド・キャノン! ドロー! グレート・アンガス! ドロー! サイバティック・ワイバーン! ドロー! 剣闘獣アンダル! ドロー!」

(なっ……! 一体どれだけ引いたら気が済むんだっ!?)
 康助は、ただ呆然と口を開けて見ていることしかできない。

「ふふ……引いたぜ。魔法カード発動、『シールドクラッシュ』! このカードは、守備表示のモンスター1体を破壊することができる通常魔法。つまり、お前の裏守備モンスターがどんな効果を持っていようとも、その効果を発動すらさせずに破壊する! くらえ、シールドクラッシュ!」

 裏守備モンスター:破壊

「吉井。悪いが、このターンで勝負は決まる。オレは、ジェネティック・ワーウルフをリリースして、『激昂のムカムカ』を召喚!」
 ジェネティック・ワーウルフの姿は消え、新たなモンスターがフィールド上に姿を現す。
「激昂のムカムカの攻撃力は、自分の手札1枚につき、400ポイントアップする。よって、今の攻撃力は、15600ポイント!!」

 激昂のムカムカ 攻:1200 → 15600

「激昂のムカムカで、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 (攻15600)激昂のムカムカ −Direct→ 吉井 康助(LP8000)

 康助めがけて、一直線に襲いくる激昂のムカムカ。しかし、その歩みは、途中で見えない壁のようなものに阻まれる。
「何っ!」
「墓地のネクロ・ガードナーの効果発動! 墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、相手モンスターの攻撃を、1度だけ無効にする!」
 康助は、先ほどシールドクラッシュの効果で破壊されたモンスターを墓地から取り出し、ポケットに入れる。
(よしっ。何とか助かったぞ。このターンさえしのげば……)
 デュエルにおける手札枚数制限は6枚。これを超える枚数の手札を自分のターン終了時に所持していた場合、6枚になるように墓地に捨てなければならない。
 だが。
「言ったはずだぜ、オレの手札は最高だってな。永続魔法カード発動、『無限の手札』!」
 無限の手札。それは、このカードがフィールド上に存在する限り、お互いのプレイヤーの手札枚数制限をなくす効果を持った永続魔法カード。
「これで、激昂のムカムカの攻撃力は10000ポイントを超えたまま。次のターンでとどめだ! ターンエンド!」

 (4ターン目)
 ・渡辺 LP8000 手札35
     場:激昂のムカムカ(攻15200)、凡骨の意地(永魔)、無限の手札(永魔)
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」

 ドローカード:ブロークン・ブロッカー

 ブロークン・ブロッカーは、自分フィールド上の、攻撃力よりも守備力の方が高い守備表示モンスターが戦闘で破壊されたときに発動でき、同名モンスターを2体までデッキから守備表示で特殊召喚する罠カード。
 ネクロ・ガードナーはこのカードの発動条件を満たすモンスターで、デッキにもあと2枚投入されているが、前のターンで除外されてしまっている。そして、康助の手札には、激昂のムカムカを倒せるカードはおろか、次の攻撃を防ぐことのできるカード、さらにリリースなしで通常召喚できるモンスターカードすら、1枚も存在していない。何らかの魔法・罠をブラフとして場に伏せるという手もあるが、おそらく渡辺は攻撃を躊躇してはくれないだろう。
 ゆえに、

「ターン、エンド」

 康助は、何もせずにターン終了を宣言する。

「打つ手なし、か。まあ、1度でも激昂のムカムカの攻撃を防げただけでも大したもんだぜ。それじゃ、とどめといくか! オレのターン、ドロ……………………あ」



 渡辺 山札:0



(……もしかして、この一次選考、こんな調子で通過できちゃったりするんだろうか?)


 吉井康助、現在2連勝中。





2章  三ッ星能力



(……まあ、そう都合よくいくわけもない、よね)


「ドリルロイドで、裏守備モンスターを攻撃します」
「くっ……! 罠カード発動、『聖なるバリア−ミラーフォース−』!」
「ドリルロイドは破壊ですね。でも、ビークロイド・コネクション・ゾーンの効果で特殊召喚された、私の場のスーパービークロイド−ジャンボドリルは、魔法・罠・モンスターカードの効果では破壊されません。私は、ジャンボドリルで、もう一度裏守備モンスターを攻撃します」

 (攻3000)スーパービークロイド−ジャンボドリル → 裏守備 → ダーク・リゾネーター(守300)

「ダーク・リゾネーター……。1ターンに1度、戦闘では破壊されないモンスター、でしたか。しかし、ジャンボドリルには貫通能力がある。攻撃力と守備力の差分、2700ポイントのダメージを、受けていただきます」

 吉井 LP:4000 → 1300

「ぐうっ……!」
「私は、カードを1枚伏せて、ターンを終了します」

 (7ターン目)
 ・3年男子 LP4800 手札2
     場:スーパービークロイド−ジャンボドリル(攻3000)、伏せ×1
 ・吉井 LP1300 手札1
     場:ダーク・リゾネーター(守300)


 一次選考3戦目にして、康助は、早くも追いつめられていた。
 今度の相手は3年生。丁寧な口調で話すこの男子上級生の、ゆっくりとした確実な攻めによって、徐々にアドバンテージ差を広げられる一方だった。
(僕の手札は『月の書』1枚だけ。このターンで何かキーカードを引けないと、負けるっ!)
 吉井康助は、特別強いデュエリストというわけではない。
 中学のときに所属していたデュエル部というのも、数人の部員だけで細々と活動しているような弱小部。大会にはほとんど出ずに内輪でデュエルをして楽しむだけ、という小さな部活だった。
(でも、『団結の力』はさっき使って墓地にあるし、もう僕のデッキにジャンボドリルを倒せるカードは……)
 加えて、康助のデッキは、極端に守備に偏った構成をしている。そのため、守備力の高い壁モンスターや、相手の攻撃を防ぐカードは多数存在するが、相手モンスターを能動的に直接破壊する効果を持った攻撃的なカードは、まったく投入されていない。
(……ええい、迷ってても仕方ない。とにかく引かなきゃ始まらないんだっ!)
「僕のターン、ドロー!!」


 ◆


「あっ! 今……」
「どうした、翔子? 気になる立候補者でもいたのか?」
「……今、何かの能力が発動した……」
「おっ、早くも見つけたか。それで、レベルはいくつくらいだ?」
「……5」
「なっ……! 今なんて……!」
「……五ッ星。この力の大きさは、どう見積もってもレベル5級」
「おいおい、嘘だろ……まさか2年連続で、そんな――」
「行くわよ、春彦」
「は?」
「力の出所が分かったわ。あそこで杉山と闘ってる新入生、あいつで間違いない」
「また1年か……。今度は一体どんな――って翔子! おい! 引っ張るなって!」
「さっさと行くのよ! こんな大物、見逃す手はないわ!」


 ◆


(……? こんなカード、僕、いつデッキに入れたんだっけ? ……でも、このカードなら、間違いなくジャンボドリルを倒せるっ!)
「僕は、手札から速攻魔法『月の書』を発動! スーパービークロイド−ジャンボドリルを、裏側守備表示に変更する! さらに、手札の魔法カード『シールドクラッシュ』を発動! その効果で、ジャンボドリルを破壊する!」

 スーパービークロイド−ジャンボドリル:破壊

 ジャンボドリルは、魔法・罠の効果で『破壊』されないだけ。よって、モンスター1体を裏側守備表示にする月の書の効果を防ぐことはできない。さらに、その破壊されない効果が適用されるのも、ジャンボドリルが表側表示で存在しているときに限られる。ゆえに、守備表示モンスター1体を破壊するシールドクラッシュの効果は、有効となる。

「ダーク・リゾネーターを攻撃表示に変更して、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 (攻1300)ダーク・リゾーネーター −Direct→ 3年男子(LP4800)

「罠カード発動、『ディメンション・ウォール』」
「!」
「このカードは、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる罠です。この戦闘によって私が受けるダメージは、相手プレイヤーが代わりに受けることになります」

 吉井 LP:1300 → 0

 デュエルが終了し、ソリッドビジョンが薄れて消える。
「いいデュエルでした。機会があれば是非また、闘いたいものですね。それではまた」
 対戦相手の上級生は、軽く会釈して去っていった。



(さて、これでまたゼロからやり直し、だな……。まあ、10連勝ってのは絶対無理だろうけど、せっかく参加したからには時間ギリギリまでデュエルして帰ろう、っと)
 元々自分が選考会を勝ち抜けるとはあまり思っていなかった康助は、次の対戦相手を求めてあたりを見回した。
 そして、自分に向かって走ってくる2人組がいることに気づく。小柄な女子生徒が、大柄な男子生徒の手を引いて一直線にこちらへと向かってきている。
(あれは……生徒会の……確か朝比奈先輩と、佐野先輩……だったっけ。でもなんで僕のところに?)
 疑問に思う康助をよそに、佐野を引き連れてやってきた朝比奈は、まっすぐ康助を指差してこう宣言した。


「そこの1年生、今から春彦とデュエルしなさい」


「へ?」「は?」
 康助と佐野、二人の声が重なる。
「えっと……あの、朝比奈先輩。僕が佐野先輩とデュエル、ですか?」
「おい翔子! そんなの聞いてないぞ!?」
 疑問と不満、その2つを同時にぶつけられた朝比奈に、全く動じる様子はない。
 まずは康助に向かって、冷静にこう返す。
「今は一次選考の最中。つまり、あたしたちにデュエルを挑まれたあんたに断る権利はありません。いい?」
「……それって、他の立候補者からデュエルを挑まれた場合の話で、今は関係ないんじゃ……」
「大ありよ。あたしが言った一次選考のルールは、『ここにいる好きな相手とデュエルしろ』だったわよね。だから、あのとき舞台上にいた春彦とあんたがデュエルするのは、一次選考の一環としてカウントされます。分かった?」
「確かに、そうですけど……(僕は別に、佐野先輩からデュエルを挑まれたわけではないような……)」
「どうせさっき負けたばっかりなんだから別にいいでしょ。春彦もいいわね? あたしは横で観戦してるわ。どうもこいつ、自分の能力に無自覚らしいから、説明は後でいいわ。もう一度力使うまで、適当に追いつめてやってちょうだい」
 続けて佐野にそう言った朝比奈は、体育館の床に座りこんだ。どうやらすでに観戦を決めこんだらしい。

「……ということなので、とりあえず理由は聞かずに俺とデュエルしてくれないか。……ええと、まだ名前を聞いてなかったな。君、名前は?」
 一方の佐野は、もはや反論しても無駄だと悟ったらしい。言われた通りに話を進める。
「吉井、康助です。デュエルするのは別に構いませんが、僕が自分の能力に無自覚っていうのは、一体……?」
「あーもう、理由は後で、って言ったでしょ! 勝ったら生徒会役員にしてあげるから、ちゃっちゃとデュエル始める!」
「あ、すみません。それじゃあ、デュエ…………って、今さらっととんでもないこと言いませんでしたか!?」
「裏ルールよ、今決めたわ。『選考会が開催されている間に、現生徒会役員のメンバーに1対1のデュエルで勝利した立候補者は、その時点で選考会合格とする』、こんなところね。こっちの方がお互い本気になっていいでしょ」
「翔子!? 何言ってるんだお前、正気か!? そんなことをしたら、その話を聞いた立候補者が大挙して押し寄せてきて――」
「春彦、あんた、頭悪い? 挑まれたデュエルを断れないのは一次選考のルール。一次選考のルールが適用されるのは立候補者だけ。あたしたちは別に立候補者でもなんでもないんだから、デュエルを挑まれても断っちゃえばいいのよ」
「……よくもまあ、そんな屁理屈がすらすらと出てくるもんだな、本当に」
「屁理屈だって理屈よ。そもそも、今はあたしの担当選考。ルールを決める権限は、全面的にあたしにあるのよ。さあ、分かったらさっさとデュエルする!」
「……そういうことらしい。俺は準備できているが、吉井はどうだ?」
「……はい。大丈夫です」
 大変そうですね、と口に出しかけたが、仮にも相手は2年上の先輩なので思い留まる。
 その代わりに、デュエルディスクを変形させて、闘う準備ができたことを示す。
「突然のことで驚いただろうが、やるからには手を抜かずにデュエルしてくれ」
「はい! 全力で闘います!」


「「デュエル!!」」


「僕のターン、ドロー! 僕は、裏側守備表示でモンスターをセットして、ターンエンドです!」

 (2ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札5
     場:なし
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:裏守備×1


「俺のターン、ドロー。……裏守備モンスターか。だったらまずは、こいつでいくか。俺は、手札のフェザーマンとバーストレディを融合。『E・HERO フレイム・ウィングマン』を、攻撃表示で特殊召喚する」
 佐野のフィールドに、緑色の身体に赤い尻尾を生やした、片翼のモンスターが姿を現す。
「フレイム・ウィングマンで、裏守備モンスターを攻撃だ。フレイム・シュート」

 (攻2100)E・HERO フレイム・ウィングマン → 裏守備 → 岩石の巨兵(守2000):破壊

「フレイム・ウィングマンは、融合召喚でしか特殊召喚できないモンスター。だが、その代わりに、戦闘でモンスターを破壊して墓地に送ったとき、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを、相手に与える効果を持つ。岩石の巨兵の攻撃力は1300。よって、発生するダメージは、1300ポイントとなる」

 吉井 LP:8000 → 6700

「カードを1枚伏せて、ターン終了だ」

(わずか1ターンで守備力2000の壁モンスターを破壊したうえ、僕のライフポイントにダメージまで与えてくるなんて……さすがに、生徒会の先輩は強いっ。けど、E・HEROデッキは融合召喚を多用するデッキ。融合召喚にはいちいち『融合』のカードが必要になるから、そう何度も連発はできないはず。現に、さっきのターンで佐野先輩は4枚のカードを使ったはずだから、残りの手札はあと2枚のはず……)
 そこまで考えて、佐野の手札を確認した康助は、自分の目を疑った。

 (3ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札3
     場:E・HERO フレイム・ウィングマン(攻2100)、伏せ×1
 ・吉井 LP6700 手札5
     場:なし


(手札……3枚!?)
 融合素材となった『E・HERO フェザーマン』『E・HERO バーストレディ』、そして『融合』のカード。さらに伏せカード1枚を合わせれば、2ターン目に佐野が使用したはずの手札は合計4枚。つまり、残っている手札は理論上2枚。何度計算してみても結果が合わない。
(まさか、不正行為……!? いやでも、いくらなんでも生徒会の先輩が、僕なんかとの闘いで反則なんてするはずが……それに、デュエル中に不正行為を行った場合、デュエルディスクから警告音が鳴るはずだし……)
 いくら考えても納得のいく結論が出ない。かと言って、デュエル中にそんなことを相手に尋ねられるわけもない。
(……ええい、このまま悩んでても分からないんだ。だったら僕は、全力で闘うだけだっ!)
「僕のターン、ドロー!」
 とりあえず自分の勘違いだったということにして、一時的に迷いを振り切った康助は、自分のデッキから勢いよくカードをドローする。
「裏側守備表示でモンスターをセット! さらに、カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 (4ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札3
     場:E・HERO フレイム・ウィングマン(攻2100)、伏せ×1
 ・吉井 LP6700 手札4
     場:裏守備×1、伏せ×1


「俺のターン、ドロー。手札から『E・HERO スパークマン』を召喚。そして、フレイムウィングマンで、裏守備モンスターを攻撃する。フレイム・シュート」

 (攻2100)E・HERO フレイム・ウィングマン → 裏守備 → シールド・ウィング(守900)

 フレイム・ウィングマンの攻撃が、康助のモンスターに命中する。だが、攻撃を受けたはずのモンスターは破壊されずに、そのまま場に留まっている。
「シールド・ウィングは、1ターンに2度まで、戦闘で破壊されません。よって、フレイム・ウィングマンとスパークマンの攻撃では、このターン、シールド・ウィングを倒すことはできません!」
 先輩の攻撃を防ぐことに成功した康助は、自信に満ちた表情でそう宣言する。
 しかし佐野は、動じることもなく次の手を打つ。
「なるほど。戦闘耐性を持つモンスターか。……だったら俺は、リバースカードオープン、『融合解除』」
「!」
「フレイム・ウィングマンの融合を解除し、墓地のフェザーマンとバーストレディを攻撃表示で特殊召喚。2体のモンスターで、シールド・ウィングを攻撃する」

 (攻1000)E・HERO フェザーマン → シールド・ウィング(守900)
 (攻1200)E・HERO バーストレディ → シールド・ウィング(守900):破壊

 立て続けに浴びせられる暴風と炎弾を受けて、シールド・ウィングは耐え切れずに破壊された。
「続けて、スパークマンで相手プレイヤーにダイレクトアタックだ」
「させません! シールド・ウィングが破壊されたタイミングで、罠カード発動、『ブロークン・ブロッカー』! この効果によって、デッキから2体のシールド・ウィングを特殊召喚します!」
「ブロークン・ブロッカー……。攻撃力よりも守備力が高い自分フィールド上の守備表示モンスターが戦闘で破壊されたとき、デッキから同名モンスターを2体まで守備表示で特殊召喚できるカード、か。……3回戦闘しないと破壊できないシールド・ウィングがさらに2体。これはなかなか厄介な相手だな」
 少し考えるそぶりを見せる佐野。
「それなら俺は、場のフェザーマンとバーストレディを再び融合。フレイム・ウィングマンを攻撃表示で特殊召喚する」
 2体のモンスターが1つになり、もう一度片翼のモンスターが姿を現す。
(!? 手札が……!)
 思わず目を見張る康助。今、佐野が、自分の手札を1枚も消費せずに融合を行った。少なくとも、康助の目にはそう映ったのである。
「カードを2枚伏せて、ターン終了だ」

 (5ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札1
     場:E・HERO フレイム・ウィングマン(攻2100)、E・HERO スパークマン(攻1600)、伏せ×2
 ・吉井 LP6700 手札4
     場:シールド・ウィング(守900)、シールド・ウィング(守900)


 4ターン目が始まったときの佐野の手札は3枚。ドローフェイズに1枚引いて、スパークマンを召喚、融合を発動、そしてカードを2枚セットしたら、後には手札が1枚も残らないはずである。しかし、現に佐野の手札には、1枚のカードが存在している。
(佐野先輩は、『融合』の魔法カードを使わずに、融合を行っている……!?)
 フレイム・ウィングマンは、コンタクト融合のように『融合』を使わずに特殊召喚できるようなモンスターではない。かと言って、フィールド魔法『フュージョン・ゲート』が発動されているわけでもない。明らかにおかしな事態であると言えた。
(僕の勘違いだったら謝ろう。これは、佐野先輩に直接尋ねてみるしかない!)
「あのっ、佐野先輩!」
 康助は、この異常事態に平然としているように見える佐野に、意を決して質問する。
「さっきから、融合召喚するときに、先輩の手札が減ってないように、思えるん……です、けど……」
 「不正行為」という言葉を口にするわけにもいかず、尻すぼみな発言になってしまう。
 しかし佐野は、この質問を予期していたような口ぶりで、答えを返す。

「ああ。それが俺の特殊能力だ。『自分のターンのメインフェイズに、『融合』カードを使わずに融合召喚を行うことができる』。カードの効果風に言えば、こんなところだな」

「佐野、先輩の、特殊能力……!?」
 その意味不明な答えに、どう反応していいかまったく分からずに当惑する康助。
 そんな康助に対して、今まで黙って観戦していた朝比奈が口火を切った。
「あ〜、やっぱり知らなかったわね。ま、実際に力を目の当たりにした後の方が説得力あるでしょ」
 そう言って立ち上がった朝比奈は、いつもと変わらず、明瞭な口調で、要点をかいつまんだ説明を始める。

「ほら、あれよ。モンスターにも通常モンスターと効果モンスターっているでしょ。あれと同じで、デュエリストにも通常デュエリストと、何か特殊能力を持ってる効果デュエリストってのがいるのよ」

 最初っから分からない。

「あのな翔子、いくらなんでもその説明は……」
「何よ、分かりやすい例えじゃない」
「いや、分かりやすいことは分かりやすいんだが……。ええと吉井、『サイコデュエリスト』って、聞いたことあるか?」
 佐野は、朝比奈を説得するよりも康助に説明する方が早いと判断したらしい。
「サイコ、デュエリスト、ですか……? ええと、デュエルすることによって、物理的な破壊を行えるデュエリストがいる……とかいう都市伝説でしたっけ」
 サイコデュエリストの話は、康助も風の便りで聞いたことがあった。確か、デュエル中に発動するカードのエフェクトを実体化させて、対戦プレイヤーや周囲の観客に物理的なダメージを与えることができる能力の持ち主がいる、といったようなものだったはずである。もちろん康助は、誰でも考えつくようなありがちな噂話だと思うだけで、まったく信じてはいなかったのだが。
「噂通りの、物理的な破壊を行えるサイコデュエリストが現実に存在しているかどうかは俺も知らない。今のはただの例え話だからな。……だが、デュエル中に何らかの特殊な力を発揮することができるデュエリストが存在していることは、確固たる事実なんだ」

「……それが、佐野先輩……っていうこと、ですか?」
 康助は、信じられないという表情で、佐野を見つめる。
「春彦もそうだし、あたしもそう。というか、今まで生徒会に所属したことのある生徒の2/3くらいは能力者だったわね」
 朝比奈が、2人の会話に割りこんで説明を続ける。
「この能力――特殊能力とか、能力とか、単に力って呼んだり、呼び方はまだ定まってないんだけどね――が初めて発見されたのは30年くらい前、って言われてるわ。十代の人間のごく一部に突然発現して、二十歳を過ぎると自然と失われてしまう異能の力。原因は一切不明。発現する人間や、能力の種類について分かっていることは、デュエリストにしか発現しないっていうことと、その力はデュエル中にしか発揮されず、デュエルの進行に何らかの影響を与えることのできる力である、っていうことだけ」
「……佐野先輩の場合は、それが『融合カードなしで融合召喚を行える力』、っていうことですか? でも、そんな話、僕今まで聞いたこと……」
「聞いたことがないのも当然だろうな。この現象には未知の領域が多すぎる。だから、この特殊能力に関しては、デュエルモンスターズを扱う大会社、海馬コーポレーションや、インダストリアル・イリュージョン社によって、ある程度の報道規制が行われている。いつまでも隠しておけるような事柄ではないだろうが、当面はこの方針でいくという話だ」
「能力者たちを全員隔離して閉じこめておく、なんてわけにもいかないしね。それに、力が保つのはせいぜい10年くらいだから、テレビで活躍しているようなプロデュエリストに力を使える人間はほとんどいない。あまり世の中に認知されてないのも、無理ないわね」
「一般には知らされていないだけで、このことを知っているデュエルモンスターズの関係者は結構多いんだがな。公式大会なんかでは、むしろ能力を発動することが推奨されている節さえある。なんでも、能力の発動に関するデータを集めることが目的らしいが」
「当然、我が翔武生徒会も、バリバリに能力使って大会で好成績あげてるわけ。この選考会にも、強い特殊能力の使い手を探してとっとと引き抜く、っていう裏の目的があるのよね」
「まあ、こんなふうに、選考会の途中で俺たちが直接立候補者に会いに行く、なんて例は珍しいんだがな」
 佐野と朝比奈が、互いの言葉を継いで交互に説明を行う。

「特殊能力、ですか……。なんだか信じられないような話ですけど、実際に佐野先輩は能力使ってますし…………って、僕が自分の能力に無自覚だっていうのは、まさか!?」
「そうよ、あんたは能力者。それも、とっておき中のとっておき、五ッ星能力者よ」
「五ッ星、能力者?」
「能力にはね、強いものから弱いものまで色々あるの。それを5段階に分けたものが『レベル』。レベル1が最弱で、レベル5が最強。モンスターカードになぞらえて、レベル3の能力者のことを三ッ星能力者とか言ったりすることもあるわね」
「五ッ星は……最強……?」
「個人差はあるみたいだけど、レベルの高い能力者になると、他人が発動させた能力のレベルがある程度分かるようになるの。春彦はレベル3なのに無理なんだけど、あたしは完璧よ。ああ、ちなみにあたしは四ッ星能力者ね」
「さっき吉井が行っていたデュエルの途中で、レベル5の能力が発動したのを翔子が感知したらしくてな。それで俺たちが飛んできた、ってわけだ」
「僕が、レベル5…………」
 にわかには信じられない話だった。そんな特殊能力を持ったデュエリストが存在するということだけでも驚きなのに、そのうえ自分がその中でも最上位の能力者だなんて。
「……でっ、でも! そうだとしたら、僕の能力ってのは何なんですか? 僕が能力を発動させたから来た、っていうことでしたけど、僕、そんな力を使った覚えは――」
「そう、それが問題なのよね」
 康助の問いかけに、とたんに朝比奈は不機嫌な顔になる。
「能力が発現したデュエリストは、自分の能力が何なのか、どういう効果を持っているのかが自然に理解できるもんなのよ。あんたにそれがないっていうことは、まだ発現が不完全な証拠。さっきのデュエルで能力が発動したのは確かだから、もう1回デュエルして追いつめられればまた発動するんじゃないか、って思ってあたしたちは今ここにいるわけ。分かった?」
 そう言うと朝比奈は、康助の返事も待たずに、再び床に座りこんで観戦態勢に戻る。
「さあ、分かったら早速デュエル再開! お互い本気で行きなさいよ!」
 そういえば、いまだデュエルは続行中。康助は今が自分のドローフェイズであることを思い出すと、もう一度場の状況を確認する。

 (5ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札1
     場:E・HERO フレイム・ウィングマン(攻2100)、E・HERO スパークマン(攻1600)、伏せ×2
 ・吉井 LP6700 手札4
     場:シールド・ウィング(守900)、シールド・ウィング(守900)


(僕が、最強の能力者……。嘘みたいな話だけど、自分の能力が分かっていない以上、とりあえず今は、引いたカードだけで闘うしかない、な)
 そう気持ちを整理した康助は、改めてデュエルに精神を集中させる。
「僕のターン、ドロー!」

 ドローカード:団結の力

(よし、これなら行ける!)
「僕は、機動砦のギア・ゴーレムを召喚! そして、ギア・ゴーレムに、『団結の力』を装備させる!」
 団結の力は、装備モンスターの攻撃力・守備力を、自分フィールド上に存在するモンスターの数×800ポイント上昇させる効果を持った装備魔法カード。今、康助の場には、ギア・ゴーレムを含めて3体のモンスターが存在している。ゆえに、ギア・ゴーレムの攻撃力は、2400ポイントアップする。

 機動砦のギア・ゴーレム 攻:800 → 3200

「ギア・ゴーレムの特殊能力発動! 800ポイントのライフを払うことで、相手プレイヤーに直接攻撃することができる!」

 康助 LP:6700 → 5900

 (攻3200)機動砦のギア・ゴーレム −Direct→ 佐野 春彦(LP8000)

 しかし、その攻撃は空中に出現した透明な壁によって阻まれる。
「罠カード発動、『ヒーローバリア』」
「……っ!」
「ヒーローバリアは、自分フィールド上に『E・HERO』と名のついたモンスターが表側表示で存在するとき、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にできる通常罠だ。……今の局面は、俺を直接攻撃するよりも、俺のモンスターを1体でも減らすことを優先するべきだったな、吉井」
 通ると思った攻撃が空回りして出鼻を挫かれた康助に、佐野から先輩としての的確なアドバイスが飛ぶ。
(うっ、確かに、ライフの払い損か……。でも、こっちの守りも十分堅いはず。次のターンでもう1回攻めるっ!)
 自分の場に容易には崩されない布陣が完成していることを確認した康助は、そのままターンを終了する。
「ターン、エンド!」
 この判断は、まあ妥当な選択であると言えるだろう。

 (6ターン目)
 ・佐野 LP8000 手札1
     場:E・HERO フレイム・ウィングマン(攻2100)、E・HERO スパークマン(攻1600)、伏せ×1
 ・吉井 LP5900 手札3
     場:機動砦のギア・ゴーレム(攻3200)、シールド・ウィング(守900)、シールド・ウィング(守900)、団結の力(装魔)


 相手が並のデュエリストだったならば。
「俺のターン、ドロー。……吉井、悪いが、このターンで終わらせる」
「!」
 佐野の突然の宣言に驚く康助。
 康助の場には3回戦闘を仕掛けないと破壊できないシールド・ウィングが2体と、攻撃力3200を誇るギア・ゴーレムが1体。このターンで康助を倒すには、それらをすべて、2枚の手札と1枚の伏せカードで破壊したうえ、残る5900ポイントものライフを一気に削りきらなければならない。
(いくら能力が使えるからって、そんなことが……)
 と、康助が信じられないという表情をしていると、
「場のスパークマンと、手札のネクロダークマンを融合。『E・HERO ダーク・ブライトマン』を、攻撃表示で特殊召喚する」
 佐野が、自身の特殊能力を使って、融合召喚を行った。
(確か、ダーク・ブライトマンは、破壊されたときに相手フィールド上のモンスター1体を破壊する効果を持っていたはず。まさか、自爆特攻でもする気――)
「罠カード発動、『連鎖破壊』。このカードは、攻撃力2000以下のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚されたときに発動でき、そのモンスターのコントローラーの手札・デッキ・エクストラデッキに存在する同名カードをすべて破壊する罠だ。その効果により、俺のエクストラデッキに存在する残り2体のダーク・ブライトマンは破壊される」

 E・HERO ダーク・ブライトマン(佐野のエクストラデッキ内):破壊
 E・HERO ダーク・ブライトマン(佐野のエクストラデッキ内):破壊

「ダーク・ブライトマンの効果発動。このカードが破壊されたとき、相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。俺が破壊するのは、2体のシールド・ウィング」

 シールド・ウィング:破壊
 シールド・ウィング:破壊

(嘘だろっ……! まさか、そんな攻め方が……!)
 佐野の高速の攻めに、康助の思考は追いつかない。
「ダーク・ブライトマンの融合によって墓地に送られた『E・HERO ネクロダークマン』の効果発動。このカードが墓地に存在する限り、1度だけ『E・HERO』と名のついたモンスター1体をリリースなしで召喚することができる。俺は、手札の『E・HERO エッジマン』を召喚」
 エッジマンは、レベル7で攻撃力2600の、貫通能力を持ったE・HERO。
「これで、俺の準備は整った。まずは、フレイム・ウィングマンで、機動砦のギア・ゴーレムを攻撃。フレイム・シュート」
 シールド・ウィングが2体破壊されたことにより、ギア・ゴーレムの攻撃力はわずか1600ポイントにまで減少している。

 (攻2100)E・HERO フレイム・ウィングマン → 機動砦のギア・ゴーレム(攻:1600):破壊

 吉井 LP:5900 → 5400

「フレイム・ウィングマンの効果発動。戦闘で破壊したモンスターの、元々の攻撃力分のダメージを、相手に与える」

 吉井 LP:5400 → 4600

「さらに、エッジマンでダイレクトアタック。パワー・エッジ・アタック」

 (攻2600)E・HERO エッジマン −Direct→ 吉井 康助(LP4600)

 吉井 LP:4600 → 2000

「最後に、ダーク・ブライトマンでダイレクトアタックだ。ダーク・フラッシュ」

 (攻2000)E・HERO ダーク・ブライトマン −Direct→ 吉井 康助(LP2000)

 吉井 LP:2000 → 0


 あれよあれよという間に、康助の敗北が確定した。

「よし。これで俺の勝ちだな。……どうだ吉井。初めて見た、能力デュエルの感想は」
「…………」
 康助は、声も出せずに唖然としていた。
(これが、生徒会の先輩のデュエル……)
 度肝を抜く強烈なコンボ。無駄のないカード運び。怒涛のモンスター展開による一斉攻撃。
(それだけじゃない。佐野先輩の特殊能力と、E・HEROデッキとのシナジーも抜群だ)
 これらによって紡ぎだされる、流れるような攻めは、素人目にも華麗に映った。これほどまでに圧倒的な強さを持った相手と闘ったのは、生まれて初めてのことだった。

「……吉井、どうした?」
 その声で、半ば放心状態にあった吉井は我に返る。
「あっ、すみません! あまりに美しい攻撃だったもので、ちょっと呆然としちゃいまして……」
「どう? 我らが翔武生徒会の実力、思い知った? ま、新1年生にはいい刺激になったんじゃない?」
「翔子。お前は何もしてないだろ……」
 いつの間にか近くに来ていた朝比奈に、佐野は呆れてため息をついた。
「それで、どうだったんだ? 能力が発動する気配はあったのか?」
 佐野が、話題を本来の目的に戻すと、とたんに朝比奈は不満顔になる。
「それが、全然ダメだったのよね。レベル5ほどの大能力なら、ちょっと発動するだけでものすごい威圧感を感じるはずなんだけど、毛ほども感じなかったわ。現状は、ただの無能力者と同じね」
「そうか……。まあ、こればっかりはどうしようもないだろうな」
 佐野は、康助の方に向き直ってこう告げる。
「ここまでのデュエルをして何の反応もないところを見ると、残念ながら、能力が完全に発現するまでには、まだ時間がかかるようだ。……そうだな、明日になったら、能力測定でもしてみたらどうだ?」
「能力、測定……?」
「専門の機械を使って、能力者のレベルを測ることよ。少しでも能力が目覚めていれば反応するから、あんたにもレベル5判定が下るはずよ」
「完全な発現までにかかる時間も測定してくれるから、かなり参考になると思う。もっとも、こちらの方は誤差も大きいんだがな」
「あ、是非お願いします!」
 勢いよく頭を下げる康助に、
「礼には及ばないさ。俺たちも、貴重な人材を確保したくてやってるわけだからな」
「そうそう。デュエルの腕前も中の上くらいはあるみたいだし、もし大会までに五ッ星能力に覚醒するようなことがあったら、即刻生徒会に入ってもらうことになるからね」
 自分たちの意図を包み隠さず伝える佐野と朝比奈。
「明日の昼休みになったら、生徒会室に来てくれ。そこで能力測定を行う。測定自体は5分ほどで終わるはずだ」
「んじゃま、まだ2時間くらい残ってるから、一次選考がんばりなさいな。未覚醒の状態でも、正規に選考会を通過してくればきっちり生徒会に入れてあげるわよ」
「突然押しかけてきて悪かったな。それじゃあ、明日また会おう」
 そう言うと、2人はまっすぐに舞台上へと戻っていった。



(あれが生徒会の先輩たちか……すごい人だったなあ……)
 ただの興味本位で選考会に参加していたはずの康助は、佐野とのデュエルを経て、生徒会の先輩たちへ尊敬の念を抱くようになっていた。
(僕もあそこに入れたら……。山本や渡辺が憧れるのも無理ないかもな……)
 実際のところ、2人の憧れは主に自己顕示欲から来るもので、康助の純粋な憧れとは異質なものである。しかし、生徒会に入りたいという強い想いが、あの2人同様、康助の中に深く根をおろしていたのは確かだった。
(僕が能力に目覚めるのはいつになるか分からないけど……とりあえず今は、全力でこの一次選考を通過することだけを考えよう!)
 先ほどまでとは打って変わって、積極的に相手を探そうと動き回る康助。
 そして、最初に目が合ったデュエリストに向かって、果敢に勝負を挑む。


「「デュエル!!」」








 ――18:00、一次選考終了。


 吉井康助、戦績。

勝(VS 山本)
勝(VS 渡辺)
負(VS 3年男子)
負(VS 佐野)
負(VS 2年女子)
勝(VS 1年男子)
負(VS 3年女子)
負(VS 2年男子)
勝(VS 2年女子)
勝(VS 1年女子)
負(VS 1年男子)
負(VS 3年男子)
勝(VS 1年男子)
負(VS 3年女子)
勝(VS 2年女子)
負(VS 1年男子)


 16戦7勝9敗、最大2連勝。


 一次選考落ち、である。





3章  天神 美月



「おー吉井、お前も一次選考落ちだったか」
「今考えてみれば、入学早々生徒会入り、っていうのも無茶な話だったよなー」
 次の日の朝。教室に入った康助を出迎えたのは、当然のごとく一次選考に落選していた山本と渡辺の2人だった。
 結局あの後は、一次選考の通過者に、明日同じ時間同じ場所に集合するように指示が出されてお開きとなった。朝比奈の話によると、昨日と同じ時間帯に、今日は二次選考、明日は三次選考を行うらしい。
「やっぱ、上級生は強いわな。速攻されて、ダイス・ポットの効果を発動する暇すらないこともあったからな。あれを封じられたら、勝ち目はねぇや」
「オレなんか、選考会の途中でカード落としたらしくてさ。いつの間にかデッキの枚数が39枚になってんの。そのときはたまたま他に持ってたカードから1枚補充しといたんだけど、結局、一体何のカードを落としたのか分かんなくなったんだよなー」
 昨日の選考会の話題に花を咲かせる2人。
 なお、一次選考における山本の戦績は、21戦5勝16敗。一方の渡辺は、18戦3勝15敗。どちらも選考会通過には手が届かないほどの実力しか持っていないのは明らかであった。

「……ねえ、2人とも、レベル5の特殊能力、って、どう思う?」
 最右列、後ろから2番目の自分の席についた康助は、2人に対しておずおずとそう切り出した。
「レベル5? 効果モンスターの話か?」
「どう思う、って聞かれてもなあ……どういう意味だ、吉井?」
「あ、いや、ちょっと選考会で、五ッ星モンスターの効果に苦しめられたもんだから、つい……。ごめん、忘れていいよ」
 康助の嘘に、怪訝そうな顔をしながらも納得する2人。
(やっぱり知らない、か。……まあ、いつ目覚めるかも分かってないんだから、まだ黙っていたほうがいいよね)
 そう判断した康助は、何か別の話題を探そうと、あたりを見回す。
「そういえば、一番左の列の、前の席。昨日からずっと空席のままだけど、どうかしたのかな?」
 入学式の日に休むなんて珍しい人もいるもんだな、という軽い疑問から2人に話を振る。
 しかし、返ってきた答えは、予想外のものだった。
「ああ、あれな。……どうもあれ、留年した生徒の席らしいぜ」
 説明のために顔を近づけてくる渡辺。自然と声が低くなる。
「留年?」
「先輩から聞いたんだ。なんでも、入学してすぐに学校に来なくなったらしいぜ。名前は確か……天神(あまがみ)美月(みつき)とか言ったっけな」
「天神……その名前、どこかで……」
 自分の記憶を探ろうとした康助だったが、その思考を断ち切るかのように、突然教室の引き戸が開かれる。
 担任の教師が入ってきて、朝のホームルームが始まった。


 この日、天神美月は、教室に現れなかった。


 ◆


 午前中の授業が終わった。今週いっぱいは午前授業なので、昼休みになるとすぐ下校してしまう生徒も多い。
 「入学式の翌日から授業って、正直ありえなくね?」「普通、オリエンテーションとかだよなあ」と愚痴をこぼしている2人に、用事があるからと言って別れた康助は、昨日の約束通り、生徒会室へと向かっていた。
(えっと、生徒会室、生徒会室、と。……あ、ここだな)
 整った明朝体で『生徒会室』と書かれた白いプレートが貼られているドアの前で立ち止まった康助は、扉をノックする。
「はーい、入っていいわよ〜」
 ドアの向こう側で、昨日聞きなれた声が響く。康助は改めて気持ちを整えると、ドアノブを握った。少し軋んだような音をたてて、扉が開く。
「お、レベル5少年、よく来たわね」
 社長室にでも置かれていそうな豪華な椅子に座っていた朝比奈が、言葉だけで康助を迎え入れる。
「あー、悪いがこっちの調整がまだ終わってないんだ。あと10分くらいで終わると思うから、少し待っていてくれないか」
 一方、部屋の隅に置かれた何やら巨大な機械をいじくっていた佐野は、康助の方を振り返ってそう頼んできた。
「あ、はい。分かりました。……へぇー、ここが生徒会室ですか……」
 大きさは通常教室の約2倍。ホワイトボードやパソコン、個人用のロッカーなどの普通の設備が整っているのはもちろん、デュエル関係の雑誌や専門書、DVDといった資料が数え切れないほど棚に収められている。この生徒会室は、デュエルモンスターズを本気で学ぼうと思っている人にとっては、この上なく優れた環境であると言えるだろう。
「どう、すごいでしょ? 確か、ここにある本は全部で3000冊くらいだったかしらね」
「3000冊……途方もない数ですね……」
「ま、生徒会役員の特権、ってやつね。……そうだ。暇だったら、あっちの部屋も見せてあげるけど?」
 そう言って朝比奈は、入口から見て左手にある大きな両開きの扉を指差した。
「おい翔子。カード保管庫を部外者に見せるのは――」
「固いこと言わないの。どうせこいつは能力に目覚めたら役員にするんだし。今のうちに生徒会のこと紹介しておいた方がいいでしょ」
 そう言い切った朝比奈は、椅子から立ち上がると、机の引き出しを開けて扉の鍵を取り出した。複雑な装飾が施されたそれを、両開きの扉に差しこんで回す。
「さあ、とくとご覧なさい! 我が翔武生徒会が誇る、秘蔵のコレクションを!」
 巨大な扉が両側に大きく開く。


「うわぁ……すごい…………」
 扉の向こうに現れたのは、デュエルモンスターズのカードだった。
 だが、その量が並大抵ではない。先ほどの生徒会室と同じくらいの広さを持ったこの部屋の半分近くはカードを収納するための棚で占められており、そのほとんどには種類別に分類・整理されたカードがびっちりと収められている。
「古今東西、ありとあらゆる場所から集められたカードの山よ。完璧な温度・湿度調整が施されたこの部屋に収納されているカードの数は、ゆうに100万枚を超えるわ」
「ひゃくまん、ですか……」
 桁が大きすぎて、どのくらいの多さなのか具体的なイメージが湧いてこない。
「もちろん、この世に存在するすべてのカードを1枚も漏らさず網羅してる、ってわけじゃないけどね。それでも、普通に流通しているカードに限れば、この部屋に存在しないカードはないと言っても差し支えないわ」
 自慢げに胸をそらす朝比奈は、続けて部屋の奥に康助を案内する。
 そこにあるカードは、他のカードとは違い、ガラスケースの中に収められていた。
「ここにあるのが、秘蔵中の秘蔵、幻のレアカードのレプリカよ!」
 朝比奈はそう叫ぶと、嬉々として保管されているカードについての説明を始める。
「これが、かの初代デュエルキング、武藤遊戯のデッキのレプリカ。確か、どこかの学校の卒業デュエルで賞品として使われるはずだったものを譲り受けた、とかだったかしら。レプリカとは言っても、未だに10セットくらいしか生産されていないはずだし、もちろんデュエルで使用することも正式に認められているわ」
 朝比奈が指さしたケースの中には、『ブラック・マジシャン』『バスター・ブレイダー』『カオス・ソルジャー』『ブラック・マジシャン・ガール』といった、デュエリストならその名を知らぬ人はいないであろう伝説のカードが並べられている。
「こっちは、天才社長デュエリストとして名高い、海馬瀬人の使っていたカード群。『青眼の白龍』のカードなんて、レプリカでも未だに1枚数百万円はくだらない値がつくのよ!」
 こちらのケースにも、『青眼の白龍』はもちろん、『カイザー・シーホース』『XYZ−ドラゴン・キャノン』『ロード・オブ・ドラゴン−ドラゴンの支配者−』などの、錚々たる顔ぶれが並んでいた。
「他にも、あの伝説の『封印されしエクゾディア』シリーズ、幻のレア魔法カード『フォース』、かのペガサス・J・クロフォードの操る『トゥーン・ワールド』、それからあっちのケースには――」
「測定器の調整、終わったぞ。吉井、向こうの部屋に戻ってくれ」
 突然のその声に、饒舌な語り口でコレクションを自慢していた朝比奈は、頬を膨らませて不満顔になる。
「ちょっと春彦。今いい所なんだから、邪魔しないでよね!」
「……お前は、ほっといたら何時間でもしゃべり続けるだろ。俺たちにも二次選考の仕事が控えてるんだから、そのくらいにしておけ」
「まったく春彦は、融通が利かないんだから……。と、まあ、こんな具合で、生徒会に入れば、世界中から集められたレアカードを自由に使い放題、ってわけ。ここのガラスケースだって、別に鍵がかかっているわけじゃないから、レプリカカードも自分のデッキに好きなように入れることができるのよ」
 と、無理やりまとめに入る朝比奈。
「…………」
「ちょっと少年、聞いてる?」
「……え? あ、はい、すみませんっ!」
 あまりに膨大な量のカードに呆気にとられていた康助は、その一言で正気に戻る。
「まったく……、素直な反応を見せてくれるのはいいけど、人の話くらいはちゃんと聞きなさいよね」
「まあまあ。初めてこの部屋を見て、驚くなっていう方が無理だろう。……さあ、我に返ったところで、能力測定の時間だ。行くぞ、吉井」
 3人は、カード保管庫を後にする。


「これが、能力を測定する装置、ですか……」
 康助の左腕には、袋状の黒いベルトが巻かれていた。
「ま、こんなでっかい機械がくっついてなきゃ、ただの血圧計にしか見えないわよねー」
 ベルトからは圧力がかけられていて、左腕は軽く締めつけられている。
「……一応、これ1つで200万円はする測定機器なんだがな」
 そして、ベルトから伸びているコードの先には、人間1人分くらいの大きさはゆうにある巨大な機械がつながれている。佐野曰く、中身は非常にデリケートな精密機械らしいのだが、外側から見ることができるのはいくつかのボタンとディスプレイが1つだけである。
「後はこのまま5分待つだけだ。……どうだ? 今のうちに、何か聞いておきたいことはあるか?」
 佐野からそう問われた康助は、昨日から気になっていた1つの疑問を口にする。
「そういえば、今の生徒会役員って、佐野先輩と朝比奈先輩以外に、誰かいないんですか?」
「む、痛いところをついてくるわね、レベル5少年」
 佐野に向けられた質問に、朝比奈が割りこんで答えを返した。
「まともに活動してるのは、あたしたち2人だけね。去年の選考会の合格者が3年生ばっかりだったから、今年の生徒会は人数不足気味、ってわけ。とりあえず最低5人はメンバーを集めないと、6月の大会に出場できなくなっちゃうからね」
「まあ、正確には去年、1年の合格者が1人出て、役員になったことはなったんだが……。ちょっと色々あってな」
 珍しく言葉を濁す佐野。
「へぇー、1年生でも合格した人がいるんですね。僕なんか全然……」
 と、頬をかきながら顔を背ける康助。たまたま、近くの机の上に置かれていた紙が目に入る。
(第11期、翔武生徒会役員名簿、か……)
 康助は、単純な好奇心から、そこに書かれている情報を目で追いかける。

 3年 穂村 龍一 Lv.3
 3年 栗原 由紀 Lv.2
 3年 南 真吾 Lv.2
 3年 会沢 さゆり Lv.1
 3年 長谷川 亮平 Lv.0
 3年 片桐 和也 Lv.0

 2年 朝比奈 翔子 Lv.4
 2年 佐野 春彦 Lv.3

 1年 天神 美月 Lv.5


(天神、美月……! それも、レベル5……!?)
 康助の目が、驚愕に見開かれる。
「あっ、あのっ! 天神美月って人は、ここの役員なんですかっ!?」
 感じた驚きが、そのまま口をついて出てしまう。
「吉井、お前がどうしてその名前を? ……もしかして、同じクラスなのか?」
「はい。会ったことはないんですけど、留年してるっていう話を聞いて……。それにしても、レベル5だなんて、どうしてそんなすごい人が……」
 その発言を耳にした朝比奈は、とたんに嫌そうな顔をする。
「いくらすごい能力者だったとしてもね、自分からデュエルしたくないなんて言いだす奴に、あたしたちは興味ないのよ。うちの生徒会に除名制度はないから、今でも一応役員だけど、もう二度とここに顔を見せることはないでしょうね」
 今までに見せた不機嫌さとは異なり、心底怒りを感じているように見える。
「デュエル……したくない……?」
「そうよ。自分に酔ってるんだか何だか知らないけど、デュエル拒否して大会にも出ずに、挙句の果てに引きこもって学校来なくなるなんて、あんな奴、ほっとけばいいのよ!」
「おい翔子、吉井にそんなこと言っても――」

 甲高い電子音が鳴り響く。
 朝比奈を止めようとした佐野の発言は、測定終了を示すその音によって中断させられた。

「――っと、能力測定、無事終了だな」
「……さて、本格的な発現は、今年の大会までに間に合うかしらね」
 何の関係もない1年生に怒りをぶつけていた朝比奈は、その音で我に返ったらしく、話の流れを元に戻そうとする。
「……僕の、特殊能力……」
 あれは朝比奈にとって触れられたくない話題であったということを悟った康助も、まだ見ぬ自分の特殊能力に胸を躍らせる。
「さあ、結果を表示するぞ……」
 そう言うと佐野は、機械に取り付けられている赤いボタンを、ゆっくりと押しこんだ。
 測定器のディスプレイに、康助の能力測定の結果が大きく表示される。


 能力測定 結果:

   能力強度 Lv.0
   発現時期 不定



「………………………………」
「………………………………」
 黙りこむ佐野と朝比奈。
「えっと、あのー、この『レベル0』っていうのは……」
 おずおずと質問する康助。
「…………翔子」
「…………なに」
「…………あのとき、能力を発動させたのは、本当に吉井だったのか?」
「…………あれだけ人が密集してたからねー、もしかしたら、間違えた、なんてことも」
「…………あるかも?」
「…………あるかも」
「………………………………」
「………………………………」
 再び黙りこむ2人。

 吉井康助は、今度こそ本当に、呆然としていることしかできなかった。


 ◆


(はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ)
 学校からの帰り道、康助は、本日何度目になるか分からない、深い深いため息をついた。
(冷静に考えてみれば、僕なんかが、レベル5の能力者なわけないよなぁ……)
 能力の発現に法則性が見つかっていない以上、この康助の推論は的外れなものである。だが、朝比奈の話によれば、五ッ星能力が発現した例は、いまだかつて世界中で10件程度しか確認されていないらしい。そんな宝くじで1等を当てるよりも難しい確率の幸運が、何の変哲もない自分に降りかかってくるわけがない。そう考えるのは、1人の人間としてごく自然なことであった。
 ちなみに、あの後佐野と朝比奈も能力測定を行って、それぞれレベル3、レベル4という正しい結果が出力された。そのため、測定器の故障でないことは確認されている。
(これで生徒会に入る話もパア、か……。まあ、元々入れっこないと思ってたわけだし、別にいいのか、な……)
 元いた立ち位置に戻ってきただけとはいえ、一度希望を抱かされてから突き落とされるというのには、想像以上に辛いものがあった。
(そういえば、天神さんは本物のレベル5だったんだよな……。そんなすごい人が、どうしてデュエルをやめちゃったりしたんだろう……)
 あの朝比奈の怒りようからして、生徒会と何らかの確執があったのは確かだろう。だが、現在同じクラスであるという以上の関係を持たない康助に、それを知る術はない。
(……それにしても、天神って名前、やっぱりどこかで見たことあるような気が――)
 自分の家に向かって、住宅地を歩いていた康助の足が、止まる。
 目の端に映った違和感を頼りに振り返る。
(『天神』……!)
 それなりに大きな一戸建ての門の横。そこには、太い立派な字で『天神』と書かれたプレートが取りつけられていた。
(初めて見た気がしなかったのは、これのせいだったのか……!)
 この道は、康助が中学に通っていたときにも必ず通っていた道である。たとえ何の関係もない人物が住む家だったとしても、毎日ここを通っていれば、その表札に書かれている名前が頭に残っていたとしても不思議はない。
(ここが……あ、でも、ここがレベル5の天神さんの家、とは限らないんだよな)
 門の前でしばらく立ち止まっていた康助は、ようやくそんな当たり前の事実に気づく。
(それに、よく考えてみれば、僕が天神さんに会ったところで、何を話せばいいんだか――)
 そう思った康助が、再び歩き出そうとした瞬間、

「私の家に、何か用なの?」
 透き通るような声が小さく響く。
 その声に振り返ると、すらりとした長身の少女が目に入った。長い黒髪を背中に流した、どこか上品な雰囲気の漂う少女である。
「あ……あのっ、天神、美月さんですかっ?」
 本来ならば、適当に答えてその場を立ち去るべきなのだろう。だが康助は、とっさにそう尋ねてしまった。
「? そうだけど、あなたは誰?」
 澄んだ声でそう返す天神。艶やかな黒髪が、風に吹かれてハラリとなびく。
「えっと、僕、吉井、康助って言います。翔武高校の1年生で、天神さんと同じクラスですっ!」
 翔武高校、同じクラス、という言葉を聞いて、天神の表情がわずかに曇る。
「……それで、私のクラスメイトが、私に何の用?」
「ええと、その、用、ってわけじゃないんですけど……」
 口ごもる康助。元々、何か用があって尋ねてきたわけではないのだ。当然である。
「そう。用がないなら、私、家に入るわね」
 そう言って天神は、家の門を開けた。どこか寂しげな背中が門をくぐる。

 ――何か言わなくてはならない。
 なぜか、そんな想いが衝動的に康助の心を支配した。このまま天神と別れてはいけない。理由は分からないが、どうしてもそんな気がしたのだ。
「あ……」
 理性と衝動の狭間で一瞬揺れ、とっさに康助の口から飛びだしたのは、
「天神さん、レベル5なんですよね? そんなにすごい能力を持ってるのに、どうしてデュエルをやめちゃったりなんかしたんですかっ!?」
 初対面の相手に対するものとは到底思えない、失礼極まりない質問だった。
「…………」
「あっ、すみませんっ! 初めて会う人にしていい質問じゃ、なかった、です、よね……」
 強く思っていたこととはいえ、いくらなんでも失礼すぎた。すぐにそう思い至った康助は、頭を下げて自分の無礼を詫びる。
「…………してみる?」
「えっ?」
「私とデュエル、してみる?」
 唐突な質問に対する返事は、同じくらい唐突な提案だった。





4章  Lv.0 VS Lv.5



「「デュエル!!」」


 天神家。デュエルするには十分な広さを持っているこの家の庭で、天神と康助のデュエルは行われることになった。康助がつけているデュエルディスクは、天神の家のディスクを借りたものである。

「僕のターン、ドロー!」
(レベル5の能力……一体どんなすごい力なんだろう……!)
 礼節を欠いた発言をしてしまったことを忘れたわけではない。だが、康助の心の中は、最上級の能力とそれを操る天神に対する憧れで溢れていた。
(僕の手札は、マジック・キャプチャー、シールド・ウィング、ダーク・リゾネーター、増殖、ビッグ・シールド・ガードナー、ガード・ブロックの6枚。……この手札だったら、まずはシールド・ウィングを裏守備で召喚して、ガード・ブロックをセット、だな)
 そう判断した康助は、いつも通りシールド・ウィングのカードを裏向きでデュエルディスクにセットする。
 いつも通りカードがディスクに認識され、いつも通り裏守備モンスターのソリッドビジョンが展開され、そして――

 シールド・ウィングのカードが、手札に戻った。

(えっ、今何が!? デュエルディスクの、誤動作……?)
 焦った康助は、手札に戻ったシールド・ウィングをもう一度裏向きでディスクにセットする。
 再びカードがディスクに認識される。そして、

 今度は、デュエルディスクから警告音が鳴り響いた。

(ええっ!? 不正行為をしたときに鳴るはずのブザーが、どうして……っ!?)
 混乱する康助。そんな康助に向かって、
「通常召喚は1ターンに1回まで。今のは、同じターンで2回目の通常召喚を行おうとしたことに対する警告よ」
 天神が、淡々とした声で今の状況を告げる。
「2回目……? でも、さっきはなぜかカードが手札に戻っちゃって……、って、まさか、これが……!?」
 ようやく康助は、この現象に合理的な説明を与えることができる唯一の可能性に思い至る。

「そう。それが私の特殊能力。私とデュエルしている相手の場にモンスターが現れたとき――通常召喚、特殊召喚、コントロール奪取、あらゆる場合において――そのモンスターは、そのまま持ち主の手札に戻る」

 天神の口から紡がれたのは、康助の想像をはるかに超えた現実だった。

(つまり、僕は、このデュエル中、モンスターを場に出すことすら、できない……!?)
 その、あまりにも絶大な影響力を持った天神の能力に、愕然とする康助。
「……僕は、カードを1枚伏せて、ターン、エンド」

 (2ターン目)
 ・天神 LP8000 手札5
     場:なし
 ・吉井 LP8000 手札5
     場:伏せ×1


「私のターン、ドロー」
 そんな康助とは対照的に、天神は、表情一つ変えずにデュエルを進める。
「手札から、永続魔法『神の居城−ヴァルハラ』を発動。その効果によって、手札の『アテナ』を攻撃表示で特殊召喚する」
 『神の居城−ヴァルハラ』は、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、1ターンに1度、手札から天使族モンスター1体を特殊召喚することができる永続魔法。
 その効果によって、天神の場に、白銀の装備で身を固めた、知恵の象徴、戦いの女神が降臨する。
「さらに、『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚。アテナのモンスター効果によって、相手に600ポイントのダメージ」
 続けて、両翼を大きく広げた戦乙女が姿を現す。その瞬間、アテナの効果が発動。フィールド上に、天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、相手ライフに600ポイントのダメージを与える。

 吉井 LP:8000 → 7400

「アテナ、第二の効果を発動。1ターンに1度、自分フィールド上の『アテナ』以外の天使族モンスター1体を墓地に送ることで、自分の墓地に存在する『アテナ』以外の天使族モンスター1体を特殊召喚することができる。私は、デュナミス・ヴァルキリアを墓地に送り、同じくデュナミス・ヴァルキリアを特殊召喚」
 アテナの効果が再び発動。天使族モンスターが特殊召喚されたことによって、康助は600ポイントのダメージを受ける。

 吉井 LP:7400 → 6800

「デュナミス・ヴァルキリアで、相手プレイヤーにダイレクトアタック」

 (攻1800)デュナミス・ヴァルキリア −Direct→ 吉井 康助(LP6800)

 吉井 LP:6800 → 5000

「続けて、アテナでダイレクトアタック」

 (攻2600)アテナ −Direct→ 吉井 康助(LP5000)

「罠カード発動、『ガード・ブロック』! 僕が受ける戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする!」
 壁モンスターを展開できないながらも、なんとか一番大きな一撃だけは防ぐ康助。
「私は、カードを1枚伏せて、ターン終了」
 それでも、天神は眉一つ動かさずに、伏せカードをセットして、ターンを終える。

 (3ターン目)
 ・天神 LP8000 手札2
     場:アテナ(攻2600)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)、神の居城−ヴァルハラ(永魔)、伏せ×1
 ・吉井 LP5000 手札6
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」

 ドローカード:グラナドラ

(グラナドラ……召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したとき、1000ライフポイント回復し、破壊され墓地へ送られたとき、2000ポイントのダメージを受けるカード……)
 このタイミングで康助が引いたのは、昨日の夜デッキに入れたばかりの、真新しいカードだった。一次選考で自分のデッキに攻撃力が足りないことを痛感した康助は、家にあるカードの中で最も高い攻撃力を持っていたこのモンスターを、昨夜デッキに投入していたのである。
(いくら攻撃力が1900もあったって、手札に戻っちゃうんじゃ使えない……いや、待てよ……召喚だけして手札に戻るんだったら、逆に、破壊されてダメージを負うことがない……つまり、ライフポイントを回復する効果だけを、毎ターン使い続けることができる!)
 自分が壁モンスターを出せないという事実が動くわけではない。だが、このカードを使えば、相手の五ッ星能力を逆手に取って自分のライフを安定して回復させることができる。
 この絶望的な状況にわずかな希望を見出した康助は、今引いたモンスターをそのまま召喚する。
「僕は、手札から『グラナドラ』を召喚! その効果によって、僕のライフポイントは――」
 言い終わるよりも早く、グラナドラは手札に戻る。
 そして、康助のライフポイントは、

 吉井 LP:5000

(ライフが……回復、して、ない……?)
 戸惑う康助に、天神が淡々と事実だけを突きつける。

「私の能力は、あらゆるカード効果に優先して強制的に発動し、チェーンに乗ることもない。モンスターを召喚・特殊召喚したという事実は残るけれど、フィールド上で発動するはずの効果は一切発揮されない。もちろん、優先権を行使して起動効果を発動することも、許されていない。……これが私の、五ッ星能力のすべてよ」

 天神の口から告げられたのは、あまりに絶対的な、力の差。
 どう足掻いても覆せそうにない、絶望的な違いだった。

「……僕は、カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 (4ターン目)
 ・天神 LP8000 手札2
     場:アテナ(攻2600)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)、神の居城−ヴァルハラ(永魔)、伏せ×1
 ・吉井 LP5000 手札6
     場:伏せ×1


「私のターン、ドロー。……手札から、『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚」
 天神の場に、神々しい輝きを放つ魔法使いが召喚される。
「ライラの効果発動。このカードを守備表示に変更することで、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する」

 ライトロード・マジシャン ライラ(攻1700) → (守200)

 伏せカード:破壊

(ぐっ……! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』が……!)
 ガード・ブロックの効果で引いた、最後の頼みの綱が破壊される。
「アテナの効果発動。もう一度、デュナミス・ヴァルキリアを墓地に送り、デュナミス・ヴァルキリアを特殊召喚。相手プレイヤーに、600ポイントのダメージを与える」

 吉井 LP:5000 → 4400

「デュナミス・ヴァルキリアで、相手プレイヤーにダイレクトアタック」

 (攻1800)デュナミス・ヴァルキリア −Direct→ 吉井 康助(LP4400)

 吉井 LP:4400 → 2600

「続けて、アテナでダイレクトアタック」
 先ほどのターンとまったく同じ連続攻撃。しかし今度は、康助の場に、身を守るための伏せカードは存在しない。

 (攻2600)アテナ −Direct→ 吉井 康助(LP2600)

 吉井 LP:2600 → 0


 無能力者、吉井康助は、6枚ものカードを手札に抱えたまま、なす術もなく敗北した。



 デュエルが終了し、ソリッドビジョンは消滅する。
「……どう? 私とデュエルして、面白かった?」
 左手に装着されたデュエルディスクを外しながら、天神はそう呟いた。
「楽しいわけ、ないわよね。モンスターを引いてもそれを使うことが許されず、私の直接攻撃をただ受け続けるだけのデュエルなんて」
 康助の返事を期待するでもなく、ただ事実だけを告げるかのように。
「分かったでしょ? 私がデュエルをやめた理由。こんなデュエルをしても、勝った方も負けた方も誰も喜ばない。……いいえ、こんな一方的な闘いは、デュエルとすら言えないわ」

 ――私の能力は、あらゆるカード効果に優先して『強制的』に発動し、チェーンに乗ることもない。
 その言葉の重みが、ようやく康助の胸にも突き刺さる。
 強制的に発動する。すなわち、自分の意思で、能力の発動を止めることができない。
「幸い、この特殊能力は、二十歳を過ぎれば自然消滅する。だから私は、それまで、誰ともデュエルしない。……こんな、誰も幸せにしない能力が、消えてなくなるまでは」
 すらりとした長身が、儚げに揺れる。
「あなたも、もう私と闘いたいなんて思えないでしょ。分かったら、もう帰って。学校には、まだ……行きたくないの」
 康助からデュエルディスクを受け取ると、天神美月は、家の中へと消えていった。



 ――違いますよっ!

 何度、その言葉を口に出そうと思っただろう。

 ――確かに僕は、天神さんに手も足も出なかったですけど、それでも!

 去り行く天神の背中を見送ることしかできなかった康助は、心の中で叫ぶ。

 ――また闘いたいと思いました! またデュエルして、今度こそは勝ってやるって、そう、思いました!

 だが、仮に口に出したとしても、その想いは、おそらく届かない。
 うわべだけの、中身の伴わない、ただの言葉。そう解釈されて、終わりだ。

 だから、吉井康助は、決意する。



 ――天神さんに、勝つ。





5章  四ッ星能力



 翌日、昼休み。

 康助は、生徒会室の前に立っていた。昨日と同じように、ドアをノックする。
「はーい、入っていいわよ〜」
 前の日とまったく同じセリフが、扉の向こうから聞こえてくる。気持ちを整えた康助は、扉を開けて中に入る。
「ん、レベル0少年、まだ何か用?」
「その言い方はないだろ、翔子。……吉井、この間は悪かったな。故意ではないが、ぬか喜びさせてしまったことは確かだ」
 昨日と変わらず椅子の上でふんぞり返っている朝比奈と、開口一番に一次選考でのことを謝ってくる佐野。
「あ、いえ。そのことはもう、気にしてませんから。……それよりも、今日は2人にお願いがあって来ました」
「お、なになに? 誤診のお詫びに何かしろ、っての?」
「翔子。茶化すんじゃない」
 康助の真剣な雰囲気を感じ取った佐野が、朝比奈をたしなめた。
 一方、いったん深呼吸した康助は、意を決して自分の頼みを口にする。

「隣の部屋に保管されているカードを、僕に貸してください!」

 その突然の懇願に、2人は驚いて顔を見合わせる。
「それはまた唐突ね……。なに? 一体どんな理由があるわけ?」
「原則的に役員以外へのカード貸し出しは禁止されている。だが、それなりの理由がある場合には特別措置を適用することも可能だ。吉井、まずはうちのカードが必要になった訳を聞かせてくれないか」
 口調は正反対ながらも、まったく同じことを尋ねてくる2人。
 康助は、昨日からずっとくすぶっていた、自分の想いを告げる。
「……実は僕、昨日、天神美月さんと、デュエルしたんです」
 その名前が挙がった瞬間、朝比奈の表情が硬くなる。
 しかし、それは康助も覚悟していたことだった。構わず話を続ける。
「天神さんは本当に強くて、僕の完敗でした。……でも、もう一度闘って、今度は勝ちたいんです」
「天神に……勝つ? あんたが?」
「はい。天神さんは、強すぎる自分の能力を嫌っているみたいでした。だから、うまく言えないんですけど、僕が天神さんに勝つことができれば、またデュエルしてくれるようになると思うんです」
「……それで、あいつに勝つために、生徒会のカードを借りたい、と。そういうこと?」
「はい。天神さんに勝てるようなデッキを組むためには、僕が持っているカードだけでは足りないんです。だから、今日だけでいいんです。僕にあの部屋のカードを使わせてください!」
 頭を下げる康助。しかし。
「論外。却下よ」
 朝比奈は、康助の主張をばっさりと切り捨てる。
「あんな奴のために、生徒会のカードを使ってやる義理はないわ。帰りなさい」
 怒り心頭といった表情で、取りつく島もない。
「お願いします! 天神さんだって、本当はデュエルしたいと思ってるはずなんです! このまま、能力が消えるまでデュエルしないだなんて、そんなの駄目ですよっ!」
 それでも、康助は引き下がらない。元々、頼みを聞いてもらえるまで、引き下がるつもりはなかった。

 そんな康助の思いを悟ったのか、
「……だったら、あたしとデュエルしなさい」
 朝比奈が、1つの提案を口にする。
「デュエルして、あたしが勝ったら、あんたはもう二度と天神とデュエルしない。……その条件がのめるんなら、カードを貸してやってもいいわ」
 予想外の条件に、一瞬戸惑う康助。だが。
「……分かりました。そのデュエル、受けます」
 康助の覚悟は決まっていた。何があろうと、天神に勝たなければならない。
 それに、天神は五ッ星能力者。ここでレベル4の朝比奈から逃げていては、天神に勝てる道理はない。
「言っとくけど、手加減はなしよ。……覚悟ができたら、そこのデュエルディスクを取りなさい」
 康助は、ためらわずに指示されたデュエルディスクを装着する。
 朝比奈も、デュエルディスクに自分のデッキをセットする。
「…………」
 その会話中、佐野はずっと無言を通していた。


「「デュエル!!」」


 2人のデュエルが幕を開けた。

「僕のターン、ドロー! モンスターを裏側守備表示でセット! カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」
 康助が伏せたモンスターは、ビッグ・シールド・ガードナー。攻撃力はわずかに100ポイントで、攻撃を受けるとダメージステップ終了時に攻撃表示になってしまうデメリットを負うが、その代わりに守備力は2600。通常召喚可能な四ッ星モンスターとしては破格の数値である。

 (2ターン目)
 ・朝比奈 LP8000 手札5
     場:なし
 ・吉井 LP8000 手札4
     場:裏守備×1、伏せ×1


「あたしのターン、ドロー。……あたしは、手札から、『ミスティック・ゴーレム』を召喚するわ」
 朝比奈のフィールドに、小さな石人形が姿を現す。

 ミスティック・ゴーレム 効果モンスター ★ 地・岩石 攻?・守0

 このカードの元々の攻撃力は、このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚されたターンに相手がダメージを受けた回数×500ポイントになる。


(何だ、あのモンスター……? 僕がダメージを受ける度に、攻撃力が上がっていくみたいだけど、1回につき500ポイントって、少なすぎないか?)
 召喚したターンに4回ダメージを与えてようやく2000ポイント。そのあまりの効率の悪さは、生徒会の先輩がデッキに入れるようなカードとは到底思えない。

 だが、それはもちろん朝比奈が普通のデュエリストならば、という話。

「あたしの特殊能力発動。自分のターンのメインフェイズに、プレイヤーに100ポイントの効果ダメージを与えることができる」
 朝比奈の能力が発動し、康助のライフポイントが削られる。
(……ん? 100ポイント? 1ターンあたり100ポイントって、全然大したダメージじゃないような……。この程度で四ッ星能力なのか?)

 康助 LP:8000 → 7000

「……って、あれ? 100ポイントじゃなくて、1000ポイント削られてますけどっ!?」
 真剣勝負の最中に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう康助。
 それに対して朝比奈は、平然とした口調でこう返す。

「当然よ。あたしの能力は、1ターンに10回まで発動できる」

(じゅ……十回!? ……っていうことは、僕が受けるダメージは、1ターンあたり合計1000ポイントか。なかなか厳しいダメージだな……)
 康助は、与えられた情報を整理し、なんとか平常心を保とうとする。

 しかし、朝比奈の能力の真髄は、与えるダメージの大きさにはなかった。「1000ポイントのダメージが1回」ではなく、「100ポイントのダメージが10回」であること。それこそが、朝比奈翔子の能力がレベル4たる所以なのである。

「あたしは、手札の『メテオ・ストライク』をミスティック・ゴーレムに装備。ミスティック・ゴーレムで、裏守備モンスターを攻撃よ」
 朝比奈の場の石人形がゆっくりと動き出し、康助の裏守備モンスターに襲いかかる。
 ただし、その大きさは、もはや巨像と呼ぶのが相応しいほどになって。
(あれ……? ミスティック・ゴーレムの攻撃力って……っ! しまった!)
 康助が気づいたときにはすでに手遅れ。
 康助が10回のダメージを受けたことにより、攻撃力が5000にまで膨れ上がったミスティック・ゴーレム。メテオ・ストライクの効果によって貫通能力が付加された石人形は、その巨大な足を振り上げて康助のモンスターを踏み潰す。

 (攻5000)ミスティック・ゴーレム → 裏守備 → ビッグ・シールド・ガードナー(守2600):破壊

 吉井 LP:7000 → 4600

(ぐうっ……! 後攻1ターン目で、いきなり半分近くのライフが削られるなんて……っ!)
 朝比奈の強力な攻撃に、大ダメージを受ける康助。
 だが、何とか反撃の狼煙を上げようと、伏せてあった罠カードを発動させる。
「罠カード発動、『ブロークン・ブロッカー』! その効果によって、ビッグ・シールド・ガードナーを2体、デッキから守備表示で特殊召喚します!」
 ビッグ・シールド・ガードナーは攻撃力100、守備力2600。当然ブロークン・ブロッカーの発動条件を満たしている。
「今の戦闘ダメージによって、ミスティック・ゴーレムの攻撃力は5500ポイントになった。これであたしのターンは終了よ」

 (3ターン目)
 ・朝比奈 LP8000 手札4
     場:ミスティック・ゴーレム(攻5500)、メテオ・ストライク(装魔)
 ・吉井 LP4600 手札4
     場:ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)、ビッグ・シールド・ガードナー(守2600)


「どう? これがあたしの四ッ星能力。……圧倒的でしょ。この程度の能力に手も足も出ないようじゃ、天神に勝つなんて絶対無理よ。諦めなさい」
 朝比奈は、厳然たる事実を、きっぱりと突きつける。
 しかし、康助は怯まない。
「……いいえ、諦めません。朝比奈先輩に勝たないと天神さんに勝てないっていうんなら、僕は、朝比奈先輩を倒します!」
 そう断言して、勢いよくカードを引く。
「僕のターン、ドロー!」
 引いたカードを見て、思わず笑みが漏れる。
(このカードなら……今の状況を、覆せるっ!)
「魔法カード発動、『右手に盾を左手に剣を』!」
 朝比奈の顔が、一瞬こわばる。
「このカードは、このターンのエンドフェイズ終了時まで、このカードの発動時にフィールド上に存在していたすべての表側表示モンスターの元々の攻撃力と守備力を入れ替える通常魔法です! その効果によって、僕のビッグ・シールド・ガードナーの攻撃力は2600ポイントになり、朝比奈先輩のミスティック・ゴーレムの攻撃力は、0になります!」

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100・守2600) → (攻2600・守100)
 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100・守2600) → (攻2600・守100)
 ミスティック・ゴーレム(攻5500・守0) → (攻0・守5500)

「僕は、ビッグ・シールド・ガードナーを攻撃表示に変更して、2体で攻撃します!」

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー → ミスティック・ゴーレム(攻0):破壊

 朝比奈 LP:8000 → 5400

 (攻2600)ビッグ・シールド・ガードナー −Direct→ 朝比奈 翔子(LP5400)

 朝比奈 LP:5400 → 2800

 守備偏重の康助のデッキにおいて、数少ない攻撃用のコンボが、朝比奈のライフポイントを大きく削る。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 ビッグ・シールド・ガードナー(攻2600・守100) → (攻100・守2600)
 ビッグ・シールド・ガードナー(攻2600・守100) → (攻100・守2600)

 (4ターン目)
 ・朝比奈 LP2800 手札4
     場:なし
 ・吉井 LP4600 手札3
     場:ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)、ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)、伏せ×1


「あたしのターン、ドロー。……どうやら、諦める気は毛頭ないみたいね。だったら、あたしから引導を渡してやるわ。永続魔法カード、『悪夢の拷問部屋』発動」
 悪夢の拷問部屋は、相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、300ポイントの追加ダメージを与えることができる永続魔法。
「このカードの効果は、相手が『一度』ダメージを受けるごとに発動する。……この言葉の意味、分かるわよね?」
 悪夢の拷問部屋。その効果によって、朝比奈の能力が1回発動するごとに、康助は追加で300ポイントのダメージを受けることになる。
 そして、それが10回。

 康助 LP:4600 → 600

(ぐっ……! まさか、この能力にまだこんなコンボがあったなんて……っ!)
 カードの効果によって、自身の能力を最大限に活かす。
 自身の能力によって、カードの効果を最大限に活かす。
 それが、朝比奈翔子のデュエル。
「さらに、魔法カード『死者蘇生』。その効果で、墓地のミスティック・ゴーレムを攻撃表示で特殊召喚するわ」
 このターン、康助が受けたダメージは、朝比奈の能力で10回、加えて、悪夢の拷問部屋の効果でさらに10回。
「攻撃力10000のミスティック・ゴーレムで、ビッグ・シールド・ガードナーを攻撃」
 朝比奈の、容赦のない攻撃宣言。
 100倍の攻撃力が、ビッグ・シールド・ガードナーを襲う。

 (攻10000)ミスティック・ゴーレム → ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)

「速攻魔法、『皆既日蝕の書』発動! その効果によって、フィールド上に表側表示で存在するすべてのモンスターは、裏側守備表示になります!」
 首の皮一枚で朝比奈の攻撃をかわす康助。いったん裏側守備表示になれば、ミスティック・ゴーレムの攻撃力上昇はリセットされ、0に戻る。

 ミスティック・ゴーレム(攻10000) → 裏守備
 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100) → 裏守備
 ビッグ・シールド・ガードナー(攻100) → 裏守備

「……次のあたしのターンになれば、あんたはもう一度4000ポイントのダメージを受けることになる。それでも、あたしに勝つ気でいるの?」
「はい。……勝たなきゃ、いけないんです」
「あんたと天神の間には、何の関係もないはずよ。なのになんで、そこまでしてこだわる必要があるのよ」
「確かに、僕と天神さんの間には、何のつながりもありません。だけど……」
 康助の口から、天神への想いがあふれ出す。
「天神さんは、本気でデュエルしてくれる相手がほしいんだと思うんです。僕には、全力でお互いにぶつかり合えるような、そんなデュエルをしたがっているように見えました。そして、天神さんは、自分の能力をなくすことで、それを実現しようとしています。……でも、そんなの、どう考えても間違ってますよねっ! 自分の持っている能力をすべて出し切って闘ってこその、『全力』のデュエルだ、って、僕は思うんです!」
 質問の答えになっていない、ただ感情を吐き出しただけの言葉。
 だが、朝比奈にとっては、それで十分だった。
「そんなこと、あたしだって分かってるわよっ!!」
 朝比奈の感情が爆発する。
「でもね、あの馬鹿は、あたしの言葉なんかには耳を貸さなかった! 自分の殻に閉じこもって、自分は誰からも疎まれていると思い込んでる! そんな大馬鹿野郎に、どうやって分からせろって言うのよ!」
 秘めていた想いを、むき出しにして康助にぶつける。それはまるで、天神を説得できなかった自分自身に対する怒りのようにも見えた。
 しかし、康助の想いは、揺るがない。
「だから、勝つんです」
 何度も繰り返してきた答えを、もう一度、静かに呟く。
「天神さんを、正々堂々デュエルで倒して、分かってもらうんです」
 誰でも思いつく答えを。しかし、誰にも実現できなかった答えを。
「レベル5の能力者だって、レベル0に負けることもある。能力の差だけじゃ、勝負は決まらない。天神さんの能力は、無敵でもなんでもないんだ、って!」
 康助の覚悟は、揺るがない。

「……分かったわ。そこまで言うんなら、まずはあたしに証明してみせなさい。レベル0でも、本当に高位能力者に勝つことができるのか。永続魔法カード発動、『暗黒の扉』」
 暗黒の扉。その効果によって、お互いのプレイヤーは、バトルフェイズにモンスター1体でしか攻撃できなくなる。
「さらにもう1枚、永続魔法カード、『痛み移し』を発動するわ」

 痛み移し 永続魔法

 自分がダメージを受ける度に、相手ライフに300ポイントダメージを与える。「痛み移し」の効果では、このカードの効果は適用されない。


「あんたのライフは残り600。次のターン、もしあたしに中途半端なダメージを与えれば、痛み移しと悪夢の拷問部屋の効果であんたのライフは0になる。加えて、暗黒の扉の効果で、あんたのモンスターは守備表示のミスティック・ゴーレムを破壊することしかできない。……これでも、あたしに勝てるっていうんなら、やってみなさいよ。カードを1枚伏せて、ターン終了」
 皆既日蝕の書、第二の効果が発動。このカードを発動したターンのエンドフェイズ時に、相手フィールド上の裏守備モンスターをすべて表側守備表示にし、その枚数分だけ相手はカードをドローする。

 (5ターン目)
 ・朝比奈 LP2800 手札1
     場:ミスティック・ゴーレム(守0)、悪夢の拷問部屋(永魔)、痛み移し(永魔)、暗黒の扉(永魔)、伏せ×1
 ・吉井 LP600 手札3
     場:裏守備×2


「僕のターン、ドロー! ……分かりました。僕は、このターンで、朝比奈先輩を倒します! まずは、ビッグ・シールド・ガードナー2体を、反転召喚!」

 裏守備 → ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)
 裏守備 → ビッグ・シールド・ガードナー(攻100)

「ビッグ・シールド・ガードナー1体をリリースして、『ネオアクア・マドール』をアドバンス召喚!」
 ネオアクア・マドールは、攻撃力1200、守備力3000の六ッ星通常モンスター。
「さらに、手札の『団結の力』を、ネオアクア・マドールに装備します!」
 康助のフィールド上にモンスターは2体。ゆえに、攻撃力は、1600ポイント上昇する。

 ネオアクア・マドール 攻:1200 → 2800

「これで最後です! 手札の『手札抹殺』を捨てて、『二重魔法』を発動! 僕が選ぶのは、朝比奈先輩の墓地にある、『メテオ・ストライク』!」
 二重魔法は、手札の魔法カード1枚をコストに、相手の墓地の魔法カード1枚を自分のカードとして使用することができる通常魔法。その効果によって、装備モンスターに貫通能力を付加する装備魔法、メテオ・ストライクがネオアクア・マドールに装備される。
「攻撃が1回だけしか許されていないのなら、その1回の攻撃で終わらせます! ネオアクア・マドールで、ミスティック・ゴーレムを攻撃!」

 (攻2800)ネオアクア・マドール → ミスティック・ゴーレム(守0)

 メテオ・ストライクを装備したモンスターが守備表示モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が上回っていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 朝比奈のライフポイントは残り2800。つまり、この攻撃が通れば、0になる。

「……罠カード、『強制詠唱』を発動するわ」

 強制詠唱 通常罠

 対象となるプレイヤーを1人選択し、魔法カード名を1つ宣言して発動。選択したプレイヤーが、手札に宣言した魔法カードを持っていた場合、そのカード1枚を強制発動させる。発動タイミングが正しくない魔法カードだった場合、その効果を無効にしてそのカードを破壊する。(このカードの効果によって、相手ターンに魔法カードを発動することはできる)


「このカードの効果によって、あたしの手札にある、2枚目の『メテオ・ストライク』を強制発動。あんたのネオアクア・マドールに装備よ」
「!」
 メテオ・ストライクの効果によって発生する貫通ダメージは、メテオ・ストライクのコントローラーから見ての、相手プレイヤーが受ける。そして、今ネオアクア・マドールに装備されているメテオ・ストライクは、1枚が康助のコントロール下に、もう1枚が朝比奈のコントロール下にある。
 ゆえに、この戦闘によって発生するダメージは。

 (攻2800)ネオアクア・マドール → ミスティック・ゴーレム(守0):破壊

 朝比奈 LP:2800 → 0
 吉井 LP:600 → 0


「引き、分け…………」
 ソリッドビジョンが薄れてゆく。
「……そうみたいね」
 朝比奈が呟く。

「……っ! だったら、もう1回デュエルです! 今度こそ、朝比奈先輩に――」
 そう意気込む康助を、朝比奈が片手で制す。
「あんた、このデュエルを始める前に、あたしの出した条件聞いてた?」
「え……?」
「『あたしが勝ったら、あんたはもう二度と天神とデュエルしない。その条件がのめるんなら、カードを貸してやる』。あたしは、そう言ったはずよ」
「……と、言うことは……」
「そ。今のデュエルは、引き分け。だからあたしは、あんたが天神と闘うのを止めることはできない。……ほら、これがカード保管庫の鍵よ。あたしたちにはこれから三次選考があるから、カードを返すのは明日になってからでいいわ」
 デュエルディスクを取り外した朝比奈は、机の中から鍵を取り出して、康助に手渡す。
「……あ、ありがとうございますっ! 早速、カードを選んできます!」
 礼を言って、保管庫の扉を開けに向かう康助。
 両開きの扉が開き、康助の背中がその中に消える。

「…………翔子」
 今までずっと黙っていた佐野が、ようやく重い口を開いた。
「……何よ、文句あるの?」
「いいや。俺は、1年前、散々偉そうなことを言っておきながら、結局は天神を助けてやることができなかった。……そんな俺に、吉井を止める権利はないよ」
「……あたしにだって、ないわよ。ただ……」
「吉井に、自分と同じ気持ちを味わってほしくなかった、か?」
「! 何言って……!」
「まあいいさ。俺だって、本当に吉井が天神に勝てるなんて思ってない。でも、たとえ勝てなくても、レベル0のあいつの一途な姿を見せれば、もしかしたら……。そう思っての、引き分け、だろ?」
「……プレイングミスよ」

 朝比奈翔子の特殊能力、それは、1ターンに10回まで、自分のターンのメインフェイズに、プレイヤーに100ポイントの効果ダメージを与えることができる、というもの。この能力の対象は、『プレイヤー』であって、『相手プレイヤー』に限定されていない。
 加えて、朝比奈が4ターン目に発動させたカード、『痛み移し』は、自分がダメージを受ける度に、相手に300ポイントダメージを与える永続魔法。悪夢の拷問部屋と組み合わせれば、自分が何らかのダメージを受ける度に、相手に600ダメージを与えられる計算になる。
 つまり、朝比奈がもし、4ターン目の最初に痛み移しを発動し、自分自身に向かって能力を発動していたとすれば。

「……さ、あいつがカード選んでるうちに、あたしたちも選考会の準備するわよ。結局レベル5のデュエリストは見つからないし、他に目立って強い奴もいないから、今年は役員選ぶのにも一苦労しそうよね」
「……ああ、そうだな」
 2人は、様々な想いを胸に秘めたまま、三次選考の準備を始める。


 ◆


 それから、1時間後。今の時刻は、午後2時。

「新しいデッキ、組み終わりました! それじゃあ早速、行ってきますっ!」

 吉井康助は、天神美月の家へと、駆ける。





6章  吉井 康助



 チャイムが鳴った。

 誰が、来たのだろうか。
 天神美月は、立ち上がると、リビングから短い廊下へと出た。
「はい。どなたですか?」
 玄関の扉ごしに声をかける。
「えっと……僕、天神美月さんと同じクラスの、吉井康助と言います。美月さんは、いらっしゃいますか?」
「吉井、君?」
 思いもよらない人物の訪問に、少し驚いたような声をあげてしまう。
「あ……天神さん、ですか?」
 昨日の今日で、何の用だろう。そう思いながら、天神は扉を開ける。
「……私に、何か用?」
 短く尋ねる天神に、
「あ……あのっ! 僕と、もう一度デュエルしてください!」
 まったく予想していなかった、答えが返された。



「天神さん。もう一度、学校に、翔武生徒会に戻ってくれませんか」
 天神家の庭。昨日とまったく同じ場所で、吉井康助は、単刀直入に自分の願いを口にした。
「……あなた、生徒会の役員だったの?」
「違います。けど、ちょっと色々あって、生徒会の先輩方と話す機会があったんです。そこで、天神さんが去年の選考会に合格したって聞きました」
「……そう。でも、私はもう、あそこに戻る気はないわ」
 予想通りの拒絶の言葉。それでも康助は、話を続ける。
「自分の能力が強すぎて、デュエルが楽しくないから、ですか?」
「……そうよ。私の能力は、自分の意思で止めることができない。そんな私と、進んでデュエルしたがる人なんか――」
「いますよ」
 天神の言葉を遮って、自分がここに来た目的を、はっきりと告げる。
「僕は、天神さんと正面から闘って、勝ちたいと思ってここに来ました。天神さんの能力は、無敵でもなんでもない。レベル0の僕だって、天神さんに勝つことができる。それを証明するために、僕は、天神さんに、デュエルを挑みます」
 朝比奈に告げたのと同じ、康助のただ1つの目的を。
「……いいわ。始めましょう」
 お互い、デュエルディスクに自分のデッキをセットする。


「「デュエル!!」」

 康助の目には、そう叫んだ天神が、デュエルに負けることを望んでいるかのように映った。


「僕のターン、ドロー! 永続魔法、『魂吸収』を発動! さらに、手札から『封印の黄金櫃』を発動! 僕のデッキから『ネクロフェイス』を除外して、ターンエンドです!」
 ネクロフェイスの効果が発動。互いのデッキのカードが、上から5枚除外される。

 康助 LP:8000 → 13500

 (2ターン目)
 ・天神 LP8000 手札5 山札30
     場:なし
 ・吉井 LP13500 手札4 山札28
     場:魂吸収(永魔)


(そういうデッキ、か……)
 わずか1ターン。しかしそれは、天神にとって、康助のデッキコンセプトを推測するのには十分な時間だった。
 『封印の黄金櫃』は、自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する通常魔法カード。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズに、そのカードを手札に加えることができる効果を持つ。
 そして、その黄金櫃によって除外されたカード、『ネクロフェイス』。これは、ゲームから除外されたときに、両プレイヤーのデッキのカードを、上から5枚除外する効果を持ったモンスターカードである。
 康助は、万能サーチカードである封印の黄金櫃で、わざわざネクロフェイスを除外した。ということは、康助の狙いは、まず間違いなくデッキのカードを除外することだろう。
 ――今までに、天神を倒そうとしたデュエリストたちと、同じように。
 そう一瞬のうちに考えをまとめた天神は、淡々とデュエルを進行させる。
「私のターン、ドロー。……私は、『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚して、相手プレイヤーにダイレクトアタック」

 (攻1700)ライトロード・マジシャン ライラ −Direct→ 吉井 康助(LP13500)

 吉井 LP:13500 → 11800

「さらに、ライラの効果発動。このカードを守備表示に変更することで、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する」

 ライトロード・マジシャン ライラ(攻1700) → (守200)

 魂吸収:破壊

 カードがゲームから除外される度に、1枚につき500ライフを回復することのできる永続魔法カード、魂吸収が破壊される。
 このカードとネクロフェイスの除外は、発動者に莫大なライフ・アドバンテージを与える強力なコンボ。現に1ターン目に11枚のカードが除外され、康助のライフは一気に5500ポイントも回復している。そのため、天神がこの永続魔法の破壊を狙うのは、当然のことと言えた。
「私は、カードを2枚伏せて、ターン終了」
 ライトロード・マジシャン ライラの効果が発動。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のエンドフェイズごとに、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

 天神 山札:29 → 26

 (3ターン目)
 ・天神 LP8000 手札3 山札26
     場:ライトロード・マジシャン ライラ(守200)、伏せ×2
 ・吉井 LP11800 手札4 山札28
     場:なし


「僕のターン、ドロー!」
(……思った通り、魂吸収はすぐに破壊されちゃったけど、魔法・罠破壊効果を使ったライラは、次の自分のターン終了時まで、表示形式を変更できなくなるはず……。それなら!)
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
 天神の特殊能力によってモンスターを場に出すことができない康助は、次のターンの攻撃を防ぐための罠カードをセットして、ターン終了を宣言する。
 だが、その目論見は、あっさりと崩される。
「リバースカードオープン、速攻魔法『サイクロン』」
「!」

 伏せカード:破壊

 破壊されたカードは、『聖なるバリア−ミラーフォース−』。相手の攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターをすべて破壊する、強力な罠カードである。しかし、どんな罠であろうと、伏せたターンに破壊されてしまっては意味がない。

 (4ターン目)
 ・天神 LP8000 手札3 山札26
     場:ライトロード・マジシャン ライラ(守200)、伏せ×1
 ・吉井 LP11800 手札4 山札27
     場:なし


(ライラの効果が使えなくなると、ここぞとばかりに強力な罠カードを伏せてくる。やっぱり、今までの相手と、何も変わらない……)
 天神の特殊能力は、相手のモンスター展開を、許さない。
 そのため、天神のデッキには、相手モンスターを破壊するためのカード、相手モンスターの攻撃を防ぐためのカードが、まったく投入されていない。
 通常のデッキであればスペースを多くとって採用されるこれらのカード。それが一切必要ないということは、その分、他の役割を持ったカードを潤沢にデッキに入れることができる、ということに他ならない。康助のミラーフォースを簡単に破壊することができたのも、それが大きな理由であった。
 そして、今や康助の場はがら空き。天神が、攻撃をためらう理由はない。

「私のターン、ドロー。手札から、魔法カード『死者蘇生』を発動。私の墓地から、『アテナ』を攻撃表示で特殊召喚」
 先ほど、ライラの効果で墓地に送られていたアテナが、死者蘇生の効果で天神のフィールド上に舞い戻る。
 自分のデッキを除外してくる相手と、エンドフェイズごとに自分のデッキを削るライラは相性が悪い。デッキからカードを引けなくなれば負けなのだから、極力自分からデッキのカードを減らす行為は避けるべきだろう。しかし、それでも天神がライラを召喚したのは、康助の魂吸収を破壊するためと、もう1つ、墓地に送ったモンスターを蘇生させて、このターンに総攻撃を仕掛けるためだった。
 そして、その目的を果たしたライラを、これ以上フィールドに留めておく必要はない。
「永続罠カード発動、『DNA改造手術』。その効果により、ライトロード・マジシャン ライラを、天使族に変える」
 DNA改造手術は、このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上のすべての表側表示モンスターを、発動時に自分が宣言した種族に変える効果を持った、永続罠。
 そして、わざわざ魔法使い族のライラを天使族に変更した目的は、もちろん。
「アテナの効果発動。ライラを墓地に送ることで、墓地の『天空勇士ネオパーシアス』を、攻撃表示で特殊召喚するわ」
 四ッ星モンスターが、七ッ星モンスターに化ける。このカードももちろん、ライラの効果で墓地に送られていたモンスターである。
「アテナの効果によって、相手プレイヤーに、600ポイントのダメージを与える」

 吉井 LP:11800 → 11200

「私はこのターン、まだモンスターを通常召喚していない。手札の『智天使ハーヴェスト』を召喚し、アテナの効果で、600ポイントダメージ」

 吉井 LP:11200 → 10600

 1ターンに1度、自分フィールド上の「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送ることで、自分の墓地から「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚できる。
 フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、相手ライフに600ポイントダメージを与える。
 これら2つのアテナの効果が、康助を追いつめていく。

 だが、天神の攻撃は、まだ終わらない。

「手札から、『ダグラの剣』を、アテナに装備。アテナの攻撃力は500ポイント上昇する」

 アテナ 攻:2600 → 3100

 天使族モンスターにのみ装備可能な装備魔法、ダグラの剣。装備モンスターの攻撃力は500ポイント上昇し、装備モンスターが相手に戦闘ダメージを与えたとき、その数値分自分のライフポイントが回復する。

「智天使ハーヴェスト、天空勇士ネオパーシアスの2体で、相手プレイヤーにダイレクトアタック」

 (攻1800)智天使ハーヴェスト −Direct→ 吉井 康助(LP10600)

 吉井 LP:10600 → 8800

 (攻2300)天空勇士ネオパーシアス −Direct→ 吉井 康助(LP8800)

 吉井 LP:8800 → 6500

「天空勇士ネオパーシアスの効果発動。このカードが相手に戦闘ダメージを与えたとき、自分のデッキからカードを1枚引く。続けて、アテナで、ダイレクトアタック」

 (攻3100)アテナ −Direct→ 吉井 康助(LP6500)

 吉井 LP:6500 → 3400

「そして、ダグラの剣の効果が発動。アテナが与えた戦闘ダメージ、3100ポイント分のライフポイントを、回復する」

 天神 LP:8000 → 11100

「……これで、私のターンは、終了よ」

 長い長い天神の1ターンが、終わる。

 その間、康助に与えたダメージは、8000ポイント以上。
 さらに、回復したライフポイントは、3000ポイント超。
 場には、強力な天使族モンスターが、3体も立ち並び、
 そして、このターンで減少した手札は、わずかに1枚。

 これが、天神美月の、圧倒的なデュエル。

 (5ターン目)
 ・天神 LP11100 手札2 山札24
     場:アテナ(攻3100)、天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、智天使ハーヴェスト(攻1800)、ダグラの剣(装魔)、DNA改造手術(永罠)
 ・吉井 LP3400 手札4 山札27
     場:なし


 それでも、康助は怯まなかった。
「僕のターン、ドロー! このターンのスタンバイフェイズに、封印の黄金櫃の効果で除外されていたネクロフェイスが手札に加わります。僕は、手札の永続魔法、『次元の裂け目』を発動! カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」
 昨日の夜、必死に考えた戦略。生徒会のカードを借りて組み上げたこのデッキなら、モンスターを場に留めることができなくても、何の能力もない自分でも、天神に勝つことができる。
 その可能性を信じて、康助は、デュエルを続ける。

 (6ターン目)
 ・天神 LP11100 手札2 山札24
     場:アテナ(攻3100)、天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、智天使ハーヴェスト(攻1800)、ダグラの剣(装魔)、DNA改造手術(永罠)
 ・吉井 LP3400 手札4 山札26
     場:次元の裂け目(永魔)、伏せ×1


「私のターン、ドロー。手札の、『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚。アテナの効果で、相手に600ポイントダメージを与える」
 永続魔法『次元の裂け目』がフィールド上に存在する限り、墓地に送られるモンスターカードは、墓地へは行かず、代わりにゲームから除外される。そのため天神は、フィールド上の天使族をコストとして墓地に送る、アテナの起動効果を発動することはできない。
 しかし、相手にダメージを与える誘発効果は、問題なく発動する。

 吉井 LP:3400 → 2800

「これで終わりよ。場のモンスター4体で、相手プレイヤーにダイレクトアタック」
 天神は、このデュエルに終止符を打つために、攻撃を宣言する。
「まだです! リバースカード発動、『皆既日蝕の書』!」
 だが、その攻撃は、たった1枚の速攻魔法によって、阻まれる。
「皆既日蝕の書の効果によって、天神さんのモンスターはすべて、裏側守備表示になります! よって、このターンの攻撃は、僕には届きません!」
 そうきっぱりと康助に断言された、天神の表情が、かすかに動く。
「……どうしてあなたは、諦めないの?」
 透明な声で、小さく呟く。
「あなたの狙いなんて、もうとっくに分かってるのよ。私の能力を知って、その戦略で私に勝とうとしたデュエリストは、今までに何人もいたわ。……けれど、誰も成功しなかった。私が本気で攻撃すれば、デッキがなくなる前に、決着がついてしまうから」
 それまで、ただ機械的にデュエルを進めているだけだった天神が、始めて康助に語りかける。
「それが分かると、もう誰も、自分から私にデュエルを挑んでくることはなかった。大会に出ても、相手が私だと分かったとたん、サレンダーする人もいて……。でも、あなたは、あれだけの攻撃を受けたのに、どうしてまだ……」
 抑圧されていた想いが、天神の口からこぼれる。
「僕は、サレンダーなんか、絶対にしません」
 それに対して、返ってきた答えは、天神とは正反対の、確固たる信念。
「『絶対に勝てない』なんてことは絶対にないんです。……僕だけじゃない。朝比奈先輩だって、佐野先輩だって、天神さんに勝てないからもう闘いたくないなんて、そんなこと思ってるわけありません!」
 康助の挙げた名前を聞いて、天神の脳裏に、2人の人物が浮かぶ。
 1年前、何度も何度も自分にデュエルを挑んできた、2人の姿が。
「僕は、デュエルがそんなに強いわけじゃないし、特殊能力だって何も持ってないレベル0です。だけど、そんな僕にだって、そのくらいのことは分かります。デュエルに勝ったら嬉しいし、負けたら悔しくて、次こそ勝ってやろうって思う、それがデュエリストなんじゃないんですか!」
 康助の言葉は、しょせん理想論にすぎない。
 そんなことは、分かっている。
 でも。
「……カードを2枚伏せて、ターン終了」
 天神は、そんな一方的な理想論にすら、反論することができなかった。

 皆既日蝕の書の効果発動。天神の場に裏側守備表示で存在するすべてのモンスターは表側守備表示になり、その枚数分だけ天神はカードをドローする。

 (7ターン目)
 ・天神 LP11100 手札4 山札19
     場:アテナ(守800)、天空勇士ネオパーシアス(守2000)、智天使ハーヴェスト(守1000)、デュナミス・ヴァルキリア(守1050)、DNA改造手術(永罠)、伏せ×2
 ・吉井 LP2800 手札4 山札26
     場:次元の裂け目(永魔)


「僕のターン、ドロー!」
(やっぱり、天神さんには、僕の戦略は筒抜けだったみたいだ。……でも、狙いがバレているからって、負けが決まったわけじゃない!)
「魔法カード発動、『手札抹殺』!」
 互いの手札をすべて捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする通常魔法。その効果によって、康助と天神は、互いに新しく4枚のカードを引く。
「僕の手札には、2枚の『ネクロフェイス』が存在していました。手札抹殺によって捨てられたネクロフェイスは、次元の裂け目の効果で除外。よって、お互いのデッキの上から、カードが10枚除外されます!」

 吉井 山札:21 → 11
 天神 山札:15 → 5

 ネクロフェイスの効果で、デッキに眠っているカードを除外する。
 それが、康助の狙い。

「カードを3枚伏せて、ターンエンド!」

 残る山札は、あと少し。

 (8ターン目)
 ・天神 LP11100 手札4 山札5
     場:アテナ(守800)、天空勇士ネオパーシアス(守2000)、智天使ハーヴェスト(守1000)、デュナミス・ヴァルキリア(守1050)、DNA改造手術(永罠)、伏せ×2
 ・吉井 LP2800 手札1 山札11
     場:次元の裂け目(永魔)、伏せ×3


「私のターン、ドロー。……4体のモンスターをすべて攻撃表示に変更。手札の『ヘカテリス』を召喚して、ダイレクトアタック」
 アテナの効果。ヘカテリスの直接攻撃。その2つによって康助のライフポイントを削る。

 吉井 LP:2800 → 2200

 (攻1500)ヘカテリス −Direct→ 吉井 康助(LP2200)

 吉井 LP:2200 → 700

「続けて、デュナミス・ヴァルキリアで……」
 攻撃宣言を下そうとした天神の手が、止まる。

 この攻撃が通れば、天神の勝ちが決まる。その事実が、攻撃宣言をためらわせた。
(あの伏せカードが、私の攻撃を防ぐカードじゃなかったとしたら。そうしたら、私は、また、勝ってしまう……)
 ここで勝ってしまえば、結局いつもと同じ。
 天神のデッキはまだ4枚残っている。この攻撃が通れば、自分のデッキが除外されきる前に、相手のライフが0になる。
 いつも通りの、決着。
(でも、もし、私が、このデュエルで、負ければ……)
 何かが、変わるだろうか。
 変わるきっかけに、なるかもしれない。
 いつもと違う、決着。

 その甘美な誘惑は、振り上げられた天神の手を、デッキの上へと――

「だめですっ!!」
 その一声で、天神は、我に返る。
「サレンダーするなんて、絶対にだめです! わざと負けるなんて、そんなの、だめに決まってますよっ!」
 悲痛な叫びが、天神の胸に響く。
「天神さんは、本気のデュエルがしたいんですよね? デュエルをやめたなんて言いながら、僕とこうしてデュエルしてくれているのが、その証拠です! だったら、サレンダーなんかでデュエルを終わらせたって、何の意味もないじゃないですか!」

 ――デュエルに勝つことが、怖い。

 ここから抜け出すきっかけになるかもしれない、大事なデュエル。
 このデュエルに勝ってしまえば、また、変われないかもしれない。

 ――でも。

 自分で負けを認めていては、
 ここで全力を出せなければ、
 勝つことから逃げていては、

 それでは、何も変わらない。


 ――全力で闘って、勝とう。


 天神の瞳に、決意の光が宿る。

「私は、デュナミス・ヴァルキリアで、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 その力強い口調に、迷いはなかった。

 (攻1800)デュナミス・ヴァルキリア −Direct→ 吉井 康助(LP700)

「罠カード発動、『ガード・ブロック』! 相手ターンの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にして、デッキからカードを1枚ドローする!」
「だったら次は、智天使ハーヴェストで、ダイレクトアタック!」

 (攻1800)智天使ハーヴェスト −Direct→ 吉井 康助(LP700)

「速攻魔法、『異次元からの埋葬』を発動! その効果で、ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで墓地に戻します! 僕が選ぶのは、3枚の『ネクロ・ガードナー』!」
 墓地から除外することで、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にできる、ネクロ・ガードナー。康助のデッキに3枚投入されていたこのモンスターは、ネクロフェイスの効果によって、すべて除外ゾーンに送られていた。
「さらに、異次元からの埋葬にチェーンして、『マジック・キャプチャー』を発動! 手札の『二重魔法』を捨てて、異次元からの埋葬を回収します!」
 マジック・キャプチャーは、手札1枚をコストに、自分の魔法発動にチェーンして発動できる、通常罠カード。その魔法カードが墓地へ送られたとき、そのカードを手札に戻す効果を持つ。
 積まれたチェーンが逆順に処理され、3体のネクロ・ガードナーが墓地へと戻る。

 (攻1800)智天使ハーヴェスト −Direct→ 吉井 康助(LP700)

 ネクロ・ガードナー:除外

「天空勇士ネオパーシアスとアテナで、ダイレクトアタック!」

 (攻2300)天空勇士ネオパーシアス −Direct→ 吉井 康助(LP700)

 ネクロ・ガードナー:除外

 (攻2600)アテナ −Direct→ 吉井 康助(LP700)

 ネクロ・ガードナー:除外


 総勢5体のモンスターによる、直接攻撃。
 だが、それでも、康助のライフポイントを0にすることができない。

 ――悔しい。

 天神は、そう感じている自分に、気がついた。
 惜しい。あともう少しで、自分の勝ちだった。

 こんな気持ちになったのは、何年ぶりだろう。
 これが、全力のデュエル、というものなのか。

 忘れていた感情が、天神の中に、蘇ってくる。

「永続罠カード発動、『女神の加護』。このカードが発動したとき、私は3000ポイントのライフを回復する」

 天神 LP:11100 → 14100

「さらに、手札1枚をコストに、罠カード『レインボー・ライフ』を発動。このターンのエンドフェイズまで、自分が受けるダメージは無効になり、その数値分ライフポイントを回復する。そして、レインボー・ライフの発動にチェーンして、手札の速攻魔法『非常食』を発動。コストとして、DNA改造手術、女神の加護、レインボー・ライフの3枚を墓地へ送り、墓地へ送ったカード1枚につき、1000ライフポイント回復する」

 天神 LP:14100 → 17100

「女神の加護が墓地に送られたことにより、効果発動。自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れたとき、自分は3000ポイントダメージを受ける」

 天神 LP:17100 → 20100

「でも、今はレインボー・ライフの効果が適用されている。3000ポイントのダメージは、3000ライフポイントの回復へと変化するわ。これで、私のライフポイントは、合計9000ポイント回復したことになる」

 わずか3枚のカードを発動しただけで、天神のライフが一気に2倍近くまで膨れ上がる。
 これが、天神の全力。
 強大な攻撃力と絶大な回復力をいかんなく発揮する、本気のデュエル。

「カードを1枚伏せて、ターン終了よ」

 (9ターン目)
 ・天神 LP20100 手札1 山札4
     場:アテナ(攻2600)、天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、智天使ハーヴェスト(攻1800)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)、ヘカテリス(攻1500)、伏せ×1
 ・吉井 LP700 手札2 山札10
     場:次元の裂け目(永魔)


(ライフが20000ポイントを超えた……これが、天神さんの全力……)
 康助は、その圧倒的なデュエルタクティクスに、戦慄すら覚えていた。
(もう、次のターンの天神さんの攻撃を耐え切ることはできそうにない。……だったら、このターンで、残りの山札をすべて、除外するしかない!)
「僕のターン、ドロー!」
 そして、引いた。
 もう一度ネクロフェイスの効果を発動させるための、キーカードを。
「僕は、マジック・キャプチャーの効果で手札に加えた、『異次元からの埋葬』をもう一度発動! 除外されている、『ネクロフェイス』2枚と、『ネクロ・ガードナー』を、僕の墓地に戻します!」
 康助の墓地に、闇属性モンスターが、3体そろう。
「そして、墓地のネクロフェイス2枚を除外して、手札の『ダーク・ネフティス』の効果を発動します!」
 ダーク・ネフティスは、自分の墓地に闇属性モンスターが3体以上存在するとき、そのうち2体をゲームから除外することで、自身を手札から墓地に送ることができるモンスターカード。
 そのコストとしてゲームから除外された、ネクロフェイスの効果が発動する。

 吉井 山札:9 → 0
 天神 山札:4 → 0

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 これで、天神さんに、勝つことができた。
 康助は、そう確信して、ターンを終える。





「このターンが終わる前に、罠カード、『転生の予言』を発動するわ」

 そのエンド宣言に、透き通った声が、割り込む。





「転生の予言の効果。墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えることができる」

 天神のデッキは、2枚になった。

 (10ターン目)
 ・天神 LP20100 手札1 山札2
     場:アテナ(攻2600)、天空勇士ネオパーシアス(攻2300)、智天使ハーヴェスト(攻1800)、デュナミス・ヴァルキリア(攻1800)、ヘカテリス(攻1500)
 ・吉井 LP700 手札0 山札0
     場:次元の裂け目(永魔)、伏せ×1


「私のターン、ドロー」

 いっそこのまま、デッキ切れで負けてしまおうか。
 そう思わなかったのかと言われれば、それは嘘だ。
 少し前の自分だったら、多分そうしていただろう。

 でも、今はもう、全力で闘うと、心に決めたから。

「ヘカテリスをリリースして、『光神テテュス』をアドバンス召喚」

 吉井 LP:700 → 100

「5体のモンスターで、相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 天神の場の天使族モンスターが、総攻撃を仕掛ける。

 デュナミス・ヴァルキリアの攻撃。

 ネクロ・ガードナー除外。攻撃は無効。

 智天使ハーヴェストの攻撃。

 康助の場に伏せられた、罠カードが発動。

 そのカードは、『異次元からの帰還』。

 ライフポイントを半分払って発動し、ゲームから除外されている自分のモンスターを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚することのできる通常罠。

 本来ならば、相手の総攻撃を受けとめるモンスターを一気に展開できるカード。

 だが、天神にはレベル5の特殊能力がある。

 康助のライフポイントが50になり、

 場に、5体のモンスターが特殊召喚され、

 天神の能力が発動し、

 康助の場から、モンスターが消える。

 智天使ハーヴェストの攻撃を受けるための壁モンスターは、いない。



 ――そして、康助と天神のデュエルは、決着した。





エピローグ 1



「よう吉井。浮かない顔して、どうかしたのか?」
「ん……いや、別に」
「昨日もなんか思いつめたような表情してたしな。悩みがあるなら言えよ?」
「あ、うん。ごめん、ちょっとしたことだから、気にしないで」
 翌日。重い足取りで登校した康助を出迎えたのは、いつもの2人組だった。
 下駄箱の前で偶然出会った山本と渡辺は、当然康助の事情など知るよしもない。そんな2人にも伝わるくらい内心が表情に出ていたのかと、反省する康助。
「入学早々、大変みたいだな。ま、あんまり思い詰めるなよ」
「話くらいならいつでも聞いてやるぜ。じゃあ、また教室でなっ」
 そう言うと、2人は先に教室へと駆けていった。

 もちろん、康助の頭の中にあるのは、天神とのデュエルのことである。
(天神さんは、自分の気持ちを整理したい、って言ってたけど……)
 昨日のデュエルが終了した後、天神とはあまり言葉を交わさないまま別れてしまった。
(精一杯、僕にできることはやった、と思うしかない、か……)
 そもそも、あのデュエルは、天神が学校に来るかどうかを賭けて行われたものではない。デュエルの勝敗がどうなろうと、最終的に判断するのは天神なのだ。康助は、自分の想うところを天神にぶつけただけである。
(学校に、生徒会に、戻ってきてくれると、いいな)
 昨日は、康助も天神も、持てる力のすべてを出してデュエルしていた。それは、実際にぶつかり合った2人が、一番よく分かっている。
(また、デュエルするようになってくれるよね。今日からすぐにとは言わないまでも――)

「おはよう、吉井君」

 澄んだ声が、響いた。

 ゆっくりと振り返る康助。
 そこに立っていたのは、長い黒髪を優雅になびかせる、康助のクラスメイト。
「来て……くれたんですね」
「ええ」
 天神が、静かに微笑む。
「もう、デュエルすることを怖がったりはしない」
 そう呟く天神の口調には、確固たる芯が通っていた。
「私はずっと、本気で闘ってくれる相手を求めていた。けど、いつまで待ってもそんな相手に巡り合えることはなかった」
 過去の過ちを認め、それでも前へ踏み出す。そんな決意を、胸に秘めて。
「でも、それは当たり前のことだったの。私がデュエルに勝てば、誰もが私から離れていってしまう。そう思い込んで、勝つことを恐れて、全力を出すことから逃げていた。……そんなふうに、自分から他人を避けていながら、楽しいデュエルがしたいだなんて、虫がよすぎるわよね」
 天神がデュエルで勝利する度に、天神とのデュエルを望む人間は、減っていった。
 だから天神は、勝ってしまわないように、自分の力を抑えこんだ。
 しかし、それでも天神は、勝ってしまう。
 負けることが、許されない。その身に宿った、強すぎる力のせいで。
 そんなことを繰り返すうち、天神のデュエルは、淡々としたものになっていった。
 自分がデュエルを楽しんでいないのに、相手が楽しいと思えるはずがない。
 ますます、天神と闘いたがる人間は、減った。
 そんな、悪循環。
「去年、この学園に入学したときもそうだった。私と全力のデュエルができるのは、レベルの高い能力者だけ。そう思いこんでいた私は、選考会に参加して、生徒会役員になった。……でも、そこでも結果は同じ。私は、生徒会から、この学園から、逃げだした」
 ――レベル5相手に、まともな勝負ができる奴なんているわけないだろ。
 ――なんであんな女が、うちの生徒会に。
 ――あいつのデュエルなんか見ても、面白くも何ともないよな。
 高位の能力に恵まれなかった者からの、妬み。天神に敗れた者からの、僻み。無責任な人間たちによる、誹謗、中傷。
 そんな陰口を耳にした天神は、誰からも疎まれていると思いこんで、生徒会を去った。
「私のために、必死になって私を説得してくれた先輩たちもいた。それなのに私は、耳をふさいで、家に閉じこもってしまった。こんなの、許されることじゃないのは分かってる。ただの、私のワガママ。……それでも、私は、もう一度やり直したいの」
 自分の罪を告白し終えた天神は、最後に、自分の願いを、口にする。
「私は、もう一度この学園に戻りたい。ここでまた、みんなとデュエルがしたい」
 あまりにも素朴で、当たり前の、願い。

「ふ〜ん。さっきから話聞いてりゃ、どうやらちょっとは反省してるみたいね」

 唐突に、快活な声が割りこむ。

 驚いて振り向く康助。その目に、2人の先輩の姿が映る。
「朝比奈先輩、佐野先輩……! どうしてここに……?」
「昨日、天神から電話があってな。吉井とデュエルして、今日から学校に戻ることに決めたと、そう聞いたんだ」
「天神さん、から……」
「朝比奈先輩、佐野先輩。あの、私……」
 天神が、声を上げる。
 1年前、散々迷惑をかけた。
 そのことを、今、謝らなくてはならない。
 意を決して、口に出そうとしたその言葉は、
「さて、天神も生徒会に戻ってきてくれたし、これで大会への備えは万全ねっ!」
 朝比奈の、元気な発言に、遮られた。
「……おい翔子、空気を読め、空気を」
「いいのよ。あたしは湿っぽいのが嫌いなの。それに、あんたも聞いてたでしょ? さっきの言葉で、十分よ」
「……まあ、それもそうだな」

 確かに、確執はあった。でも、今はもうない。
 天神が、デュエルを楽しんでくれるようになった。
 朝比奈も佐野も、それだけで十分だった。
 もちろん、康助も。

「……ありがとう、ございます!」
 自分を認めてくれる人たちが、いる。
 天神は、そんな恵まれた境遇にいる自分を、心から、幸福だと思った。





エピローグ 2



「知っての通り、うちの生徒会は、一度役員になったら卒業までずっと所属してもらうことになっている。だが、形式的に、新年度が始まる度に提出してもらわなければならない書類がいくつかあるんだ。1限までにはまだ時間がある。今から生徒会室に行って記入してもらいたいんだが、いいか、天神?」
「はい。分かりました」
 そう言うと、佐野と天神は、生徒会室へ向かって、玄関前の階段を上っていった。
 その途中で、天神が立ち止まり、こちらを振り向く。
「あ……そうだ、吉井君」
 天神の黒髪が、身体を追ってなびく。
「私、心のどこかで、私に勝てる人間なんかいないって、諦めていたんだと思うの。だから、昨日は、本当にありがとう。私に、新しい世界を見せてくれて」
 それは、朝比奈翔子でもなく、佐野春彦でもなく、吉井康助ただ1人に向けられた言葉。



「私に勝ってくれたこと、本当に、感謝してるわ」



 そう告げた天神は、再び階段を上っていって、姿を消した。

「……さて、と。あんたからも、きっちりカード回収しとかなきゃね」
「あっ、はい! えっと、僕が借りたカードは、ここに……」
 康助は、自分のデッキケースを開けて、生徒会から借りていたカードを選び出す。

 『魂吸収』が、3枚。
 『封印の黄金櫃』が、1枚。
 『ネクロフェイス』が、2枚。
 『次元の裂け目』が、3枚。
 『異次元からの埋葬』が、3枚。
 『ダーク・ネフティス』が、3枚。
 『異次元からの帰還』が、1枚。


 そして、『封印されしエクゾディア』、『封印されし者の右腕』、『封印されし者の左腕』、『封印されし者の右足』、『封印されし者の左足』が、それぞれ1枚。


「……これで、全部ですね」
「うむ、確かに返してもらったわ。あとで、保管庫に戻しておくからね」
 満足そうに頷いた朝比奈は、それらのカードをケースにしまう。

「それにしても、あんたよくこんな戦略考えついたわね。電話で天神から昨日のデュエルの結果を聞いたときはさすがに驚いたわ。ネクロフェイスの効果で自分のデッキをすべて除外したあと、異次元からの帰還を発動させて、エクゾディアパーツをフィールドに並べる。そして、天神の能力で場のパーツを手札に戻させて勝利、なんて常識破りにも程があるわよ」
「天神さんの能力が自分の意思で止められない、って聞いたときから、何とかしてその能力を逆に利用できないか、ってずっと考えてたんです。召喚時に発動する効果は使えないみたいでしたから、あとは、手札に戻ることそのものを活かすしかないかな、って思いました」
 康助の狙いは、初めからエクゾディアの効果による勝利、それ一本だった。
 ネクロフェイスの効果で除外したかったのは、天神のデッキではなく、自分のデッキ。
 手札に5枚揃えることで勝利が確定する、『封印されしエクゾディア』シリーズ。康助のデッキに眠るそれらのカードを、すべて除外ゾーンに送ること。それこそが、康助のプレイングが目指していたものであった。
 9ターン目に、ダーク・ネフティスの効果で、ネクロフェイスを「2枚」除外したのも、それが理由。あのとき、康助の山札は9枚、天神の山札は4枚だった。天神のデッキアウトを狙っていただけなら、自分のデッキ切れを防ぐため、除外するカードは、ネクロフェイスとネクロ・ガードナーにするべきである。
「それで、おととい生徒会のカード保管庫で、エクゾディアのカードを見たことを思い出して、このデッキのコンセプトを思いついたんです」
 だが、エクゾディアシリーズは、伝説のレアカードと呼ばれるほど希少なカード。たとえレプリカでも、使いたいと思ったところで、すぐに手に入るようなカードではない。
「なるほどね〜。だから、あたしたちのところにカードを借りにきた、と」
「はい。ここの生徒会になら、エクゾディアシリーズだけじゃなくて、デッキのカードを除外するためのカードも揃っているはずでしたから」
 そして康助は、生徒会のカードを使ってデッキを組み上げ、天神に勝利した。

 バーンデッキに対する、『レインボー・ライフ』、『ハネワタ』。
 ロックデッキに対する、『ライトロード・マジシャン ライラ』、『サイクロン』。
 エクゾディアデッキに対する、『マインドクラッシュ』、『エクスチェンジ』。
 デッキ破壊デッキに対する、『ネコマネキング』、『マジックブラスト』、そして『転生の予言』。

 相手の場のモンスターに対処するカードを入れる必要がない天神のデッキには、これらのメタカードがすべて投入されている。ゆえに、普通の戦略で、天神に勝てる見込みは、まずないと言っていい。
 だが、康助のとった戦略は、普通ではなかった。
 相手の場のモンスターを強制的に手札に戻す、その強力な特殊能力を、逆手に取る。康助が選んだのは、そんな、天神に対してしか使えない戦略。
 天神は、最後の最後まで、康助のデッキがただのデッキ破壊デッキだと、信じ込んでいた。
 だからこそ、勝てた。

「ま、レベル0ならではの大胆な発想、ってとこね。正直言って、1年前のあたしや佐野は、そんなこと思いつきもしなかったわ」
 朝比奈は、腕組みをして、感心したようにうなずいている。
 そして、



「さすがは、我らが翔武生徒会の役員になるデュエリストよね」



 自信満々に、言い放った。

「…………」

「…………」

「……って、ええ!? 僕が、生徒会の役員になるって、一体どういうことですかっ!?」
 2拍ほど遅れて、驚愕の表情を浮かべる康助。
「だって僕、結局何の能力もなかったわけですし、選考会は一次選考で落ちちゃいましたし……!」
 当然の主張をする康助に、これまた朝比奈も当然のように返す。
「一次選考のとき、あたしが提案した裏ルール、覚えてる?」
「裏ルール……。確か、佐野先輩に勝ったら、僕が生徒会役員になれる、とか……」
「違うわよ。あたしが言ったのは、『選考会が開催されている間に、現生徒会役員のメンバーに1対1のデュエルで勝利した立候補者は、その時点で選考会合格とする』、こうよ」
 朝比奈は、自分が提唱したルールの文面を、一字一句間違えずに言い切る。
「でも、選考会中に僕が闘った役員は、佐野先輩だけですけど……」
 一次選考中、康助は佐野に負けている。自分にこのルールが適用されることはない、と康助が思うのは当然だった。
 だが、朝比奈は平然とこう尋ねてくる。
「質問1。昨日あんたがデュエルして勝った、五ッ星能力者の名前は?」
「え……? 天神さんですけど、それが何か……」
「質問2。あんたが天神に勝ったとき、時計は何時を指していた?」
「ええ……と、よく覚えてないですけど、あれは確か、3時から4時のあいだ、くらいだったような気が……」
「質問3。昨日、三次選考が行われていた時間帯は?」
「え? そんなこと、僕が知ってるわけ……そういえば、開始時刻は、一次選考と同じで午後2時半からでしたっけ――」

 そこまで答えた康助は、ようやく、朝比奈の質問の意図に、気づく。
「……ということは、まさか!」
「そ。ようやく気がついたようね。頭の回転が遅いと、生徒会ではやっていけないわよ?」
 朝比奈は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、解答を発表する。
「三次選考は、あたしと春彦の担当。つまり、あたしが提案した裏ルールは、有効になる。そして、ちょうど三次選考が行われていた時間帯に、あんたは、生徒会役員の、天神美月に、1対1のデュエルで勝った」
 たとえ活動していなかったとしても、天神は、間違いなく生徒会の役員である。
 そして、裏ルールが適用される条件に、デュエルを行った場所は関係ない。
 よって、選考会合格。
 つまり。

「僕が……生徒会の、役員……?」
 康助は、ただただ呆然とするしかない。
 入りたいと憧れていた、けれど入れなくて諦めていた、生徒会に、入れる。
 自分が、翔武生徒会の役員に、なれる。
 その事実を、唐突に突きつけられて、
 けれども、なんだか夢の中の出来事のようで、
 それでも、徐々に、実感が湧いてきて、
「あ……ありがとう、ございますっ!!」
 第一声は、深く大きな、感謝の言葉。
「……ま、堅苦しいのは好きじゃないんだけど、挨拶くらいはしとこうかしら、ね」
 朝比奈は、そう言うと、頭を下げている康助の方へ、手を伸ばした。



「ようこそ、翔武生徒会へ」










 決闘学園!  END













戻る ホーム 次へ