遊戯王 World Herats

製作者:Y・J・Kさん




※この作品をクリックしてくださった、読者の方々へ。

 今作品のデュエルについてですが、
 守備表示モンスターはアニメ同様、表側でしか召喚されません。
 それに伴い、OCGのリバース効果モンスター等のテキストを、自分なりに変更しております。
 基本的にOCGのマスタールールを起用しておりますが、第一章のあたりでは、シンクロ召喚の
 概念はありません。
 また、現在の禁止カードの中から数枚、バランスを考えたエラッタをして、登場させることもあります。
 
 以上のこと、あらかじめご了承ください。





【プロローグ】

デュエルモンスターズ。
 A・O・G(エイジ・オブ・ゲーム)コーポレーションによって考案されたトレーディングカードゲームであり、
 発売されて間もなく、幅広い層に絶大な人気を博したそれは、社会現象まで起こし、
 販売枚数及び年間の売上枚数も、ギネス記録に認定されるまでになった。


 だが人気を呼んだその一方で、所詮ただのカードゲームであり、
 『子供の遊び』という認識が強く、デュエルモンスターズを蔑視する者も少なくなかった。
 時代が進むにつれ、その存在も忘れ去られるかにみえた。


 ところが、A・O・G会長、バルドル・ファーヴァーンのある提案と、それの実現によって覆されることになる。
 その内容は、デュエルモンスターズがあたかもそこに存在しているかのように実体化させ、
 本当に戦っているかのように、ゲームをよりリアルに再現すること。
 そしてそれは、世界一の映像技術を持つ遊麻カンパニーの協力の元、
 ソリッドビジョンシステムと呼ばれる立体映像技術を、デュエルモンスターズに導入することによって実現した。



 これに、世界中のデュエルモンスターズのプレイヤーだけでなく、
 あらゆるメディアが大きな反響をみせ、世界中を再び熱狂させた。
 デュエルモンスターズは、『子供の遊び』から一種の『競技』というようにまで認識されるようになり、
 やがて正式なプロ化が決定。
 
 そしてゲームのプレイヤーは、「決闘者(デュエリスト)」と世間で呼ばれるようになる等、
 デュエルモンスターズの影響は、以前よりも大きなものとなっていた。

 

 これまで、世界大会ほどの大きなイベント以外の大会などは、
 専門のカードゲームショップのような小さな場所でしか行われていなかったのがほとんどだったが、
 『競技』として認識された今、使われていない会場やらスタジアムを借りて行われるようになった。
 中には、デュエルモンスターズの大会を開く為だけに作られたスタジアムも存在する。


 谷原市(やはらし)にある、ヤワラスタジアムがまさにその一つだ。
 このスタジアムで、ヤワラヴィクトリーカップという大会を開き、お客を呼び込み、町の活気を向上させよう。
 そう市長自らが、提案したことがきっかけで、スタジアムは開設された。

 結果は、見事に成功。
 半年に一度行われるこの大会を見る為に、他方からの人間が続々と足を運ぶようになり、
 普段なら人通りの少ない商店街に人が集まるようになった。



 そして、ヤワラヴィクトリーカップの決勝戦が開催されるこの日も、谷原市に大勢の客が訪れていた。




第1話 【決勝戦開幕】

 谷原市駅から少し離れた商店街の角のところに、『そば処 福川』の看板を掲げた2階建ての店がある。
 見た目は古風な一軒家だが、中はカウンター席から、テーブル席がいくつか用意されている立派なそば屋だ。
 朝の10時頃から、営業が開始される。

 現在、時刻は8時半。定休日でなければ、本来この時間帯は『準備中』の札が扉にかがけられている。
 今日この時間も、その札がかけられていたが、店主は営業時間通り料理を始めていた。
 その姿を、カウンター席に座って、本日の特別客である、橘尚斗(たちばな なおと)は見ていた。

「はいっ! お冷やだよ」
 言って、氷水を置いたのは、この店の看板娘、福川歩(ふくかわ あゆみ)。

「あぁ…、ありがとう…」
 尚斗はお礼をそのまま口にする。
 その声には、どこか弱々しさがあるが感じられた。

「もしかして、緊張してんの?」
 弁解しようとして、口開いた寸前。
「バカ野郎!! そんなんじゃお前、チャンピオンに勝てっこないぞ!」
「は、はいっ!」
 そばを茹でながら、カウンターに背中を向けているにもかかわらず、店主もとい、
 福川歩の父親の勢いある声が店内に響き渡る。
 尚斗は、思わずつられて声をはって返事をした。
 やや茶色がかった黒髪の、今月5月に、16歳の誕生日を迎えたばかりの若々しい顔つきの少年の顔に、緊張が走る。
 その横で、肩まで届く栗色の髪を短く結わいた歩が、クスリと笑っている。

「ところで、デッキは? チャンピオンに勝つために、なんか改良したわけ?」
「いいや、特になんにも。参加した時のデッキのままだよ」
「大丈夫なのぉ?」
 そう言うも、顔はイタズラっぽい笑みを浮かべている。
「そうじゃなかったら 、僕も考えるよ。仮に対策カードを入れられていたとしても、
 それに対応できるように構築しているから、多分大丈夫だと思う」
「ふぅーん」
 どこか、おもしろくなさそうな反応をしたかと思いきや。
「はてはて? その『大丈夫』という自信は、どこから湧いて出てくるんでしょうかぁ? 尚斗くぅーん?」
 ますます、歩のイタズラっぽい笑みが深まった。

「どこからっていうか、普通にそう思っただけだけど?」
「はぁ〜」
 だが尚斗の反応を見て、歩は突如、落胆した表情になる。
「えっ!? な、なに? まさか、ボケを期待してたの!?」
「あたしが、今みたいな表情してたら、そうにきまってるじゃん。もう、察してよ」
「ご、ごめん……」
 ぷくっと膨れた歩に、尚斗は反射的に謝罪する。
 するとまた、膨れた顔が悪戯の笑みに戻った。
「まぁ、いいよ。尚斗らしい返答だったから許す」
 少しホッとして、出されたお冷を口へ運ぼうと、コップを持つ。

「でもさ、たまには自分からボケてほしいなぁ。尚斗って本当、ノリが悪いんだもん」
「そう言われてもなぁ……。ちなみに、なんてボケた方がよかったの?」
 手に取ったコップを口につけ、飲みながら、参考までに、歩の答えを聞いてみた。
「うーん。たとえば、軽い下ネタとかさ。尚斗だったら、ボケれるんじゃない?」
 が、その一言で思わず吐き出しそうになる。
「お、お前なぁ。そういう――――」

「下ネタやめぇい!!」
 尚斗が注意するよりも先に、彼女の父親の怒声が響く。
 今度は、正面を向いていた為さっきよりも二人の耳に響いた。
 そして目の前に、出来あがったそばが、ドン!! と音を立てて置かれる(少しスープがこぼれた)。
「そば処 福川。特製『スペシャルスタミナそば』だ!
 下ネタなんぞに興味をそそられている暇があったら、これ食って力をつけやがれぇ!」
「は、はいぃっ!」
 なぜか、自分が怒られている気分になりつつも、
 今日の決勝戦に勝つために、滅多に食べないスタミナそばを平らげた。







 谷原市(やわらし)にある、ヤワラスタジアムは、熱狂に満ちていた。
 観客たちの多くは地元の者。その他にも、朝の地域情報やら町に張り出されたポスターを見て、
 隣町あるいはさらに遠い地域から来た者もいる。
 それだけ、今日スタジアムで始まるイベントを楽しみにしている者が多いという事だ。

「さぁ会場の皆様、大変長らくお待たせいたしました!
 ヤワラヴィクトリーカップ決勝戦、いよいよ開始のお時間となりましたぁ!」
 観客たちの歓声がスタジアム中に鳴り響く。

「では、見事決勝戦にまで勝ち進んだ、デュエリスト達の登場です!」
 実況の音声もまた、スタジアム中に木霊し、それは入退場用の出入り口で待つ、尚斗の元にも届いていた。

 かつて、自分の憧れであり、目標でもあった人が使用していたデュエルディスクを左腕に装着し、
 デッキをディスクのデッキホルダーにセットする。
 そして、今開かんとするゲートを見据える。

「今大会初出場の少年は、プロデュエリスト橘美沙樹(たちばな みさき)の息子。
 彼のデュエルは、かつての『魔導の姫君』を思わせるようなトリッキーな戦術を披露し、
 そして決勝戦にまで辿り着きました! 『魔導の姫君』の栄光にかけて、
 このヤワラヴィクトリーカップのチャンピオンに輝けるのか!?
 期待の新星!! 姫君の後継者! 橘ぁー尚斗ぉ!!」

 目の前のゲートが開いた。
 観客たちの歓声が轟く中(その中に、友人たちの声援もあっただろうが、ここまで大勢の人がいては判別できなかった)、
 尚斗は、戦いの舞台である、スタジアムの中央へと足を進める。


「そして対するはぁ!
 前回のヤワラヴィクトリーカップで、その圧倒的なパワーで押し切り、
 対戦相手をことごとく潰して行きましたぁ!
 果たして今回も、その強大な力でチャンピオンの座を守りきることが出来るのでしょうか!?
 ヤワラヴィクトリーカップ前チャンピオン! 静かなる赤き暴君! 紅野ぉー大輔ぇ!」

 今度は反対側のゲートが開く。
 入場してきたのは、顔つきからして自分より年上であろう、赤髪の青年。
 前回の大会で優勝を果たした、ヴィクトリーカップのチャンピオンである。
 だが表情は無表情に等しく、よく言えば冷静、悪く言えば無愛想だった。

 チャンピオン紅野大輔(こうの だいすけ)も中央へ歩き、そして尚斗の前に立つ。
 互いのデッキを交換し、シャッフルが終わりデュエルの定位置につく。

「よろしくお願いします」
 尚斗の、デュエル前の挨拶に対し。
「あぁ。よろしく」
 チャンピオン紅野は、短くそう言った。無愛想な表情の青年の声には、どこか生気がないように思える。
 だが、今はそんなこと関係ない。
 狙うは、優勝。そのためには戦うのみだった。


「それでは、デュエルを開始してください!!」


 実況の合図と共に。
 左腕につけていた、ソリッドビジョンシステムが内蔵された機械、デュエルディスクが起動。
 ライフゲージに、それぞれのライフポイントの数値が表示される。
 そして尚斗と紅野は自分デッキから、最初に持つことが許される5枚の手札を引く。
 


「「デュエル!!」」


 デュエル開始の宣言。二人の掛け声が、フィールドに木霊する。



橘尚斗 LP4000 VS 紅野大輔 LP4000



 デュエルディスクのオートシステムにより、先攻は紅野大輔に決まった。


「俺のターン。ドロー」
 紅野はデッキに指をおき、カードを1枚引く。デュエルはターンの開始時に必ずドローを行い、進行される。

「俺はサファイア・ドラゴンを攻撃表示で召喚」
 紅野が置いたカードをディスクが認識。
 そこに描かれている、身体全体がサファイアのように輝く、青玉(せいぎょく)の竜が、光と共に紅野の場に姿を現す。

 原石のサファイアをそのまま生物としたような竜の雄叫びが、スタジアムに響き渡る。
 その声は瑞々しく、どこか美しさを感じた。
 遊麻カンパニーが開発したデュエルディスクは、姿形だけならず、モンスターの動きと声をも、忠実に再現している。



《サファイア・ドラゴン》風属性 レベル4
ドラゴン族
攻撃力1900  守備力1600



「さらにカードを1枚セット」
 青玉の竜の後方に、1枚のカードが、そのままソリッドビジョンとして現れる。
「ターンエンド」


「僕のターン!」
 紅野の静かなエンド宣言後、ターンは尚斗に移る。

「マジカル・ギフトを召喚!」

 尚斗の場に現れたのは、四等身の体に、いかにも魔法使いらしい法衣と杖を身につけ、
 顔はプレゼントボックスの形をした魔術師。
 クルリとした目がついたその様は、子供向けアニメに出てくるような風貌だった。


《マジカル・ギフト》攻撃力500


 だが、その攻撃力では到底、紅野の場にいる青玉の竜には及ばなかった。

「この召喚したモンスターで、尚斗はどのような戦術を駆使するのか?」
 実況が、観客たちの考えを代弁するかのように叫ぶ中、尚斗はさらに手札のカードに指をかける。

「手札から魔法(まほう)カード二重召喚(デュアルサモン)を発動!」
 枠が緑色のカードが、ソリッドビジョンとして出現する。

 魔法カードは、例外がなければ1ターンに何枚でも発動が可能。
 そしてそれは時に、デュエルの流れを左右する重要な役割を担うこともある。
 尚斗が発動した二重召喚は、本来ならば一回しか出来ない行為を、さらに増やす効果。


「このターン、僕はもう1度モンスターを召喚できる!」
 尚斗は、ディスクにセットしたマジカル・ギフトに指をかけ、外した。

「マジカル・ギフトをリリース!」
 プレゼントボックスの頭をした魔術師が光に包まれて球体となり、それは新たなモンスターを呼び出す糧となる。
「サイバネティック・マジシャンをアドバンス召喚!」
 白いコートを身にまとし、金髪の青年魔術師が、プレゼントボックスの頭をした魔術師を礎に召喚された。



《サイバネティック・マジシャン》光属性 レベル6
魔法使い族・効果
手札を1枚捨てる。このターンのエンドフェイズ時まで
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は2000になる。
攻撃力2400 守備力1000



 レベル5から6のモンスターを召喚するには、モンスター1体を失わなければならない。
 だが、そのモンスターたちは、代償にみあった、ステータスもしくは能力を秘めている。

「攻撃力…2400」
 この数値は、それなりに高いもの。だが、これだけでは終わらない。
「そしてマジカル・ギフトのモンスター効果が発動する!」



《マジカル・ギフト》光属性 レベル2 
魔法使い族・効果
このカードが魔法使い族モンスターをアドバンス召喚する為に
リリースされた場合、デッキからカードを1枚ドロー出来る。
攻撃力500 守備力200



 魔法使い族のアドバンス召喚の為に、リリースに使用した場合、デッキから1枚カードを補充できるというもの。
 普通にこの効果を使用するには、まず1ターン待たなければならないが、
 尚斗は魔法カードを駆使して、待つことなく可能にした。

「サイバネティック・マジシャンで、サファイア・ドラゴンを攻撃!」
 尚斗が宣言をするやいなや、白コートの魔術師は杖を向ける。
「サイバー・ライト・フォース!」
 放たれた光線は、青玉の竜に直撃。
 竜は爆散し、発生したダメージは衝撃波となって紅野を襲う。
 それに伴い、ディスクのライフゲージが変動する。


紅野 LP4000→3500


「ああっと! 紅野のサファイア・ドラゴンが、返しのターンでいきなり戦闘破壊されてしまったぁ!」
 しかし前回のチャンピオンも、そう簡単にモンスターを絶やさない。
「罠(トラップ)カード発動。奇跡の残照」
 紅野の足元に存在していたカードが起き上がり、正体が露になる。桃色の枠カード。
「トラップ!?」
「そうだ。この効果で、俺はサファイア・ドラゴンを選択し、復活させる」
 紅野は静かに返答する。
 発動したカードに描かれたイラストが輝き、そこから先ほど魔術師に破壊された青玉の竜が、雄叫びと共に姿を現す。



《奇跡の残照》通常罠
このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた、
モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。



「くっ…」
 尚斗は、わずかに舌打ちをする。
「僕は、カードを2枚セットしてターンエンド」



橘尚斗
LP4000
手札2枚
フィールド:サイバネティック・マジシャン(攻撃力2400)
      伏せカード2枚

紅野大輔
LP3500
手札4枚
フィールド:サファイア・ドラゴン(攻撃力1900)




「俺のターン」
 紅野はデッキからカードを引いて確認し、それを手札に加えフィールドに目をやる。
 迷うことなく、アクションを起こした。
「魔法カード、打ち出の小槌を発動する」
 出したのは手札交換のカード。



《打ち出の小槌》通常魔法
自分の手札を任意の枚数デッキに加えてシャッフルする。
その後、デッキに加えた枚数分のカードをドローする。



 すでに決まっていたかのように、手札のカードを全てをデッキの中へと戻す。
 そして戻した枚数、4枚のカードが再び紅野の手札に加わる。

「カードを3枚セット。サファイア・ドラゴンを守備表示に変更」
 ディスクに縦向きで置かれた青玉の竜のカードを、横に向き動かす。
 合わせてソリッドビジョンの青玉の竜は、守りの体制をとる。
「そして、ジェミニ・ウィングを守備表示で召喚」
 続く新たなモンスターカードも、同じように横向きで置く。
 ソリッドビジョンとして現れたモンスターは手足のない短い蛇の様な体に、
 4枚の羽を持った他の竜と比べても、小さな幼竜だった。
 見た目はどこか、マスコット的な存在感があった。

 紅野はこのまま、ターンを終えた。



《ジェミニ・ウィング》守備力200 



(護りを固めてきたか…)
 向かえた尚斗のターン。
「僕のターン! ドロー!」
 カードを確認し、相手のフィールドをみる。

 2体のモンスターはいずれもサイバネティック・マジシャンで倒すことが出来る。
 一見尚斗が有利に見えるこの状況。
 だがセットされたカードの中に、モンスターを護る為こちらの攻撃を防ぐ、強力な罠がある可能性が高い。
 そう判断したのも、紅野が手札交換を行った後、瞬時にアクションを起こしたこと。
 つまりあの時、なにか逆転のカードを引いたということだろう。

 罠カードは、召喚であったり攻撃であったり、相手のなんらかの行動がトリガーとなって発動するものが多く、
 罠にかかれば戦況が、一気に相手に傾いてしまうこともある。
 故に尚斗は警戒していた。今引いたカードならば、そのうち1枚を破壊できる。
 だがそれでも、2枚のセットカードが残ってしまう。

(それでも、やるしかない)
 尚斗は、手にしたカードをディスクに置く。
「魔導戦士ブレイカーを召喚!」
 決断のもと、召喚されたのは、赤き法衣をまとった魔導師。
 しかし手にしているものは、杖ではなく、緑に輝く剣。
 その剣の刃が、召喚成功と同時に輝く。それにより、ブレイカーの攻撃力が変化する。

魔導戦士 ブレイカ― 攻撃力1600→1900

「魔導戦士ブレイカーの効果が発動したぁ! これにより、2体のモンスターで紅野のモンスターを倒せるようになったぁ!」
 しかし、尚斗の目的は単なる攻撃力アップではない。
「ブレイカーのもう一つの効果! 魔力カウンターを取り除くことで、相手の魔法か罠を破壊できる!」



《魔導戦士 ブレイカ―》闇属性 レベル4
魔法使い族・効果
このカードが召喚に成功した時、
このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。
このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
また、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。
攻撃力1600 守備力1000



 思考をこらす。
 セットカードを破壊できたとしても、そのカードが破壊の確立を下げる為のおとりで、本命を外しては意味がない。
「僕は…、真ん中のカードを破壊する!」
 ブレイカーは尚斗が宣言した通り、中央に置かれたカードに狙いを定める。
「マナ・ブレイク!」
 そこから降りかぶり、上段から勢いよく降り下ろす。
 剣から放たれた緑の斬撃は、紅野のカードを両断する。破壊したのは、攻撃がトリガーとなり発動する罠。



《聖なるバリア−ミラーフォース−》通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。



(よしっ!)
 強力な罠の除去に成功し、思わず笑みが浮かぶ。


 だがまだ2枚のカードがあり、油断はできないが、尚斗は仕掛けた。
「魔導戦士ブレイカーで、ジェミニ・ウィングを攻撃!」
 そのまま、ブレイカーは接近。上段から剣を降り下ろし、幼竜を容赦なく両断した。
 だが守備体制のモンスターを倒すことが出来ても、ダメージは通らない。


「サイバネティック・マジシャンで、サファイアドラゴンを攻撃!」
 続く白いコートの魔術師が、再び青玉の竜に杖を向け光弾を放つ。
 しかし、当たる寸前に方向を転換、尚斗のモンスターであるはずのブレイカーに向けられた。
「なにっ!?」
 尚斗は驚愕する。
 すぐに自分のフィールドを確認すると、ブレイカーに不気味な鎧が着せられていた。
 その鎧はどこか悪魔の顔の様な形で、誰がどう見ても呪われた鎧だとわかるような、禍々しいものだ。
「罠カード、攻撃誘導アーマー。
 コイツをお前のブレイカーに装着させた今、サイバネティック・マジシャンの攻撃対象は、ブレイカーに変更する」



《攻撃誘導アーマー》通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
フィールド上に存在する、攻撃モンスター以外のモンスターを1体を選択する。
このカードの効果で選択したモンスターは、攻撃モンスターと戦闘しダメージ計算を行う。



 呪われた鎧の誘いより、光弾はブレイカーを襲う。
「させない! 罠カード、賢者たちの守護結界を発動!」
 今度は尚斗のセットカードが開く。
 光る魔法陣を囲んでいる全身フードで覆われた、魔法使い5人が描かれた罠カード。
 その効力を発動させるべく、尚斗は手札にある1枚の魔法使いを犠牲にした。



《賢者たちの守護結界》通常罠
手札の魔法使い族モンスター1枚を捨てて発動する。
フィールド上に存在するレベル4以下の魔法使い族モンスターは、
このターンのエンドフェイズまで、戦闘及びカードの効果では破壊されない。



《トリック・ゲンガー》闇属性 レベル4
魔法使い族・効果
???
攻撃力1300 守備力100



 そして輝き、その光がブレイカーを包む。
「このカードが、発動したときこのターンのエンドフェイズまで、
 レベル4以下の魔法使いは戦闘とカード効果では破壊されない!」
 ブレイカーに光弾が直撃。しかし賢者たちにより生成された結界が、ブレイカーを護る。

「『破壊』だけはな。だが、戦闘ダメージは受けてもらうぞ」
 戦闘の余波は、ダメージとして尚斗を襲った。


尚斗 LP4000→3200


 2体のモンスターが攻撃を終えた今、尚斗の手札に、これ以上の策はない。
 ターンを終えようと。
「僕はこのままターン…」
「待ちな」
 エンド宣言をしようとした直前に、紅野が静かに制止させる。すると、自分のデッキをホルダーから抜いた。

「ジェミニウィングが破壊されたこのエンドフェイズに効果を発動。
 俺の場にドラゴンが存在する場合、デッキから2体のジェミニウィングを特殊召喚できる」

 存在しているのは、倒し損ねてしまった青玉の竜。幼竜の効果発動の条件はそろっていた。
 デッキから2体の竜を選び、ディスクに横向きでセット。
 破壊した竜とは別の幼竜が2体、紅野を護るべく現れる。
 仲間を倒した憎き敵とみて、あからさまに尚斗を睨んでいた。



《ジェミニ・ウィング》風属性 レベル2
ドラゴン族・効果
このカードが戦闘によって破壊されたターンのエンドフェイズ時、
自分のフィールド上にドラゴン族モンスターが存在している場合、
デッキか手札から、同名カードを可能な限り特殊召喚できる。
攻撃力900  守備力200 



「また、モンスターが!」
「さらに、リバースカードオープン。竜の転生を発動」
 残されたもう1枚のカードが開かれる。
「コイツは、自分のドラゴンをリリースするのと引き換えに、
 デッキからそのレベルが倍のドラゴン族を手札に呼び込むことができる」



《竜の転生》通常罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体をリリースして発動する。
リリースしたモンスターのレベルの、倍のレベルを持つ、
ドラゴン族モンスター1体を、デッキから手札に加える。



「俺は、レベル4のサファイアドラゴンをリリース。デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを手札に加える」
 青玉の竜がカードの中に消えると、そのカードもまた、光となって消滅した。
 デッキからカードを1枚を手にとると、手札に納めた。

 レベル7以上のモンスターを召喚する為の必要なリリースするモンスターは2体必要となる。
 なんのサポートもなしに呼び出すには、レベル5と6のモンスターを呼び出すことよりも難しい業だ。
 だが今、紅野は自軍のモンスターを罠で護りつつ、効果によってリリース要因を揃えた上に、
 最上級モンスターを手札に呼び込んだ。


 このことが何を意味するか、尚斗はわかった。が、今の手札ではそれを止める事は出来ない。


「…ターンエンド」
 改めて、尚斗は終了を宣言する。


橘尚斗
LP3200
手札1枚
フィールド:サイバネティック・マジシャン(攻撃力2400)
      魔導戦士ブレイカ―(攻撃力1600)
      伏せカード1枚

紅野大輔
LP3500
手札1枚
フィールド:ジェミニ・ウィング2体(守備力200)



「俺のターン」
 チャンピオン紅野は、手札に加えた最強の巨竜のカードを指にかける。
「俺は、2体のジェミニウィングをリリース」
 幼竜は、光となって重なり、より大きな球状の光となる。





「暴君竜、タイラント・ドラゴンを、アドバンス召喚!」


 2体の竜を糧として、現れたのは、巨竜の影。
 羽ばたくだけでも嵐を起こすような一対の巨大な羽に、強靭な腕と脚。
 火山が唸るような雄叫びが、スタジアム中に木霊する。
 
 それが今、尚斗と2体の魔術師を見据え、牙を向く。
「…これが、タイラント・ドラゴン」
 尚斗は、チャンピオン紅野大輔の強さを肌で感じとっていた。




第2話 【魔術師 VS 暴君竜】

「でたあっ!紅野大輔の切り札モンスター!タイラント・ドラゴン!!
 このモンスターの登場により、形成は一気に傾きましたあ!」

 観客、そして実況が、紅野の暴君竜の登場に驚いている中、シルクハットを被り、
 太った体をタキシードに身を包んだ中年の男は、それを見てほくそ笑んでいた。
「素晴らしい。いつみても、素晴らしい光景だ」
 発した声は低く、邪悪さを漂わせている。その中に、ドラゴンの登場に感動していた。

「ソリッドビジョンといえども、真のドラゴンがこうして咆哮する姿。そして人々が仰ぎ見るという、
 まさにドラゴンこそ、神の化身であることを主張している。そうはみえないかね?」
「はい」
 隣に座る、同じくタキシードに身を包んだサングラスをかけた長身の男が、
 片手にビデオカメラを持ったまま、短く返事をする。
「そうであろう。では、岸田よ。お前に渡したそのカメラで、しっかりとドラゴンの勇姿を記録するのですよ」
「仰せのままに。教祖様」







橘尚斗
LP3200
手札1枚
フィールド:サイバネティック・マジシャン(攻撃力2400)
      魔導戦士 ブレイカ―(攻撃力1600)
      伏せカード1枚

紅野大輔
LP3500
手札1枚
フィールド:タイラント・ドラゴン(攻撃力2900)




「いくぞ、バトルフェイズ。タイラント・ドラゴンで、魔導戦士ブレイカーを攻撃」
 紅野の静かな攻撃宣言。
 それに応えた暴君竜は咆哮し。
 尚斗と彼の魔術師2体に向け、威圧という名の衝撃をぶつける。

「タイラニティ・ブレイズ」
 暴君竜が大きく開けた口から、溶岩の固まりにも似たブレスが放たれる。
 魔導戦士もその攻撃には、たちすくしかなかった。これが通ってしまえば、尚斗は大きくダメージを受けてしまう。

「させない! 罠発動、魔法の筒(マジックシリンダー)」
 ブレイカーの双方に現れた二つの巨大な筒。
 ハデなカラーリングが施されており、マジックショーに出てきそうな道具にも見える。
 しかしそれは、敵のいかなるモンスターの攻撃を吸い込み、
 もう1つの筒が相手のプレイヤーに向けてその攻撃を放つ、強力なトラップだ。



《魔法の筒(マジックシリンダー)》通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。



 これで暴君竜の攻撃を跳ね返しダメージを。

「えっ!?」

 与えれなかった。
 暴君竜のブレスを吸い込もうとした魔法の筒が、それを行う前に消滅してしまったのだ。

「タイラント・ドラゴンのモンスター効果だ」
 困惑する尚斗に、紅野が静かに説明を始める。
「タイラント・ドラゴンは、自信を対象とするトラップが発動されたとき、その発動を無効にする」
 よって、ブレイカーを護る手段は、なにもなくなった。

 ブレイカーは 暴君竜のブレスに呑まれ、声をあげる間もなく爆発と共に塵となった。
「うわあっ!」
 衝撃は、先ほどの呪われた鎧による戦闘のものとは格段に違う。
 本物の爆風に、身体が吹き飛ばされてしまうような錯覚さえ覚えた。
 この戦闘が、尚斗のライフポイントを大きく削る。


尚斗 LP3200→1900


(けど、まだ僕のフィールドにはサイバネティック・マジシャンがいる)
 モンスターの攻撃は通常ならば1度のみ。
 つまり、白コートの青年魔術師生き残ったということ。
 次のターンで、この魔術師のモンスター効果を使用すれば、
 暴君竜の攻撃力は2000となり、確実に倒せる可能性が高くなる。
 が、それはこのターンに、1回しか攻撃が出来なければの話。

「まだバトルは続いている」
 このターン攻撃を行ったはずの暴君竜は、その口を再び開く。
「タイラント・ドラゴンは、相手フィールドにモンスターが存在していれば、
 そのバトルフェイズ中に、もう1度だけ攻撃できる」



《タイラント・ドラゴン》炎属性 レベル8
ドラゴン族・効果
相手フィールドにモンスターが存在する場合、
このカードはバトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
このカードを他のカードの効果によって墓地から特殊召喚する場合、
そのプレイヤーは自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体をリリースしなければならない。
攻撃力2900 守備力2500



「タイラニティ・ブレイズ」
 再びの攻撃宣言。
 容赦なく放たれたブレスは、優位に立てる筈だった白コートの魔術師を一瞬にして消し飛ばした。
 二度目の強烈な爆風。尚斗は思わず悲鳴をあげてしまった。


尚斗 LP1900→1400


「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
 そんな彼をよそに、紅野は静かにカードをセットする。それが暴君竜の後方に現れる。


「このデュエル、急展開になってまいりましたぁ!
 召喚された、タイラント・ドラゴン!!
 その圧倒的な攻撃力と破壊耐性で、尚斗のモンスターを全滅させてしまいましたぁ!!」
 まさに暴君。その名にふさわしい竜は、会場内に驚きと歓声を響き渡らせている。
 そんな中、尚斗は戦慄を覚えていた。罠は効かず、その上2回攻撃も行える最上級ドラゴン。


「僕のターン!」
 逆転の一手が来るよう念じ、尚斗はカードをドローする。
 しかしそう都合よく、40枚のデッキから目当てのカードを引き当てるのは容易ではない。
 今引いたのは、最上級モンスター。
 確かに強力なステータスこそあれど、この状況では役に立たない。

「っ…。僕は、見習い魔術師を守備表示で召喚」
 尚斗は自分を護る、壁モンスターを召喚する以外にない。
 これをせずターンを終えてしまっては、次の暴君竜の攻撃が、直接プレイヤーである尚斗に襲い来ることになる。
 そうなれば、尚斗の敗北は確実だった。
 
 身を護る為に壁として召喚したのは、杖を持った若い男の魔術師。
 攻撃力と守備力は非常に低く、先ほど紅野がリリースに使用した幼竜にさえ負けてしまう数値。
 だがその秘められた効果、戦闘で破壊された時に、
 デッキからレベル2以下の新たな魔法使いを呼べるという能力は、現状の尚斗にとってありがたいことだった。
「ターンエンドだ」



《見習い魔術師》闇属性 レベル2
魔法使い族・効果
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上で表側表示の魔力カウンターを乗せる事が
できるカード1枚に魔力カウンターを1個乗せる。
このカードが戦闘で破壊された場合、デッキからレベル2以下の
魔法使い族モンスター1体を選択して自分フィールド上
に特殊召喚する事ができる。
攻撃力400 守備力800




橘尚斗
LP1400
手札1枚
フィールド:見習い魔術師(守備力800)


紅野大輔
LP3500
手札0枚
フィールド:タイラント・ドラゴン(攻撃力2900)




「ふぅー。なんとかモンスターを出せたわねぇ」
 暴君竜が登場してからハラハラしていた歩が、胸を撫で下ろす。
 守備モンスターがいれば、ダメージも通らず、攻撃が直接通ることもない。
 しかしそれでも、隣に座るクラスメイト、中谷明(なかたに あきら)は苦い表情だった。
「けど、尚斗が不利な状況であることに変わりはねぇよ。
 次のターンで、チャンピオンに除去系の魔法カードを引かれたら、終わりだぜ」
「え?破壊されても、効果でモンスターを呼べるんじゃないの?」
「戦闘でならな。だけど、カードの効果で破壊されれば、見習い魔術師は効果を発揮できず尚斗の場は、がら空きになる」
 重い明の言葉で、歩の心に再び不安が重りとなってのしかかる。自然と表情も険しくなった。


 対峙している尚斗も、カード効果による破壊、その事を危惧していた。


「俺のターン」
 紅野がカードを引く。
 
 
 なにを引いた?カードの正体が分かるまで、緊張が走る。
 仮にモンスターだとしても、見習い魔術師の効果である程度は防げるが…。

「俺は魔法カード、クリムゾン・フォースを発動。
 これにより、タイラント・ドラゴンの攻撃力は300ポイントアップする」

 迷いもなく発動されたのは魔法カード。


タイラント・ドラゴン 攻撃力2900→3200


 能力は、暴君竜の力を増強させるもので、一番危惧していた、モンスター除去系統のものではないようだ。
 だがその攻撃力は、最上級モンスターの攻撃力の水準である、3000を超えてしまった。
「タイラント・ドラゴン、見習い魔術師を攻撃しろ」
 尚斗を護る非力な魔術師は、暴君竜から放たれたブレスにより跡形もなく爆散した。
 衝撃こそあるが、戦闘によるダメージは通らない。しかし。


尚斗 LP1400→1000


「えっ!? ライフが減った!?」
「クリムゾン・フォース、もう1つの効果。このカードの恩恵を受けているモンスターが、
 お前のモンスターを破壊した時、その攻撃力分の数値をダメージとして与える」



《クリムゾン・フォース》装備魔法
フィールド上の炎属性モンスターを選択する。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
また装備モンスターが、戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える。



 つまり、壁モンスターを出せたとしても、暴君竜に蹴散らされる度にライフを減らされてしまうということ。
 しかも暴君竜の攻撃力は3200。今の状況で、その数値を越えるモンスターを出すのは、容易ではない。

「見習い魔術師の効果によって、デッキからレベル2以下の魔法使い族を特殊召喚する!」
 かといって下手に壁を出してもダメージを受けてしまうだけだが、
 それでも今この状況で、モンスターを途切れさせるわけにはいかなかった。
「再び見習い魔術師を、召喚!」

「また場にモンスターがでたな。タイラント・ドラゴンの効果により、もう一度攻撃を行う」
 新たなに召喚された魔術師も、一瞬にして破壊されてしまった。
 その攻撃力、400ポイント分のダメージが、爆発の中から生まれた赤い衝撃となって尚斗のライフを削る。


尚斗 LP1000→600


「見習い魔術師の効果発動!」
 さらなる効果による召喚。尚斗はデッキから選択すべく、一度ホルダーからデッキを外し確認する。



思考する尚斗をみて―――。


「よしっ!これで尚斗の逆転間違いなしだ!」
 明は逆転を確信し、ガッツポーズをした。
「えっ、なんで?」
 なぜそう言い切れるのか、歩にはわけがわからない。しかし明には、確信があった。

「あいつのデッキに執念深き老魔術師っていうカード入ってるの知ってるだろ?」
「たしかー」
 何度か尚斗のデュエルを見たことがある歩は、そのいくつかを思い返してみる。
 外国の童話に出てくる、恐ろしい魔女そのものを描いたようなカード。
 そのカードは、攻撃力と守備力こそ低いものの、恐るべき能力を持っていた。



《執念深き老魔術師》闇属性 レベル2
魔法使い族・効果
守備表示のこのカードが攻撃表示に変わった時、
もしくは守備表示のこのカードが相手モンスターの攻撃を受けた時、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
攻撃力450 守備力600



「あっ! そっか!」
 デュエリストとしての経験が浅い、歩も理解した。
 いかに罠に体制を持つ暴君竜と言えど、老魔術師の呪いには耐えられず、破壊される。
「そのモンスターを呼び出すことが出来れば、あの暴君竜を倒せる!」
 険しかった歩の表情が、希望に道溢れる。


 尚斗の場にモンスターが現れる。
 その姿は、まさに子供たちが見たらきっと恐怖するであろう、不気味な老婆の姿―――。

「水晶の占い師を守備表示!」
 ではなく、両手で1つの水晶玉を抱え、顔半分を薄い青色の布で隠した、その名の通り占い師だった。



《水晶の占い師》水属性 レベル1
魔法使い族・効果
守備表示のこのカードが攻撃表示に変わった時、
もしくは守備表示のこのカードが相手モンスターの攻撃を受けた時、
自分のデッキの一番上から2枚をめくり、
その内の1枚を選択して手札に加える。残りはデッキの一番下に戻す。
攻撃力100 守備力100



「ふぇっ?」
「あれっ?」
 二人は思わず、しかも全く同時に、間抜けな声を漏らしてしまった。

「んん〜。ひょっとしてさ、イラスト変更になったんじゃない?」
「あぁ、なるほど! それなら、姿が水晶の占い師によく似てても納得がいくな!
 あの婆さんもずいぶん、美しくなったねぇ……って、んなわけあるかぁ!」






 水晶の占い師の召喚。
 尚斗の行動にはチャンピオン紅野も、意外に思ったようで。
「なんだ? 老魔術師のカードを持ってなかったのか?」
 これまで無駄話を一切しなかった紅野が、初めて尚斗に話しかけた。

「それに対して、僕が答えると思いますか?」
「ふっ。そりゃそうだよな」
 そして今まで無愛想だった顔にも、わずかながら笑みを浮かべた。
 そのことに少し驚きつつも、尚斗は自分のデッキをシャッフル、その後ディスクにデッキをセットする。
「なら次のターン、お前がどう動くか、見させてもらおうじゃねぇか。さあ、お前のターンだ」

「僕のターン」
 尚斗はカードを引く。

 強力なモンスター除去効果を持つ執念深き老魔術師のカードは、確かにデッキに投入している。
 普通に考えれば、見習い魔術師の効果で召喚し、老魔術師で破壊するという戦術が、ベストだったのだろう。
 しかし、暴君竜の背後に潜むセットカード。
 自分が優位に立っていた時にセットされたカードが、とてもブラフとは思えない。
 暴君竜を護る、なんらかの仕掛け(ギミック)である可能性が高い。
 尚斗はそれを警戒して、1枚でも手札を増やせる占い師を選んだのだ。

「僕は水晶の占い師を守備表示から攻撃表示に変更! この瞬間、効果が発動する!」
 だからといって、確実に起死回生のカードを引き当てられる、というわけではない。
 その引きが悪ければ、攻撃表示となった占い師は確実に暴君竜に葬られ、
 尚斗のライフは0になってしまう。

「俺のカードを警戒した判断としては、間違ってはないかもしれないが…。効率が悪すぎじゃないのか?」
 紅野の言うとおりだと、会場の何人かの客たちも思っただろう。
 尚斗自身も、それに対して『間違っていない』と言い切るつもりはない。

 だけど…。

「けど、こういう一か八かの勝負の時、僕は自分のデッキに賭けてみたいんです。それが、僕のやり方だから」
 だから、これでどう結果が転ぼうと、尚斗はなに1つ後悔しないと決めていた。デッキの2枚のカードをめくる。


1枚目………《執念深き老魔術師》
2枚目………???


(これだ!)
 確認し、迷うことなく手札に加えるカードは決まった。残る1枚はデッキの一番下に置いた。
「僕は、魔法カード地割れを発動!」
「地割れだと!?」



《地割れ》通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する、
攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。




 状況にもよるが、どのような高攻撃力を持つモンスターでさえ問答無用に除去する、強力な魔法カード。
 実体化した魔法カードが輝く。
 その力で起きた地割れ(無論ソリッドビジョンであるが、実際に起きているように見える)はまっすぐに、
 暴君竜に向かって行く。
「罠カード発動! 龍神王の覇気!」
 すかさず紅野も罠で応戦する。
 それは、暴君竜にさらなる耐性を与えるカード。



《龍神王の覇気》カウンター罠
「フィールド上のモンスターカードを破壊する効果」を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が
発動した時、自分フィールド上にレベル8以上のドラゴン族モンスターが
存在している場合、ライフを2000ポイント払って発動する。
その発動を無効にし破壊する。その後、無効にしたカードの持ち主に、
500ポイントのダメージを与える。



紅野 LP3500→1500


「ライフを2000ポイント失う変わりに、自分フィールドのドラゴン族を破壊する、
 魔法・罠・モンスター効果が発動した時、それを無効にして破壊。
 そして相手ライフに500のダメージを与える!」
 決して少なくないライフを犠牲にして発動された罠が、
 さらに巨大な竜の形をした赤きオーラが、暴君竜を包む。
 それが咆哮と共にフィールド全体を奮い立たせ、地割れさえも消してしまった。


尚斗 LP600→100


 さらに尚斗のライフが削られ、最低ラインに達してしまった。
 残り100ポイントでは、ライフを払って発動するカードも、ほとんど使用できない。


「ああ、なんということだぁ!
 起死回生の一手も、タイラントドラゴンの前であえなく消滅ぅ!
 橘尚斗、もはやなす術なしかぁ!?」
 誰から見ても絶望的な状況。
 実況を聞きながら、明や歩、尚斗を応援していた者たちは落胆する。


 その瞬間、尚斗は確信した。
 そしてアクションを起こす。
「墓地にあるトリック・ゲンガーをゲームから除外!
 このターン、上級レベルの魔法使い族モンスターをアドバンス召喚する場合、リリースを1体減らすことができる!」



《トリック・ゲンガー》闇属性 レベル4
魔法使い族・効果
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する。
このターンのエンドフェイズまで、
魔法使い族モンスターをアドバンス召喚する場合、
リリースを1体分減らすことが出来る。
攻撃力1300 守備力100



 ディスクにある占い師のカードを、そこから外し、同時にソリッドビジョンも光となって消える。

「水晶の占い師をリリース! 手札から、レベル7の魔法使い族を召喚する!」
 そして、手札で眠っていた、真の逆転のカードに、尚斗は指をかける。
 尚斗のフェイバリットカードであり、このデッキのエースモンスター。


「こい、ブラック・マジシャン!!」
 紫の法衣を身にまとった、長髪の青年魔術師。現れた黒き魔術師は、恐れることなく眼前の暴君竜に目をやる。



《ブラック・マジシャン》闇属性 レベル7
魔法使い族
攻撃力2500 守備力2100




「なんとぉ!! このタイミングで現れたぁ!!
 これぞ、かつて姫君のエースモンスターであり、後継者としての証を示すモンスター!
 ブラック・マジシャンっ! 果たしてこのモンスターの登場が、どうデュエルに影響するのでしょうかぁ!?」
 デュエルモンスターズの中でも非常に知名度が高く、
 そして人気が高いモンスターの登場に会場は湧きたった。中には、黄色い歓声さえ聞こえてくる。

「ブラック・マジシャン…」
 紅野自身も、思わず見入る。
「だがな、攻撃力じゃあ俺のタイラント・ドラゴンの方が上だぞ」
 すぐに冷静を取り戻し、指摘した。いかに尚斗のエースと言えど、黒き魔術師と暴君竜には攻撃力差がある。


「確かに、今のブラック・マジシャンじゃあ、タイラント・ドラゴンには勝てない」
 だが尚斗は、笑みを浮かべていた。それは負け惜しみではない。

「けど魔術師の力は、他の魔術師との連携で、どんな強大な力をも上回る!
 ブラック・マジシャンで、タイラント・ドラゴンを攻撃!」
 尚斗の攻撃宣言。
 黒魔術師は、主の命に躊躇うことなく、暴君竜に向けて跳躍。

「返り討ちにしろ! タイラント・ドラゴン!」
 対する暴君竜も迎撃の体制にはいる。後は無謀にも接近する魔術師に向けてブレスを放つのみ。
 

 瞬間。


「手札から、古の大賢者(いにしえのだいけんじゃ)の効果を発動!」
 最上級レベルを持つ、最高位の魔術師の魂。
 それが描かれたイラストのカードを、手札から直接墓地スペースに置いた。
 古代を生きた大魔術師の魂が、若き黒魔術師を包みこむ。

「こいつは!?」
「古の大賢者は、ブラック・マジシャンがバトルを行った時、その真の力を発揮するんだ!」



《古の大賢者(いにしえのだいけんじゃ)》闇属性 レベル8
魔法使い族・効果
このカードは、このカードの効果以外のカードの効果で、
手札に加えることはできない。墓地に存在するこのカードを除外することで、
「ブラック・マジシャン」は除外したターンのエンドフェイズまで破壊されない。
自分フィールド上に存在する魔法使い族モンスター2体を墓地へ送ることで、
除外されているこのカードを手札に加える。また自分フィールド上に、
表側表示で存在する「ブラック・マジシャン」が、戦闘を行うダメージステップ時、
このカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時まで
「ブラック・マジシャン」の攻撃力は、2500ポイントアップする。
攻撃力0 守備力0




 最高位の魔術師による力の恩恵を受けた黒魔術師は、姿こそ変わらずとも、内に秘める魔力が一気に増幅する。
「このカードを手札から捨てることで、ブラック・マジシャンの攻撃力を2500ポイントアップさせる!」
 そして、その攻撃力は。



ブラック・マジシャン 攻撃力2500→5000



「5000だと!?」
 暴君竜の攻撃力を、上回った。紅野は驚愕する。
「いけえっ!」
 ブラック・マジシャンはブレスを放たんとする暴君竜に杖を向けて、一気に力を解き放つ。

「ブラック・マジック!」
 放たれた黒き魔力の波動。ブレスを突き破り、そのまま暴君竜の喉を貫き、風穴をあける。
 圧倒的な攻撃力と破壊耐性でフィールドを支配してきた暴君竜は、会場に悲鳴に似た雄叫びを上げながら爆散。


紅野 LP1500→0


 そして今、決勝戦のデュエルは終幕した。



「デュエルしゅーりょー!! 勝者、橘尚斗ぉ!!
 今ここに、ニューチャンピオンが誕生いたしましたぁ!」
 実況の合図とともに、スタジアム中に歓声が一斉に広がる。

 それらは、デュエルをみての感動であったり、尚斗が勝利したことへの歓喜だった。

「やったぁー!」
「おっしゃー!よくやったぜぇ、尚斗お!」
 明と歩は、その両方を感じていた。
「これで、賭けは俺の勝ちだぜぇ!」
 もっとも、明に関しては別の喜びが大きかったらしい。
「ねぇ〜、賭けってなぁに?」
「ハッ!?」
 笑顔で歩が声をかけた時、一瞬にして明の表情が凍った。





 タキシードを身につけ、アゴにひげを蓄えた中年の男。
 教祖と呼ばれたその男、泉原は、誰よりもこのデュエルの結果に怒りを示していた。
 自分の宗教の一員である紅野が負けたということもそうだが、
 なにより神の化身たるドラゴンが、あのような魔術師の小童などに負けたという、事実が許せなかった。

 スタジアム内に沸き立つ歓声。
 しかしそれがドラゴンの勝利に対するものではないとわかると、聞くに耐えない。

「教祖様、いかがいたしましょう?」
 隣に座る、信者でもある岸田が耳元でささやく。
「あの者は神たる化身のドラゴンを、魔術によって殺し、あまつさえ我々の同志に無様な醜態をさらさせました」
 歓声の中、教祖は静かに、しかし確実に伝えた。
 岸田は、その事をすぐに理解する。
「わかりました」
 その返事を聞いて、教祖は立ち上がってその場を去った。




 橘尚斗は、ヤワラビィクトリーカップへの出場が決まった時、負けたくないという思いがあったが、
 その一方で、本選にまで上がれるという自信はなかった。
 アマチュアも参加できるといえど、中にはプロ、もしくはそれと肩を並べるほどの実力を持つデュエリストがいる。
 
 確かに、ジュニア大会にも参加したこともあれば、憧れだったプロデュエリストからデュエルを教えられてきた。
 だがそれでも、今の自分では、とてもそこまでの実力に及ばない。
 予選を2試合ぐらい進出したところで脱落するだろう。

 そう思っていたが、見事予選を通過。
 続く本選でも、第一試合、二試合と連勝。さらにチャンピオンとのデュエルまで勝ち進んだ。
 そして今、そのチャンピオンを倒し。

「僕が、、新(ニュー)チャンピオン…」
 いまだに信じられない。だが尚斗が抱いている感情は確かなものだった。

「俺の負けだ…」
 静かに言葉を発したのは、敗れた元チャンピオン、紅野大輔。
 だがその表情に、尚斗への怒りはない。どころか、清々しい顔だった。
「久々に、楽しいデュエルをした。サンキューな」
 無愛想だと思っていた男から、意外な言葉を聞いて思わず面食らったが、自然と笑顔に戻る。
「そ、そうですか…」
 とはいえ、どう返したらいいか迷う。
 ありがとうございましたと、普通にそう言って返せばいいのだろうか?

「ところで、橘尚斗。…一つ、お前に聞きたいことがあるんだ」
 唐突に、紅野がそう切り出した。
「?」


「お前ーー」
 だが、その質問を尚斗は聞くことはなかった。







(…………………えっ)







 一発の銃声。





 それが響いた時、歓声で満ちあふれていたスタジアムが一瞬にして静寂、観客たちは驚愕と戦慄に包まれる。
 チャンピオンとなった橘尚斗を、たった1つの弾丸が貫いた。




第3話 【まさかの時】

 ヤワラスタジアムから離れ、商店街の路地裏。昼間でも人通りが少なく、
 特に今日はイベントで人が多い為、そこに気を止める者はほぼいない。

「教祖様…」
 だからこそ、隠れ場所としては最適だった。
 それでも岸田は周囲を確認しながら、携帯を手にして話をする。

「岸田か…」
 電話から低い声。
 自身の主である泉原。彼、岸田が『教祖様』と呼ぶ者だった。
「神の命において、たった今魔術師に神罰を与えました」
 岸田は、その結果を報告する。

「そぉか。よくやった」
 泉原はそう答える。
 満悦している様子が、電話越しに伝わってくる。
「これで、紅野のチャンピオンの座は無事に護られたというわけだな」
 改めて教祖である泉原は、自分たちの信仰者の優勝を祝う。
 あの魔術師使いの少年に敗れたという、現実を否定して。

「ですが、彼が確実に死ぬとは断言できませんよ」
「…どういう意味だ?」
 岸田の付け加えた言葉に、泉原の声はあからさまに不愉快そうな声色に変わる。
 しかしそれを気にしつつも、岸田はその理由を伝える。
「すぐに彼は救急搬送されるでしょう。
 スタジアムから病院までの距離はそう遠くありません。となると、搬送先に迷うことはなく
 治療に至るまでの時間はそうは掛からないかと」

 何を言いたいのかわかったようで、泉原は深く唸る。
 明らかに苛立ちを隠せない、だがそれをどうにか抑えようとしているのが、電話越しに伝わってきた。
「まぁ、よい。そうなったとしても、死ぬことはあるだろう。
 生きていたとしたら、また新たなる罰を喰らわせればよい」

 ふー、と一呼吸おいて。

「……ところで」
 泉原は話題を変えた。
「気付いていたかね?」
「はい。おそらくは、奴らの手のものかと思われます」
「奴ら、本格的に我々のしっぽを掴みにきたようだな」
「そのようですね…」
 撃たれた少年を搬送に向かった、もしくは病院へと搬送している救急車のサイレンが
 聞こえる中で、岸田と泉原は今後のことについて話し合った。









 
 救急車に乗せられ、病院へと搬送される中、少年は夢を見ていた。



「もう、お前の好きにするがいい」
 まだ十代に差し掛かったばかりの少年に、父と呼んでいた男はそう言い放った。
 少年も、男をあからさまに睨み付けていた。
「だが今後、お前がどうなろうと、私は一切援助しない」
 それは、確かな決別の意思。
「これからは、お前と私は赤の他人だということを忘れるな。…私がお前に言うことは、それだけだ」
 父から子への、勘当の宣告でもある。だが対して少年に、悲しみなどはなかった。
 それどころか、解放感すらあった。


 やっと、あの男の束縛から抜けだすことができた。これからは、憧れの美沙樹プロと一緒に暮らせる。
 幼い頃に、プロデュエリストへの憧れを持った少年の心は、喜びで胸があふれた。






 意識を取り戻した時、尚斗はベッドで寝かされていたのに気が付いた。
 背中を強く圧迫されているような、不快な感覚があり、起き上がってあたりを見回す。
 
 壁が白く、窓以外には特に飾りなどもない。
 部屋全体を見てみても、自分が今眠っているベッドと、床頭台だけだった。
 そして自身の変化にも気付く。
 右腕にいつの間にか点滴が刺され、服も「ホスピスヤワラ」のロゴが入った、
 患者用のパジャマのような物になっていた。

 ここが病院であるということを理解したのは、数秒後。
「そうだ…。僕は…」
 ヤワラビィクトリーカップでの決勝戦直後、自分が撃たれたのを思い出した。

 そしてすぐに、さっきまで見ていた最悪の夢が、フラッシュバックする。
「…なんで、あの時のことを…」
 ひどく項垂れた尚斗の病室に、おそらく自分の様子を見に来たのであろう、ナースが入ってきた。
 


 ナースが尚斗を見てから、すぐに担当の医師が入ってきた。
 その医師から、銃弾が自分の心臓付近を貫いたこと。
 そして搬送されてからたった今までの、3日間眠っていたことを聞かされた。

 他にも今の身体の状況をくどくど説明されたが、
 とりあえず自分の身体に問題がないというぐらいにしか理解できなかった。
 もっともそれは、医師の説明にも問題があったのだが。

「もうしばらく様子をみた上で、退院といたしましょう」
 説明を終え、医師は部屋を後にする。


「…………入院かぁ」
 尚斗は一人、ため息をついていた。





 過去一回だけ、尚斗は入院したことがある。
 どうして入院することになったのかまでは覚えていないが、その時間が検査がある日以外、
 ものすごく退屈だったことだけは記憶に残っている。

 だが今回の入院生活は、忙しいものだった。

 銃撃事件に巻き込まれたということで、尚斗が回復したことを知った警察が、やはり事情聴取に来た。
 主に紅野大輔の情報、そして自分と相手の間になにか関係、もしくは試合終了直後のやり取りに関して聞かれたが。

「チャンピオンと会ったのは、あの試合が初めてです。だから、彼についてはなにも知りません」
 そうキッパリと、嘘偽りなく尚斗は答えた。
 警察の事だから、しつこく聞かれそうだと思ったが、事情聴取はすんなりと終わり、話すべきことを話して帰って行った。


 だがしつこい相手は、次にやってきた。


「すみません。ぜひ、『姫君の後継者』の橘尚斗さんに取材をさせて頂きたいので、失礼いたします!」
 カメラマンを引き連れた、新聞記者だった。
 聞かれたことは、警察とほぼ同じことだったが…。

「優勝トロフィーを渡される前に、撃たれてしまいましたが、今どのように感じていますか?」
「見事、優勝しましたが、次なる目標は?」
「ご友人とは、連絡をとられたのですか?」

 聞かされるだけでうんざりするような、質問の嵐。
 尚斗は、自分がちゃんと答えていたかどうか、
 段々わからなくなっていた(最終的には、投げやりな返答ばかりになった)。

「ありがとうございました!」
 最後に明るく、そして満足そうな笑顔で挨拶をして、新聞記者とカメラマンは帰っていった。

 だがこの一人だけで終わったわけではなく、その後も違う会社の新聞記者が何人か訪れたのだ。
 そして、一番最初に現れた記者と同じような質問…。
 


 退屈な入院生活を送るのと、記者の取材を受けるの、どちらがいいですか?

 もしもそんな質問が来たら、尚斗は絶対に答えられる自信があった。


「入院生活の方が、断然いいです!」





「なんか、大変だったな」
 そんな不満を、見舞いに来てくれた二人の友人に吐き出していた。

 尚斗の姿をみて、泣いて喜んていた歩も、落ち着いた頃にその話を聞いて。
「ただでさえ弱ってる入院患者を弱らせて、どうすんのよ!?」
 目くじらを立てて怒っていたと、思いきや、すぐに笑顔になる。
「でもさ、新聞に載るんでしょう!? すごいことじゃん!」
「別に、載せてくれって頼んだわけでもないんだけど…」
「そんな疲れた顔しないでよ!ほら、差し入れ! 父さん特製、『スタミナライスボール』!」


「……………」
 尚斗と明は沈黙する。


「お客様!先生の許可なく、患者に餌ーーじゃなかった、物を与えないでくださーい!」
 明の裏声。
「えっ? なんで?」
「って、本気でわかってなかったのか!!」
「ははは…」
 学校でいつもみせられる夫婦漫才(周りがこう呼んでいる)も、幾分尚斗の心の癒しになっていた。


「ところでさ、警察は犯人をつかめたの?」
「なんにも。ただ、チャンピオンもしくはその関係者が怪しいんじゃないかって。
 まだその辺を中心に調べてるみたいだよ」

 チャンピオンだった紅野は、凶器らしきものは所持していない。
 それは目の前にいた尚斗の他にも、誰もが認識している事だった。
 だから紅野は、一応犯人ではない、ということになっている。

「けど、チャンピオンの関係者が撃ったていうのはありえるな。もしくは、熱狂的なファンの仕業か」
 真顔で明が分析する。
「なにが動機で、そんなことを?」
「尚斗が紅野を倒したから、その腹いせだろ? たぶん。
 あと、もしかしたらチャンピオンが自分から出した指示だったんじゃねぇか?」
「指示?」
「チャンピオンの地位を奪われた。それが許せないから殺せって、影から言ったのかもしれないな」
「紅野さんが…」
 試合後に見た、紅野の清々しい表情が一瞬脳裏に浮かぶ。

 自分のチャンピオンの座を護りたかった。だから、自分を撃つよう関係者に指示を出した。
 ありえなくもない。
 尚斗もそう考えていはいたが、一戦交えた自身の心は、その考えを否定していた。
 デュエルが終った時の紅野からは、デュエル自体が出来たことに喜びを感じているという印象を受けた。
 とてもじゃないが、勝利した自分に対して恨みを持つとは思えない。


「まぁ、暗い話になっちまったけどよ。気分転換に、デュエルでもどうだ?
 新たに構築した俺のデッキ、名付けて『アームズファイトデッキ』
 こいつを早くお前にみせたくて、ウズウズしてたんだ。どうする?」

「受けてたつよ」
 明の宣戦布告を前に、尚斗は事件のことを頭から切り離し、勝負を受けた。


 ただし、今尚斗は点滴を射している為、デュエルディスクは使用せず、ベッド上でのデュエルとなった。



 数分後。


 現在5ターン目。
 戦況は明が有利な状況となっている。





尚斗
LP1100
手札2枚
フィールド:見習い魔術師(守備力800)
      伏せカード1枚


LP2500
手札1枚
フィールド:切り込み隊長(攻撃力1200)
      ザ・キックマン(攻撃力2300)
      デーモンの斧(ザ・キックマンに適用中)





《切り込み隊長》地属性 レベル3
戦士族・効果
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は表側表示で存在する他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
攻撃力1200 守備力400



《ザ・キックマン》闇属性 レベル3
アンデット族・効果
このカードが特殊召喚に成功した時、
自分の墓地の装備魔法カード1枚をこのカードに装備する事ができる。
攻撃力1300 守備力300



《デーモンの斧》装備魔法
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分フィールド上に存在するモンスター1体を
リリースする事でデッキの一番上に戻す。





「へへっ、俺のターンだな!」
 尚斗が男の魔術師が描かれたイラストのカードを守備表示で召喚したところで、ターンは明に移る。


「俺は、切り込み隊長とザ・キックマンをリリース!」
 ベッドの上に置かれていたカード2枚を、墓地スペース(デュエル用のシートはないため、自分たちで決めた)へと置く。
「いくぜ、このデッキの真骨頂! ギルフォード・ザ・レジェンドをアドバンス召喚だ!」
 明の手から、ベッドへと勢いよく置かれたカード。
 
 背中に数多の剣を背中に下げ、1本の大剣を手にした筋骨隆々の剣士が描かれたカード。
 そのモンスターの効果は、今の明の状況下で飛躍的に攻撃力をあげられる能力を持つ。

「ふっふっふっ、ギルフォード・ザ・レジェンドの効果発動だ!」
 明は得意げにその効果を説明する。
「こいつは召喚した時、自分の墓地から装備カードを、戦士族に装備できるのさ!」
 さらに、墓地スペースとして置いていたカードの束を取り出し、その中に眠る装備魔法カードを1枚ずつ並べていく。
 並べられたのは4枚。
 ザ・キックマンをリリースした際に墓地へと送られた、
 老人のような顔が浮かんでいる不気味な斧が描かれた装備カードを合わせると、合計5枚。
 よってその5枚のカード全てが、現在唯一の戦士族モンスターである、伝説の剣士に装備される。





《ギルフォード・ザ・レジェンド》地属性 レベル8
戦士族・効果
このカードは特殊召喚できない。
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する装備魔法カードを可能な限り
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族モンスターに装備する事ができる。
攻撃力2600 守備力2000



《魔道師の力》装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、
自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚につき
500ポイントアップする。



《ビッグバン・シュート》装備魔法
装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。



《神剣−フェニックスブレード》装備魔法
戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
自分のメインフェイズ時、自分の墓地に存在する
戦士族モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードを自分の墓地から手札に加える。



《団結の力》装備魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。





「さてと、計算してみるか。その肝心の攻撃力は…」
 デュエルディスクを使用していれば、機械が自動的に計算を行ってくれる。
 だが今はそれを使用していない為、明は携帯を手に取り、電卓モードで計算をした。

「まず、デーモンの斧を装備して、攻撃力1000ポイントアップ。
 でもって、フェニックスブレードで300上がり、ビッグバン・シュートで400アップ。
 次に団結の力で800ポイントアップ。
 さらに魔道師の力で、俺の魔法と罠ゾーンのカードの数。
 今の場のカードは5枚で、つまり5×500ポイントアップしてるから………うほおおお――――!!」
 わかった途端、明は1人で歓声をあげる。
 電卓で出た攻撃力は決勝戦で尚斗がみせた、魔術師の攻撃力よりを遥に上回っていた。


ギルフォード・ザ・レジェンド 攻撃力2600→7600



「攻撃力7600ポイント! しかも、ビッグバンシュートの効果で貫通ダメージを与えられる! この勝負もら―」
「明!」
「なんだ?」
 興奮で周りが聞こえなくなっていたのだろう。尚斗は声をあげて、明の暴走を止める。
 尚斗は少しホッとし、それから少し申し訳なさそうに話した。
「悪いんだけど、ギルフォード・ザ・レジェンドの召喚時に、罠を発動させてもらったよ」
 明の目線が、セットしていた尚斗のカードへと向かう。
 ようやく、尚斗がセットカードを表にした(つまり、罠を発動させた)ことに気がついたらしく、
 それをみた明の表情は、誰が見てもショックを受けたことがわかる。



《黒魔族復活の棺》通常罠
相手がモンスターの召喚に成功した時に発動する事ができる。
そのモンスター1体と自分フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送り、
自分の墓地に存在する魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。




「僕のフィールドの見習い魔術師とギルフォード・ザ・レジェンドを墓地へ!
 そして、ブラック・マジシャンを復活!」
 今度は尚斗が自分の墓地スペースのカードを手に取り、
 その中から自分を優勝へと導いた、黒き魔術師の青年が描かれたカードを置く。
「やめってええ!!!!」
 明の手札は1枚あったが、今では全く役に立たないカードでターンを終了する他なかった。
 
 そして、尚斗のターン。
「ブラック・マジシャンで、明へダイレクトアタック!」
「うぼおわぁぁ!」


明 LP2500→0



 明が構築した『アームズファイトデッキ』は、新チャンピオンとなった尚斗の前に、あえなく散っていった。






「クソぉ…。三日三晩、必死で考えて作ったのに…。後、ネーミングも必死で考えたのにぃ」
「やっぱ、尚斗は強いねぇ。さすが、ヴィクトリーカップの新チャンピオン!」
 デュエル終了後。少々悔しがる明の横で、歩が尚斗の実力に、改めて賞賛する。
「いやあ、明もそれなりに強かったよ」
 歩の言葉をまんざらでもないと感じつつも、明とのデュエルの感想を率直に言葉にした。
「俺がコンボ決めても涼しそうな顔してた奴が言うセリフかぁ?」
「それは…、正直なんとなく勘付いてたし、見飽きたから。明の戦術」
 一瞬言おうか迷い、結局口に出した。
 尚斗は本当に自分が思ったとしても、相手に少し言葉を控える方だが、
 中学時代からの長い付き合いがあるせいか、明に対してはあまり遠慮はしなかった。
「勘づいていただと!? はっ!! お前まさか、人の心を読める本当の魔術師だったのか!?」
「というか、明が単純なだけだよ」
「うそぉ!? 衝撃的事実!」
「あの…、もしもし? 話聞いてる?」
 歩は時折、明のボケに便乗してくる。
 お笑いに関してよくわからない尚斗には、どう対処すべきか、毎回悩まされる。


 コンコン。


 そのボケの連鎖がノックする音に止められー。

「失礼します」
 静かに響くような声。そして扉が開き、1人の女性が入ってくる。


 雪の様な白い肌に、スラリとした体系の女性。
 背中まで伸び、ウェーブがかかった青紫色の髪は、どこか妖艶さを感じさせた。
 てっきりナースの人かと尚斗は思った。だが、服装が違った。
 薄い長そでのセーターに、膝まであるロングスカート。そして両手に花束を抱えている。
 
 一目で、面会者だとわかった。
 
「無事でなによりです、橘尚斗さん。これ、お祝いにと思って持ってきました。どうぞ」
 尚斗はその女性のことを一切知らない。
 新聞記者なんじゃないかと思ったが、両手には花束を持っており、それ以外のメモ帳らしき物もない。
「は、はぁ…。どうも」
 尚斗は戸惑いつつも、美女が差し出してきた花束を受けとる。

「突然訪れてごめんなさい。でもワタシ、貴方のファンとしてとても心配だったもので」
 そのわりには冷静な話し方だ。


「なにー!?」
「尚斗のファン!?」
 明と歩が、声をあげたのは全く同時だった。
 自分のファンだと突然言われたことにも驚きを隠せなかったが、それよりも2人の声のほうに尚斗はビックリした。
「はい」
 女性はというと、特に動じることなく微笑を浮かべて答えた。
「もちろん、ヤワラビクトリーカップの活躍も見ていましたよ。
 本当に…素晴らしい、デュエルでしたわ」
「あ、ありがとうございます…」


 尚斗は違和感を覚えていた。
 さっきから言っている言葉わりには、それらしい感情が全く感じられない。
 別の本心を隠しているように、見えなくもなかった。


「それでは、ワタシはこれで。ご友人との楽しい時間、邪魔してゴメンなさいね」
 言うとドアの方へ振り返り、そのまま三人に背を向けて出ていった。


「すごいじゃん、尚斗!」
「お前、いつファンなんて作ったんだー!? しかも、あんな美女を!」
「手にしたって、なんだよ!? 大体、ファンって、あの人が勝手に言ってただけだよ!
 それに…」
 気味が悪かった。
 
 そう感じていたが、明の前では口にしなかった。

「そういえばあの人の名前、聞いてなかったね」
「あっ!! なんてこったぁ〜。肝心なことを、俺は〜」
「ん? 花束に何か入ってる。これ、名前じゃない」

 尚斗が渡された花束から、歩が1枚の名刺なのだろうか。それらしきものを取り出す。
 雪原楓(ゆきはら かえで) そう記されていた。







 明と歩が帰ってから夕食まで、面会者もなく、ただただ時間が過ぎていった。
 それまで、尚斗は自分のデッキを眺めて考えてはまた眺めるという行為を、何度か繰り返していたが、
 さすがにそれだけで、この退屈な時間を潰すのは難しかった。

 尚斗が絶対に暇を持て余しているだろう、と考えていた明の読みは、悔しくもその通りだった。
 だがわかっていたからこそなのか、漫画や雑誌を置いて行ってくれた。
 ちなみに、明とはこれらを賭けてデュエルを行った。
 故に、戦利品と言える代物だ(もっとも、そう表現したのは明だけだが)。

 その戦利品から、尚斗は一冊を取り出す。
『月刊デュエルックス』
 名前の通り、プロデュエリストが活躍した名シーンの記載や、
 新作のカード、公式のイベント等々、デュエルモンスターズに関する最新情報が掲載された雑誌。
 …なのだが。

「………これ、一昨年のやつじゃん」
 他の雑誌も、一昨年もしくは去年のもの、つまり古いものだけだった。

そういえば、これらを渡すとき明が言っていた。


「読み終えたやつ、適当に捨てていいから!」


 今になって、明の意図を理解した。
 まさかここにきてゴミ処分を押し付けられるとは、思いもしなかったであろう。

「今度見舞いに来たら、全部突き返してやる」
 そう心に決めて、雑誌をしまいベッドに横たわる。

 少しの間の静寂。
 なにもせず、ただ時間がすぎる。
 することと言えば眠ることぐらいしかなかったが、かといって、今は眠気もない。
 

 暇すぎる。
「………………うぅ」
 結局、尚斗は押し付けられた雑誌を手にして読むことにした。
 そうでもしなければ、この余りある時間を過ごせなかった。


「へえ。そういえば、こんなカードも出てたんだな」
 確かに古い雑誌だったが、読んでみるとそれなりに楽しめた。
 新作カード情報のページで、改めてカードの存在を認知して、
 自分のデッキとの相性を考えてみたり、その当時のプロデュエリストたちの勇姿を写した写真を見ては、
 活躍した内容の記事を読んでいた。
「っ!」
 その中に、とあるデュエリストのページを開いたとき、一瞬尚斗は過去にかえった。


『魔導の姫君』橘美沙樹。
 黒魔術師を従えた、黒髪の女性。
 かつて、その異名で世界を熱気させたプロデュエリストであり、
 一人の子として弟として、尚斗を育てくれた人。


「ねぇ…みさ姐」
 尚斗は、彼女のことをそう呼んでいた。
 というよりも、幼き頃からそう呼ぶように美佐樹からしつけられていたからだ。
「訳の分からない事件に巻き込まれたけど、ビィクトリーカップに優勝できたよ」
 静かな声が、病室に響き渡る。
「これで少し、みさ姐に近づけたかな?」

 それは、師匠であり、目標でもあった人への言葉。
 届いているのかどうかは分からない。
 しかし、カメラ目線で掲載されている姫君の微笑が、尚斗の優勝を喜んでくれているような気がした。


 病院の消灯時間は早い。
 夜9時頃になったところで、ナースが部屋を訪れ、
 電気を消していったのだが、基本的に日付が変わる時間帯まで起きていることが多い尚斗は眠れず、
 蛍光灯の明かりをつけて、残りの雑誌とマンガを読んでいた。

 そして全部読み終えた頃に時計をみると、夜中の0時。既に深夜になっていた。
 体が睡眠を求め始めたのだろう。その合図か、思わず欠伸がでる。
「トイレ行って寝よう」







 その同時刻。

 今年の2月にホスピスヤワラに入社して3カ月の新人ナースの山田は、足早に階段を下りて行った。
 本来でならば夜10時で退社できるはずだったのだが、遅くなったのには理由がある。

 他のナースたちと休憩室で4日前に入院してきた『魔導の姫君』の後継者である少年のことや、
 気になる若手医師のこと等についての談笑で盛り上がっていた。
 それだけならばよかったのだが、帰ろうとした時に仕事が残っていることに気付き、
 全て片づけた頃には、深夜0時を回ってしまったという結果になったのだ。
 要するに、自業自得である。
 
「さすがに、やばい時間になっちゃったな。早く帰らないと、マジで怒られる」
 自分の行いに対して反省をしながらも、山田は更衣室へと急ぐ足を止めない。

 そして地下室へと降り、そのまま更衣室へと向かう。が、彼女の足は更衣室の扉の前で1度止まる。
「あれ?」
 更衣室の電気がついている。

 この時間帯、夜勤のナースたちや女医以外は、全員帰っているはず。
 自分の様に残業でもしていれば別だが、今の今までナースステーションにいたからわかる。
 山田以外、残業しているナースは確かにいなかった。
「誰だろう?」
 山田は扉をあける。

 中にいたのは、女性の山田でも思わず見入ってしまいそうな、青紫色の髪をした妖艶な美女だった。
 その美女は今、ナース服を着ているようだった。
(おかしいなぁ)
 すぐに山田は、怪訝な表情をした。

 入社して日は浅いが、山田は記憶力がよく、職員の顔は大体覚えている。
 だがこの美女の顔を見るのは初めてだった。
 仮に病院の関係者だとしても、ここまでの美女であれば、ウワサにもなるはず。

「あのぉ…」
 恐る恐る、美女に近寄って話しかける。

 近付き、足元を見た瞬間、山田は絶句した。
 美女の足元に置いてあったのは、間違いなくナイフだった。
 おそらく刃渡り30センチほどで、刃には赤い液体らしきものがついていた。
 そして美女の付近にも、うっすらとだがそれが残っている。

「あっ、あ、ああああ―――!!」
 全てを理解し、山田は戦慄する。
 身体が震え、その場から後退りする。

 逃げようとした。

 だがそうしようとした山田よりも、美女の方が動きが速く、
 一瞬にして山田の顔を左出て鷲掴みにし口をふさいだ。

 美女は震える山田の顔を舐めるようにしてみる。

 そして、嗤った。

「あなたには、なんの恨みもありませんが…、仕方ありませんね」

(誰か、助けて!! 誰か!!)
 塞がれた口からではなく、心からそう叫んでいた。

 だがその声を聞く者は自分以外に、この美女しかいない。


 そしてその声は、永遠に届くことはなかった。







 妖艶なる美女。雪原楓は、持っていたナイフでナースの首を容赦なく一突きにした。
 ナイフは肉を裂いて、首を貫通する。
 そこから湧き出た、若きナースの血液が、先ほど『片づけた』ばかりの更衣室の床を、紅く染め上げた。
「予定とは違ってしまいましたが…。フフフフフ。構いませんか」
 妖艶な美女の笑い声が静かに響く。
 動かなくなった若きナースをまたぎ、そのまま更衣室を後にした。




 部屋から出て来たはいいが、廊下は電気一つ点いていなく、頼りになる明かりといえば、
 突き当たりの窓から差し込む月明かりと非常口を示す看板だけだった。
 その中途半端な灯りと、自分が引いている点滴台の音が、余計に恐怖心を引き立てる。
 そして場所が病院、というだけあって余計に。
 
 ところで、幽霊やゾンビ等ホラーの類いが尚斗は子供頃から苦手だ。
 そんな彼は、自分の部屋をでるのに30分ほど迷っていた。
 そして結局、近付いてきた尿意で翌朝までガマンすることができないとわかり、
 真っ暗闇の廊下へ出てトイレに行くことにした。

「いない、そんなものはいない。普段見てるのはソリッドビジョンだ。実際になんか、いない」
 自己暗示をかけながらトイレに向かい、そして今部屋に戻る所だった。

「やっぱ、怖いな…」
 が、それでも怖い物は怖かった。
 しかも最悪な事に、尚斗の部屋からは距離が長い。
 排泄するだけでこんな長い、その上真っ暗な廊下を渡らなければいけないなんて…。


 ナースさん、電気つけてくれないかな…。


「ひっ!!」
 と思っていた瞬間、背後からの光が尚斗を照らす。
 思わず悲鳴を上げてしまった。

「こんばんは、橘尚斗さん」
 自分の名を呼んだのは、消えてしまいそうで幻想的な静かで、響くような声。
 どこかで聞き覚えのある声に、尚斗は振り向いた。
「あっ! あなたは!」
 暗闇の廊下を照らす懐中電灯の光で、その全身を確認できた。

 昼間自分の部屋に面会に来た、ファンであると自称した美女。
 雪原楓という女性だった。
 背中まで伸びたウェーブがかかっている青紫色の髪はそのままだったが、
 服装は昼間と異なり、病院のナースの制服と同じものを着ていた。


 だが、それをよくみて違和感に気付く。

 
 紅い……。

 どうしてか…。
 真っ白なはずの、ナースの服に、うっすらと紅い何かがついている。

 そして、どこか鉄の様な匂いがする…。
 
「こ、ここの…、病院の方、だったんですか…?」
「えぇ、一応は」
 引きつった顔の尚斗に対し、ナースの格好に扮した雪原は微笑を浮かべて答える。


「……幽霊、苦手なんですか?」
「まあ、そうですね。子供の頃からちょっと……」
「……そう、ですか」

 すると、雪原は微笑を、さらに深めて…。



「ワタシ、幽霊を克服する方法、知ってますよ」




 危険だ、逃げろ。

 何故だかわかない。だが頭からの信号は、全身に発し、尚斗を行動に移させた。

 その刹那。懐中電灯の灯りを、雪原は消した。

 そして懐に隠していたそれが、月明かりに照らされたナイフが、不気味に輝く。


「っ!!」
 尚斗は点滴台を押し、必死に走った。ナースも懐中電灯を投げ捨て、尚斗を追う。


 警察に電話している時間などない。エレベーターで下まで降りれば、他の看護師がいるはず。
 小ホールに着くと、唯一の逃げ道である、エレベーターのボタンを、尚斗はがむしゃらに連打した。


早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!
早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!


 ところが、エレベーターは尚斗の呼び掛けには応えなかった。

「なんで…?なんで反応しないんだよ!?」

「…無駄ですよ。今この病院は停電中です。エレベーターはおろか、電気もつきません」
 恐怖におののく尚斗を、雪原は嗤っていた。



コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。



 命を奪わんとする雪原の足音は…
 確実に、一歩一歩、尚斗に近づいてくる。尚斗はすぐにエレベーターから離れて、再び長い廊下を走る。

「誰かぁ! 誰か助けて下さい!」
 声を上げれば、誰かが起きてくるかもしれない。走りながら、廊下で大声をあげた。
 だが、人は全く出てこない。すなわち、誰も助けに来ない。叫び走っているうちに…。

「っ!」
 尚斗は、突き当たりの壁にあたった。
 その他に進む道も隠れる場所もない。完全に逃げ道を失った。


「はは…、はっはっはっ!! ははははははははははははは!!」


 甲高い笑い声をあげ、ナイフを持った雪原はゆっくりと近づく。

「あなたにはなんの恨みもありませんが、これも命令なので」


 殺されるのか?

 せっかく、みさ姐に一歩近づけたのに。

 このまま、自分は死ぬのか?

 思考が回る中、雪原の持つナイフは、確実に尚斗の命を狙っている。
 なにか行動を起こさなければ。逃げなければ。
 そう考えた頃には、もう遅かった。

 心臓とナイフの距離は、目と鼻の先。
 そして―――。

 
「っ!!」
 一瞬、雪原の表情が変化する。
 自身の背後に何かの気配を感じたような、わずかに驚いたような反応。
 ナイフを持ったまま、雪原は後ろを振り向いた。

「!!」
 雪原が振り向く動作をした一瞬だけ、尚斗はそこに人影が立っているのをみた。

 振り向き様に、背後に現れた人影へナイフを振ろうとする雪原。
 同時に人影も動く。
 立ち止まった体制から左足を高く振り上げ、手に持っていたナイフを弾き飛ばした。
 ナイフは宙を舞い、後ろの壁に当たって落ちる。

 そして出来た、一瞬の隙。

 見逃さなかった人影は、容赦なく雪原の右腕を掴み、背中に乗せるように持ちあげて
 そのまま床へと叩き落とした。
 
   
 


(…!?)
 突然襲ってきた命の危機。
 それを救った1人の人間。その姿は尚斗と同い年ほどの少女だった。




第4話 【少女と美女と突然のデュエル】

 深夜0時半を過ぎた病院。
 灯りがすべて消え、ほぼ漆黒に包まれた廊下を、窓から差し込む月明かりが僅かに周囲を照らす。

 その中でうっすらとだが、尚斗の眼前に現れた人影の容姿を確認できた。
 

 どちらかといえば痩せた体系で、尚斗と並んで立てば尚斗の方が少し、
 高いだろうと思われる背丈。
 その身体を、なんの髪止めもしていない、背中まで伸びた金髪が隠している。
 顔立ちは、自分と同い年くらいの少女だった。
 だが、彼女の輪郭と後ろ姿には、どこか凛々しく大人らしさがあって―。



「みさ…姐?」

 髪の色、そして背丈こそ違えど、かつて憧れていたプロデュエリストと、どこか面影が重なった。



「おい、大丈夫か?」
 少女は、ぶっきらぼうな態度で尚斗に接する。
 声は、年相応のものだった。

「は、はい」
「ならいい。早く逃げろ、橘尚斗。あの女は私が相手をする」

 どうして自分の名前を知っているのだろうか。

 そう疑問に思ったが、それよりも少女の身を案じるのを優先した。
「相手をするって、相手はナイフ持ってるんですよ!」


「くうっ…」
 少女の背後で雪原が唸り、起き上がったのがわかった。

「とんだ、邪魔が入りましたね…」
 その手に今ナイフはないが、二人を睨み付ける目はナイフ以上に鋭く、殺意に似たもが宿っていた。

「…あなた、やはり『リストレイナー』ですね?」
「そういう貴様は、神龍教の信者だな?」
「今のところは、正解ですよ…。
 といっても、あの教祖に対しても、神龍教に対しても、
 信仰心はかけらもありませんけどね」
 雪原は、笑みを浮かべる。だがその目は確かに、笑っていない。

「それにしても、あなたが『リストレイナー』であれば好都合ですね。
 ちょうど、デュエルディスクを持っているようですし…」
 雪原の一言で、尚斗は少女の左腕に注目する。
 確かに彼女の左腕には、デュエルディスクが装着されていた。

「デュエル、というわけか」
「今度は、大正解。どういう事情で来たかは知りませんが、
 こうなることを、想定していなかったわけではないでしょう?」
「ふん。貴様にはいろいろと聞きたいことがあるが、その様子だと簡単に答えてくれそうにはないな」
「だからこそ、『デュエル』をするんじゃないですか。
 勝者と敗者を、決める為にも―――」


 そう言って、雪原は、胸元に隠していたペンダントを取り出す。
 真ん中にクリスタルのような物が嵌め込まれた、六角形のペンダントは、
 月明かりのせいなのだろうかと思ったがそうではない。
 異様に白い輝きは、明らかにペンダントの中からを放たれていた。



「儀式陣、解放!」



 ペンダントの輝きがさらに強くなる。
 さっきまで真っ暗闇だった廊下が、直接見たら目がくらんでしまうような、強烈な光に包まれた。


 尚斗は眩しさのあまり、目を積むる。

 すぐにその光は消えた。
 その代わりに、月明かりや非常口の看板とは違う、別の光が廊下を照らしている。
 ゆっくりと。


「な、……なんだ、これ…」
 そして、尚斗は絶句した。


 少女と雪原の周りを、白線の様な物が円状に描かれ、対峙する2人を囲む。
 そこから現れた光は、両者を逃がさない為。
 あるいは2人の妨害をさせない為の、柵のようだった。



「さあ、始めましょうか? あなたの魂を、我らが神の糧にしてさしあげます」
 そして雪原の左腕にも、さっきまでしていなかったはずの、デュエルディスクが装着されていた。
 だが形は、一般販売されている物とは全く違う。
 全体的に闇を連想させるような色で、カードをセットする場所も、どこか悪魔の翼に見えた。

 雪原がディスクを構え、その翼が扇状に開く。
「来い!」
 少女も装着していたデュエルディスクを構え、起動させる。



 起動と同時にライフポイントが表示。
 そしてデッキの上から5枚、最初に持つことが許されるカードが自動的に差し出される。 

 



「「デュエル!!」」




少女 LP4000 VS 雪原楓 LP4000





 2人のやり取りをしばらく見ていた尚斗は、デュエルが開始されてようやく平常心を取り戻す。

 だがそれでも、この状況は理解しがたいものだった。


 いきなり自分を襲いかかってきた美女と、その危機から自分を助けてくれた少女。
 その2人が何故か今、デュエルをしている。
 それも、得体の知れない白い光が囲む中で。


 この光は一体何なのか?
 彼女は何者なのか?
 どうして、デュエルをするということになったのか?


 疑問は山ほどある。
 が、今は自分を助けてくれた少女の勝利を信じて、奇妙な形で始まったこのデュエルを見届けるしかなかった。



「ワタシからのようですね…」
 微笑を浮かべ、雪原はデッキからカードを引く。

「ワタシは、ゴブリンゾンビを召喚」
 手札から選び召喚したのは、禍々しい形の剣を手にした生ける屍と化したゴブリン。



《ゴブリンゾンビ》闇属性 レベル4
アンデット族・効果
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
攻撃力1100 守備力1050



「ひっ!」
 ホラーが苦手なせいもあり、幽霊やゾンビなどの姿をしたものが多いアンデット族の
 ソリッドビジョンには、つい声を出して驚いてしまう。
 思わず情けない声を上げてしまったのも、そのせいだった。

 だがいかにその見た目に驚こうと、攻撃力は1100。
 そこまで高くはなく、あっさりと倒されてしまう数値だ。

 少女のフィールドはがら空き。
 だが先攻1ターン目のプレイヤーは攻撃できない。
 わずか1100ポイントの攻撃力では、何もできずにやられ、
 ダメージを受けるのは目に見えている。
 守備表示で召喚した方が、ダメージも通らない為、理想的のはずだった。


「さらに手札から魔法カード、骨造りの大槌(おおづち)」
 緑の枠のカードに描かれた、幾多の骨を素材にして作られたハンマー。
 屍ゴブリンは元々持っていた剣を捨て、新たな武器を手にする。
 
 装備魔法カードの大半は、装備したモンスターの攻撃力、守備力を増減させる効果を持っている。
 しかし、全ての装備カードがそうとは限らない。

 中には、本来そのモンスターにはない能力を付加させる物もある。
 今発動された骨造りの大槌が、まさにそれだった。
  

「このターン、ワタシのフィールドに存在する、
 アンデット族モンスターの数×500ポイントの数値を、あなたに与えます。
 本来なら、この効果を使用する場合、攻撃宣言はできないデメリットがあるんですけどね」

 効果を使うにしろ、使わないにしろ、このターンは雪原の先攻で攻撃できない。 
 その為このデメリットは、今はないに等しかった。



《骨造りの大槌(おおづち)》装備魔法
自分フィールドの攻撃表示で存在する、アンデット族モンスターのみに装備できる。
自分フィールド上に存在する、アンデット族モンスター1体につき、
500ポイントのダメージを与える。この効果を使用した場合、
装備モンスターは攻撃できない。
このカードの効果は、1ターンに1度しか使用できない。
装備モンスターが破壊されることによって、このカードが墓地へ送られた場合、
手札からレベル4以下のアンデット族モンスターを特殊召喚する。



「行きなさい、ゴブリンゾンビ」
 屍と化したゴブリンは、主の命に従い相手に向かって走る。
 飛びかかるのと同時に手にした大槌を振りかぶり、少女の前で一気に振り下ろす。



ドカッ!



「ぐうっ!!」
 大槌は少女の頭を直撃、少女を床に叩きつけた。
 少女は体をよろつかせながらも立ち上がり、頭を押さえる。



少女 LP4000→3500




(っ!?なんだ、今の…!?)
 少女がゴブリンからの攻撃を受けた時、本物の鈍器で殴ったような鈍い音を、尚斗は確かにを聞いた。

 デュエルディスクに内臓されている、モンスターを実体化させるソリッドビジョンシステムは、
 モンスターからの攻撃を受けた際、実際に殴られたり、斬りつけられたような錯覚を起こすことはあれど、
 身体及び精神にはなんの害もない。ダメージだけに関してもそうであり、デュエルディスクから振動が来る程度。
 ましてや、戦闘で発生する音はそれっぽく再現したような作られた音が出るだけで、
 今の様な生々しい音など出ない。
 なのだが、今尚斗の目の前でモンスターの攻撃を受けた(実際には効果ダメージだが)
 少女が本当に叩きつけられ、しかも尋常ではない痛みを感じている様に見える。

「一体、なんなんだ…? このデュエルは…?」
 目の前の現実が飲み込めずにいる尚斗を他所に、デュエルは続行される。





 生ける屍のゴブリンは、少女の位置から飛び退いて、主の元へ戻る。
「あらあら。最初の一撃でよろけているようでしたけど、大丈夫ですか?」
「ふっ、見くびってくれるなよ」
 雪原の嘲笑を少女は、鼻先で一蹴してみせた。
「私とて鍛練をつんできたんだ。この程度、痛くもない痒くもない!」
「そうですか。ワタシはカードを1枚セットして、ターンエンドです」


 ターンは少女に移り、デッキからカードを引く。


「ヂェミナイ・エルフを攻撃表示で召喚!」
 光から、現れた2人の女性。
 1人は美白肌、もう1人は褐色の肌を持ち、どちらも美女と呼べる容姿だった。
 服装や肌の色が違うが、2人とも同じ葉っぱの様な先が尖った耳を持っていた。

 その2人の攻撃力は、下級モンスターの中でも高い数値。



《ヂェミナイ・エルフ》地属性 レベル4
魔法使い族
攻撃力1900 守備力900



「バトル! ヂェミナイ・エルフで、ゴブリンゾンビを攻撃!」
 美白のエルフが、褐色のエルフに聖なる魔力を注ぐ。
 それを自身の両手に集中させ、量が一定になった時、生ける屍と化したゴブリンを狙い一気にとき放つ。
 放たれた魔法弾は、大槌を破壊し屍ゴブリンを貫く。

 聞くに耐えない断末魔をあげながら、屍ゴブリンは砕け散った。

 魔法弾の余波が、ダメージとして雪原の体を打ち付ける。
 彼女も実際の痛みを感じたのだろう、苦しそうな表情をみせていた。



雪原 LP4000→3200



「フッフッフッ、いい攻撃ですね…。しかし、この瞬間。墓地からゴブリンゾンビの効果が発動します」
 屍ゴブリンは、再び死のとこへついた時こそ真価を発揮する。
「デッキから、守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加えます。
 ワタシが手札に加えるのは、守備力0のゾンビ・マスターです」

 デッキから選んだそのカードを、得意げにみせる。
 シャッフルして再びデッキをホルダーに収めた後、さらに雪原はアクションを起こす。

「でもまだ終わりじゃありませんよ。骨造りの大槌の、もう1つの効果が発動。
 装備モンスターが破壊されたことでこのカードが墓地に送られた時、
 手札からレベル4以下のアンデットモンスターを特殊召喚できます」
 雪原は、先ほど手札に加わったモンスターを、迷いなく呼び出す。
「出てらっしゃい、ゾンビ・マスター!」


 ヒッヒッヒッヒッと、高く不気味な笑い声。
 その声の主は、ボロ布で作られた膝まで見える短パンと、
 同じ素材で作られた半そでの服を着た少年。

 青白い肌からは、生命としての温かみは感じられそうにない。
 だが見た目とは裏腹に、1800ポイントという中々に高い攻撃力。
 そして厄介なことに、他のアンデット族モンスターを呼び出せるという驚異の能力。

 アンデット族主軸のデッキではまさに主力であり、
 対峙する者がもっとも注意しなければならないモンスター。


 そのカードの登場に、少女の表情が僅かに歪む。
「くっ… 私はカードを3枚伏せて、ターンを終了する」




《ゾンビ・マスター》闇属性 レベル4
アンデット族・効果
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
手札のモンスターカード1枚を墓地に送る事で、
自分または相手の墓地に存在するレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻撃力1800 守備力0




少女
LP3500
手札2枚
フィールド:ヂェミナイ・エルフ(攻撃力1900)
      伏せカード3枚

雪原
LP3200
手札3枚
フィールド:ゾンビ・マスター(攻撃力1800)
      伏せカード1枚




「なら、ワタシのターンですね。ドロー」
 カードを確認した途端、雪原は嘲笑を浮かべている口をさらに深くさせた。

「まずワタシは永続魔法、生還の祝福を発動します」
 永続魔法はその名の通り、その場にある限り永続的にその効果を及ぼす魔法カード。
 一度発動すれば、なんらかの手段で破壊されない限りフィールドに残り続けるカードだ。




《生還の祝福》永続魔法
墓地からモンスターが特殊召喚された時、
このカードのコントローラーは300ポイントのライフを回復する。




「そしてゾンビ・マスターの効果を発動します。
 手札のモンスターカード、ピラミッド・タートルをコストにして
 墓地に眠る、あなたが破壊したゴブリンゾンビを復活させます」
 文字通り、ピラミッドの形に模した甲羅の亀が、描かれたカードを、墓地スペースへと置く。
 それが源となり、少年ゾンビの能力が発揮される。

 少年ゾンビの両手から放った薄い紫色ヴェールが、病院の床へと溶け込んでいく。
 そしてヴェールに導かれるように、先ほど倒したはずの屍ゴブリンが
 床を割り、フィールドへと這い出てきた。


 これで、雪原のフィールドにモンスターが2体並んだ。
 

「ゴブリンゾンビとゾンビ・マスターをリリース!」
 屍ゴブリンと、それを復活させた少年が一つの光となる。


「アドバンス召喚! 来なさい! アンデット・エンペラー・ドラゴン!」


 2体のゾンビを糧に光が現れ、しかしすぐにどす黒い色に変貌する。

 全身を幾重もの死体を合体させて作り上げたような姿をした、屍の竜。 
 不死者の帝王の名を持つそのモンスターの雄叫びが、深夜の病院内に轟く。


「うっ!」
 同時にその一帯に、嗅いだだけで吐き気を催すような悪臭が漂う。
 少女もこの悪臭には耐えきれないようで、鼻と口を抑えた。
 



 
 光の柵の外で見ている尚斗にも当然、それが届く。
 今まで嗅いだ事がないが、死体が腐食した臭いとはこういうものなのだろうと、尚斗は実感する。

(やっぱり、変だ…)
 尚斗がそう感じた理由は、少女がダメージを受けた時と同じ。
 
 いかにソリッドビジョンと言えど、ここまでリアルな臭いを再現するのは難しい。
 だが屍竜から発している悪臭は、現にこの廊下に漂っている。

 それが尚斗の脳裏に、決してありえないであろう事を考えさせる。

(まさか…。このデュエルで起きていることが、現実になっているのか…?) 





《アンデット・エンペラー・ドラゴン》闇属性 レベル7
アンデット族・効果
???
攻撃力2400 守備力0




「フフ、忘れないでくださいね。
 ゴブリンゾンビが墓地へ送られたことにより効果が発動します」

 屍ゴブリンの能力は、フィールドから墓地へ送られることが条件。
 だがその手段は何一つ問われていない為、バトルによる破壊であろうと、カード効果による破壊であろうと、
 リリースであろうとその効果を発動でき新たなアンデットモンスターを呼び込むことが出来る。

「デッキから守備力0の、マンモス・ゾンビを手札に加えます」
 加わったのは、生ける屍と化した化石獣のアンデットモンスター。
 デメリットはあれど、攻撃力はそれなりに高い、アタッカークラスのカードだ。



《マンモス・ゾンビ》地属性 レベル4
アンデット族・効果
自分の墓地にアンデット族モンスターが存在しない場合、このカードを破壊する。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊された場合、
その時のコントローラーにこのカードの元々の攻撃力分のダメージを与える。
攻撃力1900 守備力0


 
 屍ゴブリンの効果処理が終わり、雪原はバトルフェイズへと移行する。

「アンデット・エンペラー・ドラゴン! ヂェミナイエルフを攻撃なさい!」
 屍の帝王竜が口を開け、その奥で腐食のブレスを集中させる。
 それが双子のエルフ姉妹に放たれる前に、少女はアクションを起こした。

「速攻魔法! 収縮!」
 3枚のうち、真ん中に潜んでいたカードが開かれる。
 枠の色は緑、つまり魔法カードだ。


 本来、魔法カードは自分のターンにしか使うことができない。
 この速攻魔法は通常の魔法カードと同様に使用できるだけでなく、
 セットすることによって、罠カードのように相手のターンでも仕様できる。
 特に今発動された収縮は、非常に強力な効果を備えていた。




《収縮》速効魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。




「これにより、アンデットエンペラードラゴンの攻撃力を半分にする!」
 収縮してしまった屍竜の溜め込んでいた腐食のブレスも消え、エルフの姉妹よりも弱体化した。



アンデット・エンペラー・ドラゴン 攻撃力2400→1200



「ヂェミナイ・エルフの反撃!」
 美白肌のエルフと褐色肌のエルフが、同時に跳躍。
 そこから同時に飛び蹴りを放つ。

 低レベルのモンスター並みの攻撃力になった屍竜の頭は、
 無残にも粉々に打ち砕かれた。

 バラバラになった頭のかけらが、病院の廊下に散乱する。
 その一部が雪原に当たり、ダメージとしてライフポイントから削られた。



雪原 LP3500→2800


 
「あらあら、やられてしまったのね」
 一瞬ダメージで表情が歪んだが、すぐに雪原は涼しげな反応をみせた。
「でもね、アンデット・エンペラー・ドラゴンはそう簡単には死にませんよ」

 雪原の言葉の後、頭部を失った屍竜の身体が静かに脈動する。
 それに答えるかのように、バラバラになった頭のかけらが小刻みに震え、
 その全てが元あった身体へと集積する。

 すぐにそれらは、本来の形に戻った。
 蘇った屍竜の、怒りにも似た咆哮が、病院の廊下に轟く。

「アンデットエンペラードラゴンがバトルで破壊された場合、復活できるのです。
 ただし1000のライフをコストにしなければならないですが…」
 墓場からの復活が成功。
 これによって既に存在している生還の祝福の効果が、
 微々たる量だが、失ったライフを取り戻す。



雪原 LP2800→1800


   《生還の祝福》により300回復


   LP1800→2100



「しかもそれだけではありません。復活したアンデット・エンペラー・ドラゴンは、
 破壊されたことへの憎悪によって、攻撃力が1000ポイントアップするのです」



《アンデット・エンペラー・ドラゴン》闇属性 レベル7
アンデット族・効果
このカードが戦闘で破壊された場合、ライフポイントを1000支払うことで
墓地から特殊召喚できる。
またこの効果で特殊召喚に成功した場合、攻撃力を1000ポイントアップする。
攻撃力2400 守備力0




アンデット・エンペラー・ドラゴン 攻撃力2400→3400




「攻撃力、3400…」
 少女はそのモンスター効果を理解していたのだろう、これには顔色一つ変えていなかった。

「そして、復活したアンデット・エンペラー・ドラゴンには、バトルをする権利が残っています」
 複数回攻撃できる能力、または魔法か罠によってその効果を付加させない限り、
 モンスターは1ターンに一度しか攻撃できない。
 だが攻撃を行った後に墓地へと送られ、そこから再びフィールドへと戻ったモンスターは、
 新たに召喚されたとみなされ、実質2回目の攻撃が可能となる。

「もう一度、ヂェミナイ・エルフを攻撃!」
 蘇った屍竜が再び腐食のブレスを溜め込み、一度は自分を葬ったエルフの姉妹に向け吐き出す。
 エルフの姉妹は立ちすくみ、なんの抵抗もできず、二人同時に腐食のブレスを受けた。
 断末魔の悲鳴が響く。
 エルフの姉妹の身体は一瞬にして腐敗し、運命をともにした。

 そして残りの衝撃が、少女に向かう。

「罠カード、ガードブロック! このバトルで発生するダメージを0にし、
 その後デッキからカードを1枚ドローする!」

 開かれた罠が、迫りくるブレスの盾となり、腐食のブレスから少女を護った。



《ガード・ブロック》通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。



 効果処理として、カードをドローした後、
 ガード・ブロックのカードがフィールドから静かに消える。
 
 二度目の屍竜の攻撃が終了した今、攻撃を行えるモンスターは存在しない
「うまく、交わしましたね。ですが、まだバトルは続きますよ。
 リバースカードオープン! リビングデッドの呼び声!」

「っ! このタイミングで!」
 発動されたの罠は、アンデットモンスターに限らず、
 全てのモンスターを復活できる強力な罠カード。
 しかもバトルフェイズ中にも復活させる事が出来、
 その場合、復活させたモンスターはもちろん攻撃が許される。

 

《リビングデッドの呼び声》永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。



「蘇りなさい、ゾンビ・マスター!」
 墓場のイラストが描かれたカードから、不気味な笑い声が聞こえる。
 そこから青白い肌のゾンビ少年が這い出て、再びフィールドに現れた。

「それに伴い、生還の祝福も発動。ワタシは300ポイント回復」
 ディスクに搭載されているライフゲージが、僅かに変動する。



雪原 LP2100→2400
 

 
「ゾンビ・マスターで、プレイヤーにダイレクトアタック!」
 少年ゾンビは、自身が操る屍を少女にけしかける。
 傀儡と化しているゾンビは、その少年の命に従い、少女に重い一撃を繰り出す。

「がはあっ!」
 少女はそれをまともに腹にくらい、後ろへと吹き飛ばされ光の柵に叩きつけられた。

 それを嘲笑し、そして容赦なく雪原はターンを進行する。
「フフッ。まだターンは終わりません」

 ゾンビ・マスターの効果が使用可能なのは、テキストにある通り、1ターンに一度。
 だがしかし、改めて復活したゾンビ・マスターは、効果を使用していないことになる。

「よって、ワタシは効果を発動。
 手札のマンモス・ゾンビを墓地に捨て、フィールドにゴブリンゾンビを再び特殊召喚。
 念のため、守備表示にしておきましょう」
 床から這い出た屍ゴブリンは剣を構えず、それを盾代わりにして守りの体制を取る。

「それとお忘れなく。ゴブリンゾンビが復活したことで、生還の祝福が発動します。
 そしてカードを1枚セットして、ターンを終了です」




雪原LP2400→2700




少女
LP1700
手札3枚
フィールド:伏せカード1枚

雪原楓
LP2700
手札0枚
フィールド:アンデット・エンペラー・ドラゴン(攻撃力3400)
      ゾンビ・マスター(攻撃力1800)
      ゴブリンゾンビ(守備力1050)
      伏せカード1枚
      生還の祝福
      リビングデッドの呼び声(ゾンビ・マスターに適用中)





「なんて展開力だ…」
 尚斗は改めて、アンデットデッキの恐ろしさを知った。

 いくら破壊されて、リリースされて、墓地へ行こうとも圧倒的な特殊能力で幾度でも墓地から蘇る。
 故にいくらカード効果でモンスターを除去しようとも、
 他のカードによる蘇生によってすぐに戦況を立て直され、対抗手段が追いつかなくなるのだ。

 まさに不死の軍団。
 そのモンスターたちの能力と、雪原のプレイングが今のこの状況を作り出している。

「彼女が勝つには、蘇生が追いつく前に相手のライフを0にするしか…」
 状況を分析する一方で、尚斗はふと考える。
 

 全てが現実となるこのデュエル。

 もしも、敗北したらどうなるのか?

 ライフポイントが0にでもなったら…。

 何も分からない。だが最悪な形になる事だけは、容易に想像できた。


「もういい! やめろ!」
 尚斗は叫んでいた。
 この少女の事は全くもってなにも知らない。

「サレンダーをするんだ!
 あの人の狙いは僕だ! キミが傷つく必要はない!」
 なのに、何故か。自分を犠牲にしても構わない。
 先ほどまで命を狙われて恐怖していた自分の口から、
 そんな言葉まで出てくるなど、自分でも疑問に思っていた。
「だからこれ以上は―――」

「黙っていろ!!」
 尚斗の助けは、少女の吹き飛ばされたとは思えないほどの怒声でかき消された。
 殴られた腹部を抑え、再びデュエルの場に立つ。
 その位置から少女は、尚斗に振り向いて言い放った。

「今この女と戦っているのは私だ。戦うか逃げるかは私自身が決める事だ。
 お前が決める事じゃない」
「デュエルならそうだ! けど、このデュエルは明らかに普通じゃない!
 このままじゃあキミは――」
「負けて、命を落とすとでも? それぐらいは百も承知さ。負ければ私は死ぬだろう」

「それなら、尚の事やめるべきだ!? このままではキミは負ける!」
 と尚斗が聞くよりも先に、少女は言葉を紡ぐ。

「お前は、デュエルの結果が分かるのか? ライフが0にもなっていないのに。
 確かに戦況は私の方が不利だ。
 だがライフも、デッキも、手札も残されている。ほんのわずか数パーセントの
 可能性かもしれないが、逆転の道があるなら決して、戦い(デュエル)をやめるつもりはない」


「……っ!」
 聞いたことがある言葉。
 似たような言葉で、叱られたことも覚えている。

 その言葉を聞いた尚斗は、もう少女にサレンダーしろとは言えなくなった。
 代わりに、なぜだか確信が生まれた。





 話を終えた少女は、再び眼前の敵に向き直りゲームは続行される。
「ドローっ!!」
 引いたカードを確認し一度それを手札に加え、フィールドを一瞥する。


「いくぞ! 魔法カード、シールドクラッシュを発動!」
 どんなに守備力が高かろうと耐性があろうと、守備表示ならば問答無用に破壊する効果だ。



《シールド・クラッシュ》通常魔法
フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。



 実体化したカードから光線が放たれ、守備表示の屍ゴブリンをイラストで砕かれている盾のモンスター同様、
 胸を貫かれて粉々に砕けた。
 ダメージは発生しない破壊の為か、雪原には影響はないようだった。

「少しでも、モンスターを減らす戦法ですか? しかし、ゴブリンゾンビの効果をお忘れなく」
 微笑を浮かべながら、効果によってデッキを外そうと手を伸ばす。だが今度は、少女が微笑を浮かべた。
「それだけだと、本気で思ったか? 狙いはこれだ! 連鎖旋風!」
 前のターンからセットされていた伏せカードが開かれる。

「連鎖旋風…?」
 あまり聞き覚えのないカードだったのだろう。雪原の眉が潜む。
 この連鎖旋風は、カード効果による破壊がトリガーとなって発動し、魔法と罠を2枚破壊できるというもの。

 

《連鎖旋風》通常罠
魔法・罠・効果モンスターの効果によって
フィールド上に存在するカードが破壊された時、
フィールド上に存在する魔法・罠カード2枚を
選択して発動する事ができる。
選択したカードを破壊する。



 『カード効果による破壊』が引き金。
 つまり、屍ゴブリンが魔法カードによって破壊された今こそ、このカードを発動できたのだ。

「私はお前の伏せカードと、リビングデッドの呼び声を破壊させてもらう!」
 カードから現れた旋風が、廊下に吹き荒れる。
 防御として伏せていた罠カードと発動されているリビングデッドの呼び声を砕き、
 風は消えた。



《ドレインシールド》通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。



「なに!」
 雪原の顔に、初めて焦りの表情が浮かぶ。
 ゾンビを僕にする少年はリビングデッドの呼び声があることによって、
 フィールドに留まることができていた。

「そのリビングデッドの呼び声が破壊された。
 よって、その因果関係にあるゾンビ・マスターは、再び墓地へと葬られる」
 ゾンビ少年は、自身の腐敗し始めた肉体をみて恐怖する。
 だが自力ではその生命を留めることができず、悲鳴をあげる間もなくそのまま砕け散った。
 
 厄介な能力を持ったモンスターの破壊に成功したが、安心はできない。
 わずかに焦りを見せたものの、雪原の表情はすぐに笑みを浮かべている。

「シールドクラッシュで破壊されたゴブリンゾンビの効果で、
 2枚目のゾンビ・マスターを手札に加えます」

 デッキに眠っていた、もう1枚のゾンビ・マスターが加わる。
 これで再び、少女は不死の軍団の脅威にさらされた。
 しかも、まだフィールドには屍の帝王竜が残っている。
 その攻撃力は3400。上級モンスターを召喚しない限りは簡単に越えられる数値ではなく、
 倒したとしても蘇ってしまう。
 カード効果による破壊が出来たとしても、次のターンにゾンビ・マスターを召喚されてしまえば、
 あっという間に戦況は立て直されてしまうだろう。
 
 
「私はシャーマン・エルフを召喚!」
 その状況に臆することなく、少女は手札のモンスターカードをディスクにセットする。

 フィールドに現れたのは、錫杖にも似た杖を持った銀髪ロングヘアーの白い肌の美女。
 この美女も、先の姉妹と同様に葉っぱの様にとがった耳を持っていた。

「さらに魔法カード、エルフズ・リインフォース!」
 新たに発動されたカード。
 ある影の様なモンスターに襲われそうな女性エルフの救援に参上した、
 男エルフが勇ましく描かれているイラストだ。

「エルフズリインフォースは、このターンに私がエルフと名のつくモンスターを通常召喚したターンに発動できる!
 そのモンスターの攻撃力が、相手の攻撃力が一番低いモンスターよりも劣っていれば、
 デッキか手札から、レベル4以下のエルフモンスター1体を特殊召喚できる」




《シャーマン・エルフ》地属性 レベル4
魔法使い族・効果
???
攻撃力1300 守備力800



《エルフズ・リインフォース》通常魔法
自分フィールド上に存在する、闇属性以外の「エルフ」と名のつくモンスター
1体を選択して発動する。選択したモンスターよりも、攻撃力の高い
レベル4以下の、闇属性以外の「エルフ」と名のつくモンスター1体を
デッキか手札から特殊召喚する。


 
 デッキから選び抜いたのは、エルフの名を持つも、魔法ではなく剣術に
 長けたエルフの青年。
「翻弄するエルフの剣士を特殊召喚!」
 少女の元に、発動した魔法カードにも描かれていた青年エルフがイラストと同様に見参する。
 限定的ではあるが、高攻撃力に対しては戦闘破壊耐性を持ち、攻撃を防ぐには最高の壁だった。



《翻弄するエルフの剣士》地属性 レベル4
戦士族・効果
このカードは攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)
攻撃力1400 守備力1200



 だがそれが生かせるのは守備表示であればの話。
 青年エルフは、何の変哲もない剣を構える。

「2体とも、攻撃表示?」 
 雪原は、彼女の行動を疑問に感じる。
 アドバンス召喚をするにしても、少女は既に召喚を行ってしまっている。
 となると考えられるのは、他のカード効果による強化だろう。

「装備魔法カード、覚醒の剣を翻弄するエルフの剣士に装備させる」
 青年エルフの持つ剣が、光輝き変化をみせる。
 だが攻撃力はなんの変化もない。
 にもかかわらず。


「翻弄するエルフの剣士で、アンデット・エンペラー・ドラゴンを攻撃!」
 迷いのない、攻撃宣言。
 エルフの青年剣士も、彼女を疑うことなく、与えられし聖剣を構え屍竜へと走り出す。

「あら、血迷いました? 破壊されなくてもダメージは発生するというのに。自滅する気ですか?」
「ふっ。どうかな?」

 放たれた腐食のブレス。
 だがエルフの青年剣士は、託された聖剣を盾に受け止める。

 ダメージは、発生しなかった。

「なんですって!?」
「覚醒の剣の効果! 装備モンスターが攻撃力の高いモンスターとバトルする時、
 ダメージステップの間、その攻撃力と同じ数値になる!」



《覚醒の聖剣》装備魔法
闇属性外の「エルフ」と名のつく戦士族モンスターにのみ装備可能。
装備モンスターが相手モンスターに攻撃するとき、
攻撃モンスターの攻撃力が攻撃対象モンスターの攻撃力よりも
低い場合、攻撃モンスターの攻撃力は攻撃対象モンスターと同じ
攻撃力になる。



翻弄するエルフの剣士 攻撃力1400→3400



 聖剣は更に輝きを放ち、青年エルフの力が飛躍的に上昇する。
「3400になったエルフの剣士で、バトル続行!」

 同じ攻撃力のモンスターが、攻撃表示でバトルを行った場合は、相討ちという形で処理され、
 互いのモンスターは消滅してしまう。
「まさかっ!?」
 なにも耐性がなければ、相討ちになる。
 しかし、翻弄するエルフの剣士は攻撃力1900以上のモンスターに対する、戦闘破壊耐性がある。
 これらがなにを意味するか、雪原は瞬時に理解する。


「行け、エルフの剣士!」
 受け止めたブレスを凪ぎ払い、勢いよく跳躍する。


「電光聖剣斬!」

 光のごとく、屍竜の首元に近づき、一斬。
 青年エルフが着地した瞬間。破壊体制のない屍竜の首は、
 無残にも地に落ち、灰となった。


「ぐっ! 考えましたね。
 ですが、忘れましたか? アンデットエンペラードラゴンは、1000ライフをコストに復活できることを!」
 そしてこの能力で蘇生が出来る限り、少女は雪原に直接ダメージを通せない。
 
「それは構わないが、その前にシャーマン・エルフのモンスター効果を受けてもらう」
「っ!?」
 剣士の後方に控えていたエルフの女僧侶が、錫杖に似た杖を天にあげる。

「エルフと名のつくモンスターが、バトルで相手のモンスターを破壊した場合、
 そのモンスターの攻撃力の半分を、ダメージとして与える!」
 屍の帝王竜の攻撃力は3400。その半分、1700ポイントがダメージとして雪原へと放たれる。



《シャーマン・エルフ》地属性 レベル4
魔法使い族・効果
闇属性以外の「エルフ」と名のつくモンスターが相手モンスターを
戦闘で破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを
相手ライフに与える。
攻撃力1300 守備力800



 錫杖から放たれた青き稲妻。
 まっすぐに雪原へと放たれる。
 このデュエルで初めて与えた大きなダメージに、今まで平然としていた雪原の絶叫が木霊する。

「うぐっ、くっ…」
 エルフの効果処理が終わる。
 ここでようやく、屍竜の効果が発動される。
 1000ポイントのライフを失うことで、復活できる能力。
 それを発動させようと、雪原は声を上げる。

「アンデット・エンペラー・ドラゴンの効果をはっ――――!!」
 が、宣言する寸前で止まった。
 
 生還の祝福で十分に回復し、屍竜の効果を使うには困らなかった。
 
 だが先ほどの効果ダメージを受ける前の話。

 
 今の残りライフポイントは…。



雪原楓 LP1000


 
「使えないだろうな」
 今度は少女が笑みを浮かべた。
 そして雪原に伝える。

「お前のライフポイントは1000。
 アンデット・エンペラー・ドラゴンの蘇生に必要なコストは
 1000ポイント。効果を発動した瞬間、お前のライフは0」
 だが効果を使用せずとも、まだシャーマン・エルフの攻撃が残っている。
 その攻撃力は1300。

「どちらにしても、お前はこのターンで終わりだ」



 少女の言葉は、確実なる自分の勝利を。


 そして雪原の敗北を伝えていた。




第5話 【リストレイナー】

 モンスターたちが持つモンスター効果には、プレイヤーの任意で発動できる任意効果と強制的に発動してまう強制効果がある。
 後者であれば、その効果が自動的に処理されデュエルは進行されるが、前者はプレイヤーが効果の発動を、するかしないか
 という選択肢を決めてから進行する。

 それは、わずかな時間だが、現在のデュエルの状況から自分がどう動くべきであるのか、考える時間があるということ。


 たった今倒され、復活の選択を待ち望んでいる屍の帝王竜のモンスター効果は、任意効果である。
 雪原楓は、その代償として自分のライフポイントを払うか払わないかという選択を強いられている。




少女
LP1700
手札0枚
フィールド:翻弄するエルフの剣士(攻撃力1400)
      シャーマン・エルフ(攻撃力1300)
      覚醒の聖剣(翻弄するエルフの剣士に装備)


雪原楓
LP1000
手札1枚
フィールド:生還の祝福

墓地:アンデット・エンペラー・ドラゴン(効果発動の選択中)




 しかし、復活させるためには1000ポイントのライフ。つまり今のライフポイントすべてを差し出さなくてはならない。
 とはいえ、なにもせずにデュエルを進行すれば、まだ攻撃していないシャーマン・エルフによってライフは奪われる。

(ワタシの負け…、ですね…)

 そして結界の中で行われているこのデュエルでの敗北は、本当の命(ライフ)を失うことでもある。
 雪原は嫌でもこの状況を理解しなければならなかった。

(でも、まだ死ぬわけにはいきませんね)

 いずれ殺されるというのは覚悟できていたが、
 この場で命を落とすことに関しては、とてもじゃないが受け入れられない。
 

 生き残らなくてはならない。
 これから始まる、楽しいマツリのためにも。
 まだ死ぬわけにはいかない…。


 そう思うと、自然と雪原は、行動していた。




 構えていたデュエルディスクをゆっくりと下へおろしたのだ。






「なにをしている!? 早く、デュエルを進めろ!」

 中々デュエルを進行しようとしない態度を取られ、少女の口調は、自然と苛立ったものになる。


 左腕を下したということは、戦意喪失したということか。
 この状況で戦う気力が失せるのは理解できなくはないのだが、選択しなければデュエルは進まない。

 サレンダー(降参)するつもりでいるのならば、それはそれで好都合なのだが、
 その合図である、デッキの上に右手を置く行為を行おうとすらしない。


 手札はゼロ。
 フィールドには、現状況ではまったく役に立たない、生還の祝福があるのみで、
 次の攻撃に対抗する手立てなどないように見える。

(他に、何か策があるのか…?)

 しかし、それでも警戒する。

 もしかしたら、デュエルでの決着ではなく、違った方法でこの場を押し切ってくるかもしれない。
 デュエルの勝利は目前といえど、少女の緊張は張りつめていた。
 

 敵は神龍教。
 目的のためならば、手段など選ばない相手だ。

 ヤワラスタジアムで、橘尚斗を銃撃した時のように、自分の命を直接奪いに来るか?
 それとも、別の何かで…。

 
「っ!?」


 目の前の敵、雪原楓はおもむろに右手をあげ、首にぶら下げているペンダントを握る。
 同時に、反射的に身構える。


「儀式陣、滅」 

 雪原が静かに囁くや否や、すぐに異変は起こった。


 握ったペンダントから放たれたのは、強烈な閃光。
 一瞬にして病院の廊下はそれに飲み込まれ、視界は真っ白な光によって奪われる。


 そして、数秒後。

 白い光が薄れ、徐々に夜の闇が戻っていく。



 視界が完全に戻り、夜闇に包まれた廊下が現れた時には、
 今まで展開されていたデュエルのソリッドビジョン、
 そして雪原楓も、その場から消えていた。








 尚斗と忽然と現れた謎の少女は、病室にいた。 
 
 どういうトリックからはわからないが、自分の命を狙ってきた雪原は、少女の話によると逃走したらしい。
 が、またいつ襲ってくるかもしれないということを危惧してか、少女も尚斗の病室へと同行した。
 

「で? どこから、説明する?」
「えっ、と…」


 消灯され、ほとんど暗くなっている部屋に入り、尚斗がベットに腰を下ろすな否や少女は床頭台によりかかり、
 唐突に問いを投げかけた。
 
 
 いろいろと聞きたいことが多すぎて、頭の整理がつかず戸惑っているのもそうだが、
 他人の病室だというのにまったく遠慮のない少女の態度にも、動揺を隠せずにいた。


 ここが共同部屋だったら、少しは気を使うのだろうか…。


 それはさておき、尚斗はまず一番気になっていた事を聞く。


「とりあえず、あの…。名前…」
「ん? まだ名乗っていなかったか」

 命が狙われていた状況だ。名前を聞くことなど頭になく、ましてやそれを気にする余裕もなかった。


「藍葉(あいば)ユウナ。リストレイナーのメンバーだ」


 一瞬、彼女を見たときの印象ははっきりと覚えている。
 家族であり師匠であり、自分の目標でもあった橘美沙樹と重なって見えたのだ。

 だがその名前に聞き覚えはなく、しかもよく見れば顔もそこまで美沙樹には似ていない、
 見ず知らずの少女。
 にも関わらず、藍葉ユウナは尚斗のことを知っていた。
 気になることではあったが、次に言葉にしたのはそれに対する質問ではなかった。


「リストレイナーって、あの?」
「そうだ。名前くらいは聞いたことがあるようだな?」
「まぁ。デュエルモンスターズに関する犯罪を取り締まる組織だ、っていうことぐらいだっ―――ですね」

 
 外見からしてたぶん同い年ぐらいだろうが、しゃべり方からして意外と年上なのかもしれない。
 そう思って、普通に話そうとした言葉を無理矢理、敬語にした。


 世界的人気を博し、社会現象まで起こしたデュエルモンスターズだが、
 光があればまた影も現れるもので、高く評価された一方、偽造カードの作成やそれらの売買。
 さらにはレアカードを巡った強盗や殺人など、デュエルモンスターズに関する犯罪も多発した。

 最初は警察だけでこの事態を抑えていたのだが、次第に彼らだけの手には負えない事態となった。
 これを受け、A・O・G(エイジ・オブ・ゲーム)コーポレーション会長であるバルドル・ファーバーンが、
 デュエル犯罪抑止のために設立した組織こそ、リストレイナーである。


「それにしても、その組織の方がどうして僕のところへ来たんです? しかも、真夜中の病院に」
「単刀直入に言うとだな、橘尚斗。私たちは、ある事でお前に協力してほしいのだ」


 この質問を待っていましたと言わんばかりの口調で、藍葉は寄りかかっていた床頭台から立ち上がる。


「本当は大会が終わった後、お前を捕まえてこの話をしたかったのだが、神龍教の連中が銃撃したせいで、それどころではなくなった。
 お前が回復したという話を聞いたのも今日の夕方頃だったから、面会時間に間に合わなくてな。
 かといって、明日まで待っていては、奴らに後れを取ることになる。だからこうして夜、病院に潜入したというわけだ。
 だが、行っておいてよかった。
 実際神龍教が、再びお前の命を狙ってきたわけだしな」

「あのぉ…。話の腰を折って申し訳ないんですけど…」


 尚斗が遠慮あり気に、口を開く。


「その、神龍教って?」
「え?」 

 藍葉は、意外だというような顔をした。

「お前、知らなかったのか? 過去に何度か事件を起こしてニュースとか新聞でも名前が挙がっているし、
 かなり異質な奴らだと有名だぞ?」
「あまり、リアルタイムでニュースとか見ないんで…」

 それでも聞いたことぐらいあるだろうと、言いたげな顔で尚斗を見る。
 仕方がなさそうに、藍葉は話を進めた。

「神龍教は、その名前の通り龍、つまりドラゴンを神として信仰する宗教。
 と、これだけ聞けばどこにでもありそうな宗教だが、こいつらが異質な連中と呼ばれる理由が、
 デュエルモンスターズの中に登場するドラゴン族こそが神の化身だと、信じて疑わないそうだ」
「えぇっ!?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「今回お前が撃たれたのも、同じ神龍教である紅野に勝ったからだろうな。
 自分たちが信仰するドラゴンたちを、あるいは同じ信者を倒したことに対する腹いせが理由か、
 もしくは見せしめか」


 尚斗は過去に知り合いから、面と向かって「あなたのブラック・マジシャンと結婚したい」と真剣に言われたことがあり、
 それをきっかけに、デュエルモンスターズのモンスターや特定の種族に対し、熱狂的なファンや愛好家がいると知った。

 実際、彼らの声の要望に応えるために、モンスターたちのフィギュアなどの製品が販売されたり、それらを購入しコレクション
 している人は少なからずいる。
 そして最近、特定のモンスターの愛好家たちがグループとなって活動をしているという話も耳にしたことがある。
 (尚斗が今まで知らなかっただけで、愛好家たちによるグループの存在自体は、以前よりあった)

 だが――。


「ドラゴン族のモンスターたちが、神の化身…? 宗教?」


 そんな子供騙しのような話を信じる人間が、はたして何人いるのか。
 しかもその人間が集まった宗教が存在しているなどと、簡単に信用できるはずがない。
 ましてや、存在するかしないかもわからないドラゴンの信仰のために犯罪を犯すものなのだろうか。

 だがなによりも、自身とデュエルを行った紅野が、そのようなカルト集団と同じ考えであるということが、
 どうしても信じられなかった。


「初めて聞けばそう反応するのは当然か。だが、信じられないかもしれないが事実だ」


 尚斗がどう反応しようと、藍葉は自信を持って返してくる。
 普通に聞けばあまりにも奇妙な話であり、信じがたいことだ。だが、藍葉の言うことを完全に否定する根拠がない。
 むしろ今さっき襲われた以上、彼女の言葉を信じる以外にないような気がした。


 ここまでの話から、自分に何を求められているのか察するのは容易だった。 


「まさか、その宗教を捕まえるために、あなたたちに協力を?」
「そうだ」
「でも言い方変えれば、相手は犯罪組織みたいなものなんですよね? だったら警察とかに協力を依頼すれば―――」
「当たり前だが、本来であれば一般人のお前にこんな依頼はしない。単純に逮捕するだけなら私たちだけでも、協力が必要でも警察で十分。
 そもそも、一般人が一緒では邪魔でしょうがない」

 だったら、依頼してくるな。
 と思ったものの、言ったら言ったで気の強うそうな彼女のことだ。おそらく面倒な口論になりかねないとわかり、
 尚斗は特に何も言わなかった。ただし、表情までは隠せていなかった。


「協力といっても別にむずかしいことじゃない。ただお前に、デュエルをして欲しいのだ」
「はっ?」


 あまりにも意外な言葉に、尚斗の表情が二転三転する。
 嫌そうな表情が吹き飛び、驚いたかと思いきやすぐに怪訝の顔になった。
 頭の整理が本当に追いつかない、そういった様子が目に見えていた。

「……だ、誰と?」
「神龍教のメンバー以外の他に誰がいる?」 
「えっと…、逮捕が目的なんですよね? 何故に、デュエル?」
「…お前、最近日本…、いやどこでもいい。デュエルをやった人間が死んだとか、そういう妙な噂は聞いてないのか?」
「えっ!? 初耳ですよ! そんなの―」
「はぁ〜」

 誰がどう見てもわかりやすく、呆れたように深いため息をついた。
 突如として出た噂話を聞こうと乗り出した尚斗だが、反応を見た瞬間、自然とその声が止まった。
 
(なんなんだ、この人。 腹立つな〜)

 あくまで心の中の呟きであり、藍葉には聞こえていない。

「コホン」

 気を取り直そうとしてか、藍葉が軽く咳払いをし、口を開いた。


「とりあえず、デュエルで人が死んでいる、という事実はわかったか?」
「はぁ、まぁ…」

 そんな噂話など耳にしていないせいか、さっきから話す内容が奇怪すぎるせいか、尚斗は空返事をした。
 気を留めることなく、藍葉は続ける。


「その元凶は、間違いなく神龍教の信者たちが行ったデュエルであって、実際に目撃情報も何件かある。
 そしてそのデュエルの中で、なにがあって何故死亡したのか、ほとんどの情報は揃っている」
「っ!? まさか…」


 つい数分前に行われたデュエルの光景が、尚斗の中でフラッシュバックする。
 ソリッドビジョンのように見えて、ソリッドビジョンではない。ダメージが現実のものになるデュエル。
 自分が体験したわけではないが、たった一度あの光景を見ただけで脳はしっかりと焼き付けていた。

 
「お前も見ただろ? あの女が持っていたペンダント。
 どういう仕掛けなのかはわからないが、あれから光を発生させられるとデュエルを行わない限り消滅はしないし、
 光の中からでることもできない。
 そして、ソリッドビジョンであるモンスターの攻撃によって発生する、身体と精神への異常なダメージ。
 それこそが死因だと、私たちは推測している」

 つまり言い方を変えれば、『神龍教はデュエルを行うことで、人を殺している』ということに他ならない。
 尚斗は嫌でも、そう解釈するしかなかった。


「神龍教と接触しようとすれば、確実にあの奇妙なペンダントを使用された上でのデュエルを余儀なくされるだろう。
 だが恥ずかしい話、いかにデュエルモンスターズの犯罪を抑止する組織とはいえ、
 デュエルの腕がまったくの初心者レベルのメンバーも少なくない」


 そんなデュエリストが下手にデュエルを挑もう者なら、その結果がどうなることか、デュエリストでなくとも予想がつく。
 
 ドラゴン族への異常な執着があるとはいえ、デュエルモンスターズに対する関心はある集団。
 おそらくデュエルに対する知識もあるに違いない。

 実際、さきほどの対戦を見ていても、敵である雪原楓はそこらのプロデュエリストよりも上のほうだろう。
 予選大会などに参加すれば、勝ち残ってもおかしくない実力だと、尚斗は思考していた。

 
「そこで。私たちが調査するこの場所から一人、実力のあるデュエリストに協力を要請しようと提案が出たんだ。
 あの『魔導の姫君』の息子であり、弟子であるデュエリスト。橘尚斗、お前がその候補として選ばれた。
 だから私たちリストレイナーは、お前に協力を要請したい。
 一刻も早く、神龍教を倒すためにも」


 説明する口調。そして月明かりに照らされた顔。改めて見た少女は真剣そのものだった。 
 自分を騙そうとする気など微塵も感じられない、誠実という言葉をそのまま体現したような目。

 だが、尚斗はまたしても一つの疑問を抱く。


「…話は分かりました。でも、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「一体誰が、僕の名前をあげたんです? 
 確かにみさ姐は…、橘美沙樹はすごいデュエリストでした。でも、僕があの人ほど強いとは思えない。
 それに、僕よりも実力あるデュエリストはたくさんいるはずです」


 すると、藍葉は「フフッ」と軽く笑い、堂々たる笑みを浮かべた。


「聞いて驚くな。
 リストレイナーは、なにもA・O・Gコーポレーションだけではない。
 デュエルディスクの販売元でもある、遊麻カンパニーもその協力関係にあるのだ。
 お前を協力者として推薦したのは、
 そのカンパニー社長、遊麻広哉(ゆうま ひろや)様だ」

「………っ!!!」


 尚斗は言葉を発することができなかった。
 
 
 その名前を知っていたから。


 デュエルディスクの製造会社の社長で有名だから、というわけではない。

 
 今までの藍葉の説明以上に、状況が理解できずにいた。
 

「藍葉さん…」


 だが尚斗の中で、一つの決心が生まれる。

 



 




「僕は…、リストレイナーには絶対に協力しません…」




続く...



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