第 6 回  US ・トーナメント

製作者:HamaguCheさん




このストーリーは全米チャンプなのにイマイチいい扱いを受けてない(と自分が勝手に思っている)キャラクター、レベッカを自分なりに活躍させたくて書いたものです。
カードの効果も扱いやすいように変更しています。至らぬ部分ばかりですが優しい気持ちで見てください>_<




プロローグ 前夜の苦悩

「あ〜、なんだか決まらないなぁ」
風呂上がりのパジャマ姿で、レベッカはベッドに寝転がった。毛布の上に広げたカードがボフッと弾む。
「ロックでもいいけど、いまは魔法とかを除去するカードも多いし。攻撃型もカウンター決められやすいし…」
湯気でくもった眼鏡をそででぬぐい、あぐらをかいて座る。
散らばったカードを改めて見回すも、デッキのイメージはなかなか浮かんでこない。
(やっぱりメインのモンスターを決めてからのほうがいいかな〜)
今から約半日後に開催されるI'2社主催のM&W全米トーナメント。
世界で最もレベルが高いといわれるアメリカ大会に出場するレベッカは、デッキ構築の段階で悩んでいた。
前年度の優勝者として2連覇のかかったデュエルを勝ち抜くには、生半可なデッキで臨むわけにはいかない。
どんな相手にも屈しない最高のデッキと気持ちで闘いたい。
そんなデュエリストの魂が、頭のなかで空回りしていた。
「あっ…」
そうだ、と立ち上がる。今のいままで忘れていた。机の引き出しから名刺入れサイズのスチールケースを引っ張り出す。
去年のトーナメントの優勝賞品だったにもかかわらず、有用性が見いだせないまま引き出しにしまい込んでしまったレアカード。
「…すっかり忘れてた」

金剛竜−ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン− 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【ドラゴン族】
「金剛剣の復活」により特殊召喚される。
このカードの攻撃力は、生け贄に捧げた鋼玉竜の攻撃値に1000ポイント加えた数値とする。
墓地に存在している時、このカードは通常モンスターとなる。
AT〈? DF〈2600

M&Wの創始者、ペガサス・J・クロォードが生み出した、ドラゴン族のモンスターカードと、それに付随する魔法、罠カード数枚。
試作と合わせて数枚しか存在しないカード達だ。イラスト部は特殊加工され7色にかがや………
「…ん〜、いいわ。なんか、召喚方法を難しくすればいいってかんじが雑だけどとりあえずあなたをわたしのデッキのエースモンスターにしてあげる。あんまり強くなさそうだけど…」
希少カードに対して上から目線の言葉遣いのレベッカ。主の不評にカード達はぐずるようにその輝きをひそめる。
(ん〜、こいつを主力にしたらどんなデッキがいいだろう。場に出すまで大変だから頻繁には召喚できないし…書いてある鋼玉竜って、サファイアドラゴンとかのことでしょ〜、特殊能力無しのモンスターを入れなきゃだから…)
独り言をつぶやきながらカードを全てベッドのうえに広げた。デッキに最低限必要な40枚を選別していく。
べつに40を越えてもルール上問題ないのだが、枚数が多いとキーカードを引く確率が少なくなる。いま世界に名を連ねるプレイヤーのデッキは40枚が主流だ。

「…36枚か、あとは………」
組み上げたデッキにケースに入っていた4枚のカードを重ねる。
「できたー!わたしの最強デッキ!こんな短時間で組んじゃうんだから、わたしやっぱり天才ね!!」
時計の針は10分しか進んでいないが、大会用コンセプトを考え始めたのが2週間前だということは計算しないらしい。
(ここまできたらテストプレイしたいな〜、おじいちゃんまだ起きてるかなぁ)
いつもならベッドで寝息をたてている時間だが、興奮覚めやらぬレベッカは出来上がったばかりのデッキとデュエルディスクを抱えて部屋を飛びだした。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


明かりは机のライトしか点けない。大きな本棚と石やブロックの入った箱はきちんと整理してある。
この10坪に満たないこの研究室を、考古学者アーサー・ホプキンス教授はことのほか気に入っていた。
自宅の地下に設けたこの隠れ家なら、雑音無しで研究に没頭できる。まぁ、ここから一歩でもそとにでれば孫思いのおじいちゃんに戻ってしまうが…。

ドタドタドタっ!

騒々しく階段を駆け降りる足音が、アーサーの集中を乱す。

…バァン!!

勢いよく研究室のドアが開かれた。階段を降りてくる音で、アーサーには誰があけたのかわかった。
「おじいちゃん!」
「レベッカ、何時だと思っているんだ? 明日は早いんだから寝なさい」
「うっ…、そうなんだけど…。今できたデッキを試したくて…」
孫の目がらんらんと輝いている。こうなっては何をいっても引き下がらないこともわかっていた。どうもこの家のなかでは学者になりきる時間がないようだ。
とりあえず壁のスイッチを押して天井の蛍光灯をつける。
「こんな時間まで起きていて、ちゃんと朝に起きられるのかい?」
レベッカはうんうんと力いっぱい頷いてみせる。
(まったく、おてんばな子に育ったものだ)
誰に似たのかと考えながらため息をつく。まぁ、もの心ついたときから2人で暮らしていたのだから、私に似たのだろうとアーサーは思う。
「…なら……一回だけ付き合うよ。そしたら勝っても負けてもベッドに戻りなさい」
「はーい!」
レベッカはすでにデュエルディスクを腕に装着していた。アーサーも引き出しから同じものをだして左腕に取り付ける。
デッキを交換してシャッフルし、お互いに5mほど距離をとる。
たいして広くないこの部屋はデュエルに適さない。アーサーは研究中の品物を蹴飛ばさないようにスリあしで移動した。
「さすがにここではせまいな…」
「ん〜、大丈夫、大丈夫!」
デュエルができる喜びから、レベッカは満面の笑みで根拠のない自信満々だ。
「とにかく、『デュエル!!』



第一章 レベッカVSアーサー

「とにかくいくよ、おじいちゃん。わたしのターンからね」
レベッカは自信満々にデッキからカードをドローした。
(おじいちゃんが得意なのはロック戦術。今回もそれを仕掛けてくるはず…。でもね…)
「わたしは手札から天使の施しを発動!
効果で3枚ドローして手札に加えてから、2枚捨てるよ」
(実はわたしもロックデッキなんだよね〜)
むふふっ、と笑いながら選んだカードをデュエルディスクのセメタリーゾーンに置く。
ロックデッキ対決は、より完成度の高いほうが相手の戦術を飲み込む。
ならば幾度となくアーサーのデッキと闘い、手の内を知る自分が有利だとレベッカは考えていた。

墓地に送ったカード〈堕天使マリー、浅すぎた墓穴

「リバースカードを1セットして、ビックバンガールを召喚、守備表示でね♪」

ビックバンガール 〈炎〉
☆☆☆☆
〈炎族〉
自分がライフポイントを回復する度に、相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与える。
AT〈1300 DF〈1500

ソリッドビジョン化された赤いローブを身に纏う女性が、レベッカを守るように片膝をつく。
「…ターン終了!」
「さて、私のターンだね」
(自信があるみたいだな。だが、その手は食わないよ…)
「リバースカードを2枚場にだし、クリッター召喚」

クリッター 〈闇〉
☆☆☆
〈悪魔族〉
このカードがフィールドから墓地に置かれた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。
その後デッキをシャッフルする。
AT〈1000 DF〈600

呼び出されたクリッターのキョロッとした三つ眼にレベッカをみつめる。
対するレベッカも、このメジャーなモンスターにニカッと笑い返した。
「おじいちゃんのデッキって、前から変わんないよね」
「ん?そう思うかい? レベッカ。…ターン終了」
少しいたずらな反応だった。普段のアーサーなら回りくどい言い方はしない。
(新しいカードを入れたのかなぁ…)
「わたしのターン、スタンバイフェイズに墓地の堕天使マリーの効果発動。ライフポイントを200回復するよ。それからビックバン………って、あれ?」
手元のライフカウンターが反応しない。
デュエルディスクの故障かといじってみるが、他の機能は正常に動いている。
「…残念だったね」
アーサーのフィールドでトラップが表になる。

ロスト 〈罠〉
相手の墓地のカード1枚をゲームから取り除く。

「このトラップで堕天使マリーは除外させてもらったよ。これによりライフ回復効果は使えなくなったんだ」
ふふんっ、と鼻を鳴らすアーサー。
(……ブ〜、いきなり対策するなんて…)
なんでよ〜と呟きながら、レベッカはぷくっと頬を膨らます。

堕天使 マリー 〈闇〉
☆☆☆☆☆
〈悪魔族〉
このカードが墓地に存在する限り、自分のスタンバイフェイズ毎に200ライフポイント回復する。
AT〈1700 DF〈1200

「…でも、マリーがいなくたって別なやり方でやればいいのよ。…今度はプリンセス人魚を召喚!」
「む、プリンセス人魚…」
サバーンと床から飛び出した豊満な人魚が、置いてあったブロックケースに腰掛ける。

プリンセス人魚 〈水〉
☆☆☆☆
〈水族〉
このカードが自分のフィールド上に表側表示で存在する限り、自分のスタンバイフェイズ毎に自分は800ライフポイント回復する。
AT〈1500 DF〈800

「…このターン、バトルフェイズは行わない。ターンエンド…」

レベッカ LP〈4000
場 ビックバンガール、プリンセス人魚 リバースカード 1枚
     手札 4枚

アーサー LP〈4000
場 クリッター リバースカード1枚   
     手札 3枚

「私のターン、ドロー」
(…ふむ、いいカードだ。今のうちに足場を固めるか…)
「黒き森のウィッチを召喚。そして、魔法カード融合を発動!場の三つ眼2人を一つに…」
召喚した三つ眼の魔法使いが跳びはねる毛むくじゃらの悪魔を捕まえて胸に抱いた。その周りの空間が歪み、2体を飲み込む。
「これが私のパートナー。クリッチー、融合召喚!」
シュウゥと歪みが晴れると、ウィッチがいたところに膝丈くらいのモンスターが箱に寄り掛かって眠っていた。

黒き森のウィッチ 〈闇〉
☆☆☆☆
〈魔法使い族〉
このカードがフィールドから墓地に置かれた時、デッキから守備力1500以下のモ
ンスター1体を手札に加える。その後デッキをシャッフルする。
AT〈1100 DF〈1200

クリッチー 〈闇〉
☆☆☆☆☆☆
〈魔法使い族/融合〉
『クリッター』+『黒き森のウィッチ』
AT〈2100 DF〈1800

「そして、墓地に送られたクリッター、及びウィッチそれぞれの効果を使う」
アーサーはデュエルディスクからデッキを抜き、馴れた手つきで2枚選ぶ。
「…クリッチー? 初めて見た…」
小さな魔法使いが眼を醒ました。くぁぁ〜とあくびをして立ち上がる。
「ふふっ、レベッカとのデュエルでは初お目見えだな。早速だが、クリッチー。プリンセス人魚を攻撃」
「!」
かわいらしい三つの眼からまばゆい光が溢れる。振り上げた短いマジックステッキに攻撃力2100分の魔力が収束していく。
「…っまずい!…リっ、リバーストラップ、グラビティバインド!」

グラビティバインド−超重力の網− 〈永続罠〉
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。

マーメイドに駆け寄っていたクリッチーを不可視の網が捕らえる。
「ふむ、止められたか…」
相手の計算を狂わせる罠を焦って発動’させられた’。
ライフが優位でも、流れを支配されては勝利は遠退く。
レベッカはこの数ターンで、アーサーの戦略に捕われつつあった。
(…ダメだ、おじいちゃんのペースに引き込まれてる)
「ふむ。リバースカード2枚を伏せ、ターン終了」
「…わたしのターン、ドロー」
最年少で全米を制し、天才少女と呼ばれたレベッカの頭脳がフル稼動する。
「プリンセスの能力でわたしのライフポイントを回復」

レベッカ LP〈4000 −〈4800

「今度こそ、ビックバンガール!おじいちゃんに500ポイントダメージよ!」
除外された仲間の敵とばかりに、ビックバンガールは杖に溜めた炎をアーサーに向けて放つ。
ドバーン!

アーサー LP〈4000 −〈3500

「…むうっ……、
この瞬間、伏せてあった魔法カード’三つ眼がとおる’を発動!」

三つ眼がとおる 〈永続魔法〉
プレイヤーがダメージを受けた時、そのダメージ分の攻撃力、守備力を持つ「三
つ眼トークン」1体を場に特殊召喚する。
「三つ眼トークン」は相手のモンスター1体を金縛り状態にする。

網にかかったクリッチーの横に、半分サイズになった白いトークンが現れる。
「このトークンの攻守力は受けたダメージ分の500。そして、その特殊能力でビックバンガールに金縛りをかける…」
トークンがカッと眼を見開くとビックバンガールの体が徐々にと強張り、キリっと引き締まった表情が苦痛に歪む。
「ああっ、ビックバンガール!」
「金縛りにかかると攻撃に参加できず、能力も無効になる」

レベッカ LP〈4800
場 ビックバンガール、プリンセス人魚、グラビティバインド−超重力の網− リバースカード〈2枚
     手札 3枚

アーサー LP〈3500
場 クリッチー、三つ眼トークン、三つ眼がとおる リバースカード2枚    
     手札 2枚

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

(どうしてよ………)
レベッカの心は折れかけていた。
先に仕掛けた事が、全て完ぺきな形で返された。付け焼き刃なデッキとはいえ普通ならありえないことだ。
「………ターン終了」
力無いエンド宣言が研究室にひびく。

「…少し、勘違いをしているようだね。レベッカ」
見かねたアーサーはデュエルディスクの電源を切った。
「私にはね…、きみがライフ操作デッキでくることは分かっていたんだ」
「…えっ?まさか、おじいちゃん…わたしの部屋にカメラを…?」
孫が疑わしい目で祖父をにらむ。
「おいおい」と思わずアーサーは眉間にシワを寄せた。
「そんなわけないだろう」
「え〜、だったらなんでよぅ〜…」
「…う〜ん、レベッカ。きみは私のデッキが変わっていないと言ったね。確かに殆ど変わってないよ、デッキの内容はね。
しかしだ、変わってないのは私だけではないんだ。レベッカ、良く成長しているとは思うが、きみも自身が思っているほど変わってはいないんだよ」
「…っ?」
「私だって自分のデッキの弱点くらいわかっている。負けたときはだいたいどう負けたか覚えているからね。だから、このデッキの中にはあらゆる対抗策を詰め込んだんだ。……よっ」
狭苦しい足場を、箱をどかして広くしていく。
「ふむ、こんなもんかな。…私の戦術をきみが研究したのなら、私もまたレベッカの癖や考え方を研究していたということさ」
レベッカは相手の弱点を突くのが得意なデュエリストだ。ならば、マルチな闘いができるスピード&ロックデッキを組むだろう。アーサーの推察はそんな結論を出していた。
「人の考え方なんてものは、簡単には変えられないからね」

「………」
レベッカは伏せていた顔を上げた。
「………な〜んだ、わたしがロックを仕掛けたこと自体が、おじいちゃんの罠だったわけね…」
先程の泣き出しそうな表情ではなく、いつもの笑顔に戻っている。
(…ふむ)
「普通にテストプレイしてたつもりなのに…。おかげでナーバスになってた気持ちがすっきりしたわ、おじいちゃん!」
(そうだ。どんなデュエリストでもピンチは訪れるし、負ける時もある…)
トーナメントを目前にプレッシャーを感じていると察したアーサーは、全力勝負によってそれを解消してあげようと思っていたのだ。
どうやら、レベッカにはそんな祖父の気持ちが伝わったようだ


レベッカ LP〈4800
場 ビックバンガール、プリンセス人魚、グラビティバインド−超重力の網− リバースカード〈2枚
     手札 3枚

アーサー LP〈3500
場 クリッチー、三つ眼トークン、三つ眼がとおる リバースカード2枚
     手札 2枚

「…さぁ、おじいちゃんのターンだよ」
祖父ではなく、相対する’デュエリスト’を挑発する。
応えたアーサーも電源を入れ直し、デュエルディスクを構えた。
「うん、私のターン。ドロー」
軽口を叩くものの、レベッカの内心は冷や汗が止まらなかった。
モチベーションは高いが、場の状況を覆せるのか。ただ、こののテストプレイだけは負けたくはない、心底そう思った。
「…トークンを生け贄に捧げ、千年の盾を召喚!」
レベッカの焦りと裏腹に、さらに場を整えていくアーサー。トークンがいなくなったことでビックバンガールは金縛りから解放される。
「ふむ、ターン終了…」
「いろいろ想いが詰まったデュエルなのはわかったよ。…でも、負けないんだからね…、ドロー」

手札 スタンピングクラッシュ、守護天使ジャンヌ、サファイアドラゴン、死者蘇生

(ここは、隙を作らない…)
「スタンバイフェイズ、プリンセス人魚の特殊能力でライフを回復する!」
「…伏せカード発動、シモッチによる副作用」
静かにアーサーのトラップが開く。

シモッチによる副作用 〈永続罠〉
相手のライフポイントを回復する効果は、ライフポイントにダメージを与える効果になる。

「このカードがフィールドにある間は、プリンセス人魚はダメージを与えていく」

レベッカ LP〈4800 −LP〈4000

(っ、ライフが元に戻っちゃった。でも、…)
「読んでた!サファイアドラゴン召喚。そして手札からマジックカード、スタンピングクラッシュを発動!」

スタンピングクラッシュ 〈魔法〉
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが存在する時のみ発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

召喚されたばかりのサファイアドラゴンがグラビティバインドを踏み潰す。
その衝撃波は全てレベッカに降り懸かった。

レベッカ LP〈4000 −LP〈3500

本来ならば厄介なシモッチを破壊して、流れを取り戻すのが通常である。
しかし、レベッカは攻撃を抑制していたカードを破壊した。
これは、ダメージを度外視した戦略があることを意味する。
「このターンも攻撃しないで終了…」
「せっかくグラビティバインドを解いたのにバトルしないのかい?」
「うん、大丈夫。多分つぎのターンで勝負決まるから…」
「…ふむ、言ってくれるね。今回は私も全力なんだ、負けないぞ。私のバトルフェイズ、クリッチーでサファイアドラゴンを攻撃だ」
すっかり寝入ってしまったクリッチーを呼び起こす。
眠い目をこすって片手間にマジックスティックを振るった。凝縮した魔力がサファイアドラゴンに直撃する。

ズガーン!

レベッカ LP〈3500 −LP〈3300

「…よくやった、クリッチー。ターン終了だ」
「…わたしのターン。このドローにすべてを賭ける…、ドロー!!」
最初のターンぶりに勢いよくカードを引き抜く。ゆっくりと目を開けると、期待していた通りのカードが視界に飛び込んできた。
「おじいちゃん。やっぱりこの勝負、わたしの勝ちだよ!」
「なに? だが、スタンバイフェイズにプリンセス人魚はダメージを与えるぞ」

レベッカ LP〈3300 −LP〈2500

「勝つための手札はもう揃ってるんだよ。…ビックバンガールとプリンセス人魚を生け贄に、守護天使ジャンヌを召喚!」
「ここにきて、上級モンスター!?」
2体のモンスターが光の渦に巻かれていく。
レベッカのデッキの中でも上級レベルの天使をモンスターゾーンにセットした。

守護天使 ジャンヌ 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆
〈天使族〉
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、自分は破壊したモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。
AT〈2800 DF〈2000

「…ジャンヌでクリッチーに攻撃、ホーリィ・モーツァルト!」
ジャンヌがかざした両手から球を成した輝く魔力が放たれる。
「…むぅ、伏せカードオープン。レアゴールド・アーマーを千年の盾に装着」
剛健な盾に魔力を帯びたパーツが装備された。攻撃に怯えるクリッチーの前に割って入る。

レアゴールド・アーマー 〈装備魔法〉
このカードを装備したモンスターをコントロールしている限り、相手は装備モンスター以外のモンスターには攻撃できない。

「これで全ての攻撃は千年の盾が受け…」
「手札からマジックカード発動、ウィング・リフレイン!」

ウィング・リフレイン 〈装備魔法〉
装備モンスターの攻撃を無効にする。
その後、相手に装備モンスターの攻撃力分のダメージを与える。
この効果を使用したターンのエンドフェイズ時、このカードを破壊する。

光を放つジャンヌの背中に天使の羽根が生えた。その羽根は盾に届く寸前の光球を消し去る。
「攻撃が…止んだ…」
「このカードは攻撃ダメージを効果ダメージに変換することができる。そして、リバースカード2枚を発動するよ」

蘇りし魂 〈永続罠〉
自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターを破壊された場合もこのカードを破壊する。

受け継がれる力 〈通常魔法〉
自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。
自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
選択したモンスター1体の攻撃力は、発動ターンのエンドフェイズまで墓地に送ったモンスターカードの攻撃力分アップする。

「…魔法とトラップを同時に発動する、ダブルマジックコンボ…か」
「そう。サファイアドラゴンを復活させてから、もう一度墓地に送る。この瞬間、天使ジャンヌの攻撃力が一気にアップするんだよ!」

守護天使ジャンヌ AT〈2800 → AT〈4700

「………むっ」
「パワーアップしたジャンヌの攻撃力をウィング・リフレインでおじいちゃんにぶつけるんだ」
(…レベッカ)
「イッけー!! ホーリィ・シューベルト!」
(……強くなったな)

アーサー LP〈3500 → LP〈0

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「あ〜、楽しかった」
う〜んと伸びをするレベッカは、すがすがしい表情をしている。
反対に久しぶりのデュエルで疲れたアーサーは椅子に腰掛けた。
「まさか負けるとはね。クリッチーが真価を発揮出来なかったよ」
「へへ〜、ガンバッたもん」
「…うん、いいデュエルだった」
アーサーは笑顔でのぞきこんできたレベッカの髪を軽く撫でてやる。
誉められてうれしいレベッカはそのままちょこんと床に座る。
「…まだ、完全ではないんだろ?そのデッキは」
「うん。もう少し煮詰めたいかな」
勝っても負けても早く寝るという約束がある以上、それはできない。レベッカは体をモジモジ揺らした。
「…しょうがないな。なるべく早めに仕上げなさい」
「えっ、いいの!?」
「…条件は、明日のトーナメントを楽しんでくることだ」
「うんうん。そんでもって優勝してきちゃうから、ね」
「それと、これを持って行きなさい」
アーサーはデッキから数枚カードを抜き出してレベッカに渡した。
「くれるの?」
「ああ、役に立てればな」
うれしいっとアーサーの頬にオヤスミのキスをすると、レベッカは駆け足で研究室を飛び出す。
「…やれやれ。元気に育ってくれたのはいいが。もう体力がついていけないな」
後片付けをしながらため息をつく。
と、またどたどたと足音が戻ってきた。
「そういえば、おじいちゃん。言うの忘れてたけど、クリッターは今デッキに1枚しか入れちゃいけないんだよ」
「………なに?」
「後ね、黒き森のウィッチは禁止カードだからね♪」
それだけ言って、レベッカは再び階段を上がっていった。
「………なんてことだ」
重い箱を持ったまま机のデッキを見る。
「私の作り上げた三つ眼デッキが成り立たないなんて…」
このお話は原作ルールなんで、特殊召喚したモンスターはそのターン攻撃できませんが(笑)
ショックで頭を抱えたアーサーの足に、重量感たっぷりの箱が舞い降りる。

バキッ!
アーサー・ホプキンス教授、右足親指骨折により翌日の講演を辞退



第二章 『…ああ、闘おう』

 ニューヨークデュエルスタジアム…
 今年もここでM&Wトーナメント決勝戦が行われる。
建設当初の倍である70000人を収容できるよう増築したことで、先日’世界最大のゲーム施設’とギネスブックに記載された巨大なドームだ。
「ぼくのターン、ドロー!」
 そのドームの中では子供たちがデュエルに興じている。I2社は大会などのイベント予定のない日、スタジアムを開放して初心者にデュエルのレクチャーをしていた。
「モンクファイターのダイレクトアタックだ!」

決闘者の王国にて帰らぬ人となったペガサス・J・クロフォード。『デュエルスタジアムは恵まれぬ子供たちのために』という彼の生前よりの言葉を、天馬月光は噛み締めていた。
最前列席からみる子供たちの笑顔こそ、ペガサス氏の夢だったのでは…。そう思えてならなかった。
(…ペガサス様、貴方の遺した篝火は彼らとともに輝いています………)
I2社代表取締役に就いて1年。月光の楽しみは会社経営でもゲームでもなく、子供のこの笑顔を見ることだった。

 ドゴッ!

 デュエルはどうやら岩石闘士の拳が終わらせたようだ。お互いに握手してカードをまとめる。
 「…Mr天馬っ!」
 一人の少年が駆け寄ってくる。
 「ごくろうさま、トム。朝から講師を頼んでしまってわるかったね」
 「ううん、こういう事ならいつでも言ってきてよ」
 「…そうか、ありがとう」
 彼は、ある出来事をさかいにアメリカ全土に顔を知られている。
 バンデット・キース…。
 数年前、M&W賞金大会において無類の強さを誇ったカードプロフェッサーを、当時ビギナーだったトム少年がテレビカメラの前で破ったのだ。
 もちろん正規の対戦相手ペガサスの力添えはあったものの、世間はトムが勝ったと疑わない。
 「…あの頃からだいぶ成長したんだね。君が州予選を勝ち抜いてくるなんて」
 「うん。かなりのところまでデッキを扱えてると思うんだ。もしかしたら、Mr.天馬にも勝てちゃうかもね〜」
 ムフフっと、ニヤけた口を隠したデッキケースには『TOP of the Massachusetts』と彫られている。
 「…ふふっ、そうだな。
 もう…私もトムに追い越されたのかもしれない…」
 (私にはもう見えない道が、トム達には見えている…)
 師・ペガサス曰く、パーフェクトデュエリストと呼ばれた時点で、月光のデュエリストレベルは完了している…。
 事実、月光自身も仲間達の成長を怖れていた。勝利しても危うい展開ばかり。だから弟の一件以降、デュエルを引退し…
 「…ならさ。今日のトーナメントで僕が優勝したら、デュエルしてよ!」
 「いや、だから私はデュエリストを引退したと…」
 「いいじゃない。ゲームなんだし!」
 トムがうつむいた目線を下から覗き込んだ。頬のそばかすがえくぼをつくる。
 (…そうか)
 唐突に、月光はそれまでの考えがバカらしく思えた。
 あんなに悩んで引退を決めたのも、成長し、自分に追い付いてくるデュエリスト達から逃げたかっただけ。単なる勝ち逃げだ。力を失ったなら、次の世代にバトンを渡す義務を果たさねばならない。
 「………」
 「…ね! Mr.天馬、やろうよ」
 「…
 ああ、…闘おう。それも飛び切りの全力で」
 「…ヘヘッ、やったね♪」
 月光の差し出した手をトムも握りかえした。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 PM2:00。
スタジアムには各州の予選を勝ち上がってきたデュエリストが集結していた。観客もまたしかり、チケットは即日完売。早い者勝ちの立見も、I2社警備のもと子供優先にうまっている。

 「……、緊張してきた」
 出場選手用の控室は一人部屋。入り口まで着いてきてくれた松葉杖のアーサーは観客席にいる。
 デッキを再確認するレベッカの手はガタガタ震えた。
 (わたし、こんなにビビリだったっけ…?)
 前大会、何の感慨もなくチャンピオンになった。ただ、デュエルキング・武藤遊戯に勝つために…。
 結果負けてしまったが、レベッカにとって忘れられない闘いになった。
 それからだ。人前へ出ることに抵抗を感じるようになったのは。勝つだけじゃだめ。ならどうすれば…、何をすれば…。先ほど受けたテレビのインタビューもなにを言ったか覚えていない。友達からの激励にも、ぎこちなく返してしまった。
 (…なんか、淋しいかも)

 バァーン!

 「な、なに?!」
 「居たいた、やっと見つけた!」
 突然開けられたドアから一人の少年が入ってくる。
 「マ…イル?」
 「…あれ、テンション低いなぁ」
 マイルはいつもの覇気ある返事を期待していたらしい。レベッカの横に座り、俯いた顔を下から覗き込んだ。
 「なに、緊張しちゃってたり?」
 「………うん」
 「えぇぇーーー!」
 勝ち気なレベッカからは考えられない発言に、素っ頓狂な声をあげてのけ反る。
 「…ちょっと、その反応なによ」
 ジト目で睨むと、マイルは「わるぃわるぃ」と宥めた。
 「一年ぶりに会ったんだから、もうちょっと良いリアクションしてよ」
 「いや、うん…ゴメン」
 「…らしくないね、なんかあった?」
 「べつに。ていうか、ここは関係者以外入っちゃいけないんだけど…」
 「それはおまえ、これがあれば」
 『Top of The Virginia』
 マイルの出したデッキケースは州予選通過者に与えられる金属性のものだった。
 今は離れて暮らしているが、レベッカの両親はバージニア州に居を構えている。
 近所に住んでいたマイルは一つ上の幼なじみで、小さい頃からよく遊んでいた。レベッカがデュエルを始めたのも、マイルが始めたから。
 口には出さないが、彼が初恋の相手でもある。
 「それじゃあ…」
 「オフコース、オレも今日のトーナメントに出るんだぜ」
 ビッと親指を立てて胸を指す。
 (古臭い…、でもいつの間にかそんなに強くなったんだ…)
 マイルは仲間内でも1番ゲームが苦手だった。後からはじめた友達に負け、アーサーをコーチに就けたレベッカにも連敗してしまう。
 それからすぐにアーサーと共に旅に出てしまったレベッカに追い付くため、猛練習を積んだようだ。
 「そこそこ強くなったんだ。レアカードばかりの大人だって倒してきたし。
 つーか、じいさんの言ってた通りだな」
 「…へっ?」
 「さっき、アーサーさんに会ったんだよ。なんか松葉杖ついてたけど」
 「いや…、それは」
 「まぁいいや。そんでオレが出場者だって言ったら、レベッカに声をかけてやってくれって頼まれたんだ」
 (…またおじいちゃんに心を読まれ…じゃなくて心配かけちゃったのか。自分なりにポーカーフェイスしているつもりなのに…)
 「そんなにわかりやすいのかなぁ」と呟くと、「うん、わかりやすい」とマイルが肯定する。
 「…ん〜、そうか。レベッカ」
 手まねきしてくるので立ち上がる。
 マイルは馴れた手つきでレベッカの眼鏡をはずし、顔を胸に引きよせた。
 「ちょっ、なにするの?!」
 「小さい頃、ヒステリーおこしてすぐに泣いちゃうお前が、こうしてやると泣き止んだろ」
 たった一歳しか違わないマイルを、やけに大きく感じる。こういうことを恥ずかしげもなくできるのが、彼のすごいところなのかもしれない。
 「だから。もうそんな歳じゃないし、大丈夫だってば!」
 顔をまっ赤にして離れる。こんなとき、普通なら遊戯の顔が想い浮かんでもいいはず。それがなかったのは何故だろうと、レベッカは思う。
 「よ〜し、元気が出たところで時間だよ、チャンピオン。次は決勝で会おう」
 時計をみたマイルは急いで部屋を出ていった。間もなく集合のアナウンスが全待合室に響く。
 「…なによ、ありがとうくらい言わせてよ」
 バッグから出したデッキケースに調整の済んだデッキを収める。手の震えはもうない。
 気に入らないがマイルのおかげで緊張もとけたようだ。
 しっかりとした手つきで眼鏡をかけ直し、ケースを覆うビニールをはがす。表面に彫られた文字が鈍く輝く。
 『The BestDuelist in USA』



第三章『重機戦隊』

「デュエルスタジアムに集いしデュエリスト達。各々州予選を勝ち上ってきた彼らは、これより1つの称号を賭けて闘います!そして、この会場を埋め尽くす観戦者の方々が飽き果てぬデュエルを期待いたします!」

 中央のフィールドに出場者全員がならぶ。巨大スクリーンは対戦表とデュエリストを交互に映す。誰もが見守る中、大会管理者、Mrクロケッツの声が響く。

「I2社公式ホームページをご覧になり、もうご存知かとは思いますが、今トーナメントルールの確認を…。基本はスーパーエキスパートルールです。それに加え、今回の特別ルールを追加します。」

 ・1回戦から全てのデュエルは、スタジアム中央のフィールドで同時に行う。
デュエルの終了した者から退場し、勝者は次回戦まで控室にて待機のこと
 ・メインデッキとは別に、15枚までのサイドデッキを用意できる。それらを使用してデッキを組み替えられるが、他参加者とのトレードは禁ずる。
 ・各自、携帯している特製デッキケースを、デュエルの前に提示する。(提示無き場合、失格となる)

「なお、優勝者および準優勝者にはI2社代表、天馬月光よりトーナメントオリジナルカードを贈呈いたします。では対戦表にしたがい、デュエルを開始してください!」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

(おんなじフロアで闘うのかぁ)
 レベッカは対戦相手を探して歩いていた。もうデュエルを始めている者もいるのであまり時間はないが、名前と顔は一致しているから見付けやすいはずだ。
(ゆっくり様子を見ていけば他の参加者の戦術とかを見られるし…、かといって長引けば自分の戦力をさらけ出しちゃう…)
「貴女がレベッカさん?」
(ここにいるのはシードのわたしを含めて32人。決勝までは5回戦ある…)
「おーい、聴こえてる〜?」
(まずはなるべくロックで引き延ばしながらいくか…)
「ねぇ、ちょっと」
「…うわっ」
 肩を叩かれてやっと話しかけられていたことに気付く。相手側もキョトンとしていた。
「大丈夫?」
「え、はい。少し考え事しちゃってて」
「ならいいけど。…貴女、レベッカさんよね?」
「…そうですけど。そちらは?」
「ケリー・ヒューロン。対戦表通り、相手をさせてもらうわ」
「…あっ、そうですか。こちらこそ」
 差し出された手に敵意は感じられない。
(優しそうな人だな…)
 威圧するでもなく、挑発することもない。ただ、前回のチャンピオンということは意識しているようだ。
「早速だけど、やりましょうか」
 ケリーはポシェットからケースを取り出した。確認したレベッカも同じものを見せる。
「OK。始めましょう、ケリーさん。デュエル!」
 シャッフルしたデッキから5枚ドローする。

「あたしのターンからいかせてもらうわ。リバースカードを2枚セットして、ターンエンド」
(…モンスターを召喚しないの?)
 手札事故か、もしくは罠か。レベッカは気にしすぎないようにカードを引く。
「ドロー。わたしはプリンセス人魚を召喚。すかさずバトルフェイズ、プリンセスで攻撃!」
 人魚は空中を泳ぐように進み、下半身の尾ひれをケリーに向けて振り上げる。
「リバースマジック発動、搬入経路!
 自分の場にモンスターがいないときに手札からビークルを特殊召喚する」

ジャイロイド 〈風〉
☆☆☆
【機械族】

このカードは1ターンに一度、戦闘では破壊されない。(ダメージ計算は適用する)
AT〈1000 DF〈1000

ガキン!

召喚されたばかりのモンスターが攻撃を受け止めた。
「ジャイロイド…」
 ロイドは最近発売されたシリーズで、あらゆる乗り物、ビークルを模したコミカルなデザインが特徴のカードだ。
「このコは簡単には沈まないのよ」
「…ノーマークだった。カードを1枚伏せてターンエン…」
「待って!エンドフェイズに搬入経路の追加効果を使うわ」
「えっ?」

搬入経路 〈魔法〉

モンスターが攻撃したとき自分の場にモンスターがいなければ、手札から機械族を召喚できる。
発動したターンの終了時、相手と自分のモンスターの数が同じならばデッキから機械族を1体召喚する。

「召喚するのはクレーンロイド。そして、その能力により搬入経路を手札に」

クレーンロイド 〈地〉
☆☆☆☆
【機械族】

このカードが召喚、特殊召喚されたとき、自分の墓地から魔法カードを1枚選んで手札に加える。
AT〈400 DF〈2100

「モンスター効果と魔法でデッキを廻す、サイクル戦術…」
 新カード群をここまで機能させるのは難しい。デッキ構築の腕も代表クラスのようだ。
「わたしはカードを2枚伏せて、ターン終了…」
「あたしのターン、ドロー。ジャイロイドを生け贄に、ユーフォロイドを召喚」
 プロペラ機が消え、ユーモラスな円盤が現れる。

ユーフォロイド 〈光〉
☆☆☆☆☆☆
【機械族】

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の機械族モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
AT〈1200 DF〈1200

「さらにリバーストラップオープン。サモン・カスタム。この効果によりクレーンロイドを墓地へ。その後、召喚するのはスチームロイド」

サモン・カスタム 〈罠〉

発動ターンに通常召喚が終了している場合、自軍フィールド上のモンスター1体を墓地に送り、再度、通常召喚を行う。

 ケリーの場は1ターンで守備から攻勢に移行した。煙をあげるディーゼルトレインは主の攻撃宣言を待っている。
(…速い)
「いくわよ、レベッカさん!スチームロイド、プリンセス人魚にアタック」
「…それは通さない。リバース発動!光の護封壁。ライフポイント2000を払い、攻撃力2000以下のモンスターを食い止める!」
 レベッカ達の前に光輝く壁がそびえ立つ。

スチームロイド 〈地〉
☆☆☆☆
【機械族】

このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントアップする。このカードは相手モンスターに攻撃される場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。
AT〈1800 DF〈1800

光の護封壁 〈永続罠〉

発動時1000の倍数のライフポイントを払う。払った数値以下の攻撃力を持つ相手モンスターは攻撃できない。

レベッカ LP〈4000 −〈2000

(…ライフコストをものともしない大胆な防御、やるわね)
「ターンエンドよ…」


レベッカ LP〈2000
場 プリンセス人魚 光の護封壁 リバースカード〈1枚
     手札 3枚

ケリー LP〈4000
場 ユーフォロイド スチームロイド
     手札 3枚

(…油断した。とにかく彼女もトッププレイヤーなんだ)
 デッキの性質上、序盤からアドバンテージを取られるのは仕方ない。今は自分のペースを保つことだけを意識する。
「わたしのターン、ドロー。スタンバイフェイズ、プリンセス人魚はわたしのライフを回復してくれる」

レベッカ LP〈2000 −〈2800

(なるほど、回復を見越しての重ライフカードか…)
「それから手札より魔法カード、天使の施しを使う」
 レベッカはあごに指をあてながら、少し考えて手札を捨てる。
「慈悲深き修道女を守備表示で召喚」

慈悲深き修道女 〈光〉
☆☆☆☆
【天使族】

表側表示のこのカードを生け贄に捧げる。
このターン戦闘によって破壊され自分の墓地に送られたモンスター1体を手札に戻す。
AT〈850 DF〈2000

「ヤラレっぱなしってのも気にいらないわ。プリンセス人魚、スチームロイドを吹っ飛ばしちゃいなさい!」

スチームロイド AT〈1800 −〈1300

ズバァッ!

「…っく」
息巻いていたはずの蒸気機関車が弱腰に破壊される。
「…スチームロイドはアタックされるときは力を発揮できない。知ってたのね」
「この前見た雑誌でたまたま読んだの」
 レベッカは、ふふんっと得意げに胸を張る。「ファーストダメージを与えるのはやはり気持ちがいい」、そんな表情だ。
「リバースカードを1枚伏せて、ターン終了!」
「…あたしのターンね。ドロー」
ケリーは場の状況など気にせず進める。相手の行動に流されないで、自分のとるべきプレイを通す。レベッカから見ても、彼女の徹底ぶりははっきりわかった。
「あたしはこのカードを召喚する」

アジテータロイド 〈地〉
☆☆☆☆☆☆☆
【機械族】

墓地の『ロイド』を3枚以上除外することで特殊召喚する。除外したカードを1枚
墓地へ送るごとに、『ロイド』を融合させることができる。
AT〈200 DF〈3100

「コストとして3体のロイドを除外。これにより、あたしは手札と場のモンスターを3回合体させられる」
 ケリーが召喚したミキサー車のビッグドラムが回り始める。持ち前の守備力同様、見た目の圧力も凄まじい。
「…さらにリバースカードを1枚セットしてターンエンド」


レベッカ LP〈2800
場 プリンセス人魚 慈悲深き修道女 光の護封壁 リバースカード
〈2枚
     手札 2枚

ケリー LP〈3800
場 ユーフォロイド アジテータロイド リバースカード〈1枚
     手札 2枚

「…大胆な闘い方じゃない、ケリー。そんなふうには見えないのに」
「見た目や先入観だけでデュエルの実力を決め付けるのはよくないわよ」
「っぐ、…たしかに……」
 挑発してペースを取り戻すつもりが、冷静なツッコミでスッと流されてしまう。
「とにかくわたしのターンよ、ドロー!」

ドローカード〈堕天使マリー〉

(よしっ!)
「プリンセス人魚の能力でライフ回復」

レベッカ LP〈2800 −〈3600

「それから人魚を生け贄に、堕天使マリーを召喚」
(これで素材は揃った…。後は行くのみ)
「攻撃するのは…」
  マリーの両手に溜まった波動がユーフォロイドを直撃する。
「リバースカード、オープン…」

ドバーン!

ナチュラルマネー・ガレージ −正規の請求 〈罠・フィールド〉

バトルフェイズに自分のモンスターが破壊されたときに発動!
破壊された自軍モンスターは墓地からデッキにもどり、機械族モンスターが場にでるたびに1枚ドローする。

 ケリーのトラップが周囲の景色を変えた。二人の戦場は整備された工場に移行される。
「ロイドが倒されたことでガレージの扉は開かれた。そして、ユーフォロイドはデッキから仲間を呼ぶ力を持っている」
(…ガッデム!)
 ユーフォロイドの能力がわかっていれば不用意な戦闘は避けられたはずだ。反省しながらも後続モンスターを待つ。
「…パトロイドを選択し、召喚。ガレージの効果で1枚ドロー」
「このタイミングで召喚なんて…、相手のターンなんておかまいなしって感じ」
「そうよ。いくら破壊してもがら空きにはさせないわ」
「ふ〜ん。でもね、ケリー。言うのもなんだけど、わたしそれでも負ける気がしないよ。リバースカード、融合を発動!場の修道女とマリーを反属性融合して、聖女ジャンヌを召喚!」
 レベッカの頭上に現れた時空の渦から、西洋甲冑を身に纏った女騎士が降り立った。高貴な雰囲気は場を引き締め、その存在感を強調する。

聖女ジャンヌ 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆
【天使族】

『堕天使マリー』+『慈悲深き修道女』
AT〈2800 DF〈2000

「強力なモンスターね。でも、アジテータロイドの守備力には届かない」

『やったぁ!!』

 大声をあげた少年が闘士を従えてガッツポーズを決めた。ほかの出場者達はぞくぞくと試合を終えている。姿がみえないマイルも控室に戻ったようだ。
(勝ったかなぁ、アイツ…)
しかし、周囲を見渡す余裕などない。自分が生き残るためだけに集中する。
「さぁて、長引かせないように急がなきゃ」
「…自信満々ね」
  僅かだが、ケリーの表情が強張る。
(よしっ!食いついた…)
「そうよ。あなたには残念な告知だけど。ターン終了!」
「なら見せてもらいたいわ。その自信の裏付けを…ドロー」
  勢いよく引いたカードを確認したケリーの顔に笑みが宿る。
「パトロイド、エフェクト発動!貴方のリバースカードを見せてもらいます」
「っな!」

パトロイド 〈地〉
☆☆☆☆
【機械族】
相手フィールド上にセットされているカードを1枚めくり、確認した後元に戻す。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに発動する事ができる。
AT〈1200 DF〈1200

「…生還の宝札か」
(なんか伏せカードを見られるのって、恥ずかしい…、ていうか)
「なら、その光りの壁が無くなれば、貴方を護るものはない」
(ブラフなのバレバレじゃん!)
「あたしは手札より、ドーザーロイドを召喚!この特殊能力で光の護封壁を破壊します」

ドーザーロイド 〈闇〉
☆☆☆
【機械族】
手札を1枚捨てる。相手の守備モンスターか、相手プレイヤーを護る魔法、罠カードを1枚破壊する。
AT〈1400 DF〈1700

ガシャーン!

「きゃっ!」
 堅固だったはずの壁はドーザーロイドの突進で消し去られた。破壊の衝撃にレベッカは尻餅をついてしまう。
「…大丈夫?」
「もちろん。勝つのはわたしなんだから」
(…だいぶイラついてる。でも、彼女が怒ってミスるより先に負けるかも)
「まだ続けるわよ、手札からマジックカード、サイクル・コンベアを発動」

サイクル・コンベア 〈魔法〉

自分の墓地にモンスターカードがないときに発動できる。除外されたモンスター1体を特殊召喚する。もしくは除外されたモンスターを全てデッキにもどす。

「あたしはクレーンロイドを召喚。効果で墓地から搬入経路を手札に加え、ガレージの効果で1枚ドロー」
(あれ?あのカードは最初のほうで手札に戻したはずじゃ…。そうか)
 ケリーはドーザーロイドの効果コストに墓地へ送っていたのだ。
「そして、あたしのフィールドにいる3体のロイドをアジテータロイドの能力で融合する」
 号令のかかったパトロイド達はふたを開けてミキサーに飛び込む。

ゴウンゴウン…

 ケリーが除外していたカードをセメタリーゾーンにおくと、ミキサーが回転し始める。
(…なにがでてくるの?)
「さあ、これで決めるわよ。ワーカービークロイドグレートキャリアー、融合召喚」
 アジテータロイドから同サイズのモンスターが出てきた。ブルドーザからクレーンが角のように突き出し、パトランプが笑窪の部分に付いている。例のごとくかわいらしい眼もある。そんなユニークがレベッカを威圧する。

ワーカービークロイド・グレートキャリアー 〈炎〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【機械族】

『パトロイド』+『クレーンロイド』+『ドーザーロイド』
上記のカードでしか融合召喚できない。
1ターンに1度、相手のリバースカードをすべて確認することができる。
場のカードが墓地へ送られるたび、互いにデッキの上から2枚ずつ墓地に捨てる。
AT〈2900 DF〈3400

「また大きなモンスターが…」
「この召喚でもう1枚引くわ。特殊召喚したモンスターはそのターン攻撃出来ないけどね。ターンエンド」
「わたしのターン…、墓地の堕天使マリーの効果でライフを回復。カードを1枚伏せて、ターン終了」

レベッカ LP〈3600 −〈3800
レベッカ LP〈3800
     場 聖女ジャンヌ リバースカード〈2枚(生還の宝札)
     手札 2枚

ケリー LP〈3800
場 ワーカービークロイド・グレートキャリアー アジテータロイド
 ナチュラルマネー・ガレージ
     手札 4枚

ビリッ!

(な、なに?!)
 唐突に、レベッカの身体に電気が奔った。まるで金縛りの時のような感覚。それまでテキパキと進めていたケリーの手がピタッととまった。
「…そういえばレベッカさん。そのデッキに、…あのカードは入っているの?」
「え、ぁ…?」
「…あれよ。昨年優勝したときの、ダイヤモンドヘッドドラゴン…」
「う、ん…、入れてある……」
(なんでそんなこと聞いてくるんだろぅ。思わず言っちゃったけど…)
「…そう」
  刹那、レベッカを縛っていた金縛りが解けた。全身から汗がドッと噴き出す。
「はぁ、はぁ…」
  溜まった空気が肺から込み上げ溢れる。
(今の…、殺気?)
 視線もたたずまいも変わらないケリーは、テキパキとプレイを続行している。
恐らくはケリーが発した殺気だろうが、放った意図、質問の意味まで予測できない。
「ごめんなさい、変なこと聞いて」
「…え、えぇ。気にしてないわ……」
「…なら続けるわよ。リバースの正体がわかった以上恐いものはない。グレートキャリアーでジャンヌにアタック!」
 無骨だが愛らしい巨大な重機がジャンヌを突き飛ばす。

ドガァー!

「ジャンヌ!!」

レベッカ LP〈3800 −〈3700

「…グレートキャリアーは、このカード以外のフィールド上のカードがセメタリーに送られる度に互いのデッキの上から2枚捨てさせる」
 ケリーは苦もなくカードを捨てた。しぶしぶレベッカもデッキからカードを墓地に送る。
「あなたのフィールドはがら空きになったわ。でも、あたしにはアタックするモンスターがいない。おしいけどリバースを1枚セットしてターンエンドよ」
「…わたしのターン、ドロー」

レベッカ LP〈3700 −〈3900

「伏せていた魔法カード生還の宝札を発動」
(これで今さっき墓地に送ったサファイアドラゴンを復活させれば、この手札ならダイヤモンドヘッドドラゴンを召喚できる。でも…)
  相手はそのカードを名指しで確認してきている。対策を立てているのは間違いない。
(でも、それなら黙っていればよかったはず。とにかく…、ドラゴンは使えない)
「伏せカードを2枚セットしてターンエンド」
「いいカードがこなかったってところかしらね、ドロー」
「この瞬間、リバーストラップ発動。蘇りし魂」

蘇りし魂 〈永続罠〉

自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

レベッカの示した罠カードは聖女ジャンヌを場に呼び出す。
「ジャンヌが復活したことで、生還の宝札の効力により3枚ドロー」
「なるほど。キャリアーでリバースを確認される前に発動させたわけか」
「これだけじゃない。そのジャンヌに対してリバースマジック、ガーディアン・プライド!」
「なんですって!」
「…蘇った魂はこのカードで誇りを取り戻す」

ガーディアン・プライド 〈魔法〉

モンスターがセメタリーから特殊召喚されたターン、そのモンスターを除外することで同レベルの守護者を召喚し、このカードを装備する。装備モンスターは守護霊の加護をうける。

 守備態勢をとっていたジャンヌは胸の前で組んでいた両手をひろげた。その周囲に光りが満ち、聖女を鎧から解放していく。
「守護天使ジャンヌ、召喚!」
 純白ドレスを纏い、背中の翼を広げたジャンヌがレベッカを護るように降臨する。
「…あれはガーディアンシリーズの1枚」
「そうよ。ガーディアン・プライドをジャンヌに装備。効果により自分の墓地のモンスターの数×400ポイント上昇する。わたしの墓地にはモンスターが4枚!」

守護天使ジャンヌ AT〈2800 −〈4400


レベッカ LP〈3900
     場 守護天使ジャンヌ(ガーディアン・プライド) 生還の宝札 蘇
りし魂
     手札 4枚

ケリー LP〈3800
場 ワーカービークロイド・グレートキャリアー アジテータロイド
 ナチュラルマネー・ガレージ リバースカード1枚
     手札 5枚

(攻撃力だけなら神を超えている。土壇場でこんなモンスターを召喚するなんて…)
 ケリーの首筋に冷や汗がつたう。大きく広げた天使の羽根が羽ばたく度に魅せられてしまう。
「くぅ、リバースを2枚セットしてターンエンド…」
「わたしのターン、ドロー。決着をつけましょう。ケリー!」

レベッカ LP〈3900 −〈4100

「守護天使ジャンヌでグレートキャリアーに攻撃!」
  天使は胸の前にかざした両手に、その場の光源をねこそぎ奪うように輝きを集める。
「甘いわね!マジックカード、リミッター解除。さらに追撃のリバース発動、連続魔法!」

リミッター解除 〈魔法〉

発動時、自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

連続魔法 〈魔法〉

自分の魔法発動時に発動できる。手札を全て墓地に捨てる。このカードの効果
はその魔法の効果と同じになる。

ゴゴゴゴゴゴ!

ワーカービークロイド・グレートキャリアー AT〈2900 −〈8700

「攻撃力8700…」
「これで迎撃すれば決着はつく。…あなたの敗北でね」
 さらに巨大化したモンスターを前に、レベッカは口元に笑みを浮かべた。
「…わたしは手札より、装備魔法ウィングリフレインを発動!」
「ウィングリフレイン?!」
「装備モンスターの攻撃を無効にする代わりに、その攻撃力分ダメージを与えるよ」
 ジャンヌが放った光球を天使の羽根が包み込み、ケリーにむけて再度放たれる。
(これが通れば勝てる!)
「…っ、リバーストラップ、精霊の鏡!」

ピタッ

 ケリーの間に割って入った精霊が、鏡で光球を受け止める。

精霊の鏡 〈罠〉

相手プレイヤーが魔法カードを使った時に発動。その魔法を掌握する。

「残念ね。切り札の魔法攻撃まであたしに奪われ…」
「…ふふっ、甘いのはケリー、あなたの方よ。手札から効果モンスター、クレイジードラゴを捨て、コストとしてさらに手札を2枚墓地に送り、精霊の鏡を無力化する」

クレイジー・ドラゴ 〈風〉
☆☆
〈ドラゴン族〉

バトルフェイズ中に発動した罠を、手札にあるこのカードと手札2枚捨てることで打ち消す。
AT〈500 DF〈600

ガシャーン!

「そんな、手札から発動するカードなんて…」
 細身の竜の特攻で鏡が消滅した。支えていた光球は再びケリーに向かい炸裂する。

ズガーン!

ケリー LP〈3800 −〈0

(…こんなところで負けるなんて。カードプロセッサーギルドに顔向けできないわ)
ガッツポーズで勝利を喜ぶレベッカは観客の声援に応えて手を振っている。
「…ケリー!」
「流石ね。チャンプになったのも頷ける」
「サンキュー、いい闘いだった」
  差し出された手を、ケリーも握り返す。
「あたしも楽しかった…」
「…あとね、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「さっき、ダイヤモンドヘッドドラゴンの事聞いてきたでしょ。なんで?」
「…あぁ、たいしたことじゃないわ。ただ強いって噂だから闘ってみたかっただけ」
 じゃあね、とケリーは笑顔で去って行く。
「なら、あの殺気はなんだったの…?」



第四章 エリア5…

 選手控室。

「…言い訳はしないわ。負けは負け」
「そうだな…」
 短く答えた男の手には海馬コーポレーション製デュエルディスク。目深にかぶったキャップで表情は掴めない。
「…まぁ、現環境でトーナメントに出場できた数少ないカードプロフェッサーとしては肩身狭いだろうが…」
(なによ。嫌味なヤツ…)
 負けた手前、嫌いな人間相手でも気を使う。屈辱だが、カード・P・ギルドの掟には逆らえない。
「ところで、…聞き出せたのか?ケリー」
「…まあね」
「答えは?」
「…イエスよ。専用のデッキじゃないみたいだけど」
「ふむ、それは好都合だ。すでに買い手がいるゆえ、余計な手間を省ける」
「賭けデュエルか…。仕掛けるはいいけど、甘く見ないことね」
(あと一歩というところまで追い詰めているはずなのに、あの子を倒すヴィジョンが全然浮かばなかった…)
 先程闘ったレベッカの姿を反芻する。ケリー自身、常に有利だったゲームだと思う。すべて計算通りに繰り出したコンボ。並のデュエリストなら怯んでしまうであろう攻撃。レベッカはそれらを弾き返したんだ。
「そうかい。なら、彼女と当たった時は全力でいかねばな…。クヒヒヒッ…」
(…あいかわらず下品な笑いかた)
 新しい強敵と闘うまえはいつもこうだ。目が吊り上がって奇妙な顔になっているはず。ケリーはこの顔と笑い声が嫌いだった。
「ついでにあんたの敵討ちもしといてやるよ」
「…お断りするわ」
「ふん。つれないねぇ」

バタン

 言い残して出ていった男に、ケリーは不安を覚えた。「あいつも負けるかも」と。
(ま、彼がいるから大丈夫なんだけどね…)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「あそこで返されたんだから、こっちは…」
 今わたしが持っているのは、メインデッキと、特例のサイドデッキ。うまくすれば全く異なるデュエルを演出できる。
(これじゃバランスわるくなるし…)
 初戦の相手があれほどのデュエリストレベルだ。実力もカードも出し惜しみできないし、駆け引きするのも難しい。
「ああ〜もう!サイドデッキなんてあるから悩みすぎちゃう」
 たまらず机に突っ伏す。
(でも、…さっきのはホントに何だったんだろ…)
 先のデュエル。終始、緻密なプレイングを見せていたケリーが発した強烈な殺気。カードを交えた限り、そちらが本性でないことはわかる。つまりは、あのカードがそれほどの変化を促す意味を持つカードということになる。
(…前にも使ってたカードだけど、別段強いわけじゃないし。神のカードと比べたって劣りまくりだし)
 前I2社社長、ペガサス・J・クロフォードが生み出した神のカードともなると何十億の値がつく必然的レアカードだ。その名に恥じず劣らず備えた能力も強力で、対戦相手から闘う意欲そのものを奪いさる。現所持者にしてデュエルキング・武藤遊戯のもとへは、ほとぼりが冷めた今でも「神」を譲ってほしいとの声は絶えないらしい。「大変なんだよ」と、この前かけてきた電話で愚痴っていた。
 それがどうだろう。わたしのドラゴンにそんな反応を示す人はいなかった。

ポーンポーンポーン

『間もなく第二回戦を開始します。出場者は先程と同じく、センターバトルフィールドに集合して下さい』

「わ、ヤバイヤバイ。なにもやってなかった…」
 そそくさと広げたカードをまとめて眼鏡をかけ直す。
「…なんだかんだ言ったって、わたしはデュエリストなんだから、闘いから答えをみつける…」
 勢いよく開けたドアの風がレベッカの髪を撫でた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「第二回戦の対戦表が表示されます。センターディスプレイをご覧ください!」
 Mr.クロケッツの宣言で会場中の視線が一点に集まる。
「…ギトルダム・オッド?って、聞いたことある名前だなぁ。 どこでだっけ…」
 テレビだったか。ニュースペーパーだったか。はっきりとは思い出せないけど、クセの多いデュエリストだったと思う。顔も含めて…
「レベッカ・ホプキンスで間違いないか?」
「ひっ…」
 目の前にたたずむ長身の男。そうだ、やっぱり見たことある顔。
「…相手をさせてもらう、ギトルダムだ。お見知りおきを」
「は、はぁ。ご丁寧にどうも…」
 差し出された手を握り返す。革のグローブが汗ばんでいてヌルヌルした。
(どんな人も思うだろうけど、第一印象は最悪…)
「君のような少女に本気を出すのは大人気ないがね。残念ながら今回戦を楽しんでくれたまぇよ」
(なによ、こいつ?! ムカつく!)
「……あんたも、すぐにサレンダーしないでよね」
 簡単な挑発にのったレベッカは顔を引き攣らせながら言い返した。ケースからデッキを取り出し、シャッフルしてすぐデュエルディスクにセットする。
「おやおや、互いのシャッフルが省略されているようだが…?」
「必要ないでしょ。あんた、こんな大舞台でイカサマしかけるような顔してないし」
(あんたにカードを触らせたらベトベトになりそうだから…)
「…ほぅ、たいしたもの言いだ。この3年連続ネバダ州代表である我輩がその自信をかるく捻ってあげよう」
 レベッカは見逃さない。冷静を装っているがオッドも口元がヒクついている。挑発が成功しているのだ。相手の眼前に突き出したデッキケースを引っ込めて距離をとる。
「そうだ、失念していた。レベッカ・ホプキンス…」
 やっと離れたはずのオッドがまた近づいてきた。
「我輩はこのカードを…」
「はぁ?何の話してんの」
「このデュエルに関して、アンティルールを申し込むと言うことだ」
「アンティ?そんなレアカード賭けるの?!」
 このトーナメントではアンティルールを採用していない。もちろん対戦するプレイヤー同士、承諾したのならば誰も止めないのだろうが…。
「…なら、目的はなんなの?そんなこと求めてくるくらいだから、わたしの持ってるカードが欲しいんでしょ」
「ふふっ、理解がスムーズでいいですね。我輩がほしいのは、…君のデッキに組み込まれている『金剛竜』のカード…」
(…ケリーだけじゃなく、コイツもわたしのダイヤモンドヘッドドラゴンを意識してる)
「承けて、いただけるかな?」
「…ん、いいわよ。でもその前に聞きたいんだけど、あんたケリーとは知り合い?」
「ふむ、同じ組織に属すもの。それだけだが」
 二人が所属するという組織の見当はついている。賞金稼ぎ集団”カードプロフェッサー・ギルド”。かつて名を馳せた頃が懐かしいほど最近は目立った動きをみせなかったCプロフェッサーが、一体なんの用だろう…。
「ふ〜ん。じゃあわたしが勝ったらこのアンティの目的を教えて。それから、あんたが提示したダークブレイズドラゴンをもらう!」
「快諾してもらえて嬉しいよ。勝つのは我輩だがね!クヒヒヒヒヒッ」
「むむむ、ムッカつく笑い声!
 自分の顔がブサイクだってこと自覚しときなさいよね、アンタ!」
 言い切った顔でレベッカはデュエルディスクを構えた。離れたオッドはかぶったキャップを取らずにディスクを起動させる。
(…表情を隠しているつもりかしら。でも、わたしというレディーに対するマナーがなってない!)

『デュエル!!』

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ケリーは控え室のモニターで自分を敗ったレベッカと、仲間(認めるのは嫌)のオッドの闘いを見守っていた。
「また、始めるのが1番最後なのね。他のデュエルみんなクライマックスじゃない」
 オッドが勝たなければ困るのは自分達だ。別に、個人的にレベッカを応援するくらいいいだろう。カードプロフェッサーは勝ったり負けたりするために集まっているのだから。
(気をつけて。オッドは気持ちわるいだけじゃない。つい最近までギルドNo.1だった男なんだからね)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「我輩のターンから始めさせてもらおう。ドロー」
(…ふむ。良い手札だ、クヒヒ)
 オッドは引いたカードをチラっと一瞥しただけでデュエルディスクにセットした。
「リバースカードと守備モンスターを1枚ずつセットし、ターンエンド」
 ”ヴォン”という音と共にソリッドビジョンが作動し、読み込んだカードをオッドの前に映しだす。
 現れたモンスターはレベッカにとって初見だった。頭でっかち、頼りない四肢。妙な長さの指がうごめく。
「わたしのターン、ドロー…」

引いたカード〈エメラルド・ドラゴン

(モンスターをだして、次のターン上級モンスターを召喚だ)
「メインフェイズにグレイ・ウィング召喚!」

グレイ・ウィング 〈風〉
☆☆☆
【ドラゴン族】

メインフェイズに手札からカードを1枚捨てる。このカードはそのターンのバト
ルフェイズ中、2回攻撃する事ができる。
AT〈1300 DF〈700

 レベルは低くとも、貫禄を宿す飛竜の視線は相手を見据えている。
「特殊能力コストとして手札を捨ててバトルフェイズに入る!グレイ・ウィング、守備モンスターに攻撃」
 号令と同時にとびだしたグレイ・ウィングは一瞬で標的の頭を食いちぎる。

ビシャ!

 倒したモンスターの傷口から粘液が噴き出した。それはグレイ・ウィングに付着し、レベッカの元に戻っても消えない。
「何これ、まとわり付いて落ちない…」
「…倒された、エーリアン・グレイのエフェクトだ」

エーリアン・グレイ 〈光〉
☆☆
【爬虫類族】

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローし、相手モンスター1体にAカウンターを1つ置く。Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。
AT〈300 DF〈800

「このカードは破壊されると1ドローでき、さらに場にAカウンターを残していくのだよ」
(エーリアン…に、Aカウンター…?でも…)
「グレイ・ウィングはもう一度攻撃できる」
 ベトつく身体などかまわず、飛竜はオッドに突撃する。
「クヒヒっ、いいですよ。ここは素直に受けましょう」

オッド LP〈4000 −〈2700

「場に伏せカードを2枚出して、ターンエンド…」
「リバース怖れない攻撃、すばらしい。我輩のターン」

レベッカ LP〈4000
場 グレイ・ウィング(Aカウンター:1) リバースカード〈2枚
     手札2枚

オッド LP〈2700
場 リバースカード〈1枚
     手札6枚

「リバースカードを1枚セットし、エーリアン・ウォリアーを攻撃表示で召喚」

エーリアン・ウォリアー 〈地〉
☆☆☆☆
【爬虫類族】

このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、このカードを破壊したモンスターにAカウンターを2つ置く。Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。
AT〈1800 DF〈1000

「さらに手札より、二重召喚−デュアルサモンを発動。もう一度モンスターを召喚しますよ。エーリアン・グレイ、攻撃表示」
(またあのカードか。でも、攻撃表示?)
「クヒヒ、攻めていきますよ。リバース、オープン!亜空間ジャンプ装置」

バヒュン

 唐突に互いのモンスターが消える。そして、グレイ・ウィングがオッドの場に、エーリアン・グレイがレベッカの場にそれぞれ現れた。
(コントロール変更…。うわっ、まずい!)

亜空間ジャンプ装置 〈罠〉

自分フィールド上モンスター1体と、相手フィールド上のAカウンターが乗ったモンスター1体のコントロールを入れ替える。

 気付くのが遅れた。すかさずオッドは宣言を下す。
「我輩のバトルフェイズ。エーリアン・ウォリアーで、グレイにアタック!」
「伏せカード発動、グラビティ・バインド!」
 ひ弱なエーリアンに迫っていた太い爪が不可視の網に搦め捕られる。しばらくもがくも、抗えないと理解したのか大人しくなった。
「ぬう。しかし、君から頂戴したモンスターはどうですか?」
フィールド全域に展開した重力網を擦り抜け、グレイ・ウィングの牙がレベッカのモンスターに突き立つ。

グシャ

 再度、吹き上がる粘液に顔をしかめながらオッドの元にかえる飛竜。かろうじてライフを守ったものの、レベッカにとって状況は最悪だ。根暗なイメージを払拭するかのようにオッドの攻勢は激しく、隙もない。
「先程たたいた大口はどうしました?まぁ、これだけされれば無理もないですがね。ターンエンドしますよ」

 内心、ギトルダム・オッドはほくそ笑んでいた。
 相手は、ギルド中でも自分に次ぐ強さのケリーを負かした少女。少なからず警戒していたのに、手札を消費した揚げ句、実力もこの程度。 だから言ってるだろう。最初から本気を出せば自分は誰にも負けない。負けるはずがないのだ。
(早々にこの小娘から金剛竜を奪い、我輩の真の狙いであるあの男とぶつかりたいねぇ。このギャラリーに囲まれた中でヤツを葬れれば…)
「わたしのターン、ドロー!スタンバイフェイズ、墓地の堕天使マリーが200ライフ回復してくれる」

レベッカ LP〈4000 −〈4200

「コストとして墓地に捨てていたか…」
「そして伏せカード、永続魔法スラム・グレイブ発動!」

スラム・グレイブ 〈永続魔法〉

手札からカードを送る、または捨てる場合、デッキから同数のカードを捨てることとする。このカードが破壊された時、自軍セメタリーよりモンスター1体を特殊召喚してもよい。

「続けて天使の施しを使う。3枚ドローし、効果で捨てる2枚はデッキから選ぶ」
 素早くセメタリーゾーンへカードを置いたレベッカは、守備モンスターと伏せカードをセットしてターンを終えた。

レベッカ LP〈4200
場 ビックバン・ガール 重力の網−グラビティ・バインド スラム・グレイブ 
リバースカード〈1枚
     手札3枚

オッド LP〈2700
場 グレイ・ウィング(Aカウンター:2) エーリアン・ウォリアー リバース
カード〈1枚
     手札3枚

「ぬう、そんなコンボで手札を増強するとは…。
 我輩のターン!その邪魔くさい網を消し去っておこう。クヒヒヒ、ウォリアーを生け贄に大気圏外射撃だー」

大気圏外射撃 〈罠〉
自分フィールド上の「エーリアン」と名のついたモンスター1体を墓地に送って発動する。フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

ズガァッ!

「うわっ!」
 視認できないほどの上空から放たれたレーザーが重力の網を打ち抜く。巻き起こる砂埃が晴れると、オッドは嬉しそうに笑っていた。
「エーリアン・ハンター召喚。さてと、君のモンスターには仲良く相打ってもらいましょうか。手札より守備封じを!」

エーリアン・ハンター 〈水〉
☆☆☆☆
【爬虫類族】

このカードが戦闘によってAカウンターが乗ったモンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
AT〈1600 DF〈800

守備封じ 〈魔法〉

相手フィールド上の守備表示モンスターを1体選択し、表側攻撃表示にする。

「守備を解いた君のモンスターにグレイ・ウィングで攻撃。攻撃値は同じだ、消えてもらうよ」
 炎使いの火球と飛竜の牙が相打ち、更なるエーリアンは背後からレベッカに肉薄する。
「…」
「自身の無力さに声もでないか。クヒヒヒヒヒ」
「…リバースカード、オープン!」

…ボウッ!

 後頭部に突き立つ予定だった槍が一息に燃え上がる。手放し距離をとるハンターを、レベッカの背後から現れた炎使いが睨みつけた。
「何だと?!」
「…だれが、あんたにビビるってのよ!」

命の綱 〈罠〉

自分のモンスターが戦闘によって墓地に送られた時に発動。そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップさせて、フィールド上に特殊召喚する。

「この罠カードでビックバン・ガールを復活させたのよ」

ビックバン・ガール AT〈1300 −〈2100

「ぐぅ、追撃はできん。リバースカードを2枚セット!ターンエンド…」
「わたしのターン」
(コイツはAカウンターを基点に戦闘をコントロールしている。ヘタに上級モンスターを出せば奪われて反撃されちゃう)
「墓地のマリーの効果でライフ回復。同時にビックバン・ガールはあんたにダメージを与える!」

レベッカ LP〈4200 −〈4400

オッド LP〈2700 −〈2200

「クリッターを召喚して、バトル!ビックバン・ガール、青いエーリアンに…」
「リバース発動!」
「攻撃!」
「この瞬間、もう1枚リバースカードオープン」
 伏せていたカードが起き上がった刹那、エーリアン・ハンターが爆発した。破片の代わりに粘液が飛び散り、レベッカのモンスターに降りかかる。さらに粘液は付着したモンスターを巻き込んで起爆。あまりの出来事にレベッカは状況を把握できない。
「っな?!」
「…我輩は魔法カード、『A』細胞散布爆弾でハンターを自爆させ君のモンスターにAカウンターを寄生させた。それにより、罠カード細胞爆破ウィルスのトリガーを成立させたのだよ」

『A』細胞散布爆弾 〈魔法〉

自分フィールド上に表側表示で存在する「エーリアン」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、そのモンスターのレベルの数だけAカウンターを相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターに置く。

細胞爆破ウィルス 〈罠〉

Aカウンターが乗った相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

(アイツの闘い方めちゃくちゃ。でも、認めたくないけど、…強い)
 上級モンスターを召喚すれば、Aカウンターコンボでコントロールを奪いにくる。そう読んで手数で攻めようとしたレベッカの考えは、えげつないコンボに封じられた。
それが、レベッカにはたまらなく悔しかった。
「…クリッターの能力でデッキからお注射天使リリーを手札に加える。エンドフェイズ、カードを2伏せてターンエンド」
「我輩のターン。リバースを1枚出し、ターンエンド」

レベッカ LP〈4400
場 スラム・グレイブ リバースカード〈2枚
     手札2枚

オッド LP〈2200
場 リバースカード〈1枚
     手札0枚



第五章 エーリアン反撃

 マジック&ウィザーズ創成期からのプレイヤーであるアーサーはレベッカの対するデュエリスト、ギトルダム・オッドの実力を計りかねていた。ステージ近くの来賓席に座り、老眼鏡をかけなければ孫の顔すら見えない老人だが、出場選手全員から放たれる強きデュエリストオーラは感じている。
 中でもギトルダム・オッドの放つオーラは鋭く異質だ。なにか焦っているようにも思えるが、気になるのはその高い実力故の驕りがないこと。戦況そのものはレベッカ有利に見えても、アクションは的確に読まれている。そして、ギトルダム・オッドがこのままおとなしく引くとも考えられない。
 何かを待っているのか…
「長引けば不利になるぞ、レベッカ…」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(相手の手札はゼロ。伏せカードは気になるけど、今が流れを変えるチャンス!)
「わたしのターン、ドロー!堕天使マリーでの効果で回復。それから伏せていた罠カード、正統なる血統を発動」

レベッカ LP〈4400 −〈4600

正統なる血統 〈永続罠〉

自分の墓地から通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

「復活させるのはサファイア・ドラゴン」
「バカな!? そんなカード、召喚も破壊もしていなかったはずだ!!」
「永続魔法スラム・クレイブでデッキから捨てておいたのよ。いくわよ、サファイア・ドラゴンの攻撃。サファイア・スパーク!」
 全身透き通るようなサファイアに包まれた鉱玉竜は圧縮された紺碧の光線を放つ。眩しさに堪らずオッドは右手で目をかばった。

ズガーン!

オッド LP〈2200 −〈300

「惜しかったなぁ、もう少しでトドメだっ…」
「…クヒヒヒハハ!これで条件はそろった。始まるぞ、侵略が!」
「っ?!」
 顔を覆っていた腕をどけたオッドは笑っていた。脱げたキャップがはらりと落ちた時、罠カードが起き上がる。
「リバースオープン、インヴェージョンA!!」

インヴェージョンA 〈罠・カウンター罠〉

セメタリーにエーリアンが3枚以上あり、ダイレクトアタックを受けてライフポイントが1000以下になった時に発動。
自分のデッキからエーリアンをすべて抜きだし、除外する。その後デッキから「インヴェージョン・TE」を場に出す。

「テキストに従い、山札のエーリアンを取り除く」
(モンスターカードを除外?しかも全部?)
 十数枚に及ぶカードをジャケットの内ポケットに押し込み、オッドは1枚のカードをデュエルディスクに叩きつけた。

「これぞ真打ち、永続魔法インヴェージョン・TE発動!残念だがレベッカ・ホプキンス、これは我輩の必勝パターンだ!!」

インヴェージョン・TE 〈永続魔法〉

発動時、相手フィールド上のカードの枚数と同じになるようにデッキから魔法・罠を選び、フィールドにセットする。
以下の効果は相手のバトルフェイズにも使用可能。
空いているフィールドに除外されているエーリアンを特殊召喚し、埋めつくす。
そのエーリアンのコントロールは、このカードの持ち主とする。
このカードは魔法・罠の効果では除去されない。

「そんな、デタラメな…」
「言っただろう。このカードが出れば我輩は勝利したも同然なのだ」
 優越感に満ちた顔で、オッドはデッキからカードをセットしていく。内ポケットから除外したカードを取り出し、1枚をレベッカに投げ渡した。
「君のフィールドに空きは1ヶ所。そのカードを召喚してもらおう」
「…仕方ない。わたしはエーリアン・スカル召喚……」
「我輩も1体召喚する。エーリアン・ソルジャー!」

エーリアン・ソルジャー 〈地〉
☆☆☆☆
【爬虫類族】

謎の生命体、エーリアンの上級戦士。
比較的高い攻撃力を持つが、反面特殊な能力は身に付けていない。
AT〈1900 DF〈800

エーリアン・スカル 〈風〉
☆☆☆☆
【爬虫類族】

相手フィールド上に表側表示で存在するレベル3以下のモンスター1体を生け贄に捧げ、このカードを相手フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この方法でこのモンスターを特殊召喚する場合はこのターン通常召喚できず、特殊召喚時にこのカードにAカウンターを1つ置く。
Aカウンターが乗ったモンスターは、「エーリアン」と名のついたモンスターと戦闘する場合、Aカウンター1つにつき攻撃力と守備力が300ポイントダウンする。
AT〈1600 DF〈1800

 爬虫類らしい、ぬめる鱗のモンスターがヴィジョン化される。レベッカが召喚したにもかかわらず、骨格剥き出しなエーリアンはレベッカの方を向いている。
「…うぅ、ターン終了」

レベッカ LP〈4600
場 サファイア・ドラゴン エーリアン・スカル(オッドコントロール) スラム・グレイブ 正統なる血統 リバースカード〈1枚
     手札2枚

オッド LP〈300
場 エーリアン・ソルジャー リバースカード〈4枚
     手札0枚

「我輩のターンが来たな。バトルを仕掛ける、君のフィールドにいるエーリアン・スカルの攻撃」

ガリッ!

「うあっ、く…」
 剥き出しの骨指がレベッカに突き立つ。
「そのエーリアンは君の場にいる上がコントロールは我輩のものだ。君のモンスターが防御する間もなくダイレクトアタックできる」

レベッカ LP〈4600 −〈3000

 こんな変則的な攻撃、防げるわけない。 レベッカの中に『敗北』がチラつく。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(…ダーリンは、遊戯はこんな時どうするんだろう)
 答えはわかっている。
 遊戯ならば決して諦めず、背負っている何かのために必ず負けない。例え自身の命がかかっていても、希望を棄てない。
(背負っているもの…か、わたしが彼に勝てないのはソコなんだ)
 負けたくない。勝ちたい気持ちはレベッカにだってある。
 でも、遊戯は傷つく覚悟をもって負けることもできる。
「わたしは、…彼のそんな優しい『強さ』に惹かれたんだ」

 ギトルダム・オッドは強い。
 右手をデッキに被せればこのデュエルは終わる。
 ただ、ここで引いたら二度と遊戯に並べない。
 そんなのはイヤだ。

 それと、…このデュエルに負けたとき、あのカードを渡さなくてはならない。
 何故だかわからないけど、それは絶対にしちゃいけない。
 そんな気がする…

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ターンエンドだ、それとも降伏するかね?」
 状況は完全に不利。いつものデュエルなら諦めてもいい。
(でも、今は…このデュエルは違う!)
「…わたしのターン。ドロー!」
「あくまで続けるか、負けるとわかっていても」
「わたしは…逃げない!
 リバースカード、オープン。大嵐を発動!魔法、及び罠を破壊する」

大嵐 〈魔法〉

フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

「だが、インヴェージョン・TEはそんなもので取り除けないぞ」
「わかってるわよ、それくらい。正統なる血統がフィールドから離れたことでサファイア・ドラゴンも破壊される。そして、同時に消えたスラム・グレイブの効果を発動する」
 崩れ落ちた竜の身体が、スラム・グレイブによって再び立ち上がる。
「無理させてしまうけど、あんたの魂はこのカードで昇華するのよ!手札から『金剛剣の復活』のカードを発動!」
「なに?そのカードは…!」
「見せてあげるだけよ、見るだけならタダだからね!」
 主の意図を察したサファイア・ドラゴンの額に虚空から現れたダイヤモンドの剣が突き刺さる。刃は碧く染まり、予告なくドラゴンごと爆発した。

金剛剣の復活 〈魔法〉

鋼玉竜がセメタリーからフィールドに蘇生召喚されたときに発動できる。
蘇生された鋼玉竜を生け贄に捧げ、デッキ、手札、セメタリーから『金剛竜』を特殊召喚する。

 砕け散った破片は巨大な竜をかたどっていく。
「金剛竜−ダイヤモンドヘッド・ドラゴン、召喚!!」

ゴアアアアァァァァァ

 試合を見守っていた全てのギャラリーが耳を手で覆った。巨大過ぎる竜がレベッカを中心にとぐろを巻く。頭部から尾の先にかけて身体の上面に突き出す、不純物など見当たらない完全なるダイヤモンド鉱石。目利きの宝石商ならば値をつけることすら抵抗するだろう。
 レベッカがこなしてきたデュエルにおいて、殆ど活躍出来なかったこのカードがレベッカを護るために降り立った。
「今ならいける気がする。ダイヤモンドヘッド・ドラゴンの攻撃値は、生け贄にしたドラゴンの攻撃値に1000加算したもの。よって…」

ダイヤモンドヘッド・ドラゴン AT〈? −〈2900

「なんだとぉ?!」
「伏せカードを1枚セットし、エーリアン・ソルジャーに攻撃!」
 開ききれば3bに及ぶ口に紺碧の波動が球を成していく。それを起点にレーザー状の光線が放たれ、対象エーリアンを両断した。

ズッガーン!

 時差爆発によって、オッドはモンスターが倒された事に気付く。慌ててセメタリーゾーンからカードを取り出す。
「ぼ、墓地におかれたマジックカード、封鎖領土を発動」

封鎖領土 〈魔法〉

このカードは墓地に存在するとき、墓地のエーリアンを5体までデッキに戻せる。
戦闘ダメージを戻したカードの数×200だけ軽減する。
その後、このカードを除外する。

「君が破壊してくれたカードのおかげでダメージは0だ、残念だったな。そして、君のフィールドに空きが2ヶ所できた。バトルフェイズが終わる前にこのモンスター達を特殊召喚してもらおう。我輩も君が作ってくれたスペースに召喚するぞ」
 永続魔法インヴェージョン・TEの効果はその名の通り、”地球侵略”をほぼ完全なものとした。オッドの支配する侵略者は7体となる。

レベッカ LP〈3000
場 ダイヤモンドヘッド・ドラゴン エーリアン・スカル エーリアン2体(オッドコントロール) リバースカード〈1枚
     手札1枚

オッド LP〈300
場 エーリアン4体 インヴェージョン・TE
     手札2枚

「…モンスターを2体出し、ターンエンド」「宣言したな。自分の敗北するターンの始まりを」
 我輩のターンと叫んで力強くカードを引くオッド。セットするスペースがないと手札に加えた瞬間、金剛竜が雄叫びを上げた。

ガオァアアアァァァァァ!

「な、なんだというのだ。主の不甲斐なさ故に負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ!相手の場のエーリアン2体でダイレクトアタック!これで終わりだー」
 ………
 ……………
 …………………
「んん?何故だ、なぜ攻撃しない!?」
「…アンタのスタンバイフェイズに入った時に、罠カードを使っておいたの」

覇者の一喝 〈罠〉

相手のスタンバイフェイズに発動可能。
発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。

「馬鹿な!この状況ではリバースカードすら出せない。全てのモンスターを守備表示にしてターン…エンド」
「…動揺し過ぎよ、ギトルダム・オッド。わたしのフィールドにできた空きスペースを見逃すなんて」
「っ!しまった」
「わたしのターン、ドロー!残念、やっぱりアンタの負けよ。魔法カード、ビックバン・シュートをドラゴンに装着」

ビックバン・シュート 〈装備魔法〉

装備モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードがフィールドから離れた場合、装備モンスターをゲームから除外する。

(…またか。また年端もいかぬこんな子供に負けるのか)
「ダイヤモンドヘッド・ドラゴンで、守備モンスター1体を攻撃!」
(ミスはミスだ。言い訳などしない…)

オッド LP〈300 −〈 0

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 スタジアム舞台袖。歩き去ろうとするレベッカをオッドは引き留めた。
「約束は約束だ。アンティの代償を支払う」
 差し出したのはデュエル開始前に提示したレアカード。だが、レベッカは受け取ろうとしなかった。
「いらないわよ」
「受け取ってくれなければ、我輩が惨めなのだ」
「…うん、わかった。ありがと」
 必死過ぎる表情なので素直に受け取っておこう。
「………いいデュエルだった。ギルド内でもこんな闘いはできないだろう」
「わたしも。デュエル前にいろいろ言ってゴメンね。向かい合ってわかったんだ、アンタの強さ」
「気持ちわるいと思っただろう? まぁ、我輩はケリーから言われ慣れているがね。奇しくもそのカードは君のデッキとコンセプトから噛み合うはずだ。闘っていてわかった」
「そうさせてもらうわ。ただ気になってることが一つ」
「…それについてもアンティの内。説明しよう」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 巨大なる竜が幕を降ろした闘い。そんなデュエルを演じ満足顔で会場から帰っていった本人たちとは裏腹に、会場はどよめき収まらない。
『あれが昨年チャンプのレベッカか〜』
『強かったな』
『そうだよ、相手のオッドってやつは一回戦開始3ターンで勝ってたんだぜ!』
『それに勝ったんだから、やっぱりすげー』
『でっかいドラゴンだったな〜』
『あれだろ、昨年度優勝者に渡されたレアカード』
『デザイナー本人も持っていない一点ものらしいぜ』
『マジかよ〜、それはすごいよ!』
 各々、持ちえる情報で話しを盛り上げる。もちろん話題の中心はダイヤモンドヘッド・ドラゴン。圧倒的有利な状況にいたオッドを威圧だけで怯ませたのだから当然といえば当然か。
『でもさ〜、この前開催されたKCグランプリじゃ準決勝で負けたんだろ、たしか』
『あっ、オレも見たよ。やっぱ世界は広いってことなのかなぁ』
『そりゃそうだろ。さっきのでわかる、あのレベッカが弱いはずないよ』

(うむ、我ながら話題性のある孫を持ったものだ)
 親友である武藤双六に心で語りかけてみる。レベッカが評価されるのは嬉しい。しかしながら、少しずつ自分の手から離れていくようで寂しいのかもしれない。
 双六はすでに孫離れしたらしい。『男の子じゃからのぅ。心配していてもキリ
がないワイ』とこの前の国際電話で話していた。
(頭はいいが引っ込み思案だったあの子が、今やアメリカを代表するデュエリストか…。だがやはり、まだ13歳なのだよ双六。レベッカにはまだ私という保護者がひつ…)
「…アーサー・ホプキンス教授、で間違いないですか?」
 いつの間にか親バカならぬ祖父バカモードに入っていたアーサーは現実に引き戻された。声のした方にいたのは黒いスーツとサングラスの男。先程の説明をしていたトーナメント責任者と同じ格好なのだから、I2社の人間だろう。
「その通りだが。何の用かな?」
「無躾で申し訳ありませんが、お時間をいただけませんか?」
「…うむ、君はI2社の者だね?」
 座席の間に張り巡らす階段に膝をつくスーツ男はコクリと頷く。
「付いていくのは構わないが、それは………いや、いい。私などに用があるなどよほどのことだ。呼ばれてみようか」
「ではこちらへ」
 レベッカの試合までにはまだ時間がある。見届けられず、クレープを4つも買わされたら大変だ。早めに戻らねばな…。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 案内された先は、いわば特等席だった。ふかふかのソファーとテーブルに置かれたワインは見たところ1本7万ドルはくだらない。
「突然の呼び立て申し訳ありませんでした。申し遅れましたが、私は天馬月光。現在、インダストリアル・イリュージョン社の代表を務めています」
 流暢な英語で自己紹介してくれた青年はスーツの男達とちがい、白く紫のラインが入ったスーツを着ている。
 促されるままに座ると、スタジアム中央のステージがよく見える。
(これはいいな。レベッカを観られる上に腰に負担がかからない。さっきまで座っていたイスではどうも背骨が…)
「ホプキンス教授。先程のデュエルで…」
 最近ぼやきが多すぎるな。
「あ、あぁ。なんだね?」
「貴方の孫、レベッカさんが使用したカードのことです」
 勧められたワインを、車の運転があるのでと断る。
「ふむ、金剛竜カードか。それがどうかしたかね?」
「貴方は考古学者として著名です。そして取り組んでらっしゃる研究内容は私達とも密接に関係している」
 ステージを眺めながら月光は言葉を紡いでいた。どこか遠くを、見ているようで何も見ていない空虚な目。年齢に似つかわしくないそんな表情は、彼がいかに修羅場をくぐって今に至るかをアーサーに伝える。
「生前、ペガサス様は貴方についてこう申しておりました。『できれば共に旅をし、インスピレーションを共有したい』と」
 真剣な眼差しに光が宿る。レベッカにではなく遺跡と相対し睨み合うように。
「M&Wというものと関連させ、古代遺跡を研究していくことに私は生涯を懸けるつもりだ。その過程でペガサス氏とは何度かコンタクトを取ってみたが…」
 スケジュールが合わず対面できなかった。というのが表面上の理由。ある情報によれば、二人の接触を快くおもわぬ人間がいたという。
「今更追求することではありませんが…」
「…ペガサス氏が君にI2社を預けた訳がわかる。君は頭のいい青年だ」
「いぇ、預かったのではなく成り行きです」
「謙遜しなくていい。
 あの『ドーマ』の一件からこれほど早く社を立て直したんだ。立派だよ」
「…そうですか」
「安心してくれ。日本より遊戯君からすべて聞いている。『邪神』も名も亡きファラオの帰還もな」
「……そうですか、彼から」
 不測の事態とはいえ、I2社及び海馬コーポレーションの負った被害は甚大だった。海馬コーポレーションはすでにKCグランプリによって復興を果たしている。
 I2社も今大会によって信頼回復に尽力しているようだ。

「…話題をずらしてすまなかったね、天馬代表。本題はなんだったかな?」
「月光で結構です、教授。お孫さんが使用した金剛竜についてなのですが」
「あれは昨年ペガサス氏よりレベッカに渡されたものだろう」
「たしかにその通り。昨年度U・Sトーナメント開催直前にデザイン、完成させたんですが…」
 月光はイマイチ歯切れのわるい物言いだった。俯き黙りこくる。
「…言いにくい事なのかね?」
「あ、いえ。そういうわけでは。実はあのカードの完成後、見せていただいたとき、カードにイラストなど無かったのです」



第6章 痛恨の衝動

 ステージ上では第3戦の対戦表が発表されていた。このデュエルを消化したのち、準決勝からは通常通り1対1の闘いになる。
「オレはユタ州代表のジャン・”DK”・ソルだ」
『Top of The Utah』と彫られたデッキケースを見せてきた対戦相手に、握手してから自分のデッキケースをみせる。
「レベッカ・ホプキンスよ。貴方のことは知ってるわ」
「そうかい? うれしいねぇ」

 彼の名前のDKとは『ドラゴン・キラー』の頭文字。数年前からおもに州内大会で名を上げている。アンチドラゴンカードを使い、最近のデュエリストのドラゴン族離れを加速させている。元々少なかったドラゴン使いが過疎化のごとく激減していると雑誌でも取り上げるほど、彼の影響は大きいようだ。

「早速だけど始めましょ」
「あぁ、望むところだ!」
 とりあえず、ギトルダム・オッド戦から反省を活かしてデッキは組み換えた。レベッカは手札事故が起こらないように入念にシャッフルし、ジャンとの距離をとる。

レベッカ LP〈4000

     手札0枚

ジャン LP〈4000

     手札0枚

「じゃあいくぜ、デュエル! 先攻はオレだ、ドロー。切り込み隊長を召喚」
 使い込まれた鎧に身を包んだ戦士がヴィジョン化される。抜き身二刀剣を隙なくかまえる。

切り込み隊長 〈地〉
☆☆☆
【戦士族】

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。
このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。
AT〈1200 DF〈400

「そのエフェクトでもう1体召喚する。ニュードリュアを守備表示で召喚。リバースカードをセットし、ターンエンド」
 レベッカもドラゴン族カードを要にしている以上、アドバンテージは相手にある。だからこそ、あえて…
「わたしのターン。伏せカードを1枚だし、サファイア・ドラゴン召喚。すかさず攻撃!」

ズガーッ

ジャン LP〈4000 −〈3300

「おいおい、いきなりアタックかよ。血の気の多いやつだなぁ」
「この性格は生れつきよ。見直してもらえた?」
 ふふん、と挑発してみせる。しかしジャンはニヤついた表情をかえない。
「見直す必要なんてねーよ。2回戦でみたからな、”隙あらば”って攻めかたはな」
(確かに、トーナメントのルールでは早めに闘い終えた出場者は進行中のデュエルを控室モニターで確認できる。1、2回戦を最後まで闘っていたわたしの長考も含め、デッキ内容は読まれていると思っていい…)
「…ふ〜ん、ならいいけど。ターンエンド」
「オレのターン。リバースマジック、戦士の生還を発動!セメタリーから戦士族を1枚、手札にもどす」
(…なるほど、読まれてるわ)
 ジャンは攻撃を防ぐ罠ではなくモンスター回収カードを伏せていた。つまり、彼はレベッカがリバースなど気にせず、攻撃力の低いモンスターを攻撃してくると読んでいたのだ。
「オレはコマンド・ナイトを守備表示で召喚。リバースカードを1枚セットしてターンエンド!」

コマンド・ナイト 〈炎〉
☆☆☆☆
【戦士族】

自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
AT〈1200 DF〈1900

レベッカ LP〈4000
場 サファイア・ドラゴン リバースカード1枚
     手札4枚

ジャン LP〈3300
場 コマンド・ナイト ニュードリュア リバースカード〈1枚
     手札3枚

「わたしのターン、ドロー。カードを2枚伏せ、ルビードラゴンを攻撃表示で召喚。ターンエンド…」
「静かなもんだな。さっきまでの意気はどうした? ドロー!」
 悩むそぶりなど見せず、ジャンはデュエルディスクに切り込み隊長のカードをたたき付けた。
「効果でハ・デスの使い魔を特殊召喚」
「ハ・デスの使い魔…」
 ヴィジョン化されたお世辞にもかわいいとは言えない下級悪魔が、ケタケタとレベッカを嘲笑う。
「ニュードリュアとコマンド・ナイトを攻撃表示に変更。ハ・デスの使い魔を生け贄に、ニュードリュアの攻守を700アップさせる!」

ハ・デスの使い魔 〈闇〉
☆☆
【悪魔族】

このカードを生け贄に捧げる。
フィールド上に表側表示で存在する悪魔族モンスター1体を選択する。
そのモンスターは表側表示でフィールド上に存在する限り、攻撃力と守備力が700ポイントアップする。
AT〈700 DF〈700

 やる気ない様子のニュードリュアが、サファイア・ドラゴンと同等のモンスターに昇華した。意外なステータス変化にレベッカも身構える。
「いくぜ!ニュードリュアでサファイア・ドラゴンにアタック」
「攻撃力は互角。相殺する…」

ズガーン

 攻撃がぶつかり合い粉塵が舞い上がる。
「でも、ルビー・ドラゴンで残りのモンスターどちらかを止め…あれっ?!」
 砂煙が晴れたにもかかわらず、ルビー・ドラゴンを確認できない。
「ニュードリュアが道連れ能力を発動したのさ」

ニュードリュア
☆☆☆☆
【悪魔族】
このモンスターが墓地に置かれた場合、場のモンスター1体を道づれする。
AT〈1200 DF〈800

「その能力を発動させるために相殺特攻をさせたの?」
「追撃だ。コマンド・ナイト、ダイレクトアタック!」
「…あぐぅ」

レベッカ LP〈4000 −〈2400

 女騎士が横なぎ一閃、レベッカを切り付けた。レベッカに切り込み隊長も剣を構える。
「まだ終わらねぇ、切り込み隊長も攻撃しろ!」
「…これ以上ライフはあげないわよ。伏せカードオープン」

三つ眼がとおる 〈永続魔法〉

プレイヤーがダメージを受けた時、そのダメージ分の攻撃力、守備力を持つ「三つ眼トークン」1体を場に特殊召喚する。
「三つ眼トークン」は相手のモンスター1体を金縛り状態にする。

 レベッカの眼前に迫っていた刃がピタリと停まった。ジャンは一瞬、状況を把握しかねる。
(おじいちゃん。もらったカードを使わせてもらうよ!)
 よく見れば、レベッカの足元に小さな毛玉がいた。
「コマンド・ナイトから受けたダメージ分、つまり攻守力1600ポイントの三つ眼トークンを召喚した。この子がいるかぎり切り込み隊長は攻撃できない」
「…はっ!そんなチビ、次のターンに消してやる。ターンエンドだ」

レベッカ LP〈2400
場 三つ眼トークン 三つ眼がとおる リバースカード2枚
     手札2枚

ジャン LP〈3300
場 コマンド・ナイト 切り込み隊長 リバースカード〈1枚
     手札2枚

「…あんたって攻め立てることばっかりで、守備がなってないんじゃない。それじゃあ、わたしには勝てないわよ! わたしのターン。心眼の女神を召喚し、手札の融合を発動。場の、三つ眼トークンと女神の魂を融合する!」

心眼の女神 〈光〉
☆☆☆☆
【天使族】

このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
AT〈1200 DF〈1000

「オッドアイ・サード、融合召喚」
「オッドア…なんだそりゃ?聞いたこともないぞ」
 ドレスを着た天使がレベッカの前に降り立つ。その瞬間、ジャンの従える戦士達は骨抜きにされたように膝をついた。

オッドアイ・サード 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆
【天使族】

「三つ眼」を持つモンスター2体
このカードが場に存在している限り、相手モンスター3体は行動できない。
AT〈2100 DF〈2300

 柔和に開いた両目は、左右が緑と青に分かれていた。
「オッドアイ・サードの特殊能力、三つ眼の魅了。彼女に魅入られたモンスターはあらゆる行動を制限される。守備行動さえもね。相手プレイヤーへ直接攻撃!」
「チッ、そんな簡単に通すかよ!トラップカード、和睦の使者」

和睦の使者 〈通常罠〉

このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

「…なんだ、守備もできるんだね。ターンエンド」
(くっ、このガキ。嘗めた口叩きやがる)
「…オレのターン、ドロー!切り込み隊長を生け贄に、無敗将軍フリードを召喚」

無敗将軍フリード 〈地〉
☆☆☆☆☆
【戦士族】

このカードを対象にする魔法カードの効果を無効にし破壊する。このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、自分のドローフェイズにカードを1枚ドローする代わりに、レベル4以下の戦士族モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。その後デッキをシャッフルする。
AT〈2300 DF〈1700

「オッドアイ・サードの三つ眼の魅了をフリードに変更」
「どうとでもしな。だが、アタックタクティクスはこっちが上だ。手札より、マジックカード造反劇を発動!」
「っ、造反劇?!」
 ふわりと、オッドアイ・サードがレベッカに向き直る。その目の焦点は合っておらず、瞳孔も開いている。

造反劇 〈通常魔法〉

対象モンスター1体は、そのフィールド上でプレイヤーを攻撃する。

「っ!」
「そのモンスターはこのオレのバトルフェイズ、持ち主、つまりお前にアタックする」
 振り返ったオッドアイ・サードは、手に握る三叉槍をレベッカに向けて振り下ろした。だが、レベッカは焦らない。
「…伏せていたカードを発動する。洗脳解除!」

洗脳解除 〈永続罠〉

このカードがフィールド上に存在する限り、自分と相手のフィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る。

 レベッカに迫っていた刃が寸前で停まった。ハッと我にかえり何が起こったの
かわからないという三つ眼天使に、レベッカは相手を見るように促す。
「これでコントロール権はわたしに戻る。ま、あんた風に言えば、”そんな簡単に通すかよ”ってね」
(チッ、読まれていたか…)
「まあいい。もう1枚リバースを出し、ターンエンドだ」

レベッカ LP〈2400
場 オッドアイ・サード 三つ眼がとおる 洗脳解除 リバースカード1枚
     手札1枚

ジャン LP〈3300
場 コマンド・ナイト 無敗将軍フリード リバースカード〈2枚
     手札0枚

(…これで、相手の手札は無くなった。普通に考えたらこっちが有性だけど…。2戦ではその驕りからピンチを招いたんだ、油断はしない!)
「わたしのターン、ドロー!守備に参加できないモンスターを避けて、オッドアイ・サードのダイレクトアタック」

ズアァー

 今度こそ、槍がジャンの胸をえぐる。痛みを受けたように感じるのも、リアリティを追及したソリッドヴィジョンの織り成す錯覚だ。

ジャン LP〈3300 −〈1200

「ターン終了よ」
「ライフを逆転されちまったか。ドロー」

引いたカード 〈竜殺者

(…こいつをドローしたって事は、流れがオレにきてるってことか?)
 ジャンの放つただならぬ雰囲気に、レベッカは本能の告げるまま身構える。それまでしなかった長考をし、ゆっくりと手を動かす。
「コマンド・ナイトを生け贄に、ドラゴン・キラーを召喚」
「この瞬間、オッドアイ・サードの左眼は召喚されたモンスターを捕らえる」

竜殺者(ドラゴン・キラー) 〈闇〉
☆☆☆☆☆☆
効果モンスター
【悪魔族】

このカードがフィールド上に召喚・反転召喚された時、表側表示のドラゴン族モンスター1体を破壊する。
AT〈2000 DF〈2100

「…フフフハハハハ!残念だったなレベッカ・ホプキンス。こいつをドローした
時点でお前は終わりだ! 儀式マジック、『器と鎧』を発動!」
「…器と、鎧?」
 ジャンの前に祭壇が表示された。その階段をフリードと竜殺者は登っていく。
「祭壇の先にある剣をオレの指示によりどちらかのモンスターにそれを抜かせる。オレが選ぶのはドラゴン・キラーだ!」

器と鎧 〈儀式魔法〉

このカードをだすとともに、勇者か悪魔に剣を抜かせる。選ばれた勇者には堅固な悪魔の鎧をあたえる。選ばれた悪魔は屈強な勇者を器に殺戮者となる。

 猫背の悪魔は剣を引き抜き、それをフリードの胸に突き立てた。ガクッと膝をついたフリードに、竜殺者は身体を錐状にして入り込む。

ウオオオォーー

「儀式は完了した。現れろ、勇者を器にしたモンスター、殺戮の悪魔 ガランドー」

殺戮の悪魔 ガランドー 〈闇〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【悪魔族】

器と鎧により降臨。
ガランドーが降臨したならば、デッキより『融合武器ムラサメブレード』を装備する。
このカードのレベル未満のモンスター能力に影響されない。
相手のエンドフェイズ、一種族を抹殺。

AT〈2200 DF〈2500

「ガランドーの効果、デッキから融合武器ムラサメブレードを選び出し装備する。これでガランドーはアタックポイント3000だ」

殺戮の悪魔 ガランドー AT〈2200 −〈3000

融合武器 ムラサメブレード 〈装備魔法〉

戦士族のみ装備可能。攻撃力が800ポイントアップする。このカードは魔法カードを破壊する効果では破壊されない。

「特殊召喚したモンスターはこのターン、アタックできない。エンドだ」
「 …わたしのターン、ドロー。手札から天使の施しを発動。3枚引いて、手札から2枚捨てる。一枚カードを伏せてターンエ…」
「アマい!ガランドーは相手のエンドフェイズにその獰猛さからくりだす攻撃で一つの種族を抹殺する。ガランドー、オッドアイ・サードを葬れ!」
「なっ?!三つ眼の魅了でそのモンスターも行動不能になってるはずよ」
「ガランドーに、そんな低級催眠なんざ効かねー!」

ドスッ!

「…っくぅ」
無造作に振り上げた切っ先はオッドアイ・サードの胸を貫く。ドッと噴き出す鮮血を見てガランドーは笑った。
(なんてモンスターなの。血を見るのを愉しんでる…)
事切れた天使を興味なさ気に放り捨て、ガランドーは次の指示を待った。強烈なモンスターに驚いたレベッカも、素早く切り替える。
「安心しろ、ダメージは発生しない。だが、その面倒なトークンを生み出すマジックカードのエフェクトも作用しないがな」
「…ふ〜ん。で、言いたいのはそれだけかしら? あんたのターンなんだけど」
「チッ、口の減らないガキだな。
 だがよ、お前を守るモンスターはいないんだぜ。このワンアタックで、ライフは0になる」
「………じゃあ、攻撃宣言すれば?」
「言われなくとも…」
(……いや、待て。レベッカ・ホプキンスの場にはモンスターではなくリバースが2枚。カウンターでガランドーを破壊するトラップの可能性があるな。だが反面、あれだけ挑発しておいてブラフの場合もある…)
「どうしたの?ワンアタックなんでしょ」
「っく、この…」
「…逃げるの?」
ジャンの闘争心が猛烈に沸き立った。カウンターされて不利になるよりも、欺かれて何もしないことの方が堪えられない。
「…誰が逃げるか!ガランドーのダイレクトアタック!」
待ってましたとばかりにブレードを突き出し、ガランドーは笑いながら躍りかかる。
「リバースカード、オープン!」

ガッキィィ!

レベッカの前に割って入り、刃を受け止めたのは巨大な楯。忌ま忌ましく睨むガランドーが何度切りつけても、傷一つ付かない。
「千年の盾だとぉ!」
「そ。死者蘇生で墓地から召喚したわ。最高クラスの守備力は伊達じゃないわよ」
「…時間稼ぎか。ふん、オレはリバースを1枚セットし、ターンエンド」
(どのみち、お前のターンが終わればその楯も消えるけどな)

レベッカ LP〈2400
場 千年の盾 三つ眼がとおる 洗脳解除 リバースカード1枚
     手札1枚

ジャン LP〈1200
場 殺戮の悪魔 ガランドー リバースカード〈1枚
     手札0枚

不気味に細く笑むジャン。レベッカにもその理由はよくわかっていた。対策は施しているものの、読まれていればそれは”ターン稼ぎ”にしかならないだろう。
「わたしのターンは何もせず、終了するわ」
「潔(いさぎよ)いな。だが、エンドフェイズ、ガランドーはその壁モンスターを守備力無視で叩き切るぜ!千年の盾にアタック」
 振りかぶった悪魔は、”今度こそ”と刃を打ち下ろす。
「…あんた今、攻撃(アタック)って言ったね。リバーストラップ発動、攻撃誘導アーマー!」

攻撃誘導アーマー 〈罠〉

呪われし鎧を装着されたモンスターに攻撃が誘導される

「装着するのは、ガランドーよ。自分の攻撃で滅びなさい!」
いつの間にか悪魔の身体に奇抜なアーマーが装着された。ムラサメブレードの切っ先は180度グニャリと湾曲、反転し、その胸を貫こうとする。だが直撃の刹那、胸の前に渦が開き、そのまま刃は吸い込まれた。
攻撃の無力化を発動した! 手が浅いな」
(…やっぱり、対策用のカードを引いていた)
 プレイスタイルは好きではないが、実力、ラック(運)共に一流。相手としてはこでなくちゃ、楽しめない…。
「あんた強いね。たのしいよ、このデュエル」
「冷静だな。オレのターンだ、ドロー!残念だが、ガランドーではその盾を壊せない。このままターンを終了する」
(でも、それは通常戦闘での話。あんたは待ってるんだ、わたしのエンド宣言を…)
ジャンの瞳は火が映っているかのように紅い。何も隠さず、全力でもってレベッカを倒す意味の、直情的な視線だ。
「わたしのターン、ドロー!カードを1枚伏せて、ターン終了…」
「くっくっ、待っていたこの時を!さぁ切り刻め、ガランドー」
「伏せていた魔法カード、ミスト・ボディ発動!」
息巻いて振り回した刃に手応えはない。今まで硬くて切れなかったはずのモンスターの、今度は実態を捉えられない。ガランドーの苛立ちは最高潮に達していた。

ミストボディ 〈装備魔法〉

装備されたモンスターの体は霧状になる。
魔法・特殊能力以外の攻撃を受け付けない

「またエスケープか!見飽きたぜ」
「愉しいデュエルが簡単に終わっちゃ嫌なだけよ」
「ふんっ、どうだかな。
オレのターン、やっとコイツをドローできたか。手札より増援を発動!テキスト通り、デッキから☆4以下のの戦士をサーチする」
 ”ホントに引きたかったのはこれだったんだ”と、つぶやきながらジャンは1枚えらんだ。
「手札に加えた女王の影武者を召喚する」
「女王の…影武者」

増援 〈魔法〉

デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、デッキをシャッ
フルする。

女王の影武者 〈地〉

【戦士族】
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。
AT〈350 DF〈300

「少ないが防御を破るにはこれしかない。バトルフェイズ、影武者でダイレクトアタック」

レベッカ LP〈2400 −〈2050

「うあっ…」
 投げナイフがレベッカの胸に刺さった。数ターンぶりにライフカウンターが動く。
「…三つ眼がとおるの効果。攻守350のトークンを召喚」
「じれったいもんだ。防御しかしねぇ相手にチビチビとダメージ入れるってのわよぉ。カードをセットしてターンエンドだ」

レベッカ LP〈2050
場 千年の盾 三つ眼トークン 三つ眼がとおる 洗脳解除 ミストボディ
     手札1枚

ジャン LP〈1200
場 殺戮の悪魔 ガランドー 女王の影武者 リバースカード〈1枚
     手札0枚

「…なら、このターンで決めてあげるよ、ドロー。アマゾネスの射手を守備表示で召喚、特殊能力を使うよ」

アマゾネスの射手 〈地〉
☆☆☆☆
【戦士族】

自分のフィールド上モンスター2体を生け贄に捧げる度に、相手ライフに1200ポイントダメージを与える。

「ダイレクトダメージモンスター?!」
「千年の盾、三つ眼トークンをトークンを生け贄に、アーチャーは相手に1200ダメージを与える!」
 渦に巻かれ盾とトークンはアマゾネスに全てを委ねた。強烈に引き絞っているため、弓全体が微かにゆれる。
「あんたの焦りが条件を満たしてくれたわ。中途半端な攻撃なら、仕掛けないほうがよかったわね」

ドスッ、ザッ!

 放たれた矢は寸分狂わず、ジャンに向けて飛び立ったが、まず貫いたのは割って入った女王の影武者だった。貫通した矢はそのままジャンに命中する。
「ぐっ…」

ジャン LP〈1200 −〈350

「なっ、モンスターが盾になってプレイヤーを守った?」
「トラップを使った。オレはまだ闘えるぜ」

クラィ・アブソーヴァー 〈罠〉

ダメージが発生したときに発動。攻撃力1000以下の戦士族を生け贄にささげ、その数値分ダメージを減らす。

このテのカードは使い勝手の良さと引き替えに、逆転性は少ない。デメリットを活かすため単体使用は避けるのが定石である。
それをしない彼が強いのは、状況悪化を”愉しむ”というベクトルが働いているからだろう。
「…仕留め損ねたわね。1枚伏せカードを出して、ターンエンド」
「へへっ、オレのターン。ドロー!くははは、やっぱりモンスターバトルは”攻撃表示”だろ、マジックカードの守備封じでアマゾネスを表示形式変更」

アマゾネスの射手 AT〈1400

「この期に及んでそんなカードを引いたなんて…」
「ぶった切れ、ガランドー!」

ドン!

「どうだ、レベッカ・ホプキンス。これでお前のライフから1600ポイント引かれ…」
「…へへっ」

ジャン LP〈350 −〈 0

(なにぃ!オレのライフが0になった?!)
「…伏せカードを恐れずに攻撃するのは確かに勇気が必要だけど、あんたの場合は違う。ダメージ発生直後、痛恨の呪術を発動したの。わたしへのダメージは対するプレイヤー、つまりあんたに移し替えた」
「痛恨の…呪術」

痛恨の呪術 〈魔法〉

このターン プレイヤーに与えられたダメージを他のプレイヤーに移し替えられる

「あっさりとし過ぎて気に食わない終わり方だろうけど、納得しないとこの先で強くなれないよ」
「…っく、……オレの…負けだ」
レベッカが周りを見渡すとまだ他のデュエルは続いていた。このまま残って観ていたい気もするが、さすがに連戦は堪えたようだ。小柄な身体は倦怠感に支配され、まぶたも重い。準決勝までインターバルとして1時間ある。名残惜しみつつも、レベッカは休息をとるため控室に向かった。



第7章 シークレット・ブラック

 何故だかは理由はわかりません…

 聞き返したアーサーに、月光はスッキリしないという顔で答えた。ペガサス氏の意図は彼にも伝わっておらず、混乱しているようだった。
「まず、驚いたのはKCグランプリ準決勝でした」

 液晶モニターで観戦していた月光は、ペガサスに見せてもらった何も描かれていないはずのカードから、竜が出現したことに驚愕した。もちろん披露したのちに修正したとも考えられるが、その直後入ったKC社から海馬瀬戸から連絡が入った。何事かと問えば、

『レベッカ・ホプキンスという少女の召喚したカードデータをソリッド・ヴィジョン化したさいに、デュエル・リンク・サーバの熱量異常を感知した。データは正確なのか?!』

 データさえ正確に伝えてあれば、そのような異常は起こらないはず。しかし、ペガサスは生前、情報の開示を怠ってなどいない。
 調査を開始した月光は、まずペガサスの非公開パスワードをつかいI2社のデータベースを洗い直した。もしかすれば未だ明かされていないカードデザインが存在するかもしれない。
 この時すでに”邪神”は夜行の手によって確保、消去されていたが、月光には知るよしもない。

「…なにもわからなかったということかね?」
 コクッと首肯する月光。
「ドーマの件で使用された”名も無きカード”に関しても、武藤遊戯らから得た情報通りでした。そして、金剛竜が創られたのはその次…」
「…つまりは、名実ともに金剛竜はペガサス氏による遺作か……」
 アーサーの見解に、再び月光は首肯した。
 遊戯によればイラストはもちろんテキストすら記されていなかったという、ペガサスより託された名も無きカード。利き目確かな海馬瀬戸も初見でそのカードを未完成と断じたそうだ。
「私があのカードを見たときもまだ未完成なのかと思いました。ペガサス様によればそれは完成だったそうですが…。アーサー教授、金剛竜を受け取った彼女はなんと?」
「レベッカは特になにも。能力効果の少し小難しいレアカードと言っていたくらいかな。私もカードを見せてもらったがイラストはちゃんと画かれていたし、君とは寧(むし)ろ真逆の意見だ」
「真逆…、ですか?」
「感性という一言では片付けきれない。そう、言うなればまるで神のカードに接しているような感覚…」
「っ?! …神のカード」
 月光の頭の中に数カ月前の悪夢が蘇る。弟を支配し、月光自身をも取り込もうとした神、”邪神”。まだ彼の中からその余韻が消え去らないでいる。
「まぁ私が言ったのはものの例え。以前、遊戯君に見せてもらった三幻神と酷似した力を感じたという意味だよ。…だからイラストの有無だけで未完成というには、些(いささ)か疑問が残る。それに、君の指摘したKCグランプリには、私もレベッカの保護者として同席したんだ。その時ダイヤモンドヘッド・ドラゴンはしっかりとあの子の戦力となりえていた」
「…そうですか」
 互いに納得できず沈黙する。各々聞き入れた情報を整理し、ペガサスの真理に近づこうと巡らす。
「…おぉ、レベッカが勝ったようだ」
 目線だけはステージからはずさなかったアーサーは、3回戦を突破したレベッカを見られてよかったと安堵した。
「そのようですね。相手はいわば格下でしたが、終始圧倒していました。さすが、教授のお孫さんです」
「いやいや、それほどでも……オホンっ。もうすでに、レベッカは1人前のデュエリストだよ。あの強さもレベッカが積み重ねた結果だからね」
「…大切に育ててらしたのですから、もう少し胸を張ってもよいのでは?我々にとってのペガサス様と同じく、レベッカさんは貴方を想っていますよ」
「……そうだね。だから、まずは孫離れから始めるよ」
 アーサーの遠くを見つめる目が、月光には”決闘者の王国”へ向かうペガサスと重なってみえた。

 子を想えばこそ…

 そういう辛さに耐えていたのだろう。ペガサスも時折こんな表情をしてたのを月光は思い出した。
「大変ですね。子供を育てるというのは…」
「……いずれは君も、こっちの立場になるだろう。そうすればわかるはずだ、ペガサス氏がどのような気持ちで君達を引き取ったかが…」
「…」
「っと、また話題を逸らしてしまった」
「いえ、正直なところ情報不足なのは覆りません。意見も食い違いましたし、結論はすぐには出ないでしょう」
「…それでは、言いにくいことなんだが」
「何でしょう?」
「このまま観戦させてはもらえないかな。一般席は腰にわるいんだ………」
「…プフッ」
 思わず月光は吹き出してしまった。
「かまいませんよ、教授。どうぞ、ごゆっくり」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ひどい倦怠感…
 強力なデュエリストと対峙してきたから確かに精神的にきつい。天才だのジーニアスだのといっても、レベッカ自身の身体は13歳の少女のもの。
 連戦は厳しかったのだろうか。

「デッキ調整しなくちゃ…」

ガチャ

 テーブルに伸ばした手は誤ってデッキケースをつっついて落とした。ソファーから立ち上がるのも億劫(おっくう)なレベッカは拾うのを諦めて突っ伏す。
(よかった早めに終わらせられて…。ジリ貧のまま続いてたら、負けた上にあの場で倒れてた。そんなことになったら、おじいちゃんとか主催者の人達に迷惑かけちゃう…)
 脳裏をネガティブな思考が駆け巡る。いいほうに考えようとすることがすでにネガティブなんだと、誰か言っていた。今まさにレベッカはその心理状況だった。
(やっぱり、おじいちゃんの言う通りに早めに寝とけばよかったかなぁ)
 備え付けのテレビモニターに映っていたデュエルは先程すべて終了し、CMに切り替わっている。消して眠ろうとしても、リモコンを手に取ることすら疲れてできない。
(うん、寝よう。まだ時間あるし、呼び出し放送で起きるだろし)
 何度目かわからない決断をしたレベッカはスッと目を閉じた。


 ………れより、準決勝1回戦を開始します。出場デュエリストは中央ステージにお集まりください。繰り返します………

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 客席は興奮を抑え切れない様相だ。声援や口笛が響いて、これから始まるデュエルに対する期待をあらわす。

『みなさん!これより、あらゆる困難なデュエルを勝ち抜き、この場に立つ権利を掴んだ素晴らしいデュエリストです。相応の勝負、実力を披露してくれるでしょう。その面で、彼ら彼女らは決してみなさんを裏切りません。みなさんには、礼節ふまえた態度で観戦して頂きたく願います!』
 大会運営長Mr.クロケッツの厳格な諸注意は、より観戦者の気分を高めた。一呼吸おいてからデュエリストの名を読み上げる。

『まずは、第一試合。マサチューセッツ州代表、トーマス・スチュワート!』

 入場してからすぐに、トムは特待席へ目配せしてグッと親指を立てた。月光も首肯して答える。
「知り合いかね?」
「えぇ。彼とは…約束をしているもので…」
「そうか。月光君、その約束は出来るだけ叶えてあげなさい。彼の意気込みはすごいようだからね」
「そのつもりですよ、教授」

『続いて、バージニア州代表、マイル・リッチモンド!』

 反対側の入場口からマイルは現れた。その姿を、いや、その左手に観衆の視線が集中する。
「あれはっ…!」
 慌ただしく立ち上がった月光も、例外ではなかった。驚き、視線をマイルの装着したデュエルディスクに向ける。
「すごいな、マイル君。ここまで上り詰めるとは」
 レベッカ以外のデュエルにも目を配っていたアーサーは、レベッカの幼なじみであるマイルの存在にも気付いていた。なんら驚くことなどない。
「彼は、…教授のお知り合いですか?」
「知り合いというか、レベッカの幼なじみだよ。昔はよく私とデュエルしていたが、研究のために所在を転々とし始めてからは連絡は取ってなかった。しかし妙だな。マイル君のデュエルディスクはさっきまでと違うようだが」
「………、授、…あれは”ブラック・デュエルディスク”と呼ばれる物。賞金採集組織、カードプロフェッサー・ギルド内においてNo.1実力者のみが所持する”頂点の証”です」

 月光はブラック・デュエルディスクの貴重性をよく知っていた。ペガサスを失った哀しみを力に成長を遂げた、仲間の顔が脳裏に浮かぶ。それらのデュエリストを経由したあのデュエルディスクは、いつでも”重い”。
(…トム、勝ってくれ)
 主催者が一個人を応援するなどしてはならない。それをわかりきっていてなお、月光は親友の勝利を心の中で強く願った。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 平静を装うMr.クロケッツが促し、トムとマイルはお互いのデッキを交換してシャッフルする。場内の変化をいち早く察知したトムは、同様にマイルのデュエルディスクを見つめた。
(それか、ブラックデュエルディスク。Mr.月光から聞いてるよ。ギルドで1番強いデュエリストしか渡されない黒いデュエルディスクってさ。もしもこいつに勝ったら、僕がNo.1てことになるのかなぁ)
 くくっと笑うトムに対して、マイルは冷静にシャッフルしたデッキを返した。握手を済ませ、すぐに所定の位置につく。


『これより、準決勝第一試合、開始!!』
「よろしくな、マイル。ボクはトムってんだ。楽しく決闘(や)ろう」
 手札になる5枚のカードをドローしながら、トムはにこやかに話しかけた。その勢いのまま先行の宣言をする。
「ボクからいくよ、ドロー!まずはリバースカードを1枚セット。そして、モンク・ファイターを攻撃表示で召喚してターンエンドだ!」
 パワフルにプレイするトム。このデュエルを通して月光に伝えたい。自分がどれだけ成長したか、月光と戦うに相応しいデュエリストだということを。
「オレのターン…」
 えらく静かに進めんるだなと、トムはマイルのイメージを変えた。偵察のために見ておいた3回戦までデュエルがそうだったように、もう少し自分に近い攻撃的なデュエリストだと思っていた。だが実際に向き合ってみると、思慮深く、冷静なプレイスタイル。トムにとっては苦手なタイプだ。
(さぁ、どんなふうに攻めてくる?リバースしたカードは攻撃誘発トラップの炸裂装甲だ、すぐに迎撃してやる。まぁ、モンクファイターは戦闘で倒してもボクへのダメージを無効に出来るから無駄だけどね)

炸裂装甲 〈罠〉

相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体を破壊する。

モンク・ファイター 〈地〉
☆☆☆
【岩石族】
このカードが戦闘を行う事によって受けるコントローラーの戦闘ダメージは0になる。
AT〈1300 DF〈1000

「…ゴメンな、トム。もう少しじっくり闘いたかったけど、手札がそうさせてくれないみたいだ」
(…っ?! 一体なにを……)
「このバトル、オレの勝ちだ」
 マイルの勝ち気な物言いを、トムは冗談混じりに聞き流そうとした。しかし、その目に宿る鋭い輝きが何らかの意図を伝えてくる。
「オレは手札を1枚捨てて、この魔法カードをセメタリーに置く!」

魔法石−フェイク・グレイヴ− 〈魔法〉

手札を1枚捨て、このカードをセメタリーに置く。以降2ターンはドローできないこのカードがセメタリーに置かれたターン、プレイヤーはライフを1000支払う度に手札より魔法を使用できる

(ライフを削ってマジックの使用回数を増やすか。強力だけど、大きなデメリットを生み出すカードを使ってなにをする気だ…?)
「このカードは通常の魔法カードと違って回数に数えられない。改めて、手札よりバッテリーチャージャー発動!セメタリーから電池メン−単三型を特殊召喚」

充電器 〈魔法〉

500ライフポイントを払う。自分の墓地から「電池メン」という名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

電池メン−単三型 〈光〉
☆☆☆
【雷族】

自分フィールド上の「電池メン−単三型」が全て攻撃表示だった場合、「電池メン−単三型」1体につきこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
自分フィールド上の「電池メン−単三型」が全て守備表示だった場合、「電池メン−単三型」1体につきこのカードの守備力は1000ポイントアップする。
AT〈0 DF〈0

(っ、さっき手札コストとしてモンスターを落としてたのか!)
「単三型召喚に伴い、ライフを1000ポイント支払って地獄の暴走召喚を使用する」
「なっ!」

地獄の暴走召喚 〈魔法〉

相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

マイル LP〈4000 −〈3000

「オレは単三型をデッキから2体選んで召喚する。さぁトム、君もモンスターを選択して」
「…ボクは、場のモンク・ファイターを」

トム LP〈4000
場 モンク・ファイター×3 リバースカード〈1枚
     手札4枚

マイル LP〈3000
場 電池メン−単三型×3
     手札2枚

(なるほどね。確かあのモンスターは場に並ぶとパワーアップする。それを狙ったのなら、この手間は仕方ないかも…)
 状況を見極めながら思考するトムをよそに、マイルの手は戦略を次なる段階に進める。
「これで条件は揃った」
「…条件?」
「オレはさらにライフを払い魔法カード、ショートサーキット発動!」

バリィッ……ズガガガガッ!!

「っぅ!」
 トムがかろうじて確認できたのは、凄まじい輝きを放った電池メンたち。それからは強烈な光によって視界が遮られてしまった。観戦者の悲鳴も爆音に飲み込まれる。
「…何が起こったんだ、………っ?!」
 まだ回復しきれていない視力で辺りを見回すトムは驚愕した。いまの今まで自分の前に立ち並んでいたモンク達が、リバースカードを含めて消え去っている。今度はトムの頭に疑問の靄(もや)がかかった。

マイル LP3000 −〈2000

漏電(ショートサーキット) 〈魔法〉

自分フィールド上に「電池メン」と名のついたモンスターが3体以上表側表示で存在する場合に発動する事ができる。相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。

「スーパーエキスパートルールでは、どんなに強力なモンスターでも特殊召喚したターンでは攻撃できない。もちろんオレの電池メン達も例外じゃないよ。だから、単三型を1体生け贄にしてコイツを通常召喚する。ボルテック・ドラゴン!」

超電磁稼動ボルテック・ドラゴン 〈光〉
☆☆☆☆☆
【雷族】

以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、このカードはそれぞれの効果を得る。
●電池メン−単一型:このカード1枚を対象にする魔法・罠カードの効果を無効にする。
●電池メン−単二型:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●電池メン−単三型:このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
AT〈2400 DF〈1000

 出現した恐竜の形のモンスターの胸部に電池メンが収まる。その動力が本体に電流が流し始めた。眼は紅い光を放ち無機質だったボルテック・ドラゴンが動き出す。
「ボルテック・ドラゴンは装着した電池メンの種類によって能力を得る。単三型の場合は…」

ボルテック・ドラゴン AT〈2400 −〈3400
「攻撃力が上がった…」
「そう。そして、この最後の手札をライフを払い、発動する。装備カード、巨大化」

マイル LP2000 −〈1000

巨大化 〈装備魔法〉

対象のモンスター 一体の攻撃・守備力を20%UPさせる

ボルテック・ドラゴン AT〈3400 −〈4080
「…攻撃力、……4080ポイント…」
「あいつと戦う前だから、あんまり手の内を晒したくないんだ。今回は素直に退いてくれ、トム」
 マイルが手を振り上げると、ドラゴンの咥内に圧縮されながら電流が溜まっていく。
「ボルテック・ドラゴンの攻撃。ダブルエー・オームボルト!」

ズッガーーーン!!

「うわあああぁぁぁ…」

トム LP〈4000 −〈 0

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「…はっ!ウィ、ウィナー、マイル・リッチモンド」
 豪快な勝敗のつきかたに圧倒されたMr.クロケッツは、慌てて勝者の名を叫んだ。やはり一拍おいて歓声と拍手がまき起こる。マイルは尻餅をついたままのトムの前に歩みより、右手を差し出した。
「あぁ、ありがとう」
「ホントにわるかったよ。もっと充実したデュエルをしたかったのに…」
 俯(うつむ)き、元気のないマイル。だが、トムはそんなライバルを笑いながら小突いた。
「あー、ビックリした。こんな場所で1ターンキルを食らうとは想わなかったよ」
「…」
「なぁ、…ていうか。勝ったおまえがなんでテンション下がってんの?」
 あっけらかんと話すトムは、「あっ」とマイルの心境に気付く。
「1ターンキルなんてやったら、ボクがつまらないって文句つけるとか思ってた?だったら心外だよ」
「えっ?」
「1ターンキルされて気に食わないなんて、防げないヤツの言い訳だから。そういうの気にする必要なんてないよ」
「トム…」
「またやろうぜ、デュエル。次はこうはいかないからな」
 振り返り、立ち去るトムは気付かれないように涙を流した。

「…そんなふうに言われたのは初めてだよ。ありがとう、トム」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……くしょう、ちくしょう…」
 まさか、あんなやられ方をするとは。
 間違いなく自分の驕(おご)りはあった。あれを伏せておけばよかった、うまくやれば防げていた。考えれば限(きり)がない。トムはなんども壁を殴り付けた。

「トム!」

 聞き慣れた声が聞こえ、カバッと顔を上げる。
「…Mr.…月光」
 廊下で膝をついたトムの見つめる先に、月光は白いスーツを着て、手にアタッシュケースを持って立っていた。
「ごめん、Mr.月光…。”約束”を守れな−」
「もう、”Mr”は要らない」
「え…」
「次からは月光と呼んでくれ」
 しゃがんでアタッシュケースを解錠した月光は取り出したデュエルディスクを持った。離れていても、よく手入れが行き届いているとわかる。
「観ていてわかった。君は相手を侮(あなど)っていた」
「ぐっ…」
 たった今反省していた部分を直球で射ぬかれ、トムは口をつぐんだ。デュエリストとして侮りとは、あるいは手加減、場合によっては相手への愚弄となる。ましてやあの舞台、反省してもしきれない。
「対してマイルは全力をもって君を倒しにいった」
「…そうだね、ボクはデュエリスト失っか…」
「だが…!」
 月光は話しながら手早くスムーズにデュエルディスクを左腕に装着する。
「そのあと、君は彼にたいして勝者への賛辞とエールを送った。自分を負かしたそれが出来るのは、強きデュエリストだけだ」
「…ミスター」
「私は、”デュエリスト”としてトーマス・ハンコックに勝負を申し込む!トーナメント終了後、中央ステージで待っている!」
 それ以上は言わず、ディスクを胸の前で構えると、月光は閉じたアタッシュケースを持ちなおしてスーツの裾を翻した。

『待っている』

 月光が去った後も、トムはその言葉を反芻した。あの背中にたいして、なにも返せなかった。あれだけ拒んでいたデュエルを、月光自身から申し込んでくれたのに…。
「絶対に、絶対に行くよ。行かなくちゃ、今度こそデュエリストとしてMrの、いや、月光の前に立つんだ」
 退がるな、呑まれるな。独り言のようにつぶやいた決意の言葉は、トムの涙を停めた。



第8章 烈−螺旋竜

「ついに決勝かぁ。 さすがマイルね」
 ポーチバッグを玩(もてあそ)び、ケリーは仲間の勝利を讃える。
「ふむ。我輩を破った男なのだ。これくらいはしてもらわんと困る」
 トレードマークである贔屓(ひいき)野球チームのキャップを、これでもかと深く被ったオッドは皮肉たっぷりに呟いた。

 マイル・リッチモンドの1ターンキルと、ブラック・デュエルディスクの所持。それを予め知っていた二人はロビーの大型画面でデュエルを見守っていた。面識ある者がいれば、普段から仲の良くないオッドとケリーがいっしょに観戦してい
ることに驚くはずだ。
 二人の仲たがい意識を打ち消している要因。それは、ギルド最強のデュエリスト”マイル・リッチモンド”の優勝、及びレベッカ・ホプキンスとの直接対決にて、金剛竜入手というギルドのシナリオ。先に闘い敗れた二人は、”勝てたなら”程度の保険。最初から本命はマイル1本だったのだ。

「ほんと、この大舞台でも崩れないんだからすごいわ。あの子の”引き”は…」
「うむ。ギルドランキング戦で我輩にしたのと全く同じ戦術だったしな。あれほど綺麗に決められると、ついイカサマではないかと疑ってしまう」
 腕を組み、うんうんと頷くオッドを睨みつける。
「…アンタのカードはみんな気色悪いのよ。それに大技ねらいすぎて1ターンキルを阻止できないだけ。小手技がないのよ」
「ふむ、口の減らん女だ。だがな、その気色悪いデッキに1勝もしていないのは何処のだれだ?」
「…」
「おいおい、終いには無視か…」
 どうしたことか…。オッドは肩を竦めた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


レベッカ LP〈4000

     手札0枚

グレッグ LP〈4000

     手札0枚

『では、準決勝第二試合、レベッカ・ポプキンス対グレゴリー・ルータス! デュエル開始!!』

 抜けきれないけだるさを無視し、レベッカはカードを引く。結局、あの後眠れたものの、ぐっすりとまでは至らなかった。第一試合がすぐに終わってしまったうえに、内容を見ていないからその理由などもちろん知らずに、レベッカはステージに立っている。
「デュエル!
「オレからいかせてもらう。ドロー!」
 相手が素早くカードを手札に加える。それから改めてデュエルディスクにカードをセットした。
「グリズリーマザーを召喚。フィールドにリバースカードを2枚セットし、ターンエンド!」
「…わたしのターン。1枚カードを伏せて、プリンセス人魚を召喚。バトルフェイズ、グリズリーマザーへ攻撃」

バチーン

 人魚は力強く尾ひれをたたき付けた。相手も強靭な体躯で防ぐが、攻撃力100ポイント差は覆らない。

グレッグ LP〈4000 −〈3900

「破壊されたグリズリーマザーの能力を。デッキからヒゲアンコウを特殊召喚する」

グリズリーマザー 〈水〉
☆☆☆☆
【獣戦士族】

このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
AT〈1400 DF〈1000

ヒゲアンコウ 〈水〉
☆☆☆☆
【魚族】

水属性モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
AT〈1500 DF〈1600

(ふ〜ん。わざわざダブルコスト系を選んだってことは、手札に上級モンスターを抱えてる…。なら、)
「エンドフェイズ、さらにカードを伏せてターンエンド」
「うん、いいテンポだ。 ドロー!ヒゲアンコウを生け贄にしてスパイラル・ドラゴンを召喚」
 グレッグが呼び出した白色の巨海竜は、”餌”のヒゲアンコウを丸呑みにして、不満そうに身をよじる。
 たとえ生け贄2体分でも、この程度では空腹など満たせない。

スパイラル・ドラゴン 〈水〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【海竜族】

海流の渦をつくり出し人々を襲うと伝えられる海竜。
巨大なヒレから放たれるスパイラルウェーブは全てを飲み込む。
AT〈2900 DF〈2900

「っ!いきなり、…ブルーアイズクラスのモンスター」
「まぁそれのレアリティには遠く及ばないけどね。攻撃だ、スパイラル・ドラゴン」
 威圧していた視線をさらに強めたスパイラルドラゴンは、その巨体を回転させながら人魚に向かって上下の顎を開く。
「リバースカード、レベル制限B地区を発動!」
 レベッカの背後に聳(そび)えるように現れた建造物がフィールド制圧する。これの前では攻撃的なモンスターはほとんど行動できない。
「あなたのドラゴンとわたしの人魚は守備表示になる!」
「それを許せば、オレの速攻が活かせなくなるな。ならば手札のマジックを使わせてもらう、…デストラク・ウェーブ!」

レベル制限B地区 〈永続魔法〉

フィールド上に表側表示で存在するレベル4以上のモンスターは全て守備表示になる。

デストラク・ウェーブ 〈魔法〉

星5以上の海竜が攻撃した時 リバースカードを1枚墓地へ送って発動する。相手のカウンター魔法とモンスター1体を破壊する。

 建造物がスパイラルドラゴンの起こす高波に煽られ、倒壊した。それだけに留まらず、水属性であるプリンセス人魚までも激流は飲み込む。
「くうっ、モンスターが…」
「これで君を守るものは無くなった。スパイラル・ドラゴンの攻撃もダイレクトアタックとなる!」

ザッバーン!

「ひぐっ…」

レベッカ LP4000 −〈1100

「わるいね。君のこれまでのデュエルは見せてもらった。あまり長丁場になるとオレが不利になりそうなん…」
「…ふ〜ん。いい考えだけどハズレだよ。 リバースカード…」
 申し訳半分、嘲笑半分なセリフをレベッカが遮る。
「なに?!」
「手札を1枚捨て、ダメージ・コンデンサー発動!」

ダメージ・コンデンサー 〈罠〉

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動する事ができる。その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

 セメタリーゾーンにカードが置かれた瞬間、ダメージ分の電流がつんざく音とともに水浸しの床で炸裂した。レベッカの前で円形に圧縮されていき、かわいらしく結んだ髪やスカートの裾をバサバサとなびかせる。
「この効果でわたしのデッキの最上級天使、守護天使ジャンヌを召喚するわ」
 電流円から浮上したブロンドヘアーの天使は、主に手を挙げた相手モンスターを睨みつける。
「バカなっ!こうもたやすくオレのスパイラル・ドラゴンと同クラスのモンスターを呼び出すとは…。ターンエンドだ」
 ライフポイントでは圧倒的なはずのグレッグに焦りの表情が浮かぶ。彼の中ではデメリットを背負い闘うレベッカの姿は想像していなかったようだ。
(さっきのあなたの考えはあながち間違ってないよ。でも、…)
「わたしに対する中途半端なダメージは禁物ってことね!わたしのターン、ドロー」

レベッカ LP〈1100
場 守護天使ジャンヌ
     手札3枚

グレッグ LP〈3900
場 スパイラルドラゴン リバースカード〈1枚
     手札2枚

「わたしは場のジャンヌに銀の弓矢を装備」

銀の弓矢 〈装備魔法〉
装備モンスター1体の攻撃力と守備力は300ポイントアップする。

守護天使ジャンヌ AT〈2800 −〈3100

 可憐な容姿に不釣り合いなほど険しい表情のジャンヌは、与えられた武器を引き絞る。
「バトル!スパイラル・ドラゴンへ攻撃、ホーリィ・ピリオド!」
 風を切る音すらさせず、矢はスパイラル・ドラゴンの右眼を貫く。その巨体に見合った断末魔の叫びは、崩れ落ちる轟音に掻き消された。

グレッグ LP〈3900 −〈3700

レベッカ LP〈1100 −〈4000

「なにっ? なんで君のライフがもとに戻ったんだ…」
「あれ、知らなかった?このジャンヌちゃんは倒した相手の攻撃力分、わたしのライフを回復してくれるのよ」
 ふふんっと胸を張るレベッカ。それを見つめ、グレッグは歯を食いしばった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 控室のディスプレイ。かじりつく様に観戦するミズーリ州代表デュエリスト、グレゴリー・ルータスは自分の目を疑った。

『何ということでしょう。第一回トーナメントから実況をしている私でも、1ターンキルで勝利したデュエリストなど記憶にございません!!』

 確かに驚きだ。ハイリスクながら最高級のパフォーマンスに違いない。少なくともオレはやらない。いや、…できない。
 だが、それがどうした。1ターンキルなんてのは、防いでしまえばこっちのもんだ。そうする自信もある。なのに………
(なんで、よりにもよって雷族なんだ!)


 たった今決勝進出を決めたマイル・リッチモンドは、正直ノーマークだった。
見たかぎり、彼は雷族のワンメイクデッキ。水属性ワンメイクのオレには相性最悪の決勝相手。それをまざまざと見せつけられた気分だ。
 反属性デメリット(特定の属性同士のバトルなどで、一方の攻守が減少すること)はエキスパート・ルールでは適用されないが、不利なことに変わりない。
 せっかくこのトーナメントで優勝して、手にした賞金を頭金に会社を興そうと考えていたグレゴリーは、この日初めて不運を呪った。


「どうすればいい…?”彼”と、…マイル・リッチモンドとはどう闘えばいいんだ!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 序盤から攻め立てる。レベッカ・ホプキンスはロックタクティクス主体だから、防御用カードさえ破壊してしまえばコンボは成立しなくなる。そのためにサイドデッキとカードを入れ換えたおいたから準決勝は容易…だったはずなんだ。
(違いすぎる。想定していたのは、こんなデュエルじゃない…)

「わたしは手札を1枚伏せて、ターンエンド」

(こんな子供に、手玉に取られている場合ではない!)
 優しさを含んでいた目付きを鋭く尖らせ、グレッグは力いっぱいドローする。
「舐められたままで終われるかっ!
オレはリバースマジックの手札抹殺を発動!手札をすべて捨て新たに同じ枚数ドローする。君もだよ、レベッカ・ホプキンス」
「…それくらいわかってるわ」
 手札カードを名残惜しくセメタリーに置くレベッカ。その表情をグレッグは見逃さなかった。
(キーカードが手にあったようだが、残念だ。反対にオレはキーカードを揃えられた…)

レベッカ LP〈4000
場 守護天使ジャンヌ 銀の弓矢
     手札2枚

グレッグ LP〈3900

     手札3枚


「手札よりマジックカード、メモリー・ボトル発動…」
「っ?!メモリー…、ボトル」
「デッキ、セメタリーから2枚のスパイラル・ドラゴンを選択。ボトルに封印する」

メモリー・ボトル 〈魔法〉

墓地とデッキから同じレベルのモンスターを選び出し、それらを瓶に封じ込める。
このカードは魔法が発動されるたび、コントロールを変更する。
瓶が割れた時にそのコントローラーは、封じたモンスターに攻撃される。


「…もし、あれがわたしの場で壊れたら…」
「その瞬間封じられていた2匹のドラゴンが暴れだし、バトルフェイズでなくとも5800ダメージを受けることになる」
 宙に漂う瓶は、さながら爆弾のように2人を緊張させる。
 そのを発動してから口元がニヤけっぱなしのグレッグは手札を全てデュエルディスクにセットした。
「ターンエンドだ」
「わたしのターン、ドロー…」
 守備表示で出された相手のモンスターも気になる。薄く視界を遮る靄(もや)の先に小ぶりの船が一隻、ボトルと同様に波に揺られている。
 少し考えたレベッカは、船を指差した。靄を振り払うように声を張る。
「…ジャンヌ、あの守備モンスターに攻撃よ!」
 再度、引き絞った矢を撃ち放つ。何ともたやすく靄と船を貫いた。
「不用意だな! 君が破壊したのは黄泉へ渡る船。自身を破壊したモンスターを道連れにする効果をもっている」

黄泉(よみ)へ渡る船 〈水〉
☆☆☆
【水族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、このカードを破壊したモンスターを破壊する。
AT〈800 DF〈1400

「しまった、そんな能力が…」
 ズブズブと沈んでいく船体から複数のロープが伸び、ジャンヌに絡み付く。身をよじって抵抗するが、それも虚しく、異空間へ引きずり込まれてしまった。
「…わたしはエンドフェイズ、カードを1枚伏せてターンエンドよ」
(主力モンスターを凡ミスで失うとは、チャンピオンらしからぬプレイング。やはり子供だな…)
 あくまでも自分の目的は優勝。
 全力を出すべきは決勝相手。
 苦戦なんてしている場合じゃない。
「オレのターンだ、ドロー!子供相手におとなげない気もするが、手加減などしない。いまドローしたモンスター、ガガギゴを召喚…」

ガガギゴ 〈水〉
☆☆☆☆
【爬虫類族】
かつて邪悪な心を持っていたが、ある人物に会う事で正義の心に目覚めた悪魔の若者
AT〈1850 DF〈1000

 攻撃宣言とともに、ガガギゴが飛び掛かった。レベッカはデュエルディスクで受ける。

レベッカ LP〈4000 −〈2150

 相手がターンを終えた瞬間、デッキからカードを引き抜く。
 しかし、それは現状を打開できるカードではなかった。
「…わたしは伏せカードを出して、慈悲深き修道女を守備表示で召喚。ターンエンド」

レベッカ LP〈2150
場 慈悲深き修道女 リバースカード〈2枚
     手札0枚

グレッグ LP〈3700
場 ガガギゴ メモリー・ボトル リバースカード〈1枚
     手札3枚


 見た目と年齢に見合わぬ学力を備えたレベッカの頭脳が、フル回転で対策を練り上げる。
 制限カードにも指定されている魔法カードといえど、打ち破れないわけじゃない。 手札と場の魔法カードを駆使して相手に送り付け、破壊する。あるいは捻出されるダメージ以上にライフを回復しておく。
 今のレベッカのカードとライフでは後者は望み薄い。とすれば、後は相手との駆け引きで相手の場で破壊するしかない。

「オレのターン、ドロー。手札からマジックカードを発動、ザッキーの研究草案!」

コザッキーの研究草案 〈魔法〉

自分の場の「ガガギゴ」を生け贄に捧げる。
デッキから「ギガ・ガガギゴ」1体を特殊召喚する。


 魔法が使用されたことで、グレッグの前に浮かんでいた瓶が、レベッカのフィールドに移動する。
「うぅ…わたしのところに、瓶が……」
「状況がそろった!このターンでオレの勝ちだ。リバースカードオープン、コザッキーの至高改造!」

コザッキーの至高改造 −激− 〈罠〉

500ライフを払い、自分の場の「ギガ・ガガギゴ」を生け贄に捧げる。
デッキから「ゴギガ・ガガギゴ」1体を特殊召喚する。
その後、フィールドのカード1枚を破壊できる。


グレッグ LP〈3700 −〈3200

 白衣の悪魔によって、武装強化されたばかりのガガギゴが雄叫びをあげながら巨大化していく。

ギガ・ガガギゴ 〈水〉
☆☆☆☆☆
【爬虫類族】
強大な悪に立ち向かうため、様々な肉体改造をほどこした結果恐るべきパワーを手に入れたが、その代償として正義の心を失ってしまった。
AT〈2450 DF〈1500

ゴギガ・ガガギゴ 〈水〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【爬虫類族】
既に精神は崩壊し、肉体は更なるパワーを求めて暴走する。その姿にかつての面影はない…。
AT〈2950 DF〈2800

 レベッカのウェストなど比較にならないほど太い巨椀が、ボトル目掛けて振り下ろされた。
「くっ…想い通りにはさせないわよ!リバースカード、バステトの剛壁」

バギィィィィ

「な、なんだ?!」
 ボトルを捉えたはずの爪は、寸前に展開された不可視の壁に阻まれた。黒板を
引っ掻いたような衝突音が会場に響きわたる。観戦者は一様に顔を引き攣(つ)らせて耳をふさぐ。
「この罠カードで、破壊を無効にさせてもらったわ」

バステトの剛壁 〈罠〉

自分の場に攻撃力より守備力が高いモンスターがいるときに発動できる。
カードを破壊する効果を無効にする。


「…仕留め損ねたわけか。まぁ、こっちのフィールドには攻撃力2950のモンスターがいる。壁が無くなればやはりオレの勝ちだがね」
「わたしのターン。リバースカードをセットして、ターンエンド」

 向かい合っていなくてもわかる。彼の意識がわたしに向けられていない。このまま調子に乗っていてくれれば、勝機は見えてくるはず。
 でも、一瞬でも気を抜けば、戦況をひっくり返せない。

「このまま押し切る、ドロー。リバースカードを出し、ゴギガ・ガガギゴの攻撃!」
「つぅ!」

レベッカ LP〈2150
場  メモリー・ボトル リバースカード〈2枚
     手札0枚

グレッグ LP〈3500
場 ゴギガ・ガガギゴ リバースカード〈1枚
     手札0枚


 壁モンスターは倒されたし、ブラフのリバースカードでは止められない。
 全て…このドローにかかってる。
(お願い、わたしの声に答えて!)
 レベッカがデッキに指を置いた時、カードが光ったように見えた。
「…さらにカードを伏せて、……ターンエンド」
「モンスターカードを引けなかったようだね。潔くこのゴギガ・ガガギゴの攻撃で幕引きだ。バトル!ゴガギ・ガガギゴのダイレクトアタック!」
「今、言えてなかったわよ。それに、確かに幕引きだけど、負けるのはあんただからね。リバースカード、スケープ・ゴート発動!このトークンたちが、わたしの身代わりとなる」
「ふん、ならばオレもリバーストラップ発動だ。ストライク・ショット!」

スケープ・ゴート 〈魔法〉

場に4体身代わり羊を出す
これを生贄にモンスターを召喚することはできない

ストライク・ショット 〈罠〉

自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
そのモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップする。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


ゴギガ・ガガギゴ AT〈2950 −〈3650

「羊のトークンは守備力 0だ。こいつを防ぐことはできない!」
 勝ち誇った表情を浮かべるグレッグは、レベッカがある一点を指差していることに気付く。
「…この子たちはね、盾にするために呼んだんじゃないわ。あんたの場に“それ”を返すためだよ」
「なに?」
 巨大なガガギゴの足元、メモリー・ボトルが浮かんでいた。なにを今更と、グレッグは鼻で笑いとばす。
「しかし攻撃でトークンを破壊すれば、君は−」
「この子たちは盾じゃないって言ったでしょ。伏せカードオープン、攻撃誘導アーマー。装着対象は…」
 レベッカの策略に気付いたグレッグの顔が凍り付いた。
「…まさか」
「その瓶の中にいる、スパイラル・ドラゴン!」
 魔力がこもったといえど瓶は瓶。強烈な衝撃には耐えられない。
 焦るグレッグをよそに、ゴギガ・ガガギゴは躊躇いなく足元に浮かぶボトルを殴り付けた。

ガシャァァー

 ガラス片は飛散し、アーマーごとカエルのように潰れたスパイラル・ドラゴンが1体。むりやり解封されたもう1体が、首を上げる。
「封印されていたモンスターは守備表示だったけど、ガガギゴの貫通攻撃が効いてるよね」

グレッグ LP〈3200 −〈2450

「…ボトルはオレのフィールドで割れた」
「そういうこと。だからスパイラル・ドラゴンが攻撃するのは…、あんたよ」
 頭上を見上げたグレッグと、巨竜の視線が交錯した。…いや、してしまった。
「あんた、けっきょく最後までわたしを見据えてなかったわね。そんなんじゃ、…どんな人を相手にも勝てない」
 熊をも丸呑みしそうな口が開かれ、渦巻く激流が放たれる。

ドッバーン!

「ぐぁぁぁぁ…」

グレッグ LP〈2450 −〈 0


『勝者−レベッカ・ホプキンストーナメント決勝進出!』

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 孫の苦戦を手に汗にぎって観戦していたアーサー・ホプキンスは、本日何度目かわからないのおおきな息を吐いた。
「ハラハラさせる子だ。寿命が縮んでしまうよ」
 デュエル中盤から浮かせたままだった背中を背もたれにあずける。
「教授」
 席を外していた月光が、アーサーへ一通の封筒をさしだす。
「…?なにかね」
「貴方をここへ御呼び立てした、もう一つの用件です。中をご確認ください」
「…これは!何故、君がこれを?」
「それは、日本からのお届け物です。アメリカへ発つとき、武藤遊戯の祖父、武藤双六から預かってきたのです」

 それは、初めて双六と出会ったときに渡したもの。無二の親友である彼との絆。
 まさかこのような“形”で自分が手にするとは、思ってもみなかった。
「双六氏からの伝言です。それをレベッカに渡してくれ、と」
「…レベッカにか」
 双六のことだから、なにか意味があるのだろう。
 詳しくは今度、電話で聞けばいい。
「わかった、手間をかけてすまないね」
 いえ、と笑顔で答えた月光は、ガラス越しにセンターステージを見下ろした。

(決勝は15歳にも満たない少年少女で競うのか。話題性も、デュエリストレベルも申し分ない)
 月光を筆頭に、このトーナメントにかけるI2社の意気込みは凄まじい。
 ここ数年、立て続けに起こった事件で減じた社の信頼も回復できれば、株価再沸も見込める。加えて、社員の士気も高められる。
 そんな意味でも、月光はこれからの決勝に期待していた。



第9章 決勝前編 フラッシュド・バッテリー

 『情なんて必要ない』

 カードプロフェッサー・ギルドの加入条件は、末端席を賭けてランキング最下位と闘い、それを奪い取る。かなりシンプルで、マイルにとってリスクのないものだった。
 不必要にメンバーを増やさず、精鋭たちはランキングを上げるため己を鍛える。ギルド側の指向で、所属するプロフェッサーのレベルは保たれている。

 『情なんて…』という言葉は、最年少カードプロフェッサーとしてランキング1位のギトルダム・オッドを負かしたマイルに、ギルドマスターから掛けられた最初の一言だ。
 カードP・ギルドを創設し、現役を退いたギルドマスターは上位5人としか会話せず、顔すらみせない。
 その点、マイルは3ヶ月でギルドマスターと会話している。
 内部の者にとっては驚愕に値する出来事だった。


「オレは実力主義だからな。君が成人前だろうと驚かない」

 自分は椅子に座り、立たせたままのマイルにデュエルディスクを渡したギルドマスターは、シャッフル済みのデッキを自前のディスクにセットした。

「ランキング1位の人間とは一度は手合わせしている。君も例外じゃない」
「…わかりました」

 つまりは実力を見せて見ろということだ。言われた通り、マイルもデュエルディスクを構える。
 そして、事実上ギルド最強のデュエリストを相手に、デッキから手札をドローした。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ボディソープしかないと、シャワーを浴びたばかりのレベッカは係員に抗議した。
 集中した後は、ぬるめの湯舟に浸かるに限ると、準決勝デュエルを終えてバスルームに直行したときに確認しておけばよかった。

 先のデュエルから続いた頭痛は、もう気にならない。シャワーのリフレッシュが効いたようだ。
「次はもう決勝か。実感わかない…」

 言い訳にしかならないが、カードP・ギルドや金剛竜のことが気になって、ここまでのデュエルに集中できなかった。それでも強敵相手に勝ち上がってこれたのは、相手の僅(わず)かな慢心を逆手にとったからだ。
 もしも油断なく、的確に攻められていたなら…、考えればすぐに答えは出る。
 準決勝どころか…、1回戦敗退だろう。
「…マイルと、全米チャンプの座を賭けてデュエル……」
 幼なじみで親友。
 小さい頃、マイルとのデュエルはレベッカが勝ち越していた。仲間うちで強かったマイルを負かしたんだから自分が1番なんだと、…その頃は誇っていた。
 気付いたのは、アーサーの研究を手伝うために街を出てから。

『マイル君は、レベッカを傷付けないようにと、手加減してくれていたんだよ』

 アーサーは知っていたのだ。何度となく対戦したデュエルの中で、マイルの実力を…。彼が、レベッカ相手に遅れをとるはずがないことを…。

「今日こそ、わたしは本気のマイルと闘って勝つんだ」
 着替えは済んだ。子供っぽいからやめていたけれど、今回はお気に入りのリボンで髪を結ぶ。
 細い腕に合わせて調整したデュエルディスクに、デッキをセットする。


『これより、トーナメント決勝戦を行います。出場者2名はセンターステージにお集まりください』

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カードを持つ手に力が入る。
 こんなテンションは、ギルドマスターと向かい合った時以来だろう。
「次の決勝も勝つ。レベッカにはわるいけど、マスターと約束したから。金剛竜は、僕がもらう!」

 ギルドの現状況は知っている。財政難で、存続資金すらオークションに頼っていて。
 プレイヤーの年齢層を上げたり意識向上をはかるために開催していた賞金付き大会を減らされているのは、カードP・ギルドを根底から解散させるためらしい。
 カードプロフェッサーが新規ユーザーの増加を妨げているのも事実だから、I2社も本腰を入れたんだ。

 何故、オークション落札者がこんなにも金剛竜のカードを欲しがるのかは知らない。
 しかしマイルには今、ギルドを救う必要と理由がある。相手が幼なじみだろうと、あの頃のような手加減はしない。
 嫌われたって構わない。
 会場全部を敵に回したって勝ち抜く覚悟だ。
 きっと、デッキは今まで通りに応えてくれるはず。カードにまで嫌われたらどうしようもない。

「レベッカ…お前は強くなってる。でも、ギルドマスターほどじゃないだろ…」
 その身に刻み付けたギルドマスターのデュエルがフラッシュ・バックする。13歳最後の日に闘ったあの人こそ、世界最強のデュエリストだ。


『これより、トーナメント決勝戦を行います。出場者2名はセンターステージにお集まりください』

『それでは準決勝第二試合、レベッカ・ホプキンス対グレゴリー・ルータス!デュエル開始!!』


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 スポットライトが3つ、暗闇に佇む三人を照らしだす。

『これより、いくつもの激戦をくぐり抜け、ここに立つ権利を獲得された二名によるトーナメント決勝戦を行います』

 格闘技のリングアナ顔負けの迫力で、I2社代表取締役代理、Mr.クロケッツが声を張った。今大会のほとんどを任されたという緊張感と、自分を挟んで向かいあうレベッカ、マイルの緊迫感が、Mrクロケッツを充たしていく。

『両者、自分のデッキ及び、相手のデッキをシャッフルしてください』

 ホルダーからデッキを外して、軽くシャッフルする。マイルはレベッカに歩みより、デッキを渡した。
「なぁ…レベッカ。お前はコレの意味、わかるだろ?」
 マイルが腕に装着した黒いデュエルディスクを指差すと、レベッカは視線をはずさずに頷いた。
「さっき闘った人から聞いてるよ。“ブラック・デュエルディスク”はカードP・ギルドのランキング1位がつけるものなんでしょ?」
「オッドさんか…。なら、こっちの話もわかってるはずだ」
 マイルはレベッカのデッキから1枚取り出した。
 手にしただけで伝わってくる。何かとは言えない、不思議な波長。
「オレが勝ったら、この“金剛竜”をもらう」
 別に、アンティが嫌なわけじゃない。ただ、“組織の為だけ”にデュエルをしているということが納得できない。
「…ねぇ、わたしたちは何でそんなカードを賭けて闘わなきゃいけないの?」
 あんなにゲームを楽しんでいたマイルからは想像もつかない。トーナメント開始前に声をかけてくれた時はいつものマイルだったのに…。
「…約束なんだ。オレには実現しなきゃならない目的があって、ギルドにはその手助けをしてもらう。代わりにトーナメントの優勝と、金剛竜を手に入れる」
「…目的って?」
 虚空を見つめるマイルの目。レベッカには見覚えがあった。
(この目…、ファラオの遊戯が、わたしのダーリンを助けにいった時とおなじ……)
「レベッカが、オレに勝てたら教えるよ」
 引ったくるようにレベッカの手からデッキを取ると、マイルは元の位置に立ち直す。

『両者、準備は整いましたね?それでは決勝戦、デュエル開始!!』

 したっ腹に響く宣言で、レベッカは5枚ドローした。
「まずはオレのターンから。リバースカードを2枚セットし、電池メン−ボタン型を守備で召喚」

電池メン−ボタン型 〈光〉

【雷族】
このカードが表になったとき 自分のデッキから「電池メン−ボタン型」以外のレベル4以下の「電池メン」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。
また、表になったこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
AT〈100 DF〈100

「電池メン…。対戦では始めて見る。わたしはカードを1枚伏せて、ビックバン・ガール召喚。手札の魔法、天使の施しを使うわ」
 手札を入れ替え、改めてマイルのモンスターを見た。かわいらしい顔のボタン電池がぴょんぴょん跳びはねている。
「その電池メンにビックバン・ガールで攻撃!」
 杖の先から放たれた炎が電池メンを破壊した瞬間、小さな電撃がマイルのデッキを照らす。
「ボタン型の特殊効果。デッキから新たな電池メンを特殊召喚する。来い、電池メン− 単二型!」
 選んだカードをセットすると、丸々とした乾電池が現れた。
「やっぱり…リクルート能力のモンスターだったわけね」
「さらにボタン型が戦闘で破壊されたときに、1枚ドローできる」
「えっ、ウソ…」

レベッカ LP〈4000
場 ビックバン・ガール リバースカード〈1枚
     手札4枚

マイル LP〈4000
場 電池メン− 単二型 リバースカード〈2枚
     手札4枚


「オレのターンだ、ドロー!早速いくぞ。単二型を生け贄にして、ボルテック・ドラゴン召喚」
 T−レックスを模したモンスターの胸元のボックスに、電池メンが収まる。起動したボルテック・ドラゴンのモノアイは青に輝き、全身に電流を纏(まと)う。
「ボルテック…ドラゴン…。グレッグさんの話だと、準決勝を一撃で終わらせたっていうモンスター」
 体調不良から睡眠をとっていたレベッカは、もう一つの準決勝を見ていなかった。唯一、対戦相手だったグレッグが教えてくれた情報によると、このモンスターはすごく強いらしい。
 レベッカは身構えながら、手元の伏せカード発動スイッチに指をかける。
「ボルテック・ドラゴンのアタック!ビックバン・ガールを吹き飛ばせ」
「そうはいかない!リバースカード発動」
 上空から不可視のネットが降り注ぐ。
「発動したのはグラビティ・バインド。攻撃は不発におわったよ」
 どうだっ、というような表情を見せつけたレベッカ。ゲームの主導権を左右する初撃を止められたにもかかわらず、マイルはあまりリアクションを見せずターンを終了した。
「…なによ、つまらない反応ね。わたしターン、スタンバイフェイズにさっき墓地に捨てたカード、堕天使マリーの効果でライフを200回復し、ビックバン・ガールはあんたに500ポイントのダメージを与える」

レベッカ LP〈4000 −〈4200

マイル LP〈4000 −〈3500

「ビックバン・ガールを守備表示に。それからカードを2枚伏せ、ターンエンド」
 重力の網がモンスターたちを搦(から)め捕っているため攻撃できない。そこでライフ回復とダメージを同時に発生させる。レベッカの18番コンボだ。
 これを完全に防いだのは、祖父アーサーともうひとり、ヨーロッパチャンピオンのレオンだけ。単純だが、それゆえに攻略しずらい。
「オレのターン、ドロー。オレは手札のマジックカードを発動!」

体外放電 〈魔法〉
自分フィールドの雷族に装備。
装備モンスターは守備力が0になり、対象をとらないカード効果を受けない

 装備されたボルテック・ドラゴンの身体にほとばしる超高圧電流が網を焼いた。自由を取り戻したと吠える。
「あぁ、グラビティ・バインドを…」
「相手モンスターに攻撃だ、ボルテック・ドラゴン」
「くうっ………、なんてね」
「っ!?」
 ビックバン・ガールが噛み付かれる寸前、その目前に巨大なモンスターが割って入た。自ら盾になったそれは、硬い躯でボルテック・ドラゴンを受け止める。

守護竜ダイヤモンド・ドラゴン 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆
〈ドラゴン族〉
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上のモンスターが攻撃された時、特殊召喚し身代わりとなる。このカードは場にある限り、すべての攻撃をうける。
AT〈2100 DF〈2800

「守備表示でこの子が護ってくれたからビックバン・ガールは無傷よ。それと忘れずに反射ダメージも受けてね」
「…くそぅ」

マイル LP〈3500 −〈3100

 マイルは「ふぅ」とため息をついた。このレベッカは昔と、一味違う。自分が相手にしているのは昨年度USA覇者、アメリカ代表のデュエリストなのだ。
 この攻防で目が覚めた。
「…いい防御だったよ。ここからが本当の闘いだ」
「そう、ありがと。でもねマイル、わたしに中途半端な攻めは、禁物よ」
 チッチッと指をふるレベッカ。そんな性格は変わってないんだな。マイルはまたため息をついて、気持ちを入れ換えた。

レベッカ LP〈4200
場 ビックバン・ガール 守護竜ダイヤモンド・ドラゴン グラビティ・バインド リバースカード〈2枚
     手札2枚

マイル LP〈3100
場 超電磁稼動ボルテック・ドラゴン 体外放電(装備) リバースカード〈2枚
     手札5枚

「わたしのターンね、ドロー。さっきと同じく、わたしはライフを回復してマイルにはダメージを与える」

レベッカ LP〈4200 −〈4400

マイル LP〈3100 −〈2600

「さらに伏せていた魔法カード、火竜の火炎弾を発動。守護竜がいるおかげで条件は充たしてる。対象は装備カードの効果で守備力の差がっている、ボルテック・ドラゴンよっ!」

火竜の火炎弾 〈魔法〉
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが存在する時、
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手プレイヤーに800ポイントダメージを与える。
●守備力が800ポイント以下の表側表示モンスター1体を破壊する。


ドガーン!

(よしっ、これでマイルの場はがら空きになった。一気に仕掛けよう)
 うまくいけば、2体の直接攻撃で幕引き。もしカウンターされてもこのライフ差だ。挑む価値はたっぷりある。
「手札から魔法カードをつかうわ。グリフォンの羽箒!」
「…へぇ、グラビティ・バインドを自分から破壊するのか。というか、あいかわらずマイナーなカードを取り入れてるんだな」
 空中を掃く箒が、伏せカードとグラビティ・バインドを消し去る。

レベッカ LP〈4400 −〈5400

グリフォンの羽根帚 〈魔法〉
自分フィールド上に存在する全ての魔法・罠カードを破壊する。
自分は破壊したカードの数×500ライフポイント回復する。

「さあ、みんな自由になったところで攻撃表示に変更。」
「…」
「いくわよマイル。ビックバン・ガールのダイレクトアタック!」
「…ぐっ」

マイル LP〈2600 −〈1300

「お願い、これも通って。ダイヤモンド・ドラゴンも…ダイレクトアタック!」
 腕を振り上げて指し示す。ドラゴンの頭部から突き出す鋭い角が、マイルに向けて疾った。
「…さすがだよ、レベッカ。僅か数ターンでこれほどライフアドバンテージを拡げるなんて」
 モンスターは眼前まで迫っている。だが、この状況において、このマイルの落ち着きようは不自然だ。レベッカの本能が赤信号を告げてくる。
「リバースカード、オープン!」

ゴロゴロ…ズガーン!!

「キャァァァ」
 レベッカの竜が雷に討たれた。全身を覆っていたダイヤモンドは黒焦げになり、雷の破壊力を物語る。
「トラップカード、サンダー・ブレイクを発動した。コストとして手札を1枚すてる」
サンダー・ブレイク
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

「っくう…」
 凄まじい衝撃だった。
 海馬コーポレーション開発のデュエルディスクはリアルな描写が一つの“うり”である。その取り扱い注意として、疾患の認められる者の使用を制限するほど、激しいものなのだ。
 しかし、よもや雷の表現がこれほどとは。海馬社長の力を入れるポイントはわからない。レベッカも思わず舌を巻いてしまう。

(でも…)

 レベッカの腑に落ちない点はもう一つ。
 何故、1ターン目から伏せていたのに、サンダー・ブレイクでグラビティ・バインドを破壊しなかったのか。
 手札を捨てたくなかったとも考えられるが、彼の手札は常に充たされていた。惜しむよりは、まず攻撃を通したほうがメリットだったはず。
「……リバースカードを出して、わたしはターンエンドよ…」
「オレのターン、ドロー。リバースマジック、バッテリーリサイクルを使う。セメタリーの電池メン2枚を手札に戻す」

バッテリーリサイクル 〈魔法〉

自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の雷族モンスター2体を手札に加える。

(このタイミングにカードを回収…?)
 訝(いぶか)しい顔で見つめるレベッカを気にしながらも、マイルは手を休めない。さらに、増えた手札から選んでディスクにセットする。
「電池メン− 単三型、召喚。攻撃表示。リバースカードを2枚セットしてターンエンドだ」

レベッカ LP〈5400
場 ビックバン・ガール リバースカード〈1枚
     手札2枚

マイル LP〈1300
場 電池メン− 単三型 リバースカード〈2枚
     手札5枚


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 リングアナ兼レフェリーとしてセンターステージに立つMr.クロケッツは、この日行われた全てのデュエルを間近で見届けている。
 彼はデュエリストではない。それでも、2児の父として、子供の行動や変化には敏感である。

(どうも気になる…)

 先ほどダイヤモンド・ドラゴンを破壊した局面から、マイル・リッチモンドは“ひっくり返した”。ライフポイントなど既にレベッカ・ホプキンスのそれを逆転し、追い詰めている。
 フィールド、手札まで圧倒的なほどに。
(まるで以前の夜行様のようだ。彼は今、ゲームを楽しんでいない…)

 兄、天馬月光にコンプレックスを抱いていた弟、夜行。いつもデュエルするに際し、楽しむ気持ちを排して打倒兄を願っていた。
 笑顔は消え去り、冷静さは皆無。Mr.クロケッツの中で、見ていて苦しい時期の夜行と、マイルが重なる。

(レベッカ・ホプキンスは勿論だが、マイルという少年は世界的にみても十指に含まれるデュエリストだろう…)
 デュエリストでない彼からしてもしっかり理解できる。
 だからこそ、だからこそ惜しい。楽しむ気持ちがどれほど大切かわかっているからこそ、Mr.クロケッツは残念に思う。

“楽しむことは、そのまま、懐(ふところ)の深さ”

 ペガサスに付き、その横で天馬兄弟をはじめペガサスミリオンの成長を見守ってきた、Mr.クロケッツのこの持論には、ペガサスも頷いた。

− だからこそ、ワタシは子供たちに夢を託したいのデース −

 ペガサス・J・クロフォードは決闘者王国で、非人道的な手段をもちいた。
 しかし、その裏に秘めた真意を知る者はMr.クロケッツ含め、数少ない。

(私には、ペガサス様はむしろ、最も人間的な人間だったのだと思っております。デュエリストキングダムにおいて成長を遂げた少年少女たち。彼らのその成長は、ペガサス様が全てをなげうって組んだ、“カリキュラム”によるものだと…)


ワアアァァァーーー…

 沸き立つ観客の歓声で、Mr.クロケッツは我にかえった。
 マイクロコンピュータを内蔵したサングラスの右側に、現行デュエルのライフカウンターが表示されている。
「…なんと…僅かなターンの攻めぎ合いで、これほどとは……」


レベッカ LP〈300

マイル LP〈6100

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「くぁぁ…」
 直接攻撃の壮絶さに、レベッカは悶絶していた。モンスターもその攻撃も、すべてはソリッドビジョン、映像だ。当然、痛覚など微動だにしない。
(息苦しい…。もしかして、これはマイルのプレッシャー?)
 初戦で体感したケリーの殺気。それとはまた違う、別な息苦しさ。攻撃を受けるたびに、嫌な汗が噴きだしてくる。
「…オレはターンエンドだ」

レベッカ LP〈300
場 リバースカード〈1枚
     手札2枚

マイル LP〈6100
場 電池メン− 単三型×2 ボルテック・ドラゴン(単三型 生け贄) ブラッド・ティアー リバースカード〈1枚
     手札4枚

(…わたしの場は伏せカード1枚。マイルのメインモンスター、ボルテック・ドラゴンは何度倒してもすぐに復活してしまう)
 2ターン前に発動した魔法カード“漏電”が、マイルの反撃の狼煙となった。それまで優位だったレベッカは足場を粉砕され、崖の端まで追いこまれている。
「わたしのターン、ドロー…」
 引いたカードを見て、レベッカは小さくため息をついた。ライフポイントさえ余裕ならば驚異の爆発力を発揮できるお注射天使リリーも、現状では普通以下のステータスしかもっていない。
「スタンバイフェイズに墓地の堕天使マリーの効果でライフ回復。さらに、わたしはカードを2枚伏せて、お注射天使リリーを守備表示で召喚。ターンエンド」
「オレのターン。スタンバイフェイズにブラッド・ティアーの効果でライフを300失う…」

マイル LP〈6100 −〈5800

ブラッド・ティアー 〈永続魔法〉

発動時、1000〜5000までの100の倍数を宣言する。その数値分、このプレイヤーのライフを回復する。
スタンバイフェイズにこのプレイヤーは300ポイントのライフを失う。
このカードが破壊された時、このプレイヤーは3000ダメージを受ける。

「ボルテック・ドラゴンの攻撃、目標はリリー」
「…っ、リバースカード、聖なるバリア−ミラーフォース!」
 放たれた高圧電流を、七色に輝く壁が拡散して跳ね返す。

聖なるバリア −ミラーフォース− 〈罠〉
相手が「攻撃」を宣言した時 聖なるバリアが敵を全滅させる

ドガァァァ

「うおっ…」
 マイルの周囲を囲んでいたモンスターが消滅した。この時、マイルは初めて驚きの表情を浮かべたが、すぐ真顔にもどる。
「残り僅かなのにライフを削りきれない。ケリーさんやオッドさんはこれに苦戦したわけか…」
 レベッカは小さい頃から、追い込まれてからの爆発力はすごかった。最後の命綱はけっして放さない。
 彼女の言うとおり、中途半端なダメージでは勢いを増すだけのようだ。
「…オレはカードを1枚伏せ、ターンエンド」
「わたしのターン。わたしもカードをセットして、エンド」
(手札はない。このあとは全て、マイルの出方にかかってる…)
「…ドロー! オレは墓地から2枚、電池メンを除外する。そして手札より電池メン −業務用を特殊召喚!」

レベッカ LP〈500
場 お注射天使リリー リバースカード〈3枚
     手札0枚

マイル LP〈5800
場 電池メン −業務用 ブラッド・ティアー リバースカード〈2枚
     手札5枚

「特殊召喚したモンスターはそのターン攻撃できない。だが、こいつはフィールドのカードを破壊する能力をもってる」

電池(でんち)メン−業務用 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【雷族】
このカードは通常召喚できない。
このカードは自分の墓地に存在する「電池メン」と名のついたモンスター2体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
自分の墓地に存在する雷族モンスター1体をゲームから除外する事で、フィールド上に存在するモンスター1体と魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
AT〈2600 DF〈0

「攻撃しなくても…モンスターを除去できる……」
「墓地からさらに電池メンを除外、お注射天使リリーと、右端のリバースカードを破壊する。 いけ、パウンド・ボルテックス!!」



第10章 決勝後編 金剛竜

ズガガーン!!

 この日、何度目かわからない雷音が会場を駆け巡る。

(ターンが移れば、このモンスターで攻撃する。そうすればこのデュエルは終わり、オレは金剛竜を手にする…)

「リバースカード、オープン!」

「?!」
 突然、耳に飛び込んできた声にマイルは身構える。
「………なに?!」
 視界の先、レベッカの場に、三日月型の矛を持つモンスターが現れた。舞い上がる砂埃をその矛で薙ぎ払う。
「…儀式魔法、月の伝令を発動したのよ! あんたが破壊しようとしたカード、リリーを生け贄にしてね」

 これはいわゆるリリーフエスケープ。かのデュエルキング武藤遊戯が得意とする、囮モンスターを生け贄にして、破壊を免れるテクニックだ。
(…確かに。コイツが能力を発揮するには、必ず“2枚”カードを破壊しなければならない。モンスターが消えてしまえば効果は無効になる)

月の伝令 〈儀式魔法〉

魔法使い族1体を生け贄に捧げる
デッキからレベルの合計が7になるように
光属性通常モンスターを選択して墓地に送る。
守護円月セレーネを召喚する

「わたしはデッキから、月の女神エルザェムと月の使者を墓地に送る」
「…儀式か。だけど、このモンスター…初めて見る……」
「それは当然よ。カードマニアのわたしのおじいちゃんから貰ったカードなんだからね。今では絶版になったレアモノなのよ」
 フフッと挑発的な表情を浮かべるセレーネに対し、マイルは鋭くにらみつける。

守護円月セレーネ 〈光/闇〉
☆☆☆☆☆☆☆
【天使族/魔法使い族】
AT〈2600 DF〈2800

「わたしのターン。…堕天使マリーの効果」

レベッカ LP〈700 −〈900

(…準決勝の相手もそうだったけど、マイルもまた…真っすぐわたしを見てないんだ。それにわたしとのデュエルが楽しくないなんて、それが気にくわないのよね。
 ここはやっぱり、何がなんでも勝つ!)
「手札を伏せて、ターンエンド」
「…」
 ターンが移っても、マイルはすぐには手を動かさなかった。手札を見つめ、口を尖らせる。
 持ち時間は決まっているので、レフェリーは仕方なく注意する。
「マイル・リッチモンド。あと30秒で自動的に相手ターンになりますよ」
 その言葉で覚悟を決めたようだった。顔を上げ、攻撃宣言する。
「…電池メンでセレーネを攻撃、攻撃力は同じだから相殺となる!」
(……そうよ、あんたの墓地にはもう電池メンはない。コストが無いんだから、セレーネを攻撃して後続モンスターを召喚しやすくするしかない。読めていたわ…)
「カウンター魔法発動! エクストラ・ブースト!」
「…エクストラ…ブースト?!」

エクストラ・ブースト 〈魔法〉
対象モンスター1体は守備力の半分を攻撃力に加える。
ターン終了時このモンスターは墓地にいく

守護円月セレーネ AT〈2600 −〈4000

「迎撃させてもらうわ。そのかわりセレーネはターン終了時にいなくなるんだけどね」
 活力漲(みなぎ)らせ、セレーネは矛を振り回した。体ごとぶつかってくる電池メンを切り付ける。

ズバー!

「…っ!」

マイル LP〈5200 −〈3800

 予想外の反撃に、たたらを踏むマイル。へへんっと胸をはるレベッカを見てすぐに立ち直る。
(…おそらく、マイルのデッキの大半を占めているのは、モンスターの特殊召喚を補助する魔法、罠カード。それも、“墓地”からの。主力になりうる単三型を全部除外した今、残ってるのはボルテック・ドラゴンと業務用だけ)
 雷族の爆発力は、デッキや墓地が回転しなければ成立しない。自らモンスターを除外することは、両刃の剣なのだ。
「リバースカードをセットしてターンエンド」

レベッカ LP〈900
場 守護円月セレーネ リバースカード〈2枚
     手札0枚

マイル LP〈3800
場 ブラッド・ティアー リバースカード〈3枚
     手札5枚

(今こそ…わたしの勝機、絶対モノにする!)
「わたしのターン、ドロー!!」

…バクンッ

(うぐあぁ………)

 カードが脈動した。

 キーカードを引いた感触だ。

 しかし、呼応するようにレベッカの心拍数も暴れだす。

(まただ。さっきの、あのドラゴンを召喚したときと同じ…いや、それ以上かも。心臓が弾けそう……)
 あまりの苦しさに胸を押さえ、力いっぱい足で踏ん張る。察して近寄るレフェリーを右手で制し、
「ドント…ウォーリ…。何でもない…ですから」
 原因を予測してみる。といっても、答は一つしかない。
(…あのドラゴンだ。…でも以前はこんなことなかった。今日は…何かがちがう)
 ギトルダム・オッド戦でも、発作はおこった。思えば頭痛の原因はこれだったのだろうが、すぐに治まったので気にならなかった。
 だが、今回のは桁違いだ。心臓が血液を供給しすぎて、頭の血管がちぎれそうになっている。
「…リバースカード発動、正統なる血統」
 息切れしながらも、チャンスを逃すまいと呼び出されたエメラルド・ドラゴン。主の苦しみを吹き飛ばすため、復活の咆哮を挙げる。
「形勢逆転ね、マイル」
「…」
「戦力を削られたあんたのデッキには、この子と渡り合えるモンスターは…」
「…いるよ。お前の特殊召喚に合わせて、オレはコイツを特殊召喚する
 出てこいっ!サイバー・ダイナソー!」
「え?…サイバー・ダイナソー……」
 目を剥くレベッカの眼前に、全身フルメタル製の恐竜が放たれた。どんなに攻撃しても全て跳ね返す。そんな印象をうけるモンスターだ。
 しかし、レベッカにとって問題はそこではない。
「…なんで、あんたがそれを持ってるの?」

SDS −サイバー・ダイナソー・シャーシ 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆
【機械族】
相手がモンスターを特殊召喚した時、手札からこのカードを特殊召喚する事ができる。
AT〈2500 DF〈1900

「それは、あんたの“お姉さん”のカードじゃないの。なんでマイルが召喚するのよ!」
「…貰ったんだ。それだけだよ」
「そんなの嘘よ。あの人がそれを手放すなんて…」
「うるさいな、何も知らないくせに!」
 怒鳴られたのは初めて。怒鳴るところをみたのも初めて。
「…マ…イル?」
 ショックだった。
 控室にきて、励ましてくれた彼とは別人。別人であって欲しい。
(…しばらく会わない間にマイル、あんたになにがあったの?)
 激しい動悸を忘れ、哀しみ含む表情のレベッカ。
 マイルは視線を落とした。まっすぐな、少女の眼差しを直視できなかった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


『…君の用件はわかった』

 ギルドマスターは、目の前にひざまずく少年を見つめている。
 これは屈服ゆえの姿勢ではない。デュエルに敗北した少年のへたりこんだ形が、そう見えるのである。
(…これが、ギルドマスターの力…)
 少年は心中つぶやいた。完膚なきとはこのことかと、悔しさに奥歯を軋ませる。

『…』

 口を結んだまま眼鏡ごしに睥睨してくるギルドマスターを、少年も睨みかえす。

「…あの」
『君の望み、聞き入れよう…』
「…っ?!」

 目を見開く少年に、無表情で応える。

『条件さえ充たせたならば…、』
「…ギルドマスター?」
『マイル・リッチモンド、君の“姉”の捜索、我がカードプロフェッサー・ギルドの名のもと、引き受けよう…』

 少年−マイル・リッチモンドはさらに顔を引き攣(つ)らせた。喜ぶべき状況だが、わずかに驚きが上回ってしまう。

「でも、…オレは今のデュエルで負け…」
『余興だ』

 ギルドマスターははっきりと告げた。勝ち負けなど、端から関係ない。ただ、ギルド内の“自分の次に強い”ブラックデュエルディスク所持者と闘いたかっただけ。
 驕りなく、淡々と告げた。

「…それで、条件って?」

 立ち上がり問いかえす。依然として座したままのギルドマスターを、マイルは上目使いで見上げる。

『半年後、ニューヨーク開催のUSAトーナメント。それに出場する現王者、レベッカ・ホプキンスから、あるカードを奪取せよ』
「…なんだって!レベッカって…」

 まさかその名が挙がるとは、予想してなかった。できるはずない。マイルのあんぐり開いた口はしばらく閉じなかった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(マズイことになった…)

 信じられないが、彼の手元にサイバー・ダイナソーがあるという事実は覆らない。レベッカは大きく溜息をついた。
 気になるのは相手の場の伏せカード3枚。手札の魔法カードを使っても、迎撃されてしまう可能性は拭えない。
(でも、何かが伝わってくる…)
 電池メンが迎撃された時のリアクションからすると、マイルはさらなる切り札、サイバー・ダイナソー召喚を読んでいたはず。とすれば、伏せカードの正体はその強化系魔法。
(シュミレーションはできた。あとは…、わたしがマイルの張った罠に飛び込むための勇気…ね)
 まだ、鼓動は高鳴り止まず、手も震えている。召喚前の予調だけで“これ”なら、アイツが場にでたらどうなるんだろう。
(でも、アンタがわたしを追い詰めたいわけじゃないんでしょ。それだけはわかってきたわ。だからわたしに迷惑をかけた責任として、わたしに…勇気をちょうだい)
 胸を押さえていた右手に最後の手札を持ちなおすレベッカ。それをデュエルディスクに叩きつける。
「手札より、魔法カード金剛剣の復活を発動!蘇りを果たしたエメラルド・ドラゴンを生け贄に捧げ、デッキから…」

ズドッ!

 空に舞うドラゴンの前足を、透き通るような剣が刺し貫いた。魔力が溢れだし、ドラゴンの身体を霧散させる。
 それらは新たに姿を成し、より巨大に、より力強くフィールドを占めた。

「ダイヤモンドヘッド・ドラゴン、特殊召喚!」

金剛竜−ダイヤモンド・ヘッド・ドラゴン− 〈光〉
☆☆☆☆☆☆☆☆
【ドラゴン族】
「金剛剣の復活」により特殊召喚される。
このカードの攻撃力は、生け贄に捧げた鋼玉竜の攻撃値に1000ポイント加えた数値とする。
墓地に存在している時、このカードは通常モンスターとなる。
AT〈? DF〈2600

「…っ、こ…これが、金剛竜!!」
 マイルは戦慄した。
 能力は並。ステータスもレベルにみあった程度。召喚しずらくてしかたないモンスター。レベッカと同じ意見でいたマイルは、そういうものとは違う、異質な感覚を覚えた。

ギグアアアァァァ

ゴガアアアァァァ

 金剛竜は威嚇の咆哮を挙げた。
 それに対峙するサイバー・ダイナソーも全身に火花散らすほどのエネルギーを内包し、威嚇仕返す。

「ダイヤモンドヘッド・ドラゴンの攻撃力は、生け贄ドラゴンのそれに1000ポイント加算した数値になる」

ダイヤモンドヘッド・ドラゴン AT〈3400

「コイツがわたしに勇気をくれる。…特殊召喚したモンスターはそのターン、攻撃できない。ターン終了よ」
「くっ、オレのターン…」

マイル LP〈3800 −〈3500

 もう一度、マイルは金剛竜を見上げた。頭部から尾の先まで、身体上部を覆い尽くす傷一つないダイヤモンド。ちらちらと反射する光が目に滲(し)みる。
「だが、どんなモンスターだろうとサイバー・ダイナソーが倒す!
 リバースマジック、ドットサイトを装備。さらにリバースオープン!吠えまくれ、ライジング・エナジー」

ドットサイト 〈魔法〉
機械族のみ装備可能。装備モンスターは伏せカードにも攻撃できる。その場合対象カードは発動できない

ライジング・エナジー 〈罠〉
手札を1枚捨てる。発動ターンのエンドフェイズ時まで、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は1500ポイントアップする。

「サイバー・ダイナソーの攻撃力は4000にアップ」
「なっ、こ…攻撃力が…4000って……」
「覚悟しとけ、このターンで終わらせてやる!金剛竜に攻撃だ、サイバーダイナソー!バーナード・サンダー!」

ズドーン!

「きゃあぁぁー!」
 放たれたレーザー光線が、巨大なるドラゴンを両断した。神と肩を並べる攻撃力は、金剛竜の存在すら消し飛ばす。
「この瞬間、最後のリバースカード…」
「− …伏せカード、オープン!」

ゴボアアァァ…

「っ、なんだ?!」
 レベッカの足元に墜落したはずの金剛竜が、突然、発火し始めた。炎はその全長を包みこみ、視覚的熱風がレベッカのスカートや髪をバサバサっとはためかせる。
「燃え尽きずに、…立ち上がるのか」
 火葬と呼ぶには膨大過ぎる炎。真っ二つされた身体は復元し、前足で起き上がる。
「ど…どんなに舞い戻っても、こいつは防げないんだ。オレの場で発動しているトラップカードはな!」
 再び開かれた砲門がレベッカに向けられる。
「…わたしの伏せカードは−」

ゴアァァ!

ロック・オン 〈罠〉
自分フィールド上の「ドットサイト」を装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時に発動。
装備は元々の攻撃力で相手プレイヤーにダイレクトアタックする。

 レベッカの言葉を遮り、サイバー・ダイナソーの攻撃が炸裂した。
 だが、直後マイルは異変に気付いた。
「そんなバカなっ…」
「…げほっ。まったく、少しはレディの話しも聞きなさいよね」
 そう言い放つレベッカの正面、…いや、周囲を炎が取り囲んでいる。ダイレクトアタックは“それ”に阻まれたようだ。
「…?」
「わかんないって顔をしてるわね。さっきわたしが使ったカード…、瞬間爆撃の焔」

瞬間爆撃の焔 −リセットバック− 〈罠〉
自分のモンスターがバトルフェイズで破壊された時、そのモンスターを
〈炎属性〉【炎族】の『バックドラフト・ドラゴン』として特殊召喚する。

「この効果で、復活したダイヤモンドヘッド・ドラゴンは全てを受けきる焔の化身になった。さっきの直接攻撃も彼が受け止めてくれたわ」
 火災現場に一人立つ少女。まさに浮世離れした状況である。

バックドラフト・ドラゴン 〈炎〉
【炎族】
戦闘で破壊されない。バトルフェイズ中のこのプレイヤーへのダメージも全て受ける。
バトルフェイズ終了時に破壊され、浄化の焔を撒き散らす

「レベッカ…」
 刹那、バックドラフト・ドラゴンは“炸裂”した。飛び散る焔は会場中を照らし、ステージ上を火の海にする。
「…マイル、あんたに何があったのかはわからない。哀そうにデュエルをして勝ち続けてたみたいだけど…」
「…」
「その魔法カードみたいに、心の中で血の涙を流してたって…」
「…レベッカ」
 手の平を掲げて、レベッカは叫んだ。
「ひとまずはこの炎で、カラカラに涸れさせてあげるわ」
 オレンジの炎はフィールドのカードに燃え移った。そのままプレイヤー二人を飲み込み、ライフカウンターから数値を奪う。
「優しい火…だな」
「…この浄化の焔はね、場のカードを燃やして、所有プレイヤーに1枚につき、400ポイントのダメージを与えるの」
「オレの場には装備魔法とサイバー・ダイナソー、永続魔法の3枚」
「わたしの場にはなにも残ってない」

マイル LP〈3500 −〈2300

「そうか、永続魔法ブラッド・ティアーまで破壊された。もうオレは3000ものダメージに耐えられない…」
「今回は、わたしの勝ちね」
「あぁ、負けたよ」

マイル LP〈2300 −〈 0


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「そうですか、困りましたね…」
 表彰式直前のステージ袖。天馬月光は手袋をはめながら報告を聞いていた。
「トーナメント準優勝者不在とは、なかなか…」
 レベッカに敗れてすぐに、マイル・リッチモンドは会場を後にした。優勝のみを求めていたとはいえ、15に満たぬ子供が準優勝を喜ばない。それがどれほどの目的意識だったのか。
 月光には理解できた。自身が太陽を取り戻すために全てを犠牲にしかけた弟と、やはりマイルは重なる。内容は違えど、人はそこまで自分を追い詰められるのだ。

(また、海馬瀬戸に小言を言われるんだろうな…)
 このトーナメントは業務提携中の海馬コーポレーションと共同提供で開催している。彼はバトルシティを、月光は全米トーナメントを担当しているが、中途半端は海馬の納得致すところではない。
「仕方ない。定刻通り、受賞式を始めましょう」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 歓声がデュエリスト達を迎える。
 3位決定戦はトムとグレッグが競い合い、トムが勝利した。
「何だ、あいつはいないのかよ」
 僕に勝っておいて祝福くらいさせてくれよと、トムは3位の台上でつぶやく。
『ノーシードでここまで素晴らしい成績を修めることは大変な努力の賜物だと思います。準決勝は残念な結果でした。しかし、勝者を讃えるスピリットは大切にしてください』
 清潔感漂うファッションの月光が、トムにトロフィーと特製カードを手渡す。受け取り、喜びを噛み締めるトムはそれらを掲げた。
 声援を浴びつつも、トムは月光の様子をちらっと確認した。拍手しているその目には、強い意思が浮かんでいる。
(トム…)
(待っててよ、月光。僕はデュエリストとして、あなたの前に立つ)
 月光の差し出した右手を、トムはしっかりと握り返した。

『前人未踏のトーナメント2連覇、おめでとうございます。強豪を差し置いての偉業です、胸をはってください』
 レベッカはトロフィーを手にし、台の上で跳びはねた。一際おおきな拍手とレベッカコールが鳴り響く。
 この大会は各国へメディア放送されている。先週、遊戯には国際電話して伝えておいたから、観てくれているはずだ。これだけおもいっきりアピールしておけば、城之内だってくやしがるかもしれない。
 向き合う月光は、笑顔で賞金の書かれたボードと、特製カードの入ったケースを手渡した。
「サンキュー、Mr天馬。ところで…」
「…はい、なんでしょうか?」
「お願いがあるんだけど」
 首をかしげ、「よほど無茶なものでなければ…」とつづけた。
「…レベッカ・ホプキンス、君にも伝えておくことがあります」
「…え?」
「先程、届け物と伝言をアーサー・ホプキンス教授へ預けました」
「…おじいちゃんに?」
 こんどはレベッカが首を傾げる。なんの話だか見当もつかない。
「まぁ、とりあえずは後にまわして」
「そ…そう」

レーベッカ!レーベッカ!!レ−ベッカ!!!

 訝しむ顔のレベッカだったが、なりやまない声援にパッと表情を明るくしてトロフィーと賞金ボードを掲げた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


「すごいな、レベッカ。また優勝してしまうとは…」
 孫を研究に携わらせて約5年。枯れ果てたはずのアーサーの目頭は僅かにうるんでいた。もうすぐ大学の卒業式を控えているレベッカは、楽しそうにステージに立っている。
(孫の成長が早い事は、嬉しさ半分寂しさ半分だな、双六…)
 親友の孫は男の子だが、この気持ちは変わらないだろう。

「ねぇ、おじいさん…」
 声のしたほうを向くと、およそレベッカと同い年くらいの女の子が袖を引っ張っていた。
「おや、どうしたんだい?迷子かな」
 女の子は首をぶんぶんと横にふり、一通の封書をアーサーに渡した。そのまま振り返らずに走って観客に紛れる。

− アーサーさんへ −

 封を切ると、手紙が一枚入っている。軽く目を通したアーサーは、
「………これは…
 まだ、…終わっていなかったのか…?」

 そして、この内容をレベッカにも伝えてほしい。最後はそう締め括られていた。



エピローグ 成長の証

 ニューヨークデュエルスタジアム。全てが終わり、速やかな撤収作業によって閑散とした中央ステージ。

「…おまたせ」

 少年はステージに立っている青年に遅刻を詫びた。別に時間を指定していたわけではないが、一言付けて自分もステージに上がる。
「…特に話すことはないでしょ」
 少年−トムは砕けた調子で問う。しかし、青年−月光の返事はない。無言のままデッキを差し出す。
「互いにデッキシャッフルを、トム?」
 トムはうつむいていた。無視したのがマズかったか。
「…月光。これが僕の組み上げたデッキだよ」
 バッと顔を上げたトムから受け取ったとき、月光は手に不思議な熱を感じた。それがこのデッキに込められた想いだと、瞬時に理解する。
「手は抜かず、全力をもって君を粉砕する」
「…うん、ありがとう。僕もそうする!」

…ありがとう

 ただただ、自分に対してだけ気持ちを向けてくれる。そんな決意に敬意を込めた、精一杯のトムの意地。相手はM&Wを生み出したデザイナーから直接指導を受けていた男だ。勝てる算段なんてない。
(でも、だからこそ…)
「さぁ、トム。今まで築いてきた君を、君の成長の証を見せてみろ!」
「…いくよ月光、僕のターン!」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 衝撃の一言だった。祖父から渡された手紙の内容を、できればマイルから直に聞きたかった。そのほうが深刻さを共有できたはずなのに。レベッカを巻き込むまいと気を使ったに違いないが、それがレベッカにとって余計なお世話だったのだ。
「こんなこと、一人で解決できるわけ…ないじゃない」
 男の子はいつもそうだ。重要なことや危険はオレに任せろ、みたいなことを言って誰にも伝えずに背負おうとする。待つ側からすれば、それはただの一人よがり。カッコつけだ。あの優しさ溢れる遊戯すらも例外じゃない。あのドーマの三銃士にアーサーがさらわれたときも、遊戯は単身、敵の陽動にのった。結果、片方の魂を奪われてしまった。
 ポツポツ雨が降り始め、タクシーの後部座席にも染み入ってきそうな雰囲気。

バッ!

「うっ、な…なんだ」
「…ライト?バイクの−」
 タクシーを正面から照らし出したシングルライト。年代物特有の丸い形状。
「お、おい。レベッカ…」
 ドアを蹴破る勢いで、レベッカはタクシーから飛びだした。手紙を読んだ直後、タイミング良く道を塞ぐ豪胆っぷり。レベッカには心あたりがある。
「ドーマ!!」
 叫んで駆け寄る。見知った顔がサングラスをかけたままニヤリと笑った。
「察しがよくて助かるが…、一つ訂正したい」
「はぁ?なにをよ…」
「私はもう、ドーマではない」
 サングラスを外した男の瞳は、驚くほど澄んでいた。まるで好奇心旺盛な子供を思わせる純粋さを放つ。レベッカの怒りが、僅かに削がれる。
「もしそうだとしても、わたしはあなたを許さない」
 大事なひとを二人も危機に追いやった男。レベッカが対峙しているのはその憎らしい相手なのだ。噛み付かんばかりに小さい体を震わせる。
「…そうだろうな。だが、今その問答をする気はない」
 男は後輪側の備え付けバッグからデュエルディスクを取り出した。左腕に装着し、
「お前は知りたいことがあるのだろう?私が教えられるとしたら…」
 何事かと降りてきたアーサーはバイクの乗り手を見て愕然とした。男は歩み寄るアーサーに「お久しぶりですね、ホプキンス教授」と気軽に話しかけた。
「おじいちゃん!わたしのナップサックをちょうだい。そしたらこのまま家に帰って!」
「何を言うんだレベッカ。彼は…」
「わかってる。でも、ここは引けないの。お願い、後でちゃんと帰るから…」
 そんなことを頼まれても、首を縦には振れない。振れるわけがない。
「レベッカ、早くタクシーに戻るんだ。雨も強くなってき…」
「おじいちゃん!!」
 どんなに孫に怒鳴られようと、引けないのはアーサーも同じだ。
「ホプキンス教授。話しが済めばお孫さんは私が必ず送り届けます」
 男の瞳はアーサーの不安すら和らげてしまう。
 何かを企んでいるならば、あんな目にならない。そう感じさせる、一種の魔力を持っているようだった。
「お願いよ、おじいちゃん…」
 これがダメ押しになった。運転手にトランクを開けてもらい、レベッカのバッグを手渡す。
「話しとはあの手紙のことだと思うが、この子を…無事に帰してくれよ」
 男に一言残し、アーサーはタクシーに乗ると心配な顔のまま発進を促した。タクシーが走り去った後、男はレベッカにヘルメットを投げてよこす。
「この先に今は使われていない工場がある」
「(コクッ)」
 頷き、ヘルメットを被ったレベッカはバイクの後部を跨いだ。ナップサックをしょい込み、男のジャケットを掴む。
「しっかりつかまっていろよ。」

 強くなる雨のなか、バイクは水溜まりを弾いて進む。
 真実を知りたい。レベッカの頭にはそれしかなかった。トーナメントで消耗しきった体に力を込めて、振り落とされないよう男の背中にしがみつく。
(洗いざらい聞かせてもらうわよ、ラフェール…)


 END







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