Tomorrow Never Knows

製作者:修羅ぱんてぃさん






重苦しい雷雲が、空を埋め尽くしていた。
遠方で雷がなる音がする。

退廃した空気の円満する廃工場。
窓の格子から扉まで全てのものが錆付いたこの空間で、一人の男の闘気―――否、殺意だけはぎらぎらと煮え滾っていた。
桐嶋 景(きりしま けい)は眼前の男を睨みすえる。

「なぁ景―――もう一度訊くが、本当におめぇは『同盟』を抜けるつもりなのか?」

まるで友人に時間を尋ねるかのような親しげな声。
景は腹啌から沸き上がるどす黒い感情を言葉にして返す。

「寝ぼけるな。お前は自分が遙香(はるか)に何をしたのか――忘れたとは言わせない!」

景の憎しみに満ちた声に、対面する男は些かの動揺も示さない。むしろ景の憎悪を楽しんで居る様にすら見える。

「くく……おいおい、勘違いされて貰っちゃ困るなァ―――だいたいアレは俺の女だったんだぜ?それをおめぇが勝手に持ち出して、しかもアイツもおめぇの方がいいと来てやがる」

男はまるで演劇の演者のように両手を広げて天を仰いだ。ゆっくりとした歩調で工場内部を歩き始める。

「以前の“あれ”ァちょっと甘い顔すりゃ俺の言う事は何でも聞いた。いいケツしてたしデュエルも強かった。でもおめぇが来てから台無しだ。事あるごとに俺に口出しして来やがるわ、言う事は聞かなくなるわで、散々だ。だから―――」

男は突如ぴたりと歩みを止めた。景に居直る。
その表情は、まるで仮面の様に空疎で、何の表情も伺い知れなかった。

「―――おめぇも、いらねぇや」

「人を物みたいに使い倒して、言う事がそれか――――」

景の握り拳はわなわなと震えた。
彼女は―――遙香はこんなクズに殺されたのか。こんな人間の端くれにも置けないような野郎に、利用されて、要らなくなったらゴミのように捨てられて、殺されたのか。
景は歯を軋む程食いしばった。
左腕に装備した装置―――“決闘盤(デュエルディスク)”を展開させ、カードデッキを差し込む。

「お前にはもう何もない。『同盟』の連中もお前の横暴に愛想をつかしてる。もうお前はお終いだ」

景の言葉にはまるで耳を傾けず、男は決闘盤を展開しデッキを差し込む。

「だから何だって?おめぇを倒して潰れたトマトみてぇにされた面見りゃ誰も逆らおうとはしねぇだろうよ。『同盟』No.2のおめぇの無様な負けた姿を見ればな」

男は楽しそうにクックッと笑う。
景はそんな男に裂帛の闘気の眼光を叩き付ける。
―――俺は、負けない。
遙香に託された、あのカードがある。負ける訳には行かない!

「お前の好き勝手もお終いだ!ここで決着をつける!」

「やってみなぁ!」

「「―――決闘(デュエル)!!」」














#1 桐嶋 景












「―――っと、ちょっと景ちゃん!起きなさいよ!」

「…ふが?」

眠気眼をこすりながら、桐嶋 景は目を覚ました。

「あ、あれ?もう5時間目終わったのか?」

景は一つ伸びをし、机から半身を起こす。
目鼻立ちの整った端整な面持ちとショートレイヤーの髪。見る物に大人びた印象を与える。

「そーよ。アンタ、先生がチョークぶつけても黒板消しぶつけても起きなかったもんだから、先生欠席扱いにしたわよ」

なるほど、自分の服が変に白っぽいのはそのせいか。景は思った。
どんだけ鈍臭いのよ、と呆れるのは景と同じ年頃、18歳程の女性―――藤宮 由希乃(ふじみや ゆきの)。景の幼馴染みだ。
ナチュラルな茶髪は肩までのスポーティなショートヘア。化粧っ気のない顔立ちはどことなくまだ幼さを残している。
黙っていれば美人なんだがな、と景は思う。

「でさ、でさ、お前今日もあそこ行くんだろ?」
「とーぜん!ここんとこ景ちゃんに負けっパだし、雪辱は果たさないと!」



景と由希乃のハマっている事とは、カードゲーム“デュエルモンスターズ”である。
デュエルモンスターズ―――このカードゲームの人気は今や全世界を席巻している。世界トッププロの賞金マッチ決勝戦はTVのゴールデンタイムでは常連さんだ。




「ちーす店長〜」

「お邪魔しまーす」

カードショップ『魔城ガッデム』。景達は自動ドアをくぐり、少し奥のカウンターの恰幅のよい男に声をかける。

「よお景くん、由希乃ちゃん」

気前よい声で応じるのは店主の田浜 一久(たはま かずひさ)

「やー、最近あったかくなったねぇ……そーいや景くん、公認大会で優勝回数15回突破したんだって?あと10勝でプロじゃないか!」

店長のお祝いに、景は照れたように頭をかく。
デュエルモンスターズでは、公認大会で年間25回以上優勝を記録したものがプロ試験への受験資格を得る。
ただ、プロ試験は非常に狭き門と言われ、マトモにデビューできるのは20分の1か30分の1かとすら噂される程だ。

「田浜さん田浜さん、景をあんまりおだてない方がいいですよ〜。コイツ人前に上がるとすぐ緊張して……」

由希乃のひそひそ話に、景は鼻を鳴らした。

「何言ってんだか。俺はお前みたいな脳みそまで筋肉で出来てる女と違って―――ぅお!?」

突如景の横っ面を切り裂く空圧。
神速で放たれた由希乃のコークスクリューブローだった。

「ん〜?何か言ったの景ちゃ〜ん?」

まるで人の首を刈り落とす寸前の死神のような由希乃の笑顔。景の全身に冷や汗が流れる。

「イヤーナンデモアリマセンヨハハハ……」

景の声は意図せずとも機械のような起伏のない声になった。―――危険な女だ。危険物注意のシールが必要な位に。

「返して!僕のカード返してよ!」

悲壮感に溢れる子供の悲鳴。
振り向いた先のフリーデュエルスペースには、大学生程の男が見るからに小学生の物らしきカードを片手にその子供の手から身を躱していた。
ベタベタの脂ぎった髪に鱈子唇の下に生い茂る髭、黒縁の眼鏡。スルメのような異臭を放つのはダルマの様な体型。シャツが今にもはち切れんばかりである。

「うるさいなァ、君は昨日この交換で良いっていったじゃないか」

「うっさい!あれ偽物だったじゃんか!グアムレアだなんて嘘ついて!卑怯者!」

「ビービーうるさいんだよ!」

そう言い放つと共に、肥満男は少年を蹴り飛ばす。
怒りのまま景は一気にその肥満男に歩み寄り、肩を掴んで振り向かせる。

「おいあんた、子供相手に何やってんだ!?」

「フヒ?何ですかアナタ?この子の兄弟ですか?」

「赤の他人だ―――君、大丈夫か?何があった?」

景は子供に問い掛ける。

「そいつが……そいつが僕のカードを……ひっく………偽物のカードと交換させられて………」

「確かにこりゃパチモンだな。おおかたアメリカだかのの玩具にさして詳しくない店で購入したんだろうよ。海外だと輸入玩具にはいい加減な店が多いからね」

田浜店長が少年がポケットに入れていたカードを手に取って言う。

「なにそれ、詐欺じゃない!?しかも子供相手に!?最低ね!」

由希乃が侮蔑を露にした表情と共に吐き捨てる。可愛らしい女の言葉がよほど刺さったのか肥満男は猛然と食ってかかった。

「ブヒ!?失礼な!このガキもこのカードと交換という条件で納得したんだ!もう取引は成立したんだ!」

「そんな不当な取引があるか。いますぐそのカードを返してやるんだ!」

景の叩き付ける声に、その男は気圧される。―――が、しかし。

「フヒヒヒ……ではこうしよう。僕とキミが今からデュエルをする。君が勝てばこのカードはガキに返そう。ただし、君が負けた場合は―――」

肥満男はその顔に嫌らしい笑みを浮かべた。

「君のデッキの中で、一番レアリティの高いカードを貰うよォ」

「そりゃ不公平だ!大体そちらにはリスクが何も無いじゃないか!?」

「そーだよ景ちゃん!こんな勝負うけなくていいよ!」

田浜店長と由希乃の抗議。
だが、景はすぐさま首を縦に振った。

「……分かった。その高慢ちきな鼻、へし折ってやる!」

最低限の挨拶とデッキのシャッフルを済ませて景と肥満男―――露梨金 胆雄太(ろりこん きもおた)はデュエルスペースの対になる位置に付いた。


「「―――決闘!」」






デュエルディスクは胆雄太の先攻を示している。
「僕のターン…フヒヒヒ、ドロー」

胆雄太はカードを1枚引く。

「ブフゥ、ツモが悪いねェ……僕は『グリーン・ガジェット』を召喚、効果で『レッド・ガジェット』を手札に加えるよ」
胆雄太の場に歯車を組み合わせて出来た体躯のマシンが出現する。



《グリーン・ガジェット/Green Gadget》
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1400/守 600
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「レッド・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。



「ブフフ、更にカードを1枚伏せ、ターン終了だよォ」

胆雄太:手札4 LP:8000

喋り方が妙に景の癇に障る。フウフウと息を荒げるその顔には、4月の初頭だと言うのに汗の玉が浮かんでいた。
景は沸き上がって来る不快感を振り払う。

「俺のターン、ドロー―――手始めに『サイクロン』発動!」


《サイクロン/Mystical Space Typhoon》
速攻魔法(制限カード)
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。



胆雄太と魔法・罠ゾーンに竜巻が出現、胆雄太の伏せカード―――『奈落の落とし穴』を飲み込んだ。


「永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』発動!」



《神の居城−ヴァルハラ/Valhalla, Hall of the Fallen》
永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札から天使族モンスター1体を特殊召喚できる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。



ガラガラと音をたて、景の場に白い古代遺跡のような城が出現する。

「そして『神の居城―ヴァルハラ』の効果発動!手札から『The splendid venus』を特殊召喚!」

無表情の仮面を纏った金色の天使が、主人を守護するかのように胆雄太に立ちはだかった。




《The splendid VENUS(ザ・スプレンディッド・ヴィーナス)/Splendid Venus》
効果モンスター
星8/光属性/天使族/攻2800/守2400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
フィールド上に表側表示で存在する天使族以外の全てのモンスターの
攻撃力と守備力は500ポイントダウンする。
また、自分がコントロールする魔法・罠カードの発動と効果は無効化されない。





「ブヒィ!?いきなり上級モンスターだとォ!?」

胆雄太は驚きの色を隠せない。

「更に手札から『ダーク・ヴァルキリア』を通常召喚!」


《ダーク・ヴァルキリア/Dark Valkyria》
デュアルモンスター
星4/闇属性/天使族/攻1800/守1050
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが表側表示で存在する限り1度だけ、
このカードに魔力カウンターを1つ置く事ができる。
このカードの攻撃力は、このカードに乗っている
魔力カウンターの数×300ポイントアップする。
その魔力カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。



黄金の天使の隣に出現する、漆黒の鎧に身を包んだ女天使。

「バトルフェイズ!『splendid venus』で『グリーン・ガジェット』を攻撃!」

黄金に輝く天使は両手を眼前に掲げる。そこにエネルギーが収束、一気に放たれる。その破壊エネルギーが『グリーン・ガジェット』を易々と飲み込んだ。

胆雄太LP:8000→6100

「ブ…ブフゥ……」

「更に『ダーク・ヴァルキリア』でプレイヤーにダイレクトアタック!」
漆黒の天使は右手を掲げる。光が右手に収束していき、瀟洒な細剣を形作る。
『ダーク・ヴァルキリア』は背中の羽で飛翔、胆雄太の太鼓腹に刺突を一閃する!

胆雄太 LP:6100→4300

体を折る胆雄太。

「―――カードを1枚伏せてターン終了だ」





景 手札3枚 LP:8000

胆雄太のターン。興奮の収まらぬままにカードをドローする胆雄太。

「フヒヒヒ……僕も運のある男だ―――手札から『レッド・ガジェット』を攻撃表示で召喚!『イエロー・ガジェット』を手札に加える!」




《レッド・ガジェット/Red Gadget》
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1300/守1500
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから「イエロー・ガジェット」1体を手札に加える事ができる。







胆雄太の場に赤の歯車で作られたようなマシンが現れる。景は眉を潜めた。

(攻撃表示!?『レッド・ガジェット』の攻撃力は『テテュス』や『ダーク・ヴァルキリア』よりも低い……何故だ!?)

「フィールド魔法『歯車街(ギア・タウン)』発動!」




《歯車街(ギア・タウン)/Geartown》
フィールド魔法
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要なリリースを1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地に送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。







景と胆雄太の周囲に歯車仕掛けの建物が無数に出現する。

(フィールド魔法!?一体何を?)

「ブヒヒ………コイツが破壊された時は、『古代の機械』と名のつくモンスターをリリース無しで特殊召喚出来るんだよォ―――」

胆雄太が唇の両端を極端に吊り上げる。あれが彼なりの笑顔なのだろう。

「ブフフ……では手札から『地砕き』発動―――君の場の『splendid venus』を破壊するよォ」



《地砕き/Smashing Ground》
通常魔法(制限カード)
相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。





足下の大地が崩れ、その深遠に飲み込まれてゆく光の天使。

「くっ……」

「ブフフ……まだまだ、お楽しみはこれからさ―――手札から魔法カード発動『大嵐』!」



《大嵐/Heavy Storm》
通常魔法(制限カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。




「!!」

景は戦慄した。
吹き荒れる暴風が、歯車の街も、神の城も、全てを飲み込んで行く。

「ブフヒヒヒヒ、破壊されたことによってフィールド魔法『歯車街』の効果発動!デッキから『古代の機械巨竜』特殊召喚だァァァ!」





《古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)/Ancient Gear Gadjiltron Dragon》
効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻3000/守2000
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手ライフに400ポイントダメージを与える。
●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。



歪な歯車で体を構成した巨大な竜。
眼窩の奥の炯々とした瞳が景を見据えた。


「ブフフフフ、覚悟はいいかな?桐嶋 景ィィィィィ」

「っ・・・・」

景は手札を見やった――ダメだ、今はどうしようもない。

「グヘヘヘヘ…ではバトルフェイズ――『古代の機械巨竜』で『ダーク・ヴァルキリア』を攻撃ィィィィィ!」

『古代の機械巨竜』はその口腔から紅蓮の火炎を『ダーク・ヴァルキリア』に放つ。
その熱量は黒い天使の体を易々と消し炭に変えた。




景:LP 8000→6800




「くぅ…」

「ブヘヘヘヘ!そして『レッド・ガジェット』、ダイレクトアタックゥゥゥゥゥ!」

赤色の機械は景にダッシュ、その拳を叩きつける!

「がっ…!」




景:LP 6800→5500


景は膝を折る。

「ゲヘヘヘヘヘ!どうだァ桐嶋 景ぃぃぃぃ…ターン終了ォ!」

景は手札を見た。

(――まだ、まだ終わっちゃいない)

景は眼を閉じる。
視界のない暗闇のなか、カードに手をかけ――



“――――景、諦めないで”

聞き覚えのある声。どこか懐かしい声。
景はすぐに思い至った。

(ああ、この声は…)

この声は、遥――――











「俺のターン、ドロー!」

景はカードを引き、そのカードを見やり――――


「メインフェイズ、手札の『ヘカテリス』の効果発動!このカード自身をを墓地に捨て、デッキから『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加える!」


《ヘカテリス/Hecatrice》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1500/守1100
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「神の居城−ヴァルハラ」1枚を手札に加える。




「手札から魔法カード『神の居城―ヴァルハラ』発動!」

再び景の場を包む荘厳な城。

「チッ…」

胆雄太の舌打ち。

「さらに『ヴァルハラ』の効果発動!手札から天使族モンスターを特殊召喚する!」

景は万感の想いを込め、カードを決闘盤にセットする。

――――“立………派……な、決闘者(デュエリスト)に――――”














「『アテナ』を特殊召喚!」







あれは、夜の事だった。

漆黒の鱗雲のカーテンに所々覆われた、冷たい夜空の帳から、月が冷たい笑みを投掛けていた。
まるで景の腕の中でか細い息の彼女を嘲笑うかの様に。

「―――景……」

腕の中の彼女は、景に出血で青白くなった顔をむけた。
動いては駄目だ、という景の訴え。しかし彼女は震える手で腰のデッキケースから、1枚のカードを取り出し、景に差し出す。

「―――受け、――って……私の――事な……カー……ド―――」

景は両手でそのカードと、彼女の手を握る。自分の命を彼女に分け与えようとせんばかりに。
しかし、裏腹に彼女の手は段々と冷たくなってゆくだけだった。
止血のため巻いた上着の切れ端からも、既に命の水を止められずに赤黒い水溜りを形成している。―――もうすぐ彼女の命の灯は消えてしまう。
景は何か出来ないかと探した。自分のシャツで包帯を追加しようと服に手をかけたその刹那。

「―――景……もうこんなこと……終わりに………して……」
掠れた、しかし力強い声。
彼女が最期の力を振絞り、景の頬に両の手を添えたのだ。
彼女は、その蒼白な顔に、優しい微笑みを浮かべていた。
その顔は、景が今まで見た彼女の表情の中で、最も美しかった。

「―――もう、『同盟』のことも、岳斗のことも……私の……こ、と……も…忘れて……―――」

彼女の左手が、落ちる。体から熱が失われて行く。

「―――立………派……な、決闘者(デュエリスト)に――――」




#2 アテナ





「『アテナ』を特殊召喚!」

景のフィールドに降り立つ、白銀のドレスに身を纏った女神。
流れるような紫の髪。右手にするのは銀の槍。左に持つのはこちらも銀の盾。
女神の殺意のこもった鋭い、しかし気高い目線が、胆雄太を見据えた。

「えぇ!?『アテナ』だって!」

「あれって確か世界で5枚しか製造されてないんじゃなかったか!?」

回りのギャラリーからも、驚きの声が上がる。
胆雄太の方は興奮状態だ。

「ブフゥ!?『アテナ』だとぉ!?時価にして数十万はくだらないあのカードが、なぜあんな男の手にィィィィィィィィィ!?!?」

鼻汁と涎をまき散らしながら喚き立てる胆雄太。ソリッドビジョンの『アテナ』が顔をしかめる。

「更に俺は『シャインエンジェル』を通常召喚!そして『アテナ』の誘発効果発動!」

白のローブを身に纏った如何にも古典的な天使が現れた。と同時に、『アテナ』が左手を掲げる。刹那、胆雄太の体に、紫の雷が降り注ぐ。

「たわばっ!?」


胆雄太 LP:4300→3700


「な、何だァ!?」

「『アテナ』は場にモンスターが召喚・特殊召喚された時600ポイントのダメージを与える。―――そして『シャインエンジェル』をリリースして『アテナ』の効果発動!」



《アテナ/Athena》
効果モンスター
星7/光属性/天使族/攻2600/守 800
自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。





美しき女神が目を閉じ、何らかの呪文を詠唱し始める。
『シャインエンジェル』が光の弾に姿を変え、景の決闘盤の墓地に飛翔した。

「『アテナ』は自分の場のモンスター1体をリリースし、墓地から天使族モンスターを1体特殊召喚することが出来る!」
景は墓地ゾーンから手に取ったカードを決闘盤に叩き付ける!

「『splendid venus』を特殊召喚!」

景の場に純白に身を包んだ天使が再び現れる。

「ブグッ……だが君のモンスターでは僕の『古代の機械巨竜』の攻撃力には及ばないじゃないか―――『レッド・ガジェット』だけでも潰しておこうという腹積もりかなァ?」

「忘れたのか?『splendid venus』が場に存在する限り天使族以外のモンスターは攻撃力が500ポイントダウンする!」

「し、しまったアアアアア!」

景の指摘にまたしても涙と鼻水と涎を無節操に撒き散らす胆雄太。

「―――『splended venus』が特殊召喚された事により『アテナ』の効果発動!」

再び胆雄太に降り注ぐ天罰の雷。


胆雄太 LP:3700→3100



「ひでぶっ!?」

「最後だ!手札から魔法カード発動!『一族の結束』!」




《一族(いちぞく)の結束(けっそく)/Solidarity》
永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。






景の場の天使達を薄紫の燐光が包む。

「これにより『アテナ』の攻撃力は3400に、『splendid venus』の攻撃力は3600になる!」

「ホゲエエエエエエエエエ!?」

まるでホラー映画のように目と口をフルオープンにして吠える胆雄太。

「成程、景くんのモンスターは殆どが天使族―――容易に条件を満たせる。それに天使族モンスターは下級モンスターの火力が低い。それを補う意味もあるのだろうな」

納得した顔でうなずく田浜店長。

「す…凄い………」

カードを奪われた少年も、只見とれるばかりだ。
「よーし、いけ〜景ちゃん!」

由希乃のエールに景はうなずく。

「バトルフェイズ!『splendid venus』で『レッド・ガジェット』を攻撃!」

黄金の天使の放つ光の槍は、易々と『レッド・ガジェット』を破砕する!


胆雄太 LP:3100→300



「ぶげあああああああああああ!?」

胆雄太は殆ど白目を向いて発狂寸前のような顔だ。しかし景は冷徹に死刑宣告を下す。

「これでトドメだ!『アテナ』で『古代の機械巨竜』を攻撃!」

戦女神の掲げた槍に、光が収束してゆく。

「うわぁぁぁ!止めろ!止めろォォォォォォォォォォ!」

失禁寸前の―――TVであればモザイクが掛かってもおかしくない面構えで胆雄太が叫ぶ。
女神はそんなことは意にも介さず、銀の槍を機械仕掛のドラゴンに向け―――穂先から真白の閃光の矢が飛び、―――『機械巨竜』を粉々に粉砕した。

胆雄太 LP:200→0

「うべぇぁぁぁぁぁぁぁぁ∽√≫¬≡⊂@§」

胆雄太は地球上に存在しないであろう言語―――否、宇宙人の言語でもこんな気味の悪い発音はあるまい―――で叫んだ。

「うっし!」

景は小さくガッツポーズを取る。
ふと景は視線を感じ、その視線の主人を探す。
視線の主はすぐに見つかった。

―――『アテナ』だった。

優しい笑顔で、景を見守るように、微笑んでいたのだ。
景はその優しい微笑みに既視感を感じた。

(ああ、この笑顔は―――)

これは、遙香の―――


ソリッドビジョンシステムが停止し、その微笑みも消えた。
しかし景は、『アテナ』のビジョンがあった場所から、視線が離せなかった。

「ぼ、僕の…僕の『古代の機械巨竜』が―――ぜん、め……めつめつめつ………」

胆雄太は涙目でブツブツと呟き、少年から奪ったカードを投げ捨てて店から走り去った。

「やったじゃな〜い!景〜!」

景に飛び付き、まるで万力のように――無論本人にそんなつもりは毛頭ないが――景の気道を圧迫する由希乃。

「グヘッ………離せ………苦………し………」

景は必死に由希乃の背中を撫で、何とか由希乃の呪縛を解いた。

「いやあ見事なデュエルだったよ。『一族の結集』とはなかなか面白いカードをいれたねぇ」

ゼイゼイと酸素を取り込む景の肩をポンポンと叩いて、田浜店長が景を労った。

「いやぁ、前々から天使族の下級の火力が低かったのが少し気になってて―――今回みたいに上級モンスターのパワーアップもできるしね。っと」
景は胆雄太が投げ捨てていった少年のカードを拾いあげた。
腰をかがめ、少年にカードを差し出す。

「ほら、君のカードだ。大事にするんだぞ?」

少年は景の差し出したカードを両手で受け取る。

「……あ、ありがとう」
景は立ち上がり、少年の頭を一撫でする。

「―――お兄さん、ぼ、僕――」

少年の声に景は振り向いた。
少年の瞳には強い決意の光。

「僕、強い決闘者になる。お兄さんみたいな強い決闘者になるよ!」

景は微笑んだ。
由希乃も田浜店長も、優しい表情で少年と景を見守っていた。
景は少年に握り拳を作ってみせ、

「―――きっとなれるさ。俺よりも強く、な」






―――俺にはまだ足りないものが山程ある。それが何なのかは分からない。恐らく分からないというのも自分が未熟だからだろう。……だが、乗り越えてみせる。遙香が言った立派な決闘者になってみせる。
俺には田浜店長も由希乃も居る。
それに、俺には遙香も側にいる。共に戦ってくれる。力をくれる。
彼女が託してくれた『アテナ』があるから―――






「新しい『刻印持ち』の発見ん?」

カードショップ『魔城ガッデム』から少し離れたオンボロアパート。
衣類やグラビア雑談、××なDVDの散乱する部屋の中で、一人携帯で電話をしている男がいる。

「んで?そいつが何かやらかしたってのか?―――なに?あの岳斗とか?―――『アテナ』のカードを…分かった、何とか接触してみるわ。んじゃな」

男は携帯を耳から離して電話を切った。

「“岳斗”と関わりの深い『刻印持ち』、それに当の“岳斗”も動き出してると来た……厄介な事になりそうだな……」




#3 挑戦者

「はっ―――はっ―――」

景は荒い息を吐いた。全身が冷や汗で濡れていた。
決闘盤のライフ表示は100を示しており、今までの激闘を物語る。
景は視線を前に向けた。
「もう終わりだ。―――。もうお前の狂ったお遊びには金輪際つきあわない!」

そこにはかつて慕っていた先輩―――今は怨敵の倒れて地に這いつくばる惨めな姿があった。

「まだだ……まだ足りねぇのに―――俺の―――金……王国………こんな所で―――躓いてられっか―――」

男は倒れたまま血走った目でブツブツと言葉を垂れ流す。

不意に、男は景の顔を見上げた。
狂気に取り付かれ爛々と輝く瞳。吊り上げられた口の両端。景の背中に戦慄が走る。

「そうだ―――景。お前さえ居なければ俺はこんなザマを晒さずに済んだ。お前がいたからこんなことになった。お前が、お前が、お前が―――!」

その男は不意に後ろ手から取り出したモノを腰だめに構えて地面を蹴る。―――銀色に光るコンバットナイフ。
まさに瞬時の、魔技とも言える速さで景に肉薄する。

「!?」

景は驚愕と恐怖に眼を見開く。

「さあ景、おめぇも遙香の所へ行けぇぇぇぇぇ!」

景は横に飛び、凶器から身を躱そうとするも、既に男は景の懐を捕らえていた。

(駄目だ!間に合わ―――)

だが、景の決闘盤に置かれたままのカードが光輝き、その凶器を弾く。

「な、何ィ!?」

男は驚きに目を見開いた。
景の左手の甲に激痛が走る。焼焦げるような感覚が走り、景の意識は暗黒の中に包まれ―――


「――――ッ!?」

景はベッドから跳ね起きた。
パジャマの下には滝のような汗が流れていた。

(また……あの夢か)

うっすらと十字架のような痣のある左手を擦りながら、景は深呼吸した。
ここの所ずっとこの夢ばかりを、しかも毎回同じ夢ばかり見ている。しかも決まってこの夢を見た後は決まって左手の傷が疼く。
そもそもあの男は今は刑務所で服役している筈だ。自分とはもう縁の無い所に居る筈だ。もう禍根は断切ったのだ。もう遙香の仇は討ったのだ。景は自分を無理矢理落ち着かせる。
時刻はまだ朝4時50分。2度寝しても文句は言われる時間じゃあるまい。そう考え布団に入ろうとした瞬間、甲高い電子音がメロディを奏でる。電話だ。

(まだ6時にもなってないのに何だっていうんだ)

景は不機嫌全開の面構えで携帯を鷲掴みにして開き、電話の主もろくすっぽ確認せずに携帯の決定ボタンを押して携帯を耳に当てる。

「はい、桐嶋ですが」

「やほー、景ちゃん〜おはよー♪」

電話の主人は、由希乃であった。
景は極力向こうに聞こえないように嘆息した。






カードショップ『魔城ガッデム』。
開店時間前、9時50分。平日の開店時間は12時だが、土日は10時に店を開く。
田浜店長は“デュエルモンスターズ”の新作パックのポスターを貼り付けていた。

「ふむ―――これで、よしと」

田浜店長は皺一つなく綺麗に張り付けられたポスターを眺めて一人頷く。さて、今日は新作パックの入荷日。そして週1の非公認大会だ。午後からまた忙しくなる―――そう考え踵を返した矢先。

「ウース店長。久し振り」

親しげな声に田浜は振り向く。
そこに居たのは一人の青年。
短い髪をワックスでつんつんにしており、Vネックの黒シャツ一丁にGパンというラフな出立ちだ。表情はヘラヘラしており、見る者にコイツにはホントに脳みそが詰まって居るのかと勘繰りたくさせる。赤く縁の太い眼鏡がその疑惑を増幅させた。

「おぉ、芥火 銀次(あくたび ぎんじ)君じゃないか!プロに転向してから調子はどうだ?この間東日本の新人王を取ったんだってな?」

店長も懐かしげに声をかける。
銀次は頭を掻きながら高笑いをする。

「なははは!俺にかかりゃ日本の半分なんざお茶の子さいさいよ!この調子でもう半分もいただいちまうよ!」

「そんなこと言ってると、いつかは足元すくわれるぜ?」

「俺に限って、んなこたぁないっての!―――所でさ」

軽薄そうな男―――銀次の表情が、一瞬にして真面目になる。

「この間噂に聞いたんだがな、ここら辺で『アテナ』を持ってるヤツが居るって聞いた事があるんだが、店長は何かしってる?」

「いやぁ、僕も聞いた事はあるんだけど、悪いけど詳しい事はよく分からないな」

店長は銀次の真面目な視線を飄々といなす。店長としては、幾ら顔馴染みとはいえど個人を特定されかねない事には解答しかねる。

「だよなぁ……まあ分かってるさ。店長には迷惑かけないからよ」

銀次は元のアホ面に戻って肩を竦めた。

「所でさ店長、今日発売の新しいパックだけど―――」

「分かってる分かってる。ちゃんと予約してあった分は入れてるからさ。まあ入荷が昼だから、午後に入ったら用意しとくよ」

「頼んだぜ店長〜」

銀次は手をひらひらと振って『魔城ガッデム』を後にした。



「お邪魔しまぁーっす!」

「ちわーす……」

午後1時。太陽の自己主張も激しい頃合、『魔城ガッデム』に由希乃と景の微笑ましいバカップル(と、田浜は勝手に思っている)が来店した。

「おう、いらっしゃいお二人さん―――お?景くん、どうしたんだ?顔色が悪過ぎないか?」

田浜店長は景の豆腐の如き白面を見て驚嘆する。
その一声がスイッチになったようだ。景は一気に泣き言モードに突入した。

「聞いてくださいよ!酷いんすよこの女!」

景は由希乃を指差して捲し立てる。
由希乃は心外だという表情で、

「何よ〜。ちょっと暇だから映画見に行かないって言っただけじゃない!」

「朝5時に叩き起こして3時間も並ばせて挙句立ち見、その上内容がビックリする程つまらな過ぎて眠ろうにも立ち見だから寝心地悪くて眠れないって何の拷問だよ!」

「なにそれ!私のせいじゃ無いじゃないソレ!それにあの映画面白かったじゃない!」

「どこがだよ!実写『デビ〇マン』のがまだマシだったよ!」

「面白かったじゃん!俳優の棒演技とか!」

入って早々他愛も無い言い争いに田浜店長は苦笑いする。―――若いって、いいねぇ。

「まあまあお二人とも、ここは落ち着いて。―――そうだ。2時から大会があるんだけど、どうする?」

「「出ます!」」

店長の提案に即答する二人。

「ここで連敗記録を止めてやるもんね。今日こそ景ちゃんに一泡吹かせてみせるわ…!」

「へいへい、半分もライフ減らせたら褒めてやるよ〜ん」

「何ですって!?景ちゃん最近なんかすっごいウザさに磨きがかかってない!?」

「あーそーですねー。まー誰のお陰とは申しませんがね〜」

おしどり夫婦とは、案外こういう二人を言うのかも知れない。―――妻子持ちの田浜店長は笑いを堪えつつ思った。







「俺のパンチはダイナマイト〜♪ブンブンブン〜♪っと」

日の陰って来た午後4時頃。
芥火 銀次はカードショップ『魔城ガッデム』の自動ドアをくぐった。

「あ、いらっしゃい。銀次君」

「ウース店長〜♪…っと、大会か?」

銀次は決闘盤を装着した男と女を見て言った。他に決闘をしている連中がいない事をみるに、この試合が決勝戦らしい。

「うん、両方ともウチの常連さんだよ。二人ともかなり筋が良くてね。特に男の方の景くんはもうすぐプロ試験に到達する寸前さ」

「フーン…」

銀次は男の場を見た。『ダーク・ヴァルキリア』と裏守備モンスターの2枚。対する女の場には伏せカード1枚のみ。

「私のターン、ドロー!行くわよ景ちゃん―――メインフェイズ、『夜薔薇の騎士』を召喚!」

【由希乃・手札2枚 LP:2400】

《夜薔薇の騎士(ナイトローズナイト)/Twilight Rose Knight》 †
チューナー(効果モンスター)
星3/闇属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は植物族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードが召喚に成功した時、
手札からレベル4以下の植物族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

由希乃の場に薔薇の装飾に身を包んだ騎士が出現する。

「更に『夜薔薇の騎士』の効果発動!デッキから『ロードポイズン』を召喚!」

《ロードポイズン/Lord Poison》
効果モンスター
星4/水属性/植物族/攻1500/守1000
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
自分の墓地に存在する「ロードポイズン」以外の
植物族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

『夜薔薇の騎士』の隣りに植物の蔦で体を構成したようなモンスターが現れる。

「そして『夜薔薇の騎士』と『ロードポイズン』をチューニングするわ!」

薔薇の騎士は緑光のリングとなり、『ロードポイズン』を包み込む。

「―――『ブラック・ローズ・ドラゴン』をシンクロ召喚!」



《ブラック・ローズ・ドラゴン/Black Rose Dragon》
シンクロ・効果モンスター
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守1800
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカードを全て破壊する事ができる。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する植物族モンスター1体をゲームから除外する事で、
相手フィールド上に存在する守備表示モンスター1体を攻撃表示にし、
このターンのエンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。



「『ブラック・ローズ・ドラゴン』の効果発動よ!全て場のカードを破壊する―――そして私はこの効果にチェーンして罠カード『植物連鎖』発動!『ブラック・ローズ・ドラゴン』に装備するわ!」



《植物連鎖/Plant Food Chain》
通常罠
発動後このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する植物族モンスター1体に装備する。
装備カードとなったこのカードが他のカードの効果で破壊された場合、
自分の墓地に存在する植物族モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。



血の如く赤い薔薇の龍は咆哮を上げる。
辺り一面に真紅の花弁か舞い、全てのものを切り裂いてゆく。

「そして『植物連鎖』の効果発動!装備カードと化したこのカードが他のカードの効果で墓地に送られたとき、墓地から植物族モンスター1体を特殊召喚するわ!」

「…っ!」

景は臍を噛む。

「私が特殊召喚するのは『椿姫ティタニアル』よ!」

《椿姫(つばき)ティタニアル/Tytannial, Princess of Camellias》
効果モンスター
星8/風属性/植物族/攻2800/守2600
自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動する。
フィールド上に存在するカードを対象にする魔法・罠・効果モンスターの発動を無効にし破壊する。

銀次が口笛を吹いた。
景のライフは4200。ここでダイレクトアタックを決めれば形勢は逆転だ。

「行くわよー!バトルフェイズ、『椿姫ティタニアル』でプレイヤーに直接攻撃!」

椿の姫君は掌を前方に翳す。無数に出現した触手が槍を象り景に飛ぶ!
しかし、槍は全て景の手前で弾かれ、あらぬ所に直撃する。

【景 手札3 LP4200】

「え!?な、何なの?!」

景がニッと笑う。

「お前が『ブラック・ローズ・ドラゴン』の効果で破壊した裏守備モンスターの効果が発動したのさ。―――『ハネクリボー』のな」



《ハネクリボー/Winged Kuriboh》
効果モンスター
星1/光属性/天使族/攻 300/守 200
フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが
受ける戦闘ダメージは全て0になる。



「へえ、店長が褒めるだけはあるな。抜け目の無い…」

銀次は少し感心した表情を見せる。

「うー…ターン終了……」

「俺のターンか……ドロー」

景はデッキからカードを引き―――

「悪いけど由希乃、この勝負は貰ったね―――手札から『光神機―桜花』を妥協召喚する!」



《光神機(ライトニングギア)−桜火(おうか)/Majestic Mech - Ohka》
効果モンスター
星6/光属性/天使族/攻2400/守1400
このカードは生け贄なしで召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる



景の場に白色の四足獣を模したマシンが颯爽と着地する。

「? 何よ景ちゃん、『桜花』の攻撃力は2400、私の『ティタニアル』には及ばないじゃない!」

「まあ見てなって―――1ターン目から手札にとっといた甲斐があるわな―――魔法『精神操作』発動!」



《精神操作/Mind Control》
通常魔法
このターンのエンドフェイズ時まで、
相手フィールド上に存在するモンスター1体のコントロールを得る。
このモンスターは攻撃宣言をする事ができず、リリースする事もできない。



由希乃の場を離れる深紅の花の姫君。

「これでお前の場にモンスターは無し、んでお前のライフは丁度『桜花』と同じ2400……」

「わーん、また負けたァ!」

悲鳴をあげて由希乃は手をデッキの上に置く―――サレンダー、所謂降参だ。



「―――はい、今大会優勝者は桐嶋 景くんでーす!」

ぱちぱちと拍手が巻き起こる。
景は照れ臭げな笑顔である。
優勝経験は多い方と自負してる景だが、この優勝した時の達成感はいつになっても変わらない。ずっと新鮮なままだ。

(むしろ、慣れたくないな―――)

この達成感、満足感は何度でも味わいたいから―――
景が勝利の余韻に身をやつしている最中。

「よぉ兄さん―――ちょっといいか?」

景の肩をつつく人影があった。
振り向くと、ショートヘアの軽薄そうな男の姿。「何ですか?」と返答しようとした刹那。

(――――っ)

景の左手―――手の甲の十字の痣がズキンと痛んだ。

「さっきの決闘見てたぜ、優勝おめでとさん―――俺は芥火 銀次っつーんだけどさ、俺と決闘してくんないか?」

軽い調子の言葉。裏表なさげな面持ち。だが、景は何か引っ掛かるものを感じていた。
この男に声を掛けられてから疼いている左手の傷。今までこんな事はなかった。件の悪夢の後に痛むことはしょっちゅうだが、痛みそのものはさして長続きはしなかったのに。
しかし、この男の表情からは一片の悪意も謀の気配も感じられない。純粋に興味津々といった面つきだ。

(まあ一戦くらいなら……)

「いいよ。やろうか」

景の返答に銀次と名乗る男は嬉しそうに指を鳴らす。

「さっすが!物分かりがいいねぇ!」

「―――はい景くん、優勝賞品の『暴君ババネロ』1ダース……あれ?景くん、何を?」

段ボール箱を抱えた田浜店長の呼び掛けに、景は振り向いて答える。

「いやあ、俺と決闘したいって人がいるんで、一戦してから貰います!」

「そーゆーこと。さて、やろうか!」







「「決闘!!」」




#4 光の支配者

樹木が所狭しと立ち並び、雑草が無節操に生い茂る山。草いきれが鼻腔を突く。
俺は手近な木に片手をつき、眼下に広がる街を見下ろす。

(ここか、此所にいるのか。景―――)

俺は息を吐き、呼吸を整える。
眼前に広がる街の全貌。此処に俺の全てを奪った憎い男が居る―――。
冷たい鉄の檻を抜け出して数ヶ月。此所まで来るのは楽ではなかった。所々擦り切れ、色褪せたボロボロの囚人服が雄弁に物語っている。食べ物も碌に口に出来ず、一日に1回食する事が出来れば御の字だった。移動手段は殆ど歩きのみ。アシがつくであろう自動車等を盗む事はリスキーだし、交通機関などもっての他だ。更に景の住家が変わっていたという誤算。
だがしかし、俺は帰ってきた。


「へへへ……待ってろよ、景―――」

俺はカサカサに乾いた唇を舐める。
以前は殺し損ねたが、二度目はない。次こそ貴様を殺し、忌々しい過去を精算してやる。
その光景を想像しただけで自然と顔が綻んで来る。俺は眼下の街に歩を進めた。



―――眼前の街は、災厄の迫り来る事も知らずに日常を貪っている。







「俺のターン、ドロー」

景はデッキから引いたカードを見る―――『天空勇士ネオパーシアス』のカード。景は黙して手札に加える。

(あの人は今日の大会には出場してなかった筈だな…)

まずは様子を見るとしよう。

「モンスターを裏側守備でセット。カードを1枚伏せてターン終了」

【景 手札4 LP8000】

「慎重だねえ―――俺のターン、ドロー……手札から『ライトロード・ウォリアー ガロス』を捨て魔法『ソーラー・エクスチェンジ』発動!」


《ソーラー・エクスチェンジ/Solar Recharge》
通常魔法
手札から「ライトロード」と名のついたモンスターカード1枚を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローし、その後デッキの上からカードを2枚墓地に送る。


銀次はデッキからカードを2枚引き―――捨てるカードを見て笑みを浮かべる。

「デッキから捨てられた『ライトロード・ビースト ウォルフ』の効果を発動!このカードをフィールド上に特殊召喚する!」

「!?」



《ライトロード・ビースト ウォルフ/Wulf, Lightsworn Beast》
効果モンスター
星4/光属性/獣戦士族/攻2100/守 300
このカードは通常召喚できない。
このカードがデッキから墓地に送られた時、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。



銀次の墓地から光が飛び出し、それが瞬時に白狼の頭を持つ戦士を形作る。狼の戦士は見た目と裏腹に華麗な着陸を見せた。
景は面食らった。いきなり攻撃力2100のモンスターだと!

「更に手札から『ライトロード・サモナー ルミナス』を召喚!」


《ライトロード・サモナー ルミナス/Lumina, Lightsworn Summoner》
効果モンスター
星3/光属性/魔法使い族/攻1000/守1000
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在するレベル4以下の
「ライトロード」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。


白の衣を纏った金髪の魔術師が『ウォルフ』の右隣に立つ。

「―――優先権を使い、『ルミナス』の効果発動!」

金髪の召喚士は腕を交差させ呪文を唱え始める。

「手札から『D.D.クロウ』を捨て、『ライトロードウォリアー ガロス』特殊召喚!」


《ライトロード・ウォリアー ガロス/Garoth, Lightsworn Warrior》
効果モンスター
星4/光属性/戦士族/攻1850/守1300
自分フィールド上に表側表示で存在する「ライトロード・ウォリアー ガロス」以外の
「ライトロード」と名のついたモンスターの効果によって
自分のデッキからカードが墓地に送られる度に、
自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードの効果で墓地に送られた「ライトロード」と名のついたモンスター1体につき、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

鎧に身を包んだ隆々たる筋肉を持つ戦士が、『ウォルフ』の左隣に出現する。

「い、1ターン目で3体のモンスターが!?」

由希乃が目と口をOの字にして驚愕する。

「バトルフェイズ―――『ライトロードウォリアー ガロス』で裏守備モンスターを攻撃!」

白い鎧の戦士は長斧を振りかざし跳躍、裏側のカードビジョンに刃を振り下ろす!

「―――守備モンスターは『ジェルエンデュオ』!」


《ジェルエンデュオ/Gellenduo》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1700/守 0
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。


景は守備カードを表にする。

双子の愛らしい天使は颯爽と身を躱す。『ガロス』の長斧は虚しく空を切った。

「ちっ…エンドフェイズ、『ルミナス』の誘発効果発動。カードをデッキから3枚墓地に送る」

銀次はデッキからカードを3枚引き、決闘盤の墓地ゾーンに置いた。
その中には同じくライトロードモンスターの『ライトロード・エンジェル ケルビム』『ライトロード・ハンター ライコウ』もあった。

「更に『ガロス』の誘発効果発動。デッキからカードを2枚墓地に送り、ターン終了」

【銀次 手札4枚 LP:8000】

景の頭に疑問が浮かぶ。

(後攻1ターン目で彼はデッキから墓地に7枚のカードを送った…そこまで墓地を肥やす理由は何だ?特殊召喚モンスターを狙っているのか?)

どんな戦略にせよ相手に時間を与えてはいられない。彼のデッキは先程の極端な墓地肥やしの枚数を見るに、短期決戦が狙いなのだろう。
ならば、攻めさせる切っ掛けを掴ませる前に出鼻を挫く。

「俺のターン、ドロー……『ジェルエンデュオ』をリリース、手札から『天空勇士ネオパーシアス』をアドバンス召喚する!」

《天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス/Neo-Parshath, the Sky Paladin》
効果モンスター
星7/光属性/天使族/攻2300/守2000
このカードは自分フィールド上の「天空騎士パーシアス」1体を
生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
フィールド上に「天空の聖域」が存在し、
自分のライフポイントが相手のライフポイントを超えている場合、
その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。

下半身が翼となった戦士が景の場に出現する。

「更に手札からカードを1枚捨てて魔法『ライトニング・ボルテックス』発動!」

銀次の場に降り注ぐ雷は、彼のしもべを瞬く間に灰燼へと変えた。

「バトルフェイズ、『ネオパーシアス』でプレイヤーを攻撃!」

半身の翼をはためかせ天使は疾走、すれ違いざま手にした剣で銀次に神速の一閃を見舞う。

【銀次 LP:8000→5700】

「っ……やるじゃねえの」

銀次は唇をぺろりと舐める。

「『ネオパーシアス』の効果でカードを1枚ドロー。カードを1枚伏せ、ターン終了」

【景 手札3枚 LP:8000】

(よし、序盤の主導権は掴んだ)

景は一息つく。そして先程伏せた決闘盤の伏せカードを見た。
―――景が伏せたカードは『聖なるバリア―ミラーフォース』。

(もし相手が何か仕掛けて来ても、このカードで凌げる。そうすれば完全に流れを掴める!)

銀次のドローフェイズ。

(さあ、どう来る!?)

景の眼光は緊張で鋭くなる。

「じゃあ俺のターン、ドロー」

銀次はカードを引き、ニヤリと笑いを浮かべた。
「いくぜ……手札から『おろかな埋葬』を発動。『ライトロード・ビースト ウォルフ』を墓地に捨てる。そして『ウォルフ』の誘発効果発動。捨てた『ウォルフ』を召喚する」


《おろかな埋葬(まいそう)/Foolish Burial》
通常魔法(準制限カード)
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
その後デッキをシャッフルする。

銀次の場に筋肉の鎧を全身に纏った狼頭の戦士が再び現れ、『ネオパーシアス』に相対する。

「そして、今俺の墓地には闇属性モンスターが『魔導戦士 ブレイカー』『BF-疾風のゲイル』『D.D.クロウ』の3体がいる―――」

「………」

静かな銀次の口調に、景は怖気のような背筋を走る戦慄を感じる。―――何か仕掛けてくるつもりか。

「―――手札から『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚する!」


《ダーク・アームド・ドラゴン/Dark Armed Dragon》
効果モンスター(制限カード)
星7/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守1000
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に存在する闇属性モンスターが3体の場合のみ、
このカードを特殊召喚する事ができる。
自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
フィールド上のカード1枚を破壊する事ができる。

銀次は高らかに宣言し、決闘盤のモンスターカードゾーンにカードを叩き付ける。
銀次の場に旋風が巻き起こり―――咆哮。
巨大な龍がその体躯から殺意を漲らせて景に対峙する。
漆黒の体躯に煮え滾る赫い眼。
筋骨の膨れ上がった四肢、研ぎ澄まされた剣が如き爪。
その狂気と闘争本能に取り憑かれた眼光が景をとらえた。

「優先権を使い起動効果発動!―――墓地の『魔導戦士ブレイカー』を除外して『ネオパーシアス』を破壊する!」

「!!」

黒の龍は拳を地に叩き付ける。
叩き付けられた場所から音を立てて地割れが巻き起こり―――地割れは光輪の戦士に向って走り―――『ネオパーシアス』を跡形も無く飲み込んだ。

「くッ―――」

「まだまだぁ!墓地から『D.D.クロウ』を除外し、その伏せカードを破壊する!」

『ダーク・アームド・ドラゴン』の鉄拳が地層を叩き割る。
疾走する大地の亀裂はそのまま景の身を守る唯一の盾―――『ミラーフォース』をいとも容易く食らいつくした。

「………!」

景は生唾を飲んだ。もう1枚の伏せカードはブラフでセットした魔法カード。景は実質的に丸裸も同然だ。

「バトルフェイズ!『ダーク・アームド・ドラゴン』でプレイヤーに直接攻撃!」

黒の巨龍は口腔に光弾を形成。眼前の敵に向って射出する!

「うぐあっ!」

その一撃をマトモに食らった景は弾き飛ばされた。

【景:LP8000→5200】

「更に『ウォルフ』でプレイヤーに直接攻撃!」

狼の戦士は膝を立てて立ち上がろうとする景に無情の斧の一撃を振り下ろす!

「―――がッ……!」

景は痛みに膝を折った。後頭部への直撃で視界が一瞬ぐらつく。景は再び膝をついた。

【景:LP 5200→3100】

「け、景ちゃん!」

由希乃が悲痛な声を上げる。

「まずいな…景くんの序盤に伏せたカードがハッタリである事は見抜かれている筈……それに銀次くんの『ダーク・アームド・ドラゴン』は少なくとも後1回効果を使える。ここで『ダーク・アームド』を確実に処理しなければ景くんは負ける―――!」

田浜店長の声も真剣そのものだ。
“ライトロード”モンスターは個々のカードパワーもさる事ながら『ルミナス』『ウォルフ』のお陰で展開力もある。流れに乗り始めた時の爆発力は凄まじい。

「ターン終了だ。―――お前のターンだ」

【銀次 手札3枚 LP5700】


銀次の声。景は膝を震わせて立ち上がる。

(まだ―――まだだ―――)

景は手札を見た。
景の瞳が写すのは『アテナ』のカード。
だが、今の状況では出す事すら叶わない。

―――だが、出す事さえ出来れば…!

景はデッキからカードを手に取る。
すぅ、と息を吐いて眼を閉じて―――ゆっくりとカードをひく。
景が眼を開き、視界がカードを捉え―――景の黒い瞳に刃の鋭利な輝き。

「手札から『ヘカテリス』の起動効果発動!デッキから『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加える!」


《ヘカテリス/Hecatrice》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1500/守1100
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「神の居城−ヴァルハラ」1枚を手札に加える。

景はデッキから取り出したカードをすぐさま魔法・罠ゾーンに置く。
純白の神殿が景を包むように築かれた。

「『神の居城―ヴァルハラ』を発動。効果により手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する!」

《神の居城−ヴァルハラ/Valhalla, Hall of the Fallen》
永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札から天使族モンスター1体を特殊召喚できる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「―――!」

銀次の眼が鋭くなる。―――もしや、あのカードか!?

「―――『アテナ』を特殊召喚!」

《アテナ/Athena》
効果モンスター
星7/光属性/天使族/攻2600/守 800
自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を墓地に送る事で、
自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を自分フィールド上に
特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。


景の場に光が一閃する。光が拡散し、散華。そこに戦女神が降り立った。
流れるような銀の長髪に、古代ギリシャの戦士を彷彿とさせる兜。
左腕には円形の盾、右手には瀟洒な槍。
装飾の簡素な胸当ての下。白いドレスが風邪に棚引く。
気高き女神はキッと邪悪なる黒龍を睨み据えた。

「……ッ」

対峙する銀次が左肩を抑えた。景は気付かない。

「更に俺は『コーリング・ノヴァ』を通常召喚!『アテナ』の効果発動!」

《コーリング・ノヴァ/Nova Summoner》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で光属性の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
代わりに「天空騎士パーシアス」1体を特殊召喚する事ができる。


クリスマスの飾を模した異形の天使が現れる。と同時に、『アテナ』が左手を掲げた。
天空からの紫電が銀次に振りつけ、その身を焼く。

【銀次 LP5700→5100】

「……くっ」

「更に『コーリング・ノヴァ』をリリースし『アテナ』の起動効果発動!墓地から『天空勇士ネオパーシアス』を特殊召喚する!そして『アテナ』の起動効果発動!」

再び景の場に舞い戻る馬の下半身を持つ天使。
同時に銀次に降り注ぐ紫電の天罰。

【銀次 LP5100→4500】

「そしてリバースカードオープン!魔法『一族の結束』を発動する!」

《一族の結束/Solidarity》
永続魔法
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が
1種類のみの場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

銀次は眼を見開く。
景のモンスター達は薄い燐光に包まれる。

「これで『アテナ』の攻撃力は3400、『ネオパーシアス』の攻撃力は3100になったわ―――『ダーク・アームド』を倒せるわ!」

由希乃の我が事のような歓喜。景はそれに応えるかの如く力強く宣言する。

「バトルフェイズ!『ネオパーシアス』で『ウォルフ』を攻撃!」

『ネオパーシアス』は旋風の速度で突進、『ウォルフ』の構えた長斧ごとその体躯をバターのように両断した。

【銀次 LP4500→3500】

「そして『アテナ』で『ダーク・アームド・ドラゴン』を攻撃!」

純白の戦女神は槍を掲げた。
穂先に眩いばかりの光が集約し、光球を形作り―――穂先を巨大な黒き龍に向けた。
穂先の光球が檻から放たれた猛犬のように疾駆し、『ダーク・アームド・ドラゴン』を捉えた。
光弾の破壊エネルギーに耐え切れず飛散する黒龍。体躯の破片が散り、濛々たる粉塵が上がった。

【銀次 LP3500→2900】

おおおおお、とギャラリーからも感嘆の声が上がった。

「よーし、形勢逆転よ景ちゃん!そのままやっちゃえ!」

由希乃は拳を突き上げる。もう勝ちを確信したようだ。
田浜店長も一人頷き、

「いやあ、駆け出しとはいえプロ相手にここまで渡り合うとは……」

当人の景も自分の勝利を予感していた。

(よし…次のターンに『一族の結束』が発動されない限り、モンスターの攻撃が1回でも通れば―――俺の勝ちだ!)

「ターンを終了する」

【景 手札1枚 LP3100】

「俺のターン、ドロー………」

ドローしたカードを見た銀次に表情が浮かんだ。
その表情は小さな笑み。
だが、諦念の現れでも、苦し紛れの現れでもない。
―――捕食者の笑みだ。
獲物を見つけた肉食獣の笑みだ。炯炯と輝く瞳に、景の背筋が氷結する。

「―――メインフェイズ、俺の墓地には『ケルビム』『ライコウ』『ウォルフ』『ガロス』『ルミナス』の5体…即ち4種類以上の“ライトロード”モンスターが存在する…」

「……?」

唐突に放たれた言葉に景は困惑する。しかし、景の奥で何かが警告を発していた。
―――何か、やばいモノが来る…!


「よって、手札からこのモンスターを特殊召喚する―――」

突如、景は激痛に顔を歪める。景は咄嗟に患部を右手で抑えた。

「うあっ―――!」

左手の痣だ。
十字に刻まれた痣が痛みの合唱を響かせる。

「見せてやる。これが俺のデッキの最強のモンスター……」

銀次はカードを決闘盤に滑るようにセットした。





「―――『裁きの龍』!」




#5 裁かれし者

「『裁きの龍』………!?」

眼を見開き、戦慄そのものといった表情をした景の口からその名が漏れる。
巨躯を覆う白銀の体毛。何千年もの間を生きて来たかのような威厳を漂わせる口髭。
雄々しき翼が、こちらも白く輝く。
ルビーのような深い紅色の瞳が、鋭く景を睨み据えた。
それはまるで神の御使い。
裁きを下すべく神が寄越した死刑執行者であった。

「て…店長、何なのあの目茶苦茶強そうなモンスターは!?」

由希乃は銀次の『裁きの龍』を指差し慌てふためく。
田浜店長も驚愕していた。

「『裁きの龍』―――あれは日本円で5桁の値段はすると言われているカードだ…景くんの『アテナ』程じゃないが、封入率は非常に低い」

田浜もこの業界に居てから長いと自負しているが、このカードを実際に目の当たりにした事は数度しかない。
それにしても―――、と田浜は思う。ソリッドビジョンシステムであるということは分かり切っているのにこの威圧感はどうだ。実際に相対していないにも関わらず肌をチリチリと焦がす焦がす殺気はどうだ。対峙している景のプレッシャーは察するに余りある。

「……ッ」

その重圧の源と真っ向から対する景の背中を冷や汗が伝う。
確かに景の場の『アテナ』『ネオパーシアス』共に攻撃力は3000を上回っている。戦闘で敗北は無い筈だ。
―――だが、心臓を波立たせるこの不安は何だ?
論理的な根拠はない。理屈もない。
だが、景の左手の痛みが切実に訴えるのだ。




―――コイツは、危険だ。




「いくぜ―――1000ライフを支払い、『裁きの龍』の起動効果を発動する!」

【銀次 LP2900→1900】

白銀の龍が、吠えた。
その咆哮は波紋となり、『裁きの龍』を中心に広がってゆき―――

「!?」

景は目を驚愕に見開く。
その波紋が景の場に到達した瞬間、場に展開していた『ヴァルハラ』が、『ネオパーシアス』が、『アテナ』が、まるで砂のように粉々にされ、消えていく。

「なッ……!?何が!?」

「へへへ…『裁きの龍』の効果さ。コイツは1000ライフを払う事で、このカードを除く全てのカードを破壊する事が出来るのさ!」



《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)/Judgment Dragon》
効果モンスター(準制限カード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついた
モンスターカードが4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、
このカードを除くフィールド上のカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを4枚墓地に送る。



「えっ…!じゃあアイツは1000ライフを払えば景ちゃんに確実に3000のダメージを見込めるってこと!?」

由希乃が悲鳴にも似た声を上げた。
景は言葉が出せない。

「さっきのお返しだ―――バトルフェイズ、『裁きの龍』でプレイヤーに直接攻撃!」

『裁きの龍』は牙のズラリと並んだ口腔を開く。
そこから炎が、まるで意思を持つかのように恐るべき速度で景に襲いかかる!
紅蓮の帯は易々と景を飲み込み、その身体に衝撃と高熱を同時に刻み込んだ。

「うわああぁぁあぁぁあぁぁぁっ!」

「け、景ちゃん!」

由希乃の悲鳴、床に投げ出される景。
高熱の残滓が未練たらしく景の体を焦がす。

【景 LP3100→100】

「エンドフェイズ、デッキから4枚のカードを墓地に送り、ターン終了……どうしたい?もうオネンネか?」

【銀次 手札3枚 LP1900】

床に投げ出されたまま動かない景に、銀次の言葉が刺さる。
景の手札は1枚のみ。頼みの『アテナ』も消され、相手のライフは1900。後一度効果を使う事が出来る。そしてこちらのライフは僅か100。『洗脳―ブレインコントロール』も使えない。

―――俺は、負けるのか……。

景の虚ろな瞳は冷たい白色の床面を映していた。もう幾ら足掻こうが景の負けにはお墨付きがされているようなものだ。

(もう、サレンダーしてしまおうかな……)

そう、これは大会でもない。只のフリープレイだ。負けてもいいじゃないか。仮に負けても何も失うものなどない。反省して次の大会での糧にでもすればいいのだ。
景は力無くヨロリと立ち上がる。

「……」

靄のかかったような眼差しがデッキトップに向く。右手が伸びた。

「…………」

銀次が厳しい瞳で景の様子を眺める。
景の右の掌がデッキトップを覆い―――






―――“立派な……決闘者に………”






景の脳裏に過ぎる、懐かしい声。
遙香のいまわの際に遺した言葉。

「景ちゃん、諦めないで―――!」

由希乃の必死の声。
つい前も、似たような言葉を聞いたっけな。

“景、諦めないで!”

そうだ。
自分にはまだドローフェイズが残っている。

(そうだ……まだ終わった訳じゃない!)

俺にはまだ可能性はある。まだ戦える。
ここで投げ出したら、俺を心配してくれている由希乃に合わせる顔が無い。俺の為に倒れた『アテナ』にも申し訳が立たない。
そして、あの時遙香が遺した言葉―――





“立派な……決闘者に………”






ライフもまだある。ドローも出来る。まだやる事をやっていないじゃないか。
それをフリープレイだからと理屈をつけて放り投げて、逃げ出して、何が立派な決闘者だ。
そんな半端な気持ちで遙香の望む立派な決闘者になどなれる訳無いじゃないか!
景の瞳には再び剣の輝きが宿る。

「俺のターン!」

景は自分の中の何かを断ち切るように宣言する。

「へへ……そう来なきゃ面白くないな。意外にノリのいいタイプ?」

銀次の冗談混じりの声。しかし瞳には燃え盛る炎。立ち上がった強敵に対する闘志がありありと見て取れる。

「まあね。カラオケだったらぶっ通しで60曲はいけるさ」

景もニヤリと笑う。

「―――ドロー!」

景はデッキから―――可能性の切符を掴んだ。

「モンスターを裏側守備表示。ターン終了だ」

【景 手札1枚 LP100】

景は掌に脂汗をかいていた。―――まだだ、まだ食らい付いてやる。ドロー出来る限り、何度でも、何十度でも!

「俺のターン、ドロー―――」

ドローカードは『ライトロード・ビースト ウォルフ』。銀次は心の中で軽く舌打ちする。

「正直ここまで粘るとは思わなかったさ。褒めてやンよ。だが―――残念だが、ここまでだな。1000ライフを支払い『裁きの龍』の効果発動!」

【銀次 LP1900→900】

『裁きの龍』が再度咆哮を上げる。その衝撃波がモンスターに伸び―――

「リバースモンスターは『ハネクリボー』!」

《ハネクリボー/Winged Kuriboh》
効果モンスター
星1/光属性/天使族/攻 300/守 200
フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが
受ける戦闘ダメージは全て0になる。


景の眼前に盾となり立ちはだかる愛らしい天使はあっさりと灰になった。
銀次は舌打ちする。

(―――クッ、遅延系カードを持っていたか……)

『裁きの龍』の弱点の一つだった。
ダメージを与えるには必ずバトルフェイズを介する必要がある。つまり、攻撃のダメージを無にされればコストの払い損になるのだ。

「畜生め……エンドフェイズ、4枚のカードを墓地に送り、ターン終了」

銀次はデッキを見た。最早デッキ枚数は半分をとうの昔に割っている。更にもう『裁きの龍』の効果は使えない。『ネクロ・ガードナー』もデッキに眠ったままだ。次のターン辺りには仕留めなければコントロール奪取されて逆転負けもあり得る。
何、そう悲観すんなっての―――銀次は頭を振った。手札には『死者転生』のカードもある。更に自分のデッキにはあと1枚『裁きの龍』が入っている。仮に何かの間違いで『裁き』が潰されても次のターンには手札に戻して返り討ちにしてやる。

「俺のターン、ドロー!―――手札から魔法『貪欲な壺』発動する!」



《貪欲な壺/Pot of Avarice》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

景は墓地から『ジェルエンデュオ』『ネオパーシアス』『アテナ』『コーリング・ノヴァ』『ハネクリボー』の5枚を戻して、デッキをシャッフルする。

(頼む―――俺のデッキ…力をくれ―――!)

景は祈り、デッキからカードを2枚引く。

「手札から魔法『神の居城―ヴァルハラ』発動!」

景の場に城塞が再び築かれる。

「そして『ヴァルハラ』の効果発動!手札から『アテナ』を特殊召喚する!」

景の場に降臨する戦女神。
攻撃力は劣っているが、その身体から漲る闘気は些かも見劣りしない。

(このターンのバトルフェイズ―――凌がれたらお終いだ。この戦闘に全てを賭けるしかない!)

景は最後の望みを手札の1枚、そして『アテナ』に託す。
不意に純白の女神が、景を振り向く。

(……!)

その貌には、笑顔。
景を勇気付けるような、力強い笑みがあった。

―――景の目が、戦意に炎上する。

「バトルフェイズ!『アテナ』で『裁きの龍』を攻撃!」

戦女神は景に力強く頷き、跳躍。槍を構えて『裁きの龍』に一直線に疾走する。

「上等だ!返り討ちにしてやれ!『裁きの龍』!」

白銀の龍は鋭い牙の並ぶ口腔を開け、紅蓮の業火を『アテナ』に叩き込もうとし――――

(―――今だッ!)

景が目をカッと見開く。手札からカードを墓地に放る。

「ダメージステップ、手札から―――」

景の声と同時に『アテナ』の槍が龍の口顎に到達、更に『裁きの龍』の口腔から火炎が吐き出された。
光が瞬時に破裂。
爆風と轟音が猛り狂った。







(……やったか!?)

銀次は周辺を包む粉塵の中から、自らが最も信頼するモンスターの姿を探す。

(―――!)

だが、銀次の瞳が捉えたのは『裁きの龍』ではなく、
景を守る騎士のように立ちはだかる『アテナ』の姿だった。

「……な、何だって…!?」

銀次の口から焦燥混じりの疑問付が零れる。
見ると、決闘盤のライフ表示は0の文字を映し出していた。
景が口を開く。

「ダメージステップの時、優先権を使ってモンスターの誘発即時効果を使ったのさ。―――『オネスト』の、な」


《オネスト/Honest》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1100/守1900
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。


景の掌は脂汗で未だに濡れていた。
『ハネクリボー』に手札にあった『オネスト』を用いるという事も考えたのだが、『裁きの龍』は倒せてもライフを削り切れない上に自分のライフ100で攻撃力300のモンスターを晒すのはあまりにも危険だ。
そこで景は『ハネクリボー』を守備にし、『裁き』の効果を使わせてライフを確実に1000削る事を選択したのだ。
こうすれば最低でも攻撃力900以上の光属性モンスターさえ来れば銀次のライフを削り切れる。大本景のデッキには光属性モンスターが大半を占めている為に発動不可になる心配だけはなかったが。

銀次は頭をくしゃくしゃとかき回し、息をつく。

「負けたな。完敗だわ」

言葉とは裏腹に、清々しい銀次の表情。そして、景に右手を差し出した。

「ありがとな。負けたけどいい決闘だったわ」

景も笑顔が浮かぶ。銀次の右手を力強く握り返す。

「俺もだよ」

景は背後に視線を感じた。何故か左の手元から。少しそちらに視線を向ける。
そこにあるのは『アテナ』のカード。
景は頬笑む。

(ありがとう、『アテナ』――今回も、おまえのおかげで勝てたよ)












足裏に直に感じるアスファルトの無機質な熱。
くすんだ街の空気を肺に取り込む。
俺は、戻ってきた。
一度全部を失ったが、こうしてまたあのときと――街の頭と崇められていた時と同様、娑婆に帰ってきたのだ。

「景、俺は帰ってきたぜ・・・」

俺は唇を舌で湿す。
あん時俺は、貴様にすべてを奪われた。
だが今度は、俺がすべてを奪ってやる――




#6 そして過去は現在に

「手札から『ダーク・ヴァルキリア』を召喚して攻撃!」

「……ま、負けました」
相手がデッキの上に手を置く。
俺―――桐嶋 景はほっと胸を撫で下ろした。
遙香と出会い、“同盟”に入って2週間ほど。“デュエルモンスターズ”公認大会の決勝戦。その闘いは俺の辛勝で幕を下ろした。
胸中を満たす達成感。徐々に沸き上がる喜び。
―――俺は、優勝したんだ。

「景、おめでとさん」

労いの声と同時に肩を叩く掌に俺は振り向く。やや長い髪は綺麗に整い、その面貌からは知性を漂わせてはいるものの、どこかしら野生を感じさせた。
名前は、雅美 岳斗(みやび がくと)。“同盟”のリーダーにして新人プロデュエリストの大物株と目される男だ。

「なかなかやるようになったじゃねえか、景。さっきの『スキルドレイン』下での『ブラック・ローズ・ドラゴン』と『月の書』のコンボは見事だったぜ」

俺は照れて頭を掻き、

「あ、い、いやぁ……あれはその……遙香さんに教わって……」

俺のそんな顔を、岳斗は愉快げに眺めて言った。

「そうだ景、俺からの祝いだ。とっときな」

不意に差し出される一枚のカード。俺は躊躇う。

「え゛!?でもそのカードって、岳斗さんの大切にしていたカードじゃ……!?」

岳斗は首を振り、

「いや、だからこそだ。大事なカードだからこそ、見込みある奴に託すんだよ」

俺はそのカードを見つめた。俺は岳斗がどれほどこのカードを愛用していたか知っている。岳斗の決闘には必ずと言っていい程このカードが出ていた。そのカードを、俺に……
俺はそのカードを掴む。ここで返せば、それは岳斗の期待を裏切るのも同じだから。

「あ、ありがとうございます!」

俺は頭を下げた。岳斗はいいんだよ、と一笑した。瞳の中には見守る光があった。




あの時の俺は、幸せだった。
稚拙ながらも身を削り合う決闘に、下らない話で笑い合う仲間。そして、想いを寄せていた彼女。
ほんの小さな幸せだったかも知れないけれども、毎日が輝いていた。
あの頃の俺の生きる意味が、あの“同盟”にあった。
もし時間を戻す事が出来たなら、俺はあの時を、またもう一度やり直すだろう。




―――その先に迎えるあの日が、どう足掻いても変えられなくても。









教室に甲高い電子音が響く。
景は欠伸と伸びを一つ。後頭部が異常に痛い。寝違えでもしたのか?後頭部で寝違えなんてあり得るとは思えないが。
時間は12時40分。昼休みの始まりだ。景は体を伸ばす。

「おはよう景ちゃん。今日も豪快な居眠りっぷりだったね!花瓶ぶつけても起きないなんてさ〜」
由希乃が机をくっつけてこちらをからかうように覗き込む。成程、後頭部の痛みはそのせいか。景は納得した。

「てゆーか景ちゃん、どーしてそんなに居眠りになると本気になるって言うか、寝てる時だけ鈍感になるのよ?」

サンドイッチを口に運びながら尋ねる由希乃に景は首を傾げる。景自身も、自分がここまで鈍臭いとは思わなかった。

「うーん、俺自身よく分かんないけどさ。授業が退屈すぎて速攻で眠くなるのが問題なんだろーね」

景は箸で弁当のミートボールを口に入れる。ソースの味が口いっぱいに広がる。

「ウワー、責任転嫁してるー」

由希乃のおちょくりは止まりそうにない。景は口の中のモノを飲み込み、

「でもさでもさ。あの塩見の奴の授業ってつまんねえ上に一本調子だから眠くならないか?1時間ぶっ通しでお経聴いてた方が楽しそうだぞ」

塩見の授業は一種の拷問だね、と景は紙パック紅茶のストローに口を移した。

「まーそうだけどね、毎回爆睡してる上に花瓶ぶつけても起きないのは景ちゃんだけだよ。ピクリとも動かなかったから私も怖かったし先生ったら景ちゃん死んだんじゃないかってパニクってたわよ」

面白そうに話す由希乃だが、よくよく考えてみるとまた恐ろしい話だ。気付かない内に三途の川を渡っていたかも知れないのだ。

「つーかさ、そーゆー事でパニックになるんなら最初から当てたら危ない所に攻撃するなよ。それと居眠りして欲しくないなら居眠りするのが勿体なくなる位の授業をやれっての」

景は不満と共に弁当を平らげていく。
由希乃がクスクスと笑った。

「でも何時の時間も後半は必ず居眠りしてる景ちゃんに言われても説得力ないよね〜♪」

深々と刺さる由希乃の言葉のパンチに景は唇を尖らせる。

「うるせーよ。眠いモンは眠いんだから仕方ないだろ」

一応試験となれば真ん中より上くらいはキープしている景だが、もしかすると単位が危うくなっているかも知れない。居眠り対策としてシゲキックスでも買うか。景は密かに決めた。

「―――そーだ景ちゃん、話は変わるけどさ」

指についたパンのくずを落とす由希乃が、思い出したように景に尋ねた。

「B組の戸山くんっているじゃない?ホラ、あのいつも本読んでる人」

景は自分の記憶をほじくり出す。程無くして該当の項目が見つかる。

「ああ、あの眼鏡で太ってる―――」

「あの人ってさ、最近学校に来てないじゃない?何でだと思う?」

景は首を傾げた。向こうのクラスに顔見知りは何人か居るが、別段苛めだとかそう言う話は聞かない。

「実はね、拉致されたって噂があるのよ」

「拉致?」

景が鸚鵡返しに問う。

「そ、拉致。ホラ、先生が朝のHRで言ってたじゃん?最近ここいらで脱獄囚がいるらしいから気をつけろって」

「そういえば言ってたな。でも、戸山って大企業の御曹司だとか、そう言う親族関係なのか?」

景は疑問を口にする。景の知る限り戸山は勉学、運動ともに話題に登ることはなかった。至って地味な男だ。拉致されたとなると、身代金目的位しか考え付かない。

「それがね、拉致された戸山くんの家庭は普通の家庭らしいの。身代金目的は有り得ないみたい」

「じゃあ何でだろうな?」

「うーん………例えば、アッチの気があるとか」

「………食事の後にする話じゃねえだろ」

景のゲンナリした声を断切るチャイムの音。由希乃は急いで机を戻す。
さて、5現目は現代文の小テストだっけな。景は漢検のテキストを広げた。







「畜生〜、あの鬼教師め……準1級までの問題しか出さないって言ってた癖に……」

学校からの帰り道。景と由希乃は今日もまた『魔城ガッデム』に寄る予定であった。
景は落ち窪んだ眼つきで口から言葉を垂らす。

「どんまい景ちゃん。―――ま、普段から予習復習を怠らないワタシには関係ないお話だけどね〜♪」

景とはまるで対照的な快活な笑顔の由希乃が景の精神にダイレクトアタックを仕掛けた。その言葉は景の心にぐさりと突き刺さる。
言われっ放しでは腹の虫も治まらない。景は自棄クソ気味に言い放った。

「畜生〜、こんな頭の隅から隅にまで筋肉を張り巡らせた女に負けるなんて……もーやだ。死にた―――」

そこまで口にしたところで、景の眼前を何かが過ぎった。
由希乃のすらりと綺麗な脚が、景の眼前で停止していた。
逃げ遅れた頭髪が数本はらりと落ちた。

「ん〜?何かな景ちゃ〜ん?誰が頭の隅から隅にまで筋肉を張り巡らせた女ですって〜?」

「あー、いや、まあ………」

景は眼球を上下左右に動かしながら、必死に言い訳を探した。全身を嫌な汗が滴り落ちる。

「まあアレだ。お前にもそんな数少ない取り柄があったなんて知らなかったなぁ、なんて………」

「―――死んじゃえ♪」

由希乃の足が一瞬戻され、再び風を切って景に襲いかかる。
景は間一髪で身を引いて躱した。
―――マズイ。このままでは俺は確実に殺される。景は脳をフルスピンさせて言い訳を考える。

「え、えと―――まあ落ち着けよ由希乃!ほ、ほらアレだよ、『親しき仲にもジョークあり』って去年流行語大賞で………」

「捏造はよくないよ景ちゃん……だからまずその下品で嘘つきな舌を引き抜いてあげるね♪」

「うわ、本気かよお前!悪かった、俺が悪かったから!だから蹴りは止めろって―――」

死に物狂いで命乞いする景。
―――結局、明日の放課後パフェを奢るという契約で景の寿命は延長したのだった。
口は災の元とはよく言ったものだ―――景はしみじみと感じた。






カードショップ『魔城ガッデム』。
放課後のこの時間は小学生や学校帰りの中高生で賑わう。
ショーケースのカードを見上げるチビッコ、ファイルを見ながら友人と喋る中学生。
フリーデュエルスペースに置いて決闘盤で、或いはテーブルで決闘する者たち。
景と由希乃はテーブルの片隅に陣取り、購入したパックを開封していた。

「うえ、『マックス・ウォリアー』……ハズレばっかだな。由希乃はどーよ」

「うぅん、全ッ然。欲しいカード一つもナシ。何だかな〜」

どちらもお目当てのカードは手に入らなかったようだ。

「はっはっは。まあたまにはそう言う事もあるさ」

田浜店長が笑って慰めた。
景は息をつき、額をテーブルに乗せる。

「何かさ、ここまでハズレアばっかだと作った側の悪意を感じるね」

景は顔を上げて『マックス・ウォリアー』をジロリと睨めつけた。

「さってと……景ちゃん、収穫も無かったみたいだしどうする?もう帰る?」

由希乃が立ち上がって背伸びと共に言った。パックはハズレばかりだし、明日は明日で1限目からまた小テストだ。由希乃に負けた屈辱がまだ残っている景にしても早く帰って勉強しておきたい。

「そーだな、そろそろ帰―――」

景がカードを纏めて立ち上がった刹那。

「―――!? うぁあっ!」

景が左手を抑えて蹲る。
今までに無い激痛が駆け巡る。銀次の時の比ではない。痣の部分が引き裂けそうだった。

「け、景ちゃん!? どうしたの!?」

由希乃が慌てて景の側に駆け寄り、屈んで景の様子を見る。景は激痛に顔を歪めていた。
周囲の人々も景の近くに寄る。

「だ、大丈夫か景くん!?」

田浜店長も心配そうに景の顔を覗き込んだ。

「ぐっ………」

景は何とか立ち上がる。まるで左掌が焼付きそうだった。だが、そんなことは景の中では問題ではなかった。
景の心の中には確信じみた何かが沸き上がっていた。

―――何かが、近付いてくる。
それも、とんでもない災厄をもたらす何かが。





カード屋の自動ドアの無機質な擦過音がひっそりと鳴る。そこには一人の男の影。
アルバイトの青年が「いらっしゃいませ」と慌てて声を掛けるのも無視し、人だかりへと向う。
無遠慮に人の山を書き分け―――中心に居る景に視線を据えた。


「久し振りだな。景―――」








景は驚愕に目を見開く。
忘れる筈もない声だった。景は視線を上に向ける。
サイズの合ってない服装。恐らくは人を襲って強奪したのだろう。隈の出来た眼窩の奥底にヘドロのように濁った瞳。無精髭が顔を覆っていようが、その端整な顔は景に取って忘れがたい。

「お、お前は―――」

「探したぜ、景―――俺から全てを奪った男よ」

口の端を歪めて、嘲笑とも見える笑顔と共に、その男―――雅美 岳斗は言った。



続く...



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