Slash&Crush

製作者:ラギさん




※このストーリーはオリキャラ中心で進みます。あと、遊戯王Rのキャラが出てきますが、基本アニメベース(戦いの儀終了から4年後くらい)の物語です。ご了承ください。



Prologue Slash&Crush

 クロウは自らの死を覚悟した。周りは炎の海、体はまったく力が入らない。
 目の前は、霧がかかったように霞んでいる。
 ふと、その視界の隅に何か光を見た気がした。
 その光がゆっくりと近づいてくる。否、ただの光ではない。人の形をしている。

 少女だった。

 逆巻く炎に巻き上げられる黒絹のような髪、肌は炎の光を吸い込むような、幻想的な白。

 この世の物ではないような、美しい、生まれたままの姿の少女。

 目を、奪われた。

 その少女の美しさではなく。

 クロウの心は強烈な既視感に支配された。

 「―――――――」
 
 声は出ない。体も動かない。だが、懸命にその少女に手を伸ばそうとする。

 切り捨て、壊れてしまった過去が、追いかけてきた。
 クロウは、そんなふうに、思ったのだ。





Diary 4/5
 今日は久しぶりにバーにいった。そこで、昔の友達と出会った。
 いや、出会ってしまったと言うべきか。
 彼らとはニ、三、言葉を交わし、酒を飲むのもそこそこにバーを後にした。
 妻にそのことを話すと、寂しげな笑みを浮かべながら「この暮らしを選んだこと、後悔してる?」と聞いてきた。
 無論、そんなことは無い。 
 苦労も多いが、何より俺は、幸せなのだから。


Episode.1 Loose lips sink ships

 「クロウ! クロウ・ササライ!!」
 クロウが聞き覚えのある声にふりむくと、そこには銀髪の箒頭がいた。
 かつて、同じカードプロフェッサーとして活躍していたウィラー・メットだ。
 「…久しぶりだな。ウィラー」
 今クロウがいるのは騒がしくて仕方がない酒場だ。
 気付かない振りをすることも出来たが、つい振り向いてしまった。もう無視するわけにはいくまい。
 今日は一人で飲みたい気分だったのだが仕方がない、と自分を納得させ、ウィラーのいるテーブル席に腰を下ろす。
 「ほれ、テッドの旦那! クロウだぜ! 覚えてるだろ?」
 「……うあ?」
 ウィラーの座っているテーブル席にはもう一人、無精ひげを生やしたタレ眼の男がいた。
 テッド・バニアス。彼も同じくカードプロフェッサーだった男だ。
 「うるせぇぞ……クロウだか黒だか……うぅ……」
 テッドはかなり酔っているようだった。血色がよくない赤ら顔、加えて眼の焦点も定かでない。
 その焦点の合わない目でゆらり、とクロウを見上げてきた。
 「思い出したぞ……クロウ……くぉの……うらぎりもんがぁあーーー!!!」
 ダンッ!! 握りこぶしで机を叩く。その拍子にグラスが一個倒れてしまった。
 「だ、旦那! 落ち着けって……」
 「うるせーぞ、ウィラー!! おめーもうらぎりもんだぁ!!」
 今度はウィラーにあたり出した。当のウィラーはこちらにすがるような眼を向けてくる。
 その様子をみて、クロウは悟った。
 こいつ最初から俺にテッドの面倒を押し付けるつもりだったな、と。
 「てめーらは……あんな簡単にギルドを見限りやがって……くそがーー!!!」
 「もう、3年も前のことじゃないかよぉ!?」
 「うるせーーーーー!!!」
 そんなやり取りをぼんやりと眺めながら、クロウは3年前のことを思い出していた。

『カードプロフェッサー』
 世界的カードゲーム『デュエルモンスターズ』の大会の賞金、および大会の主催者に雇われ裏からの大会操作を請け負い、その報酬で生計を立てる者たちのことである。
 一番有名なのは『バンデッド・キース』だろう。
 彼は実力もさることながら、暴力沙汰や女性問題やらのほうでも有名なのだが。
 だが、現在、少なくともかつてカードプロフェッサーと呼ばれたもの達はほとんど存在しない。
 I2社によって、消されたのだ。

『デュエルモンスターズ』がソリッドビジョンシステムを取り入れた一代エンターテインメントと化していくにつれ、企業との癒着など、負のイメージを伴うカードプロフェッサーの存在は開発下のI2(インダストリアル・イリュージョン)社に疎まれていくことになった。
 決定打となったのは3年前の『カードプロフェッサー』とは一線を介する『プロデュエリスト』制度の確立だろう。『プロデュエリスト』のヒーロー的イメージを定着させるため、当時I2社社長、天馬夜行は強引な手段に出た。
 企業との不当な癒着、またキースをはじめとする一部のカードプロフェッサーの素行不良を理由として裁判を起こし、カードプロフェッサー達の総本山『カードプロフェッサー・ギルド』の解散、及びカードプロフェッサーのI2社の検閲よる大会参加制限を突きつけてきたのだ。
 当然、プロフェッサー達や企業からの反発も大きく、その裁判は泥沼化するかと思われた。
 が、裏でI2社側は企業の買収、そして『カードプロフェッサー』を『プロデュエリスト』として優先登録することなど、いくつもの懐柔策を用意してきた。結果、裁判はI2社側の勝利、めでたく『プロデュエリスト』はデュエルモンスターズのヒーローとなった。
 ちなみに、ウィラー・メットは現在プロデュエリストとして活躍している。ウィラーのような実力者をI2社はまんまと自分の傘下に取り込んだわけだ。
 テッド・バニアスはプロ登録されていない。キースと同様、様々な問題を起こしているこの男をI2社は不要とみなしたのだろう。
 そして、クロウ・ササライ(笹来九郎)は現在I2社専属のカード開発スタッフ、及びデバック(テストプレイヤー)要因として働いている。

 「オレは……オレは……トカゲの尻尾きりだったんだ……ちきしょう……!!」
 テッドはくだを巻きながら、グラスの酒を一気に飲み干した。
 「オレは……オレの実力は……今のプロの若造なんぞよりもずっとうえだ……くそが……!!」
 過去の栄光にすがりつき、今の自分の状況を嘆いているのだろう。ギリギリと歯をかみ締めている。
 「見苦しいな……」
 クロウは、しまった。と思ったが、時すでに遅し。クロウの素直な呟きをテッドは聞き逃さなかったようだ。一気にそのタレ眼が鋭くなる。
 「てめぇ……言ってくれるじゃねえか……あぁ!?」
 テーブルから乗り出し、クロウに詰め寄った。今にも胸ぐらをつかみそうな勢いだ。
 「だ、旦那! よせって……」
 「ああ!! あそこまで言われてガマンでっきっかよ!?」
 激昂するテッドをなだめようとするウィラー。ぼんやりとその二人の見ながらクロウはぼそりと呟いた。
 「……なら、デュエルしてみないか?」
 「……ああ?」
 間の抜けた声を出し、クロウのほうに向きなおすテッド。
 「デュエルをしてみようか、と言ったんだ。今のプロよりも強いと言うんだろう? なら、今は一線を退いた単なるテストプレイヤーの俺に、遅れを取ることはないよな?」
 「…………」
 予想外の展開だったのか、テッドは毒気の抜かれた顔をしている。
 「どうした? それとも、負けるのが怖いのか? 『泣き虫テッド』くん?」
 「!! 〜〜〜〜〜〜!!!!」
 『泣き虫テッド』とは、テッドが大敗を期したとき、涙ぐんでしまったことをからかわれて着けられたあだ名である。このあだ名で呼ばれることをテッドは何よりも嫌っていた。
 「おもしれぇ……。そこまで言うならやってやろうじゃねえか! 吠えずらかかせてやる!!」
 なんとか殴り合いになるのは避けられたことに、クロウは安堵の溜息をついた。

 
 プロ制度が出来てから3年。『デュエルモンスターズ』の世界への浸透率はすさまじく、様々な施設にデュエル用のステージが設けられるまでになった。クロウ達のいる酒場も例外ではない。
 ソリッドビジョンシステムを利用したパフォーマンスは伊達じゃない。現に今もステージ前に客がわらわらと集まってきている。
 「さあ、さっさとおっぱじめようぜぇ!!」
 さっさとステージに上がるとやる気まんまんでデュエル・ディスクを構えるテッド。
 クロウも遅れてステージに上がり、お互いのデッキをシャッフルする。
 「よし、これで用意できた。では、はじめようか」
 
 「「デュエル!!」」

 クロウ:LP4000
 テッド:LP4000

 クロウのデュエルディスクのランプが点灯し、先行の合図を告げる。
 「俺の先行だな……。ドロー。カードを1枚伏せ、モンスターを守備表示でセット。ターンエンドだ」
 ヴン! と低い音が鳴り、2枚のカードが表示される。
 「へ! 面白みのねえ一手だ。俺のターン!! ドロー!」
 テッドは勢いよくカード引くとすぐさま手札の1枚を選び、ディスクに叩きつける。
 「まずはこいつだ! ウィングド・ライノ召喚!!」
 羽毛が舞った。棘のはえた棍棒を持ち、鎧を着込んだ人の体を持つ異形のサイが、翼をはためかせてフィールド上に現れる。
 
【ウィングド・ライノ】
風/☆4/獣戦士族・効果 ATK1800 DEF500
罠カードが発動したときに発動することができる。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを持ち主の手札に戻す。

 「いくぜえ……。ウィングド・ライノでその守備モンスターを攻撃ぃ!」
 サイの獣人は勢い良く飛びだすと、『デュエル・モンスターズ』共通の渦巻き絵柄のカードに棍棒を叩きつける。
 一瞬、硬そうな外皮の頭を持つ竜の姿が見えたが、すぐさまバラバラに砕け、光の粒子になって消えてしまった。
 「この瞬間、仮面竜(マスクド・ドラゴン)の効果を発動。デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター…龍脈に棲む者を特殊召喚!」

【仮面竜(マスクド・ドラゴン)】
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。

【龍脈に棲む者】
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF700
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する表側表示の永続魔法カード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

 光の粒子が霧散したその場に、大きな暗がりができた。
 その遥か奥に小さく『何か』の2つの目が光っている。
 「ちい、リクルーターか。まあいい。カードを1枚伏せてターンエンドだ!」
 再びクロウのターン。ちらり、とフィールドを確認すると、デッキに目を落とす。
 「ドロー。まずは永続魔法、大地の龍脈を発動」
 轟音を立てながら地面が隆起する。その形はどこと無く龍を思わせた。

【大地の龍脈】永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、以下のどちらかの効果を選んで発動する。●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

 「龍脈に棲む者は自身の効果と、大地の龍脈の効果により、合計600ポイント攻撃力がアップする」

 龍脈に棲む者 ATK1500 → ATK2100

 「そして、龍脈に棲む者でウィングド・ライノを攻撃!」
 ギラリ、と暗がりの奥の目が光る。次の瞬間、そこから衝撃波が飛んできた。
 だが、テッドはそれを見て、不敵な笑みを浮かべた。
 「ハッ! 馬鹿が! リバースカードオープン! 速攻魔法サイクロン! 大地の龍脈を破壊する!!」
 龍脈に棲む者が放った衝撃波をかき消さんばかりの竜巻が巻きおこる。竜巻は龍脈をかき消し、同時にその力の恩恵も消え去った。

【サイクロン】速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 龍脈に棲む者 ATK2100 → ATK1500

 「よってぇ……龍脈に棲む者は返り討ちだ! 迎撃しろ、ウィングド・ライノ!!」
 ウィングド・ライノは風が収まると同時に、手にした棍棒を暗がりに向けて投げつける。
 棍棒は見事、命中。暗がりの中の『何か』は苦悶の声をあげ、消えていった。

 クロウ:LP4000→LP3700

 モンスターが倒されてしまったクロウだが、特に慌てる様子も無く、カードの効果処理を行う。
 「大地の龍脈が墓地に置かれたことにより効果発動、二枚目の大地の龍脈を手札に加える。……俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドする」
 「いくぜ! 俺のターン、ドロー!! ウィングド・ライノでダイレクトアタックだ!」
 ウィングド・ライノは翼を大きく広げ、上に飛んだ。そして、十分な距離を取ると、クロウ目掛けて急降下。勢いをつけてタックルを仕掛けてきた。
 クロウはつい先ほど伏せたばかりのカードを発動させる。
 「リバースカードオープン。炸裂装甲!」

【炸裂装甲】通常罠
相手が攻撃を宣言した時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体を破壊する。

 「あめーんだよ! ウィングド・ライノの効果発動! 手札に戻れ!」
 危機を察知したウィングド・ライノは急激な方向転換を行う。
 そしてそのままテッドの手札に吸い込まれるように消えていった。
 「そんでもって、メインフェイズ2で再びウィングド・ライノ召喚! まあ、こんぐらいにしといてやるぜ! ターンエンドだ!」
 「俺のターン。ドロー。手札より魔法カード、手札断殺を発動」
 「ハッハー!! だせー! 手札事故か!!」
 デュエルのペースを握っているためか上機嫌のテッド。
 けたけたと笑いながら、手札断札の効果に従い、手札2枚を交換する。 
 クロウも追って手札の交換処理を行った。

【手札断札】速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする。

 「そして、大地の龍脈を発動し、スピア・ドラゴン召喚。攻撃表示だ」
 その名の通り鋭い槍のような口先をもった翼竜が臨戦態勢を取り、飛来する。
 龍脈の力を得て、その士気も高揚しているようだ。

【スピア・ドラゴン】
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 スピア・ドラゴン:ATK1900 → ATK2200

 「バトル。スピア・ドラゴンでウィングド・ライノを攻撃」
 スピア・ドラゴンはその口先をサイの獣人に向け、一直線に突っ込む。
 ウィングド・ライノはかわす暇も無く、あっという間に串刺しになった。

 テッド:LP4000 → LP3600

 「ちっ…。舐めたまねを…」
 「スピア・ドラゴンはバトル終了後、守備表示になる。ターンエンド」
 スタミナを使い切ったのか、スピア・ドラゴンは翼をたたみ、その場に佇んだ。
 
 スピア・ドラゴン:ATK2200 → DEF300

 「へ! 俺のターン、ドロー! その程度の守備力ならこいつで十分だ! ハイエナ召喚!」

【ハイエナ】 
地/☆3/獣族・効果 ATK1000 DEF300
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキから「ハイエナ」を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後、デッキをシャッフルする。

 「ハイエナでスピア・ドラゴンを攻撃する! 噛み砕けえ!!」
 ハイエナは翼を折りたたんだ翼竜に飛び掛ると、その歯を翼竜の翼に突き立てた。
 そして、そのまま、翼を勢い良く引きちぎる。
 翼を折られたスピア・ドラゴンは静かに横たわり、消えていった。
 「どーしたクロウ! 大口叩いてた割にはたいしたことねえじゃないか!?」
 「……」
 テッドの挑発めいたセリフにも、まったくと言っていいほど反応を見せない。
 こういった挑発に対する反応は決闘の行方に大きく作用する。そういう時、クロウは“無反応”という対応を取ることが多かった。
 しかもクロウは普段から無気力気味なので、相手はその対応に非常に困る。まったく腹が探れないのだから。
 「ちっ……。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
 「俺のターン。ドロー。ミラージュ・ドラゴンを召喚。ハイエナにバトルを仕掛ける」

【ミラージュ・ドラゴン】 
光/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1600 DEF800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、相手はバトルフェイズ中に罠カードを発動することはできない。

 フィールドに霧が立ち込め、そこから金色の肌をした東洋風の龍が現れた。
 霧の奥の龍が口を開き、ブレスを吐く。ハイエナはなす術も無く吹き飛ばされた。

 テッド:LP3600 → LP3000

 「だが、ハイエナには特殊効果がある! 死に際に仲間を呼び寄せる能力がな!!」
 テッドの宣言に呼応するように、深手を追ったハイエナが低く吠える。その呼び声に引かれ、二匹のハイエナが新たにフィールドに現れた。
 「(ハイエナの効果で2体のハイエナを守備表示で特殊召喚……か)」
 クロウはもちろんハイエナの効果は知っていた。一気にモンスターをフィールド上に展開できる強力な能力だ。そして、それを生かす方策と言えば。
 「(十中八九、上級モンスターの召喚……だろうな)」
 そう予想をたてると、手札のカードを1枚選び手にとる。
 「カードを1枚セットし、ターン終了」
 「俺のターン、ドロー!!」
 カードを引くと同時に、テッドの顔が歪む。笑みの形に。
 「行くぜ。まずはクロス・シフト発動! フィールドのハイエナと手札の隼の騎士を入れ替える!!」

【クロス・シフト】通常魔法
自分フィールド上のモンスターを1体手札に戻し、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

【隼の騎士】
地/☆3/戦士族・効果 ATK1000 DEF700
このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃することが出来る。

 2匹のハイエナの内、一体がテッドの手札に消え、変わりに隼の顔を持つ、細身の剣士が現れる。が、すぐさま生け贄の渦に包まれた。
 「行くぜ、2体のモンスターを生け贄に……モザイク・マンティコア召喚!!」
 獅子の鬣、蝙蝠の翼、蠍の尾。どこか機械的な印象を与える合成獣が、テッドの場に現れた。

【モザイク・マンティコア】 
地/☆8/獣族・効果 ATK2800 DEF2500
このカードが生け贄召喚に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズ時に、このカードの生け贄召喚に使用した墓地に存在するモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃宣言することができない。この方法で特殊召喚されたモンスターのモンスター効果は無効化される。

 「さらにこのタイミングで、魔法カード発動! 薬食い!!」

【薬食い】通常魔法
自分モンスターを生け贄召喚する際に、このカードを捨てることで発動する。生け贄に捧げたモンスター1体を指定し、そのモンスターの攻撃力と守備力の半分と効果を、生け贄召喚したモンスターに付加する。

 「モザイク・マンティコア! おめーが喰うのは、隼の騎士だ!!」
 モザイク・マンティコアが隼の騎士を飲み込む。合成獣はさらなる力を得た。

 モザイク・マンティコア:ATK2800 → ATK3300
             DEF2500 → DEF2850
 効果付加:このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃することができる。

 「どーやらこのターンで終わりのよーだな! いくぜ! バ…」
 「バトルフェイズ突入前に、伏せカードを発動。和睦の使者!」

【和睦の使者】通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

 「わ、和睦の使者……か。発動タイミング間違ってんじゃないか?」
 たしかに、和睦の使者は出来る限りダメージステップ前まで待って発動させたほうが有利になりやすいカードである。
 そのほうが、「突進」や「月の書」などの戦闘補助の魔法、罠の無駄うちをさせ易いからだ。
 だが、クロウはあえてこのタイミングで発動させた。
 「テッド、あんた確か、バトルフェイズ中の魔法、罠の効果を無効化する肉弾戦闘ってカードを持っていただろう。ここで勝利を確信するってことは、今あんたの場に伏せられているのは、そのカードじゃないかと思ってな」
 「!! な、何を根拠にそんなこといってやがる!」
 狼狽し、早口で捲くし立てるテッド。動揺しすぎである。これでは肯定してるに等しい。
 実際、その通りなのだが。

【肉弾戦闘】速攻魔法
バトルフェイズ中に発動した魔法、罠の効果を無効化する。

 「と、とにかく、俺はこれでターン終了だ!!」
 クロウのターンに移る。だが、テッドの場には、薬食いによってパワーアップしたモザイク・マンティコアが佇んでいる。
 今のクロウの手札では、反撃の仕様がなかった。
 「……ミラージュ・ドラゴンを守備表示に変更。さらにモンスターを1体守備でセット。これで、ターン終了する」
 「……ハッハー! どうやら、俺の有利には変わりないよーだな!!」
 クロウの消極的な手を見て安心したのか、テッドは再び元気を取り戻した。
 「俺のターン、ドロー! さらにスタンバイフェイズにモザイク・マンティコアの効果発動!!」
 モザイク・マンティコアが雄たけびを上げる。
 その叫びと共に、光の渦が現れ、そこに前のターン生け贄に捧げられた、隼の騎士とハイエナが姿を現せた。
 「モザイク・マンティコアは自身の召喚のための生け贄にしたモンスターを復活させる能力がある!! 今度こそ終わりだなぁ、クロウ!! いくぜ、バトルフェイズに突入!! まずは隼の騎士で、守備モンスターを掃滅ぅ!!」
 だが。
 隼の騎士はぴくりとも動かない。
 「……テッド。モザイク・マンティコアの効果で蘇生したモンスターは攻撃と効果を封じられているぞ」
 「!!」
 クロウの鋭い指摘に、鳩が豆鉄砲くらったような顔をするテッド。
 酒が入っているせいもあり、素でその効果を忘れていたのだ。

 ――おいおい、あいつ大丈夫かよ。
 ――さっきも伏せカード当てられたみたいだしなぁ。

 テッドの様子を見て、好き勝手言うギャラリー達。その声がさらにテッドを動揺させる。
 「くそ! なら、モザイク・マンティコアで攻撃!! 2回攻撃でオメーの場のモンスターを全滅させる!!」
 モザイク・マンティコアが動く。薬食いにより、隼の騎士の力を得た合成獣はその巨体に似つかわしくないスピードを見せ、弾丸のようにミラージュ・ドラゴンを引き裂いた。
 そして、そのままもう一体の守備モンスターに飛び掛る。
 が、その攻撃は空を切った。
 「……俺が守備でセットしたのは、魂を削る死霊。戦闘では破壊されない」

【魂を削る死霊】
闇/☆3/アンデット族・効果 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。

 「くっそ……」
 毒づくテッド。ミスはあったものの、流れは自分のほうにあるはず。
 だが、どうにも攻めきれないことに苛立ちを感じていた。
 「(攻撃力の低い隼の騎士を攻撃表示で出しちまったし……。なら……)カードを1枚伏せてターンエンド!!」
 「俺のターン。ドロー」
 クロウはカードを引く。と、相手の場と自分の墓地をさりげなく確認した。
 「テッド」
 「あん? なんだ……」
 「どうやら、このターンで終わりのようだ」
 数ターン前、テッドがクロウに言ったセリフを、そのままそっくり返した。
 「な……んだと?」
 「まずは魂を削る死霊を生け贄に捧げ……グラビ・クラッシュドラゴンを召喚!」
 死霊がまるで蜃気楼のように立ち消えると同時に、そこから黒ずんだ巨大な影が姿を現す。
 筋骨隆々とした逞しい四肢。不自然なほど巨大な拳を掲げた、力の権化たる闇の竜が現れた。

【グラビ・クラッシュドラゴン】
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 「さらに、早すぎた埋葬を発動。墓地のマグナ・スラッシュドラゴンを特殊召喚する!」
 地が裂ける。そこから大きな翼を広げた竜が姿を現す。いや、それはただの翼ではなかった。
 腕と一体化した巨大な刃。白銀の尖翼を持つ、光の竜が地の底より蘇った。

【マグナ・スラッシュドラゴン】 
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

【早すぎた埋葬】装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1枚選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

 クロウ:LP3700 → LP2900

 大地の龍脈によるステータス変動
 グラビ・クラッシュドラゴン:ATK2400 → ATK2700
 マグナ・スラッシュドラゴン:ATK2400 → ATK2700

 「ちっ。手札断札でマグナ・スラッシュドラゴンを墓地に送っていたのか……!!」
 クロウの場に並んだ双璧をなす巨大な竜を見て、テッドは思わず後ずさりした。
 「(攻撃力はモザイク・マンティコアのほうが上だが……!!)」
 グラビ・クラッシュドラゴンはモンスターを破壊する効果を、マグナ・スラッシュドラゴンは魔法・罠を破壊する能力を備えている。
 モザイク・マンティコアはその効果により破壊されてしまうだろう。
 「(だが、……まだわかんねぇ!!)」
 強力な効果を持つグラビ・クラッシュドラゴンとマグナ・スラッシュドラゴンだが、その効果を使うには、自分フィールド上の永続魔法をコストとして墓地に送らなければならない。
 クロウの場にはコストとなる永続魔法、大地の龍脈が1枚。大地の龍脈はフィールドから墓地に送られた場合、デッキから同名カードをサーチする効果がある。
 「(たしか3ターン目に、俺のサイクロンによって1枚破壊されて、1枚サーチ……。奴のデッキに3枚フル投入されているとして、今デッキにあるのは1枚だけ!)」
 つまりこのターン、2体の竜の効果によって破壊されるテッドの場のカードは2枚。
 そして現在、テッドの場にあるのは、攻撃表示のモザイクマンティコア、隼の騎士が1体ずつ。守備表示のハイエナが1体。そして伏せカードが2枚。
 「(1枚はもう、肉弾戦闘だとばれちまったが……もう1枚、さっき伏せたのは聖なるバリア−ミラーフォース−!!)」

【聖なるバリア−ミラーフォース−】通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 そう、テッドの場には攻撃してきたモンスターを全滅させる、強力な罠カードが伏せられていたのだ。
 しかも、クロウは『このターンで終わり』だといった。
 たしかにこのターン、伏せカードを気にせずに、グラビ・クラッシュドラゴンの効果を2回使い、モザイク・マンティコアと守備表示のハイエナを破壊、2体の竜の攻撃をヒットさせれば、テッドのライフを0にできる。
 「(だが、攻撃したら最後……。ミラーフォースの餌食にしてやる!!)」

 「大地の龍脈をコストに、グラビ・クラッシュドラゴンの効果発動。モザイク・マンティコアを破壊する!」
 テッドが算段をめぐらしている最中に、クロウは動いた。
 主の宣言を聞いた黒の巨竜は、その異様に大きな拳を一旦引くと、そのまま重力に任せるように振り下ろした。
 魔力を帯びた拳がモザイク・マンティコアを襲う。合成獣はわずかな抵抗を見せるが、程なくしてバラバラに砕けて散った。
 「ぐお……!!(さあ、どう来る!?)」
 テッドは続けて守備表示のハイエナを破壊してくるであろうと、予想を立てた。だが、クロウが大事を取って、伏せカードのほう−ミラーフォースを破壊しないとも限らないのだ。
 「大地の龍脈の効果により、俺のデッキから3枚目の大地の龍脈を手札に加える…。そして、これをコストにグラビ・クラッシュドラゴンの効果発動! 守備表示のハイエナを破壊する!」
 「!!(よっしゃ!!)」
 テッドは内心で狂喜した。やはりクロウは伏せカードを気にせず、このターンで勝利するつもりなのだ。
 「(勝ちをあせったな……! これで奴の勝利はねぇ! 変わりに大打撃……)」
 「さらにこの効果にチェーンして、伏せカードオープン。転生の予言!」
 「……は?」
 テッドは思わず呆けた声を出した。
 クロウの場に最初のターンから伏せられていた、その存在を忘れていたカードがいきなり発動されたからだ。
 「え、えーと、ちょっと待てよ……。確かそのカードは……」

【転生の予言】通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

 「俺はこのカードの効果により、墓地の大地の龍脈2枚を自分のデッキに戻す」
 「……」
 テッドは呆けていた。あほの子状態になっていた。それでも何とか頭を働かせる。
 「つまり……大地の龍脈が2枚奴のデッキに戻って……続けて2枚サーチ可能に……つまり……このターン、続けて2枚のカードが破壊される……!?」
 「ご明察。破壊するのは、そうだな…。その伏せカード2枚にするか。いけ、マグナ・スラッシュドラゴン」
 待ってました、と言わんばかりに、白銀の竜がその尖翼を構える。
 そしてその尖翼を振るうと風の刃が飛び、テッドの伏せカード―ミラーフォースを切り裂いた。
 「どわー!!」
 「続けてマグナ・スラッシュドラゴンの効果で、もう一枚の伏せカードを破壊……なんだ、やはり肉弾戦闘だったのか」
 テッドの場は2体の竜の効果により蹂躙されてしまった。あとは動くことの出来ない隼の騎士が、ぽつんと佇んでいるだけである。
 「それじゃあ、いくぞ……グラビ・クラッシュドラゴンで隼の騎士を攻撃!」
 黒の巨竜はまるで埃を掃うかのように、隼の騎士をふっ飛ばしてしまった。
 「ぐわ〜〜〜!!」

 テッド:LP3000 → LP1600

 「これでとどめだ。マグナ・スラッシュドラゴンのダイレクトアタック!」
 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 声にならない叫びを上げるテッド。躍り出た白銀の竜の刃に無残にも切り捨てられてしまった。

 テッド:LP1600 → LP0

 戦いは終わった。ソリッドビジョンが消え、辺りに静寂が戻……らなかった。
 デュエルに興奮したギャラリーがけたたましい声援をおくる。ぴぃぃい!! と口笛を吹く者もいる。
 クロウはステージから降りると「相変わらず強いな、お前のドラゴンは」とか言ってるウィラーに近づき、ぼそりと「あとは任せた」とつぶやいた。そして、そのまま人ごみを掻き分けて店を後にした。

 
 夜風の心地よさを感じながらクロウは暗がりの道を行く。
 酔っ払ったテッドに参ったとはいえ、久方ぶりの本気のデュエルに体が熱くなっていた。
 「カード開発陣は、原則として大会とかには出られないからな……」
 カードの開発に関わると、他の一般決闘者に知りえない情報を先に知ることになる。その情報アドバンテージを考慮して、大会の参加は大幅に制限されるのだ。
 「……」
 4年前のことが目に浮かぶ。テッドやウィラーと供に、カードプロフェッサーとして、デュエル尽くめの日々を送ってきた事。そしてその終わりの時のことも。
 「だが、俺はそれよりも前に……もう……」
 同時に、彼が戦いから降りる原因となった苦い思い出も蘇る。
 その暗い記憶を振り払うかのように、クロウは上を向いた。街の光のせいで夜空の星はまったく見えなかった。
 「明日も仕事だ……。今日は早く帰ってもう寝よう」
 クロウはそうひとりごちると、家に向かって駆け出した。






Diary 6/3
 今日の検査で、妻のお腹の中の子は女の子だとわかった。
 早速、妻と一緒に名前を考える。
 美緒、神菜、望、香苗、玉恵。
 様々な願いと祈りをこめて。


Episode.2 Phantom

 クロウの勤め先の警備員は、今日もむっつりとした顔でクロウを出迎えた。クロウもいつものように、ぼそりと「おはようございます」と言い、社員カードを確認させ、さっさと中に入った。
 クロウが勤めているのはI2社の本社ではない。厳密にいえば子会社の一つだ。
 『デュエルモンスターズ』のカードは最初こそI2社の若き天才社長、ペガサス・J・クロフォードが一人でデザインしていたが、市場の拡大により、特別なカード以外はカードの発注を別の会社に委ねるようになったのだ。
 その最大手、千里眼グループほどではないが、クロウの会社も大きいほうである。
 今、クロウの会社では一つの大きなプロジェクトが動いていた。

 『Project Three Phantasms』
 南の孤島で見つかったという滅びの精霊皇の伝説を元に、三枚の特別なカード「三幻魔」と、そのサポートカードを作っているのだ。
 かなり大きなプロジェクトらしく、来年開校予定のデュエル・アカデミア(プロデュエリスト、アミューズメント事業を志す者の専門学校)もその孤島に作られているらしい。
 現在のところ「幻魔の殉教者」や「失楽園」といったサポートカードはかなり出来てはいるのだが、困ったことに、肝心の「三幻魔」が仕上がっていない。
 白いベースカードを三幻魔のカードに見立ててテストデュエルを行っている状態なのだ。
 「(しかし、いくらなんでも遅すぎる。デザインがまったく決まらないのだろうか?)」
 『――の6号室に変更になりました。Mr.ササライ、Mr.マックスは至急いらしてください』
 「……と」
 クロウはしまった、と思った。考え事をしていて、社内放送をちゃんと聞いていなかったのだ。
 どうやら今日のテストデュエルを行う場所が変わったらしい。
 「たしか、Eの6号室、だったかな?」
 なんとか思い出すと、壁にかけられていた社内地図を確認する。
 「E室は……E棟か。初めていく場所だな」
 とにかく急ごう、とクロウは踵を返して、E棟に向かった。


 「まずいな……迷ったらしい」
 数分後。クロウは自分の会社で迷子になっていた。
 いつも同じ場所しか行き来していなかったので、初めての場所はてんで分からなかったのだ。
 「くそ、とにかく階段で一旦下におりよう」
 なんとか階段を見つけて、飛び降りる様に下の階に急いだ。


 「まずいな……本気でここはどこだ?」
 数分後。クロウはさらに迷子になっていた。
 1階を素通りし、地下にまで降りてきてしまったらしい。
 狭い、機械的な通路が張り巡らされている。
 「くそ、とにかく階段まで戻らないと……」
 焦りと不安に駆られながら、狭く薄暗い通路をとにかく進んでいった。


 「お、少し広い場所に出たな……」
 クロウが行き着いたのは、コードが張り巡らされた研究所の一室のような場所だった。
 たくさんボタンが付いた機械、円グラフやら棒グラフが表示されているディスプレイなどが部屋の隅に積まれている。
 だが、それ以上に目を引く物があった。
 「これは……ソリッドビジョンの投影機か……?」
 中心の膨らんだ楕円形のカプセルの中に、様々な『デュエルモンスターズ』のモンスターキャラクターの姿があった。
 狭いカプセルの中に閉じ込められているように見えるためか、心なしかどのモンスターも苦しそうに見える。
 「……」
 薄暗い部屋を足元に注意しながら歩く。
 ふと。部屋の奥にひときわ大きいカプセルがあることに気付いた。
 「……」
 クロウはまるで引き寄せられるように、部屋の奥に歩を進める。
 そして、見たのだ。


 「なんだ……このモンスターは……」
 立ち並ぶカプセルの群れ、その奥に『それ』は鎮座していた。
 クロウの背丈の三倍はあるであろう巨大なカプセルの中で、金色の体を持つ半人半竜の化け物が、翼をたたんで眠っていたのだ。
 クロウは圧倒された。
 ただ見ているだけで、冷や汗が止まらなくなる。
――このモンスターは明らかに『違うもの』だ。
 クロウの本能が、第六感が、目の前の巨大な存在に危機感と畏怖を告げている。
 微動だにできず、見入っていたそのとき。
 『それ』と目が合った。
 次の瞬間。
 クロウの視覚は閃光に、聴覚は轟音に支配された。






 「……くっ……」
 クロウに視覚と聴覚が戻ってきたとき。
 彼の周りでは劫火が舞っていた。
 「……な、んなんだ……」
 起き上がり、周りの状況を確認する。
 彼の周りにあったカプセルは一つ残らず割れており、透明な破片が散乱している。
 機械もその外装を剥がされ、複雑なコード配線を覗かせていた。
 一瞬遅れて、クロウはなにか爆発事故が起こったのでは、と気付いた。
 かなりの規模の爆発だったようだが、幸い、クロウ自身は傷を負ってはいないようだ。
 だが、体が妙に熱く、意識がはっきりとしない。
 「(爆発で吹き飛ばされて……頭でも打ったのだろうか?)」
 クロウはとにかくこのまま火の海の中にいるのは危険だ、と考え何とか出口を探そうと、辺りを見回した。
 その火の海の中に、何か光る物を見つけた。
 「(……? こちらに……近づいてくる?)」
 その光る物はひゅんひゅんと熱気の中を飛んでいた。ペットボトルを逆さまにしたようなボディに、小さな腕のような物が付いている。
 まるでSF映画にでてくるような、空中を浮遊するロボットだった。
 「アレは……メタル・シューター?」
 メタル・シューターは『デュエル・モンスターズ』のモンスターカードの一つである。
 もしかすると、ソリッド・ビジョンシステムはまだ生きているのかもしれない。
 しかし、ここまで破壊されて……?
 クロウがいぶかしげに思っていると、不意に間延びした声が聞こえてきた。
 「あーもー、どうしたもんかなー」
 クロウは声のするほうに顔を向けた。
 黒いローブに身を包んだ若い男が、けだるそうに歩いてきた。
 短く切りそろえた金髪で、軽薄そうな顔をしている。周りの火を気にもしていない。
 「おやー?」
 ローブの男のほうもクロウに気付いたようだ。
 するとなぜか、男はクロウに向けて手をかざした。
 同時に、空中を旋回していた3機のメタル・シューターのうち、1体がクロウのほうに向かって矢のような速さで飛んできた。
 「!?」
 その機体はクロウの目の前でぴたり、と急停止した。
 ジジジ、と言う機械音をたてる。まるでクロウを観察しているようだ。
 「データ ショウゴウ コード“H”ノ ハンノウ ヲ カクニン シマシタ」
 「あちゃー、やっぱりそうかー」
 メタルシューターが発した電子音を聞いて、男は額に手を当てて天を仰いだ。
 「おい……あんた一体……」
 「あのさー」
 クロウの問いかけを無視して、ローブの男は一方的に話はじめた。
 「えーと、そこのおっさん。あんたが何した知らんけどさー。あんたのお陰で、大変なことになってんだわ。しかも、“H”と融合しちゃってるみたいだしさー。ここは擬似的な“戦いの儀”を行って、あんたから“H”を切り離さなきゃなんないんだ。ツーわけでデュエルしよ」
 「な……にを言ってるんだ……」
 困惑するクロウ。だが男はそんなことは気にも留めず、デュエル・ディスクを構える。
 「あー、悪いんだけどさー。反論は聞いてないんだわ。そのままにしといたら俺、すっげー怒られるし。つーわけで、さっさと死んでくれたらうれしいな」
 「おい! 俺の話を聞け!」
 語気を荒げるクロウだがローブの男は調子を崩さない。
 男がぱちんっ、と指を鳴らした。
 するとあたりが急に薄暗くなった。クロウは先ほどまでとは違った息苦しさを感じた。
 「さーて、闇のゲームのはじまりだー。かったりーから、さっさとおわらせよーっと。ほら、おっさんもディスク構えて、構えて」
 「何をいっている……俺はディスクを持っていな……!?」
 気が付くと。
 何時の間にか、クロウはデュエル・ディスクを装着していた。
 「(なんなんだ……いったい……)」
 「おー、そうだ。おっさん、名前は?」
 「く、クロウ。クロウ・ササライ」
 混乱と困惑の中で、クロウはかろうじてそう答えた。
 「そっかー。俺はキムラヌート。めんどいだろーからキムラでいーよ。それじゃー、クロウ……せっかくだから、楽しもー」
 ローブの男−キムラヌートはへらへら笑いながら、そう告げた。

キムラ:LP4000
クロウ:LP4000

 「お、俺のターンからかー。カードドロー」
 男はカードを引くとあまり悩みもせず、手札からカードを3枚選び出した。
 「モンスターを守備セット、カードを2枚伏せてターンしゅーりょー」
 「……俺のターン、ドロー」
 当惑していたクロウだが、とにかくカードを引く。
 訳は分からないが、なんとなくこの場から逃げられないような気がしたのだ。
――とにかく、一刻も早くこのデュエルを終わらせる。
 「スピア・ドラゴンを攻撃表示で召喚。守備モンスターを攻撃!」

【スピア・ドラゴン】
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 鋭い口先を持った翼竜はその名に恥じない効果を持っている。その攻撃力が、攻撃対象となる守備モンスターの守備力を越えていれば、その差分相手にダメージを与えることができるのだ。
 もっとも、越えていれば、の話だが。
 「残念でしたー。俺の守備モンスターは機動砦のギア・ゴーレムだよー」

【機動砦のギア・ゴーレム】
地/☆4/機械族・効果 ATK800 DEF2200
800ライフポイントを払う。このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃をすることが出来る。

 全身を棘付きの盾で覆った、機械仕掛けのゴーレムがその姿を現す。
 その守備力は2200。攻撃力1900のスピア・ドラゴンでは太刀打ちできない。
 「じゃあ、クロウ。差分の300ポイントのダメージを受けてもらうよー」

クロウ:LP4000 → LP3700

 「!?」
 ライフカウンターが減ったそのとき。
 クロウの体に鈍い電流が走った。
 「(なんだ、今のは!?)」
 「ああ、そっか。クロウは知んないだろーね。説明を忘っせてたよ」
 クロウの様子をみて、キムラは言った。
 「闇のゲームではねー。ゲーム中に受けたダメージは、実際に体へのダメージになるんだー。しかも、受けたダメージが大きいほど、その影響も大きくなるからねー」
 「な……に?」
 「あ、もう俺のターンでいいー?」
 相変わらず、一方的に話を進めるキムラ。
 キムラの言ったことが理解できないままだったが、クロウはその後の処理を行う。
 「……スピア・ドラゴンは攻撃後、守備表示になる。カードを1枚伏せてターン終了」
 「じゃ、俺のターン。ドロー」
 引いたカードを見たとき、キムラはへら、と顔をにやけさせた。
 「んー。さっそくきたねー。ギア・ゴーレムを生贄にして、メタル・シューター召喚!」

【メタル・シューター】
光/☆5/機械族・効果 ATK800 DEF800
このカードが召喚に成功した時、このカードにカウンターを2つ置く。この効果によってカードに乗ったカウンター1つにつき、このカードの攻撃力は800ポイントアップする。このカードが他のカード効果によって破壊される場合、代わりにこのカードのカウンターを1つ取り除く。

 機械仕掛けの砦が掻き消え、その場に先ほどまで空中を旋回していた、三体の小型浮遊機体が集まってきた。
 一体一体の戦闘能力はさほど高くないのだが、三体集まることでその攻撃力は2400にもなる。
 「(スピア・ドラゴンは守備表示。ダメージを食らうことは……)」
 「あ、クロウ。このターン、大ダメージ食らうから覚悟しといてね」
 「!?」
 キムラは、クロウの考えと真逆の宣言をした。
 「メタル・シューターでスピア・ドラゴンを攻撃! と同時にリバースカードオープン! ストライク・ショット!」

【ストライク・ショット】通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。そのモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで700ポイントアップする。そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

メタル・シューター:ATK2400 → ATK3100

 メタル・シューターが眩い赤光に包まれる。ストライク・ショットは発動ターンのみ、モンスターの攻撃力の増加に加えて、スピア・ドラゴンと同じ、貫通能力を与えるのだ。
 クロウがこの攻撃を許せば、3100ポイントの大ダメージを食らうことになる。
――受けたダメージが大きいほど、その影響も大きくなるからねー。
 キムラの言葉がクロウの脳裏を掠めた。
 「っ! リバースカードオープン! 和睦の使者!」

【和睦の使者】通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

 淡い白のローブの集団が現れ、和睦を告げる。メタル・シューターを覆っていた光は消え去り、三機の機体はキムラの場に戻っていった。
 「ちぇー。ダメージはなしかー。これで切り離せると思ったのになー。カードを1枚伏せてターン終了ー」
 残念そうに言うキムラ。一方クロウは得体の知れない焦りを感じていた。
 「俺のターン、ドロー! スピア・ドラゴンを生け贄に、グラビ・クラッシュドラゴン召喚!」
 重力の力を司る、闇の巨竜がクロウの場に現れる。
 「へえ、グラビ・クラッシュドラゴンかー。そいつの効果でメタル・シューターを破壊する気ー?」
 上級モンスターを前に余裕のキムラ。
 キムラの場のメタル・シューターは効果による破壊をねらっても、自身の効果により、攻撃力低下させることで生き延びることが出来る。
 その効果のお陰で大ダメージを食らうことは無い、と踏んでいるのだろう。
 「ああ……、そしてこのターン、お前は大ダメージを食らう。永続魔法、発動! 闇の護封剣!!」

【闇の護封剣】永続魔法
このカード発動時に相手フィールド上に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を変更することができない。2回目のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

 メタル・シューターが闇に包まれる。裏側守備表示になったことで、その効果破壊耐性も封印されてしまった。
 「闇の護封剣は本来、守りのためのカード……だが、今は攻める! グラビ・クラッシュドラゴンの効果発動! 護封剣をコストにメタル・シューターを破壊!」
 闇に包まれた三機の機体を、グラビ・クラッシュドラゴンは一網打尽にした。
 「あちゃー……」
 「バトルフェイズに移行。グラビ・クラッシュドラゴンのダイレクト・アタック!!」
 黒の巨竜が腕を振るう。勢いをつけてキムラを殴りつけた。
 「……ぐへぇえ!!!!」
 その巨大な拳の餌食になったキムラは、まるで本当に殴られたように後ろに飛ばされた。
 よろよろと立ち上がったキムラの口元から、血が滴り落ちていた。

キムラ:LP4000 → LP1600

 「……くっそー。俺のターン、ドロー。カードを1枚伏せてターン終了」
 キムラは口元の血をぬぐうと、さっさとターンを終了させた。
 「……俺のターン、ドロー」
 先ほどまで、焦りのせいか頭に血の上っていたクロウだが、キムラの様子を見て、クールダウンしていた。
 キムラの言っていたことは本当だった。ゲームで受けたダメージが現実の物となる。
 もし、このままゲームを続けたら……?
 「くっ! グラビ・クラッシュドラゴンの攻撃!」
 「おっとー。リバースカードオープン。コマンド・サイレンサー!」

【コマンド・サイレンサー】速攻魔法
相手の攻撃宣言時に発動。相手のバトルフェイズを終了させて、自分はデッキからカードを1枚ドローする。

 「……カードを1枚伏せてターン終了……」
 攻撃を止められたクロウだが、どこか安心もしていた。
 ダメージを食らうと、現実に体に影響が出る。ならば、ライフが0になったら。
 最悪の想像が、クロウの脳裏を支配していく。
 「俺のターン、ドロー。お、こりゃいいカードを引いた」
 キムラは相変わらずへらへら笑うと、モンスターを1体召喚した。
 「まずは、こいつ。機械王−プロトタイプを召喚!」

【機械王−プロトタイプ】
地/☆3/機械族・効果 ATK1600 DEF1500
フィールド上に存在するこのカード以外の機械族モンスター1体につき、このカードの攻撃力・守備力は100ポイントアップする。

 イスに座った、無骨なロボットがキムラの場に現れた。プロトタイプの名が示すように、そのボディにはいくつものコードが繋がっており、とてもまともに動くとは思えなかった。
 「一体何を……」
 「まーまー。あせらない、あせらない。ここからが、機械王の必殺コンボだからー」
 そういうと、手札2枚を手に取る。
 「じゃーいくよー。手札より魔法カード発動! 機械王 バージョンアップ! そしてこれにチェーンして、連続魔法を発動!」
 「!?」

【機械王 バージョンアップ!】通常魔法
以下のどちらかの効果を選んで発動する。
●自分フィールド上の「機械王−プロトタイプ」1体を墓地に送り、手札、デッキ、墓地より「機械王」1体を特殊召喚する。
●自分フィールド上の「機械王」1体を墓地に送り、手札、デッキ、墓地より「パーフェクト機械王」1体を特殊召喚する。

【連続魔法】速攻魔法
自分の通常魔法発動時に発動することができる。手札を全て墓地に捨てる。このカードの効果は、その通常魔法の効果と同じになる。

「連続魔法は機械王 バージョンアップ! と同じ効果になる……よって、機械王−プロトタイプを機械王に、さらに機械王をパーフェクト機械王に! 連続バージョンアップ!」

 イスに座っていた無骨なロボットが立ち上がり、様々な装甲が装着されていく。当初の無骨な印象は消え去り、精悍な破壊兵器がその姿を見せた。

【パーフェクト機械王】
地/☆8/機械族・効果 ATK2700 DEF1500
フィールド上に存在するこのカード以外の機械族モンスター1体につき、このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。

「なんだと……!?」
「おっとー。機械王の必殺コンボはまだ終わってないよー。伏せカードオープン! ゲットライド! 発動! これで、連続魔法発動時に墓地にすてたユニオンモンスター……強化支援メカ・ヘビーウェポンをパーフェクト機械王に装着!!」

【ゲットライド!】通常罠
自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、自分フィールド上に存在する装備可能なモンスターに装備する。

【強化支援メカ・ヘビーウェポン】
闇/☆3/機械族・ユニオン ATK500 DEF500
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして、フィールド上にこのカードを自分フィールド上表側表示の機械族モンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で元に戻すことが可能。この効果で装備カード扱いになっているときのみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。(1体のモンスターに装備できるユニオンは1体まで。装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

パーフェクト機械王:ATK2700 → ATK3200

 怒涛の強化を見せるパーフェクト機械王。
 その戦闘能力はクロウの場の黒の巨竜をはるかに上回った。
 だが。
 キムラは更なる、強化を図る。
 「そして、これが仕上げー。速攻魔法リミッター解除! これでパーフェクト機械王のパワーを2倍にする!!」
 「!!」

【リミッター解除】速攻魔法
このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。ターン終了時この効果を受けたモンスターカードを全て破壊する。

 パーフェクト機械王:ATK3200 → ATK6400

 「こ……これは……!!」
 リミッターを解除され、限界以上の力を引き出された破壊兵器。
 もはや、巨竜が小石に見えるほどの戦闘能力を備えてしまった。
 その攻撃力差、4000。
 クロウのライフをごっそり奪えるだけの数値だ。
 「これで終わりー。パーフェクト機械王! グラビ・クラッシュドラゴンを攻撃ー!!」
 パーフェクト機械王が、ヘビー・ウェポンに搭載されていた銃を構える。
 銃口に眩い光の粒子が集まっていく。
――このままではやられる!!
 クロウはとっさに、伏せカードを開く。
 「グラビ・クラッシュドラゴンを対象に、リバースカードオープン! 突進!!」
 「なにー!?」
 
【突進】速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、ターン終了時まで700ポイントアップする。
 
 グラビ・クラッシュドラゴン:ATK2400 → ATK3100

 黒の巨竜は唸りを上げた。
 ただでやられてたまるか、と言わんばかりに人型兵器に突撃を仕掛ける。
 だが、次の瞬間。パーフェクト機械王の銃から、閃光が放たれた。
 極太の光線がグラビ・クラッシュドラゴンを襲う。黒の巨竜は腕を体の前で交差しなおも突撃しようとするが、抵抗むなしく、光の中に掻き消えていった。
 そして。その光線はそのままクロウを襲った。
 「……――――――――――!!!!!!」
 体が溶ける。血が沸騰する。骨が粉砕される。
 あらゆる苦痛と衝撃を味合わされた後。
 クロウは地面に崩れ落ちた。

クロウ:LP3700 → LP400

 「おー、突進のお陰で即死は免れたかー。いやー、すごいやー」
 キムラが関心したようにいっている後ろで、パーフェクト機械王は軋みを上げていた。
 リミッター解除の代償として、機体が限界を超えているのだ。
 「おっと、ここでヘビー・ウェポンの効果発動。装備モンスターが破壊されるとき、変わりにこのカードを破壊するっと」
 パーフェクト機械王はヘビー・ウェポンを切り離した。ヘビー・ウェポンの周りを火花が走ったかと思うと、すぐに爆発した。
 
 パーフェクト機械王:ATK6400 → ATK2700

 「これで、俺はターン終了だけど……。クロウー。クロウさーん? 生きてますかー?」
 キムラの問いかけはクロウに届いていなかった。
 体に力が入らない。あらゆる感覚がクロウから遠のいていった。

――俺は、どうなった。

――俺は、死ぬのか。

――あっけないもんだ。

――そうだ、俺はもう。

――俺は……


――……俺は……


――……お……



――……














俺が死んでたまるか










 「うおぅ」
 キムラは驚いた。
 クロウはもう再起不能かと思い、目的を果たすために彼に近づいていったそのときだ。
 クロウはびくり、と痙攣したかと思うと、ゆっくりと、まるで幽鬼のように立ち上がった。
 「あー、まだやれんのかー。んじゃ、そっちのターンからだよー」
 クロウはどこか不自然な、操り人形のような手つきでカードを引いた。
 「……ドロー」
 引いたカードを手札に加えると、続けてカードをディスクにセットする。
 「永続魔法……平和の使者、発動」

【平和の使者】永続魔法
お互いに表側攻撃表示の攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言が行えない。自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。払わなければ、このカードを破壊する。

 クロウが出したのは攻撃力1500以上のモンスターの攻撃を封殺する、防御用のカードだった。
 「ほー。そのカードで戦線を整えるってわけかー」
 キムラの呟きを無視して、クロウはさらにカードを場に出す。
 「さらに……永続魔法、カードトレーダー、発動」

【カードトレーダー】永続魔法
自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻してシャッフルすることで、自分のデッキからカードを1枚ドローする。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 今度は手札交換のための魔法。しかし、次の自分のターンにならなければ、その効果は発動できない。
「そして……リサイクル発動」

【リサイクル】永続魔法
自分ターンのスタンバイフィイズ時に300ライフポイントを払うことで、自分の墓地に存在するモンスター以外のカードを1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 流石にキムラも変だと思った。平和の使者は防御のため、カードトレーダーは手札交換のためだと分かる。しかし、リサイクルを出した意味が分からない。現時点ではまったく役に立たないカードである。
 「おいおい、そんな3枚もカードを出して……?!」
 ふいに気がついた。場に3枚の永続魔法。そして、クロウの手札にカードが1枚。
 その1枚はおそらく。
 「場の3枚の永続魔法を墓地に送り……」
 クロウの呟きと共に、3枚の永続魔法カードから魔力が抜け出ていく。
 抜け出た魔力は上空に昇り、どす黒い暗雲を形作っていった。
 暗雲は雷を内包し、稲光と轟を覗かせる。
 そして、そこから。
 クロウの宣言と共に。
 雷の『皇』が、降った。

 「――特殊召喚。降雷皇ハモン!!」

 雷光が地に堕ち、辺りは閃光に包まれた。
 そして、光が収まったとき。
 そこに『それ』はいた。
 まるで骨を曝しているかのように、細く尖った体。
 傘のような骨組みに、薄く黒い膜が張られた悪魔のごとき翼。
 その体の細さに比べると、明らかに不自然な巨大な鍵爪。
 鈍い金色の体躯の、半人半竜の化け物――降雷皇ハモンがそこにいた。
 禍々しき雷の皇は、クロウの場で高らかに吠えた。
 自らの降臨を祝うかのように。
 
【降雷皇ハモン】
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 「んげ……、コード“H”……出てきちまった」
 キムラは狼狽していた。へらへらした口調は崩れ、語尾が震えている。
 「……」
 一方のクロウは、異常なほど落ち着いていた。
 デッキに入れた覚えの無いカード、しかも爆発の前にカプセルの中で見た、あの化け物が、なぜ自分のデッキに入っていたのか。
 そんな疑問は些細なことに思えた。
 初めてこのモンスターを見たときの危機感も畏怖も、なぜか感じなかった。
 共にあるのが当然のような――そう、まるでもうひとりの自分のように感じていた。
 「……そうだ。お前は俺だ。俺はお前だ! いけ、降雷皇ハモン!!!」
 クロウの宣言に呼応して、雷の皇は動いた。
 その巨大な鍵爪に紫電が集束する。
 雷を帯びた鍵爪をパーフェクト機械王へと向けた。
 「――失楽の霹靂!!!」
 空気を切るような音がすると同時に、機械の王は串刺しになった。
 雷の皇の前には精悍なる戦闘兵器も、おもちゃ同然だった。
 「うわあぁあああ!!!」

キムラ:LP1600 → 300
 
 「さらに追加効果を発動……相手モンスターを戦闘で破壊し墓地に送った時、相手に1000ポイントのダメージを与える」
 「うっそーん……」
 クロウが冷酷な宣言を下し、キムラが間の抜けた声を出す。
 ハモンはその翼を広げ、光る雷のエネルギー球を作り出した。
 「――地獄の贖罪!!!」
 クロウの叫びと共に。
 雷の球が破裂した。
 そしてそのエネルギーは、キムラを襲い。
 彼の肉を焦がした。
 「あ、ぎぎゃあぁあああああああ!!!!!」

キムラ:LP300 → LP0

 キムラがうつ伏せに倒れる。
 すると。彼の体は見る見るうちに、どす黒い“闇”に包まれていった。そして、まるで灰が舞い散るように、彼の体は消えていった。
 「……くっ……」
 同時にクロウの感覚が戻ってきた。辺りを覆っていた息苦しさは消え、代わりに炎の熱気が襲ってきた。
 「(だめだ……体が……動かない……)」
 そのまま地面に倒れ込んでしまった。
 クロウは自らの死を覚悟した。周りは炎の海、体はまったく力が入らない。
 目の前は、霧がかかったように霞んでいる。
 ふと、その視界の隅に何か光を見た気がした。
 その光がゆっくりと近づいてくる。否、ただの光ではない。人の形をしている。

 少女だった。

 逆巻く炎に巻き上げられる黒絹のような髪、肌は炎の光を吸い込むような、幻想的な白。

 この世の物ではないような、美しい、生まれたままの姿の少女。

 目を、奪われた。

 その少女の美しさではなく。

 クロウの心は強烈な既視感に支配された。

 「―――――――」
 
 夢と現実が、過去と現在が、クロウの中で交差する。

 やがて、全ては暗黒に包まれ。
 クロウは意識を失った。 






Diary 9/9
 妻の出産は予定日より、少し早まった。
 産気づいたとの知らせを聞き、仕事を切り上げ急いで病院に向かった。
 病院に着いたときには、もう子供は生まれていた。
 横になっていた妻に「傍についてやれなくてごめん」と声をかけると、彼女は少し笑って「いいの」と短く言った。
 助産婦さんが「元気な女の子ですよ。お父さん、抱いてあげてください」と、俺に子供を抱かせてくれた。
 小さな命の確かな暖かみと、確かな重みがそこにあった。
 不意に、涙が出てきて止まらなくなった。
 そんな俺の様子を見て、助産婦さんは「あらまあ、どうしたのかしら」とあわてだし、妻は静かに微笑んでいた。


Episode.3 Remember warmth

 クロウが目を覚ましたとき、彼の視界に映ったのは見知った天井だった。
 当然だ。彼は毎朝、その天井を見ている。
 要は、自分のアパートメントで、目を覚ましたということだ。
 「……夢……だったのか……?」
 炎。雷の皇。命を奪い合う危険な決闘。闇に消えた男。そして――追いかけてきた過去。
 思い出してみれば随分と密度の高い夢だったと思う。
 「……ふう」
 溜息をつく。ともかく、夢は終わった。日常に戻らなければ。
 ベッドから起き上がる。確か、ボルシチの作り置きがあったから、それを朝食にしようと考えていたそのとき。
 クロウは自分の隣が、妙に暖かいことに気付いた。

 「……なんでだ」
 クロウの隣で、5,6歳と思しき少女がすやすやと寝息をたてていた。一糸纏わぬ姿で。
 その少女が、昨日炎の中で見た子であるのはすぐにわかった。
 あの時はクロウの頭が朦朧としていたせいもあるのか、神秘的な雰囲気はなくなっていたが――あの時、感じた既視感は、面影はそのままだった。
 「……んぅ」
 少女が身じろぎ、目を覚ます。
 「……」
 少女はゆっくりと起き上がる。そして、身動き一つ出来ないクロウをしばし見つめた後。
 「……おはよう」
 お辞儀した。肩まで伸びてる黒髪がはらりとたれる。
 「……おはよう」
 つられてクロウも挨拶。なんだこれ。
 「……ではなくて」
 クロウは混乱している思考をどうにかなだめ。
 あらためて少女と向かい合った。
 「まず、教えてくれ。君は……」
 「みお」
 「え?」
 「みお。あたしはそうよばれてたの」
 簡潔な答えだった。
 「そうか、ミオ。俺はクロウ。クロウ・ササライ」
 「くろう?」
 「そう、クロウと呼んでくれてかまわない」
 「くろう……」
 呟く少女。クロウの名前を反芻しているようだった。
 「ところで、ミオ。君は……なんで、ここにいるんだ?」
 クロウがそう尋ねたそのとき。
 「クロウ!! 無事か!!??」
 鍵がかかっていなかったのか、バンッ! と玄関のドアが開いた。
 入ってきたのは、ウィラー・メット。その後ろにはポリスマン2人。
 あわてた様子で、一気にクロウの寝室まで乗り込んできた。
 そして。
 ウィラーと2人のポリスメンは、三十路のおっさんが、素っ裸の幼女に詰め寄ってる姿をしっかりと見ることになった。
 「な……にやってんだ……」
 あっけにとられるウィラー。
 同じくあっけにとられるクロウを尻目に、ひとり妙に冷静なミオはこう言った。
 「ついてきたの」
 「え?」
 振り向くクロウ。
 「ついてきたの。そういうふうにいわれたから」
 一瞬遅れて、クロウは「なぜここにいるのか」という自分の質問に対する答えだと気付いた。
 だが。ポリスメンは少女の言うことを聞いて、顔色を変えた。
 「……ミスター・ササライ。署まで来て頂きたい。聞きたいことが山ほどある。まずは手を上げてもらおうか」
 なんというバッドタイミング。
 クロウはまた1つ溜息をつき、険しい表情を崩さないポリスメンにおとなしく従った。
 

 「ハハハ、災難だったな」
 その日の夕方。ポリスメンから解放されたクロウはウィラーと共に、オープンカフェに来ていた。
 「まったくだ。……まあ、あの状況では仕方ないだろうが」
 「しかし、結構早く終わったんだなあ。俺、あーゆー場所では、もっといろんなこと決め付けられて、全然返してくれないもんだと思ってたぜ」
 色々やばい疑惑を向けられたクロウだったがミオ自身がその疑惑を否定した(ミオの対応に当たった婦人警官が暗に聞き出そうとしたらしい)こともあり、その疑惑は幸運にもすぐに解消された。
 「しかし、お前の会社の事故も大変だよな。お前も爆発に巻き込まれたようだし。怪我が無くて何よりだよ」
 「……まあな」
 「えーと、ミオちゃんだっけ? あの子も爆発事故に巻き込まれた子なんだよな」
 「……たぶんな」
 もともと、ポリスメンがクロウの家に来たのも、爆発事故後の安否確認、無事ならば、事故のことの聞き込みが目的だったらしい。
 疑惑解消後はそのことについて聞かれた。事故の際に、ミオを見つけた、という事だけは話した。だが……闇のゲームのことについては黙っておいた。
 あまりにも現実離れしたことなので信じてくれないだろうし、最悪、また別の疑惑をかけられるかもしれないからだ。
 「ミオちゃんは警察が預かってんだっけ。身元がはやくわかるといいよなあ」
 「……そうだな」
 クロウとしては彼女に聞きたいことがイロイロあった。あの訳のわからない事件に彼女はあきらかに関わりがあると思えた。
 それに……。
 「……なんだ。ウィラー」
 ニタニタとした笑顔を向けたウィラーが言った。
 「いや、なんかうわの空だなと思って。なんだ、ミオちゃんがそんなに心配なのか? やっぱお前、そんな趣味があるのか?」
 「……なにを馬鹿な……」
 溜息をつくクロウ。手元のカップの紅茶を一口飲む。アールグレイのほのかな甘味がのど元を通り過ぎていった。
 「あ、あの……」
 不意に小さな声がした。ウィラーの横に何時の間にか、ブロンドの少女がいた。年のころは10前後といったところか。
 「なんだい?」
 「ぷ、プロデュエリストのウィラー・メットさんですよね。で、できればサインください!」
 どうやら、ウィラーのファンらしかった。
 ウィラーは「おおっ、俺って有名人!」とかいいながら、嬉しそうにサインに応じていた。
 「……おまえこそ、そんな趣味があるんじゃないのか?」
 「ちげーよ。ファンがいるってのは単純に嬉しいことなのさ」
 実際、プロデュエリストとしてウィラーは人気があるほうだ。
 プロデュエリストは単純に決闘が強いだけでは勤まらない。プロの決闘は『魅せる』ための技術、自身のキャラ付けなど、演出部分も重要になってくる。
 ウィラーはニヒルなヒール(悪役)、そのくせどこか憎めない面も合わせて、結構な人気を誇っているのだ。
 「ステーシー、ここにいたのか……って、ウィラー・メットじゃねーか!!」
 「すげー! 本物のプロデュエリストだ!!」
 ウィラーにサインを頼んだ少女−ステーシーと言うらしい−の友人と思しき少年たちが集まってきた。
 騒ぎを聞きつけ、ひとり、またひとりと子供が増えていく。
 なかなかの大騒ぎになってしまった。
 「あーあー! みんなちょい待ち!!」
 わいわい騒ぐ少年少女を遮って、ウィラーは宣言した。
 「皆ー! ここで騒いだら、この店にも迷惑だー! 近くの公園に移動ー! そこで面白いモンがみれるからなー!!」
 ぞろぞろと子供を引き連れるウィラー。なかなかの手際にクロウが感心していると、ウィラーは「なにしてんだ、クロウ。お前もくんだよ」とクロウを呼んだ。
 

 「よーし、この辺でいいか」
 子供達とクロウを伴って、ウィラーは公園につくと、鞄の中からデュエルディスクを取り出した。
 「皆ー! 聞いてくれー! 今から特別に俺のデュエルを見せるぜー!!」
 おー、と声を上げる子供達。
 ウィラーは、ぴしっと人差し指をクロウのほうに向ける。
 「対戦相手はそこのおっさん、クロウ・ササライ!! 彼は俺に匹敵する……かもしれないデュエリストだ!」
 「……おい、ウィラー」
 いっせいに子供達の視線を浴びたクロウは、つかつかとウィラーに歩み寄った。
 「お、クロウ。ほい、お前のディスクとデッキだ」
 勝手に持ってきたらしい。デッキセット済みのディスクをクロウに渡した。
 「お前……どういうつもりだ」
 「いやー、こんなこともあろうかと持ってきといてよかったぜ」
 「そうではなくて!」
 声を荒げるクロウに向けて、ウィラーはチッチッチ、と指を振る。
 「おーい、クロウ。もう皆、期待してみてるぜー?」
 クロウが後ろを振り向くと、子供達は皆、期待の眼差しを向けている。
 当然だ。いつもはテレビの向こう側にいる、プロデュエリストの戦いが生で見れるのだ。
 その期待を裏切るだけの度胸は、クロウにはなかった。
 「……わかった。デュエルを受けよう。ただし、手加減はしないぞ」
 「わかってるって。んじゃ……いくぜ!」
 
 「「デュエル!!」」

ウィラー:LP4000
クロウ:LP4000

 「お、俺のターンからだな。ドロー!」
 ウィラーは素早くカードを引くと、モンスター1体を召喚する。
 「いくぜ! まずはアックス・ドラゴニュート攻撃表示で召喚!」

【アックス・ドラゴニュート】
闇/☆4/ドラゴン族・効果 ATK2000 DEF1200
このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
 
 黒い体の竜頭人(ドラゴニュート)がウィラーのフィールドに現れた。
 大振りな両刃の斧を構え、敵はまだかと言わんばかりに猛っている。
 ギャラリーから、おー! と歓声が上がる。
 竜頭人モンスターはウィラーの十八番だ。プロの決闘をテレビで見ている彼らにとって馴染みがあるのだろう。
 「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
 「……俺のターン。ドロー」
 クロウのターンに移る。
 「俺は守備モンスターをセット。ターンエンドだ」
 「早いな……。俺のターン! ドロー!」
 ウィラーは引いたカードを確認すると、すぐさまそのカードをディスクに置く。
 「俺の次のカードは、ランサー・ドラゴニュート! 攻撃表示だ!!」

【ランサー・ドラゴニュート】
闇/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF1800
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 次なる緑の竜頭人は槍を武器としている。その槍は鋭く、守備モンスターを越えてダメージを与えてくるのだ。
 「クロウ。確かお前のデッキには、守備力の高い下級モンスターはほとんど入ってなかったはずだ……。こいつの攻撃が止められるかな? ランサー・ドラゴニュートで守備モンスターを攻撃!!」
 緑の竜頭人は手にした槍の切っ先を、クロウの守備モンスターに向けた。そしてそのまま一突き。
 カード表示が表になり、守備モンスターがその正体を現す。
 
【仮面竜(マスクド・ドラゴン)】
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。

 「仮面竜の守備力は1100! ランサー・ドラゴニュートの攻撃を受け止めきれないぜ!」
 ウィラーの言うとおり、緑の竜頭人の槍は、守りの体制をとっていた仮面竜をやすやすと貫く。槍は仮面竜の後ろに立つ、クロウにまで届いた。

クロウ:LP4000 → LP3600

「くっ……。ここで仮面竜の効果発動。デッキから仮面竜を守備表示で特殊召喚!」
 2体目の仮面竜が現れ、敵の攻撃に備えて身構える。
 「アックス・ドラゴニュートで攻撃!!」
 続いて黒の竜頭人が斧を振り上げ、仮面竜に襲い掛かる。巨大な斧は仮面竜を脳天から打ち砕いた。
 「仮面竜の効果発動。龍脈に棲む者を特殊召喚!!」

【龍脈に棲む者】
地/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF700
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する表側表示の永続魔法カード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

 「アックス・ドラゴニュートは攻撃後守備表示になる。これでターン終了だぜ!」
 「俺のターンだな。ドロー」
 クロウは手札からカードを2枚選び出すと、ディスクのスロットに差し込む。
 「俺は、手札より強者の苦痛、そして大地の龍脈を発動!」

【強者の苦痛】永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスター攻撃力は、レベル×300ポイントダウンする。

【大地の龍脈】永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、以下のどちらかの効果を選んで発動する。●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

 強者の苦痛で相手の攻撃力を下げ、大地の龍脈で自分のドラゴン族モンスターの攻撃力を上げる。
 これでクロウは、一気に優位に立った。
 「この2枚は永続魔法……。よって龍脈に棲む者は、合計900ポイント攻撃力がアップする」
 
大地の龍脈によるステータス変動
龍脈に棲む者:ATK1500 → ATK2400
      :DEF700 → DEF1000

「さらに強者の苦痛の影響で、ウィラー……お前の場のモンスターの攻撃力は下がる」

強者の苦痛によるステータス変動
ランサー・ドラゴニュート:ATK1500 → ATK1100
アックス・ドラゴニュート:ATK2000 → ATK1600

 「あらら……。これは容赦ないねー」
 「さらに俺は、ブリザード・ドラゴンを攻撃表示で召喚」
 
【ブリザード・ドラゴン】
水/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

大地の龍脈によるステータス変動
ブリザード・ドラゴン:ATK1800 → ATK2100
          :DEF1000 → DEF1300

 氷の力を持つ、青い体躯の竜が現れた。その体躯の色と正反対の赤い目を倒すべき敵に向ける。
 「龍脈に棲む者でランサー・ドラゴニュートを攻撃」
 「そうはいかないぜ! リバースカードオープン! 万能地雷グレイモヤ!!」

【万能地雷グレイモヤ】通常罠
相手が攻撃宣言したときに発動することができる。相手攻撃表示モンスターの中から一番攻撃力の高いモンスター1体を破壊する。

 ウィラーの仕掛けた地雷が反応し、龍脈の棲む者は爆散した。
 「ならば、ブリザード・ドラゴンでランサー・ドラゴニュートを攻撃する!」
 青の竜が冷気のブレスを吐く。緑の竜人はみるみる内に凍りつき、そして砕け散った。
 
ウィラー:LP4000 → LP3000

 「……くっ!」
 「さらに、ブリザード・ドラゴンの効果発動。アックス・ドラゴニュートの表示形式変更と攻撃宣言を封じる。……これでターンエンド」
 守備耐性のアックス・ドラゴニュートの足元が凍りつく。黒の竜人は抜け出そうと暴れるが、氷はそれを許さない。
 「やってくれたな! 俺のターン! ドロー!」
 不敵な笑みを湛えながら、ウィラーはカードを引く。
 「ふふ……、クロウ! 強者の苦痛が裏目に出たな!!」
 「……なに」
 「いくぜ! アーチャー・ドラゴニュートを召喚し、ミスト・ボディを装備!」

【アーチャー・ドラゴニュート】
闇/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1600 DEF1200
このカードの戦闘によって受けるコントローラーの戦闘ダメージは相手が受ける。

【ミスト・ボディ】装備魔法
このカードを装備している限り、装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

強者の苦痛によるステータス変動
アーチャー・ドラゴニュート:ATK1600 → ATK1200

 「このコンボは……!」
 ミスト・ボディは装備モンスターに戦闘破壊耐性を与えるカードである。
 そして、アーチャー・ドラゴニュートは本来コントローラー側が受ける戦闘ダメージを相手に反射する効果を持つ。
 つまり、これで戦闘を行っても、ウィラーが受けるはずの戦闘ダメージをクロウが受け続けることになる、強力な防御コンボだった。
 弓を構える竜人の体が少しずつ霞んでいく。
 「アーチャー・ドラゴニュートは本来俺が受けるはずの戦闘ダメージを相手に与える! 強者の苦痛の効果で攻撃力が下がったお陰で、効果も倍増だ!」
 「……くそ」
 「さーて、いくぜ! アーチャー・ドラゴニュートでブリザード・ドラゴンを攻撃!」
 竜人は弓を引き、青の竜に矢を放つ。ブリザード・ドラゴンは咄嗟にブレスを吐き、矢を落とす。そのままブレスは弓の竜人を襲った。
 が、竜人はそのブレスを受けると、霧のごとく霧散した。
 「!!」
 霧の竜人は、その身を大気に預けたまま、クロウの後ろに現れる。
 その実体化させた上半身で弓を引き、クロウを貫いた。
 「うお……!!」
 
クロウ:LP3600 → LP2700
 
 「これでどうだ! ターン終了」
 「くっ……。俺のターン、ドロー!」
 霧の竜人は残しておくとやっかいだと考えたクロウ。すぐさま対処に移る。
 「まずは、ブリザード・ドラゴンの効果で、アックス・ドラゴニュートを再び凍結させる。そして、ブリザード・ドラゴンを生け贄に、マグナ・スラッシュドラゴン召喚!」
 青の氷竜が消え去り、光の刃が現れる。鋭い翼を掲げ、マグナ・スラッシュドラゴンがその姿を表せた。

【マグナ・スラッシュドラゴン】 
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 「マグナ・スラッシュドラゴンの効果発動。大地の龍脈をコストに、ミスト・ボディを破壊する!」
 光の巨竜が鋭い翼を振るうと、霧の魔法は消え去り、弓を持った竜人がその実態を見せた。
 「大地の龍脈の効果で、デッキから大地の龍脈を手札に加える。そして、マグナ・スラッシュドラゴンで、アーチャー・ドラゴニュートを攻撃!」
 マグナ・スラッシュドラゴンの尖翼の餌食となったアーチャー・ドラゴニュート。だが、最後の力を振り絞り、クロウに弓を放った。
 
 クロウ:LP2700 → LP1500

 「再び大地の龍脈を発動し、ターンを終了する」
 やっかいな効果を持つアーチャー・ドラゴニュートを破壊したものの、大きなダメージを食らってしまったクロウ。
 だが、面倒なコンボを潰したことで少しだけ優位に立った。
 「ちぃ。俺のターンだ!」
 一転して苦虫を噛み潰したような表情になるウィラー。
 「……モンスターを守備セット。これでターン終了」
 「俺のターン。ドロー」
 相手のコンボを潰したクロウ。このまま押し切るべきだと判断した。
 「スピア・ドラゴンを攻撃表示で召喚する」

【スピア・ドラゴン】
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

スピア・ドラゴン:ATK1900 → ATK2200

 「バトル。まずはスピア・ドラゴンでアックス・ドラゴニュートを攻撃!」
 スピア・ドラゴンの攻撃が半身を凍らされたままの、黒の竜人を貫いた。
 
ウィラー:LP3000 → LP2000

 「さらに、マグナ・スラッシュドラゴンで裏守備モンスターを攻撃!」
 マグナ・スラッシュドラゴンが、セットカードを切り裂く。
 すると、そのセットカードから棘の生えた芋虫が飛び出し、クロウのデッキに突き刺さった。
 「……しまった。こいつは……!」

【ニードル・ワーム】
地/☆2/昆虫族・効果 ATK750 DEF600
リバース:相手のデッキの上からカード5枚を墓地に送る。

 クロウのデッキから5枚のカード【突進】【ミラージュ・ドラゴン】【手札断札】【炸裂装甲】【カードトレーダー】が墓地に送られる。
 デュエルモンスターズは墓地がアドバンテージの1つとして知られるゲームだ。ゆえに純粋なデッキ破壊デッキで無い限り、相手の墓地を増やす行為は、通常取らない。
 「(だが、ウィラーの切り札は、その相手の墓地を利用する……)」
 先ほどの苦虫を噛み潰したような顔はフェイクだったのか……。事実、今のウィラーの顔には笑みが戻っている。
 だが、ひとまず相手の場は一掃した。クロウはとりあえず様子を見ることにする。
 「スピア・ドラゴンはバトル終了後に守備表示になる。これでターン終了」
 
スピア・ドラゴン:ATK2200 → DEF300

 「いくぜ! 俺のターン、ドロー」
 ウィラーは引いたカードを見ると、不適に微笑んだ。
 「クロウ! ちょっと油断しすぎたな! 800ライフを支払い、魔法カード、洗脳−ブレインコントロール発動!! スピア・ドラゴンのコントロールを奪う!」

【洗脳−ブレインコントロール】通常魔法
800ライフポイント払う。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

ウィラー:LP2000 → LP1200

 ウィラーの場にスピア・ドラゴンがふらふらと飛んでいく。が、すぐさま生け贄の渦に包まれた。
 「そして、スピア・ドラゴンを生け贄に捧げ……俺の切り札を召喚! 来い、ホワイト・ホーンズ・ドラゴン!!」
 
【ホワイト・ホーンズ・ドラゴン】
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2200 DEF1400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、相手の墓地から魔法カードを5枚までゲームから除外する。この効果で除外したカード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

 赤黒い皮膚をした、闇の魔竜がウィラーに付き従い、飛来する。その名に冠されている白い角を誇らしげに天に掲げた。
 「ホワイト・ホーンズ・ドラゴンの本来の攻撃力は2200。しかもお前の場の強者の苦痛のお陰で、600ポイント攻撃力が下がってしまう」

ホワイト・ホーンズ・ドラゴン:ATK2200 → ATK1600

 「だが! ホワイト・ホーンズ・ドラゴンは相手の墓地の魔法カードを利用して、その攻撃力を上げるぜ! 効果発動!!」
 魔竜の白い角が輝きだす。クロウの墓地から、【大地の龍脈】【突進】【カードトレーダー】【手札断札】が取り除かれ、その魔力をホワイト・ホーンズ・ドラゴンは我が物とした。

ホワイト・ホーンズ・ドラゴン:ATK1600 → ATK2800
 
 「いくぜ! ホワイト・ホーンズ・ドラゴンで、マグナ・スラッシュドラゴンを攻撃!」
 魔竜が口を開いた。そこに角から溢れ出た魔力が集束し、眩い光が渦巻く。
 「ホーン・ドライブバスター!!」
 ウィラーの叫びと共に、渦巻く光はマグナ・スラッシュドラゴンに向かって放たれた。
 光の巨竜は尖翼を構え、その光を受け止める。だが、龍脈の力を借りた必死の抵抗も、わずかばかり力が足りず、マグナ・スラッシュドラゴンは敗れ去った。

 クロウ:LP1500 → LP1400

 「これで、ターン終了だ!」
 「俺のターン。ドロー!」
 一気に追い込まれたクロウ。ドローしたカードを確認する。
 が。そのカードを見たクロウはぴたりと動きを止めた。
 「(? なんだ? 何を引いた?)」
 それは、ほとんど見た目にはわからない変化だった。だが、ウィラーは気付いた。
 長年、デュエリストとして闘ってきた経験が、相手の動揺を掴んだのだ。
 「……俺は……」
 クロウは手札にドローしたカードを加えると、1枚のカードを選び出す。
 「平和の使者を出し、ターン終了」

【平和の使者】永続魔法
お互いに表側攻撃表示の攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言が行えない。自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。払わなければ、このカードを破壊する。

 「……俺のターン、ドロー」
 先ほどの様子を変に思いながらも、ウィラーはゲームを続ける。
 「おっと、今引きだな。スタンピング・クラッシュ発動! 平和の使者を破壊!」

【スタンピング・クラッシュ】通常魔法
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが存在するときのみ発動することができる。フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

クロウ:LP1400 → LP900

 「そして、とどめだ! ホワイト・ホーンズ・ドラゴンでダイレクト・アタック!」
 
クロウ:LP900 → LP0

 ギャラリーの子供達は皆興奮した様子で口笛や拍手を送っていた。
 ウィラーは笑顔でそれに答える。「みんなの応援のお陰で勝てたぜー! ありがとなー!!」と大声で叫ぶと、それに負けじと子供達は大きな歓声を上げた。
 

 「ふー、いやはや、なかなか大変だったな」
 結局あの後、ウィラーはサインやら握手やらを求められて大変だった。
 騒ぎを収集するためにデュエルしたはずなのだが、かえって子供達を煽ってしまったようだ。
 「まったくだ……。俺も疲れた……」
 クロウも騒ぎを収集するために苦心する羽目になった。かなりグロッキーな状態らしく、ぐったりと公園のベンチに座り込んでいる。
 「そーいや、取調べの後だったもんな……。いや、お疲れさん」
 ウィラーが缶ジュースを1本クロウに手渡す。
 クロウは受け取ると、ぐびり、と1口飲んだ。
 「クロウ。ラストターン何を引いたんだ?」
 「……なんだ、急に」
 ウィラーの問いにクロウは、大して興味なさそうに答える。
 「いや、あの時お前の様子が変だったからな。もしかして、あの時引いたカードで俺を倒せたとか? プロがあんなところで負けちゃまずいと気を使ってくれたのか?」
 「……そうじゃない。その……デッキに入れた覚えの無いカードを引いたんだ。どうやらどっかで紛れ込んだらしい」
 「……そうか」
 急にピリリリ、と電子音がした。音の主はウィラーの携帯電話だった。
 「ワリィ、俺だ。はい……ああ、今日だったか。すぐ行く」
 短く返答すると、ウィラーは電話を切った。
 「次の試合の打ち合わせがあったんだった。じゃあな、クロウ。今日はこれで」
 「ああ、それじゃあな。俺も帰るよ」
 短くを別れを告げると、二人は別々の方向に歩き出した。

 「ウィラー……お前の推理は当たっていたよ」
 クロウは今日のデュエルでラストターンに引き当てたカードをデッキから取り出した。

【降雷皇ハモン】
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 ラストターン、平和の使者を発動し、大地の龍脈、強者の苦痛の3枚をコストに、ハモンを召喚、ホワイト・ホーンズ・ドラゴンを攻撃していれば、ウィラーの手札にクリボーでもない限り、クロウの勝ちだった。
 だが……どう考えても普通じゃないこのカードをデュエルで使う気にはならなかった。
 否が応でも、昨日の危険なゲームを思い出してしまう。
 「しかし……一体何時の間に俺のデッキに入ったんだ。このカードは……」
 このまま持っていてよいものだろうかと考えながら、アパートの自室に入る。
 そこで、クロウの思考は中断された。
 
 「……なんでだ」
 既に日は沈み、明かりのないクロウの部屋に、少女がぽつんと座っていた。
 「……ミオ。なんでここにいる。警察で保護されてるはずじゃ……」
 「いっしょにいるようにいわれたもの。はもんといっしょに」
 「!!」
 その単語を聞かされたクロウは、デッキから降雷皇ハモンのカードを取り出す。
 「ハモンと言うのは……これのことか」
 「うん。そう」
 「誰にそういわれたんだ?」
 「……おとうさん」
 その言葉にぴしりと固まるクロウ。
 「(……やはり、この子は何かしら関係がある。しかし……)」
 「ねえ、くろう」
 「ん? なんだ?」
 ミオはポツリと呟いた。
 「……おなかすいた」
 同時に、く〜、と可愛らしい音がする。
 ミオは少しだけ俯いて、顔を赤らめた。
 「……とりあえず、飯にするか。ボルシチを温めて……と」
 「ぼるしち?」
 「ボルシチ知らないか……。まあ、食べてみればわかる」


 「!! おいしい!!」
 「おいおい……。もっと落ち着いて食べろ。ちゃんと噛まないと健康に悪いぞ」
 ミオは初めて食べたボルシチに痛く感激しているようだった。すごい勢いでたいらげている。
 警察署で支給された黄色いシャツとオーバーオールが、こぼしたボルシチで見る見るよごれていった。
 「ああ、そんなにこぼして……。ほら、こっち向け。拭くから」
 「え、あ、うん……。ごめんなさい……」
 しゅんとなるミオ。
 「まあ、汚れたら洗えばいいけどな……。その服はさっそく洗濯だな」
 食事をしながらミオから色々と聞きだそうとしたクロウだったが、それが無謀な考えだったと思い知らされた。
 食卓がこんな大騒ぎになったのは久しぶりだ。
 「あ、こらミオ。玉葱残すな。ちゃんと食べろ」
 「でも、それ苦い……」
 「苦くない。むしろちょっと甘いぞ。騙されたと思って食ってみろ」
 「うーん……。!! おいしい!!」
 「そうだろう。玉葱は少し炒めるとだな……」
 まったくもって、にぎやかな食卓になった。


 食事が終わり、食器を片付けたクロウが食卓に戻ってくると、ミオはうつら、うつらと頭を揺らしていた。
 どうやらもう、おねむのようだ。
 「……ほら、そんなとこで寝るな。風邪ひくぞ」
 「……んう〜〜」
 「こりゃだめだな……」
 ミオはもう、まともに起きてはいられないだろうと観念したクロウ。そのまま抱き上げ寝室に連れていった。

 「よっこらせ……と」
 ベッドにミオを寝かせ、布団をかぶせる。同時にクロウもどっと疲れが出た。
 今日はもう寝ようと考える。
 ベッドはミオに譲ったので、ソファで寝ようと踵を返したそのとき。
 ミオに服のすそを掴まれていることに気付いた。
 「……おとうさん」
 寝言なのか弱弱しく呟くミオ。その顔はかすかに不安を湛えていた。
 「……ふう」
 クロウは短く溜息をつくと、ミオの隣にそっと寝転んだ。ミオはクロウの胸元で丸くなると、少しだけ顔を緩ませた。
 そしてクロウも、胸元で感じる小さな命の暖かみを感じながら、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。






Diary 9/6
 今年は例年以上に忙しく、娘の6歳の誕生日には家に帰れそうにない。
 残念に思っていたが、今日うれしい知らせが来た。
 妻と娘がこちらに遊びに来るというのだ。
 娘の誕生日当日のAMA63便で来るといっていたから、到着は夜になるだろう。
 後3日しかないが何とかディナー予約を入れなくては。プレゼントは発送する前でよかった。当日手渡しできる。
 ……自分でも、相当浮かれているのがわかる。
 何だか気恥ずかしい。


Episode.4 Silent Prelude

 クロウはミオを伴い、とある施設に来ていた。
 何代か前の州知事が作った市民の憩いの場、という名の血税無駄使い施設である。
 休日だというのにあまり人気はない。施設の老朽化も進んでいるようで、そこらに汚れやら綻びやらが見える。取り壊されるのも時間の問題だろう。
 しかし、今回はあまり人気がないほうが都合がいい。
 おそらく、だが。
 「……あ」
 クロウがそんなことを考えながら歩いていると、ミオが呟き振り返った。
 続けてクロウも振り返ると、そこに目的の人物がいた。
 湯気に少しだけ眼鏡を曇らせながら、紅茶の味を静かに楽しんでいる女性。
 彼女に近づき、心持ち緊張しながらクロウは挨拶した。
 「……お久しぶりです。やはり、紅茶はアールグレイですか?」
 その声に気付くと、彼女は振り返り穏やかな微笑を浮かべた。
 「ええ、私にはこの味が一番馴染むみたい」
 朗らかにそう答えた彼女はミオに気付くと、あら、と呟き
 「こんにちは、お嬢ちゃん。お名前は?」
 と優しい声で質問した。
 ミオはしばらくクロウの後ろでもじもじしていたが、クロウに促され
 「……ミオです。はじめまして」
 と小さな声で挨拶した。
 そんなミオの様子を見ると、彼女は電動車椅子のパネルを操作してミオとしっかりと向き合う形となり、改めて挨拶を返した。
 「私はマイコ・カトウ。クロウさんのお友達よ。よろしくね、ミオちゃん」


 「かわいいお子さんね。クロウ?」
 ミセス・マイコの孫達(もともと連れてくるということを、クロウは聞いていた)と一緒に遊んでいるミオを眺めながら、彼女は柔らかい微笑を浮かべている。
 「……いや、彼女は事情があって預かっているだけで……ってその辺は電話で話しませんでしたっけ?」
 クロウも紅茶をすすりながら、ミセス・マイコに答える。
 「ほほほ……、私はもうお婆ちゃんですからね。あんまり物覚えはよくないわ」
 「……ご冗談を……」
 朗らかな、それでいてどこかのらりくらりとした口調に、なんだかからかわれているように感じて、クロウは短く嘆息した。
 「それに貴方も随分明るくなったわ。あの娘のお陰かしらね?」
 「……そうでしょうか」
 クロウは、そういうことは自分でよくわからず首を傾げる。
 「まあ、最後に会ったのがあの時だったからね。より明るく見えるのかもしれないけど」
 「……その節は本当にお世話になりました」
 そう、クロウはミセス・マイコに助けられた。
 カードプロフェッサーをやめ、木偶のようだった自分を今の会社に紹介してくれたのは彼女なのだ。
 「あらあら、いいのよ。困ったときはお互い様だしね」
 ミセス・マイコは朗らかに笑う。
 彼女はクロウと同じく元カードプロフェッサーである。だが、プロフェッサーの大多数の者とは違い、賞金目当てでプロフェッサーになったわけではないようだ。
 彼女はその上品な雰囲気そのままの、どこぞの上流階級出身者だ。もともとプロフェッサーになったのも、老人の道楽のようなもの、と当時の彼女は言っていた。
 しかし、そのくせなかなか強かった。その朗らかなペースを崩さず、なおかつ大胆に攻めてくる戦法は圧巻だった。
 それを見て、あれは相当な修羅場を潜り抜けてきてるぜ、とかテッドがのたまっていた。
 その証拠、と言うか、ギルト崩壊直前からI2社とコンタクトを取っていたようで、今ではカトウ家はI2社(その関連グループ)では結構重要なポジションに添えられているらしい。
 「それで、今日は何のようかしら? 孫たちのおもりと茶飲み話だけ……というわけではないでしょう?」
 「……ええ。私の会社のことです」
 クロウは口調を厳しくし、本題に入った。あの爆発事故から3日。会社からはろくな説明もなく一方的に休職を言い渡された。
 同僚達にも何人か当たってみたが、自分と同様の答えが返ってくる。
 上司に相談を持ちかけても、芳しい答えは返ってこない。
 それに……自分が関わっていた『Project Three Phantasms』は明らかに怪しい。その計画の目玉カードの1枚が、今自分が経緯不明で入手した【降雷皇ハモン】であり、あの爆発事故の前に巨大なカプセルの中で見た怪物もまた、それだった。
 そしてあの事故の際にミオに出会い、何時の間にか自分のアパートに……。
 そう考えると、迂闊に上層部の人間とコンタクトを取るわけにはいかない。
 そこで、クロウは搦め手から攻めることにした。I2社関連グループに太いパイプを持つミセス・マイコなら、何か知っているのではないかと思ったのだ。
 とりあえず、ミオに会わせてみたが、芳しい反応はなかった。
 「ああ……、聞いているわ。確かガス管の爆発でしたっけ?」
 一般の報道ではそういうことになっている。
 「ええ……、しかし、私は『Project Three Phantasms』……。あれに関係あるように思うのです」
 「……どうしてそう思うのかしら……?」
 ミセス・マイコが答える。心なしか、声が少し低くなったようにクロウは感じた。
 「そもそもよく考えてみれば『Project Three Phantasms』なんて重要そうなプロジェクト、規模は大きめとはいえ、うちのような子会社ではなく、本社でやったほうが自然です。……ミセス・マイコ。あなたがたカトウ家は、今やI2社関連グループでは重要な位置を占めています。あなたなら、何かご存知では、と思いまして」
 一気に喋り、相手の反応を窺うクロウ。ミセス・マイコは手元の紅茶を一口飲むと、一呼吸おいてから話し出した。
 「……『Project Three Phantasms』はある人物の助言によって、あなたの会社に委託されたのよ。……私はてっきりあなたは知っていると思っていたのだけれど」
 「……どういう意味でしょうか」
 なんだか要領を得ない答えだ。クロウも自然と表情が硬くなる。
 「あらあら、怖い顔。そんな顔をしないで?」
 またしても、朗らかに微笑を向けられたクロウ。どうにも調子がつかめず、黙りこんでしまう。
 そうして僅かな沈黙の後、ミセス・マイコが口を開いた。
 「ねぇ、クロウ? 久しぶりにデュエルしてみないかしら?」
 「……別に良いですが……」
 ミセス・マイコに向きなおすクロウ。どういうつもりで? といった表情で訴える。
 「あらあら、私たちはデュエリスト。デュエルするのに、理由は要らないわ。それにレディを楽しませるのは男の務めよ?」
 微笑を浮かべ、クロウに答えた。
 「……なるほど、それはごもっとも」
 クロウも幾分か表情を崩し、ミセス・マイコに向き合う。
 「それでは、いきますよ。ミセス・マイコ」
 「ほほほ、……お手柔らかにね」
 ミセス・マイコの車椅子の一部が変形し、デュエル・ディスクの形を取る。
 戦いの準備は整った。

「「デュエル!」」

クロウ:LP4000
ミセス・マイコ:LP4000

 「私の先行。ドロー」
 クロウはカードを引くと、手札から2枚のカードを選び出しディスクにセットする。
 「まずは、モンスターを守備セット。さらにカードを1枚セット」
 まずは、クロウの無難な一手。
 「……これでターン終了です」
 「ほほほ。私のターン」
 ミセス・マイコのターンに移る。
 「まずはレプラカーンを召喚するわ」
 
【レプラカーン】
地/☆2/獣族 ATK400 DEF200
森に住む小さな妖精。いたずら好きで有名。

 現れたのは、三角帽子に、片方の足だけの靴を身に着けた、まるで童話に出てくるような小人だった。そのくせ、どこか不敵な面構えをしている。
 「さらに私は装備魔法、ポイズンボーガンを発動。レプラカーンに装備するわ」

【ポイズンボーガン】装備魔法
レベル2以下のモンスターにのみ装備可能。装備モンスターが攻撃した場合、そのモンスターをダメージ計算を行わず、そのまま破壊する。そのモンスターが裏側守備表示の場合、
裏側守備表示のまま破壊する。
 
 レプラカーンがおもちゃのような小さいボーガンを手に取る。
 だが、その矢の先には猛毒が仕込まれており、攻撃対象となったモンスターを問答無用で破壊するのだ。
 「では、バトルフェイズ。レプラカーンで裏守備モンスターを攻撃」
 不敵な笑みを浮かべ、妖精が矢を放つ。
 矢に仕込まれた毒が裏守備モンスターを瞬時に蝕む。守備モンスター、仮面竜はなす術も無く葬られた。
 「仮面竜(マスクド・ドラゴン)の効果は、戦闘で破壊されないと発動できない……」
 「ほほほ……これは成功だったようね。カードを1枚伏せてターン終了」
 再びクロウのターンに移る。
 「私のターン、ドロー。……ブリザード・ドラゴンを召喚。さらに大地の龍脈を発動」

【ブリザード・ドラゴン】
水/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1800 DEF1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

【大地の龍脈】永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、以下のどちらかの効果を選んで発動する。●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

大地の龍脈によるステータス変動
ブリザード・ドラゴン:ATK1800 → ATK2100
          :DEF1000 → DEF1300

 クロウが次に呼び出したのは、青の氷竜。冷気を身にまとい現れた。
 「そして、ブリザード・ドラゴンでレプラカーンを攻撃!」
 氷竜が口を開いた。冷気がその口内に集まっていく。
 だがミセス・マイコは、あわてることなく迎撃を行った。
 「はい、リバースカード発動よ」
 
【パッチダイナミクス】通常罠
相手の攻撃宣言時に発動できる。デッキより「深き森」を1枚選択し、発動する。

 ミセス・マイコの発動した罠カードの効果により、フィールドは巨木の立ち並ぶ暗がりの森となった。
 レプラカーンはその巨木郡に紛れ込み、見えなくなった。

【深き森】フィールド魔法
互いのプレイヤーはレベル2以下(通常モンスターの場合はレベル4以下)の獣族・昆虫族・植物族モンスターを攻撃対象にした場合、その攻撃を無効化することができる。

 木漏れ日さえ届かぬ深き森。ミセス・マイコのデッキにおけるキーカードであり、強力なロック効果を持つ。
 「さっそくご登場ですか……。ならば、ブリザード・ドラゴンの効果を発動。凍結能力により、レプラカーンの攻撃と表示形式の変更を封じます」
 ブリザード・ドラゴンは攻撃のために集めた冷気を拡散させた。冷気は森の中を漂い、レプラカーンの行動を制限する。
 ポイズンボーガンを装備したレプラカーンは問答無用で攻撃対象モンスターを破壊する。
 クロウはそれを警戒し、攻撃を封じたのだ。
 「カードを1枚伏せてターン終了です」
 「私のターンね。まずはカードを1枚伏せ、レインボー・フラワーを攻撃表示で召喚」
 
【レインボー・フラワー】
地/☆2/植物族・効果 ATK400 DEF500
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃することができる。

 巨木の根元にけばけばしい色の不気味な花が生えてきた。花弁の中心には眼球とにやけた口が見える。
 「そして、レインボー・フラワーでクロウ、貴方にダイレクト・アタックよ」
 けばけばしい虹色の花は、異形の口からクロウにむかって、種を吐き出した。
 「……っく」
 その攻撃方法に思わず顔をしかめるクロウ。
 
クロウ:LP4000 → LP3600

 「これでターン終了するわ」
 「……私のターン、ドロー」
 クロウはカードを引くと、すぐさまそのカードを手札から出す。
 「来た……深き森攻略のキーカード。ブリザード・ドラゴンを生け贄に、マグナ・スラッシュドラゴン召喚!」
 
【マグナ・スラッシュドラゴン】 
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 「そして、大地の龍脈をコストにし……効果発動! 深き森を破壊する!」
 マグナ・スラッシュドラゴンが白銀の刃を構えるのを見て、ミセス・マイコは微笑んだ。
 「ほほほ……やはり、フィールド魔法を除去しにきたわね」
 そして、伏せカードが静かに開かれる。
 「それでは、深き森を暴く不埒な竜に……罰をくだすわ。カウンター罠、天罰発動!」
 
【天罰】カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 はるか天空より、雷光が落ちマグナ・スラッシュドラゴンを打ち抜いた。刃は砕け、白銀の竜はクロウの前から消え去った。
 「……くっ。大地の龍脈の効果で、デッキから2枚目の仮面竜を手札に加えます。カードを1枚伏せてターン終了です」
 「ほほほ……私のターン。……クロウ、大地の龍脈でモンスターを手札に加えたということは、手札にモンスターがいないのかしら?」
 柔らかな笑みを浮かべるミセス・マイコ。だが、その言葉の調子にはクロウの動向を探る狡猾さが垣間見えていた。
 「さあ。ご想像におまかせします」
 感情の起伏を感じさせない声でクロウは答える。
 「相変わらずね……。まあいいわ。モンスター2体でダイレクトアタックよ」
 森の中から、小さな妖精、そして虹色の花がその姿を現しクロウに襲い掛かる。
 クロウはそれを見て、瞬時に伏せたカードを開いた。
 「罠発動……聖なるバリア−ミラーフォース−!」
 
【聖なるバリア−ミラーフォース−】通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 輝く光のバリアにクロウは包まれる。妖精と虹色の花の攻撃エネルギーは、そのバリアに跳ね返されレプラカーン、レインボー・フラワーを消滅させた。
 「なるほど……ミラーフォースで迎撃後の反撃のコマをそろえる為に、仮面竜をサーチしたのね」
 ミセス・マイコは消滅していく自軍のモンスターを見ながら、そう呟いた。
 「ええ……どのみち、直接攻撃できるレインボー・フラワー、モンスター破壊効果のポイズンボーガンを装備したレプラカーンの前に壁モンスターを用意しても、あまり意味はないですからね。深き森の効果もありますし。だったら、場のモンスターを全滅させて直接攻撃を狙ったほうがいい」
 だが、クロウが狙った展開にはならなかった。このターン、ミセス・マイコは通常召喚を行っていない。
 壁になりうるリクルートモンスターをサーチし、手札が悪いと思わせることで一気に攻めてこさせるつもりだったのだが、彼女はまだ守りのためにモンスターを用意するチャンスを持っている。
 「(読まれていたのか……)」
 そう考えたクロウに気付いたのか、ミセス・マイコは静かに告げる。
 「……心配しなくても、私はこのターン通常召喚はしないわ。正しくは出来ないといったほうがよいかしら。……でも……」

――おおおおおぉぉぉん

 不意に。 
 雄たけびが響いた。
 森の奥から、搾り出すようなうめき声が聞こえてきた。
 「このターン、特殊召喚条件を満たしたモンスターなら、存在するわ……。倒されてしまった森の住人の復讐のためにね。1000ライフを支払い、手札から森の番人グリーン・バブーン特殊召喚!」
 巨木の合間にうめき声の主が現れた。異常なほど盛り上がった肩を揺らし、木をそのままちぎったような、無骨な木槌を構えた緑の大猿が、復讐を果たすために森の奥から姿を現した。
 
【森の番人グリーン・バブーン】 
地/☆7/獣族・効果 ATK2600 DEF1800
自分フィールド上に存在する獣族モンスターが破壊され墓地に送られた時、1000ライフポイントを払うことで手札または墓地からこのカードを特殊召喚することができる。

ミセス・マイコ:LP4000 → 3000

 「くっ……。こいつは……」
 ミセス・マイコの切り札の一つ。しかも、このタイミングで召喚されたことに、クロウは戦慄していた。
 「ほほほ……まだバトルフェイズの途中だったわね。バブーンでダイレクトアタック!」
 緑の肌の大猿が木槌を振り上げ飛び掛る。勢い良く木槌をクロウに振り下ろした。
 「……くぅ」
 
クロウ:LP3600 → LP1000

 思わぬ大ダメージを食らってしまったクロウ。流石にうろたえた様子を見せた。
 「これでターン終了」
 「……私のターン。ドロー」
 カードを引いたクロウは少しだけ考える様子を見せた後、カードを1枚だけ手に取った。
 「……モンスターを守備セット。これでターン終了」
 「先ほど手札に加えた仮面竜かしら? 私のターン、ドロー」
 ミセス・マイコのターン。やはり微笑を浮かべながらカードを引く。
 「私は魂を狩る魔獣士を攻撃表示で召喚するわ」

【魂を狩る魔獣士】 
地/☆4/獣族・効果 ATK1100 DEF1000
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、相手の墓地で発動する効果は全て無効化される。

 次なる森の住人は異形そのものといった姿をしていた。人そのものの上半身、その胸元に顔のようなものがあり、下半身は馬、尾は魚、剣と白い麻袋を手にしている。
 「この子が場にいる限り、墓地で発動する効果は全て無効になる。仮面竜の効果は発動させないわ」
 にこりと笑うと、ミセス・マイコはバブーンに攻撃命令を下した。
 大猿は力任せに木槌を守備モンスターにたたきつける。だが、その打撃は守備モンスターを通り抜け、地面に大きな穴をあけた。
 「……私が守備表示で出したのは魂を削る死霊です。戦闘では破壊されません」

【魂を削る死霊】
闇/☆3/アンデット族・効果 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。

 「あらら……これは読み違えたわね。ターン終了よ」
 「私のターン。ドロー……いきます、ミセス・マイコ」
 クロウの声の調子が少し強くなった。これは反撃が来る。そう悟ったミセス・マイコは思わず身構えた。
 「まずは魂を削る死霊を生け贄に捧げ、グラビ・クラッシュドラゴンを召喚! さらに早すぎた埋葬を発動し、マグナ・スラッシュドラゴンを特殊召喚!」

【グラビ・クラッシュドラゴン】
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

【早すぎた埋葬】装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1枚選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

クロウ:LP1000 → LP200

 一気に展開された2体の巨竜。グリーン・バブーンの前に油断なく対峙している。
 「そして永続魔法リサイクルを発動し……これをコストにグラビ・クラッシュドラゴンの効果を発動。グリーン・バブーンを破壊します!」
 黒の巨竜が魔力を受け取り、猛々しく吠える。
 拳を振り上げ、緑の大猿を重力の力を伴った拳で一気に打ち砕いた。
 「さらにバトルフェイズに移行。マグナ・スラッシュドラゴンで魂を狩る魔獣士を攻撃!」
 今度は白銀の竜が刃の翼を振るい、異形の獣に切りかかる。魔獣士はとっさに手にした剣でその尖翼を受けるが、いかんせん力が違いすぎる。
 魔獣士は手にした剣ごと、真っ二つにされてしまった。
 
ミセス・マイコ:LP3000 → LP1700

 「ほほほ……見事な攻撃だけど、忘れていないかしら? グリーン・バブーンは同種族モンスターが破壊されると、復讐のために舞い戻ってくるのよ。たとえ墓地からでもね」
 そう、魔獣士は獣族。ミセス・マイコのライフもまだ1000以上残っているので、グリーン・バブーンの特殊召喚条件はそろっている。
 だが、クロウはその言葉に対し、静かに告げた。
 「復讐など不毛なものですよ……。グリーン・バブーンには静かに来世を待ってもらいます。罠カード、転生の予言を発動。グリーン・バブーンと魂を狩る魔獣士をあなたのデッキに戻します」
 
【転生の予言】通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

 「なんと……」
 驚嘆に見開かれるミセス・マイコの目。その目に、黒の巨竜が迫ってくる様子が映った。
 「グラビ・クラッシュドラゴンでダイレクトアタックです」
 
ミセス・マイコ:LP1700 → LP0

 「ありがとう。楽しいデュエルだったわ」
 デュエルが終わり、ミセス・マイコが握手を求めてきた。
 「ええ……わたしもです」
 クロウもそれに答える。
 「あー! おばーちゃんたちデュエルしてたのー?」
 「ずるいー! 私たちもー!!」
 ミセス・マイコの孫達が、こちらに気付き集まってきた。
 「ほら、ミオちゃんも早く、早く!」
 「……う、うん!」
 ミオも遅れてよってきた。
 「あらあら……一気に言われてもお婆ちゃん困っちゃうわ。順番にね?」
 わいわいがやがやと楽しげな子供達。ミオも思ったよりもよく馴染んでいるようだ。
 クロウはそんな様子を見て、気の抜けたように一つ溜息をついた。



 「ええ……彼との接触に特に問題はなかったわ。最初は感づかれたかと思ったけど」
 クロウたちと別れた後、ミセス・マイコはとある人物と連絡を取っていた。
 「……わからないわ……。孫たちもいたし、そこまで確認は取れなかったのよ……。ごめんなさい……。ただ……ええ、コードHを所有している可能性は高いと思うわ」
 “彼”の研究データから察するにこれは間違いないと思われた。ただし、なぜクロウが“彼女”を連れているのかその経緯には確証が持てなかったのだが。
 「……そうね。どのみち、コードHは回収しておかないと……。そう、彼を向かわせたの。わかったわ……では、これで」
 嘆息し、電話を切る。物憂げな顔で、ミセス・マイコは人知れず呟いた。
 「……さて……鬼が出るか……蛇がでるか……」
 そして、孫たちの元に戻っていったそのときには、彼女はいつもの朗らかな表情に戻っていた。

 

 「……楽しかったか、ミオ?」
 「うん!」
 一方のクロウとミオは夕日の光の中を、アパートに向かって歩いていた。
 ミオはミセス・マイコの孫達に会ったとき、最初こそ気後れしていたようだが、すぐに仲良くなったらしい。何でも、カードを1枚貰ったようで、それをとても喜んでいた。
 「ちゃんとお礼はいったか?」
 「うん」
 「そうか……。大事にするんだぞ、そのカード」
 「もちろんだよ。この子はおともだちだから。ね、スモくん」
 ミオがもらったカードは【雲魔物−スモークボール】という効果を持たない弱小カードだ。イラストはまるでふわふわのぬいぐるみのようで、非常に愛らしい。
 ミオは楽しげにスモークボールに話しかけていた。
 その様子を見てクロウは顔をしかめた。
 ミオの取っている行動は幼児ならよくあるごっこ遊びの類であり、そんなに変なことではない。クロウが驚いたのはその話しかけている対象だった。
 ミオはソリッドビジョンのように、宙に浮いているスモークボールに話かけているのだ。
 しかも、そのスモークボールはミオの言葉に反応し、あまつさえ受け答えしているような仕草さえ見せている。
 「(……なんだ、あれは……幻覚? しかし、ミオにも見えているようだし、複数の人間が見る幻覚など……いや、しかし……)」
 混乱と困惑で考え込んだクロウがそのまま歩いていると、不意にミオが立ち止まったままなことに気付いた。
 「どうした、ミオ?」
 振り返り、ミオを見ると彼女は怯えた様子で、前を指差した。
 クロウがその指先に目を向ける。
 そこには漆黒のローブを身にまとった大柄な人物が立っていた。
 とっさにミオの元に戻るクロウ。
 漆黒の男は数歩、歩み寄るとクロウに向かい低い声で告げた。
 「ミスター・ササライとお見受けする。……私と共にご足労願いたい。そちらのお嬢さんも一緒に」
 目の前の人物にただならぬ気配を感じるクロウ。
 すると、あたりがゆっくりと薄暗くなっていった。夕日の橙色が少しずつ、冷暗色へと変わっていく。
 「(……これは……あのキムラヌートの時と同じ……?)」
 漆黒の男は周りをゆるりと見渡したあと、おもむろにデュエル・ディスクを構えた。
 「……問答無用と言うわけか……?」
 クロウもディスクを構える。
 「……くろう……」
 クロウの後ろでミオが不安げな声を上げる。宙に浮いていたスモークボールはミオの傍らで、彼女と同じく不安にゆがんだ顔をしていた。
 「……ミオ、少し離れていてくれ。……大丈夫だ。少し帰るのが遅くなるだけだ」
 ミオに、そして何より自分に言い聞かせるようにそういうと、改めてクロウは漆黒の男と向き合う。
 息が詰まるような圧迫感の中で、クロウと漆黒の男が同時に口を開いた。

「「……デュエル」」
 
クロウ:LP4000
漆黒の男:LP4000






19XX年9月9日
本日未明、XX山間部にAMA63便が墜落。乗員、乗客あわせて134名が安否不明。
事故による山火事は、消火活動により沈静化。現在は、探索、救援作業に移っている。
(新聞記事より抜粋)


Episode.5 Go To Hell

 先ほどまでクロウたちを照らしていた爛れた太陽光は、“闇”に遮られた。
 光なき冷たい戦いの場。対峙する二人の男の緊張が、その場の空気をより一層締め付ける。
「……私のターン、ドロー」
 漆黒の男がカードを引く。男は手札を一瞥すると、その中からカードを3枚手に取った。
 「私はカードを3枚伏せ……ターンエンドとする」
 鈍い効果音が鳴り、漆黒の男の前に3枚の伏せカードの映像が表示された。
 「……俺のターン、ドロー」
 続いてクロウのターン。
 「(……モンスターを出さず、3枚の伏せ……手札事故か……それとも……)」
 少し考えてから、クロウは手札からカードを出す。
 「魔法カード発動! 大嵐!」
 
【大嵐】通常魔法
フィールド上の魔法、罠カードを全て破壊する。

 場の魔法・罠カードを一掃する強力な制限級の魔法カードを、出し惜しみせず発動する。
 伏せがブラフであろうとそうでなかろうと、カードアドバンテージは稼げると判断してのことだった。
 それを見て、漆黒の男は瞬時に伏せカードを開いた。
 「罠発動! アヌビスの裁き!」

【アヌビスの裁き】カウンター罠
手札を1枚捨てる。相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ魔法カードと効果を無効にし破壊する。その後相手フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える。

 「いきなり無効化か……」
 クロウの発動した魔法、大嵐は発動前にアヌビス神による魔力により、拡散させられた。
 強力な制限カード、大嵐を無効化させれたのは痛かった。が、クロウはめげずに、この漆黒の男の対処の仕方から、残りの伏せカード、また彼のデッキタイプを推測する。
 「(アヌビスの裁きは追加効果として、相手の場のモンスター破壊、バーン効果を兼ね備えている……。それを気にせず伏せカードを守ったと言うことは……)ならば、俺はミラージュ・ドラゴンを召喚する!」

【ミラージュ・ドラゴン】 
光/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1600 DEF800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、相手はバトルフェイズ中に罠カードを発動することはできない。

 幻影の龍がその体躯をしならせ、現れる。幻影の名に恥じず、彼の攻撃に対して罠を発動することは出来ない。
 クロウは相手がモンスターを出さなかったことから、漆黒の男のデッキタイプは罠、魔法戦術ではないかと推測した。
 しかも伏せカードを守ったと言うことは、チェーン・バーンの可能性は低い。ウォール・バーン、もしくは特殊勝利型……いずれにせよ、残りの伏せカードは攻撃を封じる物の可能性が高い。
 「(それならば、罠の発動を封じるミラージュ・ドラゴンの効果は有効に働くはず……)ミラージュ・ドラゴンで……」
 「……罠モンスター特殊召喚。アポピスの化神、守備表示」

【アポピスの化神】永続罠
このカードはメインフェイズにしか発動できない。発動後モンスターカード(爬虫類族・地・星4・功1600/守1800)となりモンスターゾーンに特殊召喚される。(罠カードとしても扱う)

 漆黒の体躯を持った半人の戦士が現れた。蛇の下半身、剣と盾を構えた人の上半身を持っている。
 「罠モンスターか……。その守備力はミラージュ・ドラゴンでは突破できない……。ならば……」
 そういうと、手札のカードを1枚手に取る。
 「永続魔法、大地の龍脈を発動!! これでミラージュ・ドラゴンを強化する!!」

【大地の龍脈】永続魔法
自分フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、以下のどちらかの効果を選んで発動する。●自分のデッキから「大地の龍脈」を1枚手札に加える。●自分のデッキからドラゴン族モンスターを1体選び、手札に加える。

大地の龍脈によるステータス変動
ミラージュ・ドラゴン:ATK1600 → ATK1900
DEE800 → ATK1100

 「ミラージュ・ドラゴンでアポピスの化神を攻撃!!」
 幻影の龍が光るブレスを吐く。黒の半蛇人はその光の中に掻き消えた。
 「これで、ターン終了」
 漆黒の男のターンに移る。静かにデッキからカードを引く。
 「私のターン。ドロー。……カードを2枚伏せ、ターン終了」
 再びカードが2枚、男を守るように表示される。
 「(……また伏せカード……)俺のターン、ドロー。ミラージュ・ドラゴンで……」
 「バトルフェイズ移行前に、伏せカードを発動。拷問車輪。これでミラージュ・ドラゴンを拘束する」

【拷問車輪】永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスター1体は攻撃できず、表示形式も変更できない。自分のスタンバイフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントのダメージを与える。指定モンスターがフィールドから離れた時、このカードを破壊する。

 巨大生物の頭骨、その口部分に棘だらけの車輪のついた、えげつない拷問器具が現れた。瞬時にミラージュ・ドラゴンが拘束される。
 「くっ……。ならばカードを2枚伏せ……」
 「さらに伏せカードを発動。心鎮壺。これで貴殿のセットしたカード2枚を封印する」
 
【心鎮壺】永続罠
フィールド上にセットされた魔法・罠カード2枚を選択して発動する。このカードがフィールド上に存在する限り、指定された魔法・罠カードは発動できない。

 「……ターン終了」
 クロウはぐうの音もでない。このターンで自分の打った手がことごとく封殺されてしまった。
 「私のターン、ドロー。……拷問車輪の効果だ。ミラージュ・ドラゴンと苦痛を共にするがいい」
  車輪が回り、ミラージュ・ドラゴンの体を棘が、牙が引き裂いていく。悲痛な嘶きがクロウの耳を襲う。
 「くっ……」

クロウ:LP4000 → LP3500

 「私はこれで、ターン終了とする」
 「俺のターン。ドロー」
 クロウはゆっくりとカードを引く。周りを取り巻く闇。漆黒の男の前に置かれた、クロウの戦術をことごとく妨害する罠。この状況にクロウは息が詰まりそうだった。
 「(……く……下手に動けば、さらに罠にはまる……)これで……ターン終了する」
 知らずしらずの内に思考が弱り、消極的な行動に走るクロウ。漆黒の男はそれを静かに見透かした。
 「私のターン。ドロー。拷問車輪の効果ダメージを受けてもらう」
 
クロウ:LP3500 → LP3000

 「……どうやら、この罠地獄に随分と弱っているようだ……。では、終わりにしよう。魔法カード発動。封魂の聖杯。この効果により、デッキからセルケトの紋章を手札に加える」

【封魂の聖杯】通常魔法
自分のデッキから「セルケトの紋章」か「聖獣セルケト」を1枚選択し、手札に加える。

 ウジャト眼の飾りのついた、不気味な杯が漆黒の男の前に置かれた。杯の中から、紫色の煙と共に、蠍の紋様が刻印された大きなメダルが立ち上る。
 「そして、この神器の効果により……王墓を護りし聖なる守護者をここに呼び出す!! いでよ、聖獣セルケト!!!!」
 蠍の刻印が蠢く。よりいっそう強くなる紫の煙の向こう側に、ゆっくりと巨大な影がその実態を伴っていった。
 「……!! こ……いつは……!!」
 クロウの目の前に現れたのは巨大な黒の蠍だった。体の中心にある牙で固められた巨大な円状の口を開け、鋭い鋏、凶悪な棘の尾を振りかざす。恐怖と威圧により、聖域を護りし、異形の聖者がその姿を現した。

【聖獣セルケト】
地/☆6/天使族・効果 ATK2500 DEF2000
このカードは、自分のフィールド上に「王家の神殿」が存在しなければ破壊される。このカードが戦闘でモンスターを破壊する度に、破壊されたモンスターはゲームから除外され、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

【セルケトの紋章】装備魔法
自分の墓地に「封魂の聖杯」が存在する場合のみ発動可能。自分の手札から「聖獣セルケト」を1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが装備されている限り、装備モンスターはモンスターの効果では破壊されない。

 「本来、聖獣セルケトは王家の聖域を護りし存在……護りし場所を離れては存在できない。だが、この神器の元にある限り、聖獣は敵を倒すため、ここに存在できる!!」
 漆黒の男が雄雄しく吠える。それに呼応するように、蠍の聖獣が蠢いた。
 今までどちらかと言えば、守りに徹した戦法だった漆黒の男。しかし、それは単に守っていただけではなかったのだ。行動を挫き、封じる罠を駆使し、相手の戦略と戦意を折る。 そうしてから攻勢に移り、さらに敵を圧倒する。地獄のような戦法だった。
 「ゆくぞ……聖獣セルケトで、ミラージュ・ドラゴンを攻撃!!」
 黒の蠍が8本の足を蠢かせながら、拷問車輪に捕らえられた幻影の龍に迫る。
 鋭い尾の先の針が金色の鱗を貫く。ミラージュ・ドラゴンは叫びを上げる間もなく、その毒の餌食となった。

クロウ:LP3000 → LP2400

 「さらに、聖獣セルケトの効果……戦闘では破壊したモンスターはゲームより除外され……聖獣の力の糧となる」
 セルケトがその大口を開く。ミラージュ・ドラゴンを捕らえた拷問器具ごと、その大口で飲み込む。ゴリゴリと口の形を歪めながら、幻影の龍を咀嚼した。

聖獣セルケト:ATK2500 → ATK3000

 「ひっ……!!」
 そのあまりに残酷な様子に、短い悲鳴を上げるミオ。そんなミオをかばうように、奮えながらも、スモークボールが彼女の前に出る。
 「ミオ……!! 安心しろ!! まだ大丈夫だ!!」
 クロウが二人に向けて、大声で叫ぶ。二人を安心させるため、そして自分を奮い立たせるために。
 「……これでターン終了する」
 クロウのターン。ミオに大丈夫だと叫んだものの、今の手札では反撃の手立てはなかった。今は守備モンスターを出して耐えるしかない。
 「俺は守備モンスターを出し……さらに、強者の苦痛を発動!!」

【強者の苦痛】永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力はレベル×100ポイントダウンする。

聖獣セルケト:ATK3000 → ATK2400

 守備モンスターと共に、相手の攻撃力を下げる永続魔法を張っておくクロウ。正直、今の状況には焼け石に水だが、とにかく打てる手は打っておく。
 「これでターン終了」
 「私のターン、ドロー!!」
 漆黒の男が勢いよくカードを引く。漆黒の男の纏っていたもの静かな威圧感は、彼が攻勢に移ると同時に剥き出しの闘志へと変貌を遂げていた。
 その激しい気迫が、クロウに襲い掛かる。
 「カードを1枚伏せる……。聖獣セルケトよ!! 守備モンスターを破壊せよ!!」
 男は容赦なく命令を下す。クロウの守備モンスター、仮面竜(マスクド・ドラゴン)がその仲間を呼ぶ間もなく、聖獣の針と牙の餌食になった。
 「ゲームから除外されたため、仮面竜のリクルート効果は発動しない……。これでターン終了」

聖獣セルケト:ATK2400 → ATK2900

 「俺のターン」
 男の気迫に押されながらも、クロウがデッキに指を添える。先ほどのミオの悲鳴が耳に残っていた。
 「(そうだ……。今この場にいるのは俺だけじゃない。あの男はミオにも用があると言っていた。今彼女を守れるのは……俺しかしない!!)ドロー!!」
 決意と共にカードを引く。クロウの心に再び戦意が戻りはじめていた。
 「俺は守備表示でモンスターを出して、ターン終了!」
 「私のターン……何時まで守備モンスターで耐えられるか……。いくぞ、聖獣セルケトよ! 守備モンスターを攻撃!!」
 だが、その攻撃は空を切った。
 「残念だったな……。俺の守備モンスターは、魂を削る死霊。戦闘では破壊されない」

【魂を削る死霊】
闇/☆3/アンデット族・効果 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。

 「なるほど……ならば私は、ニードル・ウォールを発動して……ターン終了する」

【ニードル・ウォール】永続罠
自分のスタンバイフェイズ時にサイコロを1回振る。相手のモンスターカードゾーンをこのカードのコントローラーから見て右から1〜5とし、出た目にいるモンスターを破壊する。6の目が出た場合はもう一度サイコロを振る。

 運次第だが、毎ターンモンスター破壊を可能にする永続罠。これで、クロウの壁モンスター展開がさらに難しくなった。
 受身の戦略のはずなのに、確実に相手を追い詰めてゆく、漆黒の男。まさに罠地獄。
 だが。クロウの闘志は衰えない。衰えるわけにはいかないのだ。守るために。
 「俺のターン、ドロー!!」
 勢い良くカードを引くクロウ。ドローカードを見たクロウの目に、光が灯った。
 「来た……!! お前なら、この状況を打破できる!! 魂を削る死霊を生け贄に……来い、マグナ・スラッシュドラゴン!!」

【マグナ・スラッシュドラゴン】 
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 クロウの戦意に答えるように、雄たけびを上げながら白銀の竜がクロウの前に降り立った。その尖翼は闇を切り裂かんばかりに、鋭い輝きを湛えてる。
 「いくぞ……!! 大地の龍脈をコストにし……マグナ・スラッシュドラゴンの効果発動!! セルケトの紋章を破壊する!!」
 白銀の尖翼が舞う。刃の翼から放たれた魔の剣が、セルケトの力を象りし蠍の紋様を切り裂いた。
 「ぬぅ……!!」
 途端、聖獣が苦しみだす。聖域を離れて存在するための神器が消えたことで、その存在自体が消えかかっているのだ。
 「死を護る聖獣ならば……死と共にあれ!! 消えろ、聖獣セルケト!!」
 聖獣セルケトが地に伏せる。王の安らかなる死を護る聖獣は、自身が土に還ることとなったのだ。
 「まだだ……!! さらに大地の龍脈の効果により、2枚目の大地の龍脈を手札に加える!!」
 そう、大地の龍脈の同名カードをサーチする効果により、マグナ・スラッシュドラゴンの効果を発動させるためのコストを回収するこのコンボなら、罠カードに頼りきった漆黒の男の戦線をズタズタに出来る。
 だが、漆黒の男も瞬時にその狙いに気付く。
 「そうはさせない!! 罠カード、ウジャト眼の瞳力!! このターン、効果を発動した相手モンスターのコントロールを奪う!!」

【ウジャト眼の瞳力】永続罠
相手モンスターが効果を発動した場合、発動。そのモンスターのコントロールを得る。このカードがフィールド上から離れた場合、そのモンスターのコントロールを元に戻す。

 男の発動させた、魔眼の力がマグナ・スラッシュドラゴンに纏わり付いた。白銀の竜が苦しげに一声嘶く。同時に、その目から光が消えた。
 マグナ・スラッシュドラゴンは虚ろな目のまま、漆黒の男の前に移動し、クロウの前に立ちふさがった。
 「くっ……。カードを1枚伏せて、ターン終了!!」
 「私のターン! ドロー!! マグナ・スラッシュドラゴンよ。自らの主を攻撃せよ!!」
 正気を失った白銀の竜が、クロウに切りかかる。
 「罠カード発動! 和睦の使者!!」

【和睦の使者】通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

 「くっ……。カードを1枚伏せ、ターン終了」
 「俺のターン! ドロー!!」
 クロウのターン。引いたカードを見て、僅かに動揺する。
 「(……このカードは……しかし、今はやるしかない!)永続魔法リサイクル、さらに先のターンに手札に加えた大地の龍脈を発動! そして、強者の苦痛、リサイクル、大地の龍脈を墓地に送り……特殊召喚! 降雷皇ハモン!!」

【降雷皇ハモン】
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 稲光が集束し、凄まじき雷光が辺りを照らす。
 破壊の光を纏いし雷の皇が、クロウの眼前に降臨した。
 「さらに大地の龍脈の効果により、デッキよりスピア・ドラゴンを手札に加え……召喚!!」

【スピア・ドラゴン】
風/☆4/ドラゴン族・効果 ATK1900 DEF0
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 「……むぅ……!! やはり……コード“H”を……!!」
 漆黒の男が僅かに動揺した声を漏らす。それはクロウの攻勢を後押しする形となった。
 「降雷皇ハモン!! マグナ・スラッシュドラゴンを攻撃!!」
 雷の皇が白銀の竜に襲い掛かる。巨大な鍵爪でマグナ・スラッシュドラゴンを引き裂いた。
 「ぐぅ……!!」

漆黒の男:LP4000 → LP2400

 「さらに追加効果!! 1000ポイントのダメージを受けてもらう!!」
 ハモンの放った稲妻が、漆黒の男を貫いた。

漆黒の男:LP2400 → LP1400

 「……ぐっ」
 漆黒の男のライフを一気に奪った。残るライフも、スピア・ドラゴンの攻撃が通れば削りきれる。
 「そして……スピア・ドラゴンでダイレクト・アタック!!」
 槍の翼竜が漆黒の男に飛び掛る。その鋭い口先を男の胸元に照準をあわせ、弾丸のように突っ込んだ。
 その翼竜を睨み、漆黒の男が伏せカードを開く。
 「これ以上の攻撃は……通さん!! 罠カード発動! バーン・カウンター!!」

【バーン・カウンター】通常罠
相手モンスターが直接攻撃を行った場合に発動可能。その攻撃を無効にし、そのモンスターを破壊する。その後、お互いにこのカードの効果で破壊したモンスターのレベル×300ポイントのダメージを受ける。

 漆黒の男の発動した罠により、大きな爆発が起こる。爆風はスピア・ドラゴンを飲み込み、その余波がクロウと漆黒の男を襲った。

 「くっ……!!」「ぬぅ……!!」

クロウ:LP2400 → LP1200
漆黒の男:LP1400 → LP200

 爆風により、漆黒の男のフードが捲りあがる。その素顔が明らかになった。
 鋭い眼光。褐色の肌。顔の左半分にはまるで象形文字のような刺青がある。
 闘気そのものが人の形を成しているような、威圧的な風貌だった。
 「くっ……。これで、ターン終了」
 「……私のターン」
 漆黒の男がカードを引く。そのカードを一瞥したのち、その視線をクロウに戻した。
 「ミスター・ササライ……見事な闘志だ」
 その目に宿るのは、決闘者としての純粋な光だった。クロウがその言葉と瞳に少なからず驚いていると、突如として炎が上がる。
 「な……!?」
 漆黒の男の場にある、古めかしい壺が、針の壁が、役目を終えた魔眼が炎に包まれていた。
 「正直、このカードを使う事態になるとは思っていなかった。だが、ハモンが呼ばれたとなれば……容赦するわけにはいかない」
 瞬間、クロウは悪寒に襲われた。初めてハモンを目にしたときの、あの危機感と畏怖が蘇ってくる。
 「場の、心鎮壺、ニードル・ウォール、ウジャト眼の瞳力、この3枚を墓地に送り……」
 炎はその勢いを増す。それと同時にクロウの危機感も強まっていく。
――だめだ! あの男のしようとしていることを止めなければ!!
 だが、クロウには対抗の術はない。
 無常にも。
 『それ』は訪れた。

 「来たれ!! 神炎皇ウリア!!!」

 炎が一点に集まり、巨大な火柱となる。
 その紅蓮の塔を食い破り、紅の暴君は現れた。
 途方もなく長い尾を鞭のように撓らせ、赤の刃に包まれた頭部をクロウに向ける。
 金色の瞳、牙に彩られた口部。
 危険な美しさを湛えた緋色の烈火龍が、漆黒の闇に色を添えた。

【神炎皇ウリア】
炎/☆10/炎族・効果 ATK0 DEF0
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する罠カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。このカードの攻撃力は、自分の墓地の永続罠カード1枚につき1000ポイントアップする。1ターンに1度だけ、相手フィールド上にセットされている魔法・罠カード1枚を破壊することができる。この効果の発動に対して魔法・罠カードを発動することはできない。

 「神炎皇ウリアは私の墓地に存在する永続罠1枚につき、攻撃力を1000上げる。今、私の墓地には、アヌビスの裁き発動の際、コストとして捨てた、砂漠の裁き、そして、アポピスの化神、拷問車輪、さらに先ほど召喚のコストとして使用した3枚、合計6枚の永続罠が存在する。よって、ウリアの攻撃力は……」

神炎皇ウリア:ATK0 → ATK6000

 「攻撃力……6000……!!」
 「さらに、ウリアの効果を発動! 貴殿の伏せた右側のカードを破壊させてもらう!!」
 その言葉にクロウはハッ、と気が付く。ウリア召喚の際に心鎮壺が墓地に送られたため、伏せカードの封印が解かれていたのだ。
 「その効果にチェーンして、エネミーコントローラー発動!! ウリアを守備表示に!!」
 
【エネミーコントローラー】速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る。

 「攻撃力と違い、ウリアの守備力は0のまま……これでまだ……」
 「無駄だ」
 漆黒の男が静かに告げる。エネミーコントローラーのソリッドビジョンが映される間ななく、表示されたカードそのものに火が灯った。
 「ウリアのカード破壊能力にチェーン発動することは出来ない。神たる炎は全てを燃やし尽くす。……覚悟してもらおう、ミスター・ササライ」
 紅の暴君が吠える。その身に炎が集まるのを、クロウは見た。
 「神炎皇ウリア!! 降雷皇ハモンを撃破せよ!! ハイパーブレイズキャノン!!」
 灼熱の炎が、雷の王に向かって放たれた。焼け付くような熱気がクロウに迫る。
 「まだだ!! 転生の予言を発動!! お前の墓地の砂漠の裁き、アポピスの化神をデッキに戻す!!」
 寸時にクロウが残された最後の伏せカードを開いた。ウリアの力の源を削り取ったことで、その炎が僅かに弱まる。
 
【転生の予言】通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

神炎皇ウリア:ATK6000 → ATK4000

 「なんだと……!!」
 炎の皇と雷の皇。二つの力が、ここで拮抗した。
 紅蓮の炎と眩き紫電がぶつかり合う。
 鎬を削る二つの力は、次第に膨れ上がり。
 一点を越えて、爆散した。
 「くっ……!!」
 「ぬぅ……!!」
 凄まじいエネルギーの奔流が、二体の幻魔の体を切り崩す。
 紅の暴君と雷光の皇が轟音をたてながら、同時に崩れ落ちた。
 その姿がゆっくりと、まるで蜃気楼のように掻き消えてゆく。
 「……相打ち……か。……くっ……カードを1枚伏せて……ターン終了する」
 「……俺のターン」
 幻魔同士の激突によって生じたエネルギーの奔流の影響は、対峙する二人の男にも及んでいた。すでに二人とも満身創痍。加えて、クロウは先ほどの攻防で手札を使い切っており、このドローカードに次を託すしかなかった。
 「まだだ。……まだ終わらない。終わるわけにはいかない! ドロー」
 搾り出した気迫を頼りに、カードを引くクロウ。その様子を見て、漆黒の男が目を閉じ厳かに告げる。
 「……貴殿の闘志には感服した。……なればこそ、私も一切の加減をなくそう。罠発動、セメタリー・ボム。貴殿の墓地のカード枚数×100ポイント……すなわち、1200ポイントのダメージを受けてもらう」

【セメタリー・ボム】通常罠
相手の墓地のカードの枚数×100ポイントのダメージを相手に与える。

 「な」
 瞬間、クロウのデュエルディスクのセメタリー・ゾーンから、鈍い蒼の光が放たれる。
 死の力が、残っていたクロウの希望を全て奪い去った。

クロウ:LP1200 → LP0

  ライフカウンターが0を示すと同時に、クロウの足元から“闇”が湧き出た。
 “闇”はクロウの体に纏わり付き、感覚を奪っていく。

――そんな うそ だろ

――みお にげ






Diary 9/12

妻も、娘も、死んだ
何を、恨めばいい
神か
それとも
祝福されなかった運命か


Episode.6 Fate

 漆黒の男は、目の前の光景をただ静かに見つめていた。
 目的の人物―クロウ・ササライが“闇”に包まれていく。
 間違いない。コード“H”に搭載されている、“闇”に対しての防衛プログラムが働いたのだ。
 現在、自分が所有するコード“U”−神炎皇ウリアにも、その痕跡があった。
 共通のプログラムが搭載されているのだろう。
 「……く……ろう…………!!」
 考え事に没頭していた漆黒の耳に、悲痛な呟きが届いた。
 声の主は、闇に包まれていくクロウを見つめる幼い少女。
 しばし、クロウを見開いた目で凝視したのち――がくん、とその体が崩れ落ちる。
 気を失ったようだ。
 無理もない。ずいぶんと怖い思いをさせてしまった。
 とにかく助けようと、漆黒の男が少女に近づこうとしたそのとき。
 『終わったようだね、リシド』
 漆黒の男―リシドの左耳に着けられたイヤホンから、ハスキーボイスが響いた。
 『どうやら、コード“H”の防衛プログラムが作動したようだね。ということは、やはり彼のバーと融合しているのか……』
 「ええ、やはり彼は何も知らないのではないかと」
 『まあ、いいさ。後は本人に聞くとしよう。“闇”の“力場”も消えるようだし……結界を解くよ』
 辺りの“闇”が薄れていく。その“闇”をまるで外に逃さぬよう、囲むように張られていた薄い青の光の膜が――スーッ、と掻き消えていった。
 夕焼けの光が戻ってくる。辺りは再び、爛れた橙色の光に満たされた。
 その光を背に、長身の女性が歩いてくる。無造作に腰まで伸ばされた赤毛が、光の中で揺らめいて、まるで炎のようだった。
 「お疲れ様です。ミス・エリゴール」
 リシドが頭を下げる。
 「ああ。お疲れ」
 女性はそれに答える。先ほどまでリシドのイヤホンから流れていたハスキーボイスが、路地裏で響いた。倒れているクロウとミオをしばし眺める。
 「それじゃ、二人を車に乗せてくれ。固有結界を張ったホテルに向かう」
 「わかりました」
 女性はリシドに指示を出す。不意に振り向き、ミオの傍らで震えているスモークボールに近づくと、ニッ、と男前に笑い、喋りかけた。
 「心配するな。オレたちは味方だ。……たぶんな」



 「……ですか。……視の結果は」
 「ああ、やはり……融合……のは、こっちの男のほうだ」
 「……協力者ではないと……」
 話し声が聞こえる。クロウはぼんやりとした感覚の中で、それを聞いていた。

――あれ、なんで俺は寝ているんだ?

――確か今日は、ミセス・マイコとあって

――その後は……確か……

 「やはり、違いましたね……。どうするんですか、不用意に私をぶつけてしまって」
 「間違ったものはしかたないだろう、オレは“疑わしきは罰する”主義だ。まあ、何とかなるさ」

 話し声の二つの内、一つには聞き覚えがあった。一つは聞き覚えのない、女性の物らしきハスキーボイス。そしてもう一つは……。

――「一切の加減をなくそう」……!!

 あの、漆黒の男の声!!!!
 瞬時に、意識が覚醒する。
 まだ、ぼやけている視界を頼りに回りを確認する。
 小奇麗に整えられた部屋。簡素な鏡台にテレビの台。どこかのホテルの一室らしい。
 自分が寝かされているのはベッドの上だ。別段、体が拘束されているわけでもない。
――……ミオは、どこだ……?
 顔を左横に向ける。と、隣に小さな女の子が体を丸めて眠っている。ミオだ。
――良かった……。
 ミオに、特に怪我など見られない。安堵する。
 ミオが寝ているその向こう側、テーブルを挟み、二人の人物が会話していた。
 一人はクロウとデュエルした、漆黒の男。今はローブを脱ぎ、黒いシャツと黒いズボン、と言ったいでたちだった。
 もう一人は先ほどのハスキーボイスの女性だった。長い足をくみ、漆黒の男に話かけている。白のブラウス、藍のジーンズと言ったラフな格好をしており、凹凸著しい体形が服の上からでもわかる。そして、燃え立つような赤毛の長髪がなにより目を引いた。
 「ん?」
 赤毛の女性が、振り向いた。整った顔立ち、鋭いつり目。その目がクロウの視線と合う。
 クロウが息を呑む。目が覚めていることに気が付かれてしまった。
 「……気付かれましたか」
 漆黒の男も気付いたようだ。こちらに顔を向けてきた。
 緊張が走った。クロウは反射的に置きあがり、身構える。
 「……どうする。お前の顔が怖いから警戒されてるぞ」
 「……それは関係ないでしょう。だいたい、彼との決闘も別段必要なかったのに……」
 「へぇ? 途中から夢中になってたように思ったがな?」
 二人が漫才のような会話をする。その様子になんだか、気が抜けた。
 「あーと、クロウ・ササライ。オレたちは少なくとも、あんたの敵じゃない……と思う。その辺をはっきりさせるためにも、オレたちと話し合おう。OK?」
 気を取り直したように、赤毛の女性がクロウに話しかける。
 どちらにせよ、この場から逃げ出すのは難しいと判断したクロウ。こくり、とうなずき肯定の意を示した。
 


 「まずは自己紹介といこうか。オレはヘルガ・C・エリゴール。こっちはリシド・イシュタール。オレたちは『隠された知識』と言うI2社お抱えの組織のエージェントだ」
 「……『隠された知識』?」
 赤毛の女性−ヘルガの出した名前は、クロウには聞き覚えのないものだった。そんな組織があるなんて聞いたこともない。
 「あーと、何から話せばいいかな……。じゃあ、クロウ。デュエルモンスターズの起源が古代エジプトの魔術を元にしている、という話は知っているか?」
 「ああ、それなら……」
 I2社関係者のみならず、デュエルモンスターズにある程度関わったものなら聞いたことのある逸話である。
 「確か、今から10年前……今はI2社の名誉会長である、ペガサス・J・クロフォード氏が古代エジプトの遺跡からインスピレーションを得て、このゲームをデザインしたと言う……」
 「それは半分正解だ」
 ヘルガがクロウの発言を遮り、言葉を続ける。
 「オレの言葉通り、このゲームは古代の魔術を元にしている。いや、再現していると言ったほうがよいかな。ペガサスはエジプトのみならず、様々な古代文明の英知をこのゲームに図らずも収集してしまった。今となっては、このゲームは神話の坩堝だ。ゆえにこのゲームは……人智を超える力を知らず知らずのうちに孕んじまったのさ」
 「そんな……ばかな……」
 クロウは呆気に取られる。真剣な調子でトンデモ学説を聞かされた。一体なんの話だと思ってしまう。
 「まあ、信じられないのもわかるけどな……。でも、クロウ。あんたが体験した闇のゲーム、それからあのお嬢ちゃんのお友達が、オレが言ったことが真実だと言う証拠だよ」
 ヘルガが、ミオを見る。クロウもつられて顔を動かした。ミオの傍らに、ふわふわの雲の魔物が蹲っている。
 「ああ言う存在を、オレたちはカードの精霊と便宜上呼んでいる。これもまた、このゲームに宿る魔導の力だ。その力は時には人に害を及ぼすものも存在する。……有名どころで言えば3枚の神カードの呪い、とかかな?」
 3枚の神のカード―ペガサス氏が直接デザインした最強のレアカード。そのレア度の高さのみならず、オカルトじみた噂でも話題にされたカードでもある。
 使用者が、幻覚を見る、発狂する、はては死に至る、と言ったものである。
――あれは都市伝説の類ではないのか? 本当のことだと言うのか?
 困惑するクロウ。それを知ってかしらずかヘルガはかまわず話を続ける。
 「危険な力を孕んでいるこのゲームだが、今更販売中止、回収するわけには行かない。オレ達がおまんま食い上げになるってのもあるが、それ以上に、デュエルモンスターズが社会に―それこそ魔術でも使ったがごとく、浸透しちまったからな。大体、危険な魔法がかかってるから回収します、じゃ誰も納得せんだろう。だからこそ、そう言った人智を超えた力――オレたちはそれを超神秘科学体系(ミスティック・サイエンス・システム)と呼んでいるんだが――の研究、及びそれによるトラブルに対処するための組織が必要になった。それが『隠された知識』って訳だ」
 一気に喋り、ここでヘルガは一息ついた。
 クロウは今までのことを反芻する。命を削りあう闇のゲーム、確かな存在感を感じる、この世にあらざる魔物の姿。これまでの現実感を伴った感覚は、とても白昼夢とは思えなかった。
 「……だが、俺は今まで、あんな物を見たことはなかった。すべては……あの会社での爆発事故の後。ハモンを手に入れ、ミオと出会ったとき。あれからなんだ。そうだ、なんなんだ、このハモンのカードは。なんなんだ、闇のゲームとは!?」
 クロウが若干興奮気味にヘルガに詰め寄る。その呟きを聞き、ヘルガとリシドが顔をあわせた。
 「……やはり、あんたは関係してなかったわけだな」
 嘆息し、呟く。その言葉の意味がわからず、クロウは顔をしかめる。
 「一旦、『隠された知識』のことはおいておこう……。今、オレたちが担当している仕事の話だ」
 ヘルガが再び喋り始める。
 「実を言うと『Project Three Phantasms』(通称『P2』)の目玉カード『三幻魔』のモデルである、南海の孤島に伝わる、伝説の滅びの精霊皇は『隠された知識』に置いて研究されていたんだ。さっきも話題に出た神のカード―『三幻神』に偶然か必然か、デザイン的に告示していることもあって、研究側、販売側両方に魅力的なものだった。だがしかし……」
 一旦切り、適切な言葉を捜すような様子を見せるヘルガ。
 「……研究を進めるうち、『三幻魔』に宿る力は『三幻神』にも引けを取らないものではないかとの危惧が生まれた。加えて、それは邪悪な類の力ってオマケつき。『隠された知識』−研究側ではこれはカード化するべきではないとの意見が強まったんだが……当然、販売側はいい顔をしなかった。いや、もめにもめたよ。既にサポートカードをふくめてデザインを子会社に委託して、販売に当たっての宣伝もフライング気味に始めちまってたもんだから……、どう落とし前をつけるか意見が右往左往した」
 クロウの会社で幻魔のデザインが上がらなかったのも、この辺が理由らしい。
 だが、ここで予期せぬことが起きた、とヘルガが続ける。
 「これはつい最近わかったことなんだが……『隠された知識』のメンバーの一人が、独自に『三幻魔』の研究を進めていたんだ。それは、オリジナルの『三幻魔』のコピーを作ること……幻魔のコントロール不能な邪悪な力は、幻魔自身が持つ意思が関係している……ならば、意思を持たぬ力だけの傀儡を作れば……自分の思い通りにできるのではないか、ってな」
 「……オリジナルの『三幻魔』のコピー……まさか!?」
 「御明察。リシドの持っているウリア、あんたの持っているハモンがそれだ。オレが見た所、完成度で言えばあんたのハモンのほうが上のようだ」
 漆黒の男−リシドの方を見る。威圧的な風貌は相変わらず。そして、一歩前へ出ると。
 「……本当にすまなかった」
 いきなり、平謝りした。
 呆気にとられるクロウ。
 「私たちは、その研究員と貴殿が協力関係にあると思い……接触を試みたのだ。その結果、あんなことになってしまって……本当に申し訳ない」
 「……ちょっと待ってくれ。なんで、俺が……そんな奴と関係していると?」
 またしても、訳のわからないことを言われ困惑するクロウ。
 「あー、またそれは後で言うことで……。話を戻すぞ」
 バツが悪そうな微妙な笑顔を浮かべたヘルガが、二人の会話を遮るように再び話し始めた。
 「オレたちはさっき言った研究員の行動を不振に思い、彼が個人的に持っていた研究室を突き止め……踏み込んだ。そこでちょっとばかり、交戦したところ……手に入れたのがウリアと彼の研究資料の一部だったんだ」
 「こ、交戦?」
 「まあ、聞いてくれ。そこで手に入れた資料から、彼の研究の内容、目的がわかった。『三幻魔』には、精霊の命を奪い、使い手に永遠ともいえる命を与える力があるらしい。その力をより確実な物にするために、幻魔(カー)を魂(バー)と融合させること。それが、彼の研究の目的だったようなんだ」
 クロウはその言葉に聞き覚えがあるような気がした。
 たしか、先ほどの二人の会話の中に……。
――『ああ、やはり……融合……のは、こっちの男のほうだ』
 「カーとかバーとか良くわからないが……もしかして、ハモンと俺は融合している状態にあるのか?」
 クロウ自身、よくわかってないがそういってみる。
 ヘルガは一瞬驚いたような様子を見せた後、答える。
 「まあ、端的に言うとその通りだ。……あんた、予想以上に飲み込みが早いな。ああ、ちなみにウリアのほうはその機能は調整中だったようで、リシドとは融合していない」
 なんとなく合点がいった。
 「なるほど……その研究員の秘蔵のものを所有していて……しかもご丁寧に、その研究の目的通りだったから疑われたわけか……」
 「いや、そうではないんだ」
 ヘルガが、クロウの呟きを否定する。
 「オレたちがあんたを疑ったのは……その研究員のもう一つの目的のためだ。彼は死んでしまった家族を復活させ……その家族を二度と失わないよう、幻魔の力を利用しようとしていたんだ」
 その言葉を聴き、クロウは思わずミオを見る。
――まさか、まさか
 「そしてこれが……その研究員の日記だ」
 断片的なものだが、と前置きしてから日記をクロウに渡す。
 クロウがページを開く。

――Diary 6/3
 今日の検査で、妻のお腹の中の子は女の子だとわかった。
 早速、妻と一緒に名前を考える。
 美緒、神菜、望、香苗、玉恵。
 様々な願いと祈りをこめて。――

 懐かしい、丁寧な文字。この文体を彼は知っていた。
 日記帳の裏表紙を見る。ローマ字で、持ち主の物であろう、名前が書かれていた。

――Tougo・Sasarai

 「……十護……」
 クロウは呟いた。
 弟の名を。
 切り捨て、壊れてしまった、過去の名を。






Diary 9/4
ついに、アムナエルの居場所を突き止めた。
手に入れた錬金術の秘術の書物。そこに記された人造人間(ホムンクルス)の項に、二人の復活の可能性を見つけて約一年。独学での限界を知り、彼に師事しようと決めてから、2ヶ月。少々遠回りとなったがこれにより、さらなる飛躍が見込めるだろう。


Episode.7 Primrose path

 笹来九郎と笹来十護は仲の良い兄弟だった。
 九郎はインドア派で物静か、十護は明るく社交的。
 一見、正反対な兄弟だったが、根本的に二人とも穏やかな性格が幸いしたのか、二人の仲はよく、まるで親友同士だった。兄は弟の、明るく人と溶け込む人柄を尊敬していたし、弟は聡明でクールな兄に憧れていた。
 二人とも学業に関しては優秀で、名家の子息が通うような、レベルの高い大学付属の高校に入学した。その当時、二人はひそかなブームであったテーブルトークRPG(TRPG)の世界にはまっていた。TRPGとは、端的にいえば「ルールのあるごっこ遊び」である。
 ゲームの参加者(プレイヤー)は、ゲームの舞台となる世界においてプレイヤー・キャラクター(ゲームシナリオの主人公が主)の役割を演じながら行動をゲームマスター(ゲームの進行を取り仕切る役割。例えるなら映画の総監督)に宣言しながらストーリーを紡ぎだし、最終的な目標を達成することが目的となる。設定が複雑なこともあり、とっかかりが難しいいのだが、一旦理解するとその奥深さに二人は存分に魅了されることとなった。
 一年遅れで十護が入学してくると、早速仲間をつのり、TRPG同好会なる物を作ろうと
した。九郎はその手腕と行動力に「相変わらずだな」と驚きつつあきれていた。が、自身もプレイ仲間に飢えていることもあり、サポートする形でそれを手伝い、めでたくTPRG同好会は完成した。
 その同好会において、ひときわ目を引く存在があった。

 高天原 尚樹(たかまがはら なおき)。
 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。そんな言葉の具現化のような女の子だった。
 白磁の肌と黒絹の髪の持ち主であったその少女は、決して派手な存在ではなかったが、日陰に佇む百合のような、儚さと美しさをたたえていた。

 彼女が同好会に入ったきっかけは、九郎との接点だった。
 当時、同じ二年生だった九朗と尚樹は生徒会の一員だった。
 九郎は書記、尚樹は副会長と肩書きの違いはあったが。
 「笹来くん。新しい同好会を作るそうね」
 春の体育祭のことについての会議の終わった後。資料をまとめていた九郎に尚樹が話しかけてきた。
 「……ええ。まだ始まったばかりですが。ある程度形になったら、生徒会に申請しようと思っていました」
 九郎は少し驚いていた。高天原尚樹は綺麗過ぎることでも有名だが、あまり人と関わらないミステリアスな雰囲気も有名だったから。
 少なくとも、九郎は他の生徒から相談を持ちかけられる姿は見ても、仕事以外のことで人に話しかける姿を見たことはなかった。
 と、ここで九郎は、ああ、生徒会の副会長として、どんな物なのか把握しておきたいのか、と思い至った。
 「……これが、今の所用意している資料です。よろしければ」
 鞄の中から資料を取り出す。尚樹は受け取ると、ぱらぱらとページをめくり、真剣な目で見ていく。
 「てーぶるとーく……あーるぴーじー……」
 呟く彼女を見て、九郎はゲームを取り扱う同好会だし、何かしらフォローを入れたほうがよいかな、と考えていた。
 「笹来くん」
 が、考えがまとまる前に尚樹は九郎に話しかけてきた。
 「……はい」
 改めて彼女に向かい合う。
 彼女の白磁の肌はほんのりと赤く染まっていた。それは窓から差し込む夕日の光を受けているからだけではなかった。
 「……あの……私も……同好会にい、入れてくれないかしら?」
 言いよどむように言う尚樹。まるで、仲間に入れてもらえるように頑張って話しかけている小さな子供のようで。普段の秀麗な雰囲気とは違った、可愛らしさがあった。
 だからだろうか。九郎は自然と柔らかく微笑んで、彼女を受け入れたのだった。
 「……ええ。歓迎しますよ。高天原尚樹さん」


 そんなこんなでTRPG同好会に美麗の副会長が入る、といったニュースが生徒を混乱に落としいれながら、TRPG同好会はスタートした。
 同好会はほぼ週5回(土、日以外)で活動していた。件の副会長は週2回程度は顔を出していた。もともとファンタジー物語に興味があったらしく、特に神話の知識は豊富だった。
 彼女は入るきっかけとなった九郎、そもそもの発端であり、明るく社交的な十護とは、特に仲良く話すようになっていた。
 だが、他の同好会メンバーは、彼女から一歩引いていた印象がある。
 それは、単に彼女が高嶺の花的な美少女であることだけが、理由でなかった。
 彼女の家である高天原家は古くから続く名家であり、莫大な資産と多大な権力に対する影響力を持っていた。何でも独自に発展した神道の流れを組む魔導の一族らしく、古びたしきたりやら、魔的な儀式が今でも続いているようだった。
 現に、尚樹も許婚が定められているらしい。ちなみにその相手は高天原の分家筋の少年で、彼女は会ったこともないと言う。
 「それはまた、なんというか……」
 この話を聞いたとき、十護は微妙に笑うような、困ったような顔になって苦笑した。
 九郎も少々驚いたが、予想の範疇だった。高天原家の巨大さと異常さは聞きにおよんでいたからだ。そういったことが起こっても不思議ではない。
 「うん。でも……そういうことだから」
 そういって彼女は儚げに笑った。
 そのとき九郎は思った。学友の皆は、彼女自身の美しさと、彼女の後ろにある高天原家の巨大さと異常さに気後れして、彼女に深く関わらないのだと思っていた。
 いや、それも一因ではあったのだろうが、それ以上に。
 彼女自身が、一族が定めた運命を、うつしよから外れた道を受け入れて、皆から一歩離れているから、彼女自身が皆と交わらないようにしているから、彼女は孤高なのだと思った。
 彼女の歩む道は、現世から乖離した魔導の道。現世との、俺たちとの関わりをTRPGのような現実感の希薄な物語に求めたのも、そこに耽溺しないため。彼女は現世も、その運命も、悲観しない。批判しない。ただ、受け入れている。
 そのとき九郎は。
 その儚げな笑顔を忘れられなくなってしまった。



 それから2年が過ぎた。
 九郎は、尚樹への想いを秘めながらも一歩を踏み出せぬまま、付属の大学に進んだ。そして、彼にはある変化がおきていた。
 TPRGに関わってきた九郎は、次第にその作り手として生きていきたいと思うようになった。ゲーム、アミューズメント事業を生業としたいという欲求は強まっていき、大学在学中から、そういった関係のコンテスト、展覧会等に応募、参加し力をつけていった。
 そして、大学1年の冬。とある北米の企業から、九郎へのラブコールがきた。参加したコンテストで展示した彼の作品が目に留まったらしい。
 九郎にとっては願ってもない申し出だった。まだまだ、日本ではゲームの理解は薄い。だからこそ、本場である北米で戦ってみたいという欲求があった。
 しかし、未練もあった。
 なにより、尚樹への想いを秘めたまま、旅立つことは出来ないと思った。
 そして、出発と告白を決意した、雪の降る日。
 十護に「話があるんだ」と改まった様子で、呼び出された。

 「……悪いね兄さん。忙しいときに」
 九郎、十護、尚樹の三人でよく利用していた寂れた喫茶店で、十護は物憂げな表情で佇んでいた。いつもと違い、尚樹はいない。
 二人して紅茶を飲む。しばしの沈黙が流れた。
 「……なんだ。大学受験のことか? それなら……」
 「違うんだ」
 遮るような十護の声。真剣な響きがあった。
 改めて十護に向き合う九郎。どこか思いつめたような、だがどこまでもまっすぐな瞳がそこにあった。
 そして、一呼吸おいてから、宣言した。
 「俺……は、笹来十護は、高天原尚樹と一緒になろうと思う。一緒に……生きていこうと思っている」
 空気が凍った。少なくとも、九郎は今の言葉で固まってしまった。
 「わかっている……。高天原家は巨大だ。こんなことは認めないだろう。だから、俺は……俺たちは、二人で逃げようと思う。二人で……生きていくために」
 俗に言う駆け落ち。それを十護がするという。誰と? 誰が? 尚樹が? 一緒に? え?
 「びっくりしたよな……。いきなりこんなこと聞かされて。だけど……兄さんには聞いておいて欲しかった。この……決意を」
 九郎の思考は今だに固まったままだった。なにか、言わなくては。馬鹿なことはやめろ。親にはなんと言うつもりだ。違う、俺が言わなくてはならないのは。
 だが、言葉を紡げない。声が、でない。
 「兄さんが……外国に行こうって考えているのは知っている。手段と目的は違えど、これからお互いに闘うんだ。俺は兄さんの夢を応援する。だから……兄さんは俺たちのことを……少しでもいいから祝福して欲し」
 「悪いが」
 やっと声がでた。だが、思考が感情に追いつかない。紡ぐべき言葉が、出てこない。
 「俺は……お前達を祝福出来ない」
 気がつけばそんな呟きが漏れていた。自分でもなにを言っているのか良くわからない。
 「すまない……もう俺は行かなくては」
 十護のほうを見向きもせず、九郎は歩き出した。
 ふわふわと夢遊病者のように、雪の町を歩く。全てが雪に包まれたように、九郎は白さと冷たさだけを感じていた。
 そしてその後、二人に会わないまま。
 九郎は逃げるように、日本を後にした。



 逃げ出した先に楽園などなかった。
 九郎が勤めた会社の倒産を皮切りに、彼は迷走することになる。思ったように成果は上がらず、再就職も難航。気がつけば、明日の食い扶ちを確保するのがやっとの状況にまで追い込まれていた。
 そんな最中、九郎はとあるカードゲームとの出会いを果たす。
 『デュエルモンスターズ』
 資産家の息子、ペガサス・J・クロフォードが設立したI2 社の、唯一にして、最大の商品だった。
 当初『デュエルモンスターズ』はそれまで広く流通していた、ファンタジーTRPGのシステム、設定を盛り込んだ「スタンダード」と呼ばれるルールが主流だった。
 持ち点2000、手札5枚でゲームをスタート。モンスターカード同士のバトルや魔法、罠カードの組み合わせで、互いの持ち点を削っていくゲームシステムは、一見単純だったが、種族、属性による相互関係、相反関係により、かなりの奥深さを誇っていた。
 その複雑かつ重厚なルール・システムは、それまでのTRPGユーザーを虜にし、彼らを中心に広まっていった。
 その後、『デュエルモンスターズ』の更なる普及のために、ペガサスは豊富な資金を元に大規模な大会を開催。知名度の向上に努めた。
 だが、それは思わぬ副産物を生み出すこととなる。
 『デュエルモンスターズ』の大会の入賞賞金は、軒並み高額だった。それらを狙って、大会に参加する輩が現れたのである。
 『カードプロフェッサー』の誕生である。
 九郎はTRPGのシステムに慣れていたこともあり、大会に出ても好成績を残せた。
 やがて、カードプロフェサーの協会『プロフェッサーギルド』に誘われ、九郎はカードプロフェッサーとしての道を歩むことになる。
 やがて細かな種族、属性関係の設定を省き、より簡略化、合理化された「エキスパート」タイプのルールが加わり、さらに『デュエルモンスターズ』は広まっていく。
 『カードプロフェッサー』も数を増やしていった。
 明日の食い扶ちすらままならない状況から、高額の金銭を手にする立場に立った九郎。
 だか、彼はどこか現実感をともえない。
 不確かな意識のまま日々を過ごしていた。
 そして、たびたび。
 会わずじまいだった、十護と尚樹のことを思い出した。
 
 やがて、『プロデュエリスト』制度が確立し、九郎もプロデュエリスト登録に勧誘された。
 だが、九郎がプロデュエリスト契約を行うはずだったその日。
 事件が起きた。

『XX山間部にAMA63便が墜落しました。乗員、乗客あわせて134名が安否不明。事故により山火事が起きており、現在懸命な消化活動が……』
 その日の朝に流れたニュースに、九郎は釘付けになった。
 テレビに映されたのは、映画の1シーンのような炎に包まれた、バラバラの飛行機。
 しかし、九郎が目を奪われたのは、流れてくる被害者の名前のテロップだった。
 『高天原尚樹』
 テロップの中に、その名を見つけた。
 その瞬間、いても立っても入られなくなり。
 契約の手続きを無視し、彼は日本に向かった。

 自ら取った突発的な行動に、九郎は困惑していた。
 そもそも、帰ってどうすると言うのだ。既に彼女は死んでいる。しかも、彼女は十護と駆け落ちをしたのだ。十護の行方もわからない。
 ともかく彼は、故郷に舞い戻った。
 九郎は、故郷の町を彷徨った。十護に合えるとは思っていない。しかし、そうせずには入られなかった。
 気がつけば彼は。十護と尚樹との思い出の場所を歩き回っていた。通っていた学校。帰り道に買い食いしたパン屋。ゲームの資料集めや勉強のために使った図書館。
 そして、三人でよく利用した寂れた喫茶店。
 九郎は喫茶店に入った。あの当時より、さらに古びた内装を見てどこか寂しさを感じた。
 あの雪の日。十護の決意を聞いた日と同じ、紅茶を頼んだ。
 紅茶がのど元を通り過ぎるたび。
 三人の思い出も一緒に、九郎の中に流れ込んでくるようだった。
 紅茶を飲み干し、一つ、溜息をつき、呟く。
 「……祝福するよ。二人の……決意を……」
 呟きは、紅茶の残り香と共に、虚空の彼方に消えていった。


 契約を反故にした九郎は、プロデュエリストへの道を絶たれた。
 しかし、彼は後悔していなかった。
 まるで、今まで夢の中を生きてきたような日々から、現実に戻ってきたような気がしていた。
 その後、ミセス・マイコのつてで、I2社の子会社に入社。形は違えど、夢であったゲームの作り手の一端をになう仕事につき、日々を過ごしていった。





 「……」
 クロウはぱたん、と日記帳を閉じた。
 十護の書き残したそれは、あの別れの日からの十護の日々が綴られていた。
 あるときは、昔の友達にあってしまい、駆け落ちがばれないようにそそくさと酒場から帰ったこととか。
 尚樹と二人で、子供の名前を考えたこととか。
 子供の誕生日に浮かれていたこととか。
 幸せな、愛に満ちた日々。
 しかし、尚樹とその娘が死んだ日を境に。
 それは現実感を欠いた、オカルト的なものとなっていた。
 二人を失った悲しみが伝わる、歪みのような文章。
 そこに書かれていたのは、二人への再開を望む想い。そしてそのための手段の模索。
 すなわち、魔術、心霊、祈祷。
 やがて、彼は錬金術、その産物であるホムンクルス(人造人間)に傾倒していく。
 そのために行われたおぞましい実験の数々。
 まるで、十護そのものが歪んでいく様を見せ付けられたようで。
 クロウは酷くやりきれなかった。
 隣ですやすやとねむり続ける、ミオの髪を撫でる。
 日記によれば、彼女は十護が娘へ再会するのための答えだ。
 すなわち、娘のコピー。
 道理で、ミオからは十護と尚樹の面影が見て取れたわけである。
 日記によれば、彼のホムンクルス体は精霊との融合を前提に作れれているらしい。
 強大な幻魔をその身に宿し、永遠ともいえる命を与える。
 再び家族を失いたくないという想いが、歪んだ形で実現したのだ。
 「……なんで……こんな……」
 ミオに付加させるはずだった、今はクロウの実に宿っている、幻魔のコピー。
 それを作るために、膨大な精霊を犠牲にしたという記述も日記にあった。
 「こんな歪んだ方法なんて……十護……お前、どうしてしまったんだ……」
 やりきれない思いで呟くクロウ。
 『ほんと、どうしてしまったんだろうね』
 「!!」
 虚空の彼方から、クロウのものでない、ミオのものでもない呟きが聞こえた。
 同時に。クロウのいる部屋は波打つ“闇”に包まれた。
 ドロドロとヘドロのような“闇”が周りを満たす。
 「ぐっ……!!」
 瞬間、クロウの胸が痛んだ。まるでクロウの中の何かが、悲鳴と怒声を上げているようだった。
 「……くろう……? ……っ!!」
 目を覚ましたミオ。この状況と苦しむクロウを見て、その表情が不安に歪む。
 「だいじょうぶ? くろう!?」
 身に降りかかる恐怖とクロウへの心配から、たちまち涙ぐむミオ。
 ふるふると震えながら、クロウに寄り添う。
 「……くっ、ミオ……俺は大丈夫だ……離れるなよ……」
 なんとか、声を搾り出すクロウ。それでもミオを安心させようと頭を撫でる。
 不意に。
“闇”の一部が不自然に隆起した。
 その部分からドロドロとした“闇”が下に流れていく。その中から出てきたのは一人の男だった。
 やつれた顔。後ろでにまとめた長い髪。黒いローブを着込んだその男は、影の化身のようだった。
 「……十護!!」
 「……お……とうさん……!?」
 クロウとミオが声を上げる。
 二人にそれぞれ、十護、おとうさんと呼称された影の化身は、ゆらり、とクロウを見ると、頬を吊り上げるように歪め、懐かしそうに一言発した。
 「久しぶりだね、兄さん」
 あまりに顔が翳っていたため、クロウはそれが微笑んだのだとしばらく気付けなかった。
 続いて、ミオのほうを見る十護。しばし彼女を眺めた後。
 優しげに、しかし、どこか思いつめた声色で、彼女に語り掛けた。
 「うん。……やっとあえたね、神菜」






Diary 5/13
実験体1ケタ台は、人の形を保つまでいかなかった。
10番台は、性別の固定すら出来なかった。
20番台になってようやく形になった。
これまでの実験体の廃棄、再利用の繰り返しの果てに、ようやく成果が出始めた。


Episode.8 Twenty-seven

   ヘルガ・C・エリゴールはホテルの中を闊歩していた。
 ミセス・マイコから得た情報にから接触を試み、確保……というか、なかば拉致同然につれてきた、コード“H”の所有者――クロウとの会話の最中に、ホテルにはった“結界”の異変を感じ取ったからだ。
 クロウには、「部屋から出ないように」と言い残し、結界の様子を確かめることにしたのだ。
 クロウは渡した日記に見入っており、勝手に動き回ることはないと思ったが――念のため、リシドを部屋の前に残し、同時にその階を見張ることを言い渡した。
 クロウに勝手に動き回られるのは困る。
 今回、自分が確保すべき相手――トウゴ・ササライの狙いは、今クロウの魂(バー)と融合しているコード“H”――ハモンである。
 葱しょった鴨をうろつかせるわけにはいかないのだ。
 「まったく……、マイコばーさんの早とちりのお陰で、また始末書ものだ」
 毒づきながら、結界を見てまわる。とはいえ、途中までヘルガにも、クロウが黒か白かの判断は難しかった。
 リシドと接触したとたん、クロウは“闇”の力を発現させた。慌てて結界を張り直し、外部に影響が出ないようにしなければならなかった。
 しかし、彼と詳しく話してみた結果、彼はトウゴの一連の研究と無関係らしい。トウゴの残した日記を見たときの唖然とした表情はとてもじゃないが演技とは思えなかった。
 どうやら、幻魔と融合したクロウは“闇”の力を備えるようになったが、未だその力は不安定。
 別の魔的な“力”と相対したとき、自分の意思とは無関係に“闇”の力を発動させてしまうようだ。
 例えるなら、しつけのなってない犬が、自分の縄張りに近づく者を誰彼かまわず吠え掛かるようなものか。
 「……おかしい。どこにも異変は見られない」
 一通り見回ってみたが、結界に異変は見られなかった。
 しかし、気のせいとは考えにくかった。自ら作り出した物にわずかな違和感でもあれば、ヘルガはとことん疑う性質だ。
 とりあえず、煙草を吸い、一息つこう、と考えた。
 クロウの部屋――流石に小さな子供のいる場所で吸うのは気が引けたので、ヘルガはプチ禁煙タイムだったのだ(数十分程度だが)。
 ブラウスの胸ポケットから、煙草の箱を取り出したそのとき。
 駆けつけてくる人影があった。
 「大変です! ミス・エリゴール!!」
 長身で褐色の肌をした、屈強な男――リシド・イシュタールである。
 彼はヘルガと同じ『隠された知識』のメンバーであり、今の任務におけるパートナーである。
 彼はもとは『グールズ』という、カードの偽造、強奪等の犯罪行為を行う集団の一員だった。いや、実を言えば、『隠された知識』の構成員の4割は元グールズのメンバーなのである。
 今から4年前の日本で行われたバトルシティ。そこで首魁、マリク・イシュタールが敗北したのを皮切りに、グールズは壊滅。その後の処遇をI2社が受け持った。
 元々、グールズは『神のカード』を所有し、首魁のマリク・イシュタールは秘められた『墓守の一族』の末裔であった。『隠された知識』にとって、古の魔術、その内情を知る者である彼らは、魅力的な人材だった。
 加えて、グールズ独自の関係ルートも有していたので、I2社はそれを欲したのだ。
 そこで、グールズメンバーに司法取引を持ちかけ、罪を不問にする代わりに、『隠された知識』で働くことを持ちかけた。ほとんどのメンバーはそれに応じ、『隠された知識』で任務についている。大抵は任務に就く元グールズメンバーは、そうでない構成員とツーマンセルを組まされる。ヘルガとリシドもちょうどそれに当たると言うわけだ。
 「どうした。リシド」
 「説明は後です! 早くこちらへ!!」
 慌てた様子のリシドを見て、眉を顰めるヘルガ。
 嘆息し、リシドに答える。
 「わかった。じゃあ、これだけは答えてくれ……お前、誰だ?」
 一瞬にして、周りの空気が緊張に強張る。
 「……なにを……言っ」
 「オレにわからないとでも、思ったか? お粗末な変装だ。なまじ魔術に頼るもんだからすぐに見抜けたさ。……トウゴ・ササライの手のものだな?」
 元々釣り上がった細い目をさらに細めて、目の前の見知らぬ黒の人物に威圧をかけるヘルガ。
 と、突如、リシドの姿をした誰かの体から、ボフンッと闇色の煙が吹き出た。
 その煙が晴れると、そこには表情のない女性が立っていた。
 流れるような黒髪と、光に透けてしまいそうな白い肌、そして感情の乏しいその貌は、アンティークドール、もしくは日本人形を思わせた。
 ヘルガはその顔に見覚えがあった。
 「……ナオキ・タカマガハラ……か」
 今回の事件の中核である、トウゴ・ササライ。彼が復活させようとしている妻の容貌に、目の前の女性はそっくりだった。
 彼から接収した研究資料の中に、彼女の写真も入っていた。多少の差異は見受かられるが、まず間違いないと確信した。
 「はっ。奴も趣味が悪い。わざわざ、自分の妻にあんなむさい男の格好をさせるとは」
 「それは、正確ではありません。私は、ホムンクルス実験体No.27。もじって“ニナ”と呼ばれています。ナオキ様とは同一の存在ではありません」
 感情の読み取れない顔と声でそう告げた。
 「そうか。それは失礼した。だが、あんたと話し込んでる時間はなさそうだ。あんたがここにいるってことは……」
 「ええ。トウゴ様は、コード“H”と実験体No.30の回収に行かれました。私はその間、あなたを足止めする役目を言い渡されました」
 ヘルガの目の前の女が胸元から、ウジャト眼の飾りの付いた、簡素なペンダントを取り出す。
 ヘルガはそれに気付き、ニナを止めようとした――が、それもかなわず。瞬時に、周囲の空気が重苦しい物に変わる。
 「ちっ。闇のゲームか……」
 ヘルガは毒づく。確かに足止めにはこれほど効果的なものはない。古代の魔術、儀式に連なる闇のゲームは、独自の秩序(ルール)をその場に発生させる。
 その儀式の場は、不可侵にして、現世より切り離される。非常に強力な結界呪文ととっても差し支えない。
 「……と言うことは、コード“U”――ウリアを持つ、リシドも……」
 「ご安心を。あなたのお仲間には、簡単な幻惑を見せ、ホテルの中をさまよっていただいております。コード“U”を所有しておりましたからね。それを通じて、魔道の力を流させていただきました」
 「外部からの接続も可能だったのか……。なるほど、オレの結界が意味をなさないわけだ。しかし、いいのか? コード“U”――ウリアもお前らにとって必要な物なのだろう? ほったらかしにしておいて?」
 軽い調子で、ニナに問いかけるヘルガ。ニナは、ヘルガに目を向ける。感情の感じられなかった瞳に、僅かな、殺気が籠もった。
 「ご心配なく。彼は、精神力は強いようなので、攻撃の意思のある魔道なら打ち破られてしまうかもしれませんが、ただ単に惑わせる魔道なら、対抗できないはずです。惑わされていること事態に気付いていないのですから。コード“U”は、いつでも回収できます。……問題はあなたのほうです。ヘルガ・C・エリゴール。“死を越える魔女”であるあなたの存在のほうが、今回の目的達成のための障害になると判断しました」
 その言葉に、ヘルガは迫力のある笑みで答えた。
 「ずいぶんな言い草だな。人を障害物扱いとは。まあいいさ。お前を倒して、さっさと戻るとしよう。最悪、コード“H”だけでも回収しなくてはな」
 デュエル・ディスクを構える両者。重苦しい空気をはじくように、声を上げる。

「「デュエル!!」」

ニナ:LP4000
ヘルガ:LP4000

 先攻はニナ。手早くカードをディスク上に展開する。
 「私は錬金生物 ホムンクルスを攻撃表示で召喚。さらにカードを1枚伏せ、ターン終了です」

【錬金生物 ホムンクルス】 
光/☆4/植物族・効果 ATK1800 DEF1600
このモンスターの属性を変更することができる。この効果は1ターンに1度だけ使用することができる。

 鎖で繋がれた人方の人造生物が、構えを取ってニナの場に現れた。
 ヘルガのターンに移る。
 「オレのターン。まずはモンスターを1体守備でセットする。さらに魔法カード、強制転移を発動。互いのプレイヤーはモンスターを1体選択し、そのコントロールを入れ替える」
 
【強制転移】通常魔法
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。

 互いの場にはモンスターは1体ずつしか存在しないので、必然的にその1体ずつが入れ替わる。ホムンクルスはヘルガの場に。裏守備モンスターはニナの場に移る。
 「そして、ホムンクルスで守備モンスターを攻撃する」
 「? 一体何を……」
 この一連のプレイミングは、ニナにとって不可解な物だった。
 通常、強制転移を使う場合、リクルーターや、弱小モンスターを攻撃表示で出し、相手の強力モンスターとコントロールを入れ替え、バトルを行う。そして大ダメージを狙うのが定石である。
 しかし、ヘルガは守備表示モンスターとコントロールを入れ替えた。これではダメージを見込めない。
 そんな考えを巡らせているニナをよそに、人造の人型生物は、渦巻き柄のカードに拳を叩きつける。
 表示が表になると同時に、ばらばらに砕けた木目のかけらと火を纏った大鎌が飛び散った。
 噴出した炎が、ホムンクルスを襲い、その身を焦がす。火傷を負ったホムンクルスは、傷を抑え、蹲った。

錬金生物 ホムンクルス:ATK1800 → ATK1300
           DEF1600 → DEF1100

 「リグラス・リーパーの効果だ。こいつを破壊したモンスターは攻守500ダウンする。それからリバース効果。互いのプレイヤーは手札のカードを1枚選択して捨てる」

【リグラス・リーパー】
炎/☆3/植物族・効果 ATK1600 DEF100
リバース:お互いのプレイヤーは手札からカードを1枚選択して捨てる。このカードを戦闘で破壊したモンスターは攻撃力・守備力がそれぞれ500ポイントダウンする。

 そう言って、手札の1枚を手に取る。おって手札を捨てるニナに向かって、ヘルガが低い声で告げた。
 「オレが捨てたのは……こいつだ」
 ヘルガのセメタリー・ゾーンから、黒の靄が吹き出る。黒の靄の中から、最初に見えてきたのは鈍い銀の光だった。鎧めいた上皮に銀の装飾が施された、異形の魔人がその姿を現す。肩の羽毛と後ろ手にはためくその翼は、豪華なマントのようで、気品と威厳がにじみ出ていた。
 「特殊召喚……。暗黒界の軍神 シルバ!!」
 
【暗黒界の軍神 シルバ】 
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。相手のカード効果によって捨てられた場合、さらに相手は手札2枚を選択し、好きな順番でデッキの一番下に戻す。

 「これ……は……!!」
 現れた闇の軍神に圧倒され、一歩下がるニナ。同時に、先ほどのヘルガの取った不可解なプレイミングの意味を悟った。
 「ほう、気がついたようだな。リグラス・リーパーはあんたのフィールド上で破壊された。つまり、シルバは相手の効果で捨てられ、復活した扱いになる……。よって、追加効果が発動する!!」
 シルバは拳を地面に叩きつける。そこからエネルギーが地面を奔り、一気にニナの手札を打ち抜いた。
 「これが追加効果だ。手札2枚をデッキの一番下に戻してもらおうか」
 「……」
 無言のままだったが、内心ニナの衝撃は大きかった。リグラス・リーパーとシルバの効果によって、一気に3枚の手札を失いうこととなったのだ。加えて、残りは単体では役に立たない1枚だった。
 「さて、まだバトルフェイズの途中だったな。シルバでダイレクト・アタック!!」
 闇の軍神は手の甲から伸びた銀の刃を構え、ニナに切りかかる。ニナに対抗手段はない。抵抗なく、切り伏せられた。
 「くっ……」

ニナ:LP4000 → LP1700

 「これで、ターン終了だ」
 ニナのターンに移る。
 手札のみならず、ライフも大幅に削られたニナ。
 「どうする? サレンダーするなら、今の内だぞ?」
 ヘルガの、威圧感のあるハスキーボイスが響く。
 しかし、ニナは意にも介してないように、カードを引いた。
 「私はマンジュ・ゴッドを召喚。効果を発動し、デッキから儀式魔法、ドリアードの祈りを手札に加えます」
 
【マンジュ・ゴッド】 
光/☆4/天使族・効果 ATK1400 DEF1000
このカードが召喚・反転召喚された時、自分のデッキから儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。

【ドリアードの祈り】儀式魔法
「精霊術師ドリアード」の降臨に必要。フィールドか手札から、レベル3以上になるようにカードを生け贄に捧げなければならない。

 「そして、ドリアードの祈りを発動。マンジュ・ゴッドを儀式の生け贄とし……精霊術師(エレメンタルマスター)ドリアードを守備表示で儀式召喚します」
 万の腕を持つ異形の神が、淡い光となって消え去る。仄かな光の粒子が舞い散り、その中心に祈りを捧げる一人の女性の姿が現れた。
 柔らかな微笑を湛えたその女性は、厳かでありながら柔和な雰囲気を持っており、どこか、修道女を思わせた。
 
【精霊術師ドリアード】 
光/☆3/魔法使い族・効果 ATK1200 DEF1400
「ドリアードの祈り」により降臨。このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。

 「ほう、儀式召喚か」
 ヘルガは目の前に現れた見目麗しい精霊術師が、ただのモンスターでないことに気付いた。これは、精霊の宿りしカード。おそらくは、ニナにとって生命線になるカードであると。
 「それが、あんたの核霊だな。あんたはその精霊の力を借りて存在している……。違うか?」
 「そこまでご存知でしたか」
 トウゴから接収した研究資料によれば、彼の作ったホムンクルスは精霊との融合を前提に作られている。ゆえに、その存在そのものを精霊の助けを得るようになっているらしい。
 「しかし、そのモンスターでどうしようってんだ。そいつの召喚のために、手札を使いきってしまったじゃないか」
 そう、ドリアードは特に強力な効果を持っているでもなく、攻守も低い。しかも、このカードの召喚の過程で、ニナの手札は0。
 しかし、ニナに諦めると言う選択肢はないらしい。
 「ご心配なく。まだ手はあります。伏せカード、風林火山を発動。ドロー効果を適用します」
 
【風林火山】通常罠
風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に全て表側表示で存在する時に発動することができる。次の効果の中から1つを選択して適用する。
●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
●カードを2枚ドローする。

 風林火山は非常に強力な効果を持っているが、風・水・炎・地という4代属性がそろっていなければ発動できない。単純に考えれば、自分フィールド上に異なる属性のモンスター4体がそろっていなければ発動できないのだ。
 あまりにも厳しい発動条件だが、ニナの場に存在する精霊術師ドリアードはその効果によって風・水・炎・地の属性を持っている。つまりはこの1体で、風林火山の発動条件を満たせるのだ。
 「ほう。ドローに賭けるか。うかつに破壊効果を使わないとは。なかなか、度胸があるじゃないか」
 「……カードを2枚ドロー」
 ニナはカードを引く。手早く確認すると、うち一枚を手に取り発動する。
 「明鏡止水の心を発動。ドリアードに装備します」

【明鏡止水の心】装備魔法
装備モンスターの攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。このカードを装備したモンスターは、戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。(ダメージ
計算は適用する)

 心を鎮めたドリアードが淡く澄んだ光に包まれる。
 「なんと。すごい引きだ……。破壊耐性を得たか」
 その度胸と引きのよさに感心するヘルガ。
 「私はこれでターンを終了します」
 再びヘルガのターンに移る。
 「オレのターン、ドロー。……こちらは、あまり引きが良くないな。まずは暗黒界の取引を発動。互いにカードをドローし、その後手札からカードを1枚捨てる」

【暗黒界の取引】通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、その後手札からカードを1枚捨てる。

 「ちなみにオレが捨てたのは、暗黒界の狩人ブラウだ。カードを1枚ドローさせてもらうぞ」

【暗黒界の狩人ブラウ】 
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK1400 DEF800
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、デッキからカードを1枚ドローする。相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらにもう1枚ドローする。

 「……今は攻撃してもしかたないな。ホムンクルスを守備表示に。さらに守備モンスターを出し、カードを1枚セット。これでターン終了だ」

錬金生物 ホムンクルス:ATK1300 → DEF1100

 戦闘破壊、効果破壊耐性を得たドリアードを対処する手段がないのか、ヘルガは守りを固めてターンを終了させた。
 「私のターン。ドロー」
 ニナは引いたカードを見ると、自分の墓地を確認する。そして、改めてヘルガのほうに向き直した。
 「私はこのターン、墓地のモンスターをゲームから除外し、手札からこのモンスターを特殊召喚します」
 「……ほう」
 ニナの言葉に、短く言葉を返すヘルガ。リグラス・リーパーと暗黒界の取引で捨てた2枚を素材とするようだ。
 これは切り札級のカードが来る。さりげなく、自然にヘルガは身構えた。
 「墓地の闇属性のエレメントモンスター2体、エレメント・デビルとエレメント・ザウルスをゲームから除外し、エレメント・マリス、特殊召喚!!」
 ニナの墓地から2つの闇のエレメントが立ち上り、一つの闇の塊となる。そこから無数の触手と、無数の眼が生えてきた。どす黒い闇の固まりは、その名の通り際限ない悪意を撒き散らしているようだった。

【エレメント・マリス】 
闇/☆8/悪魔族・効果 ATK2500 DEF2000
このカードは自分の墓地の「エレメント」と名の付く闇属性モンスター2体をゲームから除外した場合のみ、特殊召喚できる。このカードは相手の罠の効果を受けない。このカードはゲームから除外されている「エレメント」と名の付く闇属性モンスターと同じ効果を得る。

 「この子は除外ゾーンにある闇のエレメントモンスターと同じ効果を得ることが出来ます。エレメント・デビルとエレメント・ザウルスの効果を得ます」
 
【エレメント・デビル】 
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●地属性:このカードが戦闘によって破壊した効果モンスターの効果は無効化される。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃を行うことができる。

【エレメント・ザウルス】 
闇/☆4/恐竜族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●地属性:このカードが戦闘によって破壊した効果モンスターの効果は無効化される。

闇の塊の背後に、うっすらと精霊の力を持つ悪魔と恐竜が姿を現す。エレメント・マリスはその霊力を得、ドリアードの力を借りてその能力を発揮した。

エレメント・マリス 効果付加:フィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●地属性:このカードが戦闘によって破壊した効果モンスターの効果は無効化される。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃を行うことができる。

 「炎のエレメントを得ることで、マリスの攻撃力は500ポイントアップします」

エレメント・マリス:ATK2500 → ATK3000

 「ほう。これはなかなかだな」
 感心したように言うヘルガ。ニナは構わず、攻撃宣言を下す。
 「エレメント・マリスで、暗黒界の軍神 シルバを攻撃!!」
 ぐねぐねと蠢いていた触手がその硬度をまし、無数の剣と化す。それは、雨のように、銀の軍神に容赦なく降り注いだ。
 
ヘルガ:LP4000 → LP3300

 「さらに、マリスは風のエレメントを得ています。追加で裏守備モンスターを攻撃します」
 続けて、剣の触手は裏守備モンスターに襲いかかる。守りの体勢をとっていた、赤い体の斥候が、なすすべなく葬られる。

【暗黒界の斥候 スカー】 
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK500 DEF500
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、自分のデッキから「暗黒界」と名のついたレベル4以下のモンスター1体を手札に加える。

 赤の斥候が、新たなる暗黒界の住人を呼ぼうと、最後の力を振り絞って、その口を開こうとする。が、その身に岩が張り付き、最後の抵抗すら出来なくする。
 「地のエレメントの効果です。戦闘で破壊したモンスターの効果を無効化します。」
 「はは、これはまいったな。まったくもって容赦なしだ」
 軽く笑うヘルガと対照的に、ニナはその意思を強めていく。
 表面上、最初の人形めいた印象は変わっていない。だが少しずつ、少しずつ、その尋常ならぬ決意が滲み出していた。
 「トウゴ様の邪魔はさせません……。あの方の……願いを……」
 呟くニナを見て、ヘルガは言い放つ。
 「まあ、しかし、オレも黙ってやられる訳にはいかないからな。……覚悟してもらうぞ、ニナ」






Diary5/28
私のホムンクルス体は、ほぼ普通の人間と変わらないものの、精霊との融合を前提としたゆえに、精霊の助けが必要となる。精霊を自らのバー(魂)の中に取り込み、その命を共有することで、この世の事象として安定するのだ。実験体No.23が、物質透過、瞬間移動めいた力を見せたのも、安定していなかったゆえだろう。ただ、No.23は精霊との融合が最後まで上手く行かなかった。やがて、衰弱し、その体は霧散するにいたった。出来損ないの失敗作だったもの、良いデータが取れた。次の実験体にその教訓を生かすとしよう。


Episode.9 Agape

 周りに人影のないホテルの一角。うずまく影の中で、二人の美女が対峙している。
 そのうちの一人――ニナは、対峙する赤毛の女性の動向を注意深く見守っていた。
 「オレのターン、ドロー。……カードを1枚セット、ターンエンド」
 ヘルガは、伏せカードを1枚出しただけでターンを終えた。
 安堵する。彼女の操る死を越えるしもべたち――暗黒界の住人は、爆発的な展開力を持っている。手札から効果によって墓地に捨てられると瞬時に蘇り、フィールド上を制圧する。その奇襲性は脅威だ。現に最初のターンにも、その力により大きな痛手を食らった。
 対するニナのデッキは「エレメントモンスター」と呼ばれる4大元素、すなわち炎、水、風、地の4つの属性に反応し、強化させるモンスターを中心に組まれている。
 今、ニナの場には自身のデッキのエース――元素力の“悪意”が佇んでいる。しかも、全ての4元素の力をもつ、自身の核霊―ドリアードとのコンボでその力は極限まで強化されていた。
 強大な“悪意”を用いて、相手が攻めあぐねている内に一気に倒す――ニナは改めてそう思い、デッキに指をかけた。
 「私のターンです。ドロー。……エレメント・ヴァルキリーを攻撃表示で召喚します」

【エレメント・ヴァルキリー】 
光/☆4/天使族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●水属性:このカードのコントロールを変更することができない。

 ニナが呼び出したのは、オッドアイの戦乙女だった。燃え盛る炎の力強さと、たゆたう水の静けさを湛えた、美しき死神。
 「ドリアードが場に存在するため……エレメント・ヴァルキリーは炎のエレメント、水のエレメントの力を両方得ます」
 精霊術師が祈りを捧げる。その祈りが届き、戦乙女の手にするロッドの先端と尾に、それぞれ、炎と水の力が灯った。

エレメント・ヴァルキリー:ATK1500 → ATK2000

 「まずは、エレメント・マリスで、守備表示のホムンクルスを攻撃! さらに追加攻撃で、ダイレクトアタックです!」
 “悪意”が動く。エレメント・マリスは硬質化した触手を撒き散らすかのように、ヘルガの場を攻撃した。
 その無数の剣は、ホムンクルスを倒し――続けて、ヘルガを襲う。
 「そのダイレクト・アタックに対して、伏せカード発動。ガード・ブロック!」

【ガード・ブロック】通常罠 
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 「? マリスに罠は聞かないはず……」
 怪訝な顔をするニナに、ヘルガはカードをドローしながら答えた。
 「こいつはプレイヤーに作用する効果だからな。マリスの効果とは関係ないのさ」
 「なるほど。では、エレメント・ヴァルキリーでダイレクト・アタックです」
 エレメント・ヴァルキリーはまるで氷上を滑るかのように、ヘルガに向かって奔る。手にしたロッドで、すれ違いざまに斬りつけた。
 「……くっ」

ヘルガ:LP3300 → LP1300

 切り付けられたヘルガがよろめく。本当に切りつけられたかのように、その身に鈍い痛みが奔った。
 「さしもの“魔女”も、闇のゲームの“掟”には従わないといけないようですね」
 淡々と告げるニナに対し、ヘルガが鋭い視線を送る。
 「……ちっ。言ってくれるな。自らこんな危険度の高いモノを仕掛けておいて。言っとくが、コレ、お前の手には余るぞ。敗北すれば、自身も消えることになる……わかっているのか?」
 その言葉にニナは静かに答えた。
 「……これくらい強力なモノでなければ、あなたを拘束することはできないでしょう。それに、勝てばなんの問題もありません」
 「言ってくれるな。……まあいい。その言葉、後悔するなよ」
 「……ターンエンドです」
 ヘルガのターンに移る。ドローしたカードを見て、ヘルガは舌打ちした。
 「ちっ。シルバの活躍が無駄になっちまうが……しかたないな。モンスターを守備セット。そして、伏せカードを発動させる。硫酸のたまった落とし穴だ」

【硫酸のたまった落とし穴】通常罠
裏側守備表示モンスター1体を選択する。選択したモンスターを表にし、守備力2000以下の場合それを破壊する。2000より上の場合はそのまま裏に戻す。

 ヘルガの前に表示された渦巻き柄のカードの下に、煮え立つ液体の詰まった穴が開く。そこから出る鈍い光に照らされて、その守備モンスターが正体を現す。

【メタモルポット】 
地/☆2/岩石族・効果 ATK700 DEF600
リバース:自分と相手の手札をすべて捨てる。その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 それは、古ぼけた壺だった。その壺の中、暗がりの中に、一つ目とにやけた口が覗いている。その眼が自身の眼下に向き――状況を察したらしい。
 中空でめちゃくちゃに叫び、暴れるメタモルポット。が、なすすべなく硫酸の海に落ちていった。
 「リバース効果により、互いのプレイヤーは手札をすべて捨て、デッキからカードを5枚ドローする」
 その言葉が終わった次の瞬間。
 エレメント・マリスに無数の亀裂が奔った。
 「! なにが!?」
 黒き悪意の塊が、ばらばらになって崩れていく。と、その崩れゆく塊と一緒に、小刀を持った異形の小悪魔が落ちてきた。それは見事に着地を決めると、にやり、と笑みを浮かべてから、姿を消した。
 「暗黒界の刺客……カーキ……!!」
 「そうだ。オレが捨てたカードの内の1枚、その効果でマリスを破壊させてもらった」
 
【暗黒界の刺客 カーキ】 
闇/☆2/悪魔族・効果 ATK300 DEF500
このカードが他のカード効果によって手札から墓地に捨てられた場合、フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 「さらに、オレが捨てたカードにはまだ暗黒界モンスターが含まれている……。来い、ゴルド!!」
 今度は金の鎧のような上皮を持った、闇の武神が現れる。巨大な斧を構えたその姿は、猛々しい武神の名に相応しいものだった。

【暗黒界の武神 ゴルド】 
闇/☆5/悪魔族・効果 ATK2300 DEF1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。相手のカード効果によって捨てられた場合、さらに開いてフィールド上に存在するカードを2枚まで選択して破壊することができる。

 「安心しな。今回はオレのカード効果で捨てられたから追加効果は発生しない。普通にバトルは可能だがな。ゴルドで、エレメント・ヴァルキリーに攻撃する!」
 金の武神が、オッドアイの戦乙女に斬りかかる。ヴァルキリーは手にしたロッドで斬撃を受け止めるが、武神はその力に任せ、ロッドごと戦乙女を屠った。
 「く……ああ!!」

ニナ:LP1700 → LP1400

 「さらに2枚カードを伏せる。これでターン終了だ」
 ニナのターン。先ほどの衝撃のせいか、よろめきながらカードを引く。
 「……私のターンです。ドロー」
 2枚のカードを手に取り、発動した。
 「私は、シャインエンジェルを攻撃表示で召喚し、強制転移を発動します」

【シャインエンジェル】 
光/☆4/天使族・効果 ATK1400 DEF800
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚することができる。この後デッキをシャッフルする。

 先ほどヘルガも使った強制転移。今度はニナが、基本的かつ、効率の良い強力コンボパーツとして使ってきた。
シャインエンジェルは、戦闘破壊され墓地に送られるとデッキから光属性、攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚できる、リクルート能力を持っている。
 しかも、強制転移で相手プレイヤーに送りつけてから破壊しても、送られる墓地は元の持ち主の墓地になるので、問題なくもとの持ち主――ニナがその効果を使えるのだ。
 瞬時に、ヘルガもその脅威を悟る。
 「ちっ! カウンター罠発動。マジック・ドレイン!」

【マジック・ドレイン】カウンター罠
相手が魔法カードを発動したときに発動可能。相手は手札から魔法カードを1枚捨てて、このカードの効果を無効化することができる。捨てなかった場合、相手の魔法カードの発動を無効化し破壊する。

 ヘルガが発動したカウンター罠、マジック・ドレインはコストこそ必要ないものの、相手が手札から魔法カードを捨てた場合、その発動を無効化されてしまう。確実性という天では少々不安定なカードだった。
 しかも、今はメタモルポットの効果で手札は満たされている。無効化される可能性は高い。
 「……私は……無効化はしません。カウンターを受け入れます」
 ニナは手札から魔法カードを捨てず、強制転移へのカウンターを受け入れた。
 「(……手札に魔法カードがないのか……それとも……)」
 「さらに私はカードを2枚伏せます。ターンエン」
 「待った。この瞬間、伏せカード発動。サイクロンだ。お前の右側の伏せカードを破壊する」

【サイクロン】速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 ニナの伏せカード――ミラーフォースが破壊された。

【聖なるバリア−ミラーフォース−】通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 「やはりな……攻撃力の低いリクルーターをほうっておくはずがないと思ったよ」
 「……ターンエンドです」
 ヘルガのターン。ドローしたカードを瞬時に発動する。
 「速攻魔法、暗黒界に続く結界通路を発動! これで墓地の暗黒界の軍神シルバを特殊召喚する!」

【暗黒界に続く結界通路】速攻魔法
このカードを発動する場合、自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。自分の墓地から「暗黒界」と名の付いたモンスター1体を特殊召喚する。

 ヘルガの場にどす黒い紫の光の塊が出現する。そこから銀の軍神が、再びその姿を現せた。
 攻撃力2300の2体のモンスター、金と銀の魔神がニナを威圧する。
 「行くぞ。軍神シルバで、シャインエンジェルを攻撃!」
 銀の軍神が光を纏った下級天使を屠る。
 
ニナ:LP1400 → LP500

 「くああ!! ……シャ、シャインエンジェルの効果を……発動します。デッキより……ものマネ幻想師を特殊召喚します」

【ものマネ幻想師】 
光/☆1/魔法使い族・効果 ATK0 DEF0
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したとき、このカードの攻撃力・守備力は相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の元々の攻撃力・守備力になる。

 ヘルガの目の前に、手鏡を顔に見立たてた、道化師めいた格好を魔導師が現れた。
 その手鏡に武神ゴルドの姿が映るやいなや――魔導師の姿が、見る見るうちにヘルガの場の金の軍神と同じ姿へと変化していった。
 「ものマネ幻術師の効果です。暗黒界の武神ゴルドのステータスをコピーします」

ものマネ幻術師:ATK0 → ATK2300
       :DEF0 → DEF1400

 「そんなもので、オレの攻撃を止められると思ったか! いけ、ゴルド! ものマネ野郎を攻撃しろ!」
 ヘルガとニナの場の金の軍神がぶつかり合う。まるで鏡に写ったように同じ姿をしたもの同士が、同じ攻撃を繰り返し、同じ様に朽ちていった。
 「さらにカードを2枚伏せ……」
 「さっきのエンドサイクのお返しです。伏せカード、砂塵の大竜巻を発動します。左側のカードを破壊します。さらに、この効果で手札のカードを1枚セットします」

【砂塵の大竜巻】通常罠
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。破壊した後、自分の手札から魔法カードか罠カードを1枚セットすることができる。

 その罠の効果により、ヘルガの伏せたカード――奈落の落とし穴が吹き飛ばされた。

【奈落の落とし穴】通常罠
相手が攻撃力1500以下のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時、そのモンスターを破壊しゲームから除外する。

 「……いい読みだ。ターン終了」
 「私のターン」
 ニナのターン。カードを1枚引き――少しだけ、息を飲む。
 「……先ほど、奈落の落とし穴を破壊して正解でした。……行きます」
 闇が蠢く。ニナの引いたカード――その力を恐れるかのように。
 「墓地の光属性のエレメントモンスター……エレメント・ヴァルキリーとエレメント・マジシャンをゲームから除外し、エレメント・アガペイ特殊召喚!!」

【エレメント・アガペイ】 
光/☆8/天使族・効果 ATK2500 DEF2000
このカードは自分の墓地の「エレメント」と名の付く光属性モンスター2体をゲームから除外した場合のみ、特殊召喚できる。このカードは相手の魔法の効果を受けない。このカードはゲームから除外されている「エレメント」と名の付く光属性モンスターと同じ効果を得る。

 突如として、巨大な光球が現れた。その表面に、無数の慈愛の表情を象った仮面が浮かび上がっている。
 「エレメント・アガペイはマリスと似た効果を持っています。ドリアードのエレメントを得て、その力を発揮します」
 光球の仮面の二つが、元素の戦乙女、魔術師のそれとなる。

【エレメント・ヴァルキリー】 
光/☆4/天使族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●水属性:このカードのコントロールを変更することができない。

【エレメント・マジシャン】 
光/☆4/魔法使い族・効果 ATK1500 DEF1200
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●水属性:このカードのコントロールを変更することができない。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃を行うことができる。

エレメント・アガペイ:効果付加
このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●炎属性:このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
●水属性:このカードのコントロールを変更することができない。
●風属性:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう一度だけ続けて攻撃を行うことができる。

エレメント・アガペイ:ATK2500 → ATK3000

 「ちっ。メタモルポットの効果でエレメント・マジシャンが墓地に送られていたか!」
 光る慈愛の仮面の塊を前に、ヘルガは舌打ちし、身構える。
 「エレメント・アガペイで暗黒界の軍神シルバを攻撃します!」
 光の中に浮かび上がる無数の慈愛の表情が、たちまち嘆きのそれへと変わる。
 眩き光が辺りを照らす。その光に包まれた闇の軍神の体が、徐々に溶け始めた。
 「ならば、伏せカード発動! 鎖付きブーメラン! シルバに装備し、アガペイを守備表示に!!」
 
【鎖付きブーメラン】通常罠
次の効果から1つ、または両方を選択して発動する事ができる。
●相手モンスターが攻撃をしてきた時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体を守備表示にする。
●このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上に存在するモンスター1体に装備する。

 シルバがその手に、鎖で繋がれた投擲武器を手にする。それを勢いをつけてエレメント・アガペイに投げつけ、器用に鎖部分で縛り上げる。拘束したアガペイを、そのまま地面に投げ下ろした。

暗黒界の軍神 シルバ:ATK2300 → ATK2800
エレメント・アガペイ:ATK3000 → DEF2000

 地に堕ちたエレメント・アガペイは、攻撃の意を削がれてしまったようだ。嘆きの顔のまま、ごろりと転がっている。
 炎のエレメント能力で上昇しているのは、攻撃力のみ。守備表示にしてしまえば、次のターンのシルバの攻撃で問題なく撃破できる。
 「よし、これで……」
 「させません。伏せカード発動、重力解除です」

【重力解除】通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

 「なんだと……!」
 思わぬ罠による反撃に驚くヘルガ。
 発生した重力波の影響により、シルバはたまらず膝を折る。
 対して、鎖付きブーメランの拘束から解放された元素力の“慈愛”は悠々と浮遊していった。

暗黒界の軍神 シルバ:ATK2800 → DEF1400
エレメント・アガペイ:DEF2000 → ATK3000

 「バトルを再開です。エレメント・アガペイでシルバを攻撃!」
 再びエレメント・アガペイが光線を放ち、闇の軍神の体を溶かしていく。
 やがて、軍神は元の形もわからない、肉塊めいた”何か”に成り下がった。
 「さらに風のエレメントによる、追加効果を発動します。アガペイによるダイレクトアタックです」
 今度は、ヘルガ目掛けて破壊の光が放たれる。
 「ちっ! ネクロ・ガードナーの効果発動! ゲームから除外し、攻撃を無効化する!」

【ネクロ・ガードナー】 
闇/☆3/戦士族・効果 ATK600 DEF1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 ヘルガの墓地から、長い白髪の戦士が現れ、ヘルガの目の前に両手を広げて立つ。アガペイの放った光からヘルガを守り、消えていった。
 「……これでターン終了します」
 ニナはネクロ・ガードナーの存在に気付いていた。相手のデッキの特性上、墓地にカードが捨てられるたびに、それを確認していたからである。メタモルポットの効果で捨てられたカードだった。
 「(これで彼女を守るカードは、なくなりました……)」
 窮地に追い込まれたヘルガ。自分のデッキを睨みつけ、勢い良くカードを引いた。
 「オレのターン、ドロー。貪欲な壺を発動。自分の墓地に存在する5体のモンスター、ゴルド、シルバ、カーキ、リグラス・リーパー、メタモルポットをデッキに戻し……2枚ドローする」
 
【貪欲な壺】通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 デッキからカードを2枚引く。そのカードを手に取り、場に出した。
 「カードを2枚伏せ、ターン終了だ」
 「私のターンです。ドロー」
 ニナはヘルガの場に眼を向ける。
 「ヘルガ。壁モンスターを用意できなかったと言うことは……その伏せカードが生命線なのでしょうね」
 「…………」
 ニナの問いかけにヘルガは答えない。ただ、その鋭い眼を対峙する女性に向けるだけである。
 「ですが、このターンで終わりです。……あなたに恨みはありませんが、あのお方の願いを、私はかなえたいのです。魔法カード発動、大嵐です」

【大嵐】通常魔法
フィールド上の魔法、罠カードを全て破壊する。

 場の魔法、罠をすべて吹き飛ばす強力な魔法カード。これでヘルガを守るカードはすべて消え去る……はずだった。
 「そいつを待っていた。罠カード発動、闇の取引!」

【闇の取引】通常罠
相手の通常魔法発動時に1000ライフポイントを払って発動することができる。そのとき相手が発動した通常魔法の効果は「相手はランダムに手札を1枚捨てる」になる。

ヘルガ:LP1300 → LP300

 「な……!?」
 「ちなみにオレの手札は1枚のみ……。よってこのカードを捨てる」
 ニナは悪い予感がした。このタイミングで、しかもこちら側の効果で捨てさせられることになったからには……。
 「もう、察しているようだな。捨てられたのは……暗黒界の魔神だ!!」
 ヘルガのセメタリー・ゾーンに闇が集束する。やがて、闇は強大な魔神の姿をかたどっていった。体の端々は虹色の光沢を湛え、湾曲した二股の大槍を構えたその姿は、軍神、武神以上の威圧感を放っていた。
 「特殊召喚! 暗黒界の魔神レイン!!」

【暗黒界の魔神 レイン】 
闇/☆7/悪魔族・効果 ATK2500 DEF1800
このカードが相手のカード効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した場合、相手フィールド上のモンスターまたは魔法、罠カードをすべて破壊する。

 「そんな……。大嵐を読んでいたのですか!?」
 その問いに、ヘルガはこともなげに答えた。
 「ああ、これは結構、賭けだったんだがな。オレがマジック・ドレインを発動したとき、一瞬迷ったような様子を見せたことから、おいそれと使うわけにはいかない、強力な魔法カードをもっているんじゃないか、と推測したわけだ。加えて、お前のデッキは極めてスタンダードなビートダウンタイプ。しかもフィールド上には、装備魔法によって守られているドリアードがいる。この二つの要素から考えるに、自分のフィールド上の魔法カードごと吹き飛ばしてしまう、トドメ用の大嵐の可能性が高い、とおもったわけさ」
 「……」
 その読みの良さに絶句するニナ。しかし、ヘルガはそんな暇さえ与えてくれない。
 「さて、レインの効果を発動させてもらうか。お前のフィールド上のモンスターをすべて破壊する!」
 魔神が両手を掲げ、闇を練り上げる。その闇の力の塊をニナの場に放った。
 闇の力場が、元素力の“慈愛”を、元素の力を司る精霊術師を飲み込んでいく。
 光さえ届かぬ深き闇の中に、その命は消えていった。
 「あ……あ……、く……モンスターを……守備でセットし……ターン終了……」
 そのあまりに凄惨な様子を呆然と見やるニナ。なんとか守備表示モンスターを用意してターンを終了させる。
 「オレのターン。今度こそ終わりかな。伏せておいた暗黒界の雷を発動。裏守備モンスターを破壊する」

【暗黒界の雷】通常魔法
フィールド上に裏側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。その後、自分の手札を1枚選択して墓地に捨てる。

 闇の雷が、ニナの場の守備モンスターを打ち抜いた。もはや、ニナを守るカードは1枚もない。 
 「そして暗黒界の魔神レインの攻撃で……トドメだ」
 暗黒界の魔神は一編の慈悲もなく、その大槍を対峙する敵――ニナに、突き立てた。
 「か……はっ……!!」

ニナ:LP500 → LP0

 吐血するニナ。闇のゲームに敗れた代償である。
 彼女の体は徐々に“闇”に蝕まれていく。
 「く……足止めは……成功です……。あの方は……願いを……」
 「……しかし、お前はなぜ、そこまでトウゴに執着する。作ってもらった恩か?」
 消え行きながらも、トウゴのことを思うニナに尋常ならぬものを感じ、問いかけるヘルガ。
 ニナはその眼を向け、ヘルガに答えた。
 「私は……あの方にとって……単なる実験体に……過ぎません……しかし……私は……あの方のために……役に立ちたかった……尚樹様のコピーではなく……ニナと……して……」
 「お前……」
 その想いを知り、言葉を失うヘルガ。
 その一瞬の隙を見て、ニナは闇のゲームの媒体に使った、ウィジャト装飾のペンダントに最後の力をこめた。
 「……! しまった! ニナ! 貴様!」
 「……あなたは……魔女と呼ばれたお方……邪魔立ての手段は……多すぎて困ることはない……」
 “闇”がニナのみならず、ヘルガの周りにも集まってくる。
 「……くそ! こいつは……やっかいな!!」
 「ヘルガ!!」
 まとわり付いてきた“闇”を祓うことに苦心していたヘルガの耳に、男の声が届いた。
 「リシド!」
 「くっ……しっかり……!!」
 “闇”にも怯まず、果敢に進むリシド。ヘルガの腕をつかむと、まるで沼のようになったその場から、力任せに引っ張りだした。
 その反動で、ヘルガはリシドの胸元に顔をうずめるような形になり、そのまま二人は反対側に倒れこんだ。
 起き上がり、ヘルガは“闇”を見やる。その“闇”を作り出した張本人、ニナは完全に表情を失っていた。まったく動かぬまま、その身を“闇”に沈めていき――跡形もなく消え去った。
 それを見て、一瞬、悼みの表情を見せたヘルガ――が、すぐに元の不敵な面構えに戻り、リシドに感謝の意を述べた。
 「ふう……、助かった。礼を言うぞ、リシド。幻惑を自力で抜けたんだな」
 「伊達に、対魔訓練を受けたわけではないですよ……。ただ、建物内部のあちこちに、認識阻害がかけられているようです。上の階へ行く手段を完全に見失いました」
 すまなそうな表情をするリシドに、ヘルガは男前な笑みを浮かべながら発破をかけた。
 「OK。それはオレの得意分野だ。急ぐぞ。おそらく、トウゴはすでにクロウと接触している」
 立ち上がると、リシドを引きつれヘルガは走りだした。この一連の悲劇の元凶となる人物のもとへ。
 「(……すまんな、ニナ。あんたの願いは否定させてもらう。だが、あんたの“想い”は……否定しないよ)」






Diary 7/6
人間の人格を人格たらしめているのは情報の集合であり、統合である。
そして、その統合はたった一通りの道程により築かれている。
ゆえにいくら記録をインプットしようと、それは特定の個人たりえない。
個人が歩む奇跡の道筋を再現するなど、砂漠に埋もれたピアノ線の上を一歩も外れずに進むに等しいのだ。
人格の忠実な再現など、やはり、見果てぬ夢だったのか。


Episode.10 Heart sinks in the dark

「やっとあえたね……神菜」
 トウゴの問いかけに、ミオは目を瞬かせる。
 「か……な……? ちがうよ……わたしは……みお……だよ……?」
 クロウの胸元で震えながら、ミオはトウゴに言葉を返した。
 すると、トウゴは短く溜息をつき、やおら腕をミオに向けて掲げた。
 瞬時、部屋を満たしていた“闇”の一部が6本の触手となり、ミオ目掛けて走る。
 「……!! きゃう……!!」
 「く……ミオ!!」
 クロウは反応できずそのまま触手に弾かれ、後ろに飛ばされた。
 胸の痛みを抑え、起き上がったクロウの眼に映ったのは黒い触手に絡みつかれ、宙吊りになったミオの痛ましい姿だった。
 「ふーむ……。やはり調整途中で眼が覚めたせいか……。コード“H”と中途半端に連動していたのが仇になったかな……」
 ぶつぶつと呟くトウゴ。ミオを見る眼は父親のそれではなく、昆虫の複眼じみた無機質なものだった。
 「……十護……なにを……」
 クロウの問いかけに、トウゴはぐるり、と顔を向け答えた。
 「日記を見たならわかるだろう? この実験体No.30――ミオは、記憶プログラムの調整中だったのさ」
 黒の触手がミオを服の胸元を破いた。ちょうど鎖骨の中心の下あたり、白い肌の上にうっすらと「XXX」の形の痣が見える。ローマ数字で30、トウゴ作のホムンクルス――実験体だと言う証。
 神菜。それが、十護と尚樹の娘の名前。対してミオと言うのは――ホムンクルス実験体に付けられた番号のもじりに過ぎない。
 「もともと、記憶の定着が一番の課題だったんだ……。丹念に……、丹念に……、記録を、記憶を、再構築していく……。だが、上手くいった試しがない! あいつも! こいつも! まったく持って、尚樹でない! 神菜でない!!」
 急に激昂し、捲くし立てるトウゴ。が、次の瞬間にはケロリと、冷静な語り口に戻った。
 「このミオは比較的上手くいっていた……。精霊との融合基盤も問題なし。記憶の再構築にも、細心の注意を払っていた。だが、兄さん。まさか、あんたの存在が邪魔になるとは……」
 僅かに口元を歪め、苦笑いのような表情を浮かべるトウゴ。ゆっくりと、クロウに向けて腕を掲げる。
 「三幻魔のコピー体との融合に必要な“魂の波長”……。まさか、それが兄さんの物と偶然一致してしまうなんてね。これも、運命ってやつなのかな」
 その言葉が終わらないうちに再び3本の黒い触手がクロウに迫る。
 「……が!」
 それは先ほどの物とは違い、クロウを弾き飛ばしはしなかった。3本ともクロウの胸に深々と突き刺さった。
 「安心してよ、兄さん。それは兄さんを実際には傷つけていない。俺の持つコード“R”との共鳴を使って、コード“H”を引き剥がすだけだから……。魂(バー)の大部分ごと引き剥がしちゃうことになるから、兄さんの余命は2、3年になっちゃうだろうけどね」
 でも、俺の邪魔をしたんだからしかたないよね、とよりいっそう口元を吊り上げ愉悦するように言うトウゴ。
 クロウは動かない。いや、動けなかった。胸の痛みはより一層高まり、全身の神経が焼き切れてしまったかのようだ。
 「さて……コード“H”の調整をし直さないといけないな……。コピー幻魔はもう一度作るのは至極難しいからね……」
 ぶつぶつと呟きながら突き出した指を、握るように折り曲げるトウゴ。その動きに呼応するように、クロウに突き刺さった黒の触手が蠢く。
 「か……あ……あ……あ、ああああああああ!!!!」
 「……ん!?」
 急に叫びだしたクロウ、その異変にトウゴが気付く。
 突如として、クロウの中から“闇”の力があふれ出し、黒の触手をはじき返した。
 「コード“R”による、コード“H”の押さえ込みが効かない!? これは……外部、コード“U”からの介入! ニナ……敗れたか……!!」
 触手から解放され、ひざを附くクロウ。クロウの周囲の波打つ“闇”が、彼を避けるように周りに広がっていく。
 「……これは……? 胸の痛みも……引いた……?」
 「コード“H”の対魔導能力さ」
 トウゴが冷めた目線をクロウに向けたまま言う。
 「コード“U”と対峙したときにも発動していただろう? どうやら、宿り主に敵対する可能性のある“力”と対峙したときに自動的に発動するようになってしまったようだね……。まったく、調整のやり直し部分がもう一つ増えた……」
 「コード“U”――神炎皇ウリアの事か……」
 トウゴの話から推測するに、自分の体は危険が迫ると“闇”の力を行使するようになっているらしいことを、クロウは把握した。つまり、漆黒の男――リシドと対峙したとき、“闇”が現れたのはコード“U”――神炎皇ウリアに過剰反応したハモンのせいなのだ。
 「俺は彼女ら――“魔女”たちの動向を伺っていた。彼女らは厄介だからね、研究施設1つ潰されてるし、真っ向から対決することは避けたかった。しかし、混乱の中にあったとはいえ、コード“H”を先に確保されてしまったのは失態だったよ。お陰でこんなゲリラじみたやり方を取ることになった」
 いつの間にか、トウゴはデュエルディスクを装着していた。クロウを前に敵意を剥き出しにする。
 「もうこうなったら、ここを破られるのも時間の問題だ。兄さん、ゲームでけりを付けよう。闇のゲームで、コード“H”を引き剥がす」
 「く……十護、思いなおせ! こんなこと……」
 声を振り絞るクロウ。が、トウゴはその声をねじ伏せるかのように叫ぶ。
 「だけど、コード“H”はそうは言っていない! 対魔導能力が発動してしまえば、そこは“闇”の戦場となる。もう逃げられない!」
 「十護!!」
 「さあ! 久しぶりのゲームといこうじゃないか! ゲームの対戦では兄さんに負け越していたけど……今回は負けるわけにはいかない!!」

 「デュエル!!」

クロウ:LP4000
トウゴ:LP4000

 「さあ、兄さんのターンからだ!!」
 始まってしまった。闇のゲームが。命の削りあいが。
 そんなクロウの葛藤を表したかのように、クロウの手札は手札事故気味だった。
 「……っく! ドロー!」
 とにかく、カードを引くクロウ。なんとか召喚可能なモンスターを引き当てた。
 「モンスターを守備セット。さらにカードを1枚伏せ、カードトレーダーを発動」

【カードトレーダー】永続魔法
自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻してシャッフルすることで、自分のデッキからカードを1枚ドローする。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 「……これで、ターン終了」
 苦い顔のまま、ターンを終えたクロウ。そんなクロウの様子を眺めながら、トウゴは正気とは思えない薄ら笑いを浮かべたまま、カードを引いた。
 「俺のターン。ドロー。……ふふ、兄さんのデッキは永続魔法を使って場や手札をコントロールするものだったね。じゃあ、俺もそれにあやかって……永続魔法発動! 前線基地!」

【前線基地】永続魔法
自分のメインフェイズに一度だけ、手札からレベル4以下のユニオンモンスター1体を特殊召喚できる。この効果は1ターンに1度しか使えない。

 トウゴの背後に旗が掲げられた、石作りの壁が出現した。
 「……『ユニオン』サポートか……」
 デュエルモンスターズのモンスターカードはただ戦闘を行うだけでなく、様々な効果を秘めた物が多数存在している。
 その中でも共通の能力を持つ物は、一つのカテゴリーとして分類されているのだ。有名どころで言えば、ペガサス氏が直接考案、製作されたとされる『トゥーン』シリーズだろう。
 「そう。では、早速効果を発動。手札から漆黒の闘龍を特殊召喚!」

【漆黒の闘龍(しっこくのドラゴン)】
闇/☆3/ドラゴン族・ユニオン ATK900 DEF600
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「闇魔界の戦士 ダークソード」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。この効果で装備カードとなっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する)

 「さらに通常召喚……闇魔界の戦士 ダークソード!」

【闇魔界の戦士 ダークソード】
闇/☆4/戦士族 ATK1800 DEF1500
ドラゴンを操ると言われいる闇魔界の戦士。邪悪なパワーで斬りかかる攻撃はすさまじい。

 「では、ユニオン効果を発動! 漆黒の闘龍をダークソードに装備する!」
 石作りの壁の上に立った黒の鎧の戦士の下に、漆黒の龍が飛来する。低空飛行に移行した漆黒の闘龍の背中に、黒の戦士は器用に飛び乗った。
 「これにより、ダークソードはステータス増加と貫通効果を得る!」

闇魔界の戦士 ダークソード:ATK1800 → ATK2200/DEF1500 → DEF1900
効果付加:守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 これが『ユニオン』シリーズの特徴である。『ユニオン』モンスターは特定のモンスターの装備カードとなり戦闘力の強化、また分離しての戦線拡大の能力を持っているのだ。
 「さて、準備は整った。ダークソードで守備モンスターを攻撃!」
 漆黒の闘龍が飛行スピードを上げる。その背に乗ったダークソードは、敵を倒すべく剣を抜き、構えを取った。
 「……! くっ、リバースカードオープン! サイクロンで装備カードとなった漆黒の闘龍を破壊!」
 
【サイクロン】速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 クロウの発動させた魔法カードから旋風が噴き出す。旋風は漆黒の闘龍を巻き込み、彼方へと吹き飛ばした。

闇魔界の戦士 ダークソード:ATK2200 → ATK1800/DEF1900 → DEF1500

 「だが、ダークソードの攻撃は止まらない!」
 漆黒の闘龍の背中から落とされたダークソード。が、すぐさま空中で体勢を立て直し、剣を上段に構える。そのまま落下スピードを利用し、守備モンスターを脳天から斬りつけた。
 「……守備モンスターは魂を削る死霊。戦闘では破壊されない」

【魂を削る死霊】
闇/☆3/アンデット族・効果 ATK300 DEF200
このカードは戦闘によっては破壊されない。魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。

 黒鎧の戦士は、ゆらゆらと揺れる陽炎のような死霊を一瞥した後、トウゴの前に飛び戻っていった。
 「では、ターン終了」
 「……俺のターン、ドロー」
 カードを引くクロウ。しかし、いまだ彼の心は混濁の中にあった。
 「……スタンバイフェイズにカードトレーダーの効果発動。手札を1枚デッキに戻し……デッキからカードを1枚ドロー」
 引いたカードは上級モンスター。死霊を生け贄に召喚し、攻めることも出来る。
 しかし、いいのか? この危険な戦いで……弟と殺しあう?
 悪すぎる冗談だ。冗談であってくれ!
 「どうしたの、兄さん? ターン終了かい?」
 トウゴの声が響く。心なしか挑発めいた色をふくめて。
 「……くそ! 死霊を生け贄に、グラビ・クラッシュドラゴン召喚!」
 
【グラビ・クラッシュドラゴン】
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上の表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

 くすんだ黒の巨竜がクロウの元に現れた。
 「くっ……! グラビ・クラッシュドラゴンで……ダークソードを攻撃!」
 僅かな逡巡の後、クロウは攻撃宣言を下した。
 命を受けたグラビ・クラッシュドラゴンが、黒の戦士をその巨大な拳で殴り倒す。
 
トウゴ:LP4000 → LP3400

 「くふ……やるねぇ。兄さん、流石だよ」
 トウゴは一瞬ひるんだものの、大したダメージではなかったようで、軽口をクロウに返してきた。
 「……ターン、終了」
 ターンを終えるクロウ。このターン、トウゴの場には伏せカードがなかった。攻撃前にカードトレーダーをコストにグラビ・クラッシュドラゴンの効果でダークソードを破壊、大ダメージを狙うことも考えたが、これは“闇”のゲームである。
 「(大ダメージを与えると、その肉体への影響も大きくなる……)」
 以前の“闇”のゲームから得た情報が、そして何よりこんな形で弟と戦っているという事実が、クロウの戦意を剥ぎ取っていた。
 そんなクロウの心中を知って知らずか、トウゴはどこか楽しそうにカードを引く。
 「俺のターン、ドロー。上級モンスター、グラビ・クラッシュドラゴンか……。ならば、これでどうだ!」
 そういって手札からカードを取る。
 「闇に浮かぶ眼を召喚!」

【闇に浮かぶ眼】
闇/☆3/悪魔族・効果 ATK500 DEF500
このカードが召喚・特殊召喚に成功したとき、デッキから「闇に浮かぶ鼻」または「闇に浮かぶ口」1体を手札に加える。

 トウゴの背後の“闇”の一部に、ぱくり、と二つの切れ目ができる。その切れ目が上下に広がり――中から、血走った眼球が二つ、クロウに視線を投げかけてきた。
 「闇に浮かぶ眼の効果で、デッキより闇に浮かぶ口をサーチする」
 そういってデッキからカードを引き抜き、クロウに確認させるように、手に持ち前に突き出した。

【闇に浮かぶ口】
闇/☆3/悪魔族・ユニオン ATK700 DEF400
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「闇に浮かぶ眼」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。この効果で装備カードとなっている時のみ、装備モンスターは常に攻撃表示となり、攻撃力は2100ポイントになる。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する)

 「また、ユニオンモンスターか……」
 しかし、テキストを見たところユニオン能力を発動してもその攻撃力はグラビ・クラッシュドラゴンには及ばない。
 どうするのか、と考えている最中に、トウゴがその解答を示した。
 「ちなみに、攻撃力を強化する『口』のほかに、守備力を増幅する『鼻』もあり、それはもう俺の手札に来ている」

【闇に浮かぶ鼻】
闇/☆3/悪魔族・ユニオン ATK400 DEF700
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「闇に浮かぶ眼」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。この効果で装備カードとなっている時のみ、装備モンスターは常に守備表示となり、守備力は2300ポイントになる。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する)

 「だが、どちらもユニオンしても、その能力はグラビ・クラッシュドラゴンには及ばない……。そこで! こいつの出番だ!」
 そう言って一枚の魔法カードを提示する。
 「魔法カード発動、融合! 闇に浮かぶ眼、鼻、口の3体融合!」

【融合】通常魔法
手札またはフィールドから、融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 “闇”の一部が隆起し、二つの鼻腔が形作られる。また、別の場所では“闇”が切り開かれ、中から尖った歯と蠢く舌が姿を見せ、瘴気めいた息を吐き出した。
 「融合召喚……ダーク・フェイス!!」
 融合の魔力によって、“闇”が流動し、バラバラだった顔のパーツが一点に集まっていく。
 どこかで観た趣味の悪いホラー映画のような光景の後――闇に浮かぶ巨大な“顔”が、クロウに向けて狂気じみた笑顔を浮かべた。

【ダーク・フェイス】
闇/☆9/悪魔族・融合/効果 ATK2900 DEF2900
「闇に浮かぶ眼」+「闇に浮かぶ鼻」+「闇に浮かぶ口」
このカードは自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外することでも融合デッキから特殊召喚可能(この場合「融合」魔法カードは必要としない)。このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。このカードがフィールド上で破壊された場合、融合素材モンスターの内2体を自分の墓地から自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 「ダーク・フェイスでグラビ・クラッシュドラゴンを攻撃!」
 トウゴの叫びを受けて、巨大な“顔”が“闇”の中を流れるように動いてきた。
 襲い来る闇の“顔”は大きな口を開け、黒の巨竜を一瞬の内に飲み込んだ。
 「っく……!」

クロウ:LP4000 → LP3500

 鈍い痛みがクロウの体を奔る。クロウはとっさに胸を押さえた。
 「効果によってカードを1枚ドロー。……カードを1枚伏せてターン終了」
 トウゴは満足げな様子でターンの終わりを宣言した。
 「俺のターン、ドロー……。モンスターを守備で出し……ターン終了」
 その様子とは対照的に、優れない顔つきのクロウ。伏し目がちのまま、早々にターンを終える。
 「俺のターン……、ふふ。兄さん、苦戦しているねえ。まあいいさ。俺は是が非でも勝たなくちゃならない。コード“H”の回収の後は、また新たにホムンクルス体を作り直さないといけないからね。やることは山積みだよ。ミオは成功に近いから廃棄するには惜しいけど……今度はもっとうまくいくだろう」
 その言葉にクロウは顔を上げた。
 ――今、こいつは、なんと言った?
 「十護……ミオを……どうすると……?」
 「ああ、No.30は廃棄する。日記を見たならわかるだろう? 俺のホムンクルスは、体の維持に“精霊”との融合が不可欠……。No.30は身体の維持のために、あのスモークボールと魂(バー)を共有しているのさ」
 黒の触手に捕らえられたミオの傍ら――同じように黒の触手に絡め取られた小さな雲の魔物に冷ややかな視線を向けるトウゴ。
 「一度、身体の維持のために“精霊”と融合してしまえば、また別の“精霊”を融合させるのは極めて難しい……。まあそれ以前に中途半端な時期に目覚めたせいもあって、神菜の記憶の再現も上手くいってなかったようだしね。それでも有用なデータは取れそうだから、しばらくは実験に使うかな」
 どこか無機質な物となったトウゴの声を、クロウは再びうつむきながら黙って聞いていた。握られた拳が小刻みに震えている。
 「……めろ」
 「さて、いくよ! ダーク・フェイスで守備モンスターを攻撃!」
 再び、“闇”の中を巨大な顔が蠢いた。
 クロウの守備モンスター――二つ首の竜、ドル・ドラをあっさりと屠る。

【ドル・ドラ】
風/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1500 DEF1200
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、エンドフェイズにこのカードの攻撃力・守備力はそれぞれ1000ポイントになって特殊召喚される。この効果はデュエル中一度しか使用できない。

 「ふん……。ダメージは与えられないから、ドローはできないか。ターンエンド」
 その瞬間、二つの内一つの首を失ったドル・ドラが蘇った。傷がうずくのか、低く一唸りしてその場に蹲る。
 クロウのターンに移る。だが、クロウはしばらく動かなかった。
 「? 兄さん、どうしたんだい? あきらめたのかい?」
 クロウが、小さく呟く。
 「……やめろ」
 「は?」
 そして今度は――きっ、と顔を上げ、トウゴを見据えて大きな声で叫んだ。
 「そんなことは……やめろ! 十護!! お前は……間違っている!!」
 勢い良くカードを引きぬくクロウ。その気迫にデッキが、魂が、答えた。
 「手札より永続魔法、大地の龍脈及び平和の使者発動!! そして、カードトレーダーと共に、生け贄とする!!」
 3枚の魔法カードの魔力を糧に、クロウの魂が、破壊の雷を呼んだ。
 「特殊召喚――降雷皇ハモン!!!!」

【降雷皇ハモン】
光/☆10/雷族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在する永続魔法カード3枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。このカードが自分フィールド上に表側守備表示で存在する場合、相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 朽ちた竜のような不吉な外見。鈍い光沢を放つ金色の四肢。
 クロウの憤りと悲嘆を宿し――雷光の皇が、嘶きを上げた。
「龍脈の効果によって、デッキから仮面竜を手札に加える……」
 トウゴに強い視線を向けたまま、デッキからカードを1枚手札に加えるクロウ。より一層眼を細め、トウゴに叫びをぶつける。
 「十護! 目を覚ませ!! 降雷皇ハモンでダーク・フェイスを攻撃!!」
 降雷皇ハモンはクロウに同調するように咆哮を上げた。その身に雷を纏い、“闇”に存在する“顔”に攻撃を仕掛ける。
 破壊の雷光が“闇”を散らす。綺麗に縦に並んでいた眼、鼻、口が、あたかも砕けたパズルのように、滑稽にその列を乱した。
 「くう……!!」
 
トウゴ:LP3400 → LP2300

 同時に雷光が爆発を起こし――トウゴ自身を攻撃する。降雷皇ハモンの効果である。
 「ぐわああ!!」

トウゴ:LP2300 → LP1300

 「はあ……、はあ……!!」
 自身の憤りによるものか、ハモンを行使したせいか――息を乱しながら、クロウはトウゴを見据える。
 ハモンの攻撃による爆発、それに生じた煙がトウゴを覆い隠していたが――やがて、それも晴れ、叫びをぶつけた弟の姿が見えてきた。
 ……だが、そこにいたのはトウゴだけではなかった。
 「なっ……!?」
 攻撃を受けたせいか、肩を抱え、歪んだ表情のトウゴの後ろに、闇を切り裂いたような二つの眼と、空間を歪めて立たせたような一つの鼻が、“闇”の中を漂っていた。
 「くっ……、ダーク・フェイスの効果さ……。破壊されたとき……融合素材モンスターの内……2体を特殊召喚する……。この効果で闇に浮かぶ眼と、闇に浮かぶ鼻を守備表示で特殊召喚した……」
 よろよろと、痛みに耐えるように体勢を立て直すトウゴ。
 「さらに、闇に浮かぶ眼の効果……特殊召喚されたことにより、デッキから……闇に浮かぶ口を手札に加える……」
 デッキからカードを引き抜いた後、クロウに細めた眼を向け、吐き出すように問いかけた。
 「で……、ターンエンドかい? 兄さん」
 その様子に痛ましさと――同時に尋常ならざるものを感じたクロウ。
 「……カードを1枚伏せておく。ターン終了」
 ドル・ドラも守備表示のままだったので、追撃はできない。ただ、追撃ができる状況だったとしても――クロウは躊躇しただろう。
 「俺のターン、ドロー。……まずは魔法カード、壺の中の魔術書を発動。お互いにデッキからカードを3枚ドローする」

【壺の中の魔術書】通常魔法
お互いのプレイヤーはデッキからカードを3枚ドローする。このカードの発動以降、次の自分のターンのエンドフェイズまで、自分は手札から魔法を発動・セットすることができない。

 トウゴの発動したカードの効果に伴い、互いにデッキからカードをドローする。
 どちらにも言葉はなかったが、ドローしたカードを確認した後、トウゴはクロウに語りかけてけた。
 「兄さん……。俺は……あの二人が全てなんだ。俺の人生は……あの二人のために在ったといっても過言じゃない」
 いつの間にかトウゴの視線が変っていた。……昔、クロウとまだ通じ合っていたころの、あの光ある瞳の残滓を、クロウは見た。
 「兄さん……兄さんも……尚樹のことが、好きだったんだろう?」
 「! 気付いていたのか……!」
 急な問いかけ。思わずクロウは素直に答えていた。そんな兄の様子を見て、トウゴは静かに笑う。
 「そりゃあ、あんな様子をみせつけられちゃね……。だから、どこか引け目もあった。尚樹には不慣れな思いもさせてたし……兄さんを差し置いてしまった、という気持ちもあった」
 尚樹、九郎、十護、三人一緒だったころを思い出しているのか――あるいは、尚樹、神菜と共にあった生活を思っているのか。少しうつむいたトウゴの視線は、どこか遠い彼方を見つめていた。
 「だから、……幸せになろうと思った。二人を……誰に対しても、幸せにしてやったぞって……言えるように……」
 「……十護……」
 その言葉に息を飲むクロウ。静かにトウゴを見やる。
 そして気付いた。トウゴの瞳が、再び濁りを帯びていくのを。
 「……だから、兄さん……俺は……どんなことがあっても……、二人を取り戻さなくちゃ、いけないんだ!!」
 「十護!!」
 トウゴがまた、遠くに行ってしまった。思い出の欠片を狂気に変え、新たな闇を心に呼び込む。
 「前線基地の効果により、闇に浮かぶ口を特殊召喚。さらに、モンスター1体を守備で出す……。いくよ……兄さん」
 微かな微笑を浮かべ、トウゴは強大な闇に身を委ねた。
 「場の三体の悪魔を贄に捧げ……幻魔の皇よ。ここに来たれ!」
 闇に浮かんでいた双眸と、鼻腔、そして渦巻き模様の下の“魔”が“闇”に押し潰され姿を消す。否、消えたのではない。“捧げられた”のだ。
 そして捧げ物を享受した主が、果て無き死の気配を伴って、闇の奥から、その姿を現せた。

 「――君臨せよ! 幻魔皇ラビエル!!」

 現れたのは、蒼の巨人だった。
 逞しい肢体は鎧めいた外皮に包まれ、それが戦意と暴力の塊であることを見るものに訴えかけてくる。
 黒く翳った貌からは、血のように紅い二つの眼が、死と破滅を探していた。
 筋肉を形作る紫の繊維を躍動させ、黄泉色の翼を広げた幻魔の皇は、破壊と蹂躙を求め、天地に轟く巨大な咆哮を上げた。

【幻魔皇ラビエル】
闇/☆10/悪魔族・効果 ATK4000 DEF4000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3枚を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚することができる。相手がモンスターを召喚する度に、自分フィールド上に「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・功/守1000)を1体特殊召喚する。このトークンは攻撃宣言を行う事はできない。1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げることで、このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 「幻魔皇ラビエルの効果! 自軍モンスター1体の命を糧として……その攻撃力を得る。闇に浮かぶ口を生け贄にする!」
 幻魔の皇が、闇を漂う口腔を握りつぶす。その死が、ラビエルに力を与えた。

幻魔皇ラビエル:ATK4000 → ATK4700

 「ラビエルで……、降雷皇ハモンを攻撃する」
 蒼の巨人が拳を握る。トウゴの静かな宣言の後、ラビエルはハモンを緋色の眼光で捕らえた。
 「――天界蹂躙拳!!」
 踊りかかるように、蒼の巨人は動いた。まるで、死を齎(もたら)すことが嬉しくて仕方がない――そう言っているかのようだった。
 「くっ! リバースカードオープン! 突進!!」

【突進】速攻魔法
表側表示モンスター1体の攻撃力を、ターン終了時まで700ポイントアップする。

降雷皇ハモン:ATK4000 → ATK4700

 瞬時にクロウは伏せカードで迎撃に入った。魔力を得たハモンは、弾丸のようにラビエルに突っ込む。
 拳を振るう、蒼の巨人。雷を身に纏い、体当たりを仕掛けた雷光の皇は、その拳を真正面から受け止めた。
 拮抗した二つの力。その力はやがて対消滅するはずだ。
 「……!?」
 だが、そうはならなかった。
 骨曝しのハモンの体が、徐々にひび割れていく。対して、ラビエルの方はまったく怯む様子も、朽ちていく様子もない。
 幻魔の皇がもう片方の手で、雷光の皇の体を掴む。いや、掴むなどという生易しい物ではなかった。
 ばきばきと、耳障りな音を立てハモンの鍵爪の腕を、肋骨の胸部を、蝙蝠のような翼を徐々に、徐々に破壊していく。
 雷光の皇は悲鳴のような叫びを上げた。生きたままピラニアに喰われていくような、無惨な死を感じ取ってのことだった。
 その咆哮に満足したのか――ラビエルは一気にハモンの体を引き裂いた。この世の物とは思えない断末魔が響き渡る。幻魔の皇は、極上の音楽でも聴くかのごとく、それに耳を傾けていた。
 「……なぜ、なぜハモンだけが……!?」
 クロウは疑問を口にする。凄惨な戦いの場を――朽ちていくハモンを呆然と眺めながら。
 その様子を、トウゴは静かに見下ろしていた。
 彼の狂気は静寂を浸透し――“闇”を一層深くしていった。






Diary 7/23
『隠された知識』に研究施設の一つを潰され、コード“U”を奪われてしまった。かつて属していたから解るのだが、流石と言うべきか。今は買収した人物のいる会社の地下施設を使わせてもらっている。その会社の社員名簿の中に見知った名前を見つけた。兄さんだ。あれ以来会っていなかった兄さんがこんなところにいるとは。もし今の自分を見つけたらどう言うだろう。自ら生み出した命を、いくつも潰してきた、血塗られた自分を。


Episode.11 One Voice

 「とりあえずは……これでどうにかなるか」
 ヘルガ・C・エリゴールが集中を解いた。額に押し当てていた神炎皇ウリアのカードをリシドに渡す。
 「……大丈夫、なのでしょうか。彼は」
 カードを受け取りながらリシドが尋ねる。ヘルガは顔をしかめながらそれに応じた。
 「難しいかな……。コード“U”――神炎皇ウリアが外部からの接続ができるとわかり、それを逆利用できないかと考えたが……直接的な干渉は無理のようだ。なんとか、クロウにかけたれていた拘束魔法は解く事ができたが、闇のゲームが一端始まってしまえば、こちらからそれを止めるのは極めて難しい」
 「闇の……ゲーム……」
 リシドの顔色が暗くなる。彼もまた闇のゲームの危険性を知っている人物だ。
 ヘルガはその重くなった空気を払うように、声を上げる。
 「だから、急ぐぞ、リシド。ペガサスによれば、ただの人間が闇のゲームに干渉した例もあるらしい。なんでもペガサスはそれが原因で負けたんだとか」
 少しばかり冗談めいた調子でそう言った後――すぐさま、真剣な調子に戻り言葉を続けた。
 「まずは……戦いの場にたどり着くことが先決だ」
 そういってヘルガは、足止めのために置かれたであろう、目の前の認識阻害の魔方陣を取り消しにかかった。





 朽ちてくハモンを呆然と見やるクロウにトウゴは声をかける。
 「なぜ、ハモンだけがやられたか……。その答えはこれだよ、兄さん」
 その声に反応し、顔を上げるクロウ。だが、そこで見たものは直接的な回答ではなかった。
 「ゲット……ライド……?」

【ゲットライド!】通常罠
自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、自分フィールド上に存在する装備可能なモンスターに装備する。
 
 ユニオンモンスターを墓地から引き上げ、専用のモンスターに装備させるカード。ならば、ラビエルに装備されたモンスターが……?
 クロウが蒼の巨人を見上げる。その胸元に、黒い塊があった。そこからまるで血管のような無数の管が胸に突き刺さっている。
 「そう……俺が研究過程で生み出した、幻魔との融合、制御のサポートのための人工精霊……。黒蝕の卵(ニグレド・コア)だ!」

【黒蝕の卵(ニグレド・コア)】
闇/☆1/悪魔族・ユニオン ATK0 DEF2000 
1ターンに一度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして、フィールド上のこのカードを自分フィールド上表側表示の「幻魔皇ラビエル」に装備、または装備を解除して表側表示で元に戻すことが出来る。この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターは自分フィールド上から離れない(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで)。

 「ニグレド・コア……。ラビエル専用のユニオンモンスター……。ラビエル召喚時に墓地に送ったモンスターの1体はそいつか……」
 クロウの視線が睨むものへと変る。蠢く黒の塊に嫌悪の色を隠さず向けた。
 「その通り。これにより装備されたラビエルは俺のフィールド上から離れない。よってハモンだけが破壊されたのさ」
 研究者としての成果を誇ってか、どこか愉悦を含んだ調子でトウゴが説明した。
 「さらにカードを1枚伏せてターンエンド」
 「……俺のターン。ドロー」
 クロウが引いたカードは炸裂装甲。相手の攻撃モンスターを破壊する迎撃用の罠である。
 「(しかし、あのカードが装備しているカードは……)」
 クロウが黒蝕の卵を見やる。その効果は『フィールド上から離れない』と言うもの。
 「(あのテキストからするに、戦闘、効果による破壊は無効化される……。それだけでなく除外、バウンス、コントロール奪取もおそらく効かない……)」
 やっかいな効果である。まずはあの装備状態となった黒蝕の卵をどうにかしないとラビエルを倒すことはままならないだろう。
 「(対抗カードは、大嵐、スタンピング・クラッシュ……デッキに1枚ずつ入っていたが、まだ手札には来ていない……。手札には他に、コントロール奪取できるエネミーコントローラーがあるが……)」
 しばし考えていたが、今の手札ではろくに対抗出来そうにない。
 「俺はモンスターを守備でセット。さらにカードを1枚伏せ、魔法カード、強者の苦痛を発動」

【強者の苦痛】永続魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスター攻撃力は、レベル×100ポイントダウンする。

強者の苦痛によるステータス変動
幻魔皇ラビエル:ATK4000 → ATK3000

 瞬時、幻魔皇が苦悶の表情を浮かべる。クロウの発動した魔法は、レベルが高いほどその効果が大きくなのだ。
 強大な力を揮えなくなったことが、幻魔の皇にとって耐え難い苦痛なのだろう。
 「ターンを終了する」
 クロウは守りを固め、反撃の機会を待つ事にした。
 「俺のターン。ドロー……ジャイアント・オークを召喚」

【ジャイアント・オーク】
闇/☆4/悪魔族・効果 ATK2200 DEF0 
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。次の自分のターン終了時までこのカードの表示形式は変更できない。

強者の苦痛によるステータス変動
ジャイアント・オーク:ATK2200 → ATK1800

 筋肉に包まれた灰色の体を持つ、凶暴そうな悪魔が現れた。ぶくりと膨れた腹の前に、握った骨の棍棒を掲げ、鼻息荒く獲物を探している。
 「ジャイアント・オークでドル・ドラを、ラビエルで裏守備モンスターを攻撃!!」
 2体の悪魔がクロウのモンスターに襲い掛かかった。灰の悪魔は手にした骨の棍棒を、蒼の巨人は自慢の拳を存分に振るう。 
 「ジャイアント・オークの攻撃に対して、リバースカードオープン! 炸裂装甲!」
 
【炸裂装甲】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動することができる。その攻撃モンスター1体を破壊する。
 
 ジャイアント・オークが罠の効果を受けて爆散する。隣の蒼の巨人はその様子を気にも留めず、圧倒的な力を持って、クロウの守備モンスターを屠った。
 「っく……。仮面竜の効果発動! デッキより2体目の仮面竜を特殊召喚!」

【仮面竜】
炎/☆3/ドラゴン族・効果 ATK1400 DEF1100
このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。

 「……カードを2枚伏せ、ターン終了」
 「俺のターン。ドロー」
 ドローしたカードを見やり――反撃の糸口を見つけたクロウ。
 「(十護の場には、3枚の伏せカード……)」
 しかし、このまま守りに徹していても、ジリ貧になるのは目に見えている。
 クロウは、この手にかけることにした。
 「いくぞ……ドル・ドラを生け贄に、マグナ・スラッシュドラゴン召喚!!」

【マグナ・スラッシュドラゴン】 
光/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上に存在する表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 傷を負った竜に換わり、現れたのは白銀の竜。
 刃の翼を構え、圧倒的な力を持つ魔人にも怯まずに戦意を示す。
 「この瞬間、ラビエルの効果発動……。幻魔トークン1体を守備表示で特殊召喚!」
 ラビエルを縮め、肉を削ぎ落としたような、小さな悪魔が現れた。
 それに一瞬、戸惑ったクロウだが――かまわず、次の手順に移った。
 「さらに、場の強者の苦痛をコストに、マグナ・スラッシュドラゴンの効果発動! 黒蝕の卵を破壊する!」
 これが反撃の糸口。まずは、マグナ・スラッシュドラゴンの効果により黒蝕の卵を破壊、ラビエルの耐性を掻き消す。その後、エネミーコントローラーを発動、仮面竜を生け贄にラビエルのコントロールを奪う。
 それが成功すれば、敵軍のモンスターは攻守1000の幻魔トークンのみ。マグナ・スラッシュドラゴン、コントロールを奪ったラビエルがあれば、圧倒的に優位に立てる。
 「(おそらく、ラビエルはあいつの切り札。こちら側に付ければ……上手くいけば、まだトウゴを説得できるかもしれない……!)」
 かくして、この作戦の要となる白銀の翼から、刃の風が放たれた。
 だが、3枚の伏せカードを措き待ち構えるトウゴ。当然のごとく対抗手段を打ってきた。
 「リバースカード発動、フォーメーション・ユニオン! これでラビエルと黒蝕の卵を分離!!」
 
【フォーメーション・ユニオン】通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分フィールド上のユニオンモンスター1体を自分フィールド上モンスターに装備する。
●自分の装備カード扱いユニオンモンスター1体の装備を解除して、表側攻撃表示で自分フィールド上に特殊召喚する。

 「なんだと……!?」
 黒の塊はべリッ、と細い管を引きちぎり、フィールド上に落ちていった。
 白銀の竜の効果は不発となる。
 「(だが……これは……!)」
 フォーメーション・ユニオンの効果では、ユニオンモンスターは分離後、かならず表側攻撃表示になってしまう。
 黒蝕の卵の攻撃力は0。モンスターによる攻撃の、絶好の的を用意したことになる。加えてラビエルも、その効果耐性を失った形となった。
 「(これは……残りの伏せカードが攻撃迎撃用の罠の可能性が高いか……?)」
 それならば、エネミーコントローラーの効果によりラビエルを奪い攻撃すれば、トウゴが自分の罠でラビエルを処理する形になるかも知れない。
 しかし、万が一を考え、エネミーコントローラーはバトルフェイズぎりぎりまで取っておくことにした。
 まずは、マグナ・スラッシュドラゴンで黒蝕の卵を狙う!
 「バトルフェイズに移行! マグナ・スラッシュドラゴ」
 「リバースカードオープン! 威嚇する咆哮!!」

【威嚇する咆哮】通常罠
このターン相手モンスターは攻撃宣言することができない。

 クロウの宣言を遮って、トウゴが伏せカードを開く。
 強者の苦痛が消え、本来の力を取り戻したラビエルが、空間ごと切り裂いてしまうような、鋭い咆哮をあげた。
 それを受け、白銀の竜は戦意を折られてしまったのか、その場に蹲った。
 「なに……!!」
 攻撃を封じられたことで、このターンラビエルのコントロール奪取をする意味は薄くなった。
 エネミーコントローラーでコントロールを奪えるのは、所詮ターン終了時まで。おいそれと自軍モンスターを生け贄にして、戦線を薄くする異議はない。
 「(くっ……。攻撃そのものを封じる罠だったか……! エネミーコントローラーを発動する前で助かったと言うべきか……)カードを1枚伏せ、ターン、終了」
 思惑を潰されたクロウ。エネミーコントローラーは防御のために伏せてターンを終了する。
 「俺のターン、ドロー。……黒蝕の卵を再びラビエルに装備する」
 トウゴの声と共に、黒の塊が、細長い糸状の管をラビエルの胸元に伸ばした。
 ぐじゅぐじゅと、腐った果実を潰すような不快な音を立て、その胸板に収まっていく。
 その音をBGMに、トウゴが薄ら笑いを浮かべながら言う。
 「ふふ……このターンから再び魔法カードが使用できるようになった。そこで、マジック・ガードナーを発動! 黒蝕の卵を守る!」

【マジック・ガードナー】通常魔法
自分のフィールド上に表側表示で存在する魔法カード1枚を選択し、カウンターを1個載せる。選択したカードが破壊される場合、代わりにカウンターを1個取り除く。

 黒蝕の卵が、淡い光のバリアに包まれた。
 クロウは歯噛みする。これでさらに黒蝕の卵を破壊することが難しくなった。単純に考えて、魔法、罠破壊カードを2枚使わなくてはならなくなったのだ。
 トウゴは止まらない。勝利に向けて、その先にある、彼の描く未来に向けて、一手、また一手と積み重ねていく。
 「行くよ……兄さん。幻魔トークンを生け贄に、ラビエルの攻撃力を上昇!!」

幻魔皇ラビエル:ATK4000 → ATK5000

 トウゴの命を受け、蒼の巨人が自ら生み出した小さな幻魔を、なんの躊躇もなく貪り食う。それはラビエルにとって、血を分けた同胞などではなく、単なる食料、あるいは嗜好品に過ぎないのだろう。
 「幻魔皇ラビエルで、マグナ・スラッシュドラゴンを攻撃!!」
 命を喰らい、腹を満たした蒼の巨人。破壊の意識を拳にこめて、白銀の竜に絶対的な死を与えんとする。
 瞬時クロウは伏せカードを開き、その意を拒否した。
 「リバースカードオープン、エネミーコントローラー! この効果でラビエルを守備表示に!」

【エネミーコントローラー】速攻魔法
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上の表側表示モンスター1体の表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択する。発動ターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る。

 だがしかし。
 クロウの拒否を、トウゴはさらに否定する。
 「カウンター罠……。八式対魔法多重結界!」

【八式対魔法多重結界】カウンター罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。
●手札から魔法カード1枚を墓地に送ることで魔法の発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。

 トウゴの罠の効果によって、対魔の結界に包まれるラビエル。エネミーコントローラーはその結果に触れた部分から徐々に消滅していった。
 ラビエルの行く手を阻む物は消え去り、巨大な破滅が、マグナ・スラッシュドラゴンに一直線に向かっていく。
 そして。
 白銀の竜と共に、クロウは幻魔皇の拳の餌食となった。
 「ぐ……は……っ……!!!!」

クロウ:LP3500 → LP900

 一気にライフポイントを奪われ、血を吐き、崩れ落ちるクロウ。
 トウゴはそんなクロウに、どこか優しげな声色で語りかける。
 「これでターン終了……。もう諦めなよ、兄さん。コード“H”を宿してしまったのは不幸な事故だった。これ以上の戦いは、兄さんの苦痛を長引かせるだけだ!」
 兄の身を案じると同時に、死への誘導でもある甘言。
 クロウは、ふらつく体に鞭打って、カードを引くことで否定の意を示す。
 「……お前は……ミオを……殺すつもり……なのだろう……?」
 荒い吐息と、吐しゃした血液によって、途切れ途切れになりながら、言葉を搾り出す。
 そのクロウの言葉に、トウゴは高らかな反論を返した。
 「違う! 作り直すだけだ!! この神菜の出来損ないを元に……」
 「間違っている!!」
 大きな、一声だった。
 ほとんど死に体状態である様子から考えられないような、魂ごと吐き出すような叫びだった。
 その気迫に、トウゴも押し黙る。クロウはトウゴをまっすぐに見据えていた。その視線と同様に、矢の様に言葉を続けてきた。投げかけてきた。
 「その子は……ミオは……出来損ないなんかじゃない! ミオと言う名の! たった一人の、……唯一無二の命だ! わからないのか!!」
 それは――嗚咽だった。
 歪んでしまった弟に向けてのものか、皮肉な運命に向けたものか、それとも、非力な自分に対してのものか……クロウの悲痛が、闇の中に響き渡った。
 一瞬、たじろぐトウゴ。……だが、彼の狂気は止まらない。顔を歪め、拳を握り締め、クロウの叫びに怒号で返す。
 「うるさい! 俺にとっての光は……あの二人だけなんだ!! 他の存在は、俺にとっての光にならない!!」
 他の存在……。
 「トウゴ……。ミオだって、お前の生み出した命には違いないはずだ。それに新たな光を見ることは出来ないのか!? お前に未来は見えてないのか?」
 「俺にとっての光は……あの二人だけだと言っただろう!? 俺の未来は……あの二人と共にある未来以外にありえない!!」
 その言葉を聞いて――クロウは、僅かな落胆と共に、静かに、呟いた。
 「そう……か。確かに……少なくとも……もう俺には……お前に光を示せそうにない……」
 そう。少なからず、同じように過去に囚われている自分には、トウゴを救うことはできない。
 締め付けられるような心の痛みをこめて――引いたカードを、デュエルディスクに差し込む。
 「俺が示せるのは…………闇、だけだ」


 そして、闇が、訪れた。
 

 「な……に……!?」
 ラビエルの頭上から、3本の巨大な漆黒の剣が降り注ぐ。
 全てを包み込むような、静かな、闇。
 蒼の巨人の低く唸る声が、闇の中に浸透していった。
 「永続魔法……闇の護封剣、発動」

【闇の護封剣】永続魔法
このカード発動時に相手フィールド上に存在する全てのモンスターを裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上モンスターは表示形式を変更することができない。2回目のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

 クロウの呟きが、暗がりの中に木霊する。その声には――深い悲哀と、滲むような悲痛が染み渡っていた。
 「このカードで相手モンスターを全て裏側守備表示にする……。裏側守備になったことで……装備カードとなっている黒蝕の卵は……」
 「装備対象を失い……破壊される!!」
 幻魔の皇が闇に屈した。静寂の帳(とばり)に身を沈め――暴虐の時間は終わりを告げた。
 そして宿主を失った、トウゴの狂気の産物も、黒の揺り篭に溶け込んでいく。
 「さらに早すぎた埋葬を発動……。800ライフを支払い……グラビ・クラッシュドラゴンを蘇生する」

【早すぎた埋葬】装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1枚選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

【グラビ・クラッシュドラゴン】
闇/☆6/ドラゴン族・効果 ATK2400 DEF1200
自分フィールド上の表側表示の永続魔法カード1枚を墓地に送る。相手フィールド上のモンスター1体を破壊する。

クロウ:LP900 → LP100

 「グラビ・クラッシュドラゴンの効果……。闇の護封剣をコストに、裏守備のラビエルを破壊」
 クロウの声の中、闇が押し潰される。幻魔の皇は、闇ごと消えた。断末魔も、微かな唸りさえ聞こえない、静かな、とても静かな最期だった。
 強大な闇が消え、遮るもののなくなったトウゴとクロウ。しばし、視線が絡み合ったが――それもクロウの次なる言葉で、分断された。
 「グラビ・クラッシュドラゴンで……ダイレクトアタック」
 黒の巨竜が、二人の間に割って入る。もはや、二人の視線は交わることは叶わなかった。
 クロウの言葉を受けたグラビ・クラッシュドラゴンが、トウゴに引導を渡すべく、嘶きと共に拳を揮う。
 トウゴはしばし驚愕に固まっていたが……ほどなくして、苦笑交じりの、微笑みを浮かべ、そして――――

 「はは……」
 ああ、やっぱり兄さんは……。


トウゴ:LP1300 → LP0




Last Episode  Still on Your Side

 勝敗は決した。
トウゴが敗れたことで、“闇”が徐々に消滅していく。
 周りの景色が、簡素なホテルの一室へと戻っていった。
 ミオを支えていた触手も消え去り、倒れそうになった彼女を、クロウはそっと抱きとめる。
 「……そうしてると親子みたいだね、兄さん」
 クロウが声のするほうに向いた。
 すでに下半身が煙のように消えかかっている弟が、笑みを含んだ表情で佇んでいる。
 「……本当の親はお前だろう……。怖がらせてしまったこと……ちゃんと、謝れ……」
 途切れ途切れに言葉を発するクロウ。
 その言葉を受け、目を閉じて、答えるトウゴ。
 「……親……なんかじゃないさ。俺は……俺の中の光を求め……間違った道を進んでしまったんだから」
 二人に会わせる顔がないね、とトウゴは苦笑した。
 同時に、左腕が掻き消える。
 「……十護……」
 「何も言わないで、兄さん。もともと俺の体もぼろぼろだったんだ。自分の体も実験に使っていたからね。成功まで間に合えば良いと思ってたから」
 続けて、胸元までが塵となった。
 「すまない……俺は……お前たちから逃げて……何も……!」
 クロウが涙まじりの言葉を紡ぐ間にも、トウゴの体は崩れていく。
 「……ごめん、兄さん。もう、いくよ。……二人のいる天国(ばしょ)にはいけないだろうけど……ここよりは、ずっと近いはずだから……」
 言葉は最後まで続かなかった。トウゴの体と共に、虚空の彼方へと、跡形もなく消え去った。
 そしてクロウの元には。
 耳が痛くなるような静寂と……胸元で感じる、確かな暖かみだけが、後に残った。
 




 「これが、必要な書類だ。目を通しといてくれ」
 一連の事件から数週間後。
 クロウはI2社本社のとある一室にいた。
 クロウの勤めていた子会社は、裏金(もちろんトウゴがらみ)等の問題があらわになり、事実上倒産になった。
 事件に関係なかった社員の一部は救済処置として、本社、あるいは関連グループの子会社へ優先的に再就職の手配が施された。
 クロウもその一例に添う形、同時に特殊な事情を考慮され、本社への配属になった。
 それは、今クロウの対応に当たっているのが、『隠された知識』というI2社の有する秘密組織のエージェントである、ヘルガ・C・エリゴールということからも、うかがい知れる。
 「それから……これを」
 一応、ちゃんとした場だということを考えてか、漆黒のスーツを着込んだヘルガが銀色の指輪をクロウに渡す。
 「銀には対魔、抗魔の力がある。それにコード“H”を解析したルーンを刻んである。そいつでコード“H”の闇の力を抑えることが出来るはずだ」
 クロウはそれを受け取ると指にはめた。しっくりと指になじむ。
 「とは言え、問題の根本的な解決にはなっていない。未だ、あんたの魂(バー)はハモンと融合したままだしな。ま、そのためにも本社配属になってもらったワケだが」
 そう、これがクロウが本社配属になった特殊な事情。かつて『隠された知識』所属の研究員だったトウゴの作ったコピー幻魔の精霊。それを有する体となったクロウは、万が一に備え『隠された知識』のメンバーと連絡のとりやすい本社に迎えられたのだ。
 「……なにからなにまで、すまないな」
 そのクロウの言葉を受けて、ヘルガは苦笑と共に言葉を返す。
 「よしてくれ。元々はこちら側の不手際からはじまったことだ。トウゴとの接触の際も、あんまり役に立てなかったしな」
 ヘルガとリシドが部屋に辿り着いた時には全て終わっていた。その後自分達がやった子といえば、クロウとミオの治療(闇のゲームに関わったせいか、衰弱していた)の手配、また事後処理くらいのもんである。
 トウゴの消滅もクロウから聞いた。闇のゲームの行使、そして自身の体すら実験材料にしていたことが原因であろうとヘルガは推測していた。
 ふと、ヘルガはクロウの表情が翳ったことに気付いた。やはり、あんな形での弟との再会、そして離別はクロウの心に影を落としているのだろう。
 トウゴの事を口にしたのは失敗だったかな、と思いつつ、話題を変えることにする。
 「そういや、ミオを正式に引き取ることにしたようだな」
 今は会社の託児施設にいる少女の名を出す。クロウは少しだけ口元を緩ませ、短く返した。
 「……ああ、今日、ミオともちゃんとその辺を話しておこうと思っている」
 ミオはトウゴ作のホムンクルス、人造人間である。『隠された知識』内では、多聞に有益な研究素材になる、との意見もあったが、クロウがそれに反発した。この子に必要なのは普通の生活だと。結局、道徳的な観点から言っても、研究素材扱いはまずいだろう、との意見に落ち着き、クロウの元なら『隠された知識』も目が届きやすい、と言うことで、今の形に収まっている。
 「ほほう、ではミオちゃん相手に、一緒に暮らしましょう、とお誘いをかけるわけか。とんだロリコンだな、クロウ?」
 「……その方面でのからかいは、勘弁願いたい」
 ヘルガの軽口に、クロウはげんなりとした表情を浮べた。




 「くろう! これ、おいしいよ」
 「そうか、それはよかった……というか、お前はもうちょっと落ち着いて食べることを覚えたほうがいいな」
 ハンカチを取り出し、ミオの口元を拭いてやるクロウ。
 会社での話を終えた後、近くのレストランに入り昼食としゃれ込んだ。
 「……なあ、ミオ」
 「うん?」
 クロウはミオに、正式に養子として引き取ることを話そうと考えていた。
 しかし、デリケートな問題であるし、ミオにもわかりやすいように説明しなければならない。
 「(……それに)」
 実を言うと、ここまで来ておいてクロウは自分の決定が本当に正しいことなのか迷ってもいた。
 ミオの親ともいえるトウゴを――結果的にとはいえ、自分が殺したようなものだ。
 そして、ミオを引き取ろうとしている自分の行動は、その償いをしたいが為の、不純なものではないか、との思いもある。
 「その……俺と……これからも長く暮らすために……ちゃんと、俺と家族にならないか?」
 「家族?」
 「そう……俺が……お前の……父さんの……かわりになるんだ」
 「……お父さん……」
 少し俯いて、考え込むような様子を見せるミオ。それをクロウは静かに見つめ、彼女の言葉を待つ。
 「……違うよ」
 ぽつり、とミオの小さな口から、言葉が毀れた。
 その言葉を、漏らさす聞き届けようと、クロウの顔が若干強張る。
 「くろうといっしょにいられるのは……うれしいよ。だけどね」
 うーんと、と言葉を懸命に選びながら、ミオはクロウに伝えようとする。
 「くろうは、おとうさんじゃないよ。かわりじゃない」
 「……そうか」
 落ちる様に、クロウが呟く。
 「うん。かわりじゃないよ。くろうは、くろうだよ!」
 その言葉に……クロウは目を見開いた。
 「うん。だから、わたしはくろうといっしょ。ね!」
 嬉しそうに笑うミオに、クロウも笑みと共に言葉を返す。
 「……そうか。……そうだな」
 そうだ。俺はクロウ。過去を置き去りにして逃げた男。運命に翻弄された弟を救うことも出来なかった。そして、その償いを求めている。
 だけど。
 そうだとしても。
 この娘を大切に思う気持ちは……確かなものだと信じている。
 「改めて……これからよろしくな。ミオ」
 「うん! よろしく、クロウ!」
 だから、大切にしよう。この娘を。これからの未来を。
 クロウは、そんなふうに、思ったのだ。




〜 Fin 〜











あとがき
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本当にありがとうございました。








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