SHADOW OF INFINITY-葬られた物語-

製作者:真紅眼のクロ竜さん




【登場人物紹介】

 遊城十代
 この物語の主人公。一巡目の世界を破滅させた張本人。
 正義の闇の力とカードの精霊を見る力、そしてその体現者である覇王を内に宿している。
 一巡目の世界で自分の理解者であり、愛する存在である妹を失った事から彼の覇道は始まる。
 そして、それはどこに向かうのだろうか…。

 吹雪冬夜
 デュエリスト組織であり、カード研究機関でもある非合法組織デュアル・ポイズンの総帥。
 見掛けは短い銀髪の幼い少年の姿であり、とても一機関の総帥には見えない。
 だがしかし、歪んだ笑みの中に映る狂気と不思議な力が彼の全てを表していると言っても過言ではない。また、次元を越えたり唐突に瞬間移動したりと人知を越えた力も所持しているようだ。
 その正体と、その目的とは…。

 坂崎加奈
 デュアル・ポイズンに所属しているデュエリストの一人だがどこか陰湿なデュアル・ポイズンの中で底抜けに明るい少女。
 幼い頃、海馬ランドである事件を目撃して以来、レアカードのコピーカードなどを容認するようになってしまったという過去がある。
 十代の事を同世代である事から心配し、彼の行き先を案じている。

 高取晋佑
 デュアル・ポイズン所属のデュエリストであり、後に神竜強奪事件を引き起こした一人。
 この頃から既にデュアル・ポイズン所属ではあるが遊城十代、そして坂崎加奈との出来事が彼の運命を変えて行く事になる。

 遊城三四
 遊城十代の妹。この頃から既に海馬コーポレーションの医療福祉分野によるサポートを受けていた。
 しかしそれでも精霊が見えている事を嫌おうとせず、デュエリストとしての腕前も磨いている。



《プロローグ:予言されていたヒーロー》

 凄まじいデュエルだった、だが俺の勝ちだ。
「ぐっ………やるじゃない……本当にね」
「ああ……俺の勝ちだぜ」
 俺がそう言うと、戦っていた相手―――鍵を狙うセブンスターズの一人、吸血鬼カミューラは歪んだ笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
「いいえ、アンタもアタシと同じだと言う事よ」
「……?」
 言っている意味が分からなかった。前に戦った時、というより一巡目の世界では、そんな事は無かったのに。
 だがしかし。
「アタシは……ヴァンパイアの一族を復活させる為に……闇の力が必要だった………アンタも、それは一緒。大切なものを救う為に、戦ってる」
「……!」
 それはある意味正論だった。
 世界を滅ぼした。人を裏切った。全て見捨てた。弱さを、置いて来ていた。
 でも、それでも今の時間だけは、そうじゃないと言い切れる。
 デュエル・アカデミアにいる間の二年間は、俺は、その為じゃない。その時だけは、せめて。

 何も知らない無垢な道化のままでいたい。
 全てを知り、悲劇迄知ってしまったあの頃の俺じゃなくて。 「違う! 俺はそんな事の為に戦ってない!」
「どれだけ否定してもムダ。アンタは、デュエルは楽しいものだって口では言っている……でも、本当はアンタはそんな事を信じちゃいない。
 そんなの嘘だって心底思ってる……大した演技力だわ。そうやって人を騙して迄……全てを裏切ろうと、悪魔になろうと……救いたいものがあるのね。
 大した奴ね。人間にするのが惜しいぐらい」
 カミューラは言葉を続ける。ぺろりと舌をなめる。
 だが、その瞳は否定しない。俺の真意を、全てを見透かすような瞳。 「でも、アンタには無理」
 言葉を紡ぐ。残酷で、つややかな言葉を。

「アンタには大切なものは守れない。アンタが昔持っていた大切なものを、弱さと思い込んで置いて来てしまったアンタには。
 アタシ如きに本当の心を見抜かれて図星を突かれてるようじゃ、アンタは大切なものを守れない。
 アンタが言う力は、本当の力じゃない。ただの妄想に過ぎないわ」
「ふざけんなッ!」
 俺は叫ぶ。本当の事を言われている、いや、そうじゃないと否定しろ。否定しなきゃいけない。
 そうで無ければ、俺は俺じゃなくなるから。
 だが彼女は笑う。
「本当に、哀れな子だわ。アンタ程、妄想に取り付かれ、道を見失い、ただの道化に成り下がろうとしている」
 カミューラは笑う。俺の姿を、俺の未来を、俺の過去を。
 全てを見透かすかのように。あの時は、そんな事は無かったというのに。今はまるで、化け物のように見える。
 いや、彼女はあの時から化け物だったのだろうか。
「でも一つだけ言えるわ……アンタは大切なものを守れない。そしてその為に得て来た全ての代償を、きっと払う。でもね、安心するといいわ。
 アンタの大切なものは、どうやらちょっとやそっとじゃ折れないぐらい強いみたいだから」
 カミューラの言葉。
 俺だけに告げられた、破滅の予言。それが真相か嘘なのか。確かめる術は無い。
 俺が一年生の時。
 一つ前の俺は、デュエル一つに背負う覚悟なんて知らなかったから。例え同じ事を言われたとしても解らなかったかも知れない。
 だが、今なら理解出来る。理解出来てしまう。

 それほどまでに、俺は壊れて来てたのか。
 それとも、今被っている仮面など。簡単に剥がれるものだと、思っていたのだろうか。

 それは、誰にも解らない。

 そしてその日、俺は夢を見た。

 どこまでも長く、終わらない悲劇が続く、悪夢を。




全ての物語には始まりがある

この神竜の物語にも始まりがある

闇も無く光も無き朽ち果てた世界にあるのは葬られた物語

願うのが誰なのか

願いをかなえる者も誰なのか解らぬまま



【SHADOW OF INFINITY-葬られた物語-】



《第1話:十字架を置けなかったヒーロー》


 長い夢を見ていた。
 世界が暗闇へと堕ちていく夢、親友も、仲間も、恩師も…守りたいと思った人でさえも。
 闇の中へと、閉ざされて、もう戻らない。

 俺が、至らなかったせいで。

「!?」
 慌てて跳ね起きると、そこはいつもの部屋。
「また……夢、か」
 そう呟いて、現実はまだ、自分が十四歳である事を思い出す。
 けど。
 あの夢の中の出来事も、本当にあった事だという事を知っている。

 俺が世界を滅ぼした、そのこの手で。今ある世界は、二週目の世界なのだ。






 子供の頃、俺はカードの精霊が見えるというちょっと変わった少年だった。
 カードの精霊達は時に俺を励まし、時に俺をからかったりして、その頃の俺を楽しませていた。
 もっとも、メリットばかりではない。ある精霊なんかは俺を好きになるがあまり対戦相手を酷い目に遭わせたりもしていた。
 そのせいで俺は一巡目の世界に於いて酷い事になったが…それは置いておこう。
 さて、そんな奴だった俺は一巡目の世界で直面した現実がある。

 気がつけば、俺の回りには誰もいなかった。
 デュエルはしたい。でも、相手がいない。
 大会に出て、勝ち抜く事は出来る。でも、それだけ。日常的に戦える、相手がいない。
 そしてそんな時、俺の家にある悲劇が襲った。

 元々、身体が弱いと思っていた妹の三四。
 けれども、それでも俺にとっては妹であり、精霊が見える俺と同じように、精霊が見えていて、それで仲良く付き合い続けていた……はずだった。
 精霊が見える事が、妹の体力を削っていたという事実に。

 三四は入退院を繰り返した。でも、それでも…俺と同じように。デュエルの事を諦めなかった。俺を真似て初めたデュエルを、やめようとしない。
 だからこそ。
 カードの精霊との架け橋でありながらカードの精霊によって身を削られる三四の為に、俺が守ってやらなければならないのだ。兄として。
 だって、そんな事が出来るのは俺しかいないのだから。
 両親もまたそんな俺に協力してくれた。
 俺の友人や対戦相手を苦しめたカードを宇宙へ打ち上げた一件で海馬コーポレーションとのつながりを持ち、俺や妹の為に様々な研究を始めさせた。
 そして、デュエル・アカデミアに入学するように取り計らい、デュエルモンスターズというものそのものへと近づいた。
 世界も、仲間も、得る事が出来た。そして力も……それだけあれば、守れる。そう信じていた。信じていたのに。

 俺は守る事が出来なかった。
 その時は否定した。
 そして今は気付いたのだ。俺には力が足りなかったのだと。

 だから、俺は力を追い求めた。飽きない程に。運命すらもかえる程の力を。



 二週目の世界が始まったとはいえ、それでも子供時代からのスタートである。細部は昔と色々違ったが、それでも大体の事は一緒だったので特に困る事は無かった。
 しかし、今後の備えとして、今からでも力が欲しい俺は一巡目の世界の最後で、ある奴と出会った事を思い出した。

 吹雪冬夜。
 デュエリスト組織デュアル・ポイズンの総帥を名乗る少年である。
 三四を救えなかった俺に世界を滅ぼす事を提案し、そして三四を救う為の力を付けさせると約束してきた。藁にもすがる思いで、二週目の世界の奴を探した。

 デュアル・ポイズン。
 二重の毒という意味を持つその組織の実体…デュエリストが集う理由は様々だ。
 他のメンバーと話す事はあまり無いが、俺のように力を追い求める者が集っている事に変わりは無いだろう。足りなかった、力を求めて。
 そして、デュエルモンスターズという存在を通じて、何かを探求しているようでもある。

 十五歳の今、俺はデュアル・ポイズン所属のデュエリストとしている。

 ただ、デュエリスト統括という面倒な役柄に認定されてしまったのが痛いというか…。
 一巡目の記憶がある分、デュエル戦略がずば抜けているのは確かに否定しない。だがしかし一般生活しながらも所属デュエリストの支援や問題調停などをやっているのは疲れる。
 面倒くさい話だ。こっちはまだ学生だってのに。
 あまりやりたくないのに幹部クラスである。





 そしてその日。本部へと顔を出した俺を総帥が出迎えた。

「やぁ、十代。待ってたよ」
「……お前が来るとろくな話を持ってこない。今日は何の話だ」
「まぁ座って座って」
 総帥・吹雪冬夜は普段とまったく変わらないミニマムな身長であるにも関わらず馬鹿みたいに深い椅子を勧めて腰掛け、俺に視線を向ける。
 初めて会った時から感じていた事だが、この男は本当に読めない。
 笑顔の裏にある冷たい何かが人を恐れさせるが引きつける。この男の部下になりたくてなった訳でもないが、この男には逆らえないと思う所があるのも事実だ。
 一巡目の世界だったら今の時期呑気にアカデミアの受験勉強してたんだけどな、畜生。
「十代。実は運命すらねじ曲げられるかも知れない強大な力が見つかったよ」
「……なに?」
 それはぜひとも聞くべきだ。俺が姿勢を正すと、吹雪冬夜はニヤニヤ笑う。
「おっと落ち着けよ。ちょっと意外な話かも知れないが、一巡目の世界が崩壊した後、最後にその世界に残っていたのは誰だい?」
「……俺だな」
 まぁ当然だ。ダークネスの影響で世界中の人間が消失していたのだ。
「そう、だけどもう一人いただろう? 君と最後にデュエルしていた相手さ。そう、ダークネスの事だよ」
 彼の言葉に、俺は最後の事を思い出す。
 あの時、全てが戻って来ると信じていたのに。かえってこなかった、帰ってこなかった三四を、それで吹雪冬夜が……。
「あのダークネスの力さ。あれだけの膨大な力があるんだ、あの時はダークネス自身が乱用していたとはいえ、あれだけの力がオレらの手に入れば、それだけでも充分な力になるだろう」
「それを使えば……三四は救えるのか」
「記憶そのものをねじ曲げるほどの力だ。運命も、いや、君が辿り着いたアカシックレコードですらも書き換えるだけの力はあってもおかしくない。そう、だから君の妹の事も、ね」
 あった事実を無かった事に出来る。その逆も然り。
 確かに、ダークネスの侵攻は脅威だったがあの力を逆利用出来れば。世界の運命も間違いなく変わる。
 かつて斎王琢磨は運命を見通すと言っていたが、見通すだけで何が出来るかというと何も出来る訳が無いのである。運命は、変える力が無ければただの事実でしかない。
「そのダークネスの力が手に入ると言ったな……どうするんだ? アカデミアに潜入して藤原の研究でも奪うのか?」
 記憶が正しければダークネスを召喚した藤原優介がその研究を続けているのは今頃の筈だ。もっとも、そしてどうするかが疑問だが。
「いいや。もっと手っ取り早い方法が最近発見された。ダークネスのあれだけのエネルギーが、そのまま消失するとでも思ったのかい?」
「………?」
「十代やオレが一巡目の世界の記憶を引き継いでるのと同じように、ダークネスもまた引き継がれたのさ。二週目の世界のダークネスとは別に、存在する」
 吹雪冬夜はここが重要と言わんばかりに指を立てる。
「そしてその所在が解ったのさ。だから伝えに来た」
「なるほど、それは助かる。……ところで吹雪冬夜。所属デュエリストの前にほとんど姿を現した事の無いお前について話を同世代から聞いたんだが」
「……どんな内容だ?」

「具体的に言うと
 『あまり言いたくは無いけどアロハシャツを着て恋にしか生きてない色ボケ』
 『こう言うのも何だけど安全な場所で高見の見物するけど誘導尋問に引っかかる小物』
 『若返る為に膨大なカードの力を求めてる歩く事も出来ないジジイ』
 …のうちどれが本当かという事で結構議論してるんだが…なんかどっかで聞いた事あるような噂だな」

「ねーよ。とにかく十代はオレと会ってるんだから今度から否定しておけよ」
「出来ればそうする。で、その所在ってのは?」
「せっかちな奴だな十代は……。天馬夜行を知っているか?」
 その名前は勿論知っている。インダストリアルイリュージョン社でペガサス会長の元で働く天馬兄弟の弟にして三邪神の使い手だ。
「その天馬夜行がどうかしたのか?」
「一巡目の世界では三邪神を生み出した……だけど、つい最近、もう一つの力をカードにしていた事が解ったんだ。ペガサスですら何故それをデザインしたのか解らないカードが、ね」
「それは……」
「ダークネスの魂の断片、と言っても過言ではない存在だよ。三神竜のカードはね。夜行はカードにしたはいいがやはりそれが不穏なものだと気付いたらしい。だから使わなかった」
「……現物が、手に入ったのか?」
「うん。ついこの前海馬コーポレーションに送った密偵が手に入れて来たよ。ただ、ちょっと問題が発生してね」
「どんな問題だ?」
 三四を救う手がかりになる、と思いかけた俺を宥めるかのように吹雪冬夜は言葉を続ける。
「……このカードはまだ眠っている状態だ。それでこのカードを目覚めさせなければならないんだ。その為には恐らくデュエルが必要だろう」
「なら、幾らでもやればいい。ここにはデュエリストなんて幾らでもいる」
「勘違いしちゃいけない。ここにいるデュエリストレベルなんて君を除けば実はあまり大したレベルじゃない事ぐらい、解っているだろう」
「嫌な事を言って来るな……」
 この男はどうしてここまで揚げ足を取るのが好きなのか。理解出来ない。
 まぁ、それはいいとしても。では、誰がデュエルをすればいいのか?
「つまり極端な話、高いレベルを持つデュエリスト相手にデュエルをしてくればいいだけの話だよ。十代。君がね」
「……俺が?」
 神竜を目覚めさせるのに質の高いデュエリストとデュエルしなければならない理由は解る。だが、何故そこで俺がかり出されるのか。
「確かに強力なカードだ。でも仮にも神だぜ? そんな重いカードを使いこなせるのは君ぐらいなものさ十代。一巡目の世界で太陽神を使ったんだろ? 難しい事じゃない筈だ」
 あれはコピーカードだった筈だが……、まぁ、今のデュアル・ポイズンに所属するデュエリストでもコピーカード使いは幾らでもいる。
 この前D-HEROを使っている奴がいた時は本当に驚いたものだが。
「まぁやってはみるが誰と戦えばいいんだ? そうそういないだろう」
「……戦う理由は既に出来ている」
 吹雪冬夜はニヤリと怪しく微笑んだ。
 さっき言われた言葉を、今思い出した。海馬コーポレーションに送った密偵が、カードを手に入れたと。
 天馬夜行が、使わなかった。使うのを躊躇った。
「まさか……」
「イエスだ。海馬コーポレーションとインダストリアルイリュージョン社が全面戦争を仕掛けて来るって事さ」
 吹雪冬夜は両手を上げて言葉を続ける。実に楽しそうに。実に楽しそうに言葉を続ける。
「派手にパーティを盛り上げてやろうじゃないか十代? 心配いらない、オレと十代がいるんだ」





 吹雪冬夜と話を終えて、俺は部屋を出る。
 海馬コーポレーションとインダストリアルイリュージョン社を相手にした全面戦争。
 確かに派手ではある。だがしかし、戦力的差を考えればこちらの敗北は明白である。神竜がいかに強力なカードであろうと、俺一人で勝てる筈が無い。
 吹雪冬夜は最初から負ける事を理解していた。だが、目的は神竜を目覚めさせる事であって所属デュエリストが痛い目に遭う事ぐらいは別に構わないようだ。
 ……俺も構わない。奴に毒されたせいかなりふり構っていないせいだろうか。

 そして俺はデュアル・ポイズンのデュエリスト統括という役職にある。
 所属デュエリストには海馬コーポレーションとインダストリアルイリュージョン社相手の全面戦争が避けられない事を告げなければいけない訳だ。

 所属デュエリスト全員に招集をかけてから一時間。
 全員、とまではいかないが五〇人余り、比率でいうとほぼ八割のデュエリストが俺の前に集まっていた。
「いない奴は誰だ?」
「加納がいません」「宮っちがいない」「JDがいない」「JDはアカデミアの学期中だろ」「ラッキーはこの前飛行機事故で死んだよ」
「水城は遅れるってさ」「オリバーは離脱したよ」「マタンゴがいないんだけど」「ゴリラゴは逮捕されたらしいぜ」
「もういい、解ったから静かにしろ」
 とりあえず全員を黙らせる。普段まるで統制が取れてないのでこういう時に統制をつけないといけないだろう。
「緊急発表だ。先日、俺たちがカードを入手した件についてだ」
「カードなんてパック買えば手に入るじゃん」
「坂崎、黙ってろ」
「そうだ。十代。後でデュエルしよー! あたし新デッキ組んだからさ」
「坂崎、俺の話聞いてたか?」
 坂崎加奈はデュアル・ポイズンの中で異色と言っていい。誰が相手だろうと敬語は使わないし他の連中よりもやたらと底抜けに明るい。
 他の誰かには影がある。彼女だけは無い。俺と同い年なせいか、やたらと絡む。
 ……別に絡まれる事は気にしてないが。
「で、だ。海馬コーポレーションとインダストリアルイリュージョン社が近いうちに俺たちへの粛正を実行するかも知れん。その点について警戒しとくように」 「統括。質問、いいですか」
「ん? ああ、高取か。なんだ?」
 手をあげた奴は高取晋佑。デュアル・ポイズンの中で俺と何度か渡り合っている実力者だ。歳は一つ下だが、所属デュエリストの中ではトップクラスと言っても過言ではない。
 あいつ以上のデュエリストなど帝デッキのマイスターぐらいなものだろう。
「俺は海馬社長とかに個人的に繋がりありです。事情が事情なら…」
「あー、その辺だがさっき総帥から直々に命令が来た。お前だけに話すべきだと思うが……別に秘密にすべき事でもないから今言う。
 お前は戦争に参加するな。何があっても、だ」
「……は?」
 高取晋佑の目が点になる。
「総帥命令だ。だからお前はしばらく息を潜めていろ」
「……わかった」
 高取晋佑は心底嫌そうに呟く。他のデュエリスト達もその決定に納得いかないといった顔をしていたが俺が視線を向けるとすぐに顔を切り替える。
 切り替えは早い連中である。
「それにしてもさー十代。何であたしら粛正されなきゃいけないの? 悪い事なんててんでしてないのに…」
 そして坂崎が再び口を開く。黙っているという概念は無いらしい。
 ちょっと待て、悪事もしてなくはないぞ。
「コピーカードにしたってそれ使って大会とかカードプロフェッサーみたいな賞金稼ぎとかしてる訳でもないし。レアなカードをほしがるのはデュエリストとして当然だろうし。
 コピーカードを公的なデュエルで使ってる訳でもないんだから別に文句言われる筋合い無いよー」
「俺らの存在そのものが公的なものじゃないんだがな坂崎。あと、カードを……言い方悪いが盗んでる事ぐらいしてんだぞ」
「あー……そりゃ返さないとダメじゃない十代」
「……つくづく思うがお前は何でここにいるんだがその理由を知りたいよ」
 俺の呆れた言葉に坂崎は「いーじゃんべつに」と口を尖らせる。
 らしいといえばらしいけれど。
「そういや新デッキを組んだと言ってたな。デュエルするか」
「おー! やろーやろー!」
 俺の言葉に坂崎は嬉しそうにデュエルディスクを装着し、準備を始める。
 時々彼女を見てると、一巡目の世界で、何も知らなかった頃の俺を思い出す。もっとも、今となっては何も知らなかった事が恥ずかしく思える。
 残酷すぎる、世界の真実を知っている今では。
「ねーねー十代、早く準備しなよ。デュエルぜー」
「……おい、高取。お前……そうだな。誰か適当な奴と組め。タッグデュエルをするぞ」
「へ? おーい、十代。タッグデュエルって……あたしは誰と組むの?」
「俺とだが?」
「はい!? なんであたしが組まなきゃなんないのさ!」
「デュエルするって言っただろ」
「………あたしのデッキを信頼してないのそれー」
 坂崎はブツブツ言いながらも俺の脇に立ち、高取晋佑は肩を竦めつつ一人のデュエリスト引っ張って来る。
 そのデュエリストのデッキは確かヴェノムモンスターを常用していた筈。思い出すだけで腹が立つプロフェッサー・コブラが使っていたカードだ。
 そのせいか俺はこのデュエリストの事もイマイチ気に入らない。
「準備はいいか?」
 俺の問いに、坂崎、高取、そしてデュエリストが頷く。
 準備万端。始めるとしよう。

「「「「デュエル!」」」」

 遊城十代:LP4000 坂崎加奈:LP4000  高取晋佑:LP4000 デュエリスト:LP4000

「先攻もーらいっと! ドロー!」

 最初のターンは坂崎、続いて晋佑、俺、デュエリストの順番で動く。タッグデュエルというのもまた面倒である。
「実はこの度、拙者、新たなカードを賜り、此度の決闘はお披露目も兼ねているのでござるよ」
「……ござるって何だよ」
 晋佑が呆れつつもさっさとターンを進めろ、と手を動かす。
「そのカードがこちらのシリーズ! 手札のヘルフレイムエンペラードラゴン LV4を攻撃表示で召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 突如、フィールドに紅い渦が駆け抜けた、かと思った。
 その渦はとぐろを巻いて燃え上がり、紅い焔の龍の姿をとる。
 焔。そう、それは焔だ。
 全てを焼き尽くす、地獄より呼ばれた焔。

「坂崎の新デッキは炎属性か。それにしても、凄いモンスターだな……どうやって手に入れたんだ?」
 俺の問いに、坂崎は笑いながら言葉を続ける。
「インダストリアルイリュージョン社に知り合いのおじさんが勤めててそのコネであたしの為だけにデザインしてくれたんだ!
 十代、欲しいって言ってもあげないからね」
「いらねーよ。で、お前に新カードをデザインした酔狂な奴は誰なんだ?」
「え? フラ」「もういい解った」
 誰かと思えば一巡目の世界で太陽神を盗んだ奴かよ。
 元々ペガサス会長から危険なカードをデザインしてる人とまで言われた奴がデザインしてると聞けば、少し気を引き締める。
 どんな極悪効果が飛び出して来るか解らないからだ。
「先攻1ターン目なので攻撃出来ないから……カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「俺のターン。ドロー」

「V-タイガー・ジェットを守備表示で召喚」

 V-タイガー・ジェット 光属性/星4/機械族/攻撃力1600/守備力1800

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」
「俺のターンだな。ドロー!」
 手札を眺める。
 一巡目の世界と少しだけ変わった、俺のデッキ。だがそれでも。

 力を求める、新たなデッキ。

「手札のE・HERO フェザーマンと、E・HERO バーストレディを融合! 行くぜ、俺のラッシュはここからだ! E・HERO フレイム・ウィングマンを召喚!」

 融合 魔法カード
 融合モンスターカードによって決められたモンスターを融合する。

 E・HERO フェザーマン 風属性/星3/戦士族/攻撃力1000/守備力1000

 E・HERO バーストレディ 炎属性/星3/戦士族/攻撃力1200/守備力800

 E・HERO フレイム・ウィングマン 風属性/星6/戦士族/攻撃力2100/守備力1200/融合モンスター
 「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地に送った時、破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 フィールドに舞い降りたのは、長い間、相棒として俺の側にいたフレイム・ウィングマン。
 こいつを先頭に切り込んでいくのが今のスタイル。素早く展開し、盛大に殴ってバーンでダメージを与える。3段階での攻めが重要だ。
「リバース罠、発動! 融合失敗!」

 融合失敗 通常罠
 融合モンスターが特殊召喚された時に発動可能。
 フィールド上に存在する全ての融合モンスターを融合デッキに戻す。

 フレイム・ウィングマンが爆発音とともにかき消され、融合デッキへと戻って行く。
 強制帰還、とは嫌な点を突かれた。事実、融合召喚に頼り切りな俺のデッキはこういうカードを使われると痛い。
 高取晋佑、なかなかやる。
「チッ、仕方ない……手札からN・ブラック・レイヴンを守備表示で召喚!」

 N・ブラック・レイヴン 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力600/守備力900
 このカードはフィールド上に存在する限り、相手はスタンバイフェイズにデッキの一番上のカードを墓地に送らなければならない。

 フィールドに、全身真っ黒のカラスが舞い降りる。
 二週目の世界へと至った時、二週目の世界でもネオスのカードを宇宙に打ち上げた事はあった。だが、一巡目で使っていたネオスも手元に残っていたのだ。
 タイムパラドックス、ともいうべきカードだがネオス関連のカードが他にも俺の手元にあった事に気付いた。闇に落ちた、漆黒の宇宙の使者。
 今の俺にある意味ふさわしいカード。
「ターンエンドだ」
「僕のターン。しかし統括、相も変わらず黒が好きですね」
「趣味なんだよ」
 デュエリストはニヤリと笑うと、カードをドローする。
「フィールド魔法、ヴェノム・スワンプを発動」

 ヴェノム・スワンプ フィールド魔法
 お互いのターンのエンドフェイズにフィールド上で表側表示で存在する「ヴェノム」と名のつくモンスター以外の全てのモンスターにヴェノムカウンターを1つ置く。
 ヴェノムカウンター1つにつき、攻撃力は500ポイントダウンする。
 攻撃力が0になったモンスターは破壊される。

 フィールドが通常から毒の沼地へと変わり、ブラック・レイヴンとタイガージェット、ヘルフレイムエンペラードラゴンが毒蛇に囲まれる。
 しかし問題ない。
「さて、今日こそは毒の沼へと沈んでもらいましょう……」
「おおっと、その前にブラック・レイヴンの効果発動だ。デッキの一番上のカードを墓地に送ってもらおう」
「………チッ」
 デュエリストがデッキの一番上のカードを墓地に送る。
 黒いカラスの能力は、デッキ破壊。微弱とはいえ、ちまちまと壊して行く。
「ヴェノム・スネークを攻撃表示で召喚!」

 ヴェノム・スネーク 地属性/星3/爬虫類族/攻撃力1200/守備力600
 1ターンに一度、相手モンスター1体にヴェノムカウンターを1つ置く事が出来る。
 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言出来ない。

「さて、このカードの効果は使いません。攻撃力で上回れるからですかね。そのカラスを破壊させてもらいましょうか、ククク…さぁ、ヴェノム・スネークでブラック・レイヴンに攻撃!」
 蛇の一撃がレイヴンの喉を噛み千切り、引き裂いた。
 流石は蛇といった所か。だが仕方あるまい。
「ヒャハハハハハ! ターンエンドです……そしてエンドフェイズ。タイガージェットとヘルフレイムエンペラードラゴンは毒に犯される」

 V-タイガー・ジェット 攻撃力1600→1100
 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→1300

「あたしのターン……ヴェノム・スワンプの効果で毎回攻撃力が落ちるって嫌だよねー。ねぇ十代。どうすればいいと思う?」
「除去して殴れ」
「ぴんぽーん…って十代なんでいつもそんなに素っ気ないのさ。もっと楽しんでいこうよー?」
「やかまし。それよりお前のターン」
「はいはい……LV4の効果発動。スタンバイフェイズにこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキからLV6を特殊召喚出来る……デッキから召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/星6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8」を特殊召喚する。

 炎の竜が一瞬だけ姿を消すが即座に再び燃え上がり、先ほどよりも巨大な姿になる。
 レベルアップモンスターの利点は1ターンごとに上位種を手早く召喚出来る事だろう。

「しっかーし! まだまだ終わっていないのが世の常、人の常でありましょう。魔法カード、レベルアップ!を発動!」

 レベルアップ! 通常魔法
 フィールド上に表側表示で存在する「LV」と名のつくモンスター1体を墓地に送り発動する。
 そのカードに記されているモンスターを手札またはデッキから召喚条件を無視して特殊召喚する。

 そしてレベルアップの効果で、LV6が墓地に送られ、LV8が姿を現す。
 地獄の、炎の竜はその炎を燃え上がらせながら。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8 炎属性/星8/炎族/攻撃力3000/守備力2000
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 ライフポイントを1000支払う事で相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で、
 手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV10」を特殊召喚する。

「我がニュー・エース! LV8特殊召喚! いや〜この召喚の為に生きてますなぁ」
「どんな人生送ってんだよ!?」
「言葉の綾だよ、晋佑」
「そして……まずはその厄介な毒の沼地を除去しないといけないよねー。フィールド魔法、死皇帝の陵墓を発動」

 死皇帝の陵墓 フィールド魔法
 お互いのプレイヤーは生け贄召喚に必要なモンスターの数×1000ライフポイントを支払う事で、生け贄モンスターなしでそのモンスターを通常召喚することが出来る。

「ヴェノムスワンプがぁぁぁぁっ!」
「俺のモンスターにもカウンター乗るんだからむしろ消えた方が助かる」
 デュエリストは悲鳴をあげたがそれは黙殺。
「そして、LV8の効果発動! 1000ライフポイントを支払う事で、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊出来る!
 …と、いう事で毒蛇一号君、さようならー!」

 坂崎加奈:LP4000→3000

 炎の竜が地獄の炎をフィールドに叩き付け、ヴェノム・スネークは哀れ消し炭になった。
「き、キィィィ……」
「そしてバトルフェーイズ! LV8で、プレイヤーにダイレクトアタック! イグニッション・カラミティ・バースト!」

 デュエリスト:LP4000→1000

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「俺のターンだ。……攻撃力3000か」
 晋佑は手札とフィールドを見比べたが、やはり攻撃力3000の壁は越えられない。予定だった。
「死皇帝の陵墓の効果を使う。2000ライフポイントを支払い、リボルバー・ドラゴンを召喚する!」

 死皇帝の陵墓 フィールド魔法
 お互いのプレイヤーは生け贄召喚に必要なモンスターの数×1000ライフポイントを支払う事で、生け贄モンスターなしでそのモンスターを通常召喚することが出来る。

 高取晋佑:LP4000→2000

 リボルバー・ドラゴン 闇属性/星7/機械族/攻撃力2600/守備力2200
 相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 コイントスを三回行い、その内二回以上が表だった場合、そのカードを破壊する。
 この効果は1ターンに一度しか使用出来ない。

「リボルバー・ドラゴンの効果発動。1ターンに一度、相手モンスター1体を選択し、コイントスを行って二回表が出ればモンスターを破壊!
 選択するのは勿論、そのヘルフレイムエンペラードラゴンだ!」

 リボルバー・ドラゴンの照準が向けられ、晋佑はコインを取り出す。
「コイントス1回目……あれ、裏だ。まだまだ。もういっちょ!」
 コインを放り投げ、自分でコイントスをやっているが二回目を見たときも凍っていた。どうやら裏だったらしい。
「………まぁいいや。リボルバー・ドラゴンで、十代にダイレクトアタック! ガン・キャノン・ショット!」
 ソリッドビジョンとはいえ、銃弾が目の前に迫ってくるのはあまり気持ちのいいものじゃない。
 そしてモンスターもいないので俺のライフは削られる。

 遊城十代:LP4000→1400

「ターンエンド」
「なかなかやるな」
 俺の呟きに、三人の視線が俺に停まる。
「坂崎もなかなかいいカードを手に入れたな……ちょっと驚いたぜ。けど……俺にはまだまだ及ばないぜ! 行くぜ、俺のターン! ドロー!」
 次にドローして出て来るカード……よし、来た!
「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! 墓地のフェザーマンとバーストレディを融合し、もう一度フレイム・ウィングマンを召喚するぜ!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターを除外し、
 「E・HERO」と名のつく融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この召喚は融合召喚扱いとする)

 墓地に眠る二体のHEROが融合し、新たな力へと変わる。
 俺のエース、切り込み隊長に。

 E・HERO フェザーマン 風属性/星3/戦士族/攻撃力1000/守備力1000

 E・HERO バーストレディ 炎属性/星3/戦士族/攻撃力1200/守備力800

 E・HERO フレイム・ウィングマン 風属性/星6/戦士族/攻撃力2100/守備力1200/融合モンスター
 「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地に送った時、破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「そして、更にフレイム・ウィングマンの真の力を見せてやるぜ! リバース罠、コード・アサルトを発動!」

 コード・アサルト 通常罠
 自分フィールド上に存在する融合モンスター1体を墓地に送り発動する。
 墓地に送った融合モンスターのカード名が含まれる「:アサルト」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

「この効果で俺はフレイム・ウィングマンを墓地に送り……デッキからE・HERO フレイム・ウィングマン:アサルトを攻撃表示で召喚!」

 E・HERO フレイム・ウィングマン:アサルト 風属性/星8/戦士族/攻撃力2600/守備力1700
 このカードは通常召喚できない。「コード・アサルト」の効果でのみ特殊召喚出来る。
 このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時、相手モンスターの攻撃力か守備力高い方の分ダメージを与える。
 このカードが戦闘を行う時、ライフポイントを800支払う事で相手モンスターの攻撃力を半分に出来る。
 また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、自分の墓地に存在する「E・HERO フレイム・ウィングマン」を召喚条件を無視して特殊召喚出来る。

 フレイム・ウィングマンは攻撃の力を得て進化する。
 作戦名、突撃。まさに凶悪にして最狂。暴虐なる力を得たHEROは全てを蹴散らす。
「バトルだ! フレイム・ウィングマン:アサルトで、プレイヤーにダイレクトアタック! ブレイジング・シュート!」
 新たな翼を得たフレイムウィングマンの体当たりが哀れなデュエリストに直撃する。
 ただでさえ1000しかないライフが削り取られる。

「………!!! あ、悪魔だ…」

 デュエリスト:LP1000→0

「このターン。俺は通常召喚を行ってない。手札のN・ノワール・セルパンを攻撃表示で召喚」

 N・ノワール・セルバン 闇属性/星3/爬虫類族/攻撃力700/守備力800
 このカードと戦闘したモンスターはそのターンのエンドフェイズ時、ゲームから除外される。
 また、このカードが戦闘で破壊された時、ライフポイントを600支払う事でそのターンのエンドフェイズ、墓地からこのカードを特殊召喚出来る。

 フィールドに漆黒の蛇が降り立ち、周囲にぎょろりとにらみを利かせる。
 かつてのN達はグラン・モールが猛威を奮ったが今ではこいつも危険だろう。
 ただ、こっちは戦闘ダメージを受けてしまうが……。

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターン………」
 片割れが離脱し、一人残った晋佑だが逆転の手だてがあるかどうかは怪しい。
 リボルバー・ドラゴンがいるとはいえ、攻撃力3000のヘルフレイムエンペラードラゴンとリボルバー・ドラゴンと同じ攻撃力のフレイムウィングマン:アサルト。
 ノワール・セルパンを倒せば俺は倒せるだろうがリボルバー・ドラゴンが除去されてエンドだろう。
「ドロー………速攻魔法、リミッター解除発動!」

 リミッター解除 速攻魔法
 このカード発動時に、自分フィールド上に存在する全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

「リボルバー・ドラゴンのリミッターを解除し、フレイムウィングマンには消えてもらうぜ! 行っけぇ、リボルバー・ドラゴン!
 チャージ・ガン・キャノン・ショット!」
「フレイム・ウィングマン:アサルトの効果発動! ライフを800支払い、相手モンスターの攻撃力を半分にする!」

 攻撃力2倍で5200のリボルバー・ドラゴンだが、そこでまた半分。つまり、2600に戻る。

 リボルバー・ドラゴン 攻撃力2600→5200→2600
 遊城十代:LP1400→600

「ついてない奴だ」
 リボルバー・ドラゴンの攻撃とフレイム・ウィングマン:アサルトがぶつかる。
 両者ともに爆散、要は相打ち。
「そして、フレイム・ウィングマン:アサルトの効果発動。例え相打ちであろうと戦闘で破壊した……その分のダメージは受けてもらうぜ!
 バーニング・ヘルフレア!」
「しまっ……!」
 フレイムウィングマンは破壊して墓地に送った時にダメージを与えるがパワーアップしたこっちは戦闘で破壊した時にダメージを与える。
 相打ちだろうと戦闘で破壊した事に変わりは無い。

 晋佑のライフは削り取られる。2600ものダメージを受けて。

 高取晋佑:LP2000→0

「まだまだだな」
「いぇーい、ぶいっ! てっね」
「お前あんま活躍してないだろ」
「十代が活躍の場をとったんだもーん」
 俺の言葉に坂崎は口を尖らせ、そっぽを向いた。
「あんたはつくづく乙女心が解ってない」
 デッキを片付けた高取晋佑がため息をつきつつそう口を開き、坂崎は「まーそーだよね」と相づちを返す。
 今のは俺が悪いのか?
「ところで坂崎。フィールド魔法なんだが、なんで死皇帝の陵墓なんだ? バーニングブラッドを使えばもっと攻撃力高くなるだろ」
「……持ってないんだもん」
「しょうがねぇなぁ……ちょっと待ってろ」
 ポケットを探り、カードケースを探す。デッキ以外のカードを持ち歩くのもまたいつなんどきデッキ調整する必要が出て来るかもしれないから、という理由だ。
 一巡目の世界ではあまりデッキ調整をしていなかった。せいぜい試験の時ぐらいだ。クロノス先生の試験は厳しかったし。
 …同じ先生で佐藤先生を思い出してしまった。あいつのせいで色々酷い目にあった事もあった。
「ほら、出て来たぞ坂崎」
「ありがとー……って、十代これバーニングブラッドじゃない! 灼熱の大地ムスペルへイムじゃん!」
「へ?」
 俺があわててカードを確認するとそれは確かにバーニングブラッドではなくて灼熱の大地ムスペルヘイムだった。

 灼熱の大地ムスペルヘイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 こっちの方がバーニングブラッドより数倍レアカードである。しまった、絵柄が似ているから間違えたか。
「でもこっちの方が効果としては強いぞ」
 晋佑が横から口を挟む。
「それもそうか。じゃあありがとね十代ー」
「待て、今バーニングブラッド出すから。確かあった筈なんだ……まて坂崎! 即座にデッキ投入すなっ! それは俺のだ返せ!」
「十代がくれたんだもーん。もう返さないよー♪」
「ちょっと待てこの女あぁぁぁっっ!」
 俺が止めるより先に坂崎は既にデッキ投入して鼻歌を歌いながらシャッフルを始めていた。
 どうやらあのカードが帰ってくる事は無いだろう。まぁいい。
 俺のデッキに炎属性はシナジーが薄いからいいさ。

 ため息をついて、坂崎に視線を送る。
 呑気そうな顔をしている。だが、それでも。

 こいつは、本当にデュエルが好きなんだと思う。俺はどうなんだろう。
 二週目の世界が始まった時から、いや。ユベルと融合した時からか解らない。

 俺は今、デュエルをどういう目で見ているのだろう。力を追い求める過程か。それとも…。




《第2話:分かれ道を間違えたヒーロー》

 神竜のカード。
 一巡目の世界のダークネスの断片を宿した、一巡目の世界には無かったというそのカードを手にしたとき、俺は妙な既視感を覚えた。
 最後の最後でダークネスとともにいたからだろうか、と勝手に思う。

 吹雪冬夜は目覚めさせる為に必要、と言って俺のデッキに三枚とも投入させた。
 が、正直な話このカードは重すぎて俺に使えるかどうか不安だ。

 そして何より、これを使った所で海馬コーポレーションのデュエリスト相手に勝てる筈が無い。それぐらいは子供でも解る事だ。
 デュエルの中で必要なもの、それは強いカードでもなんでもなく高度な戦略とデッキ構築術だと海馬社長は言っている。
 だがしかし、神竜の目覚めなくしてはダークネスの力が手に入る布石も始まらない。そして手に入らなければ……三四は、妹は救えない。
 その為に、何が犠牲になろうとでも、だ。
 世界を一つ破壊したのだ、今更恐れる事も無い。
 きっと……。


 家へと戻ると、部屋の灯りがついていた。
 そう言えば今日病院から戻ると言っていた……久しぶりにデュエルをするのもありかも知れない。
「ただいま」
「おかえりなさい、兄さん」
 扉を開けると、すぐに三四が顔を出した。
 体調が良いのか、珍しくバイザーを付けていなかった。本当に珍しい事だ。
「おかえり、三四。何か変わった事とか、無かったか?」
「ええ。無いわ」
 三四はそう言って微笑むと、急に視線を十代に向けたまま固まった。
「………兄さん。それ……」
「ん? どうした?」
 何故三四が視線を向けたまま離さないのか、と思ったが十代は即座にその理由を思い立った。
「三四、バイザー付けてこい。今すぐ」
「……その、気持ち悪いの……なに……」
「いいから早く付けてこい!」
 三四は恐らく神竜の事に気付いたのだろう。バイザー無しでは精霊が見える三四だが、その精霊を見る行為そのものが彼女の体力を奪うのだ。
 そして神竜は単なるカードではない。どんな影響を与えるのか、不安すぎる。
 三四が自分の部屋へと戻って行くのを見送りつつ、俺はデッキの中にあるカードを取り出した。
「……何が入ってるか、謎すぎるぜ」



 バイザーを付けて、ついでなのかカードケースを手にした三四が部屋から戻って来る。
 前には無かったバイザーも、今では当たり前の光景になってしまった。
「悪かったな、兄ちゃん、今稀少なカードを預かってるんだ」
「そうなの?」
 三四が首を傾げ、俺は小さく頷く。
「ああ。大事なカードなんだけど……ちょっと危ないカードだからな」
 本当の所は危ないどころか畏怖すら感じるであろうカードだ。
 仮にも神の名を宿しているカードなのだから。
「…………でも兄さん。何でそんなカードを預かってるの?」
「ん? ああ。ちょっとしたアルバイトだよ。三四が気にするような事じゃないから安心しな」
「そう」
 少なくとも、三四は知らないだろう。
 海馬コーポレーションに兄妹揃ってお世話になっている癖に兄は実は海馬コーポレーションから盗んだカードを持っていますだなんて。
 知らない方がいい。知らなくていい。
「さて、三四が久々に帰って来てるしな……どうする?」
 俺が三四にそう問いかけると三四は思い出したように手を叩いた。
「新しいコンボを思いついたんだけど……ちょっと見てくれる?」
 三四は手にしていたカードケースからデッキを取り出し、カードを探し出す。
 カードはすぐに見つかった。
「E・HERO テンペスターの効果はフィールドのカード一枚を墓地に送って自分のモンスター1体に破壊耐性をつける事」

 E・HERO テンペスター 風属性/星8/戦士族/攻撃力2800/守備力2800/融合モンスター
 「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO スパークマン」+「E・HERO バブルマン」
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカード以外の自分フィールド上のカード1枚を墓地に送り、自分フィールド上のモンスター1体を選択する。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、選択したモンスターは戦闘で破壊されない。(ダメージ計算は適用する)

「つまり、ここで自分フィールド上の攻撃力の低いモンスター1体を指定して破壊耐性をつけておくでしょう? ここで強制転移を使うの」

 強制転移 通常魔法
 お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を指定し、そのモンスターのコントロールを入れ替える。
 そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。

「強制転移でその破壊耐性をつけたモンスターを相手に送ればサンドバッグに出来る。守備表示だったとしてもH―ヒートハートを使えばダメージはもぎ取れるし、アサルト・アーマーを使えば二回攻撃で大ダメージも狙えるわ」

 H―ヒートハート 通常魔法
 自分フィールド上に存在するモンスター1体を指定して発動する。
 選択したモンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。
 そのカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その攻撃力が守備力を超えていれば相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 この効果は発動ターンのエンドフェイズまで続く。

 アサルト・アーマー 装備魔法
 自分フィールド上に存在するモンスターが戦士族1体の時、そのモンスターに装備する事が出来る。
 このカードを装備したモンスターは攻撃力が300ポイントアップする。
 装備されているこのカードを墓地に送る事でこのターン装備モンスターはバトルフェイズ中に二回攻撃が出来る。

「……結構いいコンボだとは思うけど」
 確かに、かなり良い点を突いている。
 ただ、アサルト・アーマーを使うにはそのサンドバッグにするモンスターを事前に送りつけた後、更にコントロールを奪った相手のモンスターをどうにかして処分しないといけない。
 ヒートハート云々にしても、ワイルドジャギーマンを召喚してヒートハートを装備させた方がダメージとしては大きい気がするし、手札や墓地のロスも少ない。
「いい点を突いてる。けど、三四。まだまだ甘いな」
 俺の言葉に三四は残念そうに肩を落とす。
「テンペスターは三体融合だ。ダメージソースだけを見るならワイルドジャギーマンにヒートハートを使った方が効率がいい。
 それに、アサルト・アーマーを使うには強制転移でこっちに来た相手のモンスターもどうにかしないといけないぞ?」
「あ………うぅ……」
「それに、テンペスターは三体融合だからな。墓地や手札から融合するとちょっと重すぎるぞ。それでヒートハートや強制転移を使ったら手札をほぼ使い切っちまうな」
 手札は大事である。デュエリストの基本だ。
「でも、三体融合だからな。未来融合を使えば手札や墓地のロスも少ないし、デッキ圧縮にもなるな」
 それに、テンペスタ―の攻撃力だけを見るならワイルドジャギーマンよりも高いし、ヒートハートを使えば更に増大する。
「いいセンスではあるな」 「もう少し突き詰めればいいコンボが出来るんじゃないか? 俺を超えるにはまだまだだぜ、三四」
「うぅ……いつか絶対勝つんだから」
 三四が悔しそうに呟くのを背中を軽く叩く。
「ハハハ、それじゃその時を楽しみにしてるぜ」
 とは言っても、俺のHEROを超えるHEROデッキなんてそうそうないだろうけど。
「じゃ、じゃあ練習しよう。今度ね、中学校内の大会に出る事になって……兄さんも確か、出るでしょ?」
 中学校内の大会、と言われて俺は思い出す。
 そうだ、そういえば校内で大会があるんだった。クラス対抗なので三四のクラスとも当たる可能性はある。もっとも、三四は登校日数が多く無いのでよく選手に選ばれたと思う。
 ちなみに優勝候補は勿論、俺がいるクラスだ。デュエル・アカデミア進学確実と言われる俺がいる。実際、進学するつもりでいるけど。
 三四と戦う事になるかも知れない……まぁ、負けるつもりは無い。
 そして、俺にとっては久しぶりに戦うデュエルが出来そうだ。
「ようし、じゃあ特訓する為にデュエルと行くか!」  俺はデッキを手に取り、手札をドローした。







「やれやれ……三四も結構強くなってきたなぁ……」  一巡目の世界ではお世辞にも強く無く、オシリス・レッド生はおろかそこら辺の中学生にも負けそうなレベルだったけどこっちはそうじゃない。
 俺ほど、とは行かないだろうがアカデミアのオベリスク・ブルー…いや、万丈目やジムぐらいとは互角に渡り合えるぐらいのレベルかも知れない。
 年と経験の割に、高すぎるぐらいのレベルを持っているだろう。
「……………」
 問題があるとすれば、これからか。
 カードケースから、神竜のカードを取り出す。

 この三枚が、一巡目の最後に迫ったダークネスの断片を宿している。

 誰も帰ってこなかったという事を思い出し、つい引き裂いてしまいそうになる。けど、そんな事は出来ない。このカードこそ。
 三四を救う為の、手段の一つなのだから。
 吹雪冬夜は強いデュエリストと戦えばこのカードは目覚めると言った。ならば、そんじょそこらのデュエリストならどうなのだろうか?
 例え弱いデュエリストでも積み重なれば十分強い事ぐらい、俺も知っている。
「……今は、もう夜の十一時か」
 神竜をデッキに入れても回るかどうかはまだ試していない。試してみるのもありかも知れない。
 俺は部屋の窓を開け、デュエルディスクを付ける。
 こんな時間帯にデュエリストがいるかどうかは解らないが、やってみる価値はある。
 夜の、街へと飛び出す。



 最近のデュエル人気にあやかったせいか、最近は新たな問題が生まれていた。
 デュエルギャングである。
 デュエルディスクの普及、というより最初の決闘王が誕生したバトル・シティ大会の影響からストリートデュエルは当たり前の光景になってきた。
 すると腕っ節の強さだけでなくデュエルでレアカードや金品を巻き上げるという不届きな輩も出てくる。これがデュエルギャングである。
 デュエるストリートギャングと考えてくれれば早い。

 そしてその夜。
「あ? 何だテメェは?」
 デュエルギャング「ワイルドグリーンズ」のリーダー、緑川ヒロトはそろそろ家に帰ろうとした午前一時半、路上でそのデュエリストに出会った。
「デュエルディスク……」
 ヒロトよりやや年下の少年。紅いジャケットの茶髪。
 そう、遊城十代はヒロトがデュエルディスクを付けているのを確認すると、デュエルディスクを起動した。
「なんだよ、オレになんか用か?」
「おい。デュエルしろよ」
 有無を言わさない一方的な言葉。それがヒロトの癪に触った。
「ああん? ワイルドグリーンズの緑川ヒロトさんにデュエルを挑むだってぇ? ケッ、命知らずなガキだな。いいだろう、オレが勝ったら有り金とデッキを渡してもらおう」
「……いいからさっさとしろ。お前には勝てない」
「ハッ! やってみなきゃわかんねぇよ! 行くぜ!」
 緑川ヒロトは見くびっていた。
 この時の彼に不適な笑みが浮かんでいた事について。

「「デュエル!」」




 緑川ヒロトは信じられなかった。
 年下の少年は、めちゃくちゃ強く自分が最強のデッキの切り札をいとも容易く次々と破壊していく。
 しかも相手のデッキは攻撃力が低い事で有名なE・HERO。それなのに、情け容赦なくなぎ倒されて行く。
 これは悪夢か、とヒロトは思う。
 だがしかし、悪夢はそれで終わりじゃなかった。
「………ん?」
 十代がその事に気付いたのはフィールドに三体のモンスターが並んでいる時だった。
 デッキの一番上の、カードが震える。
「これは……」
 デッキの中の神竜が、まるでデュエルに出せと言っているかのように。
 まさか、こんな弱すぎて話にもならない奴でも戦いたいというのか、この神は。
 だが、と十代は笑う。
「ウォーミングアップには十分か……俺のターン、ドロー!」
 相手フィールドにモンスターは無い。ダイレクトアタックが通れば勝てる。
「……フィールドのフレイム・ウィングマン、ワイルドマン、エッジマンを生け贄に捧げ、俺は神を召喚する!」
「なにっ!?」
「こいつが初お披露目だ。感謝するんだな、雑魚野郎。行くぞ、混沌の神竜、召喚!」

 大地が、揺れるかのような錯覚を覚えた。
 ソリッドビジョンの筈なのに、大地が、大気が、そして空すらも歪んでしまったかのように。
 凄まじい激震が走った。そう、恐ろしいぐらいに。
「こ、これが………神の……」
 そして文字通り、フィールドに存在する三体の生け贄を得て。

 神竜が、十代のフィールドに姿を現した。

 The God Dragon of Chaos−Ordelus LIGHT/Lv12/Dragon/ATK5000/DEF5000
 このカードは通常召喚する際、3体の生け贄を必要とする。このカードを対象とする魔法・罠カードの影響を受けない。
 このカードは闇属性としても扱う。自分フィールド上に存在するカードを1枚墓地に送る毎に、攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードが破壊される時、ライフポイントを半分支払う事でその破壊を無効に出来る。
 自分ターンのバトルフェイズ時、その時点でのライフポイント総てを攻撃力に加算する事が出来る。
 ただし、この効果を使用したターンのエンドフェイズ迄に勝利しなければ自分はデュエルに敗北する。
 召喚する際、墓地に存在する光属性または闇属性のモンスターを1体ずつ除外する事で、以下の効果を得る。
 ・相手フィールド上にモンスターが3体以上いる時、1体を除外する事が出来る。この効果は1ターンに1度しか使用出来ない。
 ・戦闘で相手モンスターを破壊し、相手に戦闘ダメージを与えた時、もう1度相手モンスターを攻撃出来る。
 フィールド上に「The God Dragon」と名のつくカードが存在する時、このカードは以下の効果を得る。
 ・バトルフェイズ時、相手モンスターの攻撃力が上昇した分だけ、このカードの攻撃力は上昇する。

 光と闇の竜に似た、白と黒を併せ持つ混沌の竜。
 堂々と、禍々しく、そして美しく。神の名にふさわしいそのモンスターはまるで伸びをするかのように咆哮をあげた。
「な、なんだこりゃ……!」
 緑川ヒロトが声をあげる。その声には、恐怖と恐れが混じっていた。
「だ、だが俺には切り札がある! リバース罠、破壊輪を発動!」

 破壊輪 通常罠
 フィールド上に存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。

「それは禁止カード」
「おいおい、デュエルギャングには制限も禁止もねぇんだよ! はははははは! これでお前のライフはゼロだ! 俺のもだけどな!
 テメェの召喚したその神も速攻でお終いだぜ!」
「残念だったな」
 ヒロトの言葉に十代は冷静に返す。
「へ?」
「神は罠カードの対象にはならない。破壊輪は無効だ」
「なっ……んだと……」
 後悔しても遅く、ヒロトのフィールドはカラになる。
 そして、十代のフィールドには攻撃力5000の神竜。
「くたばりやがれ、雑魚野郎! 混沌の神竜の効果発動! バトルフェイズ時、その時のライフポイントを全て支払うことでその分だけ攻撃力を加算できる!」

 The God Dragon of Chaos−Ordelus 攻撃力5000→9000

「覚悟は出来たか?」
 ただでさえ高い神竜の攻撃力が更に増大される。ヒロトのフィールドはカラ。止めようが無い。
「神竜の攻撃! カオス・スパイラル・バースト!」
「うぎゃああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 混沌の神竜の巨体がヒロトへと迫り、その真上で大きく口をあける。
 エネルギー弾を打ち込み、ライフポイントが0になったヒロトに抵抗手段は無い。
「ひ、た、助けて、助けて、助けぇぇぇぇ!」
 怯えるヒロトは逃げようとする、だが神竜は逃がさない。ソリッドビジョンであるはずのそれが、実体を伴うかのようにひとにらみする。
 獲物を捕らえた目で、睨む。
「ひ、ひぃっ……」
 神竜がヒロトへと襲いかかり、その巨大な一口で、文字通り飲み込んだ。
「ああああああああああああっ!!!!!」
 ヒロトの姿が神竜の口の中へと消えて行く。
 その口の中でバリボリバリ、という音が始まる。どうやら咀嚼されてるらしい。
「…………本当に神だな。人を食ってやがる。まぁいいか」
 グロテスクな光景だったが、特別思う事は無い。咀嚼し終えた神竜はこんなまずいもの食わせるなとばかりに不満げな表情を見せ、消えて行く。
 随分と恐ろしいカードである。デュエルで負かした相手を食べるだなんて前代未聞だ。
 本気でよくこんなのがカードになったか知りたい。

 暗闇の中で、ぱちぱちという拍手の音が響いた。

「!」
「十代、オレだよオレ」
 顔を出したのは、吹雪冬夜だった。ニヤニヤ笑っている。
「気に入ったようだな」
「……随分とグロテスクなものだな」 「神竜を盗んでから何日経つ?」
「三日だね」
「俺たちの行動に、海馬コーポレーションが気付いてるとは思えないな」
 この三日間、全くと言っていいほど海馬コーポレーションやインダストリアルイリュージョン社がデュアル・ポイズンに接触をかけてきたとは思えない。
 デュエリストを率いる立場にある十代に無いのだから、無いとしか言いようが無い。
「そうかな?」
 吹雪冬夜は首を傾げる。
「ならば、こちら側から先制するというのもアリだね」
「こっちから?」
「そのとおり。君は知っているだろう? アカデミアにもう一つ封印されているカードを」
 吹雪冬夜の言葉に、十代は思いつくものがあった。
「……三幻魔か!」
「ああ。三幻魔を盗めば、向こうとて動かずにはいられない。そして、三幻魔と三神竜がこちらにある以上、手出しをしようと相手の苦戦は必至だ」
 攻撃されてもこちら側の被害は最小限に抑えられ、神竜はその間には復活する。
「随分と考えるんだな」
「デュアル・ポイズンはオレが夢の為に作ったものだ。そうそう簡単に壊してたまるか」
「アンタにゃ敵わないな」
 十代は両手を上げる。
「でだ、十代。お前に頼みがあるんだ」
「俺に?」
「三幻魔を盗んでほしいんだよ。護衛を一人付ければ問題ないさ」
 吹雪冬夜は、実にあっさりとそう言い放った。








 デュエル・アカデミア。
 一巡目の世界にいた時から気付いていた事だが、この場所はある一種の特異点であるという事だ。
 事件が頻発した、というのもあるが学校ごと異世界に飛ばされたり異世界への扉があったりすれば流石に信じられずにはいられない。
 だが、こんな形で訪れるとは思わなかった。

 一巡目の世界で入学後守る為に奔走する羽目になった三幻魔を次はこっちが盗む立場である。後で守るけどその前に盗むとはどうかしている。
「はぁ〜……」
 そして何より、今回俺の仕事に護衛としてくっついてきたのが。
「ねぇ十代。盗みはやっぱダメだよぅ〜」
 よりによって坂崎だからである。
「しょうがないだろ。これも仕事だ」
「でも……やっぱ変だよ」
 坂崎は呟く。そう、不満げに。気持ちは解らないまでも無い。
「なんか前にもカード盗んだんでしょ? でも、現時点では特に何も言われてないから良いとしても……これで更に盗んだら、ねぇ?」
「だろうな。でも総帥じきじきにそれを望んでるときたもんだから」
「そんなの………おかしいよ。こっちが潰されちゃうのが解るじゃん」
 坂崎の言葉に、俺は足を止める。
 普段能天気な奴だと思っていたが案外周囲を見ているのかもしれない。
「少なくとも、総帥はわかってるだろうな」
「そんな……自滅が解ってる事だなんて、あたし達、わざわざ自殺行為を働くようなものじゃない! やめようよ、十代」
「けど」
 俺の問いに、坂崎は俺のすぐ間近まで向かう。
「十代だっておかしいと思うでしょ?」
「いや、俺は……」
「ねぇ十代。今からでも、遅くは無いよ。参加してすぐの間は、ただ単にデュエルの腕前磨いたりレアカードをすぐに集められたりしたけど……けど、最近はおかしいよ」
 元々デュアル・ポイズンというのはレアカードのトレードやデュエルをし合って腕前を磨くという団体だった。
 あくまでも二週目の世界ではそうなっていた。吹雪冬夜もそう言っていた。
 きっと坂崎も、それを信じて来ているのだろう。
「…………」
「十代、一緒に逃げようよ。あたしは……少なくとも、沈みかけの船にとどまって一緒に沈むのは嫌だよ」
「断る。逃げたきゃ一人で逃げろ」
 そう、俺にはやらなきゃいけない事がある。
 他の全てを差し置いてでも。だけど。

 一瞬だけ、ズきりと痛んだ。胸が。

「………坂崎。お前はデュエリストって奴を勘違いしてる。デュエリストってのはそんなに甘い生き物じゃない。時として、背負わなきゃいけないものだって、あるんだよ……!」
 自分に言い聞かせるように、坂崎に向けて呟く。
 けど、その言葉の半分は俺自身に向けられたもの。情けないぐらいに。
「十代……」
「急ぐぞ。時間がない」
 まだ何かを言いかける坂崎を尻目に、俺は歩を進める。
 三幻魔があったのは、確かこの先の……。

「まぁ、待てよ。デュアル・ポイズンのお二人さん」

 声が響く。この声は聞き覚えがある。
「あ……!」
 ここ数年で貫禄がついたと言われる、海馬コーポレーションの。

 副社長、海馬モクバ。

「……どうやら三幻魔を盗みに来たんだろうけど、そうはさせないぜ」
 今年で成人を迎えるという副社長は手にしていた袋を取り出し、俺の前へと投げて来た。
「とは言っても、タダで渡す気はないし、帰す気も無い。どうだい、デュエルしないか?」
「デュエルか……いいだろう」
 俺がデュエルディスクを起動しようとした時、副社長はそれを手で制す。
「おっと。デュエルするのはそいつでだ」
「?」
 つい先ほど投げて来た袋を指差され、俺は袋を手に取る。
 中には、カードのパックと見慣れない円盤状の物体。カードをセットするところが五カ所と、デッキを差し込むであろうデッキホルダー。
「それはペガサス島で使用された開発当初のデュエルディスク……例えるなら戦うカップ焼きそばってトコかな。最近はエキスパートルールだけじゃなくて、昔のルールでの大会も開かれていてね……」
「つまり、昔のルールでデュエルをするという事か」
「その通り。生け贄不要、プレイヤーへの直接攻撃が不可で、1ターンに魔法・罠は一枚しか出せないルールだ。そしてライフポイントは2000でスタートさせてもらう」
 随分と大胆なルールだ。少なくとも、俺は初めて戦う。
「公正を期す為に、お互いにこの未開封のパックを開けて出たカードだけでやろう。融合デッキは勿論、そのパックの中に入っている」
 副社長は同じ袋に入っていたパックの半分を取り出し、開く。
 俺もパックを開く。見た事も無いような通常モンスターばかりだ。
 まさか、こんなデッキで戦うのか。
「そんな顔するなよ。俺のデッキだって似たようなものだぜ」
 副社長はそう言って笑うと、パックの中身を少しだけ見せる。確かに同じようなモンスターだ。
「さて、それではデッキホルダーにカードをセットしたか?」
 デッキをシャッフルし、セットする。
 後ろで、加奈が「罠かも…」と呟いている。しかし、ここで逃げる訳には行かない。
「準備はいいな」
「勿論だ」

「「デュエル!」」

 遊城十代:LP2000 海馬モクバ:LP2000

「俺が先攻でその使い方を教えてやろう」
 副社長は笑いながらまずはデッキからドローし、カードを確認する。
「中央のメイン・ステージにはモンスターをセットする。攻撃表示と守備表示の変更も可能だ。他の四つのサブ・ステージには魔法・罠カードをセットしたり使用したりできる。フィールドカードゾーンは分かれてないのはご愛嬌と言った所さ。後は…」
 モンスターカードをセットし、魔法カードをセットしたのか、副社長はそのまますぐ近くへと放り投げる。
「そして、後はこれを投げればソリッドビジョンシステムでモンスターは実体化する! フィールド魔法、闇を発動!」

 闇 フィールド魔法
 フィールド上に表側表示で存在する悪魔族・魔法使い族モンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
 フィールド上に表側表示で存在する天使族モンスターの攻撃力・守備力は200ポイントダウンする。

 フィールドに暗闇が出現し、周囲を覆う。
 今では見慣れたソリッドビジョンだというのに、ほんの少しだけの懐かしさと恐ろしさを感じる。
 闇が、周囲を包み込む。

「そして俺が出すモンスターはこいつだ……闇魔界の覇王見参!」

 闇魔界の覇王 闇属性/星5/悪魔族/攻撃力2000/守備力1530

「闇魔界の覇王は悪魔族……闇フィールドの効果で攻撃力は200ポイントアップする」

 闇魔界の覇王 攻撃力2000→2200

 闇魔界の王がフィールドへと降り立ち、その力を誇示するかのように腕を振り回す。
 フィールドに現れた闇魔界の覇王の攻撃力は2200まで上昇する。
 レベル5モンスター。昔は生け贄無しで召喚出来たのか。
「くそ、いきなり難敵だな……」
 俺も手札を確認するが、闇魔界の覇王を上回る攻撃力を持つモンスターはいない。
「先攻1ターン目は攻撃出来ない。ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
 ろくなカードが無い。仕方ない、ここは壁を出して耐えるしかない。いや、壁?
「俺はこいつを守備表示で出す」
「守備表示だって? ハハ、早くも逃げに回ったのか?」
 副社長の笑いを無視して俺はカードを出す。
「こいつを出すぜ! 幻影の壁を召喚!」

 幻影の壁 闇属性/星4/悪魔族/攻撃力1000/守備1850
 このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る。ダメージ計算は適用する。

 幻影の壁も悪魔族、故に闇フィールドで守備力は上昇する。

 幻影の壁 守備力1850→2050

「魔法カードをセットして、ターンエンドだ」
「ハハハハハ! 俺のターンだぜ! 闇魔界の覇王でそんな壁砕いてやるよ!」
 闇魔界の覇王は唸りを上げて突進、幻影の壁に強力な一撃を叩き込んだ。
「チッ……」
「ハハハ、貧弱、貧弱ゥ!
「その貧弱な幻影の壁の効果発動だ。このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る」
 闇魔界の覇王が文字通りフィールドからその姿を消した。
「くっ……しかし、俺はまだメインフェイズ2を終了していない。そこで俺はこの剣竜をフィールドに出させてもらおう」

 剣竜 地属性/星6/恐竜族/攻撃力1750/守備力2030

「こいつは当時はそこそこ強かったんだぜ。どうだい、こんなルールで戦うと、こんな奴でも化け物に見えるだろ?
 今じゃ使いにくいカードの代表格みたいなものなのにな」
 副社長はそう言って手を出す。魔法・罠カードを伏せないままターン終了。
「俺のターンだ。魔法カードをセットし、エンシェント・エルフを攻撃表示で召喚する! 行ってこい!」
 カードをセットし、投げる。
 なるほど、要領を掴めば案外慣れるものだ。

 エンシェント・エルフ 光属性/星4/魔法使い族/攻撃力1450/守備力1200

「闇フィールドの効果で、エンシェント・エルフは攻撃力が200ポイントアップするぜ!」
「え? 光属性なのに?」
「こいつは魔法使い族だからな」
 坂崎の問いに俺はそう答える。攻撃力1650になったエンシェント・エルフが剣竜へと向かう。
「バトルだ! 行くぜ!」
「愚かな! 攻撃力が足りない事を教えてやる!」
「残念だったな……俺は魔法カードを発動させてもらった!」
「なにっ!?」
 デュエルディスクのサブステージにセットされた魔法カードが実体を伴う。

「シャイン・キャッスル発動!」

 シャイン・キャッスル 装備魔法
 光属性モンスターの攻撃力は700ポイントアップ!

 エンシェント・エルフ 攻撃力1650→2350

「んなっ……そんなカードを伏せていたのか……!」
「さぁ、バトルだ! エンシェント・エルフで剣竜を攻撃! 撃破だ!」
「く、くそっ……」
 巨大な剣竜が文字通り小さなエルフに打ち倒され、デュエルディスクからカードが弾き飛ばされた。

 海馬モクバ:LP2000→1400

「ターンエンドだ」
「遊びはここまでだ。どうやら俺を本気にさせたようだな……」
 副社長の顔つきが変わる。どうやらここからが本番らしい。
「ははは、俺はこいつを出すぜ! デーモンの召喚!」

 デーモンの召喚 闇属性/星6/悪魔族/攻撃力2500/守備力1200

 デーモンの召喚。
 かの決闘王も愛した、悪魔族のレアカードの一つ。そして攻撃力2500は、今だろうと昔だろうと十分すぎるほどの戦力になる。
「闇フィールドの効果で攻撃力は200ポイントアップする! そして、更に魔法カード、闇の破神剣を発動し、デーモンに装備!」

 魔王は剣を装備し、更に闇フィールドに力を得て更に力を増す。

 その攻撃力。3100。

 闇の破神剣 装備魔法
 闇属性モンスターの攻撃力400ポイントアップ!
 守備力200ポイントダウン!

 デーモンの召喚 攻撃力2500→2700→3100

「エンシェント・エルフに攻撃! 粉砕、玉砕、大喝采ィ!

 文字通りエンシェント・エルフが消し飛ばされ、シャイン・キャッスルごと墓地へと送られる。

 遊城十代:LP2000→1250

「ちっ……くそ、慣れないカードは使いにくい」
 ライフもだいぶ削られた。相手はこのルールに一日の長がある。お互いに開けたパックのデッキとはいえ、やはり経験の差が違いを生んでいる。
 だけど、引き下がる訳にも行かない。
「俺のターンだ……」
 カードを引く。何が出せる……?
「魔法カード、強欲な壷を発動してカードを二枚ドローする」

 強欲な壷 通常魔法
 デッキからカードを二枚ドローする。

 ドローしたカードを確認する。上手く行くかどうかは解らないが、やるしかない。
「ホーリー・エルフを守備表示で召喚」

 ホーリー・エルフ 光属性/星4/魔法使い族/攻撃力800/守備力2000

 光属性だがやはり魔法使い族なので守備力は2200に増加する。
 それでも攻撃力3100のデーモンには及ばないが。
「ターンエンドだ」
「ハッハーだ! 自慢の守備力もこいつの前では役に立たないね! 行けぇ、デーモンの召喚! 粉砕・玉砕・大喝采ィ! 海馬モクバのデッキは世界一だぜ!」
 デーモンの情け容赦ない攻撃は続く。遠慮なくホーリー・エルフは首をへし折られて霧散した。
「くそ……」
「カードを一枚伏せて、ターン終了だ。さぁ、お前のターンだぞ」
「俺のターンだ……行くぞ!」
 手札はまだ残っている。つい先ほど気付いて温存しておいた、切り札が。
「手札のカース・オブ・ドラゴンと暗黒騎士ガイアを融合!」

 暗黒騎士ガイア 地属性/星7/戦士族/攻撃力2300/守備力2100

 カース・オブ・ドラゴン 闇属性/星5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力1500

 融合 通常魔法
 決められたモンスターを融合する。

「竜騎士ガイアを召喚!」

 竜騎士ガイア 風属性/星7/ドラゴン族/攻撃力2600/守備力2100/融合モンスター
 「暗黒騎士ガイア」+「カース・オブ・ドラゴン」

「そして、俺は1ターン目からこのカードをずっと伏せていた! 魔法カードを発動する!
 フォースを発動!」

 フォース 通常魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター2体を選択して発動する。
 エンドフェイズまで、選択したモンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップする。

「なにっ!? そうか、このパックそんなレアカードも……」
 副社長が声をあげるが、残念ならがもう遅い。
「デーモンの召喚と、竜騎士ガイアを選択! そして、デーモンの召喚の攻撃力を半分にし、竜騎士ガイアの攻撃力を上げるぜ!」

 デーモンの召喚 攻撃力3100→1650
 竜騎士ガイア 攻撃力2600→4450

「し、しまった……」
 だが、攻撃力が上がった数値はもう強すぎる。1ターンキル出来るほどの数値だ。
「行け、竜騎士ガイアの攻撃…」
「……っと、待ったぁー! リバース罠、発動だ!」
 俺の攻撃宣言を制して副社長が伏せていたカードを開く。そのカードは…。

 攻撃の無力化 カウンター罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動することができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

 竜騎士ガイアの攻撃が無効化され、停止する。
 逆転の一手だっただけに、無効化されたのは痛い。
「くそ……ターン、エンド」
「そしてエンドフェイズにデーモンの召喚と竜騎士ガイアの攻撃力は元に戻る」
 副社長は淡々と言葉を続ける。そして相手のターン。
「デーモンの攻撃! 竜騎士ガイアを抹殺!」
「くそっ……!」

 遊城十代:LP1250→750

「ターンエンドだ。さぁ、どうする?」
 俺のターンへと戻る。だがしかし、今の手札をドローしても。
 モンスターは、存在しない。
「モンスターを召喚出来ないのか? モンスターを出せなかった場合、このルールじゃ敗北になるぜ?」
 副社長は笑う。だが、どうしようもない。さっきのフォースまでのコンボで手札を使い切ってしまった。
「残念だったな、俺の勝ちだ」
 副社長の言葉とともに、俺のライフカウンターは0を指す。そう、完全に負けた。
 だがしかし、ここでは終わっちゃいけない。終わらない。
「くそっ………もう一度デュエルしろ! 今度は本当のデッキで!」
 俺がデュエルディスクを構えると、副社長は鼻を鳴らす。
「盗んだ神竜が入ったデッキでかい? 遊城十代」
「……!」
「し、神竜? あの、十代それって」
 坂崎が即座に食いついてきたが俺は一瞬だけ睨んでそれを黙らせる。
 少し黙るという言葉を知らないのだろうか。
「……俺の名前を知っているのか」
「もちろんさ。海馬コーポレーションの医療衛生部門でお前の妹の事も取り扱っているからね。それでお前の話もよく出て来る。だけど……」
 副社長は俺に視線を向ける。
「カードデザインコンテストに投稿したり、カードが人間に与える影響についてのデータとかにもなったりしている、それらは全て同じ体質の妹さんを救うため。
 そんな妹思いのお前が盗人の真似事なんてしてるなんて随分とおかしな話だな。そうだろう十代?」
「…………」
 どうやら俺の事など知り尽くしている、という事か。
「……何が知りたい」
「そのカードをどうするつもりだ? 今返すのなら、まだ大人しく帰してやれる」
「……言う必要があるのか?」
「そのカードについてはまだ解ってない事が多い。何せ、デザインを残したペガサスや、それをカードにした天馬夜行だってなんでカードにしたのか、そして何故生み出してしまったのかすらも解らないんだ」
 抑止力として残したペガサスも。
 そしてカードという形にした天馬夜行も。何故、このカードが生まれたのか。その事が解らない。
 一巡目と、二週目の矛盾点。それこそが、矛盾点。
 ある筈の無い、有り得ない筈のカード。
「……少なくとも、俺はそいつらよりは知っているな」
 副社長の眉が吊り上がる。どうやらやはり知りたがっているらしい。
「だけど、教える訳には行かない」
 そう、今回は。
「近いうちにまた会うだろう」
 三幻魔は流石に奪えそうに無い。だが、海馬コーポレーションが動き出すというもう一つの目的、そう、向こうの攻撃をある意味誘う為の行動でもあるのだ。
 これから、本当の戦いが始まる。
「じゃあな! 坂崎、下がるぞ!」
 俺は坂崎の手を引っ張ると、一気に駆け出す。
「え? ちょ、十代!?」
「逃げるんだよ! ほら走れ!」
「させるかッ!」
 背後から声が響き、数人の影が突っ込んで来る。
 だがしかし、幾ら訓練されているとはいえ、俺を最優先で狙うようではまだまだ甘い!
 真正面の相手にはカウンターパンチ、右へと反転して回し蹴り、更に掌低。
 直後に後ろへ肘打ち、背後に迫っていた奴を捉えて、ひるませた所へストレートの一撃。
 最後に飛びかかって来た相手は半ば強引に一本背負い。
 四人、撃破完了。
「急ぐぞ、坂崎」
「十代、強いんだね……」
「さっさとしろ」
 少なくとも、もう少し急がないといけない。
 俺は改めてそう思った。





「…………」
 夜が明け始める頃、アカデミア島から港へと戻って来た。
 だが、坂崎は船に乗っている間も、着いてからも何故か不満げな顔をしていた。
「ねぇ」
 口を開く。
「十代……神竜って、神のカード、って、こと?」
「………ああ」
 俺はデッキからそれを取り出す。その三枚のカードを。
 坂崎が息を飲む声と共に、波の音が少し大きくなった気がした。
「このカードは、海馬モクバ副社長が言うように確かに解ってない事が多い……けどな。このカードの力があれば、俺の妹は救える。
 総帥は、吹雪冬夜はあの時そう言った……たった一人だけ救えなかった妹を救えるって。だからこのカードが必要だったのさ」
 そう、このカードに眠る、ダークネスの力が目覚めて。
 それを手に入れられれば。俺の、望みは、妹は、もう。何も悩まされる必要は無い。
 三四は、普通に暮らせる。
「十代……十代さ、一つ、聞いていい?」
「なんだ?」
「デュエル始めた理由って、妹さんを助けるため? そんな大事な妹さんを?」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
 坂崎に視線を向ける。
 けど、その時に気付いた。坂崎の瞳が、眩しく見えて見れないほど、決意に溢れてたほどに。
 そして、俺はそんな瞳を知っている。

 一巡目の世界で、幾多のデュエリスト達が見せて来た、そんな純粋だけど強い瞳。
 そんな瞳で、俺を見るな。
 いや、そんな瞳を、俺は納戸も見て来たのに。今は、それが眩しく見える。

 それって。今の、俺って。

 坂崎の言葉が、紡がれる。
「悪い事に身を落としてでも、妹さんを救いたいの? 確かにね、そう思う気持ちは、間違っちゃいないと思う。でもね。
 そうやって、自分を破滅に追いやってまで、そうして救っても、妹さんは喜ぶの?
 いつも、そんな辛そうな顔して。自分押し殺して。そんな事の先に、何か意味あるの?」
「黙れよッ! お前は何も知らないだろ!」
 思わず叫んだ。そんな事をしても、いや。
 彼女に当たっても意味が無いと、解ってるのに。
「知る筈が……無いんだよ………」
 いつも楽しそうに、どんな時でも、デュエルを楽しそうに。
 昔言われた、何も背負っていないデュエルは。何も為せない、何も救えない。
 痛みと、苦しみと、悲しみと。
「十代……」
 でも、でも。
 何も知らなかった頃の、一巡目の世界の俺と重なるような。
 そんなお前のデュエルに。
 戻りたいと思う事があるんだ、羨ましく思うんだ。ダメだ、違う。

 それは今の俺じゃない。
 今の俺が、やるべき事じゃない。もう、やれない。もう戻れない。

「ねぇ、十代。デュエルって、そういうもの? 何か背負ってなきゃいけない? 重たいものとか、十字架とか、色々背負ってなきゃいけない?
 そう思うのも、そして、誰かの為に戦うのも、きっとアリかも知れない。でも……あたしが見たいのはそうじゃない。
 なんて言うんだろうね……デュエルってのは、人と人との交わりの一つだと思うんだ……ぶつかり合ったり、相手と戦う為だけじゃなくて」
 坂崎の言葉は続く。でも、俺の中に届くかどうかは解らない。
 でも。
 坂崎も、夢を描いている。
 あの時と同じように、被るイメージ。

『私は、もっと知ってみたい。デュエルと、人の事を』
『飛べ、レインボー・ドラゴン! みんなの架け橋に!』
『今まで無かった……新しいプロリーグを一から創りたいと……!』

 一巡目の世界の、言葉。
 誰かが言って来た、世界と、デュエルの言葉。

 今の俺と、まるで対立する言葉達。

 頭が、割れるほど痛んだ。
「十代にとっての、デュエルってなんなの?」
「俺は…」
 答えられない。
 答えられるほどじゃない。今の俺は。


 それは誰の夢なのか。
 望みであり、願いであり、そして描いた未来でもある。
 憎悪。
 悲哀。
 憤怒。
 嫉妬。
 嫌疑。
 苦痛。
 人の思いがある限り、それは付いて回る。
 では、彼は何が付いているというのだ。

 一つも、ついていなかった筈なのに。




《第3話:迷走するヒーロー》

『大いなる力には大いなる責任が伴う』
 ある男は俺にそう言った。
 そう、大いなる力。世界の命運すら背負えるようになってしまった俺の本当の力に、この頃はまだ気付いていなかった。
 そしてあの時から俺は変わって行った。
 そしてその男は更に言葉を続ける。
『自分が何の為にデュエルをするのかを……』
 その時の俺は何を思っていたのか。今の俺は違う、今の俺は、三四を救うために。
 デュエルを続ける。
 背負い続けなくてはいけない。それが俺が世界を壊した責任であり、三四を守れなかった責任だ。兄としての、妹への。そして世界を背負った男が滅ぼしてしまった世界への、責任なのだと。
 俺は解っている筈だった。
 そう理解していた。いけ好かない奴だったが、俺に言葉を告げたある男の言葉は正しかった。
 本当に、アホみたいに信じたく無いがその言葉は正しかったのだ。最悪な事に。


 それなのに。
 何でお前はそんな俺を否定するように言う……あの時の俺と同じように。

 どうしてそんな純粋な事が言える。
 おまえは……。坂崎……。





 三幻魔強奪に失敗した翌日。
 デュアル・ポイズンの本部に顔を出した俺に飛び込んで来たニュースは、予想出来るものだった。ある一点を除いては。
「事態は一刻を争う」
 普段、所属デュエリストはおろかスタッフの前に姿を現す事の無い総帥(吹雪冬夜)に変わって伝達や指示などの細かい事を担当しており、滅多な事で感情を表さない補佐官の顔が真っ青になっているというのは初めて見る。
「近日中には攻撃が来ると予測される。そこで、本部を此処から海上拠点に移す事にした。まぁ、機密も何もあったもんじゃない上に交通手段が船かヘリしかないけど何とかなるさという総帥からの言葉だ……」
 補佐官はそう言いつつも困った顔をしていた。
 所属デュエリスト達は普段は自分たちの仕事がある。プロリーグやカード・プロフェッサーなどで生計を立てている奴ならまだしも、俺のような学生はほいほいと休みを取れる訳でもない。
 本部に顔を出さずに連絡を取る方法を確立しなければいけないようだ。
「ただ……踏み込まれた際、もぬけのカラだとマズいからいくらか人員を遺さなくてはいけない。十代君、頼んだ」
 俺がそんな事を考えていると、突如として声がかかり、視線が一斉にこちらを向く。
「総帥は戦力の温存を出来る限り考えている。温存しなくても良いデュエリストのリストがあるからここから選んでおいてくれ」
 補佐官が突き出した紙を受け取ると、そこにはかなりの文字の羅列があった。
 俺に選べ、と言われても困る。坂崎も言っていたが、誰だって沈みかけた船に乗ってそのまま沈むのはごめんだ。
 とは言っても……誰かがスケーブゴートにならなければ、追求と攻撃は延々と続く。
 終わる事の無い。
「くだらない」
 俺は呟く。
「わざわざ餌を選んでおいておけってか? 選ぶならアンタが選べ。俺は選びたく無い」
「総帥の言葉だ」
「なら直接言って来るまでだ!」
 補佐官を突き飛ばし、吹雪冬夜がいつも籠っている部屋へと向かう。
 後ろで何人かが何かを言っているがもう聞いちゃいない。
「おい! いるか!」
「なんだよ十代? オレはそろそろ出る予定なんだが……」
 扉を蹴り開けると、吹雪冬夜はちょうど荷物をまとめている真っ最中だった。どうやらさっさと逃げるつもりだったらしい。
「何人か餌を残して、後はズラかる。俺も含めて餌にする気か」
「まぁね」
「テメェ……自分の言っている意味わかってんのか?」
 俺が吹雪冬夜に一歩近づくと、吹雪冬夜は両手をあげる。
「落ち着けよ十代。君はまだ神竜を目覚めさせていない。それに、デュアル・ポイズンはここで消える訳には行かない。そうだろう?」
「…………確かにそうだが」
「だがしかし、だ。正直な話、三幻魔を奪えなかったという事はちょいと事態を危うくしたかな? だからね、今回の事態は君もその原因の一端を担ってるって事を忘れるなよ」
「…………」
 確かに、否定できない。
 今攻撃を受ければ全員まとめてお釈迦だ。三幻魔があれば確かに少しはマシだったかも知れない。
「そうだろう? そう、それでいい。まぁ、それにだよ十代。まだタイムリミットは当分先なんだよ。世界破滅の」
 吹雪冬夜はニヤリと笑うと、椅子に腰掛ける。
「良いかい十代? ダークネスと共に君が世界を滅ぼしたのは、いや、ダークネスの侵攻が本格的に始まったのは今から三年も後の話なんだ。
 セブンスターズの一件、そしてそれより前の藤原優介のダークネス召喚だってちょうどの今の時期から始まったとはいえ、それでも本格的な攻撃には至っていない。
 君の妹を救うのだって、一日や二日で出来ることじゃない。君は少し焦り過ぎだ。今回の一件を逆手にとって様子を見るんだよ」
 言葉を淡々と続ける。だが、確かにその通りかもしれない。
 三四を救う事は一日や二日でどうこうできる事態じゃない。そうだ、神竜が手に入ったという事で少し焦りすぎたかもしれない。
「……すまない、熱くなっていた」
「そうだよ、それでいいんだ。で、君はここに残っていて欲しいんだ。知っているかい? 実はね、海馬瀬人が直々に乗り込んで来るらしいんだよ」
 その言葉に、俺は思わず「えっ!?」と叫んだ。
 あの海馬瀬人がじきじきに、乗り出す、だと?
 海馬コーポレーション社長の海馬瀬人の行動力はそれこそ世界一だ。あの男が「やると言ったなら必ずやる」それが海馬瀬人だ。
「じきじきにって、本部に直接乗り込んでくるのか?」
「ああ。そして君は昨日、海馬モクバと接触した。最優先で狙われると言っても過言ではない。神竜のパワーをぶつければ、神竜も流石に目を覚ます。でも……それが手に入るのはもっと先になりそうだな」
「どのぐらいだ?」
 吹雪冬夜の言葉に、俺は即座に食いつく。タイムリミットは三年後とはいえ、急ぐにこした事はない。
「落ち着けよ。少なくとも、今回の一件が終われば君は海馬コーポレーション側に言ってもらおう。なに、密偵みたいなものだ。連中だって君が改心したと言えば疑ったりはしないさ」
「…………そして、時期を待つ、のか?」
「ああ。それが一番だと思っている」
 俺の言葉に、総帥は頷いた。話は決まった。
「で、俺以外に誰が残る?」
「デュエリストを十人程度は残しておくよ。マイスターやマーカス・スノーは残せないけどね。プロデュエリストがデュアル・ポイズン所属なんて事態が発覚したら一瞬でこっちが潰れるしプロリーグというシステムそのものが壊れかねない。プロリーグの存在があるからデュエルモンスターズが発展しているというのを忘れちゃ困る」
 腕利きのデュエリストは残せないという事か。だが、仕方在るまい。
 今ある戦力でどうにかするというのもまた戦略だ。

 そして、そいつら全員を犠牲にし、俺は時期を待って改心した振りを続けろというのか。

「ま、デュエル・アカデミアに入った後でも機会なんて幾らでもあるさ。それにね……君はアカデミアにいた頃の君が本当の君だろう? 遊城十代?」
「なんでお前までそんな事を言うんだ、まったく……まぁいいけどな」
 まぁ、確かに焦りすぎているというのもあるかも知れないが。
 俺がそんな事を考えていると、吹雪冬夜は少しだけ笑みを浮かべる。
「なんとかなる。君がいるからな」





 その夜。吹雪冬夜を中心とするデュアル・ポイズンの上層部は本部から離れて行った。
 普段の人気がまるで無くなった本部はまるで墓場のような静けさに感じる。だがしかし、怖じ気づいてる訳には行かない。
 残る事になったデュエリスト達を全員集める。

 その中に、あいつもいた。
 坂崎も。

「こんな時間に何の用ー?」
 相も変わらず危機感のない奴である。他のデュエリスト達が暗い顔をしているのに一人だけ平然としている。
「海馬コーポレーションが近いうちに此処に踏み込んで来る。俺たちの仕事はここを少しでも長く保たせる事だ」
 そう、時間稼ぎであり、おとりでもある。
 あまり嬉しいと呼べる仕事ではない。否、残った連中から見れば死刑宣告に似ている。
 確保されれば、確実に他の連中とは離ればなれになるのだから。
「え、それって……」
「まぁ、坂崎。お前が言ってた通りだな。沈む事が確定した船にそのまま残る事になったという訳だ」
「………」
「今更逃げようったって何処にも行けないぞ。諦めろ」
「ふーん、そうなんだ」
 俺の言葉に、坂崎は随分あっさり従った。話が早いというか何というか。
「でもさ、襲撃まではまだ時間あるんでしょ?」
「だろうな」
「じゃあ準備しないとねー」
 坂崎は何故か楽しそうに笑うとそのまま奥へと消えて行く。何を企んでいるのか理解しかねる。
 俺がそんな事を考えた時、坂崎は急に俺の目の前でくるりと振り向いた。
「あのさー」
「なんだ?」
「明日一日。英気を養いましょう」
 坂崎の唐突な発言にはもう慣れているが、坂崎はまだ何かを企んでいるようだ。もう慣れて来ているが。
 俺は息を吐くと「なんだ?」と問いかける。
「うん。だからさ、十代。明日、海馬ランドに行こう」
「遊びに行くのかよ」
「違うよ! 偵察だよ、て・い・さ・つ! 別に明日攻撃をしかけてくる訳じゃないんだったら向こうの動きを知っておいた方がいいと思って」
「海馬ランドに何の必要があるんだよ」
「あまいよ十代。明日、海馬社長が海馬ランドの海馬ドームに来るんだよ。プロリーグの試合を見学に、ね。うまく情報を集めるのにはぴったりだよ。社長自ら乗り出そうとしてるんでしょ?」
 どこでその話を聞きつけたか解らないが海馬社長は「やると言ったらやる」男である。デュアル・ポイズン殲滅に自ら乗り出すと言えば自ら乗り出す。
 もっとも、坂崎自身は海馬社長の事をそこまで危惧してるとは思えないが……この前、副社長と相対したのを忘れたのだろうか。
「……まぁ、別にいいか。偵察ってんなら」
 俺はため息をつきつつそう答えたが、この選択が間違いだったと気付くのに実はそう時間が掛からなかった事を明記しておこう。








 翌朝。
 天気は快晴、絶好のお出かけ日和とはよく言ったものだが、何かある日に雨が降ったという経験が俺には無いほどの晴れ男なのであまり気にしていない。
 ただ、こういう日は。ほんの少しだけ嬉しくなる。
 一巡目の世界で、アカデミアにいたあの頃、楽しかったあの頃は、よく晴れた日が多かったからだろうか。
 でも、今はもう、未来の事だけど過去の思い出。
 未来なのに過去というのもおかしな気もするが、事実なのだ。
 俺がそんな事を考えていると、遠くの方から人影が走ってくるのが見えた。青空によく映えるような、白いワンピースにベージュの帽子の姿。
 腕にデュエルディスクを付けていなければ、なんと可愛い少女だろうか、いや、あの子は誰なんだろうと確実に思ったに違いない。
 少なくとも。
「おっはよー! 十代、見事にいい天気だねー」
「坂崎、か? ああ、おはよう」
 思わず確認してしまうほどだ。それぐらい、今日の坂崎は、可愛いと思える。
「あたしだって着飾る時はあるんだよ。特にこういうハレの日はね」
「まぁ、確かに晴れているな」
「十代あのねぇ……まぁいいや」
 坂崎はため息をつくと、帽子を被り直す。
 こうして横に並んでみると、普段と対して変わらない俺が少し恥ずかしい。
「どうしたの?」
「ん? ああ……いや、お前が着飾ってるのに俺がこれってのもな……」
「まぁそれも十代だね」
「そうか」
 まぁ坂崎が言うなら別に問題ないだろう。
 さて。どうしたものか。

 海馬ランド。
 海馬コーポレーション出資によって作られた一大テーマパークであり、遊園地に加えてアミューズメント施設、そしてデュエリストプロリーグの試合が行われる海馬ドームが併設されている。
 まさに揺りかごから墓場まで、はともかく子供から大人まで楽しめる施設である。
 しかしそんな海馬ランドだが、一巡目の世界の時は幼い頃よく来た気もするが、2週目の世界になってからはあまり来ていない。
 それに。
「で、俺たちは偵察に来たんだよな? 海馬社長が来ると言っていたが」
「うん。そうみたいだねー」
 みたいってなんだ、みたいって。俺が呆れていると坂崎は言葉を続ける。
「ま、堅い事は置いといて、今は楽しみましょう。折角着飾ってきたしね」
「お前がな」
「むー」
 果たしてこの女に落ち着くという言葉が辞書にあるのだろうか。少し不安になる。
 俺は息を吐くと、ともかく坂崎の手を取る。
 異性と手をつなぐ、という経験はあまり無いが相手が坂崎なら特に意識はしていない、はず。
「……で、坂崎。何処に行く?」
「まずは試合見ましょー。カブキッド対ランキング1位のマーカス・スノー!」 「お前が見たいだけだろそれ………え?」
 マーカス・スノーといえば、確かうちの所属だった筈である。あの人、プロデュエリストだったのか。
「いやー、プロリーグのデュエル見るのなんて、相当久しぶりだなー。十代は子供の頃、そういうの見てたタチ?」
「まぁ、昔はな……」
「だよねだよねだよねー! あの頃はプロデュエリストってなんていうかヒーローみたいに見えてさ、遥か高みの存在、手が届かないって感じだったなぁ。
 そう考えたら今フツーにプロデュエリスト相手にデュエル特訓できるなんてあたしら幸せかもね」
「そんな呑気な事考えてるのはお前だけだ」
 少なくともデュアル・ポイズンはデュエルを通じた交流事業をやっている訳ではありません。
 俺がため息をついてる間にも、坂崎は勝手に入場チケットを買おうとして……こっちを見ていた。さっさと二枚買いなさい。
「こういう時は男の子が出すもんだよねぇ」
「知るか! デートじゃねぇんだぞ!」
「……違うの?」
「お前偵察って昨日言ったよなぁぁぁぁ!?」
 本当にこの女にはついていけん。果たして大丈夫なのだろうか。
「ったく、本当に……」
 結局二枚分を俺が出す羽目になった。まったく……。

 海馬ドームの座席数は決して多いと言えるものではないが、それでも俺と坂崎が座れる分の座席は残っていたようだ。
 そして、貴賓席へと視線を向けると、海馬社長がデュエルフィールドを睨んでいた。
 どうやら社長が来ると言っていたのは嘘ではないらしい。
「社長が試合を見に来る、か……確かに珍しい事だな。俺らの件があるってのに」
 俺の呟きに坂崎は「ま、いーじゃん」と勝手に言葉を続ける。
『やれやれ、社長自ら観覧とは、どういう風の吹き回しですかい?』
 プロリーグランキング1位、堅実な戦法から思わぬ伏兵や隠し球を繰り出す戦い方でその対策の立てにくさから常勝無敗。
 1戦ごとにデッキが代わり、スポンサーすら1試合で代わる最強のデュエリスト、マーカス・スノー。
 デュアル・ポイズンではD-HEROをメインに据えている本当に読めない男はマイクを受け取るや否や社長にそんな言葉を浴びせた。
『マズかったか? このオレが貴様らの試合を見る事に何ら不都合な事はないと思っていたがそれはオレの思い違いか?』
『なになに、あなたのお陰で俺らが飯を食べているという点では感謝していますよ』
『そうか。正直に白状すれば最近、デュエルモンスターズという業界を震撼させるような連中が暗躍していると聞いてな』
『それを潰す前に今のレベルでも見ておこうってんですかい? 随分と余裕ですねぇ』
「何考えてるんだ、あのバカ……」
 俺は思わず呟く。社長に対してそんな挑発してはいけません。
 流石の坂崎もあきれ果てたのか、息を吐く。
「なにやってんのあの人……」
「知るか。何も考えてないだけだろ」
「上の人とかは逃げちゃったけど、こっちが潰されそうになるは確定してるのに呑気な……」
 まぁ、確かに俺たちはとかげのしっぽとはよく言ったものだが。
『貴様の戦略は見ていて興味深いものがあるからな、マーカス・スノー』
『お褒めに預かり光栄ですね、社長。じゃ、そろそろ始めますかね』
 デュエルが始まるらしい。
 他人のデュエルを見るというのは時として戦慄と驚愕、そして時として希望と興奮を与える。それは俺自身も前の世界で解っていた筈だ。
 今はどう思うのだろうか。
「ねぇ十代。どっちが勝つと思う?」
「マーカス・スノーだろ。カブキッドも腕前は悪く無いが、マーカスのような奴が相手じゃ予定通りに行く筈がない」
 デュエリストというのは戦略を立ててデッキを組み、幾つかパターンがあるにせよそれに沿ったプレイを余儀なくされる。
 次の対戦相手が解るプロリーグでは対戦相手に対するメタというのも時として重要で、それを利用して勝ち上がるデュエリストも多い。
 相手のデッキに対する研究。これは重要な事だ。
 だが、マーカス・スノーの場合はそれがまったく通用しない。如何なる戦術を使うか、何をしてくるかすらも解らない。そういう男なのだ。
「俺だったらマーカス・スノーを相手にしたいとも思わないな」
「そういえば難癖付けて戦わなかったもんねー」
 相手を畏れるのはデュエリストとしてあるまじき事だろうと思うが戦いたく無い相手は戦いたく無いのである。
 幾ら俺がデュエルが好きだからって嫌な事だって……。
 …………。
 …………。
 …………。
 俺は、デュエルが好きだ。好きだった。
 そう、坂崎が言っているのはそういう事。俺自身がかつて言った事、デュエリストである以上、戦う事は大切だけど、その分だけデュエルを楽しむ事も大切なのだと。
 何かを背負う事もある。
 そう、俺は背負っているのだ。前の世界を。一巡目の世界を。
 俺自身が壊してしまったから。たった一人を救う為に、反則技である筈のやり直しまで望んで。だが、俺はそれで……。
 今、どうなっている?

 この世界が作られた後、俺はこうして三四を救う為に、色々とやってきた。そう、その筈だ。
 その為には悪魔になる事だって、俺は構いやしない。でも、今。それが揺らごうとしている。

 この世界の、本当の真実が。

「……十代?」
 思考を現実に引き戻す。坂崎が俺の目の前で手を振っていた。
「ああ、なんだ?」
「ああ、良かった。急に返事しなくなるんだもん。どうしたのかと思ったよ」
 どうやら少し心配されていたようだ。いや、坂崎は、前からよく俺に関わって来るというか、俺に声をかけてくる。
 まぁ、俺も坂崎の事を嫌いではないが。
「悪かったな、ちょいと考え事してただけだ」
「そう? まぁ、確かに十代はよく考え事してるよねぇ。似合わないけど」
「おい、似合わないけどってなんだ」
 何となく気になり、俺が坂崎にそう問いかけると坂崎は大きく頷く。
「だって十代があれこれ頭ひねって悩んでる姿って見事なまでに似合わないもん。なんていうかさ、十代はいつも笑ってたり楽しそうにしてる方が似合うと思うんだよね。
 ま、そんな十代は見た事がないからあくまでもあたしのイメージって事なんだけど」
「……………」
 イメージとして、と坂崎は言うが俺は言い返せない。
 そう、確かに。昔の俺はよく笑ってたし、楽しかった。
 最後の最後で絶望が襲って来る時まで。俺は、辛い事もあったけど、楽しくて、そして笑っていたから。乗り切れたというのに。
 でも、今の俺は。
 楽しいと思うのが、おかしいと思っていた。俺にとって、一番大切な事は三四を救う事。だけどその為に。
 俺は、今迄大切だと思っていた事を捨てていたのだと。

 本当に、俺はどうして……否。
 違う。
 俺にそんな事は許される筈がない。今の俺には。
 悪魔と成り果てていた。闇へと堕ちた。
 世界を壊した。全世界分を犠牲にした上に成り立っているこの世界を、またこの手でもてあそぼうというのだから。
 大いなる力に伴う責任を。
 俺は決して放棄してはならない筈なのに。
 世界は、俺の掌の上で今もそのままなのだ。

「ねぇ、十代?」
 思考がもう一度現実へと引き戻される。目の前にあるのは、坂崎の笑顔。
「十代はさ、あたしがどうしてデュアル・ポイズンに入ったのか、前からおかしいとか言ってたでしょ?」
「あ、ああ……」
 確かにそうだ。どいつもこいつも何かを抱えていやがる。俺だってそうだ。
 それが見えない坂崎は何だというのだろうか。
「それはね。この海馬ランドが切っ掛けというかなんというか……」
 坂崎はポケットから一枚のカードを取り出す。いや、正確にはそれはカードじゃなくて、破られたカードの半分。
 攻撃力3000、守備力2500、ドラゴン族の通常モンスター。
 そのカードを俺は、いや、このカードを知らない奴などいないだろう。

 半分に破られた、青眼の白龍のカード。

「古くはあたしがまだ五歳の時。この海馬ランドが開園一日前に近所の子供たちをなんと無料で招待するという太っ腹な海馬社長のお陰であたしは親に連れられてやってきました」
 その話は何処かで聞いた話である。どうやらあのとき坂崎は現場にいたのか。
「その時、海馬社長は当時流行り始めたデュエルモンスターズのデュエルを観客の前で行いました。あたしが座っていた席は最前列。うん、凄く嬉しかったよ。
 海馬社長のプレイを間近で見られるってなかなかなくてね。その時の相手は何故かお茶目な顔したおじいさん。この人も凄いプレイだったんだよね」
 じいさん、というと決闘王の祖父という亀のゲーム屋のじいさんか。
 そういえば一巡目の世界では修学旅行でそこを訪れた事もあった。今となってはいい思い出だ。
「おじいさんはなんと世界に四枚しかない青眼の白龍を持っていました。しかーし! そこは海馬社長、なんと三対一で見事に粉砕・玉砕・大喝采ずっと俺のターンではい、お終い」
 坂崎はここまで言った後、少しだけ声の調子を落とした。
「ただね……あたしが、海馬社長を許せないと思ったのはこの瞬間だと思うの。世界で四枚しかない、そしてきっとそのおじいさんはともかく。
 色んなデュエリストにとって大切なものである筈の青眼のカードを破っちゃったんだよ。情け容赦なく。『じじいー俺に負けた罰だ!』ってね」
 その事を思い出したのか、坂崎は顔をしかめる。
「たまたま一番前に座ってたから、破れてたカード、半分だけ拾ったんだ。なんか勿体ないと思うんだよね、やっぱり。だけどさ……。
 例え破れてたとしても、それでもこのカードが世界で四枚しかなかったのには変わりは無いんだけどね。でも。おかしいんだよ。
 貴重で大切なカード。そんなカードを平然と破っちゃうのもそうだけど、それだけのカードがあるなら。皆が皆ね、そのカードが好きな人だって人もいるじゃない?
 ドラゴン族のカードが好きで別にデッキを組んでいる訳でもないけど集めてる人もいるって聞くし。だったら、皆で楽しめるように出来ないかなって」
「………ああ、そうか。そういえばコピーカードって奴にお前しょっちゅう食いついてたな」
 そういえば坂崎はコピーカードというものを集めていた気がする。しかも決まってレアカードばかりを。
 普通では手に入りにくいそれを集めて売りに行くのかとでも思っていたが特にそんな様子は無さそうだし。それが疑問だった。
「そうそう。知り合いのデザイナーさんも言ってたけどね、カードとして作ったからには出来るだけ多くの人に触れてほしいってね。
 数自体が多くなれば決してレアカードじゃあなくなっちゃうかも知れないけど、その分だけ多くの人が触れるじゃない?
 手の届かないものが、手の届く位置にくればすごくいいじゃない」
 まぁ、一理言える。手の届かない高嶺の花が届く位置にあれば嬉しいのは間違いない。
 坂崎は。
 デュエルも好きだが、カード自体も好きなのだろうか。
「……デュアル・ポイズンだって組織というからには、資金源ってのがあるけどね。それでデュエリストとかを支援してるのは十代だって知ってるよね?」
 それは勿論だが。
「コピーカードとかをもらっては孤児院とかにこっそり配ってたりするんだよね。デュエリストで福祉事業をしてる人って案外いるけど。
 あたしの場合はデュエルしたくてもカードが手に入らない子達にカードを届けてあげるってのがね。手っ取り早くカードが集まるからね」
「………意外と頭働くな。それであんま公に出来ない事に手を染めてるってのに、罪悪感ないのか」
「無いわけないじゃん」
 意外な答えだが、あっさりと返して来た。
 坂崎の奇妙な所はどんな真剣な話でも、必ず軽さが混じっているという事だろうか。軽いだけで何も無いよりはマシかも知れないが。
「でもね、どっちにしろ……あたしはね………だって、近いうちに海馬コーポレーションが来るんでしょ、あたしらの所に」
「……………」
「今更逃げたってしょうがないよね。一緒に泥舟から沈みたいとは思わなかったけど」
 そう、彼女達は逃げられない。
 餌にされてしまったから。
「……嫌だったら」
 だけど。
 俺は生き残らなければいけない。来るべき時の為に、全てを捨てて迄。
「嫌なら、逃げてもいいんだぞ。お前は逃げられる」
「嘘だね」
「嘘じゃない」
 俺の言葉に、坂崎は首を振る。
「バカ言わないで。今更そんな事を言われたって、あたしは逃げないよ。十代がいるもの」
「……随分、俺の事を言うな、前から」
 気になっていた事だ。そう、ずっと前から。
「お前は嫌がっていただろう。一緒に逃げようと勧めてくれもしただろう。なのに、どうして今は逃げたく無いって言うんだよ」
「十代の側にいたいから、じゃダメかな?」
「…………おいおい」
 冗談、というレベルではない。
「十代がね」
 坂崎は口を開く。いつもの軽さとは違う。どこか神妙な、けど芯の入っているような言葉を紡ぐ。
「例え何を背負っていようと、何を隠していようと、何で苦しんでいようと、あたしはね。それでも十代の側にいたいの」
「………おいそれって」
「ま、告白って奴だね」
 いつもの軽い口調に戻って呟く。こんなの告白のうちに入るのか入らないのかどっちだ。
「いやいやいやいや」
 両手を振って否定したい。
 こいつが妙に俺に絡んでいたのもそれが原因なのか?
 冷静になって考えて、俺のような奴に坂崎はこう言っちゃ何だが可愛い方では或る。少なくとも着飾ればだ。
 それなのに、俺に対して。俺が、事実上、俺の側にいたいと?
 いやいやいやいや。
 俺が背負って来たものはなんだ?
 愛する家族を、三四を救う為に世界すら壊し、また世界を変えようとしている。
 たった一人でも重すぎるものを背負っているのを、俺は例えば坂崎に打ち明けて背負わせたとしよう。でも、俺が見ているのは三四になる。
 坂崎じゃない。
 俺はこいつの事は嫌いじゃない。だから別にいいじゃないか。
 でもそうだと断言出来る要素などあるか?
 答えはどこにある。答えは何処にある。





 世界とは揺れるもの。
 この時に彼はそれに気付いていたのかもしれない。

「歴史を書き換えるという事は」
 彼は呟く。他の誰もいない、否、誰も辿り着く事のなかったその場所で。彼は言葉を紡ぐ。
「それが時間旅行であればタイムパラドックスという一つの問題が時として騒がれる。だがしかし、今はそれは無い。
 それは何故か? 世界とはたった一つの分岐で大きく様変わりしていく。無限に枝分かれしていく、分岐した分だけ宇宙が存在すると言っても過言に非ず」
 聞く者もいない、答える者もいない。
 だが、彼は言葉を紡ぐ。
「遊城十代の挑戦は形がどうであれ歴史を書き換えるという点であれば成功しているのだ。だが、その先に何があるのかというと話は別になる」
 それは無造作に積み上げられた山札の中からカードを引く事に似ている。
 ポーカーに例えるなら、配られた五枚の手札が役無しかスリーカードかフルハウスかストレートフラッシュか。
 或はブラックジャックだとして3になるか8になるか13か21かそれ以上かも解らない。
 そう、この世界が如何なる答えを持つか。
 それは、世界の管理者たる彼にも解らない。
「しかし賽は投げられた。留める事は誰にも出来ない。機械仕掛けの神すらも。彼が操るのは終わってしまった後の世界なのだから」
 彼はそう言葉を締めくくる。
 運命を変えようとする一人の愚者に思いを馳せながら。



 待っているのは、どんな形であれ、新世界なのだ。




《第4話:時は来たれり》

「その運命から逃げる事は出来ない」
 彼は語る。
 己の不運さを呪い、世界の無慈悲さを呪い、そして…自分自身の罪深さを呪う。
「それが俺が犯した罪への代償なのだから」
 狂ってしまった訳ではない。ただ、それしか無かったと知っていた。それしか無かったと思っていた。
 だから、そうした。
 たったそれだけで済んでしまう出来事の筈なのに、実はそうではない。

 この世界にとって必要なもの。
 それは……それは本当に大切だったもの。それを失ってしまった理由は、その理由を、彼は知っている筈だというのに。
 同じ過ちを犯し続けるのだろうか。






 南へ数百キロ離れた海上に、一つの人工島が存在した。
 二つのヘリポートと下部に伸びた船着き場。いくつかの施設を集約した中央のタワー。しかしそれでも全長1キロほどで収まってしまうその人工島こそ、デュアル・ポイズンの海上基地であり、新たな本部であった。
 夜になり、日付が変わりかける頃になってヘリポートに一機のヘリが舞い降りて来る。
 プロデュエリストランキング一位にして、デュアル・ポイズン所属のデュエリストでもあるマーカス・スノーが試合から帰って来たのだ。
「……おや?」
「やぁ、お帰りマーカス」
 ヘリから降り立ったマーカス・スノーはヘリポートに立つ普段は姿を見せない人物にそう声をかける。
「これはこれは総帥。珍しいですね」
「君と入れ替わりで前の本部に行くのさ」
 デュアル・ポイズン総帥。
 吹雪冬夜はニヤニヤ笑いながらヘリへと飛び乗る。
「ああ、そうそう」
「なんでしょう?」
「遊城十代はどうしていた?」
「今日の試合を見に来ていましたよ……ただ、あの調子だと今夜中に海馬コーポレーションが来るでしょう」
 マーカスは今日話した海馬社長との会話を思い出す。少なくとも彼の実行力ならば恐らく今夜中だ。名指しとまではいかなくとも明確に示唆はしていたのだから。
「そうか。じゃあ尚更行かないとダメだね」
 吹雪冬夜はニヤリと笑う。今回の事態が大きな危機だとも思ってすらいないように。
 いや、楽しんでいる素振りすらある。
「どうやらその様子だと……色々とやりたい事があるみたいですね」
「ああ。これからの事さ」
「これからの事、ですか?」
「ああ。世界は一度消え、二度目が始まった。遊城十代が消した。だが、奴の力だけで世界が消えた訳じゃない。それに乗じて、否。
 この世界を管理する者、神になった奴が、そう、Deus ex machinaに成り果てた奴がいる。この世界だけじゃなくて、全ての世界を調整するものとして、ね」
「まぁ、スケールのデカい話ですな」
 マーカス・スノーはそう言って笑うと、少し目を細める。彼自身がこの少年と知り合ったのはほんの数年前だ。
 その時からまったく変わらない容姿を持つ吹雪冬夜が世界や次元といった人間の範疇を半分はみ出している者だという事ぐらい、マーカスには解りきっていた。
「気に入らない」
 吹雪冬夜は呟く。
「Deus ex machinaになった人間がいるのに、どうしてそいつはどんな奴にもその恩恵を与えようとしない? 人間たるオレらは万物の霊長。
 この惑星が生まれてから46億年、数多に存在する平行世界達を計算に入れればその年月は無限と言っても過言じゃない。
 それだけの歴史をたどっていながら、人間が完全に神に辿り着いた事なんて無かった。それを踏み越えて辿り着いた奴だというのに。
 そいつはそのまま神になった。人間という枠を捨てて。機械仕掛けの神、よく言ったものさ。だから気に入らない。オレの方がよっぽど人間らしく神になれるさ」
「……その為にこの組織を作ったんですかね、幾多の世界とやらを巻き込んで」
 吹雪冬夜はため息をつく。
「神になれるぐらいの力があるから、守れるものだってある。同時に失うものもあると言うさ。けどオレは失いたく無い。オレは人のままで神になりたい」
 そう、そのために数多の世界と人間を犠牲にした。
 それは一人を救う為に世界を一つ犠牲にした遊城十代のように。
 まるで逆転した事実。
 世界を救う為に一人の犠牲が常道、一人を救う為に世界を犠牲にするなど邪道で外道もいい所だ。
 でもそれを望んだ奴がいる。
「けど、皮肉なものだな……俺はそんな機械仕掛けの神様って奴が大嫌いなのに。あいつが作り出した神竜が神に辿り着く鍵だってのは」
 苦笑する吹雪冬夜。
 半分だけの自嘲。残り半分は、それが着実に進みつつ在る事実への歓喜。
「さて、その為には何人か犠牲になってもらおうか……」
 吹雪冬夜はヘリコプターへ身を滑り込ませると、離陸を指示した。
 事態が大詰めへと、否、この謝肉祭のフィナーレを見届ける為に。










 ヘリがかつての本部へと戻った時、ヘリポートには二人の人影がいた。
 一人は遊城十代。そしてもう一人は―――――。
「おや、いつの間に戻って来たんだい? 高取晋佑」
「ついさっきだ。総帥が戻って来ると聞いたからな」
 冬夜の言葉に晋佑はぶすりと答える。
「で、さっさと逃げた癖にまた戻って来るとはどういう了見だ?」
「十代に話があってね。十代?」
「……俺にか?」
 十代は少し息を吐くと、頭を掻く。
「で、何の話だ? 神竜の事さ。幸いにしてまだデッキに入れているんだろう?」
「ああ」
 わざと晋佑から離れるようにヘリポートを歩く吹雪冬夜に追いつくように少し足を速める十代。
「どうやらその様子だと、神竜はさして動いてはいないようだね」
「当たり前だ。この前の夜から一度もデュエルしてないんだぞ」
「まぁ、それもそうか。とこえで一つ聞きたいんだが十代。ダークネスの始まりは何なんだ?」
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
 意外な問いである。神竜がダークネスの断片であった事を知っている吹雪冬夜が何故そんな事を聞くのか、十代には少し解らなかった。
「教えてほしい」
 だが、吹雪冬夜は躊躇わずに聞く。仕方なく、十代は口を開いた。
「一枚のカードの……裏側。ダークネスはそう言っていた」
「じゃあ聞こう。その一枚のカードを作った奴は誰だ?」
「さぁな。俺が知るか。と、言うよりなんでそんな……」
 十代はそこまで答えると思わず言葉に詰まる。妙な問いだ、と思ったからだ。
 始まりは一枚のカードの表と裏。だが、そのカードを作ったのは誰?
 それこそが世界の始まり。
「……そいつが全ての元凶さ。全てのスタート地点に存在に立った奴が、ね」
「…………吹雪冬夜。お前はそいつを知っているのか?」
「いいや」
 吹雪冬夜は首を振る。
 だが、それが何処か引っかかる気がした。
「ところで、今日海馬ドームに行ったそうじゃないか?」
「あ? ああ。坂崎に誘われたからな」
「マーカス・スノーが君を見掛けたと言っていた」
「ならあいつに伝えとけ。海馬社長を不用意に挑発するなってな」
 十代はそう言い放つと話はそれで終わりかとばかりにきびすを返す。
「ああ、ちょっと待て」
「……なんだ?」
「坂崎加奈についてどう思う?」
「…………」
 十代は答えない。そのままきびすを返す。
「……答えられないなら答えなくていい。じゃあまた」
 吹雪の言葉を聞きつつさっさと足を運ぶ十代へと晋佑が駆け寄る。そう、まるで駆け寄るかのように。
「おい、いいのか?」
「何をだ?」
「坂崎の事だ。このまま坂崎が本部にいたら見捨てられたも同然だろ、あんたと同じように。せめて彼女だけでも逃がせないのか?」
「それで俺には残って死ねという事か?」
 本当はそうではないが、冬夜の命令を知らない晋佑にはそう捉えてもおかしくはない。
 晋佑が少し息を飲んで黙り込む。
「どうせこの組織は一度は終わるんだ。今更怖くは無い。それに……坂崎の方だってな、沈みかけた船に乗りたくは無くても、俺と一緒にいる方がいいんだと。狂ってるぜ」
「……………」
 晋佑は答えない。だが、彼は知っている。
 坂崎加奈がどんな思いで遊城十代に近づいたか。それを知っている。けれども、遊城十代は鬼だ。そう、鬼になっている人間だ。
 復讐と憎悪と、その奥に燃える焔を。

 地獄の焔を燃やす鬼だ。あの男は。

 高取晋佑は知っていた。





 デュアル・ポイズンは設立当初、未知のカードの研究、そしてデュエリスト同士が所属して対戦を繰り返す事で切磋琢磨する。
 少なくとも表向きは健全な組織であり、その行動が非合法化、過激化していったのは今の人材が集まってからである。
 しかしもっとも。
 高取晋佑が坂崎加奈と共にデュアル・ポイズンに所属した頃、既にその組織はそちらに染まっていた。

 ちょうど二年ほど前。高取晋佑は「師匠」の元でデュエリストとしての腕前を磨いていた。
 晋佑だけでなく、黒川雄二、宍戸貴明と後に名を馳せるようになるデュエリストも含めて十数人の幼いデュエリスト達は師匠の元で殴られたり怒鳴られたり褒められたり一緒にエロ戦車突撃したりしながらそれなりに楽しい日々を送っていた。
 だがしかし、晋佑はそれ以上を目指したくなったのだ。
 自分より後に入った二人の成長に危機感を覚えた、そこで新たな場所で修行をしようと考えたのだ。そこで見つけたデュアル・ポイズン。
 自分と同じように、上を目指そうと当時考えていた坂崎加奈を誘った。否、巻き込んでしまった。

 その時からだろう。
 坂崎加奈は最初に出会った遊城十代を見たのは。


 餓えている。
 坂崎加奈が遊城十代を初めて見た時、そう思った。
 そう、自分と歳の変わらぬ少年が。貪欲なまでに、過剰なまでに餓えていた。勝利と、遥かなる高みに。
 当初はその原動力が何なのか解らなかった。否、知るよしも無かった。

 だがそのひたむきな姿に、坂崎加奈は自分の真逆を見いだした。
 自分はああいう風に貪欲にはなれない。でも、楽しむようになる事はできる。
 デュエルを楽しむデュエリスト。
 かつて遊城十代が知っていたデュエリストとしての生き様、生き方。
 勝とうが負けようが、関係ない。とにかく楽しむ事。そのデュエルを、1ターン1ターン、1フェイズ1フェイズを。
 だからこそ、だ。
 自分と違う生き方をしながら、自分とは違って傷つくように。でも、楽しさを知っているようにも見える。
 たった一つのカードで表す事など出来ない。
 幾多の矛盾が折り重なった螺旋。遊城十代とは、そういう風に見える。

 だから坂崎加奈は。
 遊城十代の姿を追うようになった。自分の居場所へと誘導するように。でも、それこそが。
 彼女の運命を変えるようになるなど、知るよしも無い。

 高取晋佑は知っていた。
 出会ったときから気付いていた。この男は、危険だと。

 貪欲すぎる勝利への執念。その先にあるものが何かという事。
 勝利に辿り着ければ話は別だ。何故なら勝利に一度辿り着こうが終わらない。死ぬまで延々と巡り続けなければいけない。
 故にいつまで経っても終わらない。
 では、辿り着けなければ何か。
 こちらも終わらない。勝利に辿り着くまでが終わらない。
 では、その間彼はどうなっているのか?
 転げ落ちているのだ。地獄まで。地獄の焔を宿している者が、遥か天上まで行き着く筈も無く。ましてや楽園に辿り着くなど有り得ない。
 栄光を手にする場所も、落ちて行く場所も地獄だ。地獄しかない。
 だから気付いていた。危険だと。
 むしろ、早急に排除するべきだと思った。だが、その度に。

 坂崎加奈は間に立っていた。
 二人の間に。

 時として遊城十代の方を見ていながらも、それでも高取晋佑を放っておこうとはしなかった。決して見捨てようとはしなかった。
 そして、それだからこそ。
 遊城十代は、坂崎加奈の事を……。









 遠くの方の空が、少しだけ白く見え、夜明けが近づきつつある。
 一晩の間、待ち構えていたがどうやら今夜は攻撃を仕掛けては来ないだろう、十代はそう思って大きく伸びをする。
「おつかれー」
 声が響く。このどこか能天気で間の抜けた声は坂崎であるに違いない。
「ん? ああ、坂崎か」
「様子はどうー?」
「この調子なら今夜は来なかったというべきか。昼間に来るほど向こうもアホじゃない」
 少なくとも昼間に大挙して一つのビルに集団が押し寄せる光景など目立つというレベルではなく警察行きである。
 海馬コーポレーションとて企業なので非合法な事は出来ない…はず。
 そう、はずである。

「…………」
 遠くの方に、早朝だというのにいかにも怪しげなロゴ一つ無い恐ろしいトラックが何台も接近してきていなければ。
「……坂崎。今のうちに逃げる準備だけはしておけ」
「…………十代は?」
「やらなきゃならない仕事があるんでな」
 デュエルディスクの上のデッキを軽く叩く。ひと暴れしなくてはいけない時が来た。
 そう、神が降臨するのだ。

 神竜が。





 荒々しい足音。物々しい様子の外。
 出入り口という出入り口が全て封鎖され、いつ相手が突入してきてもおかしくない。
 吹雪冬夜は、その瞬間を待っていた。
「神竜は一度こちらの手に渡り、もう一度あちらに戻る」
 呟く。それはある意味確定事項。いつまでも十代が持ち続けるものではない。
「とは言いつつも、十代は本当にオレの方を利用してやるって感じだしな。もしかしたら旨く行かないかも知れない」
 遊城十代の野望。
 妹を救う、ただそれだけの願い。そう、その一筋の願いだけを。
 文字通り、世界すら壊した理由にまで。
「だけど、オレにはオレの野望があるんだよね」
 その為の大切な駒。それが遊城十代。
「Deus ex machina。お前が作り上げた神竜は世界の調停の為に作った筈だった。だがな、強大すぎる調停力は最終兵器に繋がるんだぞ」
 神竜。
 そう、神竜のルーツを彼は知っている。機械仕掛けの神。Deus ex machina。
 世界すら変えるリーサルウェポン。
 世界を滅ぼしたダークネスから生まれたもの。ダークネスを内に宿したもの。
「皮肉な話だ、本当に」
 一人を救う為に全世界を犠牲にした遊城十代がその野望をもし叶えようというのなら。
 自分の場合は何故叶わないのだろうか。
 数多の世界を、同じ事を繰り返し続けたというのに。

「そして」
 彼は呟く。
「君はこの盤上でどういう動きを取りたいのかな、坂崎加奈?」
 吹雪冬夜は、ここで初めて坂崎加奈と対峙した。
 自らが所属する組織の総帥、今まで存在は知っていても直接会うのは初めてだった。
「……………」
「初めまして。オレの名前は吹雪冬夜。デュアル・ポイズンの総帥さ」
「………それは、今聞いた」
 坂崎加奈という人間は普段は、いや、正常ならば「楽」という文字で表せる人間である。
 至高の痛み。
 至純の恐怖。
 深淵の悲哀。
 無限の憤怒。
 真実の終焉。
 無上の歓喜。
 いかなる「負」の力や感情とは異なるその存在が初めて、否。
 坂崎加奈が思う誰かの為に、幾つもの「負」を宿していた。
 或いは痛み。或いは恐怖。或いは悲しみ。或いは怒り。或いは絶望。或いは歓喜。
 螺旋から螺旋へと派生する、幾つもの感情が彼女を支配する。
「あなたは……ううん、こんな事を言うのもおかしいな……」
 口を開く。感情の無い声から、魂が込められた叫びへ。

「お前の望みは何? 何が望みで、何が欲しい? その為にどれだけの犠牲を払うの? 私? それとも十代の事? ううん、それだけじゃないよね。十代の願った事、十代の思い、あたしの思い、あたしの全て、彼が願うものの為に背負って来たものすべて? その全てを壊して、お前は何が望みだ? 復讐か、夢か、希望か……それはあたしには解らない。でもね」

 そして、この時に彼女は爆発した。
 噴火した火山のように、否。地獄の焔のように。

「吹雪冬夜ぁっ! これだけ解る……あんたが望む事。知ってる? 世界や歴史に名を残す奴はね、犠牲の上で成り立つ奴は多い……でもろくでもない歴史を作る奴は! 誰かが許さない、それこそその歴史を塗り替える誰かが! 十代だってあんたの事を信頼してないのかも知れない。それはあたしにだって解る。けどね、でも……十代が助けたいと願ってる妹さんの事……十代からそれを奪うことだけは、納得いかないの。このあたしがね。おかしな話。十代はここにいないし、十代だってあたしがこんな事言ってもいつもみたく冷たく返されるだけかも知れないけど。それでも………それでもあたしは、十代の事を助けたい。十代がどれだけ苦しんでるか、どれだけの思いで生き続けてるか。知ってしまったから」

 坂崎加奈は目を細める。
 だからここまで来た。いつだって逃げる事だって出来た。その為に何度も声をかけた。でも、彼は結局の所。
 自分自身の為に、否、自分の希望の為に。動き続けていた。

 ならばせめてその為に。
 全身全霊を尽くそう。初めて好きになった彼の為に。例え手を振りほどかれたとしても、地獄の果てまで憑いて行くと。
 彼の為ならば、怖く無いと解っていたから。

 そう、だから。

 こいつが敵だと気付いたから。

「……犠牲の上、か」
 吹雪冬夜は口を開く。
「ろくでもない歴史を作る奴は誰かが許さない、ね。だがそれは理想論だ。今までの歴史がくだらないとでも言うのかい?」
 吹雪冬夜は語る。
 今の今迄行きて来た世界を。全てを、全世界の根源にまでいたろうとするその理由を。
「この世界が生まれた時、一枚のカードがあった。太陽の光はカードの表を照らした。裏には届かない」
「………何を?」
「黙って聞け。オレは裏側にいた。裏の世界に……深い闇。何も落ちてこないが上がる事すら無い。絶望も希望も無い。ただの虚無の世界。だけど、それでも……オレはある時知ってしまった。光に照らされた世界を。表側で、ぬくぬくと生きる世界を! だからオレは、否、オレたちは願った! そちら側に行く事を! そして辿り着いた……だけど世界は、何があろうと表と裏。裏に取り残された奴らの為に、光を照らさなければいけない……太陽の光を届かせなきゃいけない。全世界が等しく光が届くように」
 かつて古き時代。
 吹雪冬夜は、深い闇の底に沈んでいた事を思い出す。
 その中で過ごした長い時間。
 そして表に出た時、裏の世界で放置されてきた仲間達の事を。
「この世界の連中はぬくぬくとしてやがる……同じ惑星に生まれた。なのに、地上と地下で生まれた場所が違うだけで、延々と虚無の闇で長いときを過ごすだなんて…………。だから、解放してやりたい。オレの望みはそれだけだ。それに十代は――――たった一人の為に世界を消し飛ばした。本当はな……オレはそれが一番憎いんだよッ!」
「憎い? どうして………世界を消し飛ばした?」
「ああ。そうさ。坂崎加奈。お前は知らない。いや、世界の大多数の人間は知らないだろうね……この世界が一周目の世界の全人類の犠牲の上に成り立っているという事も! あいつは一度自分自身で救った世界を無に帰した! 一人を救う為に、そう言ったのはオレだ。そう、オレ自身だ。何故そうしたか? その理由が解るか? 簡単な話さ。あいつに罪を押し付けた。そして、オレがあいつをいつかは消す理由にもなる。何故ならオレが憎んでいるのは地上だけだ。そして、Deus ex machinaも。あいつらがいるから、この世界は間違っている」

「だからオレが神になる。世界を……あるべき形に戻す」

 吹雪冬夜の言葉に、加奈は首を振る。
「なによそれ……わけわかんない。裏側の世界? 一巡目の世界の犠牲のうえって……なんなのよ、初めて聞いた………わけがわからない」
「そりゃそうさ。普通の人間は知る筈が無い……そう、解る筈が無い………否、例え十代にだって解らせる気はないさ」
「………お前は、何もの?」
 坂崎加奈の問いに、吹雪冬夜はこう答える。
「かつてこの地上にいた先時代の住人……そして光とともに人間に地底へと負われた哀れな先住民達が作った……地上を取り戻す為の、世界を取り戻す為のたった一つの希望だ」
「だからこそ」
 声が響く。坂崎加奈が振り向いた時、もう一人の吹雪冬夜がそこにいた。
「俺たちは個人じゃない」
「どんな世界にも、どんな場所にだっている。どんな時間にも」
「! 嘘…………もしかして、神竜を使って神に辿り着くなんて……」

「「「全ては俺たちの地上を取り戻すため」」」

 吹雪冬夜達が喋るより先に、坂崎加奈の蹴りが一人へ飛んだ。
「おぐはっ!?」
「一人いりゃじゅーぶんでしょ」
「そういう事か」
 坂崎加奈は二人目も容赦なくなぎ倒し、三人目を遠慮なく蹴り倒す。
 つい先日海馬コーポレーションのセキリュティに追い回された時何も出来なかったのとは違う。
「やっぱ十代見てると役に立つなぁ……さて」
 坂崎加奈は大きく伸びをすると、一人だけ残った吹雪冬夜を睨む。
「悪いけど……十代に近づかせる訳には行かない」
「へぇ? でも十代の方はオレの方が必要だぜ」 「へぇ、やるのかい」
 吹雪冬夜は一歩距離を取る。そう、お互いにやるべき事は解っている。
 決着をつけるのは、簡単だ。

「行くよ……デュエル!」
「デュエルだ! 楽しませてもらおうか!」



 坂崎加奈:LP4000 吹雪冬夜:LP4000

「あたしのターン!」
 考えてみれば、吹雪冬夜にとってまともにデュエルをするのは久しぶりだなと思った。
「フィールド魔法、灼熱の大地ムスペルへイムを発動!」

 灼熱の大地ムスペルへイム フィールド魔法
 全フィールドの炎属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 1ターンに1度、選択した炎属性モンスター1体の攻撃力を1000ポイント上げる事が出来る。
 この効果を使用した場合、そのモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 ソリッドビジョンの効果で、フィールドが灼熱の大地に覆われる。
 このカードは元々坂崎加奈のデッキには無かった。十代が渡したカードによるものだ。
「続いて、ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 攻撃力1800→2100

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「オレのターンだ。では、怯えるなよ?」
 吹雪冬夜が一回目のドロー。
「氷結界の武士を攻撃表示で召喚!」

 氷結界の武士 水属性/星4/戦士族/攻撃力1800/守備力1500
 フィールド上に攻撃表示で存在するこのカードが守備表示になった時、このカードを破壊しデッキからカードを一枚ドローする。

 焔と氷。
 温度という面での対極の位置にあるモンスターが召喚される。しかし、氷結界の武士の攻撃力ではヘルフレイムエンペラードラゴンを攻略出来ない。
 だがしかし、倒せない敵、ではない。
 何故なら、それが吹雪冬夜という人間だからである。
「ここで魔法カード、二重召喚を発動!」

 二重召喚 通常魔法
 このターン、このカードのプレイヤーは通常召喚を二回行う事が出来る。

 本来はデュアルモンスターのサポートとして使われるこのカードだが、その単純にして明確な効果はモンスター・アドバンテージを稼ぐのにはちょうどよい。
 何せ墓地にカードを送ったら送ったで送ったなりの使い方が在る。
「この効果でオレは氷結界の武士を生け贄に捧げ、氷帝メビウスを召喚!」

 氷帝メビウス 水属性/星6/水族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを二枚まで選択して破壊する事が出来る。

「氷帝メビウス……」
 帝、というカテゴリに分類されるモンスターは多くのデッキに採用されるモンスターだ。
 それぞれ○帝、という名を持ちそれぞれ効果が異なるがそのどれもが多くのデッキで活躍出来る。事実、デュアル・ポイズンにも帝を採用したデッキを使うデュエリストはいる。
 極端な奴には全ての帝を投入した奴だっているのだ。
「メビウスの効果発動! 生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを二枚まで破壊することができる。
 もちろん、そのフィールド魔法とリバースカードを破壊させてもらおう」
「…」
 坂崎のフィールドに存在するムスペルヘイムと、伏せられていたリバースカードが破壊され、焔の竜を守るものは何も無い。
「そしてメビウスの攻撃! アイス・ランス!」

 坂崎加奈:LP4000→3400

 魔法・罠カード除去、上級モンスター召喚、そして……いや、恐らく墓地コスト増加もわずか1ターンで行う。
 充分脅威、と値するべきレベルだ。
「いいじゃない……楽しんであげる」
「カードを一枚伏せて、ターンエンド。お前のターンだ」
「あたしのターン……ドロー!」
 問題は彼女に逆転の一手があるかどうかだ。もっとも、勝負はまだ決まりきっている訳ではないが。
「手札より、ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「またそいつか。同じモンスターを並べただけでも、同じ戦術に潰されるだけだぜ?」
「どうかな?」
 吹雪冬夜は坂崎の反応を見て、少しだけ「お?」と思う。
 どうやら彼女、ただ能天気なだけではなくて頭もわりかし切れる方らしい。
「そうかい、ではオレのターンだ……ドロー」
 吹雪冬夜のデッキは分厚い。
 デッキの下限は四十枚、それ以上に特に制限はない。だが、大抵のデッキはデッキ破壊デッキ対策にでもしないかぎりは四十枚ギリギリである。その方がキーカードを引きやすいからだ。
 もっとも、坂崎や十代にはそれが通じていないようだ。引きが良いからか。
 そして吹雪冬夜のデッキは、不気味なほどに分厚い。少なくとも二倍近くはある。

「氷女ツララを守備表示で召喚!」

 氷女ツララ 水属性/星4/魔法使い族/攻撃力1100/守備力1900
 このカードの召喚に成功した時、デッキから「氷女」と名のつくモンスター1体を手札に銜える事が出来る。
 墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、通常召喚の生贄1体分として扱う事が出来る。

「更にフィールド魔法、永久氷河を発動」

 永久氷河 フィールド魔法
 全フィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドロー出来る。

 フィールドが氷に覆われた氷河地帯へと代わり、坂崎は少しだけ身震いする。
 少なくとも、彼女が従える焔の竜達には似合わない場所だ。そして吹雪冬夜の眷属達には最適な場所。少しずつ不利になりつつあるのは解る。
「そして、メビウスの攻撃! ヘルフレイムエンペラードラゴンを撃破!」

 二度目の攻撃が直撃し、焔の竜は再び地獄へと沈んで行く。

 坂崎加奈:LP3400→2800

「まぁこんなものか。ターンエンド」
 意外と何とかなるな、と吹雪冬夜はたかをくくる。だが、真の戦いはこれからだった。
「私のターン」
 口調が変わった、と気付いた時にはもう遅い。
「お前のフィールドには2体のモンスターがいる。うかつに2体も晒したのが敗因」
「………なにぃ?」
「お前のフィールドの氷帝メビウスと、氷女ツララを生け贄に捧げ……溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムを召喚!」
「!」
 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム。
 かのグールズ総帥マリク・イシュタールが使ったトリッキーなモンスター。その効果と戦い方は相手に衝撃をもたらしたのを覚えている。
 そう、そしてその戦術は今ですら充分通用するほどに。
「くっ……!」

 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性/星8/悪魔族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に存在するモンスター2体を生け贄に捧げて手札から相手フィールド上に特殊召喚する。
 自分のスタンバイフェイズ時、自分は1000ライフポイントダメージを受ける。
 このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。

 文字通り2体の生け贄をむさぼり、溶岩の悪魔が姿を現した。
 地獄から来たとはよくいったものだ、と吹雪冬夜は思う。意外と隠し球を持っているじゃないか、と。
「そしてそしてそしてぇー! 魔法カード、洗脳-ブレインコントロールを発動!」

 洗脳-ブレインコントロール 通常魔法
 800ライフポイントを支払い、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る。

 ラヴァ・ゴーレムからコントロール奪取のコンボ。
 モンスター除去と1ターン限りの攻撃力3000という絶対火力、そして相手のターンが巡って来たときのバーン効果。
 それだけでダメージは4000。地道な布石が実を結ぶ地味ながら凶悪な1ターンキル…。
「……や、野郎………舐めやがってぇぇぇぇぇ!!!!」
 吹雪冬夜が叫ぶより先に。
「あたしはこれでラヴァ・ゴーレムのコントロールを得る」

 坂崎加奈:LP2800→2000

「だけど、叩き潰すには充分だよ! お前のフィールドにモンスターはいない、ラヴァ・ゴーレムでダイレクトアタック! 師匠直伝、城之内ファイヤー!」
「って、直伝って………おぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 ラヴァ・ゴーレムの強烈なパンチが、吹雪冬夜へと一直線へと向かった――――。




《第5話:凶兆の繋がり》

「師匠直伝、城之内ファイヤー!」
「って、直伝って………おぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 ラヴァ・ゴーレムの攻撃が文字通り、吹雪冬夜へと迫る。
 その攻撃力は3000。そしてコントロールが戻った後に与えられるダメージで更に1000。合計、4000。
 ライフポイント全てを削りきる、ギリギリの数字。

 勝った、と坂崎加奈は勝利を確信する。
 だがしかし。
 吹雪冬夜は、膝を折る事すら無かった。

「罠カード、くず鉄のかかし……」

 くず鉄のかかし 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。発動後、このカードは墓地に送らず、そのままセットする。

「嘘、そんなカードが……!」
 坂崎の言葉に、吹雪冬夜はニヤリと笑う。
「オレだっていつもいつもその1ターンキルを叩き込まれて負けてる訳じゃないさ。幾多に存在する平行世界から時にカードを手に入れる事だって出来る。こんな風にな」
「……うわ、セコ」
「だが、これでお前の攻撃は無効だ。そして、エンドフェイズにはラヴァ・ゴーレムはオレのフィールドに戻って来る」
「………」
 必殺の1ターンキルコンボを潰され、次はこちらが1ターンキルされそうなターンになる。
 しかし、坂崎はそれでも諦めない。
「カードを二枚セットして、ターンエンド」
「じゃあ、オレのターンだな。ドロー」
 吹雪冬夜は知っている。この後、どのように進むかを。
 いつもはオレの盤上、そして今日もそのままだと彼は思っている。

 だがそのように進むものか。

「ラヴァ・ゴーレムの効果でスタンバイフェイズにオレは1000ポイントのライフを失う」

 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性/星8/悪魔族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に存在するモンスター2体を生け贄に捧げて手札から相手フィールド上に特殊召喚する。
 自分のスタンバイフェイズ時、自分は1000ライフポイントダメージを受ける。
 このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。

 吹雪冬夜;LP4000→3000

「このままライフを削られ続けては叶わないからな……生け贄に捧げさせてもらう。溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムを生け贄に捧げ、オレは魔氷龍クロノスを召喚する!」

 魔氷龍クロノス 水属性/星6/ドラゴン族/攻撃力?/守備力/?
 このカードがフィールド上に存在する時、プレイヤーはスタンバイフェイズ時1000ポイントのライフを支払わなければならない。支払わなければ破壊する。
 このモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時、このカードのプレイヤーは自分・相手の墓地からカードを一枚選択し、コントロールを得る。それがモンスターカードの場合、フィ−ルド上に特殊召喚する。
 このカードが破壊された時、コントロールを得たカードは全てそれぞれの墓地に送られる。
 このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、手札またはデッキから全ての召喚条件を無視してモンスターを一体特殊召喚出来る。この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃表示から表示形式を変更出来ず、攻撃宣言を行えない。
 このカードの攻撃力・守備力は全フィールド上に存在するモンスターカードの攻撃力の合計値とする。

 時の神の名を持つ氷の龍がフィールドに舞い降りる。
 絶望か、恐怖か。それは判らないが、降り立った瞬間に暴風のように起こった風が、坂崎加奈を吹き飛ばさんばかりに叩き付けてきた。
 ぐっ、と息を飲む。
 この暴風に負ける訳には行かない。相手が如何なる存在であろうと。

 坂崎加奈は約束した。
 彼の為に戦うのだと。彼の為に、勝つのだと。

「クロノスの第一の効果を発動! 自分または相手の墓地からカードを一枚選択し、そのコントロールを得る! オレは、氷帝メビウスを自分の墓地から、そしてお前の墓地からヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を召喚させてもらおう」

 魔氷龍クロノス。
 召喚時に必要なものは生け贄1体、そしてコストとしてスタンバイフェイズごとに1000ライフを必要とするが、それだけのコストにしては多すぎるリターンがある。
 全てを凍てつかせ、時の支配者たる存在。
 唯一にして絶対。神すら倒せる可能性をも秘めるカード。それを、焔の竜ごときが如何に攻撃力を高めようと、それより常に並ぶか上を行くその存在には叶わない。
 永久に……どう足掻いたとしても、叶う事は無い。

 永久氷河 フィールド魔法
 全フィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップする。
 このカードがフィールド上に存在する限り、手札の水属性モンスターを墓地に送る事でカードを二枚ドロー出来る。

 氷帝メビウス 水属性/星6/水族/攻撃力2400/守備力1000
 このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在する魔法・罠カードを二枚まで選択して破壊する事が出来る。

 氷帝メビウス 攻撃力2400→2700

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 吹雪冬夜のフィールドに2体のモンスターが並ぶ。
 片方は氷の龍。
 もう片方は氷に似つかわしく無い、焔の竜。主の前に牙を剥く、悲しき竜。

 魔氷龍クロノス 攻撃力0→4200→4500

 そして更に、魔氷龍クロノスの攻撃力は2体のモンスターの力を得て倍増する。
 その攻撃力は4500。1ターンキルには充分すぎるほどの。1撃でライフを全て持って行くほど。

「さぁ、オレのバトルフェイズだ! 終わりだよ、坂崎……冒涜の凍気弾!」
「リバース罠、発動! メタル・リフレクト・スライム!」

 メタル・リフレクト・スライム 永続罠
 このカードは発動後モンスターカード(水属性/星10/水族/攻撃力0/守備力3000)となり、自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。
 このカードは攻撃宣言をする事が出来ない。(このカードは罠カードとしても扱う)

 神の攻撃をも阻止したメタル・リフレクト・スライムがクロノスの攻撃を文字通り盾として受ける。
 しかし守備力3300では4500もの攻撃力を受けきれる筈も無く、無敵の守備を誇るスライムも氷の中へと消えた。
「フッ、1ターンは受け止めたか……だが、次で終わりが見えているぞ?」
「そう見える?」
「ん……?」
 吹雪冬夜が目を凝らした時、フィールド上には1体のモンスターが鎮座していた。

「ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4がもう一体、だと?」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

「もう一枚のリバースカード、魂の綱を発動させてもらったの」

 魂の綱 通常罠
 自分フィールド上のモンスターが破壊され、墓地に送られた時に発動する事が出来る。
 1000ライフポイントを支払う事で自分のデッキからレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚出来る。

 坂崎加奈:LP2000→1000

「チッ……」
 このまま次の坂崎のターンへ移行すれば、焔の龍はレベル6へと進化する。
 そうなると攻撃力が徐々に厄介な事になる。
「ターン、エンドだ」
「あたしのターン」
 まだまだ、反撃の道は続いている。坂崎加奈はそう思い、口元をゆがめる。
 ライフをどれだけ削られても、まだあの切り札を出していない。
「ヘルフレイムエンペラードラゴンLV4を生け贄に捧げて、LV6を召喚!」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6 炎属性/星6/炎族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは相手守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV8」を特殊召喚する。

 焔の竜が小さな姿から少しだけ大きな姿へ翼を広げて進化する。
 だが、その分氷の龍もその攻撃力を得て力は増幅される。

 魔氷龍クロノス 攻撃力4500→6900

 攻撃力6900。どでん、と乗っかるその攻撃力には如何なる力を保って対抗するべきか。
「更に魔法カード、レベル調整を発動!」

 レベル調整 通常魔法
 相手はカードを二枚ドローする。
 自分の墓地に存在する「LV」と名のつくモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃出来ず、効果を発動する事も出来ない。

 レベル調整、の効果で選択されるモンスターは勿論、先ほど墓地に送られたLV4。
 2体が並び、更にクロノスの攻撃力は上がって行く。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LV4 炎属性/星4/炎族/攻撃力1800/守備力1400
 このカードは自分フィールド上で表側表示で存在する限りコントロールを変更出来ない。
 このカードは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう1度攻撃する事が出来る。
 自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「ヘルフレイムエンペラードラゴン LV6」を特殊召喚する。

 魔氷龍クロノス 攻撃力6900→8700

 とうとう二回分は1ターンキル出来る分量に迄上がる。
 しかし、坂崎に慌てた様子は見られない。むしろ……。
「盾を2体並べても、お前が劣勢なのに変わりは無いんだぞ坂崎?」
「盾? あたしが彼らを、盾に使うように見える? それは残念、はずれ」
「なに?」
「ヘルフレイムエンペラードラゴンは、あたしが手にした世界に二つと無いカード。あたしの為だけにデザインしてくれた人がいて、あたしの為だけに作られた」
 そう、コピーカードを欲していた。オリジナルを夢見ながらも手に入らぬオリジナルを尻目に模造品を手に楽しんでいた彼女に。
 世界に二つとないオリジナル。
 彼女だけが持つ、彼女の為のカードが。誇り高き、焔の竜なのだ。

「だから、あたしだけが使う……切り札だってある。フィールドに存在する三体のヘルフレイムエンペラードラゴンを融合する! あたしと、あんたのフィールドに存在する奴を!」
「んなっ……オレの僕までも、だと!?」
 吹雪冬夜が目を見開いた時には既に遅く。
 三体のヘルフレイムエンペラードラゴンの姿は焔となり、それは姿を変えて行く。

「ヘルフレイムエンペラードラゴン LVXX」

 彼女が小さく呟いた。
 彼女の僕たる竜は、その姿を幾多の頭を持つ竜へと変えて行く。
 吹雪冬夜は知っていた。その竜の姿を。
 ヘルフレイムエンペラードラゴン LVXX 炎属性/星9/炎族/攻撃力?/守備力0/融合モンスター
 「ヘルフレイムエンペラードラゴン」と名のつくカード+炎属性モンスター1体以上
 フィールド上に存在する上記のカードを墓地に送った場合のみ、融合デッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。
 このカードの攻撃力は融合素材にしたモンスターの数×1000ポイントとする。
 融合素材にした炎属性モンスター1体を墓地から除外する事で相手フィールド上に存在するモンスター1体をエンドフェイズまで除外する。
 この効果を使用する毎に、このカードの攻撃力は800ポイント減少する。

 七つの頭と七枚の翼を持つ、その竜の姿を吹雪冬夜は知っていた。
 その竜は光、この竜は焔という違いはあれど。それでもその竜の姿はある竜とよく似ていた。
 デザイナーはその竜を知っていたのか、いや、無意識に似せてしまったのか。
「SEVENTH DRAGON……」
 吹雪冬夜は、その竜の名を呟いた。
 運命をも司る、神に近づいた男が未来に手にした竜の名前を。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LVXX 攻撃力0→3000

「LVXXの効果発動。墓地に送った融合素材のモンスター1体を除外する事で、相手フィールド上に存在するモンスター1体をエンドフェイズまで除外する。クロノスを、除外!」
「チッ!」
 巨大な氷の龍が文字通り姿を消し、メビウスのみが残る。

「この効果を使う度に、炎は少しずつ弱まる……800ポイント、攻撃力は減る」

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LVXX 攻撃力3000→2200

 攻撃力が減少し、炎が弱まったLVXXでは、メビウスの攻撃力には及ばない。
 しかし、この程度で終わる筈も無い。終わる筈も無いのだ。
「燃え盛る炎は、如何なる敵をも焼き尽くす! 永続魔法、ブレイジング・ハートを発動!」

 ブレイジング・ハート 永続魔法
 墓地及びフィールドに炎属性モンスターが存在する時に発動可能。
 フィールドに存在する炎属性モンスターの攻撃力は墓地に存在する炎属性モンスターの数×400ポイント分、アップする。
 フィールドに炎属性モンスターが存在しなくなった時にこのカードは破壊され、増加した攻撃力分のダメージを受ける。

 墓地に存在する2体のヘルフレムエンペラードラゴンと、ラヴァ・ゴーレム。合計三体の力がLVXXを更なる炎へと進化させる。
 モンスターがいなくなった時にダメージを受けるデメリットがあるとはいえ、それでも充分強すぎるカード、否、引きの強さもある。
 坂崎加奈とは、恐ろしい引きの強さがあるのだ。

 ヘルフレイムエンペラードラゴン LVXX 攻撃力2200→3400

「クロノスを除外し、そして攻撃力3400もあればメビウスを打ち倒すには充分……!」
「LVXXの攻撃! イグニッション・アサルト・バースト!」

 氷帝メビウスへ、炎の一撃が叩き込まれた。
「ぐあああああああああっ!!!!!!!」

 吹雪冬夜:LP3000→2300

「……カードを一枚伏せて、ターンエンド。そしてこのエンドフェイズに、クロノスはフィールドに帰還する」

 坂崎の言葉通り、エンドフェイズにクロノスが戻って来るが、クロノスの攻撃力はメビウスが消えた事により下がってしまう。
 そう、LVXXと同じ攻撃力にまで。

 魔氷龍クロノス 水属性/星6/ドラゴン族/攻撃力?/守備力/?
 このカードがフィールド上に存在する時、プレイヤーはスタンバイフェイズ時1000ポイントのライフを支払わなければならない。支払わなければ破壊する。
 このモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時、このカードのプレイヤーは自分・相手の墓地からカードを一枚選択し、コントロールを得る。それがモンスターカードの場合、フィ−ルド上に特殊召喚する。
 このカードが破壊された時、コントロールを得たカードは全てそれぞれの墓地に送られる。
 このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、手札またはデッキから全ての召喚条件を無視してモンスターを一体特殊召喚出来る。この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃表示から表示形式を変更出来ず、攻撃宣言を行えない。
 このカードの攻撃力・守備力は全フィールド上に存在するモンスターカードの攻撃力の合計値とする。

 魔氷龍クロノス 攻撃力0→3400→3700

「オレのターンだ……オレはライフコストを支払い、クロノスを維持する」

 吹雪冬夜:LP2300→1300

「LVXX……恐ろしいカードだ。少なくともオレは驚いたよ。こんな隠し球が飛んで来るとはね」
 並んだ攻撃力を更に挙げるには吹雪冬夜がモンスターを更に召喚すればいい。
 だが、それで終わらない事を坂崎加奈のフィールドのリバースカードが証明している。
 難しすぎるのだ。
「だが、攻めなければ何も始まらない……クロノス」
 そう、吹雪冬夜は思い直す。
 戦略、カード、そして手札もフィールドも。勝てると思える式の上で成り立つ。故に、勝てると思う。負ける要素など無い。
 如何なる世界でもそうしてきた。今迄何度も辿って来た。
 そしてその度に、機械仕掛けの神に敗れて来た。
 同じ数年間を何度も何度も微妙に違う体験をしながら繰り返す。数える事すら忘れてしまった長いときの中の確定事項。ここで坂崎加奈に勝利する事は、確定事項。
 己が勝つ事が、確定事項。

 だがしかし、こうも胸を刺す痛みは何だというのだろう。
 勝てないかも知れない、というただ一つの感情が渦巻き始めている。だが、と吹雪冬夜は首を振る。
 否。
 吹雪冬夜はこんな所で終わる場所ではない。

「手札より、オレは片翼の白狼を召喚!」

 片翼の白狼 水属性/星4/獣族/攻撃力1700/守備力1800
 このモンスターは戦闘で破壊された時、1ターンに一度だけその破壊を無効にする事が出来る。
 このモンスターがフィールド上に存在する限り、このモンスターよりも攻撃力が低いモンスターが召喚された時、そのモンスターのレベル×100のライフポイントを支払う事でその召喚を無効にする事が出来る。

 片翼の白狼 攻撃力1700→2000
 魔氷龍クロノス 攻撃力3700→5700

「オレは……オレは負けるつもりは無い! ニンゲンごときが、舐めんじゃねぇぇぇぇぇっ! 終わりだ、坂崎加奈! クロノスで、LVXXに攻撃!」

 クロノスが大きな口を開き、氷の息をぶつけようとする。しかし、LVXXも諦めてはいないのか、熱戦をぶつけるべく、七つの首を揃えた。
 ここで終わるのか、と坂崎加奈は思う。
 だが負ける訳にはいかない。そう、その為の切り札をまだ持っている。

 世界で唯一、彼女の為だけにあるヘルフレイムエンペラードラゴン。
 地獄の焔を持つ、炎の竜。悲しみと怒りを持つ、地獄の竜。

 ラスト1ターン、最後の攻撃が終わるその瞬間迄。彼女は、諦められないのだ。

「リバース罠、発動! 不死鳥昇華…」
「残念だがその罠は無効だ! 盗賊の七つ道具を発動する!」
「!?」
 流石は吹雪冬夜。リバースカード対策も、きっちり用意していたか。
 つまり。この勝負は。

「そう、負けるんだ。あたし」

 迫るクロノスの攻撃。
 ソリッドビジョンの筈のその攻撃が、冷気を伴って暴風のように迫って来る。禍々しい冷たさを持つ攻撃。
 炎の竜も、彼女を守る炎の竜も大きな翼を広げてその冷気に対抗するべく、熱を発する。しかし冷気の冷たさはその炎すらも凍らせる。
「いいんだよ、ヘルフレイム。あたしは、もういいよ」
 優しく微笑む。最後のその瞬間まで。敗北の瞬間まで。

「大丈夫、あたしは受け止められる。そう、信じている」

 倒す事は出来なかった。でも、立ち向かう事そのものにも、価値はある。決闘の師匠も最強の神を有する難敵に、あの決闘王ですらオシリスとオベリスクという二体の神を有さなければ勝てなかった相手に、神無しで後一歩迄追いつめた。
 敗北。そう、敗北という言葉一言で表せばそうでも、それでも価値ある敗北なのかも知れない。
 坂崎加奈は、そう思って笑った。

「ヘルフレイム。一つだけお願いが在るの」

 世界でたった一つだけ。彼女を主と認めている焔の竜は主の最後の言葉に、じっと耳を傾けた。
「あたしの代わりに、十代を守ってあげて。あたしから渡せる、最初で最後の贈り物。十代の行く末を、見届けて。彼の剣として、盾として。地獄の焔で、十代の為に戦って。行って、ヘルフレイム。お前の焔は、こんな所で消しちゃダメだから」

 焔の竜が一礼して姿を消した。彼女を守る盾が消えた。そして、クロノスの攻撃が迫った。
 坂崎加奈が見た、最後の光景。
 冷たい氷の世界へと、光すら届かぬ深淵へと落ちて行く瞬間。

 吹雪冬夜の、笑顔が見えた。
 その笑顔に、憎悪すら覚える。でも、十代は解っているのだろうか。

 吹雪冬夜の、本当の意志を。いや、その為に。地獄の竜を、彼に渡したのだ。
 きっと信じている。いつか、きっと………この氷の世界で、彼への救いを……十代の助けを……。
 だから今は………一時の、お別れ。きっとまたあえる。そう、しんじている。

「十代……バイバイ、ありがと、サヨナラ」



 氷の世界へと沈み行く坂崎の姿を見送った後、吹雪冬夜はため息をはいた。
 数多の世界で、彼女と戦った事は何度もある。同じ展開の繰り返しだった。しかし、今回ばかりは違った。偶然、盗賊の七つ道具を伏せていなければ、危うかった。
「どんな切り札を持つか解らないか、人間が恐ろしいと思ったのは久しぶりか……」
 小さく呟く。
 その言葉を聞くものは誰もいないと思いながらも、言葉を続ける。
「聞こえるか、Deus ex machina。オレは再びお前に挑む時が来る。その為に、全てを手に入れなければならない。神竜も、竜も、何もかも全て」
 だからこそ。
 遊城十代を、手元に置いているのだ。ただ、その為だけに。
「……オレは、勝たなくてはいけない。勝たねば、ならない」
 機械仕掛けの神に、作られた、運命を操る宿敵に。
「何度殺されて何度バラされ何度破壊され何度冒涜されて何度嬲られ何度罵られ何度蔑まれ何度狂って何度壊れて何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……! もう忘れててしまうぐらい、狂ってしまうぐらいの時を経た。何度この場で勝利し、神に近づいたとしても神はオレは何度も神に敗れる。
 最後に、勝たなきゃ意味が無い。最後に、生き残らなきゃ意味が無い。そうだな、それはまるでゲームに似ている。最後まで生き残り、最終盤まで何度も死にながら生き残り、そして最後に勝利する。そうでなければエンディングは始まらない。
 勝利するエンディングでなければ、それはエンディングではなく単なるゲームオーバーだ。そしてオレは別の世界でまたコンティニューするって事か?」
 吹雪冬夜はくつくつと嗤うと、手にしていたカードをくるりと回す。
「さしづめオレは魔王を倒しに行く勇者サマって事か。フッ……あながち間違っちゃいないな。オレには、光すら届かない深淵へと葬られた仲間達の、希望を全て背負ってるんだろうな。否、一筋の希望すら残らない絶望の国を、救おうとしている勇者サマ、か。ははは……オレみたいな奴にはお似合いだ」
 吹雪冬夜は、深い闇の底で生まれた。
 遠い古の時代、地上を埋め尽くした人に淘汰されて地底や海底の深く、世界の最も深い所迄逃げ込んだ仲間達は、吹雪冬夜を地上を知らぬと哀れんでいた。
 暗い世界。
 暗い世界は冬であり、夜であり、冷たい雪に閉ざされた、冷たい吹雪に覆われた世界である、と仲間達に教えられた吹雪冬夜は自分で自分に名をつけた。
 そして、自分を見る度に哀れむ仲間達を見て思ったのだ。
 彼らが追い出された地上へと行ってみたい。彼らに一度でもいい、もう一度地上を見せてやりたい。否、もう一度地上へと戻らせたい!
 この世界を、否、この星を支配していたのは仲間達なのだから!
 だけど、この深い底にいる限りどうにも出来ない。しかし吹雪冬夜に小さな幸運が訪れる。深い闇の底へ、人が沈んで来たのだ。眩しい太陽の光に対応しきれない吹雪冬夜とその仲間達にとって、それはかりそめの肉体としてぴったりだった。
 地上へと上がった吹雪冬夜は、そこで自身が知らぬ、人間達の世界と。大いなる絶望を一つだけ知る。

 そう、それは。機械仕掛けの神による、因果律の調整。
 機械仕掛けの神は、吹雪冬夜の仲間達が地上へと戻る事を拒んだのだ。彼らもまた、かつては地上を闊歩していたというのに。
 何度目かに生まれた時に気付いてしまった。
 神を倒さねばならない、と。神と戦う事を決意した時、もう一つの絶望を知った。

 世界は、ある時を迎えれば終焉を迎える。たった一人の敗北によって。

 ならばどうすればいいか。そいつを殺させなければいい。希望を提示し、世界が一度滅びても新たな世界が廻るようにしむけた。
 そして新たな世界に於いて彼を利用した。自身が神へと挑めるよう、神を倒せるだけの力を得られるように!
 そして機械仕掛けの神を倒し、自らが神として君臨する事で地上をかつて仲間達が闊歩していたように、あるべき姿へと戻す!
 人間達を自分達の代わりに深い闇へとたたき落とせばいい!
 この地上は全てかつて我らのものだった、地上に生きとし生けるもの全てが我らの眷属、我々が万物の霊長たる存在、太陽も、月も、空も宇宙も海も大地も木々も生命も全て全て全て全て!

 この世界はかつて、我らの物だった。
 これは、オレにとっての聖戦なのだ。地上へと還る、仲間達の為の。
 例え幾度殺され幾度滅びても、何度も何度も不死鳥の如く黄泉がえり、必ずしもこの世界を手にしてみせる!









 海馬瀬人はビルの中枢へと足を進める。
 驚くほど、抵抗は無かった。総帥が隠れていそうな隠し部屋などもくまなく探したが、残っているのは貧弱なデュエリストばかり。
 流石に苛立ちかけたその時、廊下に一人のデュエリストが現れた。
「ようこそ、デュアル・ポイズンへ。歓迎するぜ、海馬社長」
「貴様か」
 海馬瀬人は何度か見た事のある少年の姿を見て、口を開く。

 遊城十代。彼と、その妹、三四については多くの出来事を海馬コーポレーションと共にあった。
 例えば宇宙の力をカードに取り込んで如何なる変化をもたらすのか、というプロジェクトを立ち上げた時、遊城兄妹は発表翌日に訪ねて来た。
 一つは、兄・十代の持つカードに宇宙の力を入れ、邪悪な力を祓う事。
 そしてもう一つは、妹・三四の身体に影響を与える精霊を文字通りどうにかして悪影響を大幅に減少させること。
 宇宙の力を入れることそのものは人工衛星に積んで打ち上げた、までは良かったがその後は軌道上を巡回している定期連絡だけはある。
 妹の方は医療部門の努力により、精霊を見えなくさせるバイザーを開発、装着させる事でほぼ日常生活を送る分には問題なくなった。
 福祉部門で凡骨と元カード・プロフェッサーを講師に据えたデュエリスト養成塾を開いた所、そこで学んだ幼いデュエリスト達の多くは海馬コーポレーションに様々なカタチで協力を申し出て来る事もある。
 遊城十代もデュエリストレベルは幼いながらかなり高い。故に、その将来の見返りを決して期待していない訳ではなかった。海馬瀬人は無用な投資はしない主義なのだ。
 しかし、そうだと言うのに。
「さて、貴様がいるというのはオレは貴様への視点を見誤ったようだな。オレの一年に一度あるか無いかのミスというものだ」
「誰にだってミスはあるぜ、海馬社長。残念だが、ここに総帥はいない」
「ほう?」
 瀬人の眉がつり上がったのを見つつ、十代は言葉を続ける。
「だが、俺がデュアル・ポイズンの中で多くのデータを持ち合わせているのもまた事実だ」
「ほう」
「だけどタダで渡す訳にはいかない。取引をしようぜ、社長」
「くだらん」
「なに!?」
「くだらん、と言っている。オレは貴様が奪った神竜を取り返せればそれでいい。貴様が持つデータなど、貴様から吐かせればいいだけの話だ!」
 流石は海馬社長、と十代は舌を巻いた。
 彼に小細工や下手な取引など通用しない、それぐらい解りきった事だ。ならばもう一つの方法だ。
 彼に挑み、勝とうが負けようが彼の元に膝を折る。
 彼に近づけば、きっと……。吹雪冬夜の言うように三四を救う方法が見つかる筈だと信じているのだ。

「じゃあ、そうか。始めるとするか」
「ほう」
「……海馬瀬人。カードの貴公子。貴方に憧れるデュエリストは数多いる。だから俺はアンタに挑める事を光栄に思う。行くぞ、デュエルだ!」
「ふっ………格の違いを見せてやる! 地面を這うアリは誇り高き竜に触れる事すら出来ない事を教えてやるわ!」

 そして、そのデュエルは始まる。
 神竜を有する十代と、最強の龍を持つ海馬瀬人の戦いが。

「「デュエル!」」

 遊城十代:LP4000 海馬瀬人:LP4000

「俺が先攻を貰うぜ! ドロー!」
 十代が先攻で、バトルが始まる。
 ドロー直後、まずは手札の様子を見る。全ては1ターン目、最初から始まっている。1ターンたりとも気を抜けない戦い。海馬瀬人を相手に戦うというのはそういう戦いだ。

「E・HERO ワイルドマンを攻撃表示で召喚!」

 E・HERO ワイルドマン 地属性/星4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠の効果を受けない。

 フィールドに刃を携えた野生の戦士が降り立ち、攻撃こそ出来ないながらも海馬瀬人の前に立ちふさがる。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「オレのターン! ドローだ!」

 続いて海馬瀬人のターン。最強のデュエリストを前に、遊城十代はどこまで戦えるか。
 しかし、それでもお互いに解っている。このデュエルが一筋縄でいかない事を。
 決闘王に最も近づいたデュエリスト、海馬瀬人。
 全ての神をもねじ伏せる力を有する神竜を全て揃える、遊城十代。
「X−ヘッド・キャノンを召喚!」

 X−ヘッド・キャノン 光属性/星4/機械族/攻撃力1800/守備力1500

 フィールドに降り立ったのは、XYZの機械の戦車の頭部砲台。
 この時点で攻撃力は既に上。攻勢を仕掛けて来るな、と十代は小さく理解する。

「X−ヘッド・キャノンで、ワイルドマンを攻撃!」

 砲台の一撃をまともに食らったワイルドマンが消し飛ぶ。しかし、その程度で終わる筈も無い。

 遊城十代;LP4000→3700

「リバース罠、ヒーロー・シグナルを発動!」

 ヒーロー・シグナル 通常罠
 自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊され、墓地に送られた時に発動可能。
 手札またはデッキから「E・HERO」と名のつくレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

「俺はE・HERO スパークマンを特殊召喚!」

 E・HERO スパークマン 光属性/星4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 野生の戦士の代わりに、光の戦士が舞い降りる。
「雑魚モンスターを幾ら並べようと、オレの前では無力だろう! ターンエンドだ!」
「俺のターン。じゃあ、その言葉を撤回させてやりますよ、海馬社長。ドロー」

 海馬瀬人の嘲笑を嗤うがごとく、十代はデュエルを続ける。
「N・シュヴァルツェ・ヴォルフを攻撃表示で召喚!」

 N・シュヴァルツェ・ヴォルフ 闇属性/星3/獣族/攻撃力1000/守備力500
 このカードはフィールド上に攻撃表示で存在する限り、戦闘では破壊されない。
 このカードと戦闘したモンスターのプレイヤーはそのターンのエンドフェイズ時、戦闘したモンスターのレベルの数×200ポイントのダメージを受ける。

 フィールドのスパークマンの隣に黒いオーラを纏う狼が出現する。
 闇に落ちた、宇宙からの使者達。
 しかし、スパークマンとヴォルフの2体ではやはり攻撃力が足りない。ならば、どうするべきか。
「ネオスペーシアン……?」
 だがしかし、それ以上に海馬瀬人は疑問を抱いた。
 確か、自分の記憶が正しければ、遊城十代が海馬コーポレーションと共に打ち上げたカードが、ネオスペーシアンだった筈だ。
 つまり、今は宇宙にある筈のそのカード。
 それなのに、今、遊城十代自身が使用している。そのカードは。
「あれは……いったい、どこから」
「魔法カード、エレメンタル・ドローを発動」

 エレメンタル・ドロー 通常魔法
 手札に存在する「E・HERO」と名のつくモンスター1体を墓地に送る。
 お互いにデッキからカードを二枚ドローする。

「俺はこの効果で、エッジマンを墓地に送ってカードを二枚ドローする。社長、あんたもドローできる」
「手札補充させてくれるとは有り難いものだ」
 とは言いつつも、手札補充したのはお互い様だ。
「カードを一枚伏せて、スパークマンを守備表示に変更。ターンエンド」
「オレのターン! ドロー!」
 続いて海馬瀬人のターン。今、細かい事を考えている余裕は無い。
 如何なる戦術で来ようが、叩き潰すだけだ。






「ハァ………ハァっ……坂崎っ!」
 その部屋に、高取晋佑が駆け込んで来た時、そこに待っていたのは吹雪冬夜の姿だけだった。
「随分遅いぞ。高取晋佑」
「……坂崎は、加奈はどこに」
 吹雪冬夜は彼の問いに、無言で近くを指し示した。
 一枚のカードだけが落ちていた。血糊がこびりついた、一枚のカード。
「……!」
 近寄って、拾い上げる。血糊で、そのカードが元は何だったのか解らない。
 しかし、彼には直感で分かった。そのカードに血糊がこびりついているという事が。それが、彼女の死を示唆している、と。
「………遊城十代は何処に行った」
「落ち着け。高取晋佑」
「答えろ! あいつは今、どうしている!」
 吹雪冬夜は口元だけで笑みを浮かべた。そう、全ては計算通りに。
 遊城十代が表向き、海馬コーポレーションに降ること。坂崎加奈を見捨てたという事にして。そしてそれは、まだ海馬コーポレーション側ともつながりのある高取晋佑をこちら側に引き込む事。
 更に二人が激突する事で、また神の奪い合いが始まる。戦力増強に躍起になるであろう高取晋佑は優秀な人間だ。
 優秀な人間を手元に置いて自分だけの利益になるように動かす事こそ、真なる勝者なのだ。
「あいつなら、向こうに下った。すぐには手出し出来ないだろう」
「なん、だと……!」
「高取晋佑。お前は早々にここを立ち去って本部へ向かえ。追って指示を出す。今すぐ追いかけたい気持ちも解るが―――――」
「そういう訳にはいかない! 加奈の事をこのまま見捨てた奴を許す訳には……!」
「お前がこちら側にいる事が解ったら、更に事態は悪化する! それぐらい解らないほどバカじゃないだろう!」
 吹雪冬夜の言葉に、晋佑は言葉を失った。
 冷静に考えればそうだ。彼はそう思い直し、言われた通りに本部へと戻るべく、道を急いだ。
 彼は気付いていなかった。
 坂崎加奈は遊城十代が見捨てたから死んだのではなく。
 吹雪冬夜が自身の障害になると踏んで幽閉しただけだということを。
 まだ吹雪冬夜の真の目的に気付いていない彼は。気付いてなかった。
 己の事を、己が選んだ正義をまだ信じていた彼には。気付けなかった。見えなかったのだ。



 かつて本部だったビルにはあちこちに隠し通路がある。
 そのほとんどは既に相手によって封鎖されていたがそれでも封鎖されていない道だけを通ってビルの地下へと向かい、そこから地下道を通って外へと出た。
 既に太陽は東の方に顔を出しており、朝が早い人々はもう外を歩き出している。
「…………」
 思えば。
 高取晋佑は、何故坂崎加奈を巻き込んでしまったのだろう。
 一人で行く事が、寂しかったからか。そう、もしかしたら師匠や仲間達を裏切る事になってしまったかも知れない、その罪を、一人で背負うのが嫌だったからか。
 でも、そうして巻き込んだ坂崎加奈自身は。
 そこで出会った遊城十代といる事を、幸せに感じていた。きっと、彼女自身は十代の事も、そして晋佑の事だって恨んでいないだろう。
 だけど。
 だけどそれでも、それこそが罪の意識になる。

 もしもあの時声をかけなかった。もしもあの時彼と出会わなかったら。もしもあの時…キリがないぐらいに挙げられる。多くの事。
 だから、嫌なのだ。そして、だからこそ、憎いのだ。

 遊城十代が。

 高取晋佑はこの時に、染まった。
 遊城十代への復讐と、そしてそれを果たせるだけの力を得るために、力を求める事を。

 神すら追い求めるべく、手を出そうと。




《第6話:破局への布石》

「Deus ex machinaは何故神竜を生み出したのか?」
 最初の疑問はまずそれに尽きるだろう。
 しかし、機械仕掛けの神はその質問には答えない。

 当たり前のように。では、神竜は何故存在するか。
 強大なる力。一度世界が滅びた時に砕け散ったダークネスの断片を宿したそのカードは。
 全ては一巡目の世界で、人がその手で世界を壊したという悲劇を作らぬよう、神のシナリオに沿わない結果をなんとかするべく、二週目の世界の抑止力として生まれた。
 ダークネスとい強大な力を失おうと、それでも神竜の膨大な力は宿されている。
 今はまだ眠っていても、その力が解き放たれる時は近い。


 二週目の世界に移った後、どうすればこの世界を停められるのか考えた事がある。
 神竜のカードを処分するか。それとも、吹雪冬夜や遊城十代を抹殺するか。
 幾度とない輪廻の中で様々なパターンを試した。しかし、それでも二週目の世界は終焉を迎えてしまい、別のループへと至る。
 それはいつまでも終わらない多重ループ。
 俺が見つけたアカシックレコードに書かれていた細部が異なるだけの同じページの羅列。まさに、そのものだった。否、そのものだ。
 全世界分の未来につながるルートは何処にあるのか。
 それとも……全てはDeus ex machinaが決める事なのか。

 神竜は、その答えを知っているのだろうか。問いかけても、答えが無い事を俺は知っている。
 では、どうすればいい。何がある。
 考えろ、考えるんだ。
 因果律の調整から、誰も逃れる事など出来ないのか。否、打開せねばならない。
 あの時、たった一度きりのループを打開した世界があるように。この二週目の世界を救う為に。世界の終焉から、全ての終わりから、救わなくてはならない。
 一巡目の世界の終焉は遊城十代がダークネスとの戦いの果てに、世界を終わらせる事。
 そして二週目の世界の終焉は、神に等しい力を手に入れた吹雪冬夜が神に挑み、そして敗北する事でDeus ex machinaが一巡目の最初までリセットをかけること。
 文字通り、ここで下手な介入を行なうとどうなるか。神が決めたシナリオに沿わなくなった時点で、神による修正が行なわれる。
 誰かが消されても代役を投入して配役が違うだけの同じシナリオを描き、それでも間に合わない場合はリセットをかけて消してしまう。
 吹雪冬夜が自らの野望を達成する事はない。
 だが、因果律が打開される事も有り得ない。
 全ては神のシナリオ通りに……。
 ならばどうすれば良いのか。
 ダークネス、否、ダークネスになったものは考える。

 吹雪冬夜のように、神に挑戦し続けるのか。全ては、難しいと言うのに。








 遊城十代:LP3700 海馬瀬人:LP4000

 N・シュヴァルツェ・ヴォルフ 闇属性/星3/獣族/攻撃力1000/守備力500
 このカードはフィールド上に攻撃表示で存在する限り、戦闘では破壊されない。
 このカードと戦闘したモンスターのプレイヤーはそのターンのエンドフェイズ時、戦闘したモンスターのレベルの数×200ポイントのダメージを受ける。

 E・HERO スパークマン 光属性/星4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 X−ヘッド・キャノン 光属性/星4/機械族/攻撃力1800/守備力1500

「オレのターンだ……シュヴァルツェ・ヴォルフのその効果。攻撃表示ならば戦闘破壊されないとはな。ダメージを受けようと、こちらがわの相応のダメージを覚悟しなければならない、か」
「なかなか使えるカードだ。このテのカードにしてはな」
 十代の言葉に海馬瀬人は少しだけ笑う。延々とサンドバッグにされてしまえばいつかはダメージで敗北する。いつかは、だ。
 しかし、とも海馬瀬人は思う。
 相手がこの程度で終わるような男かどうか、見極めなくてはならない。
「魔法カード、古のルールを発動!」

 古のルール 通常魔法
 自分の手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する。

「!」
「通常モンスター限定だが、オレはこのカードで生贄無しで上級モンスターを喚べる……そして、貴様も知っているだろう、オレが持つ竜の事を! 見るがいい! 強靭! 無敵! 最強! これがオレの青眼の白龍だ! ワハハハハハハハハハハハハ!

 海馬瀬人が呼び寄せたのは、かつて世界で四枚しか無かった最強の龍。
 今や、このカードを持つものは海馬瀬人ただ一人。否、半分だけの破られたカードを、彼女が持っていたか。
 最強にして、強靭。
 青き瞳の白き龍は、デュエルに携わる者が一度は憧れるその姿でもある。
 何故なら、その龍と対峙したものは。それこそ、最高の栄誉に値するのだから。

 青眼の白龍 光属性/星8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500

「青眼の攻撃! 望み通り、その狼をサンドバッグにしてくれる! 青眼で、シュヴァルツェ・ヴォルフに攻撃! 滅びのバーストストリーム!」
「残念だったな、海馬社長! リバース罠、黄昏のプリズムを発動!」

 黄昏のプリズム 通常罠
 500ライフポイントを支払う。
 モンスター1体の攻撃を別のモンスターに跳ね返す。

「跳ね返す相手は、X−ヘッド・キャノンだ!」
「なにぃっ!?」
 海馬社長がまごついている間に、バーストストリームはX−ヘッド・キャノンへと直撃した。
「おのれ、おのれぃ……タダでは済まさんぞ!」

 遊城十代:LP3700→3200
 海馬瀬人:LP4000→2800

「……カードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」
「では、俺のターンだ。ドロー!」
 今は生贄を確保したい。そう、生贄だ。
 何故なら手札に、あのカードが既に着ている。
 だが、ここは墓地にあるモンスターを活用せねばなるまい。

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動!」

 ミラクル・フュージョン 通常魔法
 自分のフィールドまたは墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」と名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
 (この召喚は融合召喚扱いとする)

「俺はこの効果によって、エッジマンとワイルドマンを除外し、E・HERO ワイルドジャギーマンを召喚!」

 E・HERO ワイルドマン 地属性/星4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠の効果を受けない。

 E・HERO エッジマン 地属性/星7/戦士族/攻撃力2600/守備力1800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を上回っている分だけダメージを与える。

 E・HERO ワイルドジャギーマン 地属性/星8/戦士族/攻撃力2600/守備力2300/融合モンスター
 「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO エッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃ができる。

 フィールドにワイルドジャギーマンが降り立った。
 しかし、それでは攻撃力が足りない。解っている。今、合計で三体いるから攻撃さえ決められれば、勝てなくも無いが…。
 どうする。
 相手はあの海馬瀬人。直接攻撃だけが能ではない事など、他の誰もが知っている。
 だが、今はまだ攻撃力が足りなさ過ぎるか…否、勝てる、筈。
「フィールドには今、スパークマン、シュヴァルツェ・ヴォルフ、そしてワイルドジャギーマンの三体がいる……三体……この三体を、生贄に捧げる!」
「生贄、だと? まさか…!」
「ああ、そのまさかだ海馬社長!」

 三体のモンスターを生贄にして召喚するモンスターなど、数えるほどしかない。
 そして遊城十代が今、所持しているそのカードは。

「天空の神竜を召喚!」

 The God Dragon of Heaven−Velldante LIGHT/Lv12/Dragon/ATK5000/DEF5000
 このカードはフィールド上のモンスター3体を生け贄に捧げて通常召喚する。
 このカードを対象とする魔法・罠カードの効果を受け付けない。
 1000ライフポイントを支払う事で、墓地のモンスター1体をフィールド上に特殊召喚出来る。
 このカードが召喚された時、フィールド上の魔法・罠ゾーンに存在するカード1枚を選択する。
 選択されたカードはこのカードがフィールド上に存在しなくなるまで、発動も出来ず、破壊もされない。
 効果を既に発動している場合、その効果を失う。
 フィールド上に存在するこのカード以外のカード及び自分の手札を全て除外する事で、
 相手フィールド上のカードを3枚までゲームから除外する事が出来る。

 フィールドに降り立ったのは、天空の神竜だった。
 天空を支配する、白き神の竜。
 大きく広げた翼、頭部に生える1本の角、そして緑色の瞳は5000という破格の攻撃力を持って、同じ白い龍である青眼を睨む。
「……神竜、か」
 海馬瀬人は呟く。
 その存在そのものは知っていた。だがしかし、その実物を見るのは初めてだ。
 かつての僕にしていたオベリスクの巨神兵はおろか、究極竜すら上回る5000という攻撃力。
 そしてその効果は極悪に等しい。
 穴の少ないパワーカードは決して少なく無い。だが、このカードは三体を生贄とするという点を差し引いても破格と言えるだろう。
「天空の神竜の効果を発動する……召喚された時、フィールドの魔法・罠ゾーンに存在するカードを一枚を選択し、天空の神竜が存在し続ける限りそのカードをロックしつづける! カースド・サンクチュアリ!」
 天空の神竜から放たれた光が海馬瀬人のフィールドに存在する一枚しかないリバースカードをロックする。
 これで、青眼を守るカードは存在しない。攻撃力5000と3000。結果は、眼に見えている。
「天空の神竜の攻撃! ディストラクション・ヘブンズレイ・バースト!」

 天空の神竜から放たれた攻撃は、青眼を情け容赦なく粉砕した。なす術も無く。

 海馬瀬人:LP2800→800

「許せ、青眼……この仇は取る!」
「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドする」
 海馬瀬人は神竜と十代を睨む。
 ワイルドジャギーマンをヒートハートなどで強化した後、スパークマンなどのダイレクトアタックにより1ターンキルを狙って来るかと思っていた。
 事実、伏せていたカードはミラーフォース。ワイルドジャギーマンなどで攻撃してくれば、文字通り一掃していた。
 しかし、三体並べた後、それを生贄に使って迄神竜を召喚してくるとは予想外だった。
「なかなかやる」
 海馬瀬人は小さく呟く。だがしかし、追いつめられた、とは思っていない。
 デュエルはまだまだ続くのだ。
「オレのターン! ドロー!」
 しかし、どのようなカードを使えば神竜を破れるか……否、破らなくてはいけない。
「魔法カード、天よりの宝札を発動!」

 天よりの宝札 通常魔法
 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードを引く。

 十代も、海馬瀬人も手札をだいぶ消耗した。そこで、手札補充である。
「遊城十代」
「……なにか」
「貴様は、何の為にそこにいた」
「………」
「貴様の妹が海馬コーポレーションの医療部門の元にいる、逆に言えば貴様の妹の命運もオレの手の中にあるというのが解らぬ貴様ではあるまい」
「いいや、アンタはそんな真似はしないさ。それぐらい、わかる」
「本当にそう思うか?」
 海馬瀬人は言葉を続ける。
「オレが青眼を手に入れる為に行なった出来事は既に周知の事実であろう」
「自慢するべき事かよ、それ」
「貴様も海に沈みたいか、という事だ」
 不敵に笑む海馬瀬人。
 この状況で、また戦う術があるのかとも思える。
 ただ、と遊城十代は思う。相手は海馬瀬人。ただのデュエル戦術だけでなく、海馬コーポレーションの長としての策にも長ける人間である。
 揺さぶりか、それともただのはったりか。
「だがしかし海馬社長。あんたに、神と戦う術はあるのか?」
「なに?」
「デュエリストには、大きく分けて二つの理論が存在する。一つは、勝利とは時として奇跡で呼び起こされると。もう一つは、勝利とは現実を見越した結果であると。あんたは、後者の人間だ。だから、あんたの今の状況…解るだろう」
「………」
 海馬瀬人は答えない。
 だからこそ解る。遊城十代には。今の、海馬瀬人は、勝てないと。
「確かにな」

「奇跡など、非ぃ科学的な出来事だ。奇跡など、ありえん。勝利はデッキの構築、戦術、そしてデュエルにおける緻密な計算と駆け引き、そして戦闘。その全てを制したものが当たり前のように手にするものだ」
「ならば、今」
「しかしだ遊城十代。デュエルとは……最後まで解らんものだ。貴様が勝利を確信している今、オレも勝利を確信している」
「え?」
 海馬瀬人は笑う。
「魔法カード、キメラティック・フュージョンを発動!」

 キメラティック・フュージョン 通常魔法
 デッキより融合素材のモンスターを墓地に送る事により、融合デッキから融合モンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で召喚したモンスターは毎ターンのエンドフェイズ毎に攻撃力が500ポイントずつダウンする。
 攻撃力が0になったターンのエンドフェイズ時にそのモンスターを破壊する。
 そのモンスターを破壊した次の自分ターンのスタンバイフェイズに墓地より融合素材となったモンスターを召喚する。

「この効果で、オレは青眼の白龍と…モザイク・マンティコア、そしてネフティスの鳳凰神を墓地に送る」

 青眼の白龍 光属性/星8/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500

 モザイク・マンティコア 地属性/星8/獣族/攻撃力2800/守備力2500
 このカードが生贄召喚に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズ時にこのカードの生贄召喚に使用した墓地に存在するモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
 この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃宣言することが出来ない。
 この効果で特殊召喚されたモンスターは効果を発動することが出来ない。

 ネフティスの鳳凰神 炎属性/星8/鳥獣族/攻撃力2400/守備力1600
 このモンスターがカードの効果によって破壊された場合、次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

「この効果で召喚するのは、青眼の究極合成竜!」

 青眼の究極合成竜 光属性/星12/ドラゴン族/攻撃力3000/守備力2500/融合モンスター
 「青眼の白龍」+レベル8以上のモンスター2体
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このモンスターの特殊召喚に成功した時、このモンスターの攻撃力は融合素材にしたモンスター2体の攻撃力の合計÷2の数値だけ、攻撃力がアップする。
 このカードは融合素材にしたモンスターの属性によって、以下の効果を得る。
 ●光属性:このカードの攻撃力は墓地に存在するモンスターの数×300ポイント分、攻撃力がアップする。
 ●炎属性:このカードがフィールド上に存在する限り、相手プレイヤーが発動したカードを破壊する効果の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効とする。
 ●水属性:このカードは相手モンスターの数だけ攻撃宣言を行なえる。
 ●地属性:このカードの攻撃力を1000ポイントダウンさせる事で、相手フィールド上に存在するカード一枚を破壊する事が出来る。
 ●風属性:フィールド上に存在するこのカードを生贄に捧げることで相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する。
 ●闇属性:このカードが攻撃宣言を行なう度に、相手はデッキからカードを5枚、墓地に送らなければならない。

 青の瞳を持つ、白き龍はキメラと不死鳥を取り込み、その姿を変えて行く。
 異形であり、新たな強さを持つ姿へと。まるで、全てを飲み込む混沌が具現化したかのように。

 その姿は、まるで…壊れた機械の龍にようにも見える。

「究極合成竜の第一の効果発動! 融合素材としたモンスター2体の攻撃力の合計÷2の攻撃力……すなわち、2600アップする!」

 青眼の究極合成竜 攻撃力3000→5600

「神竜を、上回りやがった!?」
「更に第二の効果を発動! 融合素材として使用したモンスターの属性により、それぞれの効果を得る! 炎属性と、地属性。二つの効果を得る事が可能!」
 炎属性と地属性。二つの効果を得られるのなら、その効果は。
 恐ろしいモンスターではある。例え、属性を一つに統一しても最低一つの効果は何か得られるのだから。
 だが、その効果は…。
「神竜は高い攻撃力、魔法・罠への耐性、その効果と多くのメリットが存在する。しかし、神竜はしょせん神竜。打ち破る弱点ぐらい、気付かないオレだと思うか」
「……!」
 そう、神竜の唯一の弱点。
 モンスター効果に対する耐性が皆無、という致命的な弱点が存在する。
 そして、究極合成竜の地属性の効果は…!
「地属性の効果! このカードの攻撃力を1000ポイント下げる事で、フィールド上に存在するカード1枚を破壊出来る!」
「げ」
 後一歩まで追いつめたというのに。
 神の竜は、その役目をあっさりと終えた。

 フィールドから墓地へと沈み行く神竜。成す術も無くその姿を見送るしかなく、フィールドに存在するリバースカードでは対応出来ない。
 要は。
 これで、ゲームセット。
「……貴様の敗因は、たった一度の攻撃で勝利を過信した事だ。究極合成竜の攻撃! キメラティック・バーストエクストリーム!」

 遊城十代:LP3200→0

「……俺の、負けですか。社長」
「フッ……勝てると思っていたのがくだらん。貴様ごときが神の力を借りようと、オレに及ぶ訳も無い」
 遊城十代は膝を折る。
 だがしかし、これでいい。これが、予定調和。
 一度だけ、神竜が表舞台に立つ事で、目覚めへの切っ掛けが始まる。
 全ては、二週目の世界の終焉で世界を、妹を、救う為の布石なのだから。

 遊城十代は信じている。
 自らの行為が、妹を救う数少ない手段なのだという事を。信じている。


 ただ、この時変わった事があるとすれば。
 十代の元に、一筋の炎が舞い込んで来た事だろうか。そう、この後に僕となる。地獄の竜は、彼の元へと舞い降りて来た。







 長い夜が終わった後、吹雪冬夜の元に1本の電話が入った。
 その相手が十代から、という事は吹雪冬夜にも解りきった事だ。
「やぁ。どうだい、お前が連絡してきたという事は、上手く行ったのかい?」
『ああ。幸いにして、上手く行った』
「そうか。ならば、しばらくの間そちらにいる事を続けてくれ。指示する事は後で指示しよう。ああ、そうそう」
 忘れないうちに、と付け加えて吹雪冬夜は言葉を続ける。
「神竜はどこに保管するって?」
『アカデミアに移管する、という話だけは聞いている。海馬コーポレーションに保管したままだとまた盗まれては敵わん、だとな。それと……密偵が捕まった、という話を聞いた』
 神竜を盗んだ張本人は捕まったのか。まぁ、それもまだ予定の範囲内だ。
 吹雪冬夜は次の1手を準備しなくてはならない。
「なるほどな」
 さて、次はどうするか。
「十代。お前はアカデミアに行くつもりだろう? 少なくとも、今後は」
『ああ。中学を出たらそうなるな。また、あの時と同じ…セブンスターズと戦い、光の結社と戦うだけだ』
「そう、それでいい。三年生になるまでの二年間、前と同じ日々を繰り返して楽しんでおくといい」
 吹雪冬夜は少しだけ笑むと、言葉を続けようとしたが、それは十代の言葉で遮られた。
『ところで、一つだけ聞いていいか?』
「なんだい? 十代」
『坂崎の生死が不明だ』
 なるほど、と吹雪冬夜は思う。
 何故なら、坂崎加奈は今頃氷の世界に沈んでいる筈だから。消息不明になるのも無理は無い。
 だがしかし、と吹雪冬夜は思う。
 彼女の利用価値は吹雪冬夜自身には無いが、遊城十代にはどれだけあったのか?
「いや……オレも掴めてはいない」
『そうか。残念だ。あいつの事は決して嫌いじゃなかった。だが、バカな奴ではあった』
「バカな奴、かい?」
『ああ。奴は俺達とは違うさ。根本的にな』
 そう、特別な意志がある訳でも目的がある訳でもなく。ただ、デュエルをする為だけにデュエルをするのは。意味が無い。
 力を求めるのか、何かを成すのか。デュエルをするには、理由が必要だ。戦うべくして戦う、理由が。
『ただ、気になったのさ。あいつのデッキだけが残ってた』
「デッキが?」
『ああ』
 奇妙な話だ。確かに、坂崎加奈は吹雪冬夜に戦いを挑んだが、あの戦いは今までの世界との戦いとは違っていた。
 だから、あの時、もしも坂崎の強烈な思念が十代にデッキを届けた、としたら。
 もしかすると、今後大いなる災いをもたらすかも知れない。確率としては低いが、吹雪冬夜には一瞬だけ、そんなイメージが浮かんだ。
「……」
 今のうちに手を打っておくべきか。いや、それには及ばない。
 何故なら遊城十代にはまだまだ利用するべき価値はある。もしかすると、その為の大きな武器にだってなりうる。
「使ってみたらどうだい? 彼女には見えない事も、お前なら見えるかも知れない」
『………考えておこう』
「それと、もう一つだ」
『なんだ?』
「坂崎加奈の事は……あまり考えるな。お前には、妹さんを救うっていう大事な仕事があるだろ。彼女に気を取られすぎると、大事な事も見失うぞ」
『ああ、解ってる……解ってるよ……』
「それでいい。守れたら、上出来だ」
 吹雪冬夜は笑う。全ては、計算通りに進めなければならない。
『では、また』
 電話は切れた。
「…………今回の世界は、どうやら予想は難しい事になりそうだな」
 吹雪冬夜が今まで神に挑み続けた方法は決して難しい事ではなかった。
 第一のステップは、神竜の真なる力を引き出すべく、十代を使って神竜を盗み出させ、ダークネスを復活させる。
 第二のステップ。ダークネスを使い、神竜に対抗しうる七つの竜を探し出し、更に奪う事で真なる力を満たした神竜の僕となる。
 元々は七つの竜も神竜に対抗するべく生まれたモノなのに、神竜自体が神に対抗しうるものでありながら神の手駒でもあるという現状故に必要となってしまった。
 第三のステップ。デュアル・ポイズンとダークネスの戦いで神竜や七つの竜を使い、敢えて世界のバランスを崩させる事で神の影響力を少しでも分散させる。
 そしてその隙をついて吹雪冬夜自身が神へと戦いを挑む。
 決して難しい所業ではない。現に、何度かの世界では神に挑んできたのだから。
 しかし、結果は敗戦。見事なやり直しのループへと直行である。
「神竜の真なる力は…あれはただのダークネスの器というだけじゃない。本当に……」
 神が人類に落とした最終兵器にして、人類が神に対抗しうる最後の兵器。
 神竜とは、まさに神の竜なのだから。


 電話を切った後、十代は手にしていたデッキを、もう一度見てみる事にした。
 海馬瀬人とのデュエルの後、気がついたら手元にあったデッキは間違いなく坂崎加奈のものである事に間違いは無かった。
 あの地獄の竜を持つデュエリストは彼女以外には有り得ないのだから。問題はそれが何故、十代の手元に渡って来た、という事だろうか。
 では。何が起こったか。
「………坂崎は、そういえば俺に逃げる様にも勧めて来たな」
 最終的に、彼女は十代の側にいると言っていたが。でも、今や生死不明。逃げる様に言って来たのも、側にいると言っていたのも。十代の事を考えての事だ。
 つまり、結果的に。
 十代は、彼女を吹雪冬夜が立てた作戦の中で完全に見殺しにしていたのではないか、と思った。
 しかし今となってはもう遅く、どうする事も出来ないだろう。
「………許してくれ、と言っても無駄だろうな」
 彼女をバカな奴だ、と吹雪冬夜との電話であざ笑ってはみたものの、あくまでもそれは吹雪冬夜の手前、そう言っただけだった。
 彼女を笑う権利が無いことぐらい、十代には解っていた。
 何せ、今やもう戻らないのだ。そして、彼女なりに十代の事を思ってくれいた事を、痛みが感じるほど気付いてしまったのだ。

 この所業が、誰かの犠牲の上で、否、一巡目の世界の全世界分の人間を犠牲にして成り立っているのに。
 だから、今更一人ぐらい増えた所で、どうともないと思ってしまっても。
 犠牲にしてしまった人達がいるという事実に変わりは無いのだから。

 きっと、ろくな運命は待っていない。遊城十代は思う。
 だが、自分がどうなろうとも、妹を救わなければならない。その為だけに世界を滅ぼした。多くの人間を犠牲にした。
 そう、自分の事を慕った少女でさえも。

「間違っちゃいないんだ」
 呟く。言い聞かせる様に。
「それしか方法が無かったんだよ、勘違いするんじゃねぇ……そうでもしなきゃ、進めなかったんだよ……」
 でも、そうだとしても。

 この胸を刺す痛みだけは、ごまかしようがない。
 そしてこの痛みはきっと、後に返って来る、そう後に……。







 高取晋佑が新たな本部へと着いた頃、既に吹雪冬夜は先に返っていた。
「お帰り。待っていたよ」
「あんたにお帰りだなんて言われても歓迎されてる気がしないのは気のせいか」
「やれやれ、お前らしい返事だなぁ」
 吹雪冬夜はそう言って笑うと、高取晋佑を側に呼ぶ。
「さて、ここからが本題なんだけどね」
「ああ」
「遊城十代は海馬コーポレーション側に逃げたよ。流石に、支えきれなかったようだ……まぁ、仕方ないと言えば仕方ないが」
 あちら側にいった事でしてもらわなきゃならない事も山ほどあるし、と心の中で付け加える。
 高取晋佑は一度首を振った後、言葉を続ける。
「で、坂崎はどうなった?」
「消息不明のままだ」
「あいつはその件で、何か言っていたか?」
「いいや? 特には聞いていないが」
「そうか……なら、仕方が無い。いずれ、奴をなんとかしなけりゃいけない」
 高取晋佑の言葉に、静かな怒りが刻まれた。
「あいつが何を考えているのか、俺自身には最初は興味は無かった……けど、あいつが坂崎を巻き込んだ、否、巻き込ませた挙げ句見捨てたってのが納得出来ないし、許せない。それだけだ」
 そう、それは怒り。遊城十代への、深い憎悪。
 坂崎加奈はどうやらこの世界でも高取晋佑を焚き付けるには充分だったという事か。
「ならば戦えばいい」
 吹雪冬夜は言葉を続ける。
「お前が戦えばいい。あいつが何で動いているか解らないのなら、その裏を探ってみたくないか?」
「裏、だと?」
「ああ。考えてもみるといい。遊城十代が、何か意味のある行動をしようにも、あんな男が一人でそれを思いつくと思うかい? 裏に誰か動いているのさ」
 そしてその誰かは意外に近くにいるかもな、と吹雪冬夜は内心で笑う。
 だがしかし、高取晋佑は逆上しつつあった。そして、逆上しつつある彼はその言葉に何も疑問を抱こうとはしなかった。
 普段の彼だったら気付いたであろう。普段ろくに顔を会わさない総帥である吹雪冬夜が側近以外で側に近寄らせる人間は十代ぐらいだったものであること。
 そして、十代も十代で吹雪冬夜の事をそれなりに信頼して動いていたという事。

 だが、彼は気付かなかった。否、気付けなかった。

 坂崎加奈をデュアル・ポイズンへと引き込んだのは高取晋佑。
 でも、結果的にそれが彼女の破滅を生んだ事に、責任を感じていた。責任感の強い彼は。そしてその原因は、遊城十代。
 坂崎加奈が思い焦がれ、高取晋佑がその実力を認めていたデュエリスト。
 だからこそ、尚更。

 許す事が出来ないのだ。必ず。

「見てろよ、坂崎……お前の仇を取ってやる。必ず」
「高取晋佑」
 吹雪冬夜が声をかけ、晋佑の動きがぴたりと停まる。
「まぁ、待て。色々とやるべき事があるんだ。今のお前じゃ十代と戦うには難しい。だから、それだけの力が必要だ。もっとも、今はまだ時期が悪い。もうちょっと時を待とう」
「まだ、だと……」
「ああ。それに、お前はまだ海馬コーポレーションともつながりがあるんだ。なに、焦る必要は無い。十代がこの後どう動くか、それを見てから動くというのも決して、遅くは無いんだ」
「……総帥がそう言うのなら」
 吹雪冬夜の言葉に、晋佑は大人しく従う。
 あくまでも現時点では、だ。

 そう、それはそう遠く無い未来へと至る標として。
 破局への、標として。




《第7話:臨界点》

 星の死に場所を見た事があるだろうか
 長い年月を生き続けた星が死ぬときは
 真っ黒になるまで燃え尽きてしまった時か
 それとも巨大な流れ星がぶつかって粉々に砕けた時か

 いずれ消え行く星を見送った時に
 君は何を思うのか
 流れた時の無情さを思う事か
 消え行く星の悲しみを思う事か

 答えは誰も知らないのだとしても
 星の死に場所を見た事があるだろうか
 死んで行った戦友を見送った時にように
 君は何を思うのか

      「星の死に場所」(作者:Unknown)




 沈み行く世界。
 死と静寂に包まれ行く世界をかきわけて進む者が一人。

「よう。また会ったな」
 彼はそう言って口を開いた。
 沈み行く世界。これから沈み行く世界。それへの布石を整えつつある吹雪冬夜の元にやってきたのは、未来の世界からやってきた一人の人影。
「何の用だい、ダークネス? またいつかの時みたいにオレを殺しにきたのかい?」
「バーカ、そこまで無作法でもねぇよ。だいたい、お前を殺した所でまた世界の修正力がかかって第2第3のお前が出て来たり世界ごと無かったことにされたりと悲惨な目にあったからな」
「なるほど、強硬手段で攻めて来るつもりは無いと。ならば、何の為に来たんだい?」
 吹雪冬夜は一歩だけ距離を取る。もっとも、ダークネスとの戦いでは吹雪冬夜は優勢に勧めて来た。彼は相性が悪いらしく、大した戦果もあげていない。
 警戒するべき相手ではあるが直接対決ならば大抵勝てる。ダークネスとは、そういう相手である。
「決まってるだろ。神竜について、俺が知らない事、お前は知ってるんじゃねぇの?」
「さぁて、何の事だ――――カードを手裏剣代わりに投げるな、危ない」
 吹雪冬夜は文字通り手裏剣のように投げられた漆黒のカードを回避しつつ、言葉を続ける。
「お前が大人しくしないからだよ、このチビすけ」
「誰がチビだ、この変態魔人め」
 吹雪冬夜が反撃とばかりにカードを飛ばすが、ダークネスは同じくカードで更に反撃返し、としばしの間カード手裏剣での攻防が続く。
 迎撃して攻撃を仕掛ければ逆に反撃を返し、それを更に迎撃。
 数秒後に、攻防は終わった。
「で、だ。さっさと吐きやがれ」
「やれやれ、お前もしつこい男だねぇ」
 ダークネスの言葉に、吹雪冬夜はため息をつく。
 下手に黙っていようと得策ではないし、そもそも神竜が持つ役割はダークネスの器だけではないという事自体、恐らくダークネスも気付いている筈だ。
 特に隠すような事ではない。
 ならば、別に喋ろうが構いはしないだろう。
「混沌、天空、冥府。神竜にはそれぞれ名前を冠している。だがしかし、天空と冥府が対を成しているのは解る。だが、何故混沌なのか。お前はそれに疑問を持った事は無いか?」

 混沌の神竜。The God Dragon of Chaos−Ordelus。
 天空の神竜。The God Dragon of Heaven−Velldante。
 冥府の神竜。The God Dragon of Hell−Iduna。

 光の属性と、天空より魂を呼び戻す事でしもべに生を遣わし、威光で敵の魔法を封ずる。天空の神竜。
 闇の属性と、冥府に眠る魂を食らって己を強化し、扉を開いて敵の札を冥府へと送る。冥府の神竜。
 それぞれその名前に相応しい力を保ち、そしてそれが天空の神竜にはダークネスが抱いた無限。
 冥府の神竜にはダークネスが抱いた虚無を内包していた。
 しかし、混沌の神竜とはなにか?
 三神竜の最上位に位置し、2体の神竜を退ける事も出来る神竜。しかし、考えてみれば、その効果はまるで神竜を退けるためだけに、対神竜を想定したかのような効果を持つ。
 では、混沌の神竜は何を内包しているのか?
 ダークネスの面影も感じず、また、ダークネスが抱いていた何かを内包しているようでも無い。
 そう、考えてみれば確かにそうだ。あれはいったいなんなのだと。
「気付いたかい?」
 吹雪冬夜は笑う。
「そう。神竜自体も神が生み出したものだ。だが、誰かが更に手を加えたんだ。神は神竜がダークネスの断片であり、また巨大な力による調停力とした。だが、それに手を加えた奴がいる」
「……そいつが、混沌の神竜を生み出した?」
「イエス。神竜は元々、2体しかなかったのさ」
「なら、何故三体集まった時にダークネスが復活したんだ?」
 そう、それもまた疑問だった。
 もし、最初から天空と冥府の二つの神竜だけだったのなら、この2体が揃った時点で何か起こってもおかしくない。なのに、何故三体なのか。
「3、という数字は素数だ。3すくみ、三国鼎立、三角関係…3、という数字が持つ意味は色々ある。3体あるという事で、バランスを保たなきゃいけないという神なりの考えだったのかも知れない。そう、そして三つもあれば容易には揃えられない。ダークネスが一巡目の世界で起こした出来事は神にとってそれだけイレギュラーだった出来事、だという事だ」
「だが今やダークネスと十代が切っ掛けで一巡目の世界が滅ぶ事は規定事項だ。そして、その瞬間から途切れない無限ループも続いている」
 そう、それは細部だけ微妙に異なる同じページが連なった多重ループ。
「その通り。だから神は三神竜を拾い上げ、この状態を作り出す事を選んだ」
「神を最初に、作った奴は誰だ?」
「そいつは、きっと――――――」

 吹雪冬夜が言葉を続けかけた時、光が散った。
 暗闇に沈みつつある世界の筈なのに、世界に光が満ちた。ハテ、これはどういう事?

 彼が最後に見た光景は、自らの身体ごと世界が半分に割れて壊れ行く瞬間だった。









 GAME OVER

 残念ながらこの世界の貴方は死んでしまった。
 貴方の冒険はここで終わってしまう。
 何処かで選択肢を間違えたのか、それとも死亡フラグでも立ててしまったのか。

 しかし、この世界での冒険でもっとも重要な事は神に対抗しうる状態でもない限り神の修正対象に入ってしまう事が一番致命的な事である。
 もし、このままプレイを続けるのであればこの事を決して忘れないようにしてもらいたい。
 神はゲームマスターであり、この世界に於ける神なのだから。

 さて、モニターの前の貴方はここで電源を切ってもいいし、コンティニューを行なってもいい。
 どうする?

 > 前回セーブした所からリトライする
   セーブデータをロードする
   ゲームをやめる

 > 前回セーブした所からリトライする


 やはりそうこなくちゃ!
 貴方はたいへん勇気がある立派な人のようだ。では、前回セーブした所から続きを始めよう。









(ここまで、冒頭までと同じ)
 吹雪冬夜が反撃とばかりにカードを飛ばすが、ダークネスは同じくカードで更に反撃返し、としばしの間カード手裏剣での攻防が続く。
 迎撃して攻撃を仕掛ければ逆に反撃を返し、それを更に迎撃。
 数秒後に、攻防は終わった。
「やれやれ、なかなか強情な奴だねぇ」
 ダークネスの呟きに、吹雪冬夜はニヤリと笑う。
「なに、大した事じゃないさ」
 二人はそう言って顔を見合わせた後、再び構えを取る。
「しかし、それにしてもダークネス。わざわざ過去にまでやってくるとはどういう事だ? タイムパラドックスを起こそうにも、違うループが連なるだけだというのに」
「なぁに。別にそんな真似はしねぇよ。過去は過去だと割り切るしかねぇさ。下手に力使うとまた消されちまう」
 ダークネスはそう言って笑った後、視線を吹雪冬夜に向ける。
「ところで吹雪冬夜。この世界なんだがな……お前の想い通りに行くと思ったら大違いだぜ?」
「今迄散々人の邪魔しといて何を今更」
 アホか、と吹雪冬夜はダークネスを追い払う。
 まぁ、ここで直接激突しようにも、ダークネスから見て吹雪冬夜は天敵に近いものだ。
 何せ普通に戦って勝った試しなど一度も無い事だし。
「ん…」
 吹雪冬夜は、ふと思う。では、何故こいつはわざわざこんな所まで来たのか。
 気付いた理由に何かある、そうだとすれば!
「おい! 何を企んでいる?」
「さぁ? 俺に聞くなよなー。じゃな」
「あ、お前ちょっと……逃げやがった」
 ダークネスが何を企んでいるか知らないが、下手に放置しておくと不味いかも知れない。
 追いかけるべきだろう。まったく、嫌になる。

 しかし、それでも。吹雪冬夜がダークネスに追いつく事は無かった。











 遊城十代が家へと戻ったのは、海馬コーポレーションによる元本部攻撃から三日後の事だった。
 家に帰る暇がない、というより返してもらえなかったせいだが流石に三日も空けると三四の事が心配だった。
 ただ、それ以上に。
 逃げたい、という意志もあったのかも知れない。
 坂崎加奈への所業が、彼の中にのしかかっているのもまた事実なのだ。だが、どうしたものか。

 そんな事を考えながら家へと戻った時、玄関の前で人影が待っていた。
「……坂崎?」
 思わずそう声をかけた。だがしかし、違う。
「お帰り兄さん。遅かったわね」
「三四、か……ああ。ただいま」
 首を左右に振る。坂崎が今、ここにいる筈が無い。ただの幻想だった。
 三四とともに玄関をくぐる。どうやらずっと待っていたのだろうか。少し、疲れた顔をしていた。
「三四、お前、俺のこと相当待ってたのか」
「連絡が無いから」
「バカ、さっさと部屋行って寝てろ。あんまり無茶するな」
 三四を支えるように部屋へと連れて行く。
 なにせ、記憶が正しければつい先日退院したばかり。下手に無茶をすればまた入院するなんて事になりかねない。
「…………なぁ」
 何となく、声をかけてみる。
「なに? 兄さん」
「三四。もしもだ。もしも……例えば、ある特定の日が来たら世界が滅びる事が決まっていたら、お前だったらどうする?」
「え?」
 十代の問いに、三四は驚いた風に目を開いた。
 突然、こんな問いを問いかけられたら、普通は誰だって驚くだろう。だがしかし、例えばの話じゃなくて、これは本当の話。
 そしてその世界を滅ぼす切っ掛けを作った奴は、目の前にいる。
「私は……私だったら、滅亡をどうにかして回避しようとする」
「滅亡がわかりきって、回避する方法が無いと解ってもか?」
「……必ず、無いなんて有り得ないわ。どうにかして、回避する方法を探し続けると思う……必ず」
 必ず無い、なんて有り得ない。
 そう、それは神話の時代から続くたった一つのルールに似ている。
 必ずしもこの事象が起こるとは限らない。しかし、起こらないとも限らない。全ては、神のみぞ知る。
 確率100%が無いように、0%も無い。
「そうか」
 十代は、呟く。
 あの時、一巡目の世界で。
 十代がしたのは、何だったのだろう。三四の死が、その続きの世界の存続を諦めさせてしまった。だから、壊した。
 そして今、ここに立っている。

 でも、だからこそ。罪悪感は停まらない。
 何せ、彼女の為に。兄は罪を犯した。自分を愛した女性すらも、斬り捨てた。だけど。

 その全てはお前の為にある。

「!」
 突如、三四が一瞬だけ十代から離れた。
「どうした?」
「怖い……!」
「どうした、なにが怖い」
「……ごめんなさい。今、変なものが見えたのよ」
「変なもの?」
 十代が首を傾げると、三四は呟く。
「なんていうか……まるで、黒衣の、死神のようなものが……」
 十代は背後を振り向く。だが、誰もいない。しかし、死神のようなもの、という言葉に。
 何となく気になった。このまま、とり殺されるのだろうかと。
「三四」
「………なに?」
「お前は、俺が守る」
「………」
「必ず」
 例え地獄の道に何度足を踏み入れようとも。守らなければならない。妹が、いる。
「兄さん…」
「心配するな」
 三四を部屋へと連れて行く。
 年の割に、少しだけ幼い身体をベッドに横たえると、三四は小さく呟いた。
「兄さん……そうやって、いつも兄さんは私の事を思ってくれてるの、凄く嬉しい」
「そうか。それは良かった」
「でも、時々思うの。私は兄さんの重荷になっているんじゃないかって」
 思わず、ぎくりとした。
 だがしかし、慌てて首を左右に振って否定する。
「バカ言うな。兄妹が助け合うのは当たり前の事だろ」
「でも、兄さんは私を気にしすぎているみたいな気がするの。もう少し、自分の事を見てもいいと思う」
 三四の言葉が突き刺さる。流石は妹である。
 十代の心に見事にクリティカルヒット、と言いたいがそれを出さない様にして曖昧に誤摩化すしかない。
「……お前の事を心配しすぎてるかも知れない。でもな……」
 だって、お前のいない世界なんて、今の俺には考えられないのだ。
「お前が生きて、元気な姿を見せてる事が、俺にとっての、誇りで、本当に嬉しいんだ。だから、元気な姿を見せて欲しい。俺はそう思ってるだけさ」
「そう、なの」
「ああ。そうだ」
 大きく頷く。三四の頭を少し撫でると、ふと手にしていたデッキを思い出した。
「どうしたの、そのデッキ?」
「ん? ああ。知り合いのさ」
「そう」
「……ただ、いいデッキだ。三四も、お前もいいデッキを組めるようになるんだぞ」
 そう、いつか。何時の日かだ。
 俺が守るだけじゃなくて。自分自身で守れるぐらいになるまでは。
「うん、いつかね」
 三四はそう答えた後、布団を少しだけ被る。
 しばらくの間、側にいようと近くの椅子に座る。

 無言の時間。だけど、こうして無言でいる間でも。
 時は過ぎて行く。そして、一日一日と、その日が迫る。世界が終わる日までは。
「………」
「………」
 二週目の世界を。必ず、救わなくてはいけない。一巡目の世界で犠牲になった全ての人の為に。
 そうしなければ、申し訳が立たない、というより立つ瀬が無い。
 そんな事を考えていた時、ふと三四が口を開いた。
「……兄さん」
「どうした、三四」
「あのね、時々思うんだけれど……兄さん、私の為に無理だけはしないで……それと」
 三四はそこで一旦、言葉を区切る。
 なんと続けるべきか、迷っているのだろうか。少しだけ、続きを待つ。
 やがて、再び口を開く。
「今まで……兄さんはずっと、ずっと私の為に、動き続けてくれた。頑張って、支えてくれた。でも、昔はね、そんな兄さんの事、私は嫌いだった。
 だって、身体が弱いのは確かだけど、それでいつまでも子供扱いしたりしてそんなの酷いって思ってた。
 いつまでも過保護で子供扱いして……でも、それも兄さんの愛情だなって思い始めたのは最近。兄さん、何か私に色々と隠してるでしょ」
「うっ」
「でも、兄さんが私に隠している何かで……兄さんが私の為に色々としてくれてるって事、私は解ってる。ちゃんと知ってる。
 だから私……いつか、兄さんが誇れるような人になりたい」
「おいおい……それはもう叶っているぞ。お前はもう、俺が誇りに出来るぐらい立派な妹だ」
 十代の言葉に、三四は首を左右に振る。まだまだ不満とばかりに。
 十代は少しだけ苦笑すると、頭を撫でる。
「その気持ちだけでも充分嬉しいよ」
「私は、いつか、必ず……頑張るから」
「ああ」
 どうやら、三四は眠ったらしい。
 十代はため息をつくと、椅子から立つ。こんな風に、三四から事をはっきり言われるのもまた珍しい。
 ただ、痛い所を突かれた、という所も無くも無いが。

 だがしかし。
「……三四も、デュエリストとして、戦えなくては困るんだよな」
 それなりの実力があるとはいえ、光の結社やらと戦うならまだしも、それ以上の敵を相手にするにはまだ不安がある。
 しかし、デュエルの特訓をつけようにも俺にはやるべき事は少なからずある。そして、三四自身もまた入院しないとも限らない。
 では、どうすればいいのか。
「……」
 こっそりと三四の机に向かい、引き出しを空ける。
 デッキを探り出す。使用しているデッキは俺と同じE・HERO。だが、まだ何か足りない気がする。足りないものがある。
 同じE・HEROを使うのなら……俺が使うように、カードの種類を増やせばいい。そして、それなりの戦術理論も……。
 三四の部屋を出て、自分の部屋へと戻る。
 坂崎のデッキを一旦脇に於いて自分のデッキを探し出す。そこそこ攻撃的になっている、デッキ。もし使うとすれば……。
「だけど、これだけじゃ足りない」
 明らかに、足りない。もしも今後三四が何かと戦うとしたら、せめて対等に渡り合うぐらいにはさせたい。まぁ、ドロー運も決して悪くは無いし、デッキに投入するカードだってちゃんと選んでいる。
 しかし、それでもそれだけでは補いきれない何かがあるようで…。
 十代がそんな事を考えていた時だった。

「力が、必要か」

 突如として、声が響いた。
 周辺を見てみるが、当たり前の様に誰もいない。では、今のは何だったのか。
「我は貴様もよく知る存在。否、我らは貴様もよく知る存在だったもの」
 声はまだ響いている。慎重に、言葉を選ぶ。
「俺がよく知る存在だったもの、だと?」
「我は貴様が壊した世界の住人達だったもの……砕け散った我らが集まり、こんな姿になってしまったのだ!」
 罵声とともに、一瞬だけイメージのような漆黒の影が現れた。そう、それはまるで死神のような。
 さっき三四が見たのはこれだったのか。
 十代が身構えた直後、その影は口を開いた。
「貴様の望み……我が、手を貸して見せよう」
「……え?」
 そう呟くより先に、十枚のカードが舞い降りて来た。
 柄は真っ白で何も書かれていない。だが、そのうちの三枚は禍々しい雰囲気を。残りの七枚は対称的に、正義の力を感じる。
 そう、こちらの七枚の方はまるでネオスに似ている。
「もしも仮に貴様が。強大なカードを生むのだとしたら。我はその力を注ごう。それを誰が使うかは我も知らぬ。神にも、悪魔にも。ただ、一つだけ言っておこう。このカードを生み出した貴様はもう、二度とまともな運命をたどらぬ事だけは約束できる」
「……俺のこの後の運命と引き換えに、強大なカードをもたらす、か」
「イエス。貴様の妹も、貴様自身で救えるようになるかも知れぬ。それと、もうひとつ」
「まだ、何かあるのか?」
 十代の言葉にその影は首を左右に振った。
「作ったカードが必ずこの世界を救うとは限らぬ。世に出るのは過去かも知れないし、未来なのかも知れない。どこに出て来るかは保証出来ぬ。ただ……この二週目の世界の結末に関わる事だけは約束できるだろう」
「フン。それだけ聞けば全ては無問題さ。作ってやろうじゃネェか、その十枚のカード」
 十代は手を差し出し、十枚のカードを受け取った。
 さて、何をデザインするかと考え込む。だがしかし、その前に。

 禍々しい空気を放つ三枚が、まるで何かに似ている気がする。

「……この三枚。何か、隠していないか」
「否定はしない。だが貴様が気にするべき事ではない」
「やれやれ、そうかい」
 十代はそう呟くと、ペンを取る。
 すると、ペンがその三枚の前で動いた。まるで、何をデザインするか解りきっているように。否、十代自身の無意識がそうさせてしまったのか。

 ペンは動く、見覚えのある翼、見覚えのある頭、そしてその効果すらも。
「……これは」
 十代も知っている。よく知っているカードだ。まさしく、それそのもの。いや、もしかしてこのカードがそうなってしまったのか。
「神竜のデザインに、そっくりじゃないか……」
 大まかなデザインだけのラフ画とはいえ、まさしくそれは神竜だった。
 混沌の神竜。天空の神竜。冥府の神竜。

「なんてこった……」
「では、回収する。こちらの三枚だ」
 神竜に似た三枚は消えて行き、まだ真っ白の七枚だけが残る。
 さて、これからどうしたものだろうか。
「………七枚の竜、か」
 そう、神にも対抗しうる竜。神竜がもしも、今後必要だとしたら。
 吹雪冬夜が言うように、神竜に眠るダークネスを目覚めさせた後、ダークネスが動いたとしたら。
 神竜にも、戦えるような竜を。ドラゴンを。

「そうか、ドラゴンか」
 三四にも授けられる力。ドラゴンを、使えばいい。E・HEROともシナジーするようなドラゴンを、この手で作ればいい。
 それだけじゃない。それぞれ抑止力となりうるほどの、強力な竜を。作ってみよう。
 ペンを動かす。動かし続ける。
 七体の竜を、デザインしていく。

 一体は紅き瞳の黒き焔竜であり。
 一体は深き淵の蒼き氷竜であり。
 一体は可能性を切り開く風の竜であり。
 一体は革命を告げる機械の竜であり。
 一体は古代の叡智たる太陽の竜であり。
 そして、一体は英雄を導く星の竜であり。
 最後の一体は、運命を司る七番目の竜であった。

 七つの竜が生まれた。そしてこの七つの竜が、いずれ多くの世界を動かして行く事を十代はまだ知らない。だが、ここで生まれた。
 過去でもなく、未来でもなく、ここで生まれた後に未来へ、あるいは過去へと向かった。
 だがしかし、十代は思っている。この七体が。

 いずれ、集うときが来る。そしてその時は…大いなる力を。

 そう、それはきっと神にも対抗しうるような力を。持っている筈なのだと。
「よくやった……貴様のお陰で、我も新たな依り代を得られる」
 遠くの方で、声がまだ響いているような気がした。




《第8話:覚醒》



 デュアル・ポイズンは表向きには壊滅した。
 海馬社長はその結果にある程度は満足したようであり、十代に対する監視の目も今となってはだいぶ少ない。
 そして―――――デュエル・アカデミアの入学式まで、もう片手を数えるぐらいの日になっていた。

 早いものだ、と十代は思う。
 そして、後二年の月日の間だけは、一巡目の世界と同じ道化のままでいられる。そう、何も知らぬ、無垢で純粋な、デュエルを行なっているだけの。
 本当に、もうそろそろ、時は近くなって来たのだ。
 三四のすぐ側にいる日々を過ごすのも、後わずか。一巡目の時には気付かなかった、時間は刻々と迫って来る。

 だが、その世界の終焉をかける最後の時に恐らく十代はいないだろう。
 一度救った世界をその手で壊し、ループを作り出してしまったのは他ならぬ十代自身。大いなる力には大いなる責任が、そして大きな代償を伴う。
 そして世界が終わる時に。少しでもいい、もし三四が世界を救えるのなら―――いや、三四が救わなくてはいけないのだ。きっと。
 三四を守る為に、一巡目の世界とこの生涯を捧げてみせる。だから、悲劇を続かせない為に。世界を救ってほしいと、最愛の妹に託したい。
 だから、最後に託さなくてはいけないものがある。
 そのために―――――。





 夜。遊城三四は、部屋に誰かが入って来た気配に気付き、目を覚ました。
 泥棒?
 そう思いつつ、薄く目を開ける。だが、その人影は見覚えのあるものだった。
「三四」
「……兄さん?」
 兄さんが深夜に部屋に入って来るなんて、と三四は思う。だがしかし、同時に気付いた。
 十代はもうすぐ、全寮制のデュエル・アカデミアへと向かう。つまり、毎日のように顔を会わせていた日常から滅多に会えなくなる。
 今迄ずっと、十代は三四の事を文字通り全身全霊で愛して来ていた。その愛情を痛いほど理解しているのは、三四だってそうだ。
 十代から見れば、離れる事で三四が一人でやっていく事が心配なのだろう。だが、三四から見れば十代の方が心配だ。
 そう、いつものように自分を支える為に無茶でも平気でやってきた兄が。今度は自分の為にまで無茶をするのではないかと。
 自分が愛する誰かの為に、献身的に動く。それが遊城十代という人間の三四が持つイメージ。
「どうしたの、こんな時間に」
「もうそろそろ、三四とも離れるからな。思い出つくりって奴さ。散歩に行かないか?」
 十代は悪戯っぽく笑う。三四は、いつものどこか陰がある、けど優しくて明るい兄だ、と思った。
 そしてそんな兄が悪巧みしているな、とも。
「行く」
 私が頷くと、兄さんは少しだけ笑って「なら行くか」と頷いた。





 辿り着いた場所は、街と隣町を結ぶ大川の中央。
 河口にさほど近く、夜は多くのライトで輝き、そしてもう一つ変わった事として大きな三日月の形を描いている事だ。
 工事の際、測量を行なっている日が台風と重なってしまい、測量と大きくずれた結果、橋は真っ直ぐではなく三日月を描くような形になってしまった。
 だが、結果としてその独特の形故に街のシンボルとして愛され、クレセントムーンブリッジという愛称までついている。

 時折、夜のこの橋に来た事はあるが、そういう日は大抵流星群が来る日だったり花火大会だったりと夜でも人で賑わっていた。
 だが、今日は誰もいない。何も無い日だ。
「足下、気をつけろよ」
 兄さんはそう言って笑った後、手にしていたものをすっと差し出した。
 最新型の、奇麗な白いデュエルディスク。
 デュエル・アカデミアに合格した兄さんに支給されたタイプと同じ、海馬コーポレーションの純正である。
「……デュエルを、しようぜ」
 兄さんはデュエル・ディスクを差し出しながらそう口を開いた。
「ここで?」
「ああ、ここでさ。ちょうどいい場所だろ?」
 兄さんは悪戯っぽく笑うと、デッキをシャッフルする。そして、もう一つのデッキ。
 私のデッキ。兄さんから貰ったり、自分で買ったりして、そして選んで作った、私が信じるデッキ。
 E・HERO達のデッキ。
「お前に、伝えなきゃいけない事があるのさ」
 そう言った兄さんは少しだけ寂しそうだった。
「だから全力で来い。俺を倒してみせろ。お前の力、お前のデッキで!」
「……そう」
 いつもとは違う。けど、それでも兄さんは真剣だと解った。
 ならば戦おう。倒してみせよう。私は、遊城十代の妹である前に、デュエリストだから。

 少しだけ距離をとる。
 月が南中に差し掛かろうとしていた。

「「デュエル!」」

 遊城三四:LP4000 遊城十代:LP4000

「俺の先攻だ! ドロー!」
 兄さんはいつものように宣言すると、最初のカードをドローする。
「フィールド魔法、摩天楼-スカイスクレイパー-を発動!」

 摩天楼-スカイスクレイパー- フィールド魔法
 「E・HERO」と名のつくモンスターが攻撃する時、攻撃モンスターの攻撃力が相手モンスターの攻撃力より低い場合、攻撃モンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする。

 フィールドが、月に照らされた橋から摩天楼へと移り変わる。
 E・HEROがもっとも活躍できる場所、摩天楼。兄さんのデッキには当たり前の様に入っているカード。しかし、それは私も同じ。
 E・HERO同士の戦いなら、お互いにその効果を受けられるのだから。兄さんもそれぐらいは解りきっている筈。
 何かあるのだろうか。
「更に、手札よりE・HERO キャプテン・ゴールドを召喚!」

 E・HERO キャプテン・ゴールド 光属性/星4/戦士族/攻撃力2100/守備力800
 このカードを手札から墓地に捨てる。
 デッキから「摩天楼-スカイスクレイパー-」1枚を手札に加える。
 フィールド上に「摩天楼-スカイスクレイパー-」が存在しない場合、フィールド上のこのカードを破壊する。

 摩天楼の頂点に金色に輝くヒーローが降り立つ。
 摩天楼でなくては戦えないが、その攻撃力は充分過ぎるほど高い。
「ターンエンド」
 リバースカードを伏せず、ターンエンドを宣言。私のターンだ。
「私のターン! ドロー!」
 しかし、私だって兄さんを追いかけてHEROデッキを組んだ訳ではない。戦うからには、負けちゃダメ!
「魔法カード、融合を発動し、手札のスパークマンと、エッジマンを融合!」

 融合 通常魔法
 手札またはフィールドに存在する融合モンスターカードによって決められたモンスターを融合する。

 E・HERO スパークマン 光属性/星4/戦士族/攻撃力1600/守備力1400

 E・HERO エッジマン 地属性/星7/戦士族/攻撃力2600/守備力1800
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていればその数値だけ、相手ライフにダメージを与える。

 雷の戦士と、刃の戦士を融合させる。
 1ターン目から揃うとは思わなかったが、私が信じる最高の戦士はここにいる。

「E・HERO プラズマヴァイスマンを召喚!」

 E・HERO プラズマヴァイスマン 地属性/星8/戦士族/攻撃力2600/守備力2300/融合モンスター
 「E・HERO スパークマン」+「E・HERO エッジマン」
 このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていればその数値だけ、相手ライフにダメージを与える。
 手札を一枚捨てる事で相手フィールド上の攻撃表示モンスター1体を破壊する。

「プラズマヴァイスマン…」
 兄さんが驚いたように呟く。1ターン目でいきなり召喚してくるとは流石に思わなかったか。
 HEROデッキの真骨頂は融合モンスターを如何に素早く展開するかである。デッキ構成と、後はドローソースがモノを言う。
「……キャプテン・ゴールドを守るリバースカードは無い。攻撃させてもらうわ! 行っけぇぇぇぇっ!」
 キャプテン・ゴールドに一撃が叩き込まれ、遠慮なく粉砕。

 遊城十代:LP4000→3500

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
「なかなかやるな。だが、1ターン目から手札を使い過ぎだぞ」
 兄さんは悪戯っぽく笑うと、続けてドローする。
「俺のターンだ。N・チョールヌィ・チーグルを攻撃表示で召喚!」

 N・チョールヌィ・チーグル 闇属性/星3/獣族/攻撃力1500/守備力0
 このカードが戦闘する時、手札に存在する「E・HERO」「N」とつくモンスター1体を墓地に送る事でそのモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力をアップする事が出来る。

 フィールドに、漆黒のオーラを纏う黒い虎が降り立った。
 N。宇宙の使者。普通のNとは違う、新たなオーラを纏うモンスター。

「チーグルの効果発動! 戦闘する際、手札のHEROまたはNを一体墓地に送る事でそのモンスターの攻撃力分、攻撃力をアップさせる!」

 Nでそのまま攻撃したとて、スカイスクレイパーの恩恵は受けられないから攻撃力は1100ポイント下回る。ならば、それ以上の攻撃力を得れば良い。
「手札の、E・HERO オーシャンを墓地に送り、その攻撃力をアップさせる!」

 E・HERO オーシャン 水属性/星4/戦士族/攻撃力1500/守備力1200
 1ターンに一度、自分のスタンバイフェイズ時に発動することが出来る。
 自分フィールド上または自分の墓地に存在する「HERO」と名のついたモンスター1枚を選択し、持ち主の手札に戻す。

 N・チョールヌィ・チーグル 攻撃力1500→3000

「攻撃力3000!?」
 あの伝説のモンスターにも匹敵する攻撃力だ。そして何より、オーシャンを墓地に落としたという事が問題だ。
 墓地には既にキャプテン・ゴールドが存在する。HEROと中では融合素材の緩い、属性とE・HEROという名前が揃えば融合出来るモンスターも呼べる。
 そして、そのモンスターほど強力無比。つまり、次のターンはミラクル・フュージョンを使ってその融合召喚を狙って来るという事か。
「チーグルで、プラズマヴァイスマンを攻撃! バスター・ブラック・クロー!」
 強力な爪の一撃が、プラズマヴァイスマンを襲う。だがしかし。

「リバース罠、ヒーローバリアを発動!」

 ヒーローバリア 通常罠
 自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが攻撃表示で存在する時、相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にする。

「チッ、防いだか!」
 伏せておいてよかった。しかし、このターンこそ凌いだが次のターン以降が怖い。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 N・チョーヌヌィ・チーグル 攻撃力3000→1500

「私のターン! ドロー!」



 まだまだ甘い。
 手札使いが荒いのはかつての俺もそうだったが、三四もその性質は変わっていないらしい。
 だがしかし、戦うという意志と、勝ちたいという意志は、痛いほど伝わって来る。そう、デュエリストである限り、忘れちゃいけないのは戦う意志と、勝利への意志。
 負ける事なんざ考えてない。勝つ事と、戦う事だけを考えて、前だけ見ている。
 それが勝てるかどうか解らないとか、勝てないとか、そんな事を思っちゃい無いのがデュエリストなのだ。
 そう、だからこそ。
「やってみろよ、三四。俺を倒してみろ」
 そう、軽い言葉で挑発する。
「お前自身の力で、倒してみろ……」
 俺の言葉に応じるように、三四はカードをドローする。
 さて、次はどんな攻撃で攻めて来るか。まだプラズマヴァイスマンは健在だ。
「魔法カード、天使の施しを発動!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札から二枚墓地に送る。

 カードをドローし、そして墓地へと送る。
 何かを揃えるのか、それとも手札を整えているのか……。
「プラズマヴァイスマンで、チーグルを攻撃! 今度こそ、葬ってあげる!」
「リバースカードも恐れなくやるか。流石だな。だが、残念だったな!」

 しかし甘い。恐れずに攻撃を仕掛けて来たという事が。
「リバース罠、ソウル・オブ・ダークネスを発動!」

 ソウル・オブ・ダークネス 通常罠
 相手モンスターが攻撃宣言を行なった時に発動可能。
 手札・デッキ・墓地から「E・HERO シャドウ・ネオス」一体を特殊召喚する。

 E・HERO シャドウ・ネオス 闇属性/星7/戦士族/攻撃力2000/守備力2500
 このカードはフィールド上に存在する限りカード名を「E・HERO ネオス」としても扱う。

「だけど、チーグルへの攻撃は停まらない!」
「チーグルを倒した所で、シャドウ・ネオスはまだ生き残る」

 そう、フィールドにモンスターが残るという事が重要なのだ。
 Nが消し飛ばされ、ライフが大きく削られる。

 遊城十代:LP3500→2400

 ライフの差はかなり広がった。だがしかし、その程度で終わる筈が無い。
 それは三四も解っているのか、そのままターンエンドを宣言。まだ様子見の域を出れていないようだ。
「三四。覚えておくといい。お前もいつか、自分が持つ力について向き合う時が来る」
「私の、力……それは……」
 三四は唐突に視線をそらす。自分の事で、俺に迷惑をかけているとでも思っているのだろうか。
「でもその時、お前の側に誰かいるなら遠慮なく頼ってやれ。それはきっと俺じゃない、とは思う。怖いと思う事だってあるし、どうでもいいと思う時だってあるだろう。だけどな、その時に本当に大切なものが、きっとある筈だ。それだけは捨てちゃいけない。忘れるな。お前にとって本当に大切なものがそれが何であろうと、捨てちゃいけない。きっと、お前がいつか戦う時に必要なものだから……そう、いつかな」
「私が?」
「お前がさ。お前がやらなきゃいけない事だ。俺じゃないのさ」
 そう、俺じゃない。
 世界の終わりに立っているのは、俺じゃない。三四だ。
 いや、その時まで立っていられるように。

 三四に、強さを。力強さを、全て伝えなくてはいけない。

「だから俺が教えてやる。お前が信じるデッキも、強さも、想いも、何もかもぶつけてやる! だからお前も来い! 行くぞ、俺のターン!」

 フィールドには先ほど召喚したシャドウ・ネオス。そして手札で今引いたカードは…。
「手札のN・ブラック・レイヴンを召喚!」

 N・ブラック・レイヴン 闇属性/星3/鳥獣族/攻撃力600/守備力900
 このカードはフィールド上に存在する限り、相手はスタンバイフェイズにデッキの一番上のカードを墓地に送らなければならない。

 フィールドに漆黒のワタリカラスが降り立つ、そう、ここまで揃えば後はいける。
「シャドウ・ネオスと、ブラック・レイヴンをコンタクト融合!」
「やはり、コンタクト融合を…ネオスとNが揃えばそちらを狙う…!」
 見透かされていたか、だがしかしここで引き下がる訳にも行かない。

「E・HERO レイヴンズ・ネオスを召喚!」

 E・HERO レイヴンズ・ネオス 闇属性/星7/戦士族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「E・HERO ネオス」または「E・HERO シャドウ・ネオス」+「N・ブラック・レイヴン」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚することが出来る。(「融合」魔法カードを必要としない)
 このカードの召喚に成功した時、フィールド上に存在するこのカード以外の全てのモンスターカードをデッキに戻す。
 このカードはエンドフェイズ時に融合デッキに戻る。
 このカードが上記の効果で融合デッキに戻った時、このカードのプレイヤーは1000ライフポイントのダメージを受ける。

「レイヴンズ・ネオスの効果発動! このカードの召喚に成功した時、フィールド上に存在する全てのモンスターカードをデッキに戻す!」
 フィールドのモンスターを全て、敵味方問わず全てデッキへと戻してしまう。
 フィールドに残るのはネオスだけ。
 攻撃力2500のモンスターが1体。
「レイヴンズ・ネオスでプレイヤーにダイレクトアタック! ラス・オブ・クローネオス!」

 黒い爪の一撃が三四を襲い、大きくライフを削った。

 遊城三四:LP4000→1500

「エンドフェイズに、ネオスはデッキへと戻る。ターンエンド」

 遊城十代:LP2400→1400

 これで、お互いにフィールドはリセット状態。何も無い。
 さぁ、ここからどんな巻き返しを見せて来る。お前の力が、真価が問われる。
「私のターン……ドロー」

「E・HERO クレイマンを守備表示で召喚! ターンエンド」

 E・HERO クレイマン 地属性/星4/戦士族/攻撃力800/守備力2000

 クレイマンを守備表示で召喚しただけ。壁にはなるが、それだけでは進まない。
 何せ、こちらにはまだ手札が残っている。だが、三四はだいぶ減らしている。
 フィールドにはお互いにリバースカードも無い。

「俺のターンだ。ドロー!」

「魔法カード、天使の施しを発動! 続けて、魔法カード、強欲な壷を発動する!」

 天使の施し 通常魔法
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札から二枚墓地に送る。

 強欲な壷 通常魔法
 デッキからカードを二枚ドローする。

 手札の入れ替えと墓地肥やしを同時に行い、手札は整った。
 少なくとも、クレイマンに対抗出来るようには手札は整いつつある。
「……魔法カード、融合を発動し、俺は手札のモンスター二体を融合する」

 融合 通常魔法
 手札またはフィールドに存在する融合モンスターカードによって決められたモンスターを融合する。

「融合するモンスターは、手札のアイスエッジとフェザーマン……俺が召喚するモンスターはこいつだ! アイスエッジとフェザーマンを融合し、E・HERO アブソルートZeroを召喚!」

 E・HERO アイスエッジ 水属性/星3/戦士族/攻撃力800/守備力900
 1ターンに一度、自分のメインフェイズに手札を一枚捨てて発動する。
 このターン、このカードは相手プレイヤーを直接攻撃できる。
 また、このカードが直接攻撃によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、相手の魔法・罠カード1枚を破壊することができる。

 E・HERO フェザーマン 風属性/星3/戦士族/攻撃力1000/守備力1000

 E・HERO アブソルートZero 水属性/星8/戦士族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力はフィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

「悪いが、ここで決めさせてもらう」
 クレイマンの守備力は2000。とてもじゃないが、防ぎきれないだろう。
「アブソルートの攻撃! 瞬・間・氷・結!」
「くっ……」
 リバースカードが無いので成す術も無いのか、クレイマンは消え去る。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「私のターン! ドロー!」
 しかし、三四はまだHEROデッキを使いこなさせてはいないのかも知れない。
 HEROデッキが真価を発揮するのは、その融合パターンの豊富さだ。まだ、うまくその全てを活用しきれてはいないのか。
 融合デッキに枚数制限は無いので、あるだけ詰め込んでおけばその分だけ可能性はある。もっとも、デッキの枚数という素材の制限はあるが。
 デッキにモンスターばかり詰めても仕方が無いのである。
「…………アブソルートに勝てるモンスターは今、手札に無い。ワイルドマンを守備表示で召喚し、カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 E・HERO ワイルドマン 地属性/星4/戦士族/攻撃力1500/守備力1600
 このカードは罠の効果を受けない。

「完全に守勢だな。もう諦めたか?」
「まさか……この程度で諦める筈は無いわ」
 三四は不敵に微笑む。あれは何かを企んでいる目だ。ならば、まだ問題あるまい。
 だがしかし、俺の布陣は既に整いつつある。何故なら、アブソルートを召喚した時点で…。
「俺のターン! 罠カード、コード・アサルトを発動する!」
「んなっ……嘘、こんな有利な状況で……あ、アブソルート!」
 コード・アサルト。
 その名の通り、作戦名:突撃と名付けられたそのカードは融合モンスターを更なる強化モンスターへと進化させるカードだ。
 その効果は強力無比、故に逆転の一手として、そして罠カードであるが故に相手ターンで発動するのが定石。
 しかし、アブソルートZeroの場合は状況が変わる。
 何故ならアブソルートのその効果は、フィールドから離れた時に相手モンスターを一掃する。そう、フィールドを離れた時だ。コード・アサルトの効果で墓地に送ってしまえばその時点で相手モンスターは一掃。
 残るのはアブソルートZeroのコード・アサルトだけ。自分ターンで使えば、そのまま追い打ちが出来る。

 コード・アサルト 通常罠
 自分フィールド上に存在する融合モンスター1体を墓地に送り発動する。
 墓地に送った融合モンスターのカード名が含まれる「:アサルト」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから攻撃表示で特殊召喚する。

「コード・アサルトの効果でアブソルートが墓地に送られた、この時にアブソルートの効果発動! ワイルドマンを破壊させてもらうぜ!」

 E・HERO アブソルートZero 水属性/星8/戦士族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力はフィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

「そして、俺はE・HERO アブソルートZero:アサルトを召喚!」

 E・HERO アブソルートZero:アサルト 水属性/星10/戦士族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。「コード・アサルト」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードの攻撃力は墓地に存在する水属性モンスターの数×300ポイントアップする。
 このカードが戦闘を行う時、手札を一枚墓地に送る事で相手フィールド上のモンスター1体を破壊することができる。
 フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、自分の墓地に存在する「E・HERO アブソルートZero」を全ての召喚条件を無視して特殊召喚出来る。

「アブソルートZero:アサルトは自身の効果により、墓地の水属性モンスターの数×300ポイント分、攻撃力を増加させる。アイスエッジと、アブソルートZeroの2体が存在する」

 E・HERO アブソルートZero:アサルト 攻撃力3000→3600

 つまり攻撃力3600。そして、三四を守るモンスターは、今は存在しない。
 この時点でデッドエンド。これにて、終了。
「三四。覚えておくといい。自分の身を守るものがいつでもあると思うな。今のように、何も無くなってしまう場合もある。だけど、それでも生きている限りは、生きているならまだ希望はあるだろうな……そう、生きている限りな」
 そう、死んでしまったらお終い。生きている限り、である。
 だからこそ、生きなければならない。何があろうとも、どんな屈辱に塗れようとも。辛くとも、哀しくとも。
「さぁ、最後の攻撃だ。アブソルートZero:アサルトの攻撃! フリージング・メテオ・ダイブ!」
「手札の、クリボーの効果を発動!」

 クリボー 闇属性/星1/悪魔族/攻撃力300/守備力200
 相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。
 その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「クリボー……!」
 まさか手札にそんなカードを温存しているとは思わなかった。
 HEROデッキとはいえ、HERO以外のカードも0ではない。しかし、そんなカードが入っているとはまさに予想外。
「驚いたな、首の皮1枚で繋がったか」
「お守りみたいなものよ。こういう時に、あると便利だわ」
 三四はしれっと答える。だがしかし、このターンを凌いだとはいえ、三四が不利な状況である事に変わりは無い。
 ただ、ちょうど思い出した。

 そういえば、一巡目の世界で俺がアカデミアの入学試験を受けに行った時。
 伝説の決闘王に出会って、ハネクリボーのカードをもらった。そう言えば……この前受けに言ったときは、出会わなかった。
 電車が遅延したりはしなかったから。ハネクリボーのカードも、持っていない。
 三四は、クリボーのカードを何処で手に入れたのだろうか。少し気になる。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
 さぁ、見せてみろ。お前の力を。
「私のターン。ドロー!」
 1ターン、凌いだとはいえ不利のまま。だがしかし、三四はまだ諦めないのか躊躇わずにカードを引いた。
「魔法カード、手札抹殺を発動!」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いの手札を全て墓地に送り、墓地に送った枚数分のカードをデッキからドローする。

 手札抹殺であっという間に墓地にカードが送られた。
 そして、墓地の中に見慣れたカードが存在するのに気付いた。そう、俺がかつて宇宙に送った、あのHEROのカードが…。
「魔法カード、ミラクル・コンタクト!」

 ミラクル・コンタクト 通常魔法
 自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをデッキに戻し、「E・HERO ネオス」を融合素材とする「E・HERO」と名のついた融合モンスター1体を全ての召喚条件を無視して特殊召喚する。

 ミラクル・コンタクト。
 ミラクル・フュージョンのコンタクト融合版と言っても過言ではなく、手札抹殺で墓地に送ったネオスとNをデッキに戻す。しかし、アブソルートの攻撃力は3600。それに対抗出来るネオスと言えば……。

「この効果で、私はE・HERO ネオス、N・グラン・モール、N・フレア・スカラベをデッキに戻す!」

 E・HERO ネオス 光属性/星7/戦士族/攻撃力2500/守備力2000

 N・グラン・モール 地属性/星3/岩石族/攻撃力900/守備力300
 このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行なわずこの相手モンスターとこのカードを手札に戻す。

 N・フレア・スカラベ 炎属性/星3/昆虫族/攻撃力500/守備力500
 このカードの攻撃力は相手フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。

 ネオス。グラン・モール。フレア・スカラベ。
 この三体がいるなら、最強のネオスを召喚することが出来る。そう、その名は…。

「E・HERO マグマ・ネオスをコンタクト融合で召喚!」

 E・HERO マグマ・ネオス 炎属性/星9/戦士族/攻撃力3000/守備力2500/融合モンスター
 「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」+「N・フレア・スカラベ」
 自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚することが出来る。(「融合」魔法カードを必要としない)
 このカードの攻撃力はフィールド上のカードの枚数×400ポイントアップする。
 エンドフェイズ時にこのカードは融合デッキに戻る。
 この効果によって融合デッキに戻った時、フィールド上に存在するカードは全て持ち主の手札に戻る。

 マグマ・ネオス。
 その攻撃力上昇効果と、フィールドを離れたときのリセット効果に何度も救われて来た。敵として相対すると、恐ろしいカードでは或る。
「装備魔法、インスタント・ネオスペースを発動!」

 インスタント・ネオスペース 装備魔法
 「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターのみに装備可能。
 このカードを装備した融合モンスターはエンドフェイズ時に融合デッキに戻る効果を発動しなくてよい。
 装備モンスターがフィールドから離れた時、手札・デッキ・墓地から「E・HERO ネオス」を特殊召喚することが出来る。

 フィールドリセット効果を無くされたネオスはまさに高攻撃力の壁。そして、今フィールドに存在するカードはマグマ・ネオスを含めて四枚。

「マグマ・ネオスは自身の効果で攻撃力を上昇させる……アブソルートでは勝ち目が無い」

 E・HERO マグマ・ネオス 攻撃力3000→4600

「そして、マグマ・ネオスの攻撃! スーパー・ヒート・メテオォォォォォォォッ!!!」
 アブソルートZero:アサルトに、マグマ・ネオスの強烈な一撃が叩き込まれた。

 遊城十代:LP1400→400

「アブソルートZero:アサルトの効果発動! このカードが破壊された時、全ての召喚条件を無視してアブソルートZeroを特殊召喚する!」

 E・HERO アブソルートZero:アサルト 水属性/星10/戦士族/攻撃力3000/守備力2500
 このカードは通常召喚できない。
 「コード・アサルト」の効果でのみ特殊召喚できる。
 このカードの攻撃力は墓地に存在する水属性モンスターの数×300ポイントアップする。
 このカードが戦闘を行う時、手札を一枚墓地に送る事で相手フィールド上のモンスター1体を破壊することができる。
 フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、自分の墓地に存在する「E・HERO アブソルートZero」を全ての召喚条件を無視して特殊召喚出来る。

 E・HERO アブソルートZero 水属性/星8/戦士族/攻撃力2500/守備力2000/融合モンスター
 「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの攻撃力はフィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
 このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

「フィールドに、またアブソルートZeroが戻って来た……」
「イエス。コード・アサルトのモンスターは例え破壊されようと戻って来る、何度でもな」
 そう、まるで不死鳥のように。
 少しだけ思い出す。不死鳥、それはまるで坂崎が遺したデッキのようだ。

 俺はもう、大切なものと共に、HERO達を三四に託して行く。俺にはもう必要の無いもので、三四はどうしても必要なものだから。
 俺が生んでしまった悲劇が終わった世界に、俺は立っていない。でも、三四は立っていなきゃいけない。
 そうでなければ、消されてしまった全世界分の人間達が本当に意味を無くしてしまうから。

「ターン……エンド」

 だから、三四。お前に、本当の切り札を教えてやる。
 このカードとともに……未来を掴んでくれ。使いどころを、誤るな。

「俺のターンだ。ドロー……魔法カード、O―オーバーソウルを発動!」

 O―オーバーソウル 通常魔法
 自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のつく通常モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

「この効果で俺が召喚するのはE・HERO アナザー・ネオス!」

 E・HERO アナザー・ネオス 光属性/星4/戦士族/攻撃力1900/守備力1300/デュアル
 このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する時、通常モンスターとして扱う。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いで再度召喚する事でこのカードは効果モンスター扱いとなり、以下の効果を得る。
 ●このカードはフィールド上で表側表示で存在する限りカード名を「E・HERO ネオス」として扱う。

「フィールドに召喚したアナザー・ネオスを再び召喚する……これでこのカードは自身の効果により、カード名をE・HERO ネオスとして扱う」

 墓地に存在する限りは通常モンスター、故にオーバーソウルで蘇生出来る。そしてこの後、そのまま融合に繋げる。
 難しくは無い。手札消費こそ多いものの、問題はその融合で召喚するモンスターだ。
「……三四。ネオスもHEROも融合して戦うデッキだ。力を合わせて戦う融合、まさに大きな力になる。結束も……何もかも、な」
 そう。
 信じる仲間であったり、結束であったり。色々ある。
「このカードの事をよく覚えておけ、三四。使うべき時を誤れば、このカードを使った事で悲しみが訪れるかも知れない。だから、使いどころを見極めるんだ。俺の、魂のカードを! よく見ておけ!」
 一巡目の世界で、俺を苦しめ、そして俺が求めたたった一つのカード。
「速攻魔法! 超融合を発動!」

 超融合 速攻魔法
 手札を1枚捨てる。
 自分または相手フィールド上から融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体を特殊召喚する。
 このカードの発動に対して魔法・罠・効果モンスターの効果を発動することは出来ない。
 (この召喚は融合召喚扱いとする)

「超、融合?」
「超融合……。このカードは、本当に大きな力だ。このカードを作るのに多くの犠牲があったのだろう、そしてこのカードが多くの苦しみを増やした事もな。だけど、大きな力だ。だから覚えておけ。このカードは、本当に必要だと思った時に使うんだ」

 俺は、三四に強くそう言った。
 そして、このカードと一緒に、真の切り札を、託さなくてはいけない。

「超融合の効果で、マグマ・ネオス、アブソルートZero、アナザー・ネオスを融合! そして……星がその名を呼んでいる、英雄達がその軌跡を標としている、生命の輝きも、星の瞬きも、その全てを描く軌道線の為に、宇宙へと、駆け抜けろ! 新星竜セイバー・ネオス・ドラゴンを召喚!

 新星竜セイバー・ネオス・ドラゴン 光属性/星9/ドラゴン族/攻撃力3200/守備力2500/融合モンスター
 「E・HERO ネオス」+「HERO」と名のつくモンスター2体
 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
 このカードの融合召喚に成功した時、素材として使用した「HERO」と名のつくモンスター2体を除外することでそのモンスターの効果を使用する事が出来る。
 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、このカードのコントローラはカードを1枚ドローする。

 宇宙から、英雄を導く標となる為に現れた、一体の白い龍。
 流星のように宇宙を翔け、新星のような輝きをもって敵を焼き尽くす。
 救世主の名を持つその竜は、まさにエースとして相応しい存在となる。

「……三四。超融合と、このカードをお前に託す。だから……生きろ」

 生きて。
 生きて、生きて、生きて。この世界を、この世界を…全てが終わってしまう前に…。

 この世界を止めて。

 俺の、魂の一撃と共に。お前に、未来を託す。もう、決めた事なんだ。




《第9話:全ては、一睡の夢…?》

 長い長い、夢の終わり。
 或る男は、自分の立っていない未来だけを見つめていた。
 或る男は、奥底から巻き上がる憎悪に浸していた。
 或る男は、計算通りに進む出来事に歓喜していた。

 お前は、何の夢を見る。










「時は来た。神竜を使って、ダークネスを復活させろ」

 吹雪冬夜からその連絡が来たのと同時に、海馬コーポレーションから第2回バトル・シティでデュアル・ポイズンの残党が動き回る可能性がある、という連絡が来た。
 双方からのご指名とあらば、動かない訳にはいかない。
 遂にその時が来たのだ。終わりの始まりを、作りに行こう。





「遊城十代が、動いている?」
 第2回バトル・シティの最中、一足先に決勝トーナメントの集合場所まで来ていた晋佑の元に連絡が入ったのはまだゼノンがやってくる前。
 晋佑しかいない。
『密偵からの連絡が来ている』
「了解した。奴に神竜を奪われないよう、始末すればいいのか?」
『なに。そんな事はしなくていい。奴と海馬コーポレーションを牽制するだけでいいんだ。これから色々と忙しくなるからな』
 そもそも第2回バトル・シティが開かれた理由は奪われた神竜の奪還だから、あまりハデに騒ぎすぎるのも逆に良く無い。
 ならば、どうするべきか。
 晋佑がそう考え始めた時、恐らく用意されたであろう青眼型高速船が童実野埠頭へと入って来た。規定の時間までまだ間があるというのに、仕事の速い事だ。
 そう思った時、船の甲板に一人の人影が立っているのが見えた。
「……あれは」

 吹雪冬夜の計算通りだった。
 海馬社長は案の定十代に調査役を命じ、その仕事の為として決勝トーナメント進出者達の集う童実野埠頭までやってきた。
 ただ、一つだけ想定外の事があったとすれば、神竜を盗んだのがよりによって。
「なんで高取晋佑があそこに……まさか、盗んで来たのはあいつか?」
 また厄介な事になるな、と十代は思った。
 まぁ確かにデュアル・ポイズンのデュエリストはハデな連中が多いから下手な奴を動かせば目立ちすぎたり余計な被害を出したりする可能性があるので贅沢は言えない。
 良識と落ち着いた行動をとる高取晋佑は確かに適任ではある、が。
 あいつの場合、十代に対しては態度が別だ。少なくとも表向きは海馬コーポレーション側に降伏してしまった十代に対してよい感情を抱いていないのは明らかだ。
 だがしかし、仕事は遂行しなければならない。
 ダークネスを復活させる事で、ループの打開への布石は揃うのだ。
 そう、きっと。

「……チッ、先を越されたか」
 晋佑は背後から響くその一言で意識を現実に引き戻した。
「ゼノン・アンデルセンか」
 天空の神竜を、持っているデュエリスト。
「まぁ、オレは俺の強さを証明出来れば、神竜なんてどうでもいい。お前の都合がどうであれ、な」
「それは解りきってるさ」
 ゼノンの言葉に晋佑はそう返しつつも、頭では別の事を考えていた。
 そう、遊城十代が動いているとなると、確実に海馬コーポレーシォン側からの攻撃があると考えておかしくない。それに加えて。
 あの遊城十代が、その程度で済ませるとは到底思えない。
 海馬コーポレーションの命令以外にも何か目的がある、そうに違いない、きっとそうだ。
 ならば今のうちに先に先制してしまうか。だが、今はゼノン・アンデルセンが来てしまっている。下手に行動を起こせばそちらを刺激してしまう。
 そうだ、落ち着け。今はダークネスの復活させる事が最優先だ。
 晋佑はそう判断すると、首を左右に振る。神竜はこの場に揃うときが近いのだ。もうすぐ、もうすぐだ。
 だが…。

 ダークネスを復活させる。それはいい。だが、肉体が。
「なんで、よりによって雄二なんだろうな」
 呟く。黒川雄二、宍戸貴明。かつて親友だった、いや、もしかしたら今でも親友なのかも知れない。
 それなのに。それなのに。それなのに。
 ダークネスが復活すればきっと、黒川雄二は飲み込まれる。きっとそうだ。あいつが肉体なのだからしょうがない、例え親友であろうとも。もう、遅い。
 だけど、その度に思い直してしまう。
 オレが今からやろうとしているのは、同じ事なのじゃないか?
 あの日、坂崎加奈を斬り捨てた遊城十代と、同じ事をしようとしているんじゃないか?
「………だから、だよな」
 躊躇ってしまう。それをする事が、正しい事なのだと頭では思っていても。
 相手が友達だったから。親友だったから、仲間だったから?

 もしここで進んでしまえば、同じになってしまう。あのときの、遊城十代と。
 それだけは、嫌だと思っている自分がいる。だけど。
 やらなきゃいけない事なんだ。そう、坂崎の為に、十代を止める。止めなきゃいけない。

 そうでなければ、彼女が報われない…。

 高取晋佑は気付かない。その対立こそが、吹雪冬夜の最も望んでいた事だという事を。
 そう、全ては彼の盤上の上の出来事。


「……あれは、ゼノン・アンデルセン、か?」
 十代は晋佑の隣りにいる人物をよく確認する為に甲板から船室への忍び込み、窓から埠頭の様子を覗く。
 ヨハンは記憶が正しければもうアカデミアに到着している筈。だとすると、あちらはアークティック校にいる筈の弟のゼノンの方か。
 鋭い目つきをしている、というのが第一印象。高取晋佑と話してこそいるが、仲良しには見えない。だが。
 あれでも天空の神竜を預かっているというのだから驚きだ。それに、あの男は案外使えるかも知れない。とりあえず選択肢の一つとして入れておこう。
「……さて、問題はこれからだな」
 上手いとこ高取晋佑が揃えているであろう神竜をどうにかして上手く奪還しないと――――。
「ん?」
 ふと、見慣れた人影が現れた。
 パズルカードを提示し、船へと一度視線を向ける。その姿は知っている。あれは、間違いなく。
 丸藤亮だ。
「ヘルカイザーまでいるのか……参ったな」
 知人がいると余計に動くにくい。また面倒くさい相手が増えてしまった。
「……」
 丸藤亮。一巡目の世界では、彼に憧れていた。
 彼の強さ、誇り高さ、その生き様、全てに。勝利を渇望しヘルカイザーとなった時は本当に驚いたものだが、それでも彼は自分を見失ったりはしなかった。
 そう、俺とは違う。俺のように、全てを壊したりはしなかった。
 彼のデュエルに、本当に憧れていた。
 勝利を求めるだけでなく、強さと、誇りと、そして相手を尊重する事…そしてデュエルを楽しむ事。
 一巡目の世界で、俺が学ぼうとしていた事。
 今では、何一つとして無くなっていた。
 ならば、俺は何を持っている? 何を求めればいい?
 本当に、解らなくなって来ていた。俺が正しいのかどうかも…けれども、今の俺にはやらなければいけない事がある。
 三四を、活かす為に。この世界を、終わらせない為に。

 果たさなければならない事がある。その為に俺は、ナンにだってなる。そう、決めたのだった。





 神竜の力の断片は、決勝トーナメント1回戦で既に現れていた。
 かつて十代がそうしたように、神竜は人の魂を飲み込んだ。目覚めに必要とはいえ、あれで何人目かは解らないが少し罪悪感は湧く。
 そして。

「「お前だけは、俺が必ずぶっ倒す!!!」」

 高取晋佑と、あの二人。片方はあの本気の丸藤亮を倒し、それに知り合いなのか少しばかり話もしていた。
 もう片方は…確か何処かの資料で見た事があるが、ダークネスの肉体を有しているとかいないとか。
 だが、あの二人。ゼノンより警戒するべき相手であるのは明らかだ。何せ、何を狙って来るか解らない。
「でも、どうするかだよな」
 ダークネス復活の為に片方は必要だとしても、もう片方をどうやって追い払うか。
 丸藤亮と知り合いなら上手く煽って動かせるか。

 しかし、そんな思考は絶対上手く行ったりはしない。

 捕らぬ狸は何とやら、である。
 決勝トーナメント1回戦が終わって選手達はもう寝静まった頃、甲板へとやってきた十代の前で高取晋佑が待っていた。
「待っていたぜ、遊城十代」
「奇遇だな、俺もだ」
「ずっと探していた…」
 晋佑はそう呟くと、一歩だけ前へと踏み出る。
 長らく会っていなかったが、その表情にはやはり憎悪が刻まれていた。そう、焼け付くような憎悪。まるで、俺を呪い殺さんばかりに。
 十代は思わず、一歩だけ退いた。その気迫に、だ。
「覚悟は、出来ているか」
 晋佑が呟く。
「何の話だ?」
「恍けるな。三年前の事、忘れている筈が無いだろう。当事者である、お前が」
「………」
 沈黙する十代に、晋佑は言葉を続ける。
「お前は知っている筈だ………坂崎がお前の事をどう思っていたか。それに対してお前がどうしたかという事だ!」
「…………」
「俺は総帥から神竜とダークネスを目覚めさせろという指令を受けたが……だが、俺が本当に動いた理由はお前にある。
 お前を倒さなきゃ、俺の怒りが済まないんだよ。坂崎の為に」
「随分と彼女の事を気にしているな。本当に」
「………ずっと、一緒だったからな」
 十代の問いに、晋佑は応える。
 昔の事を、楽しかったあの頃を思い出すかの様に。
「俺が一つだけ後悔した事があるとすれば、お前と坂崎を出会わせた事だ。お前が出会わなければ、あんな事にはならなかったかも知れない。
 俺はただ、デュエリストとしてただ更に高みを目指したかっただけなのにな……だが今やそんな事はどうでもいい。
 坂崎の無念を晴らさなきゃいけない。お前を倒すと、決めた。神竜の礎になれとな!」
「………フッ」
 面白い事を言う。
 十代は、吹雪冬夜から神竜を解放し、ダークネスを目覚めさせろと言われている。
 高取晋佑も同じ指令を受けている。おかしな事に。
「本当に……お前は嫌な奴だな、高取晋佑」
「俺も同じ事を考えているよ、遊城十代」

 沈黙が、流れる。
 月と、波の音、そして夜の闇に、風が吹く。

「……お前とは、本当に……ケリを、つけなきゃなっ!」

 沈黙を破った音は、高取晋佑の言葉と手にした細長い黒光りする物体だった。


「……拳銃って、物騒なもの持ち込みやがって!」
 危険な奴だとは思っていたがそんなモノまで持ち歩くとは思わなかった。
 十代は舌打ちするなり甲板からブリッジの影へと隠れる。だが、諦める晋佑ではない。躊躇う事無く追って来た。
「逃げるな! 出てこい!」
「そうそう簡単に、殺られてたまるかっての」
 十代は息をひそめて様子を伺う。晋佑も出てこないのなら仕方ないと思ったのか、二発ほど続けて発砲してきた。
 だが、当たった先は甲板の手すり。
 外したか、と思っていた時、足音が響く。移動しているらしい。
 では、何処から?
 10秒、20秒と時間が経つ。どこから来る?
 考えろ。今、隠れている位置を狙えるような場所は…二ヶ所しかない。
 ブリッジの中と――――十代が今隠れている側の甲板!
 咄嗟に飛び退いた直後、再び発砲音が響く。
「チッ!」
「回り込んで来たか……糞、晋佑の奴、この船の構造調べきったみたいだな」
 甲板から先ほど晋佑がいた側の甲板へと回り込む。だがしかし、更に発砲。
 5発目だ。弾倉の弾丸とて無限じゃないから、いくらか撃たせてしまえばいずれ弾丸は切れる。
 だが、このまま放置しておく訳には行かない。撃たせるには姿をさらさなければならないが、当たる危険性が必ずある。
 なら、どうすべきか。十代は考える。
「ふぅ、オブライエンならもう少しマトモな…」
 一巡目の世界で傭兵を名乗ったウェスト校のチャンプを思い出した時、ふと思い出す。
「そうか、オブライエンか」
 そう言えばオブライエンはサバイバルに長けていた。こういう荒事にも慣れている。
 なら、ちょっとその知識を借りさせてもらおう。

 甲板から船室へと続く階段の扉を開ける。
 小さな窓から外の様子を伺うと、晋佑はドアの開く音を聞いたのか、すぐ近く迄やってきていた。
 奇襲を仕掛けるには、まさにおあつらえ向き。

「チッ、船室まで逃げ込まれたら厄介だぞ」
 晋佑が扉を強引に開け放った時、十代は扉の裏側に既に逃げ込んでいた。そう、開いた扉に。
「ん?」
 扉が完全に開ききらない事に気付いた晋佑が怪訝そうな顔をする前に。

 十代の鉄拳が晋佑に飛んだ。

「ぎにゃっ!」
 数回転して階段を転げ落ち、下の廊下に背中から叩き付けられる。
「悪いが、形勢逆転だ!」
 十数段の階段を一気に飛び降りつつの膝蹴り。
 落下速度と体重も加わるその膝蹴りを晋佑の身体に叩き込むと、それは晋佑を昏倒させるには充分…
 な訳は無かった。
「まだまだ甘い!」
 顎へのアッパーを喰らい、十代は数歩後ろへと下がる。その間に晋佑は再び立ち上がっていた。
 拳銃は転げ落ちた時に無くしたらしい。こう暗くては探しようが無い。
「神竜……、渡してもらうおうか晋佑」
「断る!」
 そう言って、晋佑が突き出した拳を十代は掌低で弾く。
 しかしそれは見越していたのか、その直後にローキックを放たれ、一度バランスを崩す。その隙をついて組み付こうとするがそこは十代である。
 バランスを崩したら崩したで晋佑の胸ぐらを掴んで引っ張って立て直す。
 晋佑は振り払うべく拳を浴びせる。だが十代も負けじとばかりに拳を放つ。
 そこで一度だけ距離を取った。
 お互いになかなかのやり手だが、仕留めるには至っていない。

「流石は遊城十代、ただのデュエル馬鹿じゃないか」
「お前もな。頭脳派かと思えば、なかなか強い」
 お互いにもう一度だけにらみ合う。
 これは命もかけた真剣勝負。負けた方が屈服し、膝を折るのみ。
 だがお互いに負ける気など無い。竜虎相打たんばかりの喰らい合い。
「まだまだ行くぞ!」
 次に仕掛けたのは十代だった。
 距離を詰めつつの軽いジャンプからの飛び蹴り。全身のバネを上手く利用したかの如く素早い飛び蹴りで晋佑はまともに食らった。
 だが、彼の背後は壁。
 辛うじて倒れることはなく、上手く踏みとどまると、追撃をしかけようとした十代に掌低を浴びせた。
 次は十代が一歩退く番だった。しかし、それでも立っている。
 お互いにタフなもので、倒れるつもりなど無いのだ。
 十代が再び掌低を突き出せば。
 晋佑はそれをはたき落として返し。
 そして晋佑が蹴りを放とうとすれば。
 十代は踵落としでそれを止める。
 十代がフックを放ち。
 晋佑はそれを横に飛び退いて回避しつつ肘打ち。
 十代はそれをまともに食らうも頭突きで返す。
 再び晋佑が拳を放ち。
 十代がそれを拳で返す。
 まさに一進一退の攻防。幾らダメージを受けようと、お互いの意地の為に一歩たりとも引く訳には行かない。
 何故ならお互いに、賭けているものがある。
 十代は一つの望みのため。
 晋佑は果たすと決めた復讐の為に。

「「負けられないんだよ!」」

 お互いにそう叫んだ直後、晋佑のつま先が先ほど床に落ちた拳銃を蹴飛ばした。
 拳銃が跳ね上がり、少しずつ回転する。
 それに気付かぬ二人ではなく、咄嗟に手を伸ばそうとした。
 しかしお互いにその動きに気付き、お互いにそれを阻止するべく蹴りを放とうとした。
 晋佑の足が十代の足を弾き、拳銃に手を伸ばす。
 もらった、と晋佑は思った。この距離なら外しようが無い。

 だが、それは十代にとっても同じ。
 バランスを崩す覚悟で突っ込んで来た十代の腕が晋佑を弾き、拳銃を掴んで、向けた。
「しまっ…!」
「後一歩、遅かったな」
 渇いた、銃声が響いた。

「がっ…!」
 左の胸に突き刺さり、口から血が漏れた。
「おま、え……」
 晋佑は十代へと、視線を向けた。
 俺には解っている。お前の破滅が。そうも言いたげな視線を。
 坂崎加奈を殺したお前に、大した事が出来る筈が無い。
 晋佑は、そんな事を考えながら。

 視界が、赤黒く染まるのを感じた。意識が、落ちた。


 二発の弾丸を叩き込み、晋佑はぴくりとも動かなくなった事を悟ると、十代はデッキに手を伸ばした。
 晋佑のデッキに入っているであろう神竜を回収しなくてはいけない。
 十代がデッキを探りだし、どうにかカードを1枚回収した。1枚…?
「そうか、天空の神竜は今持っていないのか」
 そうだ、ゼノン・アンデルセンが今持っている筈だった。十代はそう思い出す。
 待て。
 では、冥府の神竜は今どこにあるというのだ?
「……なんか今、変な音がしなかったか?」
 廊下を歩いて、誰か来る気配がした。高取晋佑の死体はどうするべきか。
 とりあえずそのままにして階段の影に隠れる。
「……お?」
 ゼノン・アンデルセンだった。まさにちょうど良いタイミング、と言うべきか。
「……高取晋佑、か? これは……間違いなく死んでるよな、オイ……」
 ゼノンはまず脈を確認して死んでいる事を確認。そしてデッキを拾おうとして、口を開く。
「神竜のカードが無い所を見ると、誰か盗んで行ったのか?」
「盗んで行ったんじゃない。返してもらうだけだ」
 十代の言葉に、ゼノンは視線を階段の影に潜む十代に向けた。
「……アンタ。確かデュエル・アカデミアの……なるほど、高取晋佑が神竜を使って云々は、お前が黒幕なのか?」
「残念だがそれははずれだ。ただ……お前の神竜も返してもらおう」
「嫌だと言ったら?」
「お前もそいつと同じようになるだけだ」
 十代の言葉に、ゼノンは視線を降ろす。
 そう、まさしく死体である。確かにこうはなりたくないのはゼノンだってそうだろう。ただ。
「………で、お前は神竜使って何がしたいんだ。ほれ」
 あっさりと。
 意外にもあっさりと天空の神竜のカードは突き出された。
「お前が話が解る奴で助かった」
「で。これはどうするんだ?」
 高取晋佑だったモノを指差しながらゼノンは口を開く。
「朝迄放っておいたら厄介だぞ。見つからなくても厄介だが」
「海にでも捨てるか」
 十代はそれを担いで階段を上がり、甲板へと出る。

 そこには、先客がいた。

「グッド・イブニング。見知らぬ訪問者」

 高取晋佑に、豪語していた、見知らぬ二人の決闘者のうちの片方。
 ダークネスの肉体だったがなんだかの、青年。
「……お前は」
「なーんか、凄い騒ぎしてんなって思ってさ。悪いが一部始終を見させてもらったぜ」
 青年はそう呟くと、両手を一瞬だけ広げた。
 十代は高取晋佑の身体を甲板へと降ろす。下手にこいつに構おうにも、荷物を抱えていたら邪魔だ。
 しかし高取晋佑の身体を処分するにはどっちにしろこの相手をなんとかしないといけない。
 余計に時間をかけたり騒ぎが起これば更に他の人間が起きだして来る可能性もある。
 つまり、さっさと始末しないといけない。

 同時に、デッキに潜んだ二枚の神竜が跳ねるように動いた。
「………」
 同時に、ただ者でもないと。いや、まさか。
 高取晋佑の胸ポケットに入った1枚のメモ。
 十代がそれに視線を向けた時、相手は十代が拾うより先に横取りした。
「ん? なんだこりゃ、ダークネスの肉体……俺?」
「!」
 三枚の神竜。
 そして、ダークネスの肉体がここにいる。これはつまり。

 即座に、復活も可能。
 そう、三枚の神竜が全て揃っているから。
「……冥府の神竜を持っているのはお前か?」
「まぁな。てか、お前誰だ? なんでここにいる? ついでに、晋佑に何をした?」
「質問が多いぞ。まぁ、いい。それだけ聞けば充分だ。デュアル・ポイズンの、いや……悪いが、オレの為に消えてもらう事にしたよ。お前にな」
「なに?」
 相手が動くより先に、二枚の神竜のカードをデッキから抜き出し、咄嗟に投げつける。

 三枚のカードと肉体。
 一巡目の世界はダークネスが倒された後に十代の手で消された。
 その時に残ったダークネスの肉体と、魂。三つに分かれて、二週目の世界へと消えて行った。
 だがそれが今。
 再び揃った。ダークネスは肉体を経て、再び現世へと舞い戻る。

「が…」
 彼が呟く。
 三枚の神竜から放たれる膨大なエネルギーが彼を支配するべく、無理矢理肉体を奪おうと光と、風を放つ。
「な……あ、…が……!」
 暴風のような力。だがしかし、これでいい。
 ダークネスの膨大な力が復活すれば、きっと世界は終わらずに済む…。

 十代はそれを確信していた。確信していた筈だった。

 しかし、十代は一つだけ重大な事を忘れていたのに、最後迄気付かなかった。

 ダークネスを目覚めさせるのに、神竜を目覚めさせるという過程が必要であること。
 そして、冥府の神竜はその過程を唯一怠っていた存在であるということ。

 そう、つまり。

 復活は失敗した。

 遊城十代が最後に見た光景は、闇へと飲み込まれて細切れになる自分自身の肉体だった。








 長い夢を見ていた。
 世界が暗闇へと堕ちていく夢、親友も、仲間も、恩師も…守りたいと思った人でさえも。
 闇の中へと、閉ざされて、もう戻らない。

 俺が、至らなかったせいで。

「!?」
 慌てて跳ね起きると、そこはいつもの部屋。
「また……夢、か」
 そう呟いて、現実はまだ、自分が十四歳である事を思い出す。
 けど。
 あの夢の中の出来事も、本当にあった事だという事を知っている。

「……長い、夢だったな」
 首を左右に振る。そう、あれは一体なんだったのだろう。
 二週目の世界の、十四歳の朝。あの日、吹雪冬夜に呼び出される朝。
「坂崎加奈、か」
 彼女に久しぶりに会いたくなった。
 十代は身体をベッドから起こすと、大きく伸びをした。

 夢の中で色々と見て来た気がする。よく覚えていないが、十代がきっとこの後に様々な事があるのは間違いない。
 そして三四にも。
 だがしかし、と十代は思う。

 全ては一睡の夢になってしまうかのように。
 如何なる惨劇があろうときっと。

 三四だけは、守ってみせる。必ず。

 空のどこか遠くで、竜の泣き声が聞こえた気がした。





 SHADOW OF INFINITY -葬られた物語- 終








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