童実野高校デュエルモンスターズ大会
製作者:プロたん
【作者(と言うか管理人)からのお知らせ】
今回の小説では、より多くの環境で文章を読みやすくするため、デザインを少し変えています。問題のある方は、
管理人のブログを見てみてください。
【作者からのお知らせ】
この物語は、原作マンガを舞台にしていますが、デュエルはOCGをベースにしています。詳細はその都度補足していきます。
原作がよく分からない方でも、OCGがよく分からない方でも楽しめるように作っていますので、気軽に読んでみてください。
第一章 11月16日(月)
バトルシティ大会も終わり、夏休みも終わり、文化祭も終わった11月中旬の月曜日、その日のお昼休み。
遅れるぞと呼びかけながら生き生きと購買へ駆け出す男子。お弁当を広げながら楽しそうにお喋りにいそしむ女子。退屈な授業からのひとときの解放感と、友達と空腹を満たせる期待感によって、明るくにぎやかな雰囲気が教室じゅうを包んでいた。
しかし、そんな喧騒の教室の中で、授業中よりもテンションが低いところがあった。
それがぼくの机だった。
決して大きくない机に三人分のお弁当が並べられ、同じ数の男子がそれを囲っている。そこに座っている三人の男子は、三人とも背が小さくて、2年C組のチビ男子三人衆を名乗れるほどだった。
そんなチビ男子三人衆は、お互いに何も喋らず、笑わず、ただ、せせこましくくっついてそれぞれのお弁当を食べていた。
机の正面に座っている「ぼく」こと――花咲友也(はなさきともや)は、無言で玉子焼きをつついていて。
右隣の根津見(ねずみ)くんは、眉間にしわを寄せたままタコさんウインナーを口の中へ放っていて。
向かいの孤蔵乃(こくらの)くんは、腫れ上がった鼻の頭をかきながら冷凍食品のから揚げをちぎっていた。
……この机の周りだけ、あからさまにクラスから浮いていた。
天使族のデッキに紛れ込んだアンデット族モンスターのように、負のオーラが湧き出していた。ぼくの前後左右の机に誰も座っていないのは、きっとそのせいだ。
せめて黙っていないで何か喋れば、アンデット族から戦士族くらいにはなれるのかもしれない。けれども、毎日毎日同じメンツで顔を合わせているためか、どんどん話すネタが尽きていき、今や手札枯渇状態。まったく口を開かない日も、珍しくなくなっていた。
もし、この状況を初めて見る人がいたら、ひどい光景だと思うのだろう。
三人ともチビで、根暗な雰囲気を漂わせていて、しかも、ほとんど喋らず、お互いの顔すらまともに見ようとしない。ただ、同じ机でひたすらお弁当を食べているだけ……。
嫌悪感をもたれるか、同情されるか――そう言った違いこそあるにせよ、ひどいと思われることには違いはなさそうだった。
でも。
当の本人であるぼくにとっては、今の状況は決して嫌なものではなかった。
小学生の時には、泣き虫友也と呼ばれていじめられ続けてきた。中学生の時には、いじめが少なくなった代わりに友達の輪に入れなくなっていた。
そんな生活を送ってきたせいだろう、今のぼくは、周りに根暗に見られても、黙ってご飯を食べていても、全然と言っていいほど平気になっていた。昔のいじめや孤独に比べれば、その程度のことなんて嫌だと思うこともなかったのだ。
いや、それどころか、今のぼくは、幸せだと言えるのではないだろうか。
昔のぼくは、いじめられたくない、一人でご飯を食べたくない――そんなことばかりを思っていた。
それに対して、今のぼくは、いじめられることもないし、一人でご飯を食べることもない。昔望んでいたものを手に入れることができた。
平和で穏やかで規則的な生活。
それは、今のぼくが手に入れた幸せだった。
「……もう食べない?」
覗き込むようにして根津見くんがぼくに話しかけている。いつの間にかぼくの箸が止まっていたようだった。
ぱったりと食欲が消えてしまったぼくは、箸を置いて水筒の麦茶で口の中を空っぽにした。
「食べていいですよ」
最後のミートボールを根津見くんが持っていく。
ぼくは、少しだけ残ったお弁当箱に蓋をして、さっと席を立った。そのまま教室を出てトイレを済ませ、賑やかな廊下を一人でゆっくりと歩く。
平和で穏やかで規則的な生活。
かつてのぼくが望んでいたはずの生活。一人ぼっちじゃなくて、いじめやトラブルのない、今のぼくが手に入れた生活。
それなのに、なんだか気分が優れなかった。心のどこかに枷のようなものがはめ込まれたような気がしていた。
1年前。高校1年生だった頃を思い出す。
あの頃は、穏やかだったとは言えなかったけど、すごく充実していた。
遊戯くんや城之内くん達が友達になってくれて、一緒に遊んでくれた。時には、騒象寺くんに強引にカラオケに誘われたり、パパが不良達に脅迫されてしまったり、遊戯くんのおじいちゃんが入院してしまったりと、大変なこともたくさんあった。けれども、それ以上に楽しいことがあったのだ。
2年生に進級して、ぼくは遊戯くん達とは別のクラスになった。
けれども、遊戯くんとは今でもちょくちょく遊ぶし、新しいクラスにも根津見くんや孤蔵乃くんのような友達ができた。誰かにいじめられていると言うこともないし、成績が悪くなったと言うこともない。
これと言って不満があるわけじゃない穏やかで規則的な日々。昔のぼくが望んでいたはずの日々。
そんな日々が繰り返されるにつれ、胸の中でむわむわと何かが息づいているのを感じるようになっていた。こんな毎日を送っていていいのか、何もしない高校生活を続けていていいのか――そんなことを考えるようになっていた。
日を重ねるにつれ、そのむわむわはどんどん膨れ上がっていき、ぼくを一層苦しめていった。
その度に、どうにかしなきゃ、何かしなきゃ――とは思うのだけれども、ぼくには、それを切り崩すにはどうすればよいのかが分からなかった。
ヒーローみたいに颯爽と華麗に活躍できる『何か』があれば、満足できるんじゃないかとは思っていても、その『何か』がどうしても思いつかなかった。
たとえアイディアが浮かんでも、実行に移すにはぼくなんかじゃ到底無理なものだったり、勇気のないぼくにとっては非現実的なものだったりして、結局何もできなかった。
そんなこんなで、カレンダーの日付だけが進んでいき、相変わらずヒーローに憧れるだけの日々が続いていたのだった。
気付けば、図書室に着いていた。
今週は2年C組の図書委員が図書室当番。月曜日の昼休みに、作業の説明をしてもらうために図書室に集まることになっているのだ。
図書室のドアノブに手をかけると、鍵がかかっているためか、ノブが途中までしか回らない。
来るのが少し早かったのだろう。ぼくは三歩下がって、窓際の壁に軽くもたれかかろうする。しかし、その瞬間――
ピーンポーンパーンポーン。
「わははははははは!!」
壁にもたれようとしたことを咎めるかのように、馬鹿でかい声が聞こえた。
何? 何が起こった?
ぼくは、少しだけ戸惑って、まもなくその正体に気付いた。それは全校放送の声だったのだ。
「バトルシティも終わった! 文化祭も終わった! 近づくのは期末試験の憂うつのみ! そんな貴様らに海馬コーポレーションと生徒会から良い知らせだ!」
放送の声は続く。
この威圧的で自信に満ちた声。間違えるはずがない。あの海馬くんのものだった。
「11月21日――すなわち今週の土曜日! その日に『童実野高校デュエルモンスターズ大会』を執り行う!」
遠い教室からどよめきが聞こえる。
「腕に覚えのあるデュエリスト達よ! 退屈な毎日を送っているデュエリスト達よ! この大会にてその力を遺憾なく発揮するがいい! さて、詳しいルール説明は後ほど生徒会から発信がある。参加希望者は申し込み用紙を忘れずに提出するように! 以上だ!」
プチッと放送が切れる音が聞こえ、続いて、遠い教室のどよめきが一層大きくなっていくのが分かった。
「大会……」
教室から離れた静かな廊下で、一人呟く。
デュエルモンスターズの、大会……。
良いかも……しれない……。
良いかもしれない。
良いかもしれない!
大会に出れば、このぼくのもやもやとした不安を取り除いてくれる。ぼくのむわむわとした不満を消し去ってくれる。
勇気のないぼくだけれども、申し込み用紙を出しさえすれば手軽に大会に出れる。本番はちょっと緊張してしまうかもしれないけれども、出場さえしてしまえばきっとなんとかなる。
もしかしたら、城之内くんにも勝っちゃうかもしれない。遊戯くんにも勝っちゃうかもしれない。そしてゆくゆくは優勝しちゃうかもしれない。そうしたら、ぼくは本当に学校のヒーローだ!
静かな廊下で一人興奮していく。
出てみよう。大会に出てみよう。うん、大会に出るんだ!
そうそう、デッキも組み直さなくちゃ。やっぱり、ゾンバイアのカードは外せない。それに、あのカードも……!
さっきまでのどこか憂うつな気分は、きれいさっぱりどこへやら。
間もなく、もう一人の図書委員と、担当の先生がやってきた。先生に、何ニヤニヤしているのと指摘されて、少し恥ずかしくなった。
教室から戻ってきた頃には、チャイムが鳴っていた。
外は12月が近いとは思えないほどの強い日差しが照らしつけているのに、ぼくの心には薄い雲がかかっていた。
さっきの打ち合わせが終わって教室に戻る途中、生徒会の人が大会要項と申し込み用紙を配っていた。人だかりができているところを辛抱強く待って、ぼくもそれらを受け取った。
そこまでは良かった。すごく良かった。
でも、教室に戻って大会要項を見ていると、ちょっと困ったことが書いてあって、それがぼくの心に差しかけた光を遮ろうとしているのだった。
・大会は1チーム3人の団体戦で行われます。それらの参加者は、全て同じクラスに所属している必要があります。
生徒会の意向によって団体戦になり、大会商品の都合(優勝者の教室にソリッドビジョン教育システムを設置)によって同じクラスからの参加が義務付けられたらしい。
ぼくがこの大会に参加しようと思ったら、ぼくと一緒に闘ってくれる仲間をあと2人集めなければならない。
仲間が2人。
すぐに思いつくのが遊戯くんや城之内くんだけど、彼らは隣の2年B組。2年C組のぼくと同じチームになることはできない。
ぼくと同じチームになることができるのは、同じ2年C組の生徒のみ。とすれば、選択肢は自然と一つに絞られる。根津見くん、孤蔵乃くん――いわゆる『2年C組チビ男子三人衆』と一緒に大会に出るのだ。
そこで、ぼくは心の中で小さなため息をついた。
根津見くん、孤蔵乃くんと一緒になることに不満があるわけじゃない。それ以前に、ひとつ大きな問題があったのだ。
根津見くん、孤蔵乃くんがカードをやっているかどうか――そんなことさえ、ぼくは知らなかったのだ。
「はぁ……」
今度は本当に小さなため息。
5時間目の日本史の授業が、折り返し地点を迎えている。ぼくは、授業を聞き流しながら、どうしようどうしようと悩んでいた。
1チーム3人で参加。
同じクラスから参加。
友達と呼べるのは2人だけで、その2人もカードをやっているか不明。
――こんな状態で、どうやってチームを組めばいいのだろう?
とりあえず、根津見くんや孤蔵乃くんを誘うのが、最も自然な解決法だろうか。
でも、自分から誘うのはできれば避けたいところだ。
カードをやっているかどうか分からない相手に「大会に出ようよ」なんて言い出せば、気まずくなってしまうだけかもしれないからだ。
それなら、ぼくから誘うのではなく、向こうから誘ってくれるのを待つ、というのはどうだろうか?
ぼくの知る限り、根津見くんも孤蔵乃くんも、ぼく達以外のクラスメイトと仲良く話している姿を見かけたことがない。彼らが大会に出ようと思ったのなら、ぼくのことを誘ってくれるはずだ。
あれこれと頭の中でシミュレートしてみる。半々くらいの確率だけど、誘ってもらえる見込みがありそうだった。
じゃあ、誘ってくれるのを待つことにしよう。うん、それがいい。
そう決めたら、ぼくの心にかかっていた雲のいくらかは取り払われ、そこから太陽の光が差し込んできた気がした。
もし大会に出ることになったら、やっぱりヒーローデッキがいい。海外で大人気のあのカードを使って、ぼくの秘められた力をみんなに見せてあげるのです! ――そんなことを考えて、心の中でにんまり顔をした。
そうして、5時間目が終わり、6時間目が終わり、清掃が終わり、ホームルームが終わり。
放課後になった。
けれども、根津見くんや孤蔵乃くんから「一緒に大会に出よう」と誘われることはなかった。
ちょっとガッカリしてしまったけど、悲観するにはまだ早いだろう。大会の告知があってからまだ3時間しか経っていないのだ。もし、彼らがぼくのことを誘うつもりでも、明日や明後日に誘う可能性だって十分にある。
放課後の2年C組では、大会の話題ばかりが耳に入ってくる。ぼくは静かに教室を出た。
廊下に出るなり、
「よー、花咲じゃねえか」
と、一人の男子生徒に声をかけられた。
そこには、校則違反のはずの金髪に染めた男子生徒――城之内くんがいた。
「今からどこに行くんだ? そっちは下駄箱じゃねえぜ?」
「今週は図書委員の仕事があるんだ」
「うわ、めんどくさそう」
城之内くんは大げさにのけぞって、今話題の『あの話』を切り出した。
「そんなことよりさ、大会だぜ大会。童実野高校デュエルモンスターズ大会ってヤツ! 花咲も知ってるだろ?」
「うん。もちろん知ってるけど……」
「花咲も出るよな、大会。ゾンバイアのカードの活躍をもう一度見たいぜー」
何気ない城之内くんの一言がぼくの心を揺り動かす。
ぼくも大会に出たいけど、根津見くんか孤蔵乃くんが誘ってくれないとチームが作れないんだ。
そんなことを言えるはずもなく、
「え、あ……」
と数秒の間言いよどんで、
「……うん。出るよ」
と頷いてしまった。
「おおっ、やっぱり出るよなー! 楽しみだぜー!」
それを聞いて、城之内くんは一層顔を明るくする。
ぼくは何だか悪いことをした気がして、取り繕うように小さな作り笑いをした。
「じょ、城之内くんや遊戯くんも、もちろん出るんだよね?」
「当然! オレも遊戯も参加予定だぜ。相変わらず海馬主催って言うのが気にくわねーが、これで出なかったらデュエリスト失格だしな!」
「う、ぼくなんかじゃすぐに負けちゃいそうだ……」
「花咲、そんな弱気でどうするよ! 勝負の前からあきらめたか? それともオレ達を油断させる作戦かぁ? ……まあ、心配するなよ。オレや遊戯や海馬は全員バラバラのチームだし、なにより、これ」
そう言って、城之内くんは、早速しわしわになった大会要項の紙を取り出した。
「この特別ルールがあるだろ?」
・武藤遊戯、海馬瀬人は、ハンデとしてライフポイントが1となります。
「これはとてつもないチャンスじゃないか。遊戯や海馬は、死に掛けのライフポイントからスタートするんだぜ? 特に! あの生意気な海馬のヤローを正々堂々とぶちのめせるなんて、実に愉快じゃないか! 愉快爽快!」
ワッハッハと笑う城之内くん。その後ろに白い影が見えた。
「後ろ、海馬くんがいるよ」
「え? お? ぎえええええええええええ!!」
城之内くんは、白い改造制服を羽織った海馬くんの姿を見るなり、悲鳴のような声を上げる。そして、
「それじゃあな花咲! 大会、楽しみにしてるからな! それと海馬、おしりペーンペーン!」
あっけにとられているぼくと、あからさまに不機嫌そうな表情の海馬くんに一言ずつ残して、城之内くんは廊下を駆けていった。城之内くんが廊下の先に消えてしまうと、「フン」と鼻を鳴らし海馬くんは大股で歩き去っていった。
一人になったぼくも、当初の目的どおり、図書室へと向かうことにした。
『花咲も出るよな、大会。ゾンバイアのカードの活躍をもう一度見たいぜー』
『……うん。出るよ』
頭の中で、先ほどの会話が反すうされる。
成り行きとは言え、約束してしまった。ぼくが大会に出ると言って、城之内くんを期待させてしまった。
まだ大会に出られると決まったわけじゃないのに、そんなことを約束してしまって良かったのだろうか。
大会に出るためには、根津見くんや孤蔵乃くんが、ぼくのことを誘ってくれる必要がある。5時間目の時には半々くらいの確率でうまくいくんじゃないかと思ったけれども、彼らは本当に誘ってくれるのだろうか。ぼくのことを誘ってくれるのだろうか。
じくじくと胸が痛むのを感じる。見えない何かがぼくの中に入り込んで、歩みを重くしているような気がした。
その日の夜。
バラエティ番組がつけっ放しにされているリビングにて、夕食を食べ終わったぼくとパパとママの3人は、その後も席を立つことなく話をしていた。
「パパ、またアメリカに戻っちゃうんだね……」
「ああ。でも、今度は早いぞ。明日から金曜日までのたった4日だけだからね」
「そうなんだ……!」
「ただ、今回の出張は、期間が短い代わりにかなり予定が立て込んでいるからね、お土産を買ってくる余裕が無いかもしれないんだ。ごめんな」
「うん……」
パパは、アメリカと日本の間を頻繁に行き来する仕事についている。日本の我が家に泊まる日数と、アメリカのホテルに泊まる日数が3対7になるほど、アメリカにいることが多いのだ。
ぼくが小さな頃からそんな生活を送っていることもあり、パパがアメリカに行くことは何ら珍しいことではなく、ちょっとだけ寂しいこと以外はいつもどおりの出来事だった。
「……それより友也、ウワサを聞いたぞ?」
ちょっとだけうつむき加減のぼくの顔を見て、なのだろうか。パパは急に明るい声を作って、話題を変えてきた。
「童実野高校で、イベントをやるそうじゃないか。『童実野高校デュエルモンスターズ大会』って言ってたかな。バスに乗っていた高校生が、その話題で華を咲かせているのを聞いてね」
にこにこと笑いかけるパパの顔。
なんだかそれを見ていたら、ちょっとだけ心が重くなった気がした。
「うん、今週の土曜日にあるそうだよ。参加は自由なんだけどね」
ぼくは、笑顔を作って答えた。
「遊戯くんや城之内くんも出るんだろう? 友也の友達はすごく強いからなぁ。パパもびっくりだよ」
「そうそう。遊戯くんはデュエリストの王国でも優勝して、バトルシティでも優勝して、デュエルキングとも言われているからね。そのせいもあって、今回の大会ではね、遊戯くんはライフポイントがたったの1で参加しなくちゃいけないんだって。たったの1、だよ!」
「1ってなんか凄そうだね。将棋で言うといきなり王手が掛けられているようなものかな」
「うんうん、そんな感じだよ。そんな状態から勝負だなんて、さすがの遊戯くんでも厳しいよね。ぼくでも勝てるかもしれないよ」
「へぇ……、友也も大会に出るんだ……」
パパは笑顔になってそう言った。
「……え?」
ぼくは、パパの一言にびっくりしてしまう。大会に出るなんていった覚えはないのに……。
ああ、そうか。「ぼくでも勝てるかもしれないよ」――そんなことを言ったから、パパはぼくが大会に出ると思ってしまったんだ。
どうしよう……。
ちょっとだけ戸惑って、しかし、それが顔に出ないように努めた。いくら動揺していても、パパやママの前ではできるだけ弱気な姿は見せたくない。それを見せてしまったら、また心配されて不安にさせてしまう。そういうのは嫌なのだ。
だから、ぼくはできるだけ早く頷いて、
「うん。出るつもりだよ」
そう答えていた。
ぼくの言葉に、パパはさらに顔を明るくする。
「へぇ……そうかそうか! 友也も大会に出るのか!」
「うん。もちろんヒーローデッキでね。パパが買ってくれたヒーロー達のカードと一緒に闘うんだ」
反射的に言葉が出る。ぼくは少しずつ胸が締め付けられているようだった。
「それは楽しみだなぁ」
「じゃあパパも見に来てよ。今週の土曜日には、こっちに戻ってきているんでしょう?」
「いいのか? 見に行っても」
「もちろんだよ。すぐに負けちゃうかもしれないけど、ヒーローたちの活躍を見てみて欲しいんだ」
「いや、友也の活躍が見れるだけで十分だよ。行く。絶対に行くよ」
「うん。約束だよ」
今日はビールを飲んでいないのに、パパの顔が赤く高揚しているのが分かる。パパの気分は最高潮のようだった。
「じゃあ、ぼくは部屋に戻るから」
ぼくは、席を立って急ぎ足でリビングを出た。
その時、ママの顔がちょっと陰っていたように見えたのは、きっと、気のせいだと思いたい……。
ヒーローグッズに囲まれた部屋の中で、ぼくはみっともなくベッドに寝転がっていた。
童実野高校デュエルモンスターズ大会。
ぼくにとって、それは一体なんなのだろう。
平和で穏やかだけど、どこか退屈で不安な日々。それを変えたくて、ぼくは大会に出ようとした。でも、1チーム3人という制約のせいで、ぼくは立ち止まってしまった。それなのに、城之内くんと約束して、パパとも約束して。自分で自分の墓穴を掘っていくというのは、まさにこのことなのだろう。
1チーム3人。
なんでそんなことが障害になってしまうのか。なんでそんなことで立ち止まってしまうのか。
例えば、城之内くんだったら、ずうずうしくクラスメイトに誘いをかけて、残りの2人なんてあっという間に集めてしまうだろう。
でも、ぼくは城之内くんのようにはいかない。友達も少ないし、友達以外のクラスメイトに気軽に話しかけることもできない。
いいや、それどころか。
それどころか、その少ない友達でさえも、満足に誘えなかったじゃないか!
ぼくの友達であるはずの根津見くんや孤蔵乃くん。ぼくは、彼らがカードをやっているかどうかすら知らず、それを言い訳にして何もしなかった。向こうから誘ってくれるのを待っていただけだった。
どうして、自分から誘わなかったんだろう? 誘っていれば、とっくに大会参加が決定していたかもしれなかったのに。こんなに重い気分になることなんてなかったのに。
自分の勇気のなさに、自分で失望する。
相手から先に話してくれたことに合わせたり、先生から言われた用事を伝えたり、ぼくにできる勇気はその程度。自分から誘い話を持って行くなんてことは、それが大したものじゃなくてもどうしても抵抗が大きくて、とてつもない勇気が必要なものに感じられてならないのだ。
その結果、ぼくは2人の仲間さえ満足に集めることができない。つくづく情けのない限りだった。
勇気の象徴であるヒーロー達のフィギュアやポスターに囲まれた部屋で、ヒーローに守ってもらうばかりの花咲友也。楽しみだったはずの童実野高校デュエルモンスターズ大会が、ぼくの心にずっしりのしかかる。
このままじゃいけない。
このままじゃ、また退屈で不安な日々に逆戻りしてしまう。
しかも、今回はそれだけじゃない。城之内くんやパパとの約束を破ってしまうことにもなる。今より、悪くなってしまう。それだけは、どうしても避けておきたかった。
ゾンバイアのソフビ人形を手にとる。それは、以前に城之内くんが組み立ててくれたもので、ぼくのお気に入りになっているものだった。
ぼくには、城之内くんのように、ずうずうしくクラスメイトを誘うことなんてできないかもしれない。
でも、このまま立ち止まったら、ぼくは永遠にヒーローにはなれない。
逃げずに。前に。進まなくちゃ、いけない。
それだけは違いないんだ。
ぼくは寝転がっていたベッドから、弾みをつけて勢いよく立ち上がった。
まだ大会の告知はされたばかり。まだまだチャンスはたくさん残されている。ここで勇気を出して先に進むか、ずるずると何もせずに立ち止まるか。ぼくは選ばなくちゃいけない。
だったら、逃げ出さずに進んでみる。その選択肢をとってみたい。
だから、誘おう。
明日になったら、根津見くんや孤蔵乃くんを誘おう。まずはそれからだ。
もしかしたら、断られちゃうかもしれない。その時にはもう少し頑張って、次の勇気を出してみよう。そうすれば、いずれはきっと……。
今まで勇気のなかったぼくが、どこまでできるか分からない。
でも、はじめの一歩を踏み出す。それがないといつまでもヒーローに憧れるだけの情けない奴のままなんだ。
ぼくは握りこぶしを作って、自分自身に誓った。
第二章 11月17日(火)
昨夜はあれだけ張り切っていたのに、今朝起きて、ご飯を食べて、家を出て、バスに乗って――その度に、「あーどうしよう」とか、「本当に自分から誘うの」とか、挙句の果てに「帰りたい」とか、そんな弱気がぼくを支配していた。
もういやだ。
昨夜のあのテンションはどこに行ってしまったのだろう。一晩寝て起きたら、どうしてテンションが元に戻ってしまったのだろう。
ああ、昨夜に決意するんじゃなかった。眠ってテンションが落ちるのなら、いっそのこと徹夜すればよかった。
とにかくもういやだ。いやだいやだいやだ。
そんな風に、念仏のように心の中で唱えていると、バスがゆっくりと減速し、「童実野高校前、童実野高校前」とのアナウンスが入る。根津見くんや孤蔵乃くんのいる童実野高校に着いてしまったのだ。
人差し指を引っ掛けていたつり革から手を離し、流れに乗ってバスのステップを降りる。
相変わらず、ぼくは臆病で弱気で情けない奴なのだと思う。友達を大会に誘うだけで気が重くなってしまうなんて、普通の人じゃ考えられない思考回路だろう。
でも。
でも、まだ、立ち止まってはいない。まだ、あきらめてはいない。
それだけを心の支えに、ぼくは一歩ずつ、童実野高校2年C組の教室へと向かっていくのだった。
2年C組には、既に半数近いクラスメイトが登校しているようだった。
そのうちの何人かは大会の話題で盛り上がっていて、何人かは昨日見たテレビの話題で盛り上がっていて、何人かはおとなしく席に着いている。
そして、根津見くんや孤蔵乃くんは、当然のように、その「おとなしく席に着いている」クラスメイトだった。
どこか尖り気味の髪の毛をあさっての方に向けながら、ひじを突いている根津見くん。100円ショップで売っていた数珠をジャラジャラとこね回しながら、一人でニヤニヤとしている孤蔵乃くん。
どちらもいつも通りと言えば、いつも通りなのだろう。
でも、はっきり言って、この二人からは、ものすごく話しかけづらいオーラが湧き出しているようにしか思えなかった。まあきっと、ぼくもあまり人のこと言えないんだろうけど、とにかく、このオーラに打ち勝たなくては、話しかけることなんてできない。
さあ、どうしようか。
ぼくはひとまず鞄を机の上に置いて、そのままもう一度教室を見回す。
根津見くんか、孤蔵乃くんか。
根津見くんは、相変わらずひじをついたままつまらなそうな顔をしている。孤蔵乃くんも、数珠をいじったまま時折ニヤニヤしている。
どちらに話しかけるのが、良いだろうか。話しかけやすいほうは、どちらだろうか。
いや、そもそも話しかけるにしても、どんなことを言って話しかければいいのだろう。「やあ大会に出るかい?」じゃあ、なんだか唐突で不自然だし。まずは「その髪型かっこいいね」「その数珠生かしてるね」だろうか。いや、それはそれでなんだか他人行儀っぽいような気がする。うむむ。無難なところだと、「童実野高校デュエルモンスターズ大会って知ってる? ぼく、出ようと思うんだけど一緒に出てみようよ」あたりだろうか。これならおかしくない。おかしく……ない、よね? あ、そういえば、以前に遊戯くん達を家に誘ったことがあった。その時にはどうやって誘ったのだろう? 確かあの時は、会話の中で自然と誘う言葉が出てきたんだよなぁ。ええと「ゾンバイアコレクションを見せるからおいでよ」といった感じだっただろうか。あの時はたまたまゾンバイアの話で盛り上がっていたんだった。そうだったから自然と誘うことができたんだった。でも、今、大会に誘うためにはその手は使えない。となると、結局のところ、一言二言声をかけて誘うといったところが無難なのだろうか。それで行くしかないのかな。うーん、どうしよう。
そんな風に考え込んでいると、クラスがだいぶ賑やかになってきた。時計を確認すると、チャイムが鳴るまであと3分という時刻になっていた。
しまった!
何と言うことだ。誘うための文言に悩んでいるうちに時間だけが過ぎ去ってしまった。
時計の秒針が順調に進んでいる。このままじゃ、ホームルームが始まってしまう。根津見くんも孤蔵乃くんも誘えないままホームルームになってしまう。
今誘えなかったら、ずるずると放課後まで先延ばしになってしまう。そんな気がする。いいや、ぼくの性格を考えると絶対にそうなるに違いない。
だからこそ、ホームルームが始まるまでに動かなくちゃいけない。根津見くんでも孤蔵乃くんでもいいから、誘わなくちゃいけない。
そうだよ! 今、誘わなかったら駄目なんだ!
数多のヒーロー達よ。ぼくに勇気を分けてくれ! ――ぼくは心の中でそう叫ぶ。
昨夜の誓いを思い出す。城之内くんと約束した。パパと約束した。だから絶対に誘わなくちゃいけないんだ! 昨夜のテンションがぼくの中に降臨する。
今なら行ける。今なら誘える!
ホームルームのチャイムまで、あと1分半となった頃、ぼくはまっすぐに根津見くんの席まで歩いていった。
「ねえ、根津見くん……!」
ひじを突いて後頭部をこちらに向けている根津見くんは、くるりとぼくのほうを向く。
「……。…………どうかした?」
「童実野高校デュエルモンスターズ大会、出てみようと思うんだけど、あの、一緒に出てみる?」
正しい日本語になっているかどうか分からない誘い方。
勢いで言って、それからああ失敗した、という後悔の波が押し寄せてくる。もう一度言い直したほうが良いだろうか。ぼくがそう思っていると、
「出ない」
根津見くんがつまらなそうに言い放った。
「先約があるんだよ、オレ」
ぴたりと時間が止まった気がした。
「名蜘蛛くんが誘ったんだ。オレと孤蔵乃をな」
時間が止まったはずの教室に、チャイムの音が響き渡る。
ぼくは、「そうなんだ」とだけ言って、そのまま自分の席に戻っていった。
ぼくが椅子に座ったのとほぼ同時に、担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始められる。先生はいつものように連絡事項を告げていく。進路調査、期末テスト、そんな単語がいくつか耳に入ってきた。
そうして、時間が経つにつれて嫌でも実感する。
クラスメイトの名蜘蛛くんが、根津見くんと孤蔵乃くんを誘ってチームを作った。ぼくが誘うより早く、彼らを誘ってしまった。
……もしかしたら、どこか思い込みがあったのかもしれない。二人を誘いさえすれば万事解決、断られることなんてありえない、などと考えていたのかもしれない。
でも、現実は、それほど甘くはなかった。
ぼくは、彼らと大会に出ることができなくなったのだ。
今日のホームルームは、ほとんど話を聞いていなかった。あまりにも上の空で、先生が何を喋ったのか、単語が断片的に頭に入ってはすぐ抜けて行っただけだった。
我に返った頃には、既に1時間目の数学Uの時間が始まっていて、担当の鶴岡先生が教壇に立っていた。ぼくは慌てて教科書とノートを机の上に広げた。
当然のことながら、授業にはろくに集中できなかった。頭の中は、根津見くんに誘いを断られたことでいっぱいで、黒板の半分くらいしかノートを取れていなかった。
ちらりと名蜘蛛くんの席を見る。
根津見くんと孤蔵乃くんを誘った名蜘蛛コージくん。彼は、ちょっとコワいクラスメイトであると同時に、校内でも有名なゲーマーで、その中でもカードの腕前はかなりのもの。あのバトルシティ大会に出場できる程の腕前を持っている、と言うのはかなり有名な話だ。
当の名蜘蛛くんは、得意げな顔でノートに何かを書き綴っている。そのノートをちらっと覗き見ると、そこには数式などは書かれてなく、代わりにいくつかのカードの名前が書かれていた。大会に使うデッキを決めているのだろうか。
そんな様子を見ていたら、胸の辺りにどろりとしたものが湧き出してきた。
大会に出るための唯一の希望であった根津見くんと孤蔵乃くん。名蜘蛛くんは、その希望をバッサリと断ち切っておきながら、そんなことお構いなしにと、笑みを浮かべてデッキを調整しているのだ。
なんでだよ……。なんで名蜘蛛くんは、根津見くんと孤蔵乃くんを大会に誘っちゃったんだよ……! 名蜘蛛くんがいなければ、根津見くんと孤蔵乃くんを大会に誘うことができたのに!
どうしてもそんなことを考えてしまって、あわててその考えを抑えにかかる。
何を考えているんだよぼくは。
名蜘蛛くんは何も悪くない。彼には黒いウワサがついて回ることは多いけれど、今回、根津見くんと孤蔵乃くんを誘ったことには何の非もないじゃないか。
名蜘蛛くんは悪くない。名蜘蛛くんは悪くない。
そんな風に心の中で繰り返して、どろりとした気持ちを静めていく。
そのおかげか、1時間目も中盤に差し掛かった頃には、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
でも、ちょっと気持ちを冷やしすぎたのかもしれない。落ち着くのを通り越して、なんだかもう、どうでも良くなってきた。
そもそも、どうしてぼくはここまで苦労して大会に出なくちゃいけないんだろう? 大会に出なければ怒られるとか、落第するとか、そんなことは一切無いと言うのに。
成り行きで城之内くんやパパと約束しちゃったけど、別に大した拘束力があるわけじゃない。それに、ちゃんと勇気を出して、根津見くんを誘うことはできたのだ。「友達を誘ったけど先を越されていたよ」――そう言えば、城之内くんもパパも「仕方ないよ」と言ってくれる。
だからもう……いいじゃないか。ぼくは頑張ったよ。これ以上大変な目にあってまで、大会に出る必要なんてないんだよ。
中途半端な達成感と、あきらめの気持ちが、ぼくの中をじわじわと侵食していた。
その流れに身を任せれば楽になれるだろう。いつもの日常に戻るけど、これ以上苦労をすることもないだろう。
――さよなら、童実野高校デュエルモンスターズ大会。
そう心の中でつぶやいて、余計に気持ちが沈んでしまったように感じた。
いつものぼくなら、すぐにあきらめて、そのまま日常生活に戻れると言うのに。
でも、今回は、簡単には戻れない気がする。この中途半端な気持ちを引きずったまま、いつもの平和で穏やかで規則的で退屈な日々に戻るだなんて、耐えられそうにない気がする。
経緯はどうあれ、ぼくはもう一歩踏み出してしまった。
せっかく踏み出した一歩を引っ込めてしまえば、ちょっとしたことで今日のことを思い出して、「もうちょっと頑張っておけばよかった」と絶対に後悔してしまう。それは、いままでにないほどの大きな痛みになって、ぼくを長い間じわじわと苦しめてしまうだろう。
そんなどこか拷問車輪みたいな生活。どこか辛さを伴った平和で穏やかな生活。もうそんな生活は送りたくない。
だったら、前に進もう。
既に一歩前に踏み出すことはできた。だったら、次の一歩も踏み出してみよう。
一度進み始めてしまったものを止めてしまうのは、それだけ大変なんだ。止めるために苦しむぐらいなら、進むために苦しんだほうが幾倍かましだろう。
どこか後ろ向きな考えかもしれない。
けれども、ぼくなりに先に進もうとしていることには違いないんだ。
よーし、頑張るぞー! 頑張って、必ず大会に出て見せるぞー!
だから、楽しみにしていてよ、城之内くん、パパ。そして、ぼくのヒーローのカード達よ……!
1時間目が終わり、10分の休み時間になった。
教室は、大会の話で持ち切りになっている。机の上にデュエルモンスターズのカードを並べている人も何人かいるようだった。
そんな中で、ぼくは、ばたんと立ち上がった。
2年C組には、ぼくを除いて39人の生徒がいる。根津見くんと孤蔵乃くんと名蜘蛛くんの3人が駄目でも、まだまだ36人も『候補』が残っている。これらクラスメイトのうち2人を誘うことができれば、ぼくは晴れて大会に出ることができる。
ならばぼくがすべきことは決まっている。
クラスメイトを誘ってみる。たとえ友達じゃなくても、勇気を出して誘ってみる。もうそれしかない。
教室をぐるりと見渡して、談笑している男子グループに目をつける。梅田くん、竹下くん、松澤くん。わりと話しかけやすいタイプの男子だ。
彼らを誘ってみよう。友達じゃない3人に誘い話を持っていくだなんて、とてつもなく勇気がいることかもしれない。でも、先に進むと決めたのだったら、これしか方法はないんだ。さあ、次の一歩を踏み出すんだ。
ぐっと一歩を踏み出し歩き出す。二つ三つほど机の間をぬって、彼らの前までやってきた。
ここまで勢いよく進んだおかげだろうか、
「あの」
最初の一声が意外とスムーズに出た。
「ぼくと大会に、出てくれましぇんか?」
しかし、噛んだ。「せんか」が「しぇんか」に化けてしまった。ものすごく恥ずかしかった。
3人が話を止めて、何事かとぼくの顔を見る。
次第にそのうちの一人の顔が暗いものになっていき――
「ごめん。俺たち、この3人でチーム作ってるからさ……」
気まずそうな顔をされて、両手を合わせてごめんのポーズをとられてしまった。
「そうですか……」
とぼとぼと席に戻る。
なんてこった。またしても断られてしまった。
梅田くん、竹下くん、松澤くん――3人とも既にチームを作っていたのだ。
連続失敗。
でも、一度心に火がついてしまえば、その先はもはや勢いだけだ。自分から誘うことに対する心理的な抵抗は、少しずつ小さくなっている。
まだまだあきらめない。あと33人も『候補』が残っているじゃないか。
ぼくは再び席を立つ。さあ、次は誰だ? 誰を誘おうか?
それから、お昼休みが始まるまでの間、さらに10人のクラスメイトに声をかけた。
「あのー、大会に、一緒に出ませんか?」
「俺、カードやってねーんだわ。だから出るのは無理」
「土曜日の大会、ぼくと一緒に出てくれませんか?」
「もうチーム決まってるんだよね。オレたち」
「大会、ぼくと一緒にチームを組みませんか?」
「その日は家族で旅行行くから、大会には出られないんだよ。ごめんな」
「ぼくとチームで、大会に出てくれませんか?」
「既にチーム組んでるし、それを崩すわけにはいかないよ」
でもごらんの通り、どれも失敗に終わってしまった。既にチームを作った人や、カードをやっていない人が多くて、ぼくにはどうしようもなかった。
残りの『候補』は23人。この23人の中から、一緒に大会に出てくれる仲間2人を見つけなければならない。
いよいよまずくなってきたかもしれない。最悪の状況が頭をよぎる。ぼくは頭を振って、その考えを追い払った。
深呼吸をして顔を上げる。
お昼休みの教室は、いつもと同じく賑やかで楽しげだった。いや、今日はいつも以上の賑やかさなのではないだろうか。あちこちで大会の話がされているようで、大会にどのデッキで出ようか、そんな声も頻繁に聞こえてくるほどだった。
そんな中、根津見くんと孤蔵乃くんが、いつものように椅子を引きずってぼくの席にやってきていた。
狭い一つの机にお弁当を三つ並べて、いつも通りもくもくとお弁当を食べ始めていた。
最近は、一緒にお弁当を食べている間でも、ぼく達の間でほとんど会話はない。けれども、今日は珍しく根津見くんが話を振ってきた。
「花咲ってさ、今日、いろんな奴に大会出ようって誘ってるよねぇ?」
ぼくの話題。
休みの時間になるたびに、あちこちのクラスメイトを誘っていれば、それだけで十分目立つものだ。
ぼくは、ちょっとしどろもどろになりながらも「うん、そうだけど……」と答える。
すると、根津見くんは、どこか含みのある笑みを作って、
「もう無理だと思うから、あきらめたほうが良いよ」
あっさりとそう言い放った。
あまりにもストレートで、あまりにもシンプルな言葉。
ぼくは、すぐに何か反論しようと口を動かそうとしたけれども、何も言い出すことができず、目を見開いたまま根津見くんの話を聞くことしかできなかった。
「知ってるか? 今、この2年C組だけでもう6チームも出来上がっている。つまり、18人は既に先約があるってことだ」
続けて根津見くんは、それら18人の名前を挙げていく。
そのうち12人、つまり4チームはぼくの知るところだったが、残り2チーム――6人がチームを組んでいたことをぼくは知らなかった。
残りの『候補』は、23人から17人に。ついにクラスの半分を下回ってしまった。
収縮していく希望に追い討ちをかけるように、根津見くんは話を続けていく。
「それに、デュエルモンスターズのカードゲーム。これって、今流行りまくってるけど、クラスの全員がやるほどじゃない。しかも、統計ではデュエリストの8割が男だと言われている。どういうことか分かるかい?」
ぞわりと嫌な予感がぼくの中を駆け巡る。
その先は言わないで欲しい。そんな願いもほんの1秒で打ち崩され――
「花咲って男子ばかり誘っていたよな?」
根津見くんのとどめの一撃。
それは、彼が蛭谷グループにいたことを知った時よりも、ぼくにとっては衝撃的なものだった。
これから誘おうとしている『候補』は17人。人数こそはクラスの半分弱だけど、その内訳は男子が3人、女子が14人。カードをやらない可能性が高い女子に偏ってしまっているのだ。
考えたくない最悪の状況が、現実味を帯びてきている。
勇気を出して一歩ずつ一歩ずつ前進して行ったのに、いつの間にぼくは崖っぷち。ライフポイントこそは半分残っているけど、手札が0枚。静かなる破滅の道をぼくは歩み続けていた。
「だから、あきらめたほうが良いぞ。もうこれ以上誘っても、一緒に出てくれる人なんて2人も集められない。チェックメイトだ」
根津見くんが言い直す。
ぼくの胸にぐさりと一本の剣が刺さった。
お昼休みは始まったばかりなのに、お弁当を食べ始めたばかりなのに、その手が止まってしまっていた。
たぶんこの剣は光の護封剣。考えないようにしていた最悪の状況をぼくの目の前に突きつけて、動けなくしてしまったのだ。
いくら誘っても大会には出られないかもしれない。いくら頑張っても無駄になってしまうかもしれない。
それは、ぼくにとって恐怖と呼べるものだったのかもしれない。
ぼくが憧れるヒーロー達は、時には悪に負けそうになることもある。けど、そんな時でも、くじけぬ心と努力によって、最後には必ず勝利を手にすることができた。頑張れば必ず報われる。それはぼくの中では絶対のものだった。
しかし、それが今、崩されようとしている。あれだけ大きな勇気を出して10人以上のクラスメイトに声をかけた頑張りが、無に帰そうとしている。
一瞬だけ、もうあきらめちゃおうかと考えた。
でも、幸いにも、それは本当に「一瞬だけ」のことだった。
ここまで頑張ってきて、10人以上も誘っておいて。それで、ここで止まってしまうだなんて、そんなのは絶対にいやだ。こんなところであきらめたら、どれだけの後悔が押し寄せるっていうんだよ!
ほら、ヒーローだってピンチになるんだ。今はちょっとしたピンチかもしれないけど、まだまだ負けたわけじゃない。
残り17人。分が悪くなったことには違いないだろう。
でも、まだまだ十分に逆転できる範囲。手札が0枚だろうが、いいカードをドローできれば必ず勝機は見える。
「根津見くん、ぼくはまだあきらめてませんよ!」
そう言って、ぼくは勢いよくお弁当を食べだした。
食べ終わったら、残りの17人を誘ってみよう。
ヒーロー達だってそうだったじゃないか。最後まであきらめずに頑張ったからこそ、勝利を手にすることができた。ぼくもそれと同じになるんだ。あきらめずに、最後の一人になるまで誘い続けるんだ。
ぼくを縛っていた光の護封剣は、いつの間にか消え去っていた。
とは言ったものの、その道のりは険しいようだった。
早速、男子2人を誘ったけれども、カードをやっていないと言う理由で断られてしまった。
これで残りの『候補』は15人。この中から、ぼくと一緒に大会に出てくれる人を見つけなくてはいけない。
しかもその内訳は、男子1人、女子14人。
ほとんどが女子だった。ろくに話したこともない女子に、「一緒に大会に出よう」なんて誘わなくちゃいけない。それだけでかなり厳しいモノになることは、容易に想像できる。
じゃあ、残りの男子1人はどうだろうか。
ここまで来たなら誘うだけならすぐにできるのではないか。そう思いたいところだけど、実は、この男子は、女子14人よりも大きな難関だった。
一緒に大会に出てくれる可能性のある、最後の男子生徒。ぼくにとっては、その生徒を誘うことがとても難しいことだった。
視線を教室の後ろに向ける。
その男子生徒は、教室の隅の席にどっかりと座って、ごっついヘッドフォンで音楽を聴いていた。よほど大きな音量で聞いているのだろう、少し離れていても音が漏れているのが伝わってくる。
彼の名は、騒象寺(そうぞうじ)くん。
2年C組の内外ともに有名な、あの騒象寺くんだった。
騒象寺くん……。彼は、一言で言えば、カラオケが大好きなクラスメイトだ。
だけど、そのカラオケがとんでもないモノだった。人間の声じゃないよと言わんばかりの歌声を、最大ボリュームで撒き散らすのだ。
ここで念を押しておくけれど、彼の「人間の声じゃない」というのは、「素晴らしく美しくて感動する声」というほめ言葉で使ったわけじゃない。「下手くそで最悪で気持ち悪くなる」という悪い意味で使ったのだ。
そんな騒象寺くんは、去年までは「オールナイト・ソロ・ライブ」と称して、何人かの生徒を強引に誘って恐怖のリサイタルを行っていた。このことは、校内でもかなり有名な話で、かなり迷惑な話だった。
しかも、そのライブには、ぼくも誘われたことがあって、その時にだいぶ痛い目に遭わされてしまった。正直なところ、あまり思い出したくないことだった。
もう、これ以上の説明は不要だろう。
ぼくは、彼が大の苦手だった。
威圧するような巨大な体つきとリーゼント。これだけでも近づきがたいと言うのに、そんな騒象寺くんに話しかけて、しかも「一緒に大会に出て」と誘えというのか。
これは何かの罰ゲームなのだろうか。一緒に大会に出ると言われても、すごく嫌な予感しかしないのは、決して気のせいじゃない。
でもここで、騒象寺くんを後回しにするのは、それはそれで抵抗があることだった。女子たちを全員誘った後で誘ってしまえば、「何でワシが最後なんじゃー! ワシのことが嫌いなんかー!」と言った具合で、騒象寺くんの怒りを買ってしまいそうだったからだ。
それに、以前、騒象寺くんがカードを持っているところを見たことがある。「カードをやるけどまだチームを作っていないクラスメイト」と言う意味では、最大のチャンスでもあるのだ。
あきらめないと決めたのなら、ここは、行くしかない。
一度くらいカラオケに付き合うハメになるかもしれない。でも誘った後のことは考えちゃダメだ。とにかく今は、大会に出ることを最優先に考えるんだ。
昨日のぼくからは考えられない思考回路。ぼくの勇気は、限界値をはるかに振り切って300%くらいになっていたに違いない。
よし行くぞ! あの騒象寺くんだろうが、大会に誘うんだ!
騒象寺くんの席を見る。
彼は、今もなおヘッドフォンをして大音量で音楽を聞いていた。
あれ? これって……?
今さら気付いた。
音漏れがするほど大きな音で音楽を聴いている騒象寺くん。
ズンズンダン! ズンズンドン! ドドド……!
その騒象寺くんにどうやって話しかければいいんだろう?
低音が漏れまくっているこんな状況で、普通に話しかけたんじゃ声が届きすらしない。誘う以前の問題じゃないか!
ズンズンダン! ズンズンドン! ドドド……!
教室のざわめきに負けないくらいの音量で、ヘッドフォンからの音漏れが聞こえてくる。
そのまま話しかけただけじゃ、気付かれもしないだろう。
気付いて欲しいのなら、その肩をポンと叩くなりして、声以外の手段に出るしかない。
巨体でリーゼントの騒象寺くんの肩を叩く――だって?
無理だよ。無理無理。そんなの絶対無理。
近づくだけでも威圧感を感じてしまうと言うのに、肩を叩くだなんて。その勢いで殴り返されてもおかしくない。それをぼくにやれと言うのか。やれと言うんだよなぁ……。やらなきゃ駄目なんだろうな……。
…………。
ああもう! どうにでもなーれ!
ぼくは、騒象寺くんの席を目指して歩き出した。
それは、勇気というより無謀と言ったほうが正しいのかもしれない。
無心でいるんだ、無心でいるんだ、そうすればきっと怖くない――そんなことを考えながら(考えている時点で無心ではない気がする)、一歩ずつ前に進んでいく。
そのせいか、完全な前方不注意な状態にあった。
ぼくは、ドン! と、大きなものにぶつかってしまった。
「す、すみません!」
ぼくは反射的に謝って、すぐに顔を上げる。
たまたま席を立った騒象寺くん。ぼくはその騒象寺くんの胸板の辺りに頭から突っ込んでいた。
見事な頭突きだった。
「花咲ぃぃ……」
頭上から威圧感のあるダミ声が降りてくる。
ぼくは真っ白になった。
殴られる。カラオケに連れて行かれる。パー券をさばかされる。
まばたきすることも忘れ、冷や汗がじんわりと流れ始めていくのを感じる。
「あ、あの、ごめんなさい。でも。わざとじゃないんです。ぼーっとしていて……」
「ああン?」
騒象寺くんは、不機嫌そうな顔でぼくを見下ろしているのだろう。ぼくは顔を上げたくなかった。
「だから、あの……不注意で」
「花咲ィ。ワシの席は教室の隅だぞ。不注意でもこんなところまで来るなんてありえん。……と言うことは、ワシの美声が聞きたくなったんだろう? よし! ワシとカラオケに行くぞ! なあに安心せい! 今日は音量マックスにはしないし、お前にもちゃーんと歌わせてやるからな!」
何かものすごくマズイ方向に向かっている気がする。
「だから、大会に、あの、その。大会……」
必死に反論と言うか誘いをかける。
しかし、ぼくの一言一句は、もはやギリギリ日本語と言うレベルで、しどろもどろもいい所だった。
「大会ぃぃ? なんじゃそりゃあ」
「だから、あの、今週の土曜日に、学校で……」
「知らんぞそんな大会。何の大会じゃぁ?」
「カ、カードの大会……。デュエルモンスターズの……」
「ほう。週末にそんな大会が開かれるのか。そんなことワシ聞いとらんぞ」
「昨日の昼休みに、全校放送で告知があったんですけど……」
「ああ、そん時は、今みたいに音楽鑑賞しておったわ。放送なんて聞こえん聞こえん」
「そ、そうですか……」
騒象寺くんが大会に興味を示し始めている。
ぼくは、騒象寺くんのダミ声におびえつつも、話の流れをカラオケから大会にシフトすることができたようだった。
それにしても、騒象寺くんは、大会があることすら知らないようだった。海馬くんの「わはははははは」という高笑いすら聞こえていなかった、と言うことになるのだから、それはそれでかなり凄いことなんじゃないだろうか。
「出るぞ。ワシも大会に出るぞ」
騒象寺くんが出場宣言をする。
大会があることを知らなかっただけで、出場する気は満々のようだった。
ぼくは、ゆっくりとつばを飲み込んだ。
ここからだ。ここから……。
「あの、でも……、もう……」
「なんじゃ、花咲」
「大会は、3人1組じゃないと……」
「よく聞こえんぞ。言いたいことがあるならハッキリ言わんかい」
低い声にビクリとおびえてしまう。ぼくは、腹の底から声を絞り出した。
「大会は、1チーム3人じゃないと出られないんです。だから、このクラスで3人組のチームを作らないとダメなんです」
「団体戦と言うことか。じゃあ……」
そう言って、騒象寺くんはバンとぼくの肩を叩いてくる。
「花咲、お前がワシと一緒に出ろ」
ニヤリと不気味な笑みを作る。
「そして、もう一人のデュエリストもお前が探して来い」
パー券をさばかせた時のような声の調子でぼくに言い寄ってくる。
「え、あ……はい……」
ぼくはその勢いに負けてか、「はい」と返事をしてしまう。
端から見れば、騒象寺くんがまたいじめを再開したのでは、と思われても仕方のないこの状況。
それは、半分以上はぼくが望んだものだった。
ようやく。
ようやく1人目の仲間を見つけることができた。
騒象寺くんの巨体とダミ声におびえつつも、心の中に一つの達成感が生まれてこようとしている。
よかった。一人揃えることができた。すごく苦労したけど本当によかったよ……!
「花咲ィ、もう一人のデュエリスト、ちゃぁんと揃えて来いよ。できなかったら今度こそワシとカラオケだからな!」
そう言って騒象寺くんは教室から出て行く。
3人目のデュエリスト、揃えられなかったらカラオケ。騒象寺くんはそう言い残していた。
ああ。本当にこれでよかった………………のかな?
お昼休みはあと10分。
休み時間が終わるまで、1人目を揃えられたと言う達成感に浸っていたいところではあるけど、あまりゆっくりもしていられない。早いところ、ぼくと一緒に大会に出てくれる、あと1人のデュエリストを探さなくてはいけない。
残りの『候補』は、男子0人、女子14人。
この14人の中から、ぼくと一緒に大会に出てくれる人を探さなくてはいけない。
それに失敗してしまえば、ぼくは、大会に出ることができなくなる。それは、城之内くんとの約束を破ってしまうことでもあり、パパとの約束を破ってしまうことでもあり、ついでに言えば、騒象寺くんとカラオケに行く羽目になることでもある。
なんとしても、あと一人を揃えなくちゃいけない。
ああ、でも……。
でも、なあ……。
残りの14人は全員女子なんだよなぁ……。
ろくに会話をしたこともない女子に、「一緒に大会に出よう」と誘わなくちゃいけない。どれだけハードルが高いことなんだろう。ぼくは目がくらんでしまう。
でも、あんなザマだったとは言え、あの騒象寺くんと話をすることはできたんだ。女子と話すことくらい、たいしたことはないじゃないか――そんな風に思い込んで、何とか勇気を奮い立たせる。
よーし! 行くぞー! 女子だろうが男子だろうが、平等に誘うんだ!
クラスを一通り見渡す。
お昼休みの2年C組の教室には、11人の女子が残っているようだった。その11人のうち5人は既にチームを作っているから、ぼくが誘うべき女子はそれ以外の6人となる。
幸いにも、それら6人の女子は仲良くグループを作っておしゃべりしているところだった。誰か1人に話しかけることができれば、他の5人もまとめて誘うことができるだろう。
女子グループに割り込んで話をするのは、かなり勇気のいることではあるけど、一度に6人も誘えるのだからお得だと考えるべきだろう。しかも、このグループの中には、男女隔てなく明るく接してくれる中野さんもいる。誰がどう見たって、このグループから誘っていくのが一番なのだ。
ぼくは一歩踏み出した。
騒象寺くんの時とは違う緊張感がぼくを包み込んでいく。
無心でいるんだ、無心でいるんだ、そうすればきっと怖くない――騒象寺くんと同じことを考えながら(しつこいようだが考えている時点で無心ではない)、一歩ずつ前に進んでいく。
「あの……すみません……」
意外とすんなり最初の一言が出る。
ぱったりとおしゃべりが止まって、中野さんをはじめとした6人の女子がぼくのほうを向いた。
女子たちは誰もがきょとんとした表情を見せていた。当然のことだろう。チビ&根暗で女子なんかとは縁がなさそうなこの花咲友也が話しかけてきたのだ。本当にあの花咲友也が話しかけてきたのか、聞き間違いじゃないのか、そんなことを思っている女子もいるはずだろう。
話しかけてほんの2、3秒で、空気が一気に重苦しいものに変わろうとしていた。
そんな空気になるのを恐れてか、中野さんが明るい表情でその口を開いた。
「どうしたの? 花咲くん?」
諭すように話してくれる彼女のおかげで、なんとか二言目を紡ぐことができそうだ。ぼくは彼女たちに向かって話を切り出した。
「あの、ちょっとお願いしたことが……」
「あ、もしかして大会のこと?」
「うん、そうだけど……」
ちょっと驚いて声のトーンが落ちてしまう。
どうやら中野さんは、ぼくの事情を知っているようだった。
「大会のメンバーを集めているんでしょ? 教室であっちこっちの男子を誘っていたよね?」
「うん……。でも、男子全員を誘ってもまだ集まらないんだ……」
「そうなんだ……。うーん、あたしとしても応援してあげたいのは山々なんだけど、あたしはカードやらないし。みんなは?」
中野さんは5人の女子の顔を見ていく。
しかし、誰もが首を横に振るばかりだった。
「あちゃー、そうなのかー。……あー、でも、ゆっちは? あの子カードをやってたでしょ?」
他の女子が「ゆっちは既にチームを作ったよ」とフォローを入れる。
「あ、そうか……。ゆっちなら、さっちゃんと香奈と一緒にチームを作りそうだよね」
そして、中野さんは気まずそうな顔をぼくに向ける。
「あー、ごめんね花咲くん、あたし達じゃ力になれなかったね」
「そんなことないです。ありがとうございます」
「頑張ってね」
「あ、はい」
そうして、ぼくは女子グループから離れていく。
女子にも声をかけることができたからか、中野さんの人のよさのおかげか、少しだけ気分が高揚していた。
それでも、この6人の女子もダメだった、という結果に変わりはない。
時間が経つにつれ、その事実が重く重く圧し掛かってくる。
残りの候補は8人。
ついに一桁になってしまったのだ。
チャイムが鳴る少し前に、教室を出ていた女子が戻ってきた。ぼくは、それらの女子のうち3人を誘うことができた。しかし、結果は、全てダメだった。3人ともカードをやらないと言われた。
5時間目が始まった。
もはや女子を誘うのに抵抗があるとか、そんなレベルの話じゃない。
残りの候補はわずか5人の女子。しかも女子は男子に比べてカードをやらないと言われている。
手札を失ったぼくは、またたく間にライフポイントを失って、もはや風前の灯と言えるほどピンチになっていた。
『ゆっちなら、さっちゃんと香奈と一緒にチームを作りそうだよね』
さっきの中野さん達とのやり取りが思い出される。
根津見くんは、この2年C組には既に6チーム存在すると言っていた。ここで注目すべきは、その6チームのうち2チームが女子チームであること。もし、カードをやる女子が全てその2チームに含まれていれば、それ以外の全ての女子はカードをやっていないことになる。
つまり、残り5人の女子。彼女たちがカードをやる確率はかなり低いということなのだ。
5時間目になってあれこれと考えていくにつれ、あまりにも不利すぎる状況が明らかになっていく。
こんなことじゃあ騒象寺くんを誘えたところで焼け石に水。絶体絶命の崖っぷちにいる事実は変わらなかったのだ。
残り5人。今さら誘うのを止めることはしないけれども、この5人に望みを託すことが、あまりにも頼りないことのように思えてならなかった。
5時間目の授業が進められていく。
5分、10分、20分、30分。時間が経過していく。
それにつれて、気持ちが落ち着かなくなってくる。胸の鼓動も早くなっていく。
今さら女子を誘うことに緊張しているわけじゃない。結果を知ってしまうことに緊張しているのだ。
残り5人の女子。彼女たちに断られれば、もう他に誘える相手はいない。ぼくは大会には出られない。
5時間目が終われば、その結果が分かる。ぼくが大会に出られるかどうかが分かる。
早く知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが、ぼくの中に混在している。
今日は結構寒い日だというのに、ぼくは手に汗をかき始めていた。
5時間目の授業は終盤を迎えている。残りの時間は、あと5分32秒。
時の流れはいつでも平等だ。
あと4分。あと3分。2分。1分。0分。
いつもと同じスピードで時計は進み、チャイムの音が鳴り響いた。
残り5人。
ぼくは勢いよく席を立ち、まっすぐに目的の女子のところまで歩いていく。
そして――
「デュエルモンスターズ? 流行りのカードゲームのこと? 私はやっていないなぁ」
残り4人。
「私はカード持ってないし」
「私も持っていない」
残り2人。
「ごめん。あたしはやったことないよ」
残り1人。
「わたしは、デュエルしたことない……」
残り0人。
――結果は出てしまった。
クラスの全員を確かめた。
ぼくと一緒に大会に出てくれる人は、騒象寺くん一人だけだった。
・大会は1チーム3人の団体戦で行われます。それらの参加者は、全て同じクラスに所属している必要があります。
3人、揃えることができなかったのだ。
6時間目の授業を受けた記憶がない。
燃え尽きていたと言うのが正しい表現なのだろうか。頭の中が真っ白になって、授業の内容なんてまったく頭に入っていなかった。
しかし。
それでも。
自分でもよくやったものだと思う。
昨日は友達でさえ満足に誘うことができなかった。
今日は、その友達を誘えたばかりか、友達じゃない男子も誘えて、苦手だった騒象寺くんも誘えて、話したこともない女子でさえも誘えた。
臆病なはずのぼくが、ここまでやりとげることができた。
結果はダメだったけれども、明日からはまたいつもの日常に戻ってしまうけれども、ここまで勇気を出せたことは誇っていいと思う。きっと「どうして誘わなかったんだ」と後悔することもないだろう。
ただ、ちょっとだけ憂うつなのは、城之内くん、パパ、騒象寺くんのこと。
大会に出れなくてごめんって、城之内くんやパパに謝らなくちゃいけない。騒象寺くんともカラオケに行かなくちゃいけない。
自分からは言い出しにくいことだけど、友達でもないクラスメイトに声をかけたことに比べれば難しいことではない。
彼らに謝って、それで……終わりだ。
ぼくの『童実野高校デュエルモンスターズ大会』は、これで終わるんだ……。
結果としては大会に出ることすら敵わなかったけど、予選落ちみたいなものだったけど、自分ができるだけのことはした。何度も何度もあきらめようと思ったけど、なんとか勇気を振り絞って、今までのぼくではできなかったことをやり遂げた。
みんなより先に脱落してしまったけど、ぼくはきっと成長できたに違いない。それだけでもう十分な成果じゃないか。
そんな風に考えて、ぼくは気持ちを落ち着かせていった。
先生が「今日も連絡事項なし」と一言だけ残して、帰りのホームルームが終わる。
今日の授業はすべて終わり、放課後になったのだ。教室がざわめいていく。
ぼくはすっと鞄を持って立ち上がり、教室を出て図書室へと歩き出した。
本当はすぐにでも家へ帰りたかったけど、今週は図書室当番。今日の放課後も仕事をしなくちゃいけないのだ。
「よー! 花咲!」
喧騒の廊下の中で、親しみを込められた声がぼくに向けられている。
「あ、城之内くん……」
声がしたほうには、城之内くんの姿があった。昨日と同じく、陽気な表情でぼくに話しかけていた。
「花咲、調子はどう? デッキとかちゃんと組み立ててるか?」
「え? あ、はい……。あ、まあ……」
城之内くんの嬉しそうな表情に気圧されてか、ぼくはとっさにうんと返事をしてしまう。
「大会のルール、ちゃんと読んだか? 『マジックアンドウィザーズ』じゃなくて『デュエルモンスターズ』の大会だぞ。ほら」
そう言って、城之内くんはくしゃくしゃになった大会の要項をぼくに見せてくる。
・大会で使用するのは『デュエルモンスターズ』のカードゲームです。『マジックアンドウィザーズ』のカードは使用できますが、そのカード効果などは『デュエルモンスターズ』のものに合わせられます。
「オレ、これ知らなくってさー。いつもの『マジックアンドウィザーズ』のデッキで出ようと思ってたら、ダメとか怒られちゃって。マジックアンドウィザーズのカードも使えるっちゃあ使えるんだが、戦術上よくないとか、制限カードが守られてないとか、もうめんどくせーよな」
「うん……」
「そうそう、あとこれもこれも」
・大会のルールは『新エキスパートルール』を採用します。
「知ってるか、『新エキスパートルール』。『スーパーエキスパートルール』とは違うぜー? 簡単に言えば初期ライフ8000で、裏側守備表示あり。あと、魔法カード、罠カードの使用制限もない。スーパーエキスパートルールと比べると結構違うよな?」
「うん……」
「今までライフ4000のスーパーエキスパートルールでばかりデュエルしてきたから、新エキスパートルールで戦えるように練習しないとな。花咲も油断するなよ」
「うん……」
城之内くんは嬉しそうな表情のまま悩んでいる。
でも。
でも、大会のルールなんて、ぼくにはもう関係ないんだよ。
大会に出ることすらできないぼくには、ルールなんて確認したところで何の意味もないんだ。
「これ。これも見てくれよ」
・大会は1チーム3人の団体戦で行われます。それらの参加者は、全て同じクラスに所属している必要があります。
「今回の大会は、団体戦なんだけどさ――」
・チーム内で、先鋒、中堅、大将を決めてください。先鋒同士、中堅同士、大将同士でデュエルを行い、2勝したチームが勝利となります。
「結局のところ、1対1で闘うんだぜ? 団体戦にする意味あまりねーよなー」
「うん……」
「生徒会の連中の話では、3人いれば親睦を深められるとか、そんな考えがあるらしいけどさ。うわー、オレ、本田と御伽と組んじまったよ。今更こいつらと親睦深めるって……、げー、何か気持ちわりー」
城之内くんは、悪態をつきながらも楽しげな表情を崩すことはなかった。
やはり、チームの仲間と一緒に大会に出られることが嬉しいのだろう。
一足先に脱落してしまったぼくには、関係のない話だったけど、その姿はすごくまぶしく映ったのだった。
「あと、これこれ」
・大会は、シングルデュエルで進行していきますが、サイドデッキ15枚を用意することができます。試合と試合の間にサイドデッキとメインデッキ間でカードの入れ替えが可能です。
「サイドデッキさえ作っておけば、デュエルとデュエルの間にデッキを変えることができるってことだな。これ、意味あんのかって思うルールだけど、というかオレが実際そう思ってたけど、御伽の奴が言うには、相手の使うデッキを下調べすると有利になるとか……。しっ、これはヒミツだぞ」
城之内くんの存在がすごく遠くに感じられる。
ぼくもあと一人の仲間を誘うことができていたら。チームを作れていたら。
きっと、こんな風に笑うことができていたのだろう。
でも、ぼくは予選落ちで脱落者。大会に出る資格はない。
確かに最後の一人になるまで頑張ったけど、あれだけ勇気を出すことができたけど、大会に出られないという事実は揺るぐことなくぼくに突きつけられていた。
「でもやっぱり!」
・武藤遊戯、海馬瀬人は、ハンデとしてライフポイントが1となります。
「やっぱりこれだよ、これ! あの海馬を倒す絶好のチャーンス! 『火の粉』とか『雷鳴』とかザコカードで海馬を一撃で。フッフッフッ……。ああ! どんだけ爽快なことか!」
ダメだ。
やっぱりダメだ……!
勇気を出した。最後の一人まで誘った。前に進めた。成長した。
けれども、そんなのは単なる免罪符。
確かに勇気は出したよ。最後の一人まで頑張ったよ。前に進めたし、成長もしたかもしれない。
でも、それを理由にして、ぼくの『童実野高校デュエルモンスターズ大会』を終わらせるなんて。終わらせなくちゃいけないなんて!
いやだ。そんなのはいやだ。
ぼくも、大会に出たい。
みんなと一緒に大会に出たいんだよ!
仲間を作って一緒に大会に出たい! 大会で見知らぬ相手と闘ってみたい! 城之内くんや遊戯くんたちとも闘ってみたい! きっと優勝なんかできないだろうけど、それでも一緒に大会に参加したい!
頭では分かっているはずなのに。もう大会に出られないことは分かっているはずなのに。
それでも。
それでも、大会に出たくて仕方がない。
無理やりに押さえ込んでいた気持ちが膨れ上がっているのを感じる。それはぼくの体を這い上がっていき、目頭をじんわりと濡らしていく。
ぼくは、とてもとても、悔しかったのだ。
「……花咲? なんかお前、おかしくないか?」
ぼくの様子に気付いたのだろう、城之内くんが声をかけてくれる。
「だい……じょうぶです! ちょっとトイレをガマンしてたものですから」
「そうか、じゃあ早く行ってこいよ」
ぼくは目を伏せたまま走り出した。そのまま男子トイレの一番奥の個室まで駆け込む。
そこでぼくは声を押し殺して泣いた。
あれだけ頑張ったのに、ダメだった。
他のみんなはすんなりとチームを作ってしまったのに、このぼくだけがチームを作れなかった。
他のみんなは大会を楽しみにすることができるのに、ぼくは、それをただ見ていることしかできなくなってしまった。
頑張ってもみんなと同じところにすら到達できなかった。
まったく、どうして……!
どうしてこんな結果になってしまったんだよ!
頑張って、勇気を出して、あれだけのクラスメイトに声をかけたのに、こんな結末になってしまったんだよ!
ぼくはヒーローなんかじゃない。頑張ったとしても、最後には必ず逆転勝利できるとは限らない。
でも、みんなと同じラインに立つことくらいはできると思っていた。思っていたのに……!
そんな望みすらかなわず、こうしてみんなと一緒に大会に出ることもできないんだ!
そして、ぼくに押し寄せてくるのは、大きな後悔。
後悔はしないだろうって考えていたはずなのに、大きな後悔が波のように押し寄せてくる。
確かに今日こそは頑張ったかもしれない。最後まであきらめなかったかもしれない。
けど、昨日はどうだった?
もっと早く根津見くんと孤蔵乃くんに声をかけていれば、チームを作ることはできたんじゃないのか?
さらに言うなら、それ以前はどうだった?
ろくに友達も作らず、必要最低限のことしか喋らない。そんな生活に甘えずに、勇気を出してもっとたくさんのクラスメイトに声をかけて、友達を作っておけばよかったんじゃないのか? そうすれば、みんなと同じようにチームを作ることができたんじゃないのか?
もしかしたら、今日、「カードやっていないから」「用事があるから」と言って断ったクラスメイトの中には、「根暗の花咲が嫌だから断った」という生徒もいたかもしれない。
当たり前のことだった。
今日一日だけ頑張ってみたところで、結果はダメ。今まで何もしてこなかったツケは必ず表れてしまうものなのだ。
普段まるで勉強をしていない人が、一夜漬けのテスト勉強だけしたところで赤点になってしまうのと同じように、こんなぼくでは仲間を集めることなどできないのだ。
はは……情けないよ。
ものすごく情けない。
赤点を取るような生活を送ってきたのは、このぼく自身じゃないか。こんな結果になるのは必然だったんだ。
城之内くんともパパとも騒象寺くんとも約束しておいて、こんなザマなんてすごくカッコ悪い。ダメダメな奴だよ本当にぼくは。
本当に、もう……。
童実野高校デュエルモンスターズ大会。
それがぼくの中で遠い存在になっていく。
こんどこそ、本当に。
本当に、さよなら、童実野高校デュエルモンスターズ大会。
本当は今すぐにでも家に帰りたかった。
それでも、今日は図書室当番。こんなに泣いた日でも、サボることなんてできない。
涙の跡が薄くなるのを待ってから、ぼくはトイレを出て、図書室へと歩き出した。
廊下とトイレで時間を使ってしまったせいで、だいぶ出遅れてしまっていた。『もう一人の図書委員』は、今頃たった一人で作業をしているのだろう。これは謝らないといけないよなぁ。
図書室の扉を開く。
カウンターの向こうに女子生徒が一人座っていて、本を読んでいる。
ふんわりとした髪をポニーテールで結って、大きな黄色のリボンを身に着けた女子。
それは、2年C組の『もう一人の図書委員』である、野坂さんだった。
「あ……」
野坂さんは、ぼくが来たことに気付いたようで、本を開いたままぼくのほうを見てきた。
「すみません。遅れてしまいました……」
「あ、いえ……」
そんなやり取りを交わして、ぼくはカウンターに入って、野坂さんの隣にある椅子に座った。
椅子に座ったぼくは、気持ちを切り替えて当番に専念しようとした。
「…………」
だけど、やることがなかった。
図書室当番の仕事は、結構シンプルで、放課後に図書室を開いて、本の貸し出しや返却の受付をして、16時30分に図書室を閉めるだけである。これらのうち、本の貸し出しや返却は、最初の時間帯に集中する傾向にあるから、それが終わってしまった今、閉館まで暇になってしまったのだ。
グラウンドの方から、部活動にいそしむ生徒たちの声が聞こえてくる。隣の校舎から吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
……うん。これはこれでいいかもしれない。何もしないで、こうやってぼうっとしているのもいい。
今日はいろんなことがありすぎた。
根津見くんを誘ってみて、断られて。
次々に男子生徒を誘ってみて、断られて。
根津見くんに駄目押しされて。
騒象寺くんを誘ってみて(?)、それだけは何とかOKで。
女子達を誘ってみて、断られて、それで望みが絶たれてしまった。
ああ、そういえば、今、ぼくの隣に座っている野坂さん。彼女は、ぼくが一番最後に声をかけたクラスメイトだった。
『わたしは、デュエルしたことない……』
そう言ってぼくに最後のトドメを刺したのが彼女だった。
だから、どうしたと言うわけじゃないけれども、なんだかちょっと気になって、ちらっと彼女の顔を見てみる。
彼女の瞳は、まっすぐにぼくの瞳を捉えていた。
それが分かると言うことは、ぼくの視線も彼女の目の辺りにあって。
すなわち、ぼくと野坂さんは目が合ってしまったのだ。
「……!」
それに気付いて、あわてて視線を下に落とす。
やばいやばい。最後のトドメを刺したとか考えて、変に気にしていたことが伝わってしまったかもしれない。
彼女と目が合ったことで、ちょっと気まずい空気が流れてしまった……ような気がした。
野坂さんは困っているのだろうか、怒っているのだろうか、気にしていないのだろうか。彼女の表情を確認できるのなら確認しておきたい……けど、また変に目が合ってしまっては元も子もないので、見るに見れないのがもどかしい。
気まずい空気に耐えながら、彼女と目を合わせないように時間だけを経過させようとする。
相変わらず、グラウンドからの掛け声と、隣の校舎からの演奏が聞こえている。
しばらくすると、ぱらっと本をめくる音も加わった。どうやら、野坂さんは読書に戻ったようだった。
これで、気まずい空気は薄れてきたかな。ぼくは内心安心した。
しかし、
ぱらぱらぱらぱら。
ぱら。
ぱらぱらぱらぱらぱら。
ぱらぱら。
野坂さんの様子がおかしい。
確かにこれは本をめくっている音なのだけど、ちゃんと読み進めているとは思えない音だった。一気に何ページもめくってみたり、そのまましばらくページをめくらなくなったり、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているようだったのだ。
もしかして、野坂さん、ぼくと目が合ってしまったことを気にしているのだろうか。そんなことをいつまでも気にしていると言うのは、さすがに不自然だと思うのだけど……。
気まずい空気が薄れてきたと思ったのに、魔霧雨のように濃くなってきていた。
濃霧にやられてしまったぼくは、隣の野坂さんに目を向けることもできず、ただじっと時間だけを経過させようとすることしかできなかった。
やがて、図書室を閉める16時30分になったけど、ページをめくる音は、いつまでも不規則なままだった。
16時30分になると、図書室に残っていた数人の生徒が図書室を去っていく。そのうちの二人の生徒が本を借りていったので、ぼくは今日初めての貸し出し業務を行った。
そうして、図書室には、ぼくと野坂さんだけが残った。
気まずくなったせいか、ぼくと野坂さんは、言葉を交わすことなく戸締り作業を始めていた。黄色のリボンをふんわり揺らしながら、野坂さんは図書室を回っていく。ぼくはカウンターに出してあった貸出カードの入った箱を持ち上げ、裏の戸棚へとしまうことにした。
そして、ひとしきり片付けが終わると、野坂さんはカウンターの影に置いてあった鞄を拾い上げて、その中にさっきまで読んでいたはずの文庫本をしまおうとした。
でも、鞄を斜めに持っていたせいだろう、開いた口から、ばさばさと本が滑り落ちていった。
「あ……」
彼女の小さな声が漏れる。
ぼくの足元に2冊の文庫本が落ちてきた。タイトルを見る限り、さっきまで野坂さんが読んでいたのとは違うもののようだった。
と言うことは、野坂さんは少なくとも3冊の本を持ち歩いていると言うことになる。それだけ本が好きなのだろうな。ぼくはそれらの本を拾ってあげるため、身を屈めた。
その時だった。
――あれ? これ、どこかで……?
それらの本に、ぼくは違和感のようなデジャヴのようなものを感じたのだ。
この文庫本に挟まれたしおり。
このしおりを、ぼくはどこかで見たことがあるのではないか? そう感じてしまったのだ。
2冊の本を手に取る。
その時に本の裏側が見えて、
「あっ!」
ぼくは気付いてしまった。
本に挟まっていたしおり。それは本当はしおりなんかじゃなかった!
あまりに突然のことで頭が回らない。
自分で見たものが自分で信じられない。でも、自分の目で見たものに嘘はない。
そのしおりの大きさには覚えがある。しおりに描かれていた模様には覚えがある。しおりに書かれていた名前には覚えがある。
これは、このしおりは――
豊穣のアルテミス 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻撃力1600/守備力1700
|
――デュエルモンスターズのカードだった!
野坂さんの表情が心なしか青くなっているような気がした。
ぼくは、何が起こったのかよく分からなくなって、ぽかんとすることしかできなかった。しかしながら、今日一番の空気の悪さが出来上がっているのは、今のぼくでも感じ取ることができた。
拾った文庫本は、いつの間に、ぼくの手元から野坂さんの鞄の中へと移動していた。
彼女は、耐え切れなくなったのか、
「ごめんなさいっ」
と言って、図書室の外へと駆け出していった。
「…………」
日が沈み始めた図書室に、ぼくは一人残される。
野坂さんは、カードをやらないはずで。
でも、彼女は、デュエルモンスターズのカードを持っていて。
そして、ぼくに「ごめんなさいっ」と言って図書室を出て行った。
何が起こったのか飲み込めないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。彼女の印象が鮮烈に脳裏に焼きついて、しばらく動けそうになかった。
どうやら、ぼくは、最後の最後で何かを引き当ててしまったらしい。
あれだけ勇気を出してクラスメイトに声をかけて、もうどうしようもないところまで追い詰められたはずなのに、ライフポイントは0になったはずなのに。崖っぷちから落ちてしまったぼくは、崖から生えていた枝に引っかかっていた。
もしかしたら。
もしかしたら、ぼくの童実野高校デュエルモンスターズ大会は、まだ終わっていなかったのかもしれない。
第三章 11月18日(水)
今日は11月18日水曜日。
童実野高校デュエルモンスターズ大会のエントリー締切日である。
大会に出るためには、今日の17時30分までに3人1組のチームを作って、生徒会室に参加用紙を提出しなければならない。
昨日、ぼくは根津見くんを誘い、男子たちを誘い、騒象寺くんを誘い、女子たちを誘った。それにもかかわらず、3人揃えることはできなかった。
大会出場の望みを絶たれてしまったぼく。そんなぼくの前に、『彼女』は現れた。
窓際の席に座っているぼくは、廊下側の席に目を向ける。前から2番目の席に、黄色のリボンの野坂さんが座っていて、静かに本を読んでいた。
『わたしは、デュエルしたことない……』
そう言っていたはずの野坂さんは、デュエルモンスターズのカードを持っていた。
昨日の野坂さんの鮮烈な印象が、ぼくの頭から離れない。
大会への誘いを断ったはずなのに、カードを持っていた彼女。ぼくがカードを見つけた時の、あの青ざめた表情と「ごめんなさいっ」の言葉。
これは一体どういうことなのだろう? 彼女は何を考えているのだろう?
もしかしたら、根暗でチビなぼくと一緒なのが嫌なのかもしれない。もしかしたら、カードは持っているけどデュエルをするつもりがないのかもしれない。もしかしたら、昨日見たはずのデュエルモンスターズのカード、あれが見間違いだったのでは……。
たくさんの想像がぼくの中に現れては消えて、消えては現れていく。
ああ、昨夜と同じことをまた考えてしまっている。
昨日も野坂さんのことを考えて、いろいろと想像はしてみた。けど、結局、彼女がぼくの誘いを断った理由も、カードを持っている理由もさっぱり分からなかった。同じようなことをぐるぐるぐるぐると考えて、悶えていただけだった。
しかも、そんなことを考えながらも、クラスメイトに声をかけまくったことが急に恥ずかしく思えてきたり、大会に出られないことが急に悔しくなってきたり、騒象寺くんに謝ることが急に憂うつになってきたりして、その度に悶えてしまっていた。昨日はいろんなことがありすぎて、ぼくの中でなかなか整理がついてくれなかったのだ。
そのせいもあって、今日のぼくは、何をしたら良いか分からない状態になっていた。
童実野高校デュエルモンスターズ大会。
どうしても大会に出たいなら、野坂さんがそのカギとなるかもしれない。ぼくの誘いを断った理由を聞き出して、その理由次第では、強引にでも頼み込んで大会に出てもらうのだ。
ぼくの中では、大会に出たい気持ちは強く残っている。いろんな人と約束をしてしまったし、なにより、ここまで頑張ってきたのにそれが報われないことはやっぱり悔しい。昨日あれだけ泣いたけれども、まだ、あきらめきれてはいなかった。
でも、今日の状況は、昨日のものとは違う。昨日、一度は誘いを断られているのだ。そんな彼女に大会に出てもらうためには、強引な手に頼らざるを得ないかもしれない。
正直言って、ぼくには、そんなマネはできそうになかった。勇気が出ないとかそういうこともあるけど、彼女の嫌がることをやってしまうのが絶対に嫌だったのだ。
だからといって、大会出場をあきらめたいわけじゃない。
中途半端なところで、ぶらぶらしているぼく。昨日起こった様々な出来事を整理しきれず、これからの身の振り方も決めきれず、消化不良のような状態になっていた。
そんなぼくにできることと言ったら、野坂さんを見ていることくらいだった。彼女の言動を注意深く観察して、ぼくの誘いを断った理由や、大会に出てくれる見込みをなんとか知ろうと試みる――それくらいのことしかできなかった。
結局、今日の午前中は、野坂さんの観察(と言うと失礼かもしれないけど……)に費やすことになってしまった。
結論から言うと、大会への誘いを断った理由も、これから大会に出てくれる望みがあるかどうかも、分からないままだった。
それはそうだろう。午前中の休み時間、彼女は、ずっと本を読んでいるだけで、席を立つことも友達と話すこともなかったのだ。黄色のリボンを揺らすこともなければ、お喋りすることもなかった――こんな状態で、大会のことが分かるわけがない。
唯一分かったのは、野坂さんが、ぼくが思っていた以上に読書好きで物静かな女子生徒だったということだけ。
それはもちろん、大会とはまったく関係のないことで、特段気にするべきことでもない。
それなのに……。
そのはずなのに、ぼくは、気になってしまっていた。彼女のことがとても他人事とは思えなくて、気になってしまっていた。
どうしてだろう?
休み時間にはかなりの女子生徒がお喋りに興じているのに、どうして、一人で本を読むことを優先しているのだろう?
今日はどうしても読みたい本があるのだろうか? 友達とお喋りするより、優先したい本があるのだろうか?
それとも、お喋りできるような友達がいないのだろうか? 友達がいないから一人で本を読んでいるのだろうか?
昨日のことがあったからか、どこか彼女が自分に似ている気がするからか、そんな疑問が次々にわいてきてしまう。
かなり失礼な疑問だよなぁと思いながらも、考えれば考えるほど泥沼にはまっていく。
改めて野坂さんの席を見る。
今まで彼女のことを意識したことがなかったから間違っているかもしれないけど、1年生の頃の彼女は、それなりに友達とお喋りしていたような気がする。
ああそうだ。彼女は『リボンちゃん』って呼ばれていたはずだ。クラスの中では物静かなほうだったけど、いつも女子の友達が近くにいてよく笑っていた……そんな感じだったはず。
それなのに、今の彼女は、喋ることもなく、笑うこともなく、一人で本を読んでいる。
たぶん、野坂さんの友達が、別のクラスになってしまったことが原因なのだと思う。いつもお喋りしていた友達と離れ離れになって、一人で本を読むようになったのだ。
そんな風に考えると、彼女は、やっぱりぼくに似ているよなぁ、と思えてくる。2年生になって、仲の良い友達と別々のクラスになってしまったのは、ぼくだって同じだったからだ。
そこまで考えをめぐらせて、はっと我に返る。
……何を考えているのだろう、ぼくは。
勝手に変な想像をして、勝手に野坂さんに友達がいないことにしてしまった。めちゃくちゃ失礼じゃないか。
いや、そもそも、彼女のことを見ていたのは、大会を断った理由や今後の見込みを知るため……だったはず。
彼女に友達がいてもいなくても、ぼくと境遇が似ていても似ていなくても、そんなことどうだっていいじゃないか。大会とは何の関係もないじゃないか。
だから、もう、そんなことは考えなくてもいいじゃないか。彼女に失礼なだけだ。
そんな風に思いながら、彼女の席をもう一度見る。
黒板に目を向けている彼女の横顔が、物寂しく見えてしょうがなかった。
…………。
ああ。やっぱり、気になってしまうよ……。
そんなわけで、今日のお昼休み。
ぼくは、開けてもいないお弁当を教室に置き去りにして、廊下へと飛び出していた。
お昼休みが始まるなり野坂さんが教室を出ていったので、さり気なくぼくも後をついていくことにしたのだ。
ストーカーみたいな行為かもしれないけど、いや、正直言って、罪悪感が体の中からもわもわっと発生してぼくの心拍数を上げていたけど、どうしても彼女のことが気になって来てしまった。
で、でも大丈夫! こっちの方向にはトイレがあるのだ! ぼくは、野坂さんの後をつけているのではなく、単にトイレに行っておきたいのだ。そういうことにしておこう。うん、そういうことに……。
誰に咎められたわけでもないのに、勝手に心の中で言い訳をする。
気を取り直して前を見ると、前を歩いていた野坂さんが、ぱたっと足を止めていた。
彼女の頭上には2年A組のプレートがあって、彼女の右手には文庫本より一回り程度大きな箱があった。
なるほど。きっとあの箱はお弁当箱。彼女の友達が2年A組にいるから、お昼ご飯を一緒に食べようとしているのだろう。
2年C組の教室では、物寂しそうな顔をしていたように見えたけど、ちゃんと他のクラスには友達はいるのだ。
確かにぼくと境遇が似ているのかもしれない。ぼくの予想は当たっていたのかもしれない。だけど、友達がいないわけじゃないんだ。これ以上気にするのは、彼女に迷惑なだけだ。
そう思ったぼくは、自分の教室に戻ろうとして…………一応トイレへと向かっていることになっていたこと思い出した。2年A組よりもう少し先にある男子トイレへと歩き出す。
その途中で、2年A組の前で立ち止まっている野坂さんの横を通り過ぎる。
横目でちらりと確認すると、野坂さんはA組の佐藤さんと話しているようだった。彼女が野坂さんの友達なのだろう。
しかし、その佐藤さんは、両手を合わせるポーズをとっていて――
「リボンちゃん、ごめん。今日も彼と食べるって約束しちゃったから」
「ううん、しかたないよ……」
「ごめんね」
そんなやり取りが聞こえてきた。
それは、たった三言程度だったけど、ぼくに衝撃を与えるには十分なものだった。
野坂さんには友達がいて、一緒にお昼ご飯を食べようとしたけど、断られてしまったのだ。
ぼくは男子トイレに入って、手だけを洗ってすぐに出てきた。
トイレの脇にある階段で、黄色いリボンが跳ねている。野坂さんは2年C組には戻らず、階段を下りていったようだった。
ぼくは、ほんの数秒だけ迷って、再び、彼女のあとをつけることにした。
階段を下りると、人通りがだいぶ少なくなる。ぼくは、黄色いリボンを目印に、できるだけ距離をとって彼女を追っていった。
やがて、中庭に出る。
少しだけ野坂さんの姿が影に隠れたけど、すぐに見えるようになった。
遠目でもよく分かる。黄色いリボンの野坂さんは、中庭のベンチに一人腰掛けて、一人でお弁当箱を開いていた。
それは、今の彼女に、一緒にお昼ご飯を食べる友達がいないことを示していた。
はっと息をのむ。
少なくともA組にはいたはずの友達。唯一の生命線だったかもしれないその友達に断られてしまって、彼女は、こうやって中庭で一人きりになってしまったのだ。
おそらく、ここ最近まで、あのA組の友達と食べていたのだろう。いつもC組の外でお弁当を食べている彼女にとって、A組の友達に断られたからC組に戻って一人で食べるだなんて、耐え難いことなのだと思う。ぼくだったら、恥ずかしくて情けなくて彼女と同じことをするに違いない。
野坂さんは、ゆっくりとした手つきで箸を取り出して、奇妙なくらい無表情なままご飯を口に運びだした。
そんな光景を見ていると、遊戯くん達と仲良くなるまでの自分を思い出してしまう。
いじめがなくなった代わりに孤立してしまって、一人ぼっちでご飯を食べていたあの頃を。一人でご飯を食べたくない、みんなと一緒にお喋りしたい、あの輪の中に入りたい――そんなことばかり考えていた時のことを。
昔の記憶が、紙芝居のようにぼくの頭の中にぱらぱらと現れ、その時の辛さがぼくに襲い掛かってくる。今のぼくは一人ぼっちではないけど、彼女を見ているだけで心がひねり潰されそうだった。
「……っ!」
それに耐え切れなくなって、ぼくは校舎の中へと引き返した。
そのまま階段を上って、2年C組まで駆けて行く。
2年C組の教室に入ると、机の上に出しておいたお弁当箱だけを持ち、根津見くんに「先に食べてて」と言い残して再び教室を飛び出す。
……耐えられなかった。
野坂さんがあんなに寂しそうに食べているのに、ただ見ていることしかできないなんて。今のぼくには耐えられなかった。
かつての自分は、一人ぼっちだった。みんなお喋りをして楽しそうに食べている中、「一人は嫌だ、一人は嫌」だと思いながら一人でご飯を食べていた。
今この時、野坂さんも似たような思いをしているかもしれない、苦しんでいるのかもしれない。
そう思ったら、駆け出さずにはいられなかった。
ぼくの勘違いかもしれない。一人が好きなだけかもしれない。たとえ彼女が寂しくても、ぼくが何かをしなくちゃいけない義務なんてない。彼女のことなんて関係ない。そもそも行ったところで何ができるというのか。また気まずくなるだけじゃないのか。
そんな弱気な考えを振り払うかのように、ぼくは走っていく。
再び階段を下りて、靴を履き替え、ぼくは中庭へと出た。そのまま野坂さんの座っているベンチに向かって歩いていき、ぼくは言った。
「ぼくも、いっしょに、たたった……、食べてもいいかな?」
ああ、また噛んでしまった。
けれども意図は伝わったはず。ぼくは、彼女の表情をうかがった。
「え? あ……」
野坂さんはぽかんと口を開いていた。
でも、少しの間を空けて、彼女はこくりとうなずいてくれたのだった。その口は開いたままだったけれども……。
…………ぼくはバカだと思う。
野坂さんが一人で食べているのを見ていたら、勝手に落ち着かなくなってきて、勝手にお弁当を持ってきて、勝手に野坂さんのベンチに割り込んだ。
しかも、一緒に食べてもいいですかと聞いたくせに、気の利いた言葉をかけるどころか、一言も喋ることができなかった。「一緒に食べてもいいですか」という言葉通り、本当にお弁当を食べていただけだった。
校舎からの生徒の声や、風や木の音が、いつもより大きく聞こえてくる。ぼくも野坂さんも、言葉を交わすことなくお弁当を食べていた。
とても恥ずかしくて、とても情けなくて、とても気まずかった。
すみません。すみません。本当にすみません。――ぼくは、心の中で必死に野坂さんに謝っていた。
こんなことになってしまって、野坂さんも「早くどいてくれないかな」って思っていることだろう。ぼくのことが邪魔だと思っているだろう。
それなら……。
それなら、せめて何か喋ろう。
黙ったまま食べてるんじゃなくて、何か喋ろう。そうすれば、少しはマシな空気になってくれる。
「…………」
でも、何を喋ろう?
何を喋ったらいいんだろう?
すぐに思いつくのが、「友達いないの?」、「カード持ってるのにどうして大会に出てくれないの?」なんだけど、そんなことを言い出した日には、気まずさマックスでお互いに気分が悪くなるだけ。まさに万能地雷グレイモヤだ。
じゃあ、何の話題がいいのだろうか? 例えば、「今日も天気がいいね」とか……。ダメだ。そんなんじゃ話が続かないよ……。
ああやっぱりダメだぁ。やっぱり何を喋ったらいいか分からない。
そんなこんなと考えているうちに、ぼくも野坂さんもお弁当を食べ終えていた。
結局、何しに来たんだぼくは……。
「ごめん、迷惑なだけだったよね」
ぼくはベンチから立ち上がって謝った。
昔から「いじめられ慣れている」せいか、ごめんの言葉だけは自然に出てくるのが情けない。
きっと、野坂さんは苦笑いのような困惑した表情を浮かべているのだろうな。
「そんなことはないです……。あの、謝らなくちゃいけないのは、わたしのほうだから」
彼女が答える。
小さいながらもしっかりとした声が、ぼくへと伝わってくる。彼女は少しうつむいていて、ちょっとこわばった表情になっていたけど、それは、苦笑いや困惑といったものではないことは明らかだった。
「実はわたし、デュエルモンスターズのカードを持っているんです。デッキもちゃんと持っているんです。今日も鞄の中に入っているんです」
うつむいたままだけど、よどみのない声が紡がれていく。
「ただ、あの、一度も対戦したことがないだけで……。だからあの……ごめんなさい」
うつむいていた顔がまた少し下がった。
……昨日から悩み続けて一番知りたかった答えを、野坂さんは自分から言ってくれた。
『わたしは、デュエルしたことない……』
昨日の彼女の言葉は嘘偽りではなかった。
カードは持っているけどデュエルをしたことがなかっただけだった。彼女にはデュエルできるような友達が周りにいなかったのだと思う。
「そうなんだ……」
答え自体は驚くべきものじゃなかったけど、こうやって本人から答えを聞くことができて、ぼくは安心することができた。
それと同時に思う。こうやって野坂さんが本当のことを言うためには、かなりの勇気が必要だったのではないだろうか、と。
カードを持っているのに誘いを断ってしまったこと。カードを見られて「ごめんなさいっ」と言って立ち去ってしまったこと。彼女なりに悩んでいたのかもしれない。
「…………」
顔をうつむけたまま、野坂さんはぼくの言葉を待っている。
……彼女がどれだけ勇気を出してくれたのかまでは分からない。
でも、彼女がせっかく勇気を出してくれたのに、ぼくが何も言わずにいるわけにはいかない。
「じゃあ、デュエルしようよ! 楽しいから!」
自然と言葉が出る。
それは、本当にぼくが今一番言ってみたかったことだった。
友達が少なくて、カードだけは持っていてデッキも作っているけど、肝心のデュエルはしたことはない。そんな人を見て、デュエルをしてみたい、デュエルを教えて楽しさを知ってもらいたい――そう思うのは、珍しい考えではないと思う。
「……あの、わたしなんかで、いいんですか?」
「むしろぼくのほうこそ、いいんですか、って感じですし」
「いえいえ、そんなことないです」
「いやいや、こちらこそ」
「…………」
「…………」
「あ……じゃあ、はい。お願いします」
「こ……こちらこそ、お願いします」
「えっと……」
「それじゃあ、放課後、図書当番が終わった後にでもやってみる? ぼくも今日はデッキを持っているから」
「……はい。ではそれで」
ぎこちないやり取りの後、ぼく達はデュエルをする約束を取りつけた。
野坂さんが大会に出ると言ったわけではないのに、ぼくの気分は一気に晴れやかになっていく。
いや、それどころか、このお昼休みに入ってからは、ぼくは大会のことをほとんど考えていなかった。野坂さんが一人になっていたことばかりを見ていて、勝手に暴走めいた行動を起こしていただけだった。
でもまあ、一番気になっていたことも聞けたし、結果オーライだったのかもしれない。もし、この暴走めいた行動すら起こしていなかったら、つまり、彼女と一緒にご飯を食べていなかったら、疑問も大会も何も進展しなかっただろうから。
ぼくと野坂さんは、再び無言になった。
けれども、二人一緒に教室へと戻った時、ぼくが、
「ではまた」
と言うと、彼女は、
「はい」
とはにかんで答えてくれた。
その顔を見ただけで、ぼくは跳ね上がるほど嬉しくなったのだった。
一度はダメになったはずの、童実野高校デュエルモンスターズ大会。
もしかしたら、野坂さんが大会に出てくれるかもしれない。
彼女とはデュエルをする約束をしただけで、大会に出るなんて言ってもらってないけど、期待しても悪くないように思えた。
大会受付の締め切りは今日の17時30分。図書当番が終わった16時30分からデュエルをした後でも間に合う時刻だ。
うん、デュエルが終わったら、もう一度誘ってみよう。野坂さんさえよければ、大会に出てもらおう。これが、正真正銘、最後のチャンスだ。
今のぼくは、かなりハイテンションだった。
あれだけ苦労して、あきらめかけて、断られて、どうしようもなくなった大会。それに出ることができるかもしれない。もちろん、それもその一因ではある。
でも、テンションが高くなっていた本当の原因は、野坂さんとのことにあった。
気まずくなった彼女とちょっと打ち解けて、しかもデュエルの約束を取り付けた。
ほとんど話をしたことのない女子と、放課後に二人きりでデュエル。
ああああぁぁ……。
最近まともに女子と話をしていないぼくにとっては、この時点でテンションマックスにまで上り詰めてもおかしくなかった。
しかも、彼女はこれが初めてのデュエルだと言う。
このぼく次第で、彼女がデュエルを楽しめるかどうかが変わってくるかもしれない。もしかしたら、大会に出てくれるかどうかも、ぼく次第なのかもしれない。
妙な緊張感と期待感がぼくの中で暴れだしてくる。
あああぁあぁぁ……。
ぼくは、昨日とは違う落ち着きのなさで、5、6時間目の授業を受ける羽目になったのだった。
そして、長かったのか短かったのか良く分からないまま授業は終わり、放課後がやってきた。
教室を出たぼくは、職員室へと向かい図書室の鍵を借りた。
「失礼しました」
一礼して職員室を出る。
くるりと職員室に背を向けると、そこには、黄色のリボンの彼女がいた。
「あ、鍵は持ってきたよ……」
「はい……」
そんな言葉を交わして、ぼくと野坂さんは図書室へと向かっていく。
「あの、カードは持ってきた?」
「はい……。ええと、花咲さんは?」
「うん、もちろん持って来たよ」
「デュエル、図書室でやるんですよね? 図書当番の後で」
「そのつもりだけど……。うーん、先生に怒られちゃうかな? 『なんで鍵を返しに来るのが遅いんだ』って……」
「たぶん大丈夫だと思います……。鍵は先生に返すんじゃなくて、職員室の壁にかけておけばいいから」
「あ、そうか。別に先生は鍵を返しに来たことすら分からないかも。じゃあ、デュエルは図書室でいいかな」
「はい。当番が終わった後、ですよね」
「うん。……よし、そうと決まれば、今日の図書当番はしっかりやらないと」
「そうですね」
そんな感じで、どこかぎこちなさを残しつつも、ぼく達の間で少しずつ会話が育まれていった。
と言うか、この会話を交わした時点で、『2学期に入ってからいちばん話をした女子生徒』が野坂さんになってしまった。……今までどれだけ女子生徒と話していなかったのか、嫌でも再認識させられたのだった。
図書当番の作業自体は、昨日やおとといと同じだった。図書室を開け、貸し出しカードを出して、貸し出し・返却手続きを済ませていく。
しばらくすると、貸し出しや返却をする生徒が途切れていき、ぼく達はすべきことがなくなった。
ぱらっと紙のめくれる音が聞こえる。野坂さんは、鞄から文庫本を取り出して、読み始めたようだった。
ぼくもそれにならって、図書室にある本を呼んでみることにする。もっとも、これから野坂さんとデュエルという事実の前では、あまり集中できなかったけど、それでも時間を潰すことはできた。
そして、16時40分。
一通りの片づけを終わらせた図書室には、ぼくと野坂さんだけが残った。
どくどくどく。自分で自分の心臓が動いているのが分かる。
ああ、緊張している。間違いなく、緊張しているよ……。
「そ、それじゃあ、野坂さん……」
「はい、よろしくお願いします」
「あ、お、お願いします」
そんな感じで言葉を交わして、ぼくと彼女は、図書室のカウンター前にあるテーブルに向かい合って座った。
二人だけの図書室で向かい合って座ると、やっぱりなんだか照れくさい。
それをごまかすかのように、ぼくはデュエルの準備を始めた。
まず、カードの束――デッキを取り出して、テーブルの上に置く。そこから少し離れたところに、融合モンスターカードの束である、融合デッキを置く。これら全てのカードには、傷がつかないようにブラックのプロテクターを着けていた。
彼女のデッキもまた机の上に置かれる。彼女のカードにも、カードプロテクターがしっかりと装着されていて、どこか初心者らしくない雰囲気を漂わせていた。
「ルールとか、分かる?」
「あ、はい。大丈夫だと思います。デュエルモンスターズの新エキスパートルール、ですよね?」
いわゆる大会向けのルールだ。ぼくは「うん」と頷いた。
「じゃあ、まずは……、ええと、あいさつから……ですよね」
「え? あ、そ、そうだね」
一応デュエルモンスターズでは、デュエル前にはあいさつをする、とルールブックに書かれている。
そうは言っても、大会などの正式な場でなければ、いちいちあいさつなんかしないのが当たり前なのだけど……。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それでも、ぼくたちはあいさつをした。
他に誰もいない図書館で、律儀にあいさつからデュエルをはじめる二人。何だかすごく変な光景な気がしてならなかった。と言うか、テーブルに着く前にもあいさつらしきものをした気はするんだけど……。
「ええと、次は……デッキをシャッフルですね」
「そうだね……」
ぼく達はルールブックの手順通りに、自分のデッキを丁寧に混ぜてから、お互いにデッキを交換して軽く混ぜる。それが終わったら、交換したデッキを持ち主の元へと戻す。
「次はジャンケンで先攻後攻を決めるんですね」
「そ、そうだね……」
「ええと……」
「あ、じゃあ、ぼくが音頭を……」
「はい」
「じゃんけん……」
「じゃんけん……」
「ぽい」
「ぽい」
「ぼくの勝ちだね……。じゃあ先攻で」
「わたしは後攻で……」
初めてだからなのだろうか、野坂さんはやたら丁寧に手順を追っていた。
忘れていたとばかりに一度鞄を持ってきて、ライフポイントを記録する紙と筆記用具を、机の上に出したりもしていた。
なんだか奇妙な感じがしてならなかったけど、そのおかげと言うべきか、ぼくの緊張感は少しずつ抜けてきていた。
下手に緊張したままより、今のほうがずっといい。今日のデュエルは、彼女に楽しさを知ってもらいたいこともあるのだから、ぼくが緊張したままではよくないのだ。
「手札を5枚加える……。ええと、これで準備完了ですよね?」
「うん。じゃあ、はじめよう」
「はい」
昨日と同じように、グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。隣の校舎からは吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
二人だけの図書室の中、ぼくと野坂さんのデュエルは始まった。
【作者からのお知らせ】
上のような図を用いてフィールドの状況を適宜表示しています。フィールドの状況をスムーズに理解するためにも、図が出てくる度に、ざっと目を通しておくことをオススメします。
デュエルが始まったものの、場には何のカードも出されていない。強いて言えば、メインデッキと融合デッキが置いてあるくらいだ。
先程のじゃんけんで先攻はぼくが取っている。
「じゃあ、ドロー……」
ぼくはデッキからカードを1枚引いて、自分の手札に加えた。
デュエルが始まる時に既に5枚の手札があったので、これで6枚目の手札になる。
今の手札を見渡してみる。
O−オーバーソウル
(魔法カード)
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
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H−ヒートハート
(魔法カード)
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
そのカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えて
いれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
この効果は発動ターンのエンドフェイズまで続く。
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E・HERO スパークマン 光 ★★★★
【戦士族】
(効果なし)
攻撃力1600/守備力1400
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E・HERO ワイルドマン 地 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードは罠の効果を受けない。
攻撃力1500/守備力1600
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ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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E・HERO クレイマン 地 ★★★★
【戦士族】
(効果なし)
攻撃力800/守備力2000
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そこには見慣れたヒーロー達のカードが並んでいた。
ぼくのデッキは、やはりというべきかヒーローデッキだ。
アメリカで流行った『ダークヒーロー ゾンバイア』のカードに、最近流行り始めた『エレメンタルヒーロー(E・HERO)』のカードを加えているのだ。
【作者からのお知らせ】
上のようにカードのテキスト全文を紹介することがありますが、本文にてフォローするので読む必要はありません。興味のある方だけどうぞ。(今回読んじゃった人ごめんね)
さて、このデュエル。どうやって進めていくのがいいだろうか?
今日の相手は、デュエル初体験の野坂さんだ。
いつもの調子で攻めて行ったら、間違いなくぼくが勝つだろう。ぼくもそれなりにはデュエルの経験があるので、初めての人が相手では圧勝してしまってもおかしくない。
でも、そんなことになったら、「デュエルってつまらないのね。もうデュエルなんかしないわ。当然大会にも出ないわ。あともう話しかけないでね花咲くん」みたいに、野坂さんに嫌われてしまうかもしれない。
いやだ、それはいやだー……。
とりあえずは無難な手で進めよう。野坂さんの出方次第で、ぼくの出方も考えよう。うん、そうしよう。
「このモンスターカードを裏側守備表示でセットして、ターン終了」
ぼくは、守備力の高い『E・HERO クレイマン』を守備表示で場に出すことにした。
ぼくのエンド宣言によって、ターンは、ぼくから野坂さんへと切り替わる。
「あ、わたしの、ターンですね……」
たどたどしい声色でターン開始を宣言する野坂さん。
「まずはカードを1枚引くんですよね。……えいっ」
謎の掛け声とともにカードを引く野坂さん。
何だか、うん。ちょっと、かわいい。
……とまあ、どうでもいいことを考えていると、彼女は手札から1枚のカードを場へと出した。
「『シャインエンジェル』のカードを場に出します。攻撃表示です」
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シャインエンジェル
攻撃表示
攻撃力1400
守備力900
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E・HERO クレイマン
裏側守備表示
攻撃力800
守備力2000
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ぼくと野坂さんの場に、モンスターが1体ずつ揃った。
野坂さんの『シャインエンジェル』は攻撃力1400。ぼくの『クレイマン』は、守備力2000。このまま野坂さんが攻撃を仕掛けると、痛手を受けるのは野坂さんのほうだ。
「ええと、バトルフェイズです。わたしは、『シャインエンジェル』で、その守備モンスターを攻撃します」
けれども、野坂さんは構わず攻撃を仕掛けてきた。
一応、補足しておくけど、これはプレイングミスというわけではない。ぼくの『クレイマン』は「裏側表示」で、野坂さんからはその正体が分からない。そのため、攻撃を仕掛けるのはおかしなことではないのだ。
「残念。守備力2000の『クレイマン』でした……」
そう言って、ぼくは、『クレイマン』のカードを表に返す。
「『クレイマン』の守備力は2000で、『シャインエンジェル』の攻撃力は1400だから、600ダメージを受けることになるけど、いい?」
「はい」
素直に野坂さんはうなずいて、テーブルの隅のほうに置いてある紙に、かわいらしい文字で7400と数字を書いた。
その様子を見ていると、野坂さんは初めてのプレイヤーとは言え、基本的なルールについては分かっているように思えた。デュエルの開始前に、ルールブックを見ないまま、その手順をきっちりと追っていたことを思い出す。デュエル未経験であるけど、それなりに予習をしてきていると言うことだろう。
「じゃあ、わたしのターンはこれで終わりです」
「ぼくのターン、ドロー」
いつもの調子でカードを引くぼく。ドローカードは『E・HERO フェザーマン』だ。
変な緊張感が出ることもなく、言葉を噛むこともなく、順調に進んでいる。うん、この調子で進めていこう。
「今度は『E・HERO ワイルドマン』のカードを召喚するよ」
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シャインエンジェル
攻撃表示
攻撃力1400
守備力900
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E・HERO クレイマン
守備表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO ワイルドマン
攻撃表示
攻撃力1500
守備力1600
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ぼくの場の『ワイルドマン』が、野坂さんの『シャインエンジェル』の攻撃力を上回っている。このまま『ワイルドマン』が攻撃を仕掛ければ、『シャインエンジェル』を破壊してしまうだろう。
でも、野坂さんの『シャインエンジェル』には効果がある。
シャインエンジェル 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を
自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
攻撃力1400/守備力900
|
戦闘で破壊されても他のモンスターを補充することができる効果……。
うん、このモンスター相手だったら、攻撃しても差し支えないだろう。よし。
「ぼくは、『ワイルドマン』で『シャインエンジェル』に攻撃する。……えっと、100ダメージ、いい?」
「はい。でも、『シャインエンジェル』の効果で、『ラーニングエルフ』のカードを場に出します」
そう言ってから、野坂さんは自分のデッキを手にとって1枚のカードを場に出した。
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ラーニングエルフ
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1500
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E・HERO クレイマン
守備表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO ワイルドマン
攻撃表示
攻撃力1500
守備力1600
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『シャインエンジェル』の効果の通り、場には『ラーニングエルフ』が現れる。
やはり、野坂さんはルールについては問題ないように思えた。1ターンに2度モンスターを通常召喚したり、効果を使えるタイミングを間違えたりしていたぼくとは大違いだ。
しかも、ここで注目すべきは、この『ラーニングエルフ』のカード。
ラーニングエルフ 光 ★★★★
【魔法使い族・効果】
このカードが戦闘によって墓地に送られた時、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
攻撃力1400/守備力1500
|
倒されるとカードをドローする効果を持つ、地味だけど役に立つモンスターカードだ。
うーん、『シャインエンジェル』といい、『ラーニングエルフ』といい、デッキの基礎の部分もしっかりとしているようだ。きっと、使いやすいカードとそうでないカードの区別もついているのだろう。召喚できないモンスターばかりデッキに突っ込んでいたぼくとは大違いだ。
……ああ。
「ぼくのターンはこれで終わり……」
なぜか、ぼくは少しの敗北感を覚えてしまった……。
「わたしの番ですね。まずはドローフェイズでカードをドローします。……えいっ」
いちいちかわいらしくカードを引く彼女。
思わず突っ込みたくなったけど、そうしてしまうと、「きゃっ恥ずかしい。次からは『えいっ』と言うのをやめます」という展開になってしまうかもしれない。ぼくは、ぐっと突っ込むのを我慢することにした。
「ええと、私は――」
このターン、彼女は『天空騎士パーシアス』を生け贄召喚して、ぼくの『ワイルドマン』を破壊した。そして、
「誘発効果が発動されます。『天空騎士パーシアス』の効果によって、カードを1枚ドローします」
そう言って、野坂さんは、デッキからカード引いた。その時には、なぜか「えいっ」と言う掛け声がなかった。
あれ? 「えいっ」って言ってくれないの? ぼくは胸の奥に引っ掛かるものを覚えた。
……けど、そんなしょうもないものを胸の奥に引っ掛けている場合ではない気がする。
野坂さんは、レベルの高いモンスターを場に出すための生け贄召喚も当然のように知っていて、モンスターの効果を使ってカードを補充することも難なくやってのけたのだ。
それだけ、彼女はデュエルのことについて学んできているのだ。手つきがたどたどしいことや、手順をいちいち正確に追っていること以外は、初心者のレベルを脱していると言えるかもしれない。ぼくも油断をしていられない。
「わたしのターンは終了です」
彼女のターンが終わり、次のぼくのターン。
ダーク・ヒーロー ゾンバイア 闇 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードはプレイヤーに直接攻撃する事ができない。
このカードが戦闘でモンスターを1体破壊する度に、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
攻撃力2100/守備力500
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ぼくは、長い間憧れ続けたヒーローである『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』のカードを引き当て、
「この『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』は、レベル4にして攻撃力2100を持つヒーローカード! ぼくは、このカードで『天空騎士パーシアス』を攻撃するよ」
こんな感じで、ちょっと大人気ない勢いで野坂さんのモンスターを破壊した。
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E・HERO クレイマン
守備表示
攻撃力800
守備力2000
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ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力1900
守備力500
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その結果、野坂さんの場は空っぽ。
「ターン終了です……」
うーん、ちょっとやりすぎちゃったかな……。
「わたしのターン。まずはドローします。……えいっ」
3度目のかわいらしいドローが繰り返される。どうやら、ターン初めのドローフェイズの時だけ、こんな微笑ましいドローをするようだった。謎は解けた。
しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。
「メインフェイズ1です。まずは『神の居城−ヴァルハラ』のカードを発動します。続いて『神の居城−ヴァルハラ』の効果を発動して、『アテナ』を特殊召喚します。ええと、それに加えて、通常召喚で『ラーニングエルフ』を攻撃表示で出します」
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アテナ
攻撃表示
攻撃力2600
守備力800
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ラーニングエルフ
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1500
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E・HERO クレイマン
守備表示
攻撃力800
守備力2000
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ダーク・ヒーロー ゾンバイア
攻撃表示
攻撃力1900
守備力500
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特殊召喚と通常召喚を組み合わせ、一気に2体のモンスターが野坂さんの場に出されてしまったのだ。しかも片方は、攻撃力2600。
「ごめんなさい。バトルフェイズです。わたしは、『アテナ』で『ゾンバイア』さんに攻撃します」
なぜか、「ごめんなさい」と言って、ゾンバイアに「さん」付けをする野坂さん。ぼくのゾンバイアへの入れ込みようを察したのか、変な気を使っているようだった。
ともあれ、この攻撃によって、ぼくの『ゾンバイア』のカードは破壊され、700ダメージを受けてしまった。野坂さんは「はい」と言ってシャーペンと紙をぼくに手渡してくる。ぼくは6900と数字を書いた……。
「これでわたしのターンは終わりです」
「ぼくのターン……」
油断、しているつもりは、ない。
そのつもり。うん。そのつもり……。
しかし、今の状況は、どう見ても、ぼくのほうが劣勢だった。
もう、手加減とかそんなことを考えている場合ではないのかもしれない。野坂さんの「えいっ」を気にしている場合ではないのかもしれない。
本気でやらないと、圧勝できないどころか、負けてしまう!
「ドロー!」
ぼくは勢いよくカードを引く。どうかいいカードよ来てくれ!
ライトニング・ボルテックス
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。
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来た! 『ライトニング・ボルテックス』!
これは、相手のモンスターを問答無用で破壊する魔法カードで、ぶっちゃけ、空気の読めていないカードと言えるかもしれない。現に、マジックアンドウィザーズでは禁止カードでもある。
でも、デュエルモンスターズでは禁止カードではなく、多くの人に使われている。なにより! もう遠慮だとか、そんなことしてあげませんよ野坂さん!
ぼくは、勝手にめらめらと対抗意識を燃やし、
「行きます! 『ライトニング・ボルテックス』!」
静かな図書館の中で、ちょっと大きな声を出してカードを場へと出した。
「あ……」
野坂さんは小さく声を漏らして、そのまま2枚のモンスターカードを墓地ゾーンへと置いた。
ぼくは、テーブルに置いてあるカードに手をつける。
「さらに、『E・HERO クレイマン』を攻撃表示にして、手札から『E・HERO スパークマン』を召喚するよ。そのまま『クレイマン』と『スパークマン』で直接攻撃!」
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO スパークマン
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1400
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「2400ダメージ……ですね……」
野坂さんはシャーペンで4700と書いた。
「ターンエンドです」
ぼくはほっと胸をなでおろして、ターン終了を宣言した。
次の野坂さんのターン。
「わたしは、このカードをフィールドに出します……」
彼女はモンスターカードを場に出すことはせず、『光の護封剣』と『伏せ魔法・罠カード』の、計2枚のカードを使って、身を守ってきた。
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神の居城−ヴァルハラ
永続魔法
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光の護封剣
通常魔法
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伏せカード
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO スパークマン
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1400
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しかし、甘いですよ野坂さん!
その程度の守り、ぼくの『ミラクル・フュージョン』を使えば、簡単に蹴散らすことができるのですから!
「ぼくのターンです! ドロー!」
ぼくはカードを引くなり、迷うことなく『ミラクル・フュージョン』の魔法カードをテーブルの上に出す。
ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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「『ミラクル・フュージョン』発動です。墓地にある『ワイルドマン』と『フェザーマン』をゲームから除外して、『E・HERO ワイルド・ウィングマン』を融合召喚します!」
フフフ……! これぞエレメンタルヒーローの真骨頂。多彩で強力な融合モンスターのパワーを野坂さんにも見せてあげます!
「早速! 『E・HERO ワイルド・ウィングマン』の効果を使います! ……しかも3回!」
E・HERO ワイルド・ウィングマン 地 ★★★★★★★★
【戦士族・効果】
「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO フェザーマン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
手札を1枚捨てる事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
攻撃力1900/守備力2300
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「わたしの魔法と罠カードはすべて破壊される……ということですね」
「はい。そういうことです」
コストによってぼくの手札は0枚になってしまったが、野坂さんの身を守るカードを消し去ることができた。
「ぼくのバトルフェイズ……」
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO スパークマン
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1400
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E・HERO ワイルド・ウィングマン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力2300
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フィールドを良く見直して、はっと我に返る。
ちょっとこれはやりすぎなんじゃないかと……。なんか大人気なかったんじゃないかと……。
このままぼくのモンスターが攻撃すれば、野坂さんは合計4300のダメージを受けることになる。今の野坂さんのライフポイントは4700だから、残りライフがたったの400になってしまう。
せっかく特殊召喚した『アテナ』もあっさり破壊して、せっかく身を守るために出したカードもあっさり破壊して、このまま攻撃すれば残りライフ400。
まいったなぁ……。これじゃあ、彼女に悪い印象を与えかねない。
せっかくデュエルしてもらったのに、「デュエルなんて嫌いです」とか言い出すんじゃないだろうか。「花咲くんなんて嫌いです」とか言い出すんじゃないだろうか。
バトルフェイズに入ってから10秒くらいの時間が過ぎただろうか。
普通のデュエルであれば、悩むことなく総攻撃を仕掛けるだけの場面。そこでぼくは止まってしまっていた。
野坂さんの口がゆっくりと動く。
「あの……遠慮とか、しなくていいです……」
彼女にそう言われて、ぼくは叱られた子供のようにびくっとしてしまう。
どうやら、ぼくの考えていることは、野坂さんにはバレバレのようだった。心を読まれているような気がして、心臓がバクバクと鳴り出した。
ちょっとうつむき加減だった野坂さんは、顔をぐっと上げて、
「ええと、気を使っていただいたのは嬉しいです。ですけど、せっかくのデュエルですし……。それに、ええと、わたし……まだ負けていません」
どこか自信が含まれる声色で言った。
『わたし……まだ負けていません』
ぼくははっとして、彼女の表情を伺う。その目つきはきりっとしていて、真剣そのものであるように感じられた。
彼女の場は確かに空っぽだ。彼女のライフもこの攻撃で400になってしまう。けれども、彼女の手札には3枚のカードが残っている。それらのカードでこの状況をひっくり返すつもりなのかもしれない。
「わかりました。だったら遠慮とかそんなことはしません。それでいい……ですよね?」
ぼくはそう言った。
下手に手加減して、相手を怒らせてしまった話なんていくつも聞いたことがある。このデュエル、もうこれ以上遠慮や手加減なんてしません! それでいいですよね、野坂さん!
「はい、お願いします」
彼女は、微笑んでゆっくりと頷いてくれた。
「それじゃあ、バトルフェイズの続きです。ぼくはモンスター3体で攻撃します。合計4300ダメージです」
「はい」
野坂さんはシャーペンを走らせて、紙にライフポイント書き込む。400。
「ターン終了です」
「わたしのターンです」
野坂さんのターン、やはり「えいっ」と言ってカードをドローした後、攻撃力1700の『ジェルエンデュオ』を召喚した。
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ジェルエンデュオ
攻撃表示
攻撃力1700
守備力0
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO スパークマン
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1400
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E・HERO ワイルド・ウィングマン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力2300
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「バトルフェイズです。『ジェルエンデュオ』の攻撃により、『E・HERO スパークマン』を破壊させていただきます」
ぼくのライフポイントは6900から6800へ。軽微なダメージを受ける。
「わたしのターンは終わりです」
野坂さんはモンスターを1体出しただけでターンエンドを宣言した。
「ぼくのターン、ドロー……」
ぼくの手札に『E・HERO オーシャン』のカードが加わった。
続いて、場の状況を見直してみる。
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ジェルエンデュオ
攻撃表示
攻撃力1700
守備力0
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO ワイルド・ウィングマン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力2300
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ぼくの『ワイルド・ウィングマン』が『ジェルエンデュオ』を攻撃し、その後で『クレイマン』が直接攻撃すれば、野坂さんのライフポイントは0になる。
『ジェルエンデュオ』は、特定状況下では戦闘で破壊されない能力を持っているけど、今回の状況ではしっかりと破壊されてしまう。
野坂さんの場に罠カードでも伏せてあれば、この状況からの逆転も見込めるかもしれないけど、彼女の魔法・罠カードゾーンは見事に空っぽだ。
つまり、このまま攻撃すればぼくの勝利は確定。しかもライフポイントの差では、ぼくの圧勝と言ってもいいくらいだった。
思わず攻撃をためらってしまいそうになる。
だけど、彼女はさっき遠慮しなくていいと言った。ぼくもそれに同意した。ぼくはこのまま攻撃を仕掛けるしかないのだ。
「ぼくは、『ワイルド・ウィングマン』で『ジェルエンデュオ』を攻撃します」
攻撃力1900と攻撃力1700。
「これで『ジェルエンデュオ』は破壊され――」
「待ってください」
野坂さんは手札のカードをテーブルの上に出してきた。
オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
|
しまった! 『オネスト』!
なんと言うことだ。すっかり忘れていた。野坂さんの場に伏せカードがないと思って、完全に油断しきっていた!
『オネスト』は、手札にありながら罠カードのように使えるカードなのだ!
「『オネスト』の効果によって、『ジェルエンデュオ』の攻撃力はこのターンの間だけ3600になります」
攻撃を仕掛けたぼくの『ワイルド・ウィングマン』は、まさかの返り討ちに遭ってしまった。
「1700ダメージです」
すっと紙とシャーペンが渡される。ぼくは少しの間をおいてから5100と書いた。
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|
ジェルエンデュオ
攻撃表示
攻撃力3600
守備力0
(攻撃力はターン終了時に戻る)
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E・HERO クレイマン
攻撃表示
攻撃力800
守備力2000
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やられた。完全にやられた。
彼女にどこか自信があったのは、『オネスト』のカードが手札にあったからだったのか……!
いや、ちょっと待ってよ……!?
『オネスト』の効果が使えるのは、さっきの野坂さんのターンでも同じことだったんじゃないのか? そのターンで『ジェルエンデュオ』を強化して『ワイルド・ウィングマン』を倒すことだってできたはずだ。
でも、彼女はそれをしなかった。わざわざぼくのターンになるまで『オネスト』を温存し、ぼくを見えない罠にかけてきた。『ワイルド・ウィングマン』を自滅させて、結果的に2体のモンスターを葬ったのだ。
このプレイングは、偶然なのか? それとも必然……?
変な汗が吹き出てくるのが分かる。遠慮している場合どころか、油断さえできない。初めてのプレイヤーだと思っていたら、痛い目に遭ってしまう。
「ぼくは、『クレイマン』を守備表示に変更。さらにモンスターを1体裏側守備表示で場に出す。ターンエンド」
「わたしのターン。まずはドローフェイズ。……えいっ」
野坂さんのターンになる。
「『ジェルエンデュオ』は、光属性の天使族モンスターを生け贄召喚する場合だけ、2体分の生け贄とすることができます。メインフェイズ1です。わたしは、『ジェルエンデュオ』を生け贄に捧げて、『アテナ』を召喚します」
|
|
|
|
E・HERO クレイマン
守備表示
攻撃力800
守備力2000
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E・HERO オーシャン
裏側守備表示
攻撃力1500
守備力1200
|
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|
「バトルフェイズです。『アテナ』の攻撃によって、『クレイマン』を破壊します」
本日2枚目の『アテナ』のカードが、ぼくの前に立ちはだかる。もはやかわいらしい「えいっ」を気にかけている場合ではない。
「ターンエンドです」
「ぼくのターン」
だいぶまずい状況になってきた。
ライフポイントこそは、ぼくのほうが10倍以上あるけど、場の状況は野坂さんに傾きつつある。
今のぼくの手札は見事に0枚。『E・HERO ワイルド・ウィングマン』の効果を発動するために派手に消費したツケが回ってきていた。
このターンのドローに、望みを繋ぐしかない。
「ドロー……」
今度は祈るように静かにカードを引く。
ドローしたカードは、『ホープ・オブ・フィフス』。
これじゃあダメだ……! このカードは今は発動条件を満たしてすらいない。全く使うことができない。
「ターンエンド……」
ぼくは何もできず、ターンを終えることしかできなかった。
「わたしのターンですね」
野坂さんはいつものようにドローをして、その後『シャインエンジェル』のカードを召喚した。
「ここで、『アテナ』の誘発効果が発動されます」
アテナ 光 ★★★★★★★
【天使族・効果】
自分フィールド上に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を
墓地に送る事で、自分の墓地に存在する「アテナ」以外の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度に、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。
攻撃力2600/守備力800
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「『アテナ』が場にいる時に、『シャインエンジェル』のカードが召喚されましたので、600の効果ダメージが発生します」
シャーペンが手渡され、ぼくは4500と数字を書く。
「さらに、アテナの起動効果を発動します。『シャインエンジェル』を墓地に送り、墓地から『天空騎士パーシアス』を攻撃表示で特殊召喚します。さらに、この瞬間、もう一度誘発効果が発動し、600ダメージです」
ぼくは3900と数字を書く。
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アテナ
攻撃表示
攻撃力2600
守備力800
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天空騎士パーシアス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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E・HERO オーシャン
裏側守備表示
攻撃力1500
守備力1200
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めまぐるしく場の状況が変わっていき、ぼくのライフが削られていく。野坂さんからは、デュエル開始時のたどたどしさが消えていた。
「『天空騎士パーシアス』で攻撃です」
ぼくは『E・HERO オーシャン』のカードを表側に向ける。
「『パーシアス』の効果によって、守備表示の場合でも700の戦闘ダメージです。さらにわたしはカードを1枚ドローします」
まともに対抗手段を持たないぼくは、この状況を見ているしかできなくなっていた。
「続いて、『アテナ』で直接攻撃です。2600ダメージです」
いや、シャーペンで今の自分のライフを更新するくらいのことはできるか。ええと、600。
「さらに、カードを1枚伏せます。エンドフェイズです。ターン終了です」
この野坂さんのターンで、彼女はいくつもの行動を起こしてきた。
少し前には直接攻撃を遠慮していたぼくは、今では完全にひっくり返されてしまっていた。
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アテナ
攻撃表示
攻撃力2600
守備力800
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天空騎士パーシアス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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「ぼくのターン」
場の状況は圧倒的不利。ライフはわずか600。手札も頼りにならない。
もう後がない状況。このターンのドローカード次第では、ぼくの負けが確定してしまう。
野坂さんは初デュエルにしては、十分に強い相手だ。
そしてそれは、ビギナーズラックとかそう言う理由じゃない。ルールもしっかりとしていて、デッキ構築もしっかりとしていて、プレイングもしっかりとしている。
手つきが多少不慣れなこと以外は、初デュエルというレベルをはるかに越えていた。初心者の域も脱していると言えるのではないだろうか。
それでも、この勝負、野坂さんに勝利を譲るのはちょっと嫌だった。
遊戯くん達とデュエルすることが多いせいか、ぼくは、通算すれば負けているほうが多いだろう。
でも、ぼくから誘っておいて、しかも初めての相手で、ぼくは本気を出したのに、負けてしまう。そんなの、悔しくないわけがないじゃないか!
童実野高校デュエルモンスターズ大会のこともあって、ぼくは負けず嫌いになってきているのかもしれない。変な意地だといえばそうに違いない。それでも、この勝負は負けたくなかった。
望みの綱は、次のドローカード。
このカードが、ぼくの勝敗を決めると言っても過言ではないだろう。
「ドロー!」
ミラクル・フュージョン
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という
名のついた融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)
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ぼくが引いたのは、2枚目の『ミラクル・フュージョン』。
すぐさま墓地のカードを引っかき回し、『E・HERO クレイマン』と『E・HERO オーシャン』があることを確認する。
いける! このカードならいける!
「ぼくは、『ミラクル・フュージョン』によって、『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚する!」
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アテナ
攻撃表示
攻撃力2600
守備力800
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天空騎士パーシアス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
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E・HERO アブソルートZero
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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ぼくの『アブソリュートZero』の攻撃力は2500。野坂さんのアテナの攻撃力には劣っている。
けど、その隣の『天空騎士パーシアス』であれば、話は別だ。
『アブソリュートZero』の攻撃で『パーシアス』を倒せば、野坂さんに600ダメージを与えることができる。その結果、野坂さんのライフポイントは0。ぼくの勝利が決定するのだ。
野坂さんの場には『伏せカード』があるが、ここで攻撃をためらっているわけには行かない。次のターンになってしまえば、アテナの効果によってぼくは確実に負けてしまうのだから。
彼女の伏せカードが罠カードであろうが、ぼくには突っ込むことしかできないのだ!
「行きますよ!」
「はい」
「ぼくは『E・HERO アブソルートZero』で、『天空騎士パーシアス』に攻撃します!」
「伏せカードを発動です」
聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
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「『ミラーフォース』ですか!」
思わず声に出していた。
「はい。これで、『E・HERO アブソルートZero』は逆に破壊されてしまいます。でも、『アブソルートZero』には効果がありますよね」
E・HERO アブソルートZero 水 ★★★★★★★
【戦士族・効果】
「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する
「E・HERO アブソルートZero」以外の
水属性モンスターの数×500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から離れた時、
相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
攻撃力2500/守備力2000
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「そう……。この『アブソリュートZero』が場から離れた時、相手フィールド上のモンスターを全滅させるのです!」
場からは綺麗さっぱりカードがなくなった。
野坂さんの『聖なるバリア−ミラーフォース−』とぼくの『E・HERO アブソルートZero』の効果によって、一瞬にしてあれだけのモンスターが場から破壊されてしまったからだ。
ぼくは手札の『ホープ・オブ・フィフス』に目を向ける。まだ発動条件を満たせてはいないけど、場に伏せておけば彼女を欺けるかもしれない。要はこけおどしだ。
「ぼくはカードを1枚伏せてターンエンド」
空っぽの場に、こけおどしのカードだけを出すことにしたのだった。
「わたしのターン」
野坂さんの番になる。
お互いにライフが残りわずかで、場にモンスターが0体である今の状況。
こんな状況では、先にモンスターカードを場に出したほうが勝者となる。
そんな中で、先にモンスターを召喚する権利を与えられたのは、野坂さんだ。彼女の手札に攻撃力600以上のモンスターカードがあれば、ぼくの負けが決定してしまう。
ごくりとつばを飲み込む。
さあ、来るか? 来ないか?
「わたしは――」
ぺらりと裏返しながらカードを場に出す野坂さん。
「カードを1枚伏せてターン終了です」
よし!
思わずテーブルの下で握りこぶしを作る。
彼女はモンスターを召喚することはできず、魔法か罠を伏せただけで終わってしまったのだ。
「ぼくのターン」
となれば、次はぼくの番。
ここで、ぼくがモンスターカードを引き当てれば、勝利をつかめる!
野坂さんの伏せカード次第では勝てるとは限らないけど、ここで攻めないわけにはいかない! 彼女の伏せカードだって、ぼくと同じ、こけおどしのカードかもしれないじゃないか!
「ドロー!」
デッキの一番上のカードをさっと手元に持ってくる。
そして、そのカードをぼくは、…………、『召喚』した!
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E・HERO バーストレディ
攻撃表示
攻撃力1200
守備力800
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ぼくの場には、『E・HERO バーストレディ』のモンスターカードがある。
ついに勝利を手にすることができる。
「『バースト・レディ』で直接攻撃です!」
ぼくは攻撃宣言をする。この攻撃が通れば、ぼくの勝ちなのだ!
でも、野坂さんの場には1枚の伏せカード。この伏せカードが、こけおどしではなかったら、ここでぼくが勝つことはできない。
さあ、どうなる?
どうなる?
どうなる!?
野坂さんの手元に視線を向ける。この手が動かなかったらぼくの勝ち。動かなかったらぼくの勝ち……!
「はい。1200ダメージです」
野坂さんは言った。
そして、彼女はシャーペンを手にとって、紙に0と数字を書いた。
「あはは……。わたしの負け、ですね」
野坂さんが笑った。
勝った……!
ぼくが、勝ったんだ!
お互いにカードを片付け終わり、図書室に再び静寂が戻ろうとしていた。
そんな中、
「でも、すごいよ!」
ぼくは興奮冷めやらぬまま、すごいすごいと連呼していた。
「初めてのデュエルなのにこんなに強いだなんて。最後とか、たまたまぼくのドローカードが良かったから勝ったようなものだよ。一歩違ったらぼくが負けていたよ!」
勝利の余韻に浸りつつ、べらべらと一方的に話すぼく。
そこまでべらべら喋ってから、はっと我に返る。
このデュエルは、野坂さんにデュエルの楽しさを伝えたい、と言う趣旨ではなかったのだろうか。あわよくば、童実野高校デュエルモンスターズ大会に出てもらいたい、と言う趣旨ではなかったのだろうか。
なんか、途中からそんなことはすっかりと忘れてしまっていた。勝手に自分だけ盛り上がってしまっていた。
急に不安になってくる。
野坂さんは、どう思っているのだろう。今の状況をどう思っているのだろう。
「わたし……」
言葉に詰まっているような様子で、彼女の口が開いた。
その瞳は、蛍光灯の光に照らされて不自然なまでに反射していた。
あれ?
彼女の瞳は、やっぱりちょっとおかしくて、分かりやすく言えば、光るものが見えていて。たぶん、いや、まちがいなく、それは『涙』だった。
涙!?
心臓が跳ね上がる。
野坂さんが泣いているというのか!?
ぼくが、泣かせてしまったのだろうか。いや、そうだろう。ぼく以外に誰がいると言うのだ。
やっぱり勝っちゃダメだったのだろうか。もう「デュエルなんて嫌い」とか、そんなことを言い出しちゃうんじゃないだろうか。
不安な想像は、一瞬でぼくの脳内を支配する。
「……わたし、デュエルが、こんなに面白いものだったなんて知らなかった」
……えっ?
「わたしにとって、カードは本やテレビ、インターネットの中だけのものだったから。デュエルモンスターズの本を読んで、テレビの大会中継を見て、インターネットの情報サイトを見て、それで憧ればかり抱いていた。カードをたくさん買っても、デッキを作ってみても、わたしにできるのは想像だけ。一人でフィールドにカードを並べて、こうやったらこう動こうとか、そんなことをしてるの。だから、今日はじめてデュエルができて、わたし、とても……」
そこから先、彼女は言葉に詰まってしまった。
ぼくも、掛けるべき言葉が見つからず、一言も発することができなくなっていた。
すぐに気付くべきだった。
彼女が、これだけルールを知っていて、デッキをしっかり組み上げていて、プレイングもすごく適切だった。そうであれば、デュエルをしないまま憧れだけを続ける日々は、相当に長かったに違いないだろう。こんなこと、ちょっと考えればすぐに分かることじゃないか。
ぼくの中で熱いものがたぎってくる。
その気持ちは、お昼休みに、彼女に声を掛けた時と似たものだった。
「じゃあ、これからも、もっとたくさんデュエルをしよう」
自然と口をついて出た言葉。
そんなぼくの言葉に、野坂さんは、黄色のリボンを揺らして頷いてくれて。
そして、
「ええと。もし、もし迷惑じゃなかったら、わたしも大会に出てもいいかな?」
そう言った。
大会……。童実野高校デュエルモンスターズ大会……。
「あの……3人目の人を探していたんですよね?」
「あ、うん、そう……。そうだった。でも、いいの?」
「はい」
「言いづらいんだけど、もう一人のメンバー、騒象寺くんだよ。それでもいいの?」
「はい。実は誘っていたところを見ていたので知っています」
「そうなんだ……」
「ええと、申し込み用紙の締め切りって今日の17時半までですよね? 急いだ方がいいです。今、17時13分です」
「あ、もうすぐだ……」
「図書室の戸締りはわたしがしておきますから、申し込み用紙を生徒会室に持っていってください」
「うん、そうだね。そうするよ」
ぼくは、鞄に入れておいた用紙に、ぼくと野坂さんと騒象寺くんの名前を書いて、図書室を飛び出した。
廊下を早歩きで進みながら、ぼくの中で実感が湧いてくる。
あれだけ頑張って勇気を出したのに、次々に断られて、もうダメになったはずの童実野高校デュエルモンスターズ大会。
最後の最後になって、ぼくは出場チケットを手にすることができた。
城之内くんとの約束も守ることができる。
パパとの約束も守ることができる。
ついでに、騒象寺くんとの約束も守ることができる。
一人だけの廊下で、一歩進むごとにその嬉しさがぼくの中に広がっていく。胸の辺りからうずうずとした気持ちが広がっていく。
やった……。
ぼくはやったんだ。
やった……!
やったよ……!
やったんだ……!
やったぞぉぉーーーーーーっっ!!
今の時刻は、17時18分。そこまで急ぐ必要があるわけじゃないけど、ぼくは走り出さずにはいられなかった。
大会申し込み用紙
大会に出場する選手の名前を記入してください。
1.花咲 友也
2.野坂 ミホ
3.騒象寺 剛
2年C組第7チーム。
最後のエントリーチームが、今ここに結成されたのだった。
第四章 11月19日(木)
ふふふ……。
ふふふふふ……。
この私がゾンバイアだ! 悪はゆるさん! ズゴーン! ドガーン! バキッ!
むふふふ……。
ふふふ……ふっふっふーー!
とても愉快な気分だった。
今まで話をしたことのない野坂さんとちょっと仲良くなって、二人だけの図書室でデュエルして、大会に出てもらえるようになったのだから。
ふふふ……!
心の中で笑みが止まらない。
軽快な足取りでバスを降りて、童実野高校の正門を通り抜ける。にやにや顔を必死で抑えながら、下駄箱を空けて上履きに足を通す。
――さっと真横をリボンが通り過ぎた。
高いところにある下駄箱にほっそりとした右手が伸びている。黄色のリボンがふわりと踊って、その下からうなじが覗いていた。
予想外のタイミングだったので、思わずびくりとしてしまう。ぼくの隣で下駄箱を開けていたのは、当の野坂さんだった。
いきなりの登場で、頭の中が軽くパニックを起こしていた。
こういう時には、どうすればいいんだっけ。ええと、おとといまでろくに話したことのない彼女に、何か言うべきなんだっけ。少なくともこのまま無視しちゃいけないよな。でもなんて言えば。ああ、そうか、今は朝だから「おはよう」だ。そりゃそうだ。
ここまでの結論を出すのに実に10秒。
よし、行くぞ。いくら根暗でチビなぼくでも(チビは関係ないけど!)、朝のあいさつくらい自然にさわやかに行くんだ!
ぼくは言った。
「あ、お……あ……お、おはよう、ございます……」
ダ、ダメだーーーー!
これじゃあ根暗のあいさつそのものじゃないか! そんなどもり声じゃあ、彼女の耳に届いたかどうかすら分からないぞ。
けれども、そんな根暗あいさつに反して、
「おはようございます」
ちゃんとあいさつが返ってきた。
上履きに履き替えた野坂さんは、うっすらと笑みを浮かべながら、ぼくのほうを向いていたのだった。
「……あ、お。おはよう」
思わず、もう一度あいさつをしてしまった。なぜ二度目のあいさつをしたのか、自分でも良く分からなかった。
何だか恥ずかしくなってぼくはさっと歩き出す。すると、すぐに野坂さんが小走りについてくる足音が聞こえてきたので、ぼくは少しペースを落として彼女が追いつけるようにした。
ぼくと野坂さんは、並んで2年C組への教室へと歩いている。ぼくは昨日のことを話すことにした。
「あの、野坂さん……。昨日はありがとう」
ありがとうの理由は、もちろん童実野高校デュエルモンスターズ大会でのチームメンバーになってくれたことだ。
「実を言うとさ、ぼく、全然メンバーが集まらなくて。友達とか、クラスメイトとか誘ったんだけど、どうしても3人揃えられなかったんだ。だから、最後の最後で参加してくれて、すごく助かったよ」
「ううん。最初に誘われた時に、わたしがすぐに『うん』って言っていれば良かったんだし……。それに、むしろ、感謝するのはわたしのほう。わたしなんかとデュエルをしてくれて。わたしなんかを大会に誘ってくれて。だから、わたしのほうこそ、ありがとうございます、です」
こちらからありがとうと切り出したのに、逆に向こうからありがとうと言われてしまい、なんだか照れてしまう。
「それじゃあ、大会、楽しまないとね」
「はい」
大きなリボンを小さく揺らして、笑顔で頷いてくれる野坂さん。
ああ……。
ああぁぁあぁ……。
何だかぼく、幸せな気分になってきましたよ。
ここしばらく女子と話をしたことがないぼくにとっては、こんな程度の会話でもものすごくテンションが上がってしまう。それに加え、昨日やおとといまでの崖っぷちの状況と比べれば、今の状況はまさに天国と言っても過言ではない。そりゃ嬉しくなってしまうのも無理はないだろう。
「よお。ご機嫌そうだな、花咲ぃぃ……」
そこに、ごつい声が降ってきた。
見上げると、ぼくの前に立ちはだかるように、もう一人のチームメンバーの姿があった。
騒象寺くんだった。
一回りも二回りも大きな体格、ぎょろりとした目つき、ぼくに突きつけられたリーゼント、みんなを恐怖に陥れるダミ声。それらが、相変わらずぼくを威圧してくる。
「花咲よぉ、お前、ちゃんともう一人のデュエリストを見つけてきたんだろうな?」
「だ、大丈夫。大丈夫です。ちゃんと見つけましたし、それに、ちゃんと大会の申し込み用紙も出しました」
「ほぉ……、花咲にしては上出来じゃないか!」
それを聞くなり、騒象寺くんは上機嫌な声になる。
ぼくは内心、かなりほっとした。これでチームを組めなかったとなれば、どれだけ不機嫌になったことだろうか。こういった怖い人が怒るところはなるべく見たくないものだし。
「……でェ、誰なんだ? このワシと同じチームになるのは?」
「ええと、こちらの野坂さん、なんだけど……」
「……ん? んんー? なんだとぉ!?」
上機嫌な声色が一転した。
「花咲ィ、お前、こんなやわそうな女子とチームを組んだだとぉぉ?」
「で、でも……」
「でも何だって言うんだ? ワシはな、硬派な男で通ってるんじゃ。そんなへなへなした女と同じチームで、それで負けたとあらば大恥モノ。そんな恥をかくくらいなら出場を辞退しちゃるわ!」
「い、いや、あの! 野坂さんは、結構強いです! ぼくと同じくらいの実力があって……。だから、へなへなしたとか、そんなんじゃありません」
「確かに、強ければ女でも文句は言わない。しかし、野坂は本当に強いんだろうな? デュエル暦は何年だ?」
「い、一日……」
「はぁ!? 一日だとぉぉぉ! 昨日始めたばかりのド素人じゃないか! そんな女と組めるわけないじゃろうが!」
火に油を注いだかのように、騒象寺くんの声が荒くなっていく。
「でも! 強いんです! ぼくとデュエルしたらほとんど互角で」
「そりゃお前が弱いんじゃ! 花咲ぃぃ!」
「そ、そうかもしれませんけど……。でも! でも! 二人とも強いって可能性だってあるじゃないですか!」
「ほう……! 言ったなァ、花咲ぃ!? そこまで言うなら、強いかどうかを試してやろうじゃないかぁぁ」
「え……?」
「チャンスをやろうと言っているんじゃ! 花咲、野坂――お前ら一人ずつ、ワシとデュエルをしろ! そんで、二人ともワシに勝ったら仕方がない。ワシは大会に出ちゃる。だが、お前らが一人でも負けたら、その時点でワシは大会出場を辞退する。そして、花咲ィ、お前はワシとカラオケだ!」
「つ、つまり、ぼく達の腕を試す、と言うことですか」
「そういうことじゃ。実に平等な勝負だと思うが、これで文句ないよなァ、花咲ぃ?」
「……はい。いいです。いいですよ! 受けて立ちますよ!」
「よし! 決まりじゃ! デュエルは明日の金曜日、昼休み! せいぜい腕を磨いておけよ!」
そう言って、騒象寺くんはぼく達の脇を通り過ぎて歩いていってしまった。
朝の騒がしい廊下に取り残されたのは、ぼくと野坂さん。
あれこれ言い合っているうちに、いつの間にか、騒象寺くんとデュエルすることになってしまった。騒象寺くんもぼくも、むきになっていたのかもしれない。
隣の野坂さんは何を思っているだろう?
勝手にデュエルの約束をさせられて、負けたら辞退&カラオケを押し付けられてしまったのだから(カラオケはぼくだけなのだけど)、良い気分のはずがない。
「あの……ごめん。変なことに巻き込んで」
速攻でぼくは謝った。
「勝手に約束しちゃったけど、騒象寺くんとデュエルしたくなければ、ぼくから謝っておくから。だから、あの、気にしないで……」
「わたし、大丈夫です」
間を置かずに野坂さんの返事が返ってきた。
「わたし、騒象寺さんとデュエルしますから。それで、あの……勝ちましょう?」
声こそは小さめだけど、その口調からは迷いを感じられなかった。
「いいの?」
「はい。でも、その代わりに、今日のお昼休みと放課後に練習をさせてください。わたし、試してみたいデッキがあるんです」
野坂さんは、きりりと目を見開いてぼくのことを見ている。
「うん。分かったよ。じゃあ、デュエルはお願いするよ」
「はい」
ぼく達は再び廊下を歩き出す。
「それと、あと……ええと……。花咲さん、さっきはありがとうございます」
「え?」
「騒象寺さんと話していた時、わたしのこと、かばってくれたんですよね……?」
「え、あ、ああ……」
言われてみれば、そうかもしれない。
さっきの言動を思い出して、急に恥ずかしさに襲われる。
ぼくは、
「あ……う……」
と変な声を出したまま、2年C組の戸を開けることになったのだった。
その日のお昼休み。
ぼくと野坂さんは約束通り、デュエルをすることになった。
教室でデュエルをするのは色々と抵抗があったので、「騒象寺くんに戦術がばれるといけない」と理由をつけて、ぼく達は中庭のベンチまでやってきていた。
「うーん、ちょっとやりにくいかな?」
「ベンチに背もたれもないですし、こうやって向かい合う形になれば、カードも置けますし大丈夫だと思います。幸い、風もほとんど吹いていないですし」
ぼく達はベンチを挟んで向かい合う。
本来は腰掛けるはずのベンチをテーブル代わりにしているので、ぼくも野坂さんも身を低くして地面に座らなくてはいけない。正座のような立て膝のような格好で、ぼく達はベンチの前に座っていた。できれば足を思いっきり崩してしまいたいところだけど、だらしなく見られそうだったので、この格好のまま我慢することにした。
「それじゃあ、早速始めようか」
「はい」
「よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
ぼく達は昨日と同じようにあいさつをして、丁寧に順番を追って準備していく。今度の先攻は野坂さんだ。
「ええと、わたしのターンからですね。ドローフェイズでカードをドローします。……えいっ」
昨日と同じく「えいっ」の掛け声が、何と言うか、やっぱりかわいい。
「わたしは、モンスターを1体セット、さらに、魔法・罠カードを3枚セットします」
そう言って、野坂さんは、ベンチの上に裏側表示のカードを出していく。彼女の場に、一気に4枚ものカードが出揃った。
ちょっとだけ、疑問に思うこの戦術。
一般的に、「むやみにカードを場に出すと、『大嵐』などの全体除去効果による被害が大きくなる」と言われているからだ。
もっとも初心者であれば、そんなことまで気が回らず、ついついカードを伏せすぎることもあるだろう。けれども、野坂さんに限っては、そうではない気がした。昨日のデュエルを見る限りでは、意味もなくたくさんのカードを伏せるようなプレイングはしていなかったはずだ。
「ええと、朝にも言いましたけど、わたし、デッキを変えています」
ぼくが疑問に思っていることを察してか、野坂さんが口を開いた。
「今度のデッキは、わたしなりに精一杯闘えるデッキで、たぶん、あの……、昨日のデッキより強いと思います」
「え? そう、なの?」
「試したことがないので、断言はできませんけど、強さだけなら、きっと、わたしの作ったデッキの中で一番のはずです」
一番強いデッキ……。
遠慮がちの口調の裏に、はっきりとした自信が感じられる。
「それで、もしかしたらなんですけど、一方的なデュエルになるかもしれません」
一方的なデュエル……?
「それって、野坂さんがぼくを圧倒する、って言うこと?」
「ええと、はい……。わたしの戦略が完全に上手く回れば……の話、なんですけど。でも、もしそうなっちゃった時でも、わたし、手加減なしで行きます。花咲さんにとっては、ちょっと気分が悪くなっちゃうかもしれませんけど、それでも……」
「あ、ああ、うん。手加減なしでいいよ……。騒象寺くんとのデュエルで勝つためだし、手加減なしでやらなくちゃ意味がないしね。ははは……」
「ありがとうございます」
ああ……。
気のせいか、野坂さんからオーラのようなものがじわりじわりと染み出ている気がする。ベンチの前で立て膝になって、かわいらしく「えいっ」とドローをしていた野坂さんがまるで別の人物のようだ。
「ターンエンドです」
声量だけは控えめなまま、野坂さんはターン終了を宣言した。
「ぼくのターン」
ともあれ、本当に野坂さんのデッキが強いかどうかは、闘ってみないと分からないことだ。
今のぼくにできることは、手を抜かずに相手をすることだけ。ぼくの全力を持って、野坂さんのデッキの強さを見極めるのだ。
「ドロー!」
ぼくは勢いよくカードを引いて、それを手札に加える。
この時点での手札は6枚。ぼくは、それらの手札を確認した。
E・HERO エッジマン 地 ★★★★★★★
【戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が
超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻撃力2600/守備力1800
|
E・HERO エアーマン 風 ★★★★
【戦士族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、次の効果から1つを選択して
発動する事ができる。
●自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」と名のついた
モンスターの数まで、フィールド上に存在する魔法または罠カードを破壊
する事ができる。
●自分のデッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
攻撃力1800/守備力300
|
E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。
|
光の護封剣
(魔法カード)
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
このカードは発動後、相手ターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。
|
ライトニング・ボルテックス
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。
|
リビングデッドの呼び声
(永続罠カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
|
見慣れたカードが並ぶ。
昨日のデュエルで活躍した『ミラクル・フュージョン』こそはないものの、攻守ともにバランスの良い手札だった。
その中でも、1ターン目から『E・HERO エアーマン』が来てくれたことがありがたい。『エアーマン』は、レベル4にして1800という高めの攻撃力を持っているが、これに加えて、『E−エマージェンシーコール』と同等以上の効果を持っているという、ヒーローデッキには必要不可欠なモンスターカードであるからだ。その強さゆえ、デッキに1枚しか入れることのできない制限カードに指定されてもいるのだ。
よし。まずは、この『エアーマン』を場に出すところから始めよう。
「ぼくは、このカードを攻撃表示で召喚……」
そう言って、ベンチの上に『エアーマン』のカードを出そうとするぼく。
しかし、それは、
「ちょっと待ってください」
野坂さんのひと声によって止められる。
「どうしたの?」
「モンスターの通常召喚を行おうとしている……と言うことは、メインフェイズ1に入ったんですよね?」
「あ、うん、そうだけど……」
「それじゃあ、スタンバイフェイズでの優先権は放棄した、と言うことで良いですか?」
優先権――ルールブックでは聞いたことのある用語だけど、それを意識してデュエルをしたことはなかった。
と言うか、優先権って何だったっけ? 正直あまり良く覚えていなかった。
「うん……」
よく分からないけど、ぼくは頷いておいた。
「わたしは、スタンバイフェイズでの優先権は放棄していないので、ええと、だから、スタンバイフェイズまで巻き戻す、と言うことで……いいですか?」
ああ、そうかそうか。デュエルモンスターズでは、言った者勝ちになるルールを極力防ぐため、優先権と言う仕組みを用意していたんだった。
つまりは、「わたしはスタンバイフェイズでカードを使おうと思ってたのに、勝手にどんどん進めてないでよ」と野坂さんは言いたいわけだ。それを『優先権』という専門用語を使った結果が、今の言動と言うことになる。うーん、やっぱり野坂さんは予習バッチリだ。
「それでは、スタンバイフェイズまで巻き戻します」
そういうわけで、野坂さんの主張通り、スタンバイフェイズまで巻き戻される。
「わたしはスタンバイフェイズで、この伏せカードを発動します」
そう言って、彼女はベンチの上に裏向きで置かれたカードを表に返した。
ナイフを持った男が落とし穴に滑り落ちているイラストが、ぼくの目に入ってくる。
ダスト・シュート
(罠カード)
相手の手札が4枚以上ある時に発動する事ができる。
相手の手札を確認してモンスターカード1枚を選択し、
そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルする。
|
「『ダスト・シュート』……」
思わず声に出る。
これはいわゆる手札破壊カード。ぼくの手札を1枚減らす効果を持ったカードだ。
「ええと、花咲さん、手札を……」
「あ、ああ、はい」
ぼくは手首を返して、6枚の手札を野坂さんに見えるようにした。
彼女はほんの2、3秒手札を見て、
「このカードをデッキに戻してください」
と、『E・HERO エアーマン』のカードを指差してきた。
「やっぱり……」
この手札なら、あまりデュエルが強くない人でも『エアーマン』を選ぶのだろうけど、がっかりせずにはいられない。
ぼくは、『エアーマン』のカードをデッキに戻して、それを軽くシャッフルした。
それにしても、『ダスト・シュート』か……。
野坂さんがこんなカードを使っていたことも驚くべきことなのだろうけど、それよりも、わずか2、3秒で『エアーマン』を指定してきたことのほうがもっと驚きだった。
ぼくは、野坂さんに手札を見せた時、片手に6枚の手札を持った状態で見せた。そのせいで、『エアーマン』のカードは、隣のカードに隠れて、イラストと名前の一部しか見えなかったはずなのだ。それをすぐに『エアーマン』だと分かってしまうなんて、やっぱり野坂さんはただの初心者じゃない。
初心者離れした初心者。一瞬たりとも油断はできない。
ぼくは気を取り直して、手札を見直した。
今の手札は5枚。手札から『エアーマン』のカードが失われ、そのせいで、今すぐ召喚できるモンスターが手札になくなっていた。
しかし、幸いにも、ぼくの手札には、モンスターを補充する魔法カードがある。
「ぼくは手札から『E−エマージェンシーコール』を発動するよ」
E−エマージェンシーコール
(魔法カード)
自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を
手札に加える。
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野坂さんの『ダスト・シュート』の効果で、手札にあった『エアーマン』はデッキに戻されてしまった。
ならば、この『E−エマージェンシーコール』のカードで、再び手札に加えればいい!
ぼくはデッキをぱらぱらと確認し、さっき戻したばかりの『エアーマン』のカードを再び手札に加え、すぐさま場へと出す。
「今度こそ『エアーマン』を召喚! 攻撃表示!」
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E・HERO エアーマン
攻撃表示
攻撃力1800
守備力300
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「さらに、『エアーマン』は召喚成功時に、効果が発動される。その効果を使用してぼくは、デッキからもう1体のエレメンタルヒーローのカードを手札に加えます!」
「すみません、天罰です」
「はい?」
天罰
(カウンター罠カード)
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。
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野坂さんの場の伏せカードが表側表示になった。
天罰。
「カウンター罠?」
「はい。そうです。この『天罰』のカードによって、『エアーマン』の効果は無効。さらに、『エアーマン』自身も破壊されてしまいます」
つまり……
実質的に、『エアーマン』の召喚に失敗、と言うことになってしまったのだ!
『ええと、朝にも言いましたけど、わたし、デッキを変えています』
デッキを変えてきたと言う彼女の言葉が重くのしかかってくる。
確かに、これは昨日までの戦術とはまるで違う。相手の手札を減らす『ダスト・シュート』に、相手のカードを無効化する『天罰』……。これは、相手の戦術を徹底的に無力化する戦術だ!
『もしかしたらなんですけど、一方的なデュエルになるかもしれません』
彼女はこんなことも言っていたが、ようやくその意味が分かってきた。『ダスト・シュート』や『天罰』のようなカードを多用して相手の戦力を無効化していけば、結果的に相手は何もできなくなり、彼女の言うとおり一方的なデュエルになる。そういうことだったのだ。
でも、本当に彼女の言うとおり一方的なデュエルになるのだろうか? 正直なところ、ぼくはそんなに上手く行かない気がしていた。
なぜなら、かつてのぼくが同じようなことを考えて、失敗しているからだ。
昔、ぼくは、「相手のカードを無効化し続ければどんな相手でも勝てる」と考えて、デッキを組んでみたことがある。しかし、その結果は悲惨なものだった。序盤こそ相手の戦術を無力化できたのものの、すぐに手札が尽きてあっけなく逆転されてしまったのだ。
今の野坂さんだって、ぼくと同じ道を辿ってしまうのではないだろうか?
例えば、彼女の『天罰』のカード。これは手札を1枚捨てなければ発動ができない。つまり、ぼくの『エアーマン』1枚を潰すために、『天罰のカード』と『もう一枚の手札』の計2枚を消費しているのだ。カードの枚数だけを比較すれば、損をしているのは野坂さんなのだ。
相手を無力化するカードは、よっぽどうまく使わないとかえって自分のほうが損をしてしまう。そんなカードを中心としたデッキを作るとなれば、デュエルモンスターズを知り尽くしている上級者でなければ、逆に足元をすくわれてしまう。
それなのに、野坂さんは自分から選んで使ってきた。しかも、人生二度目のデュエルで使ってきた。
これは、どっちなのだろうか?
今、『ダスト・シュート』と『天罰』のカードによって、ぼくは計2枚のカードを失ってしまったけど、野坂さんは計3枚のカードを消費している。
やはり、ぼくと同じように彼女は自滅してしまうのだろうか? それとも、野坂さんの思惑通り、ぼくが一方的に負けるデュエルになるのだろうか?
野坂さんに勝って欲しいような、欲しくないような、微妙な気持ちになってくる。
「…………」
あれこれ思うことはあるけど、ぼくにできることが変わるわけじゃない。ぼくは、昨日以上のプレイングで持って、野坂さんを迎え撃つだけだ!
よしっ! と心の中で言ってから、あらためて場を見直す。
今のぼくの場には1枚たりともカードが出されていない。このままターンを終了すれば、直接攻撃による大ダメージを受けてしまう危険がある。
その事態を避けるためには、ぼくの手札にある『光の護封剣』か『リビングデッドの呼び声』を場に出しておく必要がある。ぼくは少しだけ悩んでから、より安全であろう『光の護封剣』を使うことにした。
「ぼくは『光の護封剣』のカードを発動するよ」
光の護封剣
(魔法カード)
相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。
このカードは発動後、相手ターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。
|
この『光の護封剣』の効果によって、野坂さんはあと3ターンの間攻撃ができなくなる。ぼくの場にモンスターがいなくても、なんとか防御を固めることはできるのだ。
「ターンエンド」
ぼくはそのままターン終了を宣言しようとした。……が、
「あの、『光の護封剣』の効果……」
控えめな声で野坂さんが止めた。すぐに気付く。
「あ、ああ、そうだったね、『光の護封剣』の『相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする』って効果を忘れていたよ。ははは……、3ターン守るってところに目が行って、この効果、よく忘れちゃうんだよね……」
「ふふっ、そうかもしれませんね。……ええと、じゃあ、表にします」
野坂さんの場には裏側守備表示のモンスターがいる。彼女は、そのモンスターカードを表側にした。
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ワーム・リンクス
守備表示
攻撃力300
守備力1000
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『ワーム・リンクス』?
聞き慣れないカード名だった。
それには赤色で頭を二つ持ったまさに怪物と呼べるべきイラストが描かれており、彼女が使うカードとしてはあまりにも似合わないもののように思えた。
「ちょっと、そのカードを見せてくれる?」
「あ、はい」
ワーム・リンクス 光 ★★
【爬虫類族・効果】
リバース:このカードがエンドフェイズ時に表側表示で存在する場合、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。
攻撃力300/守備力1000
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カードの効果に目を通す。『リバース:』『エンドフェイズ時』『カードを1枚ドロー』――そんなテキストが頭の中に入ってくる。ぼくの表情は、面白いくらいにゆがんでいったことだろう。
「もしかして、今の『光の護封剣』で……」
「はい。『光の護封剣』の効果で表側表示になったことで、『リバース:』のところの条件を満たしました。そして、花咲さんの『エンドフェイズ時』にわたしは『カードを1枚ドロー』します」
「この『ワーム・リンクス』の効果って、ターンエンドの度に何度でも使える効果なんだよね?」
「はい」
「それじゃ、つまり……」
「ええと、言いづらいんですけど、花咲さんが『光の護封剣』を使ってくれたおかげで、わたしのドロー機会が1回分増えました」
ガーン!
身を守るために使った『光の護封剣』のはずが、逆に野坂さんを得させてしまった!
野坂さんにとっては、まさに棚からぼた餅。1枚のカードをタダでゲットできたようなものなのだ。
これを許すのは正直なところ結構な屈辱モノだ。何とかする方法はないものかと、ぼくは手札を見直した。
手札には『ライトニング・ボルテックス』の魔法カードがあった。昨日のデュエルで野坂さんのモンスターを全滅させた、切り札となり得る魔法カードだ。
これなら確かにドローを防ぐことができる。ターン終了前に『ワーム・リンクス』を破壊してしまえるからだ。
しかし、『ライトニング・ボルテックス』の発動には手札コストが必要だ。守備力1000の弱小モンスターを破壊するために、わざわざ計2枚の手札を使わなくてはいけないのだ。しかも、切り札になる『ライトニング・ボルテックス』をこんなところで失ってしまう。
「ターンエンド……」
ぼくはあきらめた。
「ええと、じゃあ、『ワーム・リンクス』の効果でドローしますね」
「はい、どーぞ……。持ってってくださーい……」
何かちょっとやけっぱちな気分だった。
野坂さんが『天罰』のカウンター罠カードで失った手札コスト。その1枚分は、あっけなく補充されてしまった。
『もしかしたらなんですけど、一方的なデュエルになるかもしれません』
野坂さんの言葉が、どんどん現実のものになっていく気がした。
「わたしのターンですね」
先攻2ターン目。
早くも流れが野坂さんに傾いていた。
「ドローします。えいっ」
かわいらしくドローする姿が、何だか逆に恐ろしくなってきた。
「わたしは、『豊穣のアルテミス』を召喚します。でも、『光の護封剣』の効果によって攻撃はできません。ですから、ええと、このカードとこのカードを追加で伏せて、ターンエンドです。『ワーム・リンクス』の効果でカードを1枚ドローします」
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ワーム・リンクス
守備表示
攻撃力300
守備力1000
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豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
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ライフポイントには全くの変動がないし、相手のモンスターもそれほど強力じゃない。だけど、今の状況はとてもまずい気がしてならない。
例えるなら、RPGのボス敵だろう。勇者達は自分自身の守備力や攻撃力を上げて、ボス敵の守備力や攻撃力を下げてくる。そうして、身を固めてから攻撃を仕掛けてくるのだ。まさに、ぼくは今、野坂さんという勇者に弱体化させられている哀れなボス敵なのだ。
そんな状況でも、まだ2回分のドローを許しただけに過ぎない。このターンのドローで、傾きかけた流れを取り戻せばいいだけのこと! ぼくは、デッキの一番上のカードに手を掛けた。
「ぼくのターン! ドロー!」
そうして引き当てたカードは『激流葬』。
激流葬
(罠カード)
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
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よし! これは強力なカードを引いたぞ!
どんなに攻撃力の高いモンスターが出てこようとも、どんなにたくさんのモンスターが出てこようとも、このカード1枚で全滅させることができる! 今の流れを変えるには十分な力を持ったカードだ。……まさに、激流なだけに。
などと、くだらないことを考えていると、野坂さんが伏せカードに手をかけていた。
「すみません、あの……これを使わせてもらいます」
そして、表に返されたカードは、
強烈なはたき落とし
(カウンター罠カード)
相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。
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「ええと、今ドローしたカードをそのまま墓地に捨てて、ください……ごめんなさい」
「はい。すみませんでした」
なぜかつられて、ぼくまで謝ってしまう。
ぼくは、とぼとぼと『激流葬』のカードを墓地ゾーンへと置いた。
「それで、さらに……なんですけど。わたしの場に『豊穣のアルテミス』のカードがあるのですが、このカードが場にいる時にカウンター罠を使ったので、ドロー、させていただきます」
豊穣のアルテミス 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻撃力1600/守備力1700
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「はい、どうぞ……」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。
激流葬はその活躍の機会すら与えられずに、野坂さんの流れに呑まれてしまった。
…………。
……………………やばい。
やばいですよ、これ。
またカードを無力化された上、ドローされてしまったのだから。
早く何とかしなくちゃ、本当に取り返しのつかないことになってしまいそうだ。
ぼくは、もう一度手札を見直した。
E・HERO エッジマン 地 ★★★★★★★
【戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が
超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻撃力2600/守備力1800
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ライトニング・ボルテックス
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。
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リビングデッドの呼び声
(罠カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
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もはや一刻の猶予もない。
さっきのターンでは、『ライトニング・ボルテックス』をケチってしまったけど、今使わなかったら、何度も何度もドローされて、逆転の芽を完全に摘まれてしまう。
決めた。
まずは『ライトニング・ボルテックス』を使おう。この時には手札を1枚捨てなくちゃいけないけど、『E・HERO エッジマン』を捨てれば問題ない。『エッジマン』のカードはレベル7のため、すぐには召喚できないからだ。
その後は、『リビングデッドの呼び声』を場に伏せておこう。このカードの効果を使えば、『エアーマン』か『エッジマン』を特殊召喚できる。逆転にも期待できるはずだ。
「ぼくは、『ライトニング・ボルテックス』を使うよ。野坂さんの『ワーム・リンクス』と『豊穣のアルテミス』を破壊させてもらう!」
意気揚々と宣言するぼく。
「ごめんなさい」
そして、野坂さんに謝られるぼく。
謝られたと言うことは、それはぼくにとって都合の悪いことが起こる、という宣言のようなもので。
「『マジック・ドレイン』発動です。『ライトニング・ボルテックス』の発動を無効化します」
マジック・ドレイン
(カウンター罠カード)
相手が魔法カードを発動した時に発動する事ができる。
相手は手札から魔法カード1枚を捨ててこのカードの効果を無効化する事ができる。
捨てなかった場合、相手の魔法カードの発動を無効化し破壊する。
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ぼくの手札には、『ライトニング・ボルテックス』以外の魔法カードはない。
「『ライトニング・ボルテックス』の発動は無効化されます……」
発動を無効化された『ライトニング・ボルテックス』は、手札コストとして墓地に捨てた『E・HERO エッジマン』ともども墓地に送られる。
これはきつい。きつ過ぎる。
ボス敵であるぼくは、弱体化魔法を掛けられまくって、剣を奪われ、盾を奪われ、鎧をはがされ、無傷ながらもズタボロにされているのだ。
「ええと、あと、『豊穣のアルテミス』の効果で、ドローします」
一方、勇者である野坂さんは、強化魔法を掛けまくって、確実にパワーアップしてきている。
『もしかしたらなんですけど、一方的なデュエルになるかもしれません』
もしかしたら、なんてもんじゃないですよ野坂さん。こりゃあ本当にワンサイドゲームじゃないですか!
しかも、さっき、野坂さんが発動した『マジック・ドレイン』。
ぼくの記憶が正しければ、これ、1ターン目に伏せていた罠カードだったはず。
だとすれば、野坂さんは……!
ぼくの中で一つの仮説が立てられる。もし、この仮説が正しければ、野坂さんはどれだけすごいんだよ!?
「あの、野坂さん、聞いてもいい?」
「え、あ、はい」
「『マジック・ドレイン』のカード、これって先攻1ターン目でセットしたカード?」
「はい、そうですけど……。あ、気付きました?」
ぱっと野坂さんの顔色が変わる。
それは、ぼくの仮説が正しいことを意味していた。
ぼくは、このデュエルで、3枚の魔法カードを発動した。順番に、『E−エマージェンシーコール』、『光の護封剣』、『ライトニング・ボルテックス』。
ここで注目すべきは、野坂さんは、いつでも『マジック・ドレイン』を発動できたこと。いつでも、ぼくの魔法カードにカウンターすることができたのだ。
それにもかかわらず、彼女は、『E−エマージェンシーコール』と『光の護封剣』をわざわざスルーし、『ライトニング・ボルテックス』を狙い撃ちしてきたのだ。
「まさか、『ダスト・シュート』で見た手札を覚えて……」
「はい、その通りです。わたしが一番最初に使った『ダスト・シュート』の罠カード。これで花咲さんの手札を見て、『ライトニング・ボルテックス』を無力化するのが一番効果があるな、と思いました」
「そこまで……」
「それと、多分花咲さんなら、『エアーマン』を破壊されてモンスターが出せなくなれば、『光の護封剣』を使ってくるだろうなとも思いました。『リビングデッドの呼び声』で防ぐと言う手もあるのですが、花咲さんならどんなモンスターの攻撃力でも防げる『光の護封剣』を優先するだろうな、って」
「…………」
「だから、『E−エマージェンシーコール』はわざと使わせておく必要があったわけです。『ダスト・シュート』で捨てられた『エアーマン』を手札に加えてくることは、大体予想がついていたので。その結果、『天罰』で『エアーマン』を破壊できて、『光の護封剣』に繋がってくれるかな、と。そして、伏せたばかりの『ワーム・リンクス』のドロー効果が使えるようになるかも、って」
野坂さんが補足説明とばかりに、戦術の解説をしてくる。
当然のことながら、今野坂さんが言ったことまで、ぼくは頭は回っていなかった。と言うか、あまりにも突っ込んだ話過ぎて、説明された後でも理解できているか心配になるほどだった。
しかし、まあ、とどのつまりは、
「ぼくの考えていることは、野坂さんには筒抜けだったって言うこと、なの?」
「ええと、平たく言ってしまえば、あの、ええと……その通りです。あ、でも! こんなに上手くいっているのは、運が良かったっていうのも大いにあるんですけど……」
ぼくが『E−エマージェンシーコール』で『エアーマン』を手札に加えることも、野坂さんの計算には織り込まれていて。
ぼくが『リビングデッドの呼び声』ではなく『光の護封剣』を使うことも、野坂さんの計算には織り込まれていて。
棚からぼた餅のはずの『ワーム・リンクス』によるドロー効果も、実は、野坂さんの計算には織り込まれていた。
とても信じられないことだった。
デュエルのエキスパートならともかく、人生二度目のデェエルであるはずの女子高生が、ここまで洗練されたプレイングを見せるだなんて。
特に、『リビングデッドの呼び声』ではなく『光の護封剣』を使ったこと。そこまで読まれていたことが信じられない。あの場面、人によっては、『リビングデッドの呼び声』を選ぶ可能性だって十分にあったはずなのに。デュエルのエキスパートであっても、この推測はできないんじゃないだろうか。
「野坂さん、どうしてそこまで考えられるの? とても初心者とは思えないんだけど……」
ぼくは、自分でも気付かないうちに、疑問を口に出していた。
「わたし、昨日までデュエルはやったことがなかったです。これは嘘じゃないです」
そう言って、彼女は少しだけうつむいた。
「でも、今まで、たくさん想像をしてきました」
「想像……?」
「はい。わたし、昔から読書が好きで、本を読んできました。いろんな本を読んで、フィクションでもノンフィクションでもいろんな物語を見てきました。その度に、この人はこんな風に物事を考えるだろうなとか、こんな風に行動するだろうなとか、そんなことを想像していたんです。それで、興味がデュエルモンスターズに移った時も、本やインターネットでたくさんのカードや戦術を知り、そして、試合の映像を見ながら、デュエリストのみなさんの考えを想像していたんです」
なるほど。そういうことだったのか。
本、インターネット、ビデオなどから、デュエリストのエキスパートにも劣らぬ『知識』を身に着けた。
これに加えて、もっと長い間読書をしてきた経験と、人の考えを『想像』する癖のようなものまで持っている。
『豊富な知識』と、対戦相手の考えを『想像する力』。
「だから、そのデッキなんだ。知識と想像力を生かせるデッキ……」
「そうです。わたし、たくさんの本を読んで、たくさんの試合の映像を見て、たくさんの想像をしてきました。だから、相手がこのカードを使ってきたら、こういうタイプのデッキだろうな。この性格の人だったら、こっちのカードよりあっちのカードを優先するだろうな。そういうことが分かるようになってきたんです。そのおかげで、対戦相手の戦術の落とし穴のようなものが、自然と分かってきて。それで、その落とし穴を適切に突くことができるのが、今のわたしのデッキなんです」
なんて言うことだ。
強いだろうとは思っていた。けど、ぼくの想像以上だった。
童実野高校デュエルモンスターズ大会、最後の最後でようやく作れた3人組のチーム。はっきり言って、2年C組の残り物チームのようなものだったから、強さには期待できないと思っていた。
そう思っていたのに、この強さ。上級者顔負けの知識量と、相手の心を読まんとばかりの想像力。
これは、ぼくと同じくらいの強さだとかそんなレベルじゃない。ぼくなんか圧倒するくらいの強さを持っているじゃないか!
2年C組の眠れる獅子。ぼくは彼女を起こしてしまったのだ!
きっとこれは喜ぶべき状況だと思う。これだけ心強い味方がいれば、騒象寺くんとのデュエルにも勝ってくれるだろうし、大会でも活躍してくれることだろう。けれども、驚きが先行してか、なかなか素直に喜べなかった。
「ええと、花咲さん、続きを……」
ぽかんと口を開いているぼくに、野坂さんがデュエルの再開を催促してくる。
「あ、うん……」
とても勝てる気がしなかったが、このままサレンダーするわけにも行かない。さっきの作戦通り『リビングデッドの呼び声』の罠カードを伏せることにした。
「ぼくは、1枚のカードを場に伏せて、ターンエンド……」
しかし、野坂さんは容赦ない。
「何度もごめんなさい。それ、『リビングデッドの呼び声』ですよね? エンドフェイズで、わたしの場に伏せておいた『サイクロン』を使います」
サイクロン
(速攻魔法カード)
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
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来ました。エンドフェイズサイクロン来ました。
罠カードは伏せた次のターンにならないと発動できない。それを利用して、次のターンになる直前に破壊してしまおうという戦術を利用してきたのだ。
これで、ぼくの手札は見事に空っぽ。
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ワーム・リンクス
守備表示
攻撃力300
守備力1000
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豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
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かろうじて場に『光の護封剣』のカードが残っていること以外は、ぼくに残されたカードはなくなっていた。
それに対して、
「エンドフェイズ時に、『ワーム・リンクス』の効果でドローさせていただきますね」
野坂さんは、ことある度にドローし続け、この時点で手札が4枚になっていた。ぼくの記憶が正しければ、このぼくのターンの間だけで、3枚ものカードをドローしていることになる。
ここまで圧倒的だと逆に清々しい。お互いにライフポイントが全く減っていない中で、こんなにもぼくはボロボロになっているのだ。
「それじゃあ、わたしのターンですね」
その後のデェエルは、さんさんたる有様だった。
野坂さんは『ワーム・リンクス』の効果を使ってドローを繰り返し、彼女の場には、『ライオウ』、『霊滅術師 カイクウ』のモンスターを出されてしまった。
それでも、ぼくのライフが減らなかったのは、ぼくの『光の護封剣』のおかげだった。『光の護封剣』の効力が続く3ターンの間だけ、ぼくは一切の攻撃を受けずに済んでいたのだ。
けど、これはまさに生殺しと言える状況だった。正直なところ、とっとと攻撃をして、とっととトドメを刺して欲しかった。
そうして数ターンが経過し、ぼくの『光の護封剣』の効力が切れた、次の野坂さんのターン。
野坂さんは、『天空騎士パーシアス』を生け贄召喚して、総攻撃を仕掛けてきた。
「『聖なるバリア−ミラーフォース−』発動!」
ぼくは、窮鼠猫を噛むと言わんばかりに罠カードを発動したけど、当たり前のようにカウンター罠カードが待ち構えている。
「ごめんなさい、『魔宮の賄賂』で無効にします」
しかも、
「ええと、今、カウンター罠で『ミラーフォース』の効果を無効化しましたので、手札から『冥王竜ヴァンダルギオン』を特殊召喚します」
余計に状況が悪くなった。
「わたしのバトルフェイズ、続きです」
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豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
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ライオウ
攻撃表示
攻撃力1900
守備力800
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霊滅術師 カイクウ
攻撃表示
攻撃力1800
守備力200
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天空騎士 パーシアス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1400
|
冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
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ライフポイントは8000あるけど、見事に終わっている。
「改めて、『豊穣のアルテミス』で攻撃です。続いて、『霊滅術師 カイクウ』で攻撃です。『ライオウ』で攻撃です。『天空騎士 パーシアス』で攻撃です。『冥王竜ヴァンダルギオン』で攻撃です」
このターンの総攻撃で、ぼくのライフはあっと言う間に0。
『もしかしたらなんですけど、一方的なデュエルになるかもしれません』
面白いくらい何もできないまま、ぼくは負けてしまったのだった。
ベンチのカードを片付けて、ぼく達は遅めの昼ご飯を取っていた。
「もう、強すぎですよ、野坂さん」
「ええと……、そうかな……?」
「うん。遊戯くんとデュエルしてもここまで一方的にはならないです」
「ええっ、そうなんですか? でも、さっきのデュエルは運が良かったのもあって……」
「それでも、ぼくが光の護封剣を出すところまで読みきっているだなんて、運抜きにしてもすごいよ!」
当然のことながら、話題は今のデュエルのこと。さっきのデュエルの興奮が冷めることなく、昨日の図書室以上の勢いで、ぼくはべらべらと喋っていた。
彼女は恥ずかしがっているのか、ちょっとだけ顔をうつむけていた。そうすることで、リボンとポニーテールの影になっているうなじが強調されて、ぼくにいろんな意味で精神ダメージを与えてきていた。
「でも、まあ、安心したよ。野坂さんがこれだけ強ければ、間違いなく騒象寺くんには勝てるはずだし」
「そうなんですか?」
「うん。騒象寺くんが強いって話を聞いたことがないし、これだけ強ければ十分だと思う。……と言うよりは、ぼくのほうが危ない気がしてきた」
騒象寺くんに勝たなければならないのは、野坂さんだけではなく、ぼくも同じことなのだ。
「ええと、花咲さん……」
「ん?」
「放課後も練習しましょう……ね?」
そう言って、にっこりと笑みを作る野坂さん。
まぶしいです。リボンと笑顔がまぶしいです野坂さん。
教室で寂しく本を読んでいた彼女のものとは思えないポテンシャル。まさか、彼女がこんなにも頼もしく見えるだなんて、想像だにしていなかったよ……。
「野坂さん、デュエルの上達法を教えてください」
とぼくは言った。
正直、かなりかっこ悪かった。
放課後、図書当番が終わったぼくと野坂さんは、ふたりきりになった図書室で二回デュエルをした。
当然のごとくぼくは二連敗し、悩んだ末、野坂さんに教えを請いていた。
だって、仕方ないじゃないか。
このままじゃ、野坂さんはともかく、ぼくが騒象寺くんに負けてしまうかもしれないのだから。
もし騒象寺くんに負けてしまえば、せっかく掴んだ大会出場の権利はパー。ここまでがんばってきたのに、全部が台無しになってしまう。
そうなれば、城之内くんやパパとの約束もダメになってしまうし、騒象寺くんとカラオケに行く羽目になってしまう。何より、野坂さんに申し訳が立たない。
野坂さんは、大会に出ることを楽しみにしている。物静かであまり自己主張しない彼女だけれども、あれだけデュエルモンスターズのことを研究してきて、初めてのデュエルで涙を流すほどだった。
そんな彼女に対して、むきになって騒象寺くんとのデュエルを受けておきながら敗北して「大会に出れませんでした」では、彼女はどれだけガッカリしてしまうことか。
そうは言えども、当の野坂さん本人に「デュエルの上達法を教えてください」とお願いするのは、めちゃくちゃかっこ悪かった。けれども、ぼくなりに悩んだ末、やっぱり頭を下げることにしたのだった。
時間もあまりないことだし、野坂さんとは同じチームだし、何より、野坂さんには言い出しやすかったのだ。
「上達法を?」
「うん。このままじゃ、ぼくのほうが騒象寺くんに負けそうな気がして……」
「わたしなんかで……」
「いやいや、野坂さんほど頼りになる人はいないです。歩くデュエルモンスターズ事典と言っても過言ではないですし」
ついでに、歩くミレニアムアイとも言ってしまいたかったが、野坂さんには何のことだか伝わらないのでやめておく。
「うーん……」
「お願いします。野坂先生」
立場逆転もいいところだ。
昨日の今頃は、勝った勝った野坂さんに勝ったーみたいに喜んでいたのに、今ではぼくから頭を下げているのだ。
「うん、そこまで言うのなら……」
「ありがとう野坂先生!」
「でも、『先生』って呼ぶのはやめて……」
17時半になろうとしていたので、ぼく達は図書室から出ることにした。
鍵を職員室にこっそり返してから、靴を履き替えて校舎を出る。バス停の近くで、野坂さんのデュエル講座は開始された。
「うーんと、時間もないし、手っ取り早く強くなれるっていう方法があれば、教えて欲しいんだけど……。って、ちょっと都合がいいかな……」
ぼくは言い出した。
野坂さんは、少しだけ考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「だとすれば、やっぱりデッキを変えるのがいいと思います。プレイングのほうは、一朝一夕では向上しないと思いますから」
う、やっぱり、そこかなぁ……。
デュエルモンスターズなどのトレーディングカードゲームでは、自分で持ち寄ったカードを組み合わせて山札――デッキを作る。デッキのカードが弱かったり、バランスがおかしかったりすれば、それだけでデュエルが不利になってしまう。デッキを鍛えることこそが最も手っ取り早く強くなる方法なのだろう。
ぼくのデッキは、ゾンバイアやエレメンタルヒーローのカードを多用したヒーローデッキだ。ぼくの好きなヒーローカードが詰まっているお気に入りのデッキ。だけど……
「うーん、ヒーローデッキって、なんて言うかファンデッキだからさ、楽しいだけであまり強くないのかも……」
とぼくは言った。
そうなのだ。ヒーローのカードは、軒並み攻撃力が低く、効果もやや頼りないと言われている。組み合わせを工夫すればある程度までは強くなれるけれども、ヒーロー以外のほうがもっと強いデッキが作れてしまうのだ。
デュエルモンスターズは、マジックアンドウィザーズとは違い、強力なカードでも比較的容易に手に入る。高校生程度のお小遣いでも、十分に強いカードを集めることができる。
そんな中で、わざわざヒーローのカードを使うのは、『勝つためのデュエル』ではなく『楽しむためのデュエル』をしているだけに過ぎないのだ。
ぼくは、今までヒーロー達のカードを使ってきたけど、今回ばかりはそうも言っていられない。明日は負けるわけには行かない闘いなのだから、ヒーローにこだわって弱いデッキを作るようではいけないのだ。
どこか寂しい気持ちがないわけじゃない。どこか罪悪感のようなものも感じているかもしれない。それでも、彼女ためにもヒーローはあきらめるしかない。
ぼくは覚悟を決めた。
「いいえ、それは違いますよ」
あっさりと野坂さんが言った。
「違う……?」
「はい、ヒーローデッキは強いです。わたし、大会の情報とか結構集めていますけど、ヒーローデッキって結構上位に食い込んでいます」
「え? そうなの?」
「はい。特に最近は、エレメンタルヒーローの強さを底上げするようなカードが出ていますし、構築次第ではトップを狙えるんじゃないかと思います」
「トップ……」
「はい。トップです」
野坂さんは断定口調で話している。歩くデュエルモンスターズ事典である野坂さんが言ったことなのだ。だから、間違いであるはずはない。
「ヒーローデッキでいける、かな……?」
「ヒーローデッキでいける……と言うより、花咲さんはヒーローデッキじゃなきゃダメだと思います。使い慣れたデッキのほうがプレイングもしっかりしているはずですから。それに、なにより……」
野坂さんは一呼吸置く。
「……なにより、花咲さんには、ヒーローのカードで頑張っていて欲しいです」
黄色のリボンが揺れた。
「ええと、ですから……。デッキを少し変えれば、一気に強くなれると思います。わたし、大会優勝者のデッキレシピをたくさん知っています。花咲さんの持っているカード、花咲さんのプレイングに合わせてデッキを作っていきましょう……?」
恥ずかしくなったのだろうか。彼女はまくし立てるように早口で続けた。
『ヒーローのカードで頑張っていて欲しい』
いろんな意味でクリティカルヒットだった。
ぼくは、今の動揺を顔に出さないように、
「うん、分かった。じゃあ、お願いするね」
と言ったけれども、
「あ、は、はい……」
彼女には筒抜けだったような気がしてならなかった。
それから、ぼくは今のデッキの内容とメールアドレスを野坂さんに教えた。彼女からは、メールアドレスを教えてもらった。実際のデッキ構築はメールでやり取りしながら家で行うことになったのだ。
女子のメールアドレス……。女子のメールアドレス。女子のメールアドレス。
バスに乗っている間、ぼくの顔は緩みっぱなしだった。早くもアドレスは暗記してしまった。明日テストに出ても絶対大丈夫だと言えるほどだった。
家に着く頃には、彼女からのメールが届いていた。丁寧な口調でデッキへのアドバイスが書かれていて、それを見るだけでも悶絶ものだった。ぼくは、お気に入りのヒーローのカードをベッドの上に並べながら、メールを送り返した。当然かなり緊張した。メールを送ってしばらく待つと、その返事が返ってきてまたしても悶絶した。耐性が低すぎた。
とは言え、メールが五往復する頃には、さすがに緊張感はなくなっていた。
代わりにぼくの心には、
「こんなカードがヒーローとの相性が抜群だったとは」という驚きと、
「早くこのデッキでデュエルしてみたい」というワクワクと、
「このデッキならそう簡単には負けることはない」という自信と、
「ぼくのためにこんなにも時間を割いてくれた野坂さんありがとう」という感謝と、そして、
「そんな彼女のためにも明日は絶対に負けられない」という熱意が芽生えていた。
『ありがとう。明日は絶対に勝つよ! このヒーローデッキで!』
ぼくは最後にそんなメールを書いて、携帯電話を閉じた。
ぐっと伸びをすると、部屋中のヒーローグッズが目に入ってくる。今までぼくに勇気をくれたヒーロー達。野坂さんも応援してくれたヒーロー達。
遥か遠くに見えたはずのヒーローが少し身近なものに感じられて、
「明日もよろしく」
そんな風に呟いてみた。
憧れるだけの存在じゃなくて、一緒に闘う仲間として、ぼくは言ってみたのだ。
そうすると、今までとは違った視点で、ヒーロー達を好きになれそうな気がした。
第五章 11月20日(金)
「まずは花咲がワシとデュエルし、その後で野坂がワシとデュエルする。二人ともワシに勝ったら、ワシは大人しく大会に出ちゃる。それでいいな?」
「はい。それでいいです」
昨日の約束通り、ぼくは騒象寺くんとデュエルすることになった。
お昼休みの教室で、ぼくと騒象寺くんが机を挟んで向き合って座っている。机の上には二人分のデッキ。
やはり珍しい光景なのだろう、クラスメイトの何人かが、ちらちらとぼく達のほうを見てきている。けれども君子危うきに近寄らず、間近で観戦しようとする人は現れなかった。
野坂さんは、ぼく達から机一つ分離れたところに立っていて、両手で包み込むようにしてデッキを持っていた。
昨日までの出来事を思い出し、気持ちが燃え上がってくる。
見ていてください、野坂さん! ぼくはここで勝って、あなたにバトンを渡しますからね!
ぼくと騒象寺くんはお互いにデッキをシャッフルし、先攻後攻を決めた。
「よぉし、ワシが先攻っちゅう訳じゃ。さあて! 準備はいいなァ、花咲?」
頭ひとつ分高い位置から、威圧的なダミ声が降りてくる。
いつもなら怯んでしまうところだけど、今日はそういうわけにはいかない。明日の大会出場が懸かっていて、しかも野坂さんが見守っている――この大切なデュエルを無様なものになんてできない。
「はい、いつでも!」
ぼくは思い切って頭をぐっと上げ、騒象寺くんの目を見て言った。
そんなぼくの表情を見てか、騒象寺くんはやってやるぞと言わんばかりに不敵な笑みを作った。
「けっ……! 早速始めるぞ! ワシのターン!」
先攻の騒象寺くんはカードをドローした後、一枚の手札に手をかけた。
「まずは小手調べ。ワシは『デーモン・ソルジャー』を召喚する」
メンコを叩きつけるかのようにパシィィと音を響かせて、一枚のモンスターカードが机の上に出された。騒象寺くんのカードにはカードプロテクターが着けられておらず、擦り傷だらけになっていた。
……ああ、もうちょっと丁寧にカードを扱って欲しいよ。他人のカードとは言え、ぼくはそう思ってしまった。
「さらに、カードを1枚伏せてターン終了!」
騒象寺くんは、場にモンスター1体と、伏せカード1枚を出して最初のターンを終えた。
手つきは乱暴だけど、使ってくるカード自体はスタンダードなものだった。
ここから騒象寺くんはどんな戦術を展開してくるのだろうか? それにぼくは対抗できるのだろうか? そんな風に考えたらぶるっと震えてしまった。
「ぼくのターン。ドローです!」
1ターン目後攻。ぼくはそう言って、デッキの一番上のカードを手札に加える。
新しくなったヒーローデッキ。その6枚のカードが、ぼくの手元に来ている。
E・HERO プリズマー 光 ★★★★
【戦士族・効果】
自分の融合デッキに存在する融合モンスター1体を相手に見せ、
そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体を
自分のデッキから墓地へ送って発動する。
このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと
同名カードとして扱う。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻撃力1700/守備力1100
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オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
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オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
|
サイクロン
(速攻魔法カード)
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
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O−オーバーソウル
(魔法カード)
自分の墓地から「E・HERO」と名のついた通常モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
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ヒーロー・ブラスト
(罠カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
通常モンスター1体を選択し手札に加える。
そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上
表側表示モンスター1体を破壊する。
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見慣れた絵柄のカードと、ちょっと新鮮な絵柄のカードが、半々くらいの割合で存在している。
野坂さんのアドバイスをもらって改造した、このヒーローデッキ。
以前まで使っていた『E・HERO フェザーマン』『E・HERO バーストレディ』『E・HERO スパークマン』『E・HERO クレイマン』を抜いて、『E・HERO ネオス』中心のデッキに組み替えた。
バリエーション豊富なエレメンタルヒーローデッキから、光属性に集約したエレメンタルヒーローデッキに絞り込んだ、と言えばいいのだろうか。多彩なヒーローを活躍させることはできなくなったものの、デッキの方向性をガッチリと固めたことで、カード同士の連携力をアップさせているのだ。
その分かりやすい例が、今、手札にある『オネスト』のカードだろう。光属性のカードをたくさんデッキに入れたため、光属性モンスターの攻撃力を上げる『オネスト』がより活躍しやすくなっているのだ。
強いカードでも比較的手に入りやすいデュエルモンスターズにおいては、こんな風に、カード同士の連携を重視したデッキを組み上げることがとても重要! ……と野坂さんはメールで言っていたのだった。
もっとも、昨日の夜に組み立てられたばかりのデッキなので、練習らしい練習ができなかったことがちょっと不安ではある。しかし、野坂さんはそんなところにも気を配ってくれて、使い慣れているエレメンタルヒーローを中心としたデッキを組み上げるように勧めてくれたのだ。
野坂さんの協力なくして、このデッキは出来上がらなかった。ぼくのために作られたデッキであることが、ぼくに元気を与えてくれる。
……うん、これで負けるわけはいかないよね!
ぼくは手札に落としていた視線をぐっと上げた。
よし! 新生ヒーローデッキの初陣だ!
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デーモン・ソルジャー
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1500
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騒象寺くんの場には、『デーモン・ソルジャー』と、伏せカードがある。
この『デーモン・ソルジャー』は、レベル4にして攻撃力が1900と高い。ぼくの手札にあるモンスターは、いずれも『デーモン・ソルジャー』の攻撃力を下回ってしまっている。
しかし、騒象寺くんは「まずは小手調べ」だと言っていた。
つまり、このくらい、ちょちょいとやっつけなければ、騒象寺くんに勝つのは難しいと言うこと。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
ぼくは手札をさっと見回す。いくつものイメージが湧いてくる。
ふふふ……。騒象寺くん、お望みどおり(?)、ちょちょいとやっつけてあげます! ぼくのヒーローデッキが身に付けた連携力――それを見せてあげましょう!
ぼくは、手札の一枚に手をかけた。
「まず、『サイクロン』のカードを発動します! その伏せカードを破壊させてもらいます」
そう言って、『デーモン・ソルジャー』の後ろに伏せられているカードを指差した。
サイクロン
(速攻魔法カード)
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
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「くっ!」
騒象寺くんは伏せられていた罠カードをくるっと表に向けて、墓地ゾーンへと投げ捨てた。
破壊されたカードは『聖なるバリア−ミラーフォース−』。危険な罠カードが、効果を発揮できないまま墓地に送られたのだ。
よし! あとは『デーモン・ソルジャー』だけ!
ぼくは、手札の『オネスト』と『O−オーバーソウル』のカードを見比べる。どちらのカードを使って『デーモン・ソルジャー』を倒すのがいいだろうか? ぼくは少し悩んだ末、カードの消費量が少ない『O−オーバーソウル』のカードを使うのが良いと判断した。
「続いて、『E・HERO プリズマー』を攻撃表示で召喚して、その効果を発動します。デッキから『E・HERO ネオス』を墓地に送り、『プリズマー』の名前を変更します。さらに、『O−オーバーソウル』を発動! 今墓地に送った『E・HERO ネオス』を復活させます!」
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デーモン・ソルジャー
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1500
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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『E・HERO プリズマー』と『O−オーバーソウル』の効果を組み合わせることで、デッキに眠っていた『E・HERO ネオス』を「墓地を経由させて」フィールド上に出現させた。
攻撃力2500の『E・HERO ネオス』が、実質『O−オーバーソウル』1枚分の消費だけで、ぼくの場に現れたのだ。
「ごちゃごちゃと何を狙っているかと思ったら、そう言うことか! 花咲!」
感心した様子で騒象寺くんが言い放った。
『どうです? これが、新デッキの連携力です! あちこちにコンボの種が無駄なく配置され、安定して強いパワーを引き出すことができるのですよ!』
――と、口には出さなかったけど、ぼくはちょっと得意げになった。
さて、続くバトルフェイズで、ぼくは、『ネオス』と『プリズマー』で攻撃を仕掛けた。
その結果、騒象寺くんの『デーモン・ソルジャー』は破壊され、ライフポイントに合計2300ダメージを与えることに成功。
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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「くっ! 思ったよりやりよる……!」
騒象寺くんは苦い表情になって、破壊された『デーモン・ソルジャー』のカードを乱暴に墓地ゾーンに投げ捨てた。
ぼくは、ライフポイントを記すための紙を騒象寺くんに手渡したけど、騒象寺くんに「そんなもん覚えておくからいらん」と断られてしまった。ぼくは自分で騒象寺くんのライフポイントを記入することにした。5700。
騒象寺くんが不満そうににらんできたが、ぼくはそれに気付かないフリをして、
「ターンエンドです」
と言ってごまかした……。
「ワシのターン、ドロー!」
続いて、騒象寺くんのターンになる。
彼はカードをドローすると、頭ひとつ分高いところからカッとにらんできた。
「これくらいでニヤニヤしてるんじゃないぞ花咲。言っただろう、『デーモン・ソルジャー』は小手調べ。いくばくか油断してダメージを受けてしまったが、その程度でくたばるワシではない!」
そこまで言って、騒象寺くんは人差し指を突きつけてくる。
「ここからが本領発揮じゃい! 歯を食いしばれよぉぉ! 花咲ぃぃぃぃ!」
騒象寺くんは凄みをきかせながらも、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。その態度だけでも、まだまだ余裕だぞと言うことが伝わってくる。
ぼくの新生ヒーローデッキ――初陣こそは白星を飾ることができたけど、一度ダメージを与えたくらいでデュエルに勝てるわけじゃない。騒象寺くんの言ったとおり、ここからが本番だ……!
野坂さんが変わらぬ姿勢で、ぼく達のデュエルを見ている。彼女が見守ってくれていると言う事実が、ぼくに勇気をくれる。
……よし! かかってきなさい! 騒象寺くん!
ぼくは、うつむきかけていた顔をぐっと上げた。騒象寺くんの顔を見返す。
「フン……! ワシは『マンジュ・ゴッド』を召喚!」
マンジュ・ゴッド 光 ★★★★
【天使族・効果】
このカードが召喚・反転召喚された時、
自分のデッキから儀式モンスターカードまたは
儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
攻撃力1400/守備力1000
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そうして、騒象寺くんのフィールドに召喚されたのは、『マンジュ・ゴッド』のモンスター。
デュエルモンスターズにある程度詳しい人ならすぐにピンとくる。この『マンジュ・ゴッド』を使うこと――それはすなわち「儀式モンスター」を使うことに他ならない、と言うことに。
「この『マンジュ・ゴッド』の効果によって、儀式モンスターカードか、儀式魔法カードを手札に加えることができる。ワシが手札に加えるのは――」
騒象寺くんはデッキをわしっと掴み、ばさばさとめくって目的のカードを探しだす。
儀式モンスターが来る。
これがおそらく騒象寺くんの本領。さっきのターンに倒した『デーモン・ソルジャー』は、儀式デッキによく使われる『高等儀式術』のためにデッキに入っていたのだ。
やがて、騒象寺くんはデッキから一枚のカードを引き抜いた。
カラオケ好きの騒象寺くんと、儀式モンスター……。
すぐにピンと来た。
多分……、いや、絶対に、絶対にあの儀式モンスターが来る。
それは、デミスでもなく、ゾークでもなく、サクリファイスでもない……。
「ワシが『マンジュ・ゴッド』の効果で手札に加えるカードは、『グレートコンサート・チケット』の儀式魔法カード!」
騒象寺くんは、選択したカードをぼくに見せてきた。
グレートコンサート・チケット
(儀式魔法カード)
「偉大なる音楽家」と名のついた儀式モンスターの降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が
儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
|
「『グレートコンサート・チケット』……! やっぱりそれですか!」
「ふんっ! 当然よぉ!」
デッキを乱暴にカットしながら、騒象寺くんは鼻息を荒くした。
やっぱり、「偉大なる音楽家」シリーズの儀式モンスターが来た。
レベル8の『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』、レベル7の『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』、レベル6の『偉大なる音楽家 ドラムス・オブ・ハンドレッド』、レベル5の『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』。「偉大なる音楽家」の名を持つ、4種類の儀式モンスター。
ヒーロー好きのぼくがヒーローデッキを使っているように、カラオケ好きの騒象寺くんのイメージにあまりにもピッタリな選択だった。
これが、騒象寺くんのデッキ――「偉大なる音楽家」デッキ……!
ぼくがこのデュエルで勝利するためには、騒象寺くんが率いる「偉大なる音楽家」を倒さなくてはいけない。
「偉大なる音楽家」は、うまくカードが揃った時のパワーがとんでもないものになる点が特徴。展開によってはワンサイドゲームと言ってもいいほど、一方的な勝利になってしまうことも珍しくないと言われている。
そう言ったデッキを相手にすると、一瞬の判断ミスが、命取りになることも少なくない。適切なプレイングができないと、相手の手札にコンボとなるカードが揃った時点であっさりとやられてしまう。
大会出場が懸かった大事なデュエルに、一瞬たりとも油断はできない要素が加わる。緊張感が高まっていく。
騒象寺くんは、手札に加えたばかりの『グレートコンサート・チケット』の儀式魔法を、そのまま場に叩きつけた。
「さて! ワシはすぐさま『グレートコンサート・チケット』の儀式魔法を発動する! 手札からレベル6のモンスターを生け贄に捧げ、レベル5の『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』を降臨させる!」
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マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
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偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1800
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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何故か10本のギターやらベースやらを操っている、いかにもグレートな容姿のアーティストが描かれたカード。『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』が場に現れた。
「花咲、喜べ! お前を白昼のコンサートに案内してやるぞ! 早速! 『ギターズ・オブ・テン』の効果を発動!」
得意げな表情で、騒象寺くんは効果発動を宣言した。
偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン 炎 ★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する「偉大なる音楽家」と名のつくモンスター全ての
攻撃力を1500ポイントアップする。
攻撃力1900/守備力1800
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「まず、ワシの場にある『マンジュ・ゴッド』のカードを花咲、お前の手札に加える! それによって、『ギターズ・オブ・テン』の攻撃力は1500ポイントアップする!!」
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偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン
攻撃表示
攻撃力3400
守備力1800
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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騒象寺くんの場から『マンジュ・ゴッド』がいなくなった代わりに、『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』の攻撃力が上昇。
「偉大なる音楽家」シリーズのモンスター効果は、「フィールド上のカードを相手の手札に加える」と言う大きめなコストが必要な代わりに、効果が強力に設定されている。
1ターンにして、攻撃力3400のモンスターを出してしまうというインパクトは大きい。ぼくの『E・HERO ネオス』の攻撃力2500は、あっさりと抜かれてしまった。
「花咲、お前の場には伏せカードはない。したがって、ワシの『ギターズ・オブ・テン』は安心して攻撃できる」
騒象寺くんは、自信満々にそう言ってきた。
「…………」
ぼくは騒象寺くんに何も言い返すことなく、手札に目をやった。
正直なところ、ほっとした気分になっていた。
なぜなら、騒象寺くんはこれ以上モンスターを出すつもりがなかったからだ。今のぼくの手札を持ってすれば、伏せカードがない今の状況でも『ギターズ・オブ・テン』を倒すことができる……!
ぼくは、手札にある『オネスト』のカードをちらりと見る。
騒象寺くんが顔を近づけてくる。
「ぐうの音も出ないか花咲。望みどおり、ワシのコンサートデッキで昇天させてくれるわ! バトルフェイズ突入! 『ギターズ・オブ・テン』で『ネオス』を攻撃だ!」
騒象寺くんは、ここで『ネオス』が倒せるものだと確信しているのだろう、めちゃくちゃ得意げな表情で攻撃宣言をしてきた。
ぼくは、手札の『オネスト』のカードに手をかける。
こんなに嬉しそうな表情を崩すっていうのも、ためらってしまうけど、この大事なデュエルで手を止めるわけにはいかない。ぼくは思い切って『オネスト』のカードを机の上に出した。
「ぼくは、手札から『オネスト』のカードを使います!」
ぼくがそう宣言すると、まるで時間が止まったかのように、騒象寺くんの笑顔がピタリと固まった。
「…………、オ……オネ…………オネ……………………オネストだとォォォォォォォ!!」
オネスト 光 ★★★★
【天使族・効果】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で
存在するこのカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻撃力1100/守備力1900
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野坂さんも使っているこの『オネスト』のカード。
手札にありながら罠カードのように使える点が最大の特徴。罠カードがないからと言って油断などできない。
「『オネスト』の効果によって、ぼくの『ネオス』の攻撃力に、『ギターズ・オブ・テン』の攻撃力3400が加わります。よって、『ネオス』の攻撃力は、このターンの間だけ5900になる!」
「ワシの『ギターズ・オブ・テン』が返り討ちじゃと……。や……や……っ! やってくれたなァァ! 花咲ぃぃい!!」
人目もはばからず、騒象寺くんが叫ぶ。
さすがにビクリとして周囲を見渡すと、ぼく達のデュエルを見物しているクラスメイトの数がさっきまでよりも増えていた。相変わらず、距離は置いているのだけれども……。
ぼくの『オネスト』によって、騒象寺くんの『ギターズ・オブ・テン』は破壊され、彼の場からモンスターがいなくなった。ライフポイントも5700から3200まで減っていた。ぼくは、机の上に置かれた紙に3200の数字を書き足す。
「ワシは伏せカードを1枚出し、ターンエンドだ……」
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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「ぼくのターン」
ぼくは、小手調べの『デーモン・ソルジャー』に快勝するどころか、本領発揮のはずの『偉大なる音楽家 ギターズ・オブ・テン』にも快勝することができた。
その結果、2回目のぼくのターンを迎えた時点で、騒象寺くんのライフポイントは3200。
なんと言えばいいのだろう? たまに決まったら嬉しいコンボやカードが、常に出揃っているような、そんな感じだ。
これもデッキを変えたおかげなのだと思う。大事なデュエルを前にして、ぼくは野坂さんから頼りある武具を受け取ることができたのだ。
とは言え、偉大なる音楽家デッキには、組み合わせることで即死級のパワーを発揮するコンボがいくつも存在する。ここで油断することはできない。
ぼくが伸ばした手は、もう少しで大会出場の切符に届く。
よし! 油断せずに最後まで集中していこう!
「ドロー!」
このターン、ぼくはレベル4攻撃力1900の『E・HERO アナザー・ネオス』をドローした。
「『E・HERO プリズマー』の効果を使い、『ネオス』のカードを墓地に送ります。…………。……続いて、バトルフェイズです。『ネオス』で直接攻撃します」
ぼくは、『激流葬』による全体除去を警戒して、新たにモンスターを召喚することはせず、『ネオス』と『プリズマー』だけで騒象寺くんに直接攻撃を仕掛けた。
この攻撃が通れば騒象寺くんのライフポイントを0にすることができるけど、正直なところ、ぼくはそれに期待していなかった。なぜなら、当の騒象寺くんはいくらか顔をしかめているものの、勝負をあきらめているようには見えなかったからだ。
「伏せカード発動じゃい! 『メタル・リフレクト・スライム』! 守備力3000のモンスターとなってフィールドを守る!」
案の定、騒象寺くんにダメージを与えることはできなかった。守備力3000の『メタル・リフレクト・スライム』がぼくの前に立ちはだかったのだ。
「ぼくはカードを1枚伏せ……」
しかし、幸いにもぼくの手札には『ヒーロー・ブラスト』の罠カードがあった。この罠カードを次のターンに発動すれば、『メタル・リフレクト・スライム』を破壊することはできそうだ。
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メタル・リフレクト・スライム
守備表示
攻撃力0
守備力3000
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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「ターンエンドです」
ターン終了を宣言して、顔を上げる。
気のせいかもしれないけど、対面の騒象寺くんの表情から、だいぶ余裕が消えているように思えた。
このターン、ダメージこそは与えられなかったけれども、じわりじわりと騒象寺くんを追い詰めていけたのかもしれない。
「ワシのターン、ドローッ!」
折れてしまうんじゃないか――と言えるほどの勢いで、乱暴にカードを引く騒象寺くん。
引いたカードを確認するなり、険しかった表情が、にんまりとしたものに変わっていった。
どうやらいいカードを引き当てたようだ。なんと言うか、うーん、分かりやすい……。
「ワシは2枚目の『マンジュ・ゴッド』を引き当てた! このカードを召喚し、その効果で儀式魔法カードを手札に加える!」
前のターンにも使った『マンジュ・ゴッド』。その効果で、儀式に必要なカードを再度揃えるつもりなのだろう。
騒象寺くんは、またしてもデッキをふんぬと掴み、一枚のカードを引っこ抜いた。
高等儀式術
(儀式魔法カード)
手札の儀式モンスター1体を選択し、
そのカードのレベルの合計が同じになるように
自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
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有名な儀式魔法カード『高等儀式術』が現れる。
この『高等儀式術』は、効果を持たない「通常モンスター」さえデッキに入れておけば、圧倒的な低コストで儀式召喚ができる強力なカード。
「もちろん、この『高等儀式術』を発動する! デッキから2枚の『デーモン・ソルジャー』を墓地に送る」
『デーモン・ソルジャー』2枚、そのレベルの合計値は8。
レベル8と言えば、「偉大なる音楽家」のリーダーボーカル――『デシベル・オブ・ミリオン』をおいて他にはいない。
「ククク……『偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン』の降臨じゃあ!」
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メタル・リフレクト・スライム
守備表示
攻撃力0
守備力3000
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マンジュ・ゴッド
攻撃表示
攻撃力1400
守備力1000
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偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン
攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
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E・HERO プリズマー
攻撃表示
攻撃力1700
守備力1100
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E・HERO ネオス
攻撃表示
攻撃力2500
守備力2000
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「そして! すぐさま『デシベル・オブ・ミリオン』の効果を使う!」
偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン 炎 ★★★★★★★★
【戦士族・儀式/効果】
「偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を相手の手札に加えて発動する。
フィールド上のカードを3枚まで選択して破壊する。
攻撃力2900/守備力2100
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「『デシベル・オブ・ミリオン』の効果で、ワシの『マンジュ・ゴッド』を花咲の手札に加えた後、花咲の場にあるカードを3枚破壊する!」
レベルに恥じぬ攻撃力2900に加え、カードを3枚も破壊するという強力な効果。
騒象寺くんに余裕が戻ってくるのも納得の一枚。音楽家シリーズ最強の『デシベル・オブ・ミリオン』のインパクトは絶大だった。
ぼくの場に出ているカードはちょうど3枚。この効果でぼくのカードが全て破壊されてしまうことになる。
今回は、『ギターズ・オブ・テン』の時のように、うまく反撃することもできそうになかった。
ならば、せめてもの反抗とばかりに、ぼくは伏せておいた罠カードを表に向ける。
「ぼくは『デシベル・オブ・ミリオン』の効果にチェーンして、『ヒーロー・ブラスト』のカードを発動させていただきます」
ヒーロー・ブラスト
(罠カード)
自分の墓地に存在する「E・HERO」と名のついた
通常モンスター1体を選択し手札に加える。
そのモンスターの攻撃力以下の相手フィールド上
表側表示モンスター1体を破壊する。
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「『ヒーロー・ブラスト』の効果によって、墓地から『E・HERO ネオス』を手札に加え、『メタル・リフレクト・スライム』を破壊します!」
「フフ……粘るじゃないか、花咲ィ」
騒象寺くんは低いダミ声を出して、フィールドに出されていた『メタル・リフレクト・スライム』の罠カードを墓地ゾーンへと投げ捨てた。
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偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン
攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
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「だが! この攻撃は防げまい! 『デシベル・オブ・ミリオン』のダイレクトアタックを食らえ!」
今のフィールド上に存在するカードは、『デシベル・オブ・ミリオン』が1枚だけ。ぼくを守るカードは1枚も置かれていない。
さっきのターンでモンスターを召喚しておけばよかった、と少しだけ後悔をする。
「いくっちゃー!」
似合わないキメ台詞(?)とともに、騒象寺くんはごつい人差し指で、ぼくのことを指差してくる。
ぼくのライフポイントは8000から5100へ。
「ホラホラ! お前のライフポイントを紙に書いておけよ!」
こういう時だけ得意げに指摘してくる騒象寺くん……。ぼくは5100とライフポイントを書き込んだ。
「ハハハハーッ! ターンエンドじゃあ!!」
ものすごく機嫌の良い声で、騒象寺くんはターン終了を宣言した。
「ぼくのターン……」
騒象寺くんの『デシベル・オブ・ミリオン』の登場によって、ぼくの場にあったカードは全て破壊されてしまった。
ついに反撃を許してしまったぼくだったけど、まだまだぼくは負けていない。
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偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン
攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
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フィールドの状況だけを見れば、攻撃力2900の『デシベル・オブ・ミリオン』のおかげで、騒象寺くんが優勢と言えるのだと思う。
だけど、それ以外の状況は、騒象寺くんのほうが分が悪い。
彼のライフポイントは3200と半分を下回っているし、なにより、手札がたったの1枚しか残っていない。
極端な言い方をすれば、今の騒象寺くんは、『デシベル・オブ・ミリオン』だけで命を繋いでいるようなもの。その『デシベル・オブ・ミリオン』が倒されてしまえば、かなり危険な状況になってしまうことは想像に難くない。
「ドロー……」
ここでのドローカードは『E・HERO ボルテック』。このカードでは『デシベル・オブ・ミリオン』には対抗できない。
だけど、ぼくの手札には『E・HERO アナザー・ネオス』と『オネスト』のカードがある。これらを組み合わせれば、『デシベル・オブ・ミリオン』を倒すことができる!
「ぼくは『E・HERO アナザー・ネオス』を攻撃表示で召喚。そのままバトルフェイズに突入します」
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偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン
攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力1900
守備力1300
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「ぼくは、『E・HERO アナザー・ネオス』で攻撃します!」
攻撃力1900の『アナザー・ネオス』が、攻撃力2900の『デシベル・オブ・ミリオン』に攻撃を仕掛ける。
「は? 何をやって……」
何事かと、騒象寺くんが顔をしかめる。
このままダメージ計算を行えば、ぼくの『アナザー・ネオス』が破壊されてしまう。どうして、花咲はそんな意味のない自滅攻撃を仕掛けてきた? ――騒象寺くんはそんな風に考えているのかもしれない。
もちろん、ぼくの狙いはただ一つ。
やがて、ぼくの意図に気付いたのか、すうっと騒象寺くんの顔色が変わっていった。
「花咲ィ、お前……お前……! まさか!」
ぼくは静かに頷いた。
「手札にある『オネスト』のカードを使用します! 『アナザー・ネオス』の攻撃力は2900ポイントアップし――」
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偉大なる音楽家 デシベル・オブ・ミリオン
攻撃表示
攻撃力2900
守備力2100
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E・HERO アナザー・ネオス
攻撃表示
攻撃力4800
守備力1300
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「――攻撃力4800になります。その結果、『デシベル・オブ・ミリオン』は、この戦闘で破壊されます!」
「ま……! ま! またしても『オネスト』っ!!」
ダンッ! と、机を叩く騒象寺くん。
その振動で、机の上に出されているカードがふわりと浮かび上がる。
騒象寺くんの場からはモンスターがいなくなり、ライフポイントも残り1300になっていた。
「ターン終了です」
攻めて、攻めて、攻められて、攻めて……。
じわじわと騒象寺くんを追い詰めていく。もう少しで、勝利が見える。胸を張って、野坂さんにバトンを渡すことができる。
いや、だからこそ、最後まで油断をしてはいけない。
儀式モンスターを復活させる『契約の履行』。儀式魔法なしで儀式モンスターを出せる『限定解除』。これらを使われれば、比較的簡単に逆転を許してしまう。
このまま押し切れるか、逆転されてしまうか――――緊迫感がますます高まっていく。
「ワシのターン……、…………、ドロー!!」
続く、騒象寺くんのターン。
騒象寺くんは長めの間を取ってから、デッキの一番上のカードを乱暴に掴み取った。
そして、
「くっ……」
と少しの間考える素振りを見せた後、
「ううううっ!」
うなるような声を出して、手札2枚を机の上に叩きつけた。気持ちいいくらいパシィィと音が鳴り響く。
「……え?」
その挙動に、ぼくはびっくりして、きょとんとしてしまった。
叩きつけられたカードは手札2枚。魔法カードを発動したとでも言うのだろうか? まさか『契約の履行』や『限定解除』が……!
2枚のカードはどちらも表側を向いていた。
『ソニック・バード』の効果モンスターカード。
『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』の儀式モンスターカード。
意味が分からなかった。『ソニック・バード』はともかく、『キーズ・オブ・サウザンド』はいきなり場には出せないのに……。
「サレンダー、じゃ……」
巨体からぼそりと吐き出されたのは、降参(サレンダー)の言葉。
サレンダー……?
ぼくの頭が整理できるまでに、10秒以上の時間を要してしまった。
それだけの時間をかけて、ようやく、サレンダーの言葉の意味が分かった。
そうか。さっき騒象寺くんが机に叩きつけたカードは、召喚するとかそういう意図があったものじゃなくて、単にイライラして机に叩きつけたものに過ぎなかったんだ。
彼の手札にあった『ソニック・バード』と『偉大なる音楽家 キーズ・オブ・サウザンド』、ぼくの場にある『E・HERO アナザー・ネオス』、ぼくの手札にあるモンスターカード――――この状況では、どう頑張ったって、次のぼくのターンで騒象寺くんは負けてしまう。
だから、騒象寺くんはサレンダーせざるを得なかったのだ。
ぼくは、いつの間にか、騒象寺くんをサレンダーさせるほど追い詰めていたのだ……!
確かに優勢だとは思っていた。だけど、サレンダーさせるほど追い詰めていたなんて、まったく想像できていなかった。正直なところ自分でも驚きだった。
自分のデッキのカードをちらりと見る。
これが、新しくなったデッキの力だと言うのだろうか。騒象寺くんが、カードをたくさん消費して攻めて込んできたのに対して、ぼくは、必要最小限のカードだけで迎え撃つことができた。確実に、じわりじわりと差をつけていって、最終的にはサレンダーにまで追い込むことができた。
ヒーロー達のカードにこんなにもポテンシャルが秘められていたなんて、想像以上だった……! 野坂さんがヒーローデッキが強いデッキだと言っていたのも頷ける気がする……!
最初は驚き。
次は感心。
そして、最後にこみ上げてきた感情は、喜び。
……ぼくは、勝ったのだ。
ぼくは、大会出場がかかったこの大切なデュエルで! 野坂さんが見守っているこの大切なデュエルで! 勝ったのだ! 騒象寺くんに、勝ったのだ!
やった……!
やったんだ……!
やったああああぁぁぁぁっっ!!!
騒象寺くんに悪いので声に出さないようにしながらも、ぼくは心の中で大きな勝利のポーズを決めていたのだった。
「おおっ……」
遠くで見ていたクラスメイトから、小さなどよめきが起こった。
しかめっ面のまま固まっていた騒象寺くんは、我に返ったのかぼくのことをキッとにらみつけてきた。
ぼくは一瞬だけ怯えたけど、同じくキッとにらみ返してやる。
「ぼくの勝ち……でいいんですよね?」
「くっ……。安心せい、これでもこの騒象寺、男を捨てるようなことはしない。約束は守る。だからワシの負けでいい! それより早く返せ! ワシの『マンジュ・ゴッド』のカード2枚を早く返せ!」
騒象寺くんはあからさまにイライラを残したまま、ぼくに向かって右手を出してくる。
ぼくは手札にある2枚の『マンジュ・ゴッド』のカードを彼に差し出した。彼はカードをむんずと乱暴につかみ取る。
「次じゃ次じゃ! ワシに大会に出てほしければ、後ろの女もワシに勝つ必要があるんだからな!」
いきり立って騒象寺くんが、黄色いリボンの野坂さんを指差す。
せっかく勝利したのに、その余韻に浸る間もなく、次のデュエルが始められようとしていた。
横を見てみると、ちょっと離れたところで野坂さんが怯えた様子を見せていた。
ぼくは席から立ち上がり、彼女の元へ向かい、小さなガッツポーズを作った。
「昨日みたいにやれば絶対に負けないから。だから、ええと……明日は大会に出よう!」
正直、結構恥ずかしい台詞だったと思う。
だけど、野坂さんは笑顔を作って、
「うん」
と小さく返事をしてくれた。
ぼくと入れ替わり野坂さんが椅子に座る。
「よろしくおねがいします」
「おう」
そうして野坂さんと騒象寺くんがデッキを交換してシャッフルを始めた。
よし! がんばれ野坂さん!
騒象寺くんの威圧感にさえ負けなければ、この勝負はきっと楽勝のはずだ。今こそ野坂さんの隠された力を見せてやるんだ!
そして、騒象寺くん。
自分のカードはともかく、野坂さんのカードはもう少し丁寧に扱ってください……。
そんな感じで、少し離れて二人の様子を見ていると、
「おいおい花咲、これは何だよぉ? なんであの野坂さんがデュエルを?」
と孤蔵乃くんが話しかけてきた。おそらくさっきのぼくのデュエルも見ていたのだろう。
「ぼくと野坂さんが、騒象寺くんに勝てば、この3人で大会に出るって約束したんだ」
「…………。花咲と野坂さんと騒象寺。…………。……マ、マジか?」
「うん……まじです……」
「…………なんか、お前、凄いことになってんぞ……」
「そ、そう?」
そんなことを話している間に、デュエルの準備は完了。
2つのデッキが机の上にセットされ、お互いに5枚の初期手札を持っていた。
先攻は野坂さん。
彼女は、やはり「えいっ」とドローし、1体のモンスターカードと、2枚の伏せカードを出してターンを終了した。
後攻は騒象寺くん。
「ワシのターン、ドロー! ワシは『ソニックバード』を召喚し――」
召喚した時に、儀式魔法カードを手札に加えることができる『ソニックバード』。騒象寺くんは、着々と儀式召喚の準備を進めようとしていた。
が、しかし、相手は野坂さん。そうは問屋が卸さない。
「ええと、トラップカード発動です。『神の宣告』です」
「は? 『神の宣告』?」
「はい。わたしのライフポイントを半分支払うことで、『ソニックバード』の召喚を無効化します。召喚自体を無効化するので、『ソニックバード』の効果も使えません」
一瞬ぽかんとする騒象寺くん。
実はぼくもぽかんとしている。
野坂さんがカウンター罠を使って、相手のカードを無力化してくること自体は、別に不思議でもなんでもない。
でも。でも!
ライフポイントを半分も失う『神の宣告』を、いきなり発動してしまうだなんて!
ライフポイントを半分支払って、相手のカードを無力化する『神の宣告』。
ライフポイント8000の状態で使えば、支払うライフは4000。
ライフポイント1000の状態で使えば、支払うライフは500。
普通は、ある程度ライフが減ってきてから使うものじゃないのか? それをいきなり使ってしまうだなんて、野坂さんは何を考えているんだ!?
案の定と言うべきか、騒象寺くんはすぐににやりと笑う。
「いきなり『神の宣告』とは! 初心者もいいとこじゃな!」
「…………」
「ワシだって『ソニックバード』を失ったのは痛いが、お前が支払った4000ライフのほうがもっと痛い! 痛み分けというより、ただの自滅!」
「…………」
ぼくは野坂さんの表情を確認した。
彼女は、視線を手札に落としたまま、その表情を崩すことはなかった。
その様子は、まるで静かな自信を表しているような、そんな気がしてならなかった。
ぞくりと、何かが背中を駆け上がっていく感覚がする。
開始直後にいきなり4000ライフを消費して、騒象寺くんの1枚のカードを止める。
一見無謀に見える行動だけど、きっと、彼女にとっては無謀な行動なんかじゃない。たくさんのデュエルを見てきて、たくさんの想像をしてきた彼女にとっては、当然で無難な選択だったのではないだろうか。
野坂さんの自信は、すぐに現実のものとなる。
それからの彼女は、儀式魔法に繋がるカードを徹底的に潰していき、騒象寺くんに一度も儀式召喚をさせなかったのだ。
ここで上手いと思ったのが、儀式モンスターを手札に加える『センジュ・ゴッド』はあえて無効化しなかったこと。
儀式モンスターの「偉大なる音楽家」シリーズは、1種類の儀式魔法カードから、4種類の儀式モンスターを降臨させられるのが特徴。無効化するなら、数が少ない「儀式魔法カード」のほうを狙っていくべきだということを、野坂さんは分かっていたのだ。
だから、儀式「魔法」カードを手札に加える『ソニックバード』は無効化し、儀式「モンスター」カードを手札に加える『センジュ・ゴッド』は無効化しなかったのだ。
ぼくの立っている位置からは騒象寺くんの手札は見えないけど、おそらく、場に出せない儀式モンスターが溜まってしまっているのだろう。偉大なる音楽家は、活躍の場を与えられることなく、手札でくすぶっているだけだったのだ。
こうなれば、偉大なる音楽家を中心としている騒象寺くんの戦力は大幅ダウン。
それほど攻撃力の高いモンスターを使っていない野坂さんであっても、じわじわと騒象寺くんを追い詰めていき……
そして――
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豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
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冥王竜ヴァンダルギオン
攻撃表示
攻撃力2800
守備力2500
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豊穣のアルテミス
攻撃表示
攻撃力1600
守備力1700
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騒象寺くんのライフポイントは、見事に0。
「……ありがとうございました」
「くっ! この女! 本当に初心者かよ! ワシの手をことごとく……!」
またしてもドンと机を叩く騒象寺くん。
教室が再びざわめいていく。そのざわめきは、ぼくが騒象寺くんに勝った時よりも大きかった。
おとなしくていつも本ばかり読んでいたはずの野坂さんが、騒象寺くんを相手にデュエルをして、しかもほぼ一方的に勝利した。そりゃあ、驚くに決まっているだろう。
さすがは野坂さん!
ぼくは一歩前に踏み出し、右手をぐっと握って小さなガッツポーズを作った。それを見てか、彼女の表情が、ぱあっと明るくなっていった。
その表情はまさに不意打ちの一撃だった。ぼくの心に、ダイレクトアタックを決めていた。
「……っ」
ぼくは動揺を隠すように、騒象寺くんのほうに向き直った。
「……騒象寺くん。それじゃあ約束どおり大会には……」
「言われんでも分かっとる! 大会には出る! カラオケにも連れていかん! これで文句ないな!?」
声を荒げたまま騒象寺くんはぼくをにらんでくる。
今週は何度にらまれただろうか。いい加減慣れてきたかもしれない。
「はい、文句はないです!」
「くそっ……!」
騒象寺くんは、乱暴な手つきでデッキを片付け、学生服のポケットに押し込んだ。そして、自分の席に戻るなり、ヘッドホンから音が漏れるほどの大音量で音楽を聴きだした。
一方、野坂さんは、意外なことになっていた。
「すごい! すごいよ! 野坂さん!」
クラスメイトの中野さんが駆け寄ったのをきっかけに、クラスの女子7人が野坂さんの周りに集まりだしたのだ。
「あたし、カードとかあまり詳しくないけど、今のデュエルがすごかったのは良く分かったよ! だって、あの騒象寺が一方的にやられてたし!」
「そ、そうかな……」
「そうだよ! カード専門家のゆっちさん。一言どうぞ」
「すげーです! ものすごくすげーです! 特にいきなり神の宣告撃ったところ。私じゃあんなプレイングできないよ! 感心しちゃった!」
「ねえねえ、野坂さんってカード結構やっているの?」
「と言うか、そもそもどうしてあの騒象寺なんかとデュエルを……」
今までひとりで本を読んでいたはずの野坂さんが、たくさんの女子に囲まれている。
野坂さんは、はじめこそは戸惑っていたけど、徐々に笑顔を見せていった。なんだかとても嬉しそうだった。
これは声を掛けるタイミングを失っちゃったかな……。
ぼくは、一人で自分の席に戻っていく。
けれども……
「花咲くーん」
「花咲、お前、どうなってるんだよ?」
そこには、孤蔵乃くん、根津見くんが待っていた。根津見くんは、さあ話してもらおうかと言わんばかりに、チビの体で仁王立ちをしていた。
「えーと、騒象寺くんと野坂さんと一緒のチームで、大会に出ることになった。それでまあ色々と……」
「……マジかよ」
「……まじです」
「よりによって騒象寺と野坂を? ……もっと話を聞かせろよな、どんな手を使ったんだよ」
「どんな手とか言われても、普通にお願いしただけだけど……」
「……マジかよ」
「……まじです」
お昼休みは残り4分。
たぶん、その4分間は、ぼくにとっても、野坂さんにとっても、とても嬉しい時間になったことだろう。
ここまで頑張ってきて良かった。
大変なこともたくさんあったけど本当に良かった! 本当に本当に良かった!!
ぼくは、心の底からそう思ったのだった。
放課後。
図書室へ向かう途中で、人だかりを見つけた。掲示版を中心に、30人ほどの生徒が集まっているようだった。
生徒達からは、「おっ、シードだ。ラッキー!」、「うわ、2−Bとぶつかっちまったぞ」などといった声が聞こえてくる。誰もが楽しそうな表情をして掲示板を見ていた。
何が掲示してあるのだろうか? テストの結果だろうか? いや、中間テストはまだ先だし、何より、テストの結果ならこんな風に楽しく賑やかにはならないよなぁ。
うーん、気になる……。
ぼくは、足を止めて掲示板を見てみることにした。しかし、2年C組の中でも相当なチビであるぼくにとっては、掲示板の上からはみ出した紙の端っこを見るだけで精一杯だった。人の多さがじゃまをして、そこに何が書いてあるか分からなかった。
これは仕方がない。図書委員が終わってからもう一度見に来よう。
そう思って立ち去ろうとしたその時、
「お、花咲じゃねえか!」
と、ぼくを呼ぶ声が聞こえてきた。
反射的に声がしたほうを見てみると、人だかりの中から、もそっと、一人の生徒が出てくる姿が見えた。城之内くんだ。
「城之内くん、この人だかりは?」
「トーナメント表だぜ。大会の対戦相手が書かれてる」
「大会……。明日のデュエルモンスターズ大会?」
「そう。花咲はまだ見てねえのか?」
「うん、見てない……。今来たところだし、それに、ぼくの身長じゃ見えないです……」
「そんなの押しのけてみりゃいいんだよ! って! そんなことするのはオレだけか……。よし! この城之内サマが代わりに見てくるぜ! チーム名を教えてくれ。2−Cの第何チームだ?」
「2年C組の……第7チーム」
「第7チームだな? よっしゃ! 待ってろよ! おらおらー! ジャマだジャマだー!」
有言実行。城之内くんは、本当に人ごみの中に突っ込んでいき、「城之内うざーい」などという罵声をもろともせず、再び人ごみから戻ってきた。
「見てきたぜ! 花咲の1回戦の対戦相手は、1チームだ」
「1チーム?」
「花咲と同じクラスの……2−C。その第1チーム。第1チームに誰がいるかまでは、トーナメント表には書いてねえけどな」
「2年C組第1チーム……。いきなりクラスメイト同士でのデュエルですか……」
「それともう一つ! 聞いて喜べ。花咲のチームは、2回戦シード! 1回戦を勝てたら次は3回戦! つーまーりーは! 1回戦、3回戦、4回戦。その3回勝てば日曜日まで勝ち残れるってことだ!」
日曜日……? 聞き慣れないキーワードがぼくの耳に入ってくる。
「あの、城之内くん、今、『日曜日まで勝ち残れる』って言いました? 大会って土曜日だけじゃなかったの?」
「あれ? 聞いてねえか? 大会参加者が予想以上になってしまった、つーこと。118チームだったかな? 1チーム3人だから、合計すると344人」
「354人だと思う……」
「ま、まあ! そんなことより! それだけ人数が多いってこと! だから、土曜日だけじゃさばき切れねえ。土曜日にベスト8を決めるまでの『予選トーナメント』を行って、日曜日に優勝チームを決める『決勝トーナメント』を行う――ってことになったらしいぜ!」
「そうだったんだ……」
「つーわけで! まずはちょちょいっと予選トーナメントを勝ち上がってだな、決勝トーナメントで海馬のヤローをこてんぱんにして優勝! うーんっ! 完璧な作戦だぜ!」
「そ、そう……」
ともあれ、デュエルモンスターズ大会は1日だけの開催ではなくなったらしい。
そりゃそうだ。童実野高校は1学年あたり10クラスの大きめな学校。ぼくのクラスから7チーム出場していることを踏まえると、学校全体で118チームと言うのは、むしろ少なく感じてしまう。大学受験が近い3年生は、あまり参加していないのだろうか。
「そういや、花咲って、誰とチーム組んだんだ? オレは本田と御伽だけど」
「えーっと……」
ちょっとだけためらって、ぼくは言った。
「騒象寺くんと、野坂さん」
「どっしぇーーーーーーーーーーっ!! 騒象寺とリボンちゃんだってぇ!?」
奇声を上げて城之内くんが数歩後ずさった。運悪くそこに柱が立っていて、城之内くんは頭を思いっきりぶつけてしまう。
しばらくうずくまる城之内くん……。
「ご、ごめん……」
「いや、花咲は謝ることはねえって」
そう言って、城之内くんは立ち上がる。
「しっかし、これはビックリな組み合わせだぜー。オレはてっきり根津見や孤蔵乃と組んでくるかと思ってたぜ。一緒に昼飯食ってるとこ見かけたしな」
「根津見くんや孤蔵乃くんは先約があって、断られちゃったんです……。それで、色々あって、騒象寺くんと野坂さんに……」
「なるほどな。そりゃまあ大変だったな……。でも、なんっつーか、うん。いい顔してるぜ」
いい顔してる?
唐突に、城之内くんは変なことを言い出した。ぼくはどう反応すればいいか分からなくなってしまい、何も言い返せなかった。
「花咲、月曜日とか火曜日、あまり調子良くなさそうだったからさ、ちょっと心配だったんだよ。でも、今日はとてもいい感じだよな。楽しそうで、ワクワクしていて、そういうの! そういうのが、すごく伝わってくるぜ!」
「そ、そうかな?」
「ああ、そうだぜ。現にさ、明日の大会、楽しみだろ? 夜も眠れないくらい楽しみだろ?」
「夜も眠れないくらい、っていうのは大げさかもしれないけど、はい、楽しみです」
「うん! それでいい! オレも楽しみだ! ものすごーく楽しみだ! 早く花咲とも闘ってみてえぜ! な?」
嬉しそうな表情で親指を立てる城之内くん。
ぼくもぎゅっと親指を立てる。
「はい! ぼくも城之内くんと闘ってみたいです!」
それから城之内くんと別れ、再び図書室へと向かって歩き出した。
途中で通りかかった教室では、生徒会の人たちがガラガラと机を移動させ、いくつかの机を向かい合わせていた。大会の会場作りをしているのだろう。
廊下もいつにも増して賑やかで、いよいよ、大会が近づいてきたんだことを実感させられる。
今日も図書当番が終わったら、野坂さんとデュエルの練習をしておこうかな。ぼくは、ぼんやりとそう思った。
廊下の角に差し掛かる。ここを曲がればすぐに図書室だ。
しかし――
「見つけたぜ、花咲」
――それをジャマするかのように、一人の男子生徒がぼくの前に立っていた。
その男子生徒の名前は、名蜘蛛コージくん。
バトルシティに出場するほどのデュエルの腕の持ち主で、いち早く根津見くんや孤蔵乃くんとチームを作ったクラスメイトだった。
名蜘蛛くんは両腕を腰に当てて、ぼくを見下ろすように立っていた。ワイシャツの下に、真っ赤なクモ模様のTシャツを着込んでるのが分かる。なんだかちょっと怖い……。
「花咲、お前、大会に出るんだろ? 第何チームだ?」
名蜘蛛くんは、質問を投げかけてきた。
意図がよく分からずに、「第7チームだけど……」と答えると、名蜘蛛くんは急に笑い出した。
「ははは……! なるほど! なるほど! 第7チームは、お前達だったのか!」
名蜘蛛くんにとっては、とても笑えることのようだったけれども、ぼくにとってはまるで意味が分からない。
「もう見ただろ? 大会のトーナメント表」
「み、見ましたけど……」
「だったら、お前の1回戦の対戦相手は、どこのチームだ?」
そこまで言われて気付いた。
「2年C組第1チームですけど、まさか」
「そうさ! このオレが、2年C組第1チーム。第7チームであるお前と、初戦でぶち当たるお相手ってヤツよ!」
名蜘蛛くんは再び笑い出す。
「ハッハッハッ! こりゃあもらったな1回戦! 地味だが大会で好成績を残している根津見と孤蔵乃。そして何よりバトルシティに出場したこのオレ! 2年C組の余り物チームなんかオレの敵じゃねえ! 余り物は余り物らしく、バーゲンセールにでも突っ込まれて来いよ!」
笑い続けている名蜘蛛くん。
何と言うか、これはピキッときた。
ぼくのことをバカにするだけでなく、野坂さんのこともバカにしてきたのだ。ここで何も言い返さないわけに行かない!
「……負けませんからね!」
「ハ……、ハーーーーッハッハッ! こりゃ傑作だ! 余り物が吼えてやがる! まあせいぜいあがいて見せろ! そうしてこのオレを引き立ててくれよな! ハッハッハーーーーーッ!!」
笑い顔を崩すことなく、名蜘蛛くんは、ぼくの横を通り過ぎていった。
…………。
絶対、絶対勝つぞ。
さっきの名蜘蛛くんの様子を見る限り、彼は、野坂さんの強さを知らない。ぼくか騒象寺くんさえ勝てれば、2本先取で名蜘蛛くんのチームを打ち破ることができる。
勝つ。絶対勝つ。五つ星デュエリストだろうが、バトルシティデュエリストだろうが、ぼくのヒーローデッキが切り開いてみせる!
よぅし! 早速練習だぁ!
――と言って、野坂さんとデュエルをしたいところだったけど、図書委員の仕事はいつも通りこなさなくてはいけない。16時30分になるまでは、おとなしくカウンターに座っていた。
今か今かと待ちわびて、ようやく閉館の時刻。
ぼくはてきぱきと片づけをして、
「今日もデュエルの練習しよう?」
と野坂さんを誘う。
彼女は、ぼくの意図を汲み取ってなのか、
「はい」
と言って、にっこりと笑ってくれた。
「わたしの負け、ですね……」
図書室でデュエルをはじめること3戦目。ぼくはついに野坂さんに勝つことができた。
運が良かったこともあるだろうけど、新しいデッキに慣れてきたことも勝因だと思う。真新しくて不慣れだったカードやコンボが、しっくりと馴染んできた感じがするのだ。
うん! これなら、明日の大会もいける気がする!
ぼくはカードを片付けて、ばっと立ち上がった。
図書室の掛け時計は、17時30分を回っていた。窓の外はすっかり暗くなっていて、生徒の姿も見られなかった。
「いけないいけない。こんな時間になっちゃった」
「あ、ほんとですね。早く出ないと……」
野坂さんもデッキを片付けて、鞄を取りにカウンターへと歩き出す。
「ええと、図書室の鍵はあります?」
「うん。大丈夫」
床に放り出した鞄を拾い上げて、ぼくと野坂さんは早足で図書室を出る。
17時42分。
うーん、これはちょっとまずいかもなぁ。さすがに、こんな遅くまでデュエルをやっていたことがバレたら、先生に怒られてしまう。
「あ……」
図書室を出ると、まるで見透かしていたかのように、中村先生が立っていた。びくんと、心臓が跳ね上がる。
「ご、ごめんなさい!」
「すみません……」
即座に謝るぼくと野坂さん。
これはさすがに怒られる。図書委員担当の中村先生は温厚な女の先生だけど、怒る時にはきつく怒るらしいのだ……。
びくびくとするぼくに対して、中村先生はいつもと同じように、にこやかな顔を見せていた。
「いつもこんなことしてたらダメだけどね、たまには、こういうのもいいと思うよ」
中村先生は怒っているどころか、むしろ上機嫌そうだった。
「実はね、図書室の様子、ちょっと見ちゃったんだけどね……、二人ともすごく楽しそうだった。花咲くんも野坂さんも、いつも静かにしていることが多いでしょう? だからかな、あんなに嬉しそうに笑っているのを見たら、なんだか先生も嬉しくなったよ。……おかげで声を掛けそびれちゃったけどね」
ぱちぱちと廊下の電気を消しながら、中村先生が一方的に話してくる。ぼく達は、まるで授業を受けている時のように、黙って話を聞いていた。夜の廊下に、3人の足音と1人の声が響く。
「それにしても、うらやましいわー……。図書室デート」
とっ、図書室デート?
「先生ね、憧れていたのよ、図書室デート。夕日が差し込む図書室で、素敵な彼と二人きり。そんな中で、一緒の本を読むの。こうお互いの息が掛かるくらい近づいてね。……ああっ! うらやましい!」
いや、そんなことまでしてないんですけど……。デュエルしていただけなんですけど……。
そう言いたかったのはやまやまだったけど、さっきから黙りこくってしまったぼくにとっては、それすらも言うに言えなくなってしまっていた。
「……ま、冗談はこれくらいにして。ふたりとも、明日の大会出るんでしょう? 先生、ひそかに応援しているからね、がんばってね」
そう言って、中村先生は職員室に戻っていった。
廊下には、微妙に気まずくなった空気と、胸をやんわりと包み込むような温かい空気が、残されていた。
ぼく達はどちらからともなく歩き出し、校舎を出た。冬の気配がする晩秋の風が流れ込んできて、じんわりと身に染みわたる。
「なんだか変なことになっちゃったね……」
「うん……。でも、ええと……、先生の言った通り、楽しかったです」
「楽しかった? ああ、図書室でのデュエルのこと?」
「はい。それ以外も、ベンチでデュエルしたことも、廊下でお話したことも、昨夜にメールを送りあったことも。ここ何日かは、すごく楽しかったです」
控えめな声に、たくさんの喜びを乗せて喋る野坂さん。その声が弾んでいるのがよく分かる。
「うん。ぼくも楽しかったよ」
「はい。本当に……楽しかったです……。お話したり、メールしたり、デュエルしたり。多くの人にとっては、当たり前のことなのでしょうけど、わたしにとってはとても嬉しいことだった。夢のようだ、といっても言い過ぎじゃないくらいに」
まばらに立てられた電灯が、頼りなくぼく達を照らしている。この薄暗さには、人を惑わせる効果があるのかもしれない。野坂さんはいつも以上に饒舌だった。
「花咲さん、わたし、ずっとずっと言いたかったんです。ありがとうって。わたしを誘ってくれてありがとう。わたしを心配してくれてありがとう。わたしに新しい世界を見せてくれて、ありがとう……。こんなに嬉しくて楽しくて幸せな気持ちになれたのは、花咲さんのおかげです」
恥ずかしいことを堂々と言ってくる野坂さん。薄暗い中で黄色のリボンが目立っている。
「あ! 変なこと言っちゃってごめんなさい! わたし、本ばかり読んでいたから、そういう台詞だけあっさりと出てきちゃうことがあって……。ははは……」
「ううん。ぼくのほうこそ、ありがとう。ぼくだって、たくさん、野坂さんに感謝してるんだよ。本当に……」
ぼくは恥ずかしいから、それを言うのが精一杯だったけど、野坂さんは、
「はい」
と、暗くなった中でも分かるくらいの笑顔でこたえてくれた。
低いエンジン音が近づいてくる。ぼくの乗るバスが、バス停にやってきたのだ。
「それじゃあまた明日ね」
「はい」
「明日の大会は頑張ろうね」
「はい」
「明日はもっともっと楽しもうね」
「はいっ」
音を立てて、バスの扉が閉まる。野坂さんは、にこにこしながら手を振り続けてくれた。
家に帰ると、一つの知らせがあった。
「友也、パパから連絡があってね……。明日、パパが大会に来てくれる予定だったでしょう? それが、ダメになっちゃったらしいの。お仕事が延びて、帰ってこれるのが明日の夜になっちゃうんだって……。残念だけど……」
明日の童実野高校デュエルモンスターズ大会。
それに参加するだけで、ぼくは、今までになかったくらい苦労をさせられた。恥をかかされた。絶望を見せられた。
でも、あきらめなかったから、ここまで来れた。大会出場の権利を掴み取ることができた。
「大丈夫だよ、ママ。大会は土曜日だけじゃなくて、日曜日にもあるんだ。ぼく達が明日の予選トーナメントで勝ち上がれば、日曜日にも参加できる」
明日、1回戦、3回戦、4回戦――計3回勝てば、ぼく達は日曜日まで勝ち進むことができる。
それは決して簡単なことではないだろう。1回戦の対戦相手には、バトルシティ出場の名蜘蛛くんだっている。
だけど、そんなことであきらめるつもりはない。
「ぼく達は、明日の試合にすべて勝って、日曜日まで勝ち残るよ。だからさ、パパには『日曜日に見に来て』って伝えてよ」
いくら野坂さんが強くても、いくらぼくのデッキが強化されても、童実野高校には、もっと強いデュエリストがごまんといる。
十中八九、ぼく達は追い詰められることになるだろう。
だけど、ぼくの大好きなヒーローのように、どんなにピンチになってもあきらめずに頑張ろう。最後の最後まで粘り続けよう。
きっと、それが今のぼくにできる、精一杯のことなのだから……。
大会前の夜は静かに更けていく。
嵐の前の静けさだと主張せんばかりに、時計の秒針しか聞こえないほどの静寂が包み込んでいた。
続く...
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